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和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された 抗ウイルス活性 Antiviral

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和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された 抗ウイルス活性 Antiviral
西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された
抗ウイルス活性
Antiviral Activities found in the Crude Extracts of
Agricultural Products in Wakayama Prefecture
西出充德
辻本和子
山崎
要
尚※
月城紗希子
吉田 穣
小山 一
約
多くの植物にとって微生物感染や動物による食害を防ぐことはその生存に重要な意味を持ち、その防御系の一環と
して植物体内に動物に対する生理活性成分を含有することが知られている。これら成分は多様な作用を動物細胞に与
えるが、そのひとつに抗ウイルス活性もあげられる。また、植物体に含まれる生理活性物質の種類や量は同一種であ
っても各個体の生育環境に大きく左右される。そこで、和歌山県産の農作物を例にとって、農作物中の抗ウイルス作
用及びウイルス不活化作用(殺ウイルス活性)を解析した。その結果、ランダムに解析した 17 種の農産物の中から抗
ウイルス活性や殺ウイルス活性を示すものが 9 種見つかった。解析に用いた試料は農産物を破砕したものから水分を
直接に抽出したものであり、基本的に「生で食べる」状態に対応したものであると考えて良い。このことは、少なく
とも in vitro のレベルでは、和歌山県産農産物の少なからぬものを生で食べるならその細胞液中にウイルス増殖を抑
えたりウイルス感染性を失くしたりするものが含まれていることを示唆する。
は地域差があると、考えられている。その意味で、農産物を生
はじめに
産地を無視して論ずることには無理がある。例えば、誰にも分
多くの植物にとって微生物感染や動物による食害を防ぐこ
かり易い例としてコーヒー豆が挙げられる。コーヒー豆は品種
とはその生存に重要な意味を持ち、その結果、防御のために
としては同じであっても生産地によって香りと味(ともに、我々
各植物に固有の組織中に動物に対して生理活性のある成分
の感覚器に作用する生理活性物質群の種類と量比を反映)が
を産生することが知られている。これら生理活性成分は、その
異なることは衆知の事実である。和歌山県特産物についても、
種類に応じて多様な作用を動物細胞に与えるが、それらの作
当然、生理活性成分を含むものがあると考えられる。加えて、
用のひとつとして抗ウイルス作用もあげられる。1) また、植物
他府県と同じ品種の農産物であっても、和歌山県に産する農
に含まれる生理活性物質は通常複数の活性成分からなり、そ
産物に他の産地の農作物とは異なる生理活性成分が含まれ、
の種類や量は同一植物種であっても各個体の生育環境(特
高い抗ウイルス作用などを示しても少しも変ではない。
に、土壌や日照時間、気温など)に大きく左右されることもよく
我々は、県の特産物についてこれらの生理活性をもつこと
知られている。農作物においてもそのような生理活性物質を
を科学的なデータと共に示すことは、本県特産農作物の付加
含むことが予想され、また、同じ品種の農作物であっても栽培
価値を高め、県の農業振興にも役立つと考え、材料として和
地域によって植物体に含まれる生理活性物質の量や組成に
歌山県特産の農作物を選び、生理活性として抗ウイルス作用
※和歌山県立医科大学大学院医学研究科ウイルス学分野 (〒641-0011 和歌山市三葛 580)
91
西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
ウイルスと細胞
に絞り、この活性が県特産品中にどの程度含まれているか定
