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卒業論文 - 筑波大学高エネルギー原子核実験グループ

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卒業論文 - 筑波大学高エネルギー原子核実験グループ
LHC-ALICE 実験のための
TRD プロトタイプの性能評価
筑波大学自然学類物理学専攻
学籍番号 200410443
横山 広樹
指導教員 中條達也
2008 年 2 月 7 日
3
概要
ビッグバン直後の状態であると予想されているクォーク・グルーオン・プラズマ (QGP)
を実験室上で実現するため、高エネルギー重イオン加速器を用いた原子核衝突実験が国際
的な共同研究として行われている. QGP とはクォークやグルーオンが核子の閉じ込めか
ら解放され、自由粒子のように振る舞う状態で、高エネルギーでの重イオン衝突によっ
て生成されると考えられている. 欧州原子核研究機構 (CERN) では LHC 加速器という
衝突型加速器が 2008 年夏に完成し、核子あたりの重心系衝突エネルギー 5.5TeV の鉛 +
鉛原子核衝突が可能となる. 実現されるエネルギー密度が QCD 相転移を起こすのに充分
であると予想されるため、QGP の生成が期待される. LHC 加速器を用いた実験の中で、
ALICE 実験は QGP の性質解明のための様々な検出器がインストールされている. その
一つが TRD(Transition Radiation Detector, 遷移放射検出器) である.
検出器の重要な役割の一つに、粒子識別がある. TRD は遷移放射 (TR) を利用して、電
子と大きなバックグラウンドとして考えられる π 中間子との識別に特化した検出器であ
る. 本研究では、LHC-ALICE 実験のために製作された TRD のプロトタイプを KEK-B
富士テストビームライン (運動量 3GeV/c 電子ビーム) に設置し、増幅率, ドリフト時
間,TR-photon の収量などを様々なパラメータを変えて測定し、検出器の基本的性能の評
価を行った.
TRD は遷移放射光子 (TR-photon) を発生させるラディエータと、TR-photon および
一次粒子のシグナルを検出するドリフトチェンバー部から成り立っている. TR は相対論
的な荷電粒子が誘電率の異なる物質間を通過する際の電磁放射であり、TR-photon のエ
ネルギーは 数 keV ∼ 十数 keV である. TR-photon の強度が荷電粒子の Lorentz 因子 γ
に比例するという性質を用いて γ の大きな電子の粒子識別を 1GeV/c ∼ 100GeV/c の運
動量領域で行うことが可能となる.
今回の実験により以下のことがわかった.
• シグナルの増幅率はアノード電圧の指数関数として表すことができる.
• ドリフト領域にかかる電場が大きいほどドリフト速度は速くなり、測定した電場で
は線形性をもつ.
• ガス中でのシグナルの減衰は、ドリフト時間が長いほど大きい.
• Ar ガス中では TR-photon の減衰長が長く、Xe ガス中でのそれは短いので、TR
によるシグナルは Xe ガス中で顕著に見え、指数関数的に吸収がおこる.
第0章
4
概要
• 位置分解能は粒子の入射角度が検出器に対し0度のとき 数百µm である.
以上より、電子の識別のための TR-photon が充分吸収されるという要求から使用する
ガスは Xe ベースが適し、実験に用いた TRD は充分な位置分解能をもつことがわかった.
5
目次
第1章
序論
7
1.1
クォーク・グルーオン・プラズマ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
1.2
LHC 加速器と ALICE 実験 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
1.3
なぜ TRD か . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
10
遷移放射検出器の動作原理
11
2.1
遷移放射とは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
2.2
アノード電圧と増幅率の関係
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
2.3
TRD . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
13
KEK-FTBL における実験セットアップ
17
3.1
検出器 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
18
3.2
検出器の配置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
18
3.3
トリガー回路 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
19
3.4
TRD のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
19
実験結果
23
4.1
準備 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
23
4.2
Anode 電圧依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
25
4.3
Drift 電圧依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
26
4.4
TR-photon . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
28
4.5
飛跡検出器としての TRD . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
31
まとめ
33
第2章
第3章
第4章
第5章
参考文献
37
7
第1章
序論
1.1 クォーク・グルーオン・プラズマ
物理学で扱う対象は宇宙から原子核・素粒子まで様々な大きさのスケールがあり、それ
ぞれの分野の研究が世界各地で行われている. 原子核や素粒子のような目で見ることので
きないミクロの世界の研究によって、現在物質は階層構造をもつことが明らかとなった .
私たちの身の回りの物質は、原子の集合からなり、原子はその中心の原子核とその周りの
電子雲から、原子核は核子と呼ばれる粒子の集合体から成り立っている. さらに、核子に
もクォークと呼ばれる内部構造が存在することが知られ、現在素粒子として考えられてい
る.
現在考えられている素粒子を図 1.1 にまとめる. 量子色力学 (QCD) の理論によると
クォークには 2 つの特徴があり、閉じ込め効果と漸近自由性と呼ばれる. 前者は、クォー
ク間距離が核子程度の時、クォークが核子のサイズに閉じ込められる効果である. 後者は、
クォーク間距離が更に近い時、クォーク同士にほとんど力が働くなる効果である. ビッグ
バン直後は高温高密度の世界と予想されており、その下ではクォークは核子の閉じ込めか
図 1.1 素粒子
第1章
8
序論
ATLAS
陽子-陽子衝突によって得られた、素粒子を観測しヒッグス粒子の探査を行う.
CMS
中間子群を生成することによって、原子核の内部構造を明らかにする.
LHCb
標準理論の検証を行う.
ALICE
QGP 相の生成とその性質の解明を行う.
