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現代 艶本短編集

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現代 艶本短編集
第四版
英 紅炎
現代 艶本短編集
作
当世性愛艶模様
英紅炎 現代艶本短編集 ー
六、 五、 四、 三、 二、 一、 拾った男 逆ナンパ
初体験
痴女
膣痙攣
レイプ
頭書
頭書
レイプ ー
白昼の陵辱
レイプ(一)
1
第 一 話
と き だ
和 香 代 は、 河 西 郡 で 威 勢 を 張 る 豪 農、 外 城 田 重 三 郎 の 一 人 娘 で、 そ の 年
十五歳になり、加西市の高等女学校に通いはじめて二年目だった。
で快活な娘だった。当時高等女学校
和香代は、色白で小柄ながら運動好ぶき
げんしゃ
に通う娘などというのは、よほどの分限者の娘でもなければ滅多になく、通
学路を歩くそのセーラー服姿は結構目立っていた。
和香代の通学路は、普通なら加西川の岸辺通りに沿って県道まで出て、県
道沿いに加西の町に入り、加西川に向かって張り出している山を迂回するよ
うな形で流れる加西川を跨いで河西市の西側にある女学校に入る必要があ
り、歩く距離も長く、時間も掛かるため、和香代は、家を出て川岸沿いを行
かずに今戸橋を渡って山の尾根道に入り、稜線沿いに山を越えて下り、学校
2
レイプ(一)
の直ぐ西側を流れる糸川を渡って学校に入る道を通っていた。 和 香 代 は こ の 道 が 気 に 入 っ て い た。 四 季 折 々 の 自 然 の 風 情 と 営 み に 溢 れ、
葉の生い茂る夏は涼しく、枯れ木の季節の秋や冬は閑静で情緒深く、春は芽
吹きの優しさと豊かさに溢れていて、そこを通う一時間足らずの道程でいつ
も心を癒されていた。
二年生の二学期に入った秋も深まり掛かったその日も、和香代は、枯れ葉
の布き積もった山道を通って鼻歌を謡いながら陽気に家路をとっていた。
と、一人の若い男が和香代の行く手を塞いだ。そこは、山の頂上に向かっ
て尾根深く分け入って行く登り道と交叉する地点で、辺りの道が平坦になっ
てい た 。
こ れ ま で、 山 か ら 切 り 出 し た 枯 れ 木 の 束 を 背 負 っ た 老 婆 に 会 う 以 外 に 滅 多
に人と行き交うことのなかった和香代は、一瞬の感で身の危険を感じて怯み、
足を竦ませて、その男を凝視した。
和香代の目の前には、さほど大柄ではなかったが、仕事で鍛えてのことか、
レイプ(一)
3
日焼けして胸板の厚い逞し気な、和香代と同じ年格好の少年が立ちはだかっ
てい た 。
立ちすくんだ和香代を見て、男は歪んだ微笑みを和香代に投げかけた。男
は 次 第 に 息 を 荒 げ、 無 言 で つ っ と 和 香 代 に 近 寄 る と 通 学 鞄 を 持 つ 和 香 代 の 右
腕を引き寄せて、和香代の身体を斜め横から羽交い絞めにした。
「あっ…」と声を上げて抗おうとした時には、もう和香代の腰は男の両脚に
しっかりと挟まれて、和香代の身体は羽交い絞めにする男の腕の中に抱きす
くめられて身動きもならなかった。和香代の尻の間に既に怒張した男の股間
のものの塊が感じられ、男の意思を伝えるかのようだった。
和香代自身は、まだそのようなことを教えられたことはなかったが、和香
代 は、 何 時 か も っ と 小 さ い 頃 に 目 撃 し た 父 と 母 の 行 っ て い た よ う な 行 為 を 男
が和香代にしかけてくることを予感して、
「いやッ…」といって、身体を捩っ
て逃れようとしたが、びくともせず、男は益々強く和香代を抱きすくめてき
た。
4
レイプ(一)
男の腕で圧し付けられた和香代の両の乳房が、今まで味わったことのない
感覚を伝えてきた。そして、自分の乳首が痙攣するようにひくついて固くな
っているのを感じていた。
「すっきゃねん…、ずう~ッと永いこと、すっきゃってん…
なんぼすッきゃかて、高嶺の花で眺めてるだけやってん…」
男は、やや間を置いて、荒い息遣いで和香代の耳元で云った。
「せやけど、わいのような男は、好きな女は力尽で盗るしかない…と判って
ん… 」
そう付け加えて、男は和香代を抱き締めたまま身体を後に逸らせた。和香
代の身体は、男に抱きすくめられたまま宙に浮いて、
「いやあ~っ…」と声を
張 り 上 げ た 時 に は、 男 の 身 体 諸 共 山 道 の 縁 か ら 林 の 中 を 一 段 下 の 下 草 の 中 に
転げ落ちた。その弾みで、和香代の両脚が真上に跳ね上がり、スカートが捲
れ上がって、白いブルマーのようなパンツの尻が丸出しになった。
レイプ(一)
5
その転落でかなりの衝撃を受けたはずだったが、男は羽交い絞めの力を緩
めることなく、相変わらず「ずう~っとすっきゃってん、死ぬほどすっきゃ
ねん…」と云い続けていた。
和香代の顔も両腕も捲れたスカートで覆い隠されていた。そして、男は右
腕 で 和 香 代 を 抱 き 締 め た ま ま、 左 手 で 和 香 代 の パ ン ツ の 前 を 弄 り は じ め た。
そこは汗ばんでいて、汗と染みついた体液で黄ばんでいて、そこはかとなく
若い娘の生めいた臭いが立ち込めていた。その臭いを嗅いで、男は一層いき
り立って、和香代を腕の中に抱き締めたまま、両脚が跳ね上がった状態の和
香代のパンツをまくり上げた。それで、男は和香代のオメコに直に触れるこ
とが出来るようになった。
和香代は、嫌がって腰をねじって逃れようとしたが、頭が下がった状態で
おかしな格好で抱きすくめられているため殆ど効果がなく、むしろ男の手を
空割の中に誘導するような結果になった。そのため男はお実のありかを突き
止め、そこを中指の腹で弄った。電気で打たれたような痺れが走って、和香
6
レイプ(一)
代は腰と太股を細かく打ち震わせて「ああ~ん…、いやあ~ん」と声を引い
て叫 ん だ 。
生れて初めてオメコの肌合いを掌で感じて、男は更に興奮して、怒張を強
めた。そして、マタギズボンの紐を解いて太くて長い摩羅を引き出した。男
の摩羅は、いつも「へんずり」を掻いているのか、少年ながら皮かむりでは
なく、大人並、いやそれ以上に大きかった。その固くて熱い一物が和香代の
尻に触れて、和香代はあの時父が長いちんちんを母の「お尻」に突き刺した
ように、これで突き刺されるのだ…と、意識下で思った。
逸りに逸った男は、不自由な態勢を変えることもなく、そのままもう一度
空割を弄って、オメコの穴の位置を確かめてから、摩羅をそこに一気に押し
込ん だ 。
「きゃあ~ッ」思いもしなかった激痛に驚いて、和香代は、大きな悲鳴を上
げたが、その時は既に男の摩羅が和香代の下腹を占領していて、緊張した和
香代の膣壁で締め付けられていた。そうなって初めて、和香代は抵抗するの
レイプ(一)
7
を諦めて成行きに任せた。そして和香代はわけも分らず泪を流し続けた。
初めから発射寸前の状態だった男は、それで股間を緊張させると直ぐ最初
の射精をした。だが、男はそれだけでは終わらず、直ぐ和香代の左足を更に
高く抱え上げて横向きになり、図らずも「後横取り」の姿勢になって、腰を
煽り上げるようにして、ひたすら腰を動かし、二度目、三度目の射精を続けた。
射精の勢いを子宮口の周辺で感じながら、和香代は、
「こんな形で処女を無く
した自分の不幸」を嘆いて泪を流し、また「さぞや父の怒りが大きかろう…」
と想像して、しゃくり上げるようにして泣いた。
男は、暫く間を置いては、また腰を激しく動かし、一度ならず、二度、三
度と射精を続け、その度に「すっきゃってん…、すっきゃから盗ったんや…、
こうして盗ったからは、誰にも渡されへん…」と、云い続けた。
男 の 性 欲 は、 汲 め ど も 尽 き ぬ 泉 の 如 く、 果 て し な く 続 い た。 そ し て 男 は、
和香代から一度も摩羅を抜くことなく五度も続けてその行為を繰り返し、和
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レイプ(一)
香代は腰が抜けたようにくたくたに疲れさせられた。
五度目の行為が終わると、さすがに強靭な男の摩羅も萎えて、男は和香代
の外に出た。だが和香代の下腹には、男の摩羅が入り続けているような重い
違和感が残っていた。
ねぶり
摩羅を抜き取ってマタギズボンに納めて身なりを調えると、男は、何を思
っ た か、 ま だ 股 を 広 げ た ま ま ぐ っ た り と な っ て 横 た わ っ て い る 和 香 代 の 股 間
なれ
に跪いて、オメコを舐り回しはじめた。男は、何度も何度も繰り返し額口の
生え際から菊座に至る会陰部まで丁寧に舐り回し、その度に「汝がすっきゃ
ねん、すッきゃから盗ったんや…」と云い続けた。お実や窒口が舐られるた
びに、和香代は腰や太股を震わせて悶え、自分が置かれている「恥ずかしい」
状 況 を 想 像 し て、 ス カ ー ト で 覆 っ た 顔 を 現 わ し て 男 を 見 る こ と が 出 来 な か っ
た。
一頻り和香代のオメコを舐り回した後、男は和香代にパンツを穿かせて立
ち上がらせ、制服の背中やスカートに付いた枯れ葉の屑を払い取って、自分
レイプ(一)
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の名 前 を 名 乗 っ た 。
なれ
「わいの名前は、竜夫、云うねん。汝は、和香代、云うねんなあ…、今さっ
と き だ
き生徒手帳見たら、外城田和香代と書いてあったけんど、汝、あのお大尽の
なれ
外城田はんとこの娘かいな…、ほんまやったら、わい、殺されるなあ…、し
かし、すっきゃから汝を盗ったんや…、それで殺されるんやったら、わいは
本望 じ ゃ … 」
笑いながらそう云って、男は、和香代を促して尾根道まで戻らせようとし
たが、和香代は腰が抜けたように力が入らず、元の道に上がることが出来な
かっ た 。
「しゃあないなあ…、ほんならわいが背たろうて行ったろう…」そう云って、
辰夫は、和香代の前で前かがみになって両腕を肩に掛けさせて、自分の首の
前で通学鞄を両手で持たせて、和香代を背負い上げた。だが、和香代の両脚
を抱え上げた掌に触れた和香代の柔らかい尻の感触で、竜夫はまた欲情した。
「ちょっと待ってエ、わい、またしとうなった…」
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レイプ(一)
そう云って、辰夫は、もう一度和香代を地面に下ろし、スカートをたくし
あげてパンツをずり降ろし、右脚で和香代の左脚を撥ね上げて、マタギズボ
ンから抜き出した摩羅を膣口に押し入れようとした。
くぬぎ
「もう止めてエ…、うち、もういややア…、しんどうて、かなんわア…」
和香代は、弱々しく拒んだ。だが竜夫はそれを聞き入れず、側の橡の木に
和香代をもたせ掛けて摩羅を押し込み、立った姿勢で一儀に及んだ。一頻り
腰を使って、また二度、三度と射精を繰り返して、ようやく満足したか、竜
夫は、摩羅を抜き取って、また和香代のオメコを舐り回してからパンツを元
通りに直してやり、もう一度和香代を背負って元の道に戻り、そのまま峠を
い
越え下って加西川の今戸橋東詰めまで行って和香代を肩から下ろした。
なれ
いに、一人で往にぃ…、さあ、いつものよ
「こっから先は、人目に立つさか
なれ
うに元気出しいな…、わいは、汝がもうわいの女のつもりやでえ…、また会
えて契れたら嬉しい思う…、わい、ほんまに汝がすっきゃねん…」
そう云って、竜夫は、和香代が大儀そうによろよろと橋を渡って、視界か
レイプ(一)
11
ら消えるまで、その背を見詰めていた。
*****
和 香 代 は、 下 腹 に 残 る 重 い 違 和 感 と 手 籠 め に さ れ た こ と に よ っ て 傷 つ け ら
れ た 心 を 引 き ず っ て わ が 家 に 辿 り 着 い た。 幸 い 父 は 県 庁 に 出 向 い て 留 守 で、
母もどこへやら出ているようで居らず、四人居る使用人もそれぞれに忙しい
のか姿が見えず、大門を潜ると誰とも顔を合わせることなく、西の通用玄関
けがれ
から上がって自室に入り、いつも和香代の帰宅の頃までには沸かして用意し
て あ る 風 呂 に 入 り、 犯 さ れ た 身 体 の 穢 れ を 消 し 去 ろ う と す る か の よ う に 全 身
を 洗 い 清 め、 特 に 男 の も の が 侵 入 し て き て 多 量 の 精 液 を 注 ぎ 入 れ た 窒 の 中 を
何度も水を掛けながら指で洗い清めた。
膣の中は、男のもので何度も激しく擦られて腫れているらしく、指で触れ
るとぴりぴりと電気に打たれたような衝撃が走り、和香代は何度も全身を震
12
レイプ(一)
わせ た 。
身体を清め終わると、和香代は、いつもは女中任せにしている制服や下着
の洗濯を自分でして、二階の自室の前の濡縁に干してから、そのまま夜着に
包まって綿のようになって眠りこけた。
女中は、和香代が時に激しい運動の後などに、そのように爆睡することが
あるので、さして不審にも思わず、起こしもせずにそのまま和香代の眠るに
委せ て お い た 。
はだ
和香代は、日曜になっても一日眠り続け、さすがに心配になった女中が何
度か様子を観に上がって来たが、和香代は幼女の頃とひとつも変わらぬ寝相
の悪い寝姿で、開けた寝間着から腕や足を剥き出しに曝け出して、ひたすら
眠り続けた。幼女の頃から和香代の世話をして来た女中のサクは、その都度
乱れた寝間着を調えてやったが、それでも和香代は目を覚まさなかった。
和香代の身体は、暫く見ぬ間に、随分と成熟して、全身から若い大人の女
の艶気を発散させて、全身瑞々しく潤い、匂い立っていた。サクは、そんな
レイプ(一)
13
和香代が、そのまま事故もなくきれいに成人して、良い婿殿を迎えられると
いいが…と、思っていた。
和香代は翌日の夕方遅くになって、尿意を催してようやく目覚めた。母の
加代も女中のサクも「和香代の目が蕩けてしまったのではないかと心配した
よ…」と冗談めかして云ったが、和香代は白っとして、何も云わなかった。
和香代は、あのことで自分の中で何か変わったことがないか、隈無く調べ
たが、相変わらず下腹に男の一物が入りっぱなしになっているような、重い
違和感が残っているものの、膣の中のひりひりした感じはすっかり消えてい
るようで、身体のどこにもこれといった変化は何も見当たらなかった。
和香代は、月曜日からいつものように登校した。唯、あのことを意識して、
間道を通る道から、県道を迂回する道に通学路を変え、土手沿いの道を通っ
て県道に出て、定期バスに乗って加西市の中心街に出るようにした。
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レイプ(一)
一 方 あ の 時 以 来、 自 分 の 摩 羅 が 和 香 代 の 窒 の 柔 肌 に 締 め 付 け ら れ る 感 触 を
忘れられなくなった竜夫は、いつも和香代の通る姿を眺めていた栃の大木の
立って居るところまでしばしば下ってきて、和香代が現われるのを待ったが、
ついぞ和香代の姿を見かけなくなり、和香代が間道を通るのを止めたのだ…
と、覚った。そして、あの時の和香代のオメコの佇まいと摩羅に残る和香代
の柔肌の感触を頭の中で反芻しながら、自慰に更ける元の生活に戻った。
それから四ヶ月が過ぎて、和香代は太り出したことに気付いた。もちろん
その方の知識の少ない和香代は、
「妊娠」の可能性など頭に浮かばなかった。
それから更に一月が過ぎて、和香代の体調が悪くなった。食欲がなく、始終
吐き気に悩まされ出した。
それに気付いて「妊娠」を疑ったのは世話係の女中のサクだった。サクは
和香代の体調不良とサク自身の疑いを加代に知らせた。
「妊娠」の疑いあり…と聞いて、加代の気が動顛した。直ぐサクと一緒に和
レイプ(一)
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香代の部屋に上がって来て、和香代を問い詰めようとした。和香代は、母親
の剣幕に気圧されて、また、予想だにしなかった「妊娠」の可能性という事
実に動顛して、唯身体を縮こめて、俯いて何も答えられなかった。
「兎に角、想像だけで決め付けても埒があきまへん…、お医者さんに診ても
ろうて、はっきりさせた方がよろしおす…」
サクは、和香代の気持を察して、加代を取り宥めて云った。
「お医者さんに診てもらうなんて恥ずかしいて…いやや…」
和 香 代 が ご ね た。 重 三 郎 に 知 れ た ら ど ん な に ど や さ れ る か … と 思 う だ け で
理性的な判断の出来ない加代には、もう何も解決できなかった。
「妊娠やのうて、もっと悪い病気やったらもっと始末が悪いようになりまっ
しゃろう…、せやから、よう了見して、このサクと一緒に河西中央病院に云
って診てもらいましょう…」
サ ク が 膝 を 乗 り 出 し て、 和 香 代 の 肩 を 抱 い て 説 得 に 掛 か っ た。 和 香 代 は、
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レイプ(一)
独りでどうして良いか判らない状況に陥って抱いていた心細さからサクの胸
に取りすがってしくしくと泣いた。そして、和香代は、サクの説得に応じて
病院で診てもらうことに同意した。
病院で診てもらった結果は、やはり妊娠だった。それも既に六ヶ月目に入
ったところで、もう堕胎は無理だという診断だった。サクは、どこで誰とそ
んなことになったのか…と、和香代に聞き正そうとした。だが、和香代は何
も答えず、唯泣くばかりだった。
「うちが、あの時加西川に身を投げて死んでたらよかったんや、その勇気が
なかったばっかりに、家名に泥を塗り、うち自身もこんな生き恥をさらさん
ならんようになったんや…」
そう云って、和香代はひたすら泣きじゃくった。それを聞いてサクは、和
香代がどこかでどこの誰ともつかない男に手込めにされて、その結果がこん
なことに結び付いたのだと理解した。
レイプ(一)
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サクの話を聞いて、今度は加代が和香代を不敏がった。
「 娘 が 歳 頃 に な っ て い る の に、 わ て が 十 分 気 配 り し て、 そ ん な こ と に な ら
んようにいろいろ教えておかなかったよってに、こんなことになったんや…、
和香代、堪忍やでえ…」
ようやく腹の膨らみが目に付きはじめた和香代の身体を抱いて、撫で擦り、
加代は、頻りと嘆くのだった。
「それにしても、一体どこの誰やの…、和香代をこんな目に遭わせたんは…、
お父ちゃんが聞いたら唯では澄ましはらへん、うちの家名に賭けても、必ず
敵取らはる…、あんたも敵とって欲しいやろう…、何云うてもあんたを叱ら
んようにお父ちゃんに頼んだげるさかいに、ええ加減、相手の男が誰か云い
なさ い … 」
加代は、宥め賺すように云いながら、事の真相を娘から聞き出そうとした。
18
レイプ(一)
だが和香代は、いっかな口を割ろうとはしなかった。
*****
と き だ
城田重三郎は、議会の開会中は神戸の別宅に
兵庫県議会の議長を務める外
居て、地元には滅多に戻ってこなかった。そして加代が電話で伝えて済む問
題ではないと判断したため、重三郎が事の次第を知ったのは、それから更に
二ヶ月後の七月に入ってからだった。話を聞いて、重三郎は、初めは烈火の
如く怒って、加代を激しく詰った。だが、
下手に騒ぎ立てて短慮に行動すれば、
益々恥の上塗りをしてしまうことは目に見えていた。
「先ずは相手の男を探し出すことから始めるしかない…」
重三郎は、そう判断せざるをえなかった。
初めは烈火の如く腹を立てたが、重三郎は、愛娘の和香代には優しかった。
レイプ(一)
19
和香代が陵辱されたという事実が、重三郎に自分の若い時代の無頼の所業
の苦い想い出を呼び起こさせ、忸怩たる思いをさせられていたこともあった。
放蕩三昧の青少年期を過ごした。重三郎は、
重三郎は、親の権勢を笠に着て、
見目麗しい…と評判を取った若い娘を手当たり次第に手籠めにした。それだ
けではなかった。県政に携わって羽振りを効かせるようになると、今度は芸
者遊びに現を抜かし、僅か十二、
三歳の半玉を「水揚げする」ことを専ら楽し
んで き た り も し た 。
重三郎は、下校途中の林の中で陵辱されて、揚げ句の果てに身重になった
己が愛娘の姿を見て、今、娘の身体を借りて自分のして来たことの報いを受
けているのだ…という、負い目に似た感情を和香代に抱いていた。
妻の加代の心配とは裏腹に、重三郎は、和香代に対して声を荒げるような
ことはしなかった。それでは、貝は益々固く口を閉ざしてしまうことは明ら
かだ っ た 。
20
レイプ(一)
重三郎は、側に佇んで穏やかで優しい目をして、すっかり競り出して大き
くなった腹を抱えてうなだれている娘を見遣っていた。暫くして、重三郎は、
和香代の脇にどっかと胡坐をかいて座り、その大きな腹をした和香代を膝の
上に 抱 き か か え た 。
「お父ちゃん、堪忍やあ~…ッ」
代は、父親の胸に縋り付いておいおいと泣いた。
和な香
れ
「汝が悪いわけやない…」重三郎は、ぽつりとそう云って、娘の背を擦った。
「おそらく自分が犯した娘たちの多くも、このように親の胸に取り縋って泣
いたことだろう…、父親の十郎兵衛がその娘たちの親と話を付けて、後始末
をしてくれていたのだろう…、第一、加代からして、嫁入り直前のところを、
儂が奪い取ってきた女やった…、因果は巡る…」
重三郎は、そんなことを頭の中で呟いた。
「それにしても、我が娘を陵辱したのはどこの誰か…、本当に分らなくて云
レイプ(一)
21
えないのか、判っているが、何かの理由で云えないのか、だとすると、どん
な男だ…、我が家の家名の為に、恥ずかしくて云えないのか…、ならば、身
分の卑しい家柄の男か…」
重三郎は考えを巡らせた。
「… … … 」
「サ ン ガ か … 」
重三郎は、暫く間を置いて、ぽつりと小さな声で云った。
「わ っ … 」
和香代はそれを聞いて、また激しく重三郎の胸にしがみついて、大声で泣
いた 。
「そうか…、図星か…、ならば、その男を突き止めるのは難しくはないな…」
なれ
てて
重 三 郎 は、 ま た 頭 の 中 で 呟 い た。 重 三 郎 は、 そ の 娘 の 身 体 を 抱 き 締 め て、
泣くに委せて、泣き止むのを待った。
「ええか、和香代…、よお~う聞きや…、儂らは、汝が父無し子を生むのを
22
レイプ(一)
放ってはおけん…、それがどんな男であれ、探し出して話を付けて、始末を
付けなあかん…、悪い男の児オやったら、生れて直ぐに里子に出す…いう手
もあるし…、少しは見どころのある男の児オやったら、また別の手エも考え
られる…、それは皆後からの話や…、今は、兎に角その児の男親を探すこと
なれ
が先決や…分るか…和香代… … … …、
お父ちゃんは、汝を叱ろう思うてるんやない…、その男を探し出して、仇
討ちしてどないぞしよう思うてるんでもない…、せやから、どこで誰とどな
いなことになって、こないなことになったんか、お父ちゃんにだけ話しぃ…」
重三郎はひたすら優しかった。
和香代には、その父親の優しさが反えって辛かった。だが、久しく抱かれ
たことのない父親の胸元の臭いを嗅いでいる内に、小さい頃に父に抱かれた
り負われたりしたことを思い出して、和香代は次第に気を落ち着かせ、問わ
れるままにぽつりぽつりと答えて、あの出来事の一部始終を話した。
レイプ(一)
23
なれ
「そうか、上の山のサンガの倅で、タツオいうんか…、誰ぞに行かせて連れ
なれ
なれ
て来させて確かめよう…、サンガの倅じゃあ、汝の婿にはでけんが、汝の悪
いようにはせんさかいに、汝は心配せんでええ……」
重三郎は、相手の男の氏素性が分ると、配下の者を上の山に向かわせ、サ
ンガの「タツオちゅう餓鬼」を連れて来るように命じた。
*****
なかった。
山の上のサンガといえば、マタギの才蔵の一家以外に
なりわい
なめ
才蔵は、戦国の世から続く代々根っからのマタギの生業が身に付いた男で、
冬 場 を 除 い て、 一 年 の 大 半 を、 奥 州 地 方 の 深 い 山 を 彷 徨 し て 歩 き、 鹿 や 猪、
熊 な ど を 狩 っ て、 そ の 肉 や 鞣 し た 毛 皮 を 町 で 売 っ て 気 侭 な 生 活 を 送 っ て い る
男だった。そして、山に根雪が降る頃になって、才蔵は上の山の妻子の元に
戻り、炭焼きや手工芸細工をして生計を立てていた。
24
レイプ(一)
才蔵がマタギの旅に出ると、妻の初音は、狭くて荒れた山の畑で取れる作
物を頼りに倅の竜夫と二人生き長らえるしかなかった。竜夫は、六歳になる
と、 父 か ら 教 わ っ た 炭 焼 き や 木 工 細 工 や 焼 畑 農 業 で 母 親 を 助 け る よ う に な っ
た。竜夫は、読み書きぐらいはできなければならない…とて、
学齢期になると、
六年間、往復二里余りの山道を歩いて町の小学校に通ったが、中学校には進
まず、母親の生計の手助けに専念した。
春になって雌鹿を
そんな竜夫にも自然の摂理の営みは巡ってくるわけでさ、
ま よ う
恋うる雄鹿の如く、姿の見えぬ相手を探して、山野を彷徨うことも多くなっ
た。
やがて、谷川で渓流の魚を獲ったりして、水浴びをして居るうちに、なに
やら得体の知れぬ衝動が股間に沸き起こり、摩羅が了え勃ち、痒みを伴って
ほとばしり
突き上げてくる衝動を持て余して摩羅を掴んで掻いている内に、ふとした切
っ掛けで内から迸り出て来る濃厚な臭いの液体の噴射でその衝動が消えるこ
とを知った。それが、竜夫が手淫を覚える切っ掛けだった。
レイプ(一)
25
だが、突き上げてくる性の衝動を抑えるには、それでひとまず事足りたが、
自 然 の 摂 理 で「 雌 」 を 恋 う る 胃 の 腑 の 裏 か ら 沸 き 起 こ る 衝 動 は 治 め る こ と が
できなかった。そんな竜夫がある日偶然、町に炭を売りに行く道すがら上の
山から下って来て、尾根道に出る直前に、尾根道を通って帰宅する清らかで
可愛気なセーラー服姿の和香代を栃の大木の陰から見かけた。
文字通り一目惚れだった。そのどこの誰ともしれぬ可憐な少女の姿が寝て
も覚めても竜夫の脳裏から離れなくなった。竜夫はその少女に憧れ、その姿
はさながら心の中の菩薩のようになった。もっと近付きたい…、もっと頻繁
に見たい…、そう思う気持が募れば募るほど、それはなかなか叶わなかった。
実際、その栃の木陰からその少女を見掛けられることは滅多になかった。
等女学校に進んで大人の身体
やがて二年が経ち、三年が経って、少女は高
なまめ
に成長し、抜けるような色白の身体からは、艶いた大人の女の色気が感じら
れるようになった。竜夫自身も大人の身体に成長していた。身の内から沸き
起 こ る 欲 情 は、 竜 夫 が 唯 少 女 を 憧 れ て い る だ け で は 済 ま せ ら れ な く な っ て い
26
レイプ(一)
った。竜夫の憧れは、少女を「自分のものにしたい…」という欲望に変わった。
だが、高等女学校の紋章の入った制服を着る少女は、
「しょせん竜夫には身分
違いの高嶺の花…」のように思えた。筋道を通して、
「嫁に下さい…」と申し
出ることなど、歯牙にも掛けては貰えないことは明らかで、竜夫の願望は「夢
のまた夢」に過ぎなかった。
「それでもなお欲しければ、力づくで奪い盗るしかない…」
た。
それが竜夫の出した結論だっ
ためら
「それも早い方がいい…、躊躇っていたら誰かに盗られてしまう」
せ
いた。頻繁に山の上か
竜夫はそう思った。若気の至りで、竜夫はことを急
ら下ってきて、例の栃の木陰から機会を窺った。そしてその土曜日、ついに
その絶好の機会が訪れた。少女を少し遣り過ごしてから、竜夫は林の中を駆
け降りて、和香代の前に立ち塞がった。
レイプ(一)
27
*****
外城田重三郎の配下の村山が、手下三名ばかりを連れて、下の尾根道から
上の山に続く渓流沿いの急な尾根を上がって来たのは、夏の日が沈み掛かっ
た頃 合 い だ っ た 。
竜夫の母、初音は、畑から戻って夕餉の支度をしながら、庭のそこここで
産みっぱなしになっている鶏の卵を笊に集めていた。卵も自分らで食べるこ
とは稀で、早朝に町の朝市に持って行けば、結構いい値で売れて、生計の助
けに な っ た 。
「おい、女…、竜夫たらいう餓鬼は居てるか…」
重三郎配下の山村の手下の一人が初音に訊いた。初音は、これまで見たこ
ともない四人の胡散臭い男達を見て、怖じ気付いて、返答せずに男達を見詰
28
レイプ(一)
めて い た 。
「… … … 」
「どないやねんな…、竜夫は居とらんのかいな…」
男は声を荒げて、もう一度訊いた。丁度その時、竜夫は、炭焼き窯の焚き
口 の 火 を 落 し て、 焚 き 口 と 煙 突 を 含 め て 三 ヶ 所 あ る 通 気 孔 を 粘 土 で 塞 い で、
なれら
蒸し焼きに入る準備を調えたばかりだった。
「竜夫は儂じゃが…、訊いとる汝等は誰じゃい…」
竜夫は、のっそりとした身のこなしで、炭焼き小屋から出て来て、男達に
聞い た 。
「餓鬼」というから、まだ若年の小男を想像していた山村たちは、目の前に
現われた胸板の厚い肩幅の広い大きな男を見て、一瞬怯んだ。
「儂らは、河西郡の大旦那、外城田重三郎はんの使いのもんじゃ」
村 山 が 名 乗 っ た 。
「随分と間が空いたが、やっぱり来たか…」
レイプ(一)
29
竜夫は頭の中で呟いた。
「その外城田はんが儂に何の用じゃい…」
