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色素増感型太陽電池の概要

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色素増感型太陽電池の概要
色素増感型太陽電池の概要
1.クリーンエネルギー−太陽電池の概観
化石燃料の枯渇、その燃焼に伴って生ずる地球温暖化などのグローバルな環境問題
が全人類的な課題になりつつある。このような状況下において、非枯渇性の太陽エネ
ルギーを利用した太陽電池は燃料が不要で、無尽蔵なクリーンエネルギーとして本格
的な実用化が大いに期待されている。
太陽電池は図1に示すように、使用される半導体材料によって、シリコン系、化合物半
導体系、有機半導体系、金属酸化物半導体系などに分類される。
図 1 太陽電池の分類
単結晶
シリコン系
多結晶
アモルファス
III−V族
太陽電池
化合物半導体
II−VI族
I−III−VI族
有機半導体 共役ポリマー系
湿式・金属酸化物
色素増感型 (金属酸化物半導体)
固体型金属酸化物
シリコン系太陽電池は比較的古くから開発されており、単結晶、多結晶、アモルファス
の3種類のシリコン系太陽電池はそれぞれの特徴をもっている。単結晶シリコン系は単結
晶の製造コストが高価であるが、変換効率が高く、理論効率は 30%を超えている。アモル
ファスシリコンは原料を水素化珪素のガスから製造できるため、高速製造が可能であり、
コスト低減が期待できるが、変換効率の向上には限界がある。多結晶シリコンは変換効率
とコスト面で見ると、単結晶とアモルファスシリコンの中間的な位置付けと考えられる。
化合物半導体系は単結晶のGaAs(Ⅲ−Ⅴ族)と多結晶のCdS(Ⅱ−Ⅵ族)やCuInSe2(Ⅰ
−Ⅲ−Ⅵ族)などが知られている。単結晶の化合物半導体も30%以上の変換効率が可能で
あるが、単結晶シリコンと同様、材料コストが高いという課題がある。現在、多結晶系で
の高変換効率化を狙った研究開発が行われている。
有機半導体系太陽電池は色素や導電性高分子が単なる光増感剤でなく、電極あるいは他
の有機材料との接触界面において酸化還元反応によって荷電物質を生成し、励起子から電
荷分離して生じた電子とホールがそれぞれ反対方向の電極に向かって輸送されることによ
って起電力を示すものである。有機半導体系は開発当初においては、低コスト材料として
1
の期待が大きかったが、その後変換効率の向上の目処が立たず、一時は開発が下火になっ
ていた。しかし、近年、オーストリア・Lintz 大学の Sariciftci らの発表した高性能(変
換効率 2.5∼4.0%程度)PVV-フラーレン系ポリマー太陽電池の発表を契機として再び研究
開発が活発化している。
金属酸化物半導体系については、開発段階の初期においては ZnO などを使用した金属酸
化物半導体による色素増感型太陽電池が開発されていたが、思ったような変換効率の向上
が見られず、一時期開発がスローダウンした。しかし、1991 年、スイスのローザンヌ工科
大学の Graetzel 等がポーラス酸化チタン薄膜の表面に色素を固定した色素増感型太陽電
池を開発し、アモルファスシリコン並の変換効率を実現したことにより、一躍世界の研究
者から注目を集めるようになった。
2.色素増感型太陽電池の技術的進展
色素増感型太陽電池の基礎となる研究として、1960 年代から金属酸化物半導体電極
の色素増感効果の研究が行われており、これらの研究の進展が色素増感型太陽電池の
開発への道を開いた。特に、大阪大学の坪村らは多孔性の ZnO 焼結体を利用すること
で、電極の表面積を増大させる方法を開発した1)。この研究により多孔性の ZnO 焼結
体を用いることにより、色素の吸着量が増大し可視部の光を有効に吸収できるように
なった。1970 年代に行われた太陽光エネルギーをより効率的に利用しようとする色素
増感型太陽電池の研究において、その変換効率は 1%以下と極めて低いものであった。
色素増感型太陽電池の開発における転換期は 1990 年代である。1991 年に、スイス
のローザンヌ工科大学の Graetzel 等がナノポーラスなチタニア(TiO2)半導体電極、
ルテニウム(Ru)金属錯体色素および電解液からなる新規な湿式太陽電池を「Nature」
誌に発表した2)。この色素増感型太陽電池はグレッツェル・セルと呼ばれ、他の太陽
電池に比べてその素子構造が簡単で、大型の製造設備がなくても作れる可能性がある
にもかかわらず 7.9%とかなり高い変換効率が得られたため注目を集めた。グレッツェ
ル・セルの変換効率がそれまでのものに比べ飛躍的に向上した理由は、電極として平
均粒径数 10nm 程度のナノサイズのチタニア粒子からなるポーラス電極を用いた点に
ある。この電極の比表面積は数 10m2/g と著しく大きいことから、多くのルテニウム色
素を吸着することができ、光によって励起された色素分子からチタニア半導体の伝導
帯へ多量の電子を注入することができる。グレッツェル・セルがすでに実用化されて
いるアモルファスシリコン(a-Si)太陽電池に匹敵するかなり高い変換効率を示したこ
とから、多くの研究者の関心を呼び、研究が盛んに行われるようになった。光電変換
効率の一層のアップを目指して、金属酸化物電極の改良、新規色素の開発、電解質の
探索など、さまざまな検討が行われてきた。1997 年にはやはり Graetzel のグループ
により改良されたルテニウム色素を使用して AM1.5 の擬似太陽光照射条件下で変換効
率 10%が報告された3)。Graetzel 等が作成したルテニウム色素を用いた色素増感型太
陽電池は米国の NREL (National Renewable Energy Laboratory)において評価され、
10%の変換効率が確認された。
色素増感型太陽電池の変換効率 10%はアモルファスシリコン太陽電池とほぼ同程度
であり、実用的な効率レベルに近いといえる。そのため、かなり早い時期から実用化を
2
目指した研究開発が積極的に進められてきた。
グレッツェル・セルの実用化のための最大の課題は、長期安定性の確保にあるとい
