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会報Vol.4のご案内 - 早稲田大学トランスナショナル HRM研究所

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会報Vol.4のご案内 - 早稲田大学トランスナショナル HRM研究所
早稲田大学トランンスナショナルHRM研究所 『会報』 第4号
テーマ「グローバル・マインドセットの育み方」
目
次
「会報第4号」の刊行にあたって ············································ 白木
三秀 ············ 3
グローバル・マインドセットを育む ········································· 井上
詔三 ············ 5
グローバル・マインドセットの育み方 ······································ 昼間
祐治 ············ 9
グローバル・マインドセットの育み方
-異文化力と英語力の基盤を高校留学で- ································ 馬越恵美子 ·········· 11
若者よ、「ワクワク・ドキドキの世界」に飛び出そう。 ··············· 浜地
道雄 ·········· 13
グローバルマインドと国際間異動 ············································ 堀江
徹 ·········· 15
グローバル・マインドセットを身に付けるために ······················· 山内
麻理 ·········· 18
グローバル・マインドセットと役割 ········································· 宮崎
陽世 ·········· 21
サービス産業の海外展開加速化とグローバル人材 ······················· 北川
浩伸 ·········· 23
海外トレーニー制度を成功に導くために ··································· 藤森亜紀子 ·········· 26
グローバルマインドセットを育む方法論
-「G-ship」「ミッションコンプリート」事例を交えた考察-
························································································ 三城
-1-
雄児 ·········· 29
「会報第4号」の刊行にあたって
早稲田大学トランスナショナル HRM 研究所
所長
早稲田大学政治経済学術院
白木
教授
三秀
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所が、実質的に活動を開始してからもう 3 年
を超えた。この間、関係各位のご協力の下、この 3 年あまりでセミナー、シンポジウムを
19 回開催(うち 1 回は他研究所との協働の公開セミナー)し、またその間、受託研究なら
びに受託研修もそれぞれ複数を手がけた。後援団体・会員企業の数は合わせて約 70 社・
団体となり、また研究員、招聘研究員の数も約 70 名となり、活動の規模も責務も大きく
なっている。お陰様でセミナー、シンポジウムは概ね盛況状態を維持している。
ところで、組織としての基礎が固まりつつある段階であった 2 年前に、新たな活動の一
環として、「会報」を出すこととした。研究所に関わる個人、組織に対し、本研究所の会
員企業からの HRM 専門家、研究員、招聘研究員という知的資産を紹介し、それを通じて
ネットワークを広げ強めることが、重要と考えたためである。今回が 4 号目となる。
第 4 号のテーマとして「グローバル・マインドセットの育み方」を取り上げた。それは、
日本企業のトランスナショナル HRM を考えるに当たり、「グローバル・マインドセッ
ト」が人材の育成方向の基礎、ビルディング・ブロックを形成すると同時に、日本人ビジ
ネスマンの今後の大きな課題となっているためである。
そこで、会員企業からの HRM 専門家と招聘研究員 10 名の方々に対し、執筆を依頼し
たところ、快く引き受けていただき、それぞれに特徴のある興味深い論考を寄せていただ
いた。
「グローバル・マインドセット」は様々な視点から論じることが可能であろう。実際に
も、本会報では、哲学的、実務的、分析的など様々な視点から上記のテーマが自由に論じ
られている。異なる視点や思考方法を知ることにより、当該テーマを多面的に理解し、活
用するための契機としていただきたい。
-3-
紙幅に限りがあるため、各執筆者の文章は短くなっているが、それだけに 1 行ごとに含
蓄のある作品に仕立て上げられている。本会報が、本研究所に関わる皆様方にとって知的
関心、実践的知見にプラスとなり、さらには関係各位の交流のきっかけとなることがあれ
ば、望外の幸いである。
会報は、今後とも、年間で 1 号ないし 2 号ずつのペースで継続的に刊行される予定であ
る。関係各位のご支援、ご協力を引き続きお願いする次第である。
-4-
グローバル・マインドセットを育む
茨城キリスト教大学
経営学部
教授
井上
詔三
グローバル・マインドセットとは何かを考えるとき、もう一方の極にある国粋主義的な
偏狭なものの見方・考え方を念頭に置くとわかりやすい。最近の出来事でいえば、東京都
知事の五輪招致を競うイスタンブールやイスラム諸国に対する批判的発言は、後者の好例
である。発言の内容ばかりでなく、誘致合戦に際しての行動基準を無視したため、候補地
東京の立場を悪くしたのではないかと懸念されている。都知事は都政に長けているかもし
れないが、異質な文化や価値観を色眼鏡をかけて見ていることを露呈した。IT 技術の進展
でビジネスに携わる者の競争条件は世界共通になり世界はフラット化する( フリードマ
ン 2006)といわれてはいるものの、大都市東京を治める首長のものの見方・考え方は極
めて壁の高い本国中心(ethnocentric)である。人々が信奉する信条や価値観はゆっくり
としか変わらず、世界のフラット化に対する抵抗勢力となっているようだ。国内で良い業
績をあげたビジネス・パーソンが、海外でも良い成果を上げるとは限らないという実業界
の経験も、経営環境のフラット化を阻止する壁に由来する場合が少なくない。都知事のよ
うな失敗を繰り返さないために、グローバル人材には国内人材の備えているものの見方・
考え方とは異なるマインドセットが求められることを再認識する必要がある。
グローバル・マインドセットを、グローバルな経営環境で事業活動に従事するビジネ
ス・パーソンが、異なる市場や社会の多様性に偏見を持たずに接し、多様性がより良い機
会をもたらすと前向きに受けとめる行動のもと(基準)になる考え方・ものの見方として
おこう。それは、異質ではあっても良い慣例やアイデアであれば生かし、新たな価値を創
出していく行動につなげるタレントの源をなす。
異質な価値に出会った時、それを拒絶したり、物珍しさ故に距離を置いたりすることは
よくある反応である。また、異質の中に埋もれてしまうこともどちらかというと易しい対
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応であろう。しかし、国ごとの差異をそのまま受けとめておくだけでは、国境を越えるこ
との相乗効果に繋がらない。異質性のもたらす価値を生かしたビジネスモデルを作り上げ
なければ、一方的なローカリゼーションしか残らないのである。異質性の中に潜む価値を
見極め、取り込むことで、より大きな価値を生み出す競争優位を築いていくリーダーが海
外事業を経営すれば、そうしたグローバル・マインドセットを欠く競争相手を置き去りに
するほどの良い成果をあげるはずである。
それでは、グローバル・マインドセットは何からなるであろうか。国境を越えた事業活
動に従事する人材を念頭において、上記の定義を肉付けしてみよう。それはグローバル人
材が備えるべき信条、理念、価値観、考え方、認識を指し、グローバル人材の行動を律す
る。世界といえばアメリカとカナダだとみなしがちだった米国企業から異文化圏へ海外赴
任する者が増えるにつれ、任地にスムーズに適応してより良い成果をあげるためには、多
文 化 コ ン ピ テ ン ス (multicultural competence) 、 文 化 イ ン テ リ ジ ェ ン ス (cultural
intelligence)、あるいはグローバル・マインドセットを高めなければならないという実務
的なニーズが大きくなってきた(Steers 2009).
日本企業の海外進出に際しては、同様のニーズが北米企業より早くから認識されていて、
「日本食でなければ生きていけないようなら、海外赴任には向かない」などと経験法則が
伝承されていた。しかし、抽象概念を定義しなければ何事もスタートしない北米流アプ
ローチは、グローバル・マインドセットの構成概念を明確にし、ヨーロッパのビジネスス
クールの教育内容にも引き継がれている。源流の一つをサンダーバード国際経営大学院の
整理に求めることにとしよう。ここの調査プロジェクトでは、初めに、MBA コース修了
者で北米、ヨーロッパ、アジアで活躍している上級管理者へのヒアリングをして、良い経
営成果をもたらす行動につながるものの見方・考え方を整理した。次に、世界各地でサー
ベイを実施し、6,500 人の参加を得たデータを集約している(Javidan, Hitt, & Steers 2007)。
グローバル・マインドセットは、1. Intellectual Capital、2. Psychological Capital、3.