竜夫は、炭で真っ黒に汚れた軍手を脱ぎながら、しらばくれて訊き返した。
「何の用か、儂らは知らんが、
「居てたら連れて来い…」云われとうさかい、
ここまではるばる登って来たっちゅうわけや…」
「なんや知らんが、子供の使いみたいな話っしゃな…、なんぼサンガやいう
た か て、 今 ど き 理 由 も な し に 警 察 で も な い も ん が 腰 に 縄 打 っ て 曳 い て 行 け る
わけもないやろう…、それに外城田はんともあろうお方が、口上もなしにた
だ闇雲に「連れて来い…」なんぞというのもおかしな話やで…、儂らはもう
これから夕飯を食い掛かるところやで、明日にでも出直して来てんか…」
そう云いながら、竜夫は用心深く四人の動きを窺いながら、山積みになっ
ている炭の原料にする木材を調える振りをして、獲物として手頃な樫の丸木
を探して、その中の手頃な一本を取りだして、剣術の振りよろしく、二、三度
空を切って打ち下ろした。
30
レイプ(一)
村山は、事と次第によったら竜夫が激しく抵抗して、四人とも無事に帰り
着けるかどうか保証がない…と、判断して、その日はそれで引き上げて行き、
事の次第を重三郎に報告した。
「そうか…、書状を用意するさかいに、明日また、まだ陽の高い内に儂の使
いとして、もう一度訪ねて行ってくれ…」
重三郎はそう云って、村山等を下がらせた。
こわっぱ
「小童と見て、軽く考えたようだな…、若輩ながら肝の据わった男のようじ
ゃ… 、
「すっきゃから盗った…」ちゅうのはどうやら本心のようだな、ならば、
さてどうするか…、先ずはともかく本人と会うて見てからのこととするか…」
重三郎は、頭の中で呟いた。
翌日重三郎は、手紙を持たせて、村山一人を遣いに立てて竜夫に会わせた。
レイプ(一)
31
前日と打って変わった丁重な口上を述べた村山を座敷に招じ入れたいとこ
ろだったが、サンガのあばら屋のこととて、座敷とてない故に、竜夫は炭焼
き小屋の側の前庭に据えてある手作りの大きな丸テーブルに配置された木造
りの椅子に村山を招じて、重三郎の手紙を受け取った。
なれ
「我が娘、和香代の将来に汝が大きな関わりを持っていることがこのほど判
明致した…、よって、汝の存念を質したい故に、この書状を届けた村山とい
う者と同道の上、拙宅まで罷り越されたい…
外城 田 重 三 郎 」
と、 書 状 に 読 め た 。
に目を通し了えると、竜夫は、母親に云って出してもらった洗いざら
書状
かたびら
たっつき
しの裁着と麻の長帷子を着て家を出た。
32
レイプ(一)
「なんも心配要らん、直に戻って来るよって…」
不安げな顔の初音にそう云って、竜夫は村山に従って山を下りて、外城田
家の 門 を 潜 っ た 。
竜夫に会った重三郎は、十六歳になったばかりという竜夫のがっしりした
体躯と共にその豪胆な面魂に心を動かされた。
「すっきゃったから盗ったんや、儂ら、まともに云うても相手にされんし、
誰にも渡したくなかったさかいに、無理やりにでも盗らなしょうがなかった
んや…、それが気に入らんからというて、儂が殺されるんやったら、それは
それで本望や…、とことん惚れとる女の為に死ぬなら、それは男冥利に尽き
る…と、思うとる…」
竜夫は、終始悪びれる風もなく、そう重三郎の目を見据えて云い続けた。
「豊臣秀吉の幼少時代の日吉丸も、こないな感じの腹の太い餓鬼やったんや
レイプ(一)
33
なか っ た の か … 」
重三郎は、目をらんらんと輝かして云う竜夫を見ながら思った。
「ええかア、よ~う聞けよ…、なんぼ法律で四民平等や云うてもなあ、古く
なれ
から慣わしてる仕来りや人の感情があるウ…、汝がどないに気張って和香代
をすっきゃと云おうが、サンガのままの生活を続けとる一家からなれを和香
代の婿に迎え入れるわけにいかんのや、しかし、これから云うことが肝心な
なれ
とこや…、ええか…、
和香代は、汝の種で妊ってもとったんや…、それを長いこと誰も気付かな
んだ…、遅過ぎて堕胎することがでけなんだんや…、
ふたつき
おとこ
その上に儂が県の役務で長いこと地元を留守にしとったよって、儂がそれ
を知ったのはつい五日ほど前やった…、もう妊娠八ヶ月にもなっとって、も
う二月足らずで身二つになんりよる…、
児やったら、汝とは関係なし
そこでこれからが儂の話や…、生れるのが男
の里子として、儂のとこで育てさせ、将来儂の家を継げるかどうか見てみる
34
レイプ(一)
なれ
おなご
つもりや…、生れたのが女児やったら、生れて直ぐにどこぞに里子に出すつ
もりや…、汝のうちで里子として育てたい思うんやったら、引き取るんも良
なれ
かろうが、しかし、乳をやれる女が居らんとあかんやろう…」
「…… … … 」
「それから和香代のことやが、汝がどんなに盗ったつもりで居っても、今の
ままでは汝にはやれん…、しかし、実際にある身分差も考えずに「すっきゃ
から」というて和香代をくすね盗って見せた汝の根性を見込んで、一つ難し
い課題を汝に出してやろうと、思い付いたことを話すさかいによおお聞け…、
先ず初めに、一週間以内に村山について東京へ行け…、そして猛勉強をし
て、来年三月に東京第一中学校に合格せい…、それから三年後に東京第一高
等学校を受けて合格せい…その三年後に東京大学を受験して合格せい、学科
は政治経済学部か法学部や…、東大に入ったら、二年ないし三年以内に中央
政府の上級職試験か司法試験に合格して、大学は中退し、中央政府の幹部候
補生になって、役人として働け…、それをやり通せたら、汝に和香代をくれ
レイプ(一)
35
て や ろ う や な い か …、 ど う や、 今 度 こ そ「 ほ ん ま に す っ き ゃ …」 と 云 っ て、
儂らから和香代を盗って見せたらんかい…、
なれ
が政府の役人になるまでの汝の最低限の生活費は儂が面倒見たろう、但
汝
し、学生寮がある場合は学生寮に入るんが原則や…、足らんかったら自分で
働いて補え…、それに、汝のおかんの生活が心配なら、それも儂が最低限の
けんこんいってき
援助をしたるよってに、心配せえでええ、汝の体力、知力、胆力、気力を総
動 員 し て、 本 気 で 和 香 代 を 盗 っ て 見 せ ん か い …、 乾 坤 一 擲 の 男 の 勝 負 や …、
やって見い…、あかなんだら、汝の願望は見果てぬ夢に終わると思うてやれ
や… 」
重三郎は、じっと竜夫の顔を凝視しながら言葉を続け、竜夫の表情の変化
を読んだ。竜夫は、歯を食いしばって、
目に力を入れて重三郎を見返しながら、
その話を聞いていた。
「これが外城田の旦那はんの儂に対する懲罰か…、この懲罰を乗り越えて、
36
レイプ(一)
今度こそ本気で和香代を奪い取って見せエ…ちゅうことやな…、わいがすっ
きゃと思うてたことがほんまもんかどうか、試される…ちゅうことや…、あ
かなんだらどうのこうのと云うようなことを考えるくらいなら、初めから止
めといたらええ…、何が何でもやり通す気いで、今度こそ本当に和香代を奪
い盗ったろうやないかい…」
竜夫は、重三郎の話を聞き終わって、内心に闘志を燃やして、そう思って
いた 。
だ ん
「だんはん、お話はよう解りました…、わし旦那はんの云わはる通りにしま
すウ…、あかなんだときのことなんぞ考えまへん…、和香代はんを本気で盗
るんが目的や…、石に齧り付いてもやり通すつもりだすウ…、但し、儂とお
かんの生活費のことは、最低でも何でもよろしゅうたのんまっせエ、五日の
内に支度調えますウ…、おかんには、こういう事情や…云うて得心してもら
い ま す ウ …、 お と や ん に は 冬 に な っ て 戻 っ て 来 た ら お か ん か ら 話 し し と い て
レイプ(一)
37
いとま
貰いますウ…ほんなら、儂はこれでお暇しますう…」
そう云って立ちながら、竜夫は、話の間ずっと隅の方で大きなお腹を抱え
てうなだれて話を聞いていた和香代の方に初めて目を向けた。
「和香代はん、えらい辛い思いさせてるようやけど、堪忍やでエ、身体労っ
て、丈夫で達者な児オを産んでや…、どんな事情になろうと、その児オは儂
と和香代はんの間の児オや…、それだけは、もう神さんかてどないもでけん
動かしようのない事実や…」
竜夫はむ和く香代に声を掛けた。あれ以来八ヶ月ぶりに見る和香代は、身重に
なって浮腫んで見えたが、それでもあの菩薩のような魅力は消えていなかっ
た。愛しさが募って、抱き締めたい衝動に駆られたが、竜夫はじっと堪えた。
「和香代はん、今旦那はんに約束した通り、石に齧り付いても儂に出された
課題はやり遂げるさかいに、八年間辛抱しててや…、
その暁には、今度こそ、本気で和香代はんを奪い盗りに来るよってに…
38
レイプ(一)
ああ、そうや、男意気地の船出の花道や…、大儀でなかったら、門を出た
とこで、威勢よう切り火を切って送り出しておくれやないかあ…、和香代は
んに切り火切って送り出してもろうたら、何倍も勇気が湧くように思うよっ
てに … 」
竜夫は、役者が見栄を切って花道を去って行くかのように、威勢を張って
外に 出 た 。
***** 了
レイプ(一)
39
第二話
和香代は、八月の末に男児を生んだ。生まれ落ちた時から活力のある元気
な 児 だ っ た。 目 が 明 い て、 目 鼻 立 ち が は っ き り し て く る と、 そ の 顔 つ き は、
先代の当主、重蔵に似ているようだった。だが口を真一文字に閉じて、睨み
付けるように相手を見るその面魂は、紛れもなく竜夫の血を引いていると思
わせた。その児の身体の特長で、何より突出して見えたのは、大きな陰嚢を
両脇に従えた股間の一物の威容だった。それには、さすがの摩羅自慢の重三
郎も 唸 っ た 。
と き だ
その児が先代の重蔵に似ていた為に、重三郎は、生まれた児を和香代の子
供 と し て 認 め、 勝 蔵 と 名 付 け て、 父 親 不 記 入 の ま ま 嫡 出 子 と し て 届 け 出 た。
重三郎は、何れ外城田家の当主としての必要な教育を和香代に施して、折り
を見て自分が隠居して、和香代に当主を引き継がせることにした。
40
レイプ(一)
重三郎は、竜夫が和香代の婿として、外城田家に入って、外城田家の当主
を名乗るなどは、論外だと思っていたし、竜夫が与えられた課題を全てやり
おおせるとは信じていなかったので、このことは、竜夫には知らさなかった。
勝蔵は、同年の標準より図抜けて大きく、逞しく育っていった。早めに乳
離 れ さ せ て、 和 香 代 か ら 引 き 離 し、 男 の 養 育 係 を 付 け て 育 て た。 重 三 郎 は、
勝蔵の面魂がことのほか気に入っていた。三歳になると、昔のように頭の三
ヶ所に髪置きをして、紐で結わえ、裸に丸金と染めの入った腹掛だけを着せ
て遊ばしていると、その姿はまさに生きた坂田金時そのものだった。腹掛の
先で隠し切れない大きな股間の三つ揃えの一物が勝蔵の活力を象徴している
よう だ っ た 。
勝蔵の乳離れを了えて、和香代が子育てから解放されると、重三郎は、和
香 代 を 神 戸 の 別 宅 に 移 し て、 私 立 神 戸 女 学 院 の 高 等 部 に 改 め て 入 学 さ せ た。
レイプ(一)
41
そして、良家の娘たちに施す良妻賢母型の教育を通して、サンガの倅によっ
て陵辱された…という、あの忌まわしい痕跡を和香代から払拭させるように
腐心 し た 。
*****
東京に出た竜夫の生活は、全て山村が差配した。
重三郎から与えられた課題の中で最大の難関は、実は東京第一中等学校を
受験して、合格を果たすことだった。小学校を卒業して以来、勉学から遠ざ
かって四年以上の空白があり、僅か七ヶ月ばかりの間にその空白を全部埋め
て最高レベルの競争試験に打ち勝たねばならないのだ。竜夫は、山村の奨め
で中学受験塾に通って勉学することになった。そして毎日睡眠時間三時間で、
42
レイプ(一)
夜もなく昼もなく、誘惑にこと欠かない初めての大都会で、脇目も振らずに
学んだ。幸い、サンガの苦しい生活で幼時より鍛えた屈強な体力が味方した。
三時間で睡眠が足りるように熟睡して、頭をすっきりさせる術を会得した。
「必ず合格しなければならない
更に竜夫に味方したことがあった。それは、
から、そのための良い勉強の仕方を指導して欲しい…」と云う竜夫に応えて、
塾の講師が竜夫だけに特別の対策を作ってくれたことだった。その対策とは
は、
「東京第一中学校で出そうな問題集」の山だった。竜夫は、最後の三ヶ月
間をその「出そうな問題」だけを徹底してやった。それが功を奏した。そして、
竜夫は、最初で最大の難関を突破した。
「そ う か … 」
村山からの報告を受けて、重三郎の口を突いて出た言葉は、唯それだけだ
った 。
東京第一中学校に入ると、竜夫の立場はがぜん優位になった。五歳の年の
レイプ(一)
43
差は、体力的にも他の同級生ばかりでなく、最上級生をも圧倒した。その優
位な体力を利して、猛勉強を続けると同時に、柔道と剣道の部活動にも励ん
で、それを通じて知力体力共に優れた生徒を集めて、それを束ねた。
そのような内から発散するエネルギーに溢れた竜夫に「虫」が付かないは
ずは な か っ た 。
竜 夫 の 様 な エ ネ ル ギ ー 溢 れ る 中 学 生 に 興 味 を 示 し て、 近 付 い て 来 る の は、
皆「水商売の女達」だった。竜夫は、極自然に「女遊び」を覚えた。それも、
自分から金を出す必要はなかった。女達の方が竜夫たちを思い思いに
「抱え」、
情交の秘術を教えただけでなく、しばしば「小遣い」さえ懐に捻じ込んでく
れた 。
こうなると、竜夫は、日常生活では殆ど山村の差配から外れるようになっ
た。しばしば女達の住まう「高級邸宅」に泊り、そこから通学したりした。
「そうか…」村山からの報告を聞いて、重三郎は、相変わらず一言そう答え
44
レイプ(一)
るだ け だ っ た 。
「竜夫が挫折するのも、時間の問題やな…」
重三郎は頭の中で呟いた。
女に
だが事実はそうはならなかった。竜夫は、女達に寵愛されはしたが、
ほとばしり
溺れなかった。むしろ女達の性欲の赴くところに従うことが、内から迸り出
て来る自らの性欲の捌け口として丁度良かったのだ。女達の邸宅から学校に
通う方が身も心もすっきりして、勉学にも武術にも身が入った。
そして、竜夫は、東京第一高等学校の入学試験に合格する…という、二番
目の課題も突破した。
「 一 高 」 に 入 る と、 殊 に そ の 学 生 寮 は、 弊 衣 破 帽、 高 歌 放 吟 の 硬 派 蛮 カ ラ
風が校風になっていた。男だけが集うスポーツを好み、特に山をこよなく愛
した。だが一高生とて木石ではなかった。知的な最高学府の蛮カラな校風が、
反えって「知的で清潔」だという印象を与え、これを賞味したがる虫にはこ
レイプ(一)
45
と欠かなかった。そんな虫の多くは相変わらず水商売の女が多かったが、外
もっとも
国語の一つや二つは自由にこなすような、高級クラブやキャバレーの高級女
給、時にはその女将だったりした。尤も彼女らは、竜夫の旺盛な性欲にはし
ばしば辟易させられた。一度味わったら、「大事な商売道具が壊れる…」とて、
ふ ぐ
腰が引けて敬遠するようなこともしばしばだった。
「河豚は食いたし、命は惜しし…」の例えで、舌がぴりりと痺れ
それでも、
るようなスリルを味わいたくなるのも、世の仲の常…、
竜夫は遊び女に不自
由したことはなかった。この段階になると、青春時代の最後の自由を満喫で
きる段階、付き合いの幅も広がり、今までとは違った種類の女達との出入り
も現われてきた。それは良家の子女たちとの交流だった。
大を経て、役人への出世…と、相場が決ったよ
一高生だったら、何れはひ東
の も と
うなもの…、役人天国の日の本なれば、よろずビジネスの先行きの利を見越
して、役人の卵たちとの縁を結んで置くにしくはなし…と、思ってかどうか
は知らぬが、兎に角何かとパアーティ等にも招かれて、胸も露わなドレスに
46
レイプ(一)
身 を 包 み、 淑 や か に 可 愛 ゆ 気 に 振 舞 う 良 家 の 子 女 た ち と の 交 流 は 確 実 に 増 え
てい っ た 。
おなご
しかし竜夫は、目の前にコマセを撒かれて、がつがつと食い付いたり、飛
んで来た擬餌針に飛び付いて引き込むような悪食でもなかった。竜夫は、自
分の性欲の赴く対象とは別の次元のところにいるこの手の女子たちには、以
外と淡泊な目を向けていた。
更に三年が経ち、竜夫は、既定方針通り、東京大学政治経済学部に入学した。
そして、一年後と二年後に、国家公務員上級職試験を受けて、何れも不合格
に な っ た。 そ の 不 合 格 に な っ た 理 由 が 竜 夫 自 身 の 出 自 に 問 題 が あ っ た … と い
うことが、ずっと後になって判った。
何れにしてもこの段階で、竜夫は自分の約束を果たせなくなった。しかし、
竜夫は落胆しなかった。その理由は、中学入学以来余りにも多くの女達との
出入りがあった為に、
「女は和香代だけではない…」と竜夫が思うようになっ
レイプ(一)
47
ていたからだった。手段がどうあれ、あの少年時代のような純粋な気持と激
情の末なら和香代と夫婦になることもできたのだろうが、八年もの間を開け
て、さまざまな女出入りの経験を積んでは、もうあの当時の純粋な気持を維
持することはできない…と、竜夫は覚っていた。そして、竜夫が最後の最後
で目的を果たせないことも、重三郎には初めから判っていたことだったのだ
と、竜夫は思い至った。
「そ う か … 」
と き だ
竜夫が上級職試験に不合格になったと山村が伝えると、二度とも重三郎は、
そうぽつりと一言云っただけだった。
いきさつ
城田家との関係は切れた。和香代と
二度目の上級職の不合格で、竜夫と外
の 間 の 児 が 産 ま れ て い る は ず だ が、 そ れ が ど ん な 児 か、 そ の 後 ど の よ う な
経緯になったのか…、竜夫は何も聞かされておらず、その児に特別な感情も
抱い て い な か っ た 。
48
レイプ(一)
しかし竜夫は、一度目の上級職不合格の後、既に先行きの方針を決めてい
たとえ
た。 そ れ は 、
「喩え二度目に合格しても、中退して役人になるような無様なこ
とはしない…」と云うものだった。大学は正規の通り卒業するつもりだった。
*****
そしてその先に進み、海外留学してその上の資格を取り、帰国して政界に入
るつもりにしていた。
レイプ(一)
49
第三話
その竜夫の「つもり」を確信に近くしたのが、大学一年の夏の中軽井沢で
の薫との出逢いだった。
薫は、政財界の大立者、藤川愛一郎の一人娘で、愛一郎の経営する横浜タ
イヤの株式十パーセントを保有する大株主でもあった。
薫は、瓜実顔の美人で、気品のある清楚な、そして賢そうな佇まいを持つ
女だ っ た 。
夏の休みを中軽井沢の別荘で過ごしていた時の早朝、いつも
そ ん な 薫 が、
あさもや
だけかんば
のように細い岳樺とカラマツの入り交じった、朝靄に霞む林を朝露に濡れた
下草を踏みしめながら散歩をしていた。その林は、藤川の家の所有地の枠域
に入 っ て い た 。
とりわけどこにも標識や縄張りが施してあるわけではなかったが、滅多に
50
レイプ(一)
他所者が入り込むことはなかった。その日、竜夫が軽井沢のホテルから散策
に出てそこへ迷い込んだ。
「やあ…、どうやら道に迷ったようで…」
霧の中から目の前に現われた薫を見て、にっこりと微笑んで、声を掛けた。
「ここは私有地ですのよ…、でもどこにも標識も何も立ててないものですか
ら、偶に迷い込んで来られる方がいらっしゃいますわ」
色気を湛えた微笑みで、竜夫を見詰めながら答える
目元にそこはかとなすい
がたかたち
薫の物言いには、その姿貌に相応しい上品さが漂っていた。
たおや
竜夫は、東京大学の銀杏の葉の徽章の付いた角帽を被り、同じく徽章の入
った五つ釦の制服を着ていた。それが薫の警戒心を取り去った。竜夫は、薫
の清楚で、嫋かで上品な姿貌と物言いに心を打たれた。
「貴方のような方に会えて嬉しいな…ぼ、ぼくは…」
竜夫は、しゃっちょこ張ったような調子で、云った。
レイプ(一)
51
「う ふ っ … 」
すく
薫は、ちょこっと首を竦めて、悪戯っぽく覗き込むようにして、笑った。
「私、薫と云います…藤川薫よ…、貴方は…ッ」
薫が自己紹介した。
「ぼ、ぼくは、上ノ山竜夫です…、東大の一回生です…」
竜夫は、薫の品に釣り合いが取れることを狙ったかのように、殊更「東大」
に力を込めて云った。
「東大生だって、判っていましたわ…」
薫は、また悪戯っぽい目をして、竜夫の目を見詰めて云った。
「少なくとも、儂に好感を持ってくれている…」
竜夫は頭の中で呟いた。
その時だった。薫は、まるで強い磁石で吸い寄せられるようにして、竜夫
の胸の中に吸い込まれるように倒れ掛かっていった。
「どうしましたか…、大丈夫ですか…」
52
レイプ(一)
も た げ
竜夫は、逞しい胸板で彼女の身体を受け止めて抱きかかえた。薫の身体は、
まるで実態がないかのようにふにゃっとした感触で柔らかだった。
それに反応して、竜夫の欲情が頭を持上げた。そうするのが自然なように、
竜夫の右手が薫の長くて薄いワンピースの裾をたくし上げて、掌で薄いショ
ーツの上から彼女の尻を掴んだ。その尻もふにゃっとマシュマロのように柔
らかく、心許な気な感触だった。竜夫の左腕は、彼女の細い腰をしっかりと
抱 き 寄 せ て い た。 竜 夫 の 怒 張 し た 一 物 が 彼 女 の 柔 ら か な 太 股 の 付 け 根 を 圧 し
付けてその意思を伝え、自然の流れで右手が彼女のショーツをずり下げた。
「いけないわ…こんなところで…」
薫は、もがいて逃れようとした。だがそれは力なく、形ばかりの抵抗に見
えた。竜夫にはもうその行為を止める理性が戻らなかった。竜夫の脳裏に和
香代を犯した時の遠い記憶が甦った。だが状況はあの時とは明らかに違って
いて、二人の合意の上での成行きに思えた。
竜夫は、薫の喉元や首筋を唇で吸い、右手は、ずり下げられたショーツの
レイプ(一)
53
前から股間に割って入り、彼女のオメコを掴んでいた。そこは、手入れをし
て い る の か 短 い 毛 で 覆 わ れ て い て、 や は り マ シ ュ マ ロ の よ う に 柔 ら か く て、
湿り気が多く、彼女が興奮し初めていることが分った。竜夫はもう引き返せ
なかった。竜夫の指がお実を探り当てると、薫は電気に打たれたように尻と
太股を激しく震わせ、「ああ~ッ、だめよ…だめッ…」と小さな声で云った。
だが、それは竜夫の行為を拒むのではなく、迎え入れようとする声のように
聞こ え た 。
薫の空割の湿り気が更に増えて、竜夫の指の滑りが良くなり、薫のヴァギ
ナの入口を捉え、その中に易々と潜り込ませることができた。
それで、竜夫は薫が生娘ではないのだと理解した。
「だめ、ここではいやッ…」
薫は小声で云って身体を捩って抵抗しようとした。だが、竜夫はもうそれ
を聞き入れるだけの理性を取り戻してはいなかった。手慣れた手付きでズボ
ンのベルトを緩めて、ズボンをパンツごと引き下ろし、怒張した摩羅を引き
54
レイプ(一)
出して、一気に薫のヴァギナに突き通した。
「ああ~ッ、だめだと云ったのに~ぃっ…」
薫はその大きな衝撃で上体を大きく後に退け反らせた。その弾みで、竜夫
の左腕で抱え込まれていた腰から下が前に突き出た、竜夫の摩羅は更に奥ま
で入り込み、子宮口に突き当たった。薫が全身をがたがたと震わせ、更に上
体を退け反らせた。竜夫は、上体を反らせた薫の腰を両腕で抱えて、立った
ままの姿勢で、腰を上下に動かして一儀に及んだ。薫は目を閉じて喘ぎ、
「あ
あ~ッ、もうだめッ…」と声を細く引いて身体の力を抜いた。薫の体重が全
て竜夫の両腕に懸かった。竜夫は、その声を聞いて更に腰遣いを激しくして、
終に精を噴射させた。竜夫は、例によって摩羅が完全に萎えるまで、四度も
五度も行為を繰り返し、薫を翻弄し、すっかり腰の抜けた状態にさせた。
だが、それは、薫にとっては、初めて経験する「目眩く性愛」の極みだった。
み に な っ て、
竜 夫 は、 こ と が 終 わ る と、 薫 の 腰 を 宙 に 抱 え た ま ま、 前 か が
、 、 、 、 、
薫のオメコを舐り回した。薫にそんな「恥ずかしい」行為をしてくれた男は
レイプ(一)
55
居なかった。その竜夫の行為がまた薫に新たな快感をもたらし、それが自分
を慈しむ竜夫の愛の証しのように思えた。薫は、竜夫の性の虜になった。
「家族は皆東京に戻っていて、下働きの他は、私一人しかいませんから…」
そう云って、薫は竜夫を自分の別荘に招き入れた。東大の徽章の入った学
帽と制服を着た竜夫を薫が連れて来ても、下働きたちは別段気にも留めなか
った 。
それから三日三晩、二人は性愛の饗宴に身を任せ、くたくたになって一昼
夜抱き合って眠った。
とことん満ち足りて、二人は一緒に東京に戻った。
「時が来たら必ず薫さんを妻に迎えたい…」
そう云って、所在を教え合って、尽きせぬ別れを惜しんで、竜夫は、タク
シーに乗って去って行く薫を見送った。
それ以来、二人の濃厚な性愛関係が続いた。翌年の秋に薫が妊った。
56
レイプ(一)
「私の妻として薫さんを下さい…」
竜夫は、臆することなく藤川愛一郎、紀和夫妻の前で堂々と申し込んだ。
「学 生 の 分 際 で … 」
愛一郎は、一人娘を盗られて苦々しく思ったが、薫が妊っていると云う現
実の前には、妥協の策を講じないわけには行かなかった。
藤川愛一郎は、竜夫の今後の人生設計の方針を聞き正した。
「ケンブリッジ大学とスタンフォード大学のビジネススクールでPh.Dの
学位を取って、政界に入るつもり…」
そう云う竜夫の構想を是として、竜夫の願いを聞き入れ、内々で薫との祝
言を済ませて、二人にレジデンスを当てがった。これによって、竜夫は、山
ノ上姓から藤川姓に変わった。
愛一郎は、また、東大を卒業するまで、大学の講義のない時間を利用して
竜夫を自分の私設秘書として使い、政界での経験を積ませることにした。そ
れによって、竜夫の将来の進路が中央政界に向かうことが決った。
レイプ(一)
57
いたいけ
その年の末に、長女の愛が生れた。愛は薫に良く似た幼気な女児で、その
ため愛一郎と紀和の溺愛を欲しいままにした。
えんおう
薫には不思議なところがあった。 たおやか
さとは裏腹に、閨では奔放で淫蕩な女
外見や立ち居振る舞いの上品さ、嫋
に変身して竜夫を飽きさせなかった。その落差の大きさが竜夫には魅力的だ
った。そして二人は、相性の良い鴛鴦の関係を保ち続けた。
二年後に東大を卒業すると、竜夫は大学院に進み、大学院在籍のまま休学
して、ケンブリッジ大学のビジネススクールに留学した。国際的に通用する
政治経済学のMBAの学位を取るのがその目的だった。
当然のように薫が愛と乳母と女中一人ずつを連れて従いて行った。広い庭
付きのチューダー王朝時代の貴族の屋敷のような大きな屋敷を借りて住ま
58
レイプ(一)
い、さながら「殿様気分」の贅沢な二年間だった。この間に、
次女の節が生れ、
愛が地元のプライマリー スクールに通いはじめた。
ケンブリッジでMBAを取ると、一旦帰国して、学位認定書を提出して東
大の修士号を受けると、今度はアメリカ カリフォルニア州のスタンフォード
大学のビジネス スクールに留学した。今度の目的は、経営管理工学のMBA
とPH.D.を取得することで、期間が四年と長かった。
スタンフォードにも、薫は二人の娘と乳母一人に女中二人を伴って従いて
行っ た 。
「竜夫無しの生活など考えられない…」
というのが最大の理由だった。
「将来の投資にもなるから」とて、
薫は、スタンフォードに移ると直ぐに、
自分の自由になる金に飽せて、スタンフォードの郊外に壮大な土地付きのレ
ジデンスを購入して移り住んだ。家の敷地の外れにある形ばかりの門を潜っ
て玄関の車寄せまで四百メートル以上もある…と云う、余りに広大な邸宅の
レイプ(一)
59
ため、スクールに通う竜夫はもとより、日常買い物などで動き回る必要のあ
る女中たちも車の免許を取って、それぞれの自動車を持つ必要があった。そ
の上に、愛のスクールへの通学と薫自身の「お出掛け」の為に、アジア系の
ドライバー付きのハイヤーを常時雇い入れた。このようなことができるのも、
薫が大株主として所有する株式の配当金が毎年使い切れないほど多額に上る
から だ っ た 。
薫は、少女時代からそういう「極め付きに裕福な」生活環境に慣れ切って
い て、 金 銭 的 な こ と は 全 部、 父 親 の 指 名 す る 弁 護 士 と 税 理 士 に 任 せ 切 り で、
自分がどれほどの資産を持っているのか全く知らず、考えてみたこともなか
った 。
そんな薫に今は「丸抱え」になっている竜夫も、次第に金銭的なことには
無頓着な生活態度に馴されていった。金の出所は、
薫の汲めども尽きせぬ「深
ひんしゅく
い泉」というぐらいのことしか知らず、そのようなことを話題にすれば、
「は
したなく、見苦しいまね…」と、薫のみならず、一家の顰蹙を買いかねなか
60
レイプ(一)
った。竜夫の生活は、薫の婿に収まって以来、そんな風に薫に「丸抱え」で
頼り切りだったが、当人はそんな意識もなく、薫もそのような意識で竜夫を
見たことは一度もなかった。二人にとっては、それが納まるところに納まっ
た当然の姿に外ならなかった。
スタンフォードに移った翌年、薫が妊り、その年の末に長男の京一が生れ
た。
藤川財閥の跡継が生れたことで、薫はもとより父親の愛一郎と母親の紀和
も共に喜び安堵した。二人は、丁度年の瀬に生れたとあって、大晦日の前日
にスタンフォードに飛んで来て、
「床上げ」が済んで産院から退院して来たば
かりの薫と赤児を囲んで、盛大に正月と京一誕生を祝った。
それから三年が経ち、四年目に竜夫は、経営管理工学のMBAとPh.D.
