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Page 1 特集:ポスト2015年開発戦略におけるガバナンス (名古屋大学
特集 :ポ ス ト2015年 開発戦 略 にお けるガバ ナ ンス
特集 によせて
木村
宏恒 。近藤 久洋
/横 浜国立大学
(名 古屋大学
Emaill
l
klmuぽ 凛 haptcr@y証 00 COjp/kOndolullsahlro@ン
)
躙■acjp
途 上 国開発 戦 略 にお けるガバ ナ ンス と開発 政治 学
本特集号 は、今 日の途上国開発戦略のなかで、グッド・ ガバナ ンス (良 い統治)が どのような全体像を
持つのかを明らかにすることを目的 とする (な お、グッド・ガバナ ンスはガバナ ンスに「すべ きJと い う
ニュア ンスが入るが、実際には区別 して使 われていないことが多 い)。 途上国開発戦略 については、現行
の ミレニアム開発 目標 (NIDGs)が 2015年 末 に終了するため、同年 9月 の国連総会決議 に向けて、2030
年 までの開発 目標をどう設定するのかをめ ぐって大規模 な議論が展開されている。ガバナ ンスは 1990年
代から開発戦略のなかで大 きな位置を占めてきたが、ポス ト2015年 議論の中でどうなっているかについ
ても論 じる。
ガバナ ンスは統治全体に係 る言葉 である。イギリスの開発政治学者 レフ トウイツチが言 うように、「政
治が国家 をつ くり、国家が開発をつ くるのであるJ(Lenwich 2000 191)。 世界は国家 を単位に成 り立って
いる。各国家は、政治が経済 と社会を仕切 って動 いている。ところが開発援助 は「内政不干渉原貝U」 のた
「内政不干渉」 とい う
めに政治問題には関与できない。国際開発 におけるグッド・ガバ ナ ンスの役割 は、
ニユ
ア ンスで、かつ全体像
壁の前 に、 ドナー側が非政治的な「行政管理」の枠内で議論す るなど、多様な
抜 きに語 られてきた。 しか し、学会で議論す る以上、国際開発の世界における議論を踏まえなが らも、
「 内政不干渉原則」 といつた政治的束縛から自由な、開発経済学、開発社会学 と並ぶ開発政治学 という政
治学理論の総体を踏まえたうえでのガバナ ンス議論が必要である。
新制度派経済学が大 きな影響力を持つ ようになつて以来、pollttd cconomyを 志向する経済学者 は多い。
プリンス トン高等研究所のダニ・ロ ドリックは、ダグラス ノース編著書のなかで言う。「グッド ガバ
ナ ンスは開発その ものと言っていいかもしれない。先進国はグッド・ガバナ ンスの要素 を備えている。途
上国の改革を成功させるためにはゲームのルールを変えなければならないのだ (Rodrlk 2008:1■ 18)。 J
しかしながら、政治学の側からの polidctt ccmomy視 点での研究は遅れている。
世界銀行 (以 下、世銀)が 、1980年 代 における構造調整政策の停滞原因 として途上国政府 の問題 に注
目す るようになってから、途上国の開発 におけるガバ ナ ンスと政府の役割 は 90年 代 の主要課題 にな り、
ミレニアム開発 目標 (MDGs)が 国連で決議された 211110年 頃には、開発戦略の中心的存在 になっていた。
以下の引用は、そのことを確証す る。 アナ ン国連事務総長は「 グッド・ ガバナ ンスは、貧困を撲滅 し、開
発を進める上で、おそらく最 も重要な要因である」 とい う認識 を示 した (llNDP 2002 Chaptcr 2冒 頭邦訳
「有効 に機能する国家 (c能 o
58)。 世銀『世界開発報告 1997:開 発における国家の役割』は、その 冒頭 で、
べ
ivc,atc)な くして、持続可能な経済・社会開発 は不可能である」と述 、イギ リス国際開発省 は 2006
「過去 40年 のアフリ