Social Capital の 3 因子に集約されている。
1.の Intellectual Capital を構成する要素の大部分は、Katz(1955)のいうマネージャーに
求められる職業能力の一つである業務関連スキル(Technical skills)に近い。市場動向の分
析、ビジネスリスクの評価、経営戦略の立案など、本国の業務で培った職業能力をベース
に、担当業務を海外事業に広げていく際、異質性を知覚する感性と知識をフルに活用して
いくことが求められている。知的な因子というネーミングが示すように、各人が学習し能
力を高めていくことのできる要素が少なくない。海外派遣候補者のリストに、仕事のでき
る人材が含められる根拠となっている。
2. Psychological Capital は、異文化を先入観にとらわれず前向きに受けとめ、受容、適
応、統合をしていく行動のもとになる心理的な因子である。これらの要素は、7段階リ
カートスケールで測るといずれも6点を越え、経営者達に最も重視されていることが報じ
-6-
られている(Javidan and others 2007 )。加えて、心理的に居心地が悪い受入国に赴任し
ても、ウイットを忘れず心地良い状況であると受け止める精神的な強さがこの因子を構成
する。大の大人に成長したグローバル・マネージャーを対象にこの心理的因子を強化する
のは、上記1.の業務関連スキルを開発するほど易しくはないようだ。
3. Social Capital は、受入国のステークホールダーと長続きする信頼関係を構築してい
く行動力の源泉をなす(テュルバン・高津 2012 は、“関係構築力”と訳している)。異なる
背景の人々を熱く燃えあがらせ巻き込んでいくリーダーシップが含まれている。そして、
仕事の場を越えた個人的な繋がりさえ重視されている。英語で“trust”と表現されていて、
“信頼”と置き換えると英語表記以上の内容を含みがちだが、幸いなことに行動を通して強
化できる因子である。Osland らの経験によれば、海外の任地に着任してから経験を積み
重ねて開発していくことに重点を置くプログラムが効果的であるという(Osland 2009)
さて、当トランスナショナル HRM 研究所の前身である G-MaP プロジェクトでは、ア
ジアに駐在している日本人マネージャーを対象に、職業能力・コンピテンシーと仕事の達
成度の関係を考察した。駐在員のグローバル・マインドセットを構成する変数を含んでい
る。Vera(2012:73)は、駐在員の業績が「業務関連スキル」因子に依存していて、「受入国
の文化理解」因子(Local Culture Literacy)は統計的に有意ではないと報じている。実際、
アジア各国の日系製造企業の拠点長は、生産業務に忙しく外交的な発言を控えている人が
多いようだ。上記グローバル・マインドセットの 3 を十分果たしていないことになる。一
方、井上(2012)は G-MaP データのタイと中国だけを取り出し、個人レベルの業績を観察
した。初めに「業務関連スキル」の高さで業績を回帰する。次のステップで Vera(2012)の
「文化理解因子」に相当する「多様性受容コンピテンシー」を追加して推計すると、計数
は正で統計的に有意である。すなわち、仕事のできる日本人マネージャーがグローバル・
マインドセットを備えると、より良い成果をあげることがわかる。Vera2012 でこの因子
が有意な値をとらなかったのは、推計対象にインド、ベトナムを含み、駐在員が受け入れ
国の文化に不慣れであることによるのかもしれない。そうであれば、駐在経験を積みグ
ローバル・マインドセットの 3 が高まると、これらの国での業績が一層良くなることが予
期される。
国境を越えて事業活動に従事する時、どのようなルールで競争しなければならないのか
をグローバル・マネージャーは常に問い続ける。異質なルールが使われていたり、新しい
ルールが生まれてくるからである。そのため、既に本国で確立したビジネスモデルが通用
するのか、新しいビジネスモデルで競争するのか、吟味を迫られる。それには海外の事業
環境が発するシグナルを的確に解釈するコンピテンシーが求められる。そして、駐在員ば
かりでなく、グローバル・マインドセットが組織成員の間に浸透して、シャイン(2012)の
いう組織文化として結晶すれば、グローバルに競争していける企業として成長していくこ
とが期待される。
-7-
参考
Javidan, M., Hitt, M.A., and Steers, R.M. (eds) 2007. The Global Mindset: Advances in
International Management, JAI Press
Katz, Robert. 1955. “Skills of an Effective Manager,” Harvard Business Review. 33(JanFeb.): 33-42.
Mendenhall, Mark E., Osland, Joyce, Bird, Allan, Oddou, Gary R. and Stahl, Gunter.
2012. Global Leadership 2e, Routledge.
Osland, Joyce, 2009. “Reflections
on Global Leadership,” Special Lecture, Rikkyo
College of Global Business.
Steers, Richard M. 2009. “Global
Managers, Global Minds,” Special Lecture, Rikkyo
College of Global Business.
Zhaka, Pranvera. 2012. “An Empirical Analysi s of Japan ese Expatriates’ Overseas
Assignment Competencies and Job Performance in Asia,” Ph.D. Dissertation, Waseda
Graduate School of Applied Economics.
井上詔三 2012 「グローバル人材の職業能力と成果」『茨城キリスト教大学紀要』46:231247.
白木三秀 2011 『チェンジング・チャイナの人的資源管理』白桃書房
エドガー・H・シャイン、梅津祐良・横山哲夫訳 2012『組織文化とリーダーシップ』白桃
書房
D. テュルバン・高津尚志 2012『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまづくのか』日
本経済新聞社
トーマス・フリードマン、伏見威蕃訳 2006『フラット化する世界』(上・下巻) The
World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Century)日本経済新聞社
本稿をまとめるにあたり、梅津祐良先生(元、早大ビジネススクール教授)から多くの教
示を受けた。また、内永ゆか子氏(元、立大経営学部客員教授)、同経営学部国際シンポ
ジウムの常連 Steers, Osland, Oddou 教授から多くの示唆を得た。記して感謝の意を表し
ます。
-8-
グローバル・マインドセットの育み方
株式会社IHI
顧問(元同社副社長)
昼間
祐治
[email protected]
様々な場面でグローバルもしくはグローバル化が語られ論議されるようになって久しい
と思います。しかし、その意味するところは国や地域、そして関与する人々の考え、視点
によって異なる現状です。社会における通論はそれとして、企業においては寧ろグローバ
ル化を一種の戦略論として捉え、研究開発・製造・調達そして情報・ガバナンスのネット
ワークを構築するための基本的考え方としていることが多いのではないでしょうか。つま
り国内の市場が小さく飽和状態になってきた、もしくはコスト競争力が低下してきたため
に海外展開するということでは真のグローバル化を達成することにはならないと思われま
す。当社(株式会社IHI)においても戦略としてのグローバル化を立案し経営方針の一
つの大きな柱にしています。
簡単にご紹介しますと、「世界の個別ローカル市場のニーズを徹底的に把握するととも
に、グローバルに展開される社内外の経営資源を最適に配置し、効率的に製品およびサー
ビスを提供できるネットワークを構築すること」を当社の考えるグローバル化とし、本社
(日本)が意思決定や実行の中心で、海外における拠点はあくまでも出先機能と位置づけ、
すべての指示と統制は本社が行う現状から、事業ごとに中心拠点が変化するネットワーク
化された各拠点(バリューネットと呼んでいます)を構築し、ビジョン・価値観の共有と
自立を目指しています。もちろん世界にも日本にもこれらを達成しているグローバル企業
は多くありその組織・活動・戦略は大変参考にはなるのですが、やはり企業の個性といい
ますか、歴史・事業内容や社会との関わりを斟酌したうえでのグローバル化が必要と感じ
ています。
さて、経営上グローバル化を進めるためには前述のごとくしっかりした戦略・拠点経
営・内部マネージメントなどが必要で、詳細は述べませんが最適バリューチェーンの構築、
