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経営FOCUS 山本_110520.indd
モノづくり中小企業における
海外市場参入戦略
̶日本、韓国、シンガポールの中小企業の比較から̶
(一財)機械振興協会 経済研究所 山 本 聡
国内モノづくり中小企業の今後の方向性を「海外企業からの受注獲得」という視点から考
える。また、国内事例のみならず、韓国やシンガポールのモノづくり中小企業の海外市場
参入事例も紹介した上で、国際比較も行っている。
1.はじめに
外需要獲得の事例を簡単に紹介したい。アジア諸国・
地域の中小企業の「今」を写し鏡とすることで、国内
自動車や電機といった国内製造業は戦後から 1990
モノづくり中小企業に求められているものがより明確
年代初めまで、いわゆるフルセット型の産業構造を基
になるだろう。その上で、先行する国内モノづくり中
盤としながら、その国際競争力を発展させてきた。当
小企業の取り組みを紹介しながら、「どのように海外
該産業構造の中で、中小企業の多くは最終製品につな
需要獲得を実現するか」という問いに回答していく。
がる部品の供給や工程を担う存在として位置付けられ
てきた(以下、モノづくり中小企業)。言葉を変えれば、
モノづくり中小企業の大半は国内市場にのみ依存する
ことで、事業継続を成し遂げてきたのである。ところ
2.アジアのモノづくり中小企業は何をし
ているのか?
が、近年、「製造業の海外生産展開」や「アジア各国・
2.1 韓国中小企業の海外需要獲得
地域の製造業の競争力向上」が急激に進展することで、
韓国やシンガポールと聞いて、モノづくり中小企業
そうした構図はにべもなく崩れてしまっている。それ
の姿を思い浮かべることは少ないだろう。韓国では三
では、今後、どのようなかたちで事業継続を図ってい
星電子や LG といったグローバル大企業が経済を牽引
けばよいのだろうか。
している、といった印象が強い。また、シンガポール
本稿では「海外企業からの受注獲得(以下、海外需
のイメージはさしずめ、金融・観光立国といったとこ
要獲得)」という切り口から、この問いに答えていき
ろではないだろうか。しかし、それは大きな間違いで
たい。モノづくり中小企業が対峙すべき市場は何も国
ある。筆者が実施した実態調査からは、「アジア通貨
内だけには限られない。日本の市場よりもはるかに規
危機を一つの契機にして、韓国、シンガポール、台湾
模が大きい市場が海の向こうに存在するのである。後
の中小企業が事業継続のために海外需要獲得を強く志
述するように、シンガポールや韓国などアジア NIES
向していった」ことが明らかになっている。1990 年
諸国・地域の中小企業はアジア通貨危機以降、主要受
代後半の IMF ショックによる産業構造の変化により、
注先の海外展開など大規模な産業構造の変化に直面し
韓国中小企業にとって受注先となる国内大企業の数は
た。その中で、現地中小企業は事業継続のために海外
限られてしまった。そのため、国内市場にだけ目を向
受注の獲得を強く志向し、実現している。今後、国内
けるならば、必然的に 1 ∼ 2 社に売上を依存すること
モノづくり中小企業も「海外企業」を新規受注先とし
になる。これは経営上の大きなリスクである。そのた
て強く認識しながら、既存の取引関係の多角化を図る
め、韓国の中小企業は海外の大企業を受注先として、
ことが事業継続の指針の一つになるだろう。
強く意識することになったのである。以下に代表的な
本稿ではまず、韓国・シンガポールの中小企業の海
事例として、三星電子に金型を供給している中小企業
Vol.52(2011)No.5
SOKEIZAI
35
がなぜ、そして、どのように海外需要を志向・実現し
進出・集積したことで発展していく(Poh Kam Wong
(1999))。シンガポールの政府統計によれば、1996 年
たのかを見てみよう。
A 社(従業員数 140 名)は三星電子に白物家電用の