年援助自書 に同 じ文章を書いた (DfID 2000 21)。 2005年 のアフリカ委員会報告 は、
バ
ンスの
ガ
ナ
弱さと有効 に機
の
る。それは
1つ
事柄があ
カの歴史に生起 したあらゆる困難には、通底する
つ
・
・
能す る国家の欠如である。そして経済成長は、健全な経済的 社会的 法的枠組みを くる公共政策なし
「効
には、起 こらない とい うことである」と書いた (C8nmisslon for Attca 2005 24)。 国連経済社会局 は、
の重
せる
で
一
要性をも
つ
に
さ
うえ
最高
は、
る公
国を適切
機能
務員組織
率的で透明性 と説明責任 を持 責任あ
つ ものであ り、MDGsを 達成する政府戦略が実施される基本手段である」と書いた (m DESA 200■ 24)。
木付宏恒・ 近藤久洋 :特 集 :ポ ス ト2015年 開発戦略におけるガバ ナ ンス
EUの ある報告は、「途上国の開発が成功す るか否かを決定す るものは、途上国の政治であるとい うこと
はますます明 らかになっている (Me"r200)2)」 と論 じた。
2000年 以降、ガバ ナ ンスに関連する項 目は、開発援助の重点援助対象 となった。開発が遅れてい る紛
争国における平和構築、行政改革 と政府の効率化、法 司法制度整備支援、開発計画作成、財政運営、人
権、選挙、市民社会強化、アカウンタビリテイなどに関連する IcT強 化な どがそれである。
しか しなが らガバ ナ ンスは、MDGsで は省かれた。イギリスの国際開発分野の代表的 シンクタンクであ
るい crseas Dcvclopmcnt insinteが 書いているように「ガバナ ンスは今 日、開発を可能にし、NIDGs達 成
の決定的要因と認識されているにもかかわらず、MDGsの 枠組 はガバ ナ ンスに沈黙 している。その中心 と
なる理由は、 ガバナ ンスが本質的にセンシテイブな政治問題であるJこ とである (OD1 2012 1)。 世界各
国の 自由状況を監視する Frccdom Houscの 2013年 度報告が書いているように、世界には「 自由でがい国」
「部分的に自由な国Jも 58カ
が中国、ロシア、サウジアラビアなど47カ 国 (国 連加盟国の 24%)あ り、
国ある。国連での コンセンサスを形成するにあたって、人権や言論 結社 の 自由な どを合む政府のあ り方
や市民社会 との関係が広 く関係 して来ざるを得ないガバ ナ ンス問題の扱いがセ ンシティブになるのは避け
られない。
ポス ト2015年 開発 アジ ェ ンダ作 成準備 にあたって、沿基文 (Ban K‐ mOOn)国 連事務総長 は「大胆 で
現実的なJ戦 略 をつ くるよう要請 したが、開発 の 中心 にあるガバ ナ ンス 問題 は、「大 胆」 である必要があ
る一方で、
「現実的」であるためにはセ ンシティブな取扱いを要 し、矛盾をはらむことになる。lIN Systclll
″ ヵr
Task Tcall(国 連 60機 関 +世 銀、IMF)は 2012年 6月 に報告を出した はω厖″g″ ′乃″″ 翡θ〃ク
И″)。 GDP成 長中心か ら持続可能な開発 などを組み込んだより広い開発概念 について、報告は多分に元
世銀チーフエコノミス ト (1997∼ 2000)ス テイグリッツ (Joscph E Sightz)と llNDPの 『人間開発報告』
のイデオローグだったセ ン(Allnゥ a Sen)を リーダー とする学者グループの報告 (R9ο ″ ″ ″σO″ ″訥′
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″′隔 すもs,2010,邦 訳福島清彦訳 『暮 らしの質 をは
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′滋oЛ ″郎″
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′グ EC・ ο