-9-
国・地域の法規制や競合環境の違いの克服、集権と分権の組み合わせなどが十分検討され
実行に移されなければなりません。そこで何としても克服すべきもう一つの大きな課題は
人材と企業風土ということになります。国境や地域を超えて職務を遂行する人材の登用・
育成・配置の仕組みと実施や理念・価値観・方針の共有と異なる文化・習慣の許容と理解
が必須の条件となります。
先年白木教授を座長とする政府の「グローバル人材育成委員会」に参加し各分野の方々
の貴重なご意見を伺うことができました。結果として「グローバル人材」の定義をグロー
バル化が進展している世界の中で①主体的に物事を考え②多様なバックグラウンドを持つ
同僚、取引先、顧客などに自分の考えをわかりやすく伝え③文化的・歴史的なバックグラ
ウンドに由来する価値観や特性の差異を乗り越えて④相手の立場に立って互いを理解し⑤
さらにはそうした差異からそれぞれの強みを引きだして活用し相乗効果を生み出して⑥新
しい価値を生み出すことができる人材、という定義を得るに至りましたが、この定義はま
さに真の社会人にあてはまるもので、グローバル人材とはとどのつまり世界の環境や状況
をしっかり捉え行動に反映できる真の社会人ということになります。この点からするとグ
ローバル人材育成のプロセスは既に幼児期の家庭教育から始まっており、学校での教育、
企業・社会での教育・育成がそれを補強していくことが肝要と思われます。私は企業内で
概ね 20 年余を海外で過ごしましたが、誤解と批判を恐れずに言うとやはり、外国語の能
力と海外の実生活を通じ各地域の人々と交流を深めておくことはグローバル人材として必
須の要件であると思います。特に昨今のグローバル化は多種多様の分野で進展しているた
め、企業においてはマネージメント自身がそれを体現していなければなりません。この点
は自戒も込めてまだまだの企業・組織も多いのではないでしょうか。今後真の社会人、真
の世界人を輩出していくことは我々の責務で、大げさに言えば日本の再構築もこの点にか
かっているのではないでしょうか。
- 10 -
グローバル・マインドセットの育み方
-異文化力と英語力の基盤を高校留学で-
桜美林大学教授
筑波大学客員教授
異文化経営学会会長
東京都労働委員会公益委員
馬越
恵美子
[email protected]
ここ数年、グローバルに活躍できる日本人を求める声が高まっている。企業でのグロー
バル需要に対応するべく、大学でも様々な試みがはじまっている。本年度の大学の入学式
での学長の挨拶にも、「グローバル」という言葉が多く見られた。女子大においても「グ
ローバルに活躍できる女性リーダーの育成に最も力を入れている」(お茶の水女子大学
長)ところも増え、理系大学においても、「これからの理工系人材は世界を舞台に活躍す
ることが要請されている」(東工大学長)との認識がある。
さて、グローバルに活躍できる人材とは何を意味するのであろうか。一言で言えば、
「異文化力」のある人だと私は思う。この異文化力を、高校留学機関の(公財)AFS 日本
協会は次のように説明している。①文化の異なる人々に共感する姿勢
人々を理解する知性
②文化の異なる
③文化の異なる人々とともに未来をつくる情熱。
この「異文化力」は人生の様々な時期や場面で養うことができるが、効果的なのは、物
事の判断力と母国語の能力が確立しつつも柔軟性に富んでいる 10 代後半であると私は思
う。高校留学の経験者であり、長年、広島市長として、核廃絶と世界平和に尽力してきた
秋葉忠利氏は 2011 年に AFS 日本協会理事長に就任するにあたって次のように述べている。
「その存在抜きに私の人生を語ることさえできないほど大きな恩恵を AFS から頂いて
きました。出会った多くの人たちとの篤い友情、異文化に触れることによる新たな視点の
獲得、その結果としての日本文化や社会についてひいては世界についてのより深い理解、
同時に世界中の人々との間に存在する同じ人間としての一体感や共感等が人格形成や職業
- 11 -
選択、そして人生そのものに如何に大きな力になったのかは申し上げるまでもありませ
ん。」
この人格形成や職業選択について言えるのは、これまでの日本とは異なり、これからの
社会には、「ひとつの正解はない」ということである。そこで必要なのは世界観やビジョ
ンを持つこと。海外に出て、自分を客観的に見つめ、異文化の環境でしっかり自分と対峙
し、違いを恐れることなく、人と違うことは面白いと体感すること。そして、人間、友達、
家族は国境を越え、国籍や民族を超えると実感すること。そこから自分の答えを出してい
くことができよう。
自らの人生を振り返った時、様々な文化的背景の人たちと一緒に仕事ができるようにな
るには、早い時期に異文化環境に身を置くことが大切だと痛感する。私自身も高校 3 年生
のときにアメリカのミネソタ州に 1 年留学し、ホストファミリーと寝食を共にし、現地の
高校に通った。その交流は 40 年以上たった今でも続いている。異文化への飽くなき探求
心や異なった価値観とも共存できる柔軟性を持つことにより、どれだけ人生が豊かなに
なったか、その恩恵は図り知れない。グローバル・マインドセットとは、言いかえれば、
オープン・マインドセット、つまり、開かれた心の在り方、でもある。そして、その自分
の心や考えを相手と分かちあうために必要なコミュニケーションの道具が英語なのである。
英語を話せることにより、コミュニケーションの輪は、格段に広がる。English is a
passport to the unknow n world.(英語は未知の世界へのパスポート)これは言い得て妙
であり、英語能力を侮ることはけっしてできない。ネイティブのように話す必要はないが、
母国で言いたいことを 100 言えるとして、英語でも少なくとも 80 は言えるようにしたい。
90 言えれば、さらによい。たとえば多国籍企業に勤務する場合、日常業務はブロークンな
英語でなんとかこなせるとしても、外国人の部下を使いこなし多国籍チームを率いるとな
ると、相当の英語力がないと相手を説得し、信頼を勝ち得ることはできない。いくら精神
力があり仕事の中身に関して知識と能力があるとしても、英語コミュニケーション力とい
う道具が前近代的なものであれば、十分なリーダーシップを発揮できなくなる。その意味
でも、高校留学で英語を体に叩き込むメリットは極めて大きい。この点を強調したいのは、
過去に 20 年間同時通訳の現場を経験し、その後、大学に転身し、長きに渡って、海外の
学会や会議で「英語で損している日本人」を多く見かけているからである。「異文化力」
と「英語力」
、これが 21 世紀には必須である。それを培うために、自分の快適ゾーンから
外に出ようではないか!
Pursue your lofty dreams with eternal optimism!
(ぜったい出来ると信じて大きな夢を追いかけよう)
これはノーベル化学賞を受賞した根岸英一先生からいただいたメッセージである。
グローバル・マインドセットを持った日本人が未来を拓いていくと信じてやまない。
- 12 -
若者よ、「ワクワク・ドキドキの世界」に飛び出そう。
ピアソン桐原
ビジネス・アドバイザー
文教大学国際学部
非常勤講師
浜地
(2013 年 3 月まで)
道雄
[email protected]
はじめに
トランスナショナル HRM 研究所から会報寄稿依頼があり、「Yes」と即答してから、お
題「グローバル・マインド・セットの育てかた」を前に、少々躊躇しました。Global
Mind Set?
はて、学術派ではないこのビジネス一辺倒の自分に書けるのか?でも、Mind Set とは
「心の状態」。なるほど、それなら自分がいつも言ってる異文化理解。つまり、「文化とは
(文明と違い)人間の精神的、内面的なこと」(広辞苑)に帰結するではないか。生まれ
てこのかた刷り込まれてきた心のありかた。他者からの強制では変えようのない日々の生
活。典型的には宗教。宗教と改めて言われると多くの日本人は一瞬身を引く。が、グロー
バル社会ではそれが当たり前。
それなら元商社マンとしての中東イスラム文化の体感から語れるものは少なくない。と
いうことで、本稿では身近のテーマを取り上げました。
ダルビッシュって何?
「ダルビッシュって誰?」と聞かれて、「野球選手」と答えられない日本人はあまりい
ない。他方、
「ダルビッシュって何?」と聞かれて答えられる日本人も殆どいない。
Darvish (Dervish)とはイランやトルコにいるイスラム教シーア派に属する神秘主義スー
フィーのこと。山高のトルコ帽をかぶり、長いスカートの白装束でクルクル回る宗教行事
の図を見たことがある人もおられよう。世俗をすて、アラー神に忠実で、寄進で生活する。
いわば「清貧」の宗教グループだ。今、米テキサス・レンジャーズで活躍するこの投手を
- 13 -
日本人と思うアメリカ人は皆無で、中東イスラム圏の出身だろうと、先入知識として思っ
ている。因みに同投手の First Name 有(ゆう)とは、アリのことと、
(元)イラン人の父
君が名づけたのだろう。
スジャータの業績
某年、インドの古い港湾都市ボンベイ(ムンバイ)。日本の銀行の幹部が現地商工会で
「このお釈迦様の国、インドに来れてうれしい」とあいさつを始めた。
インドが仏教国?
