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魔王になったら領地が無人島だった

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魔王になったら領地が無人島だった
魔王になったら領地が無人島だった
昼寝する亡霊
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
魔王になったら領地が無人島だった
︻Nコード︼
N9452CD
︻作者名︼
昼寝する亡霊
︻あらすじ︼
元地球の人間で、この世界に転生して、魔族になってしまった
主人公のカームは、避けられる戦闘は極力避け、降りかかる火の粉
は、全力で払いのける生活をしていたら、いつの間にかそれなりに
強くなっていた。
ある日突然、目の前に現れたどう見ても自分より強い魔族。その
魔族が﹁君ってなかなか強いみたいだね、それくらい強くなったら
魔王になれるけどどうする?﹂と交渉をしてきたが、拒否権は無か
1
った。
※50話で魔王になります。
おまけSS等も書いてます
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
この度、︻GCノベルズ︼様より本を出させていただける事になり
ました。
詳細は20160201日の活動報告をお読みください。
毎回2500∼4000文字を書ける様に頑張っていますが書きた
い事が多くなると前後編や中編が入ってきます。最悪1.2.3と
増えていくかもしれません。
初作品なので至らない点が多々あるかと思いますがどうか生暖か
い目で見てやってください。
2
−01話 読む前に読む設定の軽い補足や修正するのに時間がか
かりそうな物等︵前書き︶
良くご指摘が有った物を取り上げ、補足していきます。
気が付いたら文章が増えている可能性が有ります。
むしろ増えます。
主人公が魔王になるまでに時間がかかります。
3
−01話 読む前に読む設定の軽い補足や修正するのに時間がか
かりそうな物等
当時そこまで深く考えずに書いていましたので、深く考えずに読ん
で頂ければと思います。
作者がほぼ︵あまり︶知らない事は失敗もさせますし、なるべく一
回で成功させない様しています。
色々な場所で調べて、作品に反映させて、チートでオレツエーする
のは簡単ですが、それは他の方の作品に任せております。
程良いチートで、あまり目立たない事を前提に生きてるだけの主人
公です。
魔法
主人公が使う魔法は魔力を使い、何かをイメージして作り上げます。
何も無い所から作り出すと消えてしまいますが、元々有る物を使え
ば残ります。
例えば。水ならその辺から集めた水蒸気。土系なら足元の土や石。
と言った感じです。
無茶な設定や突っ込み処満載です。生温かい目で見守って下さい。
魔王
魔族版の勇者みたいな物です。強ければ成れます。
4
魔族側の大陸に、程良く存在しています。
人族は異世界から勇者を召喚しますが、魔族は強い者をスカウトし
ます。
なので討伐されても﹁あやつは魔王の中でも最も最弱、精々今の内
に∼﹂的な事も出来ます。
作中でも討伐されてます。
魔王の位置付け
貴族や王族とは違い、別な系統の組織と思ていただければ簡単かも
しれません。
﹁領地内で有れば良識の範囲内で好きにして良いよーその辺で一番
強いですよー﹂的な扱いになっております。
町の裏社会的な何かを、町長や其処を領地とする貴族が手を出せな
いような奴等を、ダークヒーローやアンチヒーローっぽい位置付け
で、個人で動いて壊滅させたりしてるかもしれません。
実は深く考えていません。
RPGとかの敵の出現範囲的な何かだと思って結構です。
要約
魔王は大魔王から与えられた、貴族の土地を勝手に領土にしていま
す。なので、貴族が強力な魔王を討伐するか、協力関係を結ぶかは、
そこの領地を持ってる貴族の自由です。
領地で魔王が指示を出していても実はあまり偉くありません。
ネタばれ
175話で、国王貴族、魔王の説明が詳しく出ていますが、それま
では普通に読んでいただいた方が楽しめます。
5
○○した時が無い
普段、誰かと喋って居る時に﹁やったときないからわからないや﹂
﹁みたときないからわからないな﹂と普段から﹁とき﹂を多用して
いるのでそれが出てしまってるのだと思います。
方言か個人的な癖でしょうね。多分癖です。
なるべく気をつけては居ますので、見かけたら見逃していただけれ
ば幸いです。
追々話数が若い物から修正は入れて行くので、読み進めて行く段階
で追いつく事は出来ないかもしれませんが、お許しください。
﹁○○時﹂を﹁○○事﹂に∼と言う感想を多々頂いておりますが、
こちらのコメントへの返信は一切いたしませんので、よろしくお願
いします。
﹁嵩張る︵かさばる︶﹂を﹁がさばる﹂と誤用する
これも勘違いと喋り言葉でした、今後気をつけて執筆します。
奢ると驕る
ベットとベッド
敬称を付けて無かった時期がある
この辺りは修正作業をしながら直して行きますので、新規読者様に
は申し訳ないと思いますが。脳内で変換してお読みいただければ嬉
しく思います。
6
7
−01話 読む前に読む設定の軽い補足や修正するのに時間がか
かりそうな物等︵後書き︶
今まで細々とやって居ましたが何故か250位くらいにランキング
入りしてからどんどんランキングが上がり。20150417に1
位を確認しました。
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第0話 転生前の事︵前書き︶
初作品初投稿で至らない点が多々あるかと思いますがお付き合いく
ださい
20150417
色々な事が重なり、一気に駆け上がってしまいました、そのおかげ
で多種多様な感想も増え、嬉しく思います。
目に付く物は色々なご指摘ですね。
指摘1
句読点の使い方。こればかりは訓練しないと無理ですので時間を下
さい。それでも直って無ければ、それまでの奴だったと思ってくだ
さい。
指摘2
誤字脱字の多さ。これはもし報告していただけるのであれば、話数
を書いて頂ければ作者が個人的に喜びます。
指摘3
長文になると文章が怪しい、箇条書きになる、矛盾が有る。
これも訓練させて下さい。ですので修正は遅れると思います。
追々0話辺りから修正していく積りですが、句読点の使い方が変な
ままだと二度手間になるので、手を付けて良いのか迷ってしまいま
す。ですがやれるだけやってみようと思います。
9
第0話 転生前の事
俺の名前は凪。それなりに人生を楽しんでいたが、死ぬ時は結構あ
っさり死ぬらしい。
死因は窒息死だ。恋人や浮気相手に、首を絞められたとかでは無い。
急に餅が無性に食いたくなったのだ。
スーパーでよく売っている小分けしてある餅を、安いオーブントー
スターで焼いて食っていた。良く噛んで、気を付けて食っていたの
にもかかわらず、喉に詰まった。一人暮らしで餅を食っていた俺が
悪いんだから仕方がない。潔く諦めよう、どうしようも無いし。
それなりに最低限の近所付き合いは有ったので、必死にお隣さんの
玄関のチャイムを連打し、ドアも激しく叩く。不幸な事に俺の部屋
の両隣の御宅は留守だった。
パニックになり携帯もテーブルに置きっぱなしだ。119番もでき
ないない・・・110番だっけ?最初からどちらかに連絡してから、
両隣に助けを求めに行けばよかった。
最後の抵抗で、胸を突き出すようにして、肺の空気を押し出すよう
にマンションの廊下のアルミの手すりで圧迫するが出てこない。
朦朧としながら廊下に倒れこむが、餅が出てこなかった、これはマ
ジで諦めよう・・・。
よく部屋に来る腐れ縁の友人には、俺が死んだら﹁HDDを物理破
壊してくれ﹂と言ってあるので多分いろいろ未練は無いと思う。
・・・なんか周りが白い、妙な浮遊感も有る、爺さんも居る・・・。
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俺は無神論者で、見た物しか信じない。
だが神は居るみたいだ。
﹁君さー、なかなか面白い死に方するね、たまたま見てたけど﹂
やけにフランクな爺さんが目の前にいる。日本人だからあの世で裁
判受けて、天国か、地獄かと思ってたけど、その辺でよく見る神様
らしい見た目の神が出てきた。
子供の頃ウェハースチョコのシールで見たイメージそっくりだ。
あれ?あのシールの神って天空神だったような気がするが、まぁい
いか。
﹁・・・神様・・・ですか?﹂
﹁一応そうだけど、やけに間が有ったね?﹂
対応的に、丁寧語とかの方が良いのだろうか?
﹁俺は一応日本人なんですが、呼ぶ国の人間を違えていませんか?
俺、これから裁判受けないといけないんで、そっちの方に運んでい
ただけないでしょうか?﹂
俺は、妙に変な知識だけは有る。
﹁面白い死に方して悔しくない?個人的に面白い物見れたから、転
生とかさせてあげるけど。どうする?﹂
なんか失礼な事を、堂々と言いやがるぞこのジジイめ!
﹁転生ってあのファンタジーな小説とか、SFとかによく有る奴で
すか?﹂
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﹁大体そういう認識で良いと思うよ、転生先は地球じゃないけど﹂
﹁・・・ますます小説みたいな展開だな﹂
﹁言葉遣い、地に戻ってるよ﹂
どうする俺、色々と質問してある程度条件が良ければ、転生しても
良いかもしれない、駄目元でいろいろ聞いてみるのも有りだな。
﹁質問よろしいでしょうか?﹂
﹁いいよ﹂
﹁転生した時の記憶の有無は?﹂
﹁今のまま﹂
﹁何か特殊能力とかの優遇は?﹂
﹁チート系って言うのかな?まぁ多少優遇するよ、面白い物見れた
お礼、向こうの神に言っておくよ﹂
﹁どういう世界ですか?﹂
﹁地球で流行ってるファンタジーそっくりかな?中世っぽいって言
うのかな?﹂
﹁かな?まぁ良いです、転生後は人間ですか?﹂
﹁その辺は、向こうの神次第かな?あいつは、捻くれてるから、た
ぶん人間じゃないね﹂
﹁知り合いっすか・・・﹂
﹁たまに酒を飲む程度には﹂
どうするか・・・。記憶が有るのはありがたい、見た目子供で中身
年齢プラス30歳とか実際引くけど、転生物ファンタジー小説じゃ
有りがちだし。このままの記憶でいろいろ向こうで過ごしてみるの
も良いかもしれない。
﹁せっかくなので転生させて下さい、かなり興味あるんで﹂
﹁パソコンの中にある画像も、そっち系が多いしな﹂
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﹁爺さん・・・なんで知ってるんだ・・・﹂
﹁興味が有って、お前の頭の中ちょっと覗いちゃった﹂
﹁ぉぅ・・・﹂
﹁女性に産まれなければ良いね、産まれちゃったら思考とかが男の
ままで、オークとかに凌辱されたら最悪じゃん?﹂
﹁考えさせないで!﹂
﹁まぁ、その辺は向こうの神に言っておくよ﹂
﹁マジお願いしますよ!?﹂
﹁解った・・・。解ったから安心して、転生して第二の人生楽しん
でこい﹂
そして俺は転生した。
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第01話 最初に目覚めた時の事︵前書き︶
細々と続けてみました
20150418 本編に、差支え無い程度に修正した積りですが、
まだ句読点の使い方が下手ですので、色々気にしないで頂ければ幸
いです。
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第01話 最初に目覚めた時の事
まず最初に思ったことは、﹃授乳されている﹄、と言う事だ。まだ
目が見えていないので、たぶんそうだろうと言う事だけだ。
授乳されているので爬虫類系では無いと思いたい、だがここは異世
界らしいので余り当てにはできないだろう。
それから半年後ある程度の状況は解ってきた
・俺は両親が混血で、俺は何の種族だか解らないほど血が混じって
る。ちなみに人型だ。
・肌の色が紺色、目の色が赤、髪の色が黒、名前はカーム、男。︵
神様ありがとう!これでファンタジー世界で凌辱される事は有りま
せんよ!︶
・家は貧乏ではないが余裕が有る訳でもない。
・村に人間は居ない
・少なからず魔法が有る
・スキルが有る
父は肌が藍色で、全体的に人間に近い、なんか蜥蜴っぽい︵リザー
ドマンって奴だろうか?鱗とかあるし︶。
母は肌の色は白人系で目が赤く、両手両足に水掻きが有る︵極力人
型に近いサハギン?と言う物なのか?魚卵で産まれなくてよかった
ぜ︶。
まぁ、見た目は人型で、肌が父、目が母、髪の色はどこから来たの
かは解らない。祖父母辺りに会えば解ると思うが、未だに祖父母に
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会った事が無い。
幸い、前世の名前の﹁凪﹂の、英語読みっぽい発音だから、特に気
にはならない。
この状況は、両親の会話や、母に抱かれ、村を散歩したりした時に
知った。
筋力的に、まだ長く歩く事は出来ないが、後半年くらいすれば、歩
けるようになると思う、しばらく様子を見る事にした。
半年後、離乳食が増えてきた。極薄の粥みたいな物だが米では無い。
パンをお湯で戻した物だろうか?
その頃には掴まり歩きが増え、行動範囲が広がるが主に屋内限定だ。
両親からは﹁元気な子だ﹂、と言われている。
中身は前世で30年生きたおっさんだが、今はこの人達の子供なの
で、極力子供らしく振る舞うよう努める事にした。
さらに半年後、言葉を理解し、喋る事が出来るようになり、歩いて
も転ばない程度にはなってきた。未だに文字については解らない。
家の中に本みたいな物は見当たら無い、なので未だに文字を見た事
が無い、たぶん識字率は低いだろう。
3歳くらいには、家の近所を走り回るようにして遊ぶようになって
いた。
幼馴染と呼べる子が出来た。比較的近所に住む、見た目はほぼ人間
だが、眉毛の少し上に角が生えてる。日本人の感覚で言う﹃鬼﹄に
近い。
この幼馴染は、恥ずかしがり屋なのか、引っ込み思案なのか、口数
がかなり少ない、黒髪黒目でますます日本人みたいな感じだ。名前
はスズランと言う、花みたいな可愛い名前だ。
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この世界なのか、この国なのか、この村周辺なのかは解らないが、
5歳位から学校のような施設に行く事になっている。
それと、魔族は早熟なのか5歳くらいから実年齢より2∼3倍の見
た目になり10歳くらいで20歳くらいの見た目になる。
見た目は、中から高校生!中身は子供!
﹁あー、私が読み書きと、計算の先生の、アラクネの﹃フィグ﹄で
す、ヨー。出来のいい子は、2年から3年、少し難しい子は3から
5年頑張ってもらう事になります、ヨー。他にも、魔法を教えてく
れる先生も居ますので、魔法の時間に挨拶があります。ヨー﹂
アラクネは下半身が蜘蛛で、上半身が人間だ。妙に上半身の露出が
多いけど、子供の教育的に大丈夫なのか?胸なんか、布巻いてるだ
けで、それ以外何も身に付けてないぞ?今は良いけど、他の男の子
なんか、成長してきたらもう色々と大変だろうな。
健全な成人男性の心を持つ俺としては、もう色々とアウトだ・・・。
目のやり場に困る。
あと、子供が相手だからか、言葉遣いが変だ、無理矢理作って喋っ
てる感じがする。凛々しい感じで、銀髪のショートカットなのにな
んか残念だ。まぁギャップ萌えと言う事で。
ヘソとクビレが、セクシーすぎてそこに目がチラチラ行ってしまう。
これが男の性と言う奴だな、あとヘソピアスはやりすぎじゃないっ
すかね?
フィグの授業が終わり、休憩を少し挟み、席に着いてると、日当た
りの良い教壇の隅に有った、鉢植えの観葉植物がいきなり動き出し、
教卓の上にふわりと飛び上がり着地する。
そしていきなり木が変形して人型になった。
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﹁私が、魔法の基礎を教える、ドリアードのビルケ、よろしくね。
土と水属性が得意だけど、基礎なら色々教えられるわ﹂
ドリアードは有名すぎてそのままだ。木の精霊らしいが、その木に
宿る事で、肌の色が変わるみたいだ。なんか白樺っぽい。後、なん
か色々全然隠せてない。プランターに、脛の辺りから足を入れてる
ように生えてていた。
﹁ちなみにこの子は、助手のマンドラゴラの、ガイゲちゃんね﹂
ビルケ先生が足元に生えている雑草のような草を引き抜くと、デス
メタルのような強烈な叫び声と、曇りガラスを引っ掻いたような音
が混ざった感じの、叫び声を上げながら、20cmくらいの女の子
が出てきた。教室に居た全員がその場で気絶した。
︻スキル・気絶耐性:1︼を覚えました。
気絶する直前に、何か頭の中に、アナウンスっぽいのが流れた。こ
れが神様が言ってた﹃優遇﹄ってやつなのか?
他にも先生が居るみたいだけど初日は自己紹介がメインだった。
授業内容は大体こんな感じだ。
・簡単な読み書き。
・簡単な計算。
・魔法の基礎中の基礎。
午前中は学校で授業、午後は家の手伝い。あまり裕福な家庭が多く
無いこの村ではそれが当たり前みたいだ。収穫時期と、種植え時期
は学校が休みになるらしい。
本類がないので、識字率が低いと思っていたが、学校に通ってみる
とそんな事は無かった。ただ単に俺の家に無かっただけだ。きっと
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裕福な家庭には有るのかもしれない。
簡単な読み書きですら今の俺にはありがたい。なにせ言葉は喋れる
が、読めない、書けないときている。実際に両親も、あまり読み書
きをしている所を見た事が無い。買い物は口頭での取引だ。
キプロス音節文字のような記号に近いせいか性質が悪い。
まぁ、日本の漢字、記号みたいな物だから﹁この記号はこの読み﹂、
みたいな覚え方でも問題は無い。
簡単な計算は流石に義務教育を終了していて、そこそこの高校と大
学を出ていれば、なんとなく世界が違くても解る。ただ、この世界
の通貨がまだ解らない。
母が買い物の時に、銅貨っぽい物を多く使っていて、偶に銀貨っぽ
い物も使っていたくらいだ。金貨も有る可能性が高いが、未だに見
た事が無い。
魔法は読み書きと一緒で、全くの手探りだ。魔法なんかゲームでの
知識しかない。
しかも火属性の魔法でも、ゲームの違いで色々有った。
魔法なんて無くて当たり前の生活をしていたし、生活に便利そうな
魔法を覚えられれば良いかな?元々魔法より科学が発達してたし、
それを踏まえて魔法で色々応用できないかやってみよう。覚えられ
たらだけどね。
そう考えながら俺は寝る事にした。
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第01話 最初に目覚めた時の事︵後書き︶
今後出てくる物の名称は、特にひねりも無く﹃林檎﹄とか、﹃梨﹄
とか、そのままの名前で出てきます。
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第02話 初めて魔法を使った時の事︵前書き︶
細々と続ける事が出来ました。
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第02話 初めて魔法を使った時の事
学校みたいな施設に行くようになり、簡単な読み書きと、魔法の基
礎と簡単な体の動かし方を、朝9時くらいから始めるようになって
いる。
学校からは﹁太陽が、あの山の尖った所に来るまでに学校に来なさ
い﹂と、見た目が物凄く幼い校長に言われてる。後で聞いたら竜種
で村の中じゃ一番年上だけど未だ、幼体らしい。
しかし、時間の概念が少し曖昧だ。困る事は無いが元日本人として
は少し気になる。
この世界に時計は無いし、暇な時に日の出の時刻になったら棒を地
面に刺し、手をパーにして真っ直ぐ伸ばし小指を地平線に向け、小
指の所に太陽が来たら棒の先の影に印をつけ、薬指の所に来たらま
た影の先に印を付ける。
印を付けた所と付けた所を線で結ぶと、東と西の大体の場所が解り、
パーにしたときの指の開きは約15度、太陽が一時間で動く角度が
15度らしいので、大体1時間くらいの時間が解る。
まぁ地球に居た時の知識だし大体の時間は把握できる、あとは線の
真上に立って北を見て太陽の角度で大体の時間を体に染み込ませる
しかない。むしろ太陽が出て来る方角を自分の中で東と思い込ませ
た。
﹁なにしてるの?﹂といきなり後ろからスズランから声を掛けられ
たが、﹁チョットした遊びだよ、面白く無いから今回で終わりさ﹂
﹁ん?﹂
小首を傾げているが、まぁ理解できないと思うのではぐらかす。
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︻スキル・時間把握:1︼を習得しました。
なんか覚えた。こっちじゃ時間の概念があまり無いが、有るのと無
いのとじゃ少し違う。
学校が始まるが、男としては幼馴染の起床イベントだろう。
﹁早く起きないと遅刻するよ!﹂と言われ、無理やり布団を剥がさ
れ、テント設営会場を見て叫ばれ、寝癖がついたまま学校に走って
いく。
そんなありきたりなイベントとか憧れたもんだが、まぁ地球に居た
頃は幼馴染なんて男くらいしか居ないし、近くに親しい女の子はい
なかった。あれは幻想だ。
学校ではそれなりに交流は有ったけど、告白する、される、までは
いかない程度。話が出来るクラスメイト、モブA、ただそれだけだ。
そんなこんなで幼馴染として、大いにスズランには期待しているが、
残念な事に俺は前世でもこの世界でも寝起きが良い上に、前世では
目覚ましが鳴る前に覚醒して、目覚ましが鳴った瞬間に消すと言う、
目覚まし時計はほぼ保険に近い扱いになっていた。
こっちの世界に来てからも、日の出少し前には起きて、少し畑仕事
を手伝い、朝食を済ませ、余裕をもって学校に行けるようにしてい
る。
待ち合わせ場所にスズランが5分を過ぎても来ない、余裕を持って
行こうと、事前に話をしていたが、5分後にやっと来た。
日本人形のような髪に寝癖が付いていて、とても眠そうだった。
﹁ねぇ、スズランちゃん。君ってもしかして朝に弱い?﹂
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﹁・・・?・・・うん?﹂
駄目だ、まだ頭に血が回ってない、朝食も摂ったのかさえ不明だ。
﹁待ち合わせに何回目の遅刻だよ、これから学校に遅れそうになっ
たら迎えに行くからな、寝顔見られたくないなら早く起きろよ﹂
﹁・・・うん?﹂
解ってるのか解ってないのか微妙な返事だけど、まぁ一応約束はし
た。あとでスズランの親にも言っておこう。幼馴染2年やってるけ
ど初めて知ったわ。
なんとか遅刻はしないで学校に着いたが、早速仕切りたがり屋のダ
ンピールのミールがなんか言ってくる。種族的に上位と思っている
のだろうか?元日本人としてはどうでも良い。こういう子供ってよ
くいるよね。
﹁もう少し早く学校に来た方が良いのでは?﹂
腰まで有る長い銀髪を揺らしながら、見下すように言ってくるが。
﹁ああ、極力そうするよ﹂そう言うだけだった。
こういう奴は相槌を打って軽く流すに限る。けどダンピールって子
供の頃病弱って知識が有るけど、なんかそんな様子は一切見られな
いな。
﹁お店に林檎が10個置いてあります、4個買ったらお店には何個
のリンゴが残ってるでしょう﹂
・・・なんだろう、なんか凄く馬鹿にされてる気分だ。先生がなん
か黒板に丸を書いて線を付けた、爆弾みたいな林檎描いてるし、ま
ぁこの辺りは聞き流す事にしよう。
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問題は読み書きだ・・・。こればかりは真面目に受けるしかない、
なんだよ﹁ξ﹂って、クサイかよ!
学校が終わりスズランと家に帰り、朝の事を両親に伝えようとした
が、おばさんは買い物中なのか、おじさんしか居なかったのでしか
たなくおじさんに今朝の事を告げると。
﹁正直助かる、あいつは寝起きが悪くてな。カーム君ならたぶん起
きるだろう﹂
低い声で筋肉ムキムキで、漫画とかで見る鬼のイメージそっくりな
おじさんに言われる。肌の色は赤とか青じゃないけど物凄く怖い。
威圧感がすごすぎる。﹁お義父さん娘さんを﹂って言った瞬間、手
刀で胴体と頭がお別れしそうなイメージしか無いんだよ、見た目が
すごく怖いんだよ。任侠映画に出たら一発で売れるぞ。
スズランと別れ昼食を済ませ、前々から思っていた探索に行こうと
思っている。
﹁母さん、ちょっと森に行ってくるよ﹂
﹁深くまで入っちゃ駄目よ∼?﹂
なんとも間延びした、のほほんとした母だがサハギンに近い種族な
ので、水魔法は得意みたいだ、生活用水とかは井戸から汲んでこな
くて済んでいる。
風呂も母さんの水魔法と、父さんの火魔法で最低週1は入っている、
なんだかんだですごいのか?うちの親は。
俺も魔法使えたら、少し畑仕事とかも楽になると思うんだよな、一
応血筋とかも関係有るのか解らないけど、両親が火と水が使えるか
ら覚えられたら良いな。
25
さて、考えられる程度の覚えられそうなスキルを習得できないか試
してみるかな。
まずはあの木に石を投げてみるか。
ヒュン!、ヒュン!ゴ!、ヒュン!ゴ、ヒュン!ゴ!。
あ、兎だ。アレを投石で仕留めたら夕飯が一品増えるか?と思って
いたら。
︻スキル・投擲:1︼を覚えました。
おー案外簡単に覚えるのか、あと投石じゃなくて投擲なんだ。まぁ
いい、ほかに森の中でできそうな事は何だろう。思い出せ、なんか
思い出せ俺。
石を投げようと思っていたら、兎はすでに居なかった。
考える事数分、﹁毒?そうだ、パッチテストか﹂確か植物が食べら
れるか食べられないかの判断だ、適当にその辺の草を数種類摘んで
小川の近くに行く。何かあった場合口をすすいだり水を飲んで吐く
為だ。
まずは草を磨り潰す、水に付けてさらに潰す。その後に皮膚の弱い
所に5∼10分押し付けて平気なら唇に塗りつける、その後また5
∼10分して平気なら舌先、口の中に入れる、その後また5∼10
分して平気なら飲み込む、飲み込んで1∼6時間平気なら無毒だ。
不味くても毒は無い、多少の水分と栄養は得られるはずだけど、今
は両親が居るし食事には困ってないので、あくまで予備知識の範囲
だ。1∼6時間も待ってられないのでどんどん試そう。
来た!これはヤバい!適当に選んだ植物の3個目を、二の腕の内側
に塗りつけた瞬間から火傷したかのように痛い、これは明らかに毒
26
っぽい。
俺は覚悟を決めて、その植物を水に付け、磨り潰した液体を薄め、
口に含みさらに水を口に含み、少し飲み込み我慢する。胃が痛いし
気分が悪いものの、吐き出すまでは至ってないので、家に戻り夕食
を少しだけ食べ﹁気分が悪い﹂と言って寝る事にする。
︻スキル・毒耐性:1︼を覚えました
寝ている間に毒を克服したらしい、飲み込んだ時点で脳内にアナウ
ンスが流れなかったから2∼3日試すつもりだったがあんな思いを
繰り返さなくて済んでよかった。
◇
﹁はーい、今日は魔法の基礎中の基礎を教えます﹂
ビルゲ先生が真剣な表情なのに軽い感雰囲気で言ってくる。この先
生はいろいろと読めなくて困る。
﹁魔法を大まかに部類すると、攻撃魔法、回復魔法に部類されます、
特殊な例で召喚魔法も有りますが、使える種族は限られてきます。
人族が数人で異世界から勇者を召喚してると言う噂もあります﹂
﹃勇者﹄と言う言葉に反応し教室内がざわついている。
勇者か、今の俺の姿なら狩られる対象だな。
﹁攻撃魔法には火・水・土・風・光・闇、が有ります﹂
属性って案外少ないんだな、物理で殴るゲームみたいに複雑じゃな
くて良かった。
27
﹁形は特に決まってません。それぞれのイメージで出して下さい。
火ならかまどで火が燃えてるようなイメージでも大丈夫です。水な
ら水玉、そんな感じでそれぞれやってみましょう﹂
おいおい特に詠唱とか無いのかよ、厨二心をくすぐる詠唱とかよ。
﹁体の中の魔力、特別な力を意識してそれを火や水に変えるイメー
ジです﹂
え?そんな簡単で良いの?まずは火だ、かまどで燃えてる火。火だ!
﹃ボゥ!﹄
あ。出た。意外にあっけ無く出るもんだな、意外過ぎて変に驚いた
わ。
︻スキル・属性攻撃・火:1︼を習得しました。
初めてでも出るのか、基準が良くわからない。相性?まぁ深く考え
ないようにしよう。
クラスの中でも初めて魔法が出せた者も多いのか、歓喜の声が上が
っている。そして俺は隣に座ってるスズランの方から﹃ヒュゴーー﹄
と言う異音に気が付いて横を向いたら、手の平を上に向けたまま、
勢い良く炎が上がっていて天井を少し焦がしていた。
アスファルト工事してる時のガスバーナーかよ。
﹁・・・﹂
スズランはいつも通りの無表情で、何を考えてるのか解らない表情
で、驚いた様子もなくただ炎を無表情で見つめている。前髪大丈夫
ですか?スズランさん。
28
その後先生が慌てて水球を、スズランの手に飛ばしてきて無事鎮火
させた。
父さん、母さん、僕は魔力はあまり無いみたいです。
29
第03話 幼馴染の布団を剥がしに行った時の事︵前書き︶
細々と続けています
日付を跨ぐ描写に◇を入れてみました。
20150421 本編に、差支え無い程度に修正作業をした積り
ですが、まだ句読点の使い方が下手ですので、色々気にしないで頂
ければ幸いです。
30
第03話 幼馴染の布団を剥がしに行った時の事
﹁私達魔族と、魔物の違いが解る人﹂
先生が問いかけてくる。
﹁理性と、知性が有るか無いかです﹂
一応魔族と魔物の区別はされてるんだな、この間勇者召喚とか言っ
てたから、俺等魔族は討伐対象で、人族と仲が悪いのかと思ってた
わ。
流石ミール、しっかり親の教育を受けてるみたいで何よりです。
けど理性と知性の意味を解って言ってるのかな?周りの子も理解で
きてるのかな?
﹁先生!この村に人族を見た時無いんですけど魔族との関係はどう
なんですか?﹂
﹁人族の国に近ければ近いほど仲が悪いです、国境付近、丁度真ん
中あたりだとお互いに気にしないで仲良くしている場所も有ります、
この村は大陸の真ん中に少し近いので、もしかしたら町の方に行け
ば人族に会えるかもしれません﹂
﹁じゃぁ先生は人族の事﹂
﹁大嫌いです﹂
言い切る前に力強く言われたよ、何が有ったんだ?これ以上聞かな
いようにしよう。大陸って言うからにはそれなりにでかいんだろう
な、あと魔族側と人族側の都市は離れてるみたいな言い方だな、地
図みたいなのは無いのか?
31
よく小学校の教室の裏に世界地図有るじゃん?この学校には無いの
か?後で先生に聞いたら﹁道具屋で銀貨数枚じゃないか?﹂と言わ
れた。印刷技術も無いから手書きだし正確性も無いだろう。
﹁今日は何の魔法が使えるか調べます、みなさん今日は全属性を試
してもらいます、それで使える属性と使えない属性をしっかり覚え
ておきましょう、スズランちゃんは火属性は使わないようにね﹂
釘を刺されている。心なしかシュンとしてるので少なからずショッ
クみたいだ。
先生が黒板に火水風土光闇と左から順に書き、火を指しながら、
﹁まずは火からです﹂
と言い皆で火の練習をする。
この間の授業で、俺は火は出せる事が解っているので、復習と言う
事で火を出す。
周りの生徒も出せる奴と、出せない奴が居て、適性が無いと本当に
出ないみたいだ。
﹁今は出せなくても訓練次第では出せるようになりますからガッカ
リしないでも良いですよ﹂
と先生は言っているが、子供にそんな事を言っても聞き分ける事が
出来るかどうかだ。
順番に黒板を指さし水から闇属性を使用していく。
水はコップ1杯程度の水球。
風はそよ風程度。
32
土は砂をまずは出してみた。
光は足元を明るく照らす程度。
闇は黒い霧っぽいモヤが出た。
なんだかんだで今のところ全属性出せるのは俺だけみたいだ。だけ
ど他の出せる人に比べ規模が小さいのが気になる程度だ。あと魔法
使ったからなんか気だるい。MPとかSPとかそういう感じで体内
に有るみたいだ。数値は見えないけど。
︻スキル・属性攻撃・水:1︼
︻スキル・属性攻撃・風:1︼
︻スキル・属性攻撃・土:1︼
︻スキル・属性攻撃・光:1︼
︻スキル・属性攻撃・闇:1︼を覚えました
おいおい、神様・・・ちょいと優遇過ぎるんじゃないの?先生も驚
いてるよコレ。
俺はスキルの︻1︼と言う言葉が気になり昨日の続き、毒耐性が伸
びないか試してみた、例の植物を探し磨り潰し二の腕に付けてみる
が、昨日みたいに痛みが少ない、これは続ければ耐性が上がるんじ
ゃないか?と思い昨日と同じように植物の液体を水で薄めて飲んで
みる。昨日は味なんか解らなかったけど青臭いし不味い。
味がなんとなくだけど、解るようになっただけでも意外に効果が有
るみたいだ、気分も悪くないし胃も痛くない。しっかりと耐性はつ
いてるみたいだけど、これくらいじゃ耐性2にはならないか。
﹁日が沈むまであと3時間か、このまま帰るのもなんだし投擲の練
習でもしておくか﹂
と誰に言うまでも無く独り言を漏らし、木まで20mくらいの所か
33
ら石を投げ続ける、明らかに昨日より外す回数が減っている。狙っ
た所の近くには当たるし小さく丸く傷をつけた場所に10回に2回
は当たるようになっている。これなら兎も狩れるか?と思っていた
ら甘かった。見えるところまでは近づけるが当てられそうな距離に
なると逃げていく。
﹁まぁそんなもんだよな、狩人とかすげぇよな、遠距離攻撃かー﹂
観光地でアーチェリーや弓道部に遊びに行って射らせてもらったか
ら解るけど狙ってる所に飛ばないし当てられる気がしないから無理
だな。このまま投擲を強化できるかやってみよう。
◇
相変わらずスズランが待ち合わせ場所に来ないので家に行く事にす
る。
﹁おはようございます、スズランちゃんを起こしに来ました﹂
﹁悪いわねーあの子寝起きが悪すぎて、今後も迷惑をかけるかもし
れないわ。いまから謝っておくわね、ごめんなさいね﹂
﹁いえ、大丈夫です、たぶん慣れます﹂
相変わらず何歳か解らない。スズランと知り合った時から一切見た
目が変わってない女性だ。
俺の父さんなんか季節で鱗の色が変わるし、母さんなんか気温で鱗
の色変わるのに、とそんなどうでも良い事を考えながらスズランの
部屋に向かうが、なんで親は起こさないのか、起こしても無駄なの
か、身近な男と言う俺に何かを期待してるのか、その辺は解らない
がスズランの部屋にノックしてみるが反応は無い。
﹁入るぞー﹂
34
と一声かけてから入るが起きる気配も無い。
気を失った人や溺れた人にする心肺蘇生法の1番を試す。
肩を叩きながら﹁起きろ、スズラン起きろ﹂と反応が無いか確かめ
る。
﹁・・・ん・・・ん?﹂
となんとなく卑猥な感じがする声を出してるのは気のせいだろうか。
まぁ良い無理矢理布団を剥がそう。意識が有るのに気道確保とか人
工呼吸とか心臓マッサージとかしたら危険すぎる。︵絶対にやらな
いで下さい︶
覚悟を決めて布団を剥がすが、部屋着なのかだぼだぼの麻のTシャ
ツに短パンだ。
もう色々と見えて色々やばい。太ももやらヘソが見えたりネックの
部分がヨレヨレで胸元まで見えててやばかった、魔族が早熟で、あ
る程度の年齢で実年齢の2∼3倍の見た目になるからって無防備す
ぎでしょう?中身は子供、体は高校生!
どっかの漫画の逆じゃねぇか!
スズランはいきなり布団を剥がされて眩しいのか寒いのか布団の上
で胎児みたいな格好になっている、なんというか全体的にエロい、
勘弁してほしい。
ゲームの中でよく見る幼馴染はいつもこんな心境だったんだな・・・
と思いつつさらに声を掛けつつ肩に手をかけ、上半身を無理やり起
こすが。舌打ちされつつすごく睨まれた。この雰囲気は父親似だ、
絶対父親似だよ!殺気を肌で感じる!
35
3秒ほど睨まれてたが俺だと気が付くと殺気が収まっていく。肌に
ひしひしと感じる威圧感が消えていく。
︻スキル・恐怖耐性:1︼
︻スキル・魅了耐性:2︼を覚えました
魅了耐性が一気に2になった。幼馴染の健康的な露出の多い肌を見
たのが原因だろうか?まぁ、実際かなりやばかった。絵で言うなら
見せない構図っていうのか?ギリギリで見えませんでした。それが
また良い・・・見せれば良いってもんじゃない。ギリギリを楽しむ
のも一興・・・何を言ってるんだ俺は・・・。
﹁・・・着替える・・・﹂
﹁あ、あぁ、向こうで待ってるよ﹂
俺は居間まで戻り待っていると、この世界でよく飲まれてるのか解
らないが良く飲んでるお茶みたいなのが、木の湯飲みたいなのに入
って出された。俺の家では木のマグカップなんだけどな。木だから
取っ手が無くても意外に熱くなかった。
﹁ゆっくりしてる時間は無いと思うけど良かったら飲んで待ってて
ね﹂
﹁いただきます﹂
女の子の着替えは時間がかかるからな、遅刻しそうなのにゆっくり
もしてられないんだけどな。熱々のお茶みたいなのを飲んでると3
分くらいで居間に来た。早くないか?と思ったが相変わらず髪は寝
ぐせ付いてるし眠そうだ。
﹁行ける﹂
36
と弱々しく言われたのでお茶お礼を言い半分残して学校に向かうが、
道中で一言。
﹁ほかの女の子の布団は剥がしちゃ駄目。私なら別に良いけど﹂
﹁あ、あぁ﹂
他の子には迷惑かけるなって意味なのか、それとも他の女の子の寝
顔とか見るなって意味だったのか、乙女心はこっちの世界でもよく
わかりません。
37
第04話 魔法のイメージに成功した時の事︵前書き︶
細々と続けています。
学が無いので難しい表現は避けたいなーと思っております。
前にも書きましたが魔族は早熟で主人公はすでに見た目150cm
くらいです
38
第04話 魔法のイメージに成功した時の事
布団引っぺがし事件から3ヶ月、なるべく俺は肩を叩いたりゆすっ
たりして起こすようになった、本人は容赦無く剥がしていいと言う
が、朝から俺の下半身が持たないので自重はしている。本人はガッ
カリしているような気がするが知った事ではない。
こっちの世界の結婚適齢期とか全然知らないが、せめて学校終了ま
ではそういう事は無しにしておこう。本能がOKって言えばいいの
かな?
まぁ発育の有無はクラス内でも村で見かける大人と見分けが付かな
いくらいに早熟な奴も居るが、この世界にも四季が有るし、暑くな
ると皆が薄着で、発育の良い女子とか村の綺麗な女性とか見ると色
々とやばい。
ブラの文化があまり無いのは解るが、サラシっぽい布を巻く文化す
らあまり無いのには驚いた、胸に少し尖った物が見えるし、雨が降
ったら張り付いて目を逸らすのがやっとだった。
フィグ先生は暑くなってもこれ以上薄着になる事は無かった。別に
残念じゃないですよ?
◇
﹁前にも言った通り魔法とは想像力です。威力とかは使い込んでい
る内に上がっていきます。今日の課題は創作魔法です。イメージで
どんな感じで出して攻撃するかを考えてください。魔法が弱くて物
理攻撃主体でも魔法が使えれば相手の隙を作ったり、防御を崩す事
が出来ます﹂
39
脳内に流れるアナウンスみたいなものだろうか?あの数字が大きく
なればなるほど攻撃力が上がるのか?今までの魔法の授業は魔力に
慣れさせるためか、魔力を使わせる為か解らないが、思い思いの得
意な属性を自由に使って良いと言われていた。スズランもアスファ
ルト舗装用ガスバーナーみたいな炎の制御が出来るようになったの
か、小さい物を出したりしている。
﹁先生、例えばどんな形状の物が多いのですか?﹂
俺は気になったので聞いてみる。
﹁そうですねぇ、一番多いのが球型、その次に槍型や矢型ですね﹂
んー、ファイアボールに、ファイアランスに、ファイアアロー。ま
ぁ飛ばす物としては確かにイメージしやすいな。塊を投げつけるか
細長くするか、細かいのを多く飛ばすか。広範囲魔法とかはまだ教
えないのか、無いのか知らないがそんな単語は授業中一回も出てこ
なかった。 転生者としての記憶が残っている以上、イメージも工夫も有る程度
この世界には無い物を想像して行けると思うが、出来るかどうか解
らないが頑張ってみるか。
最近放課後は自己鍛錬に費やしている。家に帰り昼食を摂ったら森
に行き、見つけた毒草をつぶして汁を飲んだり、石を投げたりイメ
ージ通りに魔法が出せるかどうかの訓練を極力続ける事にしている。
最近じゃ麦っぽい物の刈り入れ時期が近いみたいだから、有れば便
利かな?と思い風の刃を水平に遠くまで飛ばすイメージをしている。
だって海外の悪魔や死神が持ってるような鎌で収穫してるのを見て
たし。サイズって言ったっけ?
40
特に魔法の固有名とか無いから、どっかのゲームみたいに俺は安直
に名前を付けて呼んでいる。そのままウインドカッターだ。
最初の内は手の平から強い風が出て切れる様子が無かったが、薄く、
物凄く薄くをイメージして、手の平から出るのではなく、薄い隙間
から出るようなイメージで。
イメージし続けて、細い枝の切り口の最後の方が折れる事無く切れ
るようになったのが3日目だった。
その次の日に森では無く少し足の長い草の生えてる広い未開拓な草
原みたいな所に行き使用してみる。
﹃イメージ・物凄く薄い風の刃・赤色・地面から3cm・角度0度・
速度歩く速度・幅1m・距離目視20m・先方に射出・発動﹄
頭に思った事を正確に実行するのに、土手の草を草刈機が刈り取る
イメージをしてみる。危ないのでおまけで色も付けてみる。
足元に赤い風の刃が出てきて歩く速度で綺麗に歩幅20歩くらいま
でそこの部分だけ刈り取れている。これ成功で良いよね?良いよね!
﹁っしゃー!ウヒョー!できたぞ!うぉーーーー!うらぁ!アグェ
!﹂
とか言いながらはしゃいで転んで側頭部をぶつけ涙が出た。中身は
そろそろ35歳近い良い大人なんだから、と思ったけど初めての実
用的な魔法だ。大学に受かった時よりも嬉しかったし、就職難なの
にさほど苦労しないでそれなりの会社に受かった時よりも嬉しい。
明日両親に報告してみよう。
◇
41
﹁父さん、母さん、見せたいものが有るんだけど草原の方について
来てもらえる?﹂
と言い昨日の草原に行き同じようにイメージしたウインドカッター
を使って見せ﹁この魔法を収穫に使えないかな?刈り取った後は手
で収穫しなくちゃならないけど﹂。と言ったら
﹁すごいじゃないか! これでだいぶ楽になる、村の皆も感謝する
と思うぞ!﹂
と俺の両肩に手を置き、前後に揺さぶりながら褒めてくれる父。す
でに村全体の収穫を手伝う前提で言ってくる。もちろん手伝うつも
りだったけど。
﹁私達の子だから火と水以外の魔法はあまり使えないと思ったけど
すごいわー、後この風魔法なんで色ついてるのかしらー?攻撃に使
えないんじゃない?﹂
とのんびり言ってくるが、﹁見えなくて当たっちゃったら危ないか
ら色付けたんだ、もう少し早く見えないように出すこともできるよ﹂
と言ったら。ものすごい笑顔で喜んでいた。
家に帰り魔法を覚えた時の事を細かく説明しながらいつもより楽し
く食事をした。
42
第04話 魔法のイメージに成功した時の事︵後書き︶
農作物とかの収穫時期とか特に気にしてません。
43
第05話 三馬鹿と友達になった時の事︵前書き︶
細々と続けています。
執筆の癖は、大体の流れを考えるのですが落ち物パズルゲームの連
鎖を組む時みたいに﹁こうしたら良いんじゃね?﹂ってなったらそ
ういう風に修正していきます。相変わらず脳内妄想を素直に文章化
出来ません。
44
第05話 三馬鹿と友達になった時の事
﹁あ゛∼∼∼∼う゛∼∼∼あ゛∼∼∼﹂
俺は畑の収穫の手伝いでこの間見せた魔法を使いすぎて倒れている。
初めて村の人達に見せたら物凄く驚いてたけど、1日畑5から6面
が限界だったが、今日は8面できた。それでも手で刈るよりは早い
し効率は良いみたいだった。
もちろん収穫時期は忙しいので学校は休みだ。
なんか精神的に疲れる。これが魔力切れって奴なのかな。魔力の量
は決まってるのかが気になる、あとで先生に聞いてみるか。
ゲームじゃないし、敵倒してLv上がって、ステータス増えるとか
あまり考えられない。森の浅い所に通ってるけど未だに兎とかの小
動物しか見ていない。むしろゴブリンとかクラスメイトに居るし、
Lv上げとかもう色々な意味で絶望的。
﹁ぎゃはははは、お前ん所の息子のおかげで今年は1週間早く終わ
ったぜ!﹂
﹁応よ、俺の倅とは思えないくらい優秀だぜ!﹂
﹁魔法を農業に使うとか考え付かなかったぜ! だって普通は攻撃
だろ?﹂
﹁﹁﹁ぎゃははははっは﹂﹂﹂
相当飲んでやがる、畜生俺もこっちの世界に来てまだ飲んでないっ
てのによ。あ゛∼、まぁ大人達が喜んでるなら良いや。
◇
45
収穫が終わったのでフィグ先生が村の広場で﹁明日から学校がある
と子供たちに伝えて下さい﹂と何回も大声で言っていた。
まだ気だるさが残る中、いつも通りに待ち合わせ場所に行ったが、
かなり待ってもスズランが来ない。仕方ないので迎えに行く事にす
る。
﹁いつも悪いわねー、それと収穫の時はありがとね﹂
と言いながらいつものお茶を用意してるのが解る。実はスズランの
両親は寝起きのスズランが怖いのではないか?と思うようになって
きたが、俺にはまだ実害が無いから気にしてはい無い。
イチイさんはまだ寝てるみたいだ、昨日父さんと浴びる様に飲んで
たからな。
いつもノックは欠かさない。もし起きてて着替え中とかだったら父
親譲りの殺気を飛ばされるからだ。流石に怖いし背筋に嫌な汗をか
く。寝起きのだらしない恰好は見ても良いのに。着替えは駄目とか
良く解らない。
﹁入るぞー﹂
いつも通り声をかけるが返事は無い。部屋の中に入り布団は剥がさ
ず両肩を掴んで声を掛けながら揺さぶる。最近起きるまでの時間が
30秒くらい伸びている。慣れって恐ろしい。
何か次の手を考えておきたいが布団を剥がすのだけはしたくない、
どうしよう。
﹁んー﹂
あ、覚醒し始めた。
46
﹁おはよう﹂
﹁んー﹂
ここで部屋を出てはいけない。二度寝するからだ。完全に覚醒して
起き上がるまでは監視対象だ、上半身を起こすのを手伝っていると、
スズランの焦点がだんだん定まってくる。
相変わらず胸元がだぼだぼヨレヨレのシャツを着ていて、起こす時
にシャツがだらしなく垂れ下がり胸元が見えそうになるがなるべく
見ないようにする。
しかしまったく成長していない。同じクラスの女子は胸がすでに大
きい子も居れば膨らみかけの子も居るっていうのに・・・。
リコリスさんはスタイルは良いのにスズランは身長だけしか伸びて
いない。将来がすでに絶望的なスタイルだ。
別に俺は胸に拘りはあまり無いし、本人が気にしてないならとやか
く言うつもりはない。相談されればたぶん幼馴染としてそれに答え
るし、クラスの女子に相談している様子も無い。
しいて言うなら・・・
たぶん洗濯板と言う表現がよく似合う。
あばらが出てないならアイロン台だな。
シャツが捲れて見えたヘソと、ずれ落ちた短パンから見えた鼠蹊部
?まぁ股関節の付け根くらいまでしか見た事が無いから解らんが・・
・。んっんーそれはともかく・・・
﹁起きたか? 俺は向こうで待ってるからな﹂
﹁・・・んー﹂
47
居間でお茶をもらい飲んでいると。
﹁あの魔法は先生に習ったの?﹂
と聞かれたので
﹁習ったと言うよりは考え出しました。先生がイメージで出して下
さいって言っていたので物凄く薄く鋭い風の刃をイメージして出し
ましたね﹂
﹁魔法を攻撃以外に使う考えさえ無かったのよねー。また来年もお
願いね﹂
と、少しからかうようにお願いされてしまったので﹁もちろんです
よ﹂と答えるしかなかった。
まぁそのまま対象に向ければ多分切り裂くと思うけどね、当てられ
ればの話だけど。
それから少しして、スズランがボサボサの髪を一切気にする事無く
やってきた。
﹁行ける﹂
と弱々しくいつも通り言ってくる。すごくサラサラしてて艶の有る
黒い髪なのにもったいない、と思いつつ昼ちょっと前には自然に直
ってるから不思議だ。
そして久しぶりに学校に来たらクラスの全員から感謝された。
ビルケ先生を初め他の先生達にも褒められ感謝された。
理由は﹁楽が出来たから﹂ただそれだけでだった。
授業の合間の小休止中に俺が勝手に﹁三馬鹿﹂と呼んでるまとめ役
から珍しく声を掛けられた。
﹁なんだい、ヴルスト、君から声をかけて来るなんて珍しいじゃな
いか﹂
﹁まぁ・・・な。俺ら魔法があまり得意じゃ無ぇからよ、少し教え
48
てほしんだよ、先生に聞いても﹃想像力です、イメージしなさい﹄
としか言ってくれねぇしよ﹂
﹁あー、うん。なんとなく言いそうだね、先生なら﹂
﹁それによ、俺はカームみたいに使える属性多くないから、カーム
を参考にしたいんだ﹂
﹁良いよ、放課後家に帰ってメシ食ったら村の広場に集まろう。そ
うしたら俺が良く特訓しに行ってる森に案内するよ﹂
﹁お前特訓とかしてたのかよ、じゃぁ家に帰ったら村の広場だな!﹂
そう言うといつもつるんでる仲間の下に戻って行き﹁教えてくれる
ってよ!﹂とか言って騒いでいる。俺の言った事もちゃんと伝えて
ね?
ヴルストはゴブリンで魔物のイメージとは違い意外に話せる奴だ、
背も低くないし、短絡的でもない。三馬鹿の中ではリーダーっぽい
事しているが面倒見が良いだけの良い奴だと思ってる。
他にもオークのシンケン。コボルトのシュペックも居る。
このオークだが、エルフとのハーフで母親似で顔が整っていてかな
り清潔だ。イメージとは違うが、オークとエルフのハーフと言う事
はエルフを凌辱して孕ませた子。ってイメージしか出てこないが父
親も魔物のオークとは違い紳士的だ。収穫を手伝っていた時なんか
魔法を使いまくってる俺の事を気遣ってくれた位だ、こっちの世界
の美女と野獣を地で行ってる夫婦。魔物と魔族の違いって明確だね
!まさに生命の神秘!
コボルトのシュペックだが、ゴールデンレトリバーそっくりだ。ク
ラスの男女問わず誰とでも仲が良く、タレ耳で髪の毛とかサラサラ
で憎めない、正直言ってモフモフしたい。無人島買って王国を作っ
た人みたいに﹁あ゛∼よしよしよしよしよし!﹂とかやりたい。ま
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ぁ失礼だからやらないけど。
男とか女とか関係なく可愛いと思ってしまう。ほぼ人族のメイド服
を着た用務員さんのトリャープカさんなんか、獲物を見つけた肉食
獣みたいな目をする時が良く有る、自覚は無いけど年上に好まれる
タイプだ。ちなみに頭の上と横に耳が有る。
ちなみにトリャープカさんはキキーモラらしいです。
話を聞いていたのかスズランが何か目で訴えてるが、男同士の遊び
に女の子はちょっとね?だってクラスの好きな子とかの話が出るか
もしれないじゃん?
まぁこの埋め合わせは何かでするとしますか。
食事を済ませ﹁森でクラスの友達と遊んでくる﹂と言うと
﹁あらー珍しいわね、あまり深くに入っちゃ駄目よ?﹂
と注意だけされた。まぁ頭ごなしに﹁駄目﹂って言われないだけま
しですけどね。
村の広場に行くと既に全員がそろっていて意外にビックリした、時
間の概念が無いからこその早めの行動って事か?それとも待ちきれ
なかったのか?まぁそれは良いとして。
﹁じゃぁ行こう。村の南の森だから歩いて太陽が少し傾く位だから
そんなにはかからないよ﹂
体感で大体15分だ。村の端から森が見えるくらいだしな。村から
真っ直ぐ歩きほぼ毎日通ってる道だから獣道みたいになってて雑草
も生えてないし邪魔な枝は折ってある。森に入って5分くらいでい
つも毒を飲む時に使ってる小川の流れる場所に着いた。
﹁ここが俺の訓練してる場所だよ﹂
よく使ってるので利便性は上がっている。履いている靴が濡れない
50
ように小川には大き目の石が動かないように置いてある。
太い枝を3本使ってA型フレームを2個作りその間に枝を縛りつけ
蔓を巻き付け簡易的な長椅子兼ベッド。
投擲訓練用の10m20m30m用の目安の丸石。
毒草で変な色に変色した平たい石と手の平サイズの丸石。
魔法を使うために土魔法で整地し固めた3×3×0.2mのステー
ジ。
﹁すげぇなここ、結構手が入って快適だ﹂
﹁本当だねぇ﹂
﹁すごいすごい!﹂
見た目はほぼ大人に近いのに精神年齢が追いついていない。これが
魔族か・・・それとも男だから本当に精神年齢が低いのか解らない。
﹁まだ火を使う予定はないから石や丸太を使った台とか反射板や、
動かせる風避けはまだ作ってないけどね﹂
﹁常に備えよ、備えないのは愚かである﹂と言うサバイバルやボー
イスカウトの信念に引かれ、知識は重くない財産と言う事で、生前
で覚えた知識と長期休暇を使ってさりげなく体験していた事を今フ
ルに活用している。ちなみにサバゲも嗜んでいたりする。
このA型長椅子に屋根を付ければ寝泊りも可能だ、問題は今の自分
では狩りが出来ずに、食料は野草か野鳥の卵か果物か蛇や蛙だけに
なる。動物性タンパクが欲しい・・・肉だ肉!
魔法を使えば簡単に出来ると思うけど、なんか違う気がして使用し
ていないし、魔法に頼らず自分の技術だけでどうにかしたいと言う
プライドも有った。
大型野生生物を狩ると言う事は、長期休暇を利用しても、出来る気
がしなかったからね、そのあたりは圧倒的に経験が無いのでどうし
51
ようない。
﹁さて、魔法の練習でもしようか。まずはイメージしやすい水から
行こう。水魔法が得意な奴居るか?﹂
全員が首を横に振る。
﹁じゃぁ簡単だ、そこの小川に行って手で水を掬ってこようか﹂
全員が顔を洗う様に手に水を掬う。
﹁はい、これをイメージしてみよう。まずは本当に簡単な事からだ、
水で顔を洗うように水を手に溜めるイメージ﹂
全員が手の平の水を捨て目をつぶりんーんー唸っている。手の平に
水が溜まってるようにイメージしているのだろうか。その時シンケ
ンが歓喜の声を上げる。
﹁おぉ、手の平が冷たい、水が手の平に湧いてくる!﹂
流石エルフとのハーフ、魔法の適性は意外に強そうだ。
次はシュペック。
﹁本当だ、水が出てきた﹂
尻尾が千切れそうな勢いで振っている、君は喜怒哀楽が解りやすい
ね、めっちゃモフモフしたいし頭も撫でたい衝動に駆られるが我慢
だ。
最後はヴルストだ。種族的に魔法は厳しいのか?と思ったが。
﹁これが魔法か! これか!﹂
と興奮気味にはしゃいでいる。本当に嬉しかったのだろう。まぁ次
は火か光かな。そうすればはぐれても光が有って水が有って物が焼
52
け、これで最低限生きていけるようになるな。
﹁マジありがとう、俺は一生魔法が使えないと思ってたけど、どう
にかなったぜ﹂
﹁君がクラスメイトで良かったよ、できれば友達になってほしいと
思ってる﹂
﹁ありがとう!﹂
三者三様のお礼をされて少し嬉しい。
﹁これで皆安全な真水が飲めるな、生水は危険だからねー、そこの
綺麗な小川も沸騰させたいくらいだから﹂
帰りながら皆に何属性が使えるか聞いたら
﹁全部使えない、親が使えないし純粋なゴブリンだから使えると思
ってなかった﹂
﹁火と風だね、風の方が得意かな﹂
﹁土だよ!﹂
ゴブリンは本当に魔法が使えない者が多いんだなー。
エルフは風と土ってイメージなんだよね、森に棲んでるし、オーク
は火が使いやすいのかな?
コボルトは個人的なイメージ通り土が得意らしい。
これが素直な感想だ、そろそろこっちに来て5年半になるがまだま
だ知らない事ばかりだ。
あとこの三馬鹿は俺の事を友達だと思ってくれたみたいだ、だから
俺も﹁あぁ! 俺達は友達だ!﹂と返しておいた。
なんとなくこいつらとは腐れ縁になりそうだ。
53
第06話 収穫祭でのファーストキスは麦酒味だった時の事︵前
書き︶
細々と続けてます
プロット作成?なにそれおいしいの?
構成?終わり方決めて後は風呂敷広げないように脳内で連鎖組むだ
けです。
流石に登場人物とかの特徴とかはメモしてありますがね。
54
第06話 収穫祭でのファーストキスは麦酒味だった時の事
昨日から村の中が忙しい、とういうのも明日が収穫祭だからだ。
本当なら収穫が終わってからするのだが俺の魔法で収穫が早く終わ
ったため色々と準備が出来てなかったらしく先延ばしになったらし
い。主に酒の仕入れとか家畜の加工とかに。
﹁今日は収穫祭だから森にいっちゃ駄目よー﹂
と学校に行く前に言われたが素直に返事をしておいた。
昨日の三馬鹿は家に帰った後親に魔法を見せて驚かれ褒められたら
しい事を興奮気味に言ってきた。親に褒められて嬉しくない子供は
居ない。俺も小学生の頃テストで良い点を褒められて嬉しかったか
な、その気持ちよく解るぞ、うんうん。と中身が30歳の人間が言
うとなんか説得力とか色々有るようで無い気がするが心にとどめて
おく。
﹁良かったじゃないか!これで井戸まで水汲みに行かなくて済むな
!﹂
と言ったら驚かれた。水汲みとかは子供の仕事だからな。俺の家で
は母さんが魔法でやってたけど最近じゃ俺が手伝うようになった。
﹁やっぱお前の考える事は違うな!すげぇよ!﹂
﹁あら、貴方達魔法の練習でもしてたのかしら。貴方達に教えると
なると大変だったんじゃないのかしら? 誰に教わったの?﹂
﹁あぁ!カームだよ、教え方が上手くて驚いてる。シンケンもシュ
ペックも昨日一日だけで水魔法が出せるようになったぞ﹂
55
ヴルストが言うとミールが驚いたようにこっちを見ている。
何を思ったのか少しモジモジしながら﹁わ、私にも教えて下さらな
いかしら・・・﹂
語尾の方が少しずつ小さくなってる、プライドが高そうだしね。ツ
ンデレっぽくても仕方ないね。
スズランが少し俺に向けて威圧感を放ってるけど。
スズランがいきなり立ち上がり近づいてきて﹁私も﹂と言って来た
ので﹁あー、じゃぁ二人とも放課後学校の井戸で良いね?﹂と言っ
たら﹁解ったわ﹂とスズランもコクコクと頷いてる。
﹁今日は収穫祭だからあまり長くは教えられないけど良いね?﹂
と言ってその場を収集させたがスズランの機嫌が少し悪い。どうし
たのだろうか、俺なんか悪い事でもしたか?と思いつつ放課後にな
った。
﹁なんでこんなに人が居るんですかねぇ・・・魔法のコツ教えるっ
てレベルじゃねぇぞ﹂
見てみると魔法が苦手な奴や水魔法を覚えてない奴が居る。クラス
の半分くらい居るんじゃないか?まぁ良い。1人教えるのも10人
教えるのも変わらない。
俺が井戸から水を汲んでこの間みたいに顔を洗うみたいに水を掬う。
﹁こうやって手の平に水を溜めるイメージだ、本人には悪いけどあ
のヴルストにもできた事だ、コツやイメージの仕方だけは教えるが
今日は収穫祭だ、全員出来るまで見てる暇は無いから各自桶から水
を掬ってみてイメージしてみて、直前まで手の平に水が有った方が
イメージしやすいから﹂
井戸の周りがざわざわと少し騒がしくなるが、1回目で成功させる
56
者、数回で成功させる者、俺が帰るまでできなかった者、色々居る
が﹁できなかった奴は今日の事を思い出して練習してれば出来るよ
うになるから、諦めんなよ﹂
となんか俺はどこかのテニスプレイヤーみたいな事言ったが熱く言
ってないのでセーフだろう。
けどミールが一回目で成功させた事には驚いた。吸血鬼って水が苦
手ってイメージが有るけどダンピールは違うのか?
スズランもミールの次に成功させている。火が得意なのに水もすぐ
覚えるとか・・・ミール、スズラン、恐ろしい子!
昼食を食べ広場に行く。大人たちは朝から準備をしていたらしくす
でに少し酒が入ってる者も居る。本人曰く﹁乾杯の練習してただけ
だよ﹂と、これだから酒好きは。
広場の中央にはキャンプファイアをする時みたいに丸太が組んであ
り、周りにはテーブルやら椅子やら酒樽が並べられており、テーブ
ルには食べ物や果物が乗っている。
まぁ収穫祭って町や村単位の宴会みたいな物だからね。ちなみに見
た目が大人な子供は雑用でした。
見た目大人でも圧倒的経験不足ですからね。えぇ解ってます。豚を
屠殺して部位に分けるとかやった時ないですし、見て覚えましょう
かね。
ゴア表現の有るゲームや戦争映画で前世ではグロ耐性が少し有った
ので、見た目は平気ですがやっぱり臭いがダメでした。血生臭いの
はまぁまぁ平気だったけど、胃とか腸の水洗いとかは少し口の中に
こみ上げる物が有った・・・。
えぇ・・・あと叫び声、生前みたいにガスとか二酸化炭素とかで先
に殺しておけば良かったと思うんだけど、縄で繋いで斧を首に振り
下ろしていた。1回で落としてください、俺の為に!
57
﹁来年はやってみるか?﹂とよく見かけるワーキャットとワーウル
フのおっさんに言われましたが﹁まだ学校が2年残ってるので昼前
は来られないんですよ﹂と逃げておいた。
なんだかんだ有って夕方になり挨拶が始まった。
村長って普段どこに居るんだ?
﹁今年はカーム君が機転を利かせてくれたおかげで思ったよりも早
く終わりましたが、事情により収穫祭はいつも通りこの時期です。
こういう場所での挨拶は長いと嫌われるので以上! 乾杯!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁乾杯!﹂﹂﹂﹂﹂
盛大に乾杯の声が響き渡る、が俺はまだ子供っぽいのでレモンをス
ライスしたやつが入った水を飲んでいた。温かったので不味かった。
﹁あー氷欲しい﹂
そんな一言からダメ元でイメージしてみた﹃イメージ・四角い氷・
3cm角・固くて透明・手に持ってるカップの中・発動﹄製氷機の
四角い氷をイメージして魔力を送ってみたら、出てきた。
︻スキル・属性攻撃・水:2︼を覚えました。
あ、久しぶりの脳内アナウンス、収穫で散々風の刃連発したのに上
がらなかったのになんで上がったし!何がきっかけで上がるか解ら
ないな。
﹁おい! ヘイルん所の息子が魔法で氷出してるぞ!﹂
やべぇ!見られてた!
あっと言う間に人だかりができて酔っ払いが半暴徒化する。
﹁おいカーム君、氷だーせーよーぅ﹂﹁冷たい麦酒がのみてぇんだ
58
よー﹂﹁果物とか冷やしたら美味しいんだよー﹂﹁もっと出せない
のかよー?﹂
絡み酒だ・・・めんどくせぇ・・・。
﹁解りました解りました、さっき試したら出せただけなので期待し
ないでくださいね!﹂
俺は桶の中に大き目の氷をイメージして魔力を込める。
50cm角の大き目の奴だ。これ以上は不安だ。
﹁初めて魔法で作った氷なのでこれ以上は期待しないでください!
後は砕いて使ってください﹂
と言いながらあと2個ほど出しておく。
そのあと父親のグループに呼ばれ絡まれた。
﹁俺のせがれはすげぇだろ!魔法で氷出してたぜ!アイスランスと
かアイスニードルとかじゃねぇ、冬に出来る氷だ!攻撃じゃねぇ!﹂
﹁おめぇの息子には毎度驚かされるぜ! 魔法使っても攻撃用じゃ
ねぇんだもんな!﹂
駄目だこの大人、べろんべろんな上になんども同じこと繰り返して
る。本格的にやばい。さっきから会話が3ループくらいしてる。
﹁おい、こっちに来て一緒に飲め!﹂﹁そうだそうだ!飲め飲め!﹂
父親とイチイさんが誘ってくる。
﹁俺まだ子供ですから﹂。やんわり断ったつもりだったが﹁俺等は
そのくらいのデカさの時には飲んでたぜ!なぁ?﹂﹁おう!﹂。と
言われた。
歳じゃない・・・体格だった。まぁ前世でも飲んでたしまぁいいか。
59
﹁じゃぁちょっとだけ、初めての酒ですし﹂こっちに来てからは、
だけどね。
ゴッゴッゴッゴッ﹁ア゛ーーーーー酸っぱい!﹂
製造技術が低いのか、醸造技術が低いのか解らないけど酸っぱい、
まぁドイツの地ビールとかお互いの家のビールとかを酸っぱいとか
言いながら飲み合うしいいか。
けど酸っぱさの中にフルーティーな香りが有るな・・・自然発酵だ
からこうなるのか麦が違うのか良く解らないけど飲めなくはない!
﹁お前の息子良い飲みっぷりじゃねぇか! 飲みなれてる飲み方だ
ぜありゃ﹂
﹁今まで飲ませた時ねぇけどな! 血か? ぎゃはははは!﹂
酔っ払いの相手はほどほどに・・・。
そして一緒に飲んでいたら、スズランが肉しか乗って無い皿をもっ
て近づいてきた。口の中に肉でも入ってるのかもごもごしているが
飲み込んだと思ったら。
﹁私も飲む﹂
﹁おい、お前ん所の娘も飲みたがってるぜ? いいのかよー﹂
﹁解ってんだろ? かあちゃんには内緒だぜ! いいなお前らー﹂
大声で言うのはどうかと思うけどリコリスさんは向こうでうちの母
さん達と飲んでるし、気が付いて無いのか、気が付いてるのかは解
らないけどこっちを見てないから今の所大丈夫だろう。
コクコクコク、と飲む音が聞こえるが
﹁水みたいに飲むんだな、平気かい?スズランちゃん﹂
60
﹁まだ平気﹂
まぁやばそうなら止めるか。
普段は作務衣みたいな服とか、暑い時期は甚平みたいな服だけど、
今日は浴衣っぽい服だ。色も普段の藍染と違って鮮やかな色だ。水
の入ったカップのようにちびちび飲んでるのも可愛いな。
しばらく飲んでいたが、スズランの表情は変わってないが顔が赤い。
﹁スズランちゃん、そろそろやめといた方が良いよ、顔赤いし頭が
左右に少し揺れてるし﹂
﹁ちゃんじゃない﹂
んー何が気に食わなかったのか少し脹れている。
﹁スズランさん?﹂
﹁スズラン﹂﹁え?﹂
﹁ス・ズ・ラ・ン﹂
﹁ス、スズランもうお酒は止めとこう、ね?家に戻って寝た方が良
いよ﹂
大人たちがニヤニヤしながらこっちを見てるが気にしないでおこう。
﹁見ろよ! 酔った女に口で負けてるぜ俺の倅﹂
﹁アイツ絶対尻に敷かれるタイプだな、酒飲んだ娘にあんな事言わ
れてりゃ誰だって解るぜ。まぁ俺の娘はやらねぇけどな!﹂と言い
ながら俺の父親の肩当たりをバンバン叩いている。
そこの酔っ払い、余計な事は良いから!娘さんの愚行を止めて!
﹁んー﹂
目が据わって居る、やばいか?けど殺気や威圧感は無い。大丈夫だ
ろう、と思ってたらいきなり胸倉をつかまれた。
61
﹁ちょっと!?スズラン?離﹂﹃して﹄と言おうとしたら思いっき
り引き寄せられ唇を奪われた。
目の前の2人の大人がニヤニヤしながら飲んでた酒を噴き出した。
異変に気が付いて、他の大人も酒を飲むのを止めてこっちを見てい
る。
場の空気が止まり一瞬静かになる。
慌てて引き離そうとするが力が俺よりも有るらしく引き離せない。
どうしようこの状況。
体感で5秒ほどしたら目の前の大人以外が﹁﹁﹁ぅおーーー!!﹂﹂
﹂とか指笛でヒューヒュー鳴らしてる。﹁キース、キース﹂とか言
ってる奴まで居る。
どうする俺!イチイさんに殺される!!
﹁ん・・・はぁ・・・﹂
と、色っぽい吐息を吐きながら、目を細めて微笑みながら唇を離し
ていくスズラン。俺は平然を装い。
﹁ち、力強いんだねスズラン、良いから手、離して?﹂
と言っても、胸倉の手は緩まらず今度はゆっくり引き寄せられる、
この流れはやばい二度目のキスだ。さりげなく左手も頬に当てられ
ている!?さっきの騒ぎで人が増えてる!クラスメイトも居る!?
やべぇ!
周りじゃ﹁おー?﹂﹁おおーーー﹂﹁うおーーーー﹂と顔が近づく
につれて声が大きくなってる、これは多分無理、回避不可能。母親
同士はニヤニヤしている。リコリスさんイチイさんを頼みます。俺
はまだ死にたくないです。
俺は激流に身を任せ同化する。
62
周りは激流に身を任せどうかしている。
﹁﹁﹁﹁おおおーーーー﹂﹂﹂﹂
脳内で分厚い鉄板にハンドガンを撃ったような擬音が流れた気がす
る﹃ズキュウウゥン﹄ってな感じで。
長い長い!さっきよりも長い!舌!舌入れようとしないで!
スズランの唇が離れた時、何故か盛大な拍手が鳴っていた。その時
には胸倉を掴んでいた手は力が抜けていた。かなり満足したようだ。
俺はその場にへたり込んでスズランを見たが、なんかツヤツヤして
いた。
転生後のファーストキスは酒臭い吐息と麦酒の味でした。
そして何事も無かったかのようにスズランは俺のカップに余ってい
た酒を俺が口を付けて飲んでた所で飲んでいた。
イチイさんはなんか放心しているが、リコリスさんはニヤニヤしな
がらイチイさんの隣で酒を飲み、父さんは何かあったらやばいと思
ってイチイさんを取り押さえようと身構えていたが、しばらく何も
ないので酒ではなく水を飲んでいた。
父さん、一応気遣ってくれてありがとう。俺は父親の偉大さに涙が
出そうになった。
しばらくへたり込んでいたらリコリスさんが﹁うちの子を家まで届
63
けてくれないかしら?﹂と意味ありげな事を言ったが、酒に酔って
記憶が曖昧そうな女性に手を出すようなことはしないし、たとえ俺
が酔っててもそんなことはしないだろう。
﹁え?あ、はい﹂
と我に返った風に返事をしておいた。
言われた通りスズランを家まで送り届ける事にするが﹁背負って﹂。
とか言って来たので素直にその場で背負ってやると、また歓喜の声
が上がった。お前らはバーでサッカー見てるサポーターかよ、と思
いつつスズランの家まで行く事にする。
本来なら背中に、柔らかく幸せな物が当たるところだが、残念なが
らそんな事は無かった、浴衣っぽい衣装の合わさり目がはっきりと
解った位だ。
終始﹁んふふー﹂とか背中から聞こえたが聞こえないふりして、た
だただ歩き続けた。
家に着いてベットにスズランを下ろすと腕を掴まれベッドに引きず
り込まれそうになるが、この際はっきりさせておこう。
俺は指先でおでこを﹃ペシ﹄っと軽く叩き。
﹁スズランの事は好きだけど、かなり酔ってる子とそういう事する
気はないから、それとも酔ってる演技かな? 気持ちは嬉しいけど、
次の機会が有ったら酔ってない時か、あまり酔ってない時に誘って
くれると凄くうれしい﹂
俺の真剣さが伝わったのか諦めたのかは解らないけど腕を離してく
れた。﹁解ってくれてありがとう﹂そう言って今度は俺からキスを
してあげた。もちろん舌は無しです。
64
ヘタレで申し訳無いね。
﹁じゃぁまた明日、いつも通りに接してくれたら嬉しいかな﹂
﹁・・・うん﹂
と返事を待ってから部屋を出る。
﹁寝ゲロするなよ﹂とは雰囲気で言えなかった。ただ酔い潰れて運
んだだけなら言ってたかもしれない。
俺は急いで会場に戻るとこっちを見て残念そうな顔したリコリスさ
んと﹁娘が! 娘が取られる!﹂と、泣きながら酒を飲みまくって
るイチイさんを見て頭が痛くなった。
両親は意外そうな顔でこっちを見ていた。多分戻ってくるのに1∼
2時間はかかると思ってた顔だ。
クラスメイトの男子は睨んでくるか、安心した顔をしてるし、女子
は汚物を見る様な目と、意外に紳士的なんだと言うような顔をして
いる子も居た。俺にどうしろと?
今日は色々ありすぎて疲れた。酒でも飲みなおそうと思ってカップ
に酒を注いで飲んでから思い出した。﹁これ、スズランが飲み口を
確認してから飲んでたんだった﹂と呟き、なんだかんだ言って間接
キスもしっかりさせられた俺は一気に酒を呷ってから家に帰って寝
た。
その日両親は帰って来なかった。祭りの日の親ってワザと家に帰る
時間を遅くして子供に気を遣う風習でも有るのだろうか?
明日の学校は荒れるねこりゃ。
65
第06話 収穫祭でのファーストキスは麦酒味だった時の事︵後
書き︶
この物語の半分は初心者が飲酒時に書いております。
66
第07話 収穫祭が終った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
20150425 本編に、差支え無い程度に修正作業をした積り
ですが、まだ句読点の使い方が下手ですので、色々気にしないで頂
ければ幸いです
67
第07話 収穫祭が終った時の事
学校に行くのに待ち合わせをしているけどスズランが来ない。
あんな事が有ったのに迎えに行くのかよ、胃が痛い。殺されない事
を祈るしかない。
﹁おはようございます、スズランを起こしに来ました﹂
﹁おい、早速呼び捨てか? 良い御身分ですなぁ﹂
やっぱり絡んできた。威圧感は有るけど殺気は無い。今の所大丈夫
か?
﹁まぁ・・・本人の希望ですし?﹂
﹁そうだよなぁ、そう言われたらそうするしか無いよなぁ?﹂
まだ絡みますか。
﹁あなた? この子達が遅刻してしまいますよ?﹂
笑顔で氷でできた剃刀みたいな殺気をイチイさんに飛ばしている。
﹁じゃ、じゃぁ起こしてきますね﹂
と言い部屋の方に向かうが居間の方で話し声が聞こえる。
﹁昨日さんざん言ったでしょう、あれはどう見てもスズランから仕
掛けてたって。カーム君はまだそんな気は無かったみたいって﹂
﹁でもよ、あんだけ有ったのにしてないみたいだぜ?俺の娘の事嫌
いなんじゃねぇのか?﹂
﹁カーム君は紳士なのよ、酔った子に手出すのは不味いって思った
んでしょう﹂
聞こえてますよイチイさんリコリスさん・・・。
ドアをノックするが、いつも通り反応は無い。
68
﹁入るぞ﹂
声をかけてから少し待ってから入る。
相変わらず寝ているが、ベッドの横に普段穿いてる短パンが落ちて
る。
布団の中は下着ですか・・・。
まぁ・・・あんな事が有ったんだ。色々一人で発散しててもおかし
くない。
年頃の女の子だしなぁ・・・。一応ドアから死角っぽい所に置いて
おこう。﹁俺はいつも通り起こしに来ただけですよー﹂感を装う事
にしよう。
いつも通り肩を叩き﹁起きろ﹂と言いつつ肩を揺する。
﹁んー﹂と言いながら覚醒しかけるが、片足の膝から先がベッドか
らずり落ちてきて下着が引っかかってる事に気が付いた。俺の下半
身が覚醒しそうになる。布団の中はシャツだけですか・・・
はい・・・昨日はお楽しみでしたね。一人で!
どうしよう・・・このまま部屋を出て、二度寝するかもしれない状
況にするか・・・スズランに恥をかかせるか・・・
俺はヘタレです、一緒に遅刻しましょう。
最後に一声だけ掛けてから、少し部屋のドアを閉める音を大きく鳴
らす事にした。そして色は白だった。
居間に戻り気まずい雰囲気のままお茶をもらいつつ飲んでいるとや
っぱりイチイさんが絡んできた。
﹁スズランの事どう思ってる? 昨日はあんな状況になったのにな
んで早く戻ってきたんだ?﹂
奥歯に物が挟まった言い方は嫌いみたいだ。だから俺はまっすぐ目
69
を見て答えた。
﹁スズランの事は好きだと思ってます、いえ、好きです。昨日は気
を利かせていただいたのに早く戻ってきたのは酔っている子と、そ
ういう事はしたくないからです。酒の力を借りてない状態で、お互
い合意の上でしたいと思ってるので。
正直言うと昨日はベットに下ろした後、腕を掴まれベットに引きず
り込まれそうになったんですが、さっき言った事を言いました。そ
うしたら納得してくれたみたいで離してくれました﹂
﹁あら、あの子って奥手だと思ったけど意外にやるのね﹂
えぇ、リコリスさん、スズランは肉食系ですよ。食事も、恋愛も。
﹁・・・まぁスズランがお前の事好きなら仕方がねぇ。いきなり俺
の知らねぇ奴が来て﹃娘さんを下さい﹄とか言ってきたら全力で殴
ってやるのが夢だったんだがな﹂
俺は何も言わずに茶を啜る事にする。
﹁でもよ、あいつが泣いてこの家に戻ってきたら、たとえお前が世
界の果てに居ても殴りに行ってやるからな? 覚悟しておけよ?﹂
﹁・・・解りました、その時は全力でぶん殴ってください﹂
スズランはまだ来る様子は無い。
﹁お前の考えを聞かせろ。それによっちゃ嫁にはやれねぇな﹂
﹁まずは学校の卒業ですね。卒業しないと話になりません。知識は
重くない武器であり財産です﹂
実際地球でも資格や免許は持ってて重くない武器だったし、知識も
ある意味武器になったからなぁ。
﹁はん!魔法を収穫や生活が便利になりそうな事に使う奴が学校ね
ぇ﹂
﹁学校で村の仲間と友情を深めておくと卒業して仕事してる時の横
の繋がりにもなりますからね、出ておいて損は無いです。卒業した
70
らまずは村を出て、町の方に行ってみてお金を稼ぎます。結婚する
にしても、生活するにしても、子供を育てるにしてもお金が要りま
すから﹂
﹁かぁちゃん、こいつ今の俺よりもしっかりしてないか?年上とし
ての威厳がすでに無いんだけど﹂
まぁ中身は30年生きてますし。
﹁その後は何か定職について安定してお金を稼ぎたいですね。冒険
者って一攫千金を狙う職業も有るみたいですけど、危険な事はした
くないので﹂
﹁俺がお前くらいの時は冒険者になりたくて棒振り回してたぜ? お前の親父のヘイルとな。知ってるんだぜ?森に有るお前の秘密基
地、中々手が入ってるみたいじゃないか、ヘイルが酒飲みながら言
ってたぜ?﹂
﹁まぁ・・・色々とやってるのは事実ですけど、先生が言うのには
魔族が嫌いな人族も居るって事を聞いたので、身を守る訓練くらい
はしてますよ。魔法もそこで考えてます。あと村の周りの魔物を間
引きしてくれてありがとうございます。だから俺はそこで安全に訓
練が続けられます﹂
スズランの部屋の方でバタバタ聞こえる。短パンが落ちてて下着が
足に引っかかってるのを見られたのかもしれない。と言う感じだろ
うか?
大丈夫、﹁オレハナニモミテマセンヨー﹂って感じで接するから。
﹁珍しく騒がしいな、あいつに何かしたのか?﹂
﹁いつも通り声をかけて、返事が無いのを確認したらノックして入
って、肩を揺さぶって起こしただけですよ。俺に見られたら恥ずか
しい物が少し落ちてましたけどね﹂
﹁・・・聞かない方が良いか?﹂
71
﹁俺には聞いても良いですけどスズランには聞かない方が良いです
ねー、多分嫌われますよ、父親として﹂
﹁今度酒が入った時にでも聞くわ、覚悟しておけよな﹂
なんか大なり小なり男の駆け引きが有ったと思うけどまぁ酒の肴に
するのには少し下品かな?
リコリスさん微笑まないで下さい。イチイさんとは違う意味で怖い
ので。
はぁ・・・はぁ・・・﹁行ける﹂
今日は肩で息をしている、相当焦ったか驚いたか。声がはっきりし
てるから速攻で覚醒したんだろう。まぁ俺は何も見てないよ。
学校に行く道中にいきなり﹁見た?﹂と、普段通りの声で聴いてき
た。朝の声はそうとう焦ってたみたいだ。後こっちが触れないよう
にしてるのになんで確認してくるのかな、どんな反応して良いのか
解らない。
﹁何をだ?いつも穿いてる短パンなら見たな。酒飲んで寝たから夜
中に熱くて寝ながら脱いだんだろ。布団の中は下着だと思ったから
早めに部屋を出たけどな﹂
我ながら無難な答えを出したと思うけど俺の顔を覗いてくる、今の
俺はポーカーフェイスだから多分平気なはず。
﹁えっち﹂
﹁はぁ?いつも穿いてる短パン落ちてるの見ただけでなんでそこま
で言うかな?﹂
72
あくまで短パンを押してみる。
多分見られてないと思ってくれたのか少し安心したような表情にな
っている。
知らないふりも優しさの1つです。
学校に着くと俺は男子からスズランは女子から質問責めだ。
ある程度想像してたけど先生にも聞かれたのにはびっくりしたぜ・・
・。
あと俺を汚物を見るような目をしてた女子は勘違いだと気が付き、
恥ずかしそうにしていた。
あと体を使う授業で何故か木刀を使った模擬戦だったそれで何故か
﹁俺対クラスの男子全員﹂になった事は先生からのささやかな嫉妬
だと思いたい。
︻スキル:打撃耐性・1︼を覚えました
ですよねー。
放課後、昼食を済ませてから森に向かう。
日課である毒草を摘み原液を飲んでから投擲の訓練をする。
白い死神も言っていたしね﹁練習だ!﹂と、あと﹁やれと言われた
ことを、可能なかぎり実行したまでだ﹂って言ってるし、今やれる
事をやらないとね。
さて・・・昨日の会場設営中にくすねた紐を同じ長さに5本切って
左右に小石を縛ってと・・・真ん中で折って根元を縛って。
73
﹁できた、ボーラだ﹂
これは目標に投げて、紐で絡め取る投擲具。
あと一本少し長めに紐を切って左右に石を縛りつけて。
﹁こっちはソマイだったかな?﹂
こっちは投げて当たれば石が大きいので体のどこかに当たればある
程度ダメージが期待でき、外しても紐が巻き付いて拘束できる投擲
具。
今の投擲スキルならこの二つで兎位狩れるだろう。魔法無しで獲物
を狩ったら魔法を使うって自分で決めてるからな。さっさと次の段
階に行きたいねぇ。
問題は兎をどうやって発見するかだけどね。
しばらく手になじませるためにボーラとソマイを投げるが思ってた
以上に狙った所に飛んでいく。投擲スキルの補正って意外に高い?
あとソマイだけど遠心力を使って投げると紐が棒を投げた時みたい
に回転して飛んでいくから細い木に投げつけたら綺麗に絡まってく
れて思い通りに行って良かったよ。
しばらく投擲の練習していたらガサガサ!と音がしたので振り向く
と三馬鹿が現れた。
﹁やっぱりここか、居ると思ったぜ﹂
﹁何か用か?特にないなら模擬戦の仕返しを今するけど?﹂
とニヤニヤしながら冗談交じりに手に持ってる石を手の中で遊ばせ
る。
﹁おいおい、止めてくれよ、そんなのぶつけられたら死んじまう﹂
ヴルストもニヤニヤしながら冗談交じりに返してくる。
74
﹁で、何の用だ?﹂
﹁昨日の事を包み隠さず聞きたくてね﹂
シンケンが興味深そうに聞いてくる。紳士の子でも興味はあるみた
いだ。
﹁条件が有る。俺に森の歩き方を教えてくれ、あと獲物の見つけ方。
それを教えてくれれば教えてやるよ﹂
﹁そんな事か。この間の魔法の訓練で十分お釣りが来る。それでい
いなら教えるよ﹂
﹁よし、交渉成立だ﹂
俺は事の成り行きを最後まで話した。
﹁ヘタレだなぁ﹂
﹁意外に紳士的だねぇ、ヘタレだけど﹂
﹁ヘタレ!ヘタレ!﹂
あれぇ?こっちの世界じゃああいうのヘタレなの?
﹁そうか?まぁヘタレでもいいよ、酔ってる子と成り行きでそうい
う事したくないのは事実だし、けど最後のキスは良いだろ!及第点
だろ?なぁ?﹂
﹁そこまでしたら最後まで行けよ﹂
﹁だから酔った勢いじゃ嫌なの! 何回も言わせんな!﹂
シンケンさん?なんかかわいそうな子を見るような目で俺を見ない
でください。
シュペックも散歩だと思ったら動物病院に連れてこられたような微
妙な表情するの止めてください。
﹁あーもういいよ、これで全部だ、学校で話してない事も言ったか
75
らな!﹂
﹁そう怒るなよヘタレ。後で林檎奢ってやるからよ﹂
あだ名がヘタレになりそうです、どうにかしてください。
76
第08話 初めて獲物を取った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
この間初めて返信を頂きました、とても嬉しかったです。
その中に有ったのですが、大まかに﹁菓子類や調味料の精製につい
てです﹂が完全に盲点でした。
﹁人族が召喚魔法で勇者を召喚してる噂﹂と言う設定だったので他
の地球人が居るかもしれないから、そいつらが広めてるだろう。と
言う事で蔑ろにしていました。
ですが今後は少しづつ簡単に再現できそうな物は出していきたいと
思います。主人公が作るとは限りませんが。
77
第08話 初めて獲物を取った時の事
﹁カーム、ちょっといいかな?﹂
﹁なんだい?﹂
﹁君の都合が良ければ今日でも森の件は大丈夫だ﹂
﹁本当か!じゃぁ飯食ったらあの場所で待ってるわ﹂
森で待っているとシンケンと尖った耳の人がやってきた。
﹁やぁ、待たせたね﹂
﹁それほど待ってないよ。初めまして、カームと言います、えぇっ
と・・・﹂
﹁シンケンの母アルクと言います、収穫の時は大変お世話になりま
した﹂
﹁初めましてアルクさん、あれは皆が楽ができればと思ってやった
ことですので﹂
﹁森の歩き方と獲物の取り方でしたね、武器は何をお使いに?﹂
﹁絶望的に弓が使えないのでこれです﹂
と言って手に持っていた石を、30m離れた木の丸印の所に当てる。
﹁投石ですか、飛距離的に難しいかもしれませんね。魔法では駄目
なのですか?かなり上手いと息子から聞いていますが﹂
﹁とりあえず自分の限界を知っておかないと、いざと言う時に何も
出来無いんじゃ話になりませんので。あと魔法は便利過ぎですので﹂
﹁そういう物なのですか? まぁ自分に制約を付けるのは悪い事じ
ゃ有りません﹂
﹁まぁ獲物を見つけられないので頼らせてもらったんですけどね﹂
と言いつつボーラとソマイを見せる。
﹁投擲具ですか・・・出来る限りの事はしましょう、息子に魔法の
コツを教えてくれた友人ですからね﹂
78
﹁コツは足音を消す事、気配を消す事、風の流れを読む事、森の香
りを読む事、大体はこの4つでどうにかなります。足音を消す事は
後で覚えるとして、まずは気配を消す事から始めましょう。まずは
呼吸を一定に保ちます、この時に呼吸音をなるべく出さないように
します。まずは我流でやってみてください﹂
﹁解りました﹂
サバゲの時を思い出せ、ゆっくり鼻から息を吸いゆっくりと鼻から
吐く。もちろん我流だ、この方が自分で心臓の鼓動も聞こえるし一
番動きが少なく感じたからだ。
︻スキル:隠遁・1︼を覚えました
を?こんなんで良いの?
﹁はい、大丈夫です、我流で初めてやったのにしては筋が良いです。
このままでも問題無いと思いますが精進してください﹂
﹁ありがとうございます﹂
まぁギリースーツ着て、山の中で山狩りごっことかやってたからな、
あの時は腰を踏まれて気が付かれたけど。
﹁次は風の流れを読む事です、風の流れを読めば森の香りを読む事
もできます、これはすぐに身に付けられる物では無いのでコツを教
えて、ある程度形になったら良しとします﹂
﹁解りました﹂
一応サバゲでも風は見えるんだよね、BB弾って軽いからすぐ流さ
れるし
﹁この小川の奥に行きましょう、その方が森が深いです、この先に
行った事は?﹂
79
﹁無いです、母にあまり森の深い所に行くなと言われてるので﹂
﹁そうですか、なら私が先行しますのでなるべく足音を消して、極
力気配を消しながらついて来て下さい。私の後ろはシンケンですよ。
カーム君は3番目です﹂
﹁はい﹂
﹁解りました﹂
すげぇ、普通に歩いてるように見えるのに足音がしないし、目の前
に居るのに気配が薄く感じる。俺は普通に歩いてるけど、ゆっくり
息をしてるから息が切れる、呼吸音が漏れる。アルクさんは本職だ
から当たり前だとして、シンケンもなかなかすごいな、足音がしな
い。これは本当に﹁練習だ!﹂ですね・・・白い死神さん。
俺の異変に気が付いたのか、アルクの歩くペースが少しゆっくりに
なる、それから10分ほど歩いたら、いきなりアルクが止まりゆっ
くり手を挙げた。多分止まれの合図だろう。
弓に矢を番えゆっくり引き絞り矢を放つ。
茂みの中に矢が入ったと思ったら、そこには兎が居たらしくしっか
りと矢が当たっており兎は即死状態だった。
﹁と、言う訳でこんな感じです。やみくもに歩いてた様に思います
が、微かな風の流れで、風上の獣の臭いを嗅ぎ、風上の獲物に自分
の臭いが行かないようにして、風下に向かいつつ風が無いのに、少
し動いた茂みに当たりを付け射りました。あと足音を消すのはもう
少し訓練が要りますね、呼吸はゆっくり移動すれば問題無いでしょ
う﹂
スナイパー訓練施設で、3時間かけて近づいてくるスナイパーを探
す教官みたいな感じか。本当に練習有るのみだなこりゃ。
80
﹁ちょうどここは少し開けてるので、ここで寝転がって目を瞑って
ください﹂
とりあえず言われた通りに動こう。
﹁風で木が動いてる音が聞こえますね? けどよく聞くと風が無い
時にも木が動いてる音がします、その風に乗って獣臭もします。平
たく言えばこういう事になりますが、どうこう説明できる事じゃ無
いのです。
経験と勘です、耳を澄まし、嗅覚を研ぎ澄まし、感覚を剥き出しに
して森と一体化する。そう心がける用にすれば、自然と獲物の居場
所が解るようになります﹂
解らねぇ・・・アルクさんってなんとなくでやってる派? それと
もエルフ特有の何かが有るのか? と思いつつ﹁はい、もう良いで
すよ﹂と言われたので立ち上がる。時間短くないか? コツだけ後
は慣れろ派ですか?
﹁解りました、今教えてもらった事をなんとなく心がけてみます。
あと、アレもそうですよね?﹂と言いながら、少し動いてる茂みを
指差す。よく見ると兎の耳が少し見えている。
﹁えぇそうですね。狩ってみますか?自信が無いなら私が頂きます
が﹂
﹁挑戦してみます、やってみない事には始まりませんから。けど外
れた時の事を考えて矢は番えていて下さい﹂
手頃なピンポン玉大の石を2個持ち
﹁目視35歩、風・左0.5、って所かな?﹂。この距離でこの重
量なら流れないだろう。
深呼吸を1度して息を吸い、止める。
81
そのまま集中し投げる、1秒後に2投目を即投げる。
1投目が胴に当たり慌てて逃げ出そうとする所に、2投目が辺り後
ろ足に当たり、逃げられなくなった所を捕まえる事が出来た。
﹁良くできました、風の読みも荒削りですが大丈夫そうです、後は
獲物を見つける事に重点を置けばどうにかなりそうですね。後でシ
ンケンから獣の足跡を追う方法を習ってください。あの子にも経験
させないといけないので﹂と。投石を外した時の為に引き絞ってた
弓を緩め矢を矢筒に戻す。
﹁私も﹃一人では森の奥に入るな﹄と言いつけて有るのでカーム君
となら良いでしょう。よろしくお願いします﹂
﹁はい、よろしくお願いします﹂
﹁よろしくな、カーム﹂
と言いつつ微妙な表情をしている、まだ自信が無いのだろうか?
︻スキル・投擲:2︼﹂を覚えました
あれだけ投げても上がらなかったのに獣を狩ったら上がった、何か
しら法則でもあるのか?まぁ上がったならいいや。
﹁血抜きをしたいので刃物を貸してください、まだ刃物を持ってい
なくて﹂
﹁血抜きは早い方が良いですが、森から離れてからにしましょう、
血の臭いで魔物が寄って来る可能性も有りますので。
極力危険は避けましょう、大型の獣だとその分時間もかかりますの
で、なるべく安全な場所でするように心がけてください﹂
﹁解りました、鮮度より安全ですね。ありがとうございます﹂
今日の所はこれで森を出て村の近くで血抜きをしてから帰宅した。
82
﹁母さん、夕食のおかずが増えたよ﹂
﹁あら、道具も無いのに良く獲れたわね。すごいじゃない﹂
﹁石投げて当てたんだよ﹂
﹁んー?すごいのかしら?基準が良く解らないわね﹂
﹁知り合いに弓を射らせてもらったけど絶望的に下手だったから﹂
﹁なら石の方がいいわねー﹂
前世基準だったけど嘘は言って無い。
そして夕食の塩のスープの中に肉が入り、塩をすり込んで炙った肉
が増えた、香辛料とか欲しいです、母さん。
◇
さて・・・自分で決めたルールを達成したから近代兵器っぽい魔法
を考えてみよう。
やっぱり銃だよな、銃本体は無理でも弾頭くらいどうにかなるか?
候補を挙げてみよう。
1.土魔法で石で弾頭を作って飛ばす
2.土魔法で砂を出して砂鉄で形成して飛ばす
3.土魔法で鉱石を出して飛ばす
こんなもんか、じゃぁまず1からだ、
﹃イメージ・細長い楕円形の石・高速回転・速度800m/秒・着
弾点、視点中央の延長線上の障害物、500m先で自然消滅・発動﹄
詳しい事は思い出せないから適当だ適当!あと外した時飛びっぱな
しだと怖いから制約を付ける。
眉間の先50cm位に弾頭が形成され飛んでいく火薬を使ってない
83
から発砲音はしないがソニックブームの音が﹃キュン﹄と聞こえた。
目標にしてた50m先の木に当たり穴が開く、大体想像通りだった
ので満足だ。後は距離が延びた時の弾頭の落ち方と風の影響か。
次は2だ
これは結果を見なくてもなんとなく解る、フランジブル弾だ。柔ら
かい物には貫入するけど堅い物に当たったら粉砕。
これはさっきの応用で細長い﹃楕円形の形に細かい適当な鉱石を固
める﹄だ。
次は3
折角だからアレをやってみたい。エメラルド○○○。○ュ。エメラ
ルドはモース硬度も8有るから弾としては堅過ぎて、柔らかい物は
突き抜けて威力が期待できないかもしれない。
なら同じ緑で少し柔らかい硬度4程度のマラカイトを使おう、当た
ったら潰れて威力が期待できるかもしれない。やるならショットガ
ン風だ。
ショットガンは小さな球状の物を、沢山飛ばす為の銃だ。
これもほぼ応用﹃10mmの球状のマラカイトを10個を速度40
0m/秒で直径3cmで纏めて射出﹄これは危ないから100m先
で自然消滅。
﹃メギィ﹄ってな感じで、木に無理やりめり込む感じの音が聞こえ
穴が開いて、木屑が散乱している。成功と言えば成功だけどなんか
違う感じがする・・・やれやれだぜ・・・
あと発動の前に掛け声も出しておこう。
︻スキル・属性攻撃・土:2︼を覚えました
スキルレベルの上がる基準が本当に解らない・・・
84
まぁ後は森の歩き方でも言われた通り﹁考えるな、感じろ!﹂で行
ってみよう。自分ルールも解禁したし熊位なら平気だと思いたい。
あー、そろそろ冬か・・・
85
第08話 初めて獲物を取った時の事︵後書き︶
銃っぽい魔法で一気に雰囲気が台無しになりましたね、申し訳あり
ません。
モース硬度とは。
主に鉱石類に対する硬さの尺度です。
例を挙げると
ダイアモンドが10で、滑石が1、鉄が4、琥珀が2といった感じ
です。
爪で傷がつくとか、硬貨で傷が付くとか10で9を傷つけられる。
9で8を傷つけられる、といった感じで結構曖昧です。
ちなみに5だとナイフでなんとか傷が付き、6だとナイフでは傷を
付ける事が出来ず刃が痛む。だそうです。
木工用の釘が4.5なのでマラカイトは弾として使用するのには丁
度良いかと思います。
86
第09話 年末年始での年越し祭での時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
最後の方に酒の飲み過ぎによる嘔吐シーンが有りますが、表現的に
ボカシてあります。苦手な方はご注意を。
87
第09話 年末年始での年越し祭での時の事
年の瀬・・・日本には師走と言う呼び方も有るが、前世でまぁまぁ
忙しかった記憶も有る。
だけどこの世界は解らないがこの村は忙しさや騒がしさとは無縁だ
った。
雪が積もり、屋外での作業は家畜小屋の屋根に積もった雪を下ろす
程度で、屋内で出来る仕事も特に無い。雪が降る前に家や家畜小屋
の修繕をしたり、保存食の作成だ、収穫祭の前に、塩辛い干し肉を
作る。
作った麦っぽい物も税で持ってかれるが、持って行かれる量も少な
く、皆飢える事無く過ごしている。もし飢える者が出たとしても小
さい村なので皆で助け合うのが暗黙の了解だ。村の皆が優しいので、
流れ者にも優しい。
学校も雪が降ったら休みに入り、雪が降らなくなる頃に村の広場で
先生が﹁明日から学校です﹂と、告知するみたいだ。
俺は冬に出来る暇潰し兼、小遣い稼ぎの内職を作ってみた。
鮮やかな端切れを買って、熊や兎のデフォルメされたぬいぐるみや
巻薔薇、編マットを作る。
これは生前の母が趣味にしてたので良く覚えている。
やべぇ、思い出したら少し涙出てきた、俺の死んだ後の事考えてな
かった。家族には迷惑かけただろうな。実際死因が餅で窒息死だっ
たらご近所にはなんて説明するんだろう。ごめんな、父さん、母さ
ん、姉さん。
88
森から枯れ木をもってきて、ナイフで彫刻をする。
そう、木製のおじーちゃんおばーちゃんの家に良くあるかもしれな
い、黒い熊を目標にしている。イメージは出来る、それを形にする
技術が俺には無いので、ただの木屑になった。
美術大の人とかすげぇな、あと彫刻家。
割れたガラスを格安で買ってきて、アクセサリーを作る。
ガラスの製造技術があまり確立されてないので前世のTVで見た映
像をなんとか記憶から掘り起しトンボ玉にしている。
コレは火魔法で適当に溶かして、棒状の鉱石に巻き付けて作る、最
初はゆっくり冷やすのに苦労したが拾って来た鍋に熱した砂を入れ
て徐冷剤の代用にした。
ちなみにお金は、狩りで捕った獲物の、食べきれない分を肉屋や皮
屋に売ったりして、コツコツ溜めた物だ。
ナイフは中古で買ったので多少錆びていたが、川原の細かい粘土質
な石を拾ってきて、磨いた。
魔法で作った黒曜石でナイフを作ってみたが1時間ぐらいで消える
事に気が付いた。魔法で作り出した物だから魔力が切れたら消える
みたいだ、魔法で出した金や銀、宝石の類は売れないな。残念だ。
あの狩りの時から色々と試行錯誤しているが、出来るものがなかな
か思い浮かばない、現代社会に依存して当たり前の様に使ってた物
は、ものすごい技術の塊なんだよな・・・
まぁそれを元に色々魔法でやってるんだけど、物を作るとなると別
だな。
まぁ、こんな感じで雪が降り始めてから1ヶ月はゆっくり過ごした。
家畜の餌は十分にあり草木が茂る春先まで持つみたいだ、何も心配
する事は無い。
89
◇
としこしさい
去年までは家族で過ごしてたが、俺が酒が飲める程度に成長したか
ら今年から違うらしい。
﹁カーム、今日は夜から集会所だ、年越祭りだから夜通し飲む祭り
だ、遅れても良いけど絶対に来るんだぞ﹂と言われ、毎年のんびり
過ごすんじゃないのかと思っていたが、思ってただけだった。
去年までは、家でのんびり少し豪華な食事を食べ、変わら無い年越
しを過ごしていたが、本当は村の集会所で酒盛りが普通らしい。今
年は俺も強制参加だ・・・
収穫祭の事を考えると頭が痛い。むしろ頭痛が痛いと言いたいくら
い不安要素が多い。
﹁カーム!こっちだ!﹂
酒場に響くヴルストの声、良く見るとクラスの男子がほとんどそろ
っている。むしろ出来上がっている。女子も女子で固まって飲んで
いる。
﹁おう、早いなお前ら、去年まで全員こっち側じゃなかっただろう
?﹂
﹁かなり早い時間から親父に連れてこられた、なんか子供が大きく
なった夫婦か結婚してない奴らが来るらしいぜ?﹂
オーケーオーケーなんとなく解った、俺は多分年越祭に作られた可
能性が出てきた。
なんとなく察したが﹁ほう・・・﹂とだけ返事しておいた。
そうしたらシュペックが麦酒をもってきてくれたので乾杯の合図が
響く、こいつ等何回目の乾杯だ?
ゴクッゴクッゴクッ!﹁ア゛∼∼∼苦い!﹂
今回は苦いね、まぁ飲めなくはない!タダで酒が飲めればどんどん
飲むぜ!
90
﹁やぁカーム君・・・あれから狩りはどうだい?﹂
目が座ってるシンケンが絡んでくる、酔うと絡んでくるみたいだ。
普段はあんなに付き合い易いのに、酒が入ると途端に駄目っぽくな
る。
ギャップ萌えって奴ですか?けど男が酒飲んでギャップ萌えになれ
ばいいけど﹃酒さえ飲まなければ良い人なんだけどねぇ﹄って、な
らなければ良いさ。まぁ、あの二人の子供だから平気だろう。暴力
は駄目ですよ?
﹁あぁ、なんとか慣れてきて獲れる様にはなってきてるよ。本当に
ありがとう﹂
﹁そーかそーか、いいねぇいいねぇ今度一緒に森に入ろうぜ﹂
適当に返事しながら飲む事にする。素面じゃ酔っ払いは相手にして
られない。
﹁カームカップに酒無いよ! 持ってくる!﹂
シュペックは相変わらずだなぁ・・・あれは酔ってるのか?
俺に酒を持ってくると笑いながら器用に酒をこぼさず片足で回りな
がら﹁はははー﹂と笑ってる。
はたから見ると﹁酔いすぎじゃね?﹂って位普段よりテンションが
高いが﹁まぁシュペックだし﹂で片付けておいた。
他にも、クラスメイトが普段は見せない一面を表に出してる・・・
酒って怖ぇー。
怖いと言えばスズランだ、思い出して女子グループを見てみるが、
いつも通り静かにして肉を食いながら飲んでいる。まだ暴走はして
ないね。
ドン!っと言う音が聞こえさりげなく視線を向けると、ちょっとお
洒落してきたミールが転んで、スカート全開に捲れ、下着が見えた
91
時は流石に噴き出した。急いで直したが数人見ていたらしくて噴い
た俺が睨まれた、肉を咀嚼してるスズランにも睨まれた、理不尽じ
ゃね?
他にも、グールのクチナシさんが﹁冷たくてキモチー﹂とか言われ
ながら抱き着かれて胸とか揉まれて困ってたり。サイクロプスのグ
ラナーデさんが﹁熱い!﹂とか言いながら男らしく雪の降る夜の屋
外に消えていったりで、想像してた通り皆酒に呑まれてる。
スズランは前回の事が有りあまり酔わないようにしてるみたいだが
俺と同じように絡まれ、飲まされ、酔うと言うコンボをクラスメイ
トに決められ、顔を赤くしながらニヤニヤしながらチラチラこっち
を見つつ肉を頬張る。
酒に酔った勢いで絡んでく可能性が出てきた、むしろそっちに作戦
を変えたか?
俺は酒を飲むペースを上げ塩辛い干し肉を食い無理やり酔う作戦に
出たが・・・
︻スキル・毒耐性:2︼を覚えました
おいぃぃい!今かよ!今ですか!酒も一種の毒物ですか!?酔わせ
ないようにしてるのは神の意志ですか!?あのフランクな神の知り
合いめぇ!今まで不味い毒草汁飲んでた努力を返せ!
日付が変わったあたりから雲行きが怪しくなってきた・・・
﹁うぉぃ・・・おまへじぇんじぇんひょってらいじゃないか!﹂
ヴルスト君、そろそろ酒止めようか、ろれつ回ってないよ、脳がや
ばいよ。
﹁そだそうだ!もっと飲め!﹂
シンケン君、酔った女子の前で肩を組まないで。なんか女子がこっ
92
ち見てニヤニヤしてるから、君にそんな気は無いと思うし、俺もノ
ーマルです。
﹁はははははははははは!﹂
シュペック君は、膝の上に頭乗せてグリグリしてこないで。なでろ
って意味ですか?本当に犬みたいだね君。
﹁飲んでる、飲んでるから!ほら飲んでるでしょ!﹂とカップを見
せつけるが。
﹁けど酔ってないですわ﹂
ミールさんも絡んでこないで!
﹁そうですよー﹂
クチナシさんも便乗しないで!
仕方ないでしょう、だってさっき毒耐性2になったし中身30歳で
酒に散々呑まれて来たから飲み方位解るよ・・・けどね・・・
ダレカタスケテ!
その時スズランが俺の前に来て胸倉を掴んだ、周りが静かになる。
収穫祭の時も同じでしたよねこれ?絶対来るよねこれ?
と思ったらいきなり酒を飲み始め、口に含んだまま途中で飲むのを
止め口を近づけて来る。
﹁お・・・落ち着いて下さいスズランさん・・・﹂
はい・・・前回より最悪のパターンです。
無理です、逃げられません、この子俺より力が強いんだもん!
﹁いけースズラン﹂
﹁覚悟を決めたらどうです?﹂
クチナシさんミールさん、首に手を回し頭を押さえないでください、
頭に幸せな物が左右から4つ当たってます。
男子の憎しみの籠った睨みと﹁ぉおーー﹂と言う声が聞こえ、女子
からは﹁キャー﹂と言う黄色い声が聞こえる。
93
﹁んーーー﹂と一応抵抗の色は見せておく。
なんだろう・・・年末の笑っちゃ駄目な番組のおばちゃんのアレみ
たいだ、もしくはデラックスな人、あ・・・酒が口に入ってきた。
俺が飲み込むまで口を離す積りは無いみたいなので飲み込んでおく。
満足しましたか?スズランさん。
俺は今、多分目のハイライトが消えている・・・
夜明けまで後・・・4時間・・・
俺は酔っ払いに囲まれる。俺は・・・考えるのを・・・止めたい・・
・
俺とスズランに感化されたのか、気が付くとクラスの男女数組が居
なくなっていた。今夜はお楽しみですね。
それからはもう﹁大変でした・・・えぇこの世界にゴム手袋が欲し
いです﹂と、愚痴りたくなるほどのダムの決壊地獄。
最初は、シンケンが笑いながら話してる最中にいきなり無表情にな
りダムが決壊。それをみて慌てて避けるが、土石流が少し足に跳ね
てかかった。
それを見たヴルストが便乗し決壊。
ヴルストの近くに居たシュペックが逃げ、足元がふら付いてるので
転ぶ。転んだ先はダムが決壊してできた土石流。
ミールとクチナシはこっちを指差して笑っている、人に指を指して
94
いけませんよ両親に言われませんでしたか?
大人!大笑いしながら眺めてんじゃ無ぇ!チクショーメー。
スズランさんは干し肉をモチャモチャしてないで助けて下さい。
あとこいつ等介抱すんの俺っすか?涙が出て来るよ。二つの意味で。
︻スキル・緊急回避:1︼を覚えました
えー、はい、確かに身の危険を感じましたけどねぇ・・・土石流を
避けただけなのに覚えるスキルって・・・
とりあえず俺は、ダムが決壊した奴はもう一回決壊しても良いよう
に横に寝かせ、土石流を処理し。スズランはミールとクチナシにも
たれかかって寝てたので、とりあえず放置。夜明けまで2時間だか
ら平気だろう、まだ飲んでる大人も居るし。
来年。あぁ、もう今年か・・・まだ、300日以上有る今年の年越
祭も、同じ事が無いように、こっちの神を知らないがとりあえず祈
った。
そして寝た。
95
第09話 年末年始での年越し祭での時の事︵後書き︶
頭痛が痛いは、わざと使っています。
96
第10話 神達に呼ばれた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
97
第10話 神達に呼ばれた時の事
白い空間と浮遊感
この感覚は約6年ぶりだ・・・
そして爺さん・・・が2人・・・2人!?
﹁やっほー﹂
﹁初めまして﹂
気の抜けるようなフランクな声と凛とした声の初老の人だ。
飲み過ぎたようだ・・・二度寝しよう・・・
俺は浮遊感の有る空間で神に背を向ける様にして寝転がる
﹁ちょっと酷いんじゃない?6年ぶりでしょう?﹂
どうやら幻覚では無いみたいだ、俺は浮遊感の有る場所で器用に起
き上がるような動作をし
﹁俺また死にました?今度は飲みすぎて就寝中にダムが決壊して喉
に詰まって窒息死ですか? 窒息死に縁が有りすぎな自分が怖い﹂
よく見ると前世の姿だ。
﹁大丈夫です、死んではおりません。私こちらの世界の神です。﹂
やけにナイスミドルなオジサマな紳士だ、バーテンダーとか喫茶店
のマスターか執事みたいな雰囲気だ。オールバックで黒と白が絶妙
に混じって灰色に見える髪だ。こんな爺さんになりてぇな。
﹁生前住んでいた星の神が﹃あの子どうよ?﹄とこちらに来たもの
で、なんと言いますか・・・特例でお呼びいたしました﹂
固い物言いだけど神は全員こんな感じなのか?
98
﹁・・・大体の事情は解りました。それで、地球の神の建前は俺の
様子見ですが実際の理由は?﹂
﹁面白い事になってるからちょっと来て、って念話飛ばしてきた﹂
地球の神が軽く暴露、俺は紳士な神を見るが全力で目を合わせて来
ない、むしろわざとらしく目を逸らした。
あ・・・駄目だ・・・見た目はナイスミドルな紳士だけど中身は似
てそう。酒を飲む程度の仲=一緒に酒飲んでも平気な人物=仲が良
い。だ。
最初に合った時﹁酒を偶に飲む程度かな﹂って言葉に騙された、﹁
ひねくれてるからな﹂とも言ってたな、畜生!類は友を呼ぶじゃな
いけどこいつも同類か!と思いつつ見た目紳士をジロジロ見る。
﹁申し訳ございません、召喚された異世界人は多数居りますが、餅
で死んだ転生者となると全く居ませんのでどうしても監視対象なの
です﹂
﹁面白い人生歩みそうだから暇つぶしに見てたって事ですか?﹂と
言いながら目を見るが、全力で目を反逸らされた。決定です、あの
フランクな爺さんと同類決定です。
あと召喚された人も居るってサラっと言ったな。
﹁こちらが面白い場面のダイジェストです、後でお楽しみ下さい﹂
﹁オーケー、後で見ておくよ、って言いたいけどここで見よう、後
で俺の作った酒持ってくるね、この映像はこっちの酒でも飲みなが
ら今飲もう﹂
こっちの神が指を﹃パチンッ﹄と下品過ぎない程度に指を鳴らすと
丸テーブルに椅子が3脚現れた。俺も座れって事だよな?と思った
99
ら神々がすでに座ってた。
神がそれぞれ手酌で酒を注ぎはじめてる。
﹁こちらが幼馴染のスズランです﹂
﹁可愛いんじゃない?﹂
﹁その子がこうなります。﹂
﹁将来が絶望的な位胸が無いね﹂
酒が入りはじめ良い感じになってきた、夢の世界はスキルとか発動
しないみたいだ。
﹁このミールって子の方が可愛いんじゃない?胸もそれなりに有る
し﹂
﹁まぁ幼馴染まではこちらで選べませんし。どっちに転ぶかは彼次
第ですね﹂
なんかサラっと不吉な事言ったなおい・・・
あーこんな事も有ったなーと思いながらも恥ずかしそうに見てる俺
がいる、流されてるけどまぁいいか、この酒美味いし。
﹁これがカーム君とのファーストキスです﹂
俺はなんとか首をひねり酒が二人にかからないようにした。
﹁大胆だねーってか強引?﹂
その後部屋まで連れてって、男女の仲になりそうな所までばっちり
映し出されていたし、キスする所も映っていた。
神がニヤニヤしながらこっちを見て、紳士が微笑みながらこっちを
見た。
お前らは俺の両親か!
その後はばっちりと年越し際まで映っていた。もちろん口移しで酒
100
を飲まされた所と、ダムの決壊して土石流に突っ込むシュペックも
だ。
﹁今の所ここまでになります﹂
﹁じゃ!これはもらってくわー﹂
なんかホームドラマか、結婚式で流れる映像を糞長くした感じだ。
体感で1日以上有った気がする、まぁ物心付いた時から2年∼3年
分を映像だからな・・・神様って暇なのか?
神が良い感じで酒を飲んでいたが、酔ってる気配すら見せない。
黙秘を貫き通して、無視を決め込んでいた体がいきなり青白く光っ
たと思ったら、酔いが一気に冷めた。
﹁お主の生前の記憶を元に文明レベルを急速に発展させ無かった事
は褒めてやろう。急に成長すると戦争や滅びの原因を作るからのぅ﹂
フランクな爺さんがいきなり真面目に話し出したので俺も姿勢を正
し真面目に聞く事にする。
﹁銃みたいな魔法を作ったのは良いんですか?﹂
﹁攻撃魔法はイメージですので、その辺は許容範囲内ですのでご安
心ください、貴方は転生者で優遇もされてますし、生前の記憶も残
っています。ただあんな魔法を使っていると言う事がばれたら、人
族、魔族の、国のお抱え魔法使いが、貴方を狙い、最悪拷問により
情報を得るでしょう。
この世界では、あんな魔法は見えない矢に等しいので。まぁ魔法を
抑制する魔法陣に入れられる前に捕まった瞬間全員殺せば問題無い
ですけどね。﹂
サラっと怖い事言うなこっちの神は。
﹁あと、優遇と言うのは脳内に流れる声みたいのですか?﹂
﹁そうです、他の者は流れませんし上がった実感も有りません、そ
101
もそもあまり上がりません。それとスキルは補正もかかります、早
い話スキルレベルが上がれば体感でも解る程度に、能力が飛躍的に
上がります。毒耐性が上がった瞬間に酒の酔いが醒めた事が体感で
解ったはずです﹂
﹁ま、まぁ﹂
﹁解りやすく言うとゲームのボーナス値と考えてください、脳内に
流れたアナウンスで﹃属性攻撃・火:1﹄とか有りましたよね? あれは元の威力にプラス10とか、プラス20とか考えてもらえれ
ば早いです﹂
急にRPG臭くなったな。
﹁そちらの世界の娯楽に有りますよね? 装備ボーナスとか職業ボ
ーナス﹂
﹁やけに詳しいですね﹂
﹁あちらの神が﹃こっちの文化ちょーすごい﹄とか自慢しに来まし
たので。それを少し参考にして導入させていただきました。﹂
﹁軽いノリですね、自分の世界なのに良いんですか?﹂
﹁まぁ、別に両方滅ばなければ良いですし、もしどちらかが滅びそ
うになったらテコ入れとして勇者か魔王を大量に介入させますので。
これは導入試験と言う事で﹂
﹁・・・サラっと酷い事言いますね﹂
﹁まぁ、その分優遇していますしお許し下さい﹂
﹁何か解らない事が有ればお答えします﹂
﹁スキルの上昇具合が良く解らないのですが、時折﹃何故ここで!﹄
ってタイミングで上がるんですが。﹂
﹁より多くの経験です、毒耐耐性1を覚えた、だから毒草の汁を飲
み続けた、けどすでに1は覚えてるから、2に上げるにはその分必
要経験値が必要だった。とお考えください。高レベルなのに最初の
町周辺でレベル上げするのと同じです、より多くの経験を積んで下
さい。ちなみに補正が付かなくても、毒の致死量は少しずつ伸びて
102
るので、補正が無くてもそれなりに毒に強くなってるので、無駄と
は言えません﹂
﹁やけに説明が地球寄りですね、解りやすい例えなので良いですけ
ど﹂
﹁たいへん楽しませていただきました、○ラ○○シリーズ﹂
﹁あぁ・・・はい・・・俺は3が好きですね﹂
﹁所で貴方はビアン﹂﹁やめろ戦争になる!﹂
﹁わしゃフロー﹂﹁あーーーー﹂
危ない危ない。
﹁とりあえずスキルに関しては経験を積めって事でよろしいですか
?﹂
﹁そう思って頂いて結構です﹂
﹁まだ回復魔法とか覚えないのですが﹂
﹁コツだけ教えておきます、魔力で失った肉体を補填する感じでイ
メージすれば出来ると思います、筋肉や腱や骨を想像すればさらに
効率良く治るでしょう。難しい事は考えなくても平気です、ある程
度になれば他の筋肉繊維がカバーしますし骨も有る程度になればど
ちらも自己再生しますので﹂
﹁まぁ骨とか折れたらくっつけて、動かないように固定するのが早
く癒着するのと同じですか?﹂
﹁そんな感じです﹂
﹁早速試してみます﹂
﹁死なない程度にしてください・・・後面白い人生を期待してます
よ﹂
おいゲス紳士、何を言ってやがる。
﹁話し終わったー?﹂
こいつはこいつで・・・
﹁では意識を戻しますね﹂
103
﹁あと一つ有ります、魔力を増やすのはどうすれば?﹂
﹁使えば使っただけ増えますよ、1日1回でも使えば増えます、多
ければ多いほど増えます。ですのでさり気なく魔法を日々使ってれ
ば徐々に増えていきます﹂
﹁そうだったんですね、解りました少しでも良いので毎日使う事に
します﹂
﹁ちょっとまってワシからも少し有るんじゃよ﹂
露骨に嫌な顔をしてみる。
﹁一応ワシからの口添えでお主は優遇されて居るが、けして増長せ
ず驕らず過ごせ、そうすれば少し良い方向に転ぶようこいつに口添
えしておく。けして怠慢にならぬように﹂
なんか、威厳が有る時と無い時の差が激しいけど、一応気遣ってく
れてるんだな、こりゃ感謝しないとな。あと隣に居るのに本人に聞
こえる様に言うなよな、微妙にアイコンタクト送ってるし。
﹁解りました心がけます﹂
﹁うむ、ワシからは以上じゃ、所で、スズランちゃんとはいつ頃ま
ぐわうんじゃ?﹂
前言撤回・・・この糞爺め・・・
﹁カーム君大丈夫です。そういう所は記録に残しませんし、私も極
力席をはずします。神に誓います﹂
﹁神様ジョークって奴ですか?﹂
﹁そんな所です﹂と言いながら微笑んでる。地球の神は笑い転げて
る。これだけがやりたかったんじゃないのか?
こいつ等、威厳の塊しかないような神よりは相手しやすいけどさ、
なんか馬鹿らしくなってくる・・・
﹁戻しますね﹂と聞こえたと思ったら目が醒めた。
特に異常はないし変化も無い。
記憶も残ってる。
104
ただ物凄く気怠い。
早速俺は黒曜石のナイフを生成し、指に深めに切り傷を付ける。最
初はなかなか踏ん切りがつかなかったがあまり痛くなかった、切れ
味が良すぎるのが良かったらしい。
思ったより血が出たが、落ち着いて圧迫止血をし対処する。
﹃イメージ・傷口の止血・皮膚の癒着・発動﹄
数秒して、血が止まりさらに数秒して傷口が塞がった。﹁早速やっ
てますよ﹂﹁どれどれ、本当じゃ﹂と言われてる可能性も高いが気
にしないでおく、あの神々は忘れよう、早々出てこないだろう。
︻回復魔法:1︼を覚えました
脳内に声が響くが、良く聞くとこっちの神の声じゃないから良いや。
と思いつつ両親に朝の挨拶をしにいく事にする。
神の意志により︻魔力上昇:1︼を覚えました﹁これはサービスで
すね﹂と凛とした声が聞こえた。
神様ありがとうございまします。
とりあえず面白い場面を故意に作ってみても良いかな?と思ってみ
た。
105
第10話 神達に呼ばれた時の事︵後書き︶
ステータスとか細かい設定とか付けちゃうと後でやらかしそうだか
ら曖昧にしておくのが吉だと思ってます。
106
第11話 学校が始まった時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
内容は少ない上に雑ですがお許しを。
107
第11話 学校が始まった時の事
今日も雪だ・・・特にやることも無い。
この世界は四季は有るけれど日の長さが変わらないのが特徴だ、こ
れは秋の頃に気が付いたのだが1年中同じ時間に日の出と日の入り
だ。冬に明るい時間が多いのは助かる。魔法で光を作り出すのも面
倒だし油代がかさむのも親に申し訳無いからね。
まぁいつも通り仕方が無いので、トンボ玉を作る事にする、黒のガ
ラスを楕円形にして、緑の線と白い点を付けて透明なガラスで表面
を覆い徐冷剤に入れる。
しばらくして持ち上げ、俺は出来栄えに﹁初心者だしこんなもんだ
ろう﹂と自分に納得させる。
鈴蘭の花は、こっちの世界でまだ見た事は無いけど記憶を頼りに作
ってみた。
そして、ただの髪留めに付けて完成。
これは年越祭の時に、それらしい事をしてやれなかった、自分なり
のけじめみたいな物だ。今まで経済力が無い事に色々とさり気無く
はぐらかしてきたからな、これ位の気持ちは返しても良いだろう。
後は適当に綺麗な模様のトンボ玉を量産していく、村の道具屋にで
も売れると思ったからだ。後は編マットだ。コレは床に敷いても座
っても良いので需要は有るだろう。
問題は木彫りの彫刻だ・・・どうやっても熊みたいにならない・・・
どう見ても猪だ、兎なんかもどことなく鼠っぽい。
108
正直彫刻系は駄目かもしれない・・・コレは趣味にしてどんどん腕
を上げていくしかないね。
まずはかなり難易度を下げコケシから始めよう、うん。
◇
今日も雪だ、手持ちの小遣いも資材も尽きた。何をしよう?どう時
間を潰そう。
そう考えてたら﹁やっぱ魔法のイメージか筋トレだよな﹂と言う結
論になる。
ちなみに︻細工:1︼を先日覚えた。
この村は今の所安全だけど少し離れると、魔物が生息している場所
も有る、模擬戦の為に筋トレもしておく事にしよう。
腹筋背筋腕立てはお決まりとして、握力も必要じゃないか?と思い
雪の降る中森の訓練所に行き少し大き目の石を持ってきた、ちなみ
に雪の降る森の中で﹁エターナルフォースブリザード!﹂と叫んだ。
その後﹁○てつく波動﹂と言いながら、がに股になり膝を曲げ両手
をおでこの辺りに持ってきて口も開いた。誰も居なかったが少し恥
ずかしかった。が、神が見てる事を思い出し頭を抱えて絶望した。
家に帰り、魔法のイメージだけをしておいた、非殺傷魔法や地味な
魔法や近代兵器の応用魔法も数多く考えた。
実際使えそうなのは﹃閃光﹄﹃細かい砂﹄﹃熱湯﹄﹃粘液﹄位に絞
れた。
﹃閃光﹄はフラッシュバンもしくはスタングレネードを模して作っ
た、光と火属性を組み合わせてみた、小さな爆発だと音が高く短い
ので、極小の爆発と強力な光を発生させる。目的は目つぶしだ。
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﹃細かい砂﹄は土属性で粒子が細かい砂を手に発生させ、投げつけ
るか相手に向かって飛ばすだけ、実に単純。物理的な目つぶしだ。
﹃熱湯﹄は水+火属性でイメージ、攻城戦で良く塀の上から撒いて
るアレだ。最悪ショック死するけど生き残っても重大な被害が出る、
皮膚が爛れ、そこから感染症にかかりやがで死亡する可能性が有る。
だからよっぽどの場合が無い限り70度位で相手にぶっかけようと
思う。主に対重装備兵目的で作ってみた。塩水にして沸点を上げて
もいいが別に98度でも問題無いと思う。
﹃粘液﹄は使い方次第で何にでも使えると思い考えた。主に対火属
性魔法に考えたけど体に付着させ枯葉や草を貼り付け即席ギリース
ーツや、砂や土を付着させたりも考えたが今は冬なので腕に塗って
終わりにしておいた。
ちなみに熱湯+粘液で流動性の悪い熱々な液体を張り付ける地味に
凶悪仕様に出来る。
スタンガンみたいな魔法も考えたが、雷や電気系の発生させる原理
が、現状で大規模な物しか思いつかなかったのでこれは保留にして
おいた。
◇
少し肌寒いが雪が降らなくなった頃に、森の訓練所で魔法を試した。
﹃閃光﹄を足元に発生させたが100万カンデラがどれ位だかは解
らないけど、フラッシュライトを覗き込んだみたいに眩しくてしば
らく目が見えず、飛行機のジェットエンジンを近くで聞いた時は無
いが、とてもうるさくて耳が少しの間、聞こえにくくなった。かな
り使えそうだけど使う時は目を瞑ろう。
110
﹃細かい砂﹄は地味だった・・・物凄く地味だった。粒子が細かす
ぎて投げたり距離指定で発生させたら風に乗って目に入って痛かっ
た。
﹃熱湯﹄は熱いの一言だった、小川の横に土魔法で窪みを作り水を
引き込みそこに入れ川に湧く温泉をイメージして露店風呂を作って
みたが思いのほか上手くいって良かった。
﹃粘液﹄は粘度を調整が出来るようになり、粘度はサラサラの油系
から、おもちゃのスライムの様なドロドロ系までさまざま出せるよ
うになった。試しに土の上に落としてみたが小石や砂や土が付着し
たので即席ギリースーツに出来そうだ。
家に帰り、風呂に入って勝手に熱湯で風呂を少し熱くしたらばれて、
次の日から風呂係が俺になった。ちなみに母さん曰く明日から学校
が再開らしい。
◇
いつも通り待ち合わせの場所に行くがやっぱりスズランは来ないの
で迎えに行く事にする。
﹁お久しぶりです、とっと起こしてきますね﹂と挨拶をするが。
﹁昨日ちゃんと言ったんだけどねぇー﹂と声をかけて来るが、俺は
苦笑いしか返せなかった。
いつも通りノックをして声をかけてから入るが、起こす前に、机に
折った紙とその上に鈴蘭の髪留めをポケットから出して置いてから
肩を叩き、声をかけてから上半身を起こしてから部屋を出る。ちな
みに手紙の内容は﹁冬の間暇だったから作った、良かったら貰って
くれ﹂と言う簡単な物だ。
ヘタレだから恥ずかしくて長文なんか書けないっす。
111
いつも通りお茶を貰って飲んで待っていたがいつも通り髪は寝ぐせ
が付いていて髪留めはしてなかった。まぁ急いでたなら仕方ないよ
ね。
﹁えー明日から学年が1つあがります、簡単な読み書きが少し減っ
て簡単な体の動かし方から模擬戦が多くなります、魔法の基礎や訓
練は今まで通りです﹂と言われ軽く話をしたり冬の間に何をしてた
かをクラスメイトと言い合い、今日の学校は終わった。
明日から2年生か。
112
登場人物紹介等、読まなくても平気です︵前書き︶
細々と続けてます。
今まで出てきたと思われる登場人物紹介と主人公の保持スキルの紹
介なので読まなくても平気です。
113
登場人物紹介等、読まなくても平気です
現時点での登場人物紹介等
カーム・主人公、元日本人、転生したら種族が混ざりすぎて、種族
が解らない。
肌の色は父親譲りの藍色や紺色に近い、虹色蜥蜴の尻尾の方を濃く
した感じ。
目の色は母親譲りで赤い、魚類って赤目が多いよね。
髪の色は黒、祖父母に会った時が無いから黒髪がどこから来たのか
が解らないが日本人なので気にしてない。
2年生開始時での身長は165cm程度、性格は温厚で極力敵は作
らないが避けられない場合は仕方ないと割り切る事が出来る。
ヘイル・主人公の父、見た目70∼75%人っぽいが蜥蜴顔に尻尾
が有る背中から尻尾にかけて有る鱗は季節で色が変わるリザードマ
ン、細かい事は気にしない性格、収入源は農業や村付近にでた魔物
の討伐報酬。
スリート・主人公母、見た目80%人っぽいが両手足に水掻きが有
り手首足首位まで鱗が有るサハギン、気温の変化で鱗の色が変わる。
性格はのんびり屋
スズラン・幼馴染兼ヒロインの積りで書いてる、色々日本人そっく
りだが眉の上3∼5cmの所に小さな角が有る鬼神族。黒髪ストレ
ートでセミロング
種族特有の質素な作務衣に似てる物を着ている、暑い時は甚平に似
てる物。
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2年生開始時の身長は160cm程度、性格は大人しく無口だが以
外に積極的な所も有る。体型は未だに身長以外成長していない、主
人公に洗濯板やアイロン台と言う表現が似合うと思われてる。食事
も恋も肉食系
イチイ・スズラン父、筋肉隆々の鬼50%位の鬼神族。眉間の上5
cm位の所に角が有り殺気と威圧感がすごい、豪快に酒を飲む。細
かい事は気にしない豪快な性格、職人気質で仕事になると細かい。
リコリス・スズラン母、確実にスズランはこの人の血を受け継いで
ると言う位似ている、体型はそれなりに有る、若く見える。性格は
温厚、娘に体型が遺伝し無い事を少し悩んでる。
フィグ・先生1、読み書きや計算を教える、簡単な模擬戦の監督位
は出来る、下半身が蜘蛛のアラクネで上半身が人間そっくり。髪は
白に近い銀のショートヘアー、胸に布しか巻いてないから濡れると
いろいろ男として困る事に。
ビルケ・先生2、魔法を教える、白樺っぽいドリアード、助手にマ
ンドラゴラのガイケが居るが弱い品種なので抜いても気絶程度の叫
び声しか出さない。
ヴルスト・クラスメイト、ゴブリン。以外に面倒見がよく兄貴!っ
て言いたくなる三馬鹿1 シンケン・クラスメイト、オーク、エルフとのハーフオークなのに
美形 弓と火と風魔法が得意 酒が入ると残念なイケメンになる三
馬鹿2
シュペック・クラスメイト、コボルト、意外なマスコット、頭は良
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いが阿呆。 ラブラドール似の三馬鹿3
ミール・クラスメイト、ダンピール、委員長っぽい。今の所ツンデ
レっぽい。胸は普通
クチナシ・クラスメイト、グール、体臭に気を付けており腐敗臭は
一切しない、死んでるので変温、胸は意外に有るらしい。死人に口
無し、これがやりたかっただけかもしれない。
トリャープカ・用務員、見た目殆ど人のメイドの格好をした妖精、
シュペックを虎視眈々と狙ってる肉食系女子
アルク・シンケン母・エルフ、性格は面倒見が良く義理堅い、主人
公に狩りの基礎を教え淡々としていて、主人公にも息子にも似たよ
うな態度、旦那がオーク︵紳士︶で相思相愛がだ人前ではいちゃつ
かない、旦那の子煩悩に少し悩んでる。物を教える時はなんとなく
で感覚派﹁考えるな、感じろ﹂
校長・竜族の幼体。
村長・存在はしているがいつもどこに居るか不明。
ワーキャット、ワーウルフ・村の住人、猫耳犬耳+尻尾のあるおっ
さん、渋い。
神A フランクでウザい、時々威厳があるがすぐに無くなる。
神B 見た目紳士で言葉使いが丁寧の性格が残念。
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スキル
気絶耐性:1
毒耐性:2 投擲:2
時間把握:1
恐怖耐性:1
魅了耐性:2
打撃耐性:1
緊急回避:1
細工:1
各魔法属性値
火1
水2
風1
土2
光1
闇1
回復魔法:1
魔力上昇:1
魔法はその時の気分です。
魔法で物を作ると魔力が切れたら消えます。
117
第12話 武器を買った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
予約で投稿してみました。
20150529 本文に影響の無い様に修正しました。
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第12話 武器を買った時の事
スズランの部屋に、鈴蘭の模様の入ったお手製髪飾りを送った次の
日、珍しくスズランは寝坊しなかった。しかも髪を梳かして、髪留
めをしっかり付けてきている、少し恥ずかしそうに。
﹁似合う? かな?﹂
前髪を少しいじりながら髪留めを気にしている。
﹁作った本人が言うのもなんだけど、似合ってるし可愛いよ﹂
身長が同じくらいだから上目使いは無かったがまぁこれはこれで。
学校に着き、教室はそのままだけど学年だけ上がっただけだった。
まぁクラスも1クラスしかないし、男女合わせクラスメイトが15
人しか居ないからね。年上も居るけど俺等より少なかったりする。
そうしてる間にフィグ先生がやってきた。廊下にはトカゲに近いリ
ザードマンが待機している。
﹁学年は上がったけど特にやることは変わらないから安心して、け
ど野外授業で討伐訓練が追加されます、その引率の先生を紹介しま
すね。どうぞモーア先生﹂
﹁モーアだ、大体30日に1回、村の外に出て魔物を狩る練習をす
る。俺が引率をするが、訓練や実戦に絶対は無い、心してかかるよ
うに。それと各自武器を親から借りるか買ってもらうか、自分で買
うかしておけ、別にこだわりが無いなら学校の備品を貸すから何が
自分に合うか決めてからでも遅くは無い。
後、学年が上がりフィグ先生の戦闘訓練が俺に引き継がれることに
なった。その時に武器を選べ。以上だ。﹂
119
なんだろう、父さんより人の割合が少ない、3割人って所か、なん
たらキャリバーに出て来るアイツにそっくりだ、あとどうやって声
出してるのかめっちゃ気になる。
﹁ってな訳です。私は語学と算術だけになります。では早速モーア
先生の授業になるので外に出てください。﹂
といわれ全員ぞろぞろと外に出る。
﹁今日の所はこの備品で何とかしろ、使いたいものが無い奴はとり
あえず片手剣にしておけ﹂
と言いつつ刃を潰した剣や先にクッション材のついた槍や斧なんか
も有る。
ちなみに俺の使いたかった武器は備品には無い。ちなみにスコップ
だ。※東日本と西日本で呼び方が違うみたいなので今後スコップで
固定します、剣スコって言うし。
万能近接戦兵器、斧の様に使って良し、槍のように突いてよし、叩
いてよし 弾いてよし、最悪投げても良い。全長1∼1.5m重さ
1∼2kg頑丈で安価、農具としても使え綺麗にすればフライパン
にも使える。ある意味万能兵器です。
多分倉庫にあると思うんだけどここには無い。
まぁ、使いたい武器は無いから柄の部分だけでも似せる様にショー
トスピアにする。
両手で持ち、腰の位置で横に持つ様にして構える、先生に﹁構えが
違う﹂と言われたので使いたい武器が無いので似てる武器を選びま
した。と言ったら﹁そうか・・・﹂と深くは突っ込まなかった。
マチェットでも良かったんだけどそれも無いからね。
各自思い思いの武器を手にしてい居るが種族柄﹁あーやっぱりそれ
取っちゃう?﹂ってのが多かった。
120
ゴブリンのヴルストは、ロングソード+小丸盾。
オークとエルフのシンケンは元から弓だった。
コボルトのシュペックはダガー+小丸盾。
鬼神族のスズランはショートスピア。
ダンピールのミールはレイピア+マンゴーシュ。
グールのクチナシはショートスピア+大丸盾。
意外だったのは女性陣だった、それ取っちゃう?までは合ってたけ
ど微妙に想像してたのと違う。
スズランはまぁ、薙刀が似合いそうだから仕方ないとして、ミール
の二刀流は意外だった、レイピアだけだと思ったけど、クチナシは
もう密集陣形を意識させるような装備だ、ゾンビやグールは物量が
正義って感じなのだろうか?
その日の訓練は各種武器の御触り程度ってな感じだったが授業の終
わりに。
﹁じゃぁ来週までに各々準備してくるように、忘れた奴はずっとこ
の備品の奴を使ってもらう事に成る。まぁ武具は高いからこの備品
で慣れておくのも一つの手だ。討伐訓練の時は刃が潰れて無い物を
用意するから安心しろ。解散!﹂
学校が終わり冬の間に手慰みに作ってたトンボ玉と編マットを雑貨
屋に売りに行く、え?木彫りの彫刻?冬の間に薪になりましたよ?
﹁んー綺麗だね、コレはガラスかな?こっちのマットは端切れか、
これなら汚れても気にならないな﹂とかなんか言ってたが結局銀貨
5枚で売れた。
ちなみに土地によって物価の変動は有るが貨幣価値はあまり変わら
ないらしい、ちなみに硬貨の種類は。
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銅貨
大銅貨=銅貨10枚
銀貨=大銅貨10枚
大銀貨=銀貨10枚
金貨=大銀貨10枚
大金貨=金貨10枚
パンが銅貨1枚で買えるから日本円で100円位?良く解らん!
その足で道具屋に行き剣スコップを買う、柄が木のではなく鉄製で
中が空洞で生前売っていた金色の象さんが描いて有るやつとあまり
変わらない、しいて言うなら少し長いくらいか?中が空洞なら重く
も無いからね。
あとバールだ、それなりの長さそれなりの重さ、鉄の棒みたいに高
い耐久性で片手でも持てるし両手で握ってもそれなりに使えるのが
良い、ちなみに60cm位だ、長い奴も有ったが取り回しに苦労し
そうだしその分重くなるから手頃なのを選んでおいた。ちなみに6
0cmと90cmのどっちを買うか15分ほど悩んだ。あと麻紐も
買っておいた。
二つで銀貨1、大銅貨3枚で買えたが、マチェットは農具でも鉄を
使って刃が付いているので意外に値が張ったのでまた今度にする。
ちなみに魔法で出したスコップで地面を掘ったら5回目に突き立て
た時に消えた。放置するのと使用するのとでは精製した物の魔力消
費が違うらしく、微々たる量だが、常に魔力を垂れ流し、いつ消え
るか解らない物を持って居るより、現物を持ってた方が良いと個人
的に判断した。
黒曜石のナイフは、投げて刺しても魔法で射出しても刺さったら意
外に早く消えたので、遠距離か近距離かで手に作り出すか射出する
かを判断しよう。魔法で作った武器は、緊急時以外は本当に心とも
122
ないのがネックだ。まぁ最悪魔力垂れ流しで使うのも良いね。
さて、これに手を加える事にする。スコップの両側を削り斧のよう
にする必要がある。
粉とかが飛び散るので部屋で出来ないので森に行く。
冬の間に、椅子の蔦や細々したものが腐ったり、枯れたりで使い物
にならなくなってたが、この辺は後で手を入れるとして。まずは研
ごう。
硬度の高い平たい丸い石を魔法で出現させて高速回転させてグライ
ンダーで削るように研いでいく、あまり鋭角に仕上げると、欠けた
りするから太く鈍角に削る。
試しに、その辺の木に切りかかってみるが3cm位食い込む。
生身の手や足なら致命傷か、曲がっても居ないし特に問題はなさそ
うだ。
バールは、持ち手の部分に麻紐を巻くだけで特に手を加える必要は
無いよな?
後は投擲を石からナイフに変えて適当に投げる。重心が前じゃない
ので回転を掛けて投げると5回投げて4回は刺さるようになってき
た。
後は魔法で作った、黒曜石の苦無みたいな物を、この世界の標準的
だと思われる速度で射出していく。コレは狙った所に飛ぶ、刺さっ
たら1分位で消えるので回収の必要は無いから楽だ、他にも鋭そう
な氷なんかでも試したが刺さらず砕けた。多分木が固すぎるのが原
因かもしれない、肉で試した時が無いから何とも言えない。あと強
度不足の為、楕円形にして高速回転を掛けた時点で粉々になる。も
しやるなら回転を掛けずにそのまま射出するしか無い。超A級のス
ナイパーも氷の弾丸を使った事が有るし。不可能ではないと思う。
獲物は春先なので、子供がいると思ったので止めておいた、乱獲し
123
ても生態系が狂うと思ったからだ。今度アルクさんに聞いてみよう。
こうして俺は武器を手に入れた。
124
第13話 初めて魔物を狩った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
戦闘とかどう書いて良いか解りませんが努力はしたいです。
20150529 本編に影響が無い程度に修正しました。週表記
が有ったのを日数に直しました。
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第13話 初めて魔物を狩った時の事
今日は討伐訓練の日だ、討伐訓練の日だけは昼食を持参する事に成
ってるが﹁別に具とか良いから黒パンに干し肉だけで良いよ﹂と母
さんに無理やりそのメニューにしてもらった。
サンドイッチとかおにぎりとかでも良いけどそれを入れる容器が無
い、包む物も無い。せいぜい大きい葉に包んで布袋か革袋か木箱程
度だ、ラップが恋しいです。
そんな物に具入りサンドイッチが入ってても傷みそうだし。米に至
ってはまだ見た事が無い、蕎麦の実は有るけど製粉してクレープに
するかガレットにするかポリッジにするかだ、ピッツォッケリは美
味かった、けど汁の入った蕎麦が食べたい。
鈴蘭の髪飾りを送ってから寝坊の回数は確実に減ったがまだ14日
だ、7日に2∼3回は寝坊する。
ちなみにスズランは今日も寝坊でした。髪飾りを送った次の日の早
起き出来たお前はどうした?
﹁おはようございます、ちょっと起こしてきますね﹂
﹁いつも悪いわねー﹂
と何時ものやり取りをしつつ何時もの手順を踏み起しに行く。髪飾
りは小物入れに入ってるのか目に見える所には無い。
﹁今日は外に討伐実習なんですって? 魔物のゴブリンだから簡単
に行くと思うけど気を付けてねー﹂
﹁引率の先生も居るので大丈夫だと思いますが、クラスメイトに魔
族の方のゴブリンが居るのでちょっと倒せるか心配です、そいつと
126
は仲が良いんですよ﹂
﹁何言ってやがる、魔物のゴブリンなんてのは魔族のゴブリンから
してみたら下着しか付けてねぇ刃物持った頭悪ぃ狂人みたいなもん
だって言ってたぜ? そんなもん気にしねぇで頭かち割ってやれ﹂
﹁まぁ、そいつに聞いてから倒してみますよ﹂
とイチイさんから檄を入れられる。
﹁そうそう、あの子ねカーム君から髪飾り貰ってから少し見た目に
気を遣う様になったのよ、本当嬉しいわー、ありがとね﹂
﹁いえ、まぁ・・・色々有ったんでお返ししただけですよ﹂
と返したら物凄く睨まれた、誰にとはあえて言うまい。
﹁で、お前の獲物は何なんだ?﹂と少し不機嫌に言う。
﹁玄関の外に立てかけてありますが、スコップとバールです、あと
小さいナイフですね﹂
と真顔で言ったらすごい笑われた、何かおかしい所有ったか?第一
次、第二次世界大戦で大活躍して、前世では今でも使われてる万能
武器なのに。
﹁ヘイルはなんて言ってたよ?﹂
﹁まぁがんばれ。としか・・・﹂
﹁だろうな﹂
微妙なやり取りをしたがスコップを武器として使う事はこっちには
無いみたいだ。
他愛ないやり取りをしていたらスズランがやってきた、髪に寝癖は
付いて無いし髪飾りはついている。
﹁行こう﹂
短く言ってきたがその台詞は待ち合わせ時間に遅れないで来てから
言って欲しいです。
学校に着いたら着いたで質問責めの嵐ですよ!なんでスコップなん
だ?って。笑う女性陣も居れば男らしく笑うサイクロプスのグラナ
ーデさん。今に見てろよ!どれだけスコップが有能か見せてやる。
127
教室に入ってきたモーア先生も絶句していた。やっと出てきた言葉
が﹁お前の敵は畑にでも居るのか?﹂と。そしてまた湧き上がる笑
い声。
﹁村と町をつなぐ街道を歩いて3時間位の所が丁度中間地点でその
辺の討伐は面倒だ、と言う事で放置されてる魔物も多い。強くて熊、
弱くてゴブリン程度だ、極稀に魔法を使う奴が出て来るが、個体な
らそれほど脅威でもない、回復のポーションは少し多めに持つから
安心しろ、それに簡易的な休憩所も有って見晴らしも良いから警戒
してれば不意打ちを食らう事は無い。
むしろそこに行くまでの道のりを警戒していた方が良いくらいだ。
説明は以上だ。何か質問の有る奴は手を上げろ。特にないなら出発
だ。目標は一人1匹だ﹂
クラス全員に渡るくらいいるのかよ。
殆どが普段着だが、革制の局部を守る軽装をしてる奴も居る、まぁ
特に何も言われてないからいいか、﹁常に備えよ﹂精神はいいよ、
俺は攻撃手段で頭が一杯だったからね。あと父さんの装備は体に合
わなかったし。ちなみに俺はいつも通り麻のズボンに麻のシャツだ。
﹁さて、先頭だが、シンケン、お前がやれ、目が良いからな。二番
目はシュペックだお前は鼻が良い。一人で両方出来る奴がいれば良
いんだがそれぞれ役割をもって分担するのも悪い事じゃ無い、覚え
ておけ。俺は最後尾を歩くから何かあったら知らせろ、出発だ。﹂
俺は革の背嚢にぼろい毛布と弁当と針と糸と麻紐と水袋と塩と砂糖
と林檎を入れバールを左腰に挿しスコップを両手で構える様にもっ
て歩く。
毛布は小休止や大休止用、針と糸はソーイングセットみたいなもん
だ、最悪切り傷が酷い時の応急処置だ、水と塩と砂糖と林檎は経口
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補水液用だ。ちなみに回復魔法を覚えてる事はまだ誰にも言ってい
ない。
言ったらけが人が俺の所に押し寄せる可能性も出て来る。しかもま
だ大怪我を治したことが無いので不安ってのも有る、もう少し自分
で実績を重ねてからが良いと思ったからだ。
ちなみに村で回復魔法が使えるのは薬学に少し詳しい粗末な病院の
先生1人だけだ。
ちなみになんでそんなに荷物が多いんだ?と言われたがどう返して
良いか解らなかったので﹁なんとなく﹂と言っておいた。
先生が﹁簡易休憩所まで半分だ、そろそろ休憩にする。﹂と言った
ので、口の中に塩と砂糖を含み水で流しこむ。ぼろい毛布を草の上
に敷き背嚢を置いて足を高くして寝転がる。
﹁ほう、カームはある意味正しい休息の取り方だ、だが少し大げさ
ではないか?﹂
と警戒中の先生に突っ込まれるが休む時は休む、コレが大切です。
休憩も終わり30分ほど歩いた歩道脇に、背の高い草が多い場所で
シュペックが盾を構え手を頭の高さまで上げ指を4本伸ばす、先頭
のシンケンがシュペックの裏に下がり弓に弦を張り矢を番える。二
人とも何時もの調子では無く真剣だ、その行為をみて全員が警戒態
勢に入り魔法組も集中し、先生も鞘から剣を抜く。
シンケンの矢が草むらに放たれ﹁ギャ!﹂と短い叫び声が聞こえた
瞬間に草むらから1m位の醜い大人みたいな魔物が3体現れる。ゴ
ブリンだ。
距離は20m、ゴブリンは短い脚で全力で走って来る。
盾持ちが直ぐ様前に飛び出し剣や槍を構える。
ゴブリンの持っている武器は粗悪な木の棒だがそれなりに太く、振
り回せばそれなりに効果が出ると思われる大きさだ。俺もスコップ
129
を構え盾組の様子を見つつ飛び出す積りではいるが、盾に簡単に弾
かれ斬られるか突かれるかですぐに戦闘が終わる。あっけないと思
うが被害が無いに越したことはない。
﹁よくやったお前ら、特にシュペックとシンケンは斥侯としては今
の所問題は無い、盾持ちもすぐに前に出たのは良い判断だ。比較的
弱いゴブリンだったが冒険者の装備を持っている奴も居るので軽視
しない事だ。休憩所までもう少しだ。それまで気を抜くんじゃない
ぞ﹂
と言いながら討伐部位の鼻を削いでいく。
俺は武器を構えただけで終わりました。はい。戦わないって素晴ら
しいですね。できる事なら平和に過ごしたいって言うのは元日本人
の性なんですかね?
休憩所と言う、少し大きい東屋までに襲撃は一回だけだったが昼ま
であと1時間は有る。
﹁ここに荷物を置き各自2人1組か3人1組で周りを探索して来い。
なるべく盾持ちと後衛に分かれろ、盾の無い前衛はそこに入れ。﹂
と言われスズランが俺の所に来るが﹁スズラン、お前は前衛だ、す
ぐにカームの所に行くな、カームも盾無し前衛だ、今回は諦めろ﹂
と言われしょんぼりしている。
﹁昼飯なら一緒に食ってやるからがっかりすなよ﹂と言ったら喜ん
でいたので一安心だ。
と言う訳で盾を持ったクチナシさんと組む事に成った、主に俺が魔
法も使えるからと言う事だ。さっき先生が言った﹁盾無し前衛﹂は
どこ行った、速攻行方不明だぞ!
﹁じゃあ皆が居ない方に適当に回るね﹂と控えめに言ってくるが大
盾持ちと対面すると威圧感が凄い、実際に対峙した場合どうやって
130
崩すかを考えると魔法に頼りたくなるほど体が見えない、しかも右
手側の上が円形に欠けておりそこから槍が突き出せるようになって
る。確実に軍隊の前衛仕込みって雰囲気が出ている。
﹁じゃぁ裏に居るから左手側に回られたらこっちで対処するし集団
で来られたら魔法も使うから﹂
一応即席の対処法を言っておく、これが無いと前衛を巻き込む場合
が有るからね。
30分ほど警戒しながらウロウロして2体ほど出てきたがいずれも
単騎でクチナシさんが盾で弾いて串刺しだったので﹁カーム君もど
う?﹂と言われ前衛をやらされた。極力戦闘は避けたかったんだけ
どね。
槍を持つ様にスコップを持ち、歩く事5分、少し短い草の中にゴブ
リンの頭を発見した、動かない所を見ると隠れてる積りなんだろう
がばっちり見えている。
まだ黒曜石のナイフは皆には見せていないので、腰からナイフを抜
き、体が有ると思われる所に狙いを定める、頭を狙うより面積の多
い体を狙った方が確実だ、﹁当てられないなら撃つな﹂そんなセリ
フをFPS仲間から聞いた事が有ったので確実に当てられる場所を
選んだ。
投擲後﹁ガッ!﹂と短い叫びが聞こえたのですぐに距離を詰めスコ
ップを左から頭にフルスイングしてスコップを90度回し吹き飛ん
で転がってるゴブリンの首を狙って振り下ろす。
やると決めたら躊躇しない。死なない努力をする。と決めていたの
で特に気分が悪くなるとかは無く、こっちに来る時に一応覚悟はし
ていたのだが人に近い見た目の魔物でも殺せば一応精神的に来る物
は来る。
意外にあっけない。やっぱり体格差が一番の原因かもしれない、筋
131
力もリーチも段違いすぎる、俺達とは大違いだ。まぁ今後も害獣駆
除と思って割り切ろう。
﹁そろそろ昼だから戻ろう﹂と言うと﹁良く解るね、お腹の空き具
合で解るのかなー?﹂とニヤニヤしているが太陽の位置で大体解る
とは言わなかった。
﹁お前らは3体か、まぁまぁだな、それと武器ついてる血は飯前に
洗っておけ﹂
と言って討伐部位を渡しておく、そして少し離れた所で血を魔法で
出した水で洗い流しボロ布で拭いておく。
東屋で毛布を敷き座ってるとぞろぞろと皆が戻って来る、怪我は今
の所無いみたいだ。
スズランは朝の約束をしっかり覚えていて俺の横を陣取っている。
しかも干し肉を2枚奪われた。林檎は死守する必要すらなかった。
野菜や果物もちゃんと食べてください。
食事中に﹁スズランちゃんが槍を横に振ってゴブリンの頭吹き飛ば
してた時はすごかったねー﹂とか裏の方で聞こえて色々突っ込みた
がったが疲れそうなので止めておいた。
あとメイスとかウォーハンマーとかウォーピックの方が似合うんじ
ゃね?と思ったがこっちも止めておいた。
昼食後は俺の組はゴブリンに会う事無く終わった、他の組も午後は
全体的に少なかったらしい。先生曰く﹁これ位やって見つけられな
いなら平気だろう﹂と言って今日の所は引き上げる事に成った。
帰りにゴブリンが出る事もなく帰れた。ちなみに今日の討伐報酬は
学校の管理費になるそうです。
132
第14話 自家製ハーブティーを作った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
ハーブティーと題名についてますが出て来るのは少しです。
主に戦闘描写の練習程度に入れてみました。
20150529 本編に影響が無い程度に修正しました
133
第14話 自家製ハーブティーを作った時の事
草木が良い感じで茂ってきたので、修練所の修復と整備と草刈だ。
習慣になってた毒草摘みを再開して野兎狩りも再開している。
アルクさんに聞いて見た所、兎は周年繁殖動物らしいので子ウサギ
じゃなければ良いらしいので1日2羽くらいなら平気だろうとの事
だった。
新しい毒草発見の為に目新しい葉っぱを少し齧り﹁まずっ!﹂とか
言いながら、辺りを探索していく、そして偶然口にした葉っぱが清
涼感溢れるミントのような・・・ってかコレよく見たらミントその
物じゃん。
こりゃ持って帰って育成だな、と思い森の場所を脳内にマッピング。
適当に修練所に戻り、今までの毒草を、毒耐性が2になったから、
モシャモシャとガム感覚で齧りながら、魔法で手頃な石と黒曜石の
ナイフを出して投擲の練習。質量も有った方が良いか?と思い手斧
タイプのも黒曜石で作り、練習を始める、正直特大のツララ状の黒
曜石を飛ばした方が効率が良さそうな気もするが、ある意味浪漫っ
て事で。下手気に目を付けられるのも嫌だしね。
早めに訓練を終わらせ、家に帰り、冬に作った資金で適当な木材と
釘と割れたガラスを買いプランター作りに取り掛かる。腐敗防止の
ために軽くススが出る程度火で炙り四角に作っていく、足を付ける
のが面倒だったので下駄みたいに土を隆起させてるだけにしておい
た。
あとはナイフを錐のように使い適当に水抜き穴を開け目の前の畑か
ら土をもってきて完成。魔法で水をかけ排水されてるのも確認、ミ
134
ントはハーブ扱いされてるけど雑草に近いんだから適当でいいさ。
繁殖力も強いし。明日当たりにでも植えかえるか。
﹁なぁ、玄関の前に有った土の入った箱はなんだ?﹂と、夕飯の時
に父さんに言われたので。
﹁あー良い香りの草を見つけたから育てようかなーって思って、邪
魔にならないようにするから良いでしょ?﹂
﹁まぁかまわんが気になっただけだから聞いて見ただけだ。それと
食事中に言うのもなんだが、スコップは武器としてどうなんだ?モ
ーアや村の連中から噂は聞いてる﹂
﹁まぁそれなりに、この間の実習でそれなりだったし﹂
﹁そうか。﹂
と他愛ない親子の会話をし食事が進む。
﹁なぁカーム。後で手合せしないか?﹂
なんですかその会話の少ない思春期の子供と無理やりコミュニケー
ション取ろうとする父親風の話し方は、こっちまで気まずいですよ
!あ、俺息子でしたわ。
﹁スコップで良ければ﹂
と少しはにかみながら言っておいた。
寝る前にトンボ玉を適当に1個作り寝る事にする。
このトンボ玉作りも習慣になりそうだ。
﹁なぁスリート、俺等の息子は頭が良いのか悪いのか解らなくなっ
てきた、急に草を育てるとか言い出してたぞ?﹂
﹁良いんじゃないかしら?元気に育ってくれたんだし、気にするこ
とないわ。冬の間になんか作っててそれを売ってお金にしてたみた
いだし。手のかからない子だと思えば﹂
﹁そうだが、武器だって一言言ってくれれば金だって渡したのに、
135
なんでも自分でやろうとする。少しくらい頼ってくれてもいいのに
な﹂
﹁いいんじゃないから? 手のかからなすぎる子だと思えば﹂
﹁相変わらずスリートは考え方がのんびりしてるな。ま、このまま
なら自立するのにも問題はなさそうだ、問題はスズランちゃんの事
をどう思ってるのかだな﹂
﹁上手く行ってるみたいよ? この間なんかガラスで作った手作り
の髪飾りを贈ったみたいよ?﹂
﹁ほう、なんだかんだ言って気にはかけてるんだな、まだ早まった
事もしてないみたいだし﹂
﹁今、村で出回ってるガラス玉、あの子が作ったらしいのよ﹂
﹁本当か! あの袋の結び目なんかでよく見るアレか? やっぱり
何を考えてるのかよく解らないな、俺等の子は﹂
﹁そうね、間違いや犯罪はしてないみたいだし大目に見ましょうよ﹂
◇
﹁さて、今日は森にハーブっぽいのを探しに行くかねぇ・・・﹂
と独り言を勝手に漏らす。
今回は未探索エリアにでも足を延ばそうか、危険だって言われてる
けど少しくらいは、ね?
そんなこんなで池や無駄に樹齢だけ重ねてる様な大きい樹や浅い洞
窟みたいなのを見つけた。
浅い洞窟なんか高さ2mの奥行10m位で人為的に掘られたとしか
思えない物だったのであとで何かに利用させてもらおう。奥に火を
使った後も有ったし。
無駄に探索を進めて茂みをかき分けてたら鹿と遭遇した、向こうも
驚いたのか即逃げてった。﹁ふ・・・今日は探索だ命拾いしたな﹂
136
と、どうでも良いセリフを言ってみたくなったので声に出して言っ
てみたが意外に恥ずかしかった。二度とやりません。
適当に時計回りで進んでいたが訓練所を6時だとすると3時辺りラ
ベンダーとカモミールも発見した、ラベンダーは挿し木で大丈夫だ
ったから斜めに切って水球の中にぶち込んでおこう、カモミールは
種で増やすか植え替えだから適当に地面を掘って布袋に入れておく。
頭上に水球を浮遊させながら歩くのはなんともシュール、このまま
射出したらそのまま魔法攻撃扱いなのかな?とどうでも良い考えを
しながらミントの所に行き、ミントは雑にむしってきて頭上のウォ
ーターボールにラベンダーと一緒にぶち込む。
そのまま村に帰ったらワーウルフのおっさんに注意れた。
﹁そのウォーターボールその辺にぶちかますなよ﹂との事、やっぱ
り発動して浮遊させてても魔法扱いなんですね・・・
﹁すいません、この草が枯れるんで仕方なく、見逃してください。﹂
と言ったら﹁まぁカームなら平気だろ﹂とあっけなく許してくれた、
まぁ必要時以外はなるべく控えよう。
早速プランターにミントを雑に植え、ラベンダーは指で穴を開けて
そこに挿し、カモミールは地植えだ、カモミールは完全に予想外だ
ったから今度もう一個プランターを作らないと。
◇
学校終了後、新しいプランターを作ってカモミールをさらに植え替
えをして数日後
﹁よし、枯れてないな、しっかり根も張ってるみたいだしこんなも
んだろう﹂
137
いやー植物を育てるのは良いね、生前ベランダでシソとか育てて料
理に使ってたからな、シソ科は強いね!
﹁カーム、ちょっといいか?﹂
と言われ振り向くと武装した父さんが立っていた。
﹁・・・物々しいね、この間言ってた手合せ?﹂
﹁そうだ、武器を持ってこい﹂
多分説得しても無理だろうと思ったので言う通り物置からスコップ
とバールを持ってきた。多分本当に農具のスコップと建築用具のバ
ールが武器として使えるかの判断らしい。これで駄目だと思われた
ら多分普通の武器らしい武器を持たされるに違いない。
﹁持ってきたよ、あと俺防具無いんだけど。﹂
﹁かまわん。別に殺す積りは無いし腕も落ちる事も無い、少し怪我
をするだけだ﹂
やばい、こりゃ本気だ、どうしても魔物とスコップで戦わせたくな
いらしい。
﹁魔法は無し、何かを投げるのも無しだ、俺は手加減するが、お前
は本気で来い﹂
俺の父さんは意外に熱い魔族でした・・・
﹁じゃ、じゃぁ、おねがいします。﹂
と一応礼はしておいた。
掘る方が左手に来るように構えると、どこにでもあるようなロング
ソードと小丸盾それを構え一気に距離を詰めて来る父。
それを利き手側から横薙ぎに振るってくる。
慌てて右手を左側に持って行き、スコップを縦にして防御姿勢を取
ると、ガン!という凄まじい音が鳴りすぐさま縦に振り下ろしてく
る。
ガンッ!2撃目もなんとか両手を上げ防御に成功するがこのままだ
138
と不味い。
すぐさま両手を押し出すように父さんを押すが、盾で防がれ特にダ
メージにはなっていないが少し距離を離す事に成功。
すぐさまこちらもを両手を上げ、ガッツポーズの構えみたいにし、
右手だけで振り下ろし、盾に強打を与え両手で突き、右手を前に振
りぬく様にして、持ち手の三角の所を手首に当て武器を落とそうと
するが読まれていたらしく直ぐに手を引かれ空振りに終わる。
こちらも隙が少なく振った積りなので直ぐに体勢を立て直し距離を
取る。
﹁父さん、大した怪我にはならないって言ってたよね? 今まで全
部、腕が無くなるか頭が割れる程度には強かったけど?﹂
話しかけながら掘る側を突き出すように構え直す。
﹁俺の息子なら防ぐか避けると思ってた。実際に防いだじゃないか﹂
嬉しそうに言いやがった。これで手加減かよ、元冒険者すげぇな。
﹁もし当たってたらどうすんだよ?﹂
﹁たぶん骨の途中で止まってただろ?﹂
ニヤニヤしながら言ってくる、畜生。
﹁危ないからそろそろ止めない?﹂
緩い感じで提案してみるが
﹁まだ始まったばかりだろ?これからだッ!﹂
そう言って盾で殴りかかって来るが多分この後剣で切りかかって来
るのは見え見えなので持ち手側で盾をはじき、掘る側で剣を受け止
め、股間に前蹴りを入れるが盾で弾かれる。
﹁なかなか汚いな、学校じゃ教えないだろ、こんな事﹂
﹁生きるのに貪欲でね、死にたくなければ卑怯な事だってなんだっ
てやるよ、本当は魔法も使いたい位だね。正々堂々と戦うのは試合
で騎士道精神とかを持ってる奴にやらせればいいんだよ﹂
とぼやく。
﹁確かにな﹂
139
父はクククと笑うが俺から目を離そうとはしない。
一呼吸おいて、一気に攻撃を仕掛けてくるが、こちらの攻撃は正攻
法じゃ有効打突すら与えられなかった。
正直悔しかった、左手にバールを持ち盾の様に使いつつスコップを
やり投げの様に持ち牽制しつつ攻略しようとするがこちらもダメだ
った。
1時間ほどやり合ったが
﹁圧倒的に実戦経験が少ないな、後は慣れだ。まだまだ伸びるから
気にすんな。﹂
頭をぐりぐり撫でられ稽古が終わった、中身がそろそろ36歳なの
に涙が出そうになった。
□
﹁なぁイチイ、スコップちょっと強ぇわ・・・﹂
酒を飲みながら友人に愚痴る。
﹁斧よりは軽いけど剣よりは重いし槍みたいに突いてくるし意外に
取り回しも良いんだわ、しかもアイツスコップ研いでやんの。怖い
わー﹂
とゴクゴクと酒を飲んで行く。
﹁あれだぜ?馬鹿にしてたけどあれ洒落にならんわー、剣みたいに
振って衝撃が斧みたいに重いしよ。まだ左腕痺れてるし。剣は刃こ
ぼれするわ盾ベコベコだし最悪だぜ﹂
さらに愚痴る。
﹁しかもよ、死ぬのが怖いからどんな卑怯な手を使ってでも勝つっ
つってよ。正々堂々と戦うのは騎士にでも任せてろって言うんだぜ
? 魔法とか使わせたら何してくるか解らねぇよアイツ。今日は親
父の威厳を守ったけど正直そろそろ無くしそうだわー﹂
﹁まぁいいじゃねぇかよ!強いならよ。汚くても生き残るって言っ
140
てんだろ? まぁそんな事言ってる奴は死なねぇよ。今日は奢って
やるからもう帰れ、な? 飲み過ぎだぜ?﹂
と大人達が飲んでる中
カームは自室で
﹁あー、いちげきももいれられなかったよーあーちくしょー﹂
とやる気の無いだらけた声で一人愚痴る。これが若かったら壁パン
とか物に当たる所だけど、流石に中身の年齢を考えるとそれが出来
ない。
気分を変えてすっきりするか、と思いミントを摘んできて指で軽く
磨り潰しカップに入れ、魔法でお湯を出し簡素なフレッシュハーブ
ティーを作り気分をすっきりさせ、父親の内心や愚痴を知らぬまま
寝る事になった。
141
第15話 肉体強化の魔法を覚えた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
筋肉兄貴表現等が含まれますを気をつけください。
20150530 本編に影響が無い程度に修正しました。
142
第15話 肉体強化の魔法を覚えた時の事
季節が夏になり、毎日の習慣にそろそろ変化が欲しくなってくる頃
だ。肉体強化とか出来ないのかな?と思い﹁魔法はイメージです﹂
と言う言葉を思い出す。
訓練所の木と蔦でできた椅子に座り筋肉を隆起させるイメージ、ゲ
ームでの攻撃力や防御力を上げるイメージだ。
︵筋肉、筋肉、筋肉、パンプアップ、兄貴、プロテイン、赤筋、白
筋、高タンパク、メ○ズビーム、いやいやこれは違うな光魔法だ。
ナイスカット!ナイスバルク!ダブルバイセップス、サイドチェス
ト、兄貴、超兄貴!駄目だ!白筋じゃなくて赤筋だ瞬発力だけ有っ
ても駄目だ!しなやかな筋肉だ・・・︶
イメージしたくないが筋肉ムキムキな兄貴の笑顔と爽やかなイケメ
ンの細マッチョを思いかべながらイメージを再開
﹃イメージ・程よい速筋と遅筋・全身・発動﹄
﹁おぉ、なんか体中が固い﹂
元々太っている訳でも無く、良くて﹃普通の人﹄の体格の俺だがこ
れは少し驚いた。
早速椅子から立ち上がり手頃な石を拾い全力で投擲をする。
バキャ!と言う音とともに木が少しへこみ石が砕け辺りに飛び散り
破片が少し木に残る。
﹁なんかすげぇなこれ、一発で発動出来る俺も俺だけど、けど流石
にこりゃ常時発動してるとばれるな﹂
﹃女は裏切るが筋肉は裏切らない﹄
143
そんな言葉が聞こえた気がする。
けど一緒に﹃苦労なくしては利益はない﹄とも聞こえた気がする。
この手も弾丸と一緒であまり使わない様にしないとね。
︻スキル・肉体強化:1︼を覚えました。
ですよねー。
ついでに光魔法でビーム的な物出したくなってきた、コレはノリで
行くしかない!前世で散々見た例の世界的に有名な格闘アニメだ、
行くしかない!
﹃イメージ・可視可能な閃光・手の平から射出、発動﹄
﹁○ー○ー○ー○ー波ーーー!﹂
と言いながら後ろに構えてた両手首を前に出して魔法を発動させる。
が。思っていたような事は起こらず強力なフラッシュライトを霧か
煙で可視化させたようなビームが出て、当たった先を強力に照らし、
爆発も発火も無く、虚しく終わった。むしろ声に出して雰囲気まで
頑張った自分自身が恥ずかしい。
けど子供の頃の夢だったんだよ!あの手首から出すの!
まぁ、あんな派手な奴は俺には似合わないな、﹃氣﹄とか﹃ホーリ
ー・レイ﹄とかどうやってるか解らないし﹃ソー○・レイ﹄とかに
は圧倒的に面積が足りません。まぁスタングレネードもどきで我慢
しますよ、ハハハ・・・応用して目潰しにでも使うか。
︻スキル・属性攻撃・光:2︼を覚えました。
144
﹁えぇーあんなんで良いの?﹂
と言いながらさらに悪ふざけを続ける、肉体強化を使ったまま超笑
顔で、ダブルバイセップスのポーズを取り、頭から光魔法を10発
ほど発動させて遊んで、満足して魔法を解除する、そうすると筋肉
痛が出た、全身筋肉痛だ、調子に乗って笑顔も作ったから表情筋も
痛くて唇も動かせなので声も出すのも辛い。
そのまま全身を引きずる様に家に帰り不自然な動きのまま夕食を取り
﹁お前、なんか無理してないか? 平気なのか?﹂
唇を動かさない様に。
﹁ヘイキヘイキ﹂
﹁さっきから全然喋らないし、言葉も片言だ。なにか困った事が有
ったなら言え。頼りない様に見えても親は親だ、相談に乗るからな﹂
﹁ワカッタ、話せるヨうになっタラハナスよ﹂
そんな事を言いながら、疲労回復の為に順調に育ってきたラベンダ
ーとカモミールを切ってきてカップに入れて、お湯を入れて砂糖も
多めに入れて飲む、気持ち程度に利けば良いや、程度で飲んで日課
のトンボ玉作りと筋トレはパスした。
筋肉は一日にして成らず・・・いい言葉だね。本当良い言葉だ。
翌日適度に動ける様にはなっていたので学校は休まないで済んだが、
ロクに動けなかったのが厳しかった。
◇
数日練習してみたが、筋肉の付け方と使用時間によって解除した時
の反動が大きくなっていくのを発見した。筋肉モリモリマッチョマ
ンの変態みたいになって2時間戦ったら多分1週間は寝たきりだと
思う。
サングラスした120%の人?ダメダメあんなの使ったら死んじゃ
145
うね。
と言う訳で遅筋が増える様に、毎日の筋トレ量を少し増やし、適度
に肉体強化を掛けたりして慣らす、3∼5%くらい筋力を上げるく
らいなら、まだ何とかなるようになってきた。
スコップを持ってきて肉体強化を適度に掛け木に思い切り振るう。
前回より重い一撃なのか、さらに深く食い込むようになっている。
全体的な底上げにはなってるようだ。
筋肉が付けば純粋な投擲距離も伸びるし近距離なら威力も増す、質
量も増えればダメージも増える、やっぱり力か。スズランみたいに
力が有ればいいんだけど多分アレは種族的な物だからな。槍を横に
振って頭の側面に当ててゴブリンの頭を吹き飛ばすとか考えられな
いわ、全力で突いたら絶対風船みたいに吹き飛ぶわ・・・
とまぁ、夕飯のおかずを一品増やすために森を徘徊徘徊っと。
︵あれ猪じゃね?︶と水辺の近い少し開けた場所で大型犬をかなり
太くしたような物体が動いている。あ、こっちに気が付いて威嚇し
てない?あいつ
こっちに体を向け背中の毛を逆立て前足で地面掘ってるように見え
るね、不味いねコレ。
近代兵器魔法で仕留めたら確実に質問責めは決定、証拠が残らない
様に頑張るしかない。
そんな事を思っていたら、全力でこっちに突進してくるじゃねぇか
!怖いわ!
仕方ないので10m位の距離から目を瞑り横っ飛びしながら猪の目
の前に﹃閃光﹄を発動させ轟音と閃光を浴びせ、昏倒している所に
速攻で近づきながらスコップを寝かし頭を数回殴打し首にスコップ
146
を当て肉体強化を使って足を掛け思いっきり踏み込み喉を切断して
速攻で逃げて魔法を解除する。これ位なら筋肉痛は無いからな!
しばらく観察して動かなくなった事を確認してその辺の蔦で前足と
後ろ足を縛り、長い棒を見つけてきて4分の1当たりの所で縛り棒
の先の方を引きずる様にして一人で獲物を運ぶ時の方法を試しなん
とか村まで運ぶ。
またワーウルフのおっさんに見つかるが、今回は怒られなかった。
むしろ感謝された。
﹁おいおい、それ肉屋に売れよ、そうすれば酒場で美味い肉が食え
るんだぜ?﹂
﹁まぁ、家で食べる分取ったら売ってきますよ﹂
と、さしあたりの無い会話を交わしつつ
﹁なんなら俺が腑分けしてやろうか?﹂
と収穫祭の事を覚えてるようだ。
﹁多分父さんもできると思うので、父さんに習いますよ親子のコミ
ュニケーションも大切でしょ?﹂
ははは・・・と軽く笑いなが家に帰る。
家に帰ると
﹁あらー猪?今日はごちそうねー﹂
とか言ってどうやって仕留めたとかすら聞いてこない。聞いてきた
のは父さんだ。
﹁どうやって仕留めた。﹂
目が笑ってませんよ父さん。額に付けた傷を理由にして
﹁突っ込んできた所をギリギリで避けて頭にこんな感じで何回か思
いっきり切りつけてその後にこう!﹂
といいながらスコップで切り付ける仕草と土を掘るみたいな仕草を
する。
﹁お前がそう言うならそれでいい。あまり危ない事はするなよ﹂
147
と言われ、猪の解体を教えてもらいながら見ていた。見ているのも
勉強です。
家で食べる分を少し多めに切り分け、新鮮なうちにしか食べられな
い内臓系も半分ずつ切り分け残りは肉屋へ持って行き、売上を貰っ
たが2割だけ貰って後は親に返した。
﹁お前の仕留めた獲物なんだからお前が金を貰え﹂と言ってきたが
﹁解体代だよ﹂と言っておいたがなんか納得してないみたいだ。冒
険者時代の癖かなにかだろうか?半分なら納得したのかな?
次の日の酒場は、多めの肉料理で大いに賑わったらしい。
ちなみに家のお肉は大量に塩付けにされてました。しばらくは猪肉
が食卓から消えませんでした。
胡椒が欲しいです。もしく肉料理に合う香草。
148
第15話 肉体強化の魔法を覚えた時の事︵後書き︶
動物にスタングレネードとかって利くんですかね?
149
第16話 初めて町へ行った時の事 前編︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
はじめて村と町の名前が出てきましたがそういうの考えるのは個人
的にとても苦手なんですよね。
20150531 本編に影響が無い程度に修正しました
150
第16話 初めて町へ行った時の事 前編
この村にも修学旅行みたいな行事は有ったらしい。
2年生になり、最初の討伐実習から半年後。
﹁皆さんも2年生です、町の事も知っておかないといけない時期で
すので、収穫祭前に町まで泊りがけで行きます。予定は3日です。﹂
どうも1ヶ月後の収穫祭前の忙しくない時期に、隣町に行くらしい。
要約するとこうだ。
1日目。移動、中間地点で昼、検問所を通り街に入り宿へ。
2日目。自由行動、悪い事しなければ何をしても良いとの事。
3日目。帰宅
らしい。夜の移動制限は特に無いが、夜の街は色々治安の悪い所や
色町も有るらしいので注意が必要みたいだ。まぁ見た目が大人で酒
飲める俺には別に娼館とかも問題無いけど色々怖いからね、病気と
か。特にスズランとか!
なので準備は念入りにしておこうと思う、ちょこちょこと小遣いを
稼いでたので前回討伐授業で使った物とは別な大き目の背嚢を買い、
現代風軍用リュックみたいにMOLLEに改造しておいた。
背面や側面を皮の紐を使い縫い付け小物を入れる皮の小物入れも複
数用意して、肩の所に綿を入れ腰の所をベルトにして完成。
全体で25kg位入るように調整
・メインの大きい所
革袋に入れた着替え一式、2日分
151
革袋にタオル類、数枚
麻紐
食料箱・5日分は入る
小箱1に保存食3日分と塩と砂糖
小箱2に蝋燭と火口とマッチを入れて革袋に入れる
毛布
取り出しやすい一番上に雨具
・各種小物入れ4つ
背面上部左、小箱3に砂糖と村で良く飲まれてる茶葉と乾燥ハーブ
を革袋に入れる。
背面上部右、小箱4に針、糸、スプーン、フォーク、砥石、釣り針。
背面上部中央、小箱に薬品類、この村では液体系の回復剤みたいな
のを見た時無いのでポーション類を見かけたら後々考えよう。
背面上部中央の上、1から3を合わせたくらいの大きさ、今回は何
も入って無い、ここは行く場所によって、色々入れる物を変えよう
と思う。
・リュックの背面の開いてる所にフライパン、ヤカン、片手鍋、小
物入れ4の上部にぼろい毛布、水袋を縛りつける。
これを背負い走ったり跳んだりして音が鳴らないようにして準備は
OK
スコップを持ってバールを腰に挿せば一応完成だ。
遠出する時や、夜に行動する場合は荷物は増えるし、これにランプ
や油も側面に追加される。
コンセプトは﹃これさえあれば1人でも1週間は平気じゃね?﹄を
イメージして作った。
前世では﹁常に備えよ﹂って事で、狭くなるがこれより多い荷物を
リュックに纏め玄関に置いていたもんだ。
152
そのまま持ち出したら手斧とかサバイバルナイフとか折り畳みスコ
ップとかバールが有って警察に見つかったらものすごく怒られそう
な気がするけど、緊急時位許してもらえるよね?もう死んじゃって
どうなったから知らないけど。父さん辺りが処理してくれた事を祈
ろう。
火や水は魔法で出せば良いって思うけど魔法が使えない状況が有る
かもしれない。そう考えると持たずにはいられない。マッチや蝋燭
は重くないので常に革袋で防水処理して入れておいて損は無い。
って事で予定の1週間前から保存食と食料以外を揃え部屋に置いて
ある。
そして当日になり工事現場とかで腰に工具を色々入れられるキット
みたいなのを腰に巻き、バールを挿しスコップを持ち、背嚢の肩紐
の所に、簡単に脱着できるように、ナイフの鞘を付けられるように
しておいた。
保存食と3日分の黒パンを母さんからもらい﹁お土産はいらないわ
よー﹂と言われ、父さんには﹁荷物がいちいち大袈裟だな、初めて
の町だからって羽目を外すなよ﹂と言われながら家を出た、がスズ
ランは待ち合わせ場所に遅刻してきた。こんな時くらいは寝坊は止
めようぜ?
もちろんイチイさんに﹁町で逢引宿に連れ込むんじゃねぇぞ﹂と笑
いながら言われたが目が笑ってないので﹁他の皆がいるんで﹂と濁
しておいた。
引率のフィグ先生曰く、3回休憩をはさみ町に行くらしい。
もちろん馬車なんか無い。
学校に着くとヴルストが一番に﹁お前の背嚢便利でかっこいいな!﹂
と言ってきた、前世の記憶を頼りに自作したからね、デカい背嚢一
個だけって事は無いさ、思いのほか女子組も荷物が少ない。修学旅
153
行とか宿泊学習とかの時物凄く持ってきてた子とか居るけどこっち
の世界じゃあまり関係ないのか?と思い気が付いたら俺が一番荷物
が多かった。
どうしてこうなった!
決まった場所で休息と食事を取りつつ防壁みたいなのに囲まれた町
にたどり着く、特に魔物とかが現れる事も無く無事に着いた。って
かでけぇ!
先生が門番の人に﹁ベリル村の生徒です﹂と言っている
おぉぅ、俺、初めて村の名前知ったぜ?
﹁ようこそエジリンへ、武器の携帯は認められてないので宿屋に着
いたら預けておくように、それと1人づつこっちに来て書類に名前
を言って通行書を貰ってくれ。本来なら滞在費として大銅貨5枚を
徴収するのだが村の行事で毎年来てるから今回は無いから安心して
くれ。﹂
と言い慣れたようにスラスラと言い、自分の番になるまで待つ
﹁名前を言ってくれ﹂
﹁カームです﹂
と言うとこちらを見てスラスラと何かを紙に書いている、見た目の
特徴を書いているのだろうか。
しばらくすると、魔法処理されてるのか破れにくそうな紙に、俺の
名前と名前を聞いてきた人のサインみたいな物と、小難しい模様が
描かれている判子を押して終了。一応セキュリティ的な物は有るん
だな。
﹁一応悪い事はしないように、窃盗や殺しとかすると罰せられるか
ら気を付けるように、それとこの模様に魔力を込めると滞在日数や
訪問回数や犯罪歴が出るから、次来た時にも使えるので無くさない
154
ように﹂
と言われ町の中に入る。全員に言ってるのだろうか?ってかこれ便
利過ぎ、
全員が揃うまで待っているが特に時間はかからなかった。
﹁はい、では宿屋に向かいます、宿代は事前に親から徴収してるの
で大丈夫です、宿のランクとしては中の中か中の下辺りですので安
心してください。ちなみに宿はあそこです﹂
と500m位先にある大きい建物を指差す
﹁ちかっ!﹂と声が漏れた
﹁はい、4人部屋で男子2部屋女子2部屋です、夕食は日が落ちて
からならいつでも提供してくれます。酒代は宿代に含まれてないの
で飲みたい人は自分で払ってください。はい、武器を置いたら自由
行動です点呼は明後日の朝に門の前でしますので遅れないように﹂
在り来たりだな∼と思いつつ3馬鹿と一緒の部屋になる。
﹁これからどうするよ?どうするよ?﹂
とそわそわしながらヴルストが言ってくるので
﹁あーぶらぶらする、夕食が食べられる時間までもうちょっとある
から少し周りを見て歩きたいね、意外に大きくてびっくりしてるか
ら探索とかもしたいし物も見たい﹂
﹁僕等はゆっくりしたいよ﹂とシンケンとシュペック。
﹁んじゃ俺はカームに付いて行くわ﹂
出歩く組と、部屋でのんびり組が見事に分かれたので﹁夕食が食え
る時間までには戻って来る﹂と言ってヴルストとで歩く事にする、
時間にすると3時間位か?
門から向かい側の門の中央通りを往復するだけにする。
ヴルストと一緒にだらだらと歩きながら色々とこっちの世界の文字
155
でおおざっぱに書き細かい事は日本語でメモを取る。
途中で何を書いてるんだ?と言われるが﹁んー、物の値段の違いと
かどこに何が有るかとかかな、ほら、あの肉なんか村より少し安い
ぜ?村の方が安い奴とか有るけどな﹂と適当に喋りながら歩くが﹁
お前、その文字なんだ?全く読めねぇぞ?﹂と言われたので﹁俺が
考えた記号、これで何が書いて有るか大体解る様にした﹂と濁して
おいた。
歩きながら﹁さっきの出店よりこっちの方が安い﹂とか﹁こっちの
方が質が良い﹂とか色々話しながら向かい側の門に着きそのまま戻
って二人と合流して飯を食った。
酒どうするよ?とヴルストが言ってきたが今日は止めておいた。味
は可もなく不可も無くって所だな。
明日は適当に町の中を探索かな。
156
第16話 初めて町へ行った時の事 前編︵後書き︶
主人公が魔王クラスまで登り詰めるのにはまだまだかかります、の
んびり行きましょう。
主人公の背嚢は近代の軍用リュックを想像していただければ幸いで
す。
157
第17話 初めて町へ行った時の事 中編︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
相変わらず主人公が魔王クラスになっていく要素が少なすぎる。
目標は完走ですかね?
20150531 本編に影響が無い程度に修正しました
158
第17話 初めて町へ行った時の事 中編
いつも通りの時間に目を覚ますと、三馬鹿は寝ているので書置きを
残しさっさと食事を取り町の探索でもしてくる。
﹃探索してくる、昼頃と夜には戻る﹄っと。
これで良し。
宿屋のおばちゃんに挨拶をし、朝食を出してもらい出かける事にす
る。
朝日は昇ったばかりだがもう露店は開き、店の方も早ければやって
いるみたいだ、流石に太陽を無駄にしない生き方をしてるな。
昨日の探索でなんとなく解ったが町は円形で東西南北に門が有り町
を8等分する様にメイン通りが存在し、門から門までがゆっくり歩
いて60分だから時速3kmだとしても直径3km。それをレンガ
みたいなのを積んで有る城郭都市と言ったらいいのか解らないが、
囲まれてる時点で小さいけど城郭都市になるのか?と思いながら主
にメイン通りの探索を開始する。
村には無い冒険者ギルドや、鍛冶屋や武器や防具を専門に扱う店、
品数が多い雑貨屋。嫌でも目に付く薬瓶みたいなマークの看板、﹁
ポーション安いよー﹂とか言っている。あーこの世界ってやっぱり
ポーションも存在してたんだ。
﹁すいません、ちょっと聞きたいんですが。田舎から出てきたんで
解らないんですがそれって飲むんですか?傷口に塗るんですか?﹂
と薬屋っぽい店主に話しかける。
﹁基本傷口にぶっ掛けるな、飲めば疲れが取れるし傷の治りも早い
ぜ﹂
159
﹁色々種類が有りますけど何か違いは?﹂
﹁高けりゃ高いほど効果が高い。あと解毒剤とかかだな、幻覚とか
見えたらこっち、痺れたらこっち、噛まれたり刺されたりしたらこ
っちだな﹂
と言って色分けされた瓶を指差していく。まぁ毒にも色々あるから
な。
﹁丁寧にありがとうおじさん、お礼にこの一番安いの1本買うよ﹂
﹁やってるやつは少ないけど、水で薄めて売ってる奴も居るから気
を付けろよ、大銅貨2枚ね﹂
ちょっと高いな、高い栄養剤と思えば良いか。
﹁おじさんの所は?﹂と冗談で聞いて見るが﹁無いから安心しろ﹂
と笑いながら言われたのでとりあえず信じておく。
﹁おじさん、ここで試していいかい?まだ使った時がないから、ど
れくらい効くのか解らないんだ﹂おっちゃん、ナイフ貸して、武器
類は全部宿屋なんだ。
好奇心には勝てなかった。
﹁おいおい、店先を血で汚すなよ?﹂
そう言われたが、血が出るまで浅く指を斬る。
まずは掛けて見ようかね、と言って傷口を洗う様に少し垂らすと傷
は塞がらないが血は止まった。傷口を指で開いて見たらまた血が出
てきた。﹁おいおい治ったのにまた自分で開くのかよ﹂と突っ込ま
れたが意外に直りが遅い。こんな傷舐めとけば治るが一応もう一回
かけておく。
今度は味だ、一口含むが物凄く不味い。なんて言えばいいか解らな
いが苦しょっぱ甘い。まぁこんなもんか程度に思っておくかな。小
物入れを背嚢から外してベルトに付けておいたのでそこに入れ、お
っちゃんに冒険者ギルドの場所を聞きつつ探索を再開する。
いやー出るわ出るわ、中世っぽい異世界なのに地球の料理やお菓子
や調味料が、お好み焼きっぽい物にソースやマヨネーズ、タルタル
160
ソース、アイス、カステラ、金平糖、餡子、クレープ、サーターア
ンダーギー、味噌、醤油。肉まん餡まんまで有りやがる。なんで今
まで村で見なかった!こりゃ勇者召喚説は当たりだな。確実に地球
人が居るな。
菓子類は簡単な物なら結構そろってるんじゃないか?ってくらいそ
ろってる、味噌や醤油が有るのはびっくりしたが、菓子類は手間が
かからない物が多かった、昼は戻って皆と一緒に食べるとして、そ
の後だよな。絶対スズランが絡んで来るに違いない。まぁその前に
冒険者ギルド支社にでも行って来よう。
町にある建物の中でも大きい方に部類される建物の中に入るとそれ
なりに人が居て賑わっていた。
壁を見て討伐依頼や雑用事の書いて有る紙を見てみる。
ランク1・無期限・町の近くの魔物や野生生物の討伐・報酬:討伐
部位と金銭の交換
ランク1・無期限・町の防壁修理・報酬:現場で日払いで大銅貨8
枚前後
ランク1・無期限・町の清掃活動・報酬:日払いで大銅貨5枚
ランク1・無期限・商店の日雇い労働・報酬:日払い現場で変動、
詳しくは受付まで
ランク1・無期限・薬草の採取・報酬:量や質により変動
んー気になった内容はこんなもんか、出来そうな討伐依頼が圧倒的
に少ないし俺にできるのは町の便利屋さんってのがしっくり来る。
まぁやろうと思えば出来るんだろうと思うけど。やらないだけだ。
あと、本当に父さん達は冒険者してたのか?
﹁すみません、ギルドに登録するのに少々聞きたいのですが?﹂
受付の綺麗系のウサ耳のお姉さんに声をかける。むしろ受付が1ヶ
161
所しか無い。
﹁どのような事でしょうか?﹂
﹁ギルドに登録するのにどの様な手続きが有るのか聞きたいのです
が。﹂
﹁ギルドに登録するのには、銀貨5枚が必要になります、その際に
名前や特技、前衛か後衛かを書いていただきます。
ある一定の特技を持った人を、指名したい依頼が有った場合、大ま
かな目安となります。
ランクに関しては上になればなるほど数字が大きくなります、最大
で10、最低で1ですね。ランクアップに関してですが自分と同じ
ランクを10回、1つ上のランクを5回、1つ下では20回の依頼
成功となっております。自分のランクより前後1までしか受注でき
ませんのでお気を付けください。
なお失敗によるランクダウンは有りませんが、金銭によるペナルテ
ィが発生する場合が有りますので、そちらの方もお気を付けくださ
い。以上で簡単な説明を終わりにしますがよろしいでしょうか?﹂
﹁はい、大丈夫です、ありがとうございます。ギルドに登録すれば
どこでも利用可能なんでしょうか?﹂
﹁基本的に問題ありません。ですが人族側のギルドに成ると多少の
違いが出てきますが基本は同じです。まぁ魔族を嫌ってる人族も居
て、とある魔族の討伐依頼とかも有るので、私達魔族は魔族側のギ
ルド支社に入った方が間違いないと思います。この町はかなり魔族
側に位置してますので、人族用のギルドはこの町に有りません。魔
族にも人族を嫌ってる方も居ますし人族側に近い町に近づかない方
が賢明ですね。それで登録しますか?﹂
﹁いえ、今日はベリル村から学校の授業で来てるので、登録はまた
今度卒業してからって事にしておきます。説明ありがとうございま
した﹂
﹁いえ。この町にもベリル村出身の方も多いので、もしこの町に住
むのなら直ぐに馴染めると思いますよ﹂
162
とにっこりと笑いながら説明を終わらせた。
んー意外に日雇い仕事が多いな。日雇い労働者の仲介屋みたいな感
じになってるな、職安に近いなこりゃ。と考えながら外に出るとク
レープを食べ歩きしてるシンケンとミールにばったり会う。デート
っすか?
﹁あら、カームじゃないこんな所で何してたの?﹂と気まずそうな
顔をしているシンケンを無視するかのように話しかけて来る。
﹁よう、ちょっと冒険者ギルドの下見と、どんな仕事が有ったのか
調べてただけ。そんな事よりそれ美味そうだな。甘そうだし、俺甘
いの好きなんだよ﹂と当たり障りの無い会話をして気を利かせて去
りますか。
﹁そうそう、すごく美味しいのよ。向こうに売ってたんだけど良か
ったら案内するわよ? 甘いの好きなんでしょ?﹂とこっちが気を
利かせようとしてるのに一緒に行かないか?と誘ってくる。シンケ
ンに恨まれそうだ。実際少し絶妙な表情をしながらこっちを見てい
る。
﹁あー、大丈夫だ、俺も買いたい物とか有るし別方向だからな。歩
いてればすぐ気見つかるだろ?﹂と逃げる様に歩き出しながら手を
振りミールが指差した方に向かうが。
﹁スズランが探してたわよ? 少し位相手にしてあげたら?﹂
﹁あー昼には一回宿に戻るからそん時にでも﹂と言って早々に立ち
去る。
あー危ねぇ、あのままだったら多分シンケンに背中から矢で射られ
てたぜ、ミールは少し空気を読んでほしい。
昼前なので、間食するかしないかで迷ってたがやめておいた、そし
て武器屋に入りお目当ての物を探す。
﹁おっちゃん、マチェットって無い?﹂
163
﹁ねぇな、そりゃ雑貨屋か道具屋だ、うちにはククリしかねぇよ、
東門近くの道具屋になら有るかもしれねぇな﹂
﹁あーそうっすか、おっちゃん情報ありがとう。お礼にこの砥石買
うよ﹂
﹁あいよ、ありがとなあんちゃん大銅貨2枚だ﹂
マチェットはこっちの世界じゃ農具扱いになってるからな、丈夫で
折れにくい過酷な使用にも耐えるのに。もったいないなぁ。
しばらく歩き出店の食べ物の位置を覚えつつメモを取りどこが安い
か簡単な絵図面で書いておき、言われた道具屋に行きマチェットを
買いつつ、なんとか昼前には宿屋に戻れた。そして昼間から先生が
酒を飲んでいた。引率でしょ?一応仕事じゃねぇの?これ?と思い
つつ買った物を背嚢にしまいつつ、1階の食堂スペースで先生に絡
まれながら暇をつぶす。
﹁カームくぅん? スズランちゃんとは一緒じゃないんですかぁ?﹂
フィグ先生は物凄く面倒なタイプの絡み酒だった。
﹁え・・・えぇ・・・まぁ、朝早く起きたので探索に、メモを残し
ておいたので昼に戻るって事は誰かが言ってると思いますよ?﹂
﹁ふぅん・・・じゃぁ午後からはでぇとですか!いいですねぇ若い
って!﹂
うわ!めんどくせぇ!超めんどくせぇ!
﹁まぁ、昼にスズランが帰ってくればですけどね。﹂
と言いながら、俺等のやり取りを下品な目で見て来る他の宿の客、
先生露出高いからなぁ。
昼を少し過ぎたらスズランが宿に戻ってきて俺の所に駆け寄って来
る。
﹁一緒に回ろうと思ったけど起きたら居なかった。酷い﹂
少し不満を漏らすが﹁おまえ朝に弱いだろ? お前が起きるだいぶ
164
前に起きて町に行ってたぜ? 時間は無駄に出来ないよ。ってか女
子部屋に男一人で入れないよ﹂
と言うと少し脹れる。
﹁まぁ昼でも一緒に食べに行こうぜ﹂
﹁うん﹂
と言うと先生がヒューヒューと口で言ってくる、あの村の大人は駄
目な奴が多いのか?それともこの世界基準でおかしいのか?俺には
解らねぇよ・・・
﹁じゃぁ行ってきますので先生も色々と程々に﹂
﹁あーん?大丈夫大丈夫、後ろの方ですけべな目で私を見てる奴が
手出して来たら糸で簀巻きにしてボコボコにしてやるわ﹂
先生糸出せたんですね、流石アラクネ、下半身の蜘蛛は蜘蛛として
機能するんですね。あと後ろの人がいやらしい目で見てるって良く
解りましたね。魔族怖いわー俺この世界でやっていけるかな?
165
第17話 初めて町へ行った時の事 中編︵後書き︶
前回のヴルストとの探索の時は夕方近くで露店や店が結構閉まって
て薬屋を発見できなかったと言う事で。
166
第18話 初めて町に行った時の事 後編︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
主人公が純潔を散らされるシーンが出てきますが過剰と言う訳では
無いですがお気を付けください。
20150531 本編に影響が無い程度に修正しました。
167
第18話 初めて町に行った時の事 後編
﹁なぁスズラン、昼は何たべ﹂﹁肉﹂
﹁あぁ、なんとなく解ってたよ﹂
宿屋に帰る前に、から揚げを見かけたのでそこに行ってみるかね。
﹁ここに入ろうぜ、昼前に探索してた時に見かけたんだ、から揚げ
って言って鶏肉を油で揚げた物らしいんだが﹂
らしいというのは実際にそう書いて有るけど食べて無いから解らな
いだけだ。
﹁それでいい﹂
そう言って店内に入るが。店内はそれなりに混んでいたが座れない
訳じゃない。昼食を少しズラしたのが良かった。
﹁いらっしゃい、決まったかい?﹂
種族は解らないが恰幅の良いおばちゃんがオーダーを聞きに来る。
﹁から揚げのランチと・・・﹂
﹁私もそれ﹂
と短く言い﹁あいよ﹂と言って厨房に戻って﹁から揚げランチ2つ﹂
﹁あいよ﹂と言うやり取りが聞こえた。
10分もしない内にから揚げランチが2つテーブルに運ばれてくる。
﹁あいお待ち!お嬢ちゃんは痩せ過ぎだから1個おまけだよ﹂とお
ばちゃんが持ってきてくれる。まぁ、確かに女性らしい所は髪の長
さと声位だろう、少し髪を短くしたら、綺麗な中性的な男に見えな
くもないからなぁ。
テーブルに有るのは、フォークと皿に盛られた少し多めのから揚げ
168
と千切りキャベツに4つ切トマトにマヨネーズと一般的な大きさの
白パンに水。流石に米では無いか。残念だ。まぁ仕方ないな。
﹁﹁いただきます﹂﹂
と言ってスズランがから揚げを口に運ぶ、少しだけ目を見開いたか
と思うとモリモリと食べ始めた。熱くないの?
俺も1個食べる、香草で臭みを消してから小麦粉と塩の味付け、ま
ぁ塩から揚げって奴か。良く買ったり作った奴は醤油味が多かった
からそっちが良かったが醤油はまだ広く伝わって無いみたいだ。
スズランは手を上げて﹁から揚げだけ3皿おかわり﹂
と速攻1皿食べ終えたスズランがオーダーを追加する。良く澄んだ
声がザワついた店内に良く響く。﹁あいよー﹂と帰ってきたので通
ったみたいだ。
﹁食べ過ぎじゃないか?それとキャベツとトマトが残ってる。ちゃ
んと食べろよ﹂
﹁あげる﹂
そういうと全くの手付かずの野菜を俺の皿に移してくる。多分残り
3皿分も俺の所に来るだろう。
﹁あいよ、3皿追加ね、なんだい全部お嬢ちゃんが食べるのかい?
そんなに食ってるのになんで痩せてるかねぇ? 羨ましいよ﹂はっ
はっは!と言いながら戻っていく、本当この肉はどこに消えてるん
だ?見た目的に胸は育ってる様子は無いし身長が俺と同じ位になっ
てきた程度だ。
﹁から揚げ1皿﹂
とオーダーを追加、まだ2皿残ってるのに追加しやがった。
残りの2皿が無くなる頃にから揚げが届く。
169
﹁なんだい、またお嬢ちゃんかい?野菜も食べなきゃ駄目じゃない
かい、さっきから見てるが野菜は全部彼氏に行ってるじゃないか?﹂
やっぱり彼氏に見えますか・・・まぁ好かれてるみたいだし悪い気
はしないし。
﹁ふぅ﹂と少し短く息を吐いて何か考えてる様な表情をしている。
その表情は少し色っぽく見えたが、高確率でお代わりをするかしな
いかを考えてると思われる。
﹁俺が出してやるからまだ食べたいなら頼んでいいよ﹂と言うと速
攻で﹁から揚げ2皿!﹂と言い放った。よっぽ美味しかったらしい。
おばちゃんが呆れた顔でから揚げを持ってくるが速攻食べ始める。
流石に周りもチラチラ見て来るし俺は野菜だけでお腹がいっぱいで
す、助けてください。
﹁大銅貨4枚と銅貨6枚ね、見てて心配になる食べっぷりだね、お
嬢ちゃんは﹂
と言われたので素直に払い﹁俺もここまで食べるとは思いませんで
したよ、あとから揚げ1個おまけありがとうございます﹂と乾いた
声で笑う。﹁焼け石に水だったけどね﹂と笑い返された。
4人家族が大衆食堂で頼む位の値段になったぜ。どう言う胃袋して
るんだ?俺が出すと言ったから文句は無いが、どこにあのから揚げ
が入ったか不思議に思う。
後日スズランの家に鶏小屋が出来て嬉しそうに鶏の世話をして居る
スズランを見ると﹁あぁ、やっぱり﹂と声を漏らすしかなかった。
食堂を出た後適当にぶらぶらしてアクセサリー屋や焼き菓子屋とか
回ったが特にアクセサリー類が好きとか甘い物が好きとかは無いみ
たいだ、むしろ甘い物は俺の方が食った。
170
しばらく歩くと﹁行きたいところが有るからついて来て﹂と言われ
たので付いて行くがどうもきな臭い。娼館がやたら目に入るように
なる。まだ昼ですよー。
﹁あの、スズランさん?どう見ても逢引宿なんですが行きたい所っ
て。もしかしてここですか?﹂
﹁そう、昨日ミールとクチナシと出歩いて予約しておいた﹂
シンケン!絶妙な顔してたのはこのせいか!多分ヴルストやシュペ
ックも昼に宿に居なかったのもコレか!嵌められた!気を利かせた
俺が馬鹿だった、多分ミールがクレープ屋に誘って来たのも囮か!
﹁まだ昼なんですが?﹂
﹁関係無い﹂
﹁あー、うー。キャンセル料はらうか﹂﹁駄目﹂
ずるずると引きずられて行く俺、すげぇ力だな、かなり必死じゃね
ぇか。
仕方ないので、色々と覚悟を一応決めておこう。多分三馬鹿やクラ
ス全員が結託してる可能性が高い。
とある一室に入るが、少し広いベット、清潔なシーツ、清潔なタオ
ル、水の張ってある桶、肉食獣のような目をしながら鍵を閉めて、
甚平の紐を解きながら、ゆっくり近づいて来るスズラン。
目がぎらついたスズランははっきり言って怖かったです。
﹁大丈夫、今日は当たらないから﹂
﹁何が当たらないかは解りませんが、是非手心を加えていただける
と嬉しいです、はい﹂まぁ多分アレの事だろうなと思う。
そう言った瞬間に押し倒され、簡単に腰の当たりにマウントポジシ
ョンを決められる俺、少し抵抗してみるがスズランは力が強く押し
返す事は出来なかった。しかもさらに力を入れて来る。手首が痛い、
171
もちろんキスはから揚げとカステラの混ざったの味でした。
男女逆だよねコレ?
□
はい・・・ただいま日が落ちる直前です。夕日がまぶしいです。今
から宿に戻れば夕食には間に合います。前世で経験が無かった訳じ
ゃないがアレは激しすぎです。どこのロデオだよ。
少しげっそりしている俺、ツヤツヤしているスズラン、腕を組んで
歩いてると﹁お兄さん、うちは清潔で安いよー﹂と話しかけてくる
が、無表情で力無く首を横に振り、何かを察したのかそれ以上話し
かけては来なかった。
他の引き込みも同じような反応だった。男2人組だと思われて娼館
からも誘われたがスズランが睨み返し一発で静かになる。
宿に戻ると、食事が取れる時間だったが全力で動かされた後なので、
軽い物位しか食べる気に慣れない。気を利かせてるのかテーブルに
は俺とスズランだけだ。
俺より動いていたスズランは普通に食っている。体力の塊かよ!
男共はニヤニヤしていたが、少しげっそりしていて食も細い俺を見
てニヤニヤから少し心配するような視線になっている。女子連中も
少し目線が心配そうになってる。多分今夜は尋問だな。と思いつつ
サンドイッチをモソモソ食べて水で流す。
部屋に戻るとヴルストが﹁どうだったよ?﹂とニヤニヤしながら聞
いてきたので﹁あぁ?お前ら俺を嵌めただろ?﹂と力無く返してお
いた。全員が申し訳なさそうな顔付きになったので当たりだろう。
﹁折れるかと思った・・・これだけで察してくれ。俺はもう寝る﹂
横になる前に見た奴等は股間を抑えていた。
172
一方女子部屋ではキャーキャー騒いでいた。
◇
翌朝学校が始まる時間に宿を出て帰り際に魔物のゴブリンに2体ほ
ど遭遇したが難なくシンケンが倒し無事に帰る事が出来た。
村に戻った次の日スズランが寝坊したので迎えに行くとイチイさん
に散々問いただされたから正直に話しておいた。
ぶん殴られると思ったがそんな事は無かった。最初は怒っていたが
最後は﹁そうか・・・なんかすまねぇな﹂としんみり言われた。多
分許す許さない以前の問題で自分の娘が幼馴染の男を襲ったのが利
いたらしい。
﹁まぁスズランの事は好きでしたし、いつかはこうなると思ってい
たので俺は大丈夫です﹂と言ったら少し睨まれた。やっぱ余計な事
は言わない方が良いね。
とまぁこんな感じで親公認にはなったがやっぱり場所が無いのでそ
ういう事が出来る機会は少ないと思った方が良いだろう。助かった
と思うか残念だと思うか、正直微妙だ。
173
第18話 初めて町に行った時の事 後編︵後書き︶
初めてR18に挑戦しました。
興味のある方は﹁魔王になったら領地が無人島だった︵ノクターン
版︶﹂で検索をしてください。
内容の方はある程度察して下さい。コレで色々向上できれば良いん
ですけどね。
174
第19話 やっぱり今年も刈り取り要員だった時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
毎度の事ながら飲みすぎ後の表現は濁してます。お気を付け下さい。
20150602 本編に影響が無い程度に修正しました
175
第19話 やっぱり今年も刈り取り要員だった時の事
去年の収穫の時に︻芝刈りウインドカッター︼を使ったのが原因か、
さり気無く風属性の魔法を使える村人数人が、練習していたらしく
収穫速度が飛躍的に上がり、しっかり担当箇所も割り振られていた。
村長、学生に期待しないでください・・・
単純に、村の畑の数を魔法が使える人数で割っただけの役割分担だ
ったが俺は元日本人特有の効率化が発動し、魔力が上がっているの
か、去年より早くより多く刈り取り、作業が遅い人の所の手伝いに
回される、無論使えない人は麦穂の回収だ。
ちなみに土手の開けた場所はそれぞれが練習したのか虎刈りだった
り、波打ってたりで、かなり練習してたみたいだ。
﹁ようシンケン、手伝いに来たぜ﹂
﹁あぁ、助かるよ。意外に難しいなこれ、地面スレスレで発動して
距離を間違え無い様にするのがこんなに大変だったなんて、実はカ
ームって意外にすごいのか?﹂
﹁まぁ、去年もやったからね﹂と誤魔化しておく。
﹁母さんだって﹃む、少し加減が解りません﹄とか言って最初は刈
り取るのに切り口が波打ってたんだから﹂
あの土手はエルクさんか、堅そうなイメージしか湧かないが以外に
可愛い所も有るんだな、弓は完璧そうなんだけど。
魔法を使ってた人達は、魔力切れなのかふらふらしているし﹁ダン
ジョンに潜ってた時でさえこんなに魔法を使った事は無いですよ!﹂
とか聞こえた。有るんだ、ダンジョン。
ちなみに収穫は2日で終わった。人が多いとそれだけで早いね﹁戦
176
いは数だよ!﹂とか言ってた顔が直方体のたくましい人の言う通り
だ。本当素晴らしいね人海戦術。ちなみに︻属性攻撃・風:2︼の
アナウンスがちょっと前に流れた。
﹁おいおいカーム君﹂
渋いワーキャットのおっさんに声を掛けられる。
﹁なんですか?﹂
﹁今年は流石に余裕が有るだろう?豚の解体を手伝ってくれないか
?猪を狩って来る事が有るなら、覚えないとねぇ﹂
ニヤニヤしながらワーウルフのおっさんも言ってくる。
﹁え・・・えぇ、是非ご教授下さい﹂
絶対逃げられないと思ったので返事したら速攻で掴まった宇宙人み
たいに連れてかれた、なんだかんだで期待されてるみたいだ。
そこには先客が居て﹁よーうおまえもか!﹂とヴルストが声をかけ
て来る。なんだかんだ言って本当に若い者を育てるらしい。
1匹目は丁寧に教えられ、2匹目は部分的にやらされ3匹目は全部
任された。頭の中で﹁これは作業、これは作業、これは練習、これ
は練習﹂と言い聞かせ解体していく。慣れないと色々ときつい、臭
いとか。
少し休憩をしてると、視界の端に嬉々として鶏を絞めているスズラ
ン。そんなにから揚げが楽しみですか?目が合ったが物凄い笑顔だ、
頬についてる血は拭き取ろうね、なんか見た目が怖いから。
まぁ、鶏小屋を作り始めて少しずつ鶏が増え始めた頃に。
﹁から揚げの作り方知ってるの?﹂と聞いて見たら、顔を真っ青に
してうつむき﹁知らない﹂と力無く返された時は、世界の終りみた
いな顔してたのを覚えてる、仕方ないのでスズランの家でリコリス
さんにも教えた。
177
﹁あらー、カーム君って料理もできるの? 良い子が幼馴染で良か
ったわー﹂とニコニコしている。
ある程度の手順を教え﹁後はお好みで香辛料を増やしたり調味料を
増やしてみたりして下さい﹂と言って休日を過ごした事が有るが、
イチイさんの殺気が背中に刺さって痛かったが、から揚げを食った
瞬間に殺気が吹っ飛んだ。
美味しい料理は世界を救う!ありがとう前世で自炊してた俺!
後日リコリスさんに﹁あの子、肉料理だけしか覚えないのよ、何か
良い手は無い?﹂と相談されたが俺は申し訳なさそうに首を横に振
った。食わず嫌いの極みみたいなスズランに、興味の無い料理を教
えるのは至難の業ですよ。
そして休憩中にヴルストに話しかけられた。
﹁スズランって本当肉好きだよな、俺だって少しは野菜くらい食う
ぜ?﹂ ﹁肉料理しか覚えないっておばさんに相談されたけど、無理って言
っておいたよ﹂
﹁そうか・・・だろうな。結婚したら肉料理以外はお前が作るしか
ないな﹂
﹁は?なんでそこで結婚の話が出る﹂
﹁実際出来てんだろ?お前等﹂
﹁まぁ、な?﹂
﹁なんで疑問系なんだ?あんなに好かれててお前も嫌いじゃないん
だろ?ならもう決まりだろ?﹂
﹁まぁ﹂
﹁けどよく生きてたよな、あのおじさん超怖いもん。どうやって説
得したんだよ﹂
﹁説得って言うより説明かな、殺気飛ばされながら、何が有ったか
言っただけだよ、逢引宿が予約されてて、街歩いてたら行きたい所
178
が有るって力任せに連れ込まれて俺が襲われて、って。まぁおばさ
んはニコニコしてたけどおじさんは謝ってたなぁ、折れそうだった
事を言ったら﹂
﹁そうか、生きてて良かったな二つの意味で、殺気飛ばされたまま、
事の説明したら確実に殺されそうだ﹂
﹁まったくだ、良く生きてたよ俺﹂
男同士の、どうでも良い会話をしてると、女同士のどうでも良い会
話も、向こうからキャキャー聞こえてくるが、どうでも良かった。
下手したら明日も誘われる可能性だって有るんだからな、せめて少
しくらいは主導権を握りたい、握れないなら優しくしてほしい。
まぁ、もう1回経験してるからがっつく事は無いだろうと思いたい・
・・せめて紐無しロデオは勘弁して下さい、あと可動範囲を覚えて
下さい、それはこっちには倒れるけどそっちには倒れ無い様になっ
てるんですよ。
そして俺達は小休止を終わらせ豚の解体や下処理に戻ることにする。
◇
﹁えー今年は皆さんのおかげで収穫が2日で終わりました。これを
機に少し畑も増やしてみるのも良いかもしれませんね。こういう場
所で長い話は嫌われるので終わります。では収穫祭の始まりです。
乾杯﹂
村長が挨拶をし﹁﹁﹁﹁﹁﹁乾杯!!﹂﹂﹂﹂﹂﹂と色々な所で大
声が上がる。
﹁毒耐性で酒に強くなっててあまり酔えないんだよな∼﹂と周りに
聞こえない様にぼやきながらちびちび飲み、三馬鹿達とどうでも良
い話をしながら酒を楽しむ。なんだかんだで酔えた方が楽しいんだ
よな、酒って。
179
ちなみに、氷は俺が出さなくても他の人が出してくれた。攻撃魔法
にならない様に調節して出すのに苦労したような事が聞こえてきた
ので、意外に魔法に対する生活向上の意識は薄いと改めて認識させ
られる。
三馬鹿は土石流をぶちまけて、ある程度酒の飲み方を覚えたのか少
し抑え気味に飲んでいるが、顔が赤くなってたり、目が据わってた
り、笑い声が絶えなかったりで相変わらず解りやすい変化だ。
しばらくすると、いつもの女子組が大皿に適当に肴を盛ってやって
きて、一緒のテーブルに座る事に成り、町での思い出話に花を咲か
せている。
スズランは﹃から揚げ5:その他肉料理5﹄の割合で皿に盛って来
た。相変わらずブレ無い子だ。
お互い良い感じに酔っているので、異性がいるのも関係無しに猥談
になりつつある、むしろ異性がいるからなのか、良く解らん。
酔った勢いでミールが﹁町ではどうだったのよ? 私達が気を利か
せてあげたんだからそれくらい聞かせなさいよ﹂と言ってきたが。
﹁俺はある意味嵌められたと思ってるんだが﹂
﹁貴方達が良い感じなのに一線を超えないから、私たちが苦労して
あげたんじゃない、感謝しなさい﹂
隣で酒を飲みながらクチナシが無言で首を縦に振っている。
﹁まぁ、ある意味感謝はしてるが、一応雰囲気とか場所とかタイミ
ングとかだな﹂
﹁その結果が1年以上何も無かったんじゃない、逆にスズランが可
哀想よ﹂
相変わらず首を縦に振ってるクチナシ。肉をモリモリ食ってるスズ
ラン。君の話をしてるんですよー。
180
﹁まぁ、一線は超えたからお互いに変化が有った︵肉を食べている
スズランを見ながら︶・・・ような気もするが、日常生活にあまり
変化が無いな。見て見ろよ、俺が作り方教えたから揚げをさっきか
ら食いまくってるだろ?﹂
ミールは、から揚げを頬張るスズランを見ながら
﹁え・・・えぇ、まぁイチャついてる所はあまり見ませんね﹂
﹁そうねぇ﹂﹁だなぁ﹂﹁うんうん﹂﹁そうだねぇ﹂と言う声。
そうしたらいきなりスズランが立ち上がり、ヴルストの襟をつかみ、
無理矢理立たせ俺の隣に座り体を預けて来る。あー話は聞いてたん
ですね。
口に含んでいた物を飲み込んでから﹁なんだか周りが期待してるみ
たいだから。嫌?﹂
小首を傾げて俺に聞いて来る、この仕草は反則だ。
﹁別に嫌じゃないけど﹂と言いながら周りを見たらニヤニヤしてい
る。
﹁お前等はどうなんだよ、シンケンとミールだって町で二人で甘い
物食ってたじゃないか﹂
﹁別に私はシンケンの事は嫌いじゃないですわ・・・﹂と語尾が弱
々しくなっていく。
﹁僕も嫌いじゃないけどさ﹂お互いチラチラ見ている。気を利かせ
たヴルストが席を立ち、シュペックがミールを引っ張ってきてシン
ケンの隣に座らせる。
二人が無言になり、顔を赤くしながらチビチビと酒を飲み始める。
解りやすい奴等だ。
ちなみに俺はからかったりしないで気にせず飲んでいる。そしたら
今度は何かを覚悟したかの様に、クチナシがヴルストの隣に座りだ
した。ヴルストは少し驚いたような表情になったが少し恥ずかしそ
181
うに酒を飲み始めた。
モリモリ肉を食ってるスズランの脇で俺だけがニヤニヤしながら﹁
いやーこの村の男は女より押しが弱いねぇ﹂と言いつつ同意を求め
るようにシュペックを見るといつの間にか隣にトリャープカさんが
ニコニコしながら座っていた。
﹁いつの間に!﹂と声を上げたらシュペックも気が付いたのか﹁う
ひゃぁ!﹂と声を上げるがもう遅い。逃げる前に抱き付かれ、振り
解くのが困難なほどがっちり固められている。流石肉食系。
腕力的に無理矢理剥がそうと思えば出来なくは無いと思うがそれを
しないのがシュペックだ、一応女性には優しいみたいだ。
どこかの動物王国の王様みたいに﹁かわいいですねー﹂と言いなが
ら頭を撫でて来る。トリャープカさんの行為をまんざらでも無いよ
うな表情で受け入れている。嫌がってないだけマシか。お持ち帰り
されない様に祈るしかないな。
皆良い感じに、呑まれない程度に呑みつつ、辺りも暗くなり広場の
一角がピンクいオーラに包まれそれを大人達がみてニヤニヤしてい
るのが少し気になるが。﹁少し早めにお開きにしよう﹂的な雰囲気
になり、それぞれの組がどちらかの自宅へ一緒に帰る事になった。
結局シュペックは守れなかったよ・・・俺は無力だ・・・
なんだかんだ言ってスズランは俺の家に来るみたいだ。
﹁カームの部屋は初めて﹂そりゃそうですよね、毎回俺が起しに行
ってるんだから。
良く言えば整頓された汚さ、悪く言えば物が溢れている。
自分的には掃除はしているつもりだが、机の上に作りかけのコケシ、
トンボ玉を作る道具一式、編マットの作りかけなどが有り、各種材
料や背嚢等も部屋の隅に置いてある。
﹁お茶飲むかい?﹂
182
﹁うん﹂
﹁適当に座ってて、まぁベッドか机の椅子しかないけど﹂
少し悩んで椅子にしたようだ。俺はベットだな。熱いお茶が有るか
ら押し倒す事は無いだろう。
カップを持ってきて乾燥させたカモミールをお湯で蒸らし注ぐ。
﹁砂糖はお好みで﹂
﹁お茶に砂糖?﹂
﹁まず、そのまま飲んでからで﹂
﹁良い香り。落ち着く﹂
そう言いながら砂糖を投入していく、確かに甘い方が美味しいと思
うけど。
落ち着いた時間が進み切り出す﹁なぁ、スズラン。俺は別にする事
自体は嫌じゃないんだけど、今後は雰囲気も考えてくれると俺とし
ては嬉しい。あと優しくしてくれるともの凄くうれしい﹂
﹁ごめん﹂
﹁まぁ、謝ってもらう程の事じゃ無いから良いんだけど、今度から
は少し落ち着いてって事で、頭の片隅にでも入れて置いてくれると
凄くうれしい﹂
﹁解った。それと2回も言わないで。悲しくなるから。あと母さん
にも言われた。優しくしないと嫌われるって﹂
少し俯いている、自覚はあるみたいだ。
﹁まぁ、嫌いにならないから安心して﹂
そう言いながら立ち上がり頭を撫でに行く。
その後のんびり過すが。この間の暴走が有ったから向こうはそう気
にしてるのかそう言う素振りを一切見せない。少しチラチラ見て期
待はしているみたいだが、ここは俺から仕掛けますかね・・・
そう思い、立ち上がってスズランに近付いて、キスをしてからベッ
ドに誘導する。
183
体感で日付が変わる1時間前になり、色々落ち着き。
﹁そろそろ帰る﹂
﹁あぁ、送るよ。あと、毎回さっきの俺みたいに優しくしてくれれ
ば、俺は嬉しいから﹂
と言ったら腹に1発良いのを貰った。相当恥ずかしかったらしい。
嘔吐感を必死に我慢しながらベットに横になり悶え、30秒ほど待
ってもらってから家まで送り届ける。大人達はまだまだ飲んでるみ
たいだ。子供に気を使ってくれてありがとう大人達!
﹁アイツらも上手く行ってりゃいいけどな﹂
誰も聞いてないが言ってみたくなったので言ってみた。
︻スキル:打撃耐性・2︼を習得しました
あー、やっぱり覚えるよね、すげぇ痛かったもん、あれ。
184
第19話 やっぱり今年も刈り取り要員だった時の事︵後書き︶
最後の辺りにベッドにダイブさせて枕の香りを堪能させるか迷いま
したが無難に椅子に座らせました。
後スズランに比較的長く話してもらいました。
スキルの打撃耐性が1だったのを2に直しました。2014111
2
185
第20話 相場や価値観が解らなかった時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20150602 本編に影響が無い程度に修正しました
186
第20話 相場や価値観が解らなかった時の事
収穫祭後、学校に行くが三馬鹿の顔が三者三様だった。
1人は自信に満ち溢れ。
1人は何かすっきりしていて。
1人は少しへこんでいる。
・・・そっとしておこう。
森の訓練所で、相変わらず毒草をかじりながら、投擲訓練をマチェ
ットや石、黒曜石ナイフで投擲練習していると﹁よう﹂と三馬鹿が
やってきたのでマチェットだけ拾いに行く。黒曜石のナイフはばれ
てないよな?
﹁なぁカーム、おまえ初めての時どうだったよ?﹂
答えを濁そうとしていたがヴルストは真面目に聞いて来るのである
程度の事を教えてやった。
こいつ等は、ある程度情報共有をして、知識の底上げをしようとし
ているのだろうか?
前世の知識として、ある程度特殊過ぎない行為は知っているので、
ある程度基礎知識を教え特殊な方は触りだけにして置く。教えてい
ると皆真剣に聞いている、こっちの世界ではネットはもちろん書物
もあまり普及していないのでこういう話も重要なんだろう。
﹁なぁお前はなんでそんなの知ってるんだ?スズランとしかしてね
ぇだろ﹂
﹁あー・・・この間町の本屋で手解き書みたいなのを軽く読んでね﹂
適当にその辺は誤魔化しておく。
187
﹁ねぇ?前から気になってたんだけど、偶に口の中でもごもごして
るの干し肉じゃないよね? 物凄く青臭い臭いなんだよね﹂
流石わんこ、嗅覚は俺等以上だ。
﹁あ、あー。えっと・・・その。毒草﹂
﹁はぁ!?﹂﹁っ!﹂﹁え!?﹂
﹁いや、聞いた話だと死なない程度に、毒を受けたり食べたりする
と、どんどん体が毒に強くなって行くらしいんだ、だから続けてる。
ちなみに最初はコレを磨り潰した汁を水で薄めて飲んでも2日くら
い調子悪くなったからやるなら気を付けろよ﹂
﹁誰もしないから。母さんでもそんな事言って無かったよ﹂
エルフでもしませんか・・・知りませんか、そうですか・・・
﹁そうか? もしかしたら毒を盛られたりするかもしれないだろ?﹂
﹁どこの王族か貴族様だよ、普通に生きてりゃ毒なんか盛られねぇ
よ﹂
﹁そうだよー止めときなよ﹂
﹁いやー平気だから、今は葉っぱ食べても平気になってきたけど1
日1枚までしか食ってないよ? 2枚目食べたら死ぬかもしれない
から﹂
ニコニコしながら言うけど流石に引いているのが目に見えて解る。
しばらくどうでも良い事を話しながらシンケンが﹁そういえば村長
が﹁カーム君を見かけたら探してたって言っておいて下さい﹂って
言ってたよ。なんだろうね﹂
﹁あーなんとなく想像はできるね、多分畑の拡張だと思う、俺さ、
魔法を農業に転用するの上手いらしいから。ほら、収穫祭の最初の
挨拶で言ってたじゃん?なんか嫌な予感したんだよね﹂
﹁あー言ってたねぇ・・・どうするんだい?﹂
﹁あーこうしようかな?と﹂と言いつつ﹃イメージ・0.1m×0.
1m×0.2mの土を隆起後沈下・範囲1m×1m・手前から発動﹄
188
と簡単にイメージた物を目の前で発動させる。目の前の土がモコモ
コと波の様に発動し沈んでいく。
﹁ほら、スコップで掘り返すイメージ、これで掘り返す必要は無い
から。後は﹂﹃イメージ・目の前の土の表面を渦の様に・発動﹄旧
式洗濯機の様に土がうねり、さらに土が柔らかくなる。
︻スキル・属性攻撃・土:3︼を習得しました。
お?久しぶりに上がった
﹁こんな感じを考えてる、これで大きな塊は粉々になるからね﹂
三馬鹿は﹁﹁﹁おー﹂﹂﹂と感心している。
﹁これ位なら種撒きしても根付くな、やっぱお前すげぇな﹂
目の前のモコモコになった土を踏んだり手で触ったりしている、や
っぱり魔法=攻撃のイメージが強いらしい。
その後、猥談をしたり、あの後どうなったのか少しだけ話した、シ
ュペックはご愁傷様としか言えなかった。
少しした後、村に戻り村長を探す為に聞き込みを開始する、あの人
はいつも何所に居るか解らないからな。むしろ神出鬼没過ぎて探さ
なくても向こうからやって来る事も有る、いつも背後からだけど。
﹁私が村長です﹂うをぃ!また背後か!
しかも物凄くムカつく台詞をサラッと吐かれた気がする。よし殺そ
う。
まぁ殺す訳にはいかないので我慢する。
﹁話が有ると聞いてるのですが﹂
﹁収穫祭で話してた、畑の拡張の件なのだが、今度村の男総出でや
ろうと思うのじゃが。ほら、少しでも負担を減らしたくてのう。何
189
かいい方法を考えてほしいんじゃ、カーム君は魔法を便利に使うの
が得意じゃろう? 場合によっては報酬も出すから﹂
﹁え、えぇ。まぁそれらしいのはできますが﹂
﹁なんだ、出来るのか。それは素晴らしい。少し見せてくれんか?
拡張予定はエジリンの町に行く道沿いを開墾しようと思っている。
あそこは草とかも刈ってあるからのう﹂
歩きながら話を進める
﹁どの位開墾するんでしょうか?﹂
﹁10面位かのう、今年の種蒔きや収穫速度を見たらそれ位は増や
しても問題無いじゃろう﹂
﹁種蒔きの労力とかも有るんじゃないですか?﹂俺は魔法で種を蒔
く方法はまだ考えてないし思い浮かばない
﹁そんときゃ適当に蒔けばええじゃろう﹂あ、そんなんで良いんで
すか?規則正しく線で蒔くのかと思ってたわ、それ位なら風に乗せ
れば簡単じゃね?
町に続く街道に着き﹁この辺一面を考えておるんじゃが﹂とかなり
開けてる場所を指す。
﹁とりあえず冬までに出来るだけ広げておきたいんじゃ、この辺も
遊ばせておくのももったいないしのう﹂
10面くらいとって言ったが1面100m×100mでも畑として
は大きいが全体的には狭く感じる、俺は辺り一面に広がる金色の麦
畑とかのイメージがあるが現実は非常である。
前世では色々な仕事が有って、若者が村から出て行き、限界集落と
かになって廃村とかが増えていたが、こっちの世界じゃ農業は立派
な収入源で、それくらいしかないしな、こっちの世界では特別学が
必要って訳でも無さそうだ、村長の話だと種とか適当に蒔いてるみ
たいだし。
﹁村長、人が増えれば畑とか増やそうと思います?﹂
190
﹁まぁ人手が有れば畑も増えるし村も賑わうが﹂
﹁畑が増えれば人が増えるって考えてみてはどうです?﹂
﹁どういう事じゃ?﹂
﹁ちょっと見ててください﹂と言いながらさっきヴルスト達に見せ
た魔法を発動させる。次々土が隆起し沈み一気に荒野が柔らかい土
になって行く。その後土を混ぜふわふわにしていく。村長が体を震
わせながら﹁おぉ﹂と声を上げ﹁こんなにも簡単に﹂と独り言のよ
うに呟き。
﹁どの位出来るんじゃ!﹂老体とは思えないほど興奮し声を荒げる。
そんなに大きな声を出したら体に悪いですよ村長。
﹁えー? 試した事が無いので解りませんが。一回疲れるまでやっ
てみます?﹂﹁頼む!﹂即答だった。
俺はモモモモモと土を隆起させ混ぜて柔らかくし、村長と話し合い
馬車がすれ違える程度に道を拓き次の畑を耕す事にする。1面10
分ほどで6面ほど耕したら軽い気だるさを感じたので村長に声をか
ける。﹁これ位で少し気だるいです﹂
これですでに100m×100mの畑が6面、村長が考えてた数の
半分を超えた。
﹁1日でこれじゃと・・・﹂﹁もっと増やすか?﹂﹁いや、けど種
蒔きや収穫﹂﹁人手﹂と言う単語がぶつぶつ聞こえる。
﹁村長? とりあえず作っておいて遊ばせておけばいいんじゃない
ですか? それか家畜の放牧や村人に﹃好きに使って良いよ﹄と言
って貸せばいいんですよ、この辺は誰の物でもないんでしょう? そうすれば村に人も増えます﹂
﹁あ、あぁ。そうじゃ、な。すまんが報酬の話はもう少し待ってく
れ、色々と考える事がかなり多くなった、少し時間をくれないか?﹂
﹁まぁ別に俺は良いですが、増やすか増やさないかは決めるのは村
長ですがこの6面分の報酬はお願いしますね﹂と軽い声で言い、帰
って特にさっきの事を親に話す事も無く、マチェットとナイフの手
191
入れをしてから寝た。別に話しても良かったがまだ決定事項じゃな
いので言うだけ無駄だろう。
◇
次の日俺が学校に行っている内に開墾した畑の前で会議が開かれて
いたらしい。
﹁カーム君がこれを日が少し傾くだけでやってしまった。畑を耕し
たまま遊ばせて置き、借りたい人が居れば貸せばいいんじゃないか?
そうすれば村に人が来て畑を耕す手間が無くなり家を建てるだけで
済むのではないか?
コレは儂が考えたんだが家を建てて貸せばいいんじゃないか? 試
しに2軒ほど建てて農地を拡大してみてはどうかのう? そうすれ
ば村に住人も増えるかもしれん﹂
﹁村長が言うなら俺は構わないが他の奴はどう思うかだ﹂
そう言うと反対の声は特に上がらず開墾と借家として家を建てる事
に決まった。
20年後大陸上位の小麦の生産地になり人口も増え店や鍛冶屋も出
来て村とは呼べない人口になるがそれは別の話。
◇
﹁カーム君、一応方針が決まったよ﹂と会議の内容を言われ、﹁最
初の予定通り畑は今の所10面作る事にして君には報酬として20
枚でどうじゃろうか?﹂
どうじゃろうか?と言われても100m×100mの畑1枚銀貨2
枚って妥当なのか?大人の労力とか色々考慮して畑1枚大体何人で
何日かかるんだ?それを2日で出来る俺、日給銀貨10枚と考えれ
ばこっちの世界じゃ高給取りの部類だよな?2日だけだけど。
192
﹁えぇ大丈夫ですよ、まだ学校行ってる俺としては十分すぎます﹂
﹁じゃぁ残りの4面と申し訳ないのじゃが土魔法使える者に魔法の
イメージを教えてくれないかのう?﹂
特殊な魔法を教えるのってこの世界的にどうなんだろうか?なんか
秘伝とか秘術って言葉が脳内に出て来るが知った事じゃ無い、危険
過ぎない魔法はどんどん教えるか。
﹁良いですよ、生活が便利になるならいくらでも教えますよ﹂
笑顔で答えて残りの畑を耕しておいた。
193
第21話 なんか知らない内に村が賑やかになっていた時の事︵
前書き︶
細々と続けてます
相変わらず不定期です
20150604 本編に影響が無い程度に修正しました
194
第21話 なんか知らない内に村が賑やかになっていた時の事
あれから色々有り、俺は畑を合計10面耕して報酬をもらい、村の
土魔法が使える人達に畑を開拓するイメージを教えたら﹁とりあえ
ず増やすだけ増やしておこう﹂と言う方針になり。学校が終わった
ら大人に混ざり一緒に畑を耕していき、魔法が使えない人達は柵を
作り畑を囲って行く。聞いた話ではある程度の畑と、借家2軒って
話だったらしいが何所でどうなったのかは知らない。予定は未定だ・
・・
報酬は皆に教えた魔法の授業料として、さらに銀貨10枚もらった
が﹁魔法を教える金額的にはどうなのだろう?﹂と思いつつ﹁まぁ
相場も魔法の価値も知らないし仕方ないね﹂と自分自身に納得して、
それ以上考える事はしなかった。
町への街道沿いに畑が広がり、簡易的な家も増え、村長は町のギル
ドに行き﹁村民募集!簡易的な家と畑を貸します。値段は要相談。
お金が無くても有る程度の食糧と家と畑を貸します!頑張っただけ
お金が手に入ります!﹂と張り紙を出してきたみたいだ。
まぁこの世界だから通じそうな文面だな。なんかよく電柱に張って
有りそうな黒に近い金貸しの張り紙みたいだ。
後日、村に人が増えたのは言うまでも無い。
安定した、安全な生活を求める人も多かったのだろう。町には町な
りの職があるが、こっちの世界にも酪農や農業の需要も有るからな。
それなりに大きい町なのにスラムが有ったりして、町の管理者とか
どうなってるのよ?
主に低級区の人や、スラム化してた場所の人達が多かったが﹁郷に
入っては郷に従え﹂の考えが有るのか、多少気の荒い人や軽犯罪者
195
的な人も﹁この村で金が無くても家と畑を貸してくれるって本当か
?﹂﹁俺、盗みやって捕まった事有るんだけど﹂と言ってくるが村
長が﹁畑でできた物を売った金で来年返してくれれば良い﹂﹁まだ
小さい村だし盗む物も無いからのう﹂﹁食料は小麦や干し肉の蓄え
があるからある程度は平気じゃぞ﹂﹁なーに、嫌なら出て行けばえ
ぇんじゃよ﹂と言ってどんどん増やしていく。 酪農や農業をやった事が無い人も、村の者が総出で教えた。人口が
有る程度増え、収穫も終わっているので食糧問題に少し問題が出て
きた。そして何故か会議に俺も呼ばれた。
﹁それじゃぁ話し合いでも始めるかのう、ワシが早まって村人を募
集したのが原因じゃが、冬も近づき今まで村で暮らしてきた者達の
食糧は問題無いのじゃが、最近村に来た者達の食糧が心配じゃ、何
かいい案はないかのう﹂
﹁損得考えずに各家の蓄えを少しずつ出し合って冬を越してもらう
しかねぇだろ﹂
﹁せめてどこがどれだけ食糧を出したか書いておくべきだろ?﹂
あーだこーだと話し合いが進むが﹁うん、これ会議じゃないね﹂と
メモを取りながら話聞いてたのが馬鹿らしいな。
﹁カームも何か御意見出せよ﹂
﹁え?あぁ、はい。今までの話を纏めると﹂メモを見ながら要点だ
けを拾い意見を言ってみる。
﹁えー、話を聞いた纏めと、落とし所と俺の意見を。まずは食料を
出してもらった家のメモを取り増えた村人に﹃貸す﹄と言う形で来
年に収穫した麦で返してもらう。
本来町に売るはずだった食糧も﹃貸す﹄と言う形で。新規入村者に
は1年目の収入は耐えてもらう形にして、2年目からお金が手に入
ると言う事にしてもらうしかないんじゃないですか?道具や嗜好品
なんかは少し位融通を利かせてあげれば良いと思います。
196
まぁ募集時期も間違ってた気もしますが、増えちゃった物は仕方が
無いとして、なんだかんだ言って人口も増えましたし生産力もそれ
なりに上がります。
この際、家畜も殖やす事も考えて、雑草の多い荒野に柵を作って放
牧も考えましょう、ついでに冬の家畜の餌用の畑も作っちゃいまし
ょう。
あとは自警団ですかね?一応防犯はするべきですね、一応更生中と
言っても、元軽犯罪者もいますから巡回や見回りも必要でしょう。
畑も増えたので見張り台も作って、魔物を見つけやすい様に上から
見渡せるようにしておいた方が便利でしょうね。
あとは増えた人の為に井戸の増設、近所の川から疎水を引き、日照
り対策用に水も引きましょう。
あとは﹃これが欲しい、これが足りないな﹄と思ったらその時に増
やしていけば良いでしょう。何か質問は?﹂
それっぽく纏めたり足りなそうな部分を補ってみたがどうだろうか
?納得してくれるか?
﹁お・・・おう、なんとなくしか解らねぇから、わりぃけどもう少
し纏めてくれ﹂
纏めた積りなんだけどなぁ。
﹁色々と村長が悪い。新しく来た人には食べ物を貸して食べ物で返
してもらう、酒とかは皆で少し奢ってやる。見回りをする。家畜を
ふやす。家畜の餌専用の畑を作る。井戸を増やす。川から村に水を
引く。村長が悪い﹂
﹁最初と最後の村長が悪いのは解ったが、なんで餌用の畑も作るん
だ?俺達のが余ったらそれをやれば良いじゃねぇか﹂
村長が何とも言えない表情になって、何か言いたそうにしてるが続
けよう。
197
﹁家畜が増えればそれだけ餌も必要です、そうすると冬に餌が無く
なり家畜が飢えて死にます、折角増えたのに潰すのはもったいない
でしょう? 俺達の蓄えも減らす訳にもいきませんし、最初からコ
レは家畜用と別けとけば、俺達が飢える事も無いです。上から下ま
で全部食べてもらえるトウモロコシとかがいいかもしれませんね、
細かくして乾かせば腐りませんし﹂
﹁なんとなく解った、俺は頭が悪いからそう言ってもらえれば解る﹂
周りの皆もうなずいてる。
やべぇよ・・・周りの大人がこんなので俺がまとめ役なんかしたら、
毎年色々やらされるぞ、頭の良い奴を連れてきてもらった方が良い
なこりゃ。
﹁カーム、おまえもう学校行く必要無ぇんじゃねぇか? どうやっ
たらそんなスラスラと考えが出て来るんだよ﹂
やっぱりこの話し合いは、話し合いでしかありませんでした。
﹁おまえの魔法でどうにかならねぇか?﹂やっぱり来るね、この手
の話題は。
手の上にレンガを出し話す。
﹁あー、一回試したんですけど、焼きレンガをイメージして出した
ら、日が少し傾いただけで消えました、多分魔力が切れると消えま
すけど、土を盛り上げるのは平気です、消えません。元から有った
物を魔力を使って形を変えるだけなら問題無いと思います。
だから井戸を掘ったり、川から水を引くのは多分できます。けど周
りに石を積んだりするのは俺でも無理です。それだけの腕が無いん
で。それはやってほしいんです﹂
﹁井戸掘るのは手間だから、魔法で井戸掘りが出来るなら文句はね
ぇよ﹂
198
﹁そんな事まで試してたなんて、畑を耕すだけでもすごいと思って
たのに先生嬉しいです﹂
いつの間にか、集会所の隅にあった鉢植えの植物からビルケ先生が
涌いた、植物ならなどこでも移動できそうで怖い。
後は適当に話を纏め、村長が会議終了を宣言し終了となった。父さ
んが夕方酔っぱらって帰ってきたがすごく嬉しそうだったので多分
酒盛り中に俺の話になったんだろう、子を褒められて嬉しくない親
は少なく無いからな、俺、子供いなかったけど。
◇
方針が決まったら行動自体は早かった、﹁冬になる前に決めちまお
うぜ!﹂と皆が必死になっている。なんだかんだ言って村が大きく
なるのに反対する人は少ないみたいだ。
どこに井戸を置くか、水は街道沿いに引いて畑に流せるように、村
の近くに小さな池を2ヶ所作り水浴び用や、鴨みたいな水鳥や養魚
も繁殖できるように。これには母さんみたいな水生系の村人に意外
に喜ばれた。人の割合が多くても水生系の本分はしっかり有るらし
い。
井戸をどこに置くかは村長や年長組が決めたのでまずは地面を円状
に隆起させた。
﹁おい、下げるんじゃ!﹂と言われたがどこまで掘れば、水が湧く
か解らないので土が湿ってる場所のアタリを付けている、その後は
言われた通りに地面を沈下させていき、水位が1m位になるように
する。
﹁養魚所の池はもう少し深くしないとダメです、浅いと水鳥に食べ
られちゃいます。もう少し深くても良いので魚を取る時は任せてく
ださい﹂
199
水生系魔族のお姉さんが嬉々として口を出してくる。アドバイスを
貰ったので素直に聞いておこう、浅い方が捕りやすいと思ったけど、
この辺の知識は皆無だからね。正直助かる
︻スキル・属性攻撃・土:4︼を習得しました。
﹁流石に上がるか﹂とつぶやく
あとは疎水作りだけどある程度杭で場所を決め、川、水浴び用池、
養魚所、街道沿い、川ってな感じになり予定では深さ0.5m幅1
m程度の物を引く積りだ。こればかりは即出来ると言う訳では無い
ので﹁なるべく冬までには﹂との事だった。
これ例の街作るゲームだよね?俺やったこと有るもん!リアルタイ
ムで進んで、俺が市長じゃないけど!
200
第21話 なんか知らない内に村が賑やかになっていた時の事︵
後書き︶
村人﹁どこが解らないか解った!﹂
201
第22話 なんだかんだで上手く行っている時の事︵前書き︶
細々と続けてます
相変わらず不定期です
今回は文字数が少ないです。申し訳ないです
20150605 本編に影響が無い程度に修正しました
202
第22話 なんだかんだで上手く行っている時の事
やぐら
冬になり始める頃には、俺が掘った井戸の中を石で補強したり、出
来上がった畑に柵を作り、櫓を立て見張りを立て、日替わり自警団
もどきを作り巡回している。
櫓も巡回も手の空いている者が﹁皆もやるから﹂と言う理由で特に
金銭的な物も発生せず上手く回っている。畑とか増えたら﹁町から
でも村からでも良いから専用に雇用した方が良い﹂と言っておいた。
なんだかんだ言って新規村入者も、村付き合いに慣れ始め自称軽犯
罪者も今の所問題を起こさず上手くやっている。
そして雪が降る中、年越祭が訪れるがこっちも特に問題は無かった。
﹁なぁカーム、お前村の話し合い参加してるんだって?﹂
﹁あぁ、なんか参加させられてるんだよ、ひでぇ話だよ﹂
﹁けどさ、言った事が村に反映されてるってなかなかすごいよね﹂
﹁うんうん﹂
皆酒を飲むのに慣れたらしく、羽目を外すような飲み方はしていな
い。
まぁ前世の常識をこっちに当てはめてただ言ってるだけだし、井戸
掘りも魔法の応用だからなぁ。
﹁問題は村長が無計画に畑を広げ無い様に止めさせるのが大変で﹂
﹁畑が増えちゃまずいのかい?﹂
ヴルストとシュペックが興味深そうに俺の返答を待っている、何を
期待してるんだよ。
203
﹁まぁ、ただ単に管理がめんどくさくなるだけだなー。広ければ広
いほど見回りの人数も櫓の数も増える、疎水も伸ばさないといけな
い、そうしたら畑まで歩いて行くのも面倒だから、家も畑の近くに
建てたくなる。そうすると井戸も増やさないといけない。
村の中心にしかない肉屋とかに、買い物来るのも面倒。﹃なら肉屋
を増やそう、酒場も増やそう、あれも増やそう﹄、そうなって来る
とどんどん色々増えて行って最終的には少し離れた所に村が一つ増
える事に成る。まぁ集落に近いかな﹂
﹁お、おう﹂
﹁うん?﹂
﹁まぁ畑が広がった所に5から10軒位纏めて家を建てて、井戸掘
って、それを﹃1班﹄としてその班の代表に管理させるのも良いか
なーと思ってる、けどそうすると、今度畑を広げる時の区画整備も
疎水の引き伸ばしも面倒になって来るんだよなぁ﹂
酒が入り愚痴っぽくなってきている。
﹁この辺は平地で、大きな山も川も無いし、今まで生きてて大雨も
無いから、治水も必要ないし、川の向こうに行くのに大きな橋も架
ける必要も無い、堰だって灌漑用の小さいので十分だ。ダムだって
要らないし路面だって馬車が通るのには十分だしな﹂
﹁おう・・・﹂
﹁問題は連作障害と虫害だね、連作障害は家畜の糞とか、腐葉土で
どうにかなるから・・・クローバーを植えて酪農の飼料にしてもい
いな。遊んでる畑に植えよう、そうすると養蜂もできるな、見様見
真似で巣箱とか作れるかな、そうしたらソバも良いな、麦角菌も怖
いから作らせた方が・・・。米が有ればいいんだけど水田はまだこ
の辺じゃ見ないな、米は色々と強いからなぁ・・・﹂
﹁解った!解ったから今日は飲め!どんどん飲め!じゃんじゃん飲
め!疲れてるんだよ!今日はそんな事考えるな、な? 話振った俺
等も悪いけど今日は飲もうぜ?﹂
204
﹁そ、そうだよ、今日までそんな事考える必要ないよ﹂
﹁そうだよ、飲もうよ、僕つまみ持ってくるよ﹂
俺は疲れていたらしい、なんか心配されたし落ち着いて周りを見た
ら喧騒など無くなってて何かおかしいと思い皆こっちを見ていた、
どうもグチグチ言ってた積りが、周りが静かだったせいで聞こえて
しまったみたいだ。
﹁そういやシュペック、トリャープカさんとはどうなんだ?最初は
少し嫌がってたみたいだけど﹂
﹁んー慣れた、別に悪い人じゃないし、少し強引な所も有るけど﹂
あと少し目つきが怖いけど、と小声で呟いていた。
﹁だって収穫祭の後、少し元気が無かったじゃないか、嫌だったん
じゃないのか?﹂
﹁あれは・・・まぁ少し無理矢理だったからへこんでただけで嫌い
って訳じゃないよ・・・うん﹂
﹁そっか、まぁ、嫌いじゃなければいいんじゃないか? 何かあっ
たら相談に乗るからよ﹂
﹁ありがとー﹂
無理矢理ねぇ・・・少し想像しちゃったよ。見た目がメイドさんで、
︵動きやすい作業服の時も有る︶それに襲われる所を、有りだな。
前世の記憶が有るから言える事だけど、まぁグラナーデさんじゃな
くて良かったな。
いつもの女性陣にトリャープカさんが加わっただけで特に変わった
事も無いしな、ってか3歳ほど年上ってなだけだったらしい。
﹁私ですか? 学校終わってからはここで用務員として働いてます
から皆さんとあまり変わりませんよ﹂
と笑顔で言われた、この世界の魔族は見た目で歳解らないんだよな
ぁ。人族はやっぱり普通に成長するんかねぇ? 7年生きてるが未
だに見た事が無い。
205
いつも通り、酔いが回ってきたら女性陣も参加してきてお互い付き
合ってる者同士が隣になりテーブルを囲んだ。
もちろん俺の前には肉が多めに盛られている。
そしてやっぱり俺の話になる
﹁大人達の話し合いに参加して井戸を増やしたり色々したのはカー
ムでしょう?﹂
﹁まぁ、俺だけじゃ出来ないけどね﹂
﹁魔法で畑耕すのもすごいですよ﹂
﹁コツさえつかめば土魔法使えれば誰でも出来るように考えたから﹂
﹁鶏小屋の増設。鴨って美味しいの? 美味しいなら庭に池作って
ほしいな﹂
﹁︵ブロイラー位しか食った時無いぞ俺︶鶏とはまた違った美味し
さが有るって聞いたね、焼くよりスープで煮た方がいいんじゃない
か?︵鴨南蛮位しか食った時無いよ︶﹂
そして話している最中ずっとシュペックの事をスリスリスリスリ、
なでなでなでなで。このトリャープカさんも相変わらずぶれないな
ぁ。
﹁まぁ村人も増えて大人達も喜んでるしいいじゃねぇか!問題もま
だ起こって無ぇし﹂
﹁そうだよね、盗みとかしてたり少し荒っぽい人も居たんだろ? 良く大人しくしてるね﹂
﹁最初は怖かったけど皆いい人だよー﹂
﹁まぁスラムや低級層や職に困ってる人達だったからねー、心に余
裕が無かったんだよ、まぁ村の人達が優しかったから心を開いたん
じゃないかな?﹂
﹁まぁ問題起こさなければカンケー無いけどな﹂
206
ぐでぐでと酒を飲み、スズランも焦らなくなったのか、がっつくい
て来る事は無くなったので、今日はそういう事は無いみたいだ、他
の組はそそくさと出て行ったけどね。
そう言う訳なので特に話す事も無くのんびりと朝まで飲む事にした。
ちなみにから揚げが足りなくなり、真夜中に急遽、スズランに鶏を
絞めるのを手伝わされるとは思わなかった。
207
第23話 俺だけ自由登校になった時の事︵前書き︶
細々と続けてます
相変わらず不定期です。
20150607 本編に影響が無い程度に修正しました。
208
第23話 俺だけ自由登校になった時の事
年越際から三か月後
手慰みにトンボ玉作りに精を出す、木彫りの彫刻?知らない子です
ね・・・
雪が降らないようになり、先生が学校の再開の通知をしたので、い
つも通りスズランを起し学校へ向かうと放課後先生に。
﹁カーム君は学校に来なくても良い位基本的な事は大丈夫なので明
日からは自由登校と言う事になりました。コレは先生同士が話し合
った結果です﹂
そう言われ﹁はぁ・・・﹂と返事は一応しておく。
一応卒業は皆と一緒にするらしいので、詳しくはスズランから聞い
てくれとの事。
むしろこれは村の為に働けと言ってる様なもんだよな?
隣で聞いてたスズランが帰り際に﹁明日からも起しに来て﹂と普段
から表情筋有るの?ってくらい、感情を顔に出さないが、少し困っ
た様な表情になったので。
﹁解った、待ち合わせ場所じゃなくて直に家に行けばいいんだな?﹂
こりゃイチイさんとリコリスさんにも言って置いたほうがいいな。
﹁ってな訳ですので申し訳ないのですが明日からも起しに来ます﹂
淹れてもらったお茶を飲みながら話をする。
﹁あらー悪いわねぇ、どうせならこっちの家に住んじゃう?﹂
ブフッ!ゲッホゲエフンゴフン。盛大にお茶を噴き出した。
﹁いや、大丈夫です。家からそんなに遠くないですし﹂イチイさん
209
と二人してお茶を噴き出したのは言うまでも無い。
﹁あーそっか、空いてる借家に二人で住むのも良いかもしれないわ
ね、カーム君真面目だし料理も得意だし。学校行かないで良いから
働けるし、孫の顔がこんなにも早く見れるなんて感激だわー﹂
﹁もう少し軽い冗談でお願いします、あと行かないで良い訳じゃな
く自由登校です、一応まだ在籍してますし。あと生まれて8年なの
に同棲とか流石に収入が不安定ですから﹂
まぁ中身もう38歳ならどうにかなるけどな。妊娠から出産までの
期間は解らんが最悪卒業前に子供ができる事に成る、それは勘弁し
てくれ。
﹁あらーそんな事ないわよー、ねぇ? アナタ?﹂
﹁お、おぅ﹂目を逸らしながら少し冷や汗を流している
﹁私達だって、それくらいには一緒に住んでたもの﹂
あーうん、駆け落ち的な物だろうか、リコリスさん育ちが良さそう
だし、スズランの祖父母も見た事が無いし、鬼神族自体この家族し
か見た事が無いからな。
﹁朝に起しに通わせていただきますのでとりあえずは今まで通りに﹂
頭を下げどうにかお願いする。
﹁残念ねぇ﹂
本当に残念そうだ。
丁度鶏小屋から餌をやり終えたスズランが戻ってきて当たり前の様
に俺の隣に座ってお茶を飲みだすが、婿入りした気分を味わった。
慣れれば平気なんだろうが正面に座ってるイチイさんの目つきが怖
いのでお茶を飲んで誤魔化した。何も言ってこないのは多分リコリ
スさんが釘を刺してるに違いない。
睨まれながらお茶を飲んでると﹁カーム、鴨を飼いたいから手を貸
してほしいの﹂突然言われ、二人の顔を見ると首を縦に振っている
210
ので事前に相談は有ったらしい、すでに承諾済かよ。
つがい
﹁あー、ああ構わないけど・・・どれ位飼うの?﹂
﹁んー?﹂10秒ほど沈黙の後﹁番で10組20羽位?﹂
ブフッ!と今度はイチイさんだけがお茶を噴き出す。
﹁あー多いんじゃない?ほら、イチイさんも少し驚いてるみたいだ
し、少し減らして4羽とかにしたら?﹂
﹁少ないと増やすのが大変、鶏みたいに頻繁に卵産まないから最初
は多い方が良い。卵を産む時期はもう少し暖かくなったらだから。
あと産む量も1羽で10個位だから2組だと1年目にはそんなに食
べられなくなる、何羽飼うにしても早めに決めたい﹂
﹁お、おう﹂
肉が絡むと普段より多く喋るな、初めてこんなに喋ってるの聞いた
ぞ。
﹁じゃぁ、3から4組買って、育てて足りない分は村の共同池の鴨
を買うって事で良いんじゃないか? 養魚所の所に水鳥も飼うって
話になってるし﹂
﹁んー﹂今まで見た時無いほど真剣な表情でたっぷり30秒ほど悩
み﹁解った﹂とだけ言った。
ずいぶん長考だな。
イチイさん立ち合いの下、大体どの辺にどの規模の池を作り範囲は
これくらいと決め、棒で線を引き角に棒を刺しておく。
これで手の空いた時に作れる。
ちなみに﹁資材はこっちで用意するからお願い﹂と言われた、気分
は﹁娘に犬小屋作ってー﹂と言われたお父さんですかね?
俺、木材と物凄く相性が悪いけど平気ですかね?
◇
昨日の夕飯の時に学校で言われた事を両親に言うと。
211
﹁何をするか解らないなら村長に聞きに行け、お前は俺と違って頭
が良いから何か村の役に立つ事を言われるかもしれないが頑張るん
だぞ﹂
﹁そうね、それが無難ねー﹂
そう言われたらそうするしか無くなる、まぁそうなんだよな、あの
話し合いの件で俺はなんか村の人達から期待されてるらしい。まぁ
どうにかなるだろう。
そしていつも通りスズランを起こす。
そのまま学校に行きたい所だが村長をまず探さないといけない、あ
の人どこに居るか解らないからな。
村の広場で﹁そんちょーー!・・・そんちょぉぉーー!﹂と叫ぶが
出てこない、いつもなら背後から沸くか、死角から出て来るんだが。
まぁ良い居ないならスズランの鴨の件を片付けよう。
一応朝に会ったとはいえ、挨拶くらいはしないとな。
﹁んじゃ作業はじめますねー﹂とリコリスさんに伝え﹁お願いねー﹂
と言われる。
まずは指定された角に杭を打込み、スコップを寝かせて地面に置き、
大体の距離を測り大体真ん中に、さらにその真ん中にと均等に杭を
打つ。
魔法で畑を作る様に土をかき混ぜて田んぼを作る様に水を張り、水
が地面に染み込みにくい環境を作る。
どうにか疎水から水を引き、簡単な池を作る事に成功。水が減って
きたら疎水の堰を開け、足す様にした。汚水が綺麗な疎水に流れる
のを防ぐためだ。水鳥の池って意外に汚いからな。
たにし
あー、後で村の養魚所の水質を綺麗にする生き物でも見つけてきて
投げ入れるか。小川の海老とか田螺とか。
212
後は隣に見える鶏小屋を見様見真似で作り。麦藁を敷いて置く、そ
うすれば勝手に寝床を作るらしいからな。なんか増やす積りらしい
から少し大き目に作った。
コンコンコンと釘を打つ軽快な音が鳴り響く中いきなり背後から。
﹁先ほど呼びましたか?﹂と声がかかり釘を打っていた金槌で木材
を叩いてしまい少しへこんだ。
相変わらず神出鬼没だな、気配もないし、この人︻隠遁︼とか隠密
系のスキル持ってんじゃないか?足音もしないからな、さっきは金
槌振ってたから足音は聞こえなかったけど。
﹁えぇ、今日から学校が自由登校となりまして、1年ほど暇なんで
すよ。で、俺は村で何をすればいいか、聞きに行ったんです﹂
﹁うーむ、本来は学校に行ってる身分じゃからのう、なにも考えて
無かったわ、何か思いついたら言うからとりあえずは普段通りにし
ておいてくれ、多分見張りとか見回り、あとは話し合いの参加程度
じゃな、後は何かあったら大人に交じって狩りか討伐か。そう考え
ておいてくれんか﹂
﹁解りました覚悟はしておきます﹂
そういうと普通に歩いて村の中央の方に歩いて行くが、別段おかし
い所は無い、あの神出鬼没な行動はどうやってるんだろうと思うが
見えなくなるまで見ていたがおかしい所は無かった。不思議な爺さ
んだ。
◇
作業2日目で柵の間に板を通し完成させる、板の高さは腰位までで
出られない程度には隙間は開けてあるが、家禽だから飛ばないよな
213
?と心配しつつ養魚所の管理をするお姉さんに聞きに行く。
﹁食用に交配された水鳥は飛ばないよ、飛んでも横に5から10m
位かな? この子達は重いから飛べないんだよ、けど空を飛んでる
魔物とか強い鳥には注意が必要だね﹂
と良い笑顔で早速取って来た淡水魚に餌を与えている。
むう、対空対策か、猛禽類なら網とか強めの糸を張れば問題無いけ
ど、魔物はなぁ・・・まぁその辺はスズランに任せよう。
しばらく行っていなかった森の修練所に海老や田螺や水草を取りに
来るが。訓練所は荒れている。
﹁すまない、あとで整備に来るからな﹂と言い残し早速探し始める。
目の前を流れてる小川の水を魔法ですくう様にして球体を作り、中
を確認する。
水の中で裸眼で見つけられるはずも無いし、水面が常に動いてる上
から探せるはずも無いからね。
﹁あーいるにはいるんだな﹂と呟き田螺と海老を捕まえ魔法で作っ
た水球の中に確保。なんで水球の外に落ちてこないのか不思議だが
気にしない事にする。森の少し奥に有った沼の方に行くと亀も見つ
けたのでとりあえず捕まえて置く、そして水草も適当に採取して帰
る。
帰り際に養魚所に小海老と田螺と水草を入れても良いか?と一応お
姉さんに確認を取ってから池に入れる。
そして残りの半分をスズランの鴨池に入れる。亀が可愛そうなので
池の真ん中に浮島みたいなのを作りそこに放す。早速日向ぼっこし
て目を細めている所は何とも言えない表情だ。一応亀用の巣箱もつ
くるか。動物としてあんまり亀は好きじゃないけど・・・あと食べ
た事無いから味的には何も言えない。
半年後には、浮島を小鴨が占領し亀が可哀相だったので少し大きく
214
してやった。
学校から帰って来たスズランに﹁一応完成したよ﹂と報告すると﹁
ありがとう﹂と言われ抱き付かれた。俺に感謝してるのか鴨が飼え
ることに喜んでるのか解らないがリコリスさんがニヤニヤしてたが、
イチイさんがいなくて良かったと本気で思う。
その後、池の水が減ってきたら疎水から水を引き入れる様に、と言
っておいた、そうしたらイチイさんが鴨を連れて戻って来た。話に
よると鴨を買いに行っていたらしい、お疲れ様です。
早速池に放してやると嬉しそうに泳ぎだす鴨。そして水の中に顔を
突っ込み小海老と田螺を食べ始める。﹃タニシーーーー!!﹄と心
の中で叫ぶ。
少しでも水質を良くしようと入れたのに・・・何とも言えない表情
と心境になった、鴨の居る池の水質改善ってどうやんの?
そして誰から聞いたのかスズランは少し葉物を多くした餌を持って
きてその辺に撒き始めた、もう少し早めに撒いてくれれば田螺の寿
命も少しは伸びただろうに、雑食性水鳥舐めてたわ。
215
第24話 蒸留酒を作った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
御陰様でPVが30000を超えました。︵20141003現在︶
ありがとうございます、まだまだ荒削りで行ったり来たりや矛盾や
知識が足りなかったりで無駄が多いですが生暖かい目で見てやって
ください。
20150608 本編に影響が無い程度に修正しました。
216
第24話 蒸留酒を作った時の事
スズランの用の鴨小屋と簡素な池を作ってから3ヶ月後。
俺はある程度与えられた仕事をこなす様になっていた。
やぐら
村内の見回り、櫓で見張り、疎水管理。比較的安全な場所での仕事
だが、一応魔物対策として、村外の見回りも、数ヵ月前に提案した
ので、そっちの方は実戦経験の有る大人達が担当している。
その傍らに、新しい酒作りをしようとおもう。知識として残ってる
蒸留器だ。
とりあえず試験的に、悪い麦で酒を造って、蒸留させようと思う。
あとは町の酒場に行って、技術交流させようと思ったが、町に行っ
た時の、酒場兼宿屋の状況を思い出し、酒場のおやじが瓶から注い
でるだけだったのを思い出し、その案は自分の中で却下した。
村長に提案し﹁試験的な物なら﹂と言う事で、速攻村の道具屋のお
っちゃんの所に向かった。
﹁おっちゃん最近どう?﹂
﹁まぁ新人が増えたからそれなりだな、で、なんだ? またガラス
か?﹂
いかけ
﹁おっちゃんある程度の鍛冶も出来る?﹂
﹁おう、鋳掛もできるぜ!﹂
そう言うどうでも良い会話から始まり、良い感じになってきたら、
本題に切り出す。
﹁おっちゃんって酒好きかい?﹂
217
﹁おいおい、散々飲んでるの知ってるだろうが、なんだ、奢ってく
れるのか?﹂年下に驕らせんなよ。
﹁いやーちょっと新しい酒を造る道具をね﹂
﹁樽じゃ駄目なんか?﹂
﹁いやーこういうのをね﹂
そう言いながら、おっちゃんの目の前で、魔法で土を形成して、ひ
な型を見せる。単式蒸留器だ、俺の知識ではこれが限界だし構造も
結構に単純だ。
﹁なんだよこれ変な水差しか?﹂
﹁酒って水より早く湯気になるんだよ、だからコレの中に酒を入れ
て、下から火で炙れば、水より先に、酒の素だけ上から蒸気みたい
に出て来るんだよ、それを冷やして集めれば麦酒や葡萄酒より強い
酒が出来るんだよ﹂
﹁おう、面白そうじゃねぇか、材質は何だ?﹂
ひな型を縦半分に切って見せながら
﹁銅でお願いします﹂工場見学で見に行った時は銅っぽい色だった
からね。
ひな型を興味深そうに眺めながら﹁おう﹂と言っているから平気だ
ろう。
﹁大体頭に叩き込んだからこれは良いぞ、どうせ直ぐ消えるんだろ
?﹂
﹁まぁ﹂
﹁んじゃ大きさはどうなんだ?﹂
﹁とりあえずはこの大きさで、生産を考えると家位の大きさのが何
個も必要ですけどね﹂
﹁そりゃ俺一人にはどうにもなんねぇな﹂
その後、どうでも良いやり取りをしつつ見回りに戻る。
218
◇
数日後、道具屋のおっちゃんが家に蒸留器を届けに来た。値段を聞
いたら﹁最初にその酒を飲ませてくれればいい﹂と言って戻って行
った。
早速酒場に酒を買いに行く。
﹁カーム君、昼間から酒かい? お父さんに似てきたね﹂
そう言われたが﹁新しい酒作りです﹂と言ったら、興味深そうに内
容を聞いてきた。
﹁その作った酒を、飲ませてもらえれば、質の悪いワインの料金は
タダでいいよ﹂
前者は酒が飲みたいだけで、後者は酒場の店主としての興味だろう
な。
家に帰り、蒸留しようとしたら早速母さんに見つかり。
﹁あら昼間からお酒? 貴方も父さんに似てきたわねー﹂
と言われた。そんなに父さんは昼間から酒を飲んでたのか?
﹁まぁ飲まないけどね、村に新しい仕事が出来るかもしれないんだ
よ﹂
﹁んー、本当に私達の子なのかしら? けど父さんとしかしてない
し確実に私達の子なのよねー﹂
いや、親のそんな話はあんまり聞きたくなかったよ。
部屋に戻り、少し焦げた机の上に簡易三脚を﹃木﹄で作る、彫刻は
駄目だけど日曜大工程度ならこの間の小屋作りで少しはマシになっ
たんだぜ?
脇の小さな穴から酒を入れ、指先から出した火魔法で、弱火で炙り
続ける。そうすると先端から蒸留酒が出てきたので洗って乾かして
おいた瓶に溜める。
219
出て来た量は少ない。
﹁元のアルコール度数考えたらこんなもんだよなー﹂
独り言をもらし、香りや味を少し確かめる。
これは原酒だからな、香りもきつい。あと少し度数がきつい。
これを加水して樽で寝かせれば、ワインから作ったからブランデー
か。けど量が少ない。
村長、道具屋のおっちゃん、マスター、とりあえずこの三人か。
◇
後日連絡を取り合い、酒場に3人に集まってもらい原酒を振る舞う。
﹁これがワインを暖めて、酒を凝縮したものです、ワイン瓶1本か
らこれだけしか取れませんが強いので注意してください﹂
ゲフッゲフッ﹁強いのう﹂
﹁んー辛いってか痛いな、けど飲めなくはない﹂
﹁そうですね辛いですし、角が立ってる感じですね﹂
三者三様の反応。
﹁これを樽に入れて1年位寝かせれば香りも付きますし味も変わり
ますので飲みやすくなりますね、水で割ったりレモンや砂糖を入れ
て飲んだり﹂
加水して樽に入れるんだろうが俺の技術とか知識じゃどうにもなら
んので諦める、飲む時に薄めれば良いからね。
﹁あとこれを樽に入れずに瓶に入れて果物の汁に混ぜて飲めば美味
しいと思います、あとこの酒にそのまま漬けるか﹂
﹁強い酒の香りに釣られてきたのじゃが・・・荒削りですがこれは
美味しいのう、竜族でもこんな強い酒は造れぬ。これだったら個人
的に投資しても構わぬぞ、詳しい話を聞かせてほしいのう﹂
三人が振り返ると校長が居た、頼むからこの村の年長組は気配を消
さないでくれ。あと、さらっとすげぇ話が出たな。
220
コレ
﹁えー、単式蒸留器を町にあるような二階建ての建物の高さ位の小
屋を作って、その大きさに合わせて作ります﹂
から始まり最後まで丁寧に説明する。
﹁酒を温めて、酒から酒の成分だけを抜き取るのか! なぜ今まで
我が部族でこんな簡単な事が思いつかなかったのか! 上手くでき
たら故郷の仲間にも持って行かねば!﹂
やる気満々だな校長。
その後、校長の私財とやる気と酒好きが集まり、村に単式蒸留器1
機と、それ専用の醸造蔵が出来て、村の名前が付いた﹃ベリル酒﹄
と言うものが出回り。様々な町や村から研修をしに来た職人が技術
を学び、蒸留した強い酒の事もベリルと言うようになった。
酒場で﹁ベリル﹂と言うとその町や村で作られた蒸留酒が出て来る、
材料が異なれば味も違う。だから各酒場の味を飲み歩く酒好きも出
て来るようになるのは数年後の話。
﹁そろそろ収穫時期じゃから古い麦を全部酒にして蒸留じゃ!﹂
見た目が幼い校長の暴走が始まる。
﹁飲めるのは早くても来年ですからね? 熟成させないと!﹂
俺が言ってもきかず。
﹁いいえ! 同郷の者にこの1樽だけでも先に届け、来年熟成され
たのも持って行くのじゃ! 知識も! 技術も! 更なる酒の発展
の為に! むしろ今回多めに作っとかないと来年絶対足りなくなる
シーフ
んじゃ! 断言する!﹂
こいつ頻繁に試飲するつもりかよ。
﹁学校はどうするんですか!﹂
221
﹁私が居なくても学校なんか回る! わしが趣味で始めた学校じゃ、
少しくらいいなくても平気じゃ! 2ヶ月位どうにかなる!﹂言い
切りやがった。だから学費もいらないんだな、この村は転生として
は当たりって訳か。
それにしても、この小さい見た目可愛い系おっさんも、暴走したら
止まらないタイプか。校長してる時はまともだったのに、学校の関
係者もまともなのは実技指導のモーアさんくらいしかいねぇ・・・
フィグ先生は酒飲むとガッカリ美人だし、ビルケ先生は鉢植えで枝
別けした鉢植えにしか移動できないし、助手のガイケちゃんはマン
ドラゴラだし、トリャープカさんはシュペックに暴走中だし・・・
まぁ慣れないとな。
あと蒸留小屋の監視も増やそう。勝手に酒を造って蒸留する可能性
も、試飲する可能性も低くない。
﹁味見味見﹂とか言いながら毎日盗み飲みして気が付いたら樽が空
って事もあり得る。
﹁校長、その酒って寝かせれば寝かせるほど美味しくなりますよ?
麦酒と違って古い方が美味しいんですよ?﹂牽制もして置こう。
﹁むぅ・・・宝物庫の奥に、季節が100巡するまで開けるなと札
でもして3樽ほど置くかのう﹂
﹁いや、それだと酒が無くなってしまいますから、年越祭10回で
良いと思いますよ﹂
どうやら長寿種の火に油を注いでしまったようだ・・・
◇
校長が出かけて数日、心配していた拡張した畑の麦の収穫も、特に
長引く事なく終わる。
222
新規入村者にも少なからず魔法の適正が有った事が幸いだった。
教えられる技術は教えないともったいない、どんどん他村や町の人
々にも伝播すれば良いと思う。
収穫祭の準備で忙しい時に校長が戻って来た、仲間を数人引き連れ
て。
﹁やぁカーム君、この子達は竜族でもまだ若い子でね、この蒸留の
技術を学ばせたいんだがいいかのう?﹂
﹁﹁﹁よろしくお願いします﹂﹂﹂
女性3人が丁寧に頭を下げて来る、高慢じゃ無い事が救いだ。生前
のイメージだとプライドが高くて﹁我に教える事こそ至高じゃない
のか人間よ?﹂とか言い出しそうなんだが、偏見は良くないね。
ちなみにお辞儀をした時に2人胸がたゆんと揺れ、周りの醸造蔵に
居た男が﹁﹁おぉー﹂﹂とか言ってたが俺は﹁こちらこそよろしく
お願いします﹂と返しておいた。
最低限紳士的な態度はとっておかないとね。あと胸を凝視してたと
かばれたらスズランから素晴らしいキレのあるボディブローが飛ん
でくるからな。
ちなみに若いみたいだけど校長より身長が高い、むしろ校長がどう
見ても子供にしか見えない。不思議な種族だ。
竜族では代々酒作りは女性の仕事らしい、確かに前世の記憶だと、
ワイン作りのブドウを踏む作業は、綺麗な女性の仕事だったらしい
からな。
ムサイ男の足で踏んだワインなんか、ムサイ男の足成分が菌で分解
され、跡形も無くなっても、飲む気にはなれないもんな。そう考え
ると女性がブドウを踏むのは当たり前だな。
日本でも口噛み酒作りは、巫女の仕事だったし。
一通り説明を終わらせ、前に作った小型蒸留器のひな型を進呈し、
223
とりあえず無駄に建てた空家に泊まって、数日後の収穫祭に参加し
てから帰るみたいだ。
◇
今年の収穫祭は荒れに荒れた。
新規入村者も打ち解けて飲みまくり、加水してないうえに、樽に寝
かせて無い原酒を。
﹁これくらい平気だろう! お前飲めねぇの?﹂
と煽りながら飲み、周りも挑発に乗り、飲み始め、フルーツを絞っ
た物に入れて割って飲んでも、普段飲んでる物よりも物凄く強いの
で。
女性でも、酒を飲みなれてる大人達も流石にグデングデン。
校長が連れてきた竜族の女性達は、普通に飲んでいるが﹁このまま
でも﹂﹁もう少し辛い方が﹂﹁甘くてもいいですね﹂と意見を交換
しながら飲んでいる所に、酔っ払いが乱入し胸を揉もうとして組み
伏せられて﹁痛てぇ!けど胸が背中に当たって幸せだぁ!﹂とか、
客人に対しても歯止めが利かないので比較的酔ってない人達に退場
させられてた。
男達は、事有るごとに揺れる﹃たゆんたゆん﹄を楽しみたいのだろ
うか、龍族の女性達にちょっかいを出している。見てるだけも眼福
ですけどねー。
スズランも普段通りに飲んでたが、様子がおかしい。目が据わって
るのは、いつもの事だが色々と服が乱れてるのも気にしないで肉を
食いまくっている。
あーあー口元あんなに汚しちゃって、後で拭きに行ってやるか。
三馬鹿もすでに潰れている、吐いてないだけマシだ。
224
ミールもかなり酔ってるのか笑いながらシンケンに更に飲ませよう
としている。死んじゃうからやめてあげて!
クチナシもヴルストに胸を押し付け絡んでる。胸が押し付けられ、
物凄く潰れている、意外に大きんですね。
トリャープカさんに至っては、シュペックの事を、人目が有るのに
襲おうとしている。流石に公共の場での行為は不味いし、周りの女
性は、可愛い系の男が脱がされるのを、頬を染めながら黙って見て
いるので俺が止めに入る。
少し野次が飛んだが、友達が襲われてる所を見るのは嫌なので無視
して外に放り出す。多分家にお持ち帰りコースだろう。
グラナーテはやっぱり﹃彼は女性です﹄﹃おっぱいの付いたイケメ
ン﹄と言う表現が似合うくらいに豪快に飲んでいる。
怖いから近づかないでおこう、絡まれたら何されるか解らない。肉
の塊にナイフ突き立てながら食ってるし、イメージした事の有る盗
賊より怖いよ。
せがれ
大人達も﹁またカームか﹂﹁俺の倅はすげぇだろ!﹂﹁コレカーム
が考えたんだよな﹂﹁村の名産品に﹂とかのやり取りが、すでに4
回は聞こえている。同じ言葉を繰り返すのは酒が小脳の方にまで来
てるのか?
かなり不味いので﹁氷水でも飲んでろ酔っ払い﹂と言って水差しに
水を入れて持って行くが﹁冷たいのもいけるな!﹂﹁そうだな!﹂
﹁これに少しレモン入れるか﹂と聞こえたので水割りで飲んでるの
だろう。
駄目だこの大人達。
俺はある程度、周りの面倒を見つつ、竜族の3人と話を始める。
225
蒸留酒
﹁コレの作り方はなんとなく解りましたか?﹂
﹁えぇ、おかげさまで。問題はこの蒸留器を大きく作るのが難しい
おさ
所ですね、1樽では飲むのには少ないですが、部族の皆が気に入り、
長が知り合いの鍛冶屋に頼むような事を言ってましたからその辺は
問題無いでしょう﹂
﹁この村の道具屋のおっちゃんが、ドワーフの血を持ってるらしい
んですが、1人じゃ無理だとか言って、男手をかなり借りて、あの
大きいのを一つ作りましたからね、蒸留器が作れたら、あとは酒に
なる穀物とか芋ですかね? どの辺に住んでいるのか解りませんが﹂
﹁山岳地帯です、山を下りれば麦も有りますが冬は雪が多く、土地
も痩せているので芋が主流です、蕎麦も少し育てております﹂
﹁じゃぁ平気ですね、発酵させて、酒にさえしちゃえば、飲むのに
は多少不味くても少し味の違う蒸留酒になりますし、ただ混ぜると
どうなるか解りませんね、まだやった事が無いので﹂
芋焼酎とか蕎麦焼酎とか。
﹁他にも作り方とか無いんですかー?﹂
﹁出来上がった酒に、果物を砂糖と一緒に漬けたり、香辛料を漬け
たり、後から味を付ける方法も試しました。ですので、その場合は
樽では無く、香りの移らない瓶や壷に保存するのも良いかもしれま
せん。体に良い薬草を漬けこんでも良いかもしれませんね、その場
合は飲み過ぎちゃ逆効果ですけどね﹂
そう言うと笑いが広がる。
前世の記憶で、唐辛子入りとか、香草が入ってたり、瓶に丸々林檎
が入ってたり、体に良い香辛料や生薬が入ってる茶色いアレも有っ
たしな。
飲みすぎなければ体には良いじゃないかな?もともと不老不死の秘
薬を作るのに酒に体に良い物を入れて、飲み辛さをなくして、甘く
226
したのがリキュールの始まりって言われてるからな。まぁ、別に酒
の製法が広がって、その土地独自の酒が増えるのは好い事だ。あー、
日本酒が飲みたくなってきた。
米か、水田はこの辺いは無いからな。あと梅酒も飲みたい。
話し込んでいたら、スズランが面白く無い顔で乱入してきて、俺の
隣に座り腕を絡めて来る。
﹁あらあら、嫉妬させちゃったみたいですね、大丈夫ですよお嬢さ
ん、取ったりしませんから﹂
ニコニコと笑顔を振りまいているが、スズランは警戒を解かない。
どうやら胸を見ているみたいだ、別に俺は胸に拘りは無いんだけど
ね。
その視線に気が付いたのか﹁あら、胸に興味が有るの?﹂と両手で
持ち上げたゆんたゆんさせる。眼福です、ごちそうさまでした。
﹁どうやったら大きくなるの。私全然大きくならないの﹂
スズランは胸の辺りを擦る。一応コンプレックスは有ったんですね、
小さい胸を気にしてる子も可愛いね。
﹁特になにもしてないわ﹂
﹁そうよねぇ? 気が付いたら育ってたわ﹂
﹁うむ、私は皆より大きくは無いが、特に何もしていない、むしろ
小さい方だ。だが胸が無くとも子は産めるし乳も出る案ずるな﹂
三人の中でも、一番胸の小さい人が﹁小さくても特に問題は無い﹂
と言ってはいるが、それでも少しは膨らんでいる、スズランより大
きいのは確かだ。
自分より大きい人に言われても、説得力はあまり無い。
だらだらと5人で酒を飲んでいて﹁カームさんお酒強いですよねー﹂
と言われるが。
227
﹁そりゃ毒耐性2ついてますから﹂とは言えない。
︻スキル・毒耐性・3︼を習得しました。
スキルの何かが上がるのは久しぶりだ、一応上がり易い体質にして
あるって、転生前におまけしてくれたって話だけど、何かを忘れて
て、神様が慌ててボタン押して、能力を上げてるように感じるのは
気のせいだろうか?
つがい
三人の中でもスレンダーな女性がいきなり﹁そなた達は番なのか?﹂
と本当いきなり言われて、酒が気管に入り物凄くむせた。
﹁まぁ、一応しましたけど、まだ子を作る気は無いですよ、稼ぎも
安定して無いですし、貧しくて飢えるのも嫌なので、食い扶持を稼
げるようになってか﹁あまいです!女はそんな事気にしません、早
く好きな人の子を成したいのですよ﹂﹂
話しの途中で会話を遮られた。
﹁そうですよー。この村は食べ物が豊富です、その時はその時で、
どうにかすればいいのですよー﹂
﹁うむ、私も気にしなかったな、むしろ子が欲しくてこっちから襲
いに行ったくらいだ、そちらのお嬢さんが可哀想だ﹂
なに?竜族ってこんなに勇ましいの?俺には考えられない。
いきなりの大声に、周りがこちらを見ている。
﹃子作り﹄﹃子が欲しい﹄とか単語が聞こえたらそりゃ誰もが見る
よな。
﹁いや、俺学校が終わったら、町に働きに行こうと思ってたんです
よ、金はもちろん欲しいですが、物を作る腕が無いんです。だから
色々勉強してこようかなと思ってます、この間、町に行った時に冒
228
険者ギルドの日雇いの仕事を少し見てきたんですよ。外壁の補修工
事やレンガ作り、色々有りました。
聞いてるとは思いますが、井戸を掘るのに魔法を使いましたが、掘
っただけです、周りを石で補強する事も出来ないから掘るだけ掘っ
て他の人に任せる、それじゃ大人としてどうよ? って思ったわけ
ですよ。
色々出来ても所詮はまだ子供なんですよね、だからスズランには悪
いけど少し待ってもらうかなと思ってます﹂
竜族三人から少しきつい言葉が飛んでくるがその中に最悪の一言が。
﹁浮気しない様に子供を作ってから行きなさい、子は親がいなくて
も育ちます、母親だけでも事足ります。男は戦場に行き死ぬ事も有
る、だから子供を作ってから行きなさい、お嬢さんが可哀想です﹂
﹁うむ、その通りだ。まずは子を成してからの方が良いと思うぞ﹂
前世じゃ考えられないわー。ほらそんな事言うからスズランがその
気になってる。あー、もう目が獲物を狩る目になってるよ。
しかも俺、シングルマザーにさせる気は一切ないよ。若い子が避妊
しないで子供作って別れるって話良く有ったし。その辺は本当に勘
弁してほしい。
ヴルストとシンケンは﹁そうなの?﹂とかそれぞれの相手に聞いて
るし。本当に勘弁してくれ。
﹁いやー、考え方や種族の違いって有ると思いますが、相方に苦労
させるくらいなら戻って来てから子供作った方が良いですよ。子供
だって父親がいた方が断然良いでしょうし﹂
﹁死んだらどうするんですか、お嬢さんが可哀想でしょう﹂
﹁うむ、女だから言えるが、男が死んでも忘れ形見が有った方が幸
せだ、子を作ってから行け﹂
﹁いや。隣町まで片道半日で、街道も魔物のゴブリンくらいしか出
229
ませんし。だったら定期的に帰って来てまぐわりますよ﹂
お互い一歩も譲らない、これが種族の違いか。ってか俺の考えは前
世基準だし。ってか変な事口走った。スズランがこっち見て嬉しそ
うにしている。周りからヒューヒュー聞こえる。
無視する事にする。
﹁うむ、それなら女も納得する、お嬢さんを幸せにしてやれ、もし
お前が死んだと聞いたら死体を見つけだして蹴りに行くからな﹂
褒められてるのか、貶されてるのか良く解らんが、死体蹴りとか屍
に鞭打つみたいな事で良いのか、前者は少し違うが。
まぁ少しは、研修後の異種族間交流が出来て打ち解けたと言えるの
かな?
ちなみに、話し終わった後、スズランに無理矢理腕を掴まれ、家に
連れ込まれた。
無理矢理引っ張られた時に。
﹁お嬢さんの方がたくましいですね﹂
﹁女もあれくらい度胸が無いとな、私もそうだったぞ、頑張れよお
嬢さん﹂
﹁お幸せにー﹂
とか聞こえた、もう完全にスズラン側の応援だ。
ちなみに今回はしばらくしてなかったのに、物凄く優しかったので、
ある意味男として助かった。
前回の冬のが利いたかのかね。まぁ機会が有ったら回数を増やした
ほうがいいのかな。
まぁ、その辺は今一緒に寝てる、胸の無い事を気にしてるかなり強
引な子と相談かな。
︻スキル・魅了耐性・3︼を習得しました。
230
祭り時に上がりやすいのは、神様が見てるからかね?﹁事情中は見
ないよー﹂とか言ってたけど怪しいな。今度またあの空間に行けた
ら問いただそう。
閑話
とある新規入村者がこう言った
﹁なぁ、なんで酔いつぶれてるのに、みんな家に帰らねぇんですか
い?﹂
﹁それはだな、年頃の子供の為に、大人が気を使って祭りの日は家
に帰らないんだよ﹂
﹁ってーと、今頃家でヤってるって事ですかい?﹂
﹁そーそー、最近じゃ村が広がったけど昔は小さくてな、子供達は
どこでヤるか? そのヤる場所が無い訳だ。小さな村だから宿も無
いし、有ったとしてもバレバレだろ? その辺でする訳にもいかな
いし、させる訳にもいかない。だから大人は朝まで帰らないんだよ。
俺の頃もそうだったしこれからもそうするだろうな﹂
絞った果実に蒸留酒を入れた酒をチビチビ飲みながら懐かしい目を
している。
﹁今じゃ借家用に建てた家も余ってるから、そっちも使ってるんじ
ゃないか?まぁ汚したら自分等で掃除だろうがな﹂
﹁そうなんですかぃ、郷に入っては郷に従えって言いますが、細か
い事はやっぱ聞かねぇと解らねぇですねぇ。俺はずっと町で過ごし
てましたからねぇ、逢引宿を使うくらいでしたねぇ。今じゃ相手が
居ませんがね﹂
男は、ははっと笑いながら一気に酒を呷り、近くに居た女が空にな
ったカップに酒を注いでいく、隣で話してた男が肩を叩くと席を立
ち、そこに女が座って来る。
男はまんざらでも無いらしい、女は最初からその気だったらしい、
231
そして二人がいなくなるのに、そう時間はかからなかった。
232
第25話 町に出稼ぎ行った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は文章少な目です。
20150609 本編に影響が無い程度に修正しました。
233
第25話 町に出稼ぎ行った時の事
年越し祭りが済み春が来る頃に﹁明日からまた学校が始まります﹂
と広場で先生が告知をしていたので学校に行く事にする。
早ければ2∼3年で卒業と言う話だったが、俺は今年自由登校だっ
たから特に問題無く卒業だろうと思いつつ、スズランとの待ち合わ
せ場所に行く。
が、いつも通り来ないので起しに行く。
ちなみに冬の間に︻細工:2︼︻回復魔法:2︼︻肉体強化:2︼
に上がっている。
もちろんトンボ玉作成中と筋トレ中に上がった、回復魔法は間違っ
て溶けたガラスが手について、火傷をした時に使ったら上がった。
使う機会が殆ど無かったのになぜ上がったのか本当に解らない。
教室に校長と先生達が入って来て。
﹁えー皆さんは生きて行くのに特に問題の無い程度の知識と力が有
ると判断し明日から大人の仲間入りと言う事で大丈夫です。皆さん
卒業おめでとう、冬の休みに入る前にどうやって働くか親と話し合
いましたか? それがまだなら早めに話し合をして決めましょう﹂
そう言うと教室から先生達が出て行く。
おいおい、なんか卒業式超簡単だな、ってかそんな話聞いて無いよ。
スズランさん?俺にちゃんと伝えました?
後で聞いたら首を傾げて﹁ん?﹂の一言で済まされました、少し酷
いんじゃないんですかね?
234
クラスにまだ残ってる三馬鹿に聞いたら、全員村に残るとの事。そ
の相方も同じらしい。
あれ?もしかして町に行きたいの俺だけ?
﹁お前等、村に残って何するんだ?﹂
﹁あー? 俺は醸造蔵で働く事になった、最初は雑用だけど校長の
独断で蒸留器を増やすらしいから小屋の増設とかで人手がいるから
な﹂
﹁僕は森側の警備と巡回、目も良いから櫓にも登る予定だね﹂
﹁ボクは鼻が良いから街道沿いの見回りー﹂
おいおい全員決まってるんじゃないか、具体的に決まってねぇの俺
だけかよ。中身が40歳近くなって無職か?いやいや、俺は町に行
ってギルドの日雇いの仕事で足りない技術を勉強しに行くって決め
てたじゃないか。
親に反対されたらそれこそ無職だ。
﹁俺・・・スズランのせいで卒業後どうするか親に言って無いんだ・
・・町に行きたいけど親に反対されたら明日から無職だ﹂
この世界だと遊び人って言った方が良いのか?
﹁大丈夫だろ∼町に行く事を反対されても村の発展に村長の横から
口出して雑用してれば﹂
﹁そうそう、なんでもできるんだから何も無いって事は無いんじゃ
ないかな﹂
﹁そうだね、カームは器用だし﹂
皆、とりあえずいつもみたいに、目を合わせて話そうぜ?顔逸らさ
れて話されるとおっさん不安だよ。
とりあえず夕飯の時に両親に話してみる。
﹁俺さ、卒業できたけど、村で働かず町に行って色々勉強してきた
いんだけど﹂
そう言ったら。
235
﹁お前の人生だ、好きにしろ。俺はお前がどこで野たれ死のうが構
わん、ただ野たれ死んだら、スズランちゃんが可哀想だから定期的
に手紙を出すか顔を見せに来い、歩いて半日だろ?﹂
﹁スズランちゃんが納得してくれるなら良いんじゃないかしら?﹂
俺の話なのになんでスズランの単語がちょこちょこ出るんだ?まぁ
スズランには収穫祭の時に竜族の女性と一緒に話してる時に一緒に
いたから平気だろう。
と、思ってた俺が甘かったです。
◇
﹁30日に1回は会いたい﹂
月1回は会いたいって事か、だよな∼収穫祭後、何回か空家で楽し
んでたし。
﹁解った、30日に1回戻って来るよ﹂
そう言って俺は町に行く事にする。
◇
﹁んじゃ行ってきます﹂
﹁気を付けて行ってこい﹂
﹁30日に1回は戻って来るんでしょう?平気よ∼﹂
背中に改造背嚢と、腰にマチェットとバール、担ぐようにスコップ
を持ち出発。
ってか町に出稼ぎに行くのに見送りが軽いな。ってか町まで半日だ
からね、そんなもんか。
村長が﹁カーム君が居なくなったらこの村はどうするんじゃ!﹂と
か言ってたが、ヴルストが押さえつけてる内にさっさと街道に出る。
村長は俺に依存しすぎだな、まぁ軽い挨拶をしてから町に向かう。
236
有る程度基盤が出来上がって施設を作るのノウハウも出来上がって
るんだからあとは増えてくだけだからな。まぁ何年も町にいないし、
3年くらいだな、仕事をするのに3日、3週、3月、3年言うし。
道中はいたって平和、村長が街道沿いに無理やり増やした畑や疎水
が有り、歩いて30分は村の中だなーって気分になって来る。
2年前の、町に初めて行った時は、村出て直ぐに畑が無くなったか
らな、そう考えると魔法ってすげぇな。
本来は1時間置きに小休止を挟みたいが中間地点の簡素な東屋まで
急ぐ、なにせ太陽を見たら昼に近いからね。昼食はスズランが珍し
く早起きして作ってくれた弁当だから少しウキウキさ。
開けてビックリ、から揚げ弁当だ、しかも見た目茶色ばっかり。か
ら揚げ数個と白パンなんですけどね。野菜も入れてくれよ・・・し
かも白パンなんか切ったりしてないから本当に茶色しか無い。
なんやかんやで野生生物や魔物に会う事無くエジリンの町に着く
町の門の前には人が並んでいるので最後尾に並ぶ。町に入るのに大
銅貨5枚だったよな、と思いつつ﹁次!﹂と呼ばれたので前に出る。
﹁ベリル村のカームです、2年前に一度だけ中に入った時が有りま
す﹂
﹁あー少し待ってくれ﹂
なにやら書類を見ている。近隣の村で纏めてるんだろうか?
﹁有った、見た目に特に変化無し、身長が伸びたくらいか、滞在目
的はなんだ?﹂
﹁出稼ぎです、30日に1回位村に戻ります﹂
﹁そうか、悪いがその度に大銅貨5枚支払ってもらうが大丈夫か?﹂
237
﹁えぇ構いません﹂
﹁とりあえず滞在先が落ち着いたら報告してくれ﹂
﹁今日の所はベリル村の学生旅行で使ったあそこです﹂
指を指しつつ言う。
﹁あーあそこね﹂
そう言いつつスラスラと何かを書き込んでいく。
﹁通っていいぞ、問題は起こすなよ﹂
返事をして、宿屋に向かい、恰幅の良いおばちゃんが。
﹁いらっしゃい、あらあなたベリル村の、肌の色が特徴的だから覚
えてたわ﹂
﹁ありがとうございます、今回は出稼ぎにこっちに来ました、とり
あえず集合住宅が見つかるまでお世話になります﹂
﹁10日泊まるなら割引にするよ﹂
﹁んー10日以内に見つけたいですね、で、1日いくらになります
?﹂
﹁1人部屋素泊まり大銅貨3枚10日契約なら大銅貨2枚、10日
契約にしておいて6日目までに見つかれば1日契約用で良いんじゃ
ないかい?﹂
﹁そうですねソレで行きましょう﹂
部屋に荷物を置き早速家さがしに行こう。
とりあえず大通りにいた道案内をしてくれる自警団の人に聞いて見た
﹁あー、すみませんこの町の集合住宅の場所を教えてください﹂
﹁ん? 下級層か? それとも中級層? 上級層ではないよな?﹂
﹁まぁ参考程度に中級と下級を﹂
﹁それなら太陽の上る方の門側が下級層で太陽の上る方を見て右手
側の門が中級層になってる﹂
東と南ね。日照時間や下級層の位置的に西側が上級層なんだろうな。
﹁ありがとうございます﹂﹁相場が中級で30日銀貨5枚で下級が
2から3枚だぞ﹂
238
お礼を言い、下級層に向かう、俺なんか下級でも十分だな。
ある程度歩いて、めぼしい場所を決めておいてから飯を食って宿に
戻る事にする。
ここはスズランが、から揚げ食いまくった食堂だ。
﹁いらっしゃい、あーあんたは大食いのお嬢ちゃんと一緒にいた﹂
﹁どうも、あの時はありがとうございました﹂
空いている席に案内され。
﹁お兄ちゃん肌が特徴的だから覚えてるよ、今日はお嬢ちゃんと一
緒じゃないのかい?﹂
むしろ俺と一緒にいたから覚えてたって雰囲気だな。
﹁俺だけ村から出稼ぎに来ました﹂
﹁そうかい、で、から揚げかい?﹂
﹁いえ、昼がそのお嬢ちゃんの手作り弁当でから揚げだったんです
よ、日替わり定食で﹂
﹁残念だね、日替わり定食はから揚げだよ﹂
﹁・・・なんか適当に大銅貨1枚で出来るだけで﹂
﹁あいよ﹂
おばちゃんは笑いながら厨房に向かった。
そして宿屋に戻って、特にする事も無いので早めに寝た。
から揚げの悪夢を見た。
239
25話までの登場人物紹介や設定︵前書き︶
どうでも良い設定です。
飛ばしても問題ありません。
主人公のスキルはその内役に立たせると思います
240
25話までの登場人物紹介や設定
25話までの登場人物紹介や設定
村の名前:ベリル、寒村だったが最近カームの魔法で収穫や開墾が
楽になったので麦畑を増やし蒸留酒を製造し村の名産にまでなって
いる
後に蒸留酒全般をベリル酒と呼ばれるようになり、麦の生産量が大
陸上位に成る。
多分そのうち人口も増えると思う。
町の名前:エジリン
通貨
銅貨10枚=大銅貨1
大銅貨10=銀貨1
銀貨10=大銀貨1
大銀貨10=金貨1
金貨10=大銀貨1
銅貨1枚100円位
カーム、混血過ぎて何族か不明・学校卒業時点で身長175cm程
度、体型は筋肉の上にうっすらと脂肪が有る程度
所持品:スコップ、バール、マチェット、ボーラ、ソマイ、軍用リ
ュック風に改造したリュック
241
覚えているスキル
気絶耐性:1
毒耐性:3
投擲:2
隠遁:1
時間把握:1
恐怖耐性:1
魅了耐性:3
打撃耐性:1
緊急回避:1
魔力上昇:1
細工:2
属性攻撃
火:1
水2
風2
土4
光2
闇1
その他
回復魔法:2
肉体強化:2
スズランより力が無い事を少し気にしているが半分諦めている。某
RPGの3のラスボスが好きなので氷系の魔法も使おうかな?と思
っているが使う機会が余り無い
242
スズラン、鬼人族・身長180cm程度、体型は見事なアイロン台
か洗濯板
所持品、カームからもらった鈴蘭の髪留め、ショートスピア、ウォ
ーピック︵倉庫に有った︶鶏10羽、鴨10羽
腕力任せに武器を振る豪快な子、ショートスピアを横薙ぎにしてゴ
ブリンの頭を吹き飛ばしたりウォーピッケルを容赦無く頭に叩き付
ける、怖い
最近じゃ家禽の世話に精を出し繁殖に成功させる、両方10羽以下
にならない様育ててる、その後美味しくいただいています。
養魚所の鴨の世話も任されるようになった。養魚所のお姉さんと仲
が良い。
ヴルスト、ゴブリン族・身長160cm程度、体型は多少筋肉質、
ゴブリンにしては大きい方
所持品:ショートソード、大丸盾
なんだかんだでムードメーカー、面倒見が良いのが幸いして村の子
供に人気クチナシと恋仲
蒸留所で働くようになる、暇な時は色々な家庭の子供の面倒も見て
いる﹁あんちゃん﹂﹁おにいちゃん﹂と呼ばれまんざらでも無い気
がしている
魔物のゴブリンと一緒にされると物凄く怒る、種族全員が共通で怒る
クチナシ、不死族のグール・身長165cm程度、体型は出てる所
は出てる、たゆんたゆん
所持品:ショートスピア、大丸盾
目立たない子だけど胸は自己主張の強い子、どちらかと言うと可愛
い系。
243
グールだけど魔族だから腐敗臭はしない。けど魔物のグールは腐敗
臭、ヴルストと恋仲
シンケン、オークとエルフのハーフ・身長180cm程度、体型は
速筋と遅筋がバランス良く有る
所持品:手作り弓矢
イケメンで紳士だけど基本三馬鹿の一人なのでガッカリイケメンに
部類、けど気遣いが上手いので結構女性に人気が高い、斥侯をよく
やらさせる。ミールと恋仲
見張り台で監視や森側の巡回の仕事を任される
ミール、ダンピール︵吸血鬼と人間のハーフ︶、身長160cm程
度、体型はスレンダーだけど胸はちょっと大きい
所持品:レイピア、マインゴーシュ
性格が高飛車だったが卒業に近づくにつれて結構穏和になってきた
が少しツンデレ気味、どちらかと言うと綺麗系。
個人の身体能力や戦闘力は結構高いが安全な村なので披露する場は
無い、酒を飲むと胸を押し付けるように絡んで来るので周りの男か
らは意外に好評、そのせいで酒を飲むとシンケンの胃にダメージが。
シンケンと恋仲。
シュペック、コボルト族身長155cm程度、体型は痩せ型でしな
やかな筋肉
所持品:ダガー2本、小丸盾
基本わんこっぽいので女性に好かれる、そのため学校ではクラスメ
イトの女子に可愛がられてたが働いてた用務員のトリャープカさん
の餌食に。鼻の良さを生かし斥候を良くしている。普段はほわほわ
244
してるが真面目な時は猟犬の様な性格が変わる。タレ耳である。ト
リャープカと恋仲
街道沿いの巡回が多めの仕事を任される
トリャープカ、妖精族のキキーモラ、身長は165cm程度、体型
はたゆん、キュ、ぷりん、メイド服は着ていない。
用務員で学校の掃除や破損個所の修復、花壇の世話をしている、ど
ちらかと言えば可愛い系。肉食系でシュペックを狙っていたが逃げ
回っていたシュペックが折れたので美味しくいただきました。シュ
ペックと恋仲
学校の用務員
グラナーデ、サイクロプス、身長190cm程度、体型は超筋肉質、
一応女性
目が1つ。その辺に有る物を力任せに振り回す、素手でも十分脅威。
ただ戦闘する機会が無いので町の方に出た、豪快で細かい事を気に
しなさすぎる。髪型がベリーショートなのでイケメン度が上がって
いる。﹃バスト?いいえ胸囲です﹄﹃彼は女性です﹄﹃おっぱいの
付いたイケメン﹄戦闘訓練でヴルストの構えてる盾事真後ろに吹き
飛ばす程度には力が有る
村長
気配が無い
﹁私が町長で・・・げふんげふん、村長です﹂
校長
245
酒が好きすぎて私財を投じて蒸留器と醸造小屋を作る。良く熟成前
の酒を盗み飲みをしてるのが村人全員が知っているので開き直って
堂々と飲むようになる。
竜族の村から定期的に勉強に来る同族を纏めている
見た目が幼い。ショタジジイ
教師
最近出番が無い。多分その内出て来る。
クラスメイト
適度に居るが出てきてない。むしろ上級生も下級生もいたけど出て
きてない。多分その内出て来る。
ベリル酒
村の名前が付いた酒。多分麦を酒にして蒸留してるからウイスキー
に部類されると思う。その内独り歩きして作中でいろんな所にいろ
んな種類で蒸留された酒が出て来ると思われる。
両親
割愛
タニシ
速攻鴨に食われる、多分もう出ないかもしれない。
246
第26話 とりあえず引っ越しの挨拶をした時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
新章突入のつもりですが、どうなんですかね?
20166010 本編に影響が無い程度に修正しました。
247
第26話 とりあえず引っ越しの挨拶をした時の事
昨日ある程度見つけておいた、下級層のギルドまで歩いて10分程
度の集合住宅を軽く見て回り、空きが有るか確認して、大家さんに
中を見せてもらい﹁とりあえず他の所も見て回る予定なので﹂と言
い他も回る。
こっちの世界でも似たようなもんなんだね、﹃空き部屋有﹄って安
いっぽい木の板に書いて立てかかってる、前世でも﹃入居者募集中﹄
って看板入口のフェンスに有ったし。
ある程度見て回り、個人的に気に入った所に戻って来て。
﹁なに、また来たの?﹂
この気怠そうに喋る猫耳の妙齢の女性も印象にかなり残ってる。一
応言って置くが大家さん目的じゃないんだからな。
﹁えぇ、他も見て回ったんですがここが良かったので﹂
﹁・・・そうか﹂
少し耳が横に倒れる、嬉しいのかな?ちなみに尻尾はスカートの中
なので見えなかったので解らない。
ちなみに月に銀貨3と大銅貨6枚で聞いてた相場より少し高いが、
まぁ部屋も綺麗だし妥当でしょう、下級層だし。ちなみに最大の決
め手は共同ゴミ捨て場が綺麗だった事と共同掃除用具が有った事。
﹁早速入るん?﹂
﹁はい、よろしくお願いします﹂
﹁んじゃ家賃は今日から30日分で、これ鍵ね﹂
鍵を受け取り家賃を払い、早速中に入る。
流石中世ヨーロッパ風、作りもそれっぽい。部屋の隅に小さい暖炉、
木枠のベッドが壁際に、部屋の真ん中に椅子と小さい丸テーブル、
248
簡素な棚、小さいクローゼット、天井からランプがぶら下がってる
だけだ。
作りがそれっぽいだけでほぼ何もないんですけどね・・・
ちなみにレンガ作りの2階建ての8部屋だ。俺は1階の3部屋目の
2号室だ、大家さんは1部屋目みたいなので﹁何かあったら呼んで﹂
との事、ちなみに生前の俺の住んでた部屋より広い。
トイレとキッチンは共同で風呂は無かった、近所に銭湯が有るが技
術が発達してない世界の集合住宅じゃこれが当たり前みたいだ、ま
ぁ慣れるしかない。
テーブルに指を付け擦ると埃のせいか色が変わる。まずは掃除だね、
ってか入居者が居ない時くらい換気と軽い掃除くらいしておいて下
さい。
あと買い物と掃除が必要だな。
・布団1式
・ランプ油
・生活必需品
・両隣への挨拶用粗品
こんなもんか、正直この世界に、引っ越しの挨拶とか物を贈る習慣
が有るのかさえ解らないが、贈っておいて損は無いだろう、円滑な
ご近所付き合いは大切だ。この辺が元日本人の感覚なのだろうか。
あー蕎麦が食べたい、蕎麦の実は有るみたいなんだけど、めんつゆ
が無いから蕎麦を自作しても食えない、むしろめんつゆが作れない、
どうやって作るの?
両隣への粗品はタオルと石鹸で良いだろう。こっちの世界でよく使
う日用品ってそれ位しか思い浮かばないんだよな。
宿屋に戻り﹁あーすぐ見つかりました﹂と言いながら2日分の金額
249
を払おうとしたら。
﹁1日しか泊まってないだろ、別に昼近くまで荷物部屋に置いて有
っても文句は言わないさ、色々と入用なんだろ?少しでも節約して
おきな﹂
そう言われたので素直に従っておく。
荷物を置きに戻り、とりあえず埃だけでも飛ばそうと思い、風魔法
で吹き飛ばしてから買い物に出かける、両手を上げ大笑いしながら
風をブワーと出したかったけど、いるかどうか解らない両隣さんに
迷惑なので無言で作業する。
中身は40近いおっさんでも心は子供なんだぜ?そう、男は何時ま
で経っても子供なんだよ!はーっははははははは!
相変わらず思うが、食文化的に簡単な料理は地球で見かけた物とか
有るけど、マットレスは見かけないんだよな、技術力的にスプリン
グマットレス位ならどうにかなりそうだけど。ちなみに生前のベッ
トは畳式のベットだったから木枠だけのベットでも違和感は無かっ
たです。
昨日もお世話になった定食屋で日替わり定食を頼み本格的に買い物
に行きますかね・・・
買い物中に思った事は﹁布団高ぇ﹂だ。
この店が高いんじゃなくて、相場的に見ても高い。化学繊維とか一
切無いし裁縫技術が結構低く綿や羊毛とか安定供給されてないから
か?と思ったが、まぁ文句を言っても仕方ないので買って帰る。
ボロ布を握りしめたまま水魔法を軽く発動させ湿らせベットを拭い
てから布団や荷物を置き本格的に水拭きを始める、汚水は井戸近く
の側溝へ。一応下水も有るんかな?
250
掃除が終わったので布団を敷き、棚にバールやナタや食器を起き、
クローゼットに数少ない衣類を入れ、その辺にスコップを立て掛け
終了﹁物が少ない引っ越しってこんなに早いんだな、テレビやパソ
コンも無いし食器や白物家電もベットも運ぶ必要無し、まぁ出費が
多いけどある意味気楽で良い、問題はお隣さんだな。物音も無いし
気配も無い、大家さんの話だと俺で全部屋埋まったらしいから住ん
ではいるんだよな、夕方まで待ちますかねぇ。
引っ越し早々独り言が出るがまぁ良い、ギルド登録しつつ夕飯の材
料でも買って来るか。
ギルドに着き、中に入ると、2年前と同じウサ耳の綺麗系お姉さん
が受付だ。
﹁こんにちはー、ギルドに登録したいのですが手続きをお願いしま
す﹂
﹁はい、解りました。説明は必要でしょうか?﹂
﹁平気です、2年前に聞いてますので、2年前と変わった所が有れ
ば教えてください﹂
右上を見ながら少し思い出している様なそぶりを見せる
﹁特に有りませんね、ではこちらの書類に必要項目を書いて下さい﹂
姓名:カーム
特技:応用の利く魔法を使える
○前衛・○後衛
使える魔法属性
火・水・土・風・光・闇・その他
備考
細工・工作がなんとなくできる
投擲が得意・大体30歩離れてる所なら結構当たる
251
こんなもんだろう、姓名とか・・・俺、名前しかないからな。苗字
持ちとか要るんか?貴族とかならいるんだろうな。実はミールとか
クソ長い苗字とか持ってそうだけど聞いた時無いしな、まぁ良いか。
備考の所だけどこの世界にメートル法とか聞いた事無いからな、歩
数で良いだろう。
﹁こんな感じで良いでしょうか?﹂
軽く目を通し﹁大丈夫ですね、前衛と後衛に丸が付いていますがど
ういう事でしょうか? あと魔法属性が全部使えるのは素晴らしい
ですね、けどこの特技と属性魔法の﹃その他﹄って言うのは何でし
ょう?﹂
﹁村では前衛寄りで魔物や獣を狩ったりしてました、魔法も使える
ので後衛にも丸が付いています、器用貧乏って思ってもらって良い
ですよ。﹃その他﹄ですが他にやってる人を見た事が無いので。今
やって見せますが火と水でお湯が出せます。あと火と風で暖かい風
が出せます﹂
実際に目の前でやって見せ、湯気の上がる水球と温風を出す。水球
に手を入れ﹁あ、丁度いい﹂と小声が聞こえ温風で手を乾かしてい
る。
﹁・・・器用ですね、確かに私も見た事がありません﹂
﹁そうなんですか? まぁ出来るって事で﹂
サラサラと書類に何かを書き加えている、備考の欄に﹃合成魔法が
使える﹄と綺麗な文字で書き足される。
﹁この細工、工作って言うのは?﹂
﹁冬の間仕事が無くて暇なので、手慰み兼小遣い稼ぎでこんなの作
ってました﹂そう言いながら、財布の皮袋についている紐の先につ
いているトンボ玉を見せる。
﹁綺麗ですねー登録が終わったら売ってくれません?﹂
意外にこっちでもトンボ玉の需要は高いみたいだ。
﹁えぇ、作り置きが有るので取ってきますね﹂
252
﹁お願いします、ちなみに幾らですか?﹂
﹁村の道具屋に有る程度纏めて売って銀貨3枚だったかな?売値と
しては銅貨5から8枚程度だと思います、村で大銅貨2枚で売って
るの見たので。なので大銅貨1枚でどうですか?﹂
﹁そんな安くていいんですか?﹂
﹁えぇ、材料は割れたガラスですし﹂
﹁へぇ・・・これが﹂
じろじろ見ているので本当に欲しいか珍しいかなんだろう。
﹁工作って言うのはなんとなくで鳥小屋を建てられる程度ですね、
報酬は夕飯を御馳走になった程度なのでお金は取れない程度と思っ
てください﹂
﹁解りました﹂またサラサラと何かを書き込んでいる。
他にも色々面接みたいに聞かれた事を素直に答え、その度にサラサ
ラと文字を書き込んでいく。
﹁はい、以上で大丈夫です、今ギルドカードを作成するので少々お
待ちください﹂
﹁あー、はい、んじゃ先にお金払ってガラス玉取ってきますね﹂
﹁はい、確かに銀貨5枚頂きました、その辺にパンを買いに行く程
度で出来ていると思いますので急がないでいいですよ﹂
パンを買いに行く程度って、ちょっとすぐそこのパン屋まで行って
くるわ。って感じだから5分くらい?相変わらず表現が凄いな、時
間の概念が無いとこうなのか。
トンボ玉の入った袋を持ち、ギルドに戻るとギルドカードはすでに
出来ていた。
﹁こちらがギルドカードになります。紛失した時は銀貨1枚で再発
行できますが、なるべく無くさないで下さい﹂
カードを受け取ると鉄の板に。
カーム:1
253
前衛・後衛
火・水・風・土・光・闇
裏面には身体的特徴が書かれている、ある程度の身分証明みたいな
もんなのか?
﹁表に書いて有るのは名前とランク、前衛か後衛か、使える魔法の
属性です、カーム様は両方こなせるみたいですので両方書いて有り
ます、どちらかが自分には合わないなと感じましたら言って下さい、
消しますので。裏面は紛失時に再発行できる番号や、ある程度の身
分を証明できる物となっております。あとこちらで思った印象を書
かせていただいております﹂
あー、大体俺の特徴をとらえてるわ、写真とか無いからな、こう言
う消せない様に書いてくれてると悪用され辛いしな。
まぁ、日雇いしかしないけど。
﹁少し質問が有るんですが良いですか?﹂
﹁はい、答えられる事なら答えさせていただきます﹂
﹁ランク1の日雇いの仕事をするのに村から出てきたんですけど、
受けられる仕事は自分の前後の1つまでですよね? ランクが3に
上がった場合、ランク1の日雇いの仕事は受けられなくなるんです
か?﹂
﹁あちらはランク1と成っておりますが、特殊枠ですので最高ラン
クの10でも受けられます、ランク10で町の清掃活動とかも可能
ですのでご心配なく﹂
﹁ありがとうございます、いやーランク3になったらどうしようか
と思っちゃいましたよ﹂
はははっと軽く笑い女性の目の前にトンボ玉の入った皮袋を置き、
﹁好きなのを選んでください、お売りしますよ﹂
﹁では失礼します﹂
254
そう言い中を開けて必死に選んでいる。
業務中だけど、客は俺しかいないし、他の職員もトンボ玉を見に来
てるから特に問題は無いんだろうな。
区切り良く全員で10個になるように選んだんだろうか?銀貨1枚
を出してきた、よし、これで夕飯の買い物して帰るか。
ギルドの帰り道に露店に寄りある程度目を付けておいた食材を買う、
一人暮らしに便利なパスタだ。後は明日の朝食と昼だな。
生パスタが山のように積んであって、一掴み銅貨○枚と書いて有っ
た、おばちゃんがワシャと大きな手で掴んで紙袋に入れてくれる。
﹁見ない顔だね、出稼ぎかい?﹂
﹁えぇ、少し行った所を曲がった集合住宅に引っ越してきました﹂
﹁そうかいそうかい、男なのに自分で作るとは大したもんだ、少し
おまけしといてあげるよ﹂
そう言い、指三本位で麺を掴み紙袋に足していく。
﹁あざーっす﹂
﹁がんばんなよ﹂
いやー、まさか掴み売りだとは思わなかったよ・・・
次は肉屋でベーコンと卵と牛乳だな。肉屋は露店じゃなくて店舗だ
ったが
顔に大きな切り傷が有り野太い声で﹁おう、見ねぇ顔だな﹂おっち
ゃん顔超怖いよ。
先ほど、パスタを買ったおばちゃんとしたやり取りをもう一度繰り
返し、ベーコン1塊と卵を4個と牛乳を2瓶買う、流石にベーコン
は天秤みたいな物に乗っけて重りを乗せて計っている。ってか重り
はどう見ても同じ大きさしか並んでない、ベーコン少し大きくない
か?1kg位有るぜ?
って事は1kg単位でしか売ってくれないのかよ。
255
﹁また来いよ﹂と言われ﹁ういっす﹂と返すが、この辺には肉屋は
此処にしかないので諦めてまた来よう。
次は野菜類だが露店を覗くたびに﹁あら、見ない顔ね﹂と言われ続
けるが今後利用するので挨拶だけはしっかりしておく。円滑な魔族
関係は大切だよね。
部屋に帰り食材をとりあえず棚に置く、夕飯には少し早いので自己
鍛錬でもしておくかね。
魔法のイメージを練ったりしていたら隣でごそごそと聞こえたので
帰って来たのだろう。時間的には18時位か、早速挨拶に行くかね。
ノックをして﹁隣に引っ越してきた者ですが挨拶に来ました﹂と言
って返事を待つ。
﹁はい﹂と言う言葉と共にドアが開く。
﹁どうもカームと言います、いつまでいるか解りませんがよろしく
お願いします、コレは粗品ですがどうぞ﹂
﹁やぁ、わざわざ丁寧にありがとう、僕はヘングスト、しかもこん
な物までくれるなんて君は良い人だね﹂
第一印象は﹁デカい﹂だ、ケンタウロスみたいに上半身は人間みた
いだけど額に角が有って下半身の毛色は白だ。体高に人間の上半身
だからな、やっぱりデカい。
キザ
﹁僕の父さんはユニコーンでね、人間との間に生まれたのが僕さ﹂
なんか気障っぽい。竪琴がチラと部屋の中に見えるし。
﹁そうなんですか、道理で綺麗な顔と筋肉をしてると・・・﹂
取りあえず褒めておこう。
﹁男に綺麗って言われる事は少ないが、やはり女性の方が良いね、
256
君、男が好きなんじゃないだろうね? だったら付き合い方も変え
させてもらうけど?﹂
﹁いやいやちゃんと女性が好きですよ、彼女も居ますし﹂
﹁ほう、それなら良いんだ、管理人さん目当てじゃないだろうね?
あの人は僕が狙ってるから駄目だよ﹂
いや、隣に住んでるの管理人さんでしょ?声大きいよ、聞こえるよ?
﹁あとは、君の上に住んでる子も狙ってるからね﹂
﹁上の人は知りませんが彼女居るんで手を付ける事は無いですよ﹂
﹁ふーん、女性は何人いてもいいじゃないか、特に経験の無い子な
らどんどん声をかけるべきだね﹂
あー、ユニコーンは処女にしか会わないって噂本当だったんだ、ゲ
ームとか物語ってすげぇな。当たってるよ。
﹁長話も失礼ですし今日はこの辺で失礼しますね﹂
﹁そうだね、僕も男と話すよりは女性と長話したいからね﹂
良い意味でこの人は裏表が無さすぎる、付き合うには人を選ぶね。
隣人はハーレムを作るか、女性に刺されるかの人生を歩んでる人で
した。
ってか大家さんを狙ってるって意外だな、広い意味で。
流石にそろそろ腹が減るので夕飯でも作りますかね、薪は家賃台に
含まれてるみたいだから台所の隅に積んであるが﹃使いすぎないよ
うに﹄と大きく書いて有る。では早速、種火とか細い木からっての
は面倒なので魔法で着火させる、火加減は実家で手伝わされてた時
の感じで。
大鍋に魔法で湯を入れ時間短縮、即効湯が沸くのでパスタ投入、も
う一個かまど使うのは色々非常識なので茹で上がるまで下準備だけ
済ませよう。ベーコンと玉ねぎを切りオリーブオイルの入ったフラ
イパンをスタンバイ、生パスタを茹でた経験ないからなー、適当な
時間で1本引上げ口に放り込み、﹁うん﹂こんなもんでいいんじゃ
257
ね?と思いつつ鍋を退かしフライパンでベーコンと玉ねぎを炒め、
塩コショウをして牛乳を入れパスタを鍋からざるに開け、少し水切
りしてからソースをからませ、皿に盛り卵黄を乗せて少しかき混ぜ
出来上がり、﹃なんちゃってカルボナーラ﹄だ、男の料理だ、適当
でいいんだよ!
んじゃフライパンを洗い桶に入れてから頂きますかね。洗い物なん
か最後でいいんだよ。
うん、まずまずです。前世で一人暮らし歴長かったからね。
さて。この余った卵白だけどメレンゲクッキーでも作りますかね。
メレンゲ作って砂糖加えて弱火で30分位だし。まぁその間に洗い
物も出来るし。
クッキングシート無いけどどうにかなるでしょう。
洗い物を終わらせ、適当にかまどの中を見て確かめる、砂糖の焦げ
る香りが広がり良い感じになっていく。そうしたら見た時の無い人
が調理場に入って来た。
﹁あら、いい香りに誘われて来て見れば見た時無い顔、新入りさん
?﹂
﹁初めまして2号室に入居したカームって言います、よろしくお願
いします﹂
﹁あらお隣さん? よろしくね、私はセレッソよ﹂
第一印象はこの人も﹁デカい﹂だ、着痩せするクチナシより大きい、
むしろ強調してるからさらに大きく感じる、ピンクに近い赤紫色の
腰位まで有るサラサラした髪も似合っている。
﹁今度改めて挨拶に伺いますので、いつ頃なら都合がよろしいでし
ょうか?﹂
﹁今で構わないわ﹂
258
﹁あー、粗品も有るので﹂
﹁あら、そんなものも頂けるの?気が利くわね、これ見てて上げる
から取って来て良いわよ﹂
んー、なんか図太いというか遠慮が無いけどこんなもんと割り切ろ
う、こう思うのは日本人の感覚だけど
﹁解りました﹂
﹁改めて、隣に引っ越してきたカームと言います、こちら粗品です
が今後ともよろしくお願いします﹂
﹁はーい、これ開けても良い?﹂
﹁え、えぇ﹂
﹁石鹸とタオルかー日用品は常に使うから無難だけど嬉しいわ、あ
りがとう﹂﹁いえ﹂
﹁見れば解るけど色町で客を取ってるわ、来てくれたらサービスす
るし、休みの日でも部屋に来てくれれば相手するわよ﹂
﹁あ、いえ、故郷に彼女残して来てるんで。ばれたら確実に殺され
ます、しかも感が妙に良いんで。降りかかる火の粉は払うんではな
く全力で逃げさせていただきます﹂
﹁あら残念、気が変わったらスイートメモリーズに来てね、けど全
員夢魔族だから気を付けてね、じゃないと搾り取られるわよー﹂
﹁何を?﹂とは聞けなかった。
甘い記憶っすか。ヘングストさんがセレッソさんの事言わなかった
のなんとなく解るわ∼清楚系サキュバスっていねぇの?
あ、メレンゲクッキー焼けた。
けど半分以上セレッソさんに﹁これ美味しいわね﹂と言われ、取ら
れた。
1個だけ食べて不味くなかったので﹃2号室に引っ越してきたカー
ムです、よろしくお願いします﹄と書置きして置いてきた。
259
なんか今の所少し変な住人しか見てないぞ。
260
第27話 とりあえず仕事の下見に行った時の事︵前書き︶
細々と続けてます
相変わらず不定期です
ユニークが1万を超えておりました、皆様に感謝です
すべてを含めスローペースですがこれからもよろしくお願いいたし
ます
20141031
261
第27話 とりあえず仕事の下見に行った時の事
朝起きて、調理場に行き軽い朝食を作ろうと思ったら、メレンゲク
ッキーは無くなってた。まぁ余ってるよりは良い。
パンにレタスとベーコンを挟み、軽くすます、卵やツナとマヨとか
有れば玉ねぎ切って、そのまま混ぜてパンにはさむんだけどな・・・
無い物は仕方が無い。
白いごはんと焼き魚と納豆が欲しいです、米高いんだよな。
納豆は大豆を藁で包むんだっけ?納豆作ってもいいけど素人が作っ
ても平気なのかな?
﹁あら・・・おはよう、貴方お菓子も作れるのね、意外にマメね、
美味しかったわ﹂
﹁あ、おはようございます、まぁ材料を無駄にしたくなったので、
余り物で作ったんであれくらいしかできませんでしたが﹂
﹁余り物で一品、しかもお菓子が作れるってなかなかよ?﹂
﹁まぁ余ったの卵白だけでしたし﹂
﹁そう﹂
そう言って、パンをかじりながら牛乳を飲んでいる。﹃え?それだ
けですか?﹄とは言えなかった。
﹁そういえば門番さんに住む所が決まったら教えろって言われたの
でこの建物の名前教えてくれますか?﹂
﹁クリノクロワ﹂
﹁ありがとうございます﹂
意味は何だろう?音は綺麗だけど・・・
ギルドに行き、前々から目を付けていた仕事を始めようと思う。
262
﹁このランク1の防壁修理を受けたいんですが﹂
﹁かしこまりました、ギルドカードを提示して少々お待ちください﹂
そういうと紙に何かを書き始める。
・ランク1・無期限・町の防壁修理
・受理者:カーム:ランク1
・備考:魔法が使える
﹁こちらになります、この紙を門番にみせれば通行料無しで出入り
できます、防壁の工事してる場所は門を出て太陽の沈む方角に壁沿
いに歩いて行けば、見えてきます。仕事が終わったら責任者から印
がもらえるので、それが無いと仕事が達成できなかった事になりま
す、何か解らない事は?﹂
﹁別にありません、けど今日は責任者に話を聞いて何が必要か教え
てもらい明日から本格的に始めるつもりなので﹂
﹁解りました、印が10個溜まったら、ランクが2になるので持っ
てきてくださいね﹂
﹁はい、一気に30個溜めてから来たらランク3になるんですか?
自分のランクより1個下だと20回必要ですよね?﹂
﹁申し訳ありませんが手続きが非常にややこしくなるので、なるべ
く10個溜まったらお持ちください﹂
﹁はい﹂
結構面倒くさいのか。
早速門に着き﹁すみません﹂と声をかけ﹁住む場所が決まったんで
すけど﹂と言ったら小さい詰所みたいな場所に通され﹁名前は?﹂
と聞かれ素直に答える。
書類を、時間をかける事無く見つけ出した。
﹁それで、どこに住むことにしたんだい?﹂
﹁クリノクロワです﹂
263
﹁あ・・・あそこか、まぁ解った、頑張れよ﹂
﹁あの、なんか言葉に詰まってましたけど何か有るんですか?﹂
﹁まぁ・・・変人の溜まり場みたいなもんだ、何故か変人は、そこ
に住みたがる呪いでもかかってるんじゃないか? ってくらい少し
ぶっ飛んでるのがいる﹂
﹁はぁ・・・まぁ隣人は少し灰汁が強かったでっすけど﹂
﹁だろう? 大家さんは見た目は美人で俺の好みなんだけどなー﹂
そんな事知りませんよ。
俺は、ある意味有名な場所に住んでしまったらしい。魔境と呼ばれ
てない事を祈ろう。
早速門を出て、西に歩き始めると、作業をしてる人達を発見、責任
者っぽい人に話しかける事にしよう。
﹁すいません、ギルドで仕事を取って来たのですがここであってま
すよね?﹂
﹁あぁ? あぁそうだ、此処が補修工事の現場だ、新人って事でい
いか?﹂
﹁はい、よろしくお願いします﹂
元気よく答えておこう、こう言う所はハキハキとしてた方が良いし。
﹁今からか?﹂
﹁予定では明日からです、今日は何が必要か聞きに来ました﹂
﹁道具はこっちでそろえてる、持ってくるのは弁当か昼飯食いに行
くための金くらいだ、必要なら汗拭くタオルとか持ってこい﹂
﹁はい、少し見学してもいいですか?﹂
﹁邪魔するなよ﹂
そう言い、いかにも土木作業員一筋で食ってますって感じのおっち
ゃんが仕事に戻っていく、額に角も生えてて見た目がこえぇよ。ま
ぁイチイさんよりは怖くないけどな。
264
見学していると、どうもレンガを作っているみたいだ、土とか砂を
水で練ってるし、練り終わった物を型に入れて乾燥させて、乾燥さ
せたのを運んで炉に入れて焼いている。
焼き終わった物を、リヤカーに積んで運んでいる、運んでいる先は
何所だかは解らないが、きっと補修場所に運んでいるんだろうなー
と思いつつ見学を終わらせる。
何をやらされるか解らないが、まぁ最悪肉体強化を、10%まで引
き延ばしてどうにかしよう。
﹁おう、新人予定! 飯食いに行くぞ﹂
﹃!?﹄
まちのなか
ん?何か言われたぞ?
﹁どうぜ中に戻るんだろ?なら行くぞ、自己紹介と行こうや﹂
﹁ういっす﹂
少しそれっぽい返事しておこう。
門を入ってすぐの食堂に入って皆パンを取り出し一品料理を頼んだ
り定食を頼んだりしている。
﹁まずは自己紹介だ、俺は﹃おやかた﹄で通ってるからおやかたで
良い、お前は?﹂
﹁カームです﹂
﹁よし、肌が紺色で珍しいから﹃コン﹄だ﹃夜﹄でもいいぜ?﹂
安直すぎるぜ・・・
﹁俺は﹃きつね﹄﹂
﹁俺は﹃まっちょ﹄だ﹂
﹁つのさん﹂
﹁ここにはいねぇけど、他にもいるからそのつど自己紹介しておけ﹂
﹁ういっす﹂
ひでぇあだ名になったな、ちなみに﹃つのさん﹄は角が3本だ。﹃
265
つのさんさん﹄って読んだら殴られるかな?まぁいいや。
﹃きつね﹄さんだけど村じゃ見る事なかったが、狐耳に尻尾とか有
って妖狐っぽくていいね!
女性の狐族とか絶対いると思うと少しそわそわする、モフモフした
い。多分スズランに殴られるけど。
﹁うっし、コン、今日は俺の奢りだ、明日は太陽があの山から1個
分上に上がるまでに現場に来い﹂
あーはい8時ですね。
﹁わかりました、それと御馳走様でした﹂
﹁おう、別に構わねぇぜ。ここは結構安いからな、あとで色町の良
い子紹介してくれや﹂
﹁あー、まぁ。頑張って探しておきます﹂
スイートメモリーの場所でも探すかね。
昼間だからと安心してたら酷い目にあいました。
どうやらこの町なのか、この世界なのかは解りませんが、色町は真
昼間から営業中で、呼び込み、客引きも過激だった。
腕に絡みついて胸を押し付けて来るし、下着も見えてます、むしろ
下着です。
︻スキル・魅了耐性・4︼を覚えました
ですよねー、胸の大きな肌の露出が多いお姉さんに囲まれたら覚え
ますよねー。
耐性が上がったと言っても、流石に胸を押し付けられたら少したじ
ろぐ。通りを歩き、セレッソさんのいる店を見つけたので入る事に
する。こういう店に入るのに少し抵抗はあるが、割り切れば以外に
平気だ。
266
紹介しろって言われたから一応値段も聞いておかないとね。いきな
り行って高かったら最悪だし、ってか相場しらねぇよ・・・
﹁いらっしゃいませ∼﹂
んーとってもナイスバディー、入口に居る子だから綺麗所が対応し
てるね。
﹁今日は買いに来たんじゃないんで﹂
﹁お酒ですか∼?﹂
﹁んー、そうでもないんですよ、今度色町の良い子を紹介してくれ
って言われましてね、この店の名前を偶然知ったんで下見です﹂
馬鹿正直に答えて良い物なのか解らないが、目的を明確にしておか
ないと最悪買わされる可能性もあるからな、仕方が無い非常識にな
ろう。
お姉さんの表情が一気に変わるが最低限の接客はしてくれそうだ。
﹁そうですか、じゃぁー果実水でも飲みながら中を見てってくださ
い、どうぞー﹂
一気に接客モードじゃなくなったが中には通してくれるらしい、セ
レッソさんの名前出せばよかったかな?
隅の方に座り、果実水だけ貰い、適度に店内を見回し、特徴と、あ
る程度の方針を視察する。
適当にお酒飲ませて、話し込んで2階にって流れか。飲み物は有料
だけどそれ以外は交渉か・・・
前世でそういう店に行った事が無いから解らんが、素面で見てて面
白いもんでも無いな。途中何度も隣の席に座って来て体を擦り寄せ
てきて﹁どう?﹂とか聞いて来るが買わないって解るとすぐどこか
に行くから助かる。
酒でも頼んでおけばよかったかな。
267
大体どんな子がいるか記憶して、帰ろうかって時にセレッソさんが
男と階段から降りてきた所を見かける、目が合ったが男を送り出す
までは話しかけてこない、まぁそういうところはしっかりしてるね。
﹁彼女に殺されるから買わないんじゃなかったの? 気が変わった
なら今から上に行こうか?﹂
ニヤニヤしながら言ってくるが目的を伝えると。
﹁じゃー私も休憩しようかしら﹂
そう言って対面に座り食事を取っている。
食べてる時に、艶めかしい舌が唇を舐める仕草とか、少し来る物が
有るが気にしないで、あらかた終わっている観察を続ける。特に代
わり映えはしないし上から降りて来る女性の特徴を記憶するだけだ。
﹁ねぇ、本当に買って行かないの?﹂
﹁えぇ、何度も言ってるじゃないですか﹂
﹁こう言う所に来て女を買ってかない男って本当珍しいわよー? 気になる子とか何人かいたんじゃないの? さっきからずーっと目
線を動かして女の子ばっかり見てるけど﹂
食事を取ってても、見る物は見てるんですね。仕事柄なのか客の目
線や挙動には気を使っているみたいだ。
﹁働く場所が決まって、そこの親方に昼飯奢って貰ったんですけど
﹃今度、色町の可愛い子紹介しろよ﹄って言われたもので。この町
に来たばかりで、色町に詳しくないですし、昨日偶然会ったセレッ
ソさんの店に来ただけですよ。失礼かもしれませんが一応店の子の
特徴を大体で覚えてるんですよ﹂
物凄く失礼かもしれないが、言う事は言って置かないと。
﹁ふーんじゃぁ私の特徴は?﹂
﹁身長は俺より少し低く、胸が大きい、髪の色はピンクに近い赤紫
268
で腰まで有る、服装は黒のレザーで露出は多め、どうです?﹂
﹁ふーん私はそういう風に見られてたんだー、確かに失礼ねー。じ
ゃぁ今上に上がって行った子は?もう見えないから見て答えられな
いわよー﹂
ふふふーと笑いながら言ってくるが。
﹁身長は俺より頭1つ小さく、小さな羊みたいな角が有り、やせ気
味、顔は少し幼く見え、髪の色は薄い金色、服は露出が少なく清楚
な感じ﹂
﹁うん、サイテー。お隣さんでも少し引くよー? けどそんな事覚
えてどうするの?﹂
﹁まぁ﹃俺胸の大きな子でセクシーなのが良いんだけどいたか?﹄
って聞かれたら見えただけで6人いましたよ、って言えますし﹂
﹁記憶力良いのね、けど少し怖いわー﹂
うん、なんか俺への好感度が、音を立てて崩れて行くのが解るわ。
﹁じゃぁ貴方の好みは?﹂
﹁好きになった子が好みです﹂
﹁あらー言い切ったわね、意外に芯は通ってるのね、じゃぁ彼女ち
ゃんはどんな子?﹂
﹁えー。身長が俺より少し高くて、物凄くやせてて胸が無くて、肩
のあたりまで有るサラサラの黒髪で、肉好きです。あーあとゴブリ
ンの頭を槍で横に薙いで吹き飛ばせる位力が強いです、正直俺の力
じゃ歯が立ちません、一回無理矢理襲われましたし﹂
﹁って事は襲われちゃって好きになっちゃったの?﹂
なんか物凄く興味を持たれたらしく、顔がどんどんニヤニヤしてき
ている。
﹁いやいや、お互い好きだったけど、俺がなかなか手を出さなかっ
たからしびれを切らして、向こうから散々誘ってきてたけど、それ
でも手を出さなかったら襲われたって感じです。今じゃヘタレの笑
い話ですけどね﹂
269
﹁意気地が無いのねー、なんで手を出さなかったの?﹂
﹁んー、勢いに任せて、子供とか出来たら育てられないじゃないで
すか? その頃まだ働いてませんし、俺まだ9歳っすよ?﹂
中身40近いけど。
﹁しっかりしてるのねー、お姉さん関心したわー﹂
﹁解ってくれて嬉しいです﹂
﹁あの子なんか彼女さんに似てるんじゃない? けどあの子物凄く
優しいから物足りないかもねー、寂しくなったら口きいてあげよう
か?﹂
﹁・・・全然解って無いですね﹂
﹁夢魔族の思考をその辺の種族と一緒にしないでよね﹂
気まずいので話題を一気に変える事にした。
﹁あーそうそう、値段なんですが、交渉してるみたいなんですが大
体いくらで、こう言う所の相場は幾らなんですか? ほかの店に入
った事が無くて﹂
﹁あらー? 失礼な事聞くのね﹂
﹁ここまで失礼な事聞いてたら一緒でしょう?﹂
お互いニヤニヤしている。
﹁他の所より少しだけ高いわ、大銅貨3∼5枚くらい高いわ﹂
﹁いや・・・大体の値段・・・﹂
﹁内容で変わるわよ、踏んでほしいとか踏みたいとか﹂
﹁もう良いです、ありがとうございました、普通の店より大銅貨3
∼5枚高いって事で話しておきますよ﹂
﹁はいはい、楽しみに待ってるわー、沢山連れてきてね∼﹂
夕食の買い物をして、部屋に帰ろうと思ったら、大家さんに会った
ので軽く挨拶したら、少し鼻をスンスンとしたかと思ったら冷たい
目で見られた、多分誤解してるけど、何も言ってこないのでこっち
から言うのも言い訳みたいなので、特にそれ以上は何も言わなかっ
270
た。
獣人系の種族って鼻が良くて困るね。
閑話
﹁セレッソさんさっきの客じゃない客は誰なんですかー?こういう
店入って飲まない買わないって場違いですよー?﹂
﹁あー昨日私の部屋の隣に引っ越してきた子よ、今日は仕事探しに
行って見つけた仕事場の親方にご飯奢って貰ったら﹃色町で可愛い
子紹介してくれ﹄って言われたらしくて、知ってるのが昨日自己紹
介して名前だけ知ってたここに来たって訳﹂
﹁ふーん、じゃーいつかは来るんですね、結構私の好みだったから
ー狙っちゃいますよー﹂
﹁多分無理よ、故郷に彼女を置いて来てるし、あの子自体堅い子だ
から、あと彼女さんが凄くこわーい人なんですって、ゴブリンの頭
を槍を横に振って吹き飛ばすくらい力も強いみたいだから﹃浮気し
たら半殺しにされますよ、あと勘もするどいし、ははは﹄ですって
よー、だからお酒飲んで話するくらいじゃないかしら? すり寄っ
て胸を押し付けても、多分あの手の子は無理よ、諦めなさい﹂
﹁ざんねーん、隣に座ってお酒飲むだけでも良いかなー、片思いっ
ぽくて、それか、彼女さんに貸してもらおー﹂
﹁彼女さんに会えたら交渉してみなさい﹂
夢魔族の精神は太いみたいです。
271
第28話 滞りなく仕事をしていた時の事︵前書き︶
細々と続けています
相変わらず不定期です
気が付いたらブックマーク登録が100件を超えました、本当にあ
りがとうございます。20141104に確認
こういう目に見える数字が執筆意欲に繋がりますが、モチベーショ
ンが維持されるとは限りません
本当にスローペースで魔王クラスになって無人島に住むまでどれく
らいかかるんだよ!って感じですが生暖かい目で見守ってください。
272
第28話 滞りなく仕事をしていた時の事
仕事は問題無く覚え、4日仕事して1日休んでの5日のサイクルを
作る事にした。
覚えると言ってもレンガの材料を練るだけなんだけどね。まぁギル
ド通しての日雇い扱いだからある程度融通が利くのは救いだね。
ほぼ業務開始時間の10分前には現場には入るようにしている、時
計の概念が無く大体で始めてしまうので多少の前後が有るためだ。
初日は特に技術が要らない粘土を練らされた、鍬みたいなので水を
入れて練る。
﹁粘土がこれ位、砂がこれ位、石灰がこれ位、大体勘と経験だ、材
料にムラが出来ない様にしっかり混ぜてくれ。その後に水だ。その
後は材料が均等になるように練る、いいか?﹂
そう言われ、色と粘度をなんとなくで覚えた。
最初は﹁こんなもんですか?﹂と親方に見せに行き﹁まぁこんなも
んで大丈夫だろう﹂と言われ﹁あぁこれで良いんだ﹂と思いながら
も特に代わり映えの無い作業を繰り返し小休止、昼休憩、小休止、
業務終了、これで仕事が終わる。
その後、食材が無ければ食材を買ってから帰り、近所の銭湯に行き
夕飯を作って柔軟や筋トレをして寝る。生活サイクルを安定させる
のは楽そうだ。
休みの日には溜まった洗濯物の処理をする。大家さんに﹁貴方って
男の割にマメね﹂とか言われるが他にしてくれる人がいないなら自
分でするしかない。
もちろん洗濯板と桶です、最初は苦労したけど慣れればまぁまぁ形
にはなる、すすぎは面倒なので水球の中に入れて洗濯機の様に回す
273
だけ、洗濯風景を見ていたご近所の人からすると、何故か﹁器用ね
ー﹂とか﹁魔法って魔物とか敵に使うものだろう?﹂とか言われる
が、便利に使ってナンボでしょう。
人は楽をしたい生き物なんですよ、まぁ魔族だけど。
洗濯物が終わったら、街中の探索をするようにしている。顔見知り
や顔馴染の店を作る為だ、ちなみに色町には行きませんよ?
ちなみに休日は菓子にも挑戦する。ネット環境やゲームが無いから
ね、カステラとかプリンは比較的簡単だった気がするのでいざ挑戦!
まぁまずは簡単なプリンだよね、卵と牛乳と砂糖だけだし、専用の
カップとか無いけど、まぁ陶器のカップとかも有るから掬って食べ
れるようにするか。
ボウルに卵入れて泡だて器で混ぜて、砂糖入れて混ぜて、牛乳入れ
て混ぜて、カップに入れて鍋でお湯を沸かしてそこに入れて蓋をし
て10分、その間にカラメルソースを作る、薪がもったいないので
手から火属性魔法を出して代用、これも水と砂糖だからね、出来上
がったらカラメルを掛けて粗熱を取って冷蔵庫・・・は無いから水
を張った桶にでも浸しておこう。
﹃2号室のカームです、1人分も8人分も作る手間は変わらないの
でどうぞお食べ下さい、食べ終わったら各自食器は洗ってください、
甘い物がダメな人は誰かに譲りましょう﹄
これでよし!