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“いた。その報告を引き継 いだハイレベルパ ネル (Hlgh_
かる』2012年 、金融財政事情研究会刊)に “
依拠 して
tvcl Pancl Of Emillcllt pcsms m tllc Pos 2015 Dwelopmcnt Agenda。
各国首脳 ら27人 の著名人で構成)は 、
ロセス
の
プ
および 120カ 国と5,000の NG0
NIDGsと 磁o+20(2012年 6月 国連持続可能な開発会議)の
α
′PttF7sみ ″)。 報
との協議や世界大の世論調査を踏まえて、2013年 5月 に報告を出した レ ル ″ Cあ ら
告の主要執筆者 は、High lcvcl Pancl事 務局長のホー ミー・ハー ラースである (Homi KInaras。 ハーバー ド
大学経済学博士。世銀勤務 26年 )。
High‐ 1"el Panel報 告には3つ の前提があ ると言え る。 第 1に 、貧困 の構造変化 である。最貧困層は歴
史的な減少を遂げて 14億 人へ とMDGsの 半減 目標 を2008年 に達成 した。それと同時に、先進国か ら途
上国への民間資本投資 は援助額 を圧倒す るようにな り (2012年 で 4,010億 ドル対 1,300億 ドル)、 BRICS
や G20の 台頭 に象徴 されるように、途上国のかな りの国は新興国と呼 ばれるようになっていることが注
目される。同時に、現在 の MDGs達 成指標 は国別 に公表 されるが、世界の最貧困層 (1人 1日 PPP1 25
ドル以下で生活する者)は 、低所得国 (16%)よ り中所得国の国内格差による者 (72%)の ほ うが、人口
規模が大きいだけに多 く (BRICSの ブラジル、イ ン ド、中国、南アで 52%)、 貧困の構造が変 わって きて
いる。そのこともあって、今 日の貧困撲滅 は雇用 と不平等 (格 差拡大)の 問題 と結びつけられてきている。
世銀の『世界開発報告 2013:仕 事』 は、雇用政策 に取 り組んだ。世界の人口 70億 人中、就労人口は約 30
億人であるが、その うち農業や家内経営小事業に携 わる者や 日雇い労働者が 15億 人、失業中で求職中の
ものが (若 者 7500万 人を含む)2億 人、女性を中心 に就職をあきらめている就労年齢者 は20億 人弱 とい
うことである (同 邦訳 35)。 第 2に 、2012年 6月 のリオ ■20宣 言 を基礎に、2013年 1月 に発足 した国連
総 会 オ ー プ ン作 業 グ ル ー プ (Open wOrkhg Group of thc Ccncral Assemb,on SuStahabに Dcvclopmcllt
Coals)は 、持続可能な開発 目標 (SDCs)を ポス ト2015年 開発 アジ ェンダ と合体す る方向 で議論 を重ね
て きて い る。すなわち、持続可能な開発 は、経済、社会、環境 の三 本柱 をリ ンクさせた持続可能性 とし、
貧困撲減 を「不可欠 の要請」 とし、そのための経済成長 と雇用創 出の重要性 を主張 し、先進国 の人 々 とそ
れに追随す る途上国中間層のライフス タイルを変え る消費 と生 産 の持続可能性実現 、グ リー ン経済、気候
変動 と自然災害 リスクの対応 へ と運動 させている。第 3に 、MDGsの 不十分 な点に対す る反省 である。過
国際開発研究
第 23巻 第 1号 (2014)
去 13年 の MDGsは 大 きな成果 を上 げ た ものの、「最貧困層 や社会的 に排 除 された人 々 に十分 に到達す る
ことはで きなか つた。 グ ツ ド・ ガバ ナ ンスの重要性や、貧困削減 のカギ となる雇用 を生む経済成長 も入れ
られなか った。持続可能な生産・ 消費構造 も入 らず、環境 と開発 の統合 に結 びつ け られなか ったJ(High‐
