...

単接トランジスタ

by user

on
Category: Documents
5

views

Report

Comments

Transcript

単接トランジスタ
電気 · 電子回路 (前川)
43
5 電子回路入門
デジタルコンピュータのハードウェアを含む今日の多彩なアナログ/デジタル電子回路は、多彩な半導体素
子 (デバイス) によって構成されている。ここでは、様々な半導体デバイスを回路素子として利用する立場か
ら理解し、基本的な電子回路とその関連事項について学ぶ事にしよう。
5.1 半導体中の電流
電気電導は、金属中では自由電子 (free electron)、電解液中では正負のイオン (ion) の移動で生じる。
半導体とは、シリコン (ケイ素 silicon, Si)
*1
やゲルマニウム (Ge) 等の価電子を 4 個持つ IV 族元素の単結
晶、あるいは、ガリウム砒素 (GaAs) 等のように III 族元素と V 族元素の化合物の単結晶を基板に用いるもの
で、伝導帯に励起された電子及び価電子帯のホール (positive hole, 正孔) による電気伝導を利用する。これら
を、電流の担い手 (運び手) という意味で、キャリア (carrier) という。汎用としてはシリコンが主流であるが、
光応用などではガリウム砒素の化合物半導体も広く用いられている。
シリコン等の高純度の単結晶に微量の不純物を混ぜる事で、伝導電子とホールの濃度を広く制御できる。こ
れを不純物半導体という。不純物として V 族元素を混ぜると、負 (negative) 電荷である電子による電気伝導
が主体の n 型半導体となり、逆に III 族元素を混ぜると、正 (positive) 電荷である正孔による電気伝導の p 型
半導体となる。
5.2 ダイオード
電気回路の基礎は抵抗あるいはインピーダンスの線形な特性によるもので、それを電圧と電流の関係で表わ
したものがオームの法則であった。たとえば、Fig.5.1 は抵抗の電流電圧特性を示している。これを見ると、
抵抗素子にかける電圧 V を大きくすれば流れる電流 I はそれに応じて線形的に増え、その増え方は抵抗値に
よって決まる事が分かる。重要な点は、電圧の向き (極性) を逆にすると電流も逆になるという、言わば至極
当然の性質が線形性である。
電流 I
電流 I
抵抗値-小
+
+
抵抗値-大
−
0
−
Fig.5.1 線形な素子
+
電圧 V
−
0
+
電圧 V
−
Fig.5.2 非線形な素子
このような線形素子の重要性は電子回路でも変わらないが、そうでない性質、たとえば Fig.5.2 のような電
流電圧特性を考えてみよう。この非線形な素子は、電圧が正のときは電圧に比例した電流が流れるが、電圧
*1
ケイ素 silicon Si: ケイ酸塩として岩石中等に大量に存在する. これを高純度に精製した Si 単結晶から切り出したウエハーを半導
体基板として用いる. これに似た名前で, ケイ素を含む人工樹脂の “シリコーン” silicone があり, 絶縁体, ゴム等の充填剤, 潤滑油
等に使われ, 半導体の Si 基板とは別物である.
電気 · 電子回路 (前川)
44
が逆の場合は、これと比べて僅かな電流しか流れない事を示している。このように素直でない “曲った性質”
は、整流や論理など色々な使い途がある。
これを半導体で実現した最も基本的で単純なデバイスが、p 型半導体と n 型半導体の pn 接合によるダイ
オード (diode) である*2 。その電流 I と電圧 V の関係 (電流電圧特性) は次式で与えられる。
I = Is (eqV /kT − 1)
(1)
ここで Is は飽和電流、q は電子の電荷量、は k ボルツマン定数、T は絶対温度 [K](ケルビン) であり、これら
の物理定数を Table 5.1 に示す。
Table 5.1 式 (1) 中の物理定数.