われている。すなわち、セル内を有機溶媒系の電解液で満たしているため、液の蒸発
による性能低下が課題である。また、安全性の面から見ても液漏れの不安を解消する
必要がある。これらの問題を解決する方策として、電解液のゲル化および固体化が検討
されてきた。様々なゲル電解質が試みられ、近年では、7%程度の電解液に近い変換効
率が報告されている。 また、最近では完全固体電解質を用いた研究も熱心に開発され
ている。
このような状況下で、STI や Solaronix などの海外のベンチャー企業は実用化を目
指して色素増感型太陽電池のスケールアップの研究を進めており、10cm 角程度のユニ
ットセルを複数枚用いて、長時間の耐久試験を実施しており、10000 時間以上の長期
安定性が報告されている。
色素増感型太陽電池はこの 10 年間で大幅な技術進歩が行われてきたが、本格的な実
用化には耐久性の向上や量産技術の確立などまだまだ多くの課題が残されている。安
価でクリーンなエネルギーの開発は 21 世紀の日本が抱えるエネルギー問題の要に位
置付けされ、クリーンエネルギーの切り札として色素増感型太陽電池に大きな期待が
もたれている。
3.色素増感型太陽電池の基本的な構造と動作原理
色素増感型太陽電池は、アノード(光電極)として透明導電性膜を付けたガラス基
板にナノサイズのチタニア粒子をペースト状にして塗布し、これを 450℃程度で焼結
したものを用いる。チタニア層の厚みは 10∼15μm 程度で、多数のナノサイズの空孔
を有するため、実効表面積は見かけの基板面積の 1000 倍以上に達する。この空孔の内
面にカルボキシル基を有するルテニウムビピリジル錯体を担持すると、カルボキシル
基により色素はチタニア表面に化学的に結合する4)。
一方、カソード(対向電極)としてはガラス基板上の透明導電性膜に白金を蒸着し
たものを用い、両極間に電解液を充填する。電解液として、ニトリル系の溶媒を用い、
これに溶質としてヨウ素とヨウ素イオンのレドックス系を溶解する。以上が色素増感
型太陽電池の基本構造である。
図2に色素増感型太陽電池におけるエネルギーダイヤグラムを示した。
チタニア半導体の価電子帯にある電子は、光照射により伝導帯に励起されるが、チタ
ニアのバンドギャップが大きい(Eg=3.2eV)ために可視光では殆ど励起することができ
ない。このため、グレッツェル・セルでは可視光を効率良く吸収するルテニウム錯体
色素を用いて光を吸収し、励起状態に上がった色素分子からチタニアの伝導帯に電子
注入を行わせている。この様な電子移動が起こるためには、色素分子の励起準位がチ
タニアの伝導帯よりもエネルギー準位が高いことが必要である。ルテニウム錯体とチ
タニアの間の電子移動は逆反応に比べ極めて速いために有効に電荷分離が行われる。
チタニアに注入された電子は、アノードおよび外部回路を通じてカソードに達する。
一方、チタニアに電子を供与して酸化状態にある色素は、電解液中のレドックス系の
3
I−から電子を受け取って中性分子に戻る。I−は電子を失って I3−となるが、カソード
から回路を流れてきた電子を受けとって I−に戻る。色素増感型太陽電池の内部でこの
ようなサイクルが繰り返されることにより光が電流に変換される。
一般に太陽電池は短絡電流が大きく、開放電圧が高いほど変換効率が高い。短絡電
流は色素が吸収したフォトンのエネルギーを電子として注入できる量の大きさによっ
て決まる。また、開放電圧(Voc)を大きくするためには半導体電極であるチタニアの
フェルミ準位(チタニアのn型半導体では伝導帯準位に近い)とレドックス系の標準酸
化還元電位との差ができるだけ大きい方が好ましい。もちろん、ルテニウム色素への
電子移動を可能にするために、レドックス系の酸化還元電位が色素の基底酸化還元準
位(近似的には HOMO 準位)のエネルギーより高いことが必要条件である。また、フィ
ルファクター(Fill Factor)は光起電力−光電流曲線における最大出力面積が大きい
ほど大きな値をとる。このような基本原理に基づいて効率アップを目指した各種の研
究が進められている。
+
S+/S*
e-
ー
エ
ネ
ル
ギ
レ
ベ
ル
-
eS+/S
TiO2
色素増感 レドックス系
(N3)
( I-/I3-)
図2 色素増感型太陽電池のエネルギーダイヤグラム
4.色素増感型太陽電池の要素技術
色素増感型太陽電池は次の 5 つの要素技術に大別される。
① 基板
電極基板は通常ガラス基板が使用されている。光電極は SnO2 や ITO などの導電性膜
が塗布、蒸着されているガラス基板上にポーラスな酸化チタンを成膜・焼結すること
により形成される。最近、ガラス基板に代替するフィルムなどのフレキシブル基板を
用いた色素増感型太陽電池の開発が盛んに行われている。
4
② 電極
グレッツェル・セルの最大の特徴は光電極として、ナノポーラスチタニア(TiO2)電
極を採用したことにある。通常の基板に比べて 1000 倍以上も大きな表面積を持つポー
ラス電極を用いたことが高効率化の決め手であったといえる。チタニア電極の粒子サ
イズや厚みの検討が行われ、粒径については出来るだけ表面積が大きくかつ現実的に
入手しやすいサイズとして、20∼30nm 程度のものが通常用いられている。膜厚は厚み
とともに効率は上がるが、余り厚くなると膜にクラックを生じやすくなることと注入
された電子の再結合による消失が問題となる。また、チタニアの結晶径を変えた検討
も数多くなされている。
Graetzel が最初に用いたチタニア微粒子はアナターゼが主体でそれに少しルチルが
混ざったものを用いた。その後の研究から、ルチルよりはアナターゼのほうが効率の
高いものができることが確認されている5)。
チタニア以外の酸化物半導体を用いた研究も数多く行われている。代表的なものと
してワイドバンドギャップ半導体である ZnO、SnO2、ZrO2、Ta2O5、Nb2O5、SrTiO3、BaTiO3、
CaTiO3、KTaO3、WO3 およびこれらの酸化物間の複合系や TiO2 との複合系などが検討さ
れている6),7)が、いずれの酸化物においてもチタニア電極を上回る効率は得られてい
