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東海大学 2003 年度 卒業論文 熱帯海洋気候研究(TOCS)データを用

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東海大学 2003 年度 卒業論文 熱帯海洋気候研究(TOCS)データを用
東海大学
2003 年度
卒業論文
熱帯海洋気候研究(TOCS)データを用いた
西部熱帯太平洋におけるバリアレイヤーの特性
指導
東海大学
轡田
邦夫
海洋学部
0AOG4205
矢向
教授
海洋科学科
克行
要旨
西部熱帯太平洋は大気海洋相互作用が盛んな海域で、同海域での海洋変動を知ることは
全球規模の気候変動を理解するために必要不可欠である。本研究では大気海洋相互作用の
解明を目的とした熱帯海洋気候研究(TOCS)計画による 1995 年 7 月∼2000 年 9 月における
CTD,XCTD データを用いて、赤道上、138ºE∼156ºE を対象海域とし、表層の等温層内に
おいて塩分躍層によって形成された密度躍層と等温層下端の間の層で定義されるバリアレ
イヤーの存在とその変動に注目した解析を行った。また、これらの実態および要因を明ら
かにするため、World Ocean Atlas による水温・塩分の気候学的月平均値、衛星散乱計によ
る海上風と外向き長波放射(OLR)データを用いた。
特徴的な時期として、バリアレイヤーがほとんど見られないケース(1998 年 1 月)と気候
値に比し顕著に厚くなったケース(1999 年 11 月)に注目した。これらの要因として、前者は
1997-98 エルニーニョ期に相当し、太平洋中部海域上で貿易風が弱まることに起因し等温層
が浅くなった結果、バリアレイヤーが消失したと言える一方、後者はラニーニャ期に相当
し、西部熱帯太平洋において、OLR の低下が認められることより、降水量の増加が表層に
おける塩分勾配を変化させた結果、混合層が浅くなりバリアレイヤーが厚くなったと推測
される。
以上より、西部熱帯太平洋におけるバリアレイヤーの厚さの変動は、エルニーニョ・ラ
ニーニャ現象の発生と関係あることが示唆される。
目次
第1章
第2章
2-1
2-2
2-3
2-4
2-5
2-6
2-7
第3章
3-1
3-2
第4章
4-1
4-2
第5章
はじめに
使用データ・解析方法
Tropical Ocean Climate Study データ
World Ocean Atlas 98 データ
海上風データ
外向き長波放射データ
海水の密度の計算方法
平年偏差の計算方法
バリアレイヤーの定義・計算方法
西部熱帯太平洋の海洋構造
気候値
バリアレイヤーの厚さの変動の特徴
事例解析結果
1998 年 1 月
1999 年 11 月
まとめと今後の課題
謝辞
引用文献
図
・・・1
・・・2
・・・3
・・・6
・・・6
・・・7
・・・8
・・・9
・・・10
・・・11
・・・12
・・・13
・・・14
第1章
はじめに
西部熱帯太平洋は全海洋中で最も海面水温が高く暖水プールと呼ばれており、大気海洋
間の相互作用が盛んな海域である事から、同海域の力学機構を知る事は全休規模の気候変
動を理解する上で必要不可欠であると考えられる。暖水プール域は海面水温が高いことで
特徴付けられる海域であるが、また過剰な降雨によって大気から海洋へと入る正味の淡水
フラックスによる低塩分域がしばしば拡がることで特徴付けられる。その場合、等温層内
において塩分の鉛直方向の顕著な変動に起因する密度の鉛直勾配が生じるため、塩分変動
が力学高度をもたらし、その結果海流変動などの力学的機構に大きな影響を与えているこ
とが報告されている(安藤他,2002)。また過去の研究において同海域はエルニーニョ・ラニ
ーニャ現象の発生源として重要との指摘もある。
塩分変動の重要性が示唆される中、Lukas and Lindstrom (1991)
により示された「バ
リアレイヤー説」が注目されている。バリアレイヤーとは、等温層中において塩分によっ
て形成された密度躍層によって境界付けられる層を指し、混合層と水温躍層上端との間の
塩分躍層によって上下の温度の混合が妨げられ、海面水温を上昇させる効果を持つ。海面
水温が上昇することで大気海洋相互作用が活発になるため、この「バリアレイヤー説」は
近年注目されてきた。
しかし、このように同海域における塩分変動の重要性が示唆される一方、長期にわたる
海洋内部の塩分観測は少ない。このような状況の中で、Tropical Ocean Climate Study (TOCS)
計画は、El Niño and Southern Oscillation (ENSO)現象 を含む西部熱帯太平洋での大気海洋相
互作用における力学機構の解明を目的とし 1993 年から観測を続けている研究計画である。
同海域に展開されている Tropical Atmosphere-Ocean / Triangle Trans-Ocean buoy network
(TAO/TRITON)