ウイルスとしては、ポリオウイルス1型Sabinワクチン株(以下、
量することを計画した。農作物への付加価値の賦与という点を
重視し、解析にあたっても、食品として直接摂食されるのに近
PV-1と略)、インフルエンザウイルスA/Aichi/68 (H3N2)株(以
い状態のものを被検試料として検討することとした。また、ウイ
下、IAVと略)、と単純ヘルペスウイルス1型F株(以下、HSV-
ルスとしても、社会的に関心が高く話題性のあるものを含めた。
1と略)とを用いた。細胞は、ヒト由来のHEp-2細胞をPV-1とH
抗ウイルス活性に的を絞ることは、最近、新興感染症としての
SV-1の増殖実験(抗ウイルス作用の測定実験)に用い、イヌ腎
ノロウイルスの大流行や高病原性鳥インフルエンザウイルス
由来のMDCK細胞をインフルエンザウイルスの増殖実験と感
の出現などウイルス感染症が社会問題化している状況を考え
染価の測定に用いた。PV-1とHSV-1の感染価の測定にはア
るとタイムリーでもあるとも考えられる。さらに、抗ウイルス活性
フリカミドリザル腎由来のVero細胞を用いた。細胞の培養に
だけでなくウイルスに直接作用してウイルスの感染性を不活
は10%新生仔ウシ血清を含むイーグル最低必須培地(MEM)
化する活性(殺ウイルス活性)についても併せて解析した。
を用いた。
ウイルスの感染価の定量はプラック法にて行った。各ウイ
材料と方法
ルス試料をダルベッコのリン酸緩衝塩類溶液(PBS)で10倍階
段希釈し、その0.5mlを50mm-ディッシュに飽和状態にまで
検査に用いた農作物
生やした単層培養細胞に接種し、培養後に単層細胞上に生
解析に用いる試料については、先行研究もなく何が適当
じたプラックの数から感染性ウイルス量を算定した。
なのか不明なため、優先順位をつけないままにJA紀の里直
売所「めっけもん広場」にて生産者の氏名の特定できる商品
披検試料(抽出液)の調製
からランダムに和歌山県産農産物を選んで購入し、解析の出
発材料とした。さらに、県農業試験所から圃場に生えている
生理活性を検査する試料(抽出液)の調製法の概略を下の
「ししとう」の実と葉とを試料として分与され、また、JA紀南から
図1に示す。
は冷凍ウメ、冷凍キンカン、しその分与を受けたので、これも
購入した試料
合わせて解析した。表1に解析に用いた試料の出発材料とそ
↓ ① 水洗と選別
の入手先、調製法などについて簡単なまとめを示した。
適当な部位
↓ ③ 細断と摩り下ろし
表1 解析に用いた資料の出発材料
№
品名
濃度
最終調製品
100%
GS filter 濾過
1
ウメ (完熟黄梅)
2
キンカン
(中身)
100%
GS filter 濾過
3
キンカン
(皮)
50%
GS filter 濾過
4
シシトウ
(実)
50%
GS filter 濾過
5
シシトウ
(葉)
50%
GS filter 濾過
6
キンカン
(全体)
100%
高速遠心上清
7
ミカン
(#1)
100%
GS filter 濾過
8
イチジク
(#2)
50%
高速遠心上清
9
カキ
(#3)
100%
高速遠心上清
10
ユズ
(#4)
50%
高速遠心上清
11
ミカン
(#5)
100%
高速遠心上清
12
シュンギク
(#6)
50%
高速遠心上清
13
ミニトマト
(#7)
100%
GS filter 濾過
14
キュウリ
(#8)
100%
GS filter 濾過
15
キウイ
(#9)
100%
GS filter 濾過
↓ ⑤ ガーゼで濾過
濾液
↓ ⑥ 低速遠心と高速遠心
遠心上清
↓ ⑧ メンブレンフィルターによる濾過
濾過滅菌試料
↓ ⑨ 凍結保存
図1.被検試料の調製法
各試料は水道水にて丁寧に洗った後、ペーパータオルを
16
ワサビ
(#10)
50%
高速遠心上清
用いて付着した水分をできるだけ除いた。洗剤は使用しなか
17
ホウレンソウ
(#11)
50%
高速遠心上清
った。食用に用いる部分のみを選び、また、ひとつの個体か
18
アオネギ
(#12)
50%
高速遠心上清
らだけでなく複数(2~3)の個体から出発材料を得るようにし
19
ハクサイ
(#13)
100%
高速遠心上清
20
ニンジン
