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1 成果報告書の要旨 研究代表者 和歌山県立医科大学医学部 教授 小山

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1 成果報告書の要旨 研究代表者 和歌山県立医科大学医学部 教授 小山
成果報告書の要旨
研究代表者
和歌山県立医科大学医学部
教授
小山一
共同研究者
和歌山県立医科大学医学部 助教授 山崎尚
和歌山信愛女子短期大学 助教授 藤澤祥子
和歌山県特産農作物及び加工食品の含有する抗ウイルス活性
ならびにアポトーシス誘導活性の解析
要旨
生産者氏名の特定できる県内産農作物を出発材料とし、これを充分に破砕しガーゼで
濾過して抽出液を調製し、2段階の遠心分離操作により夾雑物を除いたのち、遠心上清を
Millipore filter(孔径 0.22μm)で濾過滅菌し、これを解析のための試料として用いた。
キンカンやレモンなど非常に粘調な抽出液で Millipore filter での濾過がどうしてもで
きなかったものについては高速遠心上清を濾過滅菌試料に替えて用いた。
試験ウイルスとしては、ポリオウイルス1型ワクチン株とインフルエンザウイルス A
型アイチ株(H3N2)、単純ヘルペスウイルス1型 F 株を用いた。試料の抗ウイルス活性の
測定にあたって、ポリオウイルスと単純ヘルペスウイルスの増殖は HEp-2 細胞でインフ
ルエンザウイルスの増殖は MDCK 細胞で行い、感染性ウイルス量の定量はプラック法で行
った。
その結果、ポリオウイルスに対してはウメ、シシトウ、キンカンからの抽出液が抗ウ
イルス作用を示したが、殺ウイルス作用(ウイルス不活化作用)を示すものはなかった。
インフルエンザウイルスに対しては、ウメ、シシトウ、キンカン、イチジク、ユズからの
抽出液中に抗ウイルス活性が認められ、ウメ、ミカン、ユズ、ミニトマト、キウイの抽出
液にウイルスの感染性を 90%以上失くす殺ウイルス作用が検出された。単純ヘルペスウ
イルスに対しては、ウメ、キンカン、シシトウ、イチジク抽出液中に抗ウイルス活性が、
ウメ、シシトウ、カキ、ユズ、キウイ、青ネギの抽出液中に殺ウイルス活性が認められた。
一部の抗ウイルス作用は細胞毒性による2次的な結果と考えられるが、抗ウイルス活性を
示すウメ、キンカン、シシトウ葉、ユズの抽出液の中で前二者は細胞障害活性を示すが、
後二者は示さなかった。また、抽出液を熱処理した結果から、ミカンやカキ、青ネギの殺
ウイルス活性には熱で活性を失くす易熱性の成分が含まれていることも明らかとなった。
1
成果報告書
研究代表者
和歌山県立医科大学医学部
教授
小山一
共同研究者
和歌山県立医科大学医学部 助教授 山崎尚
和歌山信愛女子短期大学 助教授 藤澤祥子
和歌山県特産農作物及び加工食品の含有する抗ウイルス活性
ならびにアポトーシス誘導活性の解析
1
目的
多くの植物にとって微生物感染や動物による食害を防ぐことはその生存に重要な意味を持ち、
その結果、防御のために各植物に固有の組織中に動物に対して生理活性のある成分を産生するこ
とが知られている。これら生理活性成分は、その種類に応じて多様な作用を動物細胞に与えるが、
それらの作用のひとつとして抗ウイルス作用やアポトーシス(生理的細胞死)誘導作用もあげられる。
また、植物に含まれる生理活性物質は通常複数の活性成分からなり、その種類や量は同一植物種
であっても各個体の生育環境(特に、土壌や日照時間、気温など)に大きく左右されることもよく知ら
れている。農作物においてもそのような生理活性物質を含むことが予想され、また、同じ品種の農作
物であっても栽培地域によって植物体に含まれる生理活性物質の量や組成には地域差があると、
考えられている。その意味で、農産物を生産地を無視して論ずることには無理がある。例えば、誰に
も分かり易い例としてコーヒー豆が挙げられる。コーヒー豆は品種としては同じであっても生産地によ
って香りと味(ともに、我々の感覚器に作用する生理活性物質群の種類と量比を反映)が異なること
は衆知の事実である。和歌山県特産物についても、当然、生理活性成分を含むものがあると考えら
れる。加えて、他府県と同じ品種の農産物であっても、和歌山県に産する農産物に他の産地の農
作物とは異なる生理活性成分が含まれ、高い抗ウイルス作用などを示しても少しも変ではない。
本研究では、材料として和歌山県特産の農作物を選び、生理活性として抗ウイルス作用とアポト
ーシス誘導作用に絞り、(A)両活性が県特産品中にどの程度含まれているか定量し、また、(B)その
活性を担う成分が何であるかを検討し、(C)抗ウイルス作用についてはウイルス増殖のどのステップを
抑えているかを解析することを最終目的とした。県の特産物についてこれらの生理活性をもつことを
科学的なデータと共に示すことは、県特産品の付加価値を高め、県の農林水産関係にとって有用と
考えるからである。この点を重視し、解析にあたっても、食品として直接摂食されるのに近い状態のも
のを被検試料として検討することとした。ウイルスとしても、社会的に関心が高く話題性のあるものを
含めた。残念ながら交付決定時期が遅く春夏に収穫される農作物を調べることは時期的に不可能
であり、また、交付金額が申請の65%抑えられたためにアポトーシスについての解析は見送り抗ウイ
ルス活性についての解析のみに絞らざるを得なかった。しかし、抗ウイルス活性に的を絞ることは、最
近、新興感染症としてのノロウイルスの大流行や高病原性鳥インフルエンザウイルスの出現などウイ
ルス感染症が社会問題化している状況を考えるとタイムリーでもあるとも考えられた。さらに、当初は
感染細胞内でのウイルス増殖を抑えるという抗ウイルス活性にのみ注目していたが、それだけでなく
ウイルスに直接作用してウイルスの感染性を不活化する活性(殺ウイルス活性)も県産品の抽出液
中に見出すことができれば付加価値を高めるという目的により一層合致すると考えて、ウイルス不活
2
化活性も抗ウイルス活性に併せて解析することとした。
2 実施方法
実施方 法
2-1 出発材料
最初に解析に用いる試料について検討した。当初、出発材料についての知識が不足している
との自覚から、和歌山県としてはどのような材料がもっとも解析に適当か(現時点での産品だけでな
く今後に県内で栽培収穫されるようなものを網羅的に解析すべく)教えて頂くため、和歌山県農林
水産総合センター、同農業試験場、同果樹試験場、同果樹試験場かき・もも研究所、県工業技術
