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MTX 療法にて妊孕性を温存できた癒着胎盤の一例

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MTX 療法にて妊孕性を温存できた癒着胎盤の一例
青森臨産婦誌 第 26 巻第 2 号,2011 年
青森臨産婦誌
症 例
MTX 療法にて妊孕性を温存できた癒着胎盤の一例
松 下 容 子・森 川 晶 子・和 田 潤 郎
佐 藤 秀 平・湯 澤 映・熊 坂 諒 大
青森県立中央病院産婦人科
A case of placenta accreta who achieved successful pregnancy after
methotrexate(MTX)treatment
Yoko MATSUSHITA, Akiko MORIKAWA, Junro WADA
Shuhei SATO, Ei YUZAWA, Ryodai KUMASAKA
Department of Obstetrics and Gynecology, Aomori Prefectural Central Hospital
症 例
緒 言
産科領域における大量出血による母体死亡
32 歳 女性
の要因として,癒着胎盤は重要な疾患のひと
主訴:胎盤の娩出困難
つである。発生頻度は 2,000 ∼ 14,000 分娩に
妊娠・分娩歴:0 経妊 0 経産
1 例の割合と言われていたが,帝王切開術の
既往歴:特記事項なし
増加に伴いその頻度は増加してきている 1, 2)。
家族歴:母 高血圧症
また,帝王切開術だけでなく子宮内操作を行
現病歴:2007 年 8 月に 2 年間の不妊歴を主
う不妊治療の普及もその要因としてあげられ
訴に前医を受診した。精液検査にて乏精子症
3)
る 。
の診断にて配偶者間人工授精を 3 回施行した
治療としては,早期に単純子宮全摘術が行
が妊娠は成立せず,
生殖補助医療が行われた。
われた従来とは異なり,妊孕性の温存を希望
2009 年 6 月に 2 回目の顕微授精によって得
する患者が増加したことにより,化学療法に
られた凍結胚の融解胚移植にて妊娠が成立し
よる保存的治療も注目されてきている。化学
た。妊娠 6 週∼ 12 週に切迫流産の診断にて
療 法 だ け な く, 子 宮 動 脈 塞 栓 術(uterine
前医で入院加療し,退院後順調に経過してい
artery embolization; UAE)が有効であった
た。妊娠 18 週の妊婦健診にて胎児心拍を認
報告も散見されている
4, 5)
めず,子宮内胎児死亡の診断となった。翌日,
。
今回,癒着胎盤の診断にて産褥期に当院に
前医に入院し,ラミナリア捍とプレグラン
紹 介 さ れ,UAE お よ び メ ソ ト レ キ セ ー ト
ディンを使用し自然死産(性別不明,74 g,
(MTX)による保存的治療にて管理し,その
身長 15 cm)となった。分娩後に胎盤が娩出
後,自然分娩となった一例を経験したので報
されず,産褥 2 日目になっても胎盤の剥離兆
告する。
候がなく,癒着胎盤の診断にて同日当院に紹
介となった。
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青森臨産婦誌
写真 1 初診時の経腟超音波断層法所見(カラードップラー)
写真 2 腹部 MRI 画像(T2 強調像)
写真 3 造影 MRI 画像
子宮体部に胎盤と思われる腫瘤像を認めた。
子宮前壁に造影効果も認めた。
初診時所見(産褥 2 日目):身長 155 cm 体
高信号を呈し(写真 2)
,内部に出血を認め
重 53 kg
た(写真 2)。また,前壁は造影効果を示し
内診所見:子宮は手拳大,可動性良好で圧痛
た(写真 3)
。
はなかった。子宮口は 1 指開口しており少量
血液検査所見:WBC 13500 /μl,RBC 357×
の出血を認めた。頸管内に凝血塊を認めた。
104/μl,Hb 11.2 g/dl,Hct 33.5%,Plt 24.1×
経腟超音波断層法:子宮腔内に高輝度の腫瘤
104/μl,PT 13.4 sec(対照 13.0 sec)
,APTT
像を認めた。カラードップラーにて腫瘤の基
29.0 sec(対照 30.0 sec)
,AST 16 U/l,ALT
底部から前壁にかけて血流を認めた(写真
8 U/l,LDH 222 U/l,TP 5.9 g/dl,BUN 7.0
1)。
mg/dl,Cr 0.47 mg/dl,Glucose 76 mg/dl,
骨盤 MRI 検査所見:子宮内腔に腫瘤像が存
hCG 4670 mIU/ml
在し,T1 強調像では低信号,T2 強調像では
入院経過:癒着胎盤の診断にて入院となっ
― 38 ―
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第 26 巻第 2 号,2011 年
⾑ΎhCG್䛾᥎⛣
⾑ΎhCG(mIU/ml)
5000
4500
UAE/MTXືὀ
љ