1"cl Pand報 告 Exccutl■ c Sunmaw)と 総括 されている。
⑪ Gsの 8項 目を引 き続 き達成
そうした新情勢 とMDGsへ の反省 をもとに、Hlgh lcvcl Panel報 告 は、ヽ
回し、強化された燕ッ
にして附属文書
べ
つつ
(Appendix)に
の
を変え、12項
目
もそ 論理構成
す き目標 とし
の
のために
5つ
ェンダ
変革の柱 ttallsfOnll●
必要な
前進
′Pa懃 ″s″ ″ を軸に、2030年 までの開発 アジ
αあα
●On)を 前面に打ち出 したことに特徴がある (Exccutlve Sul― an)。
①誰 も 鰤DGs未 達成状態 に)置 き去 りにしない
②持続可能な開発 をコアにすえる
th)を 目標 にした経済構造転換
③雇用 と貧困層包摂的成長 (inclllsive gro■ ■
で
を持つ制度 (グ ッド・ ガバナ ンス)の 構築
と、
に
し開放的
説明責任
和
有効
機能
④平
パー
ー
ローバル・
シップの新たな強化
トナ
⑤グ
議論の焦点は、個々の MDG項 目の 目標を達成す ることではなく、社会を変革 し、世界を変革す るとい
うところに移っているとい うことである。それは、グローバル パー トナーシツプの新たな強化 (⑤ )を
推進力 として、経済 と政治の構造転換をはか り (③ ④)、 そのなかで貧困撲滅 と持続可能な開発 (① ②)
を達成す るとい う構図なのである。失業 は、貧困 と密接 に結びついた今 日の最大の社会経済問題であると
認識 される。今 日、多 くの国で、失業 は過去 40年 で最高の水準にある。とりわけ途上国は、低賃金をテ
コに輸出主導型開発を図るパ ラダイムの再考を迫 られている (lINCTAD 20111 C"crtiew)。 貧困肯U減 の焦
点は、1990年 代 のマイクロフアイナ ンスから今 日の雇用問題へ と明確 にシフ トしたとい うことができる。
マイクロフアイナ ンスでは、1万 円程度の資金を元手に貧困か ら脱出す るのは相当に困難であつた。 しか
し一旦雇用されれば、直に貧困線の上に行 くことができるのである。
この構想を生かす手段 としてヽDGs 8項 目を踏まえた 12日 標が提言されている。12日 標 とは、①貧困
撲減、②女性のエ ンパ ワーメ ン トとジェンダー平等の達成、③教育の質 と生涯教育、④健康、⑤食料安全
保障 と栄養、⑥水 と衛生、⑦持続可能なエネルギー、③雇用創出、持続可能な暮 らし、公平な成長、◎天
然資源の持続可能な管理、⑩ グッド・ ガバナ ンスと有効 に機能する制度、①安定 した平和な社会、⑫地球
環境 と安定 した金融、であ り、その下に多 くのサブ項 目があり、さらに検討が進められている。
ここで詳 しく書 く余裕 はないが、OECDは 、1996年 に 『21世 紀 に向けて :開 発協力 を通 じた貢献』を
出して MDGs各 項 目に数値 目標を設定す るなどの基本枠組をつ くったが、ポス ト2015年 開発戦略 につい
ても、所得で測った貧困概念に替えて llappinessと vttllbclllg(幸 福・健康な状態)を もとにした貧困概念
や、HL卜 lWel Pancl報 告の 5つ の変革の柱 を事前に提起 し、一連の国連関係報告書 の基本枠組 となる報
″
′Cο αお:%wα誅
告書 を出していることに注 目してお く必要がある (Bの ′厖θMI=輌″ Dθ ″″′″′
“
“ 12月 に出した年報 『開発協力
“
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あ。2013年 2月 )。 OECDが 同年
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θPの ´″」
OⅨつ の′″め″″ο
"″