表 1.1
実験の目的
ら解放され、自由粒子のようなふるまいをしていたと考えられている. その状態を電子プ
ラズマになぞらえて「クォーク・グルーオン・プラズマ状態 (QGP)」とよぶ. QGP の生成
の模式図を図 1.2 に記す. QCD の理論計算によると、この状態は温度が 150 ∼ 200MeV、
密度が核子の10倍程度で実現できると考えられている. この新しい物質相の存在とその
性質を調べることは、クォーク多体系の物理学の前進となり、ゆくゆくは宇宙誕生の謎の
解明につながると期待されている.
1.2 LHC 加速器と ALICE 実験
大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider , LHC)は欧州原子核研究機構
(CERN) に建設された世界最大の衝突型円型加速器である. LHC はスイス・ジュネー
ブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている (図 1.3). 重心系衝突エネルギー
14TeV の陽子 + 陽子衝突や核子対あたりの重心系衝突エネルギー 5.5TeV の鉛 + 鉛原
子核衝突が可能であり、2008 年夏に動き始める予定である. 1.2.1 LHC で期待される物理
LHC 加速器では ATLAS (A Toroidal LHC ApparatuS)、CMS (Compact Muon
Solenoid)、LHCb (LHC-beauty)、ALICE (A Large Ion Collider Experiment) の4つ
の実験が準備されており、それぞれの目的にあった検出器がインストールされている.
代表的なそれぞれの実験の目的を表 1.1 に示す.
図 1.2
QGP 生成の条件
1.2 LHC 加速器と ALICE 実験
9
図 1.3 LHC の外観 [4]
1.2.2 ALICE 実験
LHC での実験のうち ALICE 実験のみが鉛 + 鉛原子核衝突による現象を必要とする
実験である. LHC で供給可能な衝突エネルギーは、重イオン加速器として現在最大の
RHIC 加速器 (Relativistic Heavy Ion Collider) の核子あたりの重心系衝突エネルギー √
√
sN N = 200GeV に比べて 28 倍高い sN N = 5.5TeV である. LHC のエネルギーの下
では、高温・高エネルギー密度のクォーク物質をより長時間形成できることが期待できる
ため、クォーク・グルーオン・プラズマ相で引き起こされる現象を明確に調べることがで
きると期待されている.
ALICE 実験には様々な検出器がインストールされており、それぞれに重要な役割をもつ.
粒子の飛行時間を測定することによって粒子識別を行う TOF、HMPID、荷電粒子の飛
跡を検出する TPC、ITS、ミューオンの検出をする MUON SPEC、光子のエネルギー測
定をする PHOS などである. ALICE 実験における検出器の配置は図 1.4 のようになって
いる.
図 1.4
ALICE 検出器 [4]
第1章
10
序論
1.3 なぜ TRD か
本研究で取り上げる遷移放射検出器(Transition Radiation Detector , TRD)は粒子
の飛跡検出と電子の識別(PID)を目的としている. それがなぜ ALICE 実験に必要なの
かを説明する.
1.3.1 J/ψ と Υ
電子を発生するチャンネルの中には
• J/ψ や Υ の di-electron への崩壊
• 重いクォークをもつハドロンのセミレプトン崩壊
といったものがある.
J/ψ や Υ はそれぞれ cc̄ と bb̄ から成り立っている中間子である. charmquark と
bottomquark の質量からもわかるように J/ψ や Υ は大きい質量をもつ粒子である. そ
の大きな質量のため J/ψ や Υ は反応初期に生成され、一度作られると大きな結合エネ
ルギーによってハドロンとの相互作用による分解が容易ではない. QGP が生成される
と、その中では閉じ込め効果が消失し、クォークの色が見えるようになる. その結果、デ
バイ遮蔽によって J/ψ や Υ の形成が難しくなり、生成量の抑制がおこると考えられる.
CERN-SPS や RHIC の実験では重イオン衝突における J/ψ の生成量が予想される量に
比べ抑制されることが観測されている. LHC ではより長時間 QGP 状態を維持できると
考えられるため、J/ψ や Υ の抑制をより詳しく観測することができ、QGP 生成の重要な
証拠となりうる. よって、電子の識別は QGP 観測にとっての重要な要素なのである.
TRD は 1GeV/c ∼ 100GeV/c の運動量をもつ電子と π 中間子の識別を行うことがで
きる. 電子と他の相互作用によって生じる π 中間子のバックグラウンドとの識別は大変重
要な意味を持つ. ALICE 実験で使用される検出器の粒子識別能力について図 1.5 に記す.
図 1.5 検出器と PID の範囲 [4]
11
第2章
遷移放射検出器の動作原理
この章では遷移放射について、ドリフトチェンバーについて、遷移放射検出器 (Transiton
Radiation Detector, TRD) の仕組みについて説明する.
2.1 遷移放射とは
遷移放射 (Transition Radiation , TR) とは相対論的な荷電粒子が誘電率の異なる物
質間を通過する際の 数 keV ∼ 十数 keV の X 線放射のことである [5]. この放射 X 線を
TR-photon と呼ぶ. 荷電粒子が物質境界を通過する前後で荷電粒子の作る電場は不連続
となるので、その電場を補うときに放射が起きるのである.
電荷 q をもつ荷電粒子が x 方向に速度 v で運動するとき、電流は、
j = qvδ(x0 − vt)δ(y 0 )δ(z 0 )
(2.1)
で与えられる. これをフーリエ変換すると
1
J(ω) =
2π
∫
j exp(iωt)dt =
qv
δ(y 0 )δ(z 0 ) exp(iωx0 /v)x̂
2π
(2.2)
となる. x̂ は運動方向の単位ベクトルである. 単位立体角、単位角振動数あたりの放射の
エネルギーは
¯∫
¯2
¯
dW
1 ( µ )1/2 ¯¯
0¯
=
(J(ω) × k) exp(−ik · ξ)dV ¯
¯
dΩdω
4π ε
(2.3)
k = (ωn/c)、ξ(x0 , y 0 , z 0 ) は粒子の位置ベクトルである.