聴いている多くのインド人賓客が奇異に感じたに違いない。確かに
釈迦は今のインド東北部ネパール国境に生まれ、仏教を開いた。
だが、インドのヒンドゥー教徒は 80%で、仏教徒は 1%。我々日本人にとってはインド
=仏教というマインド・セットはいわば先入観とも言うべきもの。
では、乳製品のスジャータとは?
釈迦が苦行で体力衰弱の時、乳粥を差し出した少女
の名前だ。釈迦はそこで元気になり悟りを得たとある。
今、日本の街中を走る乳製品配送車のスジャータ(インドでポピュラーな女性の名前)
のロゴを説明するとインド人は驚く。
ペルシャ・インドから正倉院まで
さて、そのインドのボンベイ(ムンバイ)を本拠とするタタ・グループはインドで最大
の財閥だ。その総帥タタ一族はパルシー、Parsi すなわち Persha ペルシャに由来する。
パルシー族は拝火教徒。火を崇めるゾロアスター教。ニーチェ、R シュトラウス、
キューブリック(2001 年宇宙の旅)でお馴染みの「ザラストラウスは語れり」で有名。
ペルシャ(イラン)のヤズドが発祥の拝火教徒はイスラムの迫害にあって、1000 年も前、
ボートで逃げ、たどり着いたのがインドの西海岸。人口 12 億のインドで 10 万人のパル
シー族が最大の財閥になったのだから、インドという国の多様な文化・宗教の受け入れの
寛容さには驚かされる。
そのイランの仮面などは正倉院に収められてるし、真言護摩儀式がヤズドの拝火儀式に
類似してる、即ちシルクロード(絹の路)ならぬ「火の路」で伝わったという松本清張の
説は大ロマンだ。
ワクワク・ドキドキの世界
なぜことば(英語)を学ぶのか?
「相手は自分とは異(ちがう)」ということの理解
のため。上に見たごとく、異文化はロマンに満ちたヒューマン・ストリー。と、私はズッ
と学生に言ってきました。生まれてこの方、肌に擦りこまれた日本人として誇るべきここ
ろ。これはもう変えようもない原点たるマインド・セット。それをベースとして、人為的
に作られたナショナル(国や国家)をトランス(超えて)し、世界に飛出し、縦横無尽に
駆け廻る。そこにおいて、次の時代を担う若き人々が、逞しく育っていくに違いありませ
ん。そこはもう「ワクワク・ドキドキの世界」です。
- 14 -
グローバルマインドと国際間異動
新日本アーンストアンドヤング税理士法人
ヒューマンキャピタル部門
堀江
パートナー
徹
[email protected]
グローバルマインドを身に付けるために様々なプログラムが研究、実施されているが、
私はできるだけ若いうちに海外に飛び込んだ方が手っ取り早いと考える。自分自身を振り
返っても、日本で受講した数々の研修より、英語を勉強したハワイ短期留学時代、英国人
女性マネジャーの下で英国人やアイルランド人と机を並べて一担当者として働いた英国法
人勤務時代、自分が部長として多くの中国人を統括した中国法人勤務時代、法人トップと
して多国籍職員を統括したタイ法人勤務時代にこそ、異なる役割を通じて、違った課題に
葛藤しながら、様々なことを教えられてきたと思う。一定期間海外に住み、現地の人たち
と働くことで、外国語を介したマネジメントやコミュニケーション、異文化対応能力を含
め、グローバルマインドと言われるものが自ずから習得できると考える。
アーンストアンドヤングでは、グローバル拠点網を用いて、毎年国際間異動調査(グ
ローバルモビリティサーベイ)を行っている。以下文章の中で、括弧書きしている部分は、
2012 年度の調査(調査期間:2012 年 2 月~5 月、参加企業:世界中の多国籍企業 520
社)結果からの引用である。ここで言う国際間異動とは、例えば日本企業の場合には、本
社採用・現地採用の、日本人人材・非日本人人材が、日本から海外・海外から日本・海外
から海外に異動する包括概念を指す。
1. 国際間異動と人材育成
「77%の企業が、事業のニーズに応じて国際間異動を決定している」が、一方、国際間
異動は中長期的な人材育成だという側面も忘れてはならない。「60%の企業では、経営管理
職レベルの 4 分の 3 以上は海外勤務経験がない」という結果が出ており、そのような状態
- 15 -
で、今後のグローバル競争に本当に打ち勝つことができるのか甚だ疑問である。「51%の企
業は、国際間異動について人材育成の視点は持っていない」。自社のグローバル事業戦略
を実現化させていく上で、どのような人材がどの地域にどれくらいの人数必要になるか、
現存する人材との量的質的ギャップはどれくらいあるか、どのくらい緊急か、中途採用で
まかなうのか、自社人材を育てるのか、将来はどんなリーダーを輩出したいか、優秀な人
材にどのようなキャリアパスを持たせたいか、といった議論の中で、国際間異動が検討さ
れるべきで、事業部が事業部だけで直近のビジネスニーズに基づいて決定するものではな
い。現地人材に比べて国際間異動人材は通常高額であり、「89%の企業は、国際異動に関わ
るコスト計算はしている」ものの、「45%の企業しか、現地人材登用と、国際間異動人材登
用のコスト比較分析はしていない」。また、ビジネスの収支とだけ比較するのではなく、
その人材育成が中長期的に会社にどのような利益をもたらすかということも考慮すべきで
ある。
2. 国際間異動人材の選抜
上記 1. とも関連するが、殆どの場合、国際間異動人材は、事業部がそのニーズに従っ
て選抜している。国際間異動人材が、日本で活躍していたにも拘わらず、海外でうまく結
果を出せなかったり、異文化になじめず已む無く帰国するケースも少なくない。「61%の企
業では、異動の失敗は個人的理由」。新しい役割とその必要要件に耐えうるか、異文化適
応能力があるか、といったアセスメントがしかるべく行われるべきである。「84%の企業で、
人事部門が国際間異動人材の選抜プロセスに入るべきだ」と判断している。
3. コンプライアンスイシュー
赴任後の課題として最近注目されているのが、ビザや就業証、個人所得税の申告や社会
保険といったコンプライアンスイシューである。「68%の企業が、個人所得税や社会保険な
どのコンプライアンスを取り扱うフレームワークが整備されていない」。日本企業でも、
ここ数年人事関連事項について中央集権化が強まり、本社が人事制度ポリシー策定、人材
育成プラットフォーム構築、企業理念・DNA 浸透、従業員サーベイ実施などを促進して
いる。一方、ビザや就業証、個人所得税や社会保険といった部分は、赴任した現地や本人
任せ。きっちりやっていれば問題ないが、そうでない場合には、本人にペナルティーが課
せられたり、強制帰国になったり、また、会社にとってはメディアで取り上げられてその
評判を脅かすことになる場合もあり、大きなリスクをはらんでいることを忘れてはならな
い。現在「48%の企業が、新興国への国際間異動が増加している」。新興国であればあるほ
ど、法規制や通達が未整備であったり、頻繁に変更されたり、また、解釈が曖昧であった
りする場合も少なくないので、コンプライアンスイシューには特別な注意を払う必要があ
る。
- 16 -
日本企業には、選抜プロセスやコンプライアンスイシューを整備しながら、国際間異動
を用いて事業戦略を実現するのみならず、中長期的にグローバルマインドを育む人材育成
を遂げ、すさまじい勢いでグローバル企業に変身している新興国企業に打ち勝って欲しい
と切に願っている。
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グローバル・マインドセットを身に付けるために
カリフォルニア大学
バークレー校
客員研究員
山内
麻理
[email protected]
輸出型産業や先進的な教育機関でグローバル人材の育成を重視した制度が導入され始め
たことは素晴らしいことだ。今後は、グローバルな視野や価値観を備えた人材が一部の産
業だけでなく、より幅広い分野で輩出されていくような社会の仕組みを作ることが望まれ
る。ただし、均質で快適な環境に育つ我々日本人が、そうしたグローバルなマインドセッ
トを身に付けるには、幾つかの習慣を意識的に実践する必要があると思う。
先ず、違いを認識してその背景や意味を学ぶ好奇心や謙虚さを養うことから始まるだろ
う。当たり前のことだが、こうした気付きがないと、「日本ではこうだから、海外でもこ
うだろう」という思い込みや偏見に繋がりやすい。世界のあちこちでは車で一時間移動し
ただけで違う文化圏に突入し、毎日複数国のテレビ番組を見て育つ人々も少なくない。そ
うした環境にない日本では、家庭においても教育機関や企業においても意識的に異文化に
接する機会を創出することが求められる。
次に、より技術的な問題として英語力やグローバルで広く受け入れられている慣習を学
ぶことが挙げられる。勿論、唯一無二のグローバル・プラクティスがある訳ではない。だ
からと言って、日本的慣習のすべてが歓迎される訳でもない。日本的慣習のうち、何が海
