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超電導送電 ―電力ロスを抑える次世代送電技術
技術動向レポート 超電導送電 ~電力ロスを抑える次世代送電技術 サイエンスソリューション部 シニアマネジャー 石原 範之 日本では年間に原発約 6 基分の電力が、送電中に電気抵抗などで失われている。このロス を減らす次世代送電技術「超電導送電」の開発が進んでおり、実用化に近づいている。 超電導は発見からおよそ 100 年がたっている はじめに が、その産業応用は医療用の MRI(磁気共鳴 (1) 超電導現象 は 1911 年にカマリン・オンネ 画像装置)など一部に限られてきた。超電導体 ス教授(オランダ)が水銀で発見した。水銀な で送電ケーブルを作り、電気抵抗による損失な どの特定の金属や合金を超低温に冷却するとあ く電気を送る「超電導送電」も、構想はあった る温度で電気抵抗が急激に低下し、ゼロになる が長らく実用化の目途がつかなかった。「高温 現象である。当時金属の温度を絶対零度まで下 超電導体」の発見により、冷却に高価な液体ヘ げると電気抵抗がどうなるかという論争があっ リウムを使用せず、安価な液体窒素で冷却が可 た。絶対零度では電子も凍って動けなくなるの 能となったが、ビスマス系やイットリウム系の で抵抗が無限大になるという説と電子の移動を 高温超電導体はセラミック であるため衝撃や 妨げるものがなくなるのでゼロになるという説 曲げにもろく、細くて長い線材に加工すること があった。オンネス教授は実験的にこれを確か が難しかった。 めるために、水銀の冷却実験を行い、4.2K で 電気抵抗が突然ゼロになることを発見した。 (2) しかし、高温超電導体を使ったケーブル製造 技術が進化し、曲げに強く長尺の超電導ケーブ 発見された当初、超電導状態を作り出すた ルの製造が可能となり、超電導送電の実用化が めには、超電導体を絶対零度(セ氏マイナス 近づいている。電力ロスを抑える次世代送電技 273.15 度)近くまで冷却しなければならなかっ 術として期待される超電導送電の現状と将来展 た。しかし、1986 年比較的高い温度で超電導 望について以下で述べる。 状態になる「高温超電導体」が IBM チューリッ ヒ研究所で発見された。高温超電導体は数種類 あり、それぞれ超電導状態になる温度は異なる 1. 送電の現状と超電導ケーブル 日本の発電所で作られる電力の約 4.8%は、 が、ビスマス系やイットリウム系の超電導体の 家庭に届くまでの送電中に電線の電気抵抗など 場合、それまでの水銀やニオブチタンなどの金 で失われている(電気事業便覧,2010 年)。年 属化合物系超電導体よりも大幅に高い温度で超 間総発電量は約 1 兆 kWh であるから、損失は 電導になる。このため、冷却に比較的安価な液 約 480 億 kWh にのぼる。これは 110 万 kW 級 体窒素(セ氏マイナス 195.8 度)が使用できる。 原子力発電所(稼働率 80%)で約 6 基分の 1 年 24 03_石原範之.indd 24 2013/11/19 17:41 超電導送電~電力ロスを抑える次世代送電技術 (3) 間の発電量、一般家庭にすると約 1,600 万世帯 の基本性能が高いが 、製造が難しいという特 分に相当する。 徴を持っている。 東日本大震災後、電力受給の逼迫から省電力 循環させる液体窒素は冷却ポンプで送り込 への取組みが課題となる中、送電ロスの低減に む。ケーブルの距離が伸びれば液体窒素の量も 効果を発揮すると期待されているのが、電気抵 増え循環させるための抵抗も大きくなる。長距 抗がゼロになる「超電導」現象を利用した超電 離ともなれば、一定の間隔で冷凍機と循環用ポ 導送電技術である。今、日本の企業や大学で、 ンプを備えた冷却基地が必要になる。冷却に必 実用化へ向けた開発が加速している。 要なエネルギー量はシステム全体での熱侵入量 住友電気工業は、超電導送電ケーブルの開発 と冷却効率などにより決まり、熱侵入の低減や に取組んでいる。同社の超電導交流ケーブルは、 冷凍機の冷却効率向上は超電導送電システムの 直径 15cm の断熱管に超電導素材でできた 3 本 経済性を考えるうえで非常に重要になる。 の芯線(超電導体)を通し、その周りに冷却用の 液体窒素を循環させる構造である(図表 1) 。