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注意訓練法(ATT)を用いた防衛的悲観主義の 課題処理行動

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注意訓練法(ATT)を用いた防衛的悲観主義の 課題処理行動
注意訓練法(ATT)を用いた防衛的悲観主義の
課題処理行動および抑うつへの介入
心理教育実践専修
2512012
菅原 美紀
Ⅰ. 問題と目的
悲観主義は不安が高く、能力以下のパフォーマンスしかあげられないといわれてきた
(Seligman,1990)。しかし、悲観主義であっても、高いパフォーマンスを示すものがおり、
従来の悲観主義と区別して、防衛的悲観主義という概念が見出されてきた(Norem &
Cantor, 1986)。Norem ら(1986a)は、過去のパフォーマンスに対する認知と将来のパフォ
ーマンスに対する期待によって、認知的方略を 4 つに分け、物事を悪い方に考えることで
成功している適応的な悲観者を見出した。4 つの認知的方略とは、過去のパフォーマンス
をポジティブな経験として認知しており、将来のパフォーマンスにおいてもポジティブな
結果を期待する“方略的楽観主義(以下 SO)”
、過去のパフォーマンスをポジティブに認知
しているが、将来に対する期待が低い“防衛的悲観主義(以下 DP)”、あとの 2 つは、過去
のパフォーマンスをネガティブに認知している点は共通しているが、将来に対してネガテ
ィブな結果を予期する“真の悲観主義(以下 RP)”と将来に対してポジティブな見込みをす
る“非現実的楽観主義(以下 UO)”である。
Norem(2001b)は面接調査から、DP 者の中には心身ともに健康な者が存在するとしてい
るが、一方細越(2006a)は DP 者は SO 者よりも抑うつ・不安が高いと報告しており、DP
者の精神的健康についてはその複雑さが示唆されてきた。DP 者は、課題に強い不安を感
じるものの(Showers & Ruben,1990)、今後起りうる可能性を熟考する事や適切な対処行動
を取るによって不安を統制し、SO 者と同様に良いパフォーマンスをするという特徴を持
つ(e.g.Cantor & Norem,1989)。熟考する際には課題に取り組む主体である自分自身に注意
を向けると考えられ、そのような心性は自己没入と近似している。自己没入は人が自己に
注意を向け続ける状態であり、抑うつと関連があるとされている(坂本 ,1997)。また、注
意が自己に固執すると、ネガティブな考えの反すうが生じ、自己の内的な部分への注目が
固定される可能性がある。
DP 者はその肯定的側面、否定的側面の両面が報告されてきたが、本研究ではその行動
的特徴および心理的特徴について明らかにすることを目的としたい。
Ⅱ. 研究 I
【目的】DP 者の抑うつの程度の観点から、質問紙により、課題に取り組む際の行動特徴
および心理的特徴について検討する事を目的とする。
1. 調査 1
【方法】1.手続き:2013 年 2~3 月、秋田大学構内にて質問紙調査を実施。大学生・大学
院生 129 名(男性 66 名・女性 63 名,M=20.56 歳, SD =1.44)を分析対象とした。
2.質問紙の構成:(1)認知的方略尺度(以下 J-DPQ)(Hosogoshi ら,2005)、(2)自己没入尺度
(坂本,1997)、(3)日本版自己評価式抑うつ性尺度(SDS) (前田, 2011)、(4)レポート課題に対
する意識と取り組み <①レポート課題に関するスケジュール作成(見積もり日数と取り組
み方)、②理想の取り組み方との一致度、③課題に対する態度、④課題に対する負担感(中
谷ら,1989)>、(5)フェイスシート(性別・年齢等)
【結果】認知的方略の 4 群(SO・DP・UO・RP)を独立変数とした多重比較の結果、自己
没入では DP>SO・UO、RP>SO・UO、SDS では DP>SO、RP>SO、理想との一致度で
は DP・UO>RP、負担感では RP>SO・UO、工程の綿密さでは DP>SO・RP、振り分け
