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Aspergillus aculeatus - 大阪府立大学学術情報リポジトリ OPERA

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Aspergillus aculeatus - 大阪府立大学学術情報リポジトリ OPERA
 Title
Author(s)
Aspergillus aculeatus におけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子
の発現制御機構に関する分子生物学的研究
國武, 絵美
Editor(s)
Citation
Issue Date
URL
2012
http://hdl.handle.net/10466/14159
Rights
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/
大阪府立大学博士 (応用生命科学) 学位論文
Aspergillus aculeatus におけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ
遺伝子の発現制御機構に関する分子生物学的研究
國武
絵美
2012 年
目次
1
緒論
第一章
A. aculeatus における niaD 選択マーカーを用いた形質転換系及び
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation の確立
15
序
15
実験材料と方法
19
結果
niaD 遺伝子を用いた形質転換系の構築
36
A. aculeatus niaD, pyrG, sC 三重欠損株の作出
38
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation の確立
41
52
考察
第二章 新奇セルラーゼ遺伝子発現誘導因子の同定
57
序
57
実験材料と方法
60
結果と考察
XlnR 非依存的転写活性化経路に関与する
新奇制御因子のスクリーニング
65
S4-22 株の解析
67
その他のセルラーゼ遺伝子発現制御因子
欠損候補株の解析
第三章 ClbR の機能解析
70
72
序
72
実験材料と方法
73
結果
clbR 破壊株及び相補株の転写解析
84
clbR のシークエンシング
86
clbR 破壊株のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現
考察
総括
における他の糖に対する応答
90
clbR 破壊株及び構成的高発現株の酵素活性測定
91
clbR, xlnR 二重破壊株の酵素活性測定
95
ClbR の系統解析
96
98
103
参考文献
107
謝辞
120
略語
AD primer
arbitrary degenerate primer
AMT
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation
AS
acetocyringone
bp
base pair
CDS
coding sequence
cfu
colony forming unit
DNJ
1-deoxynojirimycin
D.W.
distilled water
EDTA
ethylenediaminetetraacetic acid
EtOH
ethanol
5-FOA
5-fluoroorotic acid
h
hour
kb
kilo base pair
LB
left border
M
moll per litter
Mb
mega base pair
MES
2-(N-morpholino) ethanesulfonic acid
min.
minute
NaOAc
sodium acetate
ORF
open reading frame
PCR
polymerase chain reaction
PEG
polyethylene glycol
RB
right border
rpm
revolutions per minute
RT
reverse transcription
qRT-PCR
quantitative RT-PCR
sec.
second
SDS
sodium dodecyl sulfate
TAIL-PCR
thermal asymmetric interlaced-PCR
T-DNA
transfer DNA
VB
vector backbone
X-gal
5-bromo-4-chloro-3-indolyl--D-galactopyranoside
X-gluc
5-bromo-4-chloro-3-indolyl--D-glucuronide
緒論
Aspergillus 属糸状菌
糸状菌は自然界の様々な環境下で生育しており,多様な高分子物質を栄養源として利用
するために多種の分解酵素を生産する。また,多数の代謝系を有しており,多様な有機物
を利用出来るだけでなく,様々な二次代謝産物の生合成を行う。糸状菌の生産する有用な
多種の酵素や有機酸,脂肪酸,抗生物質は食品産業や医薬品生産,農業といった分野にお
いて広く利用されている。このうち,200 以上の種が存在する Aspergillus 属は糸状菌を代
表する属の一つで,発酵産業において重要な種を多く含む。例えば,クエン酸・グルコン
酸発酵には Aspergillus niger,イタコン酸の生産に Aspergillus terreus,コウジ酸の生産に
Aspergillus oryzae が利用され,A. terreus が合成するロバスタチンはコレステロール低下薬と
して商品化されてきた。日本では A. oryzae を筆頭に,Aspergillus sojae, Aspergillus awamori,
Aspergillus kawachii が多種の糖質・タンパク質分解酵素を分泌する性質を利用して酒,醤油,
味噌,酢等の伝統的な発酵食品の生産に古来より使用されている。加えて,A. oryzae の各
種分解酵素を含むタカジアスターゼは 1894 年に高峰譲吉博士によって糸状菌酵素として
初めて産業化された。このように,Aspergillus は様々な有機酸や薬理活性を持つ二次代謝
産物,そして有用酵素を生産する微生物として,食品・化学・化粧品・医薬品といった産
業分野で活躍している (Machida and Gomi (eds) 2010, Machida et al. 2008)。また,A. oryzae や
A. niger は細胞外タンパク質を多量に分泌する (例えば最大 25 g / L のグルコアミラーゼが
A. niger で生産される) ことから,上記のような産業利用に加えて大腸菌や酵母に変わる異
種タンパク質の大量発現用宿主としても注目されている。真核生物由来のタンパク質を発
現させるには糖鎖付加・ジスルフィド架橋形成といった翻訳後修飾が適切に行われなけれ
ばならないが,糸状菌はそれを可能とし,且つ生育速度も速いことが理由である。これら
の菌株は歴史的な背景からこれらはアメリカ合衆国食品医薬品局によって GRAS (generally
regarded as safe) に認定されており,有用タンパク質の実生産における安全性評価にかかる
コストが削減できる利点もある。しかし,糸状菌由来のタンパク質を発現させた場合は数
十 ~ 数百 mg / L の生産量を誇るが,高等生物由来のタンパク質を発現させると 1 mg/ L
に満たない生産量しか得られないことが多い。これを克服するために高発現プロモーター
の開発や高分泌されるタンパク質をキャリアーとした融合タンパク質の利用,プロテアー
ゼ欠損株などタンパク質高生産宿主の分子育種,コドンの最適化,固体培養法など培養条
1
件の最適化などの改良が行われている (五味 2002, Abe et al. 2010; Machida et al. 2008; Ward
et al. 2006; Yoon et al 2011; Tokuoka et al; 2008, Minetoki et al. 1998)。また,Aspergillus nidulans
のように,有性世代が発見され古典遺伝学的手法を用いた解析が可能で,Neurospora crassa
と同じくモデル生物として古くから研究されているものもあり,Aspergillus 属糸状菌は学術
的にも重要な位置を占めている。一方で,アフラトキシンを生産し穀物汚染を引き起こす
Aspergillus flavus や Aspergillus parasiticus,アスペルギルス症の原因菌 Aspergillus fumigatus
など悪の性質を持ったものも存在するため,農業・医療の側面からも積極的に遺伝学的研
究が推し進められている (Bennett 2010)。
近年,シークエンス解析技術が飛躍的に発達し,7 種の Aspergillus 属のゲノム配列が公
開されている。ゲノム情報を利用した逆遺伝学的手法を用いた網羅的な遺伝子の機能解析
が可能となり,これまで明らかにされていなかった条件特異的な代謝系に関与する新たな
遺伝子の同定が容易になった。さらに比較ゲノム解析により,糸状菌に固有の機能未知遺
伝子や,Aspergillus 属各種特有の性質獲得についての知見が得られ,研究の発展が目覚ま
しい。例えば,A. oryzae の優れた性質をゲノム情報から証明することが出来る。A. nidulans
や A. fumigatus のゲノムサイズは約 30 Mb,遺伝子数は約 10,000 であるのに対し,A. oryzae
のゲノムサイズが 37 Mb と大きく,遺伝子数も約 12,000 と多いことが判明した (Galagan et
al. 2005)。その増加分はタンパク質などの加水分解酵素やアミノ酸代謝系遺伝子であり,A.
oeyzae が醸造・発酵産業で利用されてきた理由を説明するものであった (Pel et al. 2007)。
また,A. oryzae にはアフラトキシン生合成遺伝子クラスターは存在するものの,それら遺
伝子の発現を活性化する制御因子 AflR が欠損していたりクラスターの一部又はほぼ全部
が欠失していたことが明らかとなり,実用菌株の安全性が分子レベルで確認された (Lee et
al. 2006; Tominaga et al. 2006)。
植物バイオマス加水分解酵素
Aspergillus 属 (A. niger や A. oryzae) や Trichoderma reesei に代表される糸状菌はセルラ
ーゼ・ヘミセルラーゼを分泌し,製紙産業や洗剤・食品加工分野で利用されている。近年
は植物バイオマスの効率的酵素糖化に応用できるとして精力的にこれら微生物の酵素生産
調節について研究が推進されている。植物バイオマスは地球上で最も豊富に存在する有機
物で,化石資源の代替として発電用エネルギーとしてだけでなくバイオエタノール等の液
体燃料や化成品原料として幅広く利用することが出来るため,その変換技術の普及は循環
2
型社会の構築に極めて重要である。植物バイオマスはデンプン・糖質系バイオマスとセル
ロース系 (木質系,草本系) バイオマスに大別され,前者から作られるバイオエタノールは
既に自動車用燃料として導入されている。しかし,食糧となるデンプン等を燃料として使
用するという急速かつ大規模な転換は原料である農産物の価格高騰を招き,食糧供給との
競合が生じている。従って未利用または廃棄物となっているセルロース系バイオマスの利
用こそが地球規模の問題を解決すると考えても良い。セルロース系バイオマスの主要構成
成分はセルロース・ヘミセルロース・リグニンであり,前者二種の糖質が 70% 以上を占め
るため,これらの効率的糖化がセルロース系バイオマスの有効利用の鍵となる (坂 2001)。
セルロースはグルコースが -1,4 結合で連結した直鎖状のホモ多糖で,分子内・分子間
で広範囲にわたり水素結合を形成する。非常に強固な結晶構造をとる不溶性物質であるた
め,酵素が作用しやすくするには化学的,物理的前処理が必要である。セルラーゼは -1, 4
グルコシド結合を分解する作用を持つ酵素の総称である。種々のセルラーゼは作用特性の
違いから endo-グルカナーゼ (EG),exo-グルカナーゼ (セロビオヒドロラーゼ ; CBH) に分
けられる。さらに -グルコシダーゼが関わり,協調作用してセルロースを分解していると
言われている。まず,EG が非結晶領域を分解し,末端から CBH が結晶領域をセロビオー
ス単位で分解することにより,EG が作用出来る非結晶領域が露出する。このサイクルを繰
り返すことにより,相乗的にセルロースは分解される。また,その際に生成したセロビオ
ースを主成分とするセロオリゴ糖は -グルコシダーゼにより分解され,グルコースへ変換
される (Fig. 1A)。セルロースを取り囲むヘミセルロースはキシランを主要構成成分とした
ヘテロ多糖である。-1,4-結合した D-キシロピラノシド残基を主鎖として,L-アラビノシル
基,アセチル基,4-O-メチルグルクロノシル基を側鎖に持つ。側鎖のアラビノース残基には
更にフェルラ酸やガラクトースが結合することもあるため,側鎖の種類は多岐にわたる。
従って,キシランの分解には endo-キシラナーゼ及び -キシロシダーゼの他に,修飾基や側
鎖を加水分解する様々な酵素を必要とする (Fig. 1B)。その他,アラビナンやキシログルカ
ン,グルコマンナン,アラビノキシランを主鎖としたものもヘミセルロースに含まれ,こ
れらの分解にもそれぞれの基質に応じた加水分解酵素が必要である。
Aspergillus aculeatus
Aspergillus aculeatus No. F-50 株は最強と言われる T. reesei 由来のセルラーゼ剤と協調作
用を示す菌株として当研究室によって土壌より単離された。本菌株から 9 種のセルラーゼ
3
と 7 種のヘミセルラーゼが精製され酵素の諸性質が既に決定されており,特徴的な点は グルコシダーゼ 1 (BGL1) がセロオリゴ糖に対しても作用出来,単糖生成力に優れているこ
とである (Table 1; Murao et al. 1979; 1988)。2009 年には A. aculeatus のドラフトゲノム配列
が解読された。セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の数についてはまだ精査されていない
が,他の Aspergillus 属と同様なものであると考えられている。T. reesei は従来から単糖生
成力とヘミセルラーゼ活性が弱いと言われており,ゲノム配列からもヘミセルラーゼの数
が Aspergillus 属の半分以下しかない (Martinez et al 2008)。従って A. aculeatus の基質特異性
の異なるセルラーゼ・ヘミセルラーゼと特徴的な BGL1 を高生産する性質はセルロース系
バイオマスの酵素糖化への応用に期待されるものである。また,本菌はタンパク質生産の
宿主として汎用されている A. oryzae に引けを取らないタンパク質高生産能も有するため,
タンパク質生産工場としての利用にも非常に有用である (Kanamasa et al. 2007)。しかし,本
菌の酵素を産業利用するには生産性を今以上に高めなければならないため,酵素の生産調
節機構に関する研究を進める必要がある。本研究ではその中でも遺伝子発現における分子
レベルでの調節機構に焦点を当てた。
糸状菌における転写因子
糸状菌はセルロース・ヘミセルロースを含む様々な炭素源や窒素源を栄養源として使用
することができる。様々な環境に応答するためのシステムとしてそれらの代謝に関わる遺
伝子の発現は複雑に制御されており,その多くは転写レベルでの調節である。遺伝子発現
制御系に関与する転写因子はある基質の代謝に必要な遺伝子群の発現を正に調節する転写
活性化因子 (代謝経路特異的転写因子) と,異なる代謝系に関与し多数の遺伝子の発現を正
又は負に調節したり,発現量を増大させたりする転写因子 (広域転写因子) に大別される
(塚越 2002; Kobayashi and Kato 2010)。
転写因子は DNA 結合モチーフのような高度に保存された配列を基に分類される。Zn 結
合タンパク質は真核生物における最も大きな転写因子のファミリーの一つである。Zn フィ
ンガーと呼ばれるモチーフを少なくとも一つは持つことから,C2H2 型,GATA 因子を含む
C4 Zn finger,Zn(II)2Cys6 型の 3 つのクラスが一つのグループとしてまとめられている
(MacPherson et al. 2006)。
①C2H2 型転写因子はそれぞれ 2 つのシステイン残とヒスチジン残基からなる Zn フィン
ガータンパク質で,原核生物・真核生物の両方で広く分布している。Aspergillus ではカー
4
ボンカタボライトリプレッションに関わる CreA や pH 恒常性に関わる PacC,カチオン恒
常性及び解毒に関与する CrzA,StzA,有性・無性生殖に関わる NsdC,BrlA,FlbC など,
広域転写因子に多くみられる (Dowzer and Kelly 1991; Tilburn et al. 1995; Spielvogel et al.
2008; Kim et al. 2009; Adams et al. 1988; Kwon et al. 2010)。
②GATA 因子は (A/T)GATA(A/G) モチーフに結合する因子で,真核生物にのみ見られる。
Aspergillus には 6 つの遺伝子が存在する。窒素代謝産物抑制に関わる AreA,AreB,青色光
感知システムの中心的要素である N. crassa WC-1 と WC-2 の機能的ホモログである LreA,
LreB,子嚢胞子形成に関与する NsdD,シデロフォア生合成と鉄吸収の調節に関与する SreA
が同定されている (Wilson and Arst 1998; Conlon et al. 2001; Purschwitz et al. 2008; Han et al.
2001; Haas et al. 1999)。
③Zn(II)2Cys6 型転写因子は Zn(II)2Cys6 二核クラスター DNA 結合ドメインを持つタン
パク質である。真菌類に特異的に存在する転写活性化因子で,酵母の ArgRII, Leu3, Ume6 の
ように同時に転写抑制にも関与しているものも存在する (Todd and Andrianopoulos 1997)。こ
の分類の因子は Saccharomyces cerevisiae のガラクトースに応答したガラクトース資化遺伝
子の転写活性化因子 Gal4 が最も古くから研究が進められてきた。経路特異的転写因子の多
くがこのグループに属し,特定の基質に応答して炭素源・窒素源の資化,一次代謝や二次
代謝産物の生合成に関与する遺伝子の発現を調節する。Zn(II)2Cys6 型因子は糸状菌の転写
因子の中で最も大きなファミリーを構成していることがゲノム配列からも明らかになって
いる (Kobayashi and Kato 2010; Kobayashi et al 2007)。Aspergillus の Zn(II)2Cys6 型因子をコ
ードする遺伝子は 170 以上存在し,S. cerevisiae (53 遺伝子),N. crassa (77 遺伝子) と比較
すると格段に多い。これは他種に比べて Aspergillus における代謝遺伝子の数が多いことに
一致する。アミラーゼやセルラーゼ・ヘミセルラーゼ,プロテアーゼの遺伝子群の発現を
活性化する AmyR, XlnR, AraR, PrtT が既に分かっているように,産業的に利用される糸状菌
由来植物バイオマス分解酵素は恐らくこのグループの転写因子によって制御されていると
考えられている (Gomi et al 2000; Tani et al 2001a; van Peij et al 1998a; Marui et al 2002a;
Battaglia et al 2011a; 2011b; Punt et al 2008)。
その他,bZIP 因子,bHLH タンパク質,cMyb タンパク質,MADS box タンパク質等,全
11 種類の転写因子が Aspergillus ゲノム上に存在することが明らかとなっている。
5
セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現制御機構
糸状菌が生産するセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現制御機構に関する分子生物
学的研究は A. oryzae, A. niger, T. reesei を対象としてヨーロッパと日本を中心に精力的に進
められている。この機構には CreA が主として介するカーボンカタボライトリプレッショ
ン,転写促進因子 Hap complex による転写調節を受けることが報告されているが (de Vries
1999a; Zeilinger et al. 1998; Tanaka et al. 2001; Stricker et al. 2008),ここでは遺伝子の転写活性
化機構について紹介する。
セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現はセルロースやヘミセルロースの存在によっ
て誘導され,セロビオースやソフォロース,D-キシロース,L-アラビノースといったそれ
らの分解産物や糖転移産物が実際の真の誘導物質として認識されている。セルラーゼ・ヘ
ミセルラーゼ遺伝子の発現を誘導する因子として最初に同定されたものが A. niger におけ
るキシラナーゼ遺伝子の Zn(II)2Cys6 型転写活性化因子 XlnR である (van Peiji et al. 1998a)。
A. niger XlnR はキシラン及び D-キシロースに応答して制御下にある遺伝子の発現を活性化
する。制御される遺伝子はキシラン分解酵素だけでなく,-グルクロニダーゼ (aguA) やア
セチルキシランエステラーゼ (axeA),アラビノキシランアラビノフラノシダーゼ(axhA),フ
ェルラ酸エステラーゼ (faeA),-ガラクトシダーゼ (aglB),-ガラクトシダーゼ (lacA) な
どのキシラン側鎖分解酵素や,キシロース資化の最初のステップである D-キシロースをキ
シリトールに代謝する D-キシロースレダクターゼ (xyrA) も含まれる (van Peiji et al.
1998b; de Vries and Visser 1999; de Vries et al. 1999b; Hasper et al. 2000)。A.oryzae においても
そのホモログが同定され,同様の制御が観察されている (Marui et al 2002a)。またセルラー
ゼ遺伝子もキシランや D-キシロースに応答して XlnR 依存的に誘導されることが報告され
ている。(van Peiji et al. 1998b; Gielkens et al. 1999; Hasper et al. 2002)。
ゲノム配列公開に伴い,2008 年に Andersen らによって A. nidulans, A. oryzae, A. niger にお
ける D-グルコースと D-キシロース培養時の比較トランスクリプトーム解析が行われた。3
種で D-キシロースで転写量が増加する遺伝子として上記の XlnR 依存的な遺伝子に加え,
xlnR 自体や糖加水分解酵素,糖透過酵素などを含む 22 遺伝子が決定された。反対に,A.
niger eglB, eglC, cbhB,A. oryzae celA, celB, celC, celD (全てセルラーゼ遺伝子) は XlnR 制御
下にあることが報告されていたが,この解析では D-キシロースによる目立った誘導は見ら
れなかった。A. oryzae においても XlnR 破壊株と高発現株を用いた DNA マイクロアレイ
が実施され,既知の XlnR 制御下にある遺伝子やキシラン側鎖の分解・修飾に関与するも
6
のが XlnR に制御される遺伝子として見出され,前出のトランスクリプトーム解析と一致
した結果が報告された。興味深いことに上方調節された共通の 22 遺伝子の中で 7 つはこ
の解析結果には含まれず,XlnR 非依存的に D-キシロースに誘導されることが推測された
(Noguchi et al. 2009)。また,D-キシルロースから D-キシルロース-5-リン酸へ変換する D-キ
シルロキナーゼ (xkiA) は D-キシロースで誘導されるにも関わらず XlnR 非制御下にある
ことが報告されていたが (Vankyuk et al. 2001),この解析により D-キシロース存在下で
XlnR によって調節されることが示された。
近年 XlnR に加えてもう一つのヘミセルロース分解に関わる転写因子として XlnR のホモ
ログである AraR が同定された (Battaglia et al. 2011a)。AraR は L-アラビトールを誘導物質
としてアラビナンやアラビノキシラン側鎖の分解酵素であるアラビナナーゼ (abnA),アラ
ビノフラノシダーゼ (abfA, abfB) 及び L-アラビノース資化経路に関わる L-アラビノース
レダクターゼ (ardA),L-アラビトールデヒドロゲナーゼ (ladA),L-キシルロースレダクタ
ーゼ (lxaA) 及び D-キシルロキナーゼ (xkiA) の遺伝子の転写活性化を担っている (Flipphi
et al. 1994, Vankyuk et al. 2001; Battaglia et al. 2011a; 2011b)。また,axhA と D-キシロース代謝
経路と L-アラビノース代謝経路の合流点であるキシリトールを D-キシルロースに変換する
キシリトールデヒドロゲナーゼ (xdhA) は XlnR と AraR の両方によって調節される
(Battaglia et al 2011a; 2011b)。従ってヘミセルロース分解とその資化において XlnR と AraR
は極めて重要な役割を果たしている。
XlnR は N 末端側に Zn(II)2Cys6 型 DNA 結合ドメイン,中央に機能未知の Fungal-specific
transcription factor ドメイン,2 つの推定 coiled-coil 領域を持つ。A. niger XlnR の機能解析
により C 末端側の coiled-coil 領域が核移行に関与し,その下流に D-グルコース存在下で
の抑制性機能を担う領域,さらにその下流に分子間・分子内相互作用に関わり XlnR 活性化
を担う領域が特定されている (Hasper et al. 2004)。A. oryzae XlnR は D-キシロースの存在に
関わらず核に局在することから翻訳後修飾によって活性が調節していると考えられていた。
実際に XlnR 制御下にある遺伝子の転写が活性化される D-キシロースが存在すると,5 分
以内 (xynG2 mRNA が蓄積する前) にリン酸化され,D-キシロースを除去すると 30 分で脱
リン酸化状態に戻り,その後 xynG2 mRNA も減少することから,D-キシロースによるリン
酸化が XlnR の活性化を調節していることが示唆された (Noguchi et al. 2011)。XlnR は制御
下にある遺伝子プロモーター上に存在する GGCT(A/G)(A/G) 配列に結合することが,大腸
7
菌で発現させたリコンビナント XlnR を用いた in vitro の実験より明らかとなっている (van
Peiji et al. 1998a; Marui et al. 2002a)。この時の Electrophoretic Mobility Shift Assay (EMSA) で
は,DNA-XlnR 複合体を検出するのに 250 ng 以上のタンパク質が必要であった (Marui et al.
2002a)。しかし,同じ方法で精製したリコンビナント AmyR (アミラーゼ遺伝子発現に関与
する Zn(II)2Cys6 型転写活性化因子) が in vitro で DNA に結合するのに必要な量は 1 ng で
あったことから (Tani et al. 2001b),XlnR の DNA への結合親和性が低い傾向にあると言える。
AmyR は誘導物質イソマルトースの存在下で核移行するため (Makita et al. 2009),XlnR と
活性化機構が異なる可能性があり,
その 1 つが転写因子のリン酸化の必要性かもしれない。
XlnR は A. oryzae においてキシラン性の物質だけでなくセルロース及びセロビオースに
応答したセルラーゼ及びキシラナーゼ遺伝子発現の調節にも関与することから (Marui et al.
2002b),XlnR はセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の主要な転写因子であると言える。し
かし,それが全てを担っているわけではなく,一部のセルラーゼ遺伝子では XlnR が関与し
ない転写活性化が観察されている。A. nidulans eglA は D-キシロースでは誘導されず,セロ
ビオースによって誘導される (Chikamatsu et al. 1999)。A. oryzae celC は D-キシロース存在
下での発現量が低く,セルロース性基質を誘導物質とすると XlnR 欠損株でも発現する
(Marui et al. 2002b)。これらの結果より,セルロース性基質によるセルラーゼ遺伝子発現応
答には XlnR とは異なる未同定因子が関与する転写活性化経路を介していると考えられて
いる。これは Fusarium graminearum においても同様のことが推測されている (Brunner et al.