報告 2013貧 困を撲滅す る (Dcvclopmcllt Co― opcratlon Rcpo“ 2013:Endlng Pov“ y)』 は、Higll level Pancl
報告や 『世界開発報告 2013仕 事』 と並び、ポス ト2015年 開発 アジェンダを考える際の基本文献 になると
思われる。MDGsの 成立過程 に関するヒューム (David Hulme)論 文が説明す るように、ポス ト2015年 国
連決議 は、実際に援助資金を出す ドナー側の団体である OECD開 発援助委員会 (DAC)の 承認 なしには
機能 しない。以上のポス ト2015年 に向けた諸準備文書 は、開発戦略の全体像 を追求 し、当然 ガバナ ンス
は 1つ の柱 になっている。
′ げ 4″ ″ ヵ″
2013年 7月 に出された国連におけるポス ト2015年 に向けた事務総長の経過報告 (И ′
α
″)は 、MDCsの 現状 とHigll lc■ cl Panel報 告 を下敷 きにし、ガバナ ンスの具体的な内容を各所 にち りば
めなが ら、冒頭の Summaり および最後の提言 (ltcml16)で は Peace and Govcmallce項 目を省いている。
「 ポス ト2015年 の開発枠組 に関する国連合
上記の UN Systcm Task Tcam報 告が結論部分で言うように、
」ポス ト2015年
意文書 は妥協 になるかもしれない。そ こにいたる討議 は、結果 と同じ程度に重要である。
High―
levcl
Pancl報 告な ど
い
は、
。先進各国や関係機関
で理解
してはならな
開発戦略 はその国連決議だけ
のタイ
トルを「 ポス
ことで
とい
ある。本特集
う
を基礎にした開発協力を展開 してい くことになるだろう、
木村宏恒・近藤久洋 :特 集 :ポ ス ト2015年 開発戦略 におけるガバ ナ ンス
卜2015年 開発 アジェンダ」とせず に「開発戦略」としたのも、
「アジェンダJで は妥協 の産物 とな り、グッ
ド・ ガバナ ンス など国際開発戦略のあるべ き全体像 とはかけ離れた内容になる可能性が大だからである。
2000年 の国連 ミレニアム宣言第 13項 目は「 それらの 目標 の達成は各国および世界 レベ ルのグッド・ ガ
バ ナ ンスにかかっている」 としなが ら、NIDGs項 目では省かれたが、それをもって NIDGsは 開発戦略の
中心に社会開発 を設定 したのであると理解す ると、世銀がなぜ NIDGsに 賛成 したか説明できない。 しか
も NIIDCsは 、世銀 のマー ク・マ ロ ック・ プラウン (Mark Ma10ch Brown)副 総裁 (1994∼ 99年 )が tNDP
総裁 (1999∼ 2005年 )に 就任 してその下で同意 した ものである。経済開発 に大 きな比重 を置 い て きた世
銀 と人 間開発 とい う形 で社会 開発 に大 きな比重 を置 い て きた llNDPの 人事 をア レンジ し、 コンセ ンサ ス
を推進 したの はア ナ ン (Ko■ Annan)国 連事務総長 (1997∼ 2006年 )で あ った。国連 シス テ ム と世銀 の
基本 を流れる共通志向は次 の ような もので ある。「貧 困削減 の基盤 となる経済成長 の鍵 は政 府 の能力 にあ
る。政 府 は決定的な経済的役割 を持 つ。政府 は、企業家精神 を促進 してその環境 を整 え、外 国資本投資を
誘致 し、基礎的イ ンフラを整 え、人的資源 を開発 しなければな らない (Calnmak 2000 33,37)。 」
一見する と社会開発中心に見える MDGsは 、このような開発戦略全体の中で理解する必要がある。世
銀 もいODPも 、開発戦略の全体像についての共通認識を持ち、政治、経済、社会の三本柱 を開発戦略の
基本に据えていた。世銀の ミレニアム開発政策である 『世界開発報告 20001貧 困 との問い』 は、
「貧困削
