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第2章 外国(主として米国)の親子関係研究の展望

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第2章 外国(主として米国)の親子関係研究の展望
第2章 外国(主として米国)の親子関係研究の展望
前章で,日本においては,青年期の親子関係を実証的に研究するための,質問
紙尺度が少ないことを見てきた。そこで,青年期の親子関係を検討するための新
しい尺度を開発するにあたり,外国(主として米国)の青年期の親子関係研究,
とくに親からの自立,分離,個体化,適応などとの関連で展望することにする。
外国の青年期研究は質問紙法だけでなく,観察法や面接法も含めて多様な方法で
研究が行われているため,質問紙法に限らず,広くその成果を検討したい。また,
本研究の親役割診断尺度は,1993 年に作成されたものであるので,1993 年以前の
ものを中心として検討することにする。
2−1
葛藤をめぐる問題
精神分析理論によると,青年期の親子間の葛藤は,結果として青年を家族か
ら遠ざけ,仲間との新しい関係を形成させる。Freud(1936)によると,思春期
には,性衝動が急激に増大し,衝動の強さに対する不安のために自我が不安定
になる。自我は,エディプスコンプレックスを抑圧し,その結果,児童期に愛
していたすべての人々に対して,自我は不信感をいだき,家族から遠ざかり孤
立していく。しかし,一方で,このような抑圧された対人関係に代わって,新
しい多くの対人関係がおきてくるという。
葛藤が家族からの分離につながるという精神力動論的な青年観に対し,葛藤
は関係によってかなり変化するという知見が最近では見出されてきた。すなわ
ち,親―青年関係の性質や内容,頻度,葛藤の機能についての実証的な研究が
なされている。
Montemayor(1982)は,前日に起こった葛藤について電話によるインタビ
ューを青年に対して行った結果,青年は,親に対しては,平均して 3 日に一度
くらいの割合で言い争いをすると報告している。また,Montemayor(1983)
は過去の研究を展望して,親-青年間の言い争いの多くは,学校の課題,社会生
活と友人,家庭内の仕事,違反,兄弟との不一致,個人の保健衛生といった内
容の日常のありふれた家族の出来事であるとしている。そして,性や薬物ある
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いは政治といったホットな話題についての言い争いはめったに起こらないと言
う。また,Ellis-Schwabe & Thornburg(1986)は,母息子の葛藤よりも,母
娘間の葛藤の方が 2 倍ほど多く,父親との葛藤は,男女とも同じくらいの頻度
でおこると述べ,両親のどちらと葛藤状況になるかは,葛藤のタイプに依存し
ていると言う。母親とは,友人選択や個人的マナーや,服装についての葛藤が
起こりがちなのに対し,父親とは,お金や余暇の使い方,学校に対する態度な
どを話すときに起こる。家庭内における責任については,両親ともに葛藤の源
となっている。
Montemayor & Hanson(1985)は,規則に関する葛藤と対人関係の葛藤を
比べた結果,親および兄弟ともに全体としては,対人関係の葛藤が多いと述べ
ている。両親との葛藤では,兄弟に比べると相対的には規則に関する葛藤の割
合が大きいが,兄弟との葛藤と親との葛藤に大きな差は見られないという。こ
れら,両親および兄弟との言い争いは,どちらも,交渉によって解決されるこ
とは少なく,多くは引き下がることにより解決を見ている。すなわち,身近な
生活状況,互いに毎日接している家族メンバーとの個人的な行き違いが,葛藤
や言い争いのよく見られる原因であり,そのことがさらに議論されることは少
なく,話題を変えたり,無視したり,その場を去ったりするなどの方法で解決
に至っている。このようなことから,Montemayor & Hanson(1985)は,従
って,両親との葛藤のほとんどは,自立のための闘争というより,一般的な対
人関係上の葛藤であるとしている。
Hunter & Youniss(1982)は,4 年生,7 年生,10 年生および大学生を比較し
ている。友人に対する親密性は,青年期中期から後期にかけて,両親をしのぐ
ようになるが,友人への親密性が増すに連れて,親への親密性は下降の一途を
たどるかといえばそうではなく,むしろ中期から後期へは上昇気味であること
を明らかにした。世話性(nurture;与えたり援助したりすること)について
は,一貫して両親は高く,友人の世話性は後期に親に追いつくが追い越しはし
ないことが明らかになった。