外でも評価され何が受け入れられ難いか自覚することは重要だと思う。
言語についても、中国語やスペイン語の重要性が高まっているが、ビジネスやアカデ
ミックな場面で英語が共通言語の地位から転落するような気配はない(これが意味するこ
とは、将来、海外赴任する人達は英語に加えてもう一つその国の言語を学ぶ必要が生じる
ことも少なくないということだろう)。データでも指摘されているが、日本人の英語下手
は既に海外でも有名な話だ。語学力が重要かどうかは意見が分かれるが、答えは yes and
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no だと思う。漢字や文法の間違いが多い人に大切な仕事を任せたいと思うだろうか。他方、
語学力がそれほどなくても説得力のある話ができる人が居るのも事実だ。
久しぶりに海外の大学に来て思うことは、以前のようにアクセントの強い英語を話すア
ジア人が減っているということだ。韓国人や中国人の学生が多いが、綺麗な英語を話す学
生が多い。訊くと必ずしも海外育ちという訳でもない。と言うことは、国内に居ても英語
が身に付く教育制度がそれらの国にはあるということだろうか。
英語圏の文化のうち幾つかの特徴は模範とされ続けるかもしれない。例えば、インク
ルーシブな態度、ユーモアや柔軟性などである。厳しい質問をされてムキになるようでは
グローバルなリーダーとしては尊敬されない。排他的な発想や態度は他の参加者の居心地
を悪くする。また、先例にとらわれない柔軟な発想などである。その点、何でも率直に議
論して例外が起こらないような明確且つ厳格なルールを作るのがドイツ流かもしれない。
日本流は不確実性回避志向の高さに加え、高文脈(ハイ・コンテクスト)な文化が災いす
るのか、事前の準備は良いのだが柔軟性についてはどうだろうか、また、情報の共有や意
思決定が暗黙の合意に頼るとすれば、仲間内では効率の良いコミュニケーションかもしれ
ないが、異文化な世界では通用しない。
その他、広く志向されている価値観としてインテグリティ、社会的責任(CSR)などが
ある。経済発展のレベルやその国の文化の違いを反映し導入のされ方は違うのだろうが、
より意識されるべき点であろう。
最後に、重要なこととして、異なる文化をもつ相手と接する時、彼らの文化や慣習の何
を受け入れ何を受け入れないか、また、自分の文化やグローバルな慣習から何を取り入れ
たいか判断する指標が必要となる。ある国では英語圏の慣習に対してより拒絶反応が強い
かもしれないし、そうでないかもしれない。日本の文化と相対的に類似している国もあれ
ば、乖離している国もある。異文化を理解することは何でもかんでも相手に合わせること
ではない。グローバルリーダーであれば相手に働きかけることも必要な資質だ。文化は多
様であり、文化の次元も多様である。相手の所属する組織や産業、性別、教育水準等様々
な背景を反映して同じ国の中でも異なる。どうしても貫きたい組織や自身の価値観を尊重
しながら、その場に相応しい対応を見極めることはそう簡単ではない。自分自身の経験や
学習、制度や歴史の理解など多面的な知識や体験の積み重ねがものを言うのだろう。
筆者がアメリカの企業に勤務していた時しばしば友人から言われたことが「アメリカの
会社は自由で良いね」というものだ。確かに、服装や発言、先輩・後輩の関係など自由な
点は多い。しかし、会社の方針や事業目標については余程建設的な意見でなければ異論を
挟むのは難しい。筆者から言わせれば日本企業の方がずっと自由に見えることもあった。
つまり、国文化だけでなく、トップダウンの企業文化や制度としての雇用保証の高さなど
複合的な要因を理解しないとわからないことも多い。
最後に筆者が最近価値観の違いを痛感した事例を一つ挙げる。東日本大震災のとき、筆
者はスイスの金融機関に勤務していた。金曜日の地震のあと翌月曜日には東京証券取引所
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が再開された。そこで東京の社員は顧客の注文を執行する必要がある。いつ電車が止まる
かわからない状況だったので何人かの社員にはホテルに宿泊してもらった。日本から避難
した外国人も居た。限られた数の社員しか雇えない外資において、そして、日本的企業共
同体を前提としない職場環境で、家庭を犠牲にして働いてもらうのは心苦しい。そんなあ
る日、今まで一度も話したことがなかった本部の人事部から連絡があった。「皆頑張って
いるか」と訊かれるのかと思ったら、「うちの社員に自由はあるのか」という問い掛け
だった。つまり、原発事故でそれぞれの社員が家族や自分の健康を大切にしなければいけ
ないときに、彼らにそうした個人の自由を尊重する機会が与えられているかという質問
だった。大震災が他の国で起こっていたら、その後の対応も異なるものだったかもしれな
いと感じた。
グローバル・マインドセットは必ずしも我々が海外に出ていくときだけに発揮するもの
ではない。日本を外資や外国人が好んで活動したがるような魅力ある市場にするためには、
もはや Do in Ro me as Romans do だけでは不十分だ。何でもかんでも日本的価値観を押
し付けるのでは市場としての魅力という点で他国に勝てまい。語学についても、当時賃料
が日本一を競う都心の一等地で仕事をしていたが、英語による館内放送は日本語放送の後
かなり経ってからしか流されなかった。OECD の統計では、日本の対内直接投資は対
GDP 比で OECD 諸国の最下位に近く、アメリカよりも遥かに低い。グローバル・マイン
ドセットは、輸出型産業だけでなく、サービス産業、敷いては、国内の中枢に居る人材も
含めてすべての国民により意識してもらいたい課題であろう。
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グローバル・マインドセットと役割
(株)Human Science Plow
代表取締役
宮崎
陽世
[email protected]
グローバルに活躍する“人財像”を特定するのは難しい。多くの分野の様々な状況で、
多様な人々が高いパフォーマンスを上げているからである。その選抜や育成に様々な取り
組みがなされているが、ここではグローバルで活躍している人財を行動特性から考察する。
地球規模とはいかないまでも、日本は古の昔から、海外との接点を多く持ってきた。卑
弥呼の活躍する時代から国を代表する使節として、政治的な意図をもって、あるいは先進
技術、文化や学問を求めて、交流がなされてきた。民間貿易でも、海外の品質の良いもの、
珍しいもの、国内にはない原材料などが交易されてきた。
このような中で求められていたのは、先進的な技術や思想、制度などを理解し翻訳し国
内に持ってくることや、様々な物産の輸出入であった。前者は国家や組織の一部のエリー
トが、後者は商人や商社が主に担ってきた。この構造は近年まで変わらなかった。「グ
ローバル」という言葉が叫ばれるようになったのは、日本企業の海外進出が加速したここ
30 年である。技術水準が世界のトップレベルに達したこと、生産拠点が海外に移らざるを
得なくなったこと等により、海外との接点を持つ人の立場や役割が変化したことが大きい。
教わる側から教える側への立場の変化、更に、物やサービスを売り買いする役割に加えて、
物やサービスを共同で研究し作り上げるという役割への変化である。
立場や役割が変われば、求められる行動が変わる。筆者はインタビューや心理アセスメ
ントを使って、その行動を特定しようと試みてきた。その結果抽出された多種多様な行動
の中で、共通するものを役割の変化という観点を織り交ぜて分析すると、以下の3つの行
動が浮かび上がってくる。
まず、多様性を持ってありのままを受け入れ、異質なものを拒否しないことである。物
や技術、文化を取り入れようとしていた時代ではあまり必要のない特性である。初めての
- 21 -
ものに好奇心を持ち、それらが自分たちにとって必要なものかを判断できればよかった。
多様性を持つには好奇心に加えて、相手の気持ちや考え方を理解しようとする意識や、物
事の良いところを見ようとする意識が根底で必要となる。ここで大切なのが、自分をしっ
かり持っていることである。受容しすぎると自分自身がぶれてしまう。アイデンティティ
の確立が不可欠である。
次に、主体性を持って率先して取り組むことである。これは自分の役割を超えて、誰か
がやらなければならないことにまで踏み込んで行動するということである。そのためには、
社会や組織の一員としての当事者意識が不可欠。主体的に取り組み、躊躇せず、すぐに行
動に移せる意思決定の速さ、サービス精神が必要だ。以前の役割からはここまでの行動力
は求められなかったはずである。今では、外から観ているだけの傍観主義(部外者意識)
や、何事にも線引きをして考えるセクト主義的な行動はディレールメント(社会的不適
応)となる。