減を成功させる際に中心 となるのは国の経済発展である」と第 1に 経済の重要性を強調する。続いて、
「国
は、収入を増やし、それを再配分する能力をもつので、特に基本的社会サービスやイ ンフラの提供におい
て中心的役割を担 う」 として、経済 と政治の相互補完性が提示 される。そして、
「多 くのサー ビスにおい
ニ
ー
て、提供役である国の役割は、市場 メカ ズム、市民社会、民間セクタ によって補われJ「 地方でのサー
ビス提供については、貧困者 とコ ミュニテイを関与 させることによ り、効果に強力な影響を及ぼす ことが
可能である」 として、開発戦略 における経済、政治、社会各要素の結合を提示 した (世 銀 2000邦 訳 6ト
70)。 tlNDPの 『人間開発報告書 2002:民 主主義を深める』 (邦 訳は『ガバ ナ ンス と人間開発』
)の 「はじ
めに」でプラウン総裁 (前 世銀副総裁)は 言う。
「今年の『人間開発報告書』でまず第 1に 伝えたいこと、
それは開発を成功に導 くうえで、政治は経済と同じように重要であるとい うことである。
」「今年の報告書
の中心的なメッセージは、効果的なガバナ ンスは人 間開発 の中心をなす。 F最 も広 い意味での民主政治』
にしっか り立脚す る必要があ るとい うことであるJと 書 いている (邦 訳 ■―市)。 そ して、「経済成長 と社
「教
会正義Jの 両立、経済成長と「PrO‐ Pool」 をつなぐものは、民主的ガバナ ンスであることが言及され、
育 と保健医療への投資 と公平な経済成長の促進は開発の 2つ の柱だが、民主的ガバナ ンスは人間開発戦略
の第 3の 柱である」 (邦 訳 61、 69)と 述べ、社会開発 と経済成長 とガバ ナ ンスを、開発 の三本柱 としてい
るのである。2008年 の世界不況は、NIDGs促 進における経済成長の重要性 を明確 にした。途上国の貧困
削減における経済成長の重要性は、今 日、文字通 りのコンセンサスである。 したがって、良い政府の第 1
の任務はいかに経済成長支援政策を行 うかであ り、第 2に 成長の成果をどう配分 し、社会開発を促進する
かである。そのためには、第 3に 、政府 自体がグッド・ガバナ ンス を促進できるような体制にすることが
肝要である。さらに、持続可能な開発が第 4の 柱 として入 ることになる。
2
本 特集 の構 成
本特集のガバナ ンス論 も、以上のような開発戦略の全体像の中で展開してはじめてその意義が理解でき
る。ポス ト2015年 におけるガバナ ンスの位置 を理解するため、本特集号は下記のように展開する。
総説の木村会員論文 は、
「 ガバナ ンスの開発政治学的分析― 『統治』 と『共治』の関係を見据えて一」
と題 し、日本で普及 しているガバナ ンスの「共治」的理解は先進国の地方政府 レベルにおけるガバナ ンス
の下位概念の議論であ り、途上国の開発で問題となるのはナシ ョナ ル・ レベルのガバナ ンスであると指摘
す る。そして、国際開発の世界で論 じられてきた「良い統治Jと してのガバナ ンス議論に焦点を当てて整
理 し、援助対象 のガバナ ンスだけではな く、途上国の開発の全体像を政治学的に分析する必要を論 じてい
る。そしてガバナ ンス概念は、経済成長か ら貧困削減、持続可能な開発 までの全体を通 じて政府の役割の
不可欠な重要性 を浮かび上が らせるものとして、ポス ト2015年 の開発戦略のなかに位置づ け られている
国際開発研 究
第 23巻 第 1号 (2014)
ことを論 じる。
続 く2本 の論文は、ガバナ ンス支援 のマクロな流れを論 じ、ポス ト2015年 の新展開を俯睡するもので
ある。杉浦会員論文の「デモクラシー重視の開発援助一 ポス ト2015年 へ向けた民主的ガバ ナ ンスの評価
と援助戦略―Jは 、ポス ト2015年 の議論 のなかで展開される (民 主的)ガ バ ナ ンスに向けた支援 とい う
大 きな展開をデモクラシー重視の観点から考察す る。具体的には、デモ クラシー と (民 主的)ガ バナ ンス
