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標準勾配で切土した岩盤法面の崩壊事例 株式会社朝日土質設計
[論文 No.7] 標準勾配で切土した岩盤法面の崩壊事例 株式会社朝日土質設計コンサルタント ○笠原健司 土岐市役所建設部都市計画課 加藤 岐阜大学工学部社会基盤工学科准教授 原 剛 隆史 1.事例の概要 当業務は、標準切土勾配(1:1.2)で切土した岩盤法面の崩壊(崩壊規模:延長約 40m、 すべり面長さ約 40m、滑落高約 5m)について、崩壊機構を解明し、排土および切土補強土 工による対策を施したものである。 本事例は、工事に伴い崩壊が発生している(すなわちリスクが発現した)ことから、B タイプに属する事例とも言える。しかしながら、ここではその後の対応において潜在する さらなるリスクに着目し、適切な調査と検討からこれを最小限に回避した事例(C タイプ) として報告する。 なおリスクマネジメント効果の検証として、リスク対応の実際の工費と、リスクを回避 できなかった場合の想定工費との比較を行った。この結果、約 4,700 万円相当のリスクマ ネジメント効果を見込むことができた。 2.事業分析のシナリオ (1)初期崩壊の概要 表 1 崩壊の概要 当該法面は、切土前は遷急線明 瞭な凸状をなしており、淡青灰を 呈する塊状岩盤が地表に露出して 崩壊規模 崩壊形態 いた。このため地質調査を行うこ となく、標準法面勾配「1:1.2」に 地形 て切土された。 地質 しかしながら、当該法面は地質 備考 構造に崩壊素因を内在しており、 延長40m すべり面長40m 滑落高5m(図1) N15°W85°Wの節理に規制 滑落崖 くさび崩壊 (図2・3) N70°E70°Nの節理に規制 すべり面 平面すべり崩壊 N80°W23°Nの層理に規制 凸型尾根斜面 崩壊法面背後には明瞭な鞍部が形成されている。 凝灰質砂岩 崩壊法面は軟岩の安定最緩勾配である「1:1.2」で切土された。 崩壊は切土完了直後に発生、法面保護工は未施工であった。 発生時に震度2の地震があった。 かつ、岩盤緩みの兆候が認められる 異常地形(凸型斜面・崩壊背後の鞍部など)の端部に位置していたことから、切土による 緩みの助長を誘因とした、複合すべり崩壊(くさび崩壊+平面すべり崩壊)が発生した。崩 壊規模は、延長約 40m、すべり面長さ約 40m、滑落高約 5m と大規模なものであった(表 1、 図 1~図 3)。 崩壊発生時期は切土完了直後である。 -1- − 37 − 図1 図2 切土法面全景(崩壊直後) 滑落崖全景 図3 滑落崖の条痕 (2)崩壊後の潜在リスク ①地盤調査 崩壊発生後、管理者・地質技術者・学識経験 者を交え協議し、崩壊機構の解明・対策工方針 の決定を目的として、標準断面にてボーリング を 3 箇 所 ( L=43m )、 弾 性 波 探 査 を 2 測 線 (L=190m)、 比抵抗二次元探査を 1 測線(L=90m) 実施した(図 4)。 この結果、以下 5 点の調査結果を得た(図 5)。 <調査結果> ・ボーリング No.1~No.2 より、崩積岩塊層(Dr) と安定した基盤岩(Ms)の境界を確認するこ 図4 とができた。 調査地点位置図 ・すべり面は法尻より 20°程度の角度で直線状に繋がっていることが判明した。なおこの 角度は、踏査段階で滑落崖に確認された条痕と一致するものであった。 ・上記すべり面は、岩盤緩み面がすべり面へと発展したものと想定された。ボーリング No.3 の結果から、すべり面に発展する可能性のある岩盤緩み面が、崩壊背後斜面にかけ て連続していることが確認された。 ・弾性波探査により崩壊背後斜面に低速度帯が検出された。比抵抗二次元探査でも、同位 -2- − 38 − 置に高比抵抗帯が検出されており、崩壊背後斜面に、引張亀裂へと発展する可能性のあ る岩盤の緩みの著しい部分が存在することが確認された。 ・すなわち上記の結果より、崩壊背後斜面にも、すべり面や引張亀裂の発生素因が潜んで いることが明らかとなった。 ②潜在リスク 調査により崩壊機構を明らかとしないまま対策を施したとすれば、エリアが限定できず 対策が法面全域にわたった可能性があると共に、抑止工は選定されず、より緩勾配(1:1.5 ~2.0)での切土などが施された可能性がある。 この場合対策エリアが拡がることから、相当の工費の増大が見込まれる。また崩壊機構 に即した対策工となっていない(すなわち崩壊背後に潜むすべり面や引張亀裂の発生素因 に対して無対策となる)ため、背後斜面で再崩壊を生じた可能性が高い。 (3)リスク回避 ①対応方針 崩壊機構を踏まえた設計を行い、対策エリアを限定すると共に、緩みの抑止を目的とし た最小限の抑止工を計画した。