(#14)
67%
高速遠心上清
21
レモン
(#15)
100%
高速遠心上清
て、個体差による偏りをできるだけ避けるように試料を調製し
た。試料は、プラスチックディッシュ上でカミソリを用いて試料
92
西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
をみじん切りにした。水分含量の高いものはそのまま細切れ
れて再発症状をだすことがある。生活環境中に常在するウイ
にしたが、水分含量の低いものには重さと等量または半量
ルスで、50歳以上の年齢に限れば日本人のほぼ100%が感
(w/v)の無血清培地(MEM)を加えて細断した。細断は室温
染している。口唇ヘルペスや角膜ヘルペス、性器ヘルペス
(約 20~25℃)で行ったが、細断後は極力、氷上でのみ試料
の原因ウイルスであるだけでなく、日本脳炎が減少した現在、
を扱うように工夫した。
ウイルス性脳炎の最大の原因ウイルスでもある。体表に症状
細断した試料は擂り鉢に移し、すりこ木でより細かい断片に
まで細断/圧搾したのち、氷上に立てたプラスチック遠心管に
をあらわすことから病原体の分離されたのも20世紀初頭の早
固定したガラスロートの上に敷いた 4 枚重ねのガーゼで濾過
い時期で、ウイルス学的研究が古くから進み、ウイルスまたウ
を行った。得られた濾液は、15ml または 50mlプラスチック遠
イルス病として最もよく解析されたモデルウイルスのひとつで
心管に移し、卓上遠心機(Kubota KN-70)で室温、3,500 rpm
ある。2)
(回転/分)で 15 分間遠心し、濾液中に含まれている比較的密
最初に、HSV-1 に対する本県農産物から得られた抽出液の
度の大きな夾雑物を除いた。続いて、低速遠心上清をアシス
作用を検討した。前述のように調製した試料抽出液の持つ抗
トチューブ(2ml)に集め、冷却高速遠心機(Tomy MX-150)で
HSV-1 活性について解析した結果を以下に示す。この解析
4℃、15,000 rpmで 30 分遠心し、有形成分をできるだけ除い
では、ディッシュ内のすべての細胞がHSV-1の感染を受けた
た。その後、可能なものについては、高速遠心上清を
状態で、感染 HEp-2 細胞培養液(最終量 1.0ml)に種々の量
Millipore filter(MILLEX GV 孔径 0.22μm)で濾過滅菌した。
の試料抽出液を加え、20~28 時間培養した後に生じた子孫
高速遠心上清または濾液は、生理活性を測定するまでは
ウイルス量を較べた。横軸には培養液に加えた抽出液量、縦
-15℃または-80℃で凍結保存した。
軸には各濃度の抽出液存在下で産生された子孫ウイルスの
量を、抽出液を加えずに培養した時に産生された子孫ウイル
ウイルスへの作用の測定
ス量との比(対数目盛り)で示している。例として、シシトウの葉
抗ウイルス作用は、HEp-2細胞(PV-1及びHSV-1)または
と実からの抽出液による HSV-1 増殖の阻害を図 2 に示した。
MDCK細胞(IAV)にMOI=5~10でウイルスを感染させた後
図に示すように、シシトウからの抽出液の添加により濃度依存
種々の濃度の試料抽出液を含む培養液中にて培養し、生じ
的にウイルス収量が顕著に低下し、抽出液に強い増殖阻害作
た子孫ウイルスの収量を比較した。殺ウイルス作用は、試料
用が見られた。また、食用ではない葉の部分にも実の部分以
上に強い抗HSV-1 活性成分が含まれていることが分かった。
抽出液に感染性ウイルスを加えて充分混和し、混和物を氷上
で60分間置いた時のウイルス感染性の変化を調べた。
細胞障害活性の測定
6穴ディッシュにコンフルエントに単層培養した HEp-2 細胞
を種々の濃度に各試料液を加えた培養液(0.1%BSA を含む
MEM)中で一定時間保温する。その後、一定量のトリプシン
液を用いて単層培養から細胞をバラバラに分散した後 10%
血清を含む MEM を一定量加え(トリプシン作用の停止と細胞
の安定化のため)、単細胞分散液を調製する。ここから一定量
の分散液をとり、これにトリパンブルー液を加えて死細胞のみ
を染色し、総細胞数の中に占める死細胞数の割合を定量し
た。
図 2.
