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米国が導入する外国銀行規制
みずほインサイト 米 州 2014 年 5 月 9 日 米国が導入する外国銀行規制 金融調査部主任研究員 差別的な措置として欧州は強く反発 03-3591-1417 佐原雄次郎 yujiro. [email protected] ○ 2014年2月、米国の連邦準備制度理事会は、ドッド・フランク法に基づく、大規模な米国の銀行持 株会社と外国銀行に対する規制・監督を強化するルールを公表した ○ 米国内非支店資産500億ドル以上の外国銀行に対しては、米国子会社を統括する中間持株会社の設 置を義務付け、米国の銀行持株会社と同等の健全性要件を課す内容(2016年7月適用開始) ○ 欧州委員会のバルニエ委員が「欧州の銀行を米国の銀行よりも不利に扱うような差別的な措置は受 け入れられない」とコメントするなど1、欧州は強く反発 1.外国銀行にとって負担の大きい内容となった背景 2014 年 2 月、米国の連邦準備制度理事会(以下、FRB)は、米国における包括的な金融規制改革法 として 2010 年 7 月に成立したドッド・フランク法に基づく、大規模な米国の銀行持株会社と外国銀行 (Foreign Banking Organizations:FBO)に対する規制・監督を強化するルールを公表した。ところ が、大規模な外国銀行にとっては負担の大きい内容であったため、外国銀行を不利に扱うような差別 的な措置であるとして欧州は強く反発している。外国銀行にとって負担の大きいルールとなった背景 にはどのような経緯があるのだろうか。 図表 1 2008 年の金融危機では、金融システム上 重要な金融機関の経営悪化が、内外の金融 市場を通じて伝播し、実体経済に深刻な影 2008年9月 リーマン・ショック 2010年7月 銀行の自己資本規制の強化を含む包括的な金融規 制改革法としてドッド・フランク法が成立 2011年頃 ドイツ銀行・ バークレイズなど、一部の外国銀行にお いて、組織変更など規制回避を目的とした動き 2012年11月 FRBのタルーロ理事がFBO規制の導入方針について 発言 2012年12月 FBO規制ルール案公表、意見募集 2013年4月 意見募集期限 2014年2月 FBO規制最終ルール公表 2016年7月 FBO規制適用開始(予定) 響を及ぼすおそれがあることが明らかにな った。このため、金融危機後の国際的な金 融規制改革では、金融システム上重要な金 融機関の規制・監督の強化と国境を越えた 破綻処理への対処に取り組むことが合意さ れている。金融危機の影響が大きかった米 国においても、銀行に対する厳しい規制・ 監督を求める世論も踏まえて、大規模な銀 行持株会社に対して厳しい健全性基準を設 FBO 規制に関する主な経緯 (資料)FRB 資料、各種報道よりみずほ総合研究所作成 1 けることがドッド・フランク法に盛り込まれた。 一方、FRB のタルーロ理事によると、1990 年代半ば以降、米国における外国銀行の業務は、規模と 複雑さを増しつつ、短期金融市場での米ドル資金調達への依存を深めていった2。その結果、2008 年 の金融危機の際、資金調達の脆弱さや親会社からの支援の不足により、多くの外国銀行が FRB による 緊急の流動性供給を大量に利用する事態に陥った3。このことは、米国の金融システムの安定を確保す るには、米国の銀行に対して厳しい健全性基準を設けるだけでは不十分であり、外国の銀行に対して も米国の銀行と同様に厳しい健全性基準を設けることが必要であるとの認識につながった。 また、米国において金融危機後の規制改革の一環として自己資本規制の強化が進められる中、米国 での事業規模の大きいドイツ銀行やバークレイズをはじめとする外国銀行の間で、米国内の子会社を 米国の金融持株会社の傘下から本国の親会社の直下へと移すといった組織変更など、米国の銀行持株 会社と同等の自己資本要件を課されることを回避しようとする動きが見られた4。このことは、米国事 業の組織構造に関して外国銀行に大きな裁量を与えてきたそれまでの規制・監督のあり方についても、 銀行間で一貫性を確保できるように見直すべきとの認識につながった。 こうした経緯を踏まえ、FRB は、2012 年 11 月、一定の大規模な外国銀行に対して、米国事業(支店 を除く)を統括する中間持株会社の設置を義務付け、米国の銀行持株会社と同等の規制・監督の対象 とする方針を示した5。