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
MTX50mg
љ
500
0
2
9
14
17
18
22
25
35
49
53
67
81
120
148
⏘〟᪥ᩘ
図 1 血清 hCG 値の推移
た。患者と家族から妊孕性温存の希望が強
かったため,保存的治療を行う方針とした。
胎盤への血流遮断目的として,産褥 5 日目に
内腸骨動脈塞栓術と MTX 50 mg/body を用
いた内腸骨動脈動注療法を施行した。動注後
2 日目には腫瘤の縮小傾向を認めた。治療後
の血清 hCG の推移を図 1 に示した。
動注後 10 日目に経腹超音波ガイド下に胎
盤娩出を試みたが一部しか娩出できず,胎盤
は強固に癒着していた。遺残胎盤の付着部位
は左卵管角付近と考えられた。胎盤の剥離兆
候がなかったため,hCG の推移より子宮動
脈動注療法のみでは効果が不十分と考え,全
写真 4 T2 強調像 遺残胎盤
身 MTX 療法(50 mg/body)を動注後 14 日
目に施行した。
投与後 7 日目(産褥 25 日)に,再度胎盤
鉗子にて胎盤の娩出を試みたが娩出できな
調像で子宮体部左側内膜付近に低信号を示す
かった。性器出血も少量のため,胎盤が自然
部分があり,さらに造影 MRI にて早期に造
に壊死することを期待し,産褥 26 日目に退
影効果を認めた(写真 4)。産褥 120 日目に
院 と な っ た。 入 院 中 に 感 染 兆 候 は な く,
は血清 hCG 値は感度以下となったが,経腟
MTX による副作用も認めなかった。
超音波断層法にて高輝度にうつる遺残部分が
血清 hCG 値は順調に低下し,産褥 81 日目
確認された(写真 5)
。
には血清 hCG 0.5 mIU/ml となった。経腟超
産褥 162 日目に子宮鏡にて子宮内腔の観察
音波断層法では遺残胎盤はわずかに残存して
を行った。左側内壁径 1 cm 程度の白色の腫
いる可能性が高く,腹部 MRI 検査の T2 強
瘤を認めた(写真 6)
。MRI 検査,超音波断
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青森臨産婦誌
写真 5
5.7mm 大の遺残胎盤と思われる。
写真 6 TCR 時の子宮内腔の所見
子宮体部左側,左卵管角付近に腫瘤像を認めた。
層検査の所見と一致する部位であった。腫瘤
も 2 相性であり,分娩後 1 年経過した後に前
は切除せず観察を終了した。その後は外来に
医に不妊治療のため紹介となった。
て経腟超音波断層法,MRI 検査,基礎体温
その後,顕微授精・胚移植にて妊娠が成立
にて妊娠許可を決める方針となった。分娩
し,
妊娠 12 週 1 日にて当科紹介受診となった。
10 ヶ月後に再度 MRI 検査を施行したところ
妊娠 19 週に性器出血,絨毛膜下血腫にて入
子宮体部内膜左側には遺残胎盤を疑う所見は
院加療となった。入院時に施行した経腹超音
認めなかった。月経も順調に認め,基礎体温
波断層法にて子宮前壁の胎盤付着部位に一部
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sono-lucent zone の消失を認めたが,筋層内
定診断には,病理学的所見が必要なため子宮
に明らかな血流は存在せず,lacunar は認め
全摘出が必要となる。しかし,妊孕性温存を
られなかった。入院後,血腫も消失し妊娠
考えると臨床的診断を行う必要がある。その
22 週に退院となった。外来にて順調に経過
ため,胎盤娩出困難な場合には大量出血の原
し,
経腹超音波断層法にて明らかな嵌入胎盤,
因ともなるため,無理をせずに全身状態を確
穿通胎盤を疑う所見は認めなかった。
認して保存的治療が可能かどうか判断する必
妊娠 38 週 5 日に癒着胎盤も視野に入れて
要がある。この場合,超音波検査や MRI 検
術前検査を施行して入院管理のもと陣痛発来
査が有用とされている。
を待ち,妊娠 39 週 1 日に自然分娩となった。
本症例は,超音波検査,MRI 検査にて癒
児は 3250 g,女児,Apgar score 9/9 点で異
着胎盤∼嵌入胎盤と考えられ,性器出血が少
常を認めなかった。分娩後,経腹超音波ガイ
量で感染兆候もないことから保存的治療が可
ド下に用手的に胎盤を娩出した。用手的に容
能と判断した。また,本症例では子宮鏡にて
易に剥離可能であり,癒着胎盤を疑う所見は
遺残胎盤を切除せずに観察のみ行ったが,遺
なかった。分娩後は異常出血なく経過し,産
残胎盤の血流がないことを確認し切除してい
褥 4 日目の診察にて子宮腔内に異常所見なく
る文献報告もある 4, 5)。子宮腔内の観察をし
退院となった。
て遺残胎盤の位置を確認することで治療後の
妊娠時に癒着胎盤を早期に疑うことが可能で
考 察
あった。ただし,妊娠を許可する前にもう一
分娩第 2 期終了後,胎盤は 5 分以内に床脱
度子宮腔内を観察すべきだったと反省され
落膜海綿層より剥離し始める。しかし,胎児
る。