ない。酸化物複合系では、ZnO と SnO2 の混合酸化物を電極に用いて、変換効率 8.1%が
報告されている。これでもチタニア単体の電極を用いた場合には及ばないが、ZnO、SnO2
それぞれを単体で用いた場合には低い効率しか得られないことから、複合化による効
果が現れているといえる。同じく ZnO による TiO2 表面の修飾(TiO2:6.58%、ZnO/ TiO2:
7.78%)で 1%強の変換効率の向上が見られるが、これは ZnO が電極界面での電流の漏
れを抑制する効果があるためと考えられている。また、チタニアナノチューブを用い
た太陽電池が試作されており、その効率は 8.2%まで向上していると報告されている8),
9)
。
チタニア電極の塗布・成膜方法に関しても様々な方法が試みられている。スピンコ
ート法、ドクターブレード法、スクリーン印刷法、スキージ法といった湿式プロセス
で塗布した後 450℃程度で焼結する方法からスパッタリング法、CVD法、蒸着法、
スプレー法、スプレーパイロリシス法等の乾式プロセスで成膜する方法まである10)。
また、フィルム基板などにおいては、低温成膜が必須であり、電着法、電析法、水熱
処理法、プレス法、マイクロ波照射法などが知られている。実験室レベルでは種々の
方法が採れるが、量産を前提にするとスクリーン印刷法などが実用化に有望であると
考えられる。
対向電極として、通常白金が使用されることが多い。しかし、白金は資源の埋蔵量
も限られている貴重で、高価な貴金属である。対向電極として、カーボン電極や導電
性ポリマー等が検討されている。カーボンは白金に比べ電解液に溶解しにくいため、
耐久性については有利であるが、還元反応速度の面では白金には及ばないといわれて
いる。
③ 増感色素
Graetzel が最初に用いた増感色素はカルボキシル基を有するルテニウム(Ru)のビ
5
ピリジン錯体である。この色素は 800nm より短波長域の可視光を良く吸収するととも
に、カルボキシル基により化学的にチタニア表面に結合しているために、電子移動に
おけるエネルギー障壁を低く抑えて電子注入をスムースに行うことができる。ここで
の考え方を発展させ、ポリピリジン骨格を基本にカルボキシル基、スルフォン基、リン
酸基をピリジン環に導入した様々な色素が検討された。変換効率を高めるためには、
太陽光線のスペクトルに合わせて出来るだけ長波長まで光吸収できる色素を用いるこ
とが好ましい。これまで試みられた数多くの色素の中で現在まで最も高い変換効率を
示す色素は、Graetzel のグループが 1997 年に発表したブラック・ダイと呼ばれるもの
である。この色素は N749 とも呼ばれ、近赤外領域である 900nm までの光を吸収する。
し か も 入 射 単 色 光 当 た り の 光 電 変 換 効 率 ( IPCE ; Incident Photon Conversion
Efficiency)は 80%と高いため、変換効率も 10.5%と現在知られている色素増感型太陽
電池では最高値が得られている11),12),13)。
ルテニウムは貴金属で高価なことから、色素のコストを下げるための検討も数多く
行われている。その一つのアプローチとして、ルテニウムと周期表で同じ族に属する
鉄錯体を用いる試みが行われている14)。ルテニウム錯体と類似の骨格を持つ鉄錯体が
色々と合成されているが、現在のところルテニウム錯体に匹敵する変換効率を示す結
果は出ていない。また、ルテニウムなどの金属を含まない純然たる有機色素の検討も
行われている。メロシアニンやシアニン色素などを用いた太陽電池が試作されてきた
が、これらはいずれもルテニウム系色素を用いた太陽電池に比べ、性能が低かった。
しかし、最近、産総研の荒川らはクマリン系の有機色素を用いた太陽電池で、変換効
率 7.7%(AM1.5)を報告した15)。この値は有機色素太陽電池としては世界最高の効率
であり、ルテニウム系色素を用いた太陽電池に近い性能が得られたといえる。高効率
を実現した新規のクマリン色素は、従来のクマリン色素の骨格にチオフェン環を含む
共役二重結合系を拡張し、末端にシアノ基とカルボキシル基を付与した構造である。
共役二重結合の拡張やシアノ基、カルボキシル基の導入が、色素の吸収波長の長波長
化をもたらし、紫外光の 350nm から近赤外光の 820nm までを吸収して効率的に光電変
換を行うことができる。このように有機色素で高効率のものが得られたことは増感色
素の検討領域を広げることになり、より理想的な増感色素の開発に新たな道を開く結
果となる。
④ 電解質
色素増感型太陽電池の実用化に向けての最大の課題はセルの長期安定性を確保する
ことである。液体電解質は溶媒としてニトリル類が用いられることが多い。これらの
溶媒は導電性が優れているが、長期間使用した場合、電解液が蒸発し、電池性能の低
下が起こる。また、セルの破損等による電解液の漏洩も安全上解決すべき課題である。
このため電解液を固体化する研究が熱心に行われてきた。
電解質をゲル化することで安全性および安定性の確保を図ることが可能であると考
えられるため、色素増感型太陽電池においても電解質のゲル化の研究が数多く行われ
ている。ゲル化電極に関する初期の研究では変換効率が低い結果が多かったが、最近
では種々の改良により電解液を用いた場合に近いデータが報告されている。例えば、
6
大阪大学の柳田らは末端にウレタン基とアミド基を有する低分子系のゲル化剤を用い
た系で、AM1.5 照射条件下で開放電圧 0.67V、
短絡電流 12.8mA/cm2、総合変換効率 5.91%
と電解液を用いた場合と大差の無い結果を得た16),17),18)。この系ではセルへのゲル
電解質の注入は、ゲルの温度を 100℃程度に保ち粘性の低い状態で行われる。
東芝の早瀬(現九州工大)らは高分子ゲル化剤を用いた系で高い変換効率 7.3%を
得ている19)。彼等は揮発性の少ない室温溶融塩を主体としたゲル電解質前駆体をあら
かじめセル内に流し込み、その後加熱することにより架橋しゲル化させる方法を採っ