2007)。Endo ら (2008) は A. nidulans eglA プロモーターの変異解析により CeRE (Cellulose
Responsive Element) と称した cis-エレメント 5’-CCGTACCTTTTTAGGA-3’を同定した。こ
の類似配列はセルラーゼ遺伝子 A. nidulans eglB, cbhA, A. oryzae celB 及び XlnR 非依存的経
路を持つとされる A. oryzae celC にも存在する。この結果より未同定のセルラーゼ遺伝子転
写活性化因子が CeRE に結合することが強く示唆された。
本研究の研究対象である A. aculeatus におけるセルラーゼ,ヘミセルラーゼ遺伝子発現調
節機構は Tani ら (2012) によって解析が進められている。Fig. 2 に示すように本菌の XlnR
は他の Aspergillus 属と同様にキシロースやアラビノースといったヘミセルロース性基質と
セルロース存在下で FI-carboxymethyl cellulase (cmc1) 及び FIb-xylanase (xynIb) 遺伝子の転
写を活性化する。一方で,FIII-avicelase (cbhI),FII-carboxymethyl cellulase (cmc2),及び
FIa-xylanase (xynIa) 遺伝子は XlnR 非依存的にセルロース,セロビオースに誘導されて発現
8
することが判明した。さらに cbhI のプロモーター解析により,セルロース誘導発現に必須
な配列 (5’-CCGN2CCN7G(C/A)-3’ ) が同定されたが,この配列は A. nidulans eglA で同定さ
れた CeRE 内の保存配列を含んでいる。また,cmc2,xynIa のプロモーター上にもこの配
列が存在している。このことから,A. oryzae や A. nidulans と同様に,本菌においても未同
定の XlnR 非依存的なセルラーゼ遺伝子発現調節経路が存在する事が見出された (Fig. 3)。
T. reesei においてもセルラーゼ遺伝子発現制御機構に関する研究がよく進められている
が,Aspergillus 属と異なる点が多く見られる。T. reesei のセルラーゼ・キシラナーゼ遺伝子
はキシロース,キシロビオース,ソフォロース,ラクトースによって誘導され,XlnR のホ
モログである Xyr1 がそれらのメインレギュレーターとして機能する (Stricker et al. 2006;
2007; 2008; Mach-Aigner et al. 2008)。T. reesei セルラーゼ遺伝子は Zn(II)2Cys6 型転写因子
ACEII によっても発現が活性化されるが (Aro et al. 2001),Aspergillus には ACEII オルソ
ログは存在しない。従って Aspergillus 属と Trichoderma 属では誘導物質や関与する転写因
子の違いから,異なる制御系を持つと考えられる。
9
研究目的
本研究は A. aculeatus をモデルとして,未同定の XlnR 非依存的転写活性化経路を介した
セルラーゼ遺伝子発現制御機構を解明するために,それに関与する因子を同定し,機能解
析することを目的とした。近年の新奇制御因子を同定する手法はゲノム情報を利用した逆
遺伝学的解析及び網羅的遺伝子発現解析が主流になっている。しかしこのアプローチでは,
研究対象が既知因子のオルソログや遺伝子発現量が変動する因子に限定的になる傾向にあ
る。一方,変異源処理によって目的の表現型を示す変異株を取得し,それを相補する遺伝
子を特定することで新奇遺伝子を同定する従来の遺伝学的手法は,多核体の糸状菌では厳
しい変異処理条件を必要とするため他の遺伝子への変異の導入が危惧される。加えて形質
転換効率が低い糸状菌では相補遺伝子のクローニングが容易ではない。そこで本研究では
一 遺 伝 子 座 へ の 変 異 導 入 と 変 異 点 の 特 定 の 両 方 が 一 度 に 可 能 と な る Agrobacterium
tumefaciens-mediated transformation (AMT) を利用した T-DNA タギング法に着目し,これを
利用して転写因子だけでなくシグナル伝達などに関わる因子を含めた網羅的なスクリーニ
ングを可能にする系を開発した。
第一章では A. aculeatus の遺伝子操作ツールとして相同組換え可能な形質転換系を確立し,
また新奇制御因子を単離する手法として A. aculeatus における AMT を確立したことについ
て,第二章では cbhI の発現が低下した株をポジティブスクリーニングできるシステムを構
築し,AMT により構築したランダム変異ライブラリから cbhI 発現制御因子欠損株のスク
リーニングを行ったこと,そして T-DNA 配列をもとに単離株の変異遺伝子を同定したこと
について,第三章では第二章で同定した因子の遺伝学的機能解析を行ったことについて論
述した。
10
(A) Cellulose
Cellobiohydrolase (CBH)
endo-Glucanase (EG)
Cellobiohydrolase (CBH)
Amorphous region
Crystalline region
Glucose
-Glucosidase
(B) Xylan
endo-Xylanase
-Glucuronidase
Feruloyl esterase
-Arabinofuranosidase
Acetylxylan esterase
-Galactosidase
-Xylosidase
Xylose
Acetyl
Arabinose
Glucuronic acid
Galactose
Ferulic acid
Fig. 1 セルロース (A),キシラン (B) の構造と関与する分解酵素。
11
Table 1 A. aculeatus で精製されたセルラーゼ・ヘミセルラーゼの一覧
Gene symbol
GHFamily
M.W.a
M.W.b
FI-CMCellulase
cmc1
12
25,000
24,002
FII-CMCellulase
cmc2
5
66,000
41,773
FV-CMCellulase
not cloned
-
38,000
-
Hydrocellulase
not cloned
-
68,000
-
FI-Avicelase
aviIII
74
109,000
87,961
FIII-Avicelase
cbhI
7
112,000
54,132
-Glucosidase1
bgl1
3
133,000
91,150
-Glucosidase2c
-
-
132,000
-
-Glucosidase3
bgl3
3
136,000
117,210
FIa-Xylanase
xynIa
10
34,000
32,694
FIb-Xylanase
xynIb
11
20,000
20,041
FIV-Xylanase
not cloned
-
52,000
-
-xylosidase
xyl1, xyl2
3
105,000
83,035, 84,595
FIIIa-Mannanase
not cloned
-
39,000
-
FIIIb-Mannanase
not cloned
-
38,000
-
manB
2
130,000
104,214
Enzyme name
-Mannosidase
a, 精製酵素で見積もられた分子量
b, 一次構造から算出される分子量
c, -Glucosidase2 は -Glucosidase1 のアイソザイムと考えられている
12
3 hours
WT
P GCX A
6 hours
WT
xlnR
P GCX A
CX A
bgl1
bgl1
cbhI
cbhI
cmc1
cmc1
cmc2
cmc2
xynIa
xynIa
xynIb
xynIb
gpdA
gpdA
xlnR
CX A
Fig. 2 A. aculeatus 野生株 (左) と xlnR 破壊株 (右) におけるセルラーゼ・キシラナーゼ遺
伝子の転写量を半定量 RT-PCR 解析を用いて比較した (Tani et al. 2012)。様々な炭素源で 3
時間又は 6 時間誘導した際の発現パターンを示した。P, ポリペプトン; G, グルコース; C,
セルロース; X, キシロース; A, アラビノース。
青で示した cmc1 と xynIb はキシロースとアラビノースで誘導され,その発現は XlnR 依存
的である。赤で示した cbhI,cmc2,xynIa はセルロースでのみ誘導され,XlnR 破壊株でも
その発現は消失しなかった。
13
Fig. 3 A. aculeatus におけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現誘導機構のモデル図。
セルロース,キシロース,アラビノースに応答する XlnR を介した遺伝子発現誘導経路
(XlnR 依存的経路) と XlnR を介さずにセルロース,セロビオースに応答する遺伝子発現制
御経路 (XlnR 非依存的経路) の少なくとも 2 つの経路が存在する。
14
第一章
A. aculeatus における niaD 選択マーカーを用いた形質転換系及び
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation の確立
序
外来 DNA を導入し,遺伝子操作を行うには形質転換系が必須である。形質転換体の選
抜には宿主に応じて内在性遺伝子の変異である栄養要求性や代謝欠損を利用したもの及び
薬剤耐性の遺伝子マーカーが使用される。A. aculeatus ではこれまでに硫酸資化能を利用し
た ATP スルフリラーゼ遺伝子 (sC) 及び,ウリジン要求性を利用したオロチジンリン酸脱
炭酸酵素遺伝子 (pyrG) を選択マーカーに用いた相同組換えが可能な形質転換系が構築さ
れている。これらは生育栄養源の毒性アナログ(それぞれセレン酸と 5-fluoroorotic acid
(FOA)) を用いてマーカー遺伝子の欠損した株を培地上でポジティブセレクション (カウン
ターセレクション) 出来ることを利用して構築された (Adachi et al. 2009; Ballance et al.
1983; van Hartingsveldt et al. 1987)。複数の遺伝子を同時に導入するにはその数だけの選択マ
ーカーが必要であるため,本研究ではまず硝酸還元酵素遺伝子 (niaD) を選択マーカーとし
た系を確立した。さらに,確立した niaD 欠損株の単離法を利用して,pyrG, sC, niaD 三重
欠損株の作出を行った。
niaD 欠損株は次のようなセレクションを行うことにより自然突然変異により単離する
ことができる。硝酸は透過酵素により菌体内に取り込まれた後,niaD にコードされる硝酸
還元酵素により亜硝酸に,続いて niiA にコードされる亜硝酸還元酵素によりアンモニウム
にまで還元され,窒素源として利用される。菌体内に取り込まれ還元されると毒性を示す
硝酸のアナログである塩素酸を培地中に加えると,野生株は生育できないため,niaD- は容
易に選択できる (Fig. 1-1)。しかし,塩素酸耐性を示すものは niaD- だけではなく,その代
謝系から,cnxA~J,nirA,areA 変異株も含まれる。これは各種窒素源の利用能を調べるこ
とにより分離できる。cnxA~J は硝酸還元酵素およびヒポキサンチンから尿酸への酸化分解
にかかわるキサンチンデヒドロゲナーゼの活性に必要な Molybdenum pterin (Mo-Co) の合
成に関する遺伝子であるため,cnxA~J 変異株は単一窒素源を硝酸,アデニン又はヒポキサ
ンチンとした場合に生育することができない。nirA は硝酸同化に関わる niaD および niiA
の 経路特異的転写活性化因子をコードする遺伝子であるため,nirA 変異株は硝酸および亜
硝酸を単一窒素源として利用することができない。areA は窒素源代謝に関わる遺伝子の広
15
域転写活性化因子をコードする遺伝子であるため,areA 変異株はアンモニウム以外を単一
窒素源として利用できない。つまり,niaD- は塩素酸耐性を示すもののうち,硝酸のみを単
一窒素源として利用できない株を選択することで単離できる (Table 1-1) (Martinelli and
Kinghorn 1994)。
また,本章では新奇遺伝子のスクリーニングのツールに用いるためのランダム挿入変異
法として Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation (AMT) を確立した。これは元来
クラウンゴール病を引き起こす A. tumefaciens の感染能力を利用した植物形質転換法である。
A. tumefaciens は自身が保有するプラスミド (Ti plasmid) の一部である left border (LB) と
right border (RB) に挟まれた T-DNA 領域を一本鎖 DNA の T-strand として宿主に移行さ
せ,宿主染色体上にランダムに挿入する性質がある。Ti plasmid は非常に大きなプラスミド
であるため,直接遺伝子組換え操作を行うには困難であるが (Wood et al. 2001),Ti plasmid
上の T-DNA の切り出しに関与する vir 遺伝子群は別のプラスミド上でも機能することが
知られていることから,T-DNA 領域を別に組換えたプラスミドを A. tumefaciens に導入して
形質転換に利用するバイナリーベクター法が一般に用いられている。バイナリーベクター
は大腸菌及びアグロバクテリウム内で複製するシャトルベクターで,T-DNA 領域に容易に
目的遺伝子を挿入することが出来る。
A. tumefaciens は主に双子葉植物に感染し,その感染機構は次のようなモデルが立てら
れている (Citovsky et al. 2007; Atmakuri et al. 2007)。植物が負傷した際に放出する微量フェノ
ール類をアグロバクテリウム細胞膜上に存在する VirA が感知して VirG を活性化し,Ti
plasmid 上の vir 遺伝子群の発現が誘導される。VirD2/VirD1 によって T-DNA 領域は切り
出され,また T-strand のRB にVirD2 が結合し,植物細胞とアグロバクテリウムを連結す
る VirB と T-DNA 基質受容体である VirD4 からなるタイプ IV 分泌システム (T4S) を
介して植物細胞内に侵入する。その後,VirE2 が T-DNA を取り囲み ,T-DNA-VirD2-E2 か
らなる T-complex を形成して核内へ移行してゲノム DNA に T-DNA が組み込まれる。他
にも VirC 等様々な因子が関与して T-DNA の植物細胞への移行を促進している。イネなど
の単子葉植物はこのアグロバクテリウムが感知する誘導物質を非常に低レベルでしか放出
しないためにアグロバクテリウムを感染させて形質転換を行うことは不可能であった。し
かし,アセトシリンゴンという誘導物質を新たに添加することで,広範囲の植物で利用可
能となり (Winans 1992),さらに近年糸状菌を含めた真菌類でも適応可能であることが示さ
16
れた (Bundock et al. 1995; de Groot et al. 1998)。真菌において,T-DNAタギングによって機能
未知遺伝子を同定したといういくつかの成功例がある。イネいもち病菌である Magnaporthe
oryzae のハイスループットな表現型スクリーニングにより,新たな病原性遺伝子座が発見
されており (Jeon et al. 2007),また,二形性真菌 Blastmyces dermatitidis では表現型から変
異株を取得できるようなコンストラクトを T-DNA 内に構築し,表現型から形態形成に特異
的な因子を発見している (Nemecek et al. 2006)。そこで私は A. aculeatus における新奇なセ
ルラーゼ遺伝子発現制御因子の同定法として AMT が利用可能かを調べた。遺伝子破壊ラ
イブラリの構築を目的とする AMT の必須条件は高い形質転換効率だけでなく,宿主ゲノ
ムへの T-DNA コピー数や DNA の欠失がないこと,形質転換体が安定であることも変異
点を容易に特定するために重要である。これらを考慮して AMT 条件を検討した。
outside
NO3-
inside
analog
ClO3-
crnA
Permease
NO3-
ClO3niaD
Nitrate Reductase
ClO2-
NO2-
TOXIN
niiA
Nitrite Reductase
NH4
ClO-
+
TOXIN
Fig. 1-1 Aspergillus 属における硝酸同化経路。硝酸同化に関与する酵素名を青字で,それを
コードする遺伝子を黒字のイタリックで示した。
17
Table 1-1 硝酸同化における欠損変異株の表現型
Utilization of nitrogen source
Gene
mutation
Chlorate
sensitivity
Nitrate
Nitrite
Ammonium
Hypoxanthine
crnA-
S
+
+
+
+
niiA-
S
-
-
+
+
niaD-
R
-
+
+
+
cnxA-J-
R
-
+
+
-
areA-
R
-
-
+
-
nirA-
R
-
-
+
+
S : 感受性, R : 耐性, + : 生育可, - : 生育不可
cnx :硝酸還元酵素及びキサンチンデヒドロゲナーゼの両方に必須のモリブデンコファクタ
ーの構成に関与する因子をコードする遺伝子
areA : 窒素代謝産物抑制を調節する転写活性化因子遺伝子
nirA : 硝酸同化遺伝子を調節する経路特異的転写活性化因子遺伝子
18
実験材料と方法
使用菌株及びプラスミド
野生株 Aspergillus aculeatus no. F-50 (Murao et al. 1979) は特に指定のない限り最少培地
(MM) 上で 30°C で継代した (Adachi et al. 2009)。
Agrobacterium tumefaciens C58C1 系統及び T-DNA 内にハイグロマイシン耐性遺伝子の
挿入されたバイナリーベクター pBIG2RHPH2 は辻博士から譲渡されたものを使用した
(Fig. 1-2; Tsuji et al. 2003)。
DNA 操作にはEscherichia coli DH5F’ [supE44, lacU169 (80 lacZ M15), hsdR17, recA1,
endA1, gryA96, thi-1, relA1] を使用し,プラスミド構築には pBluescript II KS (+)
(pBS)
(Stratagene 社製)を使用した。
A. acuelatus の形質転換用ベクターとして pNAN8142 (大関株式会社より譲渡) 及び
pAUR325 (タカラバイオ社製) を用いた。
hph
LB
RB
pBIG2RHPH2
ColEI ori
9.4 kb
TrfA
oriV
nptIII
Fig. 1-2 バイナリーベクター pBIGRHPH2の構造
LB, left border; RB, Right border; hph, hygromycin B phosphotransferase gene; nptIII, neomycin
phosphotransferase III gene; TrfA, TrfA locus, which produces two proteins that promote replication
of the plasmid; ColEI ori, ColEI origin of replication; oriV, pRK2 origin of replication
19
使用培地
プレート用寒天培地には 1.2 ~ 1.5% Agar を添加した。
・大腸菌,A. tumefaciens用
Luria-Bertani (LB) medium
(per liter)
Polypeptone
10 g
Yeast extract
5.0 g
NaCl
5.0 g
2 × TY medium
[pH 7.0]
(per liter)
Polypeptone
16 g
Yeast extract
10 g
NaCl
5.0 g
[pH 7.0]
A. tumefaciens の 培 養 に は Rifampicin を 終 濃 度 100 g/ml に な る よ う に 添 加 し た
(Deblaere et al. 1985)。また,必要に応じて Ampicilin 及び Kanamycin をそれぞれ終濃度 100
g/ml,30 g/ml になるように添加した。
・A. aculeatus 用
Minimal Medium (MM)
(per liter)
Salt solution*
50 ml
Trace element mixture**
1.0 ml
Glucose
10 g
NaNO3
*Salt solution
3.0 g
(per liter)
KCl
26 g
MgSO4‧7H2O
26 g
KH2PO4
76 g
20
[pH 6.5]
**Trace element mixture
(per liter)
(NH4)6Mo7O24‧4H2O
1.1 g
H3BO3
11.1 g
CoCl2‧6H2O
1.6 g
CuSO4‧5H2O
1.6 g
EDTA
50 g
FeSO4‧7H2O
5.0 g
MnCl2‧4H2O
5.0 g
ZnSO4‧7H2O
22 g
[pH 6.5~6.8]
ウリジン要求性変異株 A. aculeatus pyrG- の培養には指定濃度のウリジンを添加した。硫
酸代謝欠損株 A. aculeatus sC- は 0.13% Na2SO3 を添加した。
・AMT 用培地
Induction medium (IM)
(per liter)
AB solution 1***
50 ml
AB solution 2****
50 ml
MES
40 mM
Glucose
10 mM
Glycerol
0.5 g
Acetosyringone
***AB solution 1
200 M
(per liter)
K2HPO4
60 g
NaH2PO4‧2H2O
20 g
21
(Bundock et al. 1995)
[pH 5.3]
****AB solution 2
(per liter)
NH4Cl
20 g
MgSO4‧7H2O
6.0 g
KCl
3.0 g
CaCl2
3.0 g
FeSO4‧7H2O
50 mg
Selection medium (SM)
MM に Hygromycin B を終濃度 100 g/ml,Cefotaximeを 100 g/ml を添加した。
遺伝子工学的手法
大腸菌プラスミドDNAの調整は Alkaline Lysis 法 (Birnboim and Doly 1979) で行った。大
腸菌コンピテントセルの作製は Inoue らの方法 (1990) に従い,形質転換は Cohen らの方
法 (1974) に従った。PCR 産物及び制限酵素処理後の DNA 断片は Wang and Rossman
(1994) の方法に従い,Sephadex G-10 (GE ヘルスケア社製) を使用してアガロースゲルより
回収しPhenol/Chloroform 抽出により精製した。または,illustraTM GFXTM PCR DNA and Gel
Band Purification Kit (GE ヘルスケア社製) を用いて精製した。ライゲーション後のプラスミ
ドのブルーホワイトセレクションを行う際は,40 l/plate の 2% X-gal を LB 培地にスプレ
ッドした。シークエンス解析は バイオマトリックス研究所,及びタカラバイオ社に委託し
た。
Agrobacterium コンピテントセルの作製および形質転換
大腸菌コンピテントセルの作製法を基に簡略化した,塩化カルシウム法 (Mandel and Higa
1970) により A. tumefaciensのコンピテントセルを作製した。5 ml の 2 × TY 培地に A.
tumefaciens 単コロニーを接種し,一晩振盪培養 (200 rpm, 28˚C) した (種培養)。50 ml の 2
× TY 培地に種培養液 2 ml 添加し,200 rpm,28˚C で 600 nm の吸光度が約 0.5 になるま
で培養した。培養液を遠心分離 (3,000 x g, 15 min., 4˚C) し,沈殿を冷却した 20 mM CaCl2
溶液 1 ml に懸濁した。100l ずつエッペンドルフチューブに分注し,液体窒素で急速に凍
結させて -80˚C で保存した。
22
形質転換は 1 g プラスミド DNA を 100 l A. tumefaciens コンピテントセルに添加し,
37˚C で約 5 min. 融解した。2 × TY 培地 1 ml を加え,28˚C で 2~4 h 振盪培養し,その
後 カナマイシンを含む LB 培地にスプレッドして形質転換体を得た。
A. aculeatus 染色体DNAの抽出
糸状菌の染色体 DNA の調製は CTAB 法 (Jones 1953) により行った。CM または MM
で 30˚C 160rpm で一晩~約 2 日間培養した A. aculeatus 菌体をガーゼでろ過し,洗浄後凍
結乾燥した。乳鉢で粉末状になるまで破砕し,菌体約 1 g を 50 ml 容遠心チューブに入れ,
2,160 l の Extraction buffer (0.1 M Tris-HCl [pH 8.0], 0.1 M EDTA [pH 8.0], 0.25 M NaCl) を
加えて vortex を用いてよく懸濁した。240 l の 10% Sarkosyl と数 mg の粉末 Proteinase
K を加え,時々 vortex で撹拌しながら 2 h 以上 55˚C でインキュベートした。そこに 280
l の 5 M NaCl を 加 え て よ く 混 合 し , 次 い で あ ら か じ め 65 ˚ C に 温 め て お い た
CTAB/NaCl 溶液 (10% hexadecyltrimethylammonium bromeide, 0.7 M NaCl) を 300 l 加え,
65˚C で 10 min. インキュベートした。等量の Chloroform/Isoamyl alcohol を加え穏やかに
混 合し,遠 心分離 (17,400 × g, 10 min., 室温 ) し て水層を 回収し た。次 いで等量の
Phenol/Chloroform/Isoamyl alcohol 加え撹拌し,遠心分離 (17,400 x g, 10 min., 室温) により
再び水層を回収し,氷上で 5 min. 冷却した。約等量の氷冷したイソプロパノールを二層に
分かれるように添加し,白い沈澱が出現するまで穏やかに混合した。得られた DNA の沈
澱をつりあげ,1 ml の 70% EtOH で洗浄し新しいエッペンドルフチューブに移して真空乾
燥し,100 l の TE buffer (10 mM Tris-HCl [pH 8.0], 1 mM EDTA [pH 8.0]) に溶解した。ここ
に 1 l RNase solution を 加 え て 37 ˚ C で 30 min. イ ン キ ュ ベ ー ト し た 。 そ の 後 ,
Phenol/Chloroform/Isoamyl alcohol 抽出を水層と有機溶媒層の間に残渣が出現しなくなるま
で繰り返した。最後の上層を新しいエッペンドルフチューブに入れ,1/10 量の 3 M NaOAc
を加え氷上に 5 min. 静置した。ここに約等量の氷冷イソプロパノールを加えゆっくりと振
盪し,出現した白い DNA の沈澱をつりあげて 2 回 1 ml の 70% EtOH を入れたチューブ
で洗浄し,空のチューブに移した。乾燥後適当量の TE buffer に溶解した。
なお,small scale の場合は水分を除いた菌体をガラスビーズ入りのチューブに入れ,Micro
smashTM MS-100R (トミー精工社製) を用いて 3000 rpm,30 sec.,0˚C で 3~4 回繰り返し破
砕し,その後イソプロパノール沈澱までの操作を 1/3 量にして行った。
23
サザンブロット解析
・Digoxigenin (DIG )-ラベルプローブの作製
サザンブロッティングに用いるプローブを PCR (Polymerase Chain Reaction) 法により作
製した。検出したい配列を含むプラスミドを鋳型とし,また,それに特異的なプライマー
を用いた。
PCR reaction mixture
Template DNA
数 ng
Primer Forward
100 pmol
Primer Reverse
100 pmol
5×Dig solution**
10 l
10x Universal Buffer
5.0 l
Gene Taq DNA polymerase
2.5 U
D.W.
(NIPPON GENE 社製)
up to 50 l
**5×Dig solution
DIG DNA labeling mix, 10x conc. (Roche Applied Science 社製),dNTPs (2.5 mM
each),D.W. を 2:1:1 で混合したもの
PCR condition
Cycle
Thermal settings
1
94˚C, 2 min.
30
94˚C, 1min.; 55~60˚C, 1min.; 72˚C, 1min/kb
1
72˚C, 10 min.
・キャピラリートランスファー
Southern の方法 (1975) に従って行った。制限酵素処理した A. aculeatus genomic DNA を
アガロース電気泳動に供した後,ゲルを臭化エチジウムで染色し,トランスイルミネータ
ーで DNA バンドを撮影した。このアガロースゲルを脱プリン化液 (0.25 M HCl) に浸して
約 15 min. ゆっくり振盪し,Bromophenol blue (BPB) の色が変わった後,液を交換してさら
24
に 10 min. 振盪した。脱プリン化液を捨て,軽く蒸留水で洗浄後,高塩濃度変性溶液 (0.5 M
NaOH, 1.5 M NaCl) に浸し BPB の色が戻るまで 15~20 min. 振盪した。ナイロンメンブレ
ン (Byodyne A; 日本ジェネティクス社製) に 20×SSC (3M NaCl, 0.3 M Sodium citrate) で 3
h キャピラリートランスファーし,その後メンブレンを 80˚C,20 min. ベーキングし,DNA
をメンブレンに固定した。
・ハイブリダイゼーション
DNA が結合したナイロンメンブレンをあらかじめ温めた十分量のハイブリダイゼーシ
ョ ン 緩 衝 液 (6 × SSC, 0.05 × BLOTTO*, 1% Nonidet P-40) の 入 っ た 容 器 に 入 れ ,
MULTI-SHAKER OVEN (TITEC 社製) を用いて 65˚C,1~2 h ゆっくり振盪し,プレハイブ
リダイゼーションを行うことによって DNA プローブの非特異的吸着を抑えた。その後,
あらかじめ温めた同じ組成の緩衝液 50 ml と交換し,沸騰水中で 10 min. 熱変性させた
DIG-ラベルプローブをすばやく加え 65˚C で一晩振盪した。ハイブリダイゼーション終了
後,メンブレンを洗浄液 (2 × SSC, 0.5% SDS) の入った容器に移し室温で約 5 min. 振盪し
た。洗浄液 (2 × SSC, 0.1% SDS) に交換し,室温で 15 min. 振盪した。その後,低塩濃度洗
浄液 (0.5 × SSC, 0.5% SDS) に交換し,37˚C,30~60 min. 振盪した。あらかじめ 65˚C に温
めた低塩濃度洗浄液に交換し,65˚C,30~60 min. 振盪した。最後にメンブレンを 2 × SSC で
数回洗浄し,SDS を除去した。
*1 × BLOTTO
5% skim milk aqueous solution containing 0.02% sodium azide
・化学発光による検出 (ECL 法)
ハイブリダイゼーション及び洗浄の終了したメンブレンを 50 ml の洗浄バッファー
(Buffer 1 (0.1M Maleic acid, 0.15 M NaCl [pH 8.0]) containing 0.3 % (w/v) Tween 20) で室温で
ゆっくり振盪しながら短時間 (1~5 min.) 洗浄した。洗浄バッファーを 70 ml の Buffer 2 (終
濃度 1% blocking 剤; Blocking stock solution (10% Blocking reagent (Roche Applied Science
社製) in Buffer 1) : Buffer 1=9:1) と交換し,室温で 1 h ゆっくりと振盪した。30 ml の Buffer
2 に 3 l の抗ジゴキシゲニン-AP 抗体 (Roche Applied Science 社製) を加えて混合した
(10,000 倍希釈抗体液; 終濃度 75 mU/ml)。Buffer 2 を希釈抗体液と交換しさらに室温で 30
min. 振盪した。100 ml の洗浄バッファーに交換し,室温で 15 min. 振盪し,計 2 回洗浄
25
した。洗浄バッファーを捨て,20~30 ml の Buffer 3 (0.1 M Tris-HCl [pH 9.5], 0.1 M NaCl,
Added 0.02% sodium azide after autoclaving) で軽く洗い,再度 50 ml 程度の Buffer 3 にメン
ブレンを 5 min. 浸し平衡化した。別の容器に 15 ml の CDP-Star (NEW ENGLAND Biolabs
製) 溶液 (hundredfold solution of CDP-Star (final 0.25 mM) by Buffer 3) を入れ,そこに出来る
だけ水分を除いたメンブレンを浸し,時々裏返しながら室温で 3 min. インキュベートした。
メンブレンを取り出し,厚手のプラスチックバッグに置き四辺をシールした後 37˚C,5~15
min. インキュベートした。その後,DNA 結合面を上にしてルミノオートアナライザー
LAS-1000 plus (フジフィルム社製) 又は ChemiDocTM XRS+ System (Bio-Rad 社製) で発光
を検出した。
Protoplast-PEG 法による糸状菌形質転換
Gomi ら (1987) の方法を参照した。宿主となる菌株を MM 液体培地に植菌し,37°C,
160 rpm で色素を作らない程度まで (16~48 h) 培養した。ミラクロス (Calbiochem 社製) に
より集菌した菌体を 0.3% Yatalase (タカラバイオ社製),0.5% Lysing enzyme (Sigma Aldrich
社製),0.6% Glucanex (Mik pharm 社製) を添加した Protoplasting buffer (0.8 M NaCl, 10 mM
Na-phosphate [pH 5.6]) に懸濁し,1.5~2 h,30˚C で緩やかに振盪することによりプロトプラ
ストを遊離させた。ミラクロスによりプロトプラスト溶液をろ過し,スイングローターを
用いた遠心分離 (800 × g, 5 min., 4°C) によりプロトプラストを回収した。上清を捨て
Transformation buffer I (TB-I) (0.8 M NaCl, 50 mM CaCl2, 10mM Tris-HCl [pH 7.5]) に懸濁し,
遠心分離 (800 × g, 5 min., 4°C) を行う操作を 2 回繰り返すことによりプロトプラストを洗
浄した。107~108 個/ml のプロトプラスト溶液 200 l に 2 × TB-I で等張化した約 5 g の
DNA 溶液を添加後,0.2 倍量の TB-II (50% PEG (polyrthylene glycol), 50 mM CaCl2, 50 mM
Tris-HCl [pH 7.5]) を添加し氷上に 10 min. 静置した。さらに 1 ml の TB-II を加え穏やか
に混合し,室温で 10~15 min. 静置した。10 ml の TB-I を加えて遠心分離 (800 × g, 5 min.,
4°C) でプロトプラストを回収し,適当量の TB-I に再懸濁して Regeneration medium* plate
にプレーティングした。
*Regeneration medium
0.8 M NaCl を添加した MM をベースに,導入した DNA の選択マーカーに応じて栄養
源を代替もしくは,抗生物質を添加した培地。
26
A. aculeatus niaD欠損株の単離
A. aculeatus 野生株胞子 1 × 106 個を窒素源を酒石酸アンモニウム (10 M, 100 M, 1
mM, 10 mM) とし,470 mM 塩素酸カリウムを加えた MM にスプレッドし,30˚C で 4 日
間培養した。出現した塩素酸耐性株は窒素源を 10 mM 硝酸ナトリウム,10 mM 亜硝酸ナ
トリウム,及び 1 mM 硫酸アデニンに変えた MM で生育させ,硝酸ナトリウムでは生育
が悪く,亜硝酸ナトリウムと硫酸アデニンを添加した培地で旺盛に生育するものを niaD
欠損株として単離した。
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation (AMT)
AMT は de Groot ら (1998) 及び Tsujiら (2003) の方法を改変して行った。pBIG2RHPH2
を保有する A. tumefaciens C58C1 を 30 g/ml のカナマイシンを及び 100 g/ml のリファ
ンピシンを含む LB 培地で 28˚C,200 rpm で一晩培養した。660 nm (OD660)の吸光度が 0.15
になるように終夜培養液を 200 M のアセトシリンゴン (AS),30 g/ml のカナマイシンを
及び 100 g/ml のリファンピシンを含む 100 ml 誘導培地 (IM) で希釈し,OD660=0.2~0.8
になるまで 24˚C,200 rpm で培養した。OD660=0.2, 0.4, 0.6, 0.8, 1.0 の培養液中の A.