娩出後も胎盤が娩出されず子宮腔内に遺残す
癒着胎盤の保存的治療法は確立していない
ることがある。これらのほとんどが剥離遅延
のが現状である。Charlotte 8)が 50 もの報告
しているのみで自然に娩出される,いわゆる
から癒着胎盤に対する保存的治療による予後
付着胎盤である,しかし,まれに胎盤の一部
を ま と め た と こ ろ, 二 期 的 子 宮 全 摘 出 術
または全部が強固に子宮筋層に癒着して剥離
19%,母体死亡 0.3%,月経発来 90%,妊娠
しないことがある。これが,
癒着胎盤である。
成立 67% であった。そのうち UAE ではそ
強制的に剥離を行えば,大出血など重篤な合
れぞれ 18%,0%,62%,15%,MTX 療法で
併症を招く。癒着胎盤の頻度は,近年増加傾
は 6%,0%,80%,50%,子宮を温存した手
向にあり,2500 例に 1 例との報告もあるが
術では 31%,4%,82%,72% であったと報
正確な頻度は不明である。癒着胎盤の分類と
告している。治療法の間に有意差は認められ
しては,癒着胎盤,嵌入胎盤,穿通胎盤があ
なかったが,癒着胎盤に対する保存的治療法
り,病理組織学的には絨毛の母体侵入程度に
は可能と結論している。
よって分類される。頻度として癒着胎盤の
まだ症例が少なく保存的治療法は確立して
80% が癒着胎盤,15% が嵌入胎盤,5% が穿
いないものの,癒着胎盤だから子宮全摘出術
通胎盤である 6, 7)。
と考えるのではなく,妊孕性温存を希望する
癒着胎盤のリスク因子としては年齢,経産
場合には保存的治療が可能かどうか考慮する
婦,前置胎盤,前回帝王切開術,子宮内膜掻
ことが大切と思われた。
爬,前回胎盤用手剥離,前回癒着胎盤,子宮
内膜炎などがあげられる 2)。リスク因子がわ
結 語
かっていても分娩前に癒着胎盤と診断するこ
胎児娩出後に癒着胎盤と診断し,保存的治
とは難しく,本症例のように胎盤剥離遅延を
療にて良好な経過を辿った一例を経験した。
契機に診断されることも多い。癒着胎盤の確
本症例では,血清 hCG 値が測定感度以下に
― 41 ―
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青森臨産婦誌
4 )中野正明,坂下知久,本田奈央,藤原久也,伊
達健二郎,水之江知哉,上田克憲,占部 武,
原鉄晃.メソトレキセート投与後の TCR により
保存療法に成功した侵入胎盤の 1 例.日産婦中
四会誌 2000; 48: 154-158.
なっても胎盤の一部は残存していることが判
明した。そのため,MRI 検査や子宮鏡での
胎盤の確認が必要であった。また,子宮鏡で
の子宮腔内の病変部位の確認は,治療後の妊
娠において胎盤付着部の観察やフォローに役
5 )本田達也,岩動ちず子,庄子忠宏,小山理恵,
東梅久子,福島明宗,井筒俊彦,杉山徹.遺残
胎盤に対し選択的子宮動脈塞栓術(UAE)及び
TCR 用い良好な転帰をたどった嵌入胎盤の 1 例.
日産婦会誌 2003; 55: 443.
立つと考えられ,分娩時の出血の予測にも貢
献すると思われた。
文 献
1 )Yinka O, John CS. Placenta previa, placenta
accreta, and vasa previa. Obstet Gynecol 2006;
107: 927-941.
2 )花岡由里子,村中 愛,佐近普子,保倉 宏,
三橋祐布子,本道隆明,木村 薫.癒着胎盤に
対する子宮温存もしくは子宮摘出術における最
適な治療方針の考察:3 症例の報告.日産婦関
東連会誌 2007; 44: 389-394.
3 )和田麻美子,笠井 剛,大木麻喜,須波 玲,
大森真紀子,奥田靖彦,端 晶彦 , 平田修司.
凍結融解胚移植妊娠の癒着胎盤のリスク因子に
ついて.日産婦関東連会誌 2009; 46: 309-309.
― 42 ―
(100)
6 )濱田佳伸,鈴木達彦,市村建人,栗田 郁,山
本 篤,飯塚 真,林 雅綾,安藤昌守,榎本
英夫,坂本秀一,林 雅敏.Methotrexate(MTX)
の全身投与が有用であった癒着胎盤の 1 症例.
日産婦関東連会誌 2010; 47: 481-484.
7)
Miller DA, Chollet JA, Goodwin TM. Clinical
risk factors for placenta previa-placenta accreta.
Am J Obstet Gynecol 1997; 177: 210-214.
8)
Steins Bisschop CN, Schaap TP, Vogelvang TE,
Scholten PC. Invasive placentation and uterus
preserving treatment modalities: a systematic
review. Arch Gynecol Obstet 2011; 284: 491-502.
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