食堂でプリンを堪能していたら、なんかちっちゃい女の子が来た。
誰かの子供かな?
﹁こんにちはー2号室のカームです。よろしくねー、プリン食べる
?﹂
﹁はぁ? 子ども扱いしないでよね、こう見えても結構生きてるん
だから﹂
ちらちらとプリンを見つつ文字も読んでいるみたいだ。
274
﹁申し訳ない、2号室のカームと言います、中々お会いする機会が
無かったので挨拶が遅れて申し訳ありません﹂
﹁ん、紹介ありがとう、トレーネよ。7号室に住んでるわ、いただ
きます。体は妖精族だから小さいの﹂
そう言いながら、もぐもぐと食べ始める。目を少し細め口角が少し
上がっているが、美味しさで顔を歪ませるのを我慢しているのだろ
うか?
﹁上の方でしたか、これからもよろしくお願いします﹂
上に住んでる子ってこの子か、見た目子供だけど本当見境ないなあ
の馬は。
﹁えぇ、こちらこそ﹂
早めに銭湯に行き、風呂上がりに夕飯の買い物をして調理場に入っ
たらプリンは無くなっていた。まぁ好評で何よりだ。しかし、残り
の3部屋の住人が気になるな。いつか会えるだろう。
◇
仕事を開始して10日目、朝食と昼食を一緒に作り昼は皆と食堂に
食べに行き弁当を食べつつ、定食では無く一品料理を頼むと言うス
タイルにした、最初弁当を持参したら。
﹁おまえ自分で飯作るんか!すげぇな﹂
と言われたが、1人暮らしが長かった未婚男性を甘く見ないでほし
いね。ちなみに今日は卵サンドだ、マヨネーズが売っていたのを見
かけたので購入した。酸性度が高いから常温でもある程度なら問題
無い、と記憶している。
しかも﹁瓶を洗って持って来てくれれば次から銅貨2枚安くするよ﹂
とか言われたので大変エコである。
骨材を練り終わったら、型詰してるきつねさんの所に一輪車で持っ
て行く、そして戻りまた練るの繰り返しだ、いい加減腰が痛くなる。
275
面倒なので魔法で練る事にする。
なんか人が集まって来た。
﹁お前魔法使えるんか! なんでこんなところで日雇いの仕事して
るんだよ、討伐とかの方がもうかるぜ?﹂
﹁いやー俺ヘタレで、怖いのも痛いのも嫌いなんで、死ぬ可能性の
低い職を探してたんですよ、そしたらギルドで日雇いの仕事も有っ
たんでここに来てるんですよね。けどギルド登録も必要みたいだっ
たので登録はしてあるんですけど、色々書く欄に馬鹿正直に書いた
事少し後悔してますね﹂
﹁おい、どんだけ練れるんだよ、試してみろよ﹂
﹁んー、荒れ地だった場所を畑にしましたけど、10面とか楽勝で
したけど、きつねさんの事考えていつもと同じ量を練ってますけど
ね﹂
﹁おい! だれかきつねを手伝え、コンはどんどん練れ! むしろ
練れる限界までやってみろ! これなら効率があげられる、窯も増
やせ!防壁直してる奴等に連絡入れろ﹂
おおごと
おやかたが、皆に聞こえるように叫んだ
おいおいなんか大事になっちゃったな。
比率は大体そのままで、量をどんどん増やしていき最終的には材料
の1つが無くなった時点で直径4m位の大きな球体の塊になった。
それがウニョウンウニョンうねって常に混ざってる状態だ。重さ?
良く解らないね。同じ大きさの水よりは重いんじゃない?
﹁おやかたーこれどうしましょー﹂と叫んだら物凄く怒られた﹁や
りすぎだ!﹂
どんどん練れ言ったの親方なんですけどね、ちなみに周りは。ざわ
ざわしている。
仕方が無いのでおやかたが、出来る限り人手を集めて型に詰める場
所に集め、俺は浮遊させて持って行き型に詰め始める、ってか浮か
276
せられるとは思わなかったよ。
俺も立方体に生成してどんどん切っていく、なんか食品工場で大き
な塊から一定量を切り出す作業をしている気分だ。
材料無いから終わり次第業務が終了。
昼休憩なしで全員急いで動く。
﹁明日はこれを窯に入れて焼く、焼けないのは日干しにするぞ!そ
して今日は上がりだ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁うっす﹂﹂﹂﹂﹂
﹁よっしゃ今日は無理させたから飲みに行くぞ! 腹減ってるから
効くぞー﹂
まだ3時なんですけどね。たまには良いだろう。
﹁あー俺はギルドに寄ってから向いますね、今日でランク1の仕事
10回目なんでランクが2に上がるんで﹂
﹁おう!何時もの食堂に居るからな、絶対に来いよな!﹂﹁ういっ
す﹂
作業場から卵サンドを食べながギルドに寄り、受付のお姉さんに親
方のサイン入りのマークが10個付いた紙を渡したら
﹁カードを書き換えますので少々お預かりしてもよろしいでしょう
か?﹂
特に拒む理由も無いので﹁あ、はい﹂と言いながら渡す、そういえ
ば仕事上がりにそのまま来たけど大丈夫だよね、多少汚れてて汗臭
いけど。あそこに何かの討伐依頼帰りなのか顔に返り血は無いけど
鎧とかには付いたままだし。
特に何か有る訳でも少しお無くランクが2に上がった。カードのラ
ンクの所がしっかり﹃2﹄となっている、カードを受け取った時に
﹁ランクアップおめでとうございます﹂と言われたけど、1から2
に上がっただけだからな。まぁ無難に﹁ありがとうございます﹂と
言って置いた。
277
飲んだ後だと色々面倒なので、先に明日の食材の買い物を済ませて
から門の近くのいつもの酒場に行くと、既に出来上がっていた。ち
なみにつのさんは居なかった。
﹁おう! 遅せぇじゃねぇか、もうさっさと始めてるぜ!﹂
﹁あー果実酒お願いしまーす、あとは日替わり定食﹂
﹁おいおい食いながら飲むのかよ、それじゃぁ酒の美味さが解らね
ぇぜ? これだから酒の飲み方がわからねぇ若ぇもんは﹂
﹁いやーすげぇ腹減ってるんで、若者は酒よりも食い気ですよ﹂
﹁食い気よりも色気じゃねぇのか?﹂
誰かが下品な事を言って、下品な笑い声が上がるが気にしないで飲
もう。
﹁なぁコンよー色町の方はどうなんだよ、そろそろいいんじゃねぇ
?﹂
きつねさんがいきなり話しかけて来る。よっぽど行きたいんだろう
か?
﹁あ、あぁ俺も気になる﹂まっちょさんも言ってくる。
﹁あーそうですね、本人曰く﹃通常の店より大銅貨3∼5枚くらい
高い﹄だそうです、店はスイートメモリー、全員夢魔族らしいです
よ、客入りも良かったので白だと思います、まぁ色町自体黒に近い
っすけどねー﹂
冗談で言ったら全員引いている。
﹁コン、あそこに入ったんか? 平気だったのかよ﹂
﹁へ? 入って果実水飲んでただけですよ?﹂
﹁な、なら平気だ﹂
﹁んー、本人が言ってた﹃搾り取られるって﹄まさか精気とか魔力
とかですかね?﹂
﹁そうだぞ、お前は魔法が使えるからある意味上客だろうよ﹂
278
﹁あー、言葉通りの意味だと思ってんですけどそういう意味でも有
ったんですか。危ないですね、まぁ入っても買いませんけどね﹂
﹁なんだよ、男だったら買えよ。自分で処理するよりは良いだろう
よ﹂
﹁いやー彼女が怖くて無理です、とてもじゃないが買えません﹂
﹁か、彼女いたのか﹂
﹁俺より細いのに力が強くて、勘が鋭いんですよ、照れ隠しに軽く
一回殴られただけで悶絶しましたよ、そんなのに本気で殴られたら
死んじゃいます。ただでさえ槍でゴブリンの頭吹き飛ばすのに﹂
そう説明しつつ残っていた酒を一気に呷る。
﹁一回見てみたいぜ! 今度機会が有ったら紹介しろよ、仕事中で
も良いから連れて来い﹂
酔った勢いで親方が言っている、本当に機会が有ったら連れてって
目の前でレンガでも握りつぶしてもらおうか。スズランなら多分可
能だ。
ほどなくして飲み会は終了した。まだ5時半か、何するかね。
毒耐性で酔ってはいないけど酒飲んだ後すぐに風呂入りたくないし、
一回帰るか。
しか
帰ったらまた大家さんに会ったので、軽く挨拶したらまた鼻をスン
スンして今度は顔を顰める。﹁昼間から酒?﹂とは言ってこなかっ
たが、顔を見ればなんとなく解るが。﹁程々に﹂とだけ言われた。
夕飯は軽く済ませよう。
その後銭湯に行き、ホカホカで良い気分なのに少し薄汚れた冒険者
らしい酔っ払い4人に絡まれた。確かに借家から歩いて5分だけど、
この距離で絡まれるってどんなエンカウント率だよ。
無視を決め込んで、通り過ぎようとしたら一人が﹁おい﹂とか言い
ながら掴みかかって来たけど足を掛け押すようにして軽く転がして
逃げてきた。
279
争いは良くない平和最高。
高校時代、休み時間にふざけて柔道の技を軽くかけてきた佐藤君に
感謝だ。相手の足の踵に、自分の足を置いて体を押すだけで後ろに
転ぶ奴。覚えておいて良かった無駄知識!
後ろでなんか騒いでたけど、無視して汗をかかない様に速足で逃げ
た。ベッドに入り明日は型に入れたレンガを焼く作業だけどあの量、
窯の数とか間に合うのかね。ってか資材が無いから俺の仕事何よ?
と思いつつ寝ようとした。
隣の部屋で、馬が竪琴鳴らしながら大声で歌ってたけど、思い切り
扉を叩く音がしたからたぶん大家さんだろう。多分奴も酔ってたん
だろう、程々にしなかった結果がこれか。俺も気を付けよう。多分
酔わないけど。
﹁うるさい﹂﹁キースカさん好きです! 付き合ってください﹂無
駄に美声で叫んでいるが﹁ぉふぅ!﹂とか聞こえ、ドアを思い切り
閉める音がした。多分叩かれたか、殴られたんだと思う、そして静
かになる。
しばらくは飽きなくて済みそうだ。
280
第28話 滞りなく仕事をしていた時の事︵後書き︶
柔道部の佐藤君ですが日本で一番多い苗字で検索したら1位だった
ので使用させていただきました。読んで頂いてる佐藤様、申し訳あ
りませんでした。
281
第29話 なんか恨まれてた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
相変わらず雑な戦闘シーンが有ります。お読みになる場合はお気を
付け下さい。
282
第29話 なんか恨まれてた時の事
巨大なドロの塊を作ってしまったので、しばらく資材が無く、レン
ガ焼きの手伝いをしていたが、職人さんが温度管理っぽい事をして
いたのでまき割りに徹した。こういうのは、素人が手を出して良い
物では無いからね。ただ単にくべるだけならいいんだけど
︻スキル・肉体強化:3︼を覚えました
流石に3日も斧を振ってれば上がるか。
昼食時に親方が﹁コン、なんか最近一気に筋肉付いてきたな﹂とか
言って来たので﹁斧振ってればそれなりに付きますよー﹂と誤魔化
しておいた。
常に肉体強化3%位を維持しててもスキルレベルが上がると、少し
差が出るみたいだな、なんか掛け算みたいだ。
仕事が終わり、いつも通りに夕食の買い物をして、銭湯に行った帰
り道に。
﹁いたぞ! 桶持った紺色の奴! てめぇそこ動くなよ!﹂﹁こっ
ちだ早くしろ!﹂﹁そっちか!﹂﹁今行くぞ!﹂
と別な道でも張ってた4人組が出てきた、この間の酔っ払いですか。
無視を決め込んで﹁誰に言ってんだこいつ等・・・﹂的な態度で通
り過ぎ様と思ったら﹁まて逃げるんじゃねぇ!﹂とか言われた。あ
ーやっぱ無理ですよね。
体感で1分もしない内に全員集合!8時じゃないのが残念だが。
﹁あーなんですかね? 肌が紺色藍色っぽい人なら結構居ませんか
283
?﹂
﹁この通りをしばらく張ってたけど、目が赤くて肌が紺色の奴なん
かお前くらいしかいねぇんだよ、この辺じゃてめぇだけだ。覚えて
おいた方がいいぜ? それにこの間はよくも恥をかかせてくれたな。
妙な技かけやがって﹂
しばらく考える振りをして。
﹁あーこの間の酔ってた人ですね、酔っ払いに絡まれたと思い、転
ばして逃げさせてもらいました。もし怪我したのなら謝ります、す
みませんでした。あと貴重な情報ありがとうございます﹂
にやけながらワザとらしく言う、軽い挑発をして、頭に血を登らせ
おいてからまた逃げよう。
﹁お前、俺等が誰だか解ってんのかよ! ランク5の﹃ドラゴンの
牙﹄だぜ! こっちにもプライドってもんが有るんだ、きっちりや
り返させてもらうぜ﹂
んー厨二っぽくて非常によろしい、こう言うのは解りやすい方が良
いからね。絶対どこかのパーティーと名前被りそうだけど。
﹁あー、じゃぁ転べばいいんですかね? 後ろに何も無いですよね
?﹂
後ろに物が無いか調べて転がろうとしたら﹁てめぇふざけてんのか
!﹂とか言われた。どうしろと?
﹁とりあえずボコボコにさせてもらうぜ? へへへっ、この為にし
ばらく酒も飲まずに張ってたんだからな﹂
うわー下品な笑いだね、暇人め。ってか街中の暴力行為ってどうよ
?帯剣はして無いみたいだけど。
﹁あーはいはいそう言う事ですねー﹂
そう言い終ると速攻で仕掛けさせてもらった。
﹃イメージ・手の中に乾いた細かい砂・発動﹄
桶を持ってない方の右手に︻砂︼が溢れて出て来るのが確認できた
284
ので。速攻で全員の顔に当てるように豆撒きをする子供の様に全力
で投げつけ、当たったのが確認できたので全力で逃げる。正直風呂
上がりに砂握るとかしたくないけど家に帰って洗えば済む。
﹁うわてめぇいきなり卑怯だぞ﹂﹁畜生!﹂﹁うぇえ口に﹂﹁来る
ぞ気を付けろ﹂
とか散々言ってるがかなり目に入って見えてないみたいなので逃げ
切れるね。んー平和的解決が一番だね。そんな事を思いつつ、何か
叫んでいる横を簡単に通り抜け集合住宅に帰った。
部屋に入ろうとしたらヘングストさんとすれ違い様に
﹁なんかすごい叫び声が聞こえて来るなら来い!卑怯だぞ!とか言
ってるの聞こえたけど喧嘩かな?﹂
﹁あーさっき風呂帰りに絡まれたので目潰しして逃げてきました﹂
﹁ああいうのはしつこいから、問題の先延ばしは良くないねー、一
発ガツンとやっちゃいなよ、殺さなければ平気だから﹂
サラッとすげぇ事言ったなおい。
﹁まぁ次やられたら考えます﹂
﹁気を付けてー﹂
無駄に美声だからむかつく、明日自警団の詰所に相談しに行こう。
◇
丁度自分で決めた休日だったので、溜まっていた洗濯をして、自警
団の詰所まで行ってみよう。
大家さんの部屋をノックする。
﹁2号室のカームです居ますか?﹂
﹁少し待ってて﹂と言われ3分ほど待ち鍵が開く音と共に扉が開い
た。
﹁何?﹂
﹁自警団の詰所を教えてもらいたいなと思いまして、一番近い所は
285
何所ですか?﹂
﹁んー、門の所が近いわ﹂
あそこでも良いのか。
﹁あー、あの門でも良いんですか? ありがとうございます﹂
そう言ったらドアを閉められた。意外に心に来るね。その後すぐさ
ま鍵が掛かる音がした。うん。コレは泣ける。
いつもの通り道を使い、門まで露店を覗きながらまったり歩く、帰
りに甘い物でも買うかとか考え事をしながら歩いていた。
門の脇の小さなドアを叩き。
﹁ここでも詰所みたいな事をしてると聞いたんですがー﹂
そう言ったらすぐにドアが開いた。
﹁お、今日は仕事じゃないんだな﹂
この門番とは顔見知り程度にはなっている、と思いたい
﹁んじゃ話聞くから椅子に座ってくれ﹂
﹁昨日夕方町で絡まれまして、どう対処したらいいのかと思い相談
に来ました、村では特にこういうことは無かったので﹂
﹁んー、大声で助けを呼ぶか、逃げられない場合は殺さない様に抵
抗して、助けを呼んだら多分誰かが駆けつけるから。なに、この町
は隣人同士の結束が強いから何かあったらすぐに駆け出してくるよ、
助けを呼ばない場合は自分で対処できるんだなって思われて、助け
に来ないけど、様子見くらいはするさ、殺されそうになったらたぶ
ん出て来るよ﹂
﹁意外に適当ですね﹂
﹁まぁね・・・冒険者も多いとそういう輩も出て来るからね、王都
とかもう少し大きい町に行くと本当にいざこざが多くて町の人も日
常茶飯事って感じになってて助けにも来ないよ。大きい町は怖いよ﹂
﹁特徴とか知ってるんですけど、言った方が良いですか?﹂
﹁どんどん言ってくれ、メモしておくから﹂
﹁ランク5のドラゴンの牙って名乗ってました、4人組、全員男、
286
獣人筋肉ヒゲ、水生系素早い痩せ、俺みたいに何だかわからない中
肉中背、ローブ着てたから多分魔法使い。こんな所ですね﹂
﹁ギルド所属か、一応こっちで報告して置くから、気を付けて出歩
いてくれ。報告ありがとう﹂
﹁けど馬鹿ですよね、自分で名乗るなんて﹂
﹁まぁ、ランクと名前出せば驚いて謝ると思ったんじゃないのかな
? まぁ馬鹿だよね﹂
羽ペンを持ったまま、椅子の背もたれに寄りかかり、両手を広げに
やけている。
﹁こっちは特定が楽で良いけどさ﹂
その後、少し雑談しながら門に人が多くなってきたので帰る事にし
た。
クレープ美味ぇ。カスタードクリームがふんだんに使ってあって、
季節の果物とか砂糖で煮てあるし、前世のとそんなに変わらないん
じゃねぇのコレ、流石に生クリームやチョコやが無いからチョコス
プレーとかチョコソースは無かったけどな。
久しぶりに食ったな、こっちに来てからクレープを食べてないから
美味く感じるな。あー、帰ったら菓子でも作るか、ってか作りたく
なった。
手頃なオレンジが売っていたので5個ほど購入、そして砂糖も一応
心もとないので購入、家に帰りキッチンでオレンジを綺麗に洗い薄
く輪切りにしてお湯で煮る、沸騰したら放置しお湯を捨て、また煮
るを2から3回繰り返す、もったいないので一回目の煮汁は砂糖を
入れて飲みました、簡易的なハーブティーだ、オレンジの皮も立派
なハーブだ、オレンジピールとかって有るし。
煮終わったら砂糖を入れた水に入れ弱火で煮て水分が無くなるまで
煮詰める、この後に乾燥作業が有るが面倒なのでレンジでチン、が
出来ないので手から温風を出し乾燥させる。その後、オーブンを弱
287
火に調整して様子を見つつ放置、砂糖とオレンジの良い香りが漂っ
てくる、手を伸ばしたい気持ちになるがまぁ我慢だ。
しばらくして取り出し、まだ水気を含んでるので清潔な布を敷いて
そこに広げ乾燥、暇なので実家から持って来たカモミールティーを
飲んでると、見知らぬ人がキッチンに入って来た。
背は俺よりも少し低く、銀色の髪をポニーテールにし綺麗な褐色の
肌に尖った耳、少し緩い服の上からでも解るスタイルの良さ。多分、
いや絶対ダークエルフだ。
﹁どうも今まで見かける機会が無かったので挨拶が遅れました、2
号室のカームです、よろしくお願いします﹂
﹁5号室のフレーシュだ﹂
見事に﹃これ以上かかわるな﹄的な雰囲気がバンバン出ているので
それ以上何も言わなかったが、水を飲みつつキッチンから出ようと
しない。なぜだろう、なんかソワソワしている。
そろそろ乾いたかなと思いつつ、手に取って口に含む、うんまぁま
ぁ。
﹁お前が菓子を作っていたのか?﹂
﹁え? あ、はい、そうですが﹂
﹁食べさせてもらったが美味かった、感謝する﹂
﹁あーいえいえ、書いて有った通りですから、気分が乗れば作りま
すよ、今みたいに﹂
﹁いただいても良いか?﹂
あー、食べたかったんですね、意外に可愛い所も有りますね。
﹁どうぞ、半分は自分で取っておく積りですからそれ以外なら﹂
そういうと俺は自分の木製のボウルに半分とりわけ残りは共同所有
物のボウルに入れ、書置きを残し去ろうと思ったら
﹁んんー良い香りですねー今度はオレンジですかー﹂
そう言いながらヘングストが入って来たので、またキッチンに戻り
雑談する事にする。人型用の椅子にはもちろん座れないので足をた
288
たむように座り、手を伸ばして食べている。
﹁美味しいですねー、料理のできる男の人って珍しいですよね?﹂
﹁食堂とかでおっちゃんとか作ってるじゃないですか、珍しくもな
んともないですよ﹂
﹁いやーお菓子だって作ってるんですよ? すごいですよカーム君
は、ねぇ? そう思いませんフレーシュさん﹂
﹁男は強く有るべきだ、軟弱な男が料理でもしてればいい﹂
﹁きついお言葉ですね、まぁ趣味みたいなもんですよ、料理だって
他にしてくれる人がいなければ自然に覚えます﹂
﹁趣味なら鍛錬にすべきだ、作ってくれる妻や夫がいなければ食べ
に行けばいい、まったくこの軟弱な男共は﹂
そう言いながらドライオレンジを口に運んでいる、なんだかんだで
好評だ。
﹁自分で作った方が安いですよ﹂
﹁おやおや、厳しいですねー別にいいじゃないですか、軟弱でも﹂
﹁いや、ヘングストさんは軟派でしょう。片っ端から女性に声かけ
て﹂
﹁片っ端じゃないさー、僕が声を掛けるのは乙女だけさ、乙女は何
人いても良い物さ﹂
﹁なんか、女性に対してすげぇ失礼じゃないですかね?﹂
﹁最悪だ。矯正してやろうかこの駄馬め﹂
かなりきつく睨んでいる、目つき怖いですよ。
﹁んー僕に愛を囁かれ無いだけで嫉妬しないでくださいよー﹂
この馬はある意味精神が強いな。
フレーシュさんは無視を決め込んだようだ。
﹁んー、同じ男として最低ですよ? まぁハーレムは男ならだれも
が夢を見ますが、俺は一人を愛したいですね﹂
﹁種族の違いから来る価値観の違いさ、僕達はこれが普通なのさ﹂
﹁そうですか・・・まぁ女性に刺されない様に気を付けてください﹂
289
﹁正面から刺されたら抱きしめて上げるくらいの寛大さを見せない
と﹂
﹁はぁ、お大事に﹂この馬疲れる。
﹁他の人の分も残しておいて下さいよ﹂
そう言い残し、早々に部屋に戻ろうと思ったら。
﹁そう言えば、厄介な奴に目を付けられたらしいじゃないか、昨日
の叫び声はお前も関って居るんだろう?﹂
ドライオレンジを口に運びながら声を掛けられ﹁まぁ﹂と答えたら
﹁相手はランク5で、4人なんだろ? もしよかったら菓子の礼に
処理を手伝うが﹂
﹁いやー耳が早いですねー、だけど平気ですよ﹂
ニコニコしながら言うと。
﹁貴様のような軟弱な男が4人相手に勝てるのか? それに耳が早
いのでは無い、ここまで聞こえたからだ﹂
﹁耳が良いんですね、軟弱なら軟弱なりの戦い方もあるんですよ、
どんなに卑怯な手を使ってでも、生き残るって意志が有ればどうに
かなりますよ﹂
そう言いながら笑顔で手に黒曜石のナイフを生成し壁に止まってた
ハエに投げつけ壁に縫い付ける。投擲スキル補正は最高だぜ。当た
るとは思わなかったけど。
﹁おおーすごいね﹂
﹁確かに、軟弱と言うにはいささか偏見が有ったな、カームよすま
なかった﹂
お?貴様から名前に昇格ですか、少し気分が良いね。
﹁でーそのナイフどこから出したの?﹂
ドライフルーツをモグモグしてる馬に言われ、また椅子に戻り魔法
の事で色々と盛り上がり、ぎすぎすした空気は無くなった。
しかも何故か俺が昼を作る事になり、途中から大家さんも来たので
4人分を作る事になった。いやーパスタは万能だね。
290
まぁこういうのも有りか。と思いつつ昼食を終えた、ちなみに評価
は上々だった。
壁に開いた小さい傷はばれなかった。
夕方まで部屋で久しぶりにゴロゴロした、鍛錬とかしても良かった
が休日なので止めておいた、休むもの重要だからね。
夕食を済ませ、風呂に行くと、また4人に出くわした。
時間もずらさず道も変えない俺も俺だが、いい加減面倒だし﹃殺さ
なければ良いよ﹄って事なので、いやいや相手にしてやることにし
た。
﹁てめぇ馬鹿か!同じ時間に同じ道使いやがって、今日こそは許さ
ね﹂
﹃バンッ!﹄と一時的に耳が聞こえなくなる轟音と、目を潰すよう
な閃光が相手の声を遮り。
4人が悶え﹁卑怯だぞ﹂﹁皆気を付けろ﹂﹁目がぁー﹂と大声で叫
んでいるが多分お互い聞こえていないだろう。目を瞑るのは当たり
前として魔法で耳に粘土で栓をしておいて良かった。
すぐさま肉体強化を10%まで上げ、1人目は膝を前から思い切り
蹴り飛ばし﹃ゴキ﹄と言う音と共に変な方向に足が曲がり倒れる。
2人目はそのまま目を押さえうずくまっていたので背中の右側、肝
臓の位置に手加減無しの踵落としを食らわせ。
3人目は目を抑えたまま大声て何かを叫んでいるが気にせず手に手
頃な丸石を魔法で作り出し石で顎を殴って黙らせ。
4人目は目を押さえ仰向けで転げまわっているので遠慮なく顔に踵
を入れてやった。多分鼻が潰れたと思う。
多分もう耳も聞こえてる思うので言ってみる。
﹁相手を襲うなら口上述べる前に叩きのめした方が良いですよ。ご
ちゃごちゃ言ってると馬鹿みたいですから。高い授業料でしたね﹂
そう言い肉体強化を3%まで戻し、筋肉痛になってないか確かめる
291
が﹁うん、大丈夫だな、痛くないし﹂そう呟いた。
聞いた事の無い大きい音が聞こえ、近所に住む住人がワラワラ出て
きたので状況を説明。
太ったおばさんが﹁昨日もなんか言ってた人達かい? 4人相手に
大丈夫だったかい?﹂
﹁まぁ、こんな感じで処理しましたし﹂と足元を見て未だに立ち上
がれずに唸っている4人組を見て﹁死んでないんで平気でしょう?
自警団の人達はいつ頃来ますかね?﹂
﹁そろそろ来るんじゃないかねー、結構大きな音が鳴ったし、それ
と誰かが呼びに行ったし﹂
そんな事を話していたら、出て来た人達が逃げられない様にと4人
を囲んでる。
そうすると、自警団の人が来て4人を連れて行った。
俺も連れて行かれた。
まぁ当たり前だよね、一応状況説明も必要だし。
﹁俺等は悪くねぇ! アイツが行き成り目潰しをして襲って来たん
だ!﹂
大声で主張するが布を噛まされ静かになる。
﹁数日前に酔っぱらっていた彼等に絡まれたので、怪我をさせない
様にその時は足をかけ転ばせて逃げました。そうしたら昨日は待ち
伏せをされて襲われそうになりました、だから目潰しを使い逃げ、
今日自警団の方に相談させていただきました。そうしたら﹃殺さな
ければ良いよ﹄って事なので、いい加減絡まれるのも面倒になって
来たので、今日襲われそうになった所をやり返しました﹂
﹁あー大丈夫報告が来てるね、近所で4人組に絡まれてる肌が紺色
の人が居たって言うのが2件、あと、君、今日相談しに来た人でし
ょ?﹂
﹁えぇ、確かに相談には行きましたが、一応何か書いてるのは見て
292
ますしギルドの方にも言っておく、と言ってましたね﹂
﹁それなんだけど、このドラゴンの牙、他の町でも何かやらかして
追放されてるんだよ、だから今回は追放は無しで最前線送りじゃな
いかな﹂
﹁最前線って言うのは?﹂
﹁知らないのかい? 今人族と国境線で揉めてるんだよね、だから
少しでも戦力って事で送られるんじゃないかな?﹂
﹁あー俺1人足の骨折っちゃいましたけど・・・﹂
﹁大丈夫だよ、治癒術が使える人が無理矢理直すから、もちろんこ
の人のお金でね﹂
﹁あーそうですか、所で俺への処分は?﹂
﹁特に無し、数日絡まれなんとか回避しようとしたけどドラゴンの
牙がしつこかったから撃退。何も悪い事は無いよ。ただ死亡者が出
てたら君も両成敗って事で最前線だったかもね﹂
﹁あー、今後気を付けます﹂
その後適度に町のルールを聞き家に帰る事にする。桶を抱えたまま。
﹁おかえり、災難だったわね﹂
﹁御迷惑かけて申し訳ありません。﹂
﹁迷惑は掛かってないわ。まぁあのままここまで乗り込まれて、荒
らされてたら迷惑だったけど、で。罪状は?﹂
﹁特に無しと言われました、殺してたら最前線送りだったみたいで
すが﹂
はははと軽く笑う。
﹁最前線は困るわ、だって家賃が入って来ないから﹂
﹁あー、それは深刻ですねなるべく死なない様にして、しかも最前
線に行かない様心がけます﹂
﹁お願いね﹂と言われ部屋に戻っていく大家さん。
キッチンで﹁あ゛ー俺の心配より家賃っすかぁ﹂と息を吐きつつ砂
293
糖を多めに入れたカモミールティーを飲んでから寝る事にする。
キッチンから出る前にフレーシュさんが来て状況を聞いてきたが全
員撃退したと言ったら﹁そうか﹂と言ってキッチンから出て行った。
轟音には追及されなかったし一応心配してはくれたんだな。
あーなんかめんどくさい1日だったなーこれだからしつこい奴等は。
294
第29話 なんか恨まれてた時の事︵後書き︶
魔法の名前は﹁砂﹂です。
部屋割りが少し解り辛いとご指摘をいただきましたのでここに書き
ます。
1階4部屋の2階建てで、大家さんが0号︵部屋番無し︶でヘング
ストが1号、カームが2号となっております。
ですので主人公は3号室ではありません。
295
第30話 村に帰った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
スズランと夜を過ごす描写が有りますが例の如くさしあたりの無い
表現ですが、嫌いな方はお気を付けください。
296
第30話 村に帰った時の事
昼休み中、食堂で皆と食事をしている最中に、報告をしておこうと
思う。
﹁おやかた、明日から3日ほど休ませてもらいます﹂
﹁おう、前々から言ってた彼女か?青春してるなぁ!﹂
と大きな声で言うから周りに丸聞こえである、周りの連中がニヤ付
いてるのが少し気に障るがまぁ良い。
30日近く同じ場所で働いてればそれなりに親しくはなる、食堂か
ら出て作業場に戻る時にきつねさんが﹁帰ってきたら色町紹介しろ
よー﹂とか言いながらバンバン背中を叩いて来る、なんだかんだで
スイートメモリーにはまだ行っていない、他の皆も有る程度危険だ
と知っていながら、行きたいみたいでソワソワしている。
﹁まぁ、一緒に付いて行くだけっすよ、買いませんからね﹂
﹁大丈夫だって、ばれないから﹂
﹁いやいやいや、つのさん、あいつの事知らないから言えるんっす
よ﹂
﹁そ、そうだよ、買おうぜ、他の女の味も知るべきだ﹂
﹁女の味って・・・下品っすよまっちょさん﹂
そう言いながら仕事に戻って行き特に問題無く作業終了時刻になる。
帰り際に土産も買って行こうと思い少し違う道を通りながら帰る。
土産は実家に香辛料を、スズランには前々から﹃似合いそうだなー﹄
と思う簡素な銀のイヤリングを買った。着飾る必要が無いのか、そ
の気が無いのかは知らないが、小物を身に着けている所をあまり見
た事が無い、俺が送った髪飾りも毎日つけると言うより、祭りの日
くらいにしか付けていないからな。これくらいなら黒髪にも合うと
297
思うし、特に問題は無いだろう。
無難って最高だな、最悪ミールに今後何を送っていいか相談しよう、
あいつは指輪やピアスを常に何かしら身に着けていた気がするから
な。そもそも指のサイズを知らないと指輪は買えないよな。
家に帰り、明日の用意だけはしっかり済ませ、大家さんに3日ほど
留守にする事を伝えたら。
﹁帰って来なかったら家財道具は売るから安心して﹂
そう言われ、冗談だと思いつつ苦笑いしかできなかった。この人と
は中々打ち解けられないな、なんか壁が厚いんだよ。
◇
朝日が昇り、門が開くまでには朝食と昼食の準備をする。来る時は
休憩無しで来たが、今日はゆっくり帰ろう。
相変わらず大家さんはパンと牛乳だけだった。
﹁おー今日は仕事じゃないのかー﹂
﹁えぇ、ちょっと村に帰ってきます、彼女が30日に1回は会いた
と言ってたんで、帰らないと﹂
﹁そうか、残念だが帰ってきたら通行料を取らないといけないな、
実家に金を忘れて来るんじゃないぞ、それときっちりイチャイチャ
してこいよ、色町で金を使うよりよっぽどいいからな﹂
そんなどうでもいいやり取りも、門番さんと出来るようになってき
たのも馴染んできてる証拠だと思いたい。
村まで半分って所の東屋で、昼食には少し早いけど休憩を入れ、の
んびり過ごしていると魔物のゴブリンが茂みで様子をうかがってい
るので、周りを確認し誰もいない事を確認してから︻石の弾頭︼を
作り出し、射出する。
298
ヒュン!と風を割く音が聞こえ、悲鳴も呻き声も無く、ドサッと言
う音と共に前のめりに倒れて茂みから上半身が出て来る。
口から上が吹き飛んでいて、蒐集部位が取れないが今まで生物に対
して使った時が無いので実験代だと思えば安い、後は証拠隠滅だな、
その辺に放って置いても魔物や野生動物が処理してくれるが、一応
東屋から見える位置で倒れているので足をもって引きずって運ぶの
も面倒なので、火属性魔法で︻火球︼を出して焼く事にする。
﹁今のは×ラ○゛ーマでは無い×ラだ﹂
誰も居ないので言ってみる、後で火と氷でも出して合体させてみよ
うかな。
その後、村に着くまで魔物を見かける事も無く、平和に帰れたので
良しとしようか。
村近くまで来ると﹁おーいカームー﹂とか聞こえ、まだ先っぽしか
見えていない櫓からだと判断する、俺は見えていないがシンケンに
は見えているのだろう、一応手でも振って置く。
そのまま街道を歩きシンケンが近づいて来る。
﹁久しぶり、なんか腕少し太くなったね、仕事は何をしているんだ
い?﹂
﹁まぁ夜にでも話すさ、一応仕事中なんだろう?﹂
﹁これくらい平気さ、櫓での見張りは暇で暇で仕方ないよ﹂
﹁暇でも一応用心だけはしないとな﹂
軽くやり取りをして実家に向かう事にする。
﹁ただいまー﹂誰もいないです、悲しいねぇ。まぁまだ日も高いか
らね。仕方ない。土産の香辛料をテーブルに置いて、スズランにで
も会いに行こう。
299
相変わらず家禽の世話をしていたので﹁ただいま﹂と声を掛ける。
そうしたらスズランが駆け寄って来て﹁おかえり﹂と言って来た、
ナニカイワカンガ。
﹁思ったより帰って来るのが早かったね。あと5日くらい先かと思
った﹂
アレ、コノココンナニシャベッタッケ?
﹁あぁ、今してる仕事が日雇いで、ある程度仕事したら休んでの繰
り返しだから、折角だから早めに戻って来たんだよ、あとこれお土
産﹂
﹁ありがとう﹂
こんな笑顔あまり見なかったのに、どうしたんだろう。
﹁良く喋る様になったね、30日でこんなに変わるとは思わなかっ
たよ﹂
﹁うん。鶏の世話をしてて。卵を産んだら売ってくれって人が多く
て。それで。いつもより多く喋らないといけないって気が付いて。
カームは。あまり喋らなくても。私の言いたい事解ってくれてたか
ら﹂
すげぇ、こんな喋ってる所見た事無いわ。
﹁池のお姉さんにも言われたから。可愛い声だから、もっと、喋っ
た方が良いよって﹂
おー感謝しないとな。
﹁あー、あとこれお土産、スズランってあまり着飾らないからさ。
その、毎回買って来られる訳じゃ無いけど、初めて町で稼いだお金
だから記念に﹂
言ってて少し恥ずかしいが、ちゃんと目を見て渡せた。
﹁ありがとう。開けて良い?﹂
小首をかしげてくる。月並みだが、すごく可愛いと思った。これで
俺より背が低くて上目づかいなら、もっと可愛いんだと思うけど、
こればかりは贅沢な悩みだ。
300
そう思っている間に、紙袋を開けて片耳に付けて﹁似合うかな?﹂
と指で髪をかき上げるようにして、耳を見せて来る。その仕草に少
しドキッっとするが﹁似合うよ﹂とだけ言って平然を装って置いた。
そのまま両耳に付けると思ったが、外して袋に戻し﹁部屋に置いて
来るから。居間でまってて﹂と言われ、入り慣れたスズランの家に
入る事にする。まぁ普段から小物類もまったく身に着けないからな。
しばらくしてお茶が出て来た。飲みなれたお茶だ、向こうではカモ
ミールティーしか飲んでねぇや。
お茶を飲みながら俺が町に行っている間の30日近い間に何が有っ
たのかを話し合い。
﹁4人相手に戦って勝ったんだ。カームはいつも戦おうとしないか
ら。すごく珍しい﹂
﹁隣に住んでる人と、上に住んでる人に言われたからね、﹃殺さな
ければ良いからさっさと片付けな﹄ってね、戦う前まで2回は逃げ
たんだけどね、相手もしつこかったからね﹂
気が付いたら夕方になっていてリコリスさんが帰って来た﹁あらー
懐かしいわねー﹂﹁あ、お邪魔してます。﹂といってさらに世間話
をする。
﹁うちの子、カーム君がいなくなってからすごく喋るようになって、
本当良かったわー、だってカーム君がいたら多分今まで通りあまり
喋って無かったと思うの﹂
﹁俺がなんとなく、言いたい事とか察してたからだって聞きました、
それと村の方は変わりませんか?﹂
﹁そうねー、村長がしばらく町に行くって五月蠅かったくらいかし
ら?﹂
﹁あの爺さんは俺に頼りすぎなんですよ、確かに魔法で荒れ地を耕
したり、水引いたり、新しい酒を造ったりで色々やっちゃいました
301
からね﹂
﹁おーう今帰った・・・ぞ?﹂
﹁あ、おじゃましてます﹂
﹁おい、帰って来て速攻イチャイチャしてたんか? ん?﹂
ひでぇ言いがかりだ。
﹁おめぇ、町に行って日雇いやってるんだって? ランクは幾つだ、
ギルド登録して仕事した方が早いからな、討伐とかはしてんのか?﹂
﹁いやー、まだ2で、防壁修理の日雇いで、毎日レンガの泥を練っ
てます﹂
﹁おいおい、男なら討伐依頼だろ? 腕っぷしが強くねぇとスズラ
ンの事守れねぇだろ!﹂
﹃貴方の娘さんの方が強いと思いますよ、純粋な力ならですけどね。
﹄もちろん口にはしない。
﹁俺は弱虫で、痛いのとか危ないのは嫌なんで、安全に稼いでます
よ。守るような事に成ったらその時に考えます﹂
﹁それでもヘイルの息子かよ! だらしねぇ!﹂
﹁お父さん。カーム町でケンカ売られて4人に勝ったって言ってた﹂
あちゃー、余計な事言わなければ良かったよ。
﹁ほう・・・そいつはランク幾つだ? 武器は?﹂
﹁えー全員ランク5でずっと4人いっしょだったからパーティー組
んでるんだと思います、武器は街中なのでお互い持ってませでした
ね﹂
﹁ほう、んじゃ素手でやり合って、ランク5の4人に勝ったって言
うのか?﹂
﹁まぁ、一応。死なない程度には﹂と言いながら経緯をすべて話す
事にした。
﹁卑怯じゃねぇのかそれ?﹂
﹁んーちょっと手段としては﹂
302
スズランに至ってはお茶を飲んでいる。
﹁喧嘩に卑怯も汚いも存在しません、しかも喧嘩売ってるのに殴り
かかって来ないでゴチャゴチャ言ってるだけなので、正面から正々
堂々不意打ちさせてもらいました﹂
﹁いやーそれでもなぁ?﹂
﹁んー何とも言えないわー﹂
﹁カームが無事なら何でもいい﹂
﹁けど、目潰しって・・・どーよ?﹂
﹁生きてるならそれでいいと思う。相手は4人だった﹂
﹁うーん﹂
イチイさんがいるって事は両親も帰って来てるって事だよな、そろ
そろ帰らせてもらうか。
﹁あのーそろそろ俺、帰りますね、多分もう親も帰ってると思いま
すし﹂
﹁おう、少しくらいこっちにいるんだろ﹂
﹁明後日の昼前に町に行きます﹂
﹁スズランの事少し構ってやってくれ﹂
﹁はい﹂
そう言ったら、恥ずかしいのかスズランがイチイさんの事をドスド
ス殴っている、あの時腹に食らったアレを肩に入れてるとしたらイ
チイさん固過ぎでしょう・・・まぁ帰るか。
﹁お邪魔しましたー﹂
﹁ただいまー﹂
﹁あら、おかえり、いつ帰ったの? 解らなかったわ﹂
﹁昼少し過ぎかな﹂
﹁どうだ? 向こうでの生活は﹂
﹁慣れたよ、集合住宅に住んでる人達はすごく面白い人達だし﹂
﹁面白い・・・ねぇ。とりあえず話してみろ﹂
﹁ユニコーンと人間のハーフの軟派ケンタウロスっぽいの、色町で
303
働いてるサキュバス、冷たそうに見えて実は心配性なダークエルフ
のお姉さん、妖精族で多分バンシーで、気が強い多分俺より年上な
ちっちゃい子、大家さんなのにサバサバした性格。今の所会えたの
はそれくらいだね。詰所の人に、住む場所を報告したら﹃あの変態
の巣窟か﹄とも言われてたね﹂
﹁そうか。何かあったら心配だから、住んでる場所の名前だけ教え
てくれ﹂
近状報告をしつつ、御土産の事で気を遣うなとか、前世の感覚で家
に金を入れようと思ったら金だけ突っ返された。
お茶を飲みながら、どうでも良い会話をしてたらドアをノックする
音が聞こえたので、開けたらヴルストがいて。
﹁ばんわーっすちょいとカーム借りますね∼﹂
簡単に俺の親に挨拶をして攫われた。
﹁で、どうなんだよ?﹂
連れてこられたのはもちろん酒場だ、シンケンもシュペックもいる、
相方はいないみたいなので男同士の飲み会だ。
今日、同じ事を何回も言ってるので説明は楽だった。言い終わった
ら言い終わったで
﹁カームも十分変だから﹂
シュペック・・・その言葉、意外に傷つくぜ?
﹁で・・・だ、目潰しってどうだと思う? 卑怯か? 試合とかな
ら解るが戦争や喧嘩に卑怯は無いと思ってるのが、俺の考えなんだ
が﹂
﹁んー、卑怯って言うよりも状況に応じて動かないといけないから
ねぇ、仕方ないと思うよ﹂パクパク
﹁殺さなければ良いと思うよ﹂モシャモシャ
﹁相手は4人だろ? 微妙だな、いや、少し卑怯か?﹂モグモグ
304
とやはり三者三様の答えが返って来る。
﹁まぁボコボコにされるより、ボコボコにした方が良いって思った
から遠慮なくやらせてもらったけどね、イチイさんは﹃相手が多く
ても正々堂々と行くべきだー﹄とか言われてさ、俺あの人みたいに
強く無いし﹂ゴクゴク
適当に飲み食いしながら、世間話に花を咲かせる、なんか大学時代
にファミレスで無駄話してた時を思い出すなぁ。
そして良い感じに酔ってきたらお互いの夜の事情の話題になる訳で
すよ。
﹁あーうん、まぁまぁかな、意外に甘えて来るのにはびっくりした﹂
﹁慣れたけど・・・偶に物凄く激しい時が有るから困るよ﹂
﹁普通だな、意外だったのは向こうから誘ってくる事が多いって事
くらいかな、俺がその辺のガキの面倒見てると﹃私も早く欲しい﹄
とか言って来た時はびっくりしたな﹂
で、カームは久しぶりに帰って来たんだからもちろんするんだろ?
って話になる訳で。村はずれの空家が暗黙の了解で今の所そう言う
事になってるぜ。とか言われるが。
﹁まぁ、スズランの事だから、その辺はもうすでに計画済だと思う
よ、今飲んでる時に来ない事を祈るよ﹂
ゴクゴクとカップに残っていた果実酒を飲み干す。
﹁そういえば蒸留酒の方はどうなんだ?﹂
﹁校長が指揮を取ってるよ、学校の方は完璧に二の次になってるな
ありゃ﹂
﹁誰かに校長変わればいいのにな﹂
﹁﹁﹁なー﹂﹂﹂
と三人の声が重なる。よっぽど執着しているらしい。明日にでも見
学するかね。
305
その後適当にお開きとなり、稼ぎが多い俺の奢りになった、出稼ぎ
に行って帰って来て奢らされるってどうよ?
ちなみにスズランの強襲は無かった、明日か。
◇
久しぶりに自分のベッドで寝たのが良かったのか、歩いて来て疲れ
たのか、隣の部屋で歌ってる奴がいないからなのか、よく眠れた気
がする。
予定としては酒蔵見て、スズランと過ごすくらいですかですかね。
自分で、朝食を作らないって素晴らしいと思いつつ、手早く食事を
済ませ酒蔵に出向こうとしたらドアが強めにノックされ。
﹁カーム君が帰って来てると聞いたんじゃ、会わせてくれ﹂
切羽詰まった声がしたので家族全員で呆れた顔をして俺がドアを開
ける事にした。
﹁おぉカーム君、少し意見を聞きたいんじゃが!﹂
朝から最悪な気分だ。
﹁はい、何でしょう﹂
﹁今後の村の事についてなんじゃが﹂
﹁ここじゃアレなんで、集会所まで行きましょう﹂
﹁で、今後の村の方針なんじゃが﹂
﹁そうですね、今思いついたので良ければですが﹂
・校長先生が今作ってる蒸留酒を特産品として売りながらお金を溜
めて計画的に水路を伸ばしながら畑の拡張、折角だから広大な土地
を生かし試験的に葡萄や林檎も植えてみる。それもお酒にするか売
るかを話し合う
306
・お酒の技術を売る。お酒の噂を聞きつけて﹃私の町や村でも作り
たいんだ﹄って人が来たら技術料としてお金をもらいつつ勉強させ
る。もしくは酒作りを知ってる人を派遣して教えて来る。コレの値
段は移動する距離と泊まった宿代くらいで。
・お酒の研究1。とりあえず色々な物でお酒を造って蒸留してとり
あえず味の違いを確かめる。
・お酒の研究2。樽の中の焦がし具合で味や香りが変わるから樽に
番号を振り確かめる。
・お酒の研究3。樽に使う木でも香りが変わってくるからとりあえ
ずまずは試してみる
・お酒の研究4。蒸留酒に果物を漬けて飲みやすくした物を考えて
まずは飲んでみる
・計画的に村人を増やす。頭の良い人を村で雇うか引き抜いて来る。
村人が増える前に借家を立てて畑を耕して置く。
・近隣の村とよく話し合う。﹁ベリル村は酒の為に麦とか芋しか作
らないからそっちは家畜を育ててよ、安く麦を売るから安く肉を買
わせてよ﹂とか。
・最終手段。これ以上何もしない。今のままそのまま過ごす。現に
生活に問題無いので下手に弄ら無い。
﹁ふむふむ﹂必死に村長がメモを取っている。
﹁今考えたのを大雑把に言ってみましたが、まぁその辺は村の人と
話し合って下さい。俺は俺で色々勉強して来るんで、むしろ俺が居
なくてもこの村が育つ様に導くのが村長でしょう﹂
﹁いやー儂の代でここまで物事がでかくなるとは思わなかったんじ
ゃよ﹂
﹁その辺は諦めてください、代々村長をしてた血筋を発揮させてく
ださい。それがダメなら頭の良い人を雇って色々意見を聞いて下さ
い、最悪引退して息子さんに村長をさせてみては?﹂
﹁アイツはまだ駄目じゃ、お主と一緒で働きに出ておる﹂
307
﹁じゃぁ村長がやるしかないでしょう﹂
﹁むぅ。解った!やってみよう!校長とも話し合い竜族の人達とも
交流を深めなんとかやって見せるわ!﹂
うんうんなんとか吹っ切れてくれたよ、村とか町の運営とか政治と
か法律とか、かかわりたく無いし。俺に領地とか与えられてもどう
運営していいか本当解らねぇよ。
と、その後も少し村長と話し合いある程度方針が決まりそれなりに
動くと言っているのである意味安心だ。帰って来る度に俺に方針を
聞きに来ないでくれると助かるね。
﹁おー活気づいてるなぁ﹂
蒸留小屋は最初の頃とは比べ物にならない活気で満ち溢れている。
﹁おう! 中々面白いし村の連中が結構乗り気なんだよ、だから﹃
もう一機増やすか?﹄って話も出てるんだよ、あと薪も足りないか
ら石炭にするかって話になってるな、その辺は校長が故郷から仕入
れるとか言ってるぜ、﹃わしに任せろ!なるべく安く仕入れて来る﹄
ってな﹂
﹁あーうん、安く仕入れても運ぶ手間が有るだろう、その辺どうす
るんだか・・・歩いて3日のあの山の中腹だろ?﹂指を指しながら
言う。
﹁・・・考えてねぇんじゃないか?﹂
﹁デスヨネー﹂
﹁面白い話をしておる喃﹂
ねっとりと絡みつくような声で話しかけられ、少し驚きつつ振り向
く。
﹁デスヨネー、やっぱり都合良く来ますよねー﹂
﹁で、その話。詳しく聞きたいんじゃが﹂
いきなり、目が爬虫類みたいになってかなり怖い。
﹁いくら地元で、少し無理が通るって言ってもあの距離を、石炭を
運ぶのはそれなりに時間もお金もかかるのでは? 熱意ある若者の
308
やる気だけじゃ長くは持ちませんよ。お金とかがそれなりにかかる
と思わないと、多く乗せると馬車の車輪や車軸だって痛むと思いま
すよ﹂
それらしい事を言ってみる。
﹁なら竜になり飛んで運ばせよう﹂
あ、竜に成れるんだ、竜族って角だけかと思ってたわ。
﹁何回も往復させますか? ストレスが溜まってその内ハゲますよ﹂
﹁むう、確かに飛ぶとなると重い物は持てんしな﹂
﹁なら、別の手段を考えないと﹂
﹁頭の良いお主だからそれなりの考えが有るんじゃろう?﹂
このショタジジイめ。こいつも俺の頭が頼りか!
﹁炭でも作ればいいんじゃないんですか?﹂
﹁炭ってあの燃えカスか?あれって作れるんか?﹂
確かに町でも見かけた事無いけど、どうなんだこの世界に有るんか
? ってか本の数が少なすぎるんだよこの世界。いいやもう。人か
ら聞いたって事で。
﹁町で知り合った、物知り爺さんに聞きましたよ。薪より長く燃え
るって﹂
小さい背なのに俺の肩に手を置き﹁教えてくれんか喃?﹂と笑顔で
言ってくるが目が笑ってません、ってか目がまた一瞬で爬虫類の様
に長細く変わるのはマジで怖いので止めてください。 ﹁あーじゃぁ﹂と言いながらその辺を見渡し手頃な瓶と細い枝を持
って来て簡単に説明しますかね。
﹁木って燃えると灰になるじゃないですか?﹂と言いながら木屑も
燃やす。
﹁けど空気に触れない様に燃やすと炭になります﹂小枝を瓶に入て
蓋を軽くして、指から火を出して瓶を熱して理科の実験の様にやっ
309
て見せ、段々木が炭化して行き瓶の底に液体が溜まって来る、木酢
酢だ。
﹁﹁おぉー﹂﹂理科の実験で興奮してる子供みたいだ。
そして、炭化した枝を取り出し再び燃やす。
﹁燃えておらんではないか﹂
﹁いや、燃えてます、火が見えないだけで﹂と言って燃えてない方
を渡すと手を近づけ﹁ほう、確かに熱いわ﹂どれどれと言いながら
ヴルストも手をかざす。
﹁どうやって大量に作るんじゃ?﹂
俺は地面に簡単に図を書き
﹁窯の中に入れて作ります、けど普通に作ったら燃えるので、こう
排煙口を下に小さく作ります﹂
﹁﹁うんうん﹂﹂
﹁そうしたら中にぎっしり木を入れて火を付けたら白い煙が出てき
ます、ぎっしり詰まってるので中の方は空気に触れてない状態です
ね﹂
地面に書いた図を指しながら説明を続ける
﹁﹁﹁うんうん﹂﹂﹂
﹁後はさっき見せたみたいに白い煙が出てきてどんどん透明になっ
てきます、透明になったら窯口と煙突を塞いで瓶に蓋をするように
空気を無くします﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ほうほう﹂﹂﹂﹂﹂
﹁そうしたら、何日か置いて中の炭が冷めたら、取り出して完成で
す﹂
﹁﹁﹁﹁﹁おぉ!!!!!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁あとこの煙を集めて出た液体は薬になります﹂
﹁﹁﹁﹁﹁うぉぉぉぉぉ!!!!﹂﹂﹂﹂﹂
いつの間にか人が増えててビックリしたわ
﹁ちなみに臭い消しです、風呂にも入れて平気です﹂
310
﹁﹁﹁おぉぅ!?﹂﹂﹂
﹁石鹸で消えない臭いとかも結構消えます﹂
ポーションとかそっち系を想像してたのか、まぁ錬金術とか知らな
いからどう作るかは知らないし何が材料かもしらないんだよな。薬
草集めのクエスト受けとけばよかったわ。
﹁じゃぁ早速!﹂
﹁窯作るのにも時間かかりますし、木を敷き詰めて燃やして煙が透
明になるのにも時間かかりますし、冷めるのにも時間かかります、
とてもじゃないですが明日帰る俺には無理ですよ﹂
目に見えて、テンションが下がっていく校長。
この後、集会所で詳しい話とさっき描いた図をさらに細かく、解り
やすく図面にし、木酢酢の製造方法、使用方法も記載しておいた、
そして窯に簡易的な屋根を付けて東屋の様にする事も。
﹁これで薪の件も解決じゃ﹂
﹁木を切りすぎて森を消さないで下さいよ、色々と大変なので﹂
公害とか、自然災害とか、野生生物の減少とか色々有った気がする。
山の木を切って海の魚が捕れなくなったとか聞いた事が有るし。ま
ぁここ平地で海見た事無いけど。
なんだかんだしている内に夕方になってしまい、スズランの事を構
ってやれなかったのが気がかりだ。
そうしている内にミールが怒りながらやって来て﹁久しぶりに帰っ
て来たのに何やってるのよ、村はずれの空家でスズランが待ってる
からさっさと行きなさいよ!﹂
物凄く怒られ、空家の場所を聞いたらさらに怒られた、どの空家な
んだか解らないんだから仕方ないじゃないか。
言われた空家に向かうと﹁おかえり﹂と言われ、何が何だかわから
ないがテーブルに夕飯だと思われる物が用意してあった、見事なか
311
ら揚げ祭りだ。うん、君の好きな物は皆が好きって考え止めようか。
俺はから揚げは好きだけど、限度を知ってくれ、好きでも食欲が無
くなる。
﹁あ、ただいま﹂
うん、多分新居に住み始めた二人って設定っぽい、いろいろ凝って
るし。
﹁先にお風呂入って﹂
風呂まで沸いてるんですか、色々とありがたい。
まったりと風呂に入ってたらスズランが﹁一緒に入ろう?﹂と言っ
て入って来た。脱衣所でごそごそ聞こえなかったから、別な場所で
脱いでここまで来たか。中々の策士だな、音が聞こえたら心構えと
か色々出来たけど、行き成りは流石にびっくりだ。
﹁洗ってあげる﹂と言われ少し恥ずかったのは秘密です。
﹁洗って﹂と言われた時はもっと恥ずかしかったのも秘密です。
その後夕食になり、すっかり冷めきったから揚げと、温め直した鶏
のスープを食べながらどうでも良い話をして、俺が洗い物をして、
どうでも良い話をしながら一緒に寝た。まぁ、さっき風呂で有った
からな、布団の中では甘えて来るだけだ。
会話の内容に﹁私。兄弟姉妹がいないから。子供は少し多いくらい
が良い﹂とあまりどうでも良くないのも有ったが﹁まぁ一人目が少
し大きくなったら考えよう﹂とだけ言って置いた。
◇
はい、朝食作りはやっぱり俺の仕事ですよね。
昨日のから揚げを揚げ直し、パンに野菜と一緒に挟んで。簡単なか
ら揚げサンドを多めに作り、昼食も作って置く。
312
そして全裸のスズランを起し、目が醒めるまでほぼ1年ぶりの反応
を楽しんでたら覚醒した瞬間に思い切り殴られた。理不尽である。
言い分としては﹁薄暗いなら良いけど明かるい時は恥ずかしい。起
したら部屋から出てって欲しかった﹂だそうだ。あー星が飛んでる
よ、気絶しなかったのは耐性のおかげ?あと歯が折れてないのが奇
跡だぜ。
朝食を食べ、使った物はすべて綺麗にして、シーツだけは持ち帰る、
そういうルールらしい。
家まで送って行ったらイチイさんに物凄い笑顔で出迎えられ肩を叩
かれる。﹃少し構ってやれって言ったけど朝帰りしろとは言って無
いぜ?﹄って顔だ、正直すごく怖い、リコリスさんは柔らかい笑顔
で出迎えてくれるが相殺できないくらい怖い。殴られたりはしない
が何が言いたいかは顔見れば大体解るさ。まぁ・・・一人娘だし。
久しぶりの気まずい朝の空気を堪能しつつ、家に帰り、両親にもニ
ヤニヤされながら町に帰る事にする。
﹁早めに孫の顔が見られるかしら﹂とか母さんが言ってたが、聞こ
えない振りをして出て来た。﹁今日も当たらないよ﹂とか言ってた
し、まだまだ先ですよ母さん。
三馬鹿に挨拶しながら帰ったが、全員肩を叩きながら﹁朝帰りおめ
でとう﹂とか言ってきやがる、あの空家を使って帰ったらそう言わ
れるルールでも有るんかよ、とぼやきつつ町に帰った。
帰路は物凄く平和だった。
313
第30話 村に帰った時の事︵後書き︶
ちなみにスズランはテコ入れの可能性が高いです
314
第30.5話 スズランの一日︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回はおまけみたいな物なので少し短めです。
315
第30.5話 スズランの一日
私はいつも通り起きてる積りなのだが目が醒めると太陽が昇ってか
ら結構時間が経っている、こればかりは昔からなので仕方が無い。
学校に通っていた時はカームがお父さんに睨まれながらも私を起し
に来てくれてたけど、町に出稼ぎに行きつつ勉強して来ると言って
村を出て行ってから起してくれる人が居ない。
学校に通い始めた頃はお父さんやお母さんが起してくれたけど寝起
きの悪さに諦めたのか、カームが来るようになってからは学校を卒
業してからも起してくれない。
﹁んー﹂
まだ少し眠い、それでも起きないと働いてる人達に悪いので起きる
様にはしている。決まった時間に集まって決まった時間に仕事が終
わる所が町には有るみたいだけどたぶん私には勤まらないと思う。
寝間着として愛用しているダボダボの麻のシャツやユルユルのズボ
ンを簡単に脱ぎ捨て代わり映えのしない何時もの服に着替える。お
父さんやお母さんの住んで居たここからずっと遠い故郷の服で﹃僧
侶﹄っていう神父様と同じような職業の人が作業をするために着て
いたと言われている動きやすい服だ。
色も派手じゃないし、ゆったり着れるから意外に気に入っている。
熱い時は袖や裾を短くしたり頭にタオルを撒いたりして過ごすがお
母さんからは不評だ、﹁女の子なんだから少しはオシャレに気を使
いなさい﹂と何時も言われている。
楽だし動きやすいから好きなのに﹁女の子は少し不便でも我慢して
お洒落をするのよ﹂とこれも良く言われる、確かにミールは少し着
飾ったりしているしいつも良い香りがする、クチナシだって偶に着
316
飾ったり良い香りがする。そこまでお洒落が重要なのかと思う。
﹁お洒落をしないとカーム君が他の子に取られちゃうわよ﹂とまで
言ってくる、あまり派手なのは好きじゃないし、カームが他の子に
色目を使ったりいやらしい目をしているのを見た時が無いから取ら
れる心配はしていないが近くに居ないと少し不安だ。
皆でお酒を飲んでる時にミールとクチナシがカームに抱き付いた時
は少し驚いていたが、ソコまで鼻の下を伸ばしていた訳じゃ無いけ
ど心がチクチクしてムッっとしたのは覚えている。酔っていたせい
も有って勢いで口付けをしてしまったがその時は心のチクチクは取
れたけどそれ以降はずっとドキドキしていた。大人達に交じって同
衾しようとしたけど﹁酔った勢いでこういう事したくないからまた
今度﹂みたいな事を言われた時は少し胸が痛かったけどそれも杞憂
に終わった。
ミールもクチナシも応援してくれて初めて町に行った時は色町の連
れ込み宿の手配もしてくれた、おかげで私はカームと性交できた、
逃げ場を無くして追い込むようにしたのは悪かったと思うが当時の
私は必死だったんだと思う。それからちょくちょくと交合う事はし
ているが子供はカームがまだ望んでいないので我慢している。
子供が出来る方法は学校の女子だけで先生から教えてもらった秘密
の話し合いで解っている。要は﹃当たらなければ良いだけ﹄だ。カ
ームにも逐一伝えるようにしているが﹃絶対では無い﹄と言う事も
教わった。なので子供が出来てしまったら仕方が無いので伝えるよ
うにしようとは思っている。
何故今日に限ってこんな事を思い出すのか解らないがそう考えなが
らも鳥達に少し遅めのご飯をあげてから卵の回収して、私も遅めの
ご飯を食べる。鴨の水場の水が少し少なくなってるので後で水を足
さないと。
今日も卵を売ってくれと言う人が来るはずだ、卵を売ったお金は全
317
部溜めている。カームも働きながら勉強をしているので私もお金を
溜めてカームと話し合って一緒に村はずれの借家を買い取るか借り
るかしようと思っている。
食器を洗い終えたら鴨達の水場にカームが作った水路の水を引き入
れ鳥小屋の掃除をして﹃糞は肥料になる﹄って言っていたので一か
所に集めて置いて麦を刈ったら撒くみたいだ。
カームは﹁水路じゃ無く疎水だ、コレのどこが川だ!﹂とやたら拘
っていたが正直良く解らないし水が引けるならどちらでも良いと思
う。
鳥小屋の掃除をした後は弱ったり卵を産まなくなった鳥を潰して肉
屋に売ったり食べたりする為に後から作った別の籠に別けて置く。
解体︽バラ︾すのは最初お父さんがやってくれたけど必要な事なの
で覚えた。
最初は手間取ったが慣れれば簡単だ、今は返り血だけ浴びない様に
気を付けるだけで特に問題は無い。
数が少ないから別ける数は少ないし頻繁に出る訳じゃ無いので手伝
う事は少ないが池のお姉さんの手伝いに行くのが日課だ。
﹁こんにちはアールさん﹂本名はメーアアールと言うが本人が﹁ア
ールと呼んで﹂と言っているのでそう呼んでいる。
﹁こんにちは、今日も鴨達の様子を見て頂戴﹂﹁解りました﹂
こんな作業はすぐ終わるのでそのまま出来る雑務が無いかを掲示板
で確認して有ったらそれをこなし無いなら家に戻り昼食にする。
有る物で適当に済ませお茶を飲みながらのんびりして卵が欲しい人
が来たら売り、別けておいた鳥が居たら﹁今日は鳥も買おうかしら﹂
とか言って買っていく。そんなやり取りをして夕方少し前に成った
ら洗濯物を取り込みもう一度鳥たちにご飯をあげる。
ご飯をあげていたら後ろから聞きなれた声で﹁ただいま﹂と聞こえ
たので﹁おかえり﹂と返して上げた。
318
心臓が全力で動いた時みたいに速く鳴っている、毎日会ってた時は
そうでも無かったがしばらく会わないとこんなにも胸が高鳴る物な
のか、それが自分でも信じられなかった。
町で買ったという小物をプレゼントされた時は心臓の音が更に大き
くなりカームにまで聞こえるのではないか?と言う位大きくなった。
了解を得てから袋を開けたら穴を開けなくて良い耳飾りだった、片
方だけ付けて髪をかき上げて着いている所を見せたら一瞬だけ驚い
た様な仕草をして﹁似合うよ﹂と平然を装って返してくれたが私か
らしたら丸解りだ。だって少しだけ目を逸らして左の口角が少し上
がっているんだから。
とりあえずお茶を出して他愛も無い話をしながらのんびりとした時
間を過ごした。お母さんに﹁あまり欲張るのも良く無いわよ﹂とも
言われているので部屋に行く事だけは避けておいた。 そうしたらそのうちお父さんやお母さんも帰って来て﹃目潰しは卑
怯か卑怯じゃ無いか﹄と言う話題になったがカームが無事ならそれ
でいい。
カームが帰り夕食を食べている時に﹁今日の夜に会いに行くのだけ
は止めなさい、色々疲れてるだろうから﹂﹁あの三馬鹿と飲んでる
だろうしな﹂とお父さんはカームの事を散々睨んだり威圧するよう
な態度を取っているがなんだかんだ言って好き合う事に反対だけは
しない。ヴルスト達とも会いたいだろうから今日は行く気は無かっ
た。私にだってそれ位は解る。
だから明日の為に今日は色々準備をしておこうと思う。明日がすご
く楽しみだ、最悪ミールやクチナシにも声をかけて探してもらおう。
少し重くなった小物入れを見ながら。少し口角が上がっているのが
自分でも解って、恥ずかしくなったので今日はもう寝る事にした。
319
第30.5話 スズランの一日︵後書き︶
主人公が﹁勘が鋭い﹂と言ってますが大なり小なり癖が有ったみた
いです、その微細な変化がなんとなくスズランには解る見たいです。
320
第31話 微妙に厄日だった時の事︵前書き︶
細々と続いてます。
相変わらず不定期です。
どうでも良い特に話が進まない回です。
20150615 本編に影響が無い程度に修正しました。
321
第31話 微妙に厄日だった時の事
うん、帰路は平和だった。
ただ門の所で、顔見知りの門番が俺の顔を見て。
﹁オラオラ! 金持ってんだろ! さっさと出せよ!﹂
そんな感じで即興で、笑いながら一芝居を打って来た、人が少なく
暇だったんだろう。
前世で、ノリが良かった俺だ、乗ってやろうじゃねぇか!
﹁ひっひぃぃぃ! これだけしか持ってないです、本当なんです、
許して下さいー﹂
きっかり通行料を財布から取り出すと。
﹁ッチ! まぁ良い、今日はこれ位で勘弁してやる﹂と言いながら
笑顔で肩を叩きながら門を通らせてくれる。
﹁おい、まて﹂
﹁やっべ!上官だ・・・︵なんで居るんだよ・・・︶﹂
﹁そこの一緒にふざけてた奴もだ﹂
﹁デスヨネー﹂
﹁親しき仲にも礼儀有りと言うだろう? ましてや今は職務中だ、
解っているのか﹂
﹁はい、申し訳ありません﹂
書類を見ながら、俺も注意される。
﹁お前もお前だ、カームとか言ったか。門の外で防壁工事の日雇い
で門をよく通って、コイツとは親しいかもしれんが、こいつが職務
中だと解っててふざけただろう﹂
﹁はい、仰る通りです﹂
﹁今回は注意と言う事で済ますが、今度見かけたら奉仕活動を命ず
る、お前は減俸だ﹂
322
﹁﹁・・・はい﹂﹂
体感で10分ほど詰所内で注意された。
﹁悪いな、今度からは時間を選ぶよ・・・﹂
﹁いや、もうやるなよ・・・﹂
中身40近いのに高校生男子みたいなノリで、少しふざけたのが悪
かったな、今度酒でも奢らせよう。
部屋に戻り、荷物を下ろし、夕飯の買い物に出かけるが部屋を出る
とトレーネさんがいた。
﹁あの、何か用でしょうか?﹂
﹁お前がいなくて、2日ほど気分がかなり寂しい思いをした。金は
出すから菓子を作ってくれ!﹂
そう言いながら、必死な顔で訴えて来る。
何を言っているんだコイツは。
﹁あのーどういう事でしょうか?﹂
﹁甘味は、お前が気まぐれで作る物を期待していたという事だ、な
ぁこの通りだ、頼むよ﹂
そんなすがるような目で見られてもな・・・
﹁作らないならお前の部屋で泣くぞ! 死ぬんだぞ!﹂
可愛い声で急に何を言い出すかねこの見た目幼女は、たしか隣の馬
が﹁バンシーだね﹂とか言ってたな。前世だと家で泣かれると誰か
が死ぬらしいけど。集合住宅の一室で泣かれても俺が死ぬ確率は低
いんじゃないか?
﹁あーはいはい解りました、ってか買えばよかったじゃないですか﹂
﹁この辺の菓子は食べ飽きたから少し違う物が食べたかったんだよ﹂
﹁はぁ・・・そうっすか・・・﹂
﹁じゃぁ頼むよ﹂
決定事項っすか・・・
323
あーもう面倒くさい、菓子作りと同時進行出来る夕飯でいいや。そ
う思いつつ言う事を聞いちゃう当たりお人好しなんだろうか。
夕飯と菓子の材料を買ってきて先に菓子から手掛けるか。
脳内に有名な3分間を謳ってるクッキングの音楽を流しつつ作り始
めようとするが。
てけてってって、てけてってって、てけてってってって∼
目の前には2人の視線、1人増えてるね・・・
﹁なんでフレーシュさんがいるんですか?﹂
﹁ん?トレーネの声が聞こえたからな。菓子を作るのだろう、なら
私もご相伴にあずかろうと思ってな﹂
普段は綺麗で凛々しいのに、ドヤ顔で言われても困る。
﹁はいはい、1人分も5人分も変わりませんからねー良いですよ、
もう諦めてますから﹂
目の前に材料を用意してる時に。
﹁私が金は出すから作ってくれと頼んだんだ、一緒に食べるなら半
分出してよね﹂
﹁解った解った、払うから睨まないでくれ﹂
俺の労力は、作ったお菓子で相殺されます。
﹁で、何を作るんだ?﹂
﹁簡単なケーキを﹂
﹁ケーキだと!﹂﹁ケーキ作れるの!?﹂
﹁簡単な、ですよ?﹂
﹁自分で料理するし、余り物でクッキー作ったり、オレンジのドラ
イフルーツ作るし、なんで貴方が日雇いで働いてるか不思議だわ﹂
﹁趣味と仕事は別けた方が良いんですよ。そうしないと趣味が嫌い
になりますからね﹂
ってかこっちの世界じゃ出来る趣味が少ないから、必然的に料理に
324
手が伸びただけだ。ゲームも無いしな。いや、勇者が持ち込んだリ
バーシとかチェストかがあるし。
﹁んーもっともな意見だ、理に適ってる﹂
さて、俺の知識に有るのはホットケーキかパウンドケーキかシフォ
ンケーキだ。この中で材料費の少ないのはホットケーキだけどケー
キぽくないのでシフォンケーキにした。てかスポンジさえ焼けばホ
ールケーキも出来るんだけど生クリームをはかなり精製に面倒だし。
シフォンケーキは型が無かったので冒険者用の鉄のカップで代用す
るとして・・・
けど、目の前で見られてたら少しやり辛いな。
まぁ、やるしかないけどね。卵を卵黄と卵白に別けて、卵黄の方に
砂糖を数回に分けて入れて混ぜてー、小麦粉を数回に分けて入れて
混ぜてー、卵白はメレンゲにして砂糖混ぜてー、メレンゲを3回に
分けて卵黄の方に入れて混ぜるだけだからね。
あとはバーター塗った型に入れて、空気抜いてオーブンで焼くだけ、
膨らんで来たら串を刺してべた付かなかったら、はい出来上がり。
香りに誘われて大家さんと馬が増えて、なんか見た事の無い方が一
人。
第一印象は超こえぇ・・・
焼けたか確認をするために、オーブンの方を向いて少し作業してた
ら、椅子に座っていて、すごくびっくりして飛び上がりそうになっ
たが、ここにいると言う事は住人なんだろうと思い、叫び声だけは
なんとか堪えた。ありがとう・・・ゲーム好きだった俺、叫ばない
で済んだよ。夜中廊下で会ったら多分叫んで粗相してたわ。
325
身長2m前後で目が赤く全身が黒に近い灰色でしっとりしていて体
毛が一切無く耳の付け根まで割けた口に鋭い牙が有るって言えば解
るかな。
それに仕事帰りなのかハードレザーアーマーを着ていて剣は腰に下
げたまま。せめて返り血は拭いて下さい。
﹁あ、初めまして﹂
﹁ああ、お前がカームか。フォリだ、度々の菓子の差し入れ感謝す
る、美味かったぞ﹂
あれぇ、見た目が怖いだけで礼儀正しい。すごくいい良い人なのか
な?
ってか何族よ、両生類系かな、まぁ気にしないでおこう。
﹁あー、はい﹂見た目とは全然想像できない対応だからこちらも拍
子抜けだ、こんあ返事しかできねぇ。
出来立ての暖かいシフォンケーキを6人で食べるのには少し狭いな。
﹁んーーー甘ーい、柔らかーい﹂足をパタパタしていて可愛いなお
い。
﹁んー、これ程とは・・・﹂真剣な顔をして物凄い勢いでモグモグ
しないで下さい。
﹁うーん美味しいですねー﹂終始笑顔で食べ続ける馬、食に関して
はコメントが普通すぎて特に何も無いわ。
﹁・・・・・・﹂黙々と食べ続けてないで何かコメント下さい。
﹁うむ・・・ふかふかと柔らかく雛鳥の羽毛のようだ、甘さも丁度
良く卵の味も損なわれて無い、本当に日雇いで働いてるのが不思議
な位だ﹂丁寧なコメントをありがとうございます、ってか話聞こえ
てたんですね。
うん、普通。前世で食ってた生菓子に比べれば可もなく不可も無く、
本当に普通だ。
﹁﹁﹁﹁﹁ごちそうさまでした﹂﹂﹂﹂﹂
﹁お粗末様でした﹂
326
前世でも今世でも胃袋を掴んだ者が一番偉い法則は健在だな。
おやつ後は、雑談になり﹃なんで俺が壁の蠅をナイフ刺せたのか﹄、
﹃どうやってナイフを出したのか﹄の話題になったので、村で投擲
の練習をして。石、ナイフ、斧、を投げる練習をしていたと話し、
ナイフは魔法で精製したと。
フレーシュさんが﹁そんな事もしていたのか﹂と言っていたがいき
なり真剣な顔をして。
﹁私にも教えてくれないか、人に独自の魔法を教えると言う事は、
財を分け与えるのと同じだと重々承知だが、ソコをどうにか曲げて
教えてくれ﹂
いきなり頭を下げて言って来たが。
﹁まぁ無理だろうな、魔法とはそんな﹁あ、良いですよ﹂﹂
﹁ぬ!?﹂﹁軽いな、すごく軽いな!私がどんな気持ちでさっきの
一言を絞り出したと思っている!﹂
﹁あー、すみません、村で学校に通っていた時も、クラスの皆にコ
ツを教えたし、生活が便利になる魔法を、村の皆にも教えていたの
で、考え方が普通の魔法使いと少し違うのかもしれませんね﹂
そう言って、手の平を上に向けて黒曜石のナイフを作り出し軽く握
り、教鞭の様に振るいながら、黒曜石の塊を出す。
﹁実はこの黒いナイフは石で出来ています、そしてこの石はガラス
で出来ています、ガラスって実は石なんですよ。で、本来は自然に
出来る物で多分溶岩とかが冷えて固まってこうなったと思います。
で、この石は割ると、刃物みたいによく切れるようになります﹂
﹁ふむ﹂﹁ふーん﹂﹁なんだと﹂
﹁割れたガラスって、良く切れる時が有るじゃないですか。それと
同じで、これも同じです、﹃割れた堅いガラスがナイフになった﹄
とイメージして下さい﹂
﹁﹁﹁おー﹂﹂﹂
すげぇな全員一発かよ、フレーシュさんやフォリさんは解るけどト
327
レーネさんも出来るとは思わなかった。
﹁イメージしやすかったな﹂
﹁うんうん、あと私の事少し馬鹿にしてない?﹂
﹁確かに解り易かった、本当に教鞭でも振るったらどうだ?﹂
﹁いやー、そういうのは本当に勉強が好きな人にやらせておけばい
いんですよ、それに、教え方一つでその生徒の人生を変えちゃうか
と思うと怖くてできませんね。あーあとコイツの弱点ですが、込め
た魔力が無くなると消えます、衝撃が強ければ強いほど早いです。
なのでコイツを使って剣を受けたりするといきなり消えて、最悪死
にますかね。あとガラスなんで脆いです、なので投げる事を強く勧
めます﹂
﹁解った﹂﹁はーい﹂﹁忘れない様にする﹂
﹁投げて刺さる様にするには、コツは無いです、ひたすら練習です
ので投げ方は聞かないで下さいね、俺も感覚で覚えました﹂
スキル補正もあるけどね。
そういうと早速トレーネさんが壁に投げるが刺さるどころか持ち手
側が当たり床に落ちて半分に割れて消えて行った。
﹁あー﹂とか言っているが、1発で作り出して1回目で刺さったら
俺が泣くわ・・・、常にナイフを投げてる人なら解るけど
﹁ふむ・・・﹂﹃タンッ!﹄
﹁これくらいかな?﹂﹃トッ!﹄
﹁うむ﹂﹁イエーイ﹂と2人はハイタッチをして喜んでいる。
フォリさん、俺にはアナタがそんな事するような人には見えないん
だから止めてくれ、イメージが狂う、ってか笑顔が超怖い、ソレ絶
対首元に噛みつく寸前の顔だよ。
夕食の時間になったので、雑談を切り上げ料理を開始、ケーキの材
料で俺は手抜きをしてフレンチトーストを作り始めるが。
﹁え?パンを砂糖入りの卵に入れちゃうの?﹂
328
﹁それを焼くの? あ・・・良い香りー﹂
﹁美味しそーーー﹂と見事な段階を踏んで話してくるが、あえて黙
って作る事にした。
﹁あーい出来上がりー﹂多分フレンチと言っても通じないだろうか
ら﹁偽パンケーキだ﹂と少し誤魔化す。
﹁おぉー、少しちょーだい﹂可愛く言ってくる。
この人は見た目通りにしてれば、可愛いと思うんだけどな、たまに
威圧的になるからな、初めて会った時みたいに。
﹁あーはいはい、どうぞどうぞ、最初からそう言われると思って諦
めてたんで、それは皆でどうぞ﹂
そう言い第二陣を食べる事にする。
甘い物が好きなのか、ただ単に興味が有るのか解らないがフォリさ
んが﹁どれ・・・﹂とか言いつつ手を伸ばしのには少しびっくりし
た。
﹁あーなんか今日は微妙にツイて無かったなー、帰って来たばかり
なのに怒られるし、菓子をせがまれるし、夕飯1食分取られるし﹂
フォリさん超怖かったし、まぁいいや。明日の為にもう寝るかー。
長時間歩いたせいか寝付くのは意外に早かった。
329
第31話 微妙に厄日だった時の事︵後書き︶
なんか最近料理かお菓子しか作ってない気がします。
330
第32話 討伐に誘われた時の事 前編︵前書き︶
細々と続きます。
相変わらず不定期です。
PVが10万 ユニークが2万 ブックマーク登録が200件を越
えました。
これも皆様のおかげですありがとうございます。
331
第32話 討伐に誘われた時の事 前編
町に戻って来て数日後俺は1個下のランクの仕事を20回受けたの
でランク3になった、﹁ランクアップおめでとうございます﹂と言
われたが、まぁランク3は日雇いの仕事で食っていれば問題無く成
れるので、別にどうでも良いと思っている。滅多な事で、もう冒険
者ギルドにはあまりお世話になる事は無いだろう、有ったとしても
雨で仕事が休みになった時に別の仕事を探しに来るくらいだ。
そう思ってたのが浅はかだった。
ランク3になり、数日後の夕方、部屋のドアが4回ほどノックされ
た。
こっちの世界でもノックは4回なんだな。
﹁フォリだ、カームはいるか﹂
﹁はい、どうぞ﹂部屋で二人っきりか、心臓に悪そうだ。
﹁失礼する﹂そう言うと軽く部屋を見回す。
そして部屋に入って来た、俺は椅子を引き﹁どうぞ﹂と言い座らせ
ることにする。
﹁あー、お茶淹れてきますね﹂
﹁かまわん、直ぐに済むからな。この前日雇いの仕事をしていると
言っていたが、ギルドに登録して壁にかかっている仕事を選んでい
るんだろう?﹂
﹁えぇ、まぁ﹂
﹁それなら話が早い、ギルドカードを見せてほしい﹂
﹁えーっと。何故ですか?﹂と言いながらカードを棚の箱から取り
出しにかかる。
﹁今ギルドで緊急クエストが有ってな、なるべく在籍者は参加して
332
ほしいと言う旨だった﹂
﹁えぇ﹂
﹁門を出て、馬車で朝から走って、夕方の少し前に付く、山の麓辺
りに魔物が大量発生しているのが確認されてな、少しでも戦力が欲
しいしらしい。戦えなくても後方で救護や炊き出しの裏方も欲しい
って話だ、ちなみに今日張り出されたばかりだ、カームなら料理も
上手いからな。戦えなくても裏方で十分通じる﹂
﹁え?﹂ギルドカードをフォリさんに差し出す手が止まる。
﹁失礼する﹂そう言うとカードを俺から受け取る様に持って行く。
あー遅かったか、ってか﹃ギルド登録してるよな﹄の時点で手遅れ
だったんだな。
﹁ほう、とりあえず前後衛が出来て魔法も全属性か、合成魔法? まぁ後で聞くか、ありがとう、コレは返すぞ﹂
﹁あ。はい﹂
﹁うむ、これなら十分通用しそうだ。ランク5の相手4人に不意打
ちでと言えども勝ってるからな﹂
独り言の様に言わないで下さい。
﹁あのー、もしかしなくてもお誘いですか?﹂
﹁無論だ、1人でも多い方が良いし、他の町にも徴集が掛かってい
るからな、フレーシュとも話しをしたが、行くそうだ﹂
﹁断り辛い言い方しますねー、解りました、日雇いでも一応ギルド
に在籍している身なので行かせてもらいますよ﹂
﹁感謝する、こう見えて人見知りでな。周りが他人ばかりだと落ち
着かないのだ﹂
えー人見知りって言うより周りが避けて行く風貌ですよ、未だに差
別とか見た事無いけど。
﹁で、だ。この合成魔法とはなんだ? 簡単に説明してほしい﹂
そう言われたので手の平にぬるま湯の玉を作り出し浮遊させる。
﹁コレは火と水の魔法でお湯を出しました、そこの銭湯くらいの暖
333
かさなので触っても平気ですよ﹂
﹁おぉ、本当だ、暖かいな﹂この魔法を見て、触った人は漏れなく
同じ反応するな。
﹁まぁ、もう少し熱くできますけどね﹂熱湯の98度とか。
﹁体を拭くのに便利だな﹂
﹁いや・・・風呂位なら直ぐ溜まりますけど?﹂
﹁声をかけて良かったと心から思うぞ、魔物の返り血は気分が悪い
からな、皆助かるだろう、出発は明後日の朝、帰りはある程度数が
減るまでだから解らん、詳細はギルドに聞いてくれ。じゃぁ頼んだ
ぞ﹂
そういうと立ち上がり部屋から出て行くフォリさん。
うん、正直行きたくない。元日本人らしく、そういうのとは無縁で
いたかったが、まぁこっちの世界はこっちの世界として割り切ろう。
◇
仕事の時間になるが、今日から休もうと思う、準備が有るからな。
﹁おやかた、申し訳ないんですが、今日からしばらく休みを下さい﹂
﹁なんだ。また村に戻るのか?﹂
﹁いえ、同じ場所に住んでる知り合いから﹁魔物の異常発生が確認
されて、ギルドに登録してる人は極力参加してほしい、戦えなくて
も裏方でも構わないから﹂と言われまして﹂
﹁・・・そうか。生きて帰って来いよ﹂おやかた、それフラグ。
﹁はい、死なない様にしますよ﹂
﹁帰ってきたら色町奢ってやるよー﹂いや、きつねさんそれもフラ
グ。
﹁て、手紙、書いとけよ彼女に﹂まっちょさん、それもフラグ。
﹁まぁ死なない様にしますし最悪裏方に徹しますよ、まぁ風邪ひい
て寝込んでるとでも思っててくださいよ﹂
334
﹁解った、行って来い﹂
ちなみに親方とかは日雇いでは無く雇用で働いているので、そうい
うのは無いみたいだ。
ギルドに出向き﹁あの、魔物の大量発生の件なんですが詳細を教え
てください﹂と詳細を聞いておく。
﹁解りました﹂
どこで発生したか、いろんな町の冒険者が集まっているって言うの
は、昨日聞いた話なので大体解っていた。
﹁持ち物ですが、武器、防具、それを整備する道具、寝具くらいで
平気です、水や食べ物やポーション類は支給されますので不要です。
あった方が良い物は着替えやタオルですね、嗜好品も必要なら持っ
て行ってかまいません。ただ重くなるのは自分ですので考えてお持
ちください。ランクですが緊急と言う事なので特に有りません、な
ので働きに応じてランクが上がる事も御座います、ランクを上げた
いのなら頑張ってくださいね﹂
すごく可愛い不自然にならない程度の笑顔で言われたので少しドキ
ッっとする。
﹁解りました、けど日雇いの仕事が性に合っているので上がっても
日雇いですかね﹂
﹁そうですか、安全ですからね、一攫千金を夢見る人もいますが、
死んだら元も子もないですからね。どちらが良いかは私には判断で
きませんが。では登録しますのでカードの提示をお願いします﹂
書類に何かを書いているがカウンターの中なので良く見えない。
﹁はい、ありがとうございます。では出発は明日、門が開いて少し
したら出発しますのでお気を付けください。一応第二便も有ります
が基本1日1本ですので次の日まで待つ事に成りますので﹂
﹁解りました、ご丁寧にありがとうございます﹂
準備と嗜好品ねぇ。武器、防具、砂糖と塩と林檎とハードビスケッ
335
トでいいか、はたから見たらほぼ調味料だけどな、自家製経口補水
液の為には必要だし。
食
後は、日持ちする干し肉とかを何とか工夫してスープとかにして出
物繊維
ビタミン類
される可能性が高いから、野菜やビタミン不足も考えられるな、キ
ャベツとレモンかライムでいいか。
後は防具だよな。確実に戦闘を意識してないで生活してたからね、
持ってないんだよ。
そんなこんなで武器防具屋に来るがコレと言って目を引くものが無
い。一応聞いて見るか。
﹁すみません、両手剣か槍かハルバードみたいな武器に合わせる盾
って有りますかね?﹂
﹁あぁ?あんちゃん獲物はなんだ、それによっちゃ無い事も無いが﹂
少し悩んでから正直に言う事にする。一応身を守る物だからな﹁ス
コップです﹂
ブフーーと、飲んでいたお茶か何かの液体を噴き出しゲホゲホとむ
せて鼻をかんでいる。
﹁スコップって・・・あんちゃん、正気かい?﹂
﹁えぇ、生産性に優れ強固で格安、それなりに長く重心が先の方で
重い、斧と剣と槍を足した感じですかね?﹂
﹁ちょいと構えを見せてくれるか?﹂
おっちゃんからショートスピアを借りて﹁こんな感じで構えます﹂
と。
﹁んーまずはこの小丸盾を持ってから振ったりして見てくれ﹂
小丸盾を左手に付けて、ショートスピアをスコップの構えで振った
り薙いだりするが邪魔にはならない程度には、違和感を感じないな。
﹁あー言いわすれてましたがマチェットやバールも使います﹂
﹁マチェットはなんとなく解るが。バールってどう使うんだよ﹂
﹁殴る、突き刺す、武器を受け止める。鉄の塊ですからね。武器で
受けるよりは長持ちしますよ、万能工具ですからね、使い方次第じ
336
ゃ何にでもなりますよ﹂
﹁あんちゃんよー、悪いけど防具は鎧とかにした方がいいぜ? ど
う考えてもスコップ持ちながら盾が活躍する場面が想像できないん
だよ、どうしても必要ならこっちも商売だから売るけどよ﹂
﹁そうですか、そうですよね、今度必要になったら買いに来ます。
防具の方は?﹂
﹁んー﹂そう言いながら俺の全身を見る。﹁革鎧だな。ソフトかハ
ード。討伐部位持ち込みのオーガの皮とかでも作れるが・・・、体
に傷付けないで綺麗に剥いでくるのが条件だし高いぜ﹂
﹁ちなみに革鎧の値段は?﹂
﹁ハードは大銀貨2枚、ソフトは大銀貨1枚と銀貨2から3枚だ﹂
﹁すいません、町に来て30日位なんで自由になるお金がまだそん
なに無いので今回は無かった事に、あー余ってる少し厚めの皮を下
さい﹂
﹁何に使うんだ?まぁいいや、深くは聞かねぇよ、どうやっても使
えない部分だしな大銅貨1枚でいいや﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁しゃぁねぇな、また来いよ﹂
﹁ういっす﹂
んー意外にするね、まぁ体を守る物だし技術量も有るからな、仕方
ないか。
服屋にでも行くか。
﹁はーい、いらっしゃーい﹂なんか妙齢で物腰が優しそうな犬耳の
可愛い系のお姉さんが出て来た、若い時はさぞ男から声がかかった
だろう。まぁ俺には関係無いが。
﹁すみません、生地が厚めの俺の肌の色と同じような色の服を上下、
あとは深緑の服を上下、どちらか有りますか?﹂
﹁どちらも有りますよ∼﹂
﹁じゃぁ両方下さい﹂
337
﹁は∼い両方大銅貨5枚でーす﹂
﹁あと何でもいいんで大き目の分厚い黒い布を数枚、あと、細くて
薄い革紐みたいなの有ります?﹂
﹁それも有りますよ∼﹂
﹁んー分厚い布の方は大銅貨5枚で良いけど革紐が銀貨1枚です﹂
ずいぶんと間延びする声だが嫌いじゃない。こういうのに弱い男も
いるんじゃないのかな、なんか現在進行形で花をもって服屋に入ろ
うか入らないか迷ってるのが一人いたが、まぁ本当に関係ない話だ。
俺は銀貨2枚と大銅貨5枚を渡してから店を出る。
﹁頑張ってください﹂と男に声をかけたら﹁ふぇぁ!﹂って言って
いたが一応健闘を祈ろう。
買って来た服の、肘と膝の内側に厚めの皮を縫込み、裏庭で温水球
を作り買って来たばかりの服をブチ込み独特の水流を作り出し、真
新しい独特の臭いを消すのに洗う事にする。ついでに洗濯も済ませ
よう。臭いが余り無い古着でも良かったが、まぁ干しておけば明日
には乾くだろう。
次は道具の確認だ。
例の改良バックパックに針と糸が入った小物入れや医療品の入った
小物入れ、今日買って来た瓶に塩と砂糖を入れ割れない様に布で包
む。青果は紙袋で良いか。
その後に衣類だが濡れないように革袋に入れてバックパックに入れ、
薄汚れた毛布を丸めて上部に括り付けその後は武器だな。
スコップはそのままで平気だとしてマチェットだな、少し鈍角に研
いでおくか、シャープすぎても数体切ったら切れなくなるとか勘弁
だしな、バールは、うん、そのままの君が好きだよ、とでも言って
置こう、こいつはどうやって手を入れていいか正直解らない。平た
い方を磨ぐ?釘を抜く方を尖らせる?手を入れる必要無いよねコレ。
あと、タクティカルベストみたいな物を作ろうと思う。本物のタク
338
ティカルベストの様にはいかないが、厚手の黒い布を何枚も重ねて
強固に縫い、頭が通る部分を開けて、服の上から貫頭衣の様に着こ
み、両端の数か所を、革紐で留められるように作った。もちろん前
後は皮紐を細長く切り、MOLLEの様にしてある。
前面には、黒曜石投げナイフの柄頭が右上に向くように二振り分の
鞘を、取り出しやすい位置に調節して括り付け。
左腰付近にはバールを挿せるように輪を数個作って有る、これはバ
ールが暴れない為だ。
そして背中にはマチェットの柄が右上を向く様に括り付けた。最初
は腰の裏側に横に取り付けて逆手で抜こうと考えたが、寝転がって
転がる時に邪魔だと思ったので止めて置いた。まぁいつでも調整で
きるからな。
俺は、装備が邪魔になったり外れたりしないかを確認するのに、飛
び跳ねたり、うつ伏せで寝たり、その辺をゴロゴロと転がり、問題
無いかを確かめた。
大丈夫の様だ、後は場合によって腹の辺りや、背面に小型ポーチを
取り付けたりできるようにしてある。色々な事に対処できる様に空
きをあえて作ってある。
そしてナイフだが、右太ももに銃のホルスターの様に括り付け、右
手を伸ばし切った位置に革ベルトで留めてある。
ニーパットとエルボーパットも、匍匐前進用や、膝を付いた時に小
石が有っても痛く無い様に作った。 さらに、この上から背嚢を背負い、マチェットが抜けるように確か
めた。問題は無かった。
後は背嚢に、必要な物を詰め込み、どのくらいの重さになるかを確
かめ、一時間くらい町を歩いたり走ったりして、変な目で見られな
がら装備に問題が無いかを確かめた。
今回は目的の場所まで必要が無いのでリュックの方のMOLLEに
バールを挿しておいた、スコップは手で持つ様にしよう。後は服が
339
渇けば問題無いな。
コンコンコンコン﹁フレーシュだ﹂﹁はーい、開いてますよ﹂
﹁準備は出来ているか? 一応初めての遠征だときいたか・・・ら・
・・なんだそのスコップは!﹂
﹁俺のメイン武器ですが?﹂
﹁いやいやいやいや、それは農具だろ?﹂
﹁使い方次第で道具にも武器にもなりますが?﹂
﹁おーーい、フォリーちょっとカームの部屋まで来てくれー﹂
なんでフォリさんを呼ぶんですかねぇ。
﹁なんだ、大声出さなくても聞こえる、周りに迷惑だ・・ぞ・・・
スコップ?﹂
フレーシュさんが俺のスコップを持ってフォリさんに突き出した為
会話が途中で止まる。そんなに武器として可笑しいのか?
﹁こいつスコップなんか持って行く積りらしいんだよ﹂
﹁なんでスコップなんだ? 武器をを買う金が無かったのか? 裏
方でも良いと言っていたはずだが﹂
なんでスコップがこんなにも非難されるのかが解らない、力説して
おこう。
﹁いいですか? スコップは丁度良い長さで、重心も先に寄ってい
ます。叩いてよし、切ってよし、突いてよし、防いでよしです。見
てください。わざわざ先を削って斧みたいにしてあるんですよ! もともと農具なんで丈夫で安価! これ以上の物は無いです!﹂
﹁解った、解ったから落ち着いてくれ、駄目だと思ったら裏方に回
ってもらうよう声をかけるからな。それだけは覚えておいてくれよ﹂
﹁はい﹂
﹁で、実際どうなんだ?裏庭でちょっと打ち込んでみてくれ﹂
﹁んじゃ行きますよ、横薙ぎで剣に当てますからね﹂
﹁解った、来るって解ってればどうにかなる﹂
340
﹁んじゃ失礼します﹂と言いながら少し加減して振る。
﹃ガン!﹄と大き目な音がして剣先が大きく振れる。意外に重くて
保持できなかったんだと思う。
﹁っーーー。手が痺れるぞこれ、盾持ってる奴なら痺れてしばらく
使い物にはならんだろうな﹂
﹁ふーん、さっき防いでよしって言ったけど矢も平気なのか?﹂
﹁まぁ矢が見えれば顔くらい隠せますよ、最悪胴体は腕や防具でど
うにかしないといけませんがね、あと曲線なんで、当たったら矢が
反れて周りが危ないとは思いますけど﹂
﹁むー威力は解ったが実戦でどう使うかだな﹂
﹁そうだな、両手剣ポジションで前衛でもいいんじゃないのか?﹂
﹁そう・・・だな。一応前衛を頼むか、でー防具は?﹂
何かを考えてから、一応前衛と言われた。
﹁さっき服屋で買って来た上下深緑と藍色の服です、肘と膝にはソ
フトレザーが縫い込んでありますよ、これで肘ついても膝ついても
痛くないです、あとベストも作りました﹂
ってか俺の基準は近代戦闘なんだよな。鎧とか軽装とか言われても
良く解らない。だから迷彩効果の有る上下深緑か闇に紛れる上下紺
色だ。
﹁お前死ぬぞ?そんな恰好だと﹂
あれー自信満々に言ったんだけどな。
﹁足の高い茂みとか木が多い所ですよね?﹂
﹁確かにそういったが・・・﹂
﹁ちょっと待っててください﹂そういうと半乾きの緑の服に袖を通
し中庭の茂みの草を少し刈り、﹃イメージ・粘度の高い液体・体に
纏う﹄と魔法を発動させ刈った草を服や顔や髪に付着させ簡易ギリ
ースーツを作る。
辛うじて目と口は少し見えているので﹁どうですかね?これで茂み
に隠れて待ち伏せするんですけど﹂
341
﹁あー。うん﹂﹁何も言えん、好きにしてくれ﹂
1人はどうでもよさそうに、1人は呆れている。
まぁヌタヌタなので水魔法で全身を洗い流し再び洋服を干す。
﹁まぁ、明日は色々と教えてくださいよ。実戦はほとんど経験がな
いので﹂
﹁解った解った﹂と言いながら部屋に戻って行った。
こっちの世界じゃ、前世の戦い方は受けが悪いみたいだ。遠距離攻
撃が基本で目立たない服で先制攻撃を仕掛けるのが主流だからな。
さて・・・後は嗜好品のハードビスケットか。
材料は有るから作れるな。
バターと砂糖を混ぜて。
牛乳と小麦粉を交互に加え纏まったら冷蔵庫で冷やす・・・事は出
来ないから氷を張った桶にでもボウル事浸しておく。
その後薄く延ばして保存しやすいように四角く切って。
200度のオーブンで10分焼いて出来上がり。
うん慣れれば案外楽だな。オーブンで焼いてる時にバターの香りに
釣られてセレッソさんとトレーネさんが来て明日持って行く焼き菓
子だからって言ったのに1枚づつ食われた。﹁﹁堅った!﹂﹂とか
言ってたが保存目的で作った嗜好品だから文句言われても仕方ない
な。流石に2枚目には手は伸びなかったみたいだ。
荷物を再検査して戻して準備は万端、後は寝坊しなければいいや。
別に楽しみで眠れないとかは無く、普通に眠れた。
◇
朝日が出る頃に3人がキッチンに集まり軽い食事をしながら﹁よく
眠れたか?﹂とか他愛も無い会話をして早めに門に向かう事にする。
342
門が開く前にはすでに何人もの冒険者がいて雑談をしている。
皆皮鎧を着こんだり、盾を持ったりしているが俺だけスコップと自
作タクティカルベストと言う装備ちに、物珍しそうにこちらを見て
来るが気にしないでおく。
しばらくして門が開き馬車に乗り込み目的地に向かう事にするが、
半日も何もする事が無いので久しぶりに脳内で魔法のイメージでも
しておいた。
□
他の町の人達が先に着いていたのか、すでにベースが出来上がって
おり、テントや、かまどが出来上がっている。
俺達は1つのテントを借り、必要以外の荷物を置き早速討伐に出か
ける事にする。
﹁あー、中に荷物置いて行って平気なんですか?﹂
﹁お互いを監視し合う事になってるし、冒険者は変に仲間意識が強
いから獲物の取り合いは有るが、荷物に手を掛ける様な奴は滅多に
いないな。けど貴重品だけは一応持っておいた方が良い﹂
﹁そうね、まぁ私は弓矢と短剣とお金だけ持って後は置いて行くけ
どね﹂
﹁これが遠征とかになって来ると重い水や食料を持って歩き、夜の
見張りとかとかもあるからそっちはそっちで大変なんだ、だからこ
ういうのは気楽で良い﹂
﹁んー、んじゃ俺は上下深緑の服と武器と塩と砂糖とお金だけでい
いか﹂
﹁準備が出来たら早速向かうぞ、森の中に入るから随時警戒だ﹂声
にいつもとは違う緊張感が有るのでこちらも答える事にする。
﹁﹁了解﹂﹂
343
そしてしばらく歩いて森に入る前に大量の魔物を見かけた
﹁目視で魔物を確認、今から言うのもなんだけどすげぇ疲れそうで
す﹂
﹁意外に目は良いのね。まぁ、どうにかしないといけないんだけど
ね﹂
趣味のゲームでFPSをやってれば、嫌でも自然界の中に有る人影
とか、嫌でも目に付く。
﹁仕方ないだろう、原因不明の大量発生なんだからな、とりあえず
3人で行動するぞ﹂
﹁了解した﹂﹁了解﹂
﹁うむ。で、カームの本当の戦闘経験は?﹂
エジリン
﹁学校の授業でクラスメイトと模擬戦、課外授業でゴブリン数匹、
学校の旅行で町に来た時にゴブリン1回、馬鹿4に絡まれて目潰し
1回。ですかねー﹂
本当はそれ以外に数回、石の弾頭を試験的に試しくらいか、最悪ぶ
っ放せばどうにかなるね、まぁ使わない努力をしよう。
﹁実戦はほぼ無し、か、悪いがしばらく様子を見てから前衛か後衛
か決めさせてもらうぞ﹂
﹁私が弓で先制攻撃を仕掛けてこちらに向かって来るまで射続ける
わ、二人が戦闘に入ったら周囲の警戒をしながら援護って形で良い
かしら?﹂
﹁それで構わない、カームは?﹂
辺りを見回し、5秒考え、俺は奇襲出来ない事を確認して。
﹁それで大丈夫です、俺も奇襲できそうにないです、けどあのゴブ
リン共が30歩以内に入ったら何回か黒曜石の斧を投げます、その
後フォリさんの左手側に展開するのでフレーシュさんはフォリさん
の右手側から回り込まれない様にして下さい﹂
﹁解った、それで行こう。タイミングはフレーシュに任せる﹂
﹁解ったわ﹂そういうと弓を引き搾り狙いを定め1射目を一番手前
344
の後ろを向いている奴の首に命中させる。流石エルフってだけは有
るな。すごい精度だ。
それから2射ほど撃ちゴブリンがこちらに気が付き襲い掛かってく
るがその途中で1匹ほど目に矢が刺さり倒れ。俺は射程に入ったゴ
ブリンに斧を2回ほど投げつけ足元に倒しておいたスコップを拾い、
構えながらフォリさんの後ろに付いて行き、フォリさんがあっとい
う間に2匹を切り捨て、俺は思い切り縦にスコップを振りおろしゴ
ブリンが手に持っていた棒ごと頭を叩き斬り、周り込もうとしてい
た1匹をフレーシュさんが矢で射抜く。
そして斧が当たって倒れているゴブリンの首にスコップの先を押し
当て、足でスコップを踏み、とどめを刺す。もう1匹はフォリさん
が処理してくれた。
﹁思ってた以上にやるわね﹂
﹁そうだな、本当に戦闘経験はそれだけだったのか?﹂
﹁そうですね﹂
﹁その割には迷わず俺の左に出るとか言ってたが、俺が剣を右手で
持ってるからか?﹂
﹁それも有りますが、右手側の方が茂みが少ないのでフレーシュさ
んが狙いやすいと思って﹂
﹁かなりに的確だな、しばらくは問題は無いだろう、さて、討伐部
位でもはぎ取るか﹂
あれから遭遇戦が少しと固まってる奴等を状況判断しながら戦いつ
つ﹁今戻らないと暗くなります。早めに引きましょう﹂と進言して
みる、体内時計では残り1時間で日の入りだ。早くしないと暗闇の
中で警戒しながら帰る事に成る。それだけは避けたい。
日が沈む方向を見ながら﹁そうね、確かに今から戻らないと暗くな
るわね﹂
345
﹁なら決まりだ、帰るぞ﹂
全員の意見が一致したので、帰る事にした。
ベースキャンプに戻ったら朝より活気づいていた。
忙しなく煮炊きをする女性。
日持ちする食糧品を売っている露店。
武器磨きます・防具を修理しますと言う看板。
場に似合わない綺麗な女性。
ある程度安全な場所だと解っているからこういう場での商売をする
のだろうか?
まぁ、露店に野菜や青果類が無かったので持って来て正解ではあっ
たが。
あと綺麗なお姉さんに話しかけられたが丁重にお断りをしてたら、
次々と他の人に話しかけて行く、うん・・・病気とか怖そう。
俺達はテントに戻り荷物の確認をして盗まれているものが無いか確
認したが、特に無かった。
﹁さて、明日の方針だが。明日も同じ方角に向かいたいと思うがど
うだ?﹂
﹁私は構わないけど、カームは?﹂
﹁こういうのは初めてなので、良く解らないのでお任せします﹂
﹁うむ、では明日はもう少し奥に行ってみよう、時間も有るから朝
から動けるしな。では各自自由行動と言う事で﹂
﹁解ったわ﹂﹁ういっす﹂
とりあえずは飯なので食器を持ち、炊き出しの列に並び干し肉のス
ープとカチカチ黒パンを貰う。
干し肉のスープは干し肉の塩分だけで工夫もされていなく、本当に
346
干し肉を削いで作っただけの、灰汁の浮いているスープだった。
せめて野菜位は入れてくれよ、キャベツ持って来て正解だったわ。
味は・・・塩辛い干し肉の入ったお湯。
他に表現できない、食レポの人が食べたらもう少しなんか言い様が
有るかもしれないけど俺に味を伝えろと言われたらこれが限界だ。
﹁少し硬いお肉に天然塩を使ったスープが良く合いますねー、素材
の味だけって言うんですか?﹂とでも言えば良いのか?
まぁ、干し肉スープに、持って来たキャベツの葉を1枚千切って入
れてカチカチ黒パンを浸して食べる事にした。
うん、しょっぱい。
夕食後はテントの外に出て︻水球︼を作り、シャベルやマチェット
を突っ込み血糊を軽く洗い流し端切れで拭いていたら声を掛けられ
た。
﹁すみませーん、俺も武器を洗わせてもらいたいんですけど良いで
すか?﹂
﹁え? まぁ構いませんけど﹂
﹁ありがとうございます﹂と言いながら武器を水に突っ込み血糊を
洗っている。よく考えてみたらこの辺に池も川も無かったな、煮炊
きは多分、水を樽にでも持って来ているんだろう。そう考えてたら
何故か俺の前に長蛇の列が出来てて少し困った。
俺は︻水球︼を少し大き目に作って3個ほど浮遊させ効率を上げた、
水が真っ赤になってきたら邪魔にならない所に飛ばしてまた︻水球︼
を作る。水球を飛ばすと﹁﹁おー﹂﹂と声が上がったがなんでか解
らなかった。
最初の人が、お金を渡そうとしてきたのを、断ったのが原因だろう
な。まぁ別に良いけどね。水球の周りに人が集まって武器を刺して
いく様子は少し滑稽だった。
347
︻スキル・属性攻撃・水:3︼を習得しました。
んー特に何か特別な事したって気は無いんだけどなー、なんで上が
ったんだろう?まぁいいか。
水球前にフォリさんがいて、こちらに気づき。
﹁カーム、この列はお前が原因だったのか﹂
順番待ちをしていて、いざ自分の番が回って来たと思ったら俺が水
球を浮かして、水が濁ってきたら飛ばしてを繰り返してた物だから
少し驚いているみたいだ。
﹁無料で武器の血糊を落とす為の水球を作ってて、汚れてきたら盛
大に飛ばしてて﹃ありゃすげぇ魔法使いだぜ﹄って話も出てるぞ﹂
水で血糊を落として、隣に座り布で剣を拭きながら言ってくる。
﹁あー、そんな噂まで出ちゃってます?﹂
﹁この辺に水源が無いからな、布で血糊を拭くくらいしか出来ない
と思ってたんだろう、だから噂がすごい勢いで広がったんだろうな﹂
今度は油が染み込んだ布で剣を拭いている、ああいう剣って多分錆
びとかすぐに出るんだろうな。
﹁こりゃーこの討伐終わるまで止められませんね﹂
﹁だろうな、少しはけて来たからもう少しだな﹂
﹁ですね。まぁ、水球維持しながら座ってるだけなんで楽っちゃ楽
ですけどね、問題はこの大規模討伐に何日かかるか。ですけどね﹂
﹁討伐完了の目途も立っていないし原因も解ってないからな、まぁ
自分の負担にならない様にだけ気を付けろ﹂
﹁けどこれって下手に辞めると暴動起きそうですよね﹂
笑いながら軽く言った積りだったのだが。
﹁だろうな、無料で水源を出して武器の清掃の手伝いだと思われて
るだろうからな。無料にしたのが間違いだったな、明日から金を取
348
ろうとすると文句も出るだろうな﹂
﹁デスヨネー﹂
まぁ、水球出して空中で保持して置くだけだからな、別に苦じゃ無
いのが救いか。
﹁それにしても良く魔力が保つな? 気怠くないのか?﹂
﹁あー特にないですね﹂
村の麦刈りした時や畑作った時よりはだるくないし。
﹁お前は魔法使いの方が向いてるんじゃないのか? その腕ならど
こでも拾ってくれるし上級区の貴族か、金持の子供の先生か、もっ
と大きな町の貴族の子供の先生にも成れると思うぞ﹂
貴族いるんすかあの町。
﹁どうですかねー、魔法も使えるけど、どう立ち回っていいか解ら
ないんですよね、誰かに当たったらって思うと怖くて。なら前線に
いてスコップ振ってたりした方が良いですよ、あ。捌けましたね﹂
そう言って水球をテントが無い方に飛ばして立ち上がり。
﹁前にも言ったと思いますが、先生って柄じゃ無いんで。んじゃ俺
はテントに戻りますね﹂
後衛で魔法使って、フレンドリーファイアとか怖くてできない。
﹁魔法使いが欲しかったんだが上手く躱されたな・・・﹂
裏の方でフォリさんが何かを言った気がするが、よく聞き取れなか
った。
﹁さて、明日の方針だが。先ほど話し合った通り、同じ方角に更に
進もうと思ってるんだが﹂
﹁俺は別に構いませんよ﹂
﹁私も構わない﹂
話し合い終わっちゃったよ。どうするんだよコレ。これで良いのか
本当に。
﹁あ、昨日作った日持ちする焼き菓子なんですけど食べます?﹂
沈黙に耐えられなくなってリュックを漁りハードビスケットを差し
349
出す。
﹁ほう・・・﹂
﹁まったく、昨日夜中に何か作ってると思ったらこれか、今日に備
えて早く寝れば良い物を!まったく!・・・いただこう﹂
そう言いながら手を伸ばしはじめる。
なんだろう、このダークエルフ面白い。
﹁結構堅いですよ?﹂
﹁﹁堅っった!﹂﹂
﹁昨日セレッソさんとトレーネさんも同じ反応でしたよ﹂
そこから会話を広げて行き、なんとか沈黙を破る事が出来た。フォ
リさんなら難なく噛み砕けると思ったけど、思ってたより固かった
からそんな言葉が出たと信じたい。
まぁこの後皆早めに寝た。
350
第32話 討伐に誘われた時の事 前編︵後書き︶
続きます
351
第33話 討伐に誘われた時の事 後編︵前書き︶
この話は後編となっております。
352
第33話 討伐に誘われた時の事 後編
朝、目が醒めると、既に炊き出しが始まっているみたいで、外が少
し騒がしかった。
2人はまだ寝ているが気にせず起き、食器を持って食事を貰いに行
く。
えぇ、また干し肉だけスープとカチカチ黒パンでした。変化と言え
ばみじん切りになった玉ねぎが入ってたくらいだ。香辛料を持って
来ておけば良かったと今更後悔している、まぁ南北戦争の時の野戦
食の堅パンのハードタックよりはマシか。
アレは﹃弾が当たっても割れない﹄とか言われてたし﹃鉄板﹄とも
言われてたからな、と思いつつ、スープに浸して柔らかくなったパ
ンをモソモソと口に含み、スープで胃に流し込む。
デザートは栄養的に圧倒的に足りてないビタミン類をレモンで補い
つつ食休みをする。
正直こうなるならドライフルーツも持って来ればよかったと早くも
後悔している。
﹁あら、早いのね、ほぼ初めての戦闘だから疲れてると思ったのに﹂
﹁まぁ。仕方ないと割り切ったら意外に楽でしたよ﹁魔族や人族を
殺せ﹂って言われたらどうなるか解りませんけどね、その時が来た
ら割り切れれば良いんですけど、ハハ﹂
﹁そうね、殺しを経験したら﹃童貞を捨てる﹄って言うけど女の私
は﹃処女を捨てる﹄って言うのかね? 私もそう言う事ならまだ処
女と言っても良いけど、殺しを経験した事が有る人は少し雰囲気が
違うからね、そういう意味合いならなるべく処女は捨てたくは無い
わね。ごめん、少し下品だったわね﹂
﹁いやいや、俺そういうの気にしないんで﹂
353
﹁なんだ、殺しの話しか﹂
絶対殺しを経験してそうな人がテントの中から来たよ。
﹁俺も殺しを経験した奴を何人も見た事が有るが、何かを捨てたよ
うな覚悟をしてる様な奴と、心が壊れた奴だな。ああは成りたくな
いな、俺もどうなるか解らん﹂
意外だ、殺って無かった。てかこっちの世界でも心的外傷後ストレ
ス障害とか発症するんだな。まぁ当たり前か。
﹁さて・・・今日の朝食はなんだ?﹂
﹁昨日と同じですね、玉ねぎが増えたくらいですかね﹂
﹁そうか、まぁ暖かい食事が食えるだけありがたいと思わないとな﹂
﹁そうっすね﹂
俺は2人の食事が終わるのを待ちながら、ボーっとしている。
こうして周りを見ていると、特にピリピリした感じの人は少ないな、
ただの異常発生だからか分からないが、こう言う所は初めてだから
分からんなぁ。
﹁では、昨日言った通り昨日の方角に進むとしようか﹂
﹁了解﹂
ゴブリン5から10匹の群れと5回ほど戦闘したが特に疲弊も無く
昼近くになったので開けた場所で、1人が食事2人が見張りと言う
感じで順番に昼を食べた。カチカチ黒パンだったがどうにか水で戻
しなが食べたが、俺は林檎を持って来ていたので三等分して2人に
差し出して﹁奥に行きましょう﹂と言い先に進むことにした。
山沿い近くになり、森が深く切り立つ崖が見えて来た時に微かな異
臭がした。
﹁何か臭い﹂
﹁どうした急に﹂
354
﹁いえ、こう、家畜小屋で血抜きと解体した時のような、混ざった
何とも言えない臭いが鼻に突いたので、微かですよ?﹂
﹁わかった、少し警戒しながら進むぞ﹂
フレーシュがスンスンと臭いを確かめるようにしながら。
﹁・・・そうね、その方が良いわ、確かに臭いわ﹂
しばらく崖の方に進むと、少なからず異常が出て来る。野生生物の
気配が一切無い、鳥とかがいても良いのにそれも無い、あと大型生
物の食い荒らされた死体が崖に近づくにつれて多くなっていく。
﹁当たりかもしれないな、極力周りに気を配り声を落とし足音も消
せ﹂
﹁﹁了解﹂﹂
﹁少し待っててください﹂
俺はレンガ作りの経験を活かし泥を作り服の上から体中に塗り、体
臭を消し、その上から粘液を纏い、周りと同じような草を見つけて
体につけて行く。異様な目付きで2人がこちらを見ているが気にし
ないで置く。
動画サイトの、特殊部隊系の奴を見て泥沼に潜ったりその辺を転が
ったりしてるのを見ているので躊躇無くやってみるが、気分はかな
り最悪だ。けど覚悟を決めればできなくは無い。
﹁少し斥候してきます、ここで警戒しながら待っていてください。
緊急事態が有ったら何かしらの手段で知らせますから﹂
そう言って俺は、茂みの中を選ぶように中腰で足音を立てずにゆっ
くりと進んでいく。
ゆっくりと20分ほど進んで崖の麓が見える位置まで進み、辺りを
確かめるようにゆっくり近づく。近づくにつれ、臭いがきつくなっ
ていくのが解る、あと少し騒がしい。
見た事の無いゴブリンが1種類5匹、杖を持ってるのが1種類2匹、
弓持ってるのが1匹、なんかでっかいのが1種類1匹。こいつが群
355
れのボスって所か。
全員武装している、こいつ等って武装するんかよ。
﹁ギャギャギャギャギャ!﹂とか笑いながら鹿だと思われる肉を生
のまま食っているし、その辺に食い散らかしている。こりゃこの辺
のボスで決まりだわ。
俺は来た道をゆっくりと戻り2人と別れた場所まで戻る。
びっくりさせない様に小石を2人の前に投げて注意を引くがフレー
シュさんが弓をこちらに向けたのですごくびっくりした。
小声で﹁俺です、今から姿を見せますので弓を下してください﹂
そう言って中腰から立ち上がって姿を見せる。
2人は安心したような表情を作り息を漏らす。
﹁まったく気が付かなかったよ、さっきまでそっちの方向を見てい
たんだが、エルフを森の中で欺けるなら大した物だよ、この間は馬
鹿にしてすまなかったな﹂
︻スキル・隠遁:3︼を覚えました
一気に1から3に上がるか、エルフを森で騙すってすげぇんだな。
﹁かまいません、それよりも報告です、ここの先に有る崖の麓に普
通とは違うゴブリンが5匹、杖を持った奴が2匹、弓持ってるのが
1匹、なんかでかいのが1匹です﹂
﹁んー、最初の5匹はゴブリンの亜種と思って良いな、残りはゴブ
リンメイジとアーチャーとハイゴブリンだと思う﹂
おいおい、なんかゲームの敵みたいじゃないか。
﹁メイジとアーチャーは厄介だな、いやハイゴブリンも相当厄介だ
が﹂
あ、やっぱり厄介なんですか。
﹁少し作戦を練ろう﹂
356
肘を曲げ顔の横に手が来るように挙手をした。
﹁あ、場所を見て有る程度考えてたんですが良いですか?﹂
﹁一応聞こう﹂
﹁先ほども言った通り居座ってるのは崖の麓です、そこで二手に分
かれて俺が崖崩れを魔法で起します、見た感じ少し崩すだけで連鎖
的に崩れそうだったので。その後はフレーシュさんと俺が極力茂み
の中から遠距離攻撃で数を減らしそれでも仕留めきれなかったら、
接近戦に持ち込む。そんな流れを考えてたんですが﹂
ってか石弾で全員狙撃すれば早かったんだけど、ばれたくないし、
どうやったんだって聞かれるのも面倒だからね。めんどくさい生き
方してるよな、俺。
ばれて戦争とかに駆り出されたら最悪だからな。
﹁それで良いと思う、フレーシュは?﹂
﹁がけ崩れが起きたら優先的にメイジとアーチャーを攻撃した方が
良いな、正直ハイゴブリンは矢が刺さっても体力が有りすぎて仕留
めきれるか解らん、目か口でも狙えれば良いが﹂
﹁ならこうしましょう、フレーシュさんがハイゴブリンの目か口を
狙ったのを見て俺が崖崩れを起します、その後にメイジとアーチャ
ーを狙って生きている奴を遠距離攻撃、余った奴を近接で倒す、こ
れでどうです?﹂
﹁異議なし﹂
﹁私もだ﹂
﹁ならそれで行こう﹂
﹁﹁了解﹂﹂
素人の計画が通っちゃったよ。
その後、極力ゆっくり崖の方まで進み、未だに生肉を食っている集
団を見つけたので作戦を開始する。
﹁んじゃ俺は少し離れた茂みまで移動するんでゆっくり300秒数
えたら攻撃を開始してください、タイミングは任せます﹂
357
ばれないよう移動するために少し多めに時間を指定する。
残り50秒、十分すぎるほど余っているが個人個人の体感速度は違
うのでいつ始まるか解らないので集中してハイゴブリン達を見続け
る。
目標は頭上50mくらいの、少し出っ張ったあの岩を少し土魔法で
押し出してやるだけだ、この崖は脆そうだからあんなでかいのが他
の場所に当たったら連鎖するだろう。
そろそろか、緊張で、多少口の渇きを感じるが集中しよう。
相変わらず肉を頬張り﹁ギャギャギャギャギャ﹂と笑っている、美
味い物を食べて笑う、その辺は人間とか魔族と変わらんな。
そう思ってたら、大きな口に矢が刺さるのが見えたので、魔法を発
動させる、200m位の距離から弓で口か、すげぇな、まぁアーチ
ェリーの選手とかも涼しい顔で50m70mとか当てるからな、そ
ういうのは素直にすげぇって思うわ。
﹃イメージ・視線の先の岩・崖から剥離・発動﹄
ゴロンと岩が落ちて、腹に響くような音と供に他の岩を巻き込みな
がら崩れて来る。
ゴブリン亜種が何が起こったか解らないので必死に状況を把握しよ
うとするが、すでに遅く、2射目がゴブリンアーチャーの胴体に、
俺の黒曜石の斧がゴブリンメイジの胸部に、残りのゴブリンメイジ
が杖の先に火球を出して矢が飛んできた方向に向けた瞬間に頭上か
ら岩が落ちて来る﹃ドスン!ドズン!﹄と岩が降り注ぎ、大半の魔
物を蹴散らしていく。立っているのはゴブリン亜種2匹だ。
それをフォリさんが処理しようとするが、逃げ出したので、俺が黒
曜石の斧で胴体を狙い、足止めをしたところで首を刎ね、もう一体
の胴に剣を串刺しにする。
﹁上手く行ったな、それにしても岩が転がって来なくて助かった﹂
﹁ですねー、俺もここまで上手く行くとは思ってませんでしたよ、
358
まぁ警戒だけはしておきましょう﹂
﹁だな、2人は討伐部位の回収を頼む、私は警戒している﹂
俺は太腿のナイフで、フォリさんは、腰に有ったナイフで討伐部位
を剥いでいると﹁ゴガァァァァァ!﹂という雄叫びと共に岩を退か
し、ハイゴブリンが立ち上がり、近くにいた俺に襲い掛かって来た。
﹁口の奥って小脳とか脳幹が有るんじゃねぇのかよ! 畜生!﹂
そう言って速攻で目を瞑りスタングレネードを目の前に生成してお
互い近距離で閃光と轟音を浴びる。耳は駄目だが目が見えるので、
背中からマチェットを引き抜き、目を押さえている手を、手首から
切り落とし、マチェットを捨てすぐさまバールを手に持ち、目に差
し込み、急いでスコップを持ちバールを打込むようにスコップで殴
る。
﹁流石に脳にまで届いてんだろう! この糞が!﹂
﹁畜生! 畜生!﹂と叫びながら倒れているハイゴブリンの頭にス
コップを縦にしてまき割りの様に十数回殴打する。
﹁止めろ!﹂と言う声と共に、後ろから羽交い絞めにされてなんと
か落ち着いた。
﹁そいつはもう死んでいる、落ち着け!﹂
ハァ、ハァと息を整え、冷静になると頭が割れ脳が飛び散っている
のが解る。
﹁初めてだから仕方が無いが、少しは考えろ!﹂
超怖いフォリさんに、物凄い怖い顔で怒られ初めて冷静になる。最
悪の場合フォリさんにも攻撃していたかもしれない。だって超怖い
し。
﹁すみません﹂
﹁まぁ無事なら良い、あの物凄い光と音でこっちもしばらく動けな
かったからな、耳はまだ聞こえにくいが目が見えるようになったら、
ハイゴブリンの頭にスコップで斧みたいに殴りかかってるお前を見
359
て止めさせてもらった、他はもう死んでいるから安心しろ。あの岩
に腰かけて休んでいろ、後は俺が剥ぎ取る、フレーシュは引き続き
警戒だ﹂
﹁了解﹂
初めてのまともな戦闘か、流石にゲームとは違うな。ハハハッと笑
いながら指先に小さな水球を出してそれを飲み少し落ち着く。
深く深呼吸をして、さらに落ち着く様に頑張るが鼓動がなかなか収
まってくれない。鼓動が五月蠅いくらい耳に響く。
これが魔族や人間だったらと思うともっと酷いのだろう、朝の会話
が頭をよぎる。
いきなり肩をたたかれ我に返り﹁落ちついたか?﹂と心配そうにフ
レーシュさんに顔を覗かれるが﹁まぁ、なんとか﹂といつもと変わ
らない声で返しておいたが、多分普通では無かったと思う。
気分は、吐いたりしていないので大丈夫だろう、多分不慮の事態に
よるショックに近いんだと思い込み撤退準備を始める。
﹁このハイゴブリンの皮って剥いですぐは最悪ですね、なんか臭い
ですし﹂
﹁まぁソフトレザーアーマーとかに使えるから我慢するんだな、意
外に買い取り価格は高いんだぞ?﹂
まぁソフトレザーアーマーの値段とか考えるとそれなりに高いか。
帰りは同じルートを通ったので戦闘は無かったが、討伐部位がいろ
いろ臭かった。
ギリースーツだと言う事を忘れてそのままベースキャンプに戻った
ら﹁見た事の無い敵だー!﹂と叫ばれ周りが一気に殺気立ち。一人
が襲い掛かって来たが、フォリさんが﹁こいつは味方だ!昨日の水
360
球作ってた奴だ!﹂って叫んでくれて襲い掛かって来なくなったけ
ど、全然警戒は緩めてくれなかったので、大き目の︻水球︼を作っ
て中に入り。
葉っぱ、血糊、粘液、泥、を洗い流し﹁あ、サーセン﹂といって色
々入った水球を明後日の方向に飛ばして﹁この顔に見覚えないっす
か?﹂って言ったら皆武器を収めて﹁なんだよ、驚かせんなよ﹂と
か舌打ちをしながらばらけて行った。
いやー失敗失敗。
夕方になり夕食を取りながら武器を洗う水球を作って座っていたら。
﹁あんちゃん達、ハイゴブリン倒したんだって?﹂
とか、かなり話しかけられるので﹁えぇ﹂とだけ返しておいた。﹃
あのハイゴブリン﹄って言われても﹃俺岩落としてそれでも死んで
なくて、襲い掛かられてパニックになって目にバール打ち込んだだ
け﹄ともいえないからな。
実際あの高さから岩当たっても立ち上がる位の体力は有るからすげ
ぇんだろうな。
夜、ハードビスケットをみんなで齧りながら
﹁あの物凄い光と音は本当にびっくりしたぞ、目が見えなくなって
耳も聞こえない、何をしていいか解らなくなる、その場で大人しく
していたわ﹂
﹁そうだな、あんな経験は初めてだ。俺もその場で膝を突いて時間
が経つのを待つだけだったしな、あれも魔法なんだろう?﹂
﹁えぇ、まぁ﹂非殺傷武器で制圧や鎮圧目的だからね、そういう風
に作ったさ。
﹁あー、コレは教えられませんよ?﹂と、サラッと言って置く。
二人が少しがっかりした表情になった気もするが関係無い。
361
◇
それから数日、周辺を見回ったりしながら異常発生した魔物を駆除
していたが、ある程度減って来たので、半分ほど町へ帰還しても良
いと言われたので、俺は2人に帰る旨を伝えたら。
﹁じゃ私も帰るわ、ハイゴブリンで予定以上に稼げたから﹂
﹁そうだな帰っても問題なさそうだな、町に帰ったら討伐部位証明
書をギルドに提出して、金を受け取ったらきっかり3等分して渡す
から、夜にでも伺うぞ﹂
そしてまた、半日尻の痛みに耐えながら町へ帰り荷物の整理はほっ
たらかしにして銭湯に早速行って、2時間以上入浴を楽しんだ。
﹁水球で血糊を洗わせてくれる、すげぇ魔法使いが帰った!﹂とか
湯船で話題になってたが知らないふりをした。
銭湯から帰って来て、荷物整理や武器整備をしていると、ノックが
鳴り﹁はい、開いてます﹂とだけ答えるとフォリさんが入って来て。
﹁これが分け前だ、受け取ってくれ、それとこれが証明書だ﹂
と大銀貨2枚と銀貨3枚を差し出してきた。
内容はクエストに応じた金額と、現地で倒した魔物の種類と、それ
ぞれ討伐した数が載っていて、一番下に合計金額が載っていた。
このハイゴブリンの討伐部位ってすげぇ高いのね、流石ソフトレザ
ーアーマーに成るくらいですわ。
俺のクエストに応じた金額が少ないのは、ランクが低かったらしく、
まぁ仕方無いと割り切り大銀貨2枚が手に入っただけでも喜ぶべき
だね。
﹁はい確かに確認して受け取りました﹂と言って受け取る
﹁ハイゴブリンの件だが奇襲をしても勝てるかどうか怪しかったが
カームの機転で案外苦戦する事無く倒せたよ、感謝する、まぁその
せいでカームに怖い思いをさせてしまったがな、この通りすまなか
362
った。あの時俺がハイゴブリンの近くの剥ぎ取りをしていれば良か
った﹂
そういって頭を下げてきたが、慌てて﹁止めて下さい﹂と言って頭
を上げさせた。
﹁そう言ってくれると助かる、次も何かあったら頼むぞ﹂そう言っ
て肩をポンポンと叩きながらフォリさんは部屋を出て行く。
﹁あーそうそう、受付嬢に言われたがあとでギルドに顔を出せだそ
うだ、ランクアップの話だと思うぞ﹂
そう言ってドアを閉める。
上っちゃったか・・・ずっとランク3ですっとぼけたかったけど無
理だなこりゃ。
まぁ、なんか久しぶりに酔えないけど酒が飲みたくなった。心が何
かの区切りを付けたいのだろう、と言い訳をして門近くの学生時代
使った宿屋の一階の酒場まで足を運んだ。
宿屋だと言うのに一階は喧騒に包まれていて、泊まってる人は五月
蠅く感じないのかな?と思いつつも。俺も気にしないで寝てたから
問題無いんだろうな。
﹁おばちゃん久しぶり、なんか飲みたくなったから飲みに来たよ﹂
そう言って酒場の方に向かおうとしたら。
﹁あら、久しぶりじゃないか、時々村には帰ってるんだろう?﹂
﹁えぇ、30日に1回﹂
﹁そうかいそうかい、所で今回の魔物の異常発生でハイゴブリンを
一人で倒したのってあんちゃんじゃないのかい? 噂で持ち切りだ
よ﹂
﹁はぁ? どんな噂ですか﹂
﹁紺色の肌をした、何族か解らない若い男がバールとスコップで倒
したって﹂
どんな噂だよ
363
﹁あー、知り合いも一緒にいましたよ、奇襲をかけて何とかですよ、
殺されかけて物凄く慌てましたけどね﹂
﹁生きてりゃ万々歳だよ! 沢山飲んで行きな!﹂
﹁ういっす﹂
そういってテーブルに座って注文しようと思ったら見覚えの有る名
前が目に入った。
﹃ベリル酒﹄すごく気になる。
﹁すいませーん、このベリル酒って・・・﹂
﹁あぁそれね、あんたの村の名前だろう、新しい酒を造ったんだろ
う? 知らないのか?﹂
﹁いや、もう出回ってるとは思わなくて。けど葡萄酒で。それと、
ベリル酒はあと2から4回季節が巡るまで樽で寝かすと良い香りに
なって濃い琥珀色になりますよ﹂
酒場側を仕切っているマスターと話をしていたら。
﹁あんちゃんの村は偉い!この一杯は俺の奢りだ!﹂
知らない人が脇に座ってグラスに麦酒を注いて来る。
﹁あざーっす!﹂と出て来た麦酒を一気に飲み干す。頼んだ葡萄酒
はあとから来たけど、麦酒飲んでから葡萄酒ってどうよ?
﹁良い飲みっぷりだねぇ! 流石ベリル村出身なだけ有って強いね
ぇ﹂
ワラワラ集まって来た人達に絡まれ。どんどん飲まされるが悪い気
はしない。
今はまだ有名じゃないけど、どんどん広がれば嬉しいからな。
そうしたら酔っ払いの一人が。
﹁あんちゃん、もしかして異常発生の討伐で、ハイゴブリン一人で
倒した奴の特徴とそっくりじゃねぇ?﹂
とか始まってもう大変。
酔っ払いに何言っても信じない状態で、俺が一人で倒した事にされ
364
てどんどんグラスに酒が注がれ、最悪な訳の解らないカクテルが出
来上がる始末。
まぁ、麦酒と葡萄酒と蒸留酒を入れられただけなんだけどね。
あまり酔えなかったけど、良い感じになって来たので、店主に迷惑
料も込みで銀貨1枚払って帰って来た。帰り際に。
知らないおっちゃんが﹁あ・・・あんちゃん・・・強いな・・・﹂
と床に何かをぶちまけながら親指を立てていたので、親指を立て返
して帰った。︻毒耐性︼も考え物だな、あまり酔えないし。
大家さんに﹁お酒ですか?﹂みたいな目で見られたが﹁まぁ仕方な
いか﹂って言うような目になって﹁お帰りなさい﹂とだけ言われた。
◇
次の日、特に二日酔いとかも無く仕事に顔を出すと。
﹁おー生きて帰って来たか、ハイゴブリン殺し﹂
なにそのダサいあだ名。
﹁お前の話しで持ち切りだったんだぜ? お前結構強かったんだな、
いやーハイゴブリンを一人でやっつけた奴がいて、肌が紺色でエジ
リン出身ってーんだからカームじゃね? ってなってな﹂
﹁あーはい。そうっすか﹂
﹁お前魔法でいろいろするからよーきっと魔法でやったんじゃない
かってはなしなんだよー﹂
﹁いや・・・物理で﹂
﹁か、帰ってきたら色町に行くぞって、は、話になってるんだぞ﹂
﹁はぁ!?﹂
﹁仕事終わったら早速行くぞ﹂
﹁あー、何言っても無理なんでしょう? 解りましたよ、けどハイ
ゴブリン殺しだけは止めてくださいね、ダサいんで﹂
365
﹁なんで! かっこいいだろうよ!﹂
あまり喋らない、つのさんが大声で行き成り叫んだ、すげぇびっく
りした。俺の感性とこの世界の感性が良く解らない。
﹁いらっしゃいませー﹂前回も入口に立っていたナイスバディーな
子が対応してくれた、もちろんスイートメモリーだ。
﹁あらカーム君いらっしゃーい。今日は職場の方と一緒なのねぇ﹂
セレッソさんが集合住宅では出さないような猫撫で声で話しかけて
来る。誰かと一緒だと仕事モードなのか、まぁいいや。
﹁こちらでお待ちくださいねぇー﹂と席に案内されてしばらくして
5人の女性がやって来て俺達の隣に座り出す。
全員夢魔族って話しだが、羊っぽい角が生えてたり、蝙蝠っぽい羽
が生えてたり、肌が薄い藍色だったり、露出が多かったり、少なか
ったり、色々大きかったり、小さかったり様々だ。
俺の隣には、身長は俺より頭一つ分低くて、髪が白に近い灰色で、
ピンクのリボン、瞳は茶色で露出は極力の少ないフリルが多めの子
が座って来た。
別にナニかをする訳じゃ無いからどの子でも良いけどね。
こ
﹁どーもー、ラッテっていいまーっす、何飲みますかー? それと
ももう上に行っちゃいます? それとも今出てる子で御希望の女性
いますかー?﹂
とりあえず色々無視して酒でも頼もう。
﹁じゃぁ蜂蜜酒で﹂
﹁はーい今もってきますねー﹂
そういって、革靴をコツコツ鳴らしながら軽やかに歩いて行く。
他の人達はお酒を注文しながら、好みの女性を指名して、その女性
がお酒を持って来て隣に座る。そして雑談に成るのだが、仕事の話
しだったり武勇伝だったりで﹁すごーい﹂とか言っている。
まぁ、流石商売柄聞き上手だ。ラッテさんは俺にすり寄って来て、
366
胸とかを押し付けて来るが平常心を保ちつつ焦らずに酒を飲む事に
徹した。
しばらくして、おやかたが良い感じで酔って来たのか俺を指差し。
﹁こいつ昨日まで謎の魔物の大量発生の討伐に行っててよ﹂
嫌な予感しかしない。
﹁ハイゴブリンほぼ1人で討伐してやんの、なのに日雇いで防壁修
理やってんだぜ? おかしいよな! 強ぇのによ﹂
うん﹃ほぼ﹄って付いてるけど大抵は﹃1人﹄って単語に耳が行く
よね。土木作業員的なノリはこっちでも変わらないみたいだ。折角
武勇伝とか語って無かったのに台無しだ。
﹁﹁え∼すごーい﹂﹂とか、お客を相手にしてない女性達もそんな
事を言って、すり寄って来るけど俺は鋼の精神でとりあえず酒を飲
む。
有って良かった︻魅了耐性︼
﹁こう言う所初めて? 緊張してるの?﹂
﹁緊張しちゃってかわいいー﹂
とか言われてるけど、本格的にこういう店に来るのは初めてだけど。
女性経験はスズランがいるから、むしろスズランしかいませんがね。
この世界では。
触られたり胸を押し付けられたりされても﹃うん柔らかい﹄﹃うん
良い香り﹄程度にしか思わない様にした。
スズランに顔を思い切り殴られたくないからね。下手すると頭が体
とお別れをする事に成る。最悪イチイさんも出て来ると思われる。
俺に買われようと、色々アピールしてくるが素っ気無い態度で。
﹁怖い彼女が居るので買いませんよ﹂って言い出してたらやっぱり
離れて行く。皆は良い感じになって、上の階に行って楽しんでいる
だろうと思われる中、俺は酒を飲んで時間を潰していた。
367
その間ずっとラッテさんが隣に座ってニコニコしてたり、すり寄っ
たりしてきたけど俺の事なんか放って置いて客でも取に行けばいい
のに、と思いつつも話しかけられるので、下らない話をしている。
まぁいいか。
隣でフルーツ食べたりお酒飲んだり話したりしてるけど、これがこ
の人のやり方なのだろうか?
まぁ、しつこいよりは良いけどさ。気軽に柔らかい感触や香りを楽
しんで飲めたし。
﹁そういえばですねー、カームさん﹂
﹁んー?﹂俺より頭1つ分小さいので、覗き込んで来る様な仕草で
聞いてくるから少し可愛いなーとか思ってたら。
﹁その、怖い彼女さんに許可取ったら私と寝てくれます?﹂
﹃ブフッ!﹄盛大に酒を噴き出した。幸いと言えば、正面に座って
たきつねさんがすでにいなかった事だろうか。
ゲッッホゲッホ!と咳き込みながら。
﹁いや・・・聞かないで下さい、最悪殺されます、そして最悪俺も
殺されます﹂
﹁聞いてみないと解らないじゃないですかー﹂
と頬を膨らませながら言ってくる、夢魔族かなりあざといわ。
セレッソさんみたいにセクシー系もいればラッテさんみたいに可愛
い系もいるんだね。勉強になるなぁ。むしろ社会のニーズに答えて
ると言うかなんというか・・・
そう考えている内に、腕を胸に押し付けて肩に頭を置く様に更に密
着してきた。気にしないで、摘みのチーズを食べてたら首を横に振
る様に頭をすりすりしてきたので。
﹁仕事帰りで、まだ風呂に行って無いんで汚れちゃいますよ﹂
﹁別にかまいませんよー、カームさんの汗の香りを楽しんでるんで、
って言うか、カームさんは綺麗な方ですよー。それとその食べ掛け
368
のチーズ下さい、あーん﹂
と口で言いながら、口を開けて来る。
﹃餌付けと同じか? いや、コレはやばいだろう﹄と全力で3秒ほ
ど考え、気にしないで残りのチーズを自分の口に運んだ。
このラッテさんは、かなり俺の臭いを嗅いで来るが、男が女性の体
臭を嗅ぐのと同じなのか、まぁ本人が﹃楽しんでる﹄って言ってる
から気にしないで酒を飲もう。あと食べ掛けを貰うってやっぱ間接
キス的なのを狙ってるのか素で言ってるのかこの子の場合本当に解
らない。
﹁あらー、まだ上に行って無かったの?﹂
セレッソさんが正面に座りながら言ってくる。
﹁いやー、前々から言ってる通りですよ﹂
﹁その割にはラッテが良い感じになってるんじゃない?﹂
横を見ながら﹁気にしないで飲んでたら他の客も取に行かず、ずっ
と俺の相手にしてくれてるんですよ、そしたらこうなってました、
稼ぎに行けば良いのに﹂
ラッテさんの手が、股間に向かって胸や腹を伝って降りて来るが、
それをやんわり払いのけたら、諦めて俺の太ももに頭を乗せて来た。
﹁まぁ、俺の何が良いのか解りませんがね﹂
﹁一目ぼれだそうよ﹂
﹁はぁ、そうですか・・・﹂
﹁そうなんです!﹂俺の太ももに頬を乗せて、頬以外をキリッとし
た表情で言う台詞じゃないのよねそれ。
﹁それはまぁ置いといて、体の方じゃなくて膝の方向いてくれませ
んか?なんかいかがわしく思われますから﹂
﹁ここはこういう事するお店ですよー﹂
﹁ラッテ、そういうことは上に行ってからねー﹂
﹁上に行けないので、せめて香りだけでもーと思いまして﹂スンス
ン。
369
どこの香りですかねぇ?
﹁ね?言ったでしょう? 堅いって、諦めなさい﹂
﹁諦めたく無いからこうしてるんですよーだ﹂スーハースーハー。
なるべく心を宇宙の彼方に置いて、酒でも飲もう。無心・・・無心・
・・
﹁ねぇカーム君?﹂
どうやら宇宙の果ては遠かったようだ。
﹁何ですか?﹂
﹁こんな子だけど嫌いにならないであげてね﹂
﹁え? まぁ実害が無ければ嫌う理由は特に無いですが﹂
﹁そう。それならよかったわ、もしよかったら、これからもちょこ
ちょこ来て頂戴﹂
﹁こんな場所で毎日お酒飲んでたら路頭に迷いますからね、本当に
偶になら。ですが﹂
﹁え?本当?やったー﹂と言いながら太ももから離れないでスハス
ハしている。
﹁・・・さ、サービスはするからね?﹂
﹁え、えぇ﹂
左手を太ももに置け無いし頭に手を置くのもどうかと思ったので、
何気なく果実水に綺麗な球状の氷を1個入れて飲もうとしたら。
﹁んーんー、魔力が、魔力が肌から感じるのー﹂とか煽情的に言い
出したので個人的に少し来る物が有った。
さすが魔力に敏感らしい夢魔族だ。
﹁やーん少し大きくなったー﹂とか言ったので、太ももから無理矢
理頭を引っぺがし、席を1個分横にずれて座って皆の帰りを待った。
﹁ごめんなさーい、もう言わないからー﹂とか言いつつまた頭を太
ももに置いて来る、今度は顔は膝側だ。
しばらくして一番最初に上に行ったきつねさんが戻って来て。
370
﹁本当に買ってなかったのかよー﹂
﹁えぇ、まぁおかげで楽しく酒が飲めましたよ﹂と本音は言わない
様にしつつ、
﹁けどその娘だいぶ懐いてるじゃなんかよ、上に行けば良かったの
によ﹂
﹁きつねさんは、俺の彼女を知らないからそんな事が言えるんです
よ、ハハハ﹂
と死んだ魚の様な目で言った。
﹁すまんな﹂
とだけ言って果実水を飲んでいる。
指先に、グラスに丁度入るくらいの綺麗な球状の氷塊を出して﹁氷
要ります?﹂と聞いたら。
﹁頼むよ﹂
と言われ、そのままグラスに入れてあげる事にした。
膝で﹁んっ・・・っんん﹂とか言ってるが気にしないで置こう。
﹁その子なんか反応してるけどさ、なんなん?﹂
﹁あー、俺の魔力に反応してるだけです、さっきはかなり煽情的な
声をだされて大変困りましたが、今回は堪えてるみたいです、まぁ
どっちにしろエロいですが﹂
﹁だな﹂
そんなやり取りをしつつ、どうでも良い話をきつねさんとしている
うちに全員戻って来たので帰る事にする。
﹁また来てねー﹂とラッテさんが大袈裟に手を振るが﹁はいはい﹂
とだけ返しておいた。
値段は相場を知らないが、他の所よりも銀貨1枚ほど高かったらし
い、俺は酒代だけだから良く解らないけど。まぁ前世の綺麗なお姉
さんのいるお店で飲むよりは安いわな・・・
﹁なんだ、さっきの白髪の娘と寝てないのかよ、ヘタレだなぁ﹂
﹁きつねさんにも言いましたが、おやかたは俺の彼女を知らないか
371
ら言えるんですよ・・・念には念を入れないと本当命に関わるので﹂
﹁そ・・・そうか、悪かったな。けどお前の紹介であの店に行けて
よかったぜ? 今まで夢魔族の店って話だから、皆少しビビってた
けどよ、なぁに蓋を開けてみれば少し高いだけの良い店だぜ? む
しろ良すぎてもう少し高いかと思ったぜ﹂
皆頷いている。少し下品だけど遠まわしに言ってるだけマシか。
﹁じゃ、俺こっちだから﹂と一人、また一人と別れて行き集合住宅
に帰った。
流石に大家さんには会わなかったけどこのままの状態で会ったらま
た冷たい目で見られるので銭湯に急いで行くか。
少し念入りに体を洗って、ゆったり浸かって気分はボディービルダ
ーの笑顔くらい晴れやか。
ああ言う所は個人的に気を遣うからな、部屋に戻ってもう寝よう。
帰りに食堂で大家さんを見かけたので、挨拶をしたら冷ややかな目
で見られた。
あれぇ?すげぇ念入りに洗ったんだけどまだ香るの?獣人系マジす
げぇ。
372
第33話 討伐に誘われた時の事 後編︵後書き︶
ラッテがカームに頭を擦り付けてる時の描写はこんな感じで
︵>ワ<≡>ワ<︶
373
第34話 スズランが町に来た時の事 前編︵前書き︶
細々と続けています。
相変わらず不定期です。
前半はスズラン視点です。
20160404 修正
374
第34話 スズランが町に来た時の事 前編
朝の弱い私が頑張って起きて、顔を洗って、良く磨いた銅板を見
ながら、ボサボサの髪を直して、着慣れたヨレヨレの寝間着を脱ぎ
捨て、いつもの服に着替える。
朝はあまり食べないけど、今日は出かけるのでしっかり食べる。
お昼のお弁当は久しぶりにお母さんに作ってもらった。すこし懐か
しい感じがするな。
厚手の革袋に、着替えとお弁当を入れて、昨日用意していた藁で
巻いておいた卵を、籠の中に入れて荷物は完璧。後はカームからも
らった髪飾りと耳飾りを付けて準備もばっちり。
玄関の横に立てかけて置いた槍を持って、誰もいない家に向かっ
て﹁行ってきます﹂と言って、カームが働いてるエジリンに向かう。
行きたくなった理由は、毎回カームに帰って来てもらうのも悪い
と思ったのと。前にカームが帰って来た時に、住んでる所とか色々
聞いからだ。五日前からお父さんとお母さんには言ってあるから、
家に誰もいない状態で出て行っても平気だと思う。
最初に言った時は、お父さんがかなりうなっていたが、お母さん
に、
﹁今は道に魔物や獣も少ないし、住んでる所も働いてる所も知って
るんだから平気よ、何より力が強いんだから、襲われても何とかな
るわよ﹂
そう言われて折れたみたいだ。後で小声で﹁男にもね﹂と言って
いたがお父さんには聞こえてなかったみたい。
ミールやクチナシにも相談したら﹁股間を蹴れば一発よ!﹂と、
二人とも言っていたので、襲われたら蹴ろうと思う。なんでも﹁男
375
の人の股間に付いている玉は急所みたいで、それを攻撃するとしば
らく動けないか、痛みで失神するか死んじゃうらしいから、狙える
なら狙っちゃえ﹂とも言っていたのでしっかりと覚えておこう。う
ん。カームにも有ったから他の男にも有るだろう。けどアレが急所
とは思わなかったな。今度は卵みたいに丁寧に触ろう。
町に行く道を歩くとため池の横を通るのでお姉さんにも挨拶をし
ていこう。
﹁おはようございます。ちょっと町まで行ってきますね﹂
﹁あら、カーム君の所? 気を付けてね。まぁスズランちゃんなら
心配は無いと思うけどね﹂
なんで私なら心配無いんだろう?やっぱり力が強いからかな?ま
ぁ卵だけ気を付ければいいか。
村の外れの櫓にシンケンがいて、手を振っているのが見えたので
振り返しておいた。
しばらくはのんびり歩き﹃こんな景色だったかなー﹄と思いなが
ら、壁の無い家みたいな所でお弁当を食べる。
お弁当の入っている布を開いたら、パンにベーコンとチーズと野
菜が挟んであった。
﹁野菜は嫌いだって言ってるのに﹂
そう言って、その辺に野菜だけを捨てる。革袋の栓を外して水を
飲み﹁はぁ﹂と一息、しばらく雲を見てボーっと休む事にする。
よく、カームが指先に水球を作って、啜っているのを見ていたが、
アレは私には真似できない。魔法が皆の中でも特に上手い、シンケ
ンやミールでも無理だ。学校の授業でカームに教わった﹁桶から水
を手で掬うみたいに﹂と、イメージして水を出すのが精一杯だ。
カームは魔法が得意で何でもしちゃうし、頭もいいから本当すご
い。学校だって三回目の春には来なくて良いって言われて、村で働
いてたし。
376
それから急に、村の畑が多くなって、家が増えて、井戸が増えて、
人が増えて、冬の蓄えも多くて、冬に豚や牛や羊も潰さなくても平
気になったし。
池で魚も育てて、新しいお酒も造って、小さな川みたいなのも通
した。
村長も、大人もカームに頼ってるし、本当にカームはすごいと思
う。最初は家が近いし、優しい朝起しに来てくれる男の子だったの
に。いつの間にか好きになってて。少し強引だったけど、私から迫
って、いろいろあったけどカームが私の彼氏になってくれて本当に
良かった。
本当は、もう一緒に住んで、夫婦になっても良いんだけどお金が
無いから、家も建てられないし、借りるのにもお金が要るから少し
ずつ溜めて置かないといけない。
それに、お父さんもカームになんだかんだ言ってるけど認めてる
し。お母さんは、最初からカームの事は何も言わないで、ずっと応
援してくれたし。多分カームが働きに行ってるのは﹃勉強﹄って言
ってるけどお金稼ぎも兼ねてるんだと思う。
カサッ。
物音がした方を、視線を動かすだけで見て、座っている椅子から
一番近い茂みが風も無いのに微かに動いている。
一応槍を側に寄せて置こう。
この槍はお母さんからもらった物で、木に見えるけど中がくり抜
いて有って鉄が入ってる奴らしい、少し乱暴に扱っても折れないし、
剣とか斧とかで斬られても折れないすごい奴らしい。
お母さんに言われてた事を、ボーっとしながら思い出してたら、
いきなりゴブリンが茂みから出てきて襲い掛かって来た。ボーっと
してるから襲えると思ったんだろうか?魔物はその辺甘いと思う。
槍を長く持って、外側から内側に思い切り振って、穂先の付け根
で少し手加減をして頭を叩く。
大抵は、思い切り体ごと吹き飛ぶか、頭だけ綺麗に飛ぶ。今回は
377
手加減したので体ごと飛んだ。返り血を気にしてたから頭が飛ばな
いで良かった。
討伐部位をはぎ取って血が付いたりしたら嫌だからそのままでい
いか。
初めての討伐の時に、穂先で頭を殴ったら穂先が曲がって、お母
さんに少し怒られたから、振る時は穂先の付け根で殴る様にしてい
る。
あと﹁槍は突くものだよ﹂ってクチナシに言われたけど突くより
は振った方が性に合っている。
うん。十分休んだしあと半分頑張ろう。
結構日が高いうちに町に着き、門番さんに呼ばれ。
﹁以前来た時があるか? あるなら村か町の名前を言ってくれ、そ
の後自分の名前だ﹂
﹁ベリル村のスズランです﹂
﹁ベリル村ね⋮⋮あぁ、あった。見た目の変化は背が伸びただけだ
な、滞在目的は?﹂
﹁同じ村の出身の知り合いの家に、二日か三日泊まります、あと逢
引です﹂
﹁逢引って⋮⋮少しは誤魔化せよ。まぁわかった、通っていいぞ﹂
正直に言ったのに何が悪かったんだろうか?まぁ良いか。大銅貨
五枚を渡してから、
﹁クリノクロワって集合住宅知りませんか? 詳しい場所が解らな
いので﹂
﹁あ、あそこね⋮⋮行き方は∼﹂
少し歯切れが悪い、どうしたんだろうか?まぁ大体の場所は教わ
ったからいいか。
378
門を抜け、しばらく言われた通りに進み、目印の家を見つけ、そ
この角を曲がると門番さんに教えてもらった集合住宅が見える。
ここに住んでるのか⋮⋮。近くにゴミとかは散らかってないし、
綺麗な所だなぁ。他は散らかってる場所が多かったけど。
﹁何か用かしら? 部屋はいっぱいよ﹂
猫耳の女性だ。少し目が据わってるし、少し雰囲気が怖いな。怒
ってる時のお母さんみたいだ。
﹁ここにカームって人が住んでいるはずなんですが。合ってますか
?﹂
﹁確かに住んでいるけど、どんな関係かしら?﹂
﹁同じ村の出身で。カームの彼女で。スズランっていいます﹂
﹁あぁ、良く話してる彼女さんね、聞いてた話で、特徴が一致して
るからまぁ本人なんでしょう? ついて来て。部屋まで案内するわ。
まぁ偽物でも自警団に報告するだけだから﹂
﹁ありがとうございます﹂
なんかトゲトゲしてるし怖いなぁ。
多分合鍵って奴なんだろうけど、ジャラジャラさせてる内の一本
の鍵で開けてくれた。
﹁ここがカームの部屋、どうぞ。いつもなら、あの山の頂上に太陽
が当たるくらいで帰って来るわ﹂
そう言うとどこかに行ってしまった。入って良いって事なのかな?
中に入ると簡素なベットに、丸いテーブルに椅子、壁に見た事が
あるスコップ、棚の脇には物が沢山入りそうな便利そうなリュック。
多分合ってるよね?
丸テーブルに卵を置き、スコップの隣に槍を置き、背嚢の隣に荷
物を入れた革袋を置いて椅子に座る。
テーブルの上に、お菓子が乗っているが、一応他の人の部屋だっ
たら嫌だから大人しく待っていよう。
□
379
謎の魔物大量発生討伐から帰って来て、色町に行った次の日に、
ギルドに行き、ギルドカードを見せたら。
﹁カーム様ですね、報告によりハイゴブリンを、三名で討伐した功
績によりランクが4に上がります。書き換えをしますのでカードを
お預かりしてもよろしいでしょうか?﹂
﹁はい﹂
﹁では失礼します﹂
そう言って俺からカードを預かり、前回同様書き換え作業をして
いるらしい。
﹁ではランク4に成りました、おめでとうございます﹂
そういってカードを返された。やっぱり事務的に言われるんだよな
ランク10に上がったらどうなるんだろうか?まぁ、そう言う仕事
はしないから良いけどね。
◇
その五日後、仕事が終わり、明日が休みと自分ルールで決めた日な
ので、ぐったりする事を決めて、取りあえず筋トレして銭湯に行っ
て寝るかなー、と思って部屋のドアを開けようとしたら、解錠する
のに手ごたえが無い。
﹁鍵の閉め忘れかなー朝確認したんだけどなー﹂
と独り言をぼやきつつ、部屋に入るとスズランがいた。
﹁おかえり﹂
ドアを閉めて、入口からのドアの数を指差し呼称ながら確認する。
﹁大家さん、馬、俺、セレッソさん。うん、いいんだよな﹂と、声
を出して確認している姿はかなり滑稽だろう。
もう一度ドアを開けて確認すると、やっぱりスズランがいる。
﹁おかえり﹂
﹁⋮⋮ただいま。いやーびっくりしたよ、まさかいるとは思わなか
380
ったよ﹂
﹁門番さんに聞いてここまで来れたよ。はい。これお土産の卵﹂
﹁ありがとう﹂
今日、卵買わなくて良かったわ。
﹁いきなりどうしたの?あと五日くらいしたら帰る予定だったんだ
けど﹂
﹁毎回帰って来るのも大変かなって思って。だからお互い交代で行
き来すれば楽なんじゃないかな? って思って﹂
﹁んーそうだねぇ。来る時平気だった? 襲われなかった?﹂
﹁ゴブリンがいたけどぶっ飛ばした、頭が飛ばなかったから。返り
血浴びなくて済んだよ﹂
﹁んー一応気を付けてくれよなー﹂
﹁解ってる﹂
あげた髪飾りもしてるし、イアリングもしてる。一応お洒落はす
るんだな、村じゃあまりしないのに。
そしてここ数日の間に起こった事とかを話して。
﹁ハイゴブリンって強いの? 良く解らない﹂
﹁んー、俺も必死だったから良く解らないんだよな、けど大きな岩
が当たったり、口の中に矢が刺さっても生きてたから強いんじゃな
い?﹂
﹁んー矢が刺さってもしばらく動けるって、猪とか熊みたいだね﹂
﹁そうだなー、それが武器持ってたり魔法撃ってきたりするから、
やっぱ魔物は怖いよ。なるべく討伐とかは行かないで稼ぎたい、安
全が一番﹂
﹁そうだね、カームに死なれたら。私。何するかわらないもの﹂
デスヨネー、悪鬼羅刹の様に成って魔物を討伐しまくりそうで怖
いし。
﹁あー、もうこんな時間か。夕飯作るけど何がいい?﹂
﹁野菜が無ければ何でも良い。お肉があるともっと良い﹂
381
ですよね⋮⋮。
俺は、棚の中からパスタとベーコンを出し、買って来た牛乳とス
ズランの持って来てくれた卵を使い、カルボナーラを作る事にした。
二人で食堂に行き、俺が料理を始め、スズランが大人しく座って
待っている。こう見ると日本人形みたいなんだけどな、角が生えて
るけど。
そろそろ麺が茹で上がるかな?って時に。
﹁ララララーーー、今日は何を食べようかなぁぁぁぁ∼∼∼﹂
無駄に美声でキッチンに入ってくる馬。
﹁おや、可愛い子ですねー、僕の名前はヘングスト、お嬢さんのお
名前は?﹂
﹁スズランです﹂
﹁あー貴女がカーム君の。んんー、お手つきじゃなければ、即、口
説いてた所なんですが⋮⋮残念です﹂
無表情でこっちに顔を戻し、目で何かを訴えて来るが、目を瞑り
軽く首を横に振り﹃諦めろ﹄とジェスチャーで伝える。
﹁カーム君が、町で新しい子を見つけて来て、部屋に連れ込もうと
してるのかと思いましたよー、ハッハッハー﹂
﹁そんなことしませんよ、俺はそんな軟派じゃないですからね﹂
黙れ馬、最悪あばらの辺りに拳が入るからな。俺は知らんぞ。
パスタをフライパンに入れて炒めて有った具材と混ぜて牛乳入れ
て卵入れて出来上がり。
﹁はいどうぞ﹂
﹁ありがとう﹂
﹁あ、薪の残り貰いますよー﹂
﹁どうぞー﹂
と言って、適当に炒めだす。香りからしてベーコンか何かか?
村に戻った時に、ある程度の事は話してあるから、他の人と共同
で使う場所って知ってるし、ある程度住人の特徴も話してある。ス
382
ズランは特に気にしてないらしい。
﹁ごちそうさまでした﹂
﹁お粗末様でした﹂
俺は手早く皿とフライパンを洗い、部屋に戻ろうとしたらセレッ
ソさんがキッチンにやって来た。もう嫌な予感しかしない。
﹁あらカーム君、後ろの子は例の彼女さん? 可愛いわねー、ちょ
ーっと背が高いけど﹂
﹁っ⋮⋮ありがとうございます﹂
可愛いしか聞こえてないのか、背の事は聞き流したのかはわらな
いが、少し照れている。
﹁この後は、部屋でシッポリなのかしらー? それともハッスル?
声が大きいならお店貸すわよー﹂
嫌な予感は当たる物である。
﹁あぁ、いぇ⋮⋮考えておきます﹂
﹁特別料金でお安くするわよ?﹂
﹁考えておきます﹂
そう言って、スズランの手を引いて部屋まで戻る。
﹁どういう意味?﹂
﹁あー、あの人は色町で働いてるんだよ。だから来てくれたら部屋
を安く貸してくれるって事だと思うよ﹂
﹁ふーん﹂
﹁行った事はあるの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい﹂
スズランに嘘は通じにくいので、正直に話す事にする。嘘をつくよ
りは良い。
﹁誰かとしたの?﹂
なんか空気がピリピリしてきた。怖い。
﹁してません、父さんやイチイさんにも絶対にしてないと誓えます﹂
383
この世の神様とか、宗教とか知らないからね、神に誓うとかは言
えないな。見た事のあるゲス紳士が、神って言うなら知ってるけど。
﹁ふーん。どういう状況で行ったの?﹂
﹁さっき話した大量発生の討伐に行って、帰ってきたら仕事場の人
達が﹁行くぞ!﹂って、断るに断れずとりあえず行って、酒だけ飲
んでた﹂
﹁してないなら私は構わない。近くの村の男の人が、三人も奥さん
がいるって話も聞いた事があるから。男の人っていろんな女の人と
したいのかな? って思うけど。カームはどうなの? 正直に言っ
て﹂
前世的には一夫多妻はあり得ないから、倫理的には無いけど、こ
っちは一夫多妻はありなの? 多夫一妻もあり? 良くわらん!
﹁とりあえず今の所は無いね﹂
﹁今の所? ってどう言う事?﹂
﹁村にスズランを置いて、町でも彼女を作ってそういう事はしたく
ないって事﹂
﹁村の女の子だったら良いの?﹂
﹁純粋にスズランを裏切りたくないだけで、村でも同じ﹂
あれ?空気が緩んできた?
﹁⋮⋮解った。私が他の人としても良いよ。って言ったらしちゃう
の?﹂
﹁それはわからない。無責任な事はしたくはない﹂
﹁なら⋮⋮私がもう一人の女の子と。一緒にカームのベットに入っ
たらどうする?﹂
﹁⋮⋮状況に流されるかもしれない、ミールやクチナシやトリャー
プカさんみたいに彼氏がいる、誰かの妻に成ってるって、わかって
るなら絶対にしない﹂
﹁わった。クチナシがね﹃カームが、町で他の女の子としちゃって
るかもよ﹄って言ったから本当は心配だった﹂
空気が完全に元に戻った!?
384
﹁そうか、心配させちゃったな﹂
﹁大丈夫。他の子としちゃってたら顎を思いっきり殴ってやろうか
な。って思ってただけだから﹂
それ死んじゃうよね?運が良くて脳震盪だよね?あの事も一応言
っておくか。気が滅入るけど。
﹁⋮⋮あのさ。スズランを裏切りたくないから、今の内に正直に話
しておくよ﹂
﹁何?﹂
﹁そのお店でお酒飲んでたら俺に一目ぼれしたって女性がいて、ベ
タベタくっついて来るんだ。さっいた、セレッソさんがその女性に
﹁彼女がいるし堅いから諦めなさい﹂とは言われてたらしいんだけ
ど﹁それでもかまいません﹂って言って、それでも俺にくっついて
来るんだよ。ほかの女性は、俺が抱く気は無いよって言うと離れて
行くのに﹂
﹁⋮⋮そう。なんだ⋮⋮。それでもしてないんでしょ?﹂
﹁あぁ、してない﹂
﹁後でそのお店に連れてって。その女と話しがしたい﹂
﹁⋮⋮わかった。明日行こう﹂
﹁うん﹂
賽は投げられた、どうなる事やら。ちなみに空気はピリピリして
いない。
︵あらー、面白い事になってるわねー︶
︵ですねー︶
︵どういうことだ?︶
︵俺にも解らん︶
︵私にも解らないわよ︶
︵カーム君の所に、故郷から彼女さんが来たけど、彼女さんがカー
ム君に他の女の子とイチャイチャしちゃったの? って話ね。カー
385
ム君は堅い子だから私のお店でも、女の子を買う事はなかったけど、
一目ぼれしてカーム君にベタベタくっついてた子がいるって話した
みたいね、まったく正直な子ねぇ︶
︵別にいいじゃないですかー、女の子が多くても︶
︵馬鹿馬! 中には一人の女性を愛したいって男もいるのよ。あん
たみたいな経験が無い女なら誰でも良いって男じゃないのよカーム
は︶
︵一人と添い遂げるのもいれば、大人数と所帯を持つ者もいるから
な、カームは一人と添い遂げようとしているみたいだな︶
︵そうね、私達エルフでも、基本はお互い一人だな。物好きは二人
三人と持つらしいが︶
︵話によると、物凄く力が強くて、感が鋭いから怖いって話だけど、
ソコまで怖そうなイメージじゃないわねー。もしかしたらラッテに
も希望が有るかしら︶
︵何、そのラッテて女がカームにすり寄ってるの? 止めさせなさ
いよ︶
︵だって夢魔族ですもの、諦めろとは言えないわー、逆に応援しち
ゃう︶
︵最悪⋮⋮まぁどうなるかは二人次第って所ね︶
一号室は大変小声でにぎわっていた。
﹁ねぇ﹂
﹁何? お風呂? 近くに銭湯が有るからそこに行くかい?﹂
﹁隣の部屋に最低五人いる。女三男二﹂
﹁そうか、ありがとう﹂
︵気が付かれたみたいだぞ?︶
︵やばいなー︶
︵⋮⋮もう諦めるぞ、足音がする︶
︵最悪⋮⋮︶
︵あららぁ⋮⋮︶
386
ドンドンドンドン!
﹁やぁーなんだい? ノックはもう少し静かにした方が優雅だよ﹂
焦りの色を見せないのは流石だが、もうすでに遅い。
﹁ヘングストさん。ドアを全開に開けてもらえます?﹂
﹁いやー、今女の子を連れ込んでて。その子、今裸なんだよね﹂
﹁い い か ら あ け て く だ さ い﹂
ドアノブに力を入れる。
﹁いやいやいや、流石に失礼でしょう﹂
﹁聞き耳立ててる方も失礼でしょう﹂
お互い笑顔で一歩も引かない。
﹁カーム。貸して﹂﹁はいよー﹂
ドアノブを譲った瞬間に﹃バンッ!!!﹄
大きな音がして一気にドアが開く。
せまい部屋の、ドアの死角に四人、苦笑いで立っていた。
﹁ここにいる人、しばらくお菓子は無しです、い い で す ね
?﹂
超笑顔で言い放ち部屋に戻る事にした。
﹁いやーお菓子が!﹂
﹁むぅ、この辺より美味い甘味が﹂
﹁残念だな⋮⋮﹂
﹁ははは、仕方ないねー﹂
﹁あらー﹂
﹁いやーそれにしてもスズランちゃんに変わった瞬間ドアが開けら
れちゃったよー、本当に力が強いみたいだね。びっくりしたよ﹂
﹁ちょっとセレッソ! 貴女のせいだからね!﹂
﹁乗ったのは貴女じゃない! 自己責任よ自己責任! 来なくても
良かったのよ!﹂
﹁本当に変わった人達ね﹂
﹁そう思うよ⋮⋮お風呂に行こうか﹂
387
﹁うん﹂
集合集宅を出てちょっと歩いたら、スズランから手を繋いできた。
少しの間だけどこの温もりを楽しもうかな。
﹁カームってお菓子も作れるんだ﹂
﹁仕事が終わったら特にする事も無いからね。見様見真似でそれっ
ぽくつくってるだけだよ﹂
﹁食べたい﹂
﹁いいよ、明日ね﹂
﹁うん﹂
凄い笑顔だ、まるでから揚げを食べてる時みたいに。
この世界の住人
その後、しばらく話しながら歩き、俺等は銭湯に行き、時間の概
念が曖昧なスズランに、二十分ほど入口で待たされてから部屋に帰
った。
まだスズランの髪が濡れていたので左手で温風を出ながら櫛で優し
く髪を梳かしてやる。
シャンプーやリンスが無いのに﹃髪が綺麗だなー﹄と思いつつも
お互い無言でのんびりした時間を過ごしてからベッドに入った。
388
第35話 スズランが町に来た時の事 後編︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期ですが前回が前回なだけに早めに書こうか?それ
とも丁寧に書くか?と考えましたが前者になりました。
個人的にかなり難産でした。
この話で賛否両論分かれると思いますが最終的にこうなりました。
こうしました。
後半に﹁腹パン﹂﹁嘔吐﹂﹁大人の事情﹂キーワードの﹁複数ヒロ
イン﹂が有りますが嫌な方はご注意ください。
20160406 修正
389
第35話 スズランが町に来た時の事 後編
セレッソさんは、あの後に仕事に行ったみたいだけど、ベッドに
入った時に、
﹁あんな事も有ったし、今日は何があるかわからないから、とりあ
えずは止めておこうか﹂
という事になり、昨日はしていない。
狭いベッドに二人で寝るのは少し狭かったが、寝れない事は無か
った。
起きるのは俺の方が早いからと言う事で、俺が外側、スズランが
壁側という事にはなっていたが。
見事に抱き枕にされている、これは起さないと起きれない。
ご丁寧に足まで絡めてきている。体も密着している。少しふわふ
わしてるから洗濯板って言うより、アイロン台に進化かな?
まぁいいや、今日は休みだから、ベッドの上でグデグデしている
か。放って置いたら、いつまで寝てるか楽しみだ。
はい、あれから三時間経ちました。物凄く幸せそうにまだ寝てい
ます。いい加減トイレに行きたいです。
無理矢理引っぺがしましょう⋮⋮ハイ、ムリデシタ。
昔みたいに揺さぶって起しますかねぇ。
﹁おい、起きてくれ﹂ユサユサユサ。
﹁漏れるから、俺の尊厳とか威厳が下の方から漏れるから﹂ユッサ
ユッサユッサ。
﹁ん゛∼∼∼∼﹂
﹁頼む!起きてくれ!﹂ユサユサ。
やった!外れた!
390
﹁ふぅ。やばかった﹂
トイレを出た所でトレーネさんと出会った。こんな寝間着のまま
で、ちょっと恥ずかしい。まぁユルユルの麻のシャツとハーパンだ
けど。
﹁あ、おはようございます﹂
﹁お、おはよう、昨日は悪かったわね﹂
﹁あー、気にしてませんよ﹂
﹁そう、それなら良いわ﹂
なんか目を合わせてくれない。
﹁今頃起きて来るなんて、かなり珍しいわね﹂
あ、多分勘違いされてる。
﹁いつも通り起きたんですが、スズランが抱き付いてて外せなかっ
たんですよ。色々限界だったんで、無理矢理剥がしてて来ただけで
す。多分勘違いしてます﹂
﹁そう、悪かったわ﹂
今度は目を見てくれているので、勘違いとわったんだろう。
﹁んじゃ、寝坊助にご飯作ってやらないといけないんで、部屋に戻
りますね﹂
﹁なに、彼女料理しないの!?﹂
﹁得意ですよ、肉料理だけ。スズランに任せると肉しか出ません。
むしろパンも食べずに肉だけ食います。この間村に帰ったら、山盛
りのから揚げだけが出てきました﹂
変な顔をして﹁ご愁傷様﹂と言われた。
﹁お気遣いありがとうございます﹂とため息混じりに返しておいた。
部屋に戻ると、ぼさぼさの頭で目が据わっている状態で﹁おはよ
う﹂と言われたので﹁おはよう﹂と返しておいた。
﹁もうちょっと待てば、お昼になるけどどうする? 朝ごはん食べ
る? それとも、少し待ってお昼?﹂
﹁朝ご飯食べて。お昼も食べる﹂
391
﹁はいはい解りましたよ、腹ペコ姫﹂
キッチンに向かい、適当にパンを切って腹ペコ姫用にチーズとベ
ーコン入りのホットサンドを作り、自分用に、野菜も入れたサンド
イッチを作り部屋に戻る。
部屋に戻ったら、髪はぼさぼさだが、着替えは済んでいるみたい
だ。
前に﹁明るい所では見ないで﹂って殴られたからな。多分急いで
着替えたんだろう、朝食作るのに少し時間はかかったけど、少し慌
てさせちゃったかな?
﹁はい、こっちが腹ペコ姫用でございます﹂
﹁ありがとう。いただきます﹂
速攻でモグモグと咀嚼し始める。
﹁はい、牛乳﹂
﹁んー﹂
一応、口に入れたままは喋らないみたいだ、俺も食うか。
﹁いただきます﹂
俺もホットサンドの方が良かったかな?けどそろそろキャベツが
傷んできてたしな。やべぇ、そう思ったら、ホットが無性に食いた
くなってきた。
俺はサンドイッチから野菜だけ取り出して。
﹁一個交換しないか? 俺もホットサンドが食べたくなった﹂
モグモグモグモグング
﹁いいよ。はい﹂
俺の皿に一個乗せてきたので一個返す。
﹁んー、溶けたチーズが美味いなー﹂
スズランはコクコクと頷いている
二人とも程なくして食べ終わり
﹁﹁ごちそうさまでした﹂﹂
俺は手早く皿を洗ってきて、髪を梳かしてやることにする。だっ
392
て俺の部屋に鏡無いからね。
﹁朝に髪を梳かしてもらうの初めてだね﹂
﹁昨日もしてあげたじゃないか﹂
﹁昨日は濡れてた﹂
﹁はいはい、腹ペコ姫様、今日はどのような髪型に﹂
﹁任せる。あと腹ペコ姫は止めて﹂
﹁はいはい﹂
俺の好きな髪型にして良いって事だよな?スズランに似合うのは
女侍みたいにポニテか。それともサラサラの髪を活かして7:3で
優等生風か。鈴蘭の髪留めしか無いや、髪留めは何も付いて無いか
ら良いのに!畜生!三つ編みも良いけどサラサラな髪がもったいな
い、なんだかんだ言って甚平だから普通にタオル撒いても似合うし
な。んー。
しばらく髪を梳かしながら悩みつつ。
あーーー畜生!このままだといつも通りじゃねぇか。
んーけどな。この鈴蘭の髪留めを生かしたいし、スズランがした
時の無い髪型にもしたい。
後ろで真ん中から分けて、前に持って来て首の辺りで結ってお下
げにしよう、そして耳の上あたりに髪留め付けて大人しい感じにす
るか。
うんファイ○ルなファ○タジーのタクティクスに出て来る黒髪版○
魔か風○士だな!今風で言うと結○ゆ○り?けどアレもみあげっぽ
いしなー。
明日は侍風でオールバックポニテだ!
なんだ、甚平でもこの髪形似合うじゃないか、ズボン穿いてる風
○士みたいで。
﹁こんなんでどうかなー﹂
髪を触りどんな感じか確かめている。
﹁い。良いと思うよ。この髪形好きなの?﹂
﹁うん!﹂︵白魔○士みたいで可愛いよとは言えない︶
393
﹁しばらくコレでいようかな﹂
﹁明日は違う髪型にしてあげるから﹂
﹁まだ有るの?﹂
﹁有るよ、結構﹂
こっちの世界じゃ短くしてるか、普通に纏めてるか、後ろで結っ
てるか、三つ編みか、そのままだからな。
﹁じゃぁまたお願い﹂
﹁こちらこそ!﹂
﹁髪を梳かしてた時かなり変だった﹂
﹁どんな髪にしようか、かなり迷ったからね﹂
散々後ろで、ウーンウーンって悩んでたら変だよな。
﹁じゃぁ出かけようか﹂
﹁うん﹂
﹁どこに行きたい?﹂
﹁この町で初めて行った食堂﹂
﹁あー、はいはい﹂
あそこは偶に利用するから場所はわかる。中級区をぶらぶらしな
がら少し遅めに行こうかな。
この前イアリングを買った露店に、何か良いのが入ってるかな?と
思いつつ色々お菓子が売っている露店を転々としながら、話しをし
ながら向かう事にした。
﹁コレはクレープだね、カスタードクリームとか果物の砂糖煮が入
ってる奴﹂
﹁食べる﹂
﹁おっちゃん二個ね﹂
﹁まいどぉ!﹂声がすげぇ低い。
クレープ屋にあるまじき見た目と返事だ。まぁ俺は美味ければ何
でもいいけどね。比較的、人に近い見た目だけど髭とか体毛が結構
すごい。イメージとか先入観で似合わないって思うのは俺だけで良
394
い、ちなみにたこ焼き屋かお好み焼き屋が絶対似合うと思う。
﹁美味しい﹂
物凄くニコニコしている、和むなぁ。
﹁慌てないでね、クリームが付くとベタベタするからね﹂
気にしないでパクつくスズラン、ハムスターみたいにして食べな
いのは救いだけど、三分もかけずに食べるのは女の子としてどうか
と思うよ。
﹁食べ掛けだけど要るかい?﹂
﹁うん﹂
そう言って、俺から受け取るとモグモグ始める。よっぽど美味し
いんだろうか?まぁ村に甘味ってあまり無かったからな。
その後、別の露店で飴一個買って舐めると、何を思ったのか、お
土産にと五十個ほど買っていた、溶けてベタベタしなければ良いけ
ど。
まぁ、甘味も嫌いじゃないみたいだから、今度村に帰る時に買っ
て帰ろう。
なんだかんだ、色々な露店を覗きつつ、目的の露店に着いた。
やんわりと﹁いらっしゃい﹂と言われ。
﹁あれ?この間耳飾り買ってくれたお兄さんだよね? 隣の子は彼
女さん?﹂
﹁そうですね﹂
﹁じゃぁこの間の付けてくれてるのかな?﹂
﹁はい。これですよね?﹂
そう言って、お下げを横にずらして耳を見せる。
﹁おー似合ってるねー。かなり大人しい感じの物を買っていったの
を覚えてるけど、付けている所見ると確かに派手なのより、大人し
い感じの物が似合うね。その髪飾りも黒髪に良く似合うよ、結構凝
ってるね、何かの花かな? それも彼氏からのプレゼント?﹂
﹁はい、俺の手作りなんですよ﹂
395
﹁へぇー、お兄さんすごいね。俺の所から買わなくても良かったん
じゃない?﹂
﹁いやー、流石に銀をどこで買っていいかわからなかったので。あ
とアレは何も付いて無い髪留めにくっつけただけですから﹂
スズランは商品を見ている。
﹁それにしても珍しいね。何で出来てるの?﹂
﹁ガラスですよ﹂
﹁ガラスねぇ⋮⋮お兄さんの方が器用なんじゃないの?﹂
﹁彫刻が絶望的でしてね。そこに置いて有る様な細かい奴とか出来
そうにないんで﹂
﹁慣れれば簡単だよ?﹂
﹁デザインは頭に浮かぶんですけどね、一回木彫りの彫刻をやろう
としたんですけど、ただの木屑になりましたよ﹂
﹁じゃー仕方ないね。さて。さっきからずっと同じ物を見ている彼
女さんの相手もしないとね﹂
﹁なにか欲しいのがあったの?﹂
﹁この腕輪﹂
指を指したのは、やっぱり飾り気のないただの銀のブレスレット
だ、装飾も鉱石類も何もない、本当に銀を薄く延ばしてCの形にし
たものだ。確かに元から飾り気は無いから無難と言っては無難だな。
﹁そうだね、装飾とか無いから似合うかも。試着してもいいですか
?﹂
﹁かまわないよ﹂
左手に通して、装飾も無いのにいろんな角度から見て頭を軽く縦
に振っている。気に入ったみたいだ。
﹁気に入った?﹂
﹁うん。他のゴチャゴチャしてるのよりは良い﹂
﹁ゴチャゴチャって、確かに簡素な方が似合うけどさ、買うかい?﹂
﹁少し高いよ?﹂
確かに銀貨七枚だ、まぁ装飾とか無いから銀の使用量と加工手間く
396
らいだろう。
﹁この間の討伐で臨時収入が有ったから平気だよ、ここは任せて﹂
﹁いいの?﹂と、首を傾げて来るが可愛いので良しとする。
﹁じゃぁこれ下さい﹂
﹁ありがとうございます﹂
そう言って銀貨を七枚渡す。
﹁はい、一応布袋ね、そのままして帰るんでしょ?﹂
﹁はい﹂
﹁じゃぁ彼氏に預けておくからね﹂
そう言って俺達は露店を後にした。
太陽の位置からして一時か、そろそろ食堂が空く頃だろう。
﹁お昼食べに行こうか﹂
﹁うん﹂
から揚げだって解ってるからすごく嬉しそうだ。
﹁いらっしゃい、あら今日は彼女ちゃんも一緒かい? ならから揚
げかな?﹂
覚えられてるって意外に便利。
﹁はい!﹂
物凄く力強い返事だな。
﹁じゃぁ、俺は日替わりランチで、こっちがから揚げ単品で。とり
あえず先に一皿、その後追加で四皿で、から揚げは野菜抜きね﹂
キャベツばかり、食べさせられたらたまらないからな。
﹁あいよ、とうちゃん聞こえたね!﹂
﹁おう!﹂
﹁懐かしいねぇ、二回前の夏前辺りだったかねぇ? 細そうなお嬢
ちゃんがから揚げモリモリ食べて、野菜は全部こっちの彼氏に来ち
まうんだから、嫌でも覚えてるよ﹂
﹁村でもそうですよ、初めてから揚げ食べてすっかり好きになっち
397
ゃって、村に帰ってから鶏を育て始めて、今では鴨も飼ってるんで
すから﹂
﹁あらま。お嬢ちゃん、食べ過ぎて私みたいにならないようにね﹂
﹁はい!﹂
駄目だこの返事は話聞いて無い。から揚げしか頭にない返事だ。
しばらくしてから揚げが届く、モリモリ食べてるとすぐに二皿目
三皿目が届き、それもすぐに食べきり五皿目も難なく完食して、も
うちょっと食べようかどうか悩んでいるが、少し考えて止めたみた
いだ。ちなみに俺は豚肉を塩胡椒で炒めて千切りキャベツが付いて
いた奴だった。流石に豚肉のしょうが焼きでは無かったね。
帰り際に武器屋が目に入ったのか﹁寄りたい﹂と言い出したので
寄って行く。
﹁いらっしゃい﹂
商品を見て、速攻で﹁これ下さい﹂といって、ナックルダスター
をチョイスしたのは流石です。
けど駄目だ。コレから話し合いに行くんだから、買うとしたら明
日だ。
﹁あいよ!銀貨⋮⋮﹂
﹁いやいやいや、止めます止めます、取り消しで。買うとしたら明
日にします。すみませんでした!﹂
そう言って手を掴んで引っ張る様にして店を出る。
﹁コレから話し合いって言ってるのに、買わせるわけないでしょう。
欲しいなら帰る時にしなさい!﹂
﹁だって﹂
﹁だってじゃありません!﹂
なんか母親みたいになってるぞ俺。
諦めきれないのか、チラチラ武器屋の方を見ているが構わず帰る
事にする。
398
その後、集合住宅に戻りお菓子作りだ。
まぁ、、卵が有るから、シフォンケーキとプリンでいいか。
手順なんか慣れちゃえば簡単だ。問題はシフォンケーキの焼き皿
なんだよなー無いからやっぱり鉄のコップで代用するしかないのか
ねー。
お菓子を焼く独特の甘い香りが漂うが、誰も来ないのは昨日の件
だろうか。まぁあの時は言いすぎたけど、材料が余ってるから仕方
ない。そう言いつつ少し多めに作って、皆の為にメモを残すのは甘
いのだろうか?まぁ、二つの意味で甘いんだけどね。
部屋で、俺の作ったお菓子を食べながら、腕輪を見てニコニコし
ているスズランを見ていると、少し微笑ましくなってくるな。
﹁ごちそうさまでした。カームのお菓子作ってる時の姿かっこよか
った﹂
﹁お粗末様でした、どうもありがとう﹂
﹁私なんか肉料理しかできないもん﹂
﹁出来ないんじゃなくてしないんでしょう? 野菜も食べようよ﹂
﹁やだ。不味いし﹂
食べないと大きくなれませんよ、って言いたいけど胸以外大きい
からそんな事言えねぇよな。
少し食休みをして、夕方になるまで二人でまたダラダラ過ごす。
﹁さて⋮⋮色町に行こうか﹂
﹁⋮⋮うん﹂
少し空気がピリピリしている大丈夫かな?
﹁いらっしゃいませー﹂相変わらず、ナイスバディーな女性だ。
﹁こちらへどうぞー﹂
早速席に着くと、女の子が隣に座り、寄り添って来て何を飲むか
聞いて来る。
﹁とりあえず蜂蜜酒二つで﹂
399
﹁はーい﹂
二人して立ち上がり取りに行く。
﹁こういうお店なの?﹂
﹁ここしか知らないから、そうなんじゃないかな?﹂
少しして、二人が戻って来た。
﹁蜂蜜酒お持ちしましたー﹂
﹁誰か好みの女性はいます? 変わりますよー﹂
あーどうしようかな。
見た感じいないしな、一応言っておくか。
﹁ラッテさんいます? それかセレッソさんを﹂
﹁申し訳ありません。ただいま二人とも接客中ですので﹂
﹁じゃあ待ちますね﹂
﹁こちらの方は?﹂
﹁私は平気。他のところに行って﹂
﹁あら、女の子? 気が付かなかったわ﹂
﹁えー本当? んー確かによく見ると女の子ねぇ。てっきり男にそ
ういう格好させてるのかと思ったわ、そういうのが好きって人もい
るから﹂
﹁彼女同伴でこんなところに来る人っているんだー﹂
﹁本当ねー、物凄い物好きなのかしら?﹂
﹃ダンッ!﹄と、壊れない程度にテーブルを叩き二人を睨みどこか
に追いやるスズラン。
﹁ベタベタ体を摺り寄せて来るから。確かに男の人が好きそう。あ
あやって好きな子を選んでお酒飲んでまぐわるの?﹂
﹁そうみたいだね﹂
﹁けどしなかったんでしょ?﹂
﹁そうだね﹂
さっきから女性達が、チラチラ見てるけど、気にしないでお酒で
も飲もう。
﹁引っぺがさなかったの?﹂
400
﹁何回か剥がしたけど、あまりにもしつこいから諦めたんだよ﹂
﹁その女。カームに私がいるって知ってるんでしょ?﹂
﹁確実に知ってるね﹂
﹁理解できない﹂
﹁まぁ、夢魔族って言うのは、恋愛感情とか結構特殊みたいだから
ね﹂
﹁⋮⋮そう﹂
﹁待たせちゃったわね﹂
そんな話しをしていたら、セレッソさんが話しを遮る様に、テー
ブルにやって来る。
﹁あ、どうも﹂
﹁こんばんは﹂
﹁今日のデートはどうだったかしら?﹂
﹁まぁまぁの収穫ですね﹂
セレッソさんの視線は、スズランの腕をみていた。
﹁あの銀のブレスレットかしら? 似合うじゃない、良い物が見つ
かって良かったわね﹂
﹁ありがとうございます﹂
褒められたのに、照れる様子も無く言っているのは敵地だからだ
ろうか?
しばらく雑談してたら、ラッテさんが上から降りて来た。上から
下りて俺を見つけると、名前を叫びながら駆け寄って来た。
﹁カームくーん﹂
そう言って飛びついて来る。
せめて、さっきまで一緒に居た客を送り出してから来いよ。
ほら、こっち睨んでるから。怖いから。男の嫉妬は怖いってどっ
かで聞いたんだから。
﹁キャー﹂そういいながら頭を擦り付けて来る。
向かいに座っているスズランの目が座ってきてるから、止めても
401
らえないかな?ってか止めさせよう。
﹁今日は、お話に来たので落ち着いて下さい﹂
そう言いながら頭を両手で掴んで、無理矢理引きはがす。が、直
ぐに、くっついてくる。どうしようこの子。
﹁ね? 言った通りでしょ?﹂
﹁⋮⋮うん﹂
あ、これ駄目だわ。纏まる話も纏まらないわ。しかも、目付きが
鋭いし殺気も剃刀の様に鋭くなってるわ。
﹁こーやってても、お話できるもーん﹂
﹁ラッテちゃん? 物凄く真面目な話だからね? 向かいに座って
る子がカーム君の彼女ちゃんだから﹂
顔は笑ってるけど、目が笑ってないしいつもより声が低い、多分
怒ってるのか?
﹁ごめんなさい﹂
いきなり素直になったな。
﹁隣に座ると色々と面倒だから、ラッテ。こっちに来なさい。スズ
ランちゃんはカーム君の隣に﹂
何だこの四者面談。しかも周りもチラチラ見て来るし。
﹁じゃ、お互い自己紹介ね、あと言いたい事は言う事、私とカーム
君はお互いが暴走したら止める事﹂
﹁はい﹂﹁わかった﹂﹁はーい﹂
﹁スズランです。子供の頃からカームと一緒で。二回前の春にまぐ
わりました﹂
﹁ラッテです、カーム君に一目惚れです、スズランさんがいると知
ってても一緒になりたいって思ってます﹂
少しだけ沈黙があり、最初に口を開いたのがラッテさんだ。
﹁スズランさん、カーム君を貸してください﹂
﹁カームは物じゃない﹂
﹁好きになった男の子と、一緒に寝たいのは夢魔族の本能です、お
願いですよー﹂
402
﹁物じゃないと言っているでしょ!﹂
﹁じゃー、どうしたら﹂
﹁物扱いしないで。それとさっきまで他の男の人と一緒に寝てたん
でしょう? カームの事を一目惚れで好きになったのに、まだお客
を取る事が私には解らない。その人の事が好きになったら、その人
と一緒になる為に頑張るのが普通だと思ってる私が間違いなの?﹂
﹁夢魔族はその辺が違うんですよー、獲物としてまぐわるか、好き
な人とまぐわるかで全然違うんです﹂
スズランは、果実水をのんで一息ついてから続ける。
﹁どう違うかはわからないけど。愛してるか。愛してないかの違い
なの?﹂
﹁そうです、好きな人とまぐわると、心も満たされるんです、スズ
ランさんもわかるでしょう?﹂
﹁その辺は認める。カームは私に中々手を出してこないからこっち
から誘った。初めてした時は少し強引だった。好きな人とまぐわる
と心が満たされるのはなんとなくわかる。私も何かが満たされた気
がした﹂
﹁でしょう? なら良いでしょう? 私も一目惚れして好きなんで
す。スズランさんがいるから、カーム君は私に手を出して来ない、
それはスズランさんの事を本気で愛しているからですよ。けど世界
には何人も奥さんを持つ人がいて、旦那さんがそれぞれわけへだて
無く奥さんに愛を注いでます、奥さん同士も仲好くしています。だ
からスズランさんが認めてくれれば、カーム君だって私を好きにな
る可能性だって出てきます﹂
﹁待て、それはちょとおかしい﹂
﹁じゃあ、私の事嫌いなんですか?﹂
﹁好きか嫌いかの二択なら好きに入る、それはただ、俺がラッテさ
んの事を不快に思ってないからで、嫌いって思う所が今のところ見
当たらないからですよ?﹂
﹁嫌いじゃなければそれならいーんですよ、私の事を好きになって
403
くれるかもしれないんですから﹂
﹁んー? んー⋮⋮?﹂
一体何を言ってるんだ?
﹁そう。たしかにカームが貴女の事を好きになってくれるかもしれ
ない。けどそれは私が許さない﹂
そうだ、いいぞ、もっと言ってやれ、俺は一夫多妻に興味は無い。
﹁何でですか! 嫉妬ですかー!?﹂
ラッテさんが少しヒートアップしてきたが、セレッソさんに肩を
叩かれ﹁落ち着きなさい﹂と言われてる。
﹁貴女がこの店で働いてる限り絶対許せない。私は昨日寝る前にす
ごく考えた。カームはこの町で働いてて私は村にいる。会えるのは
三十日に一回。村に戻って来た時だけ。そういう状況なのにカーム
は私以外の女の子を好きになろうと思えばなれたのにそういう事を
しなかった。それは私の事しか愛さないと決めてたからだと思う。
もし他の女の子を好きになって手を出しても。私を騙せば良いだけ
の話なのに。それすらもしなかった。しかも初めてここに来た時の
事も話してくれた。私に悪いと思う気持ちが有ったからだと思う。
だから私にだけ愛をくれていると思っている⋮⋮カームとまぐわう。
お客さんともまぐわう。そういう事をするから私は貴女を許せない。
カームに愛してほしいならカームとだけまぐわれば良い﹂
﹁じゃぁこのお仕事辞めます。って言ったらどうするの? 認めて
くれるの?﹂
﹁⋮⋮認める。カームだけを相手にするなら﹂
ブフーーーッゲッホゲホゲホゲホ。
俺は盛大に果実水を噴き出し咳き込む。少しセレッソさんにかか
ったみたいだ。
﹁すみません﹂
﹁あのタイミングじゃ仕方ないわ﹂
404
﹁確かに近くの村に奥さんが三人いる人もいるわ。その話を聞いて
奥さんが沢山居ても別におかしい事じゃないって思った。だから愛
をカームだけに注ぐなら認める﹂
﹁じゃぁ私この仕事辞めます!﹂
﹁ふぅ﹂セレッソさんが首を振りながらため息をついている。
﹁あとまぐわうのには条件がある﹂
﹁何ですか!﹂
﹁さっきも言った通り私は村にいて。カームは三十日に一回しか戻
って来ない。仕事があるから。帰って来る時は朝に町をでて昼過ぎ
に村に戻って来て。二日村に泊まって朝には町に帰る。だからずっ
と町にいる貴女はまぐわう機会が増える。それは絶対許せない。私
と同じ条件じゃないと許せない﹂
うぉ、殺気で肌がピリピリするよ、対面に座ってるラッテさんも、
臆さず喋ってるのってすごいな。
﹁ならカームくんの村に行けばいいの?﹂
﹁そこまでは言っていない。ただまぐわう機会は私と同じ三十日に
一日か二日だけ﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
ラッテさんは少し考え込んでいるようだ。
﹁あの。俺の意見は?﹂
﹁カームは黙ってて﹂
﹁はい⋮⋮﹂
物凄く睨まれた、今までで一番怖い。即答しか出来なかった。
﹁わかったわ、仕事は辞める、まぐわうのも三十日に一回これでど
う?﹂
﹁わかった。それで良いわラッテさん﹂
そう言って手を出す。
﹁ありがとうスズランさん﹂
ラッテさんが手を握り返す。
﹁もう一つ条件があるる﹂
405
﹁何ですかー?﹂
﹁とりあえず殴らせて。それで心に区切りをつける﹂
﹁え!? し、死なない程度ならいいわ、じゃぁ私も条件を増やす
わよ? いままで過ごしてきた時間が圧倒的にそっちの方が有利よ
? 一緒に寝ないけど会うのは良いでしょ?﹂
﹁⋮⋮良いわ。認める。カームもまぐわおうとしてきたら教えて、
そうしたら殴るから。カームはそれに絶対乗らないと思うけど。じ
ゃぁ加減してお腹を殴るわ。顔だと色々と可哀想だし﹂
﹁止めないの?﹂
﹁女同士の話です、止められません。むしろ止められるほどの力も
ないです。スズランの方が力強いですし。後ろから羽交い絞めにし
ても、俺がいないかの様に拳を振り抜きますよ。ってか俺の意見を
聞いてくれないので、泣きたい気持ちで一杯ですよ﹂
ドスッ!﹁ウゲオ゛ェッ!ゲホッゲホッ﹂ビチャビチャビチャビ
チャ。
デスヨネー。吐きますよねー。ってか俺が見てない時にかよ。ス
ズランもえげつねぇな。
﹁カーム。筋違いってわかってるけどカームの事も殴るわね。︱︱
ごめんなさい。コレで気持ちを切り替える﹂
﹁はぁ?なn﹂﹃んで﹄とは言わせてもらえなかった。
過去に一度食らってるから何とか耐えられた。が、胃からこみ上
げる酸っぱい物が少し漏れ出すくらいで耐えられた。俺。偉い。
︻スキル・打撃耐性:3︼を習得しました。
デスヨネーってかお店の人対応早い。速攻でラッテさんのを処理
をしている。
﹁結構強く殴ったのに。強くなってる?﹂
﹁仕事、終わった後に、少しだけ運動してる、から﹂筋トレとか言
406
っても通じないと思うし。ってか痛くて上手く声が出ない。
﹁話は纏まったみたいね、ラッテが落ち着くまで休んでて頂戴、誰
かー、果実水多めに持って来て﹂
指示を出してるって事は、少しは偉いのかな?今まで普通に接し
てたわ、まぁ客だから良いか。一回もセレッソさんの事買ってない
けど。
ラッテは果実水で、口をすすいでバケツに出すという行為を繰り
返し。
﹁っ・・・んぁー﹂果実水を飲んで少しは落ち着いたみたいだ。
﹁いやー、お客さんの要望で、叩いたり叩かれたりってのはあった
けどさー、流石に今みたいなのは無かったですよー﹂
当たり前だ、さっきのはプレイじゃないんだから。
﹁一応謝っておくわ。ごめんなさい﹂
﹁いえいえー、私こそ好きになった人に、好きになってもらうのが
どんなに難しいかわかりましたよー﹂
いや、普通は浮気扱いだから。もう公認になっちゃったから良い
けど。いや良く無いな。俺がイチイさんに殺される。
﹁なぁスズラン?﹂
﹁なに?﹂
﹁俺、下手したらイチイさんに殺される﹂
﹁私から訳は言っておく。だから安心して。絶対に。何も。言わせ
ない﹂
﹁スズランさんのお父さんってー、怖いんですかー?﹂
﹁すげぇ怖い、どれくらい怖いかって言うと、色々な所に傷が有っ
て、腕が⋮⋮そうだな、ラッテさんの腰くらい太くて、目付きも鋭
い。少し脅されたら有り金全部渡して逃げたくなるくらいには見た
目が怖い。けど根は良い人だよ﹂
﹁そーなんですか! ちょっと心配です﹂
﹁確かに見た目は怖いけど。一応私のお父さんだから悪く言わない
で﹂
407
﹁あ、ごめん﹂
けど一応、怖い事は認めるんだな。
﹁安心して。絶対説得しておくから。じゃぁ上に行こう?﹂
﹁は?﹂
﹁だってここに話し合いに来たのと⋮⋮その。するために来たんで
しょ?﹂
語尾が少し小さくなって恥ずかしそうに言って来る。
えぇ、もちろん火が付いちゃいますよね、昨日してないんだし。
﹁え?さすがにここじゃまずいでしょう、ねぇ?﹂
俺はセレッソさんに問いかける。
﹁この状況で貸すと思う? 周りを見て見なさい、流石に無理よ﹂
﹁じゃー私も一緒にってーのはどうです? それなら使えるでしょ
ー?﹂
﹁はぁ? ちょっと何を言ってるのかわからないんですが﹂
﹁そうねぇ、辞めるって言っても今日までは在籍って事になるはず
だから、スズランちゃんが良いって言えば良いんじゃないかしら?﹂
﹁良いわ﹂
﹁はぁ!? ちょっとまって。君達、何か考えがおかしいよ!?﹂
﹁じゃー、上に行きましょー﹂
そう言って、ラッテさんは右腕に腕を絡めてにぴったりとくっつ
いて来る。負けじとスズランもお尻を1個分ずらして腕を絡めて左
手側にぴったりくっついて来る。
﹁セレッソさん助けてください﹂
﹁上でゆっくりしてらっしゃい﹂
何かを諦めた顔で、俺に笑顔で優しく言ってくる。
﹁⋮⋮はい﹂
誰かが言ってたな﹁最善の方法が最良の結果を生むとは限らない﹂
と、確かにその通りだ、スズランと話し合いをさせて諦めてもらう
408
積りだったのに、そのスズランが許しちゃうんだからな。ひでぇ話
だよな。
あとこんなのもあったな﹁可能ならばより最善を求めよ。それは
常に可能である﹂と。
諦めて、コレから最善を尽くせばいいのか?二人を相手にするっ
て前世でも今世でも経験無いぞ?
参考になるのは、肌色の多いDVDかPCの中に保存してあった
画像かゲームくらいだ、実際に三人でするってどするんだよ!?
えー、はい⋮⋮
前世の知識を、あえて今まで教えてなかったのに、見事にラッテさ
んがスズランに教えながら実践して。
﹁こう?﹂
とか聞きながらスズランが練習し始める。
﹁そーそー、カーム君の反応見れば解るでしょー?﹂
そういった方式がとられまして。えぇ、しかも実践中ラッテさん
がサポートする形になり。挙句に終わったら交代するという。
二順回目は、画像や動画でしか見た事が無い事に成りまして⋮⋮。
一夫多妻とかハーレム作ってる人すげぇわ、都合よく精力が上が
る魔法とかどうやってんの?
体内の某所の活動を活性化させるの?それとも脳でとあるホルモ
ンを分泌させるの?それとも一部の感覚を鈍感にさせるの?全部か
!全部なのか!?
まぁ、必要無いけどね。
これ以上増えたら考えよう⋮⋮いや増えないように頑張らないと。
409
そんなこんなで二時間が経ち、俺はちょっと気怠く階段を下り。
両脇の二人はツヤツヤしながら階段を下りている。
お店の女性がヒソヒソ何か話しながらこちらを見て来るが、セレ
ッソさんが。
﹁はいはーいお疲れさまー。取り合えず、カーム君とスズランちゃ
んは帰っていいわよ、ラッテはまだ仕事中だから駄目ね。けどお客
は取らせないし、買わせないから安心してね。料金はもう話を付け
てあるから、お会計で銀貨1枚渡してね。内容はお酒代と部屋の使
用料ね、本当はお酒代と買った子の値段なんだけど、カーム君達は
特別ね。あ、今日だけだから次からは逢引宿を使って頂戴。このお
店の店長が経営してる逢引宿なら割引も出来るわよ? その子がお
休みの時に外でも使えるようになってるからね﹂
しっかり宣伝までしてくるか。
俺は、セレッソさんに迷惑料として銀貨を五枚渡した。
﹁色々迷惑かけたので、吐いた物を掃除してくれた女性とか、最初
に睨んで追い返した女性とかに渡してあげてください、今日はすみ
ませんでした﹂
﹁これくらい日常茶飯事よ、少し噂になると思うけどいちいちそん
な事気にしてないわよ、最悪お酒を頭から掛けられるからね。けど
部屋の使用料はちゃんと払ってよね﹂
そう言って渡したお金を返された。
﹁すみませんでした﹂
スズランも謝り俺達は帰る事にする。
部屋に帰り、俺達は銭湯へ向かう。帰り道や銭湯に行くまでに軽
く会話は有ったが、さっきの事はまだ話していない。とりあえず帰
ってからだな。
昨日のスズランの入浴時間を考え十分遅めに出たら五分後に出て来
た。一応気を使って早めに出て来たのだろう。気にしないで良いよ
って言っておくべきだったな。
410
部屋に帰り昨日と同じく温風を出しながら髪を梳かしてると。
﹁ごめんなさい﹂
泣きそうな声で謝られた。
﹁何がだい?﹂
俺は出来るだけ優しい声で返した。
﹁ラッテさんの事﹂
﹁あー気にしてないよ﹂
﹁好きじゃないんでしょう?﹂
﹁嫌いでもないよ、好きになれる所を探して好きになっていけば良
いんだよ、だから気にしないで﹂
﹁私のどこが好きになったの?﹂
﹁実は意外にお茶目な所と、放って置け無い所。なんか子供を持っ
たお母さんみたいな気持ちになるんだよね⋮⋮﹂
﹁なんで?﹂
﹁朝起きれない所、野菜が嫌いな所、言葉がちょっとだけ少ない所、
最近は喋る様になったから最初の二つかな﹂
﹁そう⋮⋮﹂
﹁決め手は可愛い所かな﹂
﹁え? 私胸も無いし。カームより背が大きいし力も強いのに?﹂
﹁背も胸も関係無いよ、はい終わり﹂
﹁じゃぁラッテさんの好きな所は﹂
﹁まだ知り合って二回目だからなぁ、んー、今の所は明るい所かな。
あと聞きたい事が一つだけ有るんだけどいいかな? なんでラッテ
さんの事を許したの?﹂
﹁最初は絶対に許さないし。認めないと思ったんだけど。認めよう
と思ったのは私と同じでカームに一目惚れした所。必死だった所。
けどカームの事が好きって言ってるのに。他の人とまぐわってるの
は絶対に許せなかったから。条件を出したの。それが無理だったら
諦めてもらう積りだったけど。夢魔族なのに他の人とまぐわらない
411
で一人を愛するって本気なんだって思ったから。だから⋮⋮﹂
﹁そうか、ある意味自分に似てると思ったんだね﹂
﹁うん﹂
﹁まぁ⋮⋮どうにかするさ﹂
﹁ごめんね。カームは優しいからそこに付け込んだみたいで﹂
﹁気にしてないよ、もう謝らないで、あと涙拭いて﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹁もう寝ようか﹂
﹁うん﹂
俺達は寝る事にした、スズランは体を少し丸め、俺の胸に顔を埋
めて声を殺して泣いているみたいだ。
だから俺は頭を撫で続けていたが、気が付いたら寝息が聞こえて
きたので俺も寝る事にした。
412
第35話 スズランが町に来た時の事 後編︵後書き︶
今回は女性同士のやり取りの泥沼、修羅場っぽい風になりましたが
そう言うのを経験した時が無いので想像で書きました。実際はどう
なんでしょうね?
まぁ和解って事になり新たににラッテが加わりますが、ある程度ど
う動かすかは決めています。
こういう展開になったからと言う事で、読者様がどう思われるか別
れる所ではありますが。気に食わないと言うのであればバッサリ切
り捨ててください。
413
第36話 ラッテが部屋にやって来た時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
前話の翌日となっております。
20160408 修正
414
第36話 ラッテが部屋にやって来た時の事
﹁あ゛ー﹂
朝か⋮⋮。相変わらず、俺を抱き枕にして寝ているスズラン。今
日は流石にいつまでも寝かせておく訳にもいかないので、俺が起き
る時間で悪いと思うが、速攻で起こす。
﹁起きろ、起きろー﹂
肘をぐいぐいやって揺らす、もちろん二の腕に胸が当たっている
が、当たってるという感じはあまり無い。
﹁ん゛ーーーー?﹂
記憶の片隅にでもあったのだろうか、比較的直ぐに起きてくれた
スズラン。少し目が腫れているのは、見なかった事にしてやろう。
起きたのを確認したので、着替えて朝食と弁当を作りにキッチンへ。
一人分も、二人分も手間は変わらん。から揚げを作ってやりたか
ったが、昨日は食料の買い物をしていないので、買い置きのベーコ
ンで我慢してもらおう。
代わり映えしないが、ベーコンとチーズのホットサンドと、弁当
は残りのベーコンとチーズを使ったサンドイッチだ。もちろんスズ
ランの方が、ベーコンが分厚くなっている。まぁ、切った残りの分
厚い奴をそのまま挟んだだけなんだけどね。
コンコンコンと一応ノックをしてから声もかける。
﹁入るぞー﹂﹁うん﹂明るい所で見られるのは、恥ずかしいみたい
なので一応保険ノックはかけて置く。
﹁悪いけど今日もホットサンドな、あとコレお弁当。髪は食べ終わ
ったらやってやるから冷めない内に食べようぜ﹂
﹁﹁いただきます﹂﹂
とりあえず話しながら食べる事にする。
﹁今日はどうするんだ?﹂
415
﹁カームの仕事を少し見てから帰る﹂
﹁わかった、じゃあ一緒に向かうか﹂
コクコクと頭を縦に振りながらモグモグとホットサンドを食べて
いる。
食べ終わったので、手早く食器を片付け部屋に戻り髪をセットし
てやる。
﹁今日は、昨日言ってた好きな髪型の二つ目な﹂
﹁んー﹂
髪を梳かされながら気持ちよさそうに答えるスズラン。
髪をオールバックにして、少し高い位置でポニーテールにして紐
で縛って終了。鉢金無いけどな!
意外に簡単に済んだな。前々から決めてるとやっぱ早いな。これ
じゃ少し寂しいから鈴蘭の髪留めを紐の部分に付けてやる。うん、
ワンポイント。
﹁じゃぁ少し早目に出るか、荷物は俺が持つよ﹂
﹁ありがとう﹂
部屋を出て歩いていたら、キッチンの前でセレッソさんに話しか
けられた。
﹁カーム君、スズランちゃん。朝の忙しい時間だけど少しいいかし
ら?﹂
﹁え、えぇ﹂
スズランは黙って付いて来る。
﹁昨日はごめんなさいね﹂
﹁まぁ、少し驚きましたけどね。自分が正直にスズランに言ったの
が原因ですし、それにそういう事は早めに片付けておきたい質なん
で﹂
﹁あら、そうなの?﹂
﹁心がムズムズするんですよそういうのって。まぁ今後も付き纏わ
416
れるのも嫌だったんで﹁はっきりさせようかな﹂と思ったのが今回
の原因ですね﹂
﹁ふーん﹂
﹁まぁ、結果的にこうなっちゃったのでソレはソレで受け止めます
がね﹂
﹁あら、潔いわね。スズランちゃんはこれで本当に良かったの?﹂
﹁はい。私も一目惚れみたいな物です。なのでラッテさんの気持ち
は良くわかります。奥さんを沢山貰ってる人も世界にはいるらしい
って聞いていたので。カームを裏切らない限り許します。昨日の夜
カームに勝手に決めてごめんと謝りましたが許してくれましたし﹂
﹁ふーん、なら良いわ。そこだけが心配だったの、貴方達まだ若い
からね。そこまでしっかりしてるなら問題無いわね、朝の忙しい時
間に声を掛けちゃってごめんなさいね﹂
﹁いえ、大丈夫です﹂
﹁いってらっしゃい、スズランちゃんは気をつけて帰ってね﹂
﹁行ってきます﹂﹁失礼します﹂
﹁はい﹂
﹁お?カーム今日は二人か? そいつは新しい職人か?﹂
﹁前に話してた彼女です﹂
﹁え? あ。すまん﹂
﹁大丈夫。よく間違えられるから。あと今日はこんな髪型だから余
計です﹂
﹁申し訳ない﹂
﹁いえ﹂
﹁悪いな、今日の髪型をそれにしちゃって﹂
﹁大丈夫だよ﹂
﹁少し背が高いけどよく見ると女ってわかるし可愛いな、こう⋮⋮
凛とした感じの子も良いな﹂
﹁ありがとうございます﹂
417
少し照れている、やっぱり﹁可愛い﹂が重要なのか? 今度から
可愛い系の髪型にしてやるか。
﹁じゃ村に帰るって事でいいかい?﹂
﹁はい﹂
﹁俺が三十日に一回帰る約束だったんですけど、今回は来てくれた
んで助かりましたよ、じゃあ遅れるんでこの辺で﹂
まぁ色々有りすぎて、歩いて帰るより変に疲れたけどな。
﹁おう、引き止めて悪かったな。あと羨ましいからあとで酒を奢ら
せてやるからな﹂
﹁勘弁して下さいよー﹂
そう言いながら職場へ向かう。
﹁おはようございまーす﹂
﹁おう、いつも通りだな。その子が彼女か? 背ぇ高けぇな、胸も
薄いし﹂
あ、少し不機嫌になった。
﹁そう言うのが好みなのか?﹂
﹁幼馴染で、そのままって感じです。かなりの時間を一緒に過ごし
てましたし、家も近いですし﹂
﹁そうか、で。お嬢ちゃん、名前は?﹂
﹁スズランです﹂
﹁そうか! コンから﹃俺より力が強い力が強い﹄って聞かされて
るからな、どんなごっつい娘かと思ったが、かなり可愛いじゃねぇ
か! 羨ましいな、大切にしろよ!﹂
バンバンと背中を叩かれ笑っている。親方痛いっす。あとスズラ
ン、機嫌直るの早すぎ!
﹁コン?﹂
﹁あぁ、俺のあだ名だよ、俺の肌が藍色か紺色だろ?だから﹃コン﹄
って呼ばれてる、おやかたは皆をあだ名で呼ぶんだよ。だから俺、
皆の本当の名前を知らないんだ﹂
418
﹁見た目で誰だかわかるのが良いからな。お、丁度﹃きつね﹂と﹃
つの﹄と﹃まっちょ﹄が来たぞ﹂
﹁本当。誰が誰だかすぐわかる﹂
﹁だろ!?わかりゃ良いんだよ﹂
﹁⋮⋮確かに﹂
そう言ってると三人がこっちに来た。
﹁ういーっす﹂﹁お、おはよう﹂﹁うっす﹂
﹁お? 例の彼女かよー。羨ましいじゃんよ﹂
﹁り、凛々しいな﹂
﹁いやー今日はこの髪形だから凛々しく見えますけど、下ろせば可
愛いですよ﹂
﹁おう、可愛いのも見せてくれや﹂
﹁時間は良いんですか?﹂
﹁少しくらい構わ無ぇよ﹂
﹁じゃぁ⋮⋮良い?﹂
﹁またこの髪にしてくれるなら﹂
そう言って髪留めを外し、紐をほどき、頭を軽く振るとフワッと
髪が広がり、いつもの髪型に戻る。癖とか付いて無いってすげぇぞ
おい。
﹁おー確かに可愛いな﹂
﹁っすねぇ﹂
﹁か、可愛い﹂
まっちょさんのこの表情はまんざらでも無いって考えてるな。
﹁昨日はこうでしたね﹂
簡単に後ろで髪を分け、前に持って来て、首のあたりで髪を手で
絞って見せる。
﹁昨日の方が良いじゃねぇか!﹂
﹁だ、だな﹂
﹁俺はさっきの方が良かったと思うよー﹂
んー意見が別れたな、まぁいいか。スズランから櫛を出してもら
419
い、梳かしてからまた髪をセットする。
﹁んー髪型で随分印象も変わるもんだなぁ﹂
皆頷いている
﹁おい、どんだけ力が強いかまっちょの手を握ってみろ、それで解
る﹂
そう言って、まっちょさんが手を出してくるが、少し恥ずかしそ
うにしている。以外に可愛いなまっちょさん。
﹁手が大きすぎて握れない。これじゃ力が入らない。握っても指三
本﹂
﹁おう、なら指でいいや、握ってくれ﹂
﹁ぐっ⋮⋮あ゛っ﹂
あ、これ駄目な奴だ。
﹁はい、止め止め!やーめーろー、どう見ても痛がってるだろ!?﹂
﹁でも⋮⋮痛いとか。止めてとか言ってないし﹂
我慢してるんだよ、気が付いてあげて!あーあー、無表情だけど腕
首振ってるしアレは絶対痛がってる。
﹁じゃぁどの位強いんだよーちょっと参考になる様な事頼むよー﹂
俺は、落として半分に割れた焼きレンガを持って来て、スズランに
渡す。
﹁ソレ、好きにして良いよ﹂
﹁わかった﹂
そう言うと、力を入れている様子も見せずに、クッキーを半分に
割る様にレンガを更に半分にする。さらに縦に半分にして、全体の
大きさの八分の一くらいの大きさにしてそれを握る。少しして手を
開くと、湿った土を握りしめたような形で、粉になったレンガが手
の平に残っており、直ぐに崩れた。
﹁お⋮⋮おい、まっちょ。アレできるか?﹂
まっちょさんが、無言で残ったレンガを手に取り、握りやすいよ
うに形を作ろうとするが、その時点で少し力が入っている。そして
握りやすい大きさになったレンガを﹁うおぉぉぉぉおお!﹂と、声
420
を出して全力で握るが、角が少し丸まっただけで形はほとんど残っ
ている。
﹁無理です﹂
﹁⋮⋮だよな。いやー可愛いのに本当に力が強いんだな﹂
ははは⋮⋮と、全員が死んだような目で、渇いた笑いを出している。
﹁俺もそう思いますよ。ありがとうスズラン。はい、これで手洗っ
て﹂
そう言って︻水球︼を出して、手を洗わせる。
﹁じゃぁ。私はこれで帰ります、カームをよろしくお願いします﹂
﹁お、おう!気を付けて帰れよ﹂
たぶん大丈夫だろうがな、と小声て言っているのが聞こえたが聞
かなかった事にしておこう。
﹁カーム。今度のお土産はナックルダスターをお願い、お金は出す
から﹂
﹁あいよー、気を付けて帰れよ﹂
﹁よっしゃ! 今日も仕事始めるぞ!﹂
﹁﹁うぃっす!﹂﹂
なんかおやかた達聞かなかった事にしてる。
昼休み、何時もの食堂にて。
﹁コン⋮⋮この間は色町に誘って悪かった、喧嘩したんじゃないか
?﹂
﹁ん? あー大丈夫っすよ、特にスズランとは、あまりありません
でしたので﹂
﹁何かあったような、口ぶりじゃんよー﹂
﹁俺って、好きになってくれてる女の子を裏切るのが嫌いなんで、
色町に行った事を正直に話したんですよ﹂
﹁﹁そしたら?﹂﹂
﹁じゃぁ、この間の白髪の娘に﹃会いに行こう﹄ってなりまして﹂
﹁平気だったのかよ?﹂
421
﹁両方腹を一発殴られたました⋮⋮腹パンだけで済みました﹂
﹁⋮⋮それは平気じゃないって言うんだぞ⋮⋮コン﹂
﹁その⋮⋮悪かったじゃんよ﹂
﹁ご、ごめん﹂
﹁⋮⋮悪かった﹂
﹁俺は耐えられたんですけどね、その子が吐いちゃって、店に迷惑
かけたなーって﹂
﹁全然平気じゃねぇな﹂
残りの三人も頷く。
﹁女の喧嘩も大概ひでぇな﹂
﹁そうでもないですよ、それで﹃許す﹄ってなりましてね﹂
﹁許すって何を許すんだよー﹂
﹁俺とまぐわるのを﹂
﹁ブフッ﹂うわ、きつねさん汚い。まぁ俺も噴き出したけど。
﹁どうしてそうなった⋮⋮﹂
﹁スズラン曰く﹃私と同じ一目惚れだから﹄﹃奥さんを沢山貰って
いる人も居るから﹄だそうです。﹂
﹁まぁ俺の知ってる奴にも嫁を二人貰ってる奴がいるけどよ﹂
﹁俺も不思議なんですよね、なんでこうなったのか。あー条件も付
けてましたね﹃カーム以外とまぐわらない事﹄﹃私と同じまぐわう
のは三十日に一日か二日、守らなかったら殴る﹄って﹂
﹁こ、怖いな﹂
﹁あー怖かったですね。まぁ、スズランのお父さんも怖いんで、親
子だなーで済ませました﹂
﹁逃げてるじゃねぇかよ、思いっきり逃げてるよー!﹂
﹁あれ? じゃぁその子、店どうするんだ?﹂
﹁﹃辞めたら認めてくれるの? じゃぁ辞めます!﹄って言って、
その場で辞めましたよ。周りはこっちの事見て来るから、気まずか
ったですねー。まぁ、その日は仕事に出ちゃってるんで、帰れない
って事で、それ以上客を取らないようにしたみたいですが﹂
422
﹁すげぇ事になってたんだな、まぁ⋮⋮悪かったな﹂
﹁いえいえ、こうなった以上仕方ないので、どうにかしますよ﹂
﹁その後はどうなったんだ?﹂
﹁え? まさに今! って感じですが﹂
﹁昨日の夜から、今日の朝までだよー﹂
﹁そうですねー、帰って来てから泣かれて、何回も謝られました﹂
﹁本当にそれだけか? 三十日近くも会ってないのに、それで終わ
るか? ん?﹂
﹁終わります!﹂
﹁嘘だな、若い男が三十日も我慢できるはずが無い、断言できる。
しかもそれを逃すと六十日だ。無理だな﹂
﹁え、えぇ⋮⋮っと⋮⋮無いですよ?﹂
﹁スズランちゃんはイライラしてなかった、何かあっただろう、言
え﹂
まっちょさん、さっきから怖いよ。
﹁実は⋮⋮その。その後和解して⋮⋮三人でしちゃいまして﹂
﹁今日はお前のお奢りだ。決定な!﹂
﹁待ってください! 訳を! 訳を聞いて下さい!﹂
﹁けど事実だ﹂
皆が席を立ち、出入り口へ向かって行く。
﹁ラッテさんが行き成り乱入してきて、スズランが何故か﹃良いよ
って﹄って言うから⋮⋮。お願いです聞いて下さい。うわぁぁああ
ああ!﹂
ひでぇ話だ。泣きたくなる。
午後の仕事中は散々ネタにされ、あまり親しくない奴等にも話が
広まり、睨まれる事になった。男の嫉妬って醜いな。
まぁなんだかんだ言って皆冗談でやってるみたいだったので助か
ったが、あのままの環境だったら、確実に仕事辞めてたわ。
423
仕事帰りに、軽くなった財布で食材を買い、部屋に戻るといきな
りノックされたので﹁はい﹂と言ったら、勢いよくラッテさんが入
って来て、飛びついて胸の辺りで顔をスリスリしてくる。
﹁おかえりー、お仕事お疲れ様ー。洗濯物とかあるならやっておく
よー﹂
⋮⋮あえて、頭痛が痛いって表現を使いたいくらい、マジで頭が
痛いわー。
﹁なんでラッテさんがいるんですか? あー、あと休みの日に纏め
て洗濯してるんで平気ですよ﹂
﹁ならご飯作ろうかー? 私結構得意だよー﹂
﹁はぁ⋮⋮自分でも作れるんですけど、まぁ、取りあえずお願いし
ます。食材はそこにあるので自由に使ってください﹂
﹁言葉使いがかたーい、もっと砕けてよー﹂
﹁俺、菓子も作れるくらい料理できるけど、作ってくれるなら作っ
て、食材はそこのを、あまり使いすぎないようにすればいいから﹂
なんか言葉使いが、変になった。まぁいいか。
﹁よーし、早速砕けてくれたね。嬉しー、あと、私の事﹃さん﹄付
けじゃなくて呼び捨てか﹃ラッテちゃん﹄でお願いね、さぁ!﹂
え? 今言えって言ってるの? マジで? なんかイラッって来る、
まぁ怒らないように、好きになれる所を探さないとな。許可したス
ズランの事を裏切る事になるし。
﹁じゃぁラッテ、夕飯作って﹂
﹁うん、いいよー﹂
出て来たのはグラタンだった、中身マカロニじゃないけど。
ベーコンやホウレンソウ、玉ねぎジャガイモをバターで炒めて、
牛乳で煮て、小麦粉でとろみを付けて、茹でたパスタと絡めてチー
ズを削って、パン粉を乗せてオーブンで焼いた。そんな感じだ。
﹁うん、美味しいよ。いやー本当に意外だ。想像を絶する、黒こげ
消し炭肉が出て来るのかと思ってドキドキしてたけど、正直そう思
424
ってた自分自身を呪いたい﹂
﹁カーム君って意外に酷い事言うねー、私だって結構一人で生活し
てれば嫌でもこれ位できるよ﹂
﹁え? 結構一人? どのくらい?﹂
﹁んー年越祭十回﹂
カンッ、グラタン用の鉄の深皿にフォークを落としてしまった。
﹁⋮⋮今、何歳ですか?﹂
﹁もー、早速言葉使いが固くなってるよー、あと女の子にあまり歳
を聞いちゃ駄目だぞー﹂
﹁何歳ですか?﹂
﹁⋮⋮二十﹂
倍かよ! 俺の倍かよ! 数年経てば倍じゃなくてプラス十だけ
ど、いやそう言う事じゃ無くてだな。
﹁正直、俺より少しだけ上だと思ってたわー﹂
﹁カーム君はー?﹂
﹁そろそろ十歳﹂
﹁へー、もう少し上かと思ってたよ、だって考え方とか子供っぽく
ないもん﹂
中身四十歳ですから
﹁どのくらいだと思ってた?﹂
﹁私と同じくらいか、少し下かなー? あ、歳が離れてっるからっ
て引かないでよ﹂
﹁いや、その辺は大丈夫です、あ⋮⋮だよ。魔族は見た目で歳がわ
かり辛いから。逆を言えば五百年くらい生きてるのに、見た目子供
とかいるから、俺の村の校長とか﹂
言葉使いを、訂正しつつ会話を続ける。
﹁じゃーあー、見た目がそれらしかったら、歳が離れてても良いん
だねー?﹂
﹁あーうん、大丈夫﹂
﹁じゃあ、セレッソさんも平気だねー﹂
425
﹁なんで?﹂
﹁だってセレッソさん今年で﹂﹃ダンッ!﹄
隣の部屋から、壁を強く叩く音で会話が切れる。
﹁今年で?﹂
﹁ナ、ナンデモナイデス﹂
﹁あ、うん﹂
あーはいはい、言ったら酷い目に合うんですね、わかりました。
﹁ご馳走様でした﹂
﹁はーい﹂
﹁食器は俺が洗ってくるよ﹂
﹁お願いねー﹂
そう言って、俺は食器を洗いにキッチンに入ると、いつもとは雰
囲気が違うセレッソさんが、後を追う様に入って来た。
﹁結構良い感じじゃない﹂
﹁まず好きになれる所を、探さないといけませんからね。最初から
嫌う事はしませんよ﹂
﹁良い心がけね﹂
﹁まぁ、俺の相手はスズランだけかと思ってたんですけどね、その
スズランが引き込んだ以上、裏切るのも悪い気がして﹂
﹁良い事じゃない。その一人だけかと思ってた人から、増やしても
らえるなんて﹂
﹁やっぱり夢魔族とは考え方が合いませんね⋮⋮。俺は一人を愛し
たかったんですけどね。増やしてもらえるって考えは理解できませ
ん﹂
﹁あら、じゃぁこういう考えはどう? 正妻公認の側室って言うの
は。王族じゃ割と当たり前よ﹂
﹁俺は王族じゃないんで、わかりませんね﹂
皿を洗い終わり、手をタオルで拭きながら言う。
﹁じゃあ、妻が﹃私の目の前で浮気していいわよ﹄って、言ってる﹂
426
﹁浮気はしたくないですね﹂
﹁堅い頭、女が一人増えようが十人増えようが、愛してやるって気
持ちになりなさい﹂
﹁頭ではそう考えてても、心がまだ追いついてきません。もう少し
時間が必要ですね﹂
流し台の縁に座り腕を組み、少し目を据わらせ、声を落とし答え
る。
﹁好きか嫌いなら⋮⋮好きなのよね?﹂
﹁もちろん。まぁ⋮⋮まだ嫌いな所が無いから⋮⋮ですけどね。ま
ぁ嫌いにならない様にしますが、どうしても無理って場合は相談し
ますよ﹂
﹁そうならないよう祈ってるわ。一応家族の様に可愛がってたから。
お願いね﹂
﹁えぇ、こっちも祈ってますよ⋮⋮あと妹の様に⋮⋮じゃないんで
すね﹂
﹁時々貴方が良くわからなくなるわ、子供っぽい時があったり、か
なり冷静な大人っぽい時があったり﹂
﹁聞いてたんでしょう? 俺は今年で十歳ですよ﹂
﹁そうだったわね⋮⋮あーそうそう、ラッテが私のいない所で私の
年齢の事を言ったら教えてね﹂
﹁えぇ、解りました⋮⋮﹂
そう言うとキッチンから出て行った。
一応、セレッソさんはセレッソさんで、気にかけてるんだな。ま
ぁ、前世の感覚が抜けきってないだけで、こっちでは一夫多妻とか、
多夫一妻も当たり前なのかね?まぁ、考えても仕方がない。
少し考えてからキッチンを出て、ため息を吐きながら部屋に戻る
と、ラッテが俺の洗濯物の臭いを嗅いでいた。
スーハースーハースーハー﹁あぁ、カーム君の香り⋮⋮ハァハァ﹂
手に持っていたのは、俺の下着である。
静かにドアを閉め、隣の部屋をノックする。
427
﹁はぁーい﹂
﹁カームです﹂
﹁⋮⋮何かしら﹂
﹁早速心が折れそうになったので、相談に⋮⋮﹂
﹁早っ!﹂
ガチャリとドアが開き、ジト目で﹁・・・どうしたの?﹂と聞い
てきたので﹁静かに俺の部屋のドアを開けてください﹂と、説明す
る。
﹁何よまったく﹂と、文句を言いながらも開けるセレッソさん。
﹁はぁ、はぁ、カームくーん。あぁ! カーム君、カーム君の臭い
! たまらなーい!﹂
静かにドアを閉め、諦めたように首を振り。
﹁アレの相談は無理よ⋮⋮えぇ⋮⋮絶対無理﹂
さっきの雰囲気は一切無く、いつものセレッソさんに戻った。
﹁わかりました、どうにかします。相談に乗ってくれてありがとう
ございます﹂
﹁ごめんね﹂
﹁いえ⋮⋮大丈夫です、駄目元で相談しただけですから。あと、昨
日洗濯物を洗えなかったのが原因ですから﹂
部屋に戻ると、まだやっていた。
スンスン﹁こっちの方が香りが強いかなー? あーあー、カーム
君がお風呂から帰って来てから部屋に来るんだったなぁ、そうすれ
ば今日の新しい下着の香りを楽しめたのに、踏み込むタイミング間
違えたかなー。けど仕事帰りの汗の臭いも捨てがたいしー﹂
そう言いながら俺の洗濯籠を更に漁っているので、椅子に座って
ずっと見ている事にした。
それから五分、﹁んーカーム君遅いなぁーそろそろ戻って来ても
い⋮⋮いは⋮⋮ず。い、いつ頃戻って来てたんですかね?﹂
﹁俺の下着の香りを楽しみつつ﹃あぁ、カーム君の香り﹄って、言
ってる辺りから﹂
428
﹁それって、かなーり最初ですよねぇ?﹂
﹁あーそうなんだ、何か言いたい事は?﹂
﹁今穿いている下着を脱いで、私に下さい﹂
﹁違うでしょ? 御免なさいでしょ? あと思った事を直ぐにその
まま言うんじゃなくて、少し考えてから言いなさい、わかりました
か?﹂
そう言いながら、笑顔で両頬を優しく摘み、軽く引っ張る。
﹁ごへぇんにゃふぁーい﹂
﹁はい、よろしい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮謝ったんだから下着を下さい! 今晩使います!駄目な
ら私の今穿いてるのと交換でも良いです!﹂
﹁少し考えてもそれか! なおさらあげられません、それとポケッ
トに入ってる下着を返して下さい﹂
﹁あ⋮⋮ばれちゃいました?﹂
﹁ほとんど最初から見てたって言ったでしょう、何言ってるんです
か! ただでさえスカートのポケットは小さいのに。膨らんでるの
が丸わかりです⋮⋮まったく﹂
﹁言葉使いが戻ってるよー﹂
﹁コレは軽いお説教です、言葉使いも堅くなります、早く籠に戻し
なさい﹂
﹁⋮⋮はーい﹂
すげぇ残念そうにう戻すなぁ。叱られるのがわかってて、ゆっく
り歩いて来る犬みたいだ。
それからは、お茶を飲みつつ雑談をし、いい加減風呂に入りたい
ので丁重に帰ってもらった。帰る時にボディチェックをしたら、変
な喘ぎ声を上げているが、無視をしてチェックを続けた、今度は袖
から俺の下着が出て来た。お前はどこののシテ○ハンターだよ。
聞いてみたら、お茶を淹れるために、キッチンに行った時に盗ん
だらしい。
429
もうしないと思ってた俺が甘かったわ。
まぁ、銭湯までは一緒に行き、そこで別れ、精神的に疲れたので
ゆっくり湯船に浸かった。
帰って来てからは、直ぐにベッドに入り、寝る事にする。
なんだかんだで、一緒に居て退屈しないって事だけを再確認して、
それを好きになれるように努力しようと思う。
閑話
同日、夕方。
コンコンコンコンと、私の部屋ドアがノックされる。
﹁ラッテでーす、昨日言われた通り、来ましたー﹂
﹁いらっしゃい﹂
﹁おじゃましまーす﹂
﹁話しってなんですかー?﹂
﹁昨日の事よ、貴女、本当に今後カーム君だけを愛するって誓える
?﹂
﹁誓えます﹂
先ほどの軽い感じは一切無く、ラッテの返事は真剣だ。
﹁即答できる所は偉いわ⋮⋮カーム君は本当はスズランちゃんだけ
を愛したいって思ってた事は昨日言ったわよね?﹂
﹁はい﹂
﹁けど、スズランちゃんがラッテは私と同じで、カーム君に一目惚
れしたから愛する事を許すって言ったのも覚えてるわよね?﹂
﹁はい﹂
﹁貴女は一応夢魔族で、貞操概念の考え方は、他の種族と違うって
言う事もわかってってるわよね?﹂
﹁解ってます﹂
430
﹁つまり二人の間に無理矢理入り込んで﹃私もまぜてよ﹄って言っ
ている事も解ってるわね?﹂
﹁はい﹂
﹁カーム君がスズランちゃんに内緒で貴女に手を出したならわかる
けど、カーム君は筋を通して、スズランちゃんと貴女に接した、だ
から貴女は二番目って事を覚えて置きなさい。偉い人で例えるなら
正妻と側室位違うわ、二人を裏切るような事があって、それをカー
ム君やスズランちゃんが許したとしても、私が貴女を許さないわ、
それだけは覚えて置いてちょうだい﹂
﹁わかりました、魂に刻みます﹂
﹁なら良いわ、そろそろカーム君が帰って来るから、帰って来るま
でゆっくりしてなさい﹂
﹁わかりました﹂
そう言って、カップにお茶を注ぎ、少しだけ気まずい空気の中二
人で過し、隣で物音がしたので、口を開く。
﹁行ってらっしゃい、頑張ってくるのよ﹂
そう言ってあげた。
﹁はーい、いってきまーす﹂
そう言って出て行き、隣から﹁おかえりー﹂と聞こえてきたので
ヤレヤレと首を振りながら、お茶のお代わりを注ぎ、カームの作っ
た焼き菓子を頬張り、
﹁世話の焼ける子ほど可愛いって言うけど、あれが本当の娘だった
ら困るわね﹂
そう愚痴った。
431
第36話 ラッテが部屋にやって来た時の事︵後書き︶
夢魔族にも一応ポシリーみたいな物が有るみたいです。
元々少し変だったラッテが更に変になった気がします。面白いので
続投の方向で。
432
第37話 7人目の住人を知った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
サブタイトル ∼クリノクロワだよ!?全員集合!∼
20160409 修正
433
第37話 7人目の住人を知った時の事
スズランが帰り十日後。仕事が終わり共同住宅に戻ると、キッチ
ンに見知らぬ人がいた、どう見ても人族だ。
話しかけた方が良いのだろうか?
まぁ、町の中の共同住宅のキッチンでくつろいでるのならほぼ敵
意は無いと思っておこう。
﹁あ、こんにちは﹂
﹁ん? あー君がカーム君か、さっきトレーネさんから聞いたよ。
空いてた二号室に春くらいに入ったんだって?﹂
トレーネさん⋮⋮ねぇ。この人より年上説も浮上っと。
﹁えぇ、あ。挨拶が遅れました。すでにご存知かと思いますが、二
号室のカームと言います、以後お見知り置きを﹂
﹁これはこれはご丁寧にどうも、僕はジョンソン、なんとなくわか
ると思うけど、六号室に住んでいる、よろしく。あー見てわかると
思うが人族だ。いままで国に帰っててね。しばらく留守にしてたん
だ﹂
そう言って、金髪碧眼の男は手を出してくる、こっちに来て握手
の習慣は無かったからな、とりあえず手を取っておこう。
﹁よろしくお願いします﹂
﹁あぁ、こちらこそ﹂
前々から聞きたい事があったから丁度良い。聞くだけ聞いて見る
か。
﹁聞きたい事が有るので少しここで待っててもらえますか?﹂
﹁あぁ﹂と、短い返事を聞いてから部屋に戻り、弁当を包んでた布
を置き
、水魔法で湿らせた布で軽く体を拭き、キッチンに行く。
﹁お待たせしました﹂
434
﹁いやいや、そこまで待ってないさ。さて、何が聞きたいんだい?﹂
﹁失礼だと思いますが、人族に会った事が無いので、色々と興味が
あるんですよ。俺は、この町と故郷の村しか知らないんで﹂
﹁んー、別にかまわないけど、僕に答えられる事なら﹂
そう言って、俺も自分でお茶を飲もうかな?と思いつつティーポ
ットに魔法で熱湯を入れて話を進める事にする。
﹁まずは、人族が魔族に対してどういう目で見てるかですね﹂
こういう時じゃないと、当たり前の事だって聞けやしない
﹁あーやっぱり気になるよね、こっちにも教会って有るよね、神を
祀っている﹂
﹁ありますね、行った事ありませんが﹂
自称神なら会った時あるけどな。
﹁はは、まぁ魔族で信仰深い人は、あまりいないのか、けど人族は
王様と神様は絶対でね、教会のすごーく偉い人が﹁われわれ、人族
の神が言っていた。魔族は野蛮で人族より劣っている、魔物と同等
だ。知能があるだけ魔物より厄介だ、この世にいてはいけない存在
だ﹂とか言っていてね。しかも人族はとても信仰深い。何かあった
らすぐに教会に行く、相談があったら神父様に相談するっていうく
らいね。まぁ、村とかにある教会の神父様は下っ端だから、ただの
相談役くらいだね。あと神は絶対だって教えを説く程度かな? だ
から、そのすごく偉い神父様がそう言ったから、皆言う事を聞く、
だから魔族と争う。簡単だろ?﹂
ジョンソンさんが、頬杖を付いていた手を、肘をついたまま手の
平を天井に向け、苦笑いをしている。
王様とか、神様とか、神父様とか、全然尊敬していないように言
っている。本当にどうでも良さそうだ。茶葉が開いた頃なのでお茶
を注ぐ。
﹁飲みますか?﹂と、ポットを掲げると﹁頂くよ﹂と言って来たの
でジョンソンさんのカップにもお茶を注ぐ。
﹁そうだったんですね、それが争ってる理由なんですね﹂
435
﹁あぁ。俺みたいに信仰深く無い人族は、こうして偏見とかなしに
君達魔族と接して、野蛮ではないって判ってるけどね﹂
﹁ですよね、じゃなきゃここに住んでませんよね﹂
﹁だよねー﹂
﹁争ってる理由はなんとなくわかったので、人族社会の事とかも﹂
﹁あんまり変わらないよ、王がいて、貴族がいて、平民がいる。ま
ぁ人族にも貧富の差とかはあるけどね。この辺も魔族とあまり変わ
らない。特別な存在として人族には勇者、魔族には魔王、この辺も
同じだ﹂
﹁変わらないんですねー、俺も授業で聞いてただけですが﹂
﹁ほうほう、少し興味あるね﹂
﹁まぁ、王も貴族も会った事ないですし、授業で聞いただけですが、
その国を治める王と貴族がいて、ある一定の地域にいる強い者が、
王様とは別に魔王になって、その国を守ると﹂
﹁こっちで言う、勇者みたいなもんか﹂
﹁みたいですね、強ければ誰でも魔王になれるらしいですよ﹂
﹁各地にいるんだね。こっち人族のは選ばれた者が勇者に成るなー﹂
﹁それも聞きたかったんですが、勇者は異世界から呼び出されてる
って話も聞きましたよ﹂
﹁あーそれね、確かに呼び出されてるっぽいね﹂
﹁ぽいね⋮⋮と言うのは?﹂
﹁あまり見た事の無い、黒髪黒目の少年とか、僕達より少し背の低
い大人とかがいるからね。その人達が持ち込んだ情報や技術で便利
な物や、お菓子が出回ったって話だ。ま、僕のお爺ちゃんから聞い
た話だけどね、最近じゃ新しい道具とか全然出回らないし﹂
﹁そうですか、ジョンソンさんみたいな、金色の髪で目が青い勇者
は?﹂
﹁んー少しはいたって話だね、今は黒髪黒目を召喚してるよ。あと
笑い話なんだけどさ、その勇者が沢山物が入る袋を作ろうとしたり、
魔石て言うのを作って魔力を込めただけで魔法が出る武器が作れな
436
いか? とか言い出してね、ことごとく失敗してるよ。中には成功
した例もあるけど﹂
﹁んー、沢山あったら便利そうですね﹂
アジア系が多いのか⋮⋮日本人も居るかもしれないな。
﹁まぁ、あるにはあるらしいけど、国宝として、いろんな国の王様
が、珍しい武器を少し持ってるって噂だけかな﹂
﹁んー、珍しい武器ですか﹂
﹁なんでも神が作った鋼材、オリハルコン製だとか﹂
﹁聞いた事無いですね﹂
オリハルコンとか、あるんかよ!
﹁まぁ、我々が手に入れられる最高級品は、ミスリルが一番かな。
物凄く高いけど﹂
﹁へぇ、それも聞いた事無いですね﹂
﹁まぁ、僕が知ってる限り王都の有名な武器屋に少し並ぶ程度だか
ら﹂
﹁なら俺は絶対知りませんね﹂
﹁僕は魔族側にもあると思うけどね﹂
ミスリルもかよ⋮⋮マジかよ。一気にこの世界が胡散臭くなった
な、まぁ地球の神からゲーム借りたって言ってたしな。たしかにあ
るかもしれない。
﹁魔法関係も良いですか?﹂
﹁もちろん、魔法は魔法使いが使えるね、君達魔族は大抵の人は少
なからず使えるって話だけど﹂
﹁そうですね⋮⋮俺も知り合いに、ゴブリン族や不死族が居ますが、
簡単な奴なら使えますよ、小さい火を出すとか、水を出すとか﹂
﹁へぇ、君もやってたよね? 無詠唱で﹂
﹁え? 詠唱って?﹂
﹁僕は魔法が使えないから無理だけど﹁炎の槍よ、敵を貫け!﹃フ
ァイアランス!﹄﹂とか﹂
両手を上げて、呪文らしき物を唱えて、発動する魔法名を言って
437
いるが、魔法名は人族語なのか聞き取れなかった。
﹁いえ⋮⋮俺等は、イメージで発動しろって、教わりましたが﹂
﹁んー、この辺も少し違うのか。なんか出してみて?﹂
﹁あ⋮⋮はい﹂
そう言って指先にいつも通り︻水球︼を出して維持する。
﹁おー、すごいね魔力とかどうなの?﹂
﹁魔法を使いすぎると、気怠くなります﹂
﹁んーその辺は同じか、いやー、この共同住宅で魔法使う人いなく
て、ってか家の中で使うような魔法ってあったんだ﹂
﹁まぁ、攻撃以外に魔法を使うって発想が無かったと、話を村で聞
きましたね﹂
﹁だよね、僕もさっきまでなかったわ﹂
そう言って水球を流し台に飛ばし、今度は光球を出して薄暗くな
ったキッチンを照らす。
﹁カーム君すごいねー、二属性も使えるなんて﹂
﹁そうですか?﹂
﹁うんうん、魔法学校に通った人くらいしか二属性持てないよ、王
宮魔術師とかでも四とか五だね。全部とか言ったらもう大変さ﹂
﹁へぇー、すごいんですね﹂
俺全部使えるんだけど。コレってどうなの?
﹁お金の話も良いですか?﹂
﹁いいよ、人族や魔族の港町で、一応両替可能だね。レートは特に
無いなー、金貨は金貨銀貨は銀貨で変えられるよ、手数料は取られ
るけどね。あと国境付近だと、どっちのお金も使えたりするし、最
悪潰してお互いの種族の貨幣作っちゃえばいいんだし﹂
大陸って言ったか⋮⋮ほかにも有りそうだな。
﹁ぶっちゃけますね、たしかに、同じ重さなら潰しても作れる量は
同じですからね﹂
﹁そうだね、混ぜものとかしなければ、だけどね。その辺は上の方
がやってるから良くわからないね。僕は商人でもないし﹂
438
﹁言語の話も良いですか、お互い違和感無く話せてますけど﹂
﹁大陸共通語って言うのがあってねどの大陸、どの種族でも通じる
のが有るんだよ﹂
﹁じゃぁ魔族語とか人族語も?﹂
﹁そうそう、カーム君結構頭が回るね。君が話してるのは大陸共通
語、この辺も大陸の真ん中あたりで、港まで馬車で十五日くらいだ
から、大陸共通語で通じると思う。大陸の真ん中に行けば良く程、
お互いの言語になっちゃうね﹂
﹁じゃぁ俺、共通語しか知りません﹂
﹁知らなくてもいいと思うよ、その国その地域に浸透してる言葉を
話せばいいんだからわからなければその時に覚える、どう? 悩む
必要なんかないさ﹂
その後どうでも良い魔族側、人族側の話しをしたり聞いたり、お
茶を飲みながら夕食の準備を始める。
﹁あーそうそう﹂
﹁なんですか?﹂
﹁君⋮⋮すごく料理が上手らしいね。お菓子作りも﹂
﹁えぇ、それなりに﹂
﹁なら、今の話の情報代って事で僕にご馳走してよ﹂
﹁あ゛? あー良いですよ﹂
﹁今、すごい声が出たね﹂
﹁想像してなかった台詞が来たので﹂
﹁なら仕方ない。僕さ、お腹減ってるんだよね。かなり⋮⋮﹂
グギューーと、お腹の音がタイミングよく鳴り響きし、ばらく沈
黙が訪れる。
﹁大盛りですね﹂
﹁ありがたい﹂
大盛りですぐ作れるといったら、パスタしかねぇよ!芸が無いが、
カルボナーラでいいや、使う材料の種類も少ないし手間もあんまり
ない。
439
パスタを作り終わり、大盛りパスタの皿をジョンソンさんの前に
置く。
﹁いやー、長旅で手持ちが殆ど無くてね、本当に困ってたんだよ﹂
﹁そうですか、辛い旅だったんですね﹂
そう言いながら、俺も食べ始める事にする。
﹁﹁いただきます﹂﹂
﹁いやーあの時我慢できずに、色町に行かなければ少しはお金があ
ったんだけどね﹂
﹁食べ始めてからそれ言います?﹂
﹁食べる前に言ったら、作ってくれたかい?﹂
﹁少し考えます﹂
﹁だろー? なら作り終わって食べてる時に言わないと﹂
﹁はぁ⋮⋮そうですか﹂
キッチンでくつろいで、お茶飲んでたんじゃなくて、お金が無く
て何も食えずに、どうしようかって途方に暮れてただけじゃねぇか
よ。この馬鹿は、色町に寄んなよな。
﹁いやー、帰って来てから、数日分の食事代とか足りると思ったん
だよね、色町で何日分の食費飛んだかな⋮⋮﹂
指折り数えているが、もうどうでも良くなった。
﹁⋮⋮もういいです。食った物を返せって言うのもアレですし。こ
のフライパンに残ってる物も全部どうぞ﹂
﹁ありがとう、本当助かるよ!﹂
﹁さいでっか⋮⋮﹂
関西言葉を使いたくなるくらい呆れるわ⋮⋮。
一応やっておくか﹃あなたは地球人ですか?﹄と、英語で話して
掛けてみる。
﹁ん? なんかの呪文かい?﹂
﹁いえ、なんでもないです﹂
外れか⋮⋮勇者と名乗る者以外には、やらないようにしよう。
440
﹁はぁ。ご馳走様でした﹂ゲフッ。
ゲップかよ、少しは隠せ。
﹁お粗末様でした﹂
﹁で、お菓子は?﹂
﹁まだ食べるんですか?﹂
﹁甘い物は別腹さ﹂
なに女性みたいな事を。まぁその別腹理論は良くわかる。
﹁わりました、ここまで来たら同じですからね、少し恩を売ってお
きますか﹂
﹁さっきの情報料でチャラだろう?﹂
﹁そんなの、大盛りパスタで消えましたよ﹂
そう言いながらシフォンケーキを作り出すが、甘い香りに釣られ
セレッソさん、フレーシュさん、トレーネさんといった、女性陣が
集まって来る。なんだかんだ言って、女性って甘い物が好きなんで
すね。
﹁セ、セレッソさん。きょ、今日は休みなんですか!?﹂
﹁えぇ、そうよ﹂
﹁なら僕と、逢引宿に行きませんか!﹂
他の女性二人は、ため息を吐きながら首を振っている。
﹁良いけどお金はあるの? 時間外だから少しは安くできるけど、
宿代はそっち持ちよ?﹂
﹁なら僕の部屋で!﹂
﹁駄目だ﹂﹁やめてよね﹂
二人の女性から拒絶、あぁ、この人の両隣はフレーシュさんとト
レーネさんだったな。
﹁ならセレッソさんの部屋で﹂
﹁隣が俺なんで、勘弁して下さい﹂
﹁声出さないからさ、良いだろ?﹂
チラッとセレッソさんの方を見るけど、軽く首を振っている。こ
の人声が出るみたいだ。
441
﹁駄目です﹂
別に、ベットが軋む音だけなら多少は我慢したけどな、声が出るん
じゃ駄目だ。
﹁それにジョンソン君、お金はどうするの? ツケはなしよ﹂
﹁カーム君、お金貸してくれ!﹂
セレッソさんを見ると、また首を横に振っている。他にも借りて
る人がいるんかよ。
﹁駄目です、大人しくこのケーキでも食って寝ててください﹂
﹁あぁ⋮⋮最悪だ⋮⋮﹂
そんな悲壮感のある声で言われてもな。
﹁フレーシュさん!﹂
﹁なんでお前に貸さなければいけないんだ、そう言う事情の金くら
い自分で稼げ﹂
もっともだ。
﹁トレーネさん!﹂
パンァンッ!と破裂音が辺りに響き、明確な拒絶をしている。そ
れにしてもすげぇ音のビンタだな。
﹁あぁ、畜生⋮⋮フォリさんは?﹂
﹁二日前から、討伐で遠征中ですよ﹂
﹁ヘングスト君は?﹂
﹁今日はまだ帰って来てません﹂
﹁クソッ!⋮⋮クソッ!﹂
ソコまでしたいのか。あーあー、騒いでるから大家さんが来ちゃ
ったよ。
﹁あ、キースカさん、国に戻るから、家賃一応百二十日分払ってお
きましたよね? 三十日分返して下さい﹂
﹁⋮⋮構わないけど、そう言う理由で払えなかったら直ぐに追い出
すわよ? それでも良いなら﹂
多分話は聞こえていたのだろう。
﹁どうすればいいんだ⋮⋮﹂
442
諦めれば良いと思うよ。
床で膝を突き、項垂れているジョンソンさんを放って置き、まだ
温かいケーキを、女性四人に囲まれながら食べて、部屋に戻ろうと
した時にトレーネさんが﹁今日は私だったな﹂そう言いながら、も
う一つのケーキに手を伸ばしていた。多分フォリさんの分だろう。
今までのジョンソンさんの菓子を食べていたのはトレーネさんだっ
たか。ん?今日は?
﹁ヘングストには黙ってればばれないだろう。私もお代わりを貰う
か﹂
﹁まって、フレーシュはこの間食べたじゃない! 私よ﹂
﹁けど、私が討伐に行っていた時に、私のも食べていたらしいじゃ
ないか﹂
﹁クッキーとかよりも、ケーキのほうが良いに決まってるわ!﹂
﹁私だって、ケーキの方が良いに決まってる!﹂
処理していたのはトレーネさんじゃなくて、共同住宅の女性陣で、
変な協定が結ばれていたからみたいです。
大家さんは黙々と、自分の分を食べ終わらせ、さっさと部屋に戻
って行った。
あ、注意しないんですか⋮⋮。
その日の夜に、懐かしい感覚で目が醒めた。何も無い白い空間に
紳士っぽい男が一人。一柱か?
﹁何ですか、神様﹂
﹁私は、人族より劣っているとか滅ぼせ! とか言ってませんから
ね﹂
﹁わかってますよ。宗教とかクソめんどくさいですからね、関りた
くないんですよ。どうせ人族の都合の良い様に、教会が国民を操っ
てるだけだってわかってますから﹂
﹁それなら良いんです。あと話は変わりますが⋮⋮精力増強はいり
ます?﹂
443
﹁いりません﹂
﹁即答ですね。けどもう一人増えたらどうします?﹂
﹁増やさない努力をします、させます﹂
﹁増えたらまた来ますよ?﹂
﹁来ない事を祈ります。あ、オリハルコンってあるんですね﹂
﹁えぇ、面白そうなので作らせていただきました。牛を飼っている
柵の中の草を探しても出てきませんよ﹂
﹁そんな事はわかってますよ﹂
﹁将来的に、手元に来るようにしますか?﹂
﹁任せます。俺が面白い方に転べば満足なんでしょう?﹂
﹁ええ﹂
笑顔で言われると、すげぇムカつくな。
﹁将来的にオリハルコンを手にして狙われるカーム君⋮⋮どうでし
ょう?﹂
﹁どうでしょう? って言われても、最悪っすね﹂
﹁まぁ、楽しみにしていてください﹂
﹁期待しないで待ってます﹂
﹁あとですね、空間収納の魔石も有りますよ﹂
リセット
﹁⋮⋮もう何でもありですね﹂
﹁最悪この星を滅ぼせばすれば良いんですよ﹂
﹁本当にゲーム感覚ですね﹂
﹁⋮⋮ちなみに、人族の教会の私の像は、全然違うので見ても噴き
出さないように﹂
﹁露骨に誤魔化さないで、俺の目を見て話してください﹂
﹁では、失礼します﹂
逃げたか。そうして俺は目を覚ます。
﹁寝起き最悪だな﹂
後日談
444
俺は、どうも町に来た時に言われた﹃変人の巣窟﹄と言われてい
た訳が気になり、親しい門番と酒場へ。もちろんふざけてた時に一
緒に注意された時の件で門番の奢りで。
﹁なぁ、クリノクロワのどこが変人の巣窟なんだ? 気になってた
んだよ﹂
﹁あー、お前何とも思ってないのか?﹂
﹁まぁ﹂
﹁お前も十分変人だしな﹂
﹁あ?﹂
﹁まぁいい、聞け。経験の無い女ならほぼ誰にでも声を掛ける馬﹂
﹁うむ﹂
﹁なんか見た目が怖い黒い奴﹂
﹁あの人は超礼儀正しい良い人だぜ?﹂
﹁まぁ、問題は一回も起してないみたいだけどな。夢魔族のいざこ
ざに、必ずと言っていいほど関って来る、妙にナイスバディなお姉
さん。毎回なんかあって色町に事情聞きに行く時は絶対いる﹂
﹁うむ、なんとなくわかる﹂
ラッテの時もいたし。
﹁どう見ても、子供にしか見えない、少し高圧的な妖精族﹂
﹁いるね﹂
﹁希少種のダークエルフ、いるだけで奇跡だ﹂
﹁いるね﹂
その奇跡が、この間ケーキの取り合いしてたけどな。
﹁人族。なんでここにいるかわからない、それだけでおかしい﹂
﹁いる理由は、なんとなくわかるけどね﹂
﹁その辺は後で聞こう。そしてお前だ、魔法でレンガの素材を、巨
大な球体にして練れるほどの魔法使いなのに、力仕事している。町
中で噂だぞ?﹂
﹁マジかよ・・・俺も仲間入りしてたのかよ﹂
445
﹁それを束ねる妙に寡黙で不愛想な大家さん、良く皆を纏めてるよ﹂
﹁あー纏めてないよ、放置が多いよ。夜中五月蠅い時だけ注意しに
来るけど。馬が言い寄って殴られたか、叩かれたかしてたぜ﹂
﹁ほう⋮⋮、それとな、お前。町中で噂だぞ? ハイゴブリンを倒
した奴って﹂
﹁アレはだな⋮⋮﹂
﹁わかってるって。けどな、噂ってそういうもんだ。受け入れろ。
俺もなんでお前が防壁修理の日雇いしてるかわからねぇよ﹂
﹁魔物が怖いから、死にたくないから。安全に、魔法使ってそれな
りに楽して稼ぎたい﹂
﹁お前、もう討伐の依頼受けろよ﹂
﹁嫌だよ、怖いもん﹂
﹁怖いって⋮⋮そんな魔法使えるのにか?﹂
﹁もちろん。それに死なないに越した事は無い﹂
﹁かぁー。ひでぇ話だ﹂
﹁本当ひでぇ話だ、したくもない討伐の話を持ち掛けて来るとか。
それに俺にはパーティーはいない、組めるほど仲の良い奴が居ない﹂
﹁異常発生の時は何だったんだよ﹂
﹁黒くて怖い人に誘われて、希少種さんも一緒にいたよ﹂
﹁なら声かければいいだろ﹂
﹁だから、俺は討伐に出る気はないってば﹂
そんな不毛なやり取りをしつつ酒を飲み交わした。
446
第37話 7人目の住人を知った時の事︵後書き︶
なんか説明らしい説明が今更出てきました。
一気に良く見かける単語が出てきますが今後どうにかします。
447
第38話 父に本気で戦えと言われた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は戦闘を自分なりに頑張ってみました。
20140413修正
448
第38話 父に本気で戦えと言われた時の事
前回、スズランが町に来てから五回目の休みになった。監督に﹁
村に帰るから色々と話し合いがあると思うので、少し多めに休みま
す﹂と伝え、村に向かっているが、正直足取りは物凄く重い。けし
て背嚢の中に余計に入ってるナックルダスターや飴五十個が重いわ
けじゃ無い。最悪な日になりそうだ。
村から一番遠い櫓が見えた頃、いきなり、前方五メートルくらい
のところに矢が突き刺さる。何が起こったのかと理解した瞬間に体
が動き、街道沿いのまだ開墾されてない畑予定地の、少し背の高い
草むらに飛び込み腹這いになる。
かなり反応が遅いな、これじゃ実戦じゃまずいよな?まさか村で
襲われるとは思ってなかったし。
だが、次の矢がいくら待っても降って来ない、良く考えてみたら
シンケンじゃね?と思い少し頭を上げると、シンケンが弓に弦を張
ってない状態で、こちらに向かって走って来ている。一応敵意は無
いって事を示してるのか?まぁ立ち上がりますかね。
﹁すまない、村に入る前にどうしても足止めして話しておきたい事
があって﹂
﹁まぁ⋮⋮なんとなくわかるよ。で、何だい?﹂
体に付いた土埃を払いながら答える。
﹁カームの事で、村中が持ち切りだなんだ﹂
﹁やっぱり⋮⋮﹂
はぁ、ため息が出るわ。
﹁命に関る事だと思うから、どうしてもって思って、当たらないよ
うに矢を射ったけど、まさか草むらに隠れるとは思わなかったよ﹂
﹁俺も、村で狙われるとは思わなかったよ﹂
449
少し皮肉っぽくいってみるが効果が無い。まぁ村人全員敵に回し
たか?と思ったけどな。
﹁で、だ。一応スズランの話は村には伝わってるけど、イチイさん
がカームを殺すんじゃないか?って話が出てるんだよ﹂
だろうな、一人娘だし。
﹁その辺は覚悟して来てる。一発くらいなら殴られても良いとは思
いながら村に戻って来たよ﹂
﹁他にも、ヴルストやシュペックも心配してるぞ、夜中には酒場に
顔出せるよう祈ってるよ﹂
﹁俺もそうできる事を祈るよ﹂
俺は一度家に帰り、ナックルダスターと飴の袋を持ってスズラン
の家に行くが、正直かなり足が重い。一応、イチイさんはまだ帰っ
て来て無い事はわかっているが、本当に胃がキリキリ痛い。
スズランの家に着くと、鶏達に夕方分の餌をあげていた。
﹁あ。お帰り﹂
﹁ただいま、これ言われてたお土産ね、あとスズランは、指輪とか
のアクセサリーとかしないからナックルダスターはプレセントする
よ、飴は俺からのお土産﹂
﹁ありがとう。餌やりが終わったらお茶煎れるから少し待ってて﹂
﹁あぁ、ありがとう﹂
そう言われ、餌をあげ終るまでのんびりと見ていたが、案外あっ
さりとやり終わる。
﹁終わった﹂と言って、家に入って行くので付いて行く。いつも通
り椅子に座って待っていると、お茶を持って来てくれたのでありが
たくいただくとしよう。そして俺は勇気を振り絞って聞く事にする。
﹁家に帰る途中に、シンケンから聞いたよ。なんかすごい噂が出回
ってるらしいけど﹂
﹁そうだね。私もミールやクチナシから聞いたけど。かなり大袈裟
になってるから相手にしていない﹂
450
﹁まぁそうだけど、ちゃんと説得してくれたんだろう?﹂
﹁したよ? お父さんやお母さん。皆にも﹂
みんなと言うのは、俺の両親や、三馬鹿や女友達だろう。まぁ、
現に噂が広まってるけど、まぁ仕方ない。
﹁それで、どうなったの?﹂
﹁最初は怒ってたけど納得してくれた。問題は無い。それよりラッ
テさんは?﹂
﹁こっちも問題無いよ、遊びにきても俺が風呂に行く時に一緒に帰
るし。けど相変わらずくっついて来るね。あと洗濯物を物色するの
だけ止めてくれれば、俺的には問題無いね。あとアレから一回もし
てないよ﹂
﹁うん。ないなら良いよ﹂
そう言うやり取りをしつつ二人でだらだらとしていると、イチイさ
んが帰って来た。
﹁おう、スズランから話は聞いてるが、良く顔を出せたもんだぜ﹂
俺の顔を見るなり文句を言って来る、仕方ない、一人娘だしな。
なんとなく気持ちは察せるよ。娘もいないし、原因の1つである俺
が言うのもなんだけど。
﹁一応、俺からも話をするのが筋かと思いまして、伺わせていただ
きました﹂
﹁改まってるのは殊勝な心掛けだなぁ、いいぜ聞いてやる﹂
そして俺は当時の経緯を話す。
﹁まぁ、スズランの言ってる事とほとんど同じだなぁ﹂
﹁俺が明確に拒否しなかったのが原因ですし、あの時に、色町に行
かなければ良かったと思います﹂
﹁そりゃ仕方無ぇ、仕事の付き合いだからな。それがねぇと、仲間
とギクシャクしちまうからな。俺にも何が原因かって言われたらス
ズランが認めちまった事だとは思う。自分の娘がそう認めちまった
ら俺は何も言えねぇ。けどな、泣かせる様な事をしてみろ、馬乗り
451
になって顔をボコボコにしてやるからな?﹂
物凄く殺気を帯びて俺を睨みながら言ってくるが、迷う必要は無
い。
﹁わかってます、泣かせる様な事は致しません﹂
﹁なら良い、なんだかんだ言って話を聞く限りお前は貞操が有るか
らな、その辺は信じてやる。けどなぁ⋮⋮、好かれちまったらどう
しようもねぇな。その辺はスズランとその女で決めろ﹂
﹁わかった﹂﹁はい﹂
そう言うと、イチイさんは立ち上がり棚から酒とカップを二つを
持って来て、俺に酒を注いで来る。一応許されたって事かな?
お互い目を見て、無言でカップを鳴らし一気に飲み干す。なんだ
ろうこの男のやり取りみたいなのは。あ、俺男だったわ。
﹁カーム、一応言っておくがヘイルが何か企んでやがる、気を付け
ろ。アイツがやけに物静かな時は大抵腹の中が煮えたぎってる時だ。
雰囲気でわかる。一応スズランが話をして納得はしたみたいだが、
何か思うところがあるんだろう﹂
﹁わかりました、気を付けます﹂
そう言って帰ろうとしたら、リコリスさんが帰って来て﹁もーお
酒ばっかり飲んで﹂
と言っているが﹁この一杯だけだって!﹂と言っている。俺は﹁ご
馳走様でした﹂と言って帰る事にする。
﹁気を付けろよ﹂
﹁はい﹂
家に帰ると母さんがいて、ラッテの話になったので、俺からも話
しておく。一応スズランと話している事が一緒みたいなので、母さ
んは納得はしてくれた。
﹁そんな事よりお父さんが心配でね、アレは相当怒ってるわよ﹂
﹁さっきイチイさんに聞いたよ⋮⋮覚悟はしている﹂
﹁そう。それなら良いけど⋮⋮﹂
452
そう言うやり取りの後、母さんは夕食の支度をはじめるが、直ぐ
に父さんが帰って来る。
帰って来るなり俺の事を見て。
﹁得物を持って外に出ろ、話す事はない。スズランちゃんの言う事
は信じるし納得はしているが、男として、妻となる女を守れるかど
うかわからん男には、成っていないんだろうな? 俺に力で示せ﹂ そう言うと、ソフトレザーの鎧を着こみ、ショートソードと小丸
盾を持って外に出て行った。
﹁⋮⋮ああなったら、あの人は聞かないから、多分殺されないとは
思うけど、気を引き締めなさい﹂
﹁解ったよ母さん。少し親子喧嘩してくる﹂
﹁殺しちゃだめよ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
なんか会話が普通じゃない気がするが、仕方無い。多分戦わない
と納得しないんだろう。そう思いつつ、部屋に戻り、バールとマチ
ェットを左腰に挿し、スコップを持って外に出た。
父さんと十メートル程の距離を空けて対峙し、スコップを両手で
構え腰を落とす。
﹁さっきも言った通り、力で示せ﹂
﹁わかったよ、こうしないと納得しないんでしょう?﹂
﹁あぁ﹂
そう言い終えると、父さんは盾を前にしてこちらへ突進してくる。
速い!
そう心で呟き、裏に飛びながら父さんの目の前に、厚さ二メート
ル四方の壁状に厚さ五十センチメートルの土を隆起させ、勢いを殺
そうとする。
右か、左か、それとも上か?
そう考えながら、父さんの出方を見て反撃しようとしたら、その
まま突っ込んできた。そのままの勢いで土壁を壊してきたらしい。
目を開けたまま突っ込んでくる辺り、かなり本気だと思える。それ
453
に石壁にしておくんだったと思うが、すでに遅い。勢いが余り殺せ
ず、そのまま父さんは右から左へと剣を薙ぐようにして振って来る。
糞っ!前に戦った時より、剣の振りも数段速い!
俺は、バールの短い方を軽く握り、そのまま持ち上げトンファー
の様に持って剣を受け止め、片手じゃスコップを早く振れないので、
スコップをそのまま手放し右手に︻黒曜石の苦無︼を作り出し、手
首だけで顔を狙い、そのままマチェット引き抜きつつ振るうが、苦
無は剣の柄頭で叩き落とされマチェットは盾で防がれたので、後ろ
に跳び距離を取る。
﹁⋮⋮本気で来いと言ったはずだが?﹂
﹁今ので本気なんだけどね﹂
深く深呼吸をしつつ答える。
﹁俺を親と思うな、殺す気でかかって来い、ハイゴブリンはまぐれ
だったのか? 直接魔法を当ててこい。それとスコップを拾え、時
間をやる﹂
父さんは盾を前に構え、腰を低くして構えている。
ハイゴブリンの事も、ある程度誇張されて伝わってるな。もう一
度深い深呼吸をする。
﹁はいはい。父さんにはお見通しって訳ね⋮⋮。んじゃ仕掛けさせ
てもらうけど、後で文句はなしね。それと、手放した得物は戦闘中
に拾えないと思ってるから、スコップはもう諦めてる﹂
﹁はん! そんな事は勝ってから言え﹂
更に腰を落とし、こちらのすべての動きに備えるようにしている。
俺は少しだけ父さんの足元を見て直ぐに仕掛ける。
﹃イメージ・七メートル先の人物の足の下・直径5cmの円錐状の
返しの付いた高さ二十センチメートルの氷の棘﹄
そう脳内で即座にイメージし、父さんの足の甲から血の付いた氷
の棘が生え、地面に縫い付ける。俺も耳が聞こえなくなるが、どう
にでもなる。そう考えつつ目を瞑りフラッシュバンを父さんの足元
で発動させ、視力と聴力を奪い、剣と盾を顔の前で構えたまま動か
454
ない父さんに、黒曜石のナイフを、右の手の甲と左肩に投擲し、深
々と突き刺さるが﹁クソ!﹂と、言ってるんだと思う。少し距離を
取りながら裏に回り込み二度肩を叩き、少し離れながらまた前に戻
る。後ろに攻撃されちゃたまらんからな。
わかった、俺の負けだ。
剣と盾を落とし、黒曜石のナイフを引き抜き、棒立ちになるがま
だ聴力が戻っていないので、唇の動きだけで、そう言ってるんだと
判断し、氷の棘を解除した。
解除したら、父さんは膝を突いて、地面に倒れこんだ。血がどん
どん流れ出ている。
まぁ、父さんにばれるが仕方が無い。動く気配が無いので、急い
で駆け寄り回復魔法を使おうとしたが、すごい音と共に勢いでドア
が開く。耳も聞こえ始めてきているようだ。
﹁今の音は何! あなた!﹂
地面に流れた血を見て、母さんも慌てて駆け寄って来る。
﹁だから辞めておきなさいって、あれ程言ったのに!﹂
肩を揺すりながら、涙を流している。
﹁カーム、お医者様の所まで運ぶわよ!﹂
﹁必要無いよ母さん﹂
母さんの手を払いのけ、仰向けにして傷口に手を当てる。
﹁何ですって! カーム父さんが死んでもいいって言うの!﹂
首を横に振りながら、落ち着いた声で言う。
﹁違うよ﹂
一人も二人も同じだ。俺は回復魔法を使い、傷口が青白く光りな
がら塞いでいくのを確認する。
人体の構造や、筋肉の作りもある程度知っているので、細胞を活
性化させて無理矢理治療していく。日本の授業に保健体育があって
良かったぜ。けど、のんびり屋の母さんがあんな大声を出すところ
を初めて見た。
しばらくして父さんが目を開けて呟く。
455
﹁うっ⋮⋮うぅ。俺は、負けたんだな⋮⋮﹂
﹁そうよ、だから辞めなさいってあれほど言ったじゃない!﹂
﹁すまないな母さん。これじゃしばらくは働けない、痛みが無いん
だ。右手も握れない、左腕も上がらない、両足も使えない。あぁ⋮
⋮最悪だ、本当に済まない﹂
うん⋮⋮痛みが無いのは、もう回復魔法で無理矢理肉を作って再生
させたからだね。傷跡は残ると思うけど。
﹁あなた、大丈夫よ。カームが﹂
そこで俺が母さんの口を塞ぎ、人差し指を自分の唇に当てた
﹁皆には内緒ね﹂
周りに人影は見えないが、二人にしか聞こえない様に言った。
そうしたら母さんが、父さんの口を塞ぎ耳元で。
﹁カームが回復魔法を使って、傷口を塞いだわ、痛みが無いのはそ
のせい。もう血は出てないし、しばらくすれば動くようになるわ。
驚いてるみたいだけど知られたくないらしいから声を出さないで。
良いわね?﹂
コクコクと頭を縦に振っているので、口を塞いでた手をどかした。
父さんが痛みが無いか手を握ったり肩を動かしたり足首を回した
りしている。大丈夫そうなのかよろよろと立ち上がり。
﹁すまなかったなカーム、お前の事を疑っていたよ。お前は強い。
二人を守ってやれよ﹂
﹁はい﹂
そう言うと家の中に入って行ったので、俺もバールだけ様子を見
て入る事にする。バールは少しへこんだだけだった。流石鉄の塊だ
ぜ。
父さんは風呂に入り、血の付いた土埃を洗い流してきて、椅子に
座り、俺に酒を注いできた。コレは返杯するべきなのか?と思って
いたが自分にも注ぎはじめた。
﹁仲直りだ﹂
456
﹁はい﹂
そう言いつつカップを掲げたので、俺も掲げそのまま飲み干す。
﹁いやぁ、まさかあそこまで強いとは思わなかった。早いと思って
最初に得物を手放し剣を防いだのは見事だった、良く咄嗟に出来た
な﹂
﹁まぁ、なんとなく両手武器じゃ無理って思って、思考を切り替え
たんだよ﹂
FPSじゃ、判断力のミスが即死に繋がるからな。
﹁そうか、武器を拾えと言ったのに拾わなかったのは何でだ?﹂
﹁戦闘中に落としたら、拾ってる間にやられるからね。戦闘が終わ
ってからか本当に隙が出来た時じゃないと拾えないって思ってるん
だよ、蹴りあげて掴むとかは出来ないし﹂
﹁だよな、本当に対人経験は無いんだろ? 俺が初めてで﹂
﹁まぁ⋮⋮そうだね﹂
ネット対戦はしてたけどね。読み合いはある意味精神を削る。
﹁まぁ、俺に勝てた事は誇って良い、当時は力のイチイ、技のヘイ
ルとか言われてたから﹂
なんか、仮面をかぶってるバイク乗りみたいだ。まぁ単純な方が
覚えやすいか。最前線送りにした、ドラゴンの牙とか。
﹁まぁ、そのうち、鬼神と疾風に変わるがな﹂
フフッっと、何かを懐かしむ様に、父さんは酒を注ぎ飲み始める。
﹁はいはい、二人とも生きてたんだからいいの。カームはこの後
飲みに行くんでしょう? つまみでも食べて待ってなさい﹂
仕方ないので、チーズをつまむだけにする。
﹁魔法が得意だと思ってたが、近接も出来るんだな、魔法使いタイ
プかと思ったが、どっちも出来るって万能だな、俺には出来んなぁ
⋮⋮回復魔法も使えるしな﹂
と、最後は物凄い小声で言ったのは、聞き逃さなかった。
俺は、また唇に人差し指を当てて、目を見るだけにしておく。父
さんも首を縦に振って苦笑いをしている。
457
﹁なんじゃこりゃー!﹂
そんな声と共に、ドアが激しく叩かれるので、俺が急いでドアを
開けるとヴルストが焦ったような顔で俺の全身をくまなく見る。
﹁カームが無事ならヘイルさんか! お前何やってるんだよ! あ
んな血だらけにしやがって! 親じゃないのかよ!﹂
あ、やべぇ。血の処理忘れてた。失敗失敗。
体を半分退かし、家の中を見せ、奥にいる父さんを見せると、驚
いた様な顔で父さんが、どうしたんだ?と言う顔で酒を飲んでいる。
ヴルストが力なくへたり込み、
﹁二人とも無事で良かったぜ⋮⋮あれ? あの血は誰の?﹂
あちゃーこれは不味いな。
﹁じゃ⋮⋮じゃぁ酒場に行ってきます﹂
そう言うと、ヴルストを立ち上がらせ、血で黒くなった地面を魔
法で耕し、ふわふわにしてから無理やり酒場に引っ張っていく。明
日踏み固めよう。
酒場に着き、相変わらず三馬鹿が揃っている。あれ?俺が入った
ら馬鹿四天王になるのか?まぁいいか。
適当に酒を頼みつつ、ヴルストが切り出す。
﹁何があったんだよ言えよ﹂
﹁何かあったの?﹂
﹁僕も気になるね﹂
﹁こいつを迎えに行ったら、玄関の前に血だまりが出来ててな、ど
っちかが大怪我したと思って急いで家の中に入ったら二人とも無事
だった﹂
﹁ふっしぎー﹂
﹁むぅー﹂
仕方が無いので、先ほど家の前であった事を全部話した。その後
に指をクイクイとやり全員に話すことにした。
﹁今まで内緒にしてたが俺、回復魔法が使えて、父さんを治療した。
458
それで血は止まって、家で酒を飲んでた訳だ。だから二人共怪我を
してないようみ見えた訳だ、内緒だぞ?﹂
こうして、内緒を知っている人が増えていく。
﹁じゃあお前、ヘイルさんに勝ったんだよな?﹂
﹁まぁ﹂
﹁あのヘイルさんに勝ったんだ、やっぱりカームはすごいね!﹂
﹁すごいな﹂
﹁なぁ⋮⋮、今更だけど俺の父さんってすごいの?﹂
﹁当たり前だよ! 疾風のヘイルさんだよ﹂
なぜかシュペックが熱くなっている、斥候で短剣2本だから尊敬
でもしてるんだろうか?まぁ、一瞬で父さんがダサくなった気もす
るが、凄いって言うなら凄いんだろう。
﹁それよりどうなんだよ、噂のラッテさんってよ﹂
﹁気になるねー﹂
﹁うんうん﹂
﹁あー、一言でいうならトリャープカさんを少し優しくした感じ。
そうだな、良く抱き付いて来て、顔を擦り付けて来る。俺の洗濯物
籠を漁って臭いを嗅いで﹁良い香り∼﹂とか言う。一途﹂
﹁ぜんぜんマシじゃないか!﹂
シュペックが机を両手で叩きながら叫ぶ。まぁやさしくした感じ
って最初に言ったのに。
﹁歳は?﹂
﹁俺の十歳上って言ってるが、本当かどうかはわからない﹂
﹁倍じゃないかよ﹂
﹁まぁ、すこししたら十歳年上になるよ﹂
﹁容姿はどうなんだい?﹂
﹁俺より頭1個分低くて、髪が白で腰の当たりまであって可愛い系、
夢魔族なのに露出は少な目、スズランよりは胸は有る﹂
﹁死んだ方がいいね﹂
﹁うんうん﹂
459
﹁だな、今日はカームの奢りで﹂
﹁はぁ!? まじかよ﹂
﹁﹁﹁ごちそうさま﹂﹂﹂
渋々支払いを済ませ、家に帰りラッテ用の髪飾りを作ろうと思っ
ている。前に﹁わーたーしーにーもー﹂とか言ってたからな。差別
は良くないよな。
スズランはそのまま鈴蘭をガラスで作り渡したが⋮⋮。
ラッテ
牛乳
だからなぁ⋮⋮。本当どうしよう。
俺の頭の中に有る花で、そこそこ有名で、何も見なくても思い出
せて、あの白い髪に似合う花か。茶色系の花ってあまり無いし映え
ないんだよなぁ⋮⋮。
あれでいいか。似合わなくは無いだろう。
そう思いつつ三色のコスモスを頭にイメージして、ピンクをメイ
ンに少し小さ目の白と赤のを作り、バランスよくくっつけて終了。
花びらが多いから以外に面倒だったなこれ。
緑の茎に白い球体をくっつけて行く作業よりかなり難しかった。
︻スキル・細工:3︼を覚えました。
もう何も言うまい。
これを、髪留めに付けて終わりだな。割らない様に持ち帰らない
と。
んー今日はもう寝るかね。
460
− ヘイル視点 −
﹁さっきも言った通り、力で示せ﹂
俺は息子にそう言い放ち、盾を前に出して構える。距離は大股で
十歩か。
﹁わかったよ、こうしないと納得しないんだろう﹂
﹁あぁ﹂
俺は全力で駆けるが、残り三歩と言うところで、目の前に土の壁
がせり上がってきた。
小癪な真似を。ただ単に土を持ち上げて、壁を作っただけだ。盛
り上がる前に厚さはある程度見て把握している。土であの厚さ、今
の俺の速度。このまま突っ込んでも問題は無い。
少し土が目に入るが仕方ない、向こうで息子がどう構えていてど
う出るかわからない以上、目を瞑って壁を破る事は出来ない。
俺は覚悟を決めて、そのまま土壁を突き破り攻撃を仕掛けるが、
予想外だったのか、息子が驚いている。
そのまま剣を外側から内側に横薙ぎに振るい、当たれば骨で止め
る気ではいるが、一応本気で振っているのでどうなるかわからない。
腕が落ちたら許せ⋮⋮。だがこんな事で負ける様なら、女は守れな
い。さぁ⋮⋮どう出る。
何を思ったのか、左手でくぎ抜きを持ち、腕にピッタリと当て俺
の剣を防いだ。そして重いスコップを手放した。アレじゃこの先無
理だと思ったんだろう。良い判断だ。
そのあと、手に魔法で見た時の無い投擲用ナイフを作り出し、手
首だけで投げてくるが勢いがまるでない、正直がっかりだ。飛んで
来た物を、剣の柄頭で落とし、そのまま投げた勢いで、マチェット
を抜きながら攻撃してくるが盾で防ぐ。
この動作の為に手首で投げたのか、勢いがないのも納得だ、もう
少し鍛錬すれば流れる様な良い連携攻撃になるだろう。
﹁本気で来いと言ったはずだが?﹂
461
﹁今ので本気なんだけどね﹂
息子は深く息をしている。少し話をして整えさせてやるか
﹁俺を親と思うな、殺す気でかかって来い、ハイゴブリンはまぐれ
だったのか?直接魔法を当ててこい。それとスコップを拾え、時間
をやる﹂
俺は、いつ仕掛けられても良い様に盾を前に構え、腰を低くして
構えて待つ。
﹁はいはい。父さんには御見通しって訳ね⋮⋮んじゃ仕掛けさせて
もらうけど、後で文句はなしね。それと手放した得物は戦闘中に拾
えないと思ってるからスコップは良いさ﹂
﹁はん!そんな事は勝ってから言え﹂
たしかに言っている事は正しいと思う、一対一でも、乱戦でも、
落としたらまず拾えないからだ。だが主力武器無しでどう出るかが
楽しみだ。
俺はさらに腰を低くして、仕掛けて来るのを待つ事にする。どう
出るか楽しみだ。
俺は息子の目を見て、今か今かと待っていたが、一瞬俺の足元を
見たと思ったらいきなり目が座り見た時の無い顔付きになった。正
直あんな顔も出来るのかと思ったが今は集中するしか無い。
そう思っていたら、いきなり足に痛みが走り、なんだ?と思って
少し見たら厚手の革のブーツを貫き、足から返しの付いた太い氷の
棘みたいなのが突き出ていた。
最悪だ。まさかこんな魔法まで使えるとは思わなかった。そう思
っても、もう遅い。足が抜けそうにないので、このまま戦おうと思
ったら、いきなり目を焼くような激しい光と、聞いた時の無い大き
な音だ。
大型の魔物が建物を一撃で破壊する時より大きいし、ドラゴンの
鳴き声でもこんなにはうるさくは無い。
それが同時に俺を襲い、目を開けても目が見えず、耳も静かすぎ
る部屋にいる時のような感じで何も聞こえず何も出来ない。仕方が
462
ないので、その場で身を守る様に、盾と剣で顔を隠したのが問題だ
った。
右手の甲、左肩と順番に衝撃が走る。正直熱くも感じる。異物が
残っている様な感じなので、多分魔法で出した投げナイフだと思う。
俺は悪態を吐くが、鎧が肩まであれば防げたと思うが、腕が上がら
ないから好きでは無い。
それを悔やんでも仕方が無い。今どうなってるのかも耳も聞こえ
ないのでどう判断して良いか解らない。
そうしている間に後ろから肩を2度叩かれた。
あぁ、息子は今後ろにいて、何もできない俺にいつでも止めをを
刺せたのだと確信した。
聞こえてるかどうかは解らないが、﹁俺の負けだ﹂と言い、剣と
盾を捨て未だに刺さってるナイフを抜くと同時に足の違和感も消え
た、多分氷の棘が無くなったんだろう。俺は前のめりに倒れる事に
した。
誰かが俺の体を揺すっている。止めてくれ、血がどんどん流れち
まう。あぁ、明日からどうやって働こう。足も駄目、手も駄目、ど
うすればいいんだ。回復魔法も回復薬も万能じゃないし高い。
両手足が不自由になったショックから、少しだけ気絶していたみ
たいだ。ウソみたいに痛みが無い。
目を開けると妻と息子がこちらを見ていた。妻は泣いている。あ
ぁ悲しませちまったな。
﹁俺は、負けたんだな﹂
﹁そうよ、だから辞めなさいってあれほど言ったじゃない!﹂
﹁すまないな母さん。これじゃしばらくは働けない、痛みが無いん
だ。右手も握れない、左腕も上がらない、両足も使えない。あぁ⋮
⋮最悪だ、本当に済まない﹂
謝って済むものじゃ無い、明日から収入が無くなるのだ。
463
﹁あなた、大丈夫よ。カームが﹂
そこで息子が妻の口を塞ぎ、人差し指を自分の唇に当ててながら
言った。
﹁皆には内緒ね﹂
そうしたら妻が、俺の耳元で。
﹁カームが回復魔法を使って傷口を塞いだわ、痛みがないのはその
せい。もう血は出てないし、しばらくすれば動くようになるわ、驚
いてるみたいだけど知られたくないらしいから声を出さないで。良
いわね?﹂
途中で声を出せないように口を手で塞がれ何の事か?と思ったがそ
う言う事か。俺はコクコクと頭を縦に振ったので手を離してくれた。
そう聞いたら試したくなった。ウソみたいに手も握れるし腕も上
がる、足の穴も塞がっている。傷が治った時みたいに色が少し違う
が、あんな大きな傷がこんな短時間で治るようなものじゃない。ア
イツは本当に何しやがった。
まぁこの後は父親としてやるべき事をやるだけだな。
﹁すまなかったなカーム、お前の事を疑っていたよ。お前は強い。
二人を守ってやれよ﹂
﹁はい﹂
なんか体中血と埃まみれだが、清々しい気分だ、風呂に入って酒
でも飲むか。
大きくなった息子と一緒に、こんな感じで酒を飲むのに少し憧れ
てたんだよな。そう思いながら酒とカップを棚から出し息子に注い
でから自分のカップにも注ぐ。
なんか俺にも注ごうとしてたが、無視してやった。なんか恥ずか
しいからな。
﹁仲直りだ﹂
﹁はい﹂
こっちの方が恥ずかしかった。まぁいいさ。
464
カップを掲げ一気飲み干す、今回はカップをぶつける様な事では
無いからな。
﹁いやぁ、まさかあそこまで強いとは思わなかった。早いと思って
最初に得物を手放し剣を防いだのは見事だった、良く咄嗟に出来た
な﹂
﹁まぁ、なんとなく両手武器じゃ無理って思って、思考を切り替え
たんだよ﹂
一応そう言う考えも出来るのか、少し息子を侮っていたな。
﹁そうか、武器を拾えと言ったのに、拾わなかったのは何でだ?﹂
﹁戦闘中に落としたら、拾ってる間にやられるからね。戦闘が終わ
ってからか、本当に隙が出来た時じゃないと拾えないって思ってる
んだよ、蹴りあげて掴むとかは出来ないし﹂
たしかにその通りだ、息子も同じ考えだったようだ。俺も落とし
た武器を足で蹴りあげて掴むとかは、滅多に出来ない。
﹁だよな、本当に対人経験はないんだろ? 俺が初めてで﹂
﹁まぁ、そうだね﹂
魔物とは戦った時はあるけど、対人戦は今日が初めてとか嘘みた
いだな。これで初めてなら経験を積めば恐ろしい事に成るな。
﹁まぁ俺に勝てた事は誇って良い、当時は力のイチイ、技のヘイル
とか言われてたから﹂
言ってて恥かしくなる。
﹁まぁその内鬼神と疾風に変わるがな﹂
恥かしいついでに言っておこう、酒の席での笑い話には成るだろ
う。
フフッっと笑いながら、自分にカップに酒を注ぐ。
﹁はいはい、二人とも生きてたんだからいいの、カームはこの後飲
みに行くんでしょう? つまみでも食べて待ってなさい﹂
まぁ、帰ってきたらよくつるんでる三人と会って飲むみたいにな
ってるからな、この間帰って来た時もそうだった。まぁ久しぶりの
再会だ、会話をつづけよう。
465
﹁魔法が得意だと思ってたが、近接も出来るんだな、魔法使いタイ
プかと思ったが、どっちも出来るって万能だな、俺には出来んなぁ﹂
﹃回復魔法も使えるしな﹄ボソッとつぶやいた。
聞かれていたみたいで息子は唇に指を当てているので苦笑いしな
がら首を縦に振ってやった。
﹁なんじゃこりゃー!﹂
そんな声と共にドアが激しく叩かれて、息子が対応しに行く。
﹁カームが無事ならヘイルさんか! お前何やってるんだよ! あ
んな血だらけにしやがって! 親じゃないのかよ!﹂
騒がしいな、まぁ俺もあの頃はあんな感じで馬鹿やってたからな。
まぁ俺は負けたから好きにさせてやるか。そう思いながら元気な所
も見せてやろうと酒を飲みながら玄関を見てやった。あと息子は詰
めが甘いな。まぁ完璧な所が無い方が色々と人が付いて来るもんだ。
完璧すぎても付いて来るけどな。
ヴルスト君が力なくへたり込む。
﹁二人とも無事で良かったぜ⋮⋮あれ?あの血誰の?﹂
﹁じゃ⋮⋮じゃぁ酒場に行ってきます﹂
さぁて、コレからが息子の大変な所だな。コレは明日当たり楽し
くなるぞ。心の中で笑いながらイチイの所に行って飲むとするかな。
﹁スリート、イチイの所に行って酒飲んでくるわ﹂
﹁怪我が治ったばかりなんだから気を付けてね﹂
﹁あぁ、転ばないようにするさ﹂
そう言って、俺は出て行くが足元が柔らかくなっていて、転びそ
うになった。
﹁うぉ!﹂と言いながら踏ん張り、よく見ると俺が倒れてた所が耕
されてふわふわになっていた。無理矢理血の跡を消したんだろうか
?後処理も下手だな、とりあえず血だけ消して明日にでも踏み固め
るつもりだったんだろうか?まぁ良い。少し踏んどいてやるか。
そうして俺はイチイと飲み、酔った勢いで家で起こった事を話し
466
回復魔法が使えるという事も言ってしまった。もちろんリコリスさ
んとスズランちゃんも聞いていた。
済まぬ息子よ。父さんは大馬鹿者だったよ。
閑話
酒場にて
﹁コンの奴すげぇ死にそうな顔だったな、村に戻るって事はあのス
ズランって娘の親にも合うんだろ?あの子であんな力なら父親はど
うなんだ?﹂
﹁頭とか簡単に握りつぶせるくらいじゃないっすかねー?﹂
﹁こ、怖い﹂
﹁⋮⋮生きて帰って来る事を祈ろう。それしかできん﹂
皆がうんうんと頷き、酒を飲む仕事場の仲間達。
﹁可愛い子なんだけどなぁ﹂
﹁た、確かに可愛い﹂
﹁けど親がやばいなら俺は諦めるっすよ、死にたくねぇっす、コン
の話だと父親は見た目すげぇ怖いって話っすよ﹂
﹁けど。どうにかしないと不味いだろう、世の中上手く行かない事
の方が多い。生きて帰ってきたら、奢ってやれば良いだけだ﹂
﹁だな! しんみりしたのは好きじゃねぇ! どんどん飲むぞ! コンが生きて帰って来る事を祈って!﹂
﹁﹁﹁おう!﹂﹂﹂
そう言って二回目の乾杯の合図が酒場で鳴り響く。
467
第38話 父に本気で戦えと言われた時の事︵後書き︶
カームとヘイルで考えてる事が少し違う見たいです。
あとヘイル視点の半分はコピペで出来ております。
きつねさんはヘタレ。
468
第39話 修行と言う名の遊びをした時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回悪ふざけが大半だと思っています。
20160414修正
469
第39話 修行と言う名の遊びをした時の事
朝、いつも通りに目を覚まし、朝食を食べ。村長が来るかもしれ
ないと身構えていたのに、一向に来る気配がないので、村を見て回
ろうと思う。
まぁ一ヶ月で、変わる物じゃないけどね。
んー?今日直そうと思ってた血の跡を消した場所が、踏み固めら
れてるな。父さんか?まぁ良いか、俺も少し踏んでおこう。さて、
スズランの所にでも行きますか。
うん。スズランは起きてないのか、池にいないし、俺に餌をねだ
りに来る家禽達、わかってたよ、起きて無い事くらい。起すのも悪
いし、鶏や鴨には悪いが蒸留所の方に行きますか。
﹁おはようございます﹂
﹁﹁﹁おはようございます﹂﹂﹂
んーこういう挨拶は好きなんだよな、職人達って感じで。
﹁よーカーム、どうしたんだ﹂
﹁んー、この間言った石炭に代わる炭で運用出来てるかなーって思
って、それに炭の生産具合も気になってさ﹂
﹁あー、最初は炭作りに手間取ったが、職人がなんとかコツを掴ん
だみたいで、だんだん出来るようになってきたぜ。最初は全部灰に
しちゃってな、かなりへこんでたぜ﹂
だろうな、俺だって﹁やれ﹂って言われたら、最初からは出来な
いと思うし。
﹁まぁ、出来るようになったなら良いじゃないか、蒸留酒の方は?﹂
﹁どんどん作ってるぜ、保存場所が無くてな。蔵を増築してる所だ。
最悪別な場所にも建てるかって話も出てるぜ﹂
﹁軌道にのったなら良いじゃないか。町でもベリル酒を見たぜ?飲
470
まなかったけどな﹂
﹁そこは飲んどけよ﹂
﹁帰ってくればいつでも飲めるし、別に良いかって思ったんだよ。
あと時間が有ったら炭焼き小屋の方に案内してくれよ﹂
﹁構わねぇぜ、今日は朝の内は暇だしな。もう少し日が昇ったら火
を入れて蒸留して樽に詰めるから、今なら平気だ﹂
﹁んじゃ頼む、結局どこに作ったんだ?﹂
﹁あー、お前の使ってた修行場って言うのか?訓練所って言うのか
?あの近くを切り開いて作ったんだぜ﹂
﹁マジかよ⋮⋮﹂
﹁なんだ、ばれたらまずい物でも隠してたのか?﹂
﹁いや、そんな事は無いけどさ、近いと色々と気を使いそうで﹂
﹁近いって言っても、見える位置にはないぜ? まぁ煙は見えるか
もしれれないが﹂
会話をしながら移動し、変わった事とかがなかったか聞いたが、
特になかったみたいだ。
﹁ここだぜ﹂
﹁んーいいんじゃないかな? 雨にも濡れないようになってるし、
見た感じ空気が漏れてそうな場所もないからね、一応言われた通り
には作ったんだろう?﹂
﹁まぁな、排煙口が一番下って言うのには周りが驚いてたが、作っ
てみて納得したみたいだぜ? 上に付けたら煙が皆逃げて蒸し焼き
に出来ないってな。実は最初は二個作ったんだ﹃なんで煙突が上じ
ゃないんだ!﹄ってな。それで煙突を上に付けた方は使い物になら
なくて結局壊しちまった﹂
﹁ふーん、間違えればそれだけ学ぶからな。最初は納得の行く様に
やらせてみて、やっぱ駄目だったってなれば納得するしな﹂
﹁あと、言われた通り煙を集めて出た汁をお湯に入れて手とか足を
洗ったらひび割れが減ったりしたみたいで、さりげなく人気が出て
471
るぜ。獣人系の人達は、鼻が曲がるとか言って使えないみたいだけ
ど﹂
﹁まぁ、酷い臭いだからな。あーそうそう、木切ったら苗木植えて
る?﹂
﹁なんで植えるんだ?﹂
﹁あー、この前教えてなかったな、森は広いかもしれないけど切っ
てたらどんどん木が無く成るだろ?木が育つのには季節が二十回と
か廻らないと育たないんだぜ? だから、切ったら植えてを繰り返
さないと森が消えるよ﹂
﹁確かにそうだな⋮⋮村長には言っておくぜ﹂
はげ山とか、消えた森とか見たくないしな。ましてや故郷の森だ
し。
﹁頼むよ。そう言えば今日家に村長が来なかったけど、どうしたん
だ? いつもなら朝に速攻来るのに、子離れじゃないけど俺離れで
きたのか?﹂
﹁校長と、炭作りしてる人と、一緒に竜族の村に行ってるよ。石炭
も掘り尽したらなくなるって言ってたからな﹂
﹁確かになくなるな、だから炭焼きを教えに行ったと﹂
﹁そうだ、だけど木の苗を植えるのは知らないと思うから帰ってき
たらまた行くんじゃないか?﹂
﹁俺のせいだけど、大変だな﹂
﹁いいんじゃないか?良く﹃里帰りじゃ﹄とか言って竜族の村に帰
ってるし﹂
﹁苦じゃ無いなら良いんじゃないか?﹂
﹁だな、俺はそろそろ戻るけどカームはどうするんだ?﹂
﹁昼まで、しばらく行って無い訓練所にでも行って見るよ。多分荒
れてると思けどその時は更地にしてくるよ。多分使う機会も少なく
なるし﹂
﹁そうか。んじゃ俺は戻るわ﹂
﹁おう、仕事頑張れ﹂
472
さて、どうするかねこの惨状。辛うじて残ってるのは訓練用に作
った盛り上げて締め固めた土台だけかよ・・・椅子も朽ちてるし毒
草を磨り潰してた石も風化してどす黒い色も無くなっている。まぁ
椅子と石はそのままでいいとして土台を戻して終わりって言うのも
寂しいな、投擲と新技の練習でもするかね。
この位かなー、そう思いいつも的にしていた木から三十mのとこ
ろまで下がり、黒曜石の苦無、ナイフ、手斧の順で全力で投擲する。
コッ!トスッ!ドッ!という音と共に、全力で投げても大体狙った
所に飛ぶ、腕は鈍って無いらしい。
今度は︻水球︼を浮かすイメージの応用をしてみようと思う。
﹃イメージ・柄の付いて無い黒曜石の苦無・頭上に生成・保持・任
意のタイミングで視線の先に時速百五十キロメートルで射出﹄
頭の上に一ヶ所が極端に長い、菱形状の物が現れそのまま浮遊し、
﹃射出﹄と念じ苦無を目の前の木に飛ばす。そしてコッ!という音
と共に木に刺さる。これも狙った所にある程度飛ぶ、まさか一発で
成功するとは思わなかったけど。
格闘ゲームの技を発動させて、ボタン押しっぱなしで保持、離し
て発動って奴もやってみる物だね。
その後十秒後に苦無は自然消滅してしまった。何度も試すが大体
十秒で消えてしまう。込められる魔力の量と、刺さった時の衝撃の
強さで早めに消えるのだろうと推測。まぁ、刺されば問題無い。
今度は数を増やしてみるか、頭上に三本の苦無を保持、射出。
コココッ!んー半径五センチメートル以内か、十分かな。今度は
縦のラインで。
コココッ!ブレも少しあるけど視線の中心に一ヶ所刺さりその上
下五センチメートル刻みで縦に並んでるな、もう少し慣れれば綺麗
に行けるな。
その後も、歩きながら走りながらを試すが、意外に視線の先に飛
473
んで行く事が判明。
あー、こりゃアレだな⋮⋮軽度のFPS症候群みたいな物か、集
中すれば普段からでも視線の中央にレティクルやドットが見えちゃ
う奴。アレに近い。
やってみる価値はあるな。
﹃イメージ・視線の中央に小さい赤い光の点・発動﹄
﹁おぉ出た! すげぇ、ドットサイト覗いてるみたいだ﹂
そう思ったら、もう一度試したくなるのが、前世でゲームやって
た奴の性ってもんだな。
俺は擬似ドットサイトを常時発動させ、同時に頭上に浮遊させた
苦無を保持し、全力で走りながら印を付けた一本の木を見続け、射
出する。
コッ!という音が聞こえたので確認しに行く、思った通り見続け
た場所に苦無が刺さっており、一人で大声を出して喜ぶ。
﹁っしゃぁ!﹂
そして俺は調子に乗り、十本ほど苦無を発動させ。
﹁行け! ファ○ネル!﹂
ひきこもりで、近所の幼馴染にサンドイッチを貰ってた少年の様
に言いながら、発動。ビーム出無いけどな!
すべての苦無が半径十センチメートル以内に収まっている。これっ
てかなり使えるんじゃね?そう思いつつ悪ふざけを続ける。
前にも﹃か○は○波﹄出そうとしたり、頭から﹃メン○ビーム﹄
出そうとしたけど、霧の中でライト付けたみたいに可視可能な光の
線だったしな。
﹃イメージ・黒曜石の苦無・浮遊後可視可能な光を射出・発動﹄
頭上に苦無が浮遊し、先端から光が伸びるがやっぱり焼けたり、
穴が開いたりはしない。むしろ苦無の先から光が出たのには驚いた
わ。
その後、修業と言う名の遊びに変わり、黒曜石で剣の握りを作り
474
先から赤い光をだして﹁ブゥン!ブゥン!﹂と口で音を再現しつつ、
左手を前に出してフォースっぽい事をしていた。俺は暗黒面に落ち
てしまったようだ。
﹁私がお前の父親だ﹂
何をやっているんだ俺は。
そのあと、偶然発見した兎を三羽ほど仕留め、昼になりそうだか
ら村に戻った。ちなみに擬似ドットサイトはオンオフを可能にして
おいた。常時出てたら目障りだし。
家に帰る前にスズランにもおすそ分けしようかなと家に寄ったら
丁度鶏を絞めていた。今日の夕飯だと思うが偶然﹁グケーーッ!﹂
という断末魔みたいな鳴き声と共に、頭が飛ぶ所を見てしまい、返
り血の付いた笑顔で﹁兎ありがとう﹂と言われた時は、違う意味で
ドキドキした。
﹁お昼ご飯どうする? 使ってない借家で二人で食べる? どうせ
夜も使うんだし﹂
と首を少し傾げながら言われたので可愛いし、断る理由もないの
で返り血を拭いてやりながら承諾した。
﹁じゃぁ、家に兎置いて来るからそうしたら向かおう﹂
﹁解った。それまで今日食べる分絞めてる﹂﹁コケーーッ!﹂ダン
ッ!
暴れ、鳴き声を上げる鶏を抑えつけ、鉈みたいな包丁で作業的に
首を刎ねている。
俺は微妙な笑顔で、飛んでいった頭を見ながら兎を置きに家に帰
り、スズランの家から食器と、血の滴る鶏を持ちながら二人で借家
に向かった。
﹁カーム。羽を毟るのが下手﹂
﹁ごめん﹂
﹁皮は破かないように﹂
﹁はい﹂
475
﹁毛穴に羽の根元を残さない﹂
﹁はい﹂
ただ単に、毟れば良いというわけでは無いようだ。羽が生えてい
る方向に上手く抜かないと皮の中に付け根が折れて残ったりする。
それが残ると抜くのが面倒だし丁寧に毟ると時間がかかるし慣れな
いと大変だ。それをスズランは慣れた手つきで毟っていく。
それが終わると、表面を火で少し炙り、残った毛を処理して腹を
開いて内臓も処理していく。
それから、バラした肉をボウルにいれ、下処理や下味をして小麦
粉をまぶしてから揚げにしていく。
本当肉料理だけは上手いんだよな。これで野菜を食べれば完璧な
んだが⋮⋮。
﹁﹁いただきます﹂﹂
スズランは相変わらずから揚げしか食べない。せっかく野菜も買
ってきて、盛り付けたのに盛大に残している。
もう野菜を食べさせるの諦めようかね?
﹁ねぇ?﹂
﹁うん? なんだい?﹂
﹁私が帰った後何かあった?﹂
﹁あー、今まで見た時の無い住人が帰って来てね、それが人族だっ
たんだよ﹂
﹁ふーん﹂
あまり興味が無さそうだ。ってか会話終わったよ。
﹁昨日は、あのあと父さんに本気で戦えとか言われたし﹂
﹁そんな事があったみたいだね。昨日家でお父さんと飲んでたから
わかる。カームってかなり強かったんだね﹂
﹁んー、何を基準に強いって言うかわからないけど一応勝ったよ﹃
二人も嫁にしようとしてるんだからそれなりの力は有るんだろ?﹄
とか言われてね家の前で戦う事に成ったよ。危うく左腕がなくなる
476
ところだったよ﹂
﹁でも勝ったんでしょ?﹂
﹁まあね、本当は話し合いで解決したかったんだけど、あの様子じ
ゃ説得も無理そうだったからね﹂
﹁私のお父さんも驚いてたよ﹃ヘイルに勝つなんてなぁ﹄って﹂
﹁イチイさんがそう言ってくれるなら、なんかうれしいな。あの人
はもう俺の中で恐怖と力の象徴だし﹂
あの顔と腕の太さは、マジで怖いから。
﹁一応私のお父さんだから。そんな悲しい事言わないで﹂
﹁ごめんごめん﹂
まぁ、このままだと確実に義父さんになるしな。
から揚げの山が無くなり、昼食終了。
﹁ご馳走様でした﹂
﹁おそまつさまでした﹂
﹁さて、これからどうしようか。ダラダラしようか?﹂
﹁ベットの上で軽い運動?﹂
少しだけ、頬を染めて言ってくる。卑怯でしょう。コレ。
﹁魅力的な提案だけど、ソレは夜にお願いします﹂
別に昼でも良いんだけど、流石に誰かが来たりしたら気まずいし。
ってかスズラン、明るい所で体見られたくないって言ってたのに、
いきなりどうした。
﹁じゃあ簡単な鶏を使った料理教えて﹂
﹁んーそれならいいかな﹂
俺は、村で必要な材料を買い揃えている間に、スズランは洗い物
をしてくれていたので、直ぐに料理に取り掛かれる。
﹁はーい皆さんこんにちわー﹂
﹁⋮⋮え!?﹂
﹁今日は、誰でも作れる簡単ローストチキンを作ろうと思います、
材料はこちら﹂
477
﹁ん?﹂
﹁下処理した鶏丸々1匹、バター、玉ねぎ、人参、ジャガイモ、こ
れは自分が食べたい野菜ですね、それに香り付けにお好みの調味料、
塩胡椒です﹂
﹁ねぇ⋮⋮カーム?﹂
﹁まずはフォークで鶏を軽く刺していきます、そうしたら表面やお
腹の中に塩胡椒を擦り込み、ボウルの中に、果実酒と臭い消しの香
草を入れて、そこにしばらく浸します。ここに自分が食べたい野菜
もいれます﹂
﹁ねぇ⋮⋮﹂
﹁味が均一になるように、時々ひっくり返しましょう。そしてしば
らく漬け込んだ物がこちら﹂
ドンッ!
﹁!?﹂
﹁そうしたら、野菜をお腹の中に入れますが、バターを先に表面や
お腹の中に塗って焼くと、綺麗に仕上がり野菜も美味しくなります。
焼き始めたら時々取り出してバットにこぼれ出た汁をスプーンなの
で掬って、上からかけてあげましょう、そうしてそろそろ焼き上が
ったかな? と思ったら完成です﹂
スズランが変な目で見ているが無視しよう。
﹁とまぁこんな感じだ﹂
﹁所々時間が飛んだ気がするけど。何?﹂
﹁俺にもわからん﹂
﹁魔法?﹂
﹁んー、かぎりなく魔法に近いけど魔法じゃない何か? 多分﹂
編集とかかな?
﹁⋮⋮わかった﹂
﹁うん、夕飯には少し早いけど、冷めると美味しくないからさっさ
と食べちゃおう。ほら、もう太陽が山に隠れそうだよ﹂
﹁⋮⋮うん﹂
478
スズランは、納得できないと言うような顔でこちらを見ている。
俺は鳥を半分に切り、野菜も均等に分け皿に盛りつける。
﹁﹁いただきます﹂﹂
そういうと真っ先にスズランが、フォークとナイフと野菜を無視
し、素手で肉を掴みかぶりつく。お前は海賊か山賊か?豪快過ぎて
逆に男らしいわ⋮⋮
あぁもう⋮⋮、手と口の周りがベタベタじゃないか、もう少し丁
寧に持って少しづつ齧る様にすれば、口周りもそんなに汚れないの
にな。
﹁ねぇスズラン、もう少し上品に食べない?﹂
﹁手の方が取りやすいし、直接齧った方が食べやすい﹂
﹁確かにそうだけどさ、もう少し上品に食べないと嫌われちゃうよ
?﹂
﹁カームに嫌われなければ良い﹂
﹁はいはい、んじゃ上品に食べないと俺が嫌っちゃうよ?﹂
そう言ったら﹃カシャン!﹄と皿の上に肉を落とし、この世の終
わりみたいな顔をして泣きそうになってる。
コレはコレで可愛いけどね。
﹁はいはい、嫌いにはならないけど、他の人が居る時や、みんなと
外で食べる時は辞めようね、はい﹂
そう言ってタオルを渡し、口と手を拭かせる。
﹁ナイフとフォークを使えとは言わないけど、せめてこんな感じで
食べられない?﹂
そう言いながら、フォークとナイフを使わないで、あまり手や口
元を汚さないように、サンダースさんの肉を食べる様な感じで食べ
てる所を見せる。
﹁こんな感じで。それに誰も取らないんだから、食事の時は落ち着
こうよ﹂
﹁⋮⋮ごめんなさい﹂
479
﹁はいはい、怒ってもないし、嫌っても無いからね。ゆっくり食べ
ようね﹂
﹁うん﹂
俺は母親かよ。
﹁なぁ、ジャガイモくらいなら食べられるだろ? 鳥の肉汁とバタ
ー吸ってるし、塩胡椒も付いてるから、まずは挑戦してみようぜ?﹂
フォークでジャガイモを取り、少しだけ齧るスズラン。
﹁美味しい?﹂
なんで疑問系なんだ?
﹁まぁあんまり個性的な味はし無いし、水分とか油分とかも吸うか
ら周りの味に変化しやすいからね、塩で茹でてバター乗せただけで
もすごく美味しいよ﹂
モグモグモグ、無言で咀嚼してるとリスやハムスターみたいで可愛
いな。
﹁じゃぁ次は人参に挑戦してみようか﹂
露骨に嫌な顔にならないで下さい。
﹁それもジャガイモと同じで味を吸ってるから食べやすいと思うよ
?﹂
ムグムグ、少しだけ人参を齧り直ぐに舌を出しながら皿に吐き出す。
汚いな。あとなんか表情がエロいので止めてください、ってか嫌い
で食べられないなら、もうしないか。
﹁これ無理﹂
﹁はいはい、玉ねぎも残して良いよ、俺が食べるから﹂
人参のグラッセなら食えるかな?
﹁ごちそうさまでした﹂
﹁はい、お粗末様でした﹂
そうして二人で洗い物をしながら聞いて見る。
﹁甘い人参なら食べられる?﹂
﹁飴みたいに?﹂
﹁砂糖で煮るだけだよ﹂
480
﹁味が想像できない﹂
﹁人参の味と香りのまま甘くなっただけ、かな?﹂
﹁今度挑戦してみるから作って﹂
﹁はいはい残さないでね、残したらしばらくエッチな事は、しばら
くなしね﹂
ゴフッ!
そう言ったら皿を拭いていたのに、突っ込みと言う名の鋭い肘が、
左脇腹に飛んで来た、もう二度とその手の冗談は言わないと心に誓
った。あとスズランの右にはなるべく立たないようにしよう。いや、
左手でやられても同じか?
夕飯後二人でダラダラしていたら、
﹁カーム。お風呂沸かして﹂
と言われたので﹁あいよー﹂と軽く返事をして風呂場に向かう。
﹁熱いのと温いのどっちが良い?﹂
﹁熱ければ水入れれば良いでしょ﹂
確かにな。俺は少し熱いけど触れ無い事は無いという温度のお湯
で浴槽を満たし﹁後は入る時に調整すれば良いよね、はい終わり﹂
と呟き。
﹁お風呂入れるよー﹂
﹁早い﹂
﹁いやー魔法って便利ですわー﹂
﹁それ出来るのカームだけだから。やっぱりカームってすごい﹂
﹁はいはい、じゃぁ一緒に入ろうか﹂
﹁⋮⋮うん﹂
たまに暴走するけど、俺から誘うと少し恥ずかしがるんだよな、
なんでだろう。
まぁ、俺が積極的になるのは、あんまりないからな。
はい、手足の指先がしわくちゃです、かなりふやけてます。
481
体を洗い合った後に、お湯を温めにして、あんなに長々と浸かる
とは思わなかったよ。前回は色々有って湯船にあまり入らなかった
し。
﹁あ゛ー、長湯しすぎてだるい﹂
﹁はい。果実水﹂
﹁あ゛ー、ありがどー﹂
﹁だらしない﹂
︵シャツ着てるけどだぼだぼだから胸元とか鎖骨が見えてる。この
ままベッドに連れ込みたいな︶
なんかスズランがじろじろ胸元を見てるな。ここはちょっとから
かう所だよな?
両手でバツを作る様に胸を隠して、両膝をくっつけ。
﹁いやーんスズランちゃんのえっちー﹂
ゴフッ!
﹁いてぇ⋮⋮﹂
顔を真っ赤にして、腹を殴られました。照れ隠しはもう少し優し
くお願いします。
そのあと顔を真っ赤にしたまま手を引っ張られ、力任せにベッド
に連れ込まれた。寝たのは日付が変わってからでした。
良い雰囲気になって、ベッドに入るのも良いけど、スズランに強
引にベットに連れ込まれるのも悪くないな。
閑話
カームがシンケンに弓を射られ茂みに転がっている頃
中肉中背のこれと言って特徴の無い猫耳の獣人族の男がカームの職
場を訪ねて来た。
482
﹁すみませーんここでカームって人が働いてると聞いて来たんです
が﹂
﹁おう、確かに働いてるけど3日4日は休むって今日から休んでる
ぜ﹂
﹁そうですか。どうにかして早めに連絡は取れませんか?﹂
﹁そーだな、住んでる場所なら知ってるぜ、教えるか?﹂
﹁是非!﹂
﹁クリノクロワって所だ﹂
﹁げ!・・・本当ですか?﹂
﹁あぁ本当だ。少し無口な猫耳の女が大家だと思ったな、だから大
家に言っておけば帰ってきたら伝えてくれると思うぜ﹂
﹁わ・・・解りました、ありがとうございます﹂
﹁クリノクロワか・・・あの変人の溜まり場って言われてる所だよ
な・・・最悪だ、手紙で良いか﹂
︵あの猫耳黒髪の人が大家さんかな?綺麗な人だなー、ドキドキす
るな。︶
﹁あのーすみません、クリノクロワの大家さんでしょうか?﹂
﹁えぇ今は満室よ、他を当たって頂戴﹂
﹁いえ、これをカームと言う人に渡してほしくて﹂
そう言って手紙を渡してから帰ろうとしたら大家さんが手紙をジロ
ジロ見て
﹁男同士は非生産的よ、もちろん女同士もだけど﹂
﹁はぁ!?いえ、違います。ギルドの指名依頼の手紙です、留守だ
と聞いたので﹂
何を勘違いしているんだこの人女性は!?
﹁・・・そう、確かに渡しておくわ﹂
﹁お願いします﹂
﹁えぇ﹂
483
︵まったく大家さんでアレなら他の人はどうなんだよ・・・まった
く。けど綺麗だったなー︶
こうして猫耳男は、カームから連絡が来るまで待つのであった。
484
第40話 臨時パーティーに誘われた時の事︵前書き︶
細々と続けてます
相変わらず不定期です。
会話にスライムが出てきます。
20160416修正
485
第40話 臨時パーティーに誘われた時の事
朝に、スズランとダラダラしていたから、町に着いたのは夕方近
かった。俺は部屋の鍵を挿し込んで回すが﹃カチャリ﹄という音が
しない。鍵をかけ忘れたかと思いドアを開けると、そこにはラッテ
がいた。
﹁カームくーんおかえりー﹂
いきなりラッテに飛びつかれ、胸元に額を擦り付けて来る。
﹁ただいま、あと俺の部屋のカギを、どうやって開けたんだ?﹂
頭を撫でながら、聞いてみた。
﹁へ? キースカさんに頼んで開けてもらったんだよー﹂
はぁ、頭が痛いわ。まさかこんな強硬手段に出るとは。
大家さんも大家さんだな、確かにラッテは一応関係者だと思うけ
ど。そう言えばスズランの時もそうだったなぁ。もう前世の常識捨
てちまうかな。
﹁はいはい、荷物が下ろせないからちょっと離れてね、それにお土
産もあるから﹂
﹁本当! うれしー。なになにー﹂
﹁手造りで悪いんだけど、スズランと似たような髪留め、形は違う
けどね﹂
そう言って、割れないように丁寧に包んで有る秋桜の髪飾りを取
り出し見せてやる。
﹁かわいいー。何の花?﹂
﹁コスモスだよ﹂
この世界にあるかわからないけど。
﹁ふーん、ピンクとか赤とか白でかわいーね、ねーねー付けてー﹂
﹁良いの?じゃぁ﹂
そう言って、俺は前髪を二対八くらいに分けて、こめかみの辺り
486
で留めてあげた。
﹁うん、白っぽい髪によく似合うよ﹂
﹁どれどれー﹂
小さなバッグみたいな物から、本当に小さな手鏡を取り出した。
化粧ポーチみたいな物か?
﹁ありがとー、えへへぇー﹂
少しニヤ付きながら、髪留めを触ったり、色々な角度から見てい
る。スズランとは違った可愛さがあるな。
そんなやり取りをしていると、ドアがノックされる。
﹁はーい﹂
お前が対応するんかい!
﹁お楽しみ中のところ悪いけど、カームに手紙が来てるわ﹂
﹁え、あー、ありがとうございます﹂
﹁相手は男だったわ、早めに振っておいた方が身の為よ﹂
﹁はぁ? コレそう言う手紙なんですか?﹂
﹁中身はもちろん見てないわ、なんとなくそういう手紙なら面白い
と思って﹂
﹁面白そうって理由だけで、変な事言わないで下さいよ﹂
﹁まぁ、行動は早めにした方がいいわよ﹂
そう言って部屋から出て行った。
﹁んーなになに。臨時パーティーの誘いか﹂
熟読はしてないけど大体は解った。
﹁んー? なんて書いてあるのー?﹂
﹁んー要約すると、スライムの核を無傷で手に入れる為に力を貸し
てください、だそうだ﹂
﹁へー、無傷ねぇー。むずかしーと思うよー﹂
﹁俺、スライムと戦ったこと無いからわからないんだけど⋮⋮﹂
﹁核を傷つければすぐ弱るんだけど、核を狙って攻撃すると、核に
届く前に体の真ん中から核を動かして、自分を守ろーとするの。し
487
かも切ったり突いたりしても、プニプニしてる部分は直ぐに再生し
ちゃうの、だから二人で相手にするのが一番いーらしいんだけど、
そー考えると無傷で手に入れるって結構無茶なお願いだよねー﹂
﹁んーそうか。まぁ、待ち合わせ場所はギルドで聞いてくれって書
いてあるし、話だけは聞いて来るよ﹂
﹁えーもう行っちゃうのー、もう少しイチャイチャしよーよー﹂
﹁はいはい、帰って来てからね。相手も早めに連絡取りたがってる
みたいだから行ってくるよ﹂
﹁はーい、ベッドでゴロゴロしてるよー﹂
﹁汚すなよ﹂
﹁汚さないよ! 枕の香りを嗅ぐだけだよ!﹂
﹁あーはいはい、程々にな﹂
そう言って、俺はギルド支部に向かう事にした。
﹁あーカーム君の香りー﹂
ドアを出た瞬間にこれだ、もう少し声を落としてくれるとありが
たいんだが⋮⋮。割と本気で。
俺は、相変わらずあまり人がいないギルドに入り、受付のウサ耳
のお姉さんの所に行き、
﹁すみません、カームって言いますがフェーダーって方から臨時パ
ーティーの誘いの手紙を頂いたんですが何か伺ってませんか?﹂
と、聞いてみる。
﹁はい、カードを提示して少々お待ちください﹂
そう言うと、引き出しから荒い紙の書類をペラペラと捲り、一枚
の紙を取り出した。
﹁ありました。確かにフェーダー様から臨時パーティー願いが届い
ております。カーム様の連絡待ちと言う事で、ここ数日は門前酒場
で待つという事も書いてあります。お受けになるなら、お手数です
がこの書類を持って門前酒場まで足をお運び下さい﹂
﹁わかりました、話を聞かない事には何も解らないので行くだけ行
488
って見ますよ﹂
﹁ではこの書類は確実にお渡ししたと言う事でサインを頂きたいの
ですが﹂
﹁はい﹂
俺はサインを書き、書類を受け取り門前酒場に向かう事にする。
俺は酒場に入って、依頼主の名前を言おうとしたら、先に凛々し
い猫耳の青年に﹁カームさんですね?﹂と話しかけられ﹁あ、はい﹂
と答えたら青年が座っていたテーブルに案内された。
そうしたら前置きもなく﹁受けて下さるんですか?﹂と言われ、
そうとう焦ってると思える。
﹁受け取った手紙と、受付のお姉さんからはある程度聞きましたが、
それでも詳しい話を聞かないと返事が出来ませんので、詳しくお願
いします﹂
﹁あ、はい。簡潔に言うなら知り合いの錬金術士が、急遽無傷のス
ライムの核が必要になったみたいで、自分に話が来ました﹂
﹁えぇ、わかりました。で、なんで自分なんですか?﹂
﹁それはですね⋮⋮この町でかなり有名な、フリーの魔法使いだか
らです﹂
﹁は? 俺が?﹂
驚いて、素で言っちゃったよ。
﹁えぇ。かなり有名ですよ? レンガ材練るのに魔法使って、調子
に乗って町の中からでも見える巨大なドロ玉作ったり。魔物の大発
生の時に、血糊を洗い流すのに水球を何個も作ったり。さらに前衛
でも活躍できると﹂
﹁あー、心当たりしかないです﹂
﹁早速ですが報酬の事とか話したいんですが﹂
﹁えぇ構いませんよ﹂
﹁失礼ですが、一日どの程度の賃金で手伝って頂けますか?﹂
﹁んーランク1の防壁修理やレンガ作りの日雇いの仕事が、一日大
489
銅貨八枚なので、大銅八枚、スライムと戦う場合、危険手当として
倍の銀一枚の大銅六枚、討伐部位は公平にわける、こんな所ですか
ね﹂
﹁え? それだけなんですか?﹂
﹁え? 何か変ですか?﹂
高かったか?なんかかなり動揺しているが。
﹁いえ⋮⋮その⋮⋮正直安すぎるんですよ、カームさんくらい魔力
が高くて、平然とあんな魔法をどんどん出せる人が、そんな安い値
段で雇える方がおかしいんですよ﹂
﹁そんな事言われても、まだ一回も雇われた事ないですし、大量発
生の時はギルドから出された依頼でしたし。本当相場とかわからな
いんですよね。どうすればいいんですかね?﹂
わからない事は聞くに限る。
﹁そうですね。判断材料として自分のランクと、職種と過去の討伐
依頼で倒した事のある、一番強い魔物とかで判断ですね﹂
﹁んーそうなんですか。ランクが4で、前衛後衛可能でハイゴブリ
ンを一人で討伐ですかね? 良くわからないし、面倒なので先ほど
言った金額で良いですよ﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
﹁今働いてる分の給金がもらえれば問題無いです。あと他の人に言
わないで下さいね? 安く雇えるらしいぞ! とかなったら嫌なの
で。こう見えて実は弱虫で危ない事が大嫌いで、出来るなら平和に
暮らしたいんですよ﹂
﹁え? えぇ、わかりました﹂
﹁えぇっと、自分とフェーダーさんの二人ですか?﹂
﹁いえ、あと一人、スティロと言う相方がいますので全部で三人で
すね﹂
﹁わかりました、場所は何所ですか?﹂
﹁門を出て、反対側まで行きそのまま真っ直ぐ、馬で半日の森の中
に有る沼ですね﹂
490
﹁う、馬ですか﹂
﹁えぇ、けどスライムの核はとても脆い物なので、馬車で水を入れ
た樽の中に入れて運びますので﹂
﹁あぁ、なら助かりました。恥ずかしい話、自分馬に乗れないんで
すよ。故郷の村も歩きで半日ですし、馬車にも一回しか乗った事が
無いんですよ﹂
﹁珍しいですねー、馬に乗れないなんて﹂
﹁今まで移動は自分の足で済んでましたからね﹂
﹁遠出するのに乗れた方が便利ですよ、機会があれば覚えて置いた
方が良いですよ﹂
﹁まぁ、考えて置きます。いつ出発ですか?﹂
﹁なるべく早い方が良いので、早ければ明日、遅くても明後日には﹂
﹁んー、何日くらいを予定してます? それによっては食料や日用
品の準備もあるので、明日にはきびしいかもしれません﹂
﹁先ほども言った通り馬で半日です、朝一番に出て、昼過ぎに到着。
上手く行けば直ぐにでも核を集め、夜には帰って来れます。けど夜
には門が閉まってるので門の外で野営ですね。森の近くや、森まで
の道中での野営は危険ですので無理してでも夜中には門の前まで来
て野営にしたいです﹂
﹁上手く行けばの話ですよね? 最悪の場合は?﹂
﹁森から少し離れた所で野営です。その時は三人で交代で見張りに
なりますね﹂
﹁じゃぁ、一応用意は一泊って事で良いんですね?﹂
﹁はい、二日目の夕方まで狩れば、どうにかなると思います﹂
﹁無傷の核は、最低どのくらい必要なんですか?﹂
﹁知り合いが言っていたのは、最低で二個、それ以上は需要が多い
から、多ければ多いほど助かる。だそうです﹂
﹁わかりました、この依頼受けさせて下さい﹂
﹁本当ですか! ありがとうございます!﹂
席を立ち上がり、手を握ってブンブンと振って来る。
491
﹁明日の朝に出ましょう、準備は直ぐに終わると思いますし、俺は
自分の物だけ用意すれば良いんですよね?﹂
﹁えぇ、他に必要な物はこちらで準備しますので、自分の装備だけ
で結構です﹂
その後もう一度全ての事を聞き直し間違いが無いか確認してから別
れた。
とりあえず俺は、おやかたに訳を話しに行き、もうしばらく休ま
せてもらう旨を伝えて準備を始める。
とりあえず携帯食料多めに六食分で良いか。ついでに夕飯の買い
物して、まだ俺の布団でナニかしているだろうラッテと、夕飯でも
食べますかね。
﹁ただいまー﹂
﹁ハッ! お、おかえりー﹂
﹁あー。その⋮⋮夕飯作ってるからごゆっくり⋮⋮﹂
えぇ。全裸で俺の洗濯物を抱きしめ、布団の上で寝転がりながら
フィーバー中でした。
俺は見なかった事にしてあげた。いやー一人暮らしだから、うっ
かりしてたわ。
中学生男子の母親になった気分だわ。本当セレッソさんに相談し
たいよ。
夕飯を作って部屋に戻ると、気まずそうな空気は特に無く﹁おい
しそー﹂と言って一緒に食べ始める。むしろ何事もなかったみたい
お互い振る舞う。
﹁ねーねー、そう言えばスズランちゃんのお父さんどうだったの?
やっぱり怒られたー?﹂
﹁俺の父さんに殺されかけたよ﹂
﹁なんで!?﹂
492
﹁スズランの父さんは、娘の決めた事だからとやかく言わないけど
よ、って言ってくれたけど、俺の父さんが、好きな女二人を守れる
くらいの力はあるんだろうな? って、夕食前にお互い武器持って
喧嘩だよ﹂
﹁それって私のせい?﹂
﹁多分﹂
﹁⋮⋮ごめんなさい﹂
﹁平気だよ、勝って納得させてきたから﹂
﹁あのー。やっぱり血とか出た?﹂
﹁あーうん、俺は左腕落とされそうになって、最悪そのままアバラ
もやらそうになったね、なんとか防いだけど﹂
父さんに、どうやって勝ったかは言わないでおこう。
﹁あの。私のせいでこんな事になってごめんなさい﹂
﹁ごめんごめん、こっちこそ食事中に詳しく話す事じゃなかったね、
そうそう明日から臨時パーティーに参加してくるから。予定では二
日後の夜には戻って来てると思うんだけど、俺の事気にしないで部
屋にいても良いからね﹂
﹁う、うん。ありがとう、本当にいーの?﹂
申し訳なかったのか、少しおどおどしていたが、語尾が伸びてい
るのでもう平気だろう。
﹁良いよ、あとで大家さんに合鍵作ってもらうから、それも出来次
第渡すよ﹂
﹁えへへーありがとー﹂
﹁あ、もちろんスズランにも渡すからね﹂
﹁当たり前だよー、私に渡してスズランちゃんに渡さないのは絶対
駄目!﹂
だよな、それこそ殺させる。
俺達は夕食を食べ終わらせ、明日の準備をするが、ラッテが興味
深そうに背中に張り付いて見ている。胸をムニムニ当てて来るのは
493
多分ワザとだと思うけど、気にしないでおこう。
﹁カーム君ってさー、武器とか防具って独特だよねー﹂
﹁そうか? スコップなんか便利過ぎるの一言で済むんだけど﹂
﹁けどさー、防具が厚手の長袖の服ってどうなの? 剣だって槍だ
って矢だって防げないよー?﹂
指で背中を突いて﹁ザクザクー﹂とか言っている。
﹁どうせ鎧がない所に当たっら、最悪死ぬんだから、動きやすい方
が良いに決まってる﹂
前世でも、防弾チョッキとかあるが、腕とか足の太い血管や頭に
当たっら死ぬし、とある番組の実験で、中世の鎧の中に豚肉を入れ
てクロスボウを撃ったら、鎧を抜いて肉に深々と刺さってたし、剣
や斧だって切れはしないが、衝撃が伝わり骨を折っていたのを見た
事がある。だったら最初から鎧に頼らないで、動き易い恰好の方が
良いと俺は思っているからだ。
持って行く物もいつも通り、簡単な医療品と、携帯食料の他に、
塩と砂糖と果物くらいだ、保険に回復系ポーションも持っているが、
最悪の場合ばれても良いから回復魔法も使うつりだ。
﹁んー、確かに軽装とかで戦ってる人もいるし、魔法使いなんかも
鎧とか着てるの見た事無いねー、それと一緒かー﹂
そう言ってまた背中に張り付き、今度は頬も擦り付けて来る。準
備はある程度終わっているが、立ち上がらずそのまま好きにさせて
いたら、頬の動きや言葉がだんだん少なくなってきた。
昂ってきたのか密着度が増え、首筋に舌を這わせたり耳を甘噛み
をするようになってきた、さらに胸や太腿の方に手を回してくる。
参ったな、明日朝一で出るのに、この雰囲気になって﹁今日は駄
目ね﹂とも言えないし、まぁ言おうと思えば言えるけどね。後風呂
にも行きたいんだけどなー。
そう考えていたら、ラッテは俺の前に回って、向かい合わせの膝
抱っこの態勢になり、首に手を回しキスをせがんで来る。
494
はい⋮⋮俺もまだ若かったみたいです、中身はおっさんだけど肉
体年齢は十歳だからね。
スズランとはかなり違う雰囲気に呑まれ、結局風呂には間に合っ
たが、予定より三時間遅れ。
なんとか日付が変わる前には寝られたので助かった、迷惑かける
から明日寝不足で討伐に行きたくないからね。
495
第40話 臨時パーティーに誘われた時の事︵後書き︶
次回はスライムが出てきます。
スライムと言えば大まかに2種類に別けられますよね
超笑顔でプルプルしてるのか
もしくは物理耐性持ってる厄介なのか
496
第41話 服だけじゃなくて体まで融かされそうになった時の事
︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
何時もの予約掲載時間前に終わりませんでした。
20160417修正
497
第41話 服だけじゃなくて体まで融かされそうになった時の事
尻が痛い。
前回の大量発生の時は、途中まである程度道が綺麗になっていた
が、森の中の沼に向かうのに道はなかった。
幌の付いて無い馬車の御者をしているのは、フェーダーとパーテ
ィーを組んでいるスティロと言う人だ。この人もなかなか整った顔
付きで、猫耳の獣人族で三毛猫だ、ただの猫で前世だったら、確実
に研究所行なくらいレアだけど、聞いた話では結構三毛で男も多い
らしい。まぁここは地球じゃないし、街中で猫を見かけたら少し観
察してみるのも良いかもしれない。
ちなみに、フェーダーさんと同じ村出身らしく、冒険者としてギ
ルドで討伐の仕事をこなしている。
﹁いやーなるべく良い道を選んでるんですけどねー﹂
ガタガタと大きく揺れる事に、声を変えてくれるので、少しでも
物事が潤滑に進む様に、気を使ってくれているのかもしれない。
﹁俺は馬に乗れないので文句は言いませんよ、それにスライムの核
を無傷で持ち帰るのには、水の入った樽で運ぶ必要があるなら馬車
は必須です。御者をしてくれているスティロさんに感謝はしても、
恨むような事はしませんよ﹂
目の前に座っているフェーダーさんは﹁ははは﹂と笑いながら、
樽を縛ってある縄を、馬車が大きく揺れる度に確認している。
太陽の位置からして、そろそろ昼だな。昼は向こうに付いてから
食べるのかな?
まぁその辺は任せよう。
﹁フェーダー、そろそろ昼だけどどうするよー?﹂
スティロさんが少しだけ振り向き、大声で言う。
﹁カームさんはどうします?﹂
498
﹁空腹には多少耐えられます、ですから向こうに付いてからでも、
馬を休憩させる為に、今食べても、どちらでも構いませんよ﹂
大災害で、ライフラインが絶たれて偶然1日分の食料と、水八リ
ットルしかなく、三日過ごせるかという想定で、大型連休を使い、
素人の知識だけで生き残れるかという訓練を年に二回やっていたが、
その時の空腹に比べれば、昼食が五時間遅れようが、抜こうが問題
はない。
﹁じゃぁ申し訳ないのですが、森まで待っててもらえますか? こ
の速さだと、太陽二個分傾いたくらいで付くと思うので﹂
﹁わかりました﹂
﹁聞こえてたか?﹂
そう言うと手だけを上げて返事をする。
しばらくすると森が見てて来た、アレがスライムのいる森だろう。
﹁あー見えてきましたね、道が荒くて予定より少し遅れましたが、
まぁ暗くなるまでは十分狩れますよ、さっさと飯にしましょう﹂
俺は、堅い黒パンと干し肉を水で流し込み、対人型ではないので、
粘液で作る即席ギリースーツは作らず二人の準備を待つ。
無傷で核を手に入れるとは言え、一応装備一式も持って行かない
と流石に失礼だよね。
﹁あのー、もしかして武器ってその馬車に何故か積んであったスコ
ップなんっすか?﹂
スティロさんが、不思議そうな顔で聞いて来る。
﹁え? なにか変ですか?﹂
﹁﹁え?﹂﹂
﹁え?﹂
こいつ等には、スコップが物凄く万能なところを、後で語ってや
らねば。
二人は軽装で、フェーダーさんがロングソード、スティロさんが
ショートスピアか、ショートと言っても一メートル五十センチメー
499
トルはあるけどな。
フェーダーさんが先頭で森に入っていく、ちなみにスティロさんが
馬車の見張りだった。スティロさんとはもう少し仲良くやっていき
たいから夕食の時にでも世間話でもしよう。
森の中は鬱蒼としている訳ではなく、木漏れ日や鳥の鳴き声なん
かも聞こえ、村の近くの森とあまり変わらず、魔物もあまりいなく、
薬草取りのクエストとかもこの森が使われる事が多いらしい。どれ
が薬草かしらないけど。
﹁もう少し歩けば、スライムが生息してる湿地があるんで、そろそ
ろ警戒お願いします﹂
﹁了解﹂
そう言ってスコップを構えながら歩くようにするが、スライムは
動きが鈍く物陰からいきなり出てきたり、木の上から落ちてきて奇
襲されない限りは安全との事。それでも確率はゼロではないので警
戒するに越した事はない。
少し進むと、なんか背景と微妙に一体化している直径一メートル
くらいの、ブヨンブヨンしていいる個体がいる。微妙に一体化して
るとは言え、色が半透明の緑なので直ぐわる。
﹁アレですかね?﹂
張りがあるらしく形は崩れていない、例えるなら床に置いた水風
船だろうか?
﹁えぇそうです、真ん中に赤い核が有る出でしょう。それを無傷で
手に入れて欲しいんです﹂
﹁わかりました。けど普通に倒す方法も知りたいので教えてくださ
い﹂
﹁えぇ構いませんよ、あいつ等は体の表面に何かが当たったら、核
がどこかに逃げます、ですのでものすごい速さで攻撃するか2人で
挟み撃ちにして核を狙う方法が一般的ですね、まぁ見ててください﹂
そう言ってフェーダーさんが、ロングソードで核を切るつもりで
500
横切りを繰り出すが、核が上に逃げる、二回目も横切りにするが今
度は奥に逃げる。
その後攻撃されないように、急いで俺の方に戻って来る。
﹁こんな感じで核が逃げるので二人で狩るのが一般的ですね﹂
﹁奴の攻撃方法は?﹂
﹁体全体を広げて覆い被さる様に捕食してくるか体当たりですね﹂
﹁もし捕まったら、服だけ融かされるとかあるんですか?﹂
﹁え?﹂
﹁ん?﹂
不味い事聞いたな、ついつい女騎士とか冒険者が捕まって、服だ
け融かされてあんな事やこんな事になるイメージしかないからな。
﹁なんでもないです、捕まったらどうなります?﹂
﹁窒息死させられて、融かされて何も無くなるって感じですかね﹂
﹁こいつ等どうやったら成長するかわります?﹂
﹁取り込んだ奴らの大きさによってでかくなりますよ、俺が取りこ
まれたらその分でかくなりますね。まぁ無理ですがオークとかオー
ガとかドラゴンとか取り込んだら、その分でかくなりますよ。そし
てある程度でかくなったら半分に分裂します、分裂したら大きさが
半分になってまたどんどんでかくなっていきます﹂
﹁ほうほう﹂
体積をそのまま吸収か、なんか大きい魔物の死体とか持って来れ
ば、その分でかくなるのか?
