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日本株レンディング市場の実証分析
市場流動性 日本株レンディング市場の実証分析 ―株券貸借モデルによる空売り規制効果の測定― 宇 野 淳 梅 野 淳 也 (日本証券アナリスト協会検定会員 〈CMA〉) 室 井 理 沙 目 1.はじめに 2.レンディングとデータソース 3.レンディング市場の実証分析 次 4.レンディング市場と株式売買市場の流動性に 関する連動性 5.結論 宇野 淳(うの じゅん) 早稲田大学 大学院ファインナンス研究科教授。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済 新聞社入社。QUICK総合研究所、中央大学商学部教授を経て、2004年4月から現職。06 年4月から08年9月までファイナンス研究科長兼ファイナンス研究センター所長。主な 共著書として『株式市場のマーケットマイクロストラクチャー』(日本経済新聞社、1998 年)で第42回日経経済図書文化賞受賞。Financial Analyst Journalから1991年Graham&Dodd (Scroll)を受賞。このほか『価格はなぜ動くのか』(日経BP社、2008年)。 梅野 淳也(うめの じゅんや) バークレイズ・グローバル・インベスターズ株式会社 インベストメント・グループ トレ ーダー。神戸大学経済学部卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。証券会社等 を経て、2006年よりバークレイズ・グローバル・インベスターズ株式会社にてトレーデ ィング業務に従事。共著に『価格はなぜ動くのか』 (日経BP社)、『計量アクティブ運用の すべて』 (きんざい)がある。 室井 理沙(むろい りさ) バークレイズ・グローバル・インベスターズ株式会社 セキュリティーズ・レンディング 部長。米国ミッドウエスタン・ステート大学卒業。証券会社を経て、2000年よりバーク レイズ・グローバル・インベスターズ・グループ日本法人にてセキュリティーズ・レン ディング業務に従事。07年より現職。パンアジア・セキュリティーズレンディング協会 (PASLA:アジア市場における証券貸付に係る市場慣行を整備し、証券貸付ビジネスの健 全な発展を推進するための業界団体)のエグゼクティブ・メンバー。 ©日本証券アナリスト協会 2009 19 本稿では、複数のレンディング市場関連データの違いについて詳細に検討し、レンディング市場の姿を的確に 反映しているデータに基づき、株券貸借市場の流動性を決定する要因の推計を行った。推計結果は、限定的では あるもののレンディング市場参加者の取引行動が、空売り規制強化の影響を受けた可能性を示唆している。また、 レンディング市場の流動性が上昇すると株式売買市場の流動性にもプラス効果があるが、空売り規制強化後には その効果が弱まった可能性があることを示す。 1.はじめに 売りを抑制すべきとの主張も見られる。例えば、 Lamont[2003]は、空売りが価格を押し下げ、 2008年後半以降、世界的に株式市場が混乱し 価格形成を不安定にしていると主張している。こ た状況下において、各国の規制当局により空売り のように、空売りが価格形成に与える影響につい 規制が強化された。日本の規制当局も足並みをそ ては完全に一致した見解が得られているとは言い ろえる形で、08年10月27日に空売り規制の強化 難い。 を発表した。この結果、既に講じられていた幾つ 国内株式市場におけるレンディング(株券貸 かの空売り規制(直前の価格以下での空売りを禁 借)市場の先行研究として、例えば一般貸借市場 止した価格規制等)に加え、売り付けの際に株 を対象とした鈴木[2005]が挙げられる。これは、 の手当てがなされていない空売り(Naked Short 分析対象としたデータ範囲が必ずしも国内レンデ Selling)の禁止(08年10月30日から実施) 、一定 ィング市場の全体像をとらえているとはいえず、 規模(発行済み株式総数の原則0.25%)以上の空 筆者らの知る限り包括的な日本株レンディング市 売りポジションの保有者に対する、証券会社を通 場の検証として定まったものはまだないと考えら じた取引所への報告の義務付けおよび取引所によ れる。空売りおよびレンディング市場の分析に際 る当該情報の公表(08年11月7日から実施)が しては、開示情報の乏しさが常に問題となるが、 新たに追加されることとなった。 日本においては証券取引所から制度信用残高に関 こうした規制強化が株式市場において空売 する情報が、証券金融会社からは制度貸借、証券 り を 抑 制 す る 効 果 に 関 し て、 例 え ば、Bris et 業協会からは一般貸借に関する情報が定期的に開 al.[2004]は、当局による空売り規制を含む空 示されており、他国に比べると情報開示が進んで 売りに対する制約がある国の株価形成は、そのよ いると考えられる。これらの開示情報を網羅的に うな制約がない(もしくは制約が緩い)国のそ 確認し、国内レンディング市場を概観するのは筆 れよりも非効率的であると指摘している。また、 者らが知る限り初めての試みである。 Saffi and Sigurdsson[2007]は貸株在庫残高や貸 東証が公表している日々の空売り比率(全約定 株フィーの実証分析を通して、空売り制約が市場 代金に占める空売り代金の比率、図表1)から規 の価格効率性を下落させると主張している(注1)。 制強化と空売り行動の関連性を見ると、08年10 これに対して、空売りは市場のボラティリティ 月より公表されている同比率は、空売り規制が強 を高め、市場を不安定にしていることから、空 化された08年10月末に一時的に低下しているよ (注1) このほかの代表的な研究については、Bai et al.[2006]などがある。理論論文としてはMiller[1977]、 Diamond and Verrecchia[1987]などを参照のこと。 20 証券アナリストジャーナル 2009. 6