に HDD 産業の規模はピークを迎えるが、その結果、
金型と成形部品を供給していた。同社は「三星電子に
一国全体の製造業が HDD 産業たった一つに依存して
対して、24 時間どのような要求にも対応する」こと
しまった、といっても過言でない状況が生じたのであ
を求められる中で新たな金型技術を開発し、かつ関連
る。ある表面処理企業は、「1990 年代以前は売上の 6
する特許を取得していく。一方、三星電子に売上を依
割以上を HDD 関連に依存していた 」 とコメントして
存していたことから、経営上のリスクを平準化させる
いるが、これがその当時のモノづくり中小企業の平均
ために輸出を志向する。韓国政府による商談会などを
的な姿だった。ところが、1997 年のアジア通貨危機に
きっかけとして、1990 年代末から日本やオーストラリ
よって、多国籍企業は生産拠点を近隣の東南アジア諸
アの企業に、2008 年からは米国の大手自動車企業に金
国や中国に移転していく。その結果、製造業の縮小と
型やボディパネルを輸出するようになっている。その
空洞化が急激に進展していった(図 2)。
際、同社は「三星電子の一次サプライヤーでという評
判が米国企業との取引に大きく寄与した」と述べてい
電機産業
る。B 社(従業員数 100 名)も家電部品と自動車部品の
18
金型と射出成形部品を手掛けている。創業者・現社長
16
は三星電子の購買部の出身である。1996 年から三星電
14
子との取引関係を拡大していくが、1 社に売上を依存
12
するのが経営上のリスクにつながると考えた。また前
職での海外勤務での経験から、「海外市場におけるビ
ジネスを展開したい」と考えたこともあり、輸出を志
向する。1999 年にフランスのモールドショーに出展、
6
ヤーと取引を開始する。また、現在では、日本、アメ
機械合計:右軸
27
26
25
24
23
22
10
8
フランスやスウェーデン自動車企業の一次サプライ
その他/左軸
21
20
19
1996 1997 1998 1999 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
リカ、中国の企業と取引している。
注:ここでの製造業は一般機械、電気機械、輸送機械、精密機械
の合計値
このように、韓国の中小企業はグローバル大企業で
出所:Statistical Yearbook of Singapore より作成
ある三星電子との取引を通じて獲得した、
「技術」や「人
図 2 シンガポールの製造業の従業員推移(単位:万人)
材」、「評判」を活用しているのである。こうした個々
の企業の取り組みが幾つも積み重なることで、現在、
ところが、同国の製造業は 2003 年頃を境に再びそ
韓国は金型の一大輸出国になっている(図 1)。
の規模を拡大していく。その結果、2009 年時点での製
輸出金額
輸入金額
収支:左軸/
輸出指数(03=100):右軸
2000
1800
1600
1400
1200
1000
800
600
400
200
0
250
2005
2006
2007
2008
2009
機械、精密機械が製造業に占める割合が非常に拡大し
ていることがわかる(図 3)。ここで言う輸送機械・精
150
密機械は航空機・自動車や医療機械・光学機器といっ
100
た国内モノづくり中小企業が参入を志向している次世
0
2004
また、1996 年と 2009 年を比較すると一般機械、輸送
200
50
2003
造業の規模は 1996 年時点を上回るまでに至っている。
2010
CY
出所:Global Trade Atlas より筆者作成
図 1 韓国の金型輸出動向(単位:100 万 USD)
代産業なのである。なぜ、このようなことが可能だっ
たのだろうか。
この問いに対する回答の一つが、本稿の主題でもあ
る「国際化と海外市場参入」である。モノづくり中小
企業の多くは多品種少量で高付加価値な部品を手掛け
ながら、輸出や海外生産を志向し、国際化を推進、さ