電子の電荷量
q
1.60 × 10−19 C(クーロン)
ボルツマン定数
k
1.38 × 10−23 J/K = 8.62 × 10−5 eV
(室温における kT /q)
0.0259V (T = 300K)
式 (1) はダイオードの理想的な電流電圧特性であり、Is と T を決めれば具体的に計算できて、たとえば
Fig.5.3 のようになる。この図は、横軸の電圧が ±1[V] 程度の狭い範囲であるのに対し、縦軸の電流は数アン
ペアと大きい事に注意しよう。また、 ダイオードの回路記号を Fig.5.4 に示す。
Is (e qV /kT − 1)
I [A]
6
4
anode
cathode
2
p
n
0
−0.5
0
0.5
1
V [V]
Fig.5.3 ダイオードの理想的な電流電圧特性の計算例.
Fig.5.4 ダイオードの回路記号.
Fig.5.4 の回路記号に示すように、p 型半導体側の端子 (電極) であるアノード (anode、陽極) に正電圧を、
n 型側のカソード (cathode、陰極)
*3
に負電圧を印加する事を順バイアス forward bias、印加電圧がこれ
と正負反対の場合を逆バイアス revers bias という。つまり、ダイオードの回路記号の矢印は、順バイアス
のときの電流の流れる方向を表わしている事になる。これを順方向電流 forward current という。
実際のダイオードの特性は次の Fig.5.5 のようになる。
*2
*3
ダイオード diode: 二極管 (陽極と陰極から成る真空管) の呼び名をそのまま用いている.
カソード (陰極):少し前までの TV 画面であるブラウン管等は, “陰極線管 (cathode ray tube; CRT)” という.
電気 · 電子回路 (前川)
45
電流 I
+
降伏電圧
−
電圧 V
0
VR
逆方向特性
+
VF
順方向特性
−
Fig.5.5 実際のダイオードの電流電圧特性 (模式図).
同図の横軸で、電圧の正方向が順バイアスであり、この領域の特性を順方向特性、逆バイアスの領域の特性を
逆方向特性という。
Fig.5.5 中で VF とある点は、順方向電流が流れ始める点で、順方向電圧と呼び、ダイオードの特性を示す
一つの重要なパラメータである。VF の値は、シリコン・ダイオードでは 0.6V∼0.7V 程度、ショットキーバ
リア・ダイオード (Schottky barrier diode: SBD) と呼ばれるものはこれよりも低くなっている。
一方、同図中の VR は、逆バイアスがこの点を超えてはいけない逆方向電圧であり、
「絶対最大定格」の一つ
として製品ごとに定められている。また、LED の逆方向特性を特徴付けるのは、僅かに流れる飽和電流 IS で
あるが、実際のダイオードでは、逆バイアス電圧を大きくしていくと、ある点で急激に逆電流が増える。これ
を降伏電圧 breakdown voltage という。整流などの通常の用途では、逆バイアスがここまでかからないよ
う、前述の逆方向電圧 VR は (上図のように) その手前に設定されている。一方、この部分の定電圧特性を利用
した定電圧ダイオード (ツェナー・ダイオード Zener diode) などもある。
発光ダイオード
発光ダイオード (light emitting diode; LED) は電気機器のパイロットランプのような用途から、今では交
通信号や家庭の一般照明に至るまで、様々な用途で身近な存在になっている。これは、ガリウム燐 (GaP)、ガ
リウム砒素燐 (GaAsP) 等の化合物半導体による pn 接合で作られている。電流電圧特性は Fig.5.5 と似た形
で、順方向電流で発光する。順方向電圧 VF は発光色によって異なり、可視光では 2V 弱 ∼ 3.5V 程度である。
R
If
+
V
LED
−
Fig.5.6 ダイオードの例.
小信号汎用ダイオード (上) と LED(下).
Fig.5.7 LED 点灯回路.
電気 · 電子回路 (前川)
46
また、LED の逆方向電圧 VR (絶対最大定格) は、整流用等の通常のダイオードに比べ、大幅に低い値になって
いる点に注意が必要である。
Fig.5.6 に実際のダイオードの例を示す。また、Fig.5.7 発光ダイオード (LED) の点灯回路の例を示す。
Fig.5.6(上) の小型の汎用ダイオードでは太い縞がカソードを示しており、Fig.5.6(下) の二個の LED では夫々
二本あるリード線 (脚) のうち短かい方がカソードである。
例 5.1
Fig.5.7 の LED 点灯回路を考える。この LED の順方向電圧 VF = 2.0[V]、推奨駆動電流
If = 10[mA] である。電源電圧 V = 12[V] のとき、抵抗 R の値はいくらにすればよいか?
