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電気化学測定を用いためっき液の品質管理

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電気化学測定を用いためっき液の品質管理
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電気化学測定を用いためっき液の品質管理
電気化学測定を用いためっき液の品質管理
中山 直人*1
要 旨
電解めっき液中に設置した電極間の電位を制御することにより,めっき液の酸化還元反応を操作できる.反応
に応じて流れる電流を波形として取得・分析することにより,添加剤の増減と相関する指標の導出方法および不純
物の検出方法を開発した.
1. はじめに
今日,めっきプロセスは自動車部品や電子部品を
はじめとしてさまざまな業界で採用されている.これ
に伴い,めっきの品質に対する要求は細分化され多
様になっている.これらの要求に応えるために,めっ
き液メーカは用途に応じた添加剤を数多く開発して
いる.現在のめっき液には複数の添加剤が混合され
ており,これら個別の濃度を管理する必要がある.
添加剤管理手法のひとつとして電着試験がある.
金属板上に電流密度が連続的に変化するようにめ
っきし,その見た目からめっき液の品質変化を捉える
手法である.しかし,試験者の感覚の変化や個人差
による判断の相違のため,判断基準を安定させるこ
とや共有することが難しい.
また,もうひとつの添加剤管理手法として
CVS(Cyclic Voltammetry Stripping)分析がある 1).こ
の分析方法は,めっき液中に含まれる複数の添加剤
濃度を分析者が異なっても定量的に個別に導くこと
ができる.各添加剤濃度に対する CVS 測定の応答
における検量線を事前に取得する必要があるが,銅,
スズ,ニッケルの添加剤濃度を分析できる.
しかし,高精度にめっき液を管理するためには断
続的な添加剤濃度だけでなく,時々刻々と変化する
添加剤濃度や不純物濃度を連続的に捉える必要が
ある.分析間隔が長くなれば,それだけその間の生
産はリスクを負ったものになる.このリスクを極力小さ
くするため生産現場では分析間隔を狭める努力がな
されている.分析間隔を狭めるためには,生産装置
に分析装置を組み込むことによりめっき液の採取や
薬液の供給を自動化したり,オペレータや分析装置
を増やすことにより対応をしたりする必要がある.しか
し,大きな設備投資になるため,導入は容易でない.
図1
開発した小型電気化学測定器
また,CVS 分析装置をはじめとする各種成分分析
装置は,分析結果が出るまでに数十分から数時間の
時間を要し,常時監視に向いていない.この問題を
解決するために,当社ではめっき液の電気化学反応
に関する研究と,その知見を応用しためっき液品質
管理手法を開発している.また,この手法を生産現
場で手軽に使うため装置の小型化の開発も行ってい
る(図 1).めっき液をこの新しい手法で管理することは,
比較的少ない設備投資で連続的にめっき液の品質
をモニタリングできる可能性を有し,生産現場でのめ
っき液管理として非常に有効である.
本稿では,めっき液の電気化学測定技術の概要,
添加剤の増減と相関する指標の導出方法,および
不純物検出方法について紹介する.さらに,これら
の方法の有用性について実験結果を示す.
2. 添加剤・不純物センシングの原理と構成
2.1 CVS 分析の原理
CVS 分析装置のセンサ部は,対向電極(CE),参
*1 開発部 開発2課
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照電極(RE),および作用電極(WE)の 3 電極で構成さ
れている.RE と WE の間に印加した電位を制御する
ことにより,WE 上でめっき液の還元反応と酸化反応
が交互に起こるように繰り返す.このとき,WE と CE の
間にはこの酸化還元反応に応じた電流が流れる.
RE-WE 間の電位に対してこの電流をプロットしたも
のをボルタモグラムという(図 2).ボルタモグラムの電
流が負の領域ではめっき液の還元反応が起こり,こ
の反応に伴い固体化した物質が作用電極上に析出
する.一方,電流が正の領域では還元反応時に析
出した物の酸化反応が起こり,析出物が溶出する.
CVS 分析では,酸化反応時に検出された電流ピーク
の電気量を求める.この電気量は,還元反応によっ
て析出した物質の質量変化に比例する.また,還元
反応は添加剤濃度に対して依存性がある.よって,
図2
この電気量から間接的に添加剤濃度を求めることが
CVS 分析のボルタモグラム
できる.実際には,添加剤濃度が未知のめっき液に
既知の濃度の添加剤を数回に分けて添加したときの
電気量変化から添加剤濃度を求める.