シシトウ葉〔№5〕(○)、シシトウ実〔№4〕(△)からの抽出液に
結果と考察
よる HSV-1 増殖の阻害
Ⅰ.単純ヘルペスウイルス 1 型(HSV-1)に対する効果
同様の解析を他の農作物についても行った結果、表1に示
HSV-1は広く日本人に浸淫しており、且つ、一度感染す
した 21 の出発材料のうちで5つ(品目としては、ウメ、シ
ると終生その人の体内に潜伏感染状態で潜み続け、折にふ
93
西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
シトウ、キンカン、イチジク)で試料抽出液の添加により子孫ウ
あれ殺ウイルス活性を示した。意外なことに、ユズやキウイは
イルス収量が明白に低下していた。ウメでは 60μl の添加で
ウイルスの増殖に対して全く阻害作用を現さなかったが、一
0.0001 に、シシトウ(実)では 100μl の添加で 0.01 以下に(図
方で、ウイルスの感染性に対しては非常に強い不活化作用
2)、キンカンでは 60μl の添加で 0.001 に、イチジクでは 100
を示した。これらの結果は、ウイルス増殖を阻害しなかったも
μl の添加で 0.01 以下に収量が低下していた(データ省略)。
のを含め多くの農作物抽出液中に単純ヘルペスウイルスの
我々の実験条件は、実験系内の全ての細胞が最初から複数
の感染性ウイルス粒子に感染しているという厳密なものであり、
感染性をなくす殺ウイルス活性があることを示している。
この条件下でのウイルス収量の低下は、これらの農作物抽出
液中に強い単純ヘルペスウイルス増殖阻害作用をもつことを
Ⅱ. インフルエンザウイルス(IAV)に対する作用
示している。
インフルエンザウイルスはヒトに呼吸器疾患を起こす病原体
である。ウイルス粒子内部タンパク質の抗原性からA型、B型、
本県農産物に見られる殺 HSV-1 作用
C型の3種のヒトインフルエンザウイルスがあることが知られて
次に、試料抽出液にウイルス不活化活性(すなわち、殺ウイ
いる。これらの流行は毎年見られるが、大流行を起こすのは
ルス活性)があるかどうかを調べた。試料抽出液に感染性ウイ
A型ウイルスで流行期には高齢者の死亡率が上がることが知
ルスを加えて充分混和し、混和物を氷上で 60 分間置いた時
のウイルス感染性の変化を調べた結果をまとめて、表2に示し
られている。ヒトのA型ウイルスも含め、A型インフルエンザウ
た。
イルスの本来の宿主は渡りカモであることが分かっている。
渡りカモやアヒル(ともにカモ科)では感染は不顕性か軽症に
試料
表3 和歌山県農産物によるインフルエンザウイルス不活化作用
経過するが、これがニワトリ(キジ科)などの家禽に感染すると
pH3
PBS
ウメ
キンカン
シシトウ葉
ミカン
イチジク
カキ
ユズ
シュンギク
ミニトマト
キュウリ
キウイ
ワサビ
ホウレン草
青ネギ
ハクサイ
ニンジン
0.00001
ウイルス株(主にH5株とH7株)によっては強い病原性を示す
ことがあり、鳥高病原性インフルエンザウイルスと呼ばれる。
WHOはじめ世界のウイルス学者は、これまで歴史上の新型
インフルエンザウイルスの出現の経緯の解析から、これらの
高病原性トリインフルエンザウイルスからいずれヒトに感染す
る新型インフルエンザウイルスが出現すると予想し、強い危
惧を持っている。過去の例では新型インフルエンザウイルス
が出現した場合、1918年のスペインカゼの時には全世界で4
千万人、1957年のアジアカゼの時には4百万人、1968年のホ
ンコンカゼの時には百万人以上が犠牲者となっている。3) こ
0.0001
0.001
0.01
0.1
1
れが、昨今、新興感染症としてインフルエンザが社会的に大
10
残存ウイルス感染価
きく注目されるゆえんである。
