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保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論
>> 松山東雲短期大学 - Matsuyama Shinonome Junior College Title Author(s) Citation Issue Date URL 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての 一試論 : 模擬保育としてのペープサートの制作をめぐっ て 山本, 斉 松山東雲短期大学研究論集. vol.40, no., p.87-98 2010-03-06 http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/1045 Rights Note This document is downloaded at: 2017-03-30 23:38:52 IYOKAN - Institutional Repository : the EHIME area http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/ REPORT OF RESEACH MATSUYAMA SHINONOME JR.COL.Vol.40,2010 論文 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論 − 模擬保育としてのペープサートの制作をめぐって − 山 本 斉 松山東雲短期大学 A Consideration of Basic Curriculum in Expression Area of Child Care Content − About the paper theater production as the simulation of the child care − Masashi YAMAMOTO Matsuyama Shinonome Junior College Kuwabara, Matsuyama (Received Nov. 30, 2009) Summary It is from among the forming activity that suits the environment and life that surrounds the infant in natural shape, and combines with play to bring up a rich sensibility to the main aim in the content of the expression area shown in the kindergarten education points and the day-care center child care indicator. The person who aims at the child care worker should do the forming activity to be able to enjoy understanding that well with the infant.As for the content of the child care, (expression "), the second grader with the chance to experience the child care practice and to face infants actually is centered. In this class, it aims to consider what should be of the child care that stands in infant or more’s line of vision by making to the embodiment in shape of mock child care, and sharing personal understanding of the interest, the concern, and the reaction of the concrete infant who doesn’t put the center on technological acquisition of practicing drawing construction that can be used on the site of the child care but experienced in shape of practice. The realization in a mock child care is to simulate the site of the child care. The learner divides into the role such as the child care workers and infant mutually, and, in a word, the site of the child care is reproduced. 