﹁一般的に、無傷で核を手に入れるのにはどうすれば?﹂
﹁凍らせて表面を削いでいくって感じですね、あまり凍らせると、
核も氷って溶けた時になんか潰れちゃうんで、そして最後に周りの
体の部分ごと優しく掬ってつぶれないように水の中に入れます、ま
ぁ手がボロボロになるんで厚い皮の手袋を使いますけど三匹くらい
やると皮の手袋も駄目になりますね﹂
凍結による細胞の破壊と、融解時の破壊された所から漏れ出す水
分って感じだな、まるで冷凍した刺身だな。
501
﹁わかりました、何とかしてみましょう﹂
話してる間になにもして来いない、まるでヒーローの変身の時に
攻撃してこない怪人の様なスライムに感謝しながら、無傷で核を手
に入れるよう試してみる。
見た感じほぼ水分だよなアレ、プルプルタユンタユンしてるし、
まぁ酸性かアルカリかわからんが。
まぁ、レンガの材料練るよりは柔らかいだろう、そう思いながら
レンガを練る時の様に、水をかき回す感じでスライムに魔力を込め
る、そうすると核が中心からずれ始めたのでそのまま続行、かなり
抵抗しているがしばらくすると表面ギリギリまで来たので水球を作
る要領で、ゼリーみたいな部分と核だけを取り除き手の平の上で浮
かせてみせる。
途中で﹁あの、凍らせるんですけど﹂とか言っていたがきにしな
いでつづけた。
﹁ほい、少し抵抗有ったけどレンガ練るよりは魔力使わないですね﹂
﹁あ⋮⋮はい﹂
フェーダーさんは、少し呆れているみたいだ。俺が凍らせて、少
しづつ削いでいくのを考えていたんだろうか?凍らせるよりほとん
ど水なんだからこうした方が早いに決まってる。
﹁あの。核を置きに、いったん馬車まで⋮⋮﹂
﹁あーはいはい、つぶれたら大変ですからね﹂
フェーダーさんが、厚手の皮手袋をポケットに隠す様に、仕舞っ
ているのを見てしまったが、あえて触れないであげた。
馬車の見張りをしていたスティロさんが、森から出て来た俺等に
気が付いた。
﹁おー早かったな、何か問題でもあったのか?﹂
﹁問題はない、むしろ別な問題が発生した、カームさんを見てくれ﹂
そういて俺の方を見てくる、俺の両手には核が一個ずつ浮いてい
る。帰りにスライムを見かけたので、試しに片手でやってみたら成
502
功したので二刀流と言う訳だ。
﹁あぁ、こりゃ大問題だ。俺等の仕事がなくなるな﹂
﹁実際なかったよ。スライムの事を軽く説明して、核がどう動くか
実際剣で切って見せただけだ﹂
﹁あのー、樽の蓋開けてください、魔法で水出しちゃうんで﹂
﹁⋮⋮お、おう﹂
石弾やナイフや苦無の要領で、目の前に︻水球︼を出し、樽にド
ポンと落としスライムの核をゆっくり沈めて行く。
﹁予定の二個集まりましたけど、集められるだけ集めちゃいましょ
う、無傷の核って需要高いんでしょう?﹂
﹁え、えぇ﹂
どうやら反応を見る限り、本当に想定外だったらしく返事に覇気
が無い。
﹁あの、ちょっといいですか?﹂
やけに真剣な顔つきだ。
﹁はい?﹂
﹁報酬の件ですけど、俺等ほとんど何もしてないんですけど、せめ
て馬車の貸し出し代くらいは⋮⋮﹂
﹁もちろん頭割りですよ、最初に約束したじゃないですか。それに
俺もこんな簡単に行くと思ってませんでしたし、楽して稼がせても
らったのに独り占めするのは悪いですよ﹂
ここで、馬鹿正直な前世の性格や、お国柄が仇になったか?と思
ったが、恨まれるよりはいい。
太陽を見て、来る時にかかった時間を考え、帰りは荷物を積んで
るからすこしかかるとして、門が閉まるのは二十時だったな。そう
すると後二時間しか狩れないか。まぁ相談だな。
﹁昨日言ってた事だとは思いますが、野営を門の前でするならあと
三回か四回は行って来られますがどうします?﹂
﹁少し相談させて下さい﹂
﹁了解﹂
503
そう言って、二人は少し離れ相談しているみたいだ、まぁドライ
フルーツでも食ってるか。
□
﹁なんだよ、門の前で野営なんて﹂
﹁昨日交渉の時に冗談で言っちゃったんだよ、早ければ必要数取っ
たら戻って来て、門の前で野営できますよって﹂
﹁まぁ言っちゃった物は仕方ないな、けどそれでもあと三回は行け
るって事は、六個余計に取れるって事だろ?﹂
﹁あぁそうだ、けど取れなかったら、森の前で交代で見張りながら
野営ですねとも言ってあるから、交渉次第でもっと無傷の核を取れ
る、ここは甘えてみないか?﹂
﹁言うだけならタダだからな、交渉だな﹂
﹁あぁ﹂
□
あ、戻って来た。
﹁話は纏まりました?あ、ドライフルーツ食います?﹂
少し顔が引きつっている。おぉっと、場を和ませるに失敗したみ
たいだ。口に含みながら言ったのが失敗の原因か?
﹁あのですね、大変申し訳ないんですが話し合いの結果も、う少し
稼ごうって事になりまして、昨日言った森の前で交代で野営って形
で良いですか?﹂
﹁えぇ、かまいませんよ。仕事も少し多めに休む様に監督に言って
ありますし﹂
﹁おぃ、なんか軽いぞこの人、本当にあの噂のカームさんか?﹂
﹁そうだろう? 藍色の肌で、日雇いでレンガ作ってて、変態の巣
窟のクリノクロアに住んでる、確実だ﹂
504
聞こえてるんだよなぁ⋮⋮。
﹁じゃぁおそれで願いします﹂
﹁えぇこちらこそ、あー少し提案なんですが﹂
﹁な、なんですか?﹂
﹁効率上げて良いですか?﹂
﹁﹁は?﹂﹂
それから、俺とフェーダーさんは森に入り、フェーダーさんにス
ライムの厳選をしてもらった。
﹁そいつは平気です﹂
﹁了解﹂
﹁そいつは核が小さいんで駄目です﹂
﹁了解﹂
そんな感じで、見つけたスライムをレンガ材を練る時みたいに、
見つけ次第練って合体させていく。
球体なうえ、空中に浮いているから暴れても特に問題はなく、中
で核が暴れているが核同士がぶつからないように俺が気を配ってい
る。
十匹ほど見つけ、練って合体させたらまた馬車に戻る。戻ったら
核だけ取り出し樽に沈め、核のなくなった大量のゼリー部分を、日
の当たるところに放置しておいた。
どうすればいいか?と聞いたら﹁勝手に渇いて、氷の様に消える
ので邪魔にならない所に置いて置いてください、スライムが吸収し
たら超巨大になって繁殖するんで﹂とか言っていたので、帰る時に
十匹分だけ森に戻そう。乱獲すると全滅しそうでなんか怖いし。最
悪スライムを見つけて、余ったゼリー部分を融合させて逃げてくれ
ば、勝手に増えるんじゃないか?と素人考えを発揮させる。
すでに夕方で、少し薄暗くなっている。
﹁これで三十六個ですね﹂
505
集めてきた、最後のスライムの核を樽に沈め、核のなくなったゼ
リー状の物を森に飛ばす。
﹁もう樽が無いっすよ﹂
﹁これ以上詰めても、お互いぶつかって傷ついちゃうしな、もう少
し多めに樽を持って来ればよかったよ﹂
﹁仕方ない、こんなに取れると思わなかったからな﹂
﹁そうですねー、俺も上手く行くとは思わなかったです、まぁ取り
すぎても価格が暴落するって思えば良いんじゃないですか?﹂
需要と供給の関係だな。
﹁⋮⋮そうっすね。そう思いましょう﹂
﹁ですね、さすがにこの暗さで馬車を走らせるのは危険なんで、こ
こで野営しましょう﹂
﹁あの、少し質問が﹂
﹁なんですか?﹂
﹁森の前で野営するのと、森から少し離れて野営するの、どっちが
安全ですか?﹂
﹁森から離れた方が安全ですが、流石にもう馬を走らせるのは危な
いですよ﹂
﹁明るければ少しは離れられます?﹂
そう言って、スティロさんの方を見る
﹁あぁ、速度を落とせば可能だが﹂
﹁じゃぁ少し離れましょう。俺怖いの駄目なんで、少しでも安全な
方が良いです﹂
物凄い笑顔で言ったら物凄く引かれた、なんで?安全な方が良い
に決まってるじゃないか。
﹁でも明かりは?﹂
﹁俺が作ります、まぁ一回も使った事がないんで成功するかわから
ないんですけど、一回だけ試させてください﹂
﹁はぁ・・・﹂
﹃イメージ・高さ300m・100万カンデラ・60秒後に消滅・
506
発動﹄
まぁ、照明弾だけどね。動画とかで見たときあるならイメージは
しやすい。マグネシウムとか硝酸ナトリウムとか知ったこっちゃな
い。フラッシュバンとかも魔法で出せるんだ、きっと可能さ。
そう思ってたら、本当に上空に物凄い光源が発生し辺りを明るく
照らす。
﹁すげぇ、太陽を作りやがった﹂
﹁こんなの見た事ないな﹂
試しに眺めていたら、少しずつ光が小さくなって行き、最後には
消えてしまった。
﹁成功です。夜に魔物とか怖いんで少し離れましょう﹂
二人とも﹁何言ってんだこいつ﹂みたいな目になるが、俺は気に
しない。
﹁はいはい、離れる準備しましょうか﹂
そうして移動する準備が整い、一定時間で︻照明弾︼を発動させ
森が小さくなった辺りでスティロさんが。
﹁この辺なら周りも見渡せるし、森の前よりは安全っす﹂
と言ったので、野営準備に取り掛かる。
俺等が森に入っている間に、焚き木を集めておいてくれたのか、
焚火の準備をしている。火打石で種火を作ろうとしてるので指先か
らライター程度の︻火︼を出してやったら感謝された。燃えたろ?
夕食の準備をしても良いが、携帯食料で黒パンと干し肉で、出来
る物って言ったら干し肉をお湯で戻すだけだ。
さっさと食べて寝ようと話になり、予定していたスティロさんと
の交流も特になく、朝一で太陽が出たら出発と言う事になった、見
張りは三時間交代でクジで決めて俺が最初だった。
皆が寝た頃、スライムの欠片を革袋に厳重に包み、保存しておい
た物を取り出した。
507
もちろん、どれくらいで溶けるのかを知る為だ。
親指と人差し指で、輪を作ったくらいの大きさのスライムの欠片
を、手の甲に布を1枚乗せて、上に乗せたら五秒くらいで布に穴が
開いて、直ぐに皮膚に痛みが走り、急いで払いのけた。
よく見ると、手の甲に丸く火傷したみたいな跡が残っている。
あーこりゃ服だけ融かすとか無理だな、水か何かで薄めて使っっ
たらどうか?けど肌に影響がない程度に服だけが溶けるpH値とか
どのくらいよ?アルカリ性や酸性の温泉にタオル入れても、肌はツ
ルツルするけどタオルは溶けない。
何年かして、布が風化する程度だな⋮⋮こりゃマジで駄目だな。
あとスライムって意外に怖い。
そう思いなら、手の甲の火傷みたいな跡を回復魔法で直しながら、
焚火を囲み周りの気配に気を配りながら小さな穴の開いたボウルを
水に浮かべ時間を計りながら待つ事にする。
ボウルが十二回水に落ちた事を確認してから次の見張りのフェー
ダーを起す。
﹁フェーダーさん。時間です﹂
﹁ん⋮⋮あぁ、すまんな、もう寝て良いぞ﹂
あくびをしながら毛布を剥がし、俺が寝転がるのを見届ける。
その後、何もなかったのか、最後の見張りだったスティロさんが
挨拶をしてくる。
寝床が違うから寝覚めが少し悪い。
﹁おはよーござーます﹂
﹁おはようっす、特に何もなかったっすよ、これお茶です﹂
﹁あざーっす﹂
少し砂糖を多めに入れて、頭に糖を入れ、甘いお茶にパンを浸し
食べ始める。
スティロさんが変な目で見ている。なんか俺変な事してる?お茶
を甘くして堅いパンを柔らかくしてるだけだよね?
508
気分は甘い紅茶で、柔らかすぎるラスクを食べて、紅茶飲んでる
気分だけど、浸してるのが問題なのか?まぁやっちゃった物は仕方
ない。そのまま進めよう。
モソモソとパンを食べてると、スティロさんがフェーダーさんを
叩き起こしている。
﹁おい起きろ﹂
﹁あー、わかってる﹂
ムクリと起き上がり、俺と目が合い、
﹁あ﹁おはようございます﹂﹂
と同時に挨拶をする。俺も目が眼が冴えて来たのか言葉使いも元
に戻る。
まだ薄暗いので、三人で火を囲みし、ばらくボーっとした時間が
過ぎ、太陽が山から行動を開始する。焚火を消して、スライムの核
の確認をして、ゆっくりと馬車が動き出す。復路はかなりゆっくり
だ。これで尻の心配をしないで良い。
﹁町の防壁が見えてきたっすよー﹂
﹁りょーかーい﹂
早く移動しても、遅く移動しても尻は痛くなる事が判明。フェー
ダーさんも痛いみたいだ、今度クッションでも縫うかな。
﹁後は門で物品を調べられて、頼まれてた分を確保して置いて、ギ
ルドに持って行けば終了です、もうしばらくの辛抱ですね﹂
さっきから立ち上がったり、座ったりを繰り返してるからよっぽ
ど痛いらしい。
﹁次! なんだお前等か随分早かったんだな、一日で帰還か﹂
そう言って、物品を調べている。
﹁おい、こりゃ無傷のスライムの核じゃねぇかよ、こんな量を一日
で⋮⋮あぁカームも一緒だったな、なら納得だ。通っていいぞ﹂
そう言われて、門を何事もなく通る。
509
﹁知り合いっすか?﹂
﹁防壁修理やレンガ作りって、門の外でやってるんですよね、だか
ら毎日通るし顔も覚えられてるんですよ。しかも良く絡まれる程度
には仲が良いですよ﹂
﹁へぇー、俺も誰でも良いから門番と仲良くなっておくかな﹂
﹁なかなか便利ですよ﹂
﹁カームさん、あんまり親しくなりすぎて検品がズボラになるのは
どうかと思いますよ﹂
﹁ですね、その辺はしっかり頼むってこっちから言わないと、アイ
ツは素通りさせそうですね﹂
﹁んじゃちょっと討伐部位を売ってきますね﹂
﹁了解﹂﹁おぅ﹂
そう言ってフェーダーさんが、馬車をギルドの裏手に回す。
﹁いやーカームさんがいて助かりましたよ、まさかこんなに早く済
んで、しかもあんなに手にれられるとは思わなかったっすよ﹂
﹁俺もですよ。まさかスライムが、レンガを練るより簡単とは思わ
なかったですよ﹂
﹁またなんかあったら誘って良いっすか?﹂
﹁危険じゃなければ良いですけど、あんまり当てにしないで下さい
よ? 俺だってのんびり安全に暮らしたいんですから﹂
﹁ははは! あんなにすげぇ魔法使っておいて怖いとか安全とか、
やっぱ何考えてるかわからないっすね﹂
﹁いやー、堂々と本人を目の前に言うのもなかなかのもんですよ?
それに死にたくないですし、俺は弱虫で戦いは好きじゃない。そ
れで良いじゃないですか﹂
﹁まぁなるべく誘わないように、リーダーにも言っておきますよ。
二人しか居ないパーティーのリーダーっすけどね﹂
なかなか面白い事言うな、スティロさん。
510
﹁ただいま戻りました、三十六個の内二個が必要で、三十四個ほど
売ってきました。明細は1個銀貨五枚で、金貨一枚の大銀貨七枚で
した、一応銀貨に変えてもらって来たので百七十枚になります。こ
れを分けると﹂
﹁五十六枚と大銅貨六枚の銅貨六枚ですね﹂
まぁ割り切れないんだけどな。
﹁計算速いっすね﹂
﹁どうも﹂
﹁早速わけますね、んー銀貨でしかもらって来てなかったからな、
また両替か﹂
﹁じゃぁこうしましょう、ソレは討伐部位を売ったお金を分けた数
字ですよね? さらに俺の一日の手間賃を別途に払う、それなら俺
は銀貨五十七枚で良いですよ。そうすれば二人で銀貨五十六枚の大
銅貨五枚になります、俺の手間賃が大銅貨三枚の銅貨四枚になりま
すが、簡単に儲けさせてもらったお礼って事で良いですよ。それと
もきっちり分けてから、俺に手間賃を払います?﹂
口頭で説明して、間違いがあったら嫌だから、地面に棒で数字を
書いて、丁寧に説明していく。
﹁カームさんがそれで良いって言うなら、自分は構いませんが﹂
﹁俺もいいっすよ、けど本当に損してますよ?﹂
﹁けど、俺の一日の稼ぎ七十日分になるんで、俺も文句はないです。
そっちも、俺に払う手数料が大銅貨四枚って考えれば得でしょう?
それに、横の繋がりとか知り合いが出来れば安いもんですよ。あ、
でもあまり荒事には誘わないで下さいね、さっきスティロさんにも
いいましたけど﹂
﹁⋮⋮わかりました、カームさんがそれで良いって言うなら﹂
かなり悩んでからフェーダーさんが言う。
まぁ金にがめついと、恨みも買うからね。ここは相手に得させた
方が、敵を作らなくて済むしな。
﹁じゃぁ、解散で良いですかね? 打ち上げとかしても良いんです
511
が、そちらは知り合いに無傷の核を渡しに行かなきゃ不味いと思い
ますし﹂
﹁えぇ、そうですね。機会が有れば今日の件で奢りますよ﹂
﹁ありがとうございます、楽しみにしてます。ではまた縁があった
ら﹂
﹁ありがとうございました﹂
﹁こちらこそー﹂
そう言って、俺は直ぐにギルドに入って行き、銀貨六十枚を預け
る事にした。こんな大金持ち歩きたくないからな。
あー、大家さんに合鍵の値段聞いておくんだったな。そうすれば少
し多めに手元に残しておくのに。
まだ昼だけど、風呂入って部屋でだらだらして寝よう。
閑話
無傷の核を知人に渡した帰りの酒場にて。
﹁本当だって、カームさんが﹃服だけ融かすスライムとか居ないの
?﹄って聞いて来たんだって﹂
﹁あの人頭沸いてんのか?﹂
﹁わからないよ、けどいないって言ったら、すごく残念そうな顔し
てたよ﹂
﹁マジかよ、すげぇ変態じゃねぇかよ﹂
﹁気前のいい人だったんだけどな、少し考え方が残念だったとは。
魔法も使えてハイゴブリンも倒せて、頭も良く回るのに﹂
﹁アレだ、変態の巣窟に住んでるって事で納得しようじゃないか。
少し俺達とは違うんだよ﹂
﹁⋮⋮そうだな、服を融かす云々は忘れよう﹂
﹁そうだそうだ、飲んで忘れようぜ、儲けさせてくれたんだ。良い
人って事でその辺は相殺だ!﹂
そう言って二人は儲けたお金で、夜遅くまで飲むのであった。
512
変な噂が確実に広がりそうです⋮⋮。
513
第41話 服だけじゃなくて体まで融かされそうになった時の事
︵後書き︶
服だけ融かす都合の良いスライムの作り方を教えてください。
514
第42話 収穫祭にラッテが付いて来た時の事 前編︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
どうしてこうなった!
肌着の話が有りますが時代背景が中世ヨーロッパ辺りなのにブラや
ショーツの話が少し出てきます。まぁ異世界なので・・・と言い訳
をしてみます。
20160420修正
515
第42話 収穫祭にラッテが付いて来た時の事 前編
季節は秋の始まり。まだまだ残暑が厳しいが、大分過ごしやすく
なって来た。
スズランが夕方近くに町に来てくれて、家に行く前に仕事場に顔
を出してくれたので、帰りに肉屋に寄って、少し分厚い肉を買って
帰った。
ちなみに仕事仲間はスズランと目を合そうとしなかった。ちなみ
に暑かったので甚平だったので腋とかに目がいってしまった。
合鍵は大家さんに頼んで作ってもらったので、既に渡してある、
帰ってからもお互いダラダラと過ごしていたが、汗を拭きたいので
上半身裸になって拭いていたらスズランの視線が少し気になったが
毎度の事なので気にしない事にした。其の内ラッテも部屋にやって
来たので、暑いから麦茶を出してやった。麦を乾煎りしてお湯で煮
だした奴を冷やしただけだ。
﹁いやー、カーム君のお茶は美味しいですなー﹂
﹁なんだよ⋮⋮その口調は﹂
スズランは特に何も言わずに、コクコク頷いてるだけで何も言わ
ない。
﹁忘れてた。そろそろ麦の収穫時期。だから後十五日くらいで帰っ
て来て。じゃないと少し大変なの。人手はあるけどカームの魔法に
頼ってる人が多いから﹂
﹁んーそうかー、もうそんな時期か。少し多めに休み貰って早めに
帰るか﹂
﹁私もカーム君の村にいーきーたーいー﹂
﹁あー構わないけど、歩きだぞ?﹂
﹁んー別に平気だよ、それにいい加減スズランちゃんとカーム君の
両親に挨拶も済ませないとねー﹂
516
スズランの方を見るが麦茶を何気ない顔で飲んでいる。あ、その
辺はノータッチですか。
﹁まぁその辺は夕飯食べながらで、俺作って来るわ﹂
鹿肉の良い所が手に入ったとか言って、肉屋のおっちゃんが進め
て来たけど、スズランが来てるから買っちまったよ。
ソースとかお洒落な物作っても良いけど、スズランは肉そのもの
とかが好きだしなぁ、けどラッテはあった方が良さそうだし⋮⋮林
檎のコンポートの余りで代用するかねぇ。まぁ、かけなくても小皿
に置けば各自勝手に肉に付けるしな。
鹿肉を厚めに切って筋切して叩いて、塩胡椒して寝かしてる間に、
コンポートでなんちゃってソースでもつくるか。
本当は砂糖で果物を炒めてから、蒸し焼きにしてレモン汁入れて
潰すんだけど、もう砂糖で煮てあるからな。焦げ目付けてレモン汁
入れて潰すだけでいいや。
そしたら肉を焼き始め、ミディアムレアで少し赤みが残る程度に
して完成、野菜?嫌いな子が居るからボウルに別けてますよ。お代
りも多めに焼いてありますよ。
﹁あいよー鹿肉のソテーね、塩胡椒はしてあるけど、この林檎ソー
スはお好みで、スズランが野菜嫌いだから、ボウルに別けて来たか
ら﹂
コトコトと皿を小さ目のテーブルに置いていく。
﹁おぉ!﹂
﹁おいしそー﹂
﹁はい、スズランはどうせ頬張るんだから、この骨の付いてる奴で
食べやすい奴ね﹂
﹁ありがとう。いただきます﹂
﹁早いよ、皆でいただきますしないと﹂
掴んだ肉を置いて、少し不機嫌になっている、犬でも躾ければ少
しは待てると思うけどな。
517
﹁じゃぁ、いただきます﹂
﹁いただきます﹂﹁いただきまーす﹂
そういうと、スズランがまた肉を掴み、かぶりついて首を振って
引きちぎる。なんかジ○リの食事シーンみたいだ。美味しそうに食
ってくれるなら良いけどな。
﹁んー、分厚いお肉はあまり好きじゃなかったけど、コレは美味し
いー、この少し酸味の利いた甘いソースも合うし、カーム君のご飯
はさいこーです﹂
こっちは丁寧にフォークとナイフで丁寧に食べる、本当2人は性格
が真逆だな。
﹁まぁそう言ってもらえればうれしいよ、スズランは反応見れば解
るし。作り手としては嬉しいね﹂
夕食後に銭湯に行くが何故か俺の部屋にラッテの着替えが何着か
有るのでそれをもって三人で行く事になった。
スズランと二人で来た時と、同じくらいに出るが、一向に二人と
も出てこない。
秋口と言っても、まだ少し暑いから良いけどな。けど虫が気にな
る。それから二人が出て来たのは俺が出てから二十分後だった。
﹁いやー2人で洗い合ってたからさー、遅くなっちゃった﹂
スズランは少し頬を赤らめながら、コクコク頷いてるだけだ。
﹁仲が良いのは良いけど公共の場で変な事はするなよ﹂
﹁はーい﹂
そう言ってラッテは自分の家へ、俺とスズランは部屋に戻った。
気を利かせてくれたつもりなのかは知らないが一応感謝しておこ
う。
◇
翌朝、俺は半裸で目が覚め、隣には半裸のスズランが腕にくっつ
518
いている。物凄く嬉しいが、少し暑いので、暑い季節は少し勘弁し
てほしい。
体を拭いて、シャツを着てからスズランを起こし、スズランの甚
平の上着を投げてやるが着ようとはしない。
﹁ベタベタするから体拭きたい。カームを水だして。少し大きめで﹂
眠そうに半目で言って来た。あー、見られても平気になったんで
すかね?俺は言われた通りバランスボール大の水球を出してやるが
スズランは上半身を突っ込み顔を洗っている。
ズボラなのもここまで来たか。いや、豪快なのか?
水球から顔をだして、タオルで顔と髪を拭いてから、体を拭き始
め着替えはじめる。髪を拭いている時の腋とか胸とか、色々とあり
がとうございました!
男として、着替えを見るのも楽しみなので、胸に布を巻く所や下
着姿をジロジロ見ていたが、今回は殴られなかった。
昨日の残りの肉で朝食と弁当を作ってやったが、少し熱く感じる。
そんな朝から肉は勘弁なので軽めに済まし、弁当も極力水分を飛ば
し十分に冷めてから包んでやった。
今回は収穫と収穫祭が近いのでとんぼ返りだ、門の所で別れる事
にする。
﹁とんぼ帰りだけど、気を付けて帰れよ﹂
﹁うん。昨日の夜に十分やる気を貰ったから平気。体力はそこそこ
ある積もりだから心配しないで﹂
﹁あぁ、わかった。じゃぁ今度は何時もの半分の十五日で帰るよ﹂
﹁村長やみんなには伝えておく﹂
そう言って手を振る事も無く帰っていく。もう少し愛嬌とか欲し
いけどそう言うのはラッテに任せよう。
さて、今日もレンガでも作りますかね。
◇
519
スズランが帰り十三日、早めに帰ると言ってあるので、おやかた
には﹁村で収穫があるのでかなり長めに帰ります﹂と伝えた。
おやかたから﹁お前は日雇いだから、別に構いはしねぇよ﹂と言
われた。町に来て初めての収穫だからな、少し長めに帰省するか。
仕事から帰って来て、一息ついた頃に必ずラッテがやってくる、
すでに日課だ。なんか特殊スキルでもあるんだろうか?俺は脳内に
アナウンスが流れるけど他人の事は聞いた時がない。聞く気も無い
けどな、変な風に思われたら嫌だし。
特に何もない普段通りの時間を過ごし、夕飯を一緒に食べ終わっ
た時に切り出した。
﹁んじゃ明日の朝、門が開く時間に村に行くからな、少し早目に来
てくれ﹂
﹁私が泊まればいーんじゃない?﹂
﹁あーそれでも別に良いけど今日はなしね﹂
﹁わかってるよー﹂
片方の頬を膨らませながら、言ってくるがかなり可愛いと思う。
そんな会話をしているとドアがノックされる。セレッソさんだ。
﹁失礼するわよ﹂
﹁あどうぞ、まだ食器片付けてませんが﹂
俺は、部屋の隅に有る椅子を持って来て、テーブルの近くに置く。
﹁お気遣いなく。ラッテに話があるんだけど借りて良いかしら?﹂
﹁構いませんけど、返して下さいね﹂
﹁それくらいわかってるわよ、それにカーム君も一緒でも良いのよ
?﹂
﹁俺にも関係が?﹂
﹁明日、ラッテがカーム君の村に行って、ご両親に挨拶するって聞
いたからね。だから軽い注意を少しね⋮⋮﹂
﹁あー、確かに俺がいてもいなくても構わない話ですね。いや、い
520
た方が良いのかな?﹂
﹁任せるわ﹂
﹁じゃぁ、います﹂
﹁じゃぁここでいいわね? 直ぐに済むわ、いい? 貴女は少しふ
ざけたり、フワフワしたり、奇行が目立つけど、絶対にご両親に粗
相のない様にね﹂
﹁はい﹂
﹁夢魔族全員がこうなのか? と思われないようにしっかり考えて
発言する事、あとは自分が二人の間に後から入った事は知られてる
と思うけど、スズランちゃんを立てる事﹂
﹁はい﹂
﹁収穫後、大抵収穫祭になると思うけど、お酒を飲みすぎて羽目を
外さない事、他の人に絶対色目を使わない事、体を触られたり変な
事言われたら、カーム君に操を立てた事をしっかり言って断る事。
これくらいね覚えられた?﹂
﹁はい﹂
﹁体を触られたら軽くあしらいなさい、それくらいはいいでしょう
?﹂
そう言いながら、俺の方を見て来る。
﹁はい﹂﹁問題無いと思います、何か有ったら俺が何とかします﹂
こんな真面目な顔のラッテを、初めて見たな。
﹁何とかじゃ駄目よ、絶対ラッテを守りなさい!﹂
﹁は、はい!﹂
凄い気迫で、少しどもっちゃったよ。
﹁以上よ、あとは上手く考えて差し当たりの無い様にやりなさい﹂
﹁わかりました﹂
そういってセレッソさんは部屋から出て行った。
﹁いやー怖かったよー。たまににセレッソさんって、あんな感じに、
夢魔族の事考えて動く事があるからねー﹂
﹁まぁ、考えてくれるなら物凄く良い人じゃないか、そんな人がい
521
るなんて幸せな事だよ﹂
﹁そうだよねーありがとー、今日は私がお皿洗うねー﹂
﹁あぁ、ありがとう﹂
ラッテって時々真面目になるよなー、どっちが本当のラッテなんだ
ろうか。
□
キッチンにてラッテが皿を洗っているとセレッソさんがやって来た。
﹁ラッテ、わかってるでしょうね?﹂
ラッテは手を止めて振り返り。
﹁わかってます。決して私が優位になる様な行動はしません、二人
を立てるように動きます﹂
﹁それならいいわ、楽しんできなさい﹂
今まで雰囲気とは違った、柔らかい声になったセレッソさんに安
心したのか、私の返事にも緊張は無かった。
□
﹁ただいまー、明日の準備はどうするのー?﹂
﹁んー、しばらく滞在するから着替えが多めでいいんじゃないかな
? 気にしないなら二着を着回せば良いし道具類は向こうに有るし﹂
﹁んー、じゃぁ予備で三着でいいかなー﹂
﹁俺は実家にも服は有るから、荷物が増えるなら持つよ?﹂
﹁けどさー、そう考えると着替えだけでいーんだよね?﹂
﹁⋮⋮そうだな、俺は少しお土産とか持つけど﹂
そう言いつつスズラン様に、飴玉と大量に買わされた果物で作っ
た、どこかにギリギリ卸せそうな量の林檎のコンポートを指す。な
んか、この間の肉に付けた林檎ソースが気に入ったから、せがまれ
たんだけどね。
522
﹁私も、カーム君とスズランちゃんの家に手土産持ってくよー﹂
﹁え? 今、荷物ないよね?﹂
﹁明日町を出る前に、私が一旦帰れば良いんだよ﹂
﹁あー、まぁ。朝食早めに食べれば門が開く前に一旦帰れると思う
けど、一緒に行こうか?﹂
﹁んー、それはちょっと許してほしいなー﹂
﹁荷物もあるし、一回もラッテの部屋に行った事がないから行きた
い﹂
﹁⋮⋮わかったよ、じゃぁ明日案内するね﹂
少し残念そうに言うラッテ。
﹁じゃー決まりね、明日私の部屋に寄ろうね﹂
と思ったらすぐに元の声に戻る。
﹁はいはい、明日は早く起きないとな、風呂に行ってさっさと寝よ
うぜ﹂
﹁はーい﹂
◇
翌朝、目が覚めると腕にラッテがくっついている。
なんでスズランといいラッテといい腕にくっついて来るのか。まぁ
ラッテの場合は胸が有るから少し柔らかいけどな。
少し長く部屋を空けるので食材は残したくない。だから今日の朝食
や弁当は簡素な物になった。
﹁じゃー私の家に行こうか﹂
﹁そういえば、どこに住んでるんだ?﹂
﹁ふふーん、今まで内緒にしてたからねー、あと来させないように
もしてたし﹂
﹁まぁ、ほぼ毎日こっちに来てればそうなるな﹂
﹁私ね、下級区に住んでるの、だから門から少し遠いけど、少しく
らい遅れてもいーよね?﹂
523
﹁少しって言っても、そんなに太陽は傾かないだろ? ならかまわ
ないよ﹂
そう言いながら、下級区の奥にどんどん進んでいくラッテ、なん
か薄汚れてて浮浪者っぽいのも見かける、こんな所に住んでるのか
よ。半分くらいスラムに突っ込んでそうな雰囲気だぞ?
﹁ここねー﹂
そう言って、かなり古い酒場に入っていく。早朝でも酒場は経営
しており、中は煙が充満していてこっちの世界に来て、あまり見た
時の無い煙草かな?と思っていた。
︻スキル・毒耐性:4︼を習得しました。
︻スキル・混乱耐性:2︼を習得しました。
なんだこれ毒が上がって混乱耐性も一気に︻2︼が付いたぞ。
﹁あー、この煙あまり吸っちゃだめだよー、癖になるからね。私の
部屋は二階の宿屋を借りてるんだー﹂
危ない薬の類かよ、しかも客に柄悪いのが多すぎだ。
そして客に睨まれながら、一緒に部屋に行こうとしたら片目の無
い犬か狼かわからない、獣人族に声を掛けられた。
﹁おい、兄ちゃんよ。その嬢ちゃんは最近客は取ってねぇんだよ、
さっさと帰んな﹂
・・
一緒にいるのがよっぽど気に食わなかったのか、息がかかる位ま
で顔を近づけて威嚇してきた。
・・・
﹁ラッテ?この人は?﹂
﹁前まで私の客だった人だよ。多分君に嫉妬してる、お酒も薬も入
ってるから、軽くあしらって良いよ﹂
名前を呼ばなかったのは気遣いだろうか?あといつもとは違う低
い声、正直ゾクッとしたが何いつも明るいのには訳が有りそうなの
で向こうから話してくれるまで聞かない事にしよう。
524
﹁あーはいはい、俺は別に客じゃなくてお手伝いで着いて来ただけ
だから、大丈夫ですよ、部屋に入っても直ぐに出てきますよ﹂
﹁あーわかったぞ、テメェが最近ラッテに粉かけてるって噂の男だ
ろ。アイツは色町で働いてるからな。何回か寝て惚れた口だろ? だったら手を引いて母ちゃんと乳繰り合ってればいいんだよ﹂
この世界には、煽り耐性とかあまりないんだろうか? 全然頭に
来ないんだが。海外で似たような事言うと、マジで殺されても文句
は言えない程度の煽りになるらしいが、俺は利かん。
そう言いながら腰のナイフを抜き、脅してくる。後ろの方では、
仲間か知り合いか知らないが﹁殺すんじゃねぇぞー﹂と、笑いなが
ら言って来るしマスターも我関せずだった。
あーあ、抜いちゃったよ。あんまり騒ぎを起こしたくないんだけ
どね。
俺はナイフを握っていない方の手首を掴んで、捻りながら背中に
周り、ナイフを持っている手ごと掴み、喉元に突きつけ毛が少し床
に落ちる。
いやーゲームとか映画とかそう言うの見てて良かったし。そう言う
のにやけに詳しい渡辺君に教わってて良かったよ。アイツはたしか
警官になってた気がするな。まぁ﹁怖がらない事とあとは度胸かな﹂
って言ってたしやってみるもんだ。
ありがとう沈黙シリーズの無双系主人公と蛇の人と渡辺君。
﹁いやー怖いんでこのナイフ仕舞ってくれませんかね?じゃないと
少し先っぽが喉に食いこんじゃうんですけど﹂
出来るだけ優しい声で、後ろの奴らにも見えるように笑顔で話す。
﹁お、おい。俺を殺したら最前線送りだぞ、解ってんのか﹂
﹁先に抜いたのはあんたでしょう? 脅す為に刃物抜くとか阿呆で
すよ、それにやるなら脅しとか抜きに最初から切りかかってくれば
いいんですよ。それに殺すつもりはないです、ただ少し手が滑って
血が多く出ちゃうかもしませんが、なぁに死ぬ事はないと思います
よ﹂
525
そう言いながら肉体強化を十パーセントまで上げて、手に力を込
めて喉にナイフを近づけて行く。
﹁おい! お前等! 見てねぇで助けろ!﹂
あーあ、さらに騒ぎを大きくしちゃったよ。仲間らしき奴らは椅子
から立ち上がろうとしていたので、思い切り男の背中に蹴りを入れ、
机事吹き飛ばし、料理や乾燥した葉っぱが散らばる。
しばらく様子を見て、全員でかかって来るならそれなりに対応す
るけど、今の所そんな事は無いみたいだ。
﹁あーもう良いですかね? マスター、迷惑かけて申し訳ない﹂
そう言うと軽く頷くだけで、特に何か言ってくるとかはなかった。
これで無言でグラスとか拭いてれば渋くてかっこいいって思えるけ
ど、流石にガラスの製品はまだ高いからな。
﹁じゃー、部屋に行こうか﹂
さっきのやり取りを見ていたラッテが声をかけて来た。加勢しな
いでくれたおかげで事が大きくならないで済んで良かったよ。
﹁ここが私の部屋だよー﹂
さっきの雰囲気とはやっぱり全然違う。もう気にしないでおこうか。
建材が古いから全体的に汚く見えだけで部屋はかなり清潔に保たれ
ている。そう思っていると大き目の肩掛け鞄を準備して着替えをベ
ットに並べている。よく見ると汚れても良く動きやすい服も並べて
いる。そんな服も持ってたのか、全然想像できなかったな。
﹁んーカーム君、こんなんでへーきかな?﹂
﹁いいんじゃないかな? 作業着も有るし﹂
﹁じゃー服はこれで良いねー﹂
そういながらリュックに服を詰め、小物が入っているポーチみた
いな物もいれている、多分化粧品やアクセサリーだろう、あとタン
スをチラッと見たら可愛い物や少し際どいショーツがあった、少し
だけ履いてほしいなと思ったけど、言ったら穿いてくれるかな? ってかアレ、スキャンティーじゃね? それともローレグって言っ
526
た方が良いか? まぁ、この世界にゴムは見た事はないから、いま
まで見たときあるショーツは全部紐パンだけどさ、俺だって物凄く
肌触りの良い綿の短パンで腰で紐で縛る様な下着だし。あんな布面
積少ないのに紐ってどうよ? 今度お願いしてみよう。
﹁はーい準備かんりょーです﹂
肩掛け鞄を掛けて小さ目のリュックを背負い、ビシッっと立って
いる。カバンが重いからか普通より少し小さい位なのにパイスラッ
シュが決まっているので、心の中で親指を立てて置いた。ありがと
う。肩掛け鞄を作った職人さん。
﹁了解です、じゃぁ行きましょう﹂
そう言って軽いノリで出発するが、下の奴等が反応しそうなのが
少し怖い。
下に降りたが、目を合わせてくる様子はない、こちらから波風を
立てる必要はないのでそのまま門に向かう。
門に行くと、馴染の門番が出迎えてくれる、
﹁おー、今日は仕事じゃないのか﹂
﹁まぁ、故郷の村が収穫時期なので手伝いに﹂
﹁ほーう、そっちの相方も一緒かな?﹂
すでに関係はばれているので、気兼ねなく聞いて来る。
﹁そうですね﹂
﹁はい、丁度いい機会なので、カーム君のご両親に挨拶しに行くん
ですよー﹂
﹁そうかそうか、カームの村でのいざこざは飲み屋で聞いてるから、
今更反対される事はないと思うが頑張って来いよ﹂
﹁はーい﹂
﹁じゃあ気をつけてな﹂
軽く話をしているが、俺の肩をバンバン思いっきり叩いて来るの
は止めて欲しい。正直かなり痛い。後で酒でも奢らせよう。
527
一応スコップを構えてはいるが、魔物に遭遇する事もなく東屋に
付き早目の昼にする。
パンにベーコンとチーズを挟んだだけの、簡単な物だけど。﹁気
にしないでー﹂﹁美味しいよー﹂と言ってくれ、二人でのんびり食
べた。少し茂みが不自然に揺れていたが、気にしないで村に向かっ
た。
歩きながら、まず俺の親に挨拶したいって事で家に向かったが、
この時間に両親はいないので、部屋に荷物を置きに行った。ちなみ
にシンケンの攻撃はなかった。
﹁ここがカーム君のお部屋ですか﹂
ラッテが、ムッフッフと不気味に笑いながらベッドにダイブして、
ゴロゴロし始める。
﹁あー、ここが子供の頃から過ごしてるカーム君のベッドォォ!﹂
と少し暴走してたので、頭にチョップを入れて大人しくさせた。
全然力を入れてないのに﹁いたーい﹂とか言っていたが、反省は
していないみたいだ。今度は枕の香りをフガフガと嗅いでいる。
もう、ため息しかでねぇよ。
しばらく好きにさせていたら、今度はタンスをあけて下着に手を
出そうとしたので、後ろから羽交い絞めにしてベッドに座らせた。
全く何するかわからねぇよ、子供かよ。
すると今度は、机の物に興味を持ち出し、小箱の中に割れたガラ
スが入っているので、今度はそっちに興味が移ったみたいだ。
﹁ねーねー、コレって髪飾り作った奴?﹂
﹁ん? あーそうだよ、ここで作った。クリノクロアは借家だから、
色々出来ないからな、前にも見せたトンボ玉もここで作ってたよ﹂
﹁ふーん、他にも色々有るね、男の子の机って皆こんな感じなの?﹂
﹁さぁ、良くわからないな。ただ女の子みたいに鏡が有ったり小物
が有ったり化粧品が有ったりってな感じで、そう言う小物がまった
528
く、正反対なガラクタっぽい物になってたりするんじゃないか?﹂
実際、前世の仕事机とか書類とか山になってたし、引き出しの中
も整理してなかったな。部屋のPC周りも利便性しか求めてなかっ
たから、カップや判子やリモコン類や携帯の充電器や時計、爪切り
とか体温計とか耳かきとか小物類も手の届くところに全部あったし
な。
﹁ふーんこういうのが男の子って感じなのか、カーム君の部屋以外
にあまり行った事ないから、その辺わからないや﹂
あまり⋮⋮ねぇ。深く考えないようにしないとな。
そうして、いつもの様にグダグダすごしてたら、親が戻って来る
気配がしたのでリビングに行く事にする。
﹁ただいまー﹂
﹁あらーおかえりなさい、そっちの子はラッテちゃんね、初めまし
て。私はスリートよ﹂
微笑みながら挨拶をしている。母さんはいつも通りか。
﹁ラッテと言います、初めまして﹂
こっちは少し緊張気味と言った所か。
﹁あらあら、緊張しないで頂戴。もう家族同然なんだから﹂
﹁は、はい﹂
珍しいな、こんなラッテも。
この後、父さんが帰って来るまで差し当たりの無い世間話をして、
なんとか緊張をといていく。
そのうち父さんが戻って来て、全員そろったところでお互い、再
び自己紹介を再開。特に修羅場とかはなく、父さんもラッテの事を
受け入れているみたいだ。
そのあと﹁お話が有ります﹂とラッテが切り出し、今までにない
真剣な表情を見せる。
﹁なんだい? ラッテちゃん﹂
﹁私は、カーム君とスズランちゃんの仲に割って入る様な事をして
529
しまい、お互いの仲や家族に大変ご迷惑をお掛けしました﹂
そんな真剣な表情と言葉に、両親は黙って次の言葉を待つ。
﹁ですので、自分なりに何かお詫びが出来ないかと考え、償いとし
て手土産を用意しようと思いましたが、ヘイルさんやスリートさん
に会った事もなく、好みもわかりません。カーム君にも聞く訳にも
いかず、何が良いか結局わからず、手土産を用意できませんでした。
ですので、慰謝料と言う形でお金を用意したのでどうかお受け取り
下さい﹂
今までに聞いた事のない真剣な声と表情。どこに隠してたのかわ
からないが、綺麗な紙に包まれた一枚の貨幣を取り出し、テーブル
に置く、大きさから見て金貨か?
お金
﹁ラッテちゃん、君はもうカームと褥を共にしている、もしかした
ら家族になる人だ。そんな人からはそんな物は受け取れない﹂
﹁ですが!﹂
﹁ラッテちゃん、私も同じ意見よ。それを受け取ったら、本当の家
族にはなれないわ、だからそれはカームとスズランちゃんと一緒に
なって、子供が生まれたら使ってあげてちょうだい﹂
﹁⋮⋮はい、わかりました﹂
ラッテは少し涙目になっている。
見かねた母さんが、お茶を淹れて来てくれた。
そして全員無言のままお茶を飲みながら、少しだけ気まずい時間
を過ごす。
そして、ラッテのお茶を飲み干す頃合いをみて父さんが、
﹁俺達に挨拶をしに来たって事は、スズランちゃんの両親にも挨拶
にきたんじゃないのか? なら本格的に暗くなる前に行った方が良
い﹂
﹁⋮⋮わかりました、ありがとうございます。これからもよろしく
お願いします﹂
そう言って、頭を下げるラッテ。
﹁こちらこそ﹂
530
﹁よろしくね﹂
と優しい言葉がかけられ、少しだけ笑顔になる。
﹁女の子なんだから笑顔のほうがずっと素敵よ、これからも笑顔で
ね﹂
﹁はい﹂
﹁じゃぁ、行ってくる﹂
﹁気を付けてな﹂
そう言って立ち上がり、スズランの家に向かう。
歩いて直ぐだが、会話がなく黙って歩く二人、正直気まずい。まさ
かあんな事するとは思わなかったからな。どう声をかけていいかわ
からない。
そう思っていると、既にスズランの家の前に付いた。
﹁ここだけど大丈夫かい? もう少し歩いて落ち着く?﹂
﹁ううん、大丈夫。カーム君ノックお願い﹂
そう言われたのでノックをして誰かが出て来るまで待つ。
﹁はーい﹂
この声はリコリスさんだ。
﹁こんばんはー、カームです。少し大切な話しがあるので伺いまし
た﹂
ドアが開いて﹁何かしらー?﹂と顔を出すが、ラッテに気が付き、
笑顔になり﹁いらっしゃい﹂とやんわり挨拶をしてくる。
どうぞどうぞと中に案内され、顔合わせになる。椅子が四脚しか
ないので、スズランが自分の部屋から椅子を持って来た。
お互いに挨拶を済ませ、俺の両親の時みたいに慰謝料として、先
ほどと同じ様に紙に包まった金貨だと思われる物を出すが、紙の折
目が少し違う。紙が違うと言う訳で、ラッテは金貨かもしれない物
を二枚も用意してきたって事かよ。コレは深くは聞かない方が良い
な。
﹁そいつは受け取れねぇ、引っ込めてくれ﹂
﹁ですが!﹂
531
さっきと似たような流れになって来たな。
﹁母ちゃんも言ってやってくれ、いらねぇって﹂
﹁そうねー、ソレは受け取れないわね。お願いだからしまってって
ちょうだい。私達はそんなに迷惑だって思ってもいないし、怒って
もいないの。だからそれは自分達の為に取っておいてちょうだい、
スズランだってカリカリしてなかったし、ねぇ?﹂
お茶を飲みながら、コクコクと頷いているだけだった。
﹁ちゃんと言葉にしないとわからないわよ﹂
﹁怒ってない。この間だって一緒にお風呂に入って、もっと仲良く
なったし。私にとっては背は小さいけど、お姉ちゃんみたいな感じ
だから﹂
あーあの時か、妙に長かった風呂の時間にそんな事があったのか。
﹁ありがとう、スズランちゃん﹂
今度は涙目では無く涙を流している。この村の人は優しいなぁ。
俺なにもしてねぇや。いや、ノックしたな。
﹁今日は家に泊まってほしい﹂
スズランが空気を読まずに切り出し、ラッテが﹁でも﹂とか揉め
てるが、イチイさんやリコリスさんの半ば強引な説得に負けて、ス
ズランの家にお世話になるみたいだ。
﹁じゃぁ、俺はラッテの荷物持ってきますね﹂
区切りが良さそうな所で切りだし、荷物を取りに戻った。
少しだけ取り残された雰囲気だったけ、どまぁいいか。
明日からいろんな意味で忙しくなりそうだ。
532
第42話 収穫祭にラッテが付いて来た時の事 前編︵後書き︶
肌着の歴史は1900年の初期の頃です。
まぁ肌着類は作者が出したかったと言う事で
533
第43話 収穫祭にラッテが付いて来た時の事 後編︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20160424修正
534
第43話 収穫祭にラッテが付いて来た時の事 後編
朝食の時に父さんから﹁早い所はもう刈り始めてるぞ﹂と言われ
たので、今年村に来た人や、人手の少ない家の手伝いをしてくれと
村長に言われ、とりあえず俺は麦を魔法で刈り取るだけ刈り取り、
後はその人達が荷車に乗せて村の貯蔵庫に運ぶという流れで作業が
進んでいく。
うん今年も良く実っている、ナ○シカごっこをやりたくなる。ま
ぁ⋮⋮麦を潰すから出来ないけどな。
﹁それにしても随分耕地が広がったよな﹂と呟き。俺がいない間に
人手が増え、荒れ地を開墾してどんどん広げて行ったらしい。新し
い畑には芋やトマトやナスが植えてあるし、森側の方には葡萄や林
檎の苗を植えたりもしているらしい。
好き勝手やっているが、口を出すと面倒事になるので止めて置こ
う。俺が学校の三年生をやらないで良いと言われ、村の為に働き、
村長に言われ荒れ地を魔法で耕したのが始まりだったな、と昔の様
に思いつつ、昼飯の為にいったん戻る事にする。スズラン達と食べ
るかなと思っていたら三馬鹿に捕まりそいつ等と食べる事になった。
﹁よーし食おうぜ﹂
﹁別に良いけどよ、お前等相方はどうした、できれば俺もスズラン
とラッテのところに行きたいんだが﹂
﹁ああ、皆ラッテさんの所に行ってるよ、男共は来るなって言われ
てね﹂
﹁ひでぇ話だな﹂
﹁そうだよねー﹂
眉を下げ、シュンとした表情になっているシュペックは可愛いな、
動物的な意味で。
535
﹁ってな訳で男は男で集まって話そうぜ? って事になってな﹂
﹁うんうん﹂
﹁ほう⋮⋮﹂
﹁町ではどうなんだよ﹂
﹁四十日くらい前に帰って来ただろうに、そうそう変化があってた
まるかよ﹂
﹁いやいや、カームの事だから色々な人に物事を頼まれてるんじゃ
ないかって皆は思ってるんだよ、ハイゴブリンやスライムの件だっ
てあるし﹂
﹁そうだぞ﹂
﹁ないから! 全くないから、普通にレンガ練ったり、最近は焼か
せてもらったりしてるくらいだぞ﹂
﹁つまんねぇな﹂
﹁つまらない生き方で良いんだよ、急に変わったら禿げるぜ﹂
﹁なんで禿げるんだよ﹂
﹁イライラしたり悩み事が多いと禿げるんだよ﹂
﹁じゃぁ僕は禿げないね!﹂
そうだね、君は一生悩みとは無縁そうな感じだもんね、悩みって
ちょっと前にトリャープカさんにストーカーされてたくらいじゃな
いか?
そんなどうでも良い会話をしながら、食う食事は美味かった。
□
﹁スズランちゃーん、お昼だってー﹂
﹁わかった﹂
女性なのに男性以上の力仕事を任されてるスズランちゃんのとこ
ろに向かい、カームくんのところに行こうとした、ら仲の良さそう
な女性三人がやってきた。
﹁あのー、コチラの方々は?﹂
536
﹁知り合い﹂
私は知らないんだけどなー
﹁スズラン、それじゃあ伝わりませんわ。初めましてラッテさん、
私はミールと言います﹂
あー、この方々全員スズランちゃんの知り合いですかー。
﹁あ、はじめましてー﹂
そういうと、残りの二人も自己紹介をしてくれる。クチナシちゃ
んとトリャープカちゃんね、忘れないようにしないと。
﹁一時期、ラッテさんの話題で持ちきりだったんですよ。最近大き
くなったけどまだまだ町って言えない規模だから、噂もほとんどの
人が知ってましたし﹂
カーム君が堰を切ってから、村が大きくなったって聞いたなー。
﹁あー、その辺はカーム君からよーくと聞いてます。ご迷惑をおか
けしました﹂
﹁いえいえ、良い方に転んだから良かったんですけど。その⋮⋮ス
ズランのお父さんって怖いって話をよく聞きますし、本当にカーム
が殺されるんじゃないかって噂で﹂
んー胸が大きいなー、羨ましいなー。
﹁そうですわね、あの頃はその話題で持ち切りでお母様も心配して
ましたし﹂
綺麗なサラサラした銀髪だなー、胸もちょっと私より大きいくら
い?
﹁私の家もそうだったよ?﹂
﹁学校でも持ち切りでしたね、生徒達でもその話題で持ちきりだっ
たらしいですよ﹂
セレッソさんくらい?地味で汚れても良い恰好でダボダボしてる
服だけど、私にはわかる。むー、なんで私の周りは大きい女性が多
いのかな?私だってそれなりにあるのに。
そう思いながら、黙々と野菜を刎ねのけ、サンドイッチを頬張る
537
スズランちゃんを見ながら﹃スズランちゃんだけ例外なんだけどね﹄
と思いつつ、皆と仲良くする努力を私は惜しまなかった。
□
﹁さて、そろそろはじめっか﹂
﹁あーそうだなー、食いすぎてまだ動きたくないけどな。どうして
も実家に戻って来ると食い過ぎちゃう﹂
﹁いい事じゃないか、それだけ母さんの料理が美味しいって事だろ﹂
﹁⋮⋮まぁな﹂
そう言いながらも麦の刈り取りを再開した。
◇
村に帰り五日目の朝
例年通り、かなり早めに収穫が終わり、村人が祭りの準備を始め
出す。
スズランは、ワーウルフやワーキャットのおっさんに頼んで、豚
の解体を手伝うとか言い出し、現在進行形で俺の隣で解体している。
﹁いやースズランちゃん、オヤジさんと違って筋が良いよ、あいつ
は豪快に切るからな﹂
﹁そうそうスズランちゃんは力も有って丁寧に扱うからな、その辺
は女の子だよな﹂
俺とヴルストを放って置いて付きっきりだ。野郎連中より、可愛
い女の子の方が良いのか、それとも豚の解体は初めてだからなのか
わからないが、俺の時より親切丁寧に教えているのは確かだ。ひで
ぇ話だ。
ラッテは料理の下準備を手伝っている。なんだかんだ言って村に
馴染んでるから良かったよ。
そして、待ちきれないおっさん連中がフライングで酒を飲み始め
538
て、ダラダラと祭りがはじまる。
村長が挨拶をしていた気もするが、既に飲んでてどうでも良いら
しい。
竜族三人娘もいて、酒の話になった。
﹁最近色々な木材を試したり、色々な果実を漬けたりしているので
すが、やはり完成するまで長いですね﹂
﹁そうですねー、そろそろうっすらと、色が付いて来たくらいです
かね?﹂
﹁えぇ、確かに少し香りも微かに付いてきたくらいですね、相変わ
らずツンとする香りがまだしますが﹂
﹁まぁ、そうでしょうね。あと数回季節が巡るまで待ってください﹂
﹁確かに長寿種なので、数回はすぐに感じますが、目の前に酒が有
るのに、待たされるのは厳しいです﹂
そう言い、笑いながら酒を呷るのはかなりたくましく見える、そ
の後雑談をしていると、酔ったシンケンに拉致られ、皆のいるテー
ブルに連れて行かれる。
両隣はスズランとラッテだ。
二人とも既に酔っていて、両腕にくっ付いてくる。酒が飲めない、
物が食えない。俺にどうしろと?
﹁おー、イチャついてるねぇ﹂
﹁酒が飲めないんだが⋮⋮﹂
そう言うと、ラッテがカップをもって﹁はーい﹂と言って、俺の
口元に持ってくる。
﹁ちゃんと飲めるな﹂
﹁飲めるけど、つまみも欲しい﹂
そう言うと、スズランが﹁ん﹂と言いながら、肉を口に運んでく
る、ってかデカい、もう少し小さく切り分けてくれ。
﹁なんだこれ⋮⋮﹂
﹁僕もわからないよ﹂
539
あぁ、シュペックを撫でて癒されたい、アニマルセラピー的な意
味で。けどトリャープカさんに捕まっているので無理か。
﹁これが奥さんを多くもらう者の末路か、僕はミール以外を愛さな
いって決めたよ﹂
﹁シンケン、そう思っててもな⋮⋮好かれちゃう場合もあるんだぜ
?﹂
﹁そうか、気を付けないとな⋮⋮すまなかった﹂
﹁まぁ、俺もカームと同じで気が付いたらクチナシといい感じにな
ってたからな、なぁ?﹂
﹁だね、ヴルストは子供にも優しいし今から楽しみだよ﹂
そう言って、微笑みながらお腹を擦っている。
﹁クチナシ! 子供ができたの!?﹂
ミールが飲んでいたカップを、ダンッ!とテーブルに置き驚きな
がら聞く。
﹁うん、もう三回来ても良いはずなのに、一回も来てないからね、
多分お腹にいると思うの﹂
﹁おめでとう! ヴルストとクチナシの子供にかんぱーい﹂
そう言いながら一人で盛り上がって、酒を飲み干すミール。
﹁いやー産まれてくるまでは安心できないけどおめでとう、俺から
もお祝いするよ。な、お父さん﹂
﹁俺が、俺が親になるのか、平気か? 平気なのか?﹂
そう言ってるヴルストを見るが、カップを両手で持って目が泳い
でいるし、手も震えている、かなり動揺しているみたいだ。
﹁ヴルストくーん、誰にでも初めては有るし、誰だって最初は不安
なのー。頼れるお友達がこーんなにいるんだから、頼っても恥ずか
しくないんだよ﹂
そういいながら、俺から少し離れて肩をポンポンと叩いている。
﹁そうだよ! ヴルストは子供に人気じゃないか! いいお父さん
になれるよ、クチナシも優しいし子供はきっと幸せだよ﹂
﹁んー、ヒュペック⋮⋮シュペックがなんか良い事言いましたわよ
540
! しっかりしなしゃいよ、ラッテひゃんだってあーいってくれて
るんだから、何かあったら絶対頼りなさいよね﹂
そう言いつつ呂律が回らないのに更に酒を飲んでいる。ミールは
﹃ガッカリ美人﹄や﹃残念な美人﹄が定着しそうだ。そのうち﹃酒
さえ飲まなければ﹄とか言われるようになると思う。
トリャープカさんは、良い事を言ったシュペックの頭を撫でてい
る。ってかこの人あまりシュペック絡み以外で喋ってるところを見
た事があまりないな。
﹁私も子供欲しい﹂
スズランがそう言うが、正直俺だってまだ不安だ。
﹁貯えもまだあまりないし、俺自身にまだ余裕がないと思っている。
だからもう少しお金を溜めてからだね﹂
﹁何言ってんだ! 俺なんか余裕もないし金も無いぞ! 何とかな
るって﹂
動揺しすぎて一周した感じだな。悪い方に酒が入らないで良かっ
たよ。
ってかクチナシさん酒飲んで平気なんですか?あーもう﹃魔族だ
から﹄で片付けよう。
その後、女性陣の子供が欲しいという話になり、しばらく名前は
どうしようとかお互いに話していたが、シュペックがトリャープカ
さんに引きずられるように連れ去られ、それが引き金になりシンケ
ンがかなり酔っているミールを連れて帰り、ヴルストとクチナシは
恥ずかしそうに手を繋いで帰った。
さて、俺達はどうするかな。と考えてたら﹁私達もいつもの所に
行こう?﹂と言われたので行く事にする。
﹁あー、私荷物持ってくるねー﹂
ラッテがそう言い、小走りでスズランの家の方に行ったので﹁場
所知ってるのかー?﹂と声を掛けたら﹁今日の昼にスズランちゃん
に聞いたからー﹂と言って、そのまま行ってしまった、まぁ、ゆっ
くり歩いて行こう。
541
二人でお茶を飲もうとしたところで、ラッテがやってきた。お湯
は俺が出したから、かなり急いだんじゃないか?と思いつつスズラ
ンがカップをもう一つ用意する。
しばらくして、二人がソワソワしだしたので理由を聞いて見たら。
﹁今日の夜の事なんだけど﹂
﹁女の子には準備が有るんですー﹂
と言って、ラッテがスズランを引っ張ってリビングを出て行った。
仕方がないので、ポットやカップを洗って、椅子に座ってたらいき
なり半透明な装飾過剰な下着姿のラッテが登場した。
﹁じゃーん見て見てー、このベビードール。ピンクでヒラヒラで可
愛いでしょー、そそるでしょー﹂
お茶を飲み干しておいて良かったよ、噴き出しそうになった。確
かにヒラヒラが多すぎる、あーあー、あんなにレースが。
﹁うん、かわいいよ。まさかそんなの持ってくるとは思わなかった
よ﹂
この際、どうやって洗濯するのかっていうのは置いておく。
普段からヒラヒラした服を好んでるから、違和感とかもないし、
かなり似合っている。
﹁ふふーん、実はスズランちゃんの分もあるんだよー﹂
﹁本当かよ﹂
﹁本当本当、この前来た時に、お風呂で見て下着類が充実してない
みたいだったから、色々相談して買ってきてあげたのー。ほーらっ、
恥ずかしがってないで出てきなよー﹂
だから、あの時の風呂が遅かったのか。
そう言って廊下にいるであろうスズランの腕を引っ張る。全力で
嫌がったら絶対引っ張れないと思うが、顔を真っ赤にして現れた。
﹁じゃーん、スズランちゃんはキャミソールだよ、髪に合せて黒で
纏めてみましたー﹂
あぁ、うん正直エロ可愛すぎてやばい。
542
少し透けている黒い布に、かなり面積の少ない黒の紐パン。着丈
が少し短くヘソが見えてて、装飾過剰じゃない所もポイントが高い、
スズランにかなり似合う。
地味なのも好きだったが、少し冒険したスズランもかなり良い。
﹁わ。私をベ。ベッドに連れてって?﹂
胸の前で手を祈る様に組んで、首を傾けてかなり顔を赤くして言
って来た。多分ラッテに練習させられたんだろう。普段は絶対に言
わない言葉だ。
いつまでも恥ずかしがらせるのも酷なので、お姫様抱っこをして
ベットまで連れて行った。
心配していた扉はラッテが開けてくれました。
あのヒラヒラを、後ろから見るのも良いな。僧帽筋も程良くある
し、綺麗な背中だな。
543
第43話 収穫祭にラッテが付いて来た時の事 後編︵後書き︶
そろそろ話を動かしたいと思っているのですがもうしばらく御付き
合いください。
前にも言った5の倍数が好きなので多分そろそろあるいは・・・
544
第44話 最前線行きを宣告された時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20160426修正
545
第44話 最前線行きを宣告された時の事
町に帰って七日後。
仕事が終わり、部屋に戻ろうとすると大家さんから話しかけられ
た。
﹁今日の昼に、ギルド職員の来客があって、あなたに言伝と手紙を
預かってあるわ、手紙の方はドアの隙間から入れからから、開けた
らわかる思うけど、私がいるから今言うわね。﹃言伝を聞くかか手
紙を見たら早急にギルドハウスに来てください﹄だそうよ、確かに
伝えたわ﹂
﹁わかりました、ありがとうございます﹂
そう言って部屋にギルドカードを取りに行くと床に手紙が落ちて
いた。まぁ一応これも持って行くか。
俺は小走りでギルド支店へ向かい受付のお姉さんの所に向かう。
﹁カームです言伝を聞いて来ました﹂
そう言って、開けてない手紙もカウンターの上に乗せ椅子に座る
事にする。
﹁夜にならないで助かりました、簡潔に申し上げますと、貴方宛に
徴集が来ています、詳しくは支部長からお聞きください﹂
﹁は? ⋮⋮はい?﹂
そう言われカウンター脇から奥に入り二階の支部長室に案内され
た。
お姉さんがノックをし﹁カーム様がお越しになりました﹂と言う
と﹁どうぞ﹂
という声が聞こえ、ドアを開け一礼してから入る。
いちいち動作が丁寧なお姉さんだな、なんで支部とかで働いてる
のかが不思議だ。
机に座って書類を見ては印鑑を押したり、サインをしたりしてい
546
た手を区切りが良いところで止めてやのか、こちらを見る。
見た目は物凄く年を取った男のワーウルフだ。
﹁君がカーム君か、噂は良く耳にしているよ、まぁ掛けたまえ﹂
そう言われ、ソファーを進められ座る事にする。
支部長は上質な丸まった紙に、封蝋がしてある書類と一枚の紙を
持って対面に座った。
﹁受付から軽く聞いたと思うが、君宛に徴集が来ている、これがカ
ーム君宛の書類だ。ちなみにこっちの紙が、私に送られて来た正式
な書類の中身を、ある程度伝える箇条書きみたいな物だよ﹂
フフッと笑い丸まった紙の方を渡してくる。
﹁開けても良いんでしょうか?﹂
﹁もちろん、君宛の書類だ。私もかなり興味があるから是非見せて
欲しい物だね﹂
軽い物言いで言ってくるが、笑顔で目が得物を狩る目の様に細く
なっている。
俺は封蝋を剥がし紙を広げると、二枚紙が入っていた、徴収命令
書と私的な手紙みたいだ。それを軽く目を通し、手紙の方には﹃君
の噂は聞いている﹄﹃最前線の砦の援軍に協力してほしい﹄﹃君み
たいな魔族がギルドに所属していてよかった﹄みたいな文が書いて
あった。
﹁一応熟読はしていませんが読み終わりましたのでそちらも目を通
してください﹂
﹁私が読んでも、平気な手紙なのかね?﹂
﹁えぇ、命令書と私的な自分宛の手紙です、多分大丈夫でしょう﹂
そう言って紙を渡すと文面を目で追い始める。
その時にノックがして、お姉さんが﹁お茶をお持ちしました﹂と
言ったので、支部長が軽く返事をして、お姉さんがお茶を置いて一
礼をして退室していく。
﹁確かに命令書と私的な手紙だな﹂
﹁少々よろしいでしょうか?﹂
547
﹁構わない、それと無理に喋り慣れない言葉を使わなくても良いぞ﹂
﹁はい、そのサインですがクラヴァッテ=テルノって誰でしょうか
?自分は学が無いので教えて欲しいのですが?﹂
﹁最前線付近を領地とする、かなり権力のある貴族の一人だ、祖父
が王国に多大な貢献をしたみたいだが、クラヴァッテ殿は広すぎる
領地を守る努力を惜しまない、比較的まともな貴族だ。税を上げて
私腹を肥やすとかそういう噂は聞いたことがないな﹂
﹁そうなんですか﹂
貴族って初めて聞いたし、苗字持ちも初めて聞いたぞ。俺のイメ
ージでは重税をしいて、贅肉と性欲にまみれた口だけってイメージ
の方が強いが。
﹁その方の耳に君の噂が入り、直々にギルドに依頼して、徴集命令
と私的な手紙を出したんだろう。マメな御方だ﹂
そーっすか、俺の平和に暮らしていく計画が台無しになったけど
な。
﹁じゃぁ、自分はどうすれば﹂
﹁私に来た手紙には、なるべく早く三つ隣りの町まで行き、そのま
ま輜重兵の馬車の護衛として援軍に加わり、交戦域に達したら、護
衛から前線で戦う手はずになっているな﹂
﹁はぁ⋮⋮そうですか﹂
﹁覇気が無いな﹂
﹁自分なりの解釈ですが、発言良いですか?﹂
﹁かまわんぞ﹂
﹁早い話が﹃援軍の補給部隊の護衛をしつつ、最前線の砦を攻める
人族を倒すのを手伝え﹄であってます?﹂
﹁あってるな﹂
そう言って、支部長がお茶を飲んでいる。
﹁わざわざ難しい文章で、わかり難くくする必要はないと思うんで
すよね、俺は﹂
﹁仕方ないだろう、命令書が﹃ちょっと部隊の護衛しながら、砦を
548
攻める奴らを追っ払うの手伝って﹄じゃ示しが付かないだろう﹂
あ、この支部長かなりお茶目だ。
﹁⋮⋮ですよねー。もしこれを断ったら?﹂
﹁何かしらの罰があるかもしれん﹂
﹁あるかもしれん、って事は無いかもしれないんでしょうか?﹂
﹁それは、クラヴァッテ殿の裁量しだいだな、性格上無理強いはし
ないが、周りに示しがつかないから仕方なく罰するかもしれん﹂
﹁あー頭いてぇ⋮⋮。そうですか、わかりました。自分はまずどう
すればいいですか?﹂
ため息を吐きながら答える。
﹁君の準備が整い次第、馬車で囚人達とテフロイトに向かい、ソコ
から軍隊に合流して、最前線の砦まで同行って形じゃな﹂
﹁囚人ですか、ってかそんなに溜まってるんですか?﹂
﹁こまめに送れとの上からの命令らしい、その辺は管轄が違うから
わからんが、六人くらい溜まれば送っているらしい﹂
﹁じゃぁ、都合良く溜まっていると﹂
﹁いや、急ぎだから三人じゃ、君を入れて四人じゃがな。だから君
の準備が整ったら、自警団のお偉いさんに言って次の日に出発じゃ﹂
六人って輸送費とか考えたら赤字じゃねぇの?まぁ、どっかから
金は出てるんだろうけど。
﹁あそこはいつでも手が足りん、だからこまめに連れて行くんじゃ﹂
囚人兵ね⋮⋮士気とか指揮とか平気なのかよ。
﹁その馬車って安全ですか?﹂
﹁手枷足枷は付いてるから、殺されはしないじゃろ﹂
﹁最悪ですね﹂
﹁実費で、テフロイトに向かっても良いのじゃぞ?﹂
﹁馬に乗れないので、その方達とご一緒させてください﹂
﹁馬に乗れないとは珍しい奴だ。じゃぁ決まりだな、準備が整い次
第受付に話をしてくれ、そうしたらまた詳しい事を話す﹂
﹁あ、移動中の食事はどうなってます?﹂
549
﹁囚人は最低限の食事で、見張りの兵士は別に支給されてると思う、
その辺は詳しくはわからぬが、多少の金があれば途中の町で買い物
や、戦地にも出稼ぎの娼婦がいるから女も買えるぞ﹂
つまり金は多少あった方が良いと。
﹁わりました、それじゃ失礼します﹂
そういって部屋を出て、何が必要かを考えながらギルドを出て部
屋に帰りメモに纏める。
﹃かもしれない﹄で物事を考え万全に行くしかないな。
・どのくらい時間がかかるのか。不明、とりあえず準備万全に物資
は多めに。家賃も多めに。
・何が必要か。支給されるかもしれないが、いつまでかかるかわか
らないから、個別に保存食や嗜好品を持つ。
・靴は1足で足りるか。不明、予備を一組持つ。
・気候に合った服か。そろそろ冬、厚着必須。
・地形に合った特別な装備は。戦場、砦が有るから多分平地。風景
に溶け込める服を用意。
・必要な医療品。ポーション類を支給される可能性は高いが、私的
に色々少し用意。
現地入りしたら、サバイバルの教訓で使えそうなのを思い出し抜粋。
・自分自身を守れ
・状況を的確に把握
・すべての感覚を動員し絶対に焦るな
・現在地を忘れるな
・恐怖とパニックに打ち勝て
・工夫して間に合わせろ
・生命を大切にせよ
・ストレスと向き合え
・現実的になれ
550
・自分自身の問題点を思い出せ
こんな物か。
恐怖のコントロールと、鬱の誘惑に負けないって言うのは難しい
な。俺は魔物は殺した事はあるが、まだ人族や魔族を殺した事がな
いからな。人族は高確率で捕虜にした魔族を、兵として捨て駒にし
て来るかもしれない。その時に俺は殺せるのだろうか?
その時に考えよう。今考える事じゃない。
後は手紙か、死亡フラグビンビンだが、ないよりは良いだろう。
﹃かなり偉い貴族から指名があり、最前線に行く事になりました。
原因は俺の魔法使いとしての噂が広がりすぎた事らしいです。まぁ、
気軽にいつも通り生活しててください。読み終わったら俺の親しい
人にも見せてあげて下さい﹄
うん、この軽い感じ。戦場に行くとは思えない文面だ。まぁ重い
より良いだろう。
手紙を書いている途中で、いつも通りラッテが部屋に遊びに来て、
メモと手紙を見て最前線に行くのがばれた。まぁ隠す積りもなかっ
たけどね。
﹁なんなのよコレ!﹂
珍しく声を荒げる。
﹁ん? あー、貴族様直々のご指名で、最前線行き。俺の魔法に期
待してるみたいなんだ﹂
﹁何でそんなに軽いのよ! 死ぬかもしれないのよ!﹂
﹁んー、戦場を知らないからね、どう言う風に感情に出していいか
わからないんだよ。なるべく早くって言われてるから、村に戻って
報告も出来ない。だから手紙書いてた﹂
﹁最悪⋮⋮。私がどんな顔してスズランちゃんに、こんな事書いて
ある手紙渡せばいいのよ!﹂
﹁はい、って﹂
パンッ!と乾いた音が響き頬に痛みが走った。あぁ、俺ビンタさ
551
れたのか。
﹁ごめん﹂
そういって、優しく抱き付き頭を撫でてやる。多分泣いているん
だろうか、肩が震えている。
﹁多分俺自身も、気がどうにかしてるみたいだ。だけどまぎれもな
い事実だし、受けとめて欲しい﹂
そう言って十分ほど泣いているラッテを抱きしめてたが、騒ぎを
聞きつけ、やっぱりヘングストの部屋に集まって聞き耳を立ててい
るらしい。さっき物音がしたし気配もする、本当どうにかしてくれ
よこの集合住宅の連中。
﹁えーってな訳で⋮⋮、俺の最前線行きが決まりました﹂
キッチンで、こんな間抜けな報告を空気を読まず、飄々と言って
みた。変に心配させない為だったが。
﹁何をそんな軽々しく言ってるんだ!﹂
フォリさんに物凄く怒鳴られた。
﹁いきなりこんな事になって、こっちだってどうしたら良いかわか
らないんですよ!﹂
怒鳴り返してしまった。
﹁すまない﹂と謝られたが、キッチンの空気は重いままだ。
﹁まぁ、戻ってこなかったら、こんな奴がいたって事を覚えててく
れれば良いですから。悲しまないようにお願いしますね﹂
そんなの無理だろ⋮⋮。みたいな空気になったが、大家さんが俺
の肩に手を乗せ言った。
﹁相手を殺す時は目を見ちゃ駄目よ、引き込まれるから。それと相
手と力比べになったら、相手が息を吐いた時を狙いなさい。まぁ、
しばらく荷物はそのままにしておいてあげるわ﹂
そう言って部屋に戻っていた。
そうしたら続々と皆が
﹁スズランちゃんとラッテさんを泣かせたら、僕が慰めながら口説
552
くから、それが嫌なら戻ってきなよ﹂
おい馬、ラッテとセレッソさんが睨んでるから、その辺で辞めて
おけ。
﹁死んだら、必ずあの世で見つけてビンタするから﹂
笑顔で言うが、肩に爪が食い込んで痛いですよ、セレッソさん。
﹁まぁ、最悪逃げて来い。その後の事はその時に考えろ﹂
フォリさん、為に成るお言葉をありがとうございます。
﹁帰ってきたら焼き菓子を作ってくれ﹂
﹁じゃぁ私シフォンケーキ﹂
﹁はいはい、わかりましたよ﹂
﹁俺にお金を預けて行かないか?﹂
うん、この町の人族代表。お前も付いて来るか?
各々一言づついただき解散となった。
この後風呂に行き、ラッテが泊まると言いだし一緒に寝るが、空気
を読んで抱き付いて来ただけだった。いやーこういう時って﹁しば
らく会えないから﹂ってならない?まぁスズランとの約束を守って
るんだろうね。
◇
さて朝だ。やる事は沢山ある!
食糧が支給されなかった時の為に、非常食も持って行くのに、南
北戦争時代に作られたハードタック、別名鉄板と言うパンを作る。
堅すぎて弾が当たっても割れないと酷評されてた物だが、保存目的
なら妥当だろう。あと嗜好品でハードビスケット。
ラッテが今日一日ずっと付き合うと言ってくれたので、早速調理
開始、作るのは簡単だ。どっちも分量を決めて練って焼くだけ。
ハードタックをつまみ食いしたラッテが。
553
﹁これ柔らかくておいしいよー?﹂
﹁んーそれはね三日目以降は割るのにも苦労するくらい固くなるん
だよ、そのつまみ食いした奴を持ってて、あとで食べてごらん、歯
が欠けるから﹂
知識だけしかないし、食べた事もないんだけど、そう言われてる
からね。まぁ無いよりはマシだろう。
その後朝食を取り、下準備をして、おやかたに訳を話したら涙を
流しながら﹁生きて帰って来いよ!﹂と両肩をバンバン叩かれ他の
職人も、見事な死亡フラグを建ててくれた。
﹁今度酒を驕ってやるよ﹂
﹁飯が美味い店知ってんだ、今度行こうぜ﹂
﹁俺、本当はお前のこと嫌いじゃなかったぜ⋮⋮﹂
誰か一人だけ俺のフラグじゃない奴が居た気がする。
さて、帰りは消耗品や嗜好品と服だな。
あの犬耳の、お姉さんの服屋にでも行こう。
あれ?お姉さんの隣に男の人が、あー告白してOKでも貰ったん
だな。まさに﹁おめでとう﹂だな。
﹁すみません、灰色か白の大き目の服ってありますか? 無ければ
布だけ売ってください﹂
﹁うーん、白い服は有るけど、灰色のはないわねぇー、もしかして
ズボンも?﹂
﹁え? えぇ﹂
﹁あーやっぱりぃ、この前紺色の服と深緑の服を上下で買って行っ
てくれた子よね? かなり変わった買い方だったから覚えてるわよ
ー、けどごめんなさいね。白いズボンは無いのよー﹂
﹁あー、ないなら重ね着するんで目立たない色の⋮⋮やっぱりあの
こげ茶の服で大きいの上下ください、あと白い布とこげ茶の布も﹂
﹁あ、はーいわかりましたーあ、なたー品物を持って来て頂戴﹂
554
﹁カーム君、本当に変わった買い方するんだねー﹂
﹁んー普段着なら普通に買うけど、魔物との戦闘、戦争中は目立た
ない服一択だね、白は雪が降った時に風景に溶け込むし、こげ茶だ
ったら地面に溶け込む。灰色だったら遠くに居る時に、ぼやけて見
えるから相手の目を少しは誤魔化せる、大きいのを買ったのは、こ
れから冬だから重ね着をするからだよ。暗殺者が夜中に黒っぽい服
着てるのと同じで、それの昼の奴って思って﹂
﹁ふーん﹂﹁へぇー﹂﹁ほぅ﹂
三者三様の返事が帰って来る。
なんだかんだで品物は纏めてくれたみたいだ。
﹁﹁ありがとうございましたー﹂﹂
﹁ねーねー次はー?﹂
﹁嗜好品類かなー、ハードクッキーは作ったけど、甘酸っぱいドラ
イフルーツとかも欲しいね、あとお茶とクルミと飴かな﹂
﹁なんで飴なのー?﹂
﹁甘い物は疲れを取ってくれるし、安心すると言うか心がほっとし
て落ち着くからね﹂
この時代に栄養とか言っても、理解してくれなさそうだからな。
詳しくは止めて置こう。
どうせ食糧だって、固焼きパンと干し肉くらいなんだろうし、個
人的にクルミとかドライフルーツでも食ってりゃ良いし。つぶれた
り日持ちしなさそうなレモンや果物類とかは、仕方ないので今回は
諦めよう。現地で調達できればいいけど。
そんな感じで買い物も終わり床に布を敷き買って来た物や持って行
く物を並べる。
・衣類︵多め︶
・嗜好品︵甘味、お茶︶
・医療品︵私物のポーション類︶
555
・針と糸︵切り傷を縫ったり服を縫ったり︶
・紐︵有れば便利︶
・防水用の油紙と革袋数枚
・羊皮紙︵メモ用︶
・岩塩と黒砂糖多め
・ツールナイフ
・調理器具
・手鏡
・蒸留酒︵多目的用︶
・小物を纏めて居れる小箱
・毛布
・小さ目の背嚢
・武器
・銀貨五枚、大銅貨三十枚。
こんな物か。
﹁これ全部入るの?﹂
﹁入れるんだよ﹂
そう言って、衣類は畳まず丸めるようにして、油紙と革袋に入れ
て縦に入れたり。小物を買って来てポーチに入れ、側面や背面にベ
ルトで固定。よく使う物は、リュックの上部や側面の袋に入れ、毛
布を丸めてリュックの上に固定。最後にベルトで全体を絞る様に固
定して、音が鳴らないか確認して終了。
﹁な?どうにかするんもんなんだよ﹂
﹁んーーー! けどこれ重いよ?﹂
持ち上げようとして顔を赤くするが、持ち上がらず諦めたようだ。
まぁ、俺でも少し重いけど背負えないほどじゃない。むしろスズ
ランやラッテより軽い。
﹁後は武器だけど。これで十分かな、バールをもう少し長いのにし
た方が良いかな? いや、けど重いしな、片手で難無く振れるのが
理想だからな・・・まぁいいか﹂
556
そう言って腰にバールとマチェットをひっかけスコップを抱えるよ
うにして持ちその場でジャンプしたり反復横跳びをする。
﹁何やってるの?﹂
﹁音が鳴らないか、リュックの中身の重心が偏ってないか、動きに
支障が無いかの確認﹂
﹁んー、かなり念入りだよねー﹂
﹁念入にしないと、もしかしたら死んじゃうからね﹂
﹁鎧来て、ガッチャガッチャ音を立てて槍か剣をもって歩くのしか、
見た事がないから、音があまりしないのって不思議ー﹂
まぁ門番や父さん、フォリさんの軽装を見ればわかるが、こっち
の世界じゃ当たり前の様にフルプレートとか軽装なんだろう。
あーもう夕方か、報告に行かないとな。
今まで装備していた物を全部下ろし、ギルド支部に向かう。受付
のお姉さんと目が合ったら﹁こちらへどうぞ﹂と要件も言わず直ぐ
に通してくれた。まぁ昨日だしな。
昨日と同じ様にして支部長室に入り、お姉さんは出て行った。
﹁もう準備は良いのか?﹂
﹁はい、初めてですので、考え得られるだけの事はしました。後は
現地でどうにかします﹂
﹁良い心がけだ、私はこれから君の準備が整ったと報告しに行く。
向こうはいつでも行ける様になっているので、明日の朝に門が開く
と同時に出発するだろう。集合場所は門の前で拾ってもらってくれ。
遅れるなよ?﹂
﹁わかりました﹂
﹁何があるかわからん、親にはこの事は言ったのか?﹂
﹁出身はベリル村なので、時間がありませんでした、ですので手紙
で﹂
﹁そうか、急で済まないな﹂
﹁いえ、連れの一人が手紙を村に持って行ってくれるそうです﹂
﹁一人? 何人かいるのか?﹂
557
﹁二人です、もう一人は故郷にいます、村から出稼ぎに来ていたの
ですが。その⋮⋮こっちで好かれてしまいまして﹂
一応言い訳をしておく。
﹁そうか、二人か。死なないようにな﹂
おっさんそれフラグだから。
﹁はい、じゃぁ明日朝。門の開く時間に、門の前で拾ってもらえる
と言う事で?﹂
﹁そうだ﹂
﹁では、失礼します﹂
そう言ってお茶を運んでくるお姉さんと振れ違い﹁あ、お茶飲め
なくてすみません﹂と言って、足早に帰っていく。
部屋に帰ると、ラッテが夕飯を作ってくれて待っていた。
﹁おかえりー、思ったより早かったね﹂
﹁まぁ報告だけだからね、夕飯ありがとう﹂
﹁うん、冷めない内に食べよー﹂
﹁はいはい﹂
﹁いただきまーす﹂﹁いただきます﹂
明日戦地に向かうのに、そう言う話題は一切なくいつも通り食べ
た。気を使ってくれているんだろう。それが逆にありがたい。
﹁食器も私が洗うね﹂
そう言ってキッチンに向かったので、俺は大家さんに家賃を多め
に払いに行く事にする。
部屋をノックし出て来たところで﹁コレ九十日分の家賃前払いで
す﹂と、お金を差し出す。
いつもは﹁たしかに﹂と言って、素っ気無く受け取るのだが今回
は違っていた。
﹁百五十日は部屋をそのままにしておくわ、それ以上は待てないか
らラッテかスズランに荷物を預けるわ﹂
﹁あー、はい。ありがとうございます﹂
558
そう言うと、ドアを直ぐに閉められた。まぁいつも通りと言えば
いつも通りだったな。
食器を洗い終わったラッテと銭湯に行くが、今日も泊まると言っ
て一緒に寝る事になった。
今日はくっついて来る事は無く、背中を向けている。寝ようかな?
と思ったら。小声で話しかけてきた。
﹁ねぇ帰って来るよね?﹂
﹁わからないな、何も聞かされてないし。呼ばれただけだから危険
か安全かもわからない﹂
﹁⋮⋮そっか、手紙はお義父さん達やお義母さん達、スズランちゃ
んやヴルスト君達に絶対届けるから、明日行くから﹂
﹁急がなくてもいいよ、けど遅すぎるのも駄目かなー﹂
そう言って会話がなくなる、今日こそあるか?と思ったがそれも
なかった。
◇
朝起きると、既にラッテが起きており、朝食の準備と弁当が用意
してあった。そして、目の前で少し髪を切って小さな革袋に入れて
渡してきた。
﹁これ、お、お守りだから﹂
こういうのどっかで見たな、と思いつつ。
﹁俺のも要るか?﹂
聞き返してみた。
﹁形見になっちゃいそうだから要らない﹂
と、きっぱり断られた。
﹁じゃぁ、勝手に置いて行くから、俺が戻ってこなかった村に埋め
てくれ﹂
﹁なんでそう言う事言うかな⋮⋮﹂
物凄く悲しそうに言ってくる。
559
﹁もしもの為に﹂
﹁もしもがあっちゃいけないの!﹂
注意され、俺の髪の一部が短くなる事はなかった。
その後も、部屋を出るまでキスすらなかった。こっちのジンクス
とか死亡フラグとかなのだろうか?それともそういう事をすると、
もしもがあったら悲しくなるからかはわからない。
そして﹁いってらっしゃい﹂とだけ言われ﹁行ってきます﹂とだ
け返しておいた。
門の前に行くと、何時もの門番がすでにいて、眠そうにあくびを
していた。そいつは俺を見かけると。
﹁おー? なんだカーム、長期討伐に行くみたいな格好だな、また
手伝いか?﹂
﹁ん? あー、俺最前線に行くんだよ﹂
﹁は?﹂
﹁最前線﹂
﹁なんでだよ!﹂
﹁物凄く偉い、最前線付近に領地を持ってる貴族様のご指名でね、
頼まれちゃって﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
それ以上何も言わず、肩を叩いて門を開ける準備に行ってしまっ
た。奴なりの別れの挨拶だったんだろうか?まぁ帰ってきたら酒で
も奢らせてやるか。
門が開いて、しばらくしたら馬車が一台やって来て、鎧を着た爬
虫類系の御者が﹁君がカームか﹂と聞いて来たので﹁そうです﹂と
答えたら﹁乗ってくれ﹂とだけ言われ後ろを指差した。俺が乗った
のを確認したら馬車を出した。
中には見張りの兵士がいて、手枷足枷をした囚人が睨んできた。
囚人は全員獣人族系だ、猫耳、犬耳、狐耳。妙に筋肉の有るおっさ
560
ん風の獣耳は、見慣れてるとは言え、同行するなら可愛い子の方が
絶対良いに決まってる。
﹁あ、どうも。カームって言います、しばらくよろしくお願いしま
す﹂
まぁ、嫌な雰囲気よりよりかはと思い、気軽に挨拶と自己紹介を
した。
﹁囚人に話しかけるな!﹂
目の前に座ってる兵士に怒鳴られた。はい⋮⋮この先の移動は御
通夜状態決定。最悪な旅になるな。
まぁ、俺は囚人じゃないからな。そう思い、席の前に背嚢を置き、
上部から毛布を外し尻の下に、座布団代わりに敷こうとしたら。
﹁勝手な事をするな!﹂
また怒鳴られたよ。囚人達もニヤニヤしているし流石にコレは怒
って良いよな?いや、皮肉で行こう。
﹁あ、俺囚人じゃないんで﹂
そう言って、空気を読まない面接を受ける人の様に、構わず尻に
毛布を敷いたら殴られた。正直かなり痛い。
﹁勝手な事をするなと言っただろう! そんな反抗的な態度を取っ
てると貴様にも枷を付けるぞ!﹂
流石にこの扱いには、流石に元日本人の俺も怒るしかないよな。
これだけされて怒らなかったら聖人だぞ?
﹁俺はな、クラヴァッテってどのくらい偉いかわからねぇ、貴族様
から届いた命令書一枚で、兵士でもないのにギルドに在籍してるっ
て理由で依頼されたんだよ。行きたくもない戦場に、行かなきゃな
んねぇんだよ! 囚人を届をけたら、町に戻る様な奴等にとやかく
言われたくねぇんだよ。俺はギルドに所属してるだけだ、囚人でも
兵士でもねぇ、そんな奴に規則を強要するんじゃねよ。囚人に何か
するつもりはねぇが、俺の事くらい好きにさせろよな糞が! それ
ともなんだ? 俺は今ここで降りても良いんだぞ? そうしたらお
前が責任取れるのかよ? 魔法使いとして召喚された、俺の代わり
561
が出来るのかよ! お前の名前を教えろよ、ギルドに戻って適当な
理由と、お前の名前を言って、俺はいつもの日常に戻るからな﹂
そう言いながら、鎧から少し出てる服の胸倉を、肉体強化を使っ
て捻り上げながら言い放ち、奴が座っていた席に着き飛ばした。
﹁どうなんだよ? 俺の尻に毛布を敷かせるか、お前が責任を取る
か選べ﹂
横の囚人は大声で腹を抱えながら笑い、同じ兵士の御者はこちらを
見ている、おいおい脇見運転しないでくれよ、馬が暴れたらどうす
るんだよ。
﹁す、好きにしろ!けどな、囚人とは馴れ合うなよな!﹂
精一杯虚勢張りながらそれだけ言って不機嫌そうに馬車の後方を見
ている。
囚人は﹁お前最高だぜ﹂と言って﹁喋るな!﹂と言って殴られて
いた。
この兵士達より、囚人達の方が仲良くなれそうな気がする。
夕方になり、一つ目の村に着いたが、馬車で約十時間の移動、徒
歩は時速三から四キロメートル。馬車は時速約十kmだったか?そ
う考えると結構町から離れてるんだな。こっちの村まで徒歩で移動
ってなると三日くらい見た方が良いな、俺の村が最寄りの町まで近
くて良かったわ。それにしてもかなりの寒村だ、生きて戻ったら、
村長に相談して少し技術指導とか派遣してみるかな。
﹁村に到着したが宿も空家も無い、我々には詰所があるが、貴様等
にはベッドはない。詰所裏の馬小屋の藁の上で寝ろ、今から食料を
配る。ありがたく食う様に。カームは、可能なら村人と交渉して泊
まらせてもらっても構わないが、遅れたら置いて行くからな。それ
とカーム、お前が井戸から水を汲んで来てこいつ等に与えろ、あと
誰かが逃げたらお前も同罪として、めでたく囚人だ﹂
俺、かなり恨まれてるな。
そう言って昼と同じ固焼き黒パンと干し肉を支給してくる。村なん
562
だから普通の白パンとスープで良いんじゃね?と思ったが個人的に
その辺の家で交渉して買えって事か。
囚人達は、手枷をロープで縛られていたが、夜は一人ずつ長いロ
ープで繋がれて、排泄くらいは出来るようにされていた。コレって、
どうにかすれば本当に逃げられるんじゃね?って思うけどな。
兵士が詰所に入っていくのを見ていた囚人が、小声で話しかけて
来た。
﹁お前最高だったぜ。確かに俺達みたいに囚人でもねぇし、兵士で
もねぇから、きまり事は守る必要はねぇわけだ﹂
﹁ですよねー、頭の固い奴はこれだから嫌なんですよ。あとアイツ
職務怠慢、アイツが水汲んで来るのが仕事だろ? って言いたいで
すね﹂
とりあえず食糧交渉は良いや、この人達と親交を深めよう。
黒パンを齧りながら、魔法で︻熱湯︼を出し、カップに茶葉を入
れお茶を入れ回し飲みする事にした。飲み物がないと、流石に黒パ
ンはのどに詰まる。
﹁ありがてぇ、温かい物を口にしたのは、捕まってから一回もねぇ
んだ﹂
と猫耳
﹁あぁ、スープの一杯すら出なかった﹂
と犬耳
﹁酷い時は、飯抜きだったな﹂
と狐耳
このおっさん達すげぇ萌えない。
﹁けどよ、魔法使いって本当なんだな。お湯を出すって聞いた事無
いぞ、おかげでもう飲めないって思ってた茶が飲めたぜ﹂
﹁あぁ、火を起すと詰所にいる奴等にばれるからな、助かったよ﹂
﹁俺、お前の噂聞いたぜ。巨大なドロ玉作ったり、一人でハイゴブ
リン倒した奴だろ?﹂
﹁もしかしたら全部俺かもしれない。けど噂って大きく成ってくか、
563
俺じゃないかもしれませんよ?﹂
﹁いやいや、実際に討伐に行く前に外でドロ玉見たぞ、春と夏の間
くらいだったな﹂
ばれてら。
﹁あーはい、それ俺です﹂
そう言ったら、全員が声を出さないように笑いをこらえている。
捨て駒扱いされてる同行人と、仲良くなると情が沸くかもしれな
いが、暇よりは良い。﹁名前を教えてくれ﹂と言ったが﹁これから
戦場で確実に死ぬしかない奴の事を覚えて何になる﹂と言われ全員
言おうとはしない。
﹁体拭きます?﹂
そう聞いたら﹁俺等が小綺麗になってたらお前が怒鳴られる﹂と
言って断られた。まぁ、少し匂うから言ったんだけど仕方ない。俺
だけ拭くか。
これと言ってする事もなく、寝るしかないので早めに寝た。
案外、こいつおっさん達は良い奴なのかもしれない、流石に毛布
は貸せないけどな。
564
第44話 最前線行きを宣告された時の事︵後書き︶
作中で死亡フラグを乱立させてますがタイトルで死亡フラグが折れ
る事が解りきっているのでお構いなしです。
565
第45話 敵に奇襲を掛けられそうになったからやり返してやっ
た時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は少し長めになっております。
20150201にユニークが3万を超えてました、皆様のおかげ
です。これからもよろしくお願いします。
20160503修正
途中で人族が出て来てバラバラになったりしますので苦手な方はご
注意ください
566
第45話 敵に奇襲を掛けられそうになったからやり返してやっ
た時の事
エジリンを出て五日後の昼に目的地のテフロイトに到着した。
道中で、村に休憩にしか寄らなかった場所があったので、想像し
てた日時より一日だけ早かった。
道中で囚人達は、俺の中で﹃萌えないおっさん達﹄に昇格した。
理由は、町に着いて宿屋に泊れるのに﹁地面で寝るのに体を慣ら
したい﹂と言って、町の詰所裏の馬小屋で共に寝る事にして、せめ
て道中の馬車の中で険悪な空気にならないようにと務めようとした
からだ。
俺は基本自由なので、夕方から寝るまでの少しの時間で、猫耳の
友人が軍隊にいた時の話しをしてもらって﹁お前がもし戦場に出る
事があったら、持ってゃ便利な物があるぞ﹂と言う話になり、煙草
はあった方が良いと教わり購入してきた。俺の周りでも、吸う奴が
いなかったから完全に盲点だったし、売っている店も少なかったか
らな。
情報のお礼として、詰所にいる兵士に見つからない様に、酒場で
酔わない程度の果実酒と、具沢山のスープを小さい鍋で買ってきて、
酒はラッパ飲み、スープは俺のカップ一つで、全員で回し飲みした
時に、囚人全員がむせび泣いたからだ。
﹁まさかこんな風になっても、具沢山のスープと酒が飲めるなんて、
ありがとう﹂
せめて何をして捕まったのかを聞いたら、些細な喧嘩で討伐依頼
でレイドを組んでいた相手パーティーと揉めて一人の腕を切落とし
て、連帯責任として捕まったそうだ。多分連帯責任は、多くの囚人
兵として最前線に欲しいからだと思う。それからは俺の中で﹃萌え
ないおっさん達﹄になった。
村にもワーキャットとワーウルフのおっさんは居たけど渋かった。
567
けど狐耳は少し凛々しいので、昔は多分モテたんだと思うが﹃三人
で萌えないおっさん達﹄が定着してるから仕方ない。ちなみに酒瓶
は夜中に酒場に返しに行った。
町に着いたら、おっさん達はかなり大きめの軍事施設の檻に連れ
て行かれ、俺はお偉いさんの部屋に連れて行かれた。
﹁顔を見ておこうと思って呼んだが、お前が噂のカームか、なんだ
そのみすぼらしい恰好は、鎧一つどころか、まともな武器も買えな
いのか。噂は聞いてるが、尾ひれがついてデカくなったのが、クラ
ヴァッテ様のお耳に入っただけだろう。所詮訓練されてない、ギル
ドランク4のペーペーなんだから、軍の足を引っ張るなよ﹂
と手元に有る書類らしき紙に目を通しながら高圧的な態度で言い放
つ。なんだこの糞豚は。
﹁わかりました﹂
﹁ふん、殊勝な態度じゃないか﹂
﹁えぇ、言われなくとも自分は軍属経験がありませんので﹂
﹁わかってるなら良い下がれ﹂
﹁それと一つ聞きたい事が。クラヴァッテ様から頂いたこの命令書
に﹃出発までの滞在費は、テフロイトの軍事関係の代表者から支給
してもらう事﹄と有るので頂きたいのですが﹂
﹁知らん! 儂は出さぬぞ﹂
﹁書いてありますが?﹂
頭に来たから少し煽っていくか。
﹁うるさい!出ていけ!﹂
﹁わかりました。この件は、クラヴァッテ様に報告させていただき
ますので﹂
そう言って相手が俺を引き留めようと﹁おい!待て!﹂と言って
いたが、逃げるように部屋を出て来た。案内された道は覚えている
ので、足早に施設を出て来た。
多分もう会う事はないだろう。
568
そして、それからの俺の行動は早かった。
門の前の宿屋に行き、一番安い部屋の値段を聞き。クラヴァッテ
様がいるであろう屋敷の場所を聞き出して、そこに向かう事にした。
エジリンとは違い、上級区は反りが付いている高い塀で囲まれて
いて、中に入るのには、一つしかない門を通るしかないらしい。
多分だが、命令書でどうにかなるだろうと思い伺う事にする。
俺は門の前に着き、案の定警備をしている兵士に止められた。
﹁どこの家に行くんでしょうか? 招待状はお持ちですか?﹂
一応、上級区に要件の有る客人かもしれないから、物凄く物腰が
丁寧だ。ここの兵士は私的に雇われてる人達なのかもしれない。
﹁招待状はありませんが、クラヴァッテ様より頂いた召喚命令書が
あります、この事に付いて伺いたい事があるので、足を運ぼうと思
っています﹂
﹁わりました、クラヴァッテ様なら﹃私に用事のある者が来たら、
商人じゃなければ通せ﹄と言われてますのでご案内します﹂
良かった、これで門前払いされてたら、実費で宿に泊まる事にな
ってたわ。
俺は兵士の後を付いて歩くが、門から一度も道を曲がっていない。
十字路もあるが、すべて真っ直ぐ進んでいく。
そして、突き当りのかなり大きな家の前に案内され、
﹁こちらでございます﹂
案内要らねぇなコレ?けど﹁この門を出てどこまでもまっすぐお
進みください﹂じゃ、仕事上駄目なんだろうな。
﹁ありがとうございました﹂
丁寧にお辞儀をしたら相手も返してくれた。んーこういう人達ば
かりの兵士なら絶対に仲良くなれるのにな。
そのやり取りを門の前でずっと立っている別の兵士に見られてい
569
たが、こっちも私的に雇われた人だろう。屈強そうな体で、威圧的
なのに﹁どうぞご案内します﹂と、野太い声で言われ、門から玄関
のドアまでの三十メートルくらいを案内された。
屈強な男がドアをノックすると、中からメイド服を着た犬耳の落
ち着いた雰囲気の人が出て来て、門番が﹁お客様だ、お通ししてく
れ﹂と言って門まで戻っていく。
あーこのメイド服良いな。物凄く地味で機能性重視で、汚れても
良いような感じのだし、ミニスカでヒラヒラした、露出の高い物と
は全然違う。やっぱりメイド服って言ったらこれだよな。
﹁お客様、どのようなご用件でしょうか?﹂
そんな事を考えてたら、いきなり話しかけられたので少し焦った。
命令書が届き、この町の軍関係の偉い人に会ったけど、滞在費を
支給してくれないので、報告に来た事を告げると﹁荷物はこちらへ﹂
と言われ、そのまま応接室に通された。
今度は、狐耳のメイドがお茶を持って来て﹁クラヴァッテ様は、
もう少しで参られますので、もうしばらくお待ちください﹂と言っ
て出て行った。
何あの狐耳のメイドさん、絶対ドSじゃね?って言うくらい目付
きが鋭く、冷めた目で俺の方を見てたよ。興奮しちゃうじゃないか。
体感で十分もしない内に、爽やかすぎるボルゾイ風の男が入って
来た。この方がクラヴァッテ様か。立ち上がり、頭を下げようとし
たら﹁あーいいよいいよ、そのまま楽にしてて﹂と、フランクに言
われてしまった。
﹁初めましてカーム君、噂は聞いてるよ。聞いた話だと、あの強欲
豚に何か言われたみたいだね﹂
あの強欲豚って、この人もスゲェ事笑顔で言うな。
﹁えぇ、この命令書を見せ、滞在費の件を申し上げたところ﹂
﹁別に喋り方は普段通りで構わないよ、堅苦しいのは苦手なんだ﹂
と遮られた。裏でさっきの狐耳のメイドが、ずっと俺の方を見て
るからヘタな事は言えないな。
570
﹁滞在費の事を言ったんですが﹃知らん﹄﹃出さぬ﹄と言われ、も
う一度聞き返したんですが﹃うるさい! 出ていけ!﹄と追い返さ
れまして。ギルド支部に行けばギルドカードが有るので引き出せな
い事は無いのですが﹂
﹁あーそうだね。あの豚は、私腹を肥やす事しか頭にないから、そ
れくらいの宿代も出すのを惜しんだんだね。銀貨十枚渡してあった
んだけど⋮⋮。ちょっと持って来てよ﹂
裏にいた狐耳メイドに、持って来てと言った。多分滞在費だろう。
﹁途中で頭にきて出て来たので、いつ出発するのかがわからないの
ですが、教えてくれますか?﹂
しちょう
﹁三日後だね。昼に門の前に集合して、現地に向かうから、昼は早
めに食べて門の外で待っててくれ。輜重兵の隊長に声をかけるよう
に言っておく。君の特徴は覚えやすいからね、特徴のある肌の色に
大きなへんなリュックにスコップ﹂
そんな事を、お茶を飲みながら答えてくれる。本当にこの辺を統
治する貴族なのか?なんか物凄く性格が良いって聞いてるが、俺の
知ってる漫画とかの貴族の威厳って物が全く無い。
しばらくして、メイドがお盆に小さな布袋を乗せ戻って戻って来
て、クラヴァッテに渡し、袋の中を確認してテーブルに置き、俺に
渡してくる。
﹁多分足りるだろう﹂
想像はしていたが、袋の中を見て驚く、銀貨が十枚入っている。
多すぎだ。
﹁いや、物凄く多いです。俺は待機日数分の、町の入口近くの門の
前の宿屋の部屋代だけで良いんです、あとあのお偉いさんの態度を
報告しに来ただけですから﹂
慌てて引っ込める。
﹁じゃー、必要な分だけ持って行って。あの豚ねー、どうにかして
処理したいんだけどね、どうやって処理しようか迷ってて﹂
﹁ご主人様、それ以上は﹂
571
物凄く冷たい声で会話を切った。
﹁あーすまない、いきなり来てくれたお客様に愚痴る事じゃないな﹂
変なやり取りの後に、銀貨を一枚だけ抜き取る。
﹁それだけ?﹂
﹁はい、一泊大銅貨三枚の銅貨五枚でしたので﹂
﹁銀貨一枚じゃ、銅貨五枚足りないだろう﹂
﹁これだけ頂ければ、残りの銅貨五枚は、自分で出しても痛くない
ですから﹂
﹁食事代は?﹂
﹁それくらいは自分で﹂
﹁駄目だ、僕が呼んだんだから、君には不自由は極力させたくない﹂
そう言って、銀貨を二枚渡してくる。多めに渡すと突き返される
のを悟ったのだろう。絶妙な金額の上乗せで俺も手を出そうか悩む。
﹁ん? 足りないか、もう一枚出すか﹂と言ったので﹁いやいや十
分ですので﹂と言って出された二枚を回収する。
大雑把で飄々としてるが、この人心理状態とか読むのが上手いな。
やっぱ貴族かもしれない。
そうして別れを告げ、宿屋に部屋を取りに行き戻り、夕方に近所
の酒場へ行く事にした。
これだけ大きな町だ、大通りの酒場に行けば兵士の一人やニ人。
ギルド所属っぽい奴が飲んでるだろう。禁酒令が出てなければだけ
ど。
いたいた、門番をしてたであろうと思われる、薄い板金鎧を着て、
フルフェイス兜を椅子の脇に置いたまま飲んでる、獣人系の二人組
が。
ここはもう度胸しかない。
﹁すみません、ちょっと酒を1杯奢るので、教えて欲しい事がある
んですが﹂
知らない奴に、いきなり酒場でこのように話しかけられ、多少警
572
戒はするが﹁なんだ﹂と返されたので続ける事にする。
﹁兵士が戦場に行って、足り無くなって困る物って何ですか?﹂
﹁あ゛? そんあ事かよ。そうだなー﹂
と言いながら、食糧、武器、矢、など色々な物を上げて来るが、
向かいで飲んでた相方らしき男が﹁有って便利なのは油だな、鎧の
可動部分に注すんだよ﹂﹁あー有った方が便利だな、錆び止めにな
るし﹂と言い始めたところで、簡単にメモを取る。
﹁あ、給仕のお姉さん。このテーブルに同じお酒、二つ持って来て
ー﹂
と言って、お礼を言って帰って来た。
んー油か、完全に盲点だったな。俺鎧着ないし⋮⋮、そもそも戦
場で調理とかもあまりしないって思ってたからな。砦の中には有る
と思うが、手間は掛けてられないだろうな。鎧専用の油とかあるの
か?いいや代用品って事で調理油を少し買って行くか。
後は煙草がアリならアレも買って行くか。
煙を吸うと癖になるアレも。ナニカニハツカエルダロウ。
◇
三日後。
俺は早めの昼を済ませ、ギルド支店で使った金の補充を多めにし
て、門の外に出て待っていた。
俺は三日の間に防壁に上り、軍隊の訓練の様子とかを見ていた。
三千人くらいが、思ってた通り横に並び、数列に並び突撃。ローマ
軍の歩兵戦術の一つテストゥドや、弓や乗戦の訓練をしていた。そ
れにしてもこの町も兵士も獣人系が多いな。
んーこりゃ駄目だな。攻城戦みたいな乱戦なら兎も角、平地だと
横に並んで集団で突撃コースだぞ。近代なら狙い撃ちや迫撃砲の餌
食だな。
573
人族の、魔法を使った戦術とかどうなってるかわからないけど 集団に当てに行くだけかもしれない。
そんな事を思っていたら爬虫類系のおっさんに話しかけられた。
﹁貴方がカーム殿ですか?﹂
﹁えぇ、そうです。貴方が輜重兵の隊長さんで? あと敬称は要り
ませんよ﹂
﹁わかりましたカームさん、自分はヤウールと言います。以後お見
知りおきを﹂
﹁こちらこそ﹂
うわー、すごい丁寧な物腰だな。敬称要らないって言ったのに。
今までの兵士が最低だったって思おう。
﹁確認しますが、カームさんの役割は輜重兵の護衛です。最後尾の
馬車に付いて下さい﹂
﹁わかりました、その馬車は?﹂
﹁案内しますよ、こちらです﹂
そう言われ、兵士が並んでいる脇を抜け、裏の方の馬車まで歩い
て行く。
﹁この馬車が最後尾になるので、こちらへ荷物を載せてください、
そのリュックが入る位の場所はあると思います。なければ箱や、樽
の上へ乗せちゃってください﹂
﹁わかりました﹂
うわー緩いなー。厳しずぎるのと、緩すぎるのどっちがマシかっ
て言われたら、軍的には厳しい方が良いけど、俺的には緩い方が良
いな。
けど遊撃隊とかに襲われやすいから、気だけは引き締めて欲しい
な。
現代でも、物資を運ぶ部隊は、ゲリラや航空機攻撃の対象だった
しな。
574
そんな緩い感じで豚の演説が始まり最前線基地への援軍と補給物
資を届けに行く事になった。
ってか豚が何を話してるか遠くて聞こえねぇし。
話によれば、徒歩で五日のところにあるらしい。歩いて五日の国
境線って、押され気味じゃないのか?まぁ、世界情勢とか全く関係
ない土地に住んでたからな。仕方ない、日本もある意味平和だった
し。
そう思いながらも、部隊の奴等と仲良くなりながら、俺だけ音を
立てずに歩いている、むしろ周りがガチャガチャうるさいんだけど
な。
◇
徒歩開始から4日目。
﹁なぁキース、そろそろ敵の遊撃部隊や、斥候が徘徊してるかもし
れないから、気を付けようぜ﹂
﹁そうだなそろそろ気を引き締めないとな﹂
俺等は、馬車の後方で警戒をしながら歩いている。本当に最後尾
だ。
そしてこのキースという奴は犬耳の俺と同じギルドから雇われた
奴らしい。耳はタレ耳では無く短めでピンと立っている。タレ耳の
方が可愛いのにな。あ、動物の話しね。
同じ雇われ者として仲良くなり、現在に至る。
なるべく、お互い歩行側を警戒しつつ、後ろにも注意を払う。
﹁なぁ、獣人族って鼻は良いのか?﹂
﹁んあ?良いぜ﹂
﹁なら臭いにも気を配ってくれ﹂
﹁あいよ﹂
そう言いながら歩くが、平地の少し草が高い所が不自然に揺れた
575
のを見逃さなかった。
人族もゴブリンと同じだな。キースは風上なので気が付いていな
い、俺は小さな︻水球︼を足元に飛ばし、キースが無言でこちらを
見てくる。
事前に、異常時のサインを決めてあるので、声は出して来ない。
俺は二本指で自分の目を、目潰しするように指差してから、茂み
の方を見て人差し指と中指をくっ付けて茂みの方を二回指差す。敵
の合図だ。
そして指を三本出し、順番に一本ずつ折っていく。
下手に動くとばれるので俺が先制攻撃を仕掛ける事にする。
ドットサイトをオンにして﹃イメージ・視線の先・小爆発・発動﹄
ゴウッ!とガスに引火したような火が巻き起こる。気密性の高い
物に入ってないと派手な爆音とかはならないからな。けど奇襲には
なったはずだ。
﹁左側に敵だ!﹂
そう叫びながら、右手に︻黒曜石の斧︼を生成し、左手にスコッ
プを持ちながら距離を一気に詰める。
キースが慌てて立ち上がった人族に、矢を射ってゆく。
俺も、斧を太ももに当て、他の人族をスコップを平にして頭を殴
っていく。寝かせて斧の様に使ってないから、多分気絶で済んでい
て欲しい。兜あるし。
合計で十人か、一小隊分か?
キースが射った人族は、見事に急所か血管の太い所に当たってお
り、放って置いても何もできずに死ぬと思うし、手当しても無駄だ
ろう。
俺もそろそろ、殺しの覚悟を決めておいた方が良いのかもしれな
い。
後から駆け付けた兵士が、生きている数人を取り囲み、騒ぎを聞
きつけたヤウールがやって来る。
﹁お手柄ですよ、襲われる前に片付けてくれてありがとうございま
576
す。生きてる奴を縛って下さい、後で交渉なり拷問にでもかけます
ので。いやー良く生かしておいてくれました﹂
そう言って、苦しんでる奴等に止めを刺し、俺が殴って気絶して
いる奴だけ縛らせている。
﹁おーい大丈夫だー、そのまま進めー﹂
そう言って、馬車を進ませるが、俺は周りの警戒を続けている。
他に斥候がいたら困るからな。
ヤウールさんが、俺に何か礼を言っているが、相槌だけかえして
周りを見渡すのを止めない。
俺は遠くの茂みを指指し。
﹁あそこ、風が無いのに変に揺れてますよね﹂
と言ったら、ヤウールさんが﹁おい!﹂と言うと周りの兵士たち
が駆け出し、動いている茂みに駆け寄り、槍を地面に刺すような動
作をしているので、多分いたんだろう。
□
﹃第一部隊の十四名がやられた、四人が捕まって俺だけが逃げて来
た、全滅だ。奴らに恐ろしく感の良い奴か注意深い奴が居る、いき
なり魔法を撃たれた、多分傭兵だ﹄
﹃そうか、だが我々の任務は、輜重兵の物資の破壊だ、どうにかし
て⋮⋮いや、必ず破壊しなければ、砦に食料や武器や医療品が届き、
そこから最前線に物資が運ばれる事になる、そうすればこちらが不
利になる﹄
﹃そうですが、減った我々だけで、どの様にどうすればいいかわか
りません﹄
﹃この先に森が有る、森に潜んでる第三部隊と合流してどうにかし
てそこで少しでも数を減らすんだ﹄
﹃わかりました。自分も、この第二部隊に加わります﹄
﹃わかった、急いで移動するぞ﹄
577
□
襲撃から一時間後、また奇襲が有るかもしれないと言う事で、歩
兵部隊の間に輜重兵が入り、進行速度が大幅に落ちている。援軍に
行く皆に奇襲されそうになったと言う話が回ったからだ。
﹁少し良いですか、ヤウールさん﹂
俺は部隊の一番前まで走って行き、思いついた事を告げる。
﹁この先に森があります、俺が敵なら、そこで奇襲をかけます。軍
に所属してない俺に先行させてください﹂
森で襲われたくないからな。
﹁んー、確かにカーム君は傭兵として、輜重兵の護衛を任されてる
けど、前後に歩兵部隊がいるから平気かな? ちょっとわからない
けど、軍とは違うし、そう言う考えなら離れても護衛とも言えるの
かな? まぁキース君もいるからこっちは任せてくれていいよ、気
を付けてね。けど危なくなったら逃げて来るんだよ﹂
﹁わかりました﹂
そう言ってスコップを置き、馬車の中のリュックから、深緑の服
を取り出して着替え、体中に粘液を纏い草原で︻ウインドカッター︼
を使って転がり、即席ギリースーツを作る。歩兵部隊や輜重兵が奇
妙な目で見て来るが、脇道に反れて草むらの中を移動し、マチェッ
トだけを持って森に向かう。
殺しはしたくないが、殺されるのはもっと嫌だ。だったら危険は
少ない方が良いし、殺す方が良い。
道は整備はされてるけど、森が深いな。迂回すると時間がかかる
らしいから森を通るらしいが、どのくらい危険か、魔物がどれだけ
いたかを口頭で伝えてるので、報告書はあるが俺みたいな雇われが、
事前に地図と書類を見せてもらえるはずも無い。だから﹃俺なら﹄
と言う感じだ。むしろゲームとかのイベントで森の左右から敵が出
578
てきたりしそうな場所を探す。気は乗らないが、仕事なのでやるし
かない。そう心に言い聞かせ覚悟を決める。
皆より一足先に森に入り、道から目視五十メートル離れた場所付
近をゆっくり音を立てずに中腰で歩く。
森に入り一キロメートル付近、丁度後列の四人一列の歩兵部隊が
全部入りきる辺りが個人的狙い目だと思い、一端止まり耳に神経を
収集し、森の中には無い音を拾う事にする。
前後に歩兵部隊がいたら、輜重兵が逃げられないからな。俺なら
この辺で襲う。
しばらく音を聞くが、聞こえないのでゆっくりと移動する事にし
た。
それから十五分、距離にして七百メートル程度進むと、微かに話し
声が聞こえる。
﹃そろそろだろうか?﹄
﹃もうすこしだろう﹄
﹃俺はちょっとションベンに行って来る﹄
何を喋っているかは、大陸共通語ではなかったのでわからないが、
この先にいるのは確かだ。
そうしたら一人がフラフラッと離れて行くのが見える。⋮⋮アイ
ツからか。
俺はバクバク鳴っている心臓を落ち着かせる為に、大きく深呼吸
を二回してからゆっくりと近づく。森の中の奇襲って事で、人族は
鎧は脱いでいるらしい。
部隊から離れた人族は、少し離れた木の近くでズボンの紐を緩め
上を見始めた。
この人族は、排尿の為に部隊から離れたらしい。単独行動とはな
かなか舐められてるな。
コレはもうやるしかないよな。とっくに覚悟を決めたつもりだっ
たが、なかなか踏ん切りがなかなかつかず、喉を切ろうとして出し
た︻黒曜石のナイフ︼を、どう持って良いかわからなくなった。
579
ジョボジョボと音が聞こえてきたので、俺はもう一度深呼吸をし
て近づき、左手で口を塞ぎ、結局順手で持ったナイフを横から串を
刺す様にしてのどに突き刺しそのまま手を外に振る様にして切り裂
き、体が少し痙攣し動かなくなったらゆっくりと地面に寝かせる。
心臓が更にバクバクなっているが、これで終わりではない。潜ん
でいる敵を処理しなくてはならない。俺は中腰でゆっくりと近づき
数を数える。
十五人?さっき一人倒したから、片側十六人だと!?さっきの部
隊も十四人程度だったらしいからな。多分もう片方にも確実にいる
な。コレは勘だ。片方から襲撃するより両側からの方が良いに決ま
ってる。
喉が渇き、ハーッハーッと軽い運動をしたような息遣いになって
る自分に気が付き、慌てて口を閉じた。ナイフじゃ全員倒す前に気
が付かれる、仕方ないがあまり使いたくなかった魔法を解禁させる。
散弾だ。石弾を多数生成してサブマシンガンの様に撃ち込んでも
良いが、急所を外し生き残られるのも困る。
現実世界と違って、火薬で打ち出さないからほぼ無音だし、板金
鎧や皮鎧すら着てないから、当たっても多分あまり音がしないだろ
う。事前に色々な動物で試しておくべきだったな。
そう思い、俺は全員しとめる覚悟を決めた。
﹃イメージ・一センチメートルの球状のマラカイトを十個・秒速四
百メートル・直径三センチメートルで纏めて射出﹄
視線の先に見えている赤い点を人族の胴体に合せ頭の中で﹃ダン
ッ﹄と射出して﹃ジャッカン﹄と排莢する為に、ポンプアクション
をする音を、ゲームのショットガンの音を思い出しながら、マカラ
つぶて
イト弾を次々と発射していく。
小さな礫が肉にめり込む音が聞こえ、一発目で二人が吹き飛び、
二発目で一人の胴体が千切れ、残りがこちらに気が付くがもう遅い。
人族は、いきなり吹き飛び、千切れたのを見ても、最初何が起こ
580
ってるかわからないような感じで俺を見て、なんだかわからない様
子で声すらも出さなかった。
﹃コレはリアルすぎるゲーム、コレはリアルなゲーム。臓物の臭い
や血しぶきが飛び散って、顔に付き生暖かく感じるゲーム﹄
日本語で呟きながら、脳で無理矢理変換して、機械的に次々と敵
を処理していく。
﹃ははは、リロード必要ねぇや。ポンプアクションだけすれば、弾
が無限に出るんだからな。これで全員だっけ? あぁ、道の向こう
にもいるんだっけ。このまま道を渡って正面から倒した方が良いの
か? 裏を取るか? 俺なら裏を取って背中から撃ち殺すな、だっ
て集団でキャンプしてるんだからな。あー良い鴨だぜ。これでチー
ムに貢献できるな。食らえ丈○郎、エメラルドス○ラッシュ﹄
とボソボソと呟きながら処理をする。
何を話しているのか解らない15人の人族はそのまま動けずナマ
モノになった。
道を見ると歩兵部隊の先頭が小さく見え始める。あの軍行速度だ
と輜重兵まで十分って所か余裕だな。
道の向こう側に回り込むため進行方向に中腰で三十m程小走りで
移動して道を堂々と横断してまた歩兵部隊が歩いて来る方になるべ
く足音を立てない様に注意して歩く。
金髪を発見。もう少し道から離れるか頭を下げるかしろよ、森の
中じゃ丸解りじゃないか。
俺は歩兵部隊に流れ弾が行かない様に注意しつつ集団キャンプして
いる奴らに向かって処理を始める。
﹃フー、31キル0デスか、調子が良いな今日の俺は⋮⋮はぁ。⋮
⋮畜生、俺は何をやってるんだ。ははっ⋮⋮畜生︱︱﹄
ナマモノを見ながら呟き、乾いた笑いを出していた。
581
﹃気分じゃないが、使える物を探そうドロップ品だ﹄
独り言を言いながら、千切れ飛んだ下半身の腰の当たりから皮の
小物入れを見つけ、比較的無事な奴だけを見つけ出して漁り出す。
﹃人族の貨幣と煙草とパイプか。まぁ、無いよりはマシだ。換金も
できるって話だからな。色的に銀貨か? それが十三枚っと⋮⋮﹄
取る物を取ったら、腰についている草をかき分け、戦利品をポケ
ットにしまい道に出て両手を振り叫ぶ。
﹃おーい﹄
出来るだけ大声で叫び、歩兵達を呼ぶ。
馬に乗った隊長らしき、羊っぽい獣人族がやって来た。
﹁貴様何者だ!﹂
あ、俺日本語使ってた。しかも全身草まみれの血まみれで、目元
しか出てないのは流石に怪しいか。
﹁ギルドから派遣され、輜重兵の護衛をしていたカームと言います。
ヤウール隊長の許可をもらい、単独で森に入り、敵を探し出し処理
してました。ここから先に進む場合は更に警戒してください、まだ
いるかもしれません﹂
﹁わかった。して、その殺した敵は!﹂
﹁左右の茂みにいます﹂
そう言って、俺は両手を広げ指を指す。
﹁わかった部下に確認させよう﹂
そう言うと、列の1番前の兵士四人を連れて戻って来て、確認さ
せに行った。
そして四人は涙目になり、口元を汚しながら帰って来た。
﹁こちらは十人以上の人族を確認﹂
﹁こちらも、おそらく十人以上だと思われます﹂
﹁何だその報告は! はっきりしろ!﹂
そして四人は狼狽えながら。
﹁頭を数えましたが損傷が激しく、体がなかったり、体はあるのに
頭がない者があり、詳しい数は⋮⋮ですが首を切られ死んでいた者
582
は一人いました﹂
あー、あの立ションか。
﹁こちらもほぼ同じです﹂
﹁実際はどうなんだ? どうしてそんなに体を損壊させた﹂
俺の方を見て言ってくる。
﹁十五人の十六人だと思います、俺は護衛として雇われたので、早
くしないと皆が危ないと思い魔法で一掃しました﹂
﹁わ⋮⋮わかった、そう伝えておこう。輜重兵の援護に戻れ﹂
﹁了解﹂
﹁化け物め⋮⋮﹂
俺は血まみれ草まみれの状態で、輜重兵達が来るまで隊列を組ん
で歩く歩兵たちにジロジロ見られながら待つ事にした。
﹁どうしたカーム、すげぇ目が座ってて別人みたいだぞ?﹂
﹁あぁ、気にしないでくれ﹂
﹁声もすごく低くて怖いな、少し落ち着けよ﹂
﹁あぁ、気にしないでくれ﹂
そう言って馬車の左右にお互い戻るが、キースがこちらを心配そ
うに見ている。
俺の何かがおかしいのか?
そして森を抜けたら、大休止になり昼食が配られた。
相変わらず黒パンと干し肉だけだった。
﹁なぁ、いつまでそんな格好してるんだ?﹂
﹁戦場で飯食う時に、鎧脱がないのと同じだよ﹂
その後は、お互い無言で飯を食べるが、キースはなんか可愛そう
な眼をしてこちらを見ている。
昼食を食べ終わり、無言で空を虚ろな目で眺めていたら、キース
がやけに低い声で脅す様に話しかけて来た。
﹁いいからその格好辞めろ⋮⋮そして体を拭いて血の臭いを取れ﹂
﹁でもこの先にまだ︱︱﹂
﹁うるせえよ!﹂
583
会話の途中で、そう言いながら思い切り腹を殴られ、胸倉を掴ま
れた。
﹁大体何があったかはわかる、だからこそ経験者の話は聞いておけ﹂
キースは、俺が初めて殺しを経験した事に気が付いたのか、いつ
もの雰囲気とは思えない声で、胸倉をつかんだまま耳元で真剣に言
って来る。
﹁わかったなら着替えろ﹂
﹁⋮⋮わかったよ﹂
馬車から着替えとタオルを出し、てぬるま湯の巨大な︻水球︼を
出し、そこに倒れ込む様にして入り、全身の草や血を洗い流し、体
を拭いて馬車の幌に濡れた着替えを干しておく。
﹁なんか気がまぎれる様な物はないのか? あるならそれで紛らわ
せろ﹂
そう言って、どこかに行ってしまった。
﹁紛らわせろ⋮⋮か﹂
先ほど手に入れた、前世でもあまり吸った事の無かった煙草を、
何故か吸おうと思い、パイプに刻んである草を詰め、指先から︻火︼
を出して、火を付けて吸ってみる事にした。
前世で紙巻き煙草を吸った時はむせたが、フィルターを通して無
い煙を直接口に含み、スーーッと肺に入れ、ハーーッと深呼吸みた
いにして煙を吐き出す。
毒耐性が効いてるのか、むせる事も無い。煙を吸った時の何とも
言えない味が口内に広がり、変な感じがする。コレの何が良いのか
わからない。パイプや葉巻は肺に入れず、香りを楽しむ物と言う知
識はあるが、焼き菓子を焼くバターや、砂糖が焦げる香り、新鮮な
果物の香りの方が何倍もマシだ。
だが火を付けてしまったので、戻す訳にも行かず、誰かに﹁吸う
かい?﹂と聞こうとしても周りに誰もいない。
ふかし
獣人族は鼻が良いから、多分嫌いな奴が多いんだろう。
仕方がないので残りもふかしてしまおう。口腔喫煙って言うんだ
584
っけ?
あー不味いなー。俺にはタールやニコチンは必要はないな、甘味
をくれ。
ボーッと空を眺めながら、そんな事を考えてたらキースが戻って
来て、俺を見ると少し距離を取った。
﹁お前、今まで煙草なんかやってなかったよな?﹂
﹁あぁ、今初めてやったさ、さっき偶然拾った⋮⋮からな。けどや
らない方が良いな、煙や臭いで敵にばれるかもしれない。で、これ
の処理ってどうするか知ってる?﹂
﹁知るか! その辺に捨てて、火事にならない様にしておけ﹂
﹁だよなー﹂
そう言って、パイプを逆さにして灰を落とし、足で踏み消し戦利
品としてリュックに突っ込み、飴を取り出し口に入れるが、先ほど
のタバコのせいでいつもと味が違う。
﹁不味い﹂
煙草を止めて太るって言うのは、食べ物がおいしく感じるからっ
て言うのは本当かもしれない。
その内昼休憩も終わり、進軍を再開するが奇襲もなく夜になり、
野営の準備を始め、具の少ないスープと一緒に黒パンを胃に流し込
み、食事を終了させる。
そして俺はとある場所に向かい始める。娼婦のところだ。
戦場に向かう一団の中、夜に金の入った袋を持って、どこかに行
こうとしてたら、目的は聞かなくても誰にだってわかる。だから散
々キースにからかわれたが、そういう事目的ではない、癒しが欲し
かっただけだ。
﹁俺も行こうっと﹂
散々俺の事からかって置いて自分も行くのかよ!
俺は一角だけ妙な空気の、小さなテントが並んでいる場所まで行
き、目的に合った娼婦を探し始める。
585
小さなテントの前に女性が立っていれば客待ち中だ、わかりやす
い。
俺は、露出の多い女性達に声を掛けられながら、目的の女性を探
し歩く事にする。
いた、狐耳の獣人族の女性だ。
﹁良いかい?﹂と声をかけ﹁えぇ、大丈夫よ﹂と、女性がテントの
入り口を捲るが。わからない事だらけなので、正直に聞く事にする。
﹁こういうのは初めてなんだけど、どういう風な感じで事が進むん
ですか?﹂
﹁そうね⋮⋮まずは料金先払いで、時間はこの小さな穴の開いた器
に水を入れて、水が全部無くなるまで、数が多いんだから一晩中相
手にしてられないよ。で、どうなの?﹂
﹁料金は?﹂
﹁一回大銅貨五枚﹂
﹁失礼かもしれないけど、随分安いんだね﹂
﹁男なんか沢山いるし、その気になればすぐに出せるんでしょ? さっさと出して帰っていくのも多いわ。あ、処理が面倒だから最後
は外よ、あと乱暴な事は駄目よ﹂
随分生々しいな、あと病気とかもかなり怖い。
﹁大体わかったよ﹂
そう言って、女性から先に入っていく。
料金を支払い、女性が脱ごうとしていたところで、俺がそれを止
める。
﹁なに? 貴方って服を着てた方が好みなの? まぁ良いわ﹂
フフッと笑いながら、穴の開いた器に水を入れ始め、女性がスカ
ートを捲る。
そして露わになるフサフサの尻尾、そして下着を脱ごうとしてたが、
それも止めさせた。
﹁貴方、相当変わってるわね﹂
こういって言って女性は寝転がる。
586
そして俺は直ぐに横に座り、尻尾を撫ではじめる。
﹁ちょ、ちょっと何をしてるのよ!﹂
﹁尻尾を撫でてる、このままフサフサしたりモフモフしたりニギニ
ギしたりフリフリしたりする﹂
﹁私を抱きに来たんじゃないの!?﹂
﹁金を払ったから俺は客だ、別に乱暴な事はしていない﹂
金を払えば客だと言う考えはかなり最低だがソコまでの余裕は俺
にはもう残っていない。会話中もしっかりモフモフしている。
﹁⋮⋮まぁ良いわ﹂
認められたので良しとしよう。そして、しばらく撫でたり握った
り振ったりしていたら、女性から話しかけて来た。
﹁獣人族の尻尾はね、本当は好きな人にしか触らせないの﹂
﹁じゃぁ、なんで触らせてるんですか?﹂
モフモフモフモフ
﹁こんな仕事してる時点で、そんな事言う権利はないと思ってるの﹂
フサフサフサフサ
﹁そうですか⋮⋮。俺もさ、実はこういう事するつもりはなかった
んですよ、金を払ったから客だって言っちゃっいましたけど。けど、
今日物凄く嫌な事があって、乾いた心に潤いが欲しかったんです﹂
ニギニギフリフリ
﹁何よそれ。だからこんなことをしているの?﹂
﹁えぇ﹂
﹁なら、その辺の男の触れば良いでしょ?﹂
﹁見た目が嫌だ﹂
﹁そう⋮⋮﹂
﹁しかも男が男に触られてうれしいと思います?﹂
﹁⋮⋮思わないわ﹂
﹁でしょう? おれも男の尻尾を撫でたいとは思わないですよ﹂
そんな会話中も、しっかり撫でている。
﹁動物だったらオスメス関係ないんだけど、魔族だったら大有りで
587
すよ﹂
﹁そうね、たしかにそうだわ﹂
そうしてしばらく尻尾で遊んでいたら、耳も触りたくなった。
﹁頭の上の耳も触ってよいですか?﹂
﹁駄目﹂
﹁そうですか⋮⋮そっちは諦めます﹂
﹁けど、今日何があったか教えてくれたら、少しだけなら良いわよ﹂
そうやって聞き出して移動中の話題にするんだろうな。
﹁俺は、ギルドで日雇いの仕事しかしてないで、討伐とかの依頼は
ほとんど受けた事がないんですよね。極端な怖がりで怪我もしたく
ないし、殺されたくないって理由なんだけど、偶に知り合いに誘わ
れて、討伐に協力するだけだったんです。生きてる豚とか羊を殺す
のも、できればしたくない。けど俺って色々すごいらしくて、噂が
独り歩きしちゃって、テフロイトの貴族様の耳に入っちゃって、護
衛の命令書が来て、今日の昼前に初めて魔物や動物以外を殺した、
童貞を捨てたとか切ったって言うのかな?﹂
﹁⋮⋮そう。新人の兵士さんがよくなっちゃう心の病気ね、気にし
ない事が一番よ﹂
﹁しかもいきなり三十一人なんだ、未だに飛び散った血の生暖かさ
を思い出すし、内臓の臭いが鼻から離れない。人族の後ろから近づ
いて、口を押え喉を切っ時に痙攣する震えを体が覚えている。美味
くない飯が更に不味くなったんだ⋮⋮﹂
気が付いたら俺は涙を流していた。
﹁そう⋮⋮耳は少しだけよ﹂
許しが出たみたいだ。
﹁⋮⋮サラサラだ﹂
狐耳の女性の顔が少し赤くなり、プルプル震えている、恥ずかし
いのかくすぐったいのかわからないが、我慢しているのは確かだ。
﹁もう駄目﹂
そう言われ、手を払いのけられたので、また尻尾を触るが、しば
588
らくして﹁時間よ﹂と言われたのですぐに止める事にする。
﹁泣いて愚痴を言って、心に水をあげたら少しすっきりしました、
ありがとうございます﹂
﹁どうしたしまして﹂
そう言って、女性は入口の布を巻くって送り出してくれた。
帰ったらキースに﹁ずいぶん遅かったな、随分すっきりした顔に
なったな、時間いっぱいまで楽しんでんじゃねぇよ﹂と言われ、楽
しんでたのはある意味事実なので何も言い返せない。
明日の朝食は今日の昼食や夕食より多少マシになってる事を祈ろ
う。
閑話
カームがモフモフした次の日の馬車内。
﹁昨日さ、噂になってる、奇襲しようとしてた三十人を倒した人が、
私のところに来たよ﹂
﹁え? あの草を体中にくっ付けた変な人?﹂
﹁草は付いてなかったけど、愚痴ってたから多分噂になってる本人
だと思う﹂
娼婦たちの間で﹁なにあの体中草だらけの人﹂﹁私あの草の人が
奇襲しようとしてた人族三十人を倒したって話聞いちゃった﹂と、
昨日の昼時に話題になってたらしい。
﹁で? どうだったの? 上手だった? 大きかった?﹂
﹁ずっと尻尾を触られて終わっちゃった、最初に﹁脱がなくていい﹂
﹁下着も下ろさないで﹂って言われたから変態かな? って思った
けど、変態じゃなくて変な人だったよ、けど喋り方も優しかったし、
撫で方とか触り方とか凄く優しかったわ。だから根は優しいんだと
思う﹂
﹁えー何それー﹂
589
﹁初めて殺しをしたのが人族で、しかも一気に三十人も殺しちゃっ
たから、新人の兵士がよくかかっちゃう、心の病気になっちゃって
来たみたい﹂
﹁三十人も殺しておいて心の病気ってありえないよ、きっと優しく
ないよ﹂
﹁けどあの草の人が倒してなかったら、私達の馬車も襲われてたか
もしれないんだよ? だから無理してでも倒したんじゃないかな?
私はそう思うよー﹂
﹁そうね、たしかにそうかもね。あの人ギルドから送られてきた護
衛って話も聞いたわ、だから無理したのかもしれないわね﹂
﹁じゃあ、変人で良い奴って事で﹂
そうして馬車内は笑いに包まれる。
こうして変な噂が広まります。
閑話2
﹁カーム君が最前線に行っちゃったのよ!﹂
スズラン編
﹁そう﹂
﹁それだけなの!スズランちゃんの薄情者!﹂
﹁だってカームが怪我したり死んだりする所が想像できない﹂
︵回復魔法が使えるらしいけど内緒らしいし︶
両親編
﹁そうか、活躍してるかな﹂
﹁どうでしょうねー?﹂
590
﹁それだけなんですか? 心配じゃないんですか?﹂
﹁﹁だって息子だし﹂﹂
︵︵回復魔法使えるし︶︶
スズラン両親編
﹁ついに戦場か! アイツの事だ、大暴れだな﹂
﹁きっとそうね﹂
﹁心配しないんですか!?﹂
﹁まぁな﹂
﹁えぇ﹂
︵回復魔法でどうにかなるだろう︶
︵回復魔法が有るなら平気よね︶
三馬鹿編
﹁最前線か、怖がりなアイツにしては珍しいな、命令だから仕方な
いけどな﹂
﹁そうだね﹂
﹁うんうん﹂
﹁心配にならないの?﹂
﹁﹁﹁だってカームだし﹂﹂﹂
夜、泊まらせてもらっているスズランの部屋の布団の中で。
﹁皆の反応が悪すぎよ、なんで誰も心配しないのよ﹂
と呟き寝る事にした。
591
第45話 敵に奇襲を掛けられそうになったからやり返してやっ
た時の事︵後書き︶
両親やスズラン一家は回復魔法が使える事を知っているし、三馬鹿
は自分の父親に無傷で勝っている事を知っているのでそんなに心配
していないみたいです。
この村のカームへの認識は﹃常識外れ的な奴﹄扱いらしいです。
途中で主人公が初の殺しを経験して少しおかしくなって居ますが多
分平気でしょう。
前にも本文で書いたと思いますが獣人族の獣系の耳は頭の上に、人
間みたいな耳が顔の脇に付いています。
構造はどうなってるとかは考えてませんが両方聞こえるという設定
です。
592
第46話 砦前で乱戦をしている兵士達の横で何をして良いか解
らなかった時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20160507修正
593
第46話 砦前で乱戦をしている兵士達の横で何をして良いか解
らなかった時の事
次の日の朝に、この隊の一番偉い虫みたな触角を生やした隊長っ
ぽいのが、大声で演説をしている。飯くらいゆっくり食わせろ。せ
っかく温かいスープまで付いてるんだからな。
﹁これより徒歩で、太陽が少し傾いたところにある丘を越えれば城
塞が見える! この城塞は最前線に物資を届ける為の重要な拠点で
あり、負傷した兵が運び込まれる所でもある! それが今人族の手
によって奪われそうになっている! それを退けるのが我々の仕事
だ! 馬車から必要な物だけを持ち、残りには護衛を部隊の一割を
付ける。何かあり次第ここに伝令を飛ばすので、伝令を受ける者は
準備をしておけ! 俺達は必ず勝てる! だからゆっくり食事を取
ってほしい!﹂
最後の食事になるかもしれないから、ゆっくり食えってか。まぁ、
そんな事は普通言わないよな。言われた通り、ゆっくり食わせても
らいますかねぇ。
﹁おい、カーム。俺達何すればいいんだ?﹂
﹁さぁ? 護衛後に支援としか言われてないから、遊撃隊みたいに
勝手に動いていいんじゃないの? ヤウールさんも﹃ここまで来た
らもう私の管轄じゃないですから﹄とか言ってるし、まぁ場の空気
を乱さない様に気楽に行こうぜ﹂
﹁そうだな、一緒に行動しようぜ﹂
なにその﹁一緒に走ろうぜ﹂的な感じは。
俺等は朝飯を食べ終わった後、小さなリュックに入れる装備の点
検をして、ゆっくりとしていたら歩兵部隊達が騒がしくなり。
594
﹁お? そろそろじゃねぇの?﹂
キースがのん気に口を開く。
﹁んーみたいだな、最後尾についていけばいいんじゃねぇの?﹂
お互い疑問系だ。雇われ傭兵扱いで、数も少ないので纏めるのが
いないのである。食事やその他消耗品類は支給されるが、基本的に
扱いが緩い。
輜重兵の護衛を外れた今は、最前線基地に群がってる人族の排除
が、次の任務だ。
﹁んじゃーいくかー﹂
﹁だなー﹂
そういいながら歩き出す。物凄く気の抜けるような声でやり取り
してたら、周りに睨まれた。
﹁そう言えば他の部隊にギルドから派遣された奴居たか?﹂
﹁見てねぇな﹂
﹁もしかしてこの中でクラヴァッテ様に2人しか雇われてねぇの?﹂
﹁あーそうかもな﹂
緩い会話をしながら歩兵部隊に睨まれながら最後尾に付いて行く。
﹁あの丘じゃないのか?﹂
そういって歩いてると、既に歩兵が丘の陰でなるべく横に広く並
び、その前に騎馬隊が突撃準備をしている。二陣に分かれてるから、
左右に分かれるんだろう。
まぁ、この辺は訓練で見てたから想定内だけど、砦ってどうなっ
てるんだ?
そう思って、丘から少しだけ頭を出してっ確認。
七百メートル先の、なだらかな丘の下に人族の陣営が見え、砦を包
囲している。その先に堀に囲まれた四角い城壁。1辺が三百メート
ルくらい、高さは十メートルくらいで狭間付きか、人が行き来して
るから厚みは二メートル位か?入口は跳ね橋か。こんな援軍の数を
595
収容できるのか?中にどれくらい生き残ってるか知らないけどな。
そろそろ柔らかい布団で、屋根の有る所で寝たいよ。
地面の色は草とかはなく、土が剥き出しか、散々踏み固められて
るしな、周りに樹木や茂みはなし。
めんどくせえなぁ、アンブッシュ出来ないなら、目立たないコゲ
茶色しかねぇな。
堀は、幅七メートルの深さ三メートル強ってところか。水深はど
れくらいだ?人族が結構沈んでるけど、水で揺らいで良くわからな
いけど、一メートルくらいか?にしても嫌らしい構造してるなぁ、
水少ないし。幅も長いと梯子も重くなる。攻城塔も見えるけどまだ
使われてないみたいだな。いやー中途半端な水深が一番いやらしい
わ。深いなら諦められる、浅ければぐちゃぐちゃになるけど入ろう
とする。けど腰までだと入れるけど動きが阻害される。上から油や
お湯を掛けられても下が水だから重度の火傷にならないで中度、し
かも戦場じゃ色々と不衛生だから多分長時間苦しんで死ぬな、生き
残ってもまぁお察しって事だ。
手押し車⋮⋮一輪車?ネコ?を持った奴が、弓に狙われながら、
必死で掘りを埋めようとしてるけど、水張ってあるから埋めても沼
になって攻城塔乗せるのに土だけじゃ設置圧足りないだろ。
ところで、三角関数ってどうやるんだっけ?高さ五メートルの幅
七メートルだから、必要な梯子の長さは⋮⋮まぁ長けりゃ届くよ、
うん。人は覚えても、やらないと忘れる。
今は投石器ががんばってるけど、アレはマンゴネルって言ったっ
け?でっかいのはトレビュシェットだっけ?弓に優先的に狙われて
るな、よくあんなもの持ち込んだな。大変だねぇ。まぁ映画とかで
も必死で引っ張ってたし。
投石器が有るって事は、この砦を拠点として人族は使わないのか
?まぁ関係ないか。
﹁おい、そろそろ突撃みたいだぞ?﹂
596
﹁了解、着替えるから少し待ってくれ﹂
そう言って、こげ茶の服に着替え地面を少し掘り、土を︻水︼で
溶いて顔に塗りたくり、髪にも粘液に土を混ぜ塗っていく。
よし!これで俺は全身こげ茶色!
﹁お前って変な奴だよな﹂
﹁否定できない﹂
この世界じゃ、まだ理解されないだろうな。
﹁突撃ーーーー!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁おーーーーーー!﹂﹂﹂﹂﹂
大人数が、勢いよく坂道を全力で突撃して行き、左右に分かれた。
まぁ丁度ここから見て砦を正面に見て左角が正面に見えたからな左
翼側は砦の裏手にも周るんだろう。
﹁おい出遅れちゃったぜ?﹂
﹁ん?あーしかたない、俺等は傭兵扱いだ。精々流れを見て動こう﹂
大声に気が付き、人族の陣営が転回し、盾を構え後ろから長めの
槍がでてくる。
まぁ防御重視の密集陣形としては良いけど、下り坂の馬の突進力
に耐えられるかな?
あ崩壊した、まぁ無理だよな。そこから人族の陣形が乱れ何とか
持ち直そうとしたが裏から大群が攻めて来て砦を攻めてる奴は防御
の対応に遅れているので持ち直すのにも数が足りない。
その後に剣と盾しか持ってない囚人兵が人族を薙ぎ払いながら投
石に向かって行く。それにしても酷い装備だな。使い捨ての駒だか
ら仕方ないか。まぁスコップにバールとマチェットと厚手の服の俺
が言えたもんじゃないけどな。
萌えないおっさん達は平気かな⋮⋮。
トレビュシェットは、大きいから攻撃が出来ない様に縄を切って
るだけだ。まぁ支援してやるか。
トレビュシェットの少し隣の土を、魔法で沈下させ、人族の多い
597
方に転がしてやる。
﹃魔法だ!魔法使いが居るぞ!警戒しろ!﹄
なんか派手な奴が、剣で周りを指しながら言っているな。まぁ、
ここからじゃ聞こえないんだけどな。
﹁んじゃぁ、俺達も行こうぜー﹂
﹁アレ、お前の仕業だろう?﹂
指を指し言ってくるが﹁あぁ﹂と軽く返事をしたら。
﹁馬鹿じゃねぇの!普通出来ねぇよ!﹂
激しく突っ込まれる。
﹁いや、出来ちゃったし﹂
﹁はぁ、もういいわ。で、どうするんだ?﹂
﹁正面の方は乱戦だから、裏手に回ろう。この丘の影を回れば裏手
が見えるはずだから、安全に行こうぜ﹂
そう言って、丘の影を気が付かれない様に移動して、裏手に回る。
少し頭を出して確認すると、城壁に梯子が掛かっておらず、人族
は城壁の上からの矢と、囚人兵と歩兵の処理をしている。このまま
放って置いても、なんか平気そう。
﹁俺の判断だけど言って良いか?﹂
﹁なんだ﹂
﹁これさ、俺等の出番がない気がするんだが⋮⋮﹂
そう言うと、キースも顔を出し確認している。
﹁あー﹂
気の抜けた声を出している。
﹁正面向かって右手側はどうなってるんだろうな﹂
﹁わからん、また回るか?﹂
﹁そうだな﹂
もう既に丘が無くなっているので、人族にばれない様に少し遠く
から回り込む。
﹁俺等まだ何もしてないな﹂
598
﹁あぁ﹂
そういうやり取りをしつつ、身を低くして城壁の右側に少しだけ
有った低木にたどり着く。植物の力強さに感謝だ。
正面と左手側の攻防が激しいのか、裏手側は梯子と斧や槍、油や
熱湯。弓と弓の攻防が続いている。
﹁俺達に注意が向かない様に、支援しとくか?﹂
﹁お、おう﹂
そう言って俺は熱湯で︻水球︼を作り射出する。前々から思って
たんだがゲームなんかである、ウォーターボールとかって、どうい
う風にダメージが入ってるんだろう?と⋮⋮。
物凄い勢いで射出して衝撃を与えてるのか?それとも水質なのか?
水面に一定速度以上で叩きつけられると、水面の硬さがコンクリ
ート並になるって聞いたときあるからな。バケツ1杯分の水球が、
時速百キロメートル以上で飛んできたら、まぁ痛いよな。
だから俺は熱湯で水球を作り、速さで水が四散しない様に考えな
がら、怪しまれない様に梯子を登ってる奴の、何人かに当ててやる
事にした。
﹃ぎゃぁーーーー!﹄﹃あ゛∼∼∼﹄
背中を抑えるように、梯子から慌てて自ら堀の中に落ちて行く、
そのまま観察してたら、狭間から身を乗り出し、堀に矢を射る兵士
の姿を見かけたので、多分止めを刺したのだろう。
まぁ、叫び声はある意味万国共通みたいなもんだな。
﹁キース、此処から矢は届きそうか?﹂
﹁届くけどこの距離じゃ、狙いは少し怪しいな⋮⋮。でも一応届く
ぞ﹂
目視二百メートルくらいあるからな。弓で二百メートルの未来位
置予測は難しいか。
﹁そうか、味方に当たっても仕方ないから俺が魔法で⋮⋮あー。こ
っちに気が付かれても良い?﹂
﹁好きにしろよ、俺はもうお前の魔法には突っ込まん﹂
599
﹁りょーかい﹂
俺は熱湯で五百リッタークラスの︻水球︼を上空20mくらいに
発生させ、なるべく人族の多そうなところに落とす。その辺のホー
ムセンターで、巨大なタンクを見た事があるから、大きさのイメー
ジはしやすい。
ダッパンッ、ビタビチャビシャと水風船を落とした時みたいに、
四方八方に熱湯が飛び散り、大量の湯気が上がり、同時に叫び声が
聞こえ、大量に熱湯を浴びた兵士は水の有る堀に飛び込んでいく。
湯気が晴れた頃には、何が起こったのかわからなかった魔族の兵
士たちも我に返り、掘りの中の人族に弓で止めを刺したり、梯子を
落としたりしている。
﹁んーーー﹂
唸りながらキースが、妙な顔でこちらを見ている。
﹁何か言いたそうだな﹂
﹁突っ込まないとか言ってたが、やっぱり規格外だぞお前﹂
﹁そうか?﹂
そう言いながらも、次を作り出し熱湯の水球を落としていく。
そして、逃げ出した兵士がこちらに近づいて来る。
﹁ほら、仕事ができたぞ、俺は水球で城壁に攻撃してる奴等をまだ
狙うから、頼むよ﹂
﹁はいはい、わかったよ﹂
そしてどんどん矢を射って、こっちに逃げて来る人族を確実に排
除していく。
キースもなんだかんだ言って、射撃速度とか命中精度が良すぎる
な。だから呼ばれたのかもしれない。
そうして何人か倒れると、こちらに真っ直ぐ逃げるのではなく、
城壁の左側や右側に、逃げるように散っていく。
﹁こっちに来た奴だけ頼むよ、なんだかんだ言って、逃げ方からし
600
てまだ気が付かれてなさそう﹂
﹁あいよ⋮⋮﹂
様子を見ながら︻水球︼を落としていくが、人がまばらになって
いき、最後には何もしなくても、城壁の上の兵士が弓で倒していく。
固まれば熱湯、散れば弓、逃げても弓。左右に逃げれば、奇襲を
食らった人族の勝ち目のない戦いに、参加させられる。
﹁もういいんじゃないか?﹂
﹁あー、そうだな。水球はもう要らないな﹂
そうして、しばらく低木の陰に隠れていたが、城から﹁うおーー
ーーー!﹂と大声で聞こえ、何人かの囚人兵が先陣を切って裏手側
にやって来るが、ほとんど誰もいないので呆気にとられている。
﹁終わった?﹂
﹁終わったんじゃね?﹂
そうして俺達は、低木の陰から立ち上がり、肩で息をしている囚
人兵達に近づいて行く。
﹁終わったんですか?﹂
﹁終わったと思う﹂
はぁはぁ、と息を荒げ、血まみれの獣人系の囚人兵が血走った目
で当たりを警戒している。
﹁失礼ですけど返り血ですか? 怪我ですか?﹂
﹁返り血だ、気にするな﹂
﹁そうですか、じゃぁ正面に向かいましょう﹂
そうして歩き出すが、死体の山をよけながら歩くのには、気分が
滅入る。
死体は見たくないけど、足元を見ないと踏むからどうしても見な
いといけない。最悪だ。
そうして、ある程度正面に兵士が集まり、物資を乗せた馬車も到
着すると跳ね橋が下り、全く汚れていない派手な服を着た贅肉だら
けのなんだかか解らない生物が出て来て、甲高い声で﹁援軍感謝す
601
る﹂と言っている、太りすぎて声帯狭いんじゃね?しかもお前絶対
何もしてないだろ。
あの一番偉いかもしれない昆虫系の隊長が﹁間に合って良かった
です﹂と言って馬車に向かい手を招いて﹁物資もすべて無事です、
これでまだ戦えます﹂とか言っている。
﹁今日位は贅沢しても誰も怒らん! 後始末をしながら暖かい食事
を作るのだ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁おーーーーーー﹂﹂﹂﹂﹂
うん確かに士気向上とかは必要だと思うけど、一番の理由はお前
が食いたいだけなんだろう?おう語尾に﹁でぷぅ﹂とか﹁でぶぅ﹂
ってつけてくれよ﹁お腹が空いたから食事を持ってくるでぷぅ﹂﹁
何をやってるでぷか!さっさと人族をやっつけるでぶぅ!﹂と妄想
して吹き出し、キースに変な目で見られた。
兵士が死体から矢を抜き集め、死ねず痛みで唸っている人族に止
めを刺し。死体を一カ所に重ね火をつけて行く。
人の焼け焦げる臭いが鼻に衝いたので、俺は風上に逃げた。って
か戦ってる時間より後片付けのほうが時間かかるってどうよ?
逃げた先では、死にきれなかった比較的軽症や、派手な鎧いを着
た人族が紐で縛られ、数十名が砦に連れてかれて行く。あーこの先
は知りたくもないな。と眺めていて、残りはどうするんだ?と思い
振り返ったらすでに首と胴が離れていた。
﹁あーあ、最悪な物見ちゃったよ⋮⋮﹂
そう呟きながら荷物を載せた馬車を探し、飴を頬張る事にした。
太陽の位置を見たら昼を過ぎていたので、そろそろ昼になるだろ
うと血を吸って滑る地面を歩きながらキースを探す事にした。
﹁おーい、昼まだか?﹂
﹁その前に、お前も顔拭いておけ﹂
﹁あー、今回は血まみれになってないから、忘れてたわ﹂
602
︻水球︼を出し、顔を突っ込み洗って服の袖で拭いて終了。
﹁本当その魔法便利だよな﹂
﹁だろ? 教えるか?﹂
ニヤニヤとしながら言ってみる。
﹁魔法は使えん﹂
﹁俺は弓が絶望的に下手だ﹂
﹁だから何だ、教えるから教えろってか?﹂
﹁いいや、得手不得手があるから、そう言うならべつにいいって意
味﹂
﹁だよなー、どれくらい下手なんだ?﹂
﹁明後日の方向に飛ぶ、矢を持って投げた方がまだ真っ直ぐ飛ぶわ﹂
﹁なんだよそれ、ちょっとやって見せろよ﹂
そういって、笑いながら弓と矢を渡してくる。
俺が弓を引くと﹁おー綺麗な形だな﹂そして矢を放つ﹁あー、もう
こりゃ神の呪いって感じだな、なんであれでまっすぐ飛ばない﹂と
いった会話をしていたら﹁飯だーーーー!﹂と大声を上げて歩いて
いる兵士を見かけたので、さっさと向かう事にした。
少し具の多い、ベーコンの入った塩スープと黒パンだった。
﹁これが少しくらいの贅沢ねぇ⋮⋮まぁ今後最前線に物資を届ける
から仕方ないか﹂
﹁ベーコンが入ってるだけ、幸せにおもわねぇと﹂
﹁んー、だなぁー﹂
﹁俺さ、テフロイトに来るまでに馬車で一緒だった囚人が居るんだ
けどさ﹂
﹁なんだ急に﹂
﹁ちょっと探して来ようと思うんだ、魔族側にも少し被害が出てる
って聞いたし﹂
﹁そうか﹂
﹁あぁ、しかもその少ない被害のほとんどが囚人兵って聞いたから
さ、少しだけ気になって﹂
603
﹁行って来いよ、俺等は兵士じゃねぇから何も言われねぇだろ﹂
﹁そうだな。悪いな、飯食ってるのにこんな話しちゃって﹂
﹁構わねぇよ、あのまだ燃えてる山の臭いがこっちに流れて来るよ
り断然マシだ﹂
そういう会話をしながら、手早く食事を片付け、囚人が固まって
る方に歩き出した。
囚人兵と言っても二百人程度だ。少し大きめの学校の全校集会よ
りは、かなり少ない。俺は辺りを見渡しながら歩くが、皆俺の方を
睨み返してくる。
ここにはいない、死んでねぇだろうな。俺は足早に負傷兵が固ま
って治療されている場所に向かい、見た事のある二人組を見かけた。
﹁おっさん!﹂
﹁カームか!?﹂
二人の近くに、猫のおっさんがうつ伏せで寝転がっている。よく
見なくてもわかるほど、背中が大きく斬られ、血が大量に出ている。
申し訳程度の止血はしてあるみたいだが、犬耳と狐耳のおっさんの
上着が、一枚づつ使われていただけだった。
﹁治療は?﹂
﹁囚人に使う薬はないし、後回しだって言われて、せめて俺達の上
着で止血しただけだ﹂
﹁結局捨て駒扱いかよ⋮⋮﹂
少し騒がしくしていたら呻き声と共に猫耳が目を醒まし。
﹁よぉカームか、しくじっちまったよ。はは﹂
と力無く喋っている。
俺は耐えきれなくなり、衛生兵なのか治療兵なのか、回復魔法を
使っている奴を殴りたくなったが、おっさんに﹁仕方がないんだ、
怒ってくれてありがとう﹂と肩に手を置いて言われた。
回復魔法を、こんな場所で使うと絶対ばれるし、絶対こき使われ
るな。
604
﹁俺が個人的にやるのは、良いんだよな⋮⋮﹂
そう言って、キースに預けてある荷物を取りに戻った。
俺は針と糸が入った小箱と、露店で買ったポーション瓶と、蒸留
酒と買った布を数枚持って、おっさん達の所に走って戻った。
﹁猫耳のおっさん、少し痛いけど我慢できるか?﹂
﹁これ以上痛くなるのか?﹂
皮肉気味に言ってくるが、俺は関係無しに準備を始める。
裁縫用の針を緩やかに曲げ、糸を通してから熱湯で作った︻水球︼
に突っ込み、申し訳程度の二人の服を剥がし、ぬるま湯の︻水球︼
で傷口を綺麗にする。
たしか、傷口の真ん中を縫ってから縛って、さらに傷口の端と最
初に縫ったところの真ん中を縫って行くの、繰り返しだったよな。
そう思いながら、手に蒸留酒を少し垂らし手を揉む様になじませ、
熱湯の中から針を取り出す。
﹁少し痛いっすよ﹂
そして俺は縫合していく、おっさん二人は黙って見ているが、治
療してくれるとわかっているので、口は出してこない。
縫合が終わり、ポーションを傷口に振りかけ、持って来た布を何
回も折って傷口に当ててから、残りの布できつめに当て布を傷に押
さえつけるようにして、体に巻き付ける。多分これで圧迫止血にも
なると思う。たぶんポーションで小さな傷が塞がるんだ、止血くら
いにはなるだろう。
しばらくして、布に血が滲んでくるが、少し表面がじんわり赤く
なっただけで、それ以上広がる様子は無い。
血は止まったか?
﹁た、多分大丈夫だと思う。血は止まったし?﹂
﹁多分ってなんだよ﹂
﹁俺、こういう事やったの初めてで﹂
﹁俺は⋮⋮実験台かよ⋮⋮﹂
605
﹁どうやって治して良いかはわかってただけだし。けど素人の治療
だからわからないですよ?﹂
﹁あぁ、まぁ血が止まったなら良い⋮⋮俺は寝る﹂
そう言って目を閉じて、深く深呼吸をしてから喋らなくなった。
犬耳のおっさんが﹁何度もすまない。今はお礼は出来ないけど、
生き残って解放されたらなんでも言う事を聞く。本当にありがとう﹂
小声で手を強く握りながら振って来る。
﹁もう知り合いですからね、見過ごせませんよ﹂
﹁あとこれは三人に預けて置きます。絶対返しに来て下いよ﹂
さらに小声で喋りながら、箱に入っているポーション瓶を自分用
に二本抜き取り、箱ごと犬耳のおっさんに渡す。
﹁けど俺等は、カームの故郷をしらない﹂
﹁最近有名な酒が出回ってるでしょう、ベリル酒って奴。あれって
村の名前を付けた酒なんです。で、俺はそこの村が故郷です﹂
そう言いながら、酒を持ってチャポチャポして見せる。
﹁エジリンの隣村か﹂
﹁そうです﹂
﹁わかった、ポーションは必ず返しに行く﹂
﹁残りは3人の服の洗濯ですね﹂
ここで声を元の大きさに戻し、普通に喋りはじめる。
﹁は?﹂
﹁だって、血が付いてます。血って乾くと落ちにくいんですから﹂
そう言って、ぬるま湯の︻水球︼に服を突っ込み、バシャバシャ
していく。
﹁あちゃー、石鹸も持って来れば良かったかー?﹂
わざとらしく言って、服を絞り二人に返して、猫のおっさんの服
を縫って行く。
周り囚人が恨めしそうに見ていたが、あっちは他人だ。傷口の洗
浄は出来るけど、縫合やポーションを使うのは勘弁してほしい。
606
﹁知識って重く無い財産だから役に立つ事はおぼえておかないとっ
て思いましてね﹂
裁縫をしながら、しばらく三人で猫耳のおっさんを囲みながら雑
談をしていたら、先ほどから周りで治療に当たっていた兵士から声
を掛けられた。
﹁あ、あの。貴方にお願いが有ります﹂
﹁あ゛?﹂
囚人は後でとか言って、死にそうなおっさんを放置してた奴等に
話しかけられ、俺は不機嫌になり、自分でも驚くほど低くドスの利
いた声が出た。
﹁囚人を治療しなかったお怒りはごもっともですが、我々も命令だ
ったのです。それでも恥を忍んでお願いが有ります﹂
﹁良いよ。聞くだけは聞くけど、それに答えるかは別な﹂
﹁はい。清潔な布や水が足らないのです、ですので先ほどの魔法で
水をだしていただけないでしょうか? 負傷兵の傷を洗浄したり血
を拭いた布を洗いたいのです﹂
﹁あー⋮⋮﹂と言いながら周りを見ると、ほぼ全員の視線がこちら
を向いている。
ここで断ったら心の狭い最低野郎決定だな。それくらいならいい
か。
けど最低野郎って称号も、なんかAT乗りみたいでかっこいいけ
どな。いやいや今は駄目だ。皆を助けるくらいの心の広さが必要だ。
﹁あーそれ位ならいいですよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
不機嫌そうに、投げやりな態度で応じた。
そうしたら一気に桶を持って来たので、面倒になった俺は大き目
の熱湯とぬるま湯の︻水球︼を浮遊させ。
﹁適当にそこから汲んで下さい、小さくなってきたら足すんで﹂
﹁ありがとうございます﹂
607
本当に感謝されている。まぁ良いように使われるのは嫌だが仕方
ない。ここまで来たら、やるだけやっておくか。
﹁あー体洗いたい方、別にぬるま湯出しますから、適当に来て布濡
らしてください﹂
三個目の︻水球︼を出して浮遊させ、濁ってきたら遠くに飛ばし、
また新しいのを出す。
﹁カームって実はすごいのか?﹂
﹁実はすごいみたいです﹂
狐耳のおっさんに言われたので、笑顔で返しておいた。
しばらくボーっとしていたら﹁魔力切れでふら付きとかは御座い
ませんか?﹂と衛生兵っぽいのに話しかけられた。
ん?あー、はじめて収穫した時に感じた、あの時の気だるさかな?
﹁ないですね、お気遣いありがとうございます﹂
﹁わかりました、気分が悪くなったら声をかけてください﹂
そういって負傷兵の治療に戻っていく。
あー暇だ。周りからは素敵な呻き声のBGMが響き渡り、たまに
﹁ぐあ!﹂とか﹁あが!﹂とか聞こえるのもアクセントだね。そん
な事を思っていたらキースがやって来た。
﹁戻って来ないと思ったら、こんなところにいやがって。俺、少し
用事出来たからおまえの荷物持って来たぞ﹂
そう言われ、装備一式とリュックを渡された。
﹁ありがとう。娼婦とイチャイチャか?﹂
﹁お前じゃねぇよ﹂
少し怒りながら言って、どこかに行ってしまった。
けど後姿見ると、尻尾すげぇブンブン振ってるんだよな、嘘が下
手だよな。俺もアイツも。
﹁あー、俺はいつまでここにいれば良いんだろうな﹂
後少しで終わりそうな治療風景を、自前のお茶を飲みながら見て
608
いた。
お茶にも殺菌効果が有るんだったっけ?アレは緑茶だけだっけ?
この世界のお茶ってどうなんだろう。
俺はどのくらい、こんな危険地帯にいれば良いんだろうか。
閑話
その日の夜
﹁なぁ、投石器が倒れたところ見たか?﹂
﹁おう、地面が急に窪んで人族の方に倒れたよな﹂
﹁誰がやったかわかるか?﹂
﹁援軍の誰かだろ、じゃなけりゃとっくに砦の魔法が使える奴がや
ってるわ﹂
﹁だよな﹂
そんな話をしていると、別な兵士が話に混ざって来た。
﹁俺防衛が裏側だったけどよ、大きな水が空に現れて人族が集まっ
てる所に落ちて人族が慌てて堀に飛び込んでくのが見えたぜ? 湯
気が沢山出てたからあの水ってお湯だったんじゃないかって話にな
ってる。そのおかげでかなり助かったけど。そいつが投石器倒した
んじゃないか?﹂
﹁お湯? そう言えば昼間、外の治療所に来てた雇われ組が、治療
兵に頼まれてお湯とぬるま湯出してくれて頼んで、出してもらった
って聞いたぞ、しかも大量に﹂
﹁おいおい、それが本当なら裏側の援護してくれたのは、そいつじ
ゃねぇのか?﹂
﹁かもしれねぇな。右の丘から援軍が奇襲掛けたけど、どうしても
裏側に来るのが遅れてたから焦ってたんだよ。今日で襲撃七日目だ
っただろ? 矢とかタールとか心ともなかったんだぜ? けどよ⋮
609
⋮そいつの姿が見えなかったんだよ。どこにいるかわからないし、
何が起こってるか最初は本当にわからなかったぜ﹂
﹁すげぇ奴が来てくれたな、俺達生き残れるかもしれねぇぞ﹂
﹁あぁ、冬まで持ちこたえられそうだ﹂
閑話2
奇襲1日前の夜
大き目のテント内にて。
﹁お食事中失礼します。魔族の支援物資の破壊に行った一班の報告
の兵士が戻ってきません﹂
﹁なんだと!?﹂
﹁物資の運搬が遅れているのか。あるいは全員殺されたか﹂
﹁五十人近く遊撃隊を送ったはずだが﹂
﹁えぇ、数人は絶対に戦いに参加させず逐一報告に戻れと伝えてあ
りますので、確実に報告に戻れると思うのですが、そろそろ戻って
来てもおかしくない頃なのです。ですが昨日戻って来た一人を最後
に一向に戻ってくる気配が有りません﹂
﹁もう一度送るのはどうだ? それか他の道を通ったか﹂
﹁いえ、何時も魔族が使っている、運搬路と思われる森の中を通る
道に四十五人、森を迂回する道に、見張り数名だけを配置していま
す。すべてここから一日のところで見張らせてますので、今日報告
に戻って来ないところを考えると、明日の昼前には、魔族の援軍が
到着すると思います。常に兵を残し防衛に当たらせた方が良いかと﹂
﹁わかった。そうさせよう、二百人を本陣の防衛に当たらせる﹂
610
第46話 砦前で乱戦をしている兵士達の横で何をして良いか解
らなかった時の事︵後書き︶
掘りの幅や深さ水深は成人男性=170cmとして主人公が大体感
で言っているだけです。
初期治療や止血の方法は海外の軍隊のサバイバルハンドブックに書
いて有る事をこんな感じかな?で書いています。
何か有ればご指摘をお願いします。
611
第47話 常駐防衛戦力と言う名の雑用係だった時の事︵前書き
︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は日記風です、読み辛かったら申し訳ございません。
20160513修正
最近ご感想を頂き少し嬉しい作者です。
萌えるおっさんって逆になんだろうとご意見が有りましたが
自分が考えるに。
多分ですが。
40代後半∼50代前半で哀愁漂う風貌でスーツを着て猫背で女性
しか居ない夕方の店内でケーキセットを頼んでいる様な人です?
ちなみにティーカップは両手で持ち飲んだらほっと一息して表情を
ほころばせる感じで。
もしくは渋いのにおっちょこちょいで可愛いカフェアート描ける人
ですかね?
612
第47話 常駐防衛戦力と言う名の雑用係だった時の事
露骨な嫌がらせを受けた。
1人で堀の死体処理
1人で投石器でやられた城壁の応急処置
1人で塞がれてる水路の確認
俺だけ交代無しの夜間の見張り
その次の日に寝ずに倉庫整理
忘れてたと言われ食事抜き
上記の事は、次項に書いた日記にある程度の詳細を書き記した。
1枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた3日後
朝起きて、いつもと同じ味気ない朝食を取ったら、堀掃除を命令
された。堀に沈んでる死体を水ごと水球で引き上げ、刺さっている
矢を抜いたら箱の中に入れ、鎧を引っぺがし、先日死体を積み重ね
て焼いた場所に投げ捨て、ある程度溜まったら乾かすために城壁修
理に入る。
泥と砂利だけでドロ玉を練って城壁の穴の開いた所に塞ぐように
して押し付け余分な所は千切る様にして平らにして、余った材料で
次の場所を塞ぐと言う一人でやる様な量じゃない事をやらされてい
る。
﹁雇われなんだから君がやってくれ、私達兵士はいつ来るかわから
ない敵に対して備えている、それに君の報酬は決まっている、使わ
ないと損だろう?﹂
本人を目の前にして堂々と言われ渋々従っている。
613
他にも囚人兵がいるだろって?残念。人族を全滅させた二日後に
は物資を持って、囚人兵と共に歩兵や、ヤウールさん達が前線に物
資を届ける為に、城を出て行った。
猫耳のおっさんは傷口が閉じただけなのに、無理矢理連れて行か
れてしまった。
娼婦達も、もっと稼ぎたい人だけ前線近くに行き、数名は城に残
り、残りは負傷して生き残って、故郷に帰る為の馬車に便乗して帰
って行った。
だから俺が、死体の処理や修理をやらされている。
キースは目が良いって事で、城の一番高い場所で見張りをやって
いる。
なんだろうこのあふれ出る不公平は、前世ならほぼブラックな扱
いだぞ?
上記の1行は黒く塗りつぶされている。
まぁ、前線に連れて行かれるよりマシなので良いとする。
作業に徹していたが、ふと太陽を見るととっくに昼の時間が過ぎ
ているが、食事に呼ばれない。
コレは一体どういうことだ?いくらなんでも一人で暴動を起こし
たい気分になる。
体感で一時間後に昼に呼ばれ、鍋の底に残った具の入ってない、
すっかり冷めきったスープと黒パンと、干し肉を渡されかなりイラ
ついたが、持って来たメモ帳にしっかり日記としてメモしておく。
今書いて有るのがそうだ。俺は兵士達が食事が終わったら、その
残りを与えられたみたいだ。スープはカップを片手で持って、もう
片方の手で︻火︼を出し温めてから飲んだ。
俺を連れて来た部隊がいなくなったから、こんな扱いなのだろう
か?
614
せめて手伝いがいれば文句は言わないが、文句の一つでも言いた
くなる。
昼過ぎも掘りの死体処理だ、門を正面に見て左へ左へと回り込む
様に死体を除去している。
ふと視線を感じ、見上げたらあの時に尻尾を撫でさせてもらった
狐耳の娼婦だった。帰らなかったんだな。そう思いつつ笑顔で手を
振ってくれたので、手を振り返し、少しやる気が戻った。
夕方には、正面と左側の死体処理が終わり、久しぶりに魔力切れ
をお越こし、くたくたになって夕食に呼ばれるが、やっぱり冷めた
具無しのスープだった。気分を紛らわそうとお茶に黒砂糖を入れて
飲み、ベッドが空いてないと言う理由で、階段の影の邪魔にならな
いところで寝た。
二枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた四日後
昨日お茶を飲んでいる最中︻魔力上昇:2︼になった。魔力をほ
ぼ使い切ったせいか?それとも日頃から、どれくらい使っているか
なのか、良くわからない。
︵上の文章は黒く塗りつぶされている︶
ほぼ昨日と同じ作業をやらされた。
違うと言えば、壁の補修がなかったことだろうか?補修は昨日あ
らかた終わらせたからな。
昨日引き上げた死体の表面が渇いてたので、なんとか油を支給し
てもらい火を付け燃やした。
﹁魔法が使えるなら、魔法でやれ、油がもったいない﹂
﹁表面が乾いてるだけで、中にはまだ水を多く含んでるから、生木
615
と同じなので無理です﹂
と言ったやり取りをして太陽が少し傾くくらい押し問答をした。
その後、水路の死体処理を夕方までやらされた。
やっぱり食事は兵士の後で、具無しの冷めたスープだった。
黒パンと干し肉は支給してくれる。
今日は魔力切れを起こさなかったので、キースと話をしたら、ア
イツは普通に食事に呼ばれ、暖かいスープを支給されたらしい。
この差はいったいなんだ?
三枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた五日後
﹁城壁の裏手にある水路が、人族に封鎖されて堀に綺麗な水が流れ
込んでこないから、よどんで臭くて仕方ない! 掃除して来い!﹂
てきな事を言われたので、奴等は信用できないから、荷物をすべ
て背負って出かける事にした。ちなみに、前日までは目の届くとこ
ろに置きながら作業をしていた。
太陽が2個分傾く位歩くと川が見えそこに大量の土砂が積み重な
っており水の供給が止まっていた。
魔法で除去し水が流れるのを確認したら途中で水が止まらない事
を確認しながら帰った。
秋だからか、川の近くで蜜柑っぽい物が生っていたのでその場で
食す事にする。
ビタミン類目的で蜜柑っぽいものを食べた。余った瓶があれば果
汁を絞って持ち帰ったが、あいにく蒸留酒と油の瓶しかないので諦
める。
616
前世の様に川原にペットボトルみたいなゴミがあれば利用するの
だが。
︵上記は黒く塗りつぶされている︶
食べたたくなったら、最悪片道太陽が二個傾くくらい歩こう。皮
は持ち帰り乾燥させハーブティーにする事にした。
昼食の冷めたスープすらなかったので、手前のお茶を淹れて飲ん
だ。倉庫の物とハゲネズミに疑われたが、倉庫番が俺は来ていない
と証言してくれたので良かった。
四枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた六日後
なんだかんだ難癖を付け、ハゲネズミは俺に何かをやらせようと
している。
何かあっては俺を呼び、どうでもいい仕事を押し付ける。
キースが﹁なにかおかしい﹂と言って兵士に掛け合ってくれたが、
改善はされなかった。帰っても良いが意地でも残ってやる。
□
ついに奴等は俺にやらせることが無くなったのかキースと共に見
張りをしている。
﹁いやー結構遠くまで見えるんだな﹂
﹁あぁ、見晴らしは最高だ﹂
﹁んじゃ俺は魔法の特訓する﹂
﹁おいおい今まで散々こき使われたんだろ? 少しくらい魔力を使
わない日を作れよ﹂
なんだ、その休肝日みたいな言い方。
﹁まぁ訓練だよ、何事も訓練あるのみ、何もやらないと身に付かな
617
い﹂
﹁⋮⋮そうだよな﹂
そう言って、塔のてっぺんで胡坐をかき、構想を練る。
いろいろ考えスコープ系も欲しいと考え、内部構造は複雑だから
な、少し簡単に行こう。
ここでサバゲやってた頃の知識をフル動員。と言っても凸レンズ
と凹レンズの組み合わせなんだよな。
まずは対物レンズだな、魔法で出した︻蛍石︼で綺麗に磨かれた
楕円型の物を作り出してみる。あー虫眼鏡みたいだな、そして逆像
だ。
正立レンズを入れ、逆像で正像にする、ここにレティクルを挟む
んだったな。
その後、接眼レンズで集めた光を拡大して目に写す。
レティクルはどうするかな。
﹃イメージ・正立レンズに赤い光の十字・十字の下に一定間隔で赤
い線・発動﹄
﹁あ、出来た。スコープやAGOCを覗いた時にある、線の奴にそ
っくりだ﹂
思わず声に出てしまった。さて、これを覗いてみますか。
﹁あー焦点が合わない﹂
位置を色々ずらし試行錯誤する、このくらいか?ついでに周りを
黒曜石で覆って完成。あとは同じ物をイメージすれば平気だな。
﹁何やってるんだ?﹂
﹁あー、まだ内緒﹂
そう言って、細い丸太を持って門から出て行き、四百歩と六百歩
の所に丸太を突き刺す、高さは俺の背と同じくらいになるように調
整。
﹁やぁ、ただいま﹂
618
﹁さっきから見ているがいったい何をやってるんだ?﹂
俺はゲームの知識を全開にして、話しかける事にする。
﹁弓使いとして、鷹の目って聞いたときある?﹂
﹁あぁ、目の良い鳥として有名だな、いつも空高く飛んでいるのに、
地面にいる小さなネズミを捕まえるからな﹂
﹁なら話は早い﹂
そう言って、先ほどのスコープを魔法で生成し手渡す。
﹁覗いて見ろ﹂
キースが変な顔をしながらスコープを覗き込むが、みるみる表情
が変わっていく。
﹁何だこれは⋮⋮いったい何をした﹂
﹁説明するぞ? ここにすごく小さな砂が一粒あるだろ?﹂
そう言って、手に乗せた砂を見せる。
﹁あぁ﹂
﹁それをこうして蛍石で作った、猫の目みたいな結晶を作って覗く
と⋮⋮﹂
﹁大きく見えるな﹂
﹁そして、そのまま俺の顔の前に持って行く﹂
﹁逆に見える﹂
﹁逆に見えるから、これを間に持ってくるぞ﹂
そう言って、正立レンズをキース側に浮かせる。
﹁普通に見える﹂
﹁さらにこれを大きくするのに、お皿みたいに作った結晶をさらに
加えると﹂
そう言って俺は顔を退かす。
﹁嘘だろ⋮⋮遠くが大きく見える﹂
﹁それがこれ﹂
そう言ってもう一度スコープを渡す。
﹁この中に、この浮いてる結晶が全部入って、こう見えるのか﹂
﹁そうそう﹂
619
﹁この線はなんだ?﹂
﹁ソレは見ている所の真ん中を指してるんだ﹂
﹁下の線はなんだ﹂
﹁俺が丸太を立てて来ただろ? 一番手前が四百歩だ、二番目の横
線と、縦の線が重なる様に見ろ、そうすると一番上の長い横線と丸
太が大体一緒だろ?﹂
﹁あぁ﹂
﹁次は三番目の線と真ん中の線が六百歩の丸太と大体一緒だろ?﹂
﹁おう⋮⋮﹂
﹁つまり今敵がどのくらいの位置に居るか大体解るんだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮くれ﹂
﹁魔力で作ってあるから魔力が切れると消える﹂
﹁どういう事だ!﹂
俺は︻黒曜石のナイフ︼を二本作り出し、地面に置く
﹁簡単な説明な、なぜか魔法は何もないところから作り出した物は
消えるんだよ、しかも衝撃を与えるとさらに早く消える﹂
そう言って、一本を持ちその辺にがつがつと突きつけると、四か
ら五回で空気に溶けるかのようになくなって行くのを見せる。
﹁さらに衝撃が強いと一回で消えるかすぐに消えるから、コイツで
剣や斧を防ごうとしても一緒だ、この地面に置いて有る奴も太陽が
1個傾くくらいで消える﹂
﹁糞が! 作れよ﹂
﹁透明な蛍石や水晶を、傷つけない様に様にツルツルに磨けるか?﹂
﹁ドワーフ族なら⋮⋮﹂
﹁多分無理じゃねぇ? 出来ても、かなり高いんじゃないか? 魔
法覚える気きないか?﹂
﹁んー⋮⋮。考えて置く﹂
﹁いつでも言ってくれ、あと俺がいなくても魔法が使えるようにな
ったら作れるように、覚えておけよ﹂
そして俺は地面に寝転がる、ここからが本番だ。
620
四百メートルくらいならどうにかなるか?
﹁キース、今から見る魔法を絶対に誰にも言わないって、信仰して
いる神か生みの親か尊敬している師に誓えるか?﹂
﹁いったい何を言いだすんだよ?﹂
﹁誓えるか誓えないかで良いんだ﹂
俺はいつもキースと話している時のような、ふざけた口調では無
く真剣になって言う。
﹁わからん﹂
﹁そうか、まぁ良い。その筒で四百歩の丸太を見てろ﹂
俺はキースから見えない位置に石弾を作り出し、ドットサイトを
オンにして、塀の四方に立っている、どこの貴族の旗かわからない
物を見て、風が余り無い事を確認する。
ドットサイトを、丸太の真ん中に狙い発動させる。
四百メートルだ。着弾点は見えないが、目視で丸太が折れるのが
見える。真ん中より少し下か。
﹁何をした﹂
﹁魔法で狙った﹂
﹁何も発動してない様に見えたが?﹂
﹁それでも発動している、次は六百歩だ﹂
四百で真ん中を狙い、弾が少し落ちたから、一番上を狙おう。
丸太の大きさは、四百メートルより小さい、しっかし左手で右肩
を掴み、前腕に頬をしっかりと付け、擬似的に銃に着いたストック
に頬を乗せ、スコープを覗く様に構え、視線を丸太に合わせ深呼吸
をする。
スーーーハーーーー。スーーーハーッ。
と息を吐く時に少し出して止め、十回ほど心臓の音を数え、自分自
身を落ち着かせ︻石弾︼発動させる。
今度は真ん中辺りが折れる。良かった外さなくて。
﹁どういう事だ、また丸太が折れたぞ!﹂
﹁魔法で倒すのは簡単だけど、魔法とばれない様に倒す方法も考え
621
てあるだけだ﹂
そう言って立ち上がり、土埃で汚れた服を払い。
﹁まぁ、見えない矢みたいなもんだよ、昼飯食いに行こうぜ、多分
キースと一緒なら暖かいスープに有りつける﹂
﹁⋮⋮そうだな﹂
そうして昼飯を食いに行くと、ハゲネズミに﹁カーム、お前は見
張りだ、戻れ!﹂と言われ、キースが﹁んじゃ俺が戻るよ、カーム
が先に食ってくれ﹂とささやかな反抗をした。
そうしたら顔を真っ赤にしてどこかに行ってしまった。
﹁はぁ⋮⋮、露骨な嫌がらせってどうよ?﹂
﹁俺は気にしてない。心配してくれてありがとな﹂
そう言って、久しぶりに具入りの暖かいスープを、自分で温めな
いで飲みつつ、さっさと胃に流し込み、キースと見張りを変わる事
にした。
□
夕方に﹁カームお前は夜間の見張りだ! 交代要員はいないので
朝まで頑張る様に! どんな小さな事も見逃すんじゃないぞ!﹂
周りの兵士もなんだコイツは?みたいな目でハゲネズミを見てい
る。
キースがこちらを見て、何か言いたそうにしているが、目を見て
から首を振って何か言うのを止めさせた。
コイツ⋮⋮毒殺か暗殺したら、一発で俺ってばれるよな。
嫌がらせでもするかな。
そう思いながら城の一番高い所に上り辺りを見回す。赤外線スコ
ープとか暗視スコープとかの原理はなんとなく知ってるがどうイメ
ージしていいか解らないのでその内思いつくまで保留。むしろ夜間
の見張りがこれ以上無い事を祈る。
622
﹃上記は、黒く塗りつぶされている﹄
いきなり夜の見張りを交代無しでやらされた。何故だろう。
五枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた七日後の昼
寝てないので物凄く眠い、寝ようと思っても寝れない様に、倉庫
の整理をやらせる羽目になった。
寝かさないつもりなのだろう。
これで、今夜も夜間の見張りだったら何をするかわからない。
夜に、また夜間の見張りを言いつけられた。
流石に頭に来たので、深夜三時頃にそいつの部屋に忍び込み、吸
うと癖になる葉っぱを良く揉んで、粉々にして火を付けてから直ぐ
に吹き消し煙が出るようにしてベッドの下に放置した。鍵はかかっ
てなかったし見張りも居なかった。
﹃上記は黒く塗りつぶされている﹄
六枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた八日後
流石に周りの兵士も心配そうな眼をしてくるが、誰も話しかけて
こない。多分何か言われているのだろう。
あんなにしょっぱかった干し肉の味が、薄い気がする。
城のてっぺんにいて見張っていたが、昼飯に呼ばれず、黒パンす
らもなかった。
キースが怒っている。
頭が回らない。
気が付いたら夜だった。
キースが寝ろと言って来たので、そのまま寝た。なんか側頭部が
623
痛い。
もう一度明け方に忍び込み部屋が煙で充満する位濃く焚いた。
﹃上記は黒く塗りつぶされている﹄
七枚目
砦の回りから、人族をほぼ全滅させた九日後
陣中見舞いだと言って、クラヴァッテ様が来城した。
あの俺に無理難題を押し付けてくる、ハゲネズミがすぐさま近寄
り何かを言っている。
その後、城主様と何かを話す為に個室に入るが、ハゲネズミが扉
の前で待っていて、クラヴァッテ様が出て来てどこかに移動しても、
奴が離れようとしない。
誰かが、告げ口をしないか見張っているのだろうか?
まぁいいか、塔のてっぺんに行こう。
□
﹁カーム君は何所だね?﹂
﹁はい⋮⋮カームは今、城の一番高いところで見張りをしています﹂
﹁わかった、ソコへ行こう﹂
﹁いえいえ、カームを呼びますので⋮⋮しかも危ないですし、御召
し物が汚れてしまします﹂
﹁かまわん、物は使えば汚れる。あとは程度の問題だ﹂
そう言って僕はその辺の兵士に案内を頼んだが﹁私が案内します﹂
と言ってハゲネズミみたいな奴が梯子の前まで先導していく。
﹁この上だな?﹂
﹁はい、ですが危ないのでここまで呼びますので﹂
﹁かまわん、上からの景色が見たい﹂
624
こいつ、何か企んでいるな⋮⋮
﹁ですが﹂
﹁くどいぞ﹂
そう言って梯子を上り始めた。
□
俺は、回転の鈍い頭で必死に日記を途中まで書き﹁六枚目はこれ
で良いか、七枚目も途中まで書くか、忘れたくねぇし﹂と呟きなが
らぼんやりと周りを眺めていると、誰かが梯子を登って来ている。
キースか?
﹁やぁ、カーム君。ここは素晴らしい眺めだな﹂
﹁クラヴァッテ様!﹂
俺は立ち上がり、姿勢を正す
﹁敬称は要らないよ、他に誰もいいし下にも聞こえない﹂
﹁あーはい、わかりました﹂
やっぱり砕けているが、この間みたいな気軽さはない。
﹁最近さ、誰かに嫌がらせされてないか?﹂
﹁あーわかります? なんか禿げたネズミっぽい、偉そうな奴に散
々命令されてます﹂
﹁どんな事をされた?﹂
﹁あー、口で説明するのが面倒なのでこれを⋮⋮﹂
説明がだるいので、荷物の革袋から油紙に包まれた、過去に書い
た日記兼メモ帳を取り出し、見せる。
そうしたら眉を歪ませ、一枚一枚メモを捲っていく。
﹁コレは本当か?﹂
﹁えぇ、塗りつぶしてあるところも知りたいですか?﹂
﹁いや、君に不利になるなら言わないで良い﹂
﹁じゃぁ良いです。何でここまで来たんですか? 陣中見舞いです
か?﹂
625
﹁んー君に対する報告書が特になく、活躍してない様に書かれてて
気になってね。見るかい?﹂
﹁えぇ﹂
そう言って、上質な紙を受け取る。
森での襲撃はなく、安全に物資を運べた事に。
投石器は、兵士が力を合わせ倒した事に。
城壁裏の人族の排除は、命令違反をした囚人兵が先走り、殲滅し
た事に。
﹁んー﹂
眉を寄せて流し読みしたらこんな事が書いて有った。
﹁あーあと戻って来た娼婦達の噂で聞いたが森の件は真っ先に遊撃
兵を発見して十人を仕留め、遠くに居た四人も発見、その後三十人
を肉塊にしてたみたい。投石器は誰かが魔法で倒した、けど城内に
そんな事が出来る魔法使いは居ないぞ。と。兵士を左右に別けて突
撃させたがどうしても右翼側の援護に遅れてしまい囚人兵が最初に
到着したら既に人族は壊滅状態だったらしい。負傷兵を助ける手伝
いをしてた。と、戻って来た娼婦に聞いたが?﹂
軍行がないと、以外に早く着くんだな。この城。
﹁五人くらいに聞いたけど大体合ってるかい?﹂
﹁えぇ、大体合ってます﹂
﹁そうか、わかった。今から一緒に来てくれ、僕が先に降りよう。
あーちなみにだが。堀の死体処理は砦の兵士総出でも三日はかかる
みたいな事を聞いた、カーム君はそれを、城壁の修理までしながら
二日で終わらせたらしいね﹂
そう言って、俺の返事を待たずに下りて行った。
﹁お帰りなさいませ、上からの景色はどうでしたか?﹂
﹁あぁ最高だったよ、あそこなら周りを見渡せるし、敵が来てもす
ぐにわかる﹂
626
そして俺が下りてきたら、ハゲネズミが﹁カームは見張りに戻り
なさい﹂といつもと違う口調で言われ気持ち悪さを感じる。
﹁僕が呼んだ。ゲビス君も一緒に来てくれ﹂
そう言って会議室みたいな場所に着いた。椅子に座るとクラヴァ
ッテは一番奥の椅子に、そして俺とゲビスは向かい合う様に座った。
そして入り口にいた兵士に。
﹁あー君。キース君と狐耳の娼婦と適当な兵士五人と治療兵一人を
呼んでくれ、兵士は暇そうな奴を頼む﹂
﹁わかりました!﹂そう言って急いで兵士が出て行った。
ハゲネズミは少し動揺しているみたいだ、兵士五人、治療兵、あの
時の狐耳の女性、キースの順番で会議室に入って来た。
﹁全員そろったね。君達に聞きたい事がある。ここ最近のカーム君
の扱いについてだが、僕にはとても不当な扱いを受けているように
しか思えないのだが? 皆はどう思う?﹂
﹁自分はそう思います。食事も一番最後ですし、スープもわざと具
なしになるように配膳し、冷めきったスープしか与えられてません
でした。時にはわざと遅らせ、さらにはパンさえもなかった時もあ
り、堀の掃除も城壁の修理も一人でやらされておりました﹂
キースありがとう。今日の夜に少し酒でも飲もうか。
﹁うむ。兵士達の意見も聞きたいね﹂
クラヴァッテ様がそう言うと、皆お互いの顔を見て言葉を詰まら
せている。
そして食事の時に、俺の事を心配そうな目で見ていた兵士の一人
が﹁間違いありません、自分も見ています!﹂と発言し、周りから
小声で﹁おい﹂とか聞こえる。やっぱり口止めか︱︱
﹁さて、治療兵の君。カーム君が色々手伝ってくれたみたいだけど
さ。この報告書に治療を手伝ったって書いてないんだ。僕の潜り込
ませた信頼できる娼婦の噂だと、負傷兵の傷口を洗うぬるま湯やお
627
湯を出し、汚れた体を拭きたい囚人兵達にも、別にぬるま湯を出し
たらしいじゃないか﹂
そう言って報告書何枚か出し、テーブルに並べる。
﹁はい、間違いないですね。自分がカームさんにお願いしましたか
ら。命令で負傷した囚人兵は最後と言われていて、知り合いだった
のか、もう助からないと思われてた囚人兵を自分の道具とポーショ
ンで、治療してるのも見ました﹂
あーこいつがそうだったのか。頭に来てたから顔見てなかったわ。
﹁ほう⋮⋮﹂
そう一言だけ発すると、インクと羽ペンで何かを書きだした。
﹁さて、狐耳のお嬢さん。噂ではカーム君が、一番最初に人族を発
見して奇襲を防ぎ、森の中に潜んでた人族も倒して、襲撃を防いで
くれたみたいじゃないか﹂
﹁はい。草だらけの格好で、森の近くに立っているのを馬車の中で
見て、その夜に私を買に来てくたので良く覚えて行きます。その時
の愚痴も覚えています﹂
﹁あ、それ以上止めて⋮⋮﹂
﹁続けてくれ﹂
無慈悲な宣告だ。
﹁初めて魔物や動物以外の殺しを経験して、新人の兵士がかかる心
の病気に成りかけてました。乾いた心に水が欲しいと言って、私の
尻尾を時間いっぱいまで撫でまわしてました﹂
﹁あーーーーー!﹂と叫びながら、俺は目がうつろになって天井を
見上げた。
周りからは、かなり小さい声で話し声が聞こえる。
﹁気にする事はない。誰もがかかる可能性のある病気だ。体を売る
事を生業としている女性に金銭を渡したんだから、何しようと問題
は無い。それで心が保たれるならお金を払いどんどん撫でまわすが
良い。後は⋮⋮そうだな。あー投石器だ、この事に関しては⋮⋮﹂
﹁はい、自分が見てました。梯子を外すのに必死でしたが、遠くの
628
投石器が地面が陥没して倒れるのを見ました﹂
﹁自分もです﹃あんな事できる魔法使いは、砦の中にいないぞ﹄と
言う声も聴いています﹂
兵士達は、もう口止めは無理だと悟ったのか、次々と喋り出す。
﹁自分はカームの隣にいたので、会話のやり取りもしています。投
石器は、カームが魔法で倒していました﹂
﹁ほう。報告書では皆が協力して倒したって事になっているが﹂
報告書と言う言葉が出た時に、ハゲネズミの顔色が悪くなってい
る。なんか一気に老けたように見える。
﹁ソレは違います!﹂
﹁声を荒げなくても聞こえるので、普段通りに頼むよキース君﹂
﹁申し訳ありません﹂
﹁君には罰として、扉の前で待機しててくれないか? いいね?﹂
クラヴァッテ様はそう言って、俺はハゲネズミを見るが、俯いて
いるので表情が見えない。キースは何かを察したのか、嬉しそうに
扉の前まで歩いて行く。
﹁さて、これで最後になるが城壁の裏側の件だ。報告書では正面の
攻防が激しく、中々たどり着けずに苦労し、命令を無視し先走った
囚人兵が、処理した事になっているが?﹂
﹁それは違います。援軍が来てもなかなか自分の持ち場に来ないの
で焦っていましたが、いきなり空に巨大な水の球が現れ、人族達を
攻撃していきました。しかもその水は熱湯でした、それを浴びた敵
兵が大慌てで、自分達から堀に飛び込んだと思われます。大量の湯
気で前が見えなかったので、そうだと思いました、そして人族がい
なくなってから囚人兵が辿り着き、その後、全身地面と同じような
色をしたカーム殿とキース殿が、奥の方に有る低木の陰から出てき
ました﹂
あーこいつは裏側を防衛してたのか。
﹁カーム君、正直言いたまえ。どうして裏側にいたんだ?﹂
﹁援軍の突撃に置いて行かれ、軍の指揮下にない自分達は遊撃隊と
629
して動こうとし、右手側の正面は乱戦状態だったので左手側に回り、
左側の人族達は騎馬隊や歩兵が突撃で片付けてたので、裏に回った
ら援軍が見えなかったので、魔法と矢で攻撃しました﹂
﹁姿が見えなかったと聞いてるが?﹂
﹁先ほど言っていた通り、低木の陰から魔法を放っていました、そ
の時キースは魔法に怖気ついて、こちら側に逃げてくる兵士の処理
を任せました﹂
﹁大体わかった。何故私がこんな時期にこの城に来たのかと言うと、
噂を聞いて私自身がカーム君やキース君に、兵士でもないのにわざ
わざ来て頂く様にお願いした。なのに活躍している様な報告が一切
ない。それなのに娼婦や僕が送り込んだ娼婦の噂では大活躍。これ
はおかしくないかね? ゲビス君﹂
﹁いや、あのですね。誰かの陰謀です! 報告書は途中で入れ替わ
ったのです! 私はしっかりと報告書に!﹂
﹁だけどね、前に送られて来た君の報告書と、今回送られて来た報
告書の文字がそっくりすぎるんだ、文字を書く時の癖もそっくりで
ね。インクの滲み具合からして、同じ書き方がされているし、かす
れ具合も同じだ。あと、紙とインクの香りも同じだと部下が言って
いた。君、部屋で煙草をやっているだろう? 紙にもしっかり香り
が残っている﹂
あの犬耳のメイドさんだろうか?筆跡鑑定とか必要ないなこれ。
﹁他に言い訳は?﹂
﹁⋮⋮うわぁぁぁぁぁ!!!!﹂
ハゲネズミがいきなり叫びだし、クラヴァッテ様に襲い掛かろう
としたので、俺が急いで︻黒曜石の苦無︼を生成し、剥き出しにな
っている右手首と、左二の腕に投げつけ阻止した。
逃げるんじゃなくて殴りに行ったか、まさに窮鼠猫を噛むだな。
クラヴァッテ様は犬だけど。
直ぐに苦無を抜き、傷口を抑えているが痛みで唸っている。
﹁さてゲビス君、君の処分だけど、堀掃除をさせなかった三日分の
630
兵士の給料と、慰謝料を追加でカーム君に払い一般兵に格下げ、次
の物資が届いたらその足で最前線に向かってもらう。解ったね?⋮
⋮あー兵士全員の給料は君が払いたまえ、調べではそれくらいの給
金は、今までの軍属歴でもらっていたはずだ。﹂
手首に投げて右手の腱切っちゃったけど平気なのか?そしてキース、
・・
活躍できないで残念だったな。
﹁あーカーム君、コレ殺さなければ好きにして良いよ、どうせ戦場
で真っ先に捨てるから﹂
驚くほど冷たい声を出している、まだ二回しか合ってないが、こ
んな声を聞いた事がないぞ。
﹁さて、こいつの部屋に行って給金をカーム君に支払わないとね。
君はこいつの止血をして牢屋に入れておいて、処分はカーム君に任
せるから。そして君、こいつの部屋に案内してくれ﹂
そう言って、真っ先に会議室を出て行く。
不味いな⋮⋮あの癖になる煙が出る葉っぱ部屋で焚いちゃったよ
⋮⋮
そして部屋に付くとクラヴァッテが鼻をしかめる。
﹁アイツ禁輸品までに手を出してたのか﹂
此処は正直に言うか。
﹁あーのー、クラヴァッテ様、少しよろしいでしょうか?﹂
﹁なんだ﹂
﹁それやったの⋮⋮俺です﹂
﹁なんだと?﹂
﹁日々の嫌がらせとして、知人に教えてもらった草をこの部屋で二
日焚きました﹂
﹁はーははははははは、そうかそうか! それなら仕方ないよな!
嫌がらせなら仕方ないよな! こんなことされたら、これくらい
の嫌がらせになっちゃうよな!﹂
腹の底から笑ている。本当に面白そうに⋮⋮
﹁さーってと、お金はどっこかなー﹂
631
子供みたいに机を開けて行く。
﹁おー、僕の所に届いてない報告書がこんなに!﹂
わざとらしく驚き、机の上に重ねて行く。そして机を調べ終わる
とベッドの藁を退かし始めると箱が出て来た。
﹁あったぞ、多分これだろう、むー鍵がないな、鍵はどこかなー﹂
そう言って枕に、腰に挿していたナイフを突き立て、中身を取り
出し、無い事がわかると壁を叩きだした。
一歩いてはコンコンと壁を叩き﹁あ、コレはずれる﹂と言って、
ナイフを突き立て無理矢理壁を剥がす。
﹁あったぞー﹂
宝探しをする子供みたいに喜んでいる。本当に貴族様かよ。あの
氷の様に冷たい目をする、狐耳のメイドが居ないからってストレス
解放とかしてるんじゃないのか?兵士が見ているじゃないか。
﹁溜めこんでるなーほぼ安全な最前線の砦の中であまり町に戻って
来られないからな、溜めるしかないわな! だよな?﹂
﹁じ、自分に振られましても。給金はテフロイトに戻ってからの支
給になりますから﹂
兵士に話しかけ困らせている。
﹁君、失礼だけど給金幾ら?﹂
﹁え? 一日大銅貨七枚ですが﹂
﹁少ないね、こんな危険な最前線なのに。この件は少し上に言って
おいてあげる。新兵でも最低銀貨1枚くらいかなー﹂
アメリカ兵の勤続2年以下で、月給約2500ドルだから、日本
円で1日6千から7千円だしそんなもんか、ある意味妥当だよな。
よかったな危険手当が付いて。
﹁んーここの常駐戦力は何人だっけ?﹂
﹁百人程度だと記憶しております﹂
﹁あー待って、書類も見るから﹂
そう言っておきながら、書類も確認している。
﹁あーあったあった。うん、そうだね大体百人前後で、士官とか治
632
療兵とかその他を混ぜても百二十くらいか、じゃぁ一般兵百人分を
五日で銀貨百枚として、金貨五枚か。このお金は私が預かっておく
から、この砦から戻ってきたら私のところに来る事、いいね? そ
のほかに護衛任務の時の報酬と、戻ってくるまでの滞在中の給金も
出すからね、あー慰謝料、金貨一枚で良いか﹂
﹁⋮⋮あー、解りました﹂
﹁帰ってこなかったら、私が責任をもって故郷に届けるから安心し
てくれ。キース君、今の私の言葉をちゃんと聞いてたね?﹂
﹁はい!﹂
﹁もしカーム君に不幸な事故があったら、私と共に同行してくれ、
いいか?﹂
﹁はい!﹂
﹁なら良い。私は少しお城主と茶を飲んでから、このお金を持って
帰るので、皆は任務に戻ってくれ﹂
﹁﹁﹁了解しました!﹂﹂﹂
そういって、ハゲネズミの部屋から、ぞろぞろと全員退室した。
﹁で、結局カームの酷使は何が原因なんだ?﹂
﹁多分私怨だ、書類の他に日記もあって、カーム君を失脚させよう
としてたらしい、帰ればよし。疲労で疲れてる所に襲撃があって倒
れればさらに良し、ってな具合だね。まったく僕が折角呼んだのに
こんな扱いしたら僕が来るってわからないかな?﹂
俺の代わりにクラヴァッテが答えたので驚いてなんて返事したら
いいのか皆判らず﹁え、えぇ﹂と答えるしかなかった。
﹁カーム君、あいつをどういう風にするんだい?﹂
﹁は? え? あー考えてませんでした﹂
﹁生きてれば問題無いからねー﹂
そう言って手をヒラヒラさせながら、俺達とは別な方に廊下を曲
がって行った。
﹁嵐とまでは行かないけが、はっきりしない天気みたいな性格だな。
633
落ち着いてたり、子供みたいだったり﹂
キースが口を開き、全員が頷いている。
あー、明日から普通の生活に戻れそうだ。
閑話
牢屋にて。
﹁カーム。こいつどうするんだ?﹂
﹁縛ったまま人族の入ってる檻に入れたら、殴り殺させそうだから
駄目だな﹂
﹁ひぃ!﹂
﹁拷問しても、生きてればいいんだよな?﹂
﹁⋮⋮だろうね﹂
﹁やるか?﹂
﹁ひぃぃぃ!﹂
﹁いや、俺にそんな趣味はないから⋮⋮とりあえず俺と同じ目に遭
ってもらう事にするよ﹂
﹁肉体労働か? 牢屋から出せないぜ?﹂
﹁食事は黒パンと干し肉に冷めたスープから始めて、牢屋の中をず
っと歩かせて、夜中も寝ないで牢屋の中歩き続けてもらう。とりあ
えず倒れるまでね、食事中は座らせていいけど、極力早く済ませる
ように監視してね?﹂
﹁わ、わかりました﹂
﹁休んだり、止まったらその棒で突っついてね、あと倒れたら呼ん
でね﹂
﹁了解しました!﹂
◇
634
次の日の昼
﹁カームさん、ゲビス殿が倒れました﹂
﹁んー今行くよ﹂
﹁あーうつ伏せで倒れたか。目覚めたら、水に砂糖と塩を混ぜた物
を与えてまた歩かせてね、大き目のカップで、あー麦酒を飲むよう
な奴ね。塩はスプーン半分砂糖は二杯ね、倒れたら毎回あげてね。
多分体の中の水が足りなくなって倒れてるから﹂
﹁はぁ?﹂
﹁夏場の熱い時の訓練で倒れる奴いない? それと同じさ﹂
﹁なんとなくわかりました﹂
﹁あーそうそう、食事は一回抜いてね﹂
︵ある意味拷問の方がマシな気がする、優しい人を怒らせたら怖い
ってこの事か⋮⋮︶
◇
﹁そろそろ寝て良いよ﹂
﹁良いのですか?﹂
﹁良いよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
服従する様に成って来たな
さて、そろそろ食事で死なない程度に苦しんでもらうか。この日
の為に有る物を用意してるんだからな。
三日前
場所はキッチン。
﹁すみません、卵一個下さい、あと調理場を少し貸してください﹂
635
﹁構わないけど、何するんだ?﹂
﹁秘密です﹂
そう言って、俺はプリンを作るみたいにボウルに卵を入れてかき
混ぜ、塩と砂糖を入れて木材を削った器みたいなのに入れて、蒸し
てプリンみたいな物を作る。
﹁塩の入ったプリンですか?﹂
﹁似たようなものだよ、卵ありがとうございました﹂
そう言ってキッチンを出て、人肌にプリンもどきが冷めたら指を
突っ込み、蓋をして日の当たる塔のてっぺんに置かせてもらい、夜
は一緒に毛布にくるまって寝る事にする。
そしてできたのがカビのコロニーだ。
﹁肌に付いてる日和見菌だから多分死なないだろう﹂
コイツを少し冷めたスープに混ぜて、良くかき混ぜて完成。
﹁おーいこいつが起きたら、この食事を与えてね。絶対君は食べな
い様に、あと絶対にスープをこぼさない様に。こぼしたら良く手を
洗って、服も着替えてね﹂
︵カームさんはこのスープに何をしたんだ?毒か?殺すなって言わ
れてるのに?︶
◇
昨日から見張ってるが死ぬ様子は無いな、遅行性か?
﹁あ、腹がいてぇーーあ゛∼∼∼∼﹂
﹁足を止めるな!﹂
﹁腹が!漏れる!﹂
う、ひでぇ。ほとんど水じゃねぇかよ、カームさんは何をしたん
だ?
その後歩けなくなり、腹を抱え横たわり動けなくなって。隅にあ
る壷に歩いて行くのにも、足元がふら付いている。
636
﹁み、水をくれ﹂
﹁あ、あぁ、わかった、待ってろ﹂
このスープって俺達も食ってるんだよな?腹が痛くなった奴はい
ないし人族の捕虜も無事だ、本当に何したんだ?
その後数日ですっかり痩せ細り頭が薄くなったゲビスを見て﹃カ
ームさんは怒らせるな﹄﹃娼婦を買ったのに抱かずに尻尾しか撫で
なかった変人﹄と言う噂話を聞くまで時間はかからなかった。
皆口軽すぎでしょう・・・
637
第47話 常駐防衛戦力と言う名の雑用係だった時の事︵後書き
︶
スコープの下りは適当です。
しょっぱいプリンのカビのコロニーも適当です。
絶対に真似しないで下さい。
638
第48話 運悪く魔王軍が来城してた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20160520修正
639
第48話 運悪く魔王軍が来城してた時の事
ゲビスが最前線に送り込まれ三十日、そろそろ雪が降るんじゃな
なかろうかと言う頃。
俺は十人ほどで城壁修理をしていた。
クラヴァッテが﹁経験があるからカーム君が指揮をとってくれ﹂と
言う、簡単な手紙一枚と、必要な石レンガが支援物資と共に数回に
渡り届いた。
不祥事で左遷された贅肉の塊だと思ってた奴が頼んだのか?あり
えねぇよ。と思ったが中々良い奴らしく﹁最前線の物資の安定供給
の為に中継基地を此処に建てよう﹂とか言って建てた事が飯の時に
わかった。
しかも、建設の為に私財の半分以上をつぎ込んだとも聞いた。だ
からクラヴァッテ様が来た時に頼み、資材が届くようになったらし
い。なので俺も﹁皆の為にやってみるか﹂と言う気持ちになり、俺
が監督と言う事で、兵士の仕事という名目で十人ほど借りたいと申
請したら、即許可が下りたので、皆で気楽に補修工事をしている。
正直あの名前も知らない肉塊を誤解してたよ。
あと三日くらいで終わるかな?と言う所で見張りの兵士が叫んだ。
﹁魔王軍だーーー!こちらに向かって来てるぞー﹂
魔王?実在してたのか⋮⋮だとしたら初めて見るな。
﹁あーい、今日の業務もそろそろ終わるから見てないで手動かそう
ぜー﹂
そう言ってたら、魔王軍が城門の前に立つと肉塊が出て来た。
人数は二百人くらいか?まぁ個々の戦力が強ければ二百人くらい
でもどうにかなるのか?
﹁最近人間どもが粋がってる様なので、本格的に冬が来る前に最前
640
線に行っておこうと思って寄らせてもらった。すまないが門の前を
借りるぞ!﹂
﹁どうぞどうぞ、良ければ少し食料もお持ちください﹂
﹁要らぬ! それは貴様等兵士の物であろう、我々の食い扶持は多
めに持って来ておるわ!﹂
﹁そうですか、せめて皆に暖かい物でも、薪くらいなら構わないで
しょう﹂
﹁感謝する﹂
あの肉塊すげぇ良い奴っぽい、横暴じゃないし。
作業中横目で少し見たけど、一言で言うと﹃でかい﹄だ。身長が
二メートルくらいあるんじゃないか?筋肉隆々で肌も灰色で白い髪
をオールバックにしていて、いかにもゲームとかで見た事ある敵キ
ャラって感じだ。ってかそろそろ雪降るのに薄手の半袖のシャツっ
てどうよ?
あのでかさ、グラナーデを思い出すな。学校が終わって直ぐに村
を出てったけど。
そう思いつつ今日の業務を終わらせ城壁の上と外の道具を片付け
を終わらせ、城の中に入ろうとすると誰かに話しかけられた。
﹁おいカームだろ!?久しいな﹂
魔王軍に知り合いは居ないけど?しかも女性。
﹁ん? だれだ⋮⋮い⋮⋮グラナーデじゃないか! なんでここに
?﹂
そこには1つ目の筋肉隆々の薄手のシャツのサイクロプスの女性
が立っていた。
﹁それはこっちの台詞さ、なんでお前が最前線基地にいるんだい?﹂
﹁色々あって﹂
﹁なんだ、知り合いか?﹂
魔王が割って入る。
﹁あぁ、故郷のタメさ。頭が良くて魔法を使うのが上手くて偉そう
641
にしない奴だ。村を季節が一巡するあいだに、でみるみる発展させ
た奴だよ﹂
﹁ほう﹂
そういってジロジロと俺を頭のてっぺんからつま先まで見る。
﹁筋肉が足りないぞ若者よ! ハハハハハッ! 肉を食え肉を!﹂
と言って背中を叩かれ軽く吹っ飛ぶ。すげぇ痛い、吐きそうにな
った。
そして俺はグラナーデに誘われ夕食を城門前で取る事にした。
﹁グラナーデはなんで魔王軍に?﹂
﹁あ? 村は平和だろ? だから暴れる機会が欲しかったのさ。村
の近くのギルドだとロクな討伐の依頼も無いからな、その辺を暴れ
ながら彷徨てったら魔王様に拾われたんだよ。そうしたら気に入ら
れてな! 今じゃ近衛兵で愛人さ! 夜の相手にもなってるぞ!﹂
そう言って笑うが、俺はスープを吹き出しむせ返る。
﹁おいおい何噴いてるんだい!祝福する所だろうに﹂
そう言って背中をバンバン叩いて来る。
むせたから叩いてくれたのか、それとも噴いたから叩かれてるの
か解らない。
むしろ、筋肉隆々同士の夜の営みを想像したくない、けど愛の形
はそれぞれだ。夜中ベッドの前でダブルバイセップスを決めながら
﹁切れてるよ! ナイスカット!﹂とか、お互い言い合ってるだけ
かもしれないし。お互いにワセリンを塗ったりしてるんかもしれな
い。
﹁いやー魔王様は底無しでな﹂
正直聞きたくなかった。
﹁おいおいそんな話をするな、恥ずかしいだろうに﹂
なんだこのお茶目さん。てっきり﹁俺の子を産め﹂とか言って、
片っ端から手を出すのかと思てたわ。
﹁なに⋮⋮。グラナーデの猛攻に俺が折れてな、夜中に襲われてし
まったわ!﹂
642
﹁はぁ﹂と、相槌を打つしかできねぇ。
﹁強くてもヒョロイ男に興味はないからね。魔王様を見た時にこの
人の子を生むみたい!って思ってね﹂
流石おっぱいの付いたイケメン、言う事が違うわ。
そっちの魔王様は照れてるし。やだ、この魔王可愛い。
﹁さて、カーム。お前の色々を話してもらおうか﹂
そう言われたので、エジリンの町で働きながら修行している事、
ラッテの事、討伐の事、なんでここにいるのかを話した。
﹁ほう。中々やるんだな﹂
﹁こいつは魔法が得意だし、応用力も高いからな。何でもできる﹂
﹁なんでもじゃないよ﹂
一応否定しておいた。
﹁手加減するから手合せしてくれ﹂
﹁いやいやいや、魔王様にそのような事は恐れ多くてできません﹂
死にたくねぇし。
﹁俺だって、好きで魔王に成ったわけじゃない。気が付いたら強く
なってて、魔王に成っていただけだ。俺は偉くない、そんな改まる
な﹂
﹁でも戦場で暴れまわって、その辺で死んでる人族の足を掴んで振
り回したり、ソレを思い切り盾を持った奴に投げつけたり叩きつけ
たり、左手で首をもって腹を殴って鎧ごと腕を貫通させたり、左右
の手で人族の頭を掴み兜ごと、スイカみたいに潰したり、フルプレ
ートを着こんだ兵士をねじ切ったりするんですよね?﹂
﹁何それ怖い﹂
﹁あれ? しないんですか?﹂
﹁しないぞ! 俺は前線に突っ込み陣形を乱し、後からついて来る
部下が薙ぎ払うからな! 上に立つ者は、常に皆の前を行かねばな
らん!﹂
643
なにこのカームって言うグラナーデの故郷のやつ、考え方が超怖
いよ。
﹁そうですか、ご立派ですね﹂
﹁だろう!﹂
そう言って、筋肉をパンプアップしてポーズをとる。
筋肉を褒めた訳じゃないんだけどない⋮⋮。
﹁武器はやっぱり素手ですか?﹂
﹁あぁ! あんな直ぐに曲がる剣や、良く曲がる鉄の棒なんか持っ
て戦うより、拳で戦った方が確実だ!﹂
わざわざポージングしないでくれ。
﹁でしょうねー﹂
﹁世の中には、ミスリルやオリハルコンと言った物があるそうだが、
俺ならそのまま棒にして振り回す!﹂
﹁デスヨネー﹂
なんかごり押し好きそうだし。
﹁さぁやろう! 手加減するからさぁやろう!﹂
忘れてなかったか。
なんか周りの部下たちが騒ぎ出して﹁いいぞあんちゃん!﹂とか
言ってるし、城壁の上からは、キースや暇な兵士がこっちを見てい
る。この魔王様声でかすぎだ。
﹁おい!カームさんと魔王様が手合せするらしいぞ!﹂
﹁何だと!﹂
﹁行くぞ!飯なんか食ってる場合じゃねぇ!﹂
そういって食事の途中で、ほとんどの兵士が城壁や門の前に殺到
する。
なに?娯楽が少ないとここまですごい事になるの?なにこれ逃げ
られないよ?頭の中で﹃ノー・エスケープ﹄とかゲームなんかで聞
いた時ある声がする!?
﹁カーム! お前の得物だ!﹂
644
そう言って、スコップとバールとマチェットが投げられる。
キース君、後でゆっくりとお話ししようか。
﹁どれどれ私も見ようか﹂
甲高い声と共に贅肉も出て来る。
普段部屋に引き持ってるのに、こういう時だけ歩くのな⋮⋮。
﹁はぁ⋮⋮殺さないで下さいよ?﹂
﹁わかってる! 殺したらスズランって言う女に殴られてしまうか
らな﹂
﹁ルールは?﹂
そう言いながら、マチェットとバールを腰に挿し、スコップを構
え終る。
﹁戦争にルールなんかないわ! とりあえず殺さなければっ﹂
会話の途中で、目の前にフラッシュバンを発生させ、大声で叫び
ながら左手で目を押さえ右手をブンブン振って来るが、俺は気にせ
ず裏に回り込み尻を蹴って転ばせ、距離を取り相手が立ち上るまで
待つ。
やっぱり初見で不意打ちフラッシュバンは効くなー。戦争にルー
ルはないって言った時点で仕掛ける権利はあるよね?しかも﹁殺さ
なければっ﹂までは聞いてるし。
周りからは﹁卑怯だぞ!﹂とか野次が飛ぶが、この戦いにルール
ないし。
﹁黙れ! ルールがなく、殺さなければと言った時点で既に勝負は
始まっててもおかしくはなかった! ぬぅ⋮⋮魔法使いを甘く見て
いたぞ、コレは考えを改めないといかんな﹂
そう言いながらまだ目を押さえている。
﹁あのー、目が見えなくなって転ばされた時点で、ある程度大怪我
か死ぬ可能性があると思うんですが、むしろその筋肉に刃物通りま
す?﹂
﹁確かに! 殺される可能性が高い。ここは素直に負けを認めよう
645
! 刃物は骨で止まるし矢は力を入れれば途中で止まる﹂
魔王ってこんな化け物揃いなのか⋮⋮。そう思っていると周りや
城壁の上から歓声が上がってる。
﹁カームよ! 飲め!﹂
そう言って、周りにいた部下らしき男から酒をぶんどり、俺に渡
してくる。ラッパ飲みっすか?
﹁あ、はい。頂きます﹂
そう言って、一息で残っていた酒を空けると、さらに周りから歓
声が上がる。
このノリなんかもろ体育会系じゃないか。
﹁カームすごいじゃないか! 魔王様を倒すなんて﹂
そう言ってグラナーデが首に腕を回して来て、胸が頬に当たるが
筋肉なので﹁バストでは無く胸囲﹂に近い。全然嬉しくない。まだ
スズランの方が柔らかいわ!
﹁あー、んじゃ返杯で故郷の酒を⋮⋮。少し待っててください﹂
そう言って、まだあまり使ってない蒸留酒を持って来て、カップ
半分くらいまで注いで渡す。
﹁杯から零れるまで注がないと、注いだことにならぬぞ﹂
そう言われ渋々注ぐ。倒れても知らないからな。
﹁それでいい! ぬぁはっは! 見てろよ? このくらいなら一息
だ!﹂
そう言って一気にカップを煽って空にして﹁むう、強いな﹂と言
ってそのまま前に倒れる。
﹁毒だー!﹂
とか回りが騒いで皆が殺気立つが﹁俺毒に強いから飲んで確かめ
てやる﹂と、代表としてその一人に酒を少し注いで飲ませる。
﹁うわっ⋮⋮これ強ぇわ⋮⋮これをカップ一つ一気飲みとか、いく
ら魔王様でも倒れるわ﹂
そんな感じで弁解してもらい、疑いが晴れた。
そのまま騒ぎは収まり、俺は城の中に戻るとキースに絡まれた。
646
﹁いやー魔王様を倒すとか、将来は魔王様ですかな? カーム魔王
様﹂
﹁いやいや、無理だろ。俺、戦い好きじゃないし﹂
そう言いながら与えられたベッドに行き、残り半分になった蒸留
酒を見ながらため息をつく。
そろそろ雪降るし。帰れるからいいか。
そう思いつつドライフルーツをつまみにして、口の中で即席果実
酒を作って飲んで寝た。
﹁その酒かなり臭いがキツイから俺のそばで飲むな﹂とかキースが
言ってきたが、無視しておいた。
□
﹁あー頭いてぇ、あ?カームは?﹂
篝火がまだ燃えており、隣りにはグラナーデが寝ていて、周りも
酔った勢いで寝てる奴が多い。風邪引かなければ良いけどな。
﹁ったくなんだよあの酒、星が飛んだぞ⋮⋮戦いで負けて酒にもま
けるとか面白い奴だな。グラナーデの出身と同じだからベリルか⋮
⋮あそこは領地じゃなかった気がするな、グラナーデに話を付けて
送ってもらうか。後で誰かに酒を買いに行かせるか﹂
そう呟き水をがぶ飲みしてから、俺は寝なおした。
◇
いつも通りに目覚め、いつも通りに朝食を取って、いつもの時間
に修理に入る様にしているが今日は違う。跳ね橋前で雑魚寝してる
奴等が邪魔過ぎて、目地材が練りにくいんだが。まぁ気にせず始め
る事にする。
﹁あー、いつも通り安全を心がけて、何か異常があったら報告する
事、体調が悪い者は無理せず名乗り出る事、けして無理をしない事。
647
んじゃ開始!﹂
安全・迅速・丁寧・仲良し。ってか?
そう言って目地材や石レンガを運ぶが、途中で足か手を踏んだが、
踏んだ近辺で誰かが起きる様子がないので、気にせず作業を始める
事にした。
ってか邪魔過ぎる。むしろ踏んでも寝たままの近衛兵ってどうよ?
作業を始めしばらくすると、チラホラと魔王軍が起き始め、頭を
押さえたり水をがぶ飲みしている奴らが目立つ、不健康ですなぁ。
﹁エンジョイ&エキサイティング﹂とか言わなければいいさ。自分
の統括する領地っぽい所で、略奪とかばなければね。自分の領地で
必要悪とか必用ないしな。
﹁あースープを作ってる臭いがするー、さっき飯食ったばかりなの
に、やっぱりあの臭いにはかなわねぇな﹂
﹁そうだなー、久しぶりにシチューが食いてーな﹂
﹁テフロイトに戻れたら、美味い酒場教えてやるよ﹂
修理を手伝ってる兵士が、声を漏らす。
日本人の﹁炊き立てのご飯の香りー﹂みたいなもんか?
その後、魔王軍全員が遅めの朝食を食べ終わらせ、荷支度を済ま
せ﹁さて、そろそろ向かうか﹂とか聞こえ始めたのが、俺達が十時
頃にお茶を飲みながら、軽い休憩をしている頃だった。
その穏やかな時間を、無理矢理終わらせるかの様に見張りの兵士
が叫んだ。
﹁最前線方面より影多数! 警戒しろ!﹂
人族か?何も魔王軍と魔王様がいる時に来なくても良いじゃない
か。運のない奴等だ。
﹁横一列にかなり長いぞ! 大規模かもしれん、警戒態勢に入れ!﹂
そう言ってピリピリした空気が漂って来た。
﹁よし、今日はここまで。皆は戦闘準備に穿いて下さい。俺はこの
648
余った目地材を使い終わらせたら準備しますので。あの進軍速度だ
と、まだ平気でしょう。慌てないでくださいね﹂
﹁﹁﹁わかりました!﹂﹂﹂
そう言って、手早く道具を纏め準備に入って行く。
﹁魔王様ー、もしよろしければ、物資の方は門の中に入れてもいい
んじゃないですかー?﹂
﹁カーム、のんきな声を出すな! 士気が下がる!﹂
魔王様に怒られた、よく見ると昨日の緩い雰囲気はなく、皆鎧な
どを着こみ武器の点検を始めている。
敵が見えてからの準備って少し遅い気がするけど、まぁ俺もまだ
終わらせてないから何とも言えない。
﹁天気は晴れ、ほぼ地上は無風、上空は穏やかそうな逆風、到着予
定は正午前か。このままだと、時間がたてばこっちが逆光になるな、
まぁ人族が有利なのは間違いないな、戦力的にも。城の石レンガは
白から灰色系か、なんとかなるな﹂
﹁おい! 言われた通り荷物を門の中に入れさせてもらえ! 俺等
は外で迎え撃つぞ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁応!﹂﹂﹂﹂﹂
あーなんかかっこいいな、ああいうのに少し憧れるな。
そう思いつつ目地材で壁の隙間を埋め、部屋に戻り白い布を床に
敷き、薄めたインクを手に付け、手を振る様にして水を飛ばし、小
さな斑まだら模様を作っていく。その後は泥水で同じ事をしてから
壁に貼り付け、可能な限り後ろに下がり全体のボヤケ具合を確かめ
る。
﹁んーこんなもんか﹂
﹁何してんだカーム! 早くしろよ!﹂
﹁なぁキース、アレを見てどう思う?﹂
そう言って壁にかかってる布を指差す。
﹁汚い布﹂
﹁違う違う、周りの石と色が似てないか? って意味だ﹂
649
﹁あー少しだけな﹂
﹁ありがとう。これが遠くからだとかなりボヤケる﹂
そう言って布を割き、頭や顔、腕や胴や足に巻きつけ、今日の迷
彩は終了。
﹁相変わらず奇抜だよな﹂
﹁さっさと向かわず、ずっと見てるキースも同じようなもんだよ﹂
そう言って装備を整え、跳ね橋側の正面の城壁に陣取る。
俺が行った時には、既にあちこちでお湯や油を火にかけていた。
﹁すみません、準備に手間取って﹂
軽く謝罪をしたが、隊長クラスが怒号を飛ばしており、俺の声は
聴いてもらえずキースに肩を叩かれた。
﹁んじゃ俺はてっぺんに上るから、死ぬなよ﹂
﹁あいよ﹂
﹁そこはお前もな、って返さないか?﹂
﹁死にたいのか?﹂
﹁なんでだ?﹂
﹁戦場で子供の話しや、嫁や恋仲の話をすると死にやすいって聞い
た事ない? それと同じで、さっきのやり取りも死にやすくなる噂
が有る﹂
﹁本当かよー﹂
ニヤニヤしながら目を細めてている。
﹁まぁいいさ。さっさと行け﹂
﹁へいへい﹂
それから三十分後、人族は目視一キロメートル先で止まり、隊列
を整えている。
﹁あースコープ使ってもほとんど見えないな、ねぇ経験上何人くら
いだと思う?﹂
あまり見た時のない、緊張している兵士に声をかけた。
﹁うぇえ? 自分ですか? わ、わかりません!﹂
650
﹁あーうん、ごめんありがとう﹂
そう言って正面を見ていると﹁プワーッ﹂とラッパみたいな音が
聞こえたので、多分前進だろう。
﹁隊列はこの間と同じだー! 囲まれると思っておけ!﹂
この間と同じらしい、けど規模が多くないですかね?面倒だ。多め
に見て置こう。
﹁んー綺麗な四角い隊列だなー。一人の横幅が一メートルとして、
三方向を囲むのには最低でも城壁の一辺が三百メートルで九百メー
トル。最低でも九百人いると考えて、裏に回るのも考えるともう少
し長いか? 一列って訳じゃないし三十人の三十列が四方向を囲む
のにそれが四組、それが左右に分かれると仮定しておこう﹂
﹁何ブツブツ言ってるんですか?﹂
﹁ん?勝つための計算﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
隣の兵士は、呆れたような顔で正面を必死で見ている。
下を見ると、魔王軍が距離を見ているのか、まだ突撃しない。
人族が二百メートルまで近づいて来て、一端止まった。
隊列を組んでいる裏には、大量の弓兵と攻城兵器を必死に引っ張
る、比較的軽装の兵士。
そして考えたくもなかったが、捕虜となった魔族が粗末な盾と棍
棒を持たされて最前列にいる。
﹁クズな魔族どもよ!我々の剣や槍はいつでもお前らの背中を狙っ
ている!いつでも殺せると思え!﹂
あーうん、わかってた。
そしてラッパの合図と共に捕虜と歩兵達が一斉に突撃して来て、
後方から大量の矢が放たれくる。こんなの映画でしか見た時ねぇよ
!畜生が!
651
﹃イメージ・城の上空・ドライダウンバースト・超小規模・発動時
間五分・発動﹄
ぶっつけ本番で、出来るかどうかがわからなかったが元地球人舐
めんな! 積乱雲とか無くても下降気流作ってやったぜ!
︻スキル・属性攻撃・風:3︼を習得しました。
攻撃してねぇけどな!
﹁急に突風が! 立ってられない!﹂
そう言って兵士達は、狭間に捕まったり地面に伏せたりしている。
物凄い突風が、城を中心に全方位に吹き荒れ、矢が上空で押し返
されほとんど届かず地面に刺さっていく。
百人規模の弓兵隊が二部隊。それが二射三射と続けるが、一本も
こちらに届かず、次第に矢の数は減っていいき、捕虜も最初は走っ
ていたが次第に歩きになり、最後には地面に伏せたり強風で転がっ
たりしている。
﹁今だ!突撃するぞ!﹂
魔王様が強風の中、周りに聞こえてるかわからないが、号令を飛
ばし突撃して行き、それを見ていた皆が後を付いて行く形になった。
﹁魔王様早すぎだろ!﹂
﹃イメージ・石壁・百メートル先・幅三百メートル高さ三十メート
ル厚み五十センチメートル・奥に十度傾き・発動﹄
ズンッと音と共に、十階建てのマンション程度の石壁が、魔族の
捕虜達の少し後ろ発動し、根元からゆっくりと倒れて行く崩れてい
く。
ダウンバーストの影響もあり、思ったより早く石壁が崩れ始め、
ドズンドズンドズンと重い物が、地面に突き刺さる音があたりに響
き渡り、悲鳴が一瞬だけ聞こえた気がしたが、石が崩れ落ちる音と
強風にかき消されていった。
この風、急いでたから五分って指定したけど、二分で十分だった
652
な。
そう思いながら俺は、城壁の狭間に捕まったまま、風が止むのを
亀のようになり待っていた。
少しずつ風が弱くなり、皆が頭を上げる頃には落下の衝撃で魔力
切れを起こしたのか、奥の方は既に石壁の残骸は無く、生ゴミが四
散していた。百キログラム以上の石が、高さ三十メートルから降っ
て来るんだ。流石に原型はないな。手前でも大体五メートルくらい
の高さか、運が良ければ生きてるね。
なんか刺さる様な視線を感じ、裏を見たらキースが物凄く睨んで
いる。アイツの事忘れてたわ⋮⋮。
なんとかジェスチャーで謝ってみたが、弓をこちらに向け矢を放
ち、矢が足元の石と石の隙間に刺さり、ドヤ顔でこちらを見ている。
いやー石と石の隙間狙うってすごいっすね、キースさん。
まぁ、後で何言われるかわかった物じゃないけどな。
そして俺は、隣に居た兵士に﹁ごめん、魔力切れそうでかなり気
怠いから、これ以上期待しないで﹂と言って、狭間に背中を預け座
った。
﹁え? あ⋮⋮? はい﹂
﹁今のカームさんがやったのか?ありえねぇだろ、強風で矢は届か
ないし第一陣ほぼ壊滅だし﹂
遠くからそんな声が聞こえた。
本来は寝てたいけど流石に不謹慎だからな。
時々狭間から覗き込み、相手の出方を伺うが第一陣はほぼ壊滅状
態だ、これ相手の士気が残ってるかな?
何が起こったのかわからず、少しあっけに取られていた魔王様だ
が、我に返り再び命令を飛ばす。
﹁行くぞ! まだ守りは必要ねぇ! 今は攻めるぞ!﹂
653
﹁﹁﹁﹁応!﹂﹂﹂﹂
そう言って生ゴミの中を走って行き、前衛のいなくなった弓兵達
を処理して、更に奥へと突撃していく。
誰か引き際を教えてやれよ。あれじゃ孤立して囲まれるぞ。
しばらくすると、混乱していた指揮系統が元に戻り、梯子を持っ
た奴が部隊の裏の方から走って来る。
前衛いないのに良くやるわ。
そして城壁にいる弓兵は、梯子を持った奴らを優先的に狙い、そ
れでもあぶれた奴が梯子を掛け登って来る。
左右や裏に回る兵力がないのか、梯子を持った奴全員が正面に集
中している。
コレって既に後処理に入ってるよね?
そう思ってると、隣で﹁ダンッ﹂と音がしたので、横を見ると梯
子が狭間の間にかかっており、顔を半分出して覗くと駆け上がる様
に上って来る。
あー、せめて両手足使ってくれよ。この角度を足だけで上って来
るとか見てるだけで怖いわ。いや、足滑らせて股間強打したらとか
思うとさ、同じ男として。
そして、あと一息で城壁の上に付くと言う時に、魔法を放つ。
﹁湯!﹂と、バケツで水を撒く様に︻熱湯︼を敵兵にぶっかける。
駆け上がって来た威勢の良い人族は、そのまま堀の中に叫びなが
ら落ちて行った。
﹁いやー怖かったねー、まさか駆け上がって来るとは思わなかった
よ﹂
そう言いながら、梯子を思い切り引いて堀に落とす。
﹁ですよね﹂
﹁魔力切れで気だるいんじゃないのかよ﹂
槍を持ってた兵士が、顔を引きつらせながら苦笑いをしている。
654
﹁ねぇ、攻城兵器どうなってる?﹂
矢が飛び始めるようになってきたので、狭間に背中を預け気軽に
聞いて見る。
隣りにいた兵士は、盾を少し傾け遠くを見て口を開いた。
﹁魔王軍が重点的に処理しています。人族も抵抗していますが、ほ
ぼ無意味に終わっています﹂
﹁ありがと、飴食べる?﹂
そう言いつつ、ポケットから革袋に入った飴を取り出して口に放
り込む。
﹁だ、大丈夫です、平気ですから﹂
﹁わかった、欲しくなった時に。俺が隣にいたら声かけてー﹂
﹁りょ、了解﹂
そう言って、もう片方のポケットから岩塩を取り出し、マチェッ
トの背で叩き小さい欠片を口に放り込み、小さな︻水球︼を出して
水分も補給していく。
﹁あ゛∼だるい。敵が来たら言ってね﹂
﹁だるいなら、魔法で水出して飲まなければ良いんじゃないっすか
?﹂
﹁んーまぁ⋮⋮ね。それにしてもさー、人族も運が悪いよね。魔王
様が最前線に行く途中で、この城に拠って無ければもう少し変わっ
てたかもしれないのにな﹂
﹁カームさん自覚無いんすか? 貴方の魔法で敵陣は半壊してるん
ですよ!?﹂
﹁おー、そうっすかー。交戦時間が減って助かったよ﹂
そう言うと、隣にいた兵士が、変な目でこっちを見てきた。おい
おい、そんな目で俺を見ないでくれよ。美女以外に、そんな目をさ
れるとやる気がなくなるじゃないか。
それから少しワーワーやってるのが聞こえてたが、近くに梯子が
来ない限り座ってボーっと空やキースを見ていた。
655
キースが塔から弓を射っていたが、時々こっちを見てドヤ顔をし
ている。俺からじゃ外の様子は頭を出さないと見えないので、何を
やってるか不明だ。
﹁あー気怠いのがすこし好くなってきたわー、ちょっと援護するか
ー﹂
﹁回復はやっ!﹂
だるそうに呟きながら顔を半分出して外を覗くと、後方で弓兵が
援護射撃をし。軽装の奴等が半壊した前衛の盾を拾って、なんとか
陣形を組み直し城壁に近づき、かなり後方にあった、攻城塔を死守
しながら近づいて来る。
前回のが、使い物にならなかったと報告で来ていたのか、跳ね橋
部分がかなり長く作られている。あれなら堀を埋めなくても平気だ
な。
まぁ、破壊するけど。
まぁ、井戸を作る時の簡易版で十分だよな。
攻城塔の横半分を1m程陥没させ、横にベシャーと転ばせる。は
い、廃材の出来上がり。設計上前には傾きやすくなってるが、正面
から見たら左右に倒せば良いんじゃね?ってなるだろう普通。あん
な跳ね橋長くした、重心が高そうな不安定な物転ばせるのなんか簡
単なんだよなー。
そう思いつつ残り少ない攻城塔も処理していく。
﹁ねーねー、魔王軍ってどうなってる?﹂
盾を構え、矢を防ぎながら外の様子をうかがっている兵士に声を
かけた。
﹁見えません! 多分奥の方のお偉いさんの居るテントにでも行っ
てるんでしょう﹂
﹁何もしなくても、半日で戦が終わるって素晴らしいな!﹂
﹁カームさんは、最初にどでかい事したでしょう﹂
656
﹁あーあれね、矢を防ぐために風を使って、前衛の堅い奴を処理す
るのに、ちょっと大げさに魔法使っただけだよ、あとは勝手に石壁
が倒れて終わり。弓兵は魔王軍が有る程度処理して士気ボロボロ。
俺はそれくらいしかしてないよ﹂
﹁それくらいって言うのにはデカすぎます。嫌味になるので、そう
いう事言うのは止めた方が良いですよ﹂
﹁忠告ありがとう。なんか固まってるのかでっかいの来たら教えて、
顔だすから﹂
﹁了解﹂
そう言いつつも、適度に顔を出しして戦況は確認していたが、最
初の石壁が効いたのか、人族は立て直す事が出来ずそのまま数を減
らして行き、魔王軍がなんか派手な服を着た奴等数十人を縛って担
いで来た時は、指差して笑っちまったよ。
そして夕方前には、派手な服を着た黒髪の人族が負けを認め、軽
症の者は逃げ、怪我で逃げ遅れた者は死体処理をさせられ、動けな
い者は止めを刺されていった。
魔王軍にも多少被害が出たが、死者は出ていないらしい。実はか
なりすごい軍隊なのでは?そう思いつつ、攻城塔の残骸にみんなと
協力して死体を積み重ねる。
﹁おいカーム﹂
﹁なんだキーグフッ!﹂
振り向いた瞬間に、腹に良いのを一発貰ってしまった。
﹁殺す気かよ﹂
声に怒気は無いが、何時もの雰囲気ではないのはわかる。俺は腹
を押さえ膝を付き、痛みをこらえながら。
﹁ごめんなさい、すっかり忘れてました。あれは私が全面的に悪い
です﹂と言い、しばらくうずくまっていた。
﹁⋮⋮ならいい、あの風でほとんどの矢を凌げたから、死んだ奴も
657
少ないだろう。それに免じて許す﹂
﹁あ゛ざーっす﹂
﹁そんな格好で言われてもな﹂
﹁いだぐでだでまぜん﹂
﹁悪かったよ、けどこっちも死にそうになったんだ、許せよ﹂
﹁悪いのはおでだじ、おごっでない⋮⋮﹂
﹁そうか、で。また尻尾でも触りに行くのか?﹂
ようやく痛みが引き始め立ち上がりながら、
﹁いや、心が痛んだって事は無い。慣れって怖いな﹂
﹁慣れちゃいけないんだけどな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮まぁな。とろでキースは、お気に入りの娼婦の所に行くのか
?﹂
尻尾が揺れているので何か楽しみが有るに違いない
﹁ば、馬鹿! 行かねぇよ!﹂
﹁そうか、俺は疲れてるから早く寝るよ﹂
そして、さらに尻尾が早く振られる。
キース。シュペックよりわかりやすいぞ?
そうして俺は疲れてる事を理由に、魔王様やグラナーデの誘いを
断り、兵舎でさっさと食事を取り、泥の様に寝た。
捕虜は八割ほど生きていたらしい。全員助けられなくて悪かった
⋮⋮。そう心の中で思っておいた。
閑話
宴中の魔王軍
﹁グラナーデ、あのカームって奴の事詳しく教えてくれ﹂
酒を飲みながら真剣な顔でグラナーデに問いかける
﹁知らないさ、私が知ってるのはせいぜい故郷にいた時に、魔法で
658
井戸を掘ったり荒れ地を耕したり、麦を刈ってたくらいしか知らな
いよ、故郷であんな魔法見た時すらないよ!﹂
﹁そうか、あんな魔法出そうと思って出せる物じゃねぇ、俺は正直
あのカームって奴が怖い、あんなのが本気出したらって思うとな⋮
⋮﹂
﹁アイツは優しくて怒ってるところを一度も見た時がないし、正直
者で飄々としてるから、心配しなくても平気だよ﹂
﹁直接怒らせるとかじゃなく、何が引き金になって敵に回るかわか
らない方が怖いな。正直かかわりたくはねぇよ? 普段温厚な奴の
方が怒らせると怖いって言うだろ? それだと俺は思うぜ﹂
そう言って一気に酒を煽る。
﹁戦争が始まったと思った矢先に、あんな魔法を見せられ、矢は届
かず敵軍は半壊。おかげで弓兵まで一気に行けて、俺等にも城の方
にも被害は殆どなかったから良いけどよ、実際自分たちがやられて
みろよ? 士気なんか一気に無くなるぜ? あいつはそう言うのも
知ってるのか?﹂
﹁わからないよ、けど皆より頭が良くて、故郷の学校って奴を季節
一巡分早く終わらせてたよ﹂
﹁頭も良いのかよ、ますます関りたくないな﹂
﹁昨日の酒を考えたのもカームだよ﹂
﹁あーあー、お手上げだな。あの酒には勝てねぇよ﹂
俺は辛気臭い雰囲気を吹き飛ばす為に酒を大量に煽った。
閑話2
カームの居なくなった食堂にて
﹁おい、あの魔法絶対カームさんだろ?﹂
﹁だろ? あんなの使える奴いないって、前に人族に包囲されてた
659
時に言ってただろ﹂
﹁けど最初の風もそうなんだろ? 矢なんか一本も届いてないぜ?
どんな魔法なんだよ﹂
﹁しらねぇよ、本人に聞いてくれ⋮⋮﹂
﹁けどよあの石の壁。すごかったよな! 塔のてっぺんの旗よりも
高かったんだぜ?﹂
﹁けどよ、ぐちゃぐちゃになった死体処理だけは我慢できなかった
わ、アレは堪えるぜ?﹂
﹁あの魔法が無ければ、また包囲されてこっちが危なかったんだぜ
? 感謝はしても文句は言うなよ、俺だって我慢してスコップで内
臓拾ってたんだからな﹂
﹁お前はまだ良いだろ、俺なんかワーウルフで鼻が良いんだぜ? まだ鼻に臭いが残ってやがる﹂
﹁俺、カームさんの隣だったけど。魔法を出す前に人の数を数えて
たの聞いた。なんかブツブツ言ってたし、聞いたら﹃勝つための計
算﹄だって﹂
﹁何考えてるか本当わからねぇなーあの人﹂
﹁だな﹂﹁あぁ﹂﹁そうだな﹂
﹁俺なんか飴食べるか?って言われましたよ。あんな状況で、呑気
に飴なんか舐めてられませんよ﹂
﹁そのあと塩も舐めてたよな﹂
﹁舐めてたな﹂
﹁魔法使いすぎて気怠いって言ってるのに、魔法で水出して飲んで
て、また気怠そうにしてましたよ﹂
﹁頭良いのか悪いのか俺にはわからない﹂
﹁俺もだ、﹃怒らせるな﹄って言う事は、多分噂じゃないって皆わ
かったと思うが﹂
﹁だな、あんなの怒らせたらこの城が崩壊するわ。よくゲビスはあ
んな弱い毒で済んだよ﹂
﹁けど嫌がらせって噂も有るぜ? ゲビスの部屋にクラヴァッテ様
660
と一緒に入ったカームさんが﹃嫌がらせで禁輸品の草を寝てる時に
隣で焚きました﹄って言ってたって、同行してた奴が言ってたぜ?﹂
﹁嫌がらせで城を崩壊させられたら、たまたもんじゃねぇな﹂
﹁だな﹂
こうしてカームの噂がより一層酷くなって行きます。
噂に﹃戦場で呑気に飴を舐めてた﹄﹃一瞬で人族の軍が半壊﹄が
追加されました。
661
第49話 尋問と言う名の会話をしていた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
いつにも増して会話が多いです。ご了承ください。
20160525修正
662
第49話 尋問と言う名の会話をしていた時の事
人族の襲撃から五日後、俺は今地下牢へ向かっている。
人族の捕虜に会う為だ。
地下牢がある入口には一応見張りがいる。入るためには会話くら
いあるだろう。
﹁どうしたんですか、カームさん?﹂
﹁んー? 城壁の修理終わったから、捕虜に暇つぶしを手伝って貰
おうかなーと﹂
﹁ご、拷問ですか?﹂
・
﹁いやいやいや違うからね?暇つぶしで拷問するような性格じゃな
いから。その場合だと、捕虜で暇潰しだから﹂
﹁接触は、あまり好ましくないのですが﹂
﹁話すだけでも?﹂
﹁んー、どうですかね?﹂
﹁んじゃ様子見でお願いします﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
そう言って、ガチャガチャと強固なドアの鍵を開けてくれた。
﹁何か有っても責任を取れませんし、助けられませんからね?﹂
﹁ありがとー﹂
﹁いちいち軽いんですよ﹂
あまり足音を鳴らさず、石でできた階段を下り、ジメジメした空
気の中を歩いて行く。
﹁どうしたんですかカームさん﹂
﹁ちょっと捕虜とお話が﹂
﹁アイツ等、話しすらしようとしませんよ? むしろ会話になりま
せん﹂
663
﹁んー駄目元だから﹂
そう言って見張りのいる中、比較的静かそうな奴が多いところに
向かった。
石作りで、堅牢なドアに中を見る小窓の奴とは違い、全面鉄格子
だ。映画とかで見る刑務所みたいだな。
ガンガンガン﹃おいこら!ここから出しやがれ!﹄
駄目
ガシャンガシャンガシャン﹃畜生!殺してやる!﹄
駄目
﹃あ゛∼煙草すいてぇー﹄
目に生気が無く無気力すぎる、駄目。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
本読んでるな。私物でも取り上げられなかったのか? コイツの
要る牢屋でいいや。
﹁ちょっといいかな? 大陸共通語話せる奴はいるかい?﹂
﹁いないよ﹂
本を読んでいる奴がボソッと呟く。
﹁そうかなら仕方ない、他を当たるか。ところでその本は何?﹂
﹁騎士が姫様を助けに行く、王道物﹂
﹁ふーん﹂
﹁カームさん、そいつ大陸共通語話してますが?﹂
﹁ん? わってるよ。どこまでボケるのか、試そうと思ってたんだ
けど⋮⋮﹂
しかも、本を読んでいる奴は、こちらを見ようともしない。
コイツは強敵だな。
﹁食事に不自由はないですか?﹂
﹁あぁ、とにかく不自由だらけだ。堅いパンと干し肉とスープしか
出ないなんて、とても耐えられない。たとえ捕まる前に、自分達に
支給されてた食事より量が多くてもね﹂
664
﹁貴様! 何を言うか! 食わせてもらってるだけでも!﹁交渉中
なので、何か言われても耐えてください、お願いします﹂
﹃嫌だねぇ、教養のない奴はそう思わないかい?﹄
﹁何を言ってるかわからないが、俺に対して何か言ってる訳じゃ無
い事はわかる﹂
﹃本当にわからないんだな﹄
﹁何を言ってるかわからない﹂
﹁本当にわからないんだな﹂
﹁翻訳ありがとう﹂
﹁どういたしまして﹂
コイツは、会話中も本をずっと読んでいる。
﹁君にお願いが有る、人族語を教えてくれ﹂
﹁構わないけど、対価と見返りは?﹂
むー、割と灰汁が強い性格だな。
﹁俺は兵士じゃなくて、雇われてるから見返りは期待しないでくれ。
精々私物くらいだな﹂
﹁何があるんだ?﹂
﹁人族の貨幣と煙草くらいか?﹂
﹁興味ないな﹂
﹁飴﹂
﹁興味ある﹂
﹁この城に来る前に焼いた、ハードクッキー﹂
﹁堅いのは好きじゃない﹂
﹁あとは黒砂糖しかないぞ?﹂
﹁じゃぁ砂糖たっぷりのお茶で、本読みながら飲むから﹂
﹁はいはい、今持ってくるよ﹂
﹃おい、何話してたんだ?﹄
﹃あの魔族が人族語を教えてくれってさ、見返りに甘いお茶をくれ
るって﹄
﹃俺等のは?﹄
665
﹃僕が教えたその見返りだ、君達にはないんじゃないかな?﹄
何を話しているか解らないが交渉は済んだので、俺は砂糖や飴を
持ってくるために一度牢屋を出た。
﹁持って来たぞー﹂
﹁⋮⋮どうも﹂
﹁悪いけど、この人族と俺を空いてる牢屋に入れてくれ。落ち着い
て教わりたい﹂
﹁危ないんじゃないですか?﹂
﹁僕は手枷をされてるけど?﹂
﹁ああ言ってるけど?﹂
﹁カームさんは、危機感がなさすぎます﹂
﹁俺はこの名前がまだわからない人族が、危ない様に見えないんだ
けど﹂
﹁アブナクナイヨー﹂
﹁ほらね?﹂
﹁あ⋮⋮どっちも俺の苦手なタイプだ。責任はカームさんで﹂
﹁感謝するよ、賄賂はいるかい?﹂
﹁結構です!﹂
そう言って兵士は開いている牢屋を開け、捕虜を移動させ、俺が
入ってから鍵を閉める。
﹁んじゃ先に報酬だ﹂
そう言って、カップに熱湯を入れ茶葉を入れ黒砂糖を袋ごと出す。
﹁飲んで落ち着いたら言ってくれ﹂
﹁戦場で熱湯を出してた魔法使いって、あんただったのか﹂
﹁⋮⋮まぁね﹂
そう言って、俺もカップに茶葉を入れてから︻熱湯︼を注ぎ、メ
モ用紙も取り出す。
﹁本当は本格的に淹れたいんだけど、道具が無いから我慢してくれ﹂
666
﹁あぁ、戦場でそんな道具が有ったら、持ってる奴を呪い殺せそう
な目で見てやるさ﹂
﹁そうだな⋮⋮﹂
そう世間話から始まり、お茶を啜る二人。
﹁さて自己紹介をするから、適当に雰囲気で察して真似してくれ﹂
﹁お願いします﹂
﹃僕の名前はジョン﹄
﹃ぼくのなまえはカーム﹄
﹁そうそう、発音は後からでも良いから、とりあえず喋らないと始
まらないからね﹂
﹁とりあえず、母親が子供に言葉を教えるように頼むよ﹂
﹁僕は子供もいないし男だ﹂
そう言って、日常会話的な物から始まり、必要そうな単語をメモ
に書くと言う作業を繰り返していく。
﹃大体解りましたか?﹄
﹃むずかしい いがい わかった﹄
﹃じゃぁ飴を下さい﹄
﹃これですか?﹄
﹃それは砂糖です﹄
そんな事を、昼を取りながらも続ける。
そして、ジョンが昼食に指を指しながら﹃パン﹄﹃干し肉﹄﹃ス
ープ﹄と、どんどん教材にしていき俺はメモを取りながら必死にな
って覚えた。
﹃コレは椅子ですか?﹄
﹃いいえジョンです﹄
◇
﹃教え始めて三日経つけど、どうだい?﹄
667
﹃ふつうのかいわへいき、おもう﹄
﹃んーカームって以外に頭良いよね﹄
ドイツ語や、ロシア語覚えるよりかは良いと思うぞ。話すだけだ
し、あと単語の発音を文字にしてるだけだし。人族の文字も覚える
ってなったら、牢屋と俺の持って来たメモじゃ足りない、精々平仮
名表みたいなのが関の山だ。
﹃そんなことない、ひっしなだけ﹄
﹁何を言ってるかさっぱりだ、こんなの覚えてどうするんだ?﹂
牢屋の外で見学しているキースが愚痴る。
﹁とりあえず最低限話せれば、こっちに敵意があるかないか程度は
伝わるだろ?﹂
﹁んな必死にやらんでも良いだろ﹂
﹁そろそろ雪が降るから、時間がない﹂
﹁はい今の言葉を人族語で﹂
﹃そろそろ ゆきふる じかんない﹄
﹁まぁいいんじゃないかな?﹂
二人で昼食を取りながら、実用的な世間話をすることにする。
﹃僕達捕虜の扱いってどうなの?﹄
﹁わからないなー﹂
﹃まぁ、戦場に連れて来られた時点で諦めてたよ。しかも捕虜にな
った時点でもう希望すらない﹄
﹁その、悪いな⋮⋮﹂
﹁悪いのは教会のお偉いさんさ、魔族を人族より劣るとか言って領
土を広げようと戦争仕掛けたんだから、もう何年も小競り合いさ。
ちなみに大陸共通語を話せない人族が多いのは、魔族とかかわるな
って教えが広まってるからだね﹂
人族に聞かれたくないから、共通語なのか?
﹁まぁ、どこにでも要るんだよそう言うのが、そう思うしかないさ。
金銭をちょろまかして私腹を肥やしてれば良いのに、たまたま土地
668
も欲しくなっただけさ﹂
﹃⋮⋮そうだな、まぁそのしわ寄せが僕達平民に来るんだよ﹄
﹁中には良い奴も居るぜ?ここの城主とか﹂
﹃そういう奴ばかりじゃないんだよ。まぁ大体人族語覚えたから満
足だろ? そろそろ対価のお茶にも飽きて来たし教えるのも面倒に
なって来た。しかもこの寒さだ、そろそろ雪が降るんじゃないか?
そうすればお互い一時休戦だ。俺達はどうなるかわからないけど
な。捕虜交換に使ってくれれば良いけど﹄
﹁本当その辺は何も出来ない、すまない﹂
﹃最初から期待してないさ、死ぬ前に甘い物が味わえただけでも良
しとしましょうかね!﹄
そう言ってジョンは立ち上がり、兵士に向かって﹁僕を元の檻に
戻してくれ、カーム君が人族語を習うのに飽きたそうだよ﹂
そう言って、檻の中に戻って誰かから本を返してもらい、今まで
のお礼を言ったのにこちらを見ようとはしなかった。
◇
数日後
何時もより多めに馬車と物資が来て、冬営の準備をし始め、俺と
キースはクラヴァッテ様の命令書があったので帰れる事になった。
﹁さすがに手紙じゃなくて良かったな﹂
﹁あぁ⋮⋮手紙なら手紙で、面白いとは思うけどな。けど、書類上
は帰れた事になってないぜ?﹂
そう言いながら帰り支度を済ませ、結局使わなかった油や煙草は
兵舎の棚に置き、蒸留酒も﹁適当にみんなで飲んで﹂と言って置い
て来た。
帰りは特に﹃護衛しろ﹄とかもなく、のんびりとテフロイトに帰
れたが、さすがにこの温度での野営は厳しかった。
669
そして俺達はクラヴァッテ様の屋敷まで行く事になっている。
﹁やぁ待たせたね。君達の給金だけど、カーム君は例の事件があっ
たから金貨六枚が上乗せされるからね。それと、この報告書を見た
けど、魔王軍が来た時に人族が攻めて来たんだってね。運がいいの
か悪いのかわからないけど、とりあえず四十日ご苦労様﹂
﹁﹁ありがとうございます﹂﹂
﹁それと魔法で風を起こした矢の防御と、石の壁による敵軍の半壊、
攻城塔の処理。塔の天辺からの弓による援護も、査定に入ってるか
ら安心してくれ﹂
そんな報告書と照らし合わせた話しが続くが、狐耳のメイドさん
が﹁そろそろお時間です﹂と言い﹁あーもうそんな時間か、んじゃ
お金はギルドに入金してあるから確認してね、一応コレ持ってかな
いと駄目だから﹂と、高級そうな紙に封蝋がしてある紙を、それぞ
れが貰い屋敷を後にした。
﹁なんか嵐みたいな時間だったな﹂
﹁ああ見えて忙しいんだろう。この後カームはどうするんだ?﹂
﹁エジリンまで戻ってから、故郷のベリルに戻って年越し祭だね﹂
﹁そうか、俺はこのままテフロイトの宿に滞在する、気を付けて帰
れよ﹂
﹁あぁ﹂
その後お互いにギルドに行き給料を確かめてから﹁またどこかで﹂
と言い合い別れた。
俺は早速乗合馬車を探す事にしたが、翌日の朝にはエジリン行き
の商隊が有る事を知って、さっそく交渉してから宿に泊まり、久し
ぶりに風呂に入り、黒パン以外の食事をまともに食べた。
最前線基地では、風呂は穴を魔法で掘ってお湯を入れても良かっ
たけど、自分一人だけって事にはならないので、体を拭くだけで済
670
ませていたので、風呂に入りたくて涙が出そうになった。日本人と
して産まれ、夏の熱い時でも風呂に入ってた前世の感覚ではまずあ
りえないからだ。風呂最高!美味い飯最高!
ちなみに商隊の交渉は﹁乗せるから護衛して、お金は交渉で﹂﹁
お金要らないし護衛するから乗せて﹂と言う感じで、スムーズに進
んだ。利害一致って素晴らしいな。
◇
﹁んじゃまた縁があったらー﹂
﹁おう! こっちこそ助かったぜ!﹂
そう言って護衛していた商隊と門の前で別れ、手続きをし終えて
門を潜ったら見知った顔が脇の詰所から出て来た。
﹁カームじゃねぇか!﹂
﹁久しぶり、死に損なったよ﹂
冗談を言ったつもりだったが、抱き付いて来て背中をバンバン叩
いている。正直痛い。
﹁よし! 飲みに行こう! 奢るぞ!﹂
﹁荷物が⋮⋮﹂
﹁気にすんな!﹂
﹁おまえ仕事は?﹂
﹁う゛ー腹が痛ぇー。今日は早めに帰らせてもらいます!﹂
﹁なら仕方ない! 早く帰って休め!﹂
なんだこのノリは。しかもあの上官、俺とコイツの事を一緒に注
意してた人だよな?結構いい奴なんだな。
そう言われて酒場まで歩くが﹁一応挨拶とかもあるから、少しだ
けだからな﹂そう言って酒場に入って行く。
そして何があったのかを聞かれ、ある程度端折って説明した。
﹁毎回思うんだけど、なんで町の日雇いしてんの?﹂
﹁前から安全に平和に暮らしたいって言ってるだろ。死ぬ確率は、
671
低ければ低い方がいい、安全は最高だ﹂
詳しくは聞かれなかったが、麦酒を二杯ほど奢って貰い共同住宅
に帰った。
﹁ただいま戻りましたー、大家さん鍵くださーい﹂
﹁お帰りなさい、ラッテが勝手に住み着いてるから、合鍵しか無い
わよ?﹂
﹁え?﹂
﹁勝手に住んでるわよ。今の時間なら買い物に出てるから鍵は開け
るわ﹂
﹁あ、はい⋮⋮﹂
んー住まれてた。心配させちゃったかな。
﹁面構えが男らしくなったわね、殺しを経験してきたみたいね、お
めでとう﹂
﹁ありがとうございます?﹂
大家さんは、相変わらず何を考えてるかわからないが、今はラッ
テが住んでると言う事で、部屋の鍵を合鍵で開けてくれた。って事
は、この間渡した合鍵は返したのか?
部屋を空けた瞬間、男の部屋とは思えない少し良い香りがした。
化粧関係だろうか? 生活してて、少しずつ蓄積していった感じが
する。
枕だろうか?それとも布団か?スンスンと香りを嗅いでみる。い
や、ここは聞くと言った方がしっくりくるな。仄かに香る体臭と香
水の混じった香り、寝汗の線もあるな。
三十日以上、自分自身が使わないとこうなるのか。そう思いつつラ
ッテが俺の下着を嗅ぐのとは違うぞ!と自分に言い聞かせ、荷物を
整理する。
皆に挨拶しようと、しばらくキッチンでボーっとしていたらラッ
テが帰って来た。
俺を見つけた瞬間に荷物を放り投げ、俺にダイブして来た。
672
﹁カーム君! カーム君カームくーん!﹂
抱き付いて顔をこすりつけて来る、あーこの感覚久しぶりだ。
﹁ただいま﹂
そう言いながら頭に手を置き、優しくなでる。
﹁おかえり、あのね、あのね、私寂しくて勝手に部屋使っててごめ
んね﹂
﹁まぁ、落ち着こうね。時間はたっぷりあるし。それに荷物も片付
けないと﹂
﹁あ⋮⋮うん﹂
自分でもかなり興奮してたのがわかったのか、散らかった荷物を
一緒に拾い、部屋まで置きに行き、キッチンで色々話す事になった。
行きの馬車から始まり、奇襲があった辺りでセレッソさんがやっ
て来て、話し合いの結果、皆の帰りを待ち、俺の生還祝いを近くの
酒場でする事になった。
﹁では、音頭の方は大家として私が。カームの童貞を切って帰って
来たお祝いに乾杯﹂
誰だキースカさんに音頭を任せたの。ほら見ろ、周りが俺等を見
てるじゃないか。
﹁まって、ソレは流石にないわ! もういい、私がやる。えーこほ
ん、皆様、お手元のカップに酒は満たされてますか。満たされてま
すねー、じゃぁ! カームの無事帰還を祝ってカンパーイ!﹂
﹁﹁﹁﹁乾杯!﹂﹂﹂﹂﹁オッパーイ﹂
新たにトレーネが音頭を取り直し、皆が一斉にカップを空にする。
まぁお約束はどこにでも要る訳で。そこの人族。解ってるじゃない
か!
﹁で、生きて帰って来てるが怪我とかはどうだったんだ?﹂
﹁心が少し弱ったくらいで、まぁなんとか立ち直りました﹂
﹁やっぱり薬は女なんだろ? 心を癒すのは女性と決まってるのさ﹂
673
おいやめろ、そこの馬。隣にラッテが座ってるんだぞ。
﹁おやおやー答え無いって事はやっぱりなのかしらー?﹂
セレッソさんも止めてください。ってかニヤニヤしないで下さい。
﹁止めてくださいよ、なんでそんな話しになるんですか?﹂
﹁三十日以上もご無沙汰なら、それくらいはねぇ? どうなの?﹂
そしてニヤニヤしていた顔が真顔に戻り、質問から尋問に変わっ
てる事に俺が気が付いてしまった。仕方がないので俺は包み隠さず、
初めての殺しで心が弱り、娼婦を買って尻尾しか撫で回してない事
を告げた。
﹁んーセーフ?﹂
﹁私に振らないでよ﹂
﹁買ったけど行為自体は無いですよ?﹂
﹁けど買ったぞ﹂
俺を置いて話し合いになる。話を聞く限り、娼婦を買うか買わな
いかの、賭けの対象に成っていたらしい。買うイコール抱くと言う
認識なので詳細はなく、買う買わないだけだったらしく、俺のやっ
た事は限りなくグレーに近く、判断が付かないらしい。
最低な内容で賭けてるな。けど金銭ではなく俺のお菓子がチップ
に成っているらしい。皆必死な訳だ。意外な事にフォリさんも参加
してたのには本気で驚いた。
﹁もう引き分けで良いでしょう、今度多めに作りますから﹂
﹁まって、それじゃ面白くないわ﹂
﹁他に娯楽を見つけて下さい﹂
セレッソさんって、好きな物が絡むと少し熱くなるみたいだ。
そんな話し合いには関らず、黙々と静かに酒を飲み続ける大家さ
ん。我関せずがここまで来るとすげぇよ。
賭けの話しが落ち着き、どんな事があったのかを根掘り葉掘り聞
かれ、日付が変わるまで話をさせられた。
﹁カームくんは結局買ったのに、抱かなかったんだねー、えらいえ
674
らい﹂
帰り道、かなり酔いが回り、真っ直ぐ歩けないラッテを背負って
いたら、そんな事を言われながら頭を撫でられた。
俺は久しぶりの日常に何故か涙が出て来て、すすり泣いていたら
﹁よしよし﹂と更に頭を撫でられそ、のままベットでも頭を抱えら
れるようにして撫でられながら寝た。
なんか頭の臭いを嗅がれてるが、無視した。
◇
﹁あーおはよう﹂
ラッテが既に朝食を用意してくれていたが、かなり寝坊してしま
いすっかり朝食は冷めている。
﹁仕方がないよ、久しぶりの自分のベッドなんだから﹂
﹁自分の匂いは皆無だったけどな﹂
そう返し、俺は顔を洗って寝間着のまま朝食を取る事にする。
﹁しばらくゆっくりするんでしょー? まさか今日からまた働くと
かないよね?﹂
﹁流石にそれはないかなー、そうだなー今日はおやかたの所に挨拶
して、しばらく休ませてもらって、明日には村に戻ろうと思う。お
菓子は少し待ってもらおう﹂
﹁そーだよね、早く帰って来た事を伝えないと。けどお菓子は作ら
ないと皆が暴徒になっちゃうよー、セレッソさんとトレーネさんが﹂
﹁んじゃ今日の予定は決まりだな﹂
﹁あーあと今着てる寝間着は洗わないで﹂
﹁え? 何で?﹂
﹁カーム君の臭いが!﹂
﹁昨日ベットで散々嗅いでただろう﹂
﹁直接のと服じゃ全然違うの! カーム君マメだから服とか洗いな
がら帰って来ちゃうんだもん!﹂
675
洗濯決定! 目の前にぬるま湯の︻水球︼を出し、脱いだ寝間着
をそのままぶち込んで、奪われても少しでも臭いが薄くなるように
した。
﹁あーーー!﹂とか言って、手を伸ばしながら絶望している。目の
前で脱いだ服渡せとか言われたら洗うわ!
その後、おやかたに生存報告をして、村に戻るからまた休ませて
もらう事を伝えたが、﹁疲れてんだ! ゆっくりしてこいや! 皆
には戻って来て元気だったって言っておくわ﹂と言われ、毎回説明
している戦場で何があったかは、言わないで済んだ。
この後はお菓子作りだ、折角だから大量に作ろう。
シフォンケーキをカップから取り出し濡れたタオルをかけて行く
と言う作業をしながらプリンも作って小皿に乗せていく、面倒なの
でカラメルは後掛けです。
夕食をラッテと部屋で食べていたら、キッチンの方から言い争い
が聞こえて来た。
﹁待って! 均等に別けましょう!﹂
﹁プリンを多く食べたいから少し多めにしてくれ、シフォンケーキ
はその分渡そう﹂
﹁待ちなさい! 男共の分も一応残しておきなさい、下手したら内
戦になるわ。特にフォリはああ見えてかなり甘党よ!﹂
﹁そうよ! 今まで供給が絶たれてたんだから、均等に分けるべき
よ!﹂
﹁でもプリンが!﹂
﹁⋮⋮多めに作ったんだけどね﹂
﹁お菓子に関しては譲らないんだよねー、前にフォリさんが焼き菓
子買って来てもそうだったし﹂
﹁そうか⋮⋮正直どうでも良い、さっさと食べて帰郷用に荷物を準
676
備しないとな。明日はゆっくり出ようね﹂
﹁りょーかーい﹂
◇
おかしいな、前回帰った時は素敵なパイスラッシュが見れた気が
するんだが。今回は厚着のせいか、そういうのは全く確認できない、
しかもフリフリのスカートではなくゆったりとした厚手のズボンだ。
この世界にはストッキングのスの字すらない。あんな下着類はある
のに。何故だ?
そんな訳で厚着でスカートに、黒ストパイスラッシュはこの世界
じゃ拝めない、去年までは﹁村だし﹂で諦めてたけど町にもない。
非常にモチベーションが下がる。まぁ諦める事にする。
﹁んじゃ村に向かおうか﹂
時間は日が昇り、少し寒さもマシになってきたかな、と言う時間
だ。今から出ても暗くなる前には村には着く、急いで汗をかいても
仕方がないので、体が冷めない程度の歩行速度を維持して歩き続け、
東屋に着いた頃には昼はとっくに過ぎていた。
﹁ただいまー﹂﹁おじゃましまーす﹂
﹁ラッテちゃんいらしゃい。あら、やっぱり無事だったわね﹂
息子より、ラッテが先ですか母さん。
﹁なんかに無事でした、ラッテに聞いたけど誰も心配してなかった
んだって?﹂
﹁そうねー、スズランちゃんが会えなくてソワソワしてて最近少し
イライラしてたくらいかしら?﹂
﹁あーわかった、殴られたくないから荷物置いたらすぐに会いに行
ってくる﹂
﹁じゃー私は、お義母さんと夕食作ってるねー、ごゆっくりー﹂
677
﹁はいはい行ってきます﹂
なぜか驚くほど俺の家族と仲が良いラッテ。まぁ、母さんの性格
ならよっぽどの事が無い限り、誰とでも仲良くなると思うけどな。
俺は玄関をノックをして、ドアが開くまで待つ。
﹁はーい。あらカーム君じゃない、お帰りなさい。思った通り無事
だったみたいね﹂
﹁まぁ、母にも言われましたけど、なんか無事で帰って来る事が前
提みたいじゃないですか?﹂
﹁だってカーム君だし﹂
玄関先で少し話し込んでたら、スズランが凄い形相で俺に近づい
て来ていきなり胸倉を掴まれ、引き寄せられて、一分以上キスされ
た。無論舌も入って来る。
﹁あらー玄関先ではしたないわよ、するなら部屋でしなさい﹂
注意するところが違う気がするが、今度は部屋に引きずる込まれ
る。居間にイチイさんがいて、憐れむ様な眼を向けられたが、一応
﹁お邪魔します﹂とだけ言っておいた。
ベッドに押し倒されてキスをされ、しばらくして頬や首筋を舐め
はじめてきた。息遣いも荒くなってきて、そろそろまずいだろうと
言う事で引きはがそうとするが、馬乗りされて手もしっかり押さえ
こまれてるので、状況的にも筋力的にも厳しい。頭突きするわけに
もいかないので、大声を出そうと思ったが、多分状況的に助けには
来てくれないと思うので諦めた。
仕方がないので腕の力を抜いて無抵抗でいたが、服を脱がしてく
る様子もないので、好きな様にさせていた。
しばらくして満足したのか、腕のホールドはとかかれたが、まだ
馬乗りのままだ。
﹁ただいま﹂
﹁おかえり﹂
少し短い舌で、ベタベタの唇を舐める仕草には毎回ドキドキさせ
678
られるが、今回は更に表情も少し赤いので、俺への破壊力は増して
いる。
﹁落ち着いた?﹂
﹁とりあえずは。後は夜に一緒に寝てくれればとりあえずは満足﹂
﹁ここに?﹂
﹁空家は取ってない。今日は⋮⋮何もしないから泊まって﹂
﹁あー家に帰って飯食べてからでも良い? 流石に今日は家族と一
緒に食べたい﹂
﹁⋮⋮わかった、けどラッテは置いてから来て﹂
﹁わかってるよ、その辺もしっかり言ってくるよ﹂
﹁⋮⋮なら良い﹂
そう言って俺から降りて、居間の方に引っ張られていく。
﹁あ、こんばんわ﹂
﹁おう、無事だったか﹂
﹁まぁ何とか﹂
戦場から無事帰って来たのか、スズランの部屋から無事帰って来
たのかわからないけど。
﹁何とかじゃねぇだろ、五体満足、怪我もなし。最前線でそれはす
げぇぞ?﹂
戦場からだったようだ。
﹁あー、最前近くの砦の防衛でしたから。手紙書いた時はその辺わ
からなかったんですよ、申し訳ありません﹂
﹁んだよ、あんまり心配して無ねぇけど損したぜ﹂
﹁まぁ、どうやって前線抜けて来たのかわかりませんが、人族との
交戦が砦に着いた時と、砦から帰る少し前にありましたけどね﹂
﹁お、おう。攻城戦か。じゃあ、かなり早く終わったみたいだな﹂
そんな感じで話しが進んだので、とりあえずはある程度の事は話
しておいた。
両親より先に、義父になる方に先に話す事になるとは⋮⋮。軽く
話した後に一旦夕食の為に帰らせてもらった。
679
﹁ただいまー﹂
﹁やっぱり無事だったか﹂
﹁まぁね﹂
散々言われてるし、もうどうでも良い。
﹁とりあえず息子の帰還を祝おうじゃないか!﹂
﹁ほう、魔王軍がねぇ﹂
﹁そうなんだよ、同い年のグラナーデもいて、かなり驚いたよ﹂
酒を軽く飲みながら、ゆっくりと食事を進める。
﹁あの一つ目の背の大きい子よね?﹂
﹁そうそう、いきなり話しかけられてさ、世界は狭いね。どれくら
い広いかわからないけど﹂
﹁戦場じゃ見知った顔を見る事は良くあるからな、ましてや魔王軍
だ。自分の領地が人族に荒らされてたんじゃ、足を運ぶ理由には成
るからな﹂
戦場であった事を話しながらの食事だったが、血生臭いところは
一ヶ所しかないので、そこだけ濁して夕食を進めた。
ラッテは、話しを聞くのは二回目だったので、ニコニコしながら
聞いていた。
その後スズランの家に泊まる事を告げ、ラッテの事も言ったら﹁
うん良いよ、カーム君のベッド借りるね﹂って事になり﹁娘が出来
たみたいだ﹂と言って、笑いながら送り出された。なんだこの両親、
寛大すぎるぞ。
スズランの家のドアをノックしたら、驚くほど早くドアが開き家
に飲み込まれるように引きずり込まれた。腕が取れるかと思った。
﹁こんばんは。おじゃまします。失礼します﹂
すごい力で引っ張られてるので、そんな挨拶しかできない。
680
部屋に引き込まれた後は急かす様に寝間着に着替えさせられ、直
ぐ布団に横になる様に言われ、それに従った。だって目が血走って
て息が荒くて怖いんだもん。
流石に襲われるような事はなかったが、ベットの中で俺は抱き枕
状態だった。
特に会話らしい会話もなく、ずっとしがみついている。心配はし
てなかったみたいだけどかなり寂しかったんだろう。
﹁なぁスズラン、これだけは言っておきたいんだけど﹂
﹁⋮⋮なに?﹂
﹁おれさ、初めて魔物や動物以外⋮⋮まぁ、人族をなんだけど。い
きなり三十人ほど殺す事になっちゃってさ。心が凄く壊れそうにな
っちゃってさ﹂
スズランは相槌を打たずに黙って聞いている。
﹁二人には悪いと思ったけど、娼婦を買ったんだ。けど誤解しない
でくれ。抱いては居ない。シュペックみたいな獣人族の女の子を買
って、尻尾をずっと撫でてたんだ。それだけは正直に話しておくよ﹂
﹁お父さんやお母さんにカームが戦場で娼婦を買ってるかもしれな
いって言われた。だから覚悟はしておけって言われた時があった。
その時は胸が痛くなったけど、お父さんが戦場じゃ色々と昂るから
一応覚悟して置けって言われた。父さんも買った時があるって言っ
てたし﹂
娘に何話してんだあの親は。
﹁けどカームは尻尾を撫でてただけ。それなら許せる。犬や猫を撫
でるのと一緒でしょ? けどあんまりしないでほしい﹂
﹁うん。わかった。次があるかどうかわからないけど、あったら買
わない様にするよ﹂
その後会話らしい会話もなく、ずっと抱き付かれたままだった。
買ったって言った時に、少し抱きしめる力が強くなって、ジーグ
○リーカー決められるかと思ったけど、体が半分にならないで良か
ったわ。
681
閑話1
聞きにくい事を平気で聞ける母
﹁ねぇラッテちゃん、うちの子から戦場での下半身事情は聞いたか
しら?﹂
ブッとヘイルさんがお酒を吹き出して咳き込んだので背中を叩いて
あげた。
﹁えぇっと・・・はい。聞きました﹂
﹁何とも思わなかったの?﹂
﹁えぇ、魔物と動物以外を初めて殺して心が壊れそうになって、狐
耳の獣人族の娼婦を買ってずっと尻尾を触ってたって聞きましたけ
ど﹂
﹁あらー。変な所であのこも真面目ねぇ。ねぇ?ア ナ タ?﹂
﹁あ、あぁそうだな。まぁ節操が有ると言うか真面目と言うか﹂
﹁アナタも見習ってほしいわね﹂
﹁いや、アレは出会う前だったし!﹂
﹁まぁ良いわ、ラッテちゃん的にどうなの?﹂
﹁んー尻尾位ならいーんじゃないですか?その辺の犬を撫でて癒さ
れる様なものですし﹂
﹁物凄く失礼なんだけど元娼婦的にはそういうのはどうなの?﹂
﹁えーっとですねー、侮辱って思うのも居れば相手にしないで楽だ
って考えも有りますねー、売ってる人のプライド次第じゃないです
かねー?私はー⋮⋮いえなんでもないです﹂
危ない危ない、言いそうになっちゃったよ。
閑話2
682
犬と狐
カリカリと字を書く音が静かな執務室に微かに聞こえる。
﹁この間カーム君って来たでしょう﹂
側に控えているメイドからは返事はない。
﹁あの子さぁ、戦場で娼婦を買って抱かずに尻尾だけずっと撫でて
たんだって。どう思う?﹂
氷の様に冷たい目をした、狐耳のメイドに問いかけるが返事はな
い。
﹁しかも狐耳だったんだってさー﹂
﹁⋮⋮そうですか﹂
・
答えは最小限の発言で済ませる。昼間は何時もの事だ。
﹁触らせてくれない?﹂
チッ
舌打ちが聞こえたよ。相変わらず仕事中の昼間は可愛くないな。
﹁そう言う話は夜にお願いします﹂
﹁はいはい、獣人族って尻尾って好きな人にしか触らせないけど、
娼婦は別なのかね?﹂
﹁知りません、同族の話は構いませんが娼婦をやってる同族の話は
不愉快ですので止めてください﹂
やっぱり可愛くない。夜はすごく甘えて来るのになぁ。本当良く
わからないなぁー。
﹁夜なら良いでしょ?﹂
返事がないので、少しメイドの方に視線を向けたら顔を真っ赤に
していた。やっぱり良くわからないな。
夜に氷はぬるま湯になるみたいです。
683
第49話 尋問と言う名の会話をしていた時の事︵後書き︶
相変わらず正直に言っちゃう主人公です。
スズランならカームの体を簡単に真っ二つに出来ると思ってます。
684
第50話 魔王に成った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
やっと魔王になれます。
20160527修正
685
第50話 魔王に成った時の事
年越際までもう少しだが、とりあえず村に居る間はスズランやラ
ッテの事も有るので、いつもの空家を借りて三人で住んでいる。
一応恋仲で同棲していても、子供がいないと夫婦と世間からは認
められない。
スズランの﹁そろそろ子供が欲しい﹂と言うお願いから、周りに
気を使わないリラックスできる環境を、一応整えておこうと言う訳
でとりあえず三十日ほど借りた。
祭りの準備中に、クチナシに合う機会があった。既にお腹は少し
大きく成っており、どのくらいで生まれるかは、両親の種族の違い
で妊娠期間が違うので、いつ生まれるかはわからないそうだ。同族
どうしなら、ある程度わかるらしいが、混種だと気が抜けないらし
い。
ヴルストの話だと﹁俺の時は百日﹂と言っていた。仕込んでから
なのか、月の物が来なくなってからはわからないが、ゴブリンは多
産って本当だな。魔物の方はわからんが。
これに触発されたのか、ミールやトリャープカさんも仕込んでい
ると言う話を、スズランから聞いた。だから﹁私も欲しい﹂と言う
流れになった。
まぁ、グラナーデもしてるらしいからな、同級生の子作りブームっ
てか?
俺も最前線砦のハゲネズミのおかげで、金貨六枚と給料と今まで
の貯蓄のおかげで、ある程度どうにかなるだろうと思い、これに合
意して俺は二人から望まれれば励んでいる。
何故かラッテはスズランを立てて、積極的に参加はしてこない。
正直肉体的にありがたいが、少し気を使ってしまう。気を使ってる
686
のは、向こうなんだろうけどな。
けど流石に毎日はどうかと思う、前に﹁今日は当たらないから﹂
とか言ってたので大体の目星は付くとは思うのだけど、戦場に行っ
ていた反動もあるのだろうか?
◇
年越際が終わり、ギリギリまで村にいたが、帰って来る度にいち
いち家を借りるのが面倒になり、いつも使っていた空家をそのまま
現金で一括で買い、スズランとラッテが住んで家を守ってくれる事
になった。ラッテは住んでいた下級区の酒場の二階の一室を引き払
い、ベリルに引っ越してくれた。
値段は資材や手間賃もろもろで、約金貨二枚だった、前世の感覚
からは考えられないが、それでも普通以下の物らしい。まぁ、家を
買っても物価も安いから特に問題はないだろう。
それから三ヶ月後にスズランの妊娠が発覚して、三十日に一回ス
ズランと交互にお互いに行き来してたのが、俺だけが村に帰る様に
なり、おやかたにも子供が生まれそうになったら故郷に帰ると伝え
てある。
そして春が始まるという頃に、萌えないオッサン三人組が村に来
て、約束のポーションを全員で返しに来てくれたみたいだ。
俺は定期的に帰ってたので、帰った時におっさん達が家に訪ねて
来てくれて、涙を流しながら家に迎え入れた。聞いた話では戦場で
生き残り、刑も比較的軽かったので雪が降ってきたら戦場から戻っ
て来られて、少し働いてお金を溜めてから、この村に来たらしい。
村が気に入ったららしく、移住する流れになった。
この頃にヴルストとクチナシの第一子の女の子がうまれ、仲間内
で盛大に祝った。
687
それから、シンケンとミール、シュペックとトリャープカさんの
子供も無事に産まれた。俺とスズランの子も秋の刈り入れ前に産ま
れたので慌ただしかった。多分仕込みの時期からして三百日前後で
人と同じくらいか?
まぁスズランの見た目なんか角が生えてるだけで人族そっくりだ
しな。
はじめて自分の子供を抱いた時は涙があふれたが、産後なのにベ
ッドの上から太腿を軽く殴られ﹁しっかりしてね。お父さん﹂と父
になった事を痛感させられ更に泣いた。
スズランとの子は女の子なので、リリーオブザヴァリーの頭だけ
を取ってリリーと名付けた。スズランも納得してくれた。
そして初孫を見た父さんやイチイさんが、気持ち悪いほど激甘に
なり干し柿の様に甘々になっている。威厳や威圧感はすでに皆無で、
母さんやリコリスさんからは早速子供の世話の仕方を教わっている。
﹁胸が小さくてもおっぱいは出るんだ﹂という言葉は多分一生忘れ
られない。
ラッテもスズランの妊娠を知ってから、俺に﹁私もー﹂とか言い、
子供をねだり順調にお腹が大きく成って、年越際前に産まれたので、
こっちも少し慌ただしかった。
ラッテが男の子を生み、親族の名前も知らないので、母親と相性
の良さそうな﹁ミエル﹂と名付けた。ベッドで寝ているラッテから
は﹁女の子みたい﹂と笑顔で言われたけど、こっちの名前の付け方
は良くわからないので、二人とも母親と似たような名前を付けるし
かない。ちなみに両親は﹁いない﹂で通されたので、それ以上は聞
かない事にした。
﹁パパも飲む?﹂と言われた時はかなり考えたが、今後子供に﹁パ
パはねーミエルと一緒におっぱい飲んでたんだよー﹂とか言われ続
けそうなので、かなり残念だが止めておいた。
688
ミエルも、両方の両親が分け隔てなく、リリーと一緒に可愛がっ
ている。
子供達には元気に育ってくれれば良いと思っている。
イチイさんの﹁じーじだぞい﹂と、どこから出したかわからない
声を聞いた時は、聞かなかった事にしたい記憶の一部だ。
とりあえず、仕事は家の前の畑で麦を育て、村の相談役と言う名
の、何でも屋的な事もやらされている。
◇
子供が産まれた年の年越際には、クリノクロワの住人が、大家さ
んを除く皆がやって来て祝福してくれた。
セレッソさん、頼むから子供が乳離れしてないラッテに、酒を進
めないでくれ、ってかまだ生後一ヶ月経ってねぇんだからさ。
理由は説明できなかったので﹁子供の事も有るし﹂で誤魔化した
が﹁ご両親が何とかしてくれるわよ∼﹂で済まされ飲ませてた。子
供が心配だ。
スズランも、リリーに肉を与えようとしないでくれ。こっちはあ
る意味母親として心配だ。
◇
子供が産まれた次の春には村長の頼みで周りの村への技術指導と
言う名の支援活動をして﹁なるべく近隣の村同士の貧富の差をなる
べく埋めよう﹂って事で井戸掘りや開墾作業や疎水作りをしてベリ
ル村で得たノウハウを教えて周り、エジリンからテフロイトに行く
途中に有った寒村も、とりあえず開墾作業だけ手伝い。村長に﹁エ
ジリンに行って村への移住者募集して住人をとりあえず増やそう﹂
689
とだけ言ってある程度の方針だけ決めさせて、せめて冬に餓えない
様な対策だけを、周りの村に教えて回った。その後もちょこちょこ
村を周り、村長会議なる物も開催され俺も連れてかれて意見を出し
合った。
子供が小さいのに出張とか勘弁してほしい。
翌年の秋には他の村も去年に比べ収穫が大幅に上がり、寒村だっ
た村も﹁今年の冬は餓死者が出ないかもしれない﹂と言っていたの
でまずまずの成果だったかもしれない。
同年に学校の魔法の特別講師としても呼ばれ﹁なるべく解りやす
いイメージを教えて欲しい﹂とビルケ先生に言われ、子供達に桶か
ら水を掬って見せたり、燃えている枝を見せ﹁枝が自分の指だと思
って﹂と言ったりしてとりあえず全員が簡単な魔法を使えるように
させ、ついでにマンドラゴラのガイケちゃんを引っこ抜き全員に気
絶を体験させ﹁ビルケ先生にマンドラゴラの特徴を良く聞いて、見
かけたら大人の人に教えましょう﹂とも言っておいた。俺も野生の
マンドラゴラ見た事無ないけどね。
◇
子供が産まれ一年、元気に這い回ったり掴まり立を覚え行動範囲
が広まり目が離せない時期だ。
俺は生後半年の頃から離乳食としてミルクパン粥を作り与えてい
る。何故かラッテに大人気で、ミエルが残した物を平らげ、お代わ
りまで要求してきたので少し多めに作る事にしている。
スズランは塩辛い干し肉を咀嚼して、ペースト状になった物をリ
リーに与えようとしたので全力で阻止した。
どうしても肉を食べさせたいと言うので、鳥のササミを茹でてほ
ぐした物を、水で戻したパンに混ぜて薄味のおかゆっぽくして食べ
させてあげた。
690
この頃から俺は、簡単な言葉を語りかけ一歳になる頃には短い単
語を言う様になり、大体何を言いたいかは理解できるようになった。
そろそろ断乳なので、すった林檎や少し甘さを控えたミルククッ
キーを作ったら、三馬鹿の嫁達にもお願いされ、作る事になった。
めんどくさいので作り方を教えるために家に集まったが、ミール
だけが焦がすと言う不器用っぷりを発揮。流石がっかり美人、期待
を裏切らないね。仕方ないので後日シンケンを呼び、作り方を教え
たら、クチナシより上手かった、それでもトリャープカさんよりは、
上手くないけどな。多分教えたら何でもこなす万能型なんだろう。
ミールは﹁女としての威厳がー﹂と俺に再度作り方を習いに来たが、
少しだけマシになってきたので﹁あとはシンケンに教えてもらえ﹂
と言って断った。旦那がいるのに嫁がいる家庭に来るなよ。スズラ
ンやラッテやシンケンは気にしてないが俺が気にするんだよ。
母さんも﹁あら、手先が器用だと思ってたけどお菓子作りも上手
だったのね。女の子に生まれてくれれば良かったのに﹂とか言いな
がら、孫と遊ぶ姿は見た目が若いのにお婆ちゃんだった。娘が欲し
かったのだろうか?
◇
二年後
子供達も三歳になり、村の中を遊びまわる様になる。
同い年のヴルストとクチナシの娘﹃プリムラ﹄
シンケンとミールの息子﹃ペルナ﹄
シュペックとトリャープカの娘﹃レーィカ﹄と、毎日遊び、帰っ
て来ておやつを食べる。
他にも友達はいるみたいだが、親同士が知り合いってなだけあっ
て特に仲が良い。しかも俺のお菓子が出る、皆の溜まり場だ。昔の
俺みたく森に行けよ。多分あの辺なら今は危なくないから。
691
えぇ、子供を連れて森に行こうとしたら、ラッテに睨まれたので
無理でした。
過保護すぎないか?﹁森に行くなら魔法教えてあげてよー﹂と言
われたので、毛糸に魔力を通し、自在に操って見せて魔力操作と、
毛糸をどういう風にしたいかのイメージを教え、バルーンアートっ
ぽくやって見せ、魔法を教えてるっぽい事をやって見せた。
毛糸を兎っぽく作り、魔力で操りピョンピョンさせたら物凄く喜
んでた。
﹁お父さんすごい﹂﹁パパすごーい﹂と、個人的にはどれか一つに
呼び方を絞ってほしいけど、スズランは娘に﹁お父さん﹂と教え、
ラッテは﹁パパ﹂と教えている。何か譲れない物があるなら仕方な
いと思ったけど、特にないらしい。
まぁ、この村で五歳になって初めて魔法習うけど、早すぎると思
うがラッテは教育熱心だった。まぁ、まずは蛇みたいに、うねうね
させることから始めるかね。
◇
子供達に、夜に魔法の練習っぽい事を教えてたら、ミエルの方が
上手で、リリーは少し不器用だった。この辺は母親の影響なのかも
しれないが、リリーには最低限、水と火くらいは出せる様にさせて
あげたい。
まぁ、スズランが火炎放射器みたいな炎を最初の授業で出してた
から、単純で高火力に成りそうな物は覚えられるともう。
◇
子供達も四歳になり、周りの村も豊かになり始め、俺は俺で気楽
に畑仕事や、こっちの家に移動させた家禽達の世話も、たまにして
いる。なれれば可愛いきがするが、情が生まれると殺せないので、
692
なんとか割り切っている。
﹁幸せってこんな感じなのかな∼﹂と思ってたら、見知らぬ魔族が
いきなり空から降りて来た。
﹁君なかなか強いみたいだね、それくらい強くなったら魔王になれ
るけど、どうする?﹂と交渉をしてきた。
﹁はぁ?﹂
見た目はラッテより小さいのに、威圧感や殺気やらが物凄い。雰
囲気的にその辺の子供でも危ないとわかる空気だ。
﹁んー、状況が飲み込めてないみたいだね﹂
﹁えぇ、いきなり空から降りて来て魔王にならない? とか聞かれ
ましても﹂
﹁そっかそっか、じゃぁ詳しく話そう。そこが君の家かい? なら
中で話そう﹂
そう言って、ズカズカと家の中に入って行った。
スズランが、最初は物凄く警戒していたが、雰囲気的に不味いと
思い攻撃はしてなかったみたいだ。
とりあえず椅子に座らせ、麦茶をだしたら﹁ありがとう﹂と言っ
て来たので、少しは常識があるみたいだ。
﹁さて、何から話そうかな。あーそうだ、とある無人島を拠点にし
てた魔王が、召喚された勇者って奴に殺されちゃってね。其の後釜
に成ってほしんだ﹂
﹁⋮⋮いきなりですね﹂
﹁そうでもないさ。ある程度前々から目星は付けてたよ。君にとっ
てはいきなりだけど﹂
何を言ってるんだこいつは。
﹁具体的に何をしろっていうんですか﹂
﹁何もしないで良いよ、むしろ好きにして良い。前任は奴隷をこき
使って城を建てようとしてたけど、労働力も足りないし資材も足り
ない。だから、周りから無理矢理かき集めてたから物凄く目立っち
693
ゃって、勇者が現れて倒されちゃったわけさ﹂
ズズズーと暖かい麦茶を啜り﹁あーこれ美味しいね﹂とか言って
いる。確かに砦にいた頃に現れた魔王は、自分の領地で人族が云々
言ってたからな、確かに基本自由なのかもしれない。
﹁勇者に倒される危険があるかもしれないのに、魔王に成れと?﹂
﹁そうそう、この辺で強い魔族って君くらいしかいなくてね、そん
なに目立つような事しなければ平気だよ。ほら、人族との港町や国
境付近では、魔族と人族が争わないで暮らしてるし﹂
﹁私はカームがどんな判断をしようと付いて行く。子供もどうにか
するからすきにしていいよ﹂
﹁でもなぁー、子供達に苦労させそうで﹂
﹁じゃあこうしよう、転移魔法陣を教えるから、この村と行き来し
ないかい? あと人族の奴隷に開墾用の道具も付けよう﹂
﹁簡単に言ってくれますね﹂
﹁こっちは領地が開いてるから、埋めときたいんだよ﹂
そんな話をしているとラッテが帰って来て﹁あ、こんにちはー﹂
とか挨拶して、一緒のテーブルに座る。
﹁相談させてください﹂
﹁いいよ﹂
そう言って麦茶を飲んでいるのでラッテに、軽く訳を話した。
﹁カーム君! 魔王に成るべきです! 魔王は魔族の憧れなんです
よ!﹂
今まで見た時ないくらい興奮して、声を荒げて喋っている。
﹁けど前任が、勇者に倒されてるんだよ?﹂
﹁それは馬鹿だったからでしょう? カーム君なら平気です!﹂
﹁何を根拠に言ってるかわからないけど無人島だよ?﹂
﹁あー言いわすれてたけど、三日に一度、遠くに貨物船が通るし、
ハーピー族とか水生魔族が確認されてるから、全くの無人って訳じ
ゃないんだよ、ただ誰も住み着かないだけ。たまに遭難者も打ち上
げられるよ、島の広さは大体一周は歩いて五日、ちょうど麦みたい
694
な形で、上の方が少し欠けてる感じかな﹂
そう言って懐から真上から見たような地図を取り出し手見せ、ス
ズランがお茶のお代りを目の前の魔人に注いでいる。
丁度米の胚芽を少し深くしたような湾で岬が少し長いな。
﹁でかいな、なんでこんな島が今まで手付かずだったのかが不思議
だよ﹂
﹁手付かずって言うより、魔王が就任、その後勇者が討伐の繰り返
しだから、魔族も人族は寄り付かないんだよね﹂
﹁最悪だな﹂
﹁やりがいのある仕事だと思えば良いよ、君は周りの村を豊かにす
る能力も知識もあるし良識もある。しかも魔王クラスの強さもある。
完璧じゃないか!﹂
両手を広げ、何かの演説の様に言い放ち、ラッテは﹁魔王になろ
うよー﹂と言っている。頼むからカップを持ったまま両手を広げる
のはやめてくれ。今麦茶が少し飛んだぞ。
﹁スズランはどう思う?﹂
﹁カームが死ななければ何でもいい﹂
そう言いながらお茶を啜っている。
﹁あーはいはい。その転移魔法陣って奴で、行き来出来るなら安全
でしょう﹂
﹁色々制限があるけどね。しいて言うならこのテーブルに乗る物位
しか転移させられない。一定量の魔力を込めても発動までにちょっ
と時間がかかるし、乗ってる間もあまり動くと無理。だから身の危
険を感じても一瞬で逃げるって言うのは無理だね﹂
﹁魔王になって無人島に行って欲しいのに、包み隠さず危険な事も
教えてくれるんですね﹂
﹁嘘が嫌いだからね、喋らないって事も出来るけど、それじゃ自分
自身が気に食わない﹂
﹁アースバラシイココロガケデスネ﹂
﹁そうだろう﹂
695
フフンとドヤ顔で言われても、困る物は困る。
﹁まぁ良いです、どうせ断っても条件付けてどうにか魔王にさせた
いんでしょ?﹂
﹁わかってるじゃないか﹂
﹁なら最初から交渉って言わないで下さいよ﹂
﹁交渉したじゃないか、転移魔法陣と奴隷と道具が付いた﹂
﹁もう少し粘ったら何か出ました?﹂
﹁奴隷が少し増えるくらい、けど全員付けちゃおう﹂
﹁人族がおまけみたいに⋮⋮﹂
﹁まぁ奴隷だからね、危険な事を承知で頼んでるから、これくらい
は必要でしょう﹂
﹁ハイハイソウデスネー﹂
﹁じゃぁ決まりだ、とりあえず今一番強い魔王様の所に行って、君
が魔王に成る事を承認してもらおう﹂
﹁その前に、聞きたい事がかなりあるんですが﹂
﹁どうぞどうぞ﹂
﹁太陽の出る方向は?﹂
﹁ここのくぼんでる所だね﹂
こっちが東側か。
﹁島の回りはどうなってるんですか? 崖? 砂浜?﹂
﹁全部砂浜だね、真ん中に山もある﹂
なだらかな火山島か。
﹁魔物は何が生息しているんですか?﹂
﹁ゴブリンを主体に森林部にジャイアントスパイダーとかホーネッ
トだね、山の方にパーピーが出るね、これは魔族だけど﹂
魔物注意ね。
696
﹁水や食料は?﹂
﹁広いからね水は湧き水があるし島の内側にも数か所湖があるよ。
食料はある程度自生してる果物と野生生物がのんびりと暮らしてる
よ、熊が出るから奴隷を減らしたくないなら気を付けてね﹂
火山島なのに水沸くのかよ。どんなファンタジーだ。けど聞く話
だと結構広いし、山も有るから雨水系で、地下から湧き出てるのか
?ありっちゃありなのか?
食糧もしばらく持ちそうだな。最悪魔法陣に詰められるだけ小麦
詰めるか。
﹁前任の魔王がいたらしいが、どのくらい開墾が進んでるんですか
?﹂
﹁んーこのくぼんでるところから、島の真ん中の方に太陽がちょっ
と傾いたくらい歩いた辺りに、城を建設させようとしてた場所が切
り開かれててるね、あと奴隷が寝泊まりしてた場所も近くにあるか
ら、このくぼんだところから城までの間は少し切り開かれてるよ﹂
約十分から十五分歩いた所に広い広場あり。それ以外も奴隷が住ん
でた場所の存在もあり、ある程度劣悪な環境かもしれないがどうに
かなるか?まぁ、見て見ないとわからないな。
﹁有毒生物は?﹂
﹁毒ねぇ、さっき話したジャイアントスパイダーとホーネット、蛇
もいるけど噛まれた事ないからな﹂
魔物に特に要注意ね。
﹁天候は? 嵐なんかあるんですか? たまに夏が来ない時とかあ
るんですか?﹂
﹁夏にたまに荒れるけど、基本穏やかかな。ちゃんと雨も降るし、
夏に夏が来ないって事もないかな、僕が知ってる限りだと﹂
今のところ冷夏なし、台風の類はあるけど低頻度。
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﹁場所は?﹂
﹁この村から馬車で太陽の出る方向に十五日くらい移動して、港町
から貨物船で五日目のところに見える。あ、海ってわかる? 物凄
く大きいしょっぱい湖みたいなの、そこから塩が取れるんだよ﹂
この村って意外に大陸の内陸部なのか?未だに世界地図を見た事
がないからわからない。海って単語はあるけど、この村じゃ池のお
姉さんしか見た事がないって話だな。けど海を見た事がない奴に、
海のイメージを教えるならたしかにこんな表現が一番だな。
﹁島で危ない場所は?﹂
﹁山の頂上に岩が溶けてドロドロになってる場所があるから、そこ
に近寄らなければ平気かな? けど、たまに近づいただけで倒れち
ゃう人族もいたらしいよ﹂
火山島だから溶岩くらいはあるよな、あと火山性ガスって奴か?
﹁んー⋮⋮﹂
﹁他は? 特に無い?﹂
﹁思い浮かばない。もう少し何か聞いておきたいんだけど、思い浮
かばない﹂
﹁それはないって事じゃ無いの?﹂
﹁奴隷の元の職業は?﹂
﹁さぁ?﹂
﹁さぁって⋮⋮﹂
﹁奴隷は奴隷で引き取ったからね、聞いてないし﹂
﹁はぁ、そうっすか﹂
﹁そうっす、もうない?﹂
﹁⋮⋮わかりません﹂
﹁なら承認してもらいに行こうか﹂
﹁やったー、カーム君が魔王様だー、私は魔王様の御妃様だー﹂
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なんか考え方がお花畑だな、やっぱりそう言うのに憧れるのだろ
うか?そう思いつつスズランを見ると、普段通りにお茶を飲んでい
る。そうでもないみたいだ。
交渉しに来た魔族が、玄関から少し離れた場所で目を瞑って集中
している。
しばらくすると、足元に直径二メートルくらいの魔法陣が現れ、
青白く光りだした。
﹁これに乗ってくれカーム君。いやーやっと君の名前がわかったよ、
奥さんが﹁アナタ﹂とか呼んでたら、君をどう呼ぶか困ってたとこ
ろだ﹂
ハッハッハ!と笑いながら手を招いている。
﹁魔法陣の図は後で渡すから、とりあえず乗ってくれ。あとはさら
に魔力を込めれば発動する﹂
﹁んじゃ行ってくる。戻って来なかったら皆に訳を話しておいてー﹂
﹁カーム君も軽いね、今から一番強い魔王様に会いに行くのに﹂
﹁緊張しても仕方ないですからね﹂
そう言って視界が霞んでいき、妙な浮遊感を感じたと思ったら薄
暗い小部屋の中に着いた。
﹁ここが魔王城の外の倉庫の中に有る、転移用小部屋。それ以外の
ところに出ると、下手したら殺されるから気を付けてね﹂
﹁多分来ないと思いますよ﹂
﹁おーい開けてくれー﹂
扉には鍵が掛かっているみたいで、中からは解錠できないらしい。
ガチャリと重い音がして扉が開き鎧を着こんだ兵士が出迎えてくれ
た。ってか内側にドアノブも鍵穴もないから、本当に開けてもらう
のを待つだけみたいだ。
﹁その方が新しい魔王様ですね。もし来城する事があれば、先ほど
の様に大声を開けていただければ解錠したします﹂
そう言って扉を閉め持ち場に戻っていく。
699
﹁じゃぁこっちね﹂と正門正面にある大きな入口から入り中を案内
され、魔王がいる部屋まで案内された。よく映画とかゲームで見た
とき有る様な広い部屋にある玉座に右手で頬杖を付いて、足を組ん
で座っている。
なんかスタンダードな魔王だな、黒いマントにこめかみの当たりか
ら羊っぽい角が生えているし。けどこの案内してくれた奴よりも強
いんだから絶対敵わないのは確かだ、勇者ってすげぇな。コレと戦
うんだろ?同情するわ。
コレっていつも通りで良いのかな?
俺を連れてきたこいつは、目の前にいる魔王の部下なのだろう。
なにか書類みたいのを渡しに行き、魔王が目を通している。
﹁よく来たな。魔族語が話せず、大陸共通語しか話せないとは珍し
い、まぁ人族との国境付近の出身なら仕方ないな。まぁ良い、私の
事は気にせず普段通りに話せ﹂
﹁あーはい、わかりました﹂
そう言われたんじゃ仕方ない。
魔王は渡された書類数枚を読み終わらせ口を開いた。
﹁ふむ。二人も嫁がいて、子供もいて幸せに暮らしていたところ悪
いが、魔王に成ってもらう。まぁここにいる時点で魔王に成る事は
決まってるがな、今から魔王である証拠となる紋章を刻んでもらう。
様式美と言う奴だ、なに、直ぐに済むし痛くもない。好きな場所を
選べ。額でも良いぞ。魔王になるのを拒むなら、私と戦って殺せば、
魔王にならずに済むぞ﹂
ニヤニヤしながら近づいて来る魔王、今のは魔王ジョークって奴
ですか?今一番強い魔王って説明されたのに、挑むような事はでき
ねぇよ。ってか小脇に合った細身で反りのある、装飾のない剣を掴
んでこっち来るなよ、こえぇよ。
俺は急いで挙手をし発言を求める。
﹁構わん、話せ﹂
700
﹁どのような紋章で、どのくらいの大きさなんですか?﹂
﹁見た方が早い﹂
そう言って服を脱ぎだし、胸の辺りに直径五センチメートルくら
に収まる、剣に蛇に炎の翼が生え奴が巻き付いているようなデザイ
ンだ。何の意味があるかわからないが、考えた奴は必至だったんだ
ろうな。ってか魔王様綺麗なシックスパックですね。
﹁あーそれくらいですか、なら足の甲でお願いします﹂
そう言ってブーツを脱ぎ、靴下代わりにまいていた布を取って行
く。
﹁ほう、変わった奴だな。興味が沸いた、何故だ、言ってみろ﹂
魔王様の歩みが止まり、理由を聞いて来る。
ってか反りのある細身の剣だと思ったけど、あれって刀じゃね?
鍔が丸いし、装飾もあるし、独特の特徴のある柄だし。
﹁なるべく目立たない所だからですね。けど足の裏だと格上の魔王
に見せろと言われた時に失礼かと思いまして﹂
﹁足の甲でも十分失礼だぞ﹂
﹁あーそうですか⋮⋮じゃぁどこがいいかな⋮⋮首の裏?﹂
顎に手を当てて、右上を見ながら考える。
﹁まぁいい、私は気にしない﹂
そう言うと軽く手をかざし、右足の甲に紋章が刻まれた。
本当に直ぐに済んだし、痛くもない。
﹁あー聞き忘れました。これ消せます? もしくは場所の移動﹁で
きん﹂
﹁アッハイ﹂
なんか忍者が出てきそうだ。
﹁よし、下がれ。後は頼んだ﹂
そう言って、玉座の脇に有る通路の方に引っ込んで行った。
なんだよ、俺が来る時に座ってたじゃねぇかよ。引っ込んでいく
のかよ!ソコは座り直すところだろうが。
701
﹁魔王誕生おめでとう。じゃぁこれが転移魔法陣の絵ね、行きたい
場所を頭の中に浮かべながら、この転移魔法陣を発動させて﹂
﹁言葉が軽いですね、頻繁に魔王に成ってる奴がいるんですか?﹂
﹁誰かが殺されない限り、次の魔王は作らない事になってる﹂
そう言って、懐から一枚の紙を取り出し、俺に見せて来る。
﹁俺が魔法使えなかったら、どうするつもりだったんですか?﹂
﹁前任の様に僕が送る、もちろん行き来は無理だね﹂
﹁帰れないじゃないですか⋮⋮。頑張らないと﹂
俺は魔力を込めながら、自宅の玄関前を強く思い、先ほど見せら
れた魔法陣を頭の中に描いて行く。
﹁んーーーーイメージしづらいなー﹂
唸っていると足元が光だし魔法陣が現れた。
﹁一回で成功とか凄いね! あ、まって! ここ少し違う﹂
そう言って、左裏辺りに合った文字の配列が違かったのか、指摘
してくる。一回で出来る方が確かにすげぇな。
数回指摘されたところを直しながら、なんとか魔法陣を出現させ、
さらに魔力を込め発動させる。来た時の様に視界が霞み、浮遊感を
感じたらすでに家の前だった。
﹁目的の場所に飛べたのは一回で済んだね、いやー異例だよ? 転
移魔法陣もちょっと間違えただけだし﹂
褒められてるんだろうか?まぁ、嬉しいね。
﹁まぁ、思い描く事は魔法でなんどもやってますし、練習もしてる
ので﹂
﹁んじゃ十日後の昼に、無人島に行くから﹂
そう言って部下は飛んで、どこかに行ってしまった。
﹁ってな訳で魔王に成っちゃいました﹂
夜に酒場で三馬鹿に会い、酒を飲みながら説明する。
﹁いや、今まで申し訳ありませんでした﹂
702
﹁すみませんでした﹂
﹁ごめんなさい﹂
三人は目を合わせずに、謝ってくる。
﹁冗談は止めてくれよ、すごい傷つくからなそれ﹂
﹁だよなぁー! 俺だってこんな感じでカームに話しかけるの無理
だわ﹂
そういってバシバシ背中を叩いてくる、周りの村人も﹁やっぱり
か!﹂﹁素質は有ったんだよ﹂﹁いよ! 魔王様!﹂と茶化してく
る。
一気に周りの環境が変わるより、この方が良いわ。
話を聞いたのか、萌えないオッサン達も駆けつけてくれて祝って
くれた。
﹁兵士に突っかかってた、威勢の良いあんちゃんだと思ってたが、
ここまでくれば立派だ!﹂﹁そうだ!﹂﹁奢りますよ魔王様!﹂
この三人も変わらないでくれて助かった。
そして俺は魔王に成った。
703
第50話 魔王に成った時の事︵後書き︶
魔王に成るまでここまでかかりました。プロットを大筋でしか立て
て無い者の末路です。
次回から無人島に行き開拓していきます。
今後も読んで頂ければ幸いです。
704
おまけ 第50.5話 出産︵前書き︶
出産辺りを詳しくと言われたので書きました。
相変わらず不定期です。
細々と続けています。
20160602修正
705
おまけ 第50.5話 出産
年越し祭から九十日、そろそろ暖かくなってきたかな?と言う頃。
スズランが村から来て、ベッドの中で﹁月の物が来ない。多分お
腹に子供がいる﹂と言われたので、大事を取って俺が毎回帰る事に
した。おやかたにはスズランが妊娠したかもしれないので、しばら
くしたら村に帰るかもしれないと伝えたら、その日の内に酒場に連
れて行かれ盛大に飲み会が始まった。
﹁あんだけイチャイチャしておいて、やっと子供か! 一回年越祭
来てんだぞ? どんだけ待たせてんだよ!﹂
﹁いやー金がないと家も買えないし、貯蓄しておかないといざって
時に、どうにもなりませんからねー。しばらく待っててもらったん
ですよ﹂
﹁そ、その代償がラッテさんが増えた﹂
﹁⋮⋮あーそうですねー。あの時は毎日胃が痛かったですよねー、
結局一発殴られて、許してもらって、女性同士お互いに約束を結ん
で仲良くやってますし。んー、この場合は協定って言った方が良い
のかな? まぁいいか。そして村で同い年の腐れ縁の一人の相方に
子供できて。その相手がやっぱりスズランの友達で。女同士で﹃私
達も子供が欲しい﹄ってなったんじゃないんですか? それに、俺
が最前線の砦に行ってたからそれのせいも有るんじゃないんですか
ねぇ? で、年越祭って節目にせがまれましてね。結局俺が折れち
ゃいまして、目出度くスズランが嫁に成りましたーーーイェーイ!﹂
しんみりしてた空気から一転。そう言ってカップの麦酒を一気に
煽る。
﹁羨ましいよー、俺も欲しいっすよー﹂
﹁きつね、お前はあのあと結構スィートメモリーに通ってんだろ?
どうなんだよ?﹂
706
﹁脈なしっすよー、しょせん俺は搾り取られてるだけっす﹂
そういって麦酒を一気に煽る。
﹁で? スズランちゃんはなんだって?﹂
﹁﹃子供が産まれる時に村に居なかったら。とりあえず顔を殴る﹄
って言われました﹂
﹁そいつはこえーな﹂
﹁今度こそ殺される気がします﹂
﹁だろうな﹂
珍しく酔わされた気がするが、これくらいなら平気なので、普通
に歩いて部屋に帰るとラッテがいた。
﹁おかえりー、私もそろそろ赤ちゃんが欲しいかなーって思ってる
んだけど、ダメかな?﹂
﹁んー、なんでいきなりそんな事を?﹂
﹁ほらね? 一応スズランちゃんより先に赤ちゃん出来ちゃうと申
し訳ないでしょ? スズランちゃんの月の物がないって事は、妊娠
してるって事でしょー?だからかな? 駄目?﹂
首を傾けてくるのは卑怯でしょう⋮⋮まぁ自覚してるし、狙って
るんだと思うけど。
﹁はいはい、今日は酔ってるから駄目ね。あとは、ここじゃ落ち着
いて出来ないから駄目。色町の宿だけ予約だけ取ってくれれば、料
金は払うからさ、いつにしたか教えてくれれば、なるべく開けてお
くからさ﹂
﹁んー、ちょうど五日後くらいが当たるかもしれないんだよねー。
だから前の日と次の日も欲しいかなー。だから三日間開けて置いて
ほしいなー﹂
﹁ちょっと待って、これだけ確認させて。仕事終わった後に? そ
れとも泊まり込みで?﹂
﹁キャー! 泊まり込みがいーのー? カーム君って意外にすごい
の? 毎回二回くらいしかしてくれないけど、実は全然足りなかっ
707
たとか!? いやーん﹂
﹁年越祭二回くらい先延ばしでも良いんだけど?﹂
﹁仕事が終わってから三日ほど御付き合い頂ければ幸いです﹂
﹁はい、わかりました﹂
◇
つわり
それから五十日後、ラッテが﹁月の物がかなり遅れてるし、なん
か気持ち悪いし、胃がムカムカするのー﹂と言うので、多分悪阻だ
ろう、スズランは全然そんなそぶり見せずに普通に肉食ってたけど
な。まぁ、個人差があるみたいだし。
ラッテも村の家の方に行きたいと言う事で、村に戻る数日前から、
ラッテが今まで住んでた酒場の二階の部屋を引き払い、一時的に荷
物を俺の部屋に置いて寝泊りをしている。
なんでもスズランと一緒に住むらしい。
平気なのか?と思ったが、特に心配するような事は無いらしい。
まぁ俺の知らない間にまた密約でもあったんだろう。これ以上は聞
いてはいけない気がする。
﹁じゃぁ今回は必要な物だけ持って行くから、戻って来る時に少し
ずつ私の荷物もお願いね﹂
﹁わかったよ。まぁ、見た感じ三回も運べば、ラッテの荷物は全部
運べると思うよ﹂
﹁寂しかったら、私の服とか下着とか使ってもいーからね﹂
﹁はいはい、ありがとうございます﹂
﹁むー心がこもってないなー絶対使わないでしょー﹂
﹁使うかもよー?﹂
﹁はいはいじゃぁしゅっぱつー﹂
﹁そう言えばセレッソさんに挨拶は?﹂
﹁カーム君が仕事中に済ませてありますぅー﹂
﹁親しかった仕事仲間には?﹂
708
﹁それも休んでる日に、お茶を飲みながら済ませてるよー﹂
﹁なら大丈夫だね﹂
﹁カーム君こそ、お菓子の作り溜めしておかないと、トレーネさん
に帰って来た時グチグチ言われちゃうよー﹂
﹁文句が有るなら食うなって言えば、多分黙ると思うよ﹂
﹁そーだよね、作ってもらってるのに文句言うのはなんか違うよね
ー﹂
そんなやり取りをしながら、普段より多めの荷物を持って俺達は
出発した。
パイスラッシュ最高です。
◇
俺は、ラッテの荷物を全部ベリルに運び終わる頃には、色々と私
物も片付けていた。と言っても普段から必要な物以外はあまり買わ
ずに、物を増やさなかったからあまり問題はなかった。
家賃が十日分くらい無駄になるが、少し早目に帰ってやらないと
スズランやラッテや皆にも悪いので、この頃が丁度良い思い、仕事
場の皆に別れを済ませ、クリノクロワの住人にも別れを済ませよう
としたら、普通に終わらなかった。
﹁帰る前にケーキ﹂
﹁その⋮⋮プリンをだな﹂
﹁お前の菓子なら何でも良いぞ﹂
﹁最後なんで材料も使い切りますよ? 時間が経ってパッサパサに
なったり、痛んだりしても知りませんからね?﹂
そう言って、朝から大量にお菓子を作り始める。大量に作り置き
をして、お腹を壊さない事を祈ろう⋮⋮。特にプリン。
◇
709
トレーネ
﹁じゃぁ、いままでお世話になりました﹂
﹁気が向いたら遊びに来なさい、古株くらいはいると思うわ﹂
そう言うと、珍しく直ぐに部屋に戻らず、玄関まで見送りに来て
くれた。
あの人かなり古株だったのかよ。一体何歳なんだよ!
﹁ケーキ作らされそうなので、いない時間が好ましいですねー﹂
﹁⋮⋮難しいわね。あの子いつ仕事してるか解らないから﹂
ですよねー。そんなやり取りをしつつクリノクロワを後にした。
ちなみにプリンは痛みやすいと言う事で、翌朝にはほぼなくなっ
ていた。何考えてるんだあの三人は。途中からセレッソさんの声も
キッチンから聞こえたから、途中参加したんだろう。真夜中のプリ
ンパーティーを開催して、朝にはキッチンで苦しそうに横たわって
いる四人を見た。
あー次は門番か、アイツには前々から言ってあるけど、何言われ
るかわからんな。
﹁んじゃ俺、今日から村に戻るから﹂
﹁おう! こっちに来たら一緒に飲むぞ、じゃぁな﹂
意外にあっさりしてた。
◇
村に帰り五日、村長の相談役兼村の便利屋っぽい事をやり始め、
その日の仕事が終わり、家に帰ったらスズランが、夕日の当たる窓
辺で普段絶対見せないような、眠そうにしながら微笑んだ表情で、
お腹を擦っているところを見てドキッとした。
こちらに気が付いたのか﹁おかえり﹂と、いつも通り一言だけ言
われたので﹁ただいま﹂と返しておいた。
とりあえず無性にお腹を触りたくなったので、擦りながらのんび
りしてたら、ラッテが仕事から帰って来て﹁あーずるーい私のも触
710
ってよー﹂とか言いだし、ラッテのお腹も擦る事にする。
ちなみにラッテは、家畜の餌やりや搾乳をしており﹁もう少しお
腹が大きく成るまで、まだまだがんばるよー﹂とか言ってる。世界
が違うからか、それとも女性が強いからかは知らないが、少し安全
にしててほしい気持ちで一杯だった。受付嬢とか似合いそうだし。
けどそういううところはこの村にないけどな。
夕飯は俺が来るまで当番制だったが、今は出来る限り俺が担当し
ている。帰りが遅くなった時だけ、ラッテが作っている。理由は簡
単﹁スズランちゃんが作ると、お肉しか出ないんだもん﹂だそうだ。
なので肉枠は別で作り、肉を多めにスズランに配膳し、皆で食べる
事になっている。
﹁﹁﹁いただきます﹂﹂﹂
今日は緑黄色野菜を煮て、鳥のササミを和えたサラダに、ドレッシ
ングは脂質を抑える為にレモンと塩コショウにして、こっちの世界
で初めて見かけた豆類を煮て、脂身を落とした鶏肉とトマト、塩コ
ショウで味を調えた煮込んだ物を出した。ちなみに、今までの食事
を聞いて驚き、食生活の改善に努めている、もちろん子供の為に。
だって今まで、鶏肉が大半を占めていたらしい。
一応お腹の子供の為に、色々な栄養素を入れて、塩分を少し控え
てあるが、野菜嫌いのスズランがやっぱり肉しか食べない。辛うじ
て豆とトマトと鶏肉の煮込みだけは食べるが、緑黄色野菜のサラダ
には手を付けない。
﹁スズラン。俺は君が嫌いで野菜を出してるわけじゃない。肉とパ
ンしか食べてなくても今まで生きて来られたから、その辺はもう気
にしてはいない。でもこれはお腹の子供の為に作ってるんだから、
食べてくれると物凄くうれしいんだが﹂
物凄く睨んで来るが、負けるわけにもいかない。
﹁これは、お腹の子供の成長を助ける食べ物だ。スズランには要ら
ないと思うけど、お腹の子供は必要としている食べ物なんだ。食べ
た物は体の中で血となり肉となる、それがお腹の子供にも行くんだ、
711
だから食べてくれないかな?﹂
そういうと物凄くいやそうにしながら、苦虫を噛み潰したような
顔で、野菜サラダを食べきり、トマトで煮込んだスズラン用の、多
めの鶏肉で口直しをして幸せそうな顔をしている。好みがはっきり
し過ぎでしょう。
ラッテは﹁ほー﹂と言いながら、パンを煮込み料理に浸して食べ
ている。まぁその食べ方も美味しいと思うよ。俺だってコーンスー
プに食パン浸して食べてたし。
食後には、カフェインが無い麦茶を出しておいた。何故か暖かい
方が人気なので、体を冷やす心配はないので今のところ助かってい
る。
男の俺でもこれくらいの知識はあるからな、子供の為にできる事
・
はなるべくしておかないとね?
﹁カーム君さー今日の料理も薄味だったんだけど、調味料少ないの
?﹂
﹁塩味が濃いと、お腹の子供に少し悪い。だから味が薄くても、子
供の為だと思って我慢してくれ﹂
﹁んーわかった﹂
スズランは、肉が食べられれば薄味でも満足だけど、ラッテは少
し不満らしい。
◇
そろそろ収穫の時期が近づいて来た、だがスズランの出産も近か
った。
お腹が大きくなり、スズランが﹁あ。動いてる﹂と言いだしたの
で、なるべく村から離れない様にして、何かあったら直ぐに家に帰
れるようにしていた。
ヴルストと一緒に酒蔵で﹁次は酸っぱくて飲めない葡萄酒で、一
樽分だけ試そうか﹂と話している時に、萌えない狐耳のおっさんが
712
息を切らして走って来た。
﹁カーム! スズランさんが産気づいたぞ!﹂
﹁はぁ!? 今朝陣痛とか無かったぞ? ヴルスト悪ぃ! おっさ
んありがとう!﹂
そう言い残し、肉体強化も使い、全力で走るが流石に肉体はつい
て来ても、心臓や肺は付いてこれない。流石にこれはやばかった。
俺は家のドアを思い切り開けると、両親と義両親が忙しなく動い
ており、ラッテもお腹が大きいのに、猫耳の太った助産師に指示を
求め動いていた。
﹁カーム! 湯を沸かしな!﹂
助産師の怒号が響き、どれだけ必要か解らないので、風呂場に熱
湯を満タンにして、ソコから必要なだけくみ出して、ぬるま湯にし
たり出来るからな。
﹁カーム! スズランのそばにてて腰の当たり擦ったり声かけてや
んな! 男なんか出産の時なんか、何も出来ないんだから!﹂
﹁はい!﹂
俺は隣に座り、優しく撫でる様に擦っている。
﹁カーム﹂
﹁なんだい?﹂
﹁生んだら。肉大盛り⋮⋮ね。あと頭撫でて﹂
ハァーっハァーッと、肩で息をしながら大粒の汗を流している。
﹁わかった、わかったから、一番楽な姿勢で何か落ち着ける事を思
いかべて﹂
﹁鳥。豚。鹿。羊。牛。猪。兎。蛇や蛙や蝙蝠も食べられるって聞
いた事がある﹂
食肉かよ、どんだけ食いたいんだよ。そう思いながら頭も撫でて
やる。
﹁蛇も蛙も食べられるから、後で作ってやるから⋮⋮﹂
﹁約束﹂
713
﹁わかったから楽にして﹂
とりあえず話を合わせて、落ち着かせよう。
﹁んーっ﹂
そんな声と共に、思い切り手首を握られ、折れるんじゃないかと
言うくらい力を込められた。スズランの力で握られて、折れなかっ
たのが奇跡だが、しばらくして手首に痣が出来ていた。
あ、男の俺でもわかる、多分そろそろだ。そう思ってたら助産師
に引きはがされた。
﹁今から男は入って来るんじゃないよ! 入ってきたらお湯をぶっ
かけるからね!﹂
﹁はい!﹂
バンッ!!と扉を閉められた、おばちゃん怖いよ。ってか﹁はい﹂
しか言えねぇよ。
﹁息子よ、お前もあの方に取り上げてもらったんだぞ、後でお礼を
言っておけよ﹂
﹁はい﹂
﹁そういやスズランの時もそうだったな。まぁ、こうなったら男の
出る幕はないな﹂
﹁そうだな、カームの時もなかったな、とりあえず何もできずにウ
ロウロしてただけだったな﹂
﹁俺もだ﹂
﹁息子よ、お前は冷静なんだな﹂
﹁まぁ、慌ててもどうしようもないからね。信じて待つしかないよ﹂
﹁そうだな、息子の方が冷静なのが恥ずかしいな﹂
﹁そうだぞヘイル、俺の事を見習え﹂
﹁そわそわして、膝を小刻みに揺らしてるのを真似すればいいのか
?﹂
﹁扉の前をウロウロするよりかは良いだろ?﹂
その時扉が勢いよく開き﹁五月蠅いよあんたたち! もう少し静
かに慌ててな!﹂バンァン!とまた勢いよく扉を閉める。
714
助産師こえぇ。
体感で一時間くらい経っただろうか?
今までに、聞いた時のない低い唸り声のような叫び声が聞こえ、
そのあと直ぐに子供の泣き声が聞こえた。
だがまだ扉は開かない。後産だろうか?
それからしばらくして、綺麗なタオルに包まれた子供を、助産師
が抱いて出て来た。
﹁可愛い母親似の女の子だよ、見てごらんこの角を!﹂
そう言って見せてもらえた。その後 部屋に入れさせてもらった
が、まず目に着いたのが、痛みをこらえる為か、力を入れるために
用意された棒が握りつぶされていた。圧壊って言うの?わからんが
綺麗に手形が付いているとか、そんなんじゃなくバキバキに割れて
いる。もしかしたら俺の腕はあんな風になっていたのかもしれない。
折れた棒を眺めてたら、助産師がスズランに子供を預け、俺の背
中を叩いて来た。
﹁ほら、近くにいておやり﹂
﹁ありがとうございました﹂
そう言って、スズランの近くに行くと。
﹁名前は任せる。とりあえず抱いてあげて﹂
俺は首が座ってない我が子を、これ以上ないくらいに大切に受け
取り、小さく寝息を立て寝ている子供の暖かさに涙が出てしまった。
無言ですすり泣いてたら、スズランに太ももを軽く殴られ。
﹁しっかりしてよね。お父さん﹂
微笑みながら言われ、父になった事を痛感させられさらに泣いた。
泣いていたら、リコリスさんが子供を俺から受け取り、スズラン
の隣に寝かせ、気を利かせ部屋から出て行ったら﹁肉は?﹂と聞い
て来た。
﹁悪いな、もう少しスズランが落ち着いたらね﹂
﹁嘘つき﹂
715
微笑みながらそう言われ、いつもより表情が柔らかくなってるの
を見て、スズランも母になったんだなと思った。
◇
﹁カーム。胸が小さくてもおっぱいは出るんだね﹂
と授乳中に言われ、少し笑ってしまった。
﹁ずっとそれだけ気にしてた。何を笑ってるの?﹂
﹁いや何でもないよ、出て良かったね﹂
﹁うん。で。この子の名前は?﹂
﹁そうだね、﹃リリー﹄って言うのはどうかな?﹂
スズランの英名の、リリーオブザヴァリーから名付けてみた。
﹁良い響き﹂
﹁だろ? 実はスズランと関係有るんだよ﹂
﹁何?﹂
﹁遠い国の言葉で鈴蘭って意味﹂
リリーオブザヴァリーだと長いから﹃リリー﹄にしたけど、リリ
ーだけじゃ百合なんだよな⋮⋮まぁ、いいか。
﹁ふーん。私が二人になっちゃった﹂
﹁同じ名前の魔族なんかいっぱいいるじゃないか﹂
﹁そうね⋮⋮。ねぇカーム﹂
﹁なに?﹂
﹁片方空いてるけど飲む?﹂
小首を傾げ聞いて来る。こいつは反則だね
﹁⋮⋮とても魅力的な提案だけど、リリーの分がなくなっちゃうか
ら良いよ﹂
﹁欲しい時は言ってね﹂
﹁はいはい﹂
そう言って、リリーを抱き上げ背中の辺りをを叩いてゲップをさ
せてる姿は、すっかり母親が板について来ている。
716
子供の頃から口数が少なくて、力が強すぎる子だったけど、なん
だかんだで母親にしっかりなれるもんなんだな。俺も父親にならな
いとな。
◇
ラッテの方は、年越し祭の六十日くらい前から、俺の泣きが入り、
仕事を休んでもらっている。
﹁もーちょっと頑張れたんだけどなー﹂
と、片方の頬を膨らませて、ワザとらしく不機嫌になっている。
ってかどこの合衆国の女性ですか貴女は。俺は気が気じゃ無かった
って言うのに。
年越し祭の十日前の朝から、脂汗をダラダラ垂らし、苦しそうに
しているラッテを見かけ﹁これ陣痛じゃね?﹂と思い、助産師のお
ばさんのところに走っていく。
症状を詳しく話したら﹁家に行くよ!﹂と言われ、荷物を全部任
され、俺よりも先に家に走って行き、準備を進めていた。
肩で息をしているところに﹁カーム! お湯だよ! 二回目なん
だからいい加減覚えな!﹂
﹁はい!﹂
やっぱ﹁はい﹂しか言わせてもらえない。
その後、ラッテの近くまで行き、要望に応える。
﹁んー、腰の辺りさすってー﹂
﹁こう?﹂
﹁うん、そうそう、アリガトー﹂
痛みで余裕がないのか、棒読みに聞こえる。
﹁ぁあ゛ぁー﹂と言うような、苦しそうな呻き声も上げている。
﹁気持ち悪い、お腹の辺りを集中的に針で刺されてる気分﹂
﹁そっか、ごめん、その痛みは理解してあげられない﹂
﹁ん゛ー、月の物がずっと来てる様な不快感がするー、お腹に手を
717
当ててー。さすってー﹂
そう言われ、お腹に手を持って優しく擦ってあげる。
﹁うう゛ーーああ゛ぁー﹂
﹁大丈夫?﹂
心配で声をかけるが、助産師が入って来て、叩きだされる。やっ
ぱり色々と凄いな。
﹁息子よ。二回目の妻の出産だが、落ち着いているか?﹂
﹁少しは⋮⋮。けど二回目って言っても、ラッテは初産だから少し
は心配だよ﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
﹁ただ、父さんや母さん、イチイさんやリコリスさんが自分の娘み
たいに、ラッテと接してくれることがすごく嬉しい﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
﹁あったりめーだろ。スズランと一緒にカームを好きになってんだ。
俺に取っちゃスズランの姉見てぇもんだよ﹂
﹁うむ、家内も﹃娘が出来た見みたい﹄と喜んでたからな、まぁ少
しだけ歳は近いが﹂
﹁父さん、イチイさん、ありがとうございます。俺が不甲斐ないば
かりにスズラン以外の嫁を﹂
﹁おいおい気にするなよ、俺の知り合いにも嫁が多い奴がいるって
話しただろ。まぁ、お前がそれになるとは思わなかったけどな。そ
れでもスズランの大切な旦那だ、差別はしねぇよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁あんた達!うるさいよ!﹂バン!
やっぱこえぇ⋮⋮。
しばらくして金切声が聞こえ、ビクッと体が震え、少し腰を浮か
せたが、父に﹁落ち着け﹂と肩を叩かれ座らされた。
﹁母さんもあんな感じだったぞ。気にするな。お前にできる事は生
まれたら優しくしてやる事だけだ﹂
718
﹁はい﹂
スズランの時の様に、しばらくして子供を抱いて助産師が出て来
た。
﹁元気な男の子だよ、髪なんかお父さんとお母さんの色を受け継い
でるねぇ、綺麗な銀色に近い灰色だよ﹂
﹁何度もありがとうございます﹂
﹁良いから会いに行っておやり﹂
﹁はい﹂
やっぱり﹁はい﹂しか言えない。
部屋に入ってまず気になったのは、捕まる為の棒だが、ラッテの
場合はそのままだった。あんなになるのはやっぱりスズランだけか。
﹁あーパパ、私頑張ったよ﹂
﹁おめでとう、男の子なんだって?﹂
﹁助産師さんが言ってたよ、俺とラッテの髪の色を混ぜた色だよ、
見方によっては太陽に透けて銀色に見えるかもね﹂
そう言ってリリーで首の座ってないリリーを抱きなれてる俺は、
ラッテの隣に優しく寝かせてあげた。
﹁本当だー、綺麗だねー﹂
今まで太陽みたいな笑顔だったのが、少し日差しが柔らかくなっ
た夕日けみたいな雰囲気の微笑み方をしていた。
女性はこうも変わる物なのか?男の俺にはわからないが、ラッテ
も母になったいたいだ。
三日して、母子ともに落ち着いたので﹁名前はどうするのー? やっぱりこの子もリリーちゃんみたく、私と関係有る名前なの?﹂
と聞かれた。
﹁そうだね﹃ミエル﹄って名前にしたいんだけど、どう?﹂
﹁ふふ、女の子みたいな名前だね、やっぱり理由が有るの?﹂
﹁あるよ、ラッテって遠い国の言葉で﹃牛乳﹄って意味なんだ﹂
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﹁えー、何それー﹂
﹁国によって呼び方が違う国なんてたくさんあるよ、それで﹃ミエ
ル﹄って言うのは蜂蜜って意味。牛乳を温めて入れると美味しいよ
ね? だから相性はいいかな? って思って﹂
﹁ふふーん、母親と子供で相性が良いってなんかエッチな響きー。
でもそういうなら別に良いよ。蜂蜜って知ってる人は少ないんでし
ょ? なら可愛い名前って事で﹂
凄く柔らかい笑顔で、ラッテも納得してくれた。
◇
ラッテが授乳してる時に微笑みながら見ていたらいきなり﹁パパ
も飲む?﹂と聞いて来た。これは旦那連中は全員聞かれてるのだろ
うか?
物凄く魅力的な提案だけど、なんとか断った。
その数日後の夜に、三馬鹿に召集をかけ酒場で聞いて見た。
﹁とりあえずミエル君が無事産まれておめでとう﹂
﹁﹁おめでとう﹂﹂
﹁ありがとう。で⋮⋮だ、早速本題に入らせてもらう。スズランと
ラッテが子供にミルクを与えてる時に﹃飲む?﹄って聞かれるんだ
けど、正直どうしていいかわからない。皆も言われてるのか気にな
って仕方ないから、今日は無理言って男だけの集まりって事で誘っ
たんだけど⋮⋮正直に話してくれ。言われた事あるか?﹂
﹁あ、あるぜ﹂
﹁んーあるよ﹂
﹁うん、あるよー﹂
皆あるみたいだ、その誘いに乗ったのか?正直気になる。
﹁飲んだ?﹂
720
﹁あぁ、少し恥ずかしかったけどな﹂
﹁どんな味か興味があったから少しだけ飲ませてもらったよ﹂
﹁んー無理矢理だった﹂
シュペックが可愛そうです⋮⋮。
﹁そうかー、俺も味くらいは知っておくべきかな。赤ちゃんの頃の
記憶なんか覚えてないからなー﹂
﹁そうだな﹂
﹁あーそうそう。このままだと皆学校で同じ学年で幼馴染になりそ
うだよな、親子共々仲良く行こうぜ﹂
﹁応よ﹂﹁あぁ﹂﹁うん!﹂
その後軽く皆で飲んで夜も遅くならない内に帰った。
◇
子供の夜泣きが酷い、俺はなるべく妻達の負担を減らす為に、で
きる事はやってるが、流石に授乳だけは出来ない。冷蔵技術もない
し、粉ミルクもないから、容器に取っておくとか、その場で作るっ
て事は出来ない。氷を作り出し保存しても良いが、容器の衛生状態
も不安なので、その辺は考えても口には出さなかった。
ミルクをあげ終ると﹁後はやっておくから寝て良いよ。ありがと
う﹂と言って、おしめを確認したりしてから寝かしつける。
炊事洗濯も俺の仕事にした。マタニティーブルーの兆候は少しあ
ったが、なるべく二人に話しかけ、相談って形で溜めこませない様
にさせ﹃子供は母親が育てるのでは無く夫婦で育てる﹄と言う事を
認識させた。
そんな事をしていたので、育児ノイローゼにはならず過せている。
◇
そろそろ離乳食の準備かな?と思い、ミルクパン粥を作り、少し
721
づつ与え始めるが、スズランが塩辛い干し肉を口の中でペースト状
にして、与えようとしてた時には流石に注意した。
なんで与えちゃいけないかもしっかり説明して、珍しく落ち込ん
でいたが、この辺もしっかりフォローしておいた。
◇
時々と言うよりは、ほぼ毎日両親や義両親の誰かがやって来て、
リリーやミエルを見に来る。言った通り分け隔てなく接してくれる
のが本当にありがたい。
ただ、あの厳つくて恐ろしいイチイさんが﹁じーじだぞ∼﹂と、
どこから出したかわからない声を聞いた時は、聞かなかった事にし
たい記憶の一部だ。
◇
子供が産まれ一年、元気に這い回ったり、掴まり立を覚え、行動
範囲が広まり目が離せない時期だ。
俺は生後半年の頃から離乳食としてミルクパン粥を根気よく作り
与えている。何故かラッテに大人気で、ミエルが残した物を平らげ
お代わりまで要求してきたので、少し多めに作る事にしている。
スズランが、また塩辛い干し肉を、口の中でペースト状にした物
を与えようとしていたので、また注意した。
どうしても肉を食べさせたいと言うので、鳥のササミを茹でてほ
ぐした物を水で戻したパンに混ぜて、薄味のおかゆっぽくして食べ
させてあげた。
この頃から俺は簡単な言葉を語りかけ、一歳になる頃には短い単
語を言う様になり、大体何を言いたいかは理解できるようになった。
そろそろ断乳なので、すった林檎や、少し甘さを控えたミルクク
ッキーを作ったら、三馬鹿の嫁達にもお願いされ、作る事になった。
722
面倒くさいので、作り方を教えるために家に集めたが、ミールだ
けが焦がすと言う不器用っぷりを発揮、流石がっかり美人、期待を
裏切らないね。仕方ないので後日シンケンを呼び、作り方を教えた
らクチナシやトリャープカさんより上手かった。多分教えたら何で
もこなす万能型なんだろう。ミールは﹁女としての威厳がー﹂と俺
に再度作り方を習いに来たが、少しだけマシになってきたので﹁あ
とはシンケンに教えてもらえ﹂と言って断った。旦那がいるのに、
俺の嫁が居る家庭にあまり来るなよ。スズランやラッテやシンケン
は気にしてないが俺が気にするんだよ。
母さんは﹁あら、手先が器用だと思ってたけど、お菓子作りも上
手だったのね。女の子に生まれてくれれば良かったのに﹂とか言い
ながら、孫と遊ぶ姿は見た目が若いのにお婆ちゃんだった。娘が欲
しかったのだろうか?
ちなみに﹁ぱーぱー﹂﹁まーまー﹂﹁じーじー﹂﹁ばーばー﹂な
どの短い単語は言えるようになった。リリーを抱いてる時に﹁にく
ー﹂と聞いた時は、一緒にいたスズランを見たら目を反らされた。
どんだけ肉に対しての英才教育するつもりですか?
◇
少し大きく成ったから、庭でスズランが育ててる鶏や鴨の雛を触
らせたり、ラッテが仕事に行っている、家畜達にも触れさせるよう
にしている。過保護すぎても免疫力が下がるからな。もちろん触っ
たらしっかり手は洗わせてるけどな。
ミエルは少し怖がりなのか、大型の家畜にはあまり触りたがらな
い。
リリーは物怖じしないのか、どんどん触りに行ってバンバン叩い
て、家畜が迷惑そうな顔をしていた。すまないな、家畜達。
ちなみにミエルは、食用で飼っている兎が大好きで、放って置く
と追いかけたり触ったりしている。大きいのが怖いみたいだな。
723
子供達は元気に育ってくれて本当に幸せだ、こんな時間が続いた
らいいのに。
閑話
午後の奥様達のお茶会
﹁ねー? 旦那って何かしてくれる? ヴルストってあまりしてく
れないのよ﹂
﹁私のところはお義父さんとお義母さんが﹃紳士なら女性への負担
を軽くしてやれ﹄って言われてるみたいで、色々やってくれますわ。
お母様はなんだかんだ言って、夜中に起きてるので、夜中に面倒見
てくれますし﹂
﹁私のところは、私より母親してますよ。なんだかんだ言ってシュ
ペックは細かいところに良く気が付きます。私としてはありがたい
事です﹂
﹁カームは物凄く頑張ってる﹂
﹁そうだねー、子供がお腹にいる頃から、子供の為の食事だって言
って作ってたし。夜泣きが酷かった頃は、ミルクあげたら寝ててい
いよって言って、寝かしつけてくてたし、炊事洗濯もしてくれて、
離乳食もかなり凝った物を作ってくれてますよー。疲れてる時は相
談にも乗ってくれて、自分が疲れてるのに、子供や私達優先で気に
かけてくれてますねー﹂
﹁ただ干し肉を上げようとすると物凄く怒る﹂
スズランちゃんはコクコクと頷きながら一言呟き、お茶を飲んで
いる。
﹁当たり前だよ、あんなしょっぱい物⋮⋮﹂﹁あんなに硬いのは⋮
⋮﹂﹁それはちょっと⋮⋮﹂
724
と皆否定している。
﹁けどヴルストも見習ってほしいなー、このクッキーだって子供用
のクッキーだって作ってるんでしょう? うちは全然よ、優しくて
あやしてくれるけど炊事洗濯関係は全然駄目ね、二人が羨ましいよ﹂
﹁そうですわね、まさかこんなにマメだとは思いませんでしたわ。
スズランがいなければ私が欲しかったくらいですわ﹂
﹁そうですね、学校にいた頃は、一応真面目に授業を聞いていて、
少し奇抜な考えの生徒って噂でしたが。どこで覚えて来たんでしょ
うか? 町ですかね?﹂
﹁町なんですかねー? 先輩の話だと、引っ越しの挨拶の粗品と、
卵の白身で作った簡単なクッキーを作ってた話ですよー﹂
﹁町に行く前に作る機会なんかあったかな?﹂
﹁ない﹂
﹁ですわよね?﹂
﹁不思議な方ですね﹂
そう喋りつつ、カーム君が作ったクッキーを頬張りながらお茶を
皆が飲んでいる。
閑話2
お茶会から数日後酒場にて
﹁おいカーム。お前、嫁に優しすぎて俺の肩身が狭いんだよ﹂
﹁こっちは子供の為のクッキー作りをさせられてるよ⋮⋮﹂
﹁何も言われてないよ?﹂
﹁あん? 俺は普通に優しくしつつ、嫁に最大限気使いして、子供
に甘いだけだ!﹂
﹁それが原因だ﹂﹁それが当たり前だと思わないで﹂
﹁え? 良い事でしょ?﹂
﹁俺なりに頑張ってるのに、皆酷くない?﹂
﹁今日はカームの奢りな﹂
725
﹁ひでぇ!﹂
726
おまけ 第50.5話 出産︵後書き︶
50話と少し内容にズレが有りますが50話はスズランとラッテを
分けていたのであんな感じになりました。
後日子供達もやりたいなーと思ってます。
が!予定は未定!