二 2. 交流送電と直流送電 重の構造になった断熱管の間は真空になってお 通常の送電に交流と直流があるように、超電 り魔法瓶と同じ原理で熱の侵入を遮断している 導送電にも交流と直流がある。送電網の大部分 (図表 2)。住友電気工業以外にも古河電気工業、 は交流であり、ケーブルを除いて既存の送変電 フジクラ、昭和電線ホールディングスなどの電 設備をそのまま使えるため、超電導送電の開発 線メーカで超電導送電ケーブルの開発が進めら も交流がメインになっている。 れている。線材の材料には高温超電導体である 超電導交流送電の実用化への取組みで先行し ビスマス系超電導材料とイットリウム系超電導 ているのが、新エネルギー・産業技術総合開 材料が使用されているが、ビスマス系は製造が 発機構(NEDO)のプロジェクトの一環で開 比較的容易であり、イットリウム系は材料自体 発を行っている住友電工、東京電力、前川製 図表 1 超電導交流ケーブル(三心一括型) 図表 2 超電導ケーブルの構造 (資料)住友電気工業提供 (資料)各種資料より筆者作成 25 03_石原範之.indd 25 2013/11/19 17:41 作所である。3社は共同で東京電力旭変電所 として「高温超電導直流送電システムの実証研 (横浜市)に約 240m の超電導ケーブルを設置、 究」を 2013 年 4 月より開始した 。住友電気 2012 年 10 月から電力系統に連系し、一般家庭 工業と中部大学が研究開発してきた超電導ケー に送電する実証実験を行っている。1年程度を ブルや超電導送電の技術を活用し、千代田化 かけ性能を確認する計画で、同変電所では 60 工建設がシステム全体を取りまとめる。500m 万 kW(約 150 万世帯分)の電気を送っている と 2km の 2 つの送電線を作る予定で、2013 年 が、このうち、20 万 kW(約 50 万世帯分)を 度に送電ケーブルを製作し、2014 年度にまず 超電導送電に当てる。 500m の送電システムを設置する。500m では (4) 一方、超電導直流送電は、既存の交流送電網 太陽光発電施設からさくらインターネットが運 と接続する際に、電力変換設備が必要になると 営する石狩データセンターに送電する実験を行 いうデメリットがあるものの、①交流損(超電 う。その後、世界最長となる 2km のケーブルで、 導体に交流電流を流すと発生する特殊な電力損 商用電源とつなぎ、既存の交流の電流を直流に 失)がないため電気抵抗がほぼゼロ、②超電導 変換し送電する実験を行う。地元の自治体であ 交流送電に比べケーブルの断面積が小さく(芯 る北海道、石狩市、小樽市も実証事業を支援す 線が1本)、冷却コストが安い、③太陽光発電 る協議会に参加し、研究推進に協力を行う。 などの直流で発電される再生可能エネルギーと データセンターでは、大量のコンピューター 相性がいいなど、メリットが多い。特に、長距 と情報通信機器のほか、それらが発する熱に対 離送電でもほとんど電力損失がないことから、 応するための冷却システムや空調に膨大な電力 「究極の送電システム」と言える。 を使う。よって効率的な電力消費が極めて重要 日本における研究は、中部大学(愛知県春日 になってくる。計画では、同地域の太陽光発電 井市)がリードしている。同大学では 200m の 施設で作った電気をデータセンターに超電導送 超電導直流送電の実験施設(図表 3)を作り、 電で送る。コンピューターなどの IT 機器は直 2010 年に運転を開始している。 流で使うが、太陽光で発電した電気を直流のま 同大学を中心とした実験施設が、北海道石狩 ま送電することで、交流で送電する場合の変換 市の石狩湾新港地域で始まっている。千代田化 ロスを削減することができ、超電導化すること 工建設、住友電気工業、中部大学、さくらイン でさらに送電を効率化することができる。 ターネットの 4 者が経済産業省からの委託事業 プロジェクトの将来構想を図表4に示す。 2015 年以降には、稚内方面に 200km 程度ケー 図表 3 中部大学 超電導直流送電実験施設 ブルを延伸することも検討している。北海道に は風力発電や太陽光発電の適地があるが、それ らを電力消費地である大都市に送る基幹線が十 分整備されていないことが課題となっている。 