定前の幼稚園教育要領の「音楽リズム」に対応し、表現 1.はじめに "は「美術」に対応する。本稿のタイトルにある「保育 幼稚園教育要領や保育所保育指針における表現領域の 内容(表現)における基礎的カリキュラム」とは、筆者 内容は、幼児を取りまく環境や生活に即し、遊びと一体 の専門領域である美術分野を中心とした保育内容の研究 となった造形活動の中から豊かな感性をはぐくむことが であり、研究対象となる授業は「保育内容(表現") 」と 主なねらいとなっている。保育者を目指す者はそのこと なる。 をよく理解し、幼児とともに楽しめる造形活動をおこな 当該授業は、保育実習を経験し実際に幼児たちと対峙 う必要があるだろう。 する機会をもった2年生が中心となる。この授業では、 本校でおこなう保育内容の表現領域に関する授業は、 保育の現場で使える実践的な図画工作の技術習得にその 便宜上、表現!と表現"に分かれている。表現!は、改 中心をおくのではなく、実習という形で体験した具体的 8 7 山 本 斉 な幼児の興味や関心、反応についての個人的な理解を模 ることを目的とした心理劇(Psychodrama)が起源となっ 擬保育という形で具現化し、共有することによって、よ (3) しかし本来の模擬保育は、このような学術的な ている。 り幼児の目線に立った保育の在り方について考察するこ 見地からのみおこなわれるのではなく、 「∼ごっこ」のよ とをねらいとしている。模擬保育での具現化とは、保育 うに、幼児が遊びの中で初めて何かの役割を与えられ、 の現場をシミュレーションすることである。つまり学習 その役割を楽しみながら経験や学びを重ねていく様子に 者が、たがいに保育者と幼児といった役割に分かれ、仮 近づけることが大切であろう。 想設定された保育の現場を再現するのである。この再現 では、実習先で行った内容を一方的に繰り返すのではな 3.保育内容(表現!)の授業概要 く、経験に基づいた幼児の反応やそれに対する保育者の 保育内容(表現%)を受講する本年度の保育科の2年 対応について、両方の立場を入れ替えながらそのイメー 生は、1年次においてすでにペープサートの制作を経験 ジを共有することが目的となる。 本授業では、そのひとつの方法として、学生によるペー している。2 0 0 8年度の本校の授業概要には、授業科目「児 プサートの制作と実演をおこなう。ペープサートとはペー 童文化$」の中に6週にわたって制作から実演までの計 パーシアター(Paper Theater)の略称である。画用紙や (4) この経験によって学生は、ある程 画が記載されている。 ダンボールを利用し、おとぎ話や絵本をもとに舞台装飾 度ペープサートを保育でおこなう意味を学習し、基本的 やキャラクターを作り演じるといった文字通り「紙の劇 な制作の技術を習得しているものと考える。当該授業で 場」である。このペープサートは、身近な素材で安価に は、その基本的な知識と技術の上に、さらに造形的な応 制作できるため保育の現場でよく利用されている。劇を 用を加え、幼児の美的感覚にうったえる工夫を施す。ま 演じる保育者は、それを見て楽しむ幼児と「鑑賞」とい た実演においても、想定される発達段階の子どもにわか うキーワードでつながっている。就学前児童の鑑賞の質 りやすい言葉づかいを心がけるなど、視覚と聴覚とのバ については先行するものも含め、現在のところ研究が進 ランスのとれた実演をめざす。 (1) んでいないのが実情である。 しかしここではその鑑賞を 以上の観点から保育内容(表現%)では、授業の到達 とおして、保育者と幼児とが1つの空間の中で一体化し、 目標を以下の3点に定めた。 「豊かな感性」をはぐくんでいこうとする過程について !幼稚園教育要領や保育所保育指針における表現領域の 考察したい。 ねらいや内容について理解を深める。 "幼児の造形活動を豊かにするために発達段階に基づい 2.保育内容 (表現) における模擬保育の位置づけ た指導を心がける。 #幼児と一体となって楽しめる造形活動を模索する。 保育のシミュレーションとして捉えることができる模 擬保育は、実際の幼児の反応を観察しながら対応する現 場の状況と異なることは当然である。したがって保育者 当該授業におけるペープサートの制作と実演は、グルー を目指す学生は、幼児と同様の反応や判断はできない。 プワーク(班活動)を中心におこなう。まず演じるべき また実習での経験に基づいた幼児の発達過程に対する個 物語の選定から始まり、セリフづくり、舞台装飾、実演 人的な見解は、養成校で学習した内容とのズレを必ず孕 までをグループの総力でおこなうのである。グループワー んでおり、そのズレを共有する機会はあまり多くないよ クの基本は、明確な役割分担の決定とその役割に応じた うに思われる。