tumefaciens の平均細胞数はコロニーカウント法によりそれぞれ 2.5 × 107, 5 × 107, 7.5 × 107,
1 × 108, 1.25 × 108 /100 l と算出した。共培養を IM プレート上で行う場合は,100 l の A.
tumefaciens 培養液と104 個の A. aculeatus の分生子を混合した後 ,200 M AS を含む IM
上のろ紙 (hardened low ash grade 50; ワットマン社製) にスプレッドした。24~72 時間,24˚
C で共培養した後,ろ紙を SM に移し,30˚C で培養した。共培養を液体培地で行う場合
は,プレート共培養時と同様に OD660=0.4 になるまで培養した A. tumefaciens 培養液 100
ml,10 ml,1 ml,100 l,10 l を遠心分離により集菌し, 200 M AS を含む 100 ml IM (500
ml 容羽付きフラスコ) に 107 個の A. aculeatus 分生子と共に植菌した。 24˚Cで 16-96 時
間,120 rpm で培養後,菌糸を集菌し,SM に移した。
T-DNA 周辺 A. aculeatus genomic DNA 配列の取得 (TAIL-PCR)
AMT により得られた形質転換体から挿入された T-DNA の周辺ゲノム配列を獲得する
ために Liu ら (1995) の方法を応用したThermal asymmetric interlaced-PCR (TAIL-PCR) を
行った。Arbitrary degenerate (AD) primer は Tsuji ら (2003) と同じものを設計し,また
T-DNA 内に存在する hph (hygromycin phosphotransferase gene) に特異的なプライマーを
27
Fig. 1-3 の箇所で設計した。Left border に特異的なプライマー HAS-2,HAS-3,HAS-4 は
それぞれ T-DNA の左のニックサイトからそれぞれ 373,354,225 bp に位置し,同様に
Right border に特異的なプライマー HS-1,HS-2,HS-3 は右のニックサイトからそれぞれ
436,336,193 bp に位置する。PCR に用いる primer 濃度は Sessions ら (2002) を参照し,
特に,AD primer を混合して 1 反応に投入する場合,その縮重度に応じて決定した (Table
1-1, AD-1,128 patterns : AD-2, 128 patterns : AD-3, 256 patterns =3:3:4)。鋳型 DNA は Primary
PCR では AMT により得られた形質転換体の genomic DNA を用い,Secondary 及び
Tertiary PCR ではそれぞれ Primary 及び Secondary PCR 反応液の 100 倍希釈したものを
用いた。
Primary PCR
PCR reaction mixture (in case that AD primers were added individually)
Template DNA
数 10 ng
Specific primer
0.4 M
AD primer
(HAS-2 or HS-1)
10 M
5×PrimeSTAR buffer
4.0 l
dNTP (2.5 mM each)
1.6 l
(final 0.2 mM)
0.5 U
(タカラバイオ社製)
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
up to 20 l
28
PCR reaction mixture (in cases that AD primers were added to 1 tube)
Template DNA
数 10 ng
Specific primer
0.4 M
AD primer 1
3.0 M
AD primer 2
3.0 M
AD primer 3
4.0 M
5×PrimeSTAR buffer
4.0 l
dNTP (2.5 mM each)
1.6 l
(HAS-2 or HS-1)
(final 0.2 mM)
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
0.5 U
up to 20 l
PCR condition
Cycle
Thermal settings
1
93˚C, 1 min.; 95˚C, 1min.
5
98˚C, 30 sec.; 62˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.
1
98˚C, 30 sec.; 25˚C, 3 min.; ramping to 72˚C, over 3 min.;
72˚C, 3 min.
15
98˚C, 10 sec.; 68˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.; 98˚C, 10 sec.;
68˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.; 98˚C, 10 sec.; 44˚C, 15 sec.;
72˚C, 3 min.
1
72˚C, 5 min.
29
Secondary PCR
PCR reaction mixture (in case that AD primers were added individually)
Template DNA
2.0 l
Specific primer
0.4 M
AD primer
8.0 M
5×PrimeSTAR buffer
4.0 l
dNTP (2.5 mM each)
1.6 l
(HAS-3 or HS-2)
(final 0.2 mM)
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
0.5 U
up to 20 l
PCR reaction mixture (in cases that AD primers were added to 1 tube)
Template DNA
2.0 l
Specific primer
0.4 M
AD primer 1
2.0 M
AD primer 2
2.0 M
AD primer 3
2.0 M
5×PrimeSTAR buffer
4.0 l
dNTP (2.5 mM each)
1.6 l
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
0.5 U
up to 20 l
30
(HAS-3 or HS-2)
(final 0.2 mM)
PCR condition
Cycle
Thermal settings
1
93˚C, 2 min.
12
98˚C, 10 sec.; 64˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.; 98˚C, 10 sec.;
64˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.; 98˚C, 10 sec.; 44 C, 15 sec.;
72˚C, 3 min.
72˚C, 5 min.
1
Tertiary PCR
PCR reaction mixture (in case that AD primers were added individually)
Template DNA
2.0 l
Specific primer
0.6 M
AD primer
6.0 M
5×PrimeSTAR buffer
4.0 l
dNTP (2.5 mM each)
1.6 l
(HAS-4 or HS-3)
(final 0.2 mM)
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
0.5 U
up to 20 l
PCR reaction mixture (in cases that AD primers were added to 1 tube)
Template DNA
2.0 l
Specific primer
0.4 M
AD primer 1
2.0 M
AD primer 2
2.0 M
AD primer 3
2.0 M
5×PrimeSTAR buffer
4.0 l
dNTP (2.5 mM each)
1.6 l
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
0.5 U
up to 20 l
31
(HAS-4 or HS-3)
(final 0.2 mM)
PCR condition
Cycle
Thermal settings
1
93˚C, 2 min.
12
98˚C, 10 sec.; 68˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.; 98˚C, 10 sec.;
68˚C, 15 sec.; 72˚C, 3 min.; 98˚C, 10 sec.; 44˚C, 15 sec.;
72˚C, 3 min.
1
72˚C, 5 min.
T-DNA 周辺 A. aculeatus genomic DNA 配列の取得 (inverse-PCR)
TAIL-PCR 同様 T-DNA 周辺配列を取得するため inverse-PCR (Ochman et al. 1988) を行
った。形質転換体の染色体 DNA を T-DNA LB ニックサイトから 124 bp に認識サイトが
位置するEcoR I,RB ニックサイトから 81 bp に位置する Xba I と Xba I と Compatible
cohesive end を持ち,pBIG2RHPH2 にサイトが存在しない Spe I の組み合わせ,LB ニック
サイトから 857 bp にサイトが存在する Nco I, 955 bp にサイトが存在する Nde I それぞ
れで消化した後,Chloroform/Isoamyl alcohol 抽出,EtOH 沈澱,70% EtOH リンスにより
DNA を精製し,およそ 5 ng/l になるように D.W. に溶解した。次に以下の条件でライゲ
ーションし,buffer を除くために EtOH 沈澱,70% EtOH リンスを行い 20 l の D.W. に
溶解した (2.5 ng/ l)。
Ligation reaction mixture
DNA
T4 DNA ligase
50 ng
500 U
10x ligation buffer
D.W.
5 l
up to 50 l
Ligation condition
16˚C, 数時間
次に先に作製した DNA 溶液を鋳型とし,inverse-PCR 反応を行った。プライマーは Nco
I と Nde Iで消化した場合,LB 側は HAS-4 と HAS-2com,RB 側は HS-3 と HS-1com1 の
組み合わせで,EcoR Iと Xba I/Spe I で消化した場合は HAS-4と HS-3 の組み合わせで用い,
32
ポリメラーゼは Prime STAR HS DNA polymerase を使用した。
PCR reaction mixture
Template DNA
10 l (25 ng)
Forward primer
10 pmol
Reverse primer
10 pmol
5×PrimeSTAR buffer
10 l
dNTP (2.5 mM each)
4.0 l
(final 0.2 mM)
PrimeSTAR® HS
DNA polymerase
D. W.
1.25 U
up to 50 l
PCR condition
Cycle
Thermal settings
1
98˚C, 2 min.
30
98˚C, 10 sec.; 62˚C, 5 sec.; 72˚C, 5 min.
1
72˚C, 10 min.
AMT 形質転換体の有糸分裂の安定性
形質転換体の安定性を調べるために Hygromycin B を含まない MM プレートに AMT
形質転換体を 5 回継代培養し,5 世代目の分生子約 100 個を Hygromycin B と菌糸の伸長
を抑制する Triton X-100 (0.1%) を含む MM プレートにスプレッドした。
AapksPのクローニングと発現
ポリケタイド合成遺伝子 AapksP は Prime STAR HS DNA polymerase (タカラバイオ社製),
pks-F,pks-R プライマー (Table 1-3) を用いて,A. aculeatus ゲノム DNA を鋳型に PCR に
より増幅した。PCR 条件はアニーリング温度を 65°C,30 サイクルにしたことを除いて添
付 の 説 明 書 に 従 っ た 。 PCR 産 物 は Nhe I で 消 化 後 pAUR325 に ク ロ ー ニ ン グ し ,
pAUR-PksP を得た。環状プラスミド pAUR325 又は pAUR-PksP を用いた A. acuelatus 形
質転換はプロトプラスト-PEG 法により行い,形質転換体は 3.5 g/ml Aureobasidin A で選
抜した。
33
EcoR I
LB
Nde I
Nco I
Xba I
trpCp
RB
~
~
~
~
hph
HAS-2
HAS-3
HAS-4
AD primer
HS-1
HS-2
HS-3
HAS-2com
Genomic DNA
AD primer
HS-1com1
Fig. 1-3 宿主ゲノム DNA へ挿入された T-DNA と arbitrary degenerate (AD) プライマ
ー・T-DNA 特異的プライマー (HS, HAS) の位置。制限酵素サイトはサザンブロット解析及
び TAIL-PCR・inverse-PCR で使用したものを示した。trpCp, A. nidulans trpC promoter
Table 1-2 A. aculeatus niaD 形質転換系構築に用いたプライマー
Name
Sequence (5’ to 3’)
AaniaDF2
AGYGAYAACTGGTACCAYATYWAYGACAA
AaniaDR2
CGGAACCANGGRTTRTTCATCAT
AaniaDF5
TGCCAGTCTTCAAGTCAGTT
AaniaDR5
ACAGACCGACCAAGAATCAG
AaniaDF6
CTGTCGGATACATAGGCGTG
AaniaDF7
CAAAGAGCAGAACACCGTAAGG
AaniaDF8
TGTGATCGATCTGCAAGAGTTC
AaniaDF9
TCTCGGAAACCAGCCAAG
AaniaDR6
GTGAAGTCTACCAATTGTCCGC
AaniaDR7
CAACTGACTTGAAGACTGGCA
AaniaDR8
ATCATCTTGAAGGAGCGCA
AaniaDR9
GACAGCTGGTATCGACGCAT
34
Table 1-3 AMT 構築に用いたプライマー
Name
Sequence (5’ to 3’)
HS-1com1
TGCTCCATACAAGCCAACC
HAS-2com
ATCATCTGCTGCTTGGTGC
AD-1
NGTCGASWGANAWGAA
AD-2
GTNCGASWCANAWGTT
AD-3
WGTGNAGWANCANAGA
HS-1
GGCCGTGGTTGGCTTGTATGGAGCAGCAGA
436 bp from nick site in RBa
HS-2
TGGTCTTGACCAACTCTATCAGAGCTT
336 bp from nick site in RB
HS-3
GGACCGATGGCTGTGTAGAAGTA
193 bp from nick site in RB
HS-4
CTCGCCGATAGTGGAAACC
170 bp from nick site in RB, for sequencing
HAS-2
GCACCAAGCAGCAGATGAT
373 bp from nick site in LBb
HAS-3
AATAATGTCCTCGTTCCTGTCTGCTAATAA
354 bp from nick site in LB
HAS-4
CCGCCTGGACGACTAAAC
225 bp from nick site in LB
HAS-5
GACCTCCACTAGCTCCAGCC
187 bp from nick site in LB, for sequencing
pks-F_Nhe
taggctagcGTAAGCTCACCGTCAAGGCA
pks-R_Nhe
ctggctagcAGATCCTAGAGACCCGGGAC
35
結果
niaD遺伝子を用いた形質転換系の構築
A. aculeatus における形質転換系の宿主となる niaD 欠損変異株 (niaD-) をTable 1-1 に
従って A. aculeatus 野生株から取得した。まず,niaD- 株のセレクションに用いるアンモニ
ウム濃度を検討した。Aspergillus parasiticus で適応されている 10 mM (Wu and Linz, 1993)
では A. aculeatus に適応するには窒素源濃度が高く塩素酸耐性株でない株も多く生育した
が,100 M~1 mM で塩素酸耐性株を単離することが出来た。次に硝酸,亜硝酸利用能を
調べたところ,32 株の塩素酸耐性株のうち硝酸を単一窒素源として生育できず,亜硝酸で
生育できたものが 14 株,硝酸,亜硝酸ともに生育できたものが 9 株,どちらでも生育で
きなかったものが 9 株であった。亜硝酸のみで生育できたもの (Fig. 1-4) が niaD 候補株
である可能性が高いため,この 14 株を次の実験に用いた。どちらでも生育できなかった
株は nirA または areA 変異株であると考えられ,また,どちらでも生育できた株は擬陽性
を示した野生株であったと考えられる。硝酸では生育せず亜硝酸で生育した 14 株からさ
らに cnx 変異株を除くため,アデニン資化能を調べた。1 mM の硫酸アデニンを窒素源と
した場合が最も顕著に生育の差を表し (Fig. 1-5),14 株中旺盛に生育した 5 株が niaD-,
生育低下がみられた 9 株が cnx- であることが示唆された。niaD- 補株 5 株のうち 4 株は
A. oryzae の niaD 挿入プラスミド pNAN8142 を用いた形質転換により表現型が相補され,
niaD- であることが確認された。この 4 株の niaD- 株の niaD 遺伝子にハイブリダイズす
るプローブ (AaniaDF2, AaniaDR2 プライマー対を用いて作製したもの) を用いたサザンブ
ロット分析では野生株と同パターンを示した。この結果によりniaD 遺伝子座内で大規模な
欠失は生じていないことが明らかとなった。また,niaD- 株のうち,No.VII 株の変異点解析
を行ったところ,1629 番目のグアニンがチミンに変異し,453 番目のアミノ酸 であるグ
リシン (GGA) が終止コドン (TGA) に変わるという点変異が生じていることが明らかと
なった (data not shown)。
次に,A. aculeatus niaD 遺伝子のクローニングを行った。A. aculeatus のゲノム配列は解
読されていなかったため (2009 年にドラフトゲノム配列が解読された (未公開)),すでに単
離されている Aspergillus 属由来 niaD 遺伝子塩基配列中で高度に保存されている領域を
基に degenerate プライマー (AaniaDF2, AaniaDR2) を設計し,A. aculeatus 由来ゲノム DNA
を鋳型とした PCR により 632 bp の niaD の一部を取得した。一部断片を pBS にクロー
36
ニングし (pAaniaDF),4 つのクローンをシークエンス解析により配列を決定した。A.
aculeatus niaD に特異的なプローブ (AaniaDF2, AaniaDR2 プライマーを用いて PCR によ
り作製) を用いてサザンブロット分析を行ったところ,PCR 産物のシークエンス解析結果
により明らかになった EcoR V サイトがプローブ内にあることが確認できた (Fig. 1-6 (A))。
niaD 全長とその周辺領域を取得するためには約 5 kb 以上の長さが必要であるが,結果か
ら Sal I,EcoR I,Pst I,Xba I が 5~10 kb の位置にバンドが検出されたため,これらのマ
ッピングを行うために EcoR V と組み合わせて A. aculeatus ゲノム DNA を消化し,再度
サザンブロット分析を行った (Fig. 1-6 (B))。プローブ内の EcoR V サイトはシークエンス
解析から約 500 bp と約 130 bp に分断するように存在することが明らかとなっていたた
め,バンドのシグナル強度に濃淡があると考えられ,これを考慮してマッピングしたとこ
ろ,約 8 kb のPst I 消化断片に niaD 全長に加え,5’ 側,3’ 側非翻訳領域を十分に含むこ
とが示唆された。
Pst I 消化ゲノムライブラリから,niaD 全長を含むと考えられるポジティブクローンを 1
株取得した。マッピングで EcoR V 消化 4.2 kb 断片が A. aculeatus niaD 内で切断された断
片であることが示唆されたため,得られたクローンが A. aculeatus niaD を含むことを確か
めるために得られたクローンを EcoR V で消化し,4.2 kb 断片をクローニング後シークエ
ンス解析を行った。その結果 711 bp の部分塩基配列を決定し,BLAST 検索により他の
Aspergillus 属 niaD と 80% 以上の相同性を示したため,得られた組み換えプラスミドに
A. aculeatus niaD 全長が含まれていることが強く示唆された。このプラスミドを pAaniaD
とした。pAaniaD を様々な制限酵素で消化した DNA 断片を,pBS にそれぞれサブクロー
ニングし,シークエンス解析を行った。カバー出来なかった部分に関しては,明らかにな
った配列を基にプライマー AaniaDF6~AaniaDF9 および AaniaDR6~AaniaDR9 を新たにデ
ザインし (Table 1-2),プライマー AaniaDF6 および AaniaDR9 を用いて pAaniaD を鋳型
に PCR により niaD 全長を増幅させ,シークエンス解析を行った。決定した A. aculeatus
niaD 遺伝子は 2,923 bp で構成され,他の Aspergillus 属と同様に 6 つのイントロンを含
むことが明らかとなった (Fig. 1-7)。イントロンを除いた CDS は 866 アミノ酸をコードす
ることが推定された。この推定アミノ酸配列と他の Aspergillus 属 niaD 遺伝子産物である
硝酸還元酵素との相同性は A. niger と 86%,A. terreus と 81%,A. oryzae と A. flavus で
78%,と高度に保存されていた。硝酸還元酵素には 3 つの補因子 (molybdenum pterin
(Mo-Co), flavin (FAD), and iron heme (Fe) ) 結合ドメインが保存されているが,本菌において
37
も保存されていることが推定された (data not shown)。また,クローニングした Pst I 断片
は niaD の 5’ 側,3’ 側領域も十分に含んでおり,niaD の上流には亜硝酸還元酵素遺伝子
(niiA) が,下流には gamma-tubulin complex component GCP6 遺伝子が存在することが確認
された。このことから A. nidulans をはじめとする Aspergillus 属で報告されているように,
niiA と niaD は同じ染色体上に位置し,この遺伝子間領域を二方向性プロモーターとして
共有していることが示唆された (Martinelli and Kinghorn 1994)。この領域には転写活性化因
子である NirA 認識配列 (5’-CTCCGHGG-3’) や AreA 認識配列 (5’-WGATAR-3’) が存在
した (Punt et al. 1995; Narendja et al. 2002)。
取得した niaD 遺伝子が機能的であることを単離した niaD- 株の相補実験により確認し
た。pAaniaD 上の niaD の上流に位置する niiA の一部シークエンス配列が決定しておらず,
また挿入断片が大きく niiA を約 1 kb 含みこちらの領域で相同組換えが起こる可能性や形
質転換における DNA を取り込み効率が下がる可能性があると考えられた。そこで,niaD
上流・下流をそれぞれ約 2 kb・1.7 kb 含む Sal I 断片を pBS に導入したプラスミド
pAaniaD1 を構築し,形質転換に用いた。相同組換え効率を高めるために niaD 遺伝子を分
断するように pAaniaD1 を Mlu I で消化し直鎖状にしたものを使用したところ,硝酸を単
一窒素源として利用できる形質転換体が得られた (Orr-Weaver et al. 1985; Bird and Bradshaw
1997)。どの株においても形質転換効率に差異はみられず,平均 4.3 cfu/106 protoplasts/g
DNA であった。
A. aculeatus niaD, pyrG, sC 三重欠損株の作出
自然突然変異により単離したセレン酸耐性株のうち,クロム酸感受性で硫酸代謝欠損株
である sC- に 5-FOA に耐性でウリジン要求性である pyrG- を付与した pyrG, sC 二重欠
損株をさらに塩素酸によるセレクションで niaD- を付与することで niaD, pyrG, sC 三重
欠損株 (A. aculeatus NPS 株) を得た。niaD 座位で相同組換えが可能かどうかを調べるため
にサザンブロット分析を行った結果,野生株と同じパターンを示したため大規模な欠失は
生じていないことが示された (data not shown)。
38
NaNO3
NaNO2
Fig. 1-4 10 mM 硝酸塩 (左) 又は亜硝酸塩 (右) を単一窒素源とした MM 上での niaD
変異株の表現型。植菌後 3 日目の生育を観察した。
Adenine
Fig. 1-5 1 mM 硫酸アデニンを単一窒素源とした MM 上における生育。niaD 変異株 (左)
は cnx 変異株 (右) と比較して旺盛に生育した。植菌後 4 日目の生育を観察した。
39
(A)
kb
21.23
5.15
4.27
2.02
1.58
1.38
0.95
0.83
0.56
EcoRV+
(B)
kb
21.23
5.15
4.27
2.02
1.58
1.38
0.95
0.83
0.56
Fig. 1-6 A. aculeatus ゲノム DNA のサザンブロット解析。各レーンの上に示した制限酵素
でゲノム DNA を消化し,niaD に特異的なプローブを用いて検出した。(A)に見られる 0.8 kb
のバンドは DNA プローブのコンタミネーションである。
Xba I
500 bp
Xba I
Pst I
EcoR V
Sal I
Bgl II
niiA
Pst I
EcoR I
EcoR V
Bgl II
EcoR V
Bgl II
niaD (2.9 kb)
1
Sal I
EcoR I
GCP6
2926
Fig. 1-7 A. aculeatus niaD ローカスの制限酵素地図と,niaD 遺伝子の構造。A. aculeatus niaD
遺伝子は 6 つのイントロン (黒の示した領域) で分断された推定 866 アミノ酸をコードする。
40
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation (AMT)の確立
・IM プレートを用いた共培養条件検討
まず,形質転換体のセレクションに使用する Hygromycin B の濃度を決定するため,50,
100, 250, 500, 750, 1000 g/ml 含む MM に A. aculeatus 野生株胞子を 107 個プレーティン
グし,生育阻害を観察した。100 g/ml の濃度で十分生育が抑制されたため,形質転換時の
Hygromycin B 耐性株の選抜にはこの濃度で行うことに決定した (data not shown)。
Tsuji ら (2003) にしたがって 1×104,105,106 個の胞子に OD660=0.8 の A. tumefaciens
を 200 M の AS を添加したプレートの IM 上で 24°C で 48 時間共培養した。結果,1
×104 個の胞子を用いた場合に最も形質転換効率が高かったため,この条件を基準にして A.
tumefaciens と A. aculeatus の細胞比,共培養時間,プロトプラストの使用について形質転
換条件を検討した。OD660= 0.2, 0.4, 0.6, 0.8 の濃度のアグロバクテリウムと A. aculeatus 胞
子 104 個を混合して IM プレートで 24,48,72 時間共培養を行った。Table 1-4 に示すよ
うに感染させるアグロバクテリウム量,共培養時間に依存して形質転換効率は上昇したが,
72 時間以上の共培養や高濃度の A. tumefaciens (OD660=1.0) を感染させた場合は菌糸伸長
や胞子形成が損なわれた生育欠損を示す形質転換体が多くなる傾向にあった。従って 1 ×
104 の胞子と 1 × 108 のA. tumefaciens (OD660=0.8) (胞子:A. tumefaciens=1:104) を 48 時間共
培養することで約 30 株の形質転換体を得られる条件を IM プレートを用いた最適条件で
あると結論付けた。プロトプラストを胞子の代わりに使用した場合の形質転換効率は胞子
の場合と同等であった (data not shown)。
新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因子のスクリーニングには,目的の変異株のみが生育す
るようなトリックを仕掛ける (詳細は第二章)。従って,変異体ライブラリの作製に向けて 1
プレート当たりに得られる形質転換体の数を多くすることが出来れば操作がより簡便とな
り,使用する IM,SM を減らすことができるため低コスト化につながる。そこで胞子: A.