また、そのとき抵抗 R で消費される電力はいくらか?
答 抵抗 R による電圧降下を VR とすると、VR + VF = V なので、VR = V − VF = 12 − 2.0 = 10[V]。ま
た、直列回路なので、抵抗 R に流れる電流は LED と同じ If であり、オームの法則より、
R = VR /If = 10/(10 × 10−3 ) = 1[kΩ] となる。
また、このとき抵抗 R で消費される電力 P は、P = If2 R = (10 × 10−3 )2 · 1 × 103 = 0.1[W]
(= 100[mW]) となる。
[参考] この例で参照した LED の絶対最大定格によると、許容損失 Pd = 125[mW]、 順方向電流
IF = 50[mA]、及び、 逆電圧 VR = 4[VA] であった*4 。
Rx
If
問 5.1 Fig.5.8 に示す LED 点灯回路において、抵抗 Rx
の値を求めなさい。また、そのとき抵抗で消費される電力
+
V
はいくらか?
−
但し、電源電圧 V と各 LED の特性は、上の例題 (例
5.1) と同じである。
Fig.5.8 LED 点灯回路 (その 2).
5.3 整流回路
電子回路を働かせるためには適切な直流電源が必要である。直流電源は、乾電池や自動車のバッテリーのよ
うなもので得る事もできるが、多くの電子機器は 100V の商用交流からアダプターで得ている。また、市販の
LED 電球は一般家庭の交流電源に繋いで用いるので、当然、交流から直流を得る仕組みをその機器 (電球) に
内蔵しておく必要がある。このように交流から直流を得る回路を整流回路という (Fig.5.9) 。
D
Vs
整流回路
AC⇒DC
VO
VF
直流の負荷
電子回路, etc.
Vs
Fig.5.9 交流電源から直流を得る.
VO
RL
Fig.5.10 半波整流回路.
実際に商用交流から低電圧の直流を得るには、Fig.5.9 の入力側に示したように、変圧器で電圧を適当な値に
変換して整流回路に加えるのであるが、以下ではこれを省いている。
*4
Stanley, 5304 Series.
電気 · 電子回路 (前川)
47
5.3.1 半波整流回路
上の Fig.5.10 に示したのはダイオードを一本用いた最も簡単な整流回路である。これによって、Fig.5.11
に示すように、正負に振れる交流電圧の片側を取り出す事ができる。これを半波整流という。
但し、ダイオードが順方向バイアスで導通するのは、順方向電圧 (降下)VF を超えた時点なので、元の交流
電圧よりもその分低い波形となっている。また、逆バイアスについても、切り取られる元の交流入力が逆電圧
VR を超える事の無いよう、十分な余裕が必要である。
V
Vs
VO
t
Fig.5.11 半波整流回路の各部の波形.
このような波形を脈流という。これを改善するには、次の Fig.5.12 に示すようにダイオードの出力側に、負
荷と並列に静電容量 (コンデンサ) を接続する。
V
D
VS
C
VO
Vs
VO
RL
t
Fig.5.12 半波整流回路 (その 2).
Fig.5.12 の右に示した出力波形の減衰は、静電容量 C と負荷抵抗 RL による時定数 τ = RL C[s] で決まるの
で、脈動を低く抑えるには、これを交流の 1 周期よりも十分に長くとるようにする。
5.3.2 全波整流回路
半波整流では捨てている交流のもう片側も有効利用しようというのが、次の Fig.5.13 に示す全波整流回路
である。
これはダイオードを 4 本使ってブリッジを構成している。最初の半波で同図の端子 a が正 (+) とすれば、
ダイオードの D2 と D3 が順バイアスでオン (導通)、D1 と D4 が逆バイアスでオフ (しゃ断) なので、電流は
(a) =⇒ D2 =⇒ (c) =⇒ RL =⇒ (d) =⇒ D3 =⇒ (b)
と流れる。次の半波では電圧が逆になるので、ダイオードの D2 と D3 が逆バイアスでオフ、D1 と D4 が順
バイアスでオンとなり、電流は
(b) =⇒ D4 =⇒ (c) =⇒ RL =⇒ (d) =⇒ D1 =⇒ (a)
電気 · 電子回路 (前川)
48
と流れる。
a
a
D1
D2
D1
+
+
c
VS
D3
D4
VO
D2
c
VS
D3
RL
D4
b
VO
RL
b
d
d
Fig.5.13 全波整流回路 (ダイオードブリッジ式). 同じ回路を描き方を変えて示した.