センターなど、県の公的な機関にメールで相談した。また、県工業技術センターの平成17年度公
募プロジェクト「抗ウイルス作用研究交流会」参加者にも相談した。返事の頂けた2ヶ所、県農業試
験所からは色々と教えて頂いたことに加えて圃場に生えている「ししとう」の実と葉とを試料として分
与され、また、JA紀南からは冷凍ウメ、冷凍キンカン、梅干、しその分与を受けた。その他の農産品
については優先順位のないままにJA紀の里直売所「めっけもん広場」にて生産者の氏名の特定で
きる商品からランダムに県産品を選んで購入し、解析の出発材料とした。表1に解析に用いた試料
の出発材料とその入手先、調製法などについて簡単なまとめを示した。
表1 解析に用いた試料の出発材料
№
品名
実験番号
濃度
生産者/入手先
調製法
1
ウメ (完熟黄梅)
06831A
100%
紀南農業協同組合 加工部 GS filter 濾過
2
キンカン
(中身)
06831A
100%
紀南農業共同組合 加工部 GS filter 濾過
3
キンカン
(皮)
06831A
50%
紀南農業共同組合 加工部 GS filter 濾過
4
シシトウ
(実)
06925B
50%
県農業試験場
GS filter 濾過
5
シシトウ
(葉)
06925B
50%
県農業試験場
GS filter 濾過
6
キンカン (全体)
06925B
100%
紀南農業共同組合 加工部 高速遠心上清
7
ミカン
(#1)
06y16B
100%
めっけもん広場 戸根明美
GS filter 濾過
8
イチジク
(#2)
06y16B
50%
めっけもん広場 道端宏和
高速遠心上清
9
カキ
(#3)
06y16B
100%
めっけもん広場 滝本ヒロジ
高速遠心上清
10
ユズ
(#4)
06Z19C
50%
めっけもん広場 榎本泰子
高速遠心上清
11
ミカン
(#5)
06Z19C
100%
めっけもん広場 木村記代
高速遠心上清
12
シュンギク (#6)
06Z19C
50%
めっけもん広場 富田正照
高速遠心上清
13
ミニトマト
(#7)
07104A
100%
めっけもん広場 小川教雄
GS filter 濾過
14
キュウリ
(#8)
07104A
100%
めっけもん広場
GS filter 濾過
15
キウイ
(#9)
07104A
100%
めっけもん広場 畠山倫代
GS filter 濾過
16
ワサビ
(#10)
07115A
50%
めっけもん広場 山名栄美子 高速遠心上清
17
ホウレンソウ(#11)
07115A
50%
めっけもん広場 白山和子
高速遠心上清
18
アオネギ
07115A
50%
めっけもん広場 小林良子
高速遠心上清
(#12)
表1 解析に用いた試料の出発材料 (続き)
19
ハクサイ
(#13)
07122A
100%
20
ニンジン
(#14)
07122A
67%
21
レモン
(#15)
07122A
100%
めっけもん広場 児野光子
高速遠心上清
めっけもん広場 今西美佐子 高速遠心上清
めっけもん広場 辻内育子
3
高速遠心上清
2-2 用いたウイルスと細胞
ウイルスとしては、ポリオウイルス1型Sabinワクチン株(以下、PV-1と略)、インフルエンザウイルス
A/Aichi/68 (H3N2)株、と単純ヘルペスウイルス1型F株(以下、HSV-1と略)とを用いた。細胞は、
ヒト由来のHEp-2細胞をPV-1とHSV-1の増殖実験(抗ウイルス作用の測定実験)に用い、イヌ腎由
来のMDCK細胞をインフルエンザウイルスの増殖実験と感染価の測定に用いた。PV-1とHSV-1の
感染価の測定にはアフリカミドリザル腎由来のVero細胞を用いた。細胞の培養には10%新生仔ウ
シ血清を含むイーグル最低必須培地(MEM)を用いた。
ウイルスの感染価の定量はプラック法にて行った。各ウイルス試料をダルベッコのリン酸緩衝塩類
溶液(PBS)で10倍階段希釈し、その0.5mlを50mm-ディッシュに飽和状態にまで生やした単層培
養細胞に接種し、室温で1時間ゆっくり機械的な振盪を行い、ウイルス吸着を行った。希釈液中に
はウイルスの非特異的な不活化を抑えるために、インフルエンザウイルスに対する希釈液には0.1%
ウシ血清アルブミン(BSA)を、HSV-1とPV-1に対する希釈液には1%新生仔牛血清を加えた。ウイ
ルス吸着後、未吸着のウイルスを吸引除去した後、インフルエンザウイルス感染MDCK細胞は0.6%
寒天(Difco purified agar)とアセチル化トリプシン(6μg/ml)を含むMEM中で、PV-1とHSV-1とは
1%新生仔牛血清と0.6%メチルセルロースを含むMEM中で、それぞれ培養した。インフルエンザウ
イルスとHSV-1とは37℃で、前者は2日間、後者は3日間培養し、ポリオウイルスは35.5℃で28時
間培養した。培養後、感染細胞を含むディッシュは10%ホルマリンと0.5%(w/v)クリスタルヴァイオ
レットを含む液で固定染色を行い、水洗・風乾後にプラックを視認により計数した。
2-3 披検試料(抽出液)の調製
生理活性を検査する試料(抽出液)の調製法の概略を下の図1に示す。
購入した試料
↓ ① 水洗
↓ ② 選別
適当な部位
↓ ③ 細断
↓ ④ 摩り下ろす
↓ ⑤ ガーゼで濾す
濾したジュース
↓ ⑥ 低速遠心
↓ ⑦ 高速遠心
遠心上清
↓ ⑧ メンブレンフィルターによる濾過
濾過滅菌試料
↓ ⑨ 凍結保存
図1.被検試料の調製法
① 水洗
各試料は水道水にて丁寧に洗った後、ペーパータオルを用いて付着した水分をできるだけ除いた。
洗剤は使用しなかった。梅や金柑など冷凍試料については冷凍のまま洗い、その後室温において解
凍した。解凍後、表面に凝結した水分はティッシュペーパーを用いて拭い取った。
4
② 選別
食用に用いる部分のみを選び、それ以外の部分は廃棄した。選別する部分も特定の部分に偏る
ことなく実際の食品として用いる量比とおおむね一致するように採取した。但し、一部のものについて
は食用に用いる以外の部分も研究目的から(抗ウイルス成分の発見を目指して)試料を調製した。
また、ひとつの個体からだけでなく複数(2~3)の個体から出発材料を得るようにして、個体差に
よる偏りをできるだけ避けるように試料を調製した。
③ 細断
プラスチックディッシュ上でカミソリを用いて試料をみじん切りにした。水分含量の高いものはそのま
ま細切れにしたが、水分含量の低いものには重さと等量または半量(w/v)の無血清培地(MEM)を
加えて細断した。細断は室温(約 20~25℃)で行ったが、細断後は極力、氷上でのみ試料を扱うよ