つまり、たがいの経験を活かしながら模 個々人の確実な活動である。与えられた役割を全うする 擬保育によってそのズレを認め合い補正することは、今 ことでそのグループはまとまり、結束力を発揮する。ペー 後の保育活動において有意義であろうと考える。 プサートの実演前には、演技の予行演習をおこなう。そ 模擬保育は、保育者と幼児という役割を演じることか れによって模擬保育のイメージがここで具体的に浮かん (2) ロールプレイと らロールプレイと呼ばれることがある。 でくるはずである。ペープサートの演技本番では、緊張 は、もともと他者の立場を演技によって経験し、相対的 と同時に演じる心地よさを味わうことができるだろう。 な自己を認識することによって心理的治療の効果をあげ 演技者は、幼児たちに物語の楽しさを伝えるために演技 8 8 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論 #シャッフルされた紙片を1人3枚箱の中から取り出し に集中するようつとめる。 以下に保育内容(表現()の授業計画とその概要を記 確認する。 $自分以外の第三者によって任意に想像された3つの言 す。 (1∼1 5の数字は、科目の授業回数に対応する。 ) 葉をもとに、オリジナルの物語をつくる。 1.授業ガイダンス(授業概要と準備物について) 2.幼稚園教育要領における表現領域の確認 創作によって生まれたこれらの物語は、授業の中では 3.ことばあそびによるイメージの生成 紹介しない。紹介されることを前提とするならば、自由 4.発達段階と表現の変化―ローダ・ケロッグの研究 な発想で物語を創ることが難しくなるからである。物語 より の創作は、あくまで発想のトレーニングとして用いられ 5.実習報告―園生活における幼児の造形活動 る。また創造的な物語をイメージすることと、関係性の 6.幼児のためのペープサート!(ペープサートの説 無い単語を思い浮かべることは、相反しているようだが 明と班分け) けっしてそうではない。イメージを紡ぐことと切り離す 7.幼児のためのペープサート"(物語の決定と役割 ことは、人間の記憶や判断力と結びついており、両者は 分担) その作用の結果としてイメージの断、不断として表出す 8.幼児のためのペープサート#(制作) るものと考える。 9.幼児のためのペープサート$(制作) 第4週は、発達段階に応じた幼児の描画における表現 1 0.幼児のためのペープサート%(制作) の変化を、ローダ・ケロッグの研究を中心に学習する。 1 1.幼児のためのペープサート&(仕上げ) 幼児の造形活動の中心となるのは、やはり描画である。 1 2.幼児のためのペープサート'(演目の予行演習) 実習で幼児の造形活動に携わる者として、最低限の基本 1 3.模擬授業としての発表会! 的な知識を学習する必要があるだろう。ローダ・ケロッ 1 4.模擬授業としての発表会" グは、1 9 5 0年代のアメリカでスクリブル(なぐりがき) 1 5.学習をふりかえって―レポート提出 を基本形態とした幼児の描画について研究し、主に2歳 児未満の描画に見られる傾向を2 0種類の基本的スクリブ このうちペープサートの制作に直接かかわるのは、第 ルにまとめたことで、当時の幼児の描画教育に一石を投 6週から第1 4週である。第1週から第5週は、模擬保育 じた研究者である。ローエンフェルドに代表される先行 を実践するための予備段階としての導入的な授業内容と 研究者は、2歳児未満の幼児の描く描画の重要性にふれ なっている。 ていない。ローダ・ケロッグは、日本を含め世界各地か 第1週の授業ガイダンスでは授業全体の概要を伝え、 ら集められた1 0 0万枚以上の幼児の描画を徹底的に分析し、 授業の中心が幼稚園実習後のペープサートによる模擬保 その発達に応じた傾向を幾種類かの形式としてまとめた。 育であることを理解させる。第2週では、幼稚園実習を その分析方法は、1 9世紀末のイギリスの美術評論家であ ひかえた学生に対し、幼稚園教育要領における表現領域 るロジャー・フライやクライヴ・ベルの提唱したフォー の内容の確認と理解を促す。第3週では、第2週で確認 マリズム理論に則ったものであり、国境や人種の壁を乗 した幼稚園教育要領に示される「豊かなイメージ」とい り越え、人間の幼児が共通してもっている描画に対する う記述への具体的な理解のために、ゲームの要素を用い (5) しかしケロッグのま 共通した傾向を浮かび上がらせた。 ながら言葉による自由なイメージの生成を試みる。以下 とめたスクリブルの理論は、けっして完全なものではな にその方法を記す。 い。なぜならすべての幼児の発達段階は個々人で異なり、 その発達状況や生活環境に応じ、一律な傾向では表出し !まずそれぞれが関連性の無い3つの言葉を思い浮かべ、 得ないからである。したがって授業では、幼児の描画を 3枚の紙片に1つずつ記入する(固有名詞や企業名な 観察する際には、ケロッグの理論はひとつの目安にすぎ どは書かないよう注意する) 。 