日数では DP>SO であった。
認知的方略の 4 群を SDS 得点平均より高い者を抑うつ、低い者を非抑うつとして各々2
群に分け、計 8 群(非抑うつ SO・抑うつ SO・非抑うつ DP・抑うつ DP・非抑うつ UO・
抑うつ UO・非抑うつ RP・抑うつ RP)を独立変数とし、多重比較を行った結果、自己没入
では非抑うつ DP 群>非抑うつ SO 群、抑うつ DP 群>非抑うつ SO 群、抑うつ RP 群>非抑
うつ SO 群・非抑うつ UO 群、着手では、非抑うつ DP 群>非抑うつ SO 群、工程の綿密さ
では、非抑うつ DP 群>SO 群・非抑うつ UO 群・RP 群、理想との一致度では、非抑うつ
SO 群>抑うつ RP 群、非抑うつ DP 群>抑うつ RP 群、抑うつ UO 群>抑うつ RP 群、負担
感では、抑うつ DP 群>非抑うつ SO 群、抑うつ RP 群>非抑うつ SO 群・非抑うつ UO 群
であった。
【考察】DP 者は、他の群と比べて課題に対して早めに着手し、綿密に取り組む事が示唆
され、そのような特徴は特に抑うつの低い DP 者に顕著であった。
2. 調査 2
【方法】1.手続き:平成 25 年 7 月~8 月、秋田大学構内にて授業内での質問紙調査および
個人での質問紙調査を実施した。
大学生・大学院生 154 名(男性 101 名・女性 53 名,M=19.82
歳,SD=1.97)を分析対象とした。
2.質問紙の構成:(1)J-DPQ(Hosogoshi ら,2005)、(2)SDS (前田,2011)、(3)不決断傾向尺
度(杉浦,2007)、(4)TAC-24(神村ら,1995) 、(5) 同時処理に対する認知・課題遂行をし始め
た後の気分調整の程度・綿密な取り組み方に対する肯定的認知の程度に関する質問項目、
(6)人並み志向尺度(元橋,1993)、(7)フェイスシート(性別・年齢等)
【結果】認知的方略の 4 群(SO・DP・UO・RP)を独立変数とした多重比較の結果、SDS
では、UO>SO、RP>SO・DP、不決断傾向では、DP>SO、RP>SO・UO、肯定的解釈で
は、SO>DP・UO・RP、放棄・諦めでは、RP>SO、問題回避では、RP>SO、肯定的解釈
と気そらしでは、SO>UO・RP、情動焦点型では、SO>UO・RP、関与では、SO>UO・
RP、同時処理では、DP>UO・RP、人並み志向では、DP>SO・UO であった。SDS 平均
で各々2 群に分け 8 群(非抑うつ SO・抑うつ SO・非抑うつ DP・抑うつ DP・非抑うつ UO・
抑うつ UO・非抑うつ RP・抑うつ RP)を独立変数とした多重比較の結果、不決断傾向では、
抑うつ DP 群>非抑うつ SO 群・非抑うつ UO 群、抑うつ UO 群>非抑うつ SO 群、抑うつ
RP 群>非抑うつ SO 群・非抑うつ UO 群、肯定的解釈>非抑うつ SO 群>抑うつ DP 群・抑
うつ UO 群・RP 群、非抑うつ DP 群>抑うつ UO 群・抑うつ RP 群、気晴らしでは、非抑
うつ DP 群>抑うつ RP 群、放棄・諦めでは、抑うつ RP 群>非抑うつ SO 群、問題回避で
は、UO 群>SO 群・DP 群、RP 群>SO 群・DP、肯定的解釈と気そらしでは、非抑うつ
SO 群>抑うつ UO 群・抑うつ RP 群、情動焦点では、非抑うつ SO 群>抑うつ RP 群、接
近(関与)では、非抑うつ SO 群>抑うつ-DP 群・抑うつ UO 群・抑うつ RP 群、人並み志向
では、抑うつ DP 群>抑うつ SO 群・非抑うつ RP 群であった。
【考察】抑うつの高い DP 者は、不決断傾向が高く、課題に対して回避や放棄・諦めとい
った不適応的対処を取りやすい事が示された。また、現実的な失敗を体験していないにも
関わらず、目標設定は中程度に留まる事が示唆された。
3. 抑うつと DP 傾向の程度に関する検討
これまでの研究では J-DPQ 尺度の得点の高い者を DP 者、低い者を SO 者と捉えられて
きた。本研究では、得点の高い者を DP 高群、低い者を DP 低群とし、DP 傾向と、抑う