ブイ観測では 1999 年より最大深度 750mまでの塩分も観測されている。
TOCS によって観測された海洋深部最大 2013mまでの 1m毎の塩分データは非常に有効な観
測と言える。
本研究では、TOCS で観測された Conductivity Temperature Depth (CTD) ・Expendable
Conductivity Temperature Depth (XCTD) データを用いて西部熱帯太平洋におけるバリアレイ
ヤーの厚さの変動に注目して解析を行った。
第2章 使用データ・解析方法
2-1
Tropical Ocean Climate Study データ
Tropical Ocean Climate Study(TOCS)計画とは、El Niño and Southern Oscillation (ENSO)を含
む西部熱帯太平洋での大気海洋相互作用における力学機構の解明を目的として、日本海洋
科学技術センター(Japan Marine Science and Technology Center :JAMSTEC)が 1993 年から
2000 年において R/V Kairei と R/V Kaiyo を用いて西部熱帯太平洋において行った観測であ
る。
本研究では 1995 年7月から 2000 年 9 月までにほぼ年 2 回、Conductivity Temperature Depth
(CTD)と Expendable CTD(XCTD)を用いて観測された水温・塩分データを使用した(各航海
の時期と CTD・XCTD の観測数については表 1 を参照)。使用データの詳細に関しては梅沢
(2003)を参照願いたい。
水温・塩分データは深度 1m から 1000m まで 1m毎のデータである。ここで水温・塩分
データの最浅部が 1m でない場合 1m から 10m を混合層と仮定し、そのデータファイルの
中で最も浅い深度のデータをそれより浅い深度において同一とした。例えばデータが 7m か
らしかなかった場合、7m のデータを 1m から 6m における値とした。
本研究では赤道上、138ºE∼156ºE における水温・塩分データを用いた。
表1.各航海の時期と CTD・XCTD の観測数
観測期間
CTD XCTD
50
0
1996.01.24~1996.02.23 66
0
1996.07.08~1996.08.01 48
0
1997.01.27~1997.02.25 61
0
1997.08.05~1997.08.27 47
0
1998.01.04~1998.01.30 49
0
1998.08.17~1998.09.09 36
0
1999.01.28~1999.02.28 89
31
1999.10.20~1999.11.20
78
53
2000.08.26~2000.09.28 79
39
1995.07.01~1995.07.22
2-2
World Ocean Atlas 98 データ
World Ocean Atlas 1998(WOA98)は、National Oceanic and Atmosphere Administration
(NOAA)傘下の National Oceanographic Data Center (NODC)から発行された World Ocean
Database 1998(WOD98)を基に作られたデータセットである。WOA98 は NODC が 1994
年に発行した World Ocean Atlas 1994(WOA94)に WOA98 発行後、Intergovernmental
Oceanographic Commission(IOC)/NODC Global Oceanographic Data Archaeology and Rescue
project (GODAR)から得られたデータを追加し、拡張したものである。
データは NODC にある 1977 年から 1998 年までに約 5,400,000 の観測点で得られた
Salinity Temperature Depth (STD),Conductivity Temperature Depth (CTD),Mechanical
Bathythermograph (MBT), Expendable Bathythermograph (XBT)などで観測されたデータか
ら利用できる全ての水温、塩分、溶存酸素、飽和酸素量、Apparent Oxygen Utilization
(AOU)、リン酸塩、亜硝酸塩、珪酸塩、クロロフィルのデータを利用したものである。
このデータセットでは品質管理のため、観測された値がその海域で有効な範囲内にあ
るかどうかを調べる Range check、統計的に標準レベルから外れた値を除去する Standard
deviation check などが行われている。データは海面から海底(最大 5500m の深さ)の間
での標準深度レベルで一貫して客観的な方法で解析され、東西方向には 0.5ºE∼0.5ºW、
南北方向には 89.5ºS∼89.5ºN までの 1º 格子で編集されている。表2に塩分、水温の年