ないことを伝える必要があるだろう。またその傾向が短 "授業を受けている学生全員の記入された紙片をすべて 絡的に発達の早遅の判断として捉えられることのないよ う喚起する必要もある。 集め、1つの箱の中でシャッフルする。 8 9 山 本 第5週では、実習を終えた学生が、実習先の園におけ 斉 具体的に活かされるのかをレポートをとおして考察し、 る美的環境への配慮や、そこで実践した幼児との造形活 授業のまとめとする。 動について振り返る。実習後に提出される実習ノートの ペープサートの制作と実演についての詳細は、次項に 項目は、園における活動全体を総合的に捉える視点から 記述する。 記述される。当該授業では造形活動にかかわる具体的な 事例を抽出し、自らの活動や園の環境を分析的な視点か 4.ペープサートの制作 ら叙述することにより今後の活動につなげることがねら 4.1 インターネットによる実演の鑑賞 いである。 第6週から第1 4週は、ペープサートの制作と実演をお はじめにペープサートが具体的にどのようなものかを こなう(図1) 。ゼミ単位のグループを編制し、物語の選 理解するために、インターネットの動画サイトで配信さ 択をおこないキャラクターをピックアップする。各グルー (6) 公開されている実演は、 れている実演を検索し鑑賞する。 プ内で、キャラクター制作、背景制作、小物制作という 親しみ深い童話や昔話を忠実に再現しているものや、キャ ように任意に役割分担を決定し、それに従い作業を進め ラクターの動きや舞台でのテクニックを紹介しているも ていく。ペープサートの制作が完了したグループは実演 のなどさまざまである。キャラクターの動きに合わせて に向け、セリフ回しやキャラクターの動作確認のための 幼児が反応する場面を見逃さないようにする。またBG 予行演習をおこなう。実演は演技者を保育者として、鑑 Mや効果音の使い方にも注目する。 賞者を幼児と想定した模擬保育としておこなわれる。授 4.2 物語の選択 業では、グループごとの進捗状況と個人の役割に応じた 活動の内容を振り返ることができるように、毎時間、ひ ペープサートで演じる物語を幼児向けの絵本や童話か とりひとりに活動シートの提出を義務づける。グループ ら選択する場合、その物語の内容を幼児が理解できるか ワークにおける個人の評価は、このような活動シートに どうか考えることは大切である。しかしまた一方で、そ よってグループ単位の評価とは異なった個別の評価とし の物語をどのような場面展開にすれば楽しく鑑賞できる て扱われる。演技の様子はビデオカメラで撮影され、デ か、と考えることも実際の保育現場の状況に沿った選択 ジタルアーカイブ化される。 である。幼児にとって演じられた物語が楽しいものであっ たのなら、その演じ手は何かを伝えることができたかも しれない。しかし楽しいばかりでよいのであろうか。例 えばイソップ童話や日本の昔話の内容には、人がより良 く生きるための隠喩(メタファー)や寓意的な要素(ア レゴリー)が多く含まれている。その内容を上手に伝え ながら、展開される場面ごとの状況が、視覚的にも聴覚 的にも幼児の興味を保ち続けることができるならば、そ の選択は正しかったといえるのではないか。つまり演じ る物語に、制作者が伝えたい内容を明確に込める必要が あるのではないかということである。したがって少々年 齢の高い就学後の児童向けの内容でも、制作者の工夫次 第では幼児も興味深く鑑賞できる可能性があるのである。 既成の物語を演じることは、既成の隠喩や寓意性を観取 (図1)ペープサートの制作風景 させるということである。本来、童話や昔話の本質は、 良質な両者の伝承にある。その本質が堅持されるのであ 第1 5週では、幼稚園教育要領や保育所保育指針に記さ るならば、演じられる物語の内容は既成のものからアレ れた表現領域の内容や、ペープサートの制作と実演によ ンジされたものであってもかまわないと考える。アレン る模擬保育での経験が、実際の保育の現場でどのように ジされたイメージは、次第に創造的なイメージへと変化 9 0 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論 舞台は、左右に配置された高さ約7 0!の机の上に置く するからである。 当該授業の演目においては以上のことを念頭において、 (図3) (図4) 。 既成の物語を選びながらも鑑賞する幼児に何を伝えたい かを十分考慮し、グループごとの工夫を加えることを求 めた。以下に各グループが選択した物語のタイトルを記 述する。 Aクラス Bクラス すいかのたね オオカミと7匹の子ヤギ 3匹のこぶた 7人の小人 ぶたのたね はらぺこあおむし さるかに合戦 うさぎとかめ おおきなかぶ ※ ぴょんきちのパンツ ぐりとぐら スイミー 当該授業は、受講人数の調整で便宜上2クラスに分け、おこなわ れる ※「おおきなかぶ」は2つの班が演じている。 (図3)鑑賞者から見た正面図 前景と背景の縦幅はそれぞれ1 0 0!。