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野球の捕球動作におけるグラブ内の手指肢位の定量的
〈金沢星稜大学 人間科学研究 第 4 巻 第 2 号 平成 23 年 3 月〉 野球の捕球動作におけるグラブ内の手指肢位の定量的分析 A quantitative analysis of the hand posture in baseball glove 奈良 隆章,馬見塚 尚孝,川村 卓,多胡 伸哉,島田 一志 Taka-aki Nara, Naotaka Mamizuka, Takashi Kawamura, Shinya Tago, Kazushi Shimada 〈要旨〉 The purpose of this study was quantitatively evaluating the anatomical position of the hand in the glove on catching a ball. Subjects were 10 skilled baseball players (age 24 ± 1, career 15 ± 2 years) . A three-dimensional location of each joint of the finger was calculated by a novel procedure for quantification using a Computed Tomography. Pre and post postures of the hand in the glove on catching a ball were scanned. Three dimensional locations of each joint were acquired using a digitizing procedure and calculated joint angles. In other fingers except a thumb, a joint angle of the metacarpophalangeal joint was flexed(p < .01) . Moreover, in ring finger, proximal interphalangeal joint was flexed(p < .01)and in middle finger, little finger, PIP joint was flexed(p < .05) . 〈キーワード〉 グラブ内手指肢位,非侵襲的計測,三次元解析 1 はじめに 身長174.5±6.8cm,身体質量69.9±6.6kg,内野手および外 野球における守備時のプレイに用いるグラブは,1960年 野手が各5名)であった。また,首都大学野球連盟の公式 代に現在の形が確立されて今日に至っている。これまで報 リーグ戦においてベストナイン等のタイトルを獲得した選 告された野球における捕球動作中のグラブおよびグラブ内 手や,全国高等学校野球選手権大会に出場した選手が4名 の手指に着目した研究は,圧力センサーを用いてグラブ内 含まれていた。 の指の圧力分布を測定したもの(二宮ら,2000;古川ら, 実験に先立ち,各被験者に実験内容や手順を十分に説 2004) ,ビデオカメラを用いて手およびグラブの動作を分 明して実験の協力と同意を得た。なお,本研究は筑波大学 析したもの(飯田ら,2007) ,光学式動作解析システムを 大学院人間総合科学研究科研究倫理委員会において審議さ 用いてグラブの変形を検討したもの(古川ら,2007)など れ,承認を受けた研究である(課題番号第21‐232) 。 がある。 一方,馬見塚(2010)は,医療用CTを用いた三次元画 2-2 測定方法 像法によりグラブ内手指肢位定量化法の信頼性を報告して 2-2-1 分析試技および計測 いるものの,捕球前後における手指の肢位の変化は明らか 手指の測定はボールの捕球前および捕球後のそれぞれ1 になっていない。 回ずつ(計2回)とした。 本研究の目的は,医療用マルチヘリカルCTスキャンを まず,力を抜いた状態でグラブに手を挿入したまま安 用いてグラブ内における捕球前後の手指の肢位を定量的に 静を保つように被験者に指示した状態でCTの撮影を行い, 評価することである。 これを捕球前の試技とした。次に,胸にグラブを構えた被 験者に対して3m離れた位置から投球者が直線的な軌道で 2 方法 硬式野球ボールをトスし,これを捕球した状態を計測して 2-1 被験者 捕球後の試技とした。いずれの試技も最大で3回まで行い, 本研究における被験者は年齢が20歳以上である右投げの 最も内省のよかった試技を分析試技とした。