tumefaciens=1:104 に保持したまま,1 プレートあたりに播種する共培養菌体量を増加させた。
しかし,2 倍量を塗布した場合に約 2 倍の形質転換体数が得られたがそれ以上は計算値通
りには得られる形質転換体数は増加しなかった (Table 1-5)。これらの結果から,AMT は糸
状菌体と A. tumefaciens の細胞比だけでなく,その密度も重大な影響を与えることが示唆さ
れた。
41
・液体 IM を用いた共培養条件検討
1プレート当たりの共培養菌体量を増加させると A. tumefaciens の感染効率が低下し,得
られる形質転換体数が減少した。そこで,A. aculeatus と A. tumefaciens の最適な比率,密
度で液体 IM で共培養をした後に菌糸を濃縮して SM に移すことで,1 枚の SM プレー
ト当たりに得られる形質転換体数を自在に増やせることを期待した。また,Backusella
lamprospora において,液体 IM 中での共培養は IM プレート上での培養と比較して外来
DNA の移行が促進されたことが報告されている (Nyilasi et al. 2008)。これらのことから,
液体 IM を用いた AMT の条件を最適化した (Table 1-6)。1×107 個の A. aculeatus 胞子と
OD660=0.4 になるまで誘導した A. tumefaciens 10 l,100 l,1 ml,10 ml (細胞数 5×106,5×107,
5×108,5×109) を混合し,100 ml の200M AS を含む液体 IM 中で 48 時間 120 rpm で共
培養した。その結果,5×108 の A. tumefaciens と混合した場合 (胞子: A. tumefacien = 50:1) に
平均 217 個の形質転換体を得ることが出来た。固体液体培養時とは A. tumefaciens の感染
を誘導する AS の有効濃度が異なる可能性があることからこの条件における AS を 0,50,
100,200,400 M で添加した場合の形質転換効率を調べた。0 M ではほとんど形質転換体
が得られず,AS 濃度の上昇に伴い形質転換体数も増加し,200 M で最大値を示したが,
400 M では 200 M と差異は見られなかった (data not shown)。共培養時間を検討したと
ころ,48 時間よりも 60 時間のほうが形質転換効率は高かったが,SM プレート上での生
育欠損が多くなる傾向にあった。次に共培養スケールを減少できるかを調べるため,最適
な菌体比率を保持したまま (胞子: A. tumefaciens= 1:50) 高濃度で液体 IM 中で共培養した
が,形質転換体数は増加した共培養菌体量通りには増加しなかった。これは 200M の AS
濃度では増加した A. tumefaciens が感染にかかわる遺伝子群が発現するのに不十分である
ことが原因ではないかと考え,増加した A. tumefaciens 量に応じて AS 量を増加させた。
しかし,形質転換体は期待通りには増加しなかった (data not shown)。IM プレートの場合と
比較して,液体 IM での形質転換効率は約 100 倍減少したが,この方法では共培養菌体を
濃縮して SM に移すことが出来,必要な SM プレート数を減らすことが出来ることから,
液体共培養法はランダム挿入変異法により適した方法であると考えた。
・栄養要求性変異体を宿主とした AMT の条件検討
形質転換効率は同じ菌種であっても異なる分離株では,標準株で最適化した AMT を行
っても形質転換効率が異なる傾向にある (Roberts et al. 2003; Sullivan et al. 2002)。形質転換
42
効率はまた,形質転換条件や宿主細胞の生理学的状態の僅かな違いにも影響を受ける
(Michielse et al. 2005)。そこで,A. aculeatus の異なる分離株の AMT の効率を調べるため,
A. aculeatus 野生株とウリジン要求性変異体である pyrG- における AMT の効率を比較し
た。pyrG- が生育するために IM および SM にウリジンを添加する必要があるため,まず
野生株の AMT において IM にウリジンを添加した際の影響を調べた。野生株において,
100 ml の液体 IM に 0.2% のウリジンを添加しても107 個の胞子あたりの形質転換体数に
影響は無かったが,A. aculeatus pyrG- が MM 上で最低生育に必要な濃度であるウリジンを
0.01% 添加すると,24 時間の共培養を除いた全ての試験で形質転換体数が約半分にまで減
少した (Table 1-7)。pyrG- の胞子を使用した場合,100 ml IM に 0.2% のウリジンを添加し
た場合は 60 時間共培養した 107 胞子当たり 135 ± 155 個の形質転換体が得られた。野生
株に比べて形質転換効率が減少し,長時間の共培養が必要となったのは,pyrG- はウリジン
なしでは全く出芽しないため,pyrG- の胞子の出芽率や出芽速度が低下したことに起因して
いると考えられる。これらの結果から宿主の胞子出芽率や生理的条件が T-DNA の取り込
みに重大な影響を与えると推測された。そこで,次に pyrG- を 24 時間前培養した出芽胞
子を starting material として使用した (Table 1-7)。0.01% のウリジンを添加した 100 ml IM
中で 36 時間共培養した際に 107 個の胞子当たり 122 個の形質転換体を得た。野生株で最
適化した条件を pyrG- に適応した場合には 0.01% ウリジンを添加した場合は得られた形
質転換体は 24 ± 33 個,0.2% では 58 ± 95 個であったので,それと比較すると 2 – 5 倍効
率が上昇した。以上結果から,分離株によって効率的な AMT を確立するにはそれぞれで
最適化する必要があることが判明した。
・挿入された T-DNA の安定性
ランダムに選択した 120 の形質転換体のゲノム DNA と T-DNA に特異的なプローブ
(HS-1com1, HAS-2com プライマー対を用いてPCR により作製) を用いたサザンブロット解
析により T-DNA の組み込みパターンを解析した。その結果,すべての形質転換体で様々な
大きさの DNA バンドが検出されたことから,T-DNA はランダムにゲノム DNA に挿入さ
れていることが明らかとなった。次に有糸分裂の安定性を調べるため,ランダムに選択し
た形質転換体 9 株を Hygromycin B を含まない MM 上で 5 回継代した後,Hygromycin B
を含む MM と含まない MM それぞれに同じ数の胞子をスプレッドし,出現したコロニー
数を数えた。Hygromycin B を含む MM と含まない MM で出現したコロニーの割合の平
43
均値と標準偏差は 1.1 ± 0.13 であった (data not shown)。コロニーの形態は継代中に変化す
ることはなかった。以上の結果から,T-DNA は宿主ゲノム DNA 上で安定して維持される
ことが示された。
・T-DNA 組み込みパターンの解析
T-DNA が様々な座位に多コピー挿入されていると,その挿入箇所の特定が困難となる可
能性がある。そこで各条件における T-DNA のコピー数を調べるために,染色体 DNA を
EcoR I と Sal I で同時消化してサザンブロット分析を行った。EcoR I サイトは LB のニッ
クサイトから 124 bp 内側に存在し,プローブはそれよりさらに内側の 355 bp から 1217
bp までの断片である。また Sal I サイトは T-DNA 内には存在しない。胞子に対する A.
tumefaciens の割合が 5 × 103 と 1 × 104 で IM プレート上で共培養した時 (Table 1-4, 48 h),
割合が 50 で液体 IM にて共培養を行った時 (Table 1-6, 48 h) に得られたそれぞれ 20,60,
40 の形質転換体をランダムに選択して解析を行った (Table 1-8)。シングルローカスへ
T-DNA が挿入されていた頻度はそれぞれ 95%,90%,90% であったが,詳細に解析する
と異なるパターンに分類された。IM プレート上で胞子 104 個と A. tumefaciens 5 × 107
(1:5×103) で 48 時間共培養し,平均 7 個の形質転換体を得た条件では T-DNA はゲノム
DNA 上にシングルコピーで挿入されていた確率が 50% と半数を占めていた。同条件で A.
tumefaciens を 1 × 108 に増加させ (1:1×104),30 株の形質転換体を得た条件では,T-DNA の
シングルコピーでの挿入は 30% に低下し,vector backbone (VB) が正確に切断されずに
T-DNA に付随して挿入される確率が 55% に上昇した。このように,感染させる A.
tumefaciens を増加させると形質転換効率は上昇するが,T-DNA の挿入量も増加する傾向が
見られた。液体 IM 中で胞子と A. tumefaciens を 1:50 の割合で共培養し,107 胞子当たり
217 個の形質転換体を得た条件ではシングルコピーで T-DNA が挿入されていた確率は
40% で大部分を占めていた。VB の組み込みは比較的少なく,T-DNA がタンデムに挿入さ
れていたパターンも含めると,この条件では VB を含まずにシングルローカスに挿入され
ていた確率は 60% と高頻度であった。
・T-DNA 周辺配列の取得
TAIL-PCR と inverse-PCR 法を用いて形質転換体に挿入された T-DNA 周辺配列の取得
を試みた。最初に TAIL-PCR を行った。PCR 反応は Tsuji ら (2003) の方法に従って 3 種
44
の AD primer を一反応系に 1 種のみを投入していたが,Sessions ら (2002) のように全て
の AD primer を一反応に投入しても同じように増幅が見られた。
ランダムに選択したシングルコピーで T-DNA が挿入された形質転換体 13 株全てで
T-DNA に近接した宿主ゲノム配列の両側を増幅させることに成功した。シングルローカス
への挿入であっても VB が挿入されていたり,タンデムに挿入されていたりすると,宿主
ゲノム DNA よりも VB や T-DNA が増幅しやすい傾向にあった。すなわち,13 株中 5 つ
において T-DNA の片側のみしか T-DNA 周辺配列を得ることが出来ず,VB の挿入により
宿主ゲノム配列の特定が困難となった。そこで,T-DNA の片側のみに挿入された VB やタ
ンデムに挿入された T-DNA を取り除けば,ゲノム配列由来の T-DNA 近接配列をレスキュ
ーできる確率が高くなるのではないかと考え,inverse-PCR および,制限酵素で消化した宿
主ゲノムを用いた TAIL-PCR を行った。その結果,TAIL-PCR では 6 株の形質転換体中 5
つ,inverse-PCRでは 5 株中 5 つの近接配列を取得することに成功した。しかしながら,
T-DNA の両側に VB が挿入されている場合や使用した制限酵素が T-DNA が挿入された
ローカスの近くには存在しなかった場合はこの手法でも困難である。このような場合は制
限酵素で消化した宿主ゲノム DNA をセルフライゲーションすることにより環状化したも
のを鋳型とした TAIL-PCR を 行い,T-DNA から遠い方 (ライゲーションにより接続した
方) の増幅を試みた。この方法では T-DNA とゲノム DNA の境界配列そのものは得られな
いが,T-DNA が挿入されているローカスを特定することが出来た。さらに,1 株の形質転
換体のみではあるが,TAIL-PCR により複数のローカスに挿入されていた T-DNA の周辺配
列を同定することに成功した。これらの結果から,TAIL-PCR と inverse-PCR を組み合わ
せることにより,ほとんどの形質転換体の T-DNA 挿入座位を特定することが出来ることが
示された。
上記のシークエンス解析結果を用いて,挿入された T-DNA の border 配列を調べたとこ
ろ,truncation が生じていたものが観察された。VB が組込まれ,border が切断されていな
いものを除き,LB 側では約 89.5% (17/19),RB 側では約 15.8% (3/19) の確率で生じてい
た。truncation の度合は,ニックサイトから平均 8 bp,最大で 42 bp であった。Fig. 1-8 に
示すように,T-DNA が組み込まれたサイトの宿主ゲノム DNA には LB の microhomology
が観察されたが,RB では見られなかった。LB で見られた高頻度の truncation は homology
の必要性が引き起こしたものであることが推測される。両側の T-DNA 近接配列が取得でき
たものに関して,宿主ゲノム配列に大規模な欠失が生じていないかを A. aculeatus のドラフ
45
トゲノム配列を基に調べた。14 形質転換体を解析した結果,全てで欠失が観察され,平均
1,393 bp であった。Fig 1-9 に示すように,42.9% は 100 bp よりも短いものであった。2,001
bp よ り も 長 い もの は 35.7% で , 最 も 大き な 欠失 は 6,913 bp で あ った 。 T-DNA の
truncation やゲノム DNA の欠失は大規模なものではなかったことから,A. aculeatus にお
ける機能ゲノム解析には支障をきたさないことが明らかとなった。
・アルビノ変異株の同定と解析
AMT 条件検討中,約 11,000 株の形質転換体の中から 2 株の胞子の色素がないアルビノ
変異体 A. aculeatus ALB1 と ALB2 を単離した。これらを用いて確立した AMT 法がラン
ダム挿入変異法として使用可能かを検証した。まず ALB1 における T-DNA の挿入によっ
て破壊された遺伝子を同定した。サザンブロット解析を行った結果 T-DNA はシングルロー
カスに挿入されていたため,TAIL-PCR により ALB1 の T-DNA 周辺配列を増幅し,シー
クエンス解析を行った。その結果,T-DNA は宿主染色体上に polyketide synthase 遺伝子
(AapksP, Accession No. AB576490) の上流 70 bp の位置に挿入されていたことが判明した。
また,1,002 bp の欠失を伴っており,その領域内には AapksP のプロモーター配列の推定
TATA box が含まれていた。AapksP は A. nidulans wA 遺伝子と 69.5%,メラニン合成や胞
子の色素形成に関与する A. fumigatus pksP 遺伝子と 68.7% の相同性が見られた。アルビノ
変異株の形成が AapksP 遺伝子座が欠失したためかどうかを確認するため,相補実験を行
った (Fig. 1-10 (A))。pAUR-PksP を用いて ALB1 を形質転換したところ,黒色胞子を作る
形質転換体が出現したが,一方で pAUR325 を用いた場合に得た形質転換体はアルビノの
ままであった (Fig. 1-10 (B))。さらに,ALB2 を pAUR-PksPを用いて形質転換したところ,
こちらも同様に表現型が相補された (data not shown)。これらの結果から,アルビノ変異株
における変異点は T-DNA 周辺配列として決定した座位と一致していたことが示され,
AMT が T-DNA タギングの有用なツールとなることが示された。
46
Table 1-4 IM プレート上で示した比率で A. aculeatus 胞子と A. tumefaciens を共培養し
て得られた形質転換体数
Number of
conidia
OD660 of
Agrobacterium
culture
Ratio of conidia :
Agrobacterium
Mean of transformants ±SD / 104 conidia
1 × 104
0.2
1:2.5 × 103
n.d. b
8 ± 7 (n=4)
n.d.
1 × 104
0.4
1:5 × 103
n.d.
7 ± 6 (n=6)
n.d.
1 × 104
0.6
1:7.5 × 103
n.d.
10 ± 7 (n=4)
n.d.
1 × 104
0.8
1:104
1 ± 1 (na=2)
30 ± 28 (n=12) 34 ± 27 (n=2)
1 × 104
1.0
1:1.25 × 104
n.d.
62 ± 20 (n=2)
24 h
48 h
72 h
n.d.
a n,独立した実験回数
b
n.d., not done
Table 1-5 A. aculeatus 胞子と A. tumefaciens の比率を 1:104 に維持した状態で IM プレ
ート当たりの混合細胞数を増加させた際に得られた形質転換体数
Number of
conidia
Amount of
Agrobacteria
culture (ml)
Ratio of conidia :
Agrobacterium
Mean of
transformants
±SD / plate
Number of
transformants
/104 conidia
1 × 104
0.1
1:104
30 ± 28 (na=12)
30 ± 28
2 × 104
0.2
1:104
52 ± 10 (n=2)
26 ± 5z
5 × 104
0.5
1:104
51 ± 13 (n=2)
10 ± 2z
1 × 105
1
1:104
39 ± 14 (n=6)
z3 ± 1z
1 × 106
10
1:104
16 ± 9 (n=3)
<1
a n,独立した実験回数
47
Table 1-6
100 ml 液体 IM 中で示した比率で A. acuelatus 胞子と A. tumefaciens を共培
養して得られた形質転換体数
Number of
conidia
Number of
Agrobacterium
cells
Ratio of
conidia :
Agrobacterium
1 × 10 7
5 × 10 6
1 : 0.5
1 × 10 7
5 × 10 7
1 × 10 7
1 × 10 7
Mean of transformants ±SD / 10 7 conidia / 100 ml IM (n a ≥ 3)
24 h
36 h
48 h
60 h
72 h
1± 4
16 ± 15
40 ± 27
41 ± 23
25 ± 16
1: 5
16 ± 27
60 ± 29
92 ± 88
55 ± 16
41 ± 26
5 × 10 8
1 : 50
23 ± 20
132 ± 82z
217 ± 141
292 ± 211
148 ± 101
5 × 10 9
1 : 500
5± 8
3± 5
11 ± 12
10 ± 8z
11 ± 14
a n,独立した実験回数
Table 1-7
1 × 107 の A. aculeatus 胞子(野生株と pyrG 変異株)を 5 × 108 の A.
tumefaciens と 0.01% 又は 0.2% ウリジンを添加した液体 IM 中で共培養した際の形質
転換効率の比較
Strain
WT
pyrG-
Germination
time (h)
Uridine
concentration
in IM
0
Co-cultivation time and Mean of transformants ±SD
/ 10 7 conidia / 100 ml IM
24 h
36 h
48 h
60 h
72 h
-
23 ± 20
132 ± 82z
217 ± 141
292 ± 211
148 ± 101
0
0.01%
81 ± 72
73 ± 36
116 ± 52z
147 ± 64g
82 ± 45
0
0.2%
10 ± 12
193 ± 98z
174 ± 106
187 ± 130
131 ± 118
0
0.01%
0
50 ± 38
24 ± 33
z15
0
0.2%
0
66 ± 71
58 ± 95
24
0.01%
91 ± 66
122 ± 62g
24
0.2%
38 ± 24
26 ± 10
a (n=2)を除いてn=3
48
± 12a
16 ± 13
z135
± 155a
33 ± 54
50 ± 49
z140
± 82az
50 ± 60
23 ± 11
z2
± 5a
12 ± 18
Table 1-8
示した共培養条件で得られた形質転換体における T-DNA 挿入パターン
49
A
No. of transformants
16
expected
10
8
6
4
2
0
1
2
3
4
The length of microhomology (bp)
14
No. of transformants
observed
12
0
B
Left border
14
Right border
>5
observed
12
expected
10
8
6
4
2
0
0
1
2
3
4
The length of microhomology (bp)
>5
Fig. 1-8 宿主ゲノムとLB (A) 及び RB (B) 配列間の microhomology 領域の分布。棒グラフ
は microhomology を持つ T-DNA の分布を示し,折れ線グラフは microhomology の長さの
期待値を示した。
No. of transformants
7
6
5
4
3
2
1
0
Length of deletion (bp)
Fig. 1-9 T-DNA 両側のシークエンス配列が得られた 14 株の形質転換体に T-DNA が組
み込まれた際に生じた宿主ゲノムの欠失の大きさの分布。
50
Fig. 1-10 アルビノ変異株の相補実験。(A) A. aculeatus ALB1, ALB2 変異株用形質転換用ベ
クターの構造。(B) pAUR-pksP を用いた ALB1 の形質転換体は黒色胞子を形成したが(左)
,
pAUR325 を用いた形質転換体はアルビノのままであった(右)。
51
考察
A. aculeatus niaDを用いた形質転換系の開発及び niaD, pyrG, sC 三重欠損株の作出
A. aculeatus ではこれまでに pyrG,sC を選択マーカーとした形質転換系がそれぞれ当研
究室により確立されているが,複数の遺伝子を導入するにはその数の選択マーカーが必要
となる。そのため,使用できる選択マーカーを増加させるために,他の Aspergillus 属で汎
用されている niaD を選択マーカーとした形質転換系の確立を行った。宿主 (niaD- 株) は
塩素酸耐性を示すことを利用して単離を試みた。硝酸塩 (NO3-) の毒性アナログである塩素
酸塩 (ClO3-) に耐性を示すことを利用して,A. parasiticus の報告を参照に行った(Wu and
Linz 1993)。通常の MM は窒素源として NaNO3 を使用しているが,niaD- は NO3- を利用
できないことから アンモニウム塩 (NH4+) を用いた。NH4+ 濃度を検討した結果,最小限に
その量を抑えなければ野生株であっても高濃度の塩素酸に感受性を示さないことが明らか
となった。硝酸同化酵素遺伝子の発現は硝酸存在下で誘導されるがアンモニウム存在下で
抑制される (Cove 1979)。このため高濃度のアンモニウム濃度では niaD 発現は抑制されて
しまうために塩素酸を亜塩素酸に還元せずに見かけ上耐性を示すようになるためであると
考えられる。決定した条件から自然突然変異により取得した塩素酸耐性株には niaD- 以外
の変異株が含まれることから,niaD- のみを選抜するために窒素源の資化能によるセレクシ
ョンを行った。亜硝酸塩,アデニンを単一窒素源として塩素酸耐性株を生育させたところ,
5 株が niaD-,9 株が cnx-,14 株が nirA- 又は areA- と推測された。5 株の niaD- 候補株
のうち 4 株が A. oryzae 由来 niaD 遺伝子により表現型が相補されたことから,これらを
niaD- と決定した。
A. aculeatus は当初はゲノム配列が解読されていなかったことから,niaD 遺伝子を取得す
るために既知の Aspergillus 属 niaD 遺伝子配列を基に PCR により一部断片を増幅し,サ
ザンブロッティングにより niaD 座位のゲノムマッピングを行った。その結果,約 8 kb の
Pst I 消化断片に niaD 全長に加え十分な長さの 5’ 側,3’ 側の領域を含むことが明らかと
なった。また,サザンブロッティング分析の結果から,A. aculeatus には niaD の相同配列
はシングルコピー有することが示唆された。約 8 kb の Pst I 消化断片を含むゲノムライブ
ラリを作製し,そこから 1 株のポジティブクローン (pAaniaD) を得た。pAaniaD のシーク
エンス解析から,A. aculeatus niaD の配列を決定した。推定アミノ酸配列を他の Aspergillus
属の硝酸還元酵素 (niaD 産物) と BLAST により比較すると 78% 以上でに高度に保存さ
52
れていることが明らかとなった。また,硝酸還元酵素の各ドメインが保存されており,イ
ントロンの位置も保存されていた。さらに隣接して niiA 遺伝子が存在しており,A. nidulans
のように硝酸同化に関与する遺伝子 (crnA-niiA-niaD) がクラスターを形成している可能性
が示唆された (Martinelli and Kinghorn 1994)。
当研究室において相同組換えに用いるプラスミド DNA はそのサイズが大きすぎると形
質転換効率が減少することが sC を選択マーカーとした実験で示されている (足立 2008)。
このためクローニングした pAaniaD から約 2.4 kb 短くした pAaniaD1 を再構築した。こ
れを用いて niaD- 株を形質転換したところ,硝酸資化能が相補されたことから,クローニ
ングした遺伝子が機能的であることを確認した。
これまでに構築された pyrG,sC そして新たに構築した niaD 選択マーカーを用いた形
質転換系を利用して新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因子の取得に向けた宿主を構築するた
めに,pyrG, sC, niaD 三重欠損株の取得を試みた。既に単離されていたセレン酸耐性・クロ
ム酸感受性を示す sC- に 5-FOA 抵抗性を示す pyrG- を付与した。さらに今回確立した条
件により niaD- を付与し,三重欠損株の取得に成功した。3 つの選択マーカーを同時に使
用できる株が作出できたことから,今後,様々な遺伝子挿入に利用されることを期待する。
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation (AMT)の確立
高効率な挿入変異法としての利用を目的とした,A. acculeatus における AMT を確立し
た。A. aculeatus と A. tumefacien を共培養する際の細胞比,時間,培地組成及び形質転換に
使用する A. aculeatus の細胞形態が形質転換効率に与える影響を調べることにより,共培養
条件を最適化した (Michielse et al. 2008)。
多くの糸状菌で行われているフィルター上で共培養を行う方法を試したところ,最適条
件では 104 個の胞子当たり 30 株の形質転換体を得ることに成功した。150-300 形質転換
体/106 C. lagenarium,200 形質転換体/106 A. awamori,5 形質転換体/107 A. niger,50 形質
転換体/105 N. crassa (de Groot et al. 1998; Tsuji et al. 2003) のように他の糸状菌と比較しても,
A. aculeatus における形質転換効率は非常に高い。形質転換効率は使用するバイナリーベク
ターや A. tumefaciens 株の種類に影響を受けるため (Abello et al 2008),A. aculeatus の形質
転換にとっては A. tumefaciens C58C1 及びバイナリーベクター pBIG2RHPH2 が良く適し
53
ていると考えられる。
共培養時間は宿主の種類によって最適な長さが様々であるが,これは宿主菌株の生育速
度や細胞壁の有無が関与すると考えた。プロトプラストを AMT に使用することにより形
質転換効率が上昇するという報告がなされている菌株 (T. reesei, Zhong et al. 2007) やプロ
トプラストしか AMT に用いることができない菌株 (Rhizopus oryzae, Michielse et al 2004a;
B. lamprospora, Nyilasi et al 2008) もあるが,本菌においては胞子を用いた場合と相違なくプ
ロトプラストを調製する手間が省けて好都合であった。A. acuelatus のプロトプラストの再
生率は約 30% であることから (data not shown),形質転換効率がプロトプラストの使用に
より上昇していたとしても得られる形質転換体数としては増加しなかったのだと考えられ
る。A. awamori や Aspergillus giganteus においてプロトプラストや出芽胞子を用いても同様
に形質転換効率は変化しないあるいは減少することが報告されている (de Groot et al. 1998;
Meyer et al. 2003)。
遺伝子破壊ライブラリの構築を目的とする AMT の必須条件として考えなければならな
いのが T-DNA の宿主ゲノムへの挿入様式である。F. oxysporum,A. awamori,C. lagenarium
等,多くの菌株において主にシングルコピーでの T-DNA 挿入が観察される (de Groot et al.
1998, Mullins et al. 2001, Tsuji et al. 2003)。しかし,A. aculeatus における T-DNA の挿入は
AMT の方法に依存することが判明した。高濃度の A. tumefaciens を感染させると形質転換
効率も上昇するが,T-DNA がシングルローカスにマルチコピーで挿入されたり VB が付随
して挿入されたり,さらには複数座位に挿入されるという,期待しない T-DNA の組み込み
も増加した。この現象は Blastomyces dermatitidis (Sullivan et al. 2002) においても観察されて
いる。反対に,低濃度の A. tumefaciens を使用した場合は形質転換効率が低くなったが,
T-DNA は主にシングルコピーで挿入されていた。変異ライブラリの中から特定の遺伝子破
壊株を効率良くスクリーニングする際にシャーレ 1 枚当たりの形質転換体数を増加でき
れば操作効率の上昇が望める。この考えのもと,一度により多くの形質転換体を得るため,
A. acuelatus とA. tumefaciens (OD660=0.4 又は 0.8 を使用) の細胞比を維持したまま濃縮し
たものを 1 枚の IM プレートにスプレッドし共培養した。しかし,1 プレート当たりの形
質転換体数が計算通りに増加することはなく,細胞密度が濃いほどむしろ数は減少した。
この原因は IM 当たりの菌数が過多のため生理的条件が変わった可能性,栄養源が不足し
ていた可能性,生育余地が制限された可能性,及び感染機構を誘導するために必須である
AS が不足したた可能性が考えられる。AS は溶解度が低いため増加した A. tumefaciens の
54
分だけ AS 濃度を上げることは困難である。従って IM プレートを用いた共培養では形質
転換体を容易に大量に得るには限界があることが判明した。
液体 IM を用いた場合 IM プレート使用時よりも 100 倍薄い濃度の A. tumefaciens を
用いた際に形質転換効率が最も高かった。これは振盪しているために A. tumefaciens と胞子
の接触頻度が増すためプレート培養よりも少ない A. tumefaciens 量で効率のよい形質転換
が可能となったと考えられる。また,プレート培養よりも液体培養は均等に栄養源が与え
られやすい条件であるため同じ培養時間でも細胞数が増加していると考えられ,多いバク
テリア量では上述した理由のため形質転換効率が減少したのではないかと考えられる。液
体 IM を用いた場合もやはり高濃度の菌体量を共培養して得られる形質転換体の数は増加
しなかった。しかし,液体 IM を用いれば共培養後の A. aculeatus の菌糸を濃縮すること
ができ,SM 上での形質転換体数は自在に増やすことができた。ここで,効率のよいライブ
ラリを作製するにはどれだけの数が必要なのかを計算してみる。ゲノムサイズ 35 Mb,平
均遺伝子長 1.5 kb である A. aculeatus の遺伝子を 90% カバーするには シングルコピー
(ローカス) で T-DNA が挿入された形質転換体 54,000 株が必要であることが以下の式よ
り算出される (Krysan et al. 1999)。
P=1-(1-[x/y])n
P= probability of finding one T-DNA insert within a given gene
x=length of the gene in kilobases y=length of the genome in kilobases
n=number of T-DNA inserts present in the population
IM プレート使用時の T-DNA タギングに最適な条件である OD660=0.4 の A. tumefaciens
を用いた場合,5,400 枚ものスクリーニングが必要となり,IM プレートに加え同数の SM
を使用するため膨大な数のシャーレが必要となる。一方液体共培養では最大形質転換効率
は 107 個の胞子当たり平均 217 株と IM プレート使用時よりも低下してはいるものの,1
枚の SM 当たり107 個の胞子量分の菌体を移すことで約 250 枚にまで減少させることが
出来る。従って液体 IM を用いることが目的を満たす AMT として適していると結論付け
た。
A. aculeatus ウリジン要求性変異株の形質転換効率は野生株を用いた AMT よりも減少
傾向にあった。A. awamori においてアセトアミド資化性,ウリジン要求性,フレオマイシ
ン耐性,ハイグロマイシン耐性を選択マーカーとした場合それぞれ 106 胞子当たり 0.2,40,
80,200 形質転換体が得られた (Michielse et al. 2008)。また形質転換効率は宿主の遺伝子型
や形質転換条件に依存して変化することがある (Covert et al. 2001; de Groot et al. 1998;
55
Fitzgerald et al. 2003; Michielse et al. 2004b; Sullivan et al.2002)。しかし,本研究において異な
る分離株でも AMT 条件を再度最適化することによって形質転換効率を改善できることが
示され,AMT は様々なタイプの宿主細胞の形質転換に適応できることが支持された。
AMT の条件検討中に得られた形質転換体約 11,000 株から 2 株のアルビノを示す
AapksP 破壊株が発見された。上に示した式から考えると,5,500 株から 95% の確率で 1
株のアルビノ変異株を取得するためには T-DNA が組み込まれたローカスの周辺 19 kb の
領域で T-DNA は遺伝子の機能を欠損させなければならないと算出される。 A. acuelatus で
は平均 1,393 bp のゲノム配列の欠失が生じ,ALB1 変異株においても AapksP ローカスで
1,002 bp の欠失が観察された。これは T-DNA タギングに支障がない程度ではあるが,M.