積分を境界前後それぞれの媒質においておこなう. 粒子の飛ぶ距離がその媒質の形成領
域長 Z =
v
ω(1−nβ cos θ) (θ
は荷電粒子の方向と TR-photon の方向のなす角度) 比べて十分
大きいとすると、振動項を無視することができ、粒子によって放射されるエネルギーは
z 2 e2 v 2 sin θ −1
dW
=
(η1 − η2−1 )2
dΩdω
16π 3 c3 ε0
(2.4)
第 2 章 遷移放射検出器の動作原理
12
と書くことができる. ここで、ηi = 1 − ni β cos θ である. 誘電体のプラズマ振動数と、媒
質の屈折率は次のように書くことができる.
(
ωp =
n=
√
e2 Ne
εme
)1/2
ε=1−
(2.5)
ωp2
2ω 2
(2.6)
ここで Ne は電子密度、me は電子の質量である. 高エネルギーの粒子では、遷移放射の
エネルギーは、n(ω) ∼ 1, θ ∼ 0 の領域での寄与が大きい. ωp /ω ∼ 0 の条件を使うと、
η −1 =
1 + nβ cos θ
2
∼ −2
2
2
2
2
1 + n β cos θ
γ + θ + (ωp /ω)2
遷移放射の強度は
dW
=
h̄dΩdω
(
αz 2
π2
)
θ2 (ζ1−1 − ζ2−1 )2
(2.7)
(2.8)
ここで ζi = γ −2 + θ 2 + (ωp /ω)2 である. この積分を実行すると、全放射エネルギーは、
W =
(αz 2 h̄γ/3)(ωp1 − ωp2 )
ωp1 + ωp2
(2.9)
と、γ に比例した形になる. ωp1 À ωp2 とすると、
W =
αz 2 h̄γωp1
3
(2.10)
となる. 層の数が N の場合、強度は 2N 倍になるが、形成領域長は
Z=
v
2c −1
=
ζ
ω(1 − nβ cos θ)
ω
(2.11)
となり、γ が大きくなるに従い、増大する. 形成領域長が大きくなると、境界間の放射光
が干渉するため、大きい γ では放射エネルギーの飽和がおこってしまう.
2.2 アノード電圧と増幅率の関係
電子雪崩における単位長さあたりの電子の増加数の割合はタウンゼントの式に従
う [1, 2].
dn
= αdx
n
(2.12)
n は電子数、α はタウンゼント係数である.
円筒形状の比例計数管の電場は以下の式によって表される.
E(r) =
V
r ln (b/a)
(2.13)
2.3 TRD
13
r はアノード中心からの距離、a はアノード半径、b はカソード半径である.
ガス増幅率を M とすると、全電荷 Q は、
Q = n0 eM
(2.14)
n0 は一次電離によって作られる電子数である.
ガス増幅率は以下の式で表される.
∫
∫
rc
ln M =
Erc
α(r)dr =
α(E)
a
Ea
∂r
dE
∂E
(2.15)
円筒形比例計数管の場合
V
ln M =
ln (b/a)
∫
Erc
Ea
α(E) ∂E
E E
(2.16)
E は電場、rc はガス増幅をおこなうことのできる臨界半径である. α と E の間の比例
関係を仮定すると、
[
]
V
ln 2
V
ln M =
·
ln
− ln K
ln (b/a) ∆V
pa ln(b/a)
(2.17)
∆V は電離事象間に電子にかかる電位差、p はガスの圧力、K はそれ以下で増幅のおこ
らない最低の E/p の値であり、充填ガスが同じなら ∆V 、K は等しくなる. よってガス
増幅率はゆっくりとかわる対数項を無視すると、印加電圧の指数関数として表すことがで
きる.
2.3 TRD
2.3.1 TRD の構造
遷移放射検出器 (Transition Radiation Detector,TRD) は TR-photon を発生させる
ための Radiator 部と、そのシグナルおよび一次粒子のシグナルを検出するための Drift
Chamber 部に分けることができる. 前節より TR-photon の強度は入射荷電粒子の速度
によって決定される Lorentz 因子 γ = √ 1 2 に比例する. まず、これがどのように影響
1−β
するのか説明する. 例えば運動量が 1GeV/c の電子と π 中間子の γ は
1
γ=√
1 − (p/E)2
[
= 1−
p2
p2 + m2
]−1/2
(2.18)
より γe ∼ 2000, γπ ∼ 10 となり、TR-photon の全エネルギーは電子の方が 100 倍以上大
きい. このため、TR-photon を検出することで電子とそれより重い荷電粒子の識別が可
能となる. 荷電粒子の運動量と遷移放射強度との関係を図 2.2 に示す.
次に Drift Chamber 部で起きる現象について説明する. Drift Chamber 部では一次荷
電粒子や TR-photon によって封入ガスのイオン化がおこる. イオン化によってできた電
第 2 章 遷移放射検出器の動作原理
14
anode wire cathode wire
material
Au plated W
Cu/Be
Diameter
20µm
75µm
number of pads
8
pad size
8mm × 8cm
Depth of drift region
3cm
Depth of amplification region
0.7cm
pitch b/t anode wire
5mm
pitch b/t cathode wire
2.5mm
Radiator
fiber/form sandwitch, 4.8cm
表 2.1
TRD のパラメータ
子は Drift Region の電場によってドリフトし、Amplification Region で Anode wire に
吸収される. そのとき Cathode Pad に誘起されたシグナルを読みだし、読み出された時
間とパッドの位置から飛跡や PID の情報を引き出すことができる.
