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審査の要旨

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審査の要旨
論文審査の要旨
博士の専攻分野の名称
博
士
(
心 理 学
)
学位授与の要件
学位規則第4条第1・②項該当
小
氏名
谷
英
文
論 文 題 目
現代困難患者の心理療法機序
―新たな人格変化理論の構築に向けて―
論文審査担当者
主
査
教
授
岡
本
祐
子
審査委員
教
授
深
田
博
己
審査委員
教
授
前
田
健
一
〔論文審査の要旨〕
本研究は、精神病や人格障害を包含する難治・困難患者群に着目し、その治療機序の鍵を握
るシゾイド機制の心理的メカニズムを、著者の自験例をもとに、精神分析理論にもとづく発達
的な視点、および心理療法の技法的な視点からその理解の有効性を実証的に示したものであ
る。本論文は、以下の 5 章から構成されている。
第 1 章「困難患者の心理療法に関する研究の動向と課題」は、第1節「心理療法研究の動向
と課題」、第2節「難治性患者と困難患者に関する研究動向と課題」、第3節「心理療法の現代
的困難性」、第4節「現代困難患者に対する治療技法の必要条件」、第5節「本研究の目的と手
順」からなる。第 1 節では、日米英の代表的臨床心理学学術誌 4 誌における原著論文の全てを
レビューし、わが国の臨床心理学誌は、その多くが事例研究であり、理論研究の展開が薄いこ
とを示唆した。第 2 節では現代の困難患者を定義し、その治療機序の鍵がシゾイド機制である
ことを述べた。第 3 節では、現代困難患者の力動的特徴と治療的課題を自験例によって明確化
した。第 4 節では、心理療法技法を再検討し、技法構成 3 要素のクライエント、セラピスト、
相互関係の再編が課題であることを述べた。第 5 節では、①困難患者の心理療法に関する人格
と技法理論の再構築、②困難患者の心理療法典型例の事例研究、③現代困難患者の心理療法技
法と人格変化メカニズムの再構成という本研究の目的が述べられた。
第2章「困難患者の心理療法に関する理論構成の試み」は、第 1 節「日本人の社会システム
論的人格構造理論」、第2節「人格障害力動の理論的検討」
、第3節「力動的人格変化と臨床性
格査定法」、第4節「人格変化の理論構成」からなる。第 1 節では、精神分析的人格構造理論
の原型となっている欧米人の人格社会システム構造とは異なる日本文化における社会的無意
識の構造論的仮説を提示した。第 2 節では、困難患者は境界性人格構造への固着や退行による
人格変化困難性が基底にあることを述べ、早期発達対象関係理論と精神病理を解析的に提示し
た Horner(1979)理論を治療理論の基軸に定めた。第 3 節では、困難患者の人格変化に抗する
力学を再検討し、人格を安定的に維持する力学を提示した。この概念図式を ΔF=AΔx と数式
化して人格構造の微分的変化の可視化を試み、瞬間力動を捉える介入の可能性を示した。
第3章「現代困難患者、難治性患者、困難患者の心理療法中核機序」は、第 1 節「青年期引
きこもりの心理療法機序」、第 2 節「統合失調症の心理療法機序」、第 3 節「シゾイド性人格障
害の心理療法機序」、第4節「反社会性人格障害の心理療法機序:狂気、依存、安全空間」か
らなる。第 1 節では、引きこもり事例の青年期特有のシゾイドリトリートへの停留から脱却す
る力動機序を描き出した。第 2 節では、統合失調症の事例より、その変化機序は、シゾイド基
底が定まる絶対的な安全空間にあり、「身体に直結する物理的安全空間」とそれを生産活動に
よって確認する「就業を伴う安全空間保証」の組み合わせによることを示した。第 3 節では、
困難患者の心理療法展開の契機の理論化を進めた。第 4 節では、反社会性をもつ事例について、
患者の特徴的な心理力動的 4 様態を分析した。
第4章「現代困難患者の心理療法技法論の再構成:シゾイド基底からの人格変化メカニズム」
は、第1節「治療技法の新展開:揺動的平衡論とセラグノーシス」、第2節「安全空間生成機
序と技法:多元統合療法原理から」
、第3節「青年期基底欠損の安全空間力動治療機序:集団精
神療法の有効性」、第 4 節「シゾイド性現代困難患者の心理療法機序:人格基底力動理論の可能
性」からなる。第 1 節では、狂気による揺れでさえ、人格機能の再生を図る機序になることを、
力動展開の数式を用いて示した。第2節では、ここまでの事例研究による心理力動と対応する
技法の再検討によって、安全空間保持の弱い人格障害及び青年期の心理治療に個人療法と集団
療法を組み合わせるコンバインドセラピィが有効であることを述べた。第 3 節では、安全空間
の再体制化と治療的効果の関係を患者の体験目録の分析によって検討した。 第 4 節では、典
型的シゾイド性患者の治療機序を、本研究で再編した理論と技法による長期にわたる精神分析
的事例研究によって再構成し検討した。
第5章「結論」は、第1節「本研究の成果」および第2節「研究意義と今後の課題」からな
る。第 1 節では、本研究の成果として、①難治性患者と困難患者の再定義と力動的治療機序変
数の同定、②人格障害力動と人格変化理論の数式による可視化の可能性、③重度現代困難患者
の困難状態に停留する力動の解明の 3 点が示された。第 2 節では、これらの理論、実践技法、
成果の安定性を高める実証研究の展開と技法の伝達が今後の課題であることが示唆された。
本論文は、臨床心理学、中でも精神分析的心理療法に関する研究として、以下の 3 点におい
て、高く評価することができる。
1. 心理療法の適用が困難なシゾイド機制をもつ患者の心理的メカニズムを、精神分析的発達
理論によって整理し、著者の心理療法の自験例によってその理解の有効性を示したこと。
2. 現代困難患者の発達・適応に至った心理的メカニズムを、著者の開発したコンバインドセ
ラピーによって実践的に裏付け、この心理療法技法の有効性を示したこと。
3. 治療の困難なシゾイド機制をもつ患者の力動的変化が連続線上に固定されるものではない
ことを、力学方程式を導入して、揺動力動的変化を可視化したこと。つまり、心的体験の
ミクロ的視野を開拓し、瞬間瞬間の量子力学的変化を機軸とする場の力学と心的エネルギ
ーの力学を交差させる技法展開の道を開いたこと。
以上、審査の結果、本論文の著者は博士(心理学)の学位を授与される十分な資格があ
るものと認められる。
平成 24 年 2 月 13 日
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