た。この他にも高分子ゲル電解質を用いた研究例は多く、色素増感型太陽電池の実用化
を意識した研究に拍車がかかってきている20)。常温で溶融塩を形成するイオン性液体
を電解質として使用する研究が行われており、ゲル化電解質としてニトリル類などの
電解液に代わり、常温溶融塩を用いた研究もなされている。
一方、ホール輸送層を用いた太陽電池の研究も数多く進められてきた。色素増感型
太陽電池においてレドックス系を固体化することは困難をともない、ナノポーラスな
チタニアの細孔にいかに電解質を充填させるかという課題がある。色素増感型太陽電
池の構造は TiO2 層からなる n 型層、I−/I3−のレドックス系からなる p 型層を積層した
構造と見ることができる21),22)。従って、レドックス系の固体化として、p 型半導体
層あるいはホール輸送層の導入が考えられる。Tennakone らは可視部に吸収を持たな
い p 型半導体の CuI を用いて色素増感型太陽電池の完全な固体化を行った。p 型半導
体である CuI を無水のアセトニトリルに溶解し、増感色素を担持したチタニア電極の
細孔内に析出させる。この様にして作成した固体電極を Au 蒸着した対向電極を対極と
して重ね合わせることにより太陽電池となる。この完全固体太陽電池は AM1.5 の照射
条件下で変換効率 4.5%を示したが、照射の継続により光電流の低下が認められ、安
定性に欠けるなど、色素増感型太陽電池の完全固体化はかなり難しい課題である。CuI
といった無機系ホール輸送層のほかにも、有機化合物や高分子化合物等の有機系ホー
ル輸送層を用いた色素増感型太陽電池の研究開発も盛んに行われている。
⑤ 電池製造技術
色素増感型太陽電池の実用化を考える上で、システムの性能や価格はきわめて重要
であるが、長期間の出力安定性・耐久性が重要な課題となる。半導体電極の安定性、
増感色素の安定性、電解質の安定性、対向電極の安定性などが寿命・耐久性に関係す
るが、セルの封止化も重要である。封止材料や封止プロセスは水分や酸素ガスの侵入
を防止することと色素や電解液などの構成材料に悪影響を及ぼさないことに注意しな
がら開発することが必要である。セルのシステム化・デバイス化として、セルのモジ
ュール化や建材一体型パネルなどが考えられる。また、フィルム基板を用いたセルの
高速量産化やセルの大面積化が盛んに研究されているが、フレキシブル・セルの製造
として重要である。
5.色素増感型太陽電池の特許出願動向
国内における最近 12 年間(1991 年∼2002 年)の色素増感型太陽電池の公開特許件
数の経年推移を図3に示した。
7
図3 国内における色素増感型太陽電池の出願件数の推移
件
250
217
200
171
147
150
104
100
82
59
50
26
30
37
33
32
44
0
1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
年
図3を見ると 1999 年以降件数が急増しており、企業の関心が急速に高まってきてい
る様子が伺える。それ以前で 1994∼1995 年にかけて件数のピークがあるが、これは
1991 年に Graetzel が高効率の色素増感型太陽電池を公表し、これに触発されて一時
的に研究が過熱した結果と推測される。
次に、最近数年間での出願人別ランキングを表1に、また検索に用いた式を表2に
示した。これらの特許情報から、色素増感型太陽電池に関心を持つ企業の動向を調査
した。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
表1 国内における出願件数上位リストの推移
2002
2001
富士写真フイルム
1
58 富士写真フイルム
1
37
件
セイコーエプソン
富士ゼロックス
14
2
9
2
シャープ
日立マクセル
13
3
8
3
豊田中研
セイコーエプソン
11
4
7
4
アイシン精機
シャープ
10
5
6
5
日本化薬
産総研
8
6
6
6
富士ゼロックス
キャノン
8
7
5
7
産総研
ティーディーケイ
7
8
5
8
京セラ
触媒化成
6
9
5
9
三菱化学
6
10 3
10
カールツアイス
キャノン
東芝
5
11 3
11
科学振興事業 12 3
日本板硝子
5
12
東芝
本田技研
5
13 3
13
日立マクセル
スター精密
5
14 2
14
ティーディーケイ
ソニー
4
15 2
15
第一工業製薬
ミノルタカメラ
4
16 2
16
コニカ
リコー
3
17 2
17
三菱製紙
環境デバイス研
3
18 2
18
住友金属鉱山 19 2
松下電器
3
19
住友大阪セメント 20 2
松下電工
3
20
8
2000
1999
48
富士写真フイルム
1
14
富士写真フイルム
11
8
7
7
5
5
5
4
4
3
3
3
3
2
2
2
2
1
1
東芝
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
5
5
4
4
3
3
3
3
3
2
2
2
2
1
1
1
1
1
1
三洋電機
富士ゼロックス
ニコン
出光興産
富士ゼロックス
シャープ
三洋電機
豊田中研
キャノン
松下電器
アイシン精機
リコー
大日本印刷
日立製作所
コーニング
スター精機
松下電池
日新製鋼
エバーグリーン
カールツアイス
シャープ
ティーディーケイ
キャノン
ニコン
3M
松下電器
積水化学
東芝
産総研
凸版印刷
日立製作所
アリゾナボード
ローザンヌ
コーニング
セントラル硝子
ダイキン工業
トヨタ自動車
企業別の特許件数を見ると 1999 年以降富士写真フイルムが突出して多く、それに続
いてセイコーエプソン、シャープ、富士ゼロックス、キャノン、日立マクセル、東芝
などが上位にランクインしている。その他にも、ニコン、ミノルタ、コニカ、リコー、
三洋電機、松下電産、松下電工、ソニー、富士通、日立製作所、三菱電機、積水化学、
出光興産、触媒化成、3M、住友大阪セメント、三洋化成、関西ペイント、昭和電工、
日本化薬、京セラ、TDK、石原産業、テイカ、豊田中研、アイシン精機、大日本印刷、