平均における標準深度レベルを示す。
データセットは年平均値、季節平均値、月平均値の3つがあり、本研究では年平均値
と月平均値を用いた。
表2
World Ocean Atlas 1998 におけるデータセットの標準深度レベル
レベル
深度(m)
レベル
深度(m)
レベル
深度(m)
1
0
12
300
23
1400
2
10
13
400
24
1500
3
20
14
500
25
1750
4
30
15
600
26
2000
5
50
16
700
27
2500
6
75
17
800
28
3000
7
100
18
900
29
3500
8
125
19
1000
30
4000
9
150
20
1100
31
4500
10
200
21
1200
32
5000
11
250
22
1300
33
5500
2-3
海上風データ
本研究で使用した衛星及び用いた観測機器の種類は、ERS-1/2,NSCAT,Qscat の 3 種類であ
る。表5に観測機器と期間の対応表を示した。使用した衛星の特徴、使用データの種類等
詳細に関しては深田(2002)を参照願いたい。
前述した3種類の散乱計により観測されたデータについて Kutsuwada(1998)と同様の方
法を用いて作成された 30ºS∼30ºN,
120ºE∼70ºW(太平洋)で1º×1º 格子平均における 1
日値の海上風データセットを使用した。またそれらのデータの精度がとても良いというこ
とが確かめられている(風間,1999; 松元,1998;Kutsuwada,1998; 江淵,2000)。
表5.本研究で用いた各散乱計の名称と期間
データ名
ERS-1/2
2-4
使用期間
1991.9.1
∼
1996.9.14
NSCAT
1996.9.15
∼
1997.6.29
ERS-2
1997.6.30
∼
1999.7.31
Qscat
1999.8. 1
∼
2002.10.31
外向き長波放射データ
このデータセットは、National Ocean and Atmosphere Administration (NOAA) が運用し
ている気象観測衛星 NOAA によって観測された Outgoing Longwave Radiation (OLR)デー
タである。気象観測衛星 NOAA の軌道は真円に近い太陽同期極軌道であり、軌道高度は 870
km及び 833kmである。気象観測衛星 NOAA に搭載されている主なセンサには、
AVHRR(Advanced Very High Resolution Radiometer:改良型高解像度放射計)があり、そのチャ
ンネル 2 で観測された放射値をもとに欠測値を最適内挿法で補間して得られた長波放射値
である。OLR 値は地表面や雲の頂上から放射される長波放射を計測したものであり、積雲
対流の潜熱の放出による加熱に対応する傾向があるため、積雲対流の強さの指標として用
いることが出来る。OLR 値は、全球において 2.5º 格子で 1979 年 1 月 1 日から 2002 年 2
月 28 日までの日平均値を使用した。
2-5
海水の密度の計算方法
混合層深度を導出するために、密度を算出した。
海水の密度 ρ( kg / m ) は、塩分 S(PSU)、温度 t(℃)および圧力 P(bar , バール)の関数とし
3
て次式によって表される。
k
p
ρ(S, T, P ) = ρ(S, T,0) / 1 − P / K(S, T, P )
(1)
ここで、圧力 P は1気圧のときを 0 とする。また、K(S,T,P)は体積弾性率である。比容
α( m 3 / kg)は(1)式の逆数を取り次のように表される。
α(S, T, P ) = α(S, T,0) 1 − P / K(S, T, P )
k
p
(2)
1気圧における海水の密度は次式から求めることができる。
ρ(S, T, P ) = ρ w + ( b 0 + b 1 t + b 2 t 2 + b 3 t 3 + b 4 t 4 )S
3
2
+ (c 0 + c 1 t + c 2 t )S + d 0 S
2
ここで、 b 0 = 8.24493 × 10
−1
(3)
2
c 0 = −5.72466 × 10 −3
b 1 = −4.0899 × 10 −3
c1 =
1.0227 × 10 −4
b 2 = 7.6438 × 10 −5
c 2 = −1.6546 × 10 −6
b 3 = −8.2467 × 10 −7
b 4 = 5.3875 × 10 −9
d0 =
4.8314 × 10 −4
基準の純水の密度、即ち標準平均海水(SMOW)の密度、 ρ w は次式によって与えられる。
ρw = a 0 + a1t + a 2 t 2 + a 3t 3 + a 4 t 4 + a 5 t 5
(4)
a 1 = 6.793952 × 10 −2
ここで、 a 0 = 999.842594
a 2 = − 9.095290 × 10 −3
a 3 = 1.001685 × 10 −4
× 10 −6
a 4 = − 1120083
.