うに工夫した。
④ 摩り下ろし
細断した試料は擂り鉢に移し、すりこ木でより細かい断片にまで細断/圧搾した。一部の試料は乳
鉢と乳棒を用いたが効率が悪く(時間がかかり温度も上がった)実際的ではなかったので、擂り鉢とす
りこ木に替えた。
⑤ ガーゼによる濾過
摩り下ろした試料は氷上に立てたプラスチック遠心管に固定したガラスロートの上に敷いた 4 枚重
ねのガーゼで濾過を行った。自然落下したものに加えて最後にガーゼを絞って、できるだけ全液体
成分を回収するようにつとめた。
⑥ 低速遠心
上記⑤で得られた濾液を 15ml または 50mlプラスチック遠心管に移し、卓上遠心機 (Kubota
KN-70)で室温、3,500 rpm(回転/分)で 15 分間遠心し、濾液中に含まれている比較的密度の
大きな夾雑物を除いた。
⑦ 高速遠心
低速遠心上清をアシストチューブ(2ml)に集め、冷却高速遠心機 (Tomy MX-150)で4℃、
15,000 rpmで 30 分遠心し、有形成分をできるだけ除いた。
⑧ メンブレンフィルターで濾過
高速遠心上清をMillipore filter(MILLEX GV 孔径0.22μm)で濾過滅菌した。濾液は生理活性
を測定するまでは-15℃または-80℃で凍結保存した。解凍後は実験に用いるまで常に氷上に保っ
た。
キンカンをはじめ幾つかの試料ではステップ⑤のガーゼを濾して得られた液の粘性が高く、ステ
ップ⑧のメンブレンフィルターによる濾過が全く行うことができなかった。これらについては高速遠心に
より混入した細菌やカビが除かれると仮定して高速遠心上清をそのまま活性測定のための披検試
料としてに用いた。しかし、試料により極めて粘度の高いもの(例えばレモンなど)があり、低速遠心は
もとより高速遠心でもほとんど遠心の効果はないように見えた。これらについては、無菌性を無視し
無理を承知で高速遠心上清を解析試料として用いたが、測定の範囲内では細菌などによる汚染は
見られなかった。
2-4 抗ウイルス作用の測定
ウイルス増殖に対する各試料の作用は以下のように行った。HEp-2細胞(HSV-1かPV-1に対
する抗ウイルス作用を調べる時)またはMDCK細胞(インフルエンザウイルスに対する作用調べる時)
5
を6穴ディッシュ(直径33mm)でコンフルエントになるまで単層培養する。それぞれのウイルスを細胞
当たり5~10個(PFU;感染単位)になるよう加え、室温にて60分間ロッカープラットフォーム上でウイ
ルス吸着を行う。吸着後、6穴ディッシュの各ウェル中のウイルス感染細胞に0.1%BSAを含むMEM
を1.0mlづつ培養液として加え、さらに各ウェルに加える試料液量を変えて種々の試料濃度になる
ように培養液に添加した後、各ウイルスが完全に増殖するのに必要な時間(HSV-1では20~28時
間;インフルエンザウイルスでは12~18時間;PV-1では約16~24時間)培養した。
生じた子孫ウイルスの定量には、インフルエンザウイルスの場合には培養上清の一部をとり、そ
の中に放出された感染性ウイルス量をプラック法で測定した。PV-1とHSV-1の場合には感染細胞
を培養液と共に2回-80℃で凍結融解し感染細胞を温和な条件下で破砕し、細胞内ウイルスも細
胞外に放出させた後、細胞融解液中の感染性ウイルスを総子孫ウイルス量としてそれぞれプラック
法で定量した。
ウイルス増殖の抑制の程度は、感染細胞の培養液中に試料を加えなかった時に産生された
感染性子孫ウイルス量を1とした時の、各濃度の試料液量を含む培養液で産生された子孫ウイル
ス量の相対比で表した。
2-5 ウイルス不活化作用(殺ウイルス作用 virucidal effect)の測定
Assist tubeに各試料液を一定量加え、そこに試料の1/19量になるようにウイルス液を添加し
た。充分に混和した試料-ウイルス混液を氷上に30または60分間静置後、直ちに冷たいウイルス
希釈液(披検ウイルスによって血清またはBSAを添加したPBS)で10倍階段希釈し、各希釈液中の
感染性ウイルス量をプラック法にて測定する。
不活化作用の程度は、試料液の代わりにウイルス希釈液をもちいたサンプルにおける残存感
染性ウイルス量を1として、各試料液での残存感染性ウイルス量をそれに対する相対比で表した。
2-6 細胞障害活性(殺細胞作用 cytocidal effect)の測定
6穴ディッシュにコンフルエントに単層培養したHEp-2細胞を種々の濃度に各試料液を加えた
培養液(0.1%BSAを含むMEM)中で一定時間保温する。その後、一定量のトリプシン液を用いて単
層培養から細胞をバラバラに分散した後10%血清を含むMEMを一定量加え(トリプシン作用の停
止と細胞の安定化のため)、単細胞分散液を調製する。ここから一定量の分散液をとり、これに一
定量のトリパンブルー液を加えて死細胞のみを染色し、総細胞数の中に占める死細胞数の割合を
定量した。
2-7 試料の熱処理
ウイルス不活化作用の見られた試料について、Assist tubeに190μlの試料液を取り、密栓後
沸騰水中に3分間保温した。その後、氷水中で急冷し、熱処理試料とした。対照には加熱処理を
行うことなく氷上に保温し続けた試料を用い、それぞれのウイルス不活化作用を比較した。
不活化作用の程度は、上記2-5に記したように、試料液の代わりにウイルス希釈液をもちいた
サンプルにおける残存感染性ウイルス量を1として、各試料液での残存感染性ウイルス量をそれに
対する相対比で表した。
6
3 結果と考察
結果 と考察
3-1 試料に基づく研究成果の位置付け
和歌山県特産の農水産物の呈する抗ウイルス活性などを調べるという本来の目的を考えると、
解析に用いる試料として何を選ぶかはこの解析から得られる結果を評価する上で極めて重要な位
置を占める。植物体に含まれる生理活性成分が、その植物の生育条件に強く影響されることを考
えると、同一の品種においても、産地や日当たり、生育状況などに合わせて計画的に県下の広い地
域から多様な試料を集め解析しない限り、確度の高い情報を得ることはできない。逆に云えば、その
ような網羅的な解析をすれば県内特産農産物の有する生理活性についての科学的な情報が必ず
得られる。今回の解析に用いた試料に限って云えば、交付決定時期の関係から春夏の野菜や果
物は最初から対象外であり、また、計画的に試料を収集するという点に関しても必要な情報が入手
できず、結果的には無計画に市場に出かけたまたま目に付く商品を手当たり次第に購入し検査試
料を調製するという、解析としては極めて不十分なものとなった。