第一工業製薬、日本板硝子など様々な業種の企業が研究開発を行っている。企業以外
では、独立行政法人産業技術研究所からの出願が多い。
表2 国内特許における色素増感型太陽電池の検索式
1
太陽電池 or 太陽光発電
2
(H01L31/04 OR G05F1/67 OR H01M14/00)/IPC
3
色素増感 + 湿式 + 固体電解質 + 酸化チタン + 非水電解質
4
(1 OR 2) * 3
国際特許分類(IPC)
H01L31/0 光エネルギーを電気エネルギーに変換する変換装置および太陽電池
4
G05F1/67 発電機(太陽電池)から最大利用する電気的変量調整システム
H01M14/0 化学的エネルギーを電気エネルギーに変換する、電流または電圧発生装置
0
次に海外での出願状況を WPI で調査した。図4と図5に特許件数の推移を示した。
図4の結果は対象を色素増感型太陽電池に限定した場合の件数推移であり、図5は、
検索対象を広げて有機太陽電池とした場合の特許件数推移である。
図4 WPI で見た色素増感太陽電池に関する特許件数の推移
件
35
32
29
28
30
29
25
18
20
15
10
5
11
5
5
4
1
3
2
0
1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
年
色素増感型太陽電池に限定すると件数は思いのほか少ない結果であった。対象を有
機太陽電池に広げると件数は数倍に増加する。
9
図5 WPI で見た有機太陽電池に関する特許件数推移
件
160
140
125
120
134
106
100
80
68
66
60
40
20
20
25
30
25
37
31
37
0
1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
年
色素増感型太陽電池、有機太陽電池いずれで見ても特許件数の上位には日本企業が
名を連ねている。外国出願でも最近は富士写真フイルムが圧倒的に多く、それにキャノ
ン、リコー、東芝、シャープ、積水化学、ニコンなどが続いている。海外機関では、ECOLE
POLYTECHNIQUE FEDERALE LAUSANNE、AVENTIS RES & TECHNOLOGIES GMBH & CO KG、HAN
L 、 MONSANTO CO 、 FORSCHUNGSZENTRUM JUELICH GMBH 、 FRAUNHOFER GES FOERDERUNG
ANGEWANDTEN、HOECHST AG、ABB PATENT GMBH からの出願がある。出願件数の推移を見
ると、色素増感型太陽電池においても有機太陽電池においても国内特許に見られたの
と同じ傾向で、1994 年にピークがあり、その後いったん減少するが、1999 年から再び
増加に転じ、現在に至るまで増加傾向が続いている。
表3に、色素増感型太陽電池および有機太陽電池に関しWPIの特許検索に用いた
式を示す。
表3 外国特許における色素増感および有機太陽電池の検索式
色素増感型太陽電池
有機太陽電池
1
(SOLAR? OR PHOTPVOLT?) AND
1
(SOLAR? OR PHOTPVOLT?) AND
(CELL OR BATTERY)
(CELL OR BATTERY)
2
(H01L OR H01M)/IPC
2
(H01L OR H01M)/IPC
3
(X15-A02? OR U12-A02? OR X16-A04)/MC 3
(X15-A02? OR U12-A02? OR X16-A04)/MC
4
1*(2 OR 3)
4
1*(2 OR 3)
5
4*(DYE? OR GRATZEL?)
6
4*(DYE OR GRATZEL OR ORGANIC? OR
ORGANO?)
国際特許分類
H01M
電池
H01L
半導体
DERWENT CPI Manual Codes(MC)
X15-A02
Solar panels
U12-A02
Radiation sensitive devices
X16-A04
Photoelectrochemical cells
10
6.色素増感型太陽電池の競合技術
シリコン系太陽電池として、単結晶シリコン太陽電池、多結晶シリコン太陽電池、
アモルファス太陽電池があり、これらはいずれも実用化されている。光電変換効率を
比較すると小面積のセルでは単結晶シリコンが 25%弱と最も高く、多結晶シリコンで
は約 20%、アモルファスシリコンで 10%程度の実績結果が得られている。しかし、実
際に市販されている大面積のモジュールとなると効率はかなり低くなり、単結晶およ
び多結晶シリコンが 13∼16%、アモルファスシリコンが 7∼8%である。単結晶シリコン
系太陽電池の特長として、変換効率が高いことと半導体技術がそのまま使えることが
あげられる。材料技術では単結晶の設計、単結晶シリコンの表面処理、ドーパントの
添加等や基板、電極材料に関する技術、素子技術では半導体層でのn層およびp層の
導入、BSF(backsurfacefield)構造や導電層、絶縁層の導入などの技術、製造技
術では結晶成長法、薄膜形成法、ドーピングや蒸着による電極形成法に関する技術の
特許が多い。多結晶シリコンを含めた結晶シリコン系太陽電池は実用化が最も進んで
いる太陽電池である。
化合物半導体系太陽電池も色々と知られている。Ⅲ―Ⅴ族系は一部人工衛星や離島
用に用いられており、価格は高いが効率は現在知られている太陽電池の中では最も高
い。すなわち、GaAs 系で 25%、GaInP/GaAs ヘテロ接合系で 30%、InGaP/GaAs/InGaAs
ダブルへテロ系では 33%が報告されている。その他の化合物半導体太陽電池として注
目されているものに、Cu(InGa)Se2(CIS 系太陽電池)があり市販品レベルで 10%、開
発品で 12-13%、トップデータとしては 19%が得られている。CdTe 薄膜太陽電池も知ら
れており、効率は開発品で 11%、トップデータで 16.4%が報告されている。化合物半導
体系はⅢ−Ⅴ族(GaAs,InP 等)
、Ⅱ−Ⅵ族(CdS 等)、Ⅰ−Ⅲ−Ⅵ族(CuInSe2 等)など