を取得して、一家は日本に帰国した。この時、愛は、既にハイスクールに進
レイプ(一)
61
学 し て い て、 ア メ リ カ 流 の 現 代 的 な 感 覚 を 身 に 着 け た 少 女 に 成 長 し て い て、
そのまま保護監督者を付けて、スタンフォードに残して現地の教育を続ける
かどうか思案のしどころだったが、
「日本人としての教育も必要…」
薫の鶴の一声で一旦日本に引き上げさせた。
日本に戻ると、竜夫は直ちに藤川愛一郎の秘書として、政界に身を浸して
いった。政財界の大立者藤川愛一郎の娘婿、ケンブリッジBSの政治経済学
M B A 取 得、 ス タ ン フ ォ ー ド B S の 経 営 管 理 工 学 M B A と P h. D. 取 得、
どれ一つ取っても政界で躍進していくための肩書きに不足はなく、その上妻
の薫の潤沢な資金援助が望め、竜夫は、一気に政界の出世街道を駆け上がる
かに 見 え た 。
政界入りして二年後の自身初の総選挙で、竜夫は、藤川竜夫として、京都
三区から無所属で打って出た。だが、竜夫の出自が元不可触賎民に属したサ
62
レイプ(一)
ンガだった…と云う噂がマスコミを中心に流され、そのネガティブ キャンペ
ーンの中で、藤川愛一郎の懸命の支えにも拘わらず、惨敗を喫した。そのよ
うなネガティブ キャンペーンを張らせた大元は、竜夫が当選後入党するつも
りだった民自党の中で、藤川派の反対派閥に属する候補者たちだった。
「互いに利害の相反する政党間の対立
この惨敗で、竜夫が会得したことは、
軸の中の政治力学ばかりでなく、同一政党内の主張の違う派閥の対立軸の中
の政治力学を巧みに管理する必要があり、それ抜きには、どのように理想的
な政治理念を掲げても現実政治には何も反映されない…」ということだった。
「サンガの出自」を取り立てて
とりわけ竜夫の心に深く染みついたことは、
囃 し、 今 ど き 四 民 平 等 の 理 念 に 反 す る 不 公 正 な 否 定 的 キ ャ ン ペ ー ン を も っ て
する卑劣な挙に出る輩に対する拭い難い憎しみの感情だった。それは、自分
自身の「全否定」に繋がり、断じて認めるわけにはいかない…」というのが
竜夫 の 思 い だ っ た 。
レイプ(一)
63
竜夫は、その後、藤川愛一郎の引きで、民自党に入党した。だが。敢えて
藤 川 派 に は 加 わ ら な か っ た。
「義父に余計な心痛を賭けたくないから」とい
う 思 い か ら だ っ た。 そ し て、 竜 夫 は、 敢 え て 自 ら の 出 自 を 隠 そ う と は せ ず、
今なお不公正な差別を被る人達への共感をあからさまにする弁舌を繰り広げ
て、これと闘おうとした。
初めは、政府与党を構成する民自党内で、そのような竜夫の言動、行動を
快く思わない輩が多かった。
だが、いわゆる「同和問題」を初めとする、被差別集団の差別からの真の
解放を求める声の高まりの中で、実際の行政に携わり、この問題に直面する
ことになった中央、地方の官庁の役人たちが、先ず始めに腰砕けになった。
彼らは、その問題の真の解決の為の努力をするのではなく、現実を糊塗し
て、誤魔化しの妥協と「譲歩」によってことを丸く収めようとすることを旨
とし は じ め た 。
それに呼応するかのように、政府与党内の雰囲気もそれに右へ倣えの姿勢
64
レイプ(一)
になっていき、竜夫の言舌にとやかく云う者は居なくなった。竜夫のグルー
プは、保守的な与党の中でも「進歩派」というレッテルを貼られて、世の中
*****
の進歩主義の動向に対処する「ガス抜き」的な役割を担うものとして、政府
与党内で市民権を得ていった。
った。竜夫の最
この間に藤川家に起こったことは良いことばかりではないか
じ め
初の衆院選の惨敗は別にして、愛に「帰国子女に対する苛め」の問題が発生
した 。
「毛色の変わった者」に対する苛め
古来から日本の閉鎖的な地域社会では、
は常のことだった。それは、民主平等の社会になっても何ら変わらなかった。
「異種少数者」が排除されるのが今に変わらぬこの国の風潮だった。
レイプ(一)
65
愛は、幼少のころより英語社会で育ち、その生活感覚もイギリス人やアメ
リカ人と同じだった。竜夫も薫も取り立てて愛に日本語教育を施さなかった。
子供たちには、日本という閉鎖的で狭い世界ではなく、
「全地球的な」広い世
界で活動して生きていってもらいたいと願っていたからだった。だが、スタ
ンフィードを去るに当って、
「日本人としての教育も必要」として、愛を現地
に残さなかったことが、現実に対して合理性に欠けていたことが分った。
愛 は、 日 本 の「 ノ ー ブ ル な 家 庭 」 の 子 女 た ち が 通 う こ と で 知 ら れ る 誠 心 女
子 大 学 の 中 学・ 高 校 部 に 編 入 学 さ せ た。 そ れ を 決 め た 時、 少 な く と も 薫 は、
そのような苛めが起こることを予測していなかった。それは、そこが自分が
十年間の穏やかな青春時代を過ごした母校だったからだった。
愛に対する苛めは、初めに教師から始まった。日本語を話そうとせず早口
の英語で捲し立てるように聞こえる喋り方をする愛に、嫌みを云ったり、ひ
どい侮辱の言葉を投げ掛けたりすることに始まった。それが生徒たちに伝搬
66
レイプ(一)
した。愛が外国人だったらそのような仕打ちはなかったのだろうが、日本人
の愛が専ら訳の判らない早口の英語で話すことが癪の種になったのだろうと
思わ れ た 。
愛 に し て み れ ば、 な ぜ 自 分 が そ の よ う な 仕 打 ち に あ う の か 理 解 で き な か っ
た。薫は、学校当局に事態を告げて、改善を求めた。だが学校当局は、
「その
ような事実は確認できていない…」との一点張りで、何ら事実を解明しよう
とする姿勢すら示さなかった。
愛は、不登校になって、家に引き篭もるようになった。薫は、愛の通学を
止めさせて、スタンフォードのハイスクールに戻すことを考えた。
「それでは唯の泣き寝入りだから、愛が精神的な傷を受けて不
だ が 竜 夫 は 、
登校になっているという事実を訴えて、学校側の現状改善を求める仮処分を
求めて地裁に提訴すべきだ…と、如何にも政治家らしい主張をした。
薫は、竜夫の奨めに従った。地裁から薫の告発の趣旨を聞いて、今度は学
レイプ(一)
67
校側が顔色を変えた。裁判に懸かる前に弁護士を通じて和解の申出があった。
併 せ て 特 に 名 指 し の あ っ た 三 人 の 教 諭 を、
「 教 育 者 に あ る ま じ き 所 業 …」 と
し て 懲 戒 免 職 に し、 愛 の 苛 め に 積 極 的 に 加 担 し た こ と が 明 ら か に な っ た 生 徒
七人を退学処分にして、愛とその父母に謝罪をし、再度の登校を促した。だ
が、一度傷付いた、愛の心は癒えなかった。その理由は、三人の女子生徒が、
嫌がる愛を押さえつけて代わる代わる膣に指を突っ込んで掻き混ぜるなどし
て、処女膜を含む膣口や膣壁に裂傷を負わせ、それを回りを取り囲む生徒に
見せ付けた…と云うような、信じられないような辱めを加えた犯罪行為が伴
っていたからだった。
それを知って、薫は、身重の身を押して、改めて弁護士を通して、退学さ
せ ら れ た 七 人 の 他、 そ の 行 為 を た だ 黙 っ て 見 て い た 十 三 人 の 女 生 徒 た ち を 共
同正犯として地裁に刑事告発した。
こ の 事 件 は、 劣 悪 な 漫 画 や ア ニ メ を 通 し て 日 常 的 に 子 供 た ち が 接 し て い る
68
レイプ(一)
残虐な性行為に対する感覚の麻痺を象徴的に示すような出来事だった。
行動の遅い裁判官にしては珍しく迅速な審理が行われ、二十人全員の自供
に従って、愛の主張が裏付けられ、主犯の三人の少女たちの最長三年、その
他の少女たちの二年から半年間の少年院矯正施設での矯正教育が課せられて
結審 し た 。
まなむすめ
そ れ ぞ れ の 親 た ち か ら 精 神的慰謝料の提示による 示談の 申出が あったが、
薫にとっては、そんなものは何の意味もなかった。その申出を全部断って無
視し た 。
娘が心身共に深く傷つけられたその悪夢のよ
薫にとって大事なことは、愛
うな現実から抜け出て、広く世界を羽ばたいてくれるようになることを望む
こと だ け だ っ た 。
*****
レイプ(一)
69
そのような深い心痛を味わった月日にも拘わらず、薫はその年の暮れに二
人目の男児、京二郎を産んだ。
翌年、薫は、節と京一を日本に残し、愛と京二郎を連れて、乳母一人女中
二人を伴ってスタンフォードに戻った。全て、アメリカという自由な空気の
中で愛が受けた心の傷を癒し、再び活力を取り戻して闊達に生活していける
ようになることを願ったゆえの選択だった。
薫 は、 夫 の 竜 夫 が 私 生 活 を 含 め て ス キ ャ ン ダ ル に な る よ う な こ と に は 手 を
染めない…と確信していた。そして、
自らも、
娘の愛の心の傷の回復の為なら、
自分の欲望を捨てることを厭わなかった。それに、竜夫は、薫が呼ばなくても、
花の蜜に吸い寄せられるように、しばしば飛行機に乗って薫の元に飛んで来
た。我慢ができないのは、薫よりも竜夫の方だということが判っていた。
70
レイプ(一)
*****
そ れ か ら 二 年 後、 竜 夫 は、 四 年 間 じ っ く り 準 備 を 整 え て、 京 都 四 区 か ら、
衆院選に立候補した。その選挙区は、南丹後地方の綾園町を中心にした比較
かわなめし
的に小さくまとまった地域だった。この地方は、また、畜産に伴う牛豚の解
体処理と精肉生産や、皮鞣などに従事する有力な業者が散在しており、それ
を牛耳っているのが、元の被差別集落の住人だった。
前 回 の 選 挙 で、 竜 夫 の 出 自 が 西 丹 波 の サ ン ガ の 家 系 で あ る こ と が マ ス コ ミ
を通じて広く宣伝されたことにより、綾園の有力な産業である解体・精肉・
鞣業の業界に藤川竜夫の名前が浸透し、四年間の間に竜夫があたかものその
業界の代表のように思われるようになり、竜夫の人気が不動のものになると
共に藤川竜夫の確固とした地盤が築かれていった。
選挙が始まると、竜夫は、自分の選挙区で自分の支持者の前で演説したの
は唯一日だけで、後は選挙参謀に任せて、自分のグループに属する他の若手
レイプ(一)
71
の候補者の応援演説に奔走した。竜夫の当選は、初めから決っているような
ものだった。竜夫に必要なことは、自派の勢力を一人でも多く拡大して、自
党内の派閥力学に重要な力を発揮するように力を入れることだけだった。そ
して竜夫は予定通り初当選した。時に四十一歳、新進気鋭の精力の最も充実
している歳のことだった。
初登庁で、初めて国会の本会議場の赤絨毯を踏んだ時、竜夫は、感動で全
身武者震いさせて、天を仰いで瞑目した。その感動は、竜夫の議員生活で生
涯忘れえないものになった。臨時国会が終わり、自然休会に入ると、竜夫は、
待ち兼ねたようにして、スタンフォードに飛んで、薫と勝利の感動を分かち
合 っ た。 そ れ が 二 人 の 間 の 濃 厚 な 愛 の 交 換 に な っ た こ と は 云 う ま で も な か っ
た。
竜 夫 の そ の 後 の 政 治 活 動 は 目 覚 ま し か っ た。 そ し て 保 守 党 内 の「 進 歩 派、
72
レイプ(一)
ハト派」として、常に一言を有する立場を取ると同時に、派閥の対立軸の動
向を巧みに先取先見して与党内の権力闘争の荒波を渡った。
竜夫は、もう一方で常に義父の藤川愛一郎の派閥の動向に添い、自らの派
閥を突出させるようなことはしなかった。そして、後には民自党幹事長や内
閣官房長官などの要職にも就いたが、決して総理総裁の地位に就こうとはし
なか っ た 。
***** 了
レイプ(一)
73
了
レイプ(一)
74
膣痙攣
ー 幼い性の結末
膣痙攣
1
その時、上諏訪の駅には、近隣近郷から列車通学して下校する中学生や高
校生が多数寄り集まって、姦しくさんざめいていた。それは、学校が夏休み
に入る前の、蒸し暑い日没前、茜射す時刻のことだった。
当時、中央本線は、気動車による単線運転をしていて、通勤通学のピーク
時や特急列車の通過時には、茅野、上諏訪、下諏訪など諏訪湖周辺の主要駅
で上下線の交換が行われていた。
学生、生徒たちは、あるいは駅前広場で、あるいは駅屋舎の待合室やホー
ムの上で、思い思いの小グループで寄り集まって、期末試験の出来不出来の
こと、もうすぐやって来る夏休みのこと、それに何よりも意中の異性のこと
などを話し合い、突然笑い声を爆発させたりして、列車の到着を待っていた。
2
膣痙攣
「き ゃ あ 〜 っ 」
突然鋭い女の子の叫び声が駅舎から少し離れた便所の方から聞こえてきた
のは、そんな時のことだった。
皆一瞬固まって、声のした方に目を向けた。その叫び声に気付いた中年の
駅員が、急いで便所の方に駆けて行った。
奥の女子便所で、いがぐり頭
鼻を突く尿酸の臭いの立ち込める便所の一番
もが
の男子生徒が少女に抱き付いて何やら必死に踠いているのが、開かれたドア
の隙間から目に入った。
「ど う し た あ っ … 」
駅員が大声で訊いて、近付いて行った。
「うっ…、うっ…、うっ…、ああっ、だめだっ、抜けないッ…」
その男子生徒は、顔を朱に染めて必死に踠いていたが、どうにもならない
膣痙攣
3
ようだった。駅員が便所の中を覗くと、その男子生徒の腹の下で紺色のスカ
ートに白い制服のまだ幼げな少女が、スカートの前をたくし上げて顔を覆っ
て泣 い て い た 。
駅員は、事態をすぐさま理解した。二人は、臭い便所の中で、臍から下で
繋がったまま身動きできないでいたのだった。おそらく、男子生徒が闇雲に
ペニスを突き立てたことによるショックと激痛で、女子生徒に何らかの異変
が生じて、そうなったのだと、推測された。
「ちょっと、待っとれ…、今助けを呼んで来るでえ…、しょうむないことし
おっ て え 〜 」
としお
「ちょっ」と舌打ちして、男子生徒の頭をこづいてから、急いで駅
駅 員 は 、
舎に 取 っ て 返 し た 。
郎、少女は、田之上小枝子と云い、両方とも茅野一帯で、
少年は、大野原俊
大 き な 勢 力 を 誇 っ て 互 い に 抗争する地域の二大ボスの 末 息子と末娘 だった。
4
膣痙攣
俊 郎 は 高 校 二 年 生、 小 枝 子 は そ の 年 高 校 に 入 学 し た ば か り の 世 慣 れ な い 美 少
女だ っ た 。
当時は、男女共学が始まってさほど年月も経っていなければ、教育を施す
側も男女交際については手探り状態で、少年少女に至っては、公然と付き合
う者とてなく、少年は少年同士、少女は少女同士寄り固まって、遠くから互
いのグループをちらちらと見合って、意中の相手について噂をするだけ…と
云う、今からすれば歯がゆいばかりの状態だったが、それだけに一旦思い詰
めると、これまた始末に負えない事態になることも往々にしてあった。
やすやす
々
小枝子の方は、末娘ながら地域の大立者の娘とあれば、多くの少年は、易
とは近付くわけにかない相手…、そのため無風地帯に居るかに見えた。だが
俊郎にはそんな事は問題にならなかった。自分自身がもう一方の大立者の息
子とは云え、末息子なれば、田畑家作の相続などは思いも及ばず、何れは地
膣痙攣
5
元 の 町 か、 大 都 会 に 出 て 行 っ て 勤 め 人 に な る の が 関 の 山 … と 自 覚 し て い た の
で、一旦「好き」となれば、自分の力で奪うしか尋常の手段では、近付くこ
とすら及ばないのは、他の少年たちと条件は同じだった。その俊郎の目の前
に、小柄で色白で幼気な少女、小枝子が現われたのだから、俊郎の恋心に火
が点くのには多くの時間を要しなかった。だが面と向かって近付くこともな
らず、悶々として恋い焦がれ、まだ名前すら知らない少女の面影を頭に描き
ながら自慰をして少女を「犯した」気になって四ヶ月が過ぎた。
そして、もう少しで夏休みに入ろうかと云うその日、偶々小枝子が自分の
通学鞄を級友に預けて便所に駆け込んだ。それに気付いた俊郎が行動を起こ
さないわけがなかった。そして、素知らぬ振りして俊郎もやや遅れて便所に
入った。俊郎が意図して便所に向かったと思う者は誰も居なかった。
用を足して、立ち上がって身仕舞いをし
俊郎が小便をし終えて、小枝子が
たった
ようとしたその時に、俊郎は了え勃ったペニスを露出したまま、小枝子の入
っていた女子便所に突進した。そして、パンツを下げて局部を丸出しにした
6
膣痙攣
ままの小枝子に抱きついて、そのオソソに了え勃ったペニスを突き立てた。
小枝子が唖然として目を見開いて、侵入してきた俊郎を見た時には、偶然
に 的 が 的 中 し て、 俊 郎 の 了 え 勃 っ た ペ ニ ス が 小 枝 子 の オ ソ ソ を も ろ に 貫 き、
小枝子はその激痛と驚きで悲鳴を上げた…と云うのが、事の次第の経緯だっ
た。
*****
暫くして、四人の駅員が大きな担架を抱えて便所に戻って来た。余りのば
かばかしさに物も言えずに、四人は、尻を丸出しにしたまま繋がっている少
年少女を重ね餅にして担架に乗せて上からシートを被せ、駅舎の前まで運ん
だ時には、ほとんどの学生たちは既に列車に乗り込んでいて、二人の学生鞄
膣痙攣
7
だけが待合室のベンチの上にぽつんと置かれていた。
程なくして救急車が来て、二人は、重ね餅のまま救急車のストレッチャー
の上に移されて、市立上諏訪病院に運ばれて行った。
田舎町のこととて、舗装も至るところ綻びだらけの道路を救急車がサイレ
ンを鳴らして飛ばして走り、右に左にとカーブを曲るたびに、震動と揺れの
刺 激 で、 少 年 は 腹 の 下 の 小 枝 子 に し が み つ い て 何 度 も 射 精 し た。 小 枝 子 は、
それを膣の奥で感じるたびに「いやあ〜っ」
、
「いやあ〜っ」と更に大きな泣
き声を上げたが、救急隊の職員には、少女の泣き声の本当の理由は知れなか
った 。
その日、偶然の一致で、二人には都合の悪いことが起きていた。救急車で
二人が市立上諏訪病院に運び込まれた時、病院は大勢の救急患者でごった返
8
膣痙攣
し て い た。 下 諏 訪 と 上 諏 訪 の 間 の 国 道 で 起 き た 観 光 バ ス 同 士 の 衝 突 事 故 で、
大勢の死傷者が出て、上諏訪と下諏訪の大きな病院と云う病院に運び込まれ
たため、医者も看護婦も皆てんてこ舞いの忙しさになっていた。
「こ の 二 人 は 何 … 」
担架で重ね餅にされて運び込まれた二人にちらっと目をやって、若い医者
が救急隊員に聞いた。隊員は跋の悪そうな顔をして、小声で説明した。
「ああ、膣痙攣か…、なかなか手が回らないから、暫くその階段の下のスト
レッチャーの上に乗せて置いて…」
命に別状がないとみたその医者は、素っ気なく救急隊員に云って、また怪
我人の方に注意を向けた。
「このストレッチャーの上の人は何…」
かなり時間が経ってから、別の医者が、誰にともなく訊いた。
膣痙攣
9
「膣痙攣らしいですよ…、番ったまま離れられないんです…」
救急隊員の一人が跋の悪そうな云い方で説明した。
こ
その医者はシートを捲くって二人の状態を調べた。成るほど、少年のペニ
スを少女の膣口ががっちりと銜え込んで二人を離すことは出来なかった。
「山ちゃん、この娘に弛緩剤イチシーシー投与しといてくれないか…」
その医者は、年嵩の看護婦に指示して、また別の怪我人の方に向かった。山
ちゃんと呼ばれた看護婦が小枝子に皮下注射をしてから、また二人に注意を
向ける者は居なくなった。十五分ほどすると、小枝子の膣痙攣が治まり、俊
郎は小枝子の中で動けることを知って、盛んに腰を動かし、更に何度か射精
し、小枝子にしっかりとしがみ付いた。冴子は、痺れたような感覚で、下腹
の中に名前も知らない「男」の太いペニスを感じて、何が何やら分からない
思いをしながら泣いていた。
「ああ、そうだ、膣痙攣の二人はどうなった…、山ちゃん…」
「あら、忘れていたわ…、今調べます…」
10
膣痙攣
看護婦はそう云って、ストレッチャーの上の二人を調べに来た。
「ちょっと、君、まだそうやってしがみついてるけど、まだ動けないの〜…、
動けるんだったら、いつまでもそうやってしがみついてないで、おちんちん
抜き取りなさいよ…」
看護婦は苛立たしげに俊郎の尻をひっぱたいて云った。」
俊郎は、しぶしぶペニスを抜き出そうとした。辺りにぷう〜んと強烈な栗
の花の臭いが漂った。
「いやあ〜ん、恥ずかしいぃ…ッ」さえこはスカートを更に大きくたくしあ
げて頭まですっぽりと被った。
「ああ〜ッ、ちょっと待ってエ…」
看護婦は、少年が窒内射精をしていることを察知して、押しとどめた。直
ぐ冷水で絞ったタオルを二枚持って取って返し、二人の下腹の間に一枚を差
し入れて、俊郎にペニスを抜き出すように指示した。俊郎がペニスを抜き出
すと同時に、それをタオルで包み、もう一枚のタオルで、小枝子の膣を包む
膣痙攣
11
よう に し て 抑 え た 。
「ど う し た … 」
医者が看護婦に訊いた。
「窒内射精をしていました…」
「じゃあ、女の子は窒洗浄だ…」
医者が乾いた声で云った。
そのうち上諏訪警察署から係官が来て、俊郎を警察署に連れて行って、尋
問した。俊郎は、理由を訊かれて「ずっと好きだったから…、誰にも取られ
たくなかったからやった…」と素直に答えた。
「誰にも取られたくなかった…、絶対誰にも渡さない…」
俊郎は、何度も云った。
そ の 後 係 官 は、 窒 洗 浄 と 窒 裂 傷 の 手 当 を 終 え た 小 枝 子 も 署 に 連 れ て 行 っ て
事 情 を 訊 い た。 小 枝 子 の 話 と、 駅 員、 救 急 隊 員、 医 師、 看 護 婦 等 の 証 言 と、
12
膣痙攣
診断記録などの状況証拠から、それが未成年者による未成年者の強姦致傷事
件だと云うことは明らかだったが、それが申告罪である上に、厄介なことに、
二 人 の 尋 問 で、 二 人 の 親 が 共 に 茅 野 地 区 の 有 力 者 の 身 内 だ と 云 う こ と が 判 っ
て、係官は対処に苦慮した。
結局、署長から直々に茅野地区の二人の有力者、田之上浩司郎と大野原剛
太郎に連絡を入れて、詳しい理由は伝えずに、
「上諏訪署まで御足労頂きたい」
と伝 え た 。
務め、ま
大野原剛太郎は、民自党の茅野支部の支部長で、県会議員を五し期
のぎ
た 田 之 上 浩 司 郎 は、 農 労 党 の 県 会 議 員 を 同 じ く 五 期 務 め、 共 に 鎬 を 削 っ て、
むじな
茅野地区の政治経済界を二分して牛耳っていた。二人は本質的には殆ど「同
じ穴の狢」、
「同じ根に繋がる熊笹」のようなもので、違いは殆どないのだが、
それぞれの面子に掛けて、異なる立場に立ち、異なる主張をして抗争してい
膣痙攣
13
た。
強いて違いを云えば、剛太郎の方は、主に中央の大企業の資金力を頼みに
地域開発を大々的行うことによって、利権を独占的に得ようとするのに対し
て、浩司郎の方は、主に地場産業の自力の資金力を結集して、
「地域の自然を
保 護 し つ つ 」、 乱 開 発 を 避 け て 地 域 開 発 を 行 い、 地 場 産 業 の 拡 大 振 興、 発 展
を図ることによって、地域の利権を共有して共生を図ることを主張していた。
その典型的な抗争の例として、数多くのゴルフ場の乱開発や、茅野から美ケ
原高原に至る自動車道路、ビーナスラインの建設構想を回って長期に亙って
論 争 が 続 け ら れ、 主 要 な 観 光 拠 点 の 開 発 と ホ テ ル 群 の 進 出 が 主 に 東 急 や 西 武
鉄道などの大手の資本系列で進行していたことなどが挙げられる。
*****
上諏訪署に出向いてきた大野原剛太郎と田之上浩司郎は、事の次第を聞い
14
膣痙攣
て愕然とし、剛太郎は顔を真っ青にし、浩司郎は顔を真っ赤にして、言葉も
なか っ た 。
まなむすめ
殊に加害者側に立つ大野原剛太郎の方は、面目丸つぶれで、腕組みしてヘ
の字に閉じた口元をぶるぶる震わせて、
「ろくでもないこと」をしでかした息
子に対する怒りを堪えていた。
娘」を「手
同じことは、田之上浩司郎の方にも云えた。白昼公然と「我が愛
籠めに」され、心身共に傷つけられて、法を守る立場の身なれば意趣返しも
ならず、その恥辱、如何に晴らそうべきやと考えつつ…、同じく腕組みして
真一文字に噛み締めた唇を震わせて、目を見開いて剛太郎を睨み付けていた。
「如何でございましょうな…、先生方…」
重苦しい雰囲気を打ち破ろうと、署長が口を開いた。
「ことは、未成年者同士の間の事件で、ご存知の通り、強姦は申告罪でござ
います…、被害者の田之上小枝子さんの保護者の方の申告がなければ、立件
膣痙攣
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できません…、立件できたとしても、精神的な被害はともかく、上諏訪病院
の医師の診断記録によれば、肉体的に受けた傷害は極微小と云うことで、大
野原俊郎少年の方は、せいぜい二、
三ヶ月の少年院での矯正教育とその後の保
護観察と云うことになるくらいのものですし、また、田之上小枝子さんの受
けた心の傷の補償の問題を親御さんが提起されれば、家庭裁判所などで、長
い尋問や審理に幼い被害者を引きずり出す結果になり、二重に傷を深める結
果にもなりかねません…、
そのような杓子定規の法律の適用によって、将来のある幼い少年少女を拘
束するよりは、ここは一つ、ご両家の間で、示談を進めて頂く…と云うこと
でことを丸く納められては如何でしょうか…」
署長が、憮然として、話の糸口すら見出せないでいる二人に提案した。
「署長には、偉い御足労とご心配をお掛けします」
最初に口を開いたのは、大野原剛太郎だった。
16
膣痙攣
「また、親の監督不行き届きで、我が愚息が田之上さんの娘さんを「傷物に」
し、家名に恥辱を与えるという仕儀に至り、親としてはお詫びの術も知りま
せん…、どうか堪えてやってつかあさい、田之上さん…、これ、このとおり
じゃ … 」
剛太郎は、言葉を絞り出すように云って、立ち上がって浩司郎の膝下に土
下座して、額を床に着けて謝罪をした。
「まあ、まあ、大野原さん、我が娘がこれ以上傷付かないように済ます方法
となると、署長の云われるように示談で丸く納める…、ということになるん
じゃろうが…、ここは場所柄どうも…、先ずは場所を変えて落ち着いて話す
とし ま い か ね … 」
田之上浩司郎はそう云って、大野原剛太郎を立たせた。
「示談がまとまったれば、弁護士を通じてご連絡申しますで…、また署長に
膣痙攣
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は、お手数掛けたで、何れ近い内に一席設けて慰労させて頂きます…」
二人は、並んで署長に礼を云い、警察署を後にした。
その時既に、小枝子と俊郎は、知らせを聞いたそれぞれの母親が車で迎え
にきて、自宅に引き取られていた。
いっとき
刻、上諏訪に通学する学生生徒たちの間で唯一最
二人の間の出来事は、一
大の関心事である性にまつわる出来事として口さがない噂話に上ったが、詳
しいことを知る者とてなく、また直ぐ夏休みに入って長続きはせず、間もな
く立ち消え、後々時に思い出したように性に関する噂話として、面白おかし
く語られるだけになった。
小枝子は、暫くの間、膣裂傷の手当てのために母親に連れられて市立上諏
訪病院に通う以外は、恥ずかしがって、家から一歩も出ようとしなかった。
一方俊郎の方は、親からこっぴどく叱られた後、懲らしめのためとて、伊
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膣痙攣
きこり
那の山奥で林業を営む親類に預けられて、一と夏樵の辛い枝払いの作業を手
伝わ せ ら れ た 。
九月の新学期になると、俊郎は、余計なことを考える暇を与えないように
と、列車通学を止めさせられ、保護者の監視の目の行き届く地元の農業高校
に転校させられ、地道な農業に従事する道を選ばせられた。
小枝子の方は受けた精神的なショックからなかなか立ち上がれない様子だ
ったが、地元の家政学校に入って、のんびり過ごすようにとの親の奨めに従
った。そして五ヶ月が経った。
十 二 月 に 入 っ て、 小 枝 子 が 体 調 が 悪 い と 云 う の で、 医 者 に 見 せ た と こ ろ、
妊娠していて、五ヶ月目に入ったところだと診断された。小枝子が小太りだ
ったことと、家政学校も行ったり休んだりで、外にも滅多に出ないため、太
り過ぎだ…と思われていて、気付かなかったのだった。
五ヶ月にもなったら、もう人工中絶は、母体保護の上からも無理があった。
膣痙攣
19
その事実を知った田之上浩司郎は、再び愕然とした。妊娠の原因は、誰が
考えても明らかだった。
事件直後に市立上諏訪病院では、窒洗浄を行っていた筈だったが、妊娠を
完全に回避するような子宮内洗浄までは行われなかった節があった。それに
生憎の交通事故による多数の急患の処理に追われて、二人の処置が遅れたこ
とも原因していた可能性もあった。俊郎は、既に救急車の中や病院の中で射
精していたし、その上二人が繋がったまま長時間放置されていたため、精子
が輸卵管のどこかで卵子に到達して、受精が完了していた可能性だって否定
できなかった。そのような経過は、誰も確認できていなかった。俊郎が既に
救 急 車 の 中 で 射 精 し て い た ということさえ本人達以外 は 誰も知らな かった。
唯、小枝子が妊娠していた…と云う、事実だけが厳然として突き付けられて
いた 。
田之上浩司郎は、再び、料亭で上之原剛太郎と会って、その事実を話した。
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膣痙攣
妊娠五ヶ月…、と云う厳然たる事実が、俊郎がその胎児の父親ではないと
云う主張を塞いでいた。上之原剛太郎も唸った。小枝子の若年妊娠と、胎児
の月齢を考えると、もう人工中絶を主張することは人道的に許されなかった。
泥縄式に出来るだけ早く二人の祝言を内々で行って、両家からそれぞれ五
反歩ずつ、合わせて一町歩の田畑の他に家作を提供して、未熟ながら二人を
百姓として独立させる相談がまとまった。
その両家の話し合いの過程で、その内容が小枝子と俊郎に伝えられた。一
番喜んだのは俊郎だった。「好きなあの娘を、誰にも渡さずに完全に自分のも
のにできた…」と思った。
だが小枝子の反応は違った。相手は警察署で名前を聞かされるまで、どこ
の誰とも知らなかった。第一、相手の男の顔だって、殆どまともに見ていな
いのだった。長いこと重ね餅にされて放置されていた時だって、スカートで
顔を隠していたから、相手の顔なんて知らないのも同じだった。