その意味では、今回の解析結果は今後の本格的な調査に向けてのパイロットスタディとの位置
付けがふさわしいと考えられる。この点は交付金額の減額(申請額の6割5分)からも止むを得なか
った。しかし、後述のように、①種々多様な作物からの検査試料の抽出法を検討できたこと、②本
県の農産品中にヘルペスウイルスやインフルエンザウイルスなど複数のウイルスに対して高い抗ウイ
ルス活性や殺ウイルス活性を示すものが存在するのを明らかにしたこと(小山他、第22回ヘルペス
ウイルス研究会発表予定)、また、③ここで開発された方法を用いて新たな原理に基づくウイルス不
活化剤が開発されたこと(Yamasaki他、2007年度米国薬学会全国バイオテクノロジー大会発表予
定)など、パイロットスタディとしては充分な以上の成果を上げることができたと考えて良い。
3-2 単純ヘルペスウイルス 1 型(HSV-1)に対する効果
HSV-1は広く日本人に浸淫しており、且つ、一度感染すると終生その人の体内に潜伏感染状
態で潜み続け、折にふれて再発症状をだすことがある。生活環境中に常在するウイルスで、50歳
以上の年齢に限れば日本人のほぼ100%が感染している。口唇ヘルペスや角膜ヘルペス、性器ヘ
ルペスの原因ウイルスであるだけでなく、日本脳炎が減少した現在、ウイルス性脳炎の最大の原因
ウイルスでもある。ことに、新生児に感染すると予後の悪い重篤な新生児ヘルペスを発症させること
がある。一般にウイルス性疾患に対しては化学療法が効かないとされていたが、抗ウイルス化学療
法剤としては最初に抗ヘルペス剤が角膜ヘルペスに対して開発され、現在はアサイクログアノシンが
非常に効果的な抗HSV化学療法剤として開発されている(1998年度ノーベル賞)。体表に症状を
あらわすことから病原体の分離されたのも20世紀初頭の早い時期で、ウイルス学的研究が古くから
進み、ウイルスまたウイルス病として最もよく解析されたモデルウイルスのひとつである。
最初に、HSV-1に対する本県農産物から得られた抽出液の作用を検討した。前述のように調
製した試料抽出液の持つ抗HSV-1活性について解析した結果を以下に示す。この解析では、ディ
ッシュ内のすべての細胞がHSV-1の感染を受けた状態で、感染HEp-2細胞培養液に種々の量の
試料抽出液を加え20~28時間培養した後に生じた子孫ウイルス量を較べた。横軸には抽出液量、
縦軸には各濃度の抽出液存在下で産生された子孫ウイルスの量を、抽出液を加えずに培養した時
に産生された子孫ウイルス量との比(対数目盛り)で示している。
注) 品名の後〔No. 〕内の番号は表1での試料の番号を示している。
7
図1A(06831B)
ウメからの抽出液は強い阻害作用
を示したが、キンカンからの抽出液に
は、中身からも皮の部分からも、この
濃度では阻害作用が見られない。
培養液の色から、ウメ抽出液は
阻害濃度で強い酸性を示した。
10
1
Relative Virus Yield
ウメ〔№1〕(○)、キンカン中身
〔№2〕(△)、キンカン皮〔№3〕(□)
からの抽出液による HSV-1 増殖の
阻害。
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20 40 60 80 100
Concentration (μl)
シシトウには非常に強い阻害活性
がある。食用ではない葉の部分にも
実の部分以上に強い抗 HSV-1 活性
成分が含まれていることが分かる。
10
1
Relative Virus Yield
図1B(06925A)
シシトウ葉〔№5〕(○)、シシトウ実
〔№4〕(△)からの抽出液による
HSV-1 増殖の阻害。
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
50
100
150
200
Concentration (μl)
ミカンやカキからの抽出液は阻害
活性を示さなかったが、イチジクには
多少の阻害活性がある。
10
1
Relative Virus Yield
図1C(06Y16A)
ミカン〔№7〕(○)、イチジク〔№8〕
(△)、カキ〔№9〕(□)からの抽出
液による HSV-1 増殖の阻害。
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20
40
60
80 100
Concentration (μl)
8
図 1D(06Z25A)
ユズ〔№10〕(○)、ミカン〔№11〕(△)、
シュンギク〔№12〕(□)からの抽出液
による HSV-1 増殖の阻害。
1
Relative Virus Yield
ユズやミカン、シュンギクからの
抽出液には阻害活性が検出され
なかった。ここで用いたミカンは
図 1C で調べたミカンとは由来が
異なっているが、ともに抗 HSV-1
活性は認められなかった。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
10 20 30 40 50
Concentration (μl)
図 1E(07109B)
ミニトマト〔№13〕(○)、キュウリ
〔№14〕(△)、キウイ〔№15〕(□)から
の抽出液による HSV-1 増殖の阻害。
1
Relative Virus Yield
ミニトマトやキュウリ、キウイからの
抽出液には阻害活性が検出され
なかった。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20 40 60 80 100
Concentration (μl)
ホウレンソウや青ネギからの抽出液
にははっきりした阻害活性が検出され
なかった。ワサビの葉と茎からの抽出
液には弱い阻害活性が見出された。
10
1
Relative Virus Yield
図 1F(07125A)
ワサビ〔№16〕(○)、ホウレンソウ
〔№17〕(△)、アオネギ〔№18〕(□)
からの抽出液による HSV-1 増殖の
阻害。
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20 40 60 80 100
Concentration (μl)
9
図 1G(07205A)
ハクサイ〔№19〕(○)、ニンジン〔№20〕
(△)、キンカン〔№6〕(□)からの抽出
液による HSV-1 増殖の阻害。
1
0.1
Relative Virus Yield
ハクサイやニンジンの抽出液には
阻害活性がない。図 1A で、キンカン
には阻害活性が検出できなかったが、