oryzae や Arabidopsis で報告された欠失 (それぞれ1~35 bp,11~100 bp) よりも大きい
(Brunaud et al. 2002; Choi et al. 2007; Forsbach et al.2003)。また,AapksP のコーディング配列
は 6,645 bp と比較的大きいが 11,000 形質転換体から 2 株のアルビノを単離する可能性
を満たすにはまだ十分でない。T-DNA の挿入は初め Arabidopsis や酵母においてランダム
であると考えられていたが (Azpiroz-Leehan and Feldmann, 1997; Bundock et al. 2002),近年は
T-DNA の挿入はランダムではないと報告されてきている。Arabidopsis において,T-DNA
の挿入は宿主ゲノムと T-DNA の microhomologus な配列間で生じており,その相同性は
LB で 5 bp,RB で 2 bp である (Brunaud et al. 2002)。また,イネゲノムではコーディング
領域から 500 bp 外側の5’-又は3’-調節領域やエキソンよりもイントロン内に T-DNA が挿
入されるバイアスがあることが報告されており (Chen et al. 2003),同様に Arabidopsis では
転写領域の外側,M. oryzae では遺伝子間領域に T-DNA が挿入されやすいことが報告され
た (Sessions et al. 2002; Choi et al. 2007)。A. aculeatus においても T-DNA の LB で
microhomology が観察された。しかし,解析した形質転換体数がこれらよりも少ないことは
考慮に入れるべきではあるが,現在のところその他のバイアスは観察されなかった。T-DNA
の組み込み方に偏りがあっても宿主ゲノムのある程度の長さの欠失が生じることを組み合
わせて考えると AMT による high-throughput な挿入変異につながる可能性がある。
本章で確立した AMT 法は A. aculeatus における機能遺伝学的解析のツールとして利用
されることが期待される。
56
第二章 新奇セルラーゼ遺伝子発現誘導因子の同定
序
cbhI 遺伝子はセルロース・セロビオースに応答して発現が活性化され,その機構は XlnR
非依存的な未同定の転写活性化経路を介している。真菌における糖質代謝に関わる遺伝子
の転写調節には正の制御因子が関与していることが多いため,この経路も同様であること
が想定される。現在のところセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現誘導に関与する調節
因子は転写因子以外発見されていないため,遺伝子発現誘導経路全容を解明するにはシグ
ナル伝達など誘導物質に対する応答因子といった因子も探索する必要がある。そこで本章
では第一章で確立した AMT 法を利用して cbhI 遺伝子発現誘導に関与する新奇制御因子欠
損株を網羅的にスクリーニングするシステムの開発を試みた。目的の変異株をネガティブ
スクリーニングすることは容易ではないと考えられるため,ポジティブスクリーニングが
可能なシステムを考案した。理由として,AMT によってランダム変異体を作出し,形質転
換体を不溶性セルロース含有培地上で生育させセルロース分解能の低下した株を選択する
ことで調節因子欠損株を単離出来るかもしれないが,生育速度などを考慮すると 1 プレー
ト当たりに生やすことの出来る菌体数は限度がある。すなわち,膨大なプレート数をスク
リーニングするか,1 株ずつ単離してセルロース分解能を観察しなければならず多大な労
力を要するためである。具体的な方法として cbhI プロモーター制御下で pyrG 及び uidA
(-D-glucuronidase 遺伝子) を発現するレポーターシステムを保有する株を AMT の宿主に用
いることを提案した。pyrG がコードする orotidine-5’-monophosphate decarboxylase はピリミ
ジンの生合成に関与しており,オロチン酸のアナログである 5-fluoroorotic acid (5-FOA) も
同様に代謝する。従って通常 pyrG を発現する株は 5-FOA 含有培地では生育できないが,
pyrG が欠損すると 5-FOA 耐性を示すようになる。前述した宿主は cbhI 発現誘導能に応じ
て pyrG が発現するため,グルコース (セルラーゼ抑制) 培地上で 5-FOA 耐性を示す一方
で,セルラーゼ誘導培地上では 5-FOA 培地に感受性を示す。T-DNA の挿入により cbhI 遺
伝子発現調節因子が欠損した場合,5-FOA を含むセルラーゼ誘導培地上でも旺盛に生育し,
容易にそれのみを単離することができると予測した (Fig. 2-1)。さらに,5-FOA 耐性株を
X-glucuronide (X-gluc) によるセルラーゼ誘導培地上でのブルーホワイトセレクションを行
うことにより,pyrG 遺伝子や pyrG に連結した cbhI プロモーターへの変異を省くことが
57
できる。本章ではこの方法により cbhI の発現誘導に関与する新奇制御因子のスクリーニン
グを行ったことについて論述する。
58
(A)
Cellulose
Cellulose
Cellobiose
Cellobiose
X
X
gene X
T-DNA
gen
eX
Agrobacterium
expression
PcbhI
pyrG, uidA
PcbhI
nucleus
nucleus
A. aculeatus
5-FOA sensitive (lethal)
Blue colony
(B)
pyrG, uidA
A. aculeatus
5-FOA resistant (grown)
White colony
orotic acid
5-FOA
orotidine 5P
5-F-orotidine 5P
Uridine
Orotidine-5’-monophosphate
decarboxylase (pyrG)
UMP
5-FUMP
UTP dUMP
5-FdUMP
dTMP
dTMP
synthesis
5-FUTP
Fig. 2-1 cbhI 遺伝子発現誘導因子スクリーニングストラテジー。(A) cbhI プロモーター制御
下で pyrG,uidA を発現する株はセルロース存在下で転写が活性化するため,5-FOA に感受
性を示すため生育できない。また,X-glucuronide 分解できるため青色コロニーを示す。一
方,この株を宿主として AMT を行い,cbhI 遺伝子の発現誘導に関する因子に変異が導入
されると,セルロース存在下でも cbhI の誘導発現が消失するために pyrG,uidA を発現しな
くなる。結果,5-FOA に耐性を示し,X-glucuronide を分解できずに青色呈色しなくなる。
(B) ピリミジン合成経路。オロチン酸から UMP を合成するオロチジンリン酸脱炭酸酵素
(pyrG 遺伝子産物) は 5-FOA も同様に代謝し,
5-FUMP を産生するため,結果として 5-FUTP
と 5-FdUMP が産生される。結果 RNA,DNA 合成が阻害され死に至る。
59
実験材料と方法
使用菌株。培地及びプラスミド
使用培地は第一章参照。
第一章で作出した NPS 株をもとに挿入変異の宿主として用いる A. aculeatus NCP2SCU
(niaD1::niaD::PcbhI-pyrG; sC1::sC::PcbhI-uidA; pyrG1) を作出した。NCP2SCU 株は 0.2% ウリ
ジンを加えた MM 上で 30°C で継代した。
pBIG2RHPH2 を保持する A. tumefaciens C58C1 系統は第一章と同じく AMT に使用した。
Escherichia coli DH5F’ はプラスミド構築などの DNA 操作に使用した。
レポーターシステムの構築のため,pBluescript II KS (+) (pBS),pAaniaD1,pBSCALL2
(Adachi et al. 2009),pCUS-589 (Tani et al. 2012)を使用した。
レポーターシステムの構築
A. aculeatus cbhI プロモーター (PcbhI) 制御下にレポーター遺伝子として A. nidulans
pyrG 及び E. coli -glucuronidase 遺伝子 (uidA) を融合させたコンストラクトを fusion
PCR (Kuwayama et al. 2002) により作製した。形質転換時の選択マーカーとしてそれぞれ
niaD 及び sC を用いた。まず PcbhI-pyrG の構築を以下に示す。
AacbhNot と AacbhNhe プライマー用いてNot I とNhe I 認識サイトを付加した翻訳開始
コドンから -661 bp を含む cbhI プロモーターを,pyrGNhe と pyrGSpeR のプライマーセ
ットを用いて Nhe I と Spe I 認識サイトを持つ Aspergillus nidulans pyrG 遺伝子を PCR
により増幅した。増幅した断片はそれぞれ Not I と Nhe I および Nhe I と Spe I で 二重消
化し,Not I とSpe I で消化した pBS に挿入し,pNCP を得た。PcbhI-pyrG は pNCP を鋳
型として,niaDt-cbhIpF と niaDt-pyrGt のプライマーセットを用いてPCRにより増幅した。
発現に必要な 5’ および 3’ 領域を含む niaD は niaDpF と chbI-niaDtR をプライマーセ
ットとして第一章で取得した pAaniaD1 を鋳型に PCR により増幅した。また相同組換え
に必要な鎖長の niaD 3’ を pyrGt-niaDtF と
niaDtRnot のプライマーセットで pAaniaD1
を鋳型にPCRにより増幅した。この 3 つの増幅断片は niaDpF と niaDtRnot のプライマー
セットを用いて PCR により融合させた後,EcoR V とNot I で消化した pBS
にクローニ
ングした (pNCPc)。形質転換は pNCPc を鋳型として niaDpF と niaDtRnot プライマーセ
ッ ト を 用 い て PCR に よ り 増 幅 し た DNA カ セ ッ ト niaD::PcbhI-pyrG を 用 い て A.
60
aculeatus NPS 株の niaD 座位にプロトプラスト-PEG 法により導入した (A. aculeatus
NCP2)。
PcbhI-uidA の構築は以下に示す。翻訳開始コドンから -661 bp を含む cbhI プロモーター
下流に uidA 遺伝子が融合した断片を含むプラスミド pCUS-589 を鋳型として sCt-cbhIpF
と sCt-uidAtR のプライマーセットを用いて PCR により PcbhI-uidA を増幅した。発現に
必要な 5’ および 3’ 領域を含む sC は AasCpF_2 と cbhIp-sCtR のプライマーセットを
用いて pBSCALL2 を鋳型に PCR により増幅した。また相同組換えに必要な鎖長の sC 3’
を uidAt-sCtF と sCtRspe のプライマーセットで pBSCALL2 を鋳型に PCR により増幅
した。この 3 つの増幅断片は AasCpF_2 と sCtRspe のプライマーセットを用いて PCR
により融合させた後,EcoR V と Spe I で消化した pBS にクローニングした (pSCUcS)。
形質転換は pSCUcS を鋳型として AasCpF_2 と sCtRspe プライマーセットを用いてPCR
により増幅した DNA カセット sC::PcbhI-uidA を用いて A. aculeatus NCP2 株の sC 座位
に導入した (A. aculeatus NCP2SCU)。目的の座位への挿入はサザンブロット解析により確認
した。
遺伝子工学的手法
第一章参照
Protoplast-PEG 法による糸状菌形質転換
第一章参照
A. aculeatus 染色体DNA の抽出
第一章参照
サザンブロット解析
第一章参照
逆転写-PCR (RT-PCR )及び定量 RT-PCR (qRT-PCR)を用いた遺伝子発現解析
遺伝子発現解析に用いる RNA は次のように抽出した。1% グルコースを炭素源とした
MM で A. aculeatus を 30˚C で 24-30 時間生育させた後,菌糸をミラクロスを用いて集菌
61
し,炭素源の含まない MM で洗浄した。洗浄済みの菌糸を 0.1% (w/v) セロビオースと 50
g/ml 1-deoxxynojirimycin (DNJ) (グルコシダーゼ阻害剤),1% (w/v) グルコース,1% (w/v) キ
シラン,1% (w/v) アビセルを単一炭素源とした MM に移行し,30˚C で振盪した。その後
集菌した菌糸は直ちに液体窒素で凍らせ,Micro Smash (トミー社製) を用いて微粉末になる
まで粉砕した。粉砕した菌糸から TRIzol (Invitrogen 社製) を用いて使用説明書に従い total
RNA を抽出した。一本鎖 cDNA は DNaseI 処理をした 2.5 g の total RNA から oligo-dT
プライマーを用いた PrimeScript 1st strand cDNA Synthesis Kit (タカラバイオ社製) により合
成した。cDNA を鋳型とした PCR は Table 2-1 に記載したプライマーセットを用いて
KOD-plus- DNA polymerase (東洋紡社製) により行い,半定量 RT-PCRを行う際はサイクル数
を段階的に変えて行った。定量 RT-PCR (qRT-PCR) は SYBR Premix Ex Taq (タカラバイオ
社製) を用いたPCR 増幅産物の SYBR Green I 検出系により行った。リアルタイム PCR
用プライマーは Table 2-1 に記載した。増幅及び検出は Thermal Cycler Dice Real Time
System (タカラバイオ社製) を使用し,以下のサイクル条件で行った。[初期変性 95˚C 30 秒;
2 step PCR 40 サイクル, 95˚C 5秒, 60˚C 30 秒; 融解曲線 60-95˚C]
PCRのターゲット特異性は融解曲線分析により確認した。それぞれの遺伝子の発現は検量線
を基にして定量し,またリファレンス遺伝子は glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase A
gene (gpdA) を用いた。
新奇転写調節因子のスクリーニング
AMT を利用したT-DNAタギングは第一章に基づいて,若干の改変を加えた方法で行った。
まず,A. aculeatus NCP2SCU 株の胞子 2 × 107 個を 100 ml IM / 500 ml 容羽付きフラスコで
24˚C,150 rpm で 24 時間生育させた。5 × 108 の A. tumefaciens (OD660=0.4) と 400 M AS
および 0.02% ウリジンを含む 100 ml IM を前培養したフラスコに加え (終濃度 200 M
AS, 0.01% ウリジン),24˚C,120 rpm で更に 48 時間培養した。共培養した菌糸は吸引ろ
過 に よ り 集 菌 し , MM で 洗 浄 後 , 0.2% (w/v) を 添 加 し た SM に 移 し た 。 出 現 し た
Hygromycin B 耐性形質転換体は 0.01% ウリジン,1.5 mM 5-FOA を添加し,1% (w/v) 粉
砕した小麦フスマを炭素源とした MM に移した。5-FOA 耐性株は炭素源資化能を調べる
ために, 1% グルコース,1% アビセル,1% アルカリ膨潤セルロース (ASC),1% キシラ
ンを炭素源とした MM で生育を観察した。
62
Inverse-PCR及びTAIL-PCRを用いたT-DNA挿入座位の特定
第一章参照
Table 2-1 使用したプライマー
Name
Sequence (5’ to 3’)
For construction of reporter system
AacbhNot
ATAAGAATGCGGCCGCACTCCGAGCGCCACATAGAA
AacbhNhe
CTAGCTAGCGGTTGCCAACTGATCGAGG
pyrGNhe
CTAGCTAGCATGTCTTCGAAGTCCCACCTC
pyrGSpeR
GGACTAGTCTGGTAATACTATGCTGGCTGC
niaDpF
CAGCGGCTCACAAGGAAT
cbhIp-niaDtR
GGCGCTCGGAGTTGGGACAAGAAGGGGTGGAA
pyrGt-niaDtF
GCATAGTATTACCAGATCGAGGCAACCCAGC
niaDtRnot
TATGCGGCCGCACGCCTGATCGAAGAAGC
niaDt-cbhIpF
CACCCCTTCTTGTCCCAACTCCGAGCGCCA
niaDt-pyrGtR
TGGGTTGCCTCGATCTGGTAATACTATGCTGGCTGC
AasCpF_2
AGCATGCTCAGAGCCTGG
cbhIp-sCtR
ggcgctcggagttgGGATCTCACAAGCCCTGC
uidAt-sCtF
ggccactgtagactCAGGGTGATTTAGAAGGACCA
sCtRspe
ggactagtTCTCGGACGGGAAGTGCT
sCt-cbhIpF
GGCTTGTGAGATCCcaactccgagcgcca
sCt-uidAtR
TCTAAATCACCCTGagtctacagtggccgcct
sp1
CTTTCGTTGCCGGTGAGCTGA
anscr
CAGACGCTCAAAGTAGCCCTCGCTCTC
63
Table 2-1 続き
For semi quantitative RT-PCR
cbh1F-RT
CTTCCCCACGAACAAAGCTG
cbh1R-RT
AGAGGAGGTGCCGGAGTAGG
cmc2F-RT
CTCCTCCAATTTTCTCTGGCTT
cmc2R-RT
ACGAATGGCAGTGATCGCT
gpdAF
TACCGCTGCCCAGAACATCA
gpdAR
GGAGTGGCTGTCACCGTTCA
For quantitative RT-PCR
QcbhF
ACCATGTGCACAGGCGATAC
QcbhR
TGCTGTTGTCGACGGTCTTT
64
結果と考察
XlnR 非依存的転写活性化経路に関与する新奇制御因子のスクリーニング
cbhI は XlnR が関与しない転写調節によりセルロースに応答した発現が行われることか
ら,cbhI プロモーターをその未同定な転写調節経路に関与する調節因子のスクリーニング
の‘bait’として用いることにした。cbhI 発現が欠損した変異株を同定するための宿主とし
て NCP2SCU 株を作出した。NCP2SCU 株は niaD 座位に 1 コピーで PcbhI-pyrG を挿入
し,sC マーカーを用いて PcbhI-uidA を挿入した 2 種のレポーターシステムを持つ株であ
る。まず,NCP2SCU 株の pyrG レポーター遺伝子がセルロースに応答した cbhI の発現を
反映しているかを確認するため,グルコース (抑制条件) と小麦フスマ (誘導条件) を炭素
源とし 5-FOA を添加した MM での生育を観察した。その結果,グルコースでは pyrG- と
NCP2SCU 株は同等に旺盛な生育を示したが,小麦フスマでは pyrG- に比べて生育の低下
が見られ,誘導条件にのみ 5-FOA 感受性になることが示された (Fig. 2-2)。しかし,uidA の
発現を調べるため,X-glucuronide (X-gluc) を塗布した小麦フスマを炭素源とした MM に
NCP2SCU 株をスポットしたが,青色を示す場合と示さない場合があった。数個の胞子をス
プレッドした場合は,出現したコロニーの約半数しか青色を示すものがなかった。これは
cbhI プロモーターではプレート上でのアッセイに十分な GUS を発現できないためである
と考えられ,安定したカラーセレクションは行えないと判断した。従って NCP2SCU 株は
新奇制御因子欠損を単離するための宿主として用いるが,X-gluc を使用した青白選択によ
るスクリーニングは行わず,5-FOA によるポジティブスクリーニングにのみ使用すること
にした。
NCP2SCU 株を宿主として pBIG2RHPH2 を使用した AMT を行い,ランダム挿入変異株
を作出した。それらの胞子を 5-FOA を添加した炭素源を小麦フスマとした MM 上に移行
し,旺盛に生育してきた 5-FOA 耐性株を単離した。その後 5-FOA 耐性株を純化した後,
炭素源をグルコース,アビセル,ASC,キシランとした MM 上での生育を観察した。約
15,000 株の Hygromycin B 耐性形質転換体から得た 5-FOA 耐性株のうち NCP2SCU 株と
比較してアビセル・ASC でのみ生育低下又は形態異常を示し,グルコース・キシランでは
生育が変わらない株を 5 株単離した (Fig. 2-3)。半定量 RT-PCR を行ったところ,S4-22 株
においてアビセル誘導時の cbhI 及び cmc2 の転写量が最も顕著に低下していたため,この
株について解析を進めることにした (data not shown)。
65
WT
pyrG- NCP2SCU
Wheat Bran+FOA
Glucose+FOA
Fig. 2-2 (写真左) 小麦フスマ,(写真右) グルコースを炭素源とした 5-FOA 含有培地にお
ける生育。A. aculeatus 野生株 (上) はどちらの培地でも生育不可,pyrG- (左下) はどちらの
培地でも生育可能,NCP2SCU (右下) は小麦フスマで生育低下し,グルコースでは pyrG-と
同等の生育を示した。
Avicel
Xylan
Avicel
Glucose
NCP2
SCU
NCP2
SCU
S4-10b
S9-3a
S4-14b
S9-12a
Xylan
Glucose
S4-22
Fig. 2-3 アビセル,キシラン,グルコースを単一炭素源とした MM における,セルラーゼ
遺伝子発現制御因子欠損候補株の植菌後 5 日目の生育。
66
S4-22 株の解析
S4-22 株における詳細な遺伝子発現解析を行うため,セロビオースで 3 時間誘導した場
合の cbhI の転写量を qRT-PCR により調べた。本菌は -グルコシダーゼ活性が高いため,
セロビオースの分解を防ぐグルコシダーゼ阻害剤 1-deoxynojirimycin (DNJ) を添加した。そ
の結果,NCP2SCU 株と比較して約 20% にまで低下していることが明らかとなった (Fig.