膣痙攣
21
「それなのに、結婚するウ…」
そんなア…、そんな馬鹿な…」
小枝子は母親に泣いて抗議した。
てて
「ちゃんと両家で認めて、祝言を上げて入籍しなければ、父無し子を産むこ
とになるよ…、それでも良いのかい…、それに生まれた児を誰が養って、責
任を持って育てられるのさ…、確かに小枝子には、憎いと思うことはあって
も、進んで一緒になれる男じゃあないかも知れないがねえ…、だけど、相手は、
うちのお父ちゃんと並び称される、茅野地区の大立者の家の息子だよ…、そ
れに、警察で聞くところによると、小枝子が好きで、好きでしょうがなくて、
誰にも渡したくないと思ったからあんなことをしたんだ…と云ってるそうず
ら、子供ができたと知った以上は、小枝子のことを大事に思ってくれるんじ
ゃあないかと思うよ…、家柄も良し、その上男は小枝子のことを心底思って
くれている…、それが女にとっては一番大切なことずら…」
母親の登貴は、小枝子をなだめすかすように云って、小枝子が考えを変え
22
膣痙攣
るように一生懸命になった。
「あ あ ッ … 」
小枝子が小さな声を上げた。
「ど う し た … 」
登貴が心配して訊いた。
「赤ちゃんが…、赤ちゃんが私のお腹を蹴ったずら…」
小 枝 子 が 答 え た 。
小枝子は、その時初めて、顔は見覚えていないけど、ちゃんと記憶に残っ
ていることがあることに気付いた。それは、膣痙攣で身動きできなくなるほ
ど小枝子がしっかりと銜えていた俊郎の太くて長いペニスと、男が救急車の
中や病院で何度も精を発射したことだった。そして、それが、この瞬間自分
の腹の中で大きく動いた胎児と直接結び付いているのだと云う現実に思いを
至して、小枝子は顔を赤らめた。それは、自分の子供である胎児とその父親
膣痙攣
23
である「男」を直に身近に感じて、小枝子の中でその男への気持の傾斜を感
じはじめる切っ掛けとなった瞬間でもあった。
冴子は、自分の下腹に張り裂けるような強烈な激痛を与えて、長い時間離
れるに離れられない状態で、重く大きな存在感を与え続けた男、
「好きだから、
好きで誰にも取られたくないから、やった…」と云って憚らない男について
思いを廻らした。そして、冴子は、その男、大野原俊郎を心の隅で徐々に受
け入 れ は じ め た 。
年が明け、雪が解け切らない二月、梅が雪を被りながらちらほらと咲き綻
びる立春のころに、大野原と田之上の両家は、内々で俊郎と小枝子の祝言を
挙げさせた。世間体を憚って、両家の威勢を競うような派手な披露は一切せ
ず、小枝子は、出産して床上げを済ますまで、実家に留めることにした。俊
郎には、その間に、二人に与えた田畑と家作を整備させ、農業高校に通いな
がら、田畑の耕作を始めるように命じた。
24
膣痙攣
好きでたまらない小枝子と祝言が挙げられて、喜んだ俊郎だったが、小枝
子の側に誰憚ることもなく居られたのは、祝言の席だけで、常ならあるはず
の「床入り」もなく、西も東も分らぬ内に、親たちから命じられて田畑家作
の運営を自力で行わなければならないことに俊郎は大いに不満だったが、自
分の激情の結果として、小枝子との間の子供が小枝子の腹の中で成長してお
り、自分が一家の主として背負っていかなければならない…とあれば、是非
もな か っ た 。
遅い雪国の春が一気に噴き出したその年の五月初旬に、小枝子は、実家で
丸々と肥えた男の児を産んだ。だが、俊郎が初めて母娘に会えたのは、お七
夜の時だった。お七夜では両家の親も揃って産屋を訪れ、ささやかな内々の
祝いをして、大野原剛太郎が子供に俊太郎と名付けた。だが、俊郎は、子供
を抱かせてもらえなかった。何事も直情型の俊郎が乱暴に扱って、子供に思
わぬ事故があってはならない…と云うのがその理由だった。
「一事が万事」
で、
膣痙攣
25
俊郎はまだ一族の中で「市民権」を与えられていないのだった。俊郎のした
ことは、「生涯祟る…」と云われれば、是非もなかった。
経緯がどうあれ、生まれた児を腕に抱いて乳を含ませる時、満足と幸せを
感じない女は居るものではない。小枝子の気持は、今や生まれた子供に集中
し て い た。 そ し て、 乳 を 含 ま せ な が ら 時 々 俊 郎 の 方 を 見 遣 り は す る も の の、
俊郎には特別の思い入れがないかのように振舞っていた。だが、小枝子は肌
に触れる我が子の重みと愛おしさを実感するに連れて、同じように俊郎への
愛おしさも膨らんできていた。
三週間が過ぎて、床払いが出来るようになり、三十日経って、昔ながらの
仕来りで、お宮参りということになった。お宮参りとなれば、この辺の旧家
なら何が何でも諏訪大社…、と相場が決っていた。
普通ならまだ手許において、可愛がっていたかった歳頃の末娘のこと、母
26
膣痙攣
の 登 貴 は 贅 を は っ て、 お 宮 参 り の た め だ け に 小 枝 子 に 晴 れ 着 を 誂 え て や り、
当然俊太郎には大野原家のしげが勇ましい登り鯉の絵柄の入った豪勢な晴れ
着を作って着せてやった。
哀れなのは俊郎で、どうせ百姓やるんだから、滅多に着ない晴れ着など新
調する必要はあるまい…とて、親父のお下がりの古ぼけた羽織袴を俊郎の寸
法に仕立て直したのを着せられて、なにやら正月の猿回しのような不細工な
格好で付き従わせられて、晴れ着の小枝子の引き立て役にされていた。
諏訪大社には、前宮、本宮、春宮、秋宮の四つの宮があり、前宮は茅野に、
本宮は上諏訪に、また春宮と秋宮はそれぞれ下諏訪にあり、先ずは前宮から
参るのが常道とされていた。
不格好ながらも、俊郎も精一杯威儀を正して、小柄な小枝子の後ろ楯の如
く振舞って、どうにか無事に宮参りを了えて、初めて両家の親から与えられ
た新居に入って、念願の小枝子との水入らずの生活に入ったものの、一家の
膣痙攣
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主導権を握ったのは小枝子の方だった。
さが
なにしろ「小枝子にぞっこん…」と初めから宣言していたような格好で起
こした一義の結果で、いわば身から出た錆、小枝子には頭が上がらない。そ
の上に生まれ付いての性欲旺盛な性で、小枝子の方に「朱の日」などよほど
の不如意の事情がない限り、「一日たりとも小枝子と番わずにはいられない」
という、もう一つの弱みもあり、俊郎は初めから小枝子の自家薬籠中のもの
に甘んじざるを得なかった。
一方、小枝子の方は、子供を産んでから、俊郎に犯された時のあの衝撃と
痛みと心の傷がすっかり消えて、次第に自ら俊郎を迎え入れることに喜びを
見出せるようになっていた。
その上、小枝子には、がさつながら俊郎の激しい性行為の末に頂上に昇り
詰めると、あの時と同じ強烈な膣痙攣が現われるのだった。それは、時に余
りの痛さに俊郎が「もう堪忍じゃ…」と音を上げるほど、強烈で長続きする
28
膣痙攣
痙攣 だ っ た 。
そんな、俊郎に対する懲罰のような現象が起きるにも拘わらず、その緊縛
が緩む時に味わう射精の快楽が待っている故に、俊郎は小枝子の肌の虜にな
っ て い た。 そ れ は、 計 ら ず も 極 限 ま で 我 慢 さ せ ら れ た 後 の 解 放 に も 似 た 快 楽
だっ た 。
小枝子は、二年に一度、判で押したように次々と二男三女の子供を産んだ。
その度に妻子を養う責任の重圧が膣痙攣の如く俊郎を締め付けていった。だ
が、俊郎は黙々と働き、小枝子の窒の締め付けの後の快楽を楽しんで、俊郎
は今日も歓喜の悲鳴を上げていた。
「さえご〜、もう堪忍じゃあ、堪忍じゃあ〜、
ああ…、あっ、あっ、あっああ〜っ、
さえご〜…っ、いぐ、いぐ、いぐっ、いぐう〜っ」
膣痙攣
29
了
膣痙攣
30
痴女
ー 通勤ラッシュの中の甘い腋臭に触発されたオナニー
痴女
1
じゃこう
ひらく
自分が「麝香の質」の持ち主だと開が知ったのは、声変りがして、二次性
徴がはっきりと形を現わした十五歳頃のことだった。
開 の 家 で は、 毎 年 夏 に な る と 子 供 た ち は 広 縁 に 並 ん で 昼 寝 を さ せ ら れ た。
開が十五歳になって高校に通い出してもまだそんな習慣に従わせられてい
た。
「お兄ちゃん、いい匂いがする…」
そんなある日、脇に横たわっていた二歳年下の綾がそう云って、開の腋の
下に顔を寄せて、くんくんと匂いを嗅ぎ出した。
夏になって発汗が繁くなると腋の下から甘い香りが立ち上ることは、その
前の年ぐらいから気付いていて、
「お母さんと同じだ…」と思っていたが、そ
れがある種のフェロモンのような役割をして異性を惹き付けるのだというこ
とに気付いて、不愉快な気分になり、綾を遠ざけた。
発汗すると腋の下から甘い匂いが立ち込めるのは、母親の華代の体質を受
2
痴女
け継 い で い た 。
戦後間もなくの頃、父方の祖父の郷里の岡山の山奥に戦後疎開していた時、
ひらく
開 はしばしば華代のお供で遠く百姓屋を回って食料の買い出しに出掛けた。
そんな時、往々にして暑い夏の日差しを避けて休むような木陰もなく、直射
日光の射す日当たりの崖に寄り掛かって一息吐いたりした。華代は、汗びっ
しょりの開の頭を手拭で何度も拭ってくれた。三十代初めの女盛りの華代の
腋の下は、強い薔薇の蜜のような匂いに溢れていて、開は得も云われずいい
気分になったことを良く覚えている。だが、開はその当時それが異性を惹き
付けるフェロモンの匂いだというようなことを知っていたわけもなく、ただ
「母の懐かしい匂い」として、脳裏に記憶されていただけだった。 それがフ
ェロモンの役割を果たす「麝香の質」だと開がはっきりと意識するようにな
ったのは、更にもう少し大人になって、周囲の成熟した女達が肯定的な反応
をしたり、否定的な反応をすることに気付くようになってからだった。
痴女
3
甘い匂いが最も強くなるのは、風呂に入ったり、シャワーを浴びたりして
汗を流した翌日の半日間ぐらいの間で、それ以上過ぎると汗の匂いの方が強
くなって、何日も風呂に入れない場合には、自分の体臭でアレルギー反応が
出て喘息が起こったりした。
そんな開が二浪して尼崎の伯母の家に厄介になりながら京都の大学受験予
備校に通っていた頃の夏のこと、満員電車の中でいつも決って開の脇に寄っ
てくる小柄な女がいた。どうもその女は開をターゲットにして電車に乗り込
んで来ていたような節があって、乗り込んでくるといつも開の脇にひっつい
ていた。その女は初めは遠慮がちにしていたが、日増しにだんだん厚かまし
ひらく
くなり、しまいには開の肩口に顔を埋めて、眠り出す始末だった。
開 は、男としては小柄で、どちらかと云うとやせぎすだったので、もっと大
柄で太った男を枕代わりに利用すれば良さそうなものだが、どういうわけか
開に寄りかかってくる女は、その女に限らず、しばしば現われた。
4
痴女
そんな時、開はしばしば跋の悪い思いをした。ぎゅうぎゅう詰めのなかで
身 動 き も な ら ず、 バ ッ グ を 棚 に 上 げ て 両 腕 で 四 方 か ら の 荷 重 を 支 え て や っ と
立って居られるような有り様でそんな女の身体を支えることになる。見ず知
らずの女の柔らかい身体に伸し掛かられると、開の股間のものが勝手に別の
反応をしてしまうことがある。それに気付かれて痴漢呼ばわりされては敵わ
ない…と、開は身体を強張らせて、腰の向きをずらせる。すると開の尖った
腰骨が女の股間に向かって突き出される。女は、良い按配…と云わんばかり
に開の腰骨に股間を押し付けて、腰を震わせて自慰を始める。
それもこれも皆、開の「麝香の質」のなせる業で、蒸し暑い混雑の中で誰
と も 知 れ ぬ 男 の 腋 か ら 漂 い 出る甘い匂いに誘発された 淫 情の暫しの 狂乱か、
「男たるもの暫し堪えて、夢その女達に恥掻かせてはなるまい…」と、開は、
妙な男気を出してしばし跋の悪い三十分を忍ぶのだった。
満員電車の後は、今度は京都で満員の市バスに乗る。こちらの方は、京都
痴女
5
駅からの始発だから座って座れないことはないが、一度座ると、さあ大変…
バスの震動を股間に受けて開の摩羅はびんびんに了え勃ち、しばらく歩きも
ならなくなる。それを避ける為に、必然、開は立って行く。ここでもまた開
の腋の下の匂いに情を発する女達がいる。しっかり汗をかいた開の腋の下は
しっとりと濡れている。その腋の下に女が乳首を差し入れて来るのだ。ブラ
が普及していない時代のこととて、女達はブラウスの下は女性着を着ていれ
ばいい方で、夏の暑い時期には、多くは肌身に直接ブラウスを着ている。混
うしろ
雑 を 利 用 し て 変 な ス リ ル を 楽 し む 女 達 は、 当 然 肌 身 に 直 接 ブ ラ ウ ス を 着 て、
ひらく
その胸を後から圧し付けてくる。そして乳首を開の腋の下に挿し入れる。
開は身体をずらせて逃れようとする。女も身体をずらせて後を追い、目的
を成就する。乗客が降りて、大きく身体を動かせるようになるまで、もう逃
げる余地はどこにもない。女の乳首は固く尖って、開の腋の下で車の震動と
揺れに併せて上下前後に動く。開には擽ったいだけで、特別情を発すること
はない。女がそれで何か快感を味わっているのか、あるいはそうすることで
6
痴女
開の反応を窺って楽しんでいるのか、開には判断がつかない。何れにしても、
開はそんなところでそのような行為に及ぶ女にむしろ同情する。男女交際が
今のように自由でない時代の話だ。
そ ん な あ る 日、 途 中 の 五 条 烏 丸 の 停 留 所 か ら 乗 り 込 ん で く る 開 よ り 少 し 大
柄なふくよかな女が現われた。開より四つ五つ年上のように見えた。その女
は、開と乗り合わせると必ず開の左後ろに立ち、右の乳首を開の左の腋の下
に挿し入れる。丁度高さが合っているようで、一度挿し入れた乳首は動かさ
れず、女はバスの震動に身を任せる風だった。開には、バスの震動に連れて
女の乳首が勃起するのが感じられた。そして女は時に開の腰を両手で締め付
けたりした。そんなことが日を置いて何度か繰り返された後、ある日女は開
の腰に触れている手を少しずらせて股間の膨らみを確かめた。開の摩羅はさ
ほ ど 強 く 勃 起 し て い な か っ た が、 や は り 女 に 公 然 と そ ん な 悪 戯 を さ れ れ ば、
「外の乗客の目に触れないか…」という、禁忌の思いと共に股間は自ずと固く
痴女
7
なる。開は、怒張させないように精一杯の辛抱をする。
ある日いつもその女が降りる停留所に指し掛かると、女は開の手をそっと
引いて、開に後に従いて降りるように動作で促した。開は、弾かれたように
踵の間で挟んで床に置いていたバッグを掴むと、まるで呪術に掛けられたよ
うに女の後に従ってバスを降りた。開は、降りたところでしばらく立ち尽く
して、構わず歩いていく女の背を眺めていた。
十メートルほど行って、女は歩みを停めて後を振り向いた。
「どないしたの…、早よういらっしゃい…」
女は開を眺めて云った。開は、ちょっと躊躇してから、女の方に向かって
歩き 出 し た 。
女は、バスを降りて北に向かって直ぐの辻を曲り、幾つかの小路を右に左
に曲って、古ぼけた町家の立て込む一角のしもた屋風の家に入った。それは、
8
痴女
つぼにわ
この辺りでは典型的な、古くからある京風の町屋だった。
あがりがまち
庭まで続いていた。明りの点い
玄 関 を 入 る と、 左 手 に 土 間 の 通 路 が 奥 の 坪
ていない屋内は薄暗く、奥の部屋の先にある坪庭だけが、明るく陽に輝いて
いた。土間の右手に上り框があり、女は、開が屋内に入ると玄関の戸を閉め
て鍵を掛け、上り框から部屋に上がった。
「そこに立ってんと、お上がり…」
女は四十ワットほどの電燈を灯すと、振り返って、開に家に上がるように
促し た 。
ちゃぶだい
上がって直ぐの部屋は、土間と台所に続いていて、食卓らしい和風の茶卓
が置いてあった。その部屋の右側には、階段があり、二階にも部屋があるこ
とを 窺 わ せ た 。
女は中の部屋に座布団を敷き、折り畳み式の小さな卓袱台を置いて、開に
ぬれえん
その前に座るように促した。その部屋の先には、広い濡縁があって、その先
に小さな坪庭があり、植え込みの樹々が茂って涼しげな陰を作り出していた。
痴女
9
「ビールでも飲むウ…」
ざる
ひらく
女は、台所の水道水で絞ったタオルを笊に入れて開の目の前に置いて、云
った 。
「いや、ぼくは未成年だから、アルコールは口にしません…、それに、何と
なく従いて来ちゃったけど、午後の予備校の授業には出たいので…」
開は、最後まで言葉を続けずに、濡れタオルを広げて、顔や首筋を拭いた。
女は、その開の様子をじっと見詰めていた。
「大学生かと思うたら、予備校生やのん…、それに、東京の人みたいやけど、
京都の大学を受けはるのん…」
「はい、そのつもりです…」
開は、言葉少なに答えた。開を見詰める女の視線が眩しく、何やら面映ゆ
かっ た 。
「そんなにしゃっちょこ張って座ってんと、膝を崩して、ゆったりしぃな…」
女は、弟にでも云うような調子で云った。だが開は正座したまま身体を強
10
痴女
ばら せ て い た 。
女は団扇をとり出して開を扇いで風を送っていたが、部屋の中は、裏の坪
庭から吹き抜けてくる風で結構涼しかった。その風に乗って、若い青年の腋
の下の甘い匂いが女のところまで届き、女は自分がバスの中で訳もなく情を
発して、家まで誘い入れたことを思い出した。だが、開のしゃっちょこ張っ
た様子に、女は話の接ぎ穂が見付からず、自分が何をしようとしているのか
判らなくなっていた。
「アイスクリームがあるんやけど、食べるウ…」
ックが冷凍庫に入っているの
女は丁度貰い物のアイスクリームの大きなうパ
なづ
を思い出して、開に聞いた。開は、素直に首肯いた。開自身も気詰まりな雰
囲気から抜け出す切っ掛けを探していたからだった。
開は、その時になってようやく正座を崩して胡坐をかいた。そして、女が
バンホーテンの大きなパックから茶匙で掬い出してガラス鉢に盛ってくれた
痴女
11
バニラアイスクリームを食べた。その間、女は開を団扇で扇ぐのを止めてい
た。
「ええ匂いやわあ…」
女は、裏の坪庭から吹き込む風に乗って伝わる開の匂いを嗅いで、ぽつり
と云 っ た 。
「えっ…、ああ、ぼくの腋の下の匂い…、そこまで届くんですか…」
開が女に確かめるように聞いた。
「そうやア…この匂いにうち、もういかれこれやわ…、いつ嗅いでもいい匂
い… 」
女は、鼻を蠢かせながら云った。
「時によりけりです…、今日は今が一番匂いのいい時…、汗をかいて、時間
が経つに連れてだんだん悪い臭いになるんです…風呂を浴びてから半日ぐら
い経った時が一番強くていい匂いになるみたい…、だけど時にはいやがる女
12
痴女
性もいるみたいです…お姉さんみたいに、痺れたようになる女性、初めてだ
なあ … 」
「うちが乳首を腋の下に挿し入れて気持良うなってたの、嫌や思わなかった
ん… 」
「擽ったかったけど…、それより、女の人がバスの中なんかでそんな風にな
ってるのを知って、正直気の毒に思ったな…」
「女の痴漢や…て思うたやろう…」
「そんな風に思わなかったな…、もともと女の人は痴漢するようにできてい
ないし…、ただぼくの匂いのせいで、そんな風になっているのが気の毒に思
えた だ け だ っ た … 」
「ふう〜ん…、女に優しいんやなあ…」
女は、そう云いながら立って行って濡縁の手前のカーテンを閉めた。
庭からの風が遮られて、部屋の空気の流れが止まり、部屋の中の開の匂い
が強 く な っ た 。
痴女
13
「ああ〜、ええ匂い…」
女は、アイスクリームを食べ終わった開の脇に戻って来て座り、鼻先を開
の腋に挿し込むようにして匂いを嗅いだ。開は、女の頭を抱えるようにして
腕を広げた。女は、開のシャツの釦を外して、シャツを脱がせた。開の上半
身は、袖無しのランニングだけになった。女は剥き出しになった開の腋の下
に顔を埋めて、流れ出る汗を吸いはじめた。
「美味しい…、汗も甘い味がするんやわ…」
女は、上体を起して、潤んだ目で開の顔を見詰めて云った。そして上体を
開に伸し掛けて開を横たえ、また鼻先を開の腋の下に埋めた。それと同時に
左手を開の股間に押しつけた。
っていた。女は開の脇の下を舐めながら、左手で
開 の 股 間 は、 既 に 固 く な
またぼたん
開の股間を摩り、器用に股釦を外し、ベルトも外した。開の摩羅が凛立して、
トランクスを押し上げてひくついていた。女はトランクスの脇から掌を差し
入れてその摩羅を掴んだ。
14
痴女
開は、初めてではなかったが、女の掌で掴まれただけで、興奮して発射し
そう に な っ た 。
「ああ〜っ、出そう…、もう出るっ…」
と云って、開は太股を強張らせた。
「早いのねえ…、もう少し我慢しなさいよ…」
女 は そ う 云 っ て、 掴 ん で い る 掌 を 放 し て、 ト ラ ン ク ス の 前 を ず り 下 げ た。
怒張した摩羅が弾けるように跳び出して、臍下に反り返ってぶるぶると震え
た。
「出そう、ああ〜っ、出るっ…出るっ…」
開は一層太股の緊張を強めた。
「まだよッ…、待って…」女は、大急ぎで腋の下から股間に顔を移し、口で
かりさき
摩羅の鳫先を銜えて、その根元を指で擦った。
「出るう〜…っ」と云うなり、開は堪えることなく勢いよく熱い精を女の口
の中に直に噴射した。女は精を呑み込み、摩羅の根本を摩り続けた。開は何
痴女
15
度も太股と摩羅を緊張させて、さながら熱い溶岩を噴出させる活火山のよう
に、精を噴出させ続け、終に身体の緊張を緩めて、がっかりとなった。だが
摩羅自体は怒張したままだった。
「随分と溜ってたんやねえ…」
ひらく
の摩羅を舐め擦り続けた。
女はそう云いながらなおも開
開は、恍惚とした状態になりながら、自分の摩羅を女のなすがままに任せ
た。開は、女の口と指先の愛撫によって、自分がこんなに何度も射精できた
こ と が 驚 き だ っ た。 腰 が 抜 け そ う な 快 感 を 得 て 恍 惚 と し た 状 態 に な っ た こ と
自体が初めての経験だった。
しばらくして呼吸が平常に戻ると、開は、女の行為を制して、女に抱き付
いて い っ た 。
女は、薄い生地の薄いベージュの丈の長い袖無しのワンピースを着ていた。
ワンピースの下には薄手の女性着を着ていたが、丸くて豊かな二つの乳房が
16
痴女
汗をかいたワンピースを通して透けて見えていた。乳首と乳暈がピンク色を
していて、女がまだ児を産んだ経験がないことを示していた。
開は、突き出ている乳首を口に含んだ。乳首は固く尖っていた。女はぴく
んと身体を震わせて、首を後に退け反らせた。開は、乳首を舌で舐めながら、
右手でワンピースの裾をたくし上げ、女の内股に右手を匍わせて股間に手を
触れさせた。女は厚ぼったい下履きを着けていたが、汗と、おそらく淫液も
混ざってか、そこはしとどに濡れていた。
「は あ 〜 あ … ッ 」
開が女の股間を掴むようにして揉むと、女は長い吐息を吐いて、太股を震
わせた。開が女の下履きの裾から指を潜り込ませると、女のそこは無毛だっ
た。女は既に淫液を溢れさせていた。
「むふん…、びっくりしたあ…」
女は、自分のそこが無毛だと判って、開がかなり驚いた…と想像したよう
だっ た 。
痴女
17
ひ と
「大人になってもおまんこに毛が生えてこない女性もいるって聞いてたし
ぃ…それほどでもない」
開はそう云いながら、女の性器を掴むようにして撫で擦った。
「東京ではおまんこっていうの、ここのこと…」
「そうだよ…、京都ではなんていうのさ…」
「京都では、おめこ云うんやわ…」
「おめこ…か、何か可愛らしい云い方だな…小さい子供のみたいに聞こえる
よ… 」
開は女の陰部を揉み擦りながら云った。
「あああっ…」
開の指がお実に触れて、女が腰を痙攣させるように震わせて叫んだ。開は、
そこに触れられると女が特別の鋭い感覚に襲われるのだと気付いて、もう一
度指で撫で擦った。女は、がたがたと太股を震わせて、身体を退け反らせた
かと思うとがっかりとなった。それで、開にはそこが女の特別の性感帯なん
18
痴女
だと 知 れ た 。
女が気絶したような状態になったので、開は慌てて女の身体を揺り摩った。
女は直ぐに元に戻って、命には別状がないと知れた。
まだ力なく横たわっている女を見ていて、開は、子供みたいに毛の生えて
いない女のそこを見てみたくなった。ワンピースをたくしあげて、女性着ご
と脱がせ、下履きも引き下ろして脱がせた。目の前には、ギリシャ彫刻の大
理石のアフロディティ像のように全身すべすべの女の身体が現われた。一点
の染みもない白い肌がピンクに上気して、女の息遣いと共に蠢いている様子
に、開は息を呑んで見蕩れた。
ひ と
「きれいだあ〜…ッ」
一言驚嘆の声を発したなり、開には後に言葉が続けられなかった。
「こんな綺麗な身体の女性がいるなんて…、それも、多分独り身で…、信じ
られ な い … 」
痴女
19
開は、ピンクに輝く乳首を見ながら呟いた。
しばらく女の身体に見蕩れた後、開は自分も素っ裸になって女の脇に添い
寝して、女の肩を掻き抱いた。
「ふ う 〜 ん … ッ 」
目覚め切らない様子の女が、開の腋の下に顔を埋めて、抱き付いてきた。
「え え 匂 い … 」
女が呟くように云った。
「うち、綺麗やったア…」
開 が 女 の 身 体 を 更 に 抱 き 寄 せ る と、 女 は 一 部 始 終 を 見 て い た か の よ う に、
訊い た 。
「うん…、神々しいくらいに綺麗だ…」
ぎょうさん
「うふっ、仰山持ち上げて呉れるやない…」
「持ち上げてるわけじゃないよ…、本心からそう思う…、お姉さんの身体を
見ていて、おめこに毛が生えてない理由が分ったんだ…、ここに毛が生えて
20
痴女
いたら、こんなにまで綺麗には見えなかったと思う」
開は女の桜貝のようなおめこを弄って云い、女を強く抱き締めた。
「女とするんは初めてやないんやろう…」
女は腰を開の腰に圧し付けながら云った。
「初めてじゃあないけど、初めてみたいなもんだよ…、初めての女とは何が
ひ と
なんだか分らない内に終わっちゃったから…、その女性、名前も知らなかっ
たけど、ぼくが我慢できずに行くのが早過ぎるって、ぷりぷり怒って、それ
っきり何も教えてくれずにおわっちゃったんだ…」
開は、初体験の時の苦い経験を思い出しながら云った。
「ふふっ…、確かにそうやねえ…、さっきもそうやったし…、何遍出しても、
ちょっと擦られるだけで直ぐ行ってもてたもんねえ…、感度が良過ぎるねん
わ、 君 の こ こ … 」
女はそう云って、鈴口の手前の尿道の膨らみを指で揉み擦った。
「あ あ っ … 」
痴女
21
強い刺激が走って、開は腰をぶるぶるっと震わせた。
かりさき
「ほらねえ…、さっきあんだけ出しといて、またちょっと擦られただけで行
きそうになんねやろう、神経一本切らな治らん思うわ…」
女はからかうように云って、また鳫先の膨らみを揉み擦った。開は身体を
震わせて女の掌から逃れ、女の左膝を抱え上げて、女に伸し掛かっていった。
女の恥部は蛤のように閉じられていたが、淫液で濡れそぼっていた。女が摩
羅に手を添えて挿入しようとした。
「待って…、自分でする…」
開は初体験の時に全て受け身だったことを思い出して、女の掌から摩羅を
奪い返して、自分で握って空割を鳫先で弄った。それだけで直ぐ往きそうに
なったが、我慢して弄っている内に襞の狭間で鳫先がぬるっと沈み込み、そ
のまま体重をかけると摩羅はずぶっと奥深く嵌り込んだ。それと同時に女の
膣の内襞がきゅっと締まってきて、開は初めての時とは全く違った感覚に囚
われ た 。
22
痴女
女 が 意 識 し て の こ と か、 開 の 摩 羅 の 根 元 が 膣 口 で き つ く 締 め 付 け ら れ て、
摩羅の容積が一段と増し、鳫先が弾け返りそうになって反り返った。開は直
せ
ぐに腰を動かそうとした。
「急いたらあかん…、じっとして、中に居る時の感じを味わいぃ…」
女はそう云って、開の腰を両腕で押さえ付けて、自分の腰をしゃくり上げ
るようにして、二人の腰の密着度を強めた。
開は、身体の緊張だけでなく、心の緊張も緩めることを教わった。それで
初めて、自分だけで行こうとする気持を抑えて、女の窒内の反応を逐一確か
めることを覚えた。無理に身体を動かさなくても、摩羅の挿入が果たされた
段階で、互いの性器の神経が反応し合って、その全体で互いに慈しみ合って
いるかのような働きをしていることが判った。気を逸らせることなく、それ
をじっくり確かめていると、直ぐに行きそうになるのを抑えることができた。
しばらくすると、女が腰を小刻みに震わせはじめた。開もそれに呼応して
腰 を 震 わ せ た。 や が て 女 が 腰 を 強 く し ゃ く り 上 げ て 両 脚 で 開 の 腰 を 締 め 付 け
痴女
23
てきた。女の踵が開の腰骨の窪みをきつく押さえ付け、開の腰の動きを抑え
る役割を果たした。自然の動きで、開は女の腰を引き付けて、一層強くその
腰を自分の腰に密着させた。女は切ながって腰を小さく回した。開も切なく
なって、腰を更に強く押し付けて回した。その時開の摩羅はがっちりと女の
窒に銜え込まれていて身動きならなくなっていた。
開は自分の腰の回転を少しずつ大きくしていった。女もそれに応じて腰の
回転を大きくしていった。それは互いの動きを確かめ合いながらの動作だっ
た。開は気を逸らせて自分から行くことばかりを考えなくなっていた。腰の
回転が大きくなるに連れて、摩羅の前後の動きも大きくなっていった。
「そこ、そこよッ…」やがて女は、目を瞑って喘ぎながら、開に最も強く感
じる壺を教えた。その部位の膣壁が膨らんで狭まっていた。開は、意識せず
ひらく
にそこに鳫先が来た時に腰の動きを早めた。そして何呼吸か同じ経過をたど
り、開の気が昂ぶって来て、アクメが近いことを感じた。
「ああ、あっ、あっ、あっ、行くわ、行く、行くっ、来て、あなた、来て〜っ」
24
痴女
女が腰の煽りを強めて叫んだ。開はそれに応じて腰の煽りを強くして、終に
女にしがみついて腰を入れて精を弾け飛ばし、更に追い討ちをかけるように
くちづけ
して腰を動かして射精を繰り返した。二人は共にアクメの頂点を共有し、物
狂おしげに互いを撫で擦って、接吻を交わし、開が更に追加して精を発して、
ようやく打ち重なって解放感に浸った。開は、初めて本物の性愛を知った気
がしていた。そしてその女から離れられなくなる予感がした。
「ぼく、「ひらく」っていうんだけど、名前なんていうの…」
開は、名前も知らないまま女が自分と男と女の関係になったことで、女が
行きずりのまま終わらせるつもりでいるような不安を感じて、相手の女の名
前を 訊 い た 。
「………、ちづる、深草千鶴、云うんよ…、名前、云わんとこ思うててんけ
ど…」、女は、すぐには応えずに暫く間を置いて云った。
「やっぱりそうだったんだ…」
痴女
25
開は頭の中で呟いた。
「ぼくの名前は、「遠城寺ひらく。
「ひらく」は、
開発の「開」一字だけで「ひ