つの程度による心理的特徴および行動的特徴について検討を行う。
調査 1 において、DP 傾向を持つ者を JDP-Q 平均で高低に分け、DP 高群、DP 低群と
し、SDS 得点の平均値の高低で 4 群に分け(非抑うつ DP 低・抑うつ DP 低・非抑うつ DP
高・抑うつ DP 高)、独立変数とし、多重比較を行った結果、自己没入では、抑うつ DP 低
群>非抑うつ DP 低群、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群、非抑うつ DP 高群>非抑うつ
DP 低群、着手では、非抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群、振り分け日数では非抑うつ
DP 高群>非抑うつ DP 低群、理想との一致度では、非抑うつ DP 高群>抑うつ DP 低群、
負担感では、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群であった。
調査 2 においても同様に 4 群(非抑うつ DP 低・抑うつ DP 低・非抑うつ DP 高・抑うつ
DP 高)を独立変数とした。多重比較の結果、不決断傾向では、抑うつ DP 高群>非抑うつ
DP 低群・非抑うつ DP 高群、肯定的解釈では非抑うつ DP 低群>抑うつ DP 高群、計画立
案では、非抑うつ DP 低群>抑うつ DP 高群、非抑うつ DP 高群>抑うつ DP 低群・抑うつ
DP 高群、放棄・あきらめでは、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群・非抑うつ DP 高群、
責任転嫁では、抑うつ DP 低群>非抑うつ DP 低群、問題回避では、抑うつ DP 高群>非抑
うつ DP 低群・非抑うつ DP 高群、肯定的解釈と気そらしでは、非抑うつ DP 低群>抑うつ
DP 高群、情動焦点では、非抑うつ DP 低群>抑うつ DP 高群、関与では、非抑うつ DP 低
群>抑うつ DP 高群、同時処理では、抑うつ DP 低群>非抑うつ DP 高群、抑うつ DP 高群
>非抑うつ DP 高群、人並み志向では、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群であった。
【考察】抑うつが低く DP 傾向が高い者は、メンタルリハーサルが出来、理想的な取り組
み方が明確化し、成功に至る具体的な対策を取る力があるため、成功に至りやすいと考え
られる。一方で、抑うつが高く DP 傾向が高い者は課題遂行において回避や諦めの対処方
略を取りやすく、実際に失敗を体験していないにも関わらず、中程度の目標設定をする事
が示唆された。抑うつの高い DP 者は、考え込んで停滞し、大きな変化を予測しない事か
ら、変化の少ない行動を繰り返している可能性がある。
Ⅲ. 研究Ⅲ
【目的】注意訓練法(ATT)を用いる事により、DP 者の肯定的側面の向上と否定的側面の抑
制について検討する。
【方法】1.手続き:2013 年 12 月~2014 年 1 月、秋田大学構内の実験室にて実施。1 回目
の実験で質問紙を実施した後、ATT について説明と実施をし、1~2 週間 1 日 1 回、ATT
を行うホームワークを依頼した。1~2 週間後の 2 回目の実験で質問紙①を実施し、2 回目
から約 2 週間後に 3 回目の実験で質問紙①実施した。J-DPQ の結果、DP 傾向を持つ大学
生・大学院生 20 名(男性 19 名・女性 11 名,M=20.53, SD =1.55)を分析対象とした。2.【質
問紙①の構成】(1)J-DPQ(Hosogoshi ら,2005)、(2)SDS (前田, 2011)、(3) 不決断傾向尺度
(杉浦,2007)、(4)TAC-24(神村ら,1995)、注意傾向尺度(篠原, 2002)、 (5)フェイスシート(性
別・年齢等)【質問紙②の構成】(1)SDS (前田, 2011)、(2)注意傾向尺度(篠原, 2002)
【結果】J-DPQ と SDS の得点により、認知的方略 4 群(非抑うつ DP 低・抑うつ DP 低・