a 4 = 6.536332 × 10 −9
海水の体積弾性率 K は、次式によって与えられる。
K(S, T, P ) = K(S, T,0) + AP + BP 2
(5)
ここで、
K(S, T,0) = K w + (f 0 + f1 t + f 2 t 2 + f3 t 3 )S
+ (g 0 + g 1 t + g 2 t )S
2
3
2
(6)
54.6746
g 0 = 7.944 × 10 −2
f1 = −0.603459
g1 = 1.6483 × 10 −2
f0 =
f2 =
1.09987 × 10 −2
g 2 = −5.3009 × 10 −4
f3 = − 6.1670 × 10 −5
3
A = A w + (i 0 + i 1 t + i 2 t 2 )S + j 0 S 2
i 0 = 2.2838 × 10 −3
(7)
j 0 = 1.91075 × 10 −4
i 1 = −1.0981 × 10 −5
i 2 = −1.6078 × 10 −6
B = B w + ( m 0 + m 1 t + m 2 t 2 )S
m 0 = −9.9348 × 10 −7
m 1 = 2.0816 × 10 −8
(8)
m 2 = 9.1697 × 10 −10
体積弾性率に関する式の中の純水に関する項 K w , A w , B w は次のように与えられる。
K w = e 0 + e1 t + e 2 t 2 + e 3 t 3 + e 4 t 4
e 0 = 19652.21
e 1 = 148.4206
e 2 = −2.327105
e 3 = 1.360477 × 10 −2
(9)
e 4 = −5155288
.
× 10 −5
A w = h 0 + h1t + h 2 t 2 + h 3 t 3
h 0 = 3.239908
h 1 = 1.43713 × 10 −3
h 2 = 116092
.
× 10 −4
Bw = k 0 + k 1t + k 2 t 2
h 3 = −5.77905 × 10 −7
k 0 = 8.50935 × 10 −5
k1 = −6.12293 × 10 −6
(10)
(11)
k 2 = 5.2787 × 10 −8
この状態方程式は、塩分 S の 0∼42、水温 t の−2℃∼40℃、圧力 P の 0∼1000bar の範囲で
有効である。
2-6
平年偏差の計算方法
海上風・降水量データから 1 年周期の変動を除去し、平年からの変動の大きさを見るた
めに、平年偏差を算出した。平年偏差を H とすると、次式のように表される。
Hn = Yn, i − Yn
(12)
ここでnは月、i は年、Yn は期間内のn月の平均値(平年値)、Yn, i i 年のn月の平均値で
ある。
2-7
バリアレイヤーの定義・計算方法
バリアレイヤーは混合層(密度混合層)と温度躍層上端との間の層を指す。本研究では、
バリアレイヤーの厚さを求めるために、以下に述べる方法によって混合層深度と等温層深
度を算出した。即ち、密度鉛直勾配が 0.01kg/m⁴以下を混合層とし、水温鉛直勾配が 0.05℃/
m以下を等温層とした。これらの定義は Lukas and Lindstrom (1991)と同様である。
また、勾配は中央差分を用いて計算を行い、密度鉛直勾配を GD、水温鉛直勾配を GT と
すると、次式のように表される。
GDn = (Dn-1−Dn+1)/2
(Tn-1−Tn+1)/2
ここで、D は密度、T は水温、nは深度である。
(13)
(14)
GTn =
第3章
3-1
西部熱帯太平洋の海洋構造
気候値
本章では、西部熱帯太平洋におけるバリアレイヤーの厚さの変動を解析していくにあた
り、西部熱帯太平洋の海洋構造の平均的な特徴について述べる。WOA98 の水温・塩分・密
度データから空間分布と赤道に沿った鉛直断面図を見ることにし、バリアレイヤーの算出
を行った。
*空間分布図
水温・塩分・密度の空間分布図(図 1-1,2,3)を見ると、水温は西部熱帯太平洋を中心に
海面水温が 29℃以上の高温の海水が広がっている。塩分は 20ºS、120ºW を中心に 36.0psu
以上の高塩分の海水が広がっており、25ºN、160ºW を中心に 35.0psu 以上のやや高塩分の
海水が広がっている。密度は西部熱帯太平洋で 22kg/m³以下の低密度水が広がっている。
*鉛直断面図
赤道に沿った水温・塩分・密度の経度深度断面図(図 2‐1~3)を見ると、西部熱帯太平洋表
層で高温、低塩分、低密度の海水が存在する。また、水温の鉛直変動が小さい一方、塩分
の鉛直変動が大きいことが見られ、そのことから、塩分の変動で相対的に密度が変動して
いることが示唆される。