そこで、インフルエンザウイルスに対する本県農産物から
表2では、殺ウイルス活性のない対照溶液として PBS(ダルベ
得られた抽出液の作用を検討した。最初に、前述のように調
ッコのリン酸緩衝塩類溶液)、強い殺ウイルス活性を示す対照
製した試料抽出液について HSV-1 に代えてインフルエンザ
としてpH3 クエン酸緩衝塩類溶液を用いている。
ウイルスを用いて抗ウイルス作用ならびに殺ウイルス作用に
ついて検討した。図3にウメまたはシシトウ、キンカンからの抽
出液によるインフルエンザウイルス増殖に対する作用を調べ
14種の試料抽出液についてHSV-1に対する不活化作用を
た結果を示した。ウメからの抽出液には、はっきりしたウイルス
調べた結果、ウメ、ユズ、キウイの3つは強い不活化活性(殺
増殖阻害活性が検出され、ある濃度以上で急速に子孫ウイル
ウイルス活性)を示し、残存ウイルスは検出限界以下 (10-5)
ス収量が低下した。シシトウの葉とキンカンからの抽出液にも
以下であった。14品目のうち殺ウイルス活性が見出されなか
弱いが濃度依存的に働く阻害活性が見出された。
ったのは8品目(イチジク、シュンギク、ミニトマト、キュウリ、ワ
サビ、ホウレンソウ、ハクサイ、ニンジン)で、他は程度の差が
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西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
フルエンザウイルスに対しても抗ウイルス作用を示した。しか
10
し、これら以外にもカキ、ユズで抽出液中に抗インフルエンザ
ウイルス活性が認められた。特に、ユズは HSV-1 に対しては
全く作用を示さなかったのに、インフルエンザウイルスに対し
相対ウイルス収量
1
ては強い作用を示した。これらの結果は、和歌山県産農産物
に認められた抗ウイルス活性が細胞への障害の結果による副
0.1
次的な結果ではなく、むしろ、各々のウイルスの増殖過程に
含まれる反応を標的として農産物由来成分が阻害作用を及
0.01
ぼした結果としてそれぞれのウイルスで増殖が抑制され、そ
のウイルス収量が低下した可能性を示唆している(勿論、ウメ
0.001
0
10
20
30
40
50
抽出液のように、細胞障害を誘導した結果として2次的にウイ
試料添加量 (μl)
ルス増殖を抑えているものもあろう)。
続いて、これら試料抽出液に IAV 不活化活性(すなわち、殺
図3
ウメ〔№1〕(○)、シシトウ〔№5〕(△)、キンカン〔№6〕
ウイルス活性)があるかどうかも調べた。HSV-1 を用いた実験
(□)からの抽出液によるインフルエンザウイルス増殖
と同様に、試料抽出液に感染性ウイルスを加えて攪拌し氷上
の阻害。
で 60 分間置いた時のウイルス感染性の変化を調べた結果を
まとめて、表 3 に示した。
表1に示した 21 の出発材料のうち、18 試料について抗イン
フルエンザウイルス作用(インフルエンザウイルスの増殖を抑
表3 和歌山県農産物によるインフルエンザウイルス不活化作用
える作用)の有無を調べたが、これらの試料中 6 つ(品目とし
ては、ウメ、シシトウの葉、キンカン、イチジク、カキ、ユズ)で
程度の差はあれ試料抽出液の添加により子孫ウイルス収量が
低下していることが示された。ウメでは50μlの添加で0.00006
に、シシトウの葉では 50μl の添加で 0.1 に、キンカンでは 50
試料
μl の添加で 0.1 に、イチジクでは 50μl の添加で 0.01 に、カ
キでは 100μl の添加で 0.4 に、ユズでは 50μl の添加で 0.04
に、子孫ウイルス収量が低下していた(データ省略)。インフ
ルエンザウイルスに対する実験条件も HSV-1 に対するものと