らには航空機、医療機器といった次世代産業に参入し
ていったのである。C 社(従業員数 100 名:精密ダイ
36
2.2 シンガポール中小企業の海外需要獲得
カスト鋳造)は 1989 年に創業した企業で、創業者・現
シンガポールの製造業は 1980 年代以降、Hard Disk
社長はもともと欧州系の多国籍企業で営業を担当して
Drive(以下、HDD)を主とする欧米系の電機企業が
いた。現社長は自分の人脈をフルに活用して、同国内
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1996
2009
シア人、マレーシア人、タイ人、オーストラリア人お
18%
よびインド人を活用することで、各国の多国籍企業と
16%
14%
取引している。その上で、インドの自動車企業や欧米
12%
系企業のベスト・サプライヤー賞も獲得している。
10%
なお、海外需要獲得と言うと、為替リスクの存在が
8%
頭をよぎる。シンガポール企業はどのように為替リス
6%
4%
クを克服しているのだろうか。G 社(プラスチック射
2%
出成形)は欧米日の多国籍企業、例えば、スイス系の
0%
一般機械
精密機械
輸送機械
医療機器企業などに部品を供給している。その際、
出所:Statistical Yearbook of Singapore より作成
シンガポール・ドル、米ドル、欧州ユーロ、日本円、
図 3 シンガポール製造業の生産金額に占める各業種の割合
中国人民元、マレーシア・リンギ
でシンガポール企業や欧米系企業、日系企業から受注
といった幾つもの通貨を決済に用いることで、自社内
を獲得していく。ところが、2000 年に主要な顧客企
で通貨バスケットを組み、為替リスクを最小化させて
業が生産コストの高騰を理由にタイや中国に移転して
いるのである。G 社以外でも、数多くの企業が受発注
いった。そのため、事業を継続していくために輸出に
両方の決算に米ドルを使用するナチュラル・ヘッジを
焦点を当てていったのである。C 社の受注先は世界中
実践していることを付記する。シンガポールの金融産
に立地しているため、受注先に合わせて海外生産する
業は非常に高い国際競争力を誇っている。その知識・
よりも、シンガポール国内に自社の生産機能を集中さ
ノウハウが様々なかたちでモノづくり中小企業に移転
せた方がコストや品質管理の面で効率的だった。軽量
しているのである。
な精密小物部品を手掛けていたこと、また、シンガポー
金融産業からの知識の移転、ということでは H 社
ル国内に強力な物流産業が存在していたことも同社の
を紹介したい。同社は OA 機器や自動車部品のゴム成
輸出戦略の基盤になった。さらに、シンガポール政府
形部品を手掛けているが、1990 年代半ばには経営危機
の支援を受け、国際展示会や国際商談会に参加、現在
に直面している。その際に、同社の再建を担ったのが
では欧米やアジアの多国籍企業 50 社と取引している。
20 年以上に渡ってシンガポールの金融機関に勤めてい
事業分野も電機・電子、産業機器、自動車、航空機、
た現副社長である。それまで同社は売上の 8 割をシン
医療機器と非常に多角化している。
ガポール国内の HDD 関連産業たった一つに依存して
その他にも、シンガポール中小企業の海外需要獲得
いたのだが、現副社長入社以降、自動車業界や家電業
の事例を幾つか見てみよう。D 社(従業員数 135 名)は
界、OA 機器業界に順次、参入していく。加えて、ド
医療機器や光学機器、航空機部品、また衛星通信用の
イツ企業、オーストラリア企業、インド企業とジョイ
小型アンテナの精密部品も手掛け、シンガポールの著
ント・ベンチャーも設立、日本人や韓国人を管理職と
名な政府系企業や米国系企業やスウェーデン系企業と
して活用しながら、
取引している。航空機部品の生産では、精密加工や表
面処理をドイツ企業や英国企業に外注もしていて、ま
Denso、GM、Ford、VW、Audi、Toshiba、Philips、