そして、同年 12 月、大規模な外国銀行に対する規制・監督を強化するルール (以下、FBO 規制)の案を公表し、意見募集を実施した。外国銀行にとって負担の大きい内容であっ たことから、欧州を中心として国外から大幅な変更を求める意見が寄せられたものの(詳細は後述)、 2014 年 2 月、当初案の内容がほぼ維持された内容で、大規模な米国の銀行持株会社に対する規制・監 督を強化するルールとともに、最終ルールが公表された(前ページ図表 1)。 2.米国内非支店資産 500 億ドル以上の外国銀行に大きな影響 次に FBO 規制の具体的な内容について概説する。FBO 規制は、外国銀行の資産規模に応じて、以下 図表 2 米国 IHC の設置に関する要件(米国内非支店資産 500 億ドル以上が対象) 項目 内容 米国IHCの設置義務 米国中間持株会社(米国IHC)の設置、米国子会社を米国IHC傘下に集約 米国の銀行持株会社に対する厳しい自己資本要件(※)と同等の要件を充足する必要 ※代表的な要求水準は以下の通り(各種上乗せあり) (1)リスクベースの自己資本比率・・・普通株等Tier1比率7%(最低比率4.5%+バッファー2.5%) 米国IHCに対する (2)レバレッジ比率・・・①バーゼルⅢと同様にオフバランス資産を含む指標で3%、②米国独自のオフ 自己資本要件 バランス資産を含まない指標で4% (3)CCAR(包括的な自己資本分析・レビュー)対応・・・資本計画を策定し、普通株等Tier1比率5%超 その他資本要件を最低9四半期にわたり充足可能であることを示す必要 (4)ストレステストの実施・・・FRBによるテストを年1回、自社テストを年2回実施する必要 (資料)みずほ総合研究所作成 2 のような様々な健全性基準を設けている。適用開始日は、一部の規定を除き、2016 年 7 月 1 日であり、 対象となる外国銀行はそれまでに FBO 規制が求めている事項に対応できる体制を整備する必要がある。 (1)米国での中間持株会社の設置に関する要件(米国内非支店資産 500 億ドル以上が対象) 米国内非支店資産(支店分を含まないベースの資産規模)が 500 億ドル(約 5 兆円6)以上の外国銀 行に対しては、銀行間で一貫性のある規制・監督を実現することを目的として、米国事業(支店を除 く)を統括する中間持株会社(以下、米国 IHC)の設置義務を課している。さらに、設置された米国 IHC に対しては、米国の銀行持株会社と同等の条件での、自己資本要件の充足、自己資本ストレステ ストの実施、資本計画の策定を求めている(前ページ図表 2)。例えば、オフバランス資産を含む指 標で 3%以上を確保することが国際合意となっているレバレッジ比率については、米国独自の要件と してオフバランス資産を含まない指標で 4%以上を確保することを求めている。また、資本計画を策 定し、普通株等 Tier1 比率 5%超の確保その他資本要件を最低 9 四半期にわたり充足可能であること を示す必要があるなど、負担の大きい内容となっている。 (2)流動性要件、リスク管理要件等 合算米国内資産(支店分を含むベースの資産規模)が 500 億ドル以上の外国銀行に対しては、キャ ッシュフローの予測、緊急時の資金調達計画の策定、流動性リスクの測定、流動性リスク監視のため の手続きの制定など、流動性リスクの管理を求めるとともに、流動性ストレステストの実施やストレ ス発生時においても一定期間耐えられるだけの流動性バッファーの保持を求めている(図表 3)。例 えば、キャッシュフローの予測については、短期予測は日次、長期予測は月次で行うことが求められ、 流動性ストレステストについても、複数の対象期間について複数のシナリオに基づいて実施すること が求められるなど、頻度・量ともに実務に大きな負担のかかる可能性の高い内容となっている。 