抽出法を変えてキンカン果実を丸ごと
摩り下ろしたものを用いると、かなりの
阻害活性を示した;同じ由来の材料
なので、図 1 に用いた試料は抽出が
不十分だったと考えている。
10
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20 40 60 80 100
Concentration (μl)
表1に示した21の出発材料のうち、レモン以外の20種類について抗HSV-1作用の有無を調べ
たが、これら(図1A~G)の結果は、解析した20試料のうちで5つ(品目としては、ウメ、シシトウ、キン
カン、イチジク)で試料抽出液の添加により子孫ウイルス収量が明白に低下していることを示した。我
々の実験条件は、実験系内の全ての細胞が最初から複数の感染性ウイルス粒子に感染していると
いう厳密なものであり、この条件下でのウイルス収量の低下は、これらの農作物抽出液中の抗ウイ
ルス活性が強い単純ヘルペスウイルス増殖阻害作用をもつことを示している。
勿論、この抗HSV-1活性が直ちに人体でのウイルス増殖を抑えるということを意味するのでは
ない。この実験条件では、HSV-1感染細胞は常にある濃度の試料抽出液に曝露された状態にあり、
実際の生活ではそのようなことはありえない。食品として摂食した場合は極めて短時間曝露されるが
それで通り過ぎてゆき、また、有効成分自身も代謝されて消失すると考えられる。また、ウメ抽出液
などの場合は抗HSV-1成分を含む可能性以外に単に強い酸性により細胞障害を誘導するために2
次的にウイルス増殖を抑えていることも間違いない(細胞障害活性については後に示す)。
今後の課題としては、これらの試料抽出液から有効成分を取り出し、その同定を行うことがあげ
られる。また、食品として付加価値という観点からは、上記の抗ウイルス活性のようなウイルス増殖
を抑えるというものでなく、ウイルスの感染性を失くす活性(ウイルス不活化活性=殺ウイルス活性)
の方が優れている; 殺ウイルス効果のある食品の場合、口唇ヘルペスやヘルペス口内炎の時に
口に含んでおくとか舐めているとかで治療効果や他の人への感染を防ぐ効果があるようなイメージを
与えることが可能であろう。勿論、この場合も殺ウイルス作用の有効成分を単離同定すれば医薬品
・保健製剤としての可能性も開ける。
このように考え、また、増殖阻害作用のメカニズムを考えるために、次に、試料抽出液にウイル
ス不活化活性(すなわち、殺ウイルス活性)があるかどうかを調べた。
3-3 本県農産物に見られる殺 HSV-1 作用
試料抽出液に感染性ウイルスを加えて充分混和し、混和物を氷上で 60 分間置いた時のウイルス
感染性の変化を調べた結果をまとめて、表2に示した。
10
表2 和歌山県農産物によるHSV-1不活化作用
pH3
PBS
ウメ
シシトウ葉
イチジク
カキ
試料
ユズ
シュンギク
ミニトマト
キュウリ
キウイ
ワサビ
ホウレン草
青ネギ
ハクサイ
ニンジン
0.00001
0.0001
0.001
0.01
0.1
1
10
残存ウイルス感染価
表2では、殺ウイルス活性のない対照溶液として PBS(ダルベッコのリン酸緩衝塩類溶液)、
強い殺ウイルス活性を示す対照としてpH3 クエン酸緩衝塩類溶液を用いている。
14種の試料抽出液についてHSV-1に対する不活化作用を調べた結果、ウメ、ユズ、キウイの
3つは強い不活化活性(殺ウイルス活性)を示し、残存ウイルスは検出限界以下(10-5 )以下であっ
た。14品目のうち殺ウイルス活性が見出されなかったのは8品目(イチジク、シュンギク、ミニトマト、
キュウリ、ワサビ、ホウレンソウ、ハクサイ、ニンジン)で、他は程度の差があれ殺ウイルス活性を示した。
意外なことに、ユズやキウイはウイルスの増殖に対して全く阻害作用を現さなかったが、一方で、ウイ
ルスの感染性に対しては非常に強い不活化作用を示した(この機構は不明だが興味深い)。これら
の結果は、ウイルス増殖を阻害しなかったものを含め多くの農作物抽出液中に単純ヘルペスウイル
スの感染性をなくす殺ウイルス活性があることを示している。
3-4 本県農産物に見られる抗インフルエンザウイルス作用
インフルエンザウイルスはヒトに呼吸器疾患を起こす病原体である。ウイルス粒子内部タンパク
質の抗原性からA型、B型、C型の3種のヒトインフルエンザウイルスがあることが知られている。これら
の流行は毎年見られるが、大流行を起こすのはA型ウイルスで流行期には高齢者の死亡率が上が
ることが知られている。ヒトのA型ウイルスも含め、A型インフルエンザウイルスの本来の宿主は渡りカ
モであることが分かっている。渡りカモやアヒル(ともにカモ科)では感染は不顕性か軽症に経過する
が、これがニワトリ(キジ科)などの家禽に感染するとウイルス株(主にH5株とH7株)によっては強い病
原性を示すことがあり、鳥高病原性インフルエンザウイルスと呼ばれる。WHOはじめ世界のウイルス
学者は、これまで歴史上の新型インフルエンザウイルスの出現の経緯の解析から、これらの高病原
性トリインフルエンザウイルスからいづれヒトに感染する新型インフルエンザウイルスが出現するとよそ
うし、強い危惧を持っている。過去の例では新型インフルエンザウイルスが出現した場合、1918年
11
のスペインカゼの時には全世界で4千万人、1957年のアジアカゼの時には4百万人、1968年のホ
ンコンカゼの時には百万人以上が犠牲者となっている。これが、昨今、新興感染症としてインフルエ
ンザが社会的に大きく注目されるゆえんである。抗ウイルス剤であれ、特別保健食品であれ、インフ
ルエンザウイルスの感染性や増殖を抑えることができるものには注目が集まる傾向にあり、食品成
分中にそのような活性が見出せれば販売促進におけるインパクトはそれなりに期待できる。
そこで、インフルエンザウイルスに対する本県農産物から得られた抽出液の作用を検討した。
最初に、前述のように調製した試料抽出液についてインフルエンザウイルス増殖に与える影響を解
析した結果を以下に示す。この解析では、ディッシュ内のすべての細胞がウイルス感染を受けた状
態で、感染MDCK細胞培養液中に種々の量の試料抽出液を加え12~18時間培養した後に生じた
子孫ウイルス量を測定した。横軸には培養液に加えた抽出液量、縦軸には各濃度の抽出液存在
下で産生された子孫ウイルスの量を抽出液を加えずに培養した対照の感染細胞で産生された子
孫ウイルス量との比で(対数目盛りで)示している。
図 3A(06Z20A)
ユズ〔№10〕(○)、ミカン〔№11〕(△)、シュンギク