また,グラブ 大学野球経験者10名(年齢24±1歳,競技年数15±2年, は各被験者が常用しているものを使用した。 - 55 - 〈金沢星稜大学 人間科学研究 第 4 巻 第 2 号 平成 23 年 3 月〉 PIP関節角度と定義した。MP関節角度は,各指におい 中指 て掌にほぼ直交する,CM関節からMP関節へ向かうベ 環指 示指 クトルを含んだ平面上においてCM関節からMP関節へ 向かうベクトルに対しMP関節からPIP関節へ向かうベ 小指 クトルがなす角度と定義した。屈曲を正,伸展を負と定 指の先端 義した。 PIP 関節 母指 2-4 統計処理 DIP 関節 捕球前後の各関節の角度の比較には t 検定を用い,有意 水準5%未満として有意差検定を行った。 母指IP 関節 MP 関節 䃗 CM関節 DIP PIP 図1 分析点. 撮影は(株)東芝製64列マルチスライスCTを用いて行い, MP 厚さ0.5mm,間隔0.3mmで前腕遠位部よりグラブ先端まで 撮影した。 PIP 2-2-2 分析点 +䃗 図1に本研究における分析点を示す。分析点は計25点と した。 㻙㻡㻜㻜 2-2-3 デジタイズおよび三次元座標の算出 㻙㻡㻞㻜 デ ジ タ イ ズ は,ZIOSOFT( 株 ) 社 製 の 専 用 ソ フ ト 㻙㻡㻠㻜 ZIOSTATIONを用いて行い,矢状面,横断面および冠状 㻙㻡㻢㻜 面の各方向の二次元画像から分析点の三次元座標を測定し 㻙㻡㻤㻜 た。 㻙㻢㻜㻜 MP 㻙㻠㻜 㻙㻞㻜 㻜 2-3 関節角度 図2に示すように,本研究では以下の定義にしたがって 㻞㻜 㻠㻜 㻞㻜 㻜 㻙㻞㻜 㻙㻠㻜 㻙㻢㻜 CM 図2 関節角の定義 (中指PIP関節および小指MP関節の例) . 手指の各関節の角度を算出した。 3 結果 ① 拇指のIP関節およびMP関節の角度 拇指においてMP関節からIP関節へ向かうベクトルに 図3の各グラフは手指の各関節角度を捕球の前後につい 対しIP関節から末節骨最遠位部へ向かうベクトルがなす てそれぞれ示したものである。いずれのグラフも白いバー 角度を拇指のIP関節角度とした。また,拇指のCM関節 が捕球前,ドット入りのバーが捕球後の角度をそれぞれ示 からMP関節へ向かうベクトルに対しMP関節からPIP関 す。また,いずれの関節角度も正の増加が屈曲方向への変 節へ向かうベクトルがなす角度をMP関節角度とした。 化を示す。 ② 示指,中指,環指および小指のDIP関節,PIP関節お よびMP関節の角度 母指についてみると,IP関節(左側上のグラフ)および MP関節(左側下のグラフ)のいずれも捕球後にわずかに 示指,中指,環指および小指の各指においてPIP関節 屈曲していたものの,両角度とも有意な変化ではなかった。 からDIP関節へ向かうベクトルに対しDIP関節から末節 示指,中指,環指,小指についてみると,DIP関節(右 骨最遠位部へ向かうベクトルがなす角度をそれぞれの 側上段のグラフ)は捕球後に示指,中指および環指で有 DIP関節角度と定義した。また,同じく各指において 意な屈曲を示し(p<0.05) ,小指の角度は捕球の前後でほ MP関節からPIP関節へ向かうベクトルに対しPIP関節 ぼ同じであった。PIP関節(右側中段のグラフ)でも各 からDIP関節へ向かうベクトルがなす角度をそれぞれの 指で捕球後に屈曲方向の変化がみられ,中指,環指およ - 56 - 野球の捕球動作におけるグラブ内の手指肢位の定量的分析 90 PIP関節 捕球前 捕球後 60 **; p < 0.01 60 母指MP 関節 MP関節 0 −30 㻚㻢 㻠㼼 㻢㻚 㻤 㻡㼼 㻥 㻝 㻟㻚 㻝㻡 㻚 㻢 㻠 㻣㻚 㻥㼼 小指 ** ** 㻟㻚 㻣 㻟 㻜㻚 㼼㻝 㻡㻚㻞 㻝㻚㻢 㼼 㻤 㻚㻥 㻞 㻟㻚 㻜㼼 㻝 㻞㻚 㻤 㼼㻥 㻚㻠 㻠 㻚㻞 㻚㻞㼼 㻝㻜 㻚㻟 0 㻝 㻟㻚 環指 㻙㻝㻠 㻝㻣 㻚 㻡㼼 㻣 㻚㻥 㻣 㻚㻜 㻝㻡 㻚 㻜㼼 30 㻡㼼 㻥 㻚㻢 㻟 㻝㻚 ** ** 30 60 㻝㻜㻚 㻞㼼 㼼 㻞㻜 㻚 㻟 㻠 㻟㻚 㻡㻜 㻚 㻞㼼 㻝㻟 㻚 㻟 㻟㻣 㻚 㻥㼼 㻤 㻟 㻝㻚 中指 㻝㻤 㻚 㻠 90 示指 㻞㻜 㻚㻢 0 * 㻟㻠 㻚 㻣㼼 −30 小指 㻝㻞 㻚 㻢㼼 㻝 30 㻢㻚㻥 * 㻞㼼 㻝 㻟㻚 㻝㻢 㻚㻡 㻞㻣 㻚 㻣㼼 0 㻤㻚㻤 㼼 㻚㻥 㻝㻢 㻚 㻟㼼 㻥 㻚㻢 㼼㻢 環指 ** DIP 関節 60 㻝㻜 㻚 㻠㼼 㻡㻚㻣 㻚㻤㻌 㻥 㻚㻠 㼼㻢 30 㻤 㻚㻤 㻢㻚㻝 㻚㻞 㻟㼼 㻣 中指 㻢㻞 㻚 㻡 母指IP関節 示指 㻡㼼 㻞 㻝㻚 㻢 90 㻝㻡 㻚 㻡 60 * 㻢㼼 㻝 㻤㻚 㻜 0 㻝 㻣㻚 30 㻝㻟 㻚 㻢㼼 㻝㻝 㻚㻤 * ; p < 0.05 示指 中指 環指 小指 図3 捕球前および捕球後の手指の関節角度. いずれのグラフも縦軸の単位はdegである. び小指の変化は有意であった(それぞれp<0.05,p<0.01, p<0.05) 。