従って、正負が交番する入力に対して、負荷 RL では何れも (c) =⇒ RL =⇒ (d) と同一方向の直流が得られ
る。また、その波形は次の Fig.5.14 のようになる事が分る。
V
Vs
VO
t
Fig.5.14 全波整流回路の各部の波形.
この回路では、導通時に二つのダイオードが直列に入るので、電圧降下は VF × 2 になる*5 。
この場合も、次の Fig.5.15 に示すようにダイオードの出力側に、負荷と並列に静電容量 (コンデンサ) を接
続して脈動分を減らすようにする。
a
D1
D2
+
c
VS
D3
D4
C
VO
RL
b
d
Fig.5.15 ダイオードブリッジ式全波整流回路 (平滑用コンデンサ付き).
用途によっては、以上の整流と平滑でそのまま電源として使える事もあるが、一般の電子機器は、もう少し
精密な直流電源が必要なので、整流回路の出力を安定化するための回路に通す事になり、そのためのダイオー
ド・ブリッジや “電圧レギュレータ” の類いがパーツとして多数用意されている。
問 5.2 Fig.5.15 の出力波形 (VO の波形) はどうなるか, 説明図を描きなさい.
*5
変圧器の二次側巻線のセンタータップが使えれば, ダイオード二個で全波整流回路を構成する事もできるが, 割愛する.
電気 · 電子回路 (前川)
49
5.4 トランジスタ
5.4.1 バイポーラトランジスタと電界効果トランジススタ
ここでは、増幅作用をもった半導体素子の代表であるトランジスタについて述べる。トランジスタには、接
合型トランジスタ (junction transistor) と電界効果型トランジスタ (field effect transistor; FET あるいは
metal oxide semiconductor FET; MOS-FET) がある*6 。
接合型トランジスタは、p 型と n 型のサンドイッチ構造で pn 接合を二つ持ち、エミッタ (emitter; E)、ベー
ス (base; B)、コレクタ (collector; C) の三つの電極がある。ベースに流す小さな電流でエミッタ-コレクタ間
の主電流を制御する。一つのトランジスタにおいて電子とホールの両方のキャリアが電流に寄与するので、バ
イポーラ (bipolar) 型と呼ばれ、BJT(bipolar junction transistor) と略記する事がある。この BJT には、p
型と n 型のサンドイッチ構造を逆にした npn 型と pnp 型がある。
一方、電界効果型トランジスタは、ソース (source; S)、ドレイン (drain; D)、ゲート (gate; G) の三つの電
極を配した p 型あるいは n 型の半導体であり、酸化皮膜等で絶縁したゲート電極にかける電圧で、その直下に
電子あるいはホールの流れるチャネルを作りソース-ドレイン間の電流を制御する。一つのトランジスタにお
いては、電子あるいはホールのどちらか一方が電流に寄与するので、ユニポーラ (uni-polar) 型と呼ぶ事もあ
る。電子をキャリアとするものを n-チャネル型、正孔をキャリアとするものを p-チャネル型と呼ぶ。
これらの回路記号をまとめると、次の Table 5.2 のようになる。
Table 5.2 各トランジスタの回路記号.(矢印は全て p から n に向う)
バイポーラ (BJT)
npn 型
C
B
電界効果 (MOSFET)
pnp 型
C
B
E
p-チャネル
D
G
E
G
S
(enhancement )
n-チャネル
D
D
G
S
(depletion)
D
G
S
(enhancement)
S
(depletion)
5.4.2 増幅とスイッチング
前述のように、トランジスタの機能は、BJT においてはベース (B) に流す微小な電流の変化でエミッタ
(E)-コレクタ間 (C) の電流を制御する事であり、FET においてはゲート (G) に加える微小な電圧の変化で即
ち電流や電圧の変化によって、ソース (S)-ドレイン (D) 間の電流を制御する事である。。
微小な入力信号に比例した出力を得る場合を増幅 (amplify) と言い、入力信号によって出力回路を入/切
(On/Off) する動作をスィッチング (switching) という。
電気信号であるから、入力・出力各ポートに二端子で、都合四つの端子がある。しかし、トランジスタは機
能的には三端子素子なので、そのうち一つを入出力の共通 (common) 端子として使う事になる。このような
共通端子を、電位の基準という意味も併せて接地 ground (またはアース earth) という*7 。Fig.5.16 に npn
型バイポーラ・トランジスタによるエミッタ接地増幅器の例を示す。
*6
*7
「接合型電界効果型トランジスタ」も存在する.