〔№12〕(□)からの抽出液によるインフルエンザウイ
ルス増殖の阻害。
Relative Virus Yield
ミカンやシュンギクからの抽出液には、はっきりした
阻害活性が検出されなかった。
ユズからの抽出液には顕著な増殖阻害活性が見出
された。
10
1
0.1
0.01
0.001
0.0001
0
20 40 60 80 100
Concentration (μl)
図 3B(07109A)
ミニトマト〔№13〕(○)、キュウリ〔№14〕(△)、キウイ
〔№15〕(□)からの抽出液によるインフルエンザウイルス
増殖の阻害。
1
Relative Virus Yield
ミニトマトやキウリ、キウイのいづれからの抽出液にも
はっきりしたウイルス増殖阻害活性は検出できなかった。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20 40
60 80 100
Concentration (μl)
12
図 3C(07115B)
ワサビ〔№16〕(○)、ホウレンソウ〔№17〕(△)、
青ネギ〔№18〕(□)からの抽出液によるインフルエンザ
ウイルス増殖の阻害。
1
Relative Virus Yield
ワサビや青ネギからの抽出液には、はっきりした
ウイルス増殖阻害活性は検出されなかった。
ホウレンソウからの抽出液には非常に弱い阻害活性が
見出された。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20
40
60
Concentration (μl)
図 3D(07122B)
ハクサイ〔№19〕(○)、ニンジン〔№20〕(△)、レモン
〔№21〕(□)からの抽出液によるインフルエンザ
ウイルス増殖の阻害。
1
Relative Virus Yield
ハクサイやニンジン、レモンのいづれからの抽出液
にもはっきりしたウイルス増殖阻害活性は検出でき
なかった。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20
40
60
Concentration (μl)
図 3E(07201A)
ミカン〔№7〕(○)、イチジク〔№8〕(△)、カキ〔№9〕
(□)からの抽出液によるインフルエンザウイルス増殖
の阻害。
1
Relative Virus Yield
ミカンからの抽出液にははっきりした阻害活性が
検出できなかった。カキからの抽出液には弱い
増殖阻害活性が、イチジクからの抽出液には
より顕著な阻害活性が見出された。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
20 40 60 80 100
Concentration (μl)
13
図 3F(07208C)
ウメ〔№1〕(○)、シシトウ〔№5〕(△)、キンカン〔№6〕
(□)からの抽出液によるインフルエンザウイルス増殖
の阻害。
1
Relative Virus Yield
ウメからの抽出液には、はっきりしたウイルス増殖
阻害活性が検出された。シシトウの葉とキンカン
からの抽出液にも弱い阻害活性が見出された。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0.00001
0
10 20 30 40 50
Concentration (μl)
表1に示した 21 の出発材料のうち、HSV-1 での解析において抽出効率に問題が感じられたキ
ンカンの中身と皮部分由来の試料、及び、試料を使いきってしまったシシトウの実由来の試料の 3 つ
を除いた 18 試料について抗インフルエンザウイルス作用(インフルエンザウイルスの増殖を抑える作
用)の有無を調べたが、これら(図 3A~F)の結果は、解析した 18 の試料中 6 つ(品目としては、ウ
メ、シシトウの葉、キンカン、イチジク、カキ、ユズ)で程度の差はあれ試料抽出液の添加により子孫ウ
イルス収量が低下していることを示した。インフルエンザウイルスに対する実験条件も HSV-1 に対す
るものと同様に、実験系内の全ての細胞が最初から複数の感染性ウイルス粒子に感染しているとい
う厳密なものであり、この条件下でのウイルス収量の低下は、これらの農作物抽出液中の抗ウイルス
活性が強い A 型インフルエンザウイルス増殖に対する阻害作用があることを明らかにしている。中で
も、ウメ、イチジク、ユズではインフルエンザウイルスに対して顕著な作用を示した。
興味深いことに、HSV-1 に対する抗ウイルス作用を示すものとインフルエンザウイルスに対する
抗ウイルス作用を示すものとは必ずしも一致していない。HSV-1 に対する作用の結果(図 1A~G)
においてはウメ、シシトウ、キンカン、イチジクでそれらの抽出液中に抗ウイルス作用が認められたが、
これらは同時にインフルエンザウイルスに対しても抗ウイルス作用を示した。しかし、これら以外にもカ
キ、ユズで抽出液中に抗インフルエンザウイルス活性が認められた。特に、ユズは HSV-1 に対して
は全く作用を示さなかったのに、インフルエンザウイルスに対しては強い作用を示した。これらの結果
は、和歌山県産農産物に認められた抗ウイルス活性が細胞への障害の結果による副次的な結果で
はなく、むしろ、各々のウイルスの増殖過程に含まれる反応を標的として農産物由来成分が阻害作
用を及ぼした結果各ウイルス増殖が抑制され、そのウイルス収量が低下した可能性を支持している
(勿論、ウメ抽出液のように、細胞障害を誘導した結果として2次的にウイルス増殖を抑えているもの
もあろう)。この阻害機構を解明することは、ウイルス増殖の素過程についての理解に新たな光をもた
らすとともに新規抗ウイルス剤の開発にもつながる可能性があり、基礎医学的な立場からも応用の
立場からも興味深い。
続いて、これら試料抽出液にウイルス不活化活性(すなわち、殺ウイルス活性)があるかどうかも
調べた。
3-5 本県農産物に見られる殺 A 型インフルエンザウイルス作用
HSV-1 を用いた実験と同様に、試料抽出液に感染性ウイルスを加えて攪拌し氷上で 60 分間置
14
いた時のウイルス感染性の変化を調べた結果をまとめて、表 3 に示した。
試料
表3 和歌山県農産物によるインフルエンザウイルス不活化作用
pH3
PBS
ウメ
キンカン
シシトウ葉
ミカン
イチジク
カキ
ユズ
シュンギク
ミニトマト
キュウリ
キウイ
ワサビ
ホウレン草
青ネギ
ハクサイ
ニンジン
0.00001
0.0001
0.001
0.01
0.1
残存ウイルス感染価