意思決定の研究では,さらに,青年期における親の重要性を示唆している。
Noller(1994)によると,青年は一般的に,自分の生活に関わることを意のまま
にしたいと欲しており,彼らに直接的に影響するたいていの決定をしたいと望
んでいる。親は,このような意思決定をする若者の能力に不安を持っており,
11
青年が正当なものとして感じる以上の影響を,子どもの意思決定に及ぼしたい
と思っている。皮肉なことに,このような親たちは,子どもの意思決定を統制
しようとすることにより,かえって,子どもを遠ざけてしまうことになり,持
っていた影響力さえ失うことになる。
Wilks(1986)は,Sebald & White(1980)が用いた 18 項目の意思決定の内容
について,両親,兄弟,友人のそれぞれが,誰の意見を最も大切にするかを調
査した。青年は,大学進学や大学の専攻の選択,将来の職業や配偶者の選択な
ど,教育や職業,配偶者などの将来的な決定について,親が最も重要であると
考えている。これらについては,友人たちや親の意見も一致している。一方,
社会活動や趣味,読むべき書物のような最新の話題についての決定では,友人
たちの意見が重要であると考えている。
これらから,青年期においても親は最も頼りにされる存在であり,親との完
全な分離は青年にとって大きな不利益となる可能性を示唆している。
2−2
分離と個体化をめぐる問題
第 1 章でも述べたが,青年期の重要な課題に親からの独立あるいは分離の課題
がある。分離―個体化は,もともと Mahler et al.(1975)が,幼児が母親から自
立する過程を説明するために提案した概念である。Blos(1967,1979)は,親か
ら精神的に離れ,自立し個を確立していく過程という意味で,青年期を第2の個
体化の時期であると述べ,この過程は親との関係性を断ち切り,内在化された親
の影響から心理的に解放されることであると考えている。
一方,青年期の親子関係は,必ずしも分離が必要ではなく,個体化は,家族
との情緒的結びつきを維持しつつ,相対的に,一方向の権威的関係から,相互
的な関係に変容することを通して,形成されるという考え方がでてきた。
Grotevant & Cooper(1985)によると,「個体化」とは,独自性(individuality)
と結合性(connectedness)の2つの要素を併せ持っている。さらに,「独自性」
は,分離性(separateness)と自己主張性(self-assertiveness)の 2 つの下位概
念,「結合性」は,相互性(mutuarity)と浸透性(permiability)の2つの下位
概念からなる。独自性の下位概念の「分離性」とは,他人から自己を区別する
表現において見られる概念であり,
「自己主張性」とは,自分独自の意見を表現
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し,それをはっきりとコミュニケートするために,責任を果たすときに見られ
る概念である。青年にとって,家族の相互作用における分離性と自己主張性は,
健康な家族関係の質を握るカギとして見なされている。なぜなら,それらは他
人とは違った意見を持つという家族メンバーの能力に関係しているからである。
また,結合性の下位概念である「相互性」とは,他人の意見に対する個人の感
受性と尊敬・関心において見られる概念であり,
「浸透性」とは,他人の意見に
対する開放性と責任を意味する概念である。相互性は,青年に自分自身の信念
を形成するための他者からの支持や知識,尊敬を供給し,一方,浸透性は,自
己と他者の間の境界をうまくやりくりする能力を意味し,アイデンティティ形
成の過程で,とくに重要な意味を持つとされている。平石(1999)は,Grotevant
et al.の方法を追試し,親子間コミュニケーションの類型化を試みている。
Hoffman(1984)は精神分析理論(Blos,1979;Mahler et al.,1975)を基
礎として4つの下位尺度からなる PSI(Psychological Separation Inventory)を作
成 し た 。 PSI は , 機 能 的 独 立 ( FI;Functional Independence ), 態 度 的 独 立
( AI;Atituditional
Independence ) , 葛 藤 的 独 立 ( CI;Conflictional
Independence),情緒的独立(EI;Emotional Independence)の4つの下位尺度
をもつ。機能的独立(FI)は,両親の手助けなしに,実生活上のあるいは個人的
な事柄を運用したり,指示することのできる能力を意味し,態度的独立(AI)は,