最後は、プレッシャーのかかる状況で、平然と自分本来の行動ができることである。海
外では、初めて体験することや勝敗を分ける場面、追い込まれた状況に頻繁に直面する。
このようなときに普段通りの自分のパフォーマンスを発揮することが求められる。それを
支えるには、チャレンジ精神、新しいことを求める新奇性、失敗の中に価値を見いだせる
ポジティブ思考、自分への信頼感が不可欠である。これらは、どの時代においても、海外
で活躍するために必要だったと思われるが、桁違いの速さで変化する現代においては、一
層強く求められるだろう。緊張感の中で当たり前に振舞えることは、グローバルで活躍し
ている人財のあらゆる行動のベースとなっているといっても過言ではない。更に、最も開
発しにくい行動でもあるため、グローバル人財を選抜する際の重要な指標ともなる。
以上の3つの行動特性は、心理テストの結果と、海外赴任や留学に求められる役割から
コンピテンシーを分析した仮説である。日本で活躍していて、海外の赴任先で成功できな
いのはどのような要因があるのか。当初は英語も話せないのに、海外で大成功する人はど
のような特性を持っているのか。そこに役割や環境と行動特性がどのように影響している
のか。国ごとにマッチングの要件が違うのか。未だ疑問は尽きないが、行動の一貫性や相
関性を明らかにしていくことで、答えは見つかるはずである。
- 22 -
サービス産業の海外展開加速化とグローバル人材
日本貿易振興機構(ジェトロ)
生活文化•サービス産業部
サービス産業課長
北川
浩伸
これまでの我が国のグローバル人材の議論は主として製造業中心でなされていたのでは
ないか。しかし、近年、特に B to C 型、つまり消費者対面性の高いビジネスであるサービ
ス産業の海外進出が加速化している。日本貿易振興機構(ジェトロ)が実施した調査iでも
B to C 型ビジネスの海外進出は 2000 年以降増加し、特に 2008 年以降の伸長が目覚まし
いとしている。経済紙などでも、例えばコンビニエンスストアや外食業各社などの中国、
アジアなどの各都市への進出が連日のように報じられている。これら消費者対面性の高い
B to C 型ビジネスが海外に進出する際、「グローバル人材」という観点で留意すべきこと
は何か。
そもそもサービス産業は内需型産業の代表格であり、専ら国内消費者をターゲットにし
て成立していた業種である。それらを目的にサービス産業へ就職、就社した人材は海外
(に関連する業務)への動機付けを大多数の場合「予め」持ち合わせてはいない。筆者は
これまでサービス産業、中でも B to C 型ビジネスで海外へ先行して進出し成功を収めた企
業経営者への聞き取り調査を 300 例ほど実施してきたii。その中で多くの経営者がビジネ
スを成功させる上での「課題」としていたことは海外ビジネスのための社内人材確保だっ
た。同様の結果は先述のジェトロ調査でも定量的に示されている。(66.5%の企業が「海外
現地で事業をマネジメントするグローバル人材の確保」を課題と回答。)聞き取り調査で
も、「海外進出するので、その責任者としてあなたを任命したい。」と経営者(この場合い
わゆる『社長』)が問うたところ、当該の従業員に「お断りします。海外事業にそれほど
取り組みたいのであれば、社長がご自身でされたら如何ですか。」といったやりとりが
あったとの事例を紹介された。内需型産業、すなわち国内での仕事に魅力を感じ入職した
人材であれば、この反応は当然かもしれない。
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製造業は 1985 年のプラザ合意をひとつの起点として海外進出が多くなされ、既に 30 年
近い歴史を持つ。当時製造業各社に新入社員として入職、入社した人材も若い時代から海
外を意識しつつ仕事を進めており、それら人材は今や組織の主要なポストも担っているだ
ろう。また、人事制度なども海外での仕事に対応した設計をも整備が多くなされてきてい
るだろう。製造業では意識や制度の両面で既に「海外対応」が刷り込まれているかもしれ
ない。
先述のとおりサービス産業においては本格的なグローバル化が開始間もなく、他方で
ターゲットとすべきアジア等の新興国の消費市場の成長は極めて早い。仮に日本のサービ
ス産業の競争力が海外でも優位性を持つのであれば、速やかに海外の消費市場に参入する
ほうが得策だろう。しかし自社商材のマーケットへの付加価値浸透を「人材力」に頼る
サービス産業では、海外業務への意識、制度ともに製造業ほどの整備が相対的になされて
いないことから、「グローバル人材」の面で確保や育成に一層の工夫が必要かもしれない。
筆者が接してきた先行的に海外に進出した B to C 型のサービス産業の経営者は、ことグ
ローバル人材面でやはり工夫をしていた。海外進出を社内で明らかにする前に可能性ある
人材へ自然な形で海外(事業)に関する情報提供をし、海外への親和性を徐々に高めてい
く。日本人人材でグローバル対応がどうしても出来ないようであれば、日本の大学や大学
院に留学している進出候補地の出身の学生を採用し、一定程度の時間をかけて戦力化する、
などの丁寧な努力をしていた。海外ビジネスや語学に長けた外部人材の採用というケース
もあるが、サービス産業、特に B to C 型ビジネスの場合はいかなる状況においても「現場
力」が重要視されるため、現場経験を踏まえなければどうやら海外現地では力量を発揮で
きないようである。
今後もサービス産業の海外展開は増加傾向にあろう。ということは製造業も含めると日
本の産業の多くが海外を志向するということでもある。そのためにもグローバル市場に対
応した人材とその候補を我が国全体として豊富に確保する必要がある。確保の手段として
製造業がこれまで培ったグローバル人材育成の経験をサービス産業に活用することは当然
だろう。
さらに考えるべきポイントがある。「グローバル人材」とはなにも英語や中国語を澱み
なく話し、高度な経営知識を活用して海外で仕事をする、ということだけではない。サー
ビス産業のグローバル化の現場では日本を代表する小売や流通、外食産業などの企業が
「日本的な高度なサービス」という不可視性の高い付加価値商材を、コンテクストの異な
る現地のスタッフに毎日忍耐しつつ理解させるまで教え続けるという泥臭い仕事がほとん
どとなる。製造業のみならずサービス産業を含む多くの業種•業態でグローバル人材が必
要となった我が国では、グローバル人材の育成や確保へ拙速に行動することなく、本当の
意味で「グローバルに仕事をすることとは何か」という啓蒙や教育を初中高等学校の各世
代で進め、量質ともに充実したグローバル人材とその候補の「裾野」を若年世代から早期
に広げる取り組みを喫緊に整備し実行することが求められよう。
- 24 -
(注−本稿は筆者個人の見解を示すものであり、筆者が所属する組織の意見を代表する
ものではない。)
i
ii
「第 2 回 我が国サービス産業の海外展開実態調査」 2013 年 3 月
調査結果の一部はジェトロのホームページで公開されている。
- 25 -
日本貿易振興機構
海外トレーニー制度を成功に導くために
株式会社ウィル・シード
グローバル企画グループ
マネジャー
藤森
亜紀子
[email protected]
日本企業におけるグローバル人材育成の必要性が高まる中、グローバル・マインドセッ
トを育む有効な手段として、海外トレーニー制度に注目が集まっている。
(株)ウィル・シー
ドは、この 1 年あまり延べ 20 社 50 名の海外トレーニーに対して、達成基準の策定や面談
によるモニタリング、現地での経験促進施策、擬似ビジネス体験(インターン)等の施策
を実施してきた。更に、海外トレーニー制度の実態を明らかにするために、早稲田大学ト
ランスナショナル HRM 研究所と共同で、2012 年度から 2013 年度にかけて、12 社への聞
き取り調査及び全国の従業員数 500 名以上の企業 3381 社を対象にアンケート調査(以下、
共同調査)を行った。共同調査の結果からは、海外トレーニーの派遣人数は、企業規模に
よってばらつきはあるものの増加傾向であることが分かっており、今後も積極的に導入し
ていく企業が増えることが想定される。
本稿では、共同調査及び海外トレーニーに伴走して見えてきた海外トレーニー制度の実
態について紹介すると共に、効果を高めるための取り組みについて検討したい。
海外トレーニーの派遣国は企業により様々で、派遣期間も 6 ヶ月以下の場合もあれば、2
年以上の場合もある等、幅が大きい。また、自社の海外拠点に派遣されるトレーニーもい
れば、関連会社に派遣されるトレーニーもおり、派遣先での業務が派遣前と異なるケース
も多く見受けられる。こういった多様性にも関わらず、多くのトレーニーが抱える課題に
は以下のような共通点が見られる。
・生活・業務環境の変化によって体調不良やメンタルダウンを起こしてしまう