今回使用した TRD プロトタイプの模式図を図 2.1 に、各パラメータを表 2.1 に, ワイ
ヤーとパッドの大きさ・形状をそれぞれ図 2.4, 図 2.3 に記す.
図 2.1 TRD の構造 [4]
図 2.2
荷電粒子の運動量と TR 強度 [4]
2.3 TRD
15
図 2.4
ワイヤーの並び [3]
図 2.3 パッドの形状 [3]
2.3.2 Radiator
ラディエータへの、要求は大きく二つある. 一つ目は、TR-photon の放射を多くするた
め、ラディエータはなるべく物質の境界面を多くとれるような物質 (形状) であること. 二
つ目は、ALICE 実験でインストールする TRD はサイズが大きいので、ラディエータ自身
の強度が十分であること. この二つの要求を満たす構造として、ALICE 実験で使用する
TRD では直径 17µm の Polypropylene fiber と Rohacell HF71 のサンドウィッチ構造を
採用した. 主に Polypropylene fiber は TR-photon の放射を多くするために、Rohacell
HF71 は強度を得るために使われている.
ラディエータのデザインを図 2.5, 図 2.6 に記す.
図 2.5 radiator のデザイン [3]
図 2.6 form(左) と fiber(右) の形状 [3]
第 2 章 遷移放射検出器の動作原理
16
2.3.3 ガス
TRD のガスとしてふさわしいものは、TR-photon の吸収がよいものである. 図 2.7 よ
り光子のエネルギーが十数 KeV での absorption length が最も短い Xe ガスが Chamber
のガスとしてふさわしいと考えられる. 後述の実験においては比較として Ar ガスも使用
した. クエンチングガスは CO2 を使用する. 理由は、燃えないこと、水素を含まないた
め実験の際陽子によるバックグラウンドが小さくなることがあげられる.
図 2.7
ガスの種類による absorption length [3]
17
第3章
KEK-FTBL における実験セット
アップ
KEK 富士テストビームライン (高エネルギー加速器研究機構,KEK-B 加速器,FTBL)
において、2007 年 11 月 29 日から 12 月 6 日まで実験を行った. ビームは電子ビーム、運
動量は 3GeV/c である. FTBL は富士実験室内に建設され、2007 年 9 月に完成し、同 10
月に運転が始まったビームラインである. KEK-B は正方形の角をとったような形をして
いて、2つのリング (電子、陽電子) がその中を通っている. FTBL ではその電子リング
直線後の偏向部で、直線部のリング内で発生した photon を取り出し、タングステン標的
に衝突させ、その時発生する電子を多数の電磁石を用いて斜め下方向のステージに引き出
すことによって電子ビームを作り出す. 実験時のビームの広がりは上下方向左右方向とも
におよそ 4cm である. ビームレートは 10Hz 程度であった. ビームラインの位置関係を図
3.1 に示す.
図 3.1
富士テストビームライン
この章では FTBL を用いた実験のセットアップについて述べる.
第 3 章 KEK-FTBL における実験セットアップ
18
検出器名
シンチレータの大きさ
光電子増倍管 (型番)
印加電圧 (V)
5 × 5cm2
H2431
-3000
両読み
5 × 5cm2 × 5mm
R647
-1000
方読み
ST3
8 × 10cm × 10mm
H2431
-3000
方読み
DF1
8 × 24cm × 18mm
H6614-01
-1500
両読み
DF2
8 × 24cm2 × 18mm
両読み
ST1
ST 2
2
2
5 × 5cm
Position
Pb-glass
H6614-01
-1500
2
R2486
-1300
-
-
-1500
表 3.1 使用したカウンター
3.1 検出器
まず、ビームテストで使用した検出器について説明する.
■トリガー用検出器 データ読み出し用のトリガー信号を作るための検出器としてプラス
チックシンチレータに光電子増倍管を取り付けた検出器を用いた. 光電子増倍管を両端に
取り付けたものは、それぞれビーム上流から見た位置より右 (R)、左 (L) と表示する.
■Defining Counter ビームの位置や時間情報を取り出すために Defining Counter を設
置した. トリガー用検出器と同様、プラスチックシンチレータの両端に光電子増倍管を取
り付けた検出器である.
■位置検出器
位置情報を調べるために、5mm 間隔で溝を掘ったシンチレータに位置敏
感型光電子増倍管を取り付けた検出器を用いた. 今回の実験ではこの検出器は調整不良の
ため解析には使用しない.
■鉛ガラス検出器
ビームのエネルギー分布を測定するために、鉛ガラスに光電子増倍管
を取り付けた鉛ガラス検出器を用いた. 鉛ガラスは物質量が大きく、粒子の全エネルギー
が検出器内に放出されるため粒子のエネルギー測定に使用することができる.
使用した光電子増倍管とその印加電圧を表 3.1 にまとめる.
3.2 検出器の配置
実 験 で の 各 検 出 器 の 配 置 を 図 3.2 に ま と め る.
トリガーカウンターは上流から
ST1,ST2,ST3 と記す. Defining Counter は上流から DF1,DF2 と記す.
3.3 トリガー回路
19
図 3.2 検出器のセットアップ
図 3.3 FTBL 実験の検出器の配置
3.3 トリガー回路
トリガー信号は以下のようにとった.
T rig = ST 1R ∩ ST 1L ∩ ST 2 ∩ ST 3
(3.1)
タイミングの調整はすべてのカウンターが同じタイミングになるようにとった. この実験
は Multi-gap Resistive Plate Chamber(MRPC) の性能評価と同時に行った. MRPC は
図には書かないが、Defining Counter と位置検出器の間に設置した. トリガー回路は図
3.4 のようにした.