背景の上部までは2m7 0!に なるため、幼児にとっては高い視線となる。 選択された物語は、それぞれよく知られているものば かりである。内容によっては場面展開が難しいものもあ るが、グループ内での話し合いを重ね、試行錯誤しなが ら制作を進める。 4.3 舞台背景の制作 4.3.1 舞台背景の骨組み 物語の決定の後、ペープサートの具体的な制作に入る。 一般的にペープサートでは、大きく場面を展開させるシー ンは見られない。その理由は、物語の舞台をなるべく簡 素に仕上げることで、登場するキャラクターに鑑賞者の 目を向けさせるねらいがあるからである。当該授業では 舞台に前景と背景を設け、その挟間の空間を利用し立っ (図4)側面図 た姿勢で演技をおこなうことにする。舞台の骨組みは、 授業担当者である筆者が制作したものを使用する(図2) 。 舞台と机の側面には、舞台の中が見えないようにそれぞれ目隠し をする。 机の上に配置された舞台前景と背景との高さの境界は、 地上1 7 0!のところに設定する。その理由は、日本人の成 人女子の平均身長が約1 6 0!であるため、ペープサートの キャラクターを前景と背景との挟間に掲げたときに、ちょ うど1 7 0!になるのが演技しやすい高さだと考えたからで ある。左右の机と机の間には、目隠しの布を張り込んで 演技者の足が鑑賞者から見えないようにする。舞台は机 (図2)実際のペープサートの舞台の骨組み の上に置かれるため、演技者は屈むことなく立ったまま 左右にはダンボールで目隠しを施す。背景と前景が ダンボールを支持体として描かれるため、同じ質感 のものを使用する。 の姿勢で舞台の背後から出入りできる。しかしこの高さ は、模擬保育をスムーズにおこなうための仮の措置であ 9 1 山 本 斉 り、本来は幼児の目線に合わせ、舞台全体を低くする必 物語のタイトルを入れることで、舞台背景にはさまざ 要がある。インターネットの動画サイトで参考にしたペー まな工夫が見つけることができる。たとえば描画された プサートは、演技者が膝を床についた状態で実演をおこ 背景とタイトルとの差別化のためにコラージュ技法を用 なっているものがほとんどである。この理由は、膝を床 いている事例がある。そのいくつかを紹介する(図5) について演じることで登場人物が子どもの目線に近づき、 (図6) (図7) 。 より身近に劇を観することが期待できるためであろう。 (図5)の事例では、黄緑色の背景にタイトルの文字 しかし当該授業においては、演目の内容と演技の質が、 をカッティングした円形の白い画用紙を張り、背景と同 いかに子どもの興味に即した内容を保てるかに重点を置 色の文字を浮き上がらせている。またその画用紙の端に いているため、立って演技するための舞台の設定とする。 は、地の黄緑色と異なった色のカラーモールを張り付け、 舞台の幅は左右で2 4 0$、奥行きが8 0$あり、複数人によ 白地と文字を背景の地から際立たせることに成功してい る演技でも十分な広さを確保している。 る。 (図6)の事例では、暗褐色の背景の地に白い画用紙 4.3.2 舞台背景の事例 <支持体> 舞台の骨組みに軽量な杉材を用いたため、支持体にも 軽量な紙を使用する。しかし軽量とはいえ、ある程度の 耐久性が必要である。さらに塗られる絵具の発色を活か すことも考慮しなくてはならない。これらのことを総合 的に判断し、片面が白色加工されたダブル構造のダンボー ルを選択する。ダブル構造だとダンボール独特の反りも 少なく、舞台の骨組みにもボルト留めできるからである。 <描画材> 描画には幼児が遠くから見てもわかりやすいように、 発色の良いポスターカラーを用いる。適宜、重ね塗りの (図5) 「ぶたのたね」より 効果を必要とする場合にはアクリル絵具やクレヨンを使 上:舞台の前景 左下:「ぶたのたね」の「た」の文字 右下:朱色のカラーモールを張り付けている。 用する。アクリル絵具を使用する場合は、ポスターカラー よりも下層で使用する。アクリル絵具が乾燥すると非水 溶性になるのに対し、ポスターカラーは乾燥後も水に溶 けるからである。またクレヨンはどの状況でも使用でき るが、ポスターカラーより下層で用いた場合は、バチッ (7) ク効果が期待できることを伝える。 <タイトル入れ> 舞台の背景と前景のどちらかに演じる物語のタイトル を入れる。文字の読み書きは、幼児の年齢や発達段階、 生活環境によっても異なるため、ひらがなとカタカナ以 外は使用しないようにする。タイトルを入れるときの注 意項目を以下に記す。 !文字の大きさと配置 "背景とのバランス(色の対比や調和) (図6) 「はらぺこあおむし」より #レタリングとしての機能(文字全体の意味) 上:舞台の前景 左下:「はらぺこあおむし」の「は」の文字 右下:しわの効果で白い画用紙に影が映って立体的にみえる。 9 2 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論 を張り、さらにシワ加工した色画用紙をコラージュして いる。