さに、欧米の多国籍企業のグローバル・サプライチェー
Samsung、LG
ンのハブになっているのである。同社は米国の医療機
器企業のベスト・サプライヤー賞も獲得していること
といった日本、米国、欧州、韓国の著名な多国籍企業
を付記する。E 社(従業員数 300 名)も航空機や医療機
と取引関係を構築しているのである。このように、シ
器、半導体、光学機器の部品の精密加工を手掛けてい
ンガポール中小企業の経営陣には欧米の多国籍企業出
て、米国、フランス、英国、中国に輸出、珍しいとこ
身が多く、国際的な経験や人脈が豊富で、欧米系企業
ろではニュージーランドの企業とも取引をしている。
とのコミュニケーションにも熟達している。そうした
同社は幹部にフランス人の産業コンサルタントを活用
中小企業がアジア通貨危機後に主要受注先の海外展開
し、当該人材の欧州企業とのネットワークも活用しな
に直面する中で、海外需要獲得を強く志向・実現し、
がら海外企業から受注を獲得しているのである。F 社
事業継続を成し遂げていったのである。同時に、欧米
(従業員数 140 名:モールドベース製作)でも米国企業
系企業が市場支配力を有する航空機産業や医療機器産
出身の営業担当者がシンガポールに居住するインドネ
業に参入していったと言えよう。
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3.国内モノづくり中小企業における海外
需要獲得戦略
1.部品取引における顧客は個人ではなく、
企業である。
3.1 「部品取引」から見た海外市場参入
3.顧客企業とモノづくり中小企業は部品の開発や生
以上、韓国とシンガポールのモノづくり中小企業に
2.部品は「最終製品の機能」といった特定の目的に
規定される。
産に関して、積極的に情報を交換する。
おける海外需要獲得の現状を見た。本稿では割愛して
4.部品取引では過去に取引経験のある企業が取引相手
いるが、台湾の中小企業も同じように海外需要獲得を
として選ばれやすく、長期的な取引関係が成立しや
強く志向している。アジア NIES 諸国・地域の中小企
すい。そのため、交渉上の駆け引きといった短期的
業が海外市場で急速に台頭する中で、国内中小企業も
な利益追求のための企業行動がとられにくい。
海外市場参入を見据える必要があるだろう。それでは、
どうすれば海外需要獲得を実現できるのだろうか。こ
海外市場
海外市場
の問いに回答するためには、まず、「海外市場と国内
市場はどのように異なるのか」という問いに答える必
要がある。ありていに言えば、海外市場とは国内市場
情報のやりとり
以外の市場のことである。しかし、海外市場を単純に
国境で区別された市場と定義しては、海外企業からの
受注獲得の可否が、貿易関係法や通関・関税、外国為
替といった知識を取得するかしないか、ということに
なってしてしまう。それでは本質的な回答にはならな
い。少々、専門的な言い回しになってしまうが、本稿
顧客の顔が見える
顧客の顔が見えない
最終製品:顔の見えない無数の
消費者が対象
部品:顔の見える特定受注先が対象
図 4 部品取引は不確実性を緩和する
では海外市場を「格段に高い不確実性に直面し、その
対処に迫られる市場」として捉えたい。海外市場には、
最終製品の買い手は無数の消費者である。一方、モ
言語や法律、文化、取引慣行など様々な差異が存在す
ノづくり中小企業の買い手は企業である。加えて、対
る。そのため、
「どのような顧客が存在するのか」、
「自
象となる市場はえてしてニッチであり、世界広しと言
社技術にニーズはあるのか」といった情報を取得する
えども顧客企業の数は限られる。さらに、部品に対す
ことが難しくなる。これを経済学的には「不確実性が
るニーズは最終製品の機能の充足・向上という点で具
高い」と表現する。筆者が実施した事例調査でも、モ
体的に規定されるため、ニーズを把握しやすい。この
ノづくり中小企業の経営者から、
二点から、部品取引では海外の顧客企業の情報を収集