ら く 」 と 読 ま せ る ん だ、 医 学 を 勉 強 す る つ も り で 予 備 校 に 通 っ て る ん だ …、
ぼくのこと、「ひらく」って呼んでいいよ…、君のこと、「ちづる」って呼ん
でい い か な … 」
「どうでも、好きなように呼んでええよ…、どうせそう永い付き合いになり
そう も な い し ぃ … 」
「ちづるはその気でも、ぼくはもっとずっとちづると一緒に過ごしたいと思
う… 」
「うちは、ひらくの腋の下の匂いがうちを虜にしている間だけや…と、思う
てる う … 」
「ぼくは、ちづるの綺麗な身体がぼくを虜にしてる限り、ちづるからは離れ
られないと思ってる…」
「そない思うて呉れるのはええけんど、女の身体ごときで、一生を棒に振ら
26
痴女
んように、目標に向かって頑張りなさいや…」
「なんだ、お袋みたいな言い方して…、ちづるの為なら一生を棒に振ったっ
て、本望だと思う…、兎に角今はちづるにぞっこんだから…」
開は、潤んだ目でちづるを見詰めて、その身体をひしっと抱き締めて、肩
口に 顔 を 埋 め た 。
しがらみ
香りに間脳を刺激さ
ひらくに抱き締められ、その腋の下から匂い立つ甘いっい
とき
れて恍惚となりながら、千鶴は、ほんの行きずりの一刻の情事…のつもりだ
っ た が、 五 つ ほ ど も 年 下 の 開 と の 関 係 が 二 人 の 間 の 永 い 笧 に な り そ う な 予 感
がし て い た 。
*****
丸の室町通りの一角で親から
からすま
深草千鶴は、その年二十四歳になり、五条烏
痴女
27
受け継いだ軽食喫茶バーを営んでいた。平素は、早朝の軽食と喫茶、昼はラ
しょうしゃ
ンチ喫茶、夕方からアルコール飲料をサービスする喫茶バーに変身し、店は
さして広くもなくこじんまりとしていたが瀟洒な雰囲気があり、五条室町通
り周辺を行き交う観光客や地元の会社の勤め人等に利用する者が多く、殊に
早朝の軽食が観光客にも勤め人にも受けていて、生活に不自由しない程度の
売上げを挙げていた。
にじょうおいけどおり
店は、火曜日が定休日になっていて、前日の深夜喫茶バーが三時過ぎに一
旦 店 を 閉 じ て か ら、 朝 食 の 準 備 を し て、 朝 食 だ け の サ ー ビ ス の 為 に 出 て 来
たこやくし
る母親と臨時雇いの女子店員と交代して、ちづるは、二条御池通にほど近い
蛸薬師町の自宅に帰って寝ることにしていた。
そ の 年、 千 鶴 は、 北 白 川 に あ る 京 大 進 学 予 備 校 に わ ざ わ ざ 尼 崎 か ら 通 い 始
めた開と同じバスに乗り合わすようになった。
まだ厚着をしている春の内は、その匂いの発信源がどこなのか判らなかっ
28
痴女
たが、夏が近付き皆が薄着になってきて、千鶴は初めてそれが開の腋の下だ
と気付いた。乗り合わすのが丁度朝のラッシュアワーと重なり、身動きなら
ないほど混み合ったバスの中でその匂いを嗅いでいて、千鶴は眩暈を覚える
ほど強い刺激を受け、何度か乗り合わせている内に、不埒だと思いながらも、
密かに開の腋の下を利用して乳首のオナニーをするようになり、終には、開
の手を引いて自分の家に誘い込むまでになったのだった。
千鶴は、私立の女子高校を出ると直ぐに、親の勧める縁で友禅染めの織物
業 を 営 む 旧 家 に 嫁 入 り し た の だ っ た が、
「 家 風 に 合 わ な い …」 と て、 一 年 も
経たない内に離縁になった。相手のその家の長男で跡取り息子の仙蔵は、名
うての遊び人で、芸者遊びに現を抜かす傍ら、既に何人もの娘と「足入れ婚」
のような形で仮祝言を上げて、適当に玩んでは離縁にしていたのだった。千
鶴が離縁になった最大の理由は千鶴の無毛症だった。古来から言い習わされ
るように「毛無きは子を生さず…」とて、将来とも跡継の生れる可能性がな
痴女
29
い … と、 判 断 さ れ た の だ っ た。 友 禅 染 め の 旧 家 の 婚 姻 で は、 嫁 は 嫡 男 を 生
ごりょん
す こ と が 最 大 の「 義 務 」 だ っ た。 そ の た め、 そ の よ う に 判 断 さ れ た こ と は
「御寮さん」の座に値しなかったので、離縁に至るまでの期間が極短かった。
それは一方では千鶴にとっては、仙蔵に適度に玩ばれはしたものの、心身共
にひどく傷付かずに済んで幸いした。
出戻って来てから、千鶴は、父親の家業を引き継いだ。父親が脳内出血で
半身不随になり、母親の介助なしには、立ち居振る舞いもままならなくなっ
てしまったからだった。その時千鶴は親元を離れて、蛸薬師の町家を借りて
移 り 住 ん だ。 だ が、 そ れ も 二 年 余 り で、 父 親 が 再 度 の 発 作 で こ の 世 を 去 り、
母親がその介助から解放されて、時々店を手伝うようになったのだった。が、
母一人になっても、千鶴は実家には戻らなかった。母親のしがが何かと口う
るさく、四六時中顔を合わせているのが堪えられなかったからだった。
30
痴女
千鶴は、まだ性的に習熟してはおらず、特に浮気性でもなかった。夜の喫
茶バーの部に足を運んでくる客の中には、千鶴を口説きに掛かる男も居ない
わけではなかったが、「玩びの対象にされるのはまっぴらごめん…」
、だと思
石女」と、最初に貼られたレッテルが障害となって、
うまずめ
っていたので、まともに相手にはしなかったし、少し真剣に話を通してくる
相手には、「無毛症
こちらの方も腰が引けていた。
しかし、千鶴も木石ではなかった。歳と共に色香も匂い立ってくるように
なったし、性欲も人並みにあり、仙蔵の手技も一通り記憶に残っていた。だ
がそのような心理的な防御の姿勢が、現実には何も起こさせなかった。
その千鶴の防御の壁を崩させたのが、年下で清潔そうな開の姿であり、そ
の腋の下の匂いだった。
*****
痴女
31
|
開との関係ができてからも、千鶴と開は、必ずしも同じバスに乗り合わす
ことはなかった。だが、開は何かしらの方法で、千鶴に接触しようとた。時
には、早朝に千鶴の店に立ち寄って朝食を摂り、支払の時に素知らぬ振りし
て千鶴に書き付けを手渡したりしたが、逢瀬を楽しむのは、なかなか容易で
はなかった。それは、平素は、千鶴が朝食の準備を終えると直ぐに店を出て
自宅に戻って休み、昼過ぎにもう一度店に出るような生活をしていて、千鶴
から自分で時間の都合を付けない限り、その生活の波長を開の生活の波長と
合わせるのが難しかったからだった。
その千鶴の生活習慣が判ってから、開は、極力火曜日の朝の決った時刻に
待ち合わせて千鶴の乗るバスに乗るように努めた。そんな時、開の方が千鶴
をバスに押し込むような振りをして、自分の固くなった股間を千鶴の尻に圧
し当てて、自分の気の昂ぶりを知らせたりすることもあったが、大抵の場合、
千鶴の方が開の腋の下で乳首のオナニーをする方を好んだ。そんな時、開は
32
痴女
左手で千鶴の左手を握って、二人が恋人同士なんだと云うことを人目に分る
ようにして、千鶴に安心感を与えるようにした、その反面千鶴には密かに禁
断の実を盗るようなスリルが無くなったのか、
「以前のような気の昂ぶりはな
い… 」 と 云 う 。
尤も以前は、千鶴には決った男も居なかったから、偶々開の腋の下の匂い
に誘発されてそんなアバンチュールを楽しむ気になったのだし、開が側にい
る限り、人の目に触れる可能性のあるそんな場所で、不埒な行為に及ぶ必要
もないわけで、自ずと千鶴のそんな行為はなくなった。
その後、二人の逢瀬は、二人の時間の折り合いのつく火曜日に落ち着いた。
二人が同じバスに乗り合わせる時は、既にバスの中で身体の接触を楽しみは
じめる。二条御池でバスを降りてから千鶴の家までは、さながら二羽の胡蝶
くちづけ
が翅を絡ませて翔ぶように、身体を絡ませ、時に立ち止まって人目も憚らず
長い接吻を交わすなどして歩くのが習慣になった。それは、千鶴がそのよう
に 誘 う の で は な く、 待 ち 切 れ な い 開 の 方 が そ の よ う に 仕 向 け る か ら だ っ た。
痴女
33
千鶴の方は、深夜明けで、早く家に帰って眠りたい…のだが、開が側にいると、
何故か眠気が消えて、開のそんな戯れが嫌ではなかった。
まア
「ちょっとの間眠らせてえ…」
家 に 帰 り 着 く と、 千 鶴 は そ う 云 っ て 開 の 胸 を 枕 に し て 開 の 腋 の 下 の 匂 い に
浸 っ て 一 時 間 余 り 眠 る こ と が 多 か っ た。 そ ん な 時、 開 は 特 に 不 平 も 言 わ ず、
千鶴のしたいように任せていた。というのは、開は開で、千鶴の身体から発
散する艶いたフェロモンの匂いを嗅いで、朝の落ち着いた一刻を過ごせるか
ら だ っ た。 そ ん な 安 堵 感 か ら か、 開 の 摩 羅 は び ん び ん に 了 え 勃 っ て い て も、
気はさほど逸らず、千鶴が機嫌良く目覚めるのを待つことができた。
その日も千鶴は二時間ばかり眠って寝覚めた。千鶴の鼻先が開の脇のなか
に潜り込んで、開が左腕で千鶴の肩を掻い込んで、親指と人差指で千鶴の乳
首を摘んだまま眠っていた。
34
痴女
八月も末になり、秋風の立つ頃だったが、盆地気候の京都は、まだ蒸し暑
かった。蝉たちが最後の命を燃やし切ろうとするかのように、そこここで鳴
きさんざめいていた。
千鶴はそっと開の腹の下の方に左手を滑らせた。直ぐにそこだけ眠らずに
いるかのようにズボンを押し上げて佇立して、前後に蠢いている摩羅に突き
当た っ た 。
まえぼたん
「むふっ…、朝からずっと勃ちっぱなしなんやわあ…、触ったら直ぐに弾け
出し そ う や な あ … 」
千鶴は頭の中で呟いた。千鶴は開のベルトを緩めてズボンの前釦を外しに
かか っ た 。
「ううっ」
開が眠りから覚めかかった。
「窮屈そうやから、パンツ脱ぎぃ…」
痴女
35
千鶴はズボンの前を押し広げてトランクスの上から凛立する摩羅を擦りな
がら 云 っ た 。
「寝ちゃってたみたいだな…、千鶴と一緒にいると良く眠れる…」
開は、まだ覚め切ってない頭で云い、腰を持ち上げてトランクスと一緒に
ズボンを引き下ろし、両脚で交互にずり下げて脱ぎ去った。摩羅が勢いよく
めまい
撥ね反えって臍下をうち、更に強く怒張した。開の股間から、腋の下よりも
濃厚な甘い匂いが立ち上って千鶴の鼻腔を刺激し、盆の窪に眩暈のような感
かりさき
覚を起こさせた。鈴口から淫液が漏れ出ていて、別の淫靡な臭いを混ぜ加え
ていた。鳫先は赤黒く怒り起って、鈴口の「喉元」の柔らかい膨らみに触れ
るとすぐにも噴射しそうな様相を見せていた。
開は、いつもながら行くのが早かった。だが、開の場合は、一度の射精で
萎えてしまわず、怒張したまま、何度も精を噴射する特異な能力を持ってい
た。
36
痴女
「どないする…、今すぐしいたいか…、それともうちの口でしてもらいたい
か… 」
千 鶴 が 訊 い た 。
「千鶴はどないやの…」
し、右手でワンピースの裾
開がようやく慣れ親しんできた京言葉で訊きま返
さぐ
を た く し 上 げ て、 パ ン ツ の 上 か ら 千 鶴 の 股 間 を 弄 っ た 。 千 鶴 は 両 腿 を 震 わ せ
て、膝を少し広げた。そこは既に漏れ出る淫液で滑っていた。
「あれ、あれ…、こんなに濡れて…、おめこしてもらいたがってるじゃない
か… 」
開があからさまに云った。
「そやけど、いきなりするのんも曲がないしぃ、開の精も呑みたい気分やよ
って、初めはフレンチにしてぇ…」
千鶴がはっきりと体位を注文した。最近はすっかり気心も知れ、互いの気
分 や 気 の 昂 ぶ り 方 に 応 じ て 女 夫 同 士 と し て 慈 し み 合 え る よ う に と、 二 人 は、
痴女
37
望みの体位を注文して情を交わすようになっていた。
「千鶴がそうしぃたいんなら、そうしょう…、自分で好きな格好になりぃ…」
開は、最近は自然に千鶴の京言葉の調子で喋る癖がついて来ていた。
「ちょっと待ってぇ…、縁側のカーテン閉めてくるよって…」
千鶴は立って行って縁側のカーテンを閉めて戻り、ワンピースを女性着ご
と脱いで、パンツも取って、開の顔の上に跨がって平たく屈んだ。目の前には、
開の鳫首が淫水を噴き出して、もう我慢の限度だと云わんばかりに蠢いたい
た。
「あらあら…、もうこんなになってぇ…、我慢できないんやねえ…、そんな
ら、こないしたげようかあ…」
千鶴は云うなり、鳫先を口に銜え込んだ。それに合わせて、開も千鶴の恥
部にしゃぶりついた。
千鶴の舌が鈴口の「喉元」に吸い付くと、開はもう我慢できなくなった。
「ああ〜…っ、ちずる、もう行く、行くよッ…」
38
痴女
開は、千鶴の淫液を啜りながら、くぐもった声で、頂点が近いことを知ら
せた。最初が早いのは、いつものことなので、千鶴も心得ていた。
「ええよッ…、ひらく、出してえっ…」
千鶴も鳫先を銜えたままくぐもった声で答えた。
「ああ〜…ッ、出るう〜…ッ」
開は太股を緊張させて、千鶴の口の中に最初の発射をした。千鶴は、精を
頬の内側で受け止めてから呑み下し、さらに舌と下顎の歯を巧みに使って鈴
口の喉元を揉み扱いた。それに応じて、次々に精液が噴出してきた。一頻り
精を噴出させると、一旦止まったが、摩羅の怒張は治まらず、開の会陰部の
括約筋が盛んに緊張したような震えを繰り返し、更に追い討ちを掛けるよう
に、二度三度と射精を繰り返した。
開の射精に合わせるように千鶴も開の舌の動きに応じて何度も太股を震わ
せて、次々に淫液を噴き出し、頂点に達して千鶴は開と同時に果てた。その
後しばらくして、二人は互いの性器を舐め清めて、一段落すると抱き合って
痴女
39
昼 ま で 眠 っ た。 そ し て 翌 朝 ま で、 間 を 置 い て 何 度 も 抱 き 合 い、 情 を 交 え て、
ようやくすっきりと満ち足りて、またそれぞれの日常の生活に戻って行った。
このように二人が一旦発情すると、一度の情交では済まなかった。とりわ
け、開は驚異的な性欲を発揮して、とことん満足するまで千鶴を求めた。
「千鶴の染み一つない綺麗な身体と一つに溶け込みたくなる…」のだと、し
ばしば千鶴に云った。千鶴には、そのように言う開の感覚は良く理解できな
かったが、開をおいて外にそのように云う男がいるわけもないので、
「開はか
けがえのない男に違いない…」と、次第に思うようになっていった。
*****
40
痴女
翌年、開は京大医学部の受験に失敗した。開自身は、できる限りの努力を
したので、不合格の原因が千鶴との性愛関係にあるとは思わなかった。要す
るに運が無かったのか、合格するだけの能力が無かったかのどちらかだと思
って い た 。
いちじょうじ さ が り ま つ
開は、一旦帰郷して、親と相談し、もう一年浪人して捲土重来を期するこ
とに し た 。
今 度 は、 予 備 校 か ら の 伝 手 で 一 乗 寺 下 り 松 に 下 宿 し て 北 白 川 の 予 備 校 に 通
った 。
「二人の関係が開の勉学に悪い影響があるのかも知れないから、二人の関係
を清算した方が良いのではないか…」
千鶴は開を説得しようとした。
「千鶴と別れるなんて、とんでもない…、勉学に影響が出るほど頻繁に会っ
て情を交えているわけでもないし、むしろ千鶴と別れて、千鶴恋しさで悶々
として欲求不満になる方がずっと悪い影響が出ると思う…、ぼくには千鶴の
痴女
41
いない人生なんて考えられないよ…、どんなことがあっても千鶴からは離れ
られ な い … 」
怒ったように云って、開は肯んじなかった。
そんなにまで云われては、もともと開が嫌いなわけではなく、むしろ開と
の時たまの逢瀬で癒されていることも確かなため、結局千鶴は開との関係を
今まで通り続けた。一時は、開を千鶴の元に住まわせて同棲する方が良いの
ではないかとも考えたが、それでは互いに我儘が出て、関係がぎくしゃくす
ることになりかねない…と考えて、これまで通り開が望む時に通って来る方
を取 っ た 。
開は、千鶴と会っている時以外は勉強の虫だった。外には、偶に野山を歩
く以外に気を緩めることを知らなかった。千鶴との逢瀬だけが唯一開の気晴
らしと癒しの時だった。それほど、開は千鶴の綺麗ですべすべの肌に魅せら
れ、千鶴の柔らかな人柄と物言いにぞっこんだった。千鶴と会っている時は、
42
痴女
千鶴だけに気を集中して逸らすことがなかった。偶には、一緒に外出したり、
映画を観たりすることはあったが、開はむしろ家にいて千鶴と抱き合ったり、
戯れたりする方を好んだ。「千鶴から注意を逸らすのが嫌だ…」と云うのがそ
の理 由 だ っ た 。
そんなにまでして打ち込んで臨んだ京大医学部入試だったが、開は現役以
来三度目の受験にも合格できなかった。
「結局医学部に入れるだけの能力がないのだ…」と云うのが、開の結論だっ
た。そしてその翌年、京都大学史学部を受けて合格した。開が二十一歳の年
だっ た 。
だが開は、せっかく入った京大史学部も、半年余り通っただけで中退して
しま っ た 。
「 本 当 に 学 び た い 学 科 は 何 も な い …」 と い う の が そ の 理 由 だ っ た。 そ し て
開 は、 調 理 師 学 校 に 入 っ て 調 理 師 免 許 を 取 り、 三 年 後 に 京 都 新 京 極 の 料 亭
痴女
43
いちりゅう
「一柳」の見習い調理師になった。
その間も、開は千鶴から注意を逸らすことはなかった。しっかりと抱き締
めて離そうとはしなかった。
「千鶴はおれの女や…、誰にも渡さへん…」
それが開の信念だった。
千鶴は、この間の開の心の揺れと襞をじっと見詰めて、ただ側にいて見守
るし か な か っ た 。
「それでええ…、それだけで十分や…」と開は云った。
開には、千鶴が身近に居てくれさえすれば良かった。それ以上多くを望ま
なかったし、我儘に甘え掛かったりもしなかった。
それから四年が過ぎて、開はそこそこの給料を取るようになった。一柳は
京風の料亭ではなく、江戸前の料亭だったことが開の肌に合ったようで、女
将や板長、同僚たちとの受けも良かった。先斗町のお茶屋への仕出しが増え
44
痴女
て、 一 柳 の 経 営 も 上 向 い て き た。 そ う な っ て 初 め て、 開 は、
「千鶴と祝言を
挙 げ て、 町 家 を 一 軒 借 り て 一 緒 に 住 み た い …」 と、 千 鶴 に 申 し 出 た。 開 が
み そ じ
二十八歳、千鶴が三十三歳の時だった。
「三十路を越して五歳年下の男と結婚てぇ〜…」
めおと
夫の
最初の結婚で心を傷付けられた千鶴は、もう十年もの間、事実上の女
ような関係を続けていて、二人でいると心が和み、幸せを感じられると分っ
ていながら、腰が引けて直ぐには色よい返事をすることができなかった。
その上に口喧し屋の千鶴の母親のしがが「千鶴が三十三歳の大厄で、結婚
めっそお
やなんて、滅相もおへん…」と、猛反対して、埒が開かなかった。
ひらく
その事実は千鶴に
だが、その翌年の三月、千鶴の妊娠が明らかになった。
うまずめ
とっては青天の霹靂、驚天動地の出来事だった。ずっと石女だと思わされて
いた上に、開とも、毎日ではないにしても、十年以上に亙って、会えば濃密
な情交を繰り返していて妊娠しなかったのだから、千鶴は三十路を過ぎてて
痴女
45
っきり「実際に石女」だと確信していた所でのその診断だったから、その驚
きは一方ならなかった。
千鶴の母親のしがも妹の千加も千鶴の知らせを聞いて腰を抜かすほど驚い
た。
一番落ち着いてその知らせを受け止めたのは開だった。
「こうなれば、否も応もないやろう…」
「子供が産まれる…と
開は内心で思った。開は形式主義者ではなかったが、
いう厳粛な事実は、しっかりと法律に則して記録しなければならない…」
それが開の考え方だった。開は嬉しくてならなかった。
「これで名実ともに千鶴におれの嫁さんになってもらえ、おれの子供の母親
にもなってもらえた…、こんな嬉しくて目出度いことはない…」
開は「綺麗ですべすべな」千鶴の裸を抱いて、膨らみかけている下腹を摩
りな が ら 云 っ た 。
46
痴女
開は、一柳の女将に頼んで、その料亭の離れで内々の式を挙げた。開の身
内は、東京から父母だけが駆けつけて来、千鶴の身内は、母親のしがと妹の
千加だけが立ち会い、板長の玄蔵と元は先斗町の芸妓だった女将の千代葉が
媒酌人になってくれて、形ばかりの祝言で済ませた。
つる
とき
その年の十月初めに、千鶴は双子の女児を産んだ。そして、千鶴の妊娠を
知ってから借りることに決めていた同じ蛸薬師の少し大きめの町屋に家族四
みつき
人が入った。開は千鶴と相談して、長女の方を鶴、次女の方を鴇と名付けた。
三月もすると肌の赤身が取れて、二人とも千鶴に良く似て一点の染みもな
い真っ白ですべすべの肌をしていることが分ってきた。
「 二 人 と も 大 き く な っ て もこのままおめこに毛ぇが 生 えてこな んだら ええ
なあ … 」
オムツを換えつつ、開は二人を並べて、小さな桜貝のようなおめこを見比
べながら、感に堪えないといった調子で云った。
「変なこと考えるんやねえ…」
痴女
47
千鶴が呆れ顔で開を見た。
「女はおめこに毛ぇなんかない方が綺麗や…、千鶴がええ例や…、この娘等
にも千鶴みたいに綺麗に成長して欲しい思うねん…」
千鶴の身体を慈母観音のように崇めている開なればこその願望だった。
一度に子供が二人産まれて、開は益々調理の仕事に熱を入れ出した。早朝
から深夜まで、片時も調理から気を逸らせたことはなかった。仕込みの都合
で時には調理場の片隅で夜を明かしたこともあった。そんな時には、必ず千
鶴に電話を入れて、千鶴を慰め、労った。開は、調理を通して、千鶴と娘た
ちに注意を注いでいたのだった。
それから二年経って、二人の娘たちがまだ襁褓のお尻を振り振り歩いてい
る秋の深まる頃、また千鶴の妊娠が明らかになった。その時千鶴は三十六歳
だっ た 。
48
痴女
「まあア…、生れるいうたら次々生れるんやなあ、開はんの精ぇがよっぽど
強い ね ん な あ … 」
しがは、呆れると同時に感心したように千鶴に云った。千鶴は苦笑いをし
た。
二人は、一番精力の強いはずの歳頃に、十年以上に亙って、避妊具も使わ
ずに情を交えてきて、全く妊らなかったのだ。
「うん…、それは男の側の精力の強さの問題もあるやろうけど、それよりも
っ と 大 き な 要 因 は、 千 鶴 の ホ ル モ ン の 分 泌 系 統 の 活 動 が 三 十 を 越 え て 活 発 に
なって来た…ちゅうことやろう…、よう聞く話やないかア…」
嘗て医学を目指した開が、それらしく千鶴に解説して見せた。
「それにうちが頻繁に開のここを舐めて、精を仰山呑むようになってるから
やな い か な ア … 」
そう云いながら、千鶴は、上体を屈めて、トランクスから引っ張り出した
開の摩羅を口に銜えて歯と舌で扱きはじめた。
痴女
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「うっ…」と、呻いて、開は、顔を顰めた。相変わらず開は漏らすのが早い
のだ 。
「我慢でけなんだら、出してもええよ…」
かりくび
千鶴は盛んに鳫首をしゃぶりながらくぐもった声で云った。その声を聞いて
しばらくして、開は千鶴の口の中に最初の精を噴射した。
「ここからが長いんや…」
千鶴はその後の経過を十分承知していた。開の「麝香の質」と精力の持続
性の二つの不思議…」それが開の体質の特長であり、「謎」だった。
翌年の七月、梅雨が明けた熱い盛りに、
千鶴は元気な男の児を産んだ。開は、
その児に仙一と名付けた。仙一は、利発そうに見えた。だが、開は、仙一が
どんな男に育っていくか、未知数だと思った。ともかくも、
「親が勝手に期待
をかけて、進路を押し付けるのだけは止めよう…」と、開は思っていた。
50
痴女
千鶴は、仙一が生れて、もうそれで最後だろうと思っていた。だがその予
想は、二年後に見事に裏切られ、三年後の初夏に、また男の児を産んだ。開は、
次男に開次郎と名付けた。千鶴は三十九歳になっていた。
「えらい頑張ってはんねやなあ…」
千鶴が三度目の妊娠をしたと知って、しがが皮肉めかして開に云った。
「なに、頑張ってくれてるのんは千鶴ですよ…、なにしろぼくは千鶴にめろ
めろ で す か ら … 」
「えらい手放しの惚気で…、恐れ入りますう…」
また、しがが皮肉めかして云って、開の顔を見詰めた。
*****
痴女
51
「三度目の正直で、もう後はないやろうなあ…」開が、開二郎に乳を含ませ
ている千鶴を背後から抱きかかえて、千鶴のつるつるのおめこを揉み擦りな
がら 云 っ た 。
「こまいのばかり仰山いてて、手が回り切らんよって、うちも、そろそろ打
ち止めにしいたいにゃわ…」
「そやなア…、千鶴がまだぴちぴちしてる内に、ここらで千鶴を全面返還し
てもらわな、おれもかなんしぃ…」
千鶴のそんな思いにも拘わらず、千鶴が離乳を始める頃には、開と千鶴の
情交は、頻度も濃厚さも元に服した。千鶴はまだ閉経期に入っておらず、二
人共特に避妊の対策などせずに、情の赴くままに性愛の快楽に身を浸すため、
千鶴が妊る可能性はまだ大きかった。そしてその可能性は、三年後に的中し
た。千鶴が四十二歳の時だった。
52
痴女
「もう、こないなったら破れかぶれや…、しぃたいだけおめこして、産める
だけ児オを産もう…千鶴ウ、皆の生活は、不自由ないようにおれが背負うよ
ってに、心配いらん…、
それにしても、他所には、どないに一生懸命治療受けても、産めん夫婦が
お
仰山居んのに、ほんまに的中率高いなあ…千鶴のここは…」
そう云いながら、つくづく感心したように云って、千鶴のつるつるのおめ
こを揉みしだいた。」
「ああ〜ん…ッ、そこをそないされるといてまうやないぃ〜…ッ」
「いてもええよ…、おれが全部綺麗に舐めたるよって…」
「うう〜ん、もお〜オ、開のスケベエ…」
「誰がおれをそないにしたんや…」
開は千鶴の肩を抱き込んで云った。千鶴の鼻先が開の腋窩にすっぽり嵌り
込んで、そこから立ち上る甘い濃密な匂いが千鶴を痺れさせた。
「うちがこの匂いに弱いのを知ってて…、狡いわア…」
痴女
53
千鶴はそう云って、開の腋窩を舐めた。開のそこの分泌液は、相変わらず
甘い濃密な味がした。開の陰嚢や会陰部の回りの臭線から出る分泌液も、同
じ よ う に 甘 い 匂 い と 味 が す る が、 も っ と 濃 密 で、 染 み 出 る 淫 水 が 混 ざ っ て、
女の強い淫情を惹き起こす。
「こんな風に、たくさんの女を悩殺する武器を備えているのに、開いうたら、
うち以外の女に見向きもしないんにゃわ…、むふふッ…」
千鶴は、開の腋の下から乳首に掛けて吸いながら、頭の中で呟いた。開が
身体を強張らせて震わせた。
「 そ れ は、 お れ が 千 鶴 の つ る つ る の お め こ と 染 み 一 つ な い 綺 麗 で す べ す べ
の肌の虜になってるからや、ほんまに、千鶴は観音さんのように神々しい身
体 を し て る ウ …、 そ れ に 番 っ て る と き に チ ン ボ を 包 み 込 む よ う に し て あ ん じ
ょう締め付けてくれるのんがまたごっつうええ案配なんにゃわ…、そんな千
鶴の身体に比べて、どないな身体が他にあるウ云うのやア…、皆雑魚やで…、
おれには、千鶴がいっち大事や…、それで満足以上や…、せやから、おれは
54
痴女
千鶴の身体がそんなんや…なんて誰にも云わへん…、云うたら、摘み食いし
たがったり、盗りたがったりする奴が出て来よるさかいになあ…、俺がこな
いなこと云うてるなんて、誰にも云いなや…」
開は、ことあるごとに口癖のようにそんなことを云う。
ひらく
「それがうちには不思議なんや…、これはうちには理解でけへん開の心の内
の謎 や … 」
千鶴はそんなことを考えながら、左手を臍下まで撫で下ろしていった。
そこには、開の強い意志を示して、摩羅が凛立し、撥ね反えるように蠢い
て い た。 い つ も の 通 り 淫 水 が し み 出 し て、 ト ラ ン ク ス の 前 を 濡 ら し て い た。
千鶴がトランクスをずり下げると、摩羅は弾け反えって臍下を何度も打った。
千鶴が掌で鳫先を覆うように掴んで揉むと、淫水が塗れて滑りが強くなっ
た。
「う う 〜 … ッ 」
開が呻いて、身体を強張らせ、早くも発射寸前になった。
痴女
55
「今日は舐めるだけでええやろう…、ややこに障るといかんしぃ…」
「いや、させてえ…、無性にしぃたいねん…、
おれの方で腰動かさんよって、千鶴の方で腰震わせてくれたらええわ…」
「う〜ん…、難儀やなあ…、そないに気ぃ昂ぶってるんかいな…」
千鶴がしぶしぶ開の気持に従って、向う横取りの形で抱き合って摩羅を挿
入し、千鶴の膣壁が摩羅を締め付けると間もなく、開は太股と摩羅を震わせ
あやか
て、精を噴射した。後は、いつもの通り、摩羅を抜かずに、千鶴の腰と膣壁
の細やかな震動だけで、間を置いて何度も射精を続けた。
「こんなに精力の強い男が他にいるんかいな…」
千鶴はいつも開の恐るべき能力を不思議に思う。
翌年の春、華やかに都をどりが開かれる頃、千鶴は三女の綾香を産んだ。
しかしそれにしても、千鶴が「女を持て余していた」頃の偶然の出逢と千
鶴のちょっとした悪戯心が切っ掛けで、こんなに相性のいい関係を続けられ
56
痴女
る男と巡り合えたことを、
「まんのええ、幸せなことや…」と、千鶴は思った。
完全に月のものが止まり、妊る可能性が全くなくなるまで、あと何人の子
を生すことになるのかは分らないが、
「このような又と得難い相性の良い関係
おさなご
が、その後もずっと続けられるとええなア…」と、千鶴は思いつつ、今日も
胸を開いて乳房を取り出し、自分に良く似た幼子に乳を吸わせるのだった。
*****
了
痴女
57
初体験
1
初体験
夏子が母方の伯母の末息子の浩太郎に初めて会ったのは、夏子が小学校四
年生で九歳の時だった。
ち さ
夏 子 は、 大 岡 山 の 商 店 街 で 青 物 と 乾 物 を 一 緒 に 商 う 父 親 の 仙 太 と 母 知 沙 の
間の一人娘だった。知沙が夏子を産んだ後、産褥熱の影響か何かの理由で児
ひとかた
を産めない身体になってしまったため、双親の独り娘夏子の可愛がりようは
一方ではなかった。殊に仙太の夏子に注ぐ愛情は尋常ではなく、夏子の幼い
時から、夏子を風呂に入れるのは専ら仙太だった。仙太は、湯船の外で石鹸
をまぶした柔らかいタオルで頭の天辺から足のつま先まで、文字通り隅から
隅まで丁寧に、優しく洗ってやり、特にお尻の穴から「おちんちん」の回り
は、真綿で包むようにして洗い、その気持ち良さで夏子はしばしば父親の胸
に凭れて眠ってしまうほどだった。身体を洗った後、湯船に入って、仙太は、
夏子を自分の胡坐の上に座らせて抱き締めるようにして抱きかかえ、また優
しく擦り回してやるのだった。そんな時仙太は、いつも自分のペニスを長く
2
初体験
膨らませていた。ペニスは膨らんでいるだけで、勃起には至っていなかった。
何故そうなるのか、仙太自身にも分らなかったが、やはりそうして可愛い娘