家電製品や避雷装置における「接地」は, 勿論安全の観点が重要で, 人体が電流経路となる感電事故を防ぐための措置である.
電気 · 電子回路 (前川)
50
+VCC
RL
RL
+
IC
RB I
B
vo
+
vi
IC
VCC
RB I
B
vi
VBE
vo
VBE
Fig.5.16 エミッタ接地増幅回路の例. 左図は右のように描く事も多い.
この回路は次のように描いてある。
• 一個の npn 型トランジスタを中央に配置してあり、左の vi が入力、コレクタから右に出ている端子の
vo が出力である。
• トランジスタのエミッタ (矢印が付いている電極) は、入出力で共通になっており、各電圧はこれを基
準としている。これをエミッタ接地という。
• エミッタを基準にした直流電圧 +VCC が、抵抗 (RL ) を通じてコレクタにかかっている。
• 入力電圧 vi が、抵抗 (RB ) を通じてベース=エミッタ間にかかっている。
• 従って、ベース=エミッタ間は順バイアス、ベース=コレクタ間は逆バイアスになっている。
• ベース=エミッタ間の順バイアスは pn 接合のダイオードと同じなので、ベース=エミッタ間電圧は
VBE = 0.6∼0.8[V] 程度である。
• pnp 型では、電圧の正負を逆にして、エミッタ、ベース、コレクタ間のバイアス関係を npn 型と同じに
する。
なお、Fig.5.16(左) の回路は、グラウンドの共通線や直流電源を省いて、右のように描く事も多い (接地を表
す記号にもいくつかのバリエーションがある) 。
トランジスタの増幅作用
バイポーラ型トランジスタの “エミッタ” はキャリアの発するところであり、npn 型では電子、pnp 型では
正孔が、エミッタからベースに注入される。一部はベース領域で再結合により消滅するが、大部分はコレクタ
に流れる。
バイポーラ型トランジスタで最も重要なパラメータはベース電流に対するコレクタ電流の比で直流電流増幅
率 hF E (あるいは β) である。Fig.5.16 のようにベースに IB が流れると、コレクタには、
IC = hF E · IB
(hF E ≈ 100)
(2)
の電流が流れる。直流電流増幅率 hF E はトランジスタによって色々な値があるが、一つの典型値として書
いた。
これをそのまま受け容れてもよいが、次のように理解する事ができる。
エミッタ電流 IE 、コレクタ電流 IC 、ベース電流 IB 間には次の関係が成り立つ (小数キャリアによる飽和電流は
省略)。
IE = IC + IB
(3)
電気 · 電子回路 (前川)
51
また、エミッタ電流 IE に対するコレクタ電流 IC の割合
α=
IC
IE
(4)
をベース接地電流利得と呼び、1 より僅かに小さい値である。これと式 (3) から、
IB = IE − IC = IE (1 − α)
(5)
なので、ベース電流 IB に対するコレクタ電流 IC の比率は
IC
IC
α
=
=
≜β
IB
IE (1 − α)
1−α
(6)
となり、エミッタ接地電流利得という。たとえば、控え目な値 α = 0.99 とすれば、β = 99 が得られる。
ここで、Fig.5.16 に示したエミッタ接地増幅回路の説明に戻ろう。
最初に、これがどのように動作するか、大まかな「傾向」を見ておこう。
ベース電流を流さない場合、vi = 0 なら IB = 0 でトランジスタのコレクタ-エミッタ間には電流は流れな
い。即ち、IC = 0 で、トランジスタはオフ (off) の状態である。このとき、出力 vo 、即ちコレクタ電圧 VCE
はどうなるか? 抵抗 RL による電圧降下がゼロなので、
vo (vi = 0) = VCE = VCC − IC · RL = VCC
である。逆に、入力電圧 vi を上げてベース電流を十分流した場合はどうなるだろうか?