また、グローバルベースの連結総資産が 500 億ドル以上の外国銀行に対しては、米国リスク委員会 図表 3 外国銀行の 規模 項目 FBO 規制の概要 連結総資産( グローバルベース ) 5 0 0 億ドル以上 合算米国内資産5 0 0 億ドル以上 米国内非支店資産5 0 0 億ドル以上 米国内非支店資産5 0 0 億ドル未満 合算米国内資産 5 0 0 億ドル未満 米国IHCの設置義務 米国中間持株会社(米国IHC)の設置 米国IHCに対する ・米国の銀行持株会社に対する厳しい自己 自己資本要件 資本要件と同等の要件を充足する必要 対象外 流動性要件 ・流動性管理・・・キャッシュフローの予測、緊急時の資金調達計画の策定、流動性リスク の測定等 流動性ストレステ ・流動性ストレステストの実施(月1回) ストの結果の報告 ・流動性バッファーの保持・・・①米国IHCとしてストレス下のキャッシュ必要額30日分(該 (年1回) 当する場合)、②米国支店として14日分、それぞれ流動性の高い資産で保持する必要 リス ク管理要件 米国リスク委員会の設置および米国最高リスク責任者の指名を含む、リスク管理に係る リスク管理に係る 体制整備 体制整備 母国の自己資本要 件の遵守 ・バーゼル委員会の枠組みに準拠する母国の自己資本基準の充足、FRBへの報告 ・一定の条件を満たした母国のストレステストの枠組みの遵守、FRBへの報告 (資料)みずほ総合研究所作成 3 や米国最高リスク責任者の設置7など、リスク管理に係る体制整備のほか、バーゼル銀行監督委員会(各 国の中央銀行総裁によって設立された銀行監督に関する国際的な基準・指針を策定する組織)の枠組 みに準拠した母国の自己資本要件を充足していることの FRB 宛報告を求めている。 3.差別的な措置として欧州は強く反発 上述の通り、FBO 規制は一定の大規模な外国銀行にとって負担の大きい内容であることから、2012 年 12 月に当初案が公表された際、欧州を中心として米国外の金融当局は FRB に対して大きな懸念を表 明した。具体的には、国際合意に適合した母国要件を充足している外国銀行の米国拠点に対して、追 加的な負担や手続きを設けるべきではないという考えを示すとともに、外国銀行のグローバルベース での管理が妨げられる点や、グローバルな金融システムが分断される点等を懸念する内容の意見を寄 せた。大規模な外国銀行に生じる追加的なコストについても、欧州委員会が、①米国 IHC の設置・維 持に係るコストやガバナンス・リスク管理の基準を遵守するためのコスト、②米国 IHC レベルで厳し い健全性要件を遵守するためのコストや追加的な報告負担に係るコスト、③グループレベルでの資本 管理・流動性管理の柔軟性を失うことによるコスト、を指摘するなど8、コスト増大により外国銀行が 競争上不利な立場に置かれる懸念を表明した(図表 4)。 そして 2014 年 2 月に FRB が当初案の内容をほぼ維持して最終ルールを公表した際も、欧州委員会の バルニエ委員が「欧州の銀行を米国の銀行よりも不利に扱うような差別的な措置は受け入れられない」 とコメントするなど、FBO 規制の影響を大きく受ける銀行を多く抱える欧州は強く反発した。 これらの批判に対して、FRB のタルーロ理事は、外国銀行に対する監督について、バーゼル委員会 が現地国による監督を重視している(母国によるグローバルな連結ベースでの監督だけでは不十分だ 図表 4 FBO 規制に対する各国の意見 米国の主張 米国外からの懸念 グローバルな金融システムを分断するものであり、経 済に悪影響を及ぼす グローバルベースでの効率的な流動性管理を阻害 世界の金融システムに対して米国ができる最大の貢献 は、米国の金融システムの安定を確保すること 国際合意に適合した母国要件を充足している外国銀行 の米国拠点に対して追加的な負担や手続きを設けるべ きではない バーゼル委員会は、外国銀行に対する規制・監督のあ り方について、現地国による規制・監督を制限する方向 で議論しているわけではなく、むしろ母国とホスト国の 両方が責任を持つべきであることを主張している 外国銀行にとって不利な内容であり公平な競争環境を 阻害 既存の規制・監督の下、一部の外国銀行の資本は小さ く、金融システムの安定性の観点からも米国において 十分な資本を保有している米国内外の競合他社との公 平な競争の観点からも不適切 国際合意と整合的ではなく、独自性が強い バーゼル委は自己資本要件の最低水準を示している のであり、上限を示しているのではない 新しい種類の規制の創造というよりはEUの方法の追従 に近い (資料)金融庁資料、日本銀行資料、欧州委員会資料、FRB 資料よりみずほ総合研究所作成 4 と考えている)ことは明らかであるとの考えを示すとともに、「世界の金融システムに対して米国が できる最大の貢献は、米国の金融システムの安定を確保すること」と述べている9。 4.