・駐在員の小間使いとなり、本来の派遣目的(海外ビジネスで必要な知識・スキルや異
- 26 -
文化への適応力の習得)を見失ってしまう
・現地スタッフに対して自分のプレゼンスを発揮できず、なかなか信頼関係を結べない
・自分が「できる」範囲に業務領域・関心領域を限定し、安全地帯に留まったままで任
期を終えてしまう
・海外トレーニーとして得た経験を帰任後に国内業務で活かすことができず、不満が高
まる
多額の教育予算を投資しているにも関わらず、なぜこのような課題が生まれてしまうの
だろうか。この 1 年余り、200 社を超える企業の人事担当者と海外トレーニー制度について
議論を重ねてきたが、「海外に送りさえすればグローバルで活躍できる人材が育つ」「英語
さえできれば、グローバルでビジネスができる」と安易に派遣している企業が多いことに
驚きを隠せない。
共同調査からも明らかなように、海外トレーニー制度の対象者は 2 年目から 10 年目の若
手・中堅社員である。必ずしも、ビジネス知識や経験が豊富な年次とは言えない。彼らに、
「将来的にグローバルで活躍するために、海外に行って何でもいいから業務経験をせよ」
と言うだけで飛躍的な成長を期待するのは、乱暴だ。特に、派遣先の育成環境は、拠点の
事業フェーズやゼネラルマネジャー(GM)の考え方によって、その質が大きく異なる。例
えば、立ち上げ期の拠点に派遣されたトレーニーは、日本人の GM と現地スタッフの少人
数部隊の中で、営業から総務までの拠点運営機能に広く携わることで、日本ではなかなか
学ぶことができない、拠点経営の手法について実践を通じて学ぶことができる。一方で、
トレーニーが現地スタッフと営業同行することや昼食に行くことを GM が嫌い、せっかく
海外に派遣されても日本人に囲まれ、日本と近しい環境の中で業務を遂行するため新たな
学びを得にくいケースもある。
こういった育成環境は改善するに越したことはない。
「育成環境」と「本人の意識・行動」
が、育成効果に大きく影響するからだ。しかし、本社人事と海外拠点との力関係によって
は、本社人事から海外拠点への依頼や要請が難しいケースもある。そこで、育成環境の良
否に左右されることなく海外トレーニーを育成するためには、人事が、トレーニー本人に
派遣目的を深く理解させ、主体的に行動できるように指導しておくことが重要だ。具体的
には、①派遣目的②具体的ゴールイメージ③習得すべき知識・スキル④積むべき経験を明
確化して派遣者を送り出し、派遣期間中も①から④がぶれないようにモニタリングし続け
ることが効果的だ。
例えば、①が「近い将来の海外派遣要員育成」であれば、②に関しては、直近もしくは 3
年後(中期)を見据えて
どこで(勤務国)
どのような立場で(担当者・チームリーダー・マネジャー)
どのような場で(会議ファシリテーション・折衝・プレゼンテーション・メール・面談 )
誰と(現地スタッフ・日本顧客・現地顧客・現地パートナー)
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何ができる状態か(質疑応答・交渉・指示・教育)
を明確に伝えるのが望ましい。そうすることによって、③派遣先で習得すべき知識・スキ
ルが国に特化したビジネス知識の習得なのか、専門能力開発なのか、リーダーシップ強化
なのか、経営視点の獲得なのか等を派遣者が明確に理解することができる。④に関しては、
派遣者が③を派遣者自身で日常業務に落とし込むことが難しいため、人事からの支援が有
効に働く。例えば、リーダーシップ強化であれば、現地スタッフを動かすコツを学ぶため
に、社内改善プロジェクトを活用できないか、経営視点の獲得であれば、GM が参加する拠
点間ミーティングの議事録担当に志願できないか等と人事から派遣者に問うことで、日常
業務の中でスキル習得を行うことができる。
ここまで、派遣者に対して、①から④を明確に伝え続けることを強調してきたが、これ
らを派遣先(トレーナー)とも共有しておくことが人事の重要な役割の 1 つだ。派遣先と
の共有によって、トレーナーは派遣者のゴールを認識した上で業務アサインを行うことが
できるからだ。また、アサインした業務から何を学んで欲しいかを派遣者と共有できるた
め、育成効果の向上も見込まれる。
海外トレーニー制度に膨大な投資をする以上、
“海外に送ればグローバル人材が育つ”と
いう迷信は捨て、派遣者の教育効果の最大化を目指し、上述の①から④がどの程度具体的
に派遣者に伝えられているかを確認するところから始めてもらいたい。
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グローバルマインドセットを育む方法論
-「G-ship」「ミッションコンプリート」事例を交えた考察-
株式会社 JIN-G
代表取締役
組織人事戦略コンサルタント
ビジネス・ブレークスルー大学
経営学部グローバル経営学科
准教授
三城
雄児
[email protected]
グローバル人材育成は日系企業の重要な経営課題の 1 つであるが、一言で「グローバル
人材育成」といっても、取り組み内容は企業によって様々である。そもそも「グローバル
人材」というものの定義は、企業の事業内容に依存するので各社各様である。事業を展開
する地域、対象とする顧客層が違えば、開発したい人材も異なる。例えば、外需型といわ
れるビジネスの代表であるオフショア BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)企
業であれば、開発したい人材は日本の品質基準を理解し、業務をルール通りに遂行する現
地社員をマネジメントできる人材の育成が課題であり、グローバル人材の定義は、決まっ
たプロセスをどの地域でも徹底できる「指揮・命令型人材」かもしれない。一方で、消費
材やサービス業などの内需型のビジネスであれば、理念で従業員をまとめあげ、現地人が
現地のためにニーズに合ったビジネスを自律的に運営させる「支援・委任型人材」がグロー
バル人材と言えるかもしれない。さらに、製造業であれば・・・といった具合に、「グロー
バル人材」と一言でいっても、求める人材像も違えば、人材開発の手法も異なるのである。
日本におけるグローバル人材の議論は、こういったことを無視しておこなわれることが多
く、より事業を起点とした議論が必要と私は考える。しかし、グローバル人材育成の課題
として、日系企業の共通のテーマも存在する。それは「グローバルマインドセット」を育
むという課題である。本稿では、私が経営する株式会社 JIN-G で開発したグローバル人材
力診断「G-ship」とグローバル人材育成研修「ミッションコンプリート」を事例として紹
介しながら、グローバルマインドセットの育み方を提言していきたい。
- 29 -
グローバル人材として必要なスキルとはなにか
まず第一に、グローバル人材として必要なスキルについて考察したい。ここでは議論を
わかりやすくするために、主に日本人のグローバルビジネススキルに絞って検討したい。
【図 1】
図 1 にあるように、日本人はもともとビジネススキルを持っている。しかし、そのスキ
ルが、日本とは違う環境に移ったときに減少してしまう。この減少率が小さい人(時に増
加する人もいる)をつくるというのが、私たちのグローバルビジネススキル開発の考え方
である。
グローバルビジネススキルを左右する要素は人によって様々である。言語力がボトル
ネックになる人もいれば、専門性のなさがボトルネックになる人もいる。これら要素のう
ちどこが足りないか、どこを活かせるかを発見して改善していくことが、グローバルビジ
ネススキルを強化するために重要だ。
- 30 -
これらを体系的に示したのが図 2 である。
【図 2】
家の形をした図 2 の体系の最上位の屋根の部分にくるのが「グローバルビジネススキル」
これらを支える柱の部分に「言語力」「異文化理解・活用力」「グローバル教養」「グローバ
ル経験」がある。そして、大黒柱としての「専門性」が中央にくる。例えば、サッカー選
手はサッカースキルという専門性を突出して保有していれば、言語力や経験のなさを補う
ことができるため、グローバルでも通用する活躍ができる。ここで、一番大事な土台(基
礎)の部分にあるのが「グローバルマインドセット」である。グローバルマインドセット
という土壌が無ければ、いくら専門性が高くても、いくら言語力があっても、グローバル
ではパフォーマンスを発揮できない。例えば、英語とスペイン語ができて、国際法務の知
識があったとしても、本人が海外で仕事をしたいという気持ち(グローバルマインドセッ
トのひとつ)が無ければ、グローバルで活躍することはないだろう。このように、「グロー
バルマインドセット」はグローバル人材育成の本質的で共通的な課題なのである。
- 31 -
グローバルマインドセットをどう育むか?