727
50話までの人物や設定、スキルや魔法など。ネタバレ有り︵前
書き︶
執筆中に出て来たキャラや設定を箇条書きしてた物をほぼそのまま
記載します。
矛盾点が有ったとしても﹁まぁこの作者だし﹂と思ってください。
20150220 ご指摘が有り一部修正
728
50話までの人物や設定、スキルや魔法など。ネタバレ有り
貨幣
銅貨10枚=大銅貨1
大銅貨10枚=銀貨1
銀貨10枚=大銀貨1
大銀貨10枚=金貨1
金貨10枚=大金貨1
銅貨1で100円程度
大銅貨1000円
銀貨1万
大銀貨10万
金貨100万
大金貨1000万
カームのスキルと使った事の有る魔法
気絶耐性:1
毒耐性:4
混乱耐性:2
投擲:2
時間把握:1
恐怖耐性:1
魅了耐性:4
打撃耐性:3
緊急回避:1
肉体強化:2
729
隠遁・3
属性攻撃
火:1
水3
風3
土4
光2
闇1
回復魔法:2
その他
魔力上昇:2
細工:3
使用した魔法
ウインドカッター
氷
熱湯
砂
粘液
水球
熱湯
黒曜石のナイフ・斧・苦無みたいな菱型の物
鋭く尖った氷
小爆発
肉体強化
手の平から出すフラッシュバン
擬似ドットサイト
照明弾
730
石弾
砂鉄を固めたフランジル弾
エメラルドの散弾
ダウンバースト
石壁
土壁
作中で表記はしてませんが大きな大陸が数個有りその中の1つの内
陸側に住んでいて魔族と人族が戦争して国境線を取り合ってます。
大陸の中には魔族しか居ない人族しか居ないと言う場所も有ります
が多分でないと思っていてください。
無人島は大陸間の間に有り定期的に貨物船が通りますが魔王の支配
下だったと言う事で、今の所あまり人族は近寄りません。
この後主人公がどうにかして発展させていきます。
カーム
主人公、元日本人、転生してたら種族が混ざりすぎて、種族が解ら
ない。
肌の色は父親譲りの藍色や紺色に近い、虹色蜥蜴の尻尾の方を濃く
した感じ。
目の色は母親譲りで赤い、魚類って赤目が多いよね。
髪の色は黒、祖父母に会った時が無いから黒髪がどこから来たのか
が解らないが元日本人なので気にしてない。
身長は前世と同じ175cm位
所持品・スコップ バール マチェット 大きな背嚢
前世の知識が有るので魔法のイメージが得意、魔力も豊富
遅筋の上にうっすらと脂肪が有る
緊急時はその辺に有る物をとりあえずなんでも武器にしたいと考え
てる。
731
50話で魔王に成る
ヘイル
主人公の父、見た目70∼75%人っぽいが蜥蜴顔に尻尾が有る背
中から尻尾にかけて有る鱗は季節で色が変わるリザードマン、細か
い事は気にしない性格、収入源は農業や村付近にでた魔物の討伐報
酬。
孫に甘い
スリート
主人公母、見た目80%人っぽいが両手足に水掻きが有り手首足首
位まで鱗が有るサハギン、気温の変化で鱗の色が変わる。性格はの
んびり屋、スズランやラッテを娘の様に接する。
孫を溺愛
スズラン
幼馴染兼ヒロインの積りで書いてる、色々日本人そっくりだが眉の
上3∼5cmの所に小さな角が有る鬼神族。黒髪ストレートでセミ
ロング
所持品・母からもらったショートスピア︵鉄芯入り︶ ナックルダ
スター
種族特有の質素な作務衣に似てる物を着ている、暑い時は甚平に似
てる物。頭にタオルを巻く 両親の故郷の神父様的な人が作業する
時に来てる服と表現している
身長は180cm程度性格は大人しく無口だが以外に積極的な所や
攻撃的な面も有る。
体型は主人公に洗濯板やアイロン台と言う表現が似合うと思われて
る。食事も恋も肉食系
最近うっすらと脂肪がついて来て少し柔らかくなった︵カーム談︶
家で家禽類を育てている。卵や肉︵未加工︶を売っている
732
池のお姉さんと結構話をする
50話でカームとの娘を産む 名前は﹁リリー﹂
リリー
鈴蘭の英語リリーオブザヴァリーから命名
黒髪でスズランそっくり。母親と同じ位置に角が有るが目だけはカ
ームの赤を引き継いでいる。
スズランとは違い普通に喋る。ちょっと力が強くなってきている。
魔法の扱いが少し不器用
イチイ
スズラン父、筋肉隆々の鬼50%位の鬼神族。眉間の上5cm位の
所に角が有り殺気と威圧感がすごい、豪快に酒を飲む。細かい事は
気にしない豪快な性格、職人気質で仕事になると細かい。
某海外TPSの地底人と戦う主人公にそっくり主人公に腕がラッテ
の腰位太いと言われてる
孫に撃甘、干し柿位甘い
リコリス
スズラン母、確実にスズランはこの人の血を受け継いでると言う位
似ている、体型はそれなりに有る、若く見える。性格は温厚、娘に
体型が遺伝し無い事を少し悩んでる。ラッテをスズランの姉の様に
接している。
ラッテ
元スイートメモリー勤務 夢魔族
主人公に一目ぼれ。スズランに許しをもらいカームの彼女に
髪は灰色に近い白で腰ま有る、瞳は茶色で少したれ目。身長は主人
公より頭一つ小さい。胸は普通。ベタベタくっついて来る、露出は
少ない。よく言葉を伸ばす。
733
服装はヒラヒラした物を好む
実は主人公より10歳年上
息子を産む名前は﹁ミエル﹂
良くカームの体臭を嗅ぐ、服や下着の臭いを嗅いでいる。
ゲロインの称号をカームからもらっている。
ミエル
カームがこの世界の名前の付け方の基準が解らないので牛乳に合い
そうなそれっぽい名前と言う事で蜂蜜のフランス語から命名
ラッテにそっくりで髪は黒に近い灰色、目の色はカーム譲りで赤を
引き継いでいる。
魔法の扱いが上手い。
ヴルスト
ゴブリン族・身長160cm程度、体型は多少筋肉質、ゴブリンに
しては大きい方
所持品:ショートソード、大丸盾
なんだかんだでムードメーカー、面倒見が良いのが幸いして村の子
供に人気。
クチナシと夫婦
蒸留所で働くようになる、暇な時は色々な家庭の子供の面倒も見て
いる﹁あんちゃん﹂﹁おにいちゃん﹂と呼ばれまんざらでも無い気
がしている
魔物のゴブリンと一緒にされると物凄く怒る、種族全員が共通で怒る
蒸留所勤務
クチナシ
不死族のグール・身長165cm程度、体型は出てる所は出てる、
たゆんたゆん
734
所持品:ショートスピア、大丸盾
目立たない子だけど胸は自己主張の強い子、グールだけど魔族だか
ら腐敗臭はしない。けど魔物のグールは腐敗臭。
ヴルストと夫婦
43話で妊娠発覚
50話で第一子の女の子を出産 プリムナ
プリムラ
母親譲りの黒髪でおっとりした性格で誰にでも優しく父の様に面倒
見が良い。
シンケン
オークとエルフのハーフ・身長180cm程度、体型は速筋と遅筋
がバランス良く有る
所持品:手作り弓矢
イケメンで紳士だけど基本三馬鹿の一人なのでガッカリイケメンに
部類、けど気遣いが上手いので結構女性に人気が高い、斥侯をよく
やらさせる。
ミールと夫婦。
見張り台で監視や森側の巡回の仕事を任される
ミール
ダンピール、身長160cm程度、体型はスレンダーだけど胸はち
ょっと大きい
所持品:レイピア、マインゴーシュ
性格が高飛車だったが卒業に近づくにつれて結構穏和になってきた
が少しツンデレ気味、個人の身体能力や戦闘力は結構高いが安全な
村なので披露する場は無い、酒を飲むと胸を押し付けるように絡ん
で来るので周りの男からは意外に好評、そのせいで酒を飲むとシン
735
ケンの胃にダメージが。
シンケンと夫婦。
﹃ガッカリ美人﹄﹃残念な美人﹄﹃酒さえ飲まなければ○○なのに﹄
50話で第一子の男の子を出産 ペルナ
お菓子作りも下手と言う事が解る。
ペルナ
父親譲りの金髪と母親譲りのしっかりとした性格。子供組のリーダ
ーになりつつある
シュペック
コボルト族身長155cm程度、体型は痩せ型でしなやかな筋肉
所持品:ダガー2本、小丸盾
基本わんこっぽいので女性に好かれる、そのため学校ではクラスメ
イトの女子に可愛がられてたが働いてた用務員のトリャープカさん
の餌食に。鼻の良さを生かし斥候を良くしている。普段はほわほわ
してるが真面目な時は猟犬の様な性格に変わる。タレ耳である。
トリャープカと夫婦
街道沿いの巡回が多めの仕事を任される。
なんかラブラドールっぽい︵主人公談︶
トリャープカ
妖精族のキキーモラ、身長は165cm程度、体型はたゆん、キュ、
ぷりん
用務員で学校の掃除や破損個所の修復、花壇の世話をしている、肉
食系でシュペックを狙っていたが逃げ回っていたシュペックが折れ
たので美味しくいただきました。
シュペックと夫婦
学校の用務員
736
50話で第一子び女の子を産む レーィカ
レーィカ
父親譲りのタレ耳とレットフォックスの髪色で性格は父親似の少し
あほの子
グラナーデ
サイクロプス、身長190cm程度、体型は超筋肉質
目が1つ。その辺に有る物を力任せに振り回す、素手でも十分脅威。
ただ戦闘する機会が無いので町の方に出た、豪快で細かい事を気に
しなさすぎる。﹃バスト?いいえ胸囲です﹄﹃彼は女性です﹄﹃お
っぱいの付いたイケメン﹄
49話で魔王軍に所属している事が発覚し魔王様に一目惚れして猛
アタック、魔王が折れる事になる。
村長
気配が無い
﹁私が町長で・・・げふんげふん、村長です﹂
校長
酒が好きすぎて私財を投じて蒸留器と醸造小屋を作る。良く熟成前
の酒を盗み飲みをしてるのが村人全員が知っているので開き直って
堂々と飲むようになる。
竜族の村から定期的に勉強に来る同族を纏めている
見た目が幼い。ショタジジイ
竜族三人娘
2人はお辞儀をした時に揺れる一人は胸がほとんど無いけど武闘派
737
フィグ
先生1、読み書きや計算を教える、簡単な模擬戦の監督位は出来る、
下半身が蜘蛛のアラクネで上半身が人間そっくり。髪は白に近い銀
のショートヘアー、胸に布しか巻いてないから濡れるといろいろ男
として困る事に。
ビルケ
先生2、魔法を教える、白樺っぽいドリアード、助手にマンドラゴ
ラのガイケが居るが弱い品種なので抜いても気絶程度の叫び声しか
出さない。
モーア
先生3、戦闘訓練の先生。カームのスコップを見て﹁お前の敵は畑
に居るのか?﹂と言ったがその後の活躍や噂を聞き考えを改める。
池のお姉さん
水生系で池を作ったら物凄く喜んでいた、養魚をしたり池の管理を
している
スズランと良く世間話をする
村で海を知っている魔族
ワーキャット、ワーウルフ・村の住人、猫耳犬耳+尻尾のあるおっ
さん、渋い。
エジリン
大家さん
738
キースカ 気怠そうに話す猫耳の妙齢の女性、多分殺しの経験が有ると思われ
る。ヘングストが言い寄ってる時点で未だに乙女
隣人1号室 ヘングスト
ユニコーン+人間のハーフで見た目ケンタウロスっぽい。
下半身が馬なので身長?体高?が高く190cmは有る。母親の血
を引いてるのか髪は黒で吟遊詩人的な事をしており未経験な女性が
好きで共同住宅内の﹁キースカ﹂や﹁トレーネ﹂に言い寄っている。
隣人3号室 セレッソ
夢魔族。娼館スイートメモリーズに勤務。相談にのったりもめ事の
対応もしている皆のお姉さん。
身長は170cm程度で色々面倒見が良い。胸に目が行く程度には
大きい。ピンク色の服を好む。ピンクに近い赤紫色の腰位まで有る
サラサラした髪も似合っている
長寿種なので実は50年以上勤務したりしている。
住人4号 フォリ
両生類系 しっとりしている、町の周りの討伐系の仕事をしており
カームを時々討伐に誘う、礼儀正しい。体毛が無い
身長は2m近く有りかなり大きい
見た目はバイオなハザードの皆のアイドルにそっくり。見た目超怖
い。
甘党、主人公の菓子を美味しそうに食べる。
住人5号 フレーシュ
ダークエルフ﹁なんかトゲトゲしている﹂1対4で勝ってから少し
優しい
弓を使うのに支障が無い程度には胸が有る。背は主人公より少し低い
739
銀色の髪をポニーテールにし綺麗な褐色の肌に尖った耳
典型的なダークエルフ 体型は普通の女性
主人公の作ったプリンが好き
住人6号 ジョンソン
礼儀正しいが固くは無い。金髪碧眼・魔族に偏見が無い。
セレッソに惚れているが客としか見られてない。
かなり残念な性格で金にだらしない。
住人7号 トレーネ
妖精族・バンシー﹁あんたの家で泣いてやる!﹂
見た目が子供で140cm程度
だが少しふんわりしているのが確認できる位は有る。金髪でよく白
のワンピースを着ている。
見た目の割に結構な年齢なので喋り方は少し高圧的で丁寧。
主人公より年上で甘党、主人公のシフォンケーキを好む。
宿屋のおばちゃん。
恰幅が良い
門番達
ベリル村の学生が旅行に利用するからなんとなく優しい。
1人だけカームに悪乗りしてくる位仲が良い。
定食屋のおばちゃん
から揚げたくさん食べた子の彼氏としか思われてない。
おやかた 威勢が良く良く﹁!﹂が付く
きつね 口癖が﹁じゃんよ﹂﹁だってばよー﹂
740
まっちょ 少しどもる
つのさん あまり喋らない
ギルド支部長 年を取ったワーウルフ。
ギルド支部受付嬢 主人公曰く綺麗なウサ耳お姉さん
各露店や商店の魔族さん
フェーダー
三毛の男で前世ならレア
猫耳の獣人、臨時PTの誘いをしてきた人 剣を使う
スティロ
猫耳の獣人フェーダーの相方 槍を使う
だなと思われてる
萌えないオッサン達
犬耳 猫耳 狐耳 もちろん獣人族だから尻尾もあるよ!
クラヴァッテ=テルノ
主人公の住んで居る町や村を領地とする貴族結構偉い。
犬耳で犬耳メイドと狐耳メイドとゴッつい門番を確認。
キース
一緒に護衛として雇われたギルド所属
雇われた理由は弓の扱いが上手いと言う理由だががカームに見せ場
をほとんど取られる。
ヤウール 輜重兵の隊長
肉塊城主 名前は無いし主人公からは最初悪い事がバレて最前線砦
に左遷されたのかと思われてたが物凄くいい奴
741
なんか偉そうな禿げ鼠
最前線行き
ゲビス 主人公に精神的に追い詰められ
牢屋に居た人族の捕虜 スミス 主人公に人族語を教えてくれと頼
まれて渋々教える
砦前に来た魔王様
筋肉ムキムキで主人公の発言に少し引いて居た。意外にメンタル面
で弱いし、押しに弱い。
とりあえず頭の良い部下が居れば伸びると思われる。
1番強いと言われてる魔王 多分あんまり出番は無い
魔王の部下 多分あんまり出番は無い
神A フランクでウザい、時々威厳があるがすぐに無くなる。
神B 見た目紳士で言葉使いが丁寧の性格が残念。この世界の神な
のでちょこちょこ出て来る
その他獣人族
表記されないが基本人寄りで見た目おっさんや御高齢なのに獣耳が
普通に有る。
小ネタ
主人公一家は天候家族で、凪、雹、みぞれです
三馬鹿はドイツ語でハム、ベーコン、ソーセージです
スズラン一家のスズラン、イチイ、リコリスは毒草毒花の名前です
ラッテは牛乳でミエルは蜂蜜です。
742
子供達も
リリーはスズランの英語名。母親がスズランだから
ミエルは蜂蜜のフランス語名。牛乳に合いそうだから
プリムラ桜草のイタリア語名。母が花の名前だから
ペルナはハムのラテン語名。父がハムのドイツ語だから
レーィカはジョウロのロシア語名。母がロシアの名前だから
フェーダーはペン
スティロは万年筆
クラヴァッテ=テルノはネクタイ=スーツ
ヤウールはヨーグルト
作者が名前を付けるのが下手なので物や植物の名前を各国の言葉に
しただけです。
キースカは猫
フォリは怖いので狂気
フレーシュはダークエルフなので矢
トレーネはバンシーなので涙
と言った設定に近い名前を各国の言葉で着けております。
人族の名前は良く有る名前から差し当たりの無い者をチョイスして
います。
町や村の名前も鉱石の名前です。
そのうち無人島に出来た村にも名前を付けますがベリルの親戚みた
いな名前が付きます。
キースは最初殺すつもりでしたがそんな事には成りませんでした。
主人公が近づきながら﹁やぁキース、あの入れ込んでる娼婦には告
743
白したのかい?・・・キーーース!キースが矢で射られた!衛生兵
!衛生兵!畜生!衛生兵!病院もってこい!﹂
って流れをやりたかったんですけどね。
その後内緒で回復魔法を使うと言う流れで。
クチナシは﹁死人に口なし﹂をやりたかっただけです。
ここから下は少し酷い命名ですイメージが損なわれるので自己責任で
グラナーデはロシア語で手榴弾、なにを思ったのか少しインパクト
のある名前にしたかった。結構インパクトが有ったと思いたい。
トリャープカはロシア語で雑巾、ロシアのメイドの姿をした妖精な
ので雑巾と付けた。後悔はしていない。
ヘングストは種馬だから軟派にした。あまり出てこないので後悔は
していない。
744
50話までの人物や設定、スキルや魔法など。ネタバレ有り︵後
書き︶
次話から無人島辺に入りますが。ある程度の生産物も考えては有り
ます。その手持ちから交易して島で育てられる物を増やして、どん
どん島を開拓して市場や商店なんかも出来れば良いな∼と思ってま
す。
アクト○イザーやシム○ティみたいにしたいんですよね。
けどそれだと色々な問題も出て来るので、好き勝手出来ないのが現
状ですよね。
これがプロットを立ててない者の末路です。
所詮頭の足りない作者なので折れそうですがなんとなく頑張ってい
きます。
最悪皆様に知恵をお借りするかもしれません。
745
第51話 ○○○○○の練習をしてた所を大勢に見られた時の事
︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
746
第51話 ○○○○○の練習をしてた所を大勢に見られた時の事
今、俺の足元には大量のパンと、干し肉と冷めたスープと、酒と
果物と食器とタオルが有る。
そして目の前には、綺麗な海と大きな湾と、少し長い岬が見え、
背中には前任の魔王の奴隷だった物と思われる建物が25軒。とり
あえず雨風は平気そうか?まだ中見てないけど。
俺は、この世界での奴隷の扱いを知らない。
俺の想像でしかないが、劣悪な環境下で、最低限の食事しか与え
られてないと思い、食事くらいは与えてやりたいと思い、自腹で用
意しておいた。
﹁君は優しいね、奴隷なんか使い潰しなのに﹂
﹁作業効率が落ちると思って﹂
﹁それが優しいって言うんだよ﹂
そう言われ、無人島に連れて行かれた。
自宅から実家まで転移魔法陣の練習で数回往復して、その後どの
くらいの量の荷物が運べるかも試した。
魔法陣が出る直径約二メートルの中なら大丈夫で、高さは手を上
に伸ばした時くらいだから2二メートル五十センチメートルくらい
?たぶん円柱内なら平気と判断。そこから出ると、切り取った様に
してその場に残る。
生きた魔族や動物で試した事はないが、多分千切れて陣の外にあ
る肉体は綺麗に置いて行かれると、勝手に思っている。
だから誰かを運ぶ場合は、陣から出ない様になるべく俺に近寄っ
て貰わないと非常に危険と勝手に判断した。
陣を広げる方法とかはまだ試してはない。教わった事をそのまま実
行しているだけだ。
747
ちなみに食料は、隣にラッテに立ってもらって魔法陣に入るギリ
ギリの量を割り、出して持って来た。
それにしても魔王の部下が遅い。先に俺が無人島に連れて来られ
て﹁奴隷を連れて来るから待ってて﹂と言われこうして待っている
がそろそろ三十分だ。
奴隷なんか﹁早くしないと殺すぞ﹂とか﹁早くしないと鞭打ちで
す﹂とか言って脅せば動くんじゃないの?とか思ってるけど転移魔
法陣で数名づつ送られてくる気配もない。
﹁暇だ﹂
ここは無人島、周りに誰もいない、その場で出来る簡単な事。
1.筋トレ
2.魔法の練習
3.○○○○波の練習
今なら3しかない!昔森の中でやった事があるが、今はこの広い
島に俺一人。これを逃すと次はいつ出来るかわからない。
俺は目を瞑り、深呼吸を数回して足を肩幅より少し広く開き両手
首を合わせて、手を開いて、体の前方に構え。腰付近に両手を持っ
ていきながら体内の魔力を集中させ両手を完全に後ろにもってっい
て、溜めにより魔力が満ちた状態にし両手を前に出す。
﹁○ーー○ーー○ーー○ーー波ァーーーーーー!!!!﹂
最後の言葉と同時に手を正面に思い切りだし、光魔法で可視化し
た閃光を発射し、風魔法で向かい風を出し、服や髪をなびかせ、光
は水平線の向こうまで伸びてゆく。
748
﹁ふぅ、今のは完璧だろう﹂
﹁何が完璧なんだい?それにしても面白い魔法と詠唱だね﹂
最悪だ、いつの間にか後ろにいたみたいだ。
﹁イヤ、コレハタダノアソビデシテ﹂
そう言いながら、にやけつつ後ろを振り向くと、魔王の部下と、
両手と両足をある程度自由になるように鎖でつながれた、首輪を付
けた人族の奴隷五十人が規則正しく並んでいた。
最悪だ、魔王の部下だけじゃなく、奴隷も全員揃ってる。しかも
裏にはなんか空間が歪んで門見たいのが出来ている。多分転移門的
な何かだろう、起動音みたいなのも一切聞こえない、大声も出して
たしコレは気が付かないな。
﹁これが君の所有物になる、大陸共通語がわかる奴隷ね、挨拶位は
しないと。ほら﹂
そう言って死んだ魚のような目をした薄汚れた奴隷達に向かって
挨拶をする。
﹁あー、はい。えーっと最近魔王に成っちゃってこの島が領地にな
ったカームって言います。魔王の威厳?そんな物は有りません。部
下?そんな奴は居ません。奴隷?そんな物は要りません!君達にま
ず頼む事は、まず全員体を拭いて綺麗にしましょうです。貴方達の
裏に、前の住人が住んでたであろうと思われる、簡素な家がありま
す。男と女で別れて、体を今から配る布で綺麗にしてもらいます。
家族が居る場合はさらに別の家を使ってください﹂
子供もいるとか最悪だろう。元気に遊び回ってても良いくらいな
のに。あとで飴を持って来よう。
そう言って少しざわついてる奴隷達に、一枚一枚多めに持って来
たタオルを手渡し、湾の波打ちぎわから少し離れた、土になってい
る場所に建ててある小屋の前まで移動して、ぬるま湯の︻水球︼を
出して﹁これでタオルを湿らせて下さい﹂と言って、体を拭かせる。
749
その間に簡易的に土を隆起させ、テーブルと釜戸を作りスープを
温め、食べ物や食器を乗せる。
素手で水を掬う様にさせて、直接熱いスープを配るとかしたくな
いし、それになんの拷問だよ。
食べたい奴は、全員に配り終わるまで待ってて下さいとか、ニヤ
ニヤしながらとてもじゃないが言えやしない。
﹁優しい魔王様ですねー﹂
ニヤニヤしながら皮肉っぽく言ってくる。
﹁物の様に扱ったりする事は、俺にはできないので﹂
そう言っているうちに、体を拭き終り綺麗に整列している、奴隷
達に楽な姿勢で良いからと言って座らせる。
﹁あい、じゃぁ全員そろいましたね。今から食事にしますが、奴隷
が何人来るかとか聞かされてなかったから、多めに持って来てあり
ます。全員に配っても、お代わりが出来るくらいはありますので、
落ち着いて食べて下さい。んじゃまずは君から順に取に来てくださ
い。貰った者から食べて良いですよ。顔見知りや親しい方で集まっ
て食っても良いから﹂
そう言って皿にパンと干し肉と果物、カップに温まったスープを
配っていく。
そして黙々と食べる人達に、何か違和感がある。会話がないのだ。
多分発言が許されてないのか、食事中は話すなとか言われてたのか?
﹁あの、なんで誰も喋らないんですか? 食事は楽しく食べた方が
良いに決まってます!﹂
少しづつボソボソと喋りだし、一人が話しかけて来た。
﹁あの、喋ってもよろしいのですか?﹂
﹁構いませんよ、それに俺は奴隷の扱いを知らないし、雑に扱いた
くはないので。さっきも言ったが、奴隷は要らない、君達はこの島
を開拓するパートナーだ﹂
そう言うと、全員が涙を流しながら喜び、抱き合っている。
750
あー、あー、怖い!足元に置いたスープを蹴りそうで怖い!
﹁なんだかんだ言って、奴隷の扱いが上手いじゃないか﹂
﹁俺の下に来た時点で、もう奴隷じゃないですよ。たとえ﹁自分は
奴隷だ﹂とか言っても、俺が奴隷として扱わなければ良いんですよ﹂
﹁はいはい、んじゃ後は任せるよ、またね﹂
そう言って転移魔法陣を起動して帰って行った。
﹁パンのお代わり? 他の方の事も考えてと、りあえず一個ですね。
スープ? まだわからないから、とりあえずカップ半分です。干し
肉? あーそうだなこれも一枚です、果物? 子供が先ね﹂
とりあえず、持って来た食料はこれでなくなったし、皆は満足そ
うにしている。死んだ魚の目だったのが、みるみる光を取り戻して
いくのがわかった。
﹁食休みしているところ申し訳ないのですが、詳しい事は明日話し
ます。今日はしっかり休む事、とりあえずさっき体を拭いた家に、
それぞれ男と女別れて寝て下さい。悪いんですが寝具はないです。
魔物の生息も確認されていますが、一応森の深いところまで行かな
ければ平気だと思うので、今のところは大丈夫と言い切りたいが、
こればかりは祈るしかないです。それと、この残ってる樽には酒が
入っています。コレは皆の物です。喧嘩しないで分ける様に。んじ
ゃ手足の枷を取るから、ならんで下さい﹂
そう言って預かった鍵で、枷と首輪を外してやると、また大喜び
し始めた。
﹁あーそうそう。脱走しても構いませんが、ここはほぼ無人島で、
貨物船が三日に一回遠くを通るのが確認できる程度らしいです。森
に逃げても、魔物も動物もいるかもしれないので、素直にこの家で
寝てた方が安全だと思います﹂
そう言ってから、俺はある程度付近の探索を始める。
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まずは家の中を見せてもらうが、簡単な料理場に釜戸に水瓶、石
を積んで隙間を泥で塞いだだけの簡素なつくりで床は木が張ってあ
り、屋根は木の皮や葉を分厚く重ねただけだった。
とりあえずは雨風はしのげるが、水瓶の水が腐っていたので、と
りあえず捨てて︻水球︼で綺麗な水に交換して岬の方に向かう。
んーここから見える範囲だと、湾に入るところ以外遠浅なんだな。
どうやってできたんだこの地形?不思議な島だな。
後は、城を建設しようとしてた跡地だな。家の脇から道が森の方
に伸びており、十分ほど歩いた場所に、かなり広く開拓された場所
があった。
木は切られて、根は掘り起こされ、地固めまで済んでいる。残念
だが道具類は一切無い、多分勇者に救出された時に持ち出されたん
だろう。
軽く歩いたが一辺が約三百歩程度だったので、多分三百メートル
くらいだろう、大阪城の本丸より広いな。あ、徳○の方ね。
あった家の数からして、五人住んでても百二十五人か。そんな人
員でこれをここまで開拓ねぇ。どんだけ酷使したんだか、考えたく
もないな。
井戸もすでに掘ってあり、小石を投げ込んでみたら音がしたので、
水はあるんだろう。飲めるかどうかわからないが。この場所でも真
水が出るのか⋮⋮最悪井戸掃除も必要だな。
道具は明日必要な分だけ持ってくるとして、せめて食料は自給自
足にしたい。俺は森に入り、獣の気配を探ったり足跡を探したりし
てみた。
糞や足跡が多数存在しており、野生生物の存在も確認できた。鹿
や猪や熊までいやがる。コレは人族に注意させないと不味いな。ま
ぁ、夕飯用に何か狩って行きますかね。
しばらく森を歩くと、黒い物体がノシノシと歩いていた。こちら
に気が付くとこちらをジーッと見ている。熊だった。
752
あ、熊って背中見せちゃいけないんだよね。どうしよう。こんな
獲物持って帰れません。
あ、立った。威嚇してるのか様子を見てるのかわからないが、危
険が危ないのでまぁ殺っておこう。少し柔らかめの大きな石弾を頭
に射出し、頭を吹き飛ばした。とりあえず放置して人を呼んで来よ
う。
帰り際に鹿も見えたので、頭を石弾で撃っておいた。これもあと
で回収だ。
家まで戻り、男用の適当な家に入り﹁熊と鹿を仕留めたから運ぶ
の手伝ってほしいんですけど﹂と言ったが、既に酒を飲んでおり、
この家の男は全滅していた挙句に﹁あ、魔王さま。お酒ありがとう
ございます﹂﹁﹁あざーっす﹂﹂とかカップを掲げながら挨拶して
くる。駄目だこいつら。
男の家は軒並み全滅。仕方がないので女手を借りよう。一応ノック
もしておこう。女性用の家だし。ノックをして返事が返ってきたの
で入る事にする。
﹁あのー、森で熊と鹿を仕留めたんですけど、俺だけじゃ運べない
から手伝ってほしいんですけど。男共は全員酒飲んでて使えないし、
男で酒飲んでないのは子供くらいだったんで⋮⋮﹂
最初は怯えて、何かを諦めてた目だったが、小声で少し相談して
いる。
﹁まーったく男共は仕方ないわね﹂
﹁あたいも手伝うよ﹂
先ほどとは全然違う態度で言って来たので、十人ほど集めて森に
戻って行き、肉を小分けにして運んで貰った。
﹁内臓は食べます?﹂と聞いたら﹁綺麗に洗って煮込んじまえば、
臭みなんてわからないよ﹂とか言われたので、下処理は任せよう。
﹁今日は休めとか言っておいて、なんか悪いですね﹂
﹁何言ってんだい! あんたが私達を奴隷扱いしないだけで十分さ﹂
753
﹁久しぶりに干し肉を食べたと思ったら、今度は生肉だよ! 奴隷
になる前の生活より豪華じゃないかい?﹂
﹁そうだね!﹂
あはははははと豪快に笑う。
うん。なんて言うかこの年齢の女性は色々強い。
内臓はバケツがないから、腸とかは木の枝に吊るして帰ったし、
レバーも大きめの木の葉に包んで持ち帰った。
道具は明日とか言ってたけど、調理器具を買いに戻り、ラッテに
﹁あら、お早い御帰りですこと﹂と少しからかわれた。
小分けで人数分焼くのは面倒なので、鉄板を道具屋兼武器屋から
何枚か買って来て、今日は塩コショウで済ませた。
小麦粉も持って来て、パンも作れる環境に何とか整え、夕飯は女
性陣に手伝ってもらった。
早く自給自足したいな。お金も家族の為に残しておきたいからね。
まぁ、現在進行形で酒飲んでる男達には、明日から頑張ってもら
おうか。
飴を怯えてる子供達に渡したら、一発で懐かれました。
閑話
島に来る前の奴隷達
地下奴隷部屋
﹁じゃあ、昨日話した通り、今日から新しい魔王に無人島の主に成
754
ってもらったから、君達を受け渡すから。はい出て出てー、早くし
ないと鞭が飛ぶよー﹂
バシッバシッと石の床を叩いている
﹁転移門作るから、スムーズに移動しようねー﹂
︵最悪だ、魔王に酷使されるなら、この地下牢の方がましじゃない
か︶
︵死にたくねぇよ︶
︵何をされるのかしら⋮⋮せめて子供だけは守らないと︶
︵あぁ⋮⋮毎晩処理に使われるのかしら。死ぬ勇気もないしどうし
よう⋮⋮︶
全員が並び終わり、魔王の部下らしき魔族が何やら呪文を唱え、何
もない空間が行き成り海に変わり﹁はい、向こうに繋がっから移動
しよう﹂と言っていた。鞭はどうなってるのかわからないが、懐に
しまっていた。
そして変な門を通って並ぶと、海の方を見ている紺色の肌の魔族
が、何かやろうとしている。のいつが魔王なのか?それよりも隣に
積んで有る食料が気になる。あれを食べさせてくれるのだろうか?
﹁○ーー○ーー○ーー○ーー波ァーーーーーー!!!!﹂
何か解らないが変な格好で変な詠唱をして手から光を飛ばしてい
る。
﹁ふぅ、今のは完璧だろう﹂
物凄く満足そうな声で独り言を喋っている。我々に力を見せつけ
ているのだろう。何をされるのかわかったものじゃない。
魔王の部下に話しかけられ、片言で恥ずかしそうに振り返ってい
る。
変な魔王だ。
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そしたらその魔王はカームと名乗り、奴隷は要らないと言ってタ
オルを渡され、体を綺麗に拭けと言われた。とりあえず従い外に出
ると、スープが暖まり良い香りがしてきた。
久しぶりに腹が大きく鳴り、生唾を飲み込んでしまう。
そしたら、なんとこの食糧を食べさせてくれるらしい。
無言で食べていたら﹁食事は楽しく﹂みたいな事を言われ、食べ
終わったら首輪や手枷足枷を外してくれた。
挙句に家まであるし、酒も振る舞ってくれた。なんだこの魔王は、
噂と全然違うじゃないか、しかも今日はゆっくり休めと言われたの
で、仲間達は酒を飲み全員が﹁想像してた魔王と違くて安心したぜ
!しかも酒まで飲めるしよ﹂とか言っていた。
﹁本当だぜ、噂と全然違うだろ﹂
﹁あの魔王が特殊なだけじゃないか? 良く聞く噂だと、酷使され
て死にそうだったところを勇者に助けられたって話しか聞かないぞ
?﹂
そう話しながら酒を飲み、皆いい感じになってたところに魔王が
帰って来た。熊と鹿を仕留めたらしいけど酒が回って良くわからな
い、誰かが何かを言ってたので便乗してお礼を言っておいた。
そしたら夜は熊肉と鹿肉だった。
こんな境遇なら少し位頑張れそうだ。
夕食後、魔王が子供達に飴を与えてるのを見て﹁実はすげぇ優し
いんじゃねぇ?﹂って事になったし女達も安心している。
756
第51話 ○○○○○の練習をしてた所を大勢に見られた時の事
︵後書き︶
ご指摘が有りましたので注意書きを。
本文の﹁危険が危ない﹂はネタですので気にせずそのままお読みく
ださい。
熊肉の調理法が解らないのでとりあえず塩コショウで。
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第52話 犬を助けた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回の内容はほぼ適当です。
20160606修正
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第52話 犬を助けた時の事
朝食後、朝のミーティングをしている。目の前に立っている五十
人に役割を与えないといけないからだ。
数は男性二十五人。女性二十人。子供五人だ。
﹁えー、皆さんの中で狩猟経験がある、もしくはそれを生業として
いた方。手を上げてください﹂
そう言うと手が上がる、男が三人か。多いか少ないかわからない
が、いたなら良い。
﹁じゃあその人は、狩猟班に成ってもらいます。各自がリーダーに
なり、部下を二人、弓の扱いが上手い人をこの後テストして選びま
す。じゃあ次は漁師だった、魚を釣っていた、海に潜って魚を取っ
た事があるって方は?﹂
そう言うと、今度は二人手を上げる。
﹁先ほどと同じで部下を一人選んでください。小舟が家の脇にまだ
残ってたはずですのでそれを使ってください。次に薬草や野草や、
食べられる草や茸とかに詳しい方は?﹂
流石にいないか?と思ったら、女性で一人いた。
﹁じゃあ同じく部下を、強そうな男性一人女性二人選んでください。
残りは、家の近くの森林から開墾してもらったり、雑務や薪や木材
を作ってもらいます。じゃぁ、次に子供達﹂
ビクッと体を震わせ、少し驚いている。昨日飴あげたでしょう?
﹁この中で一番大きい、お兄さんかお姉さん誰かな?﹂
女の子が、おずおずと手を上げる。
﹁そうか、君が一番お姉さんか。じゃぁ、君は他の子供達が、危な
い事をしない様に見てなきゃいけない、大切な役割だ。その辺で遊
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んでても良いけど、森の中に入っちゃ駄目、海に入っても良いけど
浅いところまで、もし何かあったり、魔物や動物が出たら、直ぐに
近くの大人に知らせるか、大声を上げて助けを呼ぶ本当に大切な役
割なんだ。出来るよね?﹂
俺はしゃがみ、目線を合わせ話しかけると、女の子はコクコクと
頷いている。
﹁よーし良い子だね﹂
六歳か七歳くらいか?後で簡単な勉強も教えないとな。
﹁じゃぁ、さっき言った班に分かれて下さい。それぞれ道具を渡し
ますから﹂
んー、弓六張じゃ少なかったか。まぁ、各班上手い奴二人に渡し
て、残りはサポートさせつつ自作させるか。熊の腱の硬さとか弦に
は使えるのかな?硬すぎても駄目なのか?ガチガチに硬い方が良い
のか?良くわからないから任せよう。
﹁弓は6張しかないので各班のリーダーに1張、後は交互に使いな
がら自作してください。弦は動物の腱でも良いんだっけ?使えるな
ら使って下さい﹂
適当に誤魔化しつつ、作らせる様誘導した。
﹁あの、武器になる様な物を持たせて下さるんですか?﹂
﹁獲物を取らないと、この五十人が餓えて死んじゃいますよ? 俺
が毎回私財を使って、小麦粉を持ってくるって訳にも行かないし。
あと多めに取って、干し肉にして、なるべく交易で交換したいと考
えてます﹂
﹁⋮⋮わかりました﹂
なんか少し不満そうだ。別にいいじゃないか、武器を与えても。
﹁それと家畜に出来そうなのがいたら一応報告してください。生け
捕りに出来るか皆と相談します﹂
そう言って弓矢を渡した。
﹁んじゃ次は漁班。銛と釣り針です、昨日の鹿の角を削って作って
760
おきました。糸の方は少し待っててください。なるべく早く手に入
れますので。けど昨日の鹿か熊の腱が使えれば使ってください﹂
﹁はい﹂
﹁次は野草班。ナイフとスコップで良いかな? 鉈はあった方が良
いですかね?﹂
﹁鉈はいりませんよ﹂
﹁わかりました、あとはいえにあった籠を使ってください﹂
﹁はい﹂
﹁俺の故郷の道具屋や知り合いを頼って、斧、鉈、鋸を各自10本
買って来てあります。残りはこれで開墾作業をしてください。﹂
﹁﹁﹁はい﹂﹂﹂
﹁まず第一に怪我をしないように、今まで奴隷でロクに食べてない
し、動いてなかったんですから、急に動いて体調が悪くなったら無
理をしない事、狩猟班は安全第一、熊とか見かけたら逃げても良い
です。漁班は遠くまで行かない事、出来れば湾内が望ましいです。
野草班は森の深くまで入らない事、昨日狩って来た熊を見ればわか
ると思いますが野生動物も居ます。あと残りの部下の方は何がどん
な物なのかしっかり見て聞く事、残りの男性は護衛を頼みます、と
りあえず何かあったら必死で女性を守る事。んじゃこれはショート
ソードと小丸盾です﹂
﹁うっす﹂
そう言って受け取る。
﹁あーそうそう。森の中で男性が一人で女性が三人だけど、間違い
を起こさない様に。起したらお前を女にするからな⋮⋮それだけは
覚えておけ﹂
﹁う、うっす!﹂
俺は今まで丁寧に話していたが、少しだけ凄みを効かせて忠告す
ると、男は股間を押さえて返事をしている。
﹁あー、あと調査してないから、水はまだ飲まない様に、面倒でも
761
昨日俺が出した水を飲む事。俺は森の中を探索して、使えそうな物
や食料や水場を探してきます。休息は適度に取り、昼もしっかり休
む事。夕方には戻ると思いますが、遅くなったら先に夕食を食べて
て下さい。以上﹂
そう言うと各々が解れて動き出す。
﹁あー忘れてた。食事は開拓班の女性が毎日交代で作ってください。
おれ
食材は小麦粉と残りの肉しかないですけど、運が良ければ昼までに
魚と山菜が増えるかもしれませんがね、あと監督はいませんので、
気楽にやっててください﹂
ハハハハハと笑いが出るが、険悪な雰囲気よりかはマシだ。親し
そうな奴が﹁魚頼むぜ﹂とか言いながら背中を叩いてる。まぁ昨日
の昼みたいな感じはないからいいか。
とりあえず俺は、魔王城建設跡地の井戸に来ている。
カップに紐を結び、チャポンと井戸の中に落とし水質調査をする。
うん、汚い。全部くみ出してしばらくすれば使えるか?あれ?掃除
も必要なんだっけ?とりあえず全部くみ出して掃除してから小屋を
建てて、ゴミとか入らないようにしないとな。
後は毒か。正直気が進まないけどな。服を脱いで何重にも畳みソ
コに水をかけ滴って来るのを待ち、カップに溜まるのを待つ。
んーまだうっすらと濁ってるけど仕方ないか。
そう思いつつ少し口に含み、舌に異常が無いか確認してとりあえ
ずは異常はなかった。あとは遅行性の毒じゃ無い事を祈りつつ、井
戸の水を︻水球︼にして浮かせて、無理矢理中を空にしておく。そ
の後島の中央の山を目指しながら進む事にする。
さらに三十分ほど進み、少し湿地に成っている事を確認し、しば
らく歩くと少し水の溜まってる場所を発見した。
水が涌いているのか、流れ込んでるのかわからないが、ここだけ
低いのか落ち葉とかで濁っていて殆ど沼だな。少し整備して、かな
762
り小規模の人造湖にして、海の方まで水路を伸ばせば、今の家付近
まで水が通せるか?少し周ってみて水が流れ込んでるところを探す
か、無かったら沸いてるって事で、どうにかして綺麗になるように
考えないとな。
沼を時計回りに歩き、丁度半分ほど回ったところに、小川の様に
少しづつ水が流れているのを確認。んーこの水量か。雨が降らない
と涸れるか?一定量貯水して、溢れたら流れ出す様にした方が良い
な。計画も立てないと。けどまだまだ先だな、頭にだけは入れて置
いて、まずは農業用として、今ある家の近くに浅い小規模の溜め池
を作って、湾に水が流れる様にしておくか。
あと魚影は無し。これも交易で淡水魚が手に入れば上々、なけれ
ば仕方が無いので定期的に帰る約束をしている家に帰り、買って来
るのが無難だな。
けど生きた淡水魚を港町で手に入れられるかどうかだな。そうす
るとあまり売れないだろうな。
問題は島の中心までどうするかだよな、海岸線が歩いて五日程度、
時速三kmで歩いても十時間で三十キロメートルで百五十キロメー
トル。それを円周率で割って、直径約四十八キロメートルとして、
島中央まで約二十四キロメートル、しかも真ん中には標高何メート
ルあるかわからないけど、山が有るからその麓まではどのくらいだ
?高さ千メートルメートル程度と見て置くか。この辺も見て置かな
いと不味いな。
舗装されてない山林を二十キロメートル歩くのは厳しいよな。ま
ぁ迷ったら朝日に向かって歩くか、夕日を背に向かって歩けば良い。
とりあえずあとで、沼に入り込んでる小川を上流に向かって歩く
か。魔王城建設予定地もあるくらいだから、一応石材の目星もある
んだろうし。コレでなかったら、前任の馬鹿さを笑ってやるか。と
りあえず広場の奥の方に行ってみるか。
763
しばらく獣道を歩くと、左手奥に少し土が隆起して、五メートル
くらいの崖があって、石が露出してる。うん。手付かずだね。笑え
なくなったな。いや、まて。ここは跡地から徒歩で十分以上歩いて
るから、もう少し近間に採石場があるのかもしれない。もう一度よ
く見て回るか。
食べられそうな果物類も、自生してれば万々歳なんだけど⋮⋮。
この辺には無いな。
そう思い上を見上げると、そろそろ昼だった。少し別な道を探し
て帰るかね。
帰り道、別な湿地で赤い親指の爪くらいの、小さな木の実みたい
な物を発見したので少し食べてみた、甘酸っぱい木の実だった。
クランベリー?けど前世では、北半球の湿地で生産されてたよう
な?まぁ細かい事は良いか。少し持ち帰って、この辺もあとで山菜
班にでも教えて置くか。
あとは魔王城建設予定地周辺の採石場の有無だな。歩いて十分は
運搬に不便だろう。
とりあえず予定地付近を慎重にしらべ、細い道を発見したので行
って見る。さっきみたいに五メートルくらいの崖に成ってて、横に
五十メートル程石が、剥き出しになってる場所を発見。道具も少し
錆びついているが残っていた。さっき声に出して笑わなくて正解だ
ったな。この跡地を利用して、もう少し利便性の高い住宅の建設を
して、皆に住まわせよう。それまでは向こうで我慢してもらうか。
そう考えてたら﹁ハッハッハッハッッハッハッハッハ﹂﹁ウォーー
ーーン、ウォーーーーーーン﹂﹁キューンキューン﹂と聞こえた。
犬か?
少し近づいてみると、脇腹?まぁ、アバラの辺りから血が大量に
出ている。猪にでもやられたのだろうか?
犬は古代から人類の友だからな。見て見ぬふりはできないな。あ
764
と俺犬派だったし。
近づくと、前顔部にしわを寄せ、牙を見せ威嚇してくる。仲間に
近づくなってか?
毛色は全体的に灰色か、シベリアンハスキーそっくりだな。野生
のシベリアンハスキーっているの?
﹁怖くないよー﹂
言葉は通じないと思うけど、一応話しかけてみる。
近づくと、更に面構えが凶悪になる。どうしようか。怪我も気に
なるけど、流石にこのまま見なかった事にはできない。しかも衰弱
してるのか、血だらけの犬はこちらを見ようともしない。早くしな
いとまずいよな。
俺はその場で座り、警戒心がとけるまで犬を見続ける事にする。
どうするかな。強硬手段にでるか。このまま警戒心が薄れるまで
待つか。
無理だ。多分あのままだと死ぬ。
俺は、魔力を体から出すイメージをして、威嚇しながら近づく事
にした。
仲間だと思われる残りの二匹は逃げなかったが、仰向けになり尻
尾をお腹の方に回し、視線を合わせて来ない。
あーごめん。それ服従のポーズだよね。まぁ仕方ない、助ける為
だから勘弁してくれ。
血の出ている犬に近づくと、口元に生肉が転がっており、仲間が
置いたと思われる。この辺の行動は良くわからないけど﹁お肉食べ
て元気になって﹂か?良くわからんが、そうだと仲間思いで涙が出
てくるな。
そのまま怪我している犬に近づき、座って周りに誰もいない事を
一応確認してから、回復魔法を使い、血を止めてやる。
多分痛みも減っただろう。その後はぬるま湯で血を洗い流してや
る。
765
そしてよろよろと立ち上り、俺の周りをぐるぐる回りながらすり
寄って来る。
俺はしゃがみ﹁よーしよしよし﹂と頭を撫でてやる。﹁君、少し
剛毛だねー、可愛い可愛い﹂その光景を見て、周りの二匹も尻尾を
振りながらすり寄って来て、俺に頭をこすりつけて来るので、負け
じと頭をこすりつけてやる。
可愛いなこいつ等、俺は少しだけ皆を可愛がり、帰ろうと立ち上
ったら後を付いて来る。
﹁懐かれちゃったよ﹂
んじゃ帰ろう。夕飯まで食事は我慢できたけど、ここまで来たら
夕食までの軽い繋ぎで少し胃に入れておくのも悪くない。
﹁君達も付いて来るのかい? いいよおいで﹂そういって仮拠点に
帰る。
カーンカーンカーーン、メキメキメキ、ズズーン
おーやってるねぇ、根越しは明日か?
﹁お疲れ様です体は平気ですか? 気分の方は?﹂
﹁おー魔王様、俺は平気だけど、男が2人ぶっ倒れたから家の中で
休ませてるぜ﹂
﹁そうですか、いきなりは厳しかったったかもしれませんね﹂
﹁倒れた奴は、元々ヒョロかったからしかたねぇよ﹂
﹁皆に、無理しない様に言っておいて下さい﹂
﹁応よ、ところででそいつ狼じゃないっすよね?﹂
﹁さぁ? 犬じゃないんですかね?﹂
﹁お、狼だぁ!﹂
別の誰かが叫び、逃げて行く。
﹁⋮⋮狼だったみたいです﹂
﹁そ、そうですか。お気をつけて﹂
いきなり丁寧語になるなよ、悲しくなるじゃないか。
﹁そうか、お前達狼だったか、ごめんなー、犬とか言っちゃって﹂
766
﹁クーン﹂
そう鳴きながら足元にすり寄って来る。まぁ平気か。
肉余ってるかなー。あーあったわ。
肉をブロックで3匹に与えると、尻尾を振りながら胸に前足を乗
せて肉を取ろうとする。﹁待て待て待て待て、今やるからなー﹂躾
はまだ無理か?それとももう無理か?
肉を与えると野生を剥き出しにして肉を齧っていく。こいつは大
食らいだな、犬皿が欲しいな、まぁどうにかなるか、最悪木で作れ
ば良いし。
遅めの、残ってた昼食を食べてると狩猟班と漁班が戻り、それぞ
れの成果を持って来る。
﹁いやー手付かずなので、かなりいますね﹂
﹁こっちも結構取れましたよ﹂
﹁ソレは良かったです、あとは小麦さえあれば食べるのには困りま
せんね、問題は貨物船が気づいて、この島に来てくれるかですけど
ね。明日朝にでも狼煙の準備しながら誰かに見張らせますかねぇ⋮
⋮﹂
﹁魔王様⋮⋮ソレって狼ですか?﹂
﹁みたいですね、俺は珍しい毛色の犬だと思って助けたんですけど、
懐かれちゃいまして、犬とか言って悪かったな﹂
そう言いながら、頭を撫でる
﹁クーン﹂
﹁狼って懐くのか?﹂
﹁知らねぇよ﹂
君達⋮⋮聞こえてるよ?
﹁あーワンちゃん! さわってっていーい?﹂
子供達が帰って来て騒ぎ出す。
﹁良いかい? この子達は俺の仲間の子供だから、噛んじゃ駄目だ
よ?﹂﹁ワォン!﹂
767
そう言って子供達の前に歩い行き、お座りの姿勢で待機している。
賢いなー。
﹁触っても大丈夫かな? あんまり強く触っちゃ駄目だよ? あと
怒ってる時は言うから、直ぐに離れてね﹂
﹁はーい、わぁ柔らかーい﹂﹁モフモフー﹂﹁いいこいいこ﹂﹁か
っこいいー!﹂
うん忍耐力は強いようだ。躾して言う事聞かせれば、アニマルセラ
ピーとか、狩りのお供になってくれるかな?狼が人に懐く例も確認
されてるけど、子共の頃からの生育だけど平気かな?まぁ、その時
はどうにかするか。尻尾も振っているし平気だろう。
﹁ただいま戻りました、あら狼ですか?﹂
﹁みたいですね、懐かれちゃいまして。あとコレなんですけど、食
べられますかね?俺はちょっと食べちゃいましたが﹂
そう言ってクランベリーっぽい物を渡す。
﹁んー﹂
唸りながらよく観察して、味を確かめる様に口に含み口の中で転
がしている。
﹁大丈夫そうですね、甘酸っぱくておいしいです。あとで場所を教
えてください、摘みに行きますので﹂
﹁わかりました、一応この付近で栽培が出来ないかもやってみまし
ょう﹂
﹁そうですね﹂
話しているあいだに、子供達が狼を物凄く撫で回し揉みくちゃに
している。なんか﹁もう好きにしろよ﹂ってな悟りの境地になって
るな、そろそろ止めるか。
﹁はーいお子様達よ、そろそろワンちゃんが止めて欲しそうにして
るから、止めてあげようねー﹂
﹁﹁﹁はーい﹂﹂﹂
﹁そうそう、この二匹のワンちゃん達に名前を付けて欲しいんだ、
出来るかい?﹂
768
﹁﹁﹁﹁うん﹂﹂﹂﹂
﹁じゃぁ話し合って決めてあげてね、この子は俺が付けるから﹂
俺が付けると言ったのは、もちろん怪我をして動けなくなってい
た狼だ。
まぁ、愛着が沸いたって事で。
流石にシュペックは不味いよな。あとドックミートもかなり不味
いよな。
ポンタ?ジヨセフィーヌ?いやいやいやこれもある意味不味い。
片方は、友人の家にいた犬だし。
あー、あの有名な人の飼ってた犬の子犬の一匹から名前を貰おう
﹁ヴォルフ﹂だ。うん決定。ってかこれドイツ語で狼だっけ?あの
人もある意味ひねりがないよな。ちなみに俺もな。
﹁お兄さんはもう決めたぞー﹂
﹁なーにー?﹂
﹁ヴォルフだ﹂
﹁ボルフー?﹂
まぁ、まだ小さい子供だから仕方ないか。
﹁そう、だから皆といっぱい話し合って、皆がこれが良いって名前
を付けてやるんだよ﹂
﹁はーい﹂﹁じゃぁ向こうで決めようぜ﹂﹁うん﹂
そう言って、二匹の狼と一緒に走って行った。子供は無邪気で可
愛いねぇ。
俺は、朝と同じように夕食前にミーティングを始める。
﹁えー少しこの周辺を見て回りましたが、家の横の道を歩いて行く
と、前の魔王が城を作ろうとしていた、少し開けた場所がありまし
た。少し落ち着いたらそっちに家を建てるか、作業場みたいなのに
したいと思っています。あと、その城を建てようとした場所から少
し進んだら、湿地がありました。沼っぽい場所があり、水が流れ込
769
んでたので整地すれば、水をここまで引けるかもしれません。まだ
飲んでないのでわかりませんが、綺麗にして沸かせば飲めるんじゃ
ないか? と思ってます。井戸も掘りたいんですが、ここは海に近
いので多分真水は期待できないと思うので、その辺も皆さんと話し
合いたいと思ってます。周辺の調査が終わったら開拓を手伝うので、
もう少し我慢して下さい。あと調味料ですが、塩くらいなら今から
でも作れると思うので、まずは簡単な物から作っていきましょう。
俺からは以上です﹂
﹁じゃぁ俺も⋮⋮。猪を見かけたので、森を開拓したら穴か柵を作
って飼育してもいいんじゃないかと思ってます﹂
﹁俺もある、まだここの魚は警戒心が薄いから取れるけど、なるべ
く生け捕りにして、生け簀みたいなのを作って、そこ入れて置いた
方が良いんじゃないか?﹂
﹁私も良いですか? 多分前の人達が捨てたであろうと思われる、
野生化したジャガイモを発見しました、麦よりも収穫数が見込める
ので、麦と同じく開拓したら育てたいと思います。本当は袋単位く
らい大量じゃないと、畑作の意味がないと思いますが、その辺も考
慮していただきたいのですが﹂
﹁んー、イノシシはかなり凶暴だから、柵だと壊されて逃げ出され
る可能性があるので穴が良いんじゃないですかね? 少し不衛生で
すけど大人しくなるまで猪には我慢してもらう感じで。生け簀は、
波打ち際を掘って海の水が入る様にして、逃げられない様にする程
度で良いですかね? ジャガイモですが、交易で手に入れられたら
一番いいんですけど、最悪私財を投じて買って来るかもしれません。
なるべく島の中だけでどれくらい出来るかも試したいんですが、先
立つものがないと何もできませんからね。その辺は先に買っちゃい
ましょう、なので畑を麦とジャガイモ用と少し大きく作りましょう
か﹂
﹁ワンちゃんわー?﹂
﹁あーそうだったね、えー今日探索中怪我をしていた狼を助けたと
770
ころ懐かれました、﹃齧っちゃ駄目﹄と言い聞かせてあるので、あ
あやって一緒にいて、まだ噛みついてないところを見ると、多分棒
で叩いたり、上に乗ろうとして怒らせない限り、噛みついたりはし
ないと思います。基本放し飼いで、毎日テリトリーの見回りも勝手
にしてくれると思いますし、食事も共にしてれば、皆にも懐いてく
れると思いますので、極力仲良くして、鼻の良さに期待して夜中の
見張りを任せたいと思ってます。一匹は俺が名前を付けましたが、
残りの二匹は子供達に任せました何か言われたら相談に乗ってあげ
るか、もう既に決めてあるのなら聞いてあげて下さい﹂
俺は子供達の方を向き、目線を合せる。
﹁皆にワンちゃんの事言ってあげたからね、困った事があったら、
俺か誰か大人の人に聞いてね。あと怒らせるようなことしたら齧ら
れちゃうからした駄目だよ﹂
﹁﹁﹁はーい﹂﹂﹂
﹁んじゃ食事にしましょう﹂
その日、俺はこっちの世界で、生まれて初めて海魚を食べた。ア
ジの開きを白いご飯と醤油で食いたいな。後で買って来るかな。
閑話
昼頃・昼食の準備をする女性達
﹁ねぇ、あの魔王様って魔王って感じがしないわよね﹂
﹁そう思うわよね? 私もよ?﹂
﹁私も﹂
﹁皆の事を思って動いてくれてるみたいだし、この鉄板もわざわざ
転移魔法陣と私財で買って来たんでしょう?﹂
﹁もう少し多く買ってくればいいのに﹂
﹁運べるのに限界があるって話よ? だから私達は門みたいなので
771
来たんじゃない﹂
﹁まぁ、食事が出て鞭が飛ばないだけマシかしら?﹂
﹁子供達にも優しいし、その辺の男共だって子供と目を合わせて喋
ったり、子供に言い聞かせる様な話し方しないわよ。それに気分が
悪くなったら無理するなとか村でも聞いた事無いわよ﹂
﹁ソレは私も思ったわ、なんでこんな風に私達を扱うのかしら?﹂
﹁本人に聞いて見たらどう?﹂
﹁怖くて聞けないわよ﹂
﹁答えてくれるかもしれないわよ?﹂
﹁私聞いて見ようかしら﹂
□
﹁え? 無理されて病気やケガをしたら、その分人手がなくなり、
周りの人がその分辛くなりますし、あと自分がやられて嫌だと思う
事はしないって決めてますから。子供に優しくするのは当たり前じ
ゃないんですか? いくら疲れてても、どんなに辛くても子供に当
たるのは間違いだと思うんですよね。自分も娘と息子がいるんでそ
の辺の気持ちは良くわるつもりです。まぁ、誰かに何かやられたら、
全力でやり返すくらいの力はあるので魔王に成っちゃいました﹂
□
﹁だって﹂
﹁その辺の貴族様や、男共より器がでかいじゃないの、なんで人族
じゃないのかしら?﹂
﹁そうよねー、魔王様に成るくらいだから、それなりに強いんでし
ょう? 側室にでもしてもらおうかしら?﹂
﹁止めときなさいよ、子供が二人も要るって事は、それなりに夫婦
の仲が良いって事でしょう?﹂
772
﹁そうよねー﹂
﹁けど優しいだけじゃないってわかったじゃない。やられたら全力
でやり返すんでしょう? 執念深いかもしれないわよ?﹂
﹁けどそれを差し引いても優しいわよね﹂
﹁そうよねー、あんな旦那欲しいわー。この島の男にも魔王様みた
いなのいないかしら﹂
﹁妥協も大切よ﹂
﹁けど、今日帰ってきたら狼を三匹も手なずけて帰って来たわよ?
なにしたのかしら?﹂
﹁懐かれたって言ってたわよね? 本当何をしたのかしら、わから
ない魔王様ねぇ﹂
とりあえず女性陣には、優しいって事はわかって貰えたみたいで
す。
773
第52話 犬を助けた時の事︵後書き︶
狼の成犬って懐くんでしょうか?
子犬からならなんとなく懐きそうですがね、まぁご都合主義って事
でよろしくお願いします。
774
第53話 なんか見た事が有る様な精霊さんや魔物さんが居た時
の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
775
第53話 なんか見た事が有る様な精霊さんや魔物さんが居た時
の事
朝のミーティングも終わり﹁今日も怪我のない様にお願いします、
あと先ほど手を上げてくれた方は、狼煙の作り方を教えるので少し
だけ残ってください﹂で終わらせ、今日も探索をしようとしていた
ら、子供達から声を掛けられた。
﹁まおーさま、ちょっといいですか?﹂
﹁ん? なんだい?﹂
目線を合わせ、聞く事にした。
﹁ワンちゃんの名前きまりました﹂
﹁おー偉いね、皆でちゃんと決められたんだ﹂
﹁はい! 二匹とも女の子だって大人の人が言ってたから、女の子
の名前を付けてあげたんです﹂
﹁偉いねー、どんな名前なんだい?﹂
﹁ターニャとソーニャです﹂
ロシア語かよ、しかも両方ある意味すげぇ有名じゃねぇか。なに
?焼きそばパンでも作ればいいの?赤い鈴蘭をガラスで作れば良い
の?ヴォルフもロシア圏に改名するかな?
﹁可愛い名前だね﹂
﹁うん!﹂
﹁じゃぁ、皆と仲良くできる様に、後で大人の人に紹介しないとね﹂
﹁はーい、じゃあ今日も遊んできます!﹂
﹁気を付けてね、じゃぁターニャにソーニャ。子供達を頼んだよ﹂
﹁ワォン!﹂﹁ワフン﹂
そう鳴くと、湾周辺に子供達と走って行った。
﹁じゃぁヴォルフは俺と一緒な﹂
そう言うと、お座り状態から立ち上がり付いて来る。物凄く賢い
な。
776
﹁狼煙って言うのは簡単です。生の木や、葉っぱを燃やせば白い煙
が出ます。効率良く燃やすには、まず木の棒三本で小さなテントを
作って、真ん中あたりに木の枝で枠を作って、その上に枯れ木や枯
葉を乗せ、その上に生木や葉を乗せます。雨が降っても良い様に、
更に大きな葉っぱで包んでやれば安心です。そして、そのテントの
下に、火を近づければ自然と火は上に行くので、強い火力で生木や
葉っぱが燃えるんです、一回やって見せますので覚えてください﹂
そう言って、その辺に転がってる細い流木と、椰子の木の葉っぱ
を使って組み上げ、岬付近に生えている低木を適当に切り、小さな
︻火︼を指先から出して、簡単に火を付けると、どんどん燃え広が
り、生木から白い煙が出る。
﹁煙が足りない場合は生木を足して下さい。枯れ木が多いと、炎だ
けになってしまって狼煙になりません﹂
﹁わかりました﹂
﹁じゃぁ、暇かと思いますが根気との戦いです。貨物船が見えたら
お願いします﹂
そして俺は探索に戻る。
今日は魔王城跡地方面ではなく、海岸線を探索だ。
海岸線を歩いてる途中で、ヴォルフに話しかけてみた。
﹁なぁヴォルフ? お前もターニャとかソーニャみたいな響きの名
前が良かったか?﹂
﹁クーン﹂
﹁ヴォルフの方が良いか?﹂
﹁ワォン!﹂
﹁そうかそうか、じゃぁヴォルフのままなー﹂
そう言うと、足元を前足でカリカリして来るので、頭を撫でてや
った。まったく可愛いな。
しばらく歩くと、品種はわからないが椰子の木や実を発見した。
777
天然のスポーツドリンク発見。風邪引いた奴が出てきたら取りに来
るか。
樹液を煮詰めて、試しに砂糖でも作ってみるか。後は葉っぱを使
用して、落下式塩田も試作だな、これで砂糖と塩はどうにかなるな。
そして二時間くらい歩いただろうか、特に代わり映えしない水平
線と、遠浅な波打ち際を見つめる。
﹁んー、これじゃ大型船が接岸できないな、港を作るとしたら丸く
窪んでるところしかないか﹂
そう独り言をつぶやきながら、その辺にたくさん生えてる椰子の
木から実を取り、上の方だけ鉈で斬り落として、半分自分で飲んで
からヴォルフに水分を与え、熟してないバナナを齧る。
漂流物に使える物もなかったしな、一応ココナッツミルクとオイ
ルも取れるか?けどアレは別の品種だったきがするな。探せば有る
かな?
そう思っていたら、遠くの方から声が聞こえた気がした。辺りを
見回しても人影はない。
﹁おーい﹂
気のせいじゃないな。
なんか遠くの方で、木が一本だけ不自然に揺れている。ってかう
ねうねしている。
俺は少しだけ速めに歩き、近寄る事にした。
﹁ヤッホー、初めまして。久しぶりに言葉を発したわ﹂
目の前には、セクシー大根ならぬセクシー樹木が言葉を発してい
る。腰っぽい所に布を巻いたら、逆にエロくなりそうだな。
﹁あー、初めまして。大陸共通語話せるんですね﹂
﹁当たり前です、その辺に私の家族がいますからね。人族や魔族と
意思疎通とか出来るんですよ﹂
なんか少し偉そうにしている木がいる。
﹁あ、申し遅れました、私パルマと言います﹂
778
﹁あ、俺はカームって言います﹂
﹁君⋮⋮、また新しく来た魔王さんよね?﹂
﹁まぁ⋮⋮そうですね﹂
﹁よかったー、今度は優しそうな魔族さんで。この前の魔王はヤな
奴だったから、声もかけなかったのよ﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
﹁人族にも優しくしてるし、君になら話しかけても良いかなーって
思ってね﹂
﹁はぁ、あのー何が言いたいんですか?﹂
﹁なんか面白そうだから、私も仲間に入れてよ﹂
﹁簡単に言いますけど、具体的にどうするんですか? 動けないじ
ゃないですか﹂
﹁んーそこに転がってる、芽が少し出てる実を持ち帰って、カーム
君の近くに植えて欲しいの、そうすれば色々土とか木に関してアド
バイスできるわよ﹂
﹁これですか?﹂
そう言って二十センチメートルくらい芽が出てる、椰子の実を持ち
上げる。
﹁そうそう、少し離れてー﹂
言われた通りにしたら、芽から声が聞こえはじめる。
﹁これが家族を通して見てたって意味よ、どう? すごいでしょ﹂
﹁俺の村にもビルケってドリアードがいましたし。まぁ魔法の先生
でしたけど﹂
﹁ビルケと知り合いなの? なら話は早いわ、あの子動けないのに
いろんな所に顔を出すでしょ?﹂
﹁えぇ、鉢植えがいきなり動いて、色々な所で喋り出したりしてま
すね﹂
﹁それと一緒、私の場合その辺の実とその辺木って訳。島のあちこ
ちに今じゃ生えてるわよ、まぁビルケの場合は、枝を切ってその辺
に植えてしばらくすれば良いんだけどね﹂
779
はじめて知ったわ、挿し木で増えるんかよ。
﹁魔力とか高ければ、並列思考が出来て、何か所か同時に動けるわ
よー、ほら﹂
そう言うと、少し離れたセクシーな木が動きながら﹁おーい﹂と
言っている。
﹁ね?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁だから皆のところに連れてよ、お・ね・が・い﹂
﹁実の方でそう言う風に言われても、どうにもならないんですけど﹂
﹁じゃぁ本体の方に来なさいよ! 悩殺してあげるから﹂
﹁嫁と子供がいるんで結構です﹂
そんなやり取りをしつつ、実を持って歩いていると﹁止まって﹂
と言われ足を止めた。
﹁何ですか?﹂
﹁ここから森の方に見える、赤い目立つ花が見えるでしょう?﹂
あのハイビスカスっぽいのか?
﹁あーありますね﹂
﹁アレね、アルラウネなの﹂
﹁はぁ⋮⋮友達なんですか?﹂
﹁そう、だからちょっと話しをさせてほしいの﹂
﹁はいはい﹂
そう言いながら少し森の方に移動する、そうすると花弁から女性
の上半身が現れ、言葉を発する。
﹁パルマじゃない、どうしたのこの子?﹂
﹁この島に来た新しい魔王さん﹂
﹁あら、今度は普通なのね﹂
﹁⋮⋮どうも﹂
﹁私ね、この子のお世話になるの﹂
780
﹁なんでよ、良い事とかなさそうじゃない﹂
﹁遠くから見てたけど優しそうな魔族よ? 多分世話もしてくれる
わ。フルールも来ない?﹂
﹁んー﹂
そう唸ってるところにヴォルフが近づき、辺りの臭いを嗅ぎマー
キングを始めた。
﹁キャー! なにしてんのよこの狼! サイテー﹂
あー、やっぱり狼でしたか。
﹁あの? 来ます?﹂
﹁責任取りなさいよね!﹂
﹁あー、はい。ヴォルフが粗相をしてすみませんでした。どうすれ
ばいいですか?﹂
﹁そうねぇ、この子はまだ若いから、周りの土を掘って、根を痛め
ない様にして水捌けの良い土でお願い。この子が元気が無くなった
ら一応忠告しに出て来るけど、優しく扱いなさいよ﹂
﹁あー、はい﹂
自力で動けない魔族だか、精霊だかが二種増えました。
早速仮拠点に戻り、開墾して倒れてる生木を少し魔法で輪切りに
して、中をくり抜き鉢植えみたいにしてやった。
﹁あら、なかなか気が利くじゃない﹂
﹁そうね、これなら持ち運びできるわね﹂
﹁﹁大きく成ったら植え替えよろしくね﹂﹂
﹁はいはい﹂
﹁魔王様少し相談が⋮⋮うわぁ! 花と実が喋ってる!﹂
見られました。まぁ、昼頃に紹介するつもりだったから良いけど。
昼食が終わって、休んでる時に皆にも訳を話す事にした。
﹁えー、今日の探索中に精霊なのか妖精なのか魔族なのかわかりま
せんが、ドリアードとアルラウネの知り合いになったので、その眷
781
属だか家族だか子供だかはわかりませんが、自分の種や実で増えた
物なら並行思考できるらしいです﹂
並行思考って言ってわかるかな?
﹁よろしくお願いします﹂
﹁よろしくねー﹂
実と花は、器用に女性の上半身を作り喋り出す。皆がざわつき始
めたので話を続ける。
﹁えー、このパルマさんとフルールさんの話しでは、土や植物に対
して相談に乗ってくれるらしいので、今後わからない事があったら
話しかけてください、そうすれば反応して意識をこっちに持って来
て、話しをしてくれるみたいです﹂
﹁あの、襲われたりしないんですか?﹂
﹁この体じゃ何も出来ないわよ?﹂
﹁そうよねー﹂
﹁本体なら兎も角、これじゃ何もできないわ﹂
﹁そうよねー﹂
﹁だそうです。その辺に生えてる同じような花や、椰子の木は同種
と思われますので、丁寧に扱ってほしいそうです﹂
﹁踏んだら怒るわよ﹂
﹁この島の椰子の木は、ほとんど私の家族なので声をかけてくれれ
ば、木に登らなくても実を落としますよ﹂
﹁だそうです﹂
﹁じゃあ、やってみてー﹂
そう言って、好奇心に負けた子供の一人が近くに有る椰子の木ま
で走って行き﹁一つください!﹂と元気に言うと﹁危ないから離れ
てねー﹂と言われ、十歩ほど離れたら、実が一個落ちて来た。
﹁ね? あれも私でしょ?﹂
足元に有る鉢植えが喋り出す。
﹁けど、あまりとられちゃうと私が増えなくなっちゃうから、絶対
二個くらい残してね。まぁ、二個になったら落とさないけど﹂
782
﹁すこし良いですか、パルマさん?﹂
﹁なーに?﹂
﹁樹液を煮詰めると砂糖に成るって聞いたんですけど、協力してく
れます?﹂
砂糖と聞いて人族がどよめく。﹁砂糖?﹂﹁砂糖って聞こえたよ
な?﹂
﹁具体的に言うと?﹂
﹁葉っぱを途中で切って、ソコから出てくる樹液です﹂
﹁あーアレね、少し弱っちゃうのよねー、見返りが欲しいわ。具体
的に言うと定期的に魔力と・か?﹂
﹁それって、具体的にどうすればいいんですか?﹂
﹁んーそうねぇ⋮⋮せー﹁はいストップ!﹂
なんか危なそうなので止めて置いた。近くに子供もいるし。
﹁じゃあ、樹液を取ってる子に魔力を含んだ水を与えてあげて﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁魔王様がさっそく言いなりになってるぞ﹂﹁やっぱり自分で言っ
てた通り、威厳が無いんだな﹂
聞こえてるって。
﹁魔力を含んだ水って、これで良いですか?﹂
そう言って指先に︻水球︼を出して、鉢植えにパチャンと落とし、
土に染み込ませる。
﹁あ、あぁ、すごい、ナニこれ。どんどん中に染み込んでいぐー!﹂
小さい女性の上半身が、両手を頬に手を当ててくねくね動く。
﹁え!? 嘘? 私にもちょうだい!﹂
パシャン。
﹁ん、んーーー。ぅん。しゅ、しゅごぃー。葉っぱ、葉っぱにもち
ょうだいよー﹂
仕方がないので葉にも掛けてやるが、なんかエロい。子供に悪影
響なので、朝一か夜中にやろう。
783
﹁俺、なんかムラムラしてきたぞ﹂﹁俺もだ﹂
んー男性陣にも悪影響だったか。男性陣の性欲処理関係も、一応
視野に入れておかないと、間違いが起こる可能性があるな。この辺
は夜にでも言っておくか。
そんな事を考えてたら、狼煙が上がるのが見えた。俺は皆に﹁ま
だ休んでていいですから﹂と言って、全力で岬まで走り﹁どこです
か!﹂と見張りに声をかけ﹁アレです!﹂と言って指を指した方を
見る。
﹁確かに船は通るな、けどこっちに回頭する様子は見えませんね﹂
﹁ですね、この煙なら見えてもいいはずなんですけど﹂
﹁仕方ない、根気良く三日に一回見張ってて、船が見えたら狼煙を
上げましょう、そうすれば、遭難者がいるかもと思って、こっちに
来てくれるかもしれませんからね﹂
﹁ですね、諦めずに狼煙を上げましょう﹂
﹁皆には悪いけど、寝具はしばらく待ってもらうしかないですね﹂
﹁地下牢に比べたら天国なので、俺は平気ですけどね﹂
﹁子供が可哀想ですからね、子供の分だけでも確保したいですね、
最悪船員の分を譲ってもらいますよ﹂
﹁魔王様って優しいんですね﹂
﹁俺だって二児の父ですからね。まぁ、根気良く行きましょう。そ
れまでに、何か交換できそうな物を蓄えておいて損はないです、と
りあえず夕方までお願いします﹂
﹁わかました﹂
夕方になり、食事は相変わらず肉と魚と野草だった。この辺もど
うにかさせてやりたいな。
皆が食べ終わった頃に話を切り出す。
﹁えー、お話があります。ちょっと難しい話しなので、子供達はタ
784
ーニャとソーニャ達と遊んでてねー﹂
﹁﹁﹁はーい﹂﹂﹂
素直で良い子だな。
﹁えー、子供がいない内に話しますが、昼にパルマさんとフルール
さんの事を見て、興奮していた男性がいますが、ごくごく当たり前
の生理現象だと思います﹂
男性陣の大半が、恥ずかしそうに下を向いている。まぁ、あんな
の見せられたらキちゃうわな。
﹁それでですね、事故を防ぐためにお互いが合意したのなら、常識
の範囲内であれば特に問題なしと言う事で許可します。元々禁止し
てませんでしたけどね﹂
男性陣や女性陣が騒めく。
﹁はいはいお静かに。人口が少ないとはいえ、秩序は必要です。問
題としては、なるべく子供に見られない様にする事と、お互いが合
意してない場合です。前者は⋮⋮まぁ、遅かれ早かれ知る事になる
ので、注意してもらいたいんですが。問題は後者です。無理矢理だ
ったり、強要したりした場合は、何かしらの罰を与えます。罰はま
だ考えてませんが、死なない程度にしたいと思っています﹂
人族達は、俺の話しを静かに聞いてるので、続ける事にする。
﹁男性だけじゃないですよ? 女性が男性に無理矢理って場合もあ
りますからね。たとえばそこにいる、少し細くて可愛い感じの男性
に欲情しちゃって、我慢できずに襲っちゃう女性とかいるかもしれ
ません。まぁ、この辺は皆さんの良心を信じたいと思います。まだ
生活が安定してません、しても良いですが﹃今日は当たりそう、当
たるかも﹄と思う場合は、女性から必ず拒否してください。生むな
とは言いませんが、生まれてくる子供が、今の環境だと少しだけ可
哀想です。子供はもう少し豊かになってからにして欲しいです、以
上です。あ、場所は空家をお互い話し合って使うか、森の浅いとこ
ろか、岬辺りでお願いします。見られて興奮するって方もいると思
785
います。それを見て処理したいって方も居ると思います。けど見た
方が不快になる場合もあるので、その辺は考えてください。あと大
声を出すと、色々な意味で寝れない方も出てきますので、声はなる
べく抑えて下さい﹂
うん、声が大きいと本当に迷惑だからな。
﹁森の深いところに行って、魔物や動物に襲われても責任はとれま
せんからね? あと子供に手を出すなよ? 出したら男女関係無く
引き千切れるところを引きちぎるからな? 以上です﹂
最後だけ声を低くして、脅す様に一応言っておいた。
言い終るとザワザワと話し合いを始め、何人かが既に手を繋いで
いたり、男性陣が話し合いをしている。
まぁ、空家はまだあるから一日数組はどうにかなるだろう。
問題起こされる前に、その辺はどうにかしておいた方が良いしな。
複数と関係を持って、病気とかになったらどうしようか?
んー、けど今は犯罪をさせない事に目を向けないと、流石に不味
いしなー。あと女性も男性より少ないからなー。男性が同性愛に走
らない事を祈るしかないな。流石に子供に手を出すとか、マジでな
いよな?
明日は塩作りの方法と、樹液から砂糖の生成だな。この辺は女性
にやらせて、俺は開墾の手伝いをするか。
閑話
綺麗な精霊や魔物に憧れて?
﹁なぁ、魔王様の持って来た実って、やっぱりあの精霊のドリアー
ドだよな?﹂
786
﹁だよな? しかも花の方はアルラウネって魔物だろ? この島は
どうなってるんだ?﹂
﹁わからねぇよ、代々魔王が住み着いて、何かしようとして勇者に
滅ぼされての繰り返しだろ? やっぱり戦闘中魔力とか漏れて、周
りに影響とか出るのかもしれねぇぞ﹂
﹁それか長く生きて命が宿ったか。だな﹂
﹁そうかもしれねぇな。あの牢屋に比べてかなりマシだけどよ、魔
王とか、綺麗な魔物とか精霊様がいたらどうしていいかわからなく
なるぜ﹂
﹁確かに、あのフルールって魔物は綺麗だったな。本体に会いに行
けば相手にしてくれんのかな?﹂
﹁おまえ、御伽話みたいなのを信じてるのかよ﹂
﹁でもよ、綺麗な女の格好で男を誘うって良く言うじゃねぇか、俺
のジーちゃんだって子供の頃良く話してたぜ?﹃ありゃいい女だっ
た﹄って﹂
﹁孫が小さい時に、そんな事話すジーさんって最悪だな﹂
﹁でも、あんな小さな花でもわかるくらい綺麗だっただろ?﹂
﹁どっちかに交渉してみろよ、死なない程度には相手にしてくれる
かもしれねぇぞ? あんな声出すんだ、どう考えたっていい女だぜ、
ありゃ﹂
﹁へへへ、そうかもな﹂
□
︵⋮⋮だって。まったくもう、人族の雄ったら下品なんだから、聞
こえてるわよって大声で言ったらどうなるかしら?︶
︵止めておきなさいよ、魔力で作った水じゃなくて、あっちの方を
掛けられるかもしれないじゃない! コレだと出せる体が小さいん
だから、相手出来ないわよ?︶
︵⋮⋮そうね、ココじゃカーム君の魔力水で我慢しましょうか︶
787
︵カピカピになって枯れるのも、嫌な死に方よねー︶
︵そうね。まぁ、まだストックはいっぱいあるし、ここの島じゃな
いところにもいるから、最悪そっちをメインにしちゃうから良いけ
どね︶
︵私も種を鳥に食べさせたり、前の魔王に酷使されてた人間が助け
られる時に、綺麗だからって理由で連れてかれた子もいるから、こ
の島が沈んでも平気よ︶
︵けど一番すごいのはマタンゴよね︶
︵あー、山一つ全部自分の菌糸で埋め尽くして、その山ならどこに
でも出る事が出来るって奴ね、大陸に行った子から聞いたわ、アレ
は真似できないわ︶
︵私もよ︶
︵けどカームの魔力水は、根腐れしてでも浴びたいわ︶
︵あ、わかるわかる。カーム君のはなんか質が良いのよねー︶
︵ねー︶
788
第53話 なんか見た事が有る様な精霊さんや魔物さんが居た時
の事︵後書き︶
狼の名前はどこかで聞いたとき有る?
まぁかなり有名ですからね。
人族の子供が付けた女の子の名前と言う事で。不味いなら変更しま
す。
あーあの時ガラス製の赤い鈴蘭欲しかったんだよな・・・
え?ターニャって言ったら赤い鈴蘭でしょう?
789
第54話 甘味的な何かを作った後に引かれた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
チェーンソーが出てきますが適当です。某アニメのような砂鉄ブレ
ードとかどうやってるのか不明です
20160609修正
790
第54話 甘味的な何かを作った後に引かれた時の事
今日は俺も開墾の手伝いだ。ウインドカッターじゃ背の低い雑草
や低木は切れるが、木は無理だった。物質の硬度とか有るのだろう
か?どうやっても薄い刃で切り付けた様な跡が付くだけだ。
なのでチェーンソーのような、楕円形の薄いガイドバーを作り、
魔力のコストを下げるために摩耗に強いダイアモンドとかではなく、
ルビーやサファイア辺りで試してみる。
トッププレートは少し高めの三ミリメートルで、鋭角ではなく鈍
角にして、一応欠けない様に配慮し、アサリも刃の厚さから左右一
ミリメートル程度広くして、熱を持たない様にさせて、それを手の
先にに浮かせ、高速回転させながら受け口と追い口を作り、楔を打
ち込み倒して行く。モーター音もエンジン音も聞こえず、木を削り
取って行き、ババババババババとチップが飛ぶ音だけが鳴る。静か
でいいね。気分は手刀で何でも切っちゃう系男子。
決められた範囲を手前から切ったら、初日に地面を隆起させ根っ
子を無理矢理起こし、俺が指定した場所に山積にさせて置く。
後でこの間見つけた沼から水路を引き生活用水とまではいかない
が洗濯や体を洗ったりできるようにしたいと思っている。
その水で土を洗い流し炭焼き小屋を後で作り根っ子を無造作に投げ
込み全部炭にしてしまおうと言う浅はかな考えだ。
根っ子をその掘り起こして綺麗にして乾燥させた奴を薪代わりに薪
ストーブに入れていたのをTVで見た時が有るからたぶん炭にもな
ると思う。まぁその内焼きレンガを作って小屋をチマチマ作ってか
ら炭作りも再開だな。
これも交易品に成ってほしいと思っている。
791
そろそろ10時か、休憩させるかな。
﹁朝飯と昼飯の間なので少し休憩してください。少し他の場所も周
ってきますね﹂
そう言って他の場所も見て回る。
ちなみにチェーンソーモドキは、とりあえず数本切ったが熱も持
ってないし、歯の欠けもない。とりあえず手前から奥に倒す様に横
移動して行き、開墾組の皆で枝打ちをさせ、一列終わったら、また
一本目に戻り、手ごろな大きさに切って皆に運ばせ、斧で割っても
らい、使ってない家を仮薪小屋として使用すると言う事に決まった。
もう一つの家は、肉や魚が腐らない様に燻煙室にした。血抜きを
して内臓を取った獲物を枝肉にしてから、部分肉に分けて、海水で
綺麗に洗って吊るし。一日中炙っている冷燻という物だ。本当は一
ヶ月以上かけて乾燥させるんだが、今日が初日なのでどうしようも
ない。適当に燃えない様に木を燻らせて、家中を煙で充満させるだ
けだから、適当に見て火が消えてたら、再点火みたいな形を取って
るだけで良い。少し触ってみたが表面が少し乾いてただけだ。まぁ
これで少しは日持ちするが肉類がなくなったら半乾きの肉を調理す
るしかないな。
塩が作れれば塩漬けとか、ソーセージにしても良いんだけどな。
香辛料は何か野草班に代理品を見つけてもらうしかない。
ちはみにチップはフルールさんと相談して、癖の強く無い木を教
えてもらい使用している。ちなみに煙の中に入っても目が痛くない
し、むせないすげぇ木だった。
桜があれば香りも問題ないんだけどな。ちなみに煙の効果で防虫
抗菌処理もされるから長期保存が効く。まぁ、木材みたいにカチカ
チになるのが難点だけどな。
冷燻は肉の水分量がかなり減って、長期保存に適してるけど時間
792
がかかる。部分肉や枝肉みたいに、大きいのを乾燥させるのに適し
ている。大きいと乾燥する前に痛んじゃうからね。
温燻は冷燻ほど日持ちがしないが、少し柔らかいのでビーフジャ
ーキーみたいな物にはちょうどいい。これは薄切りにして塩漬けし
て五日から七日干してから煙で炙る。
網とかがあればこっちにするんだけど、一頭分を薄切りにして乾
かせる物がないので諦めた。
熱燻は高熱で処理しつつ香りを付けるので、その日の内に食すの
が好ましいからこれは却下した。これはバーベーキューとか、そう
言う時にした方が良い。
ちなみに子供達の仕事も作り、パルマさん監修の下、樹液をカッ
プで集めて鍋に集め、煮込んでいる。
鉢植えフルールさんが子守をしている﹁もう少し火を弱く、焦げ
付かない様に下の方からかき混ぜて、汗かいたらパルマから実をも
らって来て飲みなさい﹂と口を出している。むしろ口しか出せない。
﹁疲れたら大人の人に言って、代わってもらうんだよ﹂
﹁﹁はーい﹂﹂﹁うん﹂
比較的山仕事に慣れてない女性の為に、少し大き目の箱を一本の
木から作れないので、大き目の木をくり抜き、その中に木をA型に
組み、椰子の葉を真ん中から割き、何本も組んだ木に下からひっか
けていき、綺麗な海水を汲んできて、上から掛けるという作業を繰
り返してもらって、海の水より物凄くしょっぱくなったら鍋で煮詰
めてもらい、塩にしてもらう事にした。
﹁こうやって作るんですか?﹂
﹁葉っぱが日の光で温まって、水が蒸発する様になってるんですよ。
そうすると葉っぱに塩が付いて、その付いた塩が、また海水を掛け
られて溶けて下に落ちる。それを続けます。かけ続けて海水が減っ
てきて、物凄くしょっぱくなってきてから煮た方が、効率的ですか
らね。水が重いと思ったら半分に減らして、あとは十分休みながら
793
お願いします。後で交代要員を回しますから﹂
落下式田塩って規模ではないが、とりあえずは塩の作成も、今の
人数分はどうにかなりそうだ。
休憩が終わり、少し伐採の作業をしていたら、子供が一人近づい
て来た。
﹁まおうさまー砂糖できたよー﹂
﹁おーそうか、試しにこの砂糖でお菓子作ってあげるからね﹂
﹁え? お菓子!? ヤッター!﹂
﹁あと危ないから、俺に何か用事が有ったら近くの大人に言ってね﹂
チェーンソーモドキで切ったら洒落にならない。一応周りの確認
はしてるし、近づかない様には言ってあるけど、事故がゼロになる
って事はまずありえない。
俺は倒した木を輪切りにして、根っ子を魔法で起こしたら菓子作
りに入る。
﹁すみません、俺ちょっと試したい事が有るんで任せて良いですか
?後はこの小さくなった丸太を運んで斧で割って薪小屋に入れるだ
けですから﹂
﹁わかってますよ、菓子楽しみにしてますからね﹂
そう言われ子供達の所に向かう事にした。
んーこれくらいなら砂糖になるかな。
出来た砂糖を少し舐め、そう思いつつ今できそうな菓子を頭に思
い浮かべる。
俺はパルマさんに実を一つ落としてもらい、ココナッツミルクを
取り出し、小麦粉とパームシュガーと塩を混ぜ、簡単なクッキーを
作る事にした。調理器具は仮拠点の1つを燻煙小屋にするのに掃除
したら、以外に出てきたので、有る物は有効利用させてもらう。多
分他の家にも有ると思う。釜戸もあったし。
794
バターとが無いが、ココナッツミルクに油脂が少し有るからどう
にかなるだろう。
ココナッツミルクにパームシュガーを入れて、小麦粉を少しづつ
入れ練って行き、ペタペタしてきたら、絞り袋に入れて絞り出した
いけど、無いので細長くして魔法で凍らせ、適度な厚さに切って焦
げ付かない様に獣油を鉄板に塗って、釜戸の手前の薪をずらして低
温で二十分焼いて見る。
途中から子供が後ろで見ているが、最初の一口は絶対譲れない、
生焼けだったり不味かったら子供達が悲しむ。だって塗った油が獣
脂だもん。クッキングシートが欲しいわー。
うん、まぁまぁ。
そう思い、後ろに居た子供達に一枚づつ渡していく。皆お行儀良
く待っている。あー﹁食べていいよ﹂って言うのを待っているのだ
ろうか?
﹁食べていいよ﹂
そう言ったら一生懸命頬張り、飲み込むのが惜しそうにしながら
十分に味わい飲み込んでいく。
奴隷になった頃からって考え、お菓子なんかどのくらい食べてな
いのかわからないが、子供に不幸はさせたくないな。もしかしたら、
奴隷になる前からかもしれない。そう考えると涙が出そうになる。
俺も休日を決めて村に戻ってやらないと、子供が拗ねると思うか
らかえらないと、
スズランとラッテも多分怒ると思う。
なんか出張中の旦那な気分だ。
そう思っていたらまだ飲み込んでいない子が﹁おいひいー﹂と頬
張りながら喋っている。
795
﹁こらこら、口に食べ物を入れたまま喋っちゃ駄目だよ﹂
モグモグと更に咀嚼してから飲み込む。
﹁まおーさますごーい。おかしも作れるんだ!﹂
﹁まぁね、このご褒美は大人には内緒ね、これから大人にも配るけ
ど、その時にもう一回あげるからね﹂
﹁﹁﹁はーい﹂﹂﹂
﹁私も子供達に、危険がないか見てあげてたんだけど?﹂
﹁はいはい﹂
そういいながら︻水球︼で水を与える。
昨日の夜に、注意はしていたから変な声は上げないが、我慢して
プルプルしている。そんな感じのプレイに見えなくはないが、そん
な気分になる。子供にはまだわからないだろう。ついでに、樹液を
出してもらってる木にも水を与えた。
クッキーは、昼食の時か三時頃の休みにでも配るかな。
落下式塩田︵仮︶にも顔を出しに行ったが、一応言った通り海水
を一定時間事に葉っぱに掛けて、随分海水が減っている。
﹁お疲れ様です、どうですか?﹂
﹁えぇ、だいぶ減って来たので、そろそろ鍋で煮込んでも良いかも
しれません。物凄くしょっぱいですし﹂
﹁じゃぁ、ここに簡単な釜戸作っちゃいますね、少し待っててくだ
さい﹂
そう言って、開墾中の場所の赤土を持って来て、砂を混ぜ水を入
れ練り、魔法で地面を水平にして、子供が遊びで作る山みたいなの
を作り中を空洞にして、上に鍋を乗せ水平になったら温風で乾燥さ
せ、中で火を焚き強度を出す。
濃くなった海水を煮詰め、更に水が減り、塩が結晶化して浮いた
り沈んだりしている。それを掬い、天日で乾燥させ出来上がり。少
し結晶が大きいが、まぁどうにかなるだろう。
﹁んー、角がなくて少し甘いか? これならココナッツウォーター
796
に混ぜて飲ませれば経口補水液になるな﹂
﹁塩なのに甘いんですか? けいこうほすいえき?﹂
﹁ん? あぁ、海の場所や作り方によって、辛かったり甘かったり
するんですよ。少し舐めてみてください。あと経口補水液は、普通
に水を飲むよりも早く体に吸収されるので、熱くて倒れたりした時
に飲ませると、水よりは良いって飲み物です﹂
これくらい大雑把な説明でも平気だろう。
﹁博識なんですね。塩の方は⋮⋮んー? 大陸で舐めてた物より、
確かにほのかに甘い気がします﹂
﹁まぁ、塩も食べ物みたいに味が違うし、環境でも変わりますから
ね、今日はこれを皆に舐めさせ、問題無ければ大量に作って交易品
にしてみましょう、そろそろ昼なので家の方に戻りますか﹂
そう言いながら拠点に戻ると、まだ代わり映えのしない食事だが、
ないよりはマシだよな。
そうして狩、漁、採集組も戻って来てたので、出来上がったクッ
キーと塩を配り皆の意見を聞く。
﹁あぁ、久しぶりの甘い物だ﹂
﹁んー久しぶりに甘い物も良いな。本当に出来るとは思わなかった
けどな﹂
﹁そうねぇ、本当に砂糖が出来るとは思わなかったわ﹂
﹁これ私が作ったクッキーより美味しいんだけど、女としての威厳
が!﹂
﹁魔王様って本当にマメねぇ﹂
反応は様々だ。﹁不味い﹂って意見がないだけ助かるな。
塩の方は﹁うん、塩だな﹂﹁塩だ﹂で終わったのが少し悔しかっ
た。
のりめん
午後だが、俺は沼の方から水を引く為に、仮拠点の近くに一カ所
だけ少し深くした、水が溜まる場所を作り安全の為法面も作る。排
797
水先は湾内に流れる様にしておいた。
黒土内のミネラルとか微生物が、魚に良い方に影響するかもしれ
ないからな。最初は茶色い水がムワーって広がるかもしれないけど。
洗濯とかで水質汚染とか酷くなったら、別に洗濯所を作ってそっ
ちはとりあえず、湾外に流す様にすればいいんだし。
ソコから沼の場所まで地面を魔法で沈下させながら歩く、本当は
堤防敷とかも有った方が良いのかもしれないが、その辺は後日やる
つもりだ。水路の深さは一メートルくらい、両幅二メートルで三十
度程度の法面も付けている。だから水路の幅は最終的に少し広く五
メートルくらいだ、まだ嵐を経験してないが、増水に配慮した作り
にしておかないと不味いからな。ちなみに沼までの邪魔な木は切っ
て、一時的に転がしてある。
法面は後で石でも積んでもらうか、採石所で切り出すしかないな、
後は五百メートル置きくらいにに二メートル角の深さ一メートルの
升を作り、流れる水量が一定になるようにしておく。この辺も強度
的な問題があるから、石材で補強も必要だな。
少し先に元魔王城建設予定地が見える、結構進まないもんだな。
少し根を詰めてしまったが、太陽がそろそろ沈みそうなので急いで
帰る事にした。
◇
今日は皆に指示を出して、昨日の続きを始める。
建設跡地脇まで来たら、小さな人口池みたいな物を作り、将来こ
の跡地に移り住む時の為の計画もしておく。
幸い比較的平地で、木々も少ないので、余ってる平地を適度に使
い、深さもそれなりにして、法面はかなりなだらかにしておくか。
子供が落ちたら大変だからな。
沼の手前百メートルまで来たら沼の掃除だ。まずは小川をせき止
め、上流五十メートルくらいのところにも、升を作っておき、そこ
798
に水も溜めて置く。ぬかるんでる場所を適当に掘り下げ、落ち葉と
泥を一緒に︻水球︼にして、邪魔にならない場所に山にしておく。
多分腐葉土だから、今後の開拓で畑用にでも使えるだろう。
一応この辺が沼の真ん中だろうと、いう場所を探して深くしてあ
る程度完成。
周りに木と落ち葉がなく、中央に向かってなだらかに窪んでいる
とそれらしく見えるな。
ちなみに下半身は既に泥だらけで、ズボンを脱いだら蛭がいたが、
焼いてから回復魔法をかけておいた。アメリカン的なジョークを言
っても良いが、こっちで通じるかどうかだな。
﹁太腿に付いてた蛭の方がでかかったよ﹂ってな。
その後せき止めていた土を退かし、しばらく眺めていたが流石に
水が汚い。まぁ、数週間で綺麗になるだろう。残りの百メートルも
沈下させておくか。
帰り際に魔王城跡地の井戸に行き、水が沸いていたので汲んでみ
るが、かなり綺麗で、そのままでも飲めるので、後で小屋を建てに
来て、水が汚れない努力をしようか。
手押し式ポンプとか有ればいいんだけど、今の俺じゃ作れないし、
召喚された勇者の誰かが作ってるだろう。他人任せ最高だな。
時間も少しあるので、作られた道を使わずに探索目的で帰ったら、
蜂の巣を発見した。
﹁養蜂も良いな﹂
そんな言葉が自然に漏れ、あとでフルールさんと相談してみよう
と思った。
仮拠点に戻ると狼が増えてて、人族がおびえていた。
799
人族からは一定距離を置いて集団で集まっていたが、どう見ても
二十匹はいる。流石に怖いな。
人族は斧や鉈を持った男が前に出ているが、狼の方は相手にして
いない。子供達は泣きそうだ。
﹁見ればわかりますが、どうしてこんな事に!﹂
﹁お、狼が森から沢山出てきまして⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうですか、なんか様子を見ている様な気もするので、俺が
ちょっと前に出てみます﹂
最悪﹃相手が集団で襲ってきたら、エメラルド弾を使わざるを得な
い!﹄そう思った。
そうすると一匹の狼が近づいて来る。
﹁んぁ? ヴォルフか?﹂
あの毛の配色は何度も見てる。
﹁ワォン!﹂
ヴォルフだった。
俺はしゃがみ、適当に話してみる。
﹁どうしたんだあの群れは、友達か?﹂
﹁クーン﹂
﹁友達じゃない? じゃぁお前がリーダーなのか?﹂
﹁ウォン!﹂
﹁じゃぁお前の言う事は皆聞くのか?﹂
﹁ワォン!﹂
﹁そうかそうか、群れを連れて来てくれたんだな﹂
よしよしと頭を撫で、後ろにいた群れに吠えると群れが俺の回り
にやって来た。
流石にこの光景は怖いが、俺の臭いを嗅いだり、足元に首を擦り
付けたりして来る狼がいる。
﹁ターニャ、ソーニャ﹂
800
そう呼びかけると、胸に前足を置いて頬を舐めて来る。
あー、懐いてるのはやっぱりこの二匹か。
俺は人族の方を見るが、まだ怯えている。
しゃーないな。
﹁ヴォルフ、ターニャ、ソーニャ、ごめんな?﹂
﹁ワフン?﹂
そう言ってまた魔力を体から出し、立ち上がり狼の群れを睨みつ
ける。
大半は驚いたように服従のポーズをとっているが、数匹は前顔部
にしわを寄せ今にも襲い掛かろうと、頭を低くしている。最初に出
会った三匹は、俺の横で平気な顔でお座りをしている。多分殺気を
自分達に向けられてないからだろう。
あちゃー少しだけ強い個体がいたか。ってかこの辺の群れをヴォ
ルフが集めて、残った数匹がリーダーって感じか。ランキングが俺
の方が上って教え、狼のリーダーになる方法が早いか。
ごめんな、そう思いつつ服を脱いで左手に巻き付け、俺も笑う様
に歯を見せながら歩み寄り、狼が襲い掛かってきたところを左手に
噛ませ、舌を掴み地面にころがし、右手で首を押さえつけ思い切り
首の皮を握り、噛みつくようなそぶりを見せ﹁ガァ!﹂と言ったら
﹁キャイーン﹂と鳴いたようなので離してやり、他の服従のポーズ
を見せていない狼にも近づき、同じような事をしようとしたら既に
服従してた。
ヴォルフが﹁ほらな、無理だろ?﹂的な目をしていた。
とりあえず俺は、狩り班から許可を貰いまだ解体していない鹿を
貰い、目の前で肝臓を取り出し、軽く手の平の上で魔法で焼いて食
べ、皆にリーダーである事を思い知らせて、残りの狼たちに与えた。
確かリーダーって先に食事するんだよな?そして、栄養のある部
位を食べるんだったような⋮⋮。まぁ、レバーくらいなら少し焼け
ば多分平気だと思いつつ、狼が鹿を平らげるのを見ていた。
そうしたら俺が人族達や狼のリーダーと認められ、俺の方が強い
801
と認識して狼が服従するようになり、森に帰って行った。
﹁いやー、一応躾と言うか、俺がリーダーだと教え込む為だし仕方
ないよねー﹂
血まみれの手と口周りで人族に近づいたのが浅はかだった。少し
水球で洗えばよかったな。
内臓をほぼ生で食って狼を懐かせたと思われ、いままで少しだけ
縮まったかと思った距離が遠くなり、子供も泣きわめいている。
かなりへこんだ。
﹁いや、レバーは手の平で、魔法で焼いてから食べましたよ? こ
れは群れを従わせる為に必要だったんですよ﹂
そう弁解しながら手を洗い、口の回りも洗うが皆信じようとはし
ない。
﹁はぁー⋮⋮怖がらせて申し訳ありませんでした︱︱﹂
そう言いつつ、とぼとぼと自分が使っている家にヴォルフと一緒
に入って行き、ヴォルフに話しかけながらずっと撫でていた。
﹁俺だって皆の前であんな事したくなかったよ、けどさ、今﹁自分
の方が強いんだぞ﹂って示さないと、アイツ等人族達を襲っちゃう
だろ?﹂
﹁クーン﹂
﹁あーあ、皆に怖がられちゃったかな? 子供達泣いてたよ﹂
﹁クーン﹂
﹁きょうの夕食からどうしようか、やっぱり避けられるかな?﹂
﹁クゥーン﹂
そう言うと、頭を膝にこすりつけて来て、前足でカリカリしてき
たので、気を使ってくれてるんだろうか?
﹁ありがとうな﹂
そういいながら撫でてたら、後ろから声を掛けられた。
﹁あ、あの夕食です﹂
﹁あ、はい。今行きます⋮⋮もしかして聞いてました?﹂
802
﹁申し訳ありませんでしたー﹂
﹁あーー、はい。少しだけ遅れます﹂
そう言って女性が家から逃げる様に出て行き、俺は﹁うおーーー
ー﹂と叫びながら床をゴロゴロ転げまわり﹁恥ずかしーー﹂と叫び、
しばらくして立ち上って夕食を食べに行こうとしたら、更に多くの
人族に覗かれてた。
なんか恥ずかしさで死にたくなった。
夕食は皆とかなり離れたところで食べ、いつもより少しだけしょ
っぱかった気がした。
閑話
夕食の為にカームを呼びに来た女性の夜
A﹁あの後さ﹂
B﹁ん?﹂
A﹁魔王様を夕食に呼びに行ったでしょ?﹂
B﹁行ったね﹂
A﹁最初に懐いてた狼、ボルフって言ったっけ? まぁ狼を撫でな
がら話しかけてたんだよ﹂
B﹁うわー﹂
A﹁それを見ちゃってさ、中々話しかけられなくてずっと見てたん
だけど﹁皆に怖がられちゃったかな﹂とか﹁子供達泣いてたな﹂と
か﹁夕食の時どうしよう﹂って狼に愚痴ってたんだよ﹂
B﹁あちゃー心が弱いなー魔王様﹂
A﹁しかも狼の方もなんか悲しそうに鳴いて慰めてる様な感じだっ
たんだよね﹂
C﹁んー確かに見た目怖かったけど良い魔族ってわかってるし、皆
803
少し引いちゃっただけだし、お菓子作りも上手だったし。根はきっ
と良い魔族なんだよ﹂
B﹁そうなんだけどねー﹂
C﹁やけに色々詳しいしさ、正直村で餓えに耐えながら生活してた
頃よりはかなり良い生活だから私は感謝してるんだよ﹂
B﹁私もー。だってまだ一回も叩かれてないし、叩いてるところ見
た事ないよ、むしろ優しすぎるよ﹂
A﹁私達女にも色々考えてくれてるし、気も配ってくれてるし本当
良い魔族なんだけどね。まぁ無かった事にして普通に接してあげま
しょうよ﹂
BC﹁そうね、それが一番よね﹂
804
第54話 甘味的な何かを作った後に引かれた時の事︵後書き︶
交易の為に物資を集めをしていますがなにぶんレートが解らないの
でどのくらいにしようか迷う所です。
この話で蜂の巣も見つけてるのでフルールの力を借りて養蜂もした
いと思っています。
閑話の﹁ボルフ﹂は故意に間違えております、名前をよく覚えてい
なかった人族の会話です。
805
第55話 蜂蜜を定期的に手に入れられる様になった時の事︵前
書き︶
相変わらず不定期です
細々と続けてます。
相変わらず内容は適当です。
20160611修正
806
第55話 蜂蜜を定期的に手に入れられる様になった時の事
あんな事があっても、いつも通りに目が醒める。とりあえず朝は
来るので昨日の事は忘れて、朝食を取り朝のミーティングを始める。
﹁えー今日は開墾した場所から出た石を海に運び浅瀬に生け簀を作
る準備をしましょう。俺は午後から探索に行きますが、いない時も
事故のない様にお願いします﹂
そう言って各々準備に取り掛かるが、子供達の距離が少し遠い気
がしたが、砂糖を作る為の準備を始めてるので、子供達が落ち着く
まで話しかけ無い様にしておこう。最悪ターニャとサーニャに心の
傷を癒してもらえばいいさ。
そんな調子でどんどん伐採と根起こしをして、出た石を漁班の指
示の下、浅瀬に生け簀を作る。大きい石は︻水球︼で包み、浮力の
力を利用して少しだけ軽くして運んだ。
昼食を取り、沼の方を見に行く事にした。
水量は少ないが、そろそろ水が溜まり、作った水路に流れ出そう
としていた。濁りも少し落ち着いて、昨日よりは汚くはないが、水
底の土が舞い上がらない様に何か対策した方が良いのか?その辺は
知識が有る人族がいたら聞いておこう。
その後蜂の巣が気になったので行って見ると、体長三十センチメ
ートルくらいのの、スズメバチみたいな魔物かどうかわからないが、
大きな羽音を立てて蜂の巣にしがみつき、蜜蜂をかみ殺している。
大きくても、スズメバチとやる事は変わらないんだな。知性がな
く本能のままに動く事を祈ろう。何かに夢中の時って、結構何かし
ても気が付かないしな、肉団子作ってる時とか。
俺は蜂蜜を手に入れる為に︻石弾︼を射出して、胴体に穴を開け
807
るが、生命力が強く、地面に落ちてもまだ羽を動かして顎をカチカ
チ鳴らしている。
んーなんか踏みたくない。そう思い︻石壁︼を出現させ蹴り倒し、
下敷きにして押しつぶし、倒れてる石壁の上に乗り数回ジャンプし
て、確実に押しつぶす事にした。
かなりの数のミツバチが死んでいるが、見た目半分以上生きてる
ので問題無いかな?女王がいれば大丈夫なんだっけ?
まぁ前世では、かなり大きなミツバチの巣が三匹のスズメバチに
全滅させられたって話は聞いた事があるから、被害は少ないのか?
良くわからないが、下に落ちてる、土が付いた蜂の巣を拾い無事な
ところを探し出して巣ごと食べてみた。
﹁んー、蜂蜜は世界共通の甘味料だな、ホットミルク飲みたくなっ
てきた﹂
別にラッテとミエルじゃないぞ?
倒れた石壁の方を見ると、蹴ったり上に乗ってジャンプしたせい
もあるのかすでに消えており、見事に三十センチメートル級の、ス
ズメバチっぽいのは動かなくなっていた。
もしかしてこれがホーネット?まぁ確かにスズメバチっぽいです
けど?んーもう少し大きいの想像してたけど、これが集団だったら
確かに恐怖だな、食糧確保の為に単独で飛んでて良かったわ。
﹁貴重なタンパク源です?﹂
いやいやいや、食べないよ?百歩譲って普通のスズメバチと幼虫
は食べるかもしれないけど、この大きさは流石に抵抗がある。この
大きさじゃ甘露煮や佃煮でも戸惑うよ。ってか堅いでしょうコレ?
﹁やぁやぁ、僕の仲間を助けてくれてありがとうございます﹂
背中から声がしたので振り向いて見る、そこには二十センチメート
ルくらいの金髪で、複眼の妖精がいた。腰の辺りに蜂の腹のような
ものが生えていて、少し五月蠅い羽音をだしながらホバリングして
808
いる。
﹁いやぁ、まぁ。成り行きだったので﹂
﹁いやー、あのままだとこの巣は全滅だったよ。ありがとう﹂
﹁どうしたしまして?﹂
お互いに沈黙している。だから俺は駄目元で思った事を言ってみ
る。
﹁俺はカームって言うんだけどさ、お礼とかしてもらっていいかな
?﹂
﹁んー良いよ。どうせ蜜でしょ?﹂
﹁まぁ早い話がそうなんだけどさ﹂
﹁歯切れが悪いね、男ならズバッと言っちゃいなよ﹂
﹁俺に飼われてみない?﹂
﹁おー直球だね。僕はそう言うの嫌いじゃないよ、具体的には?﹂
﹁養蜂って言って、鳥や豚を飼うみたいに蜂を飼うんだよ。家の近
くに巣箱を置いてそこに巣を作ってもらって、定期的に蜜を取らせ
てもらいたい﹂
﹁んー、僕達にメリットは?﹂
﹁外敵から守るって言うのは?﹂
﹁⋮⋮まぁ良いよ、さっきみたいに守ってくれれば﹂
﹁じゃぁ決まり、あー君の名前は?﹂
﹁個体名はないよ、僕はハニービーだからね﹂
﹁そうか、悪かった﹂
﹁いやいや気にしてないさ、女王に報告して、妹達が生まれた時か
らある程度記憶に残ってるようにしてもらってるし、僕以外の個体
にも君に事を教えて置くよ﹂
んー個体の情報が、種全体に行きわたるのか?その辺はわからな
いがありがたい。
﹁後さ、アルラウネって知ってるかい?﹂
﹁あーあの花のね、よく繁殖を手伝ったお礼に蜜を貰ってるよ﹂
﹁じゃぁ、結構仲が良い?﹂
809
﹁すげぇ良いよ! もう群れ全体が友達だよ﹂
﹁良かったよ。実は今、家の前に鉢植えでいるんだけど、一応話し
てくれないかな?﹂
﹁いーよー﹂
そんな会話をしつつ、ハニービーは襲われた蜂の巣に何を言って
るかわからないが、不愉快な音を出して指示をだしていた。
﹁いいよ行こうか﹂と言われ、俺の後について来る。
建設跡地に続く道を歩き仮拠点まで戻り、鉢植えのハイビスカス
っぽい花に話しかけ、フルールさんを呼び出す。
﹁何よ、今子供達が火を使ってるんだからそっちに集中させてよね、
あらハニービーじゃない、どうしたの?﹂
﹁蜂の巣が大きい蜂に襲われてて、助けたら協力してくれるらしい﹂
﹁本当は﹃俺に飼われてみない?﹄って口説かれたんだけどね﹂
﹁あら、意外と積極的なのね﹂
﹁共存目的だからね。まぁ本題に入ろう、俺が提案したのは養蜂っ
て言って、蜂を飼って定期的に蜜を取る方法なんだ。そのかわり外
敵から守ってあげる事が条件だけどね。それでフルールの名前を出
したら知り合いみたいだったから話を詰めてもらおうと思って﹂
﹁丸投げなのね﹂
﹁⋮⋮悪いね﹂
﹁具体的にはどうするのよ﹂
﹁木の幹をくり抜いて上に蓋をして、下に出入り口用の穴を開けて
雨風が凌げる所に置く﹂
﹁﹁ふむふむ﹂﹂
﹁そしてある程度したら蓋を開けると、蜂の巣と蜜が⋮⋮﹂
﹁一方的な搾取ね、最低﹂
﹁いや、全部じゃないよ? たとえば塊が五個あったら一個取って、
蜜を貰ってまた戻す。しばらくしたら今度は二個目に出来た奴を取
810
ってっての繰り返しで一気に全部取らない様にするんです。、それ
と近くにフルールさんの子供をたくさん植えて、蜜を取れる環境に
しますよ? 蜂は損するだけじゃないよー!﹂
そういってハニービーの方を見る。
﹁んーまぁ、僕の管轄が全滅させられるよりはマシかなー。守って
もらう代わりに蜜を差し出すって方法か⋮⋮。僕だけじゃ決められ
ないから、さっきも言った通り女王に一応報告させてもらうからね﹂
﹁あぁ、良い返事を期待してるよ﹂
﹁さて、フルールはなんでカームと一緒にいるんだい?﹂
﹁知り合いのドリアードのパルマに誘われてかな? 魔力で作った
水がもの凄いの! もう体中に染み渡って元気になっちゃうのよ!﹂
﹁へー﹂
﹁なんか興味無さそうね⋮⋮﹂
目を細めて、拗ねたように言う。
﹁僕達にはその水は、利益がない様に聞こえる﹂
﹁美味しい蜜を作り出せるわよ﹂
﹁カームって素晴らしい魔族なんだね! これも女王に言っておく
よ﹂
なんだろう、虫だから思考が短絡的なんだろうか?
その後数十分話し合いをしていたので、子供達の様子を見に行っ
たが、外からも聞こえるくらいフルールの声がするので、一応子守
はしているようだ。
並列思考ってすげぇ。
確認の為に少し離れただけなのに、戻ったら話が終わってて﹁ど
こに行ってたのよ!﹂と言われ少しだけ理不尽だと思ったけど、ま
ぁ話を詰めてくれたのなら助かる。
とりあえず報告に戻って許可が下りたら、巣作りの様子を見なが
ら口を出すみたいだ。とりあえず樹洞が有る木を確保しておして駄
811
目だったら薪にすればいいか。
◇
翌日、皆と朝食を取っていたら。
﹁女王が良いって言ってたよー﹂と、昨日のハニービーが飛んでき
て、皆がいる前で言った。
﹁女王?﹂﹁奥様かしら?﹂﹁あーハチさんだー﹂﹁ここ無人島だ
ろ?﹂﹁良く考えろ、ありゃ蜂だぞ?女王蜂だろ?﹂
誤解が産まれなくて助かったよ。またへこみたくないからな。
﹁あぁ、わざわざ早くにありがとう。食べ終わったら皆と話しをし
てから作り始めるから﹂
﹁はーい﹂
皆には開墾作業で出た石で、生け簀作りをしてもらい、俺は巣箱
作りを始める。
﹁へーこんな感じなのか、確かに蜂達は過ごしやすいかもしれない
かな。雨に当たらないし﹂
﹁要望があれば更に屋根を付けるけど? と言っても周りに杭を打
って、その上に板を乗せるだけだけど﹂
﹁定期的に来て、皆の反応を聞いてからかなー﹂
﹁了解。で、場所はどこが良いのかな?﹂
﹁んー日の当たらない涼しい場所かな﹂
それを聞いて、俺の家の北側に巣箱を置き、周りに杭を打って板
ではなく葉っぱを乗せてみた。
﹁どう?﹂
﹁いいんじゃない?﹂
そう言うと、腰に付いてる蜂の腹みたいな所から少し大きい蜂が
出て来て、巣箱の周りを飛び始め中に入って行った。
﹁気に入ったって﹂
812
﹁ほう、ソレは良かった﹂
﹁んじゃ引っ越しさせるから、昨日の巣のあった場所に鍋を持って
来て﹂
﹁鍋?﹂
﹁引っ越しする時は巣の半分の蜂が、新しい女王蜂と一緒に引っ越
すんだよ。だからお礼に壊された方の巣は貰ってくれって﹂
﹁あー、蜂蜜くれるんだ﹂
﹁そうそう、助けてくれたお礼も兼ねてるんだよ。まぁ蜜の貯蔵庫
の方だけどね﹂
﹁流石に卵や子供の方は可哀想で持って行けないよ﹂
蜂の子は、食べると美味しいらしいと言うのは止めておいた。流
石に失礼だからね。
俺は鍋をもって巣まで行くと、既に近くの木に蜂の塊が出来てお
り﹁早く新しい家に!﹂と言っているように思えるほど、羽音が凄
かった。
﹁この辺削いじゃって良いって﹂
そう言って指で縦に線を引いたので︻黒曜石のナイフ︼で切れ目
を入れて鍋に落として、一応蓋を閉めておいた。
﹁じゃー行こうか﹂と言って、ハニービーは蜂の群れを連れて先に
飛んで行ってしまった。んー空が部分的に黒くなって、それが蠢い
てると不気味だな。
まぁ帰るか。これを子供に与えればまた少しは懐いてくれるだろ
う。
蜂蜜を使った料理も良いけど、あるのは小麦粉か肉か魚しかない
からな、最悪蜂蜜酒になっちゃうな。
子供の為に、パンに蜂蜜塗って焼いた物を。大人に何かの果物の
蜂蜜漬けで良いか。最悪子供にも与えられるし。
そう考えながら転ばない様に気を付けて帰ると、既に蜂は引っ越
813
しが完了しており﹁んじぁー僕は、別の巣の様子を見て来るから。
あーちなみにこの子達は臆病だから、あまり刺さないから安心して
ねー﹂と言って飛んで行ってしまった。
名も無き働き蜂さん、ありがとう。
まだ昼には早いので、子供の為に朝食の残りのパンを薄く切って、
蜂蜜を塗って焼いた物を子供達の作業場に持って行った。
﹁やぁ、ちょっと休憩しようか。蜂蜜が手に入ったからパンに塗っ
て焼いて来たよ﹂
なるべく平然を装っているが、内心嫌われてないか心配だった。
﹁あ⋮⋮まおうさま。こんにちは﹂
﹁はいこんにちはー﹂
やべぇ、なんか距離置かれてるし、心なしか言葉使いがよそよそ
しい。だがここで逃げちゃ駄目だ。
﹁皆で食べようか﹂
そう言って近くのテーブルに皿を置くが、誰も手を付けようとし
ない。
﹁どうしたの? 蜂蜜だよ?﹂
そう言いながら、綺麗なきつね色に成った甘いパンを、カリカリ
音を鳴らす様に食べてみる。が、まだ隅で固まったままだ。泣きそ
うになってたので俺は諦めて出て来た。あー少しだけ悲しいなー。
しばらく蜂の巣箱の前で蜂が通ってるのを眺めて癒されてたら、
声を掛けられた。
﹁魔王様! 船がこちらに回頭してます!﹂
﹁マジかよ!﹂
思わず素が出た。
814
閑話
子供達
﹁やっぱまおーさまってこわいのかな?﹂
﹁けどおかしとかくれるぜー?﹂
﹁さっきもはちみつパンもってきてくれただろ﹂
﹁パンも少ないのにまず先にわたしたちにくれるし﹂
﹁さとうだってすこしなめさせてくれたし、クッキーだってないし
ょでくれたよね﹂
﹁やっぱりいいまぞくで、いいまおーさまだと私は思うな﹂
﹁そうだよなー、オレもそうだとおもうぜー﹂
﹁なんかでていった時かなしそうだったよ、みんなでごめんなさい
しようよ﹂
﹁そーだなー﹃おおかみのむれをなっとくさせるため﹄っておとな
がいってたし﹂
﹁ターニャもソーニャもボルフも変わらないで、まおーさまとなか
よくしてるからきっとこわくないよ、ごめんなさいしようよ﹂
子供達の雪解けは早かったです。
815
第55話 蜂蜜を定期的に手に入れられる様になった時の事︵後
書き︶
蜂蜜は幸せの味
幼虫は貴重なタンパク源。
女王に対して働き蜂が多いので名前は無いと思います。様々な個体
を出したいと思います
816
第56話 念願の寝具を手に入れた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
作者に交渉術は無いの駆け引きとかは無く只の交渉です
20160613修正
817
第56話 念願の寝具を手に入れた時の事
﹁船長! 魔王が討伐されたと言われてる島から狼煙です!﹂
﹁遭難者かもしれん。湾に入らず小舟で迎えに行け、様子を見てや
ばそうなら、直ぐに帰って来い。私は商人殿に話しをてくる﹂
﹁了解!お前等小舟を下す準備をしろ!魔王が居るかもしれんから
傭兵も準備して置け!危なかったら戻って来いと言われてるが気を
付けろ!よし!回頭だ!﹂
﹁﹁﹁﹁応!﹂﹂﹂﹂
そう言うと船上で慌ただしく船員達が動き出す。
﹁商人殿。申し訳ないが無人島で狼煙が上がっているのを確認して
しまった。我々としては見過ごせないので救助の為にしばらく停泊
させてもらいますよ﹂
﹁構いませんよ、船旅は気長に行くものだと思っていますから﹂
﹁そう言ってもらえると有りがたいです﹂
□
走って岬まで行くと、確かに船首がこちらに向いている。しばら
くすると帆をたたみ碇を下しているのが見え、小舟が下ろされ数人
が武装して乗り込んでいる。
﹁もう討伐されるのか? まだ六日目だぞ?﹂
﹁何とも言えませんね⋮⋮﹂
﹁先に言っておきます。俺が死んだら、あの船に皆助けてもらって
ください﹂
﹁⋮⋮わかりました。正直奴隷になる前の生活より充実しすぎてて、
帰るのが惜しいですが、皆と話し合って、残る者と出て行く者を話
818
し合います﹂
﹁お願いします﹂
しばらく眺めていると小舟が近づいてきたが武装しているのが六
人、船をこいでいるのが八人か。さてどうなるかな、両手を振って
おくか。
□
﹁そろそろだが、岬に人と、なんか黒っぽい魔族がいるぞ。アレ新
しい魔王じゃねぇのか?﹂
﹁魔王ならとっくに攻撃されてるぜ? あと隣の人間も殺されてる
はずだ。なのに二人とも手を振ってるぜ? 本当に遭難じゃねぇの
か?﹂
﹁攻撃されたら魔法で攻撃して時間を稼ぐから逃げるぞ﹂
﹁了解﹂
﹁おーい、おーい﹂
﹁魔族が共通語で叫んでるぜ? 罠か?﹂
﹁にしてはなんか嬉しそうだぞ? 本当に遭難じゃないのか?﹂
□
﹁おーい! おーい! 気が付いてると思うんですけどねー﹂
﹁えぇ、こっちを見てるので、気が付いてるとは思いますが﹂
しばらくして小船が止まり武装した集団のリーダーと思われる人
物が話しかけて来る。
﹁遭難者か? それなら助けるが魔族信用はできん。助けてほしい
場合は大陸まで拘束させてもらうが構わないか?﹂
﹁遭難者じゃない、ここに住んで開拓している。物資を譲ってほし
くて狼煙を上げ貴方達を呼んだ。もし宜しければ交渉させてほしい﹂
819
お互いが大声でやり取りをして、傭兵と船員が小舟の上で相談し
ている。
﹁少し待て!﹂
そう言うとローブを着た、いかにも魔法使いっぽい奴が何やら詠
唱を始め誰かに話しかける様に口を動かしたかと思ったら、風でロ
ーブが少しだけ揺れ、しばらくしたら、船の方から何かの目印と思
われる、火の球みたいなのが空中に一つ上がった。
﹁あの船は貨物船だ。俺達は傭兵で俺達の依頼主が乗っている。そ
の依頼主が話し合いに承諾した。さっきの火の玉が返事だ、船まで
来るなら商談が出来るぞ﹂
一応安全の保障が出来ないから、俺が敵地に乗り込んで来いって
事か。
﹁んじゃ行ってきますね、戻らなかった場合は何とか生き残って、
次の船が来るまで粘ってくださいね﹂
﹁え?魔王様!?﹂と言う声をかき消す様に﹁わかった! そちら
に出向くので交渉させていただきたい! どうすれば良い?﹂と返
事をした。
﹁泳いで来い! あとこちらに来たら拘束させてもらう﹂
上陸してくれないし、保険もばっちり掛けてるね。当たり前だよ
な。俺、魔族だし⋮⋮。
俺は入水し、水が胸の辺りまで来たらクロールで泳ぎだし、小船
まで向かい乗せてもらった。
﹁お邪魔しまーす﹂
少しフランクに言ってみたが、周りの目は険しく、既に傭兵の一
人がロープを持っていたので﹁手は前? それとも後ろ?﹂と笑顔
で聞いてしまった。
少し小声で話し合っていたが﹁後ろだ﹂と言ったので、背中を向
けて腰の辺りで手首を合せ大人しく縛られるのを待つ。
﹁おい、本当に言う事聞いたぜ? 酒、奢れよな﹂
﹁チッ、しかたねぇな﹂
820
賭けの対象になっていた。まぁこれくらいじゃ怒る気にもなれな
いので、大人しくしている。
小舟が船の方に回頭し、櫂で小舟を漕ぐ音と波の音だけが聞こえ
る。
﹁おい魔族。なんで交渉なんかしたいんだ?﹂
﹁まぁ、物が圧倒的に足りないんですよ。食糧、道具、寝具、何で
も足りないんです。あればあっただけどうにかして手に入れたい。
最優先は食料ですね﹂
手に入れたいという言葉に反応したのか、小舟の中が殺気立った。
﹁妙な真似はするなよ、魔族の臭ぇ返り血なんか浴びたくもねぇか
らな﹂
﹁同感ですね、俺も斬られたくはないです﹂
﹁挑発にも乗らねぇか﹂
しばらくして船に付き、縄梯子を登ろうと思ったら両手が後ろな
ので登れない。そうしたら上からロープが下りて来てさらに縛られ
て、引っ張り上げられた。なんか扱いが酷いが島民の為だ。これく
らいどうって事はない。
﹁君が交渉したいと言っている魔族か、いつでも君を殺せると言う
事を忘れるなよ?﹂
引き上げられたら、真っ先に船長にそんな事を言われ、既に用意
されていた椅子に座らされ、椅子にも縛りつけられた。
船員が取り囲み、剣を向けて来る。正直怖いが、魔族に過剰に反
応し過ぎじゃないか?
まぁ、別に交渉できればいいけど。
しばらく睨まれてたら、少し派手な服を着た背の高い痩せている
男が、少し離れたところに立って話しかけて来た。
﹁初めまして、話に聞いている魔王とはかなり印象が違うけど、た
だの部下の魔族ですかね? 取引できる相手とはするべきだって考
821
えですので、とりあえず話はさせてもらいますが⋮⋮君は何が欲し
いんだい?﹂
﹁簡潔に言うと最優先は食料ですね、できれば小麦かジャガイモが
欲しです。それと有れば寝具五十一人分。余裕を見て六十は欲しい。
無いなら最低でも五人分。商品に無くても、この船に乗ってる船員
のでも構わないから、個人的に売って良いという人族から確保した
い。金はあるが、なるべく使いたくないからまずは交易と言う形で
商品が欲しいですね。他にもあるがとりあえずそれだけは融通して
ほしんですけど﹂
商人は腕を組み、こちらを目を細めて何かを考えて俺に質問して
来た。
﹁食料はわかる、寝具五十一人分というのは何故か? ないなら五
人分は船員のでも、手に入れたいと言う理由は?﹂
﹁島に俺を含め五十一人いて、うち子供が五人いる。せめて子供の
分でも確保したいんですよね﹂
商人は少し唸りながら目を瞑り、また少し時間を置いてから質問
をしてきた。
﹁正直に質問に答えて下さい、そうすれば考えます。では質問です。
あの島は魔王が住んでいて、ここ最近勇者に討伐されいなくなった
と聞いていますが、魔王はいないのですか?﹂
覚悟を決めるしかないな
﹁⋮⋮魔王はいる﹂
周りが騒めきだす。
﹁ほう⋮⋮。それは君かい?﹂
やっぱりそう来るか。
﹁⋮⋮そうだ﹂
更にざわめき、数名は切りかかろうとしていたが、周りに抑えら
れている。
﹁なぜ大人しく従うんだい?﹂
﹁島の人族の為に﹂
822
そう答えると﹁嘘をつくんじゃねぇ糞魔族!﹂と切りかかられそ
うになったが、反動を利用して椅子ごと右側に倒れ、俺の座ってた
所に剣が振り下ろされる。
深く刺さっているので、本気で振り下ろしてきたのだろう。幸い
足は拘束されてなかったので、左足で剣を思い切り蹴って曲げた。
いやー洒落にならないなこれ。少し警告も必要か?
﹁誰かこいつを押さえてくれ。手を出す積りは一切無いが、攻撃を
仕掛けられたらさすがにやり返すぞ?﹂
そう言うと剣を振り下ろしてきた船員は奥に連れて行かれ俺は起
こされた。
﹁すまなかったね、船乗りは喧嘩っ早いのが多くて﹂
﹁えぇ、構いません。死んでないので許しますが、次は攻撃して来
た人族に反撃しますからね?﹂
﹁おう! テメェら! 話は聞いてたな? やられてもテメェのせ
いだからな!﹂
﹁椅子に縛られてる奴に何ができる! やれるもんならやってみや
がれ! これで俺は英雄だぜ!﹂
そう言ってもう一人が切りかかって来たので、急いで取持ち手の
無い︻黒曜石の苦無︼を浮遊させ、少年野球団のピッチャー程度の
速さで足の甲に射出して甲板に縫い付けた。
何か喚き散らし殺気が強くなったので、さらに自分の周りに三十本
ほど急造で形が不揃いな物を浮遊させ、全員を威嚇する。あー溜息
しか出ないな。
﹁どうして大人しく交渉させてくれないんですかね? 怒りますよ
?﹂
﹁いやー、私的にも交渉はしたいんだけどね﹂
﹁俺もです。信用を得ようと、言われた通り従って大人しくしてる
のに、これじゃ台無しだ﹂
﹁その浮いているモノはそのままでいいから、質問を再開しても良
いかい?﹂
823
﹁引っ込めろとは言わないんですね﹂
﹁せめて交渉中は邪魔されたくないからね、一応これでも商人です
から﹂
﹁助かります﹂
﹁じゃぁ、次の質問だ。なんで子供の分だけでも確保しようとした
んだい?﹂
﹁俺にも子供がいる、子供はなるべく不幸にさせたくはない。もう
床に枯草を敷いて寝させたくはない。大人にはもうしばらく我慢し
てもらう﹂
﹁わかった、食料はあるが寝具はない。君が差し出せる物品をお金
に換算し、船員に売っても良いって奴がいないか聞いてみる。最悪
私が雇っている傭兵のを譲ろう﹂
その会話中、商人の視線が外れ俺の後ろを見たので、少し気にな
り視線だけ動かし周りを見てみると、ほとんどが俺の後ろの方を見
ているし、ニヤニヤしている奴もいる。
多分足音を殺して近づいているんだろう。全く嫌になる。どの辺
に居るのかわからないので、俺の真後ろの高さ3mの場所に厚さ1
0cmの3m角の石板を浮かせいつでも落とせるようにしておいた。
数人が﹁おぉー﹂とか言ってるがおーじゃないよ。こっちは必死
なんだよ。
﹁ありがとうございます﹂
﹁で。何が出せるんだい?﹂
﹁大人くらいの重さの鹿の枝肉二と猪一、あと熊の毛皮ですね。肉
は今朝狩りに行って、昼に担いで来るのを見ているので、新鮮さは
保障できます。多分もう内臓を処理しているはずですので。それと
椰子の木の樹液から煮詰めて作った砂糖と、海の水を煮詰めて作っ
た塩。親指の爪位の大きさの甘酸っぱい実、蜂蜜少し。魚もありま
すが、ここは海の上です、多分要らないでしょう? まだ島に来て
六日しか経ってないから、貯蔵量も乏しいんですよ。干し肉か塩漬
けにもしたいけど、干す場所も塩も足りてないから、丸々燻製に出
824
来る方法を試しています。まぁ、まだそれも三日経ってないから生
乾きですけどね。それを混ぜても良いならもう少し肉を出せます﹂
目の前の商人は、何も言わずに聞いてるので、続ける事にする。
﹁あとは畑を作ろうとしてるから、切り倒した生木もあります、木
材として使いたいなら、海に浮かべてロープで縛って牽引していけ
ば良いと思います。今のところそれくらいしかないんですけど、小
麦かジャガイモが手に入ったら、植えて生産させる積りです。情報
も売れるなら、強い酒の作り方とかも教えられますよ。証拠が欲し
いなら、少し時間がもらえれば取りに帰えります。最悪魔族側の物
品が駄目なら、子供の分の寝具を買う為の金を私財からだします﹂
﹁んー、交渉に入る前に少し聞かせてくれ。今戻れると言ったがな
んで帰って持ってこないんだい?﹂
﹁なるべく島の物だけでやりくりをして、どこまでこの島を発展さ
せられるかを試したいんですよ。最初に金を出すのは簡単ですが、
領地でやりくりするのも必要だと思って、そういう風にしているま
す。あと、島に住んでいる人族や魔族を増やせるかを試してみたい
んですよ。島にいる人族は、俺が魔王に成った時に与えられた奴隷
です。流石に開放はしてありますし、その時は必要最低限の物資は
持ってきましたが、流石に五十人分の小麦を毎回持ってくるのは厳
しいですので。一袋分は製粉していない小麦がありますが、開墾し
て畑にしたら撒く気でもって来ただけですので、今撒いてもすぐに
収穫できません。だから食料として小麦とジャガイモを挙げました、
ジャガイモなら今撒いても早く収穫できますので﹂
﹁んーそうか、その移動できる魔法は何かしら制限があって、あま
り物が持てないんだろうね。わかった、とりあえず今言った物で生
活に支障が出ない程度の物を、交易品として取引しようか﹂
﹁助かります﹂
﹁これも何かの縁だ、少し寄り道して、もしかしたら今後大口にな
るかもしれない取引相手が出来るなら、少しの時間くらい問題無い
さ﹂
825
﹁けど肉の価値がわかりません。どれくらいが、どの程度で取引さ
れてるのかもわからないんで﹂
﹁そうだねぇ⋮⋮人族と魔族の貨幣の価値はある程度同じって知っ
てるかい?﹂
﹁ある程度は⋮⋮﹂
﹁じゃあ、まずは物を見せてもらおうか。船長、悪いんだけどあの
島まで行ってくれ﹂
﹁俺が確認してる範囲で言うと、湾の周りは遠浅で、湾内じゃない
とこの船だと接岸できないです﹂
﹁了解、新鮮な肉はこっちが引き取りますよ。船員も干し肉ばかり
じゃ飽きるでしょうからな﹂
そう言って、帆を張り碇を上げ、船は湾内に入って行く。
ちなみに俺は椅子に縛られたままだった。
﹁おい! 船がこっちに来るぞ!﹂
﹁殺されちまったか?﹂
﹁わからねぇ。けど、どのみち死んでたらあの船で帰るしかねぇん
だからな﹂
湾内に入り、かなり余裕が有る所で停泊し小舟が下ろされ椅子の
まま運ばれ皆に無事である事を大声で伝える。
﹁おーい一応生きてるぞー﹂
﹁あれで生きて帰って来る方がすげぇよ﹂
﹁あぁ、あんな状態で生きてる方が確かにすげぇよ﹂
波打ち際に下ろされ﹁お前達がこの魔王を殺したいと思うなら殺
せ、手伝うぞ。必要とするなら縄を切ってやれ﹂と言われ、ナイフ
を渡している。あ、試されてたんだね俺。
男はナイフを渡され、迷わず縄を切って俺を救出してくれた。い
やー優しくしてて良かったよ。
826
﹁はいありがとう。一応皆の前で報告するから家の前に行こうか﹂
﹁えーってな訳で勝手に交渉材料として、鹿と猪と砂糖と塩を使わ
せてもらいました。許して下さい﹂
少しざわつき﹁魔王様の判断なら別に構いません﹂ってなり、商
人は早速物品を見ている。
﹁んーほぼ手つかずだから結構大きいんですかね﹂
﹁砂糖もなんかよい香りが口に広がりますね﹂
﹁この塩は角が立ってないし、まろやかですね﹂
そろばん
と、少しだけ品定めしている。
そして俺に算盤みたいな物を見せ﹁これくらいでしょうか?﹂と
言って来る。
﹁正直その道具が何だかわからないです。それに近い物を見た時な
らありますが、それと同じ物なのかもわかりません﹂
﹁これはですね、勇者様が伝えた計算をある程度簡単にしてくれる
ものなのです、この一番端が銅貨、次が大銅貨と言った感じです﹂
算盤で合ってたわ。
見てみると大銀貨二の銀貨八の大銅貨三と成っていた、単純計算
で八十キログラムとして1kg大銅1か、その他も含まれてるんだ
ろうと思うけど正直物価が解らない。
﹁信用してくれたお礼に正直に言いますけど、物価がわからないん
です。卸値がどのくらいで、売値がどのくらいになるのかが。だか
ら提示された値段が正しいのか、買い叩かれてるのかもわからない。
もちろん小麦粉もですね﹂
前世だと正直トン幾らの世界だからな。未加工輸入小麦でたしか
キロだと50円前後だろ?
米一俵が六十キログラムだから、小麦一袋を六十キログラムで考え
て三千円? 一袋原価大銅貨3枚って考えれば良いのか? んー?
考えても相場がわからない。
けど村から持って来た時に、一袋はそんなに重くなかった気がす
827
るな。スズランの方がほんの少しだけ重かったしな。けど小麦粉一
カップ百グラムだったよな? 家庭科でやったし⋮⋮比率? 解ら
ん! 水の二分の一なんじゃね?
この値段でどのくらいの小麦が買えるんだ? 村に居た時は小麦
なんか売った事ないからわからねぇ。町にいた時の小麦の相場は見
たけど、卸値とか知らなかったし。
俺は考えるのを止めた︱︱。
﹁ならですね。信じてもらうしかないです﹂
﹁わかりました。信じましょう﹂
後で元商人の奴隷でも買うかな? それか、誰か連れてくるか?
けど閉鎖された環境ってある意味怖いって事がわかったよ。俺は
色々諦めた。
﹁けど、小麦とジャガイモを買った時の書類ならありますよ﹂
﹁あ、見せてください﹂
﹁船にあるので、小麦を取りに行く時にでもついて来て下さい﹂
﹁わかりましたりました﹂
そんな感じで交渉が終わり、船長が鹿肉一頭分を提示た金額で買
ってくれて、代金を受け取った。
ここでバラして焼いて食べると言うので、折角なのでサービスと
して薪はこっちで用意した。生木だけどな。
食事中に船員が沼から流れて来た水を見て﹁飲めるのか?﹂と聞
いて来たので正直に話し、まだ水は俺が魔法で出していると言った
ら、金は払うから体を洗いたい、水を出してくれと言われた。
魔法使いは水魔法も使えるけど、元々有る水を使って攻撃に利用
するから、真水は作れないらしい。
なので開いている水瓶に、水を満タンにして﹁飲みたい奴は飲め
ー﹂と言って、その辺に︻水球︼を浮かべ、体や服は勝手に洗わせ
た。
828
海水で体や服は洗えないからな。服は傷むし、体はさっぱりでき
ないし。
そんな事を考えてたら﹁ウヒョー﹂とか言いながら、一人が綺麗
な水球に飛び込み﹁ふぅーキモチイィー﹂とか言ってる。
アイツのせいで綺麗な水球が台無しだ。
そんな事をしていたら、先ほどの魔法使いが興味を持ったのか話
しかけて来た。
﹁どうやって、真水を何もないところから作れるのか? ぜひ教え
て欲しいんだが﹂
俺は交換条件を出し、相手が承諾したら教える事にした。
﹁さっきの遠くにいた相手に、言葉を送る方法を教えてくれたら教
えますよ﹂
﹁それなら簡単だ、風に声を乗せるだけだ﹂
風上で喋ると、声が良く聞こえるアレか。
﹁けど、誰も気が付かなかったらどうするんです?﹂
﹁だから事前に言っておいて、そこに向かって風に乗せれば良い﹂
一方通行で、相手が意識してないと駄目って事か。今まで必要無
かったから使わなかったけど、使い所が限定されるな。少し改良し
てみるか? 多分改悪だけど。
﹁真水ですけど、今この空気の中に沢山あるんです﹂
﹁ん?﹂
﹁たとえば、お湯を沸かすと湯気が出ますよね? あれって物凄く
小さくなった水なんです、ですからその小さくなった水がその辺に
いっぱいあるんですよ。それを集める感じです。お湯の沸いている
鍋の上に、皿とか乗せると水滴に成りますよね? あれと同じです﹂
そう言って指先に︻水球︼を生み出す。
﹁なるべく広く、たくさん集める様にイメージして﹂
そう言うと、持っていた肉を置き、手の平を上に向け集中してい
る。
829
少し手が湿ったが上手く行かないらしい。
﹁じゃぁ、手で水を掬う様にして、その上に集まれって思ってみて
は?﹂
かなり前にクラスメイトに教えた方法だ。そう教えると手の平か
ら水があふれ出し、ダバダバと零れて地面に染み込んでいく。
﹁魔力効率が悪い。やっぱり水魔法は、その辺に有るのを利用した
方が良いな。けど真水が無くなった時は重宝しそうだ。感謝する﹂
﹁いえいえ﹂
﹁言葉を遠くに運ぶのも、やってみてくれ﹂
そう言われたので、風をヴォルフの方に向けながら小声で名前を
呼んだら顔を上げてこっちの方を見ている。聞こえていたらしい。
﹃散歩﹄の﹃さ﹄に反応する犬みたいだ。
﹁成功ですね、今あの狼を呼んだんですけど反応しました﹂
﹁そ、そうか。できれば人に試してほしんだが﹂
﹁あーすみません、﹃ねーねー、ちょっとターニャとソーニャを連
れてきてほしんだけど﹄﹂
子供達に向かって使ってみる。
そうすると、一人がキョロキョロと辺りを見回し俺を探している。
そして俺を見つけたのか二匹とも連れて来てくれた。
﹁ありがとう。向こうでお肉食べに戻って良いよ﹂
﹁はーい﹂
﹁どうです?﹂
﹁うん⋮⋮いいんじゃないか?﹂
なんか歯切れが悪いがまぁいいか。
﹁ごめんな、ちょっと呼んだだけなんだ、皆の所に戻って良いよ﹂
﹁ワフン!﹂﹁ワォン!﹂と走って戻っていく。
﹁なぁ、お前。この島の人族の中に特に親しい奴はいないのか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あぁ﹂
﹁すまなかった﹂
﹁平気だ、帰れば嫁も子供も仲間もいるからな﹂
830
﹁寂しい奴め﹂
﹁否定できないのが悔しい﹂
船乗りや商人達の食事が終わり、商品を受け取りに船まで行った
らコックに﹁すみません、調理場の水瓶を満たしてほしいんですけ
ど﹂と言われ、特に断る理由もないので満たしてやったら﹁洗濯物
溜まってるんですけど水球出してもらっていいですかね? お金払
うんで﹂と、待機してる船員が大量に押し寄せて来て、仕方が無い
ので甲板に︻水球︼を出して商談に戻る。
﹁これが買った時の書類です﹂
持って来た書類は、買った袋の量と値段が書いてあって、サイン
と封蝋がしてあった。人族の文字は読めないけど、数字は同じだっ
たからなんとなくわかった。頭の中で暗算し、さっき言われた値段
より一袋辺り銅貨2枚ほど高かったが横に流すだけだと儲けないか
ら、仕方ないと思い承諾した。
﹁書類あるならサインしますけど?﹂
﹁書類? 必要あるの?﹂
﹁あー小麦とジャガイモを売った数を紙に書いて下さい。それに名
前書きますから。大陸に付いて数が合わないと色々と問題も有るで
しょう?﹂
﹁私個人の商品だから問題無いよ﹂
前世とは認識が少し違うらしい
﹁まぁ、一応どれをどれだけ売りましたよって事を、証明する紙が
欲しいんですよ﹂
﹁解りました、そう言うなら﹂
そう言って、サラサラと何かを書き、名前だと思われる物の後に、
俺も名前を書いた。
﹁一応二枚書いて、お互い持ってれば余計なトラブルは避けられま
すよ。特に俺とかは物凄く重要です。貴方から買ったっていう証拠
831
に成りますから﹂
﹁あーそうだね。君魔王だから変な疑い掛けられたくないですもん
ね﹂
そう言って同じ物をもう一枚作り、俺に渡してくる。
﹁ありがとうございます﹂
﹁後は寝具だね、さて⋮⋮どうしようかな﹂
商人が呟いていたら洗濯してた船員が﹁俺、俺の売るよ! しば
らく床で良いから子供に渡してやって﹂と言うと、他の船員も数名
名乗りを上げた。
﹁あんたの奴隷って、すげぇ生き生きしてて、あんたがすげぇ優し
いって事はわかった。だからお前がさっき言ってた通りせめて子供
には与えてやってほしい﹂
﹁んだよお前もかよ﹂
と二十組の寝具が中古価格で手に入り、小麦もジャガイモも手に
入った。余ったお金で紐と空き瓶、漁で使う網も買った。空き瓶は
1ダース単位で捨て値で売ってくれた。
小舟で商品を運んで荷卸しをしている最中に、
﹁また寄りますから、その時にも何か有ったら交換するか売ります
よ﹂と言われ﹁実は蜂を飼ってましてね。空き瓶を買ったのは蜂蜜
を入れて置きたかったからなんですよ﹂と返したら﹁あー、確実に
寄る理由が出来ちゃいましたよ﹂
そんなやり取りをしつつ挨拶をして船に戻って行き湾から船が出
て行った。
その後、毛布を皆で洗い、干してたら子供達がやって来て、
﹁まおーさま昨日はごめんなさい﹂
﹁その。すこしこわくて⋮⋮おおかみのむれをなっとくさせるため
だって、おとなのひとにいわれてたけど﹂
﹁おひるまえのきゅうけいのときの、はちみつパンのときだって﹂
﹁あーうん、こっちこそ怖がらせちゃってごめんね﹂
832
そう言って全員の頭を撫でてあげた。
閑話
足を縫い付けられた船員と魔法使い
﹁ったくよー、なんなんだよあの魔法はよ、しかも敵だった俺に回
復魔法まで使いやがって﹃働けなくなったら船から下ろされるんで
しょう?﹄だと? 余計な御世話だってーんだよ﹂
﹁お前の自業自得じゃねぇかよ﹂
﹁まさかあんなのが来るとは思わなかっただけだよ、知ってたら攻
撃してねぇよ﹂
﹁正直アレとはやり合いたくはない。真水の出し方を教えてもらっ
たが、魔力の効率が悪すぎる、なのにあんな大きな水を地面から浮
かせた状態で、何個も出すとか知りたくも無かった。しかもあの黒
光りしている飛ばしてきたナイフだが、どうやって出したのか、素
材が何で出来てるかすら解らない。どの属性なら出せるのかも正直
不明だ。闇魔法なのかもしれない、しかも魔族だから両方無詠唱だ。
俺なんか炎の槍を五本も出せば良い方だ。あんな小さいのを多く出
すのは神経を使う。ぶっちゃけ大きい方が管理は楽なんだよ、アレ
が全部一人一本ずつ刺さってみろ、船員の半分以上が負傷してたぞ﹂
﹁おいおい、魔法使い様がそんな事言っちゃ、俺等が束になっても
絶対敵わないじゃねぇかよ﹂
﹁だからアレとはやり合いたくないと言っただろう﹂
一応魔王に成れただけの実力は有るみたいです。
所持品が増えました
空き瓶5ダース
833
紐
網2
中古寝具20
834
第56話 念願の寝具を手に入れた時の事︵後書き︶
どうやって島民を増やすかが当面の課題ですが、船に嵐にでも会っ
てもらいますかね?
まぁあまりしたくないですが。
835
第57話 少し村へ帰った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20160615修正
先日感想でご指摘が有りましたのでここで捕捉をさせていただきま
す。
魔法で作り出した物︵黒曜石系と石壁等︶は魔力切れで消えますが、
元から有る物を利用した場合は魔力を使って集めたり形を変えたり
しているので消えません︵水球や土を隆起させる等︶
お湯はかき集めた水を火の魔法で温めて出してるので冷めますが消
えません。
その辺の説明を今までしてい無くて申し訳ありませんでした。
0話の前にも急遽付け足しました。
836
第57話 少し村へ帰った時の事
島に来て七日目。
まず子供に寝具を与え、残りは均等に男女で分けて交代で使って
もらう。少し不衛生だが仕方ないがない。
だが、疲労が取れてるのが見て良くわかる。
とりあえずは、昨日干し肉作りの為に手に入れた網を広げ、塩に
するつもりだった濃い海水をバケツに汲んで、切った肉を漬けて干
してもらう様に指示し、俺は島の探索に出かけた。
燻煙室は一応試験と言う事で稼働はさせている。
俺は沼に水が流れ込む場所から、さらに上流をめざした。多分だ
が、島中央の山から流れているに違いないと思った。このまま沼み
たいなのがなく、動物の死骸や骨がなければ、一応雑菌とかも少な
く安全なんだろうが、一日で島中央に行くのは少し遠すぎる。
なので夕方には戻れる位置までは確認したが、その距離には特に
沼地に成ってるところはなく、死骸や骨は確認できなかったし、川
底や落ち葉や枝がこげ茶色や黄土色になってっていないから、上流
に鉱山も無いと思うし、鉱水ではない事を祈ろう。検査キットとか
もないし、その辺は信じるしかないな。
島に来て八日目。
開墾してたら樹齢が数百年はありそうな木にたどり着いたが、パ
ルマさんが初めて伐採に口を出した﹁その子は駄目!﹂と言われた
ので、畑的には邪魔だが、木陰になる休憩所っぽくしようと皆で話
し合い、残す事になった。
とりあえずは今まで開墾した場所にあるだけジャガイモを植え、
早期収穫を目指そう。
837
島に来て九日目。
住宅前の沼から引いている水が澄んできたので、煮沸してから飲
んでみたが、特に異臭がするとか、塩分を含んでいるとかもなく、
別に問題無いと判断し、雑菌とかが怖いので﹁飲む場合は煮沸して
からにする事﹂と言っておいた。
本当なら水源まで確認しに行きたいんだけどね。
途中から水路を二本に増やし、中央が少し深くなるように地面を
階段状に沈下させ、回りに木の枝を刺して、大きな葉で覆い、水浴
びを出来る場所も作った。
狩班に沼の場所を教え、定期的に野生生物の死骸が無いか確かめ
てもらう様に伝え、死骸や何か異常事態があったなら、報告や相談
をしてくれと言っておいた。
その場合は、水が綺麗になるまでは飲めないからな。
九日目の船は島に寄ってもらえず、そのまま通り過ぎて行った。
まだまだ思い通りには行かないが、とりあえずは前回の交易で、当
面の食糧と少しの寝具を手に入れたのは幸いだったし、しばらくは
安心できる。
その間に野草班の女性が﹁魔王様! 生姜です生姜! 風邪薬に
なりますよ!栽培しましょう! 増えたら薄切りにして蜂蜜に漬け
ましょう!﹂と物凄く明るい笑顔で生姜を持っている。
後ろの籠にも大量にあった。意外に自生してる物なのか疑問に思
うが、あったらな使わせてもらおう。
顔に付いた土を手で拭ったのか、汗を拭ったのかはわからないが、
頬に茶色の線が出来ている。そんな事も気にする事なく、とても眩
しい子供のような笑顔だった。
いやー、なんか可愛いな。浮気は絶対しないけどな!
今植えれば収穫に間に合うか?まぁ、あるだけ植えて風邪引いた
ら掘り返そう。
あとジンジャーケーキも、物資に余裕が出来たら作るか。
838
型どうしよう、家から持ってくるか。
初めて交易をした日から明日で4日。島に来て10日か。そろそ
ろ休ませるかな、働き詰めは疲労が溜まるし風邪になったら最悪だ
からな。
よし明日は休ませよう。そう思ったら俺は行動していた。
﹁夕食を食べている途中ですみませんが、聞いて下さい。明日は島
に来て十日目の節目です、だから作業を休みにしようと思います。
皆も休みなく働いてて疲れていると思います、だから明日は休んで
てください。本当は班を小分けにして交代で休んだ方が良いだろう
と思いますが、人の数が少ないので仕方ありません、だから全員で
休んじゃいましょう﹂
﹁休み? 良いんですかい?﹂
﹁構いません、けど食事の用意や干し肉作りくらいはしてください、
狩や漁は残ってる肉でも十分に間に合いますよね?﹂
﹁えぇ、まだ蓄えはありますから、明後日の朝までは持つと思いま
す﹂
そう女性は答えた。
﹁なら平気ですね。明日は休みと言う事で体を休めてください。娯
楽はありませんがね。皆さんには悪いんですが俺は故郷に一旦戻り
ます。嫁や子供を放って置くと愛が冷めちゃいますし﹂
﹁﹁﹁﹁あー﹂﹂﹂﹂
娯楽か。知的遊戯でも作るか?リバーシとか簡単だし、切った木
を加工すれば簡単だしな。
この辺は後で作っておこう。賭けにならない様にしたいけど、ま
ぁ無理だろうな、喧嘩にならない程度に収まれば良いけどな。
後は金銭面だよな⋮⋮まだ人数が少ないから、貨幣は必要無いけ
ど、これも追々考えて置かないと不味いよな。
◇
839
﹁んじゃ安全面に気を付けてください。じゃぁ行ってきます﹂
そう言って転移魔法陣を起動して自宅前に帰る事にした。
ヴォルフを連れて。
﹁ただいまー﹂
﹁おかえり﹂﹁あーおかえりー﹂﹁お父さんおかえりー﹂﹁パパお
かえりー﹂
﹁それ、狼? 随分懐いてるねー﹂
﹁あぁ、島で死にそうになってたところを助けたんだ、他にもメス
が二匹と、他の群がいるけど、島にいる子供達に懐いてるから、そ
っちは置いて来たんだ﹂
﹁そう⋮⋮﹂﹁ふーん﹂
スズランが頭を撫でようと手を出したら、座って待機していたヴ
ォルフが速攻で腹を見せ、服従のポーズをとっている。
スズランは手を出したまま固まり、助けてほしそうにこちらを見
ている。
﹁ヴォルフ。この人は俺の妻だ。怖くないよ?﹂
﹁キューン、キューン﹂
そのまま腹を見せたまま立とうとはしない。仕方が無いので頭を
撫でてやりながらヨーシヨシヨシヨシと撫でつつお座りさせる。
﹁大丈夫。怖くないからな﹂
そう言ってもお座りのまま小刻みに震えている。寒いのかって位
震えている。ストレスなのか、恐怖なのか。まぁたぶん恐怖なんだ
ろう。
﹁スズラン、なるべく優しく撫でてやってくれ﹂
﹁わかった﹂
そう言って頭を丁寧に撫で、胴の辺りから尻尾の付け根を撫でた
りしているが、まだ震えて耳を伏せている。
慣れさせる必要があるな。
840
次はラッテだが、震えは無く尻尾を軽く振っている。まぁ恐怖は
ないんだろう。
﹁かわいーね君、ヴォルフ君って言うんだ、よろしくねー﹂
﹁ウォン!﹂
スズランが羨ましそうに見ている。
﹁まぁ。適度に戻って来るし時間は有るさ﹂
﹁⋮⋮うん﹂
そういいながら、楽しそうにヴォルフを撫でてるラッテを、羨ま
しそうに見ている。
﹁ヴォルフ、この子達は俺の子供だ。島の子供達みたいに仲良くし
てあげてくれ﹂
﹁ワフン!﹂
﹁あまりいたずらすると怒るから、無理矢理乗ろうとしたり尻尾を
引っ張っちゃ駄目だぞ﹂
﹁わかった﹂﹁はい﹂
んー、母親の教育方針が違うから、やっぱり喋り方も全く違うな。
そう思っていたら二人で左右から優しく撫でているので、ひとま
ず安心か?
まぁ、子供が産まれたら犬を飼えって言葉も有るし、少しでも友
達は多い方が良いよな。
毎日会わせられないけど、向こうが安定したら呼ぼうと思ってる
けど、来てくれるかな?まぁ、もう少ししたら相談しておくか。そ
う思ってたらリリーが首に手を回しギューッとしている。かなり気
に入ったのだろうか?まぁ動物を可愛がる事はよい事だからな。
﹁なぁスズラン、島に家畜が居ないから少し鶏と鴨を分けて欲しん
だが良いかい?﹂
﹁構わない。ただ育てられる人がいるの?﹂
﹁んーなんとかなると思う。とりあえず小屋を作って寝床用意して
襲われ無い様にするから。あと番で六組持って行こうと思うんだけ
841
ど﹂
﹁いいよ。狼に襲われ無い様に気を付けてね﹂
﹁わかったよ、ありがとう﹂
足元を見たら、子供達に交じってラッテもワシャワシャ撫でてい
る。ヴォルフも寝転がり、脇腹や頭を撫でられている。
スズランも撫でたそうにしているが、今は空気を読んでいるのか
触りに行かない。
﹁少し餌付けしてみたら?﹂
﹁そうね﹂
そう言うと、早速未調理の鶏肉を持って来たが止めさせた。
﹁まずはこっちの方が格上って思わせる様に、俺達が先に食事をし
てから別な物を与えないと駄目なんだよ﹂
﹁そうなんだ。じゃぁこれは取っておいて昼食が終わったらあげよ
うかしら﹂
﹁そうだね、懐いてくれれば良いね﹂
﹁うん﹂
そういいながら俺が肉を棚に戻し、村内を周りなるべくお金を使
わない様に必要な物を揃える。
前に育てていたミントの苗と、ラベンダーの苗と、カモミールの
種を実家から持ち出して、お茶や蜜蜂用に植えようと思っている。
ミントは爆発的に増えるし。ってかある意味雑草扱いだし。
少し実家で親と話そうと思ったが、両方いなかったので会話は夜
だな。
後は交易で手に入れられなかった、トウモロコシの種と豆も買っ
た。これくらいならまぁ⋮⋮、自分ルールの許容範囲内だろう。後
は怪我した時の消毒用に蒸留酒と清潔な布数枚と針と糸も必要かな。
小奇麗になったとは言えまだ奴隷時代に来ていた服しかないからな。
服類もどうにかしたいなー。
842
後は家禽を入れる籠だけど、スズランの家に有るのを貰おう。そ
の時にでもイチイさんとリコリスさんとも顔を合わせて置こう。流
石に足を縛って運ぶと弱っちゃうからね。
そして家族で昼食を済ませ、スズランがヴォルフに鶏肉を与え、
食べ終わってから頭を撫でている。
振るえてないのでまぁ少しは慣れたのだろう。だが、まだ完璧に
スズランに慣れたと言う訳ではなさそうだ。
午後は池のお姉さんの所に行き、養魚所の魚を番で十組と水草を、
明日の朝に取りに来る事を伝え、飼育方法も少し聞いて置いた。水
浴び場の下流か、隣にでも養魚所を作っておこう。淡水魚ならどう
にか飼育できるだろう。増やすのに時間はかかるかもしれないがな。
家畜も手に入らない事を考慮して、豚や羊もどうにかしておいた
方がいいな。牛は子牛なら運べそうだけど成牛は絶対無理だな。こ
の辺は船舶輸送するしかないか。
そう考えながら歩いてたら、萌えない犬耳のおっさんに話しかけ
られた。未だに名前は教えてくれない。﹁あん? もう、おっさん
で良いだろ、お前と俺等の仲だしな!﹂と笑いながら肩を叩かれた
し。
﹁ようカーム、調子はどうだ?﹂
﹁まだまだやる事が山積みで、頭がいっぱいいっぱいですよ。食料
の安定供給も確立できてませんし、三日に一回通る船はまだ素通り
が多いです。この間は止まってくれたんですけどね﹂
﹁そうか、ところで物は相談なんだが。俺達も島に連れて行ってく
れないか?﹂
﹁え? なにも無いですよ? それにまだ大変な時期ですし﹂
﹁だからだよ、俺達はまだお前からもらった恩を返してない、返し
たのはポーションだけだ、だから一人で悩まず少しは頼れよな﹂
そう言われながら肩を叩かれた。
﹁人族に偏見がなく、喧嘩しなければ良いですけど。戦場で人族と
戦ってたんですよね? 大丈夫ですか?﹂
843
﹁あん? 俺達に刃を向けた奴じゃなければ平気だ、気にすんな﹂
﹁んーーー。わかりました。明日朝に、魚を受け取ったら向こうに
行きますので俺の家に来てください﹂
﹁わかった。で、持って行く物は?﹂
﹁生活用品と使っている得物くらいですね。手入れが出来ないので
整備用の道具も欲しいですね﹂
﹁二人にも言っておく﹂
﹁んーわかりました、こちらもなんとかしましょう﹂
そう言いつつおっさんと別れた。
明日一気に物資を持って行くつりだったが、予定が狂ったな。
がさばる魚と、家禽を先に送るか?んー心配だしな。まぁどうに
かするか。
俺の両脇と裏におっさんズ、前に魚の入った樽と、その上に家禽
の籠、両斜め裏に今日買った物資、両斜め前に苗を置けば平気だろ
う。多分。
おっさんズでも、かなり背の高いのはいないし、平気だろう。ま
ぁ、俺より少し高いくらいだからな。
それから夕食前に、炭焼き小屋の見学をして、炭焼き職人から話
をよく聞き﹁あとは経験と勘だけだな﹂と、言われるまで教わった。
その後両親に会いに行き、軽く報告を済ませ。とりあえずまだま
だ厳しいけど、ある程度に成ったら軌道に乗る事を伝え﹁ちょこち
ょこ戻って来るけど子供の事をお願いします﹂と改めて頭を下げな
がら言い、家に帰って家族と夕食を取った。
﹁ねぇパパ、今日一緒に寝ても良い?﹂
﹁あ! 私も﹂
﹁良いよ、けど寝る前にお友達のお父さん達と会って来るけど、良
いかな?﹂
﹁いいよ﹂﹁うん!﹂
844
﹁よーし良い子だ﹂
そう言って頭を撫でたら、ラッテが頭を二の腕にグリグリして来
たので、撫でてあげたらスズランまで乱入して来たので、こっちも
撫でてあげた。
﹁お父さんとお母さん仲良しー﹂﹁ママ嬉しそう!﹂
子供の前でイチャイチャするのは少し恥ずかしいが、仲が悪いと
ころを見せるよりかはマシだよね。
﹁あーごめん、そろそろ酒場に行ってくるよ。大丈夫、俺は飲んで
こないから﹂
そう言って2人を優しく引き剥がして、酒場まで歩いて行く。
﹁よう魔王様!﹂
﹁おいおい止めてくれよ﹂
そう言って席に着き、果実水を頼むととシュペックがスンスンを
鼻を動かし﹁獣臭い﹂と言って、なんか睨んで来る。嫉妬じゃない
事を祈ろう。
﹁あー、向こうで狼に懐かれて今家にいる﹂
﹁へぇー狼か、この辺じゃ見ないよね﹂
﹁そうだなー、確かにいないな﹂
﹁んー狼か、あいつ等はなんか好きじゃない、プライド高いし﹂
いつものシュペックらしくはないが、一応いつも通り乾杯してた、
むしろ君にプライドという物が一切無いと思ってた。ラブラドール
とかゴールデンレトリバーみたいだし。むしろアホの子って表現が
似合うし。
﹁で、どうなんだよ? 島の様子は﹂
﹁簡潔に言うと、前任の魔王が城を建てようとした跡地が、少し歩
いた場所にあって。奴隷用の家も海岸線付近にあった、今はそこに
住んでいる。とりあえず開墾して畑作り中、船が三隻ほど通ったけ
ど、一隻が接岸してくれて、寝具と小麦とジャガイモを、肉と砂糖
845
と交換してくれた。もう少し細かいけどおおざっぱに言うならこん
な感じだね﹂
﹁人間は?﹂
﹁奴隷だったから解放して、体拭かせて飯を食わせて優しく扱って
るから、まだ不満とかはないかも。今日は作業を休ませてるし﹂
﹁んーそうか、奴隷だからって酷使しても良い事無いもんな﹂
﹁前任の魔王は酷使しまくって、魔王城を建てる場所の開墾した時
に勇者に討伐されてるけど。人族の話だと、ほぼ無理矢理で食事も
満足に与えられてなかったって噂だね。俺に引き渡された奴隷も最
初は無気力だったから、力で抑え込まれてたんじゃない? 暖かい
食事とスープで無理矢理元に戻したけど﹂
﹁⋮⋮そうか、世の中には酷い奴もいるんだな。魔族にも人族にも﹂
﹁そうだな。世の中綺麗事だけじゃないって訳だ﹂
﹁うん⋮⋮僕らもそういう事しないように、気を付けないと﹂
﹁まぁ、だから極力恐怖でいう事を聞かせない様にして、鞭打ちと
かそういう事はしないで自分も動く様にして、仲間意識を築き上げ
てるよ。おかげで命拾いしたけど﹂
﹁おいおい、なんか気になるな、教えろよ﹂
俺は船で遭った事を事を細かく説明して、椅子に縛られてる状態
の俺を、ナイフで縄を切ってくれて、助けてくれた事を言った。
﹁んーまぁ、カームらしいと言えばカームらしいけど﹂
﹁カームだから、って言うのもあるよね﹂
﹁そうだね!﹂
﹁いやいや、そこは﹃奴隷に優しくしてて良かったね﹄で良いじゃ
ん﹂
﹁﹁﹁えーだってカームだし﹂﹂﹂
見事にハモった。
その後子供達の話になり。
﹁おー物凄く元気だぞ﹂とか﹁僕にそっくりってミールに良く言わ
れる﹂﹁僕に似てるらしくて、少し考え方がずれてるみたい﹂とな
846
り。
﹁まぁ俺達も似たようなもんだったから仕方ないさ、元気に育って
くれればそれだけでいいよ﹂と言いうと、全員が﹁﹁﹁そうだな﹂
ね﹂よね﹂と帰って来た。なんだかんだでもうこいつ等とは腐れ縁
だよな。
あーこんな雰囲気だと酒が飲みたがったが、飲まないで帰るって
言っちゃったからな。まぁ仕方ない。
そしてその場で解散となるが、シュペックが真剣な表情で﹁狼に
一言有る﹂と言って家まで付いて来た。
﹁ただいまー﹂﹁こんばんはー﹂
﹁おかえり。シュペック? どうしたの?﹂
﹁狼に用が出来てね﹂
﹁そう。喧嘩しないでね﹂
﹁はーい﹂
﹁おじさんこんばんは﹂﹁こんばんはー﹂
﹁はーいこんばんは、いつもレーィカと遊んでくれてありがとねー﹂
そう言って狼の方に歩み寄り、しゃがんでお互い目を見ている。
﹁君の気持を聞かせて﹂
そう言うとヴォルフは﹁ァオァオ﹂﹁ォワウワウ﹂と何かを喋っ
ている様な、鳴き声を出している。
﹁わかった、ありがとう﹂
﹁ウォン!﹂
﹁カーム、この子は助けてもらったお礼に君にずっとカームに付い
て行くって言ってるよ。それと﹁あの時、威嚇してまで近づいて来
て、手当をしてくれなければ私は死んでいた、ありがとう﹂だって﹂
なんとなく意思疎通が出来るって素晴らしいな。
﹁そっかヴォルフの気持ちを教えてくれてありがとう﹂
﹁いやいやー、少し気になっただけだから来ただけだよ。じゃ、色
々頑張ってね! お邪魔しましたー﹂
﹁シュペック君お茶用意したんだけどー﹂
847
﹁あ、じゃぁ一杯だけ⋮⋮﹂
シュペックも色々タイミング悪いなー。
その後子供達と一緒に風呂に入り﹁お話聞かせてー﹂とせがまれ
たので、子供の頃の話をしてあげた。
その後ベッドに入っても、話をせがんで来るので﹁森に修行場を
作って、色々修行してたんだぞ﹂と言ったらかなり興味を持たれて、
根掘り葉掘り聞かれ毒以外の事は話した。
﹁今度投げナイフのコツを教えてね﹂﹁僕は魔法の方が良いな﹂
﹁はいはい、五歳になって学校に行ったらね。もう寝ないと明日起
きられないぞ﹂
そう言って、俺達親子は川の字に成って寝た。真ん中が長いけど
な。
深夜にリリーが寝ぼけて腕に抱き付き、頬を擦り付けて来たけど、
角がゴリゴリ当たってすげぇ痛くて目が醒めた。
この角かなり凶器じゃねぇかよ! スズランより角度が低いから
すごく痛い。多分頭突きで刺さるぞあの角。
まぁ、またスリスリされ無い事を祈るか。
◇
﹁おはよー﹂
﹁おはよう﹂
お互い挨拶を済ませ何か異変に気が付いたのか腕を見て。
﹁どうしたのその腕、真っ赤じゃない﹂
﹁夜中にリリーに抱き付かれて、頬ずりされて角が当たった﹂
﹁あー﹂
﹁経験あるの?﹂
﹁あるよー、確かにすんごい痛い﹂
﹁だよね⋮⋮一緒に寝る時は角にクッションでも着けてもらおうか
848
な﹂
﹁尖ってるからどうだろうねー。無駄かもしれないよー?﹂
﹁だよね。まぁ我慢するよ﹂
﹁じゃースズランちゃん起して来て、私はミエルとリリーを起こす
から、もしかしたら、リリーも起してもらうかも﹂
﹁あいよー﹂
リリーは二歳の頃に、寝起きは悪くないが、中々起きない事がわ
かり﹁こんなところまでスズランそっくりなのか﹂と、笑い話にな
った時がある。
その後朝食を取りつつ﹁また十日くらいしたら、帰って来るかも
しれない﹂と言いながら食事をし、子供達に謝っておいた。
﹁だって魔王様になっちゃったから仕方ないんでしょ?﹂﹁お仕事
なんでしょ? 僕大丈夫だよ﹂と言ってくれたので、嫁達の教育に
感謝だ。
その後魚を受け取りに行き樽の中に入れ、家禽も籠に入れ、穀物
類も用意した。
あとはおっさんズを待つだけだ。
ま手が空いていたので麦茶を飲んでたらドアがノックされたので、
慌てて外に出て、おっさんズに転移の説明をして島に向かった。
﹁おぉ! これが海って奴か﹂
﹁本当に広い湖だな﹂
﹁聞いた事はあったが、説明されただけじゃわからぬ物だな、こい
つは素晴らしい﹂
俺も初めて海を見た時ってこんな気持ちだったのだろうか?人族
がざわついてるし紹介でもするか。
﹁ただいま戻りました、見てわかる通り俺の知り合いです﹂
﹁いや、命の恩人だ﹂
849
﹁俺は恩人らしいです。今日から手伝ってくれるので仲良くしてく
ださいね﹂
たしかに猫のおっさんは助けたけどな。
﹁﹁﹁よろしく﹂﹂﹂
﹁よ、よろしくおねがいします﹂
数名が弱々しく返事をしただけだった。
﹁それと鶏と鴨を持ってきました。これは肉としてではなく卵を産
ませ、増やそうと思っています。ある程度増えたら卵や肉が安定供
給できると思ってますので、誰か世話が出来る人は後で報告してく
ださい。それとこの樽は残念ですが魚です。ここの近くに池を作っ
てそこで育て、増えたら沼とかその辺に放流させて自然に繁殖させ
ようと思ってます。それに水が毒だった場合や、急に水が毒になっ
た場合は魚が死んで浮かびますので、水質異常が直ぐにわかります。
増えるまで食べない様にお願いします。まぁ主に毒対策ですね﹂
﹁あと、トウモロコシや豆も持ってきました。多分今から種を蒔け
ば、収穫はできると思います。幸いこの島は暖かそうなので、トウ
モロコシは良く育つと思います。豆は痩せた土地に蒔くと良いそう
なので、ジャガイモや小麦を育てたら、豆を蒔くと言う風に輪作し
ましょう。増やすために、こいつも今回撒いちゃいますけどね﹂
鶏の糞は肥料にして、鴨は池を作ってそこで育てて、水を海に流
れるようにすれば、貝類の栄養源になるかもしれない。この辺は汽
水域辺りの鴨の云々ってTVで見た記憶が有るので試してみる。卵
を産まなくなったら、羽毛とかを矢とかジャケットとか、寝具にす
れば良いからね。
トウモロコシは収穫して茹でて、乾燥させて保存して粉にしてパ
ンにしたり、飼料になるからな。酒を造っても良いけど、トウモロ
コシの酒は管理が難しいらしいから蒸留施設が出来てからの酒かな。
マメ科の植物は、根に窒素固定を行う根粒菌が共生してるって、
なんかの漫画や有名な小説で読んだからな。しかも病気とかに強い
850
らしい。しいて言うなら、鳥害に気を付ければ良いだけだし。栄養
価も高いしやせた土地や乾燥地帯でも育つからな。正直豆って強す
ぎる、豆まきをしてる子供の様にその辺の林とかに蒔くと芽出て来
るし。小説の方はクローバーだったな、あれもマメ科だし。
まぁ、一応俺も考えて持って来た訳ですよ。
﹁ってな訳でまず鴨が逃げ出さない様に柵を作りましょう。一応水
を引くので水浴び用の場所を、広く浅くした感じにしますね﹂
そう言って家から離れた水路の下流に、大体アタリを決め、浅い
すり鉢状になるようにして水を引き込む。
その間に少し太い枝を刺していき、簡単な柵を作り、逃げ出さな
い様にして放してみた。初めてスズランの家でした時みたいに、水
の中に入って行き顔を突っ込んだりしている。まぁ、後は狼に襲わ
れ無い様に、ヴォルフに前に来た狼に話を付けに行ってもらおう。
﹁鶏もとりあえず鴨と一緒にしておきましょう。池の周りの土の部
分で当面生活してもらいましょうか﹂
放し飼いでも良いんだけど、少し不安要素が多いからな。増えて
安定してきたらにしよう。そのうち、野生の鶏とか見れるようにな
ったらいいな。小さい蛇とか食べてるって話も聞くし。
その後は、かなり上流の方から水を引き、養魚所用のため池を作
り、海に排水するようにして、下流側に柵を作り間に葉を編み込み
こんで逃げ出さない様にして、放流し水草も植えておいた。これも
増えたら沼に放しに行き、自然繁殖にさせよう。
﹁はい、さっきも言った通りここの魚の水は拠点に流れてる水のか
なり上流から引いています。もしこの魚が浮いていたら直ぐに誰か
に知らせましょう。そしてなるべく早く俺の耳に入る様にして下さ
い。んー、なんだかんだやってたら昼食近い時間ですね。少し早い
ですけど、準備して食べちゃいましょう﹂
おっさんズは昼食を持って男連中の中に突っ込んで行き直ぐに仲良
くなってた。
851
俺もあんな風に接してた方が良かったのかな?
閑話
おっさんズと男共
﹁そうなんなんだよ、あの時助けられたから、今ここに俺がいるん
だよ。一生かかっても、この恩は返せないと思ってる﹂
﹁はぁ、魔王様って傷の手当も出来るんですか﹂
﹁横から見てたが見事だったぞ。針を緩やかに曲げ、強い酒に浸し
て綺麗にし、傷口を洗い躊躇せずに縫って行き、ある程度傷が塞が
ったらポーションを振りかけ布を何重にも折り、少しきつめに傷口
を抑える様にして血を止めていた﹂
﹁聞いてるだけでゾクゾクしちまうよ﹂
﹁ありゃその辺の医者でも戸惑う傷だぜ、なんてったってバッサリ
だからな﹂
﹁随分仲間意識が強いっすね﹂
﹁カームは優しすぎるんだと思う。囚人になった俺ですら数日過ご
しただけなのに、諦めずに絶対助けようとしてくれた。多分人族も
同じじゃないか?﹂
﹁んー確かに。俺達が最初に会った時も、パンと温かいスープと干
し肉を用意してくれたし、少しの酒も用意してくれて優しくしてく
れた﹂
﹁なんだ、お前らもか。俺達も兵士に見つからない様に酒場に行っ
て、自腹でスープと酒を買って来てくれて、1つのカップで全員で
回し飲みしたんだよ。あの時は、久しぶりに声を殺して泣いちまっ
たよ﹂
﹁俺等も奴隷で、新しい魔王に何されるのかと不安だったが、いき
なり優しくされたからな。優しすぎるんだと思いますよ。昨日だっ
852
て休みでしたし﹂
﹁んー。その優しさが弱さになったり、利用されたりしなければ良
いな﹂
﹁その為に俺達が来たんだろう? あいつはあまり疑うことをしな
いからな﹂
﹁確かに。信用を得るために、縛られる時や船の上で椅子に縛りつ
けられる時も、抵抗とかしてなかったみたいですよ。まぁ、やられ
たら反撃はしてたみたいですが﹂
﹁カームらしいな﹂
﹁こう黒いナイフを、無詠唱でいきなり回りにブワーッとしたらし
いです﹂
﹁ほう。そんな魔法まで使えたのか。俺が知ってるのは水玉を出す
か、土を盛り上げるくらいだな﹂
﹁あと、人族の兵士を粉々にしたって噂もあっただろ、あれも魔法
だろ?﹂
﹁粉々!? どうやってっすか!﹂
﹁わからん魔法だろ? スコップじゃ到底あんな風にはならないと
聞いた﹂
﹁おー怖い怖い、怒らせない様にしないと﹂
﹁それが一番だ、優しい奴を怒らせるとロクな事がないからな﹂
なんだかんだ言って人族にはまだ不満はないみたいです。
853
第57話 少し村へ帰った時の事︵後書き︶
鉱山の有る山の近くの小川の底はこげ茶や黄土色なんですよね。鉱
水は煮沸消毒やろ過でも毒性が無くならないので怖いですよね。
なので淡水魚を村から持ち込みました。
854
第58話 都合良く海賊が来た時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は足が吹き飛んだり腕に被弾したりするので苦手な方はご注意
ください。
855
第58話 都合良く海賊が来た時の事
村に帰ってから三十日、開墾も進み薪小屋もいっぱいに成り、切
った木材はとりあえず崩れ無い様に積み、開墾した場所はかなり広
くなったと思う。
そして試行錯誤して作ったレンガを積み、泥で補強して炭焼き窯
を作り泥を落とした根っ子や余った薪を突っ込み炭作りを、なんと
かコツをつかめるようになってきた。
最初の頃は燃やして灰にしてしまったが最近じゃなんとか形に成
って来た。
炭は薪の代わりに使ったり、交易に使用している。
その内、鍛冶関係の知識を持ってる人を勧誘し使ってもらう積り
でもいるが、しばらくは作り溜めして置く。
あと副産物で出来る木酢も入浴剤として保存してある。買い手が
付けば良いけどな。
とりあえず麦も蒔いた、これは収穫まで待つだけだ。
ジャガイモの畑も作り、芽が出始めてあと2ヶ月位で収穫できそ
うな塩梅である。そうすればさらにそこから増やして炭水化物の確
保は確立される。
豆も蒔き、とりあえず貯えてジャガイモやトウモロコシの後にも
蒔く事になっているので、増やす方向になっている。
トウモロコシは芽が出るか心配だったが杞憂に終わり小さな芽が
出ている、このままいけば夏頃には収穫できるだろう。
856
淡水魚は今のところ元気に泳いでおり、水草も新芽が確認できた
ので根付いている証拠だ。岩とか木も沈めて隠れ家的な物を作った
方が良いのかは今度村に帰った時の課題だ。産卵時期と稚魚の世話
も必要だな。
養蜂は順調に巣が形成されて綺麗な琥珀色の六角形の形を形成し
ているし、穴も花粉で塞がれているので蜜が沢山詰まっているだろ
う。だがもう少し待って巣が増えてからの方が蜂の方も逃げないだ
ろう。この辺はハニービーと相談だな。
ミントやラベンダーはシソ科なのでどんどん増え、カモミールも
発芽したのでその辺にも植えてみようと思う。こっちは完全に放置
で自然に増えてくれれば良いと思っている。
ミントは森の中に持って行きそこら辺にも植え、バイオテロの如
く増えるだろう。最悪刈り取ってそこら中を全部掘り返せば問題無
い。
あいつ等茎とか葉っぱからでも増えるからな。駆逐は物凄く面倒
だよな。
家禽は未だに襲われずにいるし鶏は卵を産んで温めてどんどん雛
が孵えってるから、このまま増やしていく積りだ。最悪柵の中に入
れてれば増えた分は放し飼いでも問題なさそうだ。
とりあえず卵を一個貰い、砂糖を多めに使いフレンチトーストを
作って子供達に食べさせてみたらかなり好評だったので卵の供給が
安定してきたらまた作ってやろう。
﹁なにこれー!すごくおいしいですまおーさま!﹂
と言われた時の笑顔はかなり励みになった。
船も数回停泊してくれて、なんとか生肉とか砂糖と物を交換した
り、お金で支払ってもらい、とりあえず全員分の寝具は確保できた
857
し、生活用品も充実して来た。嬉しい事に清潔を保つために航海中
の水浴び場として利用してくれる為に寄ってくれ、水の補充や交易
をしてくれと金銭のやり取りもしてくれる船もでてきたので、交易
である程度お金が溜まったら家畜を頼み、増やそうと思う。
その内真水を無料で提供できるようにしたいし、水浴びじゃなく
て宿泊施設を作り温泉も引きたいな。なんか魔王部下の話だと中央
の山は活火山なんだよな?絶対掘り当てて見せる。元日本人として!
﹁じゃあ今日は魔王城建設予定地までの道を広げて整備しましょう、
道中が狭いと野生生物とかと遭遇した時危ないですからね。森の中
の木も間引いて光が差し込む様にしたいと思ってます、コレは森の
中に居る熊とか危ない動物が良く見える様にしたいと言う理由です
が、とりあえず今日からはこの道を拡張したいと思います、目標は
馬車2台すれ違える広さですが、とりあえずは馬車と人がすれ違え
ればいいと思いますので片側だけ切り開いていきましょう。魔王城
建設予定地は井戸も有りますし結構広いので新居を建設するのにも
ってこいの場所だと思っているので、とりあえず準備だけはしまし
ょう﹂
そう言って作業を始めて行く、いつも通り俺が木を倒し皆が枝を
払いながら付いて来ると言うスタイルだ。とりあえず切るだけ切っ
てから根を起こす。まぁ道中が歩いて1時間だからかなり長いけど
斬り倒して行くなら1日有ればどうにかなる。
ってか馬車の横幅が解らない。解らない事は聞く。これは恥ずかし
い事じゃない、けど聞いたら一生の恥って奴も有るから注意な。
﹁馬車の大きさってこんなもんでしたっけ?﹂
﹁え? 多分良いんだよな?﹂
隣りにいた奴にも聞いているがそいつも﹁多分﹂と言っているので
多分1台は通れるだろう。
﹁向かい合って座って真ん中を移動できる程度の広さだろ﹂
﹁確かにこれ位じゃね?﹂
858
そう言って地面に座り﹁いや!これ位だろ!﹂﹁いいやもう少し
広いよ足元に荷物も置けたし!﹂﹁それは少し良い馬車だったから
だろ﹂﹁大きい方に合わせるべきだよ!﹂とか言っているがまぁい
いや。そのまま俺が先行し倒すだけ倒し道幅を広げ住宅用として木
材を適度な距離で積んで置く事にした。
昼食中に狐さんに話しかけられた
﹁カーム、少し話しが有る﹂
﹁なんです?﹂
﹁何をするにしても手が足りない、このままだといつに成っても何
もできない。それに何をするにしても職人が居ない。だから家も建
てられぬ。道具も無い。村から連れて来るか雇うかしないとこのま
まじゃ先細りだ﹂
﹁・・・その辺は解ってます。ですが作物が育たないと纏まったお
金が手に入らないので今やれる事をやっておこうと思っています、
お金が有るなら村か町で募集をすでにかけてますよ﹂
﹁そうか、お前は優しすぎるからな、無理矢理覚えさせたり﹃やれ﹄
と言えぬ男だ。ま、気長に付き合うさ。他の2人だってそう思って
るぞ﹂
﹁︱︱ありがとうございます、知識が無いのに0から試行錯誤させ
るのは研究者じゃなければ酷ですからね。まぁ試しに村長に相談し
て村からこっちに来てくれる方を募ろうと思います﹂
﹁けんきゅうしゃ? まぁいい、そのほうが良いと思う。それにし
てもカームは良くやってると思うぞ?いきなりこんな場所を任され
部下が元奴隷の人族五十人。しかも今の物資だけで﹂
﹁真水が有って周りに塩が有って砂糖も作れて肉や魚が獲れる方が
居て麦も有る。とりあえずはこれで死なない事⋮⋮はできますから
ね、あとは惰性とその場の勢いです。俺だって何していいか解りま
せんし何させて良いか解りません﹃待てば海路の日和あり﹄って奴
ですよ﹂
859
﹁なんだそれは?﹂
﹁焦らないで待ってればきっと良い事が有るって意味ですよ。ほら
嵐の日だって毎日続くわけないじゃないですし、待ってれば航海に
もってこいな日がいつか来るって事です﹂
﹁魔王様! 海賊船です!﹂
﹁ね? 待ってれば状況が動いたでしょ?手が増えて多分纏まった
お金も手に入りますよっと﹂
そう言って立ち上がり尻に付てる土埃を払い海岸線の方に歩き出
す。
﹁お前のそんな微妙に困ったような笑顔を見た時が無いぞ?﹂
﹁なるべく争いは避けたい。けど向こうから嫌でもやってくる、し
かも島だから避けられない。処理しないとこっちが殺されるかもし
れない。なら嫌でもヤらないと⋮⋮あー気が重い重い﹂
﹁心だけは壊すなよ。あれは体と違って直るまで時間がかかるし壊
れ方によっては治らぬ﹂
﹁えぇ、気を付けますよ。ご忠告ありがとうございます。心が疲れ
たら村に戻ってスズランとラッテに甘えてきますよ﹂
途中から小走りになりバールとスコップとマチェットを家から取
り出しとりあえず船が見える位置まで移動した。
﹁魔王様、アレが海賊船です!﹂
﹁うわ⋮⋮本当に髑髏の旗付いてるよ。偽装して奇襲とかしないの
かな?馬鹿じゃないの!﹂
﹁⋮⋮え? それだけですか?﹂
﹁え? 他に何か言う事とかあるんですか?﹂
﹁いえ⋮⋮。これから襲われるかもしれないのに、そんな呑気な事
を言っているのでつい⋮⋮﹂
﹁だって事実でしょう? アレ、かなり堂々としすぎです。さて皆
さんに質問します。あの海賊船を強奪して戦利品として湾内に停泊
860
させておくか。沈めるか⋮⋮。どっちが良いですか? とりあえず
敵味方関係なしに人的被害は最小限に抑えるつもりですし、極力物
資は迷惑料として奪います﹂
﹁え? 沈めるって。そんな簡単に出来るんですか?﹂
﹁んー? 何とかします﹂
﹁⋮⋮そうですか﹂
﹁じゃぁ聞きます、沈めるか、船を奪うか。奪う方だと海賊を全員
上陸させるのでかなり危険ですけど﹂
﹁﹁﹁沈めて下さい﹂﹂﹂
﹁了解﹂
□
﹁おめぇら! アレがまた新しく魔王が住み着いたって話の島だ!
話によると馬鹿みてぇに優しい魔王だって事がわってる。なんて
ったって奴隷だった奴を開放して十分に飯を食わせ休みを与え、子
供に優しく女を女として使わねぇ。こんな馬鹿みてぇに優しい奴が
魔王だってんだ! 早い物勝ちって言葉はこの為にあるようなもん
だぜ! 俺等は海賊だが魔王を倒し神に祈ってる糞野郎達に持って
行けば今までの罪がチャラになって金までもらえるんだぞ! ヤる
なら今しかねぇぞ! いいか、魔王と男は殺せ! 女は好きにしろ
!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁うぉーーーー!!!﹂﹂﹂﹂﹂
□
﹁何か叫んでますね﹂
﹁多分部下たちに活を入れてるんでしょう、多分男は殺して女は好
きにしろってところでしょうね﹂
﹁いやよ! 折角安定した生活が送れてるって言うのに。死にたく
861
ない!﹂
﹁んじゃとりあえず攻撃されたら反撃って事で良いですかね?﹂
﹁え? 攻撃される前にこっちから仕掛けるんじゃないんですか?﹂
﹁んー正当防衛? 攻撃される前に攻撃しちゃったら﹃島の近くを
通ってたらいきなり襲われたんです﹄とか言われたくないですし﹂
﹁気にする事ねぇと思うぜ? 奴等海賊だろ?﹂
﹁一応ですよ一応。皆は下がって下さい。多分矢による先制攻撃、
その後接岸して島に乗り込んで来るんだと思いますよ。まぁ遠浅で
すから迅速に全員で攻めるなら湾の中に入るしか無いので他の場所
からだと喫水が深く無い小舟でしか島に上がれませんし⋮⋮はいは
い来ましたよ。じゃぁ下がっててくださいね、危ないんで。あと子
供達は絶対に見せないで下さい﹂
□
﹁おう! アレが魔王だな、黒いからすぐわるぜ﹂
﹁船長! 魔王以外が島の奥に引っ込んで行きますぜ﹂
﹁元奴隷だから戦えるのがいねぇんだろ﹂
﹁なんか三人増えました、多分獣人族です﹂
﹁三匹増えたところで変わんねぇよ! そろそろ矢が届く! 射る
タイミングは任せるぞ﹂
□
﹁カーム、とりあえず武装してきたが様子はどうだ﹂
﹁船首に人が集まってるから言った通り矢を放って来てそのままの
勢いで浜に突っ込んで乗り込んで来るんだと思うけど。とりあえず
矢が来るまで待ちますか﹂
﹁どうすんだよ。矢が正確に届く距離って言ったら大体二百歩くら
いだろ!? そうしたらあの船足じゃ直ぐだぜ?﹂
862
﹁まぁどうにかしますよ﹂
﹁相変わらず軽いな﹂
﹁ああ、軽すぎて今から何人か殺すって事が嘘みたいだ⋮⋮っと来
たぜ﹂
矢が何本か浜に刺さり、ほとんどが届かず海底に沈んで行く、け
どこれで十分だ。
﹁攻撃を確認。あの船を敵勢力と断定、攻撃開始!﹂
そう呟き、かなり大き目の石弾を射出して、メインマストをへし
折り推進力を低下させる。船足は落ちたが惰性でまだ動いているの
で海底から石柱を出現させ竜骨をへし折り大きな穴を開け串刺しに
し急停止させ、そのままの勢いで数人が海に落ち船足は完全に停止
した。
帆船の種類? 俺が解る訳ないだろ! ヨットではない事はたし
かだね。
帆を燃やさなかったのは布は何かに使えると思ったからだ。ある
物は何でも利用しないとね。
開いた穴から船内に大量の海水が流れ込んでいるのかゆっくりと
沈んで行き喫水線が二メートル程沈んだ所で完全停止。
﹁目視で大体百歩ってところかな、おーおー泳いでこっちに来てる
ぞ、すげえな﹂
﹁カーム、色々と相変わらずだな﹂
﹁ん?﹂
﹁何でもねぇよ﹂
□
ガギャンと大きな音がしたかと思ったら、メインマストが半分以
上ドラゴンの爪で削ぎ取られたようになっており、メギメギメギと
音を立ててゆっくりと倒れて行く。ドラゴンは見た事はないが、や
られたら多分こんな感じなんだろうとは思ったが正直何が起きてい
863
るのかわらなかった。
その後、船体に下から突き上げられる様な衝撃が走り、前に倒れ
そうになった。何人かがそのまま海に落ちたがこんな衝撃は船首を
敵の船の横っ腹に突っ込んだ時以来の経験だ。船長と仲間が何か言
っている。
﹁船底に大きな穴が開いて浸水しているぞ!﹂
﹁どういう事だ!﹂
船内から出て来た仲間に聞いていた。
﹁わらねぇっす! いきないり床が抜けて巨大な石の柱が生えてき
たんすよ! そしてしばらくしたら消えてそのまま水が船の中に入
って来てるんっす!﹂
﹁おいおいおいおいおい! なんだそりゃ! 沈んじまう!﹂
﹁ここ浅いから平気っすよ!﹂
﹁そう言う意味じゃねぇよ馬鹿が! どうするんだよコレ!﹂
﹁とりあえず泳いで行って大勢で囲めばいいんじゃねぇっすか?﹂
﹁ソレだ! 野郎共飛び込め! 少し泳げば足が付くぞ!﹂
勢いしかない船長だよなー。
そう思いながらも俺は海に飛び込んだ。
□
﹁どうするんだ?﹂
﹁とりあえず警告ですかね?﹃俺の言う事を聞いて危害を加えない
って言うなら手荒な真似はしませんよー﹄﹂
﹁気の抜ける警告だな﹂
﹁うるせーぶっ殺してやるからな!そこで待ってろ!この糞野郎﹂
バシャバシャと音を立てて泳いでいる。
﹁はい交渉決裂ー﹂
服と装備を付けたままだけど短い距離を泳ぐってすごいな。
864
﹁なんか凄んでるけどどうしようか?﹂
﹁はぁ任せる⋮⋮﹂
﹁一人を殺して百人に警告するって言葉が有ってね⋮⋮俺は一人位
仕方無いと思うんだよね﹂
﹁任せる﹂
俺は出来る限り大きな声で叫んだ
﹁聞けお前等! とりあえず武装したままこの島に一番最初に上陸
した奴を殺す。敵意が無い場合は足が付く様になったら武器を持っ
て両手を頭の上まで上げて砂浜まで歩いて来てそのままうつ伏せで
寝転がれ! 良いな!﹂
﹁ほう⋮⋮﹂
﹁こんなもんが限界です﹂
﹁まぁ、かなり甘いがカームらしくて良いんじゃないか? ほら来
たぞ﹂
﹁うぉーーー! 軟弱な魔王に負けるわけねぇだろうが! 死ねこ
のクソ野郎が!﹂
船上で戦う為か、少し短い片刃の剣を持っているが、カトラスみ
たいな感じなのでカトラスと呼ぼう。
相手はずぶぬれで、重い服がまとわりついているせいか動きがか
なり鈍く、横薙ぎの間合いが少し短い上に足元が不安定な砂なので
安易に避ける事が出来た。そいつの足にバールを投げつけて転ばせ、
スコップで頭の側面を思い切りたたいてやった。それ以上動かなく
なったが運が良ければ生きてるだろう。
﹁はいっ! 今は一対一だったので普通に戦いましたが混戦になっ
た場合は魔法も使います。それと俺を無視して島民を襲いに行った
ら、最優先で背中にかなりえぐい魔法をぶち込みます﹂
まぁ熱湯か黒曜石の斧だけどな。
﹁関係ねぇ! 囲め!﹂
865
抑止力としては少し勢いや脅しが足りなかったか? 実際に見せた
方が効果的かねぇ⋮⋮気が物凄く乗らないがもう一人だけ犠牲にな
ってもらうかね。
命令に従い足早に俺に駆け寄って来た奴の左の膝上にウインドカ
ッターを放ち、片足を吹き飛ばし勢いよく砂地に倒れ叫びながら痛
がっている。
﹁ぎゃぁぁーいでぇ! 畜生なんだってんだ!﹂
﹁悪いけど殺されるつもりはないんでね、魔法を使わせてもらった。
最初に殺すとか言ったけど君達は死を恐れないで勇敢に向かって来
るものだから少しやり方を変えさせてもらったよ﹂
先ほどと喋っていた陽気な雰囲気を一切無くし、精一杯威圧する
様に声を低くして喋ってみた。慣れない事はするもんじゃないな。
俺の少し前方で叫んでた奴が足が無くなった事に気が付き、痛み
で叫び声を上げながらのた打ち回りどうにか血を止めようと必死に
上着を脱ぎ太ももを縛り砂に血をまき散らしながら傷口を押えてい
る。
﹁死を恐れず向かって来る者には、何が有効かわらないからとりあ
えず恐怖を与えてみたんだがどうだい? 恐怖は君をどう変化させ
る? まぁ出血によっては死ぬけどな。悪かった言い直させてくれ。
もしかしたら死ぬかもしれない恐怖に怯えててくれ﹂
そう言いつつ左二の腕と千切れた所を削ぎ落す様に石弾を射出して
左手も使えなくする。叫び声をまた上げてまたのた打ち回るが誰も
助けようとしない。動かないのか動けないのかは解らないが片手じ
ゃ傷口を圧迫出来ないので本当に死んで貰う事になるかもしれない。
少しだけ気分が悪いがこの警告脅しで言う事を聞いてもらえるなら
50人の島民と残りの海賊の命が助かる。最悪この足元で転がって
る奴も助けられれば助けるか。
866
とりあえず交渉してみようか。
﹁さて、交渉だ。船は壊したから退路はない。
島全体に生えている椰子の木や赤い花は俺の知り合いの、魔族の子
供みたいな物だ。どこに隠れていようが直ぐに見つけ出せるから島
に逃げても無駄だ。逃げた場合は必ず見つけ出し殺す。それに熊や
ホーネットの様な凶暴な生き物や魔物も見かけた時があるし、話に
よるとゴブリンも存在しているらしい、沼もあったからスライムも
探せば多分いるだろう。大人しくして言う事を聞くと言うなら命ま
では奪わないがどうする?﹂
﹁話し合いをさせてくれ﹂
﹁⋮⋮良いだろう﹂
本当やり慣れない事はする物じゃないな。この足元に転がってる
奴は少し唸ってるので生きてはいるみたいだし、前方に転がってる
奴は気を失って出血の量が少なくなってる気がするが、早い所処置
しないと本当に死ぬな。
□
﹁畜生、聞いてた話と全然違うじゃねぇか。馬鹿みてぇに優しい魔
王って話なのによ!実際にこの島に来た奴の話を信じたのが馬鹿だ
ったぜ﹂
﹁優しくても魔王は魔王だったって事っすかね?﹂
﹁だろうな⋮⋮どうするんだよこれから﹂
﹁うるせぇよ、お前らもノリノリだっただろうが﹂
﹁そりゃ船長があんな事言うから俺等も簡単だと思ってたんっすよ
?なのにあんな事に⋮⋮﹂
﹁俺のせいだって言うのかよ!﹂
﹁今だから言いますけどね! 逆らったら海に放り出されるから俺
867
等は船長に何も言えないんすよ!﹂
﹁てめぇ!﹂
﹁船長、今はどうするかですよ。最初にやられたトニーは少し動い
てるのが見えたので生きてますし、トムだってもう足は駄目だけど
気絶してるだけですから助けるなら判断は速いほうが良い﹂
﹁そうっすよ﹂
﹁うるせぇ! あんな奴等死んじまえば良いんだよ! むしろあい
つらのおかげで俺達が生きてるんだ、感謝だぜ﹂
﹁逃げても結局は見つかって殺されるか、熊や魔物に殺されるかの
二拓なら魔王の言う事を聞いて生きてた方が俺は良い。二人も助か
るかもしれない。トムの足はもう戻らないが﹂
﹁⋮⋮俺もっす﹂
そして裏の方でも﹁そうだよな﹂﹁俺もだ﹂と言う声が聞こえる。
﹁テメェら! ふざけんじゃねぇよ! 調子の良い時は俺の言う事
聞きやがって、旗色が悪くなったからって裏切るんじゃねぇよ!﹂
﹁けど助けてくれるって、言ってくれるんですよ? 命あっての物
種です。俺は従います。船長だけ逃げて殺されて下さい﹂
﹁てめぇ、ふざけるんじゃねぇよ!﹂
そう言って怒りに任せて剣を抜き部下に突き立てようとした瞬間
に手に衝撃が走り剣が弾き飛ばされた。正直何が何だかわからない
が、魔法だろうか?
﹁仲良く話し合いしろ、殺されたら島民になるかもしれない貴重な
労働力が減るだろうが﹂
□
少し前
﹁んー話し合いか。何話してるか声が大きいから聞こえるけど、あ
あ言った手前逃げられたら殺すしかないよなー。どうするかなー﹂
868
﹁少しは考えて物事言った方が良いぜ?﹂
﹁だな﹂
﹁ですよねー。けど俺ってそんなに頭良くないからスラスラと言葉
が出てこないんだよ﹂
﹁なんかさっきも無理して声を低くして脅してたみたいだしな﹂
﹁そうだな、あと俺達よりかなり頭良いから気にすんなよ﹂
﹁わった気にしない! あとあんな声あんま出さないから少し喉が
痛い、あー早く止血してやりたい、じゃなきゃあいつ死んじゃうよ﹂
﹁一人殺して百人に警告するって言ってたじゃねぇかよ⋮⋮﹂
﹁まぁそうなんですけどね、けどやっぱり気分悪いですよ? 助け
られるなら助けるべきですよ﹂
﹁魔王の器じゃねぇな﹂
﹁自分でもそう思います﹂
そうしたら﹁ふざけるんじゃねぇよ!﹂と声が聞こえて剣を抜い
て突き刺そうとしてたので石弾で弾き飛ばした。
危ない危ない殺されたんじゃ労働力が減るじゃないか。
﹁危なかったなーもー﹂
なんだろう。すごく面倒くさい。仲間割れで船長だけ粉砕覚悟で
船員と突っ込む雰囲気だけど、部下の士気はダダ下がりで部下は投
降したい。こりゃ最悪船長が殺されて俺に命乞いの可能性もあるな。
あ、船長が殴られてぐったりしている。殺されちゃ労働力的に不
味い。
﹁おい、止めろ! 一応生きてれば使い道はあるんだ。それ以上や
るとそいつ死ぬぞ﹂
﹁ですが、船長をここで殺さないと、いつかきっと背中を刺されま
すよ﹂
﹁そうっす、ここで殺さないといつか殺されるっす﹂
﹁そうか⋮⋮。けど考えはある、そいつを俺に預けろ。投降する者
869
は足元に武器を置いて向こうに並べ﹂
そう言うと、全員が武器を置いてぞろぞろと移動した。
﹁船長以外全員か。案外聞き分けは良いんだな。まぁ船長気絶して
るけどね﹂
﹁命の方が大事っすから!﹂
﹁そうか。少し海の方を見てろ﹂
そう言って、全員が文句を言わずに海の方を見た。一応従う意思
は有るみたいだ。
俺はトムだかトニーの千切れた足と傷口を水球で洗い、回復魔法
で骨と神経を繋ぎ、肉と皮を生成する。
足元に転がってたトニーだかトムだかの頭にもとりあえずシップ
をイメージした回復魔法をかけて置いた。どうなるかわからなぇけ
どな。
﹁振り向いて良いぞ﹂
﹁トムの足が!﹂
トムだったか。
﹁足くっつけておいたから、後で目を醒ました時にでも全部説明し
ておいてくれ。しばらくは違和感があって歩き辛いと思うけどな﹂
もう威厳とかいいや。
﹁んじゃとりあえず説明するから聞いてくれ﹂
皆に島の現状を話し、これから島をどうしたいのかも話した。そ
して今は圧倒的に手や技術者が足りず新居を作れずにいる事も伝え
た。
﹁ところで船を修理したりできる奴とかコックとか乗ってるのか?
乗ってたなら家を建ててもらおうと思ってるんだが、あと釜戸番
してる女性の負担も減らせるんだよね﹂
﹁いるっすよ、ただ簡単な整備や補修しか出来ないんで解りません
が、おい!﹂
﹁俺がその船大工です、俺の親父は大工でして子供の頃よく仕事場
で作業を見てたんでなんとなくで良いならできます﹂
870
﹁わった、少し知識があるなら何もない奴よりはマシだ。後で仕事
を覚えてもらう﹂
﹁うっす﹂
﹁んじゃコックは?﹂
﹁非戦闘員なので船の中で待機中です﹂
﹁そうか。とりあえず食料と金品は預からせてもらう。沈んでる場
所に倉庫がないなら急がなくていいが浸水した場所にあって濡れた
らまずい物があれば今すぐ回収してくれ、特に食料品とか﹂
﹁食料庫はキッチンの隣なので多分平気だ、ただ奪った宝は重心を
低くしたいから船の最下層においてあるから回収は少し難しいな﹂
﹁そんなに有るの!? まぁ食料があるならしばらくは生きられる。
金品は後で考えよう。それと寝るところだけど悪いが家がないので
しばらくはあの半分沈んだ船で寝ててくれ、船に小舟位あるだろ?
それで往復してくれ﹂
﹁﹁﹁うっす﹂﹂﹂
﹁あー他に何か有ったかな・・・あー君達は海賊って事で一応戦闘
は出来るでしょう?なら常駐防衛戦力として一応敵が来たら戦って
もらうし。魔物が出たら戦ってもらう。だからさっき捨てた剣を拾
って良く整備しておいてくれ。塩水は鉄と相性悪いだろ?
で。船長だ。船長はこっちで預かるから、そこの君と君ちょっと担
いで後ろ付いて来て﹂
﹁﹁うっす!﹂﹂
縄で簀巻きにして、口に布を突っ込んで顔に麻袋をかぶせ取れな
い様に首で縛り、子供達の行動範囲外の椰子の木に縛りつけた。
﹁んじゃ帰ろうか﹂
﹁え? この暑い中放置ですか?﹂
﹁死にますよ?﹂
﹁俺を殺そうとしてたのに何言ってるんだよ。情でもあるの? ま
ぁあるか。元船長だし。まぁ、とりあえず心を折る事から始めるか
871
ら興味が有るなら言ってくれ。具体的に何するのか見せるから﹂
﹁﹁え?﹂﹂
﹁こういうのは心を折ってからじゃないと上辺だけ反省したように
思わせて心の中で何を考えてるか解らないからねー。んじゃ帰ろう
か、あー子供達にこっちには近づかないように言い聞かせないとな﹂
﹁ただいまー﹂
﹁おう。どうした?﹂
﹁椰子の木に縛りつけて顔にも麻袋かぶせて来た、起きたらパルマ
さんが知らせてくれるよ。んじゃ皆と顔合わせだね﹂
そう言って皆を呼び俺が説明する事にした。
﹁ってな訳で心を入れ替えた武器を持った元海賊です。何かあった
ら言って下さい、罰を与えますので﹂
﹁こっちの紹介もお願い﹂
﹁あー忘れてた。さっきチラッと話に出した椰子の木が変化したド
リアードのパルマさんと、赤い花が変化したアルラウネのフルール
さんです。この島の椰子の木と赤い花は子供と言うか分身と言うか
眷属と言うか⋮⋮まぁわりませんが、似た様な島の木や花には意識
を持っていけるらしいので、誰かに見られてると思ったらこの方達
です﹂
﹁よろしくね﹂﹁よろしく﹂
﹁ねぇカーム君。例の船長気が付いて暴れてるわよ﹂
﹁って具合に教えてくれますので、ってな訳で船長の所に行ってき
ます。とりあえず海賊はコックを迎えに行ってから仲良くしててく
ださいね。さっき言った事を忘れない様にくれぐれもお願いします
ね⋮⋮﹂
超笑顔で元海賊達にお願いしておいた。
﹁は! はい!﹂
素直でいいね。
872
﹁モガー! アーーーガーーー﹂
﹁元気だね﹂
﹁元気ですね﹂
﹁ねぇ船長、聞こえてるよね?﹂
﹁モガー﹂
﹁聞こえてるね、今から顔の袋外すから少し話し合いをしようか﹂
俺は首の紐を解いて麻袋を外すと思い切り睨まれてる。
﹁んじゃとりあえず口の布も取るから態度と口の利き方には気を付
けろよ?﹂
口の布を取り出した瞬間顔に唾を拭きつけられた。
﹁話をしたくないみたいですね。帰りましょうか。麻袋をまたかぶ
せるんで押さえつけてください﹂
そう言って目の前で水を砂地に撒き、口に布を押し込み、頭に麻
袋をかぶせる。
﹁また明日来ますから﹂
﹁話し合いするんじゃないんですか?﹂
﹁これじゃ無理だからね、折角水も持って来たんだけど無駄になっ
ちゃったね﹂
わざと聞こえる様に言ってから帰った。
◇
三日後
海賊と島民のイザコザとかは特に無く日課として船長の所に通って、
話し合いをしようとするが大声で喚いたり汚い言葉を投げかけて来
るのでその度に目の前で水を砂地に撒いてから帰るを繰り返してき
た。昨日海水を飲ませようと思ったけど元海賊に物凄くお願いされ
て止められた。
まぁ解ってるよ。海水を飲んだら、飲んだ量の3∼4倍の真水を飲
まないとやばいってね。
873
けどそろそろ限界だと思うんだよね。熱い中水分も無しで3日目だ
し。
﹁なんかグッタリしてますね﹂
﹁まぁ水も食料も無いからね、しかも今日少し熱かったし、水だけ
有れば食糧が無くても30日は生きられるけど。水が無ければ3日
位で死ぬからね﹂
そう言いながら麻袋を外してやるが目が虚ろで唇がカサカサで思考
能力も低く元部下が解らないらしい。
﹁水・・・﹂
﹁別にやっても構わないが島民に迷惑を掛けない事を誓うかい?﹂
﹁みず・・・﹂
﹁あちゃー少しやりすぎたか?少しどころかかなり思考が鈍いな。
誓いますかー?﹂
目のまで水をチラつかせ﹁あ・・・あぁ・・﹂と言ってるが、反
応が鈍かったので目の前で砂地に捨ててやったら力無く﹁・・・あ﹂
と言って最後の希望が無くなり心が折れたのか項垂れて何も反応し
なくなった。
﹁んーやりすぎたか?﹂
かなり不味いと思いとりあえず水に砂糖と塩を混ぜた物を飲ませ、
簀巻きのまま運び出し、日蔭に寝かせ衣類をびちゃびちゃになるま
で濡らし、氷を生成して腋の下や首や足の付け根に置き安静にさせ
た。
しばらくしたら気が付いたのか、パルマさんが教えてくれたので
船長のところに行ったら目だけでこっちを見ているので、とりあえ
ず無言で近寄り目の前に座った。
﹁とりあえず言ってる事わるか?﹂
頭を力無く縦に振っている。
﹁これが最後のチャンスね、言う事を聞いて生き残るか、このまま
死ぬか選ばせてやる。生きたいなら頭を二回縦に振れ。死にたいな
874
ら頭を横に振れ﹂
そう言うと頭を縦に2回振った。
﹁わった、とりあえず監視付で皆とは下の立場で働いてもらうから、
それだけは覚えて置いてくれ。それと何か問題を起こしたら苦しん
で死んでもらうから覚悟してろよ。今飯を持ってくるからこのまま
待ってろ﹂
持って来たココナッツジュースに塩を混ぜた物をゆっくり飲ませ、
パンをお湯でふやかし、軽く塩を振った物を持って来た。
﹁数日物を食ってない状態でいきなりかっ込むと胃がやられるから、
少ないと思ってもまずはコレで我慢してくれ﹂
そう言って縄をほどいてやり自分で固まった関節をほぐす様にゆ
っくりと動かしやっとスプーンを持ち。ゆっくりと口に運んで飲み
込んだのを確認してから自分の作業に戻った。
まぁ、どうにか使えるだろう。たとえばまた海賊が来た時の交渉
役とか。
明日はまず休ませて、衰弱してるから食事は少し柔らかめにして。
武器の携帯は無しで。
閑話
船員の話
沈んでない船内
﹁あの魔王ってよ、中々えげつないぜ?﹂
﹁なんでだよ﹂
﹁船長の件だけどよ、話し合いするって言って船長がなんか言った
り反抗的な態度だったら目の前で水を捨ててまた顔に袋かぶせて丸
875
一日接触は無し。話せる機会は1回だけ﹂
﹁おう﹂
﹁そして段々弱っていく船長。目の前で水を捨てる魔王﹂
﹁ひでぇな﹂
﹁そして今日だけど、死にそうで﹁みず﹂としか言えない船長の前
で﹁反応鈍いな﹂って言ってまた目の前で水捨てたんだよ﹂
﹁そしたら?﹂
﹁ショックで気を失った、多分明日まで生きられないって思ったん
じゃないのか?流石に﹁んーやりすぎたか?﹂とか言って無理矢理
水飲ませて連れて帰って来て介抱してたぜ?結局言う事聞くって事
で生かされてるが明日からどんな扱いされるか解らねぇよ﹂
﹁けど俺達にも無茶させてないし武器も返してもらったし平気じゃ
ないか?﹂
﹁監視付で皆より下の立場で働いてもらうって言ってたからどうな
る事やら﹂
﹁あーこれより下ってどんな環境なんだ?少し興味あるからちょっ
と船長が見える位置で働いてようぜ﹂
﹁だな﹂
◇
﹁ってな訳で皆より名目上立場が下ってなだけで扱いは武器を所持
出来ないだけで普通です。こき使ったり無視したり苛めたり殺した
りしない様に!あと今日は衰弱が激しいので休ませます。以上。ほ
ら、皆に謝れ﹂
﹁皆さま申し訳ありませんでした﹂
﹁思ったより普通だな、あとあんな言葉使いしてるの初めて見たぜ﹂
﹁あぁ、そうだな。あとなんだかんだ言って本当優しいなあの魔王。
ってか甘い﹂
876
﹁だな﹂
カームは甘いらしいです。その辺は前世の常識が抜けて無いのだと
思います。
877
第59話 村へ船大工を修行させに行ったはずだった時の事︵前
書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
カーム大人気無い!
878
第59話 村へ船大工を修行させに行ったはずだった時の事
俺は今村に帰って来ている。船大工とその部下っぽかった三人を
連れて。
﹁親方ー、この人族に修行させてやってくれませんかね?﹂
親方は母親がドワーフなので、生まれ付き手先が器用と言う事で
木工の道に進み、今は大工をやっている。切った木の皮を剥いてそ
のまま柱にしたり現代建築で見る様な真四角な木材に加工して建て
たりもできる。
なぜか基礎工事とまで行かないが、土台作りもするすげぇ魔族だ。
成長した村に手あたり次第家を建ててくれたのがこの人だ。もちろ
ん他の職人もいるからこの人だけと言うわけではない。
﹁給料は四人で一人分で良いんで、他の従業員と一緒に住み込みで
働かせてやってください﹂
﹁おう噂は聞いてる。向こう島に大工がいなくて、住む場所に苦労
してるんだってな。雇うのは構わないし、お前のおかげで少し前に
こっちの懐も潤ったから、別に給料は全員普通にだしてやれるぞ?﹂
﹁あー⋮⋮お言葉に甘えさせてもらいます。本当は親方と従業員を
呼びたいんですけどなにせ転移魔法陣の使い勝手が悪くて運べても
四人、長い物は無理、しかも金もない! だから人材を預けて覚え
させる。これが一番金がかからない方法と言う訳なんで無理を言わ
せてもらったわけですよ﹂
﹁おう。アレから村もでかくなって家を建てて欲しいって奴が結構
いてな。家を最初から建てさせて覚えさせるのにはちょうど良い。
筋が良くて年が一巡した今頃なら使える様になってるぞ﹂
﹁んー厳しいですね。今はある程度使えてそれなりの家が出来れば
良いんでどうやって木を加工するか、どういう手順で家を建てるか
って言うのがわかれば良いんで、それだとどのくらいですか?﹂
879
﹁あん? そうだな、早くて家三軒も建てれば手順や仕事は覚える
だろうな。俺的には半端な仕事はさせたくはないんだけどよ﹂
﹁んーわかりました。とりあえず仕事覚えたら一旦返してもらって
島である程度家を建てたらまたこっちに来させますよ。今一番やり
たい事は、海から少し離れたところに家が欲しいんですよ﹂
﹁海が何だか知らねぇが、別な場所に早急に建てたいってなら修行
の為に腕利きを一人くらい貸すぜ? そうすれば、素人でもテコに
はなるだろう﹂
﹁何も知らない人族が、大工仕事ができるなら良いんですけどね⋮
⋮﹂
﹁物は使いようだだぜ? 木を削って真っ直ぐにしたり、重い物を
運ばせたり支えたりするくらいはできるだろ?﹂
﹁んーそうですけど。本当に大丈夫かな﹂
﹁おう、とりあえず修行だと思ってお前とりあえず行ってこいや、
向こうでド素人を使ってそれなりの家を作れたら一人前だと認めて
やるよ﹂
そんな感じで話が進み、腕利きを一人預かり四人を預けた。まぁ
確かにそれなりのって言ってたけどさ。
﹁んじゃ俺は定期的に村に帰って来てるから、なんかあったらその
時にでも声を掛けてください。さっき聞いてたと思いますが給料は
出るらしいんで、日雇いじゃないから最初の給料が出るまで結構か
かります、だから息抜きに使う金も渡しておきますね。これは給料
から返してくれればいいです。魔族側の通貨の見方は大体わかりま
すよね?﹂
﹁うっす、解ります。ですが本当によろしいんですかい?﹂
﹁返してくれるなら構わないよ。稼いだ給料は何に使っても構わな
いです。この村は最近少し大きく成ったとは言え、娯楽はまだ酒く
らいしかありませんけどね。金がないとそれすらも楽しめませんし。
成り行きで部下にさせちゃいましたけど、他人が稼いできた給料を
880
取る様な事はしないですよ。とりあえず家が建てられる位の事を覚
えたら声を掛けてくれ。上に立って命令するような事が今までなか
ったから、どのくらい人をこき使うと、気分を害するかとか解らな
いんですよ。すみません﹂
﹁いえ、殺されなかった上に飯も用意してくれて、まっとうな職ま
で与えてくれたうえに給金までもらえるんですから文句はないっす
よ﹂
﹁そう言ってもらえるならたすかります。とりあえずあの親方は俺
が子供の頃から厳しいって話を聞くから気を付けて下さい﹂
﹁う、うっす﹂
﹁んじゃ頑張ってくださいね﹂
そう言って俺は家に帰った。
﹁ただいまー﹂
﹁パパおかえりー﹂
﹁はい、ただいま。急に帰って来たからお母さんとママは居ないね﹂
﹁うん、けどリコリスバーバがいるし﹂
﹁そうか、それなら安心だ﹂
﹁あら、お帰りなさい﹂
﹁あ、ただいまです義母さん。リリーは?﹂
﹁スズランに付いて行って池の方に居るわ﹂
﹁そうですか、なんだ。ミエルはお家で遊んでた方が良いのかい?﹂
﹁うん。牛さんとか豚さんは大きくて怖いから魔法のお勉強してる
の﹂
﹁おー偉いな﹂
そう言ってワシャワシャの髪を撫でてやる。母親似で毛質が柔ら
かい。
﹁止めてよパパ、僕はもうそんな子供じゃないよ﹂
﹁はは、そうかそうかスズランママは魔法があまり得意じゃないか
ら、パパが後で教えてやるよ﹂
881
﹁まだ危ない魔法は駄目よ﹂
そう言って、玄関先に出て行く姿を見て微笑んでる義母さんがい
た。
﹁はいミエル君! ヘイルジージとイチイジージ。スリートバーバ
とリコリスバーバ、そして二人のママも魔法があまり得意じゃない
と思うんだよね、どう思う?﹂
﹁んー確かにあまり見た事がない。ママが釜戸に火をつける時くら
いだよ、スズランママは少し怖い﹂
﹁あーなんかすごい強いよね。制御しきれないって言うのかな。ま
ぁ皆薪に火をつけられるくらいなら問題ないけどね﹂
﹁そうなの?﹂
﹁生活に支障がないならね、火をつけるのに爆発させたり家が燃え
たりしたら怖いでしょ?﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹁だから少し制御出来て無いくらいなら平気さ、んじゃ今はどんな
魔法が使えるんだい?﹂
﹁んーっと火と水と風と光かな﹂
﹁じゃぁ土を覚えようか﹂
そう言ってかかとで土を掘り返し、手で土を掬い、︻水︼を染み
込ませ泥団子にした。
﹁んじゃこの泥団子を、魔法を使って好きな形にしてみようか﹂
﹁うん﹂
勉強と言うよりは遊びで楽しく覚えさせた方が良いんじゃね? って思うんだよね。勉強とか凄く嫌いだったし。遊び感覚でやった
方が良いに決まってる。
﹁ほら、パパはバールとスコップだ、まずは簡単な物からやってみ
ような、そうだなーまずは丸い形を四角にしてみようか﹂
﹁うん﹂
そう言って悪戦苦闘しているが、少しコツを掴んだのかドロ玉が
882
ウネウネし始めて少し角ばって来た。
﹁おーすごいな﹂
と言っても返事が無い、集中しているんだろうか?
んじゃ俺も少しフィギア感覚で作ってみるかな。
簡単な奴だけどな!
﹁できたー﹂
﹁パパも出来たぞ﹂
ミエルは少し角が円い四角の泥団子になっている。
﹁おーすごいな、はじめてにしては良くできてるぞ。パパも出来た
ぞ、頭に三角の変わった兜をかぶった、バスターソードを持った裸
の男の人だ﹂
どう見ても三角様です。ありがとうございます。
﹁かっこいいー、この人だれ?﹂
﹁霧の濃い中から現れて、悪い人を殺しちゃう怖い人だよ﹂
﹁え⋮⋮﹂
﹁あ⋮⋮やっべ⋮⋮﹂
なんか涙目になっちゃってるし、どうしよう。
﹁良い子にしてれば平気だよ、悪い事って言っても物凄く悪い事し
ないと出てこないから、いたずら位じゃ出てこないよ﹂
﹁ほんとう?﹂
﹁あぁ﹂
﹁すごく悪い事って?﹂
﹁んー村に居る全員を殺しちゃったりしないと出てこないよ、だか
ら絶対出てこないよ﹂
絶対出てこないって事を教えておかないとトラウマになるからな。
﹁けど知ってるって事は見たんでしょ?﹂
鋭いな。
﹁町の本屋さんの本の中でね。昔人族の町で出て来て悪い人をやっ
つけてくれてその町が平和になったんだよ﹂
883
﹁そうなんだ!本当は良い人なんだね!﹂
﹁え? あ⋮⋮うん﹂
そういう事にしておこう。説明が面倒だ。駄目な父親でごめんよ。
あと町の本屋便利説!
﹁おかえりなさい﹂﹁おかえりなさーい﹂
﹁あら。ミエルに魔法教えてたの? カームは教えるの上手かった
から。リリーも教えてもらったら?﹂
﹁や! 魔法嫌い!﹂
﹁じゃあ、槍術の訓練に付き合ってもらいなさい﹂
﹁うん!﹂
﹁え?﹂
﹁ミエルばかりじゃかわいそう。ね?﹂
首を傾げて前髪がサラッと垂れてお願いしてくる。前々から思う
がこれをやられると断れない。可愛いし!
﹁わった。スコップとバール取って来る﹂
鉈は流石に危ないしな。木の棒で代用だな。
﹁この木の棒はナイフだと思ってね﹂
そう思いつつ物置から愛用品じゃないスコップとバールを持って来
て左胸元に右下から左上に短い棒を簡単に縫い付けナイフの様に直
ぐに抜ける様にしておいた。一回きりだけどな。リリーは家の中か
ら穂先の付いて無い柄だけの槍ただの棒を持って来て、軽く振って
準備運動みたいなのをしている。
﹁お父さん準備は良い?﹂
﹁ん? あぁ多分平気だろう﹂
﹁はいはじめ﹂
んースズランも武器は槍だったけどリリーもか・・・力任せなら
かなり不味いよなー胸に挿した拾ったその辺の木の棒じゃ折られる。
884
スズランが合図した瞬間リリーが前傾姿勢で突っ込んできて、真
っ直ぐ俺の顔を狙って突いて来た。
あっぶね。思ってた以上に速い。俺は大袈裟にバックステップで
躱す。十字槍とか引く時って鎌みたいな扱いになるから少し大げさ
に避けて損はない。いつかそういう武器に出会うかもしれないから
な。
﹁あれー、お父さんぼーっとしてたのに避けられちゃった。お母さ
んやお婆ちゃんやお爺ちゃん達は、初めて見るから油断してると思
うから思い切り突きなさいって言ってたんだけど、やっぱりお父さ
んだね﹂
油断できないな⋮⋮スズラン家の女性は。あと親族中で教育して
るのかよ。まったく孫大好きすぎだろう。俺も子供好きだけどよ!
﹁は、はは、随分鍛えられてるね。お父さんびっくりだ﹂
﹁うん、ラッテお義母さんが﹃パパは魔王になっちゃったんだから、
子供も強く無いとね﹄って言ってお義母さんと話し合って鍛えても
らってるの。ミエルもそうなんだけど魔法が使えるのが一番上手な
のがお父さんだから帰って来た時にしか教えられないって言ってた
よ﹂
﹁そうかーお父さんは別に気にしないんだけどね、魔王に成れたか
らって子供まで強いわけないでしょ?あーラッテったら何考えてる
んだか﹂
と言いながら地面に刺したスコップを杖みたいにして手を付いて体
重を掛けて目を反らして愚痴ってたらまた顔面を突いて来たのでス
コップを刺しっぱなしでまた大袈裟に避けた。
﹁隙があったら、遠慮無くヤりなさいって皆が言ってたよ﹂
なんだろう、﹃や﹄って字が物凄く気になる。
﹁うん、良い教えだ。戦いで卑怯も汚いもないって思ってるからね。
今のはお父さんの落ち度だし良い判断だった﹂
そう言ったら刺してあったスコップを棒で倒し、掃って拾われな
い位置まで飛ばされた。どうにも徹底しているらしい。
885
仕方がないのでバールを抜いて左手で構えていたら遠慮無く突い
て来たところに合せるように、俺も前にでてバールで槍を逸らすよ
うにして懐に入り、足を掛け転ばせた。槍を産み付けて武器を封じ、
左胸にある木の棒を右手で抜いて、首に軽く押し付けて終わらせた。
﹁確かに良い踏み込みだけど、避け難いところや的が大きいところ
も狙った方が良いかもね。それとフェイントも上手く使ってみる事
も今度覚えようね﹂
そう言うと泣きそうになっている、流石にやりすぎたかな? 転
ばせる時も頭をぶつけ無い様に気を使ったし⋮⋮何が原因だ?
﹁くやしー! 一回も当てられなかったー﹂
リリーは大声を上げて泣いてしまった。
﹁ごめんごめん、けど訓練でも当たるつもりはないし、自分の子供
だから負けてあげるって事は出来ないからね。お父さん痛いの大嫌
いだからさ﹂
抱き寄せ涙を拭いてやりながら頭を落ち着くまで撫で続けた。確
かに大人気なかったな。
来年で五歳、学校か⋮⋮。思い返せば俺も4から5歳までに急成
長したからな、今は少し子供っぽくても来年どうなってる事やら。
訓練を終わらせて、皆でご飯を食べている。
﹁私お父さんのご飯大好き﹂﹁僕も﹂
﹁そうか、それは良かった﹂
﹁お母さんはお肉しか焼かないんだもん﹂
スズランの方を見るとビクッと震え肉を刺したフォークが一瞬止
まるのを見逃さなかった。
﹁けどお母さんのお肉は豪快でお父さんは好きだぞ! 野菜は自分
で用意するけど﹂
一応フォローも入れて置いた。
﹁たしかにスズランは豪快だよねー、たまに鶏丸々一匹で出て来る
886
もん﹂
﹁アレはすごく難しいんだぞ、下手だと外が焦げて中が生だったり
するからね。だからスズランママは本当は料理が上手なんだぞ、だ
から二人共そんな事言っちゃ駄目だよ、お肉だけだけどね﹂
﹁確かに私じゃ出来ないなー﹂
昼食を食べに戻って来たラッテと家族全員で昼食を済ませ食休み
しているとリリーが﹁また訓練してー﹂と言って来たのでラッテを
見送ってから訓練に付き合った。全部避けたり受け流したり弾いた
りしてたら﹁ミエルも手伝って!﹂と言われ参戦してきて姉弟の見
事な連係プレイを見せられた。顔に火の玉がタイミング良く飛んで
きてバランスを崩され、木の棒で足を払われ転び喉元に棒を突き付
けられた。
﹁いやー参った参った﹂
そう言うと物凄い笑顔で﹁やったー﹂と喜んでいる。
流石に子供達に魔法は使えないしな、移動阻害系とかなら良いか
な。
﹁んじゃ今度は魔法も使っちゃおうかな﹂
起き上がって服に付いた土埃を払いながらそう言うと﹁えー﹂﹁
う⋮⋮﹂とか言っている。
﹁ほら、魔法使ってない俺を転ばせて一本取ったんだから、こっち
も少し手加減を緩めても良いと思うんだよね﹂
﹁うー﹂﹁んー﹂
﹁安心していいよ、傷つけたりはしないから。ただ⋮⋮自分から飛
び込んできた場合は自爆って事で責任は取らないからな﹂
そう言って二十歩ほど距離を取り、スコップを構え直した。確実に
槍の当てられる距離じゃない。当てるのには接近する必要が有る。
﹁いつでもどうぞ﹂
887
そう言うと警戒しているのか近づいてこない。
﹁ちょっとミエルと作戦を練りたいんだけど﹂
﹁⋮⋮今回だけな、敵は待ってくれないんだぞ﹂
そう言ってスコップを地面に刺し二人で小声で話し合ってるのを
見て微笑んでたら、スズランが麦茶を持って来てくれた。
﹁どう? 二人は﹂
﹁んー息は合ってるね、さっきも見ててわってると思うけど一本取
られたし﹂
﹁カームも本気じゃなかった﹂
﹁子供達に本気出せないだろ?﹂
﹁けど次は魔法使うんでしょ?﹂
﹁攻撃に使える魔法は使わないよ、使っても水球とか土壁位かな﹂
﹁お風呂洗っておくわね﹂
﹁ありがとう﹂
そう言ったら胸倉を掴まれて引き寄せられキスをされた。
この感覚は久しぶりだ。
﹁やめろよ。子供達が見てるだろ﹂
﹁関係無い。しばらくしてないし今かっこいいって思ったからした
くなっただけ﹂
そう言って子供達に﹁水と壁に気をつけなさい﹂と言って家の中
に入って行った。ちょっと卑怯でしょう奥さんや⋮⋮。
﹁お母さんとお父さん仲良しー﹂
﹁ママにもしてあげないとママが可愛そうだよ﹂
こっちは恥ずかしがってるのに、子供達はある意味素直だった。
話し合いも終わったらしく﹁お父さん構えてー﹂と言って来たの
で構えて待つ。
そうしたらミエルが火球を一個ずつ俺を狙って飛ばして来てリリ
ーが突っ込んで来る。
んーまだまだ子供だなー。そう思いつつ︻水球︼で火球を相殺し
888
て、︻土壁︼を高さと厚みが一メートルの横幅三メートルくらいの
を作り、迂回するのには戦闘中には時間がかかる。飛び越えるのに
は微妙な高さで上に乗って下りる時にも着地が上手く行かないとバ
ランスを崩すし、上から勢いを付けて飛んでも俺までに少し距離が
ある。いやー戦いっていやらしくあるべきだよな。
そうしたらリリーは勢いを殺さず、そのままの勢いで飛び降り膝
を上手く使ってバランスを崩す事なく突っ込んでくる。
なので俺は足元に粘液を作り出し、少しだけ踏ん張りが効かない
ようにして、あわよくば転んでくれれば万々歳だ。
ミエルはどうにか魔法を当てようと、まだ俺に火球を放ってくる
が、リリーの視線が一瞬だけ上の方を見たので、俺の裏か真上辺り
にもう一個あると思い、視線の上がり具合からして真上はないと思
い、ある程度アタリを付けて少し大き目の︻水球︼を後頭部辺りに
浮遊させ目の前のリリーに集中する。
背中の方でジュウッと火が消える様な音がしたので、読みは当た
りだ。
リリーの顔が一瞬驚いた様な顔になったがそのまま突っ込んで来
る。
猪の様に正直に真っ直ぐ突っ込んで来るので、利き足が地面に付
く瞬間に少し広めに十センチメートルほど陥没させて様子を見たら、
さっき踏んだ粘液で踏ん張りがきかず見事に転んで、俺の前まで転
がって来たので木の棒で頭をペチっと叩いて怪我判定にさせた。
﹁ミエル! お前一人になっちゃったぞ。それからどうするんだ?
魔法を俺に打ち続けるか?幾らでも打って良いぞ、付き合ってやる﹂
少しだけ煽ったらミエルの顔付きが少し鋭くなり、連続して火球
を放ってくる。
俺は︻水球︼を手の平に保持し、放たれた火球を全部その水球で
受け止め、魔力切れを起こしたのかそのままへたり込んでしまった。
889
﹁よし、ここまでだな。この熱くなった水球お風呂場まで持って行
くからそのまま少し寝転がってなさい﹂
﹁んー駄目だった、最初から全力出されちゃって長く持たなかった
よ﹂
﹁そう﹂
風呂を洗っていた手を止めて﹁ちょうどいいから洗い流して﹂と
言われたので︻水球︼を出し洗い流して、栓をしてからミエルの火
球で温まった水球を風呂に沈めた。
﹁なにそれ﹂
﹁ミエルの火球を受け止めた水﹂
﹁少しぬるい﹂
﹁わかったよ、ミエルには熱いって言ってあるから内緒ね﹂
﹁ん﹂
熱湯を少し足して適温にし、子供達と昼間に風呂を入る事にした。
﹁ほら、お父さんは魔王に成っちゃったし、リリーはまだ子供なん
だから気にしちゃ駄目だよ﹂
俺はお湯に浸かってまだ泣いているリリーの頭を撫でてやり、ま
だダルそうにしているミエルを溺れない様に抱いて、どうにか泣き
止ませようと悪戦苦闘していた。女の子って繊細だね。スズランが
図太かっただけなのかもしれないけど。
﹁ほら、魔法使わないとリリー達の方が強いんだから気にしちゃ駄
目。それにまだ学校にいってないのに、そんなに強ければ本当にす
ごいんだぞ﹂
﹁本当?﹂
﹁あぁ! 本当だ﹂
ぐすんぐすんと泣いていたが、機嫌を直してくれたのか少しむく
れて湯船に浸かっている。
ミエルは﹁あ゛ーーー﹂とか言いながら俺の膝の上でぐったりし
890
ている。
そうしたらリリーが﹁私も﹂と言って膝の上に乗って来たので頭
を撫でてやった。
﹁お母さんがね﹂
﹁うん﹂
﹁お父さんの膝の上はお母さんのだから、乗らないようにって言っ
てたから内緒ね﹂
﹁解った﹂
スズランめ何言ってんだ? 酒に酔って俺の膝の上に乗って首に
手を回してキスして来ただけなのに。まぁ明確な﹃私の物﹄アピー
リリー
ルなのかな?
こうして娘と風呂にいつまで入れるんだろうか。学校が終わった
ミエル
ら確実に無理だな。
息子は。どうだろうか。
なんか魔族は、子供の時間が短い気がするんだよな。長寿種はど
うなのかわらないけどな。
そうして子供達と盛大に昼寝をしてたら、スズランに口を塞がれ
たまま起こされ、無理矢理部屋まで引きずり込まれお互い声や物音
を出さない様に、一時間ほど自室のベッドの中にいた。
夕食中に。
﹁あーお母さんなんか機嫌がいい﹂﹁うんなんか良いね﹂
普段と変わらない様に見えるけど、確かに雰囲気はなんかポワポ
ワしている気がするが、意外に子供達でもわるみたいだ。
ラッテがこっちをチラチラ見ているので、夜にもう一度静かすぎ
る一時間を過ごすのかもしれない。
ちなみに両方﹁当たらないから﹂と言っていた。まぁ俺が家にい
ないからこういう事は仕方ないと思うけどね。
891
第60話 水生魔族から文句を言われた時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
後半に少し∼かなりある意味厳しい表現が有ります。ご注意くださ
い。
※個人差が有ります
892
第60話 水生魔族から文句を言われた時の事
子供達と訓練をして妻達と色々夜の営みが有った次の日。俺は大
工の所に行き、親方と同じドワーフの血を四分の一を引いてるいる
クォーターの職人と会い、必要な道具類を確認して、残りのスペー
スに物資を積めるだけ積んだ。そろそろ蜂蜜も獲れそうなので空き
瓶もある。
﹁ルートです、初めまして。村じゃ変に有名だから、俺はカームの
事を知ってるけど、君は俺の事知らないだろう?﹂
﹁申し訳ありません﹂
最もだ⋮⋮。俺は色々動いてて目立ってるから知ってる人は多い
けど、正直あまり関わりのない方は覚えていない。むしろこのルー
トさんとは初対面だったと思う。
﹁いやいや気にすんなよ、そんなもんだろ? 魔王さん﹂
少しからかうようにルートさんは言って来たが、嫌味っぽい感じ
はしない。
﹁んじゃ行きましょうか﹂
﹁はい、お願いします﹂
俺は転移陣を発動させて、親方から預かったルートさんと共に島
に行った。
﹁ぅわ⋮⋮。これが海ですか﹂
第一声がそれだった。
しけ
﹁俺も初めて見た時は似たような反応でしたよ、物凄く綺麗ですよ
ね。とりあえず先に説明しますね﹂
﹁お願いします﹂
﹁海というのは、雨が降ったりすると時化と言って、このザパーン
ザパーン鳴ってる波という物が高くなり、酷い場合はこっちの方ま
893
で届きます。それに飲み込まれると遠くまで流されて、最悪溺れて
死んでしまいます。まだ目立った大雨はないですけどね﹂
﹁それは怖いですね⋮⋮﹂
ルートさんは、深刻な顔をして俺の話を聞いてくれている。
﹁そこであそこにある簡素な家に、とりあえず住んでいる人族がも
し波にさらわれて死んだら労働力が減って、俺達の運命は先細りで
最悪死ぬしかなくなります。今は少なからず交易してるので、船に
丸投げするように全員預ければ、最悪全員の命は助けられますけど
ね﹂
﹁村長みたいですねー。かなり前から村長補佐みたいな事してまし
たが、なんだかんだ言って周りの事考えてるんですねー﹂
﹁任されちゃったから、責任感みたいなのが生まれたんだと思いま
す。だってこの身一つでこの島に飛ばされたら、常に徘徊してどう
していいかわらなかったですし、むしろ好き勝手になんかやってた
と思うんですよね。この砂浜を全裸で踊りながら徘徊とか﹂
﹁だよな、お前の考え方は奇抜だったからな。そのおかげで五回前
の年越祭辺りから村が豊かになりすぎた。何か策が有るんだろう?﹂
全裸はスルーされた。けっこう本気で言ったんだけどなー。無人
島でまずやる事って言ったら、普段できない事をやる事だと思うん
だよね。
﹁はは、そんな事ないですよ。行き当たりばったりです﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
そこで意外そうな顔をしないでくれ。
﹁柔軟な発想と勢いだけです、まぁ説明を続けますね。あそこに簡
素な家が有るんですけどあそこだと危ないですし、真水がないので
脇道を歩き、太陽が少しだけ傾くくらい歩くと少し大きな広場が有
るので、そこに家を建てたいと思っています。そこには井戸があり、
真水が飲めますし﹂
﹁なんでココに井戸を作らないんだ?﹂
﹁海が近いから、井戸を掘っても水がしょっぱいんですよ。しかも
894
森の方から水を引いてますけど、体位洗うのには十分ですが、飲む
のには汚いのでろ過して煮てからじゃないと危ないんです﹂
掘ってないけど、前世の記憶的にも、海沿いや観光名所の島には
井戸があまりなかったからな。
﹁だからか﹂
﹁んじゃ皆に紹介しますから行きましょうか﹂
大工のドワーフ。ルートさんを紹介して、今からとりあえず魔王
城跡地に家を建てる事を伝えた。ここは大雨が降ったら危ないかも
しれないと言う事も言って、開墾組の半分を作業員として付け、と
りあえず井戸を中心に、広い東屋的な物を作らせ井戸の中にゴミが
入るのを防止するのと、その周りに会議が出来る場的な物をまず作
らせてから各家を建設させる様に伝えた。
じなら
﹁ココが前任魔王が奴隷を酷使して作った、魔王城跡地です。とり
あえず開墾して地均しして、中央に井戸を掘っただけです。近所に
採石場もあるのですが、ほぼ手つかずです。話によると奴隷を酷使
ししまくり、勇者に討伐されたらしいですがね。ですので職人とし
て人族を使う場合は朝飯と昼飯の間と、昼飯と仕事が終わる間には
休憩を少し挟む事を忘れない様にして下さい。それと今の所十日に
一回は休みを与えてるので、そのあたりも考慮してください﹂
﹁わかった。休憩も小まめに与え、休みも作ってる。正直丁度良い
感じだと思うぞ? 疲れが出てくる頃に休めると士気があがる﹂
﹁んじゃ、俺の頭の中に有る図面を地面に書きますね﹂
俺は適当な棒を持ち、井戸の周りに四角を書き、大体これ位の大
きさで。から始まり、井戸の有る場所を中央通りとして、十字に大
通り、家を碁盤の目のように区画を作り、そこに家が四軒入るよう
な感じで説明した。
中央通りは商店街みたいに、将来的には露店を並べたいとも伝え
たので、ある程度拡張性のある作りで願いしますと、無茶な注文を
していおいた。
895
この間見つけた、魔王城跡地の採石場側の一角を工業区として、
はり
木材や石材や肉の加工場として、まずこちらを東屋程度で良いから
最優先としておねがいしておいた。
素人考えでアレだが、四方に柱を立て梁を通し、屋根として板を
打ち付けて行くだけだと思っているがどうなのかが不明だ。まぁ、
まず井戸水の清潔性の確立だ。
﹁んー注文は多いですが、ある程度理には適ってますね。採石場で
石を取り、加工して土台として石を使用したり、余っても石塀や道
の整備に使えます。木材加工場も必要です、雨に濡れると腐るので
屋根は必須ですし⋮⋮﹂
﹁難しい注文ですが、とりあえずまずはここを拠点として活動させ
たいのでお願いします﹂
頭を下げてお願いしておいた。
﹁とりあえず俺はカームに感謝してるんだよ。魔王に成っても変わ
らない態度だし、魔族や人族にも変わらず接してくれてるからな。
俺みたいな混ざり者の魔族でも接しやすいからな。村が発展したの
はカームのおかげと思っている。まぁ、見ていて荒削りで急いでる
のはわかるが、小屋が必要って言うのは伝わった﹂
なんだかんだで俺も混ざり者なんだよなぁ⋮⋮。ルートさんもド
ワーフって感じしないし。
﹁ありがとうございます、とりあえず手伝える事があれば言って下
さい。家の確保や水の確保は最優先ですので﹂
﹁わかった、井戸水に枯葉とかが入らない様にすればいいんだな﹂
﹁お願いします、んじゃ採石場を覗いて昼食にしましょう﹂
それから採石場を見学して、大体石がどのくらい取れるか話し合
い、海沿いの拠点に戻り昼食にして海魚を味わってもらった。
とりあえず塩作りの効率を上げるために、落下式塩田の海水を溜
める為の広めの箱を作ってもらう事も頼み、道具の持ち手部分の修
理もお願いした。
斧の柄が折れた事もあり、間に合わせでちょうどいい枝とかで代
896
用していたのだ。刃が欠けた物は俺が粒子の荒い丸い石を高速回転
させグラインダーにして応急処置しかしていないので鍛冶が出来る
人材も欲しいし作業場の作成も急ぎたい。
﹁とりあえず、カームが物凄く頑張ってて悪戦苦闘しているのはわ
かった。俺も頑張る﹂
﹁ありがとうございます﹂
昼食を済ませ、皆に木材関係であった方が良い物や、足りない物
を言ってもらった。
﹁あー忘れてた。あの湾内に沈んでる船の材料も使える物があった
ら使ってください。とりあえず沈んでない部分は元海賊の寝床にな
ってるから雨漏りだけはさせないようにお願いしますね﹂
﹁どうやって沈めたのかは聞かないようにするけど、あの太い柱み
たいなのをどうやって折ったかは興味はあるね﹂
﹁内緒ですよ﹂
俺はジョークを交えつつ、可愛く言ってみたが印象が少し悪くな
った気がした。
﹁はは、相変わらず奇抜で内緒が好きな奴だな! 初めてお前の親
父のヘイルと、スコップで戦って勝ったって話を聞いた時は驚いた
けど。あの船を見たらある意味納得だ。折れたあの柱を使って支柱
を四本にして、三角屋根の東屋の作業場は二軒は出来そうだな。残
ってるのも切り倒すか﹂
気がしただけだった、普通に接してくれた。けど見なかった事に
してくれているだけかもしれない。
﹁その辺は任せますよ、海賊もなんだかんだ言って従うので、無茶
させなければ文句も出ないでしょう﹂
﹁はいはい、んじゃ適当に頭の中に図面引くから後は任せて下さい﹂
﹁了解です。もし村に戻りたい時は言ってください。送りますので﹂
﹁簡単に帰ったら、親方に怒られちゃいますよ﹂
お互い笑いながら会話を終わらせた。
897
◇
五日後
早速船の残骸を使い井戸に東屋を建て、採石場近くの工業区と言
った場所に、長さが違う支柱が二組埋められ、梁を付け傾斜になる
ように屋根になる板を打ち付けているところだ。
思っていた以上に簡素になったな。まぁ、平らな木材が不足して
るから仕方ないか。
﹁悪いんですが、木材加工場の隣に炭焼き小屋も作りたいので、村
にある規模の炭焼き小屋のでいいので、似た様な東屋をお願いした
いんですが﹂
﹁あいよー!﹂
そう元気な返事をして、四方に柱を立て屋根だけを簡単に掛けて
行く。バーベキューとかでよく見る、四本足のアレみたいだ。
﹁たいしたもんですね﹂
﹁これくらいなら余裕っすよ! しかも魔法で穴を掘ってくれるん
で楽っすよ。こっちこそ大したもんだって言いたいぜ﹂
﹁ありがとうございます。コレで廃材や根っ子を炭にする効率が上
がります!﹂
﹁カームが町で教わった炭焼き小屋のおかげで、薪の使用量が減っ
て、しかも薪より長持ちで火力が強いって好評だったんだぜ? あ
ん時は皆驚いてたんだけどな、今じゃ当たり前だぜ?﹂
﹁そうですか、その時は町に居たから解らなかったですが。それな
ら良かったですよ。この島でも炭焼きを今自分で試して人族に教え
て作らせてます、開拓で木を切り倒しても根っ子が残るじゃないで
すか?あれを利用できないかな?って思って適当に炭焼き窯に突っ
込んで炭にしていますよ、今じゃ炭も大事な資源で交易材料ですよ﹂
﹁何でも使う、良い考えじゃないか!俺はあの木を切る回る鋸がす
げぇって思ったぜ?木を倒すのにあっという間だ﹂
﹁まぁ昔から楽する事ばかり考えて麦刈りも魔法で済ませたり畑を
898
作るのにも魔法ですからね。魔法は攻撃以外にも使えれば便利って
事を皆に教えたいですよ﹂
﹁確かにな﹂
そんな会話をしつつ本当は前世の機械や道具を参考にしていると
は口が避けても言えない。しかも前世では﹃十分に発展した科学技
術は魔法と変わらない﹄って言葉もあったからな。それを本当に魔
法で実行しているだけだし。
それにルートさんも、この五日でどんどん言葉遣いが戻ってくれ
て、なんかやりやすそうだな。
◇
十日後
井戸の周りに布張りの小屋みたいな物が作られ、採石場付近に大
きな作業場ができた。少ない人数ながらも石工場としては稼働して
いる、土台を石にしてその上に木材で家を建てる為に、ほぼ同じ大
きさに石を揃えてもらっている。もちろん道具は置き去りにされて
いた物を使っている。
採石場には船の帆を屋根の代わりに張り、日陰も作り少し離れた
・・
粉塵の飛ばない所に、樽に入った綺麗な井戸水を置き、椰子の実も
置いて置く。井戸水は俺は平気だったけど、人族にはまだ飲ませて
ないんだよな。毒耐性も最近上がり辛いし。
まぁ、腹壊したら炭を砕いて獣脂で練った物を与えて置こう。ち
ょうど近くに炭焼き小屋を作って、火入れ式も済ませて絶賛根っ子
を炭にしてるし。医療用活性炭ってのあるからな。
﹁んじゃ、腰を痛め無い様にお願いしますね﹂
﹁おうよ! とりあえずなんとなく同じ大きさに割って加工場に運
んで、平らにして積んで置けばいいんだろ?﹂
﹁そうですね、やり方は任せますが本当に無理だけはしない様にし
899
て下さい。小分けにして運ぶようにお願いしますよ?﹂
石って見た目より重いし、ってか重すぎる。ルートさんに頼んで
大八車も作って貰おう。
ってか石材ってそんなに簡単じゃないと思うんだよなぁ。
各所を見回りつつパルマさんやフルールさんの鉢植えに異常がな
いか聞いていた。とりあえず、その辺に生えてる小さいフルールさ
んを見かけたら、小さい物を鉢を作って植え替えをして、根付いた
ら各所に置き緊急連絡用に使用している。
持ち込んだ植物系バイオ兵器のミントも、各所根付いてるので花
が咲いたら蜂も各所に飛ぶだろう。
そう思って置いたら、人族が慌てて報告をしに来た。
﹁海の中から魔族が!﹂
﹁は? あ⋮⋮今行きます!﹂
一瞬何を言われてるのかわからなかったが、とりあえず湾内の砂
浜に向かうとする。
﹁貴様が島の主ヌシか﹂
もり
母さんより、かなり水生系に近い見た目だ。鱗の面積も多いし、
銛も持っている。しなやかな筋肉の塊で、でいかにも水の中泳ぎ回
ってますって感じがする。
﹁えぇ、一応そうですが⋮⋮﹂
﹁あの湾内の船をどうにかしていただきたいのだが﹂
﹁え⋮⋮あの。理由を伺っても?﹂
﹁なんかしらんが金属の臭いが漂って来て、仲間内から文句が来て
いる﹂
﹁あの船には大陸で使われているお金が積んでありますので、多分
ソレだと思います。引き上げたいのですが、あるのは水の中。しか
も重いので引き上げられないのが現状です。鉄と違って錆びないの
で放置しているんですが、確かに銅は結構臭いがありますからね。
申し訳ありませんでした﹂
900
俺は素直に謝罪した。
﹁ほう⋮⋮。今度の魔王は話が分かる奴だな。前の奴は傲慢で無茶
を言う奴だったからな、﹃俺の部下になれ﹄だの、﹃逆らったらこ
こいら一帯の部族を滅ぼす﹄とか言って、即勇者に倒された馬鹿だ
った﹂
﹁あー⋮⋮それは馬鹿ですね。あと船の件ですが、我々に水中で作
業できる者がおりません。もし宜しければ自分が原因なのは重々承
知しておりますが、手を貸していただけないでしょうか?﹂
下手に出て協力を求めてみた。隣人関係は大切だからね。
﹁ふむ。貴様の様に腰の低い奴は嫌いではない。むしろ威張り散ら
すような馬鹿よりは好きだ。それと協力するには条件がある﹂
﹁こちらで叶えられる程度の条件なら︱︱﹂
﹁なに。食糧を全部寄こせとかそう言うのはないから安心しろ。我
々はこのように丘でも生活は出来るが、丘の物を育てる経験という
物がないのだ。丘からの出戻り組によって、知識はある程度あるの
だが、丘の物を作る職に準じていなかったのだ。だから知っていて
も、どうしていいかわからなかった。だから小麦や獣肉という物を
食べた事がない者が殆どだ。だから提供してほしい﹂
﹁わかりました。どのくらい必要なのかはわかりませんが、そちら
側に不便を掛けているのは確かにこちらですので、その条件で構い
ません。よろしくお願いします﹂
﹁うむ、話が分かる魔王が主になって助かった。もし宜しければ、
これからもよろしく頼む﹂
﹁こちらこそ﹂
一応敵ではないって事は伝わったか? 味方ではないけど、敵じ
ゃないなら大いに結構だ。敵は少ない方が良い。
﹁ってな訳で船内の金品を回収しますので、金品を管理していた船
長の指示に従ってください、それとパンと肉を焼いて置いて下さい﹂
﹁﹁うっす!﹂﹂﹁﹁わったわ﹂﹂
901
﹁質問があります!﹂
挙手をして、海賊が話しかけて来た。
﹁どうぞ﹂
﹁本当に船長に任せて平気なんですか?﹂
﹁どうですか? 平気そうですか?﹂
俺は船長に聞いてみた
﹁はい、ある程度先に聞いてますので大丈夫です﹂
﹁だそうです﹂
﹁いえ⋮⋮そう言う意味で言ったのではないのですが﹂
﹁ん? まぁとりあえず、今のところ反抗的な態度も暴力的な事も
してないので平気でしょう、俺も船まで行きますので、何かあれば
石を抱かせて沈めれば良いだけですし﹂
その言葉に船長の体がビクッと震え、船員が驚いた顔をしていた
が、なんか俺おかしな事言ったか? 前々から何かしたら苦しんで
死んでもらうって言ってたし、これくらい当たり前だよな? アレ
か? サラッと言ったのが不味かったのか?
浜には萌えないおっさん三人組が運び出した金品の見張りとして
付き、俺は海賊達と斜めになった甲板の上にいる。
﹁この場所の一番最下層です﹂
船長が甲板の縁に立ち、船底を指差した。
斜めになってる甲板の縁に立つってすげぇな。やっぱりマストの
上とかで、切り合いとかした事あるんだろうか?
﹁んじゃ穴開けますので、海にいる方は気を着けてくださいね﹂
海の中に居る魔族に考慮し、衝撃が極力少ない︻チェーンソー︼
で穴を開ける事にした。少しくらい潜ればいいんだし、水圧とかも
気にしないで良いからね。俺はロープを付けた石を投げ入れてロー
プに足を絡ませ、体を安定させて横っ腹に穴を開けて行く。
少しボコッと残っていた空気が出たが、特に問題なく穴が空いた。
穴を開けたら水が入り込んで吸い込まれる事を心配したが、そんな
902
事はなかった。
俺は一度上に上がり、
﹁穴は開けたけどお金はどの辺ですか?﹂
﹁頑丈そうな箱が見えればそれです﹂
それを聞いていたサハギン達が一斉に動き出し、砂浜まで持って
行った。
中身を確認したんだろうか?
﹁あの部屋にあった箱はコレで全部だ。しばらくは水に臭いが残る
だろうが問題は解決した﹂
﹁ありがとうございました。言われた通りパンと肉を焼いておきま
したので、ご家族の方もよろしければお呼びください﹂
﹁なぬ! いいのか!?﹂
﹁それくらいなら平気でしょう。多分⋮⋮二百人とかいませんよね
?﹂
﹁心配するな。四十人程度の小さな集まりだ。直ぐに呼んで来よう﹂
んー参加してたのは十人程度だったが、残りは母親みたいな女性
と子供かな。
皆を呼んで来たのか、ぞろぞろと浜に上がり始め、その時俺は見
てはいけない物を見た。
なんだ⋮⋮アレ⋮⋮? あれも身内だって言うのかよ⋮⋮。
首から下が半裸の人族で、首から上が魚の頭だった、それとどこ
かで見た様な魚に人族の手足が付いている奴までいる。いや⋮⋮あ
いつは足だけで網タイツだったきがする。しいて言うなら物凄くダ
ンスを踊る鱈とかが、見た目が一番近い。
せめてもの救いは、前者がズボンを穿いていたという事だろうか。
ブーメランパンツや、ふんどしだったらズボン持って来たな。あ
と無駄に体つきが良いのがムカツク。どこのモデルだよ。コレが水
の中を自由に泳げる筋肉か⋮⋮。
903
まぁ人族とのハーフかな? 微笑ましい事だ。俺は深く考えない
様にした。
皆も少しざわついているし、俺の方を見ているが全力で目を反ら
しておいた。俺に助けを求める様な目を向けるな! 俺も困ってる
んだよ! 見て見ぬ振りをしろ!
あ、ちゃんと下半身魚のマーメイド型もいるんですね。上半身を
海から出して、物凄い美女と、隣には旦那と思われる人が隣にいる。
両方上半身裸で!
あちゃー目に悪いな。それとなく布を渡し隠してもらうか。男共
の反応がガチだし。
まぁ、あの容姿なら求婚もするな。上半身だけなら髪が細く腰の
辺りまで有る水色の髪の美形の女性だし。ほら、人魚姫とか物語も
あったくらだし。
﹁あのーすみません。少しよろしいでしょうか?﹂
話しかけると、上品に食べていた手を止め、
﹁なんでしょうか?﹂
物凄く綺麗な声で返された。あーこれなら船沈んでもおかしくわ
ー。むしろ沈んでも良いわー。絶対歌とか上手いんだろうな。
﹁人族の文化で、人前で裸体を晒すのは恥ずかしいとされています。
しかも貴女は物凄く美人です。ですので丘に体を晒す場合は、胸を
この布で隠していただけませんか?﹂
俺はなるべく目を合わせずに布を渡した。
﹁あら、そうだったんですの? 私知りませんでした﹂
そう言って背中から布を回し、前で布を結ぶが谷間が隠れてませ
ん。むしろ胸の中央で結ぶので余計強調されてるように思います。
物凄くエロくなりました。突起の自己主張も激しいです。
﹁それで大丈夫です。見てくださいあの人族の男を。貴女を卑猥な
目で見てましたよ﹂
﹁あら、それは困りますわ、だって私には夫と子供が﹂
両手を頬に当てて困った様に言う。綺麗で可愛いとかどんだけパ
904
ーフェクトなんだよ。矛盾してるけどな。
﹁ですから隠して下さいと言ったんですよ。他にも貴女みたいな見
た目の方がいたら教えてあげてください﹂
胸に海草か貝殻か⋮⋮アリだな。
﹁ありがとうございます﹂
丁寧に頭を下げられたので谷間が!
﹁いえ、裸でいる方が目に毒なので﹂
﹁私は毒なのですか?﹂
﹁んーなんて言ったらいいのかな⋮⋮。綺麗すぎて欲情しちゃうの
で隠してくださいって意味です﹂
更に天然ですか!
﹁良かった。私は毒では無いんですね﹂
十分毒です。フグと同じくらい毒です。危険度で言ったら鮫かク
ラゲ、最悪イモガイです。
そして夫と思われる人が、さっきまで話していた女性に色々話し
ている。旦那がいなかったら、島の男共が殺到してたな。
ってか俺今すげぇ男共に睨まれてる!
﹁なぁ! 俺にはないのかい?﹂
男の方も、無駄に爽やかでイケメンすぎだ⋮⋮。
﹁男は平気ですよ。まぁ貴方もかっこいいので、あちらにいる人族
の女性に惚れられてしまうかもしれませんが﹂
﹁なら俺にも布をくれないか、妻がいるのにそうなっては困る﹂
何を言っているんだ?
﹁あのですね。男が胸に布を巻いても何の意味もないのです。股間
や胸と言った男や女の象徴を隠すんです﹂
﹁そうだったのか。なら下は平気だな﹂
﹁ですね﹂
お互い爽やかな笑顔で、肉とパンを食べている。なんかムカツク。
あれかな? 男女共に下半身の器官は体内に隠れているのだろう
か?
905
まぁ、下半身魚の女性と結婚しないと確認は出来ないな。
そう思いつつ、島の男共に睨まれながら夕食を食った。
まさか、萌えないおっさんズにも睨まれるとは思わなかったけど
な!
閑話
すげぇ美人だ。
A﹁おい、なんだあの美人は。裸じゃないか!﹂
B﹁どれ! どこ! どこ!!﹂
A﹁あそこの波打ち際だよ﹂
B﹁本当だ! すげぇ。見てるだけで抑えきれなくなっちまう﹂
A﹁でも旦那が居るぜ? しかも下が魚だ﹂
B﹁マーメイドって奴だろう? それに上だけあればそれなりに出
来るだろうが!﹂
A﹁んー確かに下はどうでも、上だけでも十分行けるな﹂
狐﹁同感だ﹂
B﹁おい、魔王が布を持って近寄っているぞ﹂
A﹁マジかよ。まさか隠せって言うんじゃないんだろうな!﹂
B﹁そのまさかだ⋮⋮畜生が!﹂ 狐﹁でも抑えてるから谷間が強調されている、俺はこっちの方が良
い。隠れてる方が余計にエロい場合も有るだろ?﹂
AB﹁解らん﹂﹁渋い顔して何言ってんだおっさん﹂
海賊﹁あー解るわ﹂
狐﹁同士よ、後で酒でも飲み交わそう﹂
犬﹁俺は旦那がいなかったら言い寄ってたかもな﹂
猫﹁住む場所が違う、諦めろ。せめて陸に上がれるタイプのにして
おけ﹂
906
そう言って全員が首から上だけが魚の頭の奴を見て。
﹁﹁﹁﹁﹁首から下が物凄くスタイルが良くてもアレはないけどな﹂
﹂﹂﹂﹂
女A﹁物凄く引き締まってるから、首から上を袋で隠しちゃえば私
は平気かな?﹂
女B﹁私は無理かな﹂
男共﹁﹁﹁﹁﹁ん!?﹂﹂﹂﹂﹂
B﹁おい。体が物凄く好みだけど、頭が魚だったら、袋をかぶせた
らおまえ平気か?﹂
A﹁体つきは良いけど顔が駄目なら隠せば良いって良く言われてる
が。元を知ってたら俺は無理だ。ってか女も聞いてるからもう止め
ようぜ﹂
狐﹁うむ﹂
907
第60話 水生魔族から文句を言われた時の事︵後書き︶
まさかのアジョットタイプ!体はモデルの様なしなやかな筋肉の塊
!雑誌にスタイリッシュな服装で首から下だけの写ってそう!
長年の疑問なんですがね・・・
水生系の繁殖の仕方って
卵を産んでから掛けるのか
中で受精させ卵を産むのか
イルカやクジラみたい体内で育ててから産むのか
って結構考え込んだりします。某コミックのアニメ化した人魚は卵
を持って来て﹁かけて﹂って言ってましたけどね。本当どうなんで
しょうか。
石柱で穴を開けなかったのは魚類って衝撃に弱いからです。
ガチンコ漁ってやつですね。
908
第61話 島内を適当に冒険した時の事 1︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
もう少し後に出したかった物を今回出しました。
909
第61話 島内を適当に冒険した時の事 1
んーまさか海賊がこんなに金品を溜めこんでいるとは思わなか
った。
俺が最前線行ってもらった給金の十倍はあるぞ⋮⋮一応詰問する
か。
﹁せんちょー! ちょっと来てくださーい﹂
お金
俺が大声で呼ぶと、作業していた手を止めすぐ走ってこっちまで
来た。
﹁はい、なんでしょうか?﹂
﹁ちょっと聞きたいんだけど⋮⋮、コレさ、どうやって手に入れた
? 正直に話して。一応不問にするから﹂
﹁はい、他の海賊船から巻き上げた物が一、商船から巻き上げたの
が九です﹂
﹁殺しは?﹂
﹁雇われてる傭兵が暴れた場合と、警告しても大人しくしてなかっ
た場合です﹂
﹁んー黒が九でグレーが一か⋮⋮。この場合どうなるんだろうか、
とりあえず保留だな。ありがとうございます、仕事に戻ってくださ
い﹂
﹁はい﹂
今度来た信用できる商船に引き渡すか、最寄りの町の衛兵を呼ん
でもらうか。
前者はまぁ良しとしよう。
後者は信仰深い人族なら確実に教会に知られて、王族の耳に入っ
て勇者が来る。
いずればれるとして、早く来るのは勘弁してほしい。うん⋮⋮保
910
留。俺の住んでる仮住宅に積んで置こう。そしてパルマさんとフル
ールさんに監視させておこう。
え、俺? 少し欲しいけど流石に良心があるからね。後でクラヴ
ァッテの屋敷の門の前に転移して聞くか。あの門は覚えてるし。
翌日
﹁ねぇ猫のオッサン﹂
﹁なんだ﹂
﹁ちょっと島を冒険して来て良いかな﹂
﹁はぁ?﹂
﹁ほら、一応さ。何があるか確認はしておきたいじゃない? 島の
周りは全部海で歩き続けて、五日で一周って結構大きいですよね?
けどここから見える中央にある山とか、その周りとか確認をまだ
してないんですよ。ぶっちゃけ島の内陸側、交易材料になる物も探
したいし、その間任せて良いですか?﹂
﹁⋮⋮死ななければ良いと思うぞ?﹂
﹁よし行ってくる! 任せたました! 俺は休みを貰うぞーーー!
ヒャッホー﹂
﹁勝手にしてくれ⋮⋮﹂
オッサンは呆れたように仕事に戻って行った。
俺は数少ない私物の調理器具、小麦粉と干し肉、砂糖と塩をリュ
ックに詰め、装備一式を持って、昼飯を食べている皆に訳を話し、
事を任せて旅に出る。
職務放棄? 違うね、島の未開拓部分を探索するんだから仕事だ。
うん、そう思おうか。
代理は海賊の副船長に任せたし。誰かって? 船長に刺されそう
になってた人族です。なんぁしっかりしてそうな人だったし。
何かあったらフルールさんに、って言ってあるから多分どうにか
なるだろう。
911
﹁なんだ、ヴォルフもついて来るのか?﹂
﹁ワフン!﹂
﹁そうか、辛くなったらいつでも戻って良いからな﹂
﹁ウォン!﹂
軽く吼えると、早速マーキングを開始した。まぁ、狼にとっては
ある意味島内散歩みたいなものだよな。
んー魔王城跡地から島中央に向かって見るかな。
湾の中央辺りから太陽が出るから、湾は東を向いているとして⋮
⋮。魔王城はそのまま西に進めばあるんだよな。
俺はそのまま西に向かい、魔王城跡地で羊皮紙に簡単な地図を書
いて行く。
えーっと、この場合南側に採石場があるから近くに作った人工池
は予定地の北か。そのまま池に流れ込んでいる小川を進んで島中央
に行くか。
自然に出来た小川を崩さない様に五メートルは離れて歩き、色々
探しながら歩く。こうしてみるとかなり森が深いな。後で管理しな
がら切り開こう。魚が取れなくなると昨日のサハギンとかマーメイ
ドに怒られる。
アジョットタイプに怒られたらトラウマになる。
前に大雑把に計算したが、島中央まで45kmだとして森の中を
時速3kmでも15時間。そんなに歩けないよな。
一時間に十分の休憩を挿みつつ、蛭に注意しながら歩く。
約四時間ほど歩いた所に、白骨化した人族の骨と思われる物を発
見。
死因は解らないが、足の骨とかアバラ骨とか無いから雑食性の魔
物か動物に襲われたと思う。とりあえず遺品を探すが頭蓋骨の近く
に落ちていた鎖の付いた首輪だけだった。
錆び具合からして、前任の魔王から逃げ出した奴だろう。だって
ザビザビしてないし。とりあえず日本式で両手を合わせ祈っておい
912
た。
﹁あら。カームでも祈る事が有るのね﹂
﹁うお! フルールさんか。まぁ、辛くて逃げ出した先がこれです
からね。逃げた先に楽園なんて無いんですよ。まぁ祈るのは一応気
分です﹂
﹁ふーん﹂
﹁本当どこにでも出ますね﹂
﹁まぁね、とりあえずこの子にもお水ちょーだい﹂
可愛いい声で、上半身だけをクネクネしながら強請って来る。本
体だったらやっぱり大きいし、俺は捕食されるんだろうか? まぁ
攻撃されたら焼けば良いな。
そう思いながら︻水球︼を生成して与えると、喘ぎながらクネク
ネした。なんかダンシ○グフラワーを思い出したわ。
それからしばらく歩くが特に何もなく、そろそろ夕日が沈むので
簡易テントを枯れ木と蔦で作り、寝転がって折れない事を確認して
から、近くに食べられる物がないか探るが特に収穫なし。
丁度良い、早い夕食にするか。え? 戻らないのかって? 目印
が近くに白骨化した死体しかない場所をどう覚えろと? 戻れるけ
どここに戻って来られない、むしろ戻れない気がする。もっと目印
になるような場所を見つけないと厳しいね。
ではでは早速⋮⋮。フライパンに小麦粉を入れて︻水︼を入れ良
く練って干し肉を削っていれて、そのまま焼いて焼き小麦粉だ。
干し肉が有るだけマシだね⋮⋮。
そう自分に言い聞かせ、手早く夕食を済ませ火に枯れ木を梱り込
みながら何か暇つぶしが出来ないかを考える。
魔法の練習しかないよなぁ。
熱湯でも十分威力が有ると思うけど、もう少し欲をかいて見よう
913
と思うんだよね。
イメージはあるんだけど、出来るかどうかなんだよな。
﹃イメージ・水球を高圧下で精製後加熱・高圧で水蒸気を無理矢理
閉じ込め更に加熱・発動﹄
フヨンっとその場で黒い水球が浮かぶが、普通の熱湯よりかなり
熱い、温度的には熱した油と似たような物だ。全身に浴びれば火傷
で済めばいいが高確率でショック死だ。まぁ黒いからまだ温度は上
がりそうだけどこれで良いか。たしか超臨界になったら透明になっ
たはず。
あれ? 最高で何度だっけ? まぁ魔法で作ったし三百度いって
ればいいかな? 火の方が早い気がするけど、飛び火が怖いからね。
まぁ燃やす事が目的なら良いけど、全身鎧を着こんでる奴を即座に
黙らせるならこれに限るよなー。
まぁ、お湯でも十分脅威だが。
︻スキル・属性攻撃・火:3︼を習得しました。
︻スキル・属性攻撃・風:4︼を習得しました。
一気に二つもか。久しぶりだな。最後に上がったのは何年前だ?
まぁいい、圧力関係は風ってわった。今度大気圧も弄ってみるか。
調整が難しそうだけど。
高度八千メートル級のデスゾーンで即高山病とか。なんか無差別
に殺しそうだから止めておこう。
四千メートルくらいで頭痛、吐気、眠気。低酸素状態で運動制限
なんかでも十分効果的だよな? 地表の半分位の大気圧だし。後遺
症とか考えると少し怖いけど。
逆に高気圧から一気に解除して肺を爆破? やばいやばい考えた
だけでも非道だ。
まぁ、頭には入れて置こうか。
なんか後一つくらい欲しいよな。船のマストを戦車の砲弾クラス
914
でぶち抜いたけど、堅い物を貫くのもあったよな。撃ったら空中で
ばらけて、凄く堅い芯を飛ばす奴。うあー名前が出てこない、AP
⋮⋮なんだっけあと四文字くらいあった気がする。徹甲弾でいいや。
柔らかい物に包んで飛ばして、空中で安定したら周りが剥がれて芯
だけ飛ぶんだよな? 矢みたいに安定翼もあった気がする。
えーっと弾頭に長い台形みたいなのをくっ付けて飛ばして、それ
が半分か四つに別れて、真ん中の尖った部分が飛ぶんだよな? 劣
化ウラン? そんな物知りませんしイメージできません。生成でき
ないし危ないから作りたくもない!
やっぱ鉱石で堅いのに行き付くよね? やっぱダイヤモンドしか
ないだろう? けどそれなりの質量も必要だったよな⋮⋮、まぁ硬
度と速度で誤魔化そう。面倒なのは抜きにして芯を作って飛ばそう
まずはイメージだよな、爪楊枝に安定翼を付けた感じで重さ一キ
ログラムでいいか? 流石に戦車クラスは要らないな。適当だ適当。
﹃イメージ・円柱の先を三十度で尖らせ羽を斜めに付けた物・直径
四センチメートル長さ五十センチメートル・材質エメラルド・一メ
ートル先の地面に形成・発動﹄
そうすると下の方から、緑色の棒がどんどん形成された。とりあ
えずは成功だ。親指と小指を使い大体の長さを測るが多分長さは指
定した通りだと思う。重さは⋮⋮どのくらいだろう? まぁ重けれ
ば良いや。質量できまるっぽいし。
これを飛ばしてみよう。なんか良い石とかないかなー。そう思い
ながら周りをウロウロして、焚火から五十メートルくらいの場所に
大きな石があったので標的にする。
速度? 戦車の主砲の初速ってどの位だっけ? ゲームの知識し
かないからな⋮⋮。石弾の倍でいいな。回転は羽が斜めになってる
から進めば勝手に回転してくれるからいいか。
915
﹃イメージ・石弾の倍の速さで視線の先に射出・発動﹄
相変わらず火薬を使っていないので発動自体は物凄く静かだが、
その後のソニックブームが爆音過ぎて、近くで寝ていたヴォルフが
飛び起き、俺の近くに寄り沿い怯えている。
﹁ごめんごめん、色々と忘れてたよ﹂
ヴォルフを撫でてから石に近づいてみると、見事に貫通していた。
うん。堅い敵が来ても平気だね。いるかわらないけどゴーレムと
か。
﹁やっべ! 距離指定するの忘れてた!﹂
そう呟くと木が見える範囲で二本ほど穴が開いており、どこまで
飛んだかわからない。
まぁ、あの方向に誰もいない事を祈ろう。まぁ射程距離は三キロ
メートルくらいだし、戦車でだけど。
﹁・・・気怠いし寝るか﹂
使い所間違えるとかなり不味いな。使い勝手が一番いいのは熱湯
か? エメラルドの芯は色々と使いどころが限定的だよなぁ。まぁ
いいか。
そんな事を思っていたら、
﹁おやすみなさい﹂
と聞こえ、近くにフルールさんの花があるらしい。
全く! この島ほとんど監視状態じゃないかよ!
﹁ねぇやっぱり寝るの待った! さっきの魔法って船の柱折った奴
?﹂
眠ろうとしてるのに話しかけないでくれ。
﹁違うよ、折ったのは別なの。アレは固いのを貫く為の奴、柱を折
ったので石に当てたら魔法の方が負けちゃうよ、ほら﹂
寝転がりながら石の方に向かって︻石弾︼を撃って両方の石を破
砕させた。ヴォルフが飛び起きたが、頭や腰の辺りを撫でてまた寝
916
る時の姿勢にさせた。
﹁ほらね、貫く事を優先させた魔法と、衝撃を与える魔法。使いど
ころが全然違うんだよ。これなら石の裏だって分厚い鉄の壁だって
貫けるさ﹂
﹁ふーん、さっきの黒いお湯は?﹂
﹁水って温まると蒸気になってどんどん少なくなるけど、その蒸気
が逃げ無いようにしてどんどん暖めれば油みたいに熱くなるの﹂
﹁何に使うの?﹂
﹁お肉を煮る、魚を煮る、ジャガイモを煮る、生物系の敵を大体は
一瞬で殺せる。カップ麺を1分で作れる﹂
﹁ふーん、え? かっぷめん?﹂
﹁気にしないで﹂
﹁え? あ、うん﹂
﹁おやすみ﹂
﹁あ。おやすみー﹂
そう言って俺は意識を手放した。
◇
﹁あ゛∼。久しぶりに屋根のない場所で寝た気がする。最前線に行
く前のおっさん達と寝た時でさえ馬小屋の藁だったぞ⋮⋮。魔法使
って魔力切れに近かったし、かなりだるいぜ∼﹂
﹁おはよー﹂
﹁あ。おはよう﹂
地面に座りボーっとしてたら、ヴォルフが口の周りを血だらけに
して帰って来た。
﹁おーご飯食べてたのか?﹂
喋りかけると、頬を血生臭い舌で舐めて来たので少しだけ不快に
思いながらも、しばらく耐えて顔を︻水球︼で洗った。可愛い奴め。
小麦粉と干し肉じゃ何も作れないな。昨日の夜に小麦粉を練って
917
自然発酵させておけば良かったな。
まぁ、今後そうするかね。そろそろ少し歩くか、木の実とかがあ
るかもしれないし。
少し歩くと松っぽい植物を発見したので、若葉を選んで迷わず口
にした。
口の中に青臭い香りと酸っぱい味が広がった。
﹁んー、前世の松の葉とあまり変わらないな﹂
手で千切りながらカップに入れ、︻湯︼も入れてスプーンでかき
混ぜたり、カップの中で葉を潰しながら飲んだ。
インチキな、酸っぱくて青臭いハーブティーの出来上がり。まぁ
実際どっかの広い国では仙人が食べていたって言われてるし、各種
ビタミンや鉄分もあるし水分も獲れるから、もし水が近場に無い場
合はある程度食べれば少しは足しになる。
ってベアさんも言ってたし。
とりあえず朝食にするかね、干し肉しかないけど。水分と塩分と
松の葉茶に砂糖を入れて糖分も良し。果物があれば最高だったね。
後はやる気だけだ。山は少し大きくなったからもう少しで麓か⋮⋮。
焼き小麦粉用にソースが欲しいです。むしろあったらお好み焼き
作ってますよ⋮⋮。
そしてしばらく進むとどんどん木が少なくなっていき、大きな湖
が見えて来た。そして湖の向こうには山が見える。この湖を迂回す
れば、山に着くな。
この湖って自然湖だよな? 道中の小川を魚が来れる訳もないし。
むしろ海に流れ出ないで沼だったし⋮⋮。
んー後で淡水魚を放流かな。生態とか調べたいかな。独自に進化
した魚類とかいねぇかな。火山で出来た島だろ? 地面の隆起で出
来たなら魚がいる可能性はあるけど。少し潜ってみるかね?
俺は全裸になり、少し潜ってみるが魚影はなし。当たり前だが水
もしょっぱくない。雨が降って湧き出た自然湖決定。
918
この湖を何かに利用できればいいんだけどな。淡水の貝類? 養
魚所? 水生系魔物系の住宅設計? ってか水の中でどうやって寝
てるんだ? まぁその辺は来た時に考えよう。仕事も考えておけば、
それなりになるだろう。
そう考えながらしばらく歩いていたら対岸に着いたので、小川を
探すが見当たらなかった。やっぱり湧き出てるのか。
ない物は探しても仕方がないので、山に向かう事にした。ごつご
つした岩が多く土も少なく低木しか生えていない。土壌の問題なの
か、地熱的に根っ子がやられるのかはわからないが、水捌けの良い
土壌って事はなんとなくわかる。
そして俺は山を登り始める。
そろそろ中腹だな。そう考えながら歩いていると、裏からヴォル
フの恐怖心から来るような鳴き声がしたので、話しかけてやるとそ
のままどこかに行ってしまった。何が原因かわからないが、何かあ
るんだろうと思ったら風に乗って卵の腐ったような臭いがしてきた。
﹁硫黄?﹂
そう呟くと俺は風上に向かって走っていた。
少しだけ走ると、湯気を立てながらお湯がちょろちょろと流れて
直ぐに地面に吸い込まれているのが見えた。
﹁コレ温泉じゃね? 温泉じゃね! 温泉だよなぁ! この温泉す
ごいよぉ! 流石温泉だよぉ!﹂
どこかの御大将みたいに、訳のわからない事を叫びながら俺はそ
の湧き出てるお湯に指を突っ込んだ。
かなり熱かった⋮⋮。
んー。この土がどれだけの厚みで、岩盤がどういう風になってる
のかが気になったので、そこだけ魔法を使って土をどかしてみた。
三十センチメートルくらいすり鉢状に退かすと、お湯が結構湧き出
ていた。
それからの俺の行動は早かった。ここいら一帯の土をどかして水
919
路を作り、道中で冷める様にして、触って適温に成ったら地盤を沈
下させ、座って肩が隠れる程度、胸の辺り、ヘソの辺り、腰の辺り
と段差を付けかなり広めに作り、排水する場所も決めて。調子に乗
ってさらに土を魔法でどかし、岩盤を平らにして将来的に脱衣所を
作れる広さにもしておいた。
元日本人ならコレだろう!
排水の溝? そんなの後だ! もう湯は溜まってる! ある意味一
番風呂だ!
俺はまた全裸になり体を洗う事もせずそのまま飛び込み、
﹁ウヒョー﹂
と声を出しはしゃぎまくった。
﹁ふぃぇぁー﹂
散々はしゃいだ後に情けない声を出し、背中を岩盤に預けタオル
を頭に乗せ、目をトローンとさせだらしなく口を半開きにして、
﹁あ゛あ゛あ゛∼∼∼﹂
無意味に魂の声を出していた。
とりあえずアレを言わないと閉まらん!
﹁あ゛∼ゴクラクゴクラク﹂
形から入る元日本人の俺。気分は最高です!
流石に四十キロメートル以上離れてると海は見えないけど。目の
前の湖。広がる大森林。裏を見れば富士山じゃないけど山!
ある意味結構贅沢だと思えるのは、元日本人だからなのだろうか?
とりあえず妻子は島にまだ呼べる状況じゃないけど、ここになら
転移しても良いかなー?と思った。
とりあえず俺は今後の事を出来るだけ考えない様にして﹁あ﹂と
﹁い﹂と﹁え﹂に濁点が付くような声を出しながら、全身がふやけ
るまで温泉を堪能した。
あ、今度お湯が沸いてる所で卵を茹でよう。
920
閑話
夜と爆音と人族
﹃バォン!!﹄
そんな音が夜中に響き渡る。
﹁なんだなんだ! 噴火か!﹂
﹁山は無事だぞ!﹂
﹁んじゃなんだよ!?﹂
﹁わかんねぇよ!﹂
﹁魔王さんじゃない? あの魔族時々訳のわからない事するし﹂
﹁﹁﹁あー﹂﹂﹂
﹁皆寝るぞー﹂
921
第61話 島内を適当に冒険した時の事 1︵後書き︶
超臨界水は超適当です。カップ麺ネタを出したくて出しました。
APFSDSも超適当です。今後ゴーレムみたいな魔法生物とかも
出したくなってきました。
感想を頂くまでソニックブームを素で忘れてました。
ですので急遽文章を修正、閑話の追加です。申し訳ありませんでし
た。
922
第62話 島内を適当に冒険した時の事 2︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
毎度の事ながら話が進みません。
923
第62話 島内を適当に冒険した時の事 2
とりあえず俺は温泉を作った、平らな岩盤の上で寝ようとしたが
痛くて無理だった。毛布くらい持って来れば良かったな。リュック
だけじゃ無謀だったな。次からは万全の準備で探索しよう。
仕方がないので、一回拠点に転移で戻ろうと思ったが、ヴォルフ
が硫黄の臭いで逃げてしまった、帰巣本能に任せるか⋮⋮迎えに行
くかだ。
十秒ほど考え、迎えに行く事にした。あ。ここ山の陰になるから
もう薄暗いな。下山したら多分もう真っ暗だよな。ここじゃ寝れな
いし。どうしようか。
とりあえず土の上で火を起こして、今日も屋根無しで野宿だな。
そう思いつつ下山し、麓に着く頃には山の陰で何時もより早い日
ヴォルフー!﹂
の入りになり、本当に火を起こすだけで真っ暗になった。
﹁ヴォルフー!
大声で呼んだら十分後くらいで、ハッハッハッハと舌を出しなが
ら近寄って来た。
コレで戻って来なかったら、寝ないで朝まで捜索コースだったぞ。
﹁ごめんなー、物凄く臭かっただろう。もうお前を連れて山まで行
かないからな﹂
﹁クーン﹂
焚火の近くで胡坐をかいてたら、二の腕に頭をこすりつけて来た
ので、とりあえず火を消して拠点まで戻った。
﹁ただいまー。みんなー温泉見つけたよー﹂
﹁おんせん? なんだそれ﹂
焚火の近くで、夕食を食べていた人族に詳しく話をしてみたが、
反応が良くなかったので端折ってみた。
924
﹁湧き水が熱くて自然に出来たお風呂です﹂
﹁お風呂ねぇ⋮⋮入ろうと思えばその辺に穴掘って、水引き込んで
焼けた石入れれば入れますよね?﹂
なんだろう、温泉を喜ぶのは日本人とローマ人だけなのか?
﹁アーハイ、ソウデスネ⋮⋮。もう寝ますね、お休みなさい﹂
温泉のありがたみを伝えきれなかった俺は、ふらふらと自分の家
に入り寝ようと思ったら、ヴォルフが付いて来て、
﹁俺の事を構え!﹂
みたいな表情と、お座りからの前足で俺の脚をとんとんとしてき
たので、どこかの無人島を買い取って、王国を作ったおじいさんよ
りは激しくしない撫で方で構ってやったら、満足そうにして家から
出て行った。
やっぱり犬系は可愛いなぁ。
リュック上部に毛布良し! これでその辺で寝れる!
﹁猫のおっさん、今日も俺探索して来るんでよろしくお願いします﹂
﹁おうよ﹂
そう返事をして、こっちを見ずに手をヒラヒラしていた。
んー犬のオッサンはもう少し詳細とか聞いて来るし、猫のオッサ
ンはもう報告してもまったく気にも留めないし、狐のオッサンは理
由まで聞いて来る。
なんかすげぇ性格出てるよなー。
﹁ヴォルフー、今日は山の周りとか歩くから駄目ね﹂
﹁ワフン!﹂
﹁そうかそうか、わかってくれたか!﹂
﹁ウォン!﹂
﹁よーしよしよしよしよし﹂
ワシャワシャと頭を撫でる。少し大げさなくらいがちょうどいい。
犬のおっさんと、海賊達が生暖かい目で見ていたが気にしない事
にした。
925
そして俺は温泉まで転移した。
んー、開発計画とかどうするかな。
とりあえずここから見た感じだと、湖の周りには木がないから道
を作って各所に行けるようにしたりしたいな。
とりあえずは森の開墾をしないと始まらないし、人も増えないと
話にならない。
やっぱり船に乗せてもらって最寄りの港のギルドに島民の募集で
もかけてみるかね? 宣伝もしないと人は絶対増えないし、増えた
として海賊だ。流石にそれは不味い。
けど勇者の存在が怖すぎる。強さとかが未知数なら尚更だ。
俺は温泉に浸かりながら考え事をしていたが、適度に切り上げ、
とりあえず温泉の排水関係をしっかりと作り、山の頂上を見てから
中腹を時計回りに歩いて西側の様子も見る事にした。
ザバーと勢いよく立ち上り超笑顔で仁王立ちしてみる。大自然の
温泉の中で全裸で仁王立ち、最高である。
多分だが、今俺の下半身に謎の湯気か、光が差しているに違いな
い。
さて、このまま温泉を排水していいのだろうか? 一応地表に湧
き出てただけでまたどこからか地面に吸収され、ろ過されてあそこ
の大きい湖の何所かで沸いてるんだろう? そのまま湖に流すと水
質汚染とか気にしちゃうよね、垢とか髪とか、後で作ろうと思って
る石鹸とか。
んーとりあえず温泉の周りを少し掘って、一ヶ所から流れて地面
に入ればいいか? そうすれば色々ろ過されて湖で涌くだろう。
この涌き具合だとそれほど深さは必要ないだろうな。事故とか怖
いし穴の直径は十センチメートルで、深さは岩盤をぶち抜いて次の
層に届く位で良いか。水の流れてる水路は三十メートルくらいでい
いか?
926
おー流れてる流れてる、岩盤をぶち抜いて水がどんどん流れ込む
が、あふれ出てくる様子もない。
あとはゴミとか毛が詰まるのを防ぐだけだな。対策は網で良いの
か? この水捌けの良い土を詰めてみるか。そう思い寄せてある土
をスコップで運び、どんどん穴に詰めて行く。
あけた穴いっぱいまで土で塞ぎ、ゴミや毛などがそこで止まるよ
うに作った。うん、問題なく吸い込んでいる。岩盤の下も水捌けの
良い土壌なんだろう。後は脱衣所と仕切りだな。
それとも、もう一個作って男女で別けるか。けど混浴も捨てがた
い。けどお年を召した方々の溜まり場になったらどうしようもない
けどな。
混浴は若者だけが入る場所じゃないからな! まぁエルフみたい
に三百歳超えてても外見が若く見えれば、個人的には良いんだけど
な。人族の七十歳を超えた方とかはちょっと勘弁。
よくよく思い出してみると、ここまで来れるお年寄りは、近所に
家を建てた人か飛べるか、長寿種だけしかこれないよな⋮⋮。
俺はこっそり持って来て源泉付近に沈めておいた産みたて卵を取
り出し、温泉卵になっていた物を塩で堪能し、温泉から頂上をめざ
し登り始めた。
八合目って言うのか? 大体目視だけど大体八割くらい登ってる
気がするんだよね。
大きい石と言うか火山岩と言うか、そういう感じのごつごつした大
きい石が目立ち始め、なんか木の枝で作った大きい鳥の巣みたいな
のも確認できる。外敵が居ないし木も無いから岩陰に作るのかな?
そう思いつつ山頂に向かって歩いてたら目の前に拳大の石が目の
前に振って来た。危ないな、崖とかじゃないんだから落石とかない
だろうに。
927
そう思いつつ上を見上げたら、なんか物凄く大きい影が空中で羽
を羽ばたかせホバリングしている。アレか⋮⋮。
ってかあんな飛び方出来る鳥類って少ないよな? 話にでてたハ
ーピーか? 無人島って聞いてたけど、いつの情報だよ。
そう思ってると二個目の石も落ちてきたので、安全の為十歩だけ
横に避けて躱し、上を見ていたが特にそれ以降何もしてこないし、
下りても来ない。撃ち落しても良いけど、この飛んでいるのが魔物
か魔族かわからないので止めて置いた。とりあえず頭上に注意しな
がら山頂へ向かうが、少し移動すると石を掴みに地上に降りて、来
てまた直ぐに空中に戻って行き石を落としてくる。
いい加減面倒になって来たので、地上に降りて来たところを狙っ
てフラッシュバンを発動し、ふら付いている所を全力で走って近づ
き地面に組み伏せるが、妙に小柄で力がない。
﹁放せよー﹂
むう。喋っている言葉は理解できるし、女って事はわかったので
とりあえず話し合うか。
組み伏せたままで。
﹁もう石を落とさないなら放すけど﹂
﹁私の家に近づいた癖に!﹂
﹁あーうん、悪かった。大きい鳥でも住んでるのかな? って思っ
たけどハーピーだとは思わなかったんだ﹂
﹁放せよー﹂
﹁石。落とさない?﹂
﹁おーとーさーなーいーかーらー﹂
なんか少しだけイラッってした。
とりあえず放してやるが、飛び立とうとしたら捕まえられる距離
に位置取っている。
﹁お前、新しい魔王だろ! 悪い奴なんだろ!﹂
﹁んー確かに魔王だけど、悪い事した事は少ないよ?﹂
﹁んー? 魔王なのに悪くない? んんー?﹂
928
少し頭が可愛そうな子なんだろうか?
﹁あ、干し肉食べる?﹂
﹁食べる!﹂
なんかすごい笑顔でムシャムシャしている。
ある程度人型で、下半身が羽毛で上半身が裸で腕が羽だった。色
は地味な茶色で髪も同じような色だ。そして長い髪を無造作に裏で
束ねているだけだった。まぁ女の子だしな、鳥類のメスは地味っぽ
いらしいから、ハーピーの雄を見てみたい。どんだけ派手なんだか
個人的に物凄く気になる。あー足がそのまんま鳥なんだな、歩くの
に不便そうだ。ゲームとかで見てたがそのまま持ってくる神も神だ
な。ゲームのは色がピンクとかで派手だけどな。
﹁ねーねー、ちょっといいかな?﹂
﹁んー?﹂
目の前のハーピーは、咀嚼しながら首だけこっちを向けて来る。
百六十度くらい首が回った。
梟みたいでかなり怖かった。子供の頃からフクロウが怖いんだ⋮
⋮。あれは精神に訴えかける怖さだ。
﹁この山の頂上ってどうなってるの?﹂
﹁赤くて熱くてドロドロ﹂
﹁ありがとう﹂
火口ね、気を着けないとな。
﹁何か住んでる? 魔物とか魔族とか﹂
﹁んーんー﹂
そう言って首を振っている。
﹁ありがとう、もう一枚食べる?﹂
﹁うん!﹂
刺しだした干し肉を俺の手から奪い、モグモグしている。現代だ
ったら確実にお巡りさんのお世話になるなこれ。
﹁あ! ばっちゃが、大きな羽の生えてる蜥蜴見たって言ってたの
思い出した!﹂
929
﹁ふんふん、どのくらい前?﹂
﹁わかんない﹂
﹁そうか、じゃぁ仕方ないね﹂
﹁しかたない!﹂
高確率でドラゴンだろうなぁ⋮⋮。
﹁今さ、少しの魔族と人族であっちの方の森を開拓して住んでるん
だけど、一緒に住まない? ご飯もあるよ﹂
俺は家のある、東の方の空を指す。
﹁お前魔王だろ? どうせまた城とか作らせてるんだろ?﹂
﹁城は作ってないなー﹂
﹁でもお前悪い奴なんだろう?﹂
﹁良い魔王だよ﹂
ニコニコしながら言ってみる。我ながら胡散臭い。
﹁んー実際に見てみる!﹂
﹁そうだよね、見てみないとわからないよね﹂
そう言うと飛んで行ってしまった。行動が早いな。
話は最後まで聞いてほしいね、まぁ良いや。火口でも覗いたら一
回帰るか。
体感で二時間ほど上ると火口が見えてきたので、落ちない様に覗
いてみたが目視で百メートル以上下に火口があって、溶岩がボコボ
コしていた。
火口に人間の重さのゴミを投げ込んだら、一気に活性化した動画
を見た時があったので、とりあえず何もしないのが得策だと思いそ
のまま帰ろうと思ったが、もう一度温泉に入ってから帰る事にした。
﹁おいカーム。フルールさんのいる場所にいろよな、どこにいるか
わからなかったらしいぞ。あとなんだあの鳥みたいな魔族は﹂
犬耳のおっさんが文句を言って指を指した方を見ると、ハーピーが
屋根の上でキョロキョロしていた。
930
﹁あー⋮⋮。あの山の天辺付近にいたんですよ。たしか赤い花はな
かったですね。それとその子はハーピー族、見ての通り鳥っぽい魔
族ですね﹂
﹁はぁー。もういい、いちいち驚いてたら俺の心が休まらん、もう
好きにしてくれ﹂
﹁すみません﹂
﹁謝るなよ、一応魔王でこの島を良くしようとしてるんだろ? あ
の鳥だって何かあるんだろ?﹂
いや、何もないんですよね⋮⋮。声を掛けただけで。
﹁空中からの敵の視察および連絡手段に使えないかな? と思って
干し肉で勧誘してみました﹂
一応その場で思いついたこ事で言い訳してみた。
﹁誘拐じゃないか?﹂
﹁勝手に来たから誘拐じゃないですよ。ただ、あっちの方に村があ
るからって言っただけです﹂
﹁そ、そうか⋮⋮﹂
とりあえずもう少し話してみようか。
﹁ねぇねぇ、そう言えば名前はなんて言うの? 俺はカームって言
うんだけど﹂
﹁ファーシル!﹂
﹁ありがとう、そろそろお昼だけど一緒に食べる?﹂
﹁食べる!﹂
﹁ね?﹂
俺は振り返り、犬耳のおっさんに﹃俺は悪くない﹄アピールをし
てみる。
﹁って言われてもなぁ∼﹂
明らかにやばいだろって顔で、こちらを見ている。
しばらくして昼食が出来上がり、皆と一緒に食べている時にもう
一度話しかけてみた。
﹁な、皆で仲良く食事してるし、俺は悪い事してないだろ?﹂
931
そう言いながらヴォルフを撫でてやる。
﹁んー、ご飯くれる奴は良い奴﹂
﹁そうそう、魔王だからってみんなを叩いたりしてないだろ﹂
﹁うん! 皆に言って来る!﹂
﹁は!?﹂
ファーシルと名乗った女の子は、山の方に飛んで行ってしまった。
﹁︱︱話は最後まで聞いてくれよ﹂
って言うか、周りにファーシルしかいなかったから一緒に住まな
い? とか聞いた自分が恥ずかしい。
﹁旦那ぁ! フラれちゃいましたね﹂
﹁元々狙ってないから平気だし、心も痛くないですよ﹂
そういうと笑い声が聞こえ、これを見れば険悪な雰囲気じゃない
って事は一発で解るんだけどな。
﹁おい。なんだあれ﹂
﹁本当、なにかしら﹂
食休みをしていると、西の空に黒い影が結構多く見える。しばら
くして、鳥みたいなのが飛んできていると言う事がわった。
﹁皆に言ってくるって言ってたし、文字通り皆なんじゃないですか
ねぇ⋮⋮、しかも早すぎだ。あの距離をこの時間で往復とか頭痛い
わー﹂
しばらくすると、赤とか白とか黄色の物凄い派手な、上半身ムキ
ムキの雄やファーシルより全体的に少し大きいけど、スレンダーな
全体的に茶色い女性達が舞い降りて来た。
﹁あんたが今の魔王か、娘が世話になった﹂
﹁いえ、少し仲良くなって昼食を一緒に食べただけです﹂
﹁話によると﹃悪く無い魔王﹄と言う事だが?﹂
﹁どうですかね、悪い事は少しはしますけど基本優しいですよ﹂
﹁ふむ﹂
そう言うと周りを、首だけ動かして見渡していた。
932
正直怖かった。
﹁皆の表情や、食事をしていた器を洗っている数を見ると、あなが
ちウソではないらしいな﹂
﹁まぁ、その辺は気にかけてますし、せめてひもじい思いはさせな
い様にと努力してます﹂
﹁うむ、ならお前は良い奴だ﹂
かなり話が飛んだな。流石ファーシルの親ってところか?
﹁はぁ、どうも﹂
﹁うむ、皆に食べ物を分けない奴は悪い奴だからな!﹂
種族的な意味合いかな? 良くわかんねぇよ。
﹁物は相談なんだが、肉か魚か小麦を分けてもらえんだろうか? なにタダとは言わん、我々が良く食べている木の実と交換しようじ
ゃないか﹂
﹁まぁ、最近肉も魚も結構あるんで構いませんけど﹂
﹁決まりだな、おい﹂
ファーシルの親が合図を出すと、一人の女性がぼろい袋を持って
来て、目の前の男にわたして、俺のところに来た。
中を見てみると、小指の先くらい有る、真っ赤な実が沢山入って
いる。
俺はどこかで見た時があると思いつつも、余っている魚や肉を渡
してやった。
﹁うむ、感謝する。最近兎などの小型の肉が減ってしまってな、困
っていたんだ。失礼する﹂
そう言うと、裏にいたハーピー族達が一斉に飛び立ち、ファーシ
ルだけ手を振ってから飛んで行った。
﹁うん。最後まで話を聞かないって事はわかった﹂
﹁魔王様、これ食べられるんですか?﹂
﹁食べられるところは少ないんだけどね﹂
﹁な、じゃあ何故交換なんかを!﹂
野草班の女性が抗議してくる。
933
﹁これね、皮を剥くとほとんどが種なんだよ﹂
﹁種?﹂
﹁そう。この種を乾燥させて焦げるまで煎って、細かく砕いてお湯
を入れると、お茶とは違う飲み物になるんだよ﹂
﹁飲み物?﹂
﹁苦いけど香りも良いから、結構人気が出ると思うよ﹂
まぁ、コーヒーなんだけどね。
﹁試しに少しやってみようか﹂
俺は赤い実の皮を剥いて種を取り出し、乾燥は直ぐには出来ない
の弱火のフライパンで煎って水分を飛ばしながら焦がしていく。
その後はミルがないので、平らな石でガシガシ砕きお湯を入れ、
布を引いたカップに注いだ。
﹁まぁ乾燥はすっ飛ばしましたけど、大体こんな流れですねー﹂
﹁あ、本当に良い香り。お茶とは全く別です﹂
野草さんはコーヒーを少し口に含むと、顔を歪ませ舌を出してい
る。
んー少し煎りすぎたか?
﹁言ったでしょう、苦いってね。けど砂糖や動物の乳を入れれば飲
みやすくなります、まぁ牛乳が一般的かな﹂
俺は香りを嗅いでから口に含み、目をつぶりながら舌を転がし味
を確かめる。
﹁んー少し酸味が強いか。もう少し煎って苦味を出したほうが良か
ったかな?﹂
﹁良く飲めますね﹂
﹁ん? まぁ、毒以外だったらなんでも飲めるよ﹂
皆が苦笑いしているが、実際そうだと思っている。
余った分をカップに注ぎ、飲みたい者に飲ませるが賛否両論だっ
た。
﹁にげぇ!﹂﹁確かに香りは⋮⋮癖になりそうだな﹂﹁んー? 確
934
かに砂糖がほしいかな﹂﹁俺は駄目だ﹂
﹁普通に飲むだけなら少しだけ元気になれるし眠気も取れます。け
ど大量に飲むと中毒になるから気を付けるように。あとお腹に赤ち
ゃんがいる人は飲んじゃ駄目ですよ。まぁいないと思いますけど、
覚えて置いて下さいね﹂
まぁ、俺はお茶派で、お茶とかにもカフェイン入ってるけどな。
けど俺は麦茶とかハーブティーのノンカフェイン系を押すけどね。
手軽なのは麦茶とかだよね、煎って煮出すだけだし。
まぁ、偶にはコーヒーでも良いか。
そう思いつつ残りを他の人族に回し飲みをさせ、とりあえずハー
ピー族と取引して大量に入手できれば交易品の目玉になるな。後々
は畑を作って安定生産も視野に入れて置くか。
そう思いつつ俺は、
﹁じゃあコーヒーの実の皮を剥いて乾燥おねがいします﹂
と皆に声をかけ、温泉に転移して今度こそ島の西側に向かう事に
した。
935
第62話 島内を適当に冒険した時の事 2︵後書き︶
コーヒーの実は適当です
コーヒーを煎っているのも適当です
作者は梟やミミズクが嫌いです。特にメンフクロウ
あと首の可動域とかメンフクロウが頭を90度まわしたりするのは
恐怖です。生理的に無理です。
紅茶やお茶派です。コーヒーは苦味と酸味が苦手ですカフェオレや
MAXコーヒー美味しいです。
936
第63話 島内を適当に冒険した時の事 3︵前書き︶
細々と続けてます
相変わらず不定期です
20150331 5万ユニーク達成しましたありがとうございます
ペース的に遅いですがこれからも御付き合い頂ければ幸いです。
937
第63話 島内を適当に冒険した時の事 3
俺は温泉に着くと、今度は寄り道をせずに山の東側中腹にある温
泉から南に向かい、下山しつつ麓を時計回りに西側に向かった。
とりあえず島の南側と北側の探索は後にしてそのまま西に向かう。
太陽の位置と現在位置を大体測りおおよそ山の南側だと思う場所に
着いた。
このまま中腹を時計回りに移動すれば他にも温泉が湧いている場
所があったかもしれないがとりあえずは後にする。
山から下りている時に解ったが南と西は草原が多い。これは開墾
して畑として整備して区分けして管理しやすい様にすべきだな。
少し歩くと南西にさっきより大きい湖が有りやっぱり、山から水
が沸いて流れ込んでいる訳ではなかった。
﹁ここも湧き水で湖になった感じか﹂
とりあえず調査は後にして、目的の最西端に向かう。
左手側に湖が見えるし、山から真っ直ぐ西に向かう道には木が少
なく歩きやすい。
しばらく進むと木が見えてきて、赤い実が生っている。ここにコ
ーヒーの木があるのか。
種を植えるか挿し木するかが問題だけど、とりあえずは場所だけ
覚え海岸まで一直線に向かう事にする。
んー、コーヒーの木って意外に背が高いんだな。テレビとかで見
てた時は腰から胸の高さだったけど⋮⋮。やっぱり剪定されて管理
されてたんだな。その辺はパルマさんと相談しつつ、色々頑張って
みようか。
そう言えばハーピー族が、兎が云々言ってて数が減っているらし
938
つがい
いが内需? 自給率? 良くわからんが、食料は極力交易に頼りた
くないから、今度村から番で五組くらい持って来て、試験的に増や
してみるか。家禽類も増やして、肉や羽毛として利用し、てゆくゆ
くは半野生化させるくらいに増やしても良いかもしれない。こんな
に湖が有るなら多分大丈夫だろう。
問題は兎の脱走だな。大きな木枠を作ってその中に土を入れて飼
わないと、大脱走状態になってしまう。一定数確保しておけば野に
還して、野生化して全滅しても次の手を考えれば良い。
そう考えると豚も必要だな。多産で直ぐ大きくなる。そう考える
と早急に必要だが、故郷で生きたままの豚を買うのにはどのくらい
の値段だったかな?
羊も毛や肉の為に仕入れたい。家畜達の飼育を考えると、中々骨
が折れる作業だし時間もかかる。海賊が集めていた金品を使えば金
に物を言わせ大量に買えるが、管理する者がいない。
その辺は島民が増えたりしたらにしておこうか。まぁ、金自体は
限りなく黒に近いグレーだけどな。まずは豚四匹に羊四匹だな。
それに男に対して女が少ない。最悪事件が起こるかもしれない。
まぁ一人で多数相手にしても良いよって言う女性がいても双方の病
気が怖いし、何が起こるかわったもんじゃない。この辺の対応もど
うにかしておきたい。
あーもう。兎のせいで、さっきから脱走する為にトンネル掘る時
の音楽が、頭の中でループしている。
色々考えながら歩いていたらコーヒーの森を抜け、見晴らしの良
い草原に出たので、日の傾き具合を見て早めに野営の準備をした。
と言っても防風壁を作るのに土を隆起させ、L字にしてその中で
火を起こせば熱が反射して意外に暖かい。背中にも土を隆起させそ
こからも熱の反射を利用する。
最終的に真上から見て、左右の角が取れている三角形みたいな形
にして、その中で過ごす事にした。
939
荷物をそこに纏め、とりあえず新鮮な肉を求め狩りに出る。
とは言っても草原なので、多分野兎や蛇程度しか期待できないが、
獲物が取れるなら干し肉は温存すべきだよな。
草原よりかは獲物がいそうなコーヒーの森に戻り、意識を耳に集
中させ極力風上の方を見る事にしている。
しばらくして茂みが動いたので、︻黒曜石のナイフ︼を投げてみ
たが手ごたえがなく、まだ茂みが動いているので様子を見たら蛇だ
った。どおりでまだ動いてるはずだ。
木の棒で頭を押さえマチェットで頭を切り落とし、毒蛇かどうか
わからないので頭は土の中に埋めた。
頭を切ってもその頭自体が危険で、一週間程度毒が残っているか
ら注意が必要らしいし、切り落とした頭に触って口が閉じて、かま
れる事もあるらしいからな。
とりあえず胴体を枝にひっかけ、血抜きをしながら辺りを探索す
るが兎は取れなかった。
ハーピー族の言っていた事は本当らしい。
仕方がないので野営所に戻り、少し離れた所で皮を剥ぎ、内臓を
取り除き︻水︼で綺麗にして枝に巻き付けて焼くか、フライパンで
焼くか迷ったが、オッサンが単独潜入するゲームを思い出したので、
枝に巻き付けて塩を振って焼いた。
﹁んー香辛料が欲しい﹂
ただただそれだけだった。
食感や味は鳥に似ているが、臭みが少し気になる。
火を見つめながらボーっとしていたら、上からバッサバッサと羽
ばたく音が聞こえたので上を見ると、さっきの派手なファーシルの
父親と思われるハーピーが下りて来た。
﹁こんな所で何をしている魔王よ?﹂
﹁あ、どうも。何をしていると言われたら、島の探索としか言えま
940
せん﹂
﹁どうしてだ? 貴様は魔王で偉いのだろう? 部下にやらせれば
良いだろうに﹂
﹁確かに偉いかもしれませんが、人族に﹃島を探索してこい﹄って
言っても無事戻って来れるかどうかもわかりませんし、何が島の利
益になるのか。そう言う物があるのかは自分で把握しないといけま
せんからね。ところでどんな用件で?﹂
﹁うむ、太陽が丁度真上と沈む間の頃から見ていたが、魔王になっ
た者と話に来ただけだ、どんな奴なのかを⋮⋮な﹂
﹁そうですか﹂
﹁まずは肉と魚を木の実を交換してくれ感謝する﹂
﹁いえいえ、こちらこそ物凄く感謝しています﹂
﹁む? そんなに美味かったのか?﹂
﹁いえ、あの実の種が重要だったんですよ、まぁ実も食べられます
けどね﹂
﹁種? 確かに種が大きく、食べれば元気になるが味は特になかっ
た気がするが﹂
﹁まぁそうなんですけどね⋮⋮﹂
﹁なんだ歯切れが悪い﹂
﹁種を火で炙り、焦がしてから粉になるまで潰し、その後お湯で飲
むんですよ﹂
﹁む?﹂
﹁お茶って知ってます?﹂
﹁馬鹿にするなそれくらい知っている﹂
﹁お茶の代わりになります﹂
﹁ほう?﹂
﹁苦いですけどね﹂
﹁焦がしているんだ、当たり前だろう﹂
﹁まぁそうなんですけどね、香りが良いので興味が有るなら村まで
来て下さい。そうすれば淹れる事はできます﹂
941
﹁気が向いたら行こう﹂
﹁こっちからも話が有ります﹂
﹁言って見ろ、いうだけならタダだ﹂
﹁そうですね。昼に貰った赤い実ですが、種を利用してお茶に出来
るって言いましたよね?﹂
﹁あぁ﹂
﹁まずはある程度種が必要です。そのためにはそこに有る森から取
らないといけません、けどそこの森の赤い実は貴方達の食糧ですよ
ね?﹂
﹁もちろんだ﹂
﹁勝手に取ると喧嘩になります、なのでまずは昼みたいに、肉と交
換って言うのはどうですか?﹂
﹁それはありがたい。我々は兎くらいしか狩れぬからな﹂
﹁じゃぁ、まずは交換って事で良いですかね?﹂
﹁﹃まずは﹄ってなんだ? ほかにもあるのか?﹂
﹁沢山あります。俺はあの木を綺麗に植えて、大きく伸びない様に
定期的に切って、人族でも赤い実を収穫しやすいようにしたいと思
ってます。そうすれば貴方達と喧嘩にもなりません。それと兎です
が、増やして肉や毛皮として利用しようと思っています﹂
﹁放って置けば勝手に増えるではないか﹂
﹁たしかに勝手に増えますが、取りすぎると増える前に減りますよ
ね? 実際先ほど食事の準備をしようと思ったのですが、森の中で
蛇しか見つかりませんでした。なので我々が増えやすい様に囲いを
作って、その中で育てるのです。そうすれば減りません﹂
﹁なんと! 生きて捕まえて子を産ませ育ててから食うのか!﹂
﹁はい﹂
﹁考え付かなかったぞ﹂
んーやっぱり頭も鳥なのか?
﹁生きたまま雄と雌を連れて来てくれれば、こちらで増やせないか
試してみますが。どうでしょう?﹂
942
﹁うむ、何も食えなくなると言う心配が減るなら良いかもしれぬ。
わかった。預けようじゃないか﹂
﹁ありがとうございます﹂
その後雑談していたが、
﹁先ほどの話の内容を何かに書いてくれないか?忘れてしまった﹂
そんな事を言われ少し放心してしまったが、簡易的な地図とメモ
を取ろうとして持って来た羊皮紙に箇条書きをした。
・赤い実を食べるのに困らない程度の量だったら肉や魚や小麦と交換
・いずれ赤い実がなる木を管理しやすい様に植える
・兎を番で持って来てくれれば増えるかもしれないので預ける
この内容を忘れるかね?
まぁ、たまに忘れる事もあるけどね。
その後、前任の魔王が酷かった事や、娘がやんちゃで困るとか、
どうでも良い会話をしながら温泉の話しもしてみた。
﹁ほう、湯が沸いてるから温かい水浴び場にしたと⋮⋮﹂
﹁えぇ。俺、風呂が大好きなんです﹂
﹁湖で水浴びはするが、温かい水でした事が無いな、今度試してみ
よう﹂
﹁後で感想お願いしますね﹂
﹁うむ、ではそろそろ私は失礼する﹂
そう言って飛び立った瞬間に俺は叫んだ。
﹁メモ!メモ忘れてる!﹂
﹁おぉ、済まぬ。暖かい水浴び場の事で頭が一杯だった﹂
羊皮紙を渡したら即山の方角に飛んで行った。
夜間飛行って危ないよな?そう思いつつ、火の脇に土でかまくらの
様な物を作り空気穴を作り寝た。
﹁あ。お互いまだ名乗ってねぇや﹂
943
そう呟きながら寝た。
◇
んーもう少し地面を柔らかくして寝た方が良かったな。
そう思いつつ痛くなった背中を伸ばす様に丸めて、伸びをして昨
日の防風壁だけを残して干し肉を齧りながら太陽を背にして歩き続
け海岸に着いた。
﹁あら、意外に早かったのね、どう? 収穫は?﹂
﹁あーパルマさん。昨日来たハーピー族と定期的な物々交換と、兎
を生きて捕まえたら番でもってきてもらえる事になりました﹂
﹁へー。それって良い事なの?﹂
﹁元々島に住んでた魔族との友好的な付き合いと、兎を繁殖させて
安定した肉の供給です﹂
﹁ふーん。この子にもお水頂戴﹂
水をたっぷりと与えた。
山の西側は特に何もなく、大きなコーヒーの木の森だけだったな。
そう思いながらも一旦温泉に寄ってから拠点に戻ろうと思い、温
泉に転移したらファーシルが温泉ではしゃいでいた。
﹁おーカーム!﹂
俺に気が付き挨拶をしてきたが、羞恥心とかはないのだろうか?
まぁ下半身は毛みたいなのに覆われてるけど胸は毛みたいなので
かくれてるしな。まぁ、子供っぽいから胸に毛が生えてなくても気
にはしてなかったけど、下はスパッツ的な物と思っておこう。体の
ラインが物凄く気になるけど。
﹁やぁ﹂
﹁すげぇなここ!あったけぇよ!﹂
﹁まぁお湯だからね﹂
944
﹁とーちゃんとかーちゃんも褒めてたぞ﹂
﹁それはなによりだ﹂そう言って俺は一応前を隠しながら温泉に入
り﹁あ゛∼∼﹂と魂の叫びを上げて壁に背中を預けた。
﹁おーすげぇ声だな﹂
バシャバシャとはしゃいでるので、
﹁ここで暴れちゃ駄目だよ﹂
と言ったが無駄だった。
んー抜けた羽とかは大丈夫か? 後で排水溝でも覗いてから帰る
か。
﹁カーム! そう言えばあの肉美味かったぞ。何の肉なんだ?﹂
﹁鹿だよ﹂
﹁鹿ってあの頭に変なのが付いてるやつか?﹂
頭に手を当てて指を立てている。
﹁そうだよ﹂
﹁すげぇな! 私達は兎を空から攫うだけだからな、お前等すげぇ
よ!﹂
﹁はは、ありがとう﹂
﹁んー、暖かい水浴びも中々良いな! なぁ!﹂
さっさと上がって、軽く首を振って髪に残っている水を払い飛び
去ってしまった。
﹁落ち着いて、入れねー﹂
﹁ただいま戻りましたー﹂
﹁どうだった?﹂
出迎えてくれたのは狐さんだ
﹁そうですね、ここから真っ直ぐ進んだ山の中腹に有る温泉から太
陽に背を向けて左手側に向かって下山して、麓を太陽が沈む方向に
向かって歩きましたが左手側に大きな湖が有り、そのまま向かった
ら昨日の赤い実の森があってそれを抜けたら海でした﹂
﹁そうか、おつかれさん﹂
945
﹁ありがとうございます﹂
狐さんにはあれくらい言わないと納得しないんだよな。
そしてお昼時に報告として昨日の夜の事を話した。
﹁ってな訳で悪いんですけどルートさん。大きな兎が繁殖させられ
る木箱を作ってください、じゃないと土を掘って脱走しちゃいます
から﹂
﹁はいよー﹂
﹁あと何か不都合はありませんか?﹂
﹁あー採石所なんだけどよ。人手が足りなくて中々物資が溜まらな
いからもう少し人手を増やしてほしんだが﹂
﹁わかりました、その件に関しては試したい魔法が有るので自分が
行きます。俺だけで取りあえず勘弁して下さい﹂
﹁うっす﹂
﹁他には? ⋮⋮ないようなら食事にしましょう、あー食糧の備蓄
は平気ですか?昨日ハーピー族の方々に分けちゃいましたけど﹂
﹁平気です。干し肉にする分の生肉だったので、特に影響はありま
せん﹂
﹁はい、食事前に長々と申し訳ありませんでした、食べましょう﹂
そう言うと皆が思い思いの場所で食事をし始める。
ルートさんが来てから簡易的な椅子とテーブルも作ってくれたの
でそこで皆食べる様にしている。
採石班には悪いけど道中は往復させてもらっている。弁当を持た
せても良いかもしれないな。
﹁やっぱり人手不足感はヒシヒシと伝わって来てますね﹂
俺は採石場であまり採掘されてない現実を知り、そう漏らした。
﹁まぁ固いから仕方ないですよね﹂
フォローを入れ、巨大な鋸の様な物をあまり固くない鉱石で作り、
出し刃の部分にはとりあえず魔力を気にしないでダイヤモンドを使
946
ってみた。それを高速回転させて両手を前に出し、魔力を送り続け
るイメージをして、上から岩盤に押し付けた。石材用のオフカット
刃だとかダイヤモンドカッターなんて呼ばれている事もある。公害
レベルの石を削る騒音と、粉塵が舞ったので水球をオフカット上部
に設置してチョロチョロと水を流し、粉塵だけは押さえたが音はど
うにもならない。風魔法でどうにかすれば良いんだろうと思うけど、
我慢してもらう。
多分聞いた事のないような音に、採石班は耳を塞ぐが俺は気にせ
ず左右に動かし切っていく。重いので厚さ三十センチメートルにな
る様に岩肌一枚を切り、今度は刃を水平にして切る。
そして石材を三十センチ四方になるように切り出し、人族の職人
がどんどん大八車に乗せ加工場に運んで詰んで行く。
それを夕方まで続け、とりあえずは備蓄が出来たはずだけど運ん
でいる人族も俺もヘトヘトだ。多分魔法で出したダイヤモンドのせ
いだろう。
︻スキル・属性攻撃・土:5︼を習得しました。
あれだけダイヤモンドを酷使してれば上がるわな。一体この数字
はどのくらいまで上がるのかさっぱりわからん。
﹁今日はもう上がりましょう、俺が無理です﹂
﹁魔王様、俺等もですよ。運んでも運んでもキリがねぇ﹂
﹁はは、すみません。これなら土台作ったりその辺に敷き詰めたり
できるでしょう﹂
﹁ありゃなんなんですか? 最初は恐ろしい魔法かと思いましたが、
便利っすね﹂
人族の男性は汗を拭きながら、カップの水を飲みながら運んだ石
材をペシペシと叩いていた。
﹁ほら、ダイヤモンドって奴があるでしょう? あれって擦れる力
に強いので、ああいう風に回転させて使うのに良いんですよ﹂
947
﹁ひゃー、ダイヤを惜しげもなく使うとか凄いっすね﹂
﹁魔法で作り出した物だから、魔力が切れると消えますけどね。こ
・・・
んなの幾らでも出せますよ﹂
そう言って手のひら大のガラスで作った、偽物のブリリアンカッ
トされたダイヤモンド風を出して採石班に渡した。こっちだって魔
力切れで気だるいんだよね。
﹁こんなのがあったら一発で女なんか口説けらぁ﹂
﹁ちげぇねぇ!﹂
﹁女には見せられねぇな﹂
﹁だな﹂
俺の出した偽のダイヤモンドを見ながら、そんな事を愚痴ってい
た。
﹁魔王様は奥さんと子供が居るって話ですがどんな出会いだったん
ですか?﹂
﹁あー⋮⋮そうだなぁ。手短に言うと、幼馴染で気が付いたら好か
れてた。だからそれに答えた﹂
﹁おー愛ですなぁ﹂
﹁やっぱりなんか送ったんですか?﹂
﹁手作りの髪留めと、耳飾り。それとメリケンサックと銀の腕輪だ
な﹂
あ、しまった。
﹁メリケンサック?﹂
﹁あ、そこだけ忘れて﹂
﹁無理っす、どこに武器を送って喜ぶ女がいるんすか! 冒険者で
もやってたんすか?﹂
﹁村で産まれて、村で育って子育てしているよ﹂
﹁普通の奥さんに聞こえるんですけど⋮⋮﹂
﹁普通だよ?﹂
﹁あー一回見たくなってきた、どんな感じなんすか?﹂
﹁はぁ? そりゃまぁ普通だよ。見た目が人族とあまり変わらない
948
けど、魔族だからこの辺に短い角が生えてるけどね﹂
俺はおでこ辺りを指で指した。
﹁体型とか身長は?﹂
﹁そこまで聞いてどうするのよ?﹂
﹁﹁﹁魔王様の好みが気になるだけです﹂﹂﹂
﹁⋮⋮身長は俺より少し高くてスレンダーだ、髪は黒で肩くらいま
での長さだね﹂
部下とのスキンシップ的な感じで付き合う事にした。
﹁んー魔王様より背が高いとか⋮⋮どんな女なんだ﹂
﹁しかもスレンダーって痩せてるって事だよな?﹂
﹁黒髪って結構魔族に多いのかな?﹂
﹁けどよ、この間のマーメイドさんも中々良かったよな﹂
﹁あぁ、そう考えると魔族と子供作るのもありな気がするぜ﹂
魔族に偏見がないのは良い事だけど、アジョットタイプの生産だ
けは勘弁してほしいな。
無駄話しをてたら村に着いたので、皆で夕食にした。ちなみに偽
ダイヤは村に着く前に消えていた。
閑話
魔王様の奥様
A﹁俺達さ、魔王様の奥さんの事聞いたんだけど人族とあまり変わ
らないでココに角が生えてるだけだってよ﹂
B﹁ほう、魔王様も中々面食いんだな﹂
A﹁いや、奥さんの方からのアプローチだったって話だ﹂
B﹁んーまぁ現時点で魔王だし、将来有望だと思ったんかね?﹂
A﹁幼馴染って話だぞ﹂
949
B﹁って事は子供の頃からか、その奥さんも中々見る目が有るな﹂
狐耳﹁なかなか寡黙で美しいぞ、アレは子供の頃から一緒だったか
ら良かったんだと思う、大人になってから会ってたら声をかけ辛い
美しさだ﹂
A﹁なんだと!﹂
狐耳﹁ただ残念な事に胸があまり無い、中性的な顔立ちと女らしい
恰好をしないから男からは女に見られ、女からは男に見られること
がある﹂
B﹁胸が無いのか。俺は大きい方が好きだな﹂
狐耳﹁しかも2人居る﹂
AB﹁﹁何だと!﹂﹂
狐耳﹁もう1人は太陽の様に明るく、髪が白くて身長は少し低めで
胸はそこそこだ﹂
A﹁普通に見えて意外にやり手なんっすね魔王様は﹂
狐耳﹁噂だと一目惚れで猛アタックの末に1人目の奥さんが許可し
たらしい﹂
B﹁はぁ。奥さんすげぇな﹂
狐耳﹁まぁカームと2人目の奥さんに制裁は有ったって噂だ。吐か
せる位の強さで腹を思い切り殴ったらしい﹂
B﹁すげぇ奥さんだな恐妻家なのか?﹂
狐耳﹁いや。カームにべた惚れで、怒ると怖いだけだ、最近怒って
居る所を見た事が無い。ちなみにだが・・・俺より力が強い、しか
もレンガを指でつまんでクッキーみたいに割る事が出来て、思い切
り握ると湿った土の様に手の平で粉々になって握った手の形になる﹂
AB﹁﹁嘘だろ﹂﹂
狐耳﹁本当だ。カームの奥さんの片方は力が強すぎて子供を産んだ
時に力を入れる為の、握る棒を握って粉砕させた﹂
AB﹁﹁何それ怖い﹂﹂
狐耳﹁もし家族でこの島に来ても手は出さない方が良いぞ﹂
A﹁し、しませんよそんな事。死にたくねぇ﹂
950
B﹁あ、あぁ。俺も死にたくねぇし﹂
スズランの怖さは狐耳さんが語ってくれました。
危険な魔法
﹁魔王様、この魔法って攻撃に使えないんっすか?﹂
﹁危ないですよ?﹂
﹁どの辺がっすか?﹂
﹁押さえつけてないと飛ぶ﹂
﹁え?﹂
﹁実際にやってみた方が良いな、かなり下がっててください﹂
そう言って全員を下がらせ手前から奥に回転させるようにして正面
の採石所に射出する。
高速回転しているブレードが石に当たった瞬間にノックバック作用
で石にかかった刃が引っかかり、真上に飛んで行った。
﹁ね? これを真横にして飛ばすと横に吹っ飛ぶし、回転を手前に
すると地面にめり込めば良いが最悪こっちに向かって、車輪の様に
転がって来る。柔らかい敵に当てるなら風で作った刃を飛ばしたほ
うが良いね、まぁ質量は有るから衝撃は期待できるけどそれならも
う少し魔力の消費が低くて強力なのが有る。この石を切る刃は太す
ぎるんだよね、たとえば石でできた魔法兵器が居たとしてもこの魔
法だと表面を削っている間にこっちがやられちゃう。﹂
﹁はぁ・・・良く解んないっす﹂
﹁そうか、釘を打つのに鋸は使わないだろ?それと同じで、状況に
よって魔法を変えた方が楽って事です﹂
﹁あーはいはい。それなら解りやすいっす﹂
951
んーこの世界の知識の水準が心配だな。これは早めに青空学校でも
開催したほうが良いか?
けど自分の子供の方が優先順位高いよな。まぁ追々考えよう。
952
第63話 島内を適当に冒険した時の事 3︵後書き︶
石材切り出しや加工はちょと適当です。
石材や木材はまだ尺貫法が多いですが1尺と言う事で区切りの良い
30cmにしました。これなら後々加工して何かには使えるでしょ
う
953
第64話 島内を適当に冒険した時の事 4とおまけ︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。短いのでなんか追加しておきましたので後
半はなんか違和感が有るかと思います。
気が付いたらユニークが51000になっておりました。これも皆
様のおかげです。
これからも頑張っていきたいので生暖かい目で見守り下さい。
954
第64話 島内を適当に冒険した時の事 4とおまけ
俺はいつも通り目を醒まし、食事を作っている女性達に挨拶をし、
今日も島内の探索に行くのでパンを多めにお願いしますと頼み、色
々世間話もしてみた。
﹁なにか不満とかないですか? あと不足しがちな物とか﹂
﹁そうですね。不満はないのですが、食材の種類が少なすぎますか
ね? 町みたいに色々出店とかがあればいいんですが⋮⋮。いえ不
満はないんですよ。三食満足に食べさせてもらっていますし。ただ、
料理の幅が広くないので毎回似たようなものの繰り返しに﹂
﹁んーそうですね。まだジャガイモの収穫にも早いですし麦も無理
ですし。海賊さん達のお金も使えるかどうかもわりませんし、無暗
に使っていいのかもわからないので、近くの港町に買い付けに行け
ないんですよね﹂
んー、確かに食材が限られてるからなぁ。
﹁それはわっていますが⋮⋮あ、それとこの島って海賊さんが増え
てから女性が少ないじゃないですか? 言い寄られるのは女として
嬉しいんですが。その。少し目つきがぎらつき過ぎて怖いんです﹂
﹁んーそうですよね。元々比率は一対一に近かったんですから。そ
の辺も頭に入れてなるべく早くに解決します﹂
﹁お願いします、魔王さんは色々私達に気を使ってくれているのは
わかりますが、確かにそんな理由じゃまだ先になりそうですよね⋮
⋮﹂
女性は﹁はぁ⋮⋮﹂と小さなため息をつき、自分の考えている様
な生活はまだ先だと思っているみたいだ。
一応島を管理してる身としては、色々と痛いな。いっその事聞い
ちゃうか。
﹁女性にこういう事聞く事じゃないですけど、普通の女性の奴隷っ
955
てどのくらいの値段なんですか?﹂
﹁私は犯罪奴隷ではなく、税金が払えずに奴隷になったので、払え
なかった税金分も加算されています。なので税金分だけ犯罪奴隷よ
りは高かった気はしますが、その。魔族に奴隷商ごと襲われここに
来たので﹂
あ、地雷ふんじゃった⋮⋮、ってか地雷にかかと落としした気分
だ。
﹁あの、その、すみませんでした。手っ取り早く女性を増やすなら
移民の受け入れと、奴隷を買うかだったので、つい不躾な事を聞い
てしまい申し訳ありませんでした﹂
﹁いえ、平気です。炭鉱や針仕事みたいな強制労働をさせられて、
ろくに給金も貰えず、自分自身を身請けする事も出来ずに淡々と働
かされたりするって考えれば、ここは天国ですから。なんと言って
も一日三回ご飯が食べられますし、野犬や盗賊に怯える事も無く安
心て眠れます﹂
女性はそう言って笑顔を作り、朝食作りを再開する。
﹁慰み者にされませんし、集団で襲われる。そんな心配はここには
ないですからね﹂
小声で呟いたのか、態と聞こえるように言ったかはわからないが、
とりあえずは治安は良い方って思い込もう。このお姉さんの闇は深
いな。
﹁ってな訳で、まだ島の太陽に背を向けて右手側と左手側の探索が
済んでいないのでもうしばらく留守にします。それじゃ怪我のない
ようにお願いしますね﹂
朝食後にそう言って、俺は温泉に転移し島の北側に向かった。
歩いているとかなり先に小石を落とされ、上を見るとファーシル
が飛んでいて、こちらが気が付くと目の前に降りて来た。
﹁おーっす﹂
﹁おはよう、いつも元気だね﹂
956
﹁一度も風邪引いた事がないのが自慢なんだぞー﹂
馬鹿は風邪ひかないと良く言うが、風邪に気が付かないほど馬鹿
って事じゃない? と思ったが口には出さなかった。元気な事は良
い事だ。
﹁そうか。干し肉食べる? 朝ごはん食べたばかり?﹂
﹁食べたけど貰う!﹂
ファーシルは、俺の手から干し肉を奪いモシャモシャしている。
なんだろう、魔族の子供っていうより、小動物系な動きするな。
﹁ほういえはは︱︱﹂
﹁口の中の物を飲み込んでから喋ってね﹂
んぐと咀嚼した干し肉を飲み込み、
﹁そう言えばさ、カームってなんで最近この辺歩いてるんだー?﹂
と、首を九十度傾けながら続けた。少しだけ怖い。
﹁んー、俺ってさ。島に来てからまだこの島の全部を見てないんだ
よ。だから何がどこにあるか知っておかないと、何もできないんだ
よね﹂
﹁私が空から見ようか?﹂
﹁自分で確かめないと駄目かな? あの温かい水浴び場だって地上
を歩いて発見したんだから。やっぱり歩かないとわからないよ﹂
﹁むーそっかー﹂
﹁けどさ、もしかしたらお父さん達に、こっちからお仕事を頼むか
もしれないから﹂
﹁んー? 仕事って肉や魚を取って家族に飯食わせる事だろ?﹂
﹁他にも色々あるんだよ。覚えて置いて。もし仕事を頼む事があっ
たら、お父さんの所に行くからね﹂
﹁わかった! 仕事あったら魔王が来る、だな﹂
﹁そうそう。ありがとう、じゃぁ俺はあっちの方を探索するから、
もう行くね﹂
﹁魔王が仕事有ったら来る。魔王が仕事で来る。魔王が仕事﹂
北を指さすが、ファーシルが確認の為に口に出す事に内容が怪し
957
くなって行くので、羊皮紙に﹃もし緊急の仕事や危険な事が有った
らお知らせに伺います。魔王﹄と書いて、ファーシルに渡した。
﹁魔王から、って言っえば多分平気だから﹂
﹁わかった!﹂
元気に言っていたので多分平気だろう。ってか山に巣っぽいの一
個しかなかったけど、他のハーピー族はどこに住んでんだ?
後ろから﹁魔王から、魔王から﹂と聞こえたので多分間違えない
だろう。中に魔王って書いてあるし。
とりあえず俺は北側に回り込み下山し、平地を北に向かう事にし
た。
こっちは西側と違って、麓からあまり歩かずに深い森が広がって
いて、北西には先が霞んで遠くまで見えないが、やっぱり湖がある。
見えないって事は、それだけでかいって事だよな。
思ってた以上に水源が豊富なんだな。本当に火山島なのか怪しい
が、あるならあるで使わせてもらおうじゃないか。まぁ、今回は進
行方向から少しずれるので無視して森を突っ切るけどね。
しばらく歩くが、特にこれと言ってめぼしい物はない。時々ゴブ
リンを見かけ、スコップで殴って黙らせる程度だ。
近所にギルドもないし、討伐部位を持ってても仕方がないのでそ
のまま放置して、朽ち果てくれるのを待つしかない。武器も粗末な
その辺の木の棒だったし収穫はなし。ってかなんで魔物が現れるの
かがわからない。
ふと気になり、足を止めると木の幹になんか細長いカボチャっぽ
いような、アーモンドっぽいような物を見かけた。
﹁カ、カオ?﹂
どう見ても不自然だ。こんな時期に生っているって。いや、この
世界の小麦の収穫も秋だから何とも言えないけど。
一応幹になるのは知識としてあるが、こんな木に生ったかな? まぁ群生してるし、まだ若い実もあるので、とりあえずオレンジ色
958
の実を収穫してマチェットで半分にしたが、ジャイアントコーンみ
たいな物がみっしり詰まっている。
んー種も似ているんだよな⋮⋮。
とりあえず種を指ですべて実から剥がし、弱火でフライパンを使
って強制的に乾燥させさ、らにガシガシ潰して魔法で石臼を作り製
粉してしてみた。この際発酵の手順はすっとばす。
そして、どろどろとしたこげ茶色の液体が出てくる。
﹁んーますますココアっぽい、あと圧縮すれば油も取れるんだよな
? 獣脂じゃなく植物性の油も良いな。まだオリーブとか見つけて
ないし﹂
とりあえず製粉して出てきた液体をカップに入れ、︻湯︼を入れ
て飲んでみたがココアだ。砂糖と牛乳が欲しくなる、むしろ温めた
牛乳にココアをぶち込んで砂糖たっぷりで飲みたい。
ってか脂分を絞ってないから、すごく飲みにくい⋮⋮。
﹁んーとりあえず持てるだけ持って帰るか。二個くらいは実のまま
で残りは種として背嚢に詰められるだけ詰めて帰るか﹂
そう呟き収穫を開始する。
小麦と調味料と調理器具と種で重いリュックを背負うが、もしか
したらこの先には無いかもしれないと言う考えが頭をよぎったので、
詰められるだけ詰めて歩く。
目立つオレンジ色の実がそこら中に生っているので、初めてカカ
オを見つけてかなり上がったテンションが、北の森の中にカカオが
大量にある事を知り、テンションと気力がごっそり減った。
それでも無理矢理頭を回し、島は楕円形で北と南は幅が狭いから
・
今までよりは歩く距離は少ないんだよな。と、脳と体に言い聞かせ、
襲ってくるゴブリンでストレスを解消しながら歩き続ける。
﹁注意。ゴブリンが他の森より多い﹂
独り言のように呟きながら休息中に羊皮紙に書き、辺りを見回す
がため息が出るほどオレンジ色の実が幹に生っている。
低木を処理して、このカカオが生ってない訳のわからない木を伐
959
採して、風通しを良くして馬車が通れるように道を作り、森の近く
に家を建てて⋮⋮。
頭の中で島の自然の恵みを生かしつつ、どのようにすれば効率が
良いか。雇用を生み出し、利益を上げられるかなども考えていたが。
まだまだかなり先なので頭の隅に考えは投げ捨て、重いリュックを
背負い直して、真っ直ぐ北に向かって歩き出した。
森を抜ける頃には夕方だったが経験上時速三キロメートルで七時間
歩行してもあと二時間から三時間歩けば海が見えるだろうと思い、
無理やり歩行を開始する。思い込みとか、勘とか信じるなとは言わ
ないが、もう無理だけはもうするまいと思いつつも、疲労が凄く溜
まり膝に手を付け肩で息をする。
﹁ちくしょー、結局森を出るまでカカオあったじゃねぇかよ! う
らぁーーー!!!﹂
意味のない叫びを真っ暗な砂浜で叫び声を上げた。真っ暗な温泉
に寄ってから魂の洗濯をして深夜に戻り、ベッドで寝ようとしたが
ご近所さんの誰かが夜のいけない男女のお遊びのせいで、洗濯した
魂が物干し竿から落ちて土埃が付いた気分になった。
確かに周りに迷惑掛けるなとは言ってあるし、森の深い場所に行
くなって言ってあるけど。
声が聞こえてるんだよ! 虫が奏でる素敵なハーモニーに混ざん
な!
魂の汚れって重曹で落ちるかな? クエン酸でも良いや、香りが
良い柑橘系で俺の魂を擦ってくれ。
壁ドンしたいが、お隣さんはとりあえず道を挟んだ向こう側かつ
関係無いし、多分本人達は壁を叩いても気が付かないと思うので放
心しながら寝た。が中々寝付けなかった。
結局日の出三時間前まで楽しんでいたらしいし、島民を見つける
のは簡単だった。朝食の時に眠そうにしていたし、周りも色々気を
960
使っているのですぐに解った。そう、まさに目の前で朝食を作って
いる昨日のお姉さん、貴女ですよ!