を裸で抱きかかえて擦っているのが気持ち良いためだろうと思っていた。
「 お 父 ち ゃ ん の お ち ん ち ん が い つ も そ ん な 状 態 」 な の で、 夏 子 は、 そ れ が
当り前で、仙太の心の中の状態の反映だとは思っていなかった。そして、夏
子は時にはお尻に触れる「お父ちゃんのおちんちん」に触って撫でたりして、
自分の豆粒のような「おちんちん」に比べて何十倍も大きいので、羨ましく
思い 、
「わたいのおちんちんもお父ちゃんのおちんちんのように大きくなるの
かな…」と母親の知沙に訊いたりさえした。
かおだち
「工
浩太郎は、智沙の兄妹達の子供の中でもずば抜けて学業の成績が良く、
業大学を受ける」のだとて、夏子が九つの時に初めて熊本から東京に出て来
て夏子の家に寄宿した。夏子は、浩太郎の茫洋とした顔貌と懐の深い大きな
初体験
3
身体がすっかり気に入ってしまった。
熊本の田舎では成績の良かったさしもの浩太郎も、最初の入学試験を見事
に滑ってしまい、熊本に一旦帰った後、
「捲土重来を期する」とて、再び上京
して夏子の家に寄宿することになった。
浩太郎は、主に午前中は代々木の予備校に通い、午後は自宅か、近くの図
書館に詰めてひたすら勉学に勤しんでいるようだった。
」
「おにい
夏子は、浩太郎が家にいる時は、しょっちゅう「おにいちゃん」
ちゃん」となついて浩太郎の部屋に入り浸った。その理由は、
主に、「麝香の質」
の浩太郎の腋の下や会陰部の臭線から、甘い匂いを発散させているためだっ
た。特に湯を遣った翌日や、夏場は、浩太郎の周囲は甘い匂いが満ちていて、
夏子は自然に浩太郎にしなだれ掛かってその匂いを嗅いだ。夏に入って、午
後、浩太郎が勉強に倦んで畳に引っ繰り返って昼寝をしていると、夏子は「お
にいちゃん、とってもいい匂いがする…」と云って、顔を浩太郎の腋の下に
4
初体験
埋めて、そのまま眠るのを好んだ。そして、目覚めて起き上がると、目前に
佇立している浩太郎のペニスを見付けて、
「おにいちゃんのおちんちん硬そう
で大きいのオ…」と云って、トランクスの隙間から手を差し入れてそれを小
さな 手 で 掴 み 、
「わたいのおちんちんも何時かこんな風に大きくなるのかしら
ねえ…」などと云ったりして、浩太郎を慌てさせたりもした。
そんな夏のある日の夕暮れ時に、夏子は、いつものように何の断りも云わ
ずに浩太郎の部屋に入っていった。その時は、いつもと違う匂いが夏子の鼻
を突いた。浩太郎は、机の脇に片膝立てして蹲って、盛んに右腕を動かして
いる よ う だ っ た 。
「 お に い ち ゃ ん、 な に し て る の オ …」 と い い な が ら、 夏 子 は 浩 太 郎 の 側 に
無造作に近付いていった。その声に初めて夏子に気付いたが、もう遅過ぎた。
浩太郎は既に絶頂に達して、最後のアクメの瞬間の直前だった。
「ううう〜ッ」と、一声唸って、浩太郎は身体を震わせて、体を強張らせた
かりさき
かと思うと、鳫先からピュッ,ピュッ、ピュッ…と、精を噴き飛ばした。
初体験
5
「うわあ〜っ、おにいちゃんのおちんちんって、こんなこともできるんだ…」
夏子は目を丸く見開いて口を両手で覆って、さも「感心した…」と云わん
ばかりに叫んだ。一頻り続いた荒い呼吸が治まると、浩太郎は自分のペニス
を 扱 い て、 溜 っ て い る 精 を 抜 き 取 っ た 後、 噴 出 し た 精 を 丁 寧 に 拭 い 去 っ て、
ペニスをトランクスの中に納めた。
「いや、なっちゃんにえらいところを見せちゃったな、これは内緒だよ、誰
にも言わないでね…」
浩太郎は、まだ驚きの表情を続けている夏子に優しい眼差しを向けて、云
った 。
「おにいちゃん、お腹が痛くて、苦しかったのオ」
夏子は無邪気な表情で訊いた。
「そうじゃないよ…、気持ち良くなることをしてたんだよ…」
「でも、おにいちゃん苦しそうな顔をして、呻いてたよ…」
「苦しいからではなくて、気持いいことを長続きさせるように我慢していた
6
初体験
から、呻いていたんだよ」
「わたい、あんな風に聳えたおちんちんを見たの、初めて…、わたいのおち
んちんも、あんな風になるのかな、おにいちゃん」
「は、は、は、はッ…、なっちゃんは女の児だから、それはちょっと無理だ
ろう な … 」
浩太郎は、夏子の幼く微笑ましい願望と疑問に、笑いかけながら、夏子の
言葉 を 否 定 し た 。
「ええ〜っ、ほんとに駄目なのオ…つまんないな…、夏子、おにいちゃんの
見たいなおちんちんが欲しいと思ってたのにぃ…ッ」
「女の子は、欲しければ誰かから借りるしかないな、なんだったら、おにい
ちゃんのを貸してあげても良いよ、気持ち良くて、楽しいことだから、夏子
ちゃんに助けてもらってしたらもっと気持ち良くて楽しくなるかも知れない
から ね … 」
「それじゃあ、今度おにいちゃんが同じ気分になったら、夏子が助けてあげ
初体験
7
る… っ 」
夏子はあくまで無邪気だった。
夏子は、おにいちゃんが毎日そんな気分になるのかと思っていたら、そう
は な ら な か っ た。 お に い ち ゃ ん が 受 験 勉 強 の 方 に 集 中 し て い た か ら だ っ た。
それから一週間して、夏子がおにいちゃんの部屋に入っていくと、また浩太
郎は大の字になって昼寝をしていた。部屋には、また「おにいちゃんの甘い
匂い」が充満していた。おにいちゃんのおちんちんは、前の時と同じように
天を仰いで佇立していた。夏子はそのおちんちんには触れずに、浩太郎の脇
に 寝 転 が っ て、 浩 太 郎 の 腋 の 下 に 顔 を 埋 め て 胸 一 杯 そ の 匂 い を 嗅 い で い る 内
に、いつしか寝入った。
それから一時間ほどして、浩太郎が目覚めて、夏子が鼻先を浩太郎の腋の
下に突っ込んで、側ですやすやと眠っているのに気付いた。 幼いけれども
少 女 に な り つ つ あ る 夏 子 の 身 体 の 臭 い が 浩 太 郎 の 鼻 腔 を 突 い て、 浩 太 郎 は、
思わず夏子の身体を掻き寄せた。夏子を抱き寄せる浩太郎の腕の力で、夏子
8
初体験
が 目 覚 め、 自 分 が 上 半 身 を 浩 太 郎 の 胸 の 上 に 乗 せ 掛 け て い る の に 気 付 い た。
夏子が起き直ろうとして動かした左手に「おにいちゃんのおちんちん」が触
れた 。
「おにいちゃん、まだ、楽しいことをして、気持ち良くなりたい気分になっ
てないのオ…」と夏子は、臆することなく訊いた。
「ん…、夏子ちゃんに手伝ってもらって、気持ち良くなろうかどうしようか、
考えていたんだよ…、夏子ちゃんは十歳になったばかりで、まだ子供だから
ね… 」
「歳は子供だけど、もう大人になり掛かっているよ、お父ちゃんは、まだ一
緒にお風呂に入ってくれるけど、もう以前のように抱きかかえて身体を擦っ
たりしてくれなくなっているしぃ…、おっぱいも大きくなってきているしぃ、
お尻だってお母さんと殆ど変わらないくらいに丸く大きくなってきているし
ぃ…、オマンコのヘアだってうっすらと生えてきているしぃ…」
「今の子は、女の子でもオマンコなんて言葉を平気で口にするようになって
初体験
9
いるのかねえ…、おにいちゃんが子供の頃は、女子は男子に向かってオマン
コなんて口にしなかったけどねえ、時代が変わったからなのかねえ」
「以前は、屈むとお尻の見えるようなスカート穿かせてもらえなかったんで
しょう…、それとおんなじだと思うな…、それで、何で子供に頼めないのオ…、
好きでするならいいじゃん」
「大人のすることに子供を関わらせるのはどうか…と、思うだけのことさ」
「でも、この前は、夏子に手伝ってもらおうって、云ってたじゃない、おに
いち ゃ ん 」
「それで、どうしてそんなにおにいちゃんのおちんちんが気になるんだい」
「… …って云うか、この間みたいに、わたいのよりか何十倍も大きくて、
硬くなったり、柔らかくなったり、あんな風に擦るだけで先っぽから匂いの
きついどろどろの液を噴き出したり…、そんなおちんちんをわたいも持ちた
いと思うからよ…、それだけのこと…」
そんなたわいのない会話を続けていたら、凛立しているペニスが治まるか
10
初体験
と思ったが、一向に治まる気配がなかった。
「ねえ〜、おにいちゃんのおちんちん触ってもいいでしょオ〜っ…」
こ
夏子は顔を浩太郎の胸に押し当てて、唇で乳首に吸い付きながら、甘える
よう な 声 で 云 っ た 。
「仕方ない娘だねえ…、触りたければ触ってごらん」
浩太郎は身体をぴくぴくっと震わせて云った。
「ああ、良かった…」
そう云って、夏子は、トランクスの隙間から手を挿し込んで凛立する太い
ペニスを幼い手で握った。
「わあ〜っ、随分と熱くて、硬いのオッ…」
夏子が感嘆の声を上げた。夏子は、暫く握り締めていたが、やがておずお
ずとそれを扱きはじめた。ペニスが更に太くなって、硬さを増し、怒ったよ
うに空に向けて佇立した。
トランクスの隙間から、いつもの「おにいちゃんの腋の下の匂いよりもも
初体験
11
っと濃厚な匂いが漂ってきた。掌をずらして、ペニスの先っぽを握るとぬる
っとした粘つく感触の淫液が滲み出てきて、夏子の掌で亀頭全体に捏ね繰り
回された。夏子の手の動きに連れて、ペニスが反り返るように反応して、更
に怒張を強めてぴくぴくと痙攣した。夏子にはそれが不思議だった。
「おにいちゃん、自分でおちんちん震わせてるのお」
夏子は浩太郎の方を向いて訊いた。
「いや…、なっちゃんが優しく撫でてくれるかっらひとりでにそうなってる
んだ … 」
かりさき
浩太郎は、目を閉じて眉間を顰めて答えた。夏子には、浩太郎が気持良さ
そうにしているようには見えなかった。浩太郎のペニスは、何度も臍の方に
向かって鳫先を撥ね反えらせていた。夏子は、それがどんな風になっている
のか 見 た く な っ た 。
「おにいちゃん、夏子、おにいちゃんのおちんちんがどうなているのか見た
くなったから、パンツ脱いでえ」
12
初体験
夏 子 は、 ペ ニ ス を つ か ん だ ま ま 浩 太 郎 の 方 に し な だ れ 掛 か っ て、 云 っ た。
浩太郎は早くも爆発しそうなのを歯を食いしばって堪えていた。その気の昂
ぶりは、自分で扱いている時とは明らかに違って早かった。
「自分で脱ぐと行っちゃいそうだから、なっちゃんが脱がせて…」
薄目を明けて夏子を見ながら答えた。
「行っちゃいそう…」と云うのが何がどうなるのか、夏子にはよく分らなか
ったが、夏子は上体を起き直らせて、パンツのゴム紐に両手を掛けて、下の
方にずらせた。それと同時に浩太郎の鳫先が解き放たれて撥ね反えり、前の
めりになっている夏子の口元に当たった。
「あ あ 〜 っ 」
夏 子 は 予 期 し な い 咄 嗟 の 出 来 事 に び っ く り し て、 声 を 出 し て 起 き 直 っ た。
夏 子 の 目 の 前 で、 黒 々 と し た ヘ ア の 間 で 佇 立 す る ペ ニ ス が 反 り 返 っ て 何 度 も
浩 太 郎 の 臍 に 撥 ね 反 え っ て、 痙 攣 を 起 こ し た よ う に 震 え て い た。 夏 子 に は、
この前浩太郎が自分でオナニーしていた時とは違って、
その様子がひどく「い
初体験
13
やらしく」見えた。夏子は、目を見張って、口を両手で覆って、その先っぽ
からお汁を滴らせている鳫先の動きを見詰めた。その時。夏子にこねくり回
さ れ て 夏 子 の 手 に 付 い て い た浩太郎の淫液の臭いが夏 子 の鼻腔を刺 激して、
夏子は何やら知れず猥褻な気分になった。夏子は、初めて自分が浩太郎の性
の営みに加わっていることを実感した。
「おにいちゃんを助けて気持ち良くさせてあげることは、こんな風にいやら
しく感じることに加わることなんだ…」
そう思いながら、夏子は、もう引き返せないのっぴきならない状況に身を
置いていることを覚った。目の前の浩太郎の鳫先は、赤黒く怒張して浩太郎
の臍を何度も打ち付け、その肉棒は節くれ立ったように血筋が浮き出て膨ら
んでいた。夏子には、その浩太郎のおちんちんが何か別の生き物のように見
えた 。
「男って、こんな生き物を身体に付けて飼っているんだ…、あたいもこんな
の一 匹 欲 し い な … 」
14
初体験
夏子は口の中で呟いた。
「なっちゃん、おれを助けて、いい気分にさせてくれるんじゃあなかったの
かい … 」
浩太郎は、夏子の気持を察せられずに、夏子の行為を促すような口調で云
った。夏子は、それで我に返った。
「ようし…、このおにいちゃんのおちんちんをあたいのペットにして、おに
いちゃんをいい気持ちにさせてあげよう…、うふふっ…、撥ね反えって、撫
でて欲しいって催促してるわ…、可愛いのオ…」
夏子はそう呟きながら、盛んに撥ね反えって、夏子の小さな片手に余るほ
ど太くて大きなっている浩太郎のペニスを両掌で押し包むようにして、扱き
はじめた。滴り出ていた淫液がペニス全体に塗ぶさり、浩太郎の肉棒はぬる
ぬると滑らかになり、扱きやすくなった。
さっきから行ってしまうのを堪えていた浩太郎は、夏子のまだ小さな両手
で扱かれはじめたのを感じて、一気に気が頂点に達した。
初体験
15
「ああ〜っ、なっちゃん、感じる、感じる、いい気持、いい気持だよ…、そう、
その先っぽの内側の柔らかく膨らんだところをもっと強く擦って」
どこをどういう風にすると気分がもっと良くなるのかを教えて、夏子がそ
のようにすると、もう浩太郎は堪えられなくなった。
「ああ〜っ、いい、いい、いい、なっちゃん、独りでするよりずっといい気
持だよッ…、もう行く、もう行く、ああ〜っ、出る、出る、出るう〜ッ」
浩太郎が声を押し殺して叫んで腰を痙攣させると、ピュッと最初の一塊の
精 液 が 飛 び 出 し て 夏 子 の 口 元 に 掛 か っ た。 夏 子 は そ れ を「 熱 い …」 と 感 じ、
そ の 臭 い は、 真 っ 盛 り の 栗 の 花 の 臭 い に 似 て 強 烈 な 刺 激 を 夏 子 の 盆 の 窪 に 与
え、夏子は、眩暈にもにた感覚に襲われたが、その一瞬、夏子は自然の動作で、
自分の唇を鈴口の先っぽに押し当てて、第二陣、第三陣の射精を口の中に受
け止めながら、両手でペニスを握りしめて強く何度も扱いた。夏子は口の中
に吐き出された精液を、そのまま反射的に呑み込んでしまった。口の中に刺
すような強い刺激が走り、強烈な栗の花の匂いが鼻腔を伝わって盆の窪に眩
16
初体験
暈に似た刺激を与えた。
かりくび
脇 で は、 浩 太 郎 が 夏 子 の よ う や く 大 き く 膨 ら み 掛 か っ て き た お 尻 を 抱 き か
かえて、息も絶え絶えに喘いでいた。夏子は、浩太郎のペニスを良く扱いて、
鳫先に唇を付けて残っている精を全部吸い出してから、鳫首を綺麗に舐め取
って、柔らかくなったペニスをパンツの中に仕舞った。その時夏子は、子供
がしてはいけないことをしてしまったような、後ろめたい気持になった。だ
が、
「大好きなおにいちゃん」が気持ち良くなって幸せな気分になれるように
したことなんだから「神様も許してくれるわ…」と思って気分を換えた。
浩 太 郎 は、 平 常 の 独 り オ ナ ニ ー で は 味 わ っ た こ と の な い ア ク メ の 喜 び と 満
足感に浸った後、ようやく正常な呼吸に戻ると、夏子の幼い身体を膝の上に
抱きかかえて、その身体を撫で擦った。
「おにいちゃん、いい気持になれたア…」
夏子はもう一度確かめたくて、念を押して訊いた。
「ああ、なっちゃん、ありがとう…、独りでオナニーしていた時よりずっと
初体験
17
気分が良くなって、今は満ち足りた気分だよ…」
浩 太 郎 は、 自 分 の ペ ニ ス を 幼 い 夏 子 が 一 生 懸 命 扱 い た こ と が 気 の 昂 ぶ り を
増幅して、頂点に昇り詰めた後の充足感が大きいのだ…」と自分の中の心の
動きを分析しながら云った。
「よかったア…、…、おにいちゃアん…、夏子ねえ、おにいちゃんの精を全
部呑 ん じ ゃ っ た … 」
夏 子 は、 拍 子 で 自 分 が し て し ま っ た こ と に 恥 ず か し さ を 覚 え て、 俯 い て、
照れ臭そうに身体を揺すって話した。
「それでザーメンの痕跡がどこにも残ってないのか、こんな幼い女の子がそ
んなことを知っているわけもないし、どうしてそんなことができたんだろう」
浩太郎はさっきから頭の隅に引っ掛かっていた疑問が解けて納得すると同
時に新たな疑問が湧いた。
「精は呑んでも身体の毒にはならないから、心配要らないよ…、反えって身
体の力を付けてくれる筈だから、安心しといで…、
18
初体験
それで、どうして精を呑む気になったの…、性教育の教科書にそんなこと
書いてあったわけではないんだろうに…」
浩 太 郎 は、 自 分 の 精 を 呑 ん だ と 云 う 夏 子 が 急 に 愛 し い 存 在 に な っ た 気 が し
て、夏子をしっかりと抱き締めて尋ねた。
「 あ の ね …、 最 初 に 夏 子 の 口 の と こ ろ に 飛 ん で 来 た か ら、 慌 て て お ち ん ち
んの先を口で塞いだの…、そしたら口の中にどんどん一杯飛び込んできてね、
溢れそうになったから、呑み込んじゃったの…、強い栗の花のような臭いが
して、口中をちくちく刺すような味がして、少し心配だったけど、大好きな
おにいちゃんの精だし、「どうってことない…」と思うことにしたの…」
「やっぱり咄嗟の出来事だったんだ…」
浩太郎は夏子の話を聞いて安心した。
「それで、なっちゃんは、おにいちゃんが気持ち良くなるように手伝ってく
れて、どんな風に思ったんだい」
「初めは、してはいけないことをしてしまったんだ…と思った…」
初体験
19
「そ れ で … 」
「夏子、おにいちゃんのこと大好きだしぃ…、おにいちゃんも夏子のこと嫌
いじゃないから大人の男と女のするようなことを夏子に頼んだんだしぃ、夏
子がまだ小さくても、神様は許してくれるかな…と思い直すことにしたの…、
夏子、おにいちゃんの精を呑んだら、急に大人になったような気がして、お
にいちゃんのことがもっと好きになった…、今は、夏子がおにいちゃんのお
嫁さんになれたらいいな…と、思ってる…」
「ははははは…、なっちゃんがおれのお嫁さんか…、今からそんなこと決め
られないけど、時が来て、お互いに身も心も相性が良いと分って、お互いに
納得したら、おれとなっちゃんが女夫にならない理由はないから、時節が来
るのを待って見ような…、それよりも、また勉強に疲れてストレスがたまっ
たら、なっちゃんに手伝ってもらって、今日のように飛びきりいい気分にさ
せてもらいたいと思っているし、なっちゃんにもいい気持ちになってもらえ
るようにしてあげたいし…、なっちゃんの身体がもう少し大人の身体になっ
20
初体験
たら、なっちゃんの新鉢を割ってあげたいとも思っているからね…」
今どき滅多に聞かれない…と思えるようなことを云って、浩太郎は夏子の
小さな肩を抱きすくめてその額に接吻をした。浩太郎にも夏子が妙に愛おし
く感 ぜ ら れ て い た 。
*****
こうして夏子の最初の性愛の経験が始まった。初めの内は、最初の時と同
じ よ う に、 浩 太 郎 が い い 気 持 に な っ て ス ト レ ス か ら 解 放 さ れ る の を 夏 子 が 手
伝うだけだった。一度味わったのが病み付きになったのか、夏子は毎回浩太
郎の精を呑んだ。夏子は、ディープスロートこそしなかったが、浩太郎のペ
ニスを扱いて、鳫首を舐め回して「遊ぶ」のも好むようになった。
初体験
21
「今
そ の 内 に、 浩 太 郎 が 夏 子 に よ っ て 一 通 り 絶 頂 に 達 し て 満 ち 足 り た 後、
度はなっちゃんも気持ち良くさせてあげよう…」と云って、浩太郎は夏子を
胡坐の上に抱え込んで、夏子を撫で擦り始めた。随分以前から浩太郎が「気
持ち良くさせてあげる…」と云っていたことだったが、いざそうとなったら、
夏子は緊張して身体を強張らせた。
「そんなに緊張しないで、もっと楽にするんだよ…、いい気持になれるよう
にしてもらいたいんでしょう…」
そう云って、浩太郎は、夏子の着衣の上から、撫でるとも撫でないとも云
えないような柔らかさで、夏子の身体の隅々まで撫で擦り、同時に長い接吻
を交わすことから初めた。そして、浩太郎は次第に接吻の場所を額や目の回
り耳の回りから、首筋に移し、更に顎の下や喉元に匍わせていった。その度
に夏子は身体をぴくっと弾ませて、緊張させた。
「楽にイ〜…ッ、なっちゃん、楽にしてエ〜…」
その都度浩太郎は、呟くように云って、夏子の身体の強張りを解そうと努
22
初体験
めた。そして浩太郎が唇を喉元に移した時、右の掌を丸めてブラウスの上か
ら夏子の乳房を押し包むようにして揉み擦った。その途端に夏子は胸の膨ら
みを強張らせ、乳首が突き出すように固くなった。夏子の乳房は、まだ熟し
てない桃」のように小さくて硬かったが、それでも感度だけは良かった。浩
太郎は、左の乳房を揉みながら、夏子と接吻を交わしたり、右の乳首をブラ
ウスの上から吸ったりした。
「う〜ん…、おにいちゃア〜ん…」
夏子は、軽く呻くような声を立てた。
「気持ち良くなってきたかい…」
浩太郎は夏子の耳元で囁くように訊いた。
「うっふうん…」と小さな鼻声をあげた。浩太
夏子はこっくりと首肯いて、
郎は夏子の唇を吸いながら、ボタンを外して夏子のブラウスを脱がせ、上半
身を裸にした。その肌は六齢の蚕のように白く、もう少ししたら透き通るよ
うな潤いのある肌になっていくのを予感させた。続いて浩太郎は、夏子の両
初体験
23
みぞおち
方の乳房を揉みながら、鳩尾から臍回りを経て、下腹の方へと徐々に唇を匍
わせていき、臍から下を舐り回しながら、ジッパーを引き下げて、スカート
も 脱 が せ た。 白 い ロ ン パ ー ス の よ う な 形 を し た ブ ル マ の よ う な パ ン ツ が 覆 う
夏子のお尻は、まだ大人の女のそれとは違って、幼げで可愛らしかった。そ
して、浩太郎は、夏子の「新鉢割」までにはまだ一、二年の間があると思った。
にこげ
浩太郎は、夏子のパンツを少し引き下げてプーベの辺りを見た。そこには、
はっきりした二次性徴を現わすようなヘヤは生えておらず、細かい金色に近
い色の柔毛が生えかかっているだけだった。浩太郎が、もう一度上に伸し上
がって夏子の唇を吸うと、夏子は貪るように吸い返してきた。夏子はもうか
なり接吻の仕方に馴れてきていた。夏子と唇を吸い合い、舌を絡ませ合って、
接吻を交わしながら、浩太郎は夏子の下腹から膝頭までを撫で擦った。浩太
郎が内股に手を差し入れてパンツの縁の筋目に沿って撫でると、夏子は腰を
細かく震わせて両腿で浩太郎の手を締め付けてきた。それで夏子の腰が反え
っ て 上 向 き に な り、 そ の 動 き で 浩 太 郎 の 手 が す る り と 内 股 に 滑 り 込 ん で す っ
24
初体験
ぽりとその股間を掴むような格好になった。夏子は、また腰を震わせて浩太
郎の手を締め付けてきたが、その動きは逆に浩太郎の手を夏子の局部に圧し
付けることになった。
「ああ〜っ、おにいちゃん…」
夏子がまた腰を震わせて呻いた。パンツを通して感じられる夏子のプーベ
の周辺は、濡れてはいなかったが、汗で湿り気を帯びていた。浩太郎は二本
の指でお実と膣口の辺りを押えて震動を与えた。
「あああ〜あん…、おにいちゃん、擽ったい…」
夏子が呻くように声を上げた。
「気持ち良くなってきたかい…」
「… … … 」
夏子は、黙って首肯いた。
「、もっと気持ち良くなりたいかい…」
浩 太 郎 が 訊 い た 。
初体験
25
「… … … 」
夏子は、また、黙って首肯いた。
「じゃあ、パンツを脱がせてもいいかい」
浩 太 郎 は、 パ ン ツ の 縁 の 筋 目 か ら 長 い 指 を 滑 り 込 ま せ て プ ー ベ を 直 に 弄 り
なが ら 訊 い た 。
「いやっ…」
「どうして…」
「だって、恥ずかしい…」
「でも、おにいちゃんのパンツを脱がせて、おちんちんを引っ張り出しても、
恥ずかしくないんだろう…」
「あたいのおちんちんはおにいちゃんのみたいに大きくなくて、豆粒みたい
だから恥ずかしいの、だから…おにいちゃんに見られたくないのよ…」
それは、夏子が常日ごろ云っていることだった。指は、谷間に沿って遡って、
お実 に 迫 っ て い た 。
26
初体験
「困ったねえ…、じゃあ、もうこれ以上、気持ち良くなるのを止めるかな…
ッ」
浩太郎は云った。だが、パンツの脚の付け根の縁がたくし上げられて、局
部 は 殆 ど 全 部 外 に 曝 さ れ て、 浩 太 郎 は 全 て の 指 で そ こ を 弄 る こ と が で き た。
夏子の陰唇の周辺には、殆どヘアが生えておらず、ふっくらと丸い蛤のよう
に見えた。夏子には、見えていないので、自分がどういう状態に居るのか判
って い な か っ た 。
「おにいちゃんが気持ち良くしてくれるって、云ったんだから、それもいや」
夏子は駄々を捏ねるように云った。
「じゃあ、ちょっと待っててえ…もう一度考える暇を上げるからね…」
浩太郎は、そう云って、夏子の唇を吸いながら、お実を弄りはじめた。
お実は夏子の一番感じやすいところで、浩太郎が指の動きを早めていくと、
夏子は直ぐに頂点に達して、
「はあ、はあ、はあ、はああ〜っ」と、声を引い
て果てた。ぐったりして喘いでいる夏子を抱えて乳房を吸いながら、浩太郎
初体験
27
は引き続き空割を弄り膣口の上から刺激を与え続けた。そこからは、淫液は
殆ど漏れ出ていなかった。手で触れると、ヒーメンが付いていることがはっ
きりと感じられた。浩太郎はそこには指を挿し入れようとしなかった。
「ここは、新鉢割の時まで、ちゃんと残して置かなければね…」
そう呟きながら、浩太郎はそこをやんわりと握った。
夏子が平常に戻ったのは、それから三十分ほどしてからだった。浩太郎に
抱きかかえられながら、自分が局部の谷間をなで擦られていることを初めて
感じ た 。
「ほんとは、パンツを脱がなくても良かったんだ、なっちゃん…、ほうらね、
見て ご ら ん … 」
と 云 っ て、 浩 太 郎 は た く し あ げ ら れ た パ ン ツ の 裾 か ら 剥 き 出 し に な っ て い
るオマンコを夏子に見せた。
「いやっ…、恥ずかしいっ…、おちんちんが小さくて、恥ずかしいぃ〜っ」
28
初体験
夏子は顔を逸らして、浩太郎の左の腋の下に埋めた。そこは、夏子の大好き
な甘い匂いがしていた。
「じゃあ、今日のレッスンはこれで終わりっ…」浩太郎は元気よくそう云っ
て、夏子を抱え上げて立たせ、パンツの乱れを調えてから、スカートを穿かせ、
ブラウスを着せて、髪の毛を調えてやりながら「レッスンを繰り返している
内に、だんだんよくなっていくからね…」と云って、夏子を部屋から送り出
した 。
夏子も浩太郎も二人の間のことは、二人だけの秘め事のつもりでいた。だ
が。母親の知沙は、二人の関係をある程度見抜いていた。それでも知沙が二
人を叱らなかったのは、外でろくでも無いことになるよりは、浩太郎に相手
を し て も ら っ て、 夏 子 に ゆ っ く り と 世 の 仲 の こ と を 教 え て も ら っ た 方 が ま し
だと思っていたからだった。
知沙は、母親の感で、夏子がまだ浩太郎とペッティング以上のことはして
いない…と確信していた。それに、二人の関係が進んで、夏子が妊るような
初体験
29
ことになっても、二人を妻合わせれば済むし、浩太郎は何れ偉い人になるか
ら夏子にもその方が幸せだ…とも打算していた。
こうして二人は、コイタス抜きの「ままごと」のような女夫の関係を続けた。
夏子は日増しに成熟していき、学校の勉強より、
「女を磨く」ことの方に関心
を強めた。 「しっかり勉強しないのなら、
もういい気持にもしてあげないし、
おちんちんをしゃぶらせてもあげない…」
だが浩太郎は、そんな夏子に云って、自分の脇に机を並べて勉強するよう
に仕向けた。それは、夏子にはもっけの幸いだった。兎に角少しの間でも長
く浩太郎の側にいたいと思っている上に、判らないことを懇切丁寧に教えて
もらえるので、成績も次第に良くなっていった。特に算数や理科は「先生よ
り上手に教えてくれる」と云って喜び、事実成績も飛び抜けて良くなってい
った 。
30
初体験
そんな夏子にとっては蜜月のような生活が続いている内に、秋も深くなっ
て、夏子は初潮を見た。
「当節十歳くらいで初潮を見る娘もいるようだが、それでも十一歳というの
わ せ
は早 稲 だ な あ … 」
浩 太 郎 は 思 っ た 。
仙太も知沙も早過ぎる…と云って戸惑ったが、一家をあげて、お赤飯を炊
いて祝った。何事にも科学的な根拠を上げて分析したがる浩太郎は、恐らく
夏子がしょっちゅうザーメンを呑むようになって、男性ホルモンの刺激で女
性ホルモンの分泌が活発になったせいだろう…と推論した。それかあらぬか、
夏子の身体付きはどんどん成熟して、女性らしくなっていき、陰毛もそれら
しく存在感を示すようになっていった。
その娘の急激な成長に一番戸惑ったのは父親の仙太だった。一緒に風呂に
入ることにも気後れしているのに、夏子の方は一向に頓着せずに、一緒に風
呂に入ってくれるようにせがんだ。それは好きな浩太郎と一緒に入るわけに
初体験
31
いかないせめてもの代償でもあった。
「お父ちゃんのおちんちん、いつもこんな風に柔らかくて、勃ったりしない
のお 」
ある日一緒に風呂に入っている時に、お尻の下に触れている父親の太くて
長いけれどいつもぐんにゃりしているちんちんに掌を触れて云った。
「なんでお前、ちんぽが勃つこと知ってるんだ…」
娘の思わない質問に気が動顛してしまった仙太は、目に入れても痛くない
ほど可愛い娘なればどやすわけにもいかず、思わす声を荒げて夏子を詰問し
た。かつてなかった父親の剣幕に、夏子は恐れをなしたが、それでも冷静に
父親の怒りを鎮めようとした。
「何云ってるのよ、お父ちゃん…、そんなことちゃア〜んと性教育の教科書
に書いてあるのよオッ…、見せたげようかア…、例えばこんな風に書いてあ
るわ…「勃起したペニスをヴァギナに挿入して性交が行われ、射精されると
精子が子宮の中に入って行きます。そして折よくそこに卵子があると一匹の
32
初体験
精子だけが卵子と結合して妊娠が起こります…」
それを聞いて仙太は呆れてしまった。こんな十歳やそこらの年端も行かな
い子供にそんな事を教える方も教える方だが、そんな大切なことをまるでロ
ボットにでも教えるように機械的に説明している教科書にも腹が立った。
「それが近頃云われている性教育の現実なんだ…」と、思い直して気
だ が 、
を静め、仙太は、娘の身体を抱き寄せて、背中を撫で擦ってやりながら云った。
「教科書に書いてあるからって、鵜呑みに信じてはいけないんだよ…、夏子、
幸い科学者になろうとしている浩太郎さんがうちに居るから、正しく説明し