超電導を使うと同じ銅のケーブルに比べて約 200 倍の大きな電流を送ることができるため、 超電導ケーブルを使って北海道各地の風力発電 所と太陽光発電所を基幹線と接続し、大都市に (資料)中部大学提供 送ることも可能になる。 26 03_石原範之.indd 26 2013/11/19 17:41 超電導送電~電力ロスを抑える次世代送電技術 図表 4 超電導直流送電の将来構想 (資料)石狩市ホームページ http://www.city.ishikari.hokkaido.jp/citizen/life/teitanso05052.html 3. 超電導送電の将来 現在、交流と直流の両方で開発が進んでいる 超電導送電だが、将来、どちらか一方に収斂さ いる。LNG は輸送の際にセ氏マイナス 162 度 の低温で液化されるが、この LNG 冷熱を利用 して液体窒素を作ることで、冷却コスト削減に つなげようというものだ。 れる可能性はあるものの、当面はそれぞれのメ 超電導直流送電は、原理的には電気抵抗がな リットを活かす形で実用化に向かっていくと考 いため限りなく遠くまで電気を送ることができ えられる。 る。このため、超電導直流ケーブルを使えば、 また、超電導送電には多くのメリットがある 夜間に電力が余っている国から、昼間の電力需 一方で課題もある。最大の課題は、交流、直流 要が大きい国に超長距離送電することも可能と ともに超電導ケーブルの冷却コストの削減であ なる。 る。ケーブルに液体窒素を循環させる際の電力 現在、国境をまたいで電力を融通し合う、国 消費はまだまだ大きい。冷却エネルギーが大き 際的な大規模グリッド(電力網)構想が、各国 いほど、電力システム全体の省エネ効果が減る で持ち上がっている。その1つが欧州で進めら ことになる。特に長距離送電になるほどコスト れている「デザーテック・プロジェクト」 で が増える。このため、冷却機の冷却効率向上や ある。アフリカの砂漠地帯に太陽光パネルや大 ケーブル内への熱侵入の低減は必須となる。 型風車を敷設し、再生可能エネルギーで発電し 先に述べた石狩湾新港地域の実証研究では、 (5) た電気を高圧直流ケーブルで欧州、北アフリカ、 省エネ化のため、同地域にある北海道ガスの液 中東諸国に送る計画だ。この大規模グリッドに、 化天然ガス(LNG)基地の利用が検討されて 超電導直流ケーブルを採用しようとする動きも 27 03_石原範之.indd 27 2013/11/19 17:41 図表 5 デザーテック・プロジェクト 参考文献 1. 電気事業連合会統計委員会編「電気事業便覧 平成 24 年版」 (2012 年) (資料)デザーテックプロジェクトホームページ http://www.desertec.org/ ある。 現在、日本の超電導ケーブルの性能は、世界 トップレベルである。今後、実証実験などを通 じて冷却システムを含めた超電導送電システム の完成度を高めれば、世界に先駆けて実用化で き、技術をパッケージ化し、グローバルに展開 することが可能である。 注 (1)「超電導」 と「超伝導」の2つの表記が使われる。 「超 電導」の表記の方が多く使われるが、意味上の違 いはない。語源である英語は Superconductivity であり、conductivity とは日本語で「電気伝導」 となる。「伝導」の方が訳語としては近いが「電気 伝導」で「電導」と略しても間違いではない。本 レポートでは固有名称以外は多く使われる「超電 導」とした。 (2) 基本成分が金属酸化物の材料を高温での熱処理に よって焼き固めた焼結体。 (3) 単位断面積あたりの流せる電流が多く、磁場があ る場合の特性も優れている。通常磁場が存在する と超電導体は流せる電流量が下がり、超電導にな る臨界温度が下がる。 (4) 千代田化工建設ニュースリリース 「経済産業省委 託事業(高温超電導直流送電システムの実証研究) を開始」(2013 年 6 月 17 日) http://www.chiyoda-corp.com/news/pressrelease/ 2013/061701.pdf #zoom=100 (5) デザーテックプロジェクトホームページ http://www.desertec.org/ 28 03_石原範之.indd 28 2013/11/19 17:41