1
10
注) 殺ウイルス活性のない対照としては PBS(ダルベッコのリン酸緩衝塩類溶液)、
強い殺ウイルス活性を示す対照としてpH3 クエン酸緩衝塩類溶液を用いた。
表 3 の結果は、ウイルス増殖を阻害しなかったものを含め多くの農作物抽出液中に A 型インフル
エンザウイルスの感染性をなくす殺ウイルス活性があることを示している。調べた 16 品目のうち殺ウ
イルス活性が見出されなかったのは半数の8品目(イチジク、シュンギク、キュウリ、ワサビ、ホウレンソ
ウ、青ネギ、ハクサイ、ニンジン)で、他は程度の差があれ殺ウイルス活性を示した。青ネギは HSV-1
に対してはかなり強い殺ウイルス活性(10-4 に不活化)を示したが、インフルエンザウイルスに対して
は全く殺ウイルス活性を示さなかった。また特に、ウメ、ユズ、キウイの3つは強い活性(10-5 以下に
不活化)を示した。この3つは、表 2 に示したように単純ヘルペスウイルスに対しても顕著な殺ウイル
ス活性を示している。
これらの結果は、ウイルス増殖を阻害しなかったものを含め多くの和歌山県産農作物抽出液中に
A 型インフルエンザウイルスの感染性をなくす殺ウイルス活性があることを示している。
3-6 本県農産物に見られる抗ポリオウイルス(PV-1)作用
昨今、高病原性鳥インフルエンザウイルスと並んで新興ウイルス感染症として度々新聞紙上
をにぎわしたウイルスにノロウイルス感染による嘔吐下痢症がある。このウイルスの主たる感染経路
はウイルスに汚染した飲食物を介した経口感染だけに、同時に摂取することによりノロウイルス増殖
を抑えたり感染性を不活化したりする可能性を示すことができれば付加価値としてのインパクトは、
他のウイルス以上にあると考えられる。しかし、ノロウイルスは人の体外ではまだ増殖させることができ
ないので、そのような解析をすることができない。そこで我々は、ノロウイルスと類縁のポリオウイルス
15
を用いて、HSV-1やインフルエンザウイルスと同様の解析を行った。ポリオウイルスとノロウイルスはウ
イルス粒子の構造も遺伝子の構造も非常に似通っており、ノロウイルスに作用するものならポリオウ
イルスにも作用し、逆も真であると推量できる。
ポリオウイルス(PV-1)に対する本県農産物から得られた抽出液の作用を検討した。方法は、
前述のHSV-1やインフルエンザウイルスと同じだが、これらのウイルスに代えてPV-1を用いた。即ち、
ディッシュ内のすべての細胞がウイルス感染を受けた状態で、感染HEp-2細胞培養液中に種々の
量の試料抽出液を加え16~24時間培養した後に生じた子孫ウイルス量を測定した。また、ポリオウ
イルスも、現在、世界保健機構(WHO)が地上からの根絶に向けての努力を積み重ねてきており、
野生株の使用は認められないので、本解析においては生ワクチン株を用いた。ワクチン株はヒトへの
病原性を持たないが、結果的にウイルス増殖が温度感受性となり 増殖温度としては37℃に替えて
35.5℃を用いる。
ウメ〔№1〕、キンカン〔№2〕、ユズ〔№10〕、ミカン〔№11〕、シュンギク〔№12〕、ミニトマト〔№13〕、
キュウリ〔№14〕、キウイ〔№15〕、ワサビ〔№16〕、ホウレンソウ〔№17〕、青ネギ〔№18〕、ハクサイ〔№1
9〕、ニンジン〔№20〕、レモン〔№21〕、シシトウ葉〔№5〕、キンカン〔№6〕、イチジク〔№8〕の 17 種の
試料についてそれぞれからの抽出液について検討した結果、PV-1 の増殖を抑えることのできたのは
図 4 に示した 3 種のみであった(スペースの関係で、他の試料のデータは省略)。これら以外のもの
は、増殖を抑えることが全くなかった。
図 4(07215A1)
シシトウ〔№5〕(○)、キンカン〔№6〕(△)、ウメ〔№1〕
(□)からの抽出液による PV-1 増殖の阻害。
1
Relative Virus Yield
横軸には抽出液量、縦軸には各濃度の抽出液存在
下で産生された子孫ウイルスの量を抽出液を加えず
に培養した時に産生された子孫ウイルス量との比で
(対数目盛りで)示している。
10
0.1
0.01
0.001
0.0001
0
20
40
60
80 100
Concentration (μl)
試料抽出液に PV-1 の増殖を抑える活性が見出されたシシトウ、キンカン、ウメは、いづれも HS
V-1 や A 型インフルエンザウイルスの増殖も抑えた。この3種類のウイルスは、実は、ウイルス粒子
構造も増殖様式も全く異なっている。HSV-1 は2本鎖 DNA をウイルスゲノムとしてもちウイルス粒子
表面はエンベロープと呼ぶ脂質2重膜で覆われている。ウイルスゲノムの複製は細胞の核内で起こり、
子孫ウイルス粒子の形成は細胞質のゴルジ体で行われる。一方、インフルエンザウイルスはゲノムと
して1本鎖(マイナス鎖)RNA を持ち、ウイルス粒子表面は HSV-1 と同様エンベロープで覆われてい
る。ウイルスゲノムの複製は核内で起きるが子孫ウイルス粒子の形成は感染細胞の細胞表面膜で
起きる。また、PV-1 はゲノムは1本鎖(プラス鎖)RNA を持ち、ウイルス粒子は HSV-1 やインフルエ
ンザウイウルスと異なりエンベロープを持たない。ウイルスゲノムの複製も子孫ウイルス粒子の形成も
ともに感染細胞の細胞質で起きる。これらのウイルスの増殖様式や構造の違いを考えると、シシトウ、
16
キンカン、ウメの抽出液がいづれのウイルスの増殖も抑えるというのは意外であるが、後述のように、
ウメとキンカンに関しては試料の細胞障害活性による細胞死の結果感染細胞でのウイルス増殖が抑
えられたと考えられる。
3-7 本県農産物に見られる殺 PV-1 作用
各試料抽出液について、ポリオウイルスに対するウイルス不活化作用についても検討した。表 4
にその結果を示すが、調べたいずれの抽出液も PV-1 に対して不活化作用を示すものはなかった。
このことは、一般にエンベロープを持つウイルスに較べるとエンベロープを持たないウイルスは種々の
不活化作用に対して顕著な抵抗性を示すというこれまでの知見とも合致する。
HSV-1 やインフルエンザウイルスに対し強い殺ウイルス作用を示すpH3 処理によってもポリオウ
イルスは不活化されない。これは、このウイルスが消化管に感染するウイルスなので胃酸の酸性に対
して抵抗性を持つためと説明されている。
試料
表4 和歌山県農産物によるPV-1不活化作用
pH3
PBS
ウメ
シシトウ葉
イチジク
カキ
ユズ
ミカン
シュンギク
ミニトマト
キュウリ
キウイ
ワサビ
ホウレン草
青ネギ
ハクサイ
ニンジン