したり、自社技術の強みや優位性を顧客企業に情報発
「海外市場では、受注先がどこにいるのかもわからない。
信したりすることが容易なのである。さらに、顧客企
また、自社の技術が必要とされているのかもわからない」
業側も海外の優れたモノづくり中小企業から部品を調
「キチンと代金を支払ってくれるのかがわからない」
達するために、海を越えて能動的に情報収集・発信す
る誘因が存在する。部品の開発・生産には受発注両サ
といったコメントを頻繁に頂く。これらのコメントは
イドの緊密な情報交換が必要だからである。
経営者と海外市場との間に不確実性が厳然と存在する
また、顧客企業は往々にしてモノづくり中小企業に
証左だろう。日本を代表する大企業も不確実性の高さ
長期的な取引関係を要望してくる。その結果、様々な
から、海外市場では苦戦することが多い。そうした中
リスクが回避可能になる。例えば、海外企業が長期的
で、モノづくり中小企業の経営者が「海外需要獲得な
な取引関係を志向すれば、代金不払いのリスクを回避
ど不可能」と考えたとしても無理はない。しかし、本
できる。為替リスクも同様で、短期的な利潤を追求し
当にそうなのだろうか。海外需要獲得=輸出というと、
て、為替が変動するたび調達先を変更したら、最終製
古いところではウォークマンなどの電機製品や自動
品に弊害が生じるだろう。以上より、部品取引に付帯
車、最近では農産物やアニメが思い起こされる。これ
する不確実性は最終製品のそれよりも低い。そのため、
らは顔が見えない無数のエンドユーザーを対象とした
海外企業に部品を供給することは一般的に考えられて
最終製品である。一方、モノづくり中小企業が手掛け
いるよりも容易なのである。
るのは最終製品につながる部品である。高嶋・南〔2006〕
38
では、部品取引には以下のような特徴があると指摘し
冒頭で述べたように、国内モノづくり中小企業の多
ている。
くは海外需要獲得に積極的ではない。しかし、幾つか
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の企業は海外需要獲得の重要性に「気付き」、部品取
り、世界の市場動向を、当該シンガポール企業を介在
引の特徴を活用しながら、不確実性を克服する高度な
させながら把握している。
情報収集・発信能力を構築している。次節では、その
具体的な姿を見ていく。なお、紙幅の都合から、
「なぜ、
【情報発信能力】
海外需要獲得の重要性に気付いたか」についての記述
① 技術の見える化
は省略させて頂きたい。
上述した情報収集能力と表裏一体の関係にあるのが、
情報発信能力である。海外企業から受注を獲得するた
3.2 情報収集・発信能力
【情報収集能力】
めには、自社技術の情報を的確に情報発信することが
求められる。ところが、モノづくり中小企業が顧客企
まず、情報収集能力を見てみよう。モノづくり中小
業に提供するのは図面を貸与された上での「部品の成
企業の顧客企業の数は限られているため、情報収集が
形・加工サービス」であり、そこには無形性が付帯す
相対的に容易なのは先に述べたとおりである。例えば、
る。言い換えれば、技術は顧客企業にとって見えない
I 社(従業員数 160 名)は非鉄金属の建設機械用鋳造部
ものなのである。そのため、まずは「自社技術がいか
品を手掛けていて、鋼に銅合金を溶着させる技術を得
に優れているのか」を顧客企業に見えるようにしなけ
意とする。およそ 200 社から受注を獲得しているが、
ればならない。ここでも部品取引の特徴が介在する。
売上全体の 2 割は海外企業からの受注でまかなってい
N 社(従業員数 300 名)は繊維を射出するためのノズル
る。I 社と同じ技術を持つ企業は世界にスイス企業一
の穴加工を主に手掛けていて、韓国や中国、欧米の企
社しかなく、その企業をモニタリングしていればライ
業に輸出、海外売上割合は 4 割弱にのぼる。N 社は自
バル企業の動向がわかる。また、J 社(従業員数 97 名)
社が開けた穴に素材が流れる過程を社内の研究開発施