2-4)。このことから,S4-22 株で T-DNA の挿入により破壊された遺伝子が cbhI のセロビオ
ースに対する応答の変化に関与していることが強く示唆された。
S4-22 株に挿入された T-DNA の挿入パターンを調べるため,第一章に記載した方法でサ
ザンブロット解析を行った。pBIG2RHPH2 に存在しない認識サイトを持つ制限酵素 (Sal I,
Spe I, Xho I BamH I, Hind III) で S4-22 株の染色体 DNA を消化した場合,単一のバンドが検
出されたが,
いずれも 10 kb を超える大きなサイズであった (Fig. 2-5 (A))。pBIG2RHPH2 VB
配列内に認識サイトが一つ存在する Pst I で消化した場合,T-DNA 内の LB 近傍に存在する
EcoR I で消化した場合,及び RB 近傍に存在する Xba I と pBIG2RHPH2 内に認識サイトは
なく Xba I と compatible cohesive end を持つ
Relative expression of cbhI/gpdA
Spe I で二重消化した場合に VB 由来の 9.6
kb のバンドと S4-22 ゲノム DNA 由来と
思われるバンドが検出された。この結果か
ら T-DNA は適切に切断されずに VB が連
結した状態で 2 コピーが S4-22 ゲノム上
のシングルローカスに挿入していることが
想定された。VB が T-DNA に付随して挿入
さ れ て い る 場 合 は , inverse-PCR 法 が
T-DNA 周辺配列の取得に適していること
1.6
*
1.4
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
NCP2SCU
NCP2
を第一章で示した。また,S4-22 株では Xba
I と Spe I で消化した場合にゲノム由来の
S4-22
S4-22
Fig. 2-4 qRT-PCR 解析により NCP2SCU
株と S4-22 株のセロビオース応答時の cbhI
発現量を比較した。cbhI の相対 mRNA 量
は 3 回の独立した培養菌体を用いた実験
による平均値を表し,エラーバーは標準偏
差を示した。*P < 0.5。
バンドが約 2.5 kb と短く,LB 側への VB
の挿入は短い,若しくはないことが考えら
れた。これらのことから LB 側の T-DNA
周 辺 配 列 は Xba I と Spe I を 使 っ た
inverse-PCR 法により増幅し,1.5 kb の増幅
67
バンドをアガロースゲルより切り出してシークエンス解析を行った。その結果,T-DNA と
ゲノム DNA の境界配列が Zn(II)2Cys6 binuclear cluster domain を持つ転写因子をコードする
と推定される遺伝子の翻訳開始点から 52 bp の位置であったこと,LB には 354 bp
の
VB が連結していたことが明らかとなった。一方,EcoR I と他の制限酵素を組み合わせた
場合のサザンブロット解析結果がいずれも高分子のバンドのみが検出されたため,RB 側に
は長い VB が挿入されていると推測され,inverse-PCR によりゲノム DNA 由来のものの
みを取得する事が困難あった。LB 側の配列は特定出来たものの,T-DNA の挿入には宿主
ゲノムの欠失が高頻度で付随して起こることが第一章で明らかとなっていることから,他
の遺伝子にまで破壊が及んでいないかを調べることにした。EcoR I と他の制限酵素を組み
合わせたサザンブロット解析結果を詳細に見ると,Hind III,Spe I,Sal I を組み合わせた場
合は EcoR I 単独で消化した時と同じパターンを示し,BamH I,Xho I,Kpn I を組み合わせ
た場合は VB 由来のバンドと重なった 1 本のバンドが検出された。従って,Hind III,Spe
I,Sal I サイトは EcoR I サイトよりも外側に,BamH I,Xho I,Kpn I サイトは内側にある
ことが推測された。特定した領域周辺でこの条件を満たす箇所を探索した結果,Fig. 2-5 (B)
のように位置することが推測された。これを確認するために行った S4-22 株ゲノム DNA
を鋳型とした PCR で,特定した遺伝子の 1,753 から 1,859 の領域の増幅が確認されたこ
とから (Fig. 2-5 (C), lane 3),T-DNA の挿入によって破壊された遺伝子は推定転写因子のみ
であると結論付けた。以上の結果から,T-DNA タギングで特定した遺伝子の産物が cbhI の
発現誘導に関与することが強く示唆された。
この因子は他種で機能解析されたもののない新奇な因子である。セロビオース誘導時の
セルラーゼ遺伝子の発現に関与することが示唆されることから,cellobiose response regulator
(ClbR)と命名した。ClbR の解析については第三章で論述する。
68
(A)
(C)
EcoR I +
1
(kb)
(kb)
11
11
5.0
2.8
5.0
2.8
1.7
2
3
4
1.7
(B)
Hind III Kpn I Pst I BamH I EcoR I Kpn I
Sal I
Xho I BamH I
Xho I
Spe I
BamH I
Zn(II) 2Cys6 DNA
binding domain
EcoR I
clbR
1 kb
+52
EcoR I
Xba I
L T-DNA R
Pst I
EcoR I
VB
Xba I
L T-DNA R
Pst I
VB
Fig. 2-5 S4-22 株における T-DNA 挿入パターン。(A) 上に示す制限酵素で消化した S4-22
ゲノム DNA を用いて,T-DNA 特異的プローブ ((B) の白抜きの棒で示した領域) で検出し
たサザンブロット解析。矢印は VB 由来のシグナルバンドの位置を示した。(B) T-DNA が挿
入したローカスの制限酵素地図。(C) S4-22 のゲノム PCR。(B) の黒い棒で示した領域を PCR
で増幅した。鋳型とした DNA は次の通り。lane 1, pClbR cDNA (ポジティブコントロール,
第三章 参照);lane 2, NCP2SCU 株ゲノム DNA;lane 3, S4-22 株ゲノム DNA;lane 4, clbR
ゲノム DNA (ネガティブコントロール,第三章 参照)
69
その他のセルラーゼ遺伝子発現制御因子欠損候補株の解析
S4-22 株以外の候補株は現在解析中であるため,現段階での結果について報告する。
S4-10b 株,S4-14b 株の半定量 RT-PCR による転写解析の結果,NCP2SCU 株と比較して
cbhI の発現量に顕著な違いは見られなかった。しかし,この方法では微量の発現量の変化
は観察することが出来ないので,今後定量的な解析を行わなければならない。S4-10b 株の
T-DNA 挿入パターンをサザンブロット解析により調べたところ,S4-22 株のようにシング
ルローカスに T-DNA が VB を連結した (切断されない) 状態で 2 コピー挿入されている
ことが推測された。Xba I, Spe I を用いた inverse-PCR 及び,EcoR I で切断した S4-10b ゲ
ノ ム DNA を 環 状 化した も の を 鋳 型 とし , LB 特 異 的 な プ ラ イマ ー を用 い て 行 った
TAIL-PCR により得られた PCR 増幅断片のシークエンス解析を行ったところ,後者で配列
が得られた。BLAST 検索によりその領域は機能未知の Zn(II)2Cys6 DNA binding motif を持
つタンパク質をコードする遺伝子の 138~189 nt 下流であった。この領域は T-DNA との境
目となる配列ではなく,ゲノム DNA 上の EcoR I サイトから T-DNA 挿入方向への配列で
あるため,大規模な欠失が生じていなければ最も近隣に存在する上記遺伝子が破壊されて
いる可能性が高い。今後,反対側の T-DNA 挿入座位の解析を進め,破壊遺伝子を特定する
必要がある。S4-14b はアビセル上での生育は低下したというよりも,大きな胞子を作る形
態異常が生じていると捉えられる。他の候補株の表現型とは異なるため興味深い単離株で
ある。T-DNA 挿入座位はまだ決定されていないため,今後解析を進めていく。
S9-12a, S9-3a は半定量 RT-PCR の結果,S4-22 株と同様 cbhI 遺伝子の発現量は減少傾向
にあった。S9-12a はサザンブロット解析により T-DNA が 1 コピー挿入されていることが
判明したので,TAIL-PCR により変異点を同定した。結果,Sec20 をコードする遺伝子の C
末端領域に 5 bp のゲノム DNA の欠失を伴って T-DNA が挿入されていることが明らかと
なった。Sec20 は酵母において,
小胞体に局在する逆行輸送に関わる SNARE タンパク質で,
タンパク質の分泌に関与する (Sweet and Pelham 1992)。S9-12a 株において見られた表現型
が T-DNA の挿入によって Sec20 に変異が生じたことに起因するならば,セルラーゼ遺伝子
の転写への関与は直接的ではなく間接的であることが予想される。例えば Sec20 の欠損に
よってセロビオヒドロラーゼの分泌量が減少することにより,結晶性セルロースの分解が
低下するとともにセルロースからのセロビオースの供給が低下する。その結果,セルロー
スを炭素源とした場合の生育は低下し,セロビオースを真の誘導物質とする cbhI の転写が
減少するということが考えられる。今後,セルラーゼ遺伝子の発現を qRT-PCR により確認
70
し,機能解析を行うことで S9-12a に見られた現象の解明を進めていくことが望まれる。
S9-3a 株は不運にも T-DNA の挿入が複雑で変異点の同定には至っていない。こちらも今後
T-DNA の挿入座位の特定及び定量的なセルラーゼ遺伝子発現のプロファイリングを行って
いく必要がある。
構築したスクリーニングシステムは 5-FOA に対する感受性の強度による生育の差を利
用しているため,変異の表現型の変化が小さなものは単離することが難しく,ドミナント
ネガティブ体が単離されてくることが予想された。しかし,今回のスクリーニングにより
単離された S4-22 株は完全に cbhI プロモーターの誘導能が欠損したわけではなく,約
80% 低下という明確な表現型を示す変異体ではなかった。また,S9-12a 株のように間接的
に cbhI の発現に関与していると考えられる株も単離することができた。これらの結果から,
pyrG をレポーターとしたポジティブスクリーニングシステムではまだ潜在している cbhI
の発現誘導に関与したものも同定できる可能性がある。A. aculeatus の遺伝子の 90% を満た
すにはさらに 39,000 株をスクリーニングする余地があるため,現在単離した S4-22 株以外
の 4 株の解析を進めるとともに,本章で確立したスクリーニングを続けることにより,XlnR
非依存的なセルラーゼ遺伝子発現誘導経路に関与する因子の特定が進められることを期待
する。
71
第三章 ClbR の機能解析
序
第二章で cbhI 発現誘導に関与する新奇制御因子のスクリーニングを行った結果,
Zn(II)2Cys6 二核モチーフ (Cys-X2-Cys-X5-6-Cys-X2-Cys-X6-Cys) を N 末端領域に持つ新奇
なタンパク質 ClbR が同定された。Zn(II)2Cys6 型 DNA 結合ドメインを持つタンパク質は
経路特異的転写活性化因子であることが多いため,ClbR もセルラーゼ遺伝子に特異的な転
写活性化因子である可能性が高い。この種のタンパク質はモノマーとして,又はヘテロ・
ホモダイマーとして CGG 又は CCG triplet の DNA 配列に結合する。主にダイマーで結合す
る事が多く,CGG triplet の方向 (inverted,everted,direct repeat) とそれらに挟まれた間の
非保存領域の間隔が DNA 結合特異性を決定する重要な配列であると認識されている
(Kobayashi and Kato 2010; MacPherson et al. 2006)。セルロース応答 cis-エレメント CeRE にも
CCG 配列が含まれている。Zn(II)2Cys6 型転写因子は N 末端に位置する DNA 結合ドメイン
の他,シグナル感知ドメイン,転写活性化ドメインの少なくとも 3 つのドメインを保有す
ると考えられる。しかし,活性化ドメインは酸性アミノ酸リッチな領域で C 末端側に位置
することが多いなどの傾向は見られるものの (Schjerling and Holmberg 1996),定着した保存
モチーフというものは現在のところない。シグナル感知ドメインは応答する基質が異なる
ため保存されていない (Kobayashi et al. 2007)。
本章ではまずスクリーニングで単離された S4-22 株で観察された現象が真に ClbR の欠
損によるものなのかを検証するため clbR 破壊株を作出し,セロビオース存在下における
cbhI, cmc2 の転写解析を行った。さらに clbR 破壊株における様々な炭素源を用いた場合の
セルラーゼ・キシラナーゼ遺伝子の発現パターンを調べると共に,clbR の高発現株のセル
ラーゼ・キシラナーゼ生産性や clbR の転写調節を調べることにより ClbR の機能解析を行
った。
72
実験材料と方法
使用菌株と使用培地及びプラスミド
A. aculeatus MR12 (pyrG,ku80) (辻 2009) は ClbR 破壊株作製の宿主に用いた。セルラー
ゼ・キシラナーゼ酵素活性測定を行う際は炭素源を 2% 小麦ふすまに変更した完全培地
(CM) を用いた。その他は第一章参照。
クローニングベクターとして pBluescript II KS (+) (pBS) を使用した。
Complete Medium (CM)
(per liter)
Salt solution
50 ml
Trace element mixture
1.0 ml
Glucose
10 g
Peptone
2.0 g
Yeast extract
1.0 g
Casein hydrolysate
1.0 g
Vitamin solution*
1.0 ml
*Vitamin solution
(per liter)
Biotin
2.5 g
Nicotinic acid
2.5g
PABA
0.8 g
Pyridoxine-HCl
1.0g
Pantothenate
2.0 g
Riboflavin
2.5 g
Aneurin-HCl
1.5 g
Cholire Chloride
20 g
[Added a few drops chloroform after preparation]
73
遺伝子工学的手法
第一章参照
染色体 DNA の抽出
第一章参照
サザンブロット解析
第一章参照
Protoplast-PEG 法による糸状菌形質転換
第一章参照
qRT-PCR による遺伝子発現解析
方法は第二章参照。RNA の抽出は,前培養後に 0.1% (w/v) セロビオースに 50 g/ml DNJ
を添加したもの,1% (w/v) D-キシロース,1% (w/v) L-アラビノースで 3 時間,又は 1% (w/v)
アビセルで 4 時間誘導した菌糸を用いた。
clbR 破壊株,相補株および高発現株の構築
A. aculeatus clbR 破壊株 (pyrG1;ku80; clbR::ptrA) は clbR 遺伝子を A. oryzae 由来ピリチ
アミン耐性遺伝子 (ptrA) で置換することによって作出した。clbR 破壊カセットは以下の通
り構築した。相同組換えに必要な clbR の 5’ および 3’領域をそれぞれ 22aA-F_Xba と
22aAptrA-R2,22aDptrA-F と 22aD-Xho-R のプライマーセットを用いて PCR により増幅し
た。ptrA は pPTRI (タカラバイオ社製) を鋳型として 22a-ptrA-F2 と 22a-ptrA-R のプライマ
ーセットを用いて増幅した。3 つの断片は 22aA-F2 と 22aD-R2 のプライマーを用いて
fusion PCR に よ り 融 合 し , そ れ を EcoR V で 消 化 し た pBS に ク ロ ー ニ ン グ し た
(pDClbR(ptrA)-2) 。 clbR 破 壊 カ セ ッ ト は 22aA-F2 と 22aD-R2 の プ ラ イ マ ー と 鋳 型
pDClbR(ptrA)-2 を用いて増幅し,それを A. acuelatus MR12 株にプロトプラスト-PEG 法に
より導入した。
clbR 相補株 (pyrG1;ku80; clbR::clbR::pyrG) は clbR 遺伝子を pyrG 遺伝子を選択マー
カーとして元の座位に戻すことで作出した。clbR 相補カセットは以下の通り構築した。clbR
74
ORF とその発現に必要な 5’ および 3’ 領域を 22aA-F_Xba と co22aN-R_Not のプライマー
セットを用いて,同様に相同組み換えに必要な 3’ 領域を co22aC-F_PacI と co22aC-R のプ
ライマーセットを用いて A. aculeatus ゲノム DNA を鋳型に PCR により増幅した (それぞれ
5’-clbR, 3’-clbR)。A. nidulans pyrG (AnpyrG) は pPL6 (Oakley et al. 1987) を鋳型として
pyrGF+NotI と pyrGR+PacI のプライマーを用いて増幅した。3’-clbR と AnpyrG を Pac I 処
理し,ligation により連結させ,EcoR V 処理した pBS KN (T4 DNA polymerase を用いて
Kpn I,Not I サイトを平滑化することにより認識配列を削除した pBS) にクローニングした。
AnpyrG-3’-clbR を含む得られたプラスミドを Not I, Xba I 処理し,Not I , Xba I 処理した
5’-clbR と ligation し,断片の導入方向を確認した。この 5’-clbR-AnpyrG-3’-clbR を含む得ら
れ た プ ラ スミ ド を pCFAP とし た (Fig. 3-1)。 相 補 カ セ ット は pCFAP を 鋳 型 とし て
22aA-F_Xba と co22aC-R プライマーセットを用いて増幅し,A. aculeatus clbR 株にプロト
プラスト-PEG 法により導入した。
本論文では直接使用しないが,緑色蛍光タンパク質 (GFP) を ClbR に融合したコンスト
ラクトの構築やドメイン解析用の欠失コンストラクト等の構築に使用できるよう,以下の
プラスミドを作製した。これは後の高発現コンストラクトの作製にも用いた。まず,clbR 5’
領域を 22aA-F_Xba と FA5-R_Not プライマーセットを用いて,また clbR 3’領域 (ターミネー
ター領域) を FA3-F1_HindIII と FA3-R1_EV プライマーセットを用いて pCFAP を鋳型に増
幅した (それぞれ 5’-clbR, TclbR とする)。また,clbR cDNAORF を FAoe-F1_NotI と
FAr-R1_HindIII プライマーセットを用いて pClbRcDNA を鋳型として増幅した(clbRORFc)。
5’-clbR を Xba I と Not I,clbRORFc を Not I と Hind III で消化後,pBS の Xba I-Hind III サイ
トにサブクローニングし,再び Xba I と Hind III で切り出すことにより 5’-clbR-ORFc を得
た。5’-clbR-ORFc と Hind III 処理した TclbR を pCFAP の Xba I と T4 DNA polymerase に
より平滑化した Not I サイトに同時にサブクローニングし,pCFAPc を得た (Fig. 3-2)。
clbR 高 発 現 株 (pyrG1; ku80; clbR::Ptef-clbR::pyrG) は clbR 遺 伝 子 を translation
elongation factor 1 遺伝子(tef1) プロモーター (Ptef) 制御下で発現するコンストラクトを
pyrG 遺伝子を選択マーカーとして clbR 座位に導入することにより作出した。clbR 高発現
カセットは以下の通り構築した。相同組換えに必要な clbR 5’ 領域 (clbR 翻訳開始点を+1
として -1082~-779; 5’-clbR2) を FA5-F1_SacII と FA5-tef-R プライマーセットを用いて,Ptef
を tef-FA5’-F と Ptef-R1_Not プライマーセットを用いて共に A. aculeatus ゲノム DNA を鋳型
として増幅した。2 つの DNA 断片は FA5-F1_SacII と Ptef-R1_Not プライマーを用いて PCR
75
により融合した (5’-clbR2-Ptef)。また,clbRORF-TclbR は FAoe-F1_Not と FA3-R1 プライ
マーセットを用いて pCFAP を鋳型に増幅した。Sac II と Not I で消化した clbR 5’-Ptef と Not
I と EcoR V で消化した clbRORF-TclbRt の 2 つの断片は pCFAPc の Sac II-EcoR V サイト
(5’-clbR-clbR ORFc-TclbR を切除した) にクローニングする事によって clbR 周辺領域と相同
配列を持つ Ptef-clbRORF を含むプラスミド pTFAgP-FA を得た (Fig. 3-3)。形質転換に用い
る高発現用 DNA カセットは pTFAgP-FA を鋳型として,FA5-F1_SacII と co22aC-R プライマ
ーセットを用いて増幅し,A. aculeatus clbR 株にプロトプラスト-PEG 法により導入した。
構築した株はそれぞれサザンブロット解析により確認した。
clbRxlnR 二重欠損株の構築
A. aculeatus clbRxlnR (pyrG1; ku80; clbR::ptrA;xlnR) は A. aculeatus clbR の xlnR を
pyrG 選択マーカーに置換することによって行った。更に再び pyrG 選択マーカーが使える
株にするために,染色体内相同組換えを起こさせることによって pyrG 遺伝子を抜くマー
カーリサイクリングを行った。それを作出するための DNA コンストラクトは以下のよう
にして構築した。xlnR 5’ 領域 (5’-xlnR) 及び,ゲノムに組み込まれた際にダイレクトリピ
ートの付与のための xlnR 3’ 領域 (xlnRDR) をそれぞれ DxlnRAF1 と DxlnRAR1,DxlnRBF1
と DxlnRBR1_Not プライマー対を用いて A. aculeatus ゲノム DNA を鋳型として増幅後,
DxlnRAF1 と DxlnRBR1_Not プライマーを用いて fusion PCR を行い 5’-xlnR-xlnRDR を得た。
AnpyrG は pPL6 を鋳型として pyrGF+NotI と pyrGR+PacI のプライマーを用いて増幅した。
相同組換え用の xlnR 3’ 領域 (3’-xlnR) は DxlnRCF1_Pac,DxlnRCR1_Spe プライマーを用い
て A. aculeatus ゲノム DNA を鋳型として増幅した。まず Not I で消化した 5’-xlnR-xlnRDR
と AnpyrG を pBS EcoR V サイトにクローニングした。挿入断片の方向を確認後 Pac I と Spe
I で 消 化し ,同じく Pac I と Spe I で 消化した 3’-xlnR と ligation する ことに より
5’-xlnR-xlnRDR-AnpyrG-3’-xlnR を含む pDxlnRR を得た (Fig. 3-4)。pDxlnRR を鋳型として
DxlnRAF1,DxlnRCR1_Spe プライマーを用いて PCR を行い,xlnR 破壊カセットを作製し
た。形質転換はプロトプラスト-PEG 法により行い,サザンブロット解析により xlnR 破壊株
(マーカーリサイクリング (MR) 前) を選択した。選択した株の胞子 104 個を 0.2% ウリジ
ンと 0.03% 5-FOA を添加した MM にスプレッドし,出現した FOA 耐性株を純化した後,
サザンブロット解析により xlnR 破壊株を選択した。
76
セルラーゼ・キシラナーゼ活性測定法
セルラーゼ・キシラナーゼ活性測定は Somogyi-Nelson 法により行った。carboxymethyl
cellulose (CMC) を基質として endo--1,4-グルカナーゼ活性を,アルカリ膨潤セルロース
(ASC) を基質としてセルラーゼ活性を,birchwood xylan (xylan) を基質としてキシラナーゼ
活性を測定した。反応は pH 5.0 の 100 mM 酢酸ナトリウム緩衝液で適度に希釈した 100 l
の培養上清と基質溶液 (400 l の 0.625% CMC,100l の 1% ASC,又は 100l の 1% xylan
(全て 100 mM 酢酸ナトリウム緩衝液 [pH 5.0]で作製した)) を混合し,37˚C でインキュベー
トした。反応は 500 l の Somogyi 液を添加する事により停止し,ASC と xylan を用いた際
は更に 300 l の蒸留水を添加して全量を 1 ml に合わせた。反応液は沸騰水中で 15 分イン
キュベートした後,流水中で 5 分冷却した。その後,500 l の Nelson 液を添加し,20 分
以上放置することにより発色を安定させた。3.5 ml の蒸留水を添加し,遠心分離後,500 nm
の吸光度を測定した。1 unit は 1 分間に 1 mol のグルコース (CMC 及び ASC 使用時) 又は
キシロース (キシラン使用時) に相当する還元糖を遊離する酵素量として定義し,測定した
吸光度の値は検量線を用いて換算した。
二次元電気泳動
活性測定に用いた培養上清のタンパク質はエタノール沈殿法により濃縮し,二次元電気
泳動に供した。二次元電気泳動は ZOOM® IPGRunner™ system (Invitrogen 社製) を用い,使
用説明書に従って行った。まずエタノール沈殿物を 8 M Urea, 1% (w/v) Triton X-100, 20 mM
dithiothreitol, 3 mM Tris-HCl [pH 8.5] を含む溶液に溶解した。サンプルをアルキル化するた
め,調製したサンプル溶液に約 1/200 の N,N-Dimethylacrylamide を添加し,室温で 30 min
インキュベートした。その後サンプル溶液を Microspin G-25 Column (GE ヘルスケア社
製) を用いて脱塩した。得られた溶液のタンパク質濃度を Bradford 法により測定後,20
mM dithiothreitol, 0.5% ZOOM Carrier Ampholytes 3-10, 0.002% BPB を添加し,電気泳動サン
プルを調製した。電気泳動サンプルは ZOOM Strips pH 3-10 NonLinear を用いて一次元目の
等電点電気泳動に供した。泳動後,ストリップゲルを SDS 処理液 (1 × NuPAGE LDS Sample
Buffer, 1 × Sample Reducing Agent) に浸し,室温で 15 min 振盪した。その後 NuPAGE 4-12%
BisTris Gel を用いて二次元目のSDS-polyacrylamide gel electrophoresis (PAGE) に供した。タ
ンパク質は Coomassie brilliant blue R-250 で染色し,可視化した。
77
clbR cDNA のクローニング
clbR の cDNA はグルコース・キシロース・アビセル誘導で得られた total RNA から合成し
た cDNA を鋳型として FAr-F1_EcoRI と FAr-R1_HindIII のプライマーセットを用いて PCR
により増幅した。得られた断片は EcoR I および Hind III で二重消化し,pBS EcoRI-HindIII
サイトにクローニングした。得られたプラスミドを pClbRcDNA とし,シークエンス解析を
行った。
その他
特に記載がない限り PCR には DNA polymerase は Prime STAR HS DNA polymerase (タカラ
バイオ社製) を用いた。
78
Table 3-1 使用したプライマー
Name
Sequence (5’ to 3’)
For disruption of clbR
22aA-F_Xba
AATCTAGAGACTCCAGTCAACCTCTCGC
22aAptrA-R2
GATCCCGTAATCCGAAGAATAGCGATGCAGG
22a-ptrA-F2
CGCTATTCTTCGGATTACGGGATCCCATTGG
22a-ptrA-R
GCGTAGTAGCATGGGGTGACGATGAGCC
22aDptrA-F
GTCACCCCATGCTACTACGCGAGATTCACG
22aD-xho-R
TCACTCGAGTACTCATGACCACCATCGTC
22aA-F2
TCCATCATGGTTCATTCCG
22aD-R2
TCATCTTTGTTGTGACATGCTG
For complementation of the clbR disruptant
co22aN-R_Not
TTAGCGGCCGCAGAATGGAAGACACACGCC
co22aC-F_Pac
GGCTTAATTAACTCGAATCCCTGGTGAGC
co22aC-R
GTGTGCGTACCGTATGGG
pyrGF+NotI
TAGCGGCCGCAATGCTCTCTATC
pyrGR+PacI
CCTTAATTAACCGTTACACATTTCCACTCA
FAr-F1_EcoRI
AAGAATTCATGCCTACGTATCCCATTCG
FAr-R2_HindIII
CCCAAGCTTTTACTTTCGGCATTGTTCATCG
For overexpression of clbR
FA5-F1_SacII
AAACCGCGGTTGGTACCTCAGGATCAGCC
FA5-tef-R
TAGGTACTGTACGATCGAATGGATGGATTGG
tef-FA5-F
CCATTCGATCGTACAGTACCTACGTGCTGCAATC
Ptef-R1_Not
TAAGCGGCCGCGTGACGGTGTTGTGAAGTGA
For construction of pCFAPc
FA5-R_NotI
ATAGCGGCCGCTGCGGTTAATGGTACGCGT
FAoe-F1_NotI
TAAGCGGCCGCAATATGCCTACGTATCCCATTCG
FA3-F1_HindIII
GGGAAGCTTAATAAATGGGCTACTACGCGA
FA3-R1_EV
AAAGATATCAGAATGGAAGACACACGCC
For disruption of xlnR
DxlnRAF1
ATCGGACCACTGGACACC
DxlnRAR1
CCTTCCCTACTCACCGAGCAAAGCGAT
DxlnRBF1
GCTCGGTGAGTAGGGAAGGCTGGTGTCG
79
Table 3-1 続き
DxlnRBR1_Not
ATAGCGGCCGCACTGTGCAACCGTTACCG
DxlnRCF1_Pac
GCCTTAATTAATGCAACCCATGAATGACG
DxlnRCR1_Spe
GCACTAGTCTCCATCTGTACAGCGCC
For cDNA cloning
FAr-R1_HindIII
CCCAAGCTTTCAAGCGTTCCCCGTACTC
For quantitative RT-PCR
QcbhF
ACCATGTGCACAGGCGATAC
QcbhR
TGCTGTTGTCGACGGTCTTT
Qcmc2F
CCCTGCTGCAGAGCTATGTG
Qcmc2R
GGCAGTGGAGGTGGAGGTAG
QxynIBF
GAACTTCGTCGGTGGAAAGG
QxynIBR
CCAGGGTTGTACTCCCCGTA
Qcmc1F
TGGCTCGCAGAAGACCTACA
Qcmc1R
ACCAGTTCGAGACGGAGAGC
QcgaF-F
TCTGGCGGAGCATATTGAAC
QcgaF-R
GCTGCTCATCCATGTGTGC
gpdAF
TACCGCTGCCCAGAACATCA
gpdAR
GGAGTGGCTGTCACCGTTCA
80
WT
genomic DNA
XbaI
NotI
PacI
AnpyrG
clbR
pPL6
NotI
PacI
NotI
XbaI
clbR
NotI
(NotI)
PacI
AnpyrG
PacI
PacI
XbaI NotI
NotI
XbaI/NotI
PacI
pBS KN
EcoRV
PacI
AnpyrG
XbaI/NotI
XbaI
NotI
NotI
PacI
AnpyrG
clbR
pCFAP
Fig. 3-1 pCFAP の構築。点は 5’-clbR,横縞は TclbR 及び 3’-clbR を表す。DNA 断片図にお
ける括弧で括った制限酵素は消化していないことを示す。
81
XbaI
HindIII
NotI
NotI
AnpyrG
clbR
clbRcDNA
NotI
EcoRV
pClbRcDNA
pCFAP
XbaI
NotI NotI
XbaI/NotII
HindIII
clbRcDNA
pBS KS (+)
HindIII
(EcoRV)
HindIII
NotI
XbaI
AnpyrG
clbR
XbaI/HindIII
NotI/HindIII
pCFAP
XbaI
NotI
HindIII
NotI
clbRcDNA
Blunting
XbaI
XbaI
clbR
XbaI/HindIIII
blunt(NotI)
AnpyrG
HindIIII
NotI
XbaI
clbRcDNA
HindIII
XbaI
NotI
(EcoRV)
HindIII
HindIII EcoRV
AnpyrG
clbRcDNA
pCFAPc
Fig. 3-2 pCFAPc の構築。点は 5’-clbR,横縞は TclbR 及び 3’-clbR を表す。DNA 断片図にお
ける括弧で括った制限酵素は消化していないことを示す。
82
SacII
NotI
WT
genomic DNA
clbR
tef1
Ptef
EcoRV
NotI
SacII
XbaI
SacII
NotI
HindIIIEcoRV
AnpyrG
clbRcDNA
Ptef
NotI
fusion PCR
SacII
Ptef
pCFAPc
NotI
NotI
EcoRV
clbR
SacII/EcoRV
EcoRV
SacII
clbRcDNA
SacII/NotI
AnpyrG
NotI/EcoRV
SacII
NotI
Ptef
EcoRV
clbR
AnpyrG
pTFAgP-FA
Fig. 3-3 pTFAgP-FA の構築。点は 5’-clbR2,横縞は TclbR 及び 3’-clbR を表す。
PacI
WT
genomic DNA
xlnR
SpeI NotI
NotI
fusion PCR
NotI
NotI
NotI
(PacI)
AnpyrG
pBS KS (+)
NotI
NotI
PacI
SpeI
EcoRV
PacI
SpeI
AnpyrG
PacI/SpeI
PacI/SpeI
AnpyrG
pDxlnRR
Fig. 3-4 pDxlnRR の構築。斜線は 5’-xlnR,菱形は xlnRDR,格子は 3’-xlnR を表す。DNA
断片図における括弧で括った制限酵素は消化していないことを示す。
83
結果
clbR 破壊株及び相補株の転写解析
第二章で単離した S4-22 株で見られた cbhI 発現の低下が ClbR の欠損によるものであ
ることを証明するため,相同組換えによって clbR 破壊株 (clbR) を作出し,転写解析を行
った。遺伝子破壊は Fig. 3-5 に示すように行い,サザンブロット解析により clbR 座位で遺
伝子置換が生じていることを確認した。clbR はグルコース,キシランを単一炭素源とした
場合は生育に変化は見られず,アビセルを炭素源とした場合に生育低下が観察された (data
not shown)。これは S4-22 株と同様の表現型であった。clbR において,セロビオースで 3
時間誘導した際の cbhI,cmc2 の転写量を定量したところ,宿主と比較して約 20% にまで
低下しており,S4-22 株で見られた現象と類似していた (Fig, 3-6)。また,clbR 相補株を作
出し (Fig. 3-5, clbR+),同様に生育観察及び転写解析を行ったところ,clbR で低下したア
ビセルにおける生育とセロビオースを誘導物質に用いた際の cbhI, cmc2 の転写量はコント
ロールレベルにまで回復した (Fig. 3-6)。これらの結果から,ClbR は XlnR 非依存的な経路
の制御下にある cbhI,cmc2 のセロビオース応答に関与していることが示された。
炭素源に応答した転写活性化における ClbR の調節機構を調べるため,野生株における
clbR の転写調節について調べた。グルコース,キシロース,セロビオース培養時の clbR 発
現を qRT-PCR により解析した。その結果,Fig. 3-7 に示すように短時間の培養では炭素源
の種類による違いは見られず,構成的に発現していることが示された。すなわち,ClbR の
機能は転写後,又は翻訳後調節により制御されていることが明らかとなった。
84
3.5 kb
EcoR I
MR12
EcoR I
MR12
clbR
Sca I
EcoR I
1.2 kb
clbR
Sca I
4.7 kb
(kb)
Sca I
clbR+
S
(kb) (kb)
E
S
clbR+
(kb)
E
S
(kb)
11
EcoR I
EcoR I
3.5
ptrA
EcoR I
E
clbR
2.0
Sca I
4.1 kb
3.5 kb
5.0 3.5
4.3
5.0
4.3
3.5
5.0
2.8
1.4
1.0
EcoR I
clbR
AnpyrG
Sca I
Sca I
6.2 kb
Relative transcription level
Fig. 3-5 clbR 破壊株 (clbR) 及びその相補株 (clbR+) のサザンブロット解析。EcoR I 又は
Sca I で消化したゲノム DNA を用いて解析した。MR12 及び clbR の解析において,EcoR I
及び Sca I 消化時の検出にはそれぞれ Dig ラベルした点の領域 (5’-clbR) と横縞の領域
(3’-clbR) をプローブとして用いた。clbR+ の解析には黒棒で示した領域をプローブに用いた。
右図上の E は EcoR I 消化,S は Sca I 消化を示す。
2
1.8
*
*
1.6
1.4
MR12
1.2
clbR
1
clbR+
0.8
0.6
0.4
0.2
0
cbhI
cmc2
Fig. 3-6 clbR 破壊株及び相補株におけるセロビオース培養時の cbhI,cmc2 の転写量を
qRT-PCR により解析した。各遺伝子の相対 mRNA 量は 3 回以上の独立した培養菌体を用
いた実験による平均値を表し,エラーバーは標準偏差を示した。*P<0.05
85
Relative transcription level
1.6
1.4
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
Glucose
Xylose Cellobiose
Fig. 3-7 グルコース,キシロース,セロビオース (+DNJ) で 3 時間培養した際の clbR の
転写量を qRT-PCR により解析した。各遺伝子の相対 mRNA 量は 3 回の独立した培養菌体
を用いた実験による平均値を表し,エラーバーは標準偏差を示した。
clbR のシークエンシング
clbR の cDNA 配列を決定するため,アビセル・キシロース・グルコース培養菌体から抽
出した RNA を用いて合成した一本鎖 cDNA を用いて PCR により増幅したところ,2-2.4 kb
付近に複数のバンドが見られたため,一度サブクローニングすることによってシークエン
ス解析を試みた。アビセルは 4 クローン,キシロースとグルコースは 2 クローンずつ解
析した結果,Fig. 3-8 のような 5 通りのパターンがあることが判明した。variant 1 は GU-AG
則に従って予測したイントロン通りにスプライシングされていた。variant 2 は全くスプラ
イシングが行われておらずゲノム配列と同じであった。variant 3 は intron 4 の抜け方が異な
り,variant 4 は exon 5 内でスプライシングが生じていた。variant 5 は intron 2 のスプライ
シングパターンが異なり,また variant 4 と同様に exon 5 内でスプライシングが生じていた。
variant 3~5 で見られた異なるパターンのスプライシングは全て CU-AC 則で行われていた。
これらのうち,vartiant 1 以外は全てイントロン 1 がスプライスアウトされず 751 bp 目に終
止コドンが挿入されるため,それらから翻訳される産物は 250 アミノ酸からなるタンパク
質となる。他の Aspergillus 属のデータベースから推測される ClbR オルソログのアミノ酸サ
イズや機能的な転写因子である可能性から考えるとこれは不自然に短いため,variant 1 が機
能的な ClbR をコードすると考えた。また,これら variant は解析した数が少ないものの,
炭素源による偏りはなく,variant 1 のパターンを示したものはアビセルとグルコースから単
離したクローンそれぞれ 1 つずつであった。
86
上記のことを踏まえゲノム配列由来 clbR は 4 つのイントロンに分断された 2407 bp から
構成され,727 アミノ酸をコードすることが推定された (DDBJ Acc. no. AB689701)。ドメイ
ン検索により ClbR は Zn(II)2Cys6 binuclear cluster domain (amino acids 14-51, PF00172)と
fungal-specific transcription factor domain (amino acids 303-480, PF04082) を含んでいることが
明らかとなった (Fig. 3-9, 3-10)。A. nidulans UaY で初めて同定された fungal-specific
transcription factor domain 内に保存されている RRRLWW motif は ClbR では RRRVWW
に置換されていた (Suárez et al. 1995, Schjerling and Holmberg 1996)。Paircoil2 よって,
109-147 と 623-661 の 2 つの領域に coiled-coil が存在することが予測された (McDonnell et al.