*バリアレイヤー
赤道に沿った 140.5ºE∼100.5Wº の経度方向 20º 毎の水温・塩分・密度の鉛直分布に混合層
深度と等温層深度を引いた図(図 3‐1~7)を見ると、140.5ºE∼179.5ºW では約 50mの厚さを
持つバリアレイヤーが見られるが、140.5ºW∼100.5Wº においてはバリアレイヤーが見られ
ないことがわかる。これより、日付変更線より西側ではバリアレイヤーが存在するが、東
側では存在しないことが示唆される。
3-2
バリアレイヤーの厚さの変動の特徴
TOCS データによるバリアレイヤーの厚さの変動に対する特徴を見ていくことにする。赤
道上、138ºE∼156ºE の東西方向に平均したバリアレイヤーの厚さの時系列(図 4)を導出した。
これより、1996 年 7 月からバリアレイヤーは薄くなり始め、1998 年 1 月の観測ではほぼ消
失し、1998 年 7 月まで薄い状態が続いているのが見られる。また、1998 年 7 月からバリア
レイヤーが厚くなり始め、1999 年 11 月に TOCS 観測期間で最も厚くなっていて、前航海
1999 年 2 月より 60m も厚くなっている。
これらのことから、バリアレイヤーが消失した時期(1998 年 1 月)と TOCS 観測期間で
最も厚くなった時期(1999 年 11 月)に注目し、その変動特性と要因を明らかにするために
海上風と降水量のデータを用いて解析を行った。
第4章
事例解析結果
これより前述した2つの観測時期のバリアレイヤーの厚さの変動特性について、TOCS と
WOA98 による水温・塩分・密度の鉛直断面図に注目する。また、変動の要因について、海
上風と OLR の平年偏差空間分布図を見ていくことにする。
4-1
1998 年 1 月
*変動特性
図*より 1998 年 1 月には、バリアレイヤーが消失しているのが見られた。このときの赤
道に沿った水温・塩分・密度の鉛直分布に混合層深度と等温層深度を引いた図(図 5‐1~3)
と WOA98 の 1 月の同分布図(図 6‐1~3)を見ると、混合層は気候値と比べ、ほぼ同じである
ことが見られる。これに対し、等温層は表層から約 40mまでで、気候値より約 20m以上浅
くなっているのが見られる。よって、この時期バリアレイヤーが消失したのは、等温層が
浅くなったためと考えられる。
*要因
等温層が浅くなった要因として考えられる海上気象変化を見ていくことにする。まず、
1997 年 12 月の海上風の平年偏差空間分布図(図 7)を見ると、TOCS 観測域の東方海域におい
て強い西風偏差が見られる。通常、TOCS 観測域東方では東風が吹いていることが海上風の
平年空間分布図(図 8)より見られる。1998 年 1 月は 1997-1998El Niño 期に相当し、El Niño
期に貿易風が弱まることが過去の研究より知られている。次に、0ºN、147ºE に存在する TAO
ブイによって観測された 1997 年 3 月∼2000 年 12 月の水温の時間経度断面図(図 9)を見ると、
この時期に等温層が浅くなっているのが見られる。このことから、TOCS 観測域の東方海域
で西風偏差が強化されたことによって、西部熱帯太平洋の表層水が東方へ移流した結果、
TOCS 観測域の等温層が浅くなったことが推測される。これらのことより、1998 年 1 月の
バリアレイヤーの消失は El Niño 期特有の TOCS 観測域の東方海域上で西風偏差強化に伴う
海況変動によって等温層が浅くなったことによって、引き起こされたことが示唆された。
4-2
1999 年 11 月
*変動特性
図*より 1999 年 11 月には、バリアレイヤーが厚くなっていることが明らかである。この
ときの赤道に沿った水温・塩分・密度の鉛直分布に混合層深度と等温層深度を引いた図(図
10‐1~3)と WOA98 の 11月の同分布図(図 11‐1~3)を見ていくことにする。混合層は表層か
ら 10m 付近に存在し、気候値に比べ、30m 以上も浅くなっていることが見られる。これに
対して、等温層は気候値とほぼ同じである。従って、この時期バリアレイヤーが厚くなっ
た要因として、混合層が浅くなったことが考えられる。
*要因
混合層が浅くなった要因として、まず塩分の鉛直断面図を見ることにする。1999 年 11 月
の塩分の鉛直断面図(図 12)と WOA98 の 11 月の塩分の鉛直断面図(図 13)を比較すると、1999
年 11 月の表層において、気候値では見られない低塩分の層が見られる。この低塩化は梅沢
(2003)において、TOCS によって赤道上で観測が行われた 1999 年 11 月 10 日∼11 月 15 日の