は船舶用エンジンカムでは世界シェア 60 % を獲得し
設でシミュレーションし、非常に仔細にデータ化して、
ている。「電子制御型エンジンの燃料噴射制御装置」
顧客企業に提示することで技術の見える化と品質保証
の開発・製造も手掛け、電子制御型エンジンでは世界
を成し遂げている(写真 1)。また、M 社も「自社の半
トップのフィンランド企業の一次サプライヤーになっ
導体検査装置用の治具の抵抗値を他社製品と比較して、
ている。J 社は中国地方の中山間部にいながらにして、
データシートにする」ことで自社技術を見える化して
既存の顧客企業からの情報やインターネットを活用す
いる。先述したように、部品の価値は最終製品の機能
ることで、世界の顧客企業や潜在的受注先、ライバル
向上に立脚しているため、データ化しやすいのである。
企業の動向など、業界全体の情報を把握・分析してい
当然だが、加工サンプルは自社技術を見える化させた
る。K 社(従業員数 140 名)は国内唯一の工業用フロー
ものである。M 社は積極的に国内・海外の展示会に出
ト製作の専業企業である。同社の最大の受注先は欧州
展しているが、そこでは幾つものサンプルを展示する。
自動車部品企業であり、売上全体に占める輸出の割合
同社の直接の顧客である半導体の検査工程の技術者は、
は 5 割を超えている。同社もインターネットや業界誌
半導体検査装置用の治具の良し悪しに精通している。
などから海外市場動向を精査し、受注獲得の狙いを定
そのため、同社のサンプルを見ることでその技術力の
めている。
高さを容易に理解することができる。
なお、船舶用プロペラの鋳造企業 L 社(従業員数
416 名)は世界各国の船舶企業と取引している。同社
社長は頻繁に海外に行き、ライバル企業の工場見学し
ている。そして、どこにどのくらい電気炉があるかと
いったことを全てデータ化することで、世界全体の市
場・技術動向を推定している。世界の船舶用プロペラ
の鋳造企業の数が限られ、お互いに顔が見えるからこ
そ、そうしたことが可能なのである。特筆すべきが M
社(従業員数 120 名)の事例だろう。M 社は半導体検
査装置用の治具の製造を手掛けているが、売上全体の
内、6 割が海外向けで米国企業、台湾企業、欧州企業、
中国内の欧米企業と取引している。現在、同社の株式
の内、40 % があるシンガポール企業の保有になってい
る。ライバル企業にシンガポール企業が多いこともあ
出所:筆者撮影
写真 1 N 社の研究開発・シミュレーション用施設
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39
② 技術のブラックボックス化
械企業でのテストデータ」や「製品の図表」などを同
顧客企業にとって、発注先であるモノづくり中小企
封した DM を送付している。
業との距離が離れれば離れるほど、調達コストやリス
また、金型の成形品のサンプルを HP に公開するこ
クが増加する。さらに、国境を跨ぐことで為替や関税
とも技術の見える化とその発信につながる。例えば、
といった調達コストも付与されるため、海外企業がモ
精密プレス金型企業の O 社(従業員数 56 名)は顧客企
ノづくり中小企業の技術を模倣する誘因は高くなる。
業に許可を取った上で、自社で製作した金型の成形品
見える化され、その価値が広く世間に情報発信されて
を HP で公開している。その結果、まずは国内大手電
いる技術ならばなおさらだろう。そのため、「模倣」
機企業から、プラズマテレビの金型を受注する。それ
をいかに防ぐか、といったことが重要になってくる。
が HP や口コミから評判になり、国内の他大手電機企
N 社は固有の技術である穴加工を 100 種類以上の微
業からも関連する金型の受注を得ていく。ついには、
細な切削工具を使って行っている。こうした切削工具
韓国大手電機企業が同社の HP を見て金型を発注して
は旧式のもはや市販されていない研削盤や顕微鏡を合
きた。現在では、売上の 8 割近くが海外向けであり、
