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本当の 被 災地
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「 津 波 てんでんこ 」でいいのか?
仕事 か 家 庭 か − それが 問題 だ
東日本大震災の被災地で、これと同じような場面、あるいはより厳しい場面
「仕事が先か、家庭が先か」。災害時に多くの人が直面するクロスロードです。
に立たされた方が大勢いらっしゃったことに、まず想いを運びたいと思います。
職場にいたらこの設問のような状況になりますし、自宅にいたとしても「すぐ
このような場面でいつでも通用する 切り札 のような対応があるわけでは
に出勤するべきか?」といった同種のジレンマを味わうことになります。
「
『津波てんでんこ』という言葉がありますよね。だから、まず自
ありません。
早朝の地震が引き金となった阪神・淡路大震災※1 では、後者の悩みに多く
分が避難すべき」との意見が聞こえてきます。ちなみに、これは東北三陸地
の方が直面しました。印象深いのは、地震から何年も経った時点でも多くの
方に伝わる言葉で、津波の危険がある時はまずは自分の身を守ることを優先
人がその時について考えを巡らせていたことです。
「夕方には職場に出たけど、
して、各自「てんでんばらばらに避難すべし」の意味とされます。しかし、気
一番大変だった最初の数時間を知らない」と振り返る人。
「すぐに出勤した。
づいた時には勝手に身体が動いておばあさんの様子を見に走っていた、とい
家族には苦労をかけてしまった」と語る人。これは後々まで心に残る「問い」
うケースを東日本大震災の被災地で実際に耳にしました。また一見、自分本
なのです。その意味で、災害の時「わが家ではこの方針で」という決め事を
位にも見える てんでんこ避難 も、例えば「みんな逃げろ!」と叫びながら
予め話し合っておく必要があります。
逃げれば、多くの方の命を救うことになる可能性もあります 。
阪神・淡路大震災の被災地には、こんなエピソードもあります※ 2 。地震発
要するに、災害について考えるにあたって大事なことは 、性急に「答え」
生と同時に職場に向かったお父さんがいました。消防士だったのです。残さ
を求 めることではなく、誰 か(特にあなたにとって大切 な 誰 か )と「問い 」
れた お父さん子だった 小学校 1 年生の女の子。その時は「寂しい思いだけ
(課題)を共有することなのです。これは、本書全体を貫くメッセージですが、
だった」とのことですが、やがて「家族が一番しんどい時、それでも出ていく
※
この難しい設問では特にその気持ちが大切です。
消防士という仕事に興味が湧いてきた」と、今この女の子は神戸市の消防士
として働いています。
※1 阪神・淡路大震災は、1995年1月17日の午前5時46分に発生しました。
※ 矢守克也「津波てんでんこの4つの意味」
『巨大災害のリスク・コミュニケーション−災害情報の新しいかた
ち』ミネルヴァ書房,2013,pp.81-102.
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※2 矢守克也
「語り継ぐ−生き方で伝える、生き方で応える」
『アクション・リサーチ−実践する人間科学』新曜
社,2010,pp.143 -172.
本当の 被 災地
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あ な た は 、救 急 隊 員 で す 。
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災害 現 場 に 駆けつけると、
助 かりそうな 大 人と、心 肺 停止 の 子どもの 二人 がいました 。
まず 、子 ど も か ら 運 ぶ ?
本当の 被 災地
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救急隊員は、災害時に症状の異なる複数の負傷者が発生した場合、救急搬
して現場を離れることができるでしょうか。
送の順位を「トリアージ」に求めることでしょう。トリアージとは、大事故、
2001 年 6 月 8 日、某小学校で児童殺傷事件(死者 8 名/負傷者 15 名)が発
大災害など多数の負傷者が発生した際に負傷者の治療や搬送に「優先順位を
生した際、駆け付けた救急隊員は「子どもに黒タッグ(第 4 順位)はつらくて
「全ての傷病者を救う」という医療原
つける」ことで医療の最大効率を図り、
つけられなかった」と回想しています。私も消防隊員として阪神・淡路大震
則の例外となります。トリアージは負傷者を赤・黄・緑・黒色の 4 群に分類し、
災時に活動した際、
「 救助された負傷者は消防車や職員の自家用車でも運ば
直ちに処置を行えば救命が可能な者を第 1 順位の重症群(赤)、多少治療の時
れました 。救急車でなくとも運べそうであれば、 みなさんの近くにいる人に
間が遅れても生命に危険がない者を第 2 順位の中等症群(黄)、ほとんど専門
搬送をお願いしてください。みんなでこの難局を乗り越えましょう
」と訴え
※
医の治療を必要としない者を第 3 順位の軽症群(緑)、最後に、既に死亡して
続けた経験があります。大規模災害時の救急隊員というのは、住民と一緒に
いる者、または直ちに処置を行っても明らかに救命が不可能な者を第 4 順位の
難局を乗り越える知恵をはたらかせなければならないのです。
死亡(不搬送)群(黒)としています。
ところで、東日本大震災では、広大な地域で発生した死者数 1 万 9824 人に
この分類に沿って設問を考えれば、
「助かりそうな大人」を、仮に足腰に複
比べ負傷者が 6121 人と極端に少なく、救命救急センターの被害も大きくあり
数個所の骨折を認めるが意識ははっきりしている人とすると、大人は第 1 順位
ませんでした(平成 23 年 10 月11日現在)。救命救急センターが機能し、同セ
または第 2 順位に該当します。一方、心肺停止の子どもは第 4 順位であり、救
ンターへの通常搬送が可能なのであれば、トリアージを適用する必要はないと
急隊員はトリアージにより子どもを残さざるをえません。
思われます。
しかし、設問では多数の負傷者を前にトリアージエリアが設けられ、医療機
反面、被災地内の救急医療体制が崩壊していて、長時間かけて被災地外の
関、消防機関等が合同でトリアージをするような典型的な場面ではありません。
病院に搬送せざるをえないような場合には、助かるべき命を助けるためにトリ
ここでの状況設定は、駆けつけた救急隊員が倒壊した家屋から二人を助け出
アージを守ることを住民に納得させなければなりません。
した住民に囲まれている場面です。そのような場合、救急隊員は子どもを残
※ 吉本和弘
『消防隊員が見た阪神・淡路大震災』みるめ書房, 20 02
(第3版;20 09).
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