2006, http://paircoil2.csail.mit.edu)。活性化ドメイン及び核移行シグナルは予測することが出
来なかったため,今後各ドメインの変異解析により決定していく必要がある。
genome
clbR
1
* 2
variant 1
1
2
variant 2
1
* 2
3 4
variant 3
1
* 2
3 4
variant 4
1
* 2
3 4
variant 5
1
* 2 3 4
3 4
5
3 4
5
5
5
5
5
6
6
Fig. 3-8 clbR cDNA 配列を基にした mRNA のスプライシングパターン。四角はエキソン
を,実線はイントロンを表し,*はストップコドンを示した。genome clbR のイントロンは
他の Aspergillus 属における clbR オルソログの予測を参考に GU-AG 則に従って予測した。
87
Zn(II)2Cys6 binuclear cluster domain
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
1
1
1
1
1
1
1
MPTYPIRRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVPCGNCVKRNFTCSYGRPPPTAPRPASFIPDQYASSATTPATNTPQYMPSA
MPTYPIRRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVPCGNCVKRNFTCSYGRPPPTAPRPASFIADQYGSSATTPATNTPQYMPSA
MPTYPIRRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVPCGNCVKRNFTCSYGRPPPSASRPGSHLADQYG.PATASTTTTPQFLPPS
MPTYPIRRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVPCGNCVKRNFNCSYGRPPPKDPYPLSTPTATTATTTLPKTPYSSSLPSYT
MPTYPIRRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVPCGNCVKRNFNCSYGRPPPKDPYPVP.PAAPTITSTLSKPPYSDSLPSYT
MPTYPIRRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVPCGNCTKRNFTCSYGRPSSAKQPPPATAVTASSTPLQQPTFASPAIAPYT
MPVYPIRRRPRECKTCHQCRASKVRCDRNAPCSNCVKRGFTCTYGRPPPTLIPPRPSIAPESFAVAAALNSAPQVQISPT
* *
*
* *
*
putative coiled-coil region
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
81
81
80
81
80
81
81
....AYQPAAHRDGLYGADPESASSANQDGLSEMVTLSQEEWDEINSKMQTMEQILTSLGSLFQAHGAR...KVAHSRSE
....AYQPAAHRDPPYGAGPESASSANQDGLSEMVTLSQEEWDEINSKMQTMEQILTSLGSLFQAHGAR...KAVHSRSE
....SHLSSGR.DAPYGPDPGSTGSTSQDGLPEVVTLSQSEWDEINTKMRTMEEILGSLDSLFQSHGAR...RATEPRLE
PTYQTTNISGRDASFGTGTGTDSTPD.QEPLSDTVMITQGEWDEINAKMRAMEQILGSLHTLFDTHAR......RKPDNP
PPHQGTASGSRDVSYGTGTAADSVVDDQDPLSDTVRITQDEWDEINAKMRAMEQILGSLHSLFDMRRH......GKPSEA
SSAPTING.......SYATDHPSATSTDPDLPDIIDISQAEWDEINSKMVLMEQTLGSLNSLFQTHST......RKPPEP
YS...........TINQDVLYAGDSSVDDSSLDTITISPIEWEELNSKMQEMAQVIESMKSIVQAHSRPPPRQRLSNPLS
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
154
154
152
154
154
148
150
PSQEQEEEDESPASEGIYGSTTLRTNSVHIGSRSALVDILDKSKVSEDTAQALPKDDLLTELAMGNESAAYPFVDLWSSD
LSQEQEEEDHSPASEGIYGSTTLRTNSVHIGSRSALVDILDKSKVSEDTAQALPKDDLLTELAMGNESAAYPFVDLWSSD
VFP..AEDEVSPTSEGIFGSTTMKTGSVHIGSRSALIDILDKSKNSEDTAQALPKEDLLAELAMGNESAAYPFVDLWSSD
VTDVSPEGEGSPRSEGIYEPDVLRTGSVHIGSRSALVDILNKSKVSEDTAQALPNDDLLAELAMGNESAAYPFVDLWSSD
ARDAPRSHEASPRSEGIYEPDMLRTGSVHIGSRSALVDILNKSKGSEETAQALPKDDLLAELAMGNESAAYPFVDLWSSD
EPEP.IERKSSARSEGVYGSNVLKTGAVHFGSRSALVDILDKSKMSEDTAQALPQEDLLAELALGNESAAYPFVDLWSSD
DVSGGGLIRSPSQQSNIYGSTTLKTGSVHIGNRSALHDILDKTKGSVGPAQALPKDDLLAELALENDNSGYPFLDLWSSD
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
234
234
230
234
234
227
230
PYTFNISGVCSVLPDDEQCRKFLAFYRNIGAVLYPVLPDLVKFEADMNKLLQGRQAAGGVYSPDANGLVKPFGMSVSFLS
PYTFNISGVCSVLPDDEQCRKFLAFYRNIGAVLYPVLPDLDKFERDMDKLLQGRQAAGGVYNPDANGLVKPFGMSVSFLS
PYTFNIAGVCSVLPDDEQCRKLLRFYIDVGSVLYPVLPDVGRLEDSMERLLRGRQAAGGVYRPDTTGLVKPFGMSISFLS
PYTFNIAGVCGVLPDDDQCRRFMGFYRDIAAVLYPVLPDVARLEQDMNRLLRGRKAAGGVYRPDTNGLVKPFGMSLAFLS
PYTFNIAGVCGVLPDDEQCRRFLGFYRDIAAVLYPVLPDVAKLEQDMNRLMRNRKAAGGVYRPDANGLVKPFGMNLAFLS
PYTFNIAGVCAVLPEDGRCLEFLAFYQDIGSVLYPVLSDTAELERQTKRLLENRRRAGGEYKADANGLVKPFGMPLAFLS
PLHFNIGGVCDVLPDDNQCLKFFGFYKSIAAVLYPVLPDIDRFENDLKRLLEGRRRAGGVYKPDGDRLLKPFGMSIAFLS
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
314
314
310
314
314
307
310
LLFAVLASGSQLSDLPGKERELTSWVYVSCSYHCLRMLNYVSQPSLEVIQILLIIGSVLSYNMNAGASYTLLGMTERMCM
LLFAILASGSQLSDLPGKERELTSWVYVSCSYHCLRMLNYVSQPSLEVIQILLIIGSVLSYNMNAGASYTLLGMTERMCM
LLFAVLASGCQLSDLPGKERELTSWVYVSCAYHCLRMLNYVSQPTVEIIQILLVIGSVLSYNMNAGASYTLLGMTERMCM
LLFAVLASGCQLSDLPTKERQLTSWVYVSCAYQCLRMLNYVSQPTLEVIQVLLIISHVLSYNMNAGASYTLLGMTERMCM
LLFAVLASGCQLSDLPGKERELTSWIYVSCAYHCLRMLNYVSQPTVEAIQILLIISHVLSYNMNAGASYTLLGMTERMCM
LLFAVLASGCQLSDIPESD........LSCAYQCLRMLNYVSQPSVEVIQVLLIISNVLSYNMNAGASYTLLGMTERLCL
LCFAVFASGCQLCDLPGIQREMTSWIYISCSYQCLRMLNYVSQPTVEVIQILLIISSVLSYNMNAGASYTLLGMTERMCM
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
394
394
390
394
394
379
390
VLGLHVETSGFSRATQAARRRVWWAMAFQNSHFSLAYDRPSITMINQPEIPYDPKSMPGHRGYFETLCRLIQVVLDMLRG
VLGLHVETSGFPRATQAARRRVWWAMAFQNSHFSLAYDRPSITMINQPEIPYDPKSMPGHRGYFETLCRLIQVVLDMLRG
VLGLHVETAGYSRAVQAARRRVWWAMAFQNSHFSLAYDRPSITMISQPEIPYDPKSMPGHRGYFETLCRIISVILEMLRN
VLGLHVESSGFARDVQAARRRVWWAMAFQNSHFSLAYDRPSITMVSQPEIPYDPKSMPGHRSYFETLCRLVSVILEMLRM
VLGLHVESSGFPREIQAARRRVWWAMAFQNSHFSLAYDRPSITMISQPEIPYDPKSMPGHRSYFETLCRIVSVVLEMLRT
VLGLHVESTGFSLAEQEVRRRVWWTMAFQNSHFSLAYDRPSITMVSQPEIPFDPKSMPGHRSYFETLCRIVSLALEVLRS
VLGLHAEAPGYPSALQEARRRVWWAMAFQNSHFSLAYDRPSITMISQPDIPYHRKSMPGHRSYFETLSRILGVVLETLRV
Fungal-specific transcription factor domain
××××××
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
474
474
470
474
474
459
470
LMFTHHSHLRYHEIREYKQRIERIIAEAAPHLKSRERCTTLGEHIERTELRLHSSYFISLMCRVSLDPDTPMDEQRREIV
LMFTHHTHLRYHEIREYKQRIERIIAEAAPHLKSRERCATLGEHIERTELRLHSSWFISLMCRVSLDPDTPMDEQRREVV
LMFTHHSHLRYHEIREFKQRIERILAEAAPHLRFEERCTTLAEHIERTELRLHSSYFISFMCRVSLDPDAHMDEQRREII
RMYPHHSQLRYHEIREYKQRFGRIIAEGVPHLRSPDHCATLADHIERTELRLHSSYYLSVICRVSLDTDAHLDDERRAII
RMYPHHSQLRYHEIREYKQRIGRIMAEGVPHLRSERNCTTLADHIERTELRLHMSYYLSVICRVSLDPDAHPDNERRAII
RMYPGSSQLRVHEIREYKLQIQRILAEATPHLRYRDNCRSLAEHIERTELRLHSSYLLSVLCRVSLDPHVHLDAQRRTMI
LMMTKQSYLQPKEIGMYVQRIRDILGEAAAHLRDQGRCTKLADSIEWAELRLHSSYYISLLCRPSLDPDAIMSAEDRKNI
88
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
554
554
550
554
554
539
550
REDCLTNLINTIEAFIELHSINSHASRTWISLQRTIASAFLLVANNNDQLHPQTWDLIEKLEAVLSDHVHDDESSDHNSK
REDCLTNLINTIEAFIELHSINSHASRTWISLQRTIASAFLLVANNNDQLHPQTWDLIQKLEAVLSDHVHGDESSDHNSK
KEDCLTNLSNTIQAFIELHSINAHASRTWISLQRTIASAFLLVANNNERLHPHTWDLIQRLEAALSDHVHGDGEADRNNR
REDCLTSLMNTIDAFVELHSFNPHCSRTWISLQRTIASAFLLVAHLEDRYRARTFDLIRRLELVLADHVYAGGQEDQNSQ
REDCLTSLMDTIEAFTELHSFSPHFSRTWISLQRTIASAFLLVANLEDRFRARAAHLIQKLEFVLADHVDANGQATPNSR
REDCIGSLINTIDAFVELHEINSHCSRSWISLQRTIASAFLLVANDDR...PQTWQLIDRLEMVLADHVYTDGGMHQNKR
RHDCLTNLLGTVEAFLDLHMISPYASRTWISVQRTIASAFLLIANTNDQVLPRTQDLLRRLEKVLEDHVYTDGTVNPTTR
putative coiled-coil region
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
634
634
630
634
634
616
630
TDSAKHLASSLHALREVSAAFRAR..KTRHRVVPKVVPSLQNTSPATSFASPS.........STLGSGVPAYSSGQSVSP
TDSAKHLASSLHALREVSAAFRAR..KLRHRVVPKVVPNMQNTSPATSFASPS.........STLGSGMPTYSSDQSVSP
TDSAKHLASSLRALREVSAAFRAHSKKQKMLSVPETATTTPNLSPATVFTSPSP.......AGLASVAVPVPPTYSAPSQ
TESAKHLASSLRALRQIGAALRAKEPEGLGSGSETTNTVSSITSPMLIPVSSP........SVTLGTTAAQFSGYVPAPR
TESAKNLASSLRALRQVSAALRAKEFP..RPGSETTNTISNITTPLLVSASSP........SVTIGTIDAHP..YVAAPE
TDSAKHLSSSLRALREIRQAFSARTGSSTGQPSSTTYSPLLLPSPPSLEPSPN........MPSTTSAGLQP......ME
TDTARHLSSSLEALRAVNSAFSAGKRHGKKQNAAPLKDESAAPSAGIPTTTQFLSSAEYANLAVSSMPPCTGSYSGISLE
Akaw
Anig
Aacu
Nfis
Acla
Pchr
Anid
703
703
703
706
702
682
710
DGQIDNILNQVSDVMLFPSMSSGNA..
DGHIDNILNQVSDVMLFPSMSSGNA..
EGHIDNILNRVSDVMLFPNMSTGNA..
GKNMRTILDSVSDVMLFPSMGMANL..
DKNMRNILESVSDVMLFPSRGMAGL..
GLSMRNILGRVSDVMLFPSMSGDHPVV
DGQIGDILNQVSGVMLFPNMNLGNS..
Fig. 3-9 ClbR とそのオルソログのアミノ酸比較。背景色が黒のものは 4 種以上で保存さ
れたアミノ酸を,灰色のものは類似アミノ酸を示す。実線は Zn(II)2Cys6 モチーフ,二重線
は Fungal-specific transcription factor ドメイン,点線は推定 coiled-coil 領域を表す。*は
Zn(II)2Cys6 モチーフのシステイン残基を示す。×は UaY RRRLWW モチーフに相当するア
ミノ酸を示す。Akaw, Aspergillus kawachii; Anig, Aspergillus niger; Aacu, Aspergillus aculeatus;
Nfis, Neosartorya fischeri; Acla, Aspergillus clavatus; Pchr, Penicillium chrysogenum; Anid,
Aspergillus nidulans
ClbR
XlnR
AmyR
AraR
SugR
MalR
AmdR
NirA
PrnA
PrtT
Gal4
Aacu
Anig
Aory
Anig
Apar
Aory
Anid
Anid
Anid
Anig
Scer
7
116
19
29
1
4
11
33
21
41
6
* *
*
* *
*
RRRPRECKTCLPCRASKVRCDRNVP...CGNCVKRNFT.CSYGRPPPSASR
PVRRRISRACDQCNQLRTKCDGQHP...CAHCIEFGLT.CEYARERKKRGK
TPEKPPKQACDNCRRRKIKCSRELP...CDKCQRLLLS.CSYSDVLRRKGP
RRWRRNRIACDSCHSRRVRCDRAFP...CSRCLRSDIR.CEFTRERRKRGR
...MVRRRACDGCSLRKTRCSGGQP...CQPCAQSGFE.CSYLKPAAKPGP
HPRPRVHKACDACGRRKVRCNGQQR...CQQCEHMGLV.CTYTDNRLARSR
APSGNGSAACVHCHRRKVRCDARLVGLPCSNCRSAGKTDCQIHEKKKKLAV
SKRRCVSTACIACRRRKSKCDGNLPS..CAACSSVYHTTCVYDPNSDHRRK
ENRKRAVRACDGCRRVKEKCEGGVP...CRRCTRYRRQ.CVFTHPDQADRL
GRIRRSMTACHTCRKLKTRCDLDPRGHACRRCLSLRID.CKLPETTDRFQD
S....IEQACDICRLKKLKCSKEKPK..CAKCLKNNWE.CRYSPKTKR.SP
Fig. 3-10 Aspergillus 属 及 び Saccharomyces cerevisiae に お け る 転 写 活 性 化 因 子 の
Zn(II)2Cys6 ドメインの比較。背景色が黒のものは 6 種以上で保存されたアミノ酸を,灰色
のものは類似アミノ酸を示す。*は Zn(II)2Cys6 モチーフのシステイン残基である。Aacu,
Aspergillus aculeatus; Anig, Aspergillus niger; Aory, Aspergillus oryzae; Apar, Aspergillus
parasiticus; Anid, Aspergillus nidulans; Scer, Saccharomyces cerevisiae.
89
clbR 破壊株のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現における他の糖に対する応答
cbhI, cmc2 はセルロース及びセロビオースによって,また XlnR 依存的に調節されるセル
ラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子はセルロース,キシロース,アラビノース存在下で発現が
誘導される (Fig. 3)。そこで,両経路に共通した誘導物質であるセルロースによる発現調節
における ClbR の機能を調べるため,アビセルを誘導基質とした際の clbR のセルラーゼ
遺伝子発現解析を行った。qRT-PCR を行った結果,clbR における cbhI,cmc1,xynIb の転
写量は MR12 と比較して 20%,cmc2 は 40% にまで減少した (Fig. 3-11)。この減少は clbR
相補株では回復した (data not shown)。この結果から ClbR は XlnR 非依存的経路,XlnR 依存
的経路両方のセルロース応答に関与していることが判明した。しかし,cmc1, xynIb のキシ
ロース及びアラビノースに対する応答に関しても調べたところ,ClbR の欠損は影響しない
という結果が得られた (Fig. 3-11)。以上の結果から,ClbR は A. aculeatus における XlnR 依
存的経路・非依存的経路両方を介したセルラーゼ,ヘミセルラーゼ遺伝子発現のセルロー
ス性基質による誘導を調節していることが示された。
Relative transcription level
2
1.8
1.6
1.4
*
MR12
clbR
*
*
*
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
cbhI
cmc2
cmc1
xynIb
Avicel
cmc1
xynIb
Xylose
cmc1
xynIb
Arabinose
Fig. 3-11 clbR 破壊株におけるアビセル,キシロース,アラビノース培養時の cbhI,cmc2,
cmc1,xynIb の転写解析を qRT-PCR により行った。各遺伝子の相対 mRNA 量は 3 回以上
の独立した培養菌体を用いた実験による平均値を表し,エラーバーは標準偏差を示した。
*P≤0.05
90
clbR 破壊株及び構成的高発現株の酵素活性測定
次に 2% 小麦ふすまを炭素源とした CM で MR12 と clbR を培養し,培養上清のセル
ラーゼ・キシラナーゼ活性を経時的に測定した (Fig.3-12)。ASC はセルロースを NaOH で
膨潤させて作製した平均重合度が約 100 の不溶性セルロースである。CMC は可溶性セルロ
ースで,主に endo-グルカナーゼが作用する。ASC,CMC を基質として測定したセルラーゼ
活性は MR12 よりも clbR の方が高い傾向にあったが,ほぼ違いは見られなかった。
Birchwood xylan を基質として測定したキシラナーゼ活性は clbR において最大活性が
MR12 の約 1.5 倍上昇し,培養 9 日目には MR12 と同程度まで減少した。ClbR が欠損すると
結晶セルロースの資化能が低下したことを考えるとこの結果は意外なものであった。これ
は転写において ClbR は劇的な減少を起こさないため活性としての影響が表れにくいこと,
小麦フスマという混合糖質を炭素源としているため ClbR を介さない遺伝子発現系で補わ
れている可能性がこの結果をもたらしたと推測される。分泌タンパク質の組成についての
違いを調べるため,培養後 84 時間及び 156 時間の培養上清を SDS-PAGE に供した。結果,
MR12 と比較していくつかのタンパク質バンドに若干の増減が認められたが,顕著な違い
は見られなかった (data not shown)。
次に clbR の高発現株 (OEclbR) の作出を試みた。強力な構成性プロモーターとして利用
される tef1 プロモーターを選択し (Kitamoto et al. 1998),clbR プロモーターと置換するよう
に構築し,サザンブロット解析により確認した (Fig. 3-13)。OEclbR は MM 上でコンパクト
なコロニーを形成し,MR12 よりも生育の遅延が見られた (data not shown)。
OEclbR を 2% 小
麦ふすまを炭素源とした CM で培養し,培養上清のセルラーゼ・キシラナーゼ活性を測定
した (Fig. 3-12)。セルラーゼ活性は培養初期において生育の差によるものと考えられるタイ
ムラグが見られ,MR12 に比べてむしろ低かった。培養日数が進むにつれ MR12 よりも上昇
し,培養後期まで最大の活性値を維持した。培養 9 日目の活性は MR12 の約 2 倍であった。
キシラナーゼ活性は培養初期から顕著に上昇し始め,セルラーゼ活性と同様に培養後期ま
で維持し,最終的に MR12 の約 9 倍を示した。一方,-グルコシダーゼに違いは見られなか
ったことから (data not shown),セルラーゼ・ヘミセルラーゼ特異的に ClbR が機能するこ
とが示唆された。また,培養後期において MR12 のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ活性が減
少するのはプロテアーゼによる分解を受けたためであることが考えられたので,培養上清
が酸性に傾くことを踏まえて細胞外酸性プロテアーゼ活性を測定した。しかし MR12 と
ClbR 高発現株に違いは見られず (data not shown),酵素活性の低下は ClbR の高発現によっ
91
てプロテオリシスが減少したためではないことが示唆された。
ClbR 高発現株の培養上清の SDS-PAGE を行ったところ,MR12 よりも顕著に濃いタンパ
ク質バンドが見られたため,二次元電気泳動及び MS 解析を行い,ClbR で高発現するタン
パク質の一部を決定した (Fig. 3-14)。その中には ClbR 制御下の遺伝子産物 (FIII-avicelase,
cbhI; FI-carboxymethylcellulase, cmc1) が含まれていた。また,cbhI や cmc2 と同様に XlnR 非
依存的に発現が誘導される FIa-xylanase (xynIa) は培養開始 1 日目から既に高生産されてい
た (Tani et al. 2012)。キシラナーゼ活性が培養初期から上昇したのはこのためであると考え
られる。clbR の高発現の結果から,ClbR はセルラーゼ・キシラナーゼの発現誘導を活性化
していることが示され,clbR 破壊株で得られた転写解析結果が支持された。
92
(B)
0.7
CMCase activity (U/ml)
ASCase activity (U/ml)
(A)
0.6
MR12
MR12
0.5
OEFacA6
OEclbR
0.4
DXlnR
xlnR
0.3
DFacA2
clbR
DFacADXlnR1011
clbRxlnR
0.2
0.1
0
4
3.5
3
MR12
MR12
2.5
OEFacA6
OEclbR
DXlnR
xlnR
2
DFacA2
clbR
1.5
DFacADXlnR1011
clbRxlnR
1
0.5
0
0
2
4
6
8
10
0
cultivation period (days)
Xylanase activity (U/ml)
(C)
2
4
6
8
10
cultivation period (days)
16
14
12
MR12
MR12
10
OEFacA6
OEclbR
DXlnR
xlnR
8
DFacA2
clbR
6
DFacADXlnR1011
clbRxlnR
4
2
0
0
2
4
6
8
10
cultivation period (days)
Fig. 3-12 clbR 破壊株,高発現株,xlnR 破壊株,clbR xlnR 二重破壊株のセルラーゼ・キシ
ラナーゼ活性のタイムコース。ASC を基質として測定したセルラーゼ活性 (A),CMC を基
質として測定した endo-グルカナーゼ活性 (B),キシラナーゼ活性 (C) を示した。エラーバ
ーは標準偏差を示す。◆, MR12; ■, OEclbR; △, xlnR; □, clbR; ×, clbRxlnR
MR12
Sca I
4.7 kb
6.1 kb
Hind III
Ptef
Sca I
Sca I
Hind III
clbR
Sca I
OEclbR
Hind III
11.6 kb
Hind III
(kb)
(kb)
11
11
5.0
2.8
5.0
2.8
Hind III
clbR
AnpyrG
6.3 kb
Sca I
Fig. 3-13 clbR 高発現株のサザンブロット解析。Hind III 又は Sca I で消化した各株のゲノ
ム DNA を用い,黒棒で示す位置のプローブで検出した。
93
(A)
(kDa)
M
3
pH
10
(kDa)
200
M
116.3
97.4
66.3
55.4
36.5
31.0
XYNIa
36.5
31.0
21.5
21.5
14.0
14.0
6.0
3.6
6.0
3.6
OEclbR (1 day)
WT (1 day)
M
3
pH
10
(kDa)
200
M
36.5
31.0
21.5
36.5
31.0
21.5
14.0
14.0
6.0
6.0
3.6
3.6
CBHI
M
3
pH
XYNIa
CMC1
WT (4 days)
(B)
10
exo-1,4--xylosidase
CBH (GHF6)
glucan 1,4--glucosidase
116.3
97.4
66.3
55.4
hydrocellulase
pH
3
200
116.3
97.4
66.3
55.4
(kDa)
10
200
glucan 1,4--glucosidase
116.3
97.4
66.3
55.4
(kDa)
pH
3
OEclbR (4 days)
10
(kDa)
200
200
116.3
97.4
66.3
55.4
116.3
97.4
66.3
55.4
hydrocellulase
36.5
31.0
21.5
36.5
31.0
21.5
14.0
14.0
6.0
6.0
3.6
3.6
WT (4 days)
M
3
pH
10
exo-1,4--xylosidase
CBH (GHF6)
glucan 1,4--glucosidase
CBHI
hydrocellulase
CMC1
XYNIa
OEclbR (4 days)
Fig. 3-14 clbR 高発現株における培養上清の二次元電気泳動と MS 解析。2% 小麦フスマを
炭素源とした CM で 1 日間 又は 4 日間培養した野生株 (WT) と OEclbR の培養上清を回
収し,濃縮したものを用いた。ゲル 1 枚当たりにアプライしたタンパク質はそれぞれ 40 g
(A), 20 g (B) である。
94
clbR, xlnR 二重破壊株の酵素活性測定
clbR の転写解析により,ClbR は XlnR 依存的なセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発
現にも関与していることが判明したことから,ClbR と XlnR が協調的にこれらの遺伝子発
現に作用している可能性が示唆された。そこで,ClbR と XlnR の二重欠損による影響を調
べることにした。clbR を宿主として xlnR を pyrG マーカーで置換することで xlnR 遺伝
子破壊株を取得した。さらに今後 clbR, xlnR 二重破壊株にさらに遺伝子破壊や遺伝子導入
することを見越して,染色体内相同組換えが生じるようにデザインし,pyrG マーカーをリ
サイクリングした。作製した xlnRclbR はサザンブロット解析により確認した (Fig. 3-15)。
キシランを炭素源とした MM 上での生育を観察し,明らかな生育低下が見られたことから
xlnR が付与されたことが確認できた (data not shown)。この作製したclbRxlnR において,
半定量 RT-PCR を行ったところ,XlnR 依存的な cmc1 と xynIb の転写は消失していた。し
かし,アビセル誘導条件下での cbhI,cmc2 の発現は clbR と違いは見られなかったことか
ら,こちらの遺伝子発現には XlnR は関与していないことが確認された (data not shown)。