3.4 TRD のセットアップ
本実験で使用した TRD のパッド数は 8ch で、横方向に8枚になるように並んでいる.
それぞれのパッドのシグナルはプリアンプで増幅・形成されて後述の FADC へと入力さ
れる. 本実験では、アノード電圧、ドリフト電圧、検出器の角度、ラディエータの有無、
ガスの種類をそれぞれ変えながら測定を行った. 使用したガスは Xe + CO2 (85, 15) と
Ar + CO2 (85, 15) の2種類である.
以下で簡単に各モジュールの説明をする.
第 3 章 KEK-FTBL における実験セットアップ
20
図 3.4 トリガー回路
■ADC Analog to Digital Converter(ADC) はアナログシグナルをデジタル変換するモ
ジュールである. NIM のゲートシグナルを入力し、そのゲートが開いている間のシグナ
ルの電荷量の積分値をデジタル変換し出力する.
■TDC Time to Digital Converter(TDC) はスタートシグナルから各ストップシグナル
までの時間をデジタル変換するモジュールである.
■FADC
Flash Analog to Digital Converter(FADC) は、サンプリング周波数で決まる
時間間隔でアナログシグナルをデジタル変換するモジュールである. 今回使用した FADC
はスタート信号からストップ信号の間で 10nsec(100MHz) ごとに ADC を記録し、一度
のスタートに対し最大 10µsec までのデータ (1024ch) を取ることが可能である. 今回の
セットアップではスタートとストップの間隔を約 8µsec に設定した.
各検出器のデータ読み出しのための回路は図 3.5 の通りである.
図 3.5 読み出し回路
3.4 TRD のセットアップ
21
図 3.6
TRD のセットアップ
23
第4章
実験結果
4.1 準備
FADC のシグナルはチャンネル毎のオフセットが異なるため、まず各 FADC のチャン
ネルのベースラインを決める. また、同じチャンネルでもイベントによって乗っているオ
フセットが若干違うためオフセットは各イベント各チャンネルごとに設定せねばならな
い. 調整方法は、トリガーシグナルから充分時間の離れた (約 7µsec)timebin の平均をそ
のオフセットとみることにした. 全チャンネルにおける FADC からのシグナルを図 4.1
に示す.
0
200
図 4.1
400
600
800
1000
timebin[*10nsec]
ベースライン調整後のシグナル
1 イベントごとの波形を求める前に、パッドに入るシグナルがどの程度シェアされてい
るか調べる必要がある. 各々の timebin でパッドの波高と位置から重心 x を求め、重心と
各パッドの距離とその波高比 (P RF ) の分布を見ることにする.
∑
P H × xpad
∑
PH
(4.1)
P Hpadi
P RF = ∑
i P Hpadi
(4.2)
x=
第 4 章 実験結果
24
hshare
Entries 5523554
5000
Mean x 0.01499
Mean y 0.3557
RMS x
0.8985
RMS y
0.2155
PRF
hshare
1
0.9
0.8
4000
0.7
0.6
3000
0.5
0.4
2000
0.3
0.2
1000
0.1
0
-2
-1.5
-1
-0.5
0
0.5
1
0
1.5
2
pad unit
図 4.2 パッド方向へのシグナルの広がり
図 4.2 より、シグナルの広がりは 3 パッド程度であることがわかる. よって、1 イベント
ごとの波形を求めるには、隣り合う 3 パッドのシグナルの和が最大になるのものをその時
間での波高とし, その時間分布を計算する. その波形 (波高の時間分布) を全イベントで平
均した分布を以後の解析に使用する. Ar + CO2 のガスを使用したときの、それぞれのイ
MEAN3
MEAN3
PH
meanPH
ベントでの波形を図 4.3 に、平均した波形を図 4.4 に記す.
80
70
35
30
60
25
50
20
40
15
30
20
10
10
5
240
260
280
図 4.3
300
320
340
360
380
400
timebin[*10nsec]
各イベントの波形
240
260
図 4.4
280
300
320
340
360
380
400
timebin[*10nsec]
波形の平均時間依存性
図 4.4 をみると、時間軸の 250 付近の山は amplification region に、280 から 360 の間
は drift region に相当するシグナルである. それより遅い時間領域は、イオン化によって
生成された陽イオンがカソードワイヤーを叩いてできた電子のシグナルである. 以後、こ
のグラフから得られる種々のパラメータを使用して各依存性を調べることにする.
4.2 Anode 電圧依存性
25
4.2 Anode 電圧依存性
パルス波高のアノード電圧依存性を調べる。アノード電圧を 1500V から 1200V まで
50V 刻みで変えて測定を行った. 各アノード電圧での平均パルスの時間依存性 (ラディ
60
1500[V]
1450[V]
1400[V]
1350[V]
1300[V]
50
40
mean pulse height
mean pulse height
エータ有り) を図 4.5, 図 4.6 に示す.
10
1500[V]
1450[V]
1400[V]
1350[V]
1300[V]
9
8
7
6
5
30
4
20
3
2
10
1
0
0
1
2
3
4
0
0
5
6
time[micro sec]
図 4.5
Ar + CO2 ガスでの平均波形のアノード電
圧依存性 (ラディエータ有り), アノード電圧が 1500V;
黒,1450V; 赤,1400V; 緑,1350V; 青,1300V; 黄であ
る.
1
2
3
4
5
6
time[micro sec]
図 4.6 Xe + CO2
ガスでの平均波形のアノード電
圧依存性 (ラディエータ有り), 上からアノード電圧が
1500V; 黒,1450V; 赤,1400V; 緑,1350V; 青,1300V;
黄である.