白い画用紙に投影される文字のシワによる陰影が、 立体的なレタリングとしての効果をもたらし、舞台全体 から迫力を感じる。 (図7)の事例では、大きさの異なる白画用紙と色画 用紙を重ね、大きい方の色画用紙がリング状の外周とし て背景から文字のベースを切り離す効果をもたらしてい る。そのベースの中の文字は、色画用紙をちぎりながら レタリングされている。文字の色相とリング状に見える ベース外周の画用紙の色相とは同系色で統一されている。 (図8) 「さるかに合戦」より ダンボールを3つ重ねた立体的な表現。 (図7) 「ぴょんきちのパンツ」 より (図9) 「スイミー」より 上:舞台の前景 地の小さな家並との色や大き さのバランスが良い。 下:拡大図 ビニールにアクリル絵具で描かれた赤い魚群と黒のスイミー ビニールはデザインパネルのコーティング用のもので丈 夫であるが、ポスターカラーをはじくため魚はアクリル 絵具で描かれている。描いた赤い魚をビニールの裏面か <場面展開の工夫> ら見せることで、筆致を目立たせないよう工夫している。 いくつかの場面展開がどうしても必要な物語の場合で またビニール特有の光沢感が、海中の透明感のイメージ も、ペープサートでは背景や前景を取り換えるといった とうまく重なっている。 大きな場面展開は難しい。いくつかのグループで見られ 2つ目は、舞台の前景と背景という2通りの前後の関 た場面展開への工夫を紹介する。 係だけでは表現しえない場面状況をもつ物語に対して、 1つ目は、背景と同素材のダンボールや異素材のビニー オリジナルの舞台設定を考案した事例である(図1 0) 。 ルを使った立体的なオブジェを用いることによって、場 (図1 0)の事例は、うさぎとかめがゴールに向かって 面が変化しているように見せている事例である(図8) 競争するシーンを描いたものだが、遠近法を用いること (図9) 。 で横長の舞台に縦方向の奥行きをもたらしている点が特 (図8)は、 「さるかに合戦」の一場面である。かにがサ ルからもらった柿の種を育て、その木が生長し、柿が実 をつけたところである。背景と同じ種類のダンボールに 柿の木を描き、背景の前に登場させる。その木にはさら に同じダンボールに描いた柿の実が張り付けられている。 同じダンボールを3つ重ねた立体的な表現である。 (図9)は、主役のスイミーが海中を泳いでいると突然 赤い魚群が現れる場面である。背景の海中は、デカルコ (8) 赤い魚群が描かれたビニー マニーの技法で描かれている。 ルを瞬時に背景の前面に垂らし、場面を転換させている。 9 3 (図1 0) 「うさぎとかめ」の実演風景より 山 本 斉 徴的である。舞台を、前景、中景(前) 、中景(奥) 、遠 接着するためである。 「人形」の大きさや形によっては、 景といった4段階に設定し、それぞれに物語の起承転結 軸棒を使って補強を入れるとよいだろう(図1 5) (図1 6) 。 を盛り込んでいる。 <描画材> 紙面の関係で詳細には書けないが、これまで紹介した 舞台の背景制作と同様にポスターカラー、アクリル絵 幾つかの事例以外にも、新聞紙や鳥の子用紙を丸め立体 具、クレヨンなどを使用する。しかしグループによって 的なオブジェを作ったり、市販の装飾用の造花を用いた は色鉛筆や油性ペン、あるいは紙を貼るなどの特徴が見 背景の転換なども注目すべき事例として挙げておきたい。 られた。 「人形」は、舞台に登場するキャラクターの性格 などを決定づけるため、グループごとの個性が反映しや 4.4 「人形」の制作 すいのではないだろうか。 ペープサートの舞台で登場するキャラクターは、動く ことによって幼児の注目をあびる。その動きは必然的に キャラクターのセリフや、状況を説明するナレーション に合わせたものになる。ほとんどの場合、セリフをしゃ べる演技者がキャラクターを動かすため、そのズレは少 ないように思われるが、セリフやナレーションが演技者 (図1 1) 「3匹のこぶた」より と異なる場合は、予行演習を繰り返し、息を合わせる必 動きのある雲 要があるだろう。また舞台上で動くのは、人間や動物だ 裏面は補強入り けに限らない。あるときは雲が、またあるときは音が擬 人化され舞台の中で動く場合もある(図1 1) (図1 2) 。本 稿では、このように舞台上で動きを与えられるものを便 宜上、 「人形」と呼ぶことにする。人間や動物の場合は、 その動きによって会話のスピードや感情の表現をする。 擬人化された雲や音の場合は、その動きによって場面の 状況や登場するキャラクターの心理状態まで表現する。 舞台の上で動きを与えられたこれら「人形」は、さまざ まな表現の可能性を孕んでいるのである。 「人形」には片面だけの絵柄ものと、両面に異なる絵 柄を張り合わせたものの2種類がある(図1 3) (図1 4) 。 (図1 2) 「3匹のこぶた」より その使い分けに規則はないが、物語の内容や場面の状況 擬音で書かれた「人形」を動かすことで、音を可視化する。 