の化合物半導体から構成され、広い波長帯域をもつため、シリコン系より高変換効率
が期待される。また、光吸収係数が大きいので薄膜で十分光を吸収できるため小型・
軽量化、低コスト化、省資源が可能である。Ⅱ―Ⅵ族化合物半導体はコスト面からガ
ラス基板上に薄膜太陽電池を、Ⅲ―Ⅴ族化合物半導体はシリコン等の基板上にⅢ―Ⅴ
族単結晶を成長させた薄膜が利用されている。素子技術については、表面再結合の少
ないヘテロ接合や光の波長を有効利用するためのタンデム型構造に関する特許が、製
造技術として高効率と低コストの両面から薄膜形成技術に関する特許が多く見られる。
また、Ⅲ―Ⅴ族化合物半導体太陽電池ではCVD法等、Ⅱ―Ⅵ族ではスクリーン印刷
法等、Ⅰ―Ⅲ―Ⅵ族では真空蒸着法等を使った特許が多い。
シリコン系太陽電池と化合物半導体系太陽電池はいずれも無機系の太陽電池である
が、有機系の太陽電池では pn へテロ接合型とショットキー型太陽電池が知られている。
変換効率は pn 接合型で 2∼4%、ショットキー型で 1%未満と現状は低い値しか得られて
いない。ショットキー型セルの代表的な例として、メロシアニン(MC)を用いたもの
で Al/MC/Ag の構成で変換効率が 0.7%であるとの報告が Morel らによりされている23)。
有機ヘテロ接合型セルは Tang が報告したペリレン顔料(PV)/銅フタロシアニン
(CuPC)を用いたものが有名で、Ag/PV/CuPC/In2O3 で変換効率 0.95%が得られている2
3)
。その後、この種のセルの効率向上が Peumans らによって提案され、励起子失活防
止層の挿入と光閉じ込め膜のコーティングにより、効率を 2.4%まで引き上げるのに成
11
功した。彼等はさらにペリレン顔料の代わりにフラーレン(C60)誘導体を用いたもの
で、変換効率を 3.6%まで向上している23)。
色素増感型太陽電池の基本構造は広い波長領域の太陽光を吸収増感する色素を吸着
させた半導体電極と対極との間に電解液等の電解質を挿入したものであり、酸化チタ
ン半導体を高表面積化し、高導電性とし、吸着した色素で増感する。電極への色素吸
着量を増加させるため、色素の溶解性向上や電極の表面処理等の密着性向上等が検討
されている。また、増感色素は吸収波長領域が広いこと、吸光係数が大きいこと、光
に対して安定であること等が要求される。特定の単色光での変換効率はすでに 70∼
80%に達しており、太陽光の全波長領域で光電変換できるようにすることで、高変換
効率が期待される。多種多様な太陽電池の中で色素増感型太陽電池がどのような位置
付けにあるのかを考えると、その最大の特徴は安価な太陽電池が製造できる可能性を
秘めている点にある。高変換効率では化合物半導体や結晶シリコンには及ばないと思
われるが、結晶シリコン太陽電池に比べると、その製造コストは 1/5 程度との試算も
ある24)。(結晶シリコン系太陽電池 3$/W、色素増感型太陽電池 0.6$/W)
このように、色素増感型太陽電池の当面の競合相手はアモルファスシリコン系太陽
電池と考えられる。アモルファスシリコン太陽電池も効率面では結晶シリコン並みの
効率を目指して、a-Si/a-SiGe のヘテロ型や a-Si/polySi ハイブリッド型などが検討
されており、開発レベルでは 10%を超える変換効率が達成されている。しかし、アモ
ルファスシリコン太陽電池は色素増感型太陽電池において試算されているような安価
な太陽電池の実現は困難と考えられる。このように色素増感型太陽電池はコスト面で
優位な立場にあり、当面これに対抗しうる安価な太陽電池の可能性は知られていない。
従って、色素増感型太陽電池は 10%以上の効率が安定的に得られる量産プロセスが確立
され、同時に長期的な耐久性が保証されるようになれば、安価でユニークな太陽電池
として確固たるポジションを確立することが期待される。
7.色素増感型太陽電池のロードマップ
最近、資源エネルギー庁が中心になってまとめた太陽光発電に関するロードマップ
に、2030 年までの開発目標が明示されている。これによると、太陽電池の製造コスト
を 2000 年の 140 円/W から 2005 年に 100 円/W、2010 年に 75 円/W まで下げることを求
めている。 75 円/W が実現すると発電コストは現在の電力コストに近い 25 円/kWh と
なる。このステージにおける製品はアモルファス系太陽電池および薄膜多結晶太陽電
池が想定されている。
次に 2020 年には 50 円/W を目標としており、発電コストは 10∼15 円/kWh となる。こ
の実現に向けては、CIS 系太陽電池や III−V 族半導体太陽電池などが候補に挙げられ
ている。
2030 年のターゲットは 25 円/W であり、実現すれば発電コストは現在の発電コスト
である 5∼10 円/kWh となる。このステージでの主役は色素増感型太陽電池と考えられ
ている25),26)。
12
色素増感型太陽電池は 25 円/W というコスト目標を達成できるかどうかが試算され
てきた。少し古いところでは、1994 年に米国のリサーチ・トライアングル研究所がコ
スト試算を行っており、これではシリコン太陽電池が 3$/W であるのに対し、色素増感
型太陽電池は 0.6$/W、即ち Si 太陽電池の 1/5 のコストで製造できる24)としている。
同じく米国の Smestad らの試算では、変換効率 8∼10%の色素増感型太陽電池で製造コ
ストは 0.5∼0.8$/W でシリコン太陽電池の約 1/10 という結果が得られている。産業技
術総合研究所と住友大阪セメントの試算では、太陽電池の変換効率を 10%とし、年間
100MW の生産をする場合の製造コストは 84 円/W である。また、変換効率が 15%までア
ップすれば、製造コストは 50 円/W をきるという。この製造コストはロードマップの
2020 年目標に対応している。製造コストの内訳を見ると、材料費が 70%と大半を占め、
以下人件費 19%、光熱水費 9%、設備費 2%、残りが土地・建物費である26)。さらにコス