増幅領域での波高とシグナルの増幅率には比例関係がある. 増幅領域での波高とアノー
ド電圧の関係は図 4.7 のようになった. 図 4.7 はほぼ指数関数でフィットできるため、増
幅率はアノード電圧の指数関数として表すことができることがわかる. Ar ガスと Xe ガ
スでは式 2.17 の K と ∆V が異なるため同じ電圧でも増幅率は異なる。参考に図 4.8 に
M
Pulse Height
Ar + CH4 (90, 10) ガスと Xe + CH4 (90, 10) ガスの場合の増幅率を示す [1]。
102
Xe+CO2 (85,15)
104
Ar+CH4 (90,10)
Xe+CH4 (90,10)
Ar+CO2 (85,15)
10
103
1150
1200
1250
1300
1350
1400
1450 1500 1550
anode voltage (V)
図 4.7 アノード電圧とパルス波高,Ar + CO2 ガス;
青,Xe + CO2 ガス; 赤
1150
1200
1250
1300
1350
1400
1450 1500 1550
anode voltage[V]
図 4.8 ア ノ ー ド 電 圧 と 増 幅 率 [2],Ar +
CH4 (90, 10) ガス; 青,Xe + CH4 (90, 10) ガス; 赤
第 4 章 実験結果
26
4.3 Drift 電圧依存性
パルス波高のドリフト電圧依存性を調べる。ドリフト電圧を 2100V から 1700V まで
100V 刻みで変えて測定を行った. 各ドリフト電圧での平均パルスの時間依存性 (ラディ
60
mean pulse height
mean pulse height
エータ有り) を図 4.9, 図 4.10 に示す.
2100[V]
2000[V]
1900[V]
1800[V]
1700[V]
50
40
10
2100[V]
2000[V]
1900[V]
1800[V]
1700[V]
9
8
7
6
5
30
4
20
3
2
10
1
0
0
1
2
3
4
0
0
5
6
time[micro sec]
図 4.9 Ar + CO2 ガスでの平均波形のドリフト電
圧依存性 (ラディエータ有り), 上からドリフト電圧が
2100V; 黒,2000V; 赤,1900V; 緑,1800V; 青,1700V;
黄である.
1
2
3
4
5
6
time[micro sec]
図 4.10
Xe + CO2 ガスでの平均波形のドリフト
電圧依存性 (ラディエータ有り), 上からドリフト電圧が
2100V; 黒,2000V; 赤,1900V; 緑,1800V; 青,1700V;
黄である.
まず、ドリフト速度を求める. ドリフト時間は図 4.9, 図 4.10 の増幅領域での時間と、
ドリフト領域の一番遅い時間の差をとったものである. ドリフト速度とドリフト領域の電
場の関係を図 4.11 に記す.
E=
VDrif t
VDrif t
=
d
3cm
v=
d
tDrif t
=
3cm
∆t
(4.3)
(4.4)
ここで、VDrif t をドリフト電圧、d をドリフト領域の深さとした.
次にドリフトによるガス中での電離電子の減衰を調べた. ドリフト領域で一次荷電粒子
や TR-photon によって発生した電離電子は、ドリフトする途中で、チェンバーガス内の
水素や酸素による吸収を受け減衰するため、最終的にアノードワイヤーにたどりつける電
荷は、真のそれに比べて小さくなってしまう. ガス中をドリフトする時間が長いほど減衰
が大きくなることを確かめることにする. ここで増幅領域での波高と、一番長くドリフ
トしてきた電子によるシグナルの波高の比 (R) を減衰を確かめる指標とした.
R = PHAmp /PHDrif t
(4.5)
ここで、PHAmp は増幅領域での波高、PHdrif t をドリフト領域の一番端での波高である.
ドリフト速度の逆数 (単位距離あたりに粒子のいる時間) と波高の比の関係を図 4.12 に
示す. 電子数の減衰は電子がガス中にいた時間が長くなるほど、大きくなることがわかる.
drift velocity v(cm/us)
4.3 Drift 電圧依存性
27
3.5
Xe+CO2 (85,15)
3
Ar+CO2 (85,15)
2.5
2
1.5
1
0.5
0
500
550
600
650
700
750
drift field E(V/cm)
R
図 4.11 ドリフト速度 (ラディエータ有り),Ar + CO2 ガス; 青,Xe + CO2 ガス; 赤
1
0.9
Ar+CO2 (85,15)
0.8
Xe+CO2 (85,15)
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Drift Velocity-1 [us/cm]
図 4.12 シグナルの減衰 (ラディエータ有り),Ar + CO2 ガス; 青,Xe + CO2 ガス; 赤
第 4 章 実験結果
28
4.4 TR-photon
ドリフトチェンバーの前方にラディエータ (厚さ 48mm) を入れることによって TR-
photon の情報を得ることができる. それぞれのガスでのラディエータを挿入した場合と
60
with radiator
50
without radiator
40
mean pulse height
mean pulse height
しない場合の平均パルス波形を図 4.13, 図 4.14 に示す. Xe ガスでは TR-Photon の影
12
6
20
4
10
2
0.5
1
1.5
2
2.5
0
0
3
3.5
4
time[micro sec]
図 4.13 Ar + CO2 ガスにおける平均波高のラディ
エータ依存, ラディエータ無し; 青, ラディエータ有り;
赤
without radiator
8
30
0
0
with radiator
10
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
time[micro sec]
図 4.14
Xe + CO2 ガスにおける平均波高のラディ
エータ依存, ラディエータ無し; 青, ラディエータ有り;
赤
響が見え、Ar ガスではあまり見ることができない. 前節で説明した電離電子の吸収がお
こらない場合、ドリフト領域でのラディエータ無しのグラフはフラットになるはずであ
3
with radiator
2.5
without radiator
2
mean pulse height
mean pulse height
る. 図 4.13、図 4.14 に補正を加えたグラフが、それぞれ図 4.15、図 4.16 である. 次に
4
3.5
with radiator
3
without radiator
2.5
1.5
2
1.5
1
1
0.5
0
0
0.5
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
time[micro sec]
図 4.15 Ar + CO2 ガスにおける平均波高のラディ
エータ依存 (補正後), ラディエータ無し; 青, ラディエー
タ有り; 赤
0
0
0.5
図 4.16
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
time[micro sec]
Xe + CO2 ガスにおける平均波高のラディ
エータ依存 (補正後), ラディエータ無し; 青, ラディエー
タ有り; 赤
4.4 TR-photon
29
TR-photon のシグナルの収量を見る. ドリフト領域でラディエータありのグラフからラ
ディエータ無しのグラフを引いたものが図 4.17 である. 横軸はドリフト時間より式 4.6 か
ら算出した検出器の深さ (d) であり、左がラディエータ側、右が増幅領域側である.