具体的には、崩積岩塊を除去(1:2.0 勾配で切土)したうえ で、崩壊法面背後斜面においては、切土(1:1.2 勾配)で法面表層の安定を図るほか、鉄筋 挿入工により緩みを抑止することを提案した(図 5)。 <対策工> ・崩壊部は、崩積岩塊を除去(1:2.0 勾配で切土)したうえで植生工を施す。 (理由:被災部は緩み領域が全て崩壊しており、これを除去すれば安定した基盤岩が露出 するため。) ・崩壊背後斜面は、切土(1:1.2 勾配)と抑止工(鉄筋挿入工)を併用する。 (理由:崩壊背後斜面にも、すべり面や引張亀裂の素因である岩盤の緩みが潜んでいる。 背後斜面においては、切土により緩みを助長させないことが望ましいが、切土する場合 は、抑止工を併用することを原則とする。) 図 5 調査結果と対策工の概要(S=1/800) -3- − 39 − ②対応結果 本法面は 2010.3 に完成し、現在に至るまで安定を保っている(図 6)。 崩壊直後(2009.4) 現在(2011.8) 図6 法面の比較写真 3.データ収集分析 リスク原因は、前記の地質調査により解明した。 リスク回避に要した費用は、実績値を用いた。 マネジメントによりリスク回避しなかった場合の費用は、崩壊後の法面全域にわたる対 策工の工費と、再崩壊に伴う工費、以上 2 段階の工費を経験的な見地より推察し合算した。 4.マネジメント効果 以下式により算出した。 マネジメント効果=リスク回避しなかった場合の費用-リスク回避に要した費用 ここでリスク回避に要した費用については実績値(調査・設計費用 1,000 万円+工費 7,000 万円)を用いた。リスク回避しなかった場合の費用については、崩壊後の法面全域にわた る対策工の工費(10,700 万円)と、再崩壊に伴う工費(2,000 万円)、以上 2 段階の工費を 経験的な見地より推察し合算した。この結果、 (10700 万円+2000 万円)-(7000 万円+1000 万円)=4700 万円のマネジメント効果が得られた。 工費の概要を表 2 に、マネジメントフローを図 7 に添付する。 表 2 工費の概要 地質リスクを回避した事例 排土工(1:2.0)+切土補強土工(1:1.2) 工種 単位 3 土工 m 法覆工 m2 数量 地質リスクを回避しなかった事例 崩壊後の法面全域にわたる対策工工費 再崩壊に伴う工費 排土工(1:2.0)+切土工(1:1.5) 排土工(1:2.0) 工種 単位 3 数量 工種 単位 数量 3 2,320 2,120 15,730 土工 m 25,800 土工 m 3,250 法覆工 m2 5,200 法覆工 m2 枠工 式 1 枠工 式 - 枠工 式 - ロックボルト 式 1 ロックボルト 式 - ロックボルト 式 - U字側溝 m 240 U字側溝 m 360 U字側溝 m ①工費(万円) 7,000 ②工費(万円) 10,700 ③工費(万円) 80 2,000 (表中①~③の工費は、図 7 の①~③に対比) -4- − 40 − 標準最緩勾配(1:1.2)による切土施工 被災 地質調査実施( 崩壊機構確定) (費用1 ,0 0 0万円) 地質調査未実施( 崩壊機構不明) ①対策工(費用7,000万円) ②対策工(費用10,700万円) ・1:2.0勾配による崩積岩塊の排土 ・1:2.0勾配による崩積岩塊の排土 ・1:1.2勾配による滑落崖背後斜面の切土(部分的) ・緩勾配(1:2.0~1:1.5勾配)での切土(全法面) ・1:1.2勾配法面における地山補強土工法(部分的) 被災 ③対策工(費用2,000万円) ・緩勾配(1:2.0)での法面再整形 リスクを回避しなかった事例:費用12,700万円 リスクを最小限に回避した事例:費用8,000万円 リスクマネジメント効果:4,700万円 (表中①~③の工費は、表 2 の①~③に対比) 図7 リスクマネジメントフロー 5.データ様式の提案 本事例においては、マネジメント効果を、リスク回避しなかった場合の費用とリスク回 避に要した費用の差額で評価した。 ここでリスク回避をしなかった費用については、崩壊後の法面全域にわたる工費(10,700 万円)と、崩壊背後斜面での再崩壊に伴う工費(2,000 万円)、以上 2 段階の工費を合算す るものとした。ただし、リスク回避しない場合の事例は経験的見地に基づく推測であり、 第三者へ理解されやすい「構成」が必要である。 次頁表 3 に記す C 表については原案のまま記載したが、課題は、上記「構成」を理解で きるような分かりやすい表の構築にある。この解決策の一例として、図 7 に示すようなリ スクマネジメントフローの併記が考えられる。 -5- − 41 − 表3 C 表原案(修正なし)への記入 -6- − 42 −