に応じて、効果的に使い分けるとよいだろう。 <支持体> 動くことを前提に作られる「人形」は、演技中に折れ たり、破れたりすることのないように耐久性をもたせる 必要がある。またキャラクターを描画するために、色材 の発色効果も考慮しなくてはならない。両方を条件を満 たす支持体として、片面に白い加工を施された白ボール 紙を使用する。紙は8つ切りと4つ切りを用意し、制作 する「人形」の大きさによって使い分ける。さらにこれ らの「人形」の動きを演技者が手に持ち、コントロール するための軸棒が必要である。軸棒は長さ1m、断面積 (図1 3) 「3匹のこぶた」より 約5!四方のものを適宜加工して使用する。白ボール紙 片面のみのキャラクター と軸棒との接着は、ホットボンドを使用する。短時間で 9 4 裏面の軸棒は1本で補強なし 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論 物語は、1枚のパンツをめぐり、森の動物同士が友情を 確かめ合うといった内容である。ぴょんきちから預かっ たパンツが、幾匹かの動物を経て最終的にゾウに預けら れる過程は楽しい。その過程で重ねられる動物とパンツ の「人形」は、テーマである「友情」を象徴しているか のようである。 「人形」を重ねるということが単なる手法 として終わるのではなく、テーマそのものとなっている 点で特筆される作品である。 (図1 4) 「すいかのたね」より 表裏両面で表情や向きの異なるキャラクター (図1 7) 「ぴょんきちのパンツ」 より 上左右:「うさこ」 下:「ぞうくん」 キャラクターとパンツの2枚を重ね て異なる状況を表現する。 (図1 5) 「はらぺこあおむし」より 「人形」の大きさは4つ切りで大きい。食べ物の裏面は補強入り さらにもう1つ紹介したい事例を挙げる。 「すいかのた ね」という演目である。 「ぴょんきちのパンツ」と同様に、 それは「人形」を重ねるのであるが、その「人形」の1 つが実際の演技者の顔である点で驚かされる。演技者の 顔と「人形」が重なるのは、演目のラストシーンである。 美味しく育った「すいか」が「これでもこれでもくだら (図1 6) 「3匹のこぶた」より ん種かい、え?」と文句を言う場面である。この組み合 左:木の家 右:煉瓦の家 表と裏を入れ替えることで場面の状況を変化させる。軸棒は2本 を束にし、左右で接着。 わせによって幼児が如何に驚くか想像できる。楽しさと 驚きによって、演技する保育者に対しても親近感が湧く。 すべてのセリフや場面設定が、このラストシーンに向かっ <組み合わせ> ていることがわかる。全体にわたって舞台状況と演技と 「人形」の表裏2面を利用し、キャラクターの表情の が緊密に結びつき、両者のバランスが非常に良い。背景 変化や場面転換を試みることは、一般的なペープサート を意図的に簡素に描いたことが、このねらいを達成でき の手法である。ここでは2つの「人形」を組み合わせる た一因であろうと考える。 という手法で異なる状況を表現した事例を紹介する。 舞台で使用された小道具を(図1 9)と(図2 0)に紹介 (図1 7)は「ぴょんきちのパンツ」に登場する「うさ する。 こ」と「ぴょんきち」から預かった「パンツ」である。 9 5 山 本 斉 時間が与えられる。したがって演目の実演は、2週にわ たっておこなわれることになる。実演の順番は、事前に くじを引き決める。 各グループは、実演に向け予行演習をおこなう。授業 をほとんど制作時間で使ってしまったグループは、休み 時間や放課後を利用し、練習していたようである。セリ (図1 8) 「すいかのたね」より フの声合わせ、ナレーションのタイミング、 「人形」の動 ラストシーンで人が顔を出す。 上:顔を出すためにあけられた穴 下:すいかからのぞいた顔がしゃべ るシーン き、効果音の選択など、打ち合わせの内容はさまざまで ある。 5.2 実演 実演は模擬保育の意味を兼ねている。ペープサートの 制作ばかりに集中していると、当初の目的を忘れてしま うため、当日は幼児の目線に立った演技を心がける。ペー プサートの演技は見て楽しいだけでなく、保育者のメッ セージを運ぶ媒体でもある。 本稿では「おおきなかぶ」を演じた2グループの違い を図版で比較してみたい。この2グループは便宜上、A 班とB班とする(図2 1) (図2 2) 。 <A班> (図1 9)すいかのたねと盛り土 (図2 0)すいかのつる (図2 1)A班の演技 5.ペープサートの実演 上:全員でかぶを引いてい る様子 下:かぶが抜けたところ 5.1 予行演習 かぶは鳥の子用紙を丸めたもの。地面もまた鳥の子用紙を丸め、茶 色に着色し、盛り土に見立てている。 「人形」は両面を利用し、色鉛筆で丁寧に塗りこまれている。 物語のタイトルは、色画用紙をちぎり張り付けたもの。 実演の演技時間は、1グループ1 0分程度である。