次にセルラーゼ・キシラナーゼ活性測定を行った (Fig. 3-12)。コントロールとして使用し
た xlnR はセルラーゼ・キシラナーゼ活性共に MR12 と比較して約 1/3 程に低下していた。
xlnRclbR のセルラーゼ・キシラナーゼ活性は xlnR よりもさらに低下するか xlnR と
同程度を示すと考えられたが,セルラーゼ活性は clbR とxlnR の間の性質を示し,キシラ
ナーゼ活性は clbR と同等で MR12 よりもむしろ高かった。培養上清を SDS-PAGE に供し
た結果,24 kDa, 80 kDa 付近のタンパク質は XlnR 依存的に発現する遺伝子産物であること
が示された (data not shown)。
FI-carboxymethyl cellulase (CMC1) は 24 kDa であるため恐らく
消失したバンドの一つはこれであると考えられる。xlnRclbR においても xlnR と同じバ
ンドが消失し,また clbR と同じサイズのタンパク質が若干増加していたことから,活性
の上昇は ClbR の欠損による影響であると考えられる。これらの結果をまとめると,
clbR に
おいてセルラーゼ・キシラナーゼ活性が低下しなかったのは,転写量の減少が反映されな
かったのではなく,clbR 株において発現量が増加するセルラーゼ・キシラナーゼ遺伝子が
存在し,それらの酵素活性は XlnR の欠損を補うほどであるということが示唆された。
95
HindIII
(kb)
HindIII
3.3 kb
11
5.0
HindIII
clbR
2.8
xlnR
Spe I
xlnR (MR前)
5.0
2.8
Sca I
4.9 kb
4.4 kb
HindIII
(kb)
HindIII
AnpyrG
Spe I
9.5 kb
HindIII
SpeI/ScaI
Sca I
4.6 kb
HindIII
(kb)
(kb)
5.0
5.0
2.8
2.8
1.7
xlnR
Spe I
1.9 kb
Sca I
Fig. 3-15 clbR xlnR 二重破壊株の構築及びそのサザンブロット解析。Hind III 単独又は Spe I
と Sca I で二重消化したゲノム DNA を,Dig-ラベルした斜線で示した領域 (5’-xlnR) をプ
ローブとして用いて検出した。
ClbR の系統解析
BLAST 及び FASTA を用いたアミノ酸配列比較により ClbR のオルソログは Aspergillus 属
と Penicillium chrysogenum にのみ存在することが判明した (Fig. 3-16)。ClbR オルソログはゲ
ノム配列の公開されている Aspergillus では全て保有していたが,ORF 予測が間違っている
と考えられるものがあったため,それらの種は系統樹から省いた。A. aculeatus には ClbR
との相同性が 40% のパラログ (ClbR2, Acc. no. AB689702) が存在する。ClbR2 はより広く
見られ,cut off e-value を-50 以下にした場合,Eurotiomycetes の Eurotiales 及び Onygenales,
Dothideomycetes に 発 見 さ れ た 。 Eurotiomycetes の Onygenales と Dothideomycetes に は
ClbR/ClbR2 オルソログは 1 コピーしか存在しないことから,ClbR2 は Eurotiomycetes に分岐
する前に重複し,ClbR は Euotiales に分岐後に重複したと考えられる。Cut off e-value が-50
96
以上では Trichoderma 属など他の子嚢菌門にも見られたが,Aspergillus 属における ClbR の 3
つめの機能未知のパラログとの相同性の方が高かったかったことから,今回の解析では
ClbR/ClbR2 のオルソログとは見なさなかった。
Onygenales
0.1
A. kawachii GAA86510
A. otae XP_002844746
A. capsulatus XP_001543392
P. brasiliensis EEH23223
A. aculeatus ClbR2
Pleosporales
L. maculans CBY02236
P. nodorum XP_001793371
P. tritici-repentis XP_001932398
Eurotiales
M. graminicola EGP86776
Capnodiales
Eurotiomycetes
Dothideomycetes
Fig. 3-16 ClbR と ClbR2 の配列類似性。ClbR のアミノ酸配列を基にした BLAST 検索を行
い,E value < -50 のものを選択し,Clustal W と Dendroscope プログラムを用いて系統樹を作
製した。
97
考察
本章では前章で同定した新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因子 ClbR の遺伝学的機能解析を
行った。ClbR は真菌の経路特異的転写活性化因子に多く見られる Zn(II)2Cys6 二核クラスタ
ーモチーフを持つことから,ClbR もセルラーゼ遺伝子発現の転写活性化因子として機能す
ることが推測された。clbR を破壊した場合,セロビオース及びセルロース誘導時における
cbhI 及び cmc2 の転写量が減少した。また興味深いことに,XlnR 依存的に発現が制御され
る cmc1 及び xynIb の転写量も減少するという結果が得られ,ClbR は XlnR 依存的・非依存
的経路を介して調節されるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現誘導に関与している
ことが示された。一方でキシロース・アラビノース誘導時の cmc1 及び xynIb の転写には影
響は見られなかった。これらの結果から,ClbR はセルロース・セロビオースシグナルに応
答する転写活性化因子として主に機能することが示唆される。
Zn(II)2Cys6 転写活性化因子が欠損すると,その制御下にある遺伝子の誘導発現は消失す
ることが多く報告されているが,ClbR の場合は欠損してもセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺
伝子の発現は 60~80% の低下に留まった。従って ClbR は S. cerevisiae の Pdr1 のように別
の転写調節因子と同時に作用することによって遺伝子発現を制御すると考えられる。
Zn(II)2Cys6 型転写因子 Pdr1 とそのホモログの Pdr3 はホモダイマー又はヘテロダイマー
を 形 成 し 多 剤 耐 性 に 関 与 す る 遺 伝 子 の 発 現 を 正 に 調 節 す る (Mamnun et al. 2002)。
pdr1pdr3 では完全にターゲット遺伝子の発現が消失するにも関わらず,Pdr1 と Pdr3 の単
独欠損では ABC トランスポーター遺伝子の発現低下に留まり,それら遺伝子の薬剤に対す
る応答は Pdr1 の方が大きく寄与している。一方で界面活性剤に対する応答は互いの機能が
重複していることが報告されている (Schüller et al. 2007)。本実験よりセルロース性基質に応
答する際に,ClbR が XlnR 依存的な経路にも関与していることからこれらの協調作用が考
えられ,さらに XlnR 非依存的に調節される遺伝子には未同定の因子と協調的に働く可能性
がある。すなわち ClbR とパートナーとなる因子の両方がセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝
子の完全な転写活性化に必要であると考えられる。
ClbR は DNA 結合モチーフを保有するため,直接セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の
プロモーター領域に結合して転写活性化を増強する可能性が高い。Zn(II)2Cys6 型 DNA 結
98
合ドメインを持つ転写因子は CGG 又は CCG triplet に結合することが多い (Noël and Turcotte
1998; MacPherson et al. 2006)。A. aculeatus cbhI プロモーター解析により明らかとなったセル
ロース応答エレメント (CeRE) にも CCG triplet が含まれている (Tani et al. 2012)。そこで
ClbR が in vitro で CeRE 結合するのかを調べた。MalE 融合タンパク質として大腸菌で発現
させ,部分精製した ClbR1-250 (N 末端 250 アミノ酸からなる領域) 及び ClbRw (ClbR 全長) を
用いてゲルシフトアッセイ (EMSA; electrophoretic mobility shift assay) を行った。しかし,
予備データではあるが,ClbR1-250・ClbRw どちらを用いた場合も cbhI プロモーター内の CeRE
への特異的な結合は見られなかった。また,xynIb プロモーターを用いても同じであった。
このことより ClbR はそれ単独では in vitro において CeRE に結合できないことが推測される。
例えば S. cerevisiae におけるオレイン酸に誘導される遺伝子群の転写活性化に関与する
Zn(II)2Cys6 型因子 Oaf1p と Pip2p はヘテロダイマーを形成し,それぞれどちらかが欠けると
オレイン酸応答エレメントに結合できず,オレイン酸に応答した遺伝子発現誘導が消失す
る (Karpichev and Small 1998)。また,S. cerevisiae におけるアルギニン代謝調節に関与する
MADS box タンパク質 ArgRI と Mcm1 は複合体を形成してプロモーター配列に結合する
が,Zn(II)2Cys6 型の DNA 結合ドメインを持つ ArgRII とアルギニンの両方必要であること
と,ArgRI,Mcm1,ArgRII はアルギニンが存在しても単独では DNA に結合出来ないことが
in vitro の実験より明らかにされている (Amar et al. 2000)。加えて,in vivo 実験により
ArgRI-Mcm1 複合体は広域転写因子 Gcn4 によって ArgRII 及びアルギニン非依存的にアル
ギニン同化遺伝子プロモーターにリクルートされるが,ArgRII のリクルートはアルギニン
が必要であることが判明している (Yoon et al. 2004)。これらの報文では ArgRII はアルギニ
ンセンサーとして機能し,ArgRI-Mcm1 の転写調節能を制御していることが推測されている。
多くの Zn(II)2Cys6 型転写活性化因子は coiled-coil 領域を解してホモダイマー又はヘテロダ
イマーを形成することが知られており,ClbR にも coiled-coil 領域が 2 か所存在することが
予測されている (Fig. 3-9)。従って ClbR は XlnR や更なる因子と複合体を形成する可能性が
あり,その相互作用が ClbR のセルラーゼ遺伝子プロモーターへの結合や遺伝子の転写活性
化に必須であると推測される。
ClbR のパラログである ClbR2 が Aspergillus には存在するが,
今回解析した遺伝子の転写調節においては ClbR と機能が完全に重複することはないはず
であるので,ClbR との相互作用を視野に入れて,ClbR2 の機能解析を進めることは興味深
いところである。加えて DNA の結合には誘導物質の存在が必須である可能性も考慮にいれ
なければならない。リコンビナント ClbR を用いて in vitro の DNA への結合が見られなか
99
った理由として,ClbR の翻訳後修飾の必要性も挙げられる。clbR は転写レベルで調節され
ていなかったので,セルロース・セロビオース存在時に翻訳レベルで調節されているか翻
訳後に何らかの修飾を受けて活性化し,セルラーゼ・キシラナーゼ遺伝子の転写を活性化
することが推測される。リン酸化は転写因子の典型的な翻訳後修飾として知られており,
タンパク質の安定化,DNA 結合活性化,タンパク質間相互作用の促進などを引き起こす
(Holmberg et al. 2002)。A. oryzae XlnR も制御下の遺伝子の発現が活性化される D-キシロース
によって速やかにリン酸化される (Noguchi et al. 2011)。ClbR オルソログの保存残基内でリ
ン酸化残基を NetPhos 2.0 Server (http://www.cbs.dtu.dk/services/NetPhos/) を用いて予測した
結果,14 のセリン・チロシン残基がリン酸化される可能性があることが判明した。今後は
これらの可能性を考えて誘導条件で抽出した核タンパク質を用いた EMSA やクロマチン免
疫沈降法によって ClbR の DNA 結合特性を解析し,転写活性化機構の詳細を明らかにする
ことが課題である。また,ClbR と XlnR との相互作用の解析や ClbR と相互作用するタンパ
ク質のスクリーニングが行われ,セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の転写活性化機構に
おけるそれらの役割が明らかになることが望まれる。
clbR を高発現すると,培養上清中のセルラーゼの最大活性は MR12 と大差なかったが,
培養後期の活性の低下が緩やかとなった。キシラナーゼ活性は培養初期から上昇し MR12
の約 2 倍の最大活性を示し,その後活性は培養後期まで維持されるという,セルラーゼ活
性と同様の傾向が見られた。ClbR 高発現株における細胞外酸性プロテアーゼ活性に違いは
なかったため,培養後期にコントロール株で観察されるセルラーゼ・キシラナーゼ活性の
低下はプロテオリシスが原因ではなく,ClbR の発現に起因していることが示唆された。セ
ルロースは強固な結晶構造をとるため極めて資化しにくい炭素源である。従ってこの現象
は ClbR の機能がセルロース性基質存在下でセルラーゼの発現を増強することによって生
育に必要な炭素源の迅速な供給を可能にし,その後十分確保されると ClbR の機能が低下す
ることによって酵素生産にかかるエネルギーを抑制するという A. aculeatus に備わった生
存戦略なのかもしれない。ClbR を高発現させても培養初期におけるセルラーゼ・キシラナ
ーゼ活性に大きな影響が出なかったのは,セルロースシグナル伝達経路内で機能する因子
や協調的に作用する転写活性化因子の存在量が変わらないためであると考えられる。培養
後期における ClbR の機能の低下は,clbR の転写調節が第一に考えられる。培養初期では構
成的に発現しているものの,培養が進むと RNA を抽出することが困難となり,現在のと
100
ころ培養後期における転写調節は解析できていない。今後,培養後期における clbR mRNA
の転写変動をレポーター遺伝子を用いて追跡し,またタンパク質レベルでの ClbR の安定
性や細胞内局在を明らかにする必要がある。更にその際の細胞内の生理状態を検証し,ClbR
の活性化/不活性化機構が解明されることが望まれる。
ClbR 高発現株のセクレトーム解析により,コントロール株よりも増加したタンパク質は
転写解析で示された ClbR 制御下で発現が活性化されるセルラーゼ・ヘミセルラーゼと一致
した。加えて GHF6 に属するセロビオヒドロラーゼやキシロシダーゼといった更なるセル
ラーゼ・ヘミセルラーゼが同定され,ClbR 制御下で発現が誘導される遺伝子が網羅的に決
定されつつある。一方,clbR の培養上清の SDS-PAGE の結果ではコントロール株よりも
顕著に増減したバンドというものは観察出来なかったため,予備データではあるが二次元
電気泳動に供したところ違いが現れた (data not shown)。CBHI,CBH (GHF6),XYNIa のス
ポットは減少した一方で,新たに出現又は増加しているスポットが認められ,内訳が異な
ることが判明した。これは ClbR が欠損してもセルラーゼ・キシラナーゼ活性が減少せず,
むしろ上昇傾向にあったのは,ClbR によって負に制御される,又は ClbR 制御下のタンパ
ク質の発現が抑制されることで高生産される酵素遺伝子が存在するという,XlnR との同時
破壊株における実験より明らかとなった示唆と一致する。今後はそれらの同定を進め,ClbR
が直接的,又は間接的に制御する遺伝子群が同定されることが期待される。
本章をまとめると,ClbR はセルロース性基質に応答するセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺
伝子発現誘導因子であることが明らかとなり,Fig. 3-17 に示す新たな遺伝子発現誘導機構
のモデルが提唱された。シグナル特異的な遺伝子発現制御は今回もたらされた新たな概念
であり,今後セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現制御機構の全容の解明につながる極
めて意義深い研究成果であると言える。
101
Fig. 3-17 A. aculeatus セルラーゼ遺伝子発現誘導機構の新しく提唱されたモデル図。
102
総括
本論文は A. aculeatus における相同組換えが可能な形質転換系及び,A. tumefaciens を利
用したランダム挿入変異法の構築と,それらを利用した新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因
子の同定及びその機能解析について論述したものである。
第一章 A. aculeatus における niaD 選択マーカーを用いた形質転換系及び
Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation の確立
外来遺伝子を発現させるには,内在性遺伝子を人為的に欠損させないように特定の遺伝
子座に導入する必要がある。このため,相同組換えが可能な形質転換系は遺伝子操作を行
うに当たり極めて重要で基本的なツールである。A. aculeatus は有用実用菌株でありながら,
使用可能な選択マーカーが少なく遺伝学的解析の進展を阻んでいたことから,本研究では
硝酸還元酵素遺伝子 niaD を用いた形質転換系を構築した。当初は A. aculeatus のゲノム配
列が解読されていなかったため,他の Aspergillus 属の niaD 配列情報を基に一部配列を取得
した。それを基にゲノムライブラリからショットガンクローニングを行う事により A.
aculeatus niaD 遺伝子を単離した。また,塩素酸を用いたカウンターセレクション及び,窒
素源資化能を調べることにより,A. aculeatus 野生株から点変異体である niaD 欠損株を単
離した。niaD 欠損株は取得した niaD 遺伝子によって相補されることを確認し,形質転換
系を確立した。さらに確立した niaD 変異株の取得法を利用して、pyrG, sC, niaD 三重欠損
株を作出した。A. aculeatus において,利用できる選択マーカーが増えただけでなく,複数
の選択マーカーを使用できる機能的な宿主が構築できたことから,遺伝子導入技術の幅が
より広がったと言え,タンパク質生産工場としての本菌の利用にも使用されることを期待
する。
次にセルラーゼ遺伝子発現に関与する新奇因子の同定を目的として,一遺伝子座へのラ
ンダム挿入変異の手法として用いることができ,さらにその変異点の同定を容易にする遺
伝子タギングが可能な AMT を確立した。A. aculeatus のゲノムサイズを 35 Mb,平均遺伝
子鎖長を 1.5 kb と推定すると,A. aculeatus の遺伝子の 90% を破壊するためには 54,000 株
の変異株を作出する必要があることから,AMT を利用して網羅的に遺伝子破壊を行うには
高い形質転換効率が必要である。また,T-DNA がシングルローカスに挿入されていること,
T-DNA と宿主ゲノム配列に大規模な欠失が生じないこと,形質転換体が安定していること
103
が変異点の特定を容易にするために必須な条件として挙げられる。これらを考慮して A.
aculeatus と A. tumefaciens の共培養における細胞比や濃度,A. tumefaciens の感染誘導剤で
あるアセトシリンゴン の濃度,共培養時間,培地組成,及び形質転換に用いる A. aculeatus
の細胞形態 (胞子・プロトプラスト・出芽胞子) の影響について調べ,得られた形質転換体
の T-DNA 挿入パターンをサザンブロット法により解析した。その結果,形質転換効率が高
いほど,T-DNA が複数のローカスに挿入されていたり,T-DNA に付随して長い vector
backbone が挿入されたりすることがわかり,T-DNA 周辺ゲノム配列の取得が困難となる確
率も高くなることが判明した。そこで AMT 法を最適化した結果,100 ml の液体誘導培地
中で A. aculeatus と A. tumefaciens を 1:50 の比で 48 時間共培養することに決定した。この方
法によって 107 胞子当たり約 200 形質転換体を得ることが可能となるとともに,90% の形
質転換体で T-DNA がシングルローカスへ挿入され,vector backbone の挿入頻度も他条件と
比較して低かった。
さらに挿入された T-DNA やゲノム配列に大規模な欠失は生じておらず,
挿入された T-DNA は安定してゲノム上に保持されていたことから,TAIL-PCR 又は
inverse-PCR により挿入座位を容易に特定することができた。T-DNA は LB と 2-4 bp の
microhomology を示す位置に挿入される傾向にあったが,挿入座位のランダム性をなくすよ
うな確率ではないと考えられ,本菌において機能的な AMT が構築できた。形質転換条件検
討中に得られた 11,000 形質転換体の中から,2 株のアルビノ変異株 ALB1, ALB2 が単離さ
れたので,これを用いて確立した AMT 法の実用性を検証した。ALB1 の変異点を挿入され
た T-DNA 配列を基に決定したところ,メラニン形成に関わる polyketide synthase (pksP) 遺
伝子のプロモーター領域に約 1 kb の欠失を伴って T-DNA が挿入されていたことが判明し
た。pksP 遺伝子を ALB1, ALB2 に導入すると黒色胞子の形成が回復した。T-DNA の挿入に
よって出現した表現型と遺伝子型が一致した結果が得られ,AMT は T-DNA タギング法と
して有用なツールとなることが実証された。
第二章 新奇セルラーゼ遺伝子発現誘導因子の同定
確立した T-DNA タギング法を利用して,cbhI 遺伝子発現を活性化する因子の同定を試み
た。Aspergillus nidulans orotidine 5’-phosphate decarboxylase 遺伝子 (pyrG) を cbhI プロモー
ター制御下で発現する株を作出し,それを宿主として AMT を行った。通常 pyrG が発現す
る株ではオロチン酸の毒性アナログである 5-FOA に感受性となるが,cbhI 発現を活性化す
る因子に変異が導入されると誘導条件下でも耐性を示し,目的の変異株をポジティブスク
104
リーニングすることが可能となる。推定約 15,000 株の T-DNA 挿入形質転換体の中から,小
麦フスマを単一炭素源とした最少培地に 5-FOA を添加した培地で旺盛に生育した株を選
抜した。そのうちアビセル,アルカリ膨潤セルロースを単一炭素源とした最少培地上での
生育が著しく低下した 5 株を選び,さらに RT-PCR による解析の結果 cbhI の発現が低下す
る株 (S4-22) を単離した。S4-22 株のセロビオース誘導時における cbhI 転写量を定量
RT-PCR により解析したところ,宿主の約 20% にまで減少していたことが明らかとなった。
サザンブロット解析,inverse-PCR 法及びシークエンス解析により S4-22 株の変異点を解析
したところ,機能未知の Zn(II)2Cys6 型 DNA 結合ドメインを持つ推定転写因子をコードす
る遺伝子の N 末端側に,約 1.4 kb のゲノム DNA の欠失を伴って T-DNA が挿入されていた
ことが判明した。セロビオース誘導時のセルラーゼ遺伝子の発現に関与することが示唆さ
れることから,この因子を cellobiose response regulator (ClbR) と命名した。
多くの糸状菌でゲノム配列が公開され,逆遺伝学的手法を用いた研究が主流になってい
るが,新奇機能を持つ遺伝子を同定するにはやはり現象から遺伝子を特定する順遺伝学が
生命現象を解明するには欠かせないものである。今回のスクリーニングで ClbR (S4-22) の
他に,直接的に cbhI の転写には関わっていないと考えられるタンパク質の分泌経路に関与
するものも同定されてきたことから,遺伝子発現応答と酵素生産調節が循環して互いを調
節しているものと考えられる。今回構築したスクリーニングシステムは糸状菌の様々な遺
伝子発現応答メカニズムの解明のための技術として提供できるだろう。
第三章 ClbR の機能解析
S4-22 株に見られた cbhI 発現の低下が clbR の欠失に起因することを証明するため,改め
て作出した clbR 破壊株におけるセルラーゼ遺伝子発現量を定量的に解析した。セロビオー
ス誘導時の cbhI の転写はコントロール株の 20% にまでに減少し,その相補株では転写量
が宿主株と同程度まで回復した。この結果から,S4-22 株に見られた現象は T-DNA の挿入
により clbR が破壊された影響であることが示された。
clbR 破壊株において,アビセル誘導時には cbhI, cmc2 はセロビオースと同様に転写の減
少が見られ,また,XlnR 依存的に転写が活性化される FI-carboxymethyl cellulase 遺伝子
(cmc1) と FIb-xylanase 遺伝子 (xynIb) の転写も減少することが明らかとなった。一方でキ
シロース・アラビノース誘導における cmc1, xynIb の転写に影響は見られなかった。これら
の結果より,ClbR はセルロース性基質に応答してセルラーゼ遺伝子の転写を活性化するこ
105
とが判明した。clbR を translation elongation factor 1 遺伝子 (tef1) プロモーターにより高発
現させた株 (OEclbR) を小麦フスマを炭素源とした完全培地で生育させた場合のセルラー
ゼ・キシラナーゼの酵素活性を経時的に測定した。その結果,OEclbR 株では持続的な活性
の上昇が見られ,培養 9 日目にコントロールと比較してセルラーゼ活性が 2 倍,キシラナ
ーゼ活性が 9 倍となった。この結果からも ClbR がセルロース性基質に応答したセルラー
ゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現を正に制御することが明らかとなった。clbR は転写レベル
での調節を受けていなかったことから転写後又は翻訳後調節を受けていると考えられる。
また,本章の実験結果より,ClbR は XlnR やその他の未同定の因子と協調的にセルラーゼ・
ヘミセルラーゼ遺伝子の発現を調節していることが示唆されている。今後は今回明らかに
出来なかったセルロース性基質に応答した ClbR の活性化機構や調節機構を追及し,セルラ
ーゼ遺伝子発現制御機構をより詳細に解明していくことが望まれる。
本研究は糸状菌セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子発現応答に新たな知見をもたらし,
学術的に意義深い成果が得られた。更に,セルラーゼ酵素群を大量生産する宿主の構築に
も今回の成果が応用でき,産業化実現に向けて大きな一歩となった。
106
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辻篤史 (2009) Aspergilllus aculeatus ku80 遺伝子破壊株を宿主とした高効率ターゲティング
系およびマーカーリサイクリング法の開発. 大阪府立大学大学院生命環境科学研
究科修士論文 (未刊行)
119
謝辞
本研究を遂行し学位論文をまとめるに当たりご指導を賜りました,大阪府立大学大学院
生命環境科学研究科
教授
川口剛司先生に深甚なる感謝の意を表します。私が微生物機
能開発学研究室を選択したのは,川口先生の授業で微生物に興味を持ったことが最初のき
っかけでした。研究室に配属されて研究内容や成果報告における論理展開の方法等,多大
なご助言を頂き,ここまで研究を進展させることが出来ました。また,多くの学会に参加
させて頂き,貴重な経験を積ませて頂きました。
研究遂行における数多くの有意義なアドバイスを頂きました,大阪府立大学大学院
命環境科学研究科
准教授
生
炭谷順一先生に深く感謝致します。研究報告会や雑誌会等で
頂いた指摘はどれも的確なものであり,データを読み解き考察する方法を基礎から学ばせ
て頂きました。
本研究を遂行するに当たり,始終献身的な御指導,御討議を頂きました,大阪府立大学
大学院
生命環境科学研究科
助教
谷修治先生に深く感謝致します。研究テーマを頂い
てから 6 年間,毎日のようにディスカッションをして下さり,実験の進め方や研究に対す
る取り組み方や考え方,英文や申請書の書き方等,何から何まで懇切丁寧にご教授して頂
きました。この学位論文は谷先生の御尽力なしにまとめあげることは考えられません。時
に厳しく指導し,また時にはやさしくアドバイスを下さったことで自分の至らなさを実感
しつつも,研究者として成長できた 6 年間となりました。
研究への厳しい姿勢,円滑な研究の進め方,コミュニケーションの大切さを示して下さ
った微生物機能開発学研究室の先生方はこれからも私のお手本です。頂いたご指導・ご助
言は今後還元していけるよう努力していく所存です。
学位論文を審査して頂いた大阪府立大学大学院
先生
及び
教授
生命環境科学研究科
教授
片岡道彦
小泉望先生に深く御礼申し上げます。有意義なご教示を賜り,学位論
文の内容を高めることが出来ました。
本研究を遂行するに当たり,Agrobacterium tumefaciens C58C1 及びバイナリーベクター
pBIG2RHPH2 を提供して頂きました,京都府立大学大学院
生命環境科学研究科
講師
辻元人先生に深く御礼申し上げます。
大阪府立大学大学院
生命環境科学研究科
助教
中澤昌美先生に深く感謝致します。
研究室が異なるにも関わらずいつも気にかけて下さり,何かにつけ激励して頂いたことは
大変励みになり,自信になりました。研究に関しては新しい視点からのご助言を数多く頂
き,より良く研究を進めることが出来ました。
本研究にご協力頂きました 4 回生の小西香菜子さん,川村彩乃さんをはじめとする大阪
府立大学大学院
生命環境科学研究科
微生物機能開発学研究室の学生の皆様に心より御
礼申し上げます。
最後に,博士後期課程への進学を承諾し,全ての面で学生生活を支持し,応援してくれ
た両親・姉に感謝申し上げます。
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