自分は独自の存在であり,自分の信念,価値,意見をもつというイメージに関す
るものである。情緒的独立(EI)は承認や親密さや情緒的支援についての過剰な
欲求からの自由に関するもので,葛藤的独立(CI)は両親との関係の中で,過剰
な罪悪感,不安,憤りからの自由に関するものである。この尺度を用いて,
Hoffman(1984)は,男女とも態度的独立(AI)の高さが大学生活における個人
的な適応の良さと負の関連があり,女子では,葛藤的独立(CI)の大きさが個人
的な適応と正の関連があることを見出している。また,男女とも,情緒的独立(EI)
の高さが学業的な適応と負の関連をもつ,ことを見出している。
Rice,Cole & Lapsley(1990)は,PSI(Psychological separation Inventory)
(Rice et al. ,1990) ,SAT(Separation Anxiety Test)(Hansburg,1980),
SITA(Separation Indeviduation Test of Adolescence) ( Levine , Green &
Millon,1986)の3つの心理的分離に関する測度をすべて同時に用いて,探索
的因子分析を行い,
「親からの独立」と「肯定的な分離感覚」の2因子を抽出し
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た。そして,大学生の適応の良さに対し,親からの独立の影響は小さいが,肯
定的な分離感覚はかなり大きな正の影響を持つことを見出した。このことは翻
せば,肯定的な分離感覚が乏しい場合に,適応に関して負の影響をもつという
ことである。すなわち,分離に対して,否定的で,怒りと憤りの感覚を持つ学
生は,大学への適応に困難さを持っていることを示している。
2−3
アイデンティティおよび自尊感情と青年の適応の関連
この節では,青年期の適応の問題に重要な役割を果たすとされるアイデンテ
ィティ探求や自尊感情(Self-Esteem)などと親子関係の関連について問題に
したい。
安定したアイデンティティの確立が,青年期の重要な課題であるという考え
方 は , Erikson( 1959) が 提 唱 し た も の で あ り , そ の 後 , Marcia( 1966) や
Waterman( 1982) が 発展 させ た 。 Marcia( 1966) は , 危機 (そ の 人が ア イ
デンティティ危機を経験したかどうか)及び積極的関与(その人が現在のアイ
デンティティに対してコミット(積極的関与)しているかどうか)という2つ
の次元に基づく4つのアイデンティティステイタスに関するモデルを構築した。
アイデンティティ達成とは,危機を経験し,現在もコミットしている人である。
早期完了とは,彼の現在のアイデンティティをコミットしているが,これは彼
の身近な大人の希望や目標を反映したものであり,別の道を考慮して時間を使
ったり,危機を経験しないで自分の目標を決めてしまった状態である。モラト
リアムとは,現在危機の渦中にあり,いろいろとアイデンティティ探究を試み
ている状態である。アイデンティティ拡散とは,危機も経験せず,現在のアイ
デンティティをコミットしておらず,自分の人生の目標を持てずにいる状態で
ある。
異なるアイデンティティステイタスに属する青年は,家族における近しさ
(closeness)のレベルが全く異なるとの報告がある(Adams & Jones,1983;
Bernard,1981;Campbell,Adams & Dobson,1984 )。 早期完了型は,親と
最も近しい関係にあり,男女ともにアイデンティティ拡散型は,家族から最も
距離を置くとされる。アイデンティティ拡散の親は,無関心で活動的でなく,
愛想がなく,無理解で拒否的に見える。このような環境は,青年が自分の役割
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として,アイデンティティ探究を行う励みとならない。これらの知見からいえ
ることは,家族が近しくても,家族との距離が遠くても,青年はアイデンティ
ティ探究に問題を持つことになる。アイデンティティ探究を促進し,達成する
ための家族には,ほどよい大きさの受容と理解のある環境があるように思われ
る。
すなわち,Adams & Jones(1983)によると,家族の中の自律性に対する励まし
は,とりわけ女性のアイデンティティ達成と関連している,という。つまり,ア
イデンティティステイタスの高い女子青年は,母親が独立心と自律性を励まして
いるとの認識を持っている。また,アイデンティティ拡散の女子は,母親が自律