わせた工作機械で一本一本、人の手を介在させて作ら
タイの自動車部品企業などにも輸出している。M 社も
れている。その中には直径φ3
米国の検索サイト企業に代金を支払うことで、検索サ
m 以下の切削工具も
存在する。また、M 社は技術流出防止のため、基本的
イトで自社名が上位にくるようにしている。
にめっきや熱処理、組立まで全て内製している。加え
て、K 社は設備機械をオーダーメイド化することで、
3.3 契約能力
その固有技術を模倣困難なものにしているのである。
海外企業との取引に付きまとう不確実性とその延長
線上にあるリスクを回避するためには、適切な契約を
締結することが求められる。I 社は自社技術の強みを
的確に認識して顧客に提示することで、「円建てでの
代金支払い」といった有利な契約を締結することが可
能になると指摘している。プレス企業 P 社(従業員数
80 名)はカナダの自動車部品企業からの受注が売上全
体の 1 ∼ 2 割を占めている。同社では当該企業と 1 ド
ル= 100 円∼ 90 円までは全て 95 円で計算、それ以上
(以下)になった場合は一方の超過利潤 / 損失を両社
で折半するといった契約を締結している。また、Q 社
出所:筆者撮影
写真 2 N 社は穴開け用切削工具をすべて自社で製作している。
(従業員数 163 名)はダイカスト鋳造による小型エンジ
ン用遠心クラッチ・ピストン・燃料コックの製造を手
掛けていて、売上全体の 10 % が海外企業向けである。
Q 社はドル建て取引を行うも、為替リスクを考慮して
③ 技術の発信
5 % の為替変動が生じるたびに価格を変更する契約を
見える化した技術をいかに海外企業に発信するかが
受注先と締結している。そうした契約には海外現地の
次のステップになる。最も直接的な方法は、海外企業
弁護士を介在させている。
にダイレクトメール(DM)を送付することだろう。海
40
外企業は HP 上に、購買部門の担当者の氏名や連絡先
3.4 営業代理店・専門商社などの活用
が掲載されていることが多い。そのため、直接、担当
なお、モノづくり中小企業の多くは従業員数数十名
者に DM を発送することが可能なのである。K 社の社
程度の規模である。そのため、自社のみで海外企業に
長はかつて、1 日 DM を 20 通、欧米の企業向けに送付
対する情報収集・発信や契約の締結をまかなおうと思っ
していた。現在では、インターネットや業界誌などか
ても、無理なことが多い。その際は、営業代理店や専
ら、潜在的な海外の顧客企業をリスト化し、その購買
門商社をうまく活用することが問われる。例えば、M
担当者に DM を送付している。応答があった企業はす
社は先述したシンガポール企業から紹介された営業代
ぐに訪問し、当該企業の開発担当者と面識を持つ。そ
理店を幾つも活用している。各営業代理店の従業員数
して、開発担当者に対しても、DM・パンフレットを
は数名ほどで同社の半導体検査装置用の治具を一つ売
折りに触れて送付することで受注を獲得している。I
るごとに、マージンを獲得する。そのため、M 社にとっ
社も同様に世界中の建設機械企業に「国内大手建設機
て、金銭的な負担はほとんどない。また、M 社は営業
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代理店の人材を日本に招聘し、現場実習させるなど代
理店教育にも注力している。J 社も「交流のある専門
4.おわりに
商社の人材を借りるかたちで、当該商社内に自社の専
以上、本稿では韓国・シンガポール・日本のモノづ
門部門を構築する」といったことを行い、受注を獲得
くり中小企業の事例を紐解きながら、海外需要獲得の
するたびに商社にバックマージンを支払っている。
必要性とその方法を見てきた。ドイツ系自動車企業と
専門商社の役割を理解するために、ある専門商社 R
取引している中小企業の経営者の言葉を借りれば、
社(従業員数 5 名)の事例を見てみよう。R 社は業務