の概念の関係を整理 した上で、デモクラシーにとって重要な要素が、どの程度、またどのように、ポス ト
2015年 の議論や各国の開発戦略、国際 アクターの開発援助戦略 に取 り入れ られているかを検証す る。そ
の結果、
「民主的」 とい う語の有無 にかかわらず、デモ クラシー と関連す る要素が織 り込まれることも多
いが、開発援助戦略が等 しくデモクラシー重視 となっている訳でもないことが示される。また、デモ クラ
シー評価 の低い国は、デモクラシーに関連する要素を評価項 目として取 り上げることに消極的であるもの
の、かといって民主的とされる国ほど、開発戦略にデモクラシーで重視 される要素を取 り入れているとも
限らない。但 し、開発戦略・ 開発援助戦略でデモクラシーない し民主的ガバナ ンスを取 り上げることで民
主化が促進される訳ではなく、民主化 のプロセスは複雑である。援助供与国・機関 と援助受入国政府が、
相互に合意できる巧妙な方法で、実質的に民主化 に開発援助が貢献できるように工夫す ることも、今後検
討されるべ きとす る。
「『民主的開発国家』 は可能か―紛争後 の4カ 国の経験―」 (稲 田会員論文)は 、 ガバ ナ ンスの意味 とポ
ス ト2015年 の開発 目標 の議論の行方 を、紛争後の 4つ の国々を事例 として検証す るものである。カンボ
ジア、ルワンダ、ア ンゴラ、モザ ンビークでは、紛争後に複数政党市1に 基づ く選挙が実施されたものの与
党による支配が強化 され (「 民主的ガバナ ンスJの 停滞・後退)、 その一方で、行政機能が次第に強化 され
経済運営が改善 される中で (「 開発 ガバナ ンス」の向上)、 経済開発 とい う面では着実な成長 を達成してい
「 ワシン トン・コン
る。そ こには共通性があるが、経済開発 の要因は一様ではない。 これらの事例 には、
・
センサスJと 対称 をなす「中国型開発モデル」
「北京 コンセンサス」が影響 しているという議論があるも
のの、中国 ファクター とこれらの国々の政治体制・与党支配強化・汚職 といった「民主的ガバナ ンス」の
指標 との間には必ず しも明瞭な因果関係は見 いだせ ない。また、ポス ト2015年 の開発 目標 でガバ ナ ンス
の改善が 目標 とされる場合、モニ タリング指標 として誰が何をチェックするかとい う点が争点となると指
摘する。
① Gsに 内在す る トレー ドオフー」
小林会員論文の「『ガバナ ンスを通 じた貧困削減』 の現実的妥当性一ヽ
も、 ガバナ ンスを二元的に捉えることか ら議論を始める。すなわち、ガバナ ンスの要素には、第一 に、公
共投資や コ ミットメントを通 じて公共財供与を行うための行政能力 (行 政 ガバナ ンス)と 、第二に、人々
の分散化 されたニーズとい う短期的利益 に応答す るもの (民 主的ガバナ ンス)に 分け られる。この二元論
的なガバナ ンスの双方を改善で きたのは、 占領下での大規模援助を受ける特殊事例 (イ ラクとアフガニス
タン)に 留まることが明らかになる。資源国 (イ ン ドネシア・ニジェール)で は、行政 ガバナ ンスの現状
維持 に対 して民主的ガバナ ンスが改善 し、無資源国 (ル ワング・ グルジア)は 、行政 ガバナ ンスが改善し
つつ も民主的ガバナ ンスは現状維持的であった。他方、民主的ガバナ ンス を犠牲にして行政 ガバナ ンスを
改善 (開 発国家化)し た事例 (エ チオピア・ カザフス タン)や 、行政ガバナ ンスを犠牲にしなが ら民主的
ガバナ ンスを推進した事例 (ベ ルー ケニア)も 見 られる。貧困肖U減 のための二種類 のガバナ ンスの間に
はジレンマがあるのであ り、どのような開発課題を重視するかによって必要 とされる国家能力・ ガバナ ン
スが異なる。つ まり、ポス トMDGsに おいてもガバ ナ ンスー般の重要性が訴え られてはい るが、国 。社