同様に、実験系内の全ての細胞が最初から複数の感染性ウ
イルス粒子に感染しているという厳密なものであり、この条件
下でのウイルス収量の低下は、これらの農作物抽出液中の抗
pH3
PBS
ウメ
キンカン
シシトウ葉
ミカン
イチジク
カキ
ユズ
シュンギク
ミニトマト
キュウリ
キウイ
ワサビ
ホウレン草
青ネギ
ハクサイ
ニンジン
0.00001
ウイルス活性が強い A 型インフルエンザウイルス増殖に対す
0.0001
0.001
0.01
0.1
残存ウイルス感染価
1
10
る阻害作用があることを明らかにしている。中でも、ウメ、イチ
注) 殺ウイルス活性のない対照としては PBS(ダルベッコのリ
ジク、ユズではインフルエンザウイルスに対して顕著な作用を
ン酸緩衝塩類溶液)、強い殺ウイルス活性を示す対照として
示した。
pH3 クエン酸緩衝塩類溶液を用いた。
興味深いことに、HSV-1 に対する抗ウイルス作用を示すも
表 3 の結果は、ウイルス増殖を阻害しなかったものを含め多く
のとインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス作用を示すも
の農作物抽出液中に A 型インフルエンザウイルスの感染性を
のとは必ずしも一致していない。HSV-1 に対する作用の結果
なくす殺ウイルス活性があることを示している。調べた 16 品目
においてはウメ、シシトウ、キンカン、イチジクでそれらの抽出
のうち殺ウイルス活性が見出されなかったのは半数の8品目
液中に抗ウイルス作用が認められたが、これらは同時にイン
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西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
(イチジク、シュンギク、キュウリ、ワサビ、ホウレンソウ、青ネギ、
添加によってある濃度を越えると急速にウイルス収量が低下
ハクサイ、ニンジン)で、他は程度の差があれ殺ウイルス活性
した。これら以外のものは、増殖を抑えることが全くなかった。
を示した。青ネギは HSV-1 に対してはかなり強い殺ウイルス
10
活性(10-4に不活化)を示したが、インフルエンザウイルスに対
しては全く殺ウイルス活性を示さなかった。
1
相対ウイルス収量
また特に、ウメ、ユズ、キウイの3つは強い活性(10-5 以下に
不活化)を示した。この3つは、表 2 に示したように単純ヘル
ペスウイルスに対しても顕著な殺ウイルス活性を示している。
これらの結果は、ウイルス増殖を阻害しなかったものを含め
多くの和歌山県産農作物抽出液中に A 型インフルエンザウイ
0.1
0.01
0.001
ルスの感染性をなくす殺ウイルス活性があることを示してい
る。
0.0001
0
20
40
60
試料添加量 (μl)
80
100
Ⅲ 本県農産物に見られる抗ポリオウイルス(PV-1)作用
昨今、高病原性鳥インフルエンザウイルスと並んで新
図4
興ウイルス感染症として度々新聞紙上をにぎわしたウイルス
にノロウイルス感染による嘔吐下痢症がある。このウイルスの
シシトウ〔№5〕(○)、キンカン〔№6〕(△)、ウメ〔№1〕
主たる感染経路はウイルスに汚染した飲食物を介した経口感
(□)からの抽出液による PV-1 増殖の阻害
染だけに、同時に摂取することによりノロウイルス増殖を抑え
たり感染性を不活化したりする可能性を示すことができれば
試料抽出液に PV-1 の増殖を抑える活性が見出されたシシト
付加価値としてのインパクトは、他のウイルス以上にあると考
ウ、キンカン、ウメは、いずれも HSV-1 や IAV の増殖も抑えた。
えられる。しかし、ノロウイルスは人の体外ではまだ増殖させ