vo (vi ≫ 0) = VCC − IC · RL < VCC
となる。つまり、「入力電圧 vi を上げると、出力 vo は下がる」ように、入出力の変化の方向が反転する事が
分かる。これを、次の例題 (+ 問) で数値的に確認してみよう。
例 5.2 Fig.5.16 に示したエミッタ接地増幅回路において、入力電圧 vi = 1.4[V] のとき、出力電圧 vo はいく
らになるか? 但し、hF E = 100、VBE = 0.8[V]、VCC = 12[V]、RB = 20[kΩ]、RL = 3[kΩ] とする。
答
まず、抵抗 RB に流れるベース電流 IB は、vi = 1.4[V]、ベース-エミッタ電圧 VBE = 0.8[V] なので
IB =
vi − VBE
1.4 − 0.8
=
= 30 [µA]
RB
20 × 103
従って、コレクタ電流 IC は、
IC = hF E · IB = 100 × 30 × 10−6 = 3 [mA]
となる。
出力電圧 vo = VCE は電源電圧 VCC から抵抗 RL に流れるコレクタ電流 IC による電圧降下を引いて、
vo = VCE = VCC − IC · RL = 12 − 3 × 10−3 · 3 × 103 = 3 [V]
となる。
(例題終り)
電気 · 電子回路 (前川)
52
5.4.3 コレクタ損失と定格
コレクタに流れる電流と、コレクタ-エミッタ間の電圧の積はトランジスタで消費される電力を表わす。こ
れをコレクタ損失と言い、PC と書く。これは、抵抗におけるジュール熱と同じように、トランジスタの熱と
なって消費される。なお、直流電流増幅率 hF E は温度に敏感で、温度が高くなると hF E も増加する性質があ
り、熱に対する配慮は重要である*8 。
上の例題では、IC = 3 [mA]、VCE = 3 [V] であったので、この場合のコレクタ損失 PC は、
PC = IC × VCE = 3 × 10−3 × 3 = 9[mW]
という事になる。
実際のトランジスタのデータシートには、絶対最大定格と電気的特性が明記されている。瞬時たりとも超え
てはいけない条件が絶対最大定格、hF E に代表されるトランジスタの性能を表わしたのが電気的特性である。
なお、絶対最大定格は「十分に余裕を持って」満すべきで、それを僅かに下回るから良いという事は無い。
具体的な実例として、
「2SC1815」という npn トランジスタ (低周波電圧増幅用) のデータシートから抜粋し
たのが次の表である。
Table 5.3 トランジスタの定格の例 (2SC1815 東芝データシートより抜粋).
絶対最大定格 (Ta = 25◦ C)
項目
記号
定格
単位
コレクタエミッタ間電圧
VCEO
60
V
コレクタ電流
IC
150
mA
ベース電流
IB
50
mA
コレクタ損失
PC
400
mW
接合温度
Tj
125
◦
C
電気的特性 (Ta = 25◦ C)
項目
記号
最小
標準
最大
単位
コレクタしゃ断電流
ICBO
–
–
0.1
µA
直流電流増幅率
hFE
70
–
700
コレクタ・エミッタ間飽和電圧
VCE(sat)
–
0.1
0.25
V
ベース・エミッタ間飽和電圧
VBE(sat)
–
–
1.0
V
トランジション周波数
fT
80
–
–
MHz
注意:この表は, トランジスタを理解するための抜粋である.
実際の使用に当っては, 原典を確認する事.