俺がいない時にでも言い寄られたんですか? まぁ良かったです
ね。次からはあまり声を出さない様にしていただきたいもんだ。
そう思いつつ俺も疲れが取れていない体で朝食を貰い、モソモソ
を朝食を食べ始めた。
﹁おいカーム、いつ戻って来たかわからなかったぜ﹂
犬耳のおっさんが隣に座って話しかけてきた。
﹁あー真夜中ですね⋮⋮﹂
﹁そうか。随分探索が早かったんだな﹂
﹁この島は、太陽に背を向けて右手と左手側は狭いからね﹂
そう言って、思考が鈍い頭で地面に棒で島の全体図を書き。
﹁こんな感じで長細いので、無理して朝から歩けば夜には海に付く
って感じです。ちなみに、今皆ここにいますね﹂
湾の中の砂浜から少し離れた場所に小さい点を落とし、モソモソ
と食事を再開する。
﹁意外にデカいんだな、この島﹂
﹁寝ずに島の周りを歩き続けて五日らしいからね。余裕見ても七日
あればここに戻って来られます﹂
﹁むう。それって意外にデカいんじゃなくて、かなりデカいんじゃ
ないか?﹂
﹁まぁ⋮⋮そう見かたもできますね﹂
佐渡島より三回りくらい小さいけどね。あそこ海岸線二百だか二
百五十キロメートルあったよね? 山も有るし、形は似てないけど、
この島と似たような感じだ、こっちは常夏だけど。
まぁ近所に大陸がないだけだからな。あそこって温泉が出るみた
いだけど、千メートルも地面掘ってられないし、汲み上げる技術も
ないしなー。そんな技術あればこの辺にも温泉作っちゃうさ。
﹁今日も探索に行くのか?﹂
そんな妄想をしていたら、現実に引き戻された。
961
﹁残りは左手側だけだけですけど、疲れてるから今日は探索は休み
ます。ちょっと顔見知りの偉い人に色々相談してきますね﹂
﹁誰だよ!?﹂
﹁テフロイト近辺を統治してる貴族様です。話してないと思います
が、その人に最前線の砦までの護衛と仕事を依頼されたんですよ﹂
﹁⋮⋮それって簡単に会えるのか?﹂
﹁んー貴族区? 上級区? 良くわかりませんが、外壁に囲まれて
る中に更に壁がある向こう側の、偉い人かお金持ちしか住めない区
画に住んでますね。門番にどんどん通せって話なので、多分急な訪
問でも平気じゃないんですかね?﹂
﹁それで良いのかよ貴族様﹂
﹁いいんじゃないんですかね? 街を良くしようと庶民の愚痴やお
偉いさんの賄賂とか、悪い行いを密告できるようにしてるんだと思
います﹂
﹁似た物同士ってやつか?﹂
﹁全然違いますよ。向こうは最初からの貴族でそれなりの学があっ
て周りとの交友もありますが、俺が持ってる人脈はベリルの知り合
いと、エジリンの集合住宅の住人だけですよ﹂
ズズズーと残りの魚介系塩スープを啜り、食器を戻しに行きなが
らとりあえず手土産はコーヒーと、蜂蜜とフルールさんの鉢植えで
いいかと思いつつ準備を始めた。
俺はコーヒーを煎ってから挽き、口の広い瓶に詰め、蜂蜜も少し
だけ小さい瓶に詰めて転移の準備をする。
通行料とか払った方がいいと思うんだけど、馬車で入って馬車で
出からテフロイトの門が良く思い出せないので、門番が居た門を思
い出しつつ転移した。
俺は見覚えの有る門の前にたどり着いた。
目の前の門番が目を見開き、物凄く驚いている。お約束として誰
962
もいないとわかっていても裏を見てみる。
﹁ち、ちがう。お前だ! どこから現れた!﹂
﹁あー。魔法です、便利でしょう? 目的地前に行っても良かった
んですけど、この先貴族様住んでいるのでここに来ました。クラヴ
ァッテ様のお屋敷に案内していただきたいんですがよろしいでしょ
うか?﹂
特に何もなかったかのように振る舞い、笑顔で聞いてみた。
﹁あ、あぁ、係りの者が案内する﹂
騒ぎを聞きつけたのか、ぞろぞろと門の脇の集合住宅みたいな所
から、似たような鎧を着た見張り達が出て来たが気にせず案内して
もらう。
場所は知っているが、一応この見張りの人達も仕事が有るから案
内をしてもらう。
﹁四年ぶりか? 五年か?﹂
そう呟き、門の前にいるごっつい犬耳の門番も健在だ。
﹁クラヴァッテ様にお客様です﹂
見覚えのある犬耳のメイドさんに応接室に案内してもらった。
手荷物は土産物ですと伝えたら、
﹁一応中身を確認するのでお預かりします﹂
と言われ持って行かれてしまった。だよなぁ、一応毒物かもしれ
ないし。
しばらくすると犬耳のメイドがお茶を持って目の前にお茶を置い
て﹁もう少ししたら書類の方に区切りがつくと言う事ですのでもう
少々お待ちください﹂と言って出て行ってしまった。
ドアがノックされ返事をすると、メイドがドアを開けクラヴァッ
テが入って来た。
﹁久しぶりじゃないか。でも僕が何時でもいると思うなよ﹂
そう言って向かいのソファーに腰を掛け、メイドの持って来たお
茶を飲んでいる。
963
﹁いやー正直助かった。書類の山に押しつぶされそうでね、少し長
話でもしようじゃないか﹂
書類の山か、大変そうだな。
﹁そうですね、助けると思って⋮⋮。実は魔王になっちゃいまして﹂
﹁む?﹂
﹁とある大き目の無人島を領地として与えられたんですけど⋮⋮﹂
﹁⋮⋮続けてくれ﹂
一瞬でクラヴァッテの目つきが鋭くなって、興味深く聞いてきた。
﹁海賊が攻めて来たので海賊船を沈め、言う事を利かせ、所持品を
確かめたら大金貨約七枚分を所持してまして。どうしたら良いのか
わからないので相談と言う形で訪問させてもらいました﹂
﹁なんだ、水臭いじゃないか。魔王になったらなったって言いに来
いよ。ことごとく俺のラブレターを断りやがって﹂
子供っぽい笑顔でお茶を飲み、にやにやしていた。
最前線基地から帰還後の春頃に、また来ないか? と言うような
命令書が届いていたが、やんわり断っていた。徴収命令書はラブレ
ターじゃないし、もうギルドとは疎遠だったし。
﹁部下が直接届けに行ったら、故郷に帰ったって不愛想な猫耳の女
性が言い放って、手紙すら受け取らなかったんだぞ。そうかそうか。
やっぱり魔王の素質はあったか。あの頃からすごかったからなぁ色
々と⋮⋮﹂
相変わらず楽しそうに喋るな。
﹁いや。もう嫁達を心配させたくないので断ってましたよ﹂
﹁達? 何人かいるのか? 意外にやり手だなカームも。俺なんか
この間やっと子供が産まれたって言うのに﹂
おぉ、貴族様の第一子。世継ぎですな。
﹁おめでとうございます﹂
﹁いやいや。こちらこそ言い忘れてたな、おめでとう。で、だ。本
題に入ろう、海賊の金の話だが詳しく聞かせてくれ﹂
﹁船長曰く。商船から奪ったのが九、海賊から奪ったのが一って事
964
らしいんですが。海賊の一はグレーだとして。商船から奪ったのは
どうしたら良いのかわからないんですよ﹂
﹁ふむ⋮⋮﹂
しばらく考えているのでお茶を一口啜る。
﹁関係ない。気にせず貰ってしまえ﹂
﹁良いんですかね?﹂
流石にこの反応には驚いた。貰っちまえって。
﹁構わん構わん。知らない顔して使ってしまえ。海賊の討伐報酬だ
と思え、商船の方も既に諦めているだろう﹂
﹁んー。そんなもんですかね?﹂
﹁わからん。だが気にして金を使わないと経済が回らん。どんどん
使え﹂
そう言って勢いよくお茶を飲む。意外に豪快だな。
﹁まあいい、書類の山と戦うのはもう少し後だ。近状を聞かせてく
れ﹂
﹁はい﹂
そう言って俺は魔王の部下が来て魔王になった事。
その後奴隷を与えられ島を開拓しているが人数が足りず苦労して
いる事。
海賊が来て撃破したり船長の心を折って順応させた事。
精霊だか魔族だか魔物だかわからない植物や、水生系の魔物やハ
ーピー族と出会った事。
どうしても家が建てられないから、村に泣きついて職人に成れそ
うな者を預け村から一人連れて来た事。
今島の探索をして、交易品に出来る物がないか探している事。
を、散々突っ込みを貰いつつ話した。
﹁んー相変わらずお人好しな上に、バカみたいな事をしているのだ
な﹂
飲もうとしていたお茶のカップを一瞬だけ止め、
965
﹁ん゛⋮⋮何も言い返せません﹂
﹁そうだな。その土産にあるんだったな﹂
クラヴァッテはテーブルにある呼び鈴を鳴らすと、メイドさんが
入って来て、
﹁カーム君から貰った土産を持って来てくれ﹂
それを聞いたメイドが出て行き、直ぐに俺のお土産を持って来た。
﹁これがさっき話に出てきた種を焦がした物か。黒く焦げ臭いが、
良く嗅いでみると良い香りだな、どうやって飲むんだ?﹂
﹁本来は漏斗みたいな物に布を敷いて越すんですが、ないので上澄
みを飲みましょう﹂
俺はカップにコーヒー豆を入れ、指先から︻熱湯︼をカップに注
ぎ、良くかき混ぜ豆が沈むのを待ちカップに注いだ。
﹁挽いた豆が口に入ってくるかもしれませんが、その辺はご勘弁を﹂
﹁気にするな﹂
﹁苦いので、好みで砂糖と獣の乳、できれば牛のが好ましいです﹂
﹁ふむ、今頃丁度家内が子供に母乳を与えて居いるところだ。もら
ってくるか?﹂
﹁クラヴァッテは良いかもしれませんが、俺が気を使います﹂
スズランやラッテの母乳なら、まぁ構わないと思うけど、他人の
妻になった女性の母乳は流石に抵抗がある。
そう思ってたら、クラヴァッテがニヤニヤとしていた。冗談だっ
たか。
﹁むー牛の乳は新鮮じゃないと腹を下すからな、バターじゃ駄目か
?﹂
﹁駄目です。諦めて砂糖だけで飲みましょう﹂
メイド砂糖を持って来てもらい好みの甘さになるまで入れてかき
混ぜた。
﹁にがっ﹂
その発言にフフッと笑うと、
﹁失礼だな飲んだ事がないのだから別に良いだろ﹂
966
と、少し拗ねたように言われてしまった。
俺も少しだけ口に含むが、今度は少し煎りが少なかったか?
﹁うむ、香りは良いな﹂
クラヴァッテはそう言って、ゆったりとした時間が流れる。
﹁あ!﹂
﹁なんだ急に﹂
俺はとある大切な事を言い忘れていた事に気が付いた。危ない危
ない。
﹁奥さんには、子供が乳離れするまで飲ませないで下さい。乳から
このコーヒーの成分が子供に入ってしまします﹂
﹁子供には毒なのか?﹂
﹁大人でも少しなら元気が出て眠気が飛びますが、小さい子供だと
その分毒になる比率が大きくなります。バケツにスプーン一杯の塩
を入れるか、コップに塩を入れるかの違いです。もちろんコップは
子供です﹂
﹁そう言う物なのかなら仕方ない、しばらく我慢してもらうか﹂
﹁ちなみに飲みすぎても中毒になります﹂
﹁毒じゃないか!﹂
﹁このお茶を飲まないと、なんか落ち着かないなー程度なんで、禁
輸品の草や煙草よりは害は少ないですが、砂糖を入れすぎると太り
ます﹂
カフェインジャンキーって言葉を聞いた事があるけど、紅茶や緑
茶の方がコーヒの五倍くらいのカフェインがあった気がするけど、
この世界のお茶って、本当なんなんだろう。美味しいけど。
﹁扱いに困るな﹂
﹁島でも賛否両論ですので、好きな人は好き、嫌いな人は嫌い。俺
は麦を煎って煮出したお茶や、花とか香草をお茶にしたのが好きで
すね﹂
﹁そう言えば島の場所はどこなんだ?﹂
﹁えーっと、魔王様の部下の話だと俺の村から馬車で十五日くらい
967
の港から、貨物船で五日くらいらしいです。ってか俺って、この辺
りの地図すら見た事ないんですけど﹂
額に人差し指を当てて、目をつぶって場所を思い出す、
﹁あぁ待て、たしかこの辺に﹂
そう言って裏の本棚から埃まみれの地図を取り出し、俺に広げて
見せた。
どこまで正確かわからないが、左右の端に二つの大陸があり、そ
の間に何ヶ所かの大小の島が有った。
﹁コレでもまだ全部じゃないが、テフロイトはここ。ベリルはこの
辺だな。地図の中に特徴的な言われた形に近い島はあるか?﹂
そう言われたので、米のような形をした島があったので指を指し、
﹁多分これです﹂
俺はそう言った。
﹁確かにこの辺は魔王になった者が良く行って、名を上げる前に討
伐されるって噂のある場所だな、お前⋮⋮死ぬぞ?﹂
﹁人族の奴隷は無下に扱ってないし、三食食べさせ休みも与えて寝
具もそろえてるんですけどねぇ。密告が怖いですね。なにせ三日に
一回は船が通り交易させてもらってますし、人族の間でも魔王が良
く住み付く島って有名らしいです。まぁ前任は人族の奴隷をこき使
って、やばい噂が広まるのが早かったんじゃないですか? それに、
ある人物の本性を知りたいのならそいつに力を与えてみろって言い
ますし﹂
﹁うむ⋮⋮魔族の中にも人族を嫌う者もいるからな。多分そいつが
魔王になったんだろう、そして力を手に入れ本性を現した。それと
気をつけろよ? 島を開拓して住みやすくなったら人族に奪われ、
戦争の火種になるかもしれん。住み辛い島を開拓するのにも金がか
かる。それが魔族がタダでやってくれて横から奪うだけ。な? 簡
単だろう?﹂
﹁あー、そう言うのも考慮しておかないと不味いのか⋮⋮気をつけ
ないとな﹂
968
﹁魔族も人族も汚い奴は沢山いるからな。まぁ、僕はカームが死な
なければ何でも良いけどな。そうなると国王に話を通して新しい魔
王があの島を開拓してるって報告書を出さないと不味いな、最悪謁
見だぞ、こりゃめんどくさいな﹂
そう言うとコーヒーを一息で飲み干し、棚から酒を出した。
﹁ベリル酒だ、この辺にも出回ってるんだぞ﹂
そう言ってコルクを抜き、コーヒーの入っていたカップに少し注
いた。
﹁仕事中は家内がうるさくてな。少しくらい酒が入っていた方がペ
ンの乗りも良いって言っているのに頭が固くてな。ほら、俺の裏に
立ってた狐耳のメイドがいただろう。その辺の融通が利かないのは、
元僕就きのメイドって感じだな﹂
﹁⋮⋮あぁ!﹂
そう言えば、なんかこう興奮したくなる様な氷の様に冷たい目つ
きの、狐耳のメイドがいない。
﹁気が付いたらそう言う関係に成っていた。どちらも好きとか嫌い
とかもなく、ただただ元からそうであったように自然と⋮⋮な、俺
が子供の頃から世話役のメイドをしていたからな。歳は近いが上す
ぎるって訳じゃないぞ、お前の方も聞かせろよ﹂
こっちが話したんだから、そっちも話せよって顔だな。
﹁俺は⋮⋮産まれた時から家が近所で、何時も一緒に過ごしてたけ
ど、何時までたっても俺が手を出さないから半ば強引に⋮⋮襲われ
ました﹂
少しだけ顔を背け、目を合わせないように経緯を話した。
﹁面白いし興味が沸いた。詳しく頼む﹂
そう言って、襲われた内容を恥ずかしながら話し、盛大に笑われ
た。
﹁はー。魔王様も奥様には勝てないか、実は俺もだ。頭が上がらん﹂
﹁女性は強い、それだけですかね﹂
﹁根本的に作りも考え方も違うのだ。諦めるしかない。酒は年々味
969
が濃くなっていき深みも増す。女性と同じだ。これは正直良い酒だ
と思うぞ。樽で買い、しばらく果実酒の隣に置いて置くのも一興だ
な﹂
クラヴァッテがカップの酒も飲み干し、立ち上ろうとしたところ
で重要な事を思い出した。
﹁あ、最後に一つだけお願いするかもしれません。あと言いわすれ
てた事が﹂
﹁ん? なんだ?﹂
﹁俺は学がないので、数字と交渉に強い部下を島がある程度まで大
きくなった場合は頼るかもしれません。それと手土産の赤い花は、
話に出てた植物の魔物の眷属です。話しかければ俺のいる島の本体
が反応してくれて、俺に伝わります。寒さに弱いので日当たりの良
い室内に置いてあげて下さい﹂
﹁ほう⋮⋮学がないとか面白い冗談だ、だが花の件は面白そうだな﹂
クラヴァッテはまた呼び鈴を鳴らし、メイドさんに鉢植えを持っ
て来てもらう。
﹁フルールさん、ちょっといいかな?﹂
俺が花に話しかけると、花が動き女性の上半身が出て来た。
﹁なによ!? ちょっと、ここ島じゃないでしょ!﹂
﹁この方が俺の知り合いの貴族様。名前はクラヴァッテ様だ、何か
用事があったら話しかけるように言ってあるからよろしくお願いし
ます﹂
﹁わかったわ、よろしくね﹂
﹁あぁよろしく。本当面白いなコレ、通信手段に使ったら戦場で⋮
⋮いや止めておこう。これは大事な贈り物だ﹂
﹁なに? もう帰るの? ならこの子にも魔力たっぷりのお水頂戴
よ﹂
俺は︻水球︼を作って水を与えるが、何時もの様に喘ぎ声を我慢
してクネクネしている。
﹁目に悪いし、子供が産まれたばかりの俺が見ていいものじゃない﹂
970
﹁俺が魔力で作った水が好きらしいんですよ。なんか魔力が豊富で
体に染み渡って心地良いらしく﹂
﹁ほう。普段は水で良いんだろう?﹂
﹁そうねぇ、ここだと日当たりの良い室内で、土の表面が乾いたら
たっぷりと。かしら?﹂
﹁それ一応さっき言っておいた﹂
﹁はぁ! ちょっと私の何を知ってるって言うのよ!﹂
﹁眷属の育て方?﹂
﹁はぁもういいわ。とりあえず私に話しかければ、島にいるカーム
に何か伝える事も出来るし⋮⋮えーっと、この子の個体番号はーっ
と﹂
番号? 管理出来てるのか、すげぇな。
﹁ってな訳でもう少し忙しくなったら、数字に強い人員を借りに来
るかもしれませんのでよろしくお願いします﹂
﹁わかった、適当に良いのを事前に調べて置いて、頼まれたら声を
かけるとしよう。むしろこれだけで済んだのに、無駄話でかなり気
分転換が出来た。感謝する﹂
﹁いえいえこちらこそ、急に連絡もなしに伺ってしまい申し訳あり
ませんでした﹂
﹁いや、構わん。まぁ次回からはこのフルールさんを通してくれれ
ばありがたい。家内やメイドにも話しておくからな。とりあえずは
落として折らないようにするのが当面の目標だな﹂
﹁そうですね。んじゃ失礼します。門番さんに魔法で帰ったって言
っておいて下さい﹂
﹁まった。その転移とやらを見せてみろ﹂
相変わらず好奇心しかないなーこの人は。そう思い転移陣を展開
し、俺は島に帰った。
転移する前に、なんかすごい子供の様にはしゃいでるクラヴァッ
テを見た気がする。
971
﹁おう、どうだった﹂
出迎えてくれたのは犬耳のおっさんだった。
﹁色々張っちゃけた貴族だから参考になりませんけど、とりあえず
は﹃使っちまえ﹄だそうです﹂
﹁そうか﹂
﹁あーなんかどっと疲れました。昼まで寝ますので、昼食になった
ら起してください﹂
﹁そんな疲れる相手なのか?﹂
﹁子供がそのまま大人になった感じですね。あと昨日の疲れです、
お休みなさい﹂
﹁そうだ、ハーピー達が兎を六羽連れて来たぞ、雄三の雌三だ﹂
﹁わかりました、後でお礼言っておきます。あとトールさんに兎が
脱走しない小屋の話しもしないと︱︱﹂
そして俺は手をヒラヒラさせながら、島民の目も気にせず盛大に
昼寝をした。
閑話
クラヴァッテ夫婦
﹁綺麗な花ね、女性からのプレゼントかしら?﹂
﹁いや。カームからだ﹂
﹁カー⋮⋮ム?﹂
﹁紺色の肌。狐の娼婦相手に尻尾を撫で続けた男。戦場で人族の第
一突撃部隊の大半を壊滅させた﹂
﹁はい。思い出しました、男から花ですか⋮⋮あのお方は男にも興
味があるんですかね? お付き合いを止めた方がよろしいかと﹂
﹁いや、この花は魔族で、話しかけると本体が出て来る。多分怒ら
れるけどやってみせるよ﹂
そう言って花に話しかける。そうすると上半身裸の女性が現れた。
972
﹁カームに話を付けて欲しいの?﹂
﹁ね?﹂
﹁私はこの目で見た物しか信じませんが、これは中々興味深い﹂
﹁何よ、用もなしに呼んだの?﹂
見るからに不機嫌そうだ。
﹁いやいや、一応魔族って事らしいから、皆への挨拶と今後仲良く
するのにはどうしたら良いのかな? って思って、話をしたくなっ
てね﹂
﹁そうねー、日干しの魚を砕いた奴とか、油粕とかが植物には良い
って言うけど、私はやっぱり魔力で作った水かしら? まぁ普通の
水と肥料だけでも育つけど。元々暖かい地方の花だから、寒さだけ
は絶対駄目ね﹂
﹁そうか、解ったよ。偶に話し相手になってくれるかい?﹂
﹁後ろの人の目が怖いから遠慮するわ。一気に目付きが悪くなった
し。嫉妬かしら? 貴方も大変ね﹂
・・
﹁今すぐ床にぶちまけて、枝を踏み折っても良いのですよ?﹂
﹁別に本体はこれじゃないから私は困らないけど?﹂
お互い挑発をしている。女性って怖いな。
﹁はいはーい、とりあえずこれは日当たりの良い二階のテラスに置
いて置きますねー﹂
そう言ってほんわかした、昔から働いている信用できる犬耳のメ
イドが鉢をかっさらって行き、お互いの口撃が終わりを告げた。
﹁駄目ですよ、あの狐耳の魔族はこの館の主の奥様なんですから。
仲良く行きましょうねー﹂
﹁向こうが態度を改めるまで無理ね﹂
﹁じゃぁ一生無理ですねー。とりあえず何かあれば声をかけてくだ
さい。テラスの植物に水を与えるのは私なので﹂
﹁貴女とは仲良くなれそうだわ﹂
﹁ふふっありがとうございます﹂
973
子供が産まれても奥様は変わりませんね、多分子供が大きく成れ
ばこの花がしばらく話し相手になるんだろうなーと、私は思いつつ
日当たりが一番良い場所に鉢を置いてあげた。
974
第64話 島内を適当に冒険した時の事 4とおまけ︵後書き︶
と言う訳でお偉い貴族さんの所に行き相談してきた主人公ですが。
今後どうしようかと思ってる所です。
975
第65話 島内を適当に冒険した時の事 5︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
976
第65話 島内を適当に冒険した時の事 5
俺は昼食時に適当に起され、眠い目を擦りながら進行方向上に︻
水球︼を発生させ、頭だけ水球内を通り過ぎ、適当に袖で拭いてい
たら子供に注意された。
﹁まおーさまだらしなーい﹂
﹁ぼくだってかおあらったらぬのでふくよー﹂
﹁おこられるよー﹂
﹁んあー? あーごめんごめん、物凄く疲れててね。んーだるいー﹂
﹁早くねないからだよー﹂
うんそうだね。近くの森で愛し合っている二人がいなければいく
らかマシだったよ。
﹁そうだねー、今度からは早く寝るからね﹂
﹁まったくまおうさまったらだめなんだからー﹂
そう言われ、近くに居た子供の頭をワシャワシャ撫でてやった。
﹁あーすんません、疲れすぎてて昼寝しちゃいました﹂
﹁それは構いませんけど、私達に休めって言っておきながら魔王様
は休んでないんじゃないんですか?﹂
﹁休んでますよ? 故郷に戻って家族とのんびりやってますし﹂
﹁じゃあ働き過ぎなんです。私達の事を思ってくれているのはわか
りますが、魔王様も辛かったら休まないと﹂
﹁あーありがとうございます。甘い物としょっぱい物と水飲んでれ
ば、どうにかなりますよ、ははは⋮⋮﹂
そう言ってパンと蒸した魚と魚のスープを貰い、ゆっくり食べた。
食べた後も少しボーッとしていたが、トールさんから話しかけら
れた。
﹁カーム、大き目のウサギ小屋だけ、どのくらいの規模だー?﹂
977
﹁んーとりあえず繁殖目的だからまずは小さくて、十歩の十歩に股
上くらいの深さで、そこに土入れて寝る為の小屋も建てれば良いん
じゃいですかね?﹂
﹁わかった、大体このくらいって規模で作ってみるさ。それと少し
行った広場だけど石材を土台に使って骨組は組んだから、あとは壁
を張るだけなんだけど、やっぱり一軒建てるのにそれなりのを作る
と、どうしても時間かかっちゃうぜ?﹂
﹁それでも必要ですからね。今度船に乗って港に行ったら、酒場や
ギルドで技術者を募ってみます。ゆくゆくは、増えた男性に女性が
怯えないように、女性を二十人くらい募集するか、奴隷として買っ
てくる予定ですので。寝るのに最低限必要な小屋みたいな家を頼む
かもしれません﹂
﹁あちゃー大忙しだなこりゃ﹂
そう言いながらも、手を動かし続けるのは職人の鏡だと思う。
﹁んじゃお願いします﹂
﹁ういーっす﹂
﹁今日は探索に行かないとして何をしようか⋮⋮。デスクワーク?
何かする事あるか? ないよな。子供と遊ぶか? 流石に不味い
か。お手空きって何していいかわからないんだよな﹂
﹁なら開墾手伝え、ですくわーくってなんだ?﹂
そう猫耳のおっさんに言われたので、畑を拡張する為に木を伐採
して根っ子を起こしてを繰り返した。根っ子は使えないので纏めて
炭焼き小屋の隣に積んでるらしいのでそれに習い、俺も大八車に乗
せて運んだ。車輪って素晴らしい発明だと思う。
まぁ用途によって箱乗っけて、荷台って言うかリヤカーにしても
良いけど、とりあえず物が運べればいい。
◇
978
さて。今日は南側の探索だけど相変わらず温泉に飛んで浸かって
いる。
もうね、深夜まで探索した後に俺の家まで聞こえる声で、明け方
まで愛し合っていた奴等のせいですけどね。貴族様との話し合いは
楽しかったけどね。
目の前にスレンダーのハーピー族の女性が緩んだ笑顔で温泉に入
ってるが、俺も気にせず浸かって気分をリフレッシュしてから南に
向かった。
山の中腹辺りから南を見てみるが、南西辺りに湖がある。まぁ、
これは後で探索するとして、まずは南側の地上資源の有無と森林の
有無だな。
南側中腹から見た感じ、大きな森は今の所見えないがほぼ平地の
草原だ。まぁ、相変わらず海岸は見えないが、大体は把握したので
歩き出し探索をする。
のどか
特に代わり映えの無い平坦な地形が続き長閑だ。
所々にある赤い花とゴブリンさえいなければね!
俺は面倒なので、黒曜石の手斧で茂みから飛び出してきた奴から、
頭をかち割り放置する。
﹁んーこんなに平坦な地形かつ土があるとか、この島が出来てから
何年位でこうなったんだろう﹂
そんな疑問を口走りながら適当にスコップで土を掘り、土壌の質
を見て行くが、立派な黒土で偶に大きな石が出てくる程度だ。面倒
なので胸の高さくらいまで魔法で土を掘るが、地盤が出てこないの
で畑にするのには適した土地だろう。
道を整備して湾がある所までにいくつか主要道路を引いて、海岸
線には太い道路も整備するのも悪くないな。
とりあえずは山の麓に太い道路、麓と海岸線の間にも太い道路。
これは確実に欲しいな。
一応島の今後の発展をどうするか考えながら歩くが、所々に小規
979
模の森が見える。そしたらそこに向かい、何があるのかを調べ歩い
ているが、良くテレビなんかで目にする、どんぐりをかなり大きく
したような、緑やワインみたいな色の木の実がある。
﹁おいおいおいおいおい⋮⋮神様。あんた何やってんだよ!﹂
俺は一人で声を漏らした。
俺は荷物を放り出し、実を数個手に取り︻水球︼を出してその中
で綺麗に洗い、水を良く切りフライパンの上で潰し、漉す物がない
のでペースト状になった物を纏め、手で握りつぶしながらカップに
木の実を絞った。
手が油でギトギトになったが、土で手を洗い︻水球︼で洗い流し
早速朝貰ったパンを取り出し、少し付けて食べてみた。
﹁やっぱりオリーブか。何でもありだなこの島は⋮⋮﹂
少し心を躍らせながらリュック一杯にオリーブを詰め込み、カカ
オの時とは思えないような足取りで歩き出した。
所々に有る森に寄ってみるが、どれもオリーブが生っている。
俺は笑顔で偶然見つけた兎を、手に持っているカップのオリーブ
オイルが零れないように、黒曜石のナイフで綺麗に首を狙って仕留
めた。血抜きをして、皮と内臓を取り出し、野草さんはよく取って
くる香草を見つけたので、塩をすり込み多めのオリーブオイルで兎
を焼き、念入りにスプーンで上から油を掛けながら物凄い笑顔でフ
ライパンを振っていた。
﹁それでも僕はオリーブオイル﹂
そう呟きながら外はパリパリ、中はジューシーに仕上げ、さらに
新しいオリーブオイルを上から垂らし。
﹁追いオリーブオイル﹂
ドヤ顔で言い、高いところから兎の丸焼きにオリーブオイルを掛
け、パンを添えてから食べた。
﹁うめぇ! 畜生! 凄くうめぇ! 新鮮なオリーブオイルと、熟
成はさせてないけど、新鮮な肉と天然塩と香草。胡椒と酒は無いけ
ど最高に贅沢な気分だ! 次はパンに油を染み込ませて肉を挟もう
980
! くそー美味いー!﹂
そう叫んでいたら、ファーシルが近くに着地してきた。
﹁美味そうな物食ってるから来たぞー、私にもわけろー﹂
幸せの独り占めと幸せの共有。色々大人の事情とかを天秤にかけ
たが、とりあえず俺は共有を選んだ。
皿はないので、黒曜石のナイフで綺麗に兎を半分にしてパンも渡
した。
﹁うまーっ! なんだこれー、兎だよな?﹂
﹁うさぎうさぎ!﹂
﹁何でこんな美味いんだ?﹂
﹁この木の実から取れる油だよ、これを使った﹂
﹁ほえー、まぁいい! 冷める前に食う!﹂
﹁半分は俺のだからな!﹂
そう言って食事を共にした。物凄くがっついていたけどね。
﹁私こんな美味いの食った時ねーよ﹂
﹁俺も久しぶりに食ったよ。島に来てからいっぱいいっぱいで、あ
まり食事に気を使ってなかったからな﹂
﹁そーかー、私はカリカリに焼いた奴しか食ってなかったからな!
これはうまい、とーちゃんに言ってくる!﹂
そう言って飛び立とうとしたが、俺が足を捕まえた。
﹁待て待て待て。言っても良いが材料がないぞ?﹂
﹁ん? 昨日兎届けただろう?﹂
﹁アレは増やすの。食べちゃ駄目なの﹂
﹁えー? 食べられないの?﹂
﹁鹿や魚だったら⋮⋮﹂
﹁じゃあ食えるじゃん!﹂
そう言って速攻飛び立って行ったが、俺は今日は無理する積りは
ないので、今日来られても困るの。とりあえず風魔法でやんわりと
姿勢を崩させ捕まえた。
981
﹁なんだよー﹂
﹁今日も俺は太陽の出る方向の村にいないぞ? 行っても食えない
ぞ﹂
﹁じゃあ直接こっちに来る!﹂
﹁連れて来てもとーちゃんとかーちゃんだけな、後は食べたい肉持
ってこい、あと皿な﹂
何を言っても無駄そうなので制限を付けた。
﹁わかった!﹂
そう言って速攻飛び立って行ってしまった。
﹁はぁ⋮⋮頭が痛い、頭痛が痛いって言える子がこの島にもいたと
は⋮⋮。あと覚えきれるのか? まぁ肉と皿だし平気だろう﹂
それから適度に休みを入れつつ三時くらいか? と思っていたら
ハーピー族が三人空から飛来して来た。
﹁美味い兎が食えると娘に聞いてやってきた﹂
そう言って族長と思われる、この間会った派手なハーピー族の雄
が、兎を三羽持って来た。
今は夕食時じゃないし、俺の分は? と突っ込みたくなったけど
笑顔で兎を受け取り、下処理をして新鮮なオリーブオイルをふんだ
んに使って、どんどん焼いて行った。
パンは仕方ないのでわけてやった。
﹁うむ。こんな肉は食った事がない。美味いぞ魔王よ!﹂
そんな事を言いながら背中をバンバン叩いて来る。ちょっと痛い
し、羽根が舞っている。
﹁んーおいしー﹂
母親と思われる、ファーシルを二回りくらい大きくした女性も笑
顔で食べている。
﹁な? な? この魔王が作ったメシは美味いよな!﹂
﹁そうだな!﹂﹁そうねぇー﹂
うん、なんかこの家族は全体的にガッカリだ。
982
俺は食べ終わった頃を見計らって話を切り出した。
﹁あのー、この間から名乗って無かったので名乗らせてもらいます
がカームって言います。今後ともよろしくお願いします﹂
﹁うむ、よろしくな﹂
ん?名乗り返してくれないの?
﹁あの。失礼ですが、お名前の方は?﹂
﹁ん? あぁ。俺は偉大なる空の覇者、キアローレだ、こっちは嫁
のリュゼだ、娘はわかってっているな?﹂
﹁はい、ありがとうございますキアローレさん﹂
んー聞いてるこっちが恥ずかしいわ。
﹁美味しい兎をありがとうございます﹂
﹁いえ、食べ物は美味しく食べた方が食材も喜びますし﹂
うん、聞いててほわほわしてくる声だし、柔らかい笑顔なので少
し惚れそうになった。
﹁んーそう言う考えもあるのか、我々は焼いて食う。それだけだっ
たからな﹂
﹁あーそうだ、兎を増やす場所も作り始めているので、子供が生ま
れる時期になったら増えると思いますよ﹂
﹁そうか、助かる。魔王から増やして食えば良いと聞いた時は頭を
腕
石で殴られたような衝撃が走ったぞ!﹂
ハッハッハ! と笑いながら翼をばっさばっさやっている。正直
土埃が舞うから止めて欲しいんだけど黙っていた。
食事が終わるとお礼を言い山の方に帰っていった。
﹁んーなんか付き合いが増えると絶対疲れるタイプの種族だな﹂
そう呟き食器や調理器具を熱湯に放り込み油を浮かせ、土で洗っ
てから洗い流し探索を再開し、夕方になったので野営の準備をして
早い時間に食事をしたので夕食は食べずに、近くで火を焚きながら
小麦を練って玉にしてから、魔法で︻土のかまくらを︼作って寝た。
983
◇
土のかまくらから這い出て、昨日のまだ燻っている焚火に枯草と
小枝を足し、火を起こし、先に軽く干し肉だけ炙って食べた。
パンが無いのは昨日のファーシル一家襲来のせいだ。
無い物は仕方ないので、昨日練った小麦粉の玉を適当に手で千切
って、手の平で潰して伸ばす。そしてオリーブオイルを引いたフラ
イパンで焼いて、なんちゃってチャパティだかナンを食べて、完全
に火を消して歩き出した。
﹁あーだるい。あの一家は面白いんだけど、少しだけ疲れるんだよ
なー﹂
そう呟いていたらまた影が地面に見えたので、上を見たらファー
シルが降りて来た。
﹁かーちゃんから昨日のお礼預かって来た!﹂
ファーシルは小さ目の袋を開けると、何かの種が大量に入ってい
た。形が同じなので同じ植物の種だろう。
﹁その辺に生えてる赤い花の種だって。植えれば綺麗だから取って
おいたらしいぞ!﹂
﹁ありがとうございます。って言っておいてね、後で挨拶に行くけ
ど﹂
このままだとお礼返しスパイラルが始まる。お礼のお礼のお礼と
か少し勘弁してほしい。
そう考えたら背中の方から声がした。
﹁あら、それ私の種ね﹂
﹁だれだー!﹂
﹁うるさい子ねぇ、私はフルールよ﹂
﹁食える?﹂
つぶらな瞳で俺の方を見ている。
﹁毒だから食べちゃ駄目だよ﹂
984
主に舌の方だけど。
﹁毒! カーム! こいつやばいぞ!﹂
フルールさんが冷たい目でこちらを見ている。
﹁いや、平気だから。触っても平気だからね? だから優しく話し
かけてあげて、ね?﹂
﹁お、おう⋮⋮。おはよう﹂
おずおずと話しかけるが、明らかに不機嫌そうに﹁おはよう﹂と
返すだけだ。
﹁ってな訳てこの子はファーシルって言うから﹂
﹁そのくらい知ってるわよ。いつも元気に島のあちこち飛び回って
るし、親に呼ばれてるのを少し前に聞いてるわ﹂
相変わらず怖いな。
﹁じゃ、じゃぁ私は帰る!﹂
逃げるようにして帰っていった。
﹁で、種はどうすれば良いですか?﹂
﹁水捌けの良い土に、深さは種三個分くらい指で穴を開けて植えて
ね﹂
﹁了解﹂
﹁どんどん増やしてね﹂
そう言うと引っ込んで行った。何も言わなかったが︻水球︼で水
を与えて置いた。
﹁はぁ﹂
ため息しか出ない。なんで朝から疲れるような事しかないんだよ。
そう思いつつ群生している低木に目をやると、大きい白い繭みた
いなのが見えた。思わず華麗なる二度見をしてしまった。
俺にはもう製糸用にしか見えなかった。
大きさは、四リットルくらい入るお酒用ペットボトル並みだった。
正直この中に、何かの幼虫がいると思うと鳥肌が立つ大きさだが、
周りの葉っぱごと切り落とし紐でくくって持ち歩く事にした。
985
遠くに海岸が見えたので帰ろうかと思っていたら、近くでボッコ
ンボコンと音が聞こえたので、とりあえず向かってみたが沼が湯気
を出していた。
おいおいおい⋮⋮この島都合良すぎだろう。なんで海岸線近くで
温泉が沸いてるのかは、この下あたりにマグマ溜まりがあって、地
下水が温められてるって考えよう。うんそうしよう!
俺の疲れは一瞬にして吹き飛んだ。
とりあえず泥を魔法で玉にして遠くに捨てて、少し大き目に当た
りを着けて掘り、その辺にある石を掘り返し、ゴロゴロと落として
行きなるべく平らになる様にして、隙間に海岸の砂と丸い小石を隙
間に敷き詰め、お湯が溜まるまで俺は全裸で仁王立ち待機した。
海岸線付近、しかも島の南。道を整備して馬車を使えば四時間く
らいで付くだろうな。
山に宿泊施設とか無理かと思ったけど、ここに建てよう。頭の中
で温泉の有効利用方法を考えながら待ったが我慢できずにお湯が半
分位しか溜まってないのに飛び込んで海を見ながら温泉に浸かった。
今、最高の贅沢をしている気がする!
排水関係とかもしっかりしたいけど、こんなに海が近いと直接海
に流したほうが良いかもしれない。海砂を溝に敷き詰めれば老廃物
系は濾せるかな?
まぁいい、この温泉を記憶しておいて徒歩で湾の方に歩き、南東
辺りも調べるか。
昼近くまで歩いたが草原や低木やオリーブの木、偶に温泉が沸い
ていると言う事はわかった。
南に真っ直ぐ歩いた時に見つけた温泉ではしゃいで居た俺の体力
を返せ、あと俺。もう無いかもしれないと思ってキープしてるのが
完璧に裏目に出てる。
確かに次はいつ手に入るかわからないって思うと、持っておきた
986
くなる性格なんだよ? ましてや無人島だ。なら持っておきたくな
るでしょう? そう頭の中で自分自身に愚痴を言い、夕方になる頃
には島の東にあると思われる大きな森っぽいのが見えたので、目印
になる木の棒を海岸に立ててから転移して戻った。
﹁ただいまー、いろいろありすぎて疲れました、これオリーブです。
町で油として売っているのを見た時があると思うので使ってくださ
い。少し書き物してます﹂
・・・・
そう言って、近くにあた女性にオリーブの実をリュックごと渡し、
家の中に入り羊皮紙に、島の事を日本語で纏めた。
注意:太陽が出る方角を東とする。
東側・湾が有り森林が広く野生の獣や野草や野生化した野菜が多
い。借りの村から森の奥に入って行くと、元魔王城建設予定地があ
り、とりあえず海が近いのでそこに拠点を移す積りでいる。
更に奥に行くと大きな湖があり、山から水が流れ込んでいないの
で水が沸いていると思われる。
山の中腹に温泉があり。頂上付近にハーピー族の住処がある。こ
れからも良い友好関係を築きたい。
北側・島が楕円形なので山までの距離が比較的少なくカカオあり。
森が深いので街道整備をしつつ森の風通しを良くするために少し
伐採の必要あり。ゴブリン多し。
南側・上記と同じで海岸から山までの距離は短い。オリーブの実が
あり、油が期待できる。
海岸近くに温泉が湧き出ているので、公衆浴場や観光資源や、買
い付けに来た商人や商船の宿泊施設を作っても良いかもしれない。
基本森が少なく草原で、街道を整備し開墾して麦やジャガイモ。
豆を育てて出荷後、第二次産業に繋げても良いかもしれない。
987
あと、訳の解らない巨大な繭が低木に群生していたので、製糸関
係も可能性あり。
最悪糸だけを出荷しても良いが、機織りできる職人を雇って、反
物で売っても良いかもしれない。
西側・ハーピー族が持って来たコーヒーの実があり。パルマさんと
協力して挿し木して、管理しやすい高さにそろえる。要検討。
意外に森が大きいので、こちらも手を入れて風通しを良くする事
を要検討。
備考
島中央の東、西南、北北西に湖あり。状況は未確認。
島の近所に水生系魔族が住んでいる、こちらも良い友好関係を結
びたいと思っているが、前任の魔王の印象が悪すぎたせいで、マイ
ナスの印象からスタート。
ハニービーがいる。養蜂時にお世話になり、クイーンビーもいる
らしいが見た時がない、個体意識がない為名前が存在しないので一
律でハニービーと呼ばせてもらっている。
植物系の魔物だか精霊だかわからないが、椰子の実のドリアード、
パルマさん。ハイビスカスみたいな花のアルラウネ、フルールさん
がいる。
島のほとんどの椰子の木と赤い花が眷属みたいな物で、平行思考
で現れる事が可能。アルラウネの方が、個体番号はとか言っていた
ので、花のすべて把握している可能性が高い。この両名は植物系の
相談役として重宝しそうなので、敵対は絶対にしないようにしたい。
魔王城建設跡地奥に採石所を作るが、他にも岩が隆起している場
所があるかもしれないがまだ見つかっていないので、採石量は不明。
まだ海岸線を一周していないので、どうなっているかはわからな
いが、南から東へ海岸線を歩いたが、遠浅で湾内くらいしか船が接
岸できない可能性大。もし南側の温泉群生地帯に宿泊施設や、主要
988
施設を置くなら魔法で地面の隆起か桟橋を作る必要あり。防衛面的
に桟橋の方が堅実な気がするが、これも要相談。
重要:火口付近でドラゴンが住んでいる可能性あり。何かあったら
校長に即相談。もしくは次に故郷に戻った時に相談。
注意:三日に一本程度商船が通るが、魔族側の最寄の大陸から六日
と聞いている、だがこの島から人族側の大陸まではどのくらいかは
不明。
当面の目標:まずは元魔王城建設予定地に拠点を移し、建物が出来
たらまず先に医療関係者の勧誘、その後宗教関係者の勧誘。移住者
を募り、商店の建設及び島内での通貨の普及。
んーこんなところか? まだ島民が少なく通貨を必要としてない
が、どうせなら島を発展させたいし、まだ日が浅いから病気や怪我
もないから良いが、医療関係者は絶対確保したい。
宗教関係者は、島民のほとんどがまだ人族だからあったほうが良
いだろう。この辺は皆に意見を聞きたいところだが、神や共同住宅
のジョンソンさんの話だと、人族が偉くて魔族は下劣な存在らしい
からな。その辺寛容な宗教家を連れて来るか、大きい教会に殴り込
みに行って訳を話し、新人神官でも融通してもらうか?
医療関係者はさびれた貧民街付近の閑古鳥が鳴いている診療所に
手あたり次第入って交渉か。この宗教家と医者は奴隷でもいなさそ
うだからな。
宗教家は奴隷でいたとしても、汚職で堕ちたと思うからまず駄目
だろ? 医者は患者が少なくて、税金が払えなくて奴隷になった可
能性もあるけどまず期待しないほうが良いな。
﹁おう、カーム。飯だとよ﹂
犬耳のおっさんの声で、いきなり現実に戻された。
989
﹁あーい、今行きます。あとノックしてくださいよー﹂
﹁ちゃんとしたぜ? 何回も。それとなんだそりゃ?﹂
﹁日記です。オッサンでも読まないで下さいよ﹂
﹁そんな趣味ねぇよ、で、その白いのなんだ?﹂
﹁多分蛾の幼虫でしょうね。これを茹でて糸が取れないか試そうと
思ってます﹂
﹁うへぇ、今から飯なんだからそんな話し止めろよな﹂
夕飯はオリーブオイルで焼いた塩味の魚だった。
閑話
女性陣、油を喜ぶ。
A﹁これってやっぱりオリーブよね? そう言ってたし﹂
B﹁でしょ?﹂
C﹁どうすれば良いの? ビン詰めでしか買った時無いのよね﹂
野草さん﹁潰して布に入れて搾れば油が出ますよ﹂
A﹁そうだったんですか?﹂
野草さん﹁はい、これを髪に塗ったり肌に塗ったりすれば潤いも回
復ですよ﹂
B﹁へ、へぇ。余ったらやってみようかしら﹂
C﹁そ、そうね﹂
野草さん﹁そうですね、最近野良仕事が多いので手に塗りたいです﹂
A﹁一応余らせたけど﹂
野草さん﹁じゃあ、まず気になるところに塗りましょう。私はやっ
ぱり手ですねー﹂
B﹁腕かしら、最近カサカサしちゃって﹂
C﹁私は髪です。潮風でゴアゴアしちゃって﹂
990
A﹁んー顔かな﹂
数日後
男性陣﹁なんかツヤツヤしてる女多くないか?﹂
﹁多いな﹂
狐耳﹁女性が綺麗なのは良い事だ、健康的な肌も良い﹂
﹁なぁ、あんたは女なら何でもいいのか?﹂
狐耳﹁ご高齢の方と幼すぎるのは遠慮する、だが見た目が若い50
0歳超えているエルフなら平気だ! むしろどんと来い!﹂
﹁渋い顔して何言ってんだよ、少し黙ってればかっこいいのによ﹂
野草さんは可愛い系ワイルドです。
991
第65話 島内を適当に冒険した時の事 5︵後書き︶
作中で笑いながらキアローレが翼をバサバサしてますが。
羽は背中では無く腕に有るので食事後の羽ばたきは腕を振っている
だけです。正直馬鹿っぽく見えます。
992
第66話 たまに魔王らしい事をしたら皆に距離を置かれそうに
なった時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
993
第66話 たまに魔王らしい事をしたら皆に距離を置かれそうに
なった時の事
﹁おい、エドワードのクソ野郎が魔王を襲いに行って、戻って来ね
ぇらしいじゃねぇか。こいつは俺達があの馬鹿より名を上げる機会
が来たって事じゃねぇか?﹂
そう言って、汚く食い散らかしたテーブルの中から葡萄酒を取り、
勢いよく飲み干し自分自身のやる気を上げて行た。
﹁このシャチ様があのヒゲごと食い散らかしてやるぜ、行くぞ野郎
共!﹂
﹁﹁﹁うぉーーー!!﹂﹂﹂
そう言って酒場の代金も払わず海賊たちは出て行った。
□
島内探索から一ヶ月。町建設予定地にぽつぽつと家が増え始め、
色々な事があった。
畑に植えたジャガイモが青々と葉をつけ、あと一ヶ月くらいで収穫
かな? と思いつつ。ファーシルからもらったフルールさんの種を
植えた鉢に水をやり。
ハーピー族が送って来た兎が無事1回目の子供を産み蛾の、取っ
てきた繭を試しに茹でて削って綺麗にした木の棒でかき回して、糸
をひっかけ丁寧に巻き取った物を一応とっておく。
灰を混ぜた水をかき混ぜて数日置いて綺麗になった上水を掬って
ボウルに入れる。そこにオリーブオイルと、ハーブをかなり煮出し
たいい香りのするお茶を混ぜて、余分な水分を蒸発させて作った石
鹸を、試しに個人的に作った。
島内が少しだけ落ち着き、鶏が産んだ卵で子供達の為にクッキー
を作ったりして、リラックスした午後の時間に犬耳のオッサンが慌
994
てて俺の家に入って来て、
﹁海賊だ!﹂
そんな事を叫んだ。
﹁えーまたですかー? 今クッキー作ってるんですけど行かないと
不味いですよね?﹂
﹁何馬鹿な事言ってんだよ。良いから行け! 俺は人族全員を奥の
広場に引っ込めるからな﹂
﹁もし何かあったら、池の近くの小川を山の方に向かって行ってく
ださい。大きな湖が有ります。そこならしばらくは安全だと思いま
すから、それと人族の安全を頼みます﹂
俺はボウルを置いて、真面目な顔でオッサンに言ってから装備一
式を持って海岸に走った。
海岸に着いたら武装した元海賊が集まっていて、かなり遠いが船が
1隻ほど見え、緊張した空気が当たりを漂っていた。
﹁船長いますか?﹂
﹁はい! ここにいます!﹂
﹁あの旗、見覚えあります?﹂
﹁はい、多分⋮⋮シャチの奴だと思います﹂
﹁んー、シャチねぇ⋮⋮。やっぱ凶暴なんですか?﹂
﹁はい、襲った船の荷物を片っ端から、食い散らすように奪う事か
らそう呼ばれ、本人もその名前を気に入っているみたいです﹂
﹁ふーん。で、さ。また船に乗りたいですか?﹂
﹁え? はい、乗りたいですけど⋮⋮。陸の生活にも慣れてますし、
もう無理しなくてもいいかなと思ってます。皆も同じ考えだと思い
ますが﹂
﹁って言ってるけどどうなの?﹂
﹁えぇ、畑仕事にも慣れましたし、野草を取ったり家を建てる手伝
いにも慣れ始めてますから﹂
﹁俺もっす! 真っ当に仕事して食べる飯は最高っす。最近酒が切
995
れてるのが残念ですけど﹂
﹁んー⋮⋮﹂
俺は前々から考えている事を、元海賊達に言って見た。
﹁とりあえず船を手に入れて、買い付けとかにも行ってもらいたい
なー、って考えてたんですよ。もう二度と船に乗りたくないって言
うならまた沈めますけど﹂
﹁乗りたいですね。あと信用してくれてるのはとても嬉しいです﹂
﹁俺もまた乗りてぇな﹂
﹁俺もだ﹂
﹁んじゃ奪いましょうか﹂
﹁軽いっすねー、どんだけ大変だと思ってるんっすか?﹂
﹁さぁ。まぁ、死ななければ良いでしょう﹂
﹁⋮⋮魔王さんだけっすよ、そう思ってるの﹂
﹁あーごめんごめん、どうにかするから。んじゃ準備でもしますか﹂
俺は、商船に乗っていた魔法使いから教わった魔法で声を飛ばし
た。
□
﹁野郎共、そろそろ着くがブルってる奴は居ねぇだろうな!﹂
﹁﹁﹁﹁おうよ!﹂﹂﹂﹂
﹃あーあー。聞こえてると仮定して話しますね﹄
﹁誰だ!﹂
﹃これ以上近づくなら敵とみなします。用事があるなら湾の外で停
泊して、小舟でこちらまで来てください﹄
﹁魔法⋮⋮か。魔王だな﹂
﹃殺して良いのは、殺される覚悟がある奴だけ。って言葉知ってま
す? 前に来た海賊は労働力として飼い殺してますが、これ以上島
の人口が増えると食料が厳しいので、殺すか奴隷として売ってお金
にしますので、覚悟しておいて下さいね。以上﹄
996
﹁だってよ。エドワードの奴飼い殺されてやんの! ばっかだよな
ぁ!﹂
そう言うとシャチが笑い船員も笑いだした。
﹁進路そのままぁ! 帰る理由は無いぞ! 逆に全員奴隷にしてや
るぜ﹂
□
﹁飼い殺しって⋮⋮。俺達の事そう思ってたんですか?﹂
﹁んー止まんないねぇ﹂
﹁いや答えてくださいよ、あと魔王さん軽いっすから、せめて緊張
感持ちましょうよ﹂
﹁ぬ、奴等。止まらぬ積りか﹂
腕を胸で組んで、息をめいいっぱい吸って上半身を大きく見せた。
﹁もういいっす、作戦はどうなんすか?﹂
・
﹁君たちと同じで、船上から弓の届かない場所まで後退した後、上
・
陸して来た奴等を迎え撃ちます。相討ち覚悟でも良いから確実に殺
せ、余裕があるなら生け捕りにして、町に奴隷として売って金にす
・・・・
る。そして島の開発費や食費に当てる。本来ならお前等もこうなっ
ていた可能性もあったが、こちらの都合上生かしておいてやっただ
けだ、それを忘れるな。なぁに、作戦は簡単だ﹃死ぬ気で殺せ﹄以
上だ﹂
・・・・
いきなり言葉使いが代わって、声を落とし真剣な表情で言った事
によって、普段は本当に大人しくしているだけだと思ったのだろう
か。それ以上だれも怖気づいて発言しなかった。たまには威厳も見
せないとね。
そして俺は、前に考えていた魔法をとりあえず実行してみた。
﹁とりあえず奴等には、高い山に登ってもらう事にするかねぇ﹂
そしてまた緩い感じで、独り言のように発言して周りの緊張を少
し緩ませる。が、何を言っているのかわからないような表情で、数
997
人がこちらを見ている。
んー気圧だからな。とりあえずあの湾内全域を指定して、こっち
に被害が来たら来たでどうにかしよう。うん。
俺は空気で壁を作るイメージをして、中の空気を抜くイメージを
続ける。真空ポンプで空気を抜く感じだ。
まぁ、空気の壁だしそこまでは期待していない。
□
﹁とりあえず警告は無視だ無視!奴等は弓の届かない所まで引っ込
みやがったからな、このまま乗り上げちまえ!﹂
﹁お頭、なんか頭痛いんすけど﹂
﹁俺はなんか目が回るんっすけど﹂
﹁なに腑抜けた事言ってやがる!根性見せやがれ!﹂
﹁きもちわりぃ・・・﹂
どうなってやがる、確かに俺も少し息苦しいし頭が痛い、こんなの
経験した時がねぇぞ。
﹁突っ込むぞ衝撃に備えろー﹂
﹁﹁おう!﹂﹂
俺達は船が砂浜に突入して、どんどん船から降りて走って島の魔
王と飼い殺されてる腰抜けの海賊共を殺そうと必死に走るが、目が
霞んだと思ったら目の前に砂の壁が有って、俺はその砂の壁に吐い
ていた。
そして目の前にスコップを持った紺色の魔族がやって来て、スコッ
プを振り下ろすのが見え、俺が倒れてるのかとやっと気が付いた。
その後気が付いたら身動きが取れなくなっていた。
□
﹁おーきたぞきたぞー、気をつけろよー﹂
998
さっきの一件が有るから皆黙って武器を構えているだけだった。
﹁おい、なんか様子がおかしいぞ﹂
﹁あぁ、ふらふらしてるし吐いてる奴等も居るし、ぶっ倒れてる奴
も多い﹂
んー成功したみたいで良かったよ。まぁ軽い高山病に、空気が薄
い状態から体が回復しきっていないのに、全力で走ればそうなるよ
な。
﹁はーい、こうなってれば簡単だね、半分は船の奪取。半分は元気
な奴を刃の付いてない方で殴って黙らせて縛って。はいはい! 行
動開始、いやー知識も武器だね﹂
そして俺は、元気良く走って来た海賊が目の前で倒れ、顔を上げ
たところをスコップで頭を殴り、気絶させて周った。
こっちに損害がないのが一番だね。
﹁船内はどーだい?﹂
﹁はい! 非戦闘員は無傷で捉えました、損傷もありません﹂
﹁りょーかい。そのまま船内の探索を続けてください﹂
俺は渡された紐で海賊の両手を裏で縛り、足は歩幅が50cm以
内になる様に調整して縛って回った。
﹁船長ってどいつ?﹂
近くで作業していた元海賊に話しかけ、
﹁あそこに転がってるヤツです﹂
そう言って指を指したので、紐をもって歩いて行った。
俺は紐を十メートルくらいにして半分に折り、四十センチメート
ルくらいのところで結び首にかけ、十センチメートル置きに結び目
を作り、股の間に紐を通し、首にある紐に通して思い切り引っ張り、
余った紐を前に作った結び目に通し、ソレを繰り返し菱縄縛りを作
っていく。途中で腕も裏で縛り、足も歩けないように足首で思い切
り縛った。
﹁いやー、一回やってみたかったんだよねコレ。男が男にするもん
じゃないけど﹂
999
超笑顔で言って見たが、誰も見ていなかった。むしろ目を合わせ
てくれなかった。
﹁全員縛った? んじゃ砂浜に座らせて、船の奥に居た女性達はと
りあえず広場の方から女性呼んできて介抱させて。持って来る物は
予備の服五、綺麗な布が沢山です﹂
そう言うと、荒々しく海賊達を扱い全員を砂浜に座らせていく。
船長は更に正座させた後に紐で縛り、立てなくしてあるので運ばれ
るだけだ。
女性は全裸で、首枷と手枷が一緒になっている物で拘束されてい
た。そして、かなり色々な物で汚れていたし、傷や痣もあった。
怖がって抵抗し、魔法の影響で吐いたり倒れたりしたが、無理矢
理数人で抑え込み、留め具をバールで外し、仮拠点の家に入ってて
もらった。
﹁はい。言った通り貴方達は警告を無視し、島に攻めてきました。
ですので売り飛ばします。もしくは指名手配されてればそっちに引
き渡します。理由は高い方が都合がいいからな。えーっとややこし
いけど元船長、名前まだ聞いてなかったですよね? 何って言うん
ですか?﹂
﹁エドワードです﹂
﹁んじゃ町に行くと色々都合が悪いから死んだことにして、髭を綺
麗に剃って髪も整えて名前は⋮⋮そうだな。町では一応ベンジャミ
ンって名乗って。多分このシャチって奴は騒いで、
﹁アイツモカイゾクダーアイツハマオウダー﹂
とか言って、こっちも巻き込んで来ると思うので声を出す部分を
切っちゃうから安心して下さい。あ、しっかり押さえてて下さいね。
間違ったら死んじゃいますし、お金になりませんので﹂
笑顔で言って元海賊がシャチを数人で抑え込み、しっかりを頭を
固定させ、シャチは恐怖で顔が一気に青くなりつつ引きつっていた。
﹁あ、ポーション用意しておいて下さい、こいつ等の船に多分あり
ますよね? ベンジャミンさん達の船にもありましたし﹂
1000
俺がそう言うと、元海賊が慌てて箱の蓋を片っ端から開けて、ポ
ーション瓶を持って来た。
﹁ありがとうございます﹂
俺はがんばって笑顔を作り、黒曜石のナイフで喉仏の少し辺りを、
林檎の種の部分を取る様に声帯とのその周辺の筋肉を切り取り、そ
の辺に捨てて気管から空気が漏れない様にポーションをぶっかけて
・・
傷を塞いだ。女性を家に入れて置いて良かったわ。
﹁急に動くと、傷が開いてそのうち死ぬから﹂
シャチは口を動かすが、息が漏れるだけで声が出ない。人工声帯
もないし平気だろう。本当は声帯の筋肉の一部を切っても良かった
んだけど、治って騒がれてもこまるしね。
﹁さて⋮⋮これから縛られてる皆さんにも同じ運命が待っています。
遅いか早いだけですので仲間外れは作らないので安心してください。
あー、副船長には聞きたい事があるので自ら名乗るか、他の海賊が
副船長を売る感じで俺に教えてください﹂
・・
物凄く五月蠅かったが、終始笑顔で副船長と非戦闘員以外全員を
・
喋れ無くしてとりあえずは作業は終了した。
﹁あの、魔王様、こいつ等の食事はどうしましょう?﹂
なんか敬称が様になっちゃったよ。どうしよう。
﹁生きてればいいって言うなら、水に塩と砂糖を混ぜた奴飲ませて
れば十日くらいなら問題ないですよ。それかパン半分と薄い塩水、
気分で変えて与えてください。もしくは元同業者で情があるって言
うなら、常食を与えても良いですよ。あと舌噛んで死なないように、
丸めた布でも詰めて置いてください﹂
﹁は、はい﹂
﹁さて副船長⋮⋮。正直に答えてくれると嬉しいんだけどさ。シャ
チの賞金額ってどのくらい? あとどこかに拠点があって、そこに
・・
奪ったお金とか物資とか溜めこんでるの? 正直に答えてくれると、
こっちの手間が省けるから助かるんだけど。俺ってかなり拷問って
嫌いなんだよね。できれば喋ってほしいなぁ﹂
1001
笑顔でそう言うと、副船長は黙って下を向いているだけだった。
﹁んー仕方無いか。物を握る時って意外に小指が重要って知ってま
す? 利き腕じゃない方ってどっちの手ですかねぇ?﹂
今度は俺を睨みつけて来るが、喋ろうとはしない。
﹁んー喋らないか。これ以上は趣味じゃないからやりたくないんだ
けどねー、喋ってくませんかね?﹂
そう言ってまた黒曜石のナイフを生成する。
﹁仲間を喋れなくしておいて今更なんだ! 殺せ! そうすれば喋
らなくて済む﹂
﹁いや、船長の賞金と金を溜めこんでる場所があるかないかで良い
んですよ。何を勘違いしているのかはわかりませんけど⋮⋮。まぁ、
賞金は調べればすぐわかりますし、実は本当に拠点があって結構溜
めこんでます?﹂
﹁じゃあ拠点はない。船長の賞金は前に立ち寄った港町で、金貨五
枚だ﹂
﹁じゃあってなんだじゃあって!﹂
隣に立っていた元海賊が、敵の副船長の事を怒鳴っている。
﹁いやいや、別に良いんです。特に重要でもないですし。君達も船
にお金全部乗っけてたでしょ? 船内にあったお金の量を見てもら
ったけど、大差無かったから無いなら無いで良いんです。いやー拷
・・・
問が避けられてよかったよ、本当に苦手なんだ。んじゃ喋れ無くす
るから抑えて下さいね﹂
さらに笑顔で、周りにいた元海賊にお願いする。
﹁え? あ、はい! おい!﹂
シャチの副船長を数人で抑え込んでくれたので、処理は簡単に済
んだ。
﹁とりあえず全員船の中に閉じ込めて置いて下さい﹂
﹁﹁﹁はい! 解りました魔王様!﹂﹂﹂
﹁︱︱あの、少し怖がらせたのは謝ります。今まで通りでお願いし
1002
ます。その喋り方疲れますよね?﹂
﹁いえ、今までの俺達が無礼過ぎたのです、命を助けくれただけで
も⋮⋮。助けていただいただけでも十分です!﹂
なんで言い直したんだ? しばらくは無理か? いや、一応謝っ
ておくか。
﹁あの、怖がらせて申し訳ありませんでした。いつも通り接してく
ださい﹂
﹁め、命令ですか﹂
﹁お願いです。まぁなんとなくやりすぎた感はありますけど。アレ
は仕方ない処置だったんですよ。魔王にやられたとか騒がれると勇
者来ちゃいますよね? かといって全員殺すとお金も手に入らない。
あ! ほら! 緊張感がないって言われたからそれらしくしただけ
ですよ。やだなーもー﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
しばらく全員がアイコンタクトを取っていたが、何時ものお調子
者が先陣を切ってくれた。
﹁そう言うならしゃーないっすね。俺はいつも通りにするっすよ﹂
﹁ありがとー﹂
うん。これを機に元に戻ってくれればいいや。
俺は中が見えない位置に立ち、家のドアをノックして女性が出て
くるまで待つ。
この家には、海賊の慰み者になっていた女性達が、一時的に保護
されている家だ。
﹁はい。何でしょうか﹂
だがドアは開かなかった。
﹁お湯とかあった方が良いですよね? 綺麗な布はまだ必要ですか
? 服は足りますか?﹂
中で話し声が聞こえ、しばらくして。
﹁そうですね、お湯だけ頂ければ︱︱﹂
1003
﹁わかりました、鍋に入れて置きますので中で水を足して下さい。
鍋にお湯を入れたらドアを二回ノックして家から離れるので、しば
らくしたら取って下さい。あと、個人的に作ってみた石鹸もあるの
で使ってみてください﹂
﹁わかりました、お気遣い感謝します﹂
俺は調理に使う大き目の鍋一杯に熱湯を作り、ドアをノックして
から立ち去った。
﹁クッキー作り再開しないともったいないよな、砂糖もう少し多め
にして子供には諦めてもらうか。作る気分じゃないけどね﹂
そう呟き、砂糖を少し足し、練り直してから釜戸にぶち込み、堅
パンを削ってお湯と塩で戻した粥も作って持って行った。
またノックをして中が見えない位置に立ち、返事が来るまで待つ
が、返事はなかった。
﹁あの、胃に優しい物と甘い物を持って来たので、もしよければど
うですか? 甘い物は心が落ち着きますよ?﹂
そう言うとドアが少しだけ空いたので、粥が入った鍋と食器とと
クッキーを手渡した。
﹁その女性達の、心の怪我の治療は任せます。もし復讐したいって
・・・
思っている気の強い女性がいたら俺に言ってください。可能な限り
助力しますので﹂
﹁わかりました、そう言っている子がいたら、誰かをカームさんの
所まで向かわせます﹂
﹁それと食べ終わった食器と、家の中にある調理器具は必ず手の届
かない場所にお願いします。寝る時はドアを塞ぐようにして、逃げ
ないように寝てください、間違いが起こると大変ですので﹂
俺は家に戻り、かなり不機嫌なまま床に座り、後ろからついて来
たヴォルフが隣に座ってくれたのでとりあえず頭を撫で続けた。
□
1004
﹁あの。いま手が少し見えたんですけど、魔族もいるんですか?﹂
女性は弱々しく問いかけた。
﹁あー、さっきのはこの島の魔王さんだよ﹂
﹁あ、馬鹿!﹂
ヒィッと短い悲鳴を上げたが近くの女性が続けた。
﹁平気平気、あの魔王さんはその辺の人よりかなり人が出来た魔族
よ。私達も奴隷だったんだけど、真っ先に暖かい食事を用意してく
れて、枷も外してくれて。けど詰めが甘くて最初は全員寝具がなか
ったけどね。仕事も無理をさせないし、休みもくれるし、水浴び場
がなかったからどうにかして水を引いて来てくれて、男達に襲われ
ないようにも配慮してくれたし。誰かが魔王さんの慰み者になった
って話も聞かないわ﹂
﹁そうなんですか? 魔王なのに?﹂
﹁そう、料理も上手でお菓子も作るし、子供にも優しい﹂
そう言われ、クッキーを手渡され一口だけ齧った。
﹁⋮⋮美味しい﹂
﹁ね。なんだかんだ言ってこの島で一番頑張ってる魔族よ、直ぐに
信じろって言うのは無理だと思うけど、取りあえず安心して良いわ。
ここの場所を使っても良いから、このお粥を食べてゆっくり寝て、
心と体を落ち着かせてね。私は部屋の隅にいるから何かあったら声
をかけてね﹂
﹁はい、ありがとうございます﹂
﹁けどさ、女の私より料理もお菓子作りも上手いのだけは未だに納
得できないんだよね﹂
そして軽く話をして五人の女性は安心したのか寝てしまった。
□
@
﹁一応話しておくべきだよな﹂
1005
そう呟き一人で心の整理を付けて家から出て助けられた女性達の
事を夕食前に子供抜きで全員に話す事にした。
﹁今日助けた女性達ですが。ああいった経験をした女性は男性が怖
いと思い、近づいただけでも嫌な事を鮮明に思い出して、倒れたり
吐いたりします。ですので男性は声を掛けないように。声を掛けら
れた時だけ話すようにして下さい。あと、なるべく女性の誰かが一
緒についていてあげてください。そうすれば少し安心すると思いま
すし、事故も防げます。これは一種の病気ですので周りの理解も必
要です、ですので協力の方をお願いします。んじゃ夕飯作って食べ
ましょうか﹂
夕食後オッサンズに海賊に何をしたのか質問責めにあったが、ど
うせいつかはバレるので正直に話しておいた。
1006
第66話 たまに魔王らしい事をしたら皆に距離を置かれそうに
なった時の事︵後書き︶
なんで俺船を手に入れるだけなのにこんなの書いたんだろう。
1007
第67話 少し甘えに帰った時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は短いです。
1008
第67話 少し甘えに帰った時の事
海賊の襲撃が有った翌日
﹁申し訳ありませんが今日は気分が優れないので俺は休ませてもら
います、皆さんは怪我の無い様にお願いします﹂
そう言い終わってから、俺は個別にベリル村出身の奴等に話しか
ける。
﹁今日村に帰るんですがどうしますか?﹂
そうするとルートが、
きゅうきょ
﹁消耗品や作業中に必要になった道具が足りないので一端帰りたい
な﹂
そんな事を言ったので、急遽建設組は別の仕事に回ってもらい、
二人で村に帰った。おっさんズは、別に用はないと言って付いて来
なかった。
﹁俺の家の前で悪いんですが、ここで勘弁して下さい。それと必要
経費ですのでコレで道具は揃えてください﹂
俺はルートさんに大銀貨を数枚手渡した。
﹁多すぎだぜ?﹂
﹁余ったら返してくれれば良いので多めに預けただけです、んじゃ
久しぶりの故郷を満喫してください﹂
適当に理由を付けて、無理やり持たせた。
﹁おう、そっちもな。その⋮⋮昨日の事は。その、色々聞いてるし﹂
﹁あ。えぇ⋮⋮。まぁ﹂
とりあえず口止めはしてないから、色々噂は出回ってるだろうな。
﹁あー、その、わりぃな。変な事思い出させちまって﹂
﹁いえ、平気ですから﹂
ルートさんは親方に報告してくると言って作業場の方に向かって
1009
行った。
﹁ただいまー﹂
﹁ん? 今日戻って来る日だった?﹂
スズランは首を傾げ眉に皴を寄せながら顎に手を当て真剣に考え
ている。
﹁いやいや、今日は少し嫌な事が有ったから戻って来ただけ、子供
達は?﹂
﹁ペルナ君達と外で遊んでるわ﹂
﹁そうか﹂
それを聞いたら、俺はスズランの胸に抱き付き、少しだけ柔らか
く薄い胸を堪能し、
﹁優しく抱きしめて頭を撫でてくれ﹂
その後何も言わずスズランは頭を撫でくれたので俺もスズランを
抱きしめ背中を擦ったら頭だけじゃなくて背中も擦ってくれた。
体感で十分位だろうか。少し心に余裕ができたので、
﹁ありがとう、もういいよ﹂
そう言って胸から離れた。
﹁麦のお茶淹れるね﹂
スズランが気を使ってくれてた。
﹁ありがとう﹂
少し俺の方を見ていたが何も言わずに麦茶を淹れてくれた。
麦茶だが砂糖を入れて、少し俯き視線を落としながらゆっくりと
お茶を飲み干した。
その間も特に会話もなく、何があったかも聞いてこない、多分察
してくれているんだろうと思う。その後特に何も喋らずゆったりと
した時間を過ごした。
しばらくして子供達が帰って来た。
1010
﹁﹁ただいまー﹂﹂
﹁﹁おかえり﹂﹂
﹁あ、お父さん﹂﹁パパ﹂
﹁どうしたの? まだ戻って来る日じゃないよね?﹂
﹁んー、少し嫌な事があったから、皆の顔を見に帰って来たんだよ﹂
そう言いながら二人の頭を優しく撫でる。前回ミエルには子ども
扱いしないでと言われたが、それでも撫でた。
二人は恥ずかしそうな顔をしているが、大人しく撫でられている。
﹁お父さん!稽古稽古!﹂﹁僕達練習してるんだから!﹂
﹁はいはい、あまり気が乗らないけど良いよ。それに学校で教わる
んだからまだ早いんじゃない?﹂
多少気が滅入っていても、子供達と稽古すれば、多少は気がまぎ
れるだろう。
﹁やだ、早く強くなりたい!﹂
﹁そうか、なら仕方ないな⋮⋮。ミエルは?﹂
﹁僕は悪い人達から逃げられるくらいの強さが欲しい﹂
﹁んー、逃げるだけならそこまで強く無くても良いな﹂
﹁お父さん駄目! ミエルは私とペルナ達とパーティー組んで冒険
者になるんだから﹂
﹁親的には好きにさせたいけど、進んで危ない事はさせたくないっ
て言うのもあるんだよなー﹂
多分冒険者とかに憧れる歳なんだろう。俺は一切憧れなかったけど
な。
﹁けど⋮⋮私達は冒険がしたいの﹂
ははは、子供って無邪気だよなぁ。
﹁はいはい、強くなっておけば町で働こうが冒険者になろうが、技
術や力はあって損はないから稽古はしてあげるよ﹂
そう言って準備を始めた。
﹁んー相変わらずミエルは魔法だけかー﹂
1011
﹁う、うん﹂
﹁後で少しだけ、魔法じゃない戦い方も教えるからな。取りあえず
は今回は魔法だけでも良いよ﹂
そう言ってお互い定位置に着き稽古が始まる。
稽古の途中で良い感じにリリーが突いて来た棒を、スコップの持
ち手の三角の場所で受け、そのままテコの原理で武器を奪い取り、
距離を詰めてデコピンをお見舞いした。
コレは偶然が重なっただけで、ミエルの魔法が途切れてたから出
来たが、思いのほか綺麗に決まったので嬉しかった。
﹁はい、道具にはコレって言う決まった使い方以外にも使い方があ
るって覚えて置こうね。いいか、スコップって地面を掘るだけじゃ
なく斧にもなるし槍にもなる。きれいに洗えばフライパンにもなる
し、少しだけならお湯だって沸かせるんだ。物には意外な使い方も
あるって覚えて置こうな﹂
俺がレクチャーを始めたので、子供達は大人しく聞いてくれてい
る。
﹁そうだな、槍だって突くだけじゃなく振ったり投げたりも出来る。
ちょっと見てろ﹂
俺は見様見真似で、薙刀っぽい動きをしたり、長く持って思い切
り振ったりした。普通に構え、石突を思い切り横に振って頭や脇腹
を殴る様な動きをしたり、カヤックのパドルを持つ様に構えて、左
右を上手く使ったりした動きを見せやり、槍投げのようにスズラン
の飼っている家禽達の細い柵に綺麗に命中させる。
薙刀の動きは振るうようにして、そのまま背中を見せ回転しなが
うかつ
ら後ろに下がり、足を払ったりする方法だ。あれは一瞬背中を見せ
て、切りかかって来た奴の足を払ったり、切ったりするから、迂闊
に近づけないんだよなぁ。
﹁ってな感じで、槍は突くだけじゃなく、長く持って牽制したりに
も使えるんだ、﹃これはこう使わないと﹄って言うのはないよ、も
1012
ちろん型も大切だけどね﹂
投げた棒を拾ってきてリリーに返してやり、俺もスズランから槍
を借りて来て穂先に布を分厚く巻いて、怪我をさせないようにして、
スコップではなく、槍でリリーの相手をする事にした。
意外に槍が重くびっくりしたのは内緒だ。木をくりぬいて、鉄で
も入れてるんだろうか?
そして、ミエルの合図で槍どうしで戦うが、危うく有効打を貰い
そうだったので槍を手放し、前かがみで距離を詰めながら左手を使
い、突いて来た棒をいなし、間合いの内側に入り、足払いをしてデ
コピンを食らわせたらまた泣かれた。
﹁ごめんごめん、お父さん大人気なかったよ﹂
そう言って立たせ、背中の土埃を払ってやった。
﹁んじゃ次はミエルだな﹂
﹁え、うん⋮⋮﹂
﹁いいか、逃げるだけなら時間を稼げばいい。どうすれば良いか、
自分の考えを言ってみて﹂
﹁んーっと、動けなくする?﹂
﹁それが理想だな。じゃぁ、どうやってやる?﹂
﹁え? んー⋮⋮紐みたいなので縛る?﹂
﹁じゃぁ、パパにやってみろ﹂
そう言うと少し離れた所で待機した。
そうしたら、地面からうにょうにょと木の根っこみたいなのが生
えて来て、俺を捕まえようとしたので、走ってミエルとの距離を詰
めてデコピンしてやった。
﹁遅いぞー、それじゃ捕まえられないぞー﹂
﹁うぅ﹂
﹁いいか、これはパパの考えだけどな。卑怯でも汚くても、何をし
ても良いから生き残って逃げるって考えが無いと駄目だ。さっきの
木の根みたいなので縛るのも良いけど遅すぎる。ならもう少し簡単
1013
なのが良い﹂
﹁どうすれば良いの?﹂
﹁目潰しかな。パパも良く使ってた﹂
﹁え?﹂
なんか意外な物を見るような目付きで見られたが、気にせず続け
た。
﹁逃げるなら捕まえて動けなくするより、目を見えなくして動けな
くする方が一番だ。卑怯だと思うけど、死にたくないなら手段を選
んじゃ駄目だ。もう一回やってみろ﹂
そう言ってまた距離を離し身構える。
少し考えて、夜⋮⋮とか呟きだしたと思ったら、辺りが黒い霧に
包まれ視界が悪くなった。
少し視界が悪くなっただけだから、裏に回り込もうとしてるのが
バレバレなので、わかるように体ごとミエルの方を向いて、見えて
ますよアピールをした。
そして黒い霧から抜け出し、何が悪かったかを教える。
﹁考えは悪くない。けど暗いだけが目潰しに使えるとは限らないぞ。
経験しないとわらないからな。一回は使うから、リリーも目が見な
くなったらどのくらい怖いか体験しておいたほうが良いな﹂
そう言って轟音無しの︻フラッシュバン︼を発動させ、目を焼く
ような光を体験させる。むしろ︻閃光︼って言った方が早いな。
﹁きゃ!﹂﹁ぐっ!﹂
少しだけ叫び声を上げ、目を押さえ狼狽しているところを歩いて
行き、二人の肩を叩いた。
しばらくして落ち着いたところを見計らい、二人に声をかけた。
﹁な? 何もできないだろう。夜を作るより、目の前に太陽を作っ
た方が良い時もあるからな。ミエルは闇魔法はあんまり得意じゃな
いって言ってたから、無理して使わなくてもいいんだぞ? パパだ
って苦手だし⋮⋮。ほら﹂
1014
そう言って、︻真黒な球体︼で二人の体を包むが、直ぐに出て来
てこっちの方を見ている。
﹁な? 夜を作るのは難しい。ならさっきの光や、泥とかを顔に投
げた方が早いな﹂
﹁わかった、練習してみる﹂
﹁あまり見過ぎると目が悪くなるし、大人になったら目が見えなく
なるかもしれないから気をつけるんだぞ。なるべく自分でも使う瞬
間だけは目を瞑るんだぞ﹂
﹁はい﹂
﹁よし。リリー、前が見えない恐怖はわったか?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁これからは警戒するように﹂
﹁はい﹂
やけに素直だな。馬鹿にしてた目潰しの、本格的な恐ろしさを知
ったか?
﹁んじゃそろそろお昼食だから、手を洗ってうがいをして家に入ろ
うか。んじゃミエル、水を出してみて﹂
﹁うん!﹂
元気よく返事をして、手の平から︻水︼を湧き出させるが、水球
を作って浮かせることは出来ないみたいだ。
んー⋮⋮。弟の手から直接水を含んでうがいをする姉。子供だか
ら良いけど、学校終わった八歳くらいになってやったら、結構背徳
感を感じる行為だよな。そう思うの俺だけ?
俺は︻水球︼を指先に出して、啜ってうがいをした。その時に子
供達が、俺の事を穴を開くほど見ていたが、気にしないでおいた。
昼食の準備中にラッテが戻って来て、
﹁あれ? まだ戻って来る日じゃないよね?﹂
この日何度目かのやりとりをしてから昼食を食べ、子供の目があ
るのでラッテに慰めてもらうのは夜中にしてもらった。
1015
その日の夜は襲われる事は無かった。
閑話
スズランの思慮
カームは偶にこういう風に甘えて来る時がある、決まった間隔と
かはなくいきなりだ。
今日もいきなり戻って来たと思ったらいきなり抱き付かれて、顔
を胸に埋めこすりつけるように頭を左右に振った後に、撫でてくれ
と言われたので言われた通りにしてあげた。
私も背中を撫でられたけど悪い気はしない。時間にして太陽が少
し動くくらいだったと思うが、特にお互いに言葉も無くカームが満
足するまで、ずっと頭を撫でたり抱きしめるようにして背中を撫で
返した。
ラッテにも同じような事をしていると本人から聞いたが、ラッテ
曰く
﹁魔力や心が少し乱れてたね、嫌な事でも有ったんだよ。まー甘え
させてあげるのも妻の役目だよー﹂
そんな事をかなり前に言っていたので、甘えてきたらなるべく甘
えさせてあげている。夢魔族だからそう言うのには敏感なんだろう。
私ではわからなかった。
けど子供達が居る前では決して甘えてこない。恥ずかしいのだろ
うか?
私は気にしないのに。
1016
それと甘えて来る時は、少し血生臭い時もあった。
たしか森の奥にゴブリンが大量に発生して、男手だけで狩に行っ
た時だったと思う。その時はカームは無傷だったし、怪我人も出な
かったけど甘えて来た事を思い出した。
年越祭で、豚や羊を大量に絞めた時も甘えて来た。
多分だけど、あまりしたくない事をして、動物や魔物を沢山殺し
た時に多かった気がする。
多分帰って来た理由もソレに近い事をしたのだと思う。
だから私は何も言わずに、暖かい麦のお茶を出して、なるべく気
を使ってあげたつもりだったけど、何かを考えるような表情でずっ
とカップを見ていたし、普段麦のお茶に入れない砂糖も多めに入れ
ていた。
甘えて来る時は何時も胸がドキドキして、口付けをしたくなるが
堪えて、優しく言われた通りにしてあげている。ラッテもそうらし
い。
カームから甘えて来た時はお互い夜は無い。ラッテが慰めようと
薄着でベッドに行ったが翌日に、
﹁心が乱れてて多分誘っても無理だからずっと頭撫でてあげてたよ
ー﹂
と言って諦めたからだ。
だから今日も我慢して、私とラッテは何も聞かずにゆっくりさせ
てあげる決まりを作った。
それにしても血生臭く無かったのに、何があったのか少し気にな
る。あの見習い大工に後で聞くか、恩を売ってこの村に来た獣人族
三人組に後で聞いても良いかもしれないが、答えなかったら言い辛
1017
い事だと思うから深くは聞かないでやろう。
けど鶏小屋のある柵に棒を投げたのは許せない。明日カームが落
ち着いてたら子供達にしてたみたいにデコピンしてやる。
1018
第67話 少し甘えに帰った時の事︵後書き︶
村に帰って来たのにラッテの出番が有りませんでした。申し訳あり
ませんでした。
1019
第68話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 前編
︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20150409 30万PVを達成しました。皆様のおかげです、
ありがとうございます。
1020
第68話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 前編
故郷から帰って来て二日後。町に行く事は決まったが俺は今少し
悩んでいる。海賊の情報によると、この世界の人族は結構信仰深い
らしい。なんかクリノクロアのジョンソンもそんな事言ってた記憶
がある。あいつ未だにセレッソさんに貢いでるのかな? まぁどう
でも良い。
折角船が手に入ったから、この島から一番近い人族の港町に行こ
うと思っている。
主な理由としてはシャチの海賊一味を売りに行くという名目だが、
圧倒的に足りない技術職と医療関係者の勧誘だが。宗教関係者の勧
誘も増えようとしていた。
心の拠り所として、そういう施設もあった方がやる気向上とか狙
えると思うが、魔王が名目上支配してる島に来てくれるのか? そ
もそも国か教会にばれて討伐されないかが心配なだけだ。
その辺は無視しても良いが、俺は別に悪く無い魔王ですよーアピ
ールを、教会にしたほうが安全なのかもわからない。
なので元信仰深くなさそうな人達ににも聞いてみる。
﹁船長さんちょっといいですか?﹂
﹁はい、なんでしょう?﹂
﹁元海賊船の船長でも神は信じてますか?﹂
﹁それなりには信じています。どんな小さな村にも最低限の施設と
神父かはいましたし、我々海賊は海の神に祈りますが⋮⋮﹂
プリ︱スト
シスター
﹁で、その最低限の人員の数は?﹂
﹁んー見習い神父か修道女のどっちか一人ってところです﹂
﹁ありがとうございます、作業を中断させて申し訳ありませんでし
た﹂
そう言うと、この間奪ったシャチの船の整備に戻っていった。
1021
神って数種類いたのかよ。まぁ勝手に作る事も可能だからな。俺
も問いかければまた夢に出てくるかもしれないが、最近見てないの
で用がある場合は向こうから会いに来るだろう。鰯の頭も信心から
って言葉あったし。
駄目だったら医療関係も宗教家もひとまず諦めよう。
﹁魔王さん丁度準備終ったっす!﹂
﹁はい、わかりました﹂
そして俺は上を見る。大体午後四時頃か。
﹁少し早いけど今日はもう上がりましょう、明日の出航の為に英気
を養いましょう﹂
﹁﹁﹁﹁うっす!﹂﹂﹂﹂
﹁お疲れ様でした﹂
﹁﹁﹁﹁お疲れ様でした﹂﹂﹂﹂
んーこの元海賊達も順応になってきたし、今後色々任せても問題
ないか。俺も飯食って寝るか。
◇
﹁お久しぶりです、呼ばれた気がしたので来ました。五年ぶりくら
いですかね?﹂
﹁あ゛ーはい﹂
寝ているところを起こされ、辺りを見回すと来た事は少ないが、
見た事のある何もない白い空間が広がっている。
﹁寝ているところを起こしてしまい申し訳ありません。それと奥様
方のご出産おめでとうございます﹂
﹁ありがとうございます﹂
一応頭を下げておく。
﹁幼馴染と一目惚れされた女性。まさにビアン︱︱﹂
﹁止めろ! 戦争になる!﹂
1022
俺は急いで神の言葉を遮った。
﹁んん! 失礼しました。この夢から覚めたら最寄りの港町に行く
そうですね。この世界に神は私しかいませんが、人が創り出した神
はこの世界に多数存在しています。ですが私を信仰している教会が
殆どですので、気にしない方が良いです。それと懸念している、教
会が国とつながっているかもしれないという疑問ですが、自分が魔
王と言うのを隠せば嘘も方便です。自分を只の魔族と偽り、勧誘し
てしまえばいいのですよ。﹃例の島に人族がいるので、見習いでも
良いので来て頂けませんか?﹄と﹂
﹁神の言う事じゃないな﹂
﹁皆の士気が上がれば問題ないですよ、大いに利用してやってくだ
さい。それに夕方考えてた事はある意味正しいと思いますよ。まぁ、
人族と魔族が暮らしている町も有りますし問題無いでしょう。最悪
盾になってくれますよ﹃この魔王さんはその辺の人族よりも私達の
事を考えてくれています、ですから止めてください﹄って﹂
﹁意外に最悪な方向の答えを出すなー、俺だってあんましたくない
ですよ? そんな事﹂
﹁散々私を利用して、私腹を肥やしてる聖職者って最低だと思いま
せん? 対面ばかり気にしてどのように金を稼ぐかしか考えてない。
可愛い孤児を見習いと言い、引き取り、無理矢理慰み者にして色欲
に溺れる。死ねば良いんですよ。しかも信者の献金も、孤児院に半
分以下しか回ってませんし、しかも修道女にまで手を出すクズもい
ますからね﹂
﹁そっすか。大変っすね。俺の時みたいに夢に出ればいいんじゃな
いっすか?﹂
もう俺も半分呆れている
﹁過去に見に行きましたが、私は彫刻とかなり違うので信じていた
だけませんでした。何かしら干渉しようと迷ってますが、とりあえ
ず孤児と夜の営み中に急死、その後発見され、露見し飛び火して上
層部が全員処刑されればいいんですよ。多分もみ消されますよ。あ
1023
ーあー糞みたいな聖職者は死ねば良いのです﹂
﹁そうっすか、そうなると良いですね﹂
神の言う台詞じゃないよな。
﹁あーそうそう。勇者関係の動きですが、様子見として噂話を集め
てる程度ですので心配はいりません﹂
﹁はぁ⋮⋮、貴重な情報ありがとうございます。正直途中の愚痴は
あんまり聞きたくなかったです﹂
﹁いやー、凪君ならもしかしたらヤってくれるって思ってるんです
が﹂
﹁無理です﹂
なんかやってくれるのニュアンスが少しちがかったが、気のせい
にしておこう。
﹁残念です。とりあえず嫌がらせとして口内炎が三個できる呪いを、
月一で掛けてるんですけどね﹂
﹁地味に最悪な呪いっすね﹂
﹁牢屋の中を不眠不休で歩かせ、カビプリンをスープに混ぜた人に
は言われたくないですよ﹂
﹁何も言えません﹂
﹁あーそうそう、面白かったのでとりあえず産まれて来た子供に、
母体の中にいた時から加護を付けて置きましたので﹂
﹁あー。ありがとうございます?﹂
﹁なんで疑問系なんです?﹂
﹁いや⋮⋮。簡単に脱着可能みたいな言い方をされてもありがたみ
がないですし﹂
﹁子供に加護を与えて置きました。今後病気に悩まされる事はない
でしょうし、大怪我をしても仮死状態になり、無駄に血が流れず生
存率も上がりますのでご安心下さい。この加護は五代先まで続くで
しょう﹂
﹁今更言い直されても⋮⋮﹂
﹁あ、もう時間ですね、失礼します﹂
1024
数年前は、俺の人生の良いとこ取り特集みたいな編集して、四十
八時間くらい見てた気がするんだが⋮⋮。
これ絶対逃げてるよな?
◇
﹁あ゛ー最悪な寝起きだ、頭いてぇ⋮⋮。まぁ、子供に加護がある
ってわかっただけでもありがたい。少し崇めるか﹂
そう言いながら、この世界の祈り方が解らないのでベットに向か
い、二礼二拍一礼しておいた。
﹁あー良い天気だ、今日は出航するのには本当に良い天気だな、風
がないような気がするけど﹂
朝食後、おっさんズ達に、俺の代わりと何かあったらフルールさ
んに話しかけてと言って、残りの人族には
﹁無理をしない事、怪我をしないように﹂
それを心掛けるように言い、もちろん休みが来たら休むようにも
言ってある。
そして鉢植えを脇に抱え俺は船に乗り込んだ。
んー見渡すかぎり何もない、航海って暇でだな。おーおーなんか
甲板で釣してるぞ。いいなー俺も借りようか。
﹁竿って余ってます?﹂
﹁ありますよ、俺が予備の竿持って来るんで、これ使ってて下さい﹂
そう言って俺に竿を預け、どこかに行ってしまった。たぶん倉庫
かどこかだろう。
﹁釣果はどうです?﹂
﹁魔王さんが釣れましたよ﹂
﹁はは! お前何言ってんだよ、あー今のところ小魚が多いっすよ﹂
あー良かった、この間の件で少し引かれてたが、一時的な物だっ
1025
たらしい。
製糸技術も低いしナイロンもない、糸は引張強度の低い奴しかな
いんだろうな。
取りあえず俺は、魔力で糸を補強して釣り糸を垂らす事にする。
のんびり釣り糸を垂れるのも良いもんだな。
﹁はぁーー。海鳥の声がなんか癒されるー﹂
﹁魔王さんのんびりし過ぎですよー﹂
﹁裏で船長の怒号が飛んでるのにすげぇや﹂
船長は水を得た魚のように生き生きとしているし、久しぶりに怒
鳴っているのを見た気がする。やっぱり海賊は丘に上げちゃ駄目だ
ったな。
しばらくボーっと糸を垂らしていたら、船員が慌てて俺の所にや
って来た。
﹁魔王さん! シャチ一味が部屋で暴れてます! ドアが!﹂
﹁あーあー、せっかくのんびりした時間が流れてるのに。ちょっと
脅かしてきますね、引いたらお願いします﹂
﹁あー、はい、お手柔らかに⋮⋮﹂
俺を送り出した船員は目を合わせないようにしていた。大丈夫だ
って、脅かすだけだから。
部屋の関係上狭い船内の一番奥の、女性が閉じ込められていた、
外からカギのかかる倉庫に無理矢理詰めている。まぁ、自業自得だ
な。
そして、中でどうやってるのかわからないが、器用にドアに体当
たりをしている。
俺は数人が見守る中、倉庫の中の海賊が十回ほどドアに体当たり
するタイミングをリズムを頭で掴み、十一回目が終わった瞬間にゆ
っくり鍵を開けてノブを回し、十二回目の体当たりで飛び出してき
た奴が、あっさり開いたドアに勢い余って転がっていくのを確認す
る前にドアを閉め鍵をかけた。
1026
﹁暴れてると言う事で来てみましたが、一応罰を与えないと周りの
仲間が増長するので罰を与えます。食事抜きか食事のスープに肉が
増える。の、どっちが良いですか?﹂
中の奴等にも聞こえるくらいの声で、飛び出してきたシャチ一味
に話しかけた。
﹁どっちが良い? 飯抜きなら床を二回叩け。食事に肉が増えるの
が良いなら一回叩け﹂
海賊は口を開き﹁はー﹂とか﹁へー﹂とか﹁コーッホーーッ﹂と
声帯がないので無意味に息を漏らすだけだ。
﹁あまり暴力は好きじゃないんで、早く決めて欲しいんですけど﹂
・・・・
倉庫の中からはドンッ! ドンッ! と足を床に叩き付け、皆が
肉を所望している。
﹁ほら、お前が早く決めないから倉庫のお仲間達はお前の肉が食い
たいって言ってるぞ? お前の利き腕はどっちだ? せめて利き腕
じゃない方を肩から切り落として、今日のスープに混ぜてやる。利
き腕落とさない俺って優しいだろ? で、どっち?﹂
声帯を切った時の笑顔で聞いたら顔色が一気に悪くなり首を勢い
よく左右に振り、倉庫の中は静かになり、こいつは踵で必死にドド
ンッ! ドドンッ! と床を二回叩いている。
﹁そうか、飯抜きで良いんだな。ってな訳で連帯責任だ。今度何か
しても連帯責任だから大人しくしているように。安心しろ、塩のス
ープだけは届けてやる。今からドアを開けるからな、変な気は起こ
すなよ﹂
そう言って、ドアを開けて暴れてた海賊を放り込んだ。
見張りは考えられねぇよ、って言うような顔でこっちを見ていた
が耳元で、
﹁脅しですよ﹂
倉庫の連中に聞こえないように言っておいた。
﹁ってな訳なので、パンは⋮⋮初犯なので一回だけ抜いて下さい﹂
﹁はい、そう伝えて置きます!﹂
1027
﹁んじゃまた何かあったらお願いします﹂
﹁わかりました!﹂
またキビキビと返事するようになっちゃったな。
﹁はーっ。釣りはいいねぇー﹂
﹁連中はどうなったんですか?﹂
戻って来て、何事もなかったかのように釣りを再開し、五分ほど
経ったら気になったのか、隣にいた船員が聞いて来た。
﹁一回飯抜き、だけど塩のスープはあり。水分ないと弱っちゃいま
すからね。お! 引いた!﹂
そう言いって俺は竿を上げる。色鮮やかな魚が抵抗して勢いよく
暴れている。
﹁ははっ! それ毒ですよー﹂
﹁俺は食えるけど、皆が駄目だな﹂
俺は名残惜しそうに、色鮮やかな魚を海に戻した。
夕食は俺がコックに頼み込み、なんとか小魚の調理権だけもぎ取
った。食糧管理の事もあるらしいが、食材が少量の小麦と卵、油と
塩とひっかけた海草だけだったので承諾してくれた。
ちなみに、それくらいなら平気ですよと言われた。どれだけ使う
と思ったんだろうか?
俺は︻水︼と︻氷︼を魔法で作って、小麦粉に卵をいれて混ぜて
から魚を浸し、油で揚げ小魚の磯部揚げを作った。油がオリーブオ
イルだし、少ないからちょっとソテーな気分だけど、隣のコックに
食べさせたら意外に好評だった。
﹁小魚だから内臓ごと食べますが少し大きいと開いて下味を付けて
卵に浸してパン粉を付けてフライにした方がいいかもしれないです
けどねー﹂
そういいながら、俺もフォークを伸ばし塩を付けて口に運ぶ。コ
ックがメモを取っていたがメモを取る必要もないだろうに。
1028
夕食後、俺は船長の部屋をノックした。
﹁船長、少し聞きたい事があるんですが、今お時間よろしいでしょ
うか?﹂
﹁なんですか?﹂
そう言いながらドアを開けてくれた。部屋の中の机には、海図や
コンパス、定規が揃っていた。
﹁近くの町まで島から何日くらいですか? それと港町の名前を教
えてください﹂
﹁そうですね、島からなら問題がなければ遅くても七日ですが、も
う一日経ったので六日程度です。港町の名前はコランダムですね﹂
船長は海図を指差し、コンパスで一日の大体の距離を教えてくれ、
町までの日数を簡単に教えてくれた。
船長ごめん、コンパスは空族が出て来る映画のバーチャンがやっ
てるの見て、なんとなくわかってた。
﹁町の特徴は?﹂
﹁んーそうですね⋮⋮。そこそこ大きな港町で、色々な物が集まる
って程度ですかね?﹂
﹁下級区の特徴は?﹂
船長は眉に皴を寄せ右上を見ている。多分考え込んでいるんだろ
う。
﹁そうですね。孤児が多く浮浪者も多いですし、治安は最悪ですよ
?﹂
﹁ありがとうございます。とりあえずまた何か聞きたい事があった
ら聞きに来ますので、その時は忙しくなさそうな夜にでも伺います﹂
﹁はい、気を使ってくれてありがとうございます﹂
﹁いやー水を得た魚って言うんですかね? 今日の船長、すげぇ生
き生きしてましたよ﹂
そう言って部屋をでた。
1029
◇
俺は相変わらず出来る事もなく、素人が下手に手を出すと効率も
下がりそうなので出来る事は限られる。
何もしないか、釣りをするか。船員が釣った魚をさばいて調理す
るか、倉庫のシャチ一味が暴れたら様子を見に行く。これだけだ。
そして今日も俺は釣り糸を垂らす。
後ろの方で慌ただしく、効率良く風を受けるために船長の命令で
風を受ける帆を張ったり、帆を下ろして風を抜いたりしているが、
俺の隣で一緒に糸を垂らしているのは交代要員で、一緒にマッタリ
している。
﹁魔王さん、調子はどうっすか? 船酔いとかは?﹂
﹁ないですねー。俺ってこう言うのには強いみたいなんで。あと俺
には釣りの才能はないみたいです﹂
﹁それはそれは残念ですね、船酔いは弱い奴はいつまでたっても慣
れないって話ですからねー﹂
そんなのんびりとした時間を五日間過ごし、港町のコランダムに
着いた。
船を港に停め、甲板に皆がゾロゾロと集まっている。
﹁んじゃ俺は俺の仕事をして来るんで、皆さんはこの町で休息して
てください。船長、昨日の夜に話した物を﹂
・・
そう言うと、船長が金の入った袋を持って来て俺に手渡した。
﹁ここに一人頭銀貨十枚のお金が入っています。これを船長に預け
ます。ですので酒場に行っても良し、女を買っても良し。出発の時
に支障が出ない程度に遊んでて下さい﹂
お金の話をしたら、船員がざわつき始めた。
﹁くれぐれも問題を起こさず、品行良くしていて下さい。捕まって
も責任は取りません。売られた喧嘩は、その辺の野良犬にでも食わ
せて無視して下さい。殴られて、金玉ついてんのか! かかって来
1030
いや! とか言われても耐えて下さい。光物が出たら大声で叫び治
安部隊なり町の平和を守る自警団の人を呼びましょう﹂
﹁理由は何かあると俺が面倒だからです。プライド? そんな物は
その辺に捨てて下さい。貴方達はもう海賊では無く俺の島に雇われ
・・・・
てる船員です。あー、あと病気持ちの女性にはくれぐれも気をつけ
ましょう。ではこのお金は船長に預けますので、各自船長からお金
をもらって下さい﹂
もらったお金の入った袋をまた船長に返し、
﹁これは貴方の裁量に任せます﹂
皆に聞こえるように言った。
コレで船長が各自に銀貨十枚づつ別けなかったら、皆から恨まれ
るだけだから後で不服が漏れたら、船長を退任させれば良い。
そう言いつつ俺はリュックにに適当に金を入れ町に出た。
閑話
シャチを見張る船員
A﹁魔王さんが脅す時って妙に迫力が有って気味が悪いんだよな﹂
B﹁解る、なんであんな笑顔を作れるのか解らない、本気か冗談か
脅しかも読み取れない﹂
C﹁俺は本当に腕をスープに入れるかと思ったぞ﹂
B﹁腕なんか煮込んだ鍋なんか良く洗ったって使いたくねぇぞ﹂
A﹁けど魔王さんの料理すごく美味くないか?﹂
C﹁あー確かに美味いよな﹂
B﹁あの小魚料理も美味かったが偶に作る菓子も美味いよな﹂
A﹁あの料理の腕で、腕を使った料理出されても言われ無きゃきっ
と気が付かないぞ﹂
B﹁実は気が付かない内に・・・﹂
1031
C﹁おい、冗談でも止めろよ﹂
A﹁けどなんだかんだ言ってもやらないのが魔王さんなんだよな﹂
B﹁確かに見た事無いな﹂
C﹁なんだかんだ言って﹃殺せ﹄とか言ってたのに全員生きて捉え
たし、狐耳のオッサンが言ってた﹃優しい﹄って言うのは本当なん
じゃないのか?﹂
B﹁だよな、俺達にも優しかったしなー﹂
A﹁死ぬまでこき使われるよりはマシだな、三食食わせてもらえる
し休みも有るし﹂
C﹁そうだよなー、あの時本当殺されなくて良かったぜ﹂
AB﹁だな﹂
脅しは上手いと思われてますがカームの心はいっぱいいっぱいです。
1032
第68話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 前編
︵後書き︶
最近1日のアクセス数が倍になって嬉しく思いつつ驚いています。
まぁそれでも5千前後ですがね。
1033
第69話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 中編
︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
この話で50万文字を越えました。御付き合い頂いた皆様、ありが
とうございます。
アクセス数を覗いたら何故か1万を超えていたのでランキングを見
たら日刊ランキングで22時で241位に居ました。
初のランキング入りで執筆意欲が上がります
目に見えるとやっぱり嬉しいですね。
ありがとうございます
1034
第69話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 中編
﹁町の様子を知るのにはまず市場から﹂
そんな言葉をどこかで聞いた事がある。なので市場通りを歩きな
がら、この町のギルド支店と貧困層、下級区、スラム。どれでも良
いから聞きながら歩く事にする。
﹁そこの魔族のあんちゃん! 珍しい魚買わないか?﹂
﹁おう、なんか肌が黒い兄ちゃん。新鮮なイカ焼き買わないかい?﹂
﹁あら、珍しい感じの魔族さん、旬の魚だよ﹂
通りの真ん中を歩き、キョロキョロ左右を見て歩いてるから良く
声を掛けられ、勇者が持ち込んだ文化の、たこ焼き屋を発見したの
で一つ注文して、色々な場所を聞いた。
﹁そうねぇ、下級区はこの道をどこまでもまっすぐ行くと、大きな
十字路があるんだけど、ソコを右手に曲がると下級区があるよ。迷
ったら町を出る門があるんだけど、それを背中にして、左手を壁に
くっ付けながら歩けば確実だよ。ギルドはその十字路の先さ。看板
が掛かってるからすぐわかるよ。自警団の詰所はその辺にもあるし
門にもある、港にもあったはずだけどねぇ﹂
﹁ありがとーおばちゃん、おばちゃん優しいからもう一個ちょうだ
い﹂
﹁あら、ありがとよ。はいよ﹂
んー美味いな。このソースのレシピを知りたい。なんか色々混ぜ
て作ってるのは知ってるけど、俺はマヨネーズとそれを使ったタル
タルソースくらいしか知らないんだよなぁ。トマトケチャップとか
トマト茹でて潰して塩とか色々混ぜてるような気もするんだけど良
くわからない。まぁタコのぷりぷり感を味わったし良しとしよう。
鍛冶師にあんな感じで丸い窪みのある鉄板を作ってもらったんだ
ろうか? まぁ、探すだけ探そう。あと市場はすごく賑わってて、
1035
町も多分賑わってると思うよ。
たこ焼きに気を取られてて、良く観察できなかったけど。
俺は言われた通り道を進み、初めての町でもわかるくらいの大き
な十字路まっすぐ進み、自警団の詰所を目指す。
俺は門の裏にある小さなドアをノックした。
﹁すみません、少し相談があるんですが﹂
そう言うと、中から真面目そうな鎧を着た男が顔を出した。
﹁どのような相談でしょうか? とりあえず中にお入りください﹂
鎧を着た男は、ドアを開け中に招き入れてくれる。
そして、さらに奥の取調室みたいな小部屋に案内され、お茶を出
され会話が始まった。
﹁で、どのようなご相談で﹂
﹁海賊を大量に捕まえました。どのように扱って良いのかわからな
いので相談に来たのですが、どうすれば良いのでしょうか?﹂
﹁そうですね⋮⋮。どの程度の海賊で、どのくらいの人数がいるの
かわかりませんが、犯罪者と言う事でこちらで預からせていただき
ます。そして犯罪奴隷にしますが、一般人では奴隷の売買は禁止さ
れていますので、こちらの方で金一封と言う事で、金銭をお渡しし
ております。その場合資格がない代わりに、取引を代行すると言う
形ですので、引き取る場合は八割と言う事になってしまうのですが、
よろしいでしょうか?﹂
﹁わかりました、それで大丈夫です。船長が賞金持ちと言う事なの
です、その当たりの対応は? やはり八割ですか?﹂
﹁やはりこちらの管轄となっておりますので、そちらも引き渡しの
方をお願いします。ですが賞金首ですので十割全額出ます﹂
﹁わかりました。どの時間が都合がよろしいでしょうか?﹂
﹁そうですね⋮⋮、太陽が沈む少しまえであれば、色々な業務が片
付くので、太陽が沈みきる三個前ですかね?﹂
十六時前後だな。
﹁解りました、そして引き渡しは? まだ船に閉じ込めているんで
1036
すよ﹂
﹁港の詰所に連絡を入れて置きますので、その時刻辺りに港の詰所
に顔を出してください。貴方の特徴と訪問理由は話しておきます。
それとお名前を伺ってもよろしいでしょうか?﹂
﹁カームと言います。貴重な時間を割いていただきありがとうござ
いました﹂
﹁いえ、海賊拿捕のご協力感謝します﹂
丁寧にあいさつをされ、入口まで案内され解放された。
なんか教育が行き届いてるな。こりゃすんなり済みそうだ。
そして俺は、大通りを戻りギルドに向かった。
俺は看板を見逃す事もなく、ギルド支店を見つけ、綺麗な女性し
かいない受付に座わった。
﹁本日はどのようなご用件で﹂
﹁あそこの掲示板を利用させてもらいたいんですが、値段はどのく
らいかかりますかね?﹂
そう言って、入口正面の大きな板を親指で指差した。
﹁はい。掲示板の利用は三十日で銀貨一枚となっております﹂
﹁わかりました。掲示板に紙を貼る場合の大きさはどの位の大きさ
が良いんでしょうか?﹂
﹁こちらで用意させていただきますが、代筆は必要でしょうか?﹂
﹁大陸共通語なら書けますが⋮⋮﹂
受付の女性は少しだけ考えながら申し訳なさそうに提案してくれ
た。
﹁よろしければ料金は倍になりますが、人族語で代筆した物を隣に
張ると言うのはどうでしょうか? 代筆代もいただきますが﹂
﹁構いません、やっぱり人族語の使用率の方が多いんですか?﹂
﹁申し訳ありません、この大陸はどうしても人族の方が多いもので
して﹂
たしかに、港町で魔族と交流も有るけど人族が支配してる大陸だか
1037
らな。
﹁ではこちらの用紙をお使いあちらで作成して下さい、インクとペ
ンもございますので﹂
受付の女性に綺麗に揃えられた紙を渡された。
﹁ありがとうございます﹂
俺は筆記用具一式を持って席を立った。
んーどうしようかな。まぁどうにかしよう。
・この町から役六日離れた島での技術者募集。圧倒的に大工や石工、
鍛冶師が足りません。
・島民の人数の都合上金銭のやり取りはまだありませんが、給料の
支給あり。金額は要相談。家族がいる場合は前金で渡します。
・人数上限は十名。数が多く集まった場合面接あり。この紙を貼っ
た日から三十日後の昼に、このギルド支部にお集まりください。
・独立したい方。親方とソリが合わない方。俺はこんなところで燻
ってる訳にはいかない! そんな方を募集しています。
・代表者。紺色の肌のカーム
少しブラックっぽいか? まぁいいか、提出しようか。
﹁こんな感じです﹂
先ほどの受付の女性に紙を渡すと、軽く目を通している。
﹁問題はないですね。ですがこの六日離れた島と言うのが気になり
ますが⋮⋮﹂
﹁あ、それですか? その離島の開発を任されたんですが、人族や
魔族だけ預けられて、﹃がんばって﹄と言う感じで突き放されたの
で、こちらでこのように動くしかないんですよ﹂
﹁そうでしたか。では代筆も行いますので、お値段が大銅貨一枚上
乗せとなりますがよろしいでしょうか?﹂
﹁えぇ、構いません。宜しくお願いします﹂
そう言って俺は、リュックから銀貨を二枚と、大銅貨を一まい出
1038
してカウンターに置いた。
﹁確かにいただきました、では代筆させていただきます﹂
そう言うとスラスラと書き写し、インクが渇くのを確認して入口
正面の掲示板に紙をピンで止めていく。
﹁では、ご利用は三十日と言う事でお受けしましたので、私はコレ
で失礼します﹂
﹁ありがとうございました﹂
俺はギルドを出て、大通りの十字路を左に曲がり、下級層を目指
した。
下級層に着くと独特な空気が漂い、路地にはやる気のない目で一
点を見つめながら座り込んでいる老人や、酒を飲んでいる若者もい
る。
んー下級層向けの雇用がないのか? それともただ単に働いてな
いだけなのかわからんな。
﹁ねーねーちょっといいかい?﹂
道路で、なんの遊びかわからないが遊んでいる子供達に声をかけ
る。
﹁きょうつうご、ちょっと、わかない﹂
リーダーっぽい子供が返してきた。
﹃おれ、ひとぞくご、すこしわかる﹄
﹃なんだ魔族のにーちゃん、少しは喋れるんじゃん。で、俺達に何
か用?﹄
﹃どこ、きょうかい?﹄
﹃あー教会ね。あの屋根が変に尖ってる所だよ﹄
﹃ありがとう、なにか、かって﹄
そう言って、銅貨を全員に五枚ずつ渡した。
﹃うおー、あんちゃんありがとー﹄
そう言って手を振りながら走って行ったので、振り返した。
﹃甘いもん買おうぜー﹄
1039
そんな事を言っている。子供は無邪気で良いねー。
そう言って俺は、指を指された建物向かった。
教会に着くと、色々な場所に補修の跡があり、お金に余裕ができ
たら修理の繰り返しをしてるような感じの教会だ。流石下級区。
裏からは子供の声が聞こえて来る。孤児院もやってるのか?
奥に開く、大きな観音開きのような扉を開けると、油を指して置
けよと言うような、ギギギギギと言う音がした、ドアノッカー要ら
ねぇな。
そうして中に入ると、シスターが出迎えてくれた。
﹁こんにちは。珍しいですね、魔族の方が人族の教会なんて。です
が我々の神は偉大です、たとえ魔族と仲が悪くても、教会に来た者
は神も認めてくれるでしょう﹂
駄目だ、このシスターさん完璧に考えが宗教家だ。
﹁どのような用事でしょうか? お祈りですか?﹂
そう言って正面にある、簡素な作りの神の像を見たが、夢に出て
来る神と全然違い、筋肉隆々でとてもたくましい体つきで剣と盾を
持っている。
どこの荒神だよ。私の像を見ても噴き出さないで下さいって言う
のも頷ける。
﹁いえ、相談があるのですが﹂
﹁では懺悔室をお使いください﹂
シスターが柔らかい笑顔で懺悔室に俺を案内し、シスターが離れ
て行った。
﹁懺悔室ねー、前世じゃ縁が全くなかったけど、こんな感じなんか
ね。物凄く狭い箱じゃん﹂
そんな事を呟いてしまった。
しばらくすると扉が開き、向かい側に誰かが入って来た音がした。
﹁迷える方よ、今日はどのような事で相談があるのですか?﹂
1040
声質的に初老の男性って感じかな? さっきのシスターが入って
・・
きたら、ほぼ意味がなかった気がするけどね。
﹁そうですね。正直に話しますが、私は急に離島の開発を任され、
部下を渡されただけで﹃あとはお願い﹄と言った感じで放り出され
ました。その部下は魔族もいますが人族が多く、話を聞く限り、人
族はとても信仰深く神に祈る場所があれば心が休まると思い、その
島にも小さくても良いので教会を誘致できればと考えております。
聞いた話しでは、どんな小さな村にも1つは教会があると言う話で
した。ですので島に見習いでも良いので、神父様か修道女様がいれ
ば人族の幸せになると思うのです﹂
それらしい事言っとけば平気だろ。
﹁貴方は魔族でありながら、人族の事を良く考え素晴らしい行動を
していると、神も見ている事でしょう﹂
﹁誘致となりますと多少の献金が必要となります。これは王都の本
部に送ったり、この教会の修繕費や孤児への炊き出しに使われます
ので、どうかお気持ちでも良いので納金下さいますようお願いしま
す﹂
んー嘘くさい。ってか本当に良いのかよコレで。
﹁わかりました。学もなく、魔族である私ですが、親切丁寧にお教
えいただき誠にありがとうございます。お気持ちとなればそれなり
の額を納金させていただきます。ですがどのような手順で来て頂け
るのでしょうか?﹂
情報は大切だからな、聞いとかないと本当に厄介な事になる。
﹁火急ならば納金後すぐにでも手配いたします。元々体一つと、小
さなバッグで旅をする者もいますので、手順は簡単なんですよ。場
所と村の名前を書いていただくだけです。後は迎えに来て頂ければ、
安全に確実にそこまでご同行できますが、どうしても無理と言う場
合は、書いていただいた書類を見ながらそこまでお伺いいたします﹂
へぇ、そう言うもんなのか。けど相場がわらんな。金貨一枚でい
いか? けどシャチが金貨五枚言ってたしな。
1041
﹁ではお気持ちと言う形で﹂
そう言い、リュックから金貨をけちけちせず一枚取り出し、手だ
け入る隙間に置いて押し出した。
﹁ッ! た、た、たしかにお気持ちは受け取りました。か、確実に
派遣させましょう﹂
あれ? 多かったか? 金銭感覚がマヒしてんなー俺。そう思っ
てたら一枚の紙が出て来て、場所や代表者を書く欄があったので書
いた。
村の名前ねぇ⋮⋮ベリル村出身だから、親戚みたいな名前で行く
か﹃アクアマリン﹄っと。勝手に決めちゃったけど良いよね? 島
の海岸とか凄い綺麗だから問題無いよな? 合ってるよな?
場所は大陸間にある、コランダムから六日目に見える島。
代表者はカーム、種族も必要なのかよ⋮⋮、魔族っと。
献金⋮⋮。大銀貨三枚でいいな。
﹁かけました。共通語でも平気ですよね﹂
そう言って紙を返した。
﹁⋮⋮正直に話していただきたいのですが、よろしいでしょうか?﹂
やけに声に緊張感があるな。
﹁答えられる範囲でなら﹂
﹁この島は最近まで魔王が住み、人族を酷使して勇者に討伐された
場所ですか?﹂
﹁そう聞いていますね﹂
﹁そうですか、カームさん。もしかして魔王じゃありませんか?﹂
﹁違いますよ、魔王ならこんな所来ませんし、教会の誘致なんかし
ませんよ﹂
ボロを出さないように、必要な事を簡潔に。
﹁最後に、なぜ下級区の寂れた教会を選んだのでしょうか?﹂
﹁あくまで噂話ですが。王都の大層お偉い神父様は、質素な生活と
は無縁で、私腹を肥やし、色欲にまみれていると。ですので、失礼
ですがこのような末端の小さな教会を選びました。全部わかりやす
1042
く言った方が良いですか? こんな場所ならそう言う金の使われ方
はないと思ったんです﹂
﹁そうですか⋮⋮この献金の欄の事も納得いきました。お気遣いあ
りがとうございます。では相談は終わりですので、先に出て教会内
の椅子に腰かけてお待ちください﹂
﹁ありがとうございました﹂
俺は懺悔室を出たが、神父が一向に出てくる気配がない。聞き手
側の扉は聖堂じゃないじゃなんだな。
□
﹁アドレア、誘致の依頼が有りましたのでお仕事です﹂
﹁わかりました﹂
﹁先ほどの魔族の方が依頼主ですが、優しそうな方ですので安心し
て向かいなさい、そして修行をして立派な聖職者となるのです﹂
﹁⋮⋮わかりました。では詳しい話を聞いて来ます﹂
魔族ですか⋮⋮いったい何を考えているのでしょうか?
□
しばらくして、先ほど迎えてくれたシスターが話しかけてきた。
﹁神父様から話を伺いました。私はアドレアと言います。以後お見
知りおきを﹂
﹁わかりました。自分はカームと言います﹂
お互いに自己紹介をし、軽い挨拶もした。
﹁早速ですが日程の件でお話が。私はどのようにすればよろしいの
でしょうか?﹂
﹁急ぎで悪いのですが、船でこの島に来ていますし、買い付けや色
々な事もあるので二日後の朝に出航の予定です。平気でしょうか?﹂
﹁平気です。質素で堅実に生きていましたし、私物も少ないですの
1043
で。衣類などはバッグに全て入りますのでご心配なく﹂
そんなに堂々と言わなくても良いと思うんだけど⋮⋮。私物がバ
ッグ一つに入るって女性としてどうなんだろうか?
﹁そうですか、もし必要な物があれば言って頂ければ用意しますし、
女性にしか準備できない物があるならばお金もお渡ししますが?﹂
﹁⋮⋮そうですね。肌着が少ないので不安はそれくらいでしょうか
? 修道服も私は位が低いので、このような刺繍も特にない簡素な
物です。なのでこの教会に予備は沢山ありますので、余計に持って
も小さなバッグ一つくらいでしょうか?﹂
﹁そうですか、では肌着の方は自分では無理ですので、お金を渡す
のでそちらで都合していただいて構いませんか?﹂
﹁わかりました。書類を見る限り船で六日と言う事ですので、少し
多めに用意させていただきます。肌着の方ですがこのような身です
ので、派手な物は無理なので安く済みます。大銅貨二枚で1組ほど
買える場所を知っていますので、三組ほど買える金額をいただけれ
ば準備は完了できます﹂
﹁そうですか、ではお金をお渡ししておきますので、二日後の朝に
港でお会いしましょう﹂
そう言って俺は銀貨を二枚渡し、孤児院への寄付金を入れる場所
に大銀貨を二枚入れて置いた。
後ろから、
﹁あの、多いです!﹂
と声が聞こえたが無視した。
﹁後は医者か﹂
また聞くかな。
下級区のさらに奥のかなり臭い、スラム化していそうな場所に来
ている。こんな場所で医者にかかる奴はいるのか? 一人くらいい
なくなっても問題無いだろう。
しばらく歩くが、睨みつけるような目で俺を見ている奴等が多い。
1044
無視して歩くが絡まれてしまった。
﹁おい、糞みてぇな魔族がこんな所に何の用だ? ここを通りたけ
れば背中の荷物をおい︱︱﹂
俺は最後まで言わせず、顎に掌打を食らわせ一発で黙らせた。襲
うなら脅さずに無言で全員で襲えば効率が良いのに。
一緒にいた仲間が一斉に、ないよりはマシな感じの刃物を出し、
襲うタイミングを見計らっているが、気にせず実用性があまりない
と個人的に思ってる︻黒曜石のハルバード︼を作り出し、石突を地
面に突き刺した。何かする気はないが、威嚇は大切だよな。
﹁かかって来るなら容赦はしない。それと、俺の質問に答えたらそ
れなりの金は払う﹂
そう言ってポケットから銀貨を一枚チラつかせる。
﹁へへ、旦那。何でも聞いて下さいよ⋮⋮﹂
見事な手の平返しだな。まぁ気にしないけど。
﹁この辺で人があまり入ってない、いなくなっても良い医者を探し
ている﹂
﹁やばい仕事っすか?﹂
男の顔が引きつっている。なんでそっちの方向に解釈するんだろ
うか? 魔族ってそんなに怖いの?
﹁人が入ってない病院ならなくてもいいだろ? 人材として引き抜
くだけだ﹂
﹁いや、それはどうっすかね? 人は入ってなくても必要とされて
るかもしれないっすよ?﹂
﹁人が来なくて食って行けない。医者を辞めて去って行くのと何が
違うんだ? 言っちゃ悪いがこの辺の下級区⋮⋮ほとんどスラム化
してる場所の人族って、病気になっても医者にかかるのか?﹂
﹁いや、確かにそうっすけど⋮⋮。かかる奴がいるかもしれねぇっ
すよ?﹂
そういうやり取りをしながら、病院に案内してもらった。
﹁ここっす!﹂
1045
﹁ありがとう、んじゃこれ約束の報酬。皆で分けろよ、酒の一杯く
らいは飲めるだろう﹂
銀貨を渡し、帰ってもらう事にした。
﹁よっしゃ! 酒飲みに行くぞ!﹂
さっきの子供達と同じ反応なんだけど⋮⋮。大きい子供だなぁー。
﹁こんにちはー、誰かいませんかねー?﹂
俺はドアを開けても誰もいなかったので、大声で呼ぶ事にした。
しばらくして、奥のほうから酒瓶を持った、髪もボサボサで無精
ヒゲの男が奥からやってきた。医者なのに清潔感のかけらもない。
﹁客か?﹂
息も酒臭い。正常な判断ができるかわからないが、一応交渉はし
てみよう。
﹁客ではないですね﹂
﹁なら帰れ﹂
そう言って奥に引っ込もうとしたので、急いで次の言葉を告げた。
﹁貴方を引き抜きに来ました﹂
﹁引き抜きだぁ? 話だけは聞いてやる﹂
少しは興味があるらしく、食いついてくれた。
﹁ってな訳で医者が必要なんです。失礼ですがここを選ばせてもら
った理由は、その辺のチンピラに聞いて、人が入ってるのを見てい
ないって理由です﹂
﹁ッチ⋮⋮、チンピラに言われちゃお終いだな。明日の朝にもう一
回来てくれ。それまでに考えておく﹂
﹁そうですか。早ければ早いほど助かります。もし駄目ならまた探
さないといけないので。島にいる人数を考えたら、医者は二人も要
らないので、今日中にもう一人に声かけたくないんですよ、かぶっ
ちゃうと申し訳ないんで﹂
﹁そうかよ。んじゃ帰れ。酒抜いて良く考えるからよ﹂
1046
﹁わかりました。失礼ですがご家族は?﹂
﹁いるように見えるか?﹂
﹁いたら給金として、しばらく生活できるお金を渡そうと思ってい
たんですが﹂
﹁親はもうとっくに死んじまったし嫁もいねぇ。嫁もいねぇからガ
キもいねぇ。わかったか﹂
﹁申し訳ありませんでした﹂
﹁ふん! もうねぇな、なら帰れ﹂
﹁失礼します﹂
んーどうなるか判らないけど、一応信じておくか。さて、かなり
遅い昼食でも取って、港の詰所にでも行くかな。
船の前で待つか、詰所の場所を聞くかだけど。どうしたもんかな
⋮⋮。そう思いつつ港を歩いて船まで向かっていたら、皮鎧を着た
兵士に声をかけられた。
﹁海賊の引渡しを希望しているカームさんですね?﹂
﹁はい、そうですが﹂
﹁門の詰所より話は伺っています、船まで案内お願いできますか?﹂
﹁わかりました。こちらです﹂
自分達が乗って来た船の前に案内し、
﹁この船です﹂
なんか似たような帆船ばっかりだから、元海賊船って多分ばれな
いだろう。
﹁わかりました。応援を呼んできますので少々お待ちください﹂
兵士は走ってどこかに行ってしまった。
﹁ただいまー﹂
﹁あれ? 魔王さんどうしたんすか?﹂
﹁今からシャチ一味を自警団だか兵士が引き取りに来ます。だから
﹃魔王さん﹄は止めてください。﹃カームさん﹄、はい!﹂
1047
﹁え? あ。かーむさん﹂
﹁ちょっと硬いです!﹂
﹁カームさん﹂
﹁んーまぁいいかな。で、なんでこんなにいるんですか?﹂
﹁女買いたいんっすけどこの時間じゃ無理なんで、夜組はお留守番
兼船の見張りっすね。他は酒組っす﹂
﹁あー島の酒も切れてたからなー。まぁ、明日買いに行くからその
辺は心配しないで下さい﹂
﹁カームさんはいますか?﹂
﹁はーい﹂
早速兵士が来たみたいだ。
﹁船に上げさせてもらってもよろしいですか?﹂
俺は周りにアイコンタクトを送った。そうしたらコクコクと首を
縦に振ったので返事をした。
﹁どうぞ﹂
﹁では⋮⋮数名をその倉庫まで、同行させていただいてもよろしい
でしょうか?﹂
﹁かまいませんよ、こちらです﹂
俺は兵士を倉庫まで案内し、中の海賊達に声をかけた。
﹁いいか、今からお前等を引き渡す。暴れるんじゃないぞ? 兵士
さん達もいるからな? 変に暴れると大変な事になるぞ?﹂
・・・
カチャリと鍵を回し、ドアを開け海賊達をを引き渡した。引き渡
す時は、多少暴れたが、基本大人しかった。
﹁コレで全員でしょうか?﹂
﹁はい。船に乗ってたのはこれだけです﹂
﹁にしても⋮⋮よくもまぁ全員無傷で捉えましたね。何故か喋れま
せんが﹂
﹁そうですね、襲いに来た時に調子でも悪かったんでしょう。全員
1048
無傷で捉える事が出来ましたよ﹂
﹁質問に答えて欲しいのですが、何故喋れないんですか?﹂
﹁うるさかったので首を切って傷を塞いだからです。何か不都合で
もありますか?﹂
﹁少しだけありますが⋮⋮まぁ良いでしょう。騒がれないだけマシ
です。あと、なんでシャチがあんな縛られ方してるんでしょうか?﹂
﹁頭に来てたので、辱める為です﹂
﹁はぁ⋮⋮。そうですか﹂
随分深いため息だったな。
﹁確かに人相書きと一致していますし、海賊旗も本物みたいですの
で信じましょう。シャチの賞金が金貨五枚。その部下が四十三人で、
犯罪奴隷として一人大銀貨1枚で八割ですから﹂
﹁金貨八、大銀貨四銀貨四ですね、意外に犯罪奴隷って安いんです
ね⋮⋮。賞金稼ぎも大物狙いじゃないと成り立たないな。なるつも
りないけど﹂
﹁⋮⋮計算速いですね。しかも算盤も使わずに﹂
﹁それほどでもないですよ﹂
大銀貨一枚を銀貨十枚として八割で銀貨八枚になる。それが四十
三人、銀貨四百三十枚引く八十六枚で三百四十四枚。小学生の中学
年でも出来る問題だ。
後は三桁目を金貨に、二桁目を大銀貨に、一桁目を銀貨にすれば
問題ない。後は賞金の金貨を足せばすぐに出るだろうに。まぁ、教
養が全体的に低いだけなんだよな。四則演算の基礎はあるっぽいけ
ど。
﹁まぁ大半は炭鉱行きですからね、こいつ等は安いんですよ﹂
人の命がかなり安い時代だな。まぁ自業自得と言う事で諦めても
らおう。そう思ってたら、後ろの方から目の前の兵士にゴニョゴニ
ョと耳打ちをし、話を聞き終らせてからこちらに話しかけて来た。
﹁部下にも計算させてみましたが、確かに言った通りの金額でした﹂
﹁今日は流石に用意できないので、金銭の受け渡しはご勘弁くださ
1049
い。明日の朝までに用意しておきますので、これを持って屋台通り
入口の、大きな詰所までご足労お願いします﹂
けど話し方はすごく丁寧なんだよな、ふっしぎー。
﹁わかりました﹂
俺は書類を受け取り、熟読し間違いがないかを確認し、透かした
りあらかじめ書かれていたインクの場所を指で擦ったりして、不備
が無いか確認した。
﹁明日に伺いますね。お疲れ様でした﹂
﹁物凄く厳重に調べてましたが、過去に何かあったのでしょうか?﹂
﹁申し訳ありません。何かありたくないので確認してただけです﹂
﹁そうですか、それくらいの慎重さは必要だと思っています。では
失礼します﹂
今まで相手していた兵士は、
﹁ふぃー。すげぇ疲れた﹂
﹁カームさんって意外にすごいんっすね﹂
﹁前々からすごいって散々言ってましたよね?﹂
﹁いや、それは強さっす。今回は頭の良さと疑り深さと度胸っす﹂
﹁堂々としてれば、意外にばれないものですよ﹂
﹁料理は美味いし、強いし、頭も回って度胸もある。俺が女なら惚
れてますよ﹂
﹁あーそうっすか⋮⋮。今日は尻を守りながら寝るよ﹂
﹁いやいやいや言葉の綾っすよ!﹂
﹁わかってますよ。んじゃ俺は船室に戻ってますね。酒組が戻って
きたら夕食を食いに行くんで、比較的マシな奴に帰って来た事を報
告させてください。まぁ物音でも気が付きますけどね﹂
﹁了解っす﹂
部屋のベッドでボヘーっとのんびりしていたら、
﹁まほーさん魔王さんまほーさん魔王さん。かへって帰って来まし
たよー﹂
1050
そんな言葉を聞いた直後にドアの前でドンッって音がしたのでド
アを開けたら船員が倒れて寝ていた。
﹁これが一番まともねぇ⋮⋮﹂
そう呟きポケットに銀貨を一枚入れ、甲板に行って見ると、ある
者はお互い肩を組み合い大声で歌いながら甲板を土石流で汚し、口
からあふれ出しながら酒をラッパ飲みしたり、ある者は力尽き酒瓶
を抱きながら寝て、ある者はマストに登り吠えていた。
﹁確かに一番まともだな﹂
仰向けに寝てる奴の服を緩め、横向きにして吐いた物が器官に詰
まって死なないようにして、とりあえず帰って来るまで死人が出な
い事を祈りつつ、夕食を食べに行った。
話しによると、魔族と人族両方平気な夜の店もあったが、とりあ
えず妻子がいる事を伝えても引き下がらない場合の為に、財布も持
たずに出た事を伝えると汚い言葉で罵られた。
最悪だなこのクソ○。○・・・
まぁ、適当に入った店が美味しかったから良かったけど、帰り道
に罵って来た女性を見かけまた嫌な気分になった。
閑話
修道女の規模の小さな大きな贅沢
﹁神父様、あの魔族の⋮⋮カームさんと言いましたか? 孤児院用
の寄付金に大銀貨二枚も入れて行ってくれたのですが﹂
﹁そうですか。子供達に今日はお腹いっぱい食べさせてあげなさい﹂
﹁わかりました、旅の支度もあるので少し早めに買い物に行かせて
いただきます。それと、旅支度用に個人的に寄付を頂いたのですが
どうすればよいのでしょうか?﹂
1051
﹁それはアドレアの為にカームさんがくれた物です。好きに使いな
さい﹂
﹁わかりました、では多すぎるので半分ほど教会に寄付いたします﹂
﹁大丈夫ですよ。実を言うと誘致の為に金貨を一枚ほどいただいた
んです﹂
私は倒れそうになりながらも踏ん張った
﹁書類には大銀貨三枚とありましたが⋮⋮﹂
﹁書類では大銀貨三枚ですが、気を利かせてくれただけらしいです。
ですのでこの書類と書類に書いてある金額の半分を王都に送るだけ
です。コレで屋根の修理ができますし壁も補強できます。本来なら
神に祈るところですが、今日のところは心優しい気の利く魔族のカ
ームさんに感謝しましょう﹂
﹁そうですね。では、買い物に行ってきます﹂
﹁お気を付けて﹂
むう、折角だから肌着を五組買おう。そして残りのお金で大通り
に出て甘い物でも食べてみましょう。こんな自由になる大金初めて
です。神父様も好きにして良いと仰っていましたし、少しくらい良
いですよね?
私、この﹃くれーぷ﹄という物が食べてみたかったんですよ。
ふわふわで甘くて旬の果物がこんなに沢山⋮⋮こんな贅沢しても
良いんでしょうか?
残りは子供達に飴でも買って帰りましょう。二日後の朝には私は
この町を出ないと行けないのですから。
けど。同期のシスターにも何か買って帰らないと恨まれてしまい
ますね。あ、物を送ると言う事をした事がありません。どうしまし
ょう。区切り良く、この余った大銅貨後枚を分けてあげた方が良い
のでしょうか?
神様。私はどうすれば良いのでしょうか?
1052
第69話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 中編
︵後書き︶
閑話を書いててこのシスターが可愛くなってきました。
なので作中でも少し動かしたいなーと思ってます。
スピンオフって言うんでしたっけ?そう言うのをショートストーリ
ーで書いてみても良いかもしれませんね。
気が向いたら書いてみます。
1053
第70話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 後編
︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
3話に別けたので間を空け無い様に頑張って書いたので荒が目立つ
と思います。
1054
第70話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 後編
船室でも朝はいつも通り目が覚めて海鳥の鳴き声を聞き海の清々
しい空気を肺一杯に入れようと甲板に出たら大量に転がる船員達。
そしてとある液体で汚れた酸っぱい香りのする甲板。
俺は見なかった事にして、テラスのある食堂で優雅に軽い朝食と、
砂糖を少し多めに入れたお茶で清々しい朝を過ごした。
それから俺は屋台通りの詰所に行き、昨日貰った書類を出し、お
金は大銀貨で支払われた。
目の前に大銀貨の山⋮⋮約八十枚。
﹁あの。かさばるので金貨ありませんか?﹂
﹁申し訳ありません。金貨と言う大きい貨幣はここにはないので、
どうかコレで収めてください﹂
﹁んーわかりました。まぁ、このまま一回船に戻るので護衛頼んで
いいですか? 金額が金額ですし﹂
﹁それは出来ないのです。申し訳ありません﹂
﹁そうですか。まぁ⋮⋮。船まで五百歩くらいでしょうし、平気で
しょう﹂
船の方を見て、目測で大体の距離を出した。
﹁何かあったら危害を加えちゃっても⋮⋮良いですよね?﹂
﹁あの、できればそういうのは、しないでいただきたいのですが﹂
﹁こっちは大金もってるんですよ?﹂
﹁すぐそこででしょう? 入口で立って見てますから、仕事を増や
さないで下さい。ただでさえ海賊一味を預かってて大変なのに﹂
﹁わかりました頑張ります!﹂
そう言ってリュックに大銀貨を突っ込み、背中に背負わず胸の前
でがっちり持ち小走りで船まで走って行った。
1055
﹁センチョー、センチョー﹂
俺は甲板で寝転がっている船長を呼んだが、起きないので足で小
突いて起した。
﹁は、はい!﹂
﹁昨日の賞金です。倉庫にぶち込んでおいて下さい。交渉で使うの
で少し抜きますね﹂
そう言って十枚ほど抜き取り財布にしまい、下級区のスラム化し
ている医者の所まで向かった。
最初は普通のノックだったが、出てこないのでどんどん強く叩く
がが出てこないので、勝手に入らせてもらった。
﹁すいませーん。昨日の魔族なんですが﹂
﹁うるせぇなぁ人が気持ちよく寝てんのによぉ。あぁ、あんたか﹂
速攻で愚痴られた。これじゃいい返事は期待できないか?
﹁一応返事を聞きに来ました﹂
﹁あぁ、行く事に決めた。だが条件がある﹂
意外だな。まさか来てくれるとは思わなかった。
﹁⋮⋮何でしょうか?﹂
﹁この家の滞納している家賃を代わりに払ってくれ﹂
﹁⋮⋮わかりました、どのくらい溜めてるんですか?﹂
そう言うと、右手を前に出して指を全部立てた。
﹁金貨五枚ですか? それなら無理ですね。この話はなかった事に﹂
﹁ちがうちがう。大銀貨5枚だ﹂
﹁それならまぁ良いでしょう。どのみち島にはまだ人が少なく、金
銭のやり取りもありませんので、しばらくはタダ働きと言う事で﹂
﹁かまわん﹂
それは財布から大銀貨を八枚出した。
﹁五枚は貴方を雇うと言う名目で差し上げます。残りの三枚は必要
な道具や薬を揃える為の経費です。使い切っても良いのである程度
揃えて下さい﹂
1056
﹁お、おう﹂
﹁足りませんか? 薬を買う問屋にも借金があるんですか?﹂
﹁それは無い、薬は金が無いと売ってくれない﹂
﹁なら薬屋に借金は無しと言う事で良いですね﹂
みなり
そう言ってさらに銀貨を三枚ほど出し。
﹁コレで身形を整えて下さい。医者に見えません。最低でも髪を切
って髭も剃って、清潔な服を買ってください。髭は整えてるならわ
かりますが、それはただの無精髭ですよね?﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
﹁では日程を話します。昨日話したと思いますが、明日朝に出航し
ますので、それまでにすべての作業を終わらせ、道具を積み込んで
下さい。もし人手が必要ならば俺が船員に話を通し人員を手配しま
す。どうしますか?﹂
﹁清潔な道具や器具、瓶詰めの薬が入った箱を買うことになる。だ
から俺一人じゃ無理だ。たのむ人手を貸してくれ﹂
﹁わかりました。こちらに船員を手配しますので、とりあえずはこ
の家を引き払う準備をしててください。五人で足りますか?﹂
﹁あ、あぁ助かる。多いくらいだ﹂
﹁では自己紹介をします。俺はカームって言います、今後よろしく
お願いします﹂
﹁アントニオだ。よろしく頼む﹂
﹁では、間に合わないので、俺は行動に移りますね﹂
﹁おう﹂
俺は急いで船に戻り、未だに二日酔いで寝転がっている船員に︻
水球︼をぶつけ、無理矢理立たせる。
﹁医者が見つかりました。道具をそろえるのに大きな荷物や、瓶詰
めの薬もあるらしいので人員が五人ほど必要です。タダとは言いま
せん。一日銀貨二枚、コレでどうですか? 真っ当に働いてる人の
一日の稼ぎとしては多い方だと思いますが?﹂
1057
﹁俺行きまーす﹂
﹁俺もー﹂
そう言って五人集まったが、二日酔いでフラフラだ。
﹁本当に大丈夫ですか? 見ててふらふらですよ? 瓶に入った薬
と清潔な器具なんですけど落としたら全部だめになるんですよ、わ
かってますか?﹂
﹁﹁うっす﹂﹂
・・
・・
これは少し活を入れないと駄目みたいだ。
﹁並べ﹂
﹁え?﹂
﹁いいから並べ﹂
何時もと違う雰囲気なので、一斉に並び出す船員。
俺は船員向かって、︻水球︼を軽くぶつけた。
﹁目は覚めましたか? くれぐれも失敗しないようにお願いします。
これはその島に来てくれる医者の家までの簡単な地図と全員分の銀
・・・・・・
貨十枚です。地図は読めますか?簡単な図なので問題はないと思い
ますが。行けますよね??﹂
﹁﹁﹁﹁﹁はい!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁返事が小さいです、もう一度﹂
﹁﹁﹁﹁﹁はい!!!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁行動開始! ゴーゴーゴー!﹂
そう言うとずぶ濡れのまま慌てて船から降りて走って行った。着
く頃には少し乾いているだろう。
﹁コレで一応人員は確保できたな、あとは島で使う物資だな﹂
取りあえず港町なので。荷物を下ろす場所が有ってどっかの商人
の倉庫もあるはずだ、取りあえず足を使って探す事にする。
しばらく歩くと大きな船から、何人もの人が倉庫に荷物を運んで
いる光景を見たのでしばらく眺め、覚悟を決め倉庫に入り近くに、
いた休憩している人族に話しかけた。
1058
﹁すみません少しお話し良いですか?﹂
﹁ん? 構わんよー﹂
飄々と答えてくれたのは、頭にタオルを巻いているタンクトップ
で腕が太い好青年だ。
﹁この倉庫ってどこかの商人の所有している物でしょうか?﹂
﹁そうさ、ここはニルスさんの倉庫さ、そうそう、あの方だよ﹂
そう言って青年は指を指す。
﹁あーはいはい。見た事ある顔です、どうも有難うございました﹂
﹁おうよー﹂
その時の俺は、物凄くニヤニヤしていた。
﹁ニルスさんおはようございます、少々お話が有るんですがお時間
宜しいでしょうか?﹂
そう言うとニルスが振り向きこちらを見て俺を思い出したのか﹁あ
・・
ー﹂と小さな声を漏らした。
﹁あの時の魔族さんじゃないですか、どうしたんですか?﹂
魔王と言われなくて助かった。たぶん気を聞かせてくれたんだろ
う。
﹁あの時は名乗らないで申し訳ありませんでした。自分はカームと
言います﹂
﹁一応こちらも改めて名乗らせてもらいます。ニルスです。どうぞ
・・
よろしくお願いします。で、何故ここに?﹂
﹁偶然船を手に入れる機会があったので、ついでに買出しです。ど
こか商人の倉庫にでも行けば店で買うより、安い値段で買えると思
ったのですが⋮⋮。まさかあの時の商人さんだとは思いませんでし
た﹂
﹁そうですか、偶然って怖いですね。けど物によっては交渉も必要
ですし、取り扱って無い商品もありますので、その時は知り合いを
紹介させてもらいますが﹂
﹁はい、ありがとうございます。それで結構です﹂
1059
﹁では商談に入りましょう、こちらへどうぞ﹂
そう言うと、倉庫の一角に作られた事務室兼休憩室みたいな所に
案内された。
俺は回りを見て、誰もいない事を確認してから話をした。
﹁先ほどは気を利かせてしまい、申し訳りませんでした﹂
﹁いえいえ、あそこで﹃魔王さん﹄って言ったら大混乱ですよ、今
お茶を淹れますね﹂
﹁ありがとうございます﹂
お茶を飲み、お互い一息着いてから商談を始める。
﹁まあ、あの時の仲です。お互い探り合いは止めて率直に行きまし
ょう﹂
﹁俺はそう言う駆け引きは苦手なのでむしろそっちの方が良いです
ね。んじゃ要望をさっさと言わせてもらいますね。まずは俺が着て
いる様な服なのですが、麻のシャツとズボンをとりあえず三百組、
それと皮の一般的な靴が百足、子供用の服が三十組と靴が十足です
かね﹂
そう言うとニルスさんは簡単なメモを取っていく。
﹁それと小麦が⋮⋮すみません学がないのでわからないんですが、
一袋でどのくらいの人が食いつなげるのでしょうか?﹂
﹁⋮⋮そうですね、パンを作るのにカップ1つで型に入れたパンが
作れますから⋮⋮パン二百斤くらいですかね?﹂
一カップ百五十グラムだとして、二百倍で三十キログラム。まぁ
正しいか。一袋大銅貨たしか三枚だったよな。二百袋くらいあれば
収穫まで間に合うか?
﹁まだこの間売ってもらった時の値段ですか? 変動してます?﹂
﹁学がないとか言ってるのに、変なところは詳しいんですね。この
大陸の内側の方で前の収穫量が多かったらしく、多少下がってます﹂
﹁そうですか、とりあえず収穫まで食いつなげれば良いので、多め
に二百袋、この間のジャガイモが、もう少しで収穫できそうなんで
1060
すが、まだ不安なので取りあえず五十袋下さい。それと予備の寝具
も欲しいので、それも六十組。後は酒ですね、コレの一樽の単価は
わかりませんが、あれば皆が喜ぶのでとりあえず十樽﹂
﹁値段がわからないのに買うんですか。いやーすごい買い方ですね﹂
﹁まぁ、その辺は交渉と言う形で﹂
﹁ははっ怖いですねー。まぁ、嗜好品を買って行く魔王だから優し
いんですかね?﹂
そんな感じで必要な物を思いつく限り上げて行き、計算してもら
う。
ニルスさんは算盤を弾き、
﹁こんなもんですかね?﹂
﹁やっぱり酒が高いですね。とりあえず嗜好品なので少し減らしま
す。あと、樽ってどのくらい飲めるんですか?﹂
﹁んー、果実酒なら瓶で三百本くらいです﹂
三百本、不揃いの瓶で大体七百ミリリットルとして考えて、スー
パーとかの安い奴で計算⋮⋮。まぁ、大体提示された金額で合って
るか。村で買った時はほぼ身内価格だったんだな。売るために作っ
てなかったし。
﹁んじゃ葡萄酒は六樽で﹂
﹁はいはい、他は平気ですか?﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
俺は書かれた品目を目で追って、一つ辺りの単価も頭で割り出し、
大体合ってる事を確認。
﹁はい、食糧や衣類や日用品は減らせないので仕方ないとして、予
算面でもう少し減らした方が良いのがあるので、その辺もう少し数
を減らしますよ﹂
そして要らない物や、後でも平気な物を挙げて行き、そのつど再
計算してもらい大体考えていた予算内に収めた。
﹁さて、ここからは交渉と言う形になると思うんですが、いきなり
1061
押しかけて在庫の数を荒らした謝罪として、この提示された値段で
どうでしょう? まぁ迷惑料ですかね﹂
﹁んー確かにこちらも損はしない値段にしていますし、その辺の店
で買うよりはかなり安くなってると思いますが、本当によろしんで
すか?﹂
﹁構いません。海賊をとらえてある程度余裕があるんで﹂
﹁おー怖い怖い、偶然って怖いですね﹂
﹁まぁ、教会の誘致やら医者を雇うのに、少し減りましたけどね。
まぁ大体収まってるので平気でしょう。儲けと出費でトントンです。
まぁ平気でしょう。今後ジャガイモや麦の生産量を増やして、買う
量を少しずつ減らしていき、その内島内だけで食糧自給率を伸ばし、
できれば出荷と言う形にしたいって考えてるんですよね﹂
﹁んー本当に学がないんですか? 普通そんな計算や考え、商人で
もやり手くらいしか考えませんよ? それになんですか? ﹃じき
ゅうりつ﹄って﹂
﹁まぁ、自分で食べる物は自分の所で作りましょう。他から買うと
お金が減るからがんばろう。ってな感じですかね? 余ったら売る。
そうすれば自給率は十割を超えてるって意味です﹂
﹁んー確かにそうですね﹂
﹁まぁ需要と供給で、供給が多いと値段が下がるのと同じですよ﹂
﹁また知らない単語が﹂
﹁小麦が取れ過ぎて値段下がってるって言いましたよね? それと
似たような物です﹂
﹁あー﹂
ニルスさんは、その言葉でわかったのか、納得して頷いている。
﹁値段が下がったら儲からないので、わざと多く作らなかったり、
売らないで価格を調整したりもするんですよ﹂
前世でもダイヤモンドが、そうだったような気がする。
﹁んー確かに言っている事はもっともだ﹂
その後、交渉成立と言う形で海賊を引き取ってもらった賞金の中
1062
で、どうにか話を纏め、何かあった時の為に残りは取っておくこと
にした。
﹁んじゃあとはこっちの話しも良いですかね?﹂
俺は次の話に移る事にした。
﹁どうぞ﹂
﹁島で見つけたお茶みたいな物なんですけどね⋮⋮﹂
そう言ってコーヒーを出し、魔法で︻熱湯︼を出して、布で濾し
てコーヒーを淹れた。
﹁苦いんで砂糖と獣の乳を入れて下さい、牛のが一番だと思うんで
すけどね﹂
﹁では、まずは何も入れずに﹂
そう言ってニルスさんは少しだけ口に入れ、一瞬にして顔を歪ま
せた。
﹁本当に苦い、淹れている時の香りは良かったのに﹂
﹁まぁ、これは島の中でも賛否両論でしたね。好きな人は好きなん
ですけどね﹂
﹁むう、今までにない香りと苦さ。これは⋮⋮﹂
﹁売れる、って思ってるんでしょう?﹂
﹁そうですね﹂
﹁まだ試験段階ですし、実が生ってる場所まで島を開拓していない
んですよね。まぁ、食料自給率を上げて、麦が余るようなら島民を
募集してどんどん開拓を進めるって考えなんですが⋮⋮。これがな
かなか思うように進まないんですよね。お金で人を雇っても良いん
ですが、まだ収入の見込みもないので数に任せて攻めるって言うの
も出来ません。もしかしたら作れるかも? 程度に思っていてくだ
さい。それとこれなんですが﹂
そう言って、今度は巨大な繭から取った糸を手渡した。
﹁何ですかこれ?﹂
﹁わかりません﹂
1063
﹁んー糸ですよね?﹂
﹁はい、絹糸って有りますよね?﹂
﹁えぇ﹂
﹁ソレみたいになんか蛾の幼虫が作ったと思われる繭が有ったので
お湯で煮て取り出してみたんですけど。本当なんの魔物の繭だか解
らないんですよ、多分蛾とか蝶みたいなやつだと思うんですよね。
成長させてみないとこればかりはわからないので、﹃わからない﹄
としか。ですが需要があるなら島の中で産業として、糸を生産しよ
うと思えばできます。季節に左右されますけど﹂
﹁確かになんとも言えませんね、一回コレで布を織ってみないと、
手触りとかもわかりません﹂
﹁ならその糸を預けるので、そちらのツテで織って下さい、小さい
布なら出来るでしょうし﹂
ベリル村で織ってる人はいなかったし、村での生産は無理だよな
ぁ。
﹁わかりました。これはこちらで預かります、結果の方は?﹂
﹁時々顔を出しますし、偶に島の近くを通るんでしょう?﹂
﹁偶にですけどね﹂
﹁ならその時にでも。あ⋮⋮、じゃぁ、ついでにもう一つ頼んでい
いんですかね? 安定した肉の供給に家畜が欲しいんです。ですが
船で運ぶ為にはそれなりの設備の有る船じゃないと無理じゃないで
すか? 俺が乗って来た船だと豚か羊や山羊が精一杯だと思うんで
すよね。ですのでとりあえず増やしやすい豚を番で十頭。羊毛と肉
の為に羊も番で六頭。牛や馬は管理が難しいので、また今度機会が
あれば頼みます。前金としてどのくらいあれば良いでしょうか?﹂
本当は転移魔法で運びたいが、暴れたりはみ出たりしたら怖いか
らな。尻尾なら良いけど、頭とか暴れてはみ出たら転移した瞬間に
俺が叫び声を上げるぞ。
﹁んー家畜はやってないんですけどね、知り合いに頼んで何とかし
ましょう﹂
1064
ニルスさんは算盤を弾き値段を出してきて、これくらいでと言っ
て来た。
﹁ありがとうございます、では一応半額収めますね、書類の作成お
願いします﹂
﹁わかりました。ですが家畜の子供を運んだ方が良いんじゃないん
ですか?﹂
手を動かしながら話しかけて来る。話ながら仕事ができる人って
素晴らしいなぁ。
﹁あー。成獣の事しか考えてなかった﹂
﹁どうします? この書類破棄します?﹂
﹁出発が明日なので色々と間に合わないでしょうし、今回はそのま
までいいです﹂
﹁そうですね、子豚や子羊は比較的入手は簡単ですが、時期があり
ますからね﹂
﹁次に来る時までに子供が入手可能ならそっちの方向でお願いしま
す﹂
﹁わかりました、知り合いの商人に話しておきますね﹂
コーヒーを飲み干した頃に、
﹁確認お願いします﹂
そう言われたので目を通したが特に変なところはなかった。
﹁はい大丈夫そうです﹂
﹁ではこちらも交渉成立と言う事で﹂
ニルスさんは書類に蝋を垂らし、判子を押し当て俺に渡してきた。
﹁はい、では料金を払うので船まで誰か護衛を付けて着いて来て下
さい﹂
﹁いやいや、平気ですよ﹂
ニルスさんを船まで案内して、未だに寝ている船員達を叩き起こ
した。
﹁今から荷物の搬入をしますので、甲板の掃除をしてください。そ
1065
れと手の空いている者は搬入を。そして掃除組は終わったら、もち
ろん搬入の手伝いです。船長はもちろん船の見張りをお願いします﹂
﹁はい﹂﹁﹁﹁うっす!﹂﹂﹂
﹁んじゃ運び出すんで、誰か監視員でも付けて置いて下さい﹂
﹁別に信用してるんで必要ないですが、本人がそう言うなら付けま
しょう。運び終わったらまた声をかけて下さい、それまで別な仕事
をしてますので﹂
俺はニルスさんにお金を渡し、確かにと言う言葉と共に書類を渡
された。
﹁んじゃ行きましょう﹂
そう言って俺達は倉庫に向かう。
倉庫に戻ると、既にある程度の品物が選り分けられていた。
﹁うひょー、カームさん酒も買ったんっすか!﹂
﹁うぉーまた酒が飲めるぞ!﹂
﹁おーやる気満々ですね。じゃぁ君達にお酒は任せます﹂
﹁﹁え?﹂﹂
﹁六樽分ですから皆より少ないですよ。いやー往復する回数が少な
くて羨ましいなー。んじゃ俺達は衣類や寝具を運びますか﹂
﹁﹁﹁﹁うっす!﹂﹂﹂﹂
残りの船員はニヤニヤしながら、がんばれよと声をかけている。
やっぱり重いから運びたくないんだろうな。
俺は肉体強化を十パーセントまで上げて、重い荷物を率先して運
び、棚の上に置いて、小分けで使うような小さいワイン樽を運んで
いる奴等が腰が痛そうにしてたので、辺に居た小間使いに運ぶコツ
を教わり一人で樽を持ち上げたら、
﹁中身が入ってない奴の運ぶコツだったんですけど﹂
と言われたが、持てたので一樽運んだら、倉庫内や船に行く道中
で歓声が上がった。
﹁兄ちゃんそんな細い腕ですげぇな!﹂
1066
﹁ウチで働かねぇか? 給金弾むぜ?﹂
﹁今夜酒場に来いよ、一緒に飲もうぜ!﹂
とか散々言われた。
仕方がないので相槌を打って、残りの樽も俺が運んだ。
﹁ニルスさん終わりましたよー﹂
﹁はい、わかりました﹂
ニルスさんは監視してた店員から書類を受け取り、搬入漏れや多
く運び入れてないかを確認している。
﹁はい、全部ですね。購入ありがとうございました。次もぜひ我が
商店を御利用下さい﹂
そう言って丁寧に頭を下げた。商人らしいお辞儀だ。
﹁いえいえ。こちらこそ急に押しかけわがままを言ったのにも関わ
らず、商品を売っていただきありがとうございました﹂
俺も負けじと丁寧にお辞儀を返した。前世の記憶最高だな!
﹁いやー島の開拓してるとか嘘みたいですね、少し勉強してウチで
働きませんか?﹂
﹁いやいや、島でのんびりやってた方が性に合ってますので﹂
﹁あらら、振られちゃいましたよ。ではまた今度﹂
﹁はい、ありがとうございました﹂
﹁んじゃ遅い昼飯でも行きましょうか、まだ賞金残ってるんで、昨
日渡したお金を使い切った方でも食べたい人は付いて来て下さい﹂
そんな事を言ったら、甲板で座り込んでいた数人が、
﹁カームさん最高っす! 今日は堅パンで過そうとしてたんっすよ、
行きますよー、ついて行きますよー﹂
調子良くそんな事を言っている。
﹁後先考えて使ってくださいよー﹂
﹁もしかしたら急に死ぬかもしれない。だったらある内に使ってお
かないと損でしょ!﹂
1067
﹁んー、そう言う考えもありですねー﹂
なんか江戸っ子みたいだな。
﹁そうでしょ? ありっしょ!﹂
﹁けど個人的には真似できないので、俺はコツコツ溜めますよ﹂
﹁何言ってんすか、こんなに買い物してるのに﹂
﹁必要な物に金を惜しんでどうするんですか。島の皆を不憫な思い
をさせない為に買ったんですからね?﹂
﹁﹁﹁おー﹂﹂﹂
﹁んじゃ行きますか、見張りは交代させるんで、悔しがらないよう
に。帰ってきたらお金渡しますからね﹂
そう言って俺達は、
﹁俺、おすすめの店知ってるんで行きましょう﹂
と言った奴に着いて行った。
昼食から帰ってきたら、綺麗になったアントニオさんが船にいた。
ぼさぼさで無造作に伸びていた金髪が清潔になり、後ろで結って
一本に纏め、無精髭も頬のところだけ剃り、顎と揉み上げのライン
に沿って残してあり、服も清潔感のある新しい物になっている。
﹁色々と助かった。感謝する﹂
﹁一瞬誰だかわからなかったですよ。いやー大分変りましたねー。
これなら女性にもてるんじゃないんですか? なぁ?﹂
そう言って船員に聞き返す。前世基準でも渋くてかっこいい中年
手前って感じで、男の俺でもかっこいいと思う。
﹁今夜一緒に酒のみに行きましょう。そして綺麗な女の人捕まえま
しょうよ!﹂
﹁かっこいいっす、俺ももう少し年取ったらこんな風になりたいっ
す﹂
﹁だそうです﹂
﹁お、おう﹂
﹁どうやってこうなったのか教えて下さい﹂
1068
﹁お洒落なお店に行って、とりあえず似合う服。って言っただけで
す。そしたらこうなりました。服を決めたら店員さんに髭を整えて
もらって軽く髪を洗って、後ろで結っただけです。﹃あら、地はか
なり良いのね﹄って言ってました﹂
﹁島で不特定多数の女性に、手を出さないようお願いします﹂
﹁お、おう﹂
その後島にいる人族の特徴や構成を話し、海賊に囚われてた女性
の話しもして今後の対策や予防について話し合った。
そして俺は樽を運んでいる時に誘われた酒場に行き、最初の完敗
だけ付き合い、比較的大人しい雰囲気の副船長とゆっくりと酒を楽
しんだ。
﹁船長はカームさんのおかげで大分変りました。昔は勢いに任せ部
下にあたるような人だったんですけどね。本人はカームさんに言っ
てないと思いますが、酔った勢いで言ってましたよ。俺を変えてく
れて感謝してるって﹂
・・
﹁へぇ、まぁ変われたならいいんじゃないんですか? 皆もすっか
り船員として頑張ってますし。まぁ、偶に地が出る奴もあますけど
ね。副船長はあんまり変わってませんよね﹂
﹁そうですね。前も今もこんな感じですよ。多分これからも﹂
﹁詩人ですね﹂
﹁そうですかね﹂
◇
俺は朝の新鮮な空気と、海鳥の鳴き声を聞こうと甲板に出たが、
今日も無理だった。
あの後本当に俺とは別に、船員はアントニオさんと酒を飲みに行
き、グデングデンになって帰って来てまた甲板で寝ていた。
汚れて無いだけマシだったが。
1069
﹁センチョー、起きて下さーい﹂
昨日の事が頭にあったので、今回は少し優しく起こした。
﹁うへぁ!﹂
﹁教会のシスターが来るんで、そろそろ出航準備を始めて下さい﹂
笑顔で言うと、慌てて出航準備を始めた。
確かに元あんな性格なら、ああいう副船長は必要だよな。両方騒
がしかったら本当に押さえがなくなって暴走しかねない。まぁ、昨
日の夜は久しぶりの町と酒と女で暴走しまくっていたみたいだが。
しばらくすると屋台通りの方から、女性用の簡素な修道服を着た
人が歩いて来るのが見えたので、出迎えに行った。
﹁﹁おはようございます﹂﹂
見事に声がかぶり、お互いに少し笑った後に本当に少ない荷物を
持ってあげ、船まで案内した。
﹁島まで男しかいない船なので、むさ苦しいと思いますが我慢して
ください﹂
﹁いえ、私は平気です。ただ。私のせいで皆様の規律が乱れないか
が心配です。皆様も男性ですので、女性がいると落ち着かないので
はないですか?﹂
自分の事より他人の事を考えるか。やっぱ聖職者ってすげぇな。
﹁俺は平気ですけど。他はわかりませんね。一応久しぶりの町なの
で遊んでは来たみたいですが﹂
﹁そうですか。では皆様に迷惑を掛けないよう心がけますので、食
事とかは別にした方がよろしいですよね?﹂
﹁どうでしょうか? 異性に良いところを見せようって思って、張
り切ったりするかもしれませんよ? 男って単純ですから﹂
﹁⋮⋮では、お食事はご一緒させていただきますね﹂
﹁わかりました。六日ほど我慢してください。じゃぁ部屋に案内し
ますね﹂
俺はアドレアさんを、数少ない個室に案内した。
1070
﹁ここがアドレアさんの部屋になります。一応個室で内側から鍵が
掛かりますので、安心してください。それと下着とかにいたずらさ
れると困るので、部屋を出る時は鍵をかけて下さい﹂
そう言って鍵も渡した。
﹁⋮⋮神父様から聞いてはいましたが、やはり男性とは皆がそう言
う感じなのでしょうか?﹂
﹁全員が全員そうではないと思いますが、邪な考えを持っちゃう奴
もいますので。何かあったら大声を出してください。直ぐに誰かが
駆け付けますので﹂
﹁わかりました。何もない事が一番なのでしょうが、あったら叫び
ますのでよろしくお願いします﹂
微笑みながらそう言われたので、少しドキドキしてしまった。
﹁は、はい。あの体を拭くお湯とか必要になったら言ってください
ね﹂
﹁船で真水は貴重なのでは? そう聞いていますが﹂
﹁あー俺、魔法で真水が出せるので﹂
俺は指先から︻ぬるま湯の水球︼を出して見せる。
﹁無詠唱で水が⋮⋮しかもあたたかい。合成魔法? もしかして物
凄い魔法使いなのでしょうか!?﹂
﹁いやいや、そんな事無いですよ。まぁ何かあったら相談してくだ
さい。かなえられる物だけどうにかしますので﹂
﹁色々とありがとうございます。そして子供達に寄付をしていただ
きありがとうございました﹂
﹁いえ、子供を不幸にさせたくないので。全員は無理ですが、せめ
てかかわった場所の子供くらいはと思いまして﹂
﹁もし貴方が神父様なら、沢山の迷える人々を救えると思うのです
が?﹂
﹁そんな柄じゃありませんよ。なんてったって悪い海賊を返り討ち
にして、そのまま町の自警団の人達に預けちゃったんですから。賞
金も貰っちゃいましたし。本当ならそこで教えを説いて道を正すん
1071
でしょうけど、それができませんでしたからね﹂
そう言って返事を聞かずに部屋を出た。
﹁カームさん出航準備整いました﹂
﹁んじゃ出ましょう。お願いします﹂
﹁はい。野郎共! 島に帰るぞ! 帆を張れ!﹂
﹁﹁﹁﹁応よ!﹂﹂﹂﹂
んーなんだかんだ言って、短いようで長かったな。
閑話
狼狽えるアントニオ
﹁んじゃまずはその服ですね、通りに出て服屋に入りましょう﹂
﹁お、おう﹂
﹁ここ意外にしっかりしてそうですね。ここにしましょう﹂
﹁お、おう。なんかすげぇ入り辛いんだが﹂
﹁店員は気にしてませんよ。こんちゃーっす誰かいますかー﹂
そう言うと奥から綺麗な女性が出て来た。
﹁いらっしゃいませー﹂
﹁この後ろのおっさんに合う服を、適当に見繕って下さい﹂
﹁おい、そんなんでいいのかよ﹂
﹁わかりましたー、どんな服が良いかってありますー?﹂
﹁な、ないです﹂
﹁じゃあ似合いそうなの勝手に決めますね﹂
そう言うと店の中を歩き、数種類の服とズボンを持って来た。
﹁んー渋そうな感じにしたいから、茶色とか黒を多めに。それに明
るい色は似合わない気がするわ﹂
1072
﹁だそうです﹂
﹁おう﹂
そして俺は言われるがまま、服を肩に押し付けられて目の前の女
性が﹁んー﹂と唸っている。
﹁コレで行きましょう﹂
そう言って服を渡され着替えさせられた。
﹁あら、いいわね、髭を整えて髪も綺麗にしましょうか。髭は⋮⋮
そうね、揉み上げと繋げましょうか﹂
そう言って寝かされ髭を剃られる。
﹁じゃあ髪を洗って来て﹂
﹁はい﹂
言われた通り店の裏で髪を水で洗い、乾いた布で拭き半乾きのまま
店内に戻る。
﹁髪を全部裏に持って来て紐で結って⋮⋮はい出来た! あら。良
い男じゃない。旦那がいなかったら言い寄ってたわよ?﹂
﹁うわ、本当だ。男の俺でもかっこいいって思いますよ、なんてい
うかオジサンって感じじゃないけど、どこか渋くてかっこいいです﹂
﹁そ、そうか? こういう服や髪にした事無いから良くわからんが﹂
﹁自信持ちなさい。貴方、かっこいいわよ。今までが駄目過ぎたの、
これを機に自信持ちなさい。その辺で静かに酒でも飲んでれば女の
方から勝手に寄って来るわよ﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁それくらいって事よ﹂
﹁んじゃこれ一式頂きます、予備も欲しいのでさっき手に持ってた
奴もお願いします﹂
﹁わかったわ﹂
﹁金はほとんどないぞ?﹂
﹁カームさんから預かってますよ。あ、コレ代金です﹂
﹁ありがとうございましたー﹂
1073
﹁そんなに良いのか?﹂
﹁自信持ってくださいよ﹂
﹁なんか女がこっち見て来るんだが﹂
﹁かっこいいから見てるんですよ。ほら、船が見えて来たんでまず
はカームさんに報告です﹂
﹁おう﹂
俺がかっこいいだと?
﹁色々と助かった。感謝する﹂
﹁一瞬誰だかわからなかったですよ。いやー大分変りましたねー。
これなら女性にもてるんじゃないんですか? なぁ?﹂
本当だ。目の前の魔族も言ってるし、周りの男も俺に寄って来る
女に期待して酒を飲みに行こうとか言ってやがる。こんな事初めて
だ。
だが、悪い気はしない。
1074
第70話 人族側の大陸へ買い出しと勧誘に行った時の事 後編
︵後書き︶
恥ずかしい話今まで毎時間事のアクセス数が最近の平均が250前
後だったのが昨日の20150413の1800に予約投稿したら
2000/h程度に跳ね上がっていました。何でだろうと思い日刊
ランキングを調べたら250位辺り乗ってました。
ランキングの力を改めて思い知らされました。
ブックマーク登録も1日で100件も増えるとは思いませんでした。
みなさま、ありがとうございます。
なんでしょうか・・・これは。
予約投稿した時点で109位です。
こんな事初めてです。
ランキングに乗った事自体初めてなのに一気に100位辺りに来る
とか本当どうしていいか解りません。
取りえずコンビニで赤飯買ってきます。
20150415 0000時追記 日刊ランキング72位って何
でしょうか?行き成り二桁代は流石に心に悪いです。
が嬉しく思っています。ありがとうございます。
1075
第71話 適当に雑務をした時の事︵前書き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
細々と言えなく成って来ている気がしますので次話から﹁適度に続
けています﹂にしようかと思っている所です。
1076
第71話 適当に雑務をした時の事
港町から六日、島に着いたのは昼過ぎだった。
船が湾の中に入ると、島民総出で手を振って出迎えてくれた。少
し栄えて船の往来が増えたら、悔しいけどこういう事もなくなるん
だろうな。
﹁ただいま戻りました、特に変わった事はなかったですか?﹂
﹁えぇ、ありませんでした。ただ、囚われてた女性の一人が少しパ
ニックになったくらいですが、今は落ち着いています﹂
﹁しばらくは多いと思いますが、周りの理解と時間が必要ですから
ね。他には?﹂
﹁言われてた簡易倉庫が広場の方に出来ました。買い付けに行くと
いう事なので、とりあえず大急ぎでルートさん達が仕上げてくれま
した﹂
﹁これで荷物が濡れずに済む。では重いものはとりあえず岸の方の
空き家に、軽くてがさばる物は広場の方に移しましょう。では荷物
を降ろすので手伝ってください﹂
﹁わかかりました﹂
よく見なくてもわかるが、食事を食べるスペースに大きな支柱が
立ててあり、エドワード達の船に使われてた帆が紐で引っ張られ、
地面に杭が打ち込まれており、ものすごく大きなビーチパラソルの
ように日陰になっていた。
そこには急増で作った椅子やテーブルが設置されていて、これで
雨の日でも外でじょくじが出来る。後で感謝しておこう。
﹁じゃぁ、とりあえずアントニオさんとアドレアさんは、あそこの
布の下で休んでてください﹂
﹁おいおい、俺も手伝うぜ?﹂
﹁私もあまり重くない物でしたら平気ですので、是非手伝わせて下
1077
さい﹂
﹁そう言うならお願いします。んじゃ先に挨拶を済ませちゃいまし
ょう。おーい取りあえず集まって下さーい﹂
俺が声をかけると、ぞろぞろと島民が集まって来た。
﹁どうぞ、まずはアントニオさんから自己紹介お願いします﹂
﹁あー。医者としてこの島に雇われたアントニオだ。口は悪いがそ
れなりの知識はあると思ってる、怪我したり調子が悪い時は無理せ
ず俺の所に来てくれ﹂
﹁皆さま初めまして。教会から派遣されて来た、シスターのアドレ
アと申します。まだまだ未熟者ではございますが、出来るだけ皆様
のお役に立てるよう頑張りますので、悩み事があったら直ぐにでも
相談に乗ります。気軽に訪ねてきてくださいね﹂
紹介が終わると、おぉーと声が上がるが、大勢の前だとこんな物
だろう。少人数だったら挨拶を返したりするんだろうが、こんなに
いたんじゃ無理だからな。
﹁じゃぁ、挨拶も終わった事ですし、荷物を運んじゃいましょう﹂
﹁あいよ﹂﹁おう﹂﹁解りました﹂
様々な声が上がる。
﹃じゃぁ、荷物を降ろしましょう﹄
風魔法を使い、声を船に届け、船員達が小船に荷物を載せて岸ま
で運び、そこから島民達が手分けをして、衣類や日用品、寝具を広
場の方に。
小麦粉やジャガイモや酒は空き家になんとか突っ込んだ。
生活拠点を、岸から離れた広場に移したいけど、もう少し家とか
出来てからじゃないと無理だなー。
﹁あ、その二袋は俺の私物なんで、そこに置いておいて下さい。あ
と大きい酒樽二個は船に乗せっぱなしでいいですよー﹂
﹁本当っすか!﹂
1078
・・
﹁酒がないとやる気でないでしょう? とりあえず商船として働い
ていただきますので、給料と思ってください﹂
﹁﹁﹁うおーーー!﹂﹂﹂
﹁はいはい、喜ぶのは荷物を全部降ろしてからにして下さいねー﹂
町で商人を募集するのを忘れてたな。魔族側と人族側で二人雇う
か? それとも魔族を雇って勉強させるか⋮⋮。船員が今のところ
人族だけで構成されてるから、人族を雇うかな⋮⋮。
その前にコーヒーを出荷させるのに、ある程度コーヒーを作って、
どうにかして効率の良いコーヒーの淹れ方を考え、港町で店を借り
て知名度を上げるかだな。
島の南側に小屋を建てて、人族を住ませるか⋮⋮、それだと無理
があるな。ハーピー族と交渉して、赤い実を取ってきてくれたら肉
と交換するよ、とか言えば持って来てくれるかな?
ドリップ部分を作ってもフィルターがないし、綿とかを底に敷い
て濾すか? それとも何か布とかを使って濾すか⋮⋮。
別に濾さなくても良いんだよな。たしかどっかの国の飲み方で、
一杯分の分量の挽いた豆を煎れて、砂糖を入れてから煮る感じで作
って、一分くらいして豆が沈んだら飲む方法もあったな。そっちの
方向で考えて置くか。
トルココーヒーだった気がする。
そんな事を考えていたら、
﹁樽が重いなら魔王さんに持たせれば良いっすよ、なんてったって
一人で持って倉庫から運んだんすから﹂
そんな事を言っている声が聞こえた。
﹁ん? あぁそうでしたね。俺も一個くらい運びますか﹂
そう言って一人で持って運んでたら、歓声がやっぱり上がる。確
かに持ち辛くて重い物を運ぶってすごいと思うけど、ソコまで騒が
なくても良いと思うんだよね。あーこれは腰に来るなー。
﹁魔王?﹂
﹁え? へ?﹂
1079
﹁あ⋮⋮﹂
アントニオさんは口を開けて驚いているし、アドレアさんは何が
なんだかわからないと言った感じで周りの反応を見ている。
﹁あの、カームさんこれは一体どういうことですか!?﹂
興奮気味のアドレアさんに詰め寄られた。
﹁あーその。ごめんなさい。今まで騙してました!﹂
俺はだましていた事を謝ったが、
﹁そんな! あんまりです! あんなにやさしい方が!﹂
アドレアさんが絶望に満ちた顔で砂浜に膝をついてしまった。
﹁あっさりしてんなーおい﹂
逆にアントニオさんはあっさりしていた。なのでアドレアさんに
俺は訳を話した。
﹁正直に話したらこの島に着いて来てくれました?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
﹁まぁ、中には優しい魔王がいても良いじゃいんですか? 俺だっ
て望んで魔王になった訳じゃないんですよね。どっかの一番強い魔
王の部下に声を掛けられて、魔王の刻印みたいな物を魔法で刻まれ
て、魔王に認定されました。そして前任の魔王が殺されて、空きが
できたこの島に連れて来られた⋮⋮。ただそれだけです。それまで
は故郷の村でのんびりやってたんですよ? 嫁だって子供だってい
るんですから。まぁ、任されたからにはやれるだけやってみようっ
て事で、今足掻けるだけ足掻いてますけどね﹂
﹁魔王ってそうやって成るんかよ⋮⋮﹂
﹁みたいですねー。いきなり家に来ましたよ? 君強そうだねって﹂
﹁そんな、こんなお優しいのに魔王だなんて。孤児院に寄付だって、
私の旅の費用だって⋮⋮﹂
アドレアさんは両手を頬に当てて、信じられないと言うような表
情で目が泳いでいる。
﹁まぁ、しばらくやってみて駄目だって思ったら言ってください。
帰らせてあげますので﹂
1080
﹁あぁわかったよ、取りあえずは様子見させてもらうわ、それで駄
目だったら、借金分働いて帰るわ﹂
﹁わ、わかりました⋮⋮。私も帰らせていただきます﹂
﹁はい! ってな訳で少し早いですが、今日の仕事は終わりにして
夕飯の準備でもしましょう。果実酒も買って来たんで、とりあえず
飲んじゃいましょうか﹂
﹁﹁﹁﹁うぉー酒だー﹂﹂﹂﹂
﹁小麦を心配しながらパンを焼かなくて済むわ!﹂
﹁香辛料も乾燥パスタもあるわよ!﹂
﹁種とか色々な苗は残しておいて下さいねー。一応栽培を予定して
いるので﹂
そんな歓喜の中、女性達と料理を作っていると、島内を徘徊して
いたヴォルフが俺達の声を聞きつけたのか、森の奥からトコトコや
って来た。
﹁おーヴォルフ! 久しぶりじゃないか! ヨーシヨシヨシヨシヨ
シシヨシ﹂
俺は、これでもか! というくらい撫で回し、腹も見せ始めたか
らお腹も撫で回してやった。
﹁おいおい、簡単にお腹見せちゃ駄目じゃないかー、まったく可愛
い奴だなー﹂
回りの人族は、またか⋮⋮、と言うような目付きで俺を見て、囚
われてた女性達と、アントニオさんとアドレアさんは奇妙な目で俺
を見ていた。
ヴォルフは、アオアオアオとかいいながら、前足を使って器用に
じゃれついて来る。
﹁あの、アレは?﹂
﹁ん? あぁ、多分しばらく会ってあかったからお、互いじゃれつ
いてるんだと思いますよ﹂
﹁そうですか、中々可愛い魔王さんですね﹂
﹁おい、それ本気で言ってるのか?﹂
1081
アントニオさんは、アドレアさんに少し声を荒げて言っている。
﹁動物に優しかったり懐かれたりする方は、優しい性格の人だと私
は思っていますので﹂
﹁そうかい、俺は医者だからあんまり関りたくないね。犬は嫌いじ
ゃないけど抜け毛仮がな﹂
﹁アレは狼らしいですよ﹂
島民の一人が犬ではない事を言ったら、
﹁はぁ!﹂
﹁⋮⋮え?﹂
二人は、間の抜けた声で驚いていた。
﹁血だらけのところを助けてやったら、懐かれたっぽい事を言って
たからなー﹂
二人は何も言えずに顔を見合わせるだけだった。そんなに狼とじ
ゃれるのがおかしいかな?
夕食も済み、俺は温泉まで転移して、久しぶりの入浴を楽しんだ。
なんか羽とか浮いてたけど、少しバシャバシャやって湯船から取り
除いた。
﹁汚したら、綺麗にさせるように言わないとなー、あー石鹸忘れた
ー、ちくしょー﹂
仕方ないのでかけ湯をして暖まった後に、タオルで拭くだけにし
て海岸の村に戻ったらまだ飲み会が続いていた。
あちゃーアドレアさんも飲まされちゃって、顔真っ赤でフラフラ
してるし。
﹁おい! 魔王さんよー、よくも騙してくれやがったな! この酒
でも飲みやがれ!﹂
アントニオさんは肩に手を回して、俺に酒を飲ませて来る。頼む
から服に零さないでくれよ。
その夜は、皆楽しそうに過ごしてくれた。
1082
◇
翌日、いつも通りの時間に起きたが、昨日温泉に行くのに石鹸を
忘れていたので、また温泉まで転移して、体を洗ってのんびりした。
﹁おーカーム! しばらく見なかったな!﹂
﹁ファーシルじゃないか、久しぶり。港町まで行ってたんだよ﹂
﹁そうかそうか﹂
ファーシルは、バシャーンと勢い良く温泉に飛び込んだ。その勢
いで羽が少し抜け落ちお、ヒラヒラと舞いながら湯に落ちた。今ま
での羽はこいつのかよ。
﹁おいファーシル。言いたい事がある﹂
﹁なんだー?﹂
﹁まずはお湯に飛び込んじゃ駄目だ、羽が抜ける。そして抜けた羽
はそのままにしないで、お湯の外に捨ててくれ﹂
﹁んー? なんとなくわかったぞ﹂
﹁なんとなくじゃ駄目だ。ほら、羽を拾って外に捨てろ﹂
﹁わかった﹂
朝から疲れるなー。
そして俺は朝食を食べた後に、ルートさんとアントニオさん。ア
ドレアさんを連れて広場に行き、立地について話し合った。
﹁病院と教会は、村予定地の真ん中辺りが良いですかね?﹂
﹁ここは井戸の周りだろ? 井戸の周りって栄えるんじゃないのか
? 少し遠くても良いから、通りに面してれば良いぜ。それか人の
往来が多くて、怪我人が直ぐに来れる場所だな﹂
﹁そうです、こういう場所には市場が立つべきです。ですので、そ
この角にある作業場の隅の方でも私は構いませんよ﹂
そう言ってアドレアが指を指す。
﹁まぁ、教会は目立つから良いとして、病院だよなー﹂
清潔で綺麗なイメージが大切だからな。
1083
﹁土に石灰混ぜて白くして、壁に塗れば一発でわかるし、清潔感が
あると思うけど、ルートさんはどう思います?﹂
﹁いいんじゃないかな、どうせなら今後島に建つ、医者がいる家の
壁は白に統一した方が良いと思うぞ﹂
まぁ、赤い十字は通じないだろうな。
﹁そうだな。今後島に魔族や人族が増えたらそうしよう。問題は往
来だよな、今のところ海岸と、ここを通るだけだし。けど予定では、
そこの人口湖に水が流れ込んでる小川に沿って道を作って、山の麓
付近にある湖の周りにも人が増えたら家を建てて行きたいんだよな﹂
﹁んじゃ道を作る予定の場所を決めちゃって、その隣に建てれば良
いか。んじゃ道のアタリ付けてくれ﹂
﹁りょーかーい﹂
そう言われ、俺は小川に沿って更に西側の木をチェーンソーモド
キを使い数本切り倒し、道のアタリを決める。
﹁んじゃそこが道だから、この辺か⋮⋮﹂
ルートさんは杭を打ち始め、大体の広さを決め、棒で真ん中辺り
を線で区切る。
﹁アントニオさん、診察所はもう少し広い方が良いですかね? こ
っちが生活する場所になるんですけど。カームの考えで横には広げ
て良いけど、道側にははみ出すなって言われてるんだよね﹂
道に家がはみ出てて、道路がボコボコしてたら、なんか景観的に
見栄えしないじゃん? だから通りだけは揃えたい。
﹁お、おう。十分じゃねぇか? まだ島に居る人族や魔族は少ない
んだろ?﹂
﹁んじゃ一応コレで決まりね、あとは教会か﹂
ルートさんは元魔王城建設予定地の隅に歩いていき、目測で杭を
打ち始めた。病院も隅なので、丁度対角線だ。
﹁これくらいなら三十人は中に入れるだろ、五十人分くらい必要で
すかい?﹂
﹁い、いえ。これで十分です。私が居た教会より広いですし﹂
1084
﹁そうかい? 一応ここは工業区予定地だから、もう少し広く取れ
るけど﹂
﹁いえ、これでも十分ですから﹂
﹁教会の作りってどうなってるんだ? 聞いた話だと、前は祈る場
所だけど、裏手には生活する場所があるんだよな?﹂
﹁え? えぇ、それなりの釜戸と寝る場所だけあれば十分ですので、
これ以上広くしないでも結構ですから﹂
本当に焦っているような声だ。
﹁そうかい? まぁ、狭くなったら増築すりゃ良いさ。んじゃ教会
も決まりっと、悪いけど建込みが終わるまで、青空病院と教会でお
願いします﹂
﹁んじゃ海岸の方に戻りますか﹂
﹁おう﹂﹁わかりました﹂
湾の方へ戻って来た俺達は、畑の一角を借りて買って来た種や苗
を植えさせてもらう事にした。
﹁カームさん、それなんの種ですか?﹂
興味深そうに、野草さんが話しかけて来る。
﹁キュウリとトマト。人参とレタスと唐辛子です。数が少ないから
少し慎重に育てないと不味いですけどね。キュウリとトマトは一回
実ればどんどん生るから、育てば問題ないんですけど。あー、他は
確か収穫は一回でしたよね? 数は生るから、種さえ取っておけば、
また季節が一巡した今頃に撒けばどんどん増えるでしょう。最悪ず
っと暑かったら、ずっと作れますね﹂
﹁トマトですかー、良いですよね。私、塩さえあれば何個でも食べ
られますよ﹂
﹁種も欲しいから、出来れば取っておきたいんですけどね。まぁ、
痛んで駄目になった奴を埋めて置けば、また出ちゃうんだけどね。
大雨が来なければ良いんだけど﹂
俺は空を見て、いまだに経験した事のない嵐を心配した。
1085
﹁根っ子がやられちゃいますからね﹂
﹁そうですねー、あと風が吹いても倒れちゃうし、キュウリなんか
は網とか張って蔓とか伸ばさないと駄目ですし。その辺の枝でも組
んで刺して置けば、勝手に伸びて収穫量とか増えて欲しいんですけ
ど、今まで俺は育てた事ないですし﹂
﹁私ちょこちょこ面倒見ます?﹂
﹁一応俺も見ますけど、そちらでもお願いします﹂
﹁わかりましたー﹂
﹁他にもキャベツや玉ねぎの種も買って来たけど、植えるのにはま
だ早いですからね。あとニンニク、これも取っておいて秋に植えよ
うと思うんですよ﹂
﹁そうですね、植える時期がありますし、それと私、キャベツの芯
の甘いところ大好きです﹂
通だな⋮⋮。野草さんって、なんか通すぎる。
﹁トマトを収穫して、茹でて種を取って瓶に詰めて蓋をして、瓶ご
と茹でて置けば少しは日持ちしますし、キャベツと豆と肉で煮込み
たいな。どうしても収穫時期が違うと、ちゃんと保存しないと食べ
られないですからね。まぁ、まずは鹿肉と豆のトマトソース煮込み
とかから始めてみましょう﹂
﹁何ですかそれ! 聞いてるだけで美味しそうなんですけど!﹂
﹁じゃぁ、トマトの収穫まで待ってて下さいね﹂
﹁わかりました! 頑張って待ちます! 楽しみだなー﹂
野草さんは、幸せそうな顔をして去っていってしまった。
ああ言う雰囲気の子とか、俺結構好きなんだけど、男性に言い寄
られたりしないのかな。まぁ、なんか暴走しそうで手綱引いてる方
が疲れそうだけど。
好きなタイプと実際に付き合うと、大変な事になる可能性もある
からな。まぁ俺は好かれてたから良いんだけどね。二人にもかなり
慣れたし。
街に行ってたから仕方なかったけど、そろそろ村にも戻らないと。
1086
こっちの作業が一息着いたら帰るかな。
魔王様の謎の実験
﹁ルートさん。ちょっといいですか?﹂
﹁はい?﹂
﹁ちょっと大きめの桶とぴったりの蓋を作ってほしんだけど﹂
﹁どのくらいの?﹂
﹁ワイン樽を半分にしたくらい﹂
﹁わかった﹂
﹁コレでどうだ?﹂
﹁おー丁度良いです、ありがとうございます﹂
﹁何に使うんだ?﹂
﹁できたら教えます﹂
﹁はいはい、また村で何かやってた時みたいな奴か﹂
﹁そう思ってもらって結構です﹂
﹁フーフフーン、まずはこの個人的に買って来た米を炊こうか。い
やー偶然見つけたこの米っぽいの、子供の頃に町で味噌と醤油を見
たから有ると思ったけどさ。少し細長いからベトナムとかタイ辺り
に近いけど、綺麗に精米されてるしとりあえず炊こう! 残りは水
に浸す﹂
﹁あー炊き立て米、美味いわー﹂
日本の米みたいにモチモチしてないし粘り気も無いけど米は米!
◇
1087
﹁そろそろ良いかなー﹂
そう言って前日から浸していた米を水から上げ良く水を切り蒸す。
その後煮沸消毒した綺麗な布で包んで毛布で包んで保温。麹菌無い
けど運だよね。
取りあえず神に祈っておこう。
翌日良くかき混ぜてまた保温。
それを3日ほど繰り返し白い黴みたいなのが生えてたら成功。
﹁神様、ありがとうございます!﹂
んじゃ次の段階だ、この大豆によく似た豆をたっぷりの水で良く
洗う。
まず水を入れると汚れや水より軽い豆が浮いて来るからそれを捨
ててから豆同士をこすり合わせて良く洗う。その後たっぷりの水に
良く浸し一日放置。
翌日に倍以上に膨らんでいたら大きめの鍋でたっぷり水を入れて
よく煮る。
親指と小指で持って簡単につぶれるのが目安だ。大豆なら四時間
・・
くらいなんだけど、これは少し長めに煮る必要が有った。
煮てる間に偶然出来た麹と塩をボウルで混ぜておく。
そして煮上がった豆の水を良く切り良く潰す、潰し忘れがないよ
うにするのがポイントだ。
そして良く潰れてペースト状になった豆を、塩と混ぜた麹の中に
入れ良く混ぜて練ってしっかり混ぜる。
空気を抜かないと行けないので、ボール状にして木の桶に思い切
り叩き付けるようにして入れる!
その後上から押さえつけまた投げ入れ押し込んで行く。
そして木の桶口いっぱいになったら空気に触れないようにする為
に、ビニールとかがあればいいんだけどないので、濡れた紙を上に
敷き、蓋をして重しになる適当な石を乗せ風通しのいい日陰に保存。
1088
コレでちゃんとできれば味噌っぽい何かの完成だ。取りあえずさ
っさと食いたいから熟成期間は短めで1ヶ月位か? それで白味噌
で味噌汁を飲むんだ! 小魚を煮てから干して、綺麗に内臓と頭を
取って、コンブと一緒に出汁を取ってワカメの味噌汁を飲むんだ!
﹁クックック⋮⋮フハハハハ。アーハッハッハッハッハ!!! 大
根と油揚げ欲しいよーー!﹂
今の俺、最高に魔王っぽい気がする。
俺は見事な三段笑いをして昼飯時に変な目で見られた。
1089
第71話 適当に雑務をした時の事︵後書き︶
一度閑話を消去しましたが、感想でご指摘が有り、文章を少し修正
して再掲載しました。
1090
第72話 家族でのんびり温泉に来た時の事 前編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
かなり句読点を意識し過ぎたせいか逆に読み辛い可能性も有ります
がお許しください。
1091
第72話 家族でのんびり温泉に来た時の事 前編
俺は今、島の皆には悪いが三日ほど休みを貰っている。
一日目に三馬鹿に会ったり、ラッテに休みを取ってもらうように
言って、二日目には急に休めないと思うから子供達と遊び、三日目
に島の温泉に行って、前々から言われていた島の様子を見せようと
思っている。
だが﹁予定は未定﹂と言うような言葉も有るのでどうなるかは分
からない。
﹁んじゃ二日後にできれば家族を連れて戻ってくるので、その間よ
ろしくお願いします。一応フルールさんの鉢も持っていくので、何
かあれば呼んでください﹂
﹁わかった﹂
猫耳のおっさんは、相変わらずあんまり喋らないな。
﹁ただいまー﹂
誰も居ない、まぁ朝食が終わったくらいだからな、スズランは池
のお姉さんの所にでも行って、魚と鴨に餌でもあげているんだろう。
とりあえずこの鉢は日当たりの良い室内で管理だな。
﹃持ち出し厳禁寒さに弱い﹄っと。
張り紙しておけば、冬になって雪が降ってもまぁ平気だろう。そ
う考えるとあの島って、雪降らないし冬もあまり寒く無いのかな?
まぁ、誰かが帰って来るまでダラダラするかね。⋮⋮麦茶のスト
ックが無いな。
俺は小麦をフライパンで乾煎りして、香ばしい香りがして来たら
粗熱を取り、いつも保存してある袋に、煎った小麦を入れていると
ころでスズランが帰って来た。
1092
﹁おかえりなさい﹂
﹁ただいま、変わった事はあったかい?﹂
﹁ない﹂
﹁なら良いや、お茶淹れるけどどうする?﹂
﹁カームと一緒で良いよ﹂
﹁なら麦茶だね﹂
麦茶を淹れ、スズランの前に置き、椅子に座るとスズランは口を
開き毎度の如く鋭いところを突いて来る。
﹁何かソワソワしてる。何か言いたい事があるの?﹂
﹁まぁ、はい⋮⋮。そろそろ島の方も落ち着いたし、二日後当たり
に日帰りで島に来てみないか?﹂
﹁ラッテが、休みを取れたら私は構わない﹂
﹁じゃぁ、そう言う予定で良いね。子供達もペルナ君達と約束入れ
ないように言っておかないとな﹂
その後は、しばらくのんびりとした時間を過ごした。
﹁あ﹂
﹁ん?﹂
﹁村長が、帰ってきたら呼んで欲しいって言ってたの言うの忘れて
た﹂
﹁そうか、お茶飲んでるしもうちょっとのんびりしてから行くさ。
いや、かなりのんびりしてからかな﹂
そう言うとスズランの口角が少し上がっているので、多分笑って
いるんだろうが、あまり表情に出してくれないのが残念だ、笑えば
可愛いのに。小首を傾げながら何かをお願いして来る時は断れない
くらい可愛いので、それで相殺でいいか。
その後二杯目の麦茶をゆっくりと飲み干し、ゆっくりと一息つい
た。
﹁んじゃ行ってくるよ﹂
1093
﹁あまりこき使われるようなら、帰って来ても良いよ﹂
﹁仮にでも村長に相談されてるんだからさ、一応村の為って思って
頑張るさ﹂
﹁お昼には戻って来てね﹂
﹁無理矢理帰って来るさ﹂
村長は神出鬼没なので、村の広場で思い切り、
﹁そんちょーー!﹂
と叫ぶ。そうするとしばらくして、正面の物陰から村長が出て来
た。
﹁おはようございます。スズランから聞きましたがどのような用件
で?﹂
﹁うむ、あまり深刻な問題ではないのじゃが。村人も増え、そろそ
ろ人数の把握や、顔を見ても名前が出てこない者も多くなってきて
のう﹂
﹁なら一度集まって貰って、住んでいる家の場所と、家族の人数と
性別を書いてもらえば良いんじゃないですかね?﹂
﹁それはしておったのじゃが。数が多くてな﹂
﹁なら区画を作って、書類も別ければ良いんですよ。たとえばこの
広場を村の中心として、十字に区切る。これでもう四個に別れまし
た、さらに細かく分けるなら分けても良いですが、細かいと面倒な
のでそれをさっき分けるたのを九個に分けましょう。そうすれば、
この隅が一の一って言うとここになります﹂
そういいながら地面に棒で簡単な絵を描き、簡単な説明を続ける。
﹁そうですね、俺の家なら三の五辺りですかね?﹂
エジリンに向かう道に向かって左手側で、畑を挟んだ辺りにある、
村で纏めて作った家なので、意外に見つけやすい位置にあったりす
る。
﹁ちなみにこの櫓は村はずれなので一の四か、一の七辺りでしょう
か? 全部で三十六個の箱を作って、管理すればいいのでは?﹂
1094
﹁今までのを全部纏めてあるから大変じゃろうが、やらせてみよう。
いやー助かったよカーム君﹂
﹁いえ、町とかでも良くやっている方法なので﹂
﹁そうかそうか、やっぱり町に出稼ぎに行ってた者は違うのう﹂
そう言って村長は歩いてまたどこかに行ってしまった。長引かな
かったし、連れ回されなくて済んで良かった。
・・
家に帰ると、スズランが外で、少し早目の昼食準備をしていた。
﹁おかえり﹂
﹁ただいま、何か手伝うかい?﹂
ダンッ! と鶏の首に肉厚の包丁を叩きつけた。
﹁鶏の血抜きして羽毟って。私は中で準備してるから﹂
﹁⋮⋮はい﹂
いつ見ても慣れないな、生きたまま首を叩き斬るとか。あーあ、
あんなに血が飛び散っちゃって。そう言いながらも足を持ち血抜き
をしてしっかり羽を毟る、羽の根元を残すとスズランに怒られるの
で、大胆かつ慎重にだ。そして家の中まで持って行く。
﹁毟り方。上手になったね﹂
そう言って、俺から鶏を受け取り、スズランは内臓の処理をして
いく。
﹁味付けはカームの方が上手だからお願い﹂
そう言ってスズランはまな板の前を開け渡してくる。仕方がない
ので鶏肉を茹で、ササミを取り、細かくほぐして茹で汁の灰汁をと
ってササミを戻し、キャベツと玉ねぎを入れて、塩コショウで味を
調え、最後に溶き卵を入れて軽く混ぜ一品完成。
その後に残った鶏肉を適当な大きさに切り、塩コショウで炒め。
人参と玉ねぎとニンニクをみじん切りにして、キャベツを適当に千
切り、ドライトマトのオイル漬けを入れ。キャベツの水分だけで蒸
し焼きにして、別の鍋で茹でていたパスタを絡め出来上がり。
料理名? そのままです。料理はフィーリングです!
1095
春キャベツと玉ねぎのササミ入り鳥出汁スープと、春キャベツの
パスタです。
子供達もペルナ君達と遊んでいたが、昼飯の為に帰って来た。家
に帰ってきたら俺がいたので驚いている。
﹁お父さんおかえりなさい﹂﹁パパおかえり﹂
﹁はい、ただいま﹂
その後にラッテが帰って来る。
﹁あーカーム君だー、おかえりー﹂
﹁はい、ただいまー﹂
﹁今日のご飯はカーム君が作ったんだねー。おいしそー﹂
そして和やかな昼食が終わり、俺は話を切り出す。
﹁少し相談があるんだが良いかい? 二日後に皆で島に行こうと思
うんだけど、どうかな? ラッテは牧場のおばちゃんの所に仕事に
出ているから、急に休めないと思って二日後って言ったんだけど﹂
﹁わかったー。なんとか休みを取って来るよー﹂
﹁リリーもミエルもその日は遊びの約束を入れちゃ駄目だぞ﹂
﹁はーい﹂
﹁けど明日は修行してよ﹂
﹁もしラッテお母さんが、明日休みがもらえたら明日には島に行っ
ちゃうから駄目かな﹂
﹁じゃぁ夕方、また明るいうちに!﹂
﹁ペルナ君達のお父さん達と飲むから無理かな、ごめんね﹂
﹁むー﹂
俺は剥れているリリーの頭を撫でて、洗い物をした。
夕方になり、俺は酒場に向かった。よく見ると酒の種類も増えて
おり、最近では前に言った、蒸留酒に果物を漬ける果実酒も置いて
1096
ある。
﹁うーっす﹂
﹁おう、こっちだこっち﹂
ヴルストが手招きをして俺を呼んでいるので、そこのテーブルに
向かった。
﹁マスター、ベリル酒と水﹂
無難に、地元の酒の出来具合を確かめることにした。
﹁んじゃとりあえず乾杯﹂
﹁﹁﹁乾杯﹂﹂﹂
コンッとカップをぶつけ、舌の上で酒を転がす。調合の類をまった
くしていない、樽から直接注いだ酒だ。舌に残る刺すような痛みと
強烈な香がする。俺は少しずつ加水して、ちょうど良い味と香りを
殺さないギリギリのところまで加減する。こんなもんか⋮⋮と思い、
皆の会話に参加する。
﹁魔王業ってどうなんだ?﹂
﹁全然儲からない、まだ村で働いてた方が金になるよ﹂
﹁そうなの?﹂
﹁前任の魔王みたいに、人族の奴隷を酷使して、使い潰す様な扱い
を続けてれば別だけどね﹂
﹁もちろんしてないんだよね?﹂
﹁してないさ、むしろ﹃前に住んでた村より腹いっぱい食えるし、
野犬や狼、盗賊の心配がないから安心して眠れる﹄って言われてる
くらいさ。島には家くらいしかなくてさ、私財で食料や寝具を買い
与え、定期的に休みを与えて開墾の手伝いをして、賊を捕らえて町
に運んで賞金をもらっても、それはほとんど生活環境を整える食料
や道具、畑に蒔く種なんかに消えた。それと、生きるのに必要のな
い酒も、娯楽が少ないから買ってきた。十日ぐらい前に、町から医
者と人族の教会関係者を見つけてきたんだよ。今まで大きな怪我が
なくて本当に良かったよ﹂
﹁人族の教会って言うのは?﹂
1097
﹁人族は神を信じ、それを崇めてお祈りをする、そうすれば救われ
る。そういう思いが強いみたいなんだ。だからその教会にいた人族
も島に連れてきたんだよ。物じゃないから買うって訳にも行かない
し、だから交渉して、色々手を回し、手助けをして島に来てもらっ
た。まぁ、それでもお金は結構使っちゃたけどね﹂
﹁なんで?﹂
今度はシュペックが聞いてきた。シュペックはただ単に興味があ
るから聞いてるって感じだ。
﹁医者は借金があったから、俺が立て替えて恩を売った。シスター
は教会に寄付をして、来てもらった。孤児院もやってたから、そっ
ちにも寄付をしてついでに恩も売っておいたよ。あー、シスターっ
て言うのは教会で働く女の人、男が神父﹂
﹁えへー、なんかカームらしいね、いろんな意味で﹂
﹁人族の教会は大変だよ、﹃魔族は人族より劣る、下賎な生き物だ﹄
って教えが強いから。恩は、神父に少し多めに寄付をして、孤児院
・・
にも寄付をして、シスターの印象も良くしてってな感じだね。魔王
・
って言っちゃうと絶対に付いて来てくれないからさ、もちろんただ
の良い魔族を演じて島に来てもらったよ、まぁアッサリばれたけど
な。買ってきた荷物を船から降ろしてるときに﹃魔王さん﹄って呼
ばれてね、まぁ遅かれ早かればれるんだし、気にはしてなかったけ
どね﹂
﹁その、なんて言うか。大変なんだな﹂
﹁うんうん﹂
﹁俺が遠回りしてるだけだよ。最前線の砦に現れた魔王は部下と仲
良くやってたし、その領地を任された貴族とも仲が良かった。俺は
色々気を使って信頼を積み重ねているだよね﹂
﹁いや、そりゃーアレだぞ? カームは奴隷の人族を与えられて。
その最前線にいた魔王の部下は魔族で、俺達みたいに気の会う仲間
だったかもしれねぇぞ?﹂
﹁あーそうだったな⋮⋮。俺は魔王になった時点から、周りと立っ
1098
てる位置が違うんだな畜生。勇者に討伐されないように気を遣って、
事を荒立てないようにしてたからなー。あ゛ークソッ! あの領地
はずれじゃねぇかよ! 他に比べたらハードモードじゃねぇかよ!﹂
俺は叫びながら一気に酒を煽り、お代わりを頼んだ。
﹁ま、まぁ。カームは頭も回るし、きっと上手くやれるさ、多分﹂
﹁そうだよ、すごく優しいからあの狼も懐いてるんだよ。動物は素
直だよ﹂
﹁そうだな。きっと心が疲れるんだろ、奢ってやるから飲めよ、な
?﹂
﹁・・・ありがとう、愚痴ったら少しは楽になった気がする﹂
﹁はーどもーどって何?﹂
﹁わからない﹂
﹁知るかよ、たまに変な事を昔から言ってただろ、気にすんな﹂
﹁コソコソ喋るなら、俺に聞こえないように頼むよ⋮⋮マジで⋮⋮﹂
その後、適当に雑談しながら強い酒を飲むが、毒耐性のせいであ
まり酔う事もできずに、結局三人の面倒を見る事になった。
﹁ひゃっぱりやっぱり、まほうにになるひゃつなる奴は、酒もちゅ
よひ強いんだなぁ﹂
﹁うんうん﹂
﹁そーだねー﹂
﹁ほらお前達。もう帰るぞ、そうしないと俺が皆の嫁に怒られるん
だから﹂
﹁カームは平気ですー、この村でも信頼が厚いから﹂
こいつら夫婦そろって酒に弱くて、酒が入ると、がっかりイケメ
ンと、がっかり美人になるな。
﹁んじゃマスター、迷惑かけてすいませんでした﹂
﹁いやいや、カーム君には色々為に成る話を聞いてるからね、少し
くらいは目をつぶるさ。それにこの蒸留酒に、林檎やレモンを漬け
たお酒は女性にも人気でね。エジリンからも買い付けが来るんだよ﹂
1099
﹁そうでしたか、んじゃご馳走様でした﹂
マスターにお礼を言い、三馬鹿を叩き起こし、水を飲ませ自力で
帰らせた。
﹁おかえりー、明日から二日休みをもぎ取ってきましたー﹂
家に帰るとラッテが出迎えてくれて、休みが取れた報告をしてくれ
た。ドアの前で腰に両手を当ててドヤ顔で。
﹁おー、んじゃ明日から行けるな。スズランと子供達は?﹂
ドヤ顔は取りあえずスルーの方向で。
﹁仲良くお風呂ー、ってな訳で一緒に入ろー﹂
﹁いや、子供達の前では恥ずかしいからイチャイチャしたくないし。
それに明日全員で入れるところに行くから﹂
﹁ほー、それはすごいですなー。誰かに見られたり、他の人とか入
って来ない?﹂
﹁その辺は大丈夫。だってまだそこまで開拓してないし。あー、そ
う言えばハーピー族が近くに住んでるな、しかも良く入ってるみた
いだし﹂
﹁あの少し頭が残念な種族かー、なら平気か﹂
﹁いやいやいや、事実だけどそんな事言ったら駄目だからね?﹂
﹁わかってますよー、じゃー準備でもしますかー。何用意すればい
ーの?﹂
﹁とりあえずお風呂セットくらいかな? 泊まるなら寝具類とか必
要だね、面倒だから夜には戻って来た方が良いかも﹂
﹁そっか、なら替えの下着だね﹂
﹁そうだね﹂
しばらくして皆が風呂から出たので、先に入らせてもらおうとし
たらラッテが乱入して来た。
﹁平気平気、普通に入るだけだからさ﹂
そう言って入って来たが、にひひーと、気持ち悪い笑顔を作って
1100
にじり寄って来たので、デコピンをして黙らせた。
それ以上は特に何もなく、一緒にくっ付いて風呂に入るだけだっ
た。
閑話ですら無い会話
﹁カームって真面目だけど時々感情が爆発するよね﹂
﹁そうだな。時々酒に誘ってやろうぜ、なんだかんだ言って溜めこ
む奴だし﹂
﹁そうだね、そうしたほうが良いかもね﹂
1101
第73話 家族でのんびり温泉に来た時の事 後編︵前書き︶
適度に続けています。
相変わらず不定期です。
1102
第73話 家族でのんびり温泉に来た時の事 後編
俺達家族は島に転移し、俺以外の四人は目の前の海に驚いていた。
﹁ほえー、聞いては居たけど、これが海ですかー﹂
﹁大きい!﹂﹁綺麗!﹂
﹁なにか大きいのが浮いてる﹂
初めて海を見た感想は、三者三様だった。
﹁お? 帰って来るのは、明日じゃなかったのか?﹂
通りがかった犬耳のおっさんにそんな事を言われてしまった。
﹁ラッテが休みを取れたので、早い方が良いと思いまして﹂
﹁村とは違う環境だ、楽しんでもらえれば良いな﹂
﹁そうですね、早速子供達が砂浜に走って行きましたね﹂
寄せては引く波に早速興味深々らしい。
﹁湾内なら危険は少ないだろう﹂
﹁そうですね。けど、なるべく目を離さない様にしたいですね﹂
﹁見た目はもう大きいが、まだ四歳なら十分子供だ、島の子供達と
会わせてやれ、俺は仕事に戻るな﹂
犬耳のおっさんは、鍬を担いで畑の方に向かって行った。なんだ
かんだ言って鍬も似合うんだよな。
﹁じゃぁ、俺が使ってる家に荷物を置いて、まだ少ないけど島の中
を色々案内するよ﹂
﹁リリーとミエルは?﹂
﹁パルマさんとフルールさんって女性がいるから、少しくらいなら
平気だと思うけど、一応声は掛けて置くよ。おーい二人共、深い方
に行くんじゃないぞー。二人とも子供達をお願いします﹂
﹁﹁はーい﹂﹂﹁わかったわー﹂
1103
﹁きゃっ!﹂﹁うわぁ!﹂
まぁ、荷物置きに行くだけだしな。
﹁一応ここね﹂
﹁んー、随分簡素な作りだねー﹂
﹁仕方ないさ、前の魔王が使っていた奴隷を寝させる為に、作らせ
た物だし﹂
﹁村とは作りが違う。何か変な感じ﹂
﹁まだ経験してないけど、多分だけど村より夏は暑いし、冬はあま
り寒くないと思うだよね。だから夏用の作りなんだと思うよ、それ
に村の方じゃ見ない植物や、果物もあるし、まぁ楽しくやらせても
らってるさ﹂
そう言って窓を開け、外の空気を取り入れる。
その間に二人は荷物を置き、珍しそうに釜戸とベッドしかない部
屋を見て回っている。
﹁あ、これ石鹸だよね? 買って来たの?﹂
﹁作った﹂
﹁へ?﹂
﹁作ったんだよ、簡単だよ? 木や海草を燃やして出来た灰を水に
入れて、かき混ぜて一日置いて、上水だけを丁寧に掬って布で濾し
て余分なゴミを取る。その後に綺麗にした砂や藁が入った、穴の開
いた樽に入れて、白く濁っている水を綺麗にする。その水に同じ量
の油を入れて、沸かして余分な水を飛ばし、固まったら完成﹂
﹁ほうほう﹂
﹁香りを付けたいなら、この出来た石鹸を摩り下ろして、香りの強
い干した好みの香草を細かくして入れて、その香草を濃く煮出した
お茶を入れてペーストにする、その後型に詰めて完成。本当は精油
とかも入れたいんだけどないからね。今はこれが限界かなー﹂
﹁むー、やっぱりカーム君は色々とすごいなー﹂
ラッテはスンスンと香りを嗅いだりしている。スズランの方を見
1104
たら、取って置いた干し肉を口に放り込んでいた。
﹁鹿?﹂
そう呟いていた。そうですよ、鹿の肉ですよスズランさん、でも
ね⋮⋮。俺の使っている家で、その辺の棚の上に置いて有る物でも、
勝手に食べないで下さい、せめて声をかけて。
連れてって
﹁なぁスズラン、大きい肉のまま燻製にした肉が有るんだけど、興
ある
味︱︱﹂
﹁ありゅ。ちゅれてって﹂
前を向いてモシャモシャしていたのに、いきなり顔をこちらに向
け、口に含んでいた物を両頬に溜めて、喋ってきた。
﹁口に含んでいる物を、飲み込んでから喋ろうね。あと少し飛んだ
よ﹂
コクコクと首を縦に振っている。
﹁ある。連れてって﹂
﹁はいはい﹂
そう言って、少しだけ離れた家の中に入る、そこにはドアと窓を
閉め切り、煙が充満した家の中に、今まで捉えた魚や動物が、ある
程度大きいまま吊るされ、水分がなくなり、カチカチになっている。
﹁これがこの島に来て、最初の頃に獲った肉かな﹂
俺は木材みたいに硬い肉にナイフを突き立て。肉の繊維に沿って
引き剥がしていく。
﹁はい、燻製肉﹂
かふぁい
手渡すと直ぐに口に運び、モゴモゴし始める。
﹁硬い﹂
﹁腐らせない為に塩辛くして、限界まで水分を飛ばしてるんだよ。
それと煙には食べ物を腐らせない効果もあるからね。まぁここは、
保存食を作る為の場所にしたんだ。こんなにヤニが付いちゃったら、
もう家としては使えないからね﹂
﹁村じゃ塩に付けて干しただけだからねー、うわ。本当に硬い﹂
ラッテはコンコンと肉を叩いている。
1105
﹁私は普通のお肉でいーかなー﹂
﹁スズランが肉を食べて、満足そうだから次に行こうか﹂
﹁そーだねー﹂
それからあまり手を付けていない養魚所や、ほぼ放し飼いの鶏と、
狭い枠の中に居る兎。今後来るであろうと思われる、豚と羊のいな
い柵を見せた。
﹁んー本当にまだまだなんだねー、まーまだ六十日くらいだっけ?
ほぼ丸投げされた状態で、ここまでになったなら、いーんじゃな
いかな? 畑の⋮⋮アレはジャガイモだよね? 麦もある。見てた
感じ人族も不満はなさそーだし。良く村で一緒にいたおっさん達も、
上手くやってるみたいじゃん﹂
﹁そうなんだよね、まだ日が浅いから、繁殖とかも無理だし。やれ
る事はやってる積りなんだけどね。それでも結果が出るまで、時間
がかかりすぎるんだよ﹂
﹁最初からお金を使って、ドーンって出来ないし。船を使わないと
他の場所から、職人さんとか連れて来るのも一苦労だもんね﹂
﹁そうそう、転移でも四人が限界だし、正直むさ苦しいおっさんに、
ピッタリくっ付かれるのは短時間でも嫌になる﹂
﹁女の子はー?﹂
そう言ってニヤニヤしてくる。
﹁そうだね、おっさんよりは良いけど、ラッテもスズランもいるし、
そう言う考えは一切ないよ。昨日話した海賊の話しで少し出たけど、
子供達がいたから少し濁したけどさ、本当は女性は全員全裸で、首
枷と手枷が一緒になってる奴で拘束されてね、慰み者にされたんだ
よ。そんな状態でもそんな気は全く起きないし、﹁早く助けなきゃ﹂
って気持ちの方が強かったよ。あと、マーメイドのお姉さんとかは
一切胸を隠してなかったし、ハーピー族のお姉さんは、胸は隠して
たけど下は体のラインが出るような、毛みたいのだけど別に何とも
思わなかったよ﹂
1106
そう言ったら頬を抓られ。
﹁よーく見てるんですねー、欲情しなかったのは褒めてあげますよ
ごめんなさい
ー? けどよく見過ぎです!﹂
﹁ごふぇんなふぁい﹂
ラッテは抓っていた指を放し続ける。
﹁私だけを見てよ、とは言わないけどさー、ジロジロ観察するよう
に見ちゃ失礼だよ?﹂
﹁だって見えちゃったんだもん仕方ないでしょ。不味いと思ったか
ら一応布を持って行って、﹃隠してください﹄とは言ったけどさ﹂
﹁言い訳しない﹂
﹁はい﹂
﹁スズランちゃんも何か言ってよー﹂
口をカチカチ干し肉で一杯にしてモゴモゴしていたが、話を振ら
・
れてもしばらく咀嚼して、名残惜しそうにやっと飲み込みこんだ。
・・
﹁私は。別に見ても良いと思うし欲情しても良いと思う。手を出さ
なければだけど。カームから手を出したら。私は絶対に許さない。
お酒の勢いとか。良い雰囲気になっても。中々私に手を出さなかっ
た節操のある男だから﹂
ぉおぅ⋮⋮。なんか威圧感が半端ないな。
﹁ふーん、スズランちゃんは別に良いけどさー。見られてる方の事
も考えなよー﹂
﹁見られて減る物じゃない。私はこれ以上減らないけど﹂
あちゃー、なんかもう地雷を気にせず歩き回ってるような考えに
成ってるぞ。自虐ネタは止めてくれよ、聞いてても切なくなってく
る。
﹁ん、んー?﹂
ほら、ラッテもなんか反応に困ってるじゃないか。
﹁ほらさ、俺が気をつければ良いんだし。もうこんな不毛な会話止
めよう? ね?﹂
砂浜の方を見たら、島の子供達と仲良くなったのか、波打ち際で
1107
七人で遊んでいる。多分大丈夫だろう。
﹁この道を少し歩くと、元魔王が城を建築しようとしていた広場が
あるんだけど、今は村から連れて来た、ルートさんって職人が指揮
して、家を建ててるんだ﹂
そう言って道を歩き出す、
﹁この道も狭かったけど、一応皆と話し合って、今後の事を考えて、
馬車が通れるくらいの幅にしたんだ﹂
ラッテはふーん、と言いながら、興味は森の方に向いている。確
かにこの森は深いけど、道の両脇は光が入る様に所々伐採してある
し、風も通るので圧迫感はないはずだ。
﹁ここがとりあえずここが村予定地かな、まだ村長とか決まってな
いけど﹂
そう言って、広いグラウンド程度に切り開かれた場所を紹介する。
﹁所々に太い杭が打ってあるのは、道路を予定してて、細いのは家
を予定かな。まだ全然進んでないけどね﹂
﹁あの大きいのは?﹂
﹁急造の仮倉庫、この前に港町に買い付けに行ったからね、生活雑
貨品置き場ってところかな。まだ生活の基盤は海の近くだから、小
麦とかジャガイモは海の方だけどね﹂
﹁なんでこっちに移動するのー? 大変じゃない?﹂
﹁海の近くだと、大雨とか嵐になると大変だからね、もしかしたら
海の水が届くかもしれないし。けどここは木に囲まれてて風も少し
は防いでくれるし、少し高いところにあるから水の恐怖はないね。
一番重要なのは、井戸を掘っても水がしょっぱくない事かな。あそ
こに前の魔王が掘らせた井戸があるけど、しょっぱくはなかったか
らね﹂
そう言いながら教会を建てている方に向かい、足場を組んで壁に
板を張っているルートさんに声をかけた。
1108
﹁お疲れさまです、問題はないですか?﹂
﹁特にないなー、お? 家族を連れて来るって話だったけど子供は
?﹂
﹁海で子供同士遊んでますよ﹂
﹁そりゃいい。この島の子供も友達が出来てうれしいだろうに﹂
﹁歳が近くても大きさが違いますよ、もう少ししたらもっと身長差
が出ると思いますよ﹂
そんな会話をしていたら、奥の方からもぞろぞろと人族が集まっ
て来た。
﹁お? 魔王さん、それが話に良く出る奥さん達ですか﹂
﹁よろしく﹂
﹁よろしくお願いします。夫のカームが何時も無茶を言って申し訳
ありません﹂
﹁おー聞いてた通りだな、綺麗だし可愛い﹂
﹁本当だな﹂
スズランは相変わらず興味なさそうだし、ラッテはえへへーとニ
ヤけ顔だった。そして作業の流れを切ってしまったので、取りあえ
ず小休止させる事にした。
そしたら急に男達が、
﹁おい、聞けよ﹂﹁お前聞けよ﹂
とか言いだした、取りあえず見守っていたら急に。
﹁レンガを握りつぶせるって聞いたんですけど、本当ですか?﹂
俺はブフッと飲んでいた水を吹き出した。
﹁誰から聞いたんですか。俺はそんな事話してないですよ? まぁ
村から来た四人の誰かだと思いますが﹂
﹁本当﹂
そう言ってスズランは立ち上がり、廃材として出た握りやすそう
な木材を拾い上げ、特に力を入れる事も無く、半分にへし折り。そ
の後に握り、メヂメヂと音を立てながら目の前で握りつぶし。小さ
1109
くなった木材を指で摘まみ、磨り潰しておが屑のようにボロボロに
していく。
相変わらずすごい力だな。あーあ、職人の皆が全員口開けてるよ。
﹁す、すごい力だね、俺も話では聞いてたけど、実際に見ると何も
言えないな。後で木材でも運んで貰おうかな﹂
ルートさんが。驚きながらもフォローを入れてくれた。
﹁わかった﹂
﹁助かるよ﹂
﹁お昼はお肉が良い﹂
﹁あ、あぁ﹂
スズランがそう言うと、ルートさんは森に向かい大声で、
﹁今日の肉は多めにたのむー﹂
と叫び、しばらくすると森の方から短い返事が帰って来た。
﹁大丈夫です﹂
﹁ん。運んでくる﹂
そう言って皆が休んでいる間に、木材が積んであるところに歩い
て行き、右肩に沢山の木材を乗せ、左手に大量に抱えて帰って来た。
﹁あ、ありがとうございます﹂
﹁もっと必要?﹂
﹁今日の昼前は足りるんじゃないかな? はは⋮⋮﹂
﹁なら後二回ね﹂
そう言って先ほどと同じように資材置き場に向かう。
﹁んー相変わらずスズランちゃんはすごいねー、私だったら一本が
限界かなー﹂
﹁俺もあそこまでは無理かなー﹂
人族の皆は何も言わず見ているだけだった。
アントニオさんは﹁嘘だろ﹂と呟き、アドレアさんは目を瞑り首
をゆっくりと左右に振っていた、多分今見た物が信じられないと言
った感じだろうか?
1110
その後、村予定地には特に何もないので湾の方に戻り、スズラン
に養魚所と家禽達の事で小言を言われた。
﹁この魚はもう少し広くて深い所が好きって。池のお姉さんが言っ
てた。さっき上にあった大きな池の方が良いかも。鴨はもう少し地
面を多く。あと流れ込む水の量が多くて水がきれいだから。水の中
の小さな虫とか食べられない。餌は少し多めにあげないと。鶏は今
は良いけど場所が狭い。これじゃ喧嘩しちゃう﹂
俺は大人しく聞いていたが、ラッテが対抗心を燃やしてきた。
﹁なら私も家畜関係が来たら、アドバイスするよ!﹂
﹁じゃぁその時に頼もうかな﹂
そういうやり取りをしていたら、森の方から狩猟班が鹿と猪を担
いで戻って来た。それを見つけたスズランが、嬉しそうに解体作業
に参加して、綺麗に内臓を傷つけないように取り出し、物凄く綺麗
に皮を剥ぎ、綺麗に部位事に切り分けた。
回りから﹁すげー﹂とか言われている。
﹁慣れれば誰でもできる﹂
そう言って、俺に水球を出すようにせがまれ、手を綺麗に洗い、
肉も綺麗に洗った。
﹁森で聞いたと思うけど。肉多めで﹂
そう言って肉を狩猟班に渡し、昼食を待った。
今日の昼食は荒れた。
スズランは新鮮な鹿と猪の肉を、そんな量どこに入るの? と言う
くらいモグモグと食べ、パンすら食べずに、ただひたすらと肉を食
べ続けた。
﹁強さの秘密は肉か﹂
﹁﹁ありえねぇ﹂﹂
そんな声が男性陣の方から聞こえた。
1111
□
体感で夕方の四時くらいになり、早めに山の方の温泉に行く事に
した。
﹁じゃぁ、温泉に行ってからそのまま俺も村の方に帰りますね﹂
﹁わかった、久しぶりの家族の時間だ、大切にしろよ﹂
子供達は子供達で
﹁また来るからね﹂﹁また来るから﹂
と、挨拶をしている。なんだかんだ言って仲良く成れたみたいだ。
そして俺達は温泉に転移した。
﹁おーこれは見事なお風呂だ﹂
﹁温泉だよ﹂
﹁おんせん?﹂
﹁湧き水ってあるだろ? この山の火山で温められて、お湯として
出て来てるんだ﹂
﹁じゃーさー、冷めたら湧き水?﹂
﹁んー? どうなんだろう? 飲めるから、冷めたら湧き水って事
で良いのか?んー?﹂
本当どうなんだろうか?
﹁お風呂だって水から沸かすんだから。これは暖かい湧き水で良い
と思う﹂
﹁なんとなく納得できないけど、とりあえず入ろう﹂
そうして俺達は服を脱ぎ、入ろうと思ったら、子供達が飛び込ん
だ。
﹁あったかーい﹂﹁家のお風呂より深いよ﹂
﹁こらこら、まずは体を洗ってだな﹂
﹁ヒャッホー﹂
バシャンバシャン! 二回大きな物が湯船に入る音が聞こえた。
1112
横目で見るとスズランとラッテが既に飛び込んでいた。
﹁なぁ、嫁さん達や﹂
﹁何?﹂﹁なーにー?﹂
﹁せめて子供の前では、体を洗ってから入るとかさ﹂
﹁こーんなに広いのにもったいないよー。カーム君も今日くらいは
いいじゃん!﹂
﹁はいはい﹂
そう言って俺は、体を洗って入ろうとしたら、四人から思いきり
裏から温水を掛けられ続け、何とか体を洗い終わらせ、思い切り飛
び上がり、大の字で水の中にビッタンッ! と、飛び込み大きな飛
沫を飛ばし、﹁さっきまでの仕返しだごるぁ!﹂と言ってバシャバ
シャお湯をかけまくった。
閑話
カーム達が広場からいなくなった休憩後の会話
A﹁レンガ握り潰せるって聞いてたけど、流石にアレはない﹂
B﹁なんで指で木材磨り潰せるんだ﹂
ルート﹁鬼神族って言って、力が強いらしいんだよ。村でもスズラ
ンちゃんの家族くらいしかいないし、近くの町でも見た事がないな、
村近辺の種族ではないな。ちなみにスズランちゃんの親父さんの腕
は、俺の太ももくらいあるぞ﹂
A﹁ありえねぇ﹂
ルート﹁元冒険者で顔に傷が有って、見た目も恐ろしい﹂
B﹁うへぇ﹂
ルート﹁それに結婚の挨拶しに行った魔王カーム﹂
A﹁何かあったんすか?c村の一部が壊滅したとか﹂
ルート﹁何もなかった、ただ実父の方と一悶着あったらしい。酒飲
んでる時に本人が言ってた。ただ、その実父はスズランちゃんの親
1113
とパーティーを組んでて、かなり強かったらしいぞ﹂
A﹁どうなったんです?﹂
ルート﹁カームの圧勝、﹃あんなに強いとは思わなかった﹄って言
ってたな。夫婦になる前だから、三だか四回前の年越祭後の春だっ
たかな? 魔王に成ってない頃だな﹂
B﹁その頃から素質はあったんですね﹂
ルート﹁子供の頃からだ、学校に行ってた頃だから五歳か? その
頃から、魔法で麦を刈ったり、畑を耕していた。今日連れて来た子
供が確か四歳だからな。あと年越祭を一回迎えたら、あの子供達も
そうなっちゃうのかな﹂
A﹁魔族怖い﹂
ルート﹁俺を見ろよ、特に何もなかったぞ、魔法だって得意じゃな
いし、カームが異常なんだよ﹂
AB﹁確かに﹂
ルート﹁スズランちゃんの食いっぷりもすごいから見てろ。あれも
異常だ﹂
□
﹁おかわり﹂
モシャモシャ
﹁おかわり﹂
モグモグ
﹁おかわり﹂
モチャモチャ
﹁おかわり﹂
AB﹁ありえねぇ⋮⋮﹂
1114
FINAL
ボス戦︵生物系︶
第74話 勇者が来島した時の事 前編 ︵前書き︶
作業用BGM
R−TYPE
キガ ツイ タラ コレ シカ キイ テイ ナイ キガ スル
1115
第74話 勇者が来島した時の事 前編 家族と温泉に入った日から二十日。そろそろコランダムに向かう
準備をしようかな、と思い始めた頃。
野草さんが超笑顔でジャガイモの収穫を報告して来た。
﹁カームさん見て下さいこれ! 土が良いのか、太陽のおかげかわ
かりませんが、一株でこんなに取れましたよ、これは半分だけ食用
にして、半分は種芋ですか?﹂
﹁そうですねー。取りあえずそうしておきましょうか﹂
﹁わかりました、ふんっふふーん、ほくほくジャガイモー﹂
前世基準だと、野草さんは可愛いしモテても良いと思うんだが、
いつも一緒にいる男性を見た事がないんだよな。どういう事だろう
か? 考え方の違いだろうか? ああいうのほほんとした性格が好
きっていうのは、この世界では少数派なのかもしれない。
ん?狼煙も上げていないのに、商船が島に近づいて来てる。
﹁おいカーム、船が近づいてきてるんだが﹂
﹁んー? 頼んでた豚や羊が届いたかな、一応書類を持って湾に向
かうんで、先に行って様子見てて下さい﹂
﹁あぁ﹂
その船から商人と、熱いのにマントで体の胸部や頭部まで覆った
部下が家畜を降ろし小船で近づいてくる。
﹁カーム、アレは何かおかしい、警戒しろ﹂
﹁了解。なんとなくでわかりますけどね。あんな商人の部下はいな
いし、雇われている護衛としても、何かがおかしいですからね﹂
バッシャッ、バッシャッ。と規則正しい音を出して、手漕ぎボー
トでこちらの方までやって来きて、商人と怪しい部下は小舟を上陸
させる。
1116
﹁カーム様ですね、ニルスさんから頼まれていた豚と羊です、前金
で半額もらってるんで、もう半分お願いします﹂
﹁はいはい、ちょっとお金取ってきますねー、おっさんちょっと書
類預かっててー﹂
商人の怪しい部下は、しきりに辺りを見回していた。
一応キナ臭いので、俺はいつもの武装も済ませ、海岸まで戻る。
﹁お待たせして申し訳ありません。はい残りのお金です、確かめて
ください﹂
そう言って左手にスコップを持ち、右手で残りの金額を支払う。
﹁あの。そのスコップは?﹂
﹁そうですね、後ろに居る貴方の部下の方が少しキナ臭いので保険
です﹂
﹁そ、そうですか﹂
明らかに動揺している。決まりだな。
□
いわもとたける
俺は岩本武、某大学を見事受かり、高校を無事卒業し、自由登校
期間中にある程度の引越しを済ませようとしていた。足りない物を
親が買い出しに行っている間に、色々出たゴミを捨てたり、雑巾で
床を拭いている途中で目の前が真っ白になり、気が付いたら地下に
寝転がって居た。床は石畳で、とても冷たく固く痛い。
なぜ地下だとわかったかと言うと、視線を動かしたところ、周り
が全て石で囲まれていたからだ。天井からも光を取り込んでいる様
子もなく、照明は松明しかなくて、とても薄暗く、空調がしっかり
されていない淀んだ空気だったからだ。
今時松明かよと思ったが、なぜか痛い体を起こすと目の前には、
ゲームや映画でしか見た事がないような、鎧を着込んだ短い剣を抜
き身で持っている兵士数名と、白いドレスと着た金髪の、いかにも
1117
王女様って風貌の女性が立って何かを言っていた。年齢的に王妃や
女王では無い事はわかる。
後ろを見たら、いかにも魔法使いです、と言う服の中年が立って
いて、やはり抜き身の剣を持った兵士が数名いた。
魔法中年は目の前にいる王女と話している。
何を言っているのか解らない。
地球の言語ですら怪しい気がする。
夢かと思い、手を見ると少し湿っており、ホコリをふき取ってい
た雑巾を持っていた証の、細かい濡れたホコリ球も付いている。
﹁︱︱︱︱、︱︱﹂
目の前の王女らしき女性が俺に何かを言っているが、良く分から
ない。
王女らしき女性は首を振り、後ろの中年に声をかけている。そう
すると後ろから何か声が聞こえ、体がうっすらと光だし、光が収ま
ると、目の前の王女らしき女がまた口を開いた。
﹁私の言葉がわかりますか?﹂
﹁なんとか﹂
﹁仰りたい事は沢山あると思いますが、まず貴方を拘束させていた
だきます。暴れなければ周りの兵も、危害を加えないでしょう﹂
そう言って俺は、手枷を嵌められた。
こんなのべル○ルク位でしか、見た事がないな。
そして俺は、少し歩かされ、階段を上り、少し広い小奇麗な部屋に
通され、目の前の女は自分だけ柔らかそうな椅子に座り、口を開い
た。
﹁とりあえず自己紹介をしましょう。私はこの国の第四王女レルス
=アティチュードと言います。﹃アンタ﹄とか﹃お前﹄とか、言わ
れたくはありませんので﹂
アティチュード? 舌を噛みそうだな。
﹁俺は岩本武だ﹂
1118
言葉使いが悪かったのか、周りの兵士が殺気立ち﹁貴様!﹂と、
叫んだがレルスと言う女が手を横に出し、﹁異世界の方ですよ?﹂
そう言って、それ以上発言をさせなかった。
そこから先はこうだ。
我ら人族は下等な魔族を殲滅させるために、異世界から人を呼び、
勇者として動いてもらっている。
すでに何十年以上も前から、この世界に何人も召喚し、技術や知
識を教えてもらったりもしているらしい。
俺は若いから技術者ではなく、戦闘勇者として扱われ、九十日間
たっぷりとと基礎訓練、基礎知識を教え込まれ、各方面からの噂を
元に、魔王と呼ばれる魔族を倒しに行く。
そんなゲームみたいな話だった。確かに新しい技術に関する知識
はないけどさ。
実際に俺達みたいな﹃召喚されし者﹄と呼ばれる奴には、何かし
らのスキルを保有しており、この世界の人よりも早く強くなり、そ
の後もどんどん強くなっていくらしい。
そんな俺も、スキルが開花し、自分自身に解析を使うまで詳しいス
キルが解らなかった。
・
基礎訓練が終わり、初めて魔物と呼ばれていた物を切ったが、特
に何の抵抗も無く切れた。犬や猫を切れと言われたら多分無理だが、
これは魔物と思えば、RPGやアクションゲームみたいに切れた。
生暖かく、むせ返る様な内臓の臭いはしばらく慣れなかったが、
最近は特に気にする事もなくなった。
初めて魔物を切った時から仲間として行動している人達がいる。
前衛で頑張ってくれる、頭の中も筋肉が詰まっていると言っても
良いくらいのメイソン。
1119
後衛で攻撃や回復魔法を使ってくれる、とても冷静なジャクソン。
遊撃で素早くヒットアンドアウェイで浅い攻撃を仕掛け、弓も使
う、少し幼く見えるソフィア。
全員良い奴で、比較的年齢も近いから、妙に親しみ易いし息も結
構合う。
この世界では、十五歳から酒が飲めるらしいので飲んでみた。元
の世界の日本以外の国に行けば、その国で認められている年齢で酒
が飲めるので、十八歳でも飲まされたって話もよく聞く。だから俺
も日本じゃないので飲んでみた。
一度も飲んだ事がないと言ったら、﹁蜂蜜酒が飲みやすいぜ﹂と
頼んできてくれた。
言葉は魔法で理解し、話せるようになっているが、文字がまだあ
まり読めないので、メニューは仲間に任せている。
初めての酒は甘くて飲みやすかった。
そして無人島に魔王が現れ、人族を奴隷として酷い扱いをしてい
ると噂を聞いたが、特に気にもせず魔物を狩っていたら、王女が呼
んでいると言う事で兵士が呼びに来た。
こっちの世界に呼ぶだけ呼んでおいて、結構他の奴等に任せてい
るのであまり会っていないし、俺の他にも勇者と呼ばれている奴が
いるので、活躍している奴に良く合っているらしい。異世界の男と
王族が結ばれるとか絶対ないと思うけどな。
けど継承権とか低そうだし、地方の高圧的で自分勝手な馬鹿貴族
とかよりはマシか?
﹁お呼びでしょうか?﹂
﹁最近噂になっている無人島の魔王の件なのです、もう既に耳には
入っているでしょう﹂
﹁はい﹂
1120
﹁そろそろ魔王と呼ばれる魔族と戦っても良い頃だと思います。で
すのですべて手配しました、この書状を持って、コランダムに行き、
無人島へ行きなさい﹂
﹁わかりました﹂
﹁魔王となった者には小さな刻印が刻まれて居ます、それを討伐部
位として持ち帰りなさい。刻印はこちらの紙に書いてあります﹂
と言う風に俺は必要最低限の会話しかしないし、書状や紙はなん
か偉そうな爺さんから渡される。
﹁で、何だったんだ?﹂
﹁そろそろ魔王を倒して来いってよ﹂
そう言ってサインと封蝋で印が入っている紙を無造作に渡した。
﹁おいおい、大切な物なんだろ﹂
﹁少しくらい汚れても平気さ﹂
﹁極力無下に扱わない方が良いぞ、一応王族のサインと印だからな﹂
﹁そうそう、一応形だけはしっかりしておいた方が良いんじゃない
?﹂
その後に食堂で、昼食を取りながら今後の話し合いをする。この
から揚げ美味しいな。
◇
﹁あの島が例の無人島です﹂
﹁わかった。手はず通り湾内に突っ込み、そのままなだれ込もう﹂
﹁おうよ!﹂
湾に船が入る頃には、みすぼらしい恰好の奴隷が棒きれを持ち、
後ろから魔王が脅す形を取っている。その後船が砂浜に乗り上げ、
船首から飛び降り全力で走り魔王へ向かう。
﹁俺は勇者だ! 助けに来たぞ! 皆後ろを気にせず走って来い!﹂
1121
そう言うと奴隷は栄養失調な状態で、過酷な労働をさせられてい
たのかフラフラになりながらもこちらへやって来る。
それを無視し、走りながら︻解析︼を使い魔王のステータスを見
るが、俺より力が高いだけだ。問題ない。
そう思いながら更に距離を詰めるが小さな火球で牽制してくる。
それをジャクソンが短い詠唱で作り出した水球で相殺し、ソフィ
アが弓で胴を狙い、怯んだ所を駆け抜ける様にして、最近になって
やっと手に馴染み始めた剣で脇腹を切り裂き、後から来たメイソン
がロングソードの両手持ちで頭をたたき割る。
﹁意外にあっけなかったな﹂
﹁ロックは前に出すぎ、メイソンと息を合わせようよ﹂
ロックとは俺の事だ、イワモトとか、なんか変な感じで言われる
ので、岩から取ってロックだ。まぁ安直だが異世界って事で意外に
気に入っている。
﹁お前足早いって﹂
そう言う会話をしていたら裏の方から、
﹁取りあえず魔王は倒した、安心して良い、船に堅パンと干し肉が
余分にあるから、安心して休んでいろ﹂
と言っているのが聞こえた、俺より勇者しているな⋮⋮ジャクソ
ン。
確かに、先に囚われていた奴隷を何とかするのが先だったな。そ
うして俺は右手の甲にある、剣に蛇が巻き付いて背中から炎の翼が
生えているような刻印を見つけ、手首を切り取り、ジャクソンが火
球で魔王を焼いてこの無人島から帰還した。
そして右手を持って城に行き、しばらく待たされ、﹁ご苦労だっ
た﹂。の一言で済ませれ、また爺が金を持って俺に渡してきた。
﹁あの姫は色々と駄目だな﹂
そう言って金を苦笑いしている全員で均等に分け、食堂で飯を食
1122
いながら今後の事を話していた。
◇
また魔物を狩りながら過ごしていたら、また噂を聞いた。﹁また
無人島に魔王が現れた﹂と。
その噂を聞いたら、また城へ呼ばれ、また爺に紙を渡された。姫
は出て来なかった。
爺さんが少し申し訳なさそうにしていたが、まぁ爺さんに当って
も仕方がないので笑顔で受け取って置いた。
﹁また魔王でこの前の島だとよ、何考えてるかわからないな、魔王
も。何か重要な物でもあるんかね?﹂
﹁解んねぇな。切り開いてけば何かわかるかもな﹂
﹁別に良いんじゃない? 無人島って開発費とか時間が凄くかかる
んでしょ? 私達は魔物と魔王を狩ってればいいの﹂
﹁最前線では魔族と戦争しているからな、飛び火して現れた魔族を
討伐してると思えば良い、またいつもの食堂か?﹂
そう言って豚のしょうが焼き定食を食べた。主食は米じゃなくて
パンだけど。
◇
﹁まずは船だ、あと聞き込みだな﹂
﹁そうだな﹂
﹁まぁこればかりは足で探さないとね、前回みたいにまた大陸間を
移動している船でも探す?﹂
﹁最近手広くやっているニルスと言う商人に聞いてみるか﹂
﹁ならメイソン、言い出したんだから、貴方が行ってよね﹂
﹁嘘だろ。全員で行こうぜ﹂
1123
﹁非効率だ﹂
﹁決まりだな。メイソンはその商人の所に行って、俺達は別の所。
夕食時にこの前の食堂で﹂
﹁解った﹂﹁はーい﹂﹁おう﹂
俺達は酒場で結果を報告し合っている。
﹁まずは私だ。最近スラムの方で医者が一人急に借金を全額払って
消えたらしい、しかも大量の薬を買って船員みたいな奴等に持たせ
たって話だ﹂
﹁あーその話は服屋のお姉さんからも聞いたよ、なんか汚い医者を
綺麗にして服も買って行ったって﹂それとね、下級区の教会に寄付
をしてシスターを連れて行った、黒っぽい肌の魔族がいたって、話
を聞くと島に行くって話だったよ﹂
﹁黒っぽい肌、大量の金。か﹂
﹁俺は詰所で大量の海賊の引き渡しをしてきた魔族を聞いたぞ、や
っぱり肌が特徴的で覚えてるって言ってたぞ。賞金首もいたから金
貨八枚分の金を全部大銀貨で払ったって話だ﹂
﹁その海賊は?﹂
﹁もちろん全員犯罪奴隷として引き取ったって話だ﹂
﹁奴隷として売った? もしそいつが魔王なら、何考えてるかわか
らないな﹂
﹁へへーん、俺は当たりだ。なんか変な肌の色の魔族が大量に物資
を買って、豚や羊も買って、前金を置いて﹃届けてくれ﹄だってよ。
引き渡しの際に残金を払うって言って無人島に帰っていったって話
だ。その家畜を運ぶ船の船長にも話は付けて来たぞ﹂
﹁メイソンの勘は時々当たるから怖いな﹂
﹁おいおい褒めるなよ﹂
﹁確率は4割程度で、勘としては微妙だけどな﹂
そして俺は果実水を軽く飲み口を湿らせる。
﹁借金を払って、大量の買い物をして消えた医者。寄付をして、シ
1124
スターを連れて行った黒っぽい肌の魔族。大量に海賊を犯罪奴隷と
して売った、黒い肌の魔族と支払われた賞金。大量に買った物資と
家畜。これは決まりだろ﹂
そしてジャクソンが続ける。
﹁多分同じ魔族と思って良いだろう。しかも家畜を届ける為に船ま
で手配している。話を纏める限り、そいつが魔王だとして、今の島
がどうなっているのかわからないな﹂
﹁そうだな﹂
﹁おい、なんかギルドの掲示板で技術職募集してたぞ、ここから六
日ほど離れた島だってよ、独立したい奴とか募ってたぞ﹂
﹁って裏のテーブルで話してるがどうする?﹂
﹁無論ギルドに行って確かめる﹂
﹁わかった、行こうか﹂
﹁待て、飯を食ってからだ、この肉団子すげぇ美味いんだよ﹂
そう言って俺は、甘辛いとろみの付いた肉団子を口に放り込み、
良く噛んでから飲み込んだ。またこの町に来たらここに来るか。
﹁代表者・紺色の肌のカーム。これじゃね?﹂
﹁あぁ、色も一致する﹂
﹁けどこの張り紙を見る限りさ、かなりまともそうだよ? 家族が
いる場合は前金って所とか﹂
﹁けど一応討伐命令が出てるからな。こいつが魔王だったら悪いが
死んでもらう﹂
﹁ギルド内で物騒な事言わないの。んじゃ出航は2日後らしいから、
それまでには準備だけはしっかりしないとね﹂
・・
﹁その島に向かう商人に、話を付けて来たとか言ったが、もう少し
詳しい話を俺がしてくる﹂
﹁おいおい、俺が駄目みたいじゃないかよ﹂
﹁メイソンは何もかも大雑把なんだよ、だから俺が行って食料とか
の詳しい話をしてくるだけだ﹂
1125
﹁お、おう﹂
そう言ってメイソンは少しだけ声が小さくなった。本当に、俺等も
行くくらいしか言ってないんだろう。
◇
﹁ブキィーーー﹂
﹁メェエ゛エエェエエェエエ﹂
﹁⋮⋮うるさいな﹂
﹁これが六日続くのかよ﹂
﹁甲板に出て外の空気を吸って来る、うぇ﹂
﹁私は村出身で、結構世話とかしてたから平気だけど?﹂
﹁臭いも駄目だ。吐いて来る﹂
ジャクソンはそう言ってふらふらと甲板に向かった。
﹁冷静なメイソンでも無理か、俺も外に行くわ、臭いがキツイわ﹂
◇
﹁また来たな﹂
﹁そうだな。見た感じあまり変わってないな﹂
﹁んー畑とか増えてるよ﹂
﹁船長、商人。手はず通り頼む﹂
﹁は、はい﹂
﹁気にするな、魔王の居る島に、魔王に家畜を届けに行くって聞か
されてなかったんだからな。魔王が溜めこんでいる金はすべてやる
と言っただろう。少しだけ我慢すれば良いんだよ﹂
﹁確かに、でもニルスも知らなかっただけかもしれないですよ?﹂
そう言って商人をなんとか納得させ小舟で家畜を運ぶ。 そうすると魔王の部下らしき犬っぽい奴が最初に現れ、その後に
1126
遠目でもわかるくらい、肌が黒すぎる奴が出て来た。
そして商人と話し出す。
﹁カーム様ですね、ニルスから頼まれていた豚と羊です、前金で半
額もらってるんで、もう半分お願いします﹂
﹁はいはい、ちょっと取ってきますねー、おっさんちょっと書類預
かってて﹂
そう言って書類を犬っぽい奴に預ける、見た感じ嫌な奴ではなさ
そうだ。人族は奥の畑で何かの収穫をしていたし、海岸沿い近くで
は女性が吊り下げられた葉っぱに水みたいな物をかけていた。
アレは塩作ってるのか? なんかテレビで見た事あるぞ、最近じ
ゃ工場で一気に作るが、昔ながらの方法で、とかなんとか言ってた
な。アレは干し肉を作っているのか?
︵おい、ロック、なんか変なのが増えてるし、干し肉も作ってるぞ︶
︵あと何か収穫しているぞ。ジャガイモか?︶
︵魔王が住んでて、人族が奴隷として劣悪な環境で酷使されてるん
じゃないのか?︶
︵わからん。よく見ると、水浴び場らしき物も見えるし、魚も育て
てる。あの空の柵は連れて来た家畜用だろう、その奥には鶏や鴨も
いるぞ?︶
︵ねぇ、かなりまともな生活してるんじゃないの? コレ。私がい
た村よりまともなんだけど︶
そう話していたら魔王と思われる奴が、バールと鉈、スコップと
金が入った袋を持ってやって来た。
﹁お待たせして申し訳ありません。はい残りのお金です、確かめて
ください﹂
そう言って残りの金額を支払っている。
1127
﹁あの。そのスコップは?﹂
﹁そうですね、後ろにいる貴方の部下の方が少しキナ臭いので保険
です﹂
﹁そ、そうですか﹂
︵ばれてないか?︶
︵この格好じゃ流石に不味いよな︶
︵鎧とか着ているんだ、これ位しないとばれるだろう︶
︵もうばれてると思うよ、ジャクソンって頭良いけど結構阿呆だよ
ね︶
︵ぐっ︶
□
﹁ちょっと後ろの方にお話があります、お時間いただけますか?﹂
﹁あの⋮⋮この方達は護衛でして、ほら、海賊とかも出るじゃない
ですか﹂
﹁そうですよね、護衛は必要ですよね。けど後ろの方達とお話しさ
せて下さい、じゃないと安心できないんで﹂
そう言いうとマントを深くかぶった奴の一人が前に出て来たので、
出て来た分だけ後ろに下がる。
﹁いやー怪しませて申し訳ありません、ただの護衛ですので﹂
﹁マント、暑くないですか?﹂
﹁いえ、これでも通気性が良くて意外に快適なんですよ﹂
﹁そうですね、熱い時は脱ぐより通気性の良い、ダボダボした服を
着た方が良いって聞きますからね。けど。誰かと話す時くらいは。
顔を見せた方が良いですよ﹂
俺は笑顔でやんわりと頭の布を外す様に促す。
□
1128
︵ちょっと、ロックがやばいんじゃない?︶
︵今動く方がやばい、話を合せろ︶
□
黒髪、黒目、アジア系の顔付き⋮⋮。この世界の人族にしては珍
しいな、こいつが勇者か?
﹁ありがとうございます、いやーそれにしても大変ですよね。俺も
この島に来た海賊を二組程返り討ちにしたんですけど、まだいるん
・・・・
ですか? こっちも夜中とか気をつけないといけませんね、前の二
組は真昼間に堂々と来てくれたんで助かりましたよ﹂
やんわりと世間話する様な口調で話すが、少しだけ挑発しつつ膝
・・
を曲げ重心を落とし、何時でも動けるようには準備をする。
﹁商人さんも。お金。数え終わりましたよね? そろそろ家畜達を
渡していただければ嬉しいんですが﹂
﹁あ、は、はい﹂
﹁ありがとうございます。おっさん、この子達を柵に入れて置いて
下さい﹂
﹁解った﹂
︵多分勇者です、戦闘の可能性大、退避誘導を︶
︵おう︶
﹁はい、ではこちらが書類です。わざわざこの為にお越しいただい
たんです、あの天幕の下で麦で作ったお茶でもどうです? 冷たく
しても美味しいですよ﹂
そう言って指先に小さな︻氷︼を作りだす。
﹁え、いや﹂
そう言ってしきりに首を動かし、マントを着た奴等に指示を仰ごう
としている。そうしたらもう1人のマントが前に出て来て商人を遮
1129
る様にして口を開いた。
﹁ご主人は魔族が嫌いでしてね、本当はこんな所来たくなかったら
しいのですが、ニルス様に頼まれ、仕方なくここまで来ただけです
ので﹂
﹁そうでしたか、それは申し訳ありませんでした。先ほどから落ち
着きが無いのもそのせいなんですね。あとフードを外して下さい。
あの黒髪の方に言った事、聞こえて無かったんですか?それともお
耳が少し悪いのでしょうか?それでしたら申し訳ありませんでした﹂
□
︵おい、挑発してるぞ︶
︵先に手を出させて、正当性を主張するんじゃない?︶
︵乗って来ないぞ︶
︵しかも逆に挑発されてる!?あの魔族、馬鹿じゃないよ?︶
□
﹁申し訳ありませんでした﹂
そう言って相手はフードを外すが、こっちは金髪だった。
・・
﹁じゃぁ、これ以上怖がらせるのもいけないので自分はコレで失礼
しますね、勇者さん﹂
そう言って後ろを向いた瞬間に、物凄い殺気がし、マントを脱ぎ
捨て、鞘から剣を抜くような音がわずかに聞こえたので、スコップ
を構えながら全力で森まで走った。
1130
第74話 勇者が来島した時の事 前編 ︵後書き︶
後編はすでに書き終ってますので、明日の20150424180
0に投稿されます。
1131
第75話 勇者が来島した時の事 後編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
調子に乗りストーリー上ステータスを数値化してみました。色々高
いのは神の加護持ちと言う事で納得してください。
句読点や、文章を意識しすぎて、色々変になっている可能性もあり
ます。その場合はご指摘下さい。
誰の台詞か解らないと有ったので。
少し荒い、メイソン
少し丁寧、ジャクソン
なんか女っぽいの、ソフィア
特に特徴が無い説明風、勇者
です
1132
第75話 勇者が来島した時の事 後編
﹁逃げたぞ! 追え! 解析!﹂
そう叫び、走りながら俺は︻解析︼の魔法を発動させ、奴のステ
ータスを見る。
カーム 14歳 混血 ■■■■者
Lv12
職業 島のお菓子作り職人・魔王・開拓者・冒険者・畜産家・養魚
者・養蜂家・保育士・林業家・石材加工者
HP 429+︵VIT/2︶
MP 873+︵INT×2︶
STR 237
VIT 262
INT 751
AGI 351
DEX 513
LUK 284
武器 不衛生なスコップ 使い込んだナタ バール 紐
防具 麻の服 麻のズボン 皮の靴
■■■■の神の加護
スキル
気絶耐性:1
毒耐性:4
混乱耐性:2
1133
投擲:2
時間把握:1
恐怖耐性:1
魅了耐性:4
打撃耐性:3
緊急回避:1
肉体強化:2
隠遁:3
属性攻撃系
火:3
水:4
風:4
土:5
光:2
闇:1
その他
回復魔法:2
魔力上昇:2
細工:3
﹁おいロック、解析の結果はどうなんだよ、あいつは魔王で良いん
だろ?﹂
﹁あ、ああ。確かに魔王だ、ただレベルも低いし。色々と馬鹿みた
いな職業してやがる、真っ先に﹃島のお菓子作り職人﹄が来て、﹃
魔王﹄、﹃開拓者﹄ってなってやがる!﹂
﹁なんだそりゃ、魔王が菓子だと? 笑わせんなよ﹂
﹁本当だ! 真っ先に菓子作り職人が来てる﹂
﹁そんなのどうでも良い! 必死に追え!﹂
1134
﹁糞! 左右に動きながら走ってるから狙いが付けられないよ!﹂
﹁装備は武器だけだから軽いんだ、森に入られるぞ!﹂
﹁Lvが低いのに魔力が高い! それと水と風と土に特化している。
しかも器用で回復魔法持ちだ。長期戦になると厄介だぞ!﹂
■■■■者だって?、初めて見る。しかも解析できない、まぁ良
い。MPや魔力や器用に特化されている、何気に運も良いな。毒や
気絶や魅了耐性、しかも打撃耐性も持ってるじゃないか。
他に呼ばれた先輩勇者を見た時も﹃召喚されし者﹄だったし、耐
性があんなに高い数字を見た事がない、普段から魅了されて、毒で
も飲まされてんのかよ。
俺だってせいぜい痛覚耐性を持っていて、ある程度の痛みなら無
視できる程度だぞ。
しかも、魔法の熟練度だって、水と風と土に特化されているし、
魔力上昇も持っている。
何をしてくるかまったくわからない。今までに一回この無人島で、
魔王と呼ばれている奴を倒したが、自分より弱かった。仲間と力を
合わせなくても、どうにか成る程度だった。
ステータスを見てもわかるが、魔法特化っぽいのに、投擲や肉体
強化や打撃耐性ってなんだよ、どんな鍛え方したらあんな数字にな
るんだ? しかも何の神か解らない加護まで付いてやがる。
しかも職業が菓子職人、魔王、開拓者って何の冗談だよ。
ふざけた奴だ。
□
やっべ! 四人なんかまともに相手に出来るかよ、ひゃー矢が飛ん
できてる。怖い怖い怖い、森までもう少しだ、頑張れ俺!
1135
森に入った瞬間に後ろを少しだけ振り向き、大体の距離を測り、
︻フラッシュバン︼を発動させ。後ろを見たら全員目を押さえてい
たので、そのまま森の奥に入り、適当に粘液を作り出し全身に浴び、
適当に背の高い草をウインドカッターで薙ぎ払い、適当に寝転がり、
即席ギリースーツを作り、スコップをその場に刺し、俺はそのまま
森の奥へ入って行った。
そろそろか。
﹁おーい、島民を傷つけたら怒るからなー。もちろん魔族も含めて
なー。目的は俺なんだろー。仲間に手を出すなら俺を倒してからに
しろー。できれば話し合いがしたいなー、話し合いしてくれるなら
大声でそう言ってくれー﹂
よし。、隠れよう。大人の隠れんぼ開催だ! 刺したスコップは
気を引いてくれれば御の字だ。
□
﹁ぐあ! 目と耳が! 皆大丈夫か!﹂
﹁目が! 耳も聞こえない! みんな平気か!﹂
﹁ぐっ、こんな魔法が、気をつけろ﹂
﹁目が! 光属性が得意とか聞いてないわよロック!﹂
全員耳が聞こえ辛くなっているので、全員が似たような事を騒ぐ。
そして気が付いた時には魔王はいなくなっていた。
﹁いったいどんな魔法なんだかさっぱりだぜ﹂
﹁同感だ、けど逃げられたぞ﹂
﹁あの時攻撃されてたらやばかったよね﹂
﹁あぁそうだな。皆無事なら良い。それよりも森に逃げ込まれたの
が厄介だ﹂
﹁おーい、島民を傷つけたら怒るからなー。もちろん魔族も含めて
1136
なー。目的は俺なんだろー。仲間に手を出すなら俺を倒してからに
しろー。できれば話し合いがしたいなー、話し合いしてくれるなら
大声でそう言ってくれー﹂
﹁⋮⋮聞こえたか?﹂
﹁ばっちりだぜ﹂
﹁私達を馬鹿にしてるよね﹂
﹁脳筋じゃないし、挑発までしてくる、本当に厄介だな。しかも森
が深い、全員固まって周囲を警戒した方が良い﹂
﹁そうだな﹂﹁解った﹂
﹁さっき解析した時に隠遁三があった、気をつけるぞ﹂
しばらく進むと一ヵ所だけ草が切り取られた変な場所に出た。
﹁何だありゃ?﹂
﹁知らん、それより警戒しろ﹂
﹁あ、アレ! アイツの持ってたスコップじゃないの?﹂
そこから少しだけ離れた場所にスコップが刺さっていた。
﹁武器を捨てたのか?﹂
﹁大きいからな、この森の中では取り回しが利かないんだろう、そ
んなの気にする必要ない、探すぞ。ぐぁ!﹂
小さく叫び声を上げ、倒れるジャクソン。
﹁どうした!﹂
﹁太腿が! 今回復魔法をかける、周りを警戒してくれ﹂
そう言うと足に手を当て、手を当てた周りは青白く光りだし太腿
の傷を癒していくのが見えた。
﹁ぐぁ!﹂
その叫び声に振り向くと、今度は左肩から血が流れ出ており、回復
しようとするも、痛みで集中できないのか、手を当てても発動して
いる様子がない。
1137
﹁ぎゃぁ!﹂
そう叫ぶと今度は右肩から血が流れ出ている。
﹁ポーション、ポーションがあったはず!﹂
そう言ってソフィアが腰についているポーチから、液体の入った
瓶を取り出すとカシャンと言う音と共に瓶が割れ落ちた。
﹁何? 何が起こってるの!?﹂
﹁落ち着け! まず魔王を探せ!﹂
﹁どこにいやがる! 卑怯だぞ! 出て来い!﹂
そうすると何所からか声が聞こえ始めた。
﹃ごめんねー、四人全員を相手にするのは怖いからさ、コソコソ隠
れながら攻撃する事しか出来ないんだ。取りあえず面倒臭そうな魔
法使いを狙ったけど正解だったね。回復魔法も使えるとか流石勇者
の仲間だ。それと、コソコソ隠れて攻撃するのと、一対多数で戦う
の⋮⋮。どっちが卑怯だと思う? 俺はどっちも卑怯だと思うんだ
よね﹄
﹁糞が! 正々堂々と勝負しやがれ!﹂
﹃正々堂々って気持ちは、家の棚の中に乾燥させないように濡れタ
オルをかけて大切に置いてあるから無理かな。とりあえず目標は勇
・・・・・
・・・
・・・・・・・
・・・・・
者との対話、だから怖い人には退場してほしんだよ。とりあえず俺
は、お前たちを視界から外さないようにしてるから﹄
﹁クソ、どうすれば良んだよ﹂
﹁全員でばらければ、全員視界に入らないんじゃない?﹂
﹁ソレだと奴の思うツボだ、孤立すると一人ずつやられる。それに
さっきの光の魔法と今の魔法。なんとなくだけど、俺の世界の武器
にそっくりなんだよ﹂
﹁あん?﹂
﹁奴も召喚されたの?﹂
﹁解析を使ったが、召喚ではない事は確かだ。読み取れなかった﹂
1138
﹃そんな事はどうでも良いからさ、その魔法使いさんが出血が多く
てショック死しちゃうよ、殺しは好きじゃないんだよね﹂
﹁畜生ぉ!﹂
﹁まて! メイソン!﹂
そう言ってメイソンはさらに森の奥に走って行った。
足元を見るが、ジャクソンがグッタリしている。こっちも早くし
ないとな。
﹁ど、どうするの?﹂
﹁相手が見えないんじゃ話にならない、とりあえずジャクソンには
悪いがメイソンを追いかけよう。その方が生き残る確率の方が高い﹂
﹁う、うん﹂
︵ポーションはまだ有るか?︶
︵有るよ︶
︵隙を見つけてぶっ掛けろ︶
︵解った︶
﹁移動しよう﹂
﹁うん﹂
そして少し歩き出した瞬間に、ソフィアが蓋をしていなかったポ
ーチから素早くポーションを抜き取り、振りかけた。
﹁コレで死なないよね?﹂
﹃死なれても困るからね、今のはサービスね。さっきポーション瓶
を割ったのは、焦って欲しかっただけ。その結果一人がどこかに行
ってくれた﹄
・・
そんな声と共にソフィアが持っている空の瓶が割れる音がした。
﹃たまには見えない恐怖と戦ってよ、んじゃメイソンさんを処理し
てくるから、そっちはそっちで慎重に進んでよ﹄
﹁おい、待て!﹂
返事は帰って来なかった。
1139
□
危なかったな、二十メートルくらいでも結構気が付かれないもん
だな。まぁ、ああ言ったけど、とりあえずあの勇者と女でも見張る
か。
んー、勇者達はメイソンって奴を追いかけるのか。んじゃ俺は取
り合えずスコップを回収だな。
このジャクソンって言ったっけ? 傷は塞がってるね、取りあえ
ず両手足を背中側で縛って逆エビぞりで放置だな。
そして俺はスコップを回収し、泥で光るところを全部消し、葉っ
ぱや蔦も巻き付け。足音を立てずに追いかける事にした。
付かず離れずを心がけ、常に木の陰に入り、移動は背の高い草む
らを意識して中腰で追いかける。幸い向こうも警戒してゆっくり歩
いている。
﹁メイソーン、ジャクソンはとりあえず無事だー、合流だー﹂
勇者がそう叫ぶがメイソンからの返事はない。
さて、どうやってあの女を切り離すかだな。
しばらくして、後ろも気にし始めるようになる女性。取りあえず
俺は、石を近くの茂みに投げ、気を引いた。
その瞬間に女が弓を射り、
﹁あの茂みが動いた!﹂
と叫び、勇者がゆっくりと茂みに近づいて行き。茂みの方を確認
している間は、女が別な方向を警戒をしていたので、後ろからチョ
ークスリーパーをかけ、意識を刈り取った。
その後、即座に別の茂みにゆっくりと隠れて様子を伺った。
﹁おいソフィア、何も無いぞ⋮⋮ソフィア!﹂
そう言って勇者が、ソフィアと呼ばれた女に近づき、気絶してい
1140
るだけだとわかると、安心している。
﹁メイソンのところに行ったんじゃないのかよ! 出て来い! も
う一対一だ!﹂
﹃まだメイソンさんが残ってますよ、そのソフィアさんは気絶して
いるだけですので、いつ気が付くかわかりません、とりあえず失礼
しますね﹄
取りあえずまだ監視を続ける、勇者はソフィアと呼ばれた女の頬
を叩くが中々覚醒しない。
しばらくして目を醒ましたのか、勇者が声をかけている。
﹁奴を見たか?﹂
﹁魔王は? あれ? 私はいったい⋮⋮あ、いきなり後ろから首を
絞められて﹂
﹁気絶してた、直接首を絞めに来るなんて。かなり近くに潜んで居
たのに気が付かないとか、隠遁3ってそんなにすげぇのかよ﹂
エルフのお墨付きですから。
確実に女を引き剥がしたいな。そのまま放って置いて、単独行動
になれば良かったんだけど。
それからゆっくりと二人は歩き出すが、女の方は首を絞められた
恐怖か、少しでも茂みが動くとそこに矢を射り始めた、疑心暗鬼に
なってる、それか軽いパニック。
音もなく裏から首を絞められるって事は、それまで近くにいたっ
て事だもんな。そら疑いたくなるよな。
けど、危険は少ない方が良い。
俺は小さめの︻ウインドカッター︼で、弓を引き絞った瞬間を狙
い、弦を斬り、武器を破壊した。
替の弦を持ってれば別だが、腰にある、あんな小さなサイドポー
チには多分ないだろうな。
しばらく様子を見ていたらソフィアがパニックを起こし。叫び暴
れ始めた。よく見ると頬に浅い傷があり、ウインドカッターで少し
1141
頬を傷つけたのだろう。
それから少しして、女は勇者がなだめるのも聞かず、ナイフだか
ダガーを抜いてメイソンが走って行った方角とは別な方に走って行
った。
いつもと違う環境と極度のストレス。意外に使えるな。
﹃あ、今話せるかな?﹄
﹁うるせぇ! さっさと出て来い! 俺はもう一人だぞ﹂
﹃もう少し落ち着いたらね、落ち着いたら声をかけてよ﹄
﹁畜生ぉ!﹂
勇者は木を背中にして、剣を構え周りを気にし始める。
そろそろ十分か。息も荒くなってるし、汗もあり得ないくらい出
ている。これ以上緊張させても不味いかな? こっちが折れよう。
﹃おまえ、召喚されたんだろ﹄
﹁は? いきなり何を﹂
﹃日本人か?﹄
俺は言葉を日本語に切り替え話しかける。
勇者は驚いた表情に成り、
﹁そうだ﹂
日本語で返してきた。
﹃武器を収め、手の届かないところに投げろ、そうすれば姿を見せ
る、納めないなら武器を吹き飛ばす﹄
﹁良いだろう﹂
そう言って勇者は剣を鞘に納め、前に投げる。
﹁ありがとう﹂
そう言って俺は立ち上がり、すぐ近くの茂みから勇者に歩み寄る。
﹁なんだよその格好は﹂
﹁知らないのか? なら知らないままの方が良い、草を洗い流すか
ら魔法を使っても良いかな?﹂
﹁⋮⋮いいぜ﹂
1142
・・
許可を貰ったので︻水球︼を作り出し、その中に入り全身の草を
落とした。
﹁ずぶ濡れのままですまない、自己紹介をしようか、前世では凪と
言う名前だった。何か聞きたい事があれば答えられる範囲で答えよ
う﹂
一応相手を信用させるなら、本当の事も少しは言わないとな。
﹁武だ、ステータスを視たら十四歳と書いてあったが、こっちでの
年齢か?﹂
﹁あぁ、確かに十四だ﹂
﹁日本の首都は?﹂
﹁俺が死んだ時は東京だったけど、福岡にでもなったのか?﹂
﹁ん? なんで福岡なんだ?﹂
﹁何でもない、忘れてくれ﹂
ちょっと通じなかったか。残念だ。
﹁聞いちゃ悪いが何歳で死んだんだ?﹂
﹁享年三十だ、死因は聞くな﹂
﹁年上でしたか、申し訳ありません﹂
﹁気にしないでくれ﹂
目上とわかった途端に口調が変わったな、多分真面目な性格なん
だろう。
﹁転生って事で良いんですよね?﹂
﹁そうだな、最初に気が付いたのは、授乳されていたって事かな。
前世の記憶もあった﹂
﹁そうですか、だからあんな銃みたいな魔法や非殺傷兵器みたいな
物を﹂
﹁そうだね、極力殺したくないからね。怖がらせて申し訳なかった﹂
そう言って俺は頭を下げた。こっちの文化ではあまり見ない謝罪
方法だ。
﹁いえ、殺しに来たのはこちらですし、あのまま殺されてても文句
は言えませんでした﹂
1143
﹁魔王と聞いたら、普通は殺しに来るよな。まぁ何の因果かはわか
らないが、人族ではなく、産まれたのは魔族だった。色々と大変だ
った。小さな寒村に産まれ、内政に少し手を出して、暮らしを豊か
にさせ、アナログな知識も色々身に着けた。レンガ焼いたり、井戸
掘って、中が崩れないように石を組む方法とかな﹂
神が面白半分で魔族にしたのは内緒だけどな。嘘をつくなら少し
だけ真実を混ぜろって言うし。
﹁大変だったんですね﹂
﹁なんだかんだ言って今まで楽しませてもらってたからいいさ、嫁
も子供もいるしな﹂
﹁え? だって⋮⋮十四歳⋮⋮﹂
﹁おいおい、驚かないでくれよ。魔族は早熟なんだ、仕方ないだろ
う?﹂
﹁そうでしたね。ところで、なんで俺を1人にさせたんですか?﹂
﹁魔王と勇者がわからない言葉で話し合うのを仲間が見て、襲って
来ない保証は?﹂
﹁⋮⋮ないですね、特にメイソンは﹂
﹁だからかな、あとで落ち着いたら仲間に謝罪しよう。少し場所を
移さないか? フルールさーん近くにいます?﹂
﹁はーい﹂
﹁この勇者の仲間が、今どこにいるか教えてあげて下さい﹂
﹁わかったわ﹂
﹁ってな訳で、この赤い花がアルラウネのフルールさん。見かけた
ら声を掛ければ、どこかの赤い花の近くにいれば情報をくれますの
で、湾の近くにあった天幕で待ってます。魔法使いの⋮⋮ジャクソ
ンさん? でしたっけ? とりあえずは俺が運んでおきますので、
残りの二人は任せます﹂
﹁わかりました﹂
俺はジャクソンを回収して戻ろうと、スコップを刺した場所に向
かうが、メイソンがジャクソンの紐を、斬ろうとしているところに
1144
遭遇してしまった。
﹁﹁あ﹂﹂
そういった瞬間にお互いが戦闘態勢になり、メイソンが襲い掛か
って来る。なんでコイツがここにいるんだよ!
スコップを構えたが、相手の方が早く動いたので、こちらの方が
間に合わず後手に回った。
スコップを左手側に寄せて縦に持ち、横薙ぎの斬撃を受け止める
が、スコップに半分くらい剣がめり込んだ。
安い剣じゃないぞこれ⋮⋮。やべぇな。
剣が食い込んで次の動作が遅れたのか、戸惑っていたを前蹴りで
距離を離し、使えなくなったスコップを投擲で脛の辺りに投げつけ、
当たれば御の字、避けられても少しだけ時間が稼げればと思った。
勢いよく横回転するスコップは避けられてしまったが、バールと
マチェットを即座に取り出す事は出来た。
﹁勇者とは話が付いた、こんな状況に成ってしまったが武器を収め
られないか?﹂
﹁散々あんな事しておいて、今更信じるとか無理だろ?﹂
﹁言ってて俺でもそう思う。すまなかった、忘れてくれ﹂
俺は勢い良く地面の土を蹴り上げ目潰しをし、板金鎧のつなぎ目
を狙い、マチェットを振るうが、簡単に剣で受け流させれてしまっ
た。目に土が入っているはずなんだが⋮⋮。やっぱり勇者と組んで
いるだけはあるな。
相手より軽く、リーチの短い武器で、なるべくインファイトに持
ち込み、離れられたら魔法で牽制をするつもりだが、相手も離れよ
うとせず、なんとかロングソードだけで持ちこたえている。離れた
ら魔法を使われると思っているのだろう。
俺は早く決着を付けるために、肉体強化を十パーセントまで引き
上げ、攻撃回数を増やし、斬撃を重くしつつ、重い蹴りを斬り合い
の合間に隙を見つつ膝に加え、バランスを崩したら体当たりを当て
転ばせた。
1145
相手の両手を膝の下にして馬乗りになり、マチェットの柄頭でこ
めかみ付近を殴打し続け、最後に鼻を狙い柄頭を思い切り叩き付け
意識を奪った。
馬乗りになり、柄頭での攻撃の時に相手の表情が絶望した感じに
なったが、やると覚悟を決めなければ、戦意喪失してても続けない
とこっちが危ない。
攻撃魔法なしでどこまで行けるか、相手の土俵で勝負してみたが、
慣れない事はするもんじゃないな。正直怖かった。
相棒のスコップの﹃モーラ﹄が使い物にならなくなったのが、今
度港町で﹃モーラ二号﹄でも買って来るか。
﹁あーあ、二人も運ぶのかよ﹂
そう漏らし。その辺に有る赤い花に、
﹁男2人回収、女を頼む﹂
と言ってメイソンを少しきつめに縛り、重いメイソンを担ぎ、軽
いジャクソンを引きずって天幕まで歩いて行った。
□
ソフィアを探していたら、近くの赤い花が、上半身裸の小さい女
性に変化した。
﹁カームから連絡。﹃男2回収、女を頼む﹄、だって﹂
﹁わかった。捕まえたらこの赤い花に向かって話せばいいんだな﹂
﹁そうね。カームの近くにいる個体をこの花みたいに変化させて伝
言を伝えるわ。あと女は今向いている方向から左手側の方にいるわ
よ。距離は三百歩以上かしら? 四百まではないわね。かなり衰弱
気味で恐慌状態だから優しくね、またねー﹂
そう言って小さい女性は赤い花に戻っていった。
﹁凪さんからは、こちらの動きは丸わかりって事か。森に逃げ込ん
だ意味がなんとなくわかったよ、畜生⋮⋮﹂
1146
□
俺は天幕にメイソンとジャクソンを転がし、濡れタオルを額に乗
せ、天幕で温かい麦茶を飲んでいた。
メイソンには一応顔面に回復魔法をかけ、鼻を元に戻しておいた。
﹁ぐぅ⋮⋮ここは?﹂
﹁湾の所にある天幕。暴れないならお茶を出すけど?﹂
﹁くっ⋮⋮、殺せ!﹂
ブフゥ! と俺は麦茶を勢いよく吹き出した。まさかここで、し
かも男からくっころを聞くとは思わなかった。
俺は咳き込んだ後に、
﹁殺すならさっさと殺してるよ﹂
と言って麦茶のお代わりを頼んだ。
﹁あ、カームさん。そちらの方、目を醒ましたんですね﹂
﹁みたいだね。抵抗しないならお茶でも出そうと思ったんだけど。
殺せとか言うから、まだ放置中。勇者が来たら説得してもらうさ﹂
﹁なんで人族が魔王にさん付けで呼んでんだよ!?﹂
﹁カームさんは、奴隷だった私達を解放して、暖かい食事と寝床を
用意してくれたんですよ。しかも優しいし。そして奴隷になる前よ
りも良い生活もさせてくれてます、ですから討伐とか殺すとか、悲
しい事言わないで下さい﹂
﹁だって﹂
そう言って麦茶を飲みつつ、勇者を待つ。
天幕のテーブルに置いてある、鉢植えの赤い花が小さい女性に変
化して、
﹁今こっちに向かってるよーそろそろ森から出るかな﹂
﹁情報ありがとうございます﹂
フルールさんは、また花に戻った。
1147
﹁そろそろ勇者が来るって、あ、悪いんだけどさ、あと四つお茶持
って来てくれないかな﹂
﹁はーい﹂
そう言うと女性は手近な家に入って行った。
﹁女性の保護お疲れ様、今温かい麦茶が来るから座ってよ﹂
そう言って適当に席を進める。
﹁そこのメイソンさんは未だに疑ってるから、説得お願いします。
お茶は冷たい方が良いって言うなら氷出しますからね﹂
そう言うが、ソフィアさんがこちらを睨み続けるが、無視して麦
茶を飲んだ。
﹁おまたせしました﹂
麦茶が薬缶で運ばれてきて、カップに注ぎ戻っていった。
﹁あ、冷めない内にどうぞ﹂
﹁いただくよ﹂
﹁ロック! 毒とか入ってたらどうするのよ!﹂
﹁この魔王はそんなことしないよ、だから俺が先に飲んだ。俺はメ
イソンの説得に戻るから﹂
﹁ロックか、苗字に岩って入るのかな?﹂
﹁何を言っているのよ?﹂﹁そうだね、岩が入ります﹂
﹁どうでも良いじゃないか。お茶が冷めちゃいますよ、ソフィアさ
ん﹂
俺がお茶を進めると、ソフィアさんがお茶を啜る。
﹁この島は魔族側と、人族側の大陸と両方と離れるからね、島にな
い物は輸入に頼るしかない、ならある物で代用品を作るしかない、
それがこの麦の茶です。ロック君には馴染み深い物だと思うけど、
君達はどうかな? 口に合えばいいんだけど﹂
﹁夏に飲む先入観があるので、温かいのはあまり飲んだ事がないで
すよ。氷お願いします﹂
説得中のロックは口を挟んできた。俺は程良い大きさの︻真四角
1148
の氷︼を数個、ロックが口を付けたカップに落としてやった。
しばらくして、
﹁説得終わりました、縄を切っても良いですか﹂
と言って来たので、
﹁どうぞ﹂
と、短く返しておいた。
﹁あ゛ー、後はジャクソンが起きたらもう一度説得ですよ﹂
ロックは愚痴りながら、冷たい麦茶を一気に飲み干した。
﹁申し訳ないですがお願いします、攻撃されたらやり返すしかなく
なるんで﹂
・・・
﹁怖い魔王ですね﹂
﹁はは、こんな世の中ですからね、しかたないですよ。それとジャ
クソンさん、結構血が出ちゃったでしょう? こっちでは見た事な
いんだけど、造血剤ってあるんですかね?﹂
﹁ないですねー。あればもしもの時の為に持ってますよ﹂
﹁起きたらワカメとレバー食わせとけば直るかー﹂
﹁それしかないですかね﹂
﹁海藻って消化悪いんだよなぁ、多分海苔はロックしか消化できな
いだろうし⋮⋮。まぁ、レバー多めで﹂
お互い特に会話もなく、お互いに麦茶を啜る。
メイソンは麦茶に手を付ける事なく、俺の方をずっと睨んでいる。
三人揃ったら謝罪するから、そんな目で見ないで欲しいんだけどな。
少しだけ気まずくなったので、ロックとしばらく雑談しつつ情報
交換をして、そろそろ昼食の時間になる頃に、ジャクソンさんが目
を醒ました。
﹁う゛ぅぁ、俺は⋮⋮、生きてるのか﹂
﹁生きてるぞ。皆も無事だ、安心しろ﹂
﹁ここは? 魔王を殺したのか?﹂
1149
﹁⋮⋮俺達の負けだ、俺は魔王と和解した﹂
﹁⋮⋮そうか、テーブルの下から足が見えるが、そこに居るんだろ
う?﹂
﹁居ますよー﹂
﹁生かされてるって事か。まだ縛られてる状況を考えれば、負けて
るって安易に考えられたな、出血が酷くて、頭が回ってない﹂
﹁魔王に攻撃しないなら縄を外しても良いって言われてるが、どう
なんだ?﹂
説得がだんだん雑になってるな。
﹁しないさ、外してくれ手首が痛い﹂
ロックが俺の方を見たので、俺は首を縦に小さく一回振った。
他の二人と違って、合理的に考えられるだけだっただけまもしれ
ない。
﹁さて、全員そろいましたね。まずは謝罪させてもらいます。自分
の身を守るために危害を加え申し訳ありませんでした﹂
﹁お。おう﹂﹁え?﹂﹁⋮⋮﹂
﹁商人と船がいつの間にか消えていたので。コランダムにはとある
理由で数日後に送り届けますので、それまでは客として扱います、
それまで良識の範囲内でご自由にお過ごしください。んじゃ、そろ
そろ昼なので、まずは食事でも食ってくださいよ﹂
とりあえず、昼食の時間が近いので、昼食を振舞う事にした。既
に準備をしていたのか皆がワラワラ集まり、パンや肉や魚を思い思
いに食べ始める。
﹁ジャクソンさんは結構血を流しちゃったから、レバーと海草のワ
カメ多めねー﹂
俺は目の前の皿に、無理やり盛ってやった。
﹁他は出血とかないでしょ? 皆みたいに好きに色々取ってよ﹂
そう言ってもロック以外誰も取らないので。
﹁あー勇者さん達に何か適当に盛ってあげて、なんか手出さないか
ら﹂
1150
﹁はーい、今日取れたてのジャガイモも付けますねー﹂
﹁そうだった、ジャガイモあるんだったな。俺にも下さいよ﹂
﹁はいはい、まずはお客様が先ですよ、カームさんから教わったマ
ヨネーズもあるんでジャガイモに付けて下さい﹂
﹁⋮⋮はい﹂﹁お、おう﹂
﹁悪いね、バターと醤油がなくて﹂
﹁俺は構わないですよ﹂
﹁問題ない﹂
﹁魔王は何を言ってるんだ?﹂
﹁わからないわよ﹂
﹁随分ロックと親しげだよな﹂
丸聞こえなんだよなぁ⋮⋮。聞こえないふりしておこう。
□
昼食が終わり、皆が各自の仕事に戻り始め、俺達は村を見て回る
事にした。
﹁畑に色々な作物があるな、切り開いて作ったんだな、前にはなか
った﹂
﹁この魚は内陸の魚か、なんでいるんだ?﹂
﹁蜂も育ててるの!?蜂蜜も有るのかな?﹂
﹁早速柵の中で運んで来た家畜が餌食ってるぞ﹂
﹁この水浴び場も常に水の流れがあって衛生的だし、外からは見え
ないようになっているな。鶏や鴨も育ててるし、兎も繁殖させてい
るのか﹂
﹁あの道を進んでみようぜ、前の魔王が城を作ろうとしてた場所だ
ろ?﹂
﹁そうだな﹂
1151
﹁なんだよコレ﹂
﹁細かく杭が打ってあるな、多分家を建てる場所と道になる場所を
決めたんだろう、丁度真ん中に井戸があるからな﹂
﹁教会? あれ教会だよね!?﹂
﹁あの白い壁の家は何だ?﹂
﹁奥には作業場みたいな物もあるな﹂
﹁おい、これどう報告するんだよ﹂
﹁ありのまま?﹂
﹁信じると思うか?﹂
﹁お偉いさん次第だろうな﹂
﹁今回の魔王は何を考えてるかわからんな﹂
閑話
魔王と勇者の夜の会話
﹁なぁ武君﹂
﹁なんですか凪さん﹂
﹁君は⋮⋮何年にこっちに来たんだ?﹂
﹁二〇××年です﹂
﹁俺が死んでから十三年後くらいか﹂
﹁こっちに来て半年くらいですかね﹂
﹁そうか⋮⋮ここ十年で地球は何か変わったかい? 大きな事で良
いからさ、教えてよ﹂
﹁何にもないですよ。戦争も大災害も、細かいところを言うなら、
1152
某所で紛争があったり内戦があったり、有名ゲームの新作が出たり﹂
﹁そうか、特にないならいいさ、コーヒーは好きかい? 偶然見つ
けてね、島の交易品にしようかと思っているところなんだ﹂
﹁しばらく飲んでませんね。こっちに来て探したんですけど、なか
ったんですよ。嬉しいです﹂
﹁砂糖はお好みで、ミルクはないけどね﹂
そう言って俺はカップを渡して、砂糖を入れて飲み始める。
﹁フィルターがないから布で濾してるけど、いちいち変えてたら洗
濯も大変だし不衛生になるかもしれない、けど知名度を上げるため
に、コランダムにとりあえず店を出して、様子を見ようと思ってる
んだ。⋮⋮行き成りさ、無人島で奴隷を五十人も与えられてさ、色
々大変なんだよ。ほら、俺元日本人だろ? そう言う所色々気にす
る訳さ。どっかの貴族みたいに農民は地面から生えて来るって考え
も出来なくてね、結局最初は皆の衣食住の問題だよ。まずは生活環
境を整えないとって必死でね。中身四十超えたおっさんが何言って
たんだって思うけど。魔族に腐れ縁って呼べる奴がいるけどさ、今
まで誰にも本音で相談できなかったんだ。少し愚痴に付き合ってよ﹂
﹁⋮⋮えぇ﹂
﹁君が優しくて助かったよ﹂
﹁あー、愚痴ったら少し楽になった。ありがとう武君﹂
﹁いえ﹂
﹁それとさ、少し疑問があってさ、かなり酷かもしれない質問だけ
どいいかな?﹂
﹁どうぞ﹂
﹁召喚されたって言うけどさ、元の世界に戻れるのかい? 誰かが
帰れたとか、そんな噂とか聞いた?﹂
﹁⋮⋮いえ。全然﹂
そう言うと武の顔色が一瞬で悪くなった。
﹁もしかしたら片道通行かもしれない。俺は死んでからの転生だか
1153
ら今更帰りたいとか思わないけどさ、君は召喚されたんだろ? あ
っちじゃどうなってるのかって考えた事⋮⋮ない?﹂
﹁⋮⋮少しだけあります﹂
﹁常に最悪な状況を想定しておいた方が良いかもしれないよ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁嫌な事を思い考えせてすまない。君にも家族や友人、恋人がいた
かもしれないって思ったらさ、つい口に出しちゃったんだ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁俺は悪いおっさんだな。本当にすまなかった﹂
﹁いえ⋮⋮﹂
最後になんとか絞り出した、岩本君の声はとても小さかった。
閑話2
スコップに名前を付けて愛着が沸くように可愛がってたんだぞ!
スコップ
﹁うおー! 俺の愛用しているモーラがぁ!﹂
そう言って俺は床を転がり回る。
﹁うおー子供の頃に手に入れて、散々磨いたりして愛着がわいてた
のにぃー﹂
部屋の中にいるヴォルフが変な物を見る目で俺を見ている気がす
る。
転がるのを止めて、仰向けでボーっとしていたら顎を乗せて来た。
仕方がないので頭を撫でて少し心を落ち着かせてから外に出たら、
島民全員から変な目で見られた。
物に名前を付けて、愛着が沸くようにするのってそんなに変な事
か?
え?俺って少数派?
1154
20170119に考えた没案
HP スズランに殴られると瀕死
MP メド〇ーアが何回か撃てる
STR 両手武器を使うとマイナス補正
VIT 段ボール
INT かなり賢い
AGI 100mを12秒
DEX かなり器用
LUK 道で小銭が拾える
﹁ステータスが数字で出ない! スズランって誰!?﹂
1155
第75話 勇者が来島した時の事 後編︵後書き︶
書きなれない物は書くものじゃ有りませんね。
戦闘描写とか上手い人を見習いたいものです。
作者は物に良く名前を付けます。
1156
−
Vodka
Wooden
Pints
第76話 少しだけ勇者を慰めた時の事︵前書き︶
Korpiklaani
−
作業用BGM
Korpiklaani
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
今回は会話が多めです。読み辛い場合は申し訳ありません。
1157
第76話 少しだけ勇者を慰めた時の事
﹁では皆さん、またしばらく行ってきますので、留守を頼みます﹂
そう言って俺は船に乗り込み、出航した。
出航後しばらくして。
﹁船長、少し良いですか?﹂
﹁はい、何でしょうか?﹂
﹁島の周りの件ですが、どうでした?﹂
﹁そうですね、魔王さんの言った通り大体合っていました。言われ
た通りほぼ島の周りが遠浅で、島に接岸するには、小形の手漕ぎボ
ート位でしか乗り込める場所が有りません、多分ですが・・・船が
大量に乗り入れる為には、湾内からじゃないと無理でしょうね。
海岸線の監視に関してはパルマさんが居ますので、大型船が大量に
押しかけてきて、小型の手漕ぎボートを下ろしてればすぐに解ると
思いますよ﹂
﹁ありがとうございます、湾以外に、大量に乗り込まれる可能性の
有る場所が少なくて良かったです。先日の勇者の一件で、今後軍単
位で大量に攻め込まれたらどうしようと思っていたんです。民間人
とか一切気にせずに、無差別攻撃してくる事もありますからね。﹃
防衛面でどう対処するか﹄、そう考えてたんですが、今の所一番現
実味を帯びているのは、水生系の魔族達と同盟を組んで。沈めて貰
う方が無難だと思うんですが、船乗りの意見としてどう思います?﹂
﹁もし沈めるのであれば、何かしらの連絡手段を用いて沈めてもら
うのが良いと思います、商船だった場合は問題になりますし。事前
に特定以外の場所で停泊して、怪しい行動を取った場合は攻撃する
1158
という風にしないと、問題も多そうですね﹂
﹁その辺はパルマさんと、水生系の方々に仲良くなってもらうしか
ないか。俺との連絡網を確立させておくかですかね﹂
﹁湾外で停泊して、小船を下ろした場合には確認をとってもらって、
明らかに敵なら攻撃。とかでも良いのでは?﹂
﹁・・・そうですね。とりあえずその方向で考えを纏めておきます、
ありがとうございました﹂
﹁いえ、俺の意見で良ければですけどね﹂
んー、アレから少し塞ぎ込んでるロックの様子でも見に行くかな、
まぁ俺のせいなんだけど。俺はロックの部屋をノックした
﹁・・・はい﹂
返事は少し元気が無かった。
﹁少し様子を見に来たよ。まだ悩んでいるのかい?﹂
﹁まぁ﹂
﹁・・・まぁ、俺のせいでも有るからさ、こっちも少し罪悪感があ
るんだ。もし武君が良ければだけどさ、どうあがいても駄目なら島
に来ないか?まだ開拓は進んでないし、君が良ければ手を貸してほ
しい。それで駄目なら考えを少し変えてみたらどうだい?高卒で立
派な会社に入って、いきなり海外勤務。やりがいの有る職場と人間
関係、言葉の通じる綺麗な金髪の女性と結婚、そして子供﹂
﹁はは、面白い冗談ですね。ブラックじゃなければ考えても良いで
すよ﹂
﹁・・・頭の隅にでも置いておいてよ。いつでも歓迎するよ、俺が
生きてて島がまだ有ればだけどね﹂
﹁覚えておきます、まずは国に報告ですよ。それが無いと俺が死ん
だって事で、多分次の勇者が送り込まれるので﹂
﹁そうか。どういう結果になっても、俺は恨まないから、好きなよ
うに報告してきてくれ﹂
1159
﹁解りました。俺も凪さんみたいに割り切れれば良いんですけどね﹂
﹁俺は・・・死んじゃってからの転生だし。産まれた時から地球に
は未練は無いよ、第二の人生って割り切ったからね、30って事も
あって考えが少しおっさんだったのかもね。あ、PCの中に有るエ
ッチな画像がどうなったかが、少しだけ未練があるかな﹂
﹁はは、俺もッス﹂
そう言うと少しだけ笑顔になり、なんとなくだが少しだけ憑き物が
落ちたような表情になった。
少しでも冗談を交わしてみるものだな。
﹁あーそうそう、話によれば結構前から、召還は行われてたみたい
だよ、もう結構良い歳の人も居るかもしれない。そういう人に相談
しても良いかもね。本当に結婚して子供が居るかもよ?﹂
そう言って俺は部屋を出た。
仲間達にも支えてもらえるように言ってみるか。そして俺は男達の
部屋をノックした。
﹁失礼します、少し相談が有るんですが良いですか?﹂
﹁構わないぜ﹂﹁あぁ﹂
﹁ソフィアさんにも聞いてほしいので呼んできても良いですか?﹂
そう言うと2人は承諾した。
そして部屋に4人が集まり話が始まる。
﹁勇者の。ロックの事です。ロックの仲間だから正直に言いましょ
う、彼は私と同郷です﹂
そう言うと3人がざわめきだした。
﹁ロックは召還されてこっちの世界に来ました。勇者召還の事は知
ってますよね?﹂
全員が首を縦に振る。
﹁俺は転生、ロックは召喚。つまりロックと同じ世界で育ち、死ん
1160
でからこちらの世界に産まれて来ました。その違いを、この間戦っ
た日の夜に話し合いました﹂
﹁俺は死んでこっちに来たけど、ロックは呼ばれて来たんだよね?
って。その違いは何だと思います?﹂
﹁死んでるか死んでないか。か?﹂
﹁半分正解ですかね? 死んで家族が死を認識して、自分自身と家
族が死を受け入れたか。いきなり消えて、生きてるか死んでるかも
解らないまま、残された家族が居て、帰りを待っているかもしれな
い。の違いだと俺は思っています﹂
﹁つまり?﹂
﹁ロックは﹁無理矢理こっちに連れて来られて、家族が心配してい
るかもしれない﹂、と思っている。それに﹁元の世界に帰った勇者
は居るのか?﹂と聞きました。そんな話聞いた事あります?﹂
﹁そう言えば聞いた事無いぞ﹂
﹁そうだな﹂
﹁つまり﹁こっちに無理矢理連れて来られても、故郷には帰れない
かもしれない﹂。酷かもしれませんがそれも言いました。簡単な話
が異世界からの誘拐ですよね﹂
皆が黙る。
﹁だからその辺を覚えて置いてもらって、﹁もしかしたらロックは
二度と故郷に戻れないヤツなのかもしれない﹂。そう頭の中に入れ
ておいて、少しだけ我侭を聞いてあげてほしいんです。多分ロック
は国に、俺の事を報告した後に先輩勇者達を探し歩き、自分なりの
答えを探しに行くかもしれません。できれば付き合ってあげてもら
えないでしょうか?﹂
﹁それは構わないが、なぜお前がそこまで気に掛けるんだ?﹂
﹁俺の居た世界の国では、あいつはもう働けますが、まだ子供とし
て扱われるんです。大人が困っている子供に手を貸すのは当たり前
でしょう? 甘いかもしれませんが。住む世界が違うと、法も文化
も違うんですよ。だから仲間として支えてあげてください。おねが
1161
いします﹂
そう言って俺は頭を下げた。
◇
俺は特にする事も無いので、食事にテンプラを増やそうと釣り糸を
垂らしていた。そうしたら竿を持った勇者に声を掛けられた。
﹁隣良いですか?﹂
﹁おまつりにならなければ﹂
﹁自信無いですね、子供の頃数回親父に連れられて、そんなに経験
無いですし﹂
﹁俺もほぼ無いよ、こっちに来てからも数回だね、故郷は内陸だし、
魚を捕まえるのは村に居たサハギンっぽいお姉さんだったし。まっ、
竿も糸も前世基準じゃダメダメだし、リールも無い、おまつりなん
て多分無いんじゃない?﹂
そう言って竿を上げ、小魚を吊り上げバケツに入れて行く。
﹁手伝っても良いんだけど、帆船で素人が出来るのは甲板の掃除か
見てるだけだからね。有るとしたら最初の帆を上げる力仕事位かな。
正直船長の言葉を聞いてもどのロープを緩めたり張ったりすれば良
いか解らない﹂
﹁そうですね、今聞いてても﹁風を抜けとか、どこどこの帆を張れ﹂
とか全然わかりません﹂
﹁そうだね、で、どうしたんだい?﹂
﹁﹁部屋にずっと引きこもってたら気分も滅入るぞ﹂、って言われ
れましてね、﹁魔王が釣りしてるから行ってこい﹂と﹂
﹁優しい仲間じゃないか﹂
﹁メイソンが﹁魔王から気を使えって言われた﹂って、アイツあん
なに馬鹿だったかな﹂
﹁あー、それだけ聞くと馬鹿だわー﹂
そう言って、また小魚を吊り上げた。
1162
﹁で、どうするんだい?﹂
﹁噂は噂で、個人的に開拓してる魔族は居たけど、魔王じゃ無かっ
た。こんなんで十分だと思いますよ。諜報関係は有るとは思います
けど、コランダムで魔王ってバレてないんですよね?﹂
﹁・・・多分﹂
﹁なら平気じゃないですかね﹂
﹁島に戻ったら﹃魔王さん﹄は止めさせないとな﹂
﹁そうですね﹂
﹁あ。商人のニルスさんと一緒に居た部下と、船員と、傭兵が知っ
てるな、駄目かもしれねぇ﹂
﹁そのニルスさんが誰だかわかりませんが、駄目じゃないですかそ
れ﹂
﹁魔王だったけど、敵意が無くて、島開拓してるだけでした、人族
とも仲良かったです。じゃ駄目かな?﹂
﹁・・・わかんねぇっす。言うだけ言って見ますよ。ただ、討伐し
て来いだったから、俺が駄目だったなら、俺が何を言っても他の勇
者が来る可能性も有りますよ?﹂
﹁日本人ならなるべく会話、それでも駄目なら。覚悟でも決めて置
くさ﹂
地球人
﹁何のです?﹂
﹁同郷殺しの。かな﹂
﹁・・・。召喚されても魔族に転生しても、辛い事が多いですね﹂
﹁なんでも楽しもうって事を覚えればそうでも無いさ、後は自分優
先。殺される位なら、嫌な思いをしてでも殺さないとって考えは有
った方が良いかもね、それ位の心構えは必要だと思うよ。
俺だって極力動物とか、魔物とかも殺さない仕事を、ギルドを通し
て日雇いでしてたけど、色々と有名になりすぎてね。皮肉な事に魔
族と人族が戦争している、最前線近くの砦に物資運搬の護衛として、
ギルドを通して派遣されて。その後に砦の防衛戦力として常駐、し
1163
たくも無い戦争を雪が降るまで経験させられた。
死にたくないから色々やったけど、殺しもした。偵察兵を報告に帰
られ無い為に30人一気に殺したのが最初。アレはかなり心が折れ
そうになったね。
その後は魔法で熱湯ぶっかけたり、隊列組んで特攻してきた奴等に、
石壁作って倒して下敷きにしてたりしたし。多分死んでるんだろう
な、アレ。熱湯かけられて堀の水の中に飛び込んだ奴は矢を射られ
てたし。
なんだかんだ言っても、魔族と人族の違いなんて見た目だけ。地球
で言う肌の色が違うだけ。それだけだと俺は思ってる。どこに行っ
ても自分の都合の良い様に動かしたいって思う奴が居るから、﹁魔
族は人族より劣っている﹂。とか言ってるんだろ?勘弁してほしい
ぜ。出来るなら一生産まれ育った近辺だけで生活してたかったよ﹂
そう言いつつまた小魚を吊り上げる。
﹁まぁ、まだ若いからおっさんの言う事なんか無視して、好きにす
れば良いし、どんな風に報告したって構わないと思うよ。何か助言
が欲しいって言うなら相談位は聞くけどね﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁いえいえ、好きにして良いって言ったけど、先輩勇者の話を聞く
事はした方が良いかもね﹂
﹁そうですね﹂
そんな会話の後、俺は船員にも好評なテンプラを作り、パン粉を付
けて揚げるフライモドキも作って見せ、次にコックの隣に立ちなが
ら手順を教えながら作らせ今後の参考にさせた。お前この間メモ取
ってたよな?
□
1164
凪さんが気を使って、食事を持って来てれた、﹁もう少し元気にな
ったら皆と食おうな﹂、そう言って保存食とテンプラを置いて行っ
た。
﹁おぉ!テンプラだー﹂
﹁てんぷらってこの白くてモコモコしたやつか?﹂
﹁そうそう。久しぶりだな﹂
﹁お?なんだこりゃサクサクだ﹂
﹁ご飯かうどんが欲しい、蕎麦でも良いな﹂
﹁故郷の食べ物か?なら気を使ってくれた魔王に感謝しておいた方
が良いな﹂
﹁おいしー、魚を小麦粉使って油で揚げただけなのに、なんでこん
なに美味しいの!?このパン粉を使ったのも美味しいよ!?﹂
﹁故郷のとは少し違うけど、それでも十分美味しい、その辺の料理
屋や出店で働いてても十分に売れる位だよ﹂
﹁職業の欄に有ったお菓子職人だったっけ?ならお菓子も作れるの
かな?﹂
﹁この腕なら問題無く作れるだろうな﹂
﹁こりゃ酒が欲しくなるぜ﹂
故郷の料理のテンプラは好評だった。
﹁皆、少しだけ聞いて欲しい﹂
俺がそう言うと皆がこちらを向き、次の言葉を待っている。
﹁皆には迷惑を掛けると思うけど、この事を国に報告したら各地の
勇者を訪ねようと思っている。迷惑を掛けると思うけどできれば手
を貸してほしいんだ﹂
﹁良いぜ、それ位。けど酒を奢ってくれたらな﹂
﹁俺も構わん、あんな魔法食らって生き延びたら、もう魔王と戦う
1165
気にもなれん﹂
﹁いいよー﹂
覚悟を決めて言ったつもりだったが皆の反応は軽かった。変に悩ん
でた俺が馬鹿みたいじゃないか。
閑話
あーそれ見た事有ります。
凪さんが釣り竿を持ったまま寝転がり、腹の上で竿を握り話しかけ
て来る。
﹁武君、武君。寝釣り!﹂
一体何をしているのかと思ったが、掛けられた言葉で何かを思い出
し俺は盛大に噴き出した。
﹁何やってっんすか!﹂
﹁あ、やっぱり解る?10歳以上年が違うのに良く解ったね﹂
﹁俺らの世代でも有名でしたよ、アレ﹂
﹁アレは永遠に語り継がれ無きゃいけない番組だよね、あの人もう
歳だけど。まぁ一瞬だけ元気になって良かったよ﹂
この言葉で、俺はかなり落ち込んでいたんだなと自覚した。
1166
第76話 少しだけ勇者を慰めた時の事︵後書き︶
本編にあまり関係無い、おまけ的な物を書いてみました。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
1167
第77話 技術者達を迎えに行った時の事︵前書き︶
作業用BGM
怒りの日・カルメン・アルルの女
適度に続けています。
相変わらず不定期です。
1168
第77話 技術者達を迎えに行った時の事
俺達は、ギルドに張り付けた応募告知の期限2日前にコランダムに
到着した。
﹁んじゃ俺はここのギルドで、技術職が来てくれるかどうか確認し
ないといけないんで、ここでお別れって事で﹂
﹁解りました、色々とありがとうございます、カームさん﹂
﹁いやいや、泳いで帰れとも言えないでしょ、んじゃ鹿を虎と間違
え無い様に気をつけてな﹂
﹁まだ引っ張りますか、残念ですがまだ虎をこっちの世界で見た事
が無いんですよ﹂
﹁残念だ。んじゃ頑張って﹂
﹁はい﹂
そう言って勇者達は去っていった。まぁどう報告しても成るように
しか成らないんだから、こっちは何も気にせずやらせてもらいます
かね。
﹁んじゃ今回は自由行動って事で、けど船員の中で計算が他の皆よ
り出来る方は残ってください﹂
そう言うと3人だけ残り、後は思い思いに動き出す。
﹁せっかくの港町なのに申し訳ありません。エドワードさん達には、
物資が足らなくなったら、コランダムまで買い出しに来てもらおう
と思っていますので、ニルスさんの所へ顔出しに言って、顔を覚え
てもらおうと思います。それと今後出荷できる物が有れば出荷して
お金を稼ぐので、その役もやっていただきます﹂
そう言うと三人が少し戸惑うが、俺は言葉を続ける。
﹁商人見習いになったと思えば良いんですよ、俺だって取引っぽい
1169
事しかした事が無いので良く解らないですし、度胸さえあればどう
にかなるんじゃないんですかね? まぁ専属で雇うのも有りっちゃ
有りですけどね、んじゃ向かいますか﹂
そう言って俺はニルスさんの倉庫へ向かった。
俺はニルスさんの倉庫に行き近くに居た作業員らしき男に声をかけ
た。
﹁お疲れ様です、ニルスさんは居ます?﹂
﹁あぁ奥に居るよ、また買付っすか?それなら酒樽運び見せて下さ
いね﹂
﹁今日は買い物は無し。世間話と、裏に居る方々の顔合わせですよ、
俺も毎回来られないんで﹂
﹁残念だ、まぁ奥に居るんで行ってみて下さいよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
俺はこの間の、事務室兼休憩室にノックをして、返事を待ってから
入る。
﹁失礼します﹂
そう言いながら入り、ニルスは俺の顔と言うより色を見て﹁あーお
久しぶりですカームさん﹂と、返してきた。
﹁今日も買い付けですか?﹂
・・・
﹁いやいや、毎回島を長々と空けると、何か問題が有ったら困るん
で、裏に居る比較的計算が得意な方の顔合わせという事で﹂
﹁なるほど、取りあえず後ろの方々には少し待ってもらいましょう
か﹂
そう言うと立ち上がり机から白っぽい布を取り出してきた。
﹁近くを通る機会が無かったので報告に行けませんでしたが、この
間の糸なんですが、織り上がりました。評価的には絹よりは劣りま
すが、大量に有るなら商品になり、綿と絹の間の触り心地なので、
一般大衆向けの少し上質な布と言う感じで扱えるらしいです﹂
1170
﹁そうですか、それも一応島内探索中に見つけた物でして、その繭
が群生していた場所までまだ開拓して無いんですよ。本格的に動く
なら年越祭を挟んだ今頃ですかね?﹂
﹁そうですか、その時はぜひ私を通してもらえれば嬉しいのですが﹂
﹁そうですね、本格的に金儲けするならニルスさんを通さないで、
直接製糸している工房に持ち込み、買い取ってもらうのが理想なん
ですが。そこまでのツテは持って無いのでお願いします﹂
﹁助かります﹂
﹁まぁ、俺は商人じゃないんで。けど直接島に買い付けに来る奴が
来たら、﹁ニルスを通せ﹂って、言った方が良いですかね? なん
か一筆書きます?﹂
﹁そこまでは必要無いでしょう﹂
﹁そうそう、それと空いて居る店を紹介してくれる場所とか知って
ます?﹂
不動産屋とか言っても通じないだろうし。
﹁それならギルド自警団の詰所に行けば教えてくれますよ、そうい
う管理もしているので﹂
﹁ありがとうございます。それとですね、家畜を届けてくれた商人
とその護衛ですが﹂
﹁えぇ﹂
﹁護衛が勇者でした﹂
﹁ッ!ま、まぁ。見た感じ無事のようでなによりです。それで、勇
者様達はどうしたんですか?﹂
﹁戦闘になりましたが、話し合いで解決して、船でこの町まで送り
届けました。問題はですね、商人が戦闘中に逃げちゃったって事な
んですよ。
しかも勇者の話だと、俺を倒したら溜めこんでる金を全部持って行
って良いって事になっていたらしく。少々頭に来てるので、嫌がら
せをしようと思ってるんですよ。紹介して下さいとまでは言いませ
1171
・・
んが、今度家畜を頼む時は、またその商人にお願いします。届けに
来たら笑顔でお迎えしますので﹂
﹁申し訳ありませんでした、そのような奴だったとは知りませんで
した。今後付き合い方を変えさせてもらいますね﹂
﹁ニルスさんがそう言うならそれで良いんですが。俺が今度家畜を
頼む時はその商人に頼んで下さいね、嫌がらせなので﹂
﹁中々面白い魔族ですね、カームさんも﹂
﹁いやいや、考え方が子供なんですよ。気まずい雰囲気を楽しんで
もらおうかなってなだけですよ﹂
そんな感じで話が進み、今度は裏の3人の顔合わせになったが、あ
まり教養が無かったのか少し話しの進みが遅く感じる。
﹁ニルスさん、どんどんしごいてやって下さい。俺が商人を雇わな
いで済む様に﹂
﹁解りました、預けてくれれば修行させますよ﹂
﹁船員兼商人なので、それは無理ですね。まぁあからさまにボった
くらなければ構いませんよ﹂
﹁信用を無くしたくないのでしませんよ﹂
﹁んじゃそろそろ失礼しますね﹂
﹁解りました、今度近くを通ったら寄らせてもらいますよ﹂
﹁いつでもどうぞ﹂
そう言って俺達はニルスの倉庫を出た。
﹁カームさん、なんか俺達には無理そうですよ﹂
﹁平気ですよ、ニルスさんが勉強させてくれるって言ってたじゃな
いですか。それに何か物が無くなった時の買い付けだけですから。
重要な取引の時は俺も一緒に付いて行きますので﹂
そう言ってそいつらを解放し、俺は詰所に向かった。
空いて居る店舗を見たいと言っておっさんに話しかける。
﹁少々伺いたいのですが、ここで空いてる店の話が聞けるって聞い
1172
たんですけど、間取りだけ確認したいんで見せてもらえませんかね
?﹂
﹁解りました、詳しい者を呼んできますので、少々お待ちください﹂
そう言うと奥に行き、お姉さんが目の前に座る。
﹁お待たせしました。どの様な感じで商売をするのでしょうか?﹂
﹁そうですね。お茶を飲める場所を提供して、軽い食事か、菓子を
出そうと考えています﹂
そう言うと少しだけお姉さんの顔が困った顔になるが奥からまた人
を呼び、説明をしている。
﹁話は伺いました、取りあえず釜戸が使えて、それなりのテーブル
とイスが置ければよろしいでしょうか?﹂
﹁はい十分です、ですが今日は下見なので詳しい話はまた今度とい
う事で、ココから一番近い空き店舗に案内して下さい﹂
そして俺は一番近い空き店舗まで案内され、中の間取りを確認する。
入口を入ってそれなりの広さ、カウンターが有りその奥に調理場、
その奥には簡素な部屋。
四角いテーブルが良いか。丸いテーブルが良いか。手間を省くなら
四角だな。カウンターには椅子だけで良いし、奥の部屋を休憩室に
すれば良いな。売上と相談で近くの空き部屋を探してもらって、働
けるようにすれば良いしな。
そんな事を考えていたら職員に話しかけられた。
﹁あの、お茶と軽食を提供するという話ですが、本当でしょうか?﹂
﹁えぇ、そのつもりですが﹂
﹁お茶は、自宅か休憩中にゆっくり飲むものでして。正直申します
と、あまり流行らないと思うのですが﹂
﹁別に流行らなくても良いんですよ、宣伝の為に店を開くので﹂
﹁宣伝。ですか﹂
職員は少し言葉に詰まるが、俺は関係無く続ける。
1173
﹁お茶に出来そうな変わった物を発見しましてね、この辺りでは見
た事が無いので、取りあえず宣伝して、知名度を上げて﹃欲しい﹄。
﹃自宅でも飲みたい﹄。って方を増やしてから、出荷を検討してる
んですよ﹂
﹁はぁ﹂
﹁ですので、とりあえずは﹃どんなものか知って貰う為の店﹄、そ
れだけです。店が流行らなくても、お茶として侵透させれば原材料
が売れるという訳です﹂
﹁そうでしたか﹂
﹁なのでその為の下見ですね。まぁ、店も繁盛して、原材料も売れ
るのが一番なんですけどね。後は立地とかで値段も変わると思うの
で、その辺は本格的に始めた頃に詰めて行けばいいので、今日はこ
の辺で、ありがとうございました﹂
﹁どういたしまして、では私は戻らせていただきますので﹂
そう言って鍵をかけ出て行く。
椅子やテーブル、薪もこの町で手に入るし。定期的に豆を運んでく
るだけで平気だな。
□
2日後の昼
コランダム
﹁んじゃギルドに行って、移民してくれる技術者が居ないか確かめ
てきますね﹂
﹁居れば良いっすね、じゃなきゃここに来た意味が無いっすからね﹂
﹁本当だよ、けどお前等は女買ったり酒飲んでたんだろ?﹂
﹁そうっすね﹂
﹁病気だけは持ち込むなよー﹂
﹁解ってますよ﹂
﹁んじゃ頼みます﹂
﹁了解っす﹂
1174
そう言って元気な船員に見送られた。
俺がギルドに入ると、奥のテーブルに座って居る男達がこちらを見
てきた。
多分あの集団が入島希望者だと思うんだけど。全員男で5人か、上
々だな。まぁこの時代背景で女の職人とかほとんど居ないか。
そう思っていると向こうから1人が近づいて来た。
﹁あんたがカームって魔族かい?﹂
﹁えぇ、入島希望者ですか?﹂
﹁そうだ﹂
﹁じゃぁ丁度良いんで、あのテーブルで話しますか﹂
そう言って俺は、空いて居る席から椅子を持って来て勝手に座らせ
てもらった。
﹁んじゃ自己紹介しますか。まぁ見た目で解ると思いますが、募集
を掛けた紺色のカームです。よろしくお願いします﹂
5人は﹁うっす﹂だの﹁おう﹂だのと思い思いの返事を返してくる。
﹁一応聞きますよ?本当に入島してくれるんですか?﹂
﹁代表で俺が話そう。俺等はこの町で働いている職人なんだが、そ
ろそろ独立しても良いって位修行させてもらった。だから丁度良い
って事で似たような境遇の奴に声をかけた﹂
﹁じゃぁ、自己紹介お願いします﹂
﹁ジュコーブだ、大工をやってた﹂
﹁ゴブルグだ、同じく大工、こいつと同期だ、一緒にどこかで店で
も開こうかと思ってたんだ﹂
﹁シャレットだ、石工をやっていた﹂
﹁バートです、家具木工をやってました﹂
﹁ピエトロだ、鍛冶屋に居た﹂
おぉ、意外に揃うものだな。
1175
﹁じゃぁ全員に聞きます。嫁にしようと思っている、すでに嫁が居
る、子供が居るって方は居ます?﹂
﹁全員居ない、このまま行けるぞ﹂
﹁そうですか、話が早くて助かります。けど必要な物も有るでしょ
う?道具とか。そう言うのはどうなんですか?﹂
﹁全員ある程度自前で有るぞ、ただピエトロが鍛冶をやって居るか
ら金床くらいが無いだけだな﹂
﹁そうだ、俺も金床が無いとピエトロにノミを叩いてもらえねぇ。
先の丸まったノミじゃ石なんか叩けねぇぜ﹂
﹁そうですか、なら売って居る所でも探しましょう﹂
﹁ツテなら有る﹂
そうピエトロが呟く、口数少ないな。いや、スズランよりは多い気
がするけど。
﹁なら話が早い、では船まで案内するので、そこで解散。その後ピ
エトロさんはそこまで案内して下さい、必要経費って事でこちらで
購入しますので。皆さんも不足しているものが有れば、仕事道具な
ら面倒見ます﹂
皆が﹁おお!﹂と声を出すが、独立出来る位の腕ならある程度揃っ
ているのが普通か。
﹁ちょっと待っててくださいね﹂
そう言って俺は受付の女性に張り紙を剥がしてもらい、全員を船ま
で案内して解散させ、明後日の朝に集合と言う事にした。
その後ピエトロの後に付いて行き、勤めていた店で世話になってい
た問屋に行き、金床と、島に無い鉄を買った。
﹁重!糞重い!﹂
来い
﹁魔族のあんちゃんよー、金床なんだから重いに決まってっペー。
誰か呼んでこーよ、俺の嫁より重いんだぜそれ﹂
そんなのしらねーよ、こっちは多分嫁2人分よりは軽いわ!
1176
﹁そうっすね、呼んできます﹂
小さい上に重い、持ち方のコツが解れば持てそうだけど、厳しいな。
素直に誰か呼ぶか。
﹁俺も準備が有るから失礼する﹂
そう言ってピエトロは帰っていった。手伝ってくれても良いと思う
んだよね。
今夜
下さいよ
その後、船員を呼び、鉄や金床を運ぶの手伝ってもらった。
﹁ガームざん、ごんや酒奢ってぐだざいよ﹂
﹁いいから力入れろ! 肩に食い込んでいてぇ!﹂
問屋のおっちゃんに金床を太い縄で縛って貰い、棒を通して2人で
運ぶが単純計算で1人60kg位か?肩に加重が掛かりとても重く
嫌になる。小さくて重いとか最悪だな!
1177
第77話 技術者達を迎えに行った時の事︵後書き︶
金床か、金敷きか迷いましたが、金床で。
人物の名前を考えるのが一番苦手です。
1178
−
DEATHEXPLOSION・クシコ
第78話 話し合いをした時の事と勇者の報告︵前書き︶
Crown
作業用GBM
The
ス・ポスト・かっぱ寿司ロッテルダム店
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1179
第78話 話し合いをした時の事と勇者の報告
俺は、念願の技術者を島に迎え入れられた。
大工や石工、家具大工は特に問題が無かったが、鍛冶士には専用の
施設が必要だった。
﹁燃料に関しては問題無い、必要な道具は自分のが有る。ただ火炉
が無い。これが無いと話にならない﹂
そう言われ、昔やっていたレンガ作りを思い出しながら、レンガを
作るのに足りない材料を山でさがしつつ、工業区予定の急造の小屋
の中に、言われた通りに火炉を組上げたところ、﹁大丈夫だろう﹂
と言われた。
﹁最初に何かを打ち直してやる﹂
そう言われたが、持ってる私物で手直しが必要なのはマチェットく
らいだ。
﹁これくらいしか無いですね﹂
そう言ってマチェットを持って来て見せた。
﹁だいぶ使い込まれているな、あちこち欠けたり刃が潰れ、自分で
砥いだ後がある。折角だから火を入れて打ち直して、磨き上げるぞ﹂
﹁任せます﹂
そう言ってマチェットを預けた。
炭に火を入れ、刃の部分を熱し、ハンマーで欠けていたり潰れたり
している部分を整え、磨き上げてくれた。
﹁ありがとうございます﹂
﹁構わん、修理が必要な道具をどんどん持って来てくれ﹂
1180
そう言って、取りあえず預けた道具を熱し始めている。このまま任
せても問題無いな。
他の職人を見ても、特に問題無さそうに作業をしているので、俺は
俺の作業を進めようと思う。
島の西まで道を伸ばそうと考えている。目的はコーヒーの木だ。道
中の島の南側付近にあるオリーブの実も回収も出来る。問題は海岸
線を通すか、島の中央を通すかだが、木の伐採や根を起こす手間を
考えたら、まずは海岸線の土を隆起させて、通りやすい道を作った
方が良いだろう。南東には変な繭も有るからついでに取れる事を祈
りつつ、南西辺りの調査をしても良いな。
島の外周が150kmくらいだったな、割る4でも大体多めに見て
40km、1日2kmを土を隆起させても南に行くまで20日。西
にはその倍。他に人員は割けない。孤独な戦いになりそうだ。
◇
翌日俺は、皆に島の西に有るコーヒーを収穫する為の道路を作る事
を伝え、しばらく個人で動く事を伝えた。
なるべく平坦で、カーブは有っても緩やかなカーブを意識して場所
を選び道を作る。
島民の代わりに、ハーピー族にウサギ肉を渡し、代わりに収穫して
もらうのも良いが、いずれ使うから道は必要になる。なら早い方が
良い。正確な測量とかは必要無く、今はそこに道が有れば良い状況
にしておこう、どうせまだ人口は増えないだろう。増えちゃったら
仕方ないけど、食糧事情的な問題で増やすつもりもまだ無いからな。
今年の収穫を見て問題無ければ増やそう。
1181
意識して歩いているが、特に整地が必要な場所はあまり無く、砂と
土の境目辺りから、10m以上島の内側になるように大体で確認し、
一定間隔で土を隆起させ、道の外側の目印も作っておく。へこんで
居る所や大きな石が有れば取り除く。大体こんな物で済んでしまう。
あれ?あまり道路の整備必要無いぞ。有るとしたら適当に測って綺
麗に石畳を敷く時だけだな。杭を打ってロープを張るだけでも十分
だ。探索時は特に気にして無かったけど、これなら以外に早く済む
かも。
高低差とか、角度が何秒ずれたら1km先で何cmずれるとか気に
しないでも良いな。測量とか面倒の塊だからな。
それに収穫するのに移動手段の問題も有る。
馬を買って馬車で移動させるか、それとも数人西側に送り、一定量
のコーヒーの実が集まったら定期的に転移させるか。やばいぞ、ど
の道かなり人員が必要だな、これはハーピー族との本格的な交渉も
考えないと。肉か麦か魚かジャガイモで交渉できれば良いんだけど。
取りあえず話をしないとどうにもならない、取りあえずキアローレ
さんに交渉だな。
◇
数日後、島の南まで歩いたが特に気にする場所はあまり無く、居眠
りしていない限り、砂地に突っ込む事も無いくらいには、直線と緩
いカーブで道を仕上げた。ついでに、最南端と思われる場所に、目
印として、少し高めに土を隆起させておいた。予定よりは早くでき
て本当助かった。この調子で残りの道も仕上げる。
◇
1182
俺は、午前中にしとめてもらった小振りの鹿を持って、山の温泉に
転移した。
馬車を走らせる道の下見を東まで終わらせ、こちらの人員が足りな
いので、コーヒーの実を集めてもらう交渉の為に、手土産を担いで
歩いている。
﹁どうしたカーム、肉なんか担いで﹂
鹿を担いでいたので、ファーシルが気になって話しかけてきた。
﹁少し頼み事が有るから、君のお父さんと話をする為のお土産さ﹂
﹁肉かー! かなり前に食わせてくれた奴だろう?﹂
﹁そうそう、で。お父さんは居るかな?﹂
まぁ多分居るだろう。なんか気楽に、その日食べる以外の狩はしな
いで、なんか飛び回ってるイメージしかない。
﹁居るぞー、呼んでくるか?﹂
﹁ちゃんと話がしたいから、呼んでこないでも良いよ。先に帰って、
俺が行く事を伝えて﹂
﹁解った﹂
そう言うとバサバサ飛んで行った。
まぁ、俺が見た、あの枝を集めただけのが家だって言うなら、ここ
でも変わらないけどな。あのファーシルに石を落とされた場所でい
いんだよな?そう言えば詳しい場所を聞いてなかったな。失敗失敗。
とりあえず、例の家と言うか巣っぽい場所に着いたら、すでにキア
ローレが待っていた。
﹁おぉ魔王よ、良く着たな﹂
俺、前に名乗ったよね?忘れてるんすか?
﹁どうも、今日は話が有って来ました。とりあえず手土産です﹂
﹁助かる﹂
そう言って鹿を適当な場所に下ろした。
1183
﹁前に言ってた赤い実の話ですけど﹂﹁まて﹂
そう言って、言葉をさえぎって来た。
﹁長くなるか?長くなるなら纏めてくれ﹂
﹁・・・はい﹂
俺はしばらく考え、要点だけを纏める。
﹁赤い実が必要になりました、俺達の住んでいる所から、島の反対
側に有るので、代わりに取ってもらいたいのです。採ってくれたら、
肉と交換します﹂
﹁どの位だ?﹂
﹁様子見でとりあえず、この前の袋で5袋分﹂
﹁それだけで良いのか?﹂
﹁はい、この前のもまだ残ってますので﹂
1袋30kgとして、6袋有あればあの街で少しは話題にはなるだ
ろう。それで買いたいって商人が出てくれば、一番なんだが。どれ
くらい流行って、どのくらい好まれるかが心配だ。切れたら切れた
らでどうにかすれば良い。自警団に居たお姉さんには予定が早まっ
たって言えば問題無いだろう。
﹁キアローレさん達の、食べる分が無くならない様にしたいんです
けど、大丈夫ですか?﹂
﹁心配するな、かなりの量がある、それに俺達は数が少ないからな。
あんな袋の100や200問題無い、なんなら運んでやる﹂
﹁ありがとうございます。けど、もしかしたら商人が買いたいと言
ってくるかもしれません、それだと毎回運んでもらうのは悪い気が
しますので、もっと必要になったらまた話し合いましょう﹂
﹁そんなに必要になるのか!﹂
﹁もしかしたら、本当に100や200が必要になるのかもしれま
せんよ。今の所、この島にしか無い物ですからね。なので100袋
とか必要になったら、小屋を建てるので、そこに置いて置く事にし
1184
ましょうか、そうすれば馬車で大量に運べるので﹂
﹁むぅ、そしたら我々の、肉が取れなかった時に食べる物が無くな
ってしまう﹂
﹁その辺りは考えてあります。柵で囲い、別にしておけば、人族に
売る用と簡単に分けられます。自分達で食べきれ無い物は肉と交換。
そう考えれば良いんですよ﹂
﹁やはり魔王となると頭が良いな﹂
んー普通な事を言ったのに、頭が良いとか言われるとなんか複雑な
気分だぞ。
﹁今、兎や豚や羊を繁殖させてますので、増えれば赤い実と交換で
きます、取ってもらった分は肉と交換で良いですか?﹂
﹁かまわん﹂
即答かよ。もう少し考えてほしかったな。
﹁なら、赤い実の半分の重さの肉で、どうでしょうか?﹂
﹁任せる﹂
また即答かよ。
﹁あのですね、一応キアローレさん達の食事、言い換えれば生きる
事に繋がるんですよ?なのにそんなに直ぐに答えて良いんですか?﹂
﹁お前は悪い奴じゃないからな、信じている。話し合いをするのに
も、肉を土産に持ってきてくれたからな。見た感じ袋3つで、その
肉と交換なんだろう? それなら文句も無い。
それに兎や豚を、食うために育てている話は、仲間から聞いている。
森にも、我々が狩れない獲物も、まだ沢山いるのだろう? ならこ
ちらは赤い実だけ取ってれば心配することは何も無い。裏切られた
ら裏切られたで何か考えよう﹂
そう言うと、高々に笑い出し羽をバサバサしている。
俺も散々甘いとか優しいって言われてるけど、本当に裏切ったらど
うするつもりなんだろうか。まぁ広い島内を飛べるなら、将来的に
軽い物を運んだり、島内での手紙のやり取りとかも出来そうだから
1185
な。仲良くしていた方が、こっちとしても良い事だらけなんだけど
な。
﹁そうですね、とりあえず5袋じゃなくて6袋お願いします。そう
すれば鹿2頭と交換できるので﹂
﹁うむ、丸々もらったほうが、こちらとしても良いからな。肉の場
所によっても、それぞれ好みも分かれる、足が良い胴体が良いと、
揉める事も無いし喧嘩にもならぬからな﹂
﹁では、それでお願いします﹂
﹁うむ、分かった。すまぬが何かに書いてくれ。忘れたら悪いから
な﹂
﹁そのつもりでした。約束って事で紙に書いておけば、後から揉め
ませんからね﹂
一応俺の中では契約だけど、約束って事にしておけば向こうも解り
やすいだろう。俺は紙に内容を書き、サインして渡した。
内容は簡単な物になっている。
・カームが赤い実を欲しがり、その時に赤い実を持って行けば、半
分の重さの肉と交換する。
・ハーピー族が食べる分の場所を確保して、カームが欲しがった時
には、そこからは取らない、手をつけない。
・何か状況が変わったり、分からない事が有れば直ぐにカームに聞
く事。
それとは別に﹁赤い実を6袋で鹿2頭﹂と、書いて渡した。これで
多分平気だろう。
そう思ってたら、リュゼがお茶を持ってきてくれた。正直お茶を飲
む習慣が、有ったとは思わなかった。そもそもどこに釜戸が有るん
だ?
1186
﹁ありがとうございます﹂
﹁いえ、お仕事の話ですから﹂
確かに仕事の話だけど、なんか内容は微妙だったんだよな。ま、せ
っかくだから飲ませてもらうか。
﹁にがっ!﹂
お茶やコーヒーとはまた違った次元の苦さが、口内に広がる。
﹁ははは、飲み慣れないと苦いだろう。俺も子供の頃は嫌いだった
んだ。背の低い、小さな枝を煮出すんだ﹂
じーちゃんとかばーちゃんが飲んでる、目薬の木って奴を思い出し
た。小さい南部鉄器の薬缶みたいなので煮出す奴。けど肉ばかり食
ってる種族だし、何かしら足りない栄養素でも入ってるんだと思い
ながら、我慢して、笑顔で飲み干した。
□
勇者の報告
カームとコランダムから別れて10日前後
﹁面倒だけど城に行ってくる、カームさんが気にするなって言って
たから、適当に報告してくるよ﹂
﹁向こうがそう言ってても、何かしら恩は返すべきだろう?﹂
﹁その辺は考えて有るよ、それに出来るだけ言葉は選ぶ﹂
・・・・
﹁解った、俺も一緒に行ければ良いんだけどな﹂
﹁勇者として無理矢理誘拐された奴か、偉い奴しか直接会えないん
だから仕方ないよ﹂
﹁そう自棄になるなよ、あいつも言ってただろう、何か有ったら島
に来いって。気楽に・・・とは言えないが俺達の事も少しは頼れよ
1187
な﹂
﹁そうだよ、前みたいに楽しくお酒飲もうよ﹂
﹁ありがとう、行ってくるよ﹂
城に行き、魔王の事で話が有ると言ったら直ぐに通され、5分くら
いでまた偉そうな爺さんが出てきた。
﹁報告を聞こう﹂
と姫や王様の代わりに形だけは整えてくれる。
﹁魔王が居ると言う噂の島ですが、魔族は居ましたが、魔王は居ま
せんでした﹂
﹁・・・そうか、もう少し詳しく聞こうではないか﹂
﹁魔族全員に協力をしてもらい、魔王である印を探しましたが、有
りませんでした。それに島は開拓され始め、人族と魔族が喧嘩する
事無く、共に生活していました。指揮を取っていたのは魔族ですが、
偉そうにしている素振りは無く、全員仲の良い隣人という感じでし
た﹂
﹁・・・そうか、魔族が指揮を取っているのは、気に食わないが魔
王で無ければ良しとする。魔王の討伐では無かったのだから討伐金
は出せぬが良いな﹂
﹁はい﹂
﹁では下がれ﹂
そう言って爺さんは奥に引っ込もうとしたが、俺はそれを止めた。
﹁申し訳ありませんが、少しだけ聞いて欲しい事が有ります﹂
﹁なんじゃ、わしでは判断出来ない事ならば、返事は後日になるが
良いか?﹂
﹁構いません﹂
﹁申してみよ﹂
﹁しばらく魔王討伐は休み、自分の腕を磨きたく思うのです。です
ので、しばらく大陸を仲間と共に旅をしたいのですが﹂
﹁その場合、金銭面での補助は一時的に打ち切るが、良いか?﹂
1188
﹁はい﹂
﹁では、会議を行い、おって報告する﹂
そう言うと今度こそ爺さんは奥に引っ込んでいった。
そして俺は夕方の賑わっている、待ち合わせの酒場に向かった。
﹁まーたお姫様は出てこなかったぞ。どうしようもねぇな﹂
﹁言葉を慎め、誰が聞いてるか解らん、ロックは良いが、俺達まで
飛び火したらかなわんぞ﹂
﹁本当だぜ﹂
﹁悪い悪い﹂
﹁で、どうだった?﹂
全員が酒を飲む手を止め、俺の方を見ている。俺は爺さんに言われ
た事を、そのまま返した。
﹁確かに、召喚した勇者を遊ばせておくのには色々問題が有るか﹂
﹁けど俺は、自分の腕を磨きたいって言ったよ。多分平気じゃない
かな、多分だけど﹂
﹁けどよ、他にも勇者は居るんだし、腕を磨きたいって事は、まだ
不安って取ってくれるだろ﹂
﹁そうかな? 私は数をそろえて、各地に行ってもらったり、強い
魔王を倒しに行ってるんだと思う。だから、ロックみたいな新人は、
出てきたばかりの魔王を倒して、強くなったら先輩勇者みたいな事
をするんじゃないのかな?﹂
﹁そうだな、外交にも使われてそうだ。お偉いさんの考えは解らな
いけどな﹂
﹁まっ、俺達が悩むことじゃないよな。おいロック、飲むぞ﹂
﹁あぁ、そうだな。すみません! 蜂蜜酒﹂
﹁本当そればっかりだな﹂
﹁他のは、酸っぱかったりして飲み辛いんだよ、それに俺は酒に弱
いって解ったし﹂
1189
﹁そうだよねー。麦酒なんか2杯でベロンベロンに成っちゃうんだ
もん﹂
﹁そうそう、だから俺はチビチビ飲むの﹂
﹁で、何に乾杯するよ?﹂
﹁あー。旅に出られる事を祈って?﹂
﹁だな﹂
﹁﹁﹁﹁乾杯!﹂﹂﹂﹂
1190
第78話 話し合いをした時の事と勇者の報告︵後書き︶
ss﹁2本目のスコップ﹂を、おまけとして下記のURLに乗せま
した。
FINAL
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
なんだかんだ言って作業用GBMは﹁R−TYPE
ボス戦︵生物系︶﹂が個人的に一番良い気がしますね。
1191
第79話 コーヒーについて色々作ってもらった時の事︵前書き
︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1192
第79話 コーヒーについて色々作ってもらった時の事
コーヒーの実が、定期的に入手出来る手段が確立できそうなので、
コーヒーを収入源に出来るよう、本格的に動くことにする。
まずコーヒーミル。これは石臼で代用が利くので、石工のシャレッ
トに作ってもらう事にする。俺は魔法で石臼っぽい物が出せるが、
現地で働いてもらう人族には無理なので、作ってもらう。
﹁シャレットさん、頼みたい事が有るんですが﹂
石を削っていたノミを止め、顔だけこちらを向けてくる。
﹁なんだ。言っておくが、俺にはこんな綺麗な面の石は作れねぇぞ﹂
﹁いやいや、そうでは無くて、石臼を作ってもらいたいと思いまし
てね、2個ほど﹂
そう言って、手を使い大体の大きさを、作ってみせる。大体30c
m程度だろうか。
﹁それはかまわないが、少し時間をくれ﹂
﹁かまいませんよ、ではお願いします﹂
これでミルの代用が出来たな。残りは抽出方法とミルクだ、とりあ
えず10年以上前の記憶を頼りに思い出した事を、どんどん試して
いく。
ドリップのフィルターは無いので、煮出したコーヒーを、布か綿で
代用しようと思っていたが、もうそのままの方が衛生面的に良いの
ではないのか?と思い、鍛冶のピエトロの所に向かう。
真っ赤に熱せられた鉄を叩き、水にジュウッと浸け、一息ついた所
1193
で声をかける。
﹁ピエトロさん、頼みたい事が有るんですが﹂
ピエトロは、近くに置いてあった水をがぶ飲みしてから、聞き返し
てきた。
﹁今度はなんだ? スコップかバールでもやっちまったか?﹂
噂話とかで、俺の話題でも上がってるのか?なんで知ってるんだよ。
﹁いえいえ違いますよ、普段使ってるカップより、少しだけ小さめ
の、水をすくう柄杓みたいな形をした物を作って欲しいんですけど﹂
そう言って紙を出し、大体の形を描いて見せる。
﹁何に使うかは知らないが、言われた通りつくろうじゃないか、材
質は?﹂
﹁とりあえず鉄で、6個お願いします。本当は銅の方が良いと思う
んですが、買って来て無いので﹂
﹁あいよ﹂
﹁お願いします﹂
そう、トルココーヒーだ。容器の中に挽いた豆と砂糖を1対1で入
れ、水を注ぎ煮立て、細かい泡がモコモコ出て来て、吹き零れそう
になったら泡を捨て、カップに注ぎ、少し待って、豆が沈んだら静
かに飲む。
確かそんな感じだったはずだ。多分だけど。そうすれば豆はカップ
の底に残る、これで布や綿をフィルター代わりにしないので、衛生
面的には問題は無いし、手間も減る。
ミルクの問題も有る程度解決している。過去に数回だけ飲んだ、パ
ック容器の、紅茶やコーヒー味の豆乳だ。豆乳さえ出来れば、ミル
クは問題解決だ。海外じゃソイミルクって言うからな。
それに、海水を煮詰めて、塩を作る工程で出来るニガリも有る、豆
腐も出来る。
前世で枝豆豆腐って言う物もあったし、大豆になる前の枝豆でも出
1194
来るのだから、﹁豆なら出来るんじゃね?﹂的なノリで、この大豆
に良く似た豆でも出来ると思い、試す事にする。
あれ、豆乳って、豆を前日に洗って大量の水に浸けて、茹でてから
磨り潰すんだっけ?そのまま磨り潰すんだっけ?生だったかな?
これで絞れば、豆乳とおからが出来るわけだ。おからは島内で好評
なら食堂に売って、不評なら家畜の餌にするか。おからドーナッツ
とかにすれば、店内で出す菓子にもなるか?豆乳も余ったら豆腐と
して売れば良いんだし。
こんなので経営になるかな?
とりあえず、物が出来たら、奴隷になる前に夫婦になってた人族を
呼んで、練習させて町に送ろう。
◇
俺が家で個人的にコーヒー豆を挽いていたら、ノック音がしたので
返事をした。
﹁出来たぞ﹂
そう言ってピエトロが、大体描いた物と同じ物を持ってきた。
そして俺は出来上がった物を受け取り、水を入れカップに移し、カ
ップから溢れない事を確認した。
﹁何に使うんだ?﹂
﹁金になるかもしれない、新しいお茶を淹れる為の道具ですよ。ま
ぁ、好みは別れますが、1杯試しにどうですか?﹂
﹁・・・頂こう﹂
そう言ったので椅子に座らせる。
俺は出来上がった物に、挽いたコーヒー豆と砂糖を入れ、面倒なの
で水では無く熱湯を魔法で作り入れる。その後指先から火を出して
1195
暖め、煮立った瞬間に、泡を捨てカップに注ぐ。それを2回繰り返
す。
﹁どうぞ﹂
そう言って、目の前に出してやる。
ピエトロは、まず香りを確かめ、カップをゆっくりと口に運ぶ。
しばらく、口の中で液体を転がすように、モゴモゴしていたが。
﹁苦いな。けど香りは良い、もう少し砂糖が入ってた方が好みだ﹂
﹁そうでしたか、砂糖を入れて混ぜてみては?﹂
﹁そうだな﹂
そう言って砂糖に手を伸ばすが、3回も砂糖を足しかき混ぜてコー
ヒー豆が沈むのを待っている。甘党らしい。
﹁これなら飲みやすい﹂
﹁豆を磨り潰して、絞った液体、まぁ豆乳って言うんですけど、そ
れを入れれば、もっと飲みやすくなると思うんですよ﹂
﹁無いのか?﹂
﹁前日から準備しないといけないので、今は無いです。本当は牛の
乳でもいいんですが、島に居ませんし、新鮮な物じゃないと危険な
ので、有りません﹂
﹁そうか﹂
そう言ってコーヒーを飲んでいる。
﹁豆は食べても問題ないですけど、口に入ると不快かもしれないで、
少し残して飲むと良いですよ﹂
﹁あぁ﹂
そう言って、少し残してカップを置き﹁お前、魔王なんだって﹂と、
いきなり言われた。
﹁えぇ﹂
﹁隠さないんだな﹂
﹁隠していても、いつかはばれますよ﹂
﹁そうか、数日過ごしたが、前に出回った魔王の噂よりは、かなり
良い。皆も言っている、初めて聞いた時は帰ろうと思ったが・・・。
1196
悪い気はしない﹂
﹁隠してて申し訳ありませんでした、町で名乗ると多分殺されるの
で﹂
﹁だな、ご馳走になった。俺は結構美味いと思う、砂糖が無いと飲
めないけどな。仕事に戻る﹂と言って、出て行った。
隠すつもりは無いけど、さすがに町じゃ、まだ魔王と名乗れないか
らな。まぁ、意外に好評でよかった。残りは石臼と豆乳だな、少し
加工場でも見てくるか。
﹁シャレットさん、進み具合はどうですか?﹂
﹁あ? 催促の話か? まだだぞ﹂
﹁いえいえ、いつ頃できるのかな? って程度です。それによって
準備する物も有るので、仕上がる前日辺りに、声をかけてもらえれ
ば嬉しいかな、って程度です﹂
﹁そうか、それならあと3から5日だな、意外にこの目立てが面倒
でな﹂
そう言って石臼の目を立てている。立てすぎても寝かせすぎても駄
目、芯が噛み合わないのは論外。石だから、欠けたり、間違えたり
すれば修正が難しい。石は長持ちするが重いし面倒が多い、利点は、
木材みたいに腐らないって所だな。
﹁それだけか?﹂
﹁はい。後は何か有れば、出来るだけそれに答えますが﹂
﹁そうだな・・・。俺の言った大きさの石を、俺が頼んだら採石場
から切り出してくれ、こんな綺麗に切った石なんか見た事が無い。
切り口が綺麗なら、出来る事は沢山有る﹂
﹁解りました、それ位ですか?﹂
﹁あぁ。それだけだ。石臼は、すまんが最低3日は見てくれ﹂
﹁解りました、怪我の無い様にお願いします﹂
﹁あぁ﹂
1197
んー3日か、まぁ報告が来たら、豆でも仕込むか。
◇
とりあえず、石臼の報告はまだだが、豆乳作りを事前に出来るか試
す事にした。
前日から豆を綺麗に洗い、水に浸しておいた。これを少量の水と共
に石臼で挽き、出て来た物を溜め、鍋で焦げ付かない様に温め布で
濾す。これで豆乳とおからだ。
俺は、カップで2杯分の豆乳を残し、残りは鍋で温め直し、湯葉が
出来る前に、にがりを投入、そしてかき混ぜしばらくすると。豆腐
に・・・なって無い。
素人じゃ難しくないかこれ。にがりが少なかったのかにがりに問題
が有ったのか、それも解らない。確か海水を煮詰めて作るんだよな。
塩を作る過程で、少し貰って来たけど、これが間違いなのか?
さて、この豆腐になりそこなった、にがり入り豆乳をどうするか。
﹁う゛ぇあ、まじい﹂
取りあえず飲んでみたが、豆乳がただ単に苦くなっただけだった。
固まらないのは、多分にがり不足だと思う、次回から少し多めにし
てみよう。
まぁ、残しておいた豆乳は無事だから、コーヒーに入れようか。
﹁うん、まろやか﹂
◇
1198
昨日、シャレットから報告が有ったので、豆を仕込み自宅付近で待
機している。
蜂の巣の様子を見たり、フルールに水をやったり、狼達と遊んだり。
うん、なんか駄目な魔族に見えるから、様子を見に行こう。
﹁お疲れ様です、どうでしょうか?﹂
﹁おう、良い時に来たな、もう仕上げだ、運ぶのを手伝ってくれ﹂
﹁はい﹂
来たばかりなのに、石臼を持ってまた帰る羽目になった。
﹁で、実際に何に使うのか見せてくれ。次第によっちゃ手直しも必
要だ﹂
そう言われたので、煎ったコーヒー豆を挽き、粉に。水につけた豆
を挽き、豆乳とおからに別ける。
﹁こんな感じです。今、売り出そうとしている、新しいお茶を淹れ
ますね﹂
そう言って、挽いたばかりのコーヒーを見て、挽きが細かい事を確
認して、今度は豆を挽いて布で絞り、豆乳を作る。
そうして俺はまずコーヒーだけを出す。
﹁これが、この間ピエトロさんに出した物です、砂糖は好みで追加
してください﹂
﹁おう﹂
そう言って、香りを嗅ぎ、口に含む。
﹁んー﹂
そして次に豆乳を出す。
﹁どうぞ、適量を入れて下さい。本当は牛の乳が良いんですが、代
用品です。似たような物なのでこれでも良いんですけどね﹂
﹁おう﹂
1199
そう言って少し豆乳を入れ、また口に含む。
﹁んー、俺はこの白いの無しで、砂糖無しでも良いな。甘いのは嫌
いなんだよ﹂
シャロッテさんはブラック無糖派か。最初に砂糖を入れなければ良
かったな。
﹁そうですか、でも飲む時に自分で調節できるので、問題は無いで
すね﹂
﹁そうだな﹂
そう言って、残りのコーヒーを飲みきる。
﹁意外にスッキリする味だ、寝起きや、仕事上がりに良いかもしれ
ねぇな﹂
たしかに、カフェイン入ってるから、眠気とかには良いかもしれな
いが、お茶系の方がカフェインは多かった気がする。
この世界のお茶は、なんの葉っぱから出来てるか解らないから、本
当にカフェインが入ってるかも不明だ。この島では、麦茶飲んでる
から、コーヒーはある意味良いのかもしれない。後でもう一度島民
に飲ませ、反応でも見てみるか。
そう思いつつ、俺は、砂糖を大量に入れ、豆乳も沢山入れ、かき混
ぜてから飲む。
あー甘いコーヒー美味しいわー。
シャロッテが、変な目で俺を見ているが、気にせず甘いソイラテを
飲み干した。
閑話
おからと豆乳で作るお菓子
1200
俺は今、熟したバナナを探している。
初めてパルマを見つけた辺りに熟して無いバナナが有って、食べた
バナナ
記憶が有るからだ。
﹁パルマさん、コレの黄色いの有りませんかね?﹂
そう言って、その辺の椰子の木に話しかける。
﹁もう少し行った所に有るわね﹂
﹁ありがとうございます﹂
そう言って、バナナを収穫する。
さて、まずはバナナをドロドロになるまで潰し、卵と油を加え良く
混ぜ、塩と砂糖と豆乳を入れ更にかき混ぜる。
そこに、小麦粉をふるいながら入れてかき混ぜドロドロにして、フ
ライパンで両面を焼く。
バナナホットケーキの完成だ!