今後の見通し 今回示された最終ルールには含まれなかったが、2012 年 12 月の当初案には、外国銀行に適用する 規定として、単一与信先に対するエクスポージャーの制限やドッド・フランク法第 166 条に基づく早 期是正措置の適用に関する規定が含まれていた。これらについては、引き続き検討中であり、別途ル ールが示される予定となっている。 FRB は、米国 IHC の設置義務など最も厳しい健全性要件が課される米国内非支店資産 500 億ドル以 上の外国銀行は 15~20 行程度になると想定している。対象となる外国銀行は各行とも具体的な対応を 始めており、ドイツ銀行が米国部門の資産を圧縮する計画を立てていることが報じられているほか10、 三菱 UFJ フィナンシャル・グループも米国事業の組織変更を行う方針を示すなど11、対応方針の一部 が明らかになっている銀行もある。 FBO規制は、米国における銀行間の競争において米国の銀行を不当に有利にするものではなく、また、 銀行の破綻処理に関する国際協調が進展途上であることや銀行間で一貫性のある規制・監督を実現す ることの重要性等を踏まえれば、一定の必要性も認められる。しかし、他国においても外国銀行に対 する独自の規制・監督を導入する同様の動きが広がれば、各国でそれぞれ異なる規制・監督が適用さ れることで、国際的に活動する銀行のコストの増加やビジネス上の制約につながり、世界各国の経済 成長を促進するグローバルな金融活動が抑制されるおそれがある。したがって、仮にこのような動き を認める場合でも、各国間で規制・監督の内容に大きな差が生じないようにする方向で調整するなど、 金融システムの安定性向上だけではなく、経済への影響も重視して、銀行に対する規制・監督の国際 的な枠組みを整備していくことが望ましいと言えよう。 1 THE WALL STREET JOURNAL 2014 年 2 月 18 日付記事 “Fed Sets Rules for Foreign Banks”など。 FRB タルーロ理事の 2014 年 2 月 18 日の声明“Opening statement by Gov. Daniel K. Tarullo” (http://www.feder alreserve.gov/newsevents/press/bcreg/bcreg20140218a-tarullo-statement.htm)より。 3 同上。 4 FINANCIAL TIMES 2012 年 3 月 21 日付記事“Deutsche Bank avoids US capital rules”など。 5 FRB タルーロ理事の 2012 年 11 月 28 日のスピーチ“Regulation of Foreign Banking Organizations” (http://www. federalreserve.gov/newsevents/speech/tarullo20121128a.htm)より。 6 1 ドル=100 円で計算。 7 合算米国内資産が 500 億ドル以上の外国銀行の場合。 8 欧州委員会バルニエ委員の 2013 年 4 月 18 日付 FRB 宛意見書(http://www.federalreserve.gov/SECRS/2013/May/20 130530/R-1438/R-1438_041913_111076_515131431183_1.pdf)より。 9 FRB タルーロ理事の 2014 年 3 月 27 日のスピーチ “Regulating Large Foreign Banking Organizations” (http://w ww.federalreserve.gov/newsevents/speech/tarullo20140327a.htm)より。 10 FINANCIAL TIMES 2014 年 4 月 23 日付記事“Deutsche Bank rethinks US strategies”より。 11 三菱 UFJ フィナンシャル・グループの 2014 年 2 月 28 日付プレスリリース「三菱東京 UFJ 銀行の米州業務統合およ び連結子会社の商号変更について」、日本経済新聞 2014 年 2 月 28 日付記事「三菱 UFJ 米事業再編 持ち株会社設立 預金規模、全米 12 位」より。 2 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 5