この3種類のウイルスは、ウイルス粒子構造も増殖様式も全く
ることができないので、そのような解析をすることができない。
異なっている。HSV-1 は2本鎖 DNA をウイルスゲノムとしても
そこで我々は、ノロウイルスと類縁のポリオウイルスを用いて、
ちウイルス粒子表面はエンベロープと呼ぶ脂質2重膜で覆わ
HSV-1やインフルエンザウイルスと同様の解析を行った。ポリ
れている。ウイルスゲノムの複製は細胞の核内で起こり、子孫
オウイルスとノロウイルスはウイルス粒子の構造も遺伝子の構
ウイルス粒子の形成は細胞質のゴルジ体で行われる。一方、
造も非常に似通っており、ノロウイルスに作用するものならポ
インフルエンザウイルスはゲノムとして1本鎖(マイナス鎖)
リオウイルスにも作用し、逆も真であると推量できる。
RNA を持ち、ウイルス粒子表面は HSV-1 と同様エンベロープ
で覆われている。ウイルスゲノムの複製は核内で起きるが子
ポリオウイルス(PV-1)に対する本県農産物から得られ
孫ウイルス粒子の形成は感染細胞の細胞表面膜で起きる。4)
た抽出液の作用を検討した。方法は、前述のHSV-1やインフ
また、PV-1は、ゲノムは1本鎖(プラス鎖)RNAを持ち、ウ
ルエンザウイルスと同じだが、これらのウイルスに代えてPV-
イルス粒子は HSV-1 やインフルエンザウイウルスと異なりエ
1を用いた。即ち、ディッシュ内のすべての細胞がウイルス感
ンベロープを持たない。ウイルスゲノムの複製も子孫ウイルス
染を受けた状態で、感染HEp-2細胞培養液中に種々の量の
粒子の形成もともに感染細胞の細胞質で起きる。これらのウイ
試料抽出液を加え16~24時間培養した後に生じた子孫ウイ
ルスの増殖様式や構造の違いを考えると、シシトウ、キンカン、
ルス量を測定した。
ウメの抽出液がいずれのウイルスの増殖も抑えるというのは
ウメ、キンカン、ユズ、ミカン、シュンギク、ミニトマト、キュウリ、
意外であるが、後述のように、ウメとキンカンに関しては試料
キウイ、ワサビ、ホウレンソウ、青ネギ、ハクサイ、ニンジン、レ
の細胞障害活性による細胞死の結果感染細胞でのウイルス
モン、シシトウ葉、キンカン、イチジクの 17 種の試料について
増殖が抑えられたと考えられる。
それぞれからの抽出液について検討した結果、PV-1 の増殖
各試料抽出液について、ポリオウイルスに対するウイルス不
を抑えることのできたのは図4に示した3種のみで、試料液の
活化作用についても検討したが、調べたいずれの抽出液も
96
西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
PV-1 に対して不活化作用を示すものはなかった。このことは、
た抗ウイルス活性は、全てが必ずしも細胞障害の結果として
一般にエンベロープを持つウイルスに較べるとエンベロープ
の副次効果というわけではない。
を持たないウイルスは種々の不活化作用に対して顕著な抵
1
抗性を示すというこれまでの知見とも合致する。
0.8
死細胞の割合
試料抽出液の細胞障害活性
披検試料として抗ウイルス活性の認められたウメ〔№1〕、シ
シトウ葉〔№5〕、ユズ〔№10〕、キンカン〔№6〕からの抽出液を
用いた。これは試料抽出液に見られた抗ウイルス活性が、試
料成分による「直接的なウイルス増殖阻害」なのか「感染細胞
0.6
0.4
0.2
に引き起こされた細胞障害の結果として 2 次的に見られたウ
0
イルス増殖阻害」なのかについて調べるため、HEp-2 細胞の
0
20
単細胞培養液中に種々の量の試料抽出液を加え 37℃12 時
40
60
80
100
試料添加量 (μl)
間培養した時の死細胞の出現の割合を調べた。
その結果、図 5 に示したようにウメとキンカンは 12 時間の
図 5.