会・時代 によって対象 とす る開発課題が異なる以上、地域 の特性 と課題 に応 じたガバナ ンスの多様なあ り
方 を模索する以外にないのである。
続 く3論 文 は、これまでの国際開発・援助潮流の なかで、進め られてきた一元的な理解を批判的に捉
え、示唆に富む事例からオルタナテイブや条件を模索するものである。
「法
「『法の支配』 はどのように開発に貢献するか一開発における法の役割再考―J(志 賀会員論文)は 、
の支配」を巡る支配的言説 には、政府の役割を限定的l‐ 解私す る新命1度 派経済学派および英米流の「法の
支配」のあ り方が強 く影響 してお り、その結果、開発 における法制度の役割の理解が限定的で不十分なも
のに留まっていること、英米以外 の国々の文脈に即 した法制度のあ り方の議論が必要 となっていることを
木村宏恒 近藤久洋 :特 集 :ポ ス ト2015年 開発戦略 におけるガバ ナ ンス
指摘する。そ こで一例 として、 日本の高度経済成長期を支えた要因 として注 目された産業政策および緊密
な官民関係を巡る法制度に注 目する。そ こでは、機動的で柔軟な行政 を可能にするため議会制定法では詳
細な規定は置かれなかったが、曖味さを残す法律の具体的意味を巡って官民が継続的に交渉 し妥協するな
かで、両者の長期的信頼関係が醸成されたほか、民間アクターの意に反す る政府の恣意的行動も抑市1さ れ
たことが示される。
「国家建設 とポス ト2015年 開発戦略 において問われるガバナ ンス支援― シエ ラレオネにおける地方自治
制度改革を例 に一」 (西 川会員論文)は 、一元的な国際開発援助政策に対 して、問題ある事例か ら批判的
検討を行 うものである。論考 は、ポス ト2015年 にお ける国家建設の課題 を特定するため、MDGs達 成が
難航 した脆弱国に焦点を当てる。具体的には、内戦経験国のシエ ラレオネにおいて、内戦へ とつ ながった
中央政府 と地方の関係 を改革す るために導入 された地方分権 (自 治制度)改 革を分析し、国家建設におけ
るガバナ ンス支援 について論 じる。シエ ラ レオネでは、伝統的なチーフダム制度の政治過程が制度の趣旨
と異なって作用 してお り、制度機能の実体が伴わない状況がある。シエ ラレオネの地方自治制度改革は、
分権化 によってチーフ (地 方首長)の 権力を抑制せず、地方政治だけでなく国家建設そのものを困難にし
ている。従 つて、ポス ト2015年 におけるガバ ナ ンス支援では、脆弱国でみ られるイ ンフォーマルな政治
経済構造 と社会関係 を精査 し、その変容 を踏まえた国家建設 をいかに行 うのかが問われると指摘する。
「開発途上国の市民社会論再考―市民社会の有効性 を阻害・促進す る条件 は何 か―」(近 藤会員論文)は 、
「市民社会への一般的な期待を現実の経験的事例 にもとづいて批判的に検討 し、同時に市民社会の有効性
を左右する条件を模索する」
。市民社会は、民族・宗教・地域 といった社会的文脈 に埋め込まれ、限定的
な公共性を持つことに留 ま り、かつ市民社会組織間の競争や政府との関係 といった政治的文脈に埋め込ま
れている。そこで、
「成功事例」 とされるバ ングラデシユ・ フィリピンの市民社会組織 を分析 し、両国の
市民社会組織が指向する公共圏が コ ミュニテイ・ レベ ルに限定され、国家 レベルでの公共圏にまで重層
化・拡大されないため、「成功事例」が点在 していること、今後 は単 に市民社会 の役割を強調す るのでは
なく、各結社の公共圏拡大や、政府 とのパー トナーシップが重要となることが論 じられる。
ポス ト2015年 開発戦略では、ガバナ ンスの役割 の横断性 を踏まえつつ、有効なガバ ナ ンスの多様性 に
関す る理解を更に深めるような議論・研究・実践が求められることになろう。
引用 文 献
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