性を励ます一方で,母親による統制と規制が大きいと感じている。これらの母親
は,自分の子どもが自律的であるようにと望んでいるように見えるが,子どもが
自律性を達成するまでの過程を統制しようとするのである。このような状況は二
重拘束的意味を持つため,女子青年はアイデンティティ達成に向けてもがき苦し
むことになり,拡散状況に陥ると考えられる。
Grotevant & Cooper(1985)はアイデンティティ探究に重要な影響をもつ
家族の条件として,家族の独自性(自己主張性と分離性)と結合性(相互性と
浸透性)を強調し,これら4変数のアイデンティティ探究に与える影響を研究
した。父親との関係では,男子では,自らの父に対する自己主張性と分離性の
高さは,アイデンティティ探究に正の影響を,父親からの高い相互性と高い分
離性は負の影響を与えていた。また,女子では,父親との関係では,自らの父
に対する相互性はアイデンティティ探究に正の影響が,父親からの高い相互性
は負,高い浸透性は正の影響があった。男子では,父親からの影響だけであっ
たが,女子では,父親以外にも母親や友人との間のこれら4変数のいくつかが
アイデンティティ探究に影響を与えていた。また,Grotevant & Cooper(1986)
は,家族環境が交渉を通じて,次第に家族コミュニケーションを変化させてい
くことの重要性を強調している。もし,親が自分たちの成長しつつある青年の
意見に対して,大いに尊重を示すようになり,彼らにもっと多くの統制権を許
すようになれば,分離は必ずしも必要ではない,と述べている。他方,両親が
青年に親の意見を押し付けようとする場合には,親に対する反乱や離脱がおこ
る可能性が大いにあるとしている。
Kroger(1985)は,アイデンティティ探究と SAT(Hansburg,1980)を用いた分
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離不安の関係を調べ,アイデンティティ達成やモラトリアムの状況にある高いア
イデンティティステイタスの青年では,安定型,離脱型に比べ,不安型が少ない
ことを明らかにした。また,Kroger & Haslett(1988)は,1984 年の調査と 1986
年の調査を比較して,1984 年と 1986 年のアイデンティティステイタスが分かれ
ば,1986 年の愛着スタイルは,予測可能であると述べている。
Hauser,Powers,Noam,Jacobson,Weiss & Follansbee(1984)は,CECS(強
制・励ましコーディングシステム)を用いて,青年と家族の相互交渉を分析し,
愛情ある励ましや受容,問題解決への励ましは青年の自我発達に正の影響を,
強制や青年の価値を下げるような働きかけは負の影響を与えていることを報告
している。
Campbell,Adams & Dobson(1984)は,母親との中程度の愛情ある結びつ
きと父親からのほどよい独立性の支援が,モラトリアムやアイデンティティ達
成 と 関 連 が あ る こ と を 示 し て い る 。 つ ま り ,「 家 族 に お け る 結 合 性
(connectedness)もしくは近しさ(closeness)」と「独立性と自律性の励まし」
のバランスがアイデンティティ探究を促進するために重要であるのだ。
次に自尊感情と親子関係の関連を見ていく。親―青年の間のコミュニケーシ
ョンの重要な点は,コミュニケーションが自己に対する肯定的な態度の発達の
促進あるいは阻害を内包していることにある。いくつかの研究が,親の支持的
関わりと自尊感情の間に正の相関があることを示している(Buri,Kirchner &
Walsh,1987;Gecas & Schwalbe,1986)。
Gecas & Schwalbe(1986)は,青年期後期の親の行動が子どもの自尊感情
に与える影響を調べている。親の行動は,統制/自律性,支持,参加の三次元
について子どもの報告と親の報告の2つの方法で測定するものである。結果は,
子どもの認知した親の行動について,男子では,親(特に父親)の統制/自律
性と自尊感情の関連が大きかった。また,女子では,両親ともに,支持と参加
と子どもの自尊感情の関連が大きかった。つまり,男子は,統制されることな
く自律的であることを励まされる場合に高い自尊感情を持ち,また,女子では,
両親が支持的行動をとり子どもと参加的に接する育て方をしていたと子どもが
認識する場合に高い自尊感情を持つ,という結果となった。親の報告の変数は
子どもの報告の変数に比べ関連は小さかったが,父親の支持と男子の自尊感情
との関連が小さいながら確認された。
16
Buri,Kirchner & Walsh (1987)は,子どもの自尊感情と,親の子育て,母