OLR の平年偏差空間分布図(図 14)を見てわかるように、TOCS 観測期に西部熱帯太平洋で局
地的に起こった降雨によって生じたことが示唆される。また、西部熱帯太平洋の表層では
水温変動が小さいため、塩分変動で相対的に海水の密度が変動し得る事が報告されている
(安藤他,2002)。さらに、1999 年 11 月は 1999-2000La Niña 期に相当し、La Niña 期には西部
熱帯太平洋において対流活動が活発になる事が、過去の研究より知られている。次に、1999
年 11 月の密度の鉛直断面図(図 15)と WOA98 の 11 月の密度の鉛直断面図(図 16)を比較す
ると、表層において低密度化していることが見られる。つまり、表層で低塩化したことに
起因して、低密度化した事が示唆される。このことより、表層において密度の鉛直勾配が
変化し、混合層が浅くなったと考えられる。以上より、1999 年 11 月に、La Niña 期特有の
西部熱帯太平洋における降水量の増加に起因する表層の低塩化が、密度の鉛直勾配を変化
させたことによって、混合層が浅くなった結果、バリアレイヤーが厚くなったことが示唆
された。
第5章
まとめと今後の課題
本研究では、西部熱帯太平洋における力学機構を明らかにするため、TOCS 計画における
CTD・XCTD 観測によって得られた水温・塩分データを用いて、バリアレイヤーの厚さの変
動に注目した解析を行った。また、その要因について、海上風・OLR データを用いて解析
を行った。
その結果、TOCS で観測された 1995 年から 2000 年の 10 航海において、1998 年 1 月にバ
リアレイヤーは消失し、1999 年 11 月に顕著に厚くなるという特徴的な現象が認められた。
1998 年 1 月のバリアレイヤーの消失に関しては、この時期が 1997-98El Niño 期に相当し、
TOCS 観測域の東方海域上で西風偏差が強化した(貿易風が弱まった)ことに起因し、TOCS
観測域の表層暖水が東方に移動したことによって等温層が浅くなった結果、バリアレイヤ
ーが消失したことが示唆された。一方、1999 年 11 月にバリアレイヤーが厚くなった事に対
して、TOCS 観測期に負の OLR 偏差が認められた事より、降水量の増加が表層の塩分勾配
を変化させた結果、混合層が浅くなり、バリアレイヤーが厚くなったことが示唆された。
また、この時期は 1999-2000 La Niña 期に相当し、La Niña 期に西部熱帯太平洋上で対流活動
が活発になる事が過去の研究において指摘されている。よって、La Niña 期に西部熱帯太平
洋のバリアレイヤーは厚くなる事が示唆された。
以上より、西部熱帯太平洋のバリアレイヤーの厚さの変動は、El Niño,La Niña 現象の発
生と関係があると考えられる。
今後の課題として、本研究では El Niño 期と La Niña 期におけるバリアレイヤーの変動に
注目し解析を行ったが、2 例の事例解析だけでバリアレイヤーの変動を理解するのは不十分
である。また、本研究で用いた TOCS データはほぼ年 2 回の観測により得られたデータで
あるため、時間解像度が高いとは言えない。そのため、季節内変動を含む短周期の変動を
捉えることは困難であるので、詳細にバリアレイヤーの変動を理解するためには、時間解
像度の高いデータを用いた解析が必要であると考えられる。
また、本研究では触れることが出来なかったが、WOA98 の月平均データから本研究と同
様の定義を用いて、バリアレイヤーの厚さを算出したところ、経度1º の間で混合層深度が
40mも変化するという気候値では考え難い結果が得られた。このことより、本研究で用い
た定義が混合層や等温層を決める妥当な定義とは言い切れない。したがって、上記と同様
に、より詳細にバリアレイヤーの変動を理解するためには、より妥当な定義を導出する必
要がある。
謝辞
本研究を進めるにあたり、御指導御鞭撻頂いた東海大学海洋学部海洋科学科教授轡田邦
夫氏に心より感謝致します。
本研究で用いたデータの係わられた全ての方に感謝致します。
プログラムの作成や研究の進め方など、公私共に数多くの助言を頂いた、東海大学大学
院海洋学研究科海洋科学専攻の青木邦弘氏、深田大輔氏、笠原実氏、服部友則氏、また、
他研究室大学院生の皆様に深く感謝致します。
この 1 年間、苦楽を共にしてきた轡田研究室同期の依田康男氏、秋元香甫璃さん、上田
拓朗君、下村典夫君、松橋直也君、吉川幸樹さんに感謝します。みんなのおかげで最後ま
で頑張ることが出来ました。本当にありがとう。
引用文献
安藤健太郎.植木巌.黒田芳史.轡田邦夫(2002):熱帯太平洋における塩分の力学過程への影響,
月刊海洋,34(5),316-322.