舞台 の取り付けや片付けを含め、各グループには1 5分程度の 9 6 保育内容(表現)における基礎的カリキュラムについての一試論 <B班> 各項目はA、a、B、b、Cの5段階で評価され、総 合的評価も5段階である。 6.提出レポートの内容から 1 5週目の授業の模擬保育全体を振り返るためのレポー トの中で、 「班内で自分に与えられた作業の内容が、保育 の現場で具体的にどのように活かせるか、考えを述べな さい」という項目を設けた。そこで得られた回答は、次 の3つの内容にほぼ集約できる。 !美術の新しい技術を身につけることができた。 "グループ内で自分の与えられた役割を全うでき達成感 があった。 #グループ内で意見がぶつかることもあったが、うまく それを乗り越え、最後までやりきることができた。社 会に出てからもこの経験を活かしたい。 7.まとめ 模擬保育を想定して制作を始めたペープサートは、グ (図2 2)B班の演技 ループワークという形でおこなわれた。これは幼稚園や 上:全員でかぶを引いている様子 下:かぶが抜けたところ 画用紙を折ってかぶを隠し、抜けた瞬間は画用紙を開いて描いた かぶを見せている。カラーテープを葉に見立て、引く様子を表現 している。 保育所での通常の保育とは異なった形態であろうが、季 節ごとの行事や運動会などの大きなイベントでは、保育 者が結束して幼児と向かい合う場面が多く見られる。ペー プサートの制作をとおして得られるものは、図画工作に 5.3 実演の評価 関する技術的なことではなく、こうした結束力やグルー ペープサートの実演は、以下の内容を基準に評価する。 ん幼児に物語の楽しさや、良質な寓意性を伝えることは 背景 美 術 的 な 効 果 前景 (美しさ、丁寧さ) 登場キャラクター 大切な課題といえるだろう。しかしこれらの課題を実現 させる過程で施されるさまざまな工夫は、最終的には円 滑な園活動を導き、幼児の豊かな園生活につながってい 声の大きさ 演 技 くものと確信する。 力 活舌 キャラクターの動き 註 役割分担 団 結 (註1)2 0 0 9年9月2 6日に開催された大学美術教育学会 力 まとまり において「教科内容学は美術教育を進化させる サポート か?」と題されたシンポジウムがおこなわれ、 楽しさ 総 合 評 価 プ内でのバランスを保つことではないだろうか。もちろ その中で就学前児童の鑑賞教育の必要性が強調 わかりやすさ された。ピアジェの研究に対応したアビゲイル・ うまさ ハウゼンの鑑賞における発達段階の測定法も就 (表1)評価の内容 学後の児童が対象となっている。 9 7 山 本 (註2)槇英子「5章 造形表現指導の実際」 『保育をひ 斉 したもの。 らく造形表現』萌文書林、2 0 0 8年1 1月、初版、 (図2)同上。 1 0 7頁。 (図3)∼(図2 2)筆者による撮影。 (註3)Psychodrama:演劇の枠組みと技法を用いた心理 療法で、クライエントの抱える問題について、 演技を通じて理解を深め、解決を目指してゆく 集団精神療法である。演者のみならず観客もま た重要な役割を果たす。 (註4) 「保育科1年次 児童文化!」 『授業概要』松山 東雲短期大学、2 0 0 8年4月、4 1頁。 (註5)2 0世紀初め、イギリスのベルとフライは芸術家 の意図や社会背景よりも視覚上の作品の形式的 特性によって美術史を分析しようとした。内容 に対して形式を重視し、形式的要素から作品を 解釈しようとする美学的傾向。戦後、アメリカ のクレメント・グリーンバーグの影響下で抽象 表現主義の絵画が盛んに描かれた。 (註6)参考にした動画のURLを以下に記す。 http : //www.youtube.com/watch?v=sdFAKGevQQ0 http : //www.youtube.com/watch?v=En_W90NdFhY http : //www.youtube.com/watch?v=HhK-I6h_kzo http : //www.youtube.com/watch?v=dR0XHHCZepI http : //www.youtube.com/watch?v=Ed7H1a7utSI (註7)バチック(batik) :本来はろうけつ染の技法であ る。染色する布に油性成分のパラフィンや蜜ろ うでマスキングをし、水性の染料につけ込み、 のちに熱湯でろう成分を洗い流す。ろう成分で マスキングされていた個所は染色されていない ため、生地の白が残り模様となる。このように 油性成分が水性成分をはじく特性を活かした技 法を、一般的にバチックと呼ぶ。 ´ (註8)デカルコマニー(decalcomanie) :ガラスや紙に 絵具をはさみ、乾いていない状態で剥がすとさ まざまな模様が偶然できる。押しつけて剥がす ことで現れた模様は、人間がコントロールする ことはできない。その模様を何かに見立てたり、 下地に利用して寓意的な表現に用いたりする。 デカルコマニーを用いた作品では、マックス・ エルンスト(Max Ernst, 18 9 1−1 9 7 6)が有名。 図版出典 (図1)筆者がペープサートのガイダンスのために作成 9 8