d = (tDrif t − t) × vDrif t
(4.6)
yield
tDrif t はドリフト領域の一番遅い時間、t は時間、vDrif t はドリフト速度である.
χ2 / ndf
1.4
0.007374 / 9
Constant
-0.09057 ± 0.003791
Slope
1.2
χ2 / ndf
0.009202 / 19
Constant
1
Slope
0.2032 ± 0.02293
-1.541 ± 0.05339
-0.01011 ± 0.004712
0.8
Xe+CO2(85,15)
0.6
Ar+CO2 (85,15)
0.4
0.2
00
5
10
15
20
25
30
depth[mm]
図 4.17 TR-photon の吸収, ラディエータ無し; 青, ラディエータ有り; 赤
photon の物質中での吸収は指数関数的におこり、はじめの 1/e 倍になる距離を吸収長
(absorption length) と呼ぶ. 図 4.17 からそれぞれのガスの吸収長を計算した.
{
89.1mm (in Ar)
λ=
10.2mm (in Xe)
(4.7)
今回使用した TRD の Drift Region の厚みは 30mm なので、TR-photon の吸収率は以
下のようになる.
{
95 % (in Ar)
29 % (in Xe)
(4.8)
TRD の要求として TR-photon の吸収がよいガスを選択する必要が有るので TRD の封
入ガスとしては Xe ガスが適している.
各イベントごとのドリフト領域での ADC の違いを調べることによって電子の識別を
行うことが可能である. 図 4.18 に Xe ガスでのラディエータ有り、ラディエータ無しの
ADC 分布を示す. 加えて、ラディエータ無しの分布を電子と π 中間子のエネルギー損失
の比で割ったものを π 中間子の ADC 分布と見立てて示した. 同様に、ドリフト領域を
5 分割したときのそれぞれの領域での ADC 分布を図 4.19 に示す. 図 4.18 から、ラディ
エータを入れることによって電子と π 中間子の識別能力が向上することがわかる. さら
に、図 4.19 の情報を加えることによってさらなる識別能力の向上が期待される.
第 4 章 実験結果
30
count
energy deposit
0.05
with Radiator
without Radiator
0.04
without Radiator(divided)
0.03
0.02
0.01
0
0
500
1000
1500
2000
2500
3000
energy
図 4.18 TRD の ADC 分布 (補正後)、赤:ラディエータ有り, 緑:ラディエータ無し, 青:ラディエータ無し
を電子と π 中間子のエネルギー損失の比で割ったもの (π 中間子のエネルギー損失とおおよそ考えられる)
henz_0zone
henz_1zone
henz_2zone
0.1
0.1
0.1
0.09
0.09
0.09
0.08
0.08
0.08
0.07
0.07
0.07
0.06
0.06
0.06
0.05
0.05
0.05
0.04
0.04
0.04
0.03
0.03
0.03
0.02
0.02
0.02
0.01
0.01
0
0
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
henz_3zone
0
0
0.1
0.1
0.09
0.08
0.08
0.07
0.07
0.06
0.06
0.05
0.05
0.04
0.04
0.03
0.03
0.02
0.02
0
0
図 4.19
0
0
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
henz_4zone
0.09
0.01
0.01
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
0.01
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
0
0
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
各時間領域での ADC 分布 (補正後)、赤:ラディエータ有り, 緑:ラディエータ無し, 青:ラディエータ
無しを電子と π 中間子のエネルギー損失の比で割ったもの (π 中間子のエネルギー損失とおおよそ考えられる)
4.5 飛跡検出器としての TRD
31
4.5 飛跡検出器としての TRD
TRD の飛跡検出器としての性能を調べた. 1 イベントを見た時の各パッドの波高の時
間分布を図 4.20 に示す. TRD の位置分解能の評価方法として、ドリフト領域を 16 の領
域に分割し、それぞれでパッドの波高より平均位置を計算する. 位置は式 4.1 から求めた
ものである. 計算した飛跡を図 4.21 に示す. その中の中間の一点 (図の赤い点) を選び出
し、その点とそのほかの点によって引いた飛跡との差を考える.
pad number
h2D
25
7
6
5
20
15
4
10
3
5
0
2
8
pa 7
dn 6
o
5
図 4.20
4
3
2
1
0 240
260
280
300
1
360
340
0ns]
time[*1
320
0
0
各パッドの波高分布, 入射角度:20度
2
4
6
8
10
12
14
16
time zone
図 4.21 波高分布からもとめた飛跡
この差の分布をプロットしたものが図 4.22 から図 4.25 である. この広がりを位置分解
能と定義することにする.