用冷凍・冷蔵・空調用コンプレッサの部品の輸出を手
「欧米系企業は一度、契約を締結すれば、定期的なコ
掛けている。現社長は年に 5 ∼ 6 回は海外に行き、既
ストダウン要求もなく、契約期間中は安定的に受注を
存の顧客企業だけではなく、取引関係のない海外企業
獲得できる」
も飛び込み営業などで訪問している。こうした取り組
みで獲得した人脈や情報から、モノづくり中小企業の
経営者が海外企業を訪問する際の面談のアポイントか
ら始まって、スケジュールの調整や当日のルートの確
認、またレンタカーの手配・運転といった諸々の業務
「海外企業は世界中に生産拠点がある。そのため、日
本で良いもの、コスト的に見合うものを作っていれば、
発注してくれる」
「そのため、逆に海外企業との取引があることで国内
生産にこだわれる」
を全て行っている。
また、実際のビジネス・マッチングの際は、モノづ
とのことである。また、S 社*(従業員数 114 名:アル
くり中小企業の技術に対する深い知識も必要になる。
ミニウム鋳造・加工)は 2005 年頃から、欧米やアジア
そのため、顧客である海外企業や国内モノづくり中小
地域の国々の企業 20 社以上と取引に向けた活動を行
企業の工場を訪問し、現場から様々な事項を学んでい
い、そのうち 10 社近くと新規販売契約を成立させて
る。その結果、海外企業から図面とともに「このよう
いる。同社の経営者は
な部品が欲しいので見積もってくれないか」という依
頼が来た際に、「○○○社がこのような精度で、この
ように加工すると価格がこのようになる」といったこ
「海外のビジネス習慣が普通で、日本の社会の方が独
特である」
とをすぐに具体的に提示できる。さらに海外企業に対
する部品のメンテナンス業務(=現地企業へのメンテ
とコメントしている。本稿で示した事例やこの言葉か
ナンス依頼)や補修部品の手配といったことも手掛け
ら、国内モノづくり中小企業にとって、海外需要獲得
ることがある。また、輸入に関わる通関上の煩雑な手
は必要なことであり、可能なことだと強調したい。そ
続きも代行している。
のためには、経営者は「心理的な壁」を克服し、勇気
なお、専門商社は国内モノづくり企業と海外企業の
を持ってまずは一歩踏み出す必要がある。海外企業は
取引に介在する「代金回収のリスク」や「為替リスク」
つきあうべき顧客であり、むやみやたらに恐れる存在
を肩代わりする役割も担っている。R 社はモノづくり
ではないのである。
中小企業に代金を支払った後で、海外企業からの代金
を回収する。欧米企業などでは部門間の壁が高い。そ
参考文献
のため、調達担当者が自分の業績のために在庫を出す
1 )機械振興協会 経済研究所(山本聡編)〔2011〕『国内モ
ことを避けようと、日本から輸入した部品の運送を港
ノづくり中小企業における海外市場参入戦略』機械工業
の倉庫でストップしてしまうことがある。そうすると、
代金がしばらく支払われない。こうしたリスクを同社
が負担し、かつ、蓄積したノウハウを駆使して、海外
企業からの素早い代金回収を手掛けるのである。また、
為替リスクに関してもモノづくり中小企業と海外企業
との間に入って、「JPY/USD の為替レートが 95 円か
ら 105 円の間は一律で 1 USD = 100 JPY で取引。当該
範囲を超えて為替が推移した場合、超過利潤 / 損失の
経済研究報告書
2 )高嶋克義・南知恵子〔2006〕『生産財マーケティング』
有斐閣
3 )萩野源次郎〔2011〕「2.6. 実務的見地から見た国内モノ
づくり中小企業における海外需要獲得の必要性」機械振
興協会 経済研究所(山本聡編)『国内モノづくり中小企
業における海外市場参入戦略−日本、韓国、シンガポー
ルのモノづくり中小企業の比較から』
部分を二社で折半」といった契約を締結している。
* 萩野源次郎〔2011〕より抜粋
Vol.52(2011)No.5
SOKEIZAI
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