親の自尊感情,両親の結婚生活の満足の三変数との関連を調査し,親の子育て
(父親,母親とも)のみが中程度の関連を示すことを明らかにしている。
McCurdy & Scherman(1996)は,Kenny(1987)の PAQ(Parental Affective
Questionaire)を用いて自尊感情と親の養育態度の関連を調べている。PAQ の
3下位尺度のうち,父親の「愛情ある関係の質」と「親役割としての情緒的支
持」は,自尊感情と正の関連を有していた。また,父親の「自律性の育て方」
は,自尊感情と正の有意な関連がある傾向を示した。
Eskilson,Wiley,Muehlbauer & Dodder(1986)によると,両親からの成
功に対する高いレベルの圧力は,家族が設定した目標に達成できるという自分
の能力への評価に負の影響を与えていた。また,成功への高い圧力も低い圧力
も青年の自尊感情に負の影響を与えるとの仮説を立てて調査したが,結果は,
高い圧力が負の影響を与えるが低い場合はそうではないという直線的な結果が
得られた。また,両親から達成するよう高い圧力をうけた青年は,アルコール
乱用や,薬物乱用,暴力行為のような逸脱行動に関与するようになることが見
出された。
2−4
愛着と分離をめぐる問題
Bowlby(1980)によると,愛着とは,「ある個人と特定の他者との間に形成
される永続的な愛情の絆」である。Bowlby(1969,1973)は,養育者との早
期の経験が,発達において重要であると考えている。なぜなら,養育者の応答
性の基礎の上に,子どもは彼ら自身と他者との内的ワーキングモデルを構築す
るからである。これら内的ワーキングモデルの重要な点は,自己が価値あるも
のかどうか,他人が信頼できるかどうかの感覚を含むことである。幼児期の愛
着に関しては,Ainsworth,Blehar,Waters & Wall(1978)が,ストレイン
ジシチュエイション法を用いて研究を行ってきた。さらに,愛着理論の原理は,
成人の恋愛関係の研究に応用された(Hazan & Shaver,1987)。すなわち,子
ども時代に確立された内的ワーキングモデルは,青年期や成人期の恋愛関係に
おける態度に影響を与えるものとして持続的な影響力をもつとされている。
Hazan & Shaver(1987)は,3つの愛着スタイル(安定型,回避型,不安―両
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価型)を分化させたが,これは,Ainsworth,Blehar,Waters & Wall(1978)
が,子どもたちの中で見出した3つのタイプと類似したものである。安定群は,
親密性を伴った快い状況にあり,他人を信じることができ,必要なときは他人
に頼ることもできる。回避群は,親密性(Intimacy)や近しさ(closeness)に対
し,不快感をもち,他人を信じたり,他人に頼ったりすることに問題をもつ。
不安―両価群は,他人に対し,過度の近しさを求め,見捨てられることや十分
愛されない可能性について悩む傾向にある。
Feeney & Nooler(1990)は,Hazan & Shaver(1987)の方法を用いて,愛着
スタイルと過去の親の養育態度の認知の関係を検討している。安定型が早期の
親の養育態度を肯定的に認知しているのに対し,回避型では子ども期に母親と
の分離の経験を報告し,他人に対する不信感を報告している。また,不安ー両
価型では,回避型よりも父親を支持的でなかったと感じ,独立心や人間関係の
深い関与が欠けていることを報告している。また,さらに,愛着スタイルは自
尊感情や愛情関係のあり方にも強く関連していると報告している。
Collins & Read(1990)は,同じく Hazan et al.の方法を用いて,愛着の
3つの次元(近しさ,依存,不安)は,自尊感情,表出性,道具性,他者に対
する信頼,人間性の諸側面,愛情のスタイルと関連していることを見出してい
る。
Armsden & Greenberg(1987)は,自尊感情や生活満足度に対して,親の愛
着は正の効果をもち,抑うつ不安や鬱積疎外に関して親の愛着が負の影響を示す
ことを明らかにしている。
そして,Kenny & Donaldson(1991)は,愛着モデルが,青年の個人的成長お
よび適応機能を育てる際に,結合性と自律性に対する支持の重要性を重視してい
るとの認識に基づき,正準相関分析を用いて,青年の心理的機能(神経症的徴候と
社会的コンピテンス等)と愛着および家族構造の関係を検討した。結果は,身体化,
強迫,対人的過敏性,不安的過敏さと,抑うつなどの徴候に対し,夫婦間の葛藤
や分離に対する怖れという家族構造は正の影響を,愛着の質の高さ,親の自律性