reso
reso
Entries
350
1850
Mean
-0.002077
RMS
300
80
0.04887 ± 0.00134
Sigma
150
60
100
40
0.1049
41.29 / 17
107.2 ± 6.9
Mean
-0.01521 ± 0.00336
Sigma
0.07556 ± 0.00355
20
50
-0.8
-0.6
図 4.22
-0.4
-0.2
-0
0.2
0.4
0.6
0.8
0
-1
1
dx
位置分解能, 入射角度:0 度
reso
reso
-0.008321
0.1343
RMS
χ2 / ndf
28.39 / 28
140
Constant
120
Sigma
Mean
-0.4
-0.2
-0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
dx
reso
Entries
1086
Mean
160
-0.6
reso
Entries
180
-0.8
図 4.23 位置分解能, 入射角度:10 度
count
0
-1
count
-0.0194
RMS
Constant
100
-0.002065 ± 0.001184
Mean
549
Mean
χ2 / ndf
130.6 / 30
280.7 ± 10.2
Constant
200
reso
Entries
140
120
0.0648
χ2 / ndf
250
count
count
reso
80
0.1139 ± 0.0028
-0.01444
RMS
0.2176
χ 2 / ndf
70
27.5 / 37
Constant
148.2 ± 5.8
-0.008419 ± 0.003527
898
Mean
Mean
60
68.81 ± 3.02
-0.008077 ± 0.006848
Sigma
0.2017 ± 0.0056
50
100
40
80
30
60
20
40
10
20
0
-1
-0.8
-0.6
-0.4
-0.2
-0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
dx
図 4.24 位置分解能, 入射角度:20 度
0
-1
-0.8
-0.6
-0.4
-0.2
-0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
dx
図 4.25 位置分解能, 入射角度:30 度
第 4 章 実験結果
32
入射角度
位置分解能
0度
391.0 ± 10.7µm
10 度
604.5 ± 28.4µm
20 度
1071 ± 22µm
30 度
1614 ± 45µm
表 4.1 位置分解能の角度依存性
検出器に対する荷電粒子の入射角度を変えたときの位置分解能を図 4.26、表 4.1 にまと
める. 荷電粒子の入射角度が大きくなるごとに分解能は大きくなり、30 度では 1.6mm の
分解能を持つ.
resolution[um]
Graph
1600
1400
1200
1000
800
600
400
0
5
10
図 4.26
15
20
25
位置分解能の角度依存性
30
angle[degree]
33
第5章
まとめ
LHC-ALICE 実験のために製作された TRD プロトタイプの基本的な性能を、3GeV/c
電子ビームを用いて評価した.
• シグナルの増幅率はアノード電圧の指数関数として表されること、電離事象間に電
子にかかる電位差、それ以下で増幅のおこらない最低の電場による増幅率のガス依
存性を確認した.
• チェンバーガスの原子番号 (電子数) の比は Ar : Xe = 18 : 54 である。ドリフト
する電子はチェンバーガス中の電子の抵抗を受けるので、ドリフト速度は Ar ガス
で大きく Xe ガスで小さくなり、ガスの種類に大きく依存する (原子番号に比例す
ると考えられる) ことがわかった. また、同一ガス中でのドリフト速度はドリフト
電圧の上昇とともに短くなり、今回の実験で調べた電圧領域ではドリフト電圧に対
する線形性が見られた.
• ガス中の酸素や水素による電子の吸収はチェンバー中をドリフトする電子の滞在時
間に依存し、滞在時間が長いほど減衰が激しくなることがわかった.
• ラディエータによって発生される TR-photon のチェンバー内での吸収はガスの
種類に大きく依存し、Xe ガスでの absorption length は 10.2mm、Ar ガスでは
89.1mm となった. よって、Xe ガスを使用することにより電子の高い識別能力を
持つことが期待できることがわかった.
• TRD の位置分解能は検出器正面から粒子が入射した場合 391µm である. このこ
とから、TRD は飛跡検出として入射角度が小さい場合によい分解能をもつことが
わかった.
35
謝辞
本研究室の指導教員である三明康郎教授、江角真一準教授、中條達也講師には本研究
を行うにあたって、さまざまな意見、指導をいただき、ありごとうございました. また、
研究室の先輩である田辺嶺氏、池田義雅氏、坂田洞察氏、佐野正人氏、には実験の際準備
の手伝いや検出器の準備、研究についてなど多大なご支援をいただきました. 研究室の先
輩、同輩の皆様には実験期間中、お忙しい合間をぬって作業を手伝っていただきました.
ありがとうございました. FTBL でのコミッショニング時には、幅淳二先生、川崎健夫先
生をはじめたくさんの方々にご指導いただきありがとうございました. 稲葉基准教授には
コミッショニング時や研究時に指導をしていただきありがとうございました. ハイデルベ
ルグ大学滞在時, GSI の Anton Andoronic 先生には TRD の指導をいただきありがとう
ございました. たくさんの方々のご協力がなければ本研究を行うことができなかったと感
じています. 本当にありがとうございました.
37
参考文献
[1] グレン F. ノル著 木村逸郎 坂井英次訳 『放射線計測ハンドブック』
(日刊工業新聞社 1982)
[2] ニコラス ツルファニディス著 坂井英次訳 『放射線計測の理論と演習 上巻』
(現代工学社 1986)
[3] CERN 『ALICE Technical Design Report of the Transition Radiation Detector』
(2001)
[4] http://www-alice.gsi.de/trd/
[5] Boris Dolgoshein『Transition radiation detectors』
(Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, A326:434-469, 1993)
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