トダウンするには、材料費の約 80%を占めるといわれている導電性ガラスをいかにコ
ストダウンするかが重要であり、導電性フィルム基板の色素増感型太陽電池の研究開
発も今後、重要な研究課題になることが予想される。
以上、色素増感型太陽電池がシリコン系太陽電池よりも安価に製造できることは多
くの試算例に示されており、同時にそのコスト面の優位性から次世代太陽電池として
色素増感型太陽電池が大きく期待されている。
8.太陽電池の市場動向
2001 年における世界の太陽電池生産は 2000 年を 37%上回る 39 万 5,000KW に急増して
いる。2002 年現在の太陽電池の世界累計発電容量は 184 万 KW を超えている。2001 年度に
総合資源エネルギー調査会がまとめた長期エネルギー需給見通しでは、2010 年度における
太陽光発電の導入目標を 118 万 kl(原油換算;1999 年度実績の 23 倍)と予測しており、
今後コスト低減に伴って太陽電池は急激に増加するものと期待されている。
太陽電池の有力メーカーとして、シャープ、BP ソーラー、京セラ、シーメンス・ソーラ
ー、アストロパワーの 5 社が上位を占めており、この上位 5 社で 2001 年の世界生産量の
64%を占有している。日本のメーカーは世界シェアの 43%を獲得しているが、これは太陽
光発電システムの購入を助成する政府施策による効果が大きい。1994 年度に、住宅用太陽
光発電システムモニター等事業としてスタートしたが、その後、1997 年度より住宅用太陽
光発電導入基盤整備事業に移行して、補助金として実質的にほぼ 1/3 が補助されている。
政府による再生可能エネルギーの取り組みではEUが米国より進んでおり、2001 年の米国
の世界シェアは 24%であるが、EUの世界シェアは 25%に増加している。
2003 年現在、国内において太陽電池が住宅用として相当量使用されるようになって
きているが、今後太陽電池が一般家庭において本格的に使用されるためには、太陽電
池の発電コストを家庭用電気料金並(23∼24 円/kWh 程度)にコストダウンすることが
必要である。そのためには、太陽電池のエネルギー変換効率を向上するとともに、製
造コストを低減することが強く求められる。
色素増感型太陽電池は現在まだ開発段階にあり、現在の太陽電池市場は結晶シリコ
ン系を主体とした市場が現状である。
13
シリコン系太陽電池を分類すると、結晶系とアモルファス系に分かれる。結晶系は、
2002 年度数量ベース世界市場で 385MW、金額ベースで約 1,250 億円、またアモルファ
ス系は数量ベースで 115MW、金額ベースで約 300 億円程度である。今後についてもい
ずれの市場も順調な伸びが予測されており、2005 年で結晶系 2000 億円、アモルファ
ス系 600 億円程度と見込まれている。
結晶系は単結晶と多結晶に分類されるが、多結晶系が全体の約 3/4 を占める。多結
晶太陽電池の主要メーカーとしては、シャープ、京セラ、シーメンスソーラー、アス
トロパワー、三菱電機などがあり、単結晶系では、BP ソーラレックス、シャープ、フ
ォトワット、シーメンスソーラーなどがある。一方、アモルファス系では、三洋電機、
BP ソーラレックス、キャノン、シャープなどが有力メーカーである。
結晶系太陽電池の用途としては、住宅用発電システムが約 3/4 を占め、残りが産業用
発電システムである。これに対し、アモルファス系太陽電池は蛍光灯下での発電効率
が高いという特徴を生かして、電卓や時計などの民生用途に 15%程度使用されている。
結晶系太陽電池の特徴は発電効率が高い点にあるので、この特徴を生かして住宅用発
電システムに用いられるほか、信頼性を重視した産業用の用途にも用いられており、他
方、アモルファス系太陽電池は効率が結晶系の半分程度と低く、また屋外使用では初
期に変換効率の劣化があるなどの欠点から民生品の補助電源として市場を形成してき
た。現在アモルファス系と多結晶シリコン系とを組み合わせたハイブリッド型太陽電
池が注目されているが、これはアモルファス系が太陽光の可視領域に、多結晶シリコ
ン系は近赤外領域に感度がよいことから、両者を積層することで効率の良い太陽電池
が期待できるためである。
色素増感型太陽電池の実用化のための研究開発も活発に進められており、2004∼
2005 年にはこの新しい太陽電池の製品化が実現する見通しである。2003 年初には第一
工業製薬と三井物産の合弁会社「エレクセル」を立ち上げており、2005 年にはサンプ
ル品を出荷する予定である。また、2003 年夏にアイシン精機が豊田中央研究所と共同
で、大型モジュール化された試作品を公開している。アイシン精機はすでに屋外長期
実証試験を実施し、結晶シリコン系太陽電池を超える実用性能が確認されている。日
立マクセルは 2005 年にもサンプル品を出荷するといい、東芝は 2006 年には製品化す
るという。この他に、フジクラなど実用化の検討を進めているメーカーは数多い。
色素増感型太陽電池の当面の用途としてはカラフルな太陽電池、透明太陽電池、フ
レキシブル太陽電池などの比較的消費電力の小さい小型民生機器の電源などの屋内用
途が対象と考えられる。しかし、本命はやはり 21 世紀のエネルギー問題の解決策を提
供する住宅用発電システムとしての太陽電池であり、2020 年以降に実用化が本格化す
るものと期待されている。そのためには、今後大面積化に加えて耐久性向上と変換効
率アップの研究開発が重要である。
9.色素増感型太陽電池を実用化するための技術課題
実用化を目指した色素増感型太陽電池の技術課題は次の三つに集約できる。一つ目
は液漏れ等の問題を含めた①セルの耐久性向上であり、二つ目は現状研究レベルで達
成している効率 10%を再現性良く実現できる。②量産化技術の開発、三つ目は将来に
14
向けての更なる③変換効率の向上である。
① セルの耐久性向上
色素増感型太陽電池の実用化を図る上で当面の課題は、液漏れの問題などを含めた
セルの耐久性向上である。セルの耐久性には、使われている色素の安定性などセルの
持つ本来的な寿命の問題と、電解液の漏洩など素子構造に由来する問題がある。まず、