てもらいなさい…、それに一緒に風呂に入るのは今日限りで止めよう…」
仙 太 は、 若 い 頃 の 知 沙 の よ う に 夏 子 の 腰 や 尻 回 り が 柔 ら か く ふ っ く ら と し
て き て い る の を は っ き り と 認 め て、 そ の 現 実 か ら も 逃 れ た く な っ て 云 っ た。
その間ずっと夏子はお父ちゃんのおちんちんを掴んでいたが、ついぞ勃起す
ることは無かった。それは仙太にその能力がないからではなかった、
「娘に触
られたぐらいでちんぼを了え勃たせるなんぞは父親の面子に賭けてもあって
初体験
33
はならないこと…、」と仙太が思っているからだった。
「浩太郎さんに教われ…」と云った父の言葉に危うく釣られて「も
夏 子 は 、
ういろいろ教えてもらってる…」と口を滑らしそうになったが、我慢した。
「いやアだア〜ッ、お父ちゃん…、夏子はお父ちゃんと一緒にお風呂に入る
方が気が落ち着くのオ…、だから、あたいがお嫁に行くまでは一緒にお風呂
に入ってよオ、…お願いぃっ…」
夏子は豊満になってきている胸を父親の胸に圧し付けて、甘えるようにし
て云 っ た 。
そうして可愛い娘に甘えられると、仙太にしたところで、如何に堅物の親
父 と は 云 え、 若 い 頃 の 妻 知 沙 に だ ん だ ん 似 て く る 若 い 娘 と 肌 を 接 し て 甘 い 匂
いのする湯に浸かっていて悪い気がするわけも無く、むしろ活力を直接貰え
るような気もすれば、結局固い決心も萎えて、そのまま娘と一緒に入浴する
習慣 を 続 け た 。
34
初体験
夏子と浩太郎の関係も、相変わらず勉学に疲れたら互いに睦み合ってスト
レスから解放されて、落ち着いた勉学重視の生活のリズムを取り戻していた。
とかく心騒ぐ歳頃に入った夏子も、浩太郎に傾倒していると云うことによっ
て、しっかりと浩太郎にコントロールされて、どこか親の手の届かないとこ
ろに飛んで云ってしまうということもなかった。
夏子が初潮を見た年の春に浩太郎が見事に合格して見せた東京工業大学
は、夏子の家からは目と鼻の先の近さのところにあり、自転車でも徒歩でも
通えるとあって、浩太郎はいっかな他所の下宿に移り住む気もなく、引き続
き夏子の家に寄宿し続けた。それにもう一つ、ペニスにいたくご執心の夏子
の手を借りて、鬱積した性の欲求を適度に解消してもらえて、誰も傷つける
こともないという…別の功利的な要求を満たせる便利さも、浩太郎には捨て
がた い 魅 力 だ っ た 。
初体験
35
夏子にしてみれば、兎に角浩太郎の側にいられるだけで幸せだった。だか
ら、夏子は浩太郎には素直だった。
「女だからといって、女を売り物にして誰かの嫁になることばかり考えるの
ではなくて、しっかり勉学して、賢く能力一杯に生きて行けるように自分を
訓練しなければいけないんだよ、なっちゃん…」
と浩太郎に諭されれば、夏子は素直にそれに従った。
浩太郎が大学に入って、勉学に忙しくなったとはいえ、同じ屋根の下に一
緒に住んでいることには違いはなく、二人の気が昂ぶれば、夏子は浩太郎の
ペニスを扱いたり、鳫首を舐めたり、
精を呑んだりして「おちんちんで遊んで」
好きなおにいちゃんを気持ち良くさせてあげられるし、おにいちゃんに接吻
をしてもらったり、おっぱいや、おへそや、クリやおまんこを舐ってもらって、
天にも舞い上がるような喜びを味合わせて貰えることだけでも夏子は幸せだ
った 。
夏子がそんな疑似夫婦のような浩太郎との性愛に習熟するに連れて、夏子
36
初体験
は相応の歳頃の女の子とは比べ物のないほど艶気を発散させる乙女に成長し
て 行 っ た。 そ れ は、 夏 子 が 習 慣 的 に 呑 み 下 し て い る 浩 太 郎 の 精 液 に 含 ま れ る
男性ホルモンの影響で女性ホルモンの分泌が活発なっているためだというこ
とは紛れもないことのように浩太郎には思えた。
夏子が中学二年になった十三歳の春ごろから、浩太郎は徐々に夏子の「新
鉢割り」の準備を進めた。浩太郎は、ある日突然一気に「新鉢割」をすると
いうのは、女の子の心に与える傷が深くなって、良くない…と思っていた。
新 鉢 割 り や 筆 下 ろ し の 風 習 は、 都 会 で は、 今 で は 殆 ど 絶 え 果 て て い る が、
浩太郎の郷里では、そこここで、今なお行われている。
事実浩太郎は、近くの町の飲屋の若い女将に可愛がられて、中学二年の夏
に初めて性愛のテクニックの施しを受けた。浩太郎は、鄙の里には珍しい色
初体験
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白できゃしゃな「美少年」で、その気のある女達がこぞって浩太郎を可愛が
ろうとし、沢山の性愛のテクニックを伝授され、
「男として」磨かれた。浩太
郎を可愛がったのは、女ばかりではなかった。衆道趣味の男達も浩太郎を放
ってはおかず、浩太郎はそのような男達からアナルセックスの「醍醐味」を
教え ら れ た 。
普通なら、浩太郎はそういった「艶」の世界に溺れたのであろうが、浩太
郎はその衆に優れた頭脳と、何事も客観的に見て本質を捉えようとする性向
のお陰でそうはならず、高校時代には近郷に鳴り響く英才として自他共に認
める青年に育ち、勇躍、東京の工業大学を目指して、故郷を後にしたのだった。
幼い夏子との「擬似性愛」が始まって四年も経つと、夏子の性的な成熟と
も相俟って、夏子の身体は至る所鋭敏な性感帯に変わり、
」愛撫に反応して漏
らす淫液も次第に量を増やしていった。その様子を観察しながら、浩太郎は、
徐々に愛撫の仕方を変えていき、愛撫の手段として、唇や舌や指などの他に
38
初体験
ペニスそのものを加えていった。
浩 太 郎 は、 初 め に ペ ニ ス フ ェ チ の 夏 子 が 思 う 存 分 自 分 の ペ ニ ス を 玩 ぶ に 委
せ、好きなだけ何度でも精を吸い取らせ、自らも頂点に達して満ち足りるよ
うにし、夏子がそれで気が落ち着いたところで、今度は所を変えて浩太郎が
愛撫の主役に回った。
そらわれ
この頃では、もう夏子はクンニにも習熟していて、新しいことを付け加え
ることは何もなかった。唯一つ夏子が実地に知らないこと…それはコイタス
だ っ た。 浩 太 郎 が 自 分 の ペ ニ ス を 使 っ て 初 め て 夏 子 の 空 割 の 谷 間 を 摺 動 さ せ
て撫で擦った時、夏子はそれがコイタスだと思った。だが、浩太郎がペニス
を手に持って、鳫先で肛門と膣口を弄った時、そうではないことが判った。
「これから二、三日掛けてゆっくりとなっちゃんの新鉢を割ってあげるから
ね… 」
初体験
39
夏の暑い昼下がり、二人がいつものように愛撫の交換をして、お互いに何
度も歓喜の極みに達した後、浩太郎は、ペニスの鳫先で夏子の膣口をまさぐ
りながら云った。気だるい熱気の漂う昼下がりのこととて、かしましい蝉時
雨の喧騒以外に、猫の鳴き声一つ聞こえては来なかった。
「あたい、何だか怖い…」
夏子は、身体をくねらせて浩太郎に歪んだ微笑を見せて、云った。
「大丈夫…、怖いことは何もないよ…、乱暴なし方はしないし…なっちゃん
が痛くて絶えられなかったら直ぐ止めて、また次の日にするようにするから
ね… 」
浩太郎は、ペニスで夏子の膣口を弄りながら、両手で優しく全身を撫で擦
って 、 云 っ た 。
夏子は、同級生や下級生の中には、校舎の裏や便所の陰や体育館で、上級
40
初体験
こ
生や見知らぬ大人のおじさんに乱暴に犯されて、身も心も傷付いている娘が
何人もいると聞かされていて、どんなことか判らないだけに、好きなおにい
ちゃんにされるのだとしても、やっぱり怖いような気がして、身体を固くし
てい た 。
「どうだい、なっちゃん…、オメコ気持ち良くなってきたかい…」
浩太郎が膣口の縁を鳫先で摩りながら夏子の耳元で聞いた。
「オメコオ〜…ッ」
夏子は何のことか分らなくて訊き返した。
「そう…、ここのことだよ…」
浩太郎は、膣口を鳫先でつついた。
「なんだ、オマンコのことか…」
「そう、おれの田舎じゃ、オメコと云ってる…」
「オメコ…、オメコ…、オメコ…、なんだかエッチな気分がしてこない呼び
初体験
41
方だね、おにいちゃん」
「田舎じゃあ、オマンコなんて云い方誰もしないから、オメコの方がいやら
しく聞こえるんだよ…」
「そ う な ん だ … 」
「それでなっちゃんのオマンコ、こうやっておれのちんちんで擦られて気持
ち良くなってきたかい…」
浩太郎は夏子の言葉で言い直して訊いた。
「いやだア…、おにいちゃんのエッチィ〜…」
夏子は、その淫靡な響きに照れて、にやりと微笑んで身体を捩りながら云
った 。
「そうか、言葉の慣れで、同じ言葉が違ったニュアンスの意味で伝わるんだ
な… 」
分析癖の強い浩太郎は、その夏子の様子を観て、頭の中で呟いた。
「それで、どうなんだい…、オマンコ気持ち良くなってきたかい…」
42
初体験
浩太郎はもう一度訊き直した。
「擽 っ た い だ け … 」
夏子はかぶりを振って答えた。
「なっちゃんのオマンコは擽ったいだけです…か」
、それじゃあ、こうやっ
てもう一度擦り直すしかないな」
浩太郎は鳫首を夏子の空割の谷に沿って上下に摺り動かして、鈴口でお実
を擦った。夏子は直ぐ身体をぶるぶるっと奮わせて、
「はああ〜っ」と小さく
声を張り上げて、ぐったりとなった。ただ、さっきまでとちょっと違ったの
は、この時初めて、夏子が窒口からかなりの量の淫液を迸らせたことだった。
それを知って、浩太郎は直ぐ起き直ってその淫水で鳫先を塗して、膣口を中
心に空割の谷間を入念に擦り回した。鳫先が少し窒口に沈み掛かると、窒口
が急速に締まって、直ぐ押し返されてしまった。
浩太郎は何度か同じことを繰り返し試みたが、いっかな鳫先さえ沈めるこ
とできなかった。浩太郎は、夏子に余計な苦痛を与えたくなかったので、ひ
初体験
43
とまずそこで止めることにして、浩太郎の腋の下に顔を挿し入れて、眠って
いる夏子の耳元でそう云った。
「おにいちゃん、もう止めちゃうのオ…、せっかく夏子がいい気持になって
いた の に ぃ … 」
夏子は不服そうに云った。
「そうか、早まったな…、挿入が果たせるかどうかばかりに気を遣っていた
な …、 肝 心 な こ と は な っ ち ゃ ん が い い 気 持 に な っ て 幸 せ な 気 分 に な れ る よ う
にすることだったんだ…、その過程で、最終的に大きな苦痛を与えずに破瓜
に成功することが一番理想的な新鉢割だったんだ…」
浩太郎は頭の中で反省して、それまでの一連の動作をもう一度繰り返しは
じめ た 。
「未通の幼い少女や経験の浅い女との情交では、男は往々にして、強引な方
法で相手を「犯す」ことに目的があるかのごとく、強力な一撃で破瓜を果たし、
44
初体験
男の征服欲や利己心だけを満足させようとする傾向がある…、性愛の目的は、
そんなところにあるのではないはずだ…、男と女が互いに導き導かれて、次
第に喜悦の高みに昇り詰め、互いに解放されるところにこそ、その目的があ
るの で は な い か … 」
そんな事を考えながら、浩太郎は、夏子にペニスによる愛撫を続けた。そ
の内に、気持ち良くなった末のことか、夏子はまた浩太郎の腋に顔を埋めて
寝入ってしまった。そこでその日の一回目の仕儀は終わりにした。
一日間を明けた二回目の仕儀も同じような経過を辿った。浩太郎のペニス
を扱いたり、舐めたり啜ったりして玩んでいる時の夏子は、天真爛漫で邪気
がなく、幸せそうに振舞っている。浩太郎の精嚢の精液が全部夏子に呑み干
されてから、第二段階の仕儀が始まる。第二段階の前半はクンニが、後半は
たやすく
ペニスによる撫で擦りが主力になる。前半で膣内部に十分な潤いがえられな
いと、強引な方法によらない挿入は容易くはない。結局、淫水は前回よりは
初体験
45
増えてはいたものの、まだ潤いが十分でなく、また夏子の膣口の緊縛が強い
ために、穏やかな挿入は果たせなかった。
「そもそも十三歳の処女が昔に比べたら遙かに豊富な性的知識をもってい
るとはいえ、天然に与えられた母性保護本能は変わっていない…、
「雄」を拒
否するのは「雌」に与えられた天然の性向に違いない…、そこに、性愛には
常に「暴力」あるいは「レイプ」の要素が付き纏う要因が存在する所以があ
る…、性愛行為では、その「暴力」つまり強引な手段がどこまで許容される
のか…という問題が出てくる…、しかし、一意的に得られる「解」は容易に
は見付けられない…、「性愛」の世界は、数学や物理の世界とは違うのだ…」
理屈っぽい浩太郎は、そんな事を考えていた。
浩太郎は、二度目も旨くいかなかったことを初めに詫びて、夏子の身体を
擦りながら、次の手を模索した。
46
初体験
「おにいちゃんが優しくて、夏子に痛い思いをさせないように気遣ってくれ
ているからだわ…もっと強引にしてくれても良いのに…」
夏子は浩太郎の詫びを聞きながら思ったが、口には出さなかった。
三度目の仕儀では、ペニスフェチの夏子は、第一段階で散々おしゃぶりを
堪能した後、すっかりリラックスして穏やかだった。
第二段階で浩太郎は、クンニのやり方で、焦らせ作戦に出た。どういうこ
とかというと、性器を直接摺ったり舐めたりし続けるのではなく、場所を始
終変えて、触れるような触れないような素早い動作で、浅く素早い接触を繰
り返す戦法に出たのだった。そうこうしているうちに夏子の方が焦れ出して、
腰を揺すって、自分から強い接触を催促しはじめた。鳫先の鈴口でクリを弄
る時も、長く続けず、浅く素早く位置を変えた。そのため夏子は失神するこ
となく、腰を煽りあげて、鈴口とのより強い接触を求め、興奮の度合いを強
めた 。
初体験
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その作戦が功を奏した。鳫先で膣口を少し強めに二、三度突いて直ぐ転じて
鈴口でクリを擦る…その動作を繰り返す内に、夏子は腰を激しく何度もしゃ
くり上げはじめた。そして終に、たまりかねたように、膣口から多量の淫液
かりさき
を吐出しはじめた。浩太郎はそのタイミングを逃さなかった。窒口をつつい
ていた鳫先を二段、三段と煽りを入れて押し込んでから一気に腰を入れた。
「いやあ〜ん、おにいちゃん、痛い〜っ…」
夏子が声を上げて浩太郎の喉元に齧り付いた時には、浩太郎のペニスはす
ぽりと夏子のオマンコの中に納まっていた。
「ほら、なっちゃんのお鉢が割れたよ…、そんなに痛くなかっただろう…、」
そう言いながら浩太郎は、夏子の背中やお尻や太股をしきりに撫で擦った。
「なっちゃんの好きなおにいちゃんのおちんちんが今どこにあるか云って
ごら ん … 」
浩太郎は、夏子を多少からかうような調子で云った。
48
初体験
「いやだあ〜、おにいちゃんのエッチいぃ…ッ」
最初の衝撃が去って少し落ち着くと、夏子は自分の下腹に太い棒が嵌まっ
てい る の を 感 じ た 。
「これで、おにいちゃんと夏子は本当の女夫になったんだ…」
夏子は満足感に浸りながら思った。
「夏子は何時かおにいちゃんのお嫁さんになるんだ、おにいちゃんが偉い人
になっても、恥ずかしくないように一生懸命勉強しなきゃア…」
夏子は今起こっている現実を実感しながら、もう先のことを考えていた。
破瓜の瞬間の衝撃はさほど強くはなかったはずだったが、その時夏子は膣
痙攣を起して、浩太郎のペニスを窒全体できつく締め付けていた。夏子にす
っかり精液を吸い取られていて、ペニスの怒張が余り強くなくなっていた浩
太郎は、ペニスの付け根が妙に痛いと感じて初めてその事実に気付いた。
「ふふっ…、なっちゃん、よっぽどおにいちゃんのおちんちんが好きなんだ
ね…、きつく締め付けて、動けないよ…、どうしようか…ほうら…」
初体験
49
そう云いながら、浩太郎は夏子の左手を取って、ペニスを銜えている膣口
付近 に 触 れ さ せ た 。
「わあ〜…、恥ずかしい〜…、恥ずかしいけど、これで夏子とおにいちゃん
が女夫だということがはっきりしたわ…、そう思うと、嬉しい…」
夏子はからかい半分の浩太郎の言葉には答えずに、そんな風に思いながら、
浩太郎の腋の下に更に深く顔を埋めていった。
浩太郎は、夏子の中で射精することには拘らなかった。夏子に精液を吸い
尽くされているから、恐らく射精には至らないだろうとも思っていた。
「今日のところは大万歳だ、焦らずにじっくりいけたから、
「見事」といっ
ていいほど完璧なまでの新鉢割りだったな…」
浩太郎はそう呟いて、結果に満足した。
「こういう時の
三十分ほどして、夏子の緊縛が緩んで、夏子の外に出ると、
た め に …」 と、 兼 ね て 先 輩 の 産 科 医 か ら 貰 っ て お い た 抗 生 剤 入 り の 軟 膏 を 膣
50
初体験
の中や膣口の周囲とヒーメンの裂けた部分に塗って、更に同じ薬剤を塗った
脱脂綿をタンポンにした上で、ナプキンを当てがってからパンツを履かせて
やっ た 。
「おにいちゃんって、こんなことまでしてくれるなんて、少しエッチ過ぎる
う…、でも、優しくて、好きっ…」
夏子は、浩太郎の為すに委せながら、そんな事を思っていた。
*****
夏子と浩太郎の関係は、その後も続いた。夏子の方は、もう「おにいちゃ
んのお嫁さん」のつもりだし、側にいると安心して気が落ち着くし、勉強も
教 え て く れ る し、 そ の 上、 何 よ り も 大 き な ペ ニ ス を 扱 い た り 舐 め た り し て、
遊ばせて貰えるし、その気になればオマンコもして愛し合えるし、云うこと
初体験
51
はなかった。浩太郎から見れば、夏子はまだ幼過ぎるから、結婚の相手には
なりそうにないと思っているものの、あっけらかんとして性格も可愛気だし、
だいいち反抗期の乙女の筈なのに自分には妙に素直だから、憎からず思って
いるので、何かと親代わりみたいにして面倒を見てやっていて、夏子を変な
方向に行かないようにコントロールして自分に惹き付けていた。夏子が勉強
をするのをいやがったりすれば、
「もうオマンコしてあげないよ…」とか「ペ
ニスをおしゃぶりさせてあげない…」とか云えば、夏子は簡単に云うことを
聞いて、夏子は「本気で」勉強した。
夏子の性器自体がまだ未熟なため、夏子自身はそれほどオマンコをするこ
とに執心しなかったので、
「オマンコしてあげない…」と云われてもさほど堪
えな か っ た が 、
「おちんちんのおしゃぶりをさせてあげない…」と云われると
夏子はパニックに陥った。浩太郎は生真面目で妥協しないタイプの男だった
の で、 夏 子 が 不 真 面 目 に 見 掛 け だ け 勉 強 す る 振 り を し て も 認 め て も ら え な か
っ た。 勉 強 す る な ら は っ き り と 成 績 に 現 わ れ る よ う な 形 で 真 剣 に 勉 強 し な け
52
初体験
ればならなかった。幸い浩太郎は、
「学校の先生より教え上手…」と夏子が云
うほど上手に解りやすく丁寧に教えてくれるので、教えてもらうのを口実に、
浩太郎の腋の下の臭いを嗅いだり、巧みに甘え掛かって待望のペニスをおし
ゃぶりして遊ばせてもらったりできるので、夏子には一挙両得で都合が良か
った 。
夏子は、時々浩太郎の通う大学にも連れて行って貰った。階段教室での偉
い先生の講義などを見て、
『頭のいい人達って、階段で勉強するんだ…」など
と、妙なところに感心したりした。
そんな講義は、スライドを見せたり、複雑な図やグラフなどを見せて説明
したり、英語の単語がやたらに多く出て来たりして、夏子が聞いてもさっぱ
り分らなかったが、その雰囲気の中に居ると、少し賢くなったような気分に
なり、夏子はおにいちゃんと同じ平面に居るような気になった。
初体験
53
ゼミにも連れて行って貰った。指導する先生の割当てた課題で、学生たち
が自分の勉強した結果を持ち寄って、みんなで討議して、共通の理解を得ら
れ る よ う に す る の だ … と、 お に い ち ゃ ん は 説 明 し て く れ た。 ゼ ミ の 先 生 は、
沢山の本の山の中に隠れて、姿が見えないのに、ちゃんと学生たちの討議を
聞 い て い て、 必 要 な 時 に な る と、 討 議 に 加 わ っ て、 足 り な い 点 を 補 っ た り、
誤りを指摘したりするんだと云う。
ゼ ミ に は、 お に い ち ゃ ん よ り も っ と 大 人 の お に い ち ゃ ん や お ね え ち ゃ ん が
いて、皆偉く見えた。先生になるともっと年上で、おじいさんみたいなひと
も い た り し て、 夏 子 に は 怖 い よ う な 感 じ が し た が、 夏 子 に は み ん な 優 し く、
夏子が行くとマスコットみたいにして可愛がってくれた。
『浩太郎君がなっちゃんの恋人なんでしょう…、なっちゃんの恋人、私が取
っちゃおうかなア…」
ある日年嵩の女学生が夏子の側に座って、悪戯っぽい目をして夏子を見な
54
初体験
がら 云 っ た 。
「… … … 」
夏子は、気を悪くして、何も答えずに、上目遣いでその女学生を見ながら、
両脚をバタバタ動かした。
「うわア〜ッ、図星なのねえ〜ッ、取っちゃお〜ッと」
その女学生は、夏子の気持をいたぶるように、重ねて云った。夏子は、そ
の時初めて嫉妬心を覚えた。
「夏子、あのおねえちゃん嫌いッ…」
帰 り の 道 す が ら、 夏 子 は 浩 太 郎 に 云 っ た。 浩 太 郎 は 経 緯 を 知 ら な い の で、
何のことか解らず、何故夏子がそんな云い方をするのかも分っていなかった。
「あたいがおにいちゃんのお嫁さんになるの…、おにいちゃんをおねえちゃ
んに 渡 さ な い わ … 」
夏 子 は 心 の 中 で、 憎 し み を 込 め た 目 で そ の お ね え ち ゃ ん の 面 影 を 睨 み 付 け
初体験
55
て云った。夏子にとっては「おにいちゃん」が全てだった。そのおにいちゃ
んを他の女の人に取られる…なんて、あってはならないことだった。
*****
二年ほど続いた後、
そんな夏子にとって「蜜月」とも云えるような日々が」、
浩太郎は大学を卒業して直ぐに、アメリカのMITと云う大学の航空宇宙科
学研究大学院に留学することになった。
夏子は突然のことにひどく悄気返った。特に今や「愛して」さえいる浩太
郎の大きなペニスを扱いたりおしゃぶりしたりできなくなることを思うとも
う殆どパニック状態に気持が揺れた。
「三年間だけのことだから辛抱するように…」
「出発前の夏休み一杯をずっと相手をしてあ
浩太郎は、夏子を散々宥めて、
56
初体験
げるから…」といって、ようやく宥めることに成功した。それは夏子が十五
歳の高校一年の折ことだった。その年の七月末から八月末までの丁度一ヶ月
間、夏子は文字通り蜜月の日々を浩太郎と過ごした。その間に夏子は「女と
して 」 花 開 い た 。
「おれの留守中、しっかり勉学に励むこと…、怠けて成績が堕ちるようなこ
とがあったら、もう二度とおしゃぶりをさせてあげないからね…」
そう云って、浩太郎は出発前に何度も夏子に釘を刺した。
夏子は、好きな浩太郎のペニスのおしゃぶり欲しさに、浩太郎のその言
葉を 守 っ た 。
真剣に勉学した分、当然成績も跳ね上がった。夏子は、その結果を嬉しそ
うに手紙やハガキで浩太郎に報告した。
「よく努力したことに免じて、夏に一時帰国した折におしゃぶりを許して取
らす … 」
などと殿様みたいな文章をハガキに書いて寄越して、浩太郎は夏子を期待
初体験
57
に震 わ せ た 。
だ が 事 実 は そ う は な ら な か っ た。 翌 年 の 夏、 浩 太 郎 は、 突 然「 結 婚 し た 」
と云って、アメリカ人のアンという女を連れて一時帰国してきた。
「おにいちゃんの嘘つきイ〜…ッ、裏切り者オ〜ッ」
それを見て、夏子は、血相を変えて大声で叫んで、二階の自室に閉じ篭も
って文字通り号泣した。
勉強なんかもうしない…ッ、ぐれてやる…ッ、好きだったのにぃ…ッ、お
に い ち ゃ ん 好 き だ っ た の に 〜 ぃ ッ、 お に い ち ゃ ん の 側 だ っ た ら 落 ち 着 け て、
素直になれたのにぃ〜ぃッ…」
夏子の慟哭は止むことを知らなかった。この一年間浩太郎から送られてき
た 手 紙 や ハ ガ キ、 写 真 な ど、 全 部 ず た ず た に 破 り 捨 て て し ま っ た。 そ し て、
夏休み中泣き暮らした。仙太も知沙も取り付く島もなく、唯おろおろと狼狽
58
初体験
えて、娘の気持の落ち着くのを待つしかなかった。
浩 太 郎 は、 ア ン を 連 れ て 熊 本 の 実 家 に 戻 っ て 暫 く 滞 在 し て、 長 崎 や 広 島、
京都、奈良などを観光して廻って、そそくさとアメリカに戻って行った。夏
子は、浩太郎を空港に見送ることもしなかった。浩太郎にしてみたら、夏子
に話せないよんどころない事情があったのだが、夏子に慰めを云えば嘘らし
く聞こえるから、唯黙っているしかなかった。浩太郎は、時だけが解決して
くれることを願った。
二学期に入って学校に戻ると、夏子は勉学を放り投げて、実際にぐれてい
る女子学生等と付き合いはじめた。当然成績は見る見る下がった。
そして最初の悪い結果が現われた。成績が奮わなくなったことを憂えた振
りをした担任が、夏子を放課後に残して、説諭するにかこつけて、夏子を犯
した 。
初体験
59
夏子は泣きながら犯された。その泪は、担任に理不尽に犯されることへの
悔し涙ではなかった。それは、まだ心の片隅に残っている浩太郎に対する純
な気持が更に一歩遠退いていくことへの泪だった。夏子の浩太郎への気持は、
九歳になったばかりの春に初めて浩太郎に出会った時以来心に抱き続けてき
た白無垢の宿世の愛だった。だから夏子には消し去りたくても消せない部分
があった。その浩太郎への純な気持は、遠退いても、ずっと夏子の心の中に
とどまるものだった。
夏子は、担任の教師の偽善も許せなかった。
担任の性行為は、一時的な獣欲を満たそうとするだけの、短く力のないも
のだった。担任が一議を終えて身仕舞いをする隙をついて、夏子は着衣の乱
れたまま、教室から飛び出した。もう誰も居ないと思えた構内に、折よくま
でくわし
だ保健の教諭が残っていて、帰ろうとするところで教室を飛び出して来た夏
子と出会した。夏子はその女教諭の胸に泣きながら飛び込んだ。それが夏子
60
初体験
が担任に対して行った復讐のすべてだった。後は社会の制度が決めた。担任
のその後は、法の裁きの支配に従って、刑罰と共に免職と一家離散の破滅が
待っ て い た 。
そんな事があっても、夏子の反逆の行動は止まなかった。仙太も知沙も夏
子を腫れ物に触るように扱った。知沙は日夜泣き暮らす以外に術を知らなか
った。仙太だけが歯を食いしばって堪えた。
「夏子を立ち直らせることができるのは、おれか浩太郎しかいないだろう、
俺が倒れたらおしまいだ…」
仙太は自負していた。
その後、夏子は上級生にも陵辱同様の強引な仕方で、体育館の用具置き場
で犯された。それで、夏子は、もうなかば自暴自棄に陥った。双親は、夏子
を大岡山の公立高校から広尾の私立東京女学院に転校させた。夏子が少しで
初体験
61
もそのような悪夢のような記憶から遠ざかれるように…との親のせめてもの
配慮だった。だが夏子が二度の陵辱で受けた心の傷は、癒すべくもなかった。
自然に、その女子高の中の素行の良くない仲間と付き合うようになった。
*****
「売り」もやっているという同級生に連れられて
翌年の春まだ来、夏子は、
渋谷のとあるブルセラショップに入った。そこは、女子中学生や女子高生か
ら彼女らが日常使っているものを買い上げて、そういうものにフェチシズム
を感じる男達に仲介販売する業者なのだという。中でも人気は、彼女たちの
着用する制服や下着だった。仲介ではなくて、直接その場で脱いだものを目
の前の希望者に女学生本人が売って店が購入客からバックマージンを取る場
62
初体験
合も あ っ た 。
その日夏子が同行した同級生は、三日間履きっ放しのパンツを売りに来た
のだった。染みだらけで悪臭を放つパンツほど高く売れる…と云うから、
「フ
ェチも極まれり…」とも云うべき性の倒錯の世界が垣間見える。
「君のパンツを売ってくれんかね…」
夏子が友達が出て来るのを待って居ると、側に居たどことなく品のある中
年の男が声を掛けてきた。
「私は友達に付き合ってここに来ただけだから、そんな気はないわ…」
夏子はぶっきらぼうに答えた。
「私は、君のような娘がタイプでねえ…、死んだ娘にどこか似ているような
気がして…、娘が死んでから、パンツフェチになっちゃって…、こうして、時々
娘に似たような娘を探しては、頼んでるんだ…、気持悪いと思わないんだっ
初体験
63
たら、助けると思って、売ってくれないかな…」
その男は、どこか弱々しげに話した。
「あたいが死んだら、お父ちゃんもこんな風になるのかな…」
夏子は、その哀れっぽそうに聞こえる男の話を訊きながら、同情心のよう
な気持が沸いてきて、しげしげとその男を見ながらそう思った。よく見ると
その男には、どことなくおにいちゃんににた雰囲気もあった。色白で指が長
く、 カ ー ル し た 睫 毛 の 長 い 眼 差 し が 優 し 気 な と こ ろ が 似 て い た。 違 う の は、
歳格好がおにいちゃんよりずっと年上なところだった。
「こ こ で は い や … 」
夏子はふと変な興味が湧いて思わずそう答えた。
「別の場所でなら良いのかい…」
その男はぱっと顔を輝かせて訊き返した。
「おじさん、変なことしないって、約束してくれるんならいいよ…」
64
初体験
「嬉しいなあ…娘に会えたような気がして…」
男は上ずったような声でさも嬉しそうに、震える声で云った。
「 な っ ち ん、 私 こ れ か ら ビ デ オ 撮 り に 行 っ て く る わ … 女 優 に な れ っ て 誘 わ
れちゃった…、間違いなく売れっ子になるって…、填められてるのかも知れ
ないけど、びくびくしてても仕方ないしねえ…女は度胸…で、行ってくる…、
なっちん独りで帰ってえ…」
「いいよ…ゆか、じゃあねえ…」
「今どきの女子高生は、向こう見ずなんだねえ…」
「女子高生は、もう子供じゃあないしぃ…、いろいろ事情があるから…おじ
さん…、填められてることだってあるって、判ってるんだから…、心配ない
よ… 」
「 そ ん な も ん か ね え …、 さ あ、 そ ん な こ と 云 っ て る 間 に 君 の 気 が 変 わ ら な
い内に行こう…、君に似合った、とびきり上等のところへ案内するからね…、
初体験
65
さあ、従いておいで…」
男はそう云って、ショップを出て、先に歩き出した。
「おじさん、待ってよ…、こうやって本当の娘みたいに腕を組んであげる…」
夏 子 は、 男 の 左 腕 を 取 っ て し な だ れ 掛 か る よ う に 腕 を 組 ん で 一 緒 に 歩 き 出
した。男には、腕に触れる娘の豊かな胸のぷりぷりとした弾力が嬉しかった。