江淵直人(2000): NSCAT の海上風データ検証, 宇宙開発事業団成果報告書,25pp.
深田大輔(2002):熱帯太平洋上層海洋に及ぼす海上風駆動力変動の解析,2001 年度卒業論文,
東海大学海洋学部海洋科学科,39pp.
風間隆宏(1999): 衛星散乱計データを用いた熱帯太平洋及びインド洋における海上風変動の
解析,1999 年度修士論文, 東海大学大学院海洋学研究科海洋科学専攻,108pp.
Kutsuwada,K. (1998): Impact of wind/wind-stress field in the North Pacific constructed by
ADEOS/NSCAT data, J.Oceanogr.,54,443-456
Lukas,R. and E.Lindstrom, The mixed layer of the western equatorial Pacific Ocean, J. Geophys.
Res.,96,3343-3357
松元健一(1998): ブイ観測資料との比較による人工衛星海上風の精度検証,1997 年度卒業論
文, 東海大学海洋学部海洋科学科,53pp.
梅沢万里(2003):熱帯海洋気候研究(TOCS)計画データを用いた西部熱帯太平洋における水
温・塩分変動の解析,2002 年度卒業論文,東海大学海洋学部海洋科学科,65pp.
(1)水温
(2)塩分
(3)密度
図1
WOA98 データによる(1)水温(℃)(2)塩分(psu)(3)密度(kg/m³)の空間分布図
(1)水温
(2)塩分
(3)密度
図 2
WOA98 データによる赤道に沿った(1)水温(℃)(2)塩分(psu)(3)密度(kg/m³)
の経度−深度断面図
Density
Density
22.5
15
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
30
0
Depth (m)
Depth (m)
0
22.5
25
50
15
25
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
30
50
100
100
Temperature
Salinity
Density
150
150
Temperature
Salinity
Density
(1) 140.5ºE
(2) 160.5ºE
Density
Density
22.5
15
0
22.5
25
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
30
0
15
25
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
50
Depth (m)
Depth (m)
Temperature
Salinity
Density
50
100
100
Temperature
Salinity
Density
150
150
(3) 179.5ºW
図3
(4) 160.5ºW
WOA98 データによる赤道に沿った(1)140.5ºE(2)160.5ºE(3)179.5ºW
(4) 160.5ºW の鉛直分布図
30
Density
Density
22.5
15
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
30
50
100
0
Depth (m)
Depth (m)
0
22.5
25
15
25
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
30
50
100
Temperature
Salinity
Density
Temperature
Salinity
Density
150
150
(5) 140.5ºW
(6) 120.5ºW
Density
22.5
Depth (m)
0
15
25
Salinity
32.5
Temperature
20
25
35
30
50
100
Temperature
Salinity
Density
150
(7) 100.5ºW
図3
WOA98 データによる赤道に沿った(5)140.5ºW(6)120.5ºW(7)100.5ºW の鉛直分布図
100
Barrier Layer Thickness (m)
Barrier Layer Thickness
80
60
40
20
0
95/7
図4
96/7
97/7
98/7
99/7
00/7
TOCS データによる赤道における東西(138ºE∼156ºE)平均した
バリアレイヤーの厚さ(m)の時系列
Density
22.5
Salinity
20
20
35
30
0
Depth (m)
Depth (m)
0
32.5
Temperature
25
50
35
50
Temperature
Salinity
Density
Temperature
Salinity
Density
150
150
(1) 139ºE
Density
22.5
Salinity
20
Depth (m)
20
32.5
Temperature
25
25
100
100
0
Density
22.5
Salinity
20
25
20
32.5
Temperature
25
(2) 142ºE
25
35
30
50
100
Temperature
Salinity
Density