本来的な安定性に関しては Graetzel 等の検討結果があり、一個の色素が電子の授受を
行うサイクルは 5000 万回以上安定であるという。これは 10 年間の光照射に匹敵する2
6)
ので、この結果から判断して、色素の安定性等は問題ないといえる。液漏れなどを
含めたセル全体の安定性に関しても、様々な機関がライフテストを実施しており、こ
れらの結果は概ね良好である。すなわち、Graetzel 等のライフテスト結果では AM1.5
の擬似太陽光の連続照射実験で 7000 時間以上安定であった。またオランダの ECN では
AM1.5 の屋内照射実験で 10000 時間以上の安定性があると報告している。以上のよう
に屋内での連続照射では安定性はほぼ問題ないと考えてよさそうである。しかし、屋
外の環境を考慮すると、温度変化、雨風の影響など室内とは比較にならない過酷な条
件が課せられるため、そこでの耐久性についてはまだ未知数と言わざるをえない。屋
外使用を前提とすると、電解液を用いる系では問題が多く、やはり現在多くの研究が行
われている電解液のゲル化や固体化が問題解決の鍵を握ると考えられる。最近、アイ
シン精機が半年以上の屋外耐久性を確認したとの報告がなされている。
② 量産化技術の開発
色素増感型太陽電池の実用化を目指したスケールアップの取り組みは、現在欧州の
ベンチャー企業を中心に進められている。例えば、ドイツのベンチャー企業の一つであ
る INAP(Institute of Applied Photovoltanics)では 12cm 角のセルで変換効率 7%を
得ている。また、ストライプ状のユニットセルを 48 個集積した 50x50 角のセルも試作
している26)。オランダの ECN は 1x5cm サイズのユニットセルの集積化技術や、量産化
の検討を行っている。ユニットセルは 12000 時間の長期安定性が確認されており、セ
ル間の性能も一定したものが得られている26)。オーストラリアのベンチャー企業であ
る STI(Sustainable Technologies International )は色素増感型太陽電池を用いた
パネルの生産工場を建設し、販売を開始している26)。現在日本は量産化技術において
遅れをとっているといえる。
③ 変換効率の向上
7.における太陽光発電のロードマップと色素増感型太陽電池の位置付けにおいて
示されたように、産総研の荒川らは変換効率 15%が実現すれば、太陽電池の製造コス
トは 50 円/W となり 15 円/kWh 程度の安価な電力の供給が可能との試算結果を発表して
いる。理論的には変換効率は 33%まで可能との算定もあるが、現実的な効率としてど
の程度まで実現できるかである。荒川らが行ったルテニウム色素(N3)での試算結果
では、短絡電流は色素のエネルギーギャップ 1.6eV 以上のエネルギーを持つフォトン
がすべて電子として注入されたとすると、AM1.5 の曲線から 26.4mA/cm2 となるという。
15
入射光の導電性ガラスでの吸収と反射ロスを約 5%とすると短絡電流の上限は
25.1mA/cm2 となる。一方開放電圧はチタニアの伝導帯準位とヨウ素の標準酸化還元電
位の差で決まるので、最高の差である 0.9V 以下である。フィルファクターが 0.8 と想
定すると変換効率は 18.1%となる26)。従って、入射光が内部量子収率 100%で電子に
変換され、電子の漏れや抵抗ロスを極力少なくする工夫ができれば、N3 色素とチタニ
ア電極の組み合わせでも変換効率 15%が可能と予測される。ブラックダイ(N749)で
は、900nm までの光を吸収できるので、エネルギーギャップは 1.37eV となり短絡電流
の最大値は約 33mA/cm2 まで増加する。以上のように理想的なセルができれば、現在知
られている色素と半導体電極の組み合わせでも変換効率 15%は実現可能と考えられる。
従って、新規な色素や半導体電極を探索することも必要なことであるが、既存の系で
理想的なセルを目指して、既存の材料や製造プロセスの最適化を図ることも実用化を
目指した今後の研究開発として重要である。
これまで検討されてきた主要な技術課題、最近の技術レベル、これまでの検討事項
を下記の表4に取りまとめた。
表4 技術課題と最近の技術レベルおよび検討事項
技術課題
最近の技術レベル
これまでの検討事項
最高 10.58%
チタニア電極の改良および新規酸化
光電変換効率
通常 7-8%
物半導体電極の探索/新規色素探索
色素の安定性 電子の授受 5000 万回 ・光電変換に安定な色素の開発
以上安定
・低温で酸化チタン半導体の製造法
セルの長期安定性 電解液漏れ
・電解質のゲル化/固体化
屋内耐久性 10000hr 以上
・セルの封止技術改良
屋外耐久性 半年∼1 年
セルサイズ 10cm∼24cm 角集積型セ ・欧州ベンチャー企業中心に検討中
・国内ではフィルム基板セルの実用化
ル
スケールアップと
研究に注力
一度に 500 バッチのセル作成
量産技術
・アイシン精機(株)、フジクラ(株)等
が roof-top 型セルの開発に注力
16
【出典】
1)H.Tsubomura,M.Matsumura,Y.Nomura,T.Amamiya,Nature,261,402(1976)
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12)C.Bauer, G.Boschloo, E.Mukhtar, and A.Hagfeldt, J.Phys.Chem.B,106,12693(2002)
13)北村隆之,和田雄二,柳田祥三, 表面科学,21,288(2000)
14)S.Ferrere, Inorg.Chim.Acta,329,79(2002)
15)荒川裕則, 月刊地球環境,34,92(2003)
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以上
17
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