しかし,滴定システムが必要なため装置が大型化,
高額化してしまい,また,測定時間も長くなってしま
う.
2.2 酸化還元両反応を利用した添加剤・不純
物センシング
図 3 は本稿で採用した基本的なボルタモグラムで
ある.電流が負の還元反応の領域において,
WE-RE 間には一定電圧を印加し一定電流でめっき
液中のめっき対象イオンを還元反応させる.電流が
図3
定電圧還元-電圧掃引酸化のボルタモグラム
正の酸化反応の領域では,析出物の溶出がすべて
起こる電位範囲を掃引し酸化反応させる.還元から
めっきに影響を与える金属などの無機不純物は,
酸化までの一連の反応を制御・測定し,酸化反応時
めっき物よりも還元電位が小さい物質である.還元電
に検出した電流ピークから電気量を求める.次に,
位をめっき物の還元電位以下,不純物の還元電位
還元反応時に印加する電位を変化させ,同様に還
以上に設定することにより,めっき物の還元反応は抑
元から酸化までの一連の反応を制御・測定し電気量
制された状態でめっき物よりも小さい還元電位を持
を求める.還元反応時の電位を変化させる目的は,
つ不純物を優先的に析出させることができる.この状
還元反応時の電流密度を変化させるためである.実
態を酸化させることにより,めっき物の酸化電流ピー
際のめっきでは,電流密度を制御してプロセスが行
クと不純物の酸化電流ピークが分離したボルタモグ
われる.還元電位を変化させながらボルタモグラムを
ラムが得られ,めっき物濃度に対して微量な濃度の
得ることにより,プロセスで行われている条件よりも広
不純物を容易に検出できる.
い電流密度範囲での析出物の変化を,電気量変化
から捉えることができる.添加剤濃度は,添加剤濃度
と相関する電流密度(または還元電位)における電気
量変化から,検量線を得て管理される.
2.3 ポテンショスタットの動作
センサ部の 3 電極はポテンショスタット回路により
制御される.図 4 はポテンショスタットの基本回路図
である.また,図 5 はポテンショスタット回路を用いて
電気化学測定した場合の概略モデルである.ポテン
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ショスタットは,演算増幅器を用いて作製する
2)
.波
形発生器(G)からの電圧 Eappl を,2 つの演算増幅器
(OA1 および OA2)で構成される反転増幅回路に入
力すると,RE の端子に-Eappl の電圧が印加される.
また,RE は OA2 で構成する非反転増幅回路に接続
され,入力インピーダンスを高くしている.よって電流
I は WE-CE 間で流れるよう規制される.一方,WE は
OA3 で構成する I-V 変換回路に接続されている.
WE の端子電圧はバーチャル・ショートにより常に 0 V
図4
ポテンショスタットの基本回路図
に保たれている.このような回路構成により,流れる
電流の大きさが変化しても WE には RE に対して常に
Eappl の電圧が印加される.このとき,RE は一般的に
銀-塩化銀電極を用いる.銀-塩化銀電極は,どのよ
うな液体に浸けたときでも同じ酸化還元電位 E°が発
生する構造になっている.よって実際は,WE には
Eappl–E°の既知の電位が印加される.WE-CE 間に
流れる I は,上記の I-V 変換回路によって I に比例
する電圧 IRc として検出する.
図5
ポテンショスタットを用いた電気化学測定の
概略モデル
3. 検証実験
3.1 検証に用いた装置
「2.2」で提案した手法がめっき液の添加剤または
不純物に対して感度を持つかを検証した.図 6 は検
証実験に用いた装置である.電気化学分析装置に
は ALS 製 CHI611A を用いた.WE と CE には白金電
極を用いた.イオン化傾向の小さい貴金属電極を用
いることで,電圧制御により電極材が酸化還元反応
しないようにした.RE に銀-塩化銀電極を用いた.
WE,RE,および CE の 3 電極は各電極の間隔が一
図6
検証実験装置
定となり,WE と CE 上で起こる酸化還元反応がお互
いの電極近傍の液体濃度に変化を与えないよう,仕
切りを設けた電極ホルダを使用した(図 7).めっき液
はホットスターラーで 50°C に保温し,撹拌子により回
転数 1000r/min で撹拌した.