うん、まぁまぁだな。
1口食べ、そんな事を呟き、蜂蜜を採って来るか迷ったが、バナナ
の甘みと香りを消しそうなので止めて置いた。
﹁ほら子供達、久しぶりのお菓子だぞー﹂
﹁﹁﹁わーい﹂﹂﹂
かなり好評でした。
さて、次はこのおからを使う、醤油や糸こんにゃくとかを使って、
食べても良いけど、折角なので、お菓子に使用できないか考えた。
1201
適当に砂糖とか卵とか牛乳と混ぜれば良いんだろ?って考えで、バ
ターは無いので。ココナッツオイルで代用し、砂糖や卵、柔らかく
ならない程度に、牛乳の代わりに豆乳を入れ、小麦粉をふるいなが
ら入れ、良くこね、鉄のカップに入れ、オーブンにぶち込み、焼く。
んーマフィンっぽい。砂糖を少し減らせば、コーヒーのお供にも良
いな。店で出すお菓子決定だな。
おからを破棄したり、近所の定食屋に流さないで済むな。後でおか
らと小麦の比率を変えてみるかな。
﹁ほら子供達、また出来たぞ﹂
﹁また食べて良いの?﹂﹁そろそろ夜ご飯﹂﹁わーい﹂
﹁少しだから平気だよ﹂
そう言って、また子供達にお菓子を与える。
夕飯前にお菓子を子供に与える鬼畜魔王の誕生だった。
そして夕食後、余ったおからに小麦粉と砂糖と塩をぶち込み、良く
練って伸ばし、切れ目を入れオーブンでこんがり焼いてみた。
クッキーのつもりだったんだが、意外にらしくなっている。
これも砂糖の量を調節して、店で出すお菓子に追加だな。
おからと豆乳万能だな!
カカオも取って来て、ココアパウダー量産すれば、チョコ系のお菓
子も出来るな。これはカカオも早急に取りに行く計画も立てないと。
1202
第79話 コーヒーについて色々作ってもらった時の事︵後書き
︶
感想で、トルココーヒーや豆乳を使う案を出していただき、ありが
とうございました。おかげでこのような話が書けました。
結構おからや、豆乳を使ったお菓子が有るんですね。コレでカフェ
のメニューが潤います。
1203
第80話 コーヒーショップを始めた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
コーヒーの淹れ方は簡略してあります。本当の淹れ方はもう少し細
かいです。
前回の感想で、豆乳を入れると、コーヒーの酸味で豆乳が固まると
ご指摘をいただきましたが、ご都合主義ですので、成分未調整豆乳
でも固まらないと思って下さい。
1204
第80話 コーヒーショップを始めた時の事
世界が白い・・・またここかよ。
今は、もう慣れた浮遊感の中で体を起こすと神が居た。
﹁お久しぶりです、いや、このトルココーヒーって言うのは中々美
味しいですね、少し豆が口に入りますが。煮出しているのに、想像
していた物より濃く無くさっぱりとしていますね﹂
﹁そうですか、今回はなんでしょうか?﹂
﹁特に有りません、しいて言うならコーヒーに興味が沸いてたので、
飲んでいたのですが、寂しかったので﹂
﹁そうですか﹂
﹁どうぞ﹂
そう言って執事みたいに椅子を引いてくれ、コーヒーも注いでてく
れた。
神様なのに、こういうのが凄く絵になるから不思議だ。
﹁お待たせしました、ご主人様﹂
物凄く落ち着いた雰囲気で、コーヒーを出してきた。
﹁一応神様なんだからさ、そういうのはやらない方が良いのでは?﹂
﹁なんだかんだ言って神も暇ですからね、色々見て学んだりもしま
すよ、独自に進化をした日本のメイドとか﹂
スルーっすか。
﹁あー、アレは無いです。どう考えて本場のメイドとは別な物な気
がします﹂
﹁同感ですね﹂
そう言って、向かいに座り、お互いにトルココーヒーを口にする。
﹁メイドはあんな自己主張しちゃいけないと思うんですよ、ヴィク
1205
トリア朝っぽい家具に囲まれた店で、来店したら、男女問わず﹃お
帰りなさいませ﹄とか言われて、椅子に座ると﹁今日は紅茶でしょ
うか?コーヒーでしょうか﹂とか言われ、日替わりスイーツと紅茶
かコーヒーか、選べる位で良いと思うんです﹂
﹁かなりの熱弁ありがとうございます。私もそう思います。ですが
地球の神は﹃スカートが短くてえぇのう﹄とか言ってましたがね、
これが画像です﹂
そう言って、何も無い空間にプロジェクターで投影した様に画像が
出て来た、白髪の髭がもっさもっさの爺さんが、ミニスカメイドに
囲まれてオムライスを食っていた。
﹁地球の神駄目だな、ってか星に降りて平気なんですね﹂
そう言ってコーヒーを飲む。
まぁ、東京の安アパートに休暇に来てた神も居たからな。
﹁偶にはこういうのも良いでしょう?﹂
﹁えぇ﹂
そう言って指を鳴らすと目の前にクッキーが出て来た。
俺はそれを一口食べ﹁バタークッキーですか?﹂と言った。
﹁えぇ、苦味が強いので、まろやかな甘さの有る物を用意しました。
本当はキャラメルやティラミスやアイスクリームでも良いのですが、
そちらでは作るのに苦労しますからね﹂
﹁そうですね﹂
﹁なのでお店でどうです?﹂
﹁それが俺を呼んだ本当の目的ですか?﹂
﹁えぇ﹂
﹁良いかもしれませんね?﹂
﹁ミルクや豆乳を沢山入れて、甘くしたコーヒーにはスコーンの様
なシンプルな物も良いですね、あ、マフィンみたいな物を作ってま
したね、材料を無駄にしないって良い事ですよね﹂
﹁コーヒーにはまりました?﹂
1206
﹁えぇ、意外に奥が深いですね、今度ダッチコーヒーに挑戦しよう
かと﹂
﹁あー水出しコーヒーですか。程々にしないと、何も無い空間の一
角に喫茶店風なのができちゃいますよ﹂
﹁良いですね、各星々の神でも招きますか﹂
﹁そっちの付き合いはどうなってるのか知りませんけどね﹂
そう言って、クッキーを頬張り、残りのコーヒーを飲み干してカッ
プを置く。
この白磁のカップは当たり前だけど、向こうでは極小の樽みたいな
んだよな。練って、薬塗って焼くってのは解ってるけど。粘土練っ
たり、上薬をどうするのかさっぱりだ。
﹁んじゃご馳走様でした。これだけなんですよね?﹂
﹁えぇ﹂
物凄い笑顔で言い返され、本当に執事喫茶とかで働いたら、女性が
入れ食いな気がする。
そう思いながら俺は覚醒した。
◇
﹁何か有ると夢の中で呼ぶの止めて欲しいよな、あーなんかだるい。
神が夢に出てくると必ずだるい﹂
そう愚痴り、顔を洗い、ヴォルフを撫で回してから皆と朝食を食べ
に外に向かう。
今日は、仲の良い男女を選んで、最低でも菓子作りが出来る組を選
びたいな、ってか店って2人で回るか?エリジンやコランダムの定
食屋とか夫婦経営が多かったし、なんとかなるか。
朝食を食べ終わったら、仲の良い男女か夫婦を呼び、町に行きたい
方を残らせ、その中から菓子が作れるかどうかを聞き、菓子が作れ
1207
る4組だけ残し、詳しい説明をする。
﹁島の太陽の沈む側。つまり山の向こう側に、この赤い実が成って
いるのは知っていると思います。これを島の主な収入源としようと
思い、まずはコランダムで、このコーヒーと茶菓子を出す店を経営
する事にしました。
今から一連の流れをやって見せます、それを真似して上手く出来た
方に町に行って、店を経営してもらいます。難しく考えないで良い
です、噂が広がり、有名になって、どこで買えるかが広まれば良い
のです、では始めます﹂
まずは、前日から用意してあった水に浸した豆を、カップで1つ水
と一緒に石臼で磨り潰し、布で絞り、おからと豆乳に別け、豆乳を
弱火で鍋で温めて置く。
その後、別の石臼でコーヒー豆を挽き、木の容器に入れて置き、ト
ルココーヒー専用の容器に、挽いた豆と砂糖をスプーンで1杯入れ、
水を入れ火にかける。
煮たって、泡がモコモコしてきたら、少し泡を捨て、即カップに注
ぎお盆に置き、小さい容器に豆乳を注ぎ、砂糖の入った容器も一緒
のお盆に乗せ。
﹁お待たせしまた﹂
そう言ってテーブルに静かに置く。
﹁これが一連の流れです、店が開店する前に有る程度、菓子を作っ
ておけば開店後も忙しくならないと思います。コーヒー豆も豆乳も
少し多めに作っておけば、挽く手間が少なくなります、これは手の
空いた時にすれば良いでしょう。石臼の使い方は解るとは思うので、
コーヒーを淹れてみましょう﹂
そう言って、作ったコーヒーを飲ませてから、集まった男女に作ら
せる。
1208
﹁カームさん、お湯から煮出しては駄目なんですか?﹂
最近は﹁魔王さん﹂を禁止している、色々と面倒だが、危険は少な
い方が良いからだ。
﹁お湯を注いで煮ても問題は無いんですが、その分煮出す時間が少
なくなります。なので好みにもよりますが、少し薄くなるかもしれ
ません。ですので水から煮出す事にしましょう﹂
ドリップコーヒーは、上からお湯を注ぐだけだからな。問題は無い
と思うけど、そういう事にしておこう。
﹁俺、お茶には砂糖入れないんですけど、砂糖入れないで作っちゃ
駄目なんですか?﹂
﹁風味を出す為です、料理に少し砂糖を入れると風味が変わるのと
同じです。なので要望が無い限り砂糖を入れて淹れましょう、じゃ
ぁ貴方は砂糖を入れないで、淹れて飲み比べしてみましょう﹂
そして全員がコーヒーを淹れ終わり、全員で全員分を回し飲みさせ
る。
﹁誰のが一番美味しかったか、正直に言ってください﹂
確か、ドリップコーヒーを淹れる時に出る泡が、雑味って聞いた事
が有る、なので泡の取り方で、美味しさが変わるかもしれない。
そして、8人中5人が1組の男を指差し、町に行く組が決まった。
見た感じ20代前半の若い組だ、15歳から大人と認められ、結婚
もして良いと言われてるこの世界で、20代前半で店を経営するの
は、早いのか遅いのかは、解らないが、取りあえず決まった。
﹁では多数決で決まったので、コランダムへ行っていただきます﹂
そう言うと2人は喜んでいる、そんなに町に行きたかったのだろう
か?
何も無い島に比べたら、魅力は多い気もするが、もしかしたら流行
らないで、潰れる可能性も有る。まぁ喜んでるから良しとしようか。
1209
﹁では2人にはお菓子作りと接客も、覚えてもらいます﹂
﹁頑張ります﹂﹁はい﹂
と、物凄く良い返事をした。
それからしばらくは、お菓子作りや、コーヒーを淹れる練習をさせ、
時々島民を客に見立て、練習もさせた。
﹁形にはなってると思います。なので、後は現地で細かい調整と話
し合いだけですね﹂
﹁﹁はい﹂﹂
﹁では、後日出発しますのでよろしくお願いします﹂
◇
そして後日、俺はコランダムで出店すべく、様々な登録や許可を取
り、店の内装や看板を決め。料金設定もある程度決めた。
船には、買った物資を載せて、先に帰ってもらった。
物資は、銅材や必要な物資や頼まれていた物だ。
店は、出店が並ぶメイン通りから1本外れた、町のメインの十字路
の港側の店だ、人通りは悪くは無いが、賑わいは少ない。30日の
家賃もそこそこ、すべてが普通と言っても良い。
﹁本来ならば、仕入れとかが有りますが、コーヒーは島から直接宣
伝用に持ってきますのでタダですね、砂糖も島の物を使っても良い
んですが、島で使う分が無くなるので、仕入れる物は、豆乳用の豆
と、砂糖と、お菓子用の小麦やバターですね。
これは、俺の知り合いの商人に、既に話を着けて有るので、後で顔
を見せに行きましょう、店で買うより問屋から直接買った方が安い
ですので。在庫が無くなってきたら、売り上げから買いに行ってく
ださい。
あとは制服ですね、医者のアントニオさんの服を選んでくれた店は
1210
聞いてるので、そこに行きましょう﹂
そう言って店に2人を連れて向かった。
﹁いらっしゃいませー﹂
店に入ると、お姉さんが出迎えてくれた。
﹁後ろの2人に合う、なるべく同じ黒いズボンと、清潔感の有る白
いシャツを。洗い替えも含めそれぞれ4組下さい﹂
﹁はーい﹂
そう言って店内を回り、数種類のズボンとシャツを持って来た。
﹁んー、コレとコレか、コレにコレかしら﹂
と言いながら、組み合わせて行く。
それから少し、全員で相談して、動きやすい物を選んだ。
その後、黒のベストをそれぞれの好みで選ばせ、黒いネクタイを着
用させた。
﹁あら、意外にお洒落ね﹂
﹁まぁ、そういう風に見えるようにしましたので﹂
どうもコーヒーショップのマスターとかのイメージが強い。
﹁なにするの?﹂
﹁この辺には無い、お茶を出すお店です﹂
﹁へー、ゆっくり飲むお茶を出す店ねぇ、売れるの?﹂
﹁解りません、これが売れなきゃ計画が頓挫します。この辺には無
いお茶なので、まずは皆に知って貰い、家でも飲みたい人は、店で
買って帰り、需要が産まれます﹂
﹁まぁ、難しい話は結構よ、どこで、いつ、店を開くかよ﹂
そう言われたので、3日後にメインから1本外れた場所の﹁コーヒ
ー﹂って、名前の店と伝えた。
店の名前が商品名。覚えやすいと思うし、変にこだわるよりは良い。
パワーショベルの事を﹁ユ○ボ﹂と言うのと同じだ、某国ではバイ
クと言ったら﹁カ○﹂、車と言ったら﹁ス○ル﹂、こんな感じだ。
1211
﹁コーヒー、ねぇ・・・分ったわ、1回だけは顔を出して上げる﹂
そう言われ、お礼を言ってから店を出た。
その後に、ニルスの所に顔を出し、挨拶を済ませ、店の宣伝もして
おいた。
﹁メイン通りから外れてて平気なんですか?﹂
﹁落ち着いた雰囲気を出したいので。あと、メイン通りは料金が高
くて﹂
﹁そっちの方が本音でしょう﹂
﹁えぇ﹂
﹁では、後で顔を出します﹂
﹁よろしくお願いします﹂
﹁﹁よろしくお願いします﹂﹂
そう言って倉庫を出た。
俺達は店に帰り、今後の事を話し合っている。
﹁これからの事を話しましょう。ギルドの掲示板に広告用の紙を張
り付けておきました。これは30日で剥がす様に言ってありますが、
あまりにも客足が少ない場合は、また30日追加でお願いします﹂
﹁はい﹂
﹁様子見で数日は俺も店にでますが、俺が帰った後は、定期的に様
子を見に来るので、その時にでも声をかけてくれれば島民を連れて
来ます。後は近くの共同住宅でも借りてそちらに住んで下さい。あ
と休憩室兼倉庫は俺が転移魔法の転移場所に指定するので一角だけ
は紐を張って、物を置かない様にして下さい﹂
﹁解りました﹂
﹁明日は少し早く起きて人の様子を見て、開店時間や閉店時間を決
めましょう﹂
そう言って、店内のテーブルや椅子をどかして、寝具を敷き寝転が
った。
1212
﹁あー、借家を借りるのが面倒とか、お金を溜めたいって言うなら、
こうして物をどかして床で寝ても良いですよ﹂
﹁いえ、色々住むには不便ですので、借りますよ﹂
﹁そうですね、前にも言いましたが、お金はある程度自由にして結
構です。ですが持って逃げないで下さいね。探し出すのに苦労する
ので﹂
﹁え、あ。はい﹂
﹁まぁ、ある程度流れに乗って、生活できる程度にまでなったら、
独立しても良いですし、2号店とか出す場合は、そちらの裁量です
ので本当に自由にして良いですよ。ただコーヒーのイメージが下が
る様な事はしないで下さいね。そうすると島に居る皆に迷惑がかか
るので、では寝ますか﹂
﹁解りました﹂
◇
俺は少し早目に目を醒まし、全員で市場の方に向かうと、薄暗いの
に既に人が動き出し、露店の準備を始めている。
市場の朝は早いな。
そして朝日が昇り、少しでも明るくなったら、直ぐに商売を始めだ
した。
﹁日の出と共に商売開始か、んじゃ適当に飯でも食いますか﹂
そして昼時になり、港の人が少なくなり、一斉に出店や飲食店が混
み始める。
﹁お茶とお菓子しか出さないから、この時間に休憩するのも有りで
すね﹂
﹁そうですね﹂
ついでに宣伝活動もしておく。体の前後に板をひもで縛り、超笑顔
で声を掛ける。サンドイッチマンだ。
1213
皆から笑われたが、知った事では無い。むしろ目立って注目を集め、
良い宣伝効果になる。
﹁そこのお兄さん、今までに無い新しいお茶だよ。少し苦いけど、
疲れた体にもいいし、眠気にも効くよー。そこのお姉さん・・・﹂
﹁恥ずかしい﹂﹁恥ずかしいです﹂
そう言って2人は中々動かないでいる。動かないでも見られる事は
見られるので、ただ立って居るだけでも、宣伝になる。
こっちの世界では、こんな宣伝方法は無いのか?俺はノリノリなん
だけどな。性格の違いか?
そして夕方になり、早い所では酒場が開き、既に酒を飲んでいる奴
等が居る。
﹁この頃には店を閉めても良いかもしれないね、丁度海に太陽が隠
れたくらいですね﹂
﹁さて、今日一日ずっと人の流れを見ていた訳ですが、開店時間は
日の出より少し早く、閉店は日の入りと共にで良いと思いますね﹂
﹁そうですね、昼時は一時的に閉めて、食事を食べに行くのも良い
かもしれません﹂
﹁けど、食後に飲みたいって人も出てきたらどうするんですか?﹂
﹁交代で良いんじゃないかしら?﹂
﹁その辺は任せますよ﹂
◇
そして開店当日、俺は男の方から制服を借り、店に立つ事にした。
俺がやるのは主に雑用をしたいが。2人では対応しきれない場合に、
俺が口を出す。
けど最初は流れを見せないと話にならないので、流れを見せる為に、
カウンターに立つ事にした。
1214
メニューは簡単﹁コーヒー﹂か﹁コーヒーセット﹂だ。
セットのメニューも日替わりお菓子なので面倒な事は極力避けさせ
た。
人件費を払い、軽食メニューを増やしても良いが、まずは軌道に乗
せないと始まらないからな。
そして、店のドアに付いているベルが店内に響き、ドアが開く。
﹁いらっしゃいませ、空いているお好きな席へどうぞ﹂
﹁はーい、朝食の前に来ちゃった﹂
そう言うとカウンター席に座った。
最初のお客様は、服屋のお姉さんだった。
﹁ふーん、メニューは少ないのね﹂
﹁はい、人数が少ないですし、まだまだ未熟なので、後々増やした
いと思っております﹂
﹁店の前に有った看板に、今日のセットはスコーンって有ったけど、
朝食前だから、コーヒーだけにしておくわ﹂
﹁かしこまりました、コーヒーを1つですね、少々お待ち下さい﹂
そう言って俺は手早く準備を始める。
﹁壁に飲み方が書いてあるのね、ふーん﹂
と言いながら、壁の挿絵入りの注意書きを読んでいる。
・静かに飲まないと、細かく砕かれた豆の粉が口に入るので注意し
ましょう。
・苦いので、お好みで砂糖を入れてお飲みください。
・砂糖を足して混ぜた場合は、粉が沈むまで少し待ちましょう。
・まろやかにしたい場合は、ミルクの様な白い液体を入れましょう。
・家でも飲みたい場合は、店で挽いた粉を痛まない様に、少量をお
売りします。淹れ方もお教えます。湿気に弱いので早めにお飲みく
ださい
・店では豆乳と言う白い液体を使っていますが、自宅ではミルクを
1215
入れると美味しくいただけます。
﹁出された砂糖は使い切っても良いのね﹂
﹁はい、ですが全部入れるとかなり甘いですよ? 書いてある通り、
少しずつ足す事をお勧めします﹂
﹁はーい﹂
﹁お待たせしました﹂
そう言って目の前にゆっくりとカップを置く。
﹁そうやって作るのね、取りあえず砂糖無しで﹂
そう言って少し口に含む。
﹁んー苦いわね﹂
そう言って砂糖を足して、ゆっくりかき混ぜ豆が沈むのを待ってか
ら、また口に含む。
﹁これ位かしら﹂
そう言って少しずつ飲んでいる。
半分位飲んでから﹁この白い物も入れてみようかしら﹂そう言って、
少しずつ足してから飲む。
﹁あら、飲み口が柔らかくなったわ、こっちの方が好みね﹂
そう言って、コーヒーを飲み干し、帰って行った。
午前中の人の入りはまぁまぁで、昼過ぎにはニルスが来た。
﹁顔を出しに来ました﹂
そう言ってカウンター席に座る。
﹁さっき昼食を食べたばかりなのでコーヒーを1つ﹂
﹁かしこまりました、コーヒーを1つですね、少々お待ちください﹂
そして俺は、コーヒーを淹れる準備をする。
﹁港での呼び込み見ましたよ、斬新な宣伝方法ですね、早速真似し
1216
て呼び込み宣伝している店が多いですよ﹂
﹁そうですか、先駆けになって良かったと思います﹂
﹁職員が、黒い肌の魔族が胸と背中に板切れを付けて宣伝してた、
あれカームじゃね? ってね﹂
﹁多分そうでしょうね、自分もノリノリでしたし﹂
そう言って目の前にコーヒーを出した。
﹁この間頂いた物よりこちらの方が良いですね﹂
そう言って砂糖を足しては飲み、足しては飲みを繰り返し、丁度良
くなったら、豆乳を入れ、残りを楽しんでいた。
﹁丁度良い砂糖の量が解ったので、今度は最初から砂糖を入れ、こ
の白いのを入れたのを多く楽しめます。どうです? 客の入りは﹂
﹁そうですね。まだ初日ですし、見慣れない単語と飲み物ですから
ね。口コミで広がっていただければ嬉しいんですけどね﹂
そう言ってカップを下げ、カップを洗う。
﹁しばらくは様子見で、じわじわ客足が伸びたり。休憩時間の1杯
って感じで飲んでもらえれば良いんですけどね﹂
そう言ってテーブル席の他のお客様の所にコーヒーを運ぶ。
﹁まぁ、話に上がったり、取り扱って無いか? って話が来たらこ
ちらから伺いますよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁持ち帰り用の豆ちょうだい!﹂
﹁かしこまりました、少々お待ち下さい﹂
カップで粉を掬い、袋に入れ持たせる。
﹁ありがとうございました﹂
﹁接客になると、普段とはやっぱり違いますね﹂
﹁えぇ、そういう物です﹂
﹁では私も失礼しますね、私にも1袋下さい﹂
﹁かしこまりました、少々お待ちください・・・ありがとうござい
ました﹂
そう言って袋を渡し、お金を受け取りニルスを送り出す。
1217
初日はまぁまぁだったな。
閑話
サンドイッチマン
﹁おいなんだよアレ﹂
﹁あの魔族、体の前後に板ぶら下げて、看板持ってなんか宣伝して
るぞ﹂
﹁恥ずかしくねぇのかよ﹂
﹁後ろの男女は恥ずかしそうにしてるぞ、可哀想に、見世物じゃね
ぇかよ﹂
﹁なんの宣伝だ?﹂
﹁コーヒー? 新しいお茶? だってよ﹂
﹁ほー、行ってみるか﹂
◇
﹁おい、なんか板をぶら下げてるの多くないか?﹂
﹁あぁ、新しいお茶の宣伝じゃなくて、色々な店や色町の宣伝だぞ﹂
﹁確かにアレは奇抜で目を引くからな、宣伝としては良いんじゃな
いか? だって目が行くし﹂
﹁アレはアレで効果は高いみたいだな。あ、アレ俺の知ってる店だ﹂
﹁皆必死だな、この間見た3人組は随分効果的な宣伝をしてたみた
いだな﹂
◇
1218
﹁さっきのコーヒーって言うやつ? どうだったよ﹂
﹁俺は有りだな、砂糖少なければ、目が覚めるし。店内の良い香り
が好きだな﹂
﹁俺は砂糖多めで、白いのも結構居れて飲むのが良いな、菓子も意
外に美味くてコーヒーに合ったな。値段もそこそこだし、簡単な休
憩で入るのも有りだな﹂
﹁そうだな﹂
1219
第81話 家に帰った時の事︵前書き︶
作業用BGM 某戦争映画垂れ流し
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1220
第81話 家に帰った時の事
コーヒーヒーショップ経営3日目、特に今の所問題は無く、賑わう
事も無く、暇をする事も無く、営業時間が終わり、4日目を迎えよ
うとしている。
◇
﹁背中いてぇ﹂
俺はテーブルと椅子の一部をどかし、床に寝具を敷いて寝ていた。
人族の2人は、仲が良いと言う事で近くの共同住宅の部屋を借りて、
この店に通っている。
俺は着替えを済ませ、日替わりの菓子の仕込みを始める。それから
少し遅れ、2人が来る。
﹁遅れました﹂
﹁いえいえ、俺も今始めたばかりですので。そうそう、そろそろ慣
れてきたと思うので2人で回してみて下さい﹂
﹁はい!﹂ ここ3日で覚えた顔も多い、固定客だ。なんだかんだ言って飲みに
来てくれる方々が居るのが嬉しく思える。これで2人が問題無く1
日過ごせたら、ココは任せて俺は帰ろう。
そう思いつつ、日替わりセットの菓子を焼きあげ﹁俺は今日、裏方
に徹しますので、よろしくお願いします﹂と言って、1歩引く事を
言った。
そして日の出と共に、洋服屋のお姉さんがドアのベルを鳴らして入
って来る。
1221
﹁いらっしゃいませ﹂
﹁また来たよ、コーヒーね﹂
そう言って定位置のカウンター席に座り、世間話を始める。
﹁昨日ね、私のお店でここで買ったコーヒー飲んでたら、お客さん
がね﹁良い香りね﹂って言ってくれてね、ここの新しいお茶って事
を宣伝しておいたから﹂
﹁ありがとうございます﹂
そう言いながら、男は手を休めずお客様の話を聞きながら、コーヒ
ーを見ている。
まだ世間話は続く。
﹁港で働いてる人や、冒険者もチョコチョコ見るようになったよね、
酔ったままの勢いで来る人も居るしね﹂
そう言いながら当たりを見回し、酔いを醒まそうと、砂糖無しで1
杯。仕事に行く前に1杯。噂を聞いた冒険者が試しに1杯。今の所
そんな感じだ。
けど、コーヒーは酔い醒ましにはならないんだよな、カフェインが
入って変に元気な酔っ払いの出来上がりだ。
その後には軽い脱水症状と頭痛のコンボだ。
昼頃にはニルスが、食後の1杯を飲みに来る。
﹁あれ? 今日はカームさんはカウンターに立ってないんですね﹂
﹁はい、今日は裏方に徹する事にしました。給仕をしたり、作業場
の方で菓子作りを手伝ってます。今日1日何事も無く営業で来たら
島の方に戻ります﹂
﹁そうですか、なんだかんだ言って、私も食後に毎日来てしまいま
すからね﹂
そう言って、毎回同じ量の砂糖と豆乳を入れて飲んで行く。
1222
﹁ここ数日で急に噂が広がって居ます、客が入る事は良い事ですが、
お2人は体を壊さない様にして下さいね﹂
﹁お気遣いありがとうございます﹂
そう言って男は軽く頭を下げた
﹁この調子なら本当に買い手も出てくると思います、その時はよろ
しくお願いします﹂
﹁こちらこそよろしくお願いします﹂
そう言って、ニルスは席を立ち、仕事に戻って行った。
その後も、ギルドの受付のお姉さんや、この店舗を案内してくれた
お姉さん達もやって来て、コーヒーセットを頼んで、会話を楽しん
でいた。
なんだかんだ言って、たまり場になった気がする。
閉店後。
﹁特に今の所は問題無さそうですね、ニルスさんが言っていた噂が
広がってると言うのが気になりますが、まずは定休日も決めましょ
う﹂
﹁ていきゅうび? ですか﹂
﹁決まった日に休む事ですよ、島でも10日に1回休みを作ってま
したよね?﹂
﹁はい﹂
﹁それのお店版です、5日に1回休んだり10日に1回休んだり、
それはお任せします。人数を増やし交代で休んで、店は1日中開け
っ放しって事も出来ますが、今は難しいでしょうね、では休みの日
は任せますので、俺は故郷に戻ってから、島に戻りますね。戸締り
とお金の管理はしっかりとお願いします。しばらくはあまり間を空
けずに、在庫の確認という事で、店を閉める夕方頃に様子を見に来
ますので、何か有ったらその時にでも報告お願いします﹂
﹁解りました﹂﹁はい﹂
﹁では﹂
1223
そう言って俺は、倉庫として使っている、奥の小さい部屋でベリル
に転移した。
﹁ただいまー﹂
そう言ってドアを開けると。
﹁﹁おかえりー﹂﹂
そう言って子供達が出迎えてくれる。見た目はもう小学生低学年く
らいの身長だが、まだ頭は撫でられる位置に有るのでワシャワシャ
と撫でてやった。
﹁おかえりー﹂
そう言って、ラッテも飛びついて顔を腕に押し付けスンスンと臭い
を嗅いで来る。
﹁あーなんか良い香りー、バターと・・・。なんかなんとも言えな
い色々混ざった香りがする﹂
多分コーヒーだろう、いろんな臭いが混ざってあの香りになってい
ると、聞いた事が有る。そう思ってたら奥からスズランもやって来
た。
﹁夕方に戻って来るなんて珍しい﹂
﹁そうだね、さっきまで港町で働いてて、島に戻る前に家に帰りた
くなってね、夕飯の用意とか色々出来てないと思うけど帰って来た
よ﹂
﹁別に構わない。少し多めに作ってあるから﹂
﹁今日の夕食はスズランが担当?﹂
﹁そう。もう出来てるから皆で食べましょう﹂
そう言ってテーブルに皿を並べ始めたので、いつまでも離れないラ
ッテを引きずりながら、テーブルまで向かった。
夕食は豪快な肉料理で、大味だった。
その後子供達と一緒に風呂に入り、のんびりと過ごしていたら。
﹁今日はお父さんと一緒に寝たい﹂﹁僕もパパと寝たい﹂
と言い出したが、ラッテが。
1224
﹁えー、今日はママが一緒に寝ようと思ったのにー﹂
と言い出し。その言葉に反応したスズランが俺の袖を軽く掴み、ク
イクイ引いて来る。
﹁帰るのは明後日にするからさ、俺の体は1つなんだし、俺とスズ
ランとリリー。俺とラッテとミエルじゃ駄目か?﹂
﹁お母さんと、ラッテお母さんには、お父さんと仲良くしてもらい
たいから。私とミエル。お母さんとラッテお母さんの方が良いよ。
だって﹁たまにはお父さんと一緒に寝たいよー﹂って、言ったし﹂
﹁そうなの?﹂
そう言ってラッテの方を見る。
﹁うん!﹂
﹁はい、素直でよろしい。あとで子供達にどんな事を言ったか、教
えてもらおうか﹂
﹁えーっとね、カーム君は私とスズランちゃんの夫だから、偶には
ママ達も甘えたい、って言ってるだけー﹂
子供達を見ると首を縦に振っていた。良く言っているのだろう。
﹁あー、うん。それ位なら別に良いんじゃないかな﹂
てっきりストレートに色々言ってるのかと思ったわー、夜の事情と
か。
ってな訳で1日目は子供達、2日目は妻達と言う事になった。
﹁お父さんと寝るの久しぶりー﹂﹁僕もー﹂
そう言って俺の両側に入って来て、腕に抱き付いて来る。この妙に
くっついて来るスキンシップはラッテの教育だと思うけど、相変わ
らずリリーの角が痛い。頬ずりするのは良いけど、腕に顔をグリグ
リするのは止めて欲しい。本当に硬くて尖ってて痛いんだから。
◇
朝は俺が一番早い。リリーが寝ていた側の腕を擦りながらお湯を沸
1225
かし、麦茶を多めに煮出し、カップに注ぎ椅子に座り、傷の様子を
見る。真っ赤だ。
これは本格的に、一緒に寝る時には角へクッションを付けるかどう
かを話し合う必要が有りそうだ。
そう思いつつ、椅子に座り麦茶を啜る。
﹁痛てぇ・・・﹂
自然と声が漏れ、我慢しきれずに回復魔法をかけ、朝食の準備を始
めた頃にラッテが起きて来た。
﹁おはよー﹂
﹁おはよう﹂
まだ眠そうにしているが、スズランやリリーよりは良い。その後に
ミエル、リリー、起されてスズランと続く。
朝食を食べ、ラッテを送り出し、スズランと共に家禽に餌をやりつ
つ、餌の事で色々教えてもらい、池のお姉さんの所に行くのに送り
出し、子供達は遊びに行くと言って出て行った。
俺は、家の前に有る麦畑の雑草を刈り取り、その辺に穴を掘り、放
り込んで置く。その後は色々と細々した事を見つけては片付る。
特にする事が無くなったので、村の中を出歩き、色々な場所に顔を
見せに行く。
まずは酒蔵。
﹁うーっすヴルスト﹂
﹁おう、相変わらず急だな。いつ来たんだ?﹂
﹁昨日の夕方。醸造は上手くいってるか?﹂
﹁まぁまぁだな。この間、珍しい事に遠くから人族が来たな。お前
が連れて来た奴以外だと初めてだ。よく解んねぇけど、校長が随分
頑張ってたぞ。蔵の数だけ酒が増えるし味も変わる、どんどんこの
酒を広めてくれ。ってな﹂
﹁酒を広める事に力入れてんなー。こっちは金が必要だったから人
族相手に商売始めたよ、とりあえず今の所は・・・まぁまぁだった
1226
よ。これが上手くいけば金も手に入って、島の皆に仕事を作れる﹂
﹁そうか、なんだかんだ言って村長みたいだよな﹂
﹁誰かに任せてダラダラやりたいよ﹂
俺達は酒蔵の隅で壁に寄りかかりながら、蒸留器に炭を投げ入れて
いる光景を見ながら、どうでも良い事をダラダラと話した。
﹁そう言えばリリーちゃんだけどよ﹂
﹁なんか問題でもあるのか?﹂
﹁いや、今の所ねぇけどよ。うちのプリムラの話だと冒険者になり
たがってるって話だぞ﹂
﹁そうか、俺としてはそんなのに成らなくても良いと思うんだけど。
爺ちゃん達に似たんだな﹂
﹁そうか? なんだかんだ言ってお前も戦場に行ってただろう﹂
﹁アレは仕方なくだよ、争いとは無縁な場所でのんびりしてたかっ
たんだけどな、魔法使って楽して仕事してたのが間違いだったなぁ
ー。多分それが魔王になった原因じゃないかって思ってる﹂
﹁そうか﹂
﹁まぁ、なっちまったもんはしょうがねぇからな。適度に手を抜き
ながら頑張ってるよ﹂
﹁それが良いな、お前は頑張りすぎる。今日飲みに行くか?﹂
﹁いや、嫁達が甘えたがってるからまた今度な﹂
﹁おう﹂
﹁そうそう、ベリル酒の少しだけ香りが付いたの、1樽だけ買うか
もしれん﹂
そう言うとヴルストは返事もせずに片手だけ少し上げて仕事に戻っ
て行った。
俺はそのまま、蒸留小屋を出て、村の森側へ向かうと、見回り中の
鹿を担いだシュペックに会った。
﹁おっす﹂
1227
﹁あーお帰り、最近定期的に戻って来ないから、またなんかやって
るんでしょ﹂
﹁まーな、今回はそれで遅くなった﹂
﹁ちょっと重いからさ、おっさん達の所まで手伝って﹂
そう言って鹿を持たされ、良く解体作業をしているワーウルフとワ
ーキャットのおっさん達の所まで運ぶのを手伝わされた。
﹁ふー、ありがと﹂
﹁いやいや﹂
﹁お。魔王様のお帰りか﹂
﹁豚の解体は上手くなったか?﹂
未だに俺に解体をさせようとするおっさん達、もっと他の奴に教え
てやれよ。
﹁いやいや、俺より上手い奴なんて沢山居るんでそっちに任せてま
す、んじゃシュペック借りますよー﹂
﹁森も炭を作るのに、木を切ってるから、風通しが良くなって良い
感じだよ﹂
﹁そうか、俺が訓練所作ってた頃は、鬱蒼としてたからな﹂
﹁森の浅い所だけど、今は子供達の遊び場になってるよ﹂
﹁だから見回りと、動物狩り?﹂
﹁そうそう、やっぱり子供達が怪我するのは誰だって嫌でしょ? だから森の中も見回ってるんだよ、動物はアルクさんが管理してて、
数が減り過ぎ無い様にしてくれてる﹂
﹁助かるな﹂
﹁村の皆で決めた事だから。ほら、カームって魔王になってから忙
しいでしょ? だから偶に戻って来た時くらい、負担が減るよう
にって、村長が言ってたよ。畑作りとか、井戸掘りとか、周りの村
の手伝いとか色々させちゃったからじゃない?﹂
﹁そうだな、ありがとう﹂
そう言って、頭を撫でたくなる衝動に駆られるが抑えた。
1228
﹁じゃぁ僕は見回りが有るから﹂
そう言って手をブンブン振りながら森の方へ戻って行った。
シンケンにも会おうと思い、俺は村外れの櫓に向かった。
櫓の方を見ると、こちらに気が付いているのか、ずっと俺の方を見
ている奴が居る、多分シンケンだけどな。
少し近づき、櫓の根元に着いたら上から声がかかった。
﹁やぁカーム、今下りるから待っててくれ﹂
﹁俺が登るからいいよ、お前は仕事中だろ﹂
そう言ってほぼ垂直の梯子を登っていくが、正直怖い。
﹁初めて登ったけど、意外に高いし怖いし、遠くが見えるな﹂
﹁じゃないと櫓じゃないでしょう﹂
﹁だな﹂
﹁皆には会ったかい?﹂
﹁あぁ、シンケンが最後だ﹂
﹁そうか、最近戻って来るのが不規則になったね、忙しいのかい?﹂
﹁まぁな、最近は島で売れる物が出来そうだから、そっちに力を入
れてるよ﹂
﹁お金が無いと、何も買えないからね﹂
﹁そうだな、飢えさせないだけなら島の動物や魚を狩ってれば良い
けど、服や道具がな﹂
その後はなんだかんだ言って、ヴルストやシュペックと似たような
会話になった。
﹁まぁ、何か有ったら相談してくれよ、酒でも飲みながら話聞くよ﹂
﹁酒が入って無い時に相談したいな。酔っぱらったお前等の面倒見
るの大変だからな﹂
﹁酷いな﹂
1229
﹁お前たち夫婦は、酒が入ってないとまともなんだから。飲むなと
は言わないけど、少し控えろよ﹂
﹁酷い言われようだけど、否定できないな﹂
﹁自覚が有るなら子供達の前では少しは控えろよ。あ、ゴブリン﹂
﹁どこ!﹂
﹁あれ﹂
そう言って街に続く街道沿いに居る、小指の爪くらいの大きさのゴ
ブリンを指す。
﹁結構見えるんだな﹂﹁ゴブリン1体! 街道の脇、櫓から250
歩! 矢は届かない!﹂そう叫んで、ぶら下がってる木の板を、木
の棒で叩き、カンカンカンと鳴らしている。
﹁え? なんだって?﹂
﹁良く見えるな、この櫓は﹂
﹁じゃ無きゃ櫓じゃないよ﹂
と、さっきもしたような会話を繰り返し。俺は軽い挨拶をして櫓を
下りた。降りる頃には、農具を持った村民が、ゴブリンを退治しに
行っている。鍬とか鎌とかで殴り付たり、切ったりする姿はたくま
しく思えた。
鎌か・・・神話で首を斬り落とすのに、良く使われてたな。
まぁ、普段の使い勝手が悪いから使わないけどな、改造して鎖鎌と
かにしちゃいそうだし。
なんだかんだ言って腐れ縁ってこんなもんだよな。そう思いながら
家に帰った。
昼食後は、子供達の稽古につき合わされ、風呂に入った後、夕食を
食べている最中にヴルストがやって来た。
﹁これ、皆からのお礼だ。話し合ったんだけどよ、1樽は無理だけ
ど、皆で少しずつカームに奢ろうぜって事になってな﹂
そう言って、普通の樽の半分の大きさの樽を地面に置いた。
﹁何言ってんだよ、中樽になみなみ入ってるじゃねぇかよ﹂
1230
﹁おいおい、黙って皆から奢って貰えよな﹂
そう言って俺の肩をバンバンと叩き帰って行った。
﹁ヴルスト君帰ったの?﹂
﹁あぁ、酒奢られちゃったよ﹂
そう言って中樽を家の中に入れ、瓶に詰め替え。3人で少しずつ飲
んだ。
﹁原酒は飲み辛いな、飲む時に少し加水する必要があるな﹂
﹁そーだねー、私は樽に入れないで、果物漬けた奴が好きだなー﹂
ラッテはなんだかんだ言ってチビチビ飲んでいる。
﹁少し香りがきつすぎる。多分燻し過ぎだと思う。3日くらい果物
を漬ければ飲み易くなると思う。干し肉が欲しい﹂
そう言ってスズランもチビチビ飲んでいる。
﹁私も飲んでみたい!﹂
そうリリーが言い出した。
﹁流石に駄目だな﹂
例え魔族で、見た目が人族の倍の速度で成長しても、今の見た目は
倍の10歳程度。俺は育ちが良かったから、5歳で飲まされたけど。
﹁良いよ良いよーどんどんのもー﹂
そう言ってラッテがカップを置き、スズランが蒸留酒を少し注ぐ。
﹁おいおい、不味いだろう﹂
﹁なんでー? 私もリリーくらいの時には飲んでたよー﹂
﹁私もお父さんから内緒で貰った﹂
そうやり取りをしてたら、リリーが水の様に蒸留酒を一気に飲み干
した。
﹁ぅえー、熱いし辛いよ﹂
﹁馬鹿、少しずつ飲むんだよ、水! 水飲め水!ってか酒はまだ早
いよ!﹂
﹁あちゃー、一気に飲んじゃったかー﹂
1231
﹁一気に飲むなら葡萄酒の方が良かった? リリーはお爺ちゃんと
一緒でいける口ね﹂
そう言ってカップに水を注ぎ飲ませている。
﹁へへー、ミエルも飲む?﹂
﹁ぼ、僕は、いらないよ﹂
姉の、熱いや辛いに反応したのか、少し怖がっている。
﹁そーかそーかー、けどもう少ししたら飲めるから、少しずつ慣ら
しておこうねー﹂
そう言って、ミエルの水の入っているカップに少し酒を注ぎ﹁ほら、
これ位なら平気だから﹂と言って、進めている。
この世界の法律とか、習慣とかは理解して来たけど、子供に酒を飲
ませるって考えが未だに賛成できない。駄目だこの母親。
﹁なんか変な味で、ただの苦い水だよ﹂
﹁ほー。ママとパパの子だからこれ位じゃ酔わないかー、ならもう
少し足そうねー﹂
﹁はーい、ストーップ。お酒は無理矢理飲ませちゃ駄目、子供なら
尚更です﹂
﹁えー家族で楽しく飲もうよー﹂
﹁こんな強い酒じゃ無理です、はいはい、もう駄目ね﹂
そう言って戸棚の一番高い所に瓶を片付けた。
スズラン
リリーの方を見ると顔が少し赤くフラフラして、ニヤニヤしている。
この辺は母親そっくりだな。
﹁リリー。大丈夫?﹂
﹁あははー、お母さんが3人居るー﹂
﹁駄目ね﹂
﹁駄目だな﹂
﹁そーだねー﹂
1232
﹁寝かせるか﹂
そう言って俺はリリーを抱き上げ、ベットまで運び、吐いた物がの
どに詰まらない様に横向きで寝かせた。
﹁僕、お姉ちゃんの事見てるから、ママ達と一緒に寝てても良いよ﹂
﹁おいおい、変な気を使わなくて良いんだぞ﹂
﹁約束だからね﹂
﹁これは約束の範囲を超えてるだろう﹂
﹁大丈夫だから、ママ達すごく楽しみにしてたんだから﹂
﹁解ったよ、そこまで言うなら任せよう。お姉ちゃんを頼んだよ﹂
﹁うん!﹂
力強い返事が返ってきたので、ゆっくりとドアを閉めた。
実の姉に悪戯しなければ良いけどな。けど半分夢魔族だし解らんな
ー。
﹁ってな訳で、ミエルが子供なのに物凄く気を利かせてくれたので
すが。大人としてどうかと思いますが寝ます﹂
﹁はーい﹂
そう言ってラッテが、俺の腕にしがみ付いて、胸を押し付けて来る。
それに負けじと、スズランもしがみ付いて来る、が胸が無いので、
顎を肩に乗せて頬ずりして来る。
正直歩き辛い。
そのままどうにかして、ベッドに向かい、子供達に聞こえない様に、
日付が変わるまで夫婦の絆を深め合った。女性陣に主導権を握られ
っぱなしでしたが。
あとお互い1回で満足して下さい。
1233
第81話 家に帰った時の事︵後書き︶
おまけとしてもう一話SSを書きました。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
1234
第82話 キースが来島してた時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です。
多分タイトル詐欺では無いと思いたい。
1235
第82話 キースが来島してた時の事
翌日の昼食後。
﹁んじゃ、俺は島に戻るから、何か有ったら頼むよ﹂
﹁はーい、行ってらっしゃーい﹂
何故かツヤツヤしているラッテは元気に手を振り、同じくツヤツヤ
しているスズランは小さく手を振って、子供達も見送ってくれる。
俺も笑顔で手を振り、足元に酒の樽を置いて、転移陣を発動させ島
に戻った。
﹁ただいま戻りましたー﹂
﹁おう、客が来てるぞ﹂
そう言って、猫耳のおっさんは、斧を担いで森の方へ向かって行っ
た。
誰が来たか、言ってくれても良いと思うんだが。
﹁おうカーム、久しぶりだな﹂
﹁おー、キースじゃねぇか! どうしたんだよ、こんな島まで﹂
﹁お前の噂を聞いて、わざわざ来たんだよ。黒い肌の魔族が魔王に
なって、 島を切り開いてるってな、肌が黒い奴なんかそんなにい
ねぇからな。魔王がカームで良かったぜ。じゃなきゃ無駄足だった
ぜ﹂
﹁本当かよ、まだ魔王になってからそんなに経って無いぜ? お前、
大陸のどの辺に居たんだよ﹂
﹁あ? 大陸の中の方まで噂が広まってると思うか? 聞いたのは
港町だよ。討伐か護衛の仕事を探してたら、ギルド支部の中で噂を
聞いてな。人族の大陸に行く船に乗せてもらって、ココで降ろして
1236
もらったんだよ。島に名前が無いから﹁最近黒い奴が住み付いた島
だよ、噂位知ってんだろ﹂ってな﹂
確かに。名前なんか教会の誘致の時に、書類に書いただけだな。
﹁すまんな。まだ交易も本格的じゃないし、必要無いと思ってたん
だよ﹂
﹁訪ねてくる奴に優しくねぇな、ちゃんと考えておけよ﹂
﹁有るには有るんだよ﹂
﹁んだよ、言ってみろよ﹂
﹁アクアマリンだよ﹂
﹁はん、小洒落た名前だな﹂
﹁まぁな、故郷の名前の兄弟みたいな名前を付けたんだぜ﹂
まぁ、アクアマリンはベリルに鉄分が混ざって青く発色してるだけ
だし。この島は、遠浅の島で綺麗な海が広がっているから、俺はピ
ッタリだと思ってる。
﹁で、わざわざ来ただけか?﹂
﹁そのつもりだったが、気が変わった。俺もしばらく住んでみる、
良いだろ?﹂
﹁構いはしないけど・・・なんでだ?﹂
﹁危険な冒険者暮らしを、少し休んでみようと思っただけだ﹂
﹁金は出ないぞ﹂
﹁この島で金が使えるのか?﹂
﹁いいや、まだ使えないな﹂
ハハッと笑いながら、俺の家に招き入れ、コーヒーを淹れてやる。
﹁今の所、この島にしか無い、お茶の代わりになる物だ。人族の港
に店を出し、宣伝してるんだぜ。苦いから砂糖を好みで入れてくれ、
かき混ぜたら豆が沈むまで待ってくれ﹂
そう言って、カップをキースの目の前に置いて、俺もコーヒーを啜
1237
る。
﹁ニガッ!﹂
コーヒーを初めて飲んだ奴は、この反応が帰って来るから面白い。
そしてキースは、砂糖を足してかき混ぜる。
﹁泥水みたいな色だが、嫌な臭いはしないな﹂
目を瞑り、鼻をスンスンして香りを嗅いでいる。犬系の獣人族だか
ら、嗅覚が良いのか?
﹁まぁな、豆を挽いている時も結構いい香りするんだぜ。まぁ、こ
れが町で流行って、売れれば良いんだが﹂
﹁そう言う事は全く分らんが、売れないと金に成らん事は分かる﹂
﹁そうなんだよ、困るんだよ。これが売れなきゃ、海賊狩りでもし
て金を稼がないと、島に物を買って来る事が出来ないんだよ。
飯は多分だけど、人数がこれ以上増えなければ、問題無く食ってい
けると思うけど、道具を直す鉄や、生活用品が買えない。
森を開拓して、畑を広げ、小麦かジャガイモの収穫量を増やして、
売れば金に成るけど、そうするとかなり先の話になるし、森を広げ
る道具を直す鉄もタダじゃない﹂
﹁海賊狩った方が早いだろうが﹂
﹁自分から進んで、危険な事をするのが嫌いなんだよ﹂
﹁じゃぁ、その話に出て来た海賊はどうやって狩ったんだ?﹂
﹁島に攻め込まれたから、ついカッとなってやった、後悔はしてい
ない﹂
﹁後悔するような事なのか?﹂
﹁全然﹂
﹁だろうな﹂
そう言ってコーヒーを飲む。
﹁あ、そうだ。この酒を少し混ぜると、香りが強くなるし、風味も
変わるんだぜ﹂
そう言って、足元に置いて有る樽から、酒を空き瓶に移し、カップ
1238
にスプーンで2杯ほど足してやる。
﹁おいおい、そんな事して良いのかよ、俺は昼には飲まない主義だ
ぜ﹂
﹁これは強い酒だけど、スプーンで2杯くらいなら問題無いし、熱
い物に入れると、酒が飛ぶんだよ﹂ そう言いながら﹁嗅いでみろ﹂と言って、香りを確認させる。
﹁おぉ、なんかこう。表現し辛いが、いい方向に臭いが変わった﹂
そう言って、コーヒーに口を付ける。
﹁口から鼻に抜ける臭いが強くなったな、すげぇな。酒を少し入れ
ただけでこんなに変わるのか!﹂
﹁まぁな。この酒も、金が出来たら島で作ろうと思ってる﹂
﹁美味いお茶に酒、売れないって事は無いだろ﹂
﹁売れるまで解らないけどな。故郷じゃ、大切な収入源になってる
ぜ﹂
そう言って両手を軽く広げ、首を傾げて見せる。
﹁で、俺の仕事だが。狩か弓を使う何かか?﹂
﹁狩は間に合ってるな、斧でも持って木を切ってもらった方が良い
な。じゃないと、今狩りをしている人族の仕事を取る事になるし、
獲物を取りすぎても数が減る。畑が荒らされ無い様に、森の奥に追
い込む程度かな、獲物を捕っても、肉が売れれば良いんだけど、こ
こ島だろ? 保存方法が干し肉にするしか無いし、干し肉も余り気
味だ﹂
﹁おいおい、自慢じゃないがガキの頃から弓持って、獲物を追いか
けてたんだぜ? 今更斧って・・・﹂
﹁なら収穫の手伝いかな、土弄りも結構楽しいぞ。それか、このコ
ーヒー豆の収穫だな﹂
﹁ひでぇ話だ﹂
﹁島に来てくれて嬉しいと思う、けど仕事となると別物だ、家畜の
世話も有るけど、まだ数が居ないからな、食事を忘れない様に与え
1239
れば良いだけだ﹂
﹁本当に狩は駄目なのか?﹂
﹁駄目じゃないけど、キースの腕前で狩なんかしたら、本当に人族
の仕事が無くなる、どうしてもって言うなら話し合いか当番制だな
ー、弓を教えるのも良いな、弓作りからだけど﹂
そう言って俺は腕を組んで、少し渋い顔をした。
﹁解った解った、それなら仕方がねぇ、狩は少し諦める﹂
﹁そうしてくれ。俺は夕方まで森を切り開いて、この酒をコランダ
ムに届けるから、近くで仕事を見て覚えてくれ﹂
俺は立ち上がり、カップを片付け、森の方に向かった。
魔法で出したチェーンソーモドキで木を切り倒し、切株は地面を隆
起させて、掘り起こし、倒れた木の枝を掃い、ぶつ切りにしていく。
﹁なぁ﹂
﹁なんだ?﹂
﹁それ、お前にしか出来ねぇから﹂
﹁そうだな、だから斧で木を切り倒し、鋸でぶつ切りにして、割っ
て薪にするか。大工の判断で木材に加工するかだ。その後に地面を
掘り、根っ子を切り、切株を起こす、大変な作業だから、なるべく
俺はこの開拓を中心として仕事をしている﹂
﹁おー、魔王なのにすげぇな﹂
・・・
・
﹁魔王になったからって、変わる訳じゃねぇよ。まぁ前任の魔王の
噂は、俺の噂と一緒に聞いただろ? 今度はマシな奴だって﹂
﹁まぁ、な・・・﹂
﹁こんな感じで開拓して、ある程度広がったら、今度は畑を作って
作物を植えて、どんどん食料を増やす、しばらくはコレが仕事だと
思ってるよ﹂
﹁地味だな﹂
﹁けど、やらないと何もできない。木の生えて無い開けた場所まで
1240
移動して畑を作っても良いけど、ここを日の出と共に出発して、朝
飯と昼飯の丁度半分くらいの時間を歩かないと森が切れないからな。
そっちに家を建てるって言っても、全員が入れるだけの家を建てる
のにも時間がかかるし、船の出入りはこの湾くらいしか無い、だか
らこの辺りを拠点にして開拓するのが一番早い﹂
﹁そうかよ! 開拓って! 難しいんだな!﹂
そう言って、キースは鉈で枝を掃い、鋸を持ち、木を切っていく。
﹁鉈使いは良いけど、鋸はまだまだだな﹂
﹁うっせ! 黙ってろよ。一応近寄られた時の為に短剣の練習くら
いしたわ! 近寄られた事はねぇけどな!﹂
﹁はいはい﹂
そして夕方まで作業を続けた。
﹁手に変なマメが出来てやがる﹂
﹁持った事の無い、道具を握ってるからね、近接戦の練習だと思っ
て振れば良いさ﹂
﹁さっきも言ったが、近寄らせた事なんか無いけどな﹂
そうニヤニヤしながら、手を洗い、痛そうにマメを見ていた。
﹁俺はこれから、この酒を店まで届けるから、皆と一緒に休んでて
くれ﹂
﹁おう﹂
そうして俺は、店の倉庫に転移した。
﹁お疲れ様です﹂
そう言いながらフロアに出ると、もう店を閉めようとしていたのか、
客は居なかった。そして、まず目に付いたのが、店の幌の下に置い
て有るテーブルを仕舞おうとしていた事だ。
﹁お疲れ様です﹂
﹁外にもテーブルが有りますが、もしかして、急にお客様が増えま
した?﹂
1241
﹁はい、物凄く増えました﹂
﹁あー。手伝いを増やした方が良いですかね?﹂
﹁大丈夫です、なんとかなりましたので。店に入れる人数は決まっ
てますから﹂
この男は、才能がかなり有ると思う、多分俺なら軽いパニックにな
ってると思う。
﹁そうですか、なら安心です。それと、倉庫の方へ来てください﹂
そう言って、男女を倉庫まで呼び、蒸留酒を見せ説明した。
﹁俺の故郷で作っている酒です、まず飲んでみて下さい﹂
そう言って、硝子のコップに少量を注ぎ、隣には水を入れたカップ
を置く。
﹁どうぞ、その辺に有る、酒より強いですし、俺の故郷周辺にしか
出回っていません。あー、竜族の住む山の方でも作ってますが、自
分達で作って、自分達で消費しているので、そっちでも多分出回っ
て居ませんね。まぁ、どうぞ﹂
そう言って、進める。
﹁辛い!なんですかコレ﹂﹁からーい﹂
﹁ワインの2から3倍強いです、火も付きます﹂
﹁本当に飲み物なんですか? これ﹂
﹁はい、酒は温めると水よりも先に湯気になります、それを集めて、
樽に移し、数年寝かせた物がこれです。コレに水を足して飲みます﹂
俺は加水し、これ位かなと思う量を入れ、まず自分で飲んでから、
渡す。
﹁さっきのとは違い飲み易いです﹂
﹁少し癖が有りますが、飲めなくは無いですね﹂
﹁これはコレで売れると思うんですが。今日は別な飲み方を提案し
に来ました、これをコーヒーにスプーンで1から2杯入れます、フ
ロアの方に行きましょう﹂
そう言って俺はコーヒーを淹れ、好みの砂糖の量を聞いてから入れ
1242
て。スプーンで2杯ほど蒸留酒を入れる。
﹁どうぞ﹂
2人の目の前にコーヒーを置き、飲ませる。
﹁香りが違う﹂﹁香りが﹂
﹁酒って言うのは、温度が高くなると直ぐに湯気になってしまいま
す、コーヒーの熱さでも、湯気になります。それを利用して、香り
を更に強くする方法です。
お茶でも同じ事が出来ますが、この酒は香りが強いので、コーヒー
の方が合うと思います。張り紙を増やしますね﹂
・強い酒を少し入れると、香りが強くなります。試したい場合は声
をかけて下さい。申し訳ありませんが別料金が発生します。
﹁こんなもんだろう﹂
﹁別料金ってどのくらいですか?﹂
﹁銅貨1枚で良いと思います、この豆乳を入れる小さい容器の半分
の半分ですし﹂
﹁けど、そのお酒って貴重品で数も少ないんですよね? 店で出し
て平気なんですか?﹂
﹁研修と言う名目で色々な村に技術を教えてますし﹁良い酒が増え
るのは良い事です﹂と、言ってるのが村に居ましてね。その方のお
かげで、故郷の村の周りや、遠い町の方からも見学に来たり研修に
来たりしてますから、どんどん数は増えてると思いますし、多分平
気でしょう。まぁ、値段の項目を付け足しましょう﹂
・料金は銅貨1枚です
﹁どうですかね?﹂
﹁良いと思います﹂
﹁そうですか、なら俺はこの酒を売り込みに行ってきます。合鍵は
1243
有るので戸締りをして、先にあがってください。俺はニルスさんの
所に行って、少し話をしてから、倉庫で転移しますので﹂
﹁解りました﹂
﹁なら、明日から少量のお酒を、頼まれれば出してください、行っ
てきます﹂
そう言って、俺は空き瓶2本に酒を入れ、ニルスの所へ向かった。
﹁お疲れ様でーす、ニルスさん居ます?﹂
﹁わざわざ来てくれて申し訳ないが、今は商談に出ている、夜には
戻ると思うが、伝言が有るなら聞くぞ﹂
﹁んー、会えないと面倒なので待たせてもらいます。迷惑なら夜に
来ますが﹂
﹁いや、平気だ、悪いんだが倉庫にいない時には、誰も入らせるな
と言われてるんだ﹂
﹁それくらい平気ですよ、適当にその辺の角で時間つぶしてますか
ら﹂
そう言って倉庫の角に行き、ゴミ捨て場に有った中途半端な長さの
紐に魔力を通し、魔法の訓練をして時間を潰していたが、気が付い
たら周りに人が集まっていた。
﹁この間の体に板ぶら下げてた魔族のにーちゃんだよな? コーヒ
ー屋に行ったぜ﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁あの板ぶら下げて宣伝すんの恥ずかしく無かったのか? 今じゃ
皆真似して当たり前の様にやってるけどな﹂
﹁一番安くて宣伝効果の有る方法でしょう? 恥ずかしく無いです
よ、だってコーヒーが売れなきゃ、島の皆に給金出せませんし﹂
﹁そっか、あんちゃんあの島の魔族でほぼ島の代表だっけ、なら必
死だな﹂
うん確かに代表だね、魔王だけど。
1244
﹁お前達、何してるんだ、さっさと仕事に戻れ!﹂
倉庫に聞き覚えの有る声が響き渡る。
﹁どうもニルスさん、職員達を遊ばせて申し訳ありません﹂
﹁カームさんか、なら仕方無いな。なにせここ最近、板とコーヒー
で持ち切りですからね。今日は?﹂
﹁儲け話かもしれない話です﹂
﹁ほう、物は?﹂
﹁酒です﹂
そう言って、足元に有る瓶を持ち上げ、笑顔で言った。そうしたら
周りが騒がしくなる。
﹁酒だってよ﹂﹁気になるな﹂﹁たしかに、カームさんが持って来
た酒なら普通の酒じゃないんだろうな﹂
酒の話は、ここではかなり効果的みたいだ。
﹁なら奥に行って詳しく聞きましょう﹂
そう言ってニルスは事務所の鍵を開けた。
﹁で、どの様なお酒なのでしょうか?﹂
﹁酒好きの竜族が、本腰を入れて作る酒です﹂
﹁ほう・・・かなり美味いんでしょうね﹂
﹁好みが別れますが、取りあえず火が付きます﹂
﹁は?﹂
﹁火です﹂
そう言って、適当な皿を借り、少しだけ酒を垂らし、ランプの灯を
消してから酒に火をつける。
そうすると、青白い火がホワホワと揺れ、辺りに少しだけ良い香り
が漂う。
そうして、アルコールが燃え尽き、火が消えた所で、ランプに火を
灯し、会話を再開する。
1245
﹁えっと・・・火が付く酒って飲めるんですか?﹂
﹁はい、飲み慣れると、意外に癖になります﹂
そう言ってカップに少しだけ注ぐ。
﹁最初は、熱く感じたり、辛かったり痛かったりしますけど、飲み
方さえ解れば、気にならなくなります﹂
﹁うっ、そう言われると少し躊躇しますね﹂
そう言って、少し口に含み舌の上で転がし、目を左右に動かしたり
目を瞑ったりしている。
﹁きついですね、どうやって作ってるのか気になりますが、酒好き
には需要は有ると思いますよ﹂
﹁そうですか、では酒1水1で割ってみましょうか﹂
そう言って俺は勝手にピッチャーから水を注ぎ、もう一度飲ませる。
﹁今度はきつい香りが無くなり、随分素直になりましたね、舌触り
もですが。それにこの琥珀色をどうやって出すのか解りません﹂
﹁別に隠すつもりは無いですが、初めて会った時に言ってた、情報
を売れるなら、って奴ですよ。故郷の村でこの酒を造ってるんです
が、実は村にいる竜族が、世界にこの酒をとか言って、惜しげも無
く情報を提供してるんですよ。
その甲斐有って、じわじわと買い付けに来る商人や、技術を学びに
来る魔族が増えましてね、この間は人族の商人が来たって言ってま
したよ。話しは戻しますが、この色は樽に使われてる木材の色です﹂
﹁え? じゃぁ元の色は?﹂
﹁水のように、透明です。透明な酒を樽に詰め、これは年越祭2回
くらい寝かせた物です、最初に作った酒はもう5回になるので、飲
み頃ですね﹂
﹁5回ですか・・・随分仕込みに時間がかかるのですね﹂
﹁えぇ、長ければ長く置いた物ほど、角が取れまろやかになり、深
みが増します、竜族に伝えたら、宝物庫に入れ、年越祭100回分
寝かせるとかいいだしましてね﹂
﹁飲めるんですか?﹂
1246
﹁この酒は腐りません、カビも生えません。なので多分可能ですね、
いやー祭を100回超えた酒、飲んでみたいですね。20回過ぎる
とほぼ樽から無くなりますがね。ってな訳で売り込みに来ました。
買いませんか? まぁ少し冗談なんですけどね。
明日から店でコーヒーに、この酒を銅貨1枚で少しだけ入れられる
ようになったので、ソレの宣伝です。ぜひ楽しんでください、これ
はいつもお世話になっているお礼ですので皆で飲んで下さい、本当
に俺の故郷付近にしか無い酒なので希少品です。
無くなったからといって、直ぐに作っても、直ぐに飲めないので、
本当に品薄です。島の経営が軌道に乗ってきたら、島でも作ります
ので、その時にはお願いします﹂
﹁だから﹁儲け話かもしれない﹂なんですね、解りました、期待し
ないで待ってます。好評でしたら、買い付けに行きますので、故郷
の場所を教えて下さいね。それと、島で作り始めた時は言って下さ
い、予約しに行きますよ﹂
﹁解りました﹂
そう言って席を立ち、店に向かい、戸締りを確認してから、倉庫で
転移した。
閑話
コーヒーに酒?
﹁いらっしゃいませ﹂
﹁おはよー、なんか朝の日課になっちゃったわー。あら、強いお酒
? 朝からお酒ねぇ・・・香りかぁ、お酒付きで﹂
﹁かしこまりました﹂
﹁これを全部入れて良いの?﹂
1247
﹁はい﹂
そう言って、服屋のお姉さんは蒸留酒を全部入れ、張り紙に書いて
あった通りに香りを嗅いでいる。
﹁あら、これ良いわね。風味も少し違うし、これ位なら酔わないし﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁カームさんが言っていたのはこれか、コーヒーを酒付きで﹂
﹁かしこまりました﹂
﹁んー本当だ、なんで香りが良くなるんだ﹂
﹁コーヒーにお酒? 想像できないんだけど、誰か試してよ﹂
﹁冒険者のマナーが悪いって愚痴ってたじゃない、貴女が頼んだら
? 嫌な事はさ、お酒で忘れる物よ﹂
﹁それは解決になって無いよ﹂
﹁じゃぁ、全員で試しましょう、銅貨1枚増えるだけだし﹂
﹁﹁さんせー﹂﹂
﹁あ、本当だ﹂
﹁確かに﹂
﹁むー、少し変な苦みが混ざった﹂
﹁おい、強い酒だってよ﹂
﹁入れる前に少しだけ味見してみるか、・・・うえ、キッツ!舌が
ヒリヒリするぜ、コレ本当に酒か?﹂
﹁おい、書いてある通り入れてみろよ、香りが良くなったぞ﹂
﹁解ってるよ、けどよ今までに味わった事の無い味だったぜ? な
んだこの酒は? 兄ちゃん解るか?﹂
1248
﹁解りませんが、店を始めた頃にいた、魔族の方の故郷の酒と聞い
ております﹂
﹁なんだ、その魔族の兄ちゃん辞めちまったのか? 根性ねぇな﹂
﹁あの方は・・・店主と言った方が良いですかね。自分は雇われて
ここで働いてるだけですので﹂
﹁ほう。あの魔族の兄ちゃんは偉かったのか、あんな板を体からぶ
ら下げて、ヤケにノリノリだったから、宣伝の時と開店して直ぐの
雑務だけ雇われただけかと思ったぜ。解んねぇもんだなー﹂
1249
FINAL
ボス戦︵生物系︶
第83話 俺以外にも人族が魔族と色々と交友関係を結んでいた
時の事︵前書き︶
作業用BGMが常に﹁R−TYPE
﹂で固定されています。何故か集中できるんですよね。あと﹁緋蜂﹂
も聞いていました。STG系は集中力がかなり上がりますね。
適度に続きます。
相変わらず不定期です。
1250
第83話 俺以外にも人族が魔族と色々と交友関係を結んでいた
時の事
﹁カームさんちょっといいですか?﹂
俺は、作業中に漁班の人達に話しかけられた。
﹁何でしょうか﹂
﹁この海って遠浅ですよね、奴隷前に使ってた船で、フラットボー
トって言うのが有って。吃水が低く色々便利だと思うんですよ。あ
の、作っていただいても良いでしょうか?﹂
﹁ん? 便利になる物なら、俺に相談しないで、職人さんに相談し
て、作ってもらっても良いんですよ﹂
平底船か、確かにそれなら遠浅でも問題無く物資が運べるな、俺も
少し動いて見るか。
﹁あー、やっぱり俺も一緒に行きます。島の反対側に有るコーヒー
を収穫して、運ぶのにどうしようか、迷っていたんです。何も陸路
で運ぶ必要は無かったんですね、図面が解らないので一緒に大工の
所まで行きましょう﹂
そう言って、漁班の班長と一緒に、大工のジュコーブの所まで行く
事にした。
作業場へ行き、俺達は簡単な絵を見せながら説明をした。
﹁ってな訳で、こんな形の船を作ってほしいんですよ。そうすれば
島の周りの遠浅の場所も、気にする事無く、この船で物資が運べま
す。そうすれば陸路での運搬に必要な馬や牛が必要無く、人力でも
可能です﹂
﹁別に構わないけどよ、島の反対なんだろう? 櫂だけじゃ厳しい
んじゃないか? いや、言われたから作るけどよ﹂
﹁それなら俺に少し当てがあります、個人的に少し仲良くなったサ
ハギン系のシーラって子がいるんですけど、少し話しをしてみます
1251
よ﹂
﹁おいおい、何が有ったんだよ﹂
ジュコーブはニヤニヤしながら班長をからかう。
﹁魚を獲ってたら、いきなり水面から出て来て﹁それ、毒だよ﹂っ
て言われて、それから仲良くなったんですよ。その後も、後ろから
船を押したりしてくれたり、バランスを崩してボートが揺れた時に
抑えてもらったりで。まぁ、その・・・ですね・・・﹂
漁班班長は、少し恥ずかしそうにしている。まぁ種族の壁を超える
のは良い事だと思うよ。けどアジョットタイプの半魚人生産だけは
簡便な。
﹁今まで、お互いあまり関って無かったけど、ハーピー族達の様に、
少しずつ付き合いを始めるべきですね。班長、少し話し合いの場を
設けて欲しいんだけど、話通してもらえます?﹂
﹁構いませんけど、どうするんですか?﹂
﹁労働力として雇いたいんです、できればwin−winの関係に
持ち込みたい﹂
﹁なんだ? ウィンウィンって﹂
﹁お互いに損をしない様に、都合の良い妥協点を見つける事ですね、
お互いに勝つって意味です。皆、俺抜きで話し合いを進めて、個人
的に信頼を築き上げても良いんですよ。
その内、この島の村長を決めて、俺は引っ込んで自由に家族と暮ら
したいですし。まぁ、まだまだ先ですけどね。
けど、これからの事も考えて、そういう事も必要だと思うんですよ、
まぁ不安かと思うので、今回は俺が代表として出ますが。今後色々
細かい所まで手が回らないので、代表者を決めて、動いてもらうの
も有りだと考えてます﹂
﹁おいおい、村長はカームみたいな物だろうに﹂
﹁村長兼魔王とか、色々と身が持ちませんよ。今は、精一杯領地と
してもらったこの島を、住みやすくするのに動いているだけで。あ
る程度になったら、俺も普通に暮らしたいですよ。目標は島を4つ
1252
に分けて、そこに村を作り、それぞれの村で村長を出してもらって、
細かい指示を出してもらう、それだけです。
あぁ、話がずれましたね、話し合いの日程は船が出来てからですか
? それとも出来る前にやっちゃいます?﹂
﹁随分計画性が有るんだな。このまま島を牛耳るかと思ってたぞ﹂
﹁ないない。俺だって楽して生きたいですよ。魔王って言うのは職
業みたいな物で、前の魔王が人の使い方が荒かっただけです。まぁ
俺がそう思ってるだけですけどね、さて、どうします? なんでも
俺が決めるのはそろそろ終わりにしていこうと思ってるんで。班長
が決めて下さい﹂
そう言って、俺はいきなり漁の班長に話を振る。
﹁は、はい、話が決まったらカームさんに言いますので、それから
詳しい話を決めましょう﹂
いきなり話を振られて、少し焦ったが、なんとか答えたぞ、って顔
になったな。
﹁解りました、それでは話が決まったら言って下さい、じゃぁジュ
コーブさんは船の作成をゴブルグさんと作成お願いします﹂
﹁おう﹂
そう言ってその場は解散となった。
◇
翌日
﹁カームさん、今日の昼食後からでどうでしょうか?﹂
﹁早くね!? あと太陽2個分で昼食だよ?﹂
俺は、太陽の位置を確認しながら言った。
﹁いやー、シーラに言ったら﹁ちょっとお父さんに話してくる﹂っ
て言ってそのまま決まっちゃいました、場所は湾のこの間飯を食べ
た場所です﹂
1253
﹁ま、まぁ、早い方がいいですからね、交渉材料は何にするかな、
金銭のやり取りがまだ島で普及してないからな。まだ麦の収穫とか
には早いし。水生系の魔族って何食うんですかね?﹂
﹁解りませんよ、俺に聞かないで下さい﹂
﹁恋仲っぽい発言してたのに・・・﹂
﹁いや、まだそこまで行ってませんし、むしろ一緒に飯とか食って
無いですよ﹂
﹁俺の母親が、人族に結構近いサハギンなんですが。肉でも魚でも
食べてましたし。主食はパンでしたね・・・本当何が良いんだろう﹂
﹁解りません﹂
﹁相手の出方を見るしかないかー。まぁ飯でも食って考えよう﹂
俺は湾付近の、布を引いた机でボーッと麦茶を飲んで待っていた、
先方が来るまで、何も飲食しないで待つのが普通だと思うが。女性
が麦茶を持って来てくれたのだから仕方がいない。
そう思っていると、海の中から、水生系魔族が現れ、こちらに近づ
いてくる。
﹁あの女性がシーラさんです﹂
シーラと呼ばれたサハギン系の女性は、髪が尻の辺りまで長く、透
き通るような青色で、後ろで軽く髪を纏めている。水泳選手のよう
な、しなやかな体つきだった。
﹁あー、俺の母親に部分的にそっくりだわ、特に手に有る鰭みたい
な奴とか顔つきとか。母親と姉妹で、あの代表が俺の爺さんじゃ無
い事を祈るだけだ﹂
﹁え、ソレの方が嬉しいんじゃないんですか?﹂
﹁父親のリザードマンと恋仲になり、大陸の中の方で俺が産まれた
んですよ。それに今まで両方の祖父母を見た事が無いんです。なら
何かしら理由が有ると思った方がいいでしょう? 今更何か言われ
るのも嫌ですし﹂
1254
﹁そう、ですか﹂
まぁ、母親と髪の毛の色も違うし、肌も目も違うから母方の父でも
姉妹でもないだろうな。
更に代表が近づいてきたので、俺も近づき。挨拶を済ませる。
﹁今日は来て頂きありがとうございます﹂
﹁構わん、話が有るなら進めてくれ﹂
﹁解りました。とりあえずあちらで座って話しましょう﹂
俺は天幕の下の椅子まで、案内する。
﹁前に名乗ったと思いますが、カームと言います、よろしくお願い
します﹂
﹁確か名乗ってなかったな、ルカンだ。娘と違い、陸にはあまり適
した体ではないので手短にたのむ﹂
﹁解りました、手短に行きます。今、底の平らなボートを作ってい
ます、これなら今までのボートと違い、遠浅の海でも船底を擦らな
いで、物を載せても吃水が下がっても物が運べます。
俺は今、金を稼ぐのに、島の向こう側にある木の実を取って売ろう
としていますが。陸路だと時間がかかり、それを引く馬や牛がいま
せん、なので海を速く泳げる貴方達に協力をお願いしたいと思って。
話を持ち掛けました﹂
﹁長い! もう少し纏めろ﹂
これでも長いか!
﹁この島の反対側に有る実を、今作ってるボートでここまで運んで
豚
ほしいのです、収穫は俺達か、ハーピー族でやります。報酬は何が
良いですか?﹂
もうやってくれる前提で話そう。
﹁海で取れない物が良い、聞いた話だと、肉を育てているらしいで
はないか、定期的に陸の肉を食わせろ﹂
﹁本当にそれでいいのですか?﹂
1255
﹁問題無い。今まで食う分だけ取って寝ていただけだ。少し働いて、
陸の肉が食えるなら問題無い。力の余っている物も多いからな、船
に荷物を載せて引くだけだろう? 問題無い﹂
なんだろう、すごく男らしい。コレが海の漢か。ってかwin−w
inの関係も何も無いな。
﹁後は甘い物だな、海の中だと、どうしても無理だ、食えん。我々
の集まりでも、甘い物を食いたがってる奴がいる﹂
﹁分かりました。そういう方向で話を進めておきます。後は現物が
出来たら、実際にお見せして、船がひけるかどうか。どのくらいの
重さまで大丈夫かを確かめさせてください﹂
﹁分かった、皆にも伝えて置く、肌が乾いてきた、すまぬがそろそ
ろ失礼する。もしくは一度海水に浸かりたい﹂
﹁気が付かないで申し訳ありませんでした、今度話し合いの席を設
ける時は、波打ち際にします﹂
﹁そうしてくれると助かる。他に無いなら、シーラに任せ俺は海に
戻りたいんだが﹂
﹁主な話し合いはこれくらいなので、大丈夫です、ありがとうござ
いました﹂
そう言うと、ルカンは海に戻っていった。
男らしいと思ったが、陸での活動時間の問題だったか。山付近の湖
付近に住んでもらうのには、シーラさんみたいな、人型に近い方が
良いのかもしれない。もしくは川に帰ってくる鮭みたいに、水路を
作るかだな。
この間の食事のときも、人魚系も見かけたから。陸での移動は大変
だろうし。ある程度計画を練っておいても良いのかもしれない。
さすがに樽で運ぶのには抵抗が有る。どっかの人魚はたらいに入っ
てたけどな!タラの方は陸でも関係無く踊ってたし。水生系の魔族
は良く分からないな。
そう言っちゃうと。俺も分からない部類に入っちゃうのか。
1256
そう考えてたら、波打ち際で、班長とシーラがなんかいい感じで話
し合ってるし。まぁ、個人的に仲良くなるのも良いからね。そのま
まそっとしておきたいけど。なにか有益な話とかもしたいな。って
か話しに入り辛い。
馬に蹴られそうで、なんか怖いが、ここは話をするべきだよな。
﹁あ、あのさ、お楽しみの所ちょっと悪いんだけど、事前に聞こう
としていた事も伝えておこうね。ボートをちゃんと引っ張れるのか、
とか。どのくらい積んで平気なのとか。どのくらいで島の反対側に
行けるのかとか﹂
﹁あ、申し訳ありません、聞いておきますね﹂
﹁じゃ、じゃぁ俺は仕事に戻るから﹂
俺は、気を利かせその場から立ち去る事にした。
◇
湾の近くで船を作り始め、数日後。
﹁んーそろそろ、蜂を巣別けするべきかな。ハニービーを見かけた
ら、声をかけてもらっておくか、あと巣箱も作ってもらうか﹂
そんな事を、1人で呟いていたら、後ろから声を掛けられた。
﹁カーム、言われてた船が出来上がったぜ、どうするんだ?﹂
﹁ありがとうございます、思ったより早いですね。では、浮かべて
みますか? それとも進水式でもやります?﹂
﹁は? 奴隷を海に沈めるのか?﹂
﹁何それ、俺の知ってる進水式と違う﹂
﹁神に捧げ物として奴隷を海に捧げるんだよ﹂
﹁何それ怖い、葡萄酒とかを船に叩き付けるんじゃないんですか?
いや、この話は止めましょう。なんか文化と言うか根本的に何か
違う気がします﹂
1257
﹁そうだな。ただ単に浮かべるだけで良いな、漁班を呼び戻そう﹂
﹁そうですね﹂
そんな会話をしながら大声を出し、船を呼び戻す。
﹁ついに出来たんですね、おー、底が平らだー。コレですよコレ﹂
そう言いながら船の周りを、グルグル回る班長。
﹁おい、まだ浮かべてないからどうなるか解らんぞ、俺だってこん
なの作ったの初めてなんだからな、ってかこれくらい船大工にやら
せろよ﹂
﹁修行中でいないんですよ、なので変な注文してすみませんでした﹂
﹁・・・まぁ、勉強になったから良いけどよ。ほら、浮かべろ。水
が入って沈んだら恥ずかしいからよ﹂
そう言われたので、全員で船を押し、海に浮かべる。
﹁どうだ?﹂
﹁今の所浸水は無いですね、なんか重りでも乗っけましょう﹂
﹁んじゃ俺も乗る﹂
﹁あ、俺も乗ります﹂
そう言って3人で船に乗り、船体を揺らしたり、俺が魔法で石を出
し、どんどん重くしていく。
﹁大丈夫そうですかね?﹂
﹁そうですね﹂
﹁まぁ何か有ったら言え、直しに来る﹂
﹁ありがとうございました﹂
そう言うとジュコーブは丘の上の作業場へ戻って行った。
﹁じゃぁ、早速呼んでみますね﹂
そう言うと班長は、木の棒でバシャバシャと水面を叩き始めた。
そうしてしばらくしたら、シーラが顔を出した。
1258
﹁ボート出来たんですね、これを引けばいいの?﹂
﹁うん、お願い﹂
そう言って、班長はロープを投げ、シーラがそれを受け取り胴の辺
りに巻き、ゆっくりと泳ぎ出す。
ドルフィンキックかよ、ってか推進力すげぇ。なんだこれ、空荷な
のにこんなスピードでるの?
﹁あの、島の反対側までどの位で行けるって言ってました?﹂
﹁全力で太陽2個分って言ってましたよ﹂
﹁かなり早いですね﹂
﹁人魚系なら、もっと早いって言ってましたよ﹂
﹁あー、すげぇっすね﹂
このシーラって子は、時速約40kmかよ、物資満載で10kmと
しても7時間、水生系すげぇ。
あれ、ハーピー族も俺が転移魔法使って戻った時もかなり早く来た
し、ファーシルが親を呼びに行った時も往復でかなり早かったよな。
実はかなりスペック高いのか。
それを簡単な食事で使っていいのか。甘い物で使っていいのか。
ホントウニダイジョウブナノダロウカ?
なんかすげぇ良心が痛むんだけど。
こんど何か有ったら優先的に言う事を聞いてあげよう。あー、特化
型ってすげぇんだな。
閑話
ロックの冒険準備。
1259
﹁異世界から召喚した奴が修行の旅にでたいと・・・﹂
﹁はい﹂
﹁そいつは何をした?﹂
﹁無人島にいた、魔王を討伐後、また同じ島に魔王が現れたと噂が
広まり、ソレの討伐に行きましたが。魔王は居なかったと、言って
おりました﹂
﹁1体だけでも倒したなら十分だ、好きにさせておけ。それで強く
なって戻ってくれば尚良い事だ。精々各地で、良い行いをさせ、我
が国の印象を良くさせよ﹂
﹁かしこまりました﹂
□
﹁タケルよ、好きにして良いと許可が下りた。各地で困っている者
を助け、精進するが良い﹂
﹁解りました﹂
﹁ってな感じで、許可が下りて良かったよ﹂
﹁やったじゃねぇか、で、どこに行くか決めてるのか?﹂
﹁そろそろ温かくなってくるか、寒い方に行きたいな﹂
﹁なら山に向かって進んだ方が良いな、寒くなってきたら、町で防
寒着を買えば良い﹂
﹁だね、寒い所は煮込み料理が美味しいよねー﹂
﹁そして、それに合う酒。たまんねぇな﹂
﹁はは、まぁ各地の噂を聞いて、勇者を探して。話を聞きに歩くだ
けだから、あと、お金は一定以上を保って、せめて宿と食事だけは、
今以下にならない様にしないとね﹂
﹁そうだね、取りあえず商人の護衛しつつ、魔物の討伐部位とか、
賞金首とか出れば良いね﹂
﹁思った様に事が進めば苦労はしない、取りあえず商人の護衛の仕
1260
事を探すか、町までの道中で、魔物を狩るかだな、幸いな事に、ま
だ金は有るが、減らさない努力をしよう﹂
﹁だな、んじゃ俺はこの次の酒で止めて置くか﹂
﹁コレで止めるって言うのが普通じゃない?﹂
﹁メイソン、少しは節約しろ﹂
﹁へいへい﹂
﹁じゃぁ、準備をしつつ、商人の護衛任務が有ればそれを、なけれ
ば歩きながら次の町に向かう。でいいね﹂
﹁おう﹂﹁問題無い﹂﹁はーい﹂
1261
第83話 俺以外にも人族が魔族と色々と交友関係を結んでいた
時の事︵後書き︶
累計ランキングで300位以内に入りました。
これも皆様のおかげです、ありがとうございます。
1262
第84話 コーヒーを収穫した時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1263
第84話 コーヒーを収穫した時の事
夕方に、コーヒーショップの様子を見に行ったら。
﹁カームさん、もう豆が半分以下になっちゃいましたよ﹂
そう言われ、インテリアを兼ねる為に樽にコーヒー豆を入れていた
が、開けて見て本当に半分以上無くなっていた。
﹁あー本当だ、収穫しないと間に合わないな﹂
﹁何呑気な事言ってるんですか! かなり不味い事なんじゃないん
ですか?﹂
﹁数日分ならどうにかなりますので、取りあえず安心して業務にあ
たってください。いやー、こういうのって嬉しい悲鳴って言うんで
すかね?﹂
﹁何言ってるんですか、こっちは心配だったんですよ﹂
﹁まぁまぁ、取りあえず売上とかってどうなってます? 1日分で
いいので﹂
﹁えーっと、これ位です﹂
そう言って売り上げの袋を見せてもらった。
そして金額を数え、色々差し引いて、25日働いたとして、それ相
応の給料にはなる事が解った。
だがこの世界に月と言う単位は無いので﹁大体1ヶ月﹂が通用しな
いので、分り易い単位にしてやる。
﹁この金額だと、色々引いて10日働いたらこれくらいですね﹂
そう言ったら﹁﹁そんなに!﹂﹂と2人が言った。
﹁コーヒーの仕入れ代金も無いし、他の物はニルスさんに色々安く
していただいてますからね。借家の料金はどのくらいか解りません
が、それを差し引いても結構残ると思いますよ、豪遊とか、変な手
口に引っかからなければ平気だと思います。これからもよろしくお
1264
願いします﹂
﹁は、はい!よろしくお願いします﹂
﹁あー、島に戻りたい場合は、少し多めに休みを取る事を、事前に
看板でお客様に告知して下さい、その時に迎えに来ますから﹂
﹁解りました﹂
﹁じゃぁ俺は、明日から動きますので、豆が出来次第、届けに来ま
すね﹂
﹁お願いします﹂
◇
﹁ってな訳で、町に出した店のコーヒーが思ったより早く半分を切
ったので、収穫に行ってきます﹂
﹁なんだ、手伝わなくていいのか?﹂
﹁移動面で不安が有るので、取りあえず俺とハーピー族と水生系魔
族の手を借ります。報酬は肉なので、多めに狩って下さい、んじゃ
この空いた箱と袋を借りますね。キース、肉頼んだぞ﹂
﹁おうよ!﹂
俺はそのまま波打ち際に行き、少し大き目の石を空中に作りだし、
ドッパーンと大きな音を出した。
しばらくして、ルカンが顔を出した。
﹁うるせぇぞ!呼ぶ時はもう少し丁寧に呼べ﹂
やっべ、魚類が衝撃に弱いって忘れてた。
﹁すみません、次はもう少し優しく呼びますね。それと仕事です﹂
﹁なんだ、この間の船をひくのか?﹂
﹁いえ、それはまだです、急ぎの仕事です﹂
﹁・・・なんだ言ってみろ﹂
﹁金を稼ぐのに、この島の反対側にある、木の実が急ぎで必要にな
りました。陸を歩く魔族や人族では、島の反対側まで行くのに時間
1265
がかかります。なので泳ぎの速い、ルカンさん達に声を掛けました﹂
﹁それだけか?﹂
﹁木の実を収穫するのに陸に上がります、なので陸に上がれる方々
を選んでください、必要な量はあの箱いっぱいです﹂
後ろに有る、何個も積んで有る箱を指差した。
﹁解った、待ち合わせは島の反対側で良いんだな?﹂
﹁はい﹂
﹁お前はどうなんだ?﹂
﹁魔法で行きます﹂
﹁便利だな。まぁ先に出るぞ﹂
﹁お願いします﹂
そして俺は転移陣で、山に向かう。
ハーピー族にも声をかける為だ。
﹁おーカームじゃないか! どうしたんだー﹂
ファーシルは温泉でバシャバシャやっていた。
﹁キアローレさんにお仕事のお話だよ﹂
﹁肉かー! 肉がもらえるぞ!﹂
﹁あげないよ、働いた報酬なだけ、間違えちゃ駄目だよ﹂
﹁んー?﹂
ファーシルは首をかしげている。
﹁働くとお金がもらえるんだけど、お金より肉が良いって言うから、
お金じゃなくて、お肉なの、お金がいいって言うならお金を出すけ
どね﹂
﹁肉がいい!﹂
ですよねー。
﹁だから話し合い﹂
﹁そうかー、とーちゃんは上にいるぞー﹂
﹁急ぎだから呼んできて欲しいんだけどいいかい?﹂
﹁おー﹂
1266
ファーシルは濡れたまま飛んで行ってしまった。
ハーピー族って全員こうなのかな。
その後、お湯が湧き出ている場所やかけ流しのお湯を取り込む排水
の穴の点検をして、体感で5分もしないでキアローレがやってきた。
ちなみに穴の回りは羽が浮きまくってた。
﹁魔王よ、仕事らしいな﹂
もしかしなくても、俺の名前忘れてる?
﹁はい、あの赤い実を集めてもらいたいんです、後ろの箱いっぱい
に﹂
﹁わかった、あれも運べば良いんだな﹂
﹁いやいや、アレは俺が運びますよ、場所は丁度太陽の沈む方向に
集合です﹂
﹁集合?誰か来るのか?﹂
﹁水生系魔族ですね﹂
﹁奴等は好かん!﹂
﹁あの、何か有ったんですか? それなら色々と考えなくちゃいけ
ないので﹂
﹁魚なのに食えん。しかも反撃される﹂
捕食対象にしか見て無いのかよ。
﹁えっと、一応同じ魔族ですので、話し合えば、魚くらい分けてく
れると思いますよ?﹂
﹁おぉ、相変わらず頭が良いな!﹂
もう嫌だこの種族。なんか頭が痛くなる。本当に﹃頭痛が痛い﹄っ
て言いたくなる。
﹁あー、えっと、村の場所から先ほど泳いで向かってもらったので、
到着までもう少しかかると思いますけど、もう出ます? キアロー
レさん達は移動速度早いですよね?﹂
﹁うむ、赤い実の場所までは太陽が少し傾く位で付くぞ﹂
1267
やっぱり早いな、速さを生かした、なにかいい仕事が有ればいいん
だけど、島が発展した時の郵便物宅配位しか思い浮かばない。
﹁じゃぁ、太陽が沈む方角の、波打ち際に集まってください﹂
﹁解った﹂
そう言うと飛び立って行った、仲間とかに声かけないんですか?
そんな疑問はその辺に投げ捨て、俺も転移魔法で目的地まで移動し
た。
まだ誰も来ていなかった。
なので目印として、1番島の西側と言う事で、目印を地面を隆起さ
せ柱っぽく作る。これは後で石柱にしても良いかもしれない。折角
だから東西南北に4ヶ所立てるか。
そんな事をしていたら、半魚人タイプの魔族が水面から顔を出した。
アジョット
なんでコイツが一番早いんだよ。
そう思いつつ頭だけが魚のサハギン?が話しかけて来る。
﹁魔王さん、早いっすね﹂
﹁いえ、貴方もかなり早いですね、驚きました﹂
こいつ、声帯どこに有るの?
﹁俺はこの辺で一番早いからな﹂
そう言って親指を立てて前に付きだしてくる、コレで顔が人型で笑
顔だったら、好青年なんだろうが、顔が魚ってだけでなんかムカツ
クから不思議だ。だが差別は駄目だ、俺も笑顔で親指を立て返した。
多分グットサム的な物で合ってると思う。他の意味だったら最悪だ
けどな。
﹁皆が来るまで待ちますか﹂
﹁うっす﹂
台詞と首から下だけ見れば本当好青年なんだけど、頭で台無しだ。
そう思うのは、俺だけだろうか?
1268
それからしばらくして、ハーピー族が着き、水生系がやってくる。
﹁なんでハーピー族がいるんだよ﹂
﹁魔王に呼ばれたからだ﹂
﹁俺達もだよ﹂
なんか若いハーピー族と水生系魔族が中学生みたいな喧嘩を始めた
が、無視して話を切り出した。
﹁ここにいるのは、島に住んでたり、島の周りに住んでる魔族です、
なので仲良くしてもらおうと声をかけたんですが、迷惑でしたか?﹂
﹁いや。別に﹂
﹁そんな事はねぇよ﹂
双方が先生に喧嘩を止められた様な反応をしている。
﹁なんかさっきハーピー族の方に話を聞いたら、どうも海に住んで
る方々を反撃して来る魚と思っている考えが有るみたいですが、こ
の最なんでスッキリさせましょう。
ハーピー族は、海に住んでいる方達を食べ物としか思って無かった
みたいです、なのでお互いに食べ物を交換して、その考えを辞めさ
せ仲良くしましょうよ。ね?﹂
﹁そうだったのか、馬鹿だと思ってたが、本当に馬鹿だったんだな﹂
﹁魚みたいな格好しているのが悪い、今度から気をつけるし、ここ
にいない連中にも言い聞かせておく﹂
﹁次から気をつけろよ﹂
﹁﹁で、どうすりゃいいんだ?﹂﹂
2人は会話を終わらせ、俺に指示を仰いで来た。なんだかんだで息
ピッタリだな。
将来的にこの種族が仲良くなって。頭が魚で、体が人っぽくて、背
中に羽生やした子供とか作らないでくれよ。
﹁はい。簡単です、俺の後ろに有る木に生ってる、この赤い実をこ
の箱に集めて下さい、それだけです。赤く無いのは熟して無いので、
1269
収穫しないように。
袋も渡しますので、コレに集めて重くなってきたら、この箱に入れ
る、簡単でしょう?﹂
﹁簡単だな﹂
﹁あぁ﹂
﹁俺も頑張るんで、皆も頑張ってください。もちろん報酬は肉です
よ﹂
﹁﹁﹁﹁うぉーーーー!﹂﹂﹂﹂
なんか、本当にコレで良いのかと思えて来る、良心がなんか痛む。
発展できたら本当に優遇しよう。
俺は作業を開始し、実を袋に詰め、一杯になったら、箱に詰めに行
くという単純作業を繰り返しつつ、周りの様子もしっかり観察する。
﹁俺も方が多いだろ!﹂
﹁いいや、俺の方が重かったね!﹂
そんなやり取りをしているが、実を剥いて、種を乾燥させ、焙煎し
て磨り潰すから大差は無いと思うんだよな。
重くて多い方が良いと思うけどね。
﹁うめー﹂
﹁これ、ほとんど種ですけど食べられるんですね﹂
ファーシルとサハギンの女性はなんかのんびりしている。
なんか微笑ましいな。
人数が多かったから、箱は直ぐに一杯になったが、欲が出たのでつ
いでに﹁袋も一杯にしましょう﹂と言ったが、それでもあまり時間
はかからなかった。
ワイン樽で3個は有るか?けど実を剥いたり乾燥させるとコレがど
れくらい減るかだよな。
俺は両手を広げ、箱と袋がはみ出無い様に積んでもらい。帰る準備
1270
をした。
﹁みなさんありがとうございます。コレくらい有ればなんとかなり
ます。多分ですが村の方に行けば肉が有ると思うので、受け取りに
戻ってください﹂
そう言うと歓声が上がり。水生系魔族は海に全力で走って行き、物
凄い速さで泳いで行き。ハーピー族は東の空へ消えて行った。
肉ってそんなに有りがたいのか。こりゃ本格的に豚の繁殖に力を入
れないと不味い事になるな。野生生物も有限だしな、実際に兎なん
か全滅しかけてたし。
そんな事を思いながら俺は転移魔法を発動させ村に戻った。
﹁ただいま戻りましたー﹂
﹁おかえりなさーい﹂
なんだろう、少し気怠い。この転移魔法って物凄く魔力消費激しい
の?今まで往復1回とかだったから気が付かなかったな。今度注意
しよう。
﹁とりあえず採れるだけ取ってきました、ここから先の仕事は人族
の仕事ですね、実を剥いて広げて乾燥させないと﹂
﹁そうですね、私達では島の反対に行くのにも時間がかかりますし、
有りがたいです﹂
﹁けど任せっきりにはできないので、この間作った底の平たい船で
向こうに行って、積めるだけ積んで戻って来ることもしないと申し
訳ないですよね﹂
みんなに給料が払えればいいんだけど、まだまだコーヒーの知名度
は低いからな。売れたら1回全員でコランダムに行って、買い物と
かさせた方が良いのかな。
なんか気分は修学旅行だけど、全員分の6日分の食事を積むだけで
も大変だ、この計画は無理だな。あの船に全員乗らないし、食糧を
1271
積めるとは思えない。
そんな事を思いつつ、実は腐りやすいから直射日光の当たらない倉
庫になってる家にひとまず入れ、皆の肉の準備を始めようと思って
外に出たら、キースがドヤ顔で自分の後ろに有る、頭部や急所に穴
の開いた熊や鹿を親指で指している。
﹁ありがとう、助かったよ﹂
俺は大人な対応をしておいた。変に突っ込んだりするとさらに調子
に乗るからな。
皆で解体作業を始めようと思ったら、先にハーピー族が村に着き。
新鮮なレバーを食べようとしている。その気持ちは分かるけど、魔
族って言っても人型なんだから寄生虫とかには気をつけような。
その後に、一番泳ぐのが早いと言っていた、頭だけ魚の奴が海から
上陸して来た。本当体の構造がどうなってるのか気になる。
﹁じゃぁ皆さん揃ったみたいなので食べましょう。いただきます!﹂
﹁﹁﹁いただきます!﹂﹂﹂
今回も、収穫に参加していない方々も呼び、友好を深めてもらおう
と皆で食事をするが、やっぱり人族の男は、この間の上半身裸だっ
た人魚さんに釘づけだ。流石に今回は胸に布を巻いていたが、人族
の男に、1人身の同族を紹介してよ、とかも言われてる。
それとファーシルと先ほど話していたサハギンの女性は、一緒に肉
を食べ、しっかり仲良くなっている。
しなやかな引き締まった筋肉に一目惚れしたのか、男性のサハギン
にも女性が話しかけている。
まぁ仲が良い事は良いと思うよ。
﹁なぁ、カーム﹂
﹁なんだーキース﹂
1272
﹁何が目的なんだ?﹂
﹁何って。皆が仲がいい方がいいだろ﹂
﹁仲が悪いよりは良いけどよ、こんな魔族と人族が仲の良い場所な
んかほとんど無いぞ﹂
﹁なら作れば良いんじゃね? 今後も島を発展させるために、種族
を問わず受け入れるつもりだぞ﹂
﹁最悪戦争にならないか?﹂
﹁戦争にならない為に、魔族と人族を仲良くさせてるんだろ。なん
だかんだ言って揉めるのはお偉いさんと頭が糞硬い奴だけだ。この
島にしか無い物を流行らせ、それがお偉いさんの命令で無理矢理供
給されなくなったら、皆はどう思う? 不満に思うだろう?
それに、この島を手に入れようと人族や魔族を皆殺しにしても噂は
広がるからな、いくら洗脳されていたとか自分達より劣る魔族と友
好を深める奴は異教徒だとか言っても、殺しに来た兵士はどう思う
? いい気分じゃ無いよな。
そして、魔族から非難され魔族と戦争に・・・あれ? 戦争になっ
ちゃうな。どうすっか﹂
﹁知るかよ、途中まで真面目に聞いてた俺が馬鹿だったよ﹂
﹁いやーすまんな、これだと戦争になっちまうな。けど目標は、王
族や王室、貴族連中やお抱えの大商人にこの島の特産品を流行らせ、
この島の強奪の 反対票を稼げたらいいなー程度だな。脅されたら、
コーヒーの出荷止めるぞって言えば、国民が不満に思うから、手は
出せないと思いたい。
それでも戦争になったら。いやいや、戦争は駄目だったな。金が手
に入ったら、酒や菓子の特産品も作るから、双方に武力で介入し辛
い状況を作っておけばいいんじゃね?﹂
﹁また戦争がしたいのかよ?﹂
﹁全然﹂
﹁じゃぁなんで、戦争って言葉が出て来る﹂
1273
﹁国が関ると物凄く面倒くさい、ましてや魔族も居る、攻め入るの
には十分な理由だよ。上のご機嫌取りの為だけに、魔族が管理して
いる島なんか﹁理由なんか要らない、俺が管理する﹂とか言いそう
で、しかもその魔族が魔王と知れたら国も出てくるかもな、まぁ勇
者が来ましたけどな!﹂
﹁来たのかよ!﹂
﹁話し合いで解決したけどなー﹂
﹁話し合いって。勇者がそんな事聞き入れるのかよ﹂
﹁聞いてくれる理由が十二分に有ったんだよ、まぁそんな事後で考
えるとして肉でも食おうぜ﹂
﹁なんだよ、教えろよ﹂
﹁無理無理、キースでも、故郷の腐れ縁でも、親にも言えねぇ理由
だよ﹂
そんな会話をして、キースの取って来た肉を食いまくって、残り少
ない酒も出した。
これを機に、ハーピー族と水生系魔族が仲良くなれれば良いけどな。
閑話
あの気持ち悪いのはなんだ?
﹁なぁカーム﹂
﹁ん? なんだキース、まだ質問が有るんか︳﹂
﹁あの人族の体に魚の顔してる奴とか、魚の体に人族の手足が生え
てるのはなんだ?﹂
﹁サハギンだろ﹂
﹁いやいや、もう少しこう、全体にばらけるようになるんじゃない
のか? あそこにいる女性みたいに﹂
1274
キースが指を指した先には漁班班長と仲良く肉を食べているサハギ
ンの女性がいる。
﹁ああいう風に腕の一部に鰭が有ったり、手や足に鱗が少し有った
りよ﹂
﹁生命の神秘だな。だから全体にばらけないで一カ所に固まったん
だよ﹂
﹁その神秘とやらで片付けるのはおかしい、何なんだよアレは!﹂
﹁サハギンと人魚族﹂
﹁いやいや、サハギンや人魚って言うより魚人だぞ、しかもどこか
ら声が出てるんだよ!﹂
﹁口だろ、考え過ぎると禿げるぞ、俺はもう深く考え無い様にした
から﹂
﹁あぁそうかよ、俺はしばらく気になって寝れねぇぞ﹂
﹁禿げるぞ﹂
﹁オヤジはフサフサだ!﹂
﹁想像してみろ、アレとハーピー族が愛し合った結果を、アレに羽
が生えるんだぞ、神々しいと思うぞ﹂
﹁どこの邪神だよ!﹂
前世でトビウオっていたけど、そっちに流れてくれねぇかな。そん
な邪神は突然変異と生命の神秘がタッグを組んでDNAに喧嘩して
勝たないと無理だろうな。
1275
第84話 コーヒーを収穫した時の事︵後書き︶
内政とか外交とか政治とか駆け引きとか解りません。なので一般的
な視線からやってみたいと思っています。
おかしな事にならなければ良いんですが。
一周年記念作者のぶっちゃけ話しをおまけssの方でやるか、活動
報告でやろうと思っています。
お気に入りに入れてくれなくても、見れるおまけssの方が良いの
かな。まぁどちらかで載せます。
1276
第85話 蒸留酒がドワーフにばれた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1277
第85話 蒸留酒がドワーフにばれた時の事
肉を振る舞った翌日、島民全員でコーヒの実を剥き、種を乾燥させ
る為に板みたいな物の上に乗せ、グランドをならすトンボみたいな
のを作ってもらい、適当にころがして水分を飛ばし、大きな鍋で焙
煎し。空いた樽に詰める。
焙煎は中間くらいにしておいた。なんて名前だかは忘れたけど。何
種類も有った気がする。
実を取るのが、面倒だったが、島民募集したら少しは楽になるかも
しれない、ソレ専用に募集するのも良いかもしれないな。
コーヒー
﹁んじゃ、コレ届けてきますね﹂
そう言って、色々やって樽1個半まで減った豆を持って、店まで転
移した。
船とか使って送れたらいいんだけど、まだまだ小規模だからな。
﹁お疲れ様です﹂
俺は物置のドアを開け、店の中に入る。
﹁お疲れ様です﹂
﹁どうです? 間に合いました?﹂
﹁はい、あと3日遅ければ休みにする所でした﹂
﹁ね、間に合わせたでしょ? 焙煎が足りないと思ったら、さらに
煎ってから使って下さい﹂
﹁解りました、それと、とても言いにくいのですが﹂
店員の男は、俺に申し訳なさそうに言って来た。
﹁構いませんよ、どんどん言って下さい﹂
1278
﹁あの強いお酒なんですが﹂
﹁無くなりましたか?﹂
﹁いえ、有るには有るんですが、ドワーフのお客様が、物凄い食い
つきで﹂
﹁あちゃー、ドワーフか﹂
﹁詳しい話は、店長がいないと解りませんって言ったら、﹁毎日通
う、話を付けろ﹂と﹂
﹁その方、いつもどのくらいに来ます?﹂
﹁昼少し過ぎてからです﹂
﹁・・・解りました、今日はここに泊まって、明日対応します。い
きなり倉庫から俺が出て来るのは変でしょうし﹂
﹁申し訳ありません﹂
﹁いえいえ、貴方が悪い訳じゃ無いでしょう。まだ俺の使ってた毛
布は奥に有りますよね?﹂
そんなやり取りをしつつ、俺は店に泊まる事にした。
◇
翌日、俺が起きるのと同時くらいに店員が店に来て、一緒に仕込み
を始め、決まった時間に来る、服屋の店員や、港で働いている職員
が来て、世間話をしながら噂話程度の情報を共有してたりする。
﹁おー今日は魔族のあんちゃんがいるんだな、珍しい﹂
﹁えぇ、お客様の中で、どうしても自分と話を付けたいと、言う方
がいるみたいなので、今日はお店にでています﹂
﹁あんちゃんが一番偉かったんだってな、すぐいなくなったから俺
は勘違いしてたぜ﹂
﹁色々と多忙なので﹂
﹁ははっ、忙しくても倒れんなよ、最近じゃこの1杯が結構楽しみ
なんだからよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
1279
昼過ぎ。多分食後のニルスが店に来店し、俺と目が合った瞬間に俺
の目の前の席に座った。
﹁お久しぶりです、あ、コーヒーだけで、実はお話が有りまして﹂
俺は、コーヒーを淹れながら次の言葉を待つ。
﹁この店に来たドワーフ族が、私の商会にも来ました。他の商会に
も顔を出しているみたいですが。この店で出している、コーヒーに
入れるお酒の出所を必死に探しているみたいなんですよ、私も2瓶
程頂いてますが、言って良い物か解らなかったので﹂
﹁その話は店員から聞きましたので。昼少しすぎにこの店に来る見
たいですので、その時に話を付けますよ﹂
﹁そうですか、助かります、こちらもカームさんの故郷を知りませ
んし﹂
そんなやり取りをしつつ、目の前にコーヒーを置き、軽い噂話を聞
きつつ。俺は話に上がっている、ドワーフを待つ事にした。
カラカラーンと少し大きなベルを鳴らし、少し小柄だが、しっかり
と筋肉のついた男が入って来た。
そして俺の方を見ると、ズンズンと近づいて来て、目の前に座った。
﹁コーヒー、酒付きだ﹂
﹁かしこまりました﹂
注文を受け、コーヒーを淹れはじめるが、案の定話しかけられる。
﹁お前が店長か﹂
﹁えぇ、一応そうなっております﹂
﹁単刀直入に言う、この酒の出所を教えろ﹂
テーブルに太い手を置き、威嚇する様に言って来る。
﹁私の故郷です、この酒は村の特産品で、名前も村の名前が付いて
います﹂
﹁それがどこだって聞いてんだよ!﹂
ダンッ!とテーブルを叩き、周りの客が一斉にこちらを見る。
1280
俺はドワーフの目の前に、コーヒーと酒の入っている容器を置くと、
ドワーフは酒だけを一気に飲み、コーヒーに手を付ける気配はない。
﹁そうですね、この港から魔族の大陸に渡り、馬車で15日の所に
有る寒村ですよ。多めに見て30日くらいの旅でしょうね﹂
そう言うと、こっちに聞こえるくらい大きい舌打ちをし。
﹁遠いな﹂
その一言だけを呟いた。その後何かを考え、口を開き。
﹁俺を紹介しろ。お前の名前が有れば村に住めるだろ、それと村の
名前も教えろ﹂
﹁お客様、そういう話はここでする様な物では有りません、他のお
客様の迷惑になりますので。どこか別な場所でお話しませんか?﹂
﹁解った、早くしろ﹂
﹁申し訳ありませんが、後を頼みます。皆様ご迷惑をお掛けしまし
た、代金は私が払いますので、ごゆっくりコーヒーをお楽しみくだ
さい﹂
そう言ってカウンターに人数分の料金をポケットマネーから出し、
店員に﹁後はお願いします﹂と言って店から出た。
﹁おう、どこで話すんだよ﹂
﹁任せますよ、着いて行きますので﹂
﹁店とは雰囲気が違うな﹂
﹁接客中はあんなもんですよ、今のあんたは客じゃないので﹂
﹁確かにな、よし、俺の行きつけの酒場に行くぞ﹂
そう言って行きつけだと思われる酒場に同行した。
ドワーフが席に座り、適当に酒を頼み、俺は水を注文した。
﹁酒場だぜ? 酒を頼めよ﹂
﹁大切な話が有るのに、なんで酒を飲むのか解らないです﹂
毒耐性で、あまり酔う事は無いが。酒を頼まなかったのは、多分前
世の習慣だと思う。
1281
﹁じゃぁ詳しく教えろや﹂
﹁こっちこそ詳しく聞きたいですね、ただ単に俺の故郷の酒が浴び
るほど飲みたいのか、それとも、どうやって作るかを知りたいのか﹂
﹁どっちもだ﹂
まぁドワーフだからな、酒好きなイメージしか無いし、無理も無い。
﹁教えても良いんですけど。俺に旨みが無いです、俺の条件をある
程度のんでもらえませんかね?﹂
﹁金か? 金なら出すぜ?﹂
﹁腕を買いたいですね、ドワーフって手先が器用で、鋳物や鍛造が
得意と聞きます。もし、作り方を覚えたら、俺の島で働きませんか
?﹂
﹁島だぁ? お前なにもんだ﹂
﹁ここじゃ言えないですね、酒作りの技術を学んだら、俺の下に来
るか来ないか、それだけでよいんで答えて下さい﹂
﹁断ったらどうなる﹂
﹁俺は水しか頼んでないので、このまま帰ります﹂
そう言うとまた舌打ちが聞こえた。
目の前のドワーフはしばらく考え、口を開いた。
﹁島に行く前に酒作りを仲間に広めたい、それは可能か?﹂
﹁作り方自体は秘密にしていないですね、むしろどんどん広めろっ
て管理してる竜族が言ってますよ、いやー、竜族も酒好きですから
ね﹂
﹁竜族だと。竜族まで関ってるのかよ﹂
﹁どうします?﹂
﹁少し待ってろ﹂
そう言うと、飲んでいた酒を置き、顎に手を当て、物凄く考え込ん
でいる。
しばらく黙り、1人で考えているので、俺は水を飲んで待っていた
が、いきなりドワーフの口が開いた。
1282
﹁俺はヴァンだ、名前を教えてくれ﹂
﹁カームです﹂
﹁カーム、俺はお前の下で働く、頼む、教えてくれ﹂
いきなり態度が変わり、口調も心成しか丁寧になった気がする。
﹁解りました、店が閉まる夕方に、宿を引き払って、荷物を全部持
って閉店後の店に来て下さい、あ、この町で働いてます?﹂
﹁いや、旅の途中だ。必ず行く﹂
俺は、席を立ち、どのみち水しか頼んでないのでそのまま店に戻る。
□
﹁で、そのドワーフがそろそろ来るんですね﹂
﹁えぇ、戸締りはしておくんで、先に上がってください﹂
﹁分りました、御先失礼します﹂
﹁失礼します﹂
・・
そう言って片づけを済ませ、2人は店を出て行き、しばらくしてか
らドワーフが店に来る。
﹁来たぞ、教えてくれ﹂
店に来て速攻かよ、気が早いな。
﹁直接教えた方が早いでしょう、店の戸締りをするんで店内で待っ
ててください﹂
﹁おい、店閉めるのに、なんで店の中で待つんだよ﹂
俺は戸締りを確認して、ドワーフに確認を取る。
﹁今から体験する事は人族には秘密です、良いですね?﹂
﹁は? 今からナニすんだよ﹂
そう言ってドワーフは尻を抑える。
﹁いいですね?﹂
今度は念を押し、少し強めに言う。
﹁解ったよ、言わねぇよ﹂
1283
﹁今から転移魔法陣を展開します、俺に密着する様に近づいて下さ
い﹂
﹁転移魔法陣って。何言ってんだお前、そんな魔法使える奴なんか
限られてんだよ﹂
﹁なら俺は1人で帰るんでもういいですよ﹂
そう言って転移魔法を展開させ、周りが青白く光りはじめたら、ヴ
ァンが驚いた顔になり、急いで陣に入って来た。
﹁本当に使えるとは思わなかったぞ﹂
﹁まぁ、言わなければ良いですよ﹂
そう言って俺達はベリル村に飛んだ。
﹁ここが俺の故郷です、取りあえず紹介しますので、酒場に行きま
しょう﹂
﹁お、おう﹂
俺は酒場のドアを開け、勢いよく入る。
﹁ういーっす、お久しぶりです。ドワーフのヴァンさんです。なん
か酒作りを学びたいって言うんで、連れてきましたー。明日から蒸
留蔵で見学させて、慣れたら実際に働かせて、学ばせてみましょう﹂
﹁おーカームじゃねぇか、ドワーフだぁ? あののんべぇな種族か
! いいねぇ酒作りがさらに捗るな。ってかおまえいつもいきなり
が多いよな﹂
﹁村の道具屋のおやじに修理の仕方を習わせろ! あいつへったく
そだからな﹂
﹁俺は剣を磨いてもらいたいなー、この間熊を切ったら骨でやっち
ゃってよー﹂
﹁ぎゃはははは! お前馬鹿じゃねーの、ちゃんと骨の隙間狙えよ
なー﹂
﹁まぁ、すでに出来上がってるんですが、今からでも遅くは無いん
で、参加して下さい﹂
1284
﹁お、おう﹂
﹁マスター、このドワーフのヴァンさんにベリル酒、それとなんか
味の濃い肴を﹂
﹁おぅ、その辺の空いてる席に座って待っててもらえ﹂
﹁だそうです﹂
そう言うと適当に椅子に座り、ヴァンは先に運ばれて来たベリル酒
を一息で飲み干した。
﹁ッカー! この喉を焼くような強い酒。俺はこんなすげぇ酒を求
めてたんだよ!﹂
蒸留酒
﹁さすがドワーフだぜ! 校長より良い飲みっぷりだな﹂
﹁本当だぜ、コイツを一気するとはな﹂
﹁おい! こっちにドワーフがいるから皆で飲もうぜ!﹂
﹁﹁﹁おうよ!﹂﹂﹂
んー、好くも悪くも酒場だな。
﹁おい、カームっつったよな、この村の酒場は良い酒場だな!﹂
ガハハハハと大声で笑い、さらにベリル酒を注文し、どんどん飲ん
で行く。
速攻打ち解けてるな、どこの酒場でもドワーフは、こんなもんなん
だろうか。
新しい客が酒場に入って来たと思ったら、父さんだった。
﹁なんだ、カームじゃないか。戻って来てたんなら家に顔をだせよ
な﹂
そう言って同じテーブルに座る。
﹁さっき帰って来たばかりで。あっちにいる、やけに騒がしいドワ
ーフを連れて来たんだよ﹂
﹁・・・ドワーフか、次は何を考えてるんだ﹂
﹁いやいや、港町で偶然会って、この酒の作り方を教えろって言わ
れちゃってね、成り行きで連れて来た﹂
1285
﹁そうか﹂
父さんはドワーフの方を見ながら。
﹁あの種族は酒好きだからな、この酒場も賑わうだろう。それに酒
に関しては妥協しないからな、この村も酒で潤うだろう﹂
﹁そうだと良いんだけどね、明日の朝にヴルストにでも事情説明し
て、雇ってもらえるように口利きしてもらうさ﹂
﹁それが良いな、いつもの﹂
そう言って父さんも酒を頼んだ。俺も頼まないとな。
﹁俺もベリル酒と水を﹂
酒を注文して、酒が来るまでの間、微妙な空気になるが、酒が来て
とりあえず父さんと乾杯をした。
﹁どうなんだ最近は、スズランちゃんやラッテちゃんもお前から話
は聞かないって言ってるぞ﹂
﹁言って無いからね、余計な心配させるのも悪いし。ただでさえ子
供がいるのに、家を離れてるんだ。子供がいなければ家族全員で向
こうに行くさ、子供に仲の良い友達もいるのに、引っ越すのは可哀
想でしょ﹂
﹁そうだな、村の中で、子供同士皆仲良く遊んでるのを見るが、そ
う考えると引っ越せないな。まぁ昼休憩中のヴルスト君も見かける
が﹂
﹁あいつは・・・まぁ、それがあいつの良い所なんだよな。あと父
さんだから言うけど、人族の奴隷は段々奴隷の自覚は無くなって来
て、自分から色々動くようになったし、周りの魔族との交流も有っ
て、仲は悪くは無いよ。
それに島で見つけた豆で作った飲み物を、収入源にしようと考えて
る、その企画はもう動いてて、人族の港町で少しだけ流行ってるか
ら、少し見込みは出て来た。それに新しいお菓子と飲み物も考えて
る﹂
﹁昔からお前はそんな事しか考えてないよな。もう少し気楽に生き
1286
て見ろ、いつか倒れるぞ﹂
﹁気楽に考えてたら、奴隷が飢えて死んじゃうからね、取りあえず、
その新しい飲み物を売ってる合間に、森を切り開いて畑にしたり、
港町から人族の医者とかシスターとか職人雇って、どんどん住みや
すくしてるつもりだけど。色々と金が無い﹂
﹁お前が町に働きに行ってた頃のが有るだろう﹂
﹁アレは家族のお金、それを使ったら、スズラン達が餓える、だか
ら向こうの金は向こう、こっちの金はこっちって考えないと﹂
﹁小難しい事を・・・、なんで俺と母さんからお前が産まれたか解
らん﹂
﹁俺も解らない﹂
神様の気紛れだけどね。
そんな会話をしつつ、ゆっくりとしたペースで酒を飲み、近状を話
し、父親に少し愚痴る。
﹁まぁ、そんな感じで頑張ってるよ。まだ家に帰って無いから、俺
は帰って子供達と風呂にでも入って来るよ﹂
﹁そうしろ﹂
そして席を立ち上がり、ドワーフの方を見ると、蒸留したてのきつ
い酒に、果物を漬けただけの酒も飲んでいる。
﹁こいつは良い! 強いし甘い! 故郷の女子供にも受けるぞ﹂
子供は不味いだろうと思ったが﹁ドワーフ族だし﹂で済みそうだか
らそれ以上は口を出さなかった。気が付いたら校長も増え、ドワー
フと一緒に楽しそうに酒を飲んでいる。
﹁そうかそうか、お主の故郷にもこの酒を広めてくれるか! これ
でまた酒の種類や飲み方増えるぞ﹂
かなり上機嫌だ。職の事は言わなくても平気だな。少しだけ教えて
置くか。
﹁校長、そんなに飲み方にも興味があるなら、危険な酒の飲み方が
有るんですけど、やります?﹂
﹁なんじゃカーム、そんなのが有るのか﹂
1287
﹁フレイミングショットって言うんですけどね、盛り上がりますよ﹂
﹁おー、やってみてくれんか喃﹂
﹁マスター、小さいグラスに蒸留したての強いベリル酒持って来て、
それと藁を﹂
﹁何するんじゃ﹂
﹁酒に火を付けて飲むだけです、この酒って、火が付くんですよ﹂
そう言うと周りが騒めく。
﹁良いですか、これは絶対にグラスを手に持って飲んではいけませ
ん、失敗すると、攻城戦で熱湯をぶっかけられた顔になります、む
しろ顔に火が付きます、これだけは守ってくださいね﹂
そう言って、指先から火を出し、酒に火をつけ、顔や髪の毛に注意
を払いつつ、横から火の付いた酒を一気に、藁をストロー代わりに
使って啜り、一気に飲み干す。
﹁んあー。コレがフレイミングショットだぁ!﹂
そう言って、指先から火を出し、口に残った酒を霧状にして吹き出
し俺は炎を吹いた。
﹁﹁うおー、さすが魔王だぜ!﹂﹂
酒に火をつけたから、少しスス臭いが、飲めなくはない。
その後、マスターに物凄く怒られ、父さんは目の辺りを手で抑え、
首を振っていた。フレイミングショットは店の中では禁止になった。
その後、フレイミングショット用に、外に小さなテーブルが設置さ
れたらしい。
﹁ただいまー﹂
﹁﹁おかえりなさーい﹂﹂
ドアを開けると、子供達が腕に絡みついて来る。良く見なくても解
るが、毎回帰って来るごとに、少しずつ背が伸びてるんだよな、本
スズ
当魔族は成長が早いな。ミエルはまだ少し小さいけど。あとリリー、
ラン
腕にしがみ付いて来るのは良いけど胸を押し付けないでくれ、母さ
1288
んより、既にもう大きいぞ。
﹁はーい、ただいまー﹂
﹁どうしたのー? 今回は少し早かったねー﹂
﹁人族の方の港町でドワーフに絡まれてね﹁この酒はお前の故郷の
酒なんだってな﹂って﹂
﹁それなら仕方ない、あいつ等酒の事になるとそれしか見えないん
だもん﹂
﹁だから急遽戻って来て、酒場に連れてった、そして父さんに会っ
た﹂
﹁ふむふむヘイル義父さんと酒を入れての親子の会話って奴ですか
ー﹂
﹁そんな所﹂
﹁いつまで玄関で話をしているの? 椅子に座ったら?﹂
そしてスズランに少し注意された。
﹁ってな訳で、村にドワーフを連れて来た﹂
﹁ドワーフって何?﹂
﹁何って言われてもな、魔族の種族の1つだよ、手先が器用でお酒
が大好き、そのドワーフが旅先でこの村のお酒に出会って、作り方
を教えてっていうから連れて来た﹂
﹁手先が器用なら、道具屋のおじさんが村から出て行っちゃう﹂
﹁あのおじさんは、商人が仕事で、物を直すのはおまけ、そんな事
言ったらおじさんが泣いちゃうぞ。それにドワーフってあまり商売
っ気が無いから、商売やらせると多分売り上げが全部お酒になっち
ゃう﹂
﹁駄目な大人だ﹂
﹁ミエル、ソレは勘違いだ。何事にも適したお仕事って言うのが有
るんだ、ドワーフは物を作るのが得意だけど、商売が向いて無い。
そういう時は、道具屋のおじさんと一緒に働かせたら、ドワーフが
物を直したお金で、町から商品を買って来て、また物が増えて、ま
1289
たドワーフが直してってな感じでどんどん売り上げが増えていく、
それで給金としてドワーフにお金を渡せばいいんだよ、そうすれば
お金を多く使わない﹂
﹁少し難しいよ﹂
﹁そうだな、ドワーフに商売やらせるのは、エルフに森で狩をやら
せないで、池で魚の世話を任せてる様なもんだ。だからその人にあ
った職業を見つけてやるのも大切なんだよ﹂
﹁解んないよ﹂
﹁ハハ、ごめんごめん﹂
そう言って俺はミエルの頭を撫で、余っていたパンと肉料理を食べ、
子供達と風呂に入った。
寝る時は寝る時で、嫁達がニヤニヤしながらベッドに入って来た。
閑話
魔王って。
﹁おい、さっき魔王って言ったけどよ、本当かよ﹂
﹁あ? あぁ本当だぜ、なんか急に魔王城に呼ばれて、戻ってきた
ら魔王になってやがった、井戸掘りとか収穫の時に魔法で楽をして
たから、それなりに魔力は高いんだろ。あーそうそう、畑も一気に
10面とか魔法で耕せるぜ﹂
﹁おいおい、そんな偉い奴に俺は偉そうに喋っちまったよ、平気か
な﹂
﹁そんな事でいちいち腹立てる性格してねぇよ﹂
﹁そうじゃのう、学校に通ってた頃から、怒りに任せて何かしたっ
て事は聞かんな﹂
1290
﹁まさか息子があんなお調子者だとは思わなかった、昔から1歩引
いた感じの奴だったんだが、いい方向に変わったと思うべきか﹂
﹁お、あんたはカームの親父さんで?﹂
﹁そうだ、あいつが腹を立てた事なんか一度も無い、安心して酒を
飲んだ方がいい。あとで詫びを入れる事の方が、よっぽど嫌な顔を
すると思うぞ﹂
﹁そうか、なら飲もう。俺を拾ってくれたカームの親父さんに乾杯
!﹂
﹁おい、俺はもう家に帰る積りなんだが﹂
﹁1杯だけ奢らせてくれよ﹂
﹁参ったな・・・﹂
本当、あいつは何を考えてるか親の俺でも解らん。
1291
第85話 蒸留酒がドワーフにばれた時の事︵後書き︶
フレイミングショットは危険ですので、絶対にやらないで下さい。
1292
第86話 工場見学をした様な雰囲気だった時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1293
第86話 工場見学をした様な雰囲気だった時の事
酒の力を使って火を噴いた翌日、俺は朝食を済ませ、スズランに言
われた、家禽達の池に、疎水から水を引き込んでから、蒸留所に向
かう。
昨日のドワーフの件だ。
父さんと、話し合っていた最中に、﹁明日の朝だな!﹂とか聞こえ
たので、多分来ると思う。
﹁おっす﹂
﹁おーっす、ドワーフ来てる?﹂
﹁ドワーフ? 来て無いぜ? なんでだ?﹂
蒸留所
そう言われたので、俺はドワーフの事を全部話した。
﹁ほー、だからここに来たと﹂
﹁そーそー﹂
﹁話は変わるけどよ、魔王になったら火でも吹けるのか?﹂
﹁吹けないよ、なんで?﹂
多分昨日の事だと思うが誤魔化しておいた。
﹁いや、仕事仲間が﹁昨日酒場に行ったら、カームが火吹いてて﹂
とか言っててよ﹂
﹁あー、その時に、校長もいて﹁ドワーフにこの酒が広まれば新し
い酒の飲み方が増える﹂とか言ってたからさ・・・﹂
﹁なんだよ、教えろよ﹂
そう言ってヴルストは肩を組んで来る。
﹁この酒って火が付くのは知ってるよな?﹂
﹁もちろん。火には気をつけてるつもりだぜ﹂
﹁酒に火をつけたまま飲むんだよ、フレイミングショットって言う
んだけどな﹂
1294
﹁腹の中が燃えたりしないのか?﹂
ヴルストの顔付きが一気に真面目になる。
なので俺は、その辺に転がっている、少しだけ中身の入っている瓶
を見つけ。火を付ける。
﹁火って言うのは、冷ますか、燃料を無くすか、今吸っている空気
を無くせば消えるんだ、だから腹の中には、燃える酒が有っても空
気が無い、だから消える﹂
そう言って瓶の口を塞ぎ、しばらくしたら、消えたのを確認させた。
﹁それに、火って言うのは、空気を使って燃えるから、こうやって
手で蓋をすれば消える﹂
﹁本当だ、酒は残ってるのに火が消えた、けどそんな勢いよく燃え
ないぜ?﹂
﹁それは、量が多いからかな、燃える場所は決まってるから、燃え
る場所を増やせばいいんだよ﹂
そう言って、酒を少し口に含み、霧状にして吹き出す。
﹁この細かい霧になった酒1粒1粒が全部燃えるから、勢いよく燃
えるように見えるだけ、小麦粉でも燃えるぞ﹂
そう言ってもう一度酒を含み、今度は指先から火を出しながら霧状
にして火を吹く。
﹁な?﹂
﹁いっつも思うけどよ、お前頭良いのにアホだよな﹂
﹁まぁな、自覚は有るよ。いいか、男はいつまで経っても子供なん
だよ、大人になってそれを誤魔化し続けるか、誤魔化すのを止めた
だけだ。俺は酒場を盛り上げようとして誤魔化すのを止めただけだ﹂
﹁真面目な顔で言う事じゃないぜ? やっぱアホだな﹂
﹁ちなみに、料理中に火が付いたら、直ぐに蓋をする。油が燃えた
ら、油を足せば冷めるから消えるぜ、慌てないで冷静にな﹂
そんなやり取りをしていたら、ヴァンがやって来た。
1295
﹁おー! これが強い酒を造る秘密か!﹂
秘密じゃないんだけどな、施設って言うか、物って言うか。
﹁ヴァンさん、おはようございます﹂
﹁おー、昨日の飲み方は面白かったぞ、故郷に帰ったらみんなに自
慢できるぜ﹂
﹁酒を持ち帰っても自慢できますよ﹂
﹁そりゃそうだ!﹂
大口を開け、盛大に笑う。
﹁ってな訳で、ヴァンさん、こいつはヴルスト。この施設を作った
頃から働いてる古株の1人﹂
﹁おう、よろしくな﹂
﹁ってな訳で、説明頼む﹂
﹁俺かよ! おまえがしろよ﹂
﹁俺は、この施設を考えたけど、働いてるのはお前。実績が違う﹂
﹁んな事言って、面倒なだけだろ﹂
少し大げさに目を逸らす。
﹁おい、こっち見ろ﹂
そんなやり取りをしつつ、しぶしぶヴルストが一通り説明を始める、
色々な村や町から研修に来ているから、説明はなんだかんだ言って
小慣れていたし、質問された事に答えていた。
蒸留器
﹁こんなもんです、麦酒作るのと同じで、コレで酒と水を別けてる
って感じですね﹂
﹁ほー、酒には酒と水が混ざってるのか﹂
﹁そうですねー、だから温め、水よりも先に酒だけ集めるんですよ。
温めた酒の臭いってなんかむせるじゃないですか、それを集めるだ
けです、んじゃ実際見てみますか﹂
﹁おう﹂
1296
そう言ってどこかのツアーみたいにどんどん進めていくヴルスト、
なんか工場長みたいだな。
発酵とか、もう少し大規模に出来れば良いんだけど、蒸留器が小さ
いからな。ビールを作る工程をしてから、蒸留器にぶち込んでるか
らな、少し非効率だ、まぁ仕方ないけど。
その後は見学だ、蒸留器にビールを入れ、炭で熱し、冷却されて出
て来た原酒をヴルストがカップで掬い、ヴァンに渡す。
﹁コレが樽に入れる前の酒です、酒場に行ったなら解ると思います
が、果物とかが浸かってた奴です﹂
﹁ッカー、こいつは効くぜー﹂
口を付け、少しだけ飲んで直ぐにカップから口を放す。ドワーフで
もこれはキツイらしい。校長はゴクゴク飲んでたけどな。
﹁まぁ、こんな流れです﹂
そう言ってヴルストの説明が終わる。
﹁ヴァンさん、この蒸留器を作ってもらうんで、しっかり学んでく
ださいね、故郷と島の為にも﹂
﹁おうよ! 故郷に帰って、簡単な絵図面だけで物が作れる俺達を
舐めんなよ、材料さえあればこんなの直ぐに作ってやるぜ﹂
頼もしい言葉だな、まぁその資材を買う金が無いから、今はコーヒ
ーを売り込んでるんだけどな。その内カカオを取って来て、チョコ
モドキやココアも売り出そうと思ってるし、実現は来年かな。
﹁んじゃヴルスト、ヴァンさんを頼む、まだ村に空家が有ったか村
長に聞いて来るわ﹂
﹁おう﹂
なんだかんだ言って、面倒見が良いからな。多分大丈夫だろう。
俺は村長を探し周り、相変わらず無音で背中から接近されるのには
もう慣れた。この間の区分けの件でかなり村人の把握が出来ている
1297
らしく、空家もまだ有る事が解り、空家で、酒場から1番近い場所
を教えてもらい、一応理由を話し、代理で俺が来たことを伝えた。
家の場所を確認し、蒸留小屋に戻ると校長がいた。まだ授業中だよ
な?
﹁はっはっは、知ってしまえば簡単でしょう﹂
﹁酒が水よりも早く湯気になるとは思わなかったぜ﹂
俺が教えたんですよー。
﹁蒸留したての酒はどうでしたか?﹂
﹁ありゃすげぇぜ、なんせ目が回ったからな。酒飲んだ後に水を飲
追い水
むって事を初めてしたぜ﹂
チェイサーか。俺も良く頼んでるな。ってかそれでも酔って無いの
かよ。校長も校長だけど、ドワーフもドワーフだな。俺もだけど。
﹁こんなもん、故郷に帰ればもっと大きな物作れるぜ﹂
﹁ほー、今度場所を聞いて皆で遊びに行くかのう﹂
﹁止めてくれ、竜族が押し寄せて来たら、酒がいくらあっても足り
ねぇよ、なにせ俺達も飲むんだからな!﹂
﹁ぎゃはははは!﹂﹁ほっほっほっほ﹂
酒だけで同盟組んで、どっちかが侵略された瞬間、部族単位で大量
に援軍出しそうだな。酒好きは酒好きを助ける。のんべぇの理論に
なるのかな。
﹁なら数名を我が故郷に派遣してもらって、大規模な蒸留器でもつ
くってもらおうかのう﹂
﹁おうよ、聞いた話だと酒になった物なら、なんでもコレにぶち込
めばあの細い筒から強い酒が出て来るんだろ? 竜族がいる地方は
何で酒を造ってるか知らねぇけど、この村の酒と違うんだろうな﹂
﹁最初は麦じゃったが、最近じゃ芋や林檎や葡萄で試しておるわ、
土地がやせておるからな、蕎麦でも試したわい。それに樽にする木
にもこだわっててのう。1つの酒で5種類の木を試しておる。いま
1298
から年越祭を5回跨いだ頃が楽しみじゃ﹂
アクアビットか焼酎か?それにカルヴァトスにブランデー。竜族の
酒に対する情熱は半端ないな。長寿種ゆえの種族柄なんだろうか。
前に宝物庫に100年保存するとか言ってたが、宝物庫にどんどん
酒が増えそうだ。
﹁あー、話の途中ですみません、ヴァンさんの家なんですがー﹂
﹁おう、仕事が終わる頃に来てくれ、砂に水を撒くように、どんど
ん吸い取ってやるぜ﹂
﹁その意気じゃ、そうしてどんどん酒をこの世に広めておくれ。そ
うすれば儂は世界を周る!﹂
両手を広げ、声を大にして叫ぶ校長、コレで幼体なんだろ、あと何
年酒を楽しむんだよ。あ、死ぬまでか。仕方ない、子供達と遊ぶか。
﹁あ、パパ。おかえりなさい﹂
﹁はい、ただいま﹂
﹁ねぇ、パパって口から火を出せたの!﹂
凄く目をキラキラ輝かせミエルが俺に問いかけて来る。変な噂って
広がるの早いな。
﹁この間、リリーが飲んだ強いお酒に火をつけただけだよ﹂
﹁でも、すごい勢いで火を吹いてたって、遊んでた時におじさんが
言って来たよ﹂
﹁皆で遊んでた時に?﹂
﹁うん、いきなり話しかけられて﹁お前のお父さん、口から火出し
てたぞ﹂って﹂
俺は手で目を覆い、首を振りながら大きなため息を吐いた。皆って
事はその内シンケンやシュペックの耳にも入るって事だよな。最悪
だ。説明はヴルストにさせよう。
﹁やってやってー﹂
1299
・・
俺って4歳の頃こうだったけ。あー、前世の4歳はこうだったわ。
仕方がないので戸棚から、酒を持って来て、外で少しだけ火を吹い
てみせる。
﹁パパすごーい﹂
﹁真似しちゃ駄目だぞ﹂
そう言っていたら、リリーが遠くから走って来た。
﹁お父さん、もしかしてさっきのが火を吹く魔法なの!?﹂
はい、リリーにも見られました。その後に、ミエルにした説明をも
う一度して、また火を吹く。
﹁お父さんすごーい!﹂
﹁はっはっはー危ないから真似しちゃだめだぞ、口の中が燃えちゃ
うからな﹂
﹁うん!﹂﹁はい﹂
この数年後、酒場でリリーが火を吹いたとミエルに知らされ、ラッ
テに物凄く怒られる事になる。
その後は稽古をせがまれ、一対一なら勝てるが、二人で来られると
魔法を使わないと負けそうになる。ってか魔法を使わされた。
槍
ミエルの魔法でバランスを崩し、そこを狙われ、足払いを食らい、
リリーは振り下ろす様に棒を容赦無く顔面に、ミエルは大き目の火
球を、リリーの攻撃の邪魔にならないように発動して来る。
流石に無理。
俺は石壁を発動させ、振り下ろさせる槍を受け止め、火球を水球で
吹き飛ばし。反対方向に勢いよく転がり、足払いを食らった痛みを
我慢しながら立ち上って降参した。
﹁いやー参った参った、2人には敵わないなー﹂
なんかリリーは物凄く攻撃が重くなってきているし。ミエルは魔法
が上手くなっている。しかも2人共息がぴったりで、兄弟ってそん
なにすげぇの?って思うくらいだ。
そう言うと、2人は物凄く喜んでいる。
1300
﹁お父さんに勝ったー﹂﹁パパに勝ったー﹂
まぁ、俺の父さんみたいに、本気で殺気を放ちながら攻撃した事は
無いけど、もしする事が有ったら、その時、子供達はどう反応する
だろうか。
もしかしたら、有るかもしれない、その時は殺す気で俺は子供達を
攻撃できるだろうか。
まぁ、その時にでも考えよう。
﹁お母さん、お父さんに﹂﹁ママーパパに﹂
﹁﹁勝ったよー﹂﹂
子供達はスズランに抱き付きに行き、スズランは2人の頭を撫でて
いる。
そして、俺の事を、頭の先からつま先までなめる様に見て、目を左
右に動かし、せり上がった石壁と濡れた地面も見ている。多分俺に
怪我が無いかを見ているのだと思いたい。
﹁お風呂沸かしておいたから。3人で入りなさい。お父さんに魔法
を使わせたのね。すごいわね﹂
そう言って更に頭を撫でている。
﹁きっと本気でやってないから。本気を出させるように頑張りなさ
い﹂
﹁﹁はーい﹂﹂
奥さんや、どんな教育方針ですか?
﹁カーム。子供達に怪我をさせないように。段々と強くなるように。
手加減してあげてね﹂
﹁いや、無理だから。段々手加減しないようにするのは可能だけど、
怪我させないって無理だから!﹂
そう言うと、スズランは意外そうな顔をしてから家の中に入り、俺
と子供達の着替えを用意し始めた。
1301
入浴後、ヴァンを迎えに行き、家を紹介したら。
﹁おし! 覚えた、酒場に行って来る﹂
そう言って家の中に入らずに、速攻で酒場に行った。
ドワーフの考えてる事は良く解らん。
食事中に子供達が興奮気味にラッテにも報告している。
﹁お父さんに勝ったんだよ﹂
﹁魔法も使わせたよ﹂
﹁おー、すごいじゃないかー、魔王に勝っちゃうとか、将来は魔王
かなー?﹂
﹁私、冒険者になりたい﹂
﹁僕、お姉ちゃんの事をサポートしたい﹂
きょうだい
﹁ほーほー、これはこれは随分かっこいい夢ですなー、冒険者にな
れると良いねー。姉弟冒険者で名前を売って、村を豊かにしよー﹂
そう言ってニコニコしながら、頭をワシャワシャしている。
﹁けどー、パパは私とスズランママの物だから、パパを泣かせたら
ママ怒っちゃうからなー﹂
そう言って、少し悪い笑顔で指をウネウネさせている。
正直少し可愛いと思ってしまった。
﹁スズランママは、お腹にいきなりパンチしてくるから気をつける
んだぞー﹂
子供にナニを教えてるんだよ、確かに怒ってても顔や態度に出さず、
いきなりだったし。照れ隠しでも殴ってきたっけ。
しかもポケットに、買ってあげたナックルダスターをいつも入れて
るんだよな。偶にポケットがナックルダスターの形に盛り上がるか
ら解るんだよ、俺の奥さん怖すぎ。
そして、今日は子供達の番なのか﹁今日は私達がお父さんと寝るの﹂
と言ってベッドにもぐりこんできた。
1302
翌日、片方の腕だけが、リリーの角のせいでやっぱり真っ赤に腫れ
ていた。
本格的に角にクッションを検討したい。将来の旦那の為にも。
﹁娘さんを下さい﹂とか言ってきたら。
﹁角だけは気をつけろ、夜中に抱き付かれて腕に頭をグリグリして
来るからすごく痛いぞ、それだけは言っておく、本当に痛いからな
!﹂コレで完璧だな。
独り言を呟いた後に、まだ誰も起きていない事を確認して少しだけ
安心した。
1303
第87話 島で初めて大きな怪我人が出た時の事とおまけ︵前書
き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
久しぶりに武君が出てきますし、意外な人物も出てきます。
都合により勇者達の名前を変更しました。
都合により会田さんの年齢を35前後にしました。
1304
第87話 島で初めて大きな怪我人が出た時の事とおまけ
朝食後、俺はヴァンをヴルストに任せ島に戻った。
﹁戻ってくるのが遅れて申し訳ありません﹂
そう言って、俺は町で有った事を話し、将来的にはドワーフが1人
増える事を皆に伝えた。
そして、今後の方針についても話をした。
﹁まずはコーヒーです。思ってたより店での豆の消費量が多いので、
ちょこちょこ収穫を始めましょう。実を剥いて乾燥だけさせておけ
ばある程度長持ちしますので。
これは、漁班長がサハギンのシーラさんと仲が良いので、漁からコ
ーヒー収穫に周って貰いましょう。丁度作物も収穫でき始めてます
ので、日干しにしたり燻製にする事も少し減りますので、漁で獲る
量を少し減らしましょう﹂
﹁はい・・・分りました﹂
﹁少しサボって、イチャイチャしても良いんですよ?﹂
何故か恥ずかしそうに、下を向きながら返事をした。まだ名前を知
らないから、そろそろ名前を聞いても良いかもしれない。
﹁それと、山の上から太陽が昇る方向を見て、左手側に有る、カカ
オの収穫も開墾班を割いて、収穫も検討しています。これは平底船
が完成してから誰に行ってもらうか決めます。確かゴブリンが多か
ったので、戦力保持者を同行させたいですね﹂
﹁また俺っすか?﹂
野草班の護衛に着いていた男が言って来た。
﹁ゴブリンに勝てます?﹂
1305
﹁もちろん、あんな奴ら3体くらい楽勝っすよ﹂
そこは何体いても平気っすよとか言わないんだな。
﹁ならお願いします、最近は森の中も多少安全ですので、平気でし
ょう﹂
﹁はい、最近熊とか鹿とか見ません、いなくても平気です﹂
んー、野草さんは素直すぎるのか、少し棘が有る様に聞こえるな、
今まで一緒にいた護衛の男は要らないってハッキリ言ってるように
思える。ってか恋愛対象に見て無いなあれは。
あーあー。少しへこんでるよ。
﹁後は、そうですね・・・油も需要が有るので、暇を見てオリーブ
の収穫もしておきましょうか、これは農閑期にでも皆で収穫しまし
ょう。
そして、そろそろ魔王城跡地に簡素な家が出来てきたので、そちら
に引っ越す事にしましょう、そして、見張りとして交代制で男数人
が日替わりで、ここの湾近くの家に寝泊まりしましょうか﹂
俺は、その辺りを見回し子供達がいない事を確認し。
﹁男女だと夜中イチャイチャしちゃいますからね、イチャイチャは
魔王城建設予定地の家でして下さい、声がちょっと大きいと異音に
気がつきませんし﹂
そういうと、人族が苦笑いを始める。
﹁それと、子供達の教育ですね。アドレアさん、子供達を少しだけ
任せても良いですか?﹂
﹁えぇ、構いません。どの様な事を教えれば?﹂
﹁そうですね、簡単な読み書きと、生活するのにお釣りを誤魔化さ
れ無い程度の計算ですね﹂
﹁分りました、簡単な物を教えますね。共通語で平気でしょうか?﹂
﹁共通語でお願いします、年越祭を2回くらいすれば人族や魔族側
から商船が来てくれればいいかな? って思ってますので、それに
島民も増やしたいので﹂
1306
﹁分りました﹂
﹁あの、教えられますよね?﹂
﹁はい、教会裏の孤児院でも教えていたので、大丈夫です﹂
良かった、コレで簡単な計算とか出来ないとかだったら、どうしよ
うかと思ったわ。
﹁ってか人族の識字率ってどの位なんですか?﹂
﹁大きな村なら、ある程度は読めますが、寒村だと・・・﹂
﹁この島民は?﹂
﹁多分平気だと思いますが﹂
﹁後で簡単な文章と計算のテストでもしましょうか﹂
﹁そ、そうですね﹂
目標は、島民の識字率100%だな、計算も日常生活に支障が無い
程度には欲しいな。
﹁じゃあ、今日も怪我の無い様にお願いします﹂
そう言って皆が作業を開始する。
俺もだんだん慣れてきた伐採作業と、根起こし作業を魔法でして、
開拓を進める。
慣れてきた頃が一番怖いからな、気をつけないと。
そう思っていた矢先に、奥の方から叫び声が聞こえる。
﹁斧で腹を切った! 誰か手を貸せ! アントニオさんの所に運べ
!﹂
そう聞こえたので、走って現場まで向かう、なんで腹なんだ?
俺が来た事に気が付いたのか、不安そうに俺の方を見て来る。
﹁カームさん!﹂
﹁どうした!﹂
緊急時なので、丁寧語ではない。
﹁斧がすっぽ抜けて、その先に偶然通りかかったコイツに﹂
俺は水球で手を綺麗に洗い、痛がる怪我人を無理矢理押さえ付ける
1307
ように命令し、服を捲ると傷は結構深いが、腹膜には届いていなか
った。
﹁清潔な布持ってこい! まずは圧迫止血だ、それと大八車持って
こい、ここで簡単な止血作業したらアントニオさんの所に向かうぞ
!﹂
皆が驚いているが、血の気が引いて立っている動こうとしない女を
指差し。
﹁貴女は、手を綺麗に洗って清潔な布を多めに!﹂と激を飛ばし、
急がせる。
そして様子を見ていた、男共に大八車を持って来るように指示をし、
もう1人には﹁走って今から怪我人が行く事を伝えに行ってこい。
怪我の状態もだ! 腹を斧で切った、膜には届いて無いで多分通じ
る﹂
﹁とりあえず傷口の洗浄だ、染みるぞ﹂
そう言って、水球で傷口を洗い。清潔な布を待ちながら素手で圧迫
する。
ここで回復魔法を使えば簡単だが、それだと。何かある事に俺が出
る事になるから、最悪な場合が無い限り使わないようにしている。
そうしている内に、先に布が届いたので、布で圧迫止血をし、怪我
人に話しかける。
﹁平気か? 意識はあるか? 俺の声が聞こえるか?﹂
﹁うっす・・・﹂
かなり痛そうに、頷いた。
﹁なら平気だ、可能な限り傷口を自分で抑えて﹂
そう言って怪我人の手を取り、清潔な布の上から抑えさせる。
﹁そうだ、アドレアさんが回復魔法が使えるか聞いて来い! お前
だ!﹂
今度もしっかり指を指し、命令をする。
叫んだだけじゃ、誰も動かない事が有るので、しっかりと役割を明
1308
確にさせる事も大切だ。
その頃には大八車が到着した。
﹁けが人が出たので取りあえず家で待機! こんな状況で作業して
も士気が上がらないから﹂
怪我人を載せ。アントニオの診療所まで、痛むと思うが、数人がか
りで全力で押す。
診療所に着くと、既にアントニオが準備を整えていて待っていた。
﹁腹を斧で切ったそうだな、容態は?﹂
﹁意識有り、出血が止まらない、傷口は深いが腹の膜までは届いて
いない﹂
﹁聞いた通りだ、少し太り気味なのが幸いしたな﹂
アントニオはそう言うと、傷口の布を取り、傷口を観察してからポ
ーションと思われる瓶を開封し、盛大にぶっ掛け、強制的に止血さ
せ診察台に数人で運ぶ。
うわ、ポーションやっぱすげぇ便利。こんど薬剤師辺りでも勧誘し
よう。
﹁おい魔王、ここに来る前に何かしたか?﹂
﹁傷口の洗浄後、布で圧迫止血﹂
﹁冷静だな、傷の観察もよくしている。医者になれるんじゃないか
?﹂
そう言いながら、傷口を見て選んだ針に糸を通し、色々準備をして
いる。
﹁一回だけ戦場に行きました、その時に猫耳のおっさんの怪我を我
流で縫合して止血しました﹂
﹁ほう、それはすげぇな。痛いぞ﹂
そういうと、アントニオは容赦無く腹に針を突き立てる。
ベッドで﹁う゛ぁ﹂とか呻き声を上げているが。暴れないだけマシ
だった。
縫合が終わり、さっきぶっ掛けた残りのポーションを、また傷口に
1309
振りかけ、包帯を巻いて、治療を終わらせる。
﹁コレでしばらく安静にして、肉食ってりゃ治るな。おい、こいつ
は死なねぇってみんなに伝えて来い﹂
﹁はい!﹂そう言って様子を見ていた島民が戻っていく。
﹁いやー、後学の為に縫合を見てましたが、迷いが無いですね﹂
﹁ちまちまやってたら、やられてる方も痛いんだからよ、さっさと
済ませちまうのが良いんだよ﹂
﹁そんなもんすか﹂
﹁おう、それに、猫耳のおっさんを我流で直したってのが気になる
な、少し教えろよ﹂
﹁たいしたことじゃないっすよ﹂
そう言って、曲げた針を熱湯で消毒して、傷口の真ん中、そしてそ
こからまた真ん中と縫って、ポーションぶっ掛けた事を言った。
﹁その曲がった針って縫うのに便利そうだな﹂
そう言って軽く指で曲げはじめる。
﹁こうか?﹂
そう言って弧に曲がった針を見せて来る。
﹁確かに縫いやすそうだな﹂
﹁遅れました!﹂
少し息が上がっている、急いで来たんだろうが、物凄く遅いです。
すでに終わってますよー。
﹁回復魔法なら初歩的な物なら﹂
﹁無いよりは良い、頼む﹂
﹁はい﹂
そういうと、傷口に手をかざし、何か詠唱的な物を口ずさむ。
﹁この者の傷を癒せ。ヒーリング﹂
呪文と唱えると痛みが引いているのか、苦しそうな顔がゆるんでい
く。
人族の魔法は、詠唱と、型にはまった魔法を使うのがやっぱり多い
のか。
1310
﹁簡単な物ですのであまり動かないで下さいね﹂
笑顔でそう言うと、なるべく血を見ないように目を逸らしている。
血が駄目な人だったか。
﹁で、魔王よ。お前は回復魔法使えないのか?﹂
﹁使えませんよ﹂
俺は微笑みながら即、言い返す。
﹁嘘くせぇな、まぁ本人が言うならそれで良いけどな﹂
﹁そうですね、それとそろそろ魔王は止めてもらえませんかね?﹂
﹁なんでだ? 皆知ってるんだろう?﹂
﹁知ってても、魔王って呼ぶ癖がついてたら、島外の人族が来たら
驚くでしょう?﹂
﹁あぁ、そうだったな、俺も最初は驚いたな。今じゃそんな事ねぇ
けどな﹂
﹁私もです、なんでこんな優しい方が魔王なんでしょうか﹂
﹁さぁ? 強くて、何人かいる魔王が殺されたら、次に目を付けて
た奴が魔王に成るらしいですよ、いやー困った困った﹂
俺は大袈裟に両手を広げ、首を振った。
﹁魔王の印って言うのが有るらしいと、よく聞きますが、カームさ
んは有りませんよね?﹂
﹁有りますよ、目立たない所に有るだけです。場所は言いませんけ
どね﹂
﹁い、言えない所に有るんですか!?﹂
アドレアは両手を頬に当て、視線を泳がせている。何か物凄い勘違
いをしているっぽい。
﹁ズボンの中には無いですよ﹂
﹁あっ﹂
どこに有るのかと考えていた場所を指摘され、短く声を出し、顔を
真っ赤にしている。んーこのシスター可愛いな。
1311
﹁べ、別にそんな所に有るなんて考えてませんからね、教会の方に
戻ります!﹂
そう言って少し口を膨らませながらプンプンと怒りながら帰って行
った。
﹁いやー、なんだかんだ言って可愛いねぇ、多分パンツの中にでも
有ると思ってたんだろうな﹂
﹁そうですねぇ、多分パンツの中を想像してたんでしょうねぇ﹂
﹁嫁さんにするならあんなのが良いです﹂
﹁おいおい、喋って痛く無いのかよ﹂
﹁いてぇっす﹂
﹁言いたい事は分かる、けどいてぇなら黙ってろ﹂
﹁うっす﹂
﹁いやー優しい魔王で良かったな、本来なら捨てられてるぜ? っ
てか魔王じゃなくても捨てられてるな﹂
﹁そんなんじゃないですよ、また奴隷を買う金と、港を行き来する
手間と、ポーションの代金、数日休んだ労働力、何もしないで食べ
る食事。その事を差し引いても、助けた方が安いんで﹂
そういうと2人がびっくりした顔をしてこっちを見ている。
﹁冗談ですよ。俺は皆を奴隷と思った事は有りません、そんな事は
一切気にせず。安心して休んで下さい。腹の中にまで傷は入って無
いので、食事は普通ので良いですね。食欲はありますよね?﹂
﹁うっす﹂
﹁んじゃ誰かに飯は運ばせますので、直す事を第一に考えてあまり
動かないようにお願いします、アントニオさんも傷口が化膿してや
ばそうと思ったなら遠慮なくポーションを使って下さい﹂
﹁あいよ﹂
﹁んじゃ失礼しますね、お大事にして下さい。あ、痛いからって酒
飲んじゃ駄目ですよ、血の巡りが良くなって、血が出ちゃうんで﹂
1312
俺は診療所を出て皆の所に戻った。
﹁質の悪い冗談だぜ、少しヒヤヒヤしちまったよ﹂
﹁俺もっす、どっちが本性なんですかね﹂
﹁優しい方だろう? だったら普段から俺達の事なんか気に掛けね
ぇよ﹂
﹁そうっすね、奴隷になる前にいた村より幸せっすよ。盗賊も野犬
もいませんし、餓えないし、酒も飲めるし﹂
﹁そうだな﹂
﹁怪我人があまり出ないのに、なんで医者が必要なんだ? って前
に聞いたんだけどよ﹂
﹁えぇ﹂
﹁医者は暇な方が良いに決まってます、だとよ。なのに俺にも飯は
食わせてくれる、けど野良仕事はさせてくれねぇんだよ、医者が怪
我したら駄目だってな﹂
﹁本性は絶対優しい方っすね﹂
﹁だな、ちょっと傷口見るぞ・・・別に血も滲んでないし、本当に
安静にしてれば平気だろう。様子見ながら、数日したら抜糸するか
らな、取りあえず寝てろ﹂
﹁うーっす﹂
﹁ってな訳でシスターの事を可愛いとか言えるので平気でしょう﹂
俺は、一応怪我の詳細を皆に説明してやった。
﹁なら平気だろうな﹂
﹁だな﹂
﹁さて、仕事を続ける雰囲気でも無いので、今日は休みますか? それとも魔王城跡地に引っ越す準備でもします?﹂
﹁いずれやるべき事なら、早い方が良いだろう。それ位なら士気が
高く無くても、だらだらとやっても問題無いだろう﹂
狐耳のおっさんは、変な事を真面目に言うからな。
1313
﹁だらだらって。まぁ少しずつの移動ですからね、問題は無いんで
備蓄してある食料と薪の移動でもしますか。まずは重いの優先で。
薪小屋は色々な所に建ててもらったので、別けて入れるようにしま
しょう。の前に飯ですかね﹂
俺は太陽を見て皆に、飯を食べさせてから、午後はあまり疲れさせ
ないように、物資の移動をさせた。
□
﹁話が本当なら、この村に召喚された勇者がいるらしいな﹂
﹁多分見ればわかると思うよ、俺と一緒で黒髪だと思う﹂
﹁最近の勇者は黒髪が多いからな﹂
そしてしばらく村の中を歩き回る。
﹁あ、この村に手押しポンプが有る﹂
﹁手押しポンプ?﹂
﹁あぁ、あの棒を上下に動かすと、井戸から水が出て来るんだよ﹂
﹁へぇ便利だなぁ、アレが有れば水汲みが楽だろうな。で、勇者の
名前は分かってるのか?﹂
﹁アイダって言うらしい﹂
﹁そのアイダって言うのは?﹂
﹁もちろん俺の同郷でよく聞く名前だ﹂
﹁なら散開して情報収集すればいい、早速動くぞ﹂
﹁アイダをさがしてるの?﹂
水汲みに来た少女が話しかけて来た。
﹁そうだよ、私達は勇者を探してるの﹂
﹁アイダは村はずれの家に1人で住んでるよ、あっちの方に有る、
はずれの家﹂
そう言って少女は指を指す。
1314
﹁お嬢ちゃんありがとう、お礼に、この筋肉が水汲みを手伝ってく
れるって﹂
﹁本当! ありがとうお兄さん﹂
﹁おいおい、断れない状況作んなよな、ったく、ほら。桶をよこせ﹂
そういうと、メイソンが手押しポンプを上下に動かすと水がどんど
ん出て来る。
﹁うお、こいつは便利で面白いな、おい、どんどん持ってこい﹂
﹁この桶で、家まで水を運ぶからどんどんは無理だよ﹂
﹁なら運んでやるよ、おいロック、その間に行ってこい﹂
﹁ありがとうメイソン﹂
コンコンコンと、俺はドアをノックした。
﹁だれだい?﹂
﹁ロックと言います、会田さんの御宅でしょうか?﹂
﹁あぁ、今開けるよ﹂
そういうとドアが開き、すこしだけ白髪交じりの35歳前後の男の
人が出て来た。
﹁日本人か﹂
﹁はい、申し訳ありません、ロックと名乗りましたが岩本と言いま
す、話がしたいので、少しだけお時間宜しいでしょうか?﹂
﹁かまわないよ、どうぞ﹂
そう言って招き入れてくれた。
﹁君も勇者かい?﹂
﹁はい﹂
﹁俺も召喚されたが、こんな細い体だ、戦闘より、知識方面で色々
手伝わされたよ。で、聞きたい事ってなんだい?﹂
﹁魔王は知ってますよね?﹂
﹁知っているよ、人族の敵と教わったね﹂
﹁俺もです、ですが少しだけ討伐しにくい魔王が出てきました。そ
1315
の人は元日本人で、転生して来たと言ってました﹂
﹁へぇ﹂
そういうと会田さんは目を細め、少しだけ雰囲気が変わった。
﹁そこで俺は転生者を名乗る魔王と話をしました。勇者召喚は拉致
や誘拐に近いと﹂
﹁そうだね﹂
﹁俺は死んで転生したから、地球には未練は余り無いけど。召喚と
して、こっちに来た場合の扱いは向こうでどうなんだ? 地球には
戻れるのか、戻った者はいるのかと。そう言われ始めて意識しまし
た。俺は向こうに戻れるのかと﹂
﹁そうだね。その事は俺も1年くらいで気が付かされたよ、俺が聞
いた話で良いなら言うけど、どうする?﹂
﹁お願いします、教えて下さい﹂
﹁後悔するかもよ?﹂
﹁それでも良いのでお願いします﹂
そう言うと、会田さんは軽く溜息を吐いた。
﹁結果から言おう、多分地球に戻った者はいない。俺が城で働いて
た時に調べた限りではだけど、それに帰る為の儀式じみた事はされ
ていない。こっちに呼ぶだけだ﹂
﹁そう、ですか﹂
﹁仲良くなった、同じくこっちに召喚された奴に宇賀神っているん
だけど。あ、その宇賀神から聞いた話ね。スキルに隠遁が有って、
・・・
不満に思って城に忍び込んだらしいんだよ。そして数日王様を監視
してたら最低な言葉が出てね﹂
﹁なんて言ってたんですか?﹂
﹁勇者が魔王に殺された? なら次の捨て駒をさっさと召喚しろ。
だって。それを宇賀神から聞いてね。
俺は、﹃俺が教えられる知識はもう無い﹄って適当な理由を付けて
逃げて来たよ。おいおい、そんな顔をするなよ、怖いじゃないか﹂
1316
﹁すみません﹂
俺は言われて初めて、顔に出ていた事に気が付いた。
﹁で、聞きたい事はそれだけかい?﹂
﹁はい。地球に帰った召喚された人がいるか、いないかだけ分れば
良かったので﹂
﹁そうか、君も若い、変な気は起こさないようにな。飯でもたべて
ってよ﹂
﹁えぇ、ありがとうございます﹂
作ってくれた食事は、白米と、味噌汁と何かの漬物と川魚を焼いた
物だった
﹁白米に似たものが有って助かったよ、俺はご飯派だからね﹂
﹁俺もです、その辺の食堂じゃ、から揚げランチにパンが出て萎え
ましたよ﹂
﹁俺もだ﹂
そう言ってお互いに笑いながら出された和食を食べた
白米を口に入れ、味噌汁を啜り、川魚を口に運び、また白米を口に
運ぶ。
﹁米も味噌も、隣村にいる榎本さんって方に頂いてね、その人はも
う30年近くもこっちにいるベテランだ。良かったら会いに行けば
いい﹂
﹁情報ありがとうございます﹂
﹁旅は続けるのかい?﹂
﹁えぇ、少し頭を冷やそうと思います﹂
﹁そうか、なら俺も旅に出るかな﹂
﹁ついて来るんですか?﹂
﹁いいや、その魔王に興味が湧いた。場所を教えてくれるかな?﹂
そう言われ、コランダムの港町から船で6∼7日目にある島を開拓
している事を言った。
1317
﹁ありがとう。隣村の榎本さんにも言ってくれるかな? 俺が魔王
に会いに行くから旅に出る事を、多分俺について来てくれると思う
から。俺が迎えに行っても良いんだけど、榎本さんの方が強いから
ね﹂
﹁なんなんですかその榎本さんって。話だけ聞くと凄く強そうな勇
者じゃないですか﹂
﹁残念ながら、技術系勇者だよ、45歳でこっちに連れて来られた
農業家。足腰が未だに強くて、鍬とか鎌とかでゴブリンをやっつけ
るパワフルお爺ちゃんだ﹂
﹁日本人は平均寿命が長いですからね﹂
﹁あの勢いだと120歳まで死ななそうだから怖いよ﹂
﹁すげぇ!﹂
﹁あ、ちなみに俺は教師、残念な事に運動は苦手だ﹂
﹁だから榎本さんをこっちに呼ぶんですね﹂
﹁そう、情けない話だけどね。あ、ちなみに村の手押しポンプは織
田さんって言う技術系勇者が作ってくれたんだ、今は榎本さんの所
で便利な農具や道具を作ってるよ﹂
﹁勇者の知識ってこっちの世界ではすごいんですね﹂
﹁そうだね、だから俺達が拉致られるんじゃないのかな?﹂
﹁そうですね、なんか腹立って来ました﹂
﹁国でも落としちゃうかい?﹂
﹁そんなゲームみたいに上手く行きますかね?﹂
﹁俺、教師。少しは知識が有るよ、かなり昔から出てる野望系とか
やってるし﹂
そう言って真面目な顔をしてくる会田さん。
﹁岩本君。各地に散ってる勇者を説得してその魔王のいる島に集め
て本格的に世界を狙ってみるかい?﹂
﹁いやいやいや、国から世界になってますよ、いろいろ危ないんで
止めましょうよ﹂
1318
﹁半分冗談だよ、けどその魔王のいる島に行くのは本当だ。榎本さ
んと織田さんも説得して連れて行く。聞いた話だとかなりマシな魔
王なんでしょう? 屑な王様に呼ばれて、少しだけ技術や知識を与
えてやったんだ。少しくらい仕返ししてもいいだろ?﹂
会田さんは物凄く邪悪な笑みを浮かべている。本当に国でも落とし
そうだ。
﹁そうそう、あいつ等は召喚だけしかしてないけど、本当は戻れる
魔法も有るかもしれないよ、あくまで俺がいた1年間の話だからね、
この世界の人族の魔法使いも探してみるのも良いかもね﹂
会田さんは、最後に少しだけ励ましてくれた。
閑話
普段はあんなんだけど。
A﹁カームさんって結構冷静だよな、手際良く指示してたし﹂
B﹁ってか普段あんな喋り方だけど、緊急時は少し言葉使い変わる
よな﹂
A﹁あっちが本当の喋り方なんじゃないか? 普段は俺達に気を使
ってるだけかも﹂
B﹁確かになー﹂
狐﹁そうだな、けど怒ってる時はもう少しドスが聞いてて本当に怖
かったぞ﹂
B﹁そうなんすか?﹂
狐﹁あ゛? って声を出しながら、軍属の医者を睨んで震え上がら
せた、隣にいた俺も怖かったな﹂
A﹁優しい人ほど怒らせると怖いって奴ですね﹂
キース﹁戦場近くの、最前線基地で嫌がらせさせられた時は、地味
な仕返しを淡々と繰り返してたぜ、寝てる時にそいつの部屋に忍び
込んで禁輸品の癖になる葉っぱを焚いたり。そいつが牢屋にぶち込
まれた時は、嬉々として仕返しって事で、狭い牢屋の中を昼夜関係
1319
無しに寝ずに2日歩かせて、足が止まったら見張りに棒で突かせて
た。殺すなって言われたからな、けどよくもそんな事思いつくぜ﹂
B﹁うわ・・・﹂
キース﹁カームを怒らせるな、ってその最前線基地で言われてたぜ。
しかも最後には、どうやったか知らないけど、皆と同じ物食わせて
たのに、そいつだけがすげぇ腹を下してな。すげぇ痩せてよ、よろ
よろになりながら最前線に送られてたな。自業自得って言うけど。
アレはやりすぎだと思うぜ﹂
A﹁怒らせ無い様にしないと﹂
キース﹁気にすんな、滅多に怒らないから。あいつから聞いた話だ
と仕返しを始めたのは7日目からだ、それまでは耐えたらしいぞ﹂
B﹁それもそれですごいですね﹂
1320
第87話 島で初めて大きな怪我人が出た時の事とおまけ︵後書
き︶
勇者、榎本︵75歳︶
その鍬を振るう姿は、とても力強く、美しかった。そして投げられ
る鎌は、吸い寄せられるように魔物に刺さるらしい。
退治したゴブリンは土に埋め、堆肥にしているという。
そして決め言葉は、どこの国か解らないが共通語では無い言葉で﹁
ノウカナメンナ!﹂と叫ぶと言う。
1321
第88話 獣人系魔族にチョコレートを食べさせた時の事︵前書
き︶
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
チョコ作りが出てきますが。適当です。
都合により勇者達の名前を変更しました。
1322
第88話 獣人系魔族にチョコレートを食べさせた時の事
斧が腹に刺さって、縫合した男が、抜糸をする頃、ある程度任せて
いた、コーヒーの収穫や、新しくできた平底船でカカオを採りに行
ったりしていた。
実剥きや、乾燥をさせ、カカオも木箱に入れ熟成させていた頃。
俺は、石工のシャレットから要望が有り、石畳用の石が欲しいと言
われたので、採石場からダイヤモンドカッターを使って採掘する作
業に変わっていた。
﹁重いから小さく厚く﹂と言われたが正直石畳を剥がした事が無い
ので、本当に適当に真四角に切ってから薄切りにしてやった。
夕方になると気怠くなる作業を、数日続けてたら。
︻スキル・魔力上昇:3︼を習得しました。
本当に忘れた頃にやって来るな。
その次の日から、石の削り出しもだいぶ楽になり、在庫がどんどん
溜まっていった。
﹁これ、どこに使うんですか?﹂
﹁まずは教会優先で使って、あとは皆が良く通る道に敷くらしい、
俺は石工屋だから大工のジュコーブやゴブルグが指示して敷くんだ
ろうな﹂
内装屋って無いからな。これも大工の仕事なんだろうか?
﹁まぁ、これくらいの厚さなら馬車が通っても平気ですよね﹂
﹁多分大丈夫だろう、俺もこんなに綺麗な石の板を見た事が無いか
ら、馬車までは分からん、だが土埃は立たないだろうな﹂
﹁そうですね、かといって雨が降りすぎるとぬかるみますからね、
1323
細かい砂利でも敷きます?﹂
﹁馬車の車輪が埋まるだろうな﹂
﹁あー・・・﹂
車のゴムタイヤじゃないんだよな。
﹁詳しくないならある程度は任せろ﹂
﹁すみません﹂
﹁かまわん、得手不得手も有るからな。その馬鹿みたいな便利な魔
法で、ある程度皆の役に立ってくれ﹂
﹁えぇ、言われなくても﹂
﹁普段なら、かなりの手間がかかる作業が、お前が関った瞬間に効
率が上がる、そんな事してたから魔力とかが上がって、魔王になっ
ちまったんじゃねぇのか?﹂
﹁そうなんですよねー、なんか生活が便利になるようになるように
って働いてたら、いつの間にか・・・﹂
﹁それ、剣士が稽古するのと変わらないんじゃないか? 剣振って
るのが、魔力が空になるまで魔法使ってるだけで﹂
﹁あ! あぁー・・・﹂
俺は、口を半開きにさせたまま、軽く頷くように首を縦に振る。
﹁本当に頭が良いのか、悪いのか解らねぇなぁ。まぁ助かるけどよ﹂
﹁まぁ、楽になるから良いって事で﹂
﹁ふぅ、そうだな﹂
﹁んじゃ今日は上がりますか﹂
﹁そうだな、助かった﹂
﹁いえいえー﹂
◇
んじゃカカオも熟成さて、乾燥も焙煎も終わったし、今日は製粉し
ますかね。
ココアってかなり細かかったよな、そう思いつつ俺は魔法で石臼を
1324
出し、隙間を物凄く狭くして実を磨り潰し、カカオマスを作る。が。
﹁うわ、なんか乾燥させたのにドロドロになってる、なんだこれ﹂
触ってみると、なんか油っぽい。
コレがココアバターって奴なのか、知識はあるが見た事が無いので
良く解らない。
﹁すみませーん、誰か目の細かい布と桶もってきてください﹂
そう言うと女性が直ぐに布袋と桶を持って来てくれた。
﹁うわ、何ですかそれ﹂
﹁この間から作業してるカカオなんですけど、細かく磨り潰したら
なんかドロドロしたのが出てきちゃいまして、触ったら油っぽいか
ら搾ったら油に使えないかなーって思ったので﹂
﹁だから目の細かい布だったんですね﹂
﹁えぇ﹂
会話中にドロドロのカカオマスを布にいれ、口を絞り、適当な石を
乗せ、油分を絞り出す。
待てよ、このドロドロに砂糖とか牛乳ぶち込んだらチョコレートな
んだっけ。この前は適当に砕いたカカオに、砂糖とココナッツオイ
ル混ぜてチョコっぽくしたけど。
実はこっちが本当の作り方なんじゃね?
うわ、チョコってかなり面倒だな、しかもココアもこの油を搾り取
った物を使うんだろ。割に合うか?いや、価格を少し上げれば元は
取れそうだな。
よし、続行だ。あとコーヒーが売れたら牛を買おう。
その前に油絞って、ココアだな。ってか島に油が多いな、ココナッ
ツオイルにオリーブオイルにカカオバター。化粧品事業でも起こす
か、それと温泉入って、オイル塗ってマッサージしたり、顔のマッ
サージしたりしてデトックス。観光事業も本格的に狙ってみるのも
有りかな?
取りあえずココア作りは後日にするとして、チョコ作りだ、コレに
1325
牛乳や砂糖とか混ぜて練るんだろ?
とりあえず、俺抜きで現物が作れるか試すのに、とりあえずボウル
で練ってみよう。
やっべ、なんだこれ固まんねぇ。練っても練っても固まんねぇ。チ
ョコって放って置けば常温で固まるんだろ?
湯煎して溶かして、生クリーム入れて、容器に入れて冷やして、コ
コアパウダーかけて、生チョコ作ってたからな!
なんでココア作る為に、絞った油は固まって、こっち固まってねぇ
の?
﹁ん?﹂
絞った油が固まって、液化したカカオが固まらない?んじゃこの絞
った油足せばいいのか?
俺は、固まったココアバターを少し取り、釜戸に火を付けて、湯煎
してココアバターをブチこみ。冷ましながらかき混ぜる事にした。
﹁おー固まって来た、って事は牛乳入れたりしたら、もう少しバタ
ーの量を増やしたり調節したりすれば良いんだな﹂
独り言が自然と漏れる。
﹁わー良い香りー﹂
砂糖を追加で持って来てくれた子供達に、チョコの存在がばれたの
で試しにまだドロドロのチョコを少し舐めさせることにした。
﹁これすごく美味しい!﹂
﹁カームすごーい﹂
ふふふ、油分と砂糖が入ってるからな、不味い訳無いさ。﹃カロリ
ーは正義﹄油を多めに入れればコクが出てそれだけで美味いからな、
ラーメンとか、カレーとか。
﹁あ、これは犬や猫や狼とかには毒だから絶対にヴォルフやターニ
ャとソーニャにはあげちゃ駄目だよ﹂
﹁じゃぁキースやおっさんにはあげちゃ駄目だね﹂
おっさんって、確かにまだ俺にも名乗ってないけど。おっさんって。
1326
﹁どうなんだろう、試しにキースにでも食わせてみるか、いや、駄
目かな? 魔族でも毒かもしれない、けど体重1kgに対しての致
死量だし、あー、コーヒー飲んでたよな。どうなんだろう?﹂
﹁カームさんなんか難しい顔してる﹂
﹁よし、キースを呼ぼう﹂
俺はチョコを容器に開けて、冷まして角切りにした物を用意した。
﹁おーキース、知り合いとして頼みが有るんだ﹂
﹁何だ改まって﹂
﹁この新しく作ったお菓子ってさ、実は犬や猫や狼とには毒なんだ
けど、魔族ってどうなのかな? って思ってさ﹂
﹁おう、それで?﹂
﹁食べてみて﹂
・・・
﹁馬鹿かお前、毒って解ってて食う奴がいるかよ!﹂
一応正直に言っておく、騙すのはあまり好きじゃ無いからな。
﹁実は・・・この前に飲んでたコーヒも犬猫には毒なんだ。飲んで
ただろ? どうだった?﹂
キースは口をパクパクさせながら俺の事を指差している。
﹁お前、なんてことしてくれてんだよ!﹂
﹁いや、忘れてて﹂
﹁死ぬかもしれないのに忘れてて、って無いだろ!﹂
﹁けど死んでないだろ、コーヒー飲んだ後どうだったよ?﹂
﹁少し眠りが浅かったな﹂
﹁あ、覚醒、興奮作用だけか、なら平気だ。今後の島の為にに食っ
てくれ﹂
﹁嫌だね! おっさんにでも頼め﹂
そう言ってどこかに行ってしまった。
んー、仕方ないな、おっさんズにでも頼むか。
1327
﹁猫耳のおっさーん﹂
﹁なんだ?﹂
﹁この間コーヒー飲んでましたよね?﹂
﹁あぁ﹂
﹁なんか体がだるいとかは有りました?﹂
﹁無い﹂
﹁このお菓子を作ったんですけど。犬や猫や狼には毒なんですよ、
試しに少しだけ食べて欲しいんですよね。コーヒーと同じような物
なので、コーヒーが飲めるなら多分食べられると思うんですけど﹂
﹁解った、良いだろう、お前に拾ってもらった命だ、お前の為なら
捨てても良い﹂
﹁いや、そう言うの重いんで、嫌なら嫌でいいんですよ?﹂
そう言ったが、臆する事無く1カケを口に放り込む。
﹁甘いな。飴と違って蕩けるのも早いし、俺は好きだぞ﹂
﹁何か有ったら大量に水を飲んで吐きだしてくださいね、しばらく
たってからなんか、体に異変が起きたら俺を誰かに呼ばせてくださ
い、絶対ですよ!﹂
﹁おう﹂
そう言って斧を持ってまた作業に戻って行った。
本当に平気かよ。そう思ったので、俺は猫のおっさんの近くで仕事
をする事にした。
しばらくたったが変化もないし、何か言って来る事も無い。平気か?
﹁おっさん、平気ですか?﹂
﹁あぁ、変化は無い﹂
﹁心臓が早く動いたり、なんか興奮したり、体が熱いとかは?﹂
﹁無いな、もう少し多く食うか?﹂
﹁いやいや、食べ過ぎるとなんでも毒になりますから﹂
﹁なんでも程々が良いって奴か、まぁ俺が死ななければ良いんだろ
1328
? ならもう良いだろ、お前はお前の仕事に戻れ﹂
﹁本当に何かあったら言って下さいよ!﹂
﹁いいから戻れ、心配するな﹂
そう言って俺は強制的に戻された。
んー、もう一回だな。食品だから、念には念を入れよう。
﹁おーいキース、猫耳のおっさんが食っても異常無かったから食っ
てくれー﹂
そう言ったら俺は盛大にぶっ飛ばされた。そして正座をさせられて
いる。
﹁お前は平気で知り合いに毒を食わせ、平気だったからと言って俺
にも食わせるのか?﹂
﹁平気だったから、平気だと思って﹂
なんか子供みたいな言い訳になったな。
﹁たまたまが有るだろう、なのにまだ俺に勧めるのかよ﹂
﹁猫耳のおっさんも、キースもコーヒーが平気だったからつい、毒
と言っても興奮作用とか発熱と嘔吐下痢くらいだし﹂
﹁毒そのものだろうが! お前は・・・親しき仲にも礼儀ありって
言うだろうに、まったく!﹂
﹁はい・・・申し訳ありません﹂
俺は物凄く怒られ、下を向きっぱなしだったが、何を思ったのかキ
ースはチョコを1カケ口に放り込んだ。
﹁俺が死にそうになったら。お前を殺すからな。うめぇなこれ、本
当に毒かよ﹂
口をもごもごさせながら、急に美味いとか言い出すキース。魔族と
動物はたぶん違うと思う事が解った。
多分大丈夫だろう。
俺は今、新世界の神が半透明で空に見えた気がする。
□
1329
﹁どうもです、榎本さん﹂
ドアがノックされたので、開けるとそこには爺さんが2人。
﹁なんだ、話ってーのは、若造が来たと思ったらお前の所に来いっ
て話じゃねぇか﹂
﹁魔王の1人が日本人だって事は岩本君から聞きました?﹂
﹁おう、なんか島を手に入れて好き勝手やってるらしいじゃねぇか﹂
﹁それでですね、その好き勝手に俺達も乗っかろうかなって思いま
して、榎本さんもどうです?﹂
﹁俺に今まで築き上げた畑や田んぼ、家畜を捨てろって言うんか?﹂
﹁えぇ、榎本さんや織田さんの知識が有れば結構好き勝手出来ると
思うんですよ、どうです?﹂
﹁おもしれぇ、こっちに来てから色々何も無い所から始めたが、ま
た最初からってーのも良いな、ある程度地盤が出来ちまったら、あ
とは毎年同じだ。俺は乗った、織田は?﹂
今まで黙っていた織田と言う男に榎本がニヤニヤしながら話しかけ
る。
﹁別にどうでも良いさ。こっちに来てから娯楽が少なすぎる、楽し
ければ良いさ。どうせ適当に流れ着いてここに住んでるんだ、また
適当に流れ着くのも悪くは無い﹂
そう言ってニヤニヤし始める。
﹁じゃぁ決まりですね、種籾や糠床は有った方が良いでしょうね﹂
﹁おう、こっちの米は粘りが少なくてまずいからな、ようやく日本
の米に近づいて来たんだ。それだけは必要だ。糠床も俺が必死に育
て上げたんだ、女房は捨ててもあれだけは捨てられねぇ﹂
﹁まったく、こっちに来て未亡人と再婚して、先に旅立たれてるの
に、そんな事言うんですか?﹂
﹁あんな綺麗な金髪美人、放って置いたら男が廃る、なんで織田や
会田は結婚しねぇんだよ﹂
1330
﹁いや、こっちに来て、子孫を残して良いのか考えてるんですよ﹂
﹁気にする事ねぇだろ、あの屑どもが俺等を勝手に呼んだんだ、勝
手にさせてもらえば良い、なぁ?織田﹂
﹁俺は榎本さんと違って女房一筋でしたから﹂
﹁っかー、いやだねぇ。お前さん、若い時にも女遊びして無かった
だろ﹂
﹁榎本さん、あんた、何回女房泣かせたんだい?﹂
﹁さぁな﹂
﹁まぁまぁ、2人とも落ち着いて。で、行く流れになってますが、
宇賀神にどう連絡取ります?﹂
﹁会田の家に書置き残して置けば良いだろう。頻繁に出入りしてる
んだろ?﹂
﹁まぁ、歳も近いですし﹂
﹁皆が言う携帯って奴とかがこっちには無いなら、そうするしかな
いだろ、紙が有るだけマシだ。俺が呼ばれた頃にはロクな紙が無か
ったぜ? 俺等以外の誰かが広めたんだろうな﹂
﹁だろうな、手押しポンプを広めなくて良かった、そうしたらもっ
とあの国は金を手に入れていただろう﹂
﹁んじゃ、必要なもん持ってくっから、会田も準備してろ﹂
﹁俺は体一つ。とまでは行きませんが、金くらいは持ってきますよ﹂
﹁んじゃ俺は種籾と糠床だな、家畜は俺の村にでもくれてやるか﹂
﹁俺は今まで作った道具の図面か・・・﹂
そう話し合って、俺達の無人島行きが決まった。
勇者会田︵39︶
知識系勇者として活躍、城の文官に色々教鞭をふるったらしい。
﹁はぁ? こんな計算も出来ないの!? 良く国庫の管理ができる
な、一体どんな頭なんだよ! あまりの出ない割り算だぞ!? 引
き算も怪しい奴がいるぞ! どーなってんだおい! 宿題出すから
1331
な、明日までにやってこいよ! 簿記を教える前に俺が老衰するぞ
!﹂
勇者織田︵62︶
技術系勇者として活躍、風車による製粉を伝えたらしい。
﹁なんか文化レベルがちぐはぐな気がするんだよな、アレが有るけ
どアレは無いし、呼ばれた勇者の知識の偏りかな﹂と言ったとか。
1332
第88話 獣人系魔族にチョコレートを食べさせた時の事︵後書
き︶
チョコの圧搾とか本当にどうやるんだよ・・・
ごま油とか日本酒作る時みたいに布に入れて上から重しです本当に
合ってるのかも不明です
1333
第89話 女王が俺を頼って来た時の事と勇者達︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
後半のはほぼ会話だけです
都合により勇者達の名前を変更しました。
1334
第89話 女王が俺を頼って来た時の事と勇者達
ハニービーが俺の所にやって来た。
﹁カーム殿ー﹂
殿?
﹁巣箱の中に、新女王が誕生しているので、旧女王が、引っ越そう
としているでござる、だから新しい巣箱を用意してほしいのでござ
る﹂
ござる!?
﹁君は、この前に会ったのと別個体なの?﹂
﹁そうでござる、前の個体は寿命で死んだでござる。だから拙者が
きたのでござる﹂
拙者?
﹁まぁ、口調なんかどうでもいいや、巣箱って簡素な物でもいいか
い?﹂
﹁オーケーでござる﹂
なんか色々混ざってて頭痛いわ。
﹁解った、なるべく早く用意させるから﹂
﹁恩に着るでござる﹂
そんな会話をした後、直ぐに大工のゴブルグさんの所に行き、簡単
な絵図面を地面に書き、廃材で下駄付き巣箱を作ってもらった。
﹁本当に片手間だな﹂
と言いつつも、簡単に仕上げていくのが大工らしい。
ござるの指示を聞きながら、家の裏手に有る巣箱の木枠を持ち上げ、
旧女王のいる枠、蜜の多い枠、卵や幼虫が多い枠を半分だけ貰って
来た木箱に移し、数km離れた場所に置いて数日閉じ込めて、入口
を開けたら巣別けが完了らしい。なんでも帰巣本能があるからこう
1335
しないと駄目らしい。
﹁コレで良いかな?﹂
﹁平気でござる。後は、近くに水場と花が多い所が有れば完璧でご
ざる、今のを覚えて置いて欲しいでござる﹂
﹁あーはいはい、分った分った適当に見つけておくよ﹂
﹁それともう一つ、お願いが有るのでござるが﹂
﹁なんだい?﹂
﹁我々にも新女王が誕生したのでござる、折角だから島から出たい
と言っているのでござる﹂
﹁はぁ? この島の中じゃ駄目なの?﹂
﹁なんでも、島のあちこちに移動している魔法で、カーム殿の故郷
の方まで勢力を伸ばしたいと言っていたでござる、だから移動して
ほしいのでござる。我々の移動距離では海を渡れないのでござる﹂
﹁先祖はどうやってこの島に来たんだよ﹂
﹁流木でござる、それはそれは大変な旅だったと聞いているでござ
る﹂
﹁あーはいはい、分った分った、で、いつが良いの?﹂
﹁この新しい巣箱の部下達が、慣れた頃だそうでござる、ちなみに
この箱も持って行ってほしいのでござる﹂
﹁じゃぁ3日後でいいかい?﹂
﹁助かるでござる、姫に伝えて来るでござる﹂
あ、新女王が姫じゃなくて、現女王も姫なのか。紛らわしい個体だ
な。
◇
蜂が慣れる数日の間、カカオマスから油分を取り出す方法を、女性
達と話し合い、それと並行してチョコ作りも教え始める。
そうして、しばらくチョコを作っていたら、森の上空から黒い塊が
1336
こちらに向かって飛んで来た。
﹁うぉ、なんだアレ、気持ちわりぃ﹂
﹁きゃぁ、気持ち悪い﹂
数名の女性が騒めくが、黒い塊がどんどん近づくにつれ、先行して
1つの影がこっちに近づいて来る。ハニービーだった。
﹁カーム殿、姫が挨拶したいと言ってるでござる﹂
﹁あ、あぁ分った﹂
俺は転移魔法で出かけるから、引き続き作業をしてほしい事を皆に
伝え、湾の方に歩いて行く。
﹁貴方がカームですね﹂
ハニービーよりかなりデカい女王だと思われる蜂が、俺に話しかけ
て来る。
﹁えぇ﹂
﹁話は部下より聞いていると思います、ですので、島中を移動する
魔法で、貴方の故郷まで連れて行って欲しいのです﹂
﹁その話は聞いてます、巣分け用の巣箱を持って来るので、ここで
待っててもらえますか?﹂
﹁構いません﹂
そう言われたので、俺は涼しい場所に置いて有った巣箱を手に取り、
湾の方へ戻る。
﹁じゃぁ、移動しますので、俺の両手の外に出無い様にして。高さ
も手を上に伸ばした長さより中に入る様にお願いします﹂
そう言うと、女王が俺の胸にとまり、少しふんわりした物が当たっ
たが、そんな事を楽しむ間もなく、両手両足や頭にハニービーが群
がり、体中ゾワゾワする。
コレって子供の頃なら絶対トラウマになるよな。ってか体温高くて
熱い、蜂玉で殺されるスズメバチの気持ちが良く分った。さっさと
移動しよう。
1337
俺は家の前に転移し、風景が変わった瞬間に、俺にとまっていたハ
ニービー達が一斉に離れる。うーゾワゾワした!
﹁ここがカームの故郷ですか﹂
﹁冬になると雪が降りますが平気ですか?﹂
﹁島に来たばかりの先代は、冬を経験しているので、受け継がれた
記憶として残っておりますので平気です、ですが暑さに弱いので涼
しい場所を提供して頂ければ助かるのですが﹂
﹁分りました、思い当たる場所があるので、そこに行きましょう。
あの森です﹂
そう言って子供の頃に、良く行っていた森を指差す。
﹁では、先に森の入口へ向かっていますので、その新しい巣箱の部
下達を解放してから、案内をお願いします﹂
﹁分りました﹂
そう言うと女王は森の方に飛んで行ってしまった。
そして誰もいない家に入り、紙に﹃蜜蜂の巣箱触るな﹄と書いて、
家の日陰になる場所に置いて置いた。
﹁おいカーム、さっきの空飛んでた黒い塊なんだよ﹂
﹁ハニービーの大群ですよ、なんかしらないけど、俺の事頼って来
たんで、話を聞いてやっただけですよ﹂
﹁おー、コレで村に、蜂蜜が出回るな、カームに感謝感謝﹂
﹁養蜂って言って、蜂を飼う方法も有るんで、その内町に売れるよ
うにもなりますよ﹂
﹁これで町に行って蜂蜜買わないで、気軽に蜂蜜塗ったパンが食え
るぜ﹂
このおっさんは、甘党らしい。熊系の魔族だったら浴びるように食
うのだろうか?それと、本当に熊の右手は美味いのか、それも気に
1338
なる。別に熊肉に蜂蜜ぶっかけて、煮たり焼いたりすれば一緒じゃ
ないのかと思うが、言うだけ野暮だな。
﹁はちみつ入りのお菓子もっすよ﹂
俺的にはこっちの方が重要だけどな、けど獣人系にチョコやコーヒ
ーは平気だったけど、魔族の乳児に蜂蜜はどうなのか、怖くてでき
ないけどな。
まぁ森に向かうか。
﹁じゃぁ、ここから少し入った所に、子供の頃に見かけた洞窟が有
るので、そこまで案内しますね、夏は涼しいし冬は入口を塞げばど
うにかなるでしょう﹂
﹁助かります﹂
しばらく歩いて、子供の頃に見かけた洞窟に向かうが、洞窟に着い
たら子供達がいた。
﹁あ、お父さん!﹂
﹁あー、リリーちゃんのお父さんだー﹂
﹁こんにちは﹂
﹁パパ!﹂
﹁・・・すみません、占拠されてました﹂
﹁良く有る事です、子供達の行動力は、時に大人達の想像のはるか
上を行きますからね﹂
﹁ここは駄目だな﹂
そう言って、女王と話をしようとしたら、リリーに話しかけられた。
﹁お父さん、その大きい蜂は誰?﹂
﹁ハニービーの女王様、クイーンビーだ、それとその部下のハニー
ビー﹂
﹁﹁﹁﹁こんにちは﹂﹂﹂﹂
﹁かわいいー﹂
可愛いのか?複眼だぞ、ハニカムなキルフラッシュだぞ。なんか目
1339
が光を吸収して濁って見えるから、正直俺は変に苦手なんだよな。
﹁そのクイーンビーさんのお家探してるの?﹂
そう言ったのはシュペックの娘のレーィカちゃんだった。
﹁そうなんだよね、君達の秘密基地を取る訳にもいかないし、少し
困ってるんだ﹂
﹁それなら大きな木の中が、穴になってるの私達知ってるよ﹂
俺は女王をちらりと見ると、軽く首を縦に振った。
﹁そんな場所知ってるんだ、すごいねー。このクイーンビーさんた
ちのお家に出来るかどうか調べたいから教えてくれるかな?﹂
﹁はい!﹂
元気に返事をし、子供達全員が一斉に駆け出して行った。子供は元
気だね。
それから、森の中を15分くらい軽く走り、目的地の大きな木にた
どり着いた。
殆ど森の中心じゃないか。俺なんか子供の頃、野生生物とか怖くて、
こんな深くまで来れなかったぞ、アルクさんやシュペックや炭焼き
職人に感謝だな。
﹁この木ー﹂
﹁いやー大きいねぇ、登る気にもならないな、おじさん高い所怖い
んだよ﹂
﹁私平気だもん﹂
﹁はは、元気が有って良いね﹂
女の子は、少し御淑やかな方が良いかもねって言いたいが、リリー
がいつも訓練訓練言って来るから、流石に言えなかった。
リリーとミエルの性格が逆だったら絶対それらしかったと思うんだ
けどね。まぁいいか。お互い母親の血の方が濃いって事で。
﹁どうです?﹂
1340
﹁部下の話だと、十分大きな木の洞との事です。これなら大丈夫で
しょう、入口が高い、出入りが安易、雨風に当らず、木陰になって
いる。これなら冬も安心でしょう、ありがとうございます。何か有
むこう
ったら部下を、先ほどの自宅まで向かわせますので﹂
﹁そんな事言われましても、俺、ほとんど島に行きっぱなしですよ
?﹂
﹁先ほどフルールさんの鉢植えが見えました、ですので連絡は可能
でしょう?﹂
しっかり見られてたか、複眼怖いな。
﹁なら連絡が取れるように、家族に言っておきます。まぁ、ここに
2人ほどいますが﹂
そう言って子供達を前に出す。
﹁分りました、その子供達か、ご家族に伝えれば良いですね﹂
そう言うと1匹のハニービーが子供達に近づき、挨拶をしている。
﹁我々は名前が無く、個体差もあまり無いゆえ、ハニービーと呼ぶ
でござる、御父上には色々とお世話になったでござる、よろしくで
ござる﹂
こいつもござる種だったか。
﹁よろしく﹂﹁よろしくー﹂
そう言って子供達も挨拶をしている。
﹁蜂蜜食べられるー?﹂
﹁カーム殿が蜜蜂の巣を作って、こっちに持って来て、増やしてく
れるそうでござるから、もう少ししたら、蜜蜂から別けてもらえる
でござる﹂
﹁﹁﹁﹁やったー﹂﹂﹂﹂
﹁子供は正直が一番でござる﹂
俺の台詞を取られたでござる。
□
1341
﹁ここがコランダムですか、こっちに来て、海なんか見たの初めて
ですよ﹂
﹁俺もです、やっぱり人工ゴミが無いし、青くて綺麗ですね﹂
﹁昔を思い出すぜ、ガキの頃は貧乏で何もねぇから、磯で小魚とか
貝とかとって、腹の足しにしてたんだぜ﹂
﹁榎本さんの頃は仕方ないでしょう、戦後だったんですから﹂
﹁榎本なんか俺が産まれる10年前の話だよ、家が貧乏なだけだ﹂
﹁俺の頃は高度成長期入ったくらいだったので、ひもじい思いは無
かったですね﹂
﹁俺なんか、バブルがはじけた頃ですよ、親父達の時代が羨ましい﹂
﹁帰れねぇ日本の話しなんかしても仕方ねぇな、もう止めようぜ。
お? おい、コーヒーって書いて有るぜ﹂
﹁お? 岩本君が言ってた魔王が出した店ですかね、魔王にコーヒ
ー飲ませてもらったって言ってましたし﹂
﹁久しぶりにブラックが飲みたいですね﹂
﹁俺も30年近く飲んでねぇな﹂
﹁榎本さん飲めたんですか? てっきり緑茶かと﹂
﹁ばっか、あの頃はな、女をひっかけに飲めもしないコーヒーを飲
みながら喫茶店にいたんだよ﹂
﹁意外にハイカラだったんですね﹂
﹁こっちに来る前も飲んでたぜ、気が付いたら飲めるようになって
たからな﹂
﹁んーこの香り、我慢できないな、俺だけでも入ってきます﹂
﹁俺も行きますよ﹂
﹁俺も行くぜ﹂
そう言って三人がコーヒー屋に入って行った。
﹁いらっしゃいませ、空いているお席へどうぞ﹂
そう言われ、三人が空いている席に座る。
1342
﹁意外に雰囲気出てますね、服装もマスターっぽいですし、ドアベ
ルもそれらしく聞こえますよ﹂
﹁良い雰囲気だな、やっぱり日本人説が濃厚だな﹂
﹁懐かしいぜ、こんな雰囲気の中、和服来たねぇちゃん達を待って
たんだよ﹂
﹁けどメニューがコーヒーかセットしか有りませんよ、オプション
もこの強い酒のベリル酒って言うのが付くだけですね﹂
﹁俺はコーヒーだけで良い﹂
﹁俺も﹂
﹁すみません、コーヒー2つのセット1つベリル酒1つ﹂
﹁かしこまりました﹂
オーダーが通り、マスターの声が帰って来る。
﹁見て下さいよ、ミルが無いから石臼ですよ﹂
﹁粗挽きか﹂
﹁スプーンで粉を掬って、そのまま容器に入れて水を入れて火にか
けてますね﹂
﹁トルコ式だな、まさかトルコ人の勇者か?﹂
﹁いやいや、それは無いでしょう﹂
﹁お待たせしました﹂
マスターと同じ服を着た女性が、コーヒーを運んでくる。
﹁あぁ、久しぶりのブラックコーヒーだ﹂
﹁本当ですね、まぁ俺はインスタント派でしたけど﹂
﹁今思うと、よくこんな苦いの飲んでたな、牛乳でもいれっぺ﹂
﹁これ豆乳ですよ、しかもこのお菓子も、おからクッキーです﹂
﹁本当か、なら豆腐も期待できるな﹂
﹁いいねぇ、醤油と豆腐、あとは日本酒で1杯﹂
﹁1杯と言えばこの酒ですよ、コーヒーに入れるんならかなり強い
1343
はずです、強いなら蒸留器で作らないと﹂
﹁だな、会田、飲んでみろ﹂
そう言われ、容器に入っている酒に小指を入れ、味を確かめるよう
に舐める。
﹁かなり強いですね、樽の香りは付いてますけど、加水しないでそ
のまま保存したんでしょうね、それに樽の香りが付いていると言う
事は最低1年から3年は寝かせて有りますね﹂
﹁確かに強すぎる、調合士がいればこんな事は無いが、中途半端な
知識で酒を造ったんだろうな。多分酒に関しては素人だ。もちろん
俺もだけどな﹂
﹁酔えればいいんだよ、そんな事より混み始めてるぜ、迷惑だから
そろそろ出ようぜ﹂
﹁そうですね、商船を探して、無人島で降ろしてもらいましょうか﹂
﹁俺は、商船が見つかるまで通わせてもらうぞ、あぁ、コーヒー﹂
﹁カフェイン中毒の域ですね﹂
﹁酒や煙草がやめられねぇ奴と同じ考えだな、コーヒーが無ければ
治ってたんだろうに、哀れな奴だな﹂
そう言いながら三人は店を出て行った。
閑話
コーヒージャンキー
﹁あの黒髪、聞いた事の無い言葉、アレは絶対勇者だよね﹂
﹁そうね、冒険者風だけど、武器らしきものを持ってたのは、白髪
交じりの初老の人だけだったわよ﹂
﹁カームさんに知らせた方がいいのかな﹂
﹁そうね、今度来たら伝えましょう﹂
1344
◇
開店直後
﹁コーヒー1つ﹂
10時頃
﹁コーヒー1つ﹂
昼過ぎ
﹁コーヒー1つ、砂糖と豆乳は無くても良いです﹂
3時頃
﹁昼と一緒で﹂
閉店間際
﹁いつもの、それと帰り際にコーヒー豆1袋﹂
﹁あの初老の勇者、ずっと飲みに来てるけど、監視なのかな、それ
とも大好きなのかな、砂糖も豆乳も入れないし﹂
﹁大好きなんじゃないかしら﹂
更に翌日
﹁いつもの﹂
﹁ただのコーヒー好きだね﹂
﹁そうね﹂
1345
第89話 女王が俺を頼って来た時の事と勇者達︵後書き︶
作者は、何かに依存していると聞かれたら、牛乳と酒と答えますね。
酒は無くても平気ですが、有れば少しだけ嗜みます。
けど牛乳は無いと普段温厚な自分でも、カリカリして怒りっぽくな
ります。
一番困った事は修学旅行中、食事に一切牛乳が出ず、自由行動中に
牛乳買い溜めをしました。
某バーガー屋でもセットでは牛乳を頼み、ドーナッツ屋でミルクの
テイクアウトが出来ない時は少しイラッっとしました。まぁコンビ
ニで牛乳を買って、車内で食べながら帰りましたけどね。
巣分けの案は感想で頂いた物を使わせていただきました。
1346
第90話 勇者が来島した時の事︵前書き︶
適度に続けたいです。
相変わらず不定期です。
都合により勇者達の名前を変更しました。
1347
第90話 勇者が来島した時の事
クイーンビー達が、木の洞に住み付く事が確定した。俺は翌日に、
立て看板と、杭とロープを持って、森の中央に有る木の周りに杭を
打ってロープを張り、立て看板を立てた。もちろん村の共同物資で。
﹃この木には、クイーンビーやハニービーが暮らしていています。
この近辺の、蜜蜂を管理しています、怖がらずに優しく接しましょ
う﹄
﹃この木に住んでるハチさんは、ミツバチのお世話をしています、
いたずらしちゃ駄目だよ﹄
﹁コレでいいんじゃね? 子供向けにも看板建てたし﹂
後はアルクさんとかシュペックに相談かな。
﹁おーいシュペック、ちょっといいかー﹂
俺はアルクさんより先に巡回中のシュペックを見かけ、声を掛けた。
﹁んー何?﹂
﹁昨日さ、クイーンビー達がこの村に来た事はもう知ってるよな?﹂
﹁うん、あの黒い塊でしょ?僕も見たよ、あとレーィカからも聞い
たし﹂
﹁なら話が早い、森のほぼ中央の、大きな木の洞を住処にするらし
いから、なるべく刺激しないでほしいんだ、その木の周りにも看板
も建てて来た﹂
﹁ふんふん、それさ、一応村長にも言った方が良いんじゃない? 僕だけじゃ判断できないよ、村長に言えば、一応村にも伝わるから
さ﹂
﹁あー、そうだな。気がかなり進まないけど村長にも言って来るよ、
1348
多分村長からも、話が有ると思う﹂
﹁わかったー﹂
﹁ってな訳で、養蜂と保護をお願いします﹂
﹁うーむ、村に色々増えるのは良いのじゃが、カームは良く仕事を
持って来ると言うか、なんというか、島の方は良いのか?﹂
﹁元々島で飼ってた蜂なので、増えたら巣を別けないと駄目なんで
すよ。あとこれが、巣箱の簡単な図面です、巣分けの時期になった
ら、ハニービーが誰かしらに会いに来ると思いますので﹂
﹁それならいいんじゃが﹂
﹁んじゃ、さっき話した事、一応皆に話しておいて下さいね﹂
﹁わかった、わかった。蜂蜜が手に入って、町にも売れるかもしれ
んのじゃ、これ以上文句は無いよ﹂
﹁んじゃ俺は戻りますね﹂
そう言って俺は家に帰り、蜂蜜を使ったお菓子を作る事にした。折
角の蜂蜜だ有効に使わないとな。
んー、小麦粉は有るな。こんなの材料さえあれば簡単に出来るので
いいか、小麦粉5に対して砂糖、蜂蜜、オリーブオイル、牛乳1を
入れて、塩少々。
後はざっくり混ぜて、200度くらいのオーブンで15分焼くだけ。
ハニークッキーモドキの出来上がりだ。バターも卵も無くても出来
るからな、そのぶんヘルシーだ、本当小麦粉は万能だぜ。
子供達は、午前中は遊んでるので、午後のおやつだな、昼食の準備
もしておこう。
午後はいつも通り、稽古につき合わされ、俺の攻撃方法に、動きを
阻害する程度の︻水球︼なら良いとスズランに言われたので、リリ
ーの顔面を狙い、怯ませたり、ミエルの手に当てて︻火球︼が発動
1349
した頃に狙って当てるようにして、何ともいやらしい戦法を子供達
に使う事になった。むしろ使わされた。
その後は、ラッテが戻ってきたら、皆でお菓子を食べ、夕方に店を
覗きに行く。
﹁お疲れ様です、最近どうでしょうか?﹂
﹁あ、あのですね、我々人族でも顔付きが少し違う、黒髪の珍しい
3人組が来店しまして、多分勇者だと思うのですが。1人が35歳
前後で、1人が初老で髪がかなり白くて灰色でした、1人が完璧に
老人でしたね、髪は全部白でしたけど、多分あの方も、顔付きが少
し違うので仲間だと思います。しかも初老の勇者と思われる方が、
1日5回以上も来店するんです﹂
﹁監視ですか!﹂
﹁いえ、多分ですけど、コーヒーに何も入れず飲んで、ほっこりし
て帰っていくので、本当にコーヒーが好きなんだと思います、しか
も夕方に来店したら、絶対に持ち帰り用のコーヒーも買って行くん
です﹂
﹁それは・・・コーヒー好きすぎでしょう﹂
﹁そうなんですよ、ビックリするくらい飲むんです、しかも砂糖も
豆乳も入れないので﹃いつもの﹄って言って、座るだけなんですよ﹂
﹁あちゃー、完璧にジャンキーだわ﹂
﹁ですが、今日の夕方は50袋分買って帰りました﹂
﹁はぁ? 50? そいつはすごいですね﹂
﹁もしかしたらですけど、この港から、島まで6日じゃないですか
? その間に飲むのかと思うんですよ﹂
﹁って事は、明日にはここを出て、6日後には島に来るって事です
か﹂
﹁多分ですけど﹂
﹁貴重な情報ありがとうございます、今から戻って、対策を取りま
1350
す﹂
﹁はい、気をつけて下さい﹂
﹁なので、しばらくは夕方に来れませんが、平気ですか?﹂
﹁大丈夫です、カームさんこそ気をつけて﹂
﹁ありがとうございます﹂
俺は心配されながら島に戻った。
﹁という訳で、6から7日後に3人組の勇者が来る可能性が非常に
高いんです﹂
﹁三人か、しかも初老と老人もいるって事は手練れだな、今まで生
き残ってるからこそ、その歳なんだ、気をつけた方が良い﹂
﹁ですね、妙に強すぎる爺さん婆さんっていますからね、こいつは
警戒した方がいいですね﹂
﹁対策は有るのか?﹂
﹁無いです、出たとこ勝負です﹂
剣道とか、合気道とかの師範代クラスだったら正攻法じゃ勝てねぇ
ぞ、武君はまだ若くて、成長しきって無かった分、強くなれるかも
しれないけど。成長を犠牲にして、最初から強いのを呼んで、倒さ
せる手にでも出たのか?
けど、武君は最善を尽くすって言ってたし、倒してないって思われ
たか、念には念を入れる方法で来るのか。敵さんもやっぱり馬鹿じ
ゃないか。
﹁あ、もしかしたら城の兵士に剣術や、無手での攻撃方法とかを教
えてる奴かもしれないので、見かけに騙され無い様に﹂
﹁わかった、無手でも油断しないでおこう﹂
◇
それから7日後
1351
﹁カームさん! 船です!﹂
﹁来たか! 皆さんは、魔王城跡地の方へ﹂
﹁﹁﹁はい!﹂﹂﹂
﹁キースとおっさん達はここで俺と迎え撃ちましょう、相手は3人
です、どうにかしましょう!﹂
﹁おうよ﹂
そして、湾の出入り口に船が止まり、公園に有る様な本当に小さい
手漕ぎボートが下ろされ、その手漕ぎボートを下ろした船は、帆を
張り直して、魔族側の大陸へ進んで行った。
﹁おい、どっか行っちまったぞ﹂
﹁ですね﹂
そしてボートが近づくにつれて、違和感が塊でやって来る。
情報に有った、初老の男性が、ボートを漕ぎ。30から40歳くら
いの男が両手を上げ、白旗を振って、老人が吐きそうにしている。
﹁なんだアレ﹂
﹁知りませんよ。それに白旗を振るって、どういう意味なんですか
?﹂
﹁降参だ﹂
あ、こっちでも降参でいいんだ。白旗なんか初めて見たわ。
そして手漕ぎボートが近づくにつれ白旗を振っている男が日本語で
何かを言っている。
﹃武君から話は聞いたよー﹄
﹁何言ってるんだ、アイツ﹂
キースが弓を引き絞り狙いを定める。あ、やばい。
﹁止めろキース、撤収だ撤収! てっしゅー、多分アレは勇者ロッ
クの知り合いだ、俺が責任を取るから。キース、皆にも伝えて来て﹂
1352
俺は必至にキースを止めた。
﹁お、おう。けど油断させる気じゃないか?﹂
﹁平気だから﹂
﹁おっさん達も平気だから、武器を下ろして。無手でも強い奴もい
るかもしれない、って言ったけど。多分アレは違うから﹂
﹁解った、そう言うならそれでいい、俺達も戻ってるぞ﹂
﹁ありがとうございます﹂
そう言っておっさん達も戻っていく。
﹃いやー弓を向けられた時はびっくりしたよ、ありがとう凪君﹄
そして浜に上陸して、出た一言目がそれだった。
﹃えーっと、初めまして、一応こっちではカームって言います、あ、
これは親からもらった名前なんで、武君みたいに、偽名って訳じゃ
無いですよ、えーっと﹄
﹃俺は会田、こちらの2人は榎本さんと織田さん﹄
﹃よろしく﹄﹃おう、その前に水か茶くれねぇか、口ん中が酸っぱ
くてよ﹄
そう言われ、俺は︻水球︼を急いで出し、榎本と言われた老人に水
を差しだす。
﹃あー気持ちわりい、帆船は揺れんなぁ﹄
﹃で、この中で共通語が話せる方は?﹄
﹁全員喋れますよ、取りあえず凪さんを信用させるのに、日本語を
使ってただけで﹂
﹁あー、良かった。島の皆には、魔王っていうのはばれてるんです
けど、転生者ってのはばれてないんですよ、なので今後も共通語だ
と嬉しいです。立ち話も何なので、家の中で話しましょう﹂
﹁おうよ、おめぇに土産も有るから、楽しみにしてろよ﹂
﹁麦茶と、コーヒーです﹂
﹁有りがたい、船の中で昨日コーヒーが切れてね﹂
1353
50袋も買って6日で切らしたのかよ、この織田さんって人、相当
ジャンキーだな。
﹁麦茶には合わねぇけどよ、漬物だ、糠床も年季入ってるから、う
めぇぞ﹂
そう言って、背負っていた包みを開け、壷の蓋を開け、中から茹で
卵と、トマトときゅうりが出て来た。
﹁うお、糠漬け、ってかトマトとかゆで卵の糠漬けとか通ですね﹂
﹁小振りなのが本当は良いんだけどよ、港町に無かったから、デカ
いのを買って、船に乗る前に付けておいたから、食べごろだぜ、洗
って食え食え﹂
そしてテーブルには、糠漬けと、麦茶とコーヒーと言う、あまり見
ない光景が広がっている。
﹁うお、久しぶりに糠漬け食った、米がほしい、米麹作るのに使っ
ちゃったしな﹂
﹁安心しろ、種籾は持って来てある﹂
そう言って榎本さんは、ニヤニヤしながら大きな袋を取り出し、テ
ーブルに置いた。
﹁おぉ! 稲作の知識が無かったから、今まで手を出さなかったけ
ど、もしかして榎本さんって、農業してました?﹂
﹁おうよ、話によると、面白い事してるって言うから皆で来たんだ
よ﹂
﹁榎本さんに着いて来たんですが、コーヒーが有って本当に良かっ
たです、もうタンポポや豆を焦がしただけの物は飲めません﹂
﹁俺は岩本君の話を聞いて興味が湧いて来ただけ、ってかあんな腐
った国から出たかったって言うのが正直な理由。んじゃ自己紹介で
もしますか。ってか名前はもう良いよね、俺は教師をしてたよ﹂
﹁俺は技術職だった、バイクをばらして組んだり、車も少しいじっ
てた、近所の整備屋にいたから、ある程度の知識は有る、これが図
面だ﹂
そう言って織田さんが図面を取り出した。
1354
﹁風車に水車、手押しポンプも、これは板バネですか、しかも解り
易い。こっちの世界でも理解できるように描いてある﹂
﹁発動機も欲しいが、エンジンを作るのには、技術が無いからね、
流石に鍛冶だけじゃ厳しいだろう、けどここは海だ、ポンポン船く
らいなら出来るだろうな﹂
﹁おー!﹂
﹁細長い鉄パイプは無理だが簡単な物なら出来るだろうな﹂
﹁おー、今まで水生系の魔族に手伝ってもらってましたよ﹂
﹁それなら話し合いが必要だな、彼らの雇用にも関る、それに燃料
も必要になるし、火も扱うから、木製だと改良が必要になって来る﹂
﹁その辺は、追々詰めていきましょう﹂
﹁俺はさっき言った通り、農業をやってた、酪農も少し齧ったから、
少しだけ口は出せるぜ﹂
﹁本当有りがたいです、嫁の1人が故郷で畜産関係の手伝いをして
いるんで﹂
﹁﹁1人?﹂﹂
﹁あー、えーっとですね、その、2人いるんですよ、本当は1人の
予定だったんですけどね・・・こっちには重婚とか気にして無いら
しく、もう一人の方に、物凄く惚れられまして、押し切られたと言
うか、1人目が2人目を容認したと言うか・・・﹂
俺の語尾が段々と小さくなる。
﹁元日本人なのに。なにをやっているんですか﹂
﹁日本人なら1人の女性を愛するべきです﹂
﹁ちゃんと説得もしたんですよ、けど気が付いたらもう遅くて・・・
その、すみません﹂
﹁いやいや、綺麗なねーちゃんがいたら、声をかけるのが男として
は普通だよな、いやー昔の俺みたいだぜ﹂
﹁いえ、ですからね。違うんですよ﹂
﹁うんうん、何も言わなくてもわかるぜ、ほら、キュウリもう1本
食え﹂
1355
そう言って、笑顔でキュウリを渡され、少しだけ気まずい中でキュ
ウリを食った。
その後、少しだけ話し合いをして、どういう経緯でこっちに来る事
になったのかを聞いた。
﹁召喚して、捨て駒扱いですか、それじゃ温厚な日本人も怒ります
よ﹂
﹁そうなんだよ、その宇賀神って奴が忍び込んで無かったら、俺達
は、まだ国の為に、知識を提供する勇者として、仕えてたかもしれ
なかったんだよ﹂
﹁先代はまだマシだったらしいんだけどな。可愛い可愛いで育てら
れたボンボンがそのまま王になったのがわりぃんだよ、その娘の良
い噂もきかねぇよ。召喚した好みの男をたらし込んでる女狐だ﹂
﹁王位継承権が低いから、策略結婚の道具になる前に、どうにかし
たいんだろうね。多分どこかの貴族が相手なんだろうけど、そんな
事をしてるって事は、多分相手の顔か性格が醜悪なんだろうね﹂
﹁愛だけでどうにもならない程度には酷いんだろうな﹂
﹁これじゃ勇者も逃げ出すわ﹂
俺は温くなった麦茶を飲み干し、更に話を聞く。
﹁カーム君の存在が無ければ、俺達はまだ寂れた寒村で過してたか
もしれないんだよ、だからこのまま情報操作して、各地の召喚され
た日本人を集めないかい?﹂
﹁んーそれは構いませんけど、国が本腰入れて攻めて来るんじゃな
いんですか?﹂
﹁大砲でも作るかい?知識は有るよ﹂
﹁図面も有る﹂
﹁んじゃ牛や豚でも増やして糞でも集めるか﹂
﹁いやいやいや、なんで全員乗り気なんですか、ってか硝石集めよ
うとする段取り良くないですか? 事前に話し合いでもしてたんで
1356
すか?﹂
﹁そうだね、最悪ここにいない宇賀神も混ぜて、持ち運び可能な、
木で作った、使い捨ての大砲で、城壁とかに打ち込んで、嫌がらせ
する計画は有ったんだよね。木の大砲は燃やせば済むし﹂
﹁俺でも作ろうとしなかった物を、簡単に作るとか言わないで下さ
いよ﹂
﹁ある程度知識のある日本人なら簡単だろう? 君だって蒸留器を
作って酒だって作ってるじゃないか﹂
﹁まぁ、そうですけど。けどあれは故郷の発展の為に﹂
﹁けど、戦火に飲まれそうな場所に故郷が有ったら、絶対作ってる
でしょ? 黒色火薬﹂
﹁まぁ、産まれた場所が場所だったので、必要無かったって言うの
も有りますけど﹂
﹁すまんカーム君、コーヒーのお替りをくれないか﹂
本当にこの人は・・・真面目な話をしてるのに、コーヒーの事しか
頭に無いのかよ。しかも物凄く真剣に渋い声で言うなよ。一瞬何事
かと思ったよ。
﹁じゃぁ、とりあえず、その話は先送りかな﹂
﹁ずっと先送りにしておいて下さい、火種は少ない方がいいんで、
ってか俺は平和に暮らしたいんですよ﹂
﹁いやいや、こんな文化レベルの低い世界だ、簡単に世界が取れる﹂
﹁取ってどうするんですか﹂
﹁取るだけ、取ったら満足﹂
﹁最低な考えっすね、取るまでに何人死ぬと思ってるんですか﹂
﹁いやー召喚された俺達は、捨て駒にされてるんだよ? 少しくら
い良いじゃないか﹂
﹁そんな笑顔で言わないで下さいよ、しかも魔族側はどうするんで
すか﹂
﹁人族が内戦で弱ってる所に攻め込めば? 簡単に滅ぶよ、けど俺
1357
は人族側を取ったら満足だから、そこで降りるけど﹂
﹁会田さん、面白い頭してますね﹂
﹁異世界だからね、少しは楽しみたい﹂
﹁ドヤ顔で言わないで下さい。本当にどこまでが本気か解りません
よ﹂
﹁俺達を、召喚した国に仕返ししたいくらいまでは、割と本気かな﹂
そう言うと残りの2人も頷いている。結構頭に来ているのだろうか。
﹁あ、皆さん風呂とかどうしてます?﹂
﹁一応作ったが、井戸を掘るのが面倒でね、井戸さえあれば俺が考
えて、作らせた手押し式ポンプで楽なんだが﹂
﹁ガキの頃は、風呂汲みが仕事だったけど、この歳じゃさすがにキ
ツイぜ﹂
﹁俺も体力ないんで、たまにしか﹂
﹁んじゃ温泉行きましょう、見つけてある程度、入れるように整え
て有ります﹂
そう言った瞬間全員が椅子から立ち上がった、落ち着けお前等。
﹁海の見える場所と、山の中腹に有る場所、どっちが良いですか﹂
﹁両方に決まってるべ﹂
﹁そうですね、他に選択肢が無い﹂
﹁賛成だね、両方行きたいね﹂
﹁んじゃ、タオルとか準備したら、転移魔法陣使うんで﹂
﹁おうよ、着替えならここに有るぜ﹂
﹁確か一番奥だったな﹂
﹁こっちの小さい肩掛け鞄に一式入ってるから俺はもういいよ﹂
なんだろう、日本人版三馬鹿っぽいポジションだな。なんで歳も違
うのにこんなに仲がいいんだよ。羨ましいな。
﹁はーい、まずはこちらが山の中腹の温泉です、偶にハーピー族が
水遊びっぽくバシャバシャしてるので羽とか浮いてますが・・・浮
1358
いてますね、気にしないで下さい﹂
﹁露天風呂に浮いてる枯葉とか虫って思えば平気だ﹂
そう言って既に脱ぎはじめる榎本さん。
﹁生垣とか壁とか欲しいですけど、この山肌とかじゃ無理ですし、
物資を運ぶのにも厳しそうですね﹂
既に脱ぎ終っている織田さん。
﹁いやー良い眺めですねー、あの湖が海だったら良かったのに﹂
﹁おめぇ、そりゃ最高の贅沢ってもんだろ﹂
﹁そうですね﹂
﹁﹁﹁﹁ふぅー﹂﹂﹂﹂
﹁日本酒が欲しくなるぜ﹂
﹁榎本さんが米を作れば、作れるな﹂
﹁蔵と大きい桶が必要ですね﹂
﹁いやいやいや、年単位で必要でしょう、なんでそんな簡単に言っ
ちゃうんですか﹂
﹁日本人だからにきまってっんだろ﹂
﹁俺でも、温泉に入りながらコーヒーは飲みませんよ﹂
﹁風呂上がりにビールでも良いな﹂
﹁お、それもいいねぇ﹂
﹁きちんと管理して、麦酒って言うより本当に確立された作り方で
作るか﹂
﹁夢が有って良いですねー、知識はあるのに技術が無い、本当悔し
い世界だ﹂
﹁会話に入れねー﹂
そして、次は海岸近くの温泉に転移する。
﹁海を見ながらの温泉、コレで日本酒が有ったら最高の贅沢だな﹂
﹁俺は山の方が良かったな﹂
﹁ってか2人は日本酒があればどっちでも良いみたいな言い方です
1359
よ﹂
﹁﹁どっちも最高だ﹂﹂
﹁はいはい、ありがとうございます﹂
﹁おーし、俺はこの温泉の近くに住むぞ。平地だし、田んぼも作れ
る。しかも温泉付き。最高の立地だぜ﹂
﹁じゃぁ俺も手伝う﹂
﹁俺はカーム君と村の方で過して、時々来ますよ﹂
﹁いやいや、まだ家建って無いですから、気が早いですから。って
かここが島のどこか解ってます?﹂
﹁太陽の位置的に、さっきの温泉の所から南だね、湾が有ったのが
東でしょ? 距離まではわからないな﹂
﹁教師すげぇ。当たってますよ、海岸線が大体150kmで島の中
央にさっきの山が有りますね﹂
﹁結構あるねぇ、そう考えると、さっきの村から徒歩で約1日か。
まぁ俺なら2日欲しいね﹂
﹁胸を張って言わないで下さい﹂
1360
第90話 勇者が来島した時の事︵後書き︶
一周年記念、作者ぶっちゃけ話しを、おまけの方に乗せました。興
味が有れば読んでください。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
1361
第91話 今後について話し合った時の事︵前書き︶
適度に続けたいです。
相変わらず不定期ですが、週に1回は更新したいです。
会話が多いです、むしろ会話しか有りません。
あと、少し短いです。
都合により勇者達の名前を変更しました。
1362
第91話 今後について話し合った時の事
勇者来島から次の日。俺は言い争いをしていた。主に、昨日温泉
に連れて行ったのが原因だ。
﹁いやいやいや、まだ無理ですから、家をあの温泉の近くに建てる
って、どんだけ労力がいると思ってるんですか。帆船で資材運んだ
としてどうするんですか﹂
﹁一日で出来る量を運んで、俺と織田と借りた大工の三人でやるっ
つてんだろ、平気だって。カームは地均しして、支柱だけ建てる穴
を掘ってくれりゃー、それなりにするからよ、夜には戻って来るっ
て﹂
﹁それでも水源は、山の近くに行かないと無いんですよ? 井戸で
も掘って汲むんですか? 水を引くのにも労力が足りません。俺一
人でやっても山のふもとからの距離だと、魔法でも二週間は欲しい
ですよ﹂
・
﹁温泉が出てるんだ、少し掘れば水なんか出んだろう﹂
﹁あそこで温泉なんですよ。あの辺り掘ったら、どこでも温泉出ち
ゃいますよ、だから山の近くの湖から水を引いたりして、少しずつ
島民を増やして、あの辺りに民家も建てて第二、第三の村を作った
方が良いですよ。だから半年から一年くらい待ってくださいって言
ってるでしょう。むしろ、家だけなら、俺が魔法で四方を土を盛り
上げて、屋根に板張った方が早いですよ、だから問題は水なんです
よ、温泉汲み上げて、冷ました物を野菜に撒いたり、家畜に与える
んですか、二度手間ですよ、そもそも、あの温泉で野菜育つんです
か? 成分的に育つかまだ検討してませんよ?﹂
﹁ん、んー﹂
﹁だから少し待ってくださいって、言ってるんですよ﹂
﹁わーったよ、あそこに住むのはまだ諦める、けどよ、温泉は連れ
1363
てけや、それは曲げらんねぇ﹂
﹁それが待ってもらう条件なら良いですよ。けど俺だって故郷に家
族がいるんで、連れて行けない日も有りますからね﹂
﹁二、三日風呂に入れなくても死にはしねぇよ、それに織田に風呂
作ってもらうから構わねぇよ﹂
﹁おー魔王のカームさんと、老練の勇者が言い争ってるぞ﹂
﹁内容は糞くだらないけどな﹂
﹁聞こえてっぞ!﹂
﹁ひぃ! すんません!﹂
まったく頑固ジジイめ。
そしてその日の夜、人の少ない湾側の村にて。
﹁まぁ、昼間はあんな感じで言い争っちまったけどよ、どうすんだ
?﹂
﹁どうするんだとは?﹂
﹁勇者召喚の件ですよ、放って置いたら、どんどん犠牲者が増えま
すよ、本格的に動くなら宇賀神と会って、入念に計画を立てて、召
喚をしている姫を攫うか、処分するか、もしくは今の王を脅すか、
降りてもうか﹂
﹁なんかサラッと言ってますが、どっちも片方は暗殺ですよね? 俺、こっちに来てから、極力殺しはし無い様に暮らしてたんですけ
ど﹂
﹁けど殺しの経験は有るんでしょ? 王でも姫でも同じ人族だよ﹂
﹁いや、笑顔でも目が笑って無いですよ、どんだけ恨み持ってるん
ですか﹂
﹁﹁かなり﹂﹂
﹁そうですか﹂
んー、恨みの根は深そうだな。榎本さんも織田さんも黙っちゃっ
たし。そんなに酷いんかよ。
1364
﹁わかりました、考えておきます﹂
﹁取りあえず見かけた勇者に極力声を掛けるようにしましょう。こ
んな島があるなら、拠点になります、正直この島の状況が良すぎる
んですよ。衛生的で、畜産業も農業も漁業も林業もあるし、塩も砂
糖も菓子も作ってる、一次産業の多くが確立されてるんですよ? 菓子は一次では無いですけどね。それにコランダムから離れた人族
の村を見た事が有りますか?﹂
﹁無いですねー、人族側の大陸をブラブラしてたらスナック菓子感
覚で殺されるか、襲われそうなんで﹂
﹁その見た目なら、まず襲い掛かられるな。紺色の肌、赤い目。背
中に翼でも有ったら、確実に悪魔だ。まぁ、子供の御伽話では、悪
魔の代わりに魔族や魔王だけどな、悪魔と言う単語を聞いた事が無
い﹂
確かに聞いた事が無いな、教会の情報操作か何かだろうな。多分
魔族は絶対悪で殺しても問題無いって説いてるんだろうな。
﹁まぁ、それは置いといて、村の中だけで麦と家畜の飼育しかして
いなくて、冬になったら、下手したら餓えるような状態なんですよ。
近代で通用するやり方を説いても、変わる気が無いのか、変える気
が無いのか、わかりませんが、とにかく酷いんですよ﹂
﹁こっちの人間はどうでも、俺は同じ日本人が、捨て駒扱いなのが
許せねぇ﹂
日本酒が有ったら、一気に飲み干して、コップをテーブルに叩き
付ける勢いだな。時代劇の娘を取られたおっちゃんみたいだ。
﹁俺もです、なので硝石作りましょう、ソレか代用品で嫌がらせし
ましょう﹂
コーヒー飲みながら、笑顔でサラッと言わないで下さい。
﹁温泉が有るなら、硫黄が有りますね。硫黄単体で城内で焚きまし
ょう、死なない程度には嫌がらせが出来ますよ﹂
1365
こっちも心底楽しそうな笑顔でサラッと言ったなー。ってか硝石
生成出来た時点で、硫黄が有れば、ほぼ黒色火薬出来るじゃないか。
だって残りは木炭混ぜるだけだろ?木炭なんか炭作りしてるんだか
ら、直ぐじゃねぇかよ。
﹁魔族側は、すんなり俺の提案した事を受け入れてくれましたけど
ね、この差は何でしょうかね﹂
﹁宗教色が強いと思います、変に挑戦するよりも、変わらない、安
定した生活を推奨してますので、まぁ、そのおかげで農民の盗賊化
も進みますし、学も無いので、少し大きい村で産まれたらほぼ村か
ら出ずに、生涯村人として働いてますよ、余計な考えを起こさせな
い事を教会が説いてるんですよね﹂
﹁おぉぅ、一応人族の心の拠り所と思って、島に教会を誘致しちゃ
いましたよ﹂
﹁でも、この島の人々はまだマシです、あのシスターも多分いい方
に変わってると思いますよ﹂
﹁確かに、奴隷になる前の暮らしよりかなりマシって言われた事が
有りますし、シスターも良く喋る様になりました﹂
そして、しばらくどうでも良い話が続き、最終的にどうしたいの
かを聞いた。
﹁で、具体的な話はどうなんですか?﹂
﹁宇賀神が、実は地球で忍者やっててね﹂
﹁⋮⋮は?﹂
﹁忍者ですよ忍者﹂
﹁ちゃんと忍んでるの?﹂
﹁職業的には忍んでなかったけど、こっちに来てからは忍びまくり
だよ、すごい生き生きしてるよ﹂
﹁⋮⋮もしかして良くTVとかに出てた? 筋肉とか良く使う奴﹂
﹁何回か出てたって言ってたね。で、本業は山奥の江戸みたいな村
1366
っぽい所で忍者やってた﹂
﹁色々な意味で本物か、すげぇな﹂
﹁なんかこっちに来るとさ、運動能力とか上がるのが凄いらしくて、
もう成りきってるよ、だから城に忍び込んで、その捨て駒情報を持
って来た﹂
﹁アメリカンな忍者じゃなくて良かったよ、で、協力者はなんで俺
なんですか?﹂
﹁魔王が出てくれば盛り上がると思って﹂
﹁はぁーーー﹂
俺は盛大にため息をついた。
﹁例えばの話しで行きましょう、勇者達が王を倒したら、世界中の
人族が勇者狩りをするかもしれません、なら魔王が王を倒したら?﹂
﹁人族同士結託して、魔族と全面戦争?﹂
﹁そうですね、じゃぁ、勇者と魔王が手を組んで、元の世界に帰れ
ない哀れな勇者達ですってな感じを街中で全面的に誇大宣伝しまし
ょう、そして魔王に協力をお願いして、連れて来るだけ連れて来て、
捨て駒扱いしている王と、召喚を繰り返してる姫を倒したら?﹂
﹁勇者が脅威になって、狩られる対象か、憐みの目で見られる?﹂
﹁いやいやいや、そこは上手くやるさ、俺達勇者が悪役にならない
ようにね﹂
榎本さんは物凄い笑顔でニヤニヤしている。かなりねじ曲がって
るなー、どんな状況に遭ったら、こんな風になっちゃたんだろうか。
﹁ってな訳で、現魔王、元日本人としてお願いできないかな、計画
は立てるから﹂
﹁はぁ、勇者解放軍でも作るんですか?﹂
﹁お、いいねぇ、ノリノリだねぇそれで行こう﹂
﹁⋮⋮藪蛇だったな﹂
◇
1367
それから十日ほどして、元魔王城予定地の商業区に風車を建てる
話になり、上空の風を見るのに、榎本さんが、出初式の梯子乗りの
様に、数人で押さえてる梯子をすいすい登って行き、頂上で梯子に
足を絡め、風の確認をしている。
﹁おー、海からの風は途切れないで結構あるぜ、コイツは決まりだ
な﹂
つまり、榎本さんがいる場所には風が常に通ってる訳だな。
﹁んじゃ風車はここで良いな﹂
﹁待ってください。俺、この島に来て一度も嵐を経験してません、
どの規模の嵐が来るのかがわからない以上、安易に風車を作るのは
不味いのでは?﹂
﹁我々は日本人ですよ? それくらいの対策は簡単ですよ、羽は布
で作れば良いんですよ。角度を付けた二枚の板の間を空けて、嵐の
時は布を外しましょう、布の面積を少なくして羽も増やせば、一枚
の布にかかる圧も減り、羽が増える事により、風車としての役割も
果たせると思いますよ﹂
﹁まぁ、そりゃそうですけど﹂
﹁そもそも大規模な物を想像してるのが、間違いです、小規模な物
を作って、最低限の動力さえ得られれば、小麦くらいは簡単に轢け
ますよ、下手したら三脚立てて作って、嵐が来たら、男で三人くら
いで片付けられる程度ので良いんですよ小型の多翼型でもサボニウ
ス風車でもいいんですから﹂
﹁さぼにうす?﹂
たしかに、なんか風車イコール大きい奴ってイメージしか無かっ
たからな。
﹁じゃぁいいのか? 俺は大工と話を付けて来るぞ﹂
そう言って織田さんは図面を数枚持って、大工のいる天幕の方へ
向かって行った。
1368
﹁風車なんて石臼を回すのにしか使えないじゃないですか﹂
﹁今の所はね、後々に風力を使って、木枠の水路を高い所に通して
水の無い所に揚水したり﹂
﹁そうですね、今の所疎水を細かく通してませんからね、少し高い
所に水を引くのには良いかもしれませんね﹂
﹁技術が追い付いて来れば、風力発電で電気とか作れるんだけど、
あ、竹とか有れば、エジソンの白熱電球は作れるよ、あと亜鉛と銅
板とジャガイモで、多分光量は稼げないけど﹂
﹁蝋燭やランタンの方が早いですね﹂
﹁そうなんだよね、俺が生きている内には多分無理だね﹂
﹁勇者の残した知恵として、文献に残しておきます?﹂
﹁多分、この島に有ったら焚書されるだろうね﹂
﹁デスヨネー﹂
そんな他愛も無い話をしていたら、足元の鉢植えになっている、
芽の出ている椰子の実から声が聞こえた
﹁カーム、なんか帆船から小舟が一艘下ろされて、こっちに向かっ
て来てるけど、人数は一人ね﹂
﹁パルマさん、ありがとうございます﹂﹁うわぁ!﹂
会田さんが凄くびっくりしてる。そう言えば話して無かったな。
﹁あー、言いわすれてました、この島の椰子の木のほとんどはこの
ドリアードのパルマさん。あと、赤い花はアルラウネのフルールさ
ん﹂
﹁わかりました、それと、多分そいつは宇賀神かもしれません、俺
の後を追いかけて来たなら少し早いけど﹂
﹁一応武装して行きます、一緒に来てもらえます?﹂
﹁あぁ、構わないよ﹂
武装して、会田さんの足に合わせ、湾を見渡せる位置に付くと、既
に人影が一つ波打ち際に立っていた。
1369
﹁もう少し近寄らないとわからないな﹂
そう言って会田さんはどんどん人影に近寄っていく。
﹁おー、会田﹂
向こうから声をかけて来た、名前を呼んでいるという事は知り合
いと言う事で、忍者の宇賀神さんだろう。
﹁宇賀神﹂
よかった、本当に見た感じ普通の人だ、町ですれ違っても、絶対
に記憶されない、不自然なほど特徴が無い顔だ。
武装は、腰に村人が自衛用に持っている様な、ダガーか大振りの
ナイフか解らない物が、一本有るだけだ。
服装も俺と同じような、どこにでも売っている麻のシャツに麻の
長ズボンで、本当にその辺を歩いてても﹃村人C﹄程度にしか思え
ない、完璧に目立たない格好だ。ただ、髪の毛が黒いのだけが、目
立つ。この世界に、日本人以外の黒髪の人族をまだ見た事が無い。
スキンヘッドにしちゃえば、髪の色はばれないけど、逆に目立っち
ゃうか。
﹁ある程度置手紙に書いてあったと思うけど、紹介するよ。この島
の魔王で、魔族に転生したカームさん﹂
﹁どうも﹂
﹁こちらは戦闘系勇者として召喚された、元忍者で、こっちでも忍
者やってる宇賀神﹂
﹁よろしくお願いします﹂
﹁アメリカンな忍者じゃなくて助かりました﹂
﹁地球では、色々目立つ忍者してましたけど、こっちでは自称忍者
でかなり忍んでます、いやー本当面白そうな島ですね、しかも綺麗
です、一度こんな場所に来たかったんですよ﹂
﹁最悪毎日見られますよ、一応そこにも家が有りますが、嵐対策で
少し高い所に村を移したんで、そっちまで案内しますね﹂
﹁ほー、確かに大嵐が来たらこんな場所じゃ危険ですからね、田ん
1370
ぼや船の様子を見に行ったら、帰って来れなくなっちゃいますね﹂
﹁今の所、ご近所さんの、水生系魔族とハーピー族との仲は良いの
で海に流されても、多分助かりますよ﹂
﹁人魚姫みたいに、嵐の中で海に投げ出された王子様みたいな事に
なるんですか、中々熱い展開ですね﹂
﹁残念な事に共通語が喋れますし、人魚系では無く、サハギン系な
ら足は有りますよ﹂
﹁海の魔女はいないんですか?﹂
﹁魔女と呼ばれる方はいると思いますが、色々な方が、魔法は使え
ると思いますよ、対価とか無しでも恋は可能です﹂
そんな会話をした後、宇賀神さんは親指を立てたので、俺は親指を
立て返し、高台の方の村に向かった。
多分宇賀神さんは人魚が好きなんだろう。まぁ綺麗だしな。
1371
第91話 今後について話し合った時の事︵後書き︶
改稿作業をしやすい様に、試しに漢数字を使ったり、出だしを1マ
ス開けたりしてみました。一応読み易い様に。1行ほど改行を挟ん
でいます。
今までとは、勝手が変わると思いますが御付き合い頂ければ有りが
たく思います。
ご指摘が有ったので。ここで軽く説明します。
宇賀神は、忍者に憧れ、日光の忍者が出て来る村で働いていた設定
です、なのである意味忍んでません。ですがこちらの世界では忍ん
で諜報活動してます。
勇者の名前ですが。諸事情により次話以降︵92話︶から修正しま
す。
キリが良いので全員あ行にしちゃいます。
勇者岩本は﹃い﹄なのでそのままです。
1372
第92話 取りあえず話し合った時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
勇者の名前を緒事情によりあいうえお順に変えました。
1373
第92話 取りあえず話し合った時の事
高台の村に戻ると、織田さんはまだ帰って来ていないし、榎本さ
んはいなかった、なので三人での話し合いになった。
﹁で、どんな話になってるんですか?﹂
﹁この魔王になっちゃった、カーム君に手伝ってもらって、少しヤ
ンチャしようかと﹂
﹁ふむぅ﹂
宇賀神さんは、俺が淹れた暖かい麦茶を飲みながら、短く頷く。
﹁会田はノリノリだけど、実際何を手伝ってもらうんだい?﹂
﹁そうだね、ある程度場所だけ貸してもらって。この島を拠点にし
て、勇者を港町のコランダムに集めてからかな。極力この島や島民
を巻き込まないように、情報操作をしっかりして、それからかな﹂
﹁まぁ妥当だね。で、このカームさんは何をするの?﹂
﹁秘密裏に、技術系勇者と心的ストレスを抱えてる勇者の保護と、
城を乗っ取って、俺達の操り人形になった王族との和平条約?﹂
﹁あの、勝手に話が進んでますが、俺にとって、デメリットしかな
いんですが﹂
﹁その辺は上手くやるから、場所を貸してよ、日本から拉致られた
国民の保護だと思ってさ﹂
﹁確かに同情はしますけど、本当に上手く行くんですか? 俺は自
分から喧嘩を売る様な事はしたくないんですけど﹂
﹁んー確かにそうですね、あまりカームさんには良い話ではない気
がします﹂
﹁技術者が増える事じゃない?﹂
﹁もう既に、ドワーフとか船大工が家作りを覚えてから、こっちに
来る予定ですけど﹂
﹁それなら尚更、知恵が必要じゃないか﹂
1374
﹁知恵だけで良いんで、喧嘩売るの止めません? 俺はなるべく平
和に生きたいんですけど﹂
﹁どんどん犠牲者が増えるよ? 日本人にも、魔族にも﹂
そう言って、会田さんは必死に訴えて来る。正直手の届かない範
囲の事には正直興味無いんだよな。矛先を少し逸らそう。
それにいずればれるのなら先手を打って、安全は確保しておきた
いな。なら、自分や島の安全を確保できる様に引っ張ってみるか。
﹁なら、その王都に目立つ様に日本語の張り紙みたいなのをして、
日本人を集め、地下組織を作って、城に通ってる勇者に真実を話し
て、騒動を起こしてみては? あとあまりこの島を巻き込まないで
下さいよ、確かに考えておきますとか言いましたけど、そこまで危
険度が上がるなら断りますよ?﹂
﹁巻き込むつもりは無いんだけどな。けど物資の調達や、保護は頼
みたいんだけど、どうしても黒色火薬には硫黄が必要なんだ﹂
﹁物資の調達は構いませんけど、保護するってある意味危険ですよ
ね? 俺は後ろから刺されたくないですよ。岩本君の名前が出たか
ら一応会田さんとか受け入れましたけど。頼れるのが目の前の王族
しかいなくて、都合の良い言葉を信じて言う事をホイホイ聞いて、
勇者の中の一人でも、魔族は悪って考えてる奴がいたらどうするん
ですか﹂
﹁そうだな、そう考えるとカームさんは一応魔王だけど、他の魔族
達が危ないな﹂
﹁俺の心配もしてください、前に榎本さんと言い争って言った家族
って、親もですが嫁も子供もいるんですよ、しかも子供は四歳です﹂
﹁は?﹂﹁ぬ?﹂
嫁と子供の事を言ったら、二人とも驚いている。そんなに意外か?
﹁そうか、なら無茶は出来ないか﹂
﹁むしろ、無茶をしたくありません﹂
1375
物凄く残念そうだな。そろそろ条件を引き下げて来るかも知れな
いし、欲張らずに、頃合いを見て折衷案を出そう。
﹁じゃぁ、ある程度準備が整ったら、何かしらの手段で連絡を取っ
て、実行部隊と一緒に行動するだけでいいから、制圧して生かすか
殺すかの状態になったら、魔王は絶対悪とは言い切れないって事を、
わからせる為だけにいて欲しい﹂
﹁俺と島が危険に晒されないのなら﹂
なんかいい流れになったから、乗っておこう。これくらいなら文
句は無い。
﹁絶対とは言い切れないし、絶対は無いと俺は思ってる。ただ、限
りなく少なくさせる努力はすると約束する﹂
﹁わかりました、正直あまり乗り気ではないんですが、会田さんが
それで満足するなら﹂
﹁ありがとうカーム君﹂
﹁いいですか? 自分の身の安全は守りますが、基本、俺は一切手
を出しませんからね。それとコランダムから城までの安全確保とか
も確立させてくださいね﹂
﹁わかった、それでお願いします。宇賀神、できる?﹂
﹁道中の村や、町は、すこし離れた所で野営して、関所みたいな物
はコランダムからは無いから、樽とかに入る必要も無いだろう、け
ど王都に入る場合は、夜に忍び込む形になるな。あと城への侵入だ
が。俺が侵入した経路なら平気です、其処からなら大量の戦力を送
り込む事も可能ですね﹂
これくらいなら、問題無いか、皆には悪いけど、コレで島の平和
はある程度約束されたかな。
﹁どんな感じなんでしょうか?﹂
﹁スラムに近い下級区の防壁に近い共同住宅に、管理人しか住んで
いない場所が有ってね、あからさまに怪しいんだよ。誰も住んでな
いんだよ? 少し聞き込みをしてみたら、もう何年も入居者がいな
1376
いらしいのに、食うのには困って無いらしいんだよ﹂
﹁えぇ﹂
お決まりの、王族と一部の近衛兵しか知らない隠し通路か。
﹁そしたら、一室の床板が取れて梯子が掛かっててね、通路の方を
見ると、城まで一直線、これはもう決まりだと思ってね、そのまま
調子に乗って進んでみたわけさ、そうしたら、談話室だと思う所の
暖炉に出てね。少し調べたら、隣の部屋との間に、不自然な隙間が
有る事に気が付いて、そのまま隠し通路を進んで、数回招かれた謁
見の間とか抜けて、リラックスルームみたいな所で、捨て駒発言を
聞いたんだ﹂
﹁忍者すげぇ、思ってた以上に忍んでる﹂
﹁ああいう城は、お決まりな物しかないからね。その隠し通路から
色々な部屋も覗けたから、多分盗み聞きも常習的にしてるんだと思
うよ﹂
﹁まぁ、侵入ルートは問題無さそうだ、けどカーム君への連絡方法
はどうするんだい?﹂
﹁コーヒー店の在庫の様子を、ちょこちょこ転移魔法で見に行って
いるので、そこの店員に日本語で書いた手紙でもメモでもいいので
渡して下さい﹂
﹁やっぱりあの店はカーム君の店だったのか﹂
﹁いやいや、あの二人に任せて、俺はこの島で頑張ってますよ、売
り上げも全部渡してますし。それにそろそろ噂も広がる頃ですし、
チョコの製造も有る程度軌道に乗せられそうですので、新メニュー
として、ココアと、チョコも増やすつもりです。コレでお金を使っ
て、色々揃えられます。あ、島のですよ﹂
﹁織田が喜んでたよ、コーヒーが飲めたってね﹂
﹁店員に覚えられてましたよ、一日五回以上来るし、閉店間際だっ
た場合は、豆を買って帰るって、しかもこの島に来るのに五十袋も
買ったらしいじゃないですか﹂
﹁アレには俺もびっくりしたよ、あんなに飲むとは思わなかった。
1377
この島に来てから、浴びるように飲んでるだろ﹂
﹁飲んでますねー、俺もあまり詳しくないんで、一任したいくらい
ですよ﹂
﹁ははは、織田には色々やってもらう事も有るけど、定期的に連絡
が取れるならそれも有りだな、落ち着いたら織田はこの島のバリス
タ兼技術者か﹂
ある程度の方針が決まったら、そんなどうでもいい会話をしなが
ら、夜まで話をして海岸沿いの家に泊まって貰った。
◇
翌日、とんぼ返りじゃ悪いと言う事で、島の案内をしてまわった。
﹁ここまでの施設を、最初は五十人の奴隷だけで作ったんだよ、な
かなか人使いが上手いと思わないか?﹂
﹁普通に、人間として扱っただけですよ? 飯食わせて、休ませて、
酒も飲ませて﹂
﹁それが当たり前だと思うけど、奴隷に対しての扱いはこっちじゃ
考えられない事なんだよね﹂
﹁らしいですね、まぁそのおかげで信頼は得ていますけど﹂
﹁それに魔法で色々やってるし、家畜を育ててたし、今のままでも
安定するんじゃない?﹂
﹁この島には、鉄が無さそうなんですよ。小川の川底が黄土色じゃ
ないので島中央にある、山からは鉄は期待できそうにないんです、
それに、島の中にある湖は地下からの湧き水だと思うんですけど、
水底は綺麗ですし。ですから金を稼いで、鉄とかを買わないと、先
細りです﹂
﹁そうか、なら事業に手を出すのも納得だ、しかも島だからね、ど
うしても輸入に頼らないとやっていけない時期も出て来るだろうね﹂
﹁ドワーフとの約束で、単式蒸留器の作成が決まってますので、サ
トウキビとか解り易い物が有れば、バンバン酒にして売っちゃうん
1378
ですけどね。今の所、麦を糖化させてからの蒸留が安定になりそう
です。一応蒸留酒にココナッツを入れて、リキュールも作ろうと思
ってるんですよ﹂
﹁甘いお酒ですか、自分は辛いのが好きなので、話に聞いているウ
イスキーが良いですね﹂
﹁一応観光用も考えているんですよ、何年先になるかわからないけ
どね﹂
そんな会話をしていると、遊んでいるのか、湾内で人魚が数人程
跳ねたのが見え、宇賀神さんが目の色を変え、走って行った。やっ
ぱり気になるみたいだ。
﹁宇賀神さんって、人魚好きなんですかね?﹂
﹁昨日のやり取りを見てたら好きなんじゃないかな﹂
﹁おーい、おーい﹂
宇賀神さんは、大声を上げ手を振っている、なんか必至だな。
そう思っていたら、数人の人魚が波打ち際にやって来て、宇賀神
と話している。
﹁じ、自分は宇賀神と言います、ぜ、是非自分とお知り合いになっ
ていただけないでしょうか!﹂
﹁がっついてますね﹂
﹁下心見え見えだ、あんな宇賀神見た事が無い﹂
﹁私は別に構いませんけど、髪の色が他の人族と違いますよね? どうしたんですか? 病気ですか?﹂
﹁自分、勇者として召喚されました、ですので髪が黒いのです、カ
ームさんとは仲がいいので、危害を加えるつもりは一切無いので安
心して下さい﹂
あ、正直すぎ。あと俺を引き合いに出すな。
﹁﹁え!?﹂﹂
そう短く叫ぶと、人魚達は宇賀神さんの事をジロジロ見ている。
﹁んー、確かに噂になっている勇者は黒髪が多いって言うけど﹂
1379
﹁攻撃して来るなら、最初から攻撃してくると思うし、悪い人族じ
ゃないんじゃない?﹂
﹁なんか目が怖いよ?﹂
﹁綺麗な貴女達を見れて感動しているのです、どうでしょうか? 自分と少しお話ししませんか?﹂
﹁ナンパだ﹂
﹁ナンパですね、正直もう少し硬いと思ってたんですけど﹂
﹁俺もだ、まさかあんな事をする奴だとは思ってもいなかった﹂
﹁なんか、日本だったら、貢ぐだけ貢いで終わりそうな勢いですね﹂
﹁場所が場所だったらありえるかもしれないな、けどなんか話が弾
んでるみたいだぞ﹂
﹁そうですね、少し日陰で様子でも見ますか﹂
そう言って俺達は、天幕の下で休みながら、今後の詳細を話し合
っていたら、宇賀神さんの叫び声が聞こえたので、急いで振り向い
たら、サハギン系の女性も増え、興奮して叫んだらしい。なんとも
まぁ。
そしてしばらくして、また宇賀神さんの叫び声が聞こえたので、
今度は余裕を持って振り返ると、男性型アジョットタイプの人魚だ
か魚人だかわからない奴が増えていた。
どうも楽しそうだから、話に混ざって来たみたいだ。その後しば
らくして戻って来た宇賀神さんがゲッソリしながら。
﹁俺の美しい思いがアイツで相殺された﹂
そう言って砂浜に倒れ込み、鳴き声を出さずに、静かに涙を流し
ていた。
確かに、アイツはインパクトしかないからな。
﹁いや、まさに生命の神秘ですね、なんだいアレは。趣味の悪い、
精巧なコスプレかと思ったよ﹂
そうですよね、なんか馬の仮面をかぶった半裸の男とカテゴリー
は一緒ですからね。
1380
第92話 取りあえず話し合った時の事︵後書き︶
今回は、感想の案を使わせていただきました。感想で書いてくれた
方に感謝です。
1381
第93話 チョコとココアを店に出した時の事︵前書き︶
細々と続けたいです。
相変わらず不定期です。
1382
第93話 チョコとココアを店に出した時の事
宇賀神さんが前日、心に物凄い傷を負ったが、翌日には立ち直っ
たので、会田さんと共に、夕方にコランダムの店まで転移し、そこ
で別れた。
﹁じゃぁ、下準備だけは進めておくから、適当に過ごしてて﹂
そう言って、宇賀神さんと一緒に宿屋の方に向かって行った。
﹁カームさん、さっきの人がこの前に言った勇者の一人です﹂
﹁大丈夫です、もう話は付いてるし、島に危害が加わる事も少ない
と思いますので﹂
﹁少ないって、どういう事です?﹂
﹁色々あって⋮⋮勇者の保護を頼まれたんですよ﹂
﹁はぁ!?﹂
﹁勇者と魔王だし⋮⋮まぁ普通はそう言う反応ですよね。けどね、
色々言えない事と約束が有りまして、しばらくは勇者との仮の平和
条約っぽい物を結んだって事にしておいてですね⋮⋮﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
﹁それはそうと、前々から言っていたチョコレートとココアが、あ
る程度生産できる態勢になりましたので、早速明日から出そうと思
うのですが、帰る前に少しだけ時間を貰えませんかね?﹂
﹁それは構いませんけど﹂
そう言って相方の女性を見るが、女性の方も頷いているので大丈
夫らしい。
俺はキッチンに立ち、準備を始める。
カカオを粉砕して、カカオバターを絞り出して出来たカカオマス
を取り出し、新しく持って来た石臼で粉砕していく。
1383
﹁まぁ、簡単です。この塊を石臼で挽くだけで粉になるので。この
粉を一杯分を鍋に入れて、少量の水でよく練ってから、少しずつお
湯を入れながらかき混ぜ、沸騰直前で火からおろして出来上がり。
本来なら粉にした物を持って来たいんですけど、湿気とかが気にな
るから塊で持って来ました﹂
そう言ってカップにココアを注ぎ、二人の前に出してやる。
﹁例の如く、そのままだと苦いので砂糖を入れる事をお勧めします﹂
俺は、一応一声かけるが、二人はそのままの状態で口に含み、目
を閉じ、味を確かめるように口の中で少しだけ転がしている。なん
だかんだ言っても、初めての味には、何も入れずに確かめるって言
うのは、いい傾向だと思う。合わなかったら自分好みの味にすれば
いいんだから。
﹁本当は、牛乳の方がいいかと思うんですけど、豆乳でも代用でき
るので、代用できる物は代用しちゃいましょう﹂
そう言って、二人の前に、残っていた豆乳を出し、今度は豆乳を
入れて飲み始める。
﹁やっぱりまろやかになりますね﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
牛乳
﹁じゃぁ、今度こそ砂糖を入れてみましょう。俺はお湯の代わりに、
温めた豆乳で作って、たっぷりの砂糖を入れたのが好きなんですよ
ね、夜中に飲むと落ち着くし﹂
そう言って二人は、好みの味に成るように、それぞれ好みの量の
砂糖を入れ呑み始める。
﹁﹁美味しい﹂﹂
暖かいココアを啜る様にして飲みながら﹁ハァー﹂と、ため息に
似たようなホッとした吐息を漏らしながら、無言でココアを飲み乾
す。
そして俺は、薄い木の箱の蓋を開け、ココアパウダーまみれにな
1384
った、チョコレートを二人の前に置く。
﹁次は、このチョコレートですね、カカオの実を磨り潰して出て来
た液体にそのココアを作る時に絞った油分と砂糖を足して、固めた
物だから甘いですよ﹂
二人は、一口の大きさに切ってあるチョコを口に入れると、驚い
た表情になり、お互いを見ている。
﹁甘くて美味しいです﹂
﹁飴とはまた違った溶け方をするのが凄いですね﹂
﹁まぁ、食べ過ぎると、油分と糖分が凄いから体に悪いけどね﹂
﹁毒なんですか!?﹂
﹁なんでも食べ過ぎると毒ですよ、ただこれは油分と糖分が多いか
ら太る可能性が高いって事です、そのココアも油を搾り取っただけ
なので、砂糖を入れすぎれば似たような物ですが﹂
女性の方がお腹の辺りを見ながら、何か少しだけ考えているよう
だ。
﹁あっ、犬や猫の様な動物には本当に毒ですので、食べさせないよ
うに注意させないと駄目ですね、って事で、明日から出しましょう、
張り紙の謳い文句も考えて有りますので﹂
・新食感!飴より早く口の中で蕩けるお菓子!持ち帰って、溶かし
てパンに付けても美味しいよ。
・コーヒーとはまた違った飲み物!甘くて安心した味です。コーヒ
ーと同じで、好みの味で飲みましょう。
﹁どうでしょう?﹂
﹁⋮⋮確かにその通りですけど、安直すぎませんかね?﹂
﹁そうですね。もう少し、なんか捻りたいです﹂
うん、俺にセンスは余り無い事はわかってたけど、事実をわかり
やすく書いただけだし。マーケティングとか、どうやって魅力を伝
えていいかあんまりわからないんだよな。CMとか考えてる人とか
1385
本当すごいと思うわ。
ちなみに、チョコの方は少しと言うか、気持ち高くなっている。
手間とか色々考えるとそれなりだし、少し高級感出したいじゃん?
天秤を買って来て、量り売りしても良いくらいだ、むしろ甘い物
が好きな俺にとっては、ココアと一緒に食べたいくらいだ、チョコ
を口の中で溶かしながら甘いミルクココアを飲む、個人的にはそれ
をやりたいが、この世界ではそれがどう思われるのかが気になる。
まぁ、どんな目で見られようと俺はやるけどな!
﹁まぁ、この店は広告塔みたいな物だからねぇ、噂になって、売れ
るようになって金が稼げればいいんだし﹂
﹁﹁こうこくとう?﹂﹂
﹁高い場所や目立つ場所に、宣伝の為に出す看板みたいな物だよ、
わかり易く言うと体に板を挟んで町に立つのと似たような物かな、
また立つかい?﹂
﹁い、いえ、それはちょっと﹂
﹁板をぶら下げて宣伝する数は、多くなったとは言っても、俺には
できません、恥ずかしすぎます﹂
﹁なんだ、なら仕方が無い、俺だけでも行ってきますね。まずはど
んな物か知らないと駄目ですからね。なぁに、恥ずかしい事には慣
れているので﹂
そう言って転移用の倉庫に入り、既に島で作って来た板を二枚取
り出し、装備する。心なしかなんか強くなった気がするが、本当に
気のせいなので、コレで戦場には立てないな。ヘイト稼ぎにはもっ
てこいだけど。
﹃俺のポケットに金貨三枚入ってるよ﹄とか書けば速攻襲い掛かっ
てくるだろうな、傭兵とか引き付けるのには良いかもしれないな、
やらないけど。
﹁んじゃ、戸締りお願いしますね﹂
1386
そう言って、俺はサンドイッチマンになり、町に出る。
﹃コーヒー屋・新しい飲み物とお菓子有ります﹄
そんな看板をぶら下げ﹁新商品だよー、甘くておいしいよー、こ
れ試食品だからタダだよー、美味しかったら知り合いと一緒にコー
ヒー屋に来てねー﹂と言いながら、木箱の中に入っている、かなり
小さいチョコを配ばりつつ胸の板を親指で指差す
受け取った魔族や人族は﹁甘いし飴とも違うし、何だこれ!﹂と
似たような反応をする。
ついでにその辺にいた、やる気の無い、胸が大きくて板が浮いて
いる、色町の女性にも配っておいた。
﹁大丈夫だよ、アンニュイな雰囲気の女性が好きって男もいるから
さ﹂
励まそうと、そんな余計な事を言ったらぶっ飛ばされそうになっ
たので、開いている手で、板を持ってガードしたら、脛を蹴られた。
この装備は足元がお留守すぎるな、板の下に、車輪とかの脇につい
てる、シュルチェンみたいなやつか、スカートアーマーみたいな、
蛇腹の鉄のスカートみたいなのを付ければ、少しは実戦で⋮⋮使え
るはず無いな、何を考えてるんだ俺は。
なんだかんだで五箱目のチョコを配り終わったし、そろそろニル
スさんの所にでも行く事にする。このままの格好で!
﹁こんばんはーニルスさんいますかー﹂
﹁あれ、カームさんじゃねぇっすか、また板なんかぶら下げてー。
お? 新しい飲み物と菓子っすか﹂
﹁今度は、どちらかと言うと子供向けだし、高級志向なお菓子です
よ﹂
そう言って木箱の蓋を開け、チョコを食べさせる。
﹁お、確かにガキが喜びそうな奴っすね、今度行ってみますよ﹂
﹁ありがとうございます。こっちの菓子は高いですけどね、まぁこ
れを十箱ほど手土産と言う名の宣伝に来ました。多分ニルスさんは、
1387
少なからずどこかの大きな家や、貴族連中に顔が聞くと思っている
ので、そっち系にも売り込んでもらおうかなと思ってるんですよ﹂
﹁相変わらず考えがあくどいっすねぇ﹂
﹁儲けに繋がるかもしれない種が有るなら、食いつくのが商人でし
ょう?﹂
﹁少し偏見が有るが、否定できないのが悔しいな、ねぇカームさん﹂
後ろから、よく聞いた事の有る声が聞こえ、振り向くと、そこに
は物凄い笑顔のニルスさんがいた。
﹁ド、ドウモ﹂
﹁いやーここじゃなんですので、奥に行きましょうか?﹂
﹁ア、ハイ﹂
そう言って奥に案内され、席に座る。
﹁で、本題は聞きました、取りあえず味の方を確かめさせてくださ
い﹂
﹁どうぞ、これはさっきまで、宣伝用に配ってた試食用です﹂
そう言って箱を開けて渡し、ニルスさんは一欠けを口に放り込ん
だ。
﹁そうですね、確かに子供が好きそうな味ですね、前回の試作品と
は大違いです、大口の顧客の子供への手土産には本当に丁度いいで
すね⋮⋮もし私に卸すとしたらどのくらいで?﹂
口にチョコを放り込み、一気に顔付きが変わる。
﹁⋮⋮そうですね、一つの売値がこれくらいと考えてますね、百単
位なら収穫や作る手間や材料費や希少性もろもろを考え、大体これ
くらいは欲しいので、これくらいで卸そうと思ってますが、大量に
買って頂けるなら、更にこれくらいまで下げても輸送代も下げられ
ます。あと、色々ニルスさんにはお世話になっているのでこのくら
いでどうでしょうか? 正直に話せば二百くらいならギリギリ転移
魔法を使えるかもしれないので、輸送代もカット出るんですよ﹂
そう言いながら俺は会話の途中途中でパチパチと算盤を弾く。最
1388
初、一つの値段を言ったら、驚かれた。
昔は、カカオの種一粒が通貨としても使え、今に換算すると一粒
百円程度だったらしいからな、まだまだ希少性が高いから、一欠け
銅貨二枚で、一枚大銅貨二枚程度にしたいと考えている。我ながら
高いと思うが、この路線で行きたいと思っている。
﹁んー、本当に商人の経験が無いのに、この数字が簡単に出せるの
が恐ろしい、しかも駆け引き無しで大体の落としどころまで持って
いきますか﹂
﹁まぁ、先ほども言いましたが、この値段はあの時のお礼と、日頃
からお世話になっているお礼ですので、少し安くしておきましたよ﹂
﹁けど駆け引きしないのはもったいないと思いますよ﹂
﹁素人の付け焼刃でボロが出るよりは良いです、先に値段を出して
おいた方がこじれないで済みます﹂
﹁確かにそうですけど﹂
﹁それに島民が少ないので、そこまで大量に作れませんので、千と
か二千とかになったら、時間をそれなりに貰います。人員確保の為
に、大口の話しが来れば、奴隷と物資と交換でもいいんですけどね﹂
﹁まぁ、後々飛ぶように売れる気がします、まぁ勘ですが、その場
合は奴隷で支払った方がいいんですかね?﹂
﹁犯罪奴隷だけは駄目ですよ、一応平和な島にしたいので、そうす
・・・・
るとしばらくは今のまま凌いで、島民募集しつつ、物資を買った方
がいいか。それとも地元領主と話し合いで、小さい寒村を丸々一つ
買い取った方がいいのかな、けど魔族も欲しいけど、既にハーピー
族や水生系がいるし⋮⋮﹂
﹁何かすごく嫌な単語が聞こえましたが⋮⋮﹂
﹁あ、あー、んん゛! もし宜しければ、店に明日から新しい飲み
物が増えるので、試してみて下さい。味は、このお菓子を融かして、
薄めて飲んでいる様な感じと思っていただければ﹂
露骨に話を逸らしながらそう言って、まだ胸にかかっている板を、
トントンと叩きながら言った。
1389
ニルスさんは﹁フゥ﹂と短く息を吐きながら、椅子の背もたれに
体重を掛け、少し疲れた感じで口を開く。
﹁もしかしなくても、それも試してくださいって奴ですか?﹂
聞かなかった事にしてくれるらしい。
﹁まぁ、色々有って、この飲み物の原料は、不揃いな塊で出来て、
それを砕いて石臼で挽いてから飲むので、店頭で売るのには天秤が
欲しいんですよ。 在庫で余ってません?それか売っているお店を
紹介して下さい﹂
﹁はぁ、頭が痛いです。えぇ有りますよ。今、持ってこさせますの
で少し待ってて下さい﹂
そう言って、倉庫にいる誰かに﹁あの辺の、下の方に有ったと思
うから持って来てくれ﹂と言って戻って来た。
﹁あ、有るんですか? まさか有るとは思わなかったので、お金は
後日で良いですか?﹂
﹁いいですよ、どうせ不良在庫で埃をかぶってる様な奴なので、手
土産のお礼として差し上げますよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
そう言って俺は素直に頭を下げた。
そして俺は、早速箱を開け、大体の使い方を習い、ニルスさんが、
重りを素手で触っている事にびっくりした、小学生の頃の理科で重
りは素手で触るなと言われていた気がするからだ。けどよく考えた
ら、そんな繊細さも求めてないし、世界基準となる、重りも存在し
てないだろうと思って、深く考えるのを止めた。
前世じゃ、王様の腕の長さとか足の大きさが、基準だった事も有
ったらしからな。
そして俺は店に戻り、天秤をカウンターに設置して、一杯分の重
さを計り、一杯分の重さの重りを決め﹃お持ち帰り用ココア、一杯
分と同じ値段﹄と書き、良く寝れるようにと、挽いた方のココアを、
砂糖を多めにして飲んでから寝た。
1390
◇
寝慣れない寝具だと、やっぱり体中痛いな。
そう思いなら、寝具を倉庫にしまい、看板に﹃新商品、ココア・
チョコレート﹄とでかでかと、誰かが広めたチョークで書き、看板
を出し、二人が来るのを待ってから、天秤の使い方と値段を言い、
しばらくはソレでやってほしい事を伝え、客の反応を見ようと思う。
そして一番最初に来るのは、服屋のお姉さんだ。
﹁外の看板を見たわよー、このココアって奴を貰おうかしら﹂
そう言っていつもの席に座り、カップに一杯分のココアを入れ、お
湯を注ぎ軽くかき混ぜ、まだ誰も客がいない事を確認し、サービス
として、チョコを一欠けを小皿に置いて出した。話によると以外に
顔が広く、コーヒーも宣伝してくれたらしいので、これくらいは安
い出費と言う事にしておこう。
﹁あら、私はココアって奴しか頼んでないけど﹂
﹁常連さんなので、サービスです。まだ誰もいませんからね﹂
﹁なら有りがたく頂くわ﹂
そう言ってお姉さんは、ココアを一口飲んで、直ぐに砂糖と豆乳
を入れてから飲み始め、顔が緩むのが確認できた。
﹁コーヒーとは違った美味しさが有るわねー、こっちは少しイライ
ラしてる時に飲みたいわね﹂
そう言いながら、ココアを半分ほど飲んでから、チョコを口に放
り込み、しばらく口をもごもごしてから、ココアを口に含み、さら
に顔を緩ませた。
﹁これは人を堕落させる飲み物と食べ物だわー、少し高いけど﹂
﹁申し訳ありません、希少品ですのでどうしても高くなってしまう
んですよ﹂
﹁ならしかたないわねー、ご馳走様でした﹂
そう言ってお金をカウンターに置いて店を出て行った。
1391
﹁一応、出だしは好評ですね﹂
﹁そうですね﹂
その後も、ニルスさんや、ギルド職員もやって来て、試しに飲ん
で行ったが、おおむね好評だった。
このまま噂が広まればいいんだけれどね。
1392
第93話 チョコとココアを店に出した時の事︵後書き︶
ご都合主義ですので、コーヒーやココアに、無調整豆乳を入れても
凝固溶かしません。
他にも突っ込みどころは満載かもしれませんが。余り深く考えずに
読んで頂ければ嬉しく思います。
1393
第94話 なんとか軌道に乗りそうな時の事︵前書き︶
なんとなく続けたいです。
相変わらず不定期です。
主人公の出番が少ないです。
1394
第94話 なんとか軌道に乗りそうな時の事
﹁いつもご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます、これ
はほんのお礼の品ですのでお受け取り下さい、保存は日の当たらな
い暗い所でお願いします﹂
そう言って私はカームさんから預かったチョコレートを一箱、手
土産として置いて行く事にする。アレから二十日は経っただろうか。
そろそろ日差しが強く、そろそろ暑く成り始めて来る頃だ。もちろ
ん、チョコレートは暑さで溶ける事は聞いている。
コランダムのとなり町に有る、爵位的には下の方の貴族の家に、
細かい装飾の入った金細工の指輪と大きな宝石が入った指輪を届け
た後に軽く考える。
あの後、コーヒー屋で様子を見ていたが、コーヒー目当てでは無
く、ココアとチョコを目当てでやって来る客も増え、客層も、女性
も増えている気がするし、町で噂には成っているだろう。
最初に、このチョコレートという物を口にした時は、今までに無
い口解けと、甘さが印象的だった。
新しく出したと言っていたココアも飲んでみたが、コーヒーとは
また違った感じで、少し粉っぽいが、なぜか安心できる味だ。セッ
トの菓子にも、ココアやチョコレートを混ぜて、出す様になり、カ
ームさんが色々と試作して、店で出しているのだと思う。
あの魔族は本当に何を考えているか解らないが、言っていた通り、
あの店に有る三つの商品は本当に流行りそうだ。
なんだかんだ言って、私も昼食後に気分を入れ替える為にコーヒ
ーを飲んでいる、店内を偶に観察をするが、冒険者らしい厳つい男
が、砂糖と豆乳と言われている牛乳の代用品を大量に入れ、甘くし
て飲んでいるのを見ると意外に思う。
1395
逆に、甘い物が好きそうな女性が何も入れずに飲むのも意外に感
じる、女性は皆甘い物が好きと言う考えも改めさせられる。本当に
相手の好みを知る事の出来る、面白い飲み物だと思う。
ココアも噂になっているのか、子連れや。少し裕福な家庭の子達
だけで飲みに来ている事も有れば、使用人らしき人族が、粉だけを
買って行くのも見た事が有る。
あの店が、初めて宣伝をした時の噂は今でも忘れない。
﹃変な魔族が体に板をぶら下げ、看板を持って宣伝をしている﹄だ
った。興味をひかれ、少しだけ様子を見に行った部下達の話しでは
﹁あの宣伝の仕方はすごかった﹂と、カウンターに立っているマス
ターや給仕をしている女性は恥ずかしがって動いてはいなかったが、
それでも異様な目で見られるので宣伝になっていたとの事だ。
その後、体に板をぶら下げ、港に寄る船の船員に宣伝をしている
奴等をよく見たが、そのおかげで、自分の店の酒類で多少の利益が
出たので、一気にこの町の雇用と需要が高まった気がする。
通りを一本外れた、閑古鳥の鳴いていた店が、安さと美味しさで
一気に有名になり、忙しさの余り、店員を雇った話も部下がしてい
た。改めて宣伝の凄さを思い知らされた。
そして、なぜか﹁カームさんに言われた﹂と言いながら、店のマ
スターが私の店で、店で必要な消耗品を安い値段で買って行く。確
かに間に小売り店が一つ入らないだけで、安くはなるが。
それと、噂でしかないが、どこかの馬鹿が小悪党を雇って、コー
ヒーの出所を探ろうとしたらしいが、店にいたギルド職員と、その
日が休みで鎧を着ていなかった衛兵と、荒くれ者の船乗りに取り押
さえられ、連行されたらしい。地域に愛されている店って言うだけ
で、防犯対策に腕の立つ冒険者が要らないって事は良い事だと思う。
カームさんはそういう事も考えていたのだろうか?
夜に店に忍び込んで、盗めばいいと思うが、未だに出回っていな
1396
い物だし、どうやって在庫を運び入れているのかが、わかって無い
ので盗めばすぐにばれるだろう。
□
私は、少し考えている内に眠ってしまい、気が付いたらコランダ
ムに着いていた。日は傾き始め、店の執務室で書類を纏めていると、
店のマスターが話有ると言って訪ねて来たので通してもらう。
﹁いつもお世話になっております﹂
﹁いえいえこちらこそ﹂
﹁急な話で悪いんですが、店に商人さんが来まして、コーヒーを売
ってくれないか? と話が来ました﹂
﹁えぇ、それは良い事だとは思いますが⋮⋮なぜ私の店に?﹂
﹁カームさんから言われてまして、もし誰かがコーヒーを買いたい
って方が現れたら、ニルスさんにこれを渡せと⋮⋮﹂
そう言ってマスターが、一枚の封蝋のしてある手紙を出してきた。
﹁失礼します﹂
そう言って受け取り、蝋で封はしてあるが印が無い。それを開け、
読み始める。
﹃前略 もし、店の商品を買いたいと言う客が来たら、この手紙を
渡す様に言ってありますが、届きましたか?﹄
ぜんりゃくって何だ? そんな事を気にせず続きを読み、ある程
度の事が書いてあった。
私が窓口として、島の商品をある程度の時期まで専売をしていい
事、コーヒーの一杯の値段から一袋の値段を算出して、大体の小売
希望価格と私の店に卸す値段が書いて有り、こちらの判断で売値は
ある程度変動させて良い事、在庫や、転移魔法で運べる数やその他
諸々が書いてあった。労働者に対する大体の賃金や、希少性、話題
性を考えても妥当と言えば妥当だが、少し安い気がする。私への配
慮だろうか?
1397
あんな島に寄って、多少の寝具と食べ物を売っただけなのに、こ
れは恩返しとしては多少重すぎる、この間のチョコの時もそうだっ
たな。商人としては駄目な考えだ、カームさんは優しすぎる。
﹁大体の事はわかりました、今度その商人か、カームさんが来たら、
私を訪ねるように言っておいて下さい﹂
﹁わかりました、ありがとうございました﹂
﹁いえ、手紙の内容的にお礼を言うのは私です、こちらこそありが
とうございます﹂
そう言って、握手をしてマスターが帰っていく。
﹁親方ー、コーヒー店のマスターは何だったんですか?﹂
﹁店にコーヒーを売ってくれって商人が来たから、カームさんの手
紙を渡しに来てくれただけだ﹂
﹁お、なかなか面白そうな話ですね﹂
﹁本当に面白い話だよ、私をあの島の専属の商人にしようとしてい
るんだから﹂
﹁はぁ? それってどういう意味っすか?﹂
﹁コーヒーはある程度一定の値段で売るから、こっちの好きな価格
で売っていいって事ですよ。まぁ、ある程度上乗せした分の、儲け
を渡せって書いてありましたから、あとはカームさんとの話し合い
でしょうね。本当に大口の儲け話に繋がったな、あの島に寄らなか
ったら、こんな儲け話は他の奴等に持って行かれてたよ﹂
﹁親方、すげぇ悪い顔で笑ってますよ﹂
﹁すみません、こんな美味しい話、中々有りませんので。それとカ
ームさんに封蝋用の印も作らせないと、危機感が足りません﹂
◇
翌日、件のナマズの様な髭をはやした商人が私の所にやって来た。
﹁ニルスさんが、コーヒーを取り扱っていると聞いたのですが、い
1398
ったいどこから仕入れているんですか? 良ければ買い付けに行き
たいので、教えて欲しいのですが、もちろんタダとは言いません、
今後色々と勉強させていただきますのでぜひ﹂
﹁生産者の希望で、それは明かせませんし、販売は私どもが一任さ
れていると言ってもいいくらいです、一応信頼はされているみたい
・・
ですので。ですが、まだ流行り出したばかりですし、希少性も高い
ので、値段はまだ決めていないのですよ、後日生産者の方が私の所
に来るので、そのときに詳しい話をするつもりです。ですので今日
の所は申し訳ありませんがお引き取りください、話がまとまったら、
後日そちらに伺わせていただきますので、それまでお待ちいただけ
ないでしょうか?﹂
﹁⋮⋮わかりました、今日の所は失礼します﹂
そう言って大人しく帰って行った。
確かにあの商人とも取引は多少有ったが、少しだけ悪い噂も有る
ので余り信用は出来ないな。カームさんなら平気だと思うが、買い
たたかれる可能性も有る。
そう思いつつ、カームさんが来ても良い様に、多少紙に色々と必
要な事を書いて置く。
□
﹁お疲れ様です、変わった事は無いですか?﹂
﹁カームさん! コーヒを売ってくれって商人が来ました。ですの
で言われた通り手紙をニルスさんに届けました﹂
﹁ありがとうございます、なら行ってきますね、あ、戸締りはしっ
かりお願いしますね﹂
そう言って俺は普通に店を出た。
﹁絶対嬉しいと思うのに、全然そんなそぶりも見せないんだなー﹂
﹁そうね、けど平然を装っている様にも見えたけど、普段右手でド
アを開けて出て行くのに、今日は左手だったし﹂
1399
﹁よく見てるな﹂
﹁観察するのも楽しいわよ?﹂
﹁お疲れ様です、ニルスさんいます?﹂
﹁あぁ奥にいるよ﹂
俺はいつも通り、その辺にいた職員に声をかけ、通い慣れた奥の
部屋まで行きノックをして返事を待ち、中に入る。
﹁どうも、マスターに言われて伺わせていただきました﹂
﹁早速で悪いのですが、仕事の話に入りましょう﹂
ニルスさんは少しピリピリした感じで俺に話しかけて来る。この
空気は嫌いだ、なんとか緩い感じで進めたかったんだけどな。
﹁解りました、どこからでしょうか?﹂
﹁全部ですよ全部! なんですかあの手紙は、色々緩すぎます、確
かに計算では妥当な数字でしたけど、そういうのは話し合って決め
るべきでしょう!? しかも封蝋に印もないし、偽造されたらどう
するんですか?﹂
﹁あはは、参ったな。一応サインの所に見た事の無い記号が五つ並
んでませんでした? 一応アレにも癖が有って、慣れた人が書かな
アクアマリン
いと似たような文字にならないんですよ、ほら、文字にも癖ってあ
りますよね? それと同じです﹂
もちろん記号は、島の名前を漢字にした﹃藍玉﹄と、俺の苗字二
文字と名前一文字を漢字で書いた計五文字を、筆に粘度の低いイン
クを付け、習字の様にして書いた文字が最後にサインとして、漢字
で残してある。本当は習字用の小筆と墨汁が欲しかったけど妥協し
た物だ。
真似しようとしても、この世界じゃまず無理だろう、しかも少し
崩して書いてあるので﹃藍﹄辺りはまず真似できないと思う。
﹁確かに何が書いてあるか解りませんけど﹂
﹁封蝋に付ける細かい印と、サインが混ざった物と思ってもらえれ
ば良いので﹂
1400
﹁んー﹂
物凄く納得がいかない顔をしている。少しおまけしてやるか。
カーム
﹁最後の、できそこないの四角の中に棒が四本並んでいるのが凪っ
て書いてあります﹂
二十年以上使っていた文字だ、もちろん、止めや払いや跳ねも使
って有るので、癖も出るだろう。
﹁コレでですか⋮⋮んー﹂
まだ納得できないみたいで、書き損じた紙を使って五文字全部を
真似して書いている。羽ペンじゃ無理ですよ。しかも簡単そうな﹃
玉﹄を真似するが、どう見ても三本棒と縦線に点を付けただけにな
る。
﹁むう、かなり難しいですね、それに癖も有ると言いましたよね?
多分偽造は大丈夫でしょう、カームさんに印を作らせるのはしば
らくは諦めさせますが、後日に絶対作っていただきます。しばらく
は馬鹿が、印が無い事をいい事に、勝手に偽造して墓穴を掘ること
を祈りましょう﹂
そう言って紙をくしゃくしゃに丸め、屑籠に放り込んだ。
諦めたか、初めて漢字を書く国外の方々みたいな字だったからな、
仕方ないだろう。
その後。細かい話を詰めていき、書類を二枚作り上げていく。そ
して、最後のサインは、羽ペンでは無く絵画用の細い筆を買い取っ
てサインをしていく。
﹁そう使うんですか、柔らかいのによく書けますね﹂
﹁俺からしてみれば、こんな硬いのでよく書けますね、ですよ﹂
少しだけ笑いながら、二枚の書類に合計五文字の漢字を書いてい
く。
そして、ニルスさんは、その二枚を見比べ。
﹁本当だ、ほとんど同じですね、この止まってる所とか払ってる所
とか。インクの掠れ具合は多少ありますけど﹂
1401
そう言いながら、今度は筆で挑戦するが、羽ペンで書いた時より
も酷い状態になり、無言で屑籠に紙を丸めて放り込んでいた。
﹁で、コーヒーはどのくらいの備蓄が有るんですか?﹂ ﹁ちまちま収穫を頼んでたから、麦袋百袋は有ると思いますが、前
に家に使ってた場所を倉庫にしてるので正直解らないですね、それ
と乾燥しかさせてませんよ? 自分の好みに成るように焙煎しない
と﹂
﹁ばいせん?﹂
﹁早い話が豆を煎って焦がす事です。焦がし方で、酸味が強かった
り、苦味が強かったりします、出荷する分までいちいちやってられ
ません。むしろ、自分好みの味に成るように焙煎して、挽かないと、
挽き方でも少し変わるんですよ?﹂
﹁じゃぁ、今、店で出してる物は?﹂
﹁前までは俺でしたけど、今はコーヒー好きの方に一任しています、
そろそろ在庫が切れて、その方が焙煎した豆に変わる頃なので、な
んとなく違いが判ると思います﹂
﹁むぅ⋮⋮この事も先方に伝えないとな﹂
﹁そうですね、いつでもあの味が出ると思ったら大間違いですよ、
ちなみにですが、あの島以外でコーヒーが見つかったら、味も違う
と思いますよ﹂
﹁少し待って下さい、メモを取りますから﹂
そう言ってメモを取りだし、事細かにコーヒーの事を聞いて来る。
多分先方に失礼が無い様にだろう、なので聞かれた事は全部答え、
聞かれ無かった事も知っている限りこたえた。
﹁とりあえず百は確保できているんですよね?﹂
﹁えぇ、人手が増えれば収穫量も増えると思ってますが、まぁお金
も無いですし、人も雇えないし奴隷も買えないので。まぁ、少しお
金が増えるまでは細々とやってますよ﹂
勝手に収穫させればもう少し安くしてもいいけど、滞在中の寝床
1402
や食料とかの問題も有るし、取り尽くされたらって考えも出るから
な。まだ希少性を利用させてもらうか。
□
翌朝、私は商人の所に行き、話を付けてくる。
﹁と言う訳で、話し合いは先ほど言った通りに成りました。これが
書類で相手もこれの写しを持っています﹂
私は、懐から紙を出して見せる。
ナマズヒゲ商人は書類を取り、軽く流し読みを始める。
﹁本当ですね、では貴方を通せばコーヒーが手に入ると﹂
﹁えぇ、申し訳ありませんが、そういう事になっております。勝手
に行っても売ってくれませんので、注意して下さい、それとこれは
注意事項です﹂
そう言って、もう一枚の紙を取りだし、読ませる。
﹁豆を煎って、自分好みの味にして、挽き方でも味が変わる!? あの味がそのまま手に入るのでは無いのか!﹂
﹁残念ながら無理みたいです、乾燥させた豆を自分で煎って、自分
好みの味にするのが醍醐味、店の店主で味が違うのも醍醐味。だそ
うです﹂
﹁ぬぅ⋮⋮﹂
物凄く難しい顔をしているな、あの店の味がそのまま手に入ると
思っていたんだろうか? いや、私も思っていたけど、事実を聞か
された時は﹃確かにそうだよな﹄と考えを改めた物だ。
ヒゲに頼んだ依頼主は、あの店のコーヒーが手に入ると思ってい
たのか。それともこのヒゲがそのままの味が手に入ると思っていた
のか解らないが、かなり考え込んでいる。
﹁では、試しに一袋ほど買わせていただきます﹂
思っていたより少ないな、取りあえず料理人でも雇って試すのか、
依頼人に話をするかのどっちかだろうな。
1403
﹁ありがとうございます、では一袋ですね﹂
そう言って書類を作成し、カームさんに無駄足を踏ませ無い為に、
マスターに書類を渡し、後日収めてもらう事にした。一袋くらいな
ら、あの店から持ち出しても問題は無いだろう。
そして、あのナマズヒゲが上手くやれば、私が買い付けに行くか、
話し合いで、運んで貰えばいいだけだからな。
まだ金は成り始めたばかり⋮⋮って所か。
コーヒーやチョコレートが売れて人手が増やせれば、あの島は豊
かになって、需要が伸びて、生活必需品や島で作っていない作物が
売れるようになるんだけどな。そう考えると、早く事業を拡大して
ほしい物だ。向こうもこっちを利用してるんだから、こっちも乗っ
からせてもらいますか。
あー、多分俺は今、物凄く悪い顔で笑ってるんだろうな。﹁島で
は鉄が取れないかも﹂って愚痴ってたから、今度、鉱山のある街に
でも足を延ばしてみますかね。
1404
第94話 なんとか軌道に乗りそうな時の事︵後書き︶
あまり爵位とか貴族とか王族とか詳しくないので、できれば書きた
くありません。
取引とかも詳しくないのであまり書きたくありません。
描写してはいませんが、裏の方で家を建てたり、収穫したり道路を
整えたりもしています。
1405
第95話 客が来島した時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
ルーターやコンバーターが不具合を起こし︵壊れた︶、ネット環境
が遮断されていました、今日懇意にしている業者が来てくれて、間
に合わせで繋がるようにしてくれました。
本来投降する物に肉付けしまくった結果1万文字以上なってしまい
ました。
1406
第95話 客が来島した時の事
ニルスさんの所に豆を届けて十日後、コーヒー豆を乾燥させてい
コーヒー豆
た時にフルールさんから一言有った。
﹁この子まだ生きてるよ﹂
乾燥させただけじゃ胚芽は死ななかったのか。
﹁どのくらい弱ってます?﹂
﹁んー。砂浜に放置した船長三日目程度﹂
そんな事覚えてたのか、なかなか記憶力有るな。
﹁なら死にかけか、倉庫に入れて船で運んでる間に死んじゃいます
ね﹂
﹁そうね、けど絶対は無いから、この袋を大量に買って全部ぶちま
けたら芽が出ちゃうかも﹂
確かに絶対は無い、希少性とかを考えたら何か対策をするべきな
のかな。
﹁んー茹でた方がいいのか、それとも数個だけ発芽しても、収穫数
とかを考えて増えて出荷できるまでに時間がかかって、値が落ちる
までに時間がかかるな、挿し木とかで増えます?﹂
﹁枝の根元を切って、それ以上伸びないように先っぽも切って、下
の方の葉を落として、二ヶ月くらいたって新しい芽が出たら根が出
てるわね﹂
﹁結構速いな、どうするかな﹂
﹁根付けばだけどね。まっ、カームに任せるわ、じゃーねー﹂
そう言って手を振りながらフルールさんは元の花に戻っていた。
とりあえずは、言っていた事を信じて、胚目が死ぬ事を祈ってこの
ままにしておこう
1407
それから二十日後。一隻の商船が湾に入って来たと、パルマさん
から連絡があり、船は錨を下ろし、小型のボートでこちらに向かっ
て来る。
手を振っているのはニルスさんだった。
コーヒー店に在庫を確認しに行ったら、マスターから手紙を渡さ
れ、軽く目を通すと、
﹃そちらの島に、コーヒー豆を買に行きます。コーヒー豆の煎り方
を教えろと、とある方に言われたので同伴者も三人います﹄
と、簡潔に書いてあった。
﹁お久しぶりです﹂
﹁いえいえ、あの時はお世話になりました﹂
﹁いやー、すごい発展ぶりですね。その辺の村より小さいながらも
発展してますよ﹂
﹁これからもどんどん発展させる予定ですので、その時はまたよろ
しくお願いします﹂
﹁わかりました、その時はよろしくお願いします。で、こちらの同
伴者ですが︱︱﹂
﹁私はアルバンと言う者です、よろしくお願いします、この二人の
監督と見聞を広める為に伺いました﹂
格好はズボンにシャツにネクタイとカジュアルだ。初老の男性で、
ピンと伸びた背筋と凛とした表情が特徴的だ、多分執事か何かだろ
う。
﹁自分はトニーと言います、コーヒーの煎り方や淹れ方を学びに来
ました﹂
この人族の格好は、そのへんの町人と変わらず、コック的な何か
だと思われる。
﹁私はアニタと言います、コーヒーの淹れ方やお菓子作りを学びに
来ました﹂
少し地味目のシャツとスカートだ、多分多少の汚れを意識した格
好なんだろうと思う。それと多分メイドだと思う、お菓子作り言っ
1408
てるし。
・・・
﹁カームと言います、見ての通り魔族ですが、一応この島の責任者
をしております﹂
﹁ってな訳で、早速ですがこのお二人に教えてあげて欲しいのです
がよろしいでしょうか?﹂
﹁構いませんよ。多少歩きますが。ここから少し上がった所に村を
建設中ですので、そちらの多目的用家屋を使いましょう﹂
﹁多目的家屋とは?﹂
﹁そのままです、会議に使ったりする少し広い部屋が有るので、宴
会に使ったり、子供達の教育に使ったりです﹂
﹁ほう﹂
納得したのか、アルバンさんが一言だけ呟き、また無言で歩き続
けるが、また質問が飛んでくる。
﹁あの囲いは?﹂
﹁何故魚を育てているのですか?﹂
﹁この道は馬車がすれ違える事を想定して、こんなに広いのですか
?﹂
﹁魔王が住み付いて、城を建てようとしていた噂が有りましたが?﹂
と、いちいちしつこく聞いて来るので全部説明してやった。ニル
スさんも発展してからは初めてなので、興味深そうに聞いている。
﹁これが、先ほど話に出た、魔王城建設跡地です、折角なので場所
を有効利用させてもらっています。来客用の家はこちらですので、
手荷物はダイニングにでも置いておいて下さい、誰かに部屋の掃除
と、寝具の天日干しをお願いしますので﹂
そう言って、教会近くの家屋に案内する。
﹁わかりました﹂
﹁多少不便では有りますがお許しください。講習が終わり次第家屋
の軽い説明もしますので、わからない事が有ったら、その時にでも
また質問して下さい﹂
1409
﹁地面の上で寝れるだけでも有りがたいです、乗り慣れない船上で
の睡眠は眠りが浅くて疲れましたので﹂
裏の二人も頷いている、船旅は経験が少ないか。俺は、嵐とかじ
ゃなければ気にならなかったけどな。
そして織田さんを呼んで貰い、コーヒーの煎り方、淹れ方の講習
が始まる。
﹁実は特に特殊な事を教える様な事は有りませんが、こちらをご覧
ください。これが出荷前の豆です﹂
織田さんは、小さな袋から真っ白な紙の上に乾燥させた豆をカラ
カラッと出す。
﹁これを煎って、大体八種類くらいに別けます、それがこれです﹂
そう言って八枚の紙の上に薄い茶色から黒に近いテカリの有る焦
げ茶色の豆を取りだす。
﹁色の薄い物から順に浅煎りから深煎りとなっています。色の薄い
物ほど酸味が増し、色の濃い物ほど苦味とコクが増します﹂
織田さんに手紙の事を話したら、なにやら嬉々としてコーヒー豆
を煎り出してたけど、こんな事をしていたのか、本当講習会とか開
けそうだな。
って言うかブレンドの事とか言わないだろうな、アレは数種類の
豆をどの程度煎って、これとこれとこれの配合率がどうのこうのと
か聞いた事が有るぞ。
﹁頭をスッキリさせたいと言うなら、この辺りの煎り方をお勧めし
ますし、万人受けする物がこの辺りですね、ですが色が濃い物ほど
ミルクや砂糖を入れる事をお勧めしますので、飲む方の好みに合わ
せて煎って下さい﹂
本当に素人でもわかり易く説明してくれているな、俺でもわかる
な、俺はなんとなく見様見真似で煎っていただけだし。
﹁このように薄い鉄に、豆が落ちないように穴を開けた物でやって
も良いのですが、フライパンでもできますのでまずは手本を見せま
す﹂
1410
そう言ってフライパンに豆を入れてこまめに振っている。
﹁そろそろ、パチパチと言う音が聞こえ始め、さらに煎ると湯気が
出始め、コーヒー独特の香りが出てきます﹂
そう言って、時々豆を取り出し﹁このくらいでコレ、これくらい
でコレ﹂と、紙の上の豆の脇にどんどん置いて行く。もう二十分以
上フライパンを振っている。あの時煎って黒っぽくなればいいと、
簡単に考えていた俺がなんか恥ずかしい。
そして煎りの講義が終わり、今度は挽き方の講義になる。
﹁挽きが荒いか細かいかで、淹れ方の違いや抽出される度合いも変
わってきます、店では衛生上砕いた豆を濾しませんが、砕いた豆が
気になるのならこのような布に豆を入れて、ゆっくりとお湯を注ぎ
ます、実践してみますね﹂
織田さんは、別の袋から自分好みに煎った豆を取り出し細挽きと
までは行かないが、店で出しているくらいの荒さに引いて、手際よ
く布フィルターにコーヒーを入れていく。お湯を入れる度に、モコ
モコモコと豆がフィルターの中で膨らみ、出た泡が豆に付く前にお
湯を足し、カップにコーヒーが溜まっていく。
﹁どうぞ﹂
﹁初めて見ましたが、動きに迷いが無く綺麗でしたね﹂
﹁何度もやっていれば自然に身に付きます、冷めてしまいますので
どうぞ﹂
そう言って三人にコーヒーを配っていく、ちなみに俺のは無い。
裏でゴリゴリと豆を磨り潰し、豆乳を作っていたのに少し酷い。
﹁これは豆乳と言う物ですが、この島には牛がいないのでミルクの
代用品です。まぁ、こちらも好みですので、飲む方の好みに合わせ
て下さい﹂
そして講義が終了し、実際に教えた事をやらせている。火が強い
のか、直ぐに焦げてしまったり、熱の通りが均一では無いのか、少
しムラが出来ていたので、注意されている。
﹁では、私にはココアやチョコレートを使ったお菓子作りを教えて
1411
いただきたいのですが﹂
と、俺の方を向いてアニタさんが言って来た。
﹁⋮⋮あ、菓子作りだから俺なのか。すっかり忘れてた、何か材料
有ったかな。あー。ある程度の知識は有るんですよね?﹂
﹁はい、よく作っておりますので﹂
そう言って、キッチンを漁り、子供達に作ってあげたシフォンケ
ーキの材料の余りが有ったので、小麦粉にココアパウダーを混ぜい
つも通りに作り。焼き上がってから角切りにしたチョコを乗せて終
わりにしておいた。
﹁簡単にケーキを作りましたが、粉物にココアパウダーを混ぜるだ
けで、それらしくなりますのでレシピのアレンジは自分で試してく
ださい、カステラとかいいかもしれませんね、卵と砂糖と小麦粉で
出来ますし﹂
﹁いえ、こんなにすごい物を流れるように作れるカームさんはすご
いと思います﹂
﹁作り慣れてますから﹂
あれ、さっきも似たような言葉を織田さんが言った気がするけど、
まぁいいか。
その後も、アルバンさんが色々聞きながら、織田さんやトニーさ
んが煎る豆を見ていたり、アニタさんに応用の利くレシピを教えた
り、コンビニとかで売っていたチョコをパン生地に包んで焼いた物
を挑戦してみたりで色々充実した一日だった。
﹁船室よりはマシだと思いますが、一応部屋は全室個室になってお
ります、狭いですがね﹂
﹁個室と言うだけで有りがたく思います、色々とお気遣いありがと
うございます﹂
﹁いえいえ、そしてこちらが風呂になっております﹂
俺はこじんまりとした膝を抱えて入る様な小さい風呂場へ案内す
る。
1412
﹁風呂⋮⋮ですか﹂
﹁えぇ、一応下に水浴び場は有りましたけど、たまには暖かい湯に
浸かりたい事も有ると思いますので、一応各家庭に作る事を推奨は
しているんですけどね。使い方は、外にある少し高い釜戸で、この
専用に作った大きな寸胴鍋でお湯を沸かして、湧いたら側面にこの
木枠を挿し込んで火傷しないように栓を抜いて、鍋の側面からお湯
を抜いて風呂に流し込むだけです。魔法が使えれば鍋に水をぶち込
むだけですからね﹂
薪風呂とか、五右衛門風呂を作ろうとしたけど、材料的な都合や
色々考慮した結果、これが一番低コストと言う結論が出たので、風
呂の壁を小さくぶち抜いて、風呂釜に流し込む方法が取られた。も
う少し島が開拓して広くなったら大きい公衆浴場とかも作りたいね、
温泉まで遠いし。
﹁いやいや、そう簡単に魔法なんか使える者などおりませんので﹂
確かに、なんか人族は魔法が使い辛いとかジョンソンさんが言っ
てたな、誰だって? 共同住宅にいた残念な人族ですよ。
﹁まぁ、一応個室ですし、風呂に入らなくても暖かいタオルで体と
か拭くのであれば、水を汲みに行く回数は一回分で済みますからね、
沸かすのが面倒ならここで濡れタオルで拭いてもいいかもしれませ
ん。翌朝には商船に荷物を積み込みますのでそれまではゆっくりし
ていて下さい。食事ですが、申し訳ありませんが食材は用意してあ
るのでそちらで作っていただいてよろしいでしょうか?﹂
﹁十分でございます、お気遣い感謝します﹂
﹁では失礼します﹂
□
﹁さて、どう思いますか? 皆さんの意見を聞かせてください﹂
﹁人族や魔族全体が明るく、とても衛生的ですね。しかも井戸の棒
を上下させて水をくみ上げる奴ですが便利すぎです、井戸の上に屋
1413
根を作りゴミが入らない工夫がされていて素晴らしいと思います、
風呂も各家庭に有る様な話しでしたし﹂
﹁そうですね、私もそう思います。代表と名乗る魔族も友好的でし
たし、知性も高いですね。周りの魔族も友好的ですし、人族の教会
も有って細部まで配慮されているのがわかります。医者もいるのに
は驚きました﹂
﹁そうですね、私もそう思います。それに馬車が通る事を前提とし
た道作りや、よく整備された道路、まだ途中でですがすべての道を
石畳にするのではないかと私は思います。それに家畜も育てていま
すし、サハギンやハーピーなども見かけたので良き隣人として付き
合っている様な雰囲気でした。小さいながらも効率の良い塩作りや、
特殊な素材で砂糖も作っていますし、蜂蜜も豊富に有ったので、蜂
の巣も多いのでしょう。見ましたか? 船を停めた場所に有った、
葉に塩水を掛ける奴です、アレは日の光を使って余計な水分を飛ば
し、薪を使う量を最小限に抑えています。それにあの井戸ですが、
相当頭のいい方がいますね﹂
﹁風車も小型化してありましたね、あれならどこでも粉が引けると
思います。それに嵐の時は簡単にたためるのも利点だと思います﹂
﹁あと、街中に徘徊していた狼ですが、誰が手なずけたのかわかり
ませんがあのように懐く物なのでしょうか? 少なくとも野犬より
恐ろしい動物と聞いておりますが、物怖じせずに子供達がじゃれつ
いているのを見て驚きました﹂
﹁では、私は別な仕事が有りますので、誰かが訪ねて来ても、疲れ
て寝ているので、伝言が有れば承りますと言っておいて下さい。幸
いにも島の中央に有る山で、多少暗くなるのが早いですし、まだ酒
場も無いみたいですので、夜は暗くて静かですので﹂
﹁﹁わかりました﹂﹂
私はなるべく黒い服に着替え、靴もなめし皮の歩く時に音がしな
い靴を履き、ゆっくりと目立たない窓から家を出て、昼間に確かめ
1414
た作業場や資材置き場を確かめに行く。なにか有益な情報を仕入れ
る為だ。可能ならコーヒーと呼ばれる物の種を入手できれば、我が
主の領土でも栽培でき、利益に繋がる。朝日が昇り切る前に入手で
きるか、それが勝負だ。
教会の脇が職人たちの作業場なので移動は簡単だ。ただ月明かり
が邪魔だが、逆に考えれば物を確認するには丁度いい、幸いにも人
が外に誰も出ていない、これを利用して情報を持ち帰る。
鍛冶場に石材加工場、木材加工場に大工道具。色々有り、生活用
品の作りかけや、皿やカップが見える、この辺りには有益な情報は
無い。
鍛冶屋は鉄を丸め中が空洞になっている物が棒に巻き付けてあっ
たり、農具が丁寧に並べられておりこれと言ってめぼしい物は無い。
何か特殊な図面を探すが書類関係を入れる棚すら無かった。井戸に
有った、棒を動かすだけで水が出る図面が有ればと思ったが、相手
も甘くは無いみたいだ、多分頭の中に図面が有るんだろう。手土産
として持ち帰りたいが、無くなったら間違いなく疑われるのでそれ
だけは避けたい。
大工道具が置いて有るので、この辺りは大工の仕事だと思うが、
短い木を複雑に加工し、繋ぎ合わせ一本の長い木材にしてある、釘
は一切使っていない。素晴らしい加工技術だと思うが、こんな島だ、
こうでもしないと長い木材が作れないのだろう。書類入れだと思わ
れる棚から、風車に関する図面を探すが見つからないので諦めて次
を探す事にするが、足元に散らばる木屑が、鋸で切ったにしては大
きく荒い事が気になったが特に重要では無いと判断した。
ここには屑石が散乱しているので石材加工場だと思うが、積んで
有る資材を見て驚いた。綺麗な面で、まるで木材を加工したかのよ
うな切り口だ、こんなに綺麗に整えられる物なのか? 私は屑石を
拾ってみたが、柔らかいと言う事は無く、ありふれた石材だ。どう
やって加工しているのか物凄く気になるが、道具はありふれた使い
古された石ノミとハンマーだけだった。
1415
多目的用家屋と言う所に行って家探ししてもいいが、見ていた限
りだと、コーヒーはあの男が持って来た物だけだったし、あの魔族
が棚を開けた時に見えたのは、小麦粉や卵だけだったので行くだけ
リスクが高まるだろう。それにどの様に生っているのかすらわから
ない。トマトの様に生るのか、ジャガイモの様に地面に生るのかさ
えわからない。何度も来れば疑われるので、報告書を作り。人員を
変え地道に探し当てるか、誰かに漂流者を装ってもらい、情報を手
に入れるか。後者の方が多分早いだろう。
私は石材を切り出している場所にも秘密が無いかと思い、車輪の
跡を発見して、その後を辿る様に後ろに注意を払いながら歩き、石
切り場に到着したが言葉が出なかった。
綺麗に切り取られた低い崖だ、いったいどうすれば石を切り出す
のにこんなに綺麗になるのか解らないが綺麗過ぎて、無垢一枚の立
派な石の壁に思える。こんな石壁を使ったら、それだけで一財産だ。
そう思っていたら、いきなり首を後ろから絞められ、頬に軽く尖
った物が当たった。
□
﹁カーム、例の男が動いたよ﹂
ヴォルフとじゃれあっていたら、フルールさんが報告をしてくれ
た。
﹁やっぱりか、報告ありがとう、色々聞いてくるから怪しいと思っ
たんだよね﹂
そう言いながら、ヴォルフを撫でるのを止めて、準備を始める。
﹁構わないわ、今は工業区当たりをウロウロしているわよ﹂
﹁そうか⋮⋮。色々探ってるんだね﹂
上下黒い服を着込み、外に出る準備を始める。自分の肌の色を考
え、裸でも良いけど、虫が気になるので、熱くても黒い服上下にし
ておいた。
1416
﹁今は材木を興味深く見てるよ﹂
﹁あーあれね、木を繋いで長くする奴、なんだかんだ言ってアレは
便利だからね、有る事は知ってたけど、やり方が解からなくてね、
織田さんが来てくれて助かったよ。職人も﹃勉強になる﹄って言っ
て喜んでたし、んじゃ行ってきます﹂
﹁気をつけてー、何か有ったら小声で呼びかけるから﹂
﹁了解﹂
そう言って俺は静かに行動を開始する。
遠目で工業区を見るが書類棚を漁っているのが見える、せめても
う少し上手くやってくれよ、なんか見てて虚しくなってくる。こっ
ちは助かるけどさ。
こう⋮⋮、物凄く訓練された、特殊部隊的な動きとかするのかな
って思ってた俺の気持ちを返してほしい。今度は石工場か、なんか
食い入る様に見てるな。なんか石材を持って手で擦ってるな、あん
な綺麗な面じゃ確かに仕方が無いと思うけど。
あ、なんか考え込んでる。もう少し近づこう。
﹁コーヒーは︱︱。どういう風に生ってる︱︱。漂流者を装い情
報を︱︱﹂
脅そう
はい⋮⋮アウト。考えてる事が口に出てるしどうしようもないな、
説得しよう。動いたな、石切り場の方に向かってるな、もう少し泳
がせて村から離すか︱︱
アルバンは、綺麗に採掘されている採石場を見て驚いているみた
いだ、やるなら今しか無いな。
俺は右手に︻黒曜石のナイフ︼を作り出し、左腕でアルバンの首
を絞めるようにして動きを封じ、ナイフを頬に当て脅す事にした。
﹁今晩は。夜のお散歩は楽しかったですか? 岩に月の光が当たっ
て素晴らしい月光浴場でしょう﹂
﹁えぇ、とても素晴らしい場所ですね。ナイフを突き立てられてい
なければですが﹂
﹁考え事が小声で漏れてましたよ。駄目ですよー、もう少し上手く
1417
やらないと﹂
﹁次が有れば上手くやりますよ﹂
﹁次が有ると思っている事が凄いですね、その根拠は?﹂
﹁私達が戻らなければ、この島に攻め入る口実が出来てしまいます
よ﹂
・・・・・
﹁そーですねー、それはとーーっても怖いですねー。なので俺は条
件付きで今回だけは見逃そうと思ってるんですよ﹂
俺はナイフを更に突き刺し後半は声を低くして脅す。
﹁興味が有りますね、教えてくれませんか?﹂
左腕に血が滴り、服に染み込んで張り付いて、蒸し暑く不快な夜
が更に不快になっていく。
﹁コーヒーは普通に売りますけど、雇い主か貴方の私財から迷惑料
として、一袋に付き大銀貨一枚頂きたいと思ってるんですよ﹂
﹁素晴らしい提案ですけど、コーヒーよりかなり高いんじゃないん
ですかね?﹂
﹁そうですかね? 命の値段にしてみれば安いと思うんですけど。
希少性が高く、流行り出した金の生る木を横からかっさらおうとし
てる糞野郎の手先には、痛い目を見てもらってもいいんですよ?﹂
俺は、刺してあるナイフを横に滑らせながら傷口を広げていく。
﹁この島が危険に晒されてもいいとでも?﹂
﹁実はこの島には恐ろしい伝染病が流行ってて、船の上で発病した
三人が死亡して海に投げ入れられるかもしれませんよ?﹂
﹁怖いですね、体中に切り傷が出来る奇病ですか?﹂
﹁いい加減話し合いにも飽きてきたんですけど、どうしましょうか
?﹂
﹁解放してくれるととても嬉しいのですが﹂
﹁一袋に付き、大銀貨一枚ですけど?﹂
﹁出来ない相談ですね﹂
﹁そうですか、とても残念です﹂
俺は肉体強化を使い、腕に力を入れ、動脈を圧迫しアルバンを気
1418
絶させ、口に拳大の石をその辺から拾い、前歯を削りながら無理矢
理突っ込み、上着を脱がせて顔に被せ、袖できつく縛った。
そのまま森の奥に担いで行き、熊の目撃情報が有った場所まで来
たら両手両足の腱を切り、動けなくしてから傷口だけを回復魔法で
塞ぎ、頭を蹴り飛ばし意識を覚醒させ、騒ぎ出したのを確認してか
ら。
ちまみれ
﹁翌朝に、熊に食い散らかされた無残な死体が見つかると思うので、
残った二人には血塗れになった服の切れ端でも渡しておきますね、
一応二人はまだ怪しい動きを見せて無いので帰らせますね。もし残
りの二人も動いたらここに連れてきますから﹂
そして、俺は芋虫の様に這い回っているアルバンを放置して自宅
に帰った。
﹁あ、おかえり。なかなか手厳しいね、ってか殺しは嫌いだと思っ
てたんだけど、意外にあっさり殺しに行ったね﹂
﹁⋮⋮まぁね、大嫌いだけど仕方ないでしょ。交渉が上手ければこ
うなって無かったと思うんだけど、どう思う?﹂
﹁あー? どっちもどっち?﹂
﹁そうか⋮⋮。残りの二人が動くか、あいつが熊に襲われたら夜中
でも教えて。もう寝るよ、お休み﹂
﹁はいはい、自己嫌悪になるならヤらなければいいのに﹂
﹁村の皆の事を考えたら無理だね、そろそろ島のお金も尽きるし、
何としてでもコーヒーは売りたいからね﹂
そして、夜中にフルールさんが、アルバンが熊に襲われると言う
報告をしてきたので、﹁ありがとう﹂と短く返事をして安心して深
く寝る事にした。
◇
﹁おはようございます、旅の疲れは取れましたか?﹂
1419
俺は何も無かったかのように振る舞い、普通に会話を始める。
﹁あ、あの﹂
アニタさんが少し狼狽えながらトニーさんの方を見る。
﹁アルバンさんが、朝起きたらいなくなっていたんです﹂
﹁アルバンさんが? ここに来るまでに何人かと井戸で挨拶を交わ
しましたが、その中にはいませんでしたよ?﹂
﹁そうですか、本当にどこに行ったんだろう﹂
そう言いながらオロオロし始めるトニーさん。
﹁少しお待ちください、探し物が上手い頼りになる奴がいますので﹂
そして俺は、ヴォルフを連れて戻って来た。
﹁鼻が良いので頼りになるとおもいます、アルバンさんの服を貸し
てください﹂
﹁あ⋮⋮はい!﹂
そしてトニーさんが服を持ってきてくれたので預かり、ヴォルフ
達に嗅がせる。
﹁ヴォルフ、この臭いを探してほしいんだけど﹂
﹁わふん!﹂
そう小さく呟き、クンクンと地面を嗅ぎながら工業区の方に歩き
出し、色々な所を嗅ぎ、採石場に向かわず森の中に真っ先に向かっ
て行った。何とも空気の読めるワンコ⋮⋮じゃなくて狼だ。
そして森の奥に入り、無残に食い荒らされた肉塊と骨と布切れが
見つかった。
﹁う゛ぇっ!﹂
付いて来たトニーさんが口を押さえ目を反らしてえづいている。
﹁熊ですね、この辺りには目撃情報が有った場所ですし、なんでこ
こで襲われたのかはわかりませんが。逃げ出した所を襲われたんで
しょうか?﹂
狩猟班の班長が呟き弦を張り始め、辺りを警戒し始める。一応い
なくなったと言う事で、男手を数名呼んで同行してもらっている。
﹁だれかキースさんを呼んできてください、早急に狩らないとまた
1420
被害が出ます﹂
﹁わかりました!﹂
そうして誰かが、キースを呼びに行った。
﹁トニーさん、見るのに抵抗が有ると思いますが、何か見覚えの有
る物は有りませんか?﹂
﹁え、えーっと。あ、この指輪は見覚えが有ります、アルバンさん
がしていた指輪です﹂
食い残したと思われる手首から先に有った指輪を指す。
﹁そうですか⋮⋮服の臭いも一致してますし、このご遺体がアルバ
ンさんと言う事で断定してでよろしいでしょうか?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁ご遺体の方はどうしましょうか? 一部でも持ち帰って故郷の土
に埋めてあげてはどうでしょうか?﹂
﹁⋮⋮そう⋮⋮ですね。そうさせていただきます﹂
﹁どなたか、アドレアさんを呼んできてください﹂
﹁はい﹂
そして、やって来たキースが死体を見て、少しだけ表情を歪めて
森の奥へ入って行き、アドレアさんが祈りをささげ、指輪の付いた
腕を布で包んでから箱に入れ、トニーさんに渡した。
﹁不幸が有りましたが、百袋の注文が入ってますので、コーヒー豆
や砂糖や蜂蜜を船に乗せてもらってもいいですか?﹂
﹁えぇ、そうですね。残念ですがもう決まっていますし。申し訳あ
りませんがトニーさんとアニタさんは、アルバンさんの荷物も一緒
に帰り支度を進めて下さい、我々は荷を船に積み込みますので﹂
﹁わかりました﹂
二人にそう言い、俺達は水生系魔族の手を借りつつ、平底船に荷
物を積み、数往復させ、豆をすべて乗せ終わる頃、ニルスさんに小
声で話しかけられた。
﹁カームさん、貴方ですか?﹂
1421
﹁何がです?﹂
﹁アルバンを殺したのは﹂
・
﹁あー、俺じゃないですよ。熊ですよ﹂
﹁貴方が易々とコーヒーとか、店で出している商品の秘密を探らせ
る訳無いと思ってましたけど︱︱﹂﹁ニルスさん⋮⋮これは事故で
・
すよ事故、これは不幸な⋮⋮夜中に島の中を嗅ぎまわった、糞野郎
の手先がヘマをした為に起こった事故です。俺は殺してませんよ、
俺はね。この話を続けるならニルスさんへの対応も少し考えさせて
もらう事になりますが⋮⋮どうしましょうか? なるべくなら新し
い商人を見つける手間は省きたいですし、ニルスさんとは今後も仲
良くやっていきたいと思ってるんですが﹂
俺はニルスさんの言葉を途中で遮り、物凄く冷たく、冷静に、今
まで見せた事の無い雰囲気で脅しにならないように警告をした。
﹁そうですね、これは夜中に散歩してた時に熊に襲われた不幸な事
故でしたね、申し訳ありませんでした﹂
少しニルスさんの表情が硬いが、言葉使いはいつも通りだった。
﹁いえいえ、勘違いは誰にでもあります。まぁ、アイツらの雇い主
が誰であろうと聞く事も有りませんし、まだ興味は有りません。し
ばらくは馬鹿が増えると思いますが、誰かがこの島に連れて行けと
言うのであれば、気にせず連れてきてください。馬鹿な行動をしな
い限り、結構安全ですからね﹂
俺は雰囲気を戻し普通に喋りかけると、ニルスさんは小さく、安
心したように息を吐いた。
﹁そうですね貴方のおかげで、この辺りには海賊が近寄らなくなり
ましたからね、三日目辺りまでは比較的安全ですよ、ここの船乗り
は優秀ですね﹂
﹁えぇ、ご近所のサハギンさんやマーメイドさん達と仲良くして、
腕っぷしの強い船乗りたちと協力してもらって、近海の安全は確保
してもらってますので。酒さえ飲まなければかなり優秀なんですけ
どね﹂
1422
﹁魔族と仲良くすると、いい事だらけなんですけどね﹂
﹁そうですね、今度ハーピーにも同行してもらって、空からの監視
もさせれば、昼は見張りに立たなくても平気になると思いますよ、
仕事として港を往復させてもいいかもしれませんね﹂
﹁まぁ、それが容認出来る人族は少ないと思いますけどね﹂
﹁まだ、差別の壁は高いですね。交易の有る港町なら比較的仲がよ
いんですけどね、話によると教会が厄介ですよね?﹂
﹁そうですね、あの教育は視野を狭くさせます。私だって子供の頃
は、魔族は恐ろしいと思ってましたから﹂
﹁あらら、あの港町以外には行きたくないですね﹂
﹁そうですね、まだ無理でしょうね﹂
そんなどうでも良い会話をしながら、俺達は荷物を積み込むのを
見ていた。
□
﹁⋮⋮どう思います?﹂
﹁確かに熊だとは思います、ただ、熊にやられるような鍛え方はし
ていないと聞いていましたけど﹂
﹁あの代表は?﹂
﹁特に怪しい素振りも見せませんでしたし、終始協力的でした、可
能性は低いかと﹂
﹁確かに。雰囲気はいい魔族っぽかったですからね、そうすると誰
がやったか⋮⋮になりますね﹂
﹁弓を持った魔族のキースって奴は、アルバンさんの死体を見てと
ても嫌そうに眼を反らしてましたから、そっちも可能性は低いと思
います。積み込みをしていたサハギン達も、あまり島の中まで入っ
て来ないみたいですし、魔族の仕業ではなさそうです。本当に熊な
んでしょうか?﹂
﹁何か目立った外傷は無かったの?﹂
1423
﹁爪でやられた以外の傷は見えませんでした﹂
﹁⋮⋮一応すべて報告しなければいけませんので、有った事全て報
告書に纏めておきましょう﹂
﹁そうですね﹂
﹁話は変わりますが、この石鹸。とてもいい香りがするんですけど、
どこで売っていたんでしょうか? 港町で見た事が無いんですよね﹂
﹁持って来ちゃったのかい?﹂
﹁えぇ、型から出したばかりの真新しそうな石鹸でしたので、客用
だと思い頂いて来ました、可能なら報告後に私が頂きたいくらいで
す﹂
結構淡白な女性だったんだなアニタは。
1424
第95話 客が来島した時の事︵後書き︶
多分この人族二人はもう出ないんじゃないかと思います。
1425
第96話 牛を買った時の事︵前書き︶
適度に続けたいです。
相変わらず不定期です。
サブタイトル詐欺です。
20150722に1000万PV達成しました、これも皆様のお
かげです、ありがとうございます。
1426
第96話 牛を買った時の事
アクアマリンで馬鹿の手先がクマに襲われてから七日ほど経った。
朝にはコランダムに着き、各自好きな店で朝食を取らせ、しばらく
してから荷卸しを部下に任せた。私は、早速コーヒーを買いたがっ
ているナマズヒゲ商人がいる宿屋に向かい、物品は倉庫に搬入中と
言う事を伝え、ついでにアルバンが亡くなった事も伝えた。
その時の顔は少し驚いていたが、特に動揺は見せなかった。
﹁詳しくは部下のお二人からお聞きください。では、私は倉庫の方
でお待ちしておりますので、馬車を回してください﹂
部下に頼んでも良かったが、死んだ事を言った時の反応は 一応
直に見ておいて、カームさんに報告しても良いと思ったからだ。
それから、少ししてから馬車が倉庫前に着いたので、コーヒーを
乗せ、残った部下二人が自分達の荷物を詰め込んでいる。
そして金銭の話になる。
﹁改めて確認しますね。先方が売りたがっている値段に、島への往
復代に必要経費。この辺りに誤差はほぼ有りませんでした。しいて
言うなら復路の食事代が一名分必要無くなったと言う事ですが、こ
ちらは一日三食分を六日で計十八食分だけ引かせていただきます⋮
⋮それとアルバンさんのご冥福をお祈りします﹂
知らない奴だが、一応祈りの形だけは整えて置く。そして提示し
た金額を受け取り、そこから十八食分の金額を返し、私はお決まり
の台詞を言う。
﹁また何か有りましたら我が商会を御利用下さい﹂
そう言って頭を下げ、ナマズヒゲは馬車に乗り門の方へ走って行
った。
﹁やれやれ、アイツもどこかのお偉いさんに言われてついでに三人
を同行させただけだったか。まぁ、コーヒー豆たった百袋でこの儲
1427
けとは⋮⋮本当に美味しいですね、カームさんには感謝しなければ﹂
□
俺の前には島民全員が集まっている。
﹁そろそろ商人のニルスさんが港に戻って居る頃です、コレで多少
纏まったお金が島に入りますので、コランダムから来て頂いた職人
の方々に給金を払ったあと、残ったお金で念願の牛を買おうと思っ
ています。もちろん繁殖できるように雄と雌の番です。ですが元奴
隷だった皆さんににはまだ給料を払う余裕も無ければ、島でお金を
使う場所も有りませんので、しばらくは我慢して下さい﹂
﹁それは構いませんけど⋮⋮﹂
代表として一人が返事をする。
﹁それだけでは不満も高まりますので、他の必要な物も買おうと思
っています。皆さん何が欲しいですか? 給金の代わりに物品で払
います﹂
﹁﹁酒!!﹂﹂
数名の男が即答した。
速いな、速すぎて少しびっくりしたぞ。
﹁そろそろ麦が収穫できますので、備蓄を少し多く残して、残りは
酒に出来るように別けておきましょう、なので酒は前程は多くは無
いですが買ってきます、他には?﹂
そう言うと周りがざわつき始め、色々意見が飛び交う。そして最
終的には最重要な物をメモの上の方に書き、必要の無い物は下の方
に書いた。
﹁ってな訳で、お金が余ったら、このメモの上の方から買う事にし
ます﹂
﹁異議なしっす﹂
元気な男が皆を代表して同意した。むしろ、酒は糖分が有れば酒
になるから、多少は椰子の実から作っているけど、たまには島に無
1428
い酒も飲みたいんだろうな。
﹁船長、少し質問が﹂
﹁なんでしょうか?﹂
﹁前は専門の業者を頼んで、家畜を運んで貰いましたが、出費を抑
えたいので、家畜の件をどうにかしてほしいんですけど、どうにか
なりませんかね?﹂
﹁⋮⋮一応羊を積んでいる船は多少ありますけど、大型の家畜とな
ると扱いも難しくなりますし、ストレスが増えると乳を出し難くな
るのではなかったんでしたっけ?﹂
﹁あ⋮⋮﹂
﹁カーム、子供産む前の乳出さねぇ牛連れて来て、こっちでのんび
りさせれば良いんだよ、多少の事は気にすんな、俺が港に行ってや
る﹂
榎本さんがそう言ってくれたので甘えさせてもらおう、あとは船
の問題だな。
﹁大量の飼料と、排泄物の処理。大丈夫ですかね? 船長﹂
俺は船長の方を向きながら、首を傾ける。
﹁⋮⋮え、えぇ。甲板に繋いで藁を敷き、染み込ませて速攻で洗い
流せば多分。島に戻ってきて、カームさんが魔法で掃除を手伝って
くれるなら﹂
﹁小舟に大人十人乗せて、ロープで下ろせます?﹂
﹁は? はぁ、一応できますが﹂
﹁牛の重さは大体大人十人分だから、搬入、搬出は平気ですね﹂
﹁え゛!?﹂
﹁いやーさすがは腕っぷしが強い船乗りだ、お願いしますね﹂
俺は超笑顔で船長の肩を叩き、部下の一人が﹁カームさんえげつ
ねぇっす﹂とか言っていたが、なるべくかかる金は少ない方が良い
からな。
本当は、前に勇者を運んで来た船長に頼んで、胃に負荷を掛ける
1429
程度の嫌がらせをしたかったんだけど、諦めよう。
主に対面に座らせてお茶を出してニコニコしながらお茶を飲みつ
つ近況を話し合うだけなんだけどね。悪いと思っているなら多分胃
に来るだろうな。
﹁では、準備が整ったら出航して下さい、そしたらコランダムに向
かい、色々購入しておきますので、着いたら荷を乗せるだけで良い
様にしますのでのんびり準備して下さい。では、今日も気をつけて
仕事しましょう。むしろコーヒーが無いので、今日は少し多めにコ
ーヒーの収穫に行ってもらいましょうか﹂
そう言ってコーヒーの収穫に向かわせ、その日の夕方に俺はコラ
ンダムに転移し、ニルスさんの所に向かった。
﹁どうもー﹂いつもの様に倉庫に入って、近くにいる作業員に声を
かけ。今日の朝に戻って来て、昼にはコーヒーを頼んだ商人が町を
出て行ったと聞いたので、ニルスさんの所に向かう。話では骨休め
中らしい。
俺はドアをノックし、返事が有ったので中に入る事にした。
﹁お疲れ様です、この間はありがとうございました。今日辺りには
戻ってると思ったので伺わせていただきました﹂
﹁いえいえ、こちらこそありがとうございます。おかげでコーヒー
だけでかなり儲かりましたよ﹂
ニルスさんは疲れた顔をしているが、無理矢理笑顔を作ってくれ
た。
﹁本当にお疲れだと思いますが集金に来ました、そしてそのお金で
買い付けに﹂
﹁ははは⋮⋮、転移魔法を教えて欲しいくらい便利ですね。少し愚
痴が漏れましたがお許しを﹂
船での移動はかなり精神的に疲れるからな、帰って来て早々俺が
訪ねて来たらこうなるか。別に初対面でも無いし気にするような愚
痴でも無いので聞き流そう。
1430
そう思っていると、ニルスさんは書類と売上を持って来てテーブ
ルに乗せた。
﹁こちらが今回取引した商人から頂いたお金です。書類を見てもら
えればわかりますが、必要経費に手間賃を上乗せした額がこちらに
なり、一袋の単価がこちらになります。そしてカームさんが提示し
た一袋の値段がこちらなので、差額がこちらになり、儲けの一割上
乗せと言う事でしたので、最終的な百袋の売り上げはこちらになり
ます﹂
んー、それでも儲けが出ているんだろうな。書類の数字を見てす
ごい笑顔になっている。
﹁そうですね、一割ですから計算も楽ですね。まぁ、物凄い笑顔な
のでかなり儲けているみたいですが、どのくらい吹っ掛けたのかは
聞かないようにします。こちらは売れれば良いので。今後もよろし
くお願いします﹂
﹁いえいえ、こちらこそ﹂
﹁それでこれが今回買おうと思っている物です、この町から呼んだ
職人に払う給金を抜いた額から、このメモの物を用意してほしいん
ですよ﹂
そう言ってメモをニルスさんに渡す。
﹁牛ですか、また専用の業者を呼んで運ぶのですか?﹂
﹁いえ、今回は少しでもお金が惜しいのでこちらで運びます。大型
の家畜を運ぶ知識は低いですが、なんとか運びます。業者は任せま
すよ、この前勇者も一緒に運んで来た船を指定できないのが残念で
すが﹂
﹁何を考えているかわかりませんが、すごい悪い笑顔ですね﹂
﹁この間の復讐として、ご苦労様ですと言いながら、笑顔でお茶を
出そうと思っていただけですよ、それだけです。なにも悪い事をし
ていない船長や船員に手を出す事なんかしませんよ。ただ笑顔で大
人の対応をするだけです。あと勇者と何が有ったかの世間話とかで
すね。勇者の勘違いで襲われたけど和解して、偶然町に行く予定が
1431
有ったから送り届けたんですけどね。とか﹂
﹁はは、胃が痛くなりますね﹂
﹁ささやかな復讐ですよ﹂
そしてメモを見ながらある程度の交渉に入り、メモの下の方は容
赦なく切り捨てる事にした。
﹁あ、忘れてました。私にコーヒーを頼んでて来た商人ですが、ア
ルバンが死んだことを言っても、特に動揺する様子は有りませんで
したね。本当になにも知らされずに同行させられただけみたいです﹂
﹁そうですか、別にどうでもいいです。あまりにも多いならこの町
の店に織田さんを連れて来て、そこで学ばせるだけですよ﹂
その後は雑談になり、本当に少しコーヒーの味が変わったとか、
島で作った良い香りのする石鹸を持って帰られたとかの話題になり、
石鹸に食いつかれた。
﹁その石鹸の話を少し詳しくお願いします﹂
ニスルさんの目が獲物を狩る肉食獣の様に鋭くなり、声も少し低
くなる。
﹁こっちに無いんですか?﹂
﹁有るには有りますが、カームさんの島の様に秘匿され、技術が外
に出ません、しかも個人で作ってるので一人勝ち状態です﹂
﹁なら高いですよ、出来上がった物を売っても良いですが、まだ人
手が足りませんし、島内需要分しか作っていません。本格的に作る
となると、こっちの空家を借りて、人を雇って細々と生産するしか
ないですね﹂
﹁私がやりましょう。売り上げの五分でどうでしょう?﹂
即、ビジネスの話に持って来るな。さすが商人って所か。
﹁需要は高いんですよね? 一割﹂
﹁上流階級に需要が高すぎです、正直高級品です。精油を作るのに
も手間もかかります。八分﹂
﹁精油をわけてもらえるなら、それでも良いですよ。それと島が発
展した場合。こっちでも作って売りますよ? それでよければです
1432
が。季節が五巡くらいすれば島に人が増えますかね?﹂
﹁むう⋮⋮﹂
ニスルさんは本気で悩んでいる。
﹁冗談です、お金にはそこまで固執はしませんが、今後色々便宜を
図ってくれれば五分でも構いません﹂
﹁貴方って人は⋮⋮本当叱りたくなるくらい甘いですね、折角面白
そうな駆け引きが出来ると思ったんですけど﹂
魔王
﹁面倒事は避けたいので。本当は故郷でのんびり暮らしていたかっ
たんですよ、それなのにいきなりあんな事になっちゃってさ⋮⋮﹂
俺は、眉間を押さえながら、ため息を吐きながら首を振る。
﹁ってな訳で、説明は後日。物を見てからと言う事でいいですかね
?﹂
眉間を押さえるのを止め、いつもの様に続ける。
﹁それでお願いします、その時に正式な書類を。それとなるべく早
めに品物は用意しておきます﹂
そう言って今日は別れ、島に戻った
◇
二日後、船長達が試験的にハーピー族を見張りとして一人だけ話
し合って連れてコランダムに向かったので、六日後には榎本さんを
連れて行くと言う約束をして、六日後の夕方にコランダムに向かっ
た。
﹁あ、船が有りましたね、行きましょう﹂
﹁おう、悪い牛なら速攻で下ろすからな﹂
﹁わかってますよ、榎本さんの方が詳しいんですから、全部任せま
す﹂
そう言って船に向かい、みんなに挨拶をする。
﹁お疲れ様です、ハーピー族はどうでしたか?﹂
﹁えぇ、見張りとしては優秀ですが、本当に見張りだけですね。帆
1433
先が全く見えない位置から、海路を通る商船を見つけたので、海賊
だった場合の対処は早く済みそうです﹂
﹁なら、空から物を落として、相手の船に痛手を負わせられる様な
物を、会田さんと考えますか﹂
﹁それと、ニルスさんの職員の立会いの下、頼まれた物は搬入済み
ですので、この書類を持ってお金を払いに行くだけです﹂
船長は、懐から紙を取り出し、俺に渡してくる。
﹁おう、そんな事より牛だ牛! はやく見せろ﹂
﹁あぁ、そうでしたね。こちらですエノモトさん﹂
そう言って船長は、船尾に繋いである牛へ榎本さんを案内した。
﹁んー、まぁ若いから期待は出来るな、可もなく不可も無くだな。
それが二組。上々だぁ。んじゃ俺はこいつ等の面倒を見れば良いん
だろ。帰ったら温泉連れて行けよな﹂
﹁わかりました、それと海沿いの温泉の家と、疎水作りを、なるべ
く早めにって話ですよね﹂
﹁わかってるじゃねぇか。それで大満足だよ﹂
そう言って、牛に話しかけたり、撫でたりして落ち着かせている。
﹁助かりました、ここに来て﹃この牛じゃ駄目だ!﹄とか言われた
ら⋮⋮﹂
船長は、胸を撫で下ろし、安堵している。
﹁乗せるのに苦労したんですか?﹂
﹁えぇ、物凄く﹂
﹁申し訳ありませんでした、ではよろしくお願いします﹂
﹁ンモーツ!﹂
牛の鳴き声で、微妙な空気が甲板に漂い、俺は逃げるようにニル
スさんの所に向かった。
﹁お疲れ様でーす﹂
このやり取りはもう当たり前の様になっているので周りの職人も
気軽に声を掛けてくる。
1434
﹁俺、この間初めてココアって奴を飲んだんですけど、ありゃ美味
いっすね、土産として買って帰ったら子供が喜んでくれましたよ﹂
﹁それは良かったです﹂
﹁嫁には﹃砂糖が!﹄とか言われちゃいましたけどね﹂
﹁はは、入れないと苦いですからね、んじゃ失礼します﹂
そう言ってニルスさんの待つ部屋に向かった。
﹁では早速で申し訳ありませんが仕事の話をしましょう﹂
なんかすごい気迫だ。しかも書類は既に用意してあり、サインを
するだけになっていた。それだけ金になるって事だよな。五分じゃ
安すぎたか?
﹁これが物になります、ミントにラベンダーにカモミール、バラは
無いのでバラの香油は作れませんでしたが、基本ある程度は出来る
と思います﹂
﹁ほう﹂と、呟きながら香りを嗅いでいる。
﹁使ってみても?﹂
﹁えぇ、構いませんよ﹂
そう言うと、職員に声をかけ、裏手の井戸で男共や、秘書らしき
女性全員で手を洗っている。
﹁おー、いい匂いだな﹂
﹁汚れも普通の石鹸と同じでよく落ちるな﹂
﹁こいつはスースーしていい感じだ﹂
そんな声が色々な所から聞こえてくる。
﹁ニルスさん、でもコレって高級品ですよね? どうしたんですか
?﹂
﹁そこにいるカームさんの手作りだ、作り方を聞いて、新しい事業
を立ち上げるつもりだ﹂
ニルスさんがそう言うと、全員こちらを見て、めんどくさそうな
眼を向けて来る。そんな目で俺を見ないでくれよ。
そして、もう一度中に案内され、一応人払いを済ませてから説明
を開始する。
1435
﹁簡単ですよ、一度作った石鹸を削って、よい香りのする草花のお
茶を濃いめに煎れて、削った石鹸にお茶にしたのと同じポプリを軽
く挽いて、精油と挽いたポプリを石鹸に入れて混ぜて、蜂蜜を入れ
混ぜて、お茶を少しずつ入れて、耳たぶくらいの柔らかさになった
ら、型に入れて日陰で乾燥させます﹂
﹁詳しいレシピではありませんが、大体のレシピです。必要無いな
ら燃やしてください。それと確実な配合ではありませんので、日夜
研究して下さいね﹂
﹁わかりました、ではこちらにサインを﹂
一応信頼はしているけど、契約書系はしっかりと数回読んでから
サインする。
﹁はい、確かに﹂
﹁成功するといいですね﹂
﹁独占してる人に刺されなければいいのですが⋮⋮﹂
﹁いままで刺されそうになった事は?﹂
﹁昔に少々有りまして﹂
﹁⋮⋮じゃぁ自分は失礼します。お気を付けて﹂
俺は、深く聞く事はしなかった。ニルスさん、若い頃は少し無茶
してたんだな。
﹁ははは、死なない事を祈っててください﹂
﹁なら護衛を増やしてください、俺の島に最初に来た冒険者はどう
したんですか?﹂
﹁あれは、偶然コランダムに行きたいと言う事なので、格安で雇っ
ただけです﹂
﹁気をつけて下さいね﹂
﹁わかってますよ、そちらも頑張ってくださいね、何か有ればマス
ターに手紙を渡しておきますので﹂
﹁わかりました、では失礼します﹂
そう言って俺は島に戻った。コレでバターやチーズが作れるな。
1436
第96話 牛を買った時の事︵後書き︶
カームが嫌い=作者が嫌いです。
なるべくならこういうやり取りはしたくは無いですね。あまりにも
内容が薄かったので肉付けした結果がこれです。
サブタイトル詐欺なので牛が殆ど出てきませんでした。
1437
第97話 故郷での収穫祭の時の事︵前書き︶
適度に続けたいです。
相変わらず不定期です。
なんか無理矢理詰め込みました。少しおかしい所が有るかもしれま
せんが、お許しください。
1438
第97話 故郷での収穫祭の時の事
牛を連れて来てから、だいぶ暑さが弱まって来た頃、榎本さんが
大切に牛の世話をし、織田さんが牛に付ける農耕具を大工と作り、
畑仕事の大切なパートナーになり、島の子供達も喜んでいる。
榎本さんは﹁水浴び場の下流側に牛用の水浴び場を一つ作ってく
れ﹂と言って来たので、言われた通りに作る事にした。
榎本さんは、毎回畑仕事で汚れた牛を麦藁を纏めた物で綺麗に洗
いながら﹁今日もよく頑張ったなディーン﹂と話しかけているのを
見た。
随分ハイカラな名前を付けたな、ちなみに雌の名前を聞いたら﹁
モニカじゃ、別嬪さんの名前だろう﹂とか言っていたので深く突っ
込まない事にした、俺が狼に付けた﹃ヴォルフ﹄よりかっこいいじ
ゃねぇかよ、しかも残りの一組の牛もなんかかっこいい名前だった。
いや、太郎と花子よりは良いけどさ、俺よりセンスが良くて本当び
っくりした。八十近い人間のセンスじゃないので聞いたら、
﹁前に住んでた村の美人さんの名前とその旦那の名前だ﹂と言われ
俺は安心した。島に同じ名前の人族がいない事を祈ろう。
コーヒー豆の売り上げも順調に増えて、あれから二回ほどニルス
さんの船が来て出荷している。
チョコも上流階級に受けが良いらしく、ニルスさんからちょこち
ょこ注文が入っているし。香り付きの石鹸の売り上げの一部も入っ
て来るので、島の資金には少し余裕が出て来ている。なので島での
収穫祭用に今度島に来る時に、酒も持って来てもらう様に頼んでお
いた。
◇
1439
さて、今度は故郷の収穫祭の話だが、前回村に帰った時に、
﹁そろそろ麦の収穫だから、早めに帰って来てねー﹂
とラッテに言われたので、なるべく早く帰る事にする。
﹁ってな訳で故郷の収穫の方がかなり早いので、申し訳ありません
が数日留守にします、その間事故の無い様にお願いします。おっさ
ん達も戻ります? しばらく村に戻って無いですよね?﹂
﹁村にはカームがいたからベリルに住んでただけだ、今はこっちが
拠点みたいな物だろう? なら俺達はこっちにいる事に決めてる。
俺達は魔法が使えないから行ってもあまり戦力にならんからな﹂
﹁そう言うならこれ以上は無理は言いませんけど﹂
﹁こっちの収穫は手伝うから、いつでもこき使ってくれ﹂
﹁わかりました、なら頼りにしてますから、よろしくお願いします﹂
そう言って俺は故郷に転移した。
﹁あ、パパお帰りー﹂
﹁はいただいまー﹂
そう言って頭を撫でてやる。
﹁お姉ちゃんは?﹂
﹁スズランママと稽古中﹂
﹁そうか⋮⋮五歳になる頃には俺が危ないな﹂
﹁パパは魔王だもん、平気だよ﹂
物凄い笑顔で言って来るが、こっちはほぼ攻撃魔法を押さえてる
し、実子に本気で傷つけられるはず無いだろうに。
あー、俺の父さんが平気で武器振るって来たわ。俺もそれくらい
やった方が良いのかな。今度スズランとラッテに相談してみよう。
多分殴られるけど。
﹁ペルナ君とか、プリムナちゃんとか、レーィカちゃんは? パパ
やママから何か教わってるの?﹂
﹁ペルナ君は短剣と弓を教わってて、プリムナちゃんはママから槍
と大丸盾をおそわってて、レーィカちゃんは短剣と小丸盾とその辺
1440
に有る物は何でも武器にする方法﹂
ってかトリャープカさんその辺の物武器にするのかよ、考え方が
俺と一緒だな、それとも用務員だからか? 鋸とかで切りかかられ
た瞬間俺だって怖くて泣くぞ。
﹁⋮⋮あーうん。それぞれパパやママの武器を教わってるんだね。
ミエルも前に言った何か小さい奴でもいいから武器を持てって言っ
たの覚えてる?﹂
﹁うん、ラッテママからナイフを貰ったよ﹂
﹁そっか⋮⋮パパはあまりナイフは得意じゃないけど少し稽古しよ
うか?﹂
﹁うん!﹂
﹁んーどうしようか? 接近された時の時間稼ぎか、本格的にナイ
フを使えるようになるか、どっちが良い?﹂
﹁お姉ちゃんがいるから、時間稼ぎが良いな﹂
﹁んーなら盾も持った方が良いかな、それで隙が出来たら少しだけ
切りかかる様に、それか盾で攻撃を防ぎなら明確に魔法を使えるイ
メージをするか、かな﹂
俺が四歳の頃はこんな事一切していなかったけど、なんか村中の
距離
子供達は学校に行く前にある程度鍛える流行でも出来たのだろうか?