培養後にそれぞれ多数の死細胞を生じ強い細胞障害活性を
ウメ〔№1〕(○)、シシトウ葉〔№5〕(△)、ユズ〔№10〕
示したが、シシトウとユズとでは 100μl の添加では有意の細
(□)、キンカン〔№6〕(◇)からの抽出液による殺細胞
胞障害活性を示さなかった。したがって、これらの試料の示し
作用。
表 4 解析に用いた試料の出発材料
№
品名
結果のまとめ
調製法
濃度
抗 HSV
殺 HSV
抗 IFV
殺 IFV
抗 PV
殺 PV
GS filter 濾過
100%
+
+
+
+
+
-
1
ウメ (完熟黄梅)
2
キンカン
(中身)
GS filter 濾過
100%
-
ND
ND
-
-
ND
3
キンカン
(皮)
GS filter 濾過
50%
-
ND
ND
ND
ND
ND
4
シシトウ
(実)
GS filter 濾過
50%
+
ND
ND
ND
ND
ND
5
シシトウ
(葉)
GS filter 濾過
50%
+
+
+
-
+
-
6
キンカン
(全体)
高速遠心上清
100%
+
ND
+
ND
+
ND
7
ミカン
(#1)
GS filter 濾過
100%
-
ND
-
±
ND
ND
8
イチジク
(#2)
高速遠心上清
50%
+
-
+
-
-
-
9
カキ
(#3)
高速遠心上清
100%
-
+
-
-
ND
-
10
ユズ
(#4)
高速遠心上清
50%
-
+
ND
+
-
-
11
ミカン
(#5)
高速遠心上清
100%
-
ND
-
ND
-
-
12
シュンギク
(#6)
高速遠心上清
50%
-
-
-
-
-
-
13
ミニトマト
(#7)
GS filter 濾過
100%
-
-
-
±
-
-
14
キュウリ
(#8)
GS filter 濾過
100%
-
-
-
-
-
-
15
キウイ
(#9)
GS filter 濾過
100%
-
+
-
+
-
-
16
ワサビ
(#10)
高速遠心上清
50%
+
-
-
-
-
-
17
ホウレンソウ
(#11)
高速遠心上清
50%
-
-
-
-
-
-
18
アオネギ
(#12)
高速遠心上清
50%
-
+
-
-
-
-
19
ハクサイ
(#13)
高速遠心上清
100%
-
-
-
-
-
-
20
ニンジン
(#14)
高速遠心上清
67%
-
-
-
-
-
-
21
レモン
(#15)
高速遠心上清
100%
ND
ND
-
ND
-
ND
97
西出・辻本・山崎・月城・吉田・小山:和歌山県内農産物の粗抽出液中に検出された抗ウイルス活性
4. Racaniello VR: Picornaviridae: The viruses and their
結語
replication. In: Fields Virology, fourth ed, Fields BN,
Knipe DM and Howley PM (ed.) Lippincott-Raven, New York,
我々は、多くの植物が微生物感染や動物による食害を防
ぐために植物組織中に種々の生理活性成分を産生している
pp 685-722, 2001.
ことから、和歌山県特産の農作物においても必ず生理活性成
分を産生しているものがあると予想し、生理活性の中でも抗ウ
イルス作用に焦点を絞って解析してきた。時間と経費の制限
から解析は限定された数の試料に留まったが、表4にまとめ
たように我々の予想通りの結果が得られてきている;すなわち、
ランダムに解析した約 20 の農産物の中からも抗ウイルス活性
や殺ウイルス活性を示すものが複数見つかってきた。解析に
用いた試料は農産物を破砕したものから水分を直接に抽出し
たものであり、基本的に「生で食べる」状態に対応したもので
あると考えて良い。このことは、少なくとも in vitro のレベルで
は、和歌山県産農産物の少なからぬものに生で食べるならそ
の細胞液中にウイルス増殖を抑えたりウイルス感染性を失くし
たりするものが含まれていることを示唆する。
しかし一方で、この結果を県産品の付加価値を高めるため
の資料として用いるためには、実際に摂食する条件化での in
vivo での解析が必要不可欠であり、また、県内の各地・各栽
培条件化での試料など、サンプルの種類と数を増やすこと、
さらに他府県産品との比較が必須である。県産の農作物にウ
イルス増殖抑制作用やウイルス不活化作用といった有用な生
理活性をもつことを科学的なデータと共に示すことは、特産品
の付加価値を高め、県の農林水産関係にとって有益なだけ
に、今後も県特産物について網羅的に探索する価値があると
思われる。
参考文献
1. Arakawa T, Yamasaki H, Ikeda K, Ejima D, Naito T and
Koyama AH: Antiviral and virucidal activities of natural
products. (Review) Current medicinal Chemistry 16,
2485-2497, 2009.
2. Roizman B and Knipe DM: Herpes simplex virus and their
replication. In: Fields Virology, fourth ed, Fields BN, Knipe
DM and Howley PM (ed.) Lippincott-Raven, New York,
pp 2399-2460, 2001.
3. Lamb RA and Kruchikokug RM: Orthomyxoviridae: The
viruses and their replication. In: Fields Virology, fourthed,
Fields BN, Knipe DM and Howley PM (ed.) Lippincott-Raven,
New York, pp1487-1530, 2001.
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