0.00001
0.0001
0.001
0.01
0.1
残存ウイルス感染価
1
10
3-8 試料抽出液の殺 HSV-1 作用に対する熱処理の効果
殺 HSV-1 活性を示した試料について、試料中のどのような成分が殺ウイルス活性を担っている
のかを推測する目的で、熱処理(100℃3 分間)をした試料での殺ウイルス活性を元の非加熱試料
の活性と比較した。タンパク質をはじめ熱に不安定な物質(heat-labile substance)が殺ウイルス活
性を担っているなら、このような加熱処理により活性は失われることが予想される。
その結果、表5に示したようにウメ、ユズ、キウイでは熱処理により殺ウイルス活性は変らず、これら
農産物の殺ウイルス活性は熱安定な低分子成分がになっていると推測される。ウメに関しては、単
独で担っているのかどうかは不明だが、おそらく酸性pH が殺ウイルス活性を担っているのでないかと
17
考えられる。ユズとキウイについては抽出液がそれほど強い酸性pH を示してはいないが、熱非感受
性の因子によりウイルスの不活化が行われている。
一方、ミカン、カキ、青ネギについては、熱処理試料では殺ウイルス活性が数倍(青ネギ)から
100 倍程度(ミカン、カキ)減じており、これらの試料中の熱不安定な物質が殺ウイルス活性を担っ
ていることを示している。しかし、熱処理試料においてもかなりの殺ウイルス活性が残っていることから、
熱安定な成分も同時に殺ウイルス活性に寄与していることが分かる。
表5 ウイルス不活化活性に及ぼす熱処理の効果
pH3
PBS
ウメ(-)
ウメ(熱)
試料
ミカン(-)
ミカン(熱)
カキ(-)
カキ(熱)
ユズ(-)
ユズ(熱)
キウイ(-)
キウイ(熱)
青ネギ(-)
青ネギ(熱)
0.00001
0.0001
0.001
0.01
0.1
1
10
残存ウイルス感染価
3-9 試料抽出液の細胞障害活性
当初の予定では農産物から得られた試料抽出液に細胞死(アポトーシス)の制御に作用を及ぼ
す成分が含まれているかどうかも検索することを計画していた。その予備的な解析として、HEp-2 細
胞の単細胞培養液中に種々の量の試料抽出液を加え 37℃12 時間培養した時の死細胞の出現
の割合を調べた。図 5 に示したように、披検試料としては抗ウイルス活性の認められたウメ〔№1〕、シ
シトウ葉〔№5〕、ユズ〔№10〕、キンカン〔№6〕からの抽出液を用いた。これは試料抽出液に見られた
抗ウイルス活性が、試料成分による「直接的なウイルス増殖阻害」なのか「感染細胞に引き起こされ
た細胞障害の結果として 2 次的に見られたウイルス増殖阻害」なのかについての情報も得るためで
ある。
その結果、ウメとキンカンは 12 時間の培養後に多数の死細胞を生じ強い細胞障害活性を示し
たが、シシトウとユズとでは有意の細胞障害活性を示さなかった。したがって、これらの試料の示した
抗ウイルス活性は、全てが必ずしも細胞障害の結果としての副次効果というわけではない。念のため
に付言すれば、例え細胞障害活性があるとしてもこれらは食品としての安全性が長年にわたって確
立しており毒性があるということではない。実際に体内でも同じように抗ウイルス作用を示せるかどうか
18
は更なる検討が必要だが、抗ウイルス活性を期待して摂食しても何ら問題はない。
ウメとキンカンからの抽出液には、はっきりした細胞
障害活性が検出された。シシトウの葉とユズからの
抽出液には有意の細胞障害活性は見出されない。
1
Fraction of the Dead Cells
図 5(07316A)
ウメ〔№1〕(○)、シシトウ葉〔№5〕(△)、ユズ〔№10〕
(□)、キンカン〔№6〕(◇)からの抽出液による殺細胞
作用。
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
20
40
60
80
100
Concentration (μl)
4 結語
我々は、多くの植物が微生物感染や動物による食害を防ぐために植物組織中に種々の生理活
性成分を産生していることから、和歌山県特産の農作物においても必ず生理活性成分を産生して
いるものがあると予想し、生理活性の中でも抗ウイルス作用に焦点を絞って解析してきた。時間と経
費の制限から解析は限定された数の試料に留まったが、上記の報告に明らかなように我々の予想
通りの結果が得られてきている;すなわち、ランダムに解析した約 20 の農産物の中からも抗ウイルス
活性や殺ウイルス活性を示すものが複数見つかってきた。解析に用いた試料は農産物を破砕したも
のから水分を直接に抽出したものであり、基本的に「生で食べる」状態に対応したものであると考えて
良い。このことは、少なくとも in vitro の試験管レベルでは、和歌山県産農産物の少なからぬものに
生で食べるならその細胞液中にウイルス増殖を抑えたりウイルス感染性を失くしたりするものが含ま
れていることを示唆する。
しかし一方で、この結果を県産品の付加価値を高めるための資料として用いるためには、実際に
摂食する条件化での in vivo での解析が必要不可欠であり、また、県内の各地・各栽培条件化での
試料など、サンプルの種類と数を増やすこと、さらに他府県産品との比較が必須である。すなわち、
和歌山県産農作物の或る物には抗ウイルス活性や殺ウイルス活性があるということが推論できても
今回の解析の質と量からは付加価値をつけるべく公表できるという段階ではない。
県の特産物について、抗ウイルス作用やアポトーシス誘導作用といった有用な生理活性をもつこ
とを科学的なデータと共に示すことは、特産品の付加価値を高め、県の農林水産関係にとって有益
なだけに、県特産物について網羅的に検索するなりターゲットをある程度絞るなりしても、充分な研
究資金を投じる価値があるのではないかと思われる。クリアな結果を知ることは今後の県として政策
立案に寄与する基礎データとなる。
研究成果として和歌山県特産物の抗ウイルス活性・殺ウイルス活性を前面に出すには解析量に
おいて不足があるとしも、今回のプロジェクト遂行に当たって開発工夫した実験系はウイルス不活化
19
剤や不活化技術の評価法としての応用的価値が非常に高いものとなった。現在、我々の評価技術
を用いて開発されたウイルス不活化技術が某製薬会社から国際特許として申請されており、今後、
和歌山県で開発された技術がこのような分野での開発研究に寄与するものと期待される。県内企
業にも是非、関心をもって頂きたいと願っている。我々も大学における本務の妨げにならない限り協
力は惜しまない。
20
Fly UP