3.2 検証内容
測定対象としてワット浴(硫酸ニッケル 270 g/L,塩
化ニッケル 55 g/L,およびほう酸 37 g/L の混合溶液)
を用意した.還元電位は-0.5 V から-2.1 V の範囲を
0.2 V 間隔で変化させた.電流密度範囲に換算する
と,0 から 40 A/dm2 となる.実際のプロセス条件は 10
A/dm2 であり,還元電位-1.2 V に相当する.還元時
間は 10 s とした.酸化電位-0.5 V から+1.5 V の範囲
を 0.05 V/s の速度で掃引し,電流波形を得た.得ら
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図 7 センサ電極
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れた波形から酸化電流ピークを検出し,電気量を求
めた.そしてこの電気量と以下の関連性を確認した.
まず,上記のめっき液に光沢剤を添加した場合の
添加剤依存性を確認した.
次に,不純物として銅イオンが微量に混入してい
るワット浴を再現するため,上記のめっき液に硫酸銅
(II)溶液 10%(w/v)を添加した.このときのワット浴中に
おける銅不純物検出の可否を確認した.
図8
4. 実験結果および考察
還元電位に対するニッケル酸化ピーク電気量
4.1 酸化電気量の添加剤依存性
求めた電気量の添加剤依存性を図 8 に示す.還
元電位に対する電気量を示している.電気量は添加
剤濃度に対して負の相関関係があった.添加した光
沢剤の,実際のめっきプロセスでの濃度管理幅は 3
から 8 mL/L であるのに対し,実験では 0 から 8 mL/L
になるよう 1 mL/L ずつ添加し,その都度測定し電気
量を求めた.還元電位-1.1 V と-1.3 V について,添
加剤濃度に対する電気量変化をプロットしたものを
図 9 に示す.還元電位-1.3 V は,大きい感度で添加
剤濃度上昇に伴う電気量の減少傾向は見られるが
図 9 光沢剤濃度に対する
ニッケル酸化ピーク電気量
相関が弱い.これは,流した電流の一部が水の電気
分解反応にも使われ,この反応により発生した水素
ガスによる気泡の影響も受けたためと考えられる.還
元電位-1.1 V では線形近似で R2=0.9838 となり,ほ
ぼ完全な相関が得られた.
4.2 ワット浴中における銅不純物検出
硫酸銅(II)溶液 10%(w/v)をワット浴に添加した場合,
ボルタモグラムでは還元電位-1.7 V のときの酸化電
位 +0.3 V に ピ ー ク が 出 現 し た . 硫 酸 銅 (II) 溶 液
10%(w/v) は , 硫 酸 銅 五 水 和 物 濃 度 が 100ppm ,
図 10 還元電位-1.7 V,酸化電位+0.3 V で
出現するピーク
500ppm,および 1000ppm になるように添加した.硫
酸銅五水和物濃度が 100ppm のとき,銅元素はイオ
ンの状態で 22.7ppm の濃度で含まれていることを
ICP 発光分光分析により定量した.よって,ワット浴中
の銅イオン濃度 22.7ppm から 227ppm における不純
物検出を試みたことになる.そのときのピーク変化を
図 10 に示す.また,銅イオン濃度変化に対するこの
ピークの電気量変化を図 11 に示す.検出されたピー
クの電気量はワット浴中の銅イオン濃度に対して正
の相関関係が見られた.プロットに対して線形近似
曲線を引くと R2=0.9669 となり,ほぼ完全な相関が得
図 11 銅イオン濃度に対する銅酸化ピーク電気量
られた.
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以上のように,生産条件を中心として生産条件より
も高い電流密度から低い電流密度まで広い電流密
度範囲における電気量を求め,その中から添加剤濃
度や不純物濃度の変化に相関する測定条件を見つ
けて検量線を得る.これにより以後の管理では見つ
けた条件のみの測定で結果が得られ,添加剤濃度
や不純物濃度を短時間で定量的に管理できると考
えている.
5. まとめ
本稿においてめっき液の新しい電気化学分析手
法による管理を示した.さらに,この手法がめっき液
の添加剤または不純物に対して感度を持つかを実
験により検証した.提案した手法は,比較的少ない
設備投資で連続的にめっき液の品質をモニタリング
できる可能性を有し,生産現場でのめっき液管理と
して有効と考えられる.この手法を生産現場で実施
するため,測定器を小型化し,操作性を向上させた.
今後は,複数の添加剤を含むめっき液に対する,各
添加剤濃度を個別に定量測定する手法の開発や,
連続モニタリングのための電極を開発していく.
中川 義章*2
参考文献
1) 小谷秀人: CVS分析装置による電解銅めっき液の
分析,表面技術,Vol.54,No.4,2003
2) 大堺利行,加納健司,桑畑進: ベーシック電気化
学,p106
*2 開発部 開発2課
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