の育て方,親役割として情緒的な支持が負の影響をしていることを明らかにした。
同時に,社会的コンピテンスや自尊感情に対し,親役割としての情緒的支持が大
きな正の影響力を,愛着の質が中程度の正の影響力をもち,家族の分離に対する
怖れなどの家族構造の変数もかなりの正の影響力を持つことが明らかになった。
18
2−5
大学への適応の問題
Hoffman(1984)は,機能的独立(FI;Functional Independence),態度的独
立 ( AI;Atituditional
Independence ), 葛 藤 的 独 立 ( CI;Conflictional
Independence),情緒的独立(EI;Emotional Independence)の4つの下位尺度
からなる心理的分離尺度のPSI(Psychological Separetion Inventory)を用いて,
大学生の適応に関する問題を検討した。さらに,Rice,Cole & Lapsley(1990)
は,大学生の適応の良さに対し,親からの独立の影響は小さいが,肯定的な分離
感覚はかなり大きな正の影響を持つことを見出した。このように,米国では,心
理的分離と大学への適応の問題を扱った研究は多い。
Sullivan & Sullivan(1980)は,青年期の分離体験は子ども・親の双方にとって
子どもが永久に家を離れるための準備であり,大学で生活するために家を離れる
ことは永久に家を離れるようになる過程の1ステップだといえる,と述べている。
さらに,物理的な分離体験は,男子青年と両親が独立への闘争を妨害することに
よる怖れをともなわずに,自由に愛情やコミュニケーションを表すことが可能な
独立に向けてのポジティブな体験であると論じている。
Baker & Siryk(1984)は,大学生の適応を検討するための尺度として,学
業的適応,社会的適応,個人的情緒的適応,施設愛着(当初は,目標関与・施
設 愛 着 ) の 4 下 位 尺 度 か ら な る SACQ(Student Adaptation to College
Questionaire)を作成し,個人的情緒的適応が,大学での心理的サービスへの申
し出と負の関連があることを明らかにしている。
Lopez,Campbell & Watkins(1986)は,男子大学生は,女子よりも両親と
の心理的分離の度合いが大きいと述べ,また,女子については,SACQ を用い
て,心理的分離の大きさが,抑うつおよび大学適応と負の関連をもつことを報
告している。男子では,PSI の下位尺度のうち葛藤的独立(CI)だけが男子学
生の大学での適応と負の関連を持つことが述べられている。
ま た , Lopez , Campbell & Watkins (1988) は , 親 子 の 過 剰 な 巻 き 込 ま れ
(overinvolvement),家族の分離に対する怖れ,親子の役割逆転,親夫婦間の葛
藤の4つの下位尺度からなる FSS(Family Structure Survey)を用いて大学生の
適応の問題を検討している。男女の変数相関を総合すると,SACQ の個人的情緒
的適応と FSS の4変数がおおむね負の関連を示し,とりわけ,家族の分離に対す
19
る怖れが個人的情緒的適応とある程度の負の関連を示している。また,心理的分
離との関連では,男女ともに個人的情緒的適応に対し,葛藤的独立(CI)が正の
影響を示している。
さらに,Lopez,Campbell & Watkins (1989)は,親夫婦間の高い葛藤は,大学
での学業的適応・社会的適応・個人的情緒的適応に困難をきたし,大学への愛着
感情を育てるのに困難があることを報告している。
Lapsley,Rice & Shadid(1989)は,大学1年生と上級生を比較し,上級生の
ほうが母親に対する心理的分離は高くなること,父親に関しては,機能的独立
(FI)と態度的独立(AI)については上級生が高いが,情緒的独立(EI)と葛藤
的独立(CI)は上級生になって低くなることを明らかにした。一般的には,上級
生になるにつれて分離がすすむと考えてよいが,情緒的独立(EI)が表す承認や
親密さや情緒的支援についての要求や,葛藤的独立(CI)が表す,親への過剰な
罪悪感,不安などは,父親との関係においては上級生になって却って高まってい
る。これは,財政的支援という意味では父親との関係が完全に断ち切れるもので
はない事情とともに新しい領域における心理的分離の課題が生じている可能性を
示唆している。また,大学1年生および上級生ともに,個人的情緒的適応と,母
親の機能的独立(FI),葛藤的独立(CI),情緒的独立(EI)および父親の葛藤的
独立(CI)の高さが関連している。学業的適応と心理的分離の関連は,意外なこ
