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世界精神の醸成
世界精神の醸成 名古屋学院大学名誉教授 梶 原 壽 マタイによる福音書 2 章13~18節 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起 きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこに とどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」ヨセ フは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬま でそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、 主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。さて、ヘロデは 占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学 者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳 以下の男の子を、一人残らず殺させた。こうして、預言者エレミヤを通して言わ れていたことが実現した。「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケ ルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない、/子供たちがもうい ないから。」 今年のクリスマスに私が神さまから啓示された贈り物は、マタイによる福音 書 2 章13節以下の御言葉です。これは〈難民イエス〉の視点を持てとのメッ セージです。 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使がヨセフに現れて言った。 「起きて、子供とその母親を連れて、エジブトへ逃げ、わたしが告げるま でそこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとし ている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジブトへ 去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。 難民とは何でしょうか。難民とは、今まで住んでいた懐かしい〈故郷〉を追 われて、命の危険に怯えながら逃亡者として異郷の地で生きる人のことです。 人間はただ住居があって、食べ物と着る物があれば生きられるというものでは ありません。〈故郷〉の中には、慣れ親しんだ言葉、文化、隣近所、習慣、景 色、等々も含まれています。つまり難民とは〈故郷喪失の民〉のことでありま ― 111 ― す。今私たち日本人は、《東日本大震災》の悲劇を通して、歴史上未曾有の難 民経験を共有しています。 しかしこの〈難民経験〉は、その〈故郷喪失〉の苦しみだけではなく、〈新 しい故郷創造〉の機会でもあります。すなわち、難民は今まで慣れ親しんだ故 郷を失いながら、見知らぬ敵対的でさえある土地と人間関係の中で、呻吟しな がら《新しい故郷》を再創造していく民でもあるということです。そしてそこ には今までとは違った全く新しい《世界精神》、《普遍的精神》が生れ出る可能 性が秘められているのです。実にキリスト教の世界思想は、この幼子の〈難民 経験〉から生まれたものなのです。 私はここで、マーティン・ルーサー・キング牧師の最後の著作『われらはこ こからどこへ行くのか ― 混沌か、それとも共同体か』の最終章《世界の家》 の書き出しの部分を、紹介したいと思います。 最近ある作家が亡くなったが、これから書く構想を残した。その中に次の ようなものががあった。「今までばらばらに生活していたある家族が、こ れから一緒に住まなければならない一軒の家を相続した。」これはまさに 今、人類が直面している緊急の課題である。黒人と白人、東洋人と西洋 人、異邦人とユダヤ人、カトリックとプロテスタント、イスラム教徒とヒ ンズー教徒が、思想も文化も関心も極度に違っていながら、もはや分かれ て生きてはいけないゆえに、何とかしてお互いに平和の内に生きることを 学ばなければならないのである。 これは人類のすべての人間がこれから真剣に考え、取り組んで行かなければ ならない課題です。 いったいキング牧師は、こんな壮大な未来の構想をどこ で学んだのでしょうか。私はその鍵をあの有名な《 I Have a Dream》Speechの 一節に見出しています。 あれ(奴隷解放宣言)から100年経った今も、私たち黒人は依然としてア メリカ社会の片隅で弱り果て、自分自身の国で難民(exile)として暮らし ている。 ここには人生真理の深い《逆説》が言い表されています。それは難民こそ が、困窮と不人情と絶望感の中から生存の希望(a hope of survival)を紡ぎ出 ― 112 ― す知恵を持っているという真理です。そしてその原形(prototype)が今日の聖 句に示されている《難民イエス》の物語なのです。 2011年12月16日 朝の礼拝 ― 113 ―