Comments
Description
Transcript
地誌を極める! ヨーロッパ編
ステップアップ ワークシート⑩ 教科書:『高等学校 新地理A 初訂版』 地図帳:『新詳高等地図 初訂版』 付録の解説 地誌を極める! ヨーロッパ編 昭和学院中・高等学校 西 岡 陽 子 地理の授業にあたって 国連気候変動枠組み条約 第17回締約国会議、通称 温17.1℃と東京の10月の平均気温18.2℃を比べれば涼し COP(Conference of the Parties)17が2011年12月11日 さが理解できるであろう。真夏の衣料品店では夏物と冬 閉幕した。毎年開かれてきたこの会議も、今回は、京都 物が並んで売られている。夏はさわやかで快適、冷房装 議定書が12年末で期限を迎えることからとくに注目が集 置はない。冬は暖流と偏西風によりスカンディナヴィア まった。議定書の延長をめぐって議論は分かれ、「発展 半島西岸は不凍港となり、冬でも漁が可能である。 途上国に温室効果ガス削減を義務づけない議定書の延長 ヨーロッパ中央部では伝統的に混合農業(家畜の飼育 反対」の立場をとる日本、カナダ、ロシアと、 「議定書 と組み合わせることで、飼料と肥料を自給する合理的な を延長し、条約の全締約国に適応する新たな温暖化対策 農業)が行われてきた。穀物は西部・南部では小麦が栽 のための法的枠組みづくりをめざす」それ以外の国々に 培されパンやパスタに加工される。北部ではライ麦が栽 分かれた。15年までには枠組みを決め、20年の発効を 培され黒パンになる。発酵させ酸味のある固い黒パンは めざすとする。EUや、CO2排出量世界一の中国を始め、 栄養価も高く、ドイツや北欧の人々にはなくてはなら インド、ブラジル、南アフリカ共和国などの新興国・途 ないものである。えん麦も広く栽培されているが、これ 上国グループや議定書に不参加であったアメリカ合衆国 はビスケットやオートミールの材料となるほか、主要 もこの案に合意している。日本は議定書発祥の地であり な家畜飼料である。大麦も北部ではワインのかわりに ながら、「新枠組みまで自主的な対策を実施する」とし 飲むビールの材料であるが、これも主として飼料である。 て合意せず、温暖化防止に積極的でないと、環境活動 ドイツ人の食卓に欠かせない じゃがいも も飼料になる。 NPOからカナダ、ロシアとともに「化石賞」を授与さ 冷涼なヨーロッパ北西部では、酪農が広く行われ、バラ れたのは残念なことである。 エティに富むチーズなど乳製品を生産している。 ウォーミングアップ! 19 多い。当然水温はかなり低い。ロンドンの7月の平均気 ステップアップ! ヨーロッパの地体構造は、南部、地中海沿岸に新期造 一時は衰退したヨーロッパの工業も、1960年代の北海 山帯であるアルプス=ヒマラヤ造山帯が横切り、北部に 油田、天然ガス田の開発を機に再生した。ヨーロッパの は平原や丘陵性の安定陸塊が分布している。 工業をリードするのは、高品質、高価格で輸出向けを主 ヨーロッパの河川は、日本と違い大小を問わず平原を とするハイテク産業と工芸品産業である。これらは、重 ゆったりと蛇行しながら流れている。ライン川を始め、 工業がほとんどなかった地域に立地している。イギリス 張りめぐらされた運河は国々を越え、複雑な水路網が道 (イングランド)、ドイツ、フランスそれぞれの南部は、 路網、鉄道網を補っている。いくつもの閘門を設置する これらの国々の北部をしのいで製造業の中心地となった。 ことで勾配を克服し、小さな川では乗船者が自ら閘門を ハイテク産業の集中地は、ロンドン西方の「M-4回廊」 開け閉めして通行する。家族で船を何日も貸し切る川旅 や、グラスゴー周辺の「シリコングレン(グレンはスコッ は人気のある娯楽の一つである。 トランド方言で谷の意)」、パリ南西の「サイエンス・シ 地中海地方は、日本とほぼ同緯度にある。地図帳でぜ ティ」、フランスの地中海沿岸、オランダの環状都市圏 ひ確認してほしい。地中海沿岸地方は中緯度高圧帯に位 のほか、ミュンヘン、アウクスブルク、ニュルンベルク 置し、夏は暑く乾燥する。耐乾性のオリーブ畑の根元は やドイツの南部のいくつかの都市にみられる。なお、 ヨー 赤茶けた土で覆われている。紺碧の空と海に白壁の家の ロッパのハイテク産業は、アメリカ合衆国に比べかなり 風景が美しい。浜辺は海水浴客でにぎわいをみせるが、 遅れをとっている。 老人の熱中症死も報じられる。一方、北西ヨーロッパは 工芸品の製造地域として特筆すべきは「第三のイタリ 日本よりかなり北にある。西岸海洋性気候のイギリスや ア」(サードイタリー)である。イタリア中央部の田園 ドイツの海岸では夏でも泳がず潮風にあたるだけの人も 地帯に散在する中小都市に発達した地場産業であり、そ の高い国際競争力が注目を集めている。フェラーリなど 合にまで踏み出しEU(European Union)に名称変更し の高級乗用車やコモ産の絹製品、ヴィチェンツァ産宝飾 た。