﹁攻撃を受けながら魔法なんて無理だよ﹂
﹁受けなくても避けても良いんだぞー﹂
﹁パパ、そっちの方が難しいよ﹂
﹁冷静になりながら、集中して相手までの歩幅を考えて発動させる
か、盾が有るから自分も巻き込む様に使うとかね、盾越しに発動と
か﹂
﹁えー難しいよ﹂
﹁んー俺の家には盾が無いし、シュペックとかクチナシから借りる
わけにもいかないからな、あーフライパンで良いか﹂
﹁フライパンで何するの?﹂
﹁丸い、鉄、持ち手がついてる、完璧に盾じゃないか! 少し待っ
1441
てろ﹂
ミエル
そう言って俺はキッチンからフライパンを取って来るが、戻って
きたら息子の目は冷たかった。フライパンだって立派な鈍器兼盾だ
と思うんだけどな。
﹁じゃあ、これを盾だと思ってその棒で攻撃して見ろ﹂
﹁え、でも。攻撃したら魔法で反撃するんでしょ?﹂
﹁まぁな﹂
﹁えー﹂
盾
ミエルは心底嫌そうな顔をしている。
﹁じゃぁ、フライパンから魔法を出すだけにするか﹂
相変わらず子供に、どう稽古を付けていいかわからない、甘いの
か優しいのかはわからないが、親子でキャッチボール感覚で出来な
いのが原因なのかもしれない。
俺はフライパンを盾の様に左手で構え、顔面を隠す様にカウンタ
ーっぽく成るように、フライパンの底から︻小爆発︼を発動させ、
顔面を守りながら多少の熱気は我慢した。
﹁なんか火とは違うよね、なんかボウッって直ぐに燃えたよ﹂
﹁これは爆発って言って、細かい物が辺り一面に広がった時に燃え
ると爆発って言うんだ﹂
﹁んー、わからないよ﹂
﹁じゃぁ、ちょっと待ってろ﹂
俺は再びキッチンに行って小麦粉を持って戻ってきた。
﹁小麦粉ってサラサラしてるだろ?﹂
﹁うん﹂
﹁けどこのまま火を付けても燃えない﹂
そう言って手の平に乗せた混む小麦粉に指先から出した火を当て
る。
﹁けど小麦粉って言うのは、物凄く小さな物の塊なんだ﹂
今度は指で摘まんで、擦りながら手の平にサラサラと落とす。
﹁この細かくなった粉が一つ一つが一気に燃えるとイメージするん
1442
だ、一回やってみせるぞ﹂
俺は指先から少し強めの火を出して、手の平に乗っている小麦粉
を勢いよく指先の火に向かって吹き飛ばす。
そうすると粉塵爆発を起こし、小さな炎が出来上がる。
﹁な?﹂
﹁んー、ちょっとイメージ出来ないよ﹂
﹁はは、少しだけイメージし辛かったか。今度は絵に描くぞ﹂
そう言って地面になるべくわかりやすく図を描き。丁寧に説明す
る。小さな丸を沢山書いて山の様な図や隙間が空いている図だ。
﹁この爆発って言うのは、爆発した火が逃げる場所が無いと威力が
高い、だから小麦粉を保存してある倉庫で火を使ったら爆発するか
もしれないから注意しろよ﹂
﹁どのくらい強いの?﹂
﹁んー﹂
俺は考え込み、まずは地面で爆発を起こす。
﹁これが、火が逃げる場所が物凄く多い場所での爆発、次が逃げ場
の無い爆発﹂
そしてフライパンを寝かせ大きい石を魔法出して乗せ︻小爆発︼
を発動させる。
﹃バオァン!﹄ と大きな音と共に大きな石とフライパンが空中に
舞い、﹃ドスン! カランカラン﹄と石とフライパンが落ちて来る。
んーエネルギーの逃げ場所が無いとこんなにもすごいのか。
﹁すごーい! 爆発ってすごいんだね!﹂
﹁ん? あぁすごいな﹂
やった俺自身も驚いている。そして大きな音に気がついてスズラ
ンとリリーが棒を持って走ってやって来た。物凄く嫌な予感しかし
ない。
﹁説明して﹂
物凄く冷たい殺気を放ちながら、穴の開いたフライパンを左手で
拾い、棒を地面に着いて仁王立ちで俺を睨みつける。棒をもってる
1443
から増長天に近いが。
﹁ミ、ミエルに魔法を教えてたんだ﹂
﹁なんでフライパンに穴が開いているのか説明して﹂
﹁爆発の⋮⋮魔法のイメージの説明をですね﹂
﹁フライパンでやる必要ある?﹂
﹁⋮⋮無いです﹂
﹁今夜は覚悟してて﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁ついでだからリリーにも稽古付けてあげて。それが終わったら新
しいフライパンも買ってきて﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁パパ、本当に魔王なの?﹂
﹁優しくて、暴力が好きじゃ無い魔王なんだよ、よく覚えて置いて。
優しくても、強ければ魔王になれちゃうんだよ、女の子にいじわる
するような男になっちゃ駄目だぞ﹂
﹁う、うん﹂
﹁ああ言われたけど、先にフライパン買って来るからリリーと稽古
の準備してて﹂
﹁リリー。今日はお父さんをゴブリンだと思って稽古しないさい﹂
﹁はい﹂
んー、フライパン買ったらそのまま島に帰りたくなったな。
そう思いつつ、重い足取りで道具屋のおっちゃんの所でフライパ
ンを買い、家に帰るとリコリスさんから代々受け継がれている、鉄
心の入った槍を持ってリリーが待っていた。
﹁お父さん逃げて良いかな?﹂
﹁お母さんに言いつけるよ﹂
﹁はいはい、木の棒じゃ無理だから倉庫からスコップとバール持っ
て来るよ、お父さんの武器は全部島だし﹂
そして家の裏手にある小さな物置に行き、壁にかかっているスコ
ップとバールを取り家の前に戻る。
1444
﹁お気に入りじゃないから、少し振らせてもらうね﹂
そう言ってスコップを握り部分を持って遠心力を使ってブンブン
振り回したり、両手で持って思い切り振り下ろし、地面スレスレで
止めたり。バールを手の平で回転させ重心を確認し、心底嫌そうに
スコップを構え、リリーと対峙する。
﹁もういいよ、いつも通り魔法も使うからその辺考えておいで﹂
スズランがああ言ってるんだ、多分いつも以上に本気で来るだろ
う。俺はなるべく反撃しないように受ける事に徹しよう。
そう思っていたら、いつも通り前傾姿勢で突っ込んで来るが、予
備動作有りの左から右への大振りの横薙ぎが胴体めがけてすごい速
さで迫って来たので、スコップの握り柄部分で受け止めるが、武器
の重量が増えているのですごい衝撃で吹き飛ばされる。
その後追撃をかけるように、槍を長く持って振り下ろしてきたの
で全力で転がり、土を握り顔をめがけ投げつけ、怯んでいる隙に立
ち上り、体勢を立て直す。
﹁ミエル! その辺に有る物は何でも武器として使えるって言った
のがこれだ、よく覚えて置け! リリーはさっきの目潰しで反撃さ
れてるかもしれないから気をつけろ﹂
自分の子供相手に卑怯だって? あのままなら確実に俺は気絶し
てたから仕方ない。
その後リリーが物凄く睨んできたが、スズランより怖くないので、
冷静に相手の動きを見る。
リリーも、俺の様子をうかがっているのか、中々攻めてこないの
でこちらから攻めさせてもらう。
挑発する様に大股で近寄り、リリーが槍で突いてきたのでそれを
右手で掴み、思い切り引っ張り足を掛けようとしたら、直ぐに武器
を放し、体術に切り替えて来た。
俺はスコップを押す様にして距離を取ろうとするが握り柄を掴まれ、
蹴りが飛んで来たので、膝でガードしたらリリーは痛そうに少し顔
を歪ませ、右手で殴りかかって来たので、俺もスコップを放し両手
1445
で右手を掴み、引っ張りながら外側に捻る様にして軽く転がし、そ
のまま頭の近くを思い切り足で踏み、詰んでいる事を教えた。
﹁ふう⋮⋮強くなったなー、リリー﹂
掴んでいた右手を放して起き上がらせ、体中に着いている土埃を
掃って︻水球︼を作って顔を洗わせてやった。
﹁お父さんは卑怯だ! 顔に土を投げて来た﹂
かなり怒っている、まぁ当たり前か。
﹁そうだね、お父さんは卑怯だよ。けどね、死にたくなかった何で
もする事を覚えた方が良いね、それこそさっき吹き飛ばされた時に
土を使おうって柔軟な考えもそれこそ必要だと思うんだ。お爺ちゃ
んにも言った事あるけど。正々堂々って言葉はお城とかにいる騎士
達にやらせてれば良いさ。だから涙を拭いて、ね?﹂
俺はリリーの頭を撫でながら諭していたら、泣き出して俺に抱き
付いて来て、俺の服で涙を拭いて来た。その後、落ち着くまで頭を
撫で続けた。
﹁ミエルはどうする? お姉ちゃんと一緒に戦うかい? それとも
一人で来るかい?﹂
﹁一人でやってみる﹂
﹁偉いぞ。リリー、悪いんだけど離れてもらえるかな? ミエルが
魔法を使えない﹂
﹁やだ、まだこうしてる﹂
そう言いながら、まだ俺の胸に頭をグリグリしてくる。正直角が
痛いけどまだまだ子供なんだよな。仕方が無いのでミエルの稽古は
明日にして、今はリリーの頭を撫で続けた。
あの後子供達と風呂に入り、戦いでどんな時はどうすれば良いの
かと、色々な事を聞かれ、それに答えつつゆったりと過ごした。そ
の後夕食になるのだが。
1446
﹁って事が有ってお父さん卑怯なの!﹂
リリーがさっきの稽古の事を事細かに話し、皆を味方に付けよう
としていた。
﹁あちゃー、子供相手に目潰しは駄目だよー﹂
﹁いやいやいや、あの攻撃はどう考えても当たってたら骨折ものだ
ったよ! しかも重いから受け切るなんて絶対無理。次までに対策
を練らないと本気で俺がやばい﹂
﹁カームは昔から目潰しが得意。だからリリーもミエルも次からは
気をつけなさい﹂
﹁﹁はい﹂﹂
そう言えばほとんど目潰ししか使って無いわ。
﹁そう言えばさー、フライパンが新しくなってるんだけど、なんで
?﹂
﹁それは、パパが僕に新しい魔法を教えてくれたからだよ﹂
﹁ほうほう、その結果が新しいフライパンですかー。少し焦げ付き
やすくなってたから助かったよー。で? なんで魔法とフライパン
が関係してるの?﹂
﹁俺がミエルに魔法のイメーシを教えるのに、穴開けた﹂
どんな魔法かを教えずに、簡潔に言ったら﹁⋮⋮あー﹂と、ラッ
テは右上の方を見ながら、目を合そうとしない。
そして食事が終わり、恐怖の時間がやってくる。
﹁二人とも。明日は麦の収穫だから早く寝なさい。お父さんにはフ
ライパンの事で話が有るから﹂
冷たい殺気を子供達に放ちながら、部屋に行く様に促す。そして
気まずい雰囲気が部屋を支配するが、スズランがお茶を飲み干すと
ゆっくりとカップを置いて、俺の方に歩いて来て俺の胸倉を掴む。
﹁ラッテ。先に部屋に行ってるから洗い物おねがい﹂
そう言って俺は部屋まで引きずられ、息の荒いスズランにキスを
され唇を塞がれベッドに押し倒された。このパターンは初めてだ。
洗い物を終えたラッテが恐る恐る様子を見に来たが、俺達の事を
1447
見ると物凄い笑顔で無言で乱入し、明日が麦の刈り取りだと言うの
に長い長い激しい夜を過ごす事になった。
◇
﹁体拭きたい⋮⋮﹂
寝たのが遅いのにいつもの時間に目が醒め、風呂場に行き、軽く
汗を流してから簡単な朝食の準備を始める。
どうしてフライパンに穴を開けただけでこうなったのかは知らな
いが、理由なんかどうでも良い事になんとなく気がつき、昨日少し
だけ恐怖した事を後悔した。
スズランは昔っから素直じゃ無いんだよなー。
そう思っているとラッテが起きて来て、朝食の準備をしている俺
に抱き付いて来た。
﹁ふふふー、昨日は久しぶりに激しかったねー﹂
﹁あんな誘い方二度として欲しくないね。最近落ち着いて来てあん
な事無かったのに、これじゃ子供の頃の収穫祭の時と変わらないよ﹂
﹁ふーん、スズランちゃんあんまり昔の事とか話さないけど、そん
な事が有ったんだー。お姉さんに話してみない?﹂
ニヤニヤと下着とシャツだけの格好でまだ抱き付いて来ているの
で、子供達が起きる前に風呂場で汗を流す様に言って、戻ってきた
ら少しだけ昔の事を話してやった。
﹁ふーん、酔った勢いで胸倉を掴まれてキスねぇ。スズランちゃん
イチイさん
らしいと言えばスズランちゃんらしいよね﹂
﹁まぁね、あの時は義父さんもいたから殺されるかと思ったよ﹂
そして子供達が起きて来たので、この話は終わりになる。そして
俺はまだ寝ているスズランを起こしに行き﹁居間に出る前に風呂場
で汗を拭いてからな﹂と言って無理矢理上半身を引っ張って起こし
た。
1448
◇
そして、魔王になってからの初めての収穫が始まる。
まぁ、やる事は変わらない。相変わらず︻ウインドカッター︼を
地面スレスレで発動させ、魔法が使えない者が回収する。
ただ、毎年の様に村人が増えているらしく、畑もその分広がって
いるので、魔法が使える者の負担が増える訳だ。むしろ、倉庫もど
んどん増えている。
ミエルも頑張って︻ウインドカッター︼覚えたらしいが、安定し
ないし、波打っている。
リリーは、魔法を使っている所を見た事が無いので、刈り終わっ
た麦を拾い集め、馬車の荷台に乗せている。
村長にこれ以上増やさないように言うか、魔法を使える者の育成
をさせないと本当につらい、確実に麦は減っているが、まだまだ黄
金色に広がる畑が辺り一面に増えている。物凄く億劫だ。
◇
数年前は、数日で終わったのを覚えているが、今年は一週間かか
ったぞ、こいつは村長に言うしかないな。今日は祭りの席なので言
わないが。
﹁今年は畑が増えてしまったので、少し時間がかかってしまいま
したが、今年も無事に収穫が終わりました。例年と同じで、こうい
うのは長いと嫌われるので乾杯!﹂
﹁﹁﹁﹁乾杯!﹂﹂﹂﹂
そして、俺は腐れ縁の奴と嫁達で七人でテーブルを囲み、酒を飲
みながら子供の事を話す。
そして子供達は子供達でテーブルを囲んでいる。
﹁リリーちゃんてさ、スズランに似て結構力有るよね﹂
﹁俺は種族的な物だと思ってるけど、お義母さんに力が有るのか未
1449
だにわからないから何とも言えないなー﹂
ヴルストが酒を一気に飲み干してからリリーの話をし始めた。
リリーの事が話題に上がったのに、スズランは肉類を黙々と食べ
ている。ここ数年、口の周りを汚さなくなったのは、子供を産んで
少し落ち着いたと思っている。
﹁ミエル君はカームに似て魔法を頑張ってるだろう﹂
シンケンもそれに乗り、ミエルの話もし始める。
﹁そうだなー、一応魔法は得意だけど、ラッテが魔法を使ってる所
を見た事が無いなー、なぁ?﹂
﹁私は種族的に固有の魔法とか有るけどー、皆に使った事無いし見
せた事無いよー。けどこっそりミエルには教えてるよー﹂
酒を飲み、ほろ酔いになり頬を少し赤くさせながら何かすごい事
を曝露したぞ。
﹁プリムラちゃんはどうなんだ? クチナシから槍と盾を教わって
るって話だけど﹂
なので、俺も流れに乗って、三馬鹿達の子供の話題をする事にし
た。
﹁普通だよ、盾で相手がしびれを切らした隙を狙うだけって教えて
るよ、それに常に皆より五歩前に出るように教えてる﹂
恐ろしい事を平気で言うな、盾が前に出る事は当たり前だけど、
それを実施すのには勇気が必要だ。
﹁そんな事言ったら、ペルナ君だってすごいじゃん。短剣も弓も使
えて、しかも皆の纏め役、将来有望じゃん。今の内から娘に粉かけ
るように言っておこうかなー﹂
クチナシもニコニコとすごい事を言い出した。
﹁まぁ、その辺りはペルナの意志を尊重しましょう。けどそんな事
言ったらレーィカちゃんだってすごいと思いますわ、シュペック譲
りの素早い動きでの短剣捌き、私も短剣も使えますが、あんな風に
は使えません﹂
﹁旦那譲りの足と身長ですからね、素早く低くを教えています。後
1450
はどこまでやれるか次第だと思っていますよ﹂
なんだろう、女性組の子育てが明後日の方向に向いているぞ。俺
なんか元気に育ってくれればいいやって思ってるのに。
﹁僕は、何でも武器にさせる考えはあまり乗り気じゃないんだよね﹂
トリャープカさんに抱き付かれながら、シュペックも話に参加す
る。
﹁いや、よそ様の子供の教育にあまり口出しするのは良くないとわ
かってても言わせてもらうよ。俺もリリーとミエルに教えてる。ど
んな手を使ってでも貪欲に生きろってね。まぁ、稽古付けてあげて
嫁
って言われなければ絶対教えてないけど﹂
そう言って二人の事を見る。
﹁最低限生きる為の力は必要。カームの考え方は少し間違ってる。
自分を守る力が無いと殺されちゃう﹂
﹁そーそー。ある程度の力は必要だよ﹂
﹁俺としては、なるべく平和に過ごしてほしいんだけどな、変に力
を付けて冒険者とかになられて、どこかで死なれちゃ悲しいだろ﹂
﹁子供達の生き方だから。最低限の事は教えてすきにさせるべき。
それに冒険者になりたがってるから尊重すべき﹂
この世界の教育がわかりません、子供達に平和に安全に過ごして
ほしいって願いは通じないのでしょうか。
﹁大人達は大人達で飲んでるから、私達は私達で飲もう!﹂
そう言ってリリーは、カップに麦酒をもらって来て飲もうとして
いる。
﹁駄目だよリリーちゃん、まだ早いよ。せめて学校に行ってからじ
ゃないと﹂
ペルナが一応止めに入り、
﹁私のお父さんは、見た目が大人なら飲んでも良いって言ってたよ
?﹂
プリムラがヴルストの言っていた事を周りに言い、
1451
﹁私は小さいから無理⋮⋮かな﹂
レーィカが、自分の見た目を言って飲めない事を残念そうにして
いる。
﹁僕のママは無理矢理進めて来るから⋮⋮それにお酒は好きじゃ無
いし、お姉ちゃんだけで楽しんでよ﹂
ミエルが、姉だけに飲む様に進める。
﹁わかったわよ、私だけ飲むからね﹂
そう言って一人だけお酒で乾杯をして、子供達の会話が始まる。
﹁私のお父さん魔王でしょ? だからお母さん達が稽古付けてもら
いなさいって言って、稽古付けてもらってるんだけど、優しすぎて
あんまり稽古って感じがしないんだよね﹂
﹁いつも勝てないけどね﹂
ミエルが補足をしながら、果実水を飲みつつ不満そうな顔をする。
﹁カームさんってどのくらい強いの? 聞いた話だとスコップと魔
法でハイゴブリンを倒したってよく聞くけど、ハイゴブリンがどの
くらい強いかわからないけどね﹂
﹁それは本当らしいけど、なんでパパはスコップを使うのかがわか
らないんだよ、パパくらいなら魔法だけでも良いと思うのに﹂
﹁私のお母さんが言ってたよ、学校に行ってた頃にゴブリン狩りで
的確なサポートして来たって。カームさんは周りが良く見える中衛
的な考えをしてるんじゃないの?﹂
﹁僕のお父さんの話だと、弓が下手過ぎて、物を投げる練習を沢山
してたって聞いたよ、あと魔法を教えるのが上手いって﹂
﹁たしかに物を投げるのは上手いと思う、あと今日はなんか爆発っ
てやつを小麦粉で教えてもらったよ﹂
そうして、教わった粉塵爆発の事を皆に教えた。
﹁小麦粉って燃えるんだ、気をつけないとね﹂
﹁あ、お父さんがお酒で火を吹いてたって言ってたの思い出した。
その時の説明と似てる﹂
﹁うん、お爺ちゃん達も言ってた、お父さんは頭が良いけど馬鹿だ
1452
って﹂
﹁なにそれ、どっちなの?﹂
﹁言葉通りだと思うわよ、だって色々思いつかないような事を簡単
に思い浮かぶし、この村が大きくなったのもお父さんのおかげだっ
て皆言ってるけど。たまに物凄く子供っぽい事してるってお母さん
が言ってた、火を吹いたのも酒場でだし﹂
リリーは少し目を座らせながら言った。
﹁お姉ちゃん、まだ大人じゃないんだからそろそろお酒は止めてお
こうよ﹂
﹁⋮⋮そうね、けど本気になったお父さんと一回やってみたいわね、
お爺ちゃんにも勝ってるって言ってたし。あーあ、もっと強くなり
たいなー。どのくらい持つんだろう魔法だって水球くらいしか使っ
て来ないし﹂
そう言って少し拗ねたように片方の頬を膨らませている。
﹁カームさんとスズランさんってどっちが強いの?﹂
﹁お母さん﹂﹁スズランママ﹂
﹁なのにスズランさんは魔王じゃないんだよね?﹂
﹁パパは優しすぎるから、逆らわないだけだともうよ﹂
槍
﹁けど今日は平気で顔に土投げて来た、この前はナイフ代わりの棒
を顔に投げられて棒で弾いたらわからない内に組み伏せられた⋮⋮﹂
﹁戦いで勝つために何でもやっちゃうって本当みたいだね、僕はお
母さんになるべく武器を手放すなって言われてる﹂
﹁私も﹂
﹁私は何でも武器にしなさいって言われてるから何とも言えないか
な﹂
﹁って言ってるけど、本当のところどうなんだ?﹂
﹁さっきも言ったけど稽古付けてっていわれてるからしてるけど、
本当はやりたくない。けどリリーは本気で来るからどんどん手加減
できなくなってきてる。だからやり口も卑怯な手を使って勝ちにい
1453
ってるよ、それでどんどんこんなやり方も有るんだって覚えてくれ
れば良いと思ってるよ。ミエルも隣で見てるから学んでほしい﹂
そう言いながら、軽く蒸留酒を飲みつつ話す。
﹁そもそも子供に卑怯な手を教えるってどうよ?﹂
﹁死ぬよりは良い、だから俺は卑怯な手を使ってでも勝ってる﹂
﹁カームって本当考えてる事がわからないわ。自分の子供、しかも
女の子の顔に土投げるとか考えられないわよ﹂
﹁武器を持って対峙した時点で稽古でも敵だと思ってるよ、皆は子
供達にどんな教え方してるかはわからないけど、俺は俺で教えるさ。
アレが知りたいコレが知りたいって言われたら知ってる限りの事を
教える、俺が知ってればだけどね﹂
酒を入れながらの、子供の教育話しはあまりしない方が良いと思
った。
□
収穫祭の準備をしている頃、王都では。
王都の、露店の串焼きを買って、食べ歩きをしている黒髪の男が
二人、とある家の壁に張ってある張り紙に気が付いた。
﹁おい、これ、日本語だぞ?﹂
﹁あん? 本当だ、なになに﹃王族が勇者を捨て駒発言﹄だとよ﹂
﹁本当だ﹃詳細が知りたい場合、下級区の○○地区の○○宿前ボロ
屋にて口頭説明﹄ってあるな﹂
﹁どうするよ?﹂
﹁聞くだけ聞いて見るか、周りの反応も気になる、俺達だけじゃ決
められないな﹂
﹁とりあえず行ってみるか﹂
そして二人の勇者は、書いて有る建物に付くと堂々と日本語で勇
1454
者歓迎と書いてあった。
﹁うわ、なんかやる気のない感じがムンムンしてる﹂
﹁この世界だからこその文面だよな﹂
そして、ドアをノックをすると日本語で﹃日本人ならあと三三七
拍子でノックをしてくれ﹄と言われ、言われた通りにノックをする。
﹁いらっしゃい﹂
そう言われながら、ドアを開けられ四十近い男が出て来た。
﹁やあ、日本人の若者よ、取りあえず話だけでも聞いて欲しい、中
に入ってくれ﹂
目の前の男はそう言うと、中に俺達を招き入れ、なんとコーヒー
を出してくれた。最近噂になってはいたが、こっちの世界にも有っ
たのかと、思いながらも手を付ける。
﹁さて、少しだけ長いけどいいかな?﹂
そう言うと視線だけをこちらに向けて、同意を求めて来る。
なので俺は首を縦に振ると、近い年齢のこちらで出来た友人も首
を縦に振った。
﹁まずは張り紙にも有った、捨て駒発言だ、メモは取らないでくれ
よ。全部記憶してくれ﹂
そう言うと、知り合いが城に忍び込み、王様がそんな事を確かに
言っていた事。
我々を召喚した王女は、王位継承権が低いので、地方の貴族の嫁
入りが決まっていたが、相手が物凄く醜く、必死で召喚を繰り返し、
好みの勇者を囲い、そいつをお気に入りとして、戦場での指揮権や、
ある程度の地位を与えられ、かなりやりたい放題と言う事。
魔王の一人に日本人の転生者がいて、魔王イコール悪では無いと
言う事が判明した事。
その魔王が、人族の奴隷達と仲良くし、その島の中で人族と魔族
との垣根を無くす努力をしている事。
その魔王が領地としている場所で生産されているコーヒーや、チ
1455
ョコや、ココアが、下手をすると魔族や魔王と言う事だけで、蹂躙
され、多大な被害が出る可能性が有る事を心配しているという事。
その魔王が、戦力の低い召喚された常識の有る技術者を引き取っ
てくれるという事。
そして、王族に対して、かなり怒っている召喚者が多いと言う事。
を話してくれた。
﹁これ以上は、聞いたら後に戻れない、その覚悟はある?﹂
俺達二人はお互いを見て、首を縦に振った。
﹁わかった、話そう。以上の理由から、我々召喚された日本人はク
ーデターを起こし、城を乗っ取る計画でいる。このままだと、召喚
され、何も知らない日本人が魔族と戦い、異国で死んでいく数が増
えるばかりだ。地球に戻す儀式もまだ確認できていない、だから召
喚を止めさせ、魔族は絶対悪では無いと言う事をわからせ、腐敗し
た考えを辞めさせるつもりでいる﹂
﹁テレビの向こうの話しかと思ってましたが、俺達が本当にこんな
事をするんだって考えは有りませんでした﹂
﹁そうだね、平和ボケしているってよく国外から言われるくらい平
和だからね。けどここは地球でも日本でも無い、なら行動を起こさ
ないと、搾取されるだけだ、自分が一番偉いって馬鹿みたいな考え
を辞めさせないとね﹂
そう言った目の前の男は物凄く冷たい笑みを浮かべている。
﹁具体的に何をするんですか?﹂
﹁簡単に言うと、同時に城と教会本部の制圧、その後早急に上層部
のリストを洗い出し、不正をしている輩への制裁か幽閉か監視、最
悪死刑を考えている、ある程度の戦力が無いと厳しいが、幸い戦闘
系勇者をかなりの数を説得している、まさかその勇者に手を噛まれ
るとは思ってもいないだろうがね。その後は、政治関係に少し口を
出し、私腹を肥やす事しか頭に無い馬鹿どもから、金を巻き上げ、
税金を下げようと思ってる﹂
1456
﹁俺は、戦闘系なので、政治とかそっち方面の話しは難しいんで無
理ですよ﹂
﹁それは知識系勇者でどうにかしよう。まずは税の見直しと、寒村
への資金か物資援助辺りから入ろうと思ってる。おっと、話が逸れ
たね、君たち戦闘系勇者にしてもらいたい事は、映画や、ゲームな
んかで良く見る、特殊部隊や潜入ミッションみたいな事と、もしば
れた時の為の強襲部隊。その場合、なるべく殺しは避けて、制圧す
る事が条件だね、もし潜入がばれた場合に備え、実行日の夜は、城
の近くで待機してもらう事になる﹂
﹁予定が決まった場合はどうするんですか? 連絡手段なんかほと
んど無いですよ、携帯なんかも有りませんし﹂
﹁多めに見て、二ヶ月前から王都に入る門をくぐった、メイン通り
の右手側に有る最初の宿屋に、日本語で﹃作業員募集中六十日まで﹄
って張り紙を貼らせてもらおうと思っている、もちろん数字は毎日
減っていく。幸いにも、この国だか世界の諜報活動する連中は馬鹿
だからね、まだ嗅ぎつかれてはいない、大国故の慢心なのか、灯台
下暗しなのかはわからないけど。最悪ばれた時の場合、人数が足り
なくても、実行に入るけどね﹂
﹁まだ、荒が目立ちますね、本当に平気なんですか?﹂
﹁口頭での説明も有るけど、まだ計画してから日が浅いからね、大
体しか決まって無いんだよ。だって勇者がこの王都に大勢集まった
ら怪しまれるからね、なるべく固まらないようにしてもらうし、ソ
レの対策や、この広い王都での連絡手段の確立だね。あと数日前か
ら騎士団辺りには食中毒になってもらう予定だ、部隊はそれぞれ兵
舎が違うから、異物混入が出来ない場合も有るけどね、それじゃな
るべくこの王都に足を運ぶようにしてほしい、以上だ﹂
俺は、聞いて後悔したが、少しだけワクワクしていた。
1457
第98話 王都でお祭り騒ぎ 前編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
三話構成なので、全部出来上がるまで上げませんでした。
色々突っ込みたい場所が多いと思いますが緩く読んでください
1458
第98話 王都でお祭り騒ぎ 前編
俺は今、死んだ目で両手両足を分厚い鉄球付きの木の枷で拘束さ
れた状態で、馬車で運ばれている、もちろん鍵はかかっていないし、
すぐに外せるようになっている。
理由は簡単だ、勇者達がクーデターを起こす目途が立った為、王
都に乗り込むために拘束された状態で運ばれているだけだ。死んだ
目も演技だ、焦点が合って無いようなボーっとしたような目で遠く
の方を見ているだけだ。コランダムから初めて出て、何ヶ所か村や
町を周ったが酷い状態だった。
一言で言うなら﹃スラムより酷い﹄だ、エジリンにあった小規模
なスラムの方がまだマシだと言える。家も、雨は凌げるけど隙間風
が酷そうだ、畑の作物も痩せていて、家畜も痩せている。人々に覇
気が無い。むしろ生気すら無い、子供達は比較的普通そうに見えた
が、大人達の目が死んでいる。例えるなら息をする為に生きている
ような、そんな印象を受ける。
﹁酷いですよね。大きい町や王都から離れてる村なんか殆どこんな
もんですよ。重税を課し、私腹を肥やし、食べる物が無くて生きる
のにギリギリなんです。魔族との戦争で男手も取られていますので
余計ですね⋮⋮せめて子供だけは、って考えの親がいる事が救いで
しょうか﹂
目の前の少し硬い印象を受ける三十路手前の黒髪の男は、独り言
のように俺に言った。
﹁魔族の村の方がまだマシですね、俺の産まれた寒村ですら食べる
のに困らず、学校も有り、多少貧しくても皆生き生きしてましたよ。
税だって、取れた麦の四分の一以下⋮⋮下手すれば五分の一以下程
度しか持って行かれませんでしたし。皆の為を思って私財を投じて
最前線付近に立派な城を建てて、前線維持に貢献していたお偉いさ
1459
んもいましたからね。それを知っていると、人族側のお偉いさんは
屑に思えますね﹂
﹁お偉いさんの上も屑ですからね、そのしわ寄せが一番下の村人に
なってます。しかも教会の教えで、余計な考えを起こさせない教育
がされています、しかもその矛先が魔族に向けられていますので人
族側の大陸で魔族を見る事は殆ど有りません。精々ガス抜きの為に
連れて来られた、戦争奴隷程度でしょうね﹂
﹁絶対成功させたいですね﹂
﹁そうですね﹂
◇
話しは少し間に遡る。
ベリル村での収穫祭が無事終わり、数日嫁達に拘束され、やっと
島に戻ったら、今度は島の収穫祭だ。
人数も少ないし、畑も少ないので俺一人が︻ウインドカッター︼
で刈り取り、全員が集めるという方法を取ったが、それでも一日で
終わってしまった、そして、麦を倉庫に仕舞い、ニルスさんに頼ん
でいた酒を出し、連休を取らせていたコランダムのマスター夫妻と
船乗り達、そしてハーピー族や水生系魔族達にも声を掛けてせめて
人数だけは確保して盛大にした。
豚が子供を産んで育っていたので、榎本さんが﹁一匹潰すベ﹂と
言ったので男共が嬉々として解体し、鹿や熊と共に振る舞われ、島
付近にいる魔族達も肉が食えると大喜びして、本当に盛大に行われ
た。
人魚達が酔った勢いで綺麗な声で歌い始めると、ハーピー族とサ
ハギン系達が踊りだし、人族もそれに混ざるという、想像していた
より盛り上がった。
魔族や人族の子供達も狼達と楽しそうにはしゃぎ、段々種族の壁
も低くなってきてると思いたい。本当に良い島になって来たな。
1460
◇
それからしばらくしてそろそろ年越祭の準備でも少しずつ始めよ
うかと思っていた頃、夕方にコランダムの店にコーヒー豆を届ける
と。
﹁カームさん、今朝いつも通りに店に来たらこんな手紙が﹂
手紙は、出入口の扉の隙間から店の中に投げ入れられており、共
通語で﹃カーム様へ﹄と書いて有り、マスターが俺へ手渡してくれ
た。
中を見ると文章は日本語で書かれており、門近くの宿屋にいると
いう事が書いてあった。
﹁カームさん、それ、なんて書いてあるんですか?﹂
マスターが不思議そうな顔をして、覗き込んできた。俺宛の手紙
を覗くなよ。
﹁待ち合わせの手紙です、少し行ってきますね﹂
・・
そう言って俺は、急いで宿屋に向かい、店の奥のテーブルで入口
の方を見ている黒髪の人族が見えたので、そこへ向かった。
黒髪の男は立ち上がり、
﹁自分は金田と言います。カームさんですね、会田さんから話は伺
っております﹂
三十路手前の硬そうな雰囲気の男は金田と名乗り﹁どうぞお座り
・・
ください﹂と席を進めて来た。 ﹁祭りの準備が整いました、自分達が着く頃にはいつでも祭りが開
催できるようになっていると思います﹂
祭りと表現したか、さすがに暴動とか、反乱とか、クーデターと
は言えないからな。
﹁はぁー。約束ですからね同行させていただきます。ですがこちら
にも準備が有りますし、家族にも祭りに参加する事を伝えないとい
けないので時間を下さい﹂
1461
俺はため息をつきながら伝えた
﹁では三日後の早朝、コーヒー屋が開く頃に店に伺います﹂
﹁やけに急ですね﹂
﹁早めに戻らないと、食べ物が腐って危険ですので﹂
色々濁しているが、食べ物って言うと情報かなにかか? まぁい
いか、俺は参加しないでいるだけって約束だし。
﹁わかりました﹂
﹁一応、万全の状態で来て下さい、お待ちしておりますので﹂
ついにこの時が来ちゃったかか、あーあ、嫌だねぇ。
□
俺は直接故郷に戻り、スズラン達にどう言おうか考えながら家に
入った。
﹁あ、おかえりー﹂
﹁ただいまー﹂
﹁今回は戻ってくるの早かったね、どうしたのー?﹂
﹁まぁ、全員揃ってから話すよ、子供達は?﹂
﹁スズランちゃんとお風呂ー、カーム君も入ってきたらー﹂
ニヤニヤと言って来るが、色々とやる事が有るので、やんわりと
断った。
﹁少しだけ荷造りするから﹂
そう言いながら、何が有るかわからないので、俺はクローゼット
から島には無い、最前線基地で使った上下白の服を取り出し、予備
の靴も揃え、倉庫の奥に有る、改造リュックに付けるポーチ類をす
べて取り出し、中身の点検を始めた。
その頃にはスズランと子供達が風呂から上がり、俺は話を始める
事にした。
﹁まずはただいま、それから皆に言う事が有る﹂
真剣な表情で、普段とは違う少し低い声なので見な真面目にこち
1462
らを見て来る。
﹁父さんは、とある事情で勇者と仲良くなって、島にも少しだけ人
族に混ざって勇者が住んでいる。それはまず置いて置こう。先に本
題に入るぞ、父さんは勇者達と手を組んで人族の王都を襲撃して反
乱を起こす。なんで反乱を起こすのかは、召喚された勇者達の話で
は﹃俺達は都合の良い力の有る捨て駒﹄扱いらしい、だから生き残
ってる勇者達が集まって王都を占拠し、勇者達を召喚した奴等に復
讐をするらしい。その手伝いをしてほしいと言う事だ﹂
﹁ちょっと! なんでカーム君なのよ、他にも誰かいるでしょう?﹂
﹁さっき言った﹃とある事情﹄って奴だ、これだけは皆にも言えな
い、もちろん三馬鹿や父さんや母さんにも言った事は無い、それが
理由で協力する事になっている﹂
﹁何でよ! だからなんでカーム君なのよ!﹂
﹁魔族にも、魔王にも優しい奴がいて、魔族と人族が喧嘩せず暮ら
している島を領地にしているからだ、もちろんそこにとある事情も
含まれてる。だからしばらく留守にする、わかって欲しい﹂
﹁カーム。貴方の事だから平気だと思う。けどそれじゃ納得できな
い。最悪殴ってでも聞き出すか。思い切りぶん殴ってでも止める﹂
スズランが剃刀の様な鋭い殺気を飛ばしてくる、だが俺も引く気
は無い。
子供達は怯えて泣きそうになっている。
﹁⋮⋮正直に話せば納得するのかい? 納得させたら行かせてもら
えるのかい?﹂
出来るだけ優しく、怒っている雰囲気は微塵も出さずに、優しく
問いかける。
﹁さっきの説明じゃ不十分。何故勇者に手を貸すのか。そこがわか
らない。それだけ明確にしてくれれば私は笑顔で手を振って見送る
覚悟も有る﹂
更に殺気が強くなり、肌に刺さる様な威圧感が有る。
﹁ラッテ、悪いんだけど殺気で動けなくなってる子供達を別の部屋
1463
へ連れて行ってくれ、俺も覚悟を決める。出来る事ならスズランに
暴力は振るいたくない﹂
﹁わかったよ、私も聞いて良いんでしょ?﹂
﹁あぁ、聞く権利は有る、子供達を部屋に連れて行ったら戻って来
てくれ﹂
そう言うと、ラッテは泣きそうな子供達を部屋まで連れて行き戻
って来た。
﹁ふぅ⋮⋮。信じる信じないは勝手だけど、絶対に誰にも言わない
でほしい。もし約束を破ったら、俺はこの村と四人と島を捨てて、
誰も知らないような小さな村で自分を偽って別人として生きる覚悟
が有る。それか二人を殺して俺も死ぬ。後戻りはできないぞ?﹂
二人を睨む様にして確認を取る、スズランは直ぐに首を縦に振る
が、ラッテは中々返事を出そうとはしない。
﹁ラッテ、聞きたくないなら子供達の所に行っててくれ。ここから
先は本気だ。普段の俺とは思わないでくれ、それくらいの覚悟が今
の俺には有る﹂
﹁⋮⋮わかった、私も覚悟を決める。話して﹂
俺は短く息を吐き、少しだけ気持ちを落ち着かせてから口を開い
た。
﹁とある事情って言うのは、俺は勇者達と同じ国で育って死んだ奴
だからだ﹂
二人は驚いた様な顔になるが、俺の次の言葉を待っている。
﹁俺はその国で死んで、何故か知らないが、記憶がそのままの状態
でこの村。父さんと母さんの子として産まれた、そしてその記憶を
使って、なるべくこの村を豊かにしようと動いた。そして魔王にな
った。そしたら領地として島を与えられ、俺の事を討伐しに来た勇
者が、俺のいた国の奴にそっくりだったんだ。それでもしかしたら
って思って、その国の言葉で話しかけた、そしたら当たりだ。俺が
産まれる前に住んでいた国の奴だった、それから色々有って、﹃魔
族や魔王にも良い奴がいる事を証明させるために手を貸してくれ﹄
1464
ってな感じだ﹂
﹁⋮⋮その勇者達の国はどんな国なの?﹂
﹁悪いけど言えない、けど証拠になる様な物は有る﹂
そう言ってポケットに突っ込んで有った手紙を見せる。
﹁共通語で俺の名前が書いて有るだろ? けど中身は俺の国の言葉
だ﹂
そう言って手紙を広げて見せる、平仮名と漢字で書いてあるこの
世界の共通語とは全く違う形だ。二人は手紙の内容を知ろうと目を
走らせているが多分読めないだろう。
﹁詳しくは言えないけど﹃門近くの宿屋にいます﹄って内容だ、そ
れを読んで宿屋まで行って、勇者と話してきた、三日後の朝に迎え
に来ますってね、だからこうして戻って来て準備をしている﹂
﹁⋮⋮今までカームが少し変な理由にも納得できた。その国で育っ
たから私達とは考え方自体が違う。そうでしょう?﹂
﹁そうだね、それは認める﹂
﹁だから子供らしくないって。昔から言われてた。お父さんが﹃俺
よりしっかししてる﹄って言ってたのにも納得できた﹂
﹁じゃぁ、私とエッチな事するのを嫌がってたのもそのせい?﹂
﹁そうだ、その国では嫁は一人、旦那は一人って決まってた。だか
らラッテと結ばれるのも抵抗があった﹂
﹁むぅ⋮⋮﹂
﹁魔法が上手いのは。その国にも魔法が有ったから?﹂
﹁まったく無いよ、まったく無いけど、便利な道具であふれてた、
だからそれを真似してただけだ﹂
その後十分ほど質問責めにされ、答えられない物だけははっきり
と﹁答えられない﹂と言って二人を納得させた。
その後子供達を呼んで、二人に謝り、安心させベッドをくっ付け
て五人で寝る事にした。俺が真ん中で、ベッドの合わさり目で寝心
地が最悪だった事を除けば家族の絆が深まった日だった。
1465
◇
次の日の昼まで家族全員でのんびり過ごし、島に戻りってからも
島民にも訳を話し、かなりの期間出かける事を伝えた、そうしたら
織田さんが﹁在庫は平気なんでしょうか? 昨日運んだ分で間に合
いますか?﹂と聞いて来たが、今までの減り具合からして﹁まだ樽
で残ってるので三ヶ月以上は平気でしょう﹂と答えて置いた。コー
ヒーより俺の心配をしてください。
そして島にある改造リュックに荷物を詰められるだけ詰めて、ス
コップとナイフとマチェットを磨ぎ、準備だけはしておいた。
戦闘に参加しなくても、一応万全で行くのが礼儀だと思ったから
だ。
そして約束の朝、金田さんが店まで来て、俺は人族側の王都に向
かう事になった。
門の外に出ると、既に馬車が用意して有って、御者も日本人で金
田さんと日本語で挨拶をしていたので安心できるだろう。馬車に荷
物を載せ、しばらく座っていると金田さんから手紙が渡された。
﹁会田さんからです﹂
そう言われ手紙を開くと﹃コランダムに送った二人は信用できる
人物なので安心してくれ﹄と言う内容の手紙だった。もう少し早く
渡してほしかったな。
そう思ってたら、足元に分厚くて硬そうな木製の手枷と足枷と鉄
球が用意され、金田さんの顔を見ると物凄い笑顔だった。
﹁今からカームさんは奴隷と言う事にして運びます。なるべく無気
力で絶望した感じで座っていて下さい、話しかけられても共通語が
わからないといった風な感じで首を横に振ってください、荷物はこ
の樽に入れて運びますので、武器のスコップはその辺に立てかけて
おきましょう﹂
何を言っているんだコイツは?
1466
﹁もう少し王都に近づいてからじゃ駄目なんですか?﹂
﹁はい﹂
と笑顔で即答して来た。なんか営業マン風だなぁ。
﹁一応余計な争いを避ける為です、申し訳ありませんが十日ほど我
慢して下さい﹂
王都まで十日かよ、最悪だな。そう思いつつも自分で足枷や手枷
を嵌めていく姿は滑稽だ。
そして俺は死んだ魚の様な目で、無気力に過ごした。
﹁すごいですね、そこまで完璧にすべてにおいて絶望している様な
雰囲気を出せるなんて﹂
余計な御世話だ、こっちは色々子供時代に苦労してるんだよ、主
にスズラン絡みだけど。
コランダムから三日後、少し大きな町が見えてきたので、俺は無
気力状態になり、食糧を補給するという理由で、町の外に馬車を止
め、御者が買い出しに行った。その間金田さんは俺の事を監視する
体で俺の前に座ってくれていた。
そうしたら門番がこっちに歩いて来て、
﹁おい、魔族だぜ、憂さ晴らしで少しぶん殴ってやろうぜ﹂
﹁いいねぇ、先に血を出させた方が負けな﹂
とか、何かすごく最悪な事を喋っているが俺は言われた通り、真
っ白に燃え尽きた様に死んだ目で座っているだけだ。
﹁止めて頂けませんかね? こいつは私の主に届ける奴隷なんです
よ。傷つけるのは私の主だけと決まっております、不満が有るので
したら私が相手になりますが、どうしますか?﹂
俺と話している時とは全く違う感じで殺気を飛ばし、門番を睨み
つけ、門番は悪態をつきながら門の方に戻って行った。
御者が戻って来て、馬車が走り出すと金田さんが謝って来た。
﹁申し訳ありません、人族は魔族を見るとほぼあんな感じですので
自分がしっかりと護衛します﹂
1467
﹁お願いします、もしかしたら手枷と足枷が外れてしまうかもしれ
ませんので﹂
﹁そうすると、本当に困った事になるので耐えてください、お願い
します﹂
金田さんはそう言うと深々と頭を下げた。
﹁はい、耐えて見せますよ。けど昨日の村で子供に石を投げられた
のは心に来ましたね﹂
﹁申し訳ありません﹂
本当に申し訳なさそうに謝って来るので、こっちも気を使ってし
まう。
﹁金田さんが悪い訳じゃ無いじゃないですから、悪いのは教会の教
育です﹂
そう言って二人ともやるせない気持ちで王都まで向かうのだった。
1468
第99話 王都でお祭り騒ぎ 中編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です
三話構成の二話目ですので98話を先にお読みください。
1469
第99話 王都でお祭り騒ぎ 中編
馬車で移動してると、物凄く大きな城壁が見えて来た。
正直エジリンの防壁より数倍高いし、分厚いと思う。遠くから見
てこれだ、門まで近づいたらどうなるんだろうか?
﹁でかいですね﹂
﹁えぇ、一応王都ですからね﹂
﹁どうやって中に入るんですか? この樽の中に入れって言いませ
んよね?﹂
冗談でニヤニヤしながら言ったら、
﹁はい、この樽に入ってください﹂
と言われ、俺は今日からエスパーカームにならないといけないの
かと思っていたら。
﹁冗談です、王都と言う事で、荷物のチェックはかなり厳しいんで
すよ。城壁から外に生ごみを捨てる小窓が有りますので、夜中に宇
賀神さんが回収しに来てくれます﹂
この金田さんって冗談も言えたのか、ずっと馬車で一緒だったが、
そんなそぶり一切見せなかったのに。人ってわからないもんだな。
﹁装備を身に着け、その上からこのフード付きマントを身に付けて
ください、城壁の周りはスラム化していて、難民がかなりいますの
で、目立たないようにしましょう。誰かが叫べば一瞬で周りに広が
り、兵士が出てきますので﹂
そう言われたので、俺は装備を身に着け、薄汚れたフード付きマ
ントを羽織り、城壁の外側を伝う様に周る。御者は一人で王都に入
っていた、なんでも連絡する都合が有るらしい。
﹁スラムより酷いですね、まるで掃き溜め場です﹂
﹁仕方が無いです、重税が原因で食べる物が無く、すがる思いでこ
の王都に来て、炊き出しを期待しているんですよ﹂
1470
﹁炊き出しとか有るんですか﹂
﹁信仰を集めようと、薄いポリッジを恩着せがましく配ってますよ、
元々農民から取り立てた麦なんですけどね﹂
﹁皮肉なもんですね﹂
﹁そうですね、あぁ、あそこです。そこから兵士達が生ごみを捨て
ます。なのであの周りには沢山人が集まっていますが、気にしない
で待機しましょう。カームさんは絶対に喋ったり顔を出したりしな
いで下さいね﹂
﹁わかりました﹂
﹁難民に紛れて夜まで待機です﹂
俺は生ごみ臭い中、金田さんと目立たないように木の根元に、身
を寄せ合いながら夜になるのを待った。
その間に、近くで喧嘩が始まったり、小さい事で言い争いが始ま
ったりして、人族の心はかなり荒れているようだ。中には兵士に捕
まり、囚人兵として最前線送りにされる者までいた。金田さんの話
では、処刑の方がまだマシらしい、なぜならその場で死ねるからだ
そうだ。囚人兵は生き残っても次の戦場に送られたるし食事も少な
いらしい。そんな事を聞かされたら、確かにその場で処刑の方がマ
シに思える。むしろ魔族の囚人兵の方がまだマシな扱いだったぞ。
そして夜になり、多分日付が変わり夜中の二時くらいだろうか。
そしたら、ゴミ捨て窓が意味も無くバタバタと開閉した。
﹁合図です、行きましょう﹂
そう言って、足音を立てずにゴミ捨て窓に近づき、小石を投げる
と縄梯子が下りて来た。
金田さんは、縄梯子を上って行き、俺にも合図を送って来る、こ
れは上れって事だよな。縄梯子なんか上った事は無いが、何とか闇
にまぎれ、音を立てずに進入する事が出来た。上りきると、宇賀神
さんがいて、唇に人差し指を当てて、静かにしろと言うジェスチャ
ーをしてきたので一切喋る事も無く、宇賀神さんの後に着いて行く。
1471
見回りの兵士や酒を飲んでフラフラになっている兵士もいたが、ス
ニーキングミッションの様に見つからずに城壁から王都内に入る事
が出来た、出入り口になってる小さな部屋の兵士は全員気絶してた
けど。多分宇賀神さんだろう。
そう思っていたら宇賀神さんが口を開いた。
﹁お久しぶりです、カームさん﹂
﹁お久しぶりです﹂
そしてやっと挨拶が出来た。
﹁詳しい話は会田さんの所でしましょう﹂
﹁わかりました﹂
そう言って、三人は足早に明りの少ない路地を選び、目的地まで
向かった。
ノックを三三七拍子ですると鍵が開き、二人は滑り込む様に家の
中に入ったので、俺も便乗して滑り込む。
二人が﹁ふーっ﹂と息を吐きながらフードを取ったので俺も取ら
せてもらう。そうすると周りには見た事の無い顔が十名ほど見える。
これだけしかいないって訳じゃ無いよな。
﹁やぁ、久しぶりだねカーム君﹂
日本語で会田さんが話してきたので、こちらも日本語で話そう。
﹁お久しぶりです会田さん、あの後どうなったのか少しだけ心配し
てなんですよ﹂
﹁少しだけって、酷いなぁ﹂
少しだけ笑いが室内に響く。
﹁さて、状況を簡単に説明しよう。集まった勇者は百数十名、うち
戦闘系が百人近い数が集まっており、実行まで残り十日だ﹂
﹁そんな少人数で勝てるんですか?﹂
﹁勝つ負けるじゃなくて、拉致監禁後尋問し、今後の安全の保障を
してもらうだけだ。必要なのは勝利では無く、今後の安全の保障と
日本に戻る召喚魔法の存在の確認だ﹂
1472
﹁そうっすか⋮⋮で、俺は何をすればいいんですか?﹂
﹁襲撃犯と共に行動し﹁はいストップ、俺は自分の安全だけ確保し
て、何もしなくていいんですよね?﹂
﹁えぇ、ですが魔王の証を見せる必要が有るので同行して下さい﹂
﹁⋮⋮来なけりゃ良かった﹂
﹁おい、全身スク水野郎、折角だから楽しもうぜ﹂
奥にいた二十歳くらいの男が発言し、場の空気が氷る。
﹁全身スク水? 俺の事か?﹂
早速酷いあだ名がついたぞ。
﹁他に誰がいるんだ? お前だけだぞ? 魔族なのは﹂
﹁おいおい喧嘩は止めてくれよ?﹂
﹁喧嘩じゃねぇっすよ⋮⋮一言言わせろスク水﹂
﹁⋮⋮良いだろう、言って見ろよ﹂
俺は少し威圧する様に言い返す。
﹁なんでそんな肌の色してるのに女じゃねぇんだよ! なんで可愛
い女の子に転生しなかったんだよ! 魔物娘とか萌えるだろうが!
なんで蝙蝠っぽい翼が無いんだよ! なんで羊みたいな角が無い
んだよぉぉぉ!﹂
そう言いながら男は頭を抱え慟哭している。
﹁⋮⋮あー﹂
そう言いながら周りを見るが、全員首を振っている、事前に魔王
の協力者が来るって話くらいは有ったんだろうが、こんな状態だ、
察しよう。
﹁まぁ、癖は強いが腕は確かだから﹂
﹁そうっすか⋮⋮﹂
俺は男に近づき、肩に手を置いて優しく言葉を掛ける。
﹁全員夢魔族の娼館を知ってるから、後で紹介するぞ。肌が薄い紺
色だったり、羊っぽい角が有ったり、蝙蝠の羽が生えてたり居沢山
いるぞ﹂
﹁本当か? 嘘じゃないんだな!?﹂
1473
﹁あぁ、昔住んでた共同住宅のお隣さんがそこに務めてたから、数
回付き合い程度で行ってるから確かだ、好みの女性を見つけろ﹂
そう言ったらダメ勇者は立ち上がり、俺の手を取り、上下に激し
く振りながら、
﹁本当か! 嘘つかないな! この作戦が全部終わったら連れてけ
よ!﹂
と、さっきまで騒いでたのがうそのように静かになった。
作戦前からすごく疲れそうだ。
﹁話をもどすよ、ここにいるのは襲撃班の隊長で、今日はカーム君
との顔合わせと言う事で集まって貰った、一部隊五人で十部隊が城
の中に乗り込み、残りの勇者は城の外で待機だ。部隊名はアスファ
から始まってジュリエットの十部隊でそれぞれ役割が決まってる、
王様と王妃をとらえるアルファ部隊を戦力の高い五人で構成し、二
人を確保してもらう、その他はサポートや第一王女夫婦と第三王女
の確保を予定、これが宇賀神に描いてもらった見取り図だ。各部隊
の班長が確実に頭に地図を記憶してるから問題は無い、カーム君は
本当について行くだけだ、問題が有った場合のみ、各自の判断で王
都に魔王が降臨してもらう事になるけど﹂
﹁そうですか⋮⋮抜け道から目的地までの通路の幅や障害物、死角
の有無や兵士の巡回パターンはどうなっています?﹂
とりあえず最後の言葉は無視した。
﹁抜け道は二人がすれ違えるくらいで、通路の幅は三人が横に並ん
で歩ける程度、障害物は所々に鎧や壷が有るね、死角は曲がり角や
障害物の陰くらいしか無いので、ほぼ無いと思ってくれ。しかも等
間隔にランプがあるから廊下は明るいと思ってくれ、兵士の巡回パ
ターンは無いね、二人一組でその辺ウロウロしているだけだ、行き
当たりばったりで動いている﹂
﹁最悪ですね、部屋の前にいる常駐している兵士とかは?﹂
﹁各部屋の前に交代で二人、隣の部屋に、何か有った場合即駆けつ
ける事が出来る様に十五人ほど交代制で待機、それが六部屋分、さ
1474
すがにその辺りの廊下は広いし見通しも良いから覚悟が必要だね﹂
﹁んー⋮⋮。各部屋の制圧に六部隊で、残り四部隊が遊撃的なポジ
ションでサポートですか?﹂
﹁そうだね、無線機の様な通信機器やそれに似た魔法が無いから作
戦が始まったらお互いが役割を果たしてもらう事になる﹂
確かに一方的に声を届ける風魔法が有るけど、通信機の様な便利
さとは言えない。
﹁そう言えば色々集めるのに説明したんですよね? 密告とか無か
ったんですか?﹂
﹁有ったよ﹂
会田さんは、それがどうしたの? ってな感じで返してきた。
﹁⋮⋮なんでまだここが存在しているんですか? 王都の兵士も馬
鹿じゃないでしょう?﹂
﹁宇賀神には少し汚れ仕事をしてもらった、謁見の間で裏切り勇者
が密告しようとしたら、宇賀神の判断で毒付きの細い針で死んでも
らったよ。俺の話を聞いた後、すぐに謁見しようとして﹃報告が有
ります、勇者達が﹄って言えば次にどんな言葉が来るか簡単に想像
できるでしょう? 即効性の幻覚、混乱、興奮作用の毒を塗った針
が首に刺されば、痛みで慌てて払いのけるだろ? その間に少しだ
けいい感じにキまって城から放り出されるか、ベッド行きさ﹂
流石忍者だな。
﹁次の言葉が安易に想像できます、三つくらい﹂
それにしてもよくもまぁそんな毒を見つけたな。
俺は回りを見渡すと、全員が頷いている。全員似たような考えな
んだな。
﹁じゃぁ、未然に防いで、詳細は伝わっていないと仮定しましょう
か。王族連中を確保して、翌朝全員いなかったら騒ぎになるんじゃ
ないんですか?﹂
﹁ある程度尋問して、書類を書いてもらったら帰って貰うよ、もち
ろん目隠しして馬車で送り出すけどね。その後数日したら書類を見
1475
せに行き、王族は俺等の傀儡さ、ある程度口出しするから傀儡政権
? まぁ良いや、穴だらけで、行き当たりばったりだけどどうにか
するしかないんだ。最悪王様と召喚をしてる第三王女の確保だけは
絶対条件だね、拉致が難しいならその場で死んでもらうけど﹂
涼しい顔をして随分恐ろしいことを言うな。
﹁尋問は、隠し通路の有るぼろい共同住宅の地下を広げたから、そ
こで執行するつもりだ、もちろん共同住宅の管理人には作戦実行後
最初に死んでもらう﹂
そう言いながら少しだけ笑みを見せる。有名な演説を素で言えそ
うな勢いだな。
﹁皆さんはそれには同意しているんですか?﹂
俺は回りを見渡すと、全員が首を縦に振りながら短い肯定の返事
をしている。
﹁ってか、俺はその地下で待機でいいんじゃないんですか?﹂
﹁申し訳ないが、岩本君からカーム君の戦力は聞いている。何もし
なくて良いけど、襲われた場合の身の安全は自分で守るって言って
来てもらったけど、もし戦闘になったら自分の身を守るのに参加し
てもらうって事だ﹂
﹁⋮⋮ひでぇ話だ﹂
﹁んじゃコードネームを決めようぜ、俺はスク水を推すね﹂
﹁はぁ!? 何言ってんの? 頭沸いてるのか?﹂
﹁いや、スク水で良いと思うぞ﹂
﹁これ以上ないコードネームだな﹂
﹁まぁ、ここにいる人達は殆どお互いの名前を知らないから、﹃お
い﹄とか﹃なぁ﹄って言ってるし﹂
﹁俺、名前割れてるんですけど⋮⋮﹂
﹁平気だよ、俺も宇賀神も割れてるから﹂
そう言って笑顔になる。本当にこの作戦大丈夫なのか?
﹁じゃぁ、お前はモンムススキーな﹂
そう言うと、俺に﹃スク水﹄と付けた奴はまんざらでもなさそう
1476
な顔になった、なんなんだよこいつは。
﹁ここにいる勇者の方々は戦力的にどのくらいなんですか?﹂
﹁この国の騎士団長クラスなら片手で勝てるくらい、王様の近衛兵
でも十人くらいなら素手で相手しても怪我も無いと思うよ、さすが
に大隊クラスの数で襲われたらわからないけど﹂
﹁一人で?﹂
﹁一人で﹂
﹁勇者舐めてたわ、俺の所に武君が来てくれて本当に助かった。こ
こにいる誰かが俺の来てたら確実に死んでたわ﹂
﹁武君も、君の前任の魔王をほぼ一人で倒してるから、近衛兵十人
位なら相手に出来るよ﹂
﹁あれ? もしかしなくても俺ってそれなりに強いの?﹂
﹁馬鹿じゃねえの? 魔王になれる時点で強いに決まってんだろ!
頭の中にスク水でも詰まってんのかよ﹂
﹁娼館⋮⋮連れて行きませんよ?﹂
﹁すんません、許して下さい。もう馬鹿にしません﹂
﹁けど、もうコードネームはスク水だからね﹂
会田さんがニコニコしながら俺に言い、俺は絶望した。
◇
そして、俺は作戦結構の日まで出歩く事が出来ないので案内され
たボロ家で勇者達と、他愛のない話をしながら時間を潰した。
﹁魔族と人族の魔法の違いって興味深いな、俺も詠唱無しでイメー
ジ出来ないかな、試したいのが多いんだ﹂
﹁確かに便利過ぎだよなー俺も柔軟性の高い何にでも応用が出来る
魔法が使いたいよ﹂
﹁けど面倒そうだぞ? 金属をイメージして出したら鉱石としての
金属だから使い勝手が悪みたいだし。剣を出しても、魔力が切れた
ら消えるから怖くて打ち合いも出来ない﹂
1477
﹁そう考えるとスク水さんの黒曜石系は投擲武器としては優秀だな﹂
﹁けど銃っぽい何かも絶対作ってますよね﹂
﹁だろうなぁ、教えてくれないだけで⋮⋮。俺も魔法は魔族系の方
が良かったな﹂
﹁ですねー﹂
とか話しているが、本人を目の前にして話さないでほしいな、こ
っちをチラチラ見ながら。
切り札を教えろって事か? 作戦行動をするのに戦力を教えてお
いた方が良いかもしれないが、さすがに勘弁してほしい。
そして俺は、思い出したかのように声をかける。
﹁あ、城の見取り図とか話を聞いて、長物の使用が絶望的なので盾
が欲しいんですけど、誰か買って来てくれません? 俺出歩けない
んで全部鉄製の小丸盾なんですけど取っ手付きで前腕部でベルトで
止めるタイプの﹂
﹁あ、これっすか﹂
と、一人の勇者が見せてくれる。
﹁そうです、そんな感じです。安いのでも良いんで、買って来てく
れませんか? 値段は知りませんが﹂
﹁ミスリルとかじゃなければ結構安いっすよ、むしろコレ、少しヘ
タってきたんで買い替える積りだったんで差し上げますよ﹂
﹁良いんですか? ありがとうございます、コレで室内戦で立ち回
れます﹂
そう言って俺は盾を手に入れた。
﹁本当はタワーシールドが良かったんですけど、通路幅と視認性と
取り回しの問題からこれが妥当ですよね﹂
﹁ライオットシールドが有れば良かったんですか?﹂
﹁そうそう、あの防弾の透明な奴です。ゲームじゃ盾使いだったん
ですよ﹂
﹁あー盾使い同士変に仲良くなるFPSですか﹂
1478
﹁それですよ﹂
そんな会話をしていたら後ろの方で、
﹁俺は攻撃を行う!﹂
﹁﹁了解!﹂﹂﹁了解!﹂
﹁俺は防衛を行う!﹂
﹁了﹁﹁了解!﹂﹂
とか聞こえ始めた。なので俺は、
﹁敵の潜水艦を発見!﹂
﹁﹁﹁駄目だ!﹂﹂﹂
と返され、一人が狭い室内でジャンプしながら高速回転を始めた
ほふくぜんしん
ので、俺も立ち上がりその場でくるくると回り始め、盾をくれた人
は匍匐前進を始め、訳のわからない空間になった。
そして食べ物の差し入れを持って来た勇者の一人が、ドアを開け
た瞬間にそっとドアを閉めはじめたのでジャンプしていた勇者が、
﹁まってくれ! これはある意味仲間意識を高める行動だから!﹂
と言ってドアノブを持って抵抗しながら説得しはじめ、俺を含め、
その場にいた全員が説得した。
知らない人が見たら変な行動にしか見えないからな。むしろ俺が
死んでからゲーム事情はどのくらい進んだのかわからないが、未だ
似た様な事はされているみたいだ。
1479
第100話 王都でお祭り騒ぎ 後編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
100話と言う節目でしたので、三部構成にしました。
1480
第100話 王都でお祭り騒ぎ 後編
作戦決行日、深夜二十七時。朝の活気もまだ無く、夜の様な喧騒
はすでに無い時間。作戦は始まった。俺はアルファ班の五人に同行
する形になり、サポートにデルタとエコーが付く事になった。現王
とその妻を攫うという事なので、戦力が多めに回って来た。
第一王女夫妻にはブラボーとフォックストロットが向かい、第三
王女にはチャーリーとゴルフが向かい、ホテルとインディアとジュ
リエットはそれぞれの班の遊撃に回るらしい。何でも作戦は軍事系
の知識が豊富な勇者が考えたらしい、いわゆる軍オタと言う事だ。
俺も少しだけ知識は有るがソコまで詳しい訳じゃ無いので、そう
言うのは、餅は餅屋と言う事で作戦会議に出て、話をよく聞くだけ
にした。説明は単純でわかりやすく、各班の隊長は地図を頭に叩き
込まれたらしい。
アルファとか面倒だから﹃一班﹄とかでも良いと思うんだけど、
物凄く反対されたらしい、なんでも雰囲気が欲しいとか。本当に大
丈夫かよ、確かにコードネームは名前割れが心配だから有っても良
いけど。部隊名まで拘らないでも良いと思うんだよな。
ちなみに部屋でジャンプしながら回ってた勇者が﹁プランBはな
んですか?﹂って聞いたら﹁﹁﹁あ? ねぇよそんなもん﹂﹂﹂と
素晴らしい回答が帰ってきてた。アレは未だに有名な台詞らしい。
そして町のあちこちに、なるべく黒い服を着た勇者が配置されて
おり、何か有った場合即座に城に乗り込めるようになっているらし
いが、本当に行き当たりばったりで困る。
第二王女が城にいないのは、近隣の権力が強い貴族様の所に嫁に
行ったらしいので、後でソコも抑えるとの事だ、子供は女だけで妾
とかはいないらしい。男を産んで後を継がせる考えは無く、一番最
初に生まれた子供から王位継承権が高いらしい。まぁどうでもいい
1481
けど。
だから嫁に行きたくない第三王女は召喚を繰り返し、婿探しをし
てた訳か、迷惑な話だ。岩本君が自由に旅ができるようになったと
いう事は⋮⋮好みでは無かったという事だ。結構な好青年だと思う
んだけどな。
月明かりしか無い王都を、布で顔を隠した五十人近い勇者が音も
立てず移動する、この日の為に音のしない軽装を買いそろえ、武器
も極力短い物を買い揃えたらしい。途中建物と建物の間に、黒い鎧
で体中武装だらけの勇者が、物凄くでかい鉄板の様な自分の身長よ
り大きい両手剣を背中にしょっていたのを見かけたが、多分アレが
原因だと思うが、声を掛けられなかったのが残念だ。
目的地に着くと、宇賀神さんがドアの鍵を細長い棒のような工具
っぽい物を数本取りだして、鍵穴に突っ込み、ゆっくりと工具を回
し鍵を開けた。忍者ってすげぇな、ピッキングも出来るんかよ。
・・・・
そう思ってたら、手で少し待てと合図をし家の中に入って行き、
・・
体感で一分もしない内に戻って来た、この間言っていた、最初の犠
牲者と言う奴だろう。
その後、全員が共同住宅の中に入り宇賀神さんが床を剥がし、階
段を下りて行った。その後に皆が続き、作ったと言っていた少し広
い空間で最終確認をする。
俺は腰のマチェットとバールを確認して、左手の盾がしっかりと
腕に固定されている事を確認した。
宇賀神さんが小声で﹁作戦開始﹂と言うと先頭を小走りで細い通
路を走り出し、全員がそれに続く。
しばらくして上り階段が見えるが、宇賀神さんが一人で上がりま
ず先に状況を確認し﹁平気だ﹂と言って皆を呼ぶ。
暖炉の火を懸念していたが、談話室は使用されていなかったらし
く、冷え切った空気が当たりを包んでいた。
全員が揃うと、宇賀神さんがゆっくりとドアを開け、周りを確認
1482
してから五人一組がぞろぞろと談話室から出て行き、それぞれ左右
に別れて音も無く走って行った。普段こんな事していなくても、身
体能力が高ければ出来るんだなと思いつつ俺もモンムススキー達の
班に付いて行った。
ランプは点いているが、夜だから芯は短く廊下は薄暗くなってお
り、多少安心できた。モンムススキーは廊下の角で逐一止まって少
しだけ顔を出し先の廊下を確認してから迷いなく進み、少し大き目
のドアの前まで来た。
ここの先が少し広い空間になっていて、大きなドアの前に必ず二
人の近衛兵が交代で立っているらしい。
勇者の一人がゆっくりと音が鳴らないように少しだけドアを開け、
合図をするとクロスボウを持った勇者二人が縦に並び、薄暗い広い
部屋の近衛兵の兜ごと、頭を矢で打ち抜き、矢を放った瞬間に残り
の三人が飛び出し見張りが倒れる前に抱きかかえ、プレートアーマ
ーを着た兵士が音も無く床に寝かされた。正直勇者舐めてたわ。
そしてアルファが現王夫妻の部屋の両隣に、デルタとエコーが隣
の近衛兵詰所の扉の両隣に。
映画とかゲームで見た、突入部隊の様な形で壁に張り付き一人が、
近衛兵のいる両開きドアを開けると素早く全員が部屋に入って行き、
そのタイミングに合わせ王夫妻の扉も開け突入する。隣が少し騒が
しいが王と王妃は目覚める事も無く一緒のベッドで寝ている、隣の
詰所とつながっているドアが有るがそれが開く事は無く。勇者達は
ゆっくりと二人に近づき、寝ている所に布を詰め込み、麻袋をかぶ
せ、紐で強固に縛り、動けなくし、担ぎ上げた時に詰所側のドアが
開き、全員警戒するが仲間だと気がつき全員が安堵する。
その間に俺以外の全員が、辺りを慎重に探り、印や重要書類に使
えそうな物を探し出し、時間が無いのでそこらへんの宝石箱の様な
小箱と一緒に持ち帰る事にした。
クロスボウで仕留めた近衛兵を詰所に放り込み、大理石の床を短
い詠唱で水魔法を出して血だらけの床綺麗にしてから、空の鎧をバ
1483
ランス良く王様達の部屋の前に立たせ、擬態させる。どうやってい
るかは知らないが。
そして芋虫の様にもがいている王と、無抵抗な王妃を抱え、元来
た道を戻るが、巡回がランダムな兵士達が廊下の先からやって来た
ので二人が廊下の角に立ち、曲がって来た所を兜と鎧の隙間に何を
したのかわからないが刃の部分が真っ赤になっているダガーを刺し
込み、確実に仕留め、その辺に放置する訳にもいかず、鎧を着せた
まま運ぶことになった。
しばらく担がれている兵士を見たが、血が一滴も零れ落ちてこな
しょうしゃくしけつほう
い。刺した瞬間に傷口を焼き、血が零れ落ちないようにしたんだと
思う、焼灼止血法と似た様な物か。
そして俺達はそれ以上の遭遇は無く、薄暗い廊下を通りながら談
しんがり
話室に戻るが、大き目の武器と鎧をフルに着込んだ勇者が三人ほど
いた、多分殿だろう。
そのフル装備の勇者が小声で﹁さっさと行け﹂と暖炉の方を指差
し、一緒にに去ろうとしない所見ると、まだ帰って来ていない班が
有るらしい。とりあえず俺達は俺達の仕事をする為に暖炉に向かい
死体と拘束された王達を担いで降りる事になった。
﹁俺達は二番目か﹂
モンムススキーが呟き、椅子の足や肘掛に手足を縛りつけられて
いる、麻袋をかぶった一組の男女が見えた。
﹁頼む﹂
そう言ってすでに帰って来ていた勇者に王達を渡すと﹁俺も殿に
なる﹂と言ってモンムススキーは一人だけ戻って行った。
二人を預かった勇者達は、同じように椅子に縛りつける。
そしてしばらくしたら、チャーリー達がほぼ下着の男女二人を連
れて来た、コレで計画では最後の組か。そう思っていたらフル装備
した勇者達も戻って来て上へ戻って行った。
1484
そうして上で待機していた会田さんと、少し遅れて宇賀神さんが
城の方の通路から戻って来た。
﹁全員死なずに集まってくれて良かったです、良いですか? 今か
ら麻袋を外しますので驚かないで下さいね﹂
そうこちらの世界の共通語で言うと、椅子の後ろにいた勇者達が
一斉に麻袋を外して行く、そうしたら王族達は目を見開き驚いてい
るが、俺も驚いた。
最後に連れて来られた男がアジア顔で、半分金髪の半分黒髪の軽
そうな男だった。
﹁こいつが勇者ですか⋮⋮いまどきプリンみたいな頭の奴なんかい
ないだろうに、未練がましく金髪部分を残して置くなよ、黒髪の割
合からしてこっちに来て一年経って無いですね?﹂
﹁だろうねぇ﹂
﹁こいつらなんで薄着なの? あぁ、やっぱり良い⋮⋮大体の事情
は察した﹂
﹁うが! うごごぐが! おごげ!﹂
﹁まぁ良いさ、まず王様の口の布を外してあげて﹂
会田さんがそう言うと、後ろにいた勇者が口の布を外す。
﹁お主ら、何をしているのかわかっているのか?﹂
睨みを利かせ、脅す様に言って来る。
﹁えぇわかってますよ、十二分に﹂
﹁なら放せ、今なら処刑だけで済ませてやるぞ﹂
﹁おやおや、今自分がどの様な状況なのかわかって無いらしい。流
石王様ですね、この様な状況でも自分の方が上だと思っているんで
すか? そこまで愚かなんですか?﹂
﹁貴様等、何が目的だ﹂
﹁まぁ最初にある程度言いましょうか、まずは我々勇者を捨て駒扱
いした経緯と、我々を元の世界に戻す方法が有るのかです。なので
召喚が可能そうな王族をこうして無理矢理集まっていただきました﹂
﹁何を馬鹿な事を、私がそのような事を言うと思っているのか﹂
1485
王は首を振りながら、本当に言っていない様に振る舞う。
﹁証拠は有るんですよ、後ろにいる一人が城に忍び込んで偵察して
いたんですよ、季節が一巡する少し前からね、あんな堂々と話して
たら天井からでも聞こえますよ﹂
﹁っ!﹂
﹁まぁ、とりあえずその二つでも喋って貰いましょうか﹂
﹁貴様等の様な異世界人は、筋力が直ぐに上がり、魔法を直ぐに覚
え、季節が一つ変わる頃には騎士団長クラスになる。化け物の様な
奴等は利用しない手など無いだろう、なにせ貴様等はいきなり見知
らぬ地に飛ばされ、頼る者がいないと目の前の我々を頼るからな、
その辺は楽だったぞ﹂
一人の勇者が王を殴りそうになるが、会田さんが片手を前に出し、
それを制した。
﹁じゃぁ次だ、俺等は戻れるのか?﹂
﹁⋮⋮儂の先々代、爺さんの頃には有ったららしいが、その魔法を
使える者の一族が完全に途絶えてしまった、そもそも還す理由はほ
ぼ無かったからな﹂
その言葉の後に、場の空気が一気に凍り、殺気が渦巻く。あーあ、
言葉は択べよな。なんでこんなのが王なのかさっぱりわからないわ。
﹁わかりました、なら我々は元の世界に帰るのは諦めましょう﹂
そう言うと王は、少し安心したように息を漏らす。
﹁なので我々に実権を与えて頂きましょうか、我々召喚者を優遇す
る法律を作っても良いですね、散々我々を捨て駒にしてきたんです。
それくらいは⋮⋮ねぇ?﹂
・・・
﹁何を言っておる! そうすれば実力のある貴族共が黙って無いぞ
!﹂
﹁なら我々が武力で抑え込むか、お前達を裏で操るしかないだろう
な、取りあえずこの内容を直筆でサインと印も押してもらおうか。
ユージ、正式な書類と印を﹂
そう言うと宇賀神さんが紙とペンと印と蝋を持って来た。それに
1486
しても安直なコードネームだな、宇賀神のUとGか。俺達が適当に
持って来たそれっぽい物はハズレかよ。
﹁誰がそんな内容の文を書くか! そんな事をしたらこの国がどう
なるかわかった物では無い!﹂
﹁知ってます? こういう状況で条件を提示されて、断るとどんど
ん悪い方に転がる場合も有るんですよ? この書類も追加で⋮⋮そ
れにお前達より頭の良い勇者なんかいくらでもいるんだよ、俺が裏
で動いたら五年で、皆から尊敬される王にしてやれるぞ?﹂
そう言って紙をもう一枚増やす。手元には見せつけるように紙が
数枚残っている。
﹁利き腕はどちらですか? そちらの手だけ解放しますよ。誰かテ
ーブル持って来てくれ﹂
そう言って右手を解放して、テーブルを持ってきたら、インク壷
を会田さんに向かって投げつけた。本当にこんな短絡的な行動を取
る奴が王なのかよ。
﹁ユージ、上でお湯を沸かして油も温めて来てくれ、熱々にな、そ
れと道具も全部持って来てくれ、乱暴な事はしたくなかったんだけ
どな﹂
インクを滴らせながら会田さんは冷たく言い放ち、宇賀神さんが
素早く行動に移す。
﹁いやいやいや、拷問は不味いでしょう、取りあえず外傷を残さず
五体満足で心を折ってから城に返さないと﹂
﹁じゃぁどんな方法が有るんですか? 教えてくださいよスク水さ
ん﹂
止めた俺にまで怒りを向けられた。
﹁とりあえず王より、王妃様を辱めた方が早いんじゃないんですか
? もしくは実の娘とか、そうすれば王に嫌気がさし、父親から実
権を奪い我々に手を貸す可能性も高いんじゃないですか﹂
﹁もう少し具体的にお願いします﹂
﹁拷問とか性的苦痛な物とかは嫌いなんで⋮⋮さっきの襲撃の時に
1487
羽箒をくすねて来たんですよ、取りあえず下着姿か全裸にして、顔
中からありとあらゆる体液をまき散らすくらい、くすぐってみては
? 伴侶がだらしなく顔中から涙や涎や鼻水を垂らす醜い顔でも見
せつけてやればいいんじゃないんですか? まぁ最悪下からも粗相
する可能性も有りますけど、まぁこのままならどのみち数時間で垂
れ流しで恥ずかしい姿をさらす事になりますけどね、プライドの高
い淑女なら耐えられない恥辱だと思いますよ、最終的には﹃親を殺
して﹄と言って、第一王女が女王になる可能性も⋮⋮﹂
﹁⋮⋮良いでしょう、ではとりあえず女性陣の衣類を引き裂いて羽
箒で色々攻めましょうか、性器への接触は禁止します﹂
そう言った瞬間、女性陣の顔が引きつり絶望に変わる。
﹁口の布も外してあげてください﹂
﹁パパ! お願いこの人達の言う事を聞いて!﹂
﹁あなた、お願いよこのままだと私達は辱めを受けるわ﹂
﹁殺してやる! こんな奴等が勇者だったなんて私は認めない! ジャスティスも縛られてないで助けてよ! 勇者なんでしょ!﹂
第三王女の言葉にその場にいた勇者全員が吹き出し、笑いをこら
えるように肩を震わせる、かなり前に流行ったキラキラネームと言
う奴か、それが今大人になってこの世界にいると⋮⋮こんな感じに
育つのか⋮⋮よく見たら勇者全員がプリン頭を憐れむような目で見
ている。
﹁その勇者の布も外してやってくれ﹂
そうして布が外れると、
﹁テメェら! ふざけんじゃねぇよ! 俺の何がわりぃんだよ! 殺すぞテメェら! レルスに手ぇ出してみろ! 絶対に殺してやん
ぞ!﹂
﹁大声で叫べば我々が怯むとでも? 誰か二人とも静かにさせてく
れ、反響してうるさくて仕方が無い﹂
そう言うと近くにいた勇者が椅子ごと腹を蹴り、顔面を思い切り
踏みつけジャスティスの意識を刈り取った。レルスが叫んでいるが、
1488
王族に手を出す訳にはいかないので無理矢理布を口の中に突っ込み、
服を引き裂く準備に入る。
多分﹃正義﹄と書いて﹃じゃすてぃす﹄って読み仮名なんだろう
な。まぁ良いや。
そう思いつつ、俺は既に半裸だったレルスと言われた第三王女を
羽箒で臍の辺りや首や胸部当たりをくすぐり始めると、﹁ウゴォ!
ゴァ!﹂とか言いながら白目を剥き出し、ビクビク痙攣し始め、
涙と鼻水を流し始める。口が塞がれて無ければ多分涎だったんだろ
うな。にしても酷い顔だな。
﹁止めろ! 止めてくれ! 子供達に手を出すな!﹂
﹁なら奥さんに手を出しましょうか﹂
﹁止めろ! 妻にも手を出すな!﹂
﹁子供にも手を出すな、妻にも手を出すな⋮⋮随分勝手な王様です
ね、書類一枚追加で。良いですか? さっきも言いましたが速く書
かないと状況は悪くなる一方ですよ?﹂
そう言って、会田さんが冷たい目で王妃の寝間着をナイフで引き
裂き、羽箒でくすぐっていく。
王妃は大声で笑い出し、大粒の涙を流すが、それでも羽箒が止ま
らず、経験した事の無い笑いで顔が引きつり、涎を垂らしながら痙
攣を起こし始める。
﹁これじゃしばらく休憩ですね﹂
そう言いながら第一王女の方を見ると、怯えた様に体を震わせ﹁
いや、止めて、パパ、お願いよ、この人達の言う事を聞いて!﹂と
言っているが気にせずまたナイフで寝間着を引き裂き、失神するま
で羽箒で攻められ続けられ、失神し、取りあえずは一巡した事にな
る。その間、旦那が必死に何かを騒いでいたが、婿で召喚の事とか
は何も知らないと思うので、嫁の痴態を見せつけ、王に進言させる
事にしたが、王は聞く耳を持たず頑なにこちらの条件を突っぱねて
いる。
1489
﹁さて、奥さんや娘達の痴態を見てもまだ同じような事が言えます
か?﹂
﹁わしが屈すると思うか?﹂
﹁スク水さん、水を掛けて覚醒させて下さい、勇者を含めた全員で
す﹂
そう言われたので、水を掛けて覚醒させるが、薄い布に水が掛か
り、肌に布が張り付きうっすらと色々見えているが気にせず四人と
も覚醒させる。
﹁いやー、濡れて色々透けていますが、二巡目行きますか﹂
そう言うと三人が恥ずかしさで身を悶えさせ、うっすらと涙を浮
かせるが関係無く、くすぐり続ける。
二巡目には太ももや脇腹や足の裏が追加され、第一王女が粗相を
して子供の様に泣くが、その辺りで王様を睨み始め、全員が二巡目
が終わった頃には妻や娘全員が王を睨んでいる﹁パパがさっさと従
わないからよ!﹂とか言っている。いや、無差別に召喚してた妹を
止めなかったお前もお前で最悪だからな?
そしてレルス担当の俺は、同じようにくすぐり、モガモガ呻きな
がら首を振って逃れようとするが無駄な行為だ。程良くくすぐって
いたら、プリン勇者が行き成り縄を引きちぎり、俺に襲い掛かって
来た。
﹁てめぇ! ぶっ殺してやる!﹂
大体勇者がそんな縄くらい簡単に轢き千切れる事くらい予測済み
なんだよな。
プリン頭は大降りで殴りかかって来たので、左手の盾の持ち手を
強く握り、右手で左手首を思い切り握り、右手と左手を同時に押し
出す様にして、大振りのパンチを避けながらカウンター気味にシー
ルドバッシュを決め、プリン頭は倒れて動かなくなった。
だから目の前で堂々とくすぐってたんだよ、プリン頭が! テレ
フォンパンチなんか簡単に避けられるってわからないのか? もし
かして召喚されてからずっと城の中で生活してたのか?
1490
その後、コンクリートをイメージして、首から下全部を石で固め
るようにして拘束した。
﹁モガー! モガガガガ!﹂
﹃いやー、ジャスティスー﹄って所かな。
﹁無詠唱⋮⋮貴様! 魔族じゃな!﹂
﹁えぇ、ひょんな事から勇者達と知り合いになり、微力ながら力を
貸す事になりました、魔族と人族は仲が良いと言う事を知らせる為
らしいですよ。まぁ手を貸した本当の理由は、人族の教会の教育が
糞気に食わないからなんですけどね、魔族にも良い奴がいるのに、
はなから悪と決めつける教育が気に入らないんですよ。俺の故郷じ
ゃ魔族とか人族とか関係無く生活してますよ? それこそ魔族と人
族の仲が恋にまで発展していますし。いやー、無垢な子供達から魔
族と言うだけで石を投げられたのには心が痛みましたよ﹂
領地とか言うと、面倒だから故郷って事にしておこう。
﹁ふざけた事をぬかすな! 人族より劣る魔族が何を根拠に!﹂
﹁その人族至上主義的な考えが気に食わないんですよ、魔族のどこ
が人族より劣ってるんですか? 知能ですか? 自分の故郷は小さ
い村でしたが、きちんと教育を受け文字の読み書きや計算も教わり
ます。知り合いの貴族は立派に領地を運営し、綺麗な町作りしてま
すよ。それとも戦力ですか? 人族はすべてにおいて平均的だと思
いますが、魔族はその特性を生かした戦い方ができ、万能では無く
特化と考えれば良いのではないでしょうか? エルフ族は弓に優れ、
・・
水生系魔族は海戦に優れ、ハーピー族は偵察能力に優れ、獣人族は
筋力や速さに優れています、自分の様に多少頭の良い者もいますけ
どね﹂
こめかみの辺りをトントンと叩きながら少し挑発気味に言う。
﹁ぬう⋮⋮﹂
﹁さて、こうしてくすぐりと言うお仕置きで済ませていますが、生
殺与奪権はこちらに有るんですよ⋮⋮、それを踏まえて良くお考え
ください? もしここにいる全員が死んだら誰が王になるのかを⋮
1491
⋮。ここにはいない第二王女様になりますね、姉が王になるから私
はいいやと、王になる為の教育を受けていましたか? その婿にな
った男がいきなり王女様の婿と言う事になり、王様気分で馬鹿な考
えを起こす可能性も有りますよ? いえ、こちらの貴族の派閥とか
は全く知らないので、どうなるのかは全く想像できませんけどね﹂
﹁それだけは駄目だ!﹂
んー、どういう力関係が有るのかはわからないが嫁に行かせて、
多少言う事を聞かせてる感じなのだろうか?
勇者
﹁さて、レルスさん、容姿が醜い貴族の所に嫁に行きたくないから、
好みの男が出てくるまで召喚を繰り返し、無駄に被害者を増やした
事に関してですが⋮⋮なんでも魔法を抑制する魔法陣が有るらしい
じゃないですか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
神情報だけど、目が泳いでいるし、無言なので多分有るんだろう。
﹁まぁ続けますね、魔法を封じられ、この足元に転がってる勇者を
殺した場合どうなるでしょうか? ﹃多少傷物でも平気だよ﹄って
言ってくれる優しい貴族だと良いですね﹂
俺は優しく諭す様に言い、腰のマチェットを抜いて勇者の首元に
当てる。
﹁モガー、モガガガモガ!﹂
﹁ジャスティスさんを殺されたくなかったら、君のお父さんを説得
してもらえるかな? 今から口の布を外してあげるけど、騒いでも
余計な事を話しても、首がその辺を転がると思ってね﹂
物凄く優しく言うと、ブンブンと必死に首を縦に振り、俺は会田
さんを見て、首を縦に振ったので口の布を外してやった。
それからレルスは泣きながら必死に懇願し、父親を説得するが、
王は一向に首を縦に振らないので、
﹁娘に一生恨まれて下さい、それと食事に毒が混入しないと良いで
すね﹂
俺は魔法を解除して、﹁どこかに幽閉でもして下さい﹂と小声で
1492
レルスに聞こえない様に言い、勇者の一人にプリン頭を任せた。
レルスは鬼のような形相で王を睨んでいる。まぁ、あの場で日本
人を殺せなかった俺もまだまだ甘いな。そう思いつつ残りは会田さ
んに任せようか。
そうして俺は、プリン頭が座っていた椅子に座り、俺のやり方を
見て方針を変えたのか、次々に家族が王を敵にするように誘導して
いく。
﹁さて、家族全員が敵になった気分はどうですか? いっその事死
んで娘に王位を譲った方が良いんじゃないんですかね? 私が同じ
立場なら耐えられないですよ、いやーすごいですね﹂
項垂れて涙目になっている王を更に挑発する。少し見学していた
が、攻め方が俺よりえぐい。シミュレーションゲームをやっている
し教師だったから学も有るんだろうが、交渉材料が豊富過ぎる、何
枚手札を持っているのかわからない。
﹁殺してくれ、娘や妻に殺されるよりマシだ﹂
﹁その言葉が聞きたかった﹂
どこの闇医者だよ、まぁあいつは﹁それを聞きたかった﹂だけど。
﹁けどあんたには利用価値が有る。とりあえずこの文章を書いてく
れ、それから王を続けるか、王位を娘に譲り、娘に投獄される形を
取って下さい、後日伺いますので﹂
相棒のあの人みたいな追い詰め方だな。
﹁そうそう、しっかりとサインをして。蝋に印をしっかりおして、
封蝋にもお願いしますね﹂
会田さんは、何を書かせたのかは知らないが物凄く笑顔だ。
﹁じゃぁ予定通り。そろそろ朝の鐘が鳴るから、鳴る前に全員にこ
の布切れ着せて、麻袋かぶって貰って城門前に放り出して来て、運
が良ければ麻袋を取って貰えて君達だって気がついてもらえるから﹂
そう言うと勇者達が麻袋をかぶせはじめるが、レルスが、
﹁ジャスティスは! ジャスティスはどうなるの!﹂
1493
﹁大丈夫です。殺していませんから、ただ我々の監視下に置いて幽
閉させてもらいますので﹂
そう言った瞬間朝麻袋をかぶせられて、半裸になった女性達にボ
ロ布を着せてまた縛り、誰かが馬車で運んで行った。
﹁いやーとりあえず一区切りついたねー﹂
﹁俺、いる意味あまりなかったですよね? 魔王の証も必要無かっ
たですし﹂
﹁いやいや、何か有ったら出してもらおうと思たけど、たまたま必
要無かっただけだよ、教会関係者を説得する時には絶対出してもら
うからさ﹂
﹁⋮⋮帰っていいですか?﹂
﹁あー、うん、その⋮⋮保険と言う事で都合の良い様に使ってしま
い申し訳ありませんでした﹂
﹁はい、次はかなり怒りますので﹂
﹁動きが有ったら、また手紙を店まで渡しに行きますので、ここま
で転移してくれればありがたく思います、この建物には誰かしら勇
者を滞在させておきますので話は通しておきます。誰かカームさん
の荷物を全部取って来てくれ﹂
そう言うと宇賀神さんが急いで階段を上って行った。
﹁わかりました、ここを転移先としますので、荷物等は置かないよ
うにして下さい﹂
﹁はい、今回はありがとうございました﹂
﹁いえいえ、俺も馬鹿見たく優しいので、有る程度の事は許せます
が。散々俺の事を利用して、俺に一切旨みが無い場合は縁を切らせ
てもらいますので﹂
﹁はは、できればこのまま友好な関係を続けたいよ﹂
﹁俺もですよ﹂
なんか少し気まずくなったので、階段を上り、元々いた家主が飲
んでいたお茶を淹れ飲んで時間を潰す事になった。
1494
﹁うわ、なんか良い茶葉使ってやがる、これでも一応緊急用抜け道
の出口って事か、それなりの給料もらってるんだな﹂
﹁そうですね、大抵王家の墓とかに繋がってて、墓守が管理人って
のを良く見ましたが、こんな場所だと逆に危ない気がしますよ﹂
﹁夜中だったから気がつかなかったと思うけど、一応正門から一番
近い下級区のボロ共同住宅なんだよねここ、だからある意味危険は
少ないんだよ、下級区に抜け道なんか用意するかい? ちなみに入
居者がいないのになんでやっていけるんだろうって事で探りを入れ
たら当たりって訳さ﹂
そんな会話をしていたら宇賀神さんが俺のリュックとスコップを
持って来てくれたので帰る事にする。
﹁じゃぁ、また何か有ったら手紙で知らせるから﹂
﹁わかりました﹂
﹁たまに人魚に会いに行きますので﹂
﹁⋮⋮程々に、逆半魚人が出ますので﹂
そう言ったら、上の前歯で下唇を噛んで露骨に嫌な顔をしいる。
本当に嫌だったんだな。
俺は転移陣を起動して故郷に帰る事にした。
一瞬でベリルへ帰ると、丁度日の出だったので、静かに家の中に入
り、少し起きるのが遅い嫁達や子供達に朝食を用意して、待つこと
にした。
物音に気がついたのか、スズランがナックルダスターを指にはめ、
ラッテがナイフを持ってキッチンに急に現れた。
﹁あ、ただいまー﹂
そう言ったら二人は無言で走って来て抱き付いて来た。
スズランは力いっぱい抱きしめて来て、ラッテは﹁うわーん、生
きてて良かったー﹂と泣きながら抱き付いて来た。俺は二人の頭を
撫でながら、話しかける
﹁珍しく早起きだねスズラン﹂
1495
﹁物音がしたからってラッテに起されて。泥棒かと思ってそれで急
いで武器を持って﹂
スズランの目にも少し涙が浮かんでいる。
﹁あの時は話が急で悪かったよ﹂
﹁もう平気だよ、だってカーム君が帰って来てくれたんだから﹂
﹁はは、俺が死ぬと思ったのか? 仲間は魔王を倒す事が出来る勇
者が仲間だぞ? それと怖いからナイフを置こうか﹂
さっきからナイフを握りっぱなしで抱き付いて来るから気が気じ
ゃ無い。
その後大声で目が醒めたのか、子供達も起き出して来て、俺に抱
き付いて来た。
﹁お父さんお帰り﹂﹁パパお帰り﹂ あんな事が有って心が少し荒んでいたが、そんな感情は吹き飛び、
今の俺は幸せだと思う。
1496
第100.5話 ラッテの魔法講座︵前書き︶
これは八月三日の蜂蜜の日にミエルのSSを書こうと思って、文字
数が多くなりすぎて﹁これSSじゃねぇな﹂と思い、おまけSSの
方に投稿せず.5話として少し手を加え投稿する事にしました。
1497
第100.5話 ラッテの魔法講座
年越祭の準備をちょこちょこ始めだすが、故郷と島との両方を進
めると決め、故郷で三日、人数が少ない島を二日を一巡と決め。交
互に年越祭の準備を始め、やっぱりワーキャットとかのおっさん連
中に豚の解体を手伝わされる、なんであのおっさんは俺に解体をや
らせるんだろうか。
◇
私は今、今日の年越祭の準備が終わり、スズランちゃんもリリー
ちゃんもいない、人気の少ない職場の牧場の裏手に来ている。ちな
みにカーム君は、島での収穫祭の準備に行っているからね。
﹁さーてミエル君、我々夢魔族の固有魔法をそろそろ教えようと思
います、パパに色々魔法を教わってるから少し早いけど教えちゃお
うと思って﹂
﹁うん、わかったよママ﹂
うんうん、我が子ながらすくすくと育ってくれて嬉しいな、私自
身こんな幸せな生活が出来ると思ってもいなかったから、セレッソ
さんとカーム君とスズランちゃんには感謝しないと。
﹁さて、我々夢魔族は肉体的に気持ち良くなる方法やさせる方法が
有名ですが、眠っている相手の夢に出たりして夢の中で気持ち良く
させる方法も有ります。けど今日はそれを置いておいて、幻覚、幻
視と言った実際に無い物を、有る様に見せる魔法を今回は教えます﹂
﹁パパやスズランママにも見せた事の無いの?﹂
﹁無いよー、だから今度の稽古の時に使ってパパを驚かせちゃおー
ぜっ!﹂
﹁うん﹂
1498
﹁ってな訳でイメージは簡単、よく蒸し暑い夜の次の朝なんかに出
て来る霧、アレを沢山集めて形を作って動かすイメージなんだけど、
なんとなくわかる?﹂
﹁うん、パパに紐に魔力を通して動かす方法とか教えてもらったか
ら﹂
﹁さすがパパだね! もうサイコー。じゃぁ白いモヤモヤの霧を集
めて形を作って、それに私達夢魔族にある、少し質の違う魔力を混
ぜて、霧が見える相手全員に幻覚を魅せちゃおう、今のミエル君に
ならきっと出来るよ﹂
そう言って私は、ミエルにコツを教える事にした。
﹁まずはママからー﹂
私は朝に出る霧をイメーシして、人の形を作り、少しだけ違う魔
力を混ぜてミエルにカーム君を見せる事にした。前は毎日見てたし、
抱き付いてたし、匂いも覚えてる、今更間違うはずが無い。
﹁ってな訳でパパだよー﹂
久しぶりに使ったけど、上手く出来て良かった。
﹁幻覚で霧だから何も出来ないけど、森とか町とかで本物そっくり
の木とか壁を作って迷わせる事も出来るから、覚えて置こうね。本
当は壁なんだけど、向こう側が有る様に魅せる事も出来るから、走
って行って壁にドーンって使い方も出来るから、逃げた奴とかにも
使えるからね﹂
そう言って私は霧で出来た手を振っているカームくんに抱き付い
て、霧を四散させる。
﹁まずは小さい簡単な物から作ろうか、ミエルの大好きな兎とかね﹂
そしてミエルに、コツとか細かい事を教え、兎を作り出す事に成
功させた。
﹁ママ! 出来たよ!﹂
ミエルは、霧で作り出した兎をピョンピョンさせている。
﹁すごいじゃないかー、まさか一日でここまで出来るとはママも思
わなかったよ、パパに感謝しなくちゃね﹂
1499
﹁うん!﹂
物凄い笑顔でミエルは元気に返事をした。そんな姿を見て、今の
幸せは本物なんだと改めて実感した。
◇
それから数日が経ち、昼間に帰って来ているカームくんとの稽古
になり、まずはリリーちゃんがカーム君と稽古をして、子供相手に
もどんな手を使ってでも勝ち、どんな手を使ってでも生き伸びろと
教えている、今度はミエル君の番になり、ミエル君は早速︻霧の幻
覚︼を使い、カーム君が興味深く観察している。
モコモコと霧は少し大きい人の形を作り始め、三角の兜に、皮の
エプロン、両手剣くらいある大きな鉈みたいな物を持っていて、筋
肉隆々の男の幻覚を作り出し、霧の中から現れた様な演出をさせる。
さっきの演出は上手いと思うけど⋮⋮なんだアレ。私はあんなの
を見た事も無いし、聞いた事もない。しかもカーム君の表情が恐怖
に変わり、三角兜が剣を振り上げる動作をした瞬間に、背中を向け
て一回も後ろを振り向かずに全力で森へ逃げて行った。
﹁ミエル君、なんでパパがあんなに怖がってたかわかる?﹂
﹁わからないよ、前にパパに教えてもらったんだけど、本の中の話
の悪い人を殺して回る良い人って言ってたよ。なのになんで逃げち
ゃったんだろう? 沢山悪い事をしないと出てこないって言ってた
から? けどパパは悪い事は沢山してないんだよね?﹂
﹁うーん、そう聞いてるけど⋮⋮﹂
あの逃げ方は本気の逃げ方だ、カーム君が御伽話を怖がるような
事は無いってわかってるけど、なんか納得できない。多分勇者と同
じ国の産まれと関係が有るんだろう。
□
1500
やばいやばいやばい、なんであいつが出て来るんだよ、一回しか
ミエルに見せて無いだろ、しかもミエル怖がってただろ! なんで
あいつが出て来るんだよぉ! 罪の意識とか罪の自覚とか関係無い、
作られたあいつならそんなの関係無い! 体臭を消して、擬態して
森に隠れるしかない! 多分召喚魔法か! なら危険なのは俺だけ
だよな! なら俺は全力で逃げるぞ!
﹁よぉカーム、自分から豚の解体に来るとは特称な心掛けじゃない
か﹂
ワーキャットのおっさんが、なんか言っているが無視だ無視! ワーウルフのおっさんもなんか言っていたが無視だ! 森に逃げ込
め!
俺は泥を作り出し、体中に塗り、切った草を体中に貼り付け、足
の高い草むらに伏せて隠れる。絶対に動かず、気配を消そう。
辺りが暗くなってきた、まだあいつが現れる気配はない。もう少
し様子を見るか。しかし腹が減った、けど水分だけ取ってれば二週
間以上は平気だからな、水で我慢だ。
◇
﹁結局カームは帰って来なかった。探しましょう。シュペックを連
れて森の方に行くから。ラッテは先に行ってて﹂
﹁わかった、先に行ってるよ﹂
あれから、スズランちゃんやリリーちゃんにも訳を話したけど、
夕飯までには帰って来るだろうって話になって、結局朝になった今
でも帰って来ない。
深夜になっても帰って来ないカーム君を、心配した私とスズラン
1501
ちゃんは、一睡もしないで待っていたけど、カーム君は今まで何も
言わずに朝まで帰ってこない事は一度も無かった。私は必死になっ
て森に走り、カーム君を呼び続けた。
しばらくして、スズランちゃんがシュペック君とシンケン君ヴル
スト君が来て、一緒に探してくれている。年越祭の準備を抜け出し、
探し出す事にした。
﹁ここまでカームの臭いが有って、少し湿った土があるね、この土
に少しカームの臭いが有るよ、そこからは臭いが消えてる﹂
﹁足跡は森の奥に続いてるね、追ってみよう﹂
そう言って二人は、森の奥に進み、ヴルスト君はカーム君を呼び
続けている。
﹁ここの草が不自然に刈り取られてる、なんだろう?﹂
﹁わからない、カームが何かしたのかな? 足跡は?﹂
﹁これ以上は追えない、足の高い草が多い﹂
そんな会話を聞いて、スズランちゃんがものすごく不安そうな顔
になる。私はそれを見て、背中を撫でながら﹁大丈夫だよ﹂と明る
く声を掛ける事しか出来ない。
﹁おーいカーム! 出て来い! スズランとラッテさんが心配して
るぞ!﹂
そんな声を、ずっと出しながらヴルスト君が背の高い草をかき分
けながら進む。
そうして森の深い所まで行ったらいきなり声がした。
﹃あの三角の兜をかぶった奴はもういないのか?﹄
カームくんの声だ、けどどこから聞こえて来るのかわからない。
この声は風魔法の奴だ。
﹁アレはミエル君が作り出した霧の幻覚だよ、夢魔族固有の魔法な
んだよ! お願いだから出て来てよ!﹂
私は懇願するように叫んだ。
1502
そうすると目の前の背の高い茂みの一部がモコリと盛り上がり、
体中に草を生やした変なのが出て来た。
﹁アレがいないなら良い、心配かけてすまなかった﹂
草が生えた塊はカームくんと同じ声だった。
﹁おまえ、カームか?﹂
﹁あぁ、そうだ。無我夢中で逃げて、見つからないように一晩中隠
れてた。あれが幻覚の魔法ならいいんだ⋮⋮本当にすまなかった﹂
﹁その格好、すごいな、足元にいたのに気がつかなかった﹂
﹁臭いもしなかった﹂
﹁体中に泥を塗って体の臭いを消し、その泥に草を付けて、周りと
同じようにして見つかりにくい様にしてずっと息をひそめてた﹂
なんとカームくんが必死に逃げて、一晩中隠れてたようだ、そん
なに怖かったのかな?
そんな事を思っていたら、スズランちゃんが泣きながら泥だらけ
のカームくんに抱き付き﹁心配したんだから﹂と、それだけ言って
ずっと抱き付いたまま離れなかった。私も抱き付きたかったけど、
今はスズランちゃんに譲ってあげよう。
しばらくして、スズランちゃんが落ち着いたのか、カーム君から
離れてビンタをした。グーじゃないなんて珍しい。
そしてカームくんが謝っているけど、友達は﹁いやーすごいなこ
れ﹂とか﹁泥に負けるなんて﹂とか言っていた。
帰ったら三人で熱いお風呂に入ろう。そして今日は準備を休もう、
そして三人で夕方まで一緒に寝るんだ。
1503
第100.5話 ラッテの魔法講座︵後書き︶
前書きにも書いたおまけSSの方に﹁ミエルの採蜜﹂と言う物を八
月三日に上げていた事を告知するのを忘れていました。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
一部の読者様から、URLを開こうとすると制限エラーと出ると報
告が有りました。
ですので出る方は、下記のタイトルで検索お願いします。
﹁魔王になったら領地が無人島だった。おまけ、SS等﹂
1504
第101話 年越祭が数年前から少し変わった時の事︵前書き︶
適度に続けたいです。
相変わらず不定期です。
1505
第101話 年越祭が数年前から少し変わった時の事
俺が子供の頃は、年越祭は学校に入学するまでは家族と家で過し、
少し贅沢な食事をして過ごし、学校に通い始める様になってからは、
村の集会場で大騒ぎをしたが、俺が魔王になる前から少しだけ事情
が変わった。
村人が増え、村が豊かになったので、思春期の子供達に気を使わ
なくて良いんじゃないか? となり、子供が小さくても盛大に年越
祭をやる様になった、集会場も増えたし、酒場も増設したし、醸造
蔵と言う広い場所も出来、空家も入村者が増えて来たので、少し多
めにも作ってあるので、色々と配慮しなくても良くなったからだそ
うだ、だから子持ち同士で集まり、家族同士での集まりで盛大に過
ごそう、子供が大きくなったら、大人は大人、子供は子供に別れて、
騒げば良いと言う事で、今は村中のほとんどの村民がいくつか有る、
近くの集会場に集まり盛大に年越を祝っている。もちろんご近所さ
んの付き合いも兼ねているけどね。
ちなみに例の空家は、ずっと空家になっているので、多分今後も
ずっと空家なんだろう。
﹁子供達から聞いたぜ? 人族の王都に乗り込んだらしいな﹂
いきなりヴルストが言い、酒を噴き出しそうになるが、なんとか
堪えた。
俺は左右の嫁達を見るが、スズランは相変わらず表情をあまり出
さずに肉を食べてる、だがラッテが少し視線を逸らした。
﹁ラッテさん⋮⋮貴女ですかぁー?﹂
俺はムニムニと頬を優しく両側を摘まむ。
﹁違うもーん、ミエル君達も言ってたもーん!﹂
そして、収穫祭の時みたいに、子供同士で集まっている席を見る
1506
が、楽しそうにお喋りをしているので、水を注す事は止めて置いた。
﹁で、何して来たんだよ﹂
﹁祭りに参加して来た、詳しくは聞かないでくれ﹂
俺はテーブルに突っ伏し、多分村中に噂が広まっているだろうと
思い﹁あ゛ーー﹂と言いながら少しふて腐れていたら、スズランに
骨付き肉を口に突っ込まれ、モゴモゴと咀嚼し、強制的に黙らされ
る。これは気遣いだと思いたい。
そして、口の中の物が無くなってから突っ伏したまま切り出す、
﹁実際どのくらい知ってる人がいるんだ? ヴルストが知ってるっ
て事は結構知ってるだろ?﹂
﹁まぁ⋮⋮な﹂
子供達の相手を良くしている、村中の付き合いが多いヴルストが
言葉を濁すという事は、ほぼ知っていると言う事だよな。詳細は知
らないみたいだから、このまま誤魔化し続けよう。
﹁まぁ良いさ、俺は竜族の人達も来てるし、ちょっと挨拶周りして
来るから楽しんでてくれ﹂
そう言って、村長と知らない男や校長達のいる席に向かう。
﹁どうも、お久しぶりです、あれからどうですか?﹂
﹁ええ、故郷でも酒作りがかなり盛んになり、麓の村や町からも買
い付けが来るくらいです﹂
﹁ほっほっほ、わしが故郷に帰る時にはいつも町や村に寄って宣伝
しているからのう﹂
﹁うむ、我々女共の働き口が増え、強い酒を求め男達もより一層仕
事に精を出す様になった、カーム殿には感謝だ。それにしてもあれ
だけ渋っていた子供も作り、なんだかんだ言って嫁も二人いるしな﹂
﹁なんでもドワーフが来るような事を聞いてますので、大き目の醸
造小屋を作り、蔵も新しく建てるんですよ﹂
前に研修に来た女性三人組が答えてくれる、雇用を生み出し、利
益も出ているし、蔵も増やすなら竜族的には万々歳だろうな。
1507
﹁そうそう、この村では校長と呼ばれているらしいですが、校長に
面白い酒の飲み方を教えていただきありがとうございます、火の噴
けない種族が喜び、子供達が火を吹く練習をするのに重宝していま
す﹂
﹁⋮⋮ははは、そうですか﹂
﹁うむ、火をつけたまま酒を飲むとか考え付かぬからな、利用しな
い手は無いと思ってな﹂
んー、未だにドラゴンとかがどうやって火を吹くのかわからない
が、体内で生成した可燃性ガスを思い切り吹き出し、着火させてる
のだろうか? まぁどうでも良い、だって知りようが無いしな。っ
てか子供の教育材料に使われるのか、と言っても何歳から火を吹く
練習するのかわからないけどな。
﹁カーム君ちょっと良いかな?﹂
どうでも良い事を考えてたら、村長から声がかかった。
﹁えぇ何でしょうか?﹂
﹁わしの息子だ、そろそろ村長を継がせようと思ってな﹂
そう言って、隣に座っていた見知らぬ男性を紹介された。
﹁初めまして、この村をこのように発展させていただきありがとう
ございます。最初は、帰り道を間違えたのかと不安になるくらい家
も畑も増え、戸惑っていましたが、村の中央付近に来て、やっと見
覚えの有る建物とかが見えたので安心していました。まだまだ若輩
者の身ですが、どうぞよろしくお願いします﹂
そう言って両手を握られ、ブンブン振られる。
﹁よろしくお願いします。俺も生活が楽になれば良いかな? と思
って始めた事ですし、村にも活気が有った方が良いので、そう言う
風に動いただけですよ﹂
﹁我々の村でも似たような事が起こっている。出稼ぎに出て行った
者達が噂を聞きつけ戻ってきたら、皆同じような反応をするからな。
私の夫も仲の良かった友が戻って来てくれて、散々酒を飲んで戻っ
て来て、その夜はこちらが根を上げるくらい激しくてな、久しぶり
1508
に惚れ直したぞ﹂ ﹁はは、それは良い事ですね﹂
竜族はたくましいな、酒の席じゃ無かったら、あまり聞きたくな
い話題だけどな。しかも両隣の女性が﹁私の夫もよ﹂とか言ってい
る、まぁ良い事をしたと思おう。
﹁しかも、この村から魔王になれる者まで出るとは思ってもいませ
んでした。領地がこの辺りでは無いのが残念ですが﹂
﹁そうだな、あの時の軟弱だと思った男が魔王になったのだ、聞い
た時は驚いたぞ!﹂
﹁自分も嫌々ですよ。いきなり家に現れ、連れてかれて、いざ行っ
てみれば拒否権は無かったんですから﹂
そう言いながら酒を豪快に飲みつつ、俺の背中をバンバン叩いて
来る。正直痛すぎるので止めて欲しい。
﹁んじゃ他にも連れて来たドワーフとか人族にも挨拶に行くんで、
失礼しますね﹂
﹁我々の村や故郷を発展させてくれたカーム君に乾杯じゃ!﹂
﹁﹁﹁﹁乾杯!﹂﹂﹂﹂
そんな音頭を取られ、カップに残っていた蒸留酒を一気に飲み干
し、次のテーブルに向かう。
﹁おう。カームか、酒が美味い村の祭りは楽しいな!﹂
そう言って、ヴァンさんが俺の持っていたカップになみなみと酒
を注ぐ。
﹁零れる! 零れますから!﹂
﹁何を言っている、杯から零れるくらい注がないと、注いだうちに
入らんわ!﹂
豪快過ぎるわ!
﹁ほれ、乾杯だ﹂
そう言って、なみなみと注がれたカップをぶつけて来る、
﹁﹁乾杯﹂﹂
1509
そう言ってヴァンさんは豪快にカップに並々と有る蒸留酒を飲み
干した。
﹁ッアー、やっぱり強い酒は良いねぇ﹂
﹁しかもタダで飲めればなお良いって奴ですか?﹂
﹁わかってるじゃねぇか﹂
そう言って肩をバンバン叩かれる。
﹁そうそう、大体手順を覚えたからそろそろ故郷に戻ろうと思って
る。そうしてあの装置と手順を教え、酒の種類も教え、石炭も山で
取れるが、薪代がかさむから一応木炭作りの手順も教え、二個くら
い故郷に蒸留器を作ったらまたこの村に戻って来るからな。そうし
たらお前の言っていた島に連れて行け﹂
﹁わかりました、そうしたら町まで一緒に銅の買い付けに行きまし
ょう、どのくらいの量の銅で出来るのかわからないんですよ﹂
﹁おうよ、多分暑くなり始める頃には戻って来れるからな、楽しみ
にしておけよ﹂
﹁ありがとうございます、そしてお願いします﹂
﹁おいおい、礼を言うのは俺の方だ﹂
がはは! と大口で笑いながら肩の辺りを叩いて来る。正直竜族
のお姉さんの方が痛かったけど、痛いのには変わりないので止めて
欲しい。
今度は元海賊の、船の細かい修理をしていた船大工と言うか船修
理の人族達の所に向かう。
﹁お疲れ様です、家作りの方はどうですか?﹂
﹁あ、お疲れ様です。最近は俺達四人だけで家を建てさせられる事
も多くなりましたし、木材加工や、簡単な絵図面も全員書けるよう
になりました。親方の話しでは﹃季節が二回廻る頃には全員部下を
付けられるくらいになるんだけどな﹄って言ってくれましたですの
で、もう少し経験を積んだら、島で家も建てられそうです﹂
﹁あの時は無茶を言って申し訳ありませんでした﹂
1510
﹁いえいえ、我々を生かしてくれた挙句、職も与えてくれて、しか
も自立までさせていただけるんですから、お礼を言いたいくらいで
す、むしろ言わせてください、ありがとうございます﹂
﹁﹁﹁ありがとうございます﹂﹂﹂
そう言われ、四人全員から少しづつ酒を注がれ、蒸留酒が入って
いるカップとは別に、カップいっぱいの麦酒が注がれ、再度乾杯を
して、島の話になる。
あれから職人を呼び、魔王城建設予定地に新しい家が建ち、勇者
が住み付き、島の特産物が売れ始め、ご近所の魔族とも仲良くやっ
ていると。
﹁おー、俺達がいない間にそんなに発展してるとか、カームさんの
やる事はすごいですね﹂
﹁ホントすげぇや﹂
﹁俺達も頑張らないとな﹂
﹁だなー﹂
そんな会話に付き合いつつ、一人が仲間の事を曝露する。
﹁こいつ、村にいる女性と仲良くなって、今良い感じなんすよ! もしかしたら島に戻る時に、腹が大きくなってる女性と一緒に連れ
て言って下さいとか言うかもしれねぇっすよ﹂
﹁おい、止めてくれよ﹂
﹁おー良い事ですね、本当良い事です、魔族と人族の壁が低くなる
ことは本当に良い事です、楽しみにしてますよ﹂
俺はニコニコと空にした麦酒のカップを置き、ある意味本命のテ
ーブルに向かう事にする。
﹁一緒に飲ませてもらうよ﹂
そう言って両親や義両親達の席に座る。心臓がバクバク言ってい
るが、話しておかないといけない事だから覚悟を決める。
﹁ヴルストから聞いたんだけど、俺の噂は多分父さん達の耳にも入
っていると思うんだけど﹂
1511
﹁あぁ、入ってる﹂
﹁おう、説明しろや﹂
父さんとイチイさんが少し睨む様にして言って来る。
事の経緯をすべて話す事にした。
島に勇者が来て戦闘になった事、訳を話して和解した事、似たよ
うな仲間を連れて来てもらった事、勇者の考えを聞いてどうしても
俺の存在が必要だった事を。
﹁心配かけ無い様にと思って、黙っててすみませんでした﹂
﹁そうか、その勇者って奴は、根は優しい奴が多いんだな﹂
﹁そして、本当はお前のように争いが嫌いだから、これ以上勇者が
召喚されない様に動こうとしている⋮⋮と﹂
﹁えぇ﹂
﹁あら、そう聞くと、なかなか勇者も良い人族の様に思えるけど、
どうなんだろうね﹂
﹁わからないわねー、けど息子が無事戻って来たって事は、大量に
いた勇者達の中に、一人でも魔族の息子を傷付けようと思ってたっ
て子がいないんでしょう? 随分と噂と違うのね﹂
﹁傷付けられたのは、王都に行く途中の村で、子供達に石を投げら
れただけだよ、子供達にも﹃魔族は悪い﹄って教えをしているのが、
一番心に傷ついたよ。後は全部勇者がかばってくれた。それと、酒
の席でこんな事を言うのも悪いんだけど、戦争を起こしてるのは、
領地を増やしたいと思っている醜い考えの貴族と、金儲けしか考え
ていない権力を持った貴族と、人族の方が偉いって思ってる人族の
教会のお偉いさんだけだよ。島に一番近い港町なんか魔族と人族は
比較的仲が良いし、教会の人も優しかったよ。もちろん俺の与えら
れた島も、皆仲が良いし、最近じゃ魔族と人族が恋仲になってるし、
この村でも一人いるでしょ?﹂
﹁まぁ、そうだが﹂
﹁お、おう、確かにいるな﹂
﹁あー、あの優しい子ね﹂
1512
﹁最初は人族を怖がってたけど、人族の男が何度も優しく声を掛け
て、心を開いたって話じゃない、何かの物語みたいで素敵じゃない。
ね、あなた﹂
﹁あぁ、そうだな﹂
﹁だから心配しないでほしいんだ﹂
﹁あまり心配はしていないが、無茶だけはするなよ﹂
﹁わかってるよ、けど後何回かは行くと思うけど、その時はスズラ
ン達に絶対報告はするよ、何も言わないでいなくなる様な事はしな
い﹂
﹁あたりめぇだ! スズランを泣かせるような事が有ったら、世界
の果てにいても殴りに行くって言っただろうが!﹂
そんな事も言われたな、義父さんは覚えてたんだな。
﹁スズランちゃんもそうだが、ラッテさんも泣かせるような事はす
るなよ、しかも子供達もいるんだ。無茶だけはするなよ﹂
﹁そうだ、ヘイルに勝ってるし、魔王にもなってるけど無茶はすん
なよ﹂
﹁わかってますよ、俺が痛いのと怖いのが駄目なの知ってるでしょ
う? 魔王になってもそれは変わってません。なので安心して下さ
い﹂
﹁あらあら、カーム君も言う様になったわね﹂
﹁本当、なんでこんな子が魔王になっちゃったのかしら、けどスズ
ランちゃんやラッテさんには相変わらず尻に敷かれてるみたいだけ
どね﹂
﹁母さん、止めてくれよ、ってか誰に聞いたんだよ﹂
﹁﹁孫達に﹂﹂
母さん達が声を揃えて言う。
﹁はぁ、まぁ、確かにそうですけどね、けど仲良くさせてもらって
ますし、感謝もしています、ただ子供達に色々教えて、俺に特訓の
成果を見せる為に、帰って来る度に稽古につき合わされるのには勘
弁してほしいよ、最近どんどん強く、姉弟の連携も上手くなってる
1513
し⋮⋮﹂
﹁けど卑怯な手を使ってでも勝っているんでしょう? 昔みたいに﹂
﹁⋮⋮、言い訳はしませんが、俺は嫁達とは違って、生きる為には
どんな卑怯な手を使ってでも生き伸びろと教えてますので、卑怯な
手を使って毎回稽古してます。正直に言えばリリーは不意打ちを警
戒する様になり、攻撃にフェイントが増え、ミエルは弱い魔法の手
数を増やし、俺を抑え込もうとしてきます、正直いつか傷付けちゃ
うんじゃないかと⋮⋮それが心配でして﹂
﹁俺なんか、お前の腕を落とす覚悟で手合せしただろう、それくら
いで良いんだぞ?﹂
﹁リリーは女の子だし、ミエルはラッテの血の方が濃いのか、優し
い男の子に育ってるし、そんな事俺にはできないよ﹂
最初の報告が終わり、後は近状を報告するような形になり、話題
が無くなり﹁そろそろ戻るよ﹂と言って皆のテーブルに戻ると、す
でに出来上がっていた。
﹁この間の泥だらけの草だらけのカームを見てね、僕もやってみよ
うかなって思ってやったらミールに服を汚した事ですごく怒られた﹂
﹁僕もトリャープカに怒られたよ﹂
﹁狩りで視覚と嗅覚を騙して、獲物に近づけるって物凄い良い事な
のに﹂
﹁本当だよ⋮⋮﹂
﹁何言ってるのよ、そんな事しなくても十分な弓の腕を持ってるく
せに﹂
﹁そうです、息と気配を殺し、素早い動きで獲物に近づき短剣で仕
留められるのに何を言ってるんですか﹂
﹁それでも楽な方が良いじゃないかー﹂
﹁そうだよー、気配を殺すのにだって物凄く神経使って疲れるんだ
よー﹂
二人は酔っているのか、普段の口調とは少し違い、さっきの俺み
1514
たいに机に突っ伏し、愚痴をこぼしている。
﹁全身緑色か茶色の、それ専用の服を町で買ってこいよ﹂
﹁カームだってこの間逃げた時は普段着だったでしょ﹂
﹁そーだよ、なんであんなに必死で逃げたのか不思議なくらいだよ﹂
﹁説明できない、お願いだからそれ以上は聞かないでほしい。ただ
ただあの時は逃げるのに精いっぱいだったと思ってほしい﹂
そう言って、俺もシンケンとシュペックと一緒に机に突っ伏しふ
て腐れる事にした。
1515
第102話 島民が死屍累々してた時の事︵前書き︶
適度に続けたいです。
相変わらず不定期です。
サブタイトルは適当です。
1516
第102話 島民が死屍累々してた時の事
故郷での年越祭も無事終わり、俺達の子供はまだ早いし、俺達も
五歳からだったからと言う理由で、あの後は子供達に気を使う事も
無く早く帰った。島の方の年越祭はどうだったのかも気になったが、
少しだけゆっくりしてから帰る事にした。
そして昼食は﹁お父さん﹂﹁パパ﹂﹁﹁のご飯が食べたい﹂﹂と
せがまれ、余り物や保存食の塩漬けを上手く利用し、三品ほど作り、
その後に島に向かう事にした。
□
島の気候は一年中暖かく、冬でもそこまで寒くはならないし雪も
降ら無い、だからパルマさんとフルールさんが無事な理由だ。
コーヒーの収穫は赤道直下で年二回収穫できるらしいが、年越祭
辺りではあまり実が色付かないので、冬の間は収穫できないと言う
訳のわからない環境になっている、深く考えずに、自然の恵みを大
いに利用しよう。
そう思って浜に転移したら、波打ち際には、水生系魚類が、多く
打ち上げられており、少し慌てたが、良く見ると全員酔っぱらって
いた。
そして漁班長とシーラさんが仲良く寝ているのが見え、微笑まし
くなった。
微笑ましかったのはそこまでだった。
﹁船長、いつまで飲んでたんです?﹂
﹁おーカームさん、いまでものんでますよー﹂
とベロンベロンに酔っ払いながら瓶で果実酒を飲んでいる。仕方
1517
が無いので天幕下で静かに飲んでいる副船長の所に足を運ぶが、船
の方からも大声で何かを歌っている様な声が聞こえてるので、そっ
ちでも盛り上がっているのだろう。
﹁副船長、この状況説明できますか?﹂
﹁はい、昨日の夕方から始まった年越祭で、波打ち際では我々と水
生系まぞぐ⋮⋮﹂
オロロロロロ!
﹁⋮⋮﹂
汚ぇ! 港町であんな静かに飲んでいた副船長が、吐きながらダ
ウンしたので、仕方が無いので元魔王城跡地の第一村に向かうが、
そっちも地獄絵図だった。
こいつ等はまだ飲んでいたのだ。
﹁おっさん、もう昼なんだけど﹂
﹁おう、なんか村と違ってあったけぇからよ、どこでもずーーーっ
と飲んでても平気な訳よ、酒も多いからな、その辺に転がってる瓶
を拾えばまだ入ってるぜー﹂
﹁おいキース、お前は昼には飲まない主義じゃ無かったのか?﹂
﹁あん? こんなお目出度い日くらい、そんな約束なんか捨てちま
え! なんかその辺に余ってる肉でも持って来てくれ﹂
そう言いながら手に持った果実酒をゴクゴク飲み始める。
俺は眉間を押さえながら当たりを見回し、TVや漫画でしか見た
事の無い、酒瓶を抱えたまま、頬を赤く染めている榎本さんを放置
し、頭を押さえてる織田さんの所に向かう。
﹁あの、なんかすごく大変だったみたいですが﹂
﹁あぁ、カーム君か、君が戻ってきたなら平気だな、俺はもう寝る
よ﹂
そう言って、与えられた家までふらふらを歩いて行くのが見え、
家の中に消えてった。
仕方が無いので集会場に足を運ぶが、その道中ではハーピー族が
屋根でうつ伏せで横たわってるし、ファーシルはどういう状況なの
1518
か、手押しポンプの水が出る場所でずぶ濡れで寝転がっており、キ
アローレさんとリュゼさんは屋根で未だに歌い続けていた。
集会場に着くと、そこには混沌とした空間が広がっていた。人族
が浴びるように飲んだのか、床がびちゃびちゃで、壁にはアドレア
さんがもたれ掛って寝ておりアントニオさんは床で果実酒まみれて
寝ていた。
島民が俺の方に気がつくと、男女問わず囲まれ椅子に座らされた。
﹁カームさん! なんでこっちで年越祭しなかったんですか!﹂
野草さんが机を両手でバンバン叩きながら、酒臭い声で言い、誰
かがテーブルの上の物を豪快に前腕を使い、物を退け、木のカップ
に果実酒を注いで来る。
おいおい。こんな光景ラピ○タのばーさんしかやってるの見た事
無いぞ。
﹁飲んで下さい﹂
そう言いながら、野草さんが俺に絡みながら酒を無理矢理進めて
来る。
﹁あの、俺は昨日故郷で十分楽しんだので﹂
﹁こっちじゃ楽しんでないでしょー!﹂
﹁はい⋮⋮﹂
いつもとは少し違う野草さんの雰囲気に押され、無理矢理果実酒
を飲まされ、飲み始める事にする。
﹁魔王なんだからもっと豪快に行かないと。ドーン!﹂
そう言っていきなり、カップの底を持ち上げるように持ち上げて
来たので、盛大に口から零れ、鼻に入り、盛大にむせ、胸の辺りが
赤く染まる、野草さんに笑われ、周りの皆も笑っている。
﹁いやーカームさんって普段あんまり酔わないから、どのくらい強
いのかーって話になりましてねー、飲ませてみようって事でー⋮⋮
今っ!﹂
ビシッ! と音が聞こえるような勢いで指を俺に指して来る。
あ、うん、野草さんは酒飲むとかなり残念になる、酒飲んで意識
1519
が無いうちに襲われなければ良いけど。ってかストレスが溜まって
るのか?
まぁ、俺個人が可愛いと思ったけど、男性から言い寄られてる噂
を聞かなかったのは酒癖が悪かっただけなのかもしれない。
﹁はーいじゃんじゃん飲んで下さーい、酔ってるまおーさんを見た
事無いんですからー﹂
﹁そうだそうだ、エノモトじいさんから聞いたぞ、ブレイコーって
言うらしいじゃないか! じゃんじゃん行こうぜ! 次は麦酒だ、
この日に合わせて仕込んだんだからな、たっぷりあるぜ! 次は椰
子の実で作った奴だ﹂
なんか武器みたいな名前に聞こえるが、無礼講だよな。
そして俺の前に三つのカップがドン! と置かれ、三種類の酒が
それぞれ注がれる。
﹁あ、あの、これは?﹂
﹁ぜーんぶ飲むんですよー﹂
そう言いながら俺の隣に座りバシバシ背中を叩いて来る野草さん。
﹁そうだそうだ、カームさんはこっちでまだ楽しんでないんだから﹂
そう言ってもう片方に座り肩をバンバン叩いて来る男性。
﹁まぁ、頂きます﹂
そう言って麦酒のカップを空け、果実酒のカップを持ったら麦酒
をカップに野草さんが注ぎ、果実酒を飲み終わって、ココナッツジ
ュースで作った酒のカップを持ったら果実酒を注ぎ、それが淡々と
続いて行く。
﹁今までこうやって飲んでたんですか?﹂
﹁年越祭はパーッとやらないと、私は生きてて今までこんな盛大に
やった事無いですよーだ﹂
﹁そーだそーだ! この島に来てホント幸せだ! 俺は今死んでも
構わねぇ!﹂
そんな事を言いながらドンドン飲まされるが、その内二人の意識
が怪しくなって来て、ココナッツと麦酒が混ざったり、カップに注
1520
げず全部テーブルにぶちまけズボンがびちゃびちゃになり、本当に
大変だった。
﹁魔王さんお酒強いですねー﹂
野草さんがそう言って机に突っ伏し、隣にいた男性が﹁便所﹂と
いって戻って来なかったりで本当に大変だった。
﹁まぁ、酒の備蓄が無くなって困るの島民だし、俺そんなに酒に依
存してないし﹂
と呟き、集会所の後片付けを一人で始める事にした、こういう時
は、酔って無い奴が損をする法則は顕在か⋮⋮
夕方くらいには多少起き出してくる島民もいたが、その頃にはテ
ーブルの上に有った皿や空き瓶は片付け終わり、綺麗に拭き、後は
床だけと言う所まで来たが、色々汚物にまみれてるので、自業自得
と言う事で皆にやらせよう。
ある程度祭りの片づけが終わり、俺は人族の島民を集め注意をし
ている。
﹁と⋮⋮言う訳で、怒っている訳では有りませんが酒の備蓄が無く
なり困るのは皆さんです。飲むなとは言いません、けど飲んだら吐
くな、吐くなら飲むなです。しかも周りに酒を無理矢理強要しては
いけません、自分のペースも有ります。って言うか、皆さんこぼし
過ぎです。もったいないと思わないんですか? 一応人族の寒村を
見ましたが、あの状況を考えればかなり恵まれていて、嬉しいのは
わかります。騒ぐなとは言いません、前後不覚になるくらい飲むの
は個人の自由です。ですが、色々無駄にする事だけは許せません。
幸いにも肴は食べきってあるようなので、そっち方面は何も言いま
せん。あまり飲んでいなかった女性が子供達の面倒を見てくれてい
た事を感謝して下さい。罰として、しばらく禁酒令を出しても良い
のですが、金や物資が無いと言っても、文化的な物や嗜好品を排除
すると皆のやる気が下がるのでしません。パンと水だけじゃ皆さん
のやる気も上がらないでしょうから。今後、祭りの時は少しだけ自
1521
重して下さい、以上です﹂
俺は胸元やズボンが汚れたままの服で注意し、明日も休ませる事
にして、俺は汚れた服を洗濯する事にした。
◇
﹁なーヴォルフ、俺がいない間皆酒臭くてごめんなー﹂
﹁ワフン!﹂
そう言いながら、腹をワシャワシャして構ってやる。そんな事を
していると、ドアがノックされ、返事をすると野草さんが入って来
た。
﹁あの、昨日は申し訳ありませんでした﹂
﹁いえいえ、全然気にしてませんし、無礼講だったんでしょう? なら気にする事は無いです、それに、普段見られない野草さんが見
れたので、それでおあいこと言う事にしましょう﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
﹁ならこうしましょう、パルマさんとフルールさんとハニービーや
蜂達と協力して、なにか新しい植物の交配とか改良どうでしょうか
?﹂
﹁えぇっと、どの様な意味なのでしょうか?﹂
﹁そうですねー、少し長くなるのでとりあえずお座りください、今
お茶出しますので﹂
そう言って清涼感のあるミントでお茶を淹れ出してやる。
﹁例えばですが、犬や猫や馬辺りで説明しましょう、近親種と言う
か亜種と言いますか、犬や猫ならお互いの良い所が目立つ子犬が産
まれたり、馬とロバが交尾するとラバと言う全く違う品種が産まれ
る場合が有ります、ここまで良いですか?﹂
﹁はい?﹂
わからなそうなので、今度は紙を用意して、簡単な絵を描きなが
ら説明する。
1522
﹁まぁ続けます、植物界でも似たような事が起こります、雌しべと
雄しべが有って、雄しべの花粉と言う粉が雌しべついて、実が成り、
全く別な物が出来る事も有ります。こっちの林檎は実が大きけど酸
っぱい、こっちの林檎は実が小さいけど甘い。その二つを合わせて
大きくて甘い林檎が出来たり、多く実が成るジャガイモが同士を開
掛け合わせて実の多いジャガイモが出来る事も有ります、御二方は
そんな偶然を少しだけいじれる気がするんですよ。植物の精霊か妖
精か魔族かはわかりませんけどね。なので、生産性を上げる為に多
少、その雄しべと雌しべを弄って貰って改良を重ねてもらいたいな
と前々から思っていたんですよ、昨日の酒の席での失態が無くても
です。それだけ期待していたと思って下さい。野草さんの大好きな
トマトが大きく甘くなるように作り変えましょう。けど甘すぎると
料理に合わないので、酸っぱいのも作る事も忘れない様にしましょ
うか﹂
﹁はい!﹂
そう言うと野草さんは目を輝かせて返事をした。
﹁とりあえず﹃この畝は、そのまま食べると美味しいの﹄﹃この畝
は料理に使うと美味しいの﹄って看板建てればいいんですよ、店に
並ぶトマトは一種類じゃなくても良いんですよ、違う種類がいっぱ
い並ぶトマトだけの店が有っても良いんです、それが品種改良なん
ですよ﹂
俺は多少大袈裟に説明して﹁まぁ、種植えて芽が出て花が咲かな
いと無理なんですけどね﹂と付け加えて置いた。
悪いと思っていて謝りに来たのに、何か罰的な物が無いと多少お
さまりが悪いと言う方には、島の利益になる仕事を与えるのが一番
だな。それにトマトが大好きと前に言ってたし、少しは力を入れて
くれるだろう。
将来的には、一定の環境下、もしくは場所以外では発芽しない島
独特の希少植物の交配とかを任せても良いのかもしれない、例えば
コーヒー豆とか。生で豆を持ち出されて、比較的暖かい土地で栽培
1523
されたら芽が出ちゃうからな。確か一世代限りの発芽で、その植物
が育ちきり、種を取って、次の年に植えても絶対に出ないって奴も
有ったからな。葡萄や林檎の苗を買ってきて植林しても良いかもし
れないけど、スイカやメロンの在来種的なウリ科の物を探し出して、
勇者と共に研究させるのも有りだな。俺は詳しくないから本当に任
せるだけだけど。
◇
そんなこんなで、多少は反省しているのか、酔っ払いは見かける
が、浴びるように飲む島民は少なくなったと思いたいし、ファーシ
ルに至っては、目が回るのが癖になったのか、なんか残念な思考が
酒が入ると更に駄目になるのがわかり。キアローレさんに相談した
が﹁あんな楽しい物を子供にも飲ませないのは駄目だ﹂とか言い出
して話にならないので、ハーピー族の飲酒に関しては、こっちの頭
が痛くなりそうなので、もうノータッチと言う事にした。
◇
農閑期の年越祭前後は開墾作業くらいしかやる事が無いので、適
度に休みを増やし、家を増やしたり、榎本さんとの約束を守るため
に、温泉の有る島の南側に向かって道路沿いの森林整備を始め、春
頃に移民受け入れる準備を整え始めていた。
収穫は無いが、店の倉庫が狭いので、定期的にコーヒー店に豆を
運び、会田さんからの連絡が無いかと確認をしていたら、あと三十
日程度で暖かくなると言う頃に手紙が届いていた。
﹁またカームさん宛なんですけど﹂
﹁中身を見なくても大体わかります、お疲れ様でした﹂
少しだけ真面目な表情をして、挨拶だけをして手紙を開く事にし
た。
1524
内容はとても簡素な物だった。
﹃王族、貴族、教会関係者との食事会の準備が整いました、もしか
したら軍部も口を挟んでくる可能性も有ります。場所は城内で行わ
れます。今回は装備品は要りませんが、暗器等の隠し武器などをお
持ちいただければ、安心できると思います﹄
暗器か⋮⋮
敵地での食事会だから、ナイフとフォーク、食器類の投擲は可能
だとしても、魔法は多分平気だと思うが、何か有った時の為に、大
量に重装備の近衛兵がいると仮定して動かないと不味いな。
そう思い、島には戻らずにベリル村に向かい、まっすぐ道具屋の
おっちゃんの所に急いで向かう。
﹁おう、カームじゃねぇか、どうしたこんな時間に﹂
﹁おっちゃん煙草あるかい? それと縫い針を三十本くらい﹂
﹁お前煙草吸わねぇだろ、しかも針なんかそんなに何に使うんだよ﹂
﹁言えません、申し訳ないんですが売ってください、煙草は少し多
めに﹂
﹁まぁ、売ってくれてって言われれば売るけどよ﹂
そして商品を受け取り、実家に帰る。
﹁ただいま﹂
﹁あら、珍しい。こっちに来るなんて﹂
﹁そうだな、まぁ。あの眼は何かをするつもりの目だ、深くは聞い
てやるな﹂
﹁ありがとう父さん、また人族の王都に行ってくるよ、そして作業
が終わったら家に帰って皆にも言うさ﹂
それだけ言って、自室に入り、割れた瓶に水と煙草を入れて煮出
し、煮詰まって、ドロドロの真っ黒なタールを丁寧に扱い、油紙で
何重にも包み、子供の頃に作っていた編マットの端切れでリストバ
ンドを作り、そこに針を仕込み腕に巻けるようにして、長袖で隠れ
るように作った。まぁこれは別に回収されても良いが、首の後ろの
1525
襟やズボンの紐の結び目のや髪の中にもふんわり隠せるか試した。
普段からベルトをしてればバックルに偽装したナイフも急いで作
っただろうが、普段から革のベルトをしている俺には関係が無かっ
たな。正装も持って無いし。
そして針と銅貨を一枚取り出し、思い切り壁に向かって投げ、針
は難なく壁に刺さるが、銅貨は削って刃物の様にしなくても、勢い
だけで壁に突き刺さる事を確認した。
これは︻投擲︼が関ってると思う、当日少し多めにポケットに入
れればいいやと言う思いで、両親に﹁帰るよ﹂と伝えてから家に帰
った。
﹁あ、おかえりー、今日はずいぶん遅いんだねー﹂
そう言って抱き付いて来ようとしたけが、すぐに異臭に気がつい
たのか、寸前で止まった。
﹁カーム君、何か言う事が有るんじゃないの?﹂
俺の奥さん達は鋭いなー。
﹁あぁ、確かに話が有る。子供達は起こさないで良いから、スズラ
ンを呼んできてくれ﹂
普段とは雰囲気が違うので、直ぐに察してくれ、スズランを呼ん
できて、お茶も煎れてくれた。目の前にお茶のカップが置かれ、二
人が俺の方を見ている事を確認し、一息ついてから話し出す。
﹁年越祭前にも話したけど、人族側の王都と勇者絡みで、もう一度
行く事になった。今回は戦闘は無く、話し合いだけらしいが、暗器
程度は用意してくれと書かれていたので、確実に安全とは言えない、
だから明日朝に、皆と一緒に食事をしてから向かう事にする﹂
﹁暗器って、カーム君そんなの持ってたっけ?﹂
﹁針と銅貨が有る、これを忍ばせて持ち込むつもりだ﹂
﹁そんなので本当に殺せるの?﹂
二人からは多少不安の声が漏れる。
﹁まぁ、平気だと思うよ﹂
1526
そう言って手首のスナップだけで針を壁に刺し、銅貨は軽く投げ
て暖炉用の薪に銅貨をめり込ませる。
﹁針は毒を塗ってから投げる積りだ、硬貨が木材に刺さると言う事
は顔に当れば怯ませる事は出来るし、まぶた越しにも目くらいは潰
せる﹂
﹁毒って、草なんかまだ生えて無いじゃん、しかもカーム君普段か
ら毒なんか使って無いでしょ?﹂
﹁毒はもう作って来た。どうやって作ったかは言えない。子供達に
も良く言ってるけど、その辺に有る物は何でも武器になる、ここに
ある物だけでもナイフ、フォーク、皿、熱いお茶、椅子、テーブル
クロス。武器にならないのは食べ物くらいだ、熱ければ武器になる
けどね﹂
﹁わかった。私はカームを信じて送り出す﹂
﹁わかったよ、私も信じる﹂
﹁ありがとう﹂
そう言って、俺は初めて顔を緩める。
﹁まだ風呂に入ってないんだ、二人ともベッドで待っててくれ﹂
﹁珍しい。カームから誘って来た﹂
﹁本当、いつもはこっちから誘っても中々乗ってくれないのに﹂
二人はかなり驚いている。
﹁はいはい、今日は乗っても良いから、二人とも仲良く待っててね
ー﹂
そう言って、俺は体中の煙草の臭いを消し、べッドに向かった。
◇
朝になり、両脇にいる二人を起こさない様に起きようとしたら、
両手をがっちり二人に捕まれてて、起さない様にして起きるのは無
理みたいだ。
なるべくこんな思いはさせたくないんだけどな⋮⋮
1527
まぁ、有ってもあと一、二回っぽいし、それまで二人には我慢し
てもらいますかね。
仕方が無いので腕をゆすって二人とも起こし、二人が覚醒するま
で、散々抱き付かれたり、甘えられたりされ。それから朝食の準備
を始め、子供達が遊びに行くまで一緒に遊び、子供達に心配させな
い様に、日足に挨拶をしてから島に戻り。少ない着替えだけをリュ
ックに詰め、キースとおっさん達と爺さん達に挨拶してから俺は転
移魔法を発動し、人族の王都に向かった。
1528
第102話 島民が死屍累々してた時の事︵後書き︶
多分流れ的に難産が予想されます、遅れたら申し訳ありません。
20150830・1945時追記
※ニコチンは非常に危険です、絶対に真似しないで下さい。煙草を
誤飲した場合は、直ぐに救急車を呼び、水や牛乳を絶対に飲ませず
に吐き出させましょう。
本当に針先に付けて刺さっただけでも非常に危険です。
1529
第103話 王都で皆で楽しく食事会をした時の事︵前書き︶
なんかあんな終わらせ方したので適度に頑張りました。
相変わらず不定期です。
1530
第103話 王都で皆で楽しく食事会をした時の事
俺は王都の地下通路の拡張した広場に転移すると、壁際に椅子と
机が有り、黒髪の男がこちらに近づいて来た。
﹁お待ちしておりましたカー⋮⋮スク水さん﹂
そこまで言ったらもうカームでも良いと思うんだけどまぁいいか。
﹁では案内しますので、このマントと布を顔に巻いて下さい﹂
﹁砂漠の民っぽいですね﹂
﹁はは、面白い事言いますね﹂
そう言いながら階段を上がり、地上に出たら足早に目的地とされ
る、この間とは違う家屋に向かった。
目的地に着いたが、第一印象は﹃デカい﹄だ。町にいた時の共同
住宅より大きいぞ。
﹁やぁ、お久しぶりですスク水さん﹂
玄関のドアを開けると会田さんが出迎えてくれた。
﹁会田さん、仲間内では、もうコードネーム止めません?﹂
﹁ははは、すまなかったよ。で、荷物はそれだけなのかい?﹂
﹁え? えぇ、着替えと、言われてた暗器だけですよ﹂
﹁正装とか無いの?﹂
﹁今までそんなのとは無縁だった俺に有ると思います? しかも手
紙に書いて無かったですよ?﹂
﹁どうしようかな⋮⋮この時代じゃ採寸しないと無理だし、まして
や吊り物なんかないし﹂
﹁もう少し早く事前連絡くださいよ、知り合いに借りる訳にもいか
ないし。それともあれですか? 挑発気味に普段着で行っても良い
んですよ、俺は人族でも無いですし﹂
﹁ソレだと魔族全体が人族より劣るとか言われちゃうよ?﹂
﹁けど何しても無理なんですよね? なら逆に挑発してやりますよ、
1531
それにテーブルマナーで差を付ければ良いんです、そもそも俺だっ
て魔王歴一年に成って無いペーペーですし。威厳? そんなもん脱
着式で、雰囲気で取り付けますよ﹂
そんなやり取りをしながら、当日の打ち合わせをするが、やっぱ
り俺は魔族代表として、座ってるだけだった。
これで旨みが無かったら本当に縁を切るぞ、まったく。
◇
そして、会田さんが手紙を出し、食事会の日が三日後に決まり、
当日になったら、外に出れななかった俺は嬉々として、砂漠の民ル
ックで外に出るが、豪華な四頭立ての四輪馬車が用意されていた。
﹁コレに乗るんですか?﹂
﹁用意された物だから仕方ないさ﹂
そう言って、良く漫画とかで出て来る貴族みたいな服を着ている
会田さんと、その他三名の勇者。この間見た強襲班とは別な人物だ。
背も高く筋肉の有る体で、それでいて知的な雰囲気のする勇者だ。
文武両道と言うような言葉が似合いそうだ。
多少狭いが、俺だけがマントを羽織り、顔を布で隠すと言う格好
だが、別にどうってことは無い、気楽に行けば良いんだからな。景
色を楽しむのには苦労するが。
しばらくし、城門前に着き、御者が何かを言い、分厚い門をくぐ
り、城の敷地内に入り、下ろされる。
そして城て正面の門は王族貴族以外は通れないので来客用の門を
くぐろうとしたが、兵士に止められる。
﹁なんだそのみすぼらしい恰好は! 貴様のような奴が城には入れ
ると思うなよ!﹂
﹁いやいや、この方は今日の食事会で物凄く重要な方でしてね、こ
の方抜きでは話が進まないのですよ﹂
1532
﹁なら顔を見せろ、それにそんなマントを羽織っていると武器を所
持している可能性も有る、脱げ!﹂
別の入り口の門番は終始高圧的だが、まぁ職務に忠実だと思えば
良いさ。そして俺は会田さんを見ると、首を縦に振ったので、脱い
でやる事にした。
気分はク○○ンに正体をばらす、大きくなった悟○だな。
﹁き、貴様は魔族! 敵襲だー﹂
門番がそう叫ぶと、武装した兵士達が俺等を囲むが、勇者達が俺
を囲み、周りの兵士達を睨んでいる。
﹁いやー先ほども言いましたが、食事会で物凄く重要な方でしてね、
今日同席される王様や教会の偉いさんや、貴族様のサインもあるん
ですよ﹂
そう言って懐から紙を出し、ヒラヒラとさせている。
﹁それとも、首を飛ばされる勇気が有るのでしたら、どうぞ、我々
に攻撃を仕掛けてください。まぁ、首が飛ぶ前に、素手で貴方達兵
士なら殺せる程度の力が有る勇者達ですので。しかもこの魔族の御
方も、魔法の方が得意なので皆が守っている間に貴方達を一掃でき
ますが?﹂
上が許可出してサインしてるのに、下に情報が来てないとかどん
な職場なんだよ。本当もう国を会田さんに任せた方が良いんじゃな
いんかこれ?
﹁それが本物である証拠は!﹂
書類が本物である証拠って言われても、書類書いた本人呼ぶしか
ないじゃないか。しかもこいつも引かないなー、あげくに俺の事め
っちゃ睨んでるし。
﹁貴方では話になりません、上の物をお呼びください、貴方達から
手を出さなければ、我々は絶対に手を出しません﹂
﹁その魔族が何かしない保証は!﹂
﹁お前、頭沸いてんのか? 俺達が会合をわざわざぶち壊すような
事すると思うのか? それとも上の命令で俺達を挑発してるのか?
1533
良いから呼んできてくださいよ﹂
﹁スク水さん、喧嘩腰はちょっと﹂
﹁俺は落ち着いてますし、相手の出方で態度を変えているだけです、
物凄く紳士な執事が出て来て対応してくれれば、物凄く丁寧に受け
答えしますよ、こいつの育ちが悪いだけですよ﹂
﹁何だと貴様!﹂
﹁このような事を言われたくないのでしたら、態度を改め、今自分
が話している様に、丁寧に対応して頂ければ自分としては物凄く助
かるのですが。皆さまはどう思われるのでしょうか? お客様とは
いえ、魔族相手には丁寧に出来ない教育でもされてるのでしょうか
? 人族とは野蛮な者なのですね、ねぇ勇者様﹂
﹁貴様! 俺を愚弄すつもりか!﹂
﹁つもりでは無く、すでに愚弄しているのですが。全く話になりま
せん、自分はもう黙りますので、皆様お願いします﹂
﹁散々煽って置いてそれは無いんじゃないですかね? スク水さん﹂
﹁最初に売って来たのはあちらですが?﹂
そんなやり取りをしていたら、少し装飾が派手な奴が出て来て、
俺達の対応をし始めた。
﹁申し訳ありません話は通っておりますので、この者達には良く言
い聞かせますのでどうかご容赦ください﹂
﹁えぇ、自分としては無駄な争いを避けられたので構いませんよ﹂
﹁貴様、ただの魔族なのに何偉そうにしてんだよ! この劣等種が
!﹂
﹁その劣等種に小馬鹿にされる貴方はゴミ虫の糞をかき集めた物よ
り価値のない存在ですね﹂
﹁スク水さん? これ以上挑発すると縛りますよ? 上司の貴方も
なぜ止めないんですか?﹂
やばい、会田さんのあの冷たい笑顔はマジでやばい。
﹁申し訳ありませんでした、あのお方が挑発してこなければ問題は
無かったのですが⋮⋮。もう何を言われても黙ってます﹂
1534
そう言って俺は黙り、門番は面白くない顔をして軽く武器を所持
してないか確認されたが﹁裾上げてみろ﹂とか﹁腕をまくれ﹂とか
は無かった、足にナイフくらいなら隠せるのに、本当にこいつ等は
城の兵士かよ。
廊下を歩いている途中で、さっきの奴の上官が謝罪して来た。
﹁部下が申し訳りませんでした﹂
﹁いえいえ、こちらのスク水も少し頭に血が上っていたみたいで申
し訳ありませんでした﹂
﹁申し訳ありませんでした﹂
一応謝罪だけはしておこう。
そして大きい食堂に案内され、メイドが椅子を引いてくれたので
素直に座り、お偉いさんを待つ事にする。
・
﹃こういう席では偉い人ほど遅れて来るみたいですので、気長に待
ちましょう、それに天井には宇賀神達がいます﹄
と、日本語で言われたので頷いておいた。
多分メイドも教育された者で、逐一こちらの行動を監視してると
思っていいんだろうな。
そしてかなり遅れ、なんか装飾過多な連中が五人入って来たが、
見覚えのある奴だけはこちらを見ようともせず、ずっと視線が変な
方向を向いていた。
あの王様平気かよ、なんか変な汗かいてるぞ。一応体裁は採ろう
としてるのか、真ん中の豪華な椅子に座った。
﹁おいなんだこのみすぼらしい魔族は! こんな奴が重要な魔族だ
と? こんな奴と一緒に話が出来ると思ってるのか? 時間を無駄
にしたな、帰らせてもらうぞ﹂
なんだろう、見かけだけでしか判断できないのってかなり駄目な
んじゃないのか? ここに来る時点で、かなり重要な奴だって気が
つないのかね⋮⋮この貴族っぽい人は。
﹁いやいやいや、少々お待ちを。スク水さん、もうばらしても良い
1535
ですかね?﹂
﹁え? まぁ構いませんよ。責任は取って下さいね﹂
﹁わかりました、何か有った場合の責任はどうにかして取らせまし
ょう﹂
とらせる? 会田さんが取るんじゃないのか?
﹁このスク水と呼ばれた魔族は、魔王と呼ばれる存在です﹂
﹁何だと!﹂﹁馬鹿な!﹂﹁ヒッ﹂
うむ、それぞれ反応が違って面白いな。裏からも聞こえたし。王
様だけは口を開けて目が飛び出しそうになってるけど。さっきの﹃
とらせる﹄と言う言葉を考えると会田さんと何か有ったと思うのが
妥当か。
﹁なら証拠を見せて見よ、魔王の証と呼ばれる物が有るはずだ!﹂
﹁別に構いませんが、立ち上がらないと見せられないので、立って
もよろしいでしょうか?﹂
﹁変な動きをするなよ、少しでも怪しいと思ったら叫び、衛兵が駆
けつけるからな﹂
﹁なら先に行っておきます、足の甲にあり、靴を脱がないと見せら
れません﹂
そう言うと、目の前にいた五人と隣にいた四人が変な声を出した。
﹁ま、まて。私が知っている情報だと。魔王の印とは、手の甲や腕
や額や胸に有ったと聞いているが﹂
﹁あー、刻む場所を選ばせてもらえたので、目立たない場所を選ん
だんですよ。脱いでも良いですか?﹂
会田さんは、手を額に置き、頭を振っている。なんか色々諦めた
感じだ。
まぁいいや、俺は立ち上がり。皮の靴を脱ぎ、靴下代わりに撒い
てた布を取り、膝を胸に抱えるようにして、証を見せる。
あ、今の俺すげぇ馬鹿みたいだ。
﹁う、うむ、確かに魔王の証だ﹂
﹁そ、そうだな﹂
1536
﹁あ、あぁ﹂
﹁あの、座ってもよろしいでしょうか?﹂
﹁う、うむ﹂
場に気まずい空気が流れるが、良しとしよう。
﹁そ、それでだが。ディア殿が持って来た書類なのだが﹂
ディア? AIDAの最後だけ取ったのか、宇賀神さんと一緒で
安直だなー。ってか女性の名前じゃね?
そんな感じで、迷惑料だの、勇者を保護する保障の話し合いが会
田さんの高圧的な口調と知識と下調べのおかげでスムーズに進み、
俺にも一応話が回って来た。
﹁スクミズ殿はどの様な意見なのだ?﹂
なら俺は、言いたい事を言うだけだ、事前に打ち合わせが有った
からな、多少無茶しても﹁通させます﹂と笑顔で言っていたので平
気だろう。
﹁魔族と人族の壁を取り払いたいですね。前に一度、王都まで足を
運びましたが、移動中に子供に石を投げられ、門番には殴られそう
になり大変不愉快でした。何故人族の方は魔族をこんなにまで毛嫌
いをするのでしょうか? 話によれば人族至上主義で、魔族は人族
より劣ると教えているらしいじゃないですか?﹂
・・
俺は聖職者っぽい服を着ている、聖職者に見えない贅肉にまみれ
たジジイを睨みつける。
﹁魔族の何が人族より劣っているのか、是非教えていただきたいの
ですが﹂
﹁知能の乏しい馬鹿に何を言っても無駄だろう、それと同じだ。我
々の神は我々に素晴らしい知恵を与えてくれた、それに比べ魔族は
力に物を言わせる蛮族ではないか﹂
駄目だ、頭沸いてるわ。
﹁なら、なぜ自分は怒りに任せ、暴れ回らないのでしょうか? そ
もそも勇者の知識を借りなければ文化を発展できなかった奴等が何
1537
を言うかと思えば⋮⋮。魔族を蛮族呼ばわりとは、笑いすぎて腹が
痛くなりますよ。先ほども言った通り、自分は子供に石を投げられ、
殴られそうになったと言いましたが、こちらが一切手を出そうとし
ていないのに、人族から仕掛けてきました。よっぽど人族の方が蛮
族だと思うのですが。その辺りについてはどうお考えで?﹂
﹁我々より劣る魔族をどう扱おうと我々人族の勝手ではないか、世
迷い事をぬかすな!﹂
﹁怒鳴れば俺が怯み、主導権が握れると思うなよ豚が⋮⋮。せっか
く紳士的に喋って問題を起こさないで最後まで終わらせようとした
努力が台無しじゃねぇかよ。貴様等人族の貴族や聖職者共の勝手や
位なんぞ知らん、貴様がどのくらい偉いかはわからん。俺や勇者に
とっては全く関係無い地位だと思えよ肉達磨が﹂
俺は冷たく、睨みつけながら言葉を選びつつ挑発する。
﹁き、貴様⋮⋮。誰でも良い! この魔王を殺せ!﹂
﹁良いのか? ここには戦闘系勇者が三人いて、仮にでも魔王と呼
ばれる奴が一人いるんだぞ? 誰かが切りかかる前に、ここにいる
全員を始末出来ると思うぞ? なぁ落ち着こうぜ、いまさらどうし
ようもない身体的な事で貶した事は謝罪するけどさ、頭に来たから
怒鳴り散らすような短絡的な思考すんなよ、俺からしてみればお前
の方が立派な蛮族だぜ?﹂
そんな事を言うと隣にいた勇者が、少し驚きながらこちらを少し
見たが、続けることにする。
﹁スク水さんも落ち着きましょうね﹂﹁スクミズ殿落ち着いて下さ
い﹂
会田さんと、あまり発言しない気の弱そうな貴族に注意され、多
少は落ち着いたが、まだ発言を止める気は無い。
﹁申し訳ありませんでした、あの方は多少無視して、話を続けさせ
てもらいますね。とりあえず自分の望みは戦争終結。それが出来な
いのならば、試験的な物として、魔族側の大陸の、テフロイト付近
にある戦線を一時停戦と言う事にしていただきたい。自分の聞いた
1538
話では、人族が領土欲しさに、乗り込んできて始めた戦争と聞いて
います。
自分も五回前の秋から雪が降るまで戦線裏の最前線基地にいました
が、戦線が行ったり来たり、最前線基地には戦線を突破して来たの
か、回り込んで来たのかわからない人族の部隊が偶に来る程度。し
かも物資も乏しく、攻城兵器もろくに無く、最前線基地の常駐防衛
戦力だけで全滅させられる。そう言うのが多かったですね。
この様な不毛な事を止めて、民からの税を軽くして、国力を蓄えた
方が頭の良いやり方だと思うんですよね。王都に来る途中に寄った
寒村は、皆餓えに苦しみ、男手も少なく、もう絶望しか無い中、死
ぬ事も出来ずに生きてるだけと言う感じでしたね。
もしかしなくても、戦争の為に重税を民に強いて、払えなければ男
手を連れて行き戦争に参加させるように、法を作ったとか言いませ
んよね? どう見ても先細りの非生産的じゃないですか?﹂
俺が呆れたように発言すると、
﹁我々人族が勝ち、魔族を奴隷にすれば良い話だ! 何を世迷い事
を!﹂
﹁あの、自分の話を聞いてました? 貴方達が蛮族と言った魔族の
俺が、人族の寒村の心配をしているんですよ? たかが大陸の一部
を乗っ取ったくらいで何を言ってるんですか。大陸間を結ぶ物資を
運ぶ手間や食料、人員はどうするんです? 明らかに敵側の大陸を
占領するのには全然足りませんよ? 頭大丈夫ですか?﹂
﹁うるさい! 貴様こそ停戦とか言いながら、その隙を突いて攻め
てくるつもりであろう!﹂
﹁自分がやってる事は、他人も同じ事をしているに違いないと思う
のは止めた方が良いですよ、それともプライドが高くて言った言葉
をひっこめる事が出来ないんですか? それとも重税を課して、私
腹を肥やすのが目的なんですか?﹂
﹁ぐっ⋮⋮﹂
﹁はぁーーっ、図星ですか、どっちが本当かわかりませんし、興味
1539
は有りませんが、そんな糞みたいなプライドなんかドブ川にでも捨
てて、税を軽くし、民の事を思った方が良いと思いますがねぇ、そ
の内取れる物も取れなくなって、暴動が起きて、国外に逃げる事に
なりますよ。この国の他に隣国が有る事が前提ですがね。それとも
王都の外にいるスラム化した民衆を煽り、隆起させて、門を破壊し、
王都内になだれ込ませても良いのですよ? なに、簡単ですよ、自
分の見た感じではこの王都への不満は相当な物と思いますし、火を
つけたらあっという間に不満は怒りに変わりますよ。そうですね、
貴族は私腹を肥やす為に重税を強いている、戦争に男手が必要だか
らわざと重税を強いている、この人数なら王都を半壊させられる、
見よ! と、言いながら大きな門を破壊すれば⋮⋮。火種はこんな
物でしょうね﹂
﹁貴様!﹂
﹁やれやれ、敵は魔族だけじゃないって事を教えてあげましょうか
?﹂
俺は、少し高圧的に言うが、丁度良くドアが開き、食事が運ばれ
てきてしまった。
﹁さ、さあさあ、腹が減っては怒りっぽくなりますし、まずは食事
でもどうでしょうか? 国王専属のコックに作らせた物です﹂
﹁この食事だけで、寒村の何人にパンが配れるんでしょうね、まぁ、
出された物はもったいないので処理しますが﹂
そう言って、前世で大量に出回っていた様な白磁の皿に、ガラス
のグラスが置かれ、後ろに立っていたメイドが、果実酒を注いで来
る。コレを見ただけで、勇者が持ち込んだ知識だと一発でわかる、
魔族側の文化を見ても、木製の食器が多いからだ。
﹁ささっ、まずは乾杯でもしましょう﹂
気の弱そうな貴族が、そう言って、全員がワイングラスを持ち、
乾杯の挨拶をするが、勇者達は一口もつけずにグラスをテーブルに
起き、果実酒を飲もうとはしない。
ここは敵地で、ましてや毒が入ってるかわからない様な果実酒を
1540
飲むはずもないし、銀製の食器でも無い。まぁある程度の毒にしか
反応しないけどな。
けど俺は行く。会田さんにカードを切らせる為に! 少し多めに
報酬下さいね。
俺は果実酒を一気に飲み干す。隣にいる勇者が小さく﹁あっ﹂と
声を上げるがもう遅い。食道が熱く、胃の形がはっきりとわかる、
目の前の聖職者や貴族たちがニヤついている、やっぱりな。
︻スキル・毒耐性:5︼を習得しました。
良いねぇ、やっと子供の頃からの苦労が報われた気がするよ。
俺は平気な顔をして、ワイングラスを起き、後ろのメイドにお代
わりを注いでもらった瞬間に瓶を奪い取り、口を開く。
﹁いやぁ、素晴らしい果実酒でした。この様な果実酒は是非とも皆
さんに多く味わっていただきたく思い、半分ほど空いたグラスに注
がせていただきますね﹂
俺はいやらしい笑顔をしたまま立ち上がり、あっけにとられてい
る皆を無視し、本来なら制止させられるのだろうが、全員の横に立
ち、果実酒を注ぎ、自分の席に戻り手酌でグラスに注ぎ、香りが良
く、ナイフで抵抗無く切れるくらい柔らかい肉料理を一切れ食べる
が、こちらも毒と言うスパイスが利いていている。
・・・
そして、もう一度果実酒を飲み干すが、今度はしっかりと味がわ
かった、確かにこれは美味い果実酒だった。
俺は、目の前にいる奴等を睨みつけながら低い声で話しかける。
﹁さて、皆様の喉も潤いましたし、会合の続きでもしましょうか⋮
⋮。美味しい果実酒でしたよ。あれ? 皆様はもう飲まないんです
か? それとも魔王である私が直々に注いだ物は飲めないとおっし
ゃるのでしょうか? そんな事無いですよね、後ろに立ってるメイ
ドさんが注いでくれた瓶から、注ぎ足しただけですから問題は無い
ですよね﹂
1541
俺
目の前でニヤニヤしていた貴族達が、毒殺が失敗したと言うより、
毒そのものが効かない魔王に対し、どう思っているのかが気になる
が、言葉が帰って来ないので続けよう。
﹁おやおや、毒が効かないからって呆けないで下さいよ︱︱良いか
? これでお前達が不利になった事は確かだぞ? これからの言動
には注意しろよ糞袋共が﹂
声を低くし、視線だけ動かして全員を睨み、最悪のカードを切ら
せた事だけを伝えた。
﹁ま、まぁ、確かに我々を殺そうとした事は、こちらにとってかな
り有利に事が進みます、毒を仕込んでくれてありがとうございます。
毒を仕込んでないと言うのであれば、スク水さんが注ぎ足した果実
酒を飲むか、我々がまだ口を付けて無い果実酒を飲むかして下さい
ね、そうしないと﹃毒なんか入れてはおらぬ!﹄では通じませんか
らね﹂
会田さんが数ヵ月前の時の様な顔になり、冷たい笑みを浮かべて
いる、正直あの笑顔の時は関りたくないな。
﹁もう良い、こいつ等を殺せ!﹂
偉そうな貴族が言い放った。まぁ貴族だから偉いんだけどな。 追い詰めすぎたな。そう思った瞬間に、ワインを振り向きながら
メイドや近衛兵にぶちまけ、髪と首の裏の襟の所に仕込んだ針を取
り出し、先ほど酒を注いで回った時に確認していた、後ろに立って
いたフルプレートメイルを着てる奴の兜の隙間を狙って投げ込み、
左手をポケットに突っ込み、ナイフを抜こうとしているメイドさん
の手の甲をめがけ、右手で一枚一枚銅貨を投擲し、部屋にいるメイ
ド全員に近い奴から銅貨をめり込まる。椅子を持って思い切り鎧を
着こんでいる奴を殴り、毒で変色しているナイフとフォークをテー
ブルを挟んだ向かいの奴等に適当に投げ、左手で黒曜石のナイフを
逆手で生成しながら、手首に巻いてあるリストバンドから針を抜こ
うとしたら、天井から宇賀神さんと、真っ黒い鎧を着た、体中に武
装した自分よりでかい鉄板の様な剣を持った奴が落ちて来た。
1542
隣にいた勇者も応戦するのを一瞬だけ止め、振って来た黒い影を
目だけで追っていた。
この間見たあいつだ、まさか上にいたとはな、もう会えないかと
思ってた。
﹁伏せろ⋮⋮﹂
そんな声が聞こえたので、急いで伏せたら、メイドさんを巻き込
み、フルプレートメイルを着こんだ近衛兵を、持っていた鉄板で横
一文字に力任せで切り倒し、振った勢いで鉄板を上段に構えてから
振り下ろし、今度は別な奴を半分に叩き切った。
貴重なメイドさんが二人ほど巻き込まれたが、ナイフを抜いてい
た時点で諦めよう、あのメイドさんは敵だ。あとで会田さんに頼ん
でメイド服を数着貰うか、何に使うのかって? ナニに使うんだよ!
少しだけ思考がが明後日の方向に向いていたら、狂戦士さんが胸
に有る投げナイフを襲い掛かって来るメイドさんに投げ、奥の方で
は宇賀神さんが鎧と兜の隙間にショートソードみたいなのを差し込
み、どんどん処理していた。
後はメイドさんや伏兵に注意してれば問題無いな。そう思いなが
ら逃げようとしていた気が弱そうだった貴族のふくらはぎに使い損
ねた黒曜石のナイフを投擲し、それに気がついた勇者は近衛兵の武
器を奪い、ドアの両側に立ち廊下からの援軍を警戒している、後は
楽しい楽しい話し合いだな。
問題は、ここが血の臭いがこもるブラッドバスになっちゃったっ
てなだけだね。メイドさん真っ二つだし、鎧は中身事真っ二つだし、
質量の有る物を振り回すって、それだけで凶器だな。
﹁我々はこうするつもりは一切無かったんですよ? ただ、根気良
く話し合いをして、話を詰めて行き、お互い納得いく結果を出した
かったのですが⋮⋮こうなっては仕方ありませんよね? と言う訳
で我々のこの要求を飲んで頂きたいのですが⋮⋮、別に無茶な事を
言っている訳じゃないんですよ、ただ一時停戦をして、税を減らし、
1543
私腹を肥やしている貴族や聖職者共から財産の五割を没収し、状態
の酷い寒村からある程度分配していくだけですよ。もちろん書類を
見たり監査を入れて地方の貧乏貴族からとれないと判断すればもち
ろんとりませんがね、悪質なら七割持って行きますよ、心配しなく
て良いですよ、我々は、我々が住みやすい土地にしようとしている
だけですので﹂
椅子には会田さんと宇賀神さんと狂戦士さんと俺が座り、全員転
がっていた武器を持って、血まみれの笑顔で対応している、もちろ
ん三人の勇者は武器を奪えるだけ奪って、廊下に出て、ドアを死守
している。
しかも毒殺されそうになり、俺が未然に防ぎ、狂戦士さんや宇賀
神さんが下りて来てくれて、俺達や相手はほぼ無傷で生き残ったの
で、物凄く冷たい笑顔で、こちらが言った要求をすべて相手に押し
付ける形を取っている。無慈悲すぎるな。
﹁慰謝料として貴方達からこの場にいる七人にも多少の金銭も頂き
ますので覚悟していてください。我々の国には、相手を殺した場合
は、その家族に対して、その殺された人が働け無くなるまでに稼げ
るお金を、渡さなければいけないと言うのが有りましてね。例える
なら、我々が季節が一巡するまで働いて、金貨二枚稼げるとしまし
ょう、人族が働けるまでの年齢は七十歳まで現役だとして、我々の
年齢が三十だとしましょう、そうすると一人金貨八十枚が妥当です
ね、しかもここには七人いますので金貨五百六十枚ですね、あぁ、
大金貨と言うのも有るんでしたね。それなら五十六枚で済みますよ。
・・
私腹を肥やしている貴方達なら些細なお金ですよね?もちろん財産
の五割を取ってからの話になりますので、それはそちらで良くお話
し下さい﹂
さらに酷い事を言い始めた。止めてやれよ、全員涙目じゃないか。
けど一人八千万円程度と考えればラッキーだと思おう、けど会田
さんの事だからこの間参加した、勇者達に均等に分配するんだろう
な。
1544
﹁あー、こちらのスク水さんはまだ十五歳ですので、さらに金貨三
十枚追加ですね。いやー長寿種と確定してないで良かったですね。
しかもこの方はかなり稼いでますので、季節が一巡で金貨二枚って
事は絶対ないですので、金貨百枚程度で済んで良かったと思った方
が良いですよ﹂
・・
おいおい、この状況でさらに搾り取ろうとするなよ、俺が恨まれ
るだろ⋮⋮
﹁では、この書類全部に全員がサインして下さい、命を大金貨五十
六枚で買ったと思えば安いでしょ? 一人大金貨十一枚程度と思え
ばさらに安い!﹂
ノリノリだな、ノリノリすぎて、あんまり追い詰めると自殺する
ぞこいつ等。最悪家族や使用人を巻き込んだ無理心中するぞ。
資産の五割持ってかれて、さらに一人一億円を俺等に払うんだろ
? 桃太郎が電車に乗って日本を駆け回るゲームでも、一気に資産
が半分減るとか泣くぞ。
□
・・
会合が無事終わり、最初に案内された家に帰り、皆が一息ついた
時に会田さんが口を開いた。
﹁まさか毒入りワインを一気に煽るとは思いませんでしたよ、しか
も飲んだ瞬間に相手がニヤニヤしてたので焦りました、なんで平気
だったんですか?﹂
﹁強いて言うなら毒に強いだけです、ある程度賭けでしたけどね。
解析持ってる方がいたら。その方に聞いて下さい、もちろん教えろ
と言うのであれば﹁教えてください﹂
﹁早いですね⋮⋮。まぁ隠すような事じゃないんですが、俺には毒
耐性5がついてます﹂
﹁はぁ?﹂
会田さんの、こんなマヌケな声を聴いたのは初めてだな。宇賀神
1545
さんも一緒の部屋にいた勇者達も驚いている。
﹁いえ⋮⋮その⋮⋮転生が嬉しくて、ゲームみたいに何かできない
かな? と思って状態異常耐性付かないかなと思いまして、毒草を
食べて抗体を作り、毒に強くなろうと思ってたら、毒耐性が本当に
ついちゃいまして⋮⋮﹂
中身がおっさんなので恥ずかしそうに言った。
﹁そう言う情報は早めに教えてくださいよー。あの状況で、食事が
来て、食器が銀製じゃなければ毒だってわかるだろ! って叫びそ
うになりましたよ﹂
﹁いえ、会田さんに良いカードを出させる為に博打に出ました。な
ので相手は最悪なカードを出した事になりますね。だって俺には毒
が効かない上に、自分達に注ぎ足された酒を飲んで無毒と証明して
見せろって言われたら、仕組んだ側は誰も出来ないでしょう?﹂
﹁そりゃそうですけど、今度は事前に教えてくださいね﹂
﹁この流れだと次は無さそうですけどね﹂
﹁まぁ、上手くやります。ある程度の準備が整い次第動き始めて、
本格的に決まった項目を書いた手紙を店に届けます。今回のでかな
りの借りが出来ましたからね、多少金銭面とかで優遇しても誰も文
句は言わないと思いますよ﹂
﹁あぁ、あんな事出来るもんじゃないぜ、文句もでねぇだろ﹂
喋り方もそれっぽいんですね、狂戦士さん。
妖精はいないけど、ハニービーならいます、俺に島に来てくださ
い。とも言えないしな。あの戦力は会田さんにもう既に引き抜かれ
てる気がするから止めておこう。
﹁んじゃ帰りますね﹂
そう言って俺は、例の下級層の集合住宅の地下から、家族に無事
を知らせる為にベリル村に転移した、メイド服を四着ほど貰って。
1546
第103話 王都で皆で楽しく食事会をした時の事︵後書き︶
やっと毒耐性が役に立ちました。
1547
第104話 娼館へ行った時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
二話の前後編に別けようと思いましたが、中途半端な文字数になっ
てしまったので、一話にしました。文字数を管理できずに申し訳あ
りません。
1548
第104話 娼館へ行った時の事
夜も更け、子供達が寝た頃に子供抜き会議が始まった。テーブル
の上には、広げられた露出の少ないメイド服、黒をメインとしたも
ので、中には白いシャツを着て襟が見えるようになっており、赤い
紐ネクタイと、フリルの沢山ついた白と黒のボンネットと、白のエ
プロンドレスが並べられている。
そして俺は今、持ち帰ったメイド服の事で、嫁達に軽い尋問をさ
れている。
﹁なんでこんな女物の服を持ち帰って来たのか。それを教えて欲し
い﹂
﹁私も気になるなー、なんでこんな使用人服を持ち帰って来たのか。
トリャープカちゃんにもで渡そうと思ったの?﹂
﹁いや、そんな訳じゃ⋮⋮﹂
﹁じゃあ。なんで王都から持ち帰ったのを黙っていたのか教えて﹂
﹁言い出すタイミングを逃しただけだ、これは本当だ﹂
﹁なんで言わなかったのかなー?﹂
嫁の一人は睨むようなジト目で、もう一人は物凄く笑顔だが妙な
威圧感が有る。
﹁二人に着てほしかったんだ、これも本当だ﹂
あ、言っておいて、自分でも言い訳にしか聞こえない。
﹁じゃあ。なんで洗濯物と一緒に出さなかったの?﹂
﹁こう。出すタイミングがね?﹂
﹁ほほーう、出すタイミングですかー? ぜひ聞きたい物ですねー、
スズランさん﹂
﹁ん﹂
﹁あ、いえ、夜にでもと思いまして﹂
﹁なんで使用人服と。夜が関係あるの? 私に教えて?﹂
1549
﹁あー、私わかったー。カーム君は、コレを私達に着せて楽しみた
かったんだよ﹂
﹁どういう意味?﹂
﹁あのね﹃この服を着てほしい﹄って、前の職場で色々私物の持ち
込みのお客様がいたんだよ。それでね、こういう使用人服を着せら
れた子がね、こう⋮⋮﹂
ラッテは事を細かに話だし、スズランに説明している。そして俺
は恥ずかしさのあまり﹁あ゛∼﹂といいながらテーブルに両肘をつ
きながら、頭を抱えている。
﹁つまり偉い人になった気分で。正妻がいるのにも関わらず。雇っ
ている好みの給仕に手を出す。雇い主役をやりたかった?﹂
﹁そーそー、大体合ってるよー。男ってーもんはそう言うのに憧れ
るもんだよー。使用人さんは、逆玉の輿を狙えるか、脅されてイヤ
イヤのどっちかになるんじゃない? どっちも良い物だよー成り切
ってするのは。まー、カーム君の事だから給仕さんとイチャイチャ
したいだけなんじゃないのー? 成りきってするのも良い物だよー﹂
鋭い⋮⋮。恐ろしい子! けど二回も言わなくても良いじゃない
か。
﹁はい、イチャイチャしたいだけです。ですが多少差違が有ります。
正妻無しで、雇ってる使用人とちょっと良い関係でお互い身分の違
いから踏ん切りがつかず、今日にでもいい感じになって、ベッドイ
ンってのがしたいです﹂
﹁ちょっと細かいなー。つまり、そう言う設定でー、私達二人を相
手にしたいと?﹂
﹁はい﹂
そう言うと、スズランはいきなり立ち上がり、服を持って、ラッ
テを連れて部屋の方に行ってしまった。行動力有りすぎるな。少し
聞き耳でも立ててみようかね⋮⋮。
﹁こういう服は着た事が無い。教えて﹂
﹁まずは私が着るから、見て覚えて﹂
1550
﹁何で背中にボタンが有るのかが。理解できない﹂
﹁装飾とかの理由じゃない? こっちは前にボタン有るしデザイン
も違うよー?﹂
俺も知らんな、なんでだろう。
﹁じゃーん、こんな感じでどーよー!﹂
﹁⋮⋮足がスース︱する﹂
相変わらずスズランは恥ずかしそうにしそうにしている。ナイス
だスカートを考えた奴! かなり前から布を撒くだけの習慣は有っ
た気がするけどね。
けど下着の上に筒状の布を巻いてるだけで、色々本当に風とか困
りそうだ。どこかの国の正装で、男のスカートが有ったが、局部の
ムレを防いで衛生的にとか聞いた事有ったな。ノーパンらしいし。
民族衣装だからいいけど、日本でやったら、青い服を着た人達に、
鎖付きのシルバーブレスレットをプレゼントされてしまう。
あるじ
﹁で、なんて呼べばいーのかなー? ご主人様? 旦那様? それ
とも主殿?﹂
﹁ラッテがご主人様で、スズランが旦那様﹂
﹁なんで違うの?﹂
﹁雰囲気や喋り方で﹂
スズランは和風なイメージが強いしな。
﹁ね? これが男って奴だよースズランちゃん﹂
﹁別にカームだから良い﹂
そんな事を言われながら寝室に行くが、二人が目を合わせて、お
互いに一度だけ頷いた瞬間に、二人のメイドに組み伏せられた。
﹁ご主人様、今晩こそは観念して、私達に種を! 私達に全てを任
せ、寝転がっているだけでいいのです!﹂
﹁旦那様が私達に中々手を出さないのが悪い﹂
そう言われ。足はスズランが、手はラッテが抑える形になり。ダ
1551
ボダボの上着やズボンを脱がされ、主人と使用人の立場が逆になっ
てる。ってかノリノリだな! ノリノリすぎていささかびっくりし
たわ。
﹁まって、なんでこうなてるの!﹂
﹁旦那様はこういうもの好きと。話を聞きましたので﹂
それは君が、町で俺を襲った時に出来た噂だね。
﹁私はスズランさんからお聞きしましたので﹂
君は面白がってノってるだけだよね?
﹁私達を散々心配させた罰だよー﹂
﹁私達に襲われて﹂
なんか最後の方は本音だったし。言葉使いも戻ってた。やるなら
最後まで徹底してくれ。
◇
はい、もう朝です。俺の両脇には幸せそうに寝ている妻達。昔か
ら散々心配させて戻ってくるといつもこうです⋮⋮。まぁ、気持ち
はわからなくは無いですが⋮⋮。
ベッドの周りには脱ぎ棄てられたメイド服と、俺の服。
どこから持って来たのか俺の両手首を縛ってベッドに縛られてた
紐。俺にそんな趣味は無いのにな、多分スズラン辺りが相談して、
ラッテが案を出したに違いない。
しかも、あとが残らない様に緩めに縛ってきたのもラッテなので、
色々わかっている気がする、あまり妻同士の策略は知りたくないが、
多分雰囲気重視なんだろうな。なんか二人がいつも以上に興奮して
いた気がするけど。
メイド二人に襲われる俺。まさか異世界で経験するとは思わなか
った。
軽い気持ちで貰って来る物じゃないな⋮⋮
まぁ、凄く良かったけどな⋮⋮
1552
その日の洗濯物に、メイド服が追加され、村中に噂が広がったの
は、良く考えなくてもわかる話だった。
そして三馬鹿に酒場で今後も散々ネタにされるんだろう。
◇
それから季節が暖かくなり、店にコーヒーを届けに行くと、また
手紙が有った。
でかでかと、スク水へと書いて有り、モンムススキーと書いてあ
った、仕方が無いので手紙を読み、門前酒場にいるらしいので、急
いで向かう。ってかアイツ字が綺麗だな、かなり意外だわ。
あいつがいると言う事は、つまりそう言う事である、ある程度方
が付いたと言う事だろう。
﹁おう、来たかスク水﹂
﹁カームです、今更名乗るのはおかしいですけどね﹂
﹁北川だ、これが会田さんから預かった手紙と、金だ。今手紙を読
んで。中身を確認してくれ﹂
そう言われて、手紙を流し読みして、金銭の所だけを確認して叫
びそうになった。
今十五歳で、金貨三十枚を足してとか言ってたお金がそのままで、
さらに手に入ったお金を、参加した勇者の頭数で割った金額が書か
れていた。
この金額を運んでくるとか。幾ら勇者でも怖くてできないぞ。そ
して俺は大金貨と金貨と大銀貨が入ってる袋を確認し。書かれてた
金額が揃っていたい事を確認した。
﹁おい、ちゃんと有ったんだろう? 今度は約束を守れよ﹂
﹁あー、あぁー、大金を持ち歩くのは怖いので、この金をさっさと
ギルドに預けたいんですけど、ギルドカード持って無いので、一回
1553
自宅に行って良いですかね?﹂
﹁構わないぜ﹂
﹁じゃぁ、おれの店に行きましょうか﹂
﹁その前にこいつを受け取ってくれ、会田さんから別の手紙だ、後
で読んでおいてくれ。今後の事らしい﹂
﹁わかりました﹂
そう言って立ち上がり、店に向かうが、途中で質問が飛んで来た。
﹁なんで店なんだ?﹂
﹁色々転移には制限が有りますし、なにせ目立ちますし、発動させ
る俺も目立つので。あと、ある意味この町ではちょっとした有名人
ですので。サンドイッチマンになって大声で宣伝活動してましたし﹂
﹁そうか﹂
俺は店の鍵を開けて、注意事項を説明してから故郷に転移した。
﹁ここが俺の育った村で、アレが俺の家です。話を付けて来るので
少しだけ待っててください、北川さんの琴線に触れないとは思いま
すし、お茶を出したいんですが、色々な意味で妻達を見せるのには
少し抵抗が有るので﹂
﹁妻がいるのか! しかも達だと!﹂
﹁子供もいますよ﹂
﹁なん⋮⋮だと⋮⋮﹂
﹁はいはい、そんな昔のネタは良いですから、少し待っててくださ
いよ﹂
そう言いつつ、客かどうか微妙な立ち位置の男を放置して、家の
中に入り妻達に説明する。
﹁ってな訳で、当面の生活費として両替した銀貨とか持ち帰ってく
るよ﹂
酒場での大金貨とか金貨の話をサラッとしたら、ラッテだけが食
いついた。
1554
﹁私さー、金貨は見た事有るんだけどさ、大金貨は無いんだよねー
見せてよ﹂
﹁構わないけど、あーそうだ。子供達にも後学の為に少し見せてお
くか﹂
そう言って子供達にも大金貨と金貨を見せて持たせてやる。
﹁なんかずっしり重いし、綺麗﹂﹁なんか細かい装飾があるね﹂
コメント一つで、考え方の違いがはっきりわかかる発言ありがと
う子供達よ。
﹁ってな訳で、外に勇者を待たせてるからちょっと、男同士の約束
でスイートメモリーを紹介して来る。なんかセレッソさんに伝える
事とか有る?﹂
﹁私はすごく幸せです、だけかなー、ってか買って来るの?﹂
笑いながら物凄くジト目で見られるが、はっきりと言う事にする。
﹁向こうで知り合った勇者が、魔族の女性に興味が有りすぎて、全
員夢魔族の店を知ってるよって言ったら物凄く食いつかれてね。今
から紹介に行くだけ﹂
﹁スイートメモリーって?﹂
﹁そうだねー、綺麗なお姉さんがいっぱいいてー、お酒を飲む所か
な。男の人が行くところ﹂ ﹁お父さんも行ったの?﹂
リリーが興味深く聞いて来る。ここは誤魔化すべきか? まぁラ
ッテとの出会いの場だし、話しておくか。
﹁行ったよ、町でお仕事してた頃に先輩や偉い人に連れられてね、
そこでラッテお母さんと出会ってね。それから猛アタックされたん
だ﹂
ラッテを見ると、笑顔で親指を立てている。﹁上手く誤魔化して
くれてありがとう﹂って所だろうな。
﹁私は行く事に反対はしないけど。買わなければ良い﹂
スズランさん、空気読んで!
﹁買うってなーに?﹂
1555
そしてミエルが反応する。正直に言うか、誤魔化すか、そろそろ
五歳だしな、どうするかな。そう考えてると、裏の方でラッテが頭
の上で大きくバツ印を手で作っていた。
﹁綺麗なお姉さんがいる所は、お酒や料理が高いんだよ、だから買
っちゃ駄目って事だね﹂
俺! 物凄く上手い誤魔化せ方したと思う! ラッテも腕を組み
ながらうんうんと頭を縦に振っているし。今度スズランには空気を
読む事を教えよう。
﹁勇者を紹介して、セレッソさんと少し話したら、前に住んでた共
同集宅に足を運んで、そこで少し挨拶してくるだけだよ。んじゃギ
ルドにお金を預けてくる、こんなの有っても村じゃ使えないだろう
?﹂
﹁そうだねー、大銀貨でも嫌がられるのに。けど醸造蔵なら使える
かも﹂
﹁そんなにお酒は買いません。けど両替だったら出来るかなー。け
どこの村にベリル酒を商人が大量に買いに来たら金貨が動くかもね、
まぁ勇者を待たせるのも悪いからそろそろ行くよ﹂
﹁楽しんできてねー﹂
﹁すみません、おまたせしました、この時間ならまだ門が開いてる
から急ぎましょう﹂
そうして話を切り上げ、勇者と共にエジリンに転移した。
門から少し離れた所に転移し、町の方に歩き出す。
﹁なぁ? なんで町中に転移しないんだ?﹂
﹁通行料、魔法処理されてる証明書、これが無いと出る時に困るで
しょう? 俺は持っているのでそのまま出れるので関係ありません
が﹂
﹁おいおい、俺を送り返してくれないのかよ﹂
﹁目標が有って、海を渡ってここまで来たと思えば良いじゃないで
すか、あんな事も有ったんで、旅してもいいんじゃないんですか?
1556
ギルドカードくらい有りますよね?﹂
﹁そりゃあるけどよ﹂
そんな会話をしていたら門に着き、懐かしい顔が俺を出迎えてく
れた。
﹁おー、カームじゃねぇか、どうしたこんな時間に﹂
﹁お久しぶりです。知り合った人族が、どうしても夢魔族の娼館に
行きたいって言うから連れて来ただけですよ、人族だからって警戒
しないで下さいよ﹂
﹁わかってるよ、こんな町でも数人だけ人族がいるからな、大陸の
中の方まで来てる人族は喧嘩なんか吹っ掛けてこねぇよ。で、名前
でも聞こうか﹂
﹁北川だ﹂
﹁出身は?﹂
﹁人族の王都の、ラズライト﹂
初めて知ったわ。会田さんはいまさらそんな説明はしないし、俺
も地名とか必要無いとか思ってたし、興味すら無かったからな。
﹁滞在目的はもう聞いたから良いな﹂
そして、俺が初めて来た時の様に、スラスラと何かを書き始め、
判を押し、紙を出して来る。
﹁聞いてると思うが、通行料は大銅貨五枚だ、なければ隣のカーム
に出してもらえ﹂
﹁相変わらずひでぇな﹂
そんな事をしていたら、俺と北川さんが大銅貨を出し、どうでも
良いような懐かしいやり取りは終わった。
﹁問題を起こさない様に。あ、一応これは形式上全員に言ってるか
ら、カームの知り合いの人族なら問題無いだろうな、んじゃ良い娼
館廻りを﹂
﹁いちいち一言多いぞ、んな事だから上司に怒られんだよ﹂
﹁その上司が上に行ってもうここにはいないし、そこに俺が収まっ
てんだ、文句言うな﹂
1557
﹁偉くなったもんだなー﹂
﹁うっせ、さっさと通れ、後がつっかえてるだろ﹂
﹁誰もいねぇだろ﹂
そんなやり取りをしつつ、一年間ほぼ毎日お世話になった門を潜
ると、二、三年前と全く変わらない風景がそこには有り、懐かしさ
も覚える。なんだかんだで町には用事が無かったからな。
﹁あそこが大抵門の直ぐの所に有る宿屋だ、娼館で夜を過ごすなら
必要無いけどな、まぁ他にも沢山有るから娼館の女性にでも聞いて
下さい﹂
﹁おう、速く案内しろよ﹂
なんかもうソワソワし過ぎだよ、初めて遊園地に来た子供かよ。
﹁ギルドが先です。小心者なので、こんな大金持ち歩けませんよ﹂
俺は、ギルドに寄り、久しぶりに会うウサミミの受付のお姉さん
にギルドカードを見せ、大金を出したら物凄く慌てだし、預けるだ
けなのにすごく時間がかかった。
そして村であまり使わないお金を、予備程度の生活費分だけ両替
してもらい、ギルドから出た。
なんだかんだ言って村は物価が安いし、目の前の畑で麦を育てて
るから買う必要ないし、スズランが鶏を育てて卵や肉を売ってるし、
自分達でも食べるし。ラッテは農場で働いてて、偶に牛乳とか貰っ
て来るからなー。本当に油とか薪とか買うくらいだから、間に有っ
ちゃうんだよな。
娼館近くになると、露出の高い女性達や、かっこいい男性が呼び
込みをしている。
﹁ケモ耳も良いな⋮⋮﹂
﹁本命が有るんですから、目移りしない様に、召喚前は魔法使いで
も目指してたんですか?﹂
﹁初めてなんか高校の夏休みに捨てたよ﹂
﹁なら落ち着きましょうよ﹂
1558
﹁でもなぁ⋮⋮﹂
モテるのにオタクとか、中々すげぇよな。
﹁いらっしゃいませー﹂
前々から入口にいたナイスバディーなお姉さんじゃなくなってい
るし、内装が少し変わってるくらいの変化だったが、中にはしっか
りと、頭に羊っぽい角が生えた子とか蝙蝠の翼が有る子がいた。い
てくれて助かった。
北川さんは﹁うおー﹂とか言っちゃってるし。
俺達は、適当な席に案内され、それぞれの脇に女性が座り﹁どの
子が良いですか? それともご指名有りますか?﹂と言われたので、
﹁セレッソさんをお願いします、こちらの方は、見て選ぶので少し
待っててあげて下さい﹂
そう言うと、隣に座った女性が少しおどろいた様な顔に一瞬なっ
たが、見なかった事にした。
﹁申し訳ありません、セレッソはただいま接客中ですので、少々お
待ちください﹂
﹁はい﹂
﹁それまで私がお相手させて頂きますね﹂
﹁いえ、申し訳ありませんが妻子がいますし、前に座っている方の
付き添いですので。自分はセレッソさんと少し話したら帰ります、
なので適当にお酒とお摘みを下さい﹂
﹁誰だよセレッソって﹂
﹁前に共同住宅に住んでた頃のお隣さんです、この時間ならこっち
かな? って思いまして﹂
﹁そうか。あの肌が少し薄い藍色で角が生えた子を呼んでください﹂
﹁わかりましたー﹂
﹁早速青肌に角持ちですか、悪墜ちや悪魔っ娘とか好きでした?﹂
﹁大好きです!﹂
﹁⋮⋮そうですか﹂
あの時あんなに取り乱した理由が、なんとなくじゃなくてもわか
1559
り過ぎる。
﹁ご指名ありがとうございます、お酒は何にしますか?﹂
﹁君の飲みたいの二つと、何か摘みを適当に﹂
なんか慣れてるな、こういう店は何回か経験が有るんだろうか?
﹁わかりました、少しお待ちください﹂
﹁いや、良いね﹂
なんか物凄く良い笑顔で言われても困るな。
しばらくしたら、珍しいガラスのグラスに琥珀色の酒が半分くら
い入ったお酒が二つ運ばれて来て、チーズやナッツ類や肉料理が運
ばれて来た。
﹁ベリル酒です﹂
あちゃー、強い酒で落としに来たか。まぁ、多分平気だろう。召
喚される前だったらコンビニにも売ってたし。ただし加水されてな
い原酒を樽にぶち込んだだけどな!
﹁んー、まだ角が立ってるな、水入れるか﹂
﹁お、お酒お強いんですね﹂
﹁散々飲まされたからな、多少は強いよ﹂
そんな事を話していると、セレッソさんの接客が終わったのか、
俺の隣に挨拶をしながら座って来た。
﹁お久しぶり、こんな所に来るなんて珍しいわね﹂
﹁えぇ、目の前にいる人族の方と知り合いになりまして﹃魔族なん
だから、知り合いにこういう子いないの?﹄と言われましてね、こ
こを紹介しに来ただけで、俺は買いませんよ、ですよね?﹂
﹁ん? あぁ、大満足だ、そちらのお姉さんもお綺麗ですね﹂
﹁ありがと﹂
ふふっと笑いながら笑みを返すセレッソさん、まぁ、魔族らしい
特徴はあまり無いので多分守備範囲外だろうな、まぁ良いや、ラッ
テの事だけ伝えてクリノクロアに行くか。
﹁セレッソさん、ラッテから言伝です﹃私はすごく幸せです﹄だそ
うです﹂
1560
﹁そう⋮⋮それなら良いわ。ありがとう。あの子を幸せにしてくれ
て﹂
﹁いえ、普通の家族をしてるだけですので﹂
﹁あの子は普通じゃ無かったから⋮⋮﹂
﹁あ、その。それ以上は言わないで下さい、なんとなく察してます
が、聞きたくないので﹂
﹁そうね、湿っぽいのはここでは厳禁よね﹂
﹁では自分は失礼しますね、お会計お願いします﹂
﹁おう、ありがとな、しばらく滞在して楽しませてもらうぞ﹂
﹁散財してケツの毛までむしり取られない様にして下さいね、魔力
も生気も吸われるのでその辺も注意ですよ﹂
﹁おうよ﹂
﹁はい、ありがとうございました。ではお会計までご一緒しますね﹂
そう言われ、会計まで付き添われ、いつか言われていた、多少の
利益が出る程度までおまけをしてくれたみたいだ。
﹁あの子が幸せなら私は満足よ、それじゃ﹃そのまま幸せに暮らし
なさい﹄と伝えてちょうだい、あの子が不幸になって戻ってきたら
店を無理矢理臨時休業にさせて全員で殴りに行くから覚悟しておい
てね﹂
﹁わかりました。怖いので、そんな事にはならない様に努力します﹂
﹁また機会が有ったら来て頂戴、サービスするから﹂
﹁ありがとうございます、本当に気が向いたらですけどね﹂
﹁それで十分よ﹂
そう言ってセレッソさんは手をヒラヒラさせながら店内に戻って
行った。
それから俺は、通い慣れた道を進み、クリノクロアに足を運ぶ。
﹁ここも五年ぶりか⋮⋮俺の住んでた部屋に明かりが無いな﹂
そう呟きつつ、もう入居者じゃないので一応大家さんに声を掛け
る事にした。
1561
ノックをして、返事を待ち﹁お久しぶりです、前に二号室に住ん
でいたカームです、近くまで来たので皆に会いに来たんですが﹂そ
う言うと大家さんが部屋から出て来て﹁入居じゃないのね。丁度六
十日前に二号室に空きが出来ちゃってね﹂と寂しそうに言った。
この人も見かけが変わらないなー。
﹁この時間なら、キッチンには誰かしらいると思うから入っていい
わよ﹂
そう言われキッチンに足を運ぶと、フォリさんとフレーシュさん
が甘い物を食べていた。フレーシュさんは長寿種だから変わらない
として、フォリさんも変わらないなー、少し筋肉がついたくらいか
な。
﹁どうもお久しぶりです﹂
﹁カームじゃないか!﹂﹁おぉ、久しいな﹂
﹁近くに来た物ですから寄らせていただきました、皆さんお変り有
りませんか?﹂
俺は、住んでいた時に良く座っていた椅子に腰かけ、話をする事
にした
﹁ジョンソンは割の良い出稼ぎに行ってる。トレーネには彼氏が出
来て、この時間にいないと言う事は泊まりだな、駄馬はどこかに愛
を囁きに行ってるし、セレッソは仕事中だ。今茶を淹れよう﹂
﹁まぁ、ヘングストさんはいつも通りとして、ジョンソンさんはま
だ追い出されてませんでしたか⋮⋮あの方は初めて会った俺にも金
を借りようとしてるくらいカツカツでしたからね。トレーネさんは
お目出度い事ですね、ヘングストさんが少しは静かになったんじゃ
ないんですか? セレッソさんは事情が有り、知人をスイートメモ
リーに届けて来たので軽く挨拶はしてますよ﹂
﹁カームは変わり無いか?﹂
﹁まぁ、あれから子供達には稽古付けながらのんびり暮らしてます
よ、魔王になった事以外はですが﹂
そう言った瞬間、二人は﹃ガタッ﹄と、椅子を鳴らしながら中腰
1562
になり、驚いた様な顔でこちらを見ている。
﹁カ、カームにしては随分大袈裟な冗談だな、お前は冗談を言うよ
うな奴だとは思わなかったぞ﹂
﹁私もそう思ってたぞ﹂
﹁あまり冗談は言いませんよ﹂
俺が真顔で答えると、二人はお互い視線を交え何かを確認する様
に頷き、フレーシュさんがお茶を淹れる為にそのまま立ち上がり、
フォリさんは席に座った。
﹁魔王の証と言う物が有るはずだが、見せてもらえないか? 実は
見た事が無いのだ﹂
﹁私も見た事が無いから気になるな﹂
﹁ははは、夕食がまだなんです、材料を分けてもらえればお見せし
ますよ﹂
﹁昨日買って来た生パスタが有る、悪くなる前に消費してくれ﹂
﹁私はベーコンと卵が有るぞ!﹂
﹁フレーシュ、キースカさんからミルクを別けてもらってこい!﹂
﹁わかった﹂
早いな、なんか妙に連携が良いなおい。もうカルボナーラ決定じ
ゃないか。
そして俺は全員分作ろうとしたが、二人はもう食事が終わり、甘
い物を食べていたらしいので、俺だけカルボナーラを食べ、洗い物
を開始する。
﹁うむー、相変わらず見事な腕前だな﹂
﹁てっきり故郷で飯屋でもやってるのかと思ったぞ﹂
﹁はは、そっちの方が気が楽でしたね。さてと、約束を守らないと
いけませんね、少々失礼な場所に証が有るのですが、靴を脱いでも
良いですか?﹂
﹁構わんが、そんな場所に有るのか?﹂
﹁目立たな所に付けてもらいました、本来は、腕や手の甲や胸に刻
1563
むのが多いらしいですがね﹂
そう言いながら、王都と同じようにして証をみせる。
﹁ほう、これが魔王の証と言う奴か﹂
﹁もう少し凝ってると思ったが、案外単純だな﹂
﹁十字に羽の生えた蛇が絡みついてるだけですからね。けど、消し
て別な場所に再刻印が不可能なので、一生このままですね﹂
﹁で、魔王になって何をやってるんだ? 領地が与えられるんだろ
う? この辺か?﹂
﹁魔族と人族の大陸を繋ぐ海路にある無人島です、前任の魔王が討
伐された後釜に選ばれ、人族の奴隷五十人と共に開拓してますよ﹂
﹁なんというか。すごい事になってるな﹂
﹁あぁ、てっきり最前線基地から戻って来て故郷でのんびりしてる
のかと思ったぞ﹂
﹁一回前の春までのんびりしてましたよ、今年で魔王二廻り目のま
だまだペーペーですよ﹂
﹁けどギルドカードランク4の魔王とかある意味すごいんじゃない
か?﹂
﹁フォリさんが俺を大量発生に誘わなければ3のまま魔王でしたよ。
今まで倒した事の有る一番強い魔物はハイゴブリンだけです。魔王
になってからは、勇者と一戦交えて説得して和解に持ち込みました
けど、殺されるかと思いましたよ。それから勇者達と仲良くなって、
人族の王都に行って勇者達と魔王代表として王族を脅して、勇者達
の召喚を止めさせました。この間は王族と貴族と俺と勇者で話し合
いをして、食事に毒を盛られましたけど、俺の体は毒に強いみたい
で、死にませんでしたね。それで貴族が毒殺できないなら殺してや
るってなって、兵士を使って攻撃されました。まぁ、こっちは勇者
と魔王ですから、全員無傷で相手を殲滅、正式な書類はまだですが、
魔族側の大陸で戦争してる人族の停戦を勝ち取りました。勇者⋮⋮
と言うより王族貴族から報酬として大金貨五枚以上貰いましたよ﹂
俺はここ一年に有った出来事を、ある程度纏めて言って、淹れて
1564
もらったお茶をゆっくりと飲む。
﹁﹁⋮⋮﹂﹂
﹁あれ? なんで黙っちゃうんですか? 一応何やってるんだって
聞かれたから言ったのに﹂
﹁カーム、お前は色々規格外すぎだ、戦う事が嫌とか本当は嘘だろ
!﹂
﹁本当だよ、私からすれば最初の勇者の時点でもう死んでるわよ!
?﹂
﹁しかも殺しに来た相手と仲良くなるとかどうやったんだ?﹂
﹁全員無力化ですが? あの草だらけの格好になって森に逃げ込み、
挑発しながら一方的に殺さない様に攻撃して、恐怖と混乱と怒りを
与え、仲間を分散させ、各個撃破して縛り上げて、一緒に生活して
た奴隷達に説得してもらい、俺は悪い魔王じゃないって事を証明し
てもらいました﹂
多少嘘も混じってるけど、大体合ってるから平気だよな。
﹁⋮⋮もう良い。お前の話は参考にならん﹂
﹁私には縁のない話だわ﹂
二人は俺の話に呆れて一緒にお茶を飲んでいる。
﹁お二人はどうなんですか?﹂
気まずくなったので、話題を振ってみる。
﹁俺はギルドで討伐依頼をこなしてる、お前を頼って臨時パーティ
ーを組んだ奴等がいただろう、お前を訪ねて来て、故郷に帰った事
を伝えたら縁が出来てな、そいつらと良く組む様になったな﹂
﹁私は狩りとフォリの手伝いだな、遠距離が欲しい時に呼ばれる﹂
﹁で、お二人は良い感じに成って無いんですか?﹂
そんな冗談を言った瞬間に、二人がお茶を噴き出し、俺に二人同
時に物凄い剣幕で抗議して来た。
﹁いやいや、誰がこんな長寿種を好きになるか。身が持たん﹂﹁い
やいや、せめて同じような長寿種じゃないとだな、生涯のパートナ
1565
ーとしてだな﹂
﹁まぁ、一線は超えてないけど信頼はしあっていると、そしてその
ままズルズルと一緒に行動する時間が増えて行き、そろそろもしか
したら﹁﹁んなわけあるか﹂﹂
﹁息が有ってますね、故郷にオークとエルフのハーフがいますけど、
幸せそうですよ、特例も有りますし﹁﹁ないない﹂﹂
さっきから息が合いすぎだし、お互いチラチラ見過ぎ、まぁ、子
供が学校を卒業する頃にもう一度遊びに来ても良いかもしれないな。
﹁まぁ、自分はこの辺で失礼しますよ、今いない人達にもよろしく
とお伝えください、それとプリン作り溜め出来なくて申し訳ありま
せんでした、とも﹂
﹁わかった、なんかすごい生活してるみたいだから死ぬなよな﹂
﹁そうだ、機会が有れば遊びに行ってやる﹂
﹁はい、ありがとうございます。島の名前は、アクアマリンと言い
ます、では失礼しますね﹂
﹁おい、門はもう閉まってるだろ、キースカさんに言えば、前住ん
でた二号室に泊めてもらえるんじゃないのか?﹂
﹁いえいえ、魔王になってから転移魔法を教わったので、裏庭を使
わせてもらえてば十分ですよ、では﹂
そう言ってキッチンから裏庭に出て、俺は転移を使い自宅に戻っ
た。
﹁まさかあいつが魔王になるとは思いもしなかったよ﹂
﹁俺もだ。魔王になって敵国の王都に行って、王族脅して来るとか
考えられんぞ、なんか馬鹿らしくなった。俺はもう寝るわ﹂
﹁私もだ、少し頭痛い。あんな馬鹿らしい話を聞くと頭が痛くなる
って本当なんだな﹂
1566
第105話 色々飛び回った時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1567
第105話 色々飛び回った時の事
あの後家に帰り、まだ寝ていなかったラッテに、セレッソさんに
言われた事を一字一句間違えずに伝えた。そしたら﹁この間の事守
れば、急にいなくなる事は無いんでしょ? カーム君は優しいし、
良く気がつく良い旦那だから平気だよ﹂と、ミエルを産む前の様な
明るい笑顔で返され、少しだけ心が温かくなり、良い気分で眠れた。
翌日に、朝食を作り終わらせ、北川さんからもらった、会田さん
からの手紙を読んでいたら、見逃せない文が二個ほど有った。
報酬と言う名目で、試験的に今にも廃村になりそうな、寒村の住
民を労働力として百人程度、体裁が整い次第送ります。この前に村
へ行った時のジャガイモや小麦の量や、馬鹿から巻き上げたお金で
もどうにかなると思いますが、教会や貴族から巻き上げた少し古い
小麦も一緒に送りますので開拓の方を頑張ってください。乾燥はし
ていますので、古米の様な感じと思えば平気でしょう。
出席しなかった軍部に、王や貴族のサインが入った停戦案の書類
を突きつけ、魔族側の大陸の戦場から撤退命令を出させる事に成功
しました。ですので、しばらくした頃には、お偉いさんが停戦の為
に戦場に出てくる可能性が有りますので、どうにかしてその事を、
そちらのお偉いさんにお伝えください。
重要な報告はそのくらいで、残りは貴族から金を巻き上げたり、
税を軽くしたり、教会関係者の洗脳教育を止めさせることに成功し
たような事が書かれていたが、俺に関係するのは、この二つくらい
か。
そう思ってたら、家族が起き出してきたので、皆で仲良く朝食を
取り、早速動く事にする。
1568
窓際の鉢植えのフルールさんに話しかけ、クラヴァッテ邸の個体
で連絡を取ってもらい、今日の予定を聞いてもらう事にした。こう
いうのは早ければ早い方が良い。
□
﹁あーそこの使用人さん使用人さん、この鉢を持って来たカームっ
て奴がクラヴァッテと話したがってるって言ってるんだけど、空い
てる時間を聞いて来てほしいんだけど﹂
﹁あら、フルールさんから話しかけて来るなんて珍しいですね、わ
かりました。聞いてまいりますので少々お待ち下さい﹂
私はしばらく日光の当たる暖かい場所で日向ぼっこを楽しんでい
たら、さっきの使用人が戻て来て私に情報をくれた。
﹁昼食前は開いているそうです、そうお伝えください。来訪は多少
早くても良いそうです﹂
﹁わかったわ、そう伝えておくわ﹂
□
﹁︱︱だって﹂
﹁ありがとう、んじゃ早めに行くかな。今から向かいますって伝え
ておいて下さい﹂
﹁はーい﹂
﹁んじゃちょいと軽い貴族様のいる、テフロイトに行ってくるから﹂
﹁はーい行ってらっしゃーい、御土産は要らないよー﹂
﹁あんまり行った事無いし、町を探索したわけじゃないから、本当
にお土産は無理かなー。んじゃいってきます﹂
ラッテから軽いジャブを貰うが、少し大げさに避けておいた。
今度は、貴族達が住んでいる門番に驚かれない様に、少しだけ離
1569
れた所に転移し、見知った顔ではあるが、一応用件を伝え、家の前
まで案内してもらい、メイドさんに、応接室に案内してもらった。
﹁おー久しぶりじゃないか、殺されずに生き残っててくれて嬉しい
よ、今度はどうした、この間言ってた人材でも借りに来たか?﹂
そんな言葉と共に、犬耳メイドと一緒に部屋に入って来て、お茶
を淹れてくれた。
﹁書類の山に押しつぶされそうな所悪いんですが、さらに押しつぶ
されそうになる懸案を持って来ました﹂
﹁聞きたくないが、今聞かないと後で後悔しそうだから聞いて置こ
う、心構えが有るか無いかじゃ全然違うからね﹂
﹁詳しく話します? 色々端折って話します?﹂
﹁端折ってくれ﹂
﹁島に俺を殺しに来た勇者と和解して、人族の王都を襲撃し、停戦
条約もぎ取って来た﹂
かなり端折ったらお茶を飲んでいたクラヴァッテが思い切り吹き
出し。ハンカチで口元を押さえながら、咳き込み、メイドさんがテ
ーブルを拭いている。
俺もハンカチ的な何かを持ち歩けば良かったな。
﹁すまん、いきなりだったものだから⋮⋮端折らないで全て話して
くれ﹂
一年くらい前にここに来た後に、勇者が来島した事から始まり、
この間の食事会の事までを話し、勇者達のリーダー的存在から手紙
が届いた事を伝えた。
クラヴァッテさんはお茶を飲み終わらせ、口を開く。
﹁⋮⋮わかった、そう言う事が今後ある事を頭に入れておこう、情
報感謝する﹂
雰囲気や目付きがいつもと変わり、言葉に棘が有るような感じだ。
﹁いやいや、こういう情報は早い方が良いと思いましてね﹂
俺も相手に合わせ、少しだけ真面目な声で微笑みながら言ってみ
るが、いつもがいつもなので、多少威圧感が足りなかったと思う。
1570
﹁魔王と言うのは⋮⋮カーム君はそこまで無茶をする性格だったか
な?﹂
・・
﹁悪いが、そこは言えません。なぜ安全を重視する俺が、そこまで
動いたかは貴方の想像にお任せします﹂
・・
﹁そうか、これ以上深くは聞かない様にしておこう﹂
﹁助かります、では今日の所は失礼します、今後軍部から何かしら
の情報が、暑くなる頃までには有ると思いますので。その様な情報
が入り次第フルールさんを介して連絡をくれればまた伺わせて頂き
ます﹂
残ったお茶を飲み干し、変な探りも入れられそうになったが、深
く聞かれなかったのはクラヴァッテさんの性格だと思おう。正直助
かった。
﹁わかった、もう少し深く聞きたがったが仕方が無い、戦線近くの
貴族達の頭目として心して置こう﹂
﹁それと勇者達に協力した報酬として、今にも死にそうだった寒村
の人族を百名ほど預かる事になりましてね。もう少ししたら本格的
に、この前に言った人材を借りるかもしれません。戸籍管理や数字
に強い者を﹂
・
﹁そちらで教育すれば良いんじゃないのかい? 君ならそれくらい
の頭は有るだろうに﹂
﹁一から育成するよりも既に基礎が出来上がっている者を育てた方
が楽できそうなので。その様な事が出来るツテは貴方くらいしかい
ないんですよ、なにせ与えられた領地には無人島でしたので、無人
と言うのには多少の間違いが有りますね、ハーピー族がいたり、近
隣の海に水生系魔族がいましたし。それに俺の故郷では数字に強い
者はほぼいないので﹂
﹁言って失礼だが、確かにその二つの種族を教育するとなると、私
でも裸足で逃げ出したくなる﹂
﹁そう言う事で、この件は貸しておいて下さい、後で何かしらの事
で返しますので。多少釣り合わなくてもお返しますよ。必要になる
1571
のにはまだまだ先だとは思いますし、俺の手が足りなくなった時で
すがね﹂
﹁わかった、そちらも覚えておこう。はぁー、あの時君に声をかけ
た事がこんな結果になるとは思わなかったよ。今後多少忙しくなる
と思うが、その後は少しだけ書類の山が減ると思うと、気が楽にな
る﹂
﹁魔王になって、王族にカチコミかけて申し訳ありませんでした﹂
﹁いやいや、聞いてて面白かったし、今度楽になれると思うとつり
合いが取れる。それで徴兵が減れば、様々な農作物の収益も見込め
るし、税を少し下げても問題は無くなる。軍部が縮小するかは奴等
の判断だから何も言えんが、前線に送る分の物資が極端に減るのは
確かだ。戦後処理の書類はあの豚にヒーヒー言いながらやって貰お
うか﹂
先ほどの刺々しい感じは無くなり、いつもの子供の様な何か悪い
事を考える様な顔になり、少しニヤついてりる。
けどこの辺の貴族の頭目だったとは、色々失礼な事し過ぎだった
な。そもそもそれらしい貫禄が無いのが悪いんだよ。俺は悪くない
ぞー。
そんな事を思いながら家に帰り、昼食を作り、子供達に稽古に誘
われるが今後送られてくる、人族百人の事を考えると、なるべく早
い方が良いと思い島に帰る事にする。
﹁ってな訳で前に榎本さんとかと一緒に来た会田さんから連絡が有
り、この島の人口が増えます、いつ送られてくるかはわかりません
が動くのは早い方が良いでしょう。幸い冬の間に入り江から見て左
手側の道の整備や開拓はある程度終わっていますので、榎本さんが
住みたいと言っている温泉が有る場所まで勢力を伸ばしましょう。
多分あの方の事ですから﹃問題無いようですね、もう少し送ります
ね﹄とか言うに決まってます。今後の事を見通して、丁度何かの魔
物の可能性が高い繭の発見した辺りを区画整備し、収穫小屋や製糸
1572
場や石鹸を作る大掛かりな場所を作りつつ、その様な施設を作りつ
つ。温泉付近に家を建てましょう、そしてその辺りに家を建ててオ
リーブの収穫や田畑を任せてみましょうか、幸い榎本さんが米を作
る知識を持っているので﹂
﹁おー、やっと温泉が湧いてる場所の近くに住めるか。それに田ん
ぼも作ってくれるとなるとこりゃ本格的に教え込まないといけねぇ
なぁ﹂
﹁最悪二十人くらいが入れる衛生環境を考慮したタコ部屋を五軒く
らい先に作った方がいいかもしれないですね﹂
正直無理っぽい事を言っている自覚が有るが、やらなければ百名
が雨風にさらされるし、食い扶持を稼がせる施設もつくらなければ
いけない。島内の小麦の自給率は、最初の奴隷だった人族と増えた
海賊と予備に作った収穫量しか無い。小麦と一緒に来るらしいが。
それ以降はどうなるかわからないからな。
﹁そして俺はこれからフルールさんを持って会田さんの所に行き、
家が出来るまで待ってくれと直談判してきます! 今後忙しくなる
事を考えて午後は休んでてください﹂
そんな事を言いながら俺はフルールさんの鉢植えを抱えながら、
すでに勇者の誰かが管理している王都の共同住宅の地下に転移し、
地上にいた名前も知らない事務処理っぽい事をしていた勇者に、会
田さんの場所を聞きだしたが﹁各地の視察で今は王都を出ており、
いません﹂と言われたので、手紙と鉢植えを残しつつ、必ずこれを
会田さんに渡してくれと力説し、魔力切れで気だるい体に鞭を撃ち
ながら、島に帰った。
◇
それから十日後、島の南に有る温泉付近に船で木材を運び、平底
船で波打ち際まで水生系魔族の方に運んでもらい。仮拠点を建て、
海の底を隆起させ、船が横付けできる小さな港みたいのを作ろうか
1573
? と思ったが、防衛面で不安が残るので思っただけにしておいた。
さぁ、午後も頑張るかと言う所で近くに自生していたフルールさ
んが﹁アイダって奴が戻って来たみたいだよ﹂と言われたので、皆
には申し訳ないが、外させてもらう事にした。
温泉で軽く汗だけを流し、即転移魔法で共同住宅の地上に出たら
既に会田さんが待機しており、物凄く疲れた顔をしていた。
﹁やぁ、手紙は届いたみたいで何よりだ﹂
﹁あの、物凄くやつれてるんですが、平気ですか?﹂
﹁ん? あぁ、思ったより使えない馬鹿や石より硬い頭共が多くて
ね。こっちには正式な書類が有るのに﹃王に直接掛け合うまで信じ
ぬ。時間の無駄だ。今すぐに我が領地から出て行ってもらおうか﹄
とか言う奴ばかりが多くてね、農民から税で取った小麦の量と、上
ずさん
に献上する小麦の数字が違うのに何言ってるんだか⋮⋮やるならも
っと上手くやれよな、だれも帳簿なんか確認しない杜撰な状況下だ
ったんだろうな。全く呆れるよ。で、今日は何のようだい?﹂
﹁え、えぇ。あのですね。手紙に有った村民の受け入れですが。ま
だ仮住居も完成していないので、まだ待ってもらえないかな? と
思っているんですよ﹂
﹁あーあれか。王や上の方の貴族が移住を認めてるのに、地方貴族
が揉めててね。今にも餓死者がでそうだから、無理矢理拉致ろうと
思ったんだけど丁度良かった。危うくこちらの都合で送りつける所
だったよ。小麦は港の倉庫を押収した物を使ってるから、そのまま
船に小麦を乗せるだけさ、いや、本当すまなかったね、ははは﹂
﹁あの、お忙しい中来訪してしまい申し訳ありませんでした、今す
ぐにでも寝てください﹂
﹁いやーお気遣いどうもー。あの時ヘラヘラと国盗りでもしてみる
かとか言ってみたけど、落とした後に実際手を掛けると大変だね。
しばらく落ち着いて、王が歴代の王の中で一番だとか言われるまで
頑張っても良いかもしれないね。まあ俺達の傀儡だけど。んじゃお
言葉に甘えて、寝かせてもらうよ。仮住居が出来る頃には渋ってる
1574
貴族も落ちると思うから。あ、ぬるま湯の水球出して下さい、この
まま寝たくない﹂
珍しく弱気で疲弊しまくってるな、まぁ言われた通り少し温めに
水球でも作るか。
そして水球を作ったら、全裸になり、そのまま﹁ボガー﹂と水球
の中で言い、口からボコボコと気泡を出しながら、うつ伏せで四肢
をだらんとさせながら浮遊し、水球の外に頭だけ出し﹁あ゛∼∼∼﹂
とか言いながら数分後に出て、軽く体を拭いてからそのままベッド
に倒れ込んでしまった。
なんだかんだ言って最後までやろうとしてるんだな、俺も頑張ら
ないとな。けどせめて下着くらい穿こうぜ?
﹁あーなんかすみません、お疲れの所来てしまって、自分は失礼し
ますね﹂
﹁あぁ、一応暗殺者とか正々堂々襲って来る奴等は排除してるから
安心してくれ、俺も寝る﹂
そう言って宇賀神さんもベッドへ向かって行った。
戦後処理じゃないけど、大変そうだ。俺もさっさと受け入れ態勢
を整えないとな。それと書置きでも残しておこう。
﹃多少時間が出来たら、フルールさんに声を掛けてください、温泉
まで転移します﹄っと。
色々島の為にも動いてくれてるんだから、労う事も大切だよな。
これくらいはしてあげないと。本当に体を壊すな。
んじゃ俺は戻って、送られてくる百人が入れる施設と、建てられ
るだけ新しい家を建てる手伝いでもするかな。
1575
第105話 色々飛び回った時の事︵後書き︶
雨続きで腰が痛く、筆の乗りが悪くて申し訳ありません。
1576
第106話 臨時講師として招かれた時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です
1577
第106話 臨時講師として招かれた時の事
あれから少し経ち、村の雪が無くなり少し暖かくなった頃、子供
達が学校に通い始めた。そして数日が経ち、子供達から言われた事
が有る。
﹁お父さん、校長先生から頼まれた事が有るんだけど﹃魔法の特別
講師として学校に来て下さい﹄って言われたんだ﹂
﹁本当かよ、なんで俺が!?﹂
﹁パパが魔王さんだからって言ってたよ﹂
﹁んーそうか、なら直ぐは無理だからってちょっと言ってくるよ、
この時間なら酒場だろうからね、ちょっと酒場まで行って来るよ﹂
﹁いってらっしゃい。あまり飲まされない様にね﹂
﹁絡まれなければそのまま帰って来るよ、多分無理だろうけど﹂
◇
﹁ってな訳で、前々から話してた故郷の特別講師として呼ばれたの
で、今日の夜中からいませんのでよろしくお願いします﹂
﹁そりゃ俺等は別に構いませんけど⋮⋮﹂
そんな会話を夕食前にしながら転移魔法で故郷に転移し、夕食は
スズランの作ったから揚げ盛りを食べ、夫婦仲良く寝る事にした。
今日は有りませんでしたよ? けど左右にピッタリとくっ付いて
来ますけどね。
翌日、いつもの様に朝食を作りつつ、皆が起きるのを待ってから、
食事をし、子供達と一緒に学校に登校した。大体五年ぶりくらいか。
﹁やーカーム君、学校では久しぶりじゃのう﹂
職員室みたいな、教師だけが集まる小部屋に通され、お茶を出さ
1578
れる、三学年しかないので、三人の先生が交代でそれぞれの授業を
出ていると言う感じだ。
もちろんお茶を出してくれたのはトリャープカさんだ。
﹁そうですね、蒸留所ではしょっちゅう会ってますけどね。で、今
日は一応子供達から聞いてますが、どの様な理由で俺を呼んだんで
しょうか?﹂
﹁カーム君の子供達が折角入学したんじゃから、子供達に伝えても
らった通りじゃよ﹂
﹁そうですか、出来る限りの事はしますけどね。読み書きはフィグ
先生が出来るとして、魔法ですか? 魔法はビルケ先生がいるじゃ
ないですか?﹂
﹁それでも、魔王であるカーム君が来れば子供達のやる気に繋がる
と思ってるからの﹂
﹁そうですか⋮⋮俺のやり方で良ければですけどね、もう最初の授
業が終わって少し経ってますから、基礎くらいはやっているんでし
ょう?﹂
﹁そうじゃのう、一年生はイメージを成功させて、手から火が出せ
る程度と聞いておる﹂
﹁とりあえずビルケ先生の補佐と言う事で良いんですかね?﹂
﹁それで頼むよ﹂
﹁わかりました﹂
そんな事を話してると、横からモーア先生が話しかけて来た
﹁良ければ俺の生徒も見てくれ、まさかスコップと言う異色の武器
で魔王にまで上り詰めるとは思ってもいなかったからな、戦闘訓練
にも出てほしい﹂
﹁いやいや、俺が魔王になったのはどちらかと言うと、魔法の方だ
と思いますけど﹂
﹁けどスコップでのハイゴブリンの討伐は噂になってるぞ﹂
﹁⋮⋮じゃぁビルケ先生の後の授業で二、三年生に教えれば良いと
言う事で?﹂
1579
﹁それでかまわん﹂
﹁では、用具室からスコップとバールだけを、用意しておいてくだ
さい﹂
﹁了解した﹂
﹁カームさんは卒業しても、父にになっても、魔王になってもあま
り変わりませんね﹂
﹁はは、これでもいっぱいいっぱいですけどね。けどシュペックを
見れば、俺はあまり変わってない様な気がしますね。あいつも少し
落ち着いた様な気はしますよ。あの頃に比べてみんな大人になった
んでしょうね﹂
﹁子供が産まれれば、男も女も心構えが変わる物ですよ﹂
﹁確かにそんな気はしますが﹂
そんな、あまり話した事の無いトリャープカさんと無駄話をして
いるうちに、授業開始時刻になり、俺は一年生の教室前にやってき
た。
いつもの様に、窓際に有る鉢がフワリと浮くと教卓の上に乗り、
白樺っぽい木がフルールさんの様に変化して、喋り出す。
﹁今日は、リリーちゃんとミエル君のお父さんでもあり、魔王のカ
ーム君を特別講師として呼ばせてもらいました。カーム君はここの
卒業生で、先生の教え子です。そして村を大きく、住みやすくして
くれた方なのです、どうぞ﹂
なんかすげぇ入り辛い、そこまで持ち上げないでくれよ先生、確
かに年の差は埋まらないからいつまでも﹃君﹄でも良いけど、いつ
も無い威厳がさらに無くなるじゃないか⋮⋮、別に構わないけど。
しかも教室の中がザワザワしてるし、余計に入り辛い。いつもの
調子で良いか。
﹁どうも。紹介に預かりましたカームです。ここの卒業生という事
もあり、今日は特別講師として呼ばれました。魔王だからっと言っ
て特別厳しくするわけじゃありませんので気楽にお願いします﹂
1580
﹁カーム君、言葉が硬いですよ、もう一回﹂
﹁え? あー⋮⋮。魔王のカームです。今日は卒業生って事で、み
んなに魔法のコツを教えに来ましたー、厳しくしないんで気楽に行
きましょー﹂
初めて学校に来て、自己紹介してるフィグ先生を思い出したわー。
あんな違和感が今の俺には漂っている。
けど俺が子供のころに比べて、生徒の数が増えてるな、これは増
築して二組に別ける必要が出てくるかもしれないな、一応校長と、
元村長に進言してみるか。
しかも、さらにザワザワし始める教室内。
﹁先生に君って呼ばれてるし、硬いって言われてたぜ? 本当に魔
王なのかな?﹂
﹁けどお父さんとかお母さんは、魔王って言ってるよ?﹂
﹁先生に言い返せないって事は、先生のほうが偉いのかな?﹂
散々言われてるけど別に良いか。
﹁はーいそこ、魔王って言うのは本当です、あと先生は年上なので、
俺が魔王でも君付けでも問題ないですし、年上の言うことはちゃん
と聞く良い魔王なんですよ。硬いのは自己紹介だから丁寧に言った
だけです、みんなも季節が三回巡ればわかりますよ。あと魔王って
称号は余り好きじゃないので絶対に﹃様﹄って付けない様に。って
な訳で先生、どうしましょう?﹂
なんかもう、気怠そうな教師風な喋り方になってるけど良いか。
﹁んーそうですねー、皆に基礎となるイメージを教えてあげてくだ
さい。種族的に魔法が苦手なヴルスト君⋮⋮ゴブリンに魔法を一日
で使わせたくらい上手なんですから!﹂
なんで先生が教卓の上で偉そうにしてるかはわからないけど、ち
ょっと可愛いから良いか。
﹁んじゃー、水魔法がまだ使えない子、手を上げてー﹂
ちらほらと手が挙がるので、その子供達を教卓の前まで呼び、石
1581
で作り出したボウルみたいなのに水を張り、手で掬わせ、いつもの
ように教える。そうすると使えない子供達が一斉に魔法を使い出し、
喜びの声が上がる。そして水を窓から捨てて、石のボウルだけを教
卓の上に置き、続ける。
﹁えー、なぜ水を捨てたかというと、魔法で作り出した物は消えて
しまいます﹂
﹁魔法で作り出した水は何で捨てちゃったんですか?﹂
﹁はい、いい質問ですね。何もない場所から作った、石のボウルは
時間が経つと魔力切れで消えてしまいます。ですが、水というのは
目に見えないだけで、この周りにたくさん有るからです。お湯を出
すと白い湯気が出ますよね? その湯気はものすごく小さい水なん
です﹂
俺は指先に熱湯の水球を作り出し、モヤモヤと湯気が上がるのを
見せる。
﹁えー、この白いのも水です、上のほうに行くと空気の中に混じっ
て消えてしまいますが、上に手をかざすと、手の平に水滴がつきま
ーす。空気に混じった水だけをいっぱい集めるイメージをすると、
何もないところから水を作るので消えません﹂
そして、ボウルを左手で持ち、右手に石を出して、その石でボウ
ルを半分に叩き割り、放置しておくとすぐに消えた。
﹁この様に消えてしまいますので、水だけは捨てたんです、床や机
が濡れちゃいますからね﹂
そう説明すると、教室中から﹁わかりやすいね﹂とか﹁言ってる
事が少し難しい﹂とか﹁私も知りませんでした﹂とか聞こえた、先
生は知ってようぜ?
﹁じゃあ、火の方も簡単な説明お願いします﹂
﹁え? 火くらい出せると聞いてるんですけど?﹂
﹁まだ出せない子もいるんですよ﹂
﹁あーはい⋮⋮もういいです、全部基礎っぽい事を俺なりに教えま
1582
すよ﹂
そう言って、イメージしやすい物を、どんどん教え、簡単そうな
物を実際に目の前で見せる。
火のイメージなんか、自分の指を枝か蝋燭と思い、そこから少し
離れて火がついてる様なイメージって教えて、指先からライター程
度の火を出すだけだし。
﹁えー、こう見えて、自分も最初は魔力が低く、直ぐに疲れました
が、使っている内にどんどん魔力が増えるみたいなので、時間を見
つけて倒れ無い程度に練習しましょう﹂
﹁﹁﹁﹁はーい﹂﹂﹂﹂
﹁何か最後に質問が有る子ーなんでも答えるよー﹂
﹁得意な攻撃魔法は何ですか?﹂
﹁砂です﹂
﹁え?﹂
﹁ん?﹂
﹁砂って攻撃に使えるんですか?﹂
﹁えぇ、目潰しに使えます﹂
そう言いながら手の平に粒子の細かい砂を発生させ、サラサラと
教卓に落として行く。
石弾や散弾やフラッシュバンモドキとかは言えないしな。
﹁目潰しって卑怯じゃないんですか?﹂
﹁結果的に自分が生きてればいいんですよ、負けそうでも逃げきれ
ば結果的に生きてるので勝でも負けでも有りません。卑怯でも良い
ので、生きる努力をしましょう。はい、次の質問は?﹂
﹁じゃあ、一番強力な攻撃魔法は何ですか?﹂
この手の質問も来るか、核爆発的な物でも良いんだけど、エネル
ギーとか中性子が広がるとかイメージできないからな。爆発の瞬間
とかなら動画で見たけど。
﹁お湯です﹂
1583
﹁え? もっとこう、ドカーンてとかゴゴゴゴゴって奴は無いんで
すかー?﹂
﹁お湯は強いですよ? フルプレート着てる兵士にカップ一杯だけ
ぶっ掛けても、相手を動けなく出来ますし。派手なのは個人的にあ
まり好きでは無いのでやってません。出来なくはないと思いますが、
怖いので試してません﹂
﹁それはどんな奴なんですか?﹂
﹁この村の中心で発動させると、村が全て消し飛び全員が死ぬ程度
です。物凄く大きい火が燃えると思ってくれていいですよ、ちなみ
に間違えば俺も死にます﹂
﹁﹁﹁ヒィッ!﹂﹂﹂
﹁大丈夫ですよ、多分やったら魔力切れで倒れるのでやりません、
むしろ命を奪うような事は大嫌いなので、豚も鶏もあまり殺したく
ない優しい魔王ですよ﹂
ニッコリと優しく微笑んだつもりだったが、なんか余計に怖がら
れてしまった。なんでだろうか?
﹁カーム君、子供を怖がらせないで下さい﹂
﹁あ、ごめんなさい﹂
﹁けど先生も少しだけ気になりますね﹂
﹁小さい物でも皆の耳がしばらく聞こえなくなって、学校のガラス
が全部割れるし、飛び散った小石が当たっただけでも死ぬので駄目
です﹂
衝撃波とか、爆発に巻き込まれた小石で。
﹁けど魔法は派手なら強いと思ったら大間違いです、単純な物ほど
強かったりしますので憧れるのは良くわかりますが、取りあえず何
が強いのか皆も考えてみましょう。そろそろ終わりですね、それで
は皆さんありがとうございました。また機会が有ればよろしくお願
いします﹂
今は小休止中なのだが、俺は窓際の鉢植えの前で、ビルケ先生に
1584
怒られている。
﹁カーム君、確かに君になら出来るかもしれないけど、不用意に不
安がらせるのは良くない事ですよ﹂
﹁はい、申し訳ありませんでした﹂
﹁ビルケ、何をそんなに怒ってるんだ?﹂
﹁カーム君が子供の質問に対して﹃魔法一発で村中を消し飛ばせる﹄
って言って怖がらせちゃったんですよ﹂
﹁ほう、興味深いな﹂
﹁あ、いえ、本当に出来るかどうかわかりませんけど、絶対やりま
せんので、興味を持たないで下さい﹂
グラウンドをグラウンド・ゼロにしたくないし。
﹁まぁ、出来るかもと言うだけだろう。次は俺の授業だ、頼むぞ﹂
﹁わかりました﹂
﹁という訳で、この学校の卒業生の魔王のカームだ﹂
﹁よろしくお願いします﹂
﹁こいつは、武器では無い物を武器として使う事に長けた奴だ、よ
く話を聞く様に、良いぞ﹂
そう合図を送られ、なんとなく説明する事にする。
﹁俺の持論としては﹃その辺に有る物は何でも武器になると思え﹄
です。木の棒や枝、砂、小石、想像力や柔軟な発想で何でも武器に
なると思いましょう。ってな訳で自分の武器はスコップとバールと
マチェットです、マチェットは無いので今回は刃が潰してあるナイ
フを使用します﹂
﹁魔王クラスの近接格闘を見せてもらえ。言っておくが、こいつは
魔法の方が得意だ、左側から前に出ろ﹂
そう言われ一番端にいた、槍を持った生徒が前に出て来る。
﹁魔王様よろしくお願いします﹂
﹁さん﹂
﹁はい?﹂
1585
・・
﹁魔王さん⋮⋮はい、繰り返して。ま・お・う・さ・ん﹂
﹁ま、魔王さん﹂
﹁カームさんでも良いですよ、あまり魔王って称号が好きでは無い
んですよねー、魔王になったのも半分無理矢理でしたし、村の為に
色々やりましたが絶対に崇拝はさせませんからね。ちなみにこんな
大人にならない様に﹂
﹁は、はい﹂
﹁カーム、早く始めろ、言って置くが模擬戦では魔法は無しだぞ﹂
﹁はい、わかりました。では、いつでもどうぞ、大丈夫ですよ、怪
我はさせませんので﹂
そう言って俺はスコップを軽く構え、合図を出した。
最初に出て来た槍を持った子は、ちょっと前のリリーみたいな突
進しかしてこないので、手に持っていたスコップを放し、右腰に刺
していたナイフを抜き、ナイフの背で槍を体の外に払いつつ、足を
掛けて転ばせてから顔面の近くを踏みつけた。
﹁はーい、手に持っている武器を手放さないと思ったら大間違いで
すよー、不利だと思ったら俺はいつでも武器を手放します。はい次
ー﹂
今度は、ロングソードと小丸盾を持った子が前に出て来た。俺は
スコップを拾わず合図を出した。
﹁まさかナイフ一本で、この装備と戦うんですか?﹂
﹁まだ腰にバールが刺さってるよ? ほらほら、まだまだ後が残っ
てるんだから早くね﹂
そう言うと、剣を持った子が切りかかって来るが、左手でバール
を抜き、剣を受け止め、今度はナイフを手放し、思い切り右手を引
っ張りながら捻りつつ足を掛けて転ばし、腰を軽く踏んだ。
﹁だから言ったでしょう? 相手が武器を使って来るとは限らない
って。言って置くけど、俺にとってバールは、攻撃を防げる武器っ
て考えです。柔軟な発想と、相手がどう動くかもしれないって事を
頭にいれようね。はい次ー﹂
1586
今度は武器を持たず、刃物を防ぐ程度の小さい小手と、拳に布を
巻いた子が出て来た、ショートレンジか。俺は持っていたバールを
その辺に投げ捨て、同じ素手になった。
﹁素手での戦闘はあまり経験が無いけど、君に合わせるよ。良いよ
ー﹂
相変わらず、緩い声で合図を送るが、低姿勢で近づいて来て、直
ぐにぴったりくっつくような間合いになり、素早く拳を繰り出して
来る。特に大技とかも無く、安定した打撃だが、俺も防御に徹して
いいるので切り崩せず、しびれを切らしたのか、大技の上段蹴りを
狙って来る。俺が一歩前に出てしまえばそれで終わりだ。
そのまま腋の下でふくらはぎ辺りを挟み、そのまま足を払えばお
しまい。足首を持ってそのまま捻り、腱をねじ切る事も出来るが、
少し痛みがある程度で止めておいた。
﹁打撃が軽い。決め技が少ない。これじゃ守りの硬い相手に、カウ
ンターを狙われたら終わりです。だからその辺は気をつけましょう、
普段は拳に何かを付けるんだと思いますが、打撃だけでは厳しいか
もしれません。一回だけ面白い技を教えてあげますので右手でパン
チする様な格好になって下さい﹂
そう説明すると、言われた通りの格好になり、俺は相手の外側に
それる様な体勢になり、右手で相手の手を掴みそのまま引っ張る様
にして体に近づけ、左手でこめかみと顎に掌底を軽くあてた。
﹁この後は右膝をそのまま勢いよく上げて、みぞおち﹂
そう言って膝を上げ、
﹁この後は膝を横から蹴りながら右手を捻るだけで転ばせ、転んだ
ところを踵で鼻を潰せば無力化できます。止めを刺したいなら腰に
ナイフでも身に付けるか、頭を思い切り蹴るか、喉を踏みつぶせば
多分殺せるから、この様な技術も身に付けましょう。ナイフを持っ
た相手くらいまでなら対処可能です。はい次ー﹂
俺はバールとナイフを拾ってベルトに挿し、スコップを拾いなが
ら地面の砂も一緒に握って置いた。
1587
﹁うおぉぉ!﹂
気合を入る為に、叫びながらロングソードを振りかぶって来た生
徒に、右手で先ほど一緒に握った砂を顔面に投げつけ、怯んでいる
所を突き飛ばし、脇腹に軽くつま先を当てた。
﹁注意力が足りません、俺がただ武器を拾うだけだと思ったんです
か? 俺持論は? 言ってみてください、最初に教えましたよ﹂
﹁その辺に有る物は何でも武器になる﹂
﹁はい、正解。対魔物ならそれでも良いですが、対魔族や人族なら
相手が何をしてくるかわかりません、絶対に覚えておきましょう﹂
そう言いながら︻水球︼を浮遊させ、目を洗わせ、次の子を呼ぶ。
今度はスコップで打ち合い、わざとスコップを弾き飛ばさせ﹁あ
っ﹂と声を出し、相手が目で落ちたスコップを追っている間に、素
早く近づきナイフの背を首元に押し付けた。
﹁相手に武器を意識させて、武器を落としたと思い込ませ、自分が
優位になったと油断させる方法も有ります、最後まで気を抜かない
様にしましょう。けど集団戦じゃほぼ意味が無いので、使える場合
は限られますので注意しましょう。はい次ー﹂
俺は次々と、卑怯と思われるようなやり方や、スコップの持ち手
に、突きを出してきた剣を絡めとったり、盾を借りて打撃に使用し
たりと、様々な方法で相手にしていく。
﹁全員終わったな、俺も見ていて考えさせられる事は多かった。な
のでお前達もカームの事を参考にして、柔軟な発想で戦うようにし、
自分のスタイルを確立さろ。以上だ、解散﹂
﹁いやーカームの発想には驚かされる、魔法で作物の収穫をしたと
思ったら、戦い方まで特殊だ﹂
﹁そんなに変なんですか?﹂
﹁変と言うよりは特殊過ぎる、その辺にある物は、何でも武器にな
るって考えがあるから、戦闘でもあんな戦い方が出来るんだろうな﹂
﹁自分としては、これの使い方はこれじゃなきゃダメ、って言うの
1588
があまり好きでは無いので、持っている武器を手放したり、投げた
りできるんですよ、バールなんてものは、曲がった鉄の棒です、剣
で剣を受け止めると刃こぼれとかが気になりますが、バールならソ
レの心配はないですからね﹂
﹁そう言われればそうだな、今日はいきなり無茶を言ってすまなか
ったな﹂
﹁いえいえ、一日だけなら楽しい物ですよ、毎日となると嫌ですけ
どね。前に﹃教鞭を振るったらどうだ?﹄とか知り合いに言われま
したが、俺なんかが教鞭なんか振るったらダメな大人が増えますか
らね﹂
そんな話をしながら、トリャープカさんの淹れてくれたお茶を飲
み、先生達と昔話に花を咲かせた。
ちなみに校長は酒蔵に顔を出しに行っていなかった。
□
﹁おーいミエル、お前の父ちゃんって、魔王らしくないな﹂
﹁僕もそう思うよ、パパも良く言ってるし﹂
﹁けど魔王の証って奴が有るんだろ? 見える場所に無かったぞ?﹂
﹁一緒にお風呂に入った時に、足の甲に変な模様が有ったよ﹂
﹁何で足なんだ?﹂
﹁僕も聞いたけど﹃目立たないから﹄だって。パパはあんまりそう
言うのが、好きじゃないみたいなんだ﹂
﹁魔王ってかっこいいと思うんだけどなー、強く無ければなれない
んだろ?﹂
﹁そうみたいだけど、一回も強そうな所を見せてくれた事無いんだ。
しかも僕の魔法を見て、一回本気で逃げて、朝まで戻って来なかっ
たよ﹂
﹁なんだそれ﹂
﹁わからないけど、物凄く怖かったらしいよ、発見された時は全身
1589
泥だらけで体中に草を張り付けてて、森の草が茂ってる場所で発見
されたって、レーィカちゃんのパパが言ってたらしいよ。なんでも
泥で体の臭いを消して、森と一体化してたって。それからその魔法
は幻覚だってわかったら安心したみたいだけど﹂
﹁不思議な父ちゃんだな﹂
﹁お姉ちゃんとの稽古でも全然本気を出さないし、それにさっきの
お湯だって、僕は出せないし﹂
﹁魔法が得意なミエルでも出せないのか﹂
﹁うん⋮⋮それに僕が見た事が有る攻撃魔法は、黒いナイフと火と
は違う爆発って奴だったし。稽古の時は水球くらいしか使わないし、
お姉ちゃんの攻撃が当たりそうな時に土壁をたまに使う程度だよ?﹂
﹁本当に村を滅ぼすくらいの魔法が有るのかな?﹂
﹁前に見せてもらった爆発って奴を物凄く大きくすれば出来るんじ
ゃないかな? 僕にもイメージできないよ﹂
﹁そっか、けど魔王は魔王って事で、本気を出せば強いって事だな﹂
﹁そうだね、パパは優しすぎるんだよ﹂
﹁ねぇリリー? 貴女のお父さんって面白い人ね﹂
﹁なんで?﹂
﹁得意な魔法が砂とお湯って﹂
﹁んーそうかな? よく稽古をしてもらってくれてるけど、砂や光
での目潰しの怖さを嫌って程思い知らされたし、いつも使って来る
水球がお湯だったら、私は火傷で死んでるわよ? お母さん達に聞
いた話だと、最前線基地で人族相手の軍隊にお湯を使って沢山の兵
士を倒したって聞いたわ。攻城戦で梯子を上って来る敵に、熱々の
油やお湯をかけるって良く聞くから、お湯って本当は強力よ? 鎧
の隙間からも入って来るし﹂
﹁じゃあ砂は?﹂
﹁もう一度言うけど、戦闘中に目が見えなくなるって本当に怖い事
よ? ゴブリンと戦ってる最中にもし目が見えなくなったらって考
1590
えてみて? タダの木の棒でも思い切り殴られたら最悪よ? それ
が武器を持った人族や魔族なら?﹂
﹁そ、そうね。目が見えなくなる事は確かに怖いわね﹂
﹁でしょ? けどお父さんって優しすぎて本当は魔王になりたくな
かったって、いつもため息出してるわ。しかも人族の奴隷にも優し
いし、村に人族の職人を連れて来るし、お父さんの考えは良くわか
らないわ。けど優しい事だけは確かよ﹂
1591
第106話 臨時講師として招かれた時の事︵後書き︶
疲れたおっさん勇者達のドキドキグデグデ温泉話って需要有ります
かね?
あるならおまけSS辺りに乗せるか本編に少し入れます。
1592
第107話 村民を百人受け入れた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
途中で出て来る単位は、作者が適度に調べた知識です、間違いが有
りましたら突っ込みお願いします。
1593
第107話 村民を百人受け入れた時の事
俺は今、孤独と戦っている。
島中央の活火山の西南付近にある湖から、温泉の有る島の南側に
疎水を引いている。
楕円形に近い形なので湖まで約二十キロメートル程度だが、東側
に疎水を通した時と同じで、幅一メートルの深さ五十センチメート
ルの五百歩おきに桝を作り、左右に広げられるようにした。けど、
こんな長い距離を管理してると、本当に市長か黄色い巨人になった
気持ちになる。
今日で十日目、もう少し作業をすれば海岸線が見えて来るみたい
だ。
﹁カーム、そのまま真っ直ぐ行けば温泉の小屋があるぞー。それと
そろそろ家建ててる場所も見えて来るぞー﹂
﹁おー﹂
俺は空を見上げ、大声をあげて返事をする
上空にはファーシルが常に旋回しており、一日のお小遣いとして
作業の終わりにお肉を約束しているが、なんか少しだけ報酬が合わ
ない様な気がしてきた。ってかあの子何歳よ?
酒飲んでずぶ濡れになってたから、俺が酒飲んだ五歳くらいだと
思いたい。今度島の子供達と一緒に、アドレアさんの授業に出させ
るか。
魔法の使い過ぎで、気怠くは無いが、同じような作業を毎日して
るので、精神的に疲れており、さっさと終わらせたかった。ここか
らがラストスパートだ。
﹁うおー、すげー。地面が割れてるー﹂
割れていると言うより、へこませているだけなんだが。猛スピー
1594
ドでやればそう見えるか。
﹁よーし、海まで疎水を通したぞー。俺は湖の堰を開けてくるから
ー、その辺で見ててくれー﹂
俺は転移魔法を使い堰の場所に行き、一気に木の板を引き抜き、
水を疎水に流す。最初は泥水が海に流れ出ると思うが、その辺は多
少勘弁してもらおう。そして俺は温泉小屋に戻り、水が来るのを待
つ。
少しして、空でファーシルが﹁うおー﹂とか言ってるので、そろ
そろだろう。そして、家を建ててる皆もファーシルが呼んだのか、
ぞろぞろと集まっている。
﹁おー、本当に水路通しちまった﹂
﹁あの山のふもとに有るって言ってたのは本当だったのか﹂
ジャバジャバと濁った水が一気に押し寄せ、茶色い水が海に扇状
に流れ込んでいく。土の栄養が海水に行くと思えば良いよな。後で
言い訳考えておこう。東側に疎水通した時も何も言われなかったか
ら平気だよな。多分だけど
後は必要になったら、この疎水に簡素な橋でも掛け、馬車が通れ
るようにすれば良いんだし。後は榎本さんと相談で、どの辺りに田
んぼを作るか決めて、米でも作ってみるか。まだ故郷の方は暖かく
なったばかりだし、そろそろ準備し始めれば、何故か秋に収穫され
る麦と一緒に収穫できるな。
白いご飯に味噌汁、そしてなんかカラフルな魚の塩焼き、開きで
少し天日で干すのも有りだな。
ってかアジの開きが食べたい。サンマでも良い。これは、ある程
度島に人口が増えたら島を東西南北に別けて、水生系魔族に魚を獲
って来てもらって、人族に魚屋を経営させるのも有りだな。港には
大衆食堂や宿屋や酒場。
あー、夢が広がるなー。夏にはヴァンさんがベリルに戻って来て、
島に酒蔵と蒸留器も出来る予定だから強い酒も出来るし、ココナッ
ツジュースで作った酒を蒸留させても良いな。本当今年はワクワク
1595
が止まらない年になりそうだ。
﹁カーム、何馬鹿みたいにぼーっとしてんだ?﹂
﹁んー? 今度はなにしようかな? って考えてたんだよ。忙しく
なるけど、嬉しい忙しさになるぞ﹂
﹁んー、わかんねーや﹂
﹁ハーピー族にも赤い実詰み以外の仕事が作れるかもしれないから
ね、コレでお給料としてお肉が渡せるよ﹂
﹁おー肉か! 肉は良いぞ! あの豚って奴は脂が甘くて美味かっ
たぞ! けど私は兎が一番だ﹂
﹁そうかそうか、兎も豚もどんどん増えてるからね。島に人が増え
たらまた食べような﹂
﹁おう! 酒も飲める!﹂
﹁ははは、ファーシルが酒を飲んでる所見て無いから、ある意味怖
いよ﹂
﹁怖くないぞー、あんな楽しい物何が怖いんだ!﹂
﹁酒を飲んでるファーシルが怖いんだよ。女の子なんだから、あん
なになるまで飲んじゃ駄目だよ、男の人に襲われちゃうよ﹂
﹁子供が産めるから良い事じゃないのか? やっぱ派手なのも良い
けど、歌が上手い奴も良いなー﹂
基準はその二つなのか、本当に鳥っぽいな。あの馬連れて来たら
どうなんだろうか? 歌だけでも恋は可能なのかな? ネイティブ
アメリカン的な装飾させたらあの馬でもモテモテなんだろうか? また新たな疑問が産まれたぞ。
しかも、こっちも卵なのか、子宮である程度胎児を育てて産むの
か物凄く気になる。まぁどうでも良いので、宇賀神さん辺りにでも
期待しよう。
□
翌日、榎本さんの指導の元、田んぼの作成をしてみた。
1596
﹁どうします? 百の百で一ヘクタールにします? それとも八十
の百二十五で一ヘクタール?﹂
﹁一町なら別にいいべー。管理しやすければなんだっていいよ。ど
うせ機械がねぇんだから、収穫は人力だ、港近くの麦畑と一緒でい
いべ﹂
﹁んじゃ百の百で一万平方メートルで一町でいいっすかねー﹂
﹁かまねぇかまねぇ、種籾は二袋の一俵分しかねぇけど、一反歩一
キログラムありゃ足りる、一町歩で十倍でも十キログラムだ、一俵
ありゃ六町歩作れるぜ?﹂
﹁あの、どちらかに単位を統一した方が良いんじゃないんですかね
?﹂
﹁わけぇもんと、年寄りの差だ、仕方ねぇぞ。けど単位が違くても
理解できらぁ﹂
﹁もう麦も米も畑って言う畑は、一区画を百の百メートルで一ヘク
タールで良いんじゃないんですか?﹂
﹁確かにその方が管理は楽ですけど。まさか一俵で六ヘクタールし
か撒けないとか驚きですよ﹂
﹁俺は都会だったので知りませんけけど、ある程度榎本さんと暮ら
しててなんとなく理解しかしてませんね﹂
﹁親戚が農家で、ある程度やってたんで、なんとなくだけしか知り
ません。電話一本か、実家に帰った時に米を三十キログラムとか貰
ってきます。じゃぁ百の百を六枚作れば良いって事ですかね?﹂
﹁種籾が一俵しかねぇからな、今年はそれしかねぇべ。会田に聞い
た話だと現代農法で大量に米がとれるらしいが、そんな肥料ねぇか
らな。昔ながらの方法で輪作したり、土休ませたりしねぇと駄目だ
ろうな﹂
﹁ですね﹂
﹁米は難しいんですね、子供の頃から麦だけの場所で育ってたんで﹂
﹁なれりゃどうにかなる、あとはこっちにも豚や牛も必要だな、あ
とは草取りが面倒だから田んぼを三つに割ってくれ、中は沼に近い
1597
からな﹂
変な会話を吐く俺達は、島民に変な顔をされた。
ある程度建築が進み、二十人が寝泊まりできる仮の住居を六軒ほ
ど温泉近くに建て、自生していたオリーブの木が密集していた所に
は、疎水を引いた海岸線近い場所に集荷小屋を作り、そこで作業が
出来るようにした。コレで収穫して、実を洗い、直ぐに実を絞る事
が出来る。油を溜める容器には底の方に水抜き穴が開いてるので新
鮮なまま身を潰し油だけを抽出できるように、鍛冶屋のピエトロさ
んに織田さんが書いた図面の通りに作ってもらった。
と言っても、底が斜めになってて下に水が溜まり、その少し上か
ら鉄を半円に丸めた様な、雨どいの様な所から木製の栓を抜いて、
瓶に詰めるだけの簡素な作りだ。
底の水抜き穴からでたオリーブ油は石鹸にでもすれば良いさ。そ
のうち副産業にならないように頑張るけどな。
後はどんな昆虫か魔物か知らないけど、秋の初めには、でかい繭
を適度に回収し、茹でて製糸して生糸も出荷できれば良いと思って
いる。
ゆくゆくは製糸工場的な規模にして、布を作り、最終的には服飾
産業にも手を出したい気持ちだ。何年先になるかわからないけど。
じざいかぎ
ちなみに、榎本さんの住居は個人的なわがままで、昔ながらの土
間に床が板張りで囲炉裏が有り、藁で円座を編んだり、自在鉤は家
具大工のバートさんに道具を借りて、精巧な鯛を彫っていた。手先
が器用過ぎる⋮⋮
別に悔しくなんかないよ? 全然悔しくなんかないからな!
そしてある程度準備が整ったので、フルールさんを通し、会田さ
んに連絡を取ってもらい、準備が整ったら返事を下さいと伝えた。
◇
1598
それから十五日後、個人の簡素な住宅も建ち始めようとしている頃
に返事が返って来て﹁いま港町です。だって﹂と言う伝言を受け取
とった。
﹁﹃明日朝食後に伺います﹄って言って置いて下さい﹂と言って、
早速歓迎の準備を始める。
島民にこの事を伝え、七日後には前々から言っていた大陸の人族
達が来るから、その頃には豚を潰し、猟班に鹿を狩って来てもらい、
下準備を整えてもらう様に伝えた。
北川さんから手紙を受け取り、抗議をしに行ってから約四十日程
度でここまで整えた。島民が増えると言う事で、皆の頑張りがいつ
も以上にすごかったと言う事にしておこう。仮住居はなんか多少作
りが荒いし。まぁ、この島は寒くならないから、多少の隙間風はね
? ほら、全員分の住居が出来るまでだし!
そして翌日の朝、俺はコランダムの店に転移し、織田さんが煎っ
たコーヒーを砂糖と豆乳たっぷりで飲みながら、服屋のお姉さんと
少し話をし、その他の固定客や、これから物資を運ぶために航海に
出る船員さんや冒険者の話に聞き耳を立てながら穏やかな朝を過ご
した。その後はマスターにお礼を言いつつ、適当な店で軽食を食べ。
適当に港をぶらつくと、物凄くデカい船の前で整列してる人の塊を
見つけた。
嫌な予感しかしない。
俺は少しだけ速足でその場所に向かうと、最初に王都に行った時
に、一緒に馬車に乗った金田さんが出迎えてくれ、丁寧に目の死ん
でる人族に紹介をしてくれている。
﹁カームさん、何か一言お願いします﹂
﹁へぁ?﹂
いきなり話を振られ、適当に聞き流してた俺は驚き、仕方が無い
のでなんとなくで話を進めようと思う。
﹁はい、魔族のカームです。この港から六日程離れた島の開発を任
1599
されてる代表みたいな者です。皆さんがなぜこうしているのかはな
んとなくわかっていますので、不満は多いと思います。魔族の下に
就けるかと思いの方も大勢いると思いますが、島では特にそう言う
事も無く、魔族と人族は仲良くやっています。まだ魔族は少ないの
で、これを機に多少魔族に慣れて、偏見をなくして頂ければと思い
ます。島には医者も教会から派遣されたシスターもいますし、見た
限りでは二人ほどそれらしい格好をした方もいますね。位的な物は
わかりませんが、人族至上主義的な教えは無しにして、島での先輩
シスターと言う事で意見交換もしてみていかがでしょうか? 急に
こうなってしまい、かなり不満が有り、何か言いたい事も有り、魔
族が何か言ってるぜ。と思っている方。何か有れば今すぐ言って下
さい。それに答えます﹂
そう言うとガリガリの男が口を開いた。
﹁俺等はいきなり連れて来られた。持って来る物は特に無いが、そ
れなりに不満や心配事は有る、家や飯はどうなんだ?﹂
﹁家は急増で、二十人が寝泊まり出来る大きな簡素な物を六軒ほど
建てました。なので、当面はそれに住んでもらう形になると思いま
す、扱い的には開拓村に近い物になります。食事に関しては、皆さ
んが季節が一巡するくらいの小麦などの食糧を頂きましたので心配
しないで下さい﹂
﹁俺達の扱いはわかったけどよ、どうせ馬車馬のように働かされる
んだろ?﹂
﹁自分は島の開拓を任された時に、人族の奴隷を五十人ほど好きに
して良いと言われ、与えられました。その方達は特に不満も無く生
き生きと暮らしています。なので島に着く頃には、皆さんを歓迎す
る準備がされているはずですので、島の先輩達に良く話を聞いて下
さい﹂
﹁この船はあんたのか?﹂
﹁いいえ? 船は手配されてると聞いてますが、どんな船はか聞か
されてませんでしたね。金田さんどうなんですか?﹂
1600
﹁会田さんの話によると、この辺の貴族の私物らしいですね。書類
も有りますので船員はカームさんの言いなりだそうです。例の件で
取り上げられ、維持管理出来ないので勇者の物になったらしいので、
一声有れば、空いていれば貸し出しは可能と言う事です﹂
﹁そうっすか⋮⋮﹂
﹁色々諦めてください﹂
﹁だそうです、皆さんを運べ、食糧も乗せられる程度の船って事で
いいんじゃないんですか? 深く考えない様にして下さい﹂
その後も適当に質問に答え、特に無さそうなので、全員を船に乗
せ、船長にお願いした。
﹁良く魔王が出る島が、魔族側の大陸に行く途中に有ったじゃない
ですか? そこまでお願いします﹂
﹁あんたの言う事を聞けと言われてるが、目的地はわかったから、
これ以上は余り関らないでくれ。正直魔族の言う事を聞くのは気分
が悪い﹂
そう、物凄く嫌な顔で言われたので、俺はこれ以上関らない事に
した。
転移で戻ってもいが、何かが有ると嫌なので同行する事にした。
一応金田さんも監視と言う事で付いてはいるが、一応俺もいた方が
良いだろう。向こうが関りたくないと言ってるんだ、こっちはもう
無視すれば良い。竿だけ借りられれば十分だ。
子供達と仲良くなろうと思ったけど、親に守られ近づく事すらで
きなかったので既に諦めた。
甲板の船尾で、ボーっとしてたら﹁邪魔だ﹂とか言われた。ここ
特に何も無い場所ですが? もしかして絡んでるだけか? まぁい
いさ、どうせ後三日だからな。そう思いつつも海面に針が届かない
釣り竿を下げて空や海を見てボーっとしていた。
そしたら、気がついてたら船員に囲まれていた。暇な奴らめ。俺
も暇だけどな。
1601
﹁おう、魔族さんよ、釣果はどうだ?﹂
﹁そうですね、人族の方が沢山釣れましたね﹂
﹁お前の味方のカネダって奴は今船長と話し合いで近くにはいない
ぜ? なぁ俺等と少し遊ばねぇか?﹂
横目でちらりと見たら下卑た笑いを浮かべている。
﹁いえいえ、俺は釣りで忙しいので他を当たってください、そうで
すね港で乗せた子供達の相手とかどうですか? 流石に暇で駄々を
こねてると思いますので﹂
﹁この船には魔族を一度も乗せた事が無いのが自慢なんだよ﹂
﹁それはそれは、では俺は記念すべき第一号と言う事で物凄く栄光
な魔族ですね、こんな立派な船に乗れて最高ですよ﹂
﹁おいおい、何言ってやがんだ。俺達はこんな場所で働いてんだ、
すげぇ験を担いでんだよ。お前みたいな奴がいるとそれも無くなる
んだよ!﹂
﹁そうですか、けど仕方のない事なんですよね﹂
﹁おいおい、俺達はお前に喧嘩を売ってんだよ、それとも挑発にす
ら気がつかないほど魔族っていうのは馬鹿なのか?﹂
﹁皆に迷惑を掛けたくないだけですよ。それと、船員が減ったらこ
の船を動かす人数も減り、目的地に着くのが遅れると思うんですよ
ね? どう思います? この船は最低何人いれば運行できるんです
かね?﹂
そう言いながら竿を上げ、振り向くと俺の回りには十人の船員が
いて、俺を囲んでいた。
﹁はぁーー。本当に暇人なんですね。確かに喧嘩を売られている事
は、最初からわかってました。本当に迷惑を掛けるからなるべく迷
惑事は避けようと思ってたんですけど無理ですね。この海域に鮫と
か魔物っていますかね?﹂
﹁何でこんな事聞くんだよ﹂
ヘラヘラと笑いながら聞いて来る。
﹁かかって来た奴は全員海に落ちてもらいます、甲板を血で汚すと
1602
掃除が面倒ですからね﹂
﹁野郎! 客人だからなんだか知らねぇが構わねぇ!やっちまえ﹂
船員が一斉に殴りかかって来るがハンドボールくらいの八十度の
︻水球︼を九個ほど発動させ、一人を残して命中させ、熱いお湯が
服に染み込み﹁うお! あちい!﹂﹁うわーーー!﹂とか叫びなが
ら自分から海に飛び込んでいく。
・・
﹁さて、貴方は証人です。貴方達が俺に襲い掛かって来て、俺は防
衛の為に魔法を発動。そして奴等が自分から海に飛び込んだ。ここ
までは良いですか?﹂
出来る限り穏便な声で、優しく諭す様に言いながら続ける。
﹁今から回頭すれば命は助かるんじゃないんですか? 見た所誰も
武装してませんし、直ぐに沈む事も無いでしょう。動くなら早い方
・・
が良いですよ? まぁ仲間を殺したいなら構いませんがね。ちなみ
に俺が放った魔法では絶対に死んでませんよね? だって自分から
全員海に飛び込んだんですから﹂
そう言ったら、残っていた船員が、青い顔をしながらどこかに走
って行き、少ししたら船が回頭し始め、何か叫び声を上げてる奴等
の脇に停止した。
帆船なのに上手いな、この船長は。まぁ、金田さんにも船に乗る
前に﹁何か有ったらカームさんの裁量に任せます﹂って言われてる
し、良いか。
引き上げられた船員は、多少肌が赤くなっているが、さっさと海
に飛び込んだのが良かったのか、火傷にまではなっていなかった。
﹁てめぇ、良くもやってくれたな!﹂
﹁また自分から海に飛び込みたいなら、どうぞまたかかって来てく
ださい、今度はもう少し熱いのをお見舞いしますので﹂
そう言いながら指先に拳大の湯気の出ている︻水球︼を発動させ
指を振って水球を弄ぶ。
1603
﹁話は聞いた、うちの船員が迷惑をかけたみたいだな﹂
﹁そうですね、自分としては。﹃これ以上は余り関らないでくれ﹄
って言いたいですね。自分は魔族で、嫌われてるのがわかっている
ので、なるべく関らない様に穏便に隅っこの方で釣を楽しんでたん
ですけどね﹂
﹁その糸の短い奴でか?﹂
﹁釣りの楽しみ方はそれぞれです。釣れなくても糸を垂らしている
のが好きって奴もいるんですよ。まぁ、その結果血気盛んな船員が
釣れてしまいましたがね。それとも航海中ずっと部屋に閉じこもっ
てとでも言うんですか? 馬鹿らしいですね、金田さんコレ報告し
ておいて下さい﹂
﹁はいはい。書類にはカームさんに迷惑をかけるなとも書かれてた
はずなんですけどね、監督不行届ですね。折角貴族から巻き上げて、
独立させて色々と我々が贔屓にしようと思ってたんですが、この話
は流れそうですね、残念です﹂
﹁本当残念そうですね﹂
﹁あと殺されなかっただけ感謝してほしいくらいですね、この方は
我々にとって大切な友人なのですから。それと、ありえないとは思
いますが。もし、怪我をさせていたら、関った全員の首と、その家
族の首を柱に吊るす事になってたかもしれませんので﹂
随分大袈裟に脅すな。
﹁まぁ、俺は怒って無いので、首を括る話しは無しで。でも、この
様な事が起こった事だけをお伝えください。では俺はまた船尾で、
海に針が届かない竿で釣を楽しみますので﹂
﹁はいはい、また何か有ったら言って下さい﹂
﹁わかりました、これ以上は余り関らないでくれって船員にお伝え
ください。ね、船長さん?﹂
﹁あ、あぁ。わかった﹂
取りあえず、船が島に付くまではとりあえず平和になったな。
1604
第107話 村民を百人受け入れた時の事︵後書き︶
おまけSSで﹁疲れたおっさん達の温泉グデグデグチグチ慰安旅行
無人島編﹂を書きました、良ければお読みください。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
多分このURLなら飛べると思うんです。前回みたいにならない事
を祈りましょう。
1605
第108話 百人に仕事を与えた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1606
第108話 百人に仕事を与えた時の事
あの後、船長や船員からの嫌がらせも無く、適当に釣り竿の糸を
垂らしていたらアクアマリンの湾内に着き、人族を下ろし、物資の
搬入も水生系魔族やハーピー族の方々の協力を得て、小麦や穀物類
を湾近くの倉庫に移動させた。
﹁ありがとうございます、後ほど入島者の歓迎会が有るともいます
ので、そちらの方に参加して下さい﹂
﹁あぁ、仕事を与えてくれて、肉を貰えるのなら問題無い﹂
そんな事を言って水生魔族は湾内でウロウロしているし、ハーピ
ー族は家の屋根に降りて羽を休めている。
搬入した物資の中に、食器類も含まれていたので、食器を重ね、大
皿で料理を用意してもらう様にフルールさんを通して島民の方に用
意してもらった。
﹁はい皆さん、誰にどのように言われて、ここに来たのかは大体察
しがついています。いきなり生活環境が変わる事は大変なストレス
です。なので我々は皆さんを歓迎したいと思います。あそこの天幕
の下に有るテーブルに、島で獲れる肉や魚や野菜、酒なども有りま
すので、今日は存分に楽しんでください。多少強引ではありますが
我々は貴方方を歓迎します。港で話したかと思いますが、家も仕事
も用意しました。なので今日は船による長旅の疲れを癒して下さい﹂
そう言うと、寒村から連れてこられた人族達は、恐る恐る料理の
方へ向かって行く。
そして島民たちが笑顔で出迎え、皿に魚や肉、カップには麦酒を
注ぎ気乗りしない寒村の人族に配っていく。
﹁何をそんなオドオドしているんだい! 料理が冷めちまうよ! さっさと食いな﹂
1607
﹁そうですよ、速くしないと肉とかはハーピーさん達や水生系魔族
の方々に取られてしまいますよ。パンも沢山焼いたので、どんどん
食べてくださいね﹂
﹁おう、そんな顔してねぇで酒も取れ。この島で獲れる椰子の実で
作った酒も有る、少し甘いけど、郷に入っては郷にしたがえだ。慣
れちまえば結構うまいぞ﹂
﹁おい! このままだとパンが足りねぇぞ、だれか手伝ってくれ﹂
﹁肉はまだあるから、あわてないで順番にー﹂
おばさんパワーで、無理矢理一人目に配膳したら後はもう早かっ
た。皆食べ物に群がる様に押し寄せ、数少ない男は飲んだ事の無い
酒に興味津々で、女は魚に興味津々だ。冷凍技術や道路が整備され
ていない、海や湖から少し離れた場所に有る村では、こんな大きな
魚なんか食べた事は無いだろう。
魔族
そして子供達は、島にいた子供達と子供同士の話をして、仲良く
話している。俺の事を怖がっていたのが、雪解けは早そうだ。
聖職者達は、アドレアさんと情報交換をしているのか、食事にあ
まり手を付けず、真剣な顔で話し合っている。
﹁一気ににぎやかになったな!﹂
酒を持って嬉しそうにニヤニヤしているキースに肩を叩かれた。
﹁あぁ、けどもっと増やすぞ。まだまだ土地は余ってるんだかなら
な﹂
﹁ははっ! そうだな、まだまだ太陽の沈む方と、朝日を見て左手
側が空いてるからな﹂
﹁太陽が沈む方はコーヒーが有るからな、また増えたら考えよう。
それにオリーブを収穫させて油を搾るから、馬か牛かロバに引かせ
ないとな。それに太陽が沈む方は、ハーピー族か水生系魔族達に協
力してもらって海か空で運んでもらう事になりそうだ、それに織田
さんのコーヒーを煎る手間と考えたら効率が悪いから、何か手を考
えないとな﹂
1608
﹁おいおい、そんな先の事より今を楽しめよな!﹂
﹁そうだな。とりあえずは飯食うべ﹂
﹁おう﹂
そして食事は終わり、船長に頼んで、船で寒村の人族を乗せて島
の南側まで搬送する。
最初から南側に下ろせよと思うかもしれないが、一応顔合わせと
言う事で湾に下ろし、食事をさせただけだ、しかも人と物資を運ん
で来た船は、荷物を下ろしたら金田さんと共に直ぐに帰ったからな。
あまり脅さなければ良かった。
この後は交代制で風呂に入って貰い、簡易的な小屋で寝てもらう
つもりだ。
﹁はい、ここが皆さんに住んで頂く場所です。急造したので多少作
りは荒いですが、必要最低限人が住める環境にしてあります。見て
わかると思いますが、土が均して有る所は家の建設予定地です。な
のでしばらくは我慢してもらう事になりますが、最低限の生活は保
障します。先ほど荷卸ししていた小麦を見てもらえればわかります
ね、あれは島の物であり皆さんの物でも有ります﹂
﹁お前が優しい魔族って事はわかったが、俺達は具体的に何すれば
いいんだ?﹂
﹁ここから少し歩いた所に油が取れる実が有りますので、ソレの収
穫および採油です﹂
﹁油って、あの油か? 高級品じゃないか、そんな物を扱ってるの
か?﹂
﹁えぇ、扱っています。それに収穫は明日にでも教えますし、収穫
し慣れた方を連れてきますので、その方に教わってください。とり
あえずは風呂ですね、あそこの衝立の中に、自然にお湯が湧き出る
温泉と言う物が有りますので、そこで順番に体を洗い清潔にしても
らいます。そうですね、男性の方は酔ってる方がいるので女性が先
でしょうか? その間に船から送られて来た寝具を家の中に運んで
1609
おきますので今日はお休みください。使い方はわかりますよね?﹂
﹁あ、あぁ。ただ湯に浸かるだけだろ?﹂
﹁まぁそうですが⋮⋮湯に浸かる前に、まずは体を洗ってから湯船
に入らないと直ぐにお湯が汚れますので、体を拭く様に桶とかでお
湯を掬って、ある程度体を綺麗にしてからお湯に入っていただきた
いですね。まぁ、常に暖かいお湯は湧き出ているので、放っておけ
ばいずれ綺麗になると思いますけど﹂
石鹸の水質汚染ってどうなんだろう。一応石油じゃない自然の物
しか使って無いけど。あと底に沈んだ汚れとかも掃除できるように
しておきたいけど、後回しだな。
﹁まぁ、取り合えず入浴を済ませてください。あそこの衝立の脇の
小屋が脱衣所ですので、そこで着替えてくださいね。説明はこれく
らいでしょうかね?﹂
そうして俺は説明を終わらせ、船員達に指示を出して寝具を下ろ
してもらい、タコ部屋に搬入する。
一応家族もいると思うので、仕切りや小さな棚は有るが、正直防
犯面などで少し不安だが、モラルに期待するしかないか。そもそも
個人的な荷物も少ないみたいだし。
それに釜戸とかも完備してあるので、順番を守れば各家庭での料
理も可能だし、外に行けば、東屋の下に少し大きな釜戸も有るので、
全員共同で食べる事も可能だ。とりあえずは、まず我慢してもらう
事だな。
食事事情を考えれば寒村よりマシだとは思うけど、教会による洗
脳教育で、俺達魔族とどう歩み寄るかが論点だよな。
まぁ、どうにかなるかな。どうにかしなくちゃいけないんだけど
ね。
◇
翌日、朝食前に平底船をサハギンさんに引っ張ってもらい、野草
1610
さんやオリーブの収穫を任せた事の有る女性を連れて島の南側に来
ている。
南側に着くと、昨日説明した倉庫から小麦粉を引っ張り出し、女
性達がパンを焼いていた。
﹁おはようございます。あ、そのまま作業してていいですよ。とり
あえずこちらの方は昨日話していた、収穫に詳しい方達です。それ
と干し肉とジャガイモじゃ寂しいと思いますので、ここに来る途中
に船を引いてくれていたサハギンの方が魚を片手間で獲ってくれま
したので食べてください﹂
そう言いつつ朝食を作っている釜戸の隣に行き、魚を三枚に下ろ
し、綺麗な海水で身を洗い、塩を振って油を引いた鉄板で焼いても
らう。
アラの部分は鍋に突っ込み、煮て出汁を取り、身をほぐして骨だ
けを取り、細かくちぎった干し肉とみじん切にした玉ねぎを入れ、
塩と胡椒と香草で味を調え即席のスープを作ってみた。本当に固形
コンソメが無いのが悔しいな。あとはつみれを作って入れても良か
ったが、時間が無い。
醤油や大根が有れば煮込むんだけど、朝から煮込み料理もアレだ
し、大根も醤油も無いし。白ワインが有ればハーブ蒸とかに出来た
んだけど、赤しかないからな。
﹁カームさんの料理はいつも美味しそうですよねー﹂
﹁こんなもん適当ですよ、それらしい食材にそれらしい物ぶち込ん
でるだけです。何故かわかりませんが、世の中には絶望的に下手に
作れる方がいますけどね。しょっぱくなっちゃった、砂糖入れよう。
とか﹂
﹁そんな方いるんですか!﹂
﹁聞いた話では⋮⋮ですけどね﹂
そんな話をしながら、焼き魚と、魚のアラスープを作り配膳して
いく。
そして俺達も朝食を貰い、隅の方で済ませる。なんか人族の目線
1611
が痛かったからだ。
﹁はーい、皆さん朝食は済みましたね。これから油の取れる実を収
穫してもらい、油を搾って貰う作業をしていただきます、こちらの
女性が説明をしてくれますので良く聞いて下さい﹂
﹁簡単ですよー、収穫して、綺麗に洗って、潰して搾り取るだけで
すから﹂
野草さんに説明させた俺が馬鹿だった。ある意味間違ってはいな
いんだけどね。もっとこう⋮⋮ねぇ?
﹁まぁ、間違ってはいませんが、少し実践してもらいましょう﹂
そして少し移動して、オリーブの生っている木が有る所まで行き、
野草さんの説明が始まる。
﹁簡単ですよー、この脚立を倒れない様に開いて、手で摘むだけで
す﹂
笑顔で脚立を開いて上って行き、小さな緑色の粒を摘み取り背中
の籠に入れている。確かに簡単だけどね。
﹁そして籠が重くなってきたら一旦下りて、こちらの収穫籠に移し
ての繰り返しですね。じゃあ、皆さんもやってみましょう﹂
そう言うと、何脚か用意された脚立を使い収穫し始め、ある程度
収穫籠が一杯になって来た。
﹁はい、一杯になったらこの実を綺麗に洗います。荷車に乗せて、
製油所近くの水路まで行きましょうか﹂
そして全員で移動して、説明がさらに続く。
﹁綺麗にしたら、この石臼でペーストになるまで磨り潰します、潰
したらこの布で良く絞り、この変な箱に入れます﹂
変な箱と言うのはこの間作ってもらった、水抜きドレンが有る簡
単な構造の箱だ、なるべくなら早く純粋な油にしたいが、油が浮い
て来るまで待つしかないのが現状だ。
﹁ここから自分が説明します、知ってる方もいますが、油の方が水
よりも軽いです。ですので、この中に入れれば、下にさっきの絞っ
1612
た奴の水が下に行き、油が上に溜まります。これがそうですね﹂
そう言って影に置いてあった瓶を見せ、上下で水分と油に別れて
る状態を見せる。
﹁上から覗けばわかりますが、分離したらまずの上の栓を抜いて油
だけだします。そうしたら瓶に詰めて、皆さんが知ってる、この様
な油になります。で、下に溜まった水分は、下の栓を抜いて取りだ
します、まだ多少油が残ってるので、火で炙って、水分を飛ばし、
石鹸の材料にします﹂
そう言うと製油所内が騒めく。
﹁石鹸って油から作るのかよ﹂
﹁どうりで高いはずだわ﹂
﹁物凄く高級な石鹸を作りたい場合は、最初に絞り出した綺麗な油
だけを使って作っても良いんですが、まずは油を作る事だけを考え
ましょう。石鹸はおまけです﹂
﹁おまけって、どんな考えなんだよ⋮⋮﹂
﹁おまけで石鹸が作れるってよっぽどよねぇ?﹂
﹁はいはーい、難しい説明は省きますけど、油を取る事を目的とし
てるので、石鹸はおまけと言いましたが、無駄にしない事を考えた
だけです。最初から石鹸を作る事を考えたら、そっちのおまけの石
鹸は、安い普通の石鹸になるだけですので、気にしないで下さい。
これが皆さんにやってもらいたい一連の流れですね。ってな訳で、
監督としてこの方達を数日置いていきますし、魔族に慣れて貰う為
に先ほどの水生系魔族の方にも魚を届けてもらう様にお願いしてあ
ります﹂
そう言うと皆が騒めく。
﹁はいはい、この島に来た時点で魔族と仲良くしないと話になりま
せんよ? だって勇者もいますし、その勇者が魔族と仲良くしてる
んですからね。しかも仲良く酒飲んだり、最高で四人ほど滞在して
ましたね﹂
﹁じゃぁ、この島には魔王はいないのか? 噂は聞いてるんだぞ、
1613
この島には良く魔王が現れて、良く討伐されてるって﹂
どうしようか、答えるかどうか迷うな。まぁ、勇者による魔王の
討伐はもう無さそうだし⋮⋮良いか。
﹁皆さん、落ち着いて、慌てず、騒がず、冷静に聞いて下さい。大
変言いにくいのですが⋮⋮目の前にいます﹂
そう言った瞬間に、全員が一歩だけ後ろに下がる。
﹁安心して下さい、勇者公認で優しいので﹂
ニッコリと微笑むと更に一歩下がる。傷つくわー。
﹁けど、魔王って称号は嫌いなので、できれば名前で呼んでくださ
い、説明はこんな物でしょうかね? あーそうだ、暑くなり始める
頃には大工が増え、皆さんの家を建てる効率が上がりますので、麦
が収穫できる頃にはこの辺にも家が多く立ち並ぶと思いますので、
家族や子供がいる方優先で入って貰う事にします。今後、魔族や人
族の方を増やすつもりですので、皆さんには率先して魔族と仲良く
やってほしいと思っています、直ぐにとは言いませんけどね。では
嫌われたくないので、自分はそろそろ戻りますけど、この方達の事
よろしくお願いしますね﹂
﹁わかりました。油を搾って樽に移して置けば良いんですよね?﹂
﹁はい、お願いします。では先ほども言った通り、水生系魔族の方
々が魚を持って来てくれますので、なるべく交流を深めるように言
って下さい、それにあまり間を開けずに様子を見に来ますので。も
し何か有れば榎本さんに相談か、フルールさんに言って下さい、で
は失礼しますね﹂
そう言って出口に歩き出すと、説明を聞いていた人族が全員で左
右に避けて簡単に外に出れた。泣きたい。
□
﹁先ほども説明が有った通り、あの方は魔王ですが、別に魔王にな
りたくてなったわけでは無いですし、送り込まれ自分を殺しに来た
1614
勇者と話し合いで解決させた方ですので、優しいと言う事は本当だ
と思います。なので偏見は有るとは思いますが普通に接してあげて
ください、嘘だと思うならエノモトと言うおじいさんの勇者がいま
すので、信じられないなら話を聞いてみて下さい﹂
﹁少しいいだろうか?﹂
装飾の少ない法衣をきた神父様が手を上げました。
﹁はい﹂
﹁みんな聞いてくれ。この島にいたシスターから話を聞いたが、そ
の話は本当みたいだ。子供に優しく、動物にも優しく、島民の健康
状態や衛生概念もしっかりと教育しているらしい。むしろ我々が住
んでいた村より遥か上の環境だ。考え方も我々人族とさほど変わら
ないらしいし、違うのは見た目だけで争いを避けたがる性格だそう
だ。どうだろうか、少しばかりこの島のシスターを信じてみてはど
うだろうか?﹂
﹁神父様がそう言うなら⋮⋮﹂
﹁⋮⋮まぁ、説明も丁寧だったし﹂
﹁魚のスープも美味かったし﹂
﹁昨日のお湯に浸かるって奴も気持ち良かったしねぇ、あれが毎日
入ろうと思えば入れるんだろう?﹂
﹁ならまずは信じてみるのも良いのではないか? 我々の村の貴族
は取るだけ取って何もしてくれなかったではないか。そう考えれば
肌が紺色の魔王では無く、村長と言う事にすれば良い﹂
﹁あのー、ちょっといいでしょうか?﹂
﹁なんでしょうか?﹂
﹁前に聞いたんですけど、後で楽するために今頑張ってるだけで、
村長とかになる気は無いって言ってましたが⋮⋮むしろ﹃支配とか
興味無いから、ある程度の事は自由にさせて、何か有ったら相談に
は乗るよ﹄と言ってましたけど﹂
﹁⋮⋮何を考えているんだ? あの魔王は。いや、カームだったな
⋮⋮とりあえず食事は問題無い、仕事は与えてくれる、そして住む
1615
家も与えてくれた。我々の村を管理してた貴族より優秀じゃないか﹂
﹁えぇ、私もそう思います。なので少しだけ歩み寄ってあげてくだ
さい。あと、今日は仕事の流れを説明したら、生活に慣れさせるた
めに今日の仕事は無く、自由にさせて良いと言われてますので、皆
さんで周りの散歩でもしてみてはどうでしょうか?住むところの周
りを知るのは大切ですよ﹂
﹁そうだな、まずはそれが一番だな﹂
なんだかんだ言ってカームさんはこの方達にも少しずつ認められ
そうですね。良かったです。
1616
第108話 百人に仕事を与えた時の事︵後書き︶
勇者がカームに対してはほぼ味方決定なので。島民に信用させる為
に今回の様に、魔王である事を言う可能性が出てきました。
1617
第109話 娘にお風呂を拒否された時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です。
1618
第109話 娘にお風呂を拒否された時の事
あれから三日後の夕方、入島して来た村民の様子を見に行くと思
っていた以上に働いており、油も樽に溜めており、特に注意するよ
うな事も無かったので、今度水分に混ざった油を取りだす為に、水
を蒸発させて石鹸を作る作業でも教えるか。
﹁お疲れ様です、特に不備は無いですか?﹂
﹁あ、おはようございますカームさん。そうですねー、やっぱり魔
族の方への偏見が少しだけ見られますが、多少会話をしている所を
見ると時間を掛ければ平気だと思いますよ﹂
いつもの様にニコニコと、笑顔で返答してくれる野草さん。この
人は他の団体に交じっても、特に問題を起こさないし、仲良くなれ
るからこういう人族の教育にはもってこいだと思う。
﹁入浴や食事は?﹂
﹁それも問題無いですね、皆仲良くしていますし、取りあえずは神
父さんが皆を引っ張っていると言う感じでしょうか?﹂
﹁それなら構いません。取りあえず取引材料と言う事で、贔屓にし
ている商人に油の取り扱いもしているか聞いてきますので、瓶で一
本程貰いますね﹂
﹁はーい、確認なんですけど、油は日陰で良いんですよね?﹂
﹁そうですね、油は日の光に弱いですし、直ぐにダメになってしま
うので本当なら布を巻いた瓶で売りたいんですけど、もし搬送する
ならどうしても樽になっちゃうんですよね﹂
そんな会話をしながら俺は油を瓶に移し、閉店後のコーヒー店に
向かい、ニルスさんの所へ向かう事にした。
相変わらず都合良くいるニルスさんに感謝だな。
﹁こんばんわー、新商品の売り込みに来ましたー﹂
1619
﹁またカームさんですか⋮⋮。えぇ、もう貴方絡みでは驚かないよ
うにしました。で、今度は何ですか?﹂
そんな事を言いながら頭を押さえている。
﹁そうですね、取りあえず油と、この間お土産で持って来た強い酒
が、暑さがやわらいだ頃に造れるようになるかもしれないので、そ
れの告知です。酒も扱ってますよね? 果実酒も買った事有ります
し﹂
﹁そうですね、酒も扱ってはいますね。最近は酒を買ってくれない
ので寂しいですよ﹂
﹁まぁ、島内で作れるようになりましたからね。あんなの糖化させ
て発酵させればいいだけですよ﹂
本当はきっちり管理しないといけないけど、酒を村で造ってた男
に感謝だな。
﹁で、油と言う事ですが。どの様な感じに?﹂
そう切り出されたので、布にくるんで有る瓶をテーブルに置き、
話を続ける。
﹁植物の実から絞り出した物です、島に自生しているので収穫して
絞っています。獣脂やバターと違うので、常温で固形化しないのが
利点ですかね? ただ太陽の光に当てると痛みやすいのが難点です
かね?﹂
﹁バターも獣脂も似た様な物でしょう﹂
﹁ですね﹂
﹁で、こちらはどの程度で取引したいんでしょうか?﹂
ニスルさんの目がいきなり鋭くなる。
﹁油ってまだまだ高いので、市場価格の物はどのくらいで仕入れて、
どのくらい上乗せしているのかわからないんですよね、なのでそち
らで決めてください。って言うと物凄く怒られそうなので、市場価
格の七割で下ろしますよ﹂
﹁またそんな事言って⋮⋮知らないなら聞いて下さい、ある程度見
知った仲なんですから﹂
1620
そう言いながらため息をついている。
﹁七割は冗談です。俺は商人じゃありませんからね、その辺はニル
スさんの常識に任せます、こちらとしては物が売れて、島民を養え
れば問題なんですからね﹂
﹁まったく⋮⋮。油の今の相場はこのくらいです﹂
そう言いながら書類棚から書類を取り出し、見せて来る。
﹁じゃぁこれの一割りほど高く卸しましょう。植物油ですので料理
はもちろん、石鹸や化粧品の原材料にも使えますし不純物は多少有
りますが獣脂よりは香りが良いので需要は高いはずです。ですので
市場に出ている油と差別化して売るのも有るりでしょうね﹂
俺用に保管してる細筆も持って来きたのでそれにサインする。
﹁ありがとうございます、ではコーヒーやチョコと一緒に取りに来
るか、何かを届けに行く時にでも一緒に船に乗せますよ﹂
﹁そうですね、私が急に送れって言う訳が無いじゃないですか﹂
﹁お世話になってるので、今直ぐと言われれば転移で運びますよ?﹂
﹁いやいや、結構ですよ。ですが、無いとも言い切れないのでその
時はお願いします﹂
﹁では、何か有ればコーヒ店のマスターに連絡を﹂
そんな良い雰囲気で多少雑談が入り、手土産としてオリーブオイ
ルを置いてから故郷のベリルへと帰った。
コーヒ店にもフルールさんの鉢植えも必要か? カモフラージュ
に色々なハーブや花も有った方が良いな、その方向で動くか。日当
たりの良い窓際に置けば弱る事も無いだろう。
□
﹁ただいまー﹂
﹁あ、お父さんお帰りー。お風呂湧いてるよー﹂
﹁おーそうか。一緒に入るかい?﹂
まだ寝間着では無かったので、一応声を掛けてみる。
1621
﹁ん、ううん。今日は良いよ﹂
﹁そうか、なら先に入らせてもらうね﹂
そうか、とうとうこの日が来てしまったか⋮⋮。余の中のお父さ
んはこんな感じなんだろうか⋮⋮。
そう思いながら、居間にいる嫁達に一声かけて、台所にオリーブ
オイルを置いて、寂しく一人で風呂に入り。夕食の準備をしていた
スズランに声をかけ、揚げ物を獣脂からオリーブオイルに変えても
らい。いつもと違うから揚げを楽しんだ。
そして夜が深まり、子供抜き家族会議が始まる。
﹁今日、リリーに一緒にお風呂を入るのを拒否されました。これは
仕方のない事なので、諦めてはいますが、何か体の変化が有れば教
えて欲しい。そう大体三十日に一回有る、女の子の日について﹂
﹁んー、前にも話し合ったけどさー、男親がそう言う事聞くのはど
うかと思うよ?﹂
スズランは静かに、頷きもせずお茶を飲んでいる。
﹁まぁ、それはわかってる。けどそれに対して、気を使う事が出来
る。知らなければそれなりの対応をしているかもしれない﹂
﹁んー﹂
ラッテは物凄く体を捻りながら唸っている。
﹁じゃぁ例をあげよう。例えば女の子の日で体調が悪いとする。な
のに久しぶりに戻って来た俺に稽古をせがんで来たとしよう。そし
て何も知らない俺がいつも通り相手にして、稽古中に注意力散漫に
なって怪我をさせたらどうする?﹂
﹁んーそれもそうだけどさ﹂
﹁まぁ、ある程度察して手を抜く事も出来るし、気を使う事も出来
るけど、事実として知りたい﹂
﹁有る。カームが学校で子供達に色々教えて島に戻ってから。二日
後に初めて有った﹂
﹁ちょっとスズランちゃん!﹂
1622
ラッテは少し動揺しているが、既に諦めたのか少しため息を吐い
てお茶を飲み始める
﹁わかった、ありがとう﹂
俺はそう言って、話を切り上げ、二人には先に寝てていいよと言
い、棚から蒸留酒を取りだし飲み始める。
もう五歳か、二人とも成長したもんだな。そう思いつつしんみり
としながら、今まで有った事を思い出しなら、ゆっくりと飲み、俺
も寝る事にする。
◇
翌日、子供達を学校に送り出し、友達と遊ぶ約束しない様にと言
って置く。種蒔きに関する話し合いが有ると聞いたので顔を出し、
元村長の話を聞きながら特に問題無い事を確認すると、実家の部屋
に行き空き瓶を持って自宅に帰る。
そして、ラッテや子供達が帰って来たので、家族全員で食事を食
親
べてから子供達に個人的に魔法を教えるとする。
多少雰囲気の違う俺に少しだけ真剣さが伝わったのか大人しくし
ていた。
﹁前々から知りたがっていたこの黒いナイフについてだ、前にも知
り合いに教えたけど、二人はまだ幼い。少し丁寧に説明するぞ﹂
そう言って、空き瓶と黒曜石の塊を出して丁寧に説明する。
﹁ってな訳で、この黒いナイフは実は属性的に言うと土属性だ﹂
﹁ガラスって石だったの?﹂
﹁全然想像できなかった、イメージしても出てこないはずだよ﹂
﹁そうだな、その辺りは知識が無いと無理だな。砂の中に有るガラ
スの成分が熱で溶けて固まったのがガラスだからな、この黒曜石っ
て奴はソレの代表みたいな物だ。だからその辺のガラスよりは硬い
が、鉄よりは脆い。ただ切れ味だけは割れたガラスと似た様な物だ
1623
から保証はする。ただ、コレで武器を受けるのだけは止めろ。それ
だけだ﹂
そう説明すると、テーブルに置いてある黒曜石のナイフをリリー
は真剣に見ている。
﹁お父さん、私に投げナイフのコツを教えて欲しいの!﹂
﹁練習しかないな、父さんもリリーくらいの頃に散々森で色々な物
を投げてた。まずは石だな。まずは十歩離れた所から投げる。それ
で当たる様になってきたら、二十、三十と距離を延ばす。そしたら
今度はまた十歩の所からナイフを投げるの繰り返しだ。こればかり
は口で説明できない。ナイフを回転させて投げるなら歩数に寄って
回転させる速度を体に覚えさせる。回転させないで刺せる方法も有
るが、そっちもそっちで技術がいる。だから練習しろとしか父さん
は言えない﹂
そう言うとリリーは黙ってしまった。
﹁まぁ、俺も村の道具屋でナイフを買って練習したから、リリーも
練習すれば良いい。後で買いにいこうか﹂
﹁うん!﹂
随分素直に育ってくれたなー、こう子供の成長とか見てると心が
和むよな。
﹁さてミエル、魔法が得意なミエルには浮遊とまではいかないが、
魔法で射出する方法も教えよう、リリーだけにナイフ投げのコツ教
えたら不公平だからね﹂
そう言いながら笑顔で、自分の頭上に持ち手の無い菱型の苦無み
たいな物を浮遊させる。
﹁普通の火球とか水球とかと変わらないさ、それをさっきのナイフ
に変えただけ﹂
﹁けど、それって形が違うよ?﹂
﹁刺さりやすく先細りにして抵抗を無くす感じだな﹂
そう言いつつ、ここから見える釜戸用の薪を見つめ射出する。コ
ン! と良い音が鳴り、子供達は少し驚いている。
1624
﹁まぁ、こんなもんだ。今まで使って無かっただけで色々有るぞ。
これは肉体派のリリーには少し難しいかな? だからミエルにはこ
れがプレゼントだね、十分ヒントになっただろう? これもおまけ
ね﹂
そう言いながらショートソードをイメージして浮遊させた状態で
頭上で振り回し、開いている窓から放り投げた。
前に棒を投げて、鶏小屋の柵に当てたらスズランに物凄く怒られ
たので放り投げるだけだ。
﹁魔法で作った武器を空中に浮遊させて振る、これも練習しかない
ね。魔力は筋肉と同じで、使えば使う程使えるようになるから、魔
力切れ起さない程度に練習して置く様に。前に言っていたリリーが
助けに来るまで持ちこたえるって言うならお姉ちゃんと一緒にミエ
ルは盾を買いに行こう﹂
﹁うん!﹂
﹁ってな訳で太陽が一個分傾くだけで説明は終わらせたけど、何か
聞きたい事は有るかな?﹂
そう言うとリリーが物凄い勢いで質問して来た。
﹁他には何が出せるの!﹂
そこまで必死に有らなくても良いと思うんだけどな。
﹁まぁ、武器の形がイメージできたらなんでも出せるよ。前は脅し
でハルバード出したし。ナイフだけじゃ心許ないから、手斧で重さ
を確保して深く刺さる様にしてた時も有る。だからどれが有利とか
は一概には言えないね。けどさっきも言った通り、打ちあったら消
えるから注意だね﹂
そう言いながらコランダムで一回だけ使ったハルバードを、テー
ブルの上に出した。
﹁振り回して威嚇するならこれくらいでも十分だね、けど父さんは
機能美を重視したいから、こういうのは使わないけどね。どうする
? このまま稽古をする? それともこの土魔法の練習?﹂
﹁﹁魔法!﹂﹂
1625
﹁はい、じゃぁもう少し魔法の稽古だね﹂
そう言って子供達に黒曜石のナイフ以外の作り方を教えるが、ミ
エルよりリリーの方が先に出来たのには驚いた。武器に関しては魔
法でもリリーの方が強いみたいだ。
﹁武器の形をした魔法ならイメージしやすいのかもね、さっき父さ
んがやったみたいに思い切り投げるイメージをすれば、火で出来た
槍とかでもきっと上手く行くはずだ﹂
そして少ししたら、ミエルも黒曜石のナイフを作れたので﹁その
まま火球を飛ばすみたいに打込んでみて﹂と言ったらさっき俺が刺
した薪の近くに命中させた。
﹁二人とも凄いな、さすが俺達の子供だ﹂
ほめてやらねば、
正直に言えば、手で投げた方が早かった気がするが、笑顔で褒め
た。後は練習するだけだな。
﹃やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
人は動かじ﹄とか有名すぎるし。
その後は三人で道具屋に行き、少し大振りのナイフと鉄製の小丸
盾を二人に買い与え﹁今まで通り訓練する様に﹂と優しく言って家
に帰った。
今度、訓練をせがんで来たらどう対処するか、今からかなり悩む
俺だった。
1626
第109話 娘にお風呂を拒否された時の事︵後書き︶
リリーの気持ち的なSSを書こうと思いましたが、作者は男なので
止めておきました。
1627
第110話 最前線に呼ばれた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
作中に櫛野と言う名前が出てきますが、誰だかわかると思います。
おまけSSの方に書いた温泉話で名前が出てきました。
1628
第110話 最前線に呼ばれた時の事
コーヒー店にフルールさんの鉢植えとか、色々な観葉植物を窓際
に置き、緊急連絡用に置かせてもらい、農作業や島の南の製油所の
要望を聞き入れつつ作業に精を出す。
今の所、連れて来られた村民約百人は特に不満も無く働いてくれ
ている、心なしか少しだけ健康的に太って来た気がする。良い事だ。
夏に向けて、蒸留所用の資材を確保したり、品種改良の為の準備
を始めたりして、平和な日々を送っていたらフルールさんから連絡
が入った。
﹁クラヴァッテって所からの伝言で、休戦条約を結ぶ事になったけ
ど、何故かカームも参加してくれと手紙に書いてあったから、同行
してもらいたい。だって﹂
﹁なんというか、また急ですね。水面下で勇者達が動いている事は
確かなんでしょうけど⋮⋮。また嫁達に報告しに行かないと﹂
﹁まあ頑張ってね、私はパルマと実の多く生るトマトの話し合いが
有るから﹂
﹁はいはい、お疲れ様です﹂
そんなやりとりをしつつ、近くにいた狐耳のおっさんに報告をし
つつ急いで家に戻り、嫁達に報告する事にする。
□
﹁ってな訳で、今度は最前線基地から少し行った戦場での会合だ、
詳しくはわからないが、多分例の勇者も同行して、難無く話し合い
が進むと思うけど、例の貴族様と馬車での移動で五日かかるからま
たしばらく帰れなくなる﹂
﹁カームはいつも帰って来る。だから私は特に問題無い。何か有れ
1629
ばその花と話して勇者を殴りに行くだけ﹂
﹁おいおい、怖い事言うなよ。勇者の一人がある程度根回しは済ま
せてて、停戦用の印は軍部と貴族が押すだろ﹂
﹁難しい話はパスかな? まぁ、私としては怪我しないでねって言
うしかないけど、毎回すごい事してるみたいだけど大怪我とか無い
し﹂
﹁まぁそうだね、勇者達には助けられてるよ﹂
﹁えーこの間聞いた話だとカーム君は物凄い事して、なんか有利に
話を進めたって話じゃん。そのまま今回も行っちゃえー﹂
﹁多分だけどさ、貴族様、軍部、現地魔王、俺。そして相手は軍部
のお偉いさんと勇者と関係者だと思う。そして確認だけの書類と軽
い話し合いで、何か有ったら俺が魔族側止める役だと思うんだよね﹂
﹁カームなら脅せば一発で黙ると思う。がんばって﹂
﹁なんかすごく信頼されてるけど、絶対は無いから﹂
﹁あのフライパンに穴を開ける魔法で黙らせれば良い﹂
﹁ややこしくなるからそう言うのは最終手段ね﹂
そんな感じで会話を終わらせ、多少の着替えや野営用品をや保存
食をリュックに詰めて、いつも通り三人で一緒に寝た。道中色々気
を使ってくれるかもしれないけど、用意して行くのが礼儀だよね。
相変わらず左右にべったりとくっ付て来るが、毎回行く前は無い
し帰って来てからが激しいので、少し覚悟が必要な気がする。
◇
﹁んじゃ行ってきます。行きは馬車だけど、帰りは転移魔法使っち
ゃうから、帰って来るのは六日以降って思っててね。行ってきます﹂
﹁いってらっしゃい﹂﹁いってらっしゃーい﹂
そう言って家族に見守られながらテフロイトに飛び、いつもの門
番に話しを通し、屋敷まで連れて行ってもらう。
﹁久しぶりだな、急ですまない﹂
1630
そう言いながら応接室に入って来る。
﹁いえ、ある程度想像できましたので﹂
そう言いながら出されたお茶を啜る。
﹁人族側が何故か君を指定して来てね。なにか関係が有るのかい?
いや、聞くだけ無駄だったな、この間の話を聞いた限りだとかな
り関っているんだろう?﹂
﹁⋮⋮まぁ。かなり﹂
﹁まぁいいさ、それで出発は明日でいいか?﹂
﹁もう準備は整っています。なのでそちらに合せますので、ゆっく
りと準備を整えてください﹂
﹁カーム君待ちだったんだよ、今使いをあの軍部の豚に走らせてる、
なので明日朝に出発だ、取りあえずは客間を使ってくれ﹂
﹁わかりました﹂
﹁それまで少しだけ書類を片付けないといけないから、我が家だと
思って寛いでくれ﹂
﹁お気遣いありがとうございます﹂
そう言いながらクラヴァッテは席をはずし、俺はやんわりとした
雰囲気の犬耳のメイドに客間に案内され、くつろぐ事にした。
なんかテーブルには呼び鈴みたいなのも有るし、ベッドも綿が多
く詰まっているのかふかふかで、掛布団は羽毛で出来ていた。
﹁羽毛か、軽いな⋮⋮﹂
しかも調度品が多くて落ち着か無い、壊したり汚したりしない様
に近づかない様にしないとな。
実は前世から布団が軽いと落ち着いて寝れないんだが、諦めてコ
レで寝る事を決める。そして島で飼っている鴨の羽毛の利用価値を
思い出したので、スズランや島の皆の為にに覚えておこう。鴨が増
えたらコレで防寒具とか作れるからな。
そして俺は、特に意味は無い呼び鈴を鳴らす理由を考えて、呼び
鈴を鳴らす。
1631
だって一回はやってみたいじゃん?
呼び鈴を鳴らしたら、一分後くらいに部屋がノックされ、先ほど
のメイドさんがやって来た。
フルール
﹁失礼します、どの様なご用件でしょうか?﹂
﹁久しぶりに来たので、俺が持って来た花に水を上げたいんですが、
鉢の有る場所まで案内してもらえませんか? それが駄目ならここ
まで持っていただきたいのですが﹂
﹁申し訳ありません。鉢の有る場所はクラヴァッテ様の私室の近く
となっておりますので、こちらにお持ちしますね﹂
そう言って一礼して部屋を出て行った。
﹁んー、メイドっぽいメイドに初めて対応された気がする﹂
そう独り言を呟きながら、水差しに有った水を飲みながらメイド
さんが帰って来るのを待った。
そうしたらノックが鳴り、鉢を抱えたメイドさんが戻って来てテ
ーブルに鉢を置いてくれた、心なしか少し育っている気がする。
﹁なんか俺が魔法で出した水が好きみたいなので、少し与えておこ
うかな? と思いまして。無理言って申し訳ありません﹂
﹁いえいえ、いつも面白い話を聞かせて頂いておりますので構いま
せんよ、昨日水を上げたばかりなんですが、根腐れとか平気なんで
しょうか?﹂
﹁水捌けの良い土で、表面が乾いたらたっぷりととしか本人から聞
いてないのでわかりませんね。まぁ与えておきますね﹂
そう言って野球ボールより少し大きい︻水球︼を出して、土に染
み込ませるようにして与えておいた。
﹁ありがとうございました、コレで多少この個体の機嫌が良くなれ
ば良いんですけどね﹂
﹁私と話している時はいつも機嫌が良いですよ。では失礼しますね﹂
そう言って、ニコニコしながらメイドは出て行った。
特にやる事が無いんだよな⋮⋮。クラヴァッテに失礼かと思って
早めに来たけど、町の探索とか気分じゃないしな。
1632
お金は少ししか持って来て無いし。ってか時間が中途半端過ぎる。
昼食でも頂いたら昼寝だな。それまでは座禅でもしてるかな。
◇
翌日。これまた立派な馬車が屋敷の前に止まっており、コレに乗
るのかと思うと少し抵抗が有る。
﹁コレに乗るんですか? なんか豪華すぎて乗りにくいんですけど﹂
﹁直に慣れる、では留守中は任せる﹂
﹁えぇ、行ってらっしゃい﹂
そう言って子供を抱いた、狐耳の奥さんが代表で返事をして、使
用人が全員見送りにいている。
貴族すげぇ!
けど狐耳の奥さんが物凄い目で睨んでいるが﹁旦那を危険な目に
合わせたら殺す﹂って感じの目だな。スズランも怖いけど、こっち
の視線も怖いな。ただ、妖狐っぽいから変に背筋がゾクゾクする。
手荷物を別な馬車にのせ、武器類もそちらに乗せる様に言われた。
まぁ、使用人としては、主の知り合いでも、安全を守るのが優先だ
から仕方ないだろうな。黒曜石製の武器出せるけど。
そして移動中にどんな内容なのかをさりげなく聞いてみた。
﹁どんな感じで話し合いが進むか聞いてます?﹂
﹁そうだな、取りあえずはお互い戦線を維持していた場所に大きな
テントを張って、お互いのお偉いさんがにらみ合って話し合って判
子を押すんだろ。俺は戦線の有る土地を纏めてるからな。とりあえ
ずその土地で一番偉いって理由で呼ばれただけな気もするがな。そ
っちはかなり関ってるから呼ばれたんだろう?﹂
﹁えぇ、そうですね。多分出て来る奴も多少想像がつきます、しか
も完璧な出来レースです。確認だけして終わりでしょうね﹂
﹁なんだよ。僕が行く意味無いじゃないか﹂
1633
﹁多分体裁を整えるだけに呼ばれた気がします﹂
﹁おいおい、それで僕の業務が遅れるのか。最悪だな!﹂
﹁貴族ってそんなもんだと思ってますけど⋮⋮﹂
﹁思っている以上に忙しいんだぞ?﹂
﹁でもあの時は無理矢理時間を作って前線基地に来てくれたじゃな
いですか?﹂
﹁アレは色々おかしな点が有ったからだ、どう考えてもカーム君や
キース君が活躍してなかったからな﹂
腕を組んで、少し面白くなさそうな顔をしている。
﹁まぁ、あの禿げネズミには散々こき使われましたからね、あの時
はスッキリしましたよ﹂
﹁禁輸品の葉っぱを持ち歩き、部屋で焚いた奴が何を言う﹂
﹁イヤーアノコロハワカカッタ﹂
﹁今でも十分若いだろうに﹂
ってか魔族はどのくらいから若く無いに部類されるのかがわから
ない。クリノクロアのトレーネさんが、あの容姿で俺よりかなり年
上って事はなんとなく察したし。故郷のエルクさんや。フレーシュ
さんはエルフ系だから長寿種ってわかるし、校長だって竜族だから
長寿種っぽいし、ってか竜族は細分化されてて、父さんみたいに蜥
蜴っぽいのでも竜族の可能性が有るからな。ってか父さんもある意
味竜族だよな⋮⋮。
﹁あの時は見逃したが、あれからはやってないんだろうな?﹂
﹁もちろん。それにあの時は何かに使えないかな? と思いつつ偶
然手に入れましたが。それくらいしか用途有りませんし。むしろ毒
耐性あるので効きません﹂
﹁まぁ、もうやってないなら良いさ﹂
そんな会話をしながら近隣に村が無いので、野営をしながら最前
線基地まで進み、野営中は馬車がそのまま寝所になるので、俺は外
で自前の物を使って寝ようとしたが、付いて来たお供の方達に無理
1634
矢理無駄に大きいテントを使う様に進められたが、俺一人で使うの
も気が引けるので、どうにか説得して皆さんで使ってもらった。
﹁クラヴァッテ様に叱られますので、どうかお使いください﹂
とか言っていたが、断固拒否した。
﹁皆さんで均等に分けてお使いください、俺一人では大きすぎます﹂
そんなやり取りを五回ほど繰り返し、俺がクラヴァッテに言って、
なんとか俺の意見を通させた。
俺なんか焚火のそばで十分だ。無人島探索である意味慣れてる。
けど見張りは、進行方向側に軍部のお偉いさんや兵士がいるので、
その方達がやってくれた
ちなみに野営なのに、食事が無駄に豪華だった。
◇
その後は、特に問題無く夕方には最前線基地に着き、色々な荷物
を下ろし特別な部屋を用意された。昔を懐かしんで兵舎で寝ても良
いと思うが、任務中の兵士に気を使わせるのも失礼なので、こっち
の方は素直に従っておこう。
そして夕食を、食堂で少しだけ食事を懐かしく思いながら食べて
いたら、いきなり兵士に話しかけられた。
﹁うわー懐かしい! カームさんですよね?﹂
兵士に知り合いは少ししかいないんだけどな⋮⋮
﹁はい、そうですけど⋮⋮﹂
そうして振り向くと、やっぱり見覚えは無い。多分五年前もここ
にいたんだろうな。
﹁貴方の拷問方法は、今でも心を折る方法として使われていますよ
!﹂
もしかしてあの牢屋を歩かせ続ける奴か?
﹁一応言っておきますが、拷問じゃないですよ?﹂
﹁それに、倒れた時の的確な対処方法は、今でもテフロイトの基地
1635
でも重宝しています。それと、どうしても死なない程度に腹痛にす
る方法が、未だにわからないんですよ﹂
﹁あーアレですか。やらないであげてください。あれをやったのは
個人的な私怨から来た嫌がらせの延長ですので。いいですか? 絶
対にやらないで下さいね? やるなら心が折れるまで不眠で歩かせ
続けてください﹂
笑顔で対応したら、少し引かれた。俺の笑顔ってそんなに怖いか?
そんな話をしていると、俺の回りにワラワラと人が集まってしま
い、当時の﹁凄い風で矢が一本も届かなかった奴はどうやって!﹂
とか﹁物凄く高い石壁で、敵軍を一気に壊滅させたんですよね?﹂
とか﹁熱湯の水球を出せるんですよね?﹂とか色々質問責めにあっ
た。
そして適当に話を合わせ、当時の活躍の確認みたいな事をさせら
れた。
﹁いやー、まさかあの牢内をただ淡々と歩かせる奴が、使われてる
とは思わなかったな﹂
そう呟きながら用意された部屋で寝る事にした。
◇
翌日になると、やっぱり豪華な馬車で移動となるが、同じ馬車の
中には前に一度だけ会った事の有る、クラヴァッテが豚と呼んでい
るテフロイトの軍部のお偉いさんが一緒に乗っている。
空気が悪い。
話によると、最前線までは馬車で二時間らしいから、それまでの
我慢だな。
そして会話が一切無い馬車内で、そろそろ着くかな? と言う頃
に。多くのテントとそこにいる集団を見かけた。装備が揃って無い
ので、正規兵では無いと思う。傭兵だろうか?
そんな事を思っていたら先ほどの多くのテントが小さく見える位
1636
置に、物凄く大きな司令官用の二十人は簡単に入れる大きなテント
が見えた。
﹁アレだ﹂
豚が何か言ったが聞き流す事にした。
馬車を下りるとクラヴァッテが、
﹁少し早かったか? 人族のお偉いさんが見えんな﹂
﹁まぁ、遅れるよりは良いと思いますよ。相手に不快感を与えない
ので﹂
﹁それもそうだな﹂
そんなやり取りをしていると、また後ろから声を掛けられた。
﹁カームじゃないかい!﹂
戦場に知り合いはいないと思ったんだけどな。けど女の声なんだ
よな。そう思いながら振り向くと、一つ目の背の大きな女性が立っ
ていた。
﹁グラナーデじゃないか!﹂
﹁久しいな!﹂
﹁知り合いか?﹂
そうクラヴァッテが耳打ちをしてくる。
﹁あぁ、同郷の同い年で、クラスメイトでもあったグラナーデだ。
あの陣中見舞い後に最前線砦に来たから顔は合わせて無いと思う﹂
﹁そうか。初めましてグラナーデ。今日の会合に呼ばれたクラヴァ
ッテだ﹂
﹁そうかい、私はグラナーデだ、魔王の嫁だ﹂
そう言うと、クラヴァッテが俺の方を見るが、あえて無視した。
だって前にスズランの事は話しただろ。
﹁なんでカームがいるんだ?﹂
﹁人族側のご希望でね。俺が呼ばれた﹂
﹁何を言ってんだい! あれから直ぐに戦場から帰ったくせに!﹂
そう言って、大声で笑っている。
﹁まぁね、けど色々有るんだよ⋮⋮察してくれ﹂
1637
﹁何言ってるんだい! 故郷で魔法使ってのんびり暮らしてるんじ
ゃないのかい?﹂
﹁そうしたかったんだけどね、そうも言ってられなくなってね。季
節が一回めぐる間に色々有ったんだ、直にわかる。それより傷も増
えたし、筋肉も付いたね﹂
﹁当り前さ、カームが逃げ帰ってから度々戦場に出てるからな、傷
も増えるし筋肉だって付くさ。それより旦那が故郷の酒を気に入っ
てね。度々取り寄せているぞ﹂
﹁そいつは作って良かった。よろしく言っておいてくれ﹂
﹁何言ってんだい! 私も旦那も会合に参加するんだよ﹂
﹁は? まぁ、旦那さんは魔王って知ってるけど、なんでグラナー
デも?﹂
﹁旦那と暴れ回ってからね、口出ししない条件で、私は後ろで立っ
てるだけさ﹂
﹁まぁそれなら良いけど。で、魔王様は?﹂
﹁昨日酒をしこたま飲んで、今頃歩いて来る頃だろ、あそこに小さ
くなってるテントが見えるだろ? あそこが野営地さ﹂
あーさっきのテントの塊は魔王軍だったって訳か。
﹁最近変に平和でね。噂じゃ人族が魔族側の大陸から撤退して休戦
するらしいじゃないか﹂
﹁耳が早いね。そういう事だって俺は聞いてるけど﹂
﹁村にいるカームが何で知ってるんだい?﹂
﹁まあ、ちょっとね﹂
そんな話をグラナーデとしていると、豚の付き人だった兵士がや
って来て、
﹁人族が来ました!﹂
そう大声で報告している。
﹁だってさ﹂
﹁安心しな! 何か有ったら私がその辺の物掴んで振り回してやる
さ!﹂
1638
﹁頼もしいね、けど向こうは勇者も同行してると思うから、やらな
い方が良いと思うよ﹂
﹁カームこそ耳が早いじゃないかい? まぁいいさ、それよりあい
つは何やってるんだろうねぇ。まだ寝てるって事は無いと思うんだ
けどね⋮⋮あー来たわ﹂
そう言うと、テントの方から馬がこちらに走って来るのが見える。
﹁こちらもそろったみたいですね﹂
﹁そうですね﹂
そんなやり取りをしていたら、馬車から食事会で見なかった、胸
に何かジャラジャラ付けた、いかにも偉そうな奴と、会田さんと宇
賀神さんと櫛野さんが下りて来た。
あぁ、もう出来レース確定ですわ。
﹁やぁ、スク水さん。お久しぶりです﹂
﹁お久しぶりです。えぇっと申し訳ありませんが名前を忘れてしま
・・・
いまして⋮⋮﹂
﹁ディアですよ﹂
お互い偽名で通せと言う事か。
﹁⋮⋮あーそうでしたそうでした。申し訳ありません。そちらはユ
ージさんでしたね﹂
﹁えぇ﹂
﹁そちらの方は初めてですよね?﹂
﹁バーサーカーとでも呼んでくれ、ジョンでも良い﹂
かっこいいな! なんかすげぇカッコいい! けど他に呼び名無
かったの? 誰か突っ込まなかったの? 最初から偽名ってわかる
呼び方ってどうよ?
﹁わかりましたジョンさん﹂
そんなやり取りをしていたら、グラナーデが耳元で呟いて来た。
﹁なんだよ、スクミズって﹂
﹁人族側の偽名﹂
1639
﹁人族側に行ってたのかよ﹂
﹁まぁ⋮⋮、あとあの黒くてゴッつい鎧着た人族には絶対に手を出
さない方が良いよ﹂
そんな会話を終わらせると、空気を読んでいてくれていたのか会
田さんが改めて挨拶して来た。
﹁ってな訳で今日はよろしくお願いしますね、スク水さん﹂
﹁こちらこそ﹂
﹁おい、私を置いて何を勝手に話している! 失礼では無いのか?﹂
﹁いえいえ、こちらの方は勇者ですので﹂
﹁なら私に話しかけるのが礼儀では無いのかね?﹂
﹁いえいえ、こちらのスク水さんは魔王で、停戦協定を結ぶのに多
大なる貢献をしてくれまして、その時に大変お世話になりましたの
で﹂
﹁カーム! お前魔王になったのか!﹂
﹁まぁ、嫌々ね﹂
﹁なら最初から言いな!﹂
豚を無視しつつ話を続け、魔王になった事で物凄く嫌そうな顔を
していたら、グラナーデに思い切り背中を叩かれて吹き飛び、馬で
こっちに向かって来た筋肉魔王がやっとこちらへやって来た。旦那
さん、少し遅いです⋮⋮
﹁遅れてすまねぇ﹂
﹁本当だよ、何やってんだい﹂
﹁だからすまねぇって言ってるだろう﹂
﹁とりあえず夫婦喧嘩は後にして。中に入りましょう、魔王さん達﹂
﹁達? 魔王は俺しかいないんじゃないのか?﹂
﹁前に砦で光を浴びてやられた奴がいただろ? 私の同郷の﹂
﹁あぁ﹂
﹁こいつも魔王になったんだってよ﹂
グラナーデは心底呆れたように言っている。
﹁あの魔法系の奴か、おーおーそう言えば見覚えが有るな。それじ
1640
ゃ久しぶりだな!﹂
﹁あの、中に入りません?﹂
会田さんが、物凄く困ったような笑顔で言って来る。
﹁そうですね、取りあえず入って話し合いをしないと﹂
そして中に入ったら大量の書類が用意してあり、お互いの賠償や
指定された地域での交戦を停止し、人族の軍属関係者の魔族側の大
陸からの撤退などが書かれてあり、お互いに譲歩できるところまで
話し合いが続くが、お互いの軍部が私欲しか考えておらず、会田さ
んやクラヴァッテによって却下されていた。
どいつもこいつも最低な考えしか出来ない奴が多いな、クラヴァ
ッテがまともで良かったよ。
﹁大筋ですが、人族によって占拠されていた港町の解放と、税関を
設ける。そして、お互いの大陸の禁輸品の監視の強化と、今後休戦
から停戦に移行できる為に一部を除く物品の税金の引き下げで合意
と言う事でよろしいでしょうか?﹂
﹁こちらとしてはある程度一任されているので構わないが、人族側
の貴族や王族関係者がいないのに勝手に決めてよろしいのだろうか
?﹂
﹁問題ありません。こちらも一任されていますので﹂
そう言うと、会田さんは笑顔を作り対応している。
しかもテント内で軍部の豚と偉そうなやつの言う事を聞く奴は誰
一人としていなかった。
そしてお互いがサインをして握手ををする。一応握手習慣も魔族
側にも有るんだな。そう思いつつ筋肉魔王を見ると、護衛としてつ
いて来た、会田さんの裏に立っている櫛野さんの方を見ている。
﹁なぁ、小難しい話し合いが済んだんならちょっといいか?﹂
﹁えぇ、構いませんよ﹂
﹁その後ろにいる護衛と一回手合せ願いたい。勇者なんだろ? そ
の辺の兵士じゃ相手にならなかったからな。もう戦争は終わったん
1641
だ、得物無しでやろうじゃねぇか﹂
本物の馬鹿がいる。どっかの戦闘民族じゃないんだから強そうな
やつ見たら手合せしようとか言うなよ。俺には絶対考えられねぇよ。
﹁いいだろう。お互い気絶するまででいいか? 俺は魔法は使えん、
魔法は無しだ﹂
剣
そう言いながら背中の鉄板を外し、胸元に有る投げナイフのベル
トを外し始め、防具の留め金も外している。
櫛野さんも馬鹿だった! こっちに来て本当に戦闘狂になったか、
本当になりきってるかのどっちかだけど、本当に俺には考えられな
い。
﹁奇遇だな、俺も使えん﹂
こっちの筋肉魔王もノリノリで防具脱ぎ始めてるし⋮⋮。筋肉の
思考は筋肉でしか語れないのかよ。そして会田さんの方を見ると俺
と同じような顔をしているし、豚と偉そうな奴は面白そうな事が始
まりそうとソワソワしている。
まぁ、櫛野さんもノリノリだから止めるのは、無粋って事で諦め
よう。
あれから十分、櫛野さんと筋肉魔王は肉体だけの攻防をしており、
お互い似た様なダメージ量だ。お互い武器が無く、殴りや蹴りだけ
だと、勇者と魔王ではこんな物なのかもしれない。
﹁最高のショーだとは思わんかね?﹂
なんか偉そうな奴が、有名な台詞を吐いたが、偶然だと思いたい。
﹁あぁ、兵士たちの訓練でもこんな激しい物は見れぬ。お互いのガ
ス抜きに、武器防具無しで戦わせてみるのも良いかもしれぬな﹂
﹁魔族でも良い考えが浮かぶじゃないか。もう少し時がたち、お互
いのわだかまりが少なくなった頃に、交流会や共同演習と言う事で
開催してみるのも良いかもしれんな﹂
﹁そうだな、お互い攻め込まれ無い為の軍事力は必要だからな。人
1642
族も良い事を考えるじゃないか﹂
こっちはこっちでなんか仲良くなってるし。他に国が有って、ラ
ズライト以外の国が有ったら﹁魔族と手を組んだな!﹂とか言われ
て攻め込まれなければ良いけど⋮⋮。その時は会田さんがいるし平
気か。
それと魔族側の王都だよ、俺全然場所知らねぇよ。クラヴァッテ
の報告書とかどうなってるのか本当に知りたいよ。あ、ダブルノッ
クアウト。
﹁﹁﹁﹁﹁うおーーー!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁やるじゃねぇか﹂
﹁おまえもな﹂
そして、お互いのお供の軍属連中は熱くなってるし。何の為に集
まったのかわかりやしない。俺なんか話聞いてサインしかしてない
ぞ。
まぁ、少しだけ魔族と人族の壁が低くなったから良いか。
1643
第110話 最前線に呼ばれた時の事︵後書き︶
会合とか停戦協定の内容とか全くわかりませんのでそれらしい物だ
けを上げました。
それとリリーの気持ち的なSSが少なからず要望が有りましたので、
男が書いた物でよろしければおまけSSの方に上げておきますので、
お読みください。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
1644
第111話 ヴァンさんが村に戻って来た時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
前回は、いつも以上に誤字脱字が多くて申し訳ありませんでした。
櫛野が櫛田になっていました、櫛野+会田=櫛田と言うなぜかわか
らない新キャラが出来上がりました。申し訳ありませんでした。
1645
第111話 ヴァンさんが村に戻って来た時の事
最前線から戻り、特にそれ以降問題も無くベリルと、アクアマリ
ンを行ったり来たりを繰り返し、種の頃から、少し植物をいじる事
が出来ると知り。野草さんとパルマさんとフルールさんが必死に話
し合っている。
榎本さんも、植物系の二人に相談に来て、方針が纏まったら、パ
ルマさんが種籾に手をかざし、青白い光を体感で五分くらい出し、
それが終わると榎本さんと何かを話していた。
あぁ、品種改良ってあんな感じでやるのか。初めて見たわ。
﹁かなり難しい注文だったけど、ある程度は注文通りよ﹂
﹁一応言われた通り、病気に強い品種にしておいわ﹂
﹁おう、カーム。コレで少し日本の米に近づけてもらったぞ、今年
の秋を楽しみしてろよ﹂
そんな事を言って、大八車にコメ袋二つを乗っけて、牛でのんび
りと自分の家の有る、南の方へ伸びる道をのんびりと進んで行って
た。
﹁牛車まで作ったか⋮⋮かなり満喫してるな﹂
まぁ、牛の名前思い出せないけどな。
ってか日本のどこかの島みたいな風景だな。
それから数日後、今度は野草さんが俺に相談しに来た。
﹁カームさん、どういうトマトが好みですか?﹂
﹁んー料理に合えば良いかなー。だから少し酸味が強くても良いよ﹂
﹁カームさんは、余りそのままでは食べないんですか?﹂
﹁なんか無性に食べたい! って時くらいしか食べないですね﹂
﹁んーあんなに美味しいのに﹂
﹁まぁ、余れば干してオイル漬けにして料理に使うか、売れるから
1646
別に多めに作っても良いですよ﹂
﹁はーい﹂
その後、やっぱり種に手をかざし、青白い光を出している。どん
な米とトマトが出来るのか楽しみだな。
◇
そして適度に時が経った頃にフルールさんが﹁エノモトが呼んで
るよー﹂と言って来たので、島の南の榎本さんの家の前に飛ぶ。
そして辺りを見回すと、発芽した苗を運んでいる人々の姿が見え
る。もうそんな時期か。
﹁おう! 手伝えや﹂
そんな一言だけで手伝わされることになった。白米と味噌汁と焼
き魚の為だ、こいつは頑張るしかない!
そして数日後、やっと耕した分の田植えが終わる。
﹁腰が痛い∼﹂
﹁ははは! 若けぇもんは田植えなんかやった事ねぇからな! ま
ぁそのぶん米がうめぇから期待してろ。うし! 手足洗ってから温
泉だ﹂
﹁そうっすね﹂
そんな感じで田植えを済ませた。
◇
そして暑くなり始める頃に、夏野菜系の種を植えはじめ、野草さ
んがワクワクしていた。
そんな光景を見て、微笑ましく思いながらベリルに帰ると、
﹁カーム。村にヴァンさんが戻って来た。迎えに行ってあげて﹂
1647
﹁もうそんな時期だったか、思ってたより早いな。じゃぁ悪いけど
挨拶だけしてくるよ﹂
﹁飲んできても良いよ﹂
﹁いつまで経っても終わらないから、飲まされない努力をするよ﹂
﹁いってらっしゃい﹂
﹁捕まらない事を祈ってて﹂
そう言って俺は酒場に向かった。
﹁ぎゃははははは! おう! 今日は俺のおごりだ! 飲め飲め!﹂
駄目だ、飲まされるフラグだ。
﹁お! カームじゃねぇか!﹂
﹁あ、お久しぶりです﹂
﹁まぁまず飲め!﹂
そんな事を言われ、その辺に有ったカップに持っていた瓶の酒を
注いで渡された。相変わらず零れそうなほど注いで来る。
﹁頂きます﹂
そう言って口を付けるとムワッと酒が体温で蒸発するような感覚
がした。
﹁強い﹂
﹁そりゃそうよ! 温めて出て来た酒を、また温めて出来た酒だか
らな。多分殆ど酒だぜ!﹂
あーうん。前世で物凄く強い酒飲んだ事有るけど、あれと同じよ
うな事してるな。
﹁んー、まさかかやるとは思いませんでしたよ。一応言おうとは思
いましたけど、一回でも十分かな? と思っていたので﹂
﹁そこをやるのがドワーフよ。故郷でも一回蒸留した奴が大人気で
よー、ばんばん蒸留器が作られてるぜ。樽職人の方が足りないくら
いだ﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
樽職人が足りないって、どんだけ生産してんだよ。
1648
﹁にしても⋮⋮平気な顔で飲むな﹂
﹁えぇ、慣れてますから﹂
そう言って、ほぼアルコールの酒を適度に口を付けてカップを空
け、逆さに置く。
﹁今日は飲むつもりは有りませんでしたが、ヴァンさんに注がれち
ゃ断れませんからね。一杯だけです﹂
﹁なんだよ、連れねぇな﹂
﹁一応定期的にベリルには戻って来ているので、アクアマリンには
二日後には戻りますと言う報告です。度々自分は戻って来ているの
で、いつでも戻って来られますので、今日は積もる話もあると思う
のでゆっくりと飲んで下さい。では申し訳ありませんが、自分は失
礼しますね﹂
そう言って無理矢理酒場を後にする。
﹁俺の故郷でも、この酒をあんな速さで飲める奴はいないのによ。
化け物かよ?﹂
﹁いやいや、魔王だよ。俺達も蒸留した奴を、もう一回蒸留してみ
るか!﹂
﹁おうよ! 校長が喜ぶぜぇー﹂
﹁ただいまー﹂
﹁カーム君おかえりー、速かったから本当に飲んでこなかったんだ
ねー﹂
﹁いいや、物凄く強いの飲まされたよ。それを平気な顔で飲んだら
ドワーフが驚いてたよ﹂
そう言うと、ラッテが口元をスンスンを嗅ぎはじめる。
﹁うゎ⋮⋮本当にお酒臭い﹂
﹁一杯だけだけどね、やっぱり強いのは残っちゃうよね﹂
﹁なのに酔って無いの?﹂
﹁んー少し胃が熱いかな﹂
﹁カーム君にお酒で勝てる人はいるのかな?﹂
1649
﹁わかんないねー、竜族かな? まぁ、校長経由で竜族にも、その
さらに強い酒が伝わるんじゃない? まぁ、今日はお風呂入って寝
ようか﹂
﹁はーい﹂
そんな簡単なやり取りを玄関前でして風呂に入って寝る事にした。
◇
そして翌朝、子供達が学校に行く前に﹁お父さん、久しぶりに稽
古して!﹂と言って来たので﹁いいよ﹂とだけ答えて、覚悟だけは
しておく。
まずはリリーだが、攻撃が重くなり攻撃にフェイントが混ざる様
になり、そろそろ捌き辛くなっている。しかも距離を開けると、こ
の間覚えさせた黒曜石のナイフを多少遅いが生成し、投げるように
なってきた。これは嬉しい事だが、個人的に怪我をするので止めて
もらいたい。せめて黒曜石を棒状にした物に最初に言っておくべき
だったな。
そんな黒曜石の投擲を︻水球︼を浮遊させて推進力を無くして威
力を落とし、穂先の無い槍を警戒をしつつ、スコップを手放し、バ
ールと木の棒だけで槍を防ぎつつ、頭上に黒曜石の棒を浮遊させた
ままプレッシャーを与える。槍の間合いの中に入り込み勝負を決め
ようとするが、蹴りを使ってきて距離を開けようとした所で、黒曜
石の棒を射出し、肩の辺りに当てて勝負にストップをかける。
﹁強くなったねリリー。確かに黒曜石のナイフのおかげで戦略の幅
は広がってるけど、相手がいつ放って来るかわからない魔法を保持
させたまま近接状態から距離を置くのは危険だね。槍を手放して、
この間のナイフで戦う練習もしておいた方が良いかも﹂
そう言って頭を撫でようとしたが、この間の事を思い出し、褒め
るだけにしておいた。
1650
﹁じゃぁ次はミエルだね、おいで﹂
そう言って目の前に対峙させる。この間の鉄製の小丸盾を持って
いる。
始まった早々に︻火球︼を連発して放って来るが、それに交じっ
て︻黒曜石のナイフ︼を火球の死角に隠し放って来るが、少し訓練
が足りないみたいだ。
なので、ミエルの足元をへこませバランスを崩し、もたついてい
る所を一気に距離を詰め盾に向かって、少し強めにスコップを振っ
てやり、吹き飛ばしてやった。
﹁火球に黒曜石のナイフを死角に混ぜて放って来たのは良い判断だ
ね、けど多少動き回らないと、固定砲台になって弓とかで狙われる
から気をつけないとな﹂
﹁こていほうだい?﹂
﹁その場にずっといて、魔法や弓を撃つだけって意味が近いかな、
少しは動きながら魔法を撃つ練習もした方が良いかもね﹂
そう言って褒める所は褒め、駄目だった場所も一応指摘する。こ
れが次へ活かされれば良いんだけどね。
その後は何戦か付き合ったが、まだまだ俺には決定打を入れられ
る事は無いと思いたい。姉弟そろって来られたら、本気で相手にし
ないと不味いと思うけどね。
そんな事を思っていたらリリーが、
﹁お父さん、一回だけでいいから本気を見せてよ! お父さんの本
気がどの程度かわからないと参考にならないよ。一回だけで良いか
ら﹂
﹁んーそう言われてもねぇー。子供相手に本気出す事も出来ないか
らな⋮⋮﹂
そう言いながら、今まで使っていた棒を空に高く放り投げ、ドッ
トサイトを発動して、子供達に見えない様に︻石弾︼を発動させて
1651
空中で真っ二つにして、その後に折れた木を視線で追いながら︻黒
曜石の苦無︼を一本づつ射出して﹃カカンッ!﹄と音をだしながら
浅く突き刺す。
﹁こんな感じ?﹂
そう緩く答える。
子供達は無言で俺の方を見て来て驚いた様な顔をしている。
﹁後はこれくらい?﹂
そう言いながら大体人と同じような大きさの︻土壁︼を作り、三
十本の苦無を空中に作り出し、一気にすべてを射出してすべての苦
無を上半身と思われる場所に人型に命中させる。
﹁あとはコレを自分を中心に無差別に周りに放ったり、接近戦をし
ながらや、走りながら一本づつ射出したりかな? 他にも有るけど
見せられない。あとは殺気とか相手に向けるとかね﹂
そう言い終わらせ、走りながら土壁の上半分に全て命中させてい
く。子供達が引いてるのが目に見えてわかる。そんな距離を取らな
いでくれよ。
﹁まぁ、慣れればミエルもこれくらいは出来るし、リリーも避けら
れるんじゃないかな?﹂
﹁む、無理だよ﹂
﹁そうよ、いっぺんに来れば多分避けられるけど、一本づつ来るな
ら避けた先に投げられたら終わりじゃない!﹂
﹁んーそう言う風にしてるからね⋮⋮慣れれば出来るし、避けられ
るし、反撃の機会も生まれるんじゃない?﹂
﹁お父さん、適当な事言わないでよ﹂
﹁一本一本防ぐか、弾くかしながらミエルの援護が入れば、どうに
かなるんじゃないか?﹂
﹁今の僕には無理だよ⋮⋮﹂
﹁土壁にあまり深く刺さって無いから、土壁とか作ればいいんじゃ
ないのかな?﹂
そう言いながら上空に大きな︻石︼を作り出し、自由落下させ﹃
1652
ドズン!﹄と音と共に土壁と苦無を全て押しつぶす。
会話中にそんな事をされて、横で大きな音がして子供達が大きな
石に潰されている石壁を見て、かなり驚いている。少し驚かせすぎ
たかな?
﹁まぁ、こんな会話中でも場所を覚えておけば、見て無くてもイメ
ージで石を落とせるから。後衛のミエルには頑張って貰わないと﹂
﹁無理だよ⋮⋮﹂
﹁無理じゃ無くて、やろうとする努力も必要だからね。まぁ、大体
こんなもんって奴を見せたけど、父さんが本気を出したらさっき言
ったみたいに、殺気も入るし、近接攻撃しながら魔法撃つから﹂
そう言って一応父親の威厳を少し見せて置く。少しやり過ぎた感
はあるけど、天狗にならない様に注意しておくのも親の役目なのか
な? まぁ、コレを見て目標にしてくれればいいと思う。
稽古後の子供部屋にて。
﹁絶対お父さんは本気を出してないと思うんだけど、ミエルはどう
思う?﹂
﹁僕もそう思うよ、けど、突き刺した変な形のナイフみたいなのは
わかるけど、どうやって持ってた木の棒を半分に折ったのかはわか
らなかった。多分見せられないか、見えない奴だと僕は思うんだ。
折れるように二つになったから風系じゃないとは思うんだけど﹂
﹁あんな事をされながら、ただでさえ型に当てはまらないお父さん
の接近を防ぎ、魔法を避けるとかしたくないわ﹂
﹁僕も視線を向けないで、目的の場所に魔法を放つとかも無理だか
ら、本当に動き回ってないと、いつ石を落とされるかわからないよ﹂
﹁優しくても魔王は魔王って事よね。正直あのままならお父さんに、
雪が降って暖かくなる頃には勝てると思ってたけど、絶対に無理よ﹂
﹁僕もそう思うよ⋮⋮﹂
﹁何か良い方法はないかしらね﹂
﹁辛抱強く練習するしかないんじゃないかな? 僕はそう思うよ﹂
1653
﹁んーお父さんだけは絶対怒らせちゃ駄目ね。多分アレが本気だと
は思わない方が良いわ﹂
﹁そうだね﹂
﹁少しでもお父さんに近づいてると思ったんだけどなー﹂
﹁思ってただけだったね、僕も頑張らないと﹂
◇
翌日、朝食後にヴァンさんが家を訪ねて来てくれたので、早速島
に向かう事にする。
﹁思ってたより道具とか少ないですね、細かい作業用に、もう少し
有ると思ってましたよ﹂
﹁足りなければ自分で作って、どんどん増やして行けばいいんだよ﹂
﹁確かに、現地で作るとかその発想は無かったですね﹂
﹁だろ?﹂
そう言いながらニヤけるヴァンさん。そして俺は転移魔法を発動
して島に飛んだ。今、鉄とかの備蓄が少ないけどね。
﹁おー、なかなか綺麗じゃねぇか、村とかなり雰囲気が違うな﹂
﹁まぁ、島ですから。それに冬でも凍える事は有りませんので。そ
のせいで年越祭の時は、次の日の昼近くまで飲んでましたよ﹂
﹁おう、そいつは楽しみだ!﹂
そう言いながら辺りを見回し、色々物珍しそうに見ている。
﹁建設予定地なんですが、この港から出荷しやすい様に、少しだけ
離れた場所を予定しています。もし嵐が来ても海の水が入り込まな
い程度の場所を、朝日を背にして右手側に少し行った所です﹂
﹁どこでも良いさ、もちろん俺の家はそこの近くだよな?﹂
﹁一応近くに住むと思ってたので、地盤だけは固めてありますよ。
蒸留器作りや保管庫と並行して建てましょう。ある程度の木材の目
途は付けてあります﹂
1654
﹁鋼材は?﹂
﹁どのくらいの規模を作るのかわからないので、まだ押さえてませ
ん。そもそもある程度の物を建てないと、皆をこの日照りの中で作
業させる事になりますからね、せめて屋根くらいは付けてから蒸留
器の作成に当たってくださいよ﹂
﹁おいおい、直ぐできると思ってたのによー﹂
﹁こればかりは、ヴァンさんがいないと話になりませんからね。簡
単に規模を地面に書いて、大体のアタリを決めましょうか﹂
そんな話をしたら、予想外の大きさの物を作られそうになったの
で、俺が止めに入った。
﹁いやいやいや、大きすぎです。そんな一度に大量に作るのにも限
度って物が有りますよ。まだまだ発展途上で、麦も芋も少ないんで
すから﹂
﹁けどよ、大きい奴は小さい奴の役割も果たすって聞いた事有るぜ﹂
大は小を兼ねる、ね。けどそんな余裕はうちにはありません。
﹁限度が有りますよ。俺がサトウキビ畑を小規模ですが試験的に作
ったので、まずはそれを酒にして蒸留させましょう﹂
まぁ、サトウキビだからラムだな。
﹁あとはベリルでやってたのと同じ麦で作るか、芋で作るかですよ。
そして将来的に大きくすれば良いんですよ、拡張を予定して、かな
り大き目に場所を確保してますし﹂
﹁しかたねぇ、ここはお前の領地だ。ある程度言う事は聞くぜ﹂
﹁ありがとうございます、では早速準備ですね﹂
島の南に有る寒村出身の人族の家もある程度建ってるし、少しこ
っちに人数を割いてもらうか。
1655
第112話 ヴァンさんと買い物に行った時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
またタイトル詐欺です。
1656
第112話 ヴァンさんと買い物に行った時の事
あの後、ある程度の事をヴァンさんと話し合い、簡単な設計図を
ジュコーブとゴブルグさんと話し合い、方針が決まってから夕方に
コランダムに飛ぶ事になった。鋼材を仕入れる為だ。
今度は事前に、コーヒー店にいるフルールさんと連絡を取り、マ
スターに行く事を伝えてある。だから今回は急な訪問では無い。
﹁こんばんわー、大口の御客でーす﹂
﹁ちょっとカームさん、自分から何言ってるんですか?﹂
﹁まぁ、ちょっとね。裏にいるドワーフが島に来てくれる事になっ
て、多少鋼材が入用なんですよ﹂
﹁そいつは大口なのか?﹂
﹁この倉庫の一角を使う程度の巨大な釜みたいな物を銅で作ります
からね、それと、島の鉄の備蓄も乏しいので、そちらもです。で、
ヴァンさん。故郷ではどのくらい使ってました?﹂
﹁んー適当だ、叩いて伸ばして型にはめて組み立ててってやってた
からな。管理はある意味して無かったな、その辺に有った銅をとり
あえず使っちまえ! ってなったからなぁー﹂
﹁ってな訳で、ある程度の量が必要です、んじゃ、奥に行きますね
ー﹂
﹁ってな訳なんですけど、何かツテは有りませんか?﹂
﹁そうですね、多少恩を返すつもりで、こちらも色々と駆け回って
たんですよ﹂
ニルスさんの話で、鉱山の視察とそこの山を管理している貴族と
交渉し、運営会社から安く鋼材を仕入れられるようになった事を聞
いた。
﹁なんか鉄が出無さそうって言ってたじゃないですか、小川の底が
1657
茶色っぽく無いとか言って﹂
﹁確かに言ってた気がします﹂
﹁なので多少入用になると思い、交渉にはこの間のチョコレートを
利用させていただきました。まぁ、そこの鉱山のある街に酒を下ろ
せば需要はかなりあると思いますよ、なにせ鉱山の酒場は賑わって
ますからね。そこからさらに値段交渉にねじ込む事も可能ですよ﹂
ニルスさんがニヤニヤしている、酒代安くするから鋼材少し安く
しろってな流れか? まぁその辺は突っ込まない様にするか。
其処からは具体的な話し合いになり﹁この箱で言うとどのくらい
使ってました?﹂とか梱包用の箱を手で叩きながらある程度の量を
決め、少し多めに銅材を仕入れ、それとは別に鉄材も仕入れた。
見本にインゴットをヴァンさんが見ていたが﹁こんなもんか﹂と
呟いていたので、及第点なんだろう。ドワーフからしてみれば、人
族の鋼材ってどうなんだ?