グローバルマインドセットは、マインドの問題であるため、つかみづらい。そこで、グ
ローバル人材の 5 つのレベルを定義しながら、説明をしていきたい。
レベル 5・・・海外で実際に成果をあげることができる
レベル 4・・・海外で実際に業務を遂行できる
レベル 3・・・海外業務に必要な能力を持っている
レベル 2・・・海外業務に必要な知識を持っている
レベル 1・・・海外業務に興味を持っている
【図 3】
界
ビジネスで“世
を楽しむ”にはレベル4が必要
〈グローバル人材の5レベル〉
Level 5
成果を上げる
Level 4
海外で業務を遂行する
海外に出ても、気負うことなく、
自国にいるときと同じように、
業務を遂行する人材!
Level 3
海外業務に必要な能力を身につける
Level 2
海外業務に必要な知識を身につける
Level 1
海外業務に興味を持つ
いま日系企業に必要なグローバル人材が持っておきたいマインドセットは、レベル 4 で
ある。いくら知識や能力があるという自信があっても、パフォーマンスを発揮できるとは
限らない。実際に仕事ができるのだという自信がついてはじめて、成果を期待できる人材
となるのではないだろうか。
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ところが、従来のグローバル研修プログラムは、レベル 3 どまりのものが多く、レベル 4
のマインドセットができるプログラムがあまり存在していなかった。レベル 4 のマインド
セットを実現するには、海外でもビジネス成果をあげられるという自信を実体験の中で得
ることだと考えている。つまり、「ビジネス成果」「実体験」を重視したプログラム設計が
必要だ。しかし、従来のプログラムはビジネス成果というよりも学校教育の延長上にある
教養重視型が多く、体験というよりも理論や知識を教えるものが多い。
【図 4】
従来のグローバル研修では何かが足りません。
ビジネス成果重視
?
留
MBA
学
現
理
海外 地法人
での実務研修
論・知識重視
体験重視
留
異
語学
学
文化コミュニケーション
理
異
海外ボランティア
文化 解
グローバルマインド醸成
教養重視
例えば、世の中にある海外教育プログラムを例にあげると、語学留学や異文化理解プロ
グラムなどは、ビジネス成果というよりも教養を重視したプログラムであるし、MBA 留学
はビジネス成果を重視しているものの、実体験をする機会が乏しく机上の空論で終わって
しまうことが多い。
そこで、考えられたのが「ミッションコンプリート研修」というビジネス成果と体験を
重視したグローバル研修プログラムである。このプログラムは、ベトナムなどの新興国で
通常業務と同じように次から次へとミッション(仕事)が与えられ、期日(締切)までに
成果を出すことが求められる実践型海外研修プログラムである。語学研修や MBA と違うの
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は、リアルなビジネスを実体験するという点である。本プログラムは、グローバルマイン
ドセットを育むために最も重要なプロセスを設計したものであり、その手法は日本企業の
日本人のグローバル対応力強化に資するものである。
ミッションコンプリートにみられる 7 つの手法(MC Method)
ミッションコンプリートの手法は原則非公開のため、大切にしている 7 つの考え方をこ
こではご紹介する。参加者は、与えられたミッションを達成していく過程で以下のような
ことを実現していく。
1.
欲望を持たせる(ワクワク意識の浸透)
海外で業務をおこなう自分の姿を具体的に映像としてイメージできる状態をつくる
ことで、欲望として「グローバル人材になりたい」という想いを持たせる。
2.
危機感を持たせる(ドキドキ意識の浸透)
講義で危機感を持てと指導しても危機感は持たない。身近な同年齢の外国人と接す
ることで危機感を持たせる。具体的には、英語、ベトナム語、日本語、日商簿記 3
級を持ち、リーダーとして活躍している、など、同年齢であるのにスキルの高いビ
ジネスパーソンに会わせ、自分と比較させるということが有効である。意識の変革
は自分と比較可能な人材からの刺激によって引き起こされる。
3.
海外でお客さまに貢献する経験をさせる(お客さまサイドからの脱却)
語学学校、MBA 教育、海外視察旅行、海外でのフィールドワークなど、海外プログラ
ムは沢山あるが、どれも自分がお客さまになるプログラムである。しかし、ミッショ
ンコンプリートでは必ずお客さま役が存在し、お客さまからミッションがだされる。
自分がお客さまではなく、お客さまがそこにいて、期待を満たすか超えなければな
らないという環境に追いやることで、自分の殻をやぶって行動するきっかけを与え
る。夏休みの自由研究のように自分で課題を設定して、自分でそれを達成するとい
う自己課題設定ではなく、お客さまが存在し、自分ではない他人からの課題設定で
行動させる。
4.
成功体験を短期間で繰返すことで自信をもたせる(認知行動療法の活用)
研修受講中に受講生は 5 回から 6 回の葛藤状態を経験することになる。つまり、ミッ
ションを与えられたとき受講生は「挑戦するか」「挑戦しないか」という心理的選択
に迫られる。しかし、チームに迷惑をかけたくない、他のメンバーはみなが挑戦し
ているというシーンを演出することで、葛藤を乗り越え「挑戦する」という選択を
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受講生は選ぶ。そして、挑戦した結果、何らかの成果を必ず得る経験をさせる。こ
れを 2 回から 3 回繰り返すことで、
「挑戦することで良いことが得られる」という潜
在意識が受講生に生まれ、4 回から 6 回の後半のミッションでは、難易度のたかいも
のを提示しても、必ず挑戦する姿勢が見られるようになる。この成功体験の連続に
より、受講者は「海外でも自分は挑戦できて成果をだせる」という自信を持つこと
ができる。
5.
英語に対するメンタルブロックをなくさせる
英語を使わざるを得ない環境をつくることで、英語を使う経験をさせる。大学卒業
程度の英語力のあるものは、英語を使わざるをえない環境になると、巧拙はあるに
せよ挑戦してそれなりに話を理解できる。その結果、
「自分はある程度英語ができる」
という思考がうまれ、これまでの人生で培われてきた「自分は英語ができない人」
という認識に変化があらわれる。
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発行日
2013年6月1日
発行者
早稲田大学トランスナショナル HRM 研究所
〒169-8050
東京都新宿区西早稲田1-6-1
早稲田大学政治経済学部気付
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Fax. 03-3207-1037
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