とに,上級生にのみ見られ,下級生との関連は見られなかったが,これは1年生
の1学期にはまだ成績面のフィードバックがなく学業面での適応に直面していな
いからだと考えられた。
2−6
構成概念の検討
本章では適応の指標としては,アイデンティティ探究および自尊感情,自我
発達などを取り上げ,そのような青年期の子どもの発達に影響を与える親側の
変数の検討を行った。母親が子どもの独立心と自律性を励ますこと(Adams et
al.,1983),自律的であることの励まし(Gecas & Schwalbe,1986),など
は青年の適応に正の影響を,青年の価値を下げるような働きかけや両親からの
成功に対する高いレベルの圧力(Eskilson, Wiley, Muehlbauer & Dodder,
1986)は負の影響を与えていた。これらの結果から,親が子どもの自立・成長
20
を認知・理解し,それを促進する姿勢をとることが大切であることが分かる。
このような親役割を「自立促進」と命名して下位尺度の1つとして取り上げた
い。
親役割としての情緒的支持(Kenny et al.,1991;Lopez,Campbel & Watkins,
1989),親の愛情ある励まし,問題解決への励まし(Hauser,Powers,Noam,
Jacobson,Weiss & Follansbee,1984),支持的行動(Gecas & Schwalbe,1986),
などについても青年の適応に正の影響を与えていた。子どもが新しい事態に立
ち向かうためには親の支持的行動は大いに力となると考えられる。従って,子
どもが新しい経験や状況に出会った時親がそれを援助する傾向を示す「適応援
助」についても下位概念として取り上げたい。
FSS(Family Structure Survey)の下位尺度の「分離に対する怖れ」は,子ども
の適応に複雑な影響をもつことが明らかになったが,子どもの自立に対する親の
態度としては重要であると思われる(Kenny et al.,1991;Lopez,Campbel &
Watkins,1989)。従っ て,親が子どもをそばから離したくない傾向を示す「分
離不安」も下位尺度として取り上げることにした。
さらに,次章で再度述べるが,予備調査の中で必要性を感じた「子育ての反省」
についても下位尺度の1つとして取り上げることにした。
従って,日本の親子関係研究において共通にみられる,干渉および受容の2つ
の下位尺度以外に,自立促進,適応援助,分離不安,子育ての反省を下位尺度と
して構成される新しい尺度を次章で検討する。
2−7
要約
米国を中心に外国の親子関係の研究,特に,青年期の分離と自立および適応
に関連する研究を概観し,この時期に必要な,青年に対する親の態度や行動に
関する知見を検討した。
葛藤に関しては,青年期の親子の間で日常よく見られる現象であるが,自立
をめぐる葛藤は少なく,葛藤の結果として生じる親子間の分離は必ずしも必要
でないという見解を紹介した。また,特に意思決定に関する研究では,学業や
職業,配偶者の選択など将来的な決定に対しては,青年は親の意見をもっとも
重要であると考えており,このような時期に,親が適切な助言や支持的行動が
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取れるかどうかは,青年の意思決定にとって重要であることが示唆された。
個体化過程に関しては,Grotevant et al.(1985)の見解を紹介し,青年期
の親子関係は,必ずしも分離が必要ではなく,個体化は,家族との情緒的結び
つきを維持しつつ,相対的に,一方向の権威的関係から,相互的な関係に変容
することを通して,形成されるとし,独自性と結合性のバランスのとれた家族
の役割について言及した。
また,アイデンティティ探究や自尊感情に関する研究で,子どもの自律性に
対する家族の励ましや,子どもに対する支持的な関わりは重要であることを論
じた。また,親の威圧的な育て方や達成に関する圧力は,子どもの自尊感情に
負の影響を与えることが示唆された。親の分離に対する怖れは,子どもの身体
化症状や強迫,対人的過敏さなどの神経症的徴候に対して,正の影響をもち,
望ましくない側面を有するが,子どもの社会的コンピテンスや,自尊感情にも
正の影響をもつなど,必ずしも悪い側面だけではないことが示唆された。
これらの知見を踏まえて,日本の親子関係研究において共通にみられる,干渉
および受容の2つの下位尺度以外に,自立促進,適応援助,分離不安,子育ての
反省を下位尺度として構成される新しい尺度を次章にて検討することにした。
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