それからは値段交渉に入るが、ヴァンさんは﹁コーヒー店の路地
に入る角の酒場で飲んでる﹂と言って出て行った。多少は商売っ気
も有って良い気がするんだが。
正直この値段は島の資金では足りないし、借金も好ましく無い。
なので何回使うかわからない最終手段を使う事にする。
﹁値段なんですけど、島の共有資金では全く足りなさそうなので。
俺の私財から支払いますね。とりあえず酒に関しての売り上げから
少しづつ俺に返してもらえれば良いと思ってるので。その事に関し
てはニルスさんも証人になって貰う為に一筆書いて下さい﹂
そう言って、この間王都で手に入れた金を使って大量の鋼材を手
に入れる事にした。
﹁では前金で半分、あとは島に届いたら半分と経費分を支払います、
仕入れ金が足りないと言うのなら元値がわからない様に、大雑把に
言ってくれれば出しますよ﹂
﹁いえいえ、そこは信用しますよ﹂
﹁ありがとうございます、ではそのような流れで﹂
1658
﹁わかりました、この量の鋼材を送れば良いと言う事ですね、多少
多いので少し時間がかかると思いますけど、よろしいですか?﹂
﹁まずはその蒸留器って奴が入る建物を建てないと話にならないの
で、多少遅れても平気ですよ﹂
﹁わかりました、では売れる物を用意して置けば、こちらで買い取
りますよ。買い取り金額はこの前の書類通りで?﹂
﹁そうですね、人手が増えて効率が上がったから、多少下げても良
いと思いますけど、取りあえずは様子見でお願いします、どうして
もだめな場合は事前に値上げの報告しますので﹂
﹁わかりました、伺う場合はコーヒー店のマスターに言えば良いで
すかね?﹂
﹁それでお願いします﹂
そんなやり取りをしつつ商談も終わり、ヴァンさんを迎えに行き、
島に戻る事にした。
◇
翌日からは蒸留所建設が始まり、保存庫を作りつつ酒樽も並行し
て作った。気温が高いので、地下を掘って、そこに保管する案を出
したが、そこまで運ぶ労力や今の技術力を考えて廃案にした。
出すのにも苦労しそうだし。
そんな事を考えても仕方が無いので、ヴァンさんを監督にして骨
組みが仕上がった頃に、ニルスさんの船が島に着き、物資の搬入を
行い、多少会話をする事にする。
ちかま
﹁あそこに有る大きな建物が、蒸留酒を作る工房ですか﹂
﹁そうですね、どうしても液体は重いので港の近間にしようと思い
ましてね。油はここでは取れないので別な場所ですけどね﹂
両手を広げ、やれやれと言うような表情をして言っておく。
﹁まだまだ搬送技術は船か牛車ですからね、そろそろ馬を考えてま
すよ﹂
1659
﹁探しておきます?﹂
﹁臆病な生き物ですからね、船で搬送するか転移魔法使うか本当に
迷ってるんですよ。転移だと子馬の方が安全な気がしますが、親と
離して良いのかも不明です。そうすると訓練された軍馬ですかね?
そこから増やして行きたいです。なんだかんだ言って動物を搬送
するのって手間ですからね﹂
﹁軍馬ですか⋮⋮﹂
﹁魔族と人族が休戦条約を結んで。多少の規模縮小を見込んで、手
放された軍馬とかツテでないですか?﹂
﹁いやいや、いくら何でもそんなの無理ですよ。自分は只の商人で
すよ?﹂
﹁やり手だからそう言うのも有ると思いましたが。無理ですか⋮⋮
王都の勇者に頼るか﹂
﹁カームさん、貴方の噂は色々聞きますけどね、なんで勇者と接点
を持っているのかわかりません﹂
﹁まぁ、港で百人相手に挨拶してれば一発でばれますよね。まぁ意
気投合して知り合いになったって事にしておいて下さい﹂
﹁しかも肌の色が特徴過ぎますから色々噂も入って来るんですよ、
本当かどうか眉唾物ですが、停戦条約の時に会議にいたとか。王都
の城内で見かけたとか﹂
﹁あーアレですか。停戦条約は勇者の知り合いとして魔族側の魔王
として出席してますよ。王都の城内は、勇者の知り合いって事で魔
王として一緒に出席してます﹂
なにも隠す事は無いので、正直に言う。
﹁⋮⋮はぁ。もう良いです。なんかすごい魔族に贔屓にしていただ
いてる商会と言う事にしておきます﹂
そう言って頭を押さえている。
﹁お気遣い感謝します。とりあえずお客様用の宿泊施設が有ります
がどうでしょうか? 気分が悪いのであれば一泊くらい問題無いと
思いますけど﹂
1660
﹁ありがたいのですが、久しぶりに魔族側の大陸にも行きますので、
今日は搬入と挨拶だけにしておきます﹂
﹁そうですか、なら仕方ないですね。自分も後で魔族側の大陸の港
町にも行かないと行かないとって思ってるんですよ⋮⋮﹂
﹁ついて来ます?﹂
﹁いやいや、今は蒸留器作るのに忙しいので、農閑期になったら船
長に打診してみますよ﹂
﹁お互い多忙と言う事で﹂
﹁ですね﹂
そう言ってお互い別れ、俺も作業に戻る事する。
◇
そうして、夏の熱くなり始める頃には、ベリルに修行に行かせて
いた大工が島に戻って来て、施設の外壁を作る作業効率がさらに上
がった。しかも話に聞いていたお腹の大きな魔族の奥さんを連れて。
その時は島で盛大に祝い、今度の収穫で食糧事情が安定しそうな
ので、この際だから子作りも解禁させるかな。少しだけ古い小麦も
手に入ったし。
そうして、その頃には蒸留施設が出来上がった。
﹁よし、俺一人じゃある意味手間がかかったが、まぁまぁの出来だ
な、早速麦酒でやってみようぜ! カーム、この島じゃ炭も焼いて
んだろ? こっちに都合してくれ﹂
﹁えぇ、薪の在庫は多めに有りますし、掘り起こした木の根とかそ
のまま炭にしてますからね、そう言うのを持ってきますよ﹂
そうしてドワーフが信仰している酒の神の為に、最初に蒸留器に
大量の酒をぶっかけて、なにか祝詞みたいな物を言ってから作業を
始め。二樽分の酒を造り、蒸留したての酒を島の南の村にも運んだ。
1661
﹁どうもお久しぶりです、この島の特産品を一つ増やしました、か
なり強い酒なので、取りあえず一樽分を持って来ました、皆さんで
お楽しみください。本当に物凄く強いので、果物で作ったジュース
とかで割った方が良いかもしれません。子供達は飲めないので、チ
ョコレートを持って来ましたよ﹂
そう言って、まだあまり馴染めていない村人との接触は極力少な
くするが、手土産は多めにする。この島に来た頃にどんな物を生産
して出荷しているかの説明もしているので。子供達は喜んでくれた。
米の収穫時期に、大活躍すれば多少認めてくれる事を祈ろう。
そう思いつつ入り江の有る所に戻ると既に酒盛りの準備が始まっ
ており、俺の仕事は皿を並べる事くらいだった。
そして夕方少し前に酒盛りが始まる。
﹁おいカーム。お前の金で銅とか買ったんだ。お前が音頭を取れ﹂
﹁え゛? あぁはい。 えー。この蒸留器の銅を購入するにあたり、
自分の私財から調達しました。それはこの島の運営資金が足りなか
ったので島に貸しただけです。この酒を売ったお金から少しづつ返
してもらうので、その辺は間違えない様にお願いします。堅い話は
ここまでだー! お前等! 今日は今まで飲んだ事の無いくらい強
い酒だ! 年越祭みたいに朝まで飲めると思うんじゃねぇぞ! カ
ンパーイ!﹂
﹁﹁﹁﹁乾杯!!!﹂﹂﹂﹂
そんな合図と主に酒盛りが始まる。
強い酒を今まで飲んだ事が無いのか、果実を絞ぼって入れて水で
薄めたり、ココナッツウオーターで薄めたりして飲んでいる。
スポーツドリンクで酒を割って飲むみたいに、なんか吸収率が良
くなって、更に酔いそうな気がするが、内緒にしておこう。
しばらくして、夕日も完全に落ち、暗くなって来た頃に、見かけ
た事の無い女性を端の方に有るテーブルで見かけた。
狭い島だ、あんな女性は見た事が無いので多少気になり。話しか
1662
ける事にした。
﹁初めまして、ですよね?﹂
﹁えぇ、つい強いお酒の香りに誘われて来てしましました。ご迷惑
だったでしょうか?﹂
やんわりとした笑顔の似合う、物凄く物腰の柔らかい女性だ。両
髪をシニョンにして目立たないが、頭の裏の方にも校長の頭に生え
てる感じの小さな角が見える。しかもチャイナドレスの様な服を着
ている。もしかしなくても竜族の可能性が高い。
ファーシルが話していた﹁ばーちゃんが見た﹂って言っていた火
口の竜なのかもしれない。
しかも子供の頃に校長から似た様な台詞を聞いた気がする。
﹁貴方が、この島を任される事になった次の魔王ですか?﹂
いきなり確信を突いて来たな。
﹁え、えぇ魔王をやらせていただいています﹂
﹁硬くならなくてもいいわよー。かなり前からどういう事している
かはわかっていたから﹂
見られてたって事か。フルールさんパルマさんみたいに何か眷属
的な物がいるんだろうか? 考えても仕方が無いので止めておこう。
﹁そうですか、なら少しだけ評価が気になる所ですが⋮⋮﹂
﹁こんなお酒作った時点でもう最高!﹂
そう言って、ホワホワした様な雰囲気で近所の優しいお姉さん的
な感じがする。
﹁基準はそれだけですか⋮⋮﹂
﹁他に何が有るの?﹂
﹁いえ、竜族ってなだけでそれだけで俺の評価は十分だと思います。
あぁ、自己紹介がまだでしたね、自分はカームと言いますよろしく
お願いします﹂
﹁クラーテルよー﹂
のほほんとしながら蒸留したての、蒸留酒を飲みながら自己紹介
して来た。
1663
﹁私の事は気にしないで良いから、カームちゃんも楽しんできなさ
ーい。そうそう、偶に火口付近にお酒を置いてくれたら、お姉さん
カームちゃんの味方しちゃうわよー﹂
﹁⋮⋮わかりました、取りあえず定期的に中樽で一つで良いですか
ね? 飲み終わったらその辺に転がしておいてもらえれば回収しに
行きますので﹂
﹁そんなにもらえるの? お姉さん頑張っちゃうぞー﹂
そう言ってもっていたカップを掲げさらに上機嫌になっている。
なんか可愛いな。けどいざって時に火口に住んでると言われてるド
ラゴンが味方に付いてくれるなら、ありがたい事だ。みかじめ料と
言うか用心棒代と言う名目で酒を定期的に渡せば良いんだから、島
の防衛は更に厚くなったと思えば良い。
まだ海賊に二回しか襲われてないけどな。
けど校長が村一番の年齢であの見た目だろ? このクラーテルさ
んはどのくらいなんだろうか?
﹁カームちゃん、なんか少し悪い笑顔が出てるわよー﹂
﹁あ、申し訳ありません。少し考え事が顔に出ちゃいましたね﹂
﹁私を良い様に使う算段でもしていたのかしら? ふふふ﹂
そう言いならも、ニコニコと蒸留酒を飲んでいる。
﹁えぇ、もしかしたらこの島に馬鹿が乗り込んでくるかもしれない
ので、もしかしたら用心棒として出てもらう事もあるかもしれませ
ん﹂
﹁あらー、物事はっきりと言うのね、けどあんまり私の戦力を過信
しちゃ駄目よ?﹂
﹁火口の中に住んでるのに何を言ってるんですか、もしかして溶岩
の中にいるんじゃないんでしょうね?﹂
﹁竜化したまま溶岩の中にいる事が多いわよ、この姿の場合は火口
の中の横穴にいる事が多いから、遊びに来てね﹂
﹁そんな熱い所行けませんから。けど溶岩の中に入れるくらいすご
いなら期待もしちゃいますよ?﹂ 1664
﹁期待しないで待っててね、本当は何も無いのが一番なんだけどね﹂
﹁そうですね。それが一番なんですけどね﹂
そんな会話をしていると、ヴァンさんが乱入して来て、
﹁このお酒を造ったカームちゃんは偉い!﹂
﹁そしてこのお酒を作り出す蒸留器を作ったヴァンちゃんも偉い!﹂
とか言い出し、明け方まで酒の強い種族に絡まれながら、胃がチ
ャポチャポ音が鳴るまで酒を飲むハメになった。
正直これ以上のんべぇが増えるのは勘弁してほしい。
校長を呼んできて、少し話を付けてもらうのも良いかもしれない。
1665
第113話 少しだけ内容が魅力的だった時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です
何か聞いた事の有る単語や表現が出てきます。
1666
第113話 少しだけ内容が魅力的だった時の事
あの酒盛りから数週間、冷暗室とまではいかないが、空調性の高
い暗室を作り、樽に入れた酒を寝かせる酒蔵を作り終え、そこに保
存する事が出来るようになり、本格的に酒の生産も始めるようにな
った。
その中から中樽に蒸留酒を入れ、山の頂上に転移魔法で行き、土
属性の魔法で火口付近の一部を平らにし、そこに酒樽を置いておく。
﹁まぁ、約束だし。隣人として仲良くやっていけるなら良い事だな﹂
そう呟きつつ火口から去り、ベリルへ転移する。
そして家族に軽く挨拶をして、酒場に顔を出す。
﹁お疲れ様でーす。校長います?﹂
﹁おーここじゃー﹂
﹁最初から本題に入りますよ? 無人島にクラーテルと言う女性が
火口に住み付いていたんですけど、何か知っています?﹂
そう言った瞬間校長の手が止まり、驚いた様な表情でこちらを見
て来た。
﹁⋮⋮もう一度言ってくれんか?﹂
﹁本人はクラーテルと言っていました﹂
そうすると校長は眉間を押さえ
﹁姉さん、そんな所にいたのか⋮⋮﹂
姉だったのか。世界は狭いな。
﹁カーム君、わしを今度島まではこんでくれんかのう?﹂
﹁えぇ、それは構いませんけど﹂
そう言って、多少校長と酒を飲みながら話を進めると、クラーテ
ルさんはふらっと出かけ、ふらっと帰って来ると言う事を繰り返し。
校長は百歳くらいまで姉の存在を知らずに過ごし、年齢も不明らし
1667
い。兄弟姉妹の中でもクラーテルさんは上の方で、校長は末弟と言
う事もわかった。校長でも詳しい年齢はわからず、帰って来た時は
物凄く可愛がってくれたらしい。
あの人は一体何歳なんだよ⋮⋮
そう思いながらも、クラーテルさんの逸話を聞いたが。
﹁島に来た魔王が気に食わないから焼き殺しちゃったー﹂
とか、
﹁なんか私の噂を聞いた人族が、大群で来たから船ごと沈めちゃっ
たのー﹂
とか言っていたらしい。それは何年前の話かわからないし、俺は
気に入られてて良かったと本気で思う。
前任の岩本君が倒した魔王が、そのまま我が物顔で島を占領して
いたら、どのみち殺されていた可能性も高いな。島民に優しくして
いて良かったよ。
◇
そして二日後に、校長を連れて火口まで行く事にする。
﹁ここにいると言っておったんじゃな?﹂
﹁えぇ﹂
そんな短い会話だけ済ませ火口を覗くが、特に変化は無い。しか
も平らにした場所に置いた樽もそのままだ。
そのままかと思ったが、少し揺らしてみると、中身は空だった。
二日持たないとか、どんだけ好きなんだよ。
﹁カーム君、その樽は?﹂
﹁えぇ、この島で作った蒸留酒です。あとはこの前に話した通りで
す。もうないですけどね﹂
苦笑いをしつつ、本当にいるかもわからないクラーテルさんを探
す。
﹁姉さん俺ですプラクスです!﹂
1668
校長の名前初めて知ったわ。
校長が火口に呼びかけ続けてたらいきなり後ろから﹁ドーン﹂と
声がしたと思ったら、軽くトンッと押されかなり焦った。火口付近
でそう言う事は冗談でも止めて欲しい。
﹁プラクスちゃん久しぶりー、かなり大きくなったねー。カームち
ゃんもお酒ありがとう﹂
そう言いながらニコニコしている。
﹁姉さん! 俺はかなり心配したんだよ! 季節が百巡しても戻っ
て来ないんだから﹂
普段とは全く違う口調に多少驚いたが、末弟と言う事なので、姉
に対してはこう言う口調なんだと割り切ろう。
﹁いやー、空飛んでたらなんか真新しい島を見つけちゃったのね。
しばらく過して帰っての繰り返しだったんだけど、最近は島が面白
くなっちゃって、目が離せなかったのー﹂
そういいながらニコニコしている。その頃から魔王が来ては、勇
者に討伐されなかった魔王が、クラーテルさんに討伐されていたの
かもしれない。
﹁まぁ、積もる話もありますし、村で話ししませんか? お酒くら
い少し貰ってきますよ?﹂
﹁あらーそうね。確かに座って話がしたいわねー。火口の横穴で話
しても良いけど、カームちゃんは暑さで焼け死んじゃうかもしれな
いし﹂
﹁確かに死にますね⋮⋮。なんなら俺は席を外しますけど? むし
ろ酒だけ置いて席を外すつもりでしたし﹂
﹁お酒は有った方が良いわねー﹂
﹁儂もほしいのう﹂
﹁やだー、なにそのお爺ちゃんみたいな喋り方﹂
﹁俺の村ではこんな感じなの! これでも村一番の年長者なんだか
らね﹂
1669
﹁季節が五百回しかめぐって無いお子様が何を言ってるのよー﹂
長寿種にとって五百年はまだお子様らしいです。まぁ、村長の外
見を見ればなんとなくわかるけど。早熟で、そのままの容姿を維持
シンケン
してる俺達にとっては、少し不便な気がする気がする。
この世界のエルフを見習ってほしいもんだ。あいつはハーフだけ
どな。エルクさんとフレーシュさんの幼い頃の話を聞いておけばよ
かった。
﹁と言う訳でお客様です、俺の故郷で学校の校長をしてくれていた
竜族です﹂
そう紹介し、多目的家屋に案内し、とりあえず島で作っている酒
を全部持って来て、俺は席を外した。
﹁おい、あのプラクスって言うのは校長だろう? なんで島にいる
んだよ?﹂
﹁あの竜族と多少関わりが有ると思うが﹂
﹁別に良いじゃないか、旧知の仲かもしれん﹂
萌えないおっさん達が、ベリルにいた校長の話題を振って来る。
﹁この間いきなり酒の席に現れたクラーテルさんは姉らしんですよ、
村に戻って聞いてみたら、しばらく故郷に戻って来ていない姉って
事がわかりまして、急遽連れて来る事になりました。今頃は姉弟で
仲良く酒でも飲んでるんじゃないんですか?﹂
﹁そうか。けど俺は、校長の名前を初めて知ったぞ﹂
﹁﹁俺もだ﹂﹂
﹁自分もですよ⋮⋮。今まで校長で通してましたからね。学校に通
ってましたし。村の皆からも校長校長って呼ばれましたし﹂
﹁俺も、そう呼ばれてる所しか聞いた事が無いな﹂
﹁そうだな、いつも酒場に行くと、酒飲んでるか蒸留所にいるかの
どっちかだからな﹂
﹁村長と、収穫した麦をどれだけ酒にするかで揉めているのを見た
な。結局カームがお互いの意見を纏めてたけど﹂
1670
﹁あー、あの時ですか。お互いを納得させるのに骨が折れましたよ﹂
そんな会話をしてから仕事に戻り、夕方にもう一度多目的家屋に
顔を出すと用意した酒は全て空になっていた。
この量の酒、どこに入ってるんだよ? 実は竜の姿をしてる方が
本物で、そっちの方に全部行ってるのか? けど質量保存の法則と
かどうなんだ? けどファンタジーに化学反応後の物質の総質量が
変化しないとか通じるのか? まぁ良いか。
﹁あーカームちゃん、お酒ご馳走様でした﹂
﹁うむ、しばらく姉さんと話して無かったから、かなり盛り上がっ
てしまってのう、酒代は儂が出そう﹂
﹁ここはお姉さんに任せなさーい! はいはい、プラクスちゃんは
カームちゃんに送ってもらいなさーい﹂
そう言って校長の背中をぐいぐい押して俺に近づけて来る。仕方
が無いので後片付けは後にして、校長をベリルに送り届け、アクア
マリンに帰ってきたら皿やカップや空樽はすでに片付けられており。
誰がやってくれたかはわからないが感謝だ。
なんか妙に疲れたので、家風呂では無く山の温泉でのんびりしよ
うと思い、温泉に転移して湯船につかっているとクラーテルさんが、
俺が簡易的に作ったL字の衝立の向こうから全裸で現れた。
﹁ご一緒させてもらうわねー﹂
﹁え、えぇ﹂
妙にたゆんたゆんさせた胸や、下半身を隠す事も無く湯船に入っ
て来るが、失礼なので目を反らしたが﹃チュン! ジュワァーーゴ
ボゴボゴボゴボ﹄と言う湯船に入る様な音では無かったので、急い
で視線を戻すと水蒸気が辺り一面に広がっている。
俺はこの音と、似たような光景を見た事が有る、鍛冶場だ。
ピエトロさんの作業場で真っ赤に焼けた鉄が適度に温められたお
湯や油の中に入る時の音と湯気だ。
1671
﹁あらあらー。さっきまで溶岩の中にいたから、一度湖の方で冷ま
してきた方が良かったかしらー﹂
そう言いながらも湯気と﹃ボゴボゴボ﹄と言う音が止まらない。
何なんだこの人は。生前に漫画で似た様な光景を見た事が有るが、
なんだったかな。
そんな事より、入浴前より湯に浸かってる時の方が、湯煙フィル
ター強すぎじゃないですかね?
﹁あっつ!﹂
そんな事を考えていたら、クラーテルさんの方から適温に調節し
てあるお湯がどんどん熱くなって来て、湯船の外に逃げる事になっ
た。
﹁あらーごめんね。熱かった?﹂
﹁飛び上がる程度には⋮⋮﹂
おかしいな、適温のお湯がどんどん流れ込んでくるはずなのに、
湯船のお湯がどんどん減っている。
そもそもどうやってここまで来た? 大きな生物が羽ばたいてい
た様子も無いしな⋮⋮
一、全裸でここまで来た。
二、服は外皮説、人型になると脱着可能。
三、衣類が耐熱性ファンタジー繊維で出来ていて溶岩内でも燃え
尽きない。
四、考えるのを止める。現実は不思議であふれている。
個人的には四だな、他のはなんか考えるだけ無駄な気がするし。
﹁あらー、どんどんお湯が無くなっていくわ﹂
頭が痛い、水をぶっかければ良いのか? そうすれば湯船の中で
適温になるだろうか? それともまだ蒸発するかだな。
﹁ぬるま湯⋮⋮足します?﹂
﹁私の裸が見たいならそのままで良いわよー﹂
そんな事を言われたので、即ぬるま湯を張るが、やっぱりクラー
テルさんの周りだけ湯気がやけに多いんだよな。その後数回熱くな
1672
ったので水球で水を足した。
﹁あーそうそう、酒代なんだけど﹂
お互い特に会話も無くマッタリ温泉に入っていたら、いきなりそ
んな言葉を掛けられた。
﹁火口の横穴に溜めこんだミスリルやオリハルコンが有るんだけど、
お金よりそっちの方が良い?﹂
今、この目の前にいる女性はなんて言った⋮⋮。ミスリル? オ
リハルコン?
﹁あの軽くて硬い金属ですよね? それとオリハルコンはなんか物
凄く希少な奴って聞きましたが﹂
﹁そうねー。そんな事を聞いたわねー﹂
﹁持ってると色々面倒な事になりそうなので、必要になったら言い
ます。その時にお願いします﹂
﹁欲が無いのねー﹂
﹁安全優先です。持ってたら俺が狙われます。この話は聞かなかっ
た事にしますので、そのまま横穴にぶち込んでおいて下さい﹂
﹁はーい﹂
まったく、あの神の仕業か? かなり前にそんな事を言ってた気
がするな。
﹁けど、オリハルコン製の武器を持ってれば箔が付くと思うのよね
?﹂
﹁加工出来る奴いるんですかね? 一応純血のドワーフが島にいま
すけど、怖くて聞けませんよ。あと、加工できなくて、よそに持ち
込んだら足がついて狙われそうなんで。それにオリハルコン製のス
コップやバールを作ったら魔族や人族から物凄く怒らせそうですし﹂
﹁小心者ねぇ、魔王なんだからドーンとしてたら?﹂
﹁のんびり暮らしたいので必要無いです、ってかどうやって手に入
れたんですか?﹂
﹁襲い掛かって来た人族から剥いだのよ、あの頃はお姉さんヤンチ
1673
ャだったわー﹂
﹁そうっすか、鉱脈が有るとかじゃない限り、あまり興味無いんで。
武器は丈夫で安価で手軽に手に入る物が望ましいですし﹂
﹁オリハルコンは丈夫だし、私から手軽に手に入るし、私がタダで
あけるのよー? 条件はそろってるわよー﹂
﹁頭痛くなってきました、もうそのまま横穴に仕舞っておいて下さ
い。そして定期的に島で貢いだ酒でも、飲んでてください﹂
﹁本当に無欲ねぇー﹂
﹁戦わないに越した事は有りませんので⋮⋮﹂
本当頭痛いわー、もう帰って寝よう。
1674
第114話 鍛冶師連中から変な目で見られた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
ポメラを買い、1/4はポメラで書いてます。
1675
第114話 鍛冶師連中から変な目で見られた時の事
翌朝、取りあえず着替えて外に出てみると、朝日に照らされ銀色
に光る、武器防具が家の前にごっちゃりと置いてあった。とりあえ
ず剣を持ってみるが、
﹁何だこれ﹂
見た目よりかなり軽く、親指を刃に当てるが切れ味も鋭い。
﹁クラーテルさんが言ってた、ミスリルかオリハルコンって奴か⋮
⋮ヴァンさんに相談だな﹂
玄関前に有った武器防具をとりあえず家の中に入れ、手頃な剣を
持って蒸留小屋の脇に有る家に行く事にした。
ドアをノックするが返事も無いので、失礼だと思うが一応ドアノ
ブを回すが、鍵がかかっておらず、中に入ると、酒瓶や物が乱雑に
転がり、ベッドの上で豪快に寝ている。
ドワーフってこんなもんなのか? そう思いつつも、無理やり起
こす事にした。
﹁ヴァンさーん起きてくださーい、申し訳ないんですが早朝から相
談ですよー﹂
﹁ンガッ! ⋮⋮あーカームか、なんだこんな朝から﹂
頭をボリボリと掻きながらそう言われたが、鞘に入った剣を渡し、
抜かせる事にする。
﹁んだこりゃ、ミスリルじゃねえか。朝っぱらから何でこんなもん
持って来るんだ?﹂
良かった、オリハルコンじゃ無くて。
﹁家の前に置いてありました、昨日の夜に温泉でクラーテルさんに
合いまして、酒代としてミスリルを渡そうとしてきましたが、断っ
たんですがこの有様です﹂
1676
そう言いながらため息を出し、オリハルコンの事は伏せておいた。
﹁どうすんだよコレ﹂
﹁まだありますので、必要分だけ確保したら潰して農具にしましょ
う、この剣を見る限り、マチェットなら二から三本は余裕に取れま
すね﹂
﹁お前、ミスリル製農具とかふざけてるのか?﹂
﹁開拓や作業が楽になるなら、潰してソレにしますよ。で、今の施
設で加工はできます?﹂
﹁熱すれば鉄みたいに加工出来るけどよ、多少癖が有るぜ?﹂
﹁なら問題無いですね、ヴァンさんやピエトロさんに苦労してもら
って斧やマチェットにしましょう﹂
﹁お前のマチェットはどうするんだ?﹂
﹁今見た感じ光を良く反射するし、多少重さも利用して切っている
ので、使ってみてから考えます。後はおっさん達や船乗り達にも多
少ミスリル製の剣を持たせても良いかもしれませんね。船乗りには
長すぎるか? 潰してショートソードくらいの長さの片刃に作り直
してもらおうかな?﹂
﹁そのまま使えよ、もったいねぇな﹂
そんな事を話しながら、取りあえず俺の家に来てもらい、物を確
認してもらう。ちなみに鉈とマチェットは同じだと思うが、何故か
鉈は菜切り包丁の様に四角く、和風だが、マチッェトは物凄くデカ
いナイフみたいな洋風な物を指す。
﹁おいおい、なんで鎧まで有るんだよ﹂
﹁さぁ? 奪ったんじゃないんですか? 良くわかりませんが⋮⋮。
俺の考えですが、船乗り達は防具を装備しないし、おっさん達は動
きやすい皮鎧を使ってますし、キースは弓なので肩とか胸に少し皮
鎧がついてるだけですからね。思い切って潰して農具にしましょう﹂
﹁お前の考えが良くわからねぇわ﹂
﹁腐れ縁や知人にも良く言われます。ってな訳で鎧は潰す方向で﹂
1677
﹁まぁ、一応指導者がまだお前だから従うけどよー﹂
ヴァンさんはミスリスの鎧をもったいなさそうに見ている。
﹁おい。こいつは名工が作った鎧じゃねぇか!﹂
﹁いや、しりませんよ。それだけ取っておいて参考資料にします?﹂
﹁良いのかよ! 言ったからな! 後から潰すとか言うなよな﹂
そう言ってバラバラになった一つの鎧をかき集め、大切に抱きし
めている。まぁ、鍛冶師やドワーフ界で、有名すぎる方が作った物
なら仕方ないよな。剣の方でも、柄を外せば日本刀みたいに名前が
彫ってあるかもしれない。
﹁そう言えばお前子供いただろ、子供の為に少し貰って行かねぇの
かよ?﹂
﹁これは俺のでは無く、島の物です。島の物で作った酒で、その代
金としてもらった物です。なのでそう言う事はできませんね。むし
ろしたくありません。銅を買った代金を肩代わりとして、中古品と
して引き取っても良いですが、相場もわかりませんので。まあ、個
人的に穂先とナイフ二本くらいは作っていただくかもしれませんが。
あと、この盾は中古として買い取ります﹂
﹁固いなー﹂
﹁まぁ、聞いた話だと安い物じゃないですからね。出来た酒を一杯
拝借ってなノリで出来ませんからね﹂
﹁まぁな﹂
そんな事をヴァンさんと話し合い、朝食の時にも島民と話し合い、
剣は使える人に渡し、元海賊の船乗り達には、カトラスの様な片刃
のショートソードに作り直し、防具は有名な職人が作った物を参考
用として残し、後は農具にしてもらう事に決まった。
個人的に、ミスリルの盾はミエル用に残しておいてもらう事にし
た。
俺って親馬鹿だよなー。まぁ、与えるのはまだまだ先だけどな。
物に頼ったら、伸びる物も伸びないし。
ピエトロさんも、無口な職人だと思ったが、名工が作った鎧を見
1678
た時は、人が変わったかのように食いつき、隅々まで見ていた。
﹁じゃぁ良いんだな? 本当にやるぞ?﹂
﹁えぇ、この島で防具を使う人はいません、必要最低数と資料用に
残した名工の物以外は潰して農具に、剣は船乗り達が使いやすい様
に、この様な形に﹂
そう言って、船長から借りて来たカトラスの様な剣を見せる。
﹁そういやカームの武器はどうなんだ? 一応この島の代表みたい
なもんだろ? 威厳の為に何か持っててもいいんじゃないのか?﹂
﹁んー、ヴァンさんにも同じような事言われてるんですよねー、な
らこのバールを作ってください、一応武器を受け止める為の片手剣
みたいな扱いをしているので﹂
﹁︱︱そう言うなら作るけどよ。ミスリルバールってふざけてると
しか思えないぞ?﹂
ピエトロさんはそんな事を言っているが、先入観は良くない。
﹁世の中に一本くらい有っても文句は言われませんよ。最後に余裕
が有ったらで良いですよ﹂
﹁そうかよ、ならバールな﹂
﹁フライパンや鍋でも良いですよ?﹂
﹁本気で言ってんのか?﹂
﹁えぇ、焦げ付か無いフライパンと鍋、うっかり焦がしてしまって
も、水を掛ければ綺麗に落ちそうな感じしません? 知りませんけ
どね﹂
﹁本当に冗談だよな?﹂
﹁ミスリルを農具だけじゃなく、調理器具にすると言うのが鍛冶師
として許せないなら、別に構いませんよ。有れば面白いかな? っ
て思っただけですし﹂
﹁⋮⋮お前の頭の中を覗いてみたいぜ﹂
﹁綺麗な虹色かお花畑でしょうね、それと個人的な依頼で槍の穂先
とこれくらいのナイフをお願いしますね。それは作り慣れた最後の
1679
方でお願いします﹂
そう言って、リリーやミエルに買ってあげた形のナイフを黒曜石
で作って見せ、大体のイメージを見せる。
﹁そっちは本当っぽいな﹂
﹁まぁ、コレに関しては私用なので、別途で手数料を払いますので
お願いします﹂
﹁おう、ヴァンが来たら取り掛かるぞ。とりあえず試作品として斧
とマチェットを一振りでいいか?﹂
﹁それでお願いします﹂
そして夕方になり、開拓作業を終わらせ家に帰るとドアがノック
された。
﹁ピエトロだ﹂
﹁開いてますよ、どうぞー﹂
そう言うと、斧とマチェットを持って入って来た。
﹁一応急いで作ったが、こんな感じだ﹂
そう言ってテーブルに農具を置き、椅子に座る。麦茶を出してか
ら、マチェットに手にする。
﹁ちょっと失礼しますね、おぉ軽いな﹂
そう言って釜戸脇に有る薪に軽く振り下ろすと、簡単に薪に食い
込み、左右から斜めに何回か振り下ろし、どんどん薪を叩ききって
いく。
今度は斧を持って見るが、体感で両方半分くらいの重さになって
いる。これなら多少は負荷軽減になって効率も上がるかもしれない。
斧も思い切り振り下ろすが薪にかなり深く食い込み、重さを利用
しなくても鋭い切れ味だと言う事もわかった。
そして二つの刃の部分を軽く見が、潰れも欠けも無くミスリルが
物凄く鋼材としては優秀な事もわかった。
﹁これでも平気そうですね、けど力任せに振るので、もう少し肉厚
でお願いします﹂
1680
﹁おう、それとバールと穂先とナイフ二本だな﹂
﹁フライパンと鍋もですよ﹂
﹁⋮⋮考えて置く﹂
﹁気が向いてからでいいですよ、最悪剣も潰しますし﹂
﹁⋮⋮どうしても欲しいみたいだな﹂
﹁興味が有る、と言った方が近いですね。変な思考の持ち主だから
こその好奇心と思って下さい。ツルンと滑り落ちる薄焼き卵とか、
ムラ無く煮れるとか﹂
﹁⋮⋮もう良い、まずは農具だったな﹂
そう言ってピエトロさんは出て行った。
﹁んーミスリルを武器防具意外に使うのには抵抗が有るみたいだ﹂
◇
数日後、ある程度の数が揃ったので、少量のミスリル製の農具を
力自慢達に持たせ、効率が上がるか試す事にした。
﹁とりあえず試験的に、特殊な材料を使って農具を作ってもらった
ので軽く皆の負担も減ると思いますよ﹂
﹁おお、本当に軽い⋮⋮﹂
﹁これならいくらでも振れるぞ﹂
﹁枝払いも楽になるわ﹂
そんな声も聞こえ、どんどん伐採に掛かりはじめる。
﹁なんだこれ! こんなに簡単に刃が入る﹂
﹁こっちもだ!﹂
﹁力を入れなくても簡単に枝がはらえるわ﹂
知らず知らず、ミスリル製農具を振り回す島民達。
この農具が、俺達魔族に向かないようにしたいね。正直ミスリル
で武装した島民達が襲ってきたら泣くぞ?
まぁ、ピエトロさん辺りから、その内情報が漏れる気がするが、
開拓が終わってある程度になったら回収して、島の外に持ち出され
1681
ない事を祈ろう。
﹁あ、俺にもマチェット貸してください﹂
﹁カームさんは自前のが有るじゃないですか、いきなりどうしたん
です?﹂
﹁んー、俺も新調しようかなーって思いましてね、使ってみてから
良い様なら頼もうかなーと﹂
﹁皆が軽い、切れるって言ってますからね、カームさんも欲しくな
ったんでしょう?﹂
﹁まぁ、使い心地と実益を天秤にかけて、こっちの方が良いなら浮
気します﹂
﹁面白い事言いますね、どうぞどうぞ﹂
そういわれ、ミスリルマチェットを受け取り、この間、家の中で
はできなかった事を試す事にした。立木に思い切り切りかかる事だ。
そうしたら刃が全部埋まり抜くのに苦労した。
その後は、人のいない方に思い切り投げつけ、今度は刀身の半分
まで埋まり、周りを見ながら、
﹁見事に刺さりましたねー。どうやって抜きましょう?﹂
﹁いや、知りませんよ⋮⋮﹂
﹁んー、この上から切って抜くしか無いか⋮⋮﹂
そう言って、周りにいたもう一人からマチェットを借り、俺より
少し太い立木を、マチェットだけで切り倒し、島民から変な目で見
られた。
朽ち木を切るみたいに、柔らかそうに切ったのが間違いだったな。
その後、刺さったマチェットを救出して刃を見るが、曲がりも欠
けも潰れも無く、ミスリルがかなりすごい金属って事だけはわかっ
た。
﹁いいな! このやたら光を反射する事だけを除けば最高だな!﹂
そんな事を言いながら、持っていた島民に返し、自前のマチェッ
トで切りかかるが、やっぱり効率は落ちるし切れ味も悪く感じる。
1682
使わなければよかった。
そして夕方になり、俺はピエトロさんの所に顔を出し、
﹁すみません、マチェットも追加で﹂
そういうと、ピエトロさんの顔が﹃やっぱりな﹄みたいな顔にな
ったのが多少イラッときたが、とりあえず見なかったことにして、
要望を言う事にした。
すす
﹁なんか鉄粉みたいな物をまぶして叩いて、この下品な光の乱反射
をどうにかできませんかね? 出来ないなら火を燃やして、煤で黒
くするんですけど﹂
前世でも、光を反射しないブラックパウダーコーティングを使っ
てもらいたい。光ると目立つからね。
﹁ミスリルの輝きを下品と言うか、まぁ期待に添えられるように、
取りあえずやってみよう﹂
その後軽く打ち合わせをし、どの様な形、長さを話し合い。家具
大工のバートさんとグリップと鞘の打ち合わせをし、出来た刀身に
合せ、グリップの重さを決める事にした。
まぁ、時の流れにうまく乗ろう、俺が島からミスリル製マチェッ
トを買うと思えば良いさ。
1683
第115話 トマトに復讐された時の事︵前書き︶
適度に続けています。
相変わらず不定期です。
この文章は、全てポメラで書いてみました。
予約投降日間違えて即掲載された。間違えたのは仕方が無いので、
諦めよう。
1684
第115話 トマトに復讐された時の事
季節が暑くなり始める頃、野草さんが野菜の苗を世話をしている
のを見ていたら、まだ緑色なのにスイカの様に大きいトマトを発見
した。添え木もかなり太く、自重で落ちない様に、添え木に紐で括
りつけられている。 パルマさん達に、何を思ってあんな品種にす
るようにお願いしたんだろうか? 少し理解に苦しむが、大好きな
物を沢山食べたいイコール大きくしちゃえ。って感じなんだろうか?
織田さんの米の方は、常識の有る米にしてるよなな?
そんな事を苗の前で考えていたら、
﹁ふふふー、大きいでしょー。死ぬまでに頭くらい大きいトマトを、
丸かじりで食べるのが夢だったんですよー﹂
﹁そ、そうですか。このトマトが意志を持って俺達に襲いかかって
こない事を祈りますよ。偶然が有るかもしれませんし﹂
﹁そんな事になったら、逆に襲って食べちゃいますよ。けどトマト
が嫌いな人にとっては悪夢でしょうね﹂
なんかトマトが、人類に戦争ふっかける映画を思い出したぞ。ア
レはアレでアレだったけど。まぁ、果肉部分が使えればそれで良い
や。たぶん種が多いか、大きいかのどっちかだと思うし。
普通の大きさで、数が少なく、甘みや栄養が高い奴でも良いけど、
甘みは、水を少なくすれば出来るらしいから、来年は良く話し合っ
てから、いじってもらわないとな。
少し心配になり、ある程度任せていた野菜畑を覗きに行くと、出
生物災害
るわ出るわ、超巨大カボチャに、超巨大スイカ、キュウリはほぼゴ
ーヤ化している。任せた俺も俺だけどこの島がバイオハザード状態
にならならなければ良いけどな。
﹁全く誰だよ、こんな野菜作ったの。食べきれるサイズで管理しや
1685
すいのが良いんじゃないかよ、大きいは正義かよ!﹂
けどキュウリは、管理しやすいように、まっすぐになるようにさ
れてるけどな! 前世で曲がったキュウリなっんてご近所さんの家
庭菜園でしか見なかったけどな!
そんな事を思いつつ、スイカを叩いてみるが﹃ボインボイン﹄や
﹃ベインベイン﹄とスイカらしくない音が聞こえる。何の為に作っ
たんだよこれ、一回で食べきるのか? 一人のノルマは小玉スイカ
一個分とか言うなよな。
﹁おーいカーム﹂
畑でだらだらと過ごしていたら、ヴァンさんに話しかけられ、右
手にはマチェットが入っていると思われる鞘を握っている。
﹁あ、出来上がったんですか?﹂
﹁おうよ! とりあえず言われたとおり、材料だけ残しておいて、
最後に作ったぞ。けどよ、なんで最後なんだ?﹂
﹁その方が作り慣れるでしょう?﹂
﹁おいおい、俺達の腕を信じろよ﹂
﹁信じてますが、より作り慣れた時に作った方が良いに決まってる
でしょうに﹂
﹁今までのマチェットは全部練習かよ﹂
﹁えぇ﹂
﹁その笑顔、すげぇムカつくな。まぁ良い。とりあえず普通に作る
課程で、言われた通りに鉄粉をまぶしてから熱して叩いて、ミスリ
ルに癒着させたけどよ、もし潰す時は混ざり物が入って価値が下が
るぜ?﹂
﹁ならもう、これはこれで潰さないで良いんじゃないんですかね?
おー注文通りだ﹂
鞘からマチェットを抜くと、今までと変わらない鉄製のマチェッ
トの見た目で、ミスリルが放っていた反射する太陽光も、鉄の黒で
鈍くなっている。そしてギラついた部分がほぼ無く、磨いて刃の部
分が光ってるだけの普通のマチェットの様に見える。普通に見える
1686
偽装って素晴らしい。
﹁ありがとうございます、個人的にものすごく満足です﹂
﹁おう、それなら良かったぜ、バールも同じ感じでいいのか?﹂
﹁それでお願いします﹂
そういってヴァンさんは戻っていった。
新しい刃物が手に入ったら、試し斬りがしたくなるが、目の前の
カボチャじゃまずいよな。そう思いつつ、立木の有る所に移動して、
この間の様に切りかかるが、前回より重心がしっかりしていて振り
やすい。やっぱり最後に作らせて正解だったな。
そして目に入った、手頃な木に向かって思い切り投擲し、どうに
かして抜き、刃の部分の確認も忘れない。
﹁うん、問題無し﹂
そう一人でつぶやき、皆と合流し仕事に戻ることにした。
◇
そして数日後、野草さんんがトマトの収穫をするというので、少
し見学させてもらうが、ヘタを切ってから片手でトマトを抱え、紐
をほどいて、抱くように持っている。この間見た時より大きいな、
普通のスイカより大きい。
﹁早速切って食べましょう! 塩! 誰か塩持ってきてー﹂
そんな事を言いながら、畑に残してある大木の木陰のテーブルに
トマトを置き。おいてあった包丁でトマトを半分に切ろうとしてい
るが、
﹁あれ? 皮が固い、しかも変に弾力があって刃が通りません﹂
そう言っているので、包丁を借り刃の部分を触るが、良く磨いで
あり、試しに普通のトマトを切ってみるが、軽く包丁を引いただけ
でトマトが潰れる事も無く、薄くスライス出来る。包丁に問題は無
いな。
﹁俺がやりましょう﹂
1687
そう言って変わり、巨大トマトに刃を当てて引くが本当に切れず、
最終手段に出ようと思う。包丁を刺し、そこから切っていく方法だ
が、軽くつついただけでは穴が開く事も無く、少し分厚いゴムを刺
している感覚に近い。叩いても﹃ベチンベチン﹄と、少し堅い弾力
のある何かを叩いているような感じだ。なんだコレ?
﹁叩き切るか、思い切り突き立てるしか無さそうです、たぶん確実
に中身は潰れますけど﹂
﹁そんなぁ、何かほかの方法はないんですかぁー?﹂
﹁普通のなら炙って冷水に漬けて、皮を剥く方法が有りますけど﹂
﹁んー、それでお願いします!﹂
何かを決心し、火で炙る事を許可してくれた。
俺は手の平から、ガスバーナーの様な火を出し、トマトを炙るが、
いくら炙っても皮が破れ事とは無く、どんどん熱せられていく。
﹁これ⋮⋮中で沸騰してません?﹂
飲み物が入った紙コップをライターで炙ると、温度が上がらず燃
えない様に、ほぼ水分だから、中が先に沸騰したか。
﹁え? 暖かいトマトとか食べたくないですよ!﹂
﹁とりあえず叩き潰すようにして、切るしかないですね﹂
そう言って、包丁で刺すようにして、さっきより強めの力で突き
刺すが﹃ブジュ!﹄と音と共に、熱々のゲル状の種が有る部分が俺
に飛び散り﹁あっつ!﹂と叫び、速攻で払い落としつつ︻水球︼を
作りだし、そこにダイブする。
本当にあの映画みたいな展開になったぞ。熱いゲル状の物とか、
もしかしたらあの映画よりひどい気がする。
﹁大丈夫ですかカームさん!﹂
﹁すげぇ熱い! もう変な小細工抜きで、叩き潰すように切った方
がいいですよこれ! もう形を気にしない料理を前提にした方が良
いですよこれ! 皮だってその辺の皮鎧にする加工前のような厚さ
ですし。トマト皮鎧として売ります? 乾いたらどのくらいの硬度
になるかわかりませんけど﹂
1688
トマトレザーアーマーとか名前だけで売れないってわかるぞ。個
人的には面白いから買っても良い気がする。安価を売りにして、縫
い合わせて冒険者用とか旅人用のマントとか、良いかもしれないが、
まずは色が問題なんだよな。赤いマントとか、どこの王族だよ。
﹁むー、単純に大きくしただけじゃ駄目なんですね﹂
﹁皮もそのまま厚くなりますからね、取り合えず夕食は娼婦風パス
タで良いですかね?﹂
﹁お任せします⋮⋮﹂
あーあ、落ち込んじゃった。あ、潰れたトマトの、火で炙られて
ない冷たい所を食べて笑顔になってる、味は良いみたいだな。
そんな顔を見ながらかわいいと思いつつ、潰れたトマトをボウル
で運び出し、おばちゃん達と夕食の準備に入る。
﹁そんな事が有ったのかい! 大変だったねぇ﹂
﹁えぇ、潰す覚悟で切らないと駄目なトマトって初めて見ましたよ。
この皮も厚いんで、乾かして何かに加工ですね﹂
﹁上だけ切って、綺麗にくり抜いて、スプーンで削いで水袋ってー
のはどうだい?﹂
﹁こんだけ堅ければ、出荷しても問題無いわね﹂
﹁そのまま放置して、どのくらい日持ちするのかも試してみますよ。
皮が厚いので、少しの傷でも平気ですし、すぐに水分が飛ぶって事
は無いでしょうし﹂
﹁けど、この大きさじゃ干せないねぇ﹂
誰かがそんな事を言うと、周りで大きな笑いが起こり、楽しい雰
囲気の中夕食を作ることに成功した。
問題は、畑に鎮座しているカボチャだよな、どう考えても、前世
ではロープを巻き付けて、フォークリフトで持ち上げないと、運べ
ない大きさだぞ。
そんなトマトを使ったパスタは好評で、また機会があったら作っ
てくれと好評だった。
その後、要実験って事で試しに皮付きで食べ、いつまでも噛み切れ
1689
なめす
無いで口に残る皮だからな。コレって鞣す必要有るのかな? そん
な事を思いつつ寝た。
◇
そしてその数日後、俺はミスリルフライパンをもってベリルに帰
り、耐久実験をする事にした。
まずは油を引かずに強火で肉を焼くが。張り付く事も無く肉が焦
げるだけだった。
﹁すげぇ! ミスリルすげぇ!﹂
そして調子に乗り、卵焼きと薄焼き卵も油無しでも焦げ付かず、
少しフライパンを動かすだけで、フライパンの中で踊るように動き、
新商品を紹介する様な動きをした。
﹁油を使わずヘルシー料理⋮⋮、いや、バターとかで炒めたりした
方が断然美味いしな、油無しで何か出来る料理は⋮⋮﹂
そんな事を考えながら昼食を作り、四人が順番に帰ってきた。
﹁肉の香り。カームありがとう﹂
﹁おー、サラダに半熟玉子が乗ってるよー。おいしそうだねー﹂
﹁﹁ただいまー﹂﹂
﹁今日はやけに玉子が多いね﹂﹁厚焼き玉子だー、コレ蜂蜜入って
る?﹂ そんな言葉をかけられ、昼食を食べ終わらせてから、子供
達に声をかける。
﹁リリー、ミエル。少し休んだら、ちょっとだけ稽古をして欲しい﹂
﹁え! お父さんから稽古して欲しいって、明日は雨になっちゃう
よ﹂
﹁うん、なんかおかしいよ﹂
ひどい言われ様だな。
﹁本当に少しだけだ、ちょっとしたお遊び程度で良いんだよ﹂
﹁リリー。ミエル。遊びじゃなくて本気で良いわ。カームはなんだ
かんだ言って。どうにかするから﹂
1690
﹁そーそー、遊びとかミエル君やリリーちゃんに失礼だよねー﹂
﹁なぁ、奥さん達や。かなりひどくないかい?﹂
﹁遊びとか言うと。子供達がかわいそう﹂
﹁はいはい。本当に遊び程度で良かったんだけどな⋮⋮﹂
そんな会話を楽しみつつ、お茶を飲んで一息付いてから、俺はフ
ライパンを持って外に出る。
﹁お父さん、ふざけてるの?﹂
﹁言っただろう? 遊びだっって﹂
﹁だっって、それ⋮⋮フライパンだよね、家のじゃないけど﹂
﹁ああ、フライパンだ、今日はコレの強度を調べる為に遊び程度の
稽古で済まそうと思ったんだけどな。スズランがあんな事言うから
⋮⋮﹂
﹁でも、前にフライパンに穴開けちゃったじゃない。お母さんに怒
られたのに、何でまたフライパンなの?﹂
﹁だから強度を調べる為って、さっき言っただろう。納得できない
なら、これが終わったら普通に稽古してあげるから﹂
そう言うと、子供達は納得したらしく、武器を構え出す。リリー
はいつも通り鉄心入りの槍だけど、ミエルはナイフに盾というスタ
イルになっている。
んー、しばらく稽古してない間に何が有ったんだ?
まあ良い、俺はこのフライパンを打撃武器兼盾として扱うだけだ。
降りて来い! テニスラケットを持った太陽神よ! 俺! もっと
熱くなれよぉ!
俺はフライパンを両手で持ち、膝を曲げて正面に構える様にして
持ち、リリーの動きを観察する。動体視力だけで正面から来る槍を
バックハンドで右側に振るようにして弾き、そのまま体を沈ませる
ように低くし、二歩前に出てフライパンを返しフライパンを顔面の
前で止める。
1691
中々良いじゃないか。そして二戦目は、流さずに撃ち合う様にし、
強度を試す様に戦うが、調子に乗りすぎてリリーが少し涙目になっ
て来たので止めてやることにした。
個人的にはラリーを続けている気持ちだったんだが、向こうはそ
うは思わなかったようだ。
﹁リリー、ごめん。このフライパンがどのくらい硬いか少し調子に
乗った。前よりは動きが良くなってるから、そのまま精進してね﹂
そう言って次はミエルを呼び、思っていた通り︻火球︼と︻黒曜
石のナイフ︼を放て来るが、全てフライパンでテニスボールを打ち
返す様に弾いていく。
ボレーショットやネット前に落とす感覚でどんどん弾いて、どん
どん前に出ていく、そして発動から直撃までの時間が早くなるので
こちらのテンションも上がっていくが。
﹁あちぃ!﹂
そう言ってフライパンを投げ出し、飛んできた︻火球︼を︻水球︼
で防ぎ降参する。最近﹃熱い﹄としか叫んでない気がするが、熱い
物は熱いんだから仕方が無い。
﹁火球の陰にナイフを仕込んで来るのが上手くなったなー。今回は
フライパンの硬さを知る為だったからな、ごめんな﹂
ちょっと子供達相手に酷い事し過ぎたな。
嫌われて無ければ良いけどな⋮⋮
その日の夜の子供部屋。
﹁お父さんが新しいフライパンで料理してて、美味しくお昼ご飯を
食べれたと思ったら、そのフライパンで稽古された。まさかフライ
パン相手に一回も攻撃を与えられないとか。私、正直自信無くしそ
う﹂
﹁僕もだよー、この間より火球の死角に上手くナイフを仕込めてる
と思ったのに、簡単にフライパンで両方弾かれたよ⋮⋮本当に魔王
って何なんだよーもー﹂
1692
お互いがベッドに突っ伏しながら、父親に対する愚痴を言ってい
る。
﹁なんなのよアレ、フライパン硬過ぎよ﹂
﹁フライパンに打ち消される魔法ってなんだよー﹂
リリーはベッドの上でゴロゴロし、ミエルは足をバタバタさせて
いる。
﹁あんな薄い鉄なんか簡単に抜けると思ったのに﹂
﹁なんだかんだ言って、フライパンに勝ったのって熱くて手放した
だけだよー、あ゛ーもー﹂
﹁重心落として、膝を使って左右の攻撃に対応できる、あの足遣い
は真似するべきなのかなー。フライパンは只の言い訳に使ってた気
がするのよね﹂
﹁僕の火球も似た様な動きで、左右均等に動いてフライパンの両面
を試していた気がする。最小限の動きだけで躱して後衛を守ってい
る気もしたしー﹂
﹁あーもう、何なのあの動きとフライパン﹂
﹁本当だよー、なんで同じ方向じゃ無くて左右なんだよーもー、石
も上から落とせないじゃないか﹂
特に嫌われてはいなかったようです。
しかも変な方向に解釈されています。
1693
第116話 色々妄想した時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です。
1694
第116話 色々妄想した時の事
あの後、トマトの皮を何かに有効利用できないかと考えたが、動
物の皮なら乾燥しても有る程度どうにかなるが、植物の皮だとパリ
パリになってしまい、どうにも使い勝手が悪い。
上だけを丁寧に切り取り、中をくり抜く様にして、袋状にして水
を入れるが、数日でカビが浮き、二日以内に飲みきるのが理想だが、
長く使っていると、皮の方が腐ってきて、指で簡単に穴が開くので、
どっちにしろ駄目だった。
味は特に変わらなかったので、また種を植え、来年には出荷出来
れば良いと思う。
種が大きいので、グレープシードの様に油を絞れば良いと思った
が、今の所はオリーブが有るので、今度の機会にしておこうと思う。
スイカやカボチャは、種を乾燥させて、塩をふってから煎れば、
立派なおやつ兼摘みになるので、島内需要はかなり高いと思う。
問題は収穫した後、いかに早く消費するかが問題だ。スイカパー
ティーにするか、休憩中に一人のノルマを小玉スイカ一個分を消費
してもらうかだな。
さすがに休憩中にそんなに食べると、色々と問題があるので、パ
ーティーを開いて消費させるのが一番だな。味が良ければ、将来的
に祭りにして、大々的に宣伝して観光客を呼ぶのも有りだ。
同じ理由で、カボチャもハロウィンではないが、収穫祭に合わせ
て開催するのも有りかもしれない。この辺りは皆と相談して、数年
後を目標にすれば良いな。
トマトが、特に味に変化が無かったので問題は無いと思うが、ス
イカとカボチャの皮やスジが、堅くて口に残らない事を祈るしかな
い。けどスイカは残りそうだな、あの薄茶色のアレ。
まぁ、収穫して味を確かめないと駄目なんだけどね。
1695
とりあえず、海が綺麗だから、祭りを目的とした観光と、普段か
らの観光も視野に入れて、動くのも良いな。
海に杭を打って、どこかの観光地のような海の上にあるコテージ
を宿にしても良いし、南側の温泉の近くを掘って温泉を増やすのも
良いな、そうするとこの島の名物料理も欲しいよな。南国っぽいフ
ルーツを使ったデザートと酒は決まりとして、島民が良く食べてる
物を出すのも良いな。
各地から集められた元奴隷だから、地域的な物も有るかもしれな
いし、聞いて回るか。
家は、仲の良い同姓数人か、仲の良い男女を住ませる様にしてい
る。ついでに言うと、去年の作物類の収穫量が一年分以上有ったの
で、子作りは各自の判断で任せている。
アントニオさんも、アドレアさんも、お産をどうするかの知識が
有ったし、元奴隷や寒村のおばちゃんに、取り上げた事が有る様な
事を言って方がいたので、その辺りは心配いらないと思おう。
そんな事より、各家庭の母親の料理を聞いて回ろう。
﹁そうだなー、まぁ奴隷に堕ちるような家庭だったから、茹でた芋
や薄い粥だったな、塩はもちろん無しで﹂
﹁⋮⋮。思い出したくはないが、その辺の野草を入れた薄い粥と、
祝い事の時に肉入りのスープが出たな、収穫の時期だけだったけど﹂
﹁姉さんが売られた時に、父が麦を買ってきたのを良く覚えてるわ。
その時は、白いパンを一回だけ食べたわね、私も結局売られたけど。
あの時は親を憎んだけど、今では親の気持ちは良くわかるわ、魔族
の奴隷になった時は、神と自分の人生を呪ったけど、今は奴隷にな
って良かったと思ってるわ。偶然なんだろうけど、貴方には感謝し
てるわ﹂
﹁いつも薄い粥だったから、山に入って草ばっかり食べたりしてま
したねー。近所の優しいお兄ちゃんが教えてくれたんですよー。捕
った鼠や蛇を分けてくれたんです。物静かで少し皮肉っぽかったで
1696
すけどね⋮⋮結局戦争につれてかれて⋮⋮スミスお兄ちゃん、生き
てるかなぁ⋮⋮﹂
四人目を聞いた時点で、俺の心が折れて聞くのを止めた。しかも
スミスって牢屋にいたな、人族には多い名前なのか? ジョン・ス
ミスって偽名の代表みたいな物だったし。
ってか女性陣の話しが重すぎるよ! 野草さんなんか遠い目しち
ゃったし! ごめんなさい! これからもお腹いっぱい食べて下さ
い!
気分を変えて、おっさんズやキースやルートさん達に聞いてみる
か。
﹁俺等は、孤児院出身だからな。母さんの手作りパンとくず野菜ス
ープが多かったな﹂
﹁十日に一回菓子が出ただろ、小麦粉に砂糖を入れて揚げた丸いの﹂
﹁寄付に来てくれた、おじちゃんおばちゃんのグラタンだな﹂
ふむふむ。魔族側はそれなりなんだな、やっぱりあの王族や貴族
や教会関係を潰した会田さんは正解かもしれない。
﹁あん? 山で捕ってきた獲物の肉と茹でた芋だな、あんまり暑く
ならない場所だったから、芋の方が多かったぞ。茹でて切った芋に
ベーコンを入れて、牛の乳を小麦粉でドロドロにしたやつをぶっか
けて、オーブンで焼いた奴に、パンを浸して食うのが好きだったな。
滅多に食えなかったけどな﹂
﹁カームと似たような物だと思うぞ、同じ村なんだし。そうだなぁ
⋮⋮、トマトが入ったパスタが好きだったな、あと肉﹂
﹁お姉さんわねー、悪食だから何でも食べるわよー⋮⋮人族とか︱
︱﹂
最後だけ、いつもとは違うホワホワして無い感じで言われた。一
瞬だけ、顔が素に戻った感じだったが、校長もたまにあんな感じに
なるし、そう言う種族と思いこもう。それと、微笑みながら口角を
少しだけ舐めたのは見なかった事にした。
んー、グラタンと娼婦風パスタと、ドーナッツっぽい物か。そう
1697
言えばラッテもグラタンが得意だったな。あと最後は論外だ論外!
一応南の村にも行ってみるか。
俺は島の南側に転移し、話を切こうと思ったら、絶賛昼食の準備
中だった。
揚げ物か、何を作っているんだろうか? そう思いつつ近くにい
た、
仮の村長を任せてない方の神父さんに何を作っているのかと聞い
たら。
﹁いやーカームさん、カームさんのおかげで飢える事無く、良き隣
人であるサハギン達が新鮮な魚を届けてくれ、多少あまり気味の芋
を消費しようと商品にならない油で、衣を付けて揚げてるんですよ。
コレがまた美味しくて﹂
⋮⋮フィッシュアンドチップスか? ってか何でここに来てフィ
ッシュアンドチップスをチョイスしたし!
﹁ささ、出来立ての熱い物をどうぞ﹂
そう言われて、席に案内される。
一口食べると、衣がサクサクじゃないし、魚の臭みが消し切れて
ないし、魚の臭みが油に移ってジャガイモも生臭い。唯一の救いは、
作り方を教えたマヨネーズが美味しかった事だ。
本場で食べた事は無いが、聞いた事のある本場の味と同じじゃな
いか⋮⋮。本当に人族の食は一部を除いてほとんど最悪だったんだ
な。
俺は立ち上がり言い放った。
﹁申し訳無い。これだけは言わせて下さい。糞不味いです⋮⋮﹂
俺は少しだけ睨む様に言った。
﹁も、申し訳有りません、カームさん﹂
俺は立ち上がり、調理しているおばちゃんの所に行き、場所を変
わってもらう。
﹁良いですか? 衣って言うのは、油の温度が低いとカリカリパリ
1698
パリにならず、ベチャベチャします。まぁ、火は通ってますし、新
鮮で大量に作ってるので、衣のベチャベチャは多少譲りましょう。
ですが、魚の臭みを消し切れてないせいで全て台無しです。芋にま
で魚の臭みが移ってます。これは油を分ければ避けられます﹂
そう言って、調理場を借り、丁寧に説明しながら料理を始める。
﹁一気に入れないならこの火力で良いですが、皆の分を早く作ろう
と一気に入れるから駄目なんです。その場合は、薪を多めにして油
の温度を保ちましょう。そして魚ですが、せっかく調味料も持って
きて有るんですから、もったいないと思わず色々試しましょうよ。
これでかなり変わりますよ?﹂
そう言って捌いた魚に下味を付けていき、油の温度が上がるまで
待ち、溶いた小麦粉を油に入れて、だいたいの温度を確認する。っ
てかパン粉が欲しい。残ったパンとか無いのかよ。
﹁だいたいこれくらいです、この小麦粉がすぐに浮いてくれば、油
は熱いですので、高温で揚げれば衣はパリパリです、生臭い臭いも
多少消えます﹂
そう言って高温の油で魚を揚げ、網の上に置いて油を切り、別の
鍋で
暖めておいた油に、串切りに切った長細いジャガイモを小麦粉を
まぶして揚げていく。そして浮いてきたジャガイモを適当にとって
食べ、ホクホクしたジャガイモの揚げ具合を、おばちゃん達に体感
で覚えさせ、ピクルスが無いので、タルタルソースもソースも無い
が、マヨネーズが有ったのが救いだ。
﹁野菜はお好みで、葉物類が良いと思います﹂
そう言って出来立ての、魚のフライと、ジャガイモのフライを食
べさせる。
﹁⋮⋮今まで我々が食べていたのは、ただの餌だったかのようだ﹂
驚いてるのか、悲しんでるのかわからない表情で、初めてサシの
多い和牛食った時の、ニュースレポーターみたいなコメントをあり
がとう。
1699
﹁せめて食事くらいはこのくらいまで引き上げましょうよ、油も魚
も新鮮なんですし。芋だってそろそろ収穫なんですから、そんな落
ち込まないで下さいよ﹂
﹁カームさんは、魔王になる前は料理人だったのですか?﹂
﹁一人暮らしが長かっただけですよ﹂
うん、嘘は言ってないな。
﹁前も、魚を捌いた時に出た、骨とそれに付いているクズの様な身
でスープを作ったのは偶然では無いと!?﹂
アラの事クズって言うなよ、あそこが美味いんじゃないかよ、し
かも出汁も取ったし。ってか出汁の文化があまり無いのにも残念だ。
ってか榎本さんがいるんだから、聞くか、作ってもらえば良いの
に。
﹁こんちゃーっす、カームですけどいますー? あいつらに飯の作
り方教えてやってくださいよー﹂
開きっぱなしの玄関から顔を出し、中を覗くと、じーちゃんが昼
前から飲んでいたらしいく、ちゃぶ台に、麦酒の入った瓶とカップ
がそのままだった。
﹁じーちゃん、暑くても何かかけないと風邪引くよー﹂
﹁んあーもう昼飯か?﹂
﹁そうですよ榎本さん、ってかテレビで見るようなお爺ちゃんみた
いでしたよ、顔真っ赤にして﹂
﹁良いんだよ、俺くらいになると、ちょーっと酒が入ってた方が調
子良いんだよ、それにおれは太陽がでる前から、田んぼ周りの草刈
りしてたから良いんだよ﹂
﹁いや⋮⋮これはもう、ちょっとを越えてますから。そんな事は置
いておいて、あの新しい島民ですけど、料理いまいちじゃないです
かね?﹂
﹁知らん、俺は自分で作ってるからな。あんな油まみれのなんか食
ってられるかよ。俺には無理だ。そんな事より俺は塩焼きや、天日
1700
干し、麦飯に漬け物だ。味噌が無ぇのが残念だけどな、ありゃ高い
しあんまり出回ってないからな﹂
そう言って、榎本さんは笑っている。
﹁あ、一年前に試験的に作った味噌がそろそろ良い具合に熟成する
んで、持ってきますよ﹂
﹁おめぇ、白味噌でも良いからさっさと言えよ! コランダムに無
くて寂しい思いしてんのによ!﹂
﹁あ、すみません﹂
そう言うと、追い出されるように急かされ、転移する事になった、
気怠い。
その後は、榎本さんが色々やってくれた。
家の前に干してあった、元カラフルな魚を網に乗せて、炭火で焼
き、乾燥させた小魚と、昆布で出汁を取ってジャガイモを入れ、俺
から奪い取った味噌を入れジャガイモの味噌汁を作り。朝炊いたと
思われる冷えた麦飯を出して、漬物と箸とフォークを出してきた。
﹁箸は一膳しかないから、お前のはフォークな﹂
ひしお
﹁あーずるいっすよ。このメニューなら絶対箸の方が良いじゃない
っすか!﹂
﹁だったら自分で作れ! あとこれは味噌の上澄みの醤な。魚醤作
ってたんだけどよ、出来栄えにあんまり納得できなくてな。そんな
話は今は良いな、魚に掛けようぜ﹂
そんな事を言いながら、ちゃぶ台を囲み、胡坐をかく。正座なん
かしてられるか!
﹁﹁頂きます﹂﹂
何故か日本語がお互いに出てしまったが、気にしないで冷えた麦
飯をかっ込み、味噌汁で流し込み、焼き魚に醤をかけ、モシャモシ
ャとお互い無言で食べていく。
米を収穫して、これが炊き立てご飯になれば、最強だな。カラフ
ルな魚の開きじゃ無くて、アジの開きの方が、見栄えも良いけど。
1701
﹁﹁ご馳走様でした﹂﹂
﹁いやー美味かったです﹂
﹁織田には悪い事しちまったな﹂
﹁今度呼んできますよ﹂
﹁けどよ、本格的に日本酒が欲しくなっちまった。米も増やしたい
から今年は我慢するか悩んでたんだけどよ、飲みたくなったら自分
で飲む分だけ作っか﹂
﹁炊いたご飯に、おにぎり入れるって奴ですか?﹂
﹁そうそう、まぁ、麹がねぇと運だからな。まぁ、何回かやってみ
るか。織田を呼んだ時にでも、詳しく聞くべ﹂
﹁俺も、酒に関しては島民にまかせっきりですからね。蒸留酒もで
すが。まぁ、酒は日本で素人が作ろうとすると物凄く怒られますか
らね。どっかで読んだ漫画の知識しか無いので、餅は餅屋ですよ﹂
﹁そうだなぁ、俺の頃も怒られてたから、こっそり作って奴が持っ
て来てくれた時に聞いただけだ。会田と織田がいれば本格的なの作
れるべ、あいつ等頭良いしよ。来年の収穫見て、日本酒の方は動こ
うぜ﹂
﹁そうですね、でっかい樽と水車での精米ですね﹂
﹁来年の為にちょこちょこ動いてくれや﹂
﹁報酬は、島の雇用拡大と、名産品扱いになると言う事で﹂
そんな会話をしながら、二人して怪しい笑みを作る。口頭による、
取引が成立した証だ。
1702
第116話 色々妄想した時の事︵後書き︶
果汁100%のお好みのジュースに、ドライイーストを入れるとお
酒になるらしいですね。
かなり前の伏線を拾いに行く、駄目作者。
1703
第117話 判子を作った時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
この話の半分は勇者で出来ております。
勇者の名前はあいうえお巡ですが、櫛野と久我で被ったので、久我
を剣崎に変えます。
1704
第117話 判子を作った時の事
﹁会田さん! アイテムボックスの術式完成しました!﹂
そろそろ暑さが柔らぐだろうという頃に、とある若い魔術師が、
ノックも無しに、ドアを破壊する勢いで入ってきた。
﹁おいおい、そんな慌てる様な事でもないだろ﹂
俺は今、膿を有る程度排除した城の執務室で、書類の山と戦って
いたが、そんな大声で仕事が中断された。
権力に物を言わせ、城の中で働いてた奴が多いが、能力が低い者
や、性格に難がありすぎる者を段階的に排除し、性格が良く、やる
気の有る若者の雇用を始め、魔術師や軍事関係者にもそれを適応さ
せ、昇進は能力制と言う事にさせ、努力次第では上に行けると言う
事も徹底させた。
最後に有る程度残っていた、指導を任せられそうな膿を排除した
ら、思いの外城内が快適になり、今では、能力は有ったが権力が無
かったり、気が弱く、上に行きづらい者が教師役として、ごく少数
が残っているだけだ。
良く国が成り立っていたものだ。
国王に関しては食事会以降大人しくなり、しばらくは政治や国外
の歴史に詳しい、知識系勇者の傀儡として動いていたが、思いの外
内政が良くなり、国民の不満も減り、付き物が落ちた様に大人しく
なった。
今では家族と和解したのか、のんびりとテラスでお茶を飲んでい
る事も多くなり、自分から学ぶ姿勢も見せ始めている。
第三王女は例外だが。
そして、ファンタジーやRPGが好きな勇者が発した一言で、大
きなプロジェクトが計画された。
1705
その名も﹃大きな袋作戦﹄だ。なんでも、アイテムが多く入る物
から取った名前らしい。まぁ、俺もやった事は有るけど、現実味が
無かったので立案しなかったが、なぜか意見が多かったので本気で
取り掛かる事になってしまった。
そして出された案が、国庫に有った魔石を使おうとなり、有力な
案が﹃四次元式﹄と﹃体積軽減﹄だ。
四次元は、縦と横と高さに時間をかけて時間と共に空間を広げる
方法だと、事前の会議で聞いている。
体積軽減は、その空間に有る物を小さくして収納する物だ。余り
興味が無いのでほとんど聞き流していたが。
どっちが出来たのかはわからないが⋮⋮
俺は言われた通り、城の中庭の角に木の板だけで作った、二メー
トル四方の粗末な作りの小屋に一緒に向かう。この小屋の中には、
小さな箱が四隅と真ん中に置かれている実験室だ。
﹁剣崎さん、お疲れさまです﹂
﹁あ、お疲れさまです﹂
この剣崎さんは、俺と同じ教師で理系の男だ。
実験以外には興味が無く、特に着る物には無頓着で、特注で白衣
を作ってもらい、年中サンダルで過ごしている。
﹁魔術師に教えて頂いた術式を私なりに理解し、私の持ってる知識
を教え。使えそうな術式を幾重にも重ねた物にしてもらい。魔力を
込めれば空間が広がるよう術式を組んでもらった﹂
﹁ほー﹂
実は理系はあまり得意じゃないので、聞き流す事にした。
﹁いやー、先ほど台座に乗せた魔石に魔力を込めたら、やっと成功
しましてね。呼びにいってもらったんですよ﹂
剣崎さんは頭をポリポリと掻きながら報告してくる。
﹁どうぞ﹂
そう言ってドアを開けると、どこまでも広がる真っ白な空間と、
1706
粗末な床が広がっている。
﹁おー、こいつはすごい。大成功じゃないですか!﹂
﹁んー、いや。たぶん失敗ですね﹂
﹁どうしてです?﹂
﹁入って右手側に置いた台座が有りません﹂
﹁と言うと?﹂
﹁ドアと、台座の隙間が広がり、この壁沿いのどこかに有りますね﹂
そう言って指を指す方向を見ると、右手側には、どこまでも上と
奥に続く壁と、左側には床の地平線が続いている。
﹁このまま荷物を入れたらどうなります?﹂
﹁魔石に込めた魔力が切れたら元に戻るんで、この小屋が吹き飛ん
で、荷物が破壊される可能性も有りますね﹂
﹁この出入り口付近に、一時的に荷物を置いて取り出せば良いので
は?﹂
﹁君を呼びに行っている間に、一服していただけで、台座が地平の
彼方に行ってしまったのにかい? それに台座が無いから、本当に
一時的だ﹂
﹁ドアを開けっ放しか、中に人を入れた状態では?﹂
﹁安全上、機能しない。機能させても良いが、時空が歪むかもしれ
ないし、この空間で迷子になるね。試してないからわからないがね。
壁を伝ってくれば理論上はドアにたどり着けると思うけど、広がり
続ける速度の方が早いね、簡単に言えば雪だるま式で広がってるし﹂
心底楽しそうに言っている。
﹁有る意味失敗ですかね?﹂
﹁物置としては失敗だけど、個人的には成功かな﹂
この人の頭が有る意味失敗だ。
◇
翌日、昨日と同じ時間帯に呼ばれ、行ってみると、手にはエメラ
1707
ルドのような色をした、透明な鉱石を持った剣崎さんが紙巻きタバ
コを吸いながら立っていた。
﹁いや、何度もすまないね。昨日の魔石は回収出来たんだけどさ⋮
⋮﹂
何かばつの悪そうな雰囲気で話しかけてくる。
﹁体積軽減の方を試したんだが⋮⋮﹂
そう言ってドアを開けると、見事に何もない。小屋の狭さは見た
ままだが⋮⋮
﹁時間と共に小さくなっちゃってね。魔石に魔力を込めてくれた子
も小さくなっちゃってね。この狭い空間で遭難中だ。今はドアが開
いてるから、体積軽減は止まってると思うけど。言い訳にしか聞こ
えないけど、タバコを取りに行っている間に同僚の子がふざけてド
アを閉めちゃってね﹂
﹁申し訳有りません﹂
隣にいた、魔術師らしき男が深く頭を下げている。
﹁すぐ開けてくると思ったけど、ぜんぜん開かないから、開けてみ
たらこの有様だ。こちらとしては、危険性を証明できたから良いん
だけど、流石に監督不行届だって事は重々承知している﹂
そう言って剣崎さんは両手を広げて、首を振っている。全然反省
している様に見えない。
﹁救い出す方法は?﹂
﹁砂漠で落とした銅貨を探すより難しいかもねぇ。それか海の底。
それに入ったりすると、踏みつぶす可能性もあるから、入れないね。
中の子は昨日の会田君みたいな感じになってると思うよ﹂
﹁生存の可能性は?﹂
﹁中にいる子が、定期的に魔石に魔力を流さなければ、早くて昼に
は。効果はフル充電で一日だから、そのくらいかな﹂
﹁小屋を破壊して効果を無くすのは?﹂
﹁ここら辺一帯に何かしら影響が出る可能性が高い﹂
﹁中の子が自棄を起こさない事を祈りましょう⋮⋮﹂
1708
﹁一応、事故が起こった場合の対処法はしっかり教育してあるから。
それとふざけた子の処罰だけど﹂
そう言うと、隣にいた男の顔がどんどん青くなっていく。
﹁一ヶ月間給料を二割減給、その減った分を被害者に渡すのが適当
でしょう。まあ、無事に戻ってきたらって事が前提だけど﹂
そう言うと、青かった顔が直ぐに戻り安心している。もう少し重
いと思ってたのか? けど事故は事故だから反省して欲しい。
ちなみに体制が変わる前は、場合によっては、顔に焼き印の可能
性も有ったらしい。重すぎだろ⋮⋮
﹁で、結果的に言うけど、大きな袋作戦このままだと難しいね。魔
力を込めた魔石を、袋や部屋に入れて封をした場合、手が物にたど
り着けないか、拾えないか、だね。都合良く丁度良い大きさで止ま
ったり出来ないもんかなー﹂
そう言いながら、口から煙草の煙をため息と一緒に出している。
﹁とりあえず一時凍結ですかね?﹂
﹁その方が無難だね。もう少し面白い物が有れば言ってくれ、実験
するから﹂
その言葉に俺は絶句した。
因みに、小屋で遭難した魔術師は、昼前に小屋から元の大きさで
出てきて、抱きついてきた同僚をぶん殴っていたと、昼食時に聞い
た。
﹁んー、本当便利な世の中にするにはほど遠いか﹂
□
﹁お願いしますカームさん! 面倒くさがらずに印を作って下さい
! 最近手広くやってるから、色々不都合も出てくるんですよ!﹂
麦酒やサトウキビから汁を搾り、その絞りカスから蒸留酒を作っ
て、アクアマリン製のウイスキーやホワイトラムとして売りだそう
1709
としたら、とうとうニルスさんから泣きが入り、仕方がないのでこ
ちらも動くことにする。
とりあえず他の取引先の印を見せてもらい、大体の大きさを調べ、
印を押すハンドルと平均的な多きさのスタンプを買い、元日本人と
しての血が騒ぎ、法人実印的な物と、法人角印的な物を作ってやろ
うと決めた。
島に戻り、買ってきたスタンプにを紙に当てて、外枠の大きさを
写し、そこに細かく、丸印には﹃株式会社アクアマリン事業﹄と円
状に書き、真ん中には無難に﹃代表取締役員﹄と書いた。
角印は﹃株式会社藍玉事業﹄と、をそれらしい文字を、記憶を頼
りになんて言う書体かは忘れたけど、カクカクに書き、ゴチャゴチ
ャした印にしてやった。
すべてはニルスさんが悪いんですよ⋮⋮
出来上がった物を家具職人のバードさんの工房に持ち込み、
﹁バートさん、コレを掘って下さい。浮かし掘りで! 文字なので
立体感は要らないので深さは均一で!﹂
と言って、下書きを見せたら。
﹁細かっ!﹂
と、声を上げたが、細工の腕が上がるだろう。
俺にも︻細工︼は有ったが、専門家に任せた方が良いと判断した。
因みにものすごく細い針と彫刻刀をピエトロさんに頼んでいた。
んー悪い事したかな?
◇
後日、バートさんが目をショボショボシパシパさせながら印を届
けてくれたので、試しに溶かした蝋を垂らして、そこにゆっくり押
しつけ、十数秒待ってからゆっくりと離す。
文字が潰れたり、離す時に蝋が折れると思ったが、そんな事は無
く、バートさんにお礼を言っておいた。
1710
これで夕方、ニルスさんの所に嫌がらせに行こうと思う。店長に
アポ取っとってもらおう。
﹁ばんわーっす、言われたとおり印を作ってきましたー﹂
﹁うっす。この間頂いた酒ですけど、辛みの中に甘みが有って俺は
好きっすよ。言われた通り水で薄め、オレンジやらレモンの絞り汁
入れて飲むとさらに飲みやすいのが良いっす。これから、あの酒が
出回るんすよね? ありゃ人気でますよ、だからボスがさっさと印
を作れて騒いでたんすよ﹂
見慣れた従業員と軽い会話をして執務室に行き、ノックをして、
返事を待ってから入った。
﹁やっとですか。好きな子に恋文を書いて、それの返事待つ子供の
ような心境でしたよ﹂
なかなか詩人的な事を言うが、俺の印待ちなので、青春って文字
は出てこないなー。奥さんいるんかな? まぁ、いなさそうだよな。
仕事と金が恋人っぽいし。
﹁では早速お披露目ですね、いやー長かった﹂
そう言うと、ニルスさんはホワイトラムや蒸留酒の書類を出して、
赤い蝋の欠片をスプーンの上で暖めだして書類の上に垂らし、俺が
印を入れてある袋の紐を解いて、ゆっくりと上から押さえ、ゆっく
りと離して隣にサインを入れる。
﹁いやーこれで面倒が半分以下に⋮⋮な⋮⋮る? なんですかこれ
? こんな細かくて複雑なの王族や貴族並ですよ?﹂
﹁言われてた島の印ですが?﹂
そう言うとニルスさんは、マジマジと印を見て手で目を押さえな
がら頭を振っている。
﹁どの辺が、どうカームさんの印なのか詳しくお願いします﹂
心なしか、声に覇気がない。
﹁アクアマリン事業代表取締役です﹂
そう言いながら、自分を指さす。
1711
﹁まぁ、アクアマリンは島の名前、それの色々な物事に決定権を持
つ代表って意味です。前の文字は営利目的の為に動く商会って意味
です。つまり島全体の事業の代表って意味です﹂
本当は文字数を増やしゴチャゴチャにして、複製防止目的にさせ
ただけだ。そう説明すると、ニルスさんは今度は頭を抱えだした。
﹁サインだけの方がまだマシだった⋮⋮。つまりさっきの説明を、
取引先全員に説明するのかよ⋮⋮普通シンボル的な物に簡単な名前
だろう⋮⋮、前に他の印を見せてって言ったのはなんだったんだよ
⋮⋮﹂
作ったら作ったで泣きが入った。正直半分嫌がらせです。元日本
人の細かさを舐めないで欲しい。
﹁あのですね、見た感じで、一発でわかる感じにならなかったんで
すか?﹂
﹁細かすぎて一発でわかりますよ?﹂
﹁︱︱もう良いです、カームさんにそういう事を説いても無駄だっ
たんですよね﹂
そう言いながら大きなため息を吐いた。
﹁ちなみに重要性の低い書類用のも作りましたよ、樽に付ける焼き
印にもしたいですね﹂
そう言ってもう一つの印を出した。こちらはバートさんが安心し
たようなため息を出した奴だ。
円の縁の右に椰子の木、左にハイビスカスの様な花、中央に山。
あの島を象徴するような物で、文字は一文字も無い。コレを適当な
紙に蝋を垂らし、押す。
﹁コレですよコレ、こういうのを言ってたんですよ。なんで最初に
こっちを出さないんですか﹂
﹁ソレが重要書類っぽかったから?﹂
﹁⋮⋮そうですね、えぇ、私が悪かったです﹂
﹁船乗り達に普段の買い物とか、名前が書けない人に頼むならコレ
を渡しますが、さすがに今後取引にかかわる事になる様な書類なら
1712
断然こっちですよ﹂
ちなみに三文判の様な扱いで作らせた。
そんなやり取りをしながら、石鹸事業の話になり、かなり儲けさ
せてもらっていると言っていたので、書類を見せてもらい、島に入
る利益分を見て、特に問題無さそうと判断した。相手が売り上げを
誤魔化して無ければだけどね。そこは信用だろうな。
﹁いやー細工師を雇って、石鹸を色々な形にしてもらったら、もう
富裕層や貴族のご婦人達に飛ぶように売れましてね、前に話してた
香り付き石鹸を売っている商会も真似し始めましたよ。今ではお互
い技術向上を目指し、質の良い物を作る努力をしてますよ﹂
この間持って来た、ラム酒を飲みながら上機嫌に話してくれてい
る。本当に儲かっているようだ。
﹁あとは錬金術師に相談しに行って、傷が早く治るポーションを売
って貰ったり、良い香りの花を聞いたりして、それを混ぜて売り出
して、色々周りの反応を聞いたりしてるんですよ﹂
本当上機嫌で話してくれている。商談が終わった後に飲みながら
話すのは初めてだが、酔っているニルスさんを見のは始めてだ。
うん、この酒も軌道に乗れば一気に広がるな、定期的に入る収益
と酒や嗜好品を売った儲けと相談して、島の畑や施設の拡張予定し
ておくか。
本当、ある程度の利益だけけもらうようにしてして一任して良か
った、面倒な事や販売ルートはニルスさん任せだし。今度コーヒー
豆を漬けこんだ酒でも売り出すか。アレは好みでお湯で割ったり、
砂糖を入れたりして飲めば美味しかったし。
﹁あ、鉄や木を加工して、そこに石鹸の元を流せば、その形になっ
て出て来るんじゃないですか? 簡単な物なら抜きやすいですし、
コストも下がりませんか? 鋳物やってる人に依頼すれば早いので
は?﹂
そう言うと、ニルスさんの酔いが一気に醒め、即メモを取り、分
厚い資料を捲り、名前を書き出している。
1713
多分鋳物職人か指輪の台座を彫る職人の名前か何かだろう。
俺は邪魔をしない様に、一声だけかけてから帰る事にした。
1714
第117話 判子を作った時の事︵後書き︶
焼酎にコーヒー豆を入れて5日くらいで焦げ茶色になり、コーヒー
の香りが付くので、お好みでストレートやロックやお湯で割って美
味しくいただけます。
個人的には砂糖とお湯割りで。
おまけSSの方に、11月8日の﹁いいおっぱいの日﹂にスズラン
のSSを書きました。
そして﹁自分のキャラクターへの100の質問﹂と言う物を発見し
たので、カームにやらせました。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
1715
第118話 米を収穫した時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です。
1716
第118話 米を収穫した時の事
﹁おうカーム、稲刈りだ稲刈り!﹂
榎本さんが、フルールさんを通し俺を呼び出すと、いきなりその
一言だけ言われ駆り出された。
とりあえず、麦と同じ様に出来るかの実験で、百メートル四方の
田んぼを三分割した役三十三メートルの短い所を︻芝刈りウインド
カッター︼で刈ってみた所、特に問題がなかったので、そのまま刈
り取り、南村の人族が拾って、縛って干して行く。
米の見た目に特に変化は無いが、記憶に有る稲穂より大きく垂れ
下がっている。実る量を増やしたのか、米の粒を少し大きくしたの
かはわからないが、米が増えるのは良い事だ。
﹁もう少し乾燥させたら、脱穀して水車小屋で精米だな。玄米でも
良いがまずは白米だ!﹂
田んぼの方には、あまり顔を出さなかったので気が付かなかった
が、いつの間にか水車小屋が増えており、話を良く聞くと、牛車で
東村まで来て、織田さんと大工を連れて行っていたらしい。ちゃっ
かりしているよ。
◇
そして、麦の収穫も終わると収穫祭だが、前の年越祭の様にはな
らなかった。
多少クラーテルさんと飲み比べをして、人族相手に無双して、ホ
ッコリしていた事くらいだろうか⋮⋮
因みに挑んだ男共は漏れ無くグッタリしているか、ダムを決壊さ
せている。
そしてファーシルはラム酒を飲んで﹁うぉーなんだこの酒ぇー。
1717
すげぇ目が回るぅー﹂とか言って、カップ半分でいつも以上にハイ
テンションになり、歌を歌っていた。体が小さいから、その分入る
量が少ないんだろう。ハーピー族の女性は、全員体が小さめでスレ
ンダーだからな。
因みにハーピー族の男共は、増やしまくった兎をモリモリ食べて
歌っての繰り返しだった。
南の村は南の村で、島で開いた一回目の年越祭のような事になっ
ているんだろうか? 後で榎本さんにでも聞くか。
◇
翌日には、手土産にラム酒の樽をもってベリルに帰り収穫の準備
に入る。
ミエルも今年は活躍していた。ウインドカッターがかなり上手く
なっている。稽古ではあまり使ってこないが、俺がいない時にかな
り練習したかだな。前回帰ってきて、俺が帰ってから猛特訓したの
かもしれない。それだと物凄い事だな。
そしてリリーは、風魔法が苦手らしく、刈られた麦を拾っている。
どっかの漫画の様に、薙いで足の高い草を一瞬で刈り払う様な事を
してないで良かったと思う。だって親としては、中国武将的な感じ
になって欲しくないし。
そして、ワーキャットとワーウルフのおっさんは、いい加減俺に
豚の解体を進めてくるのは止めて欲しい、次の世代の若い人たちが
いるだろう!
それからはいつも通りの収穫祭で、毎回遊びに来る竜族の三人に
ラム酒を飲ませたり、それに嫉妬したスズランが﹁私にも﹂とか言
って、俺の目の前にカップをドンと置き、目で注げと訴えてくるが、
その光景をラッテがニコニコしながら見ていた。
子供達は子供達で弱い麦酒や、かなり薄くした蒸留酒に果物の果
汁を入れて飲んでいるが、酒が苦手なミエルが全員を介抱している。
1718
男友達はペルナ君しかいないが、シンケンとミールの血を引いて
いるのか、かなりベロンベロンだ。
残りの女の子達も潰れ気味だが、変な事をしない事を祈ろう。起
きあがらせる時に胸とか触ったりとか。そのまま空き家に連れ込ん
だりとか。
そろそろ部屋を分けるべきだろうか? リリーと一緒だと、色々
発散できないだろう。けど、姉妹を持つと、女性に幻想を抱かなく
なるとも前世で散々聞いたな。姉持ちや妹持ちから。
俺も姉さんがいたから、姉萌え、妹萌えは理解できなかったし。
うん、欲望を発散させる為の空間をお互い持つべきだよな。子供が
二年生になる前に、大工に相談しておくか。どうせ冬には仕事しな
いんだから、簡単な絵図面や見積もりくらいなら出来るだろう。
そして、リリー達と同じクラスで見かけた子供達が数名消えてい
たので、たぶんそう言う事だろう。暗黙の了解で、空き家が余って
て感謝だ。だって日付が変わる頃に帰って寝れるし! 寝たいし!
そうして、今年もいつもと変わらない収穫祭が終わる。
◇
しばらく故郷でゆっくりしてから島に帰ると、米の精米が終わっ
ており、榎本さんがかまどで、白米を炊きながら味噌汁を作り、織
田さんが外でカラフルな魚の開きを、七輪みたいな物で焼いていた。
形から入るとは⋮⋮中々わかってるじゃないっすか。
そうして、特に何も任される事も無く、味噌汁と、炊き立てご飯
の香りを楽しもうと思ってたら、
﹁ほれ、削れ﹂
と、真っ直ぐな堅い枝を二本渡された。
箸を自作しろと言うのか、︻細工︼が有るから削るのは得意だぜ
? 熊は彫れないけどな!
1719
﹁んじゃ、精米したて、炊き立ての銀舎利でも食うべ!﹂
﹁﹁﹁頂きます!﹂﹂﹂
丸いちゃぶ台には、山盛りご飯と魚の開き、味噌汁に生卵。生卵
は、ベリルから持ってきた鶏が増えたので、南村にも半分渡して、
管理を任せてある。
サルモネラ菌がどうのこうのと、無粋なことは言わない、今は目
の前にある究極の贅沢を楽しむときだ。
榎本さんは、ワシャワシャとご飯を口に掻っ込み、織田さんは魚
の骨を外し、そこについている身にかぶりつき、俺は小鉢に生卵を
割り、かき混ぜてから、ご飯の真ん中をへこませた所に注ぎ、醤を
垂らし、掻っ込む。 それぞれスタイルは違うが、思い思いに日本
食を楽しんでいる。
﹁粘りが少し足んなかったな、次は植物の嬢ちゃんに、もう少し詳
しく説明すっか﹂
﹁けど、コレでも十分美味しいです﹂
﹁本当ですよ、コレ以上を求めるなら、本格的な技術者とか知識が
必要なんじゃないんですか?﹂
﹁どうにかなっぺ﹂
そう言いながら、キュウリの浅漬けをポリポリしながら、麦茶を
飲んでいる。
一つが手に入ったら、もう一つを手に入れたくなる。それは緑茶
だ。
今まで飲んでいたのは、その地域地域で飲まれてた、お茶的な物
で、本物の緑茶じゃなかったからな。
まぁ、無い物強請りという事で、皆あきらめている。
﹁カーム、会田にも持って行ってやれ。他にも日本人がいるんだろ
? けどこっちにも事情があるから、一俵で我慢しろって言ってお
け﹂
﹁うっす、このカラフルな魚の開きも持って行きます。味噌醤油は
1720
王都には有るでしょう。んじゃ早速⋮⋮﹂
俺は、袋詰めしてある米を受け取り、早速王都の下級層の集合住
宅の地下に転移した。
米俵じゃないのが、多少残念だが。
﹁ちわーっす、三河屋でーす。注文の品をお届けに参りましたー。
ア○ゾンでも良いっすよー﹂
そう言うと、書類を書いていた勇者が、
﹁あ、サブちゃん。ちょうど良かったわー醤油が切れそうなのよー﹂
と乗ってきた、こいつは良い奴だな。一応交代制で、この共同住
宅の地下で、一人で書類整理とか鬱になりそうだから、気晴らしで
乗ってきたと思おう。
こんな場所で、淡々と六時間書類をカリカリしてたくないわ。
﹁で、コレ何ですか? コーヒーの差し入れですか?﹂
﹁米と魚の開き。最近がんばってるから、榎本さんが持ってけって
言ってたんですよ﹂
﹁ほー、嬉しいですね。けど米俵じゃないのが見た目的に残念です
ね﹂
日本人は、皆思う事は一緒なんだろうか? そして、城にいる会田さん達にも最低限の量を届けるが、
﹁米俵じゃないんですね﹂
﹁麦を入れる麻袋じゃなんか物足りないですね﹂
やっぱり、米イコール米俵のイメージが強いらしい。
そして、城にいる勇者達の最寄りのキッチン占領作戦が実行され、
指揮を取るのが上手い勇者が指示を出し、料理経験の豊富な勇者が
指示通りに動き、ノリノリで米を炊き、味噌汁を作り、魚を焼いて
いく。
そして、全員がご飯を食べ、顔をほっこりさせながら味噌汁を飲
んでいたが、とある兵士が慌ててキッチンに入ってきた。
1721
﹁地下牢に幽閉してたジャスティスが見張りを殺して、レルス王女
を連れて逃げました!﹂
そして全員が止まった、フォークですくったご飯を口に運ぼうと
して止まっている者もいれば、味噌汁の入ったカップを口に付けた
まま止まっいる者もいれば、焼き魚の骨を齧ろうと、両手で持って
止まっている者もいた。
そして誰かが、
﹁全ての門の警戒を強化! そして全軍に詳細を詳しく話し、王都
内の見回りを最重要で強化させろ! 門や下級層やスラムを重点的
に捜索させろ。国民に暴力を振るわない事を徹底させろよ!﹂
そう叫ぶと、のんびりと白米と味噌汁セットを食べていた勇者達
は、ご飯を口に含み、あまり噛まずに味噌汁で流し込み。魚の小骨
を気にする事無く、ガジガジと口に含み、駆け足でキッチンを出て
行った。
んー、残して走って行くと言う発想が無い程度には、日本食に餓
えていたと思える。
□
﹁畜生! 白いご飯と味噌汁を久しぶりに堪能出来ると思ったのに
よ!﹂
﹁仕方ねぇだろ! 話聞いてただろ、今回は試験的に作った奴を増
やす為に、少ししか持ってこられなかったって。来年期待しようぜ。
口に出来ただけでもありがたく思うぜ!﹂
﹁各自緊急時のマニュアル通りに動け。俺は北門の警備強化だから
門に向かう! 一応同じ勇者だから気をつけろ﹂
皆で似た様な愚痴を言いながら、各自の担当場所に走って行った。
□
1722
﹁あの、糞忙しくなりそうなんで、俺は失礼しますね﹂
﹁そうですね、取りあえずそちらも警戒して下さい。顔も見られて
ますし、魔王って事で噂や情報を仕入れて、報復して来る可能性も
高いです﹂
﹁わかりました﹂
﹁まぁ、我々も似た様な物ですが。多分逃げられたら、近隣の国か、
まだ力の強い貴族の所に逃げ、一時的に姿を消す可能性も有ります。
それと申し訳ないのですが、緊急連絡手段として、フルールさんの
鉢植え最低十株を地下に届けておいて下さい﹂
﹁わかりました、早速俺も動きます﹂
﹁お願いします﹂
そして俺は、緊急と言う事で、城内の隠し通路から地下に行き、
転移して、廃材で鉢植えを作ってもらい、少し大きい元気な個体を
教えてもらい、大きい鉢に十株、小さな鉢で十株を翌日には届けた。
地下室にいた勇者にフルールさんを渡し、簡単な挨拶だけ済ませ、
急いで島に戻り、爺さん達とおっさん達とキースと船長にこの事を
伝えた。
﹁あの女狐のガキ、勇者の坊主と逃げたのか。わかった、一応何か
有った場合、全員が逃げられるように、各村の村長だった奴と神父
に言っておく﹂
﹁そうですね、復讐に来る可能性が有るって言うだけで、島民を危
険に晒す場合が有りますからね。俺も久しぶりに剣でも振っておき
ます﹂
﹁俺達はどうすれば良い?﹂
﹁おっさんやキースは武器防具の点検と、緊急時には即、動ける様
にお願いします。船長はいつも通りで良いので、島の周りの警戒を、
そして、船に乗っているハーピー族には、いつも以上に高く飛ぶよ
うに言っておいて下さい﹂
﹁﹁﹁おう﹂﹂﹂﹁わかった﹂﹁わかりました﹂
そして俺は、本格的に島民をどうしたら安全に守れるかを考えた。
1723
第119話 ハーピー族がかなり凄いとわかった時の事︵前書き
︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1724
第119話 ハーピー族がかなり凄いとわかった時の事
あれからすぐに、島民に逃げ出した勇者の事を話をして、俺を狙
ってくる可能性の事を伝えた。
﹁あくまでも可能性なので、そんなに心配する必要は有りませんが、
一応島の内陸に、逃げ出せる準備をしておいて下さい﹂
﹁来る可能性はどのくらいなんでしょうか?﹂
﹁んー。これ見よがしに、その勇者の恋人と思われる第三王女を、
椅子に縛り付けて、着てる物ひん剥いて、拷問は嫌いなんで羽箒で
くすぐりまくって失禁させました。その後に、理性を失った勇者が
襲ってきたので、盾で思い切り殴りつけて、転がってる所に首に刃
物を当てて、こいつを殺されたくなかったら王を説得して下さいっ
て、笑顔で言っただけです﹂
﹁来るよ! 絶対勇者来るよ! 絶対その二人から恨まれてるから
!﹂
﹁あくまで可能性ですから⋮⋮ね?﹂
﹁ね、ってその楽観的な根拠はどこから来るんですか!﹂
﹁勇者による、港町の監視、見回りの強化。王都での各門を厳重に
監視、取り締まりの強化?﹂
﹁なんで疑問系なんすか⋮⋮﹂
﹁さぁ? まぁとりあえず、勇者が見つかったって報告が有るまで、
警戒しておこうと思うし、水性系魔族の皆さんや、ハーピー族の皆
さんに、不審船への牽制も視野に入れてますから﹂
﹁具体的にお願いしますよ!﹂
﹁船底へ、特殊工具を使って穴を開ける、空から酒を落とし、マス
トや甲板を燃やす。幸い、大型船が島に乗り入れる為には、湾内に
入らないと無理、島の外周で停泊して、小型船で島に乗り込もうと
したら、パルマさんの報告が有り、島内に入り込まれたら、フルー
1725
ルさんの監視有りで逐一報告が有ります﹂
﹁それに竜族の姐さんもいますからね﹂
﹁あー、言いにくいんですけど、クラーテルさんは戦力に入ってな
いです。皆に報告する前に伺って、もしもの場合は防衛に協力して
下さいって言いに行ったんですが﹃いやよーめんどくさい。私を狙
ってるならともかく、狙われてるのはカームちゃんでしょ? けど
安心して! 蒸留所と酒蔵とそこで働いてる人は守るわ!﹄だそう
です、なので全員酒蔵に逃げて下さい。間違っても、農具を持って
応戦しようとシないで下さい﹂
﹁ひでぇ話っすね﹂
﹁全くです! たぶん頭の半分以上は酒しか考えてないです! む
しろ頭の中に酒が詰まってます﹂
そんな話を食事後に皆にして、最悪の場合は、酒蔵に逃げるよう
に言っておいた。
ちなみに、農具がミスリル製なのは鍛冶が出来る二人しかしか知
らないので、応戦すると言う意見は出無かった。
□
俺は、ハーピー族の住む場所まで転移し、規模は問わないけど、
小さな火球を使える子を紹介してもらい、話をすることにした。
ハーピー族の女の子は地味な子が多いと思ってたけど、黒一色っ
て言うのも珍しいな。なんかカラスみたいだな。
﹁空を飛んでても使えます?﹂
﹁はい﹂
﹁空を飛ぶ時に、どのくらいの重さの物までならもてます?﹂
﹁そうですねー、コーヒー袋の半分の半分よりちょっと軽いくらい
までですかね?﹂
十キログラム程度か、壷より皮袋に蒸留酒と調理に使った廃油を
入れて、投下させた方が良いな。けどこの子が魔法を使えるなら他
1726
の子達が一斉に酒と油を投下させて、火球を撃った方が良いな。そ
れで行くか。
﹁では明日の昼食後に、入り江に知り合いを五人連れて来て下さい﹂
﹁はい﹂
そして俺は、鉄板に料理に使った廃油と酒を振り掛け、小さな火
球で着火し、どの酒がどのくらい量なら、廃油が発火温度にまで達
するかを大体で覚える。
油だけだと小さな火では発火しない、酒だけだと燃焼時間が短い。
なら酒で、無理矢理発火温度まで上げれば良い。
カップ一杯の油に対して、どの程度の酒で油が発火するのかを試
し、酒が燃え尽きた時に油に火が着いているかを覚え、どの程度の
量を皮袋に入れ入れるのかを割り出す。
◇
翌日の昼食後、キースを連れて砂浜に、船長達が乗ってる船の大
体の大きさを砂浜に描き、ハーピー族が来るまで、待つ事にする。
﹁おい、なんで俺が呼ばれてるんだよ﹂
﹁ん? 空に向かって思い切り矢を射ってもらうつもりだからだ﹂
﹁何でだよ﹂
﹁ハーピー族が矢に当たらない高さまで飛んでもらって、この水の
入った皮袋を、砂浜に描いた船と同じ大きさくらいの場所に当てら
れるか知りたい﹂
﹁俺は大体の目安かよ!﹂
﹁そうだな、全力で頼むぞ﹂
﹁ってな訳で、お願いします﹂
﹁まずはある程度の高さで止まって、飛んで来た矢を追いかけて、
落ち始めた場所から、この線の中にこの水のは入った袋を落とせば
1727
良いんですね、やってみます﹂
そう言うと、ハーピー族の女性六人が、器用に水袋を足で掴んで
一斉に空に散っていく。
本当に十キログラムなら持って上飛べるんだな。
しばらくして空中で、翼を広げながら一定の高さでクルクルと輪
を描きながら飛んでいる。いつでも平気という合図だ。
キースがそれを見て、ギリギリまで引き絞った矢を放ち、見事に
縁の中心を抜けて行った。そうすると、彼女達は一斉に上昇し、更
に高い位置まで飛んで行く。
﹁おー、すげーなー。もう黒い点にしか見えねぇぞ﹂
﹁そうだなー。俺の矢って空に放つと、あの辺まで届くのか﹂
そんな会話をしていると、俺の一メートル先に矢が突き刺さった。
俺はキースを睨むと、
﹁いやいや、風のせいだから! かなり高い位置の風なんか読める
かよ! 偶然だかんな!﹂
そんな事を言っていたが、どや顔で﹁俺の腕も褒めて欲しいね﹂
くらいは言ってほしかったな。戦力的に。まぁ、こいつもこいつで
シンケンよりすごいのは知っている。フレーシュさん? アレはエ
ルフ族だから多分論外だね。
そんなやり取りをしていると、空中から飛来して来た革袋が、次
々に船の形をした線の中に入っていき、黒いシミを作っていく。
﹁すげぇな﹂
﹁そうだな、鷹の目とか本当に信じたくなってきたわ﹂
上を見ていると、急降下して来て、地面近くになると羽をバタバ
タさせて、砂を巻き上げながら降りて来た。
﹁いやー、すごいですね﹂
﹁こんなの簡単ですよ﹂
ニッコリと微笑みながら言ってくる。
﹁では、今度はあの沖で航行中の船に、さっきと同じ高さから落と
してみてください。心配しないでも平気です、船長には話をしてあ
1728
るので﹂
﹁わかりました﹂
そう言って、また水の入った水袋を持って飛んで行った。
そして俺は、前にキースに見せてやったスコープっぽい物を渡し、
自分でも覗いて見る。
船の上空と思われる場所で、旋回しているのが辛うじて見えるが、
何をしているのかさっぱりわからない。
けど足元に置いてあったフルールさんの鉢植えが﹁六個全部甲板
に命中だってー﹂と言ってきた。
﹁動いてる船にも全部命中か、すげぇな﹂
スコープっぽい物を覗きながらつぶやく。正直ハーピー族舐めて
たわ。未来位置予測とか風とか有りそうだけど、全部当てられると
か。正直島にいる全員で落としてもらったら、十隻とかて乗り込ま
れても、甲板は火の海にできるな。
ってかあの子達、カラスじゃね? なんか普通に会話できるし、
魔法が使える程度には想像力が有るし、動いてる船に物を落として
当てたれるし。
都心のカラスがかなり頭良い事を思い出したぞ。鳥類の中でも、
頭が良いんだったな。
そんな事を思っていると、
﹁そうだな。それとこれ、もっとデカくなんない? これでもまだ
ちいせぇんだけど﹂
﹁出来るけど、いろいろ調節が面倒だからやんない﹂
そんな事を話しながら矢の届かない位置からの液体投下は問題無
いし、あとは火球を当ててもらえれば問題無いな。
さっき急降下してきた時に、視認外からの急降下爆撃的な物が有
ったのを思い出したけど、この時代の飛び道具の弓か魔法を先制攻
撃される前に、落とせれば良いので、急降下爆撃の案は自分の中で
却下した。安全優先だからね。
1729
◇
後日、少し長い鉄の棒をクランク状に曲げた先をドリルに作って
もらい、水生系魔族達に配り、
﹁俺が敵と認めた船はコレで船底に穴を開けて下さい。ちなみに使
い方はこうです﹂
刃先を木材に当て、両手を回す様にして木材に穴を開けていく。
ちなみに刃先は螺旋では無く、かなり鈍角に刃を付けただけのド
リルだ。百五十度くらい? 錆びても穴くらい開くだろう。
﹁こういう風に使えば穴が開きますので、もしもの場合は船底に穴
を開けまくってください。最悪沈みますし、最低でも嫌がらせにな
りますので﹂
﹁まぁいいだろう、船底なら確実に死角だから、銛を投げられるこ
ともないだろう。多少鉄臭いのが気になるが﹂
アジョットが腕を組みながら言っている、俺はお前に銛を投げた
いよ⋮⋮
﹁お願いします﹂
水中を高速で移動できるなら、島の反対側でも、停泊してる状態
なら多分相手が色々準備してる間に、嫌がらせくらいできるな。
□
勇者達が、嬉々として米を磨いでいる頃
ジャスティスが幽閉されていた地下牢の下の階に有る、拷問室の
隠し扉を進んだ先に彼等はいた。
人が一人中腰で歩ける程度の大きさで、至る所に水溜りや、丸々
と太ったネズミが徘徊している。
﹁ここが閉鎖されて、誰もいないのが幸いだったわ﹂
1730
﹁そうだな、あの糞みたいな連中に感謝だぜ﹂
﹁貴方達の国の人間は甘すぎるのよ。まぁ今はそれが幸いしたけど
ね﹂
﹁あぁ、俺達の国の人間は平和で礼儀正しいからな。確かにこんな
場所が有れば即閉鎖だな。まったく馬鹿な奴等だ﹂
﹁あら、貴方も同じ国の人間なんでしょ? そんな事を言って良い
の?﹂
﹁あ? 俺は良いんだよ、優しくねぇからな。へへっ﹂
﹁私には優しいのに⋮⋮何を変な言ってるのかしら?﹂
﹁レルスはすげぇ綺麗だし、王族だからな。一緒にいて損はねぇよ。
優しい国でも俺みたいに、強い奴と一緒につるんで色々やってる奴
もいるんだよ﹂
﹁酒場でたむろしてる、素行の悪い冒険者や盗賊の様に?﹂
﹁あぁ、殺し以外の事ならなんでもやったぜ﹂
﹁あら、なんで殺しはやらないの?﹂
﹁優秀な憲兵みたいのがいるんだよー。まったくあいつ等マジウゼ
ェんだよ。だから殺しはしねぇ、色々めんどくせぇからな。所でこ
の道はどこに繋がってるんだ?﹂
﹁城壁の外の森に有る、王家の墓までよ。一本道だけど、本当に緊
急用だし、知ってるのは極わずかよ。動員された奴隷も最小限で、
その後始末されてるって話だからね﹂
﹁ぶっちゃけそろそろ腰がいてぇんだよ。なんでもっと広く作らせ
なかったんだよ?﹂
﹁さぁ、人員の問題と、この岩の硬さじゃないかしら? 聞かされ
てはいたけど、使ったのは今日が初めてだし﹂
﹁どうせ使い捨てんならもっと高く掘らせろよな、まったく使えね
ぇ奴隷だなぁ﹂
﹁本当よ、臭いし汚いし水溜りは有るし、もうこの服は捨てるしか
ないじゃい﹂
﹁マジ鼠がうぜぇんだけど! きたねぇから踏みつぶしたくもねぇ
1731
ぜ﹂
そんな愚痴を続けながら、二人はどんどん通路を進み、王都の外
に有る王家の墓まで向かった。
1732
第119話 ハーピー族がかなり凄いとわかった時の事︵後書き
︶
おまけSSを更新しました
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
初めてR18に挑戦しました。
興味のある方は﹁魔王になったら領地が無人島だった︵ノクターン
版︶﹂で検索をしてください。
内容の方はある程度察して下さい。コレで色々向上できれば良いん
ですけどね。
1733
第120話 勇者が逃げた時の事︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です
矛盾が出ない様に119話の文章を多少変えました。
1734
第120話 勇者が逃げた時の事
俺は今、会田さんに呼ばれ、王都の地下室に来ている。あれから
一日も経って無い。
﹁カームさんすみません、奴等を取り逃がしました!﹂
﹁はぁ? どういうことです? 色々対策したんでしょう?﹂
いきなりそんな事を言われれば、誰だって似た様な反応をすると
思う。
﹁地下牢の、更に下の階に有った拷問室に隠し通路が有ったらしく、
王にレルスがジャスティスと逃げた事を言ったら、口伝のみで伝え
られてて、自分自身もその隠し通路を使った事も、確認した事も無
かったらしく、存在すら忘れてて﹃あそこか!﹄と⋮⋮俺に言われ
て思い出したらしいんです。普段から拷問室を使わないし、行かな
いらしいので。今の所、その地下道と繋がってる先に、勇者と城の
兵の混成部隊を付けて向かわせてますが、初動が遅れたのは痛手で
す、本当に申し訳ありません﹂
﹁んー、忘れてた王が悪い、そういう事にしておきましょう。明日、
島で対帆船用の防衛訓練を始める事にしました。そちらももう動い
馬鹿
無敵
てると思いますが近隣の港の監視と警備をお願いします﹂
﹁申し訳ありません﹂
馬鹿
会田さんは深々と頭を下げている。
﹁仕方ないですよ、アレとアレが合わさったらアレですし﹂
﹁⋮⋮そうですね、確かに拍車がかると言いますし﹂
﹁水と油は混ざりませんが、熱した油に水を入ると物凄く大きな火
柱が上がりますからね。どちらが熱した油かは考えたくも無いです
が。で、俺は知りませんが、ジャスティスと王女に具体的にどうい
う対策してました?﹂
﹁勇者の方は、全体的にステータスが低かったので、かなりぶ厚い
1735
鉄の拘束具で暴れない様にしてました。女王の方は、一時的に奴隷
化させて魔法使用禁止にして、ある程度自由にさせてましたが、ど
こから入手したのか、かなり希少な魔法兵器というか、魔力を込め
るだけで魔法が発動できる魔石を使い、見張りを丸焼きにして、二
人で逃げて行きました﹂
﹁魔法は使えないが、魔力は込められると⋮⋮﹂
﹁えぇ、城内に有った物はこちらで管理して厳重に保管してたんで
すが、城内で勤務してる誰かが、外からどうにかして持ち込んで渡
したんでしょうね﹂
﹁そうなると、管理するのは本当に難しいでしょうね、良く映画で
有りましたが、女性にはもう一つのポケットが有るだろうって奴﹂
﹁本当ですよ、女性兵も動員して、スカートの中も調べさせてます
が、さすがに女性同士でも下着の中までは調べませんし、全員の出
入りを細かくチェックするのは、この時代では多少難しいですし。
出入り口を一つにして監視カメラやゲートを設置したいくらいです
よ﹂
会田さんは、大きくため息をつき、眉間を押さえている。
﹁二人とも殺しておくべきでした⋮⋮﹂
呪詛めいた言葉を呟く様に、小さな声で漏らした。
﹁対策としては、今の世界では特に問題無はかったみたいですし、
起こっちゃった事は仕方ありません。では自分は島に戻って、こち
らにも来る確率が高い事を伝えますので﹂
聞かなかった事にして、話題を変えて帰る旨を伝えた。
﹁お願いします。こちらも捜索に全力で当たりますので﹂
﹁そちらもお気を付けください﹂
□
時間は少し戻り、王家の墓の有る地下道の出口に二人は到着して
いた。
1736
﹁おー、梯子じゃん、錆びてっけど。コレが出口か?﹂
﹁そうじゃないかしら? とりあえず墓地には墓守がいるし、最低
限の物資は保管してあるって話よ﹂
﹁んじゃそいつに言えば、ある程度はどうにかなるって話か、いい
ねぇ。このまま逃げられるんじゃね?﹂
﹁そうね、きっと上手く行くはずよ、私が王女だって言えば皆ひれ
伏すわよ﹂
そんな会話をした後、俺はタイマツをレルスに預け、触るのも嫌
なくらい錆びた梯子を上って、蓋を開けようとする。
﹁んだよ、蓋超重いんだけどー、マジだりぃわ﹂
﹁お墓に偽装した出口だと思うから、ある程度は重いんじゃないか
しら? 私じゃ絶対無理だから頑張ってね﹂
﹁おう、任せとけよ。女に力仕事はさせられねぇからな﹂
﹁さすがジャスティスね、優しー﹂
﹁へへ、当たり前じゃねぇか。んー! あ゛ーっ! 開いたぜ、先
に出て一応安全確認すっからしばらくそこにいろ﹂
俺は辺りを見回すが、いかにも海外の墓って感じだ、映画とかゲ
ームでしかでしか見た事ねえけどな。
森の中の一部がかなり切り開かれてて、無駄にデカい。そして小
屋が有るだけか。墓なのに人でもいるんか? 墓守って墓に住んで
守ってんのかよ。
﹁おーい、外は小屋が一つあるだけでとりあえず安全だ。とりあえ
ず上がってこいよ﹂
そう言いつつ、身を乗り出して手を貸す、俺って超紳士じゃね?
﹁おい、あの小屋なんだ? 安全なんか?﹂
﹁あれは王家の墓地を代々守ってる、墓守の住んでる小屋よ﹂
﹁墓守? 何すんのそいつ? 墓を守ってんの? 超ウケんだけど﹂
﹁管理人みたいな物よ。一応小屋に偽装してあるらしいわ﹂
﹁んだよ、偽装って﹂
1737
﹁さぁ? 聞いた話では、緊急時にここに来るかもしれないから、
武器防具の類はある程度揃ってるって聞いたわね﹂
﹁おー良いじゃん良いじゃん。冒険みたいじゃねぇか。俺は召喚さ
れてから城からあんまり出てねからな﹂
﹁私がさせませんでしたからね﹂
レルスはフフンッとした顔をしてるが。正直暇だったからな、買
い物くらい自由にさせろよなー。
まぁ、有る意味良い美味しい生活が出来たから良いんだけどよ。
夜とかあんな美人とヤれるなんて最高じゃねぇか。しかも初物だっ
たし、おまけにメイドともヤれたしな。さすが城に住んでるお姫様
だ。
﹁まぁ、こんな状況だ。さっさと貰うもん貰って逃げようぜ﹂
﹁そうね﹂
そう言うと、レルスはドアについてる輪っかをガンガンと叩き付
け、
﹁開けなさい! 第三王女のレルスよ﹂
お姫様とは思えねぇよな、なんか漫画とかゲームだと淑女ってあ
んな感じじゃねぇだろ。
そんな事を思っていたら、やたら背の高い男が出て来て、レルス
が胸のペンダントと指輪を見せると、膝を地面につけ深く頭を下げ
てやがる、マジウケんだけど。
そのまま小屋の中に入れてもらうと、他にも男が一人と女が二人
いて、こっちをジロジロ見てきやがる。胸糞わりぃ奴等だ。だけど
直ぐにレスルの方に行き、さっきの男と同じようなポーズで頭下げ
てるけど、あんな奴等が頭下げるとかマジすげぇぞ?
﹁ここに有る装備を少し都合しなさい、二人分でいいわ、けど最高
の物を用意しなさい。私は軽装で良いけどこっちはある程度重装で﹂
﹁わかりました﹂
そう言うと男達は、奥のドアを開けて、床の一部を外して石を剥
き出しにさせた。そこにレルスが手を当てて、光ったと思ったら、
1738
石が横に動いて階段が現れた。マジパねぇんだけど。レルスってマ
ジすげぇ女なのか?
言われるままに階段を下りると、広い地化室に棚があり、そこに
剣やナイフや防具一式が置いてあった。
﹁近衛兵の着てるのと同じじゃねぇの? コレ﹂
﹁魔法処理がしてあります、希少な魔石も多いですが、ある意味緊
急事態ですので使わせてもらいましょう。貴方達! ジャスティス
の為に合う鎧を用意してあげて、そしたらわからない様に木箱にで
も詰めて、ぼろい馬車にでも乗っけて偽装しなさい﹂
﹁﹁仰せのままに﹂﹂
男達はそう言うと、俺を囲み、ジロジロと見てると手前の方の棚
に案内された。
﹁この辺りがサイズ的に合いますので、好きな物をお選びください﹂
﹁お、おう﹂
鎧って言ってもなぁ、どうせ重いんだ⋮⋮軽いな。
﹁そちらはミスリル鋼で出来ていますので、見た目以上に軽いです、
それと籠手はこちらをお使いください、甲に有る窪みに魔石をはめ
て魔法が簡単に撃てるようになります﹂
﹁俺、魔法撃てねぇんだけど、どうすんだよ?﹂
﹁レルス様のお供は、勇者様とお見受けします。体内に魔力は有る
と思いますので、手に力を籠める様な感じで念じれば、発動できる
ようになっております﹂
﹁私が助けた時に持ってた奴と同じね、その辺はしたがってちょう
だい﹂
﹁お、おう﹂
マジでやべぇな、なんでこんな事になってんだよ、ってかすべて
はあのスクミズとか言われてたふざけた魔王と勇者じゃねぇかよ。
勇者は沢山いるからマジで無理だろ? ならその魔王を探しながら
旅して、奴等を見返してやれば良いんじゃね? 俺ってマジ頭良く
ね?
1739
﹁おい、魔法は火の出る派手な奴だ! 有るか?﹂
﹁もちろんございます﹂
﹁なら両手に付けろ﹂
﹁かしこまりました、では鎧を付けてみて、問題が無ければ偽装を
開始します﹂
﹁なるべく早くね、それとお供に二人欲しいわ、そうすれば男二女
二のパーティーに偽装できるわ。ここにも直ぐに追手が来ると思う
から、墓守の夫婦と言う事で通しなさい﹂
﹁わかりました﹂
そんなやり取りを見てると、レルスは棚に有ったナイフで結んで
あった根元から髪をバッサリ切り、なんか中途半端な皮の鎧と布切
れをもって奥の部屋に向かいながら、
﹁ドレスじゃ直ぐにばれるし、髪の長さでも怪しまれるわ、ジャス
ティスは髪を短くして、布でも頭に巻いて偽装しなさい、多少は誤
魔化せるわ﹂
はは、マジ? 後には引けねぇじゃん。ってかなんでこんなのが
お姫様やってんだよ。
俺は言われた通り、棚に有ったナイフで髪を掴んである程度の長
さに切るが、マジいてぇ。切れ味悪くて引きちぎってる感じが強い
ぜ。あんな大量に切って痛く無かったのか? マジ萎えるわ。
髪を切って、頭にタオルを巻いて、その辺の奴等が着てる服の上
から半端な感じの皮鎧を付けられて、腰にかなり短い剣を付けられ
た。
﹁お? それらしく見えんジャーン、まぁ最初の冒険ならこんなも
んだよな﹂
﹁見た目は皮鎧ですが、そちらにも魔法処理がされており、見た目
以上に斬撃や魔法を凌いでくれますし、その剣はミスリル鋼ですの
で外に有った木くらいならば容易く切れます﹂
﹁マジかよ! テンションバリ上がりなんだけど﹂
そんなやり取りをしてたら、奥から皮のズボンに俺と同じような
1740
半端な皮鎧に、腰にナイフが二本装備したレルスが出て来て、別人
に見えてマジで可愛いと思っちまった。
﹁似合うじゃん﹂
﹁ありがとう、準備は出来てるわね? さっさとここから逃げるわ
よ﹂
そう言って大股で歩く姿は、マジでお姫様に見えねぇな。
階段を上がって、また石に手を振れると勝手に石が動いて階段が
見えなくなり、外に出ると、どこに有ったか知らねぇが、本当にぼ
ろい馬車に荷物が載せてあって、家の中にいた奴等が、いつの間に
か俺達と似た様な格好になっていた。
﹁行きましょう、勇者達にあまり財産を奪われてないで、私達に協
力的な貴族の屋敷に行くわよ﹂
﹁おいおい、俺が閉じ込められてる間に何が有ったんだよ﹂
﹁馬車の上で話すわ、取り合えず乗って﹂
親指で馬車の荷台を指指す姿は、どう見てもお姫様じゃ無くなっ
てるな。口調も変わってるし。このままの姿で一発ヤりてぇな。
まぁ、今は逃げるのが先か。俺より強い勇者なんか相手にしてら
れねぇよ。
俺が荷台に乗ると、﹁出してちょうだい﹂とか言って、馬車が進
んだ。結構揺れんな、サスとかねぇのかよ。
□
それから数時間後、墓地に有るドアノッカーが激しく叩かれてい
た。
﹁ここが城の地下から繋がってる事はわかってる、開けねぇと蹴破
んぞー﹂
﹁は、はい。なんでしょうか?﹂
﹁ここに第三王女姫と勇者が来てると思うんだけど、取りあえず勝
手に調べんぞー﹂
1741
﹁あ、ちょっと⋮⋮﹂
俺はひ弱そうな男を押し退け、家の中に入る。そうすると心配そ
うな表情でこちらを伺う女が一人。夫婦か?
﹁まぁ良い、一応調べろ、国王から責任は取るって言われてんだ﹂
﹁了解﹂
俺の一言で、狭い家に連れて来た兵士五人が家探しを始め、残り
の十人は他の場所を調べている。
狭い家で、特に探せるような場所は無いが、一応家探しさせる。
﹁床も怪しいから持ってる槍で、音とか調べろよ。あー言って無か
ったけどさ、第三王女姫と勇者だけど、なんでこんな事するのかっ
て言うと、拘束して幽閉してた問題児の勇者と一緒に逃げ出したん
だわ、その時に見張りの兵士二人を焼き殺してんのよ。だから放っ
ておくと何するかわからないから、探しに来たんだけど。知ってる
事が有ったら今の内に話せよ?﹂
﹁いえ、私達は何も知りません﹂
﹁そうか、けどこっちも仕事なんだわ。許してくれよ﹂
会田さんの命令だけど、嫌な役を任されたもんだ⋮⋮。あんな目
をされたら心が痛むだろうが。
﹁床の一部が外せるようになっていて、そこから王家の紋章が刻ま
れた石が出てきました!﹂
﹁お、そうか。とりあえず見せてみろ﹂
隣の部屋の机が有った場所と思われる下の床が外され、城の中で
よく見かける紋章が出てきた。
﹁これは?﹂
﹁王家の魔力に反応して開くと言われてる場所です。代々受け継が
れてる墓守の私達や両親や祖父母も、一度も開かれた所を見た事が
無かったそうです。本当なんです、レルス様も勇者様も来ておりま
せん﹂
﹁ほー﹂
俺は隣にいた兵士から槍を借りて、その紋章の所を石突で叩くが、
1742
音が反響せず、物凄くぶ厚い石だと判断して、直ぐに叩くのを止め
た。
﹁まぁ、今の所は信じとくわ﹂
﹁お話し中失礼します! 外の納屋に、木箱が有ったと思われる痕
跡を巧みに隠した後と、馬小屋に数頭ほど消えた痕跡が有りました﹂
﹁ほう﹂
﹁それと、隠し通路の出口と思われる、偽装された墓を退かした所、
放置されて消えたと思われる松明を発見しました﹂
﹁ほー、取りあえず偽装だと思うけど、この夫婦っぽい男女を連れ
て城まで戻るぞ﹂
﹁了解﹂
﹁あ、忘れてた。数人残って、抜け道から来る奴等が揃ったら戻っ
て来てくれ﹂
□
﹁ってな訳で、逃げられてたわ。どうすんだい?﹂
﹁とりあえず港の有る村から街までの監視強化と、表向きは俺達に
友好的な腹黒貴族の屋敷の監視を、それとカームさんに報告ですね。
正直胃が痛い、あれって怒らせると結構ヤバイと思われる系なので、
報告は早い方が良いでしょう﹂
﹁あんたも怒らせると、暴力に訴えないでじわじわ来るから結構怖
いけどな、んじゃそう手配しとくわ﹂
﹁お願いします﹂
軽口を叩かれながら、俺はフルールさんの鉢植えに話しかけ、共
同住宅の地下に来てもらう様に喋りかけた。
本当国盗りってめんどくさいわー。いっそ集団で滅ぼした方が楽
だった気がするわー。あーもー。
1743
第120話 勇者が逃げた時の事︵後書き︶
おまけSSに100の質問ラッテ編を上げました。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/
1744
第121話 ジャスティスが逃げてた時の事 前編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
これは前後編の前編です
1745
第121話 ジャスティスが逃げてた時の事 前編
例の酒と廃油の混合液空爆練習から十五日ほど経ち、会田さんか
らやっと連絡が入ったので、夜中なのに急いで向かう事にした。
﹁お疲れ様です﹂
﹁お疲れ様です、早速ですが本題に入ります。ジャスティスはレル
スと共に抜け道の先に有った、王家の墓地の墓守の家の地下に有っ
た装備と金銭を持って、お供を二人付けて冒険者風の装いで、表向
きは友好的だった貴族の屋敷まで逃げてました。数日間潜伏しなが
ら、こちらの情報を伺っていたようです。どこまで情報を掴んだま
ではわかりませんが﹂
ここまでは良いか? 的な視線を向けてきたので、
﹁続けてください﹂
そう短くつぶやいた。
﹁その墓守の情報は冒険者と言う所までですが、近隣の頼りになる
貴族の件は、お付きのメイドが色々我々の情報を探っていたので、
少し脅したら話したので、こちらは楽でした﹂
こちらは⋮⋮ねぇ。
﹁その後、フルールさんの鉢を持っている一番近い部隊を第一部隊
として向かわせましたが、勇者三人では足りませんでした。一緒に
いた兵士はもちろんですが、ジャスティスが地下で手に入れたミス
リル製の鎧を全身に身に着け、おまけに何か魔法処理がされていた
らしく、魔法も攻撃も届きにくく、ステータスも低いのに、三人相
手でも仕留めきる事が出来ず返り討ちです。レルスの方も魔石を数
種類所持していたらしく。炎系だけでは無く氷や土などの魔法を使
い、周りにいた一般兵を蹴散らし、その日の内に逃げ出しました﹂
﹁で、その返り討ちに有った勇者は無事なんですか?﹂
﹁死亡の報告は有りませんが、回復までは三ヶ月かかるらしいです﹂
1746
﹁んー殺してないのは、まだ良心が有ったのか、ステータスが低か
ったのかはわかりませんが、主な攻撃方法は?﹂
﹁比較的症状が軽い勇者の話ですが、魔法が使えないはずなのに、
魔法が使えたとの事です。両手の甲に魔石がはまっていて、それに
魔力を通してるだけだと思います﹂
﹁レルスみたいに、魔法は封じても魔力はって奴ですか、厄介です
ね﹂
﹁えぇ、たどり着いた二部隊目が、勇者達の治療を最優先したのが、
多少相手に猶予を与えてしまったみたいです。まぁ、あの状況じゃ
どちらが正しかったのかわかりませんが、同じ日本人を助けてくれ
た事を感謝したいですね﹂
﹁そうですね、数少ない同郷ですからね﹂
﹁その後第三部隊が目撃情報を元に、行きそうな場所を割出し。第
四第五と村や街に向かわせ、六から十は大小関係無く近隣の港に先
に配備し、残りの五部隊も港に向かわせますので、フルールさんの
鉢植えをもう少し融通して下さい﹂
﹁それは構いませんけど、聞いてる限りかなり凶悪になってますね、
最悪ステータス上がっちゃうんじゃないんですか?﹂
﹁そうでしょうね、上がると思います、詳しい人の話によればパワ
ーレベリングに似た状態です。これ以上強くさせない為には、勇者
を当たらせないか。かなりの人員を割いて、山を張るしかないです
ね。なにせ相手は少数なので小回りが利きますし、異常に気がつい
たら逃げるでしょうね。しかも増長してると思われます﹂
﹁︱︱最悪ですね﹂
﹁えぇ、装備品のせいにしたくは無いですが、各港に最低五名の勇
者を配置し、足止めをしつつ、最悪目的の船の破壊を考えています﹂
﹁この世界じゃ追うのも一苦労って奴ですか﹂
﹁えぇ。と、言う訳でフルールさんの鉢植えをお願いします﹂
﹁わかりました、彼女も文句は言わないと思いますが、大切に扱っ
てあげてくださいね﹂
1747
﹁わかってますよ、すねられたら大変ですからね﹂
その後いろいろな対策を話し合ったが、どの対策にも逃げ道が有
り、最悪港で捕縛か、最悪殺すと言う結果になった。
夜も遅いので、今日は帰った
◇
翌日、朝早くから鉢を抱え、なるべく大きく、根強い個体を厳選
してもらい、三十鉢分を用意して、一言伝言を頼んでから飛んだら、
既に共同住宅地下は、映画で見る作戦室みたいな感じになっており、
大きな地図を巨大なテーブルに広げ、なんか赤と青に塗ったT字の
駒みたいな物が置いて有り、隅の机には鉢が置いて有り、それぞれ
の鉢に対してるであろうと思われる勇者が挨拶してきた。
﹁あ、カームさん、おはようございます﹂
﹁お、おはようございます﹂
俺に挨拶してきた勇者は、なんか物凄く疲れており、ゲッソリと
していた。
﹁大丈夫ですか?﹂
﹁現場にいる鉢から伝言を聞いて、違う鉢に伝えるだけの簡単なお
仕事です。ははっ⋮⋮﹂
笑顔を向けて来るが、目がギラついてて、目が笑って無い。正直
言って怖いよ。一体いつからやってんだよ。最悪昨日俺が帰ってか
らだぞ?
﹁三番からの伝言よ、この村に寄った形跡なし、このままの道なり
に村に寄りながら港に向かう。だって。あ、また来たわ、七番から
ね。この村にも形跡無し、しばらく待機し、八番と合流する。だっ
て﹂
そして、その言葉をメモ取りながら中央の数人の勇者に伝えると、
青い駒を動かしている。
﹁逃走した方角がこの方向だと情報があるが三番と七番が外れか、
1748
進行速度的に後一時間弱で八番が七番に合流できそうだな。おい、
七番に小休止の伝言出せ!﹂
﹁はい!﹂
思った以上にここも激戦地だったな。なんか陣中見舞い的な物を
差し入れしても良いかもしれない。
﹁あ、鉢はここに置いて置くんで、会田さんによろしく伝えてくだ
さい﹂
﹁うっす!﹂﹁りょーかい﹂﹁部隊の細分化の計画案立てろ! 急
げよ﹂﹁この森辺りに潜んでんじゃねぇか? 細分化したら、兵士
も補充して、確実に部隊に勇者を最低二人以上入れて向かわせろ﹂
﹁細分化の計画案は今やってますよ!﹂﹁おい、引継ぎ要員連れて
来い、三十分前だぞ!﹂
んー皆慣れない事してるから疲弊してるな、レモンの蜂蜜漬け決
定だな。
□
とある貴族の館の一室
﹁とりあえずあの黒い肌の魔族の情報は簡単に集まったわ、この屋
敷専属の情報を集めてる奴の話だと、人族と魔族の大陸間に有る島
を拠点に動いてるらしいわ。なぜか島全体で商業的な事をやってい
るらしく、最近出回ってる嗜好品や、油や果物なんかを扱っている
らしいわ、とある商人を懇意にしているらしいわね﹂
﹁すげぇじゃねぇか! そこまで情報ありゃ、もう向かうだけじゃ
ねぇか﹂
﹁はぁー、向かえればいいわね、多分あの屑の会田の事だからそこ
ら中の港に、無意味に監視が増やされてると思うわ、そもそもジャ
はかりごと
スティスの国の人族は会田より頭の回る奴が多すぎるのよ。戦略だ
って経済だって謀だって﹂
﹁まぁな、俺の国じゃかなりそう言う奴は多かったぜ、ある程度の
1749
年齢まで強制的に全員学校行かされるし、更に自分がしたい勉強が
有るなら、それ専門の学校もあるぜ? しかもジジイになっても勉
強しっぱなしで、なんかすげぇ賞とか貰ってるし、この国の奴じゃ
正直話になんねぇぜ?﹂
﹁あら? ならジャスティスも頭が良いのかしら?﹂
﹁この国のその辺の奴よりは良いんじゃね? 簡単な計算とか出来
るし﹂
まぁ、計算機つかえねぇ分数の掛け算とか怪しいけどな。
﹁それより船に乗るのが難しいんじゃどうするんだよ、遠回りして
向かうか?﹂
﹁面倒だわ、魔族の大陸を横断してる商船を乗っ取るか、事前に準
備してもらった船にギリギリで飛び乗って撒くかよ﹂
﹁商船は駄目じゃね? 俺等の言う事聞かないなら、ぶっ殺しても
良いけどよ。人が減って動かねぇんじゃ話になんねぇよ﹂
﹁なら二個目の作戦の方が良いわね、ちょっと、船長に話を通して
おいてちょうだい、面倒だからコランダムを使うわ﹂
﹁かしこまりました﹂
﹁コランダムってどこだよ?﹂
﹁王都から整備された街道を通って行ける、一番近い大きな港よ﹂
﹁おいおい、そしたら警備がすげー厚いんじゃね?﹂
﹁まさかそんな大きな港を使うとは、思って無いんじゃないかしら
? まぁ居いても人ごみを盾にすれば良いわ。平民なんかうじゃう
じゃいるでしょ? あっちは平民が邪魔で魔法が使えないと思うし﹂
﹁そうだな。そうしたらこっちはそいつらごと焼き払えば良い、ア
イツらは一般人を攻撃できねぇ。レルスってすげぇ頭回るじゃねぇ
か、惚れ直したぜ﹂
﹁ありがと。そうね、出航は太陽が真上に登った時の鐘にしましょ
う。帆を張って、動き出した所を狙って飛び乗れる様にしましょう。
聞いてたわね? こっちは多少遅れるかもしれないから、余裕を持
って十日目の昼にするから、何とか間に合わせて向かうし、早めに
1750
着いたら潜伏してるわ。そのことも伝えてちょうだい﹂
﹁かしこまりました﹂
﹁取り合えず、船の特徴だけ聞いておこうかしら﹂
□
﹁おい、さっきからずっとこっちを見てる奴がいるぜ? バレバレ
だろ、バカなんじゃねぇか?﹂
そう言うと、レルスも窓際に近づき、俺が顎をしゃくって見せた
方を見た。
﹁多分わざとでしょうね。見える位置にいて、監視している事を伝
えてるんでしょうね﹂
﹁んじゃどうすんだよ?﹂
﹁このまま待ってたら、仲間が集まって来て囲まれますね。動くな
ら早い方が良いでしょう、勇者様はこの間の鎧に着替えてください。
レルス様もお手数ですがお願いします﹂
﹁おうよ、本格的な戦闘は初めてだけど、あんなすげぇ鎧が有るな
らぜってぇ負けねぇよ﹂
﹁くれぐれも注意して下さいませ。我々は脱出の準備をしますので、
準備が出来たら声を掛けさせていただきます。そしてレルス様やジ
ャスティス様がある程度蹴散らしたら馬車で拾いますので。そして、
この混乱を利用して、使いの者が単騎でコランダムに向かい、先ほ
どの話をしておく、これでよろしいですね?﹂
﹁えぇ、良いわ﹂
﹁んじゃ俺も着替えて、あいつ等ぶっ殺せばいいんだろ? へへっ、
テンション上るぜ﹂
﹁では私はレルス様の御着替えを手伝いますので、勇者様も準備を
お願いします﹂
﹁おう﹂
1751
その後しばらくして、着替え終わったレルスが俺の前にやってき
た、
・・
﹁私が雑魚を相手にするから、ジャスティスは勇者をお願い。良か
ったじゃない、念願の殺しを経験出来るわよ! 元の世界じゃ面倒
な事になるから出来なかったらしいじゃない﹂
﹁お、おう﹂
この女、ぶっちぎりでイカれた女だぜ⋮⋮。本当何考えてんだよ。
や
マジでお姫様なのか疑いたくなるわ。レルスが王になってたら確実
に暴君だぜ⋮⋮
﹁さぁ、準備は整ったからあとは殺るだけよ? それとも私に譲っ
てくれるの? 流石優しいわね﹂
そう言うと、窓を開けて魔石を握った拳を前に突き出し、見える
位置で俺達を監視してた奴等に向かっていきなり火の玉を放ちやが
った。
畜生! 本当にこの女イカれてやがる。本当にお姫様かよサイコ
ーにサイコだぜ、一緒にいればぜってー退屈しねぇな。
﹁おら! てめぇら、どかねぇと燃やすぞ!﹂
俺は、両手に魔力を込めて魔石を発動させ、兵士の塊に︻火球︼
を放ち散らせる。
﹁きゃはははははは! 手前等雑魚には用はねぇんだよ! 勇者連
れてこいよ勇者! じゃなきゃ全員死ぬぜ?﹂
目の前にいる城の兵士を蹴り飛ばし、左腰に有るロングソードを
抜いて、手当たり次第に切りつけ、倒れた奴は血を流しぐったりし
てやがる。
俺はそいつを、襲いかかってくる奴らに蹴り飛ばし、足に骨が折
れる様な感じが響いたが無視した。そしてよろめいた所に︻火球︼
を飛ばし、兵士達を散らせる。
﹁超くせぇ。死ぬ時も俺に迷惑かけんじゃねぇよ!﹂
燃えてる奴に兆発したら矢が飛んできて鎧に当たったが、痛くも
痒くもねぇな。そんな事を思いつつ、振り向くと、黒髪が三人、剣
1752
を持った奴と、弓を持った奴だ。
﹃あ? てめぇら殺すぞ?﹄
黒髪達は二手に別れ、俺を挟み撃ちにするみてぇだ。そして遠く
から矢が飛んでくる。
﹃おい、矢ぁ。うぜぇんだよ! てめぇからぶっ殺す﹄
左手を前に出し︻火球︼を発動させ、真っ直ぐ弓に向かうが避け
られ、剣を持った二人が俺を止めようと切りかかってくるが、正直
ウゼェ。攻撃は効かねぇけどよ、剣で殴られてるからガンガン響い
て超うぜぇ。
鉄パイプくらいしか振った事ねぇけどよ、適当に剣を振ったら、
鉄っぽい鎧なんかそこに無いかのように切れて、そのまま動かなく
なり、もう一人を切りつけたら、ガードしてた剣ごと切れて片腕か
ら血が流れ出てる。なんだこれ、俺無敵じゃねぇかよ。
﹃おいおい、お前一人で勝てるんかよ? あ?﹄
﹃勝てるわけねぇだろクズ、でもやんなきゃならねぇ時があんだよ
!﹄
ムカつく言葉を吐かれ、兜の隙間に向かって矢が飛んで来る、怖
ぇよクソが。左手を前に出しながら、思い切りダッシュすっけどチ
ョコマカと逃げ回ってウゼェ。
そんな事思ってたらレルスの魔法の援護が入って、やつがこけて
超ハイだぜ。
そのまま左手で顔を掴み︻火球︼を発動させたら、ビクビク痙攣
して動かなくなった。気分爽快だぜ!
そんな感傷に浸ってたら、背中が明るくなったと思って振り向い
たら、火の槍みたいなのが撃ち込まれてて、怯んだけどなんともね
ぇ。マジこの鎧サイコーだぜ!
あのムカツク魔導士を魔法で牽制しようとしたら、脇から尖った
氷が飛んできて、そいつを突きさしながら吹き飛ばした。多分レル
スだな。
﹁レルス! 感謝するぜ!﹂
1753
﹁たいした事無いわ、こっちも雑魚は片付いたわ、急ぎましょう﹂
﹁おう!﹂
そう言われたので、俺は馬車に乗り込んで、名前は忘れたけど、
港に向かう事になった。
1754
第121話 ジャスティスが逃げてた時の事 前編︵後書き︶
後編に続きます
1755
第122話 ジャスティスが逃げてた時の事 後編︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1756
第122話 ジャスティスが逃げてた時の事 後編
さっきから尻がいてぇ、道が悪いのに馬の紐持ってる奴が、馬の
事たたいて、速度を上げてやがる。まぁ、スピード出さないと見つ
かるか捕まるかのどっちかだから仕方ねぇけどな。
﹁おいおい、大丈夫なんか?﹂
﹁平気よ! けどあいつ等が有能な事は認めるわ! とりあえず見
つかるまで攻撃は無しよ、このまま逃げ切れば潜伏できるわよ﹂
よくもまぁこんな状況で、そんな事思えるよな。
﹁いや、馬の事なんだけど。馬平気なんか? さっきから涎ダラダ
ラだけどよ﹂
﹁日が落ちるまでの辛抱よ、それまでもう少し時間を稼がないと﹂
﹁死んだら元も子もねぇんじゃね?﹂
﹁私達を乗せて走ってるんだから、馬も光栄でしょ﹂
んな事いってもよ。なんか目を剥き出して涎ダラダラしてると本
当死にそうで怖いんだけど。
﹁あの森の奥でとりあえず休みましょう。村や平地よりマシです、
それに馬も限界です﹂
レルスの方から舌打ちが聞こえたんだけど。マジイライラしてや
がる。
﹁村には泊まれねぇ、火も焚けねぇ。逃亡って楽じゃねぇな﹂
﹁そうね、貴方達の世界の人族がここまで有能だとは思わなかった
わ﹂
﹁まぁなぁ、なんか色々関心無いけど、なんか有った時の仲間意識
は強いらしいし、俺も仲間は大切にしてたぜ? まぁあんだけ派手
にやれば、追いかけても来るよな。逃げただけならまだこんな風に
はなってねぇんじゃねぇの?﹂
﹁そうね、すこしやり過ぎたかしら。けどあぁしないと逃げられな
1757
かったし﹂
あん時から人が変わったよな、なんか憎しみだけで動いてるのが
強えぇ気がすんな。仲間がボコられた時のたっちゃんみてぇな変わ
りようだな、まぁ相談しねぇで勝手に、暴れてパクられたけど。
にしてもこの黒パンってクソかてぇ、水で流しこまねぇと口ん中
ぱっさぱさ! 城の牢屋の方がまだマシだったぜ。けどよくこんな
もん食えるよな。本当にお姫様なのかよ。
﹁レルス様、ジャスティス様。我々が見張りをしますので、お休み
になって下さい﹂
﹁おう、頼むわ﹂
ってかこいつ等の忠誠心凄すぎ、なんでこんなにすげぇの? ま
ぁありがたく寝かせてもらうけどな。ってかレルスなんかガツガツ
食うだけ食って直ぐに寝てたし。
◇
野宿とか超だりぃーわー、火も使えねぇし、また水に黒パンなん
だろ? 城の焼きたて白いパンとか食いたいわ。米でも良いな。牛
丼食いてぇ。牢屋の飯でも良い。
まぁ夜中に起こされて無いって事は、まだばれて無いって事だろ
? 上手く行けば、五日程度で着く話らしいけど。飯とかどこで調
達するんだよ。村も危険じゃねぇのか? まさか全部黒パンか?
そんな事思ってたら、おっさんが焦ってなんか言ってきた。
﹁明け方に、通ってきた道の方に明かりが見えました、そろそろこ
こも危険です、お食事は馬車でお願いします﹂
﹁俺はかまわねぇけどよ﹂
そう言ってレルスの方をみるが、
﹁捕まるよりは良いわ、包囲網がせばまる前に出ましょう。道は任
せるわ﹂
1758
﹁かしこまりました﹂
そして馬車に乗り込むが、堅い黒パンと干し肉をガジガジかじっ
てる、食堂で指で摘んで食べてた頃からはぜってーに想像できねぇ。
﹁なぁ、やっぱりあの黒い魔族か? おまえあの頃からおかしいぞ
?﹂
﹁それ以外に考えられる? 奴さえ狩れるなら、勇者に捕まっても
本望よ。あいつが友好的な魔王じゃなければ、討伐されててこんな
事には成って無かったわ﹂
﹁あいつ魔王だったのかよ!﹂
﹁そうよ、勇者との食事会の時に顔を出して、魔王の証を見せたら
しいわ、パパの話だけどね。それにその島にはよく魔王が住み着く
らしいけど、前に討伐に行かせたロックの話では、討伐に成功した
から旅に出せてくれって話だったから、その後続かしら? 王都に
集まってる勇者百数十人相手にするよりは、確実に勝率は上よ。奴
さえ狩れればとりあえず満足よ!﹂
﹁おいおい、魔王ならなおさら殺さねぇとやべえだろ。いつ裏切る
かわかんねえよ﹂
﹁本当に物凄く友好的で、人族の大きな商会とも取引してるらしい
から、殺すと後々物凄くやっかいなのよね。色々な商人の王家に対
する印象も悪くなる可能性も高いし。その商会って、奴のおかげで
今一番勢いが有るんじゃないかって話よね?﹂
﹁えぇ、仕入れてくれた情報ではそうなっております﹂
目の前に座ってる女が少しだけ相槌を打った。
﹁だから、その島を乗っ取っても、義理高い商人なら、しばらくは
取引しないでしょうね、そうすると嗜好品の流通も多少滞るし、誰
が管理するかって話になって、絶対勇者が後見人になるでしょうね。
だから何をしても無駄になるなら、奴に一矢報いたいだけよ、それ
にもう後には引けないわ﹂
﹁俺を助けない選択も有ったんじゃねぇか?﹂
1759
﹁あんな格好で牢屋に入れられてるジャスティスを見たくなかった
だけよ。それに復讐も出来ないなんて私が許さないわ。なんであい
つ等の言う事を聞かないと行けないのよ。国民に好かれる必要ない
わ、国民は貴族の言う事を聞いて、貴族は私達王族の言う事を聞い
てれば良いのよ﹂
﹁お、おう﹂
俺でもわかるけどよ、なんで勇者が反乱起したかわかった気がす
るわ。あれ? 俺って巻き込まれたか? まぁ、楽しけりゃいいん
だよ! 俺にはこっちが似合ってるしな。今を楽しまないとな。
◇
そして、港町までの進路は墓守達に任せてたが、街道から外れて、
少し小高い丘の陰とかを通って、影になる所でも通ってたんだろう
な。そのおかげでなんとか港町に着いたけけど、なんか壁が有んだ
けど。しかも横広に。
﹁おいオッサン、どうやって町に入んだよ。ってか港町なのに、壁
で囲まれてんだよ﹂
﹁防衛上の問題です。大抵は大小有りますけど、防壁はどこにでも
あると思いますよ。ラズライトの近隣の町にも有りますし﹂
﹁そうよ、どこにでも有るわよ?﹂
﹁マジで? ラズライトだけかと思ってた。俺の国に塀って言った
ら、金持ちの家に有るイメージしかねぇよ﹂
﹁どうやって外敵からの侵入を防ぐのよ?﹂
﹁外敵いねぇし。俺の国平和だし、島国で歴史的にも海が国を守っ
てくれてたし﹂
﹁勇者達が底抜けに甘い理由がわかったわ﹂
﹁とりあえずどうやって中に入んだよ、どうせ検問が厳しいんだろ
?﹂
﹁二つほど案が有ります。一つは、時間まで外壁から少し離れた場
1760
所で野営、時刻になったら強襲後、船に乗り込む。これには時刻ま
でに勇者に見つかる可能性が有ります。もう一つは偽装して入り、
装備品は賄賂を払い、個別に持ち込んでもらう事ですね。鎧をバラ
バラにして、運び込んでもらう事により、リスクを減らせますが、
資金が少し足りないかもしれないしれないのが現状です﹂
﹁そうね⋮⋮二つ目の案の方が危険は少ないわね、取りあえず道行
く商人にばらした鎧を木箱に忍ばせてもらって中で回収の方が早い
わね﹂
﹁俺達はどうするんだよ、きっと入れねぇぞ? 変装するのにも限
度が有るぞ?﹂
﹁レルス様は冒険者風を装い、ジャスティス様は頭にタオルでも巻
いて、ばれたらばれたで、混ざり物と名乗ればいいんじゃないんで
すかね?﹂
﹁混ざり物ぉ?﹂
﹁ごく稀に、魔族と子供を作る人族がいるのです。大抵髪の色は金
色ですが、魔族と交わると、髪の色が金では無い者もおります。ご
く少数ですがね﹂
﹁ほー﹂
﹁まぁ、忌み子として軽蔑されますし、子供の頃に村人とかに殺さ
れる場合が多いので﹂
﹁ひでぇ話だな。子供には罪はねぇだろ﹂
﹁魔族と子を成す事が問題なのよ。なんで汚らしい魔族の血を入れ
なきゃいけない訳?﹂
﹁︱︱まぁ、そういう事で良いよ。髪の黒い種族を教えろ﹂
ってかガキを殺すとか考えられねぇよ。どんだけ嫌いなんだよ。
﹁そうですね、夢魔族辺りに多いですし、見た目も美しいですし、
人族に似た様な姿ですので、子作りには問題無いと思います。祖父
母辺りが魔族で、わからないと言うのも手です。先祖帰りと言う事
も有りますので、産まれた時からこうだったと言うのも有りですね﹂
﹁マジかよ!? そんなのもあんの?﹂
1761
﹁えぇ、大抵は殺されますけどね﹂
﹁⋮⋮まぁ、いいわ。そういうのには抵抗ないからそれで行くわ﹂
﹁ジャスティス様が問題無いのでしたらそれで。それでは自分がど
うにかして鎧を町の中に持ち込みます﹂
﹁では、私と共に初心者冒険者と言う事にして、コランダムの中に
入りましょう﹂
﹁おう﹂
そして俺達は、その辺の土を服にこすりつけ、顔も多少汚し、申
し訳程度の偽装をして、門に堂々と近づいた。
﹁今は特別警戒中だ! 悪いが詳しく調べさせてもらうぞ﹂
﹁えぇ構いませんよ﹂
﹁この三人はどんな関係だ?﹂
﹁冒険者です。村の仲良し三人組ですね、私がお姉さん役なんです
が、大きな町に行って一山当てようって事になりまして﹂
﹁そうか、悪いがフードとタオルを取ってもらうぞ﹂
取りあえず、言う通りにしておくか。
﹁何か有ったんか?﹂
﹁ラズライトの王族の第三王女が幽閉されていた勇者を助け出し、
逃げたんだが、その時に何人も殺してる﹂
﹁怖いですねー﹂
﹁そうだね、お姉ちゃん﹂
﹁おい、そこの男、なんで髪が黒いんだ? 召喚された勇者も黒髪
が多い、少し質問に答えてくれ﹂
﹁構わねぇぜ﹂
﹁髪が黒いのに何か心当たりは有るか?﹂
﹁さぁな、詳しくは知らねぇけど、混ざり物って言われてたぜ。爺
さんか婆さんか父ちゃんか母ちゃんが魔族なんじゃねえのか?﹂
﹁親はいないのか?﹂
﹁孤児院出身だ、気がついたら姉ちゃん等と一緒にいたぜ?﹂
1762
﹁そうか、だから髪を短くしてタオルだったのか、すまんな﹂
﹁気にすんな、慣れてる。そっちこそ仕事だから仕方ねぇよ。で、
通行料幾らだ?﹂
﹁あ、あぁすまんな、一律大銅貨五枚になってる﹂
﹁姉ちゃん、有るか?﹂
﹁えぇ、心配しないで良いですよ﹂
﹁あんた強いんだな﹂
﹁ぐずぐずしてても始まんねぇよ、こうして姉ちゃんと幼馴染がい
るんだ、それだけで幸せだぜ?﹂
﹁あぁ、その意気だ。たくましく生きてくれ。ここは髪の色で石を
投げる様な奴はいないからな。悪いが名前を言ってくれ﹂
その後は事前に打ち合わせ通りの偽名を使い、町に入り、安宿に
泊まる事になった。
﹁余裕を持ってコランダムに入る事が出来ましたが、出航予定日ま
では三日ほどあります。それまでにジャスティス様の鎧がすべてそ
ろえば良いのですが﹂
﹁そうだな、取りあえずそれが無きゃ話になんねぇよ﹂
﹁けど魔石は持ち込みましたので、取りあえず最悪の場合はこれだ
けでも乗り込めます﹂
﹁おい、どうやって持ち込んだんだよ?﹂
﹁女性には秘密がつきものですよ﹂
少しイラつくが、どうせ下着の中とかだろ? ゴワゴワしねぇの?
﹁とりあえず全部有りますので、お確かめください﹂
﹁あ、あぁ、赤いし俺の手の甲にはまってた奴と同じだな﹂
︱︱どこに入れてたかは聞かない様にすっか、あと洗ってあんだ
ろうな、コレ?
そんな事も有ったが、どんだけ金を握らせたかはわからないが、
安宿に木箱に入った鎧一式が前日の昼に届いた。
1763
胴体部分とかどうやって忍び込ませたのかわからねぇけど、これ
分解できんのか? あぁ、肩のパーツとか外れるし、前後に別れる
んかこれ。最初着た時は服みたいに着たし、その後になんか腕通し
てたような気がするし。
脚も履くような感じでベルトで止めてたしな。
そして剣は夕方に届いた、なんでも武器商人の剣に紛れ込ませた
らしい。この世界の警備ザル過ぎ。まぁ、剣はおっさんが持って来
たんだけどな。
◇
取りあえず作戦結構日だが、レルスが殺る気満々だ。次の鐘が、
昼を告げる鐘らしいが、朝早くから魔法処理された皮鎧を着て、ベ
ッドに座ってうずうずしてる。俺もついでに、鎧を着させられてい
る。
﹁船に乗ってしまえばこっちの物だわ! さっさと鐘が鳴らないか
しいら﹂
﹁前日に他の船で調べましたが、鐘が鳴った時に、錨を上げて帆を
張って動き出すまでには、小走り程度でも十分間に合います﹂
﹁なぁ、この鎧、木箱で船に乗せられなかったんか? すげぇ目立
つんだけど﹂
﹁検閲が厳しく無理と判断しました、なので、前日の話し合い通り、
出向間際の船に乗る様にお願いします﹂
﹁ああ、難しいならしかたねぇ﹂
﹁貴族の船の特徴は? もしもが有ってからじゃ遅いわよ?﹂
﹁港に出て、右手側を見て奥の方に有る、赤い旗の船です。話では、
足が早いと言う事ですので、追いかけてきても。次第に距離が開く
と聞いています。よっぽどの操舵技術が無い限り、今停泊してる船
では追いつくのは厳しいと自慢していました﹂
﹁なら問題ないわ、ジャスティスの鎧は目立つから、ぎりぎりに出
1764
ましょう﹂
﹁おう﹂
そして事前に多めの金を払ってあるから、鐘が鳴った瞬間に飛び
出ると言う事になって、鐘が鳴ったから、おっさんが先導と言う事
で飛び出していった。
宿を出て、裏路地を抜けて港の方に向かって走って、港に出ると
大勢の男達が忙しそうに荷物を下ろしたり、乗せたりしてた。
港の向かいの倉庫を往復する数を見れば、でけぇ港って事は理解
できる、それをかき分けて走るとなると、超めんどくせぇ。
そう思ってたら、なんか昼の鐘とは別の、消防車が鳴らす音みた
いな鐘が激しくなった。もしかしなくてもまずいって事は俺だって
わかる。
﹁城から逃げ出した勇者とレルス王女様と思われる一団が日の落ち
る方角に向かって走ってるぞー!﹂
ほらな? 逃げるのにはこの鎧超目立つんだよ。ガチャガチャ鳴
ってるし。一回しか使えない戦法だから出来るんだよなぁ。こいつ
等は俺より頭良いけど、これを選んだんだから、本当に魔王に復讐
する事し考えてねぇよな。
走りながらそんな事を考えていたら、横を走っていたレルスが
﹁貴方達邪魔よ﹂
とか言って、火の魔法をプッパしやがった。正直イカレてるとし
か思えない。着弾地点は石畳なのに、まだ燃えてるし。何人か巻き
添え食らって海に飛び込んでるし。
前を走ってるおっさんとか女の後をくっ付いていけば良いのに。
なんで魔法ぶちかますんだよ?
﹁誰でも良い! そいつらを止めろ! 話に挙がってた勇者達だ!﹂
そんな言葉が飛んで来たと思ったら、筋肉ムキムキの船乗り達が、
俺達に襲い掛かって来た。
俺は鎧が重いから、腕を振ってムキムキを吹き飛ばしながら船ま
1765
で最短で走るけど、前を走ってるおっさんとか、女とかは、ザクザ
ク剣で切るし、レルスは魔法をぶっ放してる。
俺は三人に任せて船まで走るけど、道中で黒焦げになって唸って
る船乗り達が結構な数がいて、めっちゃ殺気立ってるのがわかる。
そしてそんな中、帆を張って少し動いてる赤い旗の船に向かうが。
﹁ここは俺達が時間を稼ぎます! 行って下さい!﹂
とか言っちゃって超うけんだけど。
﹁えぇ、そうさせて貰うわ﹂
こっちもこっちでノリノリなんだけど。
しゃーないから俺も船からぶら下がってる縄梯子に飛び乗り、あ
とから来たレルスの為に手を伸ばし、飛び乗って来た所を抱き寄せ
た。
﹁ありがとう。とりあえずまだやる事があるから、上がりましょう﹂
﹁おう﹂
あとは逃げるだけって聞いてるけど、何かやる事有んのかよ?
そう思ってら、レルスが周りの船に手をかざして︻火球︼を飛ば
して、船の帆を燃やし始めてる。
やり過ぎじゃね? まぁ、時間は稼げるけどよ。あーおっさん達
が囲まれてる、平気かな?
1766
第122話 ジャスティスが逃げてた時の事 後編︵後書き︶
この普段書かないキャラって書きにくいですね。
1767
第123話 島に乗り込まれた時の事 前編︵前書き︶
適度に続けてます
相変わらず不定期です
これは三部構成の前編です
1768
第123話 島に乗り込まれた時の事 前編
秋がそろそろ終わると言う頃の夕方、俺は会田さんに呼ばれ、王
都の共同住宅の地下に来ている。もうこの時点で悪い予感しかしな
い。
しかも、前回陣中見舞いを持ってきた時にいた方々もそろって、
なんか申し訳なさそうな顔をしている。
﹁率直に言います、第三王女とジャスティスに逃げられました﹂
俺は眉間を押さえるように摘み、大きくため息を吐く。
﹁内陸ですか? 海ですか?﹂
﹁︱︱海です。家族の話では、プライドが高いから、魔族側の大陸
に逃げる様な事は無いと思うとの事です﹂
﹁つまり狙いは俺と⋮⋮﹂
少しだけ目を細め、視線を足下に落とし、口に手を当て少しだけ
考える。
﹁あの時の尋問ですかね?﹂
﹁おそらくは⋮⋮﹂
﹁あーやだやだ、羽箒で全身くすぐられて粗相して、恋人を殺され
そうになったくらいで﹂
﹁いや、王族としては十分すぎるほどの動機ですけど﹂
﹁言ってみたかっただけです。しかも、ものすごくプライドが高い
らしいじゃないですか。当然でしょうね﹂
﹁何で俺達を狙わなかったんでしょうか?﹂
﹁数が多いからじゃないっすか? 俺なら離島に一人。海に出れば、
有る程度の時間を稼げば、勇者に邪魔されずに島で戦える。俺はそ
う思いますけど﹂
﹁⋮⋮そ、うですね﹂
1769
会田さんも口に手を当て、視線だけを右に向けながら答えてくる。
﹁と、言うわけで、俺の身が危険なので、勇者を二、三人ほど転移
魔法で連れて帰りたいのですが。まだ転移魔法は奴等にばれてませ
んよね?﹂
﹁本当に申し訳ないんですが、戦闘系は全員捕まえるために出払っ
てます⋮⋮﹂
﹁⋮⋮一番近い奴等は?﹂
﹁包囲網を狭めてた為に、港があるコランダム付近に集結してます﹂
﹁コランダムから王都まで十日でしたっけ?﹂
﹁えぇ⋮⋮﹂
﹁呼び戻しだと間に合わないか⋮⋮。コランダムにいる主戦力は?
北川さんとか、櫛野さんとかは?﹂
﹁勢いで追いかけていきました⋮⋮﹂
﹁⋮⋮全てを投げ出して故郷に帰りたい。けど島の皆が⋮⋮﹂
﹁あの、宝物庫から何か持って行きますか?﹂
﹁使い慣れない武器をですか?﹂
﹁魔力を込めれば、魔法を出せる魔石も有りますよ?﹂
﹁使い勝手の悪い、固定された魔法ですか? 叩き割って暴走する
なら、投擲は得意なので思い切り投げつけますけど﹂
そう言うと、会田さんが振り向き、裏の勇者達に、
﹁そういう事を聞いた事有る方ー?﹂
会田さんの声だけが響く。
﹁無いみたいですね、じゃあ平気です。そのまま厳重に保管して置
いて下さい﹂
﹁本当申し訳ないです﹂
﹁いやいや、気にしないで下さい。逃げたい気持ちでいっぱいです
が、どうにかしたいですね。いや⋮⋮しなくちゃいけないんですよ
ね、船の特徴とか教えて下さい﹂
﹁まだ情報が少ないですが、表向きは我々に協力的だった貴族の船
で、赤い旗です、細かい模様はわかりません。近くに停泊してた船
1770
乗りの話ではその船は船足が早く、追いかけて行った人達の船で追
いつくのは厳しいそうです﹂
フルールさんを介して、情報をやりとりをしていた、あの時の勇
者が答えてくれた。
﹁だそうです。船員は雇われてるだけで罪は有りませんので、人的
被害をあまり出さなければ制圧して下さって結構です﹂
﹁あ、いいんですか?﹂
﹁事前に先制攻撃をする手段は有るような事を言ってたじゃないで
すか。責任はその貴族に取らせますので遠慮無くどうぞ﹂
会田さんが、口角をヒクつかせながらうっすらと笑っている。そ
うとうキてるなこりゃ。
﹁例の二人への対処は?﹂
﹁手が着けられないなら好きにして良いですが、極力生きて捕らえ
て欲しいですね。まぁ難しいと思うので、足の二、三本。腕の腕の
三、四本好きにして下さい﹂
﹁あ、はい﹂
数字的に、片方の両手か両足が無くなるじゃねぇかよ。
しかも笑顔で言わないでくれよ。圧倒的な憎悪で向かってくる相
手、しかも日本人。殺せねぇよな⋮⋮。こっちの人族は数人殺して
るけど、女の子だろ? 明確な敵意や殺意を持ってても殺せねぇよ。
あーどうすりゃ良いんだよ⋮⋮。
□
﹁ってな訳で俺を殺しに来ます﹂
俺は島に戻り、さっきまでの事を夕食前に広場で説明した。
﹁かるっ! カームさん軽いですよ!﹂
﹁そうですよ、なんでそんなに軽いんですか!﹂
﹁いや、最悪酒蔵に逃げて、姐さんに任せるから﹂
﹁こっちを見て喋って下さいよ!﹂
1771
﹁姐さんって、戦歴の冒険者とか倒してるし、タブンヘイキダヨ﹂
﹁冗談ですよね?﹂
﹁俺、平和、大好き。戦い、良くない。ってなわけで極力がんばり
ますので、期待しないで下さい﹂
﹁おいカーム、皆を不安がらせるな。せめて嘘でも撃退してみせる
くらいって言えよ﹂
キースに怒られたし、おっさん達には睨まれてる、少しふざけす
ぎたか。
﹁いやー、こういうのはあまり真面目に話たくないんですけど、不
安にしちゃったなら申し訳無いですね。争い事や怖い事は本当に嫌
いなんで、誰でも楽して勝ちたいですよね?﹂
両手を軽く広げ、軽く言ってみる。
﹁しいて言うなら安全な所から一方的に攻撃を仕掛け、手も足も出
ないくらいな一方的な虐殺ならしても良いと思ってる。乗ってる船
員も全員敵で、俺を狙ってくるなら船で迎撃するつもりだ。海上で
ハーピー族に手伝ってもらって、相手の船を炎上させて、海に逃げ
込んだ奴から、血の気の多い水性系魔族の方達に手伝ってもらって、
滅多刺しでも良い。けど乗り込んで来る船で明確に俺に敵意が有る
のは情報では二人だ、敵意のない奴を俺は殺したくは無い﹂
今度は声を低くして、少しだけ真面目に説明して、島民を納得さ
せようとしたら引かれた。一応まとめ役だけど、加減がわからんな。
あとこういう時は、あまりふざけないようにしないとな。俺、覚え
た。
﹁ってなわけで、湾内でどうにかして、砂浜でどうにかするので安
心して下さい。同じ様な説明を榎本さんのいる村でも言ってきます
ので﹂
今度は普段通りの喋り方で話し、夕食をとってから、榎本さんの
所に向かった。
□
1772
﹁ってなわけですので、湾内に乗り込まれた場合は、こちらへの被
害はほぼ無いと思いますが、俺が殺された場合、奴等がどう動くか
わかりません。その場合は、一緒に追いかけてきた勇者達が来るま
で避難誘導をお願いします﹂
﹁⋮⋮任せとけ。骨は拾ってやる﹂
﹁年上の方に、そう言われるのは申し訳ないですね。ですが火山に
住んでる、あの竜の姐さんが、酒蔵や蒸留所は死守すると言ってま
すし、幸い湾から見える位置に有るので、最悪そこで馬鹿二人は死
にますね﹂
﹁おい。なんでそう言い切れる﹂
﹁長年この島に住み着き、有名な冒険者や、過去に勇者と言われて
いた者達をほふってきましたので。証拠に、ミスリル製の名工の鎧
まで所持してました、多分酒が絡んだ瞬間に、この島の守り神にな
ります。しかも見える所から破壊活動に移る可能性が高いです﹂
﹁わかった、その旨は皆に言っておく。湾内じゃなく、島のどこか
に現れた場合は、お前だけ転移か?﹂
﹁えぇ、単騎かキースと獣耳のおっさん達に手伝ってもらいくい止
めます。なので榎本さんは皆の避難誘導を、決して戦わないで下さ
い。会田さんの情報では、奴は民間人も容赦無く殺してます﹂
﹁︱︱わかった、最悪ワシが島民の盾になる、老い先短い命だかん
な﹂
﹁百二十まで生きそうなじーさんが何言ってんですか、俺が死んだ
ら、そのまま島のまとめ役になりゃいいんすよ。んじゃハーピー族
や水性系魔族達との打ち合わせの内容を考えるので戻りますね﹂
﹁おう、生きてたら米炊いてやるよ﹂
﹁あざっす﹂
まぁ、それ死亡フラグだけどな。
◇
1773
四日後の昼近く。普段補給良く寄ってくれる船とは違った、見か
けない船が島の方に回頭してきた。
﹁アレかな?﹂
俺は普段着ない、上下厚手の黒の服に、色々くっつけてあるタク
ティカルベストを着て、太股に厚手のナイフ、腰にはバール、背中
には背骨を守るようにマチェットを背負い、フル装備で砂浜にある
天幕の下に有る椅子に座りながら、お茶を飲みつつ、朝から待機し
ていた。事前情報と、勇者達の予測で、船足的に今日じゃないかと
言われていたからだ。まぁ、有る意味ドンピシャで驚いてはいるし、
対応がしやすいからちょうど良い。相手の位置情報が有るか無いか
でかなり違ってくる。
俺は、テーブルの鉢植えに向かって指示を出す。
﹁船長には、手はず通りに進めて下さいと言って下さい﹂
﹁はーい﹂
﹁あーやだやだ、なんでこんな事になってるんだろうねぇ。あの船
に乗ってるのが全員敵なら、湾内に入れないで処理するのに⋮⋮﹂
﹁全員敵って事にすれば良かったのに﹂
﹁無理、自己嫌悪で心が潰れる﹂
﹁相変わらず優しすぎて駄目な奴ね﹂
﹁知ってる﹂
船が湾内に入り始めるかと言う所で、俺は第一村で待機させてた
ハーピー族に指示を出し、行く末を見守る。
湾内の中間あたりにさしかかった所で、船長の船は湾を塞ぐ様に
入り口の真ん中に停泊し、村の有る森の方から黒い陰が三十ほど出
てきて、船に向かって特攻させ、弓の届かない高度からすれ違いざ
まに、どんどん酒入りの油袋を投下してもらい、最後尾の一人が高
度を上げ振り向き、この距離で、なんとか視認できる程度の小さい
︻火球︼を発動させ、甲板を火の海にし、帆にも火が燃え広がった。
ハーピー族に話を聞いて、投下は案外誰でも出来ると言う事を知
1774
り、作戦を奇襲による爆撃的な物に変え、確実に甲板を火の海にす
る作戦に変えて良かったと思う。これで確実に甲板は火の海だ。
船上が大変だと言うことはわかる。帆は無くなっても惰性でこっ
ちに船がどんどん近づいてくるが、浅くなった所で、非武装の男達
がどんどん海に飛び込んでいる。
そこに現れたのはサハギン達で、銛をもっていきなり海面に飛び
出し、船員達に銛を突き出し、動きを封じさせている。
無抵抗なら殺さない事をお願いしてるし、まぁ、ここまでは有る
程度予定通りだ。
船首の先に、やけに目立つ鎧を着た奴と、その隣にいる皮鎧を着
た髪の短い女を除けばだけどね。多分鎧がジャスティスで、皮鎧が
第三王女だろうな。
俺は残っていたお茶を飲み干して、近くに立てて有ったスコップ
を手にとって一歩だけ前に出て、スコップを砂浜に突き刺し、両手
で握り柄を持ち、堂々と構える。
そのままの惰性で、燃えあがった船が砂浜に乗り上げ、鎧を着た
奴と女が飛び降り、鎧だけが走ってこっちに向かって来るのを黙っ
て見つめる。
鎧に魔法処理もされてるって話しも有ったから、熱く無かったん
だろうな。って事は姫の方にも魔法処理されてんのか、軽装の皮鎧
にも付くのかよ。
そして砂浜に降りた場所から、姫は動かず︻火球︼を撃ってくる
が、こちらも︻水球︼を浮遊させ、火球をかき消す。
ロックニードル
正直ミエルの方が早いね、それにこの距離だと、魔法見てからで
アイスニードル
も対策余裕です。
その後も。︻尖った氷︼や︻尖った岩︼を使ってくるが、︻石壁︼
を発動させ防ぐ。
﹃キース、邪魔だから女の露出してる膝と肩を狙え﹄
冷静に風魔法でキースに声を届け、最初から島にあった、湾近く
の家の屋根から狙撃を任せる。
1775
その間にも、鎧が剣を抜いて構えながら走ってくるが、残り二十
メートルと言う所で地面に消えた。
多分俺にまっすぐ向かって来る事はわかってたので、事前にすり
鉢状の落とし穴を砂浜に無数に仕掛けておいたが、まさか本当に上
手く行くとは思わなかった。
麻布って砂の色と似てるからね、砂浜に落とし穴作るのにはもっ
てこいだね。いやー無駄にならないで良かったよ。
事前に情報があって、準備出来る時間がある事で、戦闘が優位に
なる証拠だよなー。楽して勝てるなら、作戦や罠を作る時間を多め
に取った方が絶対に戦闘が楽になる。
俺は早速砂を埋めるイメージで、這い上がろうとしている鎧を埋
め、巨大な水球を使い、周りの砂を湿らせる。
乾いた砂だと脱出可能らしいけど、濡れた砂なら、思った以上に
堅くなり、一人では脱出はほぼ不可能らしい、イメージは海賊の処
刑法の奴だ。顔と片手だけ出てるが、頭と肘から先を動かしてるだ
けで抜け出せる気配は無い。
﹁てめぇ卑怯だぞ! 正々堂々と戦いやがれ!﹂
何をいってるんだこいつは⋮⋮
俺は無視し、五十センチメートル四方の石を高さ一メートルの所
から落とすイメージをして、出ている右手を石ごと砂に埋める。こ
れで自由に
なるのは頭だけだ。まぁ、叫び声が聞こえてないから潰れてはない
だろうな。
そして王女の方を見ると両膝と両肩に矢が刺さってた、相変わら
ず良い腕だな、多少⋮⋮かなり見習いたいもんだな。
﹁おっさん達に、気をつけながら女を運ぶように言って下さい﹂
そう言ってから天幕を出て、鎧に近づき、
﹁すまん、俺には守る島民がいるんだ。手段は選んでられない﹂
鎧に冷たく言い捨て、湿った砂を掘るようにイメージして縦穴を
1776
掘り、おっさん達が王女を運んでくるのを待つが、距離が近づくに
連れて、なんか金切り声が聞こえてくる。
﹁あ、ここに穴掘ったんで、頭だけ出るように埋めて下さい﹂
﹁おい、平気なんかよ﹂
﹁多分死なないでしょ﹂
﹁おいこら、スク水! レルスに何するつもりだ!﹂
あ、本名名乗ってなかったわ。
﹁優しいから隣に埋めてあげるだけですよ?﹂
とても穏やかな声で微笑みながら答え、
﹁いい加減耳に触るな、この金切り声⋮⋮﹂
そう呟き、用意しておいた布を王女の口にねじ込み、その上から
猿轡の様にして布で口をふさぎ、ズボンのポケット辺りをボフボフ
叩く。
﹁なにしてんだ?﹂
﹁魔石を持ってるらしいから探してるんだけど、知らない?﹂
﹁最初に膝を打ち抜いた時に、なんか叫びながら派手な石を手から
落としたぞ?﹂
﹁これか? この女の足下に落ちてたから拾っておいたぞ﹂
キースに犬耳のおっさん、ナイス。
﹁それですね、ありがとうございます。こいつは魔石で、魔法が使
えなくても、魔力を込めると魔法が出るので奪っときたかったんで
すよ。あ、矢抜くからね? 物凄く痛いと思うけど、気を失わない
様にね。キース、この鏃ってしっかり止まってる?﹂
﹁無理矢理引っこ抜くと中で抜ける﹂
弓使いとしては正しいけど、どや顔は止めて欲しい。
﹁あちゃー、押し出すしかないか。ごめんね、抜くんじゃなくて、
入れるね﹂
そう言って、左手で矢を掴んで、右手で︻石︼を作りだし、思い
切りたたき込み、痛みで王女が思い切り暴れ出すが、危ないのでお
っさん達に押さえさせ、鏃が出たら外して、引っこ抜いた。
1777
その後は止血をして、傷口に砂が入らない様に厚めに布を巻いて、
ポーションを雑にぶっ掛けて、そして縦穴にグッタリしてる王女を
そのままつっこんだ。痛みで少しもがいてるが知ったこっちゃない、
止血してやっただけでもありがたく思え。
﹁あ、海の奴等も縛って連れてきて下さい、抵抗するなら銛で思い
切り殴っても良いと伝えて下さい﹂
﹁殺せとは言わないんだな﹂
﹁まぁ⋮⋮な﹂
﹁あの燃えてる船はどうするんだ?﹂
﹁消すよ? 中の物資とか燃やすのはもったいないし﹂
そう言って、空中に巨大な︻水球︼を数個作りだし、船の上に落
としていく。
まぁ、消えてるだろう。
﹁相変わらず馬鹿みたいな魔法だな﹂
﹁まぁね﹂
そう言ってから椅子を持ってきて、頭だけ出てる二人の前に座り
質問を開始した。
1778
第123話 島に乗り込まれた時の事 前編︵後書き︶
中編に続きます
1779
第124話 島に乗り込まれた時の事 中編︵前書き︶
この作品は三部構成の中編です
敵の情報と事前準備があるだけで、戦闘が劇的に変わる事が有りま
す。
1780
第124話 島に乗り込まれた時の事 中編
﹁さて質問だ。お前等、なんでこんな事したんだ?﹂
﹁モガーッ! モガガガガ!﹂
﹁あー、王女様から言いたいの? 先に喋らせてあげるけど。この
前みたいに、なんか余計な事言うと少しだけ酷い事をするからね?﹂
そう言って、口の布と中の布を外してやる。
すると唾を俺に向かって吐いてきた。あんだけ痛い思いをしてる
のに、中々すごい気力だな。 俺は無言で、乾いた砂を一握り持って来て、女王の顔に投げつけ
た。
﹁はい、何か言いたい事は?﹂
﹁殺してやる! 絶対に殺してやるから!﹂
今度は足元の湿った砂を握り、思い切り口にねじ込み、口を布で
塞いだ。
﹁いやいや悪かったね、話にならなかったよ⋮⋮ジャスティス君は
⋮⋮話してくれるかな?﹂
そう言うと、舌打ちして来るだけで、話すそぶりは見せない。
﹁その防具って物凄く頑丈って聞いたけど、どのくらい頑丈なんだ
い?﹂
俺は左腰からミスリルバールを抜いて、思い切りアーメットの横
を一発だけ殴る。
﹁おー硬い硬い。バールを持ってた手が痛い﹂
﹁うっせぇからなぐんじゃねぇよ! 糞がぁ!﹂
﹁あ、君も砂がお好み? とりあえずアーメットのバイザー上げて
おくね﹂
そして俺はまた乾いた砂を持って来て、顔面に振りかける。
﹁ぶへっ、てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!﹂
1781
﹁ふざけて無いよ。取りあえずなんで俺を狙ったのかを知りたいん
だけど? ってか命を狙ってくる方がふざけてるとしか思えないけ
ど﹂
﹁知らねぇよ、レルスが勝手に俺を助けて、逃げ回ってる時にそう
なったんだよ﹂
﹁ふーん、じゃぁこっちか⋮⋮もう一度口の布を外すからね? 次
は暴力を振るうよ?﹂
口の布を外すと速攻で砂を吐きだしたので、別のカップにぬるく
なった麦茶で口を漱がせるが、そのお茶を思い切り拭きかけてきた。
学習しねぇなぁ。本当に王女様かよ、テラスで優雅にお茶でも飲ん
でたんじゃないのかよ。
俺は落とし穴に使った麻布に砂を集め王女の前に戻り、軽く持ち
上げた砂袋を自然落下を利用して、振り子の様にして王女の顔面に
当てる。短い悲鳴が聞こえるが、知ったこっちゃ無い。
﹁⋮⋮次は軽く振るからね?﹂
あくまで優しく話しかけるが、王女は涙目だ。鼻でも痛かったん
だろうけど、埋まってるから両手で抑えられなくて残念だな。
﹁何で俺を狙ったの?﹂
﹁あんたが憎かったからよ! あんたがいなければ、勇者が私達を
狙う事は無かったし、あんな目に会うことも無かったのよ!﹂
﹁いや、俺がいなくても勇者達は多分やってたと思うぞ? かなり
鬱憤たまってたし、俺に愚痴ってたし﹂
﹁嘘よ、あんたが焚きつけたに決まってるわ!﹂
頭に来てて、視野が狭くなってて、こうと思ったら、こうとしか
決めつけられなくなってるな。
﹁まぁ、そう思いたいならそう思ってて良いよ。俺は頼まれただけ
で、計画や実行はしてないし、同行した理由は、最悪の場合に備え
ていただけ。上手く行ったから王都に魔王は現れなかったし、食事
会の時も、一部の人族にしか知られてない。まぁ、噂は広まってる
と思うけどね﹂
1782
﹁じゃぁなんであんたなのよ!﹂
﹁とある勇者と和解して、仲良くなって、会田さんと知り合ったか
ら? まぁ、少しだけ立場を利用された感じはするけどね。俺も人
族の考えが気に入らなかったら、別に利用された事に関してはあま
り気にしては無いし﹂
その後は、二人がギャーギャー五月蠅かったので、俺は王女の口
を布で塞ぎ、ジャスティスは出ている顔面を埋めてからから椅子に
座り、淹れ直した麦茶を飲み、少しだけ二人を落ち着かせる。目の
前に座ってお茶を飲むって、挑発にしか見えない? 気のせいだよ。
それから少ししたら、おっさん達がサハギン達と船に乗ってた船
・・
員達を連れてきたので、船長を聞き出し質問をする。
﹁コレとはどんな関係? どういう経緯で乗せたの? とりあえず
暴言を吐かなければ、埋めないから安心して﹂
﹁俺達を雇ってる貴族の使いが来て、指定された日の昼の鐘が鳴っ
たら、出向しろ、そうすればぎりぎりで乗り込んでくる方が多くて
四人いる。と﹂
﹁んー聞いてた話とある程度一致するな、他には?﹂
﹁我々の主以上に偉い方だから、それ以上の対応をしろと﹂
﹁ふむ、で⋮⋮船内でのコレの様子や態度は?﹂
﹁え、っと⋮⋮﹂
船長は、二人を見ている。気にしているのだろうか?
﹁じゃぁ、少しあっち行こうか? 腕も痛いだろ? 縄を切るから
動くなよ?﹂
そう言って、背中のマチェットを抜いて、軽く縄に切れ目を入れ、
縄を解く。途中でキースが﹁おい!﹂とか言ってたが、気にしない。
そのまま天幕の方まで歩き、椅子に座らせ、話を聞く事にした。
﹁で、どうだったの?﹂
﹁最悪ですね、船内の規律は守らない、大量の真水を消費する、酒
を飲んで﹃俺は勇者だ﹄とか﹃私は第三王女レルスよ﹄とか言って
暴れる、与えた船室で盛大に大声を出して盛る、まだ家畜を乗せて
1783
た方がましでしたよ﹂
﹁あ、うん。もう良いよ。ありがとう。船を燃やしてごめんなさい、
そしてアレには言わないし、船員の命は保証するから安心して。そ
してあいつ等、本物のラズライトの第三王女と、それに召喚された
愛されてる勇者だから﹂
船長と船員が哀れになってきたな。今度会田さんに言って、この
船長と船員も引き取ろう、ついでに船も強請ろう。どうせ、この船
の持ち主の貴族から有る程度の迷惑料とか取りそうだし。
そのまま砂浜に戻り、
﹁船長との話は付いた、暴れないと約束すれば命の保証はする。そ
れが約束出来る奴は立ち上がれ﹂
そう言うと全員が立ち上がったので、見張ってた人達に縄を切っ
てもらい、旧拠点前に移動してもらい、キースやおっさん達にも食
事を済ませるように言った。
そしてフルールさんに話しかけ﹁二人を砂浜に埋めて拘束中﹂と
報告して、二人の前に戻る事にした。
俺は椅子に座り、二人の前で片足を膝の上に乗せ、そこに頬杖を
付きながら質問をする、
﹁さて、お前等の処遇は俺に一任されてる訳で、なるべく生かして
捉えろって事だ⋮⋮どうしてほしい? とりあえず殺さなければ腕
の三、四本までは許可されてる。謝罪すれば、お迎えの船が到着す
るまで、砂の中での三食昼寝付きの生活は保障しよう。何か暴言を
吐く様なら水も与えん、それが理解できたなら首を縦に振れ﹂
それでも王女は縦に首を振らない。
﹁沈黙か、まぁ好きにすれば良いさ。謝罪以外は水も与えないから
な﹂
そう言ってジャスティスの砂を退かし、もう一度簡単に説明する。
﹁レルスはどうなんだよ?﹂
﹁沈黙だ﹂
﹁なら俺も同じで良い﹂
1784
﹁あっそ⋮⋮。ならしばらくそうしてろ﹂
そして、俺は二人の前に座り、少し眺めてたが、ジャスティスの
石の下敷きになってる右手の魔石を思い出し、右手でバールを握っ
てジャスティスの方に向かう。
﹁お、おい、なんでそんなもん持ってこっち来んだよ、こえぇよ﹂
﹁お前の右手の魔石を回収する為に、その右手の上に乗ってる石を
消す。変な気は起こすなよ?﹂
そう言って、肘の可動範囲外からバールで石を何回も叩き、消滅
させ、そのまま足で手首を踏みつけ、魔石を回収しようとするが、
ガッチリはまってて取れない。
バールで籠手の方を叩いてみるが、取れない。少しだけどうする
か悩んでたら、手首を反され、魔法を発動され、鼻先を︻火球︼が
かすめ、前髪が少し焦げた。
﹁おい、変な気は起こすなって言ったよな?﹂
俺はバールでアーメットを乱打し、衝撃を与え続ける。後ろの方
でモガモガ聞こえるが気にせず殴り続ける。防具が無事でも、中身
の人間は無傷でいられないと思ったからだ。数分ぐらい殴り続けた
ら。反応が無くなったので、気絶と判断して右手部分も砂の中に埋
めた。
その頃には、キース達が戻って来たが、犬耳のおっさんにスレッ
ジハンマーを倉庫から持って来てもらう様に頼み、キースに昼食を
持って来てもらった。 ﹁おっさん、そいつが気がついたら、そのハンマーで思い切り鎧の
方の頭叩いて気絶させて。とりあえず今はそれしか方法が無いし、
迎えの船が来るまでは何が有るかわからないから警戒態勢って事で、
まだ酒蔵に避難させておいて下さい、俺もここで飯食っちゃいます
から﹂
そう言って、王女が睨んでるが気にせず、飯を食った。
仕方ないよな、本人が拒否したんだからな。
ちなみに揚げたカラフルな魚の切り身を、野菜とマヨネーズと一
1785
緒にパンに挟んだ、フィッシュバーガーモドキと、串切りフライド
ポテトだった。
1786
第124話 島に乗り込まれた時の事 中編︵後書き︶
後編が有ります
1787
第125話 島に乗り込まれた時の事 後編︵前書き︶
三部構成の後編になります。
1788
第125話 島に乗り込まれた時の事 後編
同日の夜、ジャスティスを交替で見張りつつ、砂が乾いたら、︻
水球︼で砂を湿らせる作業をしていた。
俺はキースに毒を吐かれながらも、ミスリル製の硬い兜をハンマ
ーで、首の骨が折れ無い程度に無言で殴り、何度も気絶させていた。
﹁おい、もう夜だぞ、いつまで殴り続けてんだよ!﹂
﹁迎えが来るまでだ。こいつは俺を殺そうとした、だから気絶させ
てる﹂
﹁他にも方法が有るだろうよ。お前はそんな奴じゃ無かっただろ?
何がお前をそこまで変えた?﹂
﹁何度も言うが、俺は死ぬのが怖い、それだけだ。それにこいつは
勇者だ、気絶してる時に掘り起こして、拘束する前に暴れられたら
? そもそも拘束できる物がねぇよ、こいつは城の地下牢で、分厚
い鉄製の拘束具を付けられてたんだぞ? 根性が糞ねじ曲がってる
奴だぞ? 俺にはこれ以外の安全な方法は思い浮かばない﹂
﹁お前殺されそうになると性格変わるよな。それにしてもよ⋮⋮少
しひでぇんじゃねぇか?﹂
﹁おれが殴り続けるから別に寝ても良いぞ﹂
﹁いや、まぁ⋮⋮あ、おっさん達はどうなんだよ?﹂
﹁確かにやり過ぎだとは思うが、言われてみればそれ以外思い浮か
ばないな﹂
﹁あぁ﹂
﹁こっちの女性には優しくするべきだと思う﹂
﹁そうだね、女性には優しくするべきだね。けどこいつは何人も殺
してるから、取りあえずこのままですね、どんな手を使って来るか
わりませんから。その辺に落ちてる尖った枝とか、石とか使ってき
そうなんで﹂
1789
﹁お、おう﹂
狐耳のおっさんだけ反応が返ってきた、この人女性大好きだから
な。仕方ない。
そしてしばらくしてジャスティスが覚醒したのか、泣きが入った
ので少しだけ話を聞いてやることにした。
﹁止めてくれ、悪かったって。もう抵抗しないし、言う事聞くから
止めてくれよ﹂
﹁あぁわかった、取りあえず大人しくしてればこれ以上何かするの
は止めて置く﹂
そう言って目の前にハンマーを投げ捨て、いつでも拾える事をさ
りげなく知らせておく。
﹁あー、コイツとだけ話しをしたいから、キースとおっさん達は席
を外してくれないか?﹂
﹁構わんが、その女はどうする﹂
﹁耳に粘土詰めて、麻布で顔を覆う﹂
﹁なら平気だな、引き上げるぞお前等﹂
・・
相変わらず猫耳のオッサンは、深く突っ込んでこないな。助かる
けど。
・・・
﹁おい、かなり大切な話がある、さっきはああ言ったが、横にいる
レルス王女にも聞かせられないのは事実だ、良いな?﹂
片手に粘土をイメージして、王女に向かうが、相変わらず睨んで
来るだけだ。まぁ、慣れたから気にしないけどな。
王女も抵抗しなくなってきたから手間が省けて助かる。
﹁まぁ、ジャスティス君、少し話しをしようか﹂
日本語で優しく話しかけ、目の前に胡坐をかく。
﹁おまえ、日本語!?﹂
﹁その辺は後で話すよ。で、会田さんから聞いたけど、君が対峙し
た勇者と、兵士だけど、誰一人として死んでないのは何でだ?﹂
1790
﹁知るかよ、運が良かっただけじゃねぇのか?﹂
﹁そうか、なんだかんだ言って、殺せなかったんじゃないのか? 他の勇者と同じ日本人なんだろ? なんだかんだ粋がってても、そ
の一線は超えられなかった、違うかい?﹂
﹁違うね、俺は殺すつもりでいた﹂
﹁港町で、他の三人が平気で港で働いてる船乗りや、商人の部下達
を切り付けたり、焼き殺してるのに、君だけは剣を抜かなかったそ
うじゃないか﹂
﹁抜く必要無かっただけだ﹂
﹁ふーん、まぁいいさ。いろんな性格になるまでには色々な過程が
有るけど、聞くつもりは無いし、興味も無いよ。けどさ、話を聞く
限り、もう地球に戻れないって話でしょ? 少しは心を開いてもい
いんじゃないのかい? 数少ない地球人、日本人か? 最近は黒髪
が多いって聞いたから、アジア系もいるかもしれないけどね﹂
﹁何が言いてぇんだよ﹂
﹁多分不良やってたんだろ? いつまでもつっぱてないで少し落ち
着いたらどうだ?﹂
・
﹁うっせぇよ、てめぇには関係ねぇだろ!﹂
﹁まぁね、俺にはあまり関係無いな。けど他の勇者はどうだ? 数
少ない仲間だろ?﹂
そう言うと、黙り込んでしまった。
﹁なんで日本語を話せるかについてだ、日本人には隠すつもりはな
いが、俺は転生者だ、つまり記憶を持ってこの世界に生まれ変わっ
た﹂
﹁そんな事あんのかよ、マジうけんだけど﹂
﹁召喚だって、そんな事あんのかよマジうけんだけど、だろ。なら
何でも質問して見ろ、十五年くらい前までの事なら何でも答えてや
る﹂
﹁○県の県庁所在地だ﹂
﹁ま、待て、ちょっと待て、地理は苦手なんだ、自分の住んでた所
1791
の近辺なら言えるんだけど、遠いと気にしないからな。ちょっと待
ってろ⋮⋮○県だろ? ってかお前○県出身かよ!﹂
その後見事に間違え、地域密着型の問題を出されまくり、なんど
かポロロッカと答えたくなった。
あんまり興味無い県の県庁所在地とか知らねぇよ!
﹁すまん、もう少し有名なの頼む﹂
その後は変な目で見られながら﹁日本の首都は﹂とか言われ﹁東
京﹂と答えた時は小声だった。
﹁まぁ良いさ、少しだけ信じてやる﹂
﹁助かる﹂
﹁お前、漫画とか読んでたか?﹂
﹁まぁな、十五年前までだけど﹂
それから、超メジャーな漫画の話題をして、少しだけ打ち解ける
事に成功した。
﹁お前の事は信じることにした、お前はダチだ﹂
﹁あぁ、それで良いさ﹂
﹁他の奴には黙ってろよ﹂
そう言うと、ぽつぽつとさっきした質問を返してくれた。
不良をしてて喧嘩慣れはしてたけど、この世界に来て初めての戦
闘で人を殺せなかった事、怪我をさせる程度までやるつもりだった
が、思った以上に剣が切れて、切った奴が思いっきり血が出てぐっ
たりしてて驚いた事、全員生きててほっとしてる事を話してくれた。
﹁この世界やべえよ、なんであんな簡単に人を殺せんだよ、目の前
で魔法使いにでっかい氷が突き刺さった時は吐きそうになったし、
レルスが丸焦げにした人の臭いが忘れられねぇんだよ!﹂
バイザーが下がってて、顔は見えないけど、泣き声だから泣いて
るんだろうな。
﹁君が顔面を掴んで燃やした兵士は手加減したと⋮⋮だから軽い火
傷と前髪と眉毛が無くなっただけで済んだんだな。会田さんも言っ
1792
笑えよ! 所
てたけど。故意に手を抜いてる可能性も有るって本当だったんだな﹂
﹁あぁ、そうだよ手加減してそれっぽく見せたさ!
詮度胸もねぇクズだよ!﹂
﹁何も恥ずかしい事じゃ無いさ、俺も中々殺せないし、やっと殺し
た時は泣きそうになって吐きそうにもなった。そしてめちゃくちゃ
後悔する。さっきまでいた知り合いには﹃甘すぎる﹄とか言われる
けどね。根っこはまだまだ、平和に過ごしてた頃の日本人してたい
気持ちが抜けて無い。長い物には巻かれろって感じで生きて来たけ
ど、こっちの世界では、殺しだけは中々出来ないね﹂
﹁おい、さっき十五年前って言ったよな、お前いくつだよ﹂
﹁享年三十歳、こっちで十五年﹂
﹁⋮⋮ため口ですんませんでした﹂
﹁気にしてないよ、俺は誰にでも丁寧に話すからね。もちろん俺に
対してはそのままでも構わない﹂
﹁助かるっす、苦手なんっすよ、丁寧に話すのって﹂
﹁ジャスティス君さ、会田さん達に判決を任せて、罪を償ったらこ
の島で更生してみない? こんな事有ったから向こうには居づらい
し、他の勇者も旅に出させる訳にもいかないだろうし、知ってる奴
の監視下に有った方が良いだろ? 今の調子じゃ多分平気だろ﹂
﹁けどレルスが⋮⋮﹂
﹁あー、かなり殺してるらしいからね。王族がその辺の市民を気分
次第で惨殺ってどうなんだろうね、詳しくないからわからないな。
とりあえずは向こうに任せるしかないね﹂
﹁⋮⋮そうっすね﹂
﹁メシ。食うかい?﹂
﹁レルスが食って無いんでいいっす﹂
﹁そうか、なんだかんだ言って好きなんだね。一応体裁を整えるの
に、このまま埋めておくけど平気かい?﹂
﹁うっす﹂
声が元に戻ってるから多分平気だろう。
1793
﹁あ、俺が転生者ってこの子には内緒ね﹂
その後は、王女の布を外して、耳の粘土を取ってから天幕の下の
椅子で、二人を監視してたけど、特に騒がしくなる事は無かった。
まぁ、何かを話してるのはなんとなく聞こえるけど、内容までは
わからない。騒がしくしてないからいいか。
◇
翌日の朝に、二人に暖かい麦茶を与えてから朝食を王女の方に無
理矢理食べさせ。キースとおっさん達と交替で見張り、昼に北川さ
んと櫛野さんが乗った船が到着した。
﹁おう、すまねぇな、追いつけると思ったけど無理だったわ、あの
時戻ってればよかったんだけどな﹂
﹁気にして無いです。んじゃ引き渡しますね﹂
﹁まってろ、準備すっから﹂
﹁多分一人分で平気です。ジャスティス君は説得に成功して友達に
なりましたから﹂
﹁ほう、何が有ったか知んねぇけど、信じて良いんだな?﹂
﹁えぇ、なんなら聞いて下さい﹂
﹁おい、どうなんだ?﹂
﹁カームと約束したから暴れねぇよ、俺はお前等の言う事を聞くん
じゃねぇからな。カームの言う事聞くんだからな!﹂
﹁面白い事になってんな、何したんだ?﹂
﹁心を折ってからの会話、その後説得による和解﹂
﹁あそこに立てかかってるでけぇハンマーと関係あんのか?﹂
﹁まぁ、かなり。んじゃ掘り起こしますからねー﹂
そう言って魔法で周りの砂を退かし、先にジャスティスを解放し、
鎧を脱ぐのを手伝ってやった。
﹁迷惑かけてすんませんでした﹂
そうしたら丁寧に頭を下げて北川さんと櫛野さんに謝罪した。ま
1794
ぁ、なにか昨日の夜に心境の変化でも有ったんだろうな。
そしたら二人がこっちを見てニヤニヤしてたけど、気にしないで
おいた。
﹁あ、コレは王女が持ってた方の魔石です、これは櫛野さんに渡し
ておきますね﹂
﹁ん﹂
そう言って、しっかりと胸の辺りに袋を縛りつけている。
それを見届けてから、王女の方の砂を退かし、引っ張り上げると、
血は止まってたみたいで良かった。死なれちゃ困るからな。
﹁で、なんでこうなってんだ?﹂
ジャスティスが王女を抱き上げ、砂浜に寝かせ、隣にしっかりと
付いて上げている。
﹁腕の良い弓使いによる狙撃、そのまま埋めるとなんかヤバそうだ
から処置してから埋めました﹂
﹁絶対恨まれるぞ?﹂
﹁もう恨まれてる結果がコレですけど?﹂
﹁その結果が肩と膝か、エゲつねぇな﹂
﹁狙えと言った俺も俺だけど、まさか本当に当てられるとは思わな
かった。その結果が矢姫です﹂
﹁矢鴨みたいに言うなよ﹂
﹁まぁ、この状態で拘束するか、寝かせてはこびこむかは任せます﹂
﹁んー﹂
そう言って北川さんはジャスティスの方を見て、
﹁寝かせたまま運びこめ! それと見張りは一人で良いから、この
ジャスティスって男は王女の隣の部屋に押し込んどけ﹂
船員に指示を出し、王女に付き添うジャスティスと櫛野さんを見
ていた。
﹁本当に変わったな。あいつ﹂
﹁えぇ、何が有ったかは言えませんけど、多分平気でしょう。とり
あえず原因は、今まで他の勇者と関って無かっただけですよ﹂
1795
﹁そっか。ならしゃぁねぇな。俺達も早く帰らねぇといけないんだ
けどよ、船足を稼ぐのに、食糧片道分しか乗せてねえんだよ﹂
﹁はいはい、食糧の積み込みですね。船長と話しをするので連れて
きてください﹂
﹁助かる。後で礼でもするわ﹂
﹁期待しないで待ってます﹂
その後はいつも通り、商品を乗せる時の様に慣れた手つきでさっ
さと荷積みを終わらせ、さっさと帰って行った。
◇
それから一ヶ月後、俺は会田さんに呼ばれ、また地下室に来ている。
この間の喧騒は無く、テーブルとかも綺麗に片付けられていたが、
小さなテーブルと椅子が四脚だけ有った。
﹁お疲れ様です﹂
﹁お疲れ様です。呼んだって事は、こっちに着いたって事ですよね
? かなり遅かったんじゃないんですか?﹂
﹁えぇ、島での事と道中の事を、カームさんを呼ぶ前に事前に本人
と北川さんに聞いて、しばらく様子を見ていましたので﹂
﹁そうですか、それでどうなんです?﹂
﹁とりあえず二人とも地下牢ですが、ジャスティス君の方は物凄く
大人しいですし王女の方も付き物が落ちた感じですね。何が有った
のか教えてくれませんか?﹂
﹁言えません。約束ですので﹂
﹁わかりました、そう言うなら聞きません﹂
簡単に挨拶を終わらせて席に着き、出されたお茶を飲みながら二
人のこれからの事を聞いた。
﹁で、二人はどうするんです?﹂
﹁ジャスティス君の方は報告の通り、誰も死んでませんし、怪我を
させた方々に謝罪は済んでますので、後は軽い罰を与える程度です
1796
ね。王女の方ですが。こちらの法律で裁く事も出来ませんし、城内
で厳しい監視下のなかで幽閉でしょうね、亡くなった方の家族には、
金銭が支払われる予定です。目立つ場所で、家族による石打ちが妥
当だと思ってたんですが、どうしても無理でした﹂
﹁そうですか。王族貴族って色々面倒ですからね﹂
﹁えぇ、表向きは、国王が国の舵を取ってる事になってますからね。
我々も表では強く出れないんですよ﹂
﹁ソレがあったから平気で殺してたんですかね?﹂
﹁どうでしょうね、その辺は本人に聞くしかないですね﹂
﹁墓守二人がいたでしょう、そっちは?﹂
﹁一応王族に関ってて、絶対な忠誠心から爵位も高く、位を剥奪程
度が妥当でした﹂
﹁そうですか。なんか少し悔しいですね⋮⋮﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
少しの沈黙を挟み、会田さんが口を開いた。
﹁そう言えば、昨日付けでジャスティス君の投獄が終わったんです
が、牢屋から出ようとしないんですよね、隣が王女だからでしょう
か?﹂
﹁なんだかんだ言って王女の事が好きなんですよ、向かいに牢が有
るならそっちに移すか、見張り付きで多少の接触も良いとは思いま
すけどね﹂
﹁⋮⋮そうですか。考えておきます。今回は本当に申し訳ありませ
んでした﹂
﹁いえいえ、結果的に死んでないので問題無いです、んじゃコレで
失礼します。ジャスティス君には多少王女に関する事なら、温情は
有っても良いかもしれませんよ。なんだかんだで、根っ子は良い子
ですから﹂
﹁わかりました、しばらく様子を見て考えます﹂
そしてこの騒動はとりあえず終結した。
1797
第125話 島に乗り込まれた時の事 後編︵後書き︶
相変わらず甘い作者です。
年末年始は気が向いた時しか文字を打たないので、かなり次は遅れ
ます。
勇者の名前は管理がしやすいように、あいうえお順なんですが、櫛
野と久我で﹁く﹂がダブったので、久我の方を﹁剣崎﹂に変えます。
1798
第126話 ダラダラした時の事︵前書き︶
あけましておめでとうございます。
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1799
第126話 ダラダラした時の事
ジャスティス君が帰った後、特に戦後処理の必要はあまり無かっ
た。
あの騒動の後、燃えた船の解体を少しづつ始めた。
甲板の燃えた船を運用出きるかと思い、
﹁船長。コレ、再利用出来ないですかね?﹂
﹁一回燃えた船は無理ですね。メインマストも根本の方が少し焦げ
てますので、強風で折れる可能性が有ります﹂
﹁あー、んじゃ無理ですね、蒸留所の薪にしましょう、一応使えな
かった場合はどうするか考えてありましたし。何か使えるもの有り
ます?﹂
﹁無いです﹂
その時にきっぱり言い切られた、まぁ仕方ないよな。
そのやりとりがあり、使いやすいように一定の長さに切っての繰
り返しで、蒸留小屋の中に薪として貯め、入りきらない分は簡易的
な屋根を作り置いておくことにした。
そんな事をしている内に、会田さんから連絡があり、顔を出して
きたのが昨日だ。
◇
﹁んじゃ予備の船員の補充として、この元船員達を船長に預けます
ので、好きにして下さい﹂
﹁はい、わかりました﹂
﹁ゆくゆくは船を増やす予定ですので、腕が鈍らない程度に人員を
運用して下さい﹂
﹁わかりました﹂
1800
アクアマリン
俺が船を燃やしてしまった事で、ジャスティス君を乗せてきた船
長及び船員は失業と言うことで、一時的にこの島で預かり、会田さ
んの判断で﹁そっちで使ってやっください﹂と言われ、島民として
吸収することになった。
そろそろ普通に陸で生活する魔族も増やしたいな。だって人族増
えすぎだし。まぁ、次の物資の出荷と入荷が終わってからで良いか。
よし、家に帰ろう。色々と疲れた、しばらく戻れなかったしな。
﹁俺、家に帰る⋮⋮。俺がいない間は誰かに任せた﹂
﹁は? カームさん、何か指針とかは!?﹂
﹁無いよ﹂
﹁無責任ですよ!﹂
﹁俺、村長じゃないし⋮⋮﹂
その辺にいた男性達が、何か言っていたが、俺は無責任な言い訳
をして、転移陣でベリル村に戻った。たまには何も考えずにのんび
りしたいよ。
﹁ただいまぁー﹂
そう言って居間に行き、窓際でひなたぼっこしていたラッテを見
かけ﹁ただいま、疲れた﹂そう一声かけてから中腰になって抱き付
き、胸に顔を埋める。
﹁おかえりー。よしよし疲れちゃったんだね、少しゆっくり出来る
んでしょ?﹂
・・
そう言いながら後頭部を優しく撫でてくれる。
﹁ん。ゆっくりする。帰ってこれなくてごめん。スズランは?﹂
俺も出来る限り甘える様に、胸に顔を埋めながらゆっくりと顔を
こすりつけ、柔らかさを堪能する。
﹁池のお姉さんの手伝いをしてから買い物だよー、池の鴨の冬越し
の準備だってー﹂
﹁そっか、今日は休み?﹂
﹁掃除して、牛さんと豚さんにご飯あげて、干し草をかなり中の方
1801
に補充して終わりだったよ。そろそろ雪が降るからね、放牧も少な
くなるし﹂
﹁そうか、もうそんな季節かー。島は暖かいから、そういうのいら
ないからね﹂
﹁そっかー、動物さんも暖かくて良いねー﹂
﹁けど、夏は暑すぎてかわいそうだけどね﹂
﹁そっかー﹂
他愛のない会話をしても、優しく相槌を打ってくれる。
そうしている内にスズランも帰ってきたので、買い物籠を台所に
おいて、居間に来たらスズランの胸にも顔を埋めると、無言で頭を
撫でてくれる。
﹁疲れた、とにかく心が疲れた﹂
﹁ん⋮⋮。とりあえずお昼作るから。少しゴロゴロしてて﹂
﹁じゃー私もお昼作るの手伝うよ、少し軽いのも必要そーだし﹂
﹁じゃぁ、ゴロゴロしてる﹂
そのまま寝室に向かう。実は俺達夫婦の寝室のベッドは俺が魔王
になった頃から二つになった。
子供達が小さい頃は一緒に寝るために三つだったけど、大きくな
ったので、一つは子供部屋に行った。
ちなみに日替わりで、俺がベッドを行き来している。そして前回
最後に一緒に寝たのがラッテだから、スズランのベッドに向かい、
ベッドに倒れ込む。
そのまま隣りのベッドのラッテの枕に手を伸ばして、引き寄せて
抱いて目を瞑り、二人の香りを楽しむ。ラッテほどじゃないが、俺
だって嫁達の香りが恋しくなる時だってある。
タンスを漁る様な事もしないし、洗ってない衣類だと行きすぎて
る気もする。
まぁ洗濯されてる服や下着でも良いけど、何かほのかに香る物に
顔を埋めたい。
そんな事を思う程度には、疲れてるし甘えたい。幸いにも、結婚
1802
後でも愛情を注いだり、注がれてるので、冷めてる事は無いのが救
いだ。本当にこう言う時は異世界でも助かる。
生前? 結婚してなかったから主にモフモフのいるカフェとかだ
ったけどな。
そんな事を思いながら枕を抱いて顔を埋めてゴロゴロしてたら、
呼びに来たラッテと目が合い、ニヤニヤされながら頭を引っ込めて
いった。
呼んでくれるだけで良かったのに、こう言う時だけ変な所を見ら
れる。
﹁子供達は?﹂
﹁そろそろ﹂
そう言ってきたので、出せれたお茶を先に飲んでたら、三分もし
ない内に帰ってきた。相変わらず時計も無いのにすごいと思う。
これを、子供の頃の朝にも発揮してくれれば良かったのに。
まぁ、ダボダボ部屋着とか見れたから良いけど、イチイさんの殺
気で相殺だったけどな。
﹁あ、お父さんお帰りなさい﹂
﹁お帰りなさーい﹂
﹁はい、ただいま﹂
その後は皆で食事を楽しむが、俺の料理が無いうえに、少しだけ
食が細いのを察したのか、午後は訓練とか言わなかった。
その後はベッドに入り、がっつり昼寝をして、夕食の時間に起こ
され、半分寝ぼけてる状態で夕食を食べて、最後に風呂に入って湯
船の中で軟体生物の様にダレて、スズランに抱きついて寝た。
◇
次の日には気分を入れ替え、ある物で朝食を作る。
卵と鶏肉は常にあるけど、今日はベーコンを見かけたので、ベー
1803
コンエッグと簡単なサラダと昨日のスープを温め直し、ホットサン
ドを作った。
香りに誘われたのか、ラッテと子供達が起きて来て、俺がスズラ
ンを起こしに行く。相変わらず寝起きが悪いが、いい加減馴れてる。
一声かけて、多少反応したら上半身を無理矢理起こし強制的に覚
醒させる。
﹁あー⋮⋮﹂
﹁朝食出来てるから急いでね﹂
﹁んー﹂
相変わらず本当に寝起きだけは悪いんだよな。
その後に朝食になる。ホットサンドは多少冷めたが、まだまだお
いしく食べられる暖かさだ。
その後は子供達を送り出し、二人と久しぶりの会話を楽しむ。
﹁前々から言おうと思ってたんだけど、ミエルの髪型の趣味はラッ
テの?﹂
俺が魔王になった頃から、切っている様子も無く、最近は無造作
に首の後ろ辺りで束ねている。顔付きは多少幼いが凛々しいし、身
長もラッテよりあるし男とわかる。だから女に間違われる事はない
とは思うが、そろそろスズランと同じ長さになりそうだ。
﹁そーだねー。細いし癖がないから女として少しうらやましくてね
ー。それに顔も良いから女の子に絶対もてるぞー﹂
そう言いながらなんかニヤニヤしている。ミエルにハーレムを作
らせたいのか?
﹁まぁ、ミエルが嫌がってないならいいけどな﹂
﹁髪には魔力が宿るって言われてるしねー﹂
﹁ふーん、初耳だな﹂
だからか。まぁ俺には関係無いし、使えば使うほど魔力が上がる
って言われたから、あまり関係無いと思うけど、そう言われてるな
らそうさせた方が良いな。
﹁リリーは、いかにも私は動きますって感じで、女らしさがわかる
1804
程度には短いよね。肩くらいで面倒が少なそう﹂
﹁長いと目に入るって言ってねー、短いままなんだよ、スズランち
ゃんみたいに綺麗な黒髪なのにもったいないよね﹂
﹁確かに綺麗だけど、本人がそう言うなら仕方無いよ、二人で長く
して結っても似合いそうだけどね﹂
そう言うとスズランはコクコクとお茶を飲みながら頷いている。
﹁まっ、大きな怪我をしないで元気なら良いさ﹂
﹁そーだねー﹂
﹁うん﹂
﹁二人は本当に冒険者になりたいんだろうか? さすがにそろそろ
部屋を分けた方が良いと思い始めてさ、部屋を一つ増やそうと思っ
てるんだけど、来年で学校は学年が二個目だろ? そうすると季節
が二回巡れば旅に出る。それなのに増築するのはもったいないよな﹂
﹁そーだねー﹂
﹁それに子供達が独り立ちして出て行ったら、二人には島に来て欲
しいと思ってる﹂
﹁んー。確かにその方が良いと思うけどさー、この家はどうするの
?﹂
﹁父さん母さん達に管理してもらって、定期的に帰ってきたりする。
考えてみてくれ。もし戻ってきた時に、自分の家に他の人が住んで
た時の事を﹂
﹁んー。ごめん、そこは何も言えないかなー﹂
﹁あ、ごめん﹂
﹁いいよいいよ、気にしてないし﹂
﹁だから売らないで、このままにしておこうと思う﹂
﹁私はそれで良いと思う。カームの考えは間違ってない。あの子達
がどこかダンジョンの近くにある。町か村に家を借りても。ここは
あの子達の故郷にしてあげたい﹂
﹁んーそうだねー﹂
﹁まぁ、それは決まりだ。問題は部屋だな。二人ともとっくに色気
1805
付く頃だろ。姉弟と言っても、部屋が一緒だと色々と問題もあるし、
音とかも気にするだろ? 本当どうすれば良いか悩んでるんだ﹂
﹁んー﹂
﹁俺達が少し早めに島に行って、子供達にこの家を使わせても良い
けど、家事は学校に行ってる間はやってあげたほうが良いだろ? 交代で俺達の実家に行ってもらうのも悪いし﹂
﹁あの子達って結構部屋でも仲が良いから。真ん中に薄い壁で良い
と思う﹂
﹁んー二巡だけだし、それで良いか。色々発散するのには気を使う
と思うけど﹂
﹁そーだねー、リリーちゃんには、ミエル君に変な事されそうにな
ったら、思い切り殴っちゃえって言ってあるから﹂
﹁さすがに姉弟では無いだろ﹂
﹁まだ無いよー﹂
スズランはやっぱりお茶を飲みながらコクコク頷いてる。
んー、なら薄い板か分厚い布をカーテンで良いか。
﹁リリーやミエルの恋仲になってる子とかいるの?﹂
﹁いない。冒険者になるからって断ってるみたい﹂
﹁ほー﹂
﹁それに﹃私の好みで、私より強かったら考える、お父さんより強
かったら応じる﹄って言ってるから。この村じゃ多分無理﹂
﹁俺を物差しに使わないで欲しいなー。ミエルは?﹂
﹁そう言う風になる前に、やんわり断ってるねー。ミエル君の好み
がわからないよ。冒険者になるから、有る程度強くて料理とか出来
る子じゃない? 最近は料理も覚えようと必死だし﹂
﹁あーそれは多分俺のせいだな。今有る物だけで、料理作れた方が
困らないぞって秋の頭に言ったわ。で、どんなの作ってるの?﹂
﹁んー、具は日持ちする物だけで何か、味付けは塩だけ、たまに香
草の時もあったね﹂
﹁ほー、がんばってるんだな。でリリーは?﹂
1806
﹁薪割り﹂
﹁あ、うん。何となくわかってた。普段は何か作るの?﹂
﹁全然。ミエル君に任せっぱなし﹂
﹁んー、前に住んでた共同住宅の、ダークエルフみたいな事になっ
てるな。あの人は﹃出来る奴にやらせればいい﹄って感じだったか
らなー。多少は覚えて欲しいなー、親として。女の子として﹂
﹁んー、リリーちゃんは食べるだけで、作るのに興味はないからな
ー﹂
﹁スズランの方がマシだった!﹂
﹁って言うか、カーム君が料理上手過ぎるんだよ! なんでお菓子
まで作れちゃうかなー﹂
﹁何でだろうねー﹂
んー、ミエルに交代で、食事を作らせるように言うべきかな。
前に、野営の触り程度で作った、塩振ったウサギの丸焼きが薄味
だったし、せめて釜戸と材料がそろってる環境では、作れるように
なって欲しいな。
1807
第126話 ダラダラした時の事︵後書き︶
兎の丸焼きの下りは、おまけSSの﹁父として﹂に有ります。
興味が有ればどうぞ。
http://ncode.syosetu.com/n4699
cq/12/
1808
第127話 今後の事を考えた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
1809
第127話 今後の事を考えた時の事
同日の昼過ぎ、ダラダラすると決めた俺は、一人酒場に行きカウ
ンター席の一番奥の薄暗い場所で、紙と羽ペンを持ちながら、静か
に蒸留酒を飲んでいる。
確か蒸留して樽に詰めて無い、なんだったかな⋮⋮ラム? ジン
? ウオッカ? にグレープフルーツを混ぜて混ぜればスクリュー
ドライバーだったか? まぁカクテルの事は良くわからないし、そ
れらしく島で出しても良いかなーと、今考えている。
ウェルカムドリンクの様に酒にミントとライムでモヒート的な物
を作りたいな、そうすると炭酸やジンジャエールも欲しいな。確か
野草さんが生姜を見つけて栽培してたな。ミントは俺が植えて、そ
の辺に自生してるし、偶に蜜蜂はもちろん、ハニービーさんがウロ
ウロしてるし。
ジンジャエールみたいな炭酸はないからジンジャービアで代用で
きるかな、確か砂糖と潰した生姜で発酵させたものだよな。それを
モヒートに入れて、濃かったら水で薄めても良いな。
氷系の魔法を使える誰かを雇用した方が良いかなー。水性系魔族
の誰かが使えれば、一番早いんだけど、島の周りは常夏だから、氷
を知ってるかが問題だ。
そう思いながらも隅で一人酒を飲む。
﹁カーム君、悩み事かい?﹂
眉間にしわを寄せ、考え事をしていたら、マスターが話しかけて
きた。
﹁悩みではないですが、今後の領地の方針というかなんというか、
飲みながらのんびり考えてます﹂
﹁そうか、君は皆と違って静かに飲むから面倒が無くていいよ。た
だ昼間から酒は少し感心しないな﹂
1810
﹁まあ、昼間じゃないと静かに飲めませんからね、家で飲んでもい
んですが、やっぱり薄暗い雰囲気が落ち着きますし考えもまとまり
ます﹂
﹁まぁ、そういう飲み方も有りだよね、けど昔からそうだけど、考
えすぎて疲れないように。じゃ、何かあったら言ってね﹂
﹁はい、ありがとうございます﹂
そう言いながらまた思考を巡らせる。
なんか酒にレモンジュースとジンジャエールのレシピもあったな。
炭酸が無いから、それなりの物で南国っぽいのを演出したいから、
ジンジャービアとモヒートは鉄板だよな。
後はお湯で割ってた奴もあったよな。グロッキーの元になった奴。
酒は忘れたけど、レモンと砂糖とシナモンだったような。これもい
けるな。
ワインにオレンジジュースも簡単なカクテルだったな。ここで試
しても良いけど、マスターには悪いし、島で試そうか。
そもそも、何か二つを混ぜた時点でカクテルなんだから、島にあ
るクランベリーとか蜂蜜でも良い訳だよな⋮⋮。まずは酒好きな島
民に飲ませてみるか。
俺は、少し口を湿らせるように酒を軽く口に含み、紙に﹃カクテ
ル・試作する﹄と書き、次の事も考える。
後は男女比率と、魔族だな。人族の割合が多いし男も多い。
今度船長に頼み、魔族側の大陸に連れて行ってもらおうか。そこ
で島民を募集しよう。
後は、貴族の船に乗ってた船長と船員だよな、コランダムに家族
もいるみたいだから、アクアマリンを本拠地にして、コランダムで
運営させるのもありか。
船も造る必要があるし、一時的に返しても良いし、島につれてき
ても良いかもしれない。
けど、家を持ってるとか、親がいるとかも聞いたから、前者の考
1811
えの方が面倒が少ないか。けど、どうしても船が必要になるな。
そもそも船っていくらなんだ?
あの有名な、ガレオン船とか必要無いしな。だってアレの運用人
数って五百人近かった気がするな。今の島民より多いし、金も無い。
むしろ、国営的な規模じゃないともてなさそうだし、そこまで物
資運搬能力はまだ必要ない。あの時燃やさなければ良かったな。
紙に﹃人工・男女比・船の値段﹄と書き、カップの酒を飲み干し、
お代わりを頼み、カップに︻丸氷︼を落とし、次の事も考える。
後は、この村で大工の修行させてた船員と、その奥さんだよな。
もう良い感じでお腹が大きくなってきてるし、戸籍とかの管理も本
格的にしていきたい。
これはクラヴァッテの口利きで、誰かそう言うのに強い、将来有
望そうなのを借りるような事を、前々から言ってるし、向こうもか
まわないような事を言ってたから、この話も本格的に詰めていくか。
そうすると、本格的な商店や宿の設営もしたいし、観光事業にも
力を入れたいが。見る所はあまりないから、宿泊施設を充実させ、
湾付近を整備させて、露店市みたいにさせたいな。そして保養地、
糞忙しい奴にのんびりしてもらいたいね。
そうなってくると、治安維持も必要になってくるな。自警団を置
くのは当たり前だとして、個人個人での防衛も重視させて、ご近所
さんのつながりも重視させて、簡単な武器の携帯も許可させたほう
が良いか?
スイスみたいに国民全員がある一定の戦力を持つような感じで。
﹁殺されたくなければ金を出しな!﹂
﹁おい、殺すって事は、もちろん殺される覚悟も出来てるんだろう
な?﹂
とか言いながらナイフを抜いて、気が付いたら周りの店員や、島
民が刃物を出して応戦。かっこ良いな。
﹁おばちゃんが、ナイフっていうのは、こういう物のを言うんだよ﹂
1812
とか言いながら、マチェットとかダガーを出してもかっこいいな。
とにかく、島民のモラルがものすごく高いのが条件だけどな。あ
る一定の条件だけ満たした島民だけに、武器の所持を許可するのも
ありか。
メモに﹃戸籍管理・出産祝い・湾の整備・保養地・露店・武器携
帯許可と自衛・自警団﹄と書き、冷えた酒を二口ほど飲み、続ける。
そうすると、島の北側と西側の、カカオとコーヒーの自生地に住
宅も増やしたいし、島の中央に有る山のふもと付近の整備も必要だ
な。
島の比較的内側に三個ほど有る大きな湖も何かに利用したいな、
淡水魚とか鴨とかに。
けど、水質汚染が心配だから、海に近い、標高が低そうな所を探
して、水を引いて人工湖にして、肉と羽毛も取りたいな。
それと﹁アクアマリンと言ったらコレを食わなきゃ始まんねぇよ
!﹂って料理は、もうフィッシュアンドチップスと、フィッシュバ
ーガーで良い気がしてきた。露店で手軽に売れそうだし。
他の飯が食いたいなら、食堂に入ればいいし、その辺で気楽に食
べられる、スペースの確保も必要だな。
そうすると、喫水の浅い船が停泊できる場所が、東を除く最低三
ヶ所は欲しいな。防衛面を重視してたけど、やっぱり利便性が欲し
くなる。魔法で地盤をせり上げて、簡易的な停泊所も必要だな。そ
れとも丸太と板にした方が、壊しやすくて良いか?
その辺は要相談か﹃島の内陸の整備と人工湖の作成・観光用のメ
イン料理・港の整備﹄も付け足す。
そもそも、まだ商業用の船しか停泊しないから、荷卸しの時の船
乗り用の店って事で、まだ酒場と娼館でもいいんだよな。そのつい
でに、フィッシュアンドチップスとかが売れればいいんだし。
とりあえずそれが先か。まず娼婦と氷が出せる魔法使いが先で、
1813
その後に人族の女性の勧誘と魔族の勧誘。
んー、面倒くさい。
﹁ほら、そうやってまた考え込んでる。眉間にしわが寄ってるよ﹂
いきなり話しかけられ、多少驚いたが﹁あ、すんません﹂と言っ
て残りの酒を飲み干し、インクが乾いてる事を確認し、紙をポケッ
トにしまってからインク壷と羽ペンを返し、酒場を出る。
大体の方針は決まったな。結局ダラダラしないで考え込んでたけ
ど、たまにはこういうのも良いな。
そして俺は森の方に向かい、ハニービーを訪ねる事にした。
﹁あ、どうも、去年の冬に何か必要な物とかありました?﹂
﹁いえ、特に問題無く過ごせてますし、花粉や蜜の備蓄も十分です
の平気です﹂
ござる個体じゃなくて良かったわ。
﹁そうですか、それは良かったです﹂
﹁この付近は、小さいですが、花の種類も数も多いので助かります﹂
﹁えぇ、俺が多少手を入れてますからね、蜜蜂の方はどうですか?﹂
﹁お宅のミエル君が手伝ってくれているので、かなり助かっており
ます。今ではだいぶ手馴れて来てますね﹂
﹁ほーそう言ってくれるなら、親としては嬉しいですね。本格的な
冬が来る前に何か有れば言って下さい、出来る限り事はしますので﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁あれー、カームじゃん、どうしたの?﹂
差し当たりの無いやり取りをしていたら、シュペックがやって来
た。
﹁んー、冬に備えて、ハニービーさん達に何か不備が無いか聞いて
たんだよ﹂
﹁あー、僕もそこまで気が付かなかったよ。春に元気に飛んでたか
ら、問題無く冬を越せると思ってた、前回の冬も何かやってたの?﹂
﹁前回の冬は、何もしないで平気かどうか試す為に、断られたんだ
1814
よ﹂
﹁はい、そう伺っています。ですので今年も大丈夫だと思います、
最悪の場合は、寒い中、数名が犠牲になりながらカームさんのお宅
まで失礼するかもしれません﹂
﹁怖い事言わないで下さいよ﹂
﹁蜂玉を作りながら飛び、最後の一匹が残れれば我々の勝です﹂
﹁いや、そうなる前に対策しないと﹂
﹁それは大丈夫って言わない気がするよ﹂
﹁ふふっ、我々の中では勝ちなのですよ﹂
﹁そうですか、何か有ればミエルに言ってくれれば、最悪俺まで話
が来ますので遠慮なく頼ってください﹂
﹁お気遣いありがとうございます。では失礼しますね﹂
そう言うと、木の虚の中では無く、森の方に飛んで行ってしまっ
た。ギリギリまで蜜を集めるんだろうか? 秋の暖かい日は飛んで
るのを見かけた事が有るから、多分それだろう。
﹁で、カームはいつ戻って来たんだい?﹂
﹁昨日の昼前に﹂
そんな会話をしながら、村の方に向かって歩き出す。
﹁言ってくれれば良かったのに﹂
﹁すごく疲れてたからね、昨日も今日も子供達の稽古をサボった﹂
﹁そしてお酒を、昼間から飲んでたって訳だね、お酒臭いよ﹂
﹁否定できない﹂
﹁強くて酔わないのに、一人で飲む意味あるの?﹂
﹁少し考え事をね、薄暗くて静かな所で一人。かなり良いよ﹂
そう言って、ポケットに入れたメモ用紙を見せる。
﹁箇条書きで要点しかないけど、僕にでもわかるよ。またなんか難
しい事を考えてたって﹂
﹁難しくは無いよ、任された島の今後の方針だよ﹂
﹁酒とか戸籍管理とか自警団とか、考えただけでも頭が痛いよ﹂
﹁まぁ、案だから、これから意見交換と擦り合わせだから、忙しい
1815
のはこれから。しかも結果が出せそうなのは、季節が何回か廻った
らかなー﹂
﹁そんな先の事まで考えてるの? カームはやっぱり頭おかしいよ
! ほんとは酔ってるんでしょ!?﹂
失礼なワンコだな。
﹁いやいや、昔からこうだろ? いまさら何言ってんだよ﹂
笑いながら肩を叩き、いつも通り、俺がいなかった時の話題をし
ながら帰った。
﹁悪いんだけど、ヴルスト達と飲んで来るわ﹂
﹁はーい、いってらっしゃーい﹂
﹁ん。潰さない様に﹂
﹁はいはい﹂
そんなやり取りをして、酒場に向かうと、すでに三人が座ってい
た。
﹁おせーぞ﹂
﹁わりぃなー、少し遅れたみたいだ。マスター、昼間と同じの﹂
﹁え? 昼間も飲んでたの? それよりシュペックから聞いたけど、
また小難しい事考えてるんだって?﹂
﹁んーまぁねぇ、多少は先の事も考えないと駄目な時期になって来
てるからねー。ほんとうどうしようか迷ってるんだよね﹂
﹁メモとか取ってたじゃん、あれ全部やるの?﹂
﹁んだよ見せてみろよ﹂
ヴルストにせがまれ、メモを渡すと、
﹁相変わらずめんどくせぇ事考えてんだなー。なんだよこの自衛と
か保養地とか、理解出来ねぇぞ﹂
﹁俺の領地でしか出来ない事を考えてた、何といっても金になる物
も作らないと島が潤わない﹂
﹁この村の蒸留小屋みたいないもんか﹂
﹁そーそー。まぁ島にも蒸留小屋作ったけどなー。そしたら校長の
1816
お姉さんがやって来て、物凄く気に入っちゃってね。そのまま居付
いてる﹂
﹁酒好きの種族はどこにでも現れるね﹂
﹁まぁな。それをこの間校長に話して、島で姉弟で飲み会。季節が
百回以上廻るくらい合ってなかったって、言ってたな﹂
﹁校長って何歳なの?﹂
﹁わかんないよ﹂
﹁で、まだ村で見かけてないけど?﹂
﹁﹁﹁酒飲み旅行﹂﹂﹂
﹁あ、はい﹂
﹁もう校長は、他の人に任せればいいのに﹂
﹁なんとなくその方が良い気がする﹂
﹁この原因作ったのカームだよ?﹂
﹁んー、否定できない。けど酒を広めたのは校長だろー? 俺だけ
が悪いって事は無いよ﹂
﹁んーけどなぁ⋮⋮﹂
﹁年越祭には、帰って来るって言ってたから、いんじゃないか? 蒸留小屋も校長がいないから、見張る必要ないし﹂
﹁あー、そんな利点があるのか﹂
﹁そうそう、なんだかんだ言って試飲するし、厳重に管理したいっ
て言うのに﹂
﹁そいつは困りもんだな﹂
﹁おいおい人事みたいに言ってくれるなー﹂
﹁俺は、校長の姉に三十日に一回樽半分の酒渡して、友好関係結ん
でる。何か有れば島を守ってくれるし。そう考えれば、竜族には少
し恩を売っておいた方が良いぞ﹂
﹁いや、蒸留の仕方を教えた時点で、かなりの恩を売ってるぞ? それに商人も増えたし、追いつかねぇよ﹂
﹁嬉しい悲鳴って事にしておけ、その点じゃ、ヴルストも俺も忙し
いって意味じゃあまり変わんねぇよ﹂
1817
﹁そうだよなー﹂
﹁僕達はー?﹂
﹁村の安全を守ってる、物凄く偉い奴じゃないか﹂
﹁やったー﹂
﹁いや、シュペック。少しだけ違う気がするぞ?﹂
そんなどうでも良い会話をしつつマッタリ飲み。俺は三人を介抱
する事なく、家に帰り。風呂に入ってたら、スズランとラッテが乱
入してきて、湯船で三人でのんびりした。
1818
第127話 今後の事を考えた時の事︵後書き︶
主に今後の方針でした。
1819
第128話 娘に蹴られた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です
1820
第128話 娘に蹴られた時の事
昨日の夜は、襲われると思ったがそんな事は無かった。俺がまだ
村にいるとか言ったから、心の傷が深いと思われたのだろうか? まぁ、こちらから振るのもありかな、そう思ったけど、ラッテが。
﹁おいでー﹂
とか言って、胸の辺りをポンポンとして、胸に顔を埋めたら優し
く撫でてくれたので、そのまま寝てしまった。二日連続でこういう
のも悪くない。
まぁラッテは、俺より頭一個分俺より背が低いから、ベッドから
俺の足がはみ出たけどな。
素直に抱き付いてくれた方が良かった気もするけど。あの柔らか
さには勝てなかったよ。
ってな訳で、無理矢理ラッテの胸から顔を引きはがし、朝食の準
備に入る。特に代わり映えはしないが、最近寒くなってきたので、
暖炉に火を入れ、部屋を暖めたりもして、色々準備を整える。
あとはいつも通り。俺がいる時は、やっぱりスズランを起こすの
は俺の役目になってるのは切ない。
まぁ諦めてるけどね。
食器を洗い、今日も村の探索をする、この時期は帰って来ても、
家の前にある畑の草刈りをしないで済むから、本当にやる事が無い。
特にすることもないので、今日は本当にのんびりしようと思う。
やぐら
まぁ、午後に子供達の訓練に、付き合わされる事になるんだけどな。
そう思いながらも、村外れの櫓に行き、シンケンに許可をもらい、
エジリン方面の手すりに寄りかかりながら、ボーっとする事にする。
﹁あー、良い天気だねぇ﹂
1821
﹁カーム、おっさん臭いよ﹂
﹁んー、良いんだよ。ものすごく疲れてるし。少しくらいダラダラ
しても文句は言われないよ﹂
﹁んー、向こうでどれだけ働いてるか知らないからな、何とも言え
ないね﹂
﹁じゃぁ、何も言わずに、意味の無い会話でもしようか。新村長は
どうだい?﹂
﹁よくやってるんじゃないかな、旧村長が何をしてたかは知らない
けど﹂
﹁俺も知らないんだよなー、話し合いに呼ばれたり、畑耕したり、
街道整えたりくらいでしか呼ばれてねぇし﹂
ため息を出しながら、ゆっくりと流れる雲を﹁あ゛ー﹂と言いな
がら見上げる。
﹁珍しいよね、そこまでだらけてるの﹂
﹁んー、まぁ。色々緊張しっぱなしだったし、これくらいは許して
欲しいね﹂
﹁何があったんだよ﹂
﹁人族の王都絡み﹂
﹁また!?﹂
﹁まーねー。少し前に、ちょっと虐めた第三王女が、大好きな勇者
と、とある理由で離れ離れになって、ある程度自由に動ける王女が。
見張りの兵士を丸焼きにして助け出して、なぜか俺に復讐に来た、
そのまま逃げれば、ある意味ハッピーエンドだったんだけどね、犠
牲者は二人だし﹂
﹁魔王ってそんなに危ないの?﹂
﹁俺の領地って、大陸の間にあるから、比較的人族に狙われやすい
だけ。なるべく敵を作らないようにしてるんだけどね、なぜか襲わ
れる﹂
﹁いや、それは襲われても仕方がないと思う﹂
﹁他の勇者とは、ものすごく仲が良いんだけどね﹂
1822
﹁魔王と勇者が、仲が良いってどうなんだよ﹂
﹁いいんじゃね? 血が流れないし﹂
﹁んーそうだけどさ﹂
﹁それで良いの﹂
それから特に会話も無く、シンケンは見張りを、俺は街道と雲を
見ていたら、今度はシンケンから話しかけてきた。
﹁息子のペルナの話だけどさ﹂
﹁うん﹂
﹁リリーちゃんって、ものすごくモテるらしいね、少し意識してる
みたいだよ﹂
﹁知ってる﹂
﹁知ってるって⋮⋮親として心配じゃないのかよ﹂
﹁色々な物が自分の好みで﹃私より強ければ考える。お父さんより
強かったら応じる﹄って言ってっるから平気だと思ってる。最悪結
婚できないぞアレ﹂
﹁リリーちゃんって、男の子より強いって話だよね﹂
﹁みたいだね。そうなると、俺とどこかの魔王さんが戦う事になる
から、勘弁して欲しいよ。本当俺を基準にしないで欲しい。俺より
強いって事はさ、魔王か魔王になれるって事だろ? 死にたくねぇ
よ﹂
﹁リリーちゃんにわざと負ければ?﹂
﹁痛いの嫌い、しかも手を抜いたとか言われて、絶対何回か戦わさ
れるに決まってる﹂
﹁流石スズランの血を引いてるね﹂
﹁アレは⋮⋮んー。確かに引いてるかもね。力も強いし﹂
﹁ミエル君は、女の子にも人気だね、魔法も学校で一番って話じゃ
ないか﹂
﹁あー魔法が良くできるし、見た目でも人気みたいだね﹂
﹁人気みたいだねって。自分の息子だろ﹂
﹁んー、いろんな女の子から好かれてるのはわかってるし、やんわ
1823
り断ってるのも知ってる﹂
﹁僕が言うのもなんだけどさ、ミエル君って童顔だけど凛々しいし、
かっこいいと思うよ。プリムラちゃんとか、レーィカちゃんが結構
惚れてるって聞いてるけど。むしろヴルストとシュペックが嘆いて
る﹂
﹁あーあの二人の子供は女の子だからねー、気が気じゃないのはな
んとなくわかるよ。半分夢魔族だから、娘がハーレムの一員になる
と思ってるんだろ?﹂
俺は座り、足をブラブラさせながら続ける。
﹁元々夢魔族と俺のハーフだからね、好かれる要素はあるけど、ハ
ーレムを作らないで断ってるのには、冒険者になりたいからじゃな
いのかな? だから最近は、自分から料理を手伝う様になったんだ
ぞ﹂
﹁ふーん、うちのペルナは全くしないなー﹂
﹁シンケンは俺に聞きに来て、それなりに料理を覚えた。けどミー
ルは俺に何回か教わりに来る程度には苦戦した。見事に料理系は、
ミールの血を引いてるとしか思えないけど?﹂
﹁むー、血って恐ろしい﹂
﹁けど皆を纏めてるんだろ? それだけでもすごいよ、あとは料理
を覚えるだけで良いだけじゃないか﹂
﹁料理を覚えるだけって言うけどなー﹂
﹁あ、そうだ﹂
﹁どうした?﹂
﹁エジリン方面って見張ってる?﹂
﹁カームがいるから、見てないよ﹂
﹁距離百五十歩、街道の左手、枯れた背の高い雑草の塊が四個有る
所、右から二個目。頭が少し見えてる﹂
そう言うと、俺の座っている側に来て、矢をつがえ﹁あれか﹂と
呟き、少し上の方を狙らって放ち、矢が茂みに吸い込まれていった。
﹁カームってさ、目も良いし、指示が的確だよね﹂
1824
﹁⋮⋮まぁな﹂
﹁けど、ずっと見てたんだろ? なんで言わなかったんだ?﹂
﹁シンケンの仕事を取らないようにしてた﹂
﹁見張りで、そう言う気遣いはいらないから﹂
﹁この距離で当てられる方もすげぇぞ?﹂
﹁話をすり替えないでよ﹂
﹁こそこそ物陰を移動してくるのを、眺めてるのは面白かったよ﹂
﹁そうかい⋮⋮次は教えてね﹂
﹁距離二百五十から二百八十歩、街道右手、道から大股で二十歩く
らい離れた茂み。少し街道沿いの、草刈りをしろって村長に気が向
いたら言ってくる﹂
﹁⋮⋮あーアレか、よく見つけられるねあんなの。弓を覚えた方が
絶対良いよ!﹂
﹁弓に嫌われてるからいいよ、出来るやつに任せれば﹂
﹁本当もったいないね﹂
﹁だなぁ﹂
麦は刈り終わってるので、作業中の村民はいない。大声で知らせ
ることもせず、少し待ち、シンケンの射程内に入ったゴブリンを射
殺す姿は、流石ハーフエルフと言ったところだろうか。
どうでも良い会話を、昼少し前まで続け、挨拶してから家に帰り、
スズランとラッテの為に、から揚げと半熟卵入りシーザーサラダを
作り、ミエルの為に、蜂蜜入りのふんわり玉子焼きを作って、マッ
シュポテトを器にしたグラタンを作り、カリカリに仕上げ、パンは
朝の残りを使って終了。
昼食後は、稽古稽古とせがまれ、嫌々付き合うことにする。
だって二人に手加減すると、こっちが怪我させられるし、させる
のも嫌だ。
けど、何もしない訳にもいかない。最近、稽古のためだけに購入
した、三本目のスコップと、現役を引退した、使い込んだバールと
1825
マチェットを持ってきて腰に差した。
﹁なぁ、リリー。準備しておいて言うのもなんだけど、そろそろ稽
古を辞めないか? 父さんは、怪我をさせたくないし、怪我をした
くないんだよ。ミエルもだ。これ以上は相殺するより、魔法を撃た
れる前に潰した方が安全な気がする﹂
﹁鎧とかを付ければ良いんじゃないの?﹂
﹁僕もそう思う﹂
﹁リリー達だって付けてないじゃないか、欲しいって相談があれば、
母さん達に、お金を出すように言ってあったんだけど、まだ相談は
ないって聞いてるぞ?﹂
﹁付ける予定だけど⋮⋮まだ背も伸びてるし⋮⋮その⋮⋮。学校を
卒業してからでも良いと思ってるわ﹂
胸の辺りを見ていたし、まだ多少は成長しているらしい。
﹁んー、言いたい事は何となくわかった。それと、父さんの防具は
厚手の服とベストだ。これは、当たれば死ぬ時は死ぬって考えで、
それなら素早く動ける方が良いって考えだ﹂
そう言うと、リリーは難しい顔をしている。
﹁まぁそう言うわけで、父さんは防具らしい防具は、膝と肘に厚手
の皮くらいだな﹂
﹁なら、それを着てよ﹂
﹁持って帰ってきてない﹂
﹁魔法を使えばすぐでしょ。お願い、お父さん﹂
﹁あんまりおすすめは出来ないんだけどなぁ、ある意味防具じゃな
いし﹂
﹁お父さん、お願い﹂
﹁あー、はい⋮⋮﹂
まぁ、単身赴任状態だから、帰ってきた時に甘えてくるのは良い
けど、その甘え方が稽古ってどうよ?
まぁ俺がいないのが悪いんだけどな。
1826
﹁取ってきたぞー﹂
そう言って、目の前に厚手の服と、タクティカルベストを投げ出
し、準備を始める。
少し寒いから厚着をしていたが薄着になり、厚手の服を着込んで
いき、頭に黒の布を巻く。
ベストの方にマチェットとバールを付けてから、それを着込み、
胸の所に黒曜石のナイフではなく、刃の部分を棒にした物を挿し、
右太股に大振りのナイフを括り付ける。
﹁待たせて悪かったね﹂
そう言って、子供達を見ると、なぜか目を丸くしている。
﹁コレがお父さんの防具⋮⋮、本当に布だけ﹂
﹁真っ黒だ⋮⋮﹂
んー、ものすごく便利に作ってある所とか見て欲しいけど、布だ
けしか目に入ってないな。まぁいいか。
﹁な? 当たらない事が前提で作ってある﹂
﹁うん⋮⋮、そうだね﹂
﹁んー﹂
俺の言ってた事が本当だとわかると、なぜかがっかりしている。
レザーアーマー程度はあると思ってたのか?
﹁まぁ、ここまで着込んじゃったし、やろうか﹂
今度は目をキラキラさせて、槍を構えて、木の穂先を向けてくる。
構えるの早すぎだろ。
﹁んじゃ、ミエル、いつも通り頼む﹂
俺もスコップを構え、ミエルの合図を待つ事にする。
パンッと手を叩く音が聞こえたら、リリーは相変わらず、槍を突
き出したまま前傾姿勢で突っ込んで来る。
制止状態からの、この速さは勘弁して欲しい。俺が何も出来ずに、
事故がそのうち起こる可能性が強い。
俺は、スコップで槍を弾き、いつも通り、一歩だけ踏み込んでか
ら足をかけようとしたら、リリーはその場に踏みとどまり、何度も
1827
槍を突き出してきたので、本当にはじくのが精一杯だった。
本当に成長してきたな、畜生! スコップじゃ間合いに入れねぇ
ぞ。
しばらく打ち合い、リリーが石突きの辺りを持ち、縦振りや横振
りを繰り出してきて、点から線の攻撃になりはじめた。
予備動作を見て、横薙ぎの時に思い切り前に出て、体の右側で槍
の柄の部分を、スコップの柄で受け止めた瞬間にスコップを手放し、
胸ぐらを掴み、そのまま引きつけて組み伏せようと思った。
思ったが、リリーも前に出る考えなのか、槍の間合いの中に入ら
れたとわかったら、右手を離し、拳を突き出してきた。槍は離さな
い積もりか。
胸倉を掴むのをあきらめ、そのまま拳を受け止めるが、今度は右
足でわき腹を蹴って来た。
遂に足癖も悪くなったか⋮⋮。父さんは悲しいなぁ。
そのまま、わき腹に蹴りを食らうが、右手を捕まれてる状態で、
あまり体重が乗っていなかったので、気合で我慢し、左手で胸倉を
掴んで、引きつけながらみぞおちに左足で跳び膝蹴りを入た。
リリーの体が折れ曲がり、顔が痛みで歪んでるのが見えたので、
掴んだままの左手を思い切り引っ張って、足をかけてそのまま地面
に転がした。
あー、なんで娘にこんな事しなきゃなんねぇんだよ⋮⋮。わき腹
いてぇなぁ。
﹁すまん、もう手加減出来る状態じゃないんだ、わかってくれ﹂
そう言って、リリーの手を掴んで起こすが、口の中を切ったのか、
血と砂の混じった唾を吐き、悔しそうに口をへの字にしている。
ハンカチで拭うとかして欲しいな。父親として。
﹁うん、別にやられた事に文句はないわ。私が女だから、変に手を
抜かれるよりはずっと良いと思ってる。お父さんの事だから、女の
子に暴力振るうのは、ものすごく嫌いって事も理解してる⋮⋮。け
1828
どちょっと悔しいな﹂
﹁そこまでわかってくれてるなら、親としてはうれしいね。けど、
稽古とは言え、娘に暴力を振るえるような、親ではないのは確かだ
ね。けど、痛いのはもっと嫌だって事も覚えておいてくれ﹂
漫画では、娘に容赦なく攻撃したり、本気で稽古付けてるのを見
た事あるけど、俺には絶対無理。まだ料理を教えてた方が気が楽だ。
それとわき腹がさっきよりジンジンしてきた。
﹁パパ、もし女性が敵で、パパを殺そうとしてきたらどうするの?﹂
﹁戦意を削ぐか、殺す。優先順位は、まずは自分の命だ﹂
﹁じゃあ、もしもママ達が悪い人に捕まって、人質にしてきたら?﹂
随分限定的で、答え辛い物を⋮⋮。
﹁⋮⋮譲歩は絶対にしない。結果的に二人とも生きてて、嫌われる
事になっても、絶対に悪い奴らの言うことは聞かない。コレがパパ
の信念だ。まぁ限界まで粘るしとにかく考えるけどな。だから、お
互いに最悪の結果になった場合はどうするか、それを絶対に貫く信
念はあるか。それだけは決めておけ﹂
﹁⋮⋮わかった。お姉ちゃんと話し合っておくよ﹂
﹁そうした方が良いな、パパはヘタレだけど、一度決めたら躊躇し
ないって言うのも信念だね。ってかスズランママを捕まえる悪い奴
が想像できないし、ラッテママはそういう時は狡猾になりそう﹂
﹁こうかつって?﹂
﹁んー、とりあえず、どんな手でも使うって意味かな?﹂
まぁ、間違えでは無いと思う。
少しだけ会話をして、息を整えてから、今度はリリーに手を叩い
てもらい、ミエルとの稽古を開始するが、スコップで魔法を弾きな
がら、しばらく様子を見ていたが、威力より手数を増やし、こちら
が隙を見せると遠慮無く質量の有る、土属性の魔法や、盾を付けて
いる左手に生成していた、黒曜石のナイフを右手で投擲して来る。
1829
本当に中距離サポートに徹する構えで、安易に崩されないのを目
標にしていた。
問題はコレがどこまで続くかが問題だな。味方がいれば直ぐに前
衛が前に出るし、周りを注意してれば良いんだからな。
俺が近づこうとすると、その分下がり、一定の距離を保ち続ける。
うん確かに前衛にとっては、この上ないやり難さがある。魔法も
緩急をつけ、タイミングをずらすのも忘れてない。
ミエルが魔力切れを起こすまで待っても良いけど、さっさと仕掛
ける事にする。
持ち手が熱くなってきたスコップを、盛大に横回転で投擲し、そ
のままの勢いで全速力で近づく。
ミエルに横に飛ぶ退く動作をさせ、着地する瞬間に胸にある、黒
曜石の棒を投擲し、背中のマチェットと腰のバールを抜いて、接近
戦に持ち込むが、何を思ったのか、ミエルが黒曜石の棒を盾で弾き、
自分の足元で︻火球︼を発動させ、小さな爆発みたいな炎が広がる。
熱気がこちらにも伝わるが、炎の向こう側から、盾を前に構えた
ミエルが走って来て、盾ごと体当たりして来た。
魔法一筋だと思ったが、盾の使い方をある程度自分で考えたか、
俺の父さんにもで聞いたんだろうな、俺ってあんまりシールドバッ
シュを使わないし。
それをマチェットの柄で受け止め、さらに一歩踏み込み、前に買
い与えたナイフで突き刺そうとしてきたのをバールで弾き、前蹴り
を胸部に当て、仰向けに転んだ顔の近くにマチェットの投げて突き
刺してやった。
﹁最初は良かった、足元に火球を使って、相手を怯ませるのにも問
題は無かった。ただ、盾で殴りかかってる来るのは、本当に最後の
手段にして、一旦距離を置く事を考えた方が良いかな。折角仲間が
いて、援護する姿勢を貫いてるんだからね。ただ、二人ともだいぶ
良くなってるから、気にすんな﹂
そう言ってマチェットを抜いてからミエルを起こし、お互いにか
1830
なり強くなってきた事を伝え、稽古を終了させる。まぁすでに手合
せに近いな。
あんなのを何回も続けたら、俺がボロボロになるわ。しかもまだ
わき腹痛いし。
夕食後、盛大にため息を付きながら、暖かい麦茶を飲み、愚痴を
こぼす。
﹁子供達強すぎ⋮⋮。コレ以上強くなったら本当に取り返しの付か
ない怪我をさせそう﹂
﹁カーム君回復魔法使えるじゃん﹂
ラッテが、なに言ってんの? みたいな顔で言ってきたが、言い
たい事はそう言う事じゃない。
﹁確かに使えるけど、子供に怪我を負わせたって事実が嫌なの﹂
﹁カームは嫌かもしれないけど。子供達はその事を知ってて日々鍛
えてる﹂
﹁それは何となくわかるよ? 頭ではわかってるけど、心がねぇ﹂
﹁カーム君優しいからねー。ヘイルさんやイチイさんはどんどん転
がすよー﹂
﹁ってか最近強くなってきたのは、父さん達のせいかよ﹂
﹁槍を教えてるのはお母さん﹂
﹁義母さん? 槍持ってる所を見たことがないんだけど﹂
﹁元々あの槍はお母さんのだから﹂
力任せに振らなくなってきたのは、義母さんのせいだったか。
ミエルのシールドバッシュも、きっと父さんの入れ知恵だろうな。
半端な動きじゃ防がれるってわかったなら、少しだけ控えてくれる
と本気でありがたい。
□
子供部屋にて。
1831
﹁お父さんが、本当に鎧を持ってなかったとは思わなかったわ﹂
﹁そうだね、皮も膝と肘の部分の、服の内側に縫い込んだものだけ
だったね﹂
﹁町にいた頃は、戦争中だった前線近くに行って、基地の防衛をし
てて、戦闘もあったってお母さん達が言ってたわよね? その時も
アレだったのかしら?﹂
﹁じゃないかな? けどものすごく便利そうな作りしてたよ? 胸
の辺りに小物入れ付いてたし、マチェットも後から好きな場所に付
けてたし、太股のナイフも取りやすそうだったし。しかも普通の服
と、動きもあまり変わってなかった﹂
﹁そう言われてみればそうね、私も太股のナイフは真似しようかし
ら。さすがにスコップとバールは⋮⋮無いわね﹂
﹁けど、バールは鈍器としては優秀なのかな? ものすごく扱いや
すい、曲がった鉄の棒って考えれば納得できるよ? まぁ僕も持ち
たいとは思わないけど﹂
﹁けど。あの優しさの固まりみたいなお父さんから、跳び膝蹴りを
食らうとは思ってもなかったし、地面に思い切り転がされるとは思
わなかったわ、おかげで口の中切っちゃったし、まだ胃の辺りが痛
いわ﹂
﹁僕も前蹴りが来るとは思わなかったよ。今まで、やんわりと寸止
めだったのに﹂
﹁なんで今回からなのかしら?﹂
﹁わからないよ、もしかして、僕達って、本当に手加減が出来ない
くらい強くなってる?﹂
﹁なに言ってるのよ、今回は魔法を一切使ってないのよ? 魔法系
魔王なのに﹂
﹁あ⋮⋮確かに。魔法で相殺されてないし、防御もしてなかった﹂
﹁お父さんにとっては、私達はまだまだって事ね。本当に悔しいわ
ね﹂
﹁そうだね⋮⋮﹂
1832
第128話 娘に蹴られた時の事︵後書き︶
事前準備が無く、罠が無ければ、カームの戦闘なんかこんなもんで
す。
1833
第129話 村長を決めた時の事︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
またタイトル詐欺です。
1834
第129話 村長を決めた時の事
白い空間に浮遊感。久しいな。
そう思って、辺りを見渡すと、一角がおしゃれな喫茶店のように
なっていた。
﹁お久しぶりです﹂
見た目紳士な神が、マスターみたいな事をしていた。
﹁どうも、お久しぶりです﹂
俺は、なぜか壁がない所にあったドアを無視して、カウンター席
に着いたら、神は悲しそうな顔をしたが、知ったこっちゃない。
﹁前回、コーヒーの話しをしましたが。かなり充実してますね。な
んか見た事あるものばかりですね﹂
﹁えぇ、私も地球に降り、色々経験しましたので﹂
何もない空間に浮いて、飾ってある写真を見たら壮大なコーヒー
畑をバックにラフな格好で地球の神と一緒に記念撮影をしていた。
何で籠にコーヒー豆満載で雰囲気出してんだよ。
﹁ご注文は?﹂
ノリノリだな! ノリノリ過ぎでびっくりしたわ。
﹁ダッチコーヒー、ホット﹂
俺は後ろにある、細長い管にぎっしりとコーヒー豆が詰まった物
が見えたので、注文してみた。
そうすると神は、ダッチコーヒーを湯煎し始め、話しかけてきた。
﹁かなり面白いことになってますね﹂
﹁貴方が多少いじってるんじゃないんですか? ミスリルやらオリ
ハルコンとか﹂
﹁⋮⋮まあ⋮⋮少しは﹂
﹁目を見て言って欲しかったですが。はぁ、まぁ良いです。で、な
にか楽しいことでもあったんですか?﹂
1835
﹁えぇ、コーヒーを始めたら、他の星の神との交流が増えまして﹃
じゃあ俺も﹄と言って、自分の星の、嗜好品を持ち寄って、宴会で
はなく、お茶会になりつつあります﹂
そう言いながら、壁にかかってる写真を見ると、黒い球状の奴と
か、燃えてる奴とか、光ってる奴とか、地球のUFO番組で見たこ
とあるような奴までいた。宇宙は広いな。
﹁にしては地球寄りな備品じゃないですか?﹂
﹁私の星は、あまり文明が進んでないので、仕方なく友人である地
球の神に頼んで購入してきていただきました﹂
﹁そうっすか﹂
しばらく沈黙が続くが、コーヒーが暖まったのか。俺の前にコー
ヒーが出された。
﹁通な物を頼みますね﹂
﹁飲んだ事がなかったので﹂
出されたコーヒーを何も入れずに飲むと、口いっぱいに濃厚な香
りと、さわやかな口当たりとコクが広がった。俺にとっては苦いけ
どな!
カプチーノにしておけば良かったと後悔した。
少し多めに砂糖を入れて、ブラックで飲みながら話を続ける。
﹁で、目的は?﹂
﹁今の所、大変上手く行っていて、とても満足しています。最初は
乱世になりそうで、本当にテコ入れをするつもりだったんですが。
凪君が思いの外ヘタレで助かっています﹂
﹁そうですか、そいつは良かったです﹂
﹁こちらが、娘に初めて蹴られて、我慢しているカーム君の顔です﹂
わざわざ紙媒体で、印刷し写真風にした物を、胸ポケットから出
して、俺に見せてきて、甘苦いコーヒーを吹き出した。
なんかどこかで見たことあった気がする吹き出し方をしたな。
﹁このためだけに呼んだんですか?﹂
﹁こちらが。子供達に攻撃を当てて、へこんでいるカーム君です﹂
1836
そして、二枚目の写真が出される。そこには、入浴後にスズラン
やラッテに俯きながらグチってる姿があった
﹁いや、こういうの本当に良いですから﹂
﹁そうですか? ある意味記念日ですよ?﹂
﹁こんな記念日いりませんから﹂
﹁そうですか。そして、昨日はお楽しみでしたね﹂
﹁⋮⋮見てないんじゃないんですか?﹂
﹁見てませんよ。 ただ直前の雰囲気から察しました﹂
﹁そうっすか﹂
﹁そうっす。で⋮⋮本当に下半身事情のスキルはいらないんですか
?﹂
﹁いらないですよ、ただでさえ片方は強引で、片方は底無しなのに﹂
﹁なら尚更⋮⋮﹂
﹁片方が休んでる間に体力が回復しますよ。朝まで終わりませんよ
⋮⋮、本当に要りませんから⋮⋮普通で良いんですよ⋮⋮最悪俺が
駄目になるまで続いた時があるんですから本当に勘弁してください
よ⋮⋮﹂
﹁そうですか、ではこの話は終わりにしましょう。オリハルコンと
ミスリルを溜めこんでる竜族の女性ですが、私がいじった物ではあ
りませんよ。ただの偶然ですので、疑わないで下さいね﹂
﹁はいはい。疑いはしませんが、今までの行動で、言う事が全てな
んか嘘くさいので、そういう事にしておきます。と言っておきます
ね﹂
﹁ありがとうございます?﹂
﹁どういたしまして?﹂
そんなやり取りをして、少しだけ冷めたダッチコーヒーを飲み干
し、席を立とうと思ったら、止められ、大人しく席に戻る事にした。
神が、お代わりのダッチコーヒーを注いでくれた。
﹁例の停戦条約で、お互いの死亡者も減り、減っていた人口も少し
だけ右肩上がりになりました。コレには本当に感謝しています。強
1837
硬手段に出ずに助かりました。ありがとうございます﹂
ものすごく丁寧に、お礼を言ってきた。かなり意外だな。
﹁人族ではなく、面白半分で魔族に転生させて良かったと思ってい
ます﹂
﹁今の一言で台無しですね⋮⋮﹂
﹁素直にお礼が言えない、恥ずかしがり屋の神だと思ってくださっ
て結構ですよ﹂
﹁そう言う事にしておきます﹂
﹁久しぶりに顔を見れて良かったです﹂
﹁こっちに来たら、死ぬ前の姿で、顔は変わってないと思いますが
ね﹂
﹁では戻しますね﹂
微笑みながらそう言われ、目を醒ます。
﹁あークソだりぃ、神に呼ばれると絶対寝起きがだるくなるんだよ
なー﹂
そう愚痴りながらも、腕に抱きついてるスズランを起こさないよ
うに、ベッドから起き上がり、暖炉に火を入れに行く。
こういう時って、早起きって損だよなー。あー寒い寒い。
そう思いながらも、釜戸に火を入れ、朝食の準備を済ませる。
子供二人は、胸部や腹部に攻撃を当てたから、少し軽めのも用意
してやるか。昨日の夜、少しだけ食が細かったし。
こういう時って、固形コンソメとかあれば便利なのになー。ベー
・
コンとキャベツとジャガイモとかで簡単な軽めのスープ作れるのに。
そして俺は手際良く、朝食の準備を済ませ、いつも通り嫁達を起
こしに行く。相変わらず片方は朝に弱すぎる。
もう片方は、俺が止めて欲しいと言ってるのに、止めてくれず、
頑張りすぎたせいか、いつもより起きるのが遅かったから、ついで
に起してやった。揺らしたら飛び起きたので、こちらは非常に助か
る。
1838
朝食中に、今日の昼食後には島に戻る事を伝え、今日もダラダラ
する。
今日は醸造小屋だ、増築を繰り返して、もう小屋って規模じゃな
いけどな。
﹁うーっす﹂
﹁おーっす、なんだ今日ものんびりか?﹂
﹁んー、まぁ昼までだな、何も指示を与えず、島から逃げて来たか
ら、どうなってるか気になるし﹂
﹁なんでだよ﹂
﹁いい加減俺がいなくても、動けるようになってもらわないと、少
し困る﹂
﹁お前が村長やってるんじゃねぇのかよ﹂
﹁面倒な事はしたくない、軌道に乗ったら誰かに任せるに限る﹂
﹁ひでぇな﹂
﹁ここまで作り上げたんだ、あとはなるべく楽したい。戻って誰か
が代理で仕切ってたら、そいつが村長﹂
﹁ひでぇ!﹂
﹁俺は相談役で良い。だってだるいし﹂
﹁ほんとうお前って奴はわかんねぇなー。真面目なのか真面目じゃ
ないのか﹂
﹁後から楽したいから、今を一生懸命働いて、地盤を整えてる﹂
﹁何が違うんだ?﹂
﹁最初に苦労した方が楽な気がするだけ﹂
﹁そんなもんか﹂
﹁そんなもんだ﹂
多少会話が途切れたが、俺から話しかける。
﹁そういやさ、蔵の方の在庫とかどうなってんの?﹂
﹁あ? そうだなぁ、常にいっぱいにならない程度には売れてるな。
ほら、あそこにいる奴。少し遠くの町の商人で、お得意様だな、昨
1839
日は村に泊まったんだろうな﹂
﹁ほー、顔が覚えられる程度には通ってるのか、感謝しないとな﹂
﹁だな、古い物から売ってるんだけどな、どんどん売れて、入れ替
わりが激しいから、中々季節を廻ったのが出来ないな。まあ、村の
は別な藏に保存してっけど﹂
﹁じゃないと、色付きとか味の変わり方とかわからないからな﹂
﹁けど校長が飲んでるから、どんだけ減ってるかわからないな﹂
﹁校長専用の樽でも用意しとけよ、どうせ校長のおかげで大きくな
った様なもんだから、一樽くらいは問題ないだろ﹂
﹁その一樽がなくなって、村の分に手を出してるって言ったらどう
する?﹂
﹁駄目な管理者だな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮まぁな﹂
蒸留機の先から、原酒が流れてきてる所を見てたら、ヴルストか
ら話しかけてきた。
﹁俺の娘、おまえの息子の事好きらしいんだが﹂
﹁知ってる、やんわり断ってるのも知ってる﹂
﹁そうか⋮⋮。もし冒険者にならなければ⋮⋮あー、この話はやめ
るか﹂
﹁わりぃな﹂
﹁こっちこそ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮なぁ、もし種だけ蒔いて、冒険に出たら言ってくれ。見
つけだして、父親として思い切りぶっ飛ばす﹂
﹁シュペックにも言っておく﹂
﹁頼む⋮⋮﹂
﹁もう少し村がでかければ違ったんだろうな。他にも同い年の好き
な男ができたんだろうけど﹂
﹁町に買い物にでも行かせれば良いさ、出会いは腐るほどある。俺
みたいにな﹂
﹁半ば無理矢理だったくせに﹂
1840
﹁まぁ⋮⋮な、けどアレは半分事故みたいなもんだ。けど、辛いだ
ろうな、プリムラちゃんとレーィカちゃん﹂
﹁冒険者になって、村から出て行くのは知ってたんだ、カームが悩
む事じゃねぇよ﹂
﹁そうなんだけどな⋮⋮﹂
﹁まあ、気にすんな。お前はお前の事に集中しろ﹂
﹁そう言ってもらえれば助かるよ﹂
﹁さーて、年越祭も近いから忙しいぞー﹂
そう言いながら、俺の肩を二回叩いて作業に戻っていった。あい
つも父親してんなー。
﹁俺の子供に限って﹂
とは言わないが、多少の節操はもって欲しいな。夢魔族のハーフ
だから難しいか? 行く先々で、女を作ったり、臨時パーティーの
女性に手を出すのだけは止めて欲しいな。パーティーが空中分解と
かしたら、リリーがかわいそうだ。まぁ娼館に行くなら兎も角。
その後は、さっきの事をミエルに言う事は無く、のんびりと昼食
を食べてから島に戻った。
﹁カームさん! やっと戻って来てくれたー﹂
そう言って、男が近づいてきた。
﹁カームさんがいない間、お前が仕切れって言われてたんですよ!﹂
﹁あー、じゃぁ、そのまま村長になってください﹂
﹁はぁぁ!?﹂
﹁こちらは、色々サポートしますので、島の太陽の出る側の村長を
お願いします。おめでとう!﹂
﹁いや⋮⋮ちょっとぉぉ! 何いってるんですか!﹂
﹁故郷にいる間に、島の発展計画を練ってたんですよ。今から話し
合いましょうか﹂
﹁ちょっとぉぉ! 村長って柄じゃないんですけどぉ!﹂
見事にテンパってるな。まぁ、タイミングと皆を恨んでくれ
1841
﹁魔王が村長って似合わないと思ってたんですよ、いやー良かった
なー。で、名前何でしたっけ?﹂
1842
第130話 結局あきらめた時の事︵前書き︶
とある理由で遅れました。
適度に続けてます。
1843
第130話 結局あきらめた時の事
いけにえ
強制的に村長になってもらった人族は、とりあえずその辺にいる
ような名前だったが、俺にとっては村長なので、別に気にしないで
いた。
村長は好青年で、見た目が三十に届かない爽やかな人物だったの
で、個人的に好感が持てた。
とりあえず、多目的家屋で今後の島の事を話しながら、
﹁大丈夫ですよ、ほとんど名目状だけですから。何かあった場合、
皆が協力してくれますし﹂
﹁何かあった場合の、最終決定権は村長ですが、決める前に大体決
まってますから、気楽に構えてて下さい﹂
せんのう
﹁信頼なんか、そのうち付いてきますよ!﹂
と、軽く説明して、納得させた。
まずは、島民の比率が圧倒的に人族が多いので、魔族の移民者を
受け入れる為の下準備と、島の名産品の事を話し、観光事業は気長
にやっていく事を話し、まずは北側のカカオが生っている地域に家
を建てる事を、代表で言ってもらう事にした。
﹁では、俺もサポートしますので、皆の仕事が終わって、戻って来
て、夕食の時にでも話しましょう﹂
﹁は、はい、やってみます﹂
﹁まぁ、気楽にお願いしますよ。俺の故郷の村長なんか、何やって
るかわかりませんでしたし﹂
﹁それでいいんですか!?﹂
﹁たまに、畑広げたり、町まで広告出しに行ってましたよ。むしろ
それくらいしか知りません﹂
﹁はぁ⋮⋮そうですか﹂
﹁まぁ、相談聞いたりして、解決するのに誰かの手を借りたり、得
1844
意な奴に相談すればいいんですよ﹂
正直村長って何してるか知らないし、年間の予算組んだりしたの
を誰かがチェックして、ある程度内容見て判子押すだけ? まぁど
うにかなるだろ。
そして俺は野草さんの所に行き、理由を話し生姜を分けてもらう
ことにした。
﹁へー、生姜でお酒を作るんですか、どんな味なんでしょうか?﹂
ジンジャービアの代わりに作られたのが、ジンジャエールだから
なー、炭酸、辛い?
﹁生姜の風味と、辛さが癖になる、少し弱い酒ですかね?﹂
﹁美味しそうですねー﹂
﹁美味しいと思いますよ﹂
すべて断言出来ないのが悔しい、飲んだ事無いし。
ある事は知ってるが、製造方法が、生姜に砂糖入れて発酵させる
だけとしか、記憶にないからな。
潰すのか、摺り下ろすのか、そのままなのか、本当にわからない。
まぁ仕込むだけ仕込もう。糖を消費してアルコールになるから、砂
糖は少な目で良い気がするし。まずはカップで作ってから樽かな。
生姜を少し分けてもらい、自宅のテーブルで醸造するか。
あとグロッキーの元になったカクテルは、ラムに砂糖とレモンと
シナモン入れてお湯割りだから、シナモンだけあれば作れるな。
食料庫にあったか? まぁ聞くだけ聞いてみるか。
夕食の準備をしているおばちゃん達に聞いてみよう。
﹁あ、すみません、食料庫にシナモンってあります?﹂
﹁シナモン?﹂
﹁木の皮なんですけど、香りが独特の奴です﹂
香辛料を売ってる露店で、纏めて買って、食糧庫にぶち込んだか
らな。まぁ、あると思う。
﹁あーの木の皮。なんで木屑があるのかと思ったわ、使わないから
1845
奥の方に放ってあるわよ﹂
﹁あ、あるなら良いんです、ありがとうございました﹂
よし、これで一つは出来るな。今夜披露するか。
まずはジンジャービア作りでも始めるか。取りあえず潰したり、
擦り下ろしたりして、水を入れるか入れないか。砂糖多めか少な目
で、色々試してみる。
﹁まぁ、こんなもんだろ﹂
布で埃やゴミが入らないようにして、次の作用に取りかかろうか。
そう思いつつ、今度は蒸留所からラムを拝借し、食糧庫の奥から、
木の皮が入った袋を見つけ、口に含み、シナモンである事を確認し、
小袋にワシャッっと掴んだシナモンを入れて。ついでにレモンも拝
借して、作ってみる、レシピ? 適当だよ。
カップに砂糖をスプーンで一匙、シナモンを適量、ラムを好みで
入れて、お湯を注ぎ、スライスレモンを浮かせ完成。
﹁飲み口最高! 本当に飲みやすいなコレ!﹂
家でそんな事をつぶやきつつ、作ってしまったものは飲み干す。
夕方前だって? 気にしない気にしない。どうせ酔わないし。
□
夕方に、村長が昼間の事を宣言をしてから夕食になるが、俺が新
しい酒がの飲み方があると言うと、ワラワラと酒好きが集まり、飲
み会になる。
﹁なんかゴチャゴチャはいってるな、なんだこの木﹂
﹁甘いな、しかも暖かい。けどこのレモンがさなんかさっぱりする﹂
﹁あらー、これ美味しわねー、そのままより弱いけど﹂
﹁これならいくらでも飲めますよ!﹂
十人十色の回答があるが、何故か竜族の姐さんが混ざってやがる。
なんでいるんだよ。呼んでねぇだろ。
1846
◇
あれから二日、いい加減発酵してると思い、布を取り、口を付け
るが。水を入れてないのは、ただの生姜の砂糖漬けになっており、
発泡も発酵もしていない。
水を入れた物は、ほぼ辛い炭酸抜き生姜ジュースだ。んー何が足
りないんだろうか?
イースト菌があれば一番良いんだけどな。
まぁ、摺り下ろした物に砂糖と水は確定だな、果汁百パーセント
ジュースに、イースト菌で酒になるんだったよな。
生って訳じゃないし、加熱処理? 野菜ジュースとかも一応加熱
してあるしな⋮⋮。煮詰めてから加水?
まぁ手詰まりなんだし、やってみるか、最悪炭酸抜き生姜ジュー
スで代用でいいか。
俺は、生姜を摺り下ろし、砂糖を入れ、少し色が変わったら水を
入れ、少し暖めてから、釜戸からどかし、粗熱を取ってっからカッ
プに移し、布をかぶせ放置。
まぁ、成功するまで試行錯誤も良いけど、面倒だから、出来なか
ったら出来ないでジンと生姜ジュースに、ライムとミント入れて、
モヒート生姜ジュースで良いか、ビールをジンジャエールで割って
作るカクテルもあったし、最悪麦酒に混ぜよう。
﹁なーヴォルフー。菌の神様って気まぐれだよなー﹂
﹁ワフン?﹂
﹁まーわかんないよなー﹂
﹁ワフン!﹂
﹁お前はかわいいなー、村の中の安全を守ってくれてるし。ってか
子狼とか見ないけど。お前子供作らないのか?﹂
ワシャワシャしながらそんな会話をしてると、開けっ放しのドア
から出て行ってしまった。
1847
ヴォルフが出て行ってから、しばらく島の収入と出費を簡単にま
とめつつ、
﹁んーまだ島に来てる商人は少ないけど、ある程度固定化してきて
るし、細かく来られると、がさばるな。まだ品目とか細かく書かな
いで、合計金額だけですませてるけど、物品の明細とか在庫管理と
かした方が良いよなー。一応島の収益は黒字だけど﹂
少しだけ一人で愚痴りながらミントティーを飲んでたら、鳴き声
と共にワラワラと、ヴォルフを先頭に狼が入ってきた。良く見ると、
色違いの布を首に巻いている個体が、ヴォルフの他に十数匹。
ターニャとアーニャか、なら後ろは子供?
﹁この後ろのは、もしかして子供?﹂
﹁ウォン!﹂
﹁ほへー、しばらく見ない時期がたまにあったけど、子育て中だっ
たのか﹂
できれば小さいうちに、見せて欲しかったけどな。しかもほとん
どが飼われてるじゃないか。なんか首に布巻いてるのは、全部名前
ついてそうだな。
ってか、年一回の発情期があって、一年経ってるから、そりゃ大
きくなるよな。
﹁そーかそーか、子供はいたんだな、教えてくれれば良かったのに﹂
﹁ワフン﹂
﹁ははは、かわえぇのー﹂
大量の狼に囲まれ、モフモフを十分に楽しみ。個人的に作ってお
いた、ヴォルフ用の天日干しだけした干し肉を千切って皆に別け与
えた。
芸? そんなもの覚えさせませんよ? なんか物凄く頭良いから、
覚えさせる前に技とか使いそうだし﹃絶・天狼抜刀○﹄とか⋮⋮
◇
1848
二日後、加熱生姜ジュースの入ったカップの布を退かすと、ほの
かなアルコール臭と、気泡。
あぁ、神様ありがとうございます! 早速飲もう! カビたりし
たらもったいないからな!、早速飲もう!
﹁あ、うん辛い炭酸の抜けたジンジャエールで、少しポワポワする
感じだけど、辛さでアルコールが本当に確認できない、自然に任せ
るのはやっぱ駄目だな。安定した供給なら、もう生姜ジュースでい
いな﹂
一人で愚痴りながら、計画を頓挫させ、残った物に︻氷︼を魔法
で出して入れて、レモンを絞って飲んでみる。
﹁うん美味い﹂もう、このままでいいじゃん。モヒートに炭酸無く
ても良いじゃん、ジンとライムとミントと水と氷、お好みで砂糖と
かな。やっぱり氷を出せる方を募集しないとな。
家の前にあるプランターからミントを摘み、ライムは無いけど、
スライスレモンを使って、あまり酸っぱくなりすぎないように調整
し、カップの中で、レモンを潰し、ミントを入れて軽く潰してから、
砂糖をスプーン一匙、その後にラムを入れて、氷を入れて、水は少
な目、濃い目でいいや。そして気分を出す為に、ミントを浮かべ完
成! なんちゃってモヒート!
﹁この清涼感たまらない!﹂
本当に炭酸欲しいけど、重曹とクエン酸を混ぜて作るって事は知
ってるけど、逆を言えば、俺の知識では、それが無いと作れない。
まぁ諦めよう。アクセントに生姜ジュースも数滴垂らしても良いか
もな。
﹁はーい、最近カームちゃんの動きが怪しいから来ちゃった﹂
語尾にハートが付きそうな甘い声で、ノックも無しに男の部屋に
やって来るなよ姐さん。まぁ、ドアは開けっ放しだから、文句は言
えないけど、開けてあるドアをノックするとかさ⋮⋮
﹁まぁ、確かに観光事業や船乗り用の飲みやすい酒は考えてました
1849
が﹂
﹁あらあら、この間の飲み口の良い、弱そうに思えるお酒はカーム
ちゃんが考えたの?﹂
﹁いえ、この世界の誰かです﹂
まぁ、嘘は言ってない。
﹁ふーん。まぁまぁ、そんな事はどうでもいいから、なんかその涼
しそうなのを飲みましょう!﹂
﹁あーはい﹂
そう言われたので、ライムを取りに行かせてもらえず、なんちゃ
ってモヒートを量産し続け、他愛のない会話が始まる。
﹁んーこの草がスースーしてて、冷たいから余計に涼しく感じるよ﹂
あんた、溶岩の中から出て来て、温泉蒸発させておいて、何を言
うか。
﹁温かいのもいいけど冷たいのも良いね!﹂
﹁そうっすか⋮⋮﹂
﹁元気ないなーカームちゃん﹂
﹁いやいや、溶岩に浸かれる方が、冷たいとかスースーとか、よく
そんな言葉が出るなーと思いましてね﹂
﹁ひどーい、お姉さんだって普通の竜族よ? 冷たい物だって飲む
わよー。これお代り﹂
﹁あ、はい。ってか次で最後ですよ? 試験用に少しだけしか、ラ
ムを持って来て無いんで﹂
﹁酷い、酷いわカームちゃん! お姉さんにこんな美味しいお酒を
飲ませたくないからって!﹂
﹁いやいや、本当に無いんですよ、ほら﹂
そう言って、空になった瓶を見せ、酒が無い事を視覚で確認させ
る。
﹁そんなー。普段は飲まないの? プラクスちゃんから強いって聞
いてるのに﹂
﹁好きと強いは別ですよ、本当に普段からあまり飲まないんですか
1850
ら。飲んでも気分が乗った時だけとか、なんか考え事に集中したい
時に、雰囲気作りで﹂
﹁雰囲気とかでお酒飲まないでよ! お酒がかわいそうだよ﹂
﹁確かにそうですね、けどこの家に無いのは事実ですよ。あ、つい
でに生姜で作ったジュースも少し混ぜますね、生姜なので、喉の奥
がヒリヒリするけど、癖になる美味しさですよ﹂
﹁んーじゃあ、それで許してあげる﹂
全く、ひでぇ守り神だ。まぁ、嫌じゃないけどね。
1851
第130話 結局あきらめた時の事︵後書き︶
書籍化の情報が一部解禁になりました。
活動報告の方で確認できますので、気になる方は目をお通し下さい。
http://mypage.syosetu.com/4285
28/
1852
第131話 カクテルを飲んでた時の事︵前書き︶
今回も遅れました、申し訳りません。
適度に続けてます。
1853
第131話 カクテルを飲んでた時の事
今年は村長に年越祭の指示を任せ、多少早めにベリルに戻って来
た。
早めに戻ってきて、雪の降る中のんびりと過ごし、暖炉の前で薪
を足したり、薪を足す作業に徹した。
あーマシュマロ焼きたい。まぁ、売ってないし作り方しらないか
ら、かなり前にあきらめたけどな。なんかの粉にくぼみを作って、
そこに何か液体を流すのを、テレビで見た記憶があるけど、葛だっ
たっけ? まぁ、そのかわりに、鶏肉に野菜を詰めた物を、弱火の遠火でじ
っくりと焼いている、夕方には出来るかな。
ついでにジャガイモも鍋で蒸かしている。アルミホイルと濡らし
た新聞紙が欲しいね。それとサツマイモ。
ってかさっきから、スズランがお茶を飲みながら、じろじろと鶏
肉を見過ぎ、夕食に出るんだから大人しくしてろよ。まったくもー。
バターは確認してるし、マヨネーズも瓶にあった。三時のおやつ
は自然とふかし芋になる。
リリーが、稽古稽古うるさかったけど、
﹁えー寒いから嫌だよ﹂
と、子供みたいな事を言ったら諦めた。まぁ、今度雪上戦でもし
てやるか。
﹁はーい、おやつのお芋ができたよー﹂
焼きじゃがバターも良いけど、蒸かしたジャガイモバターも良い
よね! マヨネーズ派は、リリーだけだった。冒険者になって、マ
ヨネーズが切れた瞬間に、町に帰るとか言わないよな? まぁ困る
のはミエルとメンバーだからかまわないけど。
1854
ちなみに今年も、ベリルの年越祭は荒れに荒れた。
俺が、あまり使われてなかったシナモンとレモンを島から持ち込
み、香りの付いてない蒸留酒を使い、ホットカクテルとして出した
ら、もう皆が飲みまくってぐでんぐでん。
スズランも、珍しくレモンが入ってるのに飲んでいた。
そして、酒があまり飲めないミエルも、いったん席を外したかと
思ったら、家から蜂蜜を持ってきて、砂糖の代わりに入れて飲んで
いた。
蒸留酒入りホット蜂蜜レモンか。確かに響き的には美味そうだ。
シナモン入ってたけど。
ラッテも、形の良いシナモンを、マドラー代わりにして、くるく
る回して、両手でフーフーしながら飲んでいる姿は、もの凄くかわ
いかった。これが木のカップじゃなくて、耐熱グラスだったら、似
合いすぎだと思う。
スズランは、読書でもしながら飲めば、凛としててかっこいいと
思うけど、肉を食べながらゴクゴク飲んでいた。レモンだから口の
中がサッパリするのかな? 砂糖を入れてる様子もなかったし。
まぁ、三馬鹿はいつも通りで、ミールもいつも通りだった。ペル
ナ君、お親御さんの愚行を止めて! そのままだと絶対に、君がが
っかりする結果になるから。
そう言おうと思って、子供達の席の方を見たら、全員酒に飲まれ
てた。おまえらもか。
本当に明日はグロッキーだな。しかも村単位で!
﹁おいカーム、よくもこんな飲みやすい酒を考えてくれたな! お
かげで酒が止まらねぇぜ﹂
いきなりヴルストが、俺の持っていたカップに、持っていたカッ
プをぶつけながら、言ってきた。何回目の乾杯だよ。
﹁知らん。良い大人なんだから考えて飲め。しかも、前に大人達が
レモン搾って入れただろ﹂
1855
﹁アレは絞り汁で酸っぱすぎたんだよ、切って沈めてるだけでも十
分だ、しかもほんのり甘いしな﹂
﹁本当だよー、最近はカームが帰ってくる度に、箱で砂糖と塩を儲
け無しの、手間賃程度で店に売ってるから、砂糖と塩だけ安いし﹂
﹁うんうん、砂糖が安いから、お菓子も作りやすいってトリャープ
カとレーィカも言ってたよ﹂
﹁まぁ、空荷で買い付けに行くより、売れる物を積んでから買い付
けに行った方が、商人的には絶対良いからね。だから最近島の物を
もってきてるんだよ。それに島内の需要は満たしてるから、問題な
い﹂
﹁半分商人みたいな事もしてんなー﹂
﹁どうしてもそう言う考えをしないと、駄目な状況だからね。本当
投げ出したい。まぁ、村長決めて、今任せられる仕事の半分を与え
て、日々教育中だから、そのうち俺しか出来ない事以外は、出来る
ようになるよ﹂
﹁その、カームにしかできない仕事意外を任せると、どのくらい仕
事が減るんだい?﹂
﹁⋮⋮半分﹂
﹁本当に村長しながら、色々やってたんだ、カームってすごいねー﹂
﹁実は俺って、凄かったんだよ﹂
﹁いや、子供の頃から知ってるし﹂
﹁あ、そうだっけ? じゃぁ凄いんです﹂
おれはグロッグを軽く飲みながら、ため息をつき、周りを見回す。
﹁本当に大きくなったなぁ⋮⋮村。人口も増えたし、集会所も子供
の時より広い。なんか俺が最初の原因だと思うと、感慨深いな⋮⋮﹂
目を細め、カップに残ってた酒を飲み干すと、背中を思い切りヴ
ルストに叩かれた。
﹁まだ若いのに何を湿っぽいこと言ってるんだよ! 良いから飲め
よ﹂
﹁そうそう、疲れて早めに戻ってきたんだから、飲んで忘れようよ﹂
1856
そう言って開いたカップにレモンとシナモンを足して、ラムとお
湯を入れてくる。
﹁そうだよ、甘い物は疲れがとれるよ。多めに砂糖入れてあげるね﹂
皆の気遣いは嬉しいが、スプーン山盛りの砂糖を、更に投下する
のは止めてくれ。こう言うのは、ほんのり甘い方がいいんだよ。
あー、今度壷に砂糖と果物と酒入れて、果実酒作るか。
いや、駄目だ。これ以上考えるのは止めて、皆と酒を飲もう。せ
っかくの年越祭だ。皆に気を使わせるのは止めよう。
そして、目の前で見た事のない、大きめの胸をした竜族の女性に
投げ飛ばされてる男の事を、笑いながら楽しく酒を皆で飲んだ。大
丈夫、指さして笑ってないから。
◇
翌日、俺は粥的な物を作ろうと思ったけど、面倒なので、残って
いたパンで、ミルクパン粥を作り、皆を起こした。
嫁二人はそれほどでも無かったけど、子供達が頭を抱えていた。
飲んでも平気な量を見極めろ、それが二日酔いにならない近道だ。
﹁うー、頭痛いー﹂
﹁ごめんなさい、もうお酒飲みません、助けて下さい、許して下さ
い﹂
あ、その気持ちわかるわ、俺も学生の頃や、新人の頃によく言っ
てたわ。まぁ、とりあえず朝食だな。
﹁たぶんこうなると予想してたから、軽めに作ったぞー。食べて寝
てろー。年越祭で良かったな。収穫祭なら、今日は学校だぞ﹂
﹁うー﹂
﹁あー﹂
﹁はいはい、少しずつ酒に慣れていこうな﹂
﹁うーあー﹂
﹁お水ー﹂
1857
二日酔いの薬って、この世界にあるのか? ポーション飲ませと
けば治るか? 一応戸棚の奥に予備で数本あったよな。
迎え酒って、基本意味がないらしいから、駄目だし⋮⋮
﹁なーラッテ、ポーションって二日酔いに利くの? 俺もスズラン
も風邪らしい風邪引いた事ないし、二日酔いもないんだわ。一応前
に商人から効果は聞いたけどさ、二日酔いってどうなの?﹂
﹁んー。気休め程度? 解毒用が利くって噂もあるけど﹂
﹁なら子供達には、勉強って事で、夕方くらいまで苦しんでもらう
か﹂
二日酔いに利くポーションは、ないみたいだ。
﹁んー、気休め程度だからねー。まぁこれも経験って事で﹂
﹁うーお水ー﹂
自分の魔法で出せない程度には、頭が痛いって事か。仕方ないな。
そう思いつつ、冷水じゃ胃に悪そうなので、ぬるい白湯を二人分
出してやり、カップを目の前に置いてやった。
﹁昼はどうする?﹂
﹁いらない﹂
﹁朝と同じで良い﹂
﹁わかった、寝てろ﹂
﹁うー﹂﹁あー﹂
ゾンビか亡者かわからないような声を出し、子供達は部屋に戻っ
ていった。
﹁二日酔いで、苦しんでる奴って、もう二度と飲まないって言うけ
ど、本当に好きな奴って、二日後にはまた飲んで、また二日酔いに
なったら、二度と飲まないって言うんだよな。不思議だよな﹂
﹁お父さんもよく言ってた。けど飲んでた﹂
﹁お店の子もよく言ってたねー。まー、また飲んでたけど﹂
﹁まぁ、多分また飲むんだろうな、酒嫌いのミエルがあんなになる
まで、飲んでたんだし﹂
﹁甘くて飲みやすかったからねー。砂糖を多くして、お湯の量間違
1858
えて少なくて、濃くても飲めちゃうし﹂
﹁だなー﹂
﹁まー、村中で苦しんでる人が多いと思うよー、ガバガバ飲んでた
し。多分ミールちゃんも駄目だね。ってかカーム君のせいだね﹂
﹁否定できない。まぁ、シンケン一家は全滅だろうな、ペルナ君も
飲んでたし﹂
あー、島に戻るのが怖い。二日か三日遅れて帰るか。
◇
二日後、リリーが稽古稽古うるさいので、雪がちらついている中、
湯船にお湯を張ってから付き合ってやることにした。
﹁本当にやりたくないんだけどなー。ほら、雪が足首まであるんだ
よ? 今からでも止めない?﹂
雪の湿り具合を確認するように、足下の雪を踏み、稽古を止める
言い訳の様に、言ってみる。
﹁お父さんは、いつも真面目にやってくれないし、理由を付けて断
・・・
ってくるから数で押すしかないの。動いてれば寒くなくなるわ﹂
・・
﹁はいはい、まぁ一回言っちゃった手前、やるけどね。雪上戦だか
ら足下は気を付けてね、それと、寒さを甘く見てると、絶対に後悔
するよ﹂
﹁はいはい、動く動く!﹂
ちなみにミエルは、家の中でラッテと一緒に、暖炉のに薪を入れ
る作業をしながら、鶏肉の多いシチューの世話をしている。
いやー、暖炉の前は落ち着くからね。仕方ないね! だって薪ス
トーブとか変に魅力的だったし!
﹁ミエルがいないから、合図はこの木の棒が地面に付いたらね﹂
そう言って、思い切り上に棒を投げ、スコップを構える。
相変わらずリリーは、始まった瞬間に突っ込んでくるが、この積
雪程度では関係無いのか、いつもとほぼ変わらない速度で突っ込ん
1859
チャージ
でくる。多少は学んでいるらしいが、どうしても初撃で突撃を俺に
当てたいらしいのか、多少意地になっている気もあるな。
まぁ、ある物を最大限に利用するのが俺だ、右足を思い切り上げ、
サラサラした雪を蹴り上げ、目潰しに利用する。
多少リリーが怯んだが、それで十分だ。少し大きめの︻水球︼を、
雪を蹴り上げるとほぼ同時に作り出し、リリーに向かって放つ。
リリーは直撃はしなかったが、体の半分以上はずぶ濡れになった。
まぁ、全身濡らしたがったが、半分以上濡れたなら良い。その後
は、槍をスコップで弾きながら、追い風をイメージし、特に攻撃力
の無い風を当て続け、目に見えて動きが鈍くなってきたので、追い
打ちを掛けるように、ソフトボールくらいの︻水球︼を浮かせ、バ
シャバシャと当て続ける。
さらに風を強くし、途中からスコップを捨て、右手にバールを持
ち、槍を避けたりはじいたりし、こちらからの攻撃は、足下の雪を
蹴り上げるだけにする。
しばらくすると、リリーの顔色が目に見えて悪くなり始め、ガチ
ガチと歯を鳴らしながら、俺に槍を振るっている。
そろそろ無力化できるな。多分手足の指先の感覚は、無くなって
いるだろう。そう思いつつ、声をかける。
﹁寒さを甘く見てると後悔するって言ったよな? 寒い中ずぶ濡れ
になって、風で体温を奪われた気分はどうだ? 思い切り動いても、
暖かくなる事も無い状況だってあるんだ。対策は濡れない事と汗を
かかない事。濡れたら、乾いた服にすぐに着替えられるように、入
念な準備を忘れ無い事だ。よし、んじゃ湯船にお湯を張ってあるか
ら入っておいで﹂
﹁⋮⋮はい﹂
リリーは鼻水をすすりながら、家の中に入っていった。
これで、寒さの恐ろしさを身を似って知ってくれればいいさ。
﹁はーい、稽古終わったよー﹂
﹁カーム君、なんで今日に限ってあんなにずぶ濡れにしちゃったの
1860
? 可哀相だよ﹂
﹁んー。寒さを甘く見過ぎてたから?﹂
﹁そうだね。確かに洒落にならないし、本当に可哀相だから、もう
二度とこんな事はしないでね?﹂
もの凄い笑顔で威圧される様に言われ、﹁⋮⋮はい﹂としか言え
なかった。ラッテは時々もの凄い威圧感あるんだよな。アレは逆ら
っちゃいけない笑顔なのは確かだね。
□
﹁お姉ちゃん、稽古早く終わってすぐお風呂入ったけど、汗かいた
の?﹂
ミエルはベッドに腰かけ、足をプラプラさせ聞いている。
﹁逆よ、ビショビショにさせられたわ﹂
﹁うへ⋮⋮寒そう﹂
﹁今回も攻撃当てられないで負けたわ。水球を当てられて濡らされ
たら、風を出してただけ。あとはいつも通り、バールで槍をいなさ
れたわ﹂
﹁なんで水球と風だけだったの?﹂
﹁﹃寒さを甘く見てると、絶対に後悔するよ﹄って言われて、その
通りにさせられたわ。寒い時に濡れて風に当たると、物凄く冷たく
て、いつも以上に動きが鈍くなるし、手足の感覚も無くなって、槍
を落としそうになっちゃったわ﹂
﹁つまり、山奥の雪が凄くて寒い時は気を付けろって、言いたかっ
たんじゃないのかな?﹂
﹁そうなのかな? けど、そう言ってたからそうなのかしら?﹂
﹁パパって、なんだかんだ言って色々教えてくれるよね﹂
﹁そうなのよね⋮⋮反対してるのになんでかしら?﹂
﹁なんでだろうね、僕にもわからないや﹂
1861
第131話 カクテルを飲んでた時の事︵後書き︶
﹁書籍化に至るまで前編﹂﹁まおむじキャラクターラフ1﹂を活動
報告に上げました。
内容は活動報告の方で確認できますので、気になる方は目をお通し
下さい。
http://mypage.syosetu.com/4285
28/
1862
第132話 魔族側の大陸に行った時の事 前編1︵前書き︶
適度に続けてます。
書きはじめたら長くなったので、区切りが良くなるまで書いてたの
で遅れました。
この物語は、前編1.2.3の1です。
定時にPC前に待機して連続投稿が面倒ですので。最後の134話
が定時の18時に投稿されるようにしました。
コレって、複数話を同じ時間に投稿できるんですかね?
1863
第132話 魔族側の大陸に行った時の事 前編1
翌日、何故かミエルだけが、﹁お姉ちゃんに言われたから﹂とい
って、稽古をしようと言ってきた。昨晩何があったか知らないが、
こんなに乗り気じゃない誘い方は初めてだ。
なので、リリーと同じ方法で凍えさせてやったら、ラッテに怒ら
れた。女の子だからとかではないらしい。
◇
あれから七日、そろそろ平気だろうと思い、島に戻ると怒られた。
﹁なんですぐに戻ってこないんだ!﹂と。そして始まる年越祭第二
回戦。お前等、本当に俺が必要か?飲みたいだけじゃないのか?
そう思いつつ、去年とは多少落ち着いた飲み方になり、昼間から
のんびりと長々と飲んだ。竜族の姐さんも、開始から直ぐに、なぜ
か来た。
﹁あれ⋮⋮年越祭の時、姐さん来なかったの?﹂
村長に聞いてみたら、
﹁もちろん来ましたよ﹂
﹁⋮⋮ですよね﹂
あの人が飲み会に来ないはずがない、聞くだけ無駄だった。って
かガバガバ飲んでる。島の蓄え分を飲み干すなよなー。
﹁やーやーカームちゃん、スースーする葉っぱのお酒に氷入れてよ
ー、冷たくないと何か物足りないわー﹂
そう言って、ラムにライムとミントしか入ってない、モヒートと
は呼べないアルコール度数のカクテルに、氷をねだっている。
﹁あ、はい﹂
そう力なく返事をし、︻球状の氷︼をカップにガラガラと入れ、
1864
﹁ありがとー﹂と抱きつかれ。背骨が少し鳴ったが、胸板に当たっ
た柔らかい物でも相殺出来ない程度には恐怖を感じた。
それからは、桶に氷を出しておき、好きな時に皆が取れるように
しておいた。やっぱり、魔法使いは必須だな。
そしてハーピー族や水性系魔族も、飲みやすいモヒートやグロッ
グを飲んで歌を歌っている。
そして、夕方にはお開きになり、皆が後片付けが出来る程度には、
意識があったので助かった。
﹁いやー、今回は気持ち良く飲めましたねー﹂
村長も泥酔とまでは行っていないが、少しだけ飲み過ぎてるよう
な、そんな雰囲気だけど。悪い方向には入ってないみたいだ。
﹁終始良い雰囲気でしたからね。子供達も、色々飲み物があったみ
たいですし、アドレアさんがあまり飲まされてなくて助かりました
よ﹂
﹁そうですね、アドレアさんには色々感謝しないといけませんね﹂
﹁ですね。俺が無理言って、読み書きや計算の勉強もお願いしてま
すし、誘致に行った時は、スラムに近い下級区で孤児院もやってま
したから、教え方も上手いですし。しかも、人族の方も良くお祈り
や相談に行ってるのを見かけますからね。感謝し足りないですよ﹂
﹁そうですね、読み書きや計算の出来ない大人も、作業をある程度
後回しにしてでも参加しろって事でしたし、カームさんにも感謝で
すよ﹂
﹁いやいや、いずれは人も建物も増やすつもりですからね。多分商
人も増えたりしますから、そう言うのは出来ないと騙されたりしち
ゃいますからね。全員ある程度までは出来ないと駄目ですよ﹂
﹁いやー、本当に助かりましたよ﹂
おっと、村長も出来なかったっぽい口振りだな。移民募集したら、
まずは読み書きと、簡単な計算くらい出来るようにさせないとな。
俺の村は、子供の頃にある程度やらされたし、出来ないと卒業で
きなかったような。俺は二年目で自由登校になっちっゃったし。
1865
んー移民に、特に学は求めないけど、ある程度の学が付くまで教
育プランも必要か?二週間ぐらいやれば、どうにかなるか?
まぁ、ある程度島が栄えて、店舗的な物が増えてからにしようか。
それまでは生産を一番にしないと。
◇
二回目の年越祭から二日後。前々から考えてた、計画の一つをそ
ろそろ実行しようと思う。そう魔族側の大陸からの移民だ、
島の北側にある、カカオの群生地付近に、南側に建ててもらった、
﹃多少プライベートに考慮したたこ部屋﹄的な、集合住宅の着工に
入ったみたいなので、多少早いが呼びかけに行こうと思っている。
今度は二ヶ月後くらいにしておけば、完成には間に合うだろう。
そして、魔族側の商人との取引だな。ニルスさんみたいに、大き
な商会じゃなくても、成長性が見込め、横のつながりが増やせそう
なのを見つけるのも良いかもしれない。
倉庫の面構えが小さく、零細っぽい雰囲気のを探せばどうにかな
るだろう。
その商人が、零細同士手を組んで、簡単な商人ギルド的な物を発
足させるように動かせるかな、寄り合いでも良いな。
細かい依頼とかしやすくなればいい。今までニルスさんの商会だ
けだったし。
あとは、行き当たりばったりでどうにかしよう。
﹁ってな訳で、簡単な俺の予定表です。十日くらい戻りませんので、
適当にお願いします﹂
﹁ちょっと、カームさん! 適当って⋮⋮﹂
﹁適当って、適度に程良くって意味もあるんですよ。決して手を抜
いて、ダラダラやれって意味ではありません﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
﹁今まで通り、それらしくがんばってください﹂
1866
﹁は、はぁ。わかりました﹂
そんなやり取りをして、あらかじめ話を通しておいた船長に軽く
挨拶をしてから船に乗り込み、魔族側の大陸に向けて出航する。
出航して、少し落ち着いたら船長に話しかける
﹁で、島から一番近い、魔族側の港町ってなんて名前なんです?﹂
﹁そんな事も知らなかったんですか?﹂
﹁俺、大陸の内陸出身ですよ? しかも、人族側の大陸にしか行っ
てませんし﹂
﹁あぁ、そうでしたね。セレナイトっていいます。規模はコランダ
ムと似た様な物ですよ﹂
﹁そうですか、なら良いです。スラムか下級区に行って、広告出し
てきますので﹂
﹁まあ、労働力としては無難でしょうね。太陽を背にして左手の村
は、村ごと引っ越しって感じでしたからアレですが、実際どうなる
んでしょうかね?﹂
﹁故郷の村が、近くの町の下級区のギルドに張り紙して、職にあぶ
れた者や、軽犯罪者も普通に迎え入れてましたし、特に犯罪もあり
ませんでしたよ。職が無くて、自棄をおこしてたんでしょうかね?
故郷に来たら、嬉々として働いてましたし。直ぐに馴染んでまし
たよ﹂
﹁そうですか、まぁ我々も更生させていただきましたので、カーム
さんなら纏められるでしょうね﹂
﹁基本仕事と食料与えて、村長に成れそうな方を選んで、好きにさ
せますよ?﹂
﹁⋮⋮酷く無いですか?﹂
﹁一応各村を自立させて稼働させたいので、職を与えて放置ですか
ね? もちろん将来的には、給料を払いますけど、まずは衣食住を
与えて、島が発展して、お金を使えるように成るまでは、今まで通
り配給に近い形でしょうね﹂
1867
﹁んー。確かに島の中では、まだ使う所がありませんけど⋮⋮﹂
﹁まぁ、船長達は港町に行く機会がありますからね。金銭での給料
を別途で渡していますが、島内ではまだ早いですからね。とりあえ
ず、島民になった者への給金は、今までの儲けの中でもきっちり別
けていますので、ある程度になったら皆に渡す予定ですね。島で採
れた物は、島で買い取ってお金を渡すか、収穫して加工してもらっ
てから島に売ってもらうかは、その内決めます﹂
﹁んー。どのくらい溜まってるんですか?﹂
﹁本格的にコーヒーとかを出荷し始めた頃からですからねー、季節
が一巡くらい分はあるんじゃないんですかね? 具体的な値段は言
いませんが﹂
﹁どこに預けてるんですか! そんな大金﹂
﹁コランダム側の銀行ですかね? どうせ使えないんですから、ニ
ルスさんに直接振り込んでもらってますよ。アクアマリン商会の名
義で﹂
﹁いつの間にそんな事を﹂
﹁判子作ってた頃ですかね? それまではギルドにカード見せて預
かってもらってたんですが、俺の顔を見たら、嫌な顔をされるよう
になりましてね。あの顔は心にきましたね﹂
﹁毎回大金預けに行ったならそんな顔されますよ﹂
﹁ですので、その港町⋮⋮なんて言いましたっけ。あぁ、セレナイ
トか。そこでも一応銀行作って来るつもりですよ、島民募集して、
取引してくれる商人探して、一応口座作って来ますよ﹂
﹁なんかすごい事しようとしてますね﹂
﹁人族側だけで商売してても、一定の需要がありますが、魔族側で
も商売すれば、簡単に考えて倍です。まぁ、生産量も伸ばさないと
駄目ですけどね。酒なんか絶対足りないんで、蒸留器を二機ふやし
ても、需要が追い付くかどうかです。増やしても、樽を作る職人や、
それを保存する倉庫が圧倒的に足りませんし、材料のサトウキビも
足りません﹂
1868
﹁そうですか⋮⋮﹂
﹁えぇ、畑も増やさないと駄目ですし、一気に大量に育てても駄目
ですので、収穫時期をずらして仕事が切れないようにしないと駄目
です。麦酒とかも蒸留できるようにしたいので、蒸留所付近を大体
的に開墾と改築したいですね。そう考えると麦もある程度の収穫量
も伸ばしたいですし、麦の病気も心配したいですね﹂
﹁あ、いや、もうそれ以上は結構です。頭痛くなってきたので﹂
そう言って船長が操舵手に全て任せて、奥に行ってしまった。こ
の手の話すると皆逃げるんだよなー。まぁいいや。釣しよう。
のんびりと釣り糸を垂らしながら。小魚を釣り上げて、コックに
天ぷらの作り方を教える事三日、いい加減覚えてくれ。油の温度を
下げなければベチャベチャにならないから。
たまに釣れる三キログラム程度の物は、その場で締めて、バケツ
に入れておく。これは少し堅くなったパン粉をまぶしてフライにす
るけど、コックが穴が開くほど俺の手元を見てくる。
三枚に下ろして、下味付けて卵とパン粉だぜ?変わってるところ
なんかないから⋮⋮。
◇
そして、出航から五日。コランダムに行くのとあまり変わらない
んだな。まずは探索だな。
﹁んじゃ探索や商談してきます。いつも通り、良識の有る程度に自
由で良いですよー﹂
そう言って、その辺に居た、鎧を着てる治安維持だか警備だかわ
からない魔族に話しかける。
﹁すみません、スラム化してる場所ってあります?﹂
﹁あまり言いたくないが、スラムは下級区のさらに奥だ。このまま
真っ直ぐ門の方に歩き、門に付いたら左手側に行けば下級区だ。そ
1869
のまま下級区を突っ切ればスラムが見える。下級区の防壁の角がス
ラム化してる。治安も悪いから近づかない方が良いぞ﹂
﹁ありがとうございます、まぁ、治安が悪くてもどうにかしますの
で﹂
礼を言って、門の方に歩き出す。
んーコの字型の防壁で、角がスラム化か、端に追いやられた感じ
なのかな?まぁ見てみないと話にならないから、行くけどさ。
﹁門のところを左にっと﹂
港から門までの、もの凄くにぎやかなメイン通り。良い香りがそ
こら中からしており、目に入った露店で、軽く食べ歩きながら下級
区の方に曲がり。どんどん進んでいく。
そうすると人通りも少なくなっていき、ゴミが散乱し始め、ボロ
を着込んだ、何族かわからない男が瓶を抱えたまま寝ていたり。細
い路地に、全裸で転がっていて、カラスが軽くつついても、見えて
た範囲では一切動かなかった男がいた。
多分死んでるんだろうな、アレ。
思っていた以上に治安が悪そうだ。コランダムのスラムは、多分
戦争奴隷として連れて行かれて、見かけなかっただけか。強制的に
連れて行かれたから、ここよりはマシに見えただけか。
エジリンのはこれより小規模だったし、治安もここまで悪くなか
ったぞ。
一応ボス的な奴に話をつけるべきだよな。呼んでもらうか、喧嘩
を始めるか、飲み屋的な所に行くか。
喧嘩は個人的になしだな。こういうのは酒場で情報集めしてたら、
いきなり絡まれるって相場が決まってる。んー娼館と一緒になって
る酒場辺りが狙い目か?良く映画とかマンガで、ボスっぽいのが飲
んでそうだし。よし、適当な酒場に入ってみるか。金は少し多めに
あるよな?
そう思いながら、ポケットに手を突っ込み、財布の中に大銀貨一
枚と銀貨が五枚ほどあるのを確認した。ぼったくりじゃなければ問
1870
題はないな。
適当に見つけた、酒の絵の看板がかかってる薄汚れた店に入り、
カウンター席に座って果実酒を頼む。アルコール度数が低いと、な
んか怖そうだし。
それに店内は多少小綺麗で、下級区に近い酒場だから、まだマシ
なのかもしれない。
﹁兄さん、新入りかい?﹂
﹁んー、違います。人探しですよ﹂
﹁そうか、だから酒場か﹂
﹁えぇ、こういう所の探し人は酒場でというのが、相場が決まって
ます﹂
簡単な会話と共に、果実酒が目の前に置かれる。村で飲む物より
少し酸っぱい気がするが、気のせいだという事にしておこう。
﹁で、誰を探してるんだ? 少しだけなら口きいてやるぜ?﹂
﹁んー⋮⋮このスラムを仕切ってるボスを﹂
﹁兄さん、死ぬ気かよ?﹂
﹁かるーく話し合いするだけですよ。そんなにやばいんですかね?﹂
やばいな、勝手に勧誘しちゃまずいと思って、一声かけようと思
ったけど、戦闘も考えておいた方が良いかな?
﹁とりあえず喧嘩っ早い事で有名だ、口より手が先に出る﹂
﹁おー、怖いですね﹂
覚悟をしておこう。
﹁で、なんの用なんだ?﹂
﹁労働者が大量に欲しいんですよ、スラム出身でも雇用出来る内容
なので、こんな場所で腐ってるより、抜け出したいって思ってる熱
意有る方を募集しようと思いましてね﹂
﹁ほう﹂
﹁仕事が無い、やる事がないから酒を飲む。そんな悪循環をぶっ壊
す手伝いをしようと。あと子供にも出来る簡単な仕事もありますし、
1871
家族一緒でも大歓迎⋮⋮﹂
そう言って果実酒を飲み干し、マスターに話を振る。
﹁申し訳ないですが、ここより落ち着きのない酒場を教えて欲しい
んです。例えるならば、常に喧噪や怒声で溢れかえってたり、喧嘩
が多く常にテーブルや椅子が倒れたりするような場所を﹂
今までの雰囲気とは違い、声を低くし、冗談ではない事を悟らせ
る。
﹁⋮⋮死んでもしらねぇぞ﹂
﹁そしたら、どうにかして逃げますので﹂
微妙な顔ではにかみながら答える。
﹁店をでて左、そのまま進んで防壁にあたったら左、そして真っ直
ぐ進んで最初の酒場がそうだ。俺が言うのも何だが、どうしようも
ねぇ奴しかいねぇし、最悪身包み剥がされて、その辺に冷たくなっ
て転がる事になる﹂
﹁ご親切にどうも﹂
そういって、露店で使った銀貨のお釣りの大銅貨一枚をカウンタ
ーに置いて、言われた通り、その酒場に向かうことにした。
1872
第132話 魔族側の大陸に行った時の事 前編1︵後書き︶
連続投稿が面倒ですので。16.17.18時の順で予約投稿しま
す。
1873
第133話 魔族側の大陸に行った時の事 前編2︵前書き︶
連続投稿の2になっております。
1874
第133話 魔族側の大陸に行った時の事 前編2
行われた場所に着くが、面構えは立派だな、規模的にもの凄く大
きく、島にある、多目的家屋くらいか?
ドアを開けると、煙草の煙が充満していて、奥の方では殴り合い
の喧嘩、そして一瞬静かになり、全員が俺の方を見て、数名が床に
唾を吐き捨てた。
おいおい、西部劇とかで見る酒場よりひでぇなぁ。
とりあえず気にしないで、開いてるカウンター席に座り、調子に
乗って﹁麦酒、それと直ぐに食える物を﹂と言ってみた。
そしたら、白毛のワーキャットのウエイトレスさんに、﹁新入り
は、ミルクでも飲んでりゃいいんだよ!﹂とか言われた。新入りへ
の通過儀礼だろうか?
﹁貴女のその小さな胸は、個人的に大変魅力的なのですが、ベッド
の上で愛を囁きながら、その小さな胸からミルクを直接いただくこ
とは出来ないのですよ。私には妻子がいますからね。残念ですが、
そういう誘いは他の方にして下さい。あ、今ここでカップに出して
もらえるなら飲みますよ﹂
調子に乗ったついでに、ウイットだかエスプリの利いた挑発で返
してみたかったが、まぁただのセクハラになった。あんなの簡単に
スラスラ出てくる方がすげぇわ。
そしたら、木のトレイを無言でフリスビーの様に思い切り投げて
きた。怒ったり、騒いでから投げてくれば、多少手で顔を守る事が
出来たかもしれないが、無言は予想外だった。
投げられたトレイは胸板に当たり、もの凄く痛かったが、目の前
に乱暴に麦酒が置かれたので、オーダーは通ったみたいだ。
﹁あーいてぇ⋮⋮﹂
胸の辺りをさすりながら、トレイをその辺に置いて麦酒を飲むが、
1875
後ろの喧噪が全く聞こえない。周りが見渡せる、角の方のテーブル
席にすれば良かったか?
﹁おい!雑種﹂
俺の事か?確かに両親は、種族が違う者同士が愛し合って俺を作
ったけどさ、雑種はないんじゃない?まぁ全然頭に来ないけどね。
﹁俺の事かい?﹂
麦酒を片手に振り向き、相手を見るが、左目が潰れてるワーウル
フの男が絡んできた。ここは笑われて、穏便に行く流れだろ。下品
なセクハラかましたんだから。
﹁見ねぇ顔だけどよ、なにいきなり入ってきて調子こいてんだよ。
新入りなら新入りらしく、ヘコヘコ俺達に頭下げて、酒でも奢って
れりゃいいんだよ﹂
後ろにいる連中は、ヘラヘラとこちらの様子を見ながら酒を飲ん
でいる、食べ物や飲み物を持って、角に逃げてないのを見ると、そ
こまでひどい暴れ方をするような奴ではないみたいだ。
﹁おいおい、新入りがビビって何も言えなくなってるぜー﹂
﹁可哀相だから、数発殴って財布だけにしといてやれよー﹂
酔っぱらいが何か言っている。まぁ、言われた通り酒でも奢って
やりますかね。
俺は、なみなみとカップに入っていた麦酒を、相手の顔面にぶっ
かけ、﹁あ、申し訳ありません。初めてで気が回りませんでしたよ。
その麦酒は奢りです﹂と言った。
酒場は、水を打った様に静かになり、目の前のワーウルフは、ビ
チャビチャと、床に麦酒を滴らせている。
﹁てめぇ!﹂
我に返ったのか、右手で殴りかかってくるが、相手の右側に軽く
体を反らし、右手で手首をつかんでそのまま引っ張り、左手で髪を
掴んでカウンターに顔を叩き付けたあとに、アバラの辺りに膝蹴り
をした。
そのあとに、手首をさらにひねりながら。膝の横に蹴りを入れて
1876
床に転がし、手首を持ったまま腹の辺りを踏みつける。
﹁この辺りを仕切ってる、ボスと話しがしたいいんだけど、どこに
行けば会える? それとも、ここでもう少し騒ぎを起こせば、向こ
うからやってきますかね?﹂
俺は、持っていた手首をさらに捻りながら立ち上がり、足下で短
い悲鳴が聞こえたので、手首を離して近くのテーブルまで移動する。
さて、ノープランだけど⋮⋮これからどうしよう⋮⋮。あまり危
害を加えても、問題ありそうだし、スラム内の事件って自警団とか
兵士とか動くのか?
﹁てめぇ!雑種の癖しやがって!﹂
だから雑種の何が悪いんだよ。純血の方が偉いのか?
ヤギっぽい男が、叫びながら勢い良く走って来たので、テーブル
を挟むように移動し、テーブルの料理を持ち上げてから蹴り倒し、
ヤギっぽい男がテーブルに躓き盛大に転んだので、そのまま頭を蹴
り飛ばし、気絶させた。
テーブルにあった唐揚げをフォークで食べながら、﹁思い切り転
んじゃったけど大丈夫?﹂と、軽く挑発を続ける。
周りが殺気立ち、﹁囲め囲め!﹂とか、﹁ボス呼んでこい!﹂と
か﹁武器持ってる奴前にいけ﹂とか言っている。ボスここにいねぇ
のかよ。
ナイフやダガーのような、比較的小さめの武器を隠し持っていた
のか、じわじわと壁際に追いやられる。
﹁いやいや、武器は不味いでしょう武器は﹂
フォークに唐揚げを刺したまま、両手を前に出して振り、慌てた
感じで言いながら、足の運びや、誰が何を持ってるかを確認する。
﹁あ、いや。その、ごめんなさい﹂
﹁遅いんだよ!﹂
誰かが叫ぶと、そのまま一気に襲いかかってきたので、フォーク
に刺さっていた唐揚げを、細身で動きが素早かったワーキャットの
顔面に向かって、手首だけ振ってから揚げを投げつけ、怯ませてか
1877
らつま先で顎先を蹴り上げ、意識を刈り取る。
そのまま近くに居た奴に、フォークが刺さらないように顔面に投
げつけ、唐揚げの乗っていた皿で、パイ投げのようにして、面を使
って殴りつけ、そのまま︻砂︼を辺りに振り撒き、椅子でどんどん
殴りつけていく。
三脚目の椅子で十四人目を殴り、全員の戦意を刈り取り、一番最
初に唐揚げを当てた奴の口に、無理矢理潰れていた唐揚げを放り込
む。
皿で殴りつけて、潰れていた唐揚げも、意識のない奴等の口にど
んどん放り込む。
﹁このあと、料理はスタッフが美味しくいただきました!﹂
倒れてる連中にそう言い放ち、俺はカウンターに戻り水を頼むと、
俺にトレイを投げつけたウエイトレスが、直ぐに水を持ってきて、
チラチラと熱い視線を送ってくる。
いや⋮⋮悪いけど、本当にさっきのは冗談なんだよ、本気にしな
いで。けど、猿っぽい見た目のマスターも動じないのがすげぇな。
黙々と料理作ってるよ。
出てきたのは唐揚げだった。うん、油がまだ暖かったんだね。
ちなみに攻撃してこなかった奴等は返しました。
﹁マスター、椅子って一脚いくら?﹂
﹁迷惑料込みで一脚銀貨二枚だな。あんたの料理と酒込みで銀貨四
枚だ﹂
﹁⋮⋮すみませんでした﹂
言われた通りに、カウンターに銀貨を置く。
﹁そこは、﹃こいつらにツケておいてくれ﹄じゃないのか?﹂
﹁そこまで迷惑はかけられませんよ﹂
フォークで唐揚げをつつきながら、ボスを呼びに行ったであろう
奴等が戻ってくるのを待っていたら。
﹁さ、酒かミルクは頼まないのかい?﹂
と、ワーキャットの女性は、かなりしおらしくなっており、顔を
1878
赤くしながら聞いてくる。
あんた、さっき俺にトレイ投げつけたのに、何いってんだ?
﹁あ、あんたが良ければ、このまま二階の部屋に行っても、い、良
いぜ? あたしは強い男が好きなんだ﹂
﹁あ、本当に申し訳ありませんが、アレは挑発されたお返しなので、
本気にしないで下さい﹂
﹁ま、まぁいいさ。あんたが良ければ、私はいつでも待ってるから
さ﹂
﹁はぁ⋮⋮。また来ても、絶対にそういう事はしませんので。他の
男性でも見つけて下さい﹂
表情が一気に落ち込んでしまった。まぁ、期待させるより、最初
から確実に拒否したほうが、相手のためでもあるからな。
しばらくして、﹁あ、三脚目もガタが来てるな。悪い、銀貨六枚
だ﹂とか言われて、銀貨がないので、大銀貨を払ってお釣りをもら
った。俺が全て悪いけど、泣けるぜ⋮⋮。
﹁おい、ここか!﹂
そんな声と共にドアが勢いよく開き、振り向くと、片方の角が無
いミノタウロスをかなり人間に近づけたような、二メートルくらい
の身長の男がやってきた。
﹁はい、雑種が粋がってまして﹂
﹁⋮⋮あいつだな﹂
何アレ、上半身ムッキムキじゃないか!あんなの鉄パイプで殴っ
ても、軽く血を流しながら、にらみ返されそう。最前線基地にいた
筋肉魔王より筋肉多いんじゃないのか!?戦闘力は別として。
まぁ、イチイさんの方が三倍くらい怖いけど。
目があった瞬間に、襲いかかってこないだけマシだな。なんか口
より手の方が早いって一件目のマスターが言ってたし。
﹁こいつ等の事は、何とも思っちゃいねぇけどよ。自分の縄張りで
暴れられるのはいい気分じゃねぇわな﹂
1879
俺は、本当の島だけどね。口には出さないけど。
﹁まぁ、俺もそう思います。あんたと話しがしたくて少しだけ暴れ
ましたが、お許しを﹂
俺はフォークを持ったまま立ち上がり、直ぐに動けるようにして
おく
﹁俺を呼ぶのに騒ぎを起こすとか、ずいぶん威勢が良いじゃねぇか﹂
﹁数日嗅ぎ回って、宿屋で襲われたくないので﹂
ニコニコと、笑顔で対応したのが気に入らなかったのか、俺の言
葉を聞いた瞬間に、一本しか無い角を俺に向けながら、テーブルや
椅子をなぎ倒しながら勢いよく走ってきた。
フォークを投げたくらいじゃ無理と判断し、俺は目を瞑りながら
︻フラッシュバン︼を、三メートル先で発動させながら横に飛び、
一本角はそのままカウンターにつっこんで、カウンターの中で暴れ
回っている。
目が見えないからって、暴れすぎだろ。ってかマスターとウエイ
トレスは無事か?あぁ、俺が立ち上がった時に、奥に逃げ込んだの
か、なら安心だ。
飲んでいた水の残りを、唐揚げを揚げていた油の中にぶっかけ、
盛大に油を跳ねさせる。
跳ねた油が辺りに飛び散り、カウンター内で暴れてた一本角に盛
大に降りかかり、転げ回っている。可哀相なので︻水球︼を発動し
て、ずぶ濡れにさせてから。ハンドボールくらいの︻石︼を空中に
発動させ、自然落下で頭に当てて気絶させた。
そして、手に持っていたカップを、振り向き様に一本角を呼びに
言った奴に投げつけ、良い音が店内に鳴り響き、とりあえず全員無
力化に成功した。
俺はため息をつきながら、﹁こいつ等、修理代持ってるかな﹂と
呟き、倒れてない椅子に腰掛けて、マスターが来るのを待った。
静かになったから、様子を見に来たのか、マスターが奥の扉から
1880
少しだけ顔を出した。
﹁あ、すみません。店内をめちゃくちゃにしてしまいました。ほぼ
こついつが﹂
﹁あぁ、トローが来た時点で覚悟はしてたよ﹂
一本角の名前か⋮⋮。
﹁店の修理代とか、こいつ等にお願いします。カウンターの中で暴
れたのそいつなんで。あ、テーブルや椅子をなぎ倒しながら襲って
きたから、入り口からココまでのもこいつですよ?﹂
﹁まぁ、それは追々話すけど、こいつから取れる気がしないんだよ
なー﹂
何かを言いたそうに、マスターがこちらを見ている。
﹁こいつが、口よりも手が早いのが悪いですよ。表に出ろとか言わ
れたなら、それに応じましたが﹂
﹁そうなんだよなー。こいつすぐに暴れやがって﹂
仕方ない、恩でも売っておくか。治安は兎も角、場所も良さそう
だし。狭小材料として、商人を通さず酒でも卸してやろう。
﹁マスター、取引をしようじゃないか﹂
両手を軽く広げ、笑顔で話しかける。
﹁その前に、こいつをカウンターから引きずり出してくれ。また暴
れられたらたまったもんじゃない﹂
﹁あ、はい﹂
少しだけ格好つけたけど、無意味に終わった。とりあえず角をつ
かんで、引きずりながらカウンター脇の、小さな出入り口から出そ
うと思ったけど、寝転がったままだと体が折れずに引っかかった。
裏から羽交い締めにするようにして持ち上げ、何とかカウンター
から出したけど、どうしよう。縛る紐とかあるかな?
紐がないかと聞いたら、梱包用の紐があると言われたので頼んだ
ら、ウエイトレスがもの凄くしなやかな動きで、カウンターの奥に
走って紐を持ってきた。狭いカウンター内をあんなに素早く動ける
1881
のは種族柄だろうか?ワーキャットって敏捷性高そうだもんなー。
トローを縛り、角と足首をつなげるようにして、エビ反りの状態
で転がす。終始ウエイトレスが協力的だったけど、本当に貴女を愛
することは出来ませんよ。
話し合いを再会しようと、カウンター席に座ったら、隣にウエイ
トレスが座って擦り寄って来た。本当に勘弁してくれ。しかも尻尾
を腕に巻きつけないでくれ。
トローを倒したからかなり株が上がったんだろうか? 転がして、
油に水を入れただけなんだけどな。
﹁で、何が目的なんだ?﹂
﹁手短に言いますね、この店の修理代を全部払うから、壁に広告の
張り紙をさせて下さい﹂
﹁⋮⋮どういう意味だ? 対価としてはかなり釣り合わないぞ?﹂
本当に、訳がわからないと言うような表情で、俺を見てくる。
﹁セレナイトから五日ほど船で進んだ場所にある、元無人島に人手
が欲しいんです、それの勧誘をするのに、広告を打ったり、声をか
ける必要があるんですよ﹂
﹁あの島は、くそ甘い魔王が開拓してる島だろ? お前は部下か何
かか? 魔王は何が目的なんだ?﹂
俺は人手の事、なんでスラムなのか、島の人口比率の事も話した。
﹁つまり、人族が多い、魔族増やしたいから腐って酒飲んでるより
働け。って事か﹂
﹁えぇ。なので、勝手に募集して連れて行って、ボスに睨まれるの
も嫌なので、話し合いに来たんですけど⋮⋮﹂
足下でエビ反りになってるトローを見る。
﹁コレですし﹂
﹁⋮⋮だいたいわかった。けど俺の店の客が減る。それはどうする
?﹂
﹁スラムの人口が減少、空いた場所に、下級区より安い場所を求め
て素行の良いのが住み着くかもしれないし、噂が広がって、見捨て
1882
てた自警団とかが戻ってくるかもしれない。そもそもこいつら金払
い良い方でした?﹂
﹁全然﹂
﹁なら、いなくなっても問題ないですよ。それに、商人を通さない
で、酒を卸しても良いと思ってます。ベリル酒は知ってます?﹂
﹁一回だけ飲んだな、強い酒だろ?﹂
﹁アレは俺の故郷の酒ですが、その島でも作ってます﹂
﹁ほう⋮⋮。続けてくれ﹂
﹁住人の入れ替え、美味い酒、強い酒、広い酒場。どう思います?﹂
﹁俺のじいさんから聞いたが、スラムになる前は良い酒場だったら
しいな。そんなのにあこがれてた﹂
﹁素行の悪い奴を、更正させるのには問題ない。働きたい意志のあ
る奴だけに声をかけて下さい﹂
更生に関しては、プランBだけどな。
﹁いいだろう﹂
そういって右手を出したので、しっかりと握り返した。
1883
第133話 魔族側の大陸に行った時の事 前編2︵後書き︶
これは17時に投稿され、続きの3が、いつもの時間の18時に投
稿されます。
1884
第134話 魔族側の大陸に行った時の事 前編3︵前書き︶
長くなったので3つに別けました。
なので先に1.2を読んで下さい。
16時17時に予約投稿されています。
1885
第134話 魔族側の大陸に行った時の事 前編3
一つしかない出入り口を塞ぐように、椅子を置いて果実酒を飲ん
でいたら、色々な奴が覚醒し始め、俺の方を見てくるが、酒を飲み
ながら、縛り上げたトロ︱を足元に転がしてたら、襲い掛かっては
来なかった。この辺で一番強いって本当だったんだな。
﹁やあ、足元のこいつが気が付くまで待っててね﹂
のんびりと、果実酒を飲みながら、隣にウエイトレスを座らせ、
自分の物にしている様に見えるが、勝手に椅子を持って来て、隣に
座って離れてくれないので諦めてるし、勝手にそう思わせてる。
﹁まぁ、帰っても良いけど、通りたければここの修理代払え﹂
修理代払うって言ったけど、俺が全額俺が払うとは言ってない。
なんか、マスターが変な目で見てる気がするが、少し遠いので、
気のせいにしておく。
﹁まて、椅子で殴ってきたのはお前だろ!﹂
﹁俺はもう椅子代を払った。だからこの辺の残りは全部お前等だ。
・・
まぁ、大半はこの足元に転がってる奴が原因けどな。話し合って払
わせるか、お前等が払え﹂
﹁いや⋮⋮、出来ねぇよ﹂
﹁出来る出来ないじゃなくて、やれ。それが嫌ならお前等が払え﹂
そう言って、悪役っぽく足元に転がってるトロ︱に残っていた果
実酒を顔にぶっ掛け、覚醒させる。
﹁⋮⋮ぶはぁ! なんだこりゃ! う、うごけねぇ!﹂
﹁かなり頑丈に縛ってるからね、取りあえず話し合う気はあるかい
?﹂
﹁この縄ほどいたらな!﹂
芋虫の様にウゴウゴ動いてるが、足で転がして、カウンター側を
見せる。
1886
﹁いやいや、暴れそうだから、それはできないね。それとお前が壊
したテーブルと椅子と迷惑料を払ってくれ﹂
﹁お前が払えばいいだろ! なんで俺なんだよ!﹂
﹁いやいや、倒したりはしたけど、壊したのはお前だから﹂
﹁お前にお前って言われる筋合いはねぇ!﹂
﹁話になんねー。なぁ、こいつって普段から金持ち歩いてる?﹂
﹁いえ、払ってる所を見た事ねぇっす﹂
俺が椅子で殴りつけた一人が言った。
﹁んー、どうやって回収すっかなー。マスター、コイツってみかじ
め料とか取ってました?﹂
﹁いいや、ツケだけだな﹂
﹁お前たち、そういうの聞いた事あるか?﹂
﹁いえ、ないっす﹂
﹁俺もだ﹂
﹁あたいも﹂
椅子で殴った奴に女性がいたか、悪い事をしたな。しかも狐耳じ
ゃないか!本当にごめん!
﹁んーどうやって回収すっかなー。肉体労働か? トローさんって
今まで真っ当に働いた事ある?﹂
﹁ねぇよ! ガキの頃からずっとこんな感じだよ!﹂
﹁とりあえずさ、労働力を探しててね。うちで働かない?﹂
﹁はぁ!?﹂
﹁この辺のならず者を、一気に雇用してこの辺の治安回復も出来れ
ば良いかなーって思ってるんだけどね﹂
﹁何言ってんだおめぇ!﹂
﹁ん? どうせ軽犯罪しちゃって、働きたくても働けねぇんだろ?
ならそういうのいっぺんに雇っちゃおうかな? と思ってね﹂
さっき酒をぶちまけたので、カップに酒が無いので︻水球︼を作
り、カップに入れて一旦喉を潤す。ついでに魔法が使えると思わせ
ておいても良いだろう。
1887
﹁そこから必要な金を俺に払ったら後は自由だ、そのまま働いても、
こっちに戻って来ても構わない。三十日働けば釣りも出るぞ﹂
﹁後ろに誰が付いてやがる、この町の貴族か? それとも自警団か
? 魔王か!﹂
良い方向に向いて来たか?
﹁んー。誰もいないな。強いていうなら俺⋮⋮かな﹂
﹁はぁ?﹂
﹁この町を、領地にしてる魔王には悪いけど、俺が⋮⋮俺が無人島
の魔王だ!﹂
椅子に座りながら、親指で自分の事を指し、ドヤ顔をしてみる。
少しだけ後悔したが、もう遅い。やってしまったものはどうしよう
もない、続けよう。
﹁あー、うん。とりあえずさ、魔王の事は隣に置いて置こう﹂
そう言って、マスターに話した事を、もう一度話し、働く意欲が
ある奴だけ残らせ、無い奴は下着にして帰した。中には女性もいた
けど、まぁ仕方がない。
﹁これ売れますかね?﹂
服を摘み上げ、マスターに問いかける。
﹁洗って、孤児院にでも寄付しとけ﹂
マスターが答えてくれた。
﹁寄付ねぇ。貰ってくれるかな? もういっその事、強制的に連れ
て帰ればよかったよ﹂
﹁で、トローさん。あんたが残るとは思いませんでした。どんな心
境の変化ですか?﹂
﹁勝った奴に従う。当たり前だろう﹂
﹁どこの当たり前だよ⋮⋮。まぁ働く意欲だけあれば問題ないです。
ですが、みなさんの家をまだ造っていないんですよ。なので六十日
くらい待ってもらえればありがたいんですよね﹂
﹁おい、誘っておいてそれはねぇんじゃねえのか?﹂
1888
﹁いやー、募集掛ける前に、こんな事になっちゃったからね、結構
困ってるんですよ﹂
﹁なら最後まで面倒見やがれ!﹂
たしかに。言い分はごもっともだ。
﹁ぼろい建造物なら、まだ残ってますが? あまりおすすめできな
いんですけど。それに、本格的な稼働をしてないから、まだお金使
う所無いですし﹂
森の方に引っ越してから、搬入用倉庫にしか使用してないんだよ
な。しかも、通過を普及させるのにはまだ時間かかりそうだし。
﹁色々な噂が流れてるぜ? 定期船が真水補給したり、商船が物を
買いに行ったりしてるってな。それに乗れば行き来自由だろ?﹂
﹁自分の金で行き来するならな。定期的に島から物品を出荷するた
めに、所有してる船は出るが、まだ魔族側との商人と契約して無い
から、人族側にしか船は出てないぞ? それでも良いなら、セレナ
イトの商人とある程度契約を結んだら帰る予定だけど⋮⋮﹂
﹁それでいい! 俺を連れていけ﹂
﹁んーけどなぁ⋮⋮。トロ︱さん喧嘩っ早いじゃないですか? も
し問題起したら更生させますよ?﹂
﹁喧嘩しなければ良いんだろ? まかせろよ!﹂
そんなに労働意欲に餓えていたのだろうか?それとも金が欲しか
ったのか?まぁいいさ。魔族が増えれば。
﹁ってな訳で、残ってるのは全員島に来て労働希望って事で良いで
すか?﹂
そう言うと、奥の方に座っていた奴等も首を縦に振っている。 ﹁では、トローさんの監視もお願いします﹂
そう言ったら、一気に表情が曇った。なんででよ⋮⋮。
﹁まぁ、わかりました。とりあえず皆さんに労働意欲があるという
事で、簡単な仕事を与えます。本格的な雇用は、六十日後くらいで
しょうか? 先ほども言いましたが、まだ集合住宅が完成していな
いので、多少不便な暮らしになります﹂
1889
二十人くらいだし、どうにかなるよな。まだ波打ち際付近の家が
空いてたし。まぁ、他の魔族にも慣れてもらう為に、一時的な緩衝
期間として、住まわせてみようか。まだ、素行の良い奴等だと決ま
ったわけじゃないし。
﹁今より不便な暮らしがあるのか?﹂
奥の方が誰かが大声で言い、笑いが漏れる。
﹁じゃぁ、とりあえず毎日顔は出しますが、いつでも島に行ける準
備をお願いします﹂
そう言って椅子から立ち上がり、トローさんの紐を︻黒曜石のナ
イフ︼で切り、立ち上がらせ、ドアの前の椅子を退かして、皆を帰
らせ。マスターにギルドの場所を聞いて、金を下ろしに俺は走った。
格好つけすぎた!とりあえず大銀貨五枚ってなんだよ。絶対回収
してやるからな!
1890
第134話 魔族側の大陸に行った時の事 前編3︵後書き︶
最後だけ中途半端に短くなってしまいましたが、お許し下さい。
1891
第135話 魔族側の大陸に行った時の事 後編1︵前書き︶
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
三話を試験的に同時刻投稿しました。上手くいってればいいんです
が。
1892
第135話 魔族側の大陸に行った時の事 後編1
あのあと、ギルドからお金を下ろし、マスターに支払い、張り紙
を壁に貼らせてもらった。
セレナイトから船便で五日目の場所にある、甘ちゃん魔王が開拓
してる島で、労働者募集。
本格的な商店がないので、金銭での物品の売り買いは出来ません
が、発展初期組として、島で働きませんか?
・労働意欲があり、特殊な訓練無しでも働けます。
・専門職の方優遇。
・お金を使う場所がないので、自然とお金が貯まります。
・町に出たい場合は、定期船に実費で乗って下さい。
・人族も居ます
・主な業務内容は、開墾と収穫。専門職の方はそちらをお願いする
かもしれません。
・魔法が使える方大歓迎
うん、こんなもんか? 金が使う所が無いとか、遠洋漁業みたい
だけどな。
何も頼まないのは失礼なので、果実酒を飲みながら、生き残って
るテーブルで文字を書いてたら、やっぱりウェイトレスさんがすり
寄ってきて、しっぽを絡めてくる。本当に止めてほしい。
﹁じゃあ、これお願いします。文字読めない方っています?﹂
﹁トローでも読めるんだ。他の奴でも読めるだろ﹂
その考えはやばいな。マスターに読んでもらえるようにしておこ
う。
﹁それって、あたしも行っていいのかい?﹂
1893
﹁マスターに聞いてください。それに給仕はいいんですか?﹂
﹁客はあんただけじゃないか﹂
﹁そうじゃなくて⋮⋮あー、そうでしたね。んじゃマスター、取引
の話をしましょう﹂
面倒なので、説得は諦めた。
﹁いきなりだな、酒が入ってるのにいいのか?﹂
﹁こんなもんじゃ酔えませんよ﹂
ヴァンさんの時? アレはアレ、コレはコレで。
﹁いいだろう、そのベリル酒とやらは、一樽幾らなんだ?﹂
﹁そうですね⋮⋮。儲け無しでこの値段。人族のとある商人に卸し
てるのはこの値段、明日から売り込みに行こうとしてる、商人に提
示するのは、このくらい。ですので、マスターの所には、勉強させ
ていただいて、このくらいでどうでしょうかね?﹂
﹁確かに数字を見る限り他より安いが、果実酒や麦酒に比べ、高い
理由を教えてくれ﹂
もっともな事を言われ、全て説明し、手間や燃料代がかかってい
ることを伝え、他の酒より高くなる事を説明した。
﹁んー暖めて、酒だけを抜き取るねぇ。なら強いのも高いのも納得
だ。まあ、それでしばらく頼む﹂
﹁ありがとうございます。コレが島で作ったベリル酒です﹂
テーブルに透明な液体の入った瓶を置く。
﹁俺が見たのは、琥珀色だったが?﹂
﹁樽で熟成させてませんからね。もう少ししたら、色がつきますよ。
それに、サトウキビの酒ですので、熟成させなくても、美味しいで
すよ﹂
﹁ふぅん⋮⋮﹂
そう呟きながらグラスに注ぎ、香りと味を確かめている。
﹁多分、マスターが飲んだのは麦酒のベリル酒でしょうね、これは
サトウキビ。このままでも良いですが、ライムとミントと氷と水。
シナモンとレモンと砂糖とお湯で飲んでも美味しいですよ。先ほど、
1894
お金を下ろしに行った市場で見つけてきました、厨房をお借りしま
す﹂
厨房を借りて、二種類を二杯ずつ作り、二人の前に出す。
﹁うん。確かに強い酒と、美味い酒だ﹂
﹁あたしは、こっちの草が入ってるのが好き﹂
レモンもライムも柑橘系だけど、平気なんですかねぇ?猫なのに。
﹁まぁこんなもんです。こちらの商人と取り引きして、他の酒場で
取り扱いが始まったら、値段を調査して歩き、足並みをそろえれば、
安く仕入れた分だけマスターの儲けですよ?﹂
﹁いいだろう。それなら、いなくなった奴らの分なんか、あっとい
う間に取り返せる。取り引きさせてくれ﹂
﹁じゃぁ、この張り紙をお願いします﹂
そういって握手をして、簡単に作った契約書にお互いサインをす
る。
﹁あ、安く酒を卸してるのは秘密で﹂
﹁わかってるよ﹂
マスターとの契約を終わらせ、外に出ると夕方近くだったので、
宿をスラムに近い下級区で探す事にした。船で寝泊まりしてもいい
けど、水準が知りたい。
観光事業も視野に入れるなら、最低に近い環境も知っておいた方
がいい。まぁ、俺の知ってる最低は、最前戦に行くときの、馬小屋
の藁だったけどな。
マスターに聞いてもよかっったが、適当に入った方がおもしろそ
うだ。そして、適当に歩き回り宿を探す。
そして、ベッドの看板が掛かってる、もの凄くわかりやすい宿屋
を見つけたので、入ってみる。
入った瞬間に、受付をしてたおばちゃんに、頭の先からつま先ま
でじろじろ見られた。
﹁素泊まり大銅貨一枚、飯が欲しけりゃ隣の食堂に行きな。ランプ
の油代は別だよ﹂
1895
﹁あ、それで良いです﹂
俺は大銅貨一枚をカウンターにおいて、宿帳に偽名を書く。こう
いう所は偽名を使いたくなる。Q太郎?ジョン?ロック?まぁ、ロ
ックが魔族っぽいか。岩本君と被るけど。
部屋の鍵をもらい、部屋にはいると、最低限の物しか無く、布団
は湿ってる。シーツも少しシミがある。しかも少し臭う。不衛生だ
な⋮⋮。
﹁まだ馬小屋の方が、あきらめが付いたな。中途半端に物があると
割り切れないって事か⋮⋮。床で寝るか? ノミとかも怖いしな﹂
独り言を呟き、確認だけ終わらせ、鍵を預けてから隣の食堂に行
く事にした。
入ってみたら、大衆食堂という言葉がもの凄く似合う、極々普通
の食堂だ。ウエイトレスに角の席に案内され、日替わり定食を頼み、
お金を払って出てきた。普通すぎて言う事がない。
そして宿に戻り、床で寝た。
◇
﹁最悪な朝だ﹂
一言だけ呟き、太陽が出る前に宿を出た。
決してあんな宿は島じゃ作らせねぇ。そう心に強く刻
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