150
(3) 146ºE
図5
TOCS データによる赤道に沿った 1998 年 1 月における(1)139ºE
(2)142ºE(3)146ºE における水温(℃)・塩分(psu)・密度(kg/m³)の
鉛直分布図
30
Density
22.5
Salinity
20
20
35
30
0
50
100
Depth (m)
Depth (m)
0
32.5
Temperature
25
Temperature
Salinity
Density
35
Temperature
Salinity
Density
150
(1) 139.5ºE
Density
22.5
Salinity
20
Depth (m)
20
32.5
Temperature
25
25
50
100
150
0
Density
22.5
Salinity
20
25
20
32.5
Temperature
25
(2) 142.5ºE
25
35
30
50
100
Temperature
Salinity
Density
150
(3) 146.5ºE
図 6
WOA98 デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 1 月 の (1)139.5ºE(2)142.5ºE
(3)146.5ºE に お け る 水 温 (℃ )・塩 分 (psu)・密 度 (kg/m³)の
鉛直分布図
30
図 7
1997 年 12 月 の 海 上 東 西 風 平 年 偏 差 空 間 分 布
(ベ ク ト ル は 東 西 ・南 北 成 分 を 含 む )
図 8
海上東西風平年空間分布
(ベ ク ト ル は 東 西 ・南 北 成 分 を 含 む )
図 9
0ºN、 147ºE の TAO ブ イ に よ る 水 温 (℃ )の 時 間 深 度 断 面 図
Density
22.5
Salinity
20
20
35
30
0
Depth (m)
Depth (m)
0
32.5
Temperature
25
50
35
50
Temperature
Salinity
Density
Temperature
Salinity
Density
150
150
(1) 139ºE
Density
22.5
Salinity
20
Depth (m)
20
32.5
Temperature
25
25
100
100
0
Density
22.5
Salinity
20
25
20
32.5
Temperature
25
(2) 142ºE
25
35
30
50
100
Temperature
Salinity
Density
150
(3) 146ºE
図 10
TOCS デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 1999 年 11 月 に お け る
(1)139ºE(2)142ºE(3)146ºE に お け る 水 温 (℃ ) ・ 塩 分 (psu) ・ 密 度
(kg/m³)の 鉛 直 分 布 図
30
Density
22.5
Salinity
20
20
35
30
0
50
100
Depth (m)
Depth (m)
0
32.5
Temperature
25
Temperature
Salinity
Density
35
Temperature
Salinity
Density
150
(1) 139.5ºE
Density
22.5
Salinity
20
Depth (m)
20
32.5
Temperature
25
25
50
100
150
0
Density
22.5
Salinity
20
25
20
32.5
Temperature
25
(2) 142.5ºE
25
35
30
50
100
Temperature
Salinity
Density
150
(3) 146.5ºE
図 11
WOA98 デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 11 月 の (1)139.5ºE(2)142.5ºE
(3)146.5ºE に お け る 水 温 (℃ )・塩 分 (psu)・密 度 (kg/m³)の
鉛直分布図
30
図 12
TOCS デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 1999 年 11 月 に お け る
塩 分 (psu)の 経 度 − 深 度 断 面 図
図 13
WOA98 デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 11 月 に お け る
塩 分 (psu)の 経 度 − 深 度 断 面 図
図 14
1999 年 10 日 ∼ 15 日 の OLR の 平 年 偏 差 空 間 分 布 図
図 15
TOCS デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 1999 年 11 月 に お け る
密 度 (kg/m³)の 経 度 − 深 度 断 面 図
図 16
WOA98 デ ー タ に よ る 赤 道 に 沿 っ た 11 月 に お け る
密 度 (kg/m³)の 経 度 − 深 度 断 面 図
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