英語のUnionはCommunityより強い結びつきを意味 品などである。ヨーロッパのほかの国にもこの種の工業 する。 「ステップアップワークシート⑩ 12.」のように が発達してきている。 統合は進んでいる。食料品、とくに野菜や果物の種類は ヨーロッパの環境問題への意識の高さはつとに知られ、 豊富になった。隣国への買い物や通勤も可能である。一 多くの取り組みがなされてきた。京都議定書のCO2削減 方、高学歴者がドイツなど経済状態のよい国に流入する 目標も日本はなかなか達成できていないが、ヨーロッパ 問題も起きている。他国でも、地方参政権は与えられて では多くの国が削減に成功、EU全体としても目標を達 いる。現在欧州憲法を締結するところまできたが、加盟 成している。炭素税も1990年以降各国で導入され、現在 国間の批准に対する足並みがそろっていない。イギリス では11か国にのぼる。 は独自路線をとることが多く、国境でのパスポート審査 福島第一原子力発電所事故以来、世界的に原子力発電 を廃止するシェンゲン(Schengen)協定にもアイルラ を見直す動きがみられ、EUでも域内14か国にある143基 ンドとともに参加していないし、ユーロも未使用である。 の原子力発電所を対象にした安全性テスト(ストレステ 今回のEU全体を襲った財政危機を乗り切るための解決 スト)の実施計画をまとめた。ドイツでは2022年までに 策でも、ただ一国条約改正に反対した。 国内に17基ある原子力発電所を閉鎖すると決定、スイス EU加盟国は、かつての東欧諸国にも広がり27か国に でも34年までに5基を全廃することを決めた。なお、ス 達しているが、さらにクロアチアの加盟が予定されてい ウェーデンは、すでにアメリカ合衆国のスリーマイル島 る。今後新条約を各国が批准すれば2013年7月をめどに の事故後に撤退を決めている。原子力発電はドイツで現 実現し、28か国になる。旧ユーゴスラビアの内戦経験国 在電力供給の23%、スイスでも39%を担っている。温暖 では初となる。一方で、アイスランド、ノルウェー、ス 化防止の有力な切り札とされてきただけに、再生可能エ イスは加盟を拒否している。スイスは同盟には属さない ネルギーの開発が急がれる。 ことを国是としているが、ほかの2国は規律に縛られる 北欧の福祉の充実ぶりは感嘆に値する。スウェーデン、 ことを懸念したと思われる。 デンマークとも生涯、医療も教育もすべて無料、老人 トルコの加盟問題は10年来の懸案事項である。国民の ホームや訪問介護費用も年金で十分まかなえるので老後 大部分がムスリムであることが問題の根底にある。また、 の心配もない。ドイツでも大学の授業料はほぼ無料であ 周辺諸国からの難民流入も課題である。とくにアラブ諸 り、また、子ども手当も充実している。第1子、第2子 国に連鎖する政変のあおりで北アフリカからの難民流入 は各164ユーロ(※)、第3子170ユーロ、第4子以降は の増大が問題となっている。一国で国境管理に失敗する 各195ユーロ、子どもが学業終了(最高25歳)まで受給 とその後の移動が自由になってしまうため、国境審査相 できる。産休中の所得保障も日本が60%に対し、100% 互撤廃を定めたシェンゲン協定を見直しする動きがある。 である。ちなみに消費税は、スウェーデン25%(食料品 ギリシャの巨額財政赤字に端を発した今回のヨーロッパ は12%) 、ドイツ19%(同7%)である。 の財政危機は、他国の国債利率上昇を招くなど、ヨーロッ ジャンプアップ! パ全体に大きな影響を及ぼし、加盟国が増えることへの 第二次世界大戦後、アメリカ合衆国、旧ソビエト連邦 問題点をうかがわせた。 「財政赤字を一定割合に抑える の2大勢力に危機感をもち、国境を越えた結びつきが模 などの財政規律を各国が法制化し、違反した場合は自動 索された。当初、小国であるベネルクス3国の関税同盟 的に制裁を行う」財政規律強化策でようやく合意をみて から始まり、当時の大国、ドイツ、フランス、イタリア 収束に向かったが、加盟国間の経済格差は今後も問題と が加わって、石炭、鉄鋼の共同管理や関税引き下げを目 なるであろう。 的に始まった。1960年には、イギリスがEECに対抗し ※2011年12月現在、円高が進み、1ユーロ=約100~110円である。 て、EFTAを結成したもののうまく機能せず、結局解散 ■参考文献 して現在のEUに合流することになった。その後も経済 同盟として加盟国間の自由貿易を大きな柱として成長し たEC(European Community)は、マーストリヒト(オ ランダにある条約締結地)条約を採択した後、政治統 T.G.ジョーダン=ビチコフ・B.B.ジョーダン共著 山本正三他訳 『ヨーロッパ−文化地域の形成と構造』2005 二宮書店 「特集:北欧の歴史と文化」『歴史地理教育』№725 2008年2月号 歴史教育者協議会 竹﨑孜著『スウェーデンの税金は本当に高いのか』2005 あけび 書房 20