MP関節(右側下段のグラフ)も,各指とも捕 4 考察 図3の左側のグラフより,母指のMP関節およびIP関節 球後に有意な屈曲を示し(p<0.01) ,示指は捕球前に伸展, はいずれも捕球前後で有意な変化を示さなかったことがわ 捕球後に屈曲の角度をそれぞれ示した。 かる。また,同じく図3の右側のグラフより,示指のMP 関節における捕球後の屈曲角度は中指,環指および小指よ りも小さく,PIP関節では中指,環指および小指のような - 57 - 〈金沢星稜大学 人間科学研究 第 4 巻 第 2 号 平成 23 年 3 月〉 して勢いが減少したボールを把持する役割 を持つと考えられる。 −480 −480 −500 −500 −520 −520 −540 −540 −560 −580 −600 −60 −40 −20 0 −560 40 20 −580 0 −20 −40 −600 −60 −60 −40 20 −20 以上のことから,野球の捕球動作におい ては,グラブ内の拇指および示指はボール を受け止めて勢いを減少させる役割を,ま た中指,環指および小指はグラブ内でボー ルを保持する役割をそれぞれ有することが 示唆されよう。 0 40 20 0 −20 −40 −60 20 図4 捕球前 (左) および捕球後 (右) の手指のスティックピクチャ. 目盛の単位はいずれもmmを示す. 5 結論 本研究では,医療用マルチヘリカルCT スキャンを用いた三次元画像解析法により 野球グラブ内の捕球前後の手指の肢位を定 量的に評価した。 その結果,母指および示指では関節角度 有意な角度の変化はみられなかった。本研究では,被験者 の変化は小さいこと,中指,環指および小指においては捕 10名のうち9名が示指をグラブ外部に出して捕球している 球後にMP関節, PIP関節が屈曲することがわかった。また, ことから,これらの被験者は示指にボールを把持する役割 拇指および示指はボールを受け止めて勢いを減少させる役 を求めていないと推察されること,野球選手においては捕 割を,また中指,環指および小指はグラブ内でボールを保 球時の衝撃が原因と考えられる血行障害が示指に発現する 持する役割を持つことが示唆された。 こと(上条ら,1981) ,また「捕球は拇指および示指を固 定したうえで中指,環指および小指を用いて行われる」と 参考文献 する飯田ら(2007)の報告などをあわせて考えると,捕球 1) 古川大輔,塚本道玄(2004)ポジション別野球グラブの開発。 日本機械学会スポーツ工学シンポジウム・シンポジウム・ヒ ューマンダイナミクス講演論文集 104-107 2) 古川大輔,加藤慶(2007)捕球時の手の動きに追従した野球 グラブの開発。日本機械学会スポーツ工学シンポジウム・シ ンポジウム・ヒューマンダイナミクス講演論文集 83-87 3) 飯田智之,宮川健(2007)野球の捕球時における手とグラブ の動きに関するバイオメカニクス的研究。体育科学57(1) 175 4) 上条隆,李清茂,清田寛,大和真,青山一夫(1981)野球選 手に見られたいわゆる白ろう類似現象に関する研究。体育科 学30(6)398 5) 二宮徳数,鳴尾丈司(2000)野球グラブ内における捕球時に おける指の圧力分布。日本機械学会スポーツ工学シンポジウ ム・シンポジウム・ヒューマンダイナミクス講演論文集 17-20 6) 馬見塚尚孝,白瀚健介,島田一志,川村卓(2010)3D-CTを 用いたグラブ内手指の非破壊検査。日本機械学会スポーツ& ヒューマンダイナミクス専門会議(2010) 動作におけるグラブ内の拇指および示指は,グラブ中のボ ールを保持するというよりも,捕球面を形成することでボ ールを受け止める役割を持つと考えられる。 次に,中指,環指および小指について検討すると,図3 の右側のグラフよりこれらのいずれの指のMP関節および PIP関節が捕球後に有意な屈曲を示していたことがわかる (MP関節はいずれもp<0.01,PIP関節は中指,環指および 小指でそれぞれp<0.05,p<0.01,p<0.05) 。一方,DIP関節 角度は中指のみが有意な変化を示し(p<0.05) ,環指およ び小指では有意な変化はみられなかった。二宮ら(2000) は「捕球時にはボールをグラブで挟み込むように拇指の指 先と小指および環指のいずれか,または両方に力を入れて いる」と述べていることをあわせて考えると,野球の捕球 動作においてはグラブ内の中指,環指および小指はMP関 節およびPIP関節を屈曲させることにより,グラブに衝突 - 58 -