例題 5.2 のトランジスタがこの 2SC1815 であったとすると、ベース電流 (30µA)、コレクタ電流 (3mA)、
コレクタ損失 (9mW) は、何れも絶対最大定格より大幅に低く、これらを “十分に余裕を持って” 満している
事が分る。
また、「電気的特性」の表を見ると、直流電流増幅率 hFE の値に大きな幅がある事が分かる。つまり、実際
の回路設計は、個々のトランジスタの「個性」(バラツキ) を折り込むべきであると想像できる。
問 5.3 例 5.2 に引き続き、Fig.5.16 について考える。他の条件はそのままで、入力電圧を 1.4[V] を中心に
0.1[V] ずつ増減してみよう。即ち、
*8
一般の利用においても, たとえば,PC の冷却ファンの出入口を塞いではいけない.
電気 · 電子回路 (前川)
53
(1) vi1 = 1.3[V]、及び、vi2 = 1.5[V] に対する出力電圧 vo1 及び vo2 はそれぞれ幾らか?
(2) 上の結果から、この場合の入出力の比、 即ち電圧利得
Av =
vo2 − vo1
vi2 − vi1
を求めなさい。
5.5 回路シミュレータ
電気・電子回路を学ぶには、プリント基板、あるいはブレッドボードと呼ばれる組立キットを活用して実際
に回路を組み立てる事が重要であるが、それなりの装置が必要になる。
それに代わるものとして、
「回路シミュレータ」がある。その多くは、UCB で開発された SPICE(simulation
program with integrated circuit emphasis) と呼ばれる回路動作シミュレーション・ソフトウェアに、パーツ
の記号や電子回路を描く CAD を組み合わせた形態であり、実際の回路開発でも極めて有用である。
次の図、Fig.5.17 は、LTspice というツールに「教育専用」として付属しているサンプルの一つ、トランジ
スタの特性測定を、少しパラメータを変えて実行したスナップショットである。
Fig.5.17 回路シミュレータ LTspice によるトランジスタの特性
測定の例, エミッタ接地コレクタ特性 (IC − VCE ).
同図の下のウィンドウで、パーツや素子を配置して回路図を描画し、電源の条件等を定めてシミュレーション
ボタンを押すと、上にそのウィンドウが開き、各部の波形を確認する事ができる。回路画面の下にはシミュ
レーションの指示スクリプトが表示されている。
ここでは、npn トランジスタ (Phillips 社 2N2222) のエミッタ接地におけるコレクタ特性 (IC − VCE ) を、
ベース電流 (IB ) をパラメータとして測定しており、縦軸がコレクタ電流 IC 、横軸がコレクタ-エミッタ電圧
VCC で、ベース電流は 20[µA] ごとに 0∼100[µA] まで 5 本のデータを取っている。
電気 · 電子回路 (前川)
54
Fig.5.16 のエミッタ接地増幅回路を少し変形した回路を次に示す (Fig.5.18) 。この回路は、交流信号を繋
いで行けるように結合用のコンデンサ (coupling capacitor) を用いている。また、ベース抵抗は VCC に結ん
である。
VCC
RL
RB
C2
Q
C1
vo
vi
Fig.5.18 エミッタ接地増幅回路–その 2
まず、入力と出力に繋がれた静電容量 C1 、C2 は、直流分をカットし交流信号だけを通す。つまり直流に対
しては開放、交流信号に対しては短絡と考える。
従って、直流的には、トランジスタ Q は二つの抵抗 RB と RL で直流電源 VCC に接続されている事にな
る。ベース抵抗 RB と負荷抵抗 RL により、ベース・エミッタ間の pn 接合は順方向に、コレクタ・ベース間
の np 接合は逆方向に、それぞれバイアスされている。
この回路の動作をシミュレーションによって確認したのが、次の Fig.5.19 である。
Fig.5.19 Fig.5.18 のシミュレーション例.
この図では、入力の交流波形と、増幅された出力の交流波形を表示している。
問 5.4 Fig.5.17 に示した特性測定のシミュレーション画像から、直流電流増幅率 hFE を計算しなさい*9 。
*9
(言うまでもないが) 例として示した特性曲線をきちんと “読む” ための設問である.
Fly UP