非抑うつ DP 高・抑うつ DP 高)に分けて被験者間要因とし、質問紙①においては 3 回の測
定時点(1 回目 ATT 前・2 回目・3 回目)、質問紙②においては 4 回の測定時点(1 回目 ATT
前・1 回目 ATT 後・2 回目・3 回目)を被験者内要因とする 2 要因分散分析(混合計画)を行
った。認知的方略に交互作用がみられ、単純主効果の検定の結果、非抑うつ DP 低では、2
回目>1 回目 ATT 前、抑うつ DP 高では、1 回目 ATT 前>3 回目、1 回目 ATT 前の実験に
おいて、DP 高>DP 低であった。不決断傾向では、群の主効果がみられ、非抑うつ DP 高
>非抑うつ DP 定、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群であった。気晴らしにおいて、交互
作用が有意であり、単純主効果の検定の結果、1 回目において抑うつ DP 低群>抑うつ DP
高群、抑うつ DP 低群において、1 回目>2 回目、1回目>3 回目、抑うつ DP 高において、
2 回目>1 回目であった。放棄・あきらめでは、群の主効果がみられ、抑うつ DP 高群>非
抑うつ DP 低群、抑うつ DP 高群>抑うつ DP 低群、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 高群で
あった。問題回避では、群の主効果がみられ、抑うつ DP 高群>抑うつ DP 低群、抑うつ
DP 高群>非抑うつ DP 低群、
抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 高群であった。
情動焦点では、
群の主効果がみられ、非抑うつ DP 低群>非抑うつ DP 高群であった。数字変換課題では、
交互作用がみられ、抑うつ DP 低群において、2 回目>1 回目 ATT 前、2 回目>1 回目 ATT
後、抑うつ DP 高群において、1 回目 ATT 後>1 回目 ATT 前、2 回目>1 回目 ATT 前であ
った。SDS 尺度得点では、交互作用がみられ、非抑うつ DP 高群において、2 回目>1 回目
ATT 前、3 回目>1 回目 ATT 前、1 回目において、抑うつ-DP 低群>非抑うつ DP 低群・非
抑うつ DP 高群、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群・非抑うつ DP 高群であった。注意制
御不全感では、群における主効果がみられ、抑うつ DP 高群>非抑うつ DP 低群であった。
注意分割傾向・能力では、
群の主効果がみられ、
抑うつ DP 低群>抑うつ DP 高群であった。
【考察】ATT の実施により、抑うつが高く DP 傾向を持つ者の気晴らしの対処方略の選択頻度
が平均範囲内に調整された。また、気分の変化に至らなくても処理能力の向上が生じる可能性が
示唆された。抑うつの低い DP 者に対する ATT 実施は、否定的な影響に考慮する必要がある事
が示された。
【総合考察】
DP 者は、課題に早めに取りかかり堅実な取り組み方をする事が特徴としてみられ、DP
者の中でも抑うつの低い者において顕著であった。したがって、抑うつの低い DP 者は否
定な予測から将来起こり得る様々な事態を想定し、臨機応変な対応が取りやすく、遂行を
阻害する要因の影響を受けにくいと考えられる。一方で、抑うつの高い DP 者は、回避や
諦めなど不適応的な対処方略の選択を取る傾向がみられ、失敗に至る可能性が高くなると
考えられる。DP 者の肯定的側面の向上と否定的側面の抑制を目的として ATT を行った。
抑うつの低い DP 者は、ATT 実施により一時的に抑うつの上昇がみられたため ATT 実施
には十分な注意が求められる。以上より、本研究では、DP の構造をより精査する事で、
DP 者の課題処理の特徴や心理的特性を明らかにし、肯定的側面の向上と否定的側面の抑
制を図るための方策に、具体的提言を加えることができたと考えられる。
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