*****
かけら
スカイパーク ホテル、男が夏子を連れて入った
ハイアットセンチュリー
のは、お台場に立つ百五十二階建ての高層ホテルだった。男は、ブルセラシ
ョ ッ プ に 居 た 時 の よ う な し ょ ぼ く れ た 様 子 は 欠 片 も な く、 し ゃ き っ と し た 姿
勢で、車寄せに出迎えたお仕着せのサーバントの前に降り立った。
「なつこ、従いておいで…」
66
初体験
男は後を振り向いて夏子に小声で云った。
「どうして私の名前を知ってるのかしら…」
いぶかしく
」
夏子は訝しく思いながら男の後に従った。
「娘は暫くして帰りますから…」
もや
男は、既にチェックインを済ましていたと見えて、係の男からキーを受け
取るとそう云い、夏子を促してエレベータ室に向かった。部屋は、客室最上
階の百五十階南側にあった。眼下には東京湾が靄に霞んで見え、遠く房総半
島と大島が望めた。男は、夏子の緊張を解そうと、備え付けの冷蔵庫から若
い娘の好きそうなフルーツドリンクを取り出して、テーブルの上のサービス
セットのワイングラスに注いで夏子にすすめた。
「ありがとう、おじさん…」
夏子は小声で云ってグラスを取り上げた。
「ああ〜、おいしいぃ…ッ」
初体験
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今どきの女子高生らしく、夏子は語尾を跳ね上げて、大仰に云った。その
云い方が、男には如何にも美味しそうに聞こえた。男は、少し離れた寝室の
ベッドの端に腰掛けて同じジュースのグラスを手にしながら、優し気な目を
細めてそんな夏子の様子を眺めていた。男の目には、死んだ娘の奈津子の姿
が目の前の見知らぬ娘の姿に重なって二重写しに見えていた。
「奈っちゃん、もっと呑むかい…」
男は、娘の奈津子に云ったつもりで、そう云った。
「おじさん、どうしてあたいの名前を知っているのオ…」
夏子は訝しげな目をして聞いた。
「えっ…、君もなっちゃん…って云うの…」
男は驚いて訊き返した。
「そうよ…、夏の子…って書いて、夏子よ」
「そうか、偶然の一致だな…、娘の奈津子は、平かなの母字を使って奈・津・
子と 書 く ん だ … 」
68
初体験
男 が 説 明 し た 。
「へえ〜ェ…、そうだったんだア…、それじゃあ、暫くの間、夏子が奈っち
ゃんの代わりをしてあげる…」
夏子が思い付きを云った。
「ほお〜っ…、嬉しいね…、嬉しいことを云ってくれるねえ…、今うちの奈
っちゃんが君の姿に二重写しになって見えていたから、ほんとに嬉しいよ…、
なっ ち ゃ ん 」
「そんなに喜んでもらえて…、なんだかとってもいいことしたみたいで、夏
子も 嬉 し い ぃ ッ … 」
「… … … … … … 」
暫く話が途切れて、気まずい空気が流れた。
初体験
69
「さあっ…、君をあんまり長いこと引き止めるわけにもいかない、早速パン
ツを脱いでくれるかい…」
「う ん 、 い い よ … 」
夏子は立ち上がってミニスカートの裾をたくし上げて、パンツの紐に指を
掛けて脱ぎに掛かった。
「ああっ…、ちょっと待って、なっちゃん、お父さんが脱がしてあげるっ…」
男はそう云って夏子を制した。
「え っ … 」
夏子は戸惑って動作を止めた。
「いつものように、お父さんが脱がしてあげる、奈っちゃん」
男は繰り返して云った。
「そう言えば、お父ちゃんも、お風呂に入る時に着ているものを脱がせてく
れたり、着せてくれたりしてたなあ…」
70
初体験
夏子は、このところ反抗してぐれて、途絶えているけど、風呂に入る時に
父親がしてくれていたことを思い出した。
「奈っちゃん、ほら、お父さんが脱がせてあげるよ…」
男は、そう云って、夏子の足下に跪いて、スカートの下から両手を入れて
パンツのゴム紐に指を掛けた。たくし上がった短いスカートの下から、夏子
のおしっこの染みと汗と淫液の滴の入り交じった、艶いた若い娘の股間の臭
いが男の鼻腔を擽り、盆の窪を痺れさせた。男はそのまま動作を止めて、額
を夏子のプーベに押し当てて、肩を震わせた。夏子には、男が嗚咽に咽んで
いる よ う に 見 え た 。
「おじさんは、そんなに愛していたんだア…、奈っちゃんのことを…」
夏子は、思わず貰い泣きして、目頭を暑くした。男の嗚咽に連れて、男の
鼻の先が、夏子のお実に微妙な震動を加え、夏子の気が昂ぶって来た。
「お、おじさん…、ちょ、ちっと待って…、そ、そこ、夏子の一番弱いとこ…、
すぐ行っちゃって、おしっこ漏らしちゃうの…、お願い、離れてっ…」
初体験
71
男は、顔を上げて、スカートの下から夏子の目を見た。その目は泪で光っ
てい た 。
「 さ っ き、 あ ん な に 立 派 に 見 え た お じ さ ん が、 娘 の こ と に な る と こ ん な に
弱々しくなるなんて…」
夏子にはその極端な変化がよく理解できなかった。
「ごめん…、君と娘の奈津子が重なってしまって、どうかしちゃったみたい
だ…、お風呂に入る時、いつもこうして脱がしてやっていたんだ…
君の腰に触った途端に、急に思いが込み上げてきてしまって、醜いところを
曝してしまったな、ごめんよ…」
「… … … … … … 」
夏子は、言葉に窮して、ただ黙って男の顔を見詰めていた。
「おじさんが君のパンツを脱がしてもいいかい…」
男は、気を取り直して、改めて夏子に訊いた。
「いいよ…、でも、変なことしないでねっ…」
72
初体験
「ああ、誓って、変なことはしないよ…」
そう云って、男は夏子のパンツを引き下ろしに掛かった。夏子の局部が外
に曝されると、スカートの下の空気は、急に濃厚な若い娘の臭いに支配され
て、男は息が詰まりそうな感覚に襲われた。夏子は、見ず知らずの男の鼻先
で恥ずかしいところをそっくり曝したことで、一気に気が昂ぶり、腰をわな
わなと震わせはじめた。
「ああっ…行きそう、行っちゃいそう…、おじさん、夏子行っちゃう…」
夏子は小声でそう云って、更に腰を震わせた。そして淫水が一滴、二滴と
漏 れ 出 し て、 男 の 首 筋 に 滴 り 落 ち た。 男 は、 反 射 的 に 唇 を 前 に 突 き 出 し て、
窒口辺りに押し当てて、漏れ出て来る淫水を受け止めた。窒口に当たる唇の
感触が更に夏子の気の昂ぶりを煽り、夏子の昂ぶりはもう押えが利かなくな
り、淫水は一気に漏れ出た。
「ああ…、いやん…おじさん、ごめんなさい、漏れちゃった…、
」
夏子は、そう云って」両手で顔を覆った。
初体験
73
「… … … … … … 」
思わぬ出来事に、男は、ものも云わずに、漏れ出る淫水を吸い取るのに必
死に な っ た 。
「パンツを脱がしただけで、触りもしなかったのにこんなになるなんて…、
若い娘だからなのか…、見知らぬ男の前で脱がされて興奮したからなのか…、
奈津子もこの歳頃になっていたら、こんな風になったのだろうか…」
男は、複雑な気持を抱きながら、漏れ出る淫水を自分の口の中で処理する
のに余念が無かった。そして、最後に脱がせたばかりのパンツを夏子の恥部
に押し当てて残りの淫水を吸い取らせて、恥部の周辺を丁寧に拭き取ってか
ら、それを掲げて、
「このパンツは確かにおじさんが買い取ったよ…」と云っ
て脇 に 仕 舞 っ た 。
夏子は、改めて恥ずかしくなり、顔を真っ赤に赤らめて両手で覆ってその
場にしゃがみ込んだ。その様子は、男にはいたく可愛気に映った。そして男
は俄 に 欲 情 し た 。
74
初体験
男は、夏子を抱え上げると、ベッドに運んでいって横たえた。そして剥き
出しになった夏子の下半身の至る所に唇を匍わせた。若い娘の濃厚な艶いた
臭いが一層男を欲情の虜にした。
「いやだ…、おじさん…、変なことしないって云ったじゃないの…、やめて、
離し て … 」
夏子は、身体を捩って男の欲情から逃れようとしたが、それを防ぐ術は何
もな か っ た 。
「 変 な こ と は 何 も し な い よ、 な っ ち ゃ ん、 君 が 気 持 ち 良 く な っ て、 素 敵 で
幸せな気分になれるようにしてあげるよ…、君は、そうして欲しかったから、
さっきあんなに沢山の淫水を漏らしたんだよ…、今そうしてあげなかったら、
君は中途半端な気持で帰って、途中でろくでもない男に引っ掛かって、酷い
目に遭わされないとも限らないだろう…、だからおじさんに任せて自分の気
持 の ま ま に し て い な さ い …、 私 は、 君 を 娘 の 奈 津 子 の 身 代 わ り だ と 思 っ て、
精一杯優しくしてあげるから…」
初体験
75
そういいながら、男は夏子の空割の周辺を舐め擦り、制服のブラウスとス
カートを全部脱がせて、丸裸にしてしまった。男の舌と唇と長い指の愛撫で
次第に気が昂ぶっていくにつれ、夏子はその愛撫に答えて腰をしゃくり上げ
るような動作をするようになった。そして、夏子は、自分がその行為を嫌が
っているのか、積極的に望んでいるのか判らなくなっていった。
次に気付いた時には、夏子は自分が素っ裸になっている男の腕の中で抱き
すくめられて、身体中をあらゆる方法で撫で擦られているのを知った。その
感覚は、何時か「おにいちゃん」に抱きすくめられて、愛撫の喜悦に震えて
いた時の感覚と重なっていた。そして、今愛撫されているのは見ず知らずの
ずっと年上の男ではなくて、おにいちゃんのような錯覚に包まれていた。
夏子の左の尻に男のペニスが触れているのが分かった。そのペニスは、お
にいちゃんのペニスのように長くて太くて固くはなかった。おとうさんのペ
ニスのように、了え勃たせることはなくても太くて長くもなかった。だが少
しずつ膨らんで固くなってきているペニスが、気になった。ペニスフェチの
76
初体験
夏子はそれを握りたいという衝動に駆られはじめた。ところが、夏子がその
ペニスに手を届かせる前に、男は、ペニスを夏子の空割に沿って摺り動かし
はじ め た 。
男 は、 同 時 に ク リ を 弄 り は じ め た。 そ こ は 夏 子 の 一 番 弱 い と こ ろ だ っ た。
そこを揉まれると夏子は、瞬く間に頂点に達して昇天してしまう。
「いやっ…、そこはいやっ…」
腰を捩って逃れようとした。
夏子は小さく呻くように叫んで
さね
「さっきもそうだった…、お実がこの娘の一番感じるところなんだ…」
男は弄りながら記憶を反芻した。そして、男は夏子を一度行かせてしまう
こと を 思 い 付 い た 。
男は夏子を膝から降ろして、ベッドに仰向きに寝かせ、ペニスの鳫先で空
割を撫で擦りながらせり上がって、鈴口でお実を弄った。鈴口で擦られはじ
めると、夏子は身体をびりびりっと奮わせて腰を左右に捩って悶えはじめた。
「いやっ…、おにいちゃん、そこ、いやっ、行くっ、行くっ、そこ、行くっ…、
初体験
77
ああ、もう、もう、行くうウっ…、漏れるっ…、おにいちゃん、漏れる〜ウ…ッ、
オシッコ、オシッコ漏れるッ…、漏れるッ、漏れるう〜ッ…」
夏子は叫びながら膝を立てて腰を突き出して反り返った。男は、反射的に
空割に唇を押し当てた。それと殆ど同時に男の口の中に夏子のいばりが飛ん
で入 っ た 。
「ああ〜っ、出ちゃった、おにいちゃん、出ちゃった、出ちゃった…」
夏子は目を瞑って叫び続けた。男は、委細構わず夏子のいばりを呑み取っ
た。さっきの淫水といい、今度のいばりといい、男は、一滴も外に零すこと
なく綺麗に呑み取り、舐め取ってしまった。男の脳裏に、おむつを取り替え
る 最 中 に、 噴 き 上 げ た 娘 の オ シ ッ コ を 口 で 受 け 止 め て 呑 み 取 っ た 記 憶 が 蘇 っ
た。
男の舌で舐め回される快感に浸りながら、夏子は過ぎし日の浩太郎との性
愛の日々を脳裏に蘇らせていた。今、自分の恥部を舐めているのは、見ず知
らずの男ではなくて、「おにいちゃん」だ…と、夏子は錯覚していた。
78
初体験
男は、何度も夏子の口を突いて出る「おにいちゃん」という言葉を聞き咎
めて、幼いながら夏子には、誰か「おにいちゃん」と呼ぶ、懇ろな関係の男
が居るのだ…と思った。今どきの女子高生、そんな男が居ても不思議はない
な…と、思う一方で、その若い世代に対する嫉妬心が、男の胸の内に湧いて
きた。その嫉妬心は、丁度自分の娘の奈津子にそのような男が居ると分かっ
た時に覚えるはずの嫉妬心だった。その嫉妬心が、それまで躊躇していた男
の気持を解き放して、男に夏子の「処女」を奪う筈の行動に突き動かさせた。
男は、ペニスを了えらかせて、夏子の窒口に押し当てて挿し込もうとした。
だが、意識下の意識がそれを感知してか、夏子にそれを拒む動作を取らせた。
夏子の膣口が固く締まり、男はいっかなペニスを突き立てることができなか
った。それで男は、夏子がまだ未通の少女だと確信した。更に男は、夏子に
伸し掛かって、強引に貫こうとした。
「いやあ〜ッ、おにいちゃん、痛い〜ッ…、痛いよ〜オッ…」
初体験
79
夏子はなおも悲鳴を上げて、膣口を固く閉じて抵抗した。男は焦って何度
も試みたが、どうにもならなかった。そこで、ようやく男は別の方法に気付
いた 。
今 度 は、 男 は 夏 子 の 一 番 弱 い ポ イ ン ト の お 実 を 唇 に 含 ん で 舌 を 使 っ て 玩 ん
だ。夏子はたちどころに頂点に足して呻き声を上げ初めた。
「いやあ〜ッ、おにいちゃん、行くう〜ッ、漏れる、漏れる、漏れるう〜
ッ… 」
そ の 声 を 聞 い て、 男 は 直 ぐ に 腰 を 起 こ し て ペ ニ ス を 夏 子 の 窒 口 に 押 し 当 て
て腰 を 沈 め た 。
「いやあ〜ッ、おにいちゃア〜ン、いたあ〜いぃ〜ッ」
そう叫んで夏子は腰を振ったが、それによってそれまでの固い抵抗が緩ん
で、ずぶりと鳫首が膣口をすり抜け、同時に漏れ出てきた淫液に乗って、男
はペニスをぬるりと奥まで突き通すことができた。男は、夏子の処女を奪っ
たと思った。そしてひどく興奮した。その感動にも似た思いが男の仕上りを
80
初体験
早めて、男は今にも行きそうになった。かろうじて男の理性が勝って、男は
慌てて一旦ペニスを引き抜いて、急いでスキンを被せて、再び挿入した。今
度も窒内の圧力が強くて直ぐには奥まで通らなかった。
その間、夏子は、昇天したままの状態だった。目を固く閉じて、指を口に
銜え、なにやら呻きながら、身をくねらせていた。男は女房以来の処女を奪
った感激と興奮で気が逸った。夏子の状態などお構いなしにピストン運動を
繰り返して、ものの三分もしない内に頂点に達して、精を発して果てた。そ
して、夏子を抱き抱えながら愛おしげに全身を撫で摩り、顔から首筋、胸か
ら乳房や鳩尾まで、接吻の雨を降らせて、自らの喜びを表現した。
夏子が正常に戻ったのは、それから三十分以上も経ってからだった。窓の
外の景色は夜景に変わっていた。男は、裸のまま夏子を抱きかかえてバスル
ー ム に 入 っ て 行 き、 一 頻 り シ ャ ボ ン 湯 の 中 で 夏 子 の 身 体 と 自 分 の 身 体 を 擦 り
合わせたり撫で擦ったりして再び夏子を気持ち良くさせて、シャワーを掛け
初体験
81
て濯ぎ、バスタオルで身体を隅々まで拭いてやり、来た時に地上階のランジ
ェリーショップで買ってやったパンツを履かせ、ブラを着けてやって、舐め
るようにして可愛がりながら髪の毛を梳かしてやり、制服のスカートを穿か
せ、ブラウスを着せてやった。
そ し て、 夏 子 を 送 り 出 す 段 に な っ て、 買 い 取 っ た パ ン ツ の 代 金 の 五 万 円
とは別に、「これはなっちゃんの処女を奪った償いのつもりだ…」と云って、
五十万円入った封筒を夏子に渡した。
夏子は「売り」をしたつもりはないし、処女を奪われたわけでもなく、成
行きでこんなことになったことをさほど「後悔」もしていなかったので、断
ろう と し た が 、
「後腐れなくお金でけりが付くのなら、貰っておく方がおじさ
んの喜びを永続きさせるうえでもいいか…」と思い直してその包みを受け取
った 。
「また会いたいので、一ヶ月後の金曜日の午後五時に、このホテルの一階の
82
初体験
ラウンジに来て欲しい…」
ラウンジで夕食を摂った後、去り際に男は云った。夏子はこっくりと首肯
いて、来た時と同じように男の腕を取ってホテルを出た。
夏子が車寄せで車に乗る際に、男はホテルのハイヤーの通し券を夏子に渡
し、
「この車でお家まで行って、ドライバーの云う金額を書き込んで渡しなさ
い…、途中寄り道しないで、真っ直ぐ帰るんだよ…、それとしっかり勉学し
なさい…、成績を落したらお仕置きするからね、それじゃあおとうさんは行
って来る、元気でね…」
男は名残惜しそうにいろいろ言い足してから手を振って、踵を返した。
「バイバイ、おとうさん、早く帰って来てねえ〜ッ」
夏子は、動き出す車の窓から男の背中に声を掛けた。男は振り向いてにこ
っと笑って腕を大きく上げて手を振った。
初体験
83
*****
それから一ヶ月後の同じ金曜日、午後五時に、夏子は云われた通りにハイ
アットセンチュリー スカイパーク ホテルのラウンジに来てきちんとした姿
勢で男の来るのを待っていた。
「場所が高級な感じのところに居ると、こちらまできちんとした振舞いを自
然にするようになるんだな…」
夏子はふとそんなことに気付いた。
偶然出逢った男が夏子に教えたことは多かった。どう見たって人品卑しく
ない立派な紳士が、娘の死を切っ掛けでパンツフェチになったり、人間臭い
ロリコン趣味のセックスをしたり、娘のような女子高生の前で泪を流して嗚
咽に咽せんだり、人には、外見だけではなく、複雑な内面の世界があること
を目の前で教えてくれた。ぐれてみて初めてそんな事を知ったことを思うと、
ぐれてみるのもあながち悪いことじゃあないな…とも思う。そしてその男が、
84
初体験
ぐ れ て い て は い け な い の だ と い う こ と も、 問 わ ず 語 り に 教 え て く れ て い る。
夏子は、立派な人なのに、そんな人間臭さと弱いところを持っていて、夏子
のような少女の前でそれを曝け出せる見ず知らずの男が妙に愛しい男のよに
思え て き て い た 。
「やア、待たせたかな、なっちゃん…」
背中で男の声がした。一回だけしか会ってないのに長いこと付き合いがあ
るような、妙に懐かしい響きがあった。
「おとうさん、おかえんなさいっ…」
とっさ
夏子は立ち上がって、男の首っ玉に思いきり跳び付いて、豊満になってき
ている胸をわざとのように男の胸に圧し付けるようにして伸し掛かった。
嗟のこととて、その若くて弾むような肉体を受け止めかねて、よ
男 は、 咄
う や く の 思 い で 引 っ 繰 り 返 ら ず に 堪 え た が、 そ の 身 体 を 抱 き 留 め た 左 手 は、
制服のミニスカートからはみ出した夏子のお尻をもろに掴んでいた。
初体験
85
「いやあ〜ん…、お父ちゃんのエッチいぃ…ッ」
夏子は男の目を流し目で睨んで、わざとらしく云った。
「ああ〜ッ、ごめんごめん、危なく娘を痴漢するところだったよ…」
男も適当に夏子の遊び心に応じた。
「ところでなっちゃんは、まだ腹は減っていないのかな…、なんだったらこ
このショッピングプロムナードをぶらついて見ようか…、気に入ったものが
あったら何でも云いなさい…、好きなものを買って上げるよ…」
「うん…、こういうところのお店は高級ショップばかりで、一流のものばか
り並べていると思うから、目の保養にもなるし、ウインドウショッピングし
てみ た い … 」
夏子は、男の腕を取って身体を圧しつけるように伸し掛けて、男の歩行を
促 し た。 そ の あ っ け ら か ん と し て 気 取 ら ず 邪 気 の な い 仕 草 が 男 に は 好 ま し か
った。男は、また、実の娘の再来のような、愛しさと懐かしさを夏子の中に
86
初体験
感じ た 。
夏子が選んで買ってもらったのは、シンプルな柄のベージュを基調にした
サテンのワンピースのタウンドレスとそれに合う足首で止める紅いアンクル
バンドの付いた白黒ツートンカラーの洒落たパンプスとベージュのランジェ
リー セ ッ ト だ っ た 。
男は、本当の娘のように、夏子が遠慮せずに好きなものを選んで素直に買
ってくれたことを内心大いに喜んだ。この時も、男の胸には、死んだ娘の奈
津子のことが去来していた。
その後夏子は、コインロッカーに預けてあった通学鞄を取り出して、この
前と同じ百五十階の西側のスイートルームの男の部屋に行って、買ってもら
ったワンピースとランジェリーに早速着替えた。
「お父ちゃん、どう、似合うウ…ッ」
夏子は男の前で幾つかのポーズを取って見せ付けた。夏子は、男が自分を
初体験
87
同じ名前の娘と重ね合わせていることを十分承知して、
「おとうさん」
「お父
ちゃん」と呼ぶことに決めていた。男には、またそれが嬉しかった。
「う〜ん、なかなかよく似合うよ…、なっちゃんは自分を良く知っていて、
選ん だ ん だ ね … 」
男は生真面目に答えた。
「こうやったら、セクシーィ、お父ちゃん」
夏子は、首を後に反らせて、胸を前に突き出し、腰を横に張り出すように
して、ヒップラインを強調するポーズを取って、男を挑発した。
「う〜ん、眩しいくらいだ…、若い男だったら、すぐにでも跳び掛かってい
きそ う だ よ … 」
男にはこの歳頃の娘の秘められた艶めかしさが眩しかった。
「お父ちゃんは跳び掛かって来ないの…」
「今は跳び掛かっては行かないよ…、これから上の階のレストランで食事を
88
初体験
するから、ドレスをくしゃくしゃにしてはいけないだろう…」
「食事が済んだら、ドレスがくしゃくしゃになるぐらい強く愛してくれるの
ねっ…、お父ちゃん…」
「そうだね、娘を愛するようにね…」
男は、なかなか夏子の挑発には乗らなかった。
「でも、お食事の前に少しだけ愛してくれないぃッ、私、この間お父ちゃん
に愛されてから、少し淫乱になったみたいなのオ…」
「うわはっはっはッは…、淫乱は良かったな…、
なっちゃんが淫乱だったら、淫乱でない女は居なくなっちゃうよ…」
また男ははぐらかした。
「それにねえ、高級レストランで、男と女が愛し合ったことが知れるような
臭いを付けていたら、具合が悪いだろう…」
「つまんないのオ…」
夏子は、ぷっと、膨れて見せた。それでも男に買ってもらったドレスを着て、
初体験
89
気に入ったパンプスを履いて、夏子は浮き浮きしていた。その辺りの無邪気
くちづけ
で素直な様子が、男にはたまらないほど可愛いかった。そして、男の言葉と
は裏腹に、夏子に近寄っていって、両腕で大きく抱き締めて、長く深い接吻
をして、身体を弄るようにドレスの上から撫で擦った。
くちづけ
「む〜アッ…、ふあ〜アッ、息を全部吸い取られるかと思った…」
その長い接吻からようやく逃れて、夏子は暫く呼吸を調えるのに苦労した。
「さあ、愛し合えたし、そろそろレストランに行こうか、なっちゃん…」
「 ち ょ っ と 待 っ て て え、 お 父 ち ゃ ん、 … 乱 れ た 髪 を 調 え て く る か ら …」 そ
う云って夏子はバスルームに入って行った。だが、直ぐには出て来なかった。
男は、暫く手持ちぶさたにして、テレビを見ていたが、面白くなかったのか
直 ぐ に 消 し て し ま っ た。 三 十 分 ほ ど も 掛 か っ て 夏 子 が 出 て 来 た 時、 夏 子 は、
髪形も変えて、薄いメークもしていた。その前にシャワーも浴びて、香水も
ドレスに振り掛けていた。
90
初体験
「どお〜オ、お父ちゃん、セクシーに見えるウ…」
今度は、ワンピースの胸をきっちりと止めずに開けて、乳房の上面が露に
見えるようにはだけて、右手を頭の後に当てて、胸を突き出し、左手を腰に
当ててその腰を突き出して、男をもっと挑発するようなポーズを取った。男
の目の前には、もう可愛気な女子高生の姿はなく、成熟した一人の女、それ
も性愛の経験に長けた女がいた。
「女は、こんな風に化ける…、奈津子もそうなっていたのかな…、だから男
達を野獣にならせたのかな…、この目の前の夏子を通して、その実際が知れ
ない も の か 」
男はまた、夏子に娘を重ね合わせて考えていた。
「どお〜オ、お父ちゃん」
夏子が心ここにない様子の男を催促して訊いた。
「う〜ん、おとうさん、もう悩殺されそうだよ、娘ながら犯しちゃいそうだ
初体験
91
な… 」
「うふっふっふ…、後で、この間のように犯してねっ、私、お父ちゃんに犯
されて、世の中が開けて見えるようになったのオ…ッ」
「そうか、この間、この娘を通して、自分の娘を犯したのではないのか…、
そうすることがたった一つ娘の非業の死の悲しみから救い出される手段とし
て… 」
また男は、自分の想念の世界に思考を沈めた。
「うんもお〜オ…、お父ちゃん、もういやっ…、今日はなんだか考え事ばか
りしてるじゃないッ…、
私 の こ と も っ と 構 っ て よ …、 寂 し 過 ぎ る う ッ … 私、 お 父 ち ゃ ん の 側 に い て、
寂しいの…いやッ…」
「ああ、ごめんごめん、昨夜少し寝不足だったせいかな…これからは、明日
の朝まで、ずっと夏子のことを構ってあげるからね…、その前に、今夜お家
92
初体験
に帰れないことをおとうさんかお母さんに連絡しておきなさい…」
「うわあ〜ッ…、私、不倫の外泊するんだ…、スリリングウッ…」
そんな冗談口を云いながら夏子はプッシュボタンを押した。
「お母さん…、私、素敵なパーティーに呼ばれて今夜帰れなくなったから、
友達のところに泊まる…、心配しないでぇッ…じゃあねッ…」
夏子は、母に何も詮索されないように手短に話した。
「これが今どきの女子高生のメンタリティなんだな…」
それを聞いていて、男は妙に感心していた。
*****
「なっちゃん、ワインを飲んでみるかね…」
初体験
93
男は、案内された予約の席に着くと、ソムリエがワインブックを持って注
文を聞きに来る前に夏子に訊いた。
夏 子 は、 生 れ て 初 め て 案 内 さ れ た 地 上 百 五 十 二 階 に あ る ス カ イ レ ス ト ラ ン
のゴージャスな雰囲気に夢心地になって窓外の夜景に見とれていた。ハイア
ットセンチュリー スカイパーク ホテルには、客室最上階の百五十階の上の
百五十一階と、百五十二階がレストラン専用になっていた。下の階は全国の
有名料亭やレストランのテナントになっていて、上の階は、ラウンドビュー
レストランで、その階全体が、時と共に旋回するようになっていて、窓外の
景色の変化を楽しめた。客席は、全部窓際にボックス形式に配置されていて、
厨房やサービスカウンターなどは、その階の中心部分に集約されて配置され
ていた。 男は、夏子の乙女心にマッチするように…と、カップル専用の少
し秘密めかしたボックスを予約していた。
「え ッ … 」
94
初体験
夏子は夢心地から醒まされて、男の云ったことが直ぐ呑み込めなかった。
「 ワ イ ン な ど は ま だ 飲 ん だ こ と な い ん だ ろ う、 お い し い 赤 ワ イ ン が あ る か
ら、食前酒に少し飲んでみるかね」
男は、云い方を変えて訊いた。
「「うん、まだ飲んだことないけど、ゴージャスで素敵な雰囲気でお父ちゃ
んと一緒だし、一度飲んでみようかな…」
夏子は、両肩をくねらせながら、しょぼしょぼとした口調で云った。
男 は、 先 に ワ イ ン の 注 文 を 聞 き に 来 た ソ ム リ エ と や り 取 り し て ワ イ ン を 決
め、次にウエイターとやり取りして料理を注文して、夏子の方に向き直った。
それから後、男は夏子から注意を逸らす事がなかった。男は、もてなし上手
とい う の か 、
「女あしらい」が上手というのか、夏子は、いつも男に注意を注
がれているのを直に感じて雰囲気に酔い、いつになく股間が潤んできている
のを感じ、自分がシンデレラのように、王子様ならぬこの年上の男に恋して
初体験
95
いるのを覚えていた。
「病み付きになりそう…」なほ
雰囲気も手伝ってか、初めて飲むワインは、
ど美 味 し か っ た 。
「美 味 し い ぇ ッ … 」
夏子は、ワインを一口飲むと、今どきの女子高生特有の語尾の音を捏ねく
るように変えて跳ね上げて鼻に抜く云い方で云った。
「 ワ イ ン は ね え、 一 口 目 よ り も 二 口 目、 二 口 目 よ り も 三 口 目 … と だ ん だ ん
美味しく感じられるのが本当においしいワインなんだ…、飲む時は、こうし
てグラスの底を掌に乗せて、掌で包むようにして持って、時々回しながら飲
むんだ…、そうするとワインのアルコール分が飛んで、グラスを口に付けた
時に芳香が鼻の中に染み透ってきて、ワインの美味しさを引き立てるんだ…、
「ワインは香りで飲む…」、と云われるんだよ…、そのため、そのような飲み
方が広く行き渡っているんだな…、覚えておいて損はないよ…」
96
初体験
「学校でそんな事教えてくれないッ…、お父ちゃんもお母ちゃんもそんな事
知らないに決ってるよ…、なのに、このおじさんは、実際に役に立つことを
あれこれ教えてくれる…、出逢った時に比べて、
「マジに素敵で、好きッ…」
夏子は、男の話を聞きながら思った。
ワインを飲んで口が滑らかになったのか、男は饒舌にあれこれ夏子に話し
た。また、特に夏子の同世代の女子高生たちの好む話題や、生活の様子を訊
きたがった。そして、夏子達にしたら何でもないようなことが男の関心を引
き、男は、驚いたり感心したりした。
男の話が、何か呪文のような、BGMの様な役割を果たした。夏子は、雰
囲気にも、ワインにも酔った。そして、夏子は、
「また一つ大人の世界を体験
した…」ような気がした。
初体験
97
ディナーが終わって部屋に戻る時、夏子の足下が乱れた。せっかくドレス
アップしたんだから、それに相応しく歩きたい…と、自分をコントロールし
ようとしたが、足下が定まらず、男の腕の中になかばもたれ掛かって、歩く
破目になった。それは、夏子には、
「みっともない初体験」だった。
部屋に戻ると、男は、フルーツジュースをワイングラスに注いで夏子に与
え、ソファーに座って、夏子を抱きかかえて、黙って、その身体を撫で擦り、
夏子の酔いの醒めるのを待った。夏子には、酔いによる身体の痺れたような
感覚の中での男の愛撫が心地よかった。そして、その心地よさに身を委ねて
いて、いつしかすやすやと寝入った。
男は、また、自分の膝の上で眠って居るのが夏子ではなく、死んだ筈の娘
の奈津子が蘇ってそこに居るような幻覚を見ていた。懐かしさと愛おしさが
くちづけ
くちづけ
込み上げてきて、男は目に泪を溢れさせながら、夏子の身体をひしっと抱き
締めて、顔や首筋に何度も接吻を繰り返した。繰り返される男の接吻によっ
98
初体験
くちづけ
て、夏子は目を覚まし、自分が男の膝に抱きかかえられながら、狂おしげな
男の接吻の雨を受けていて、男の目に泪が溜まっていることに気付いた。
「お父ちゃん、どうしたの…、また奈っちゃんのことを思い出していたの…」
夏 子 が 訊 い た。 そ の 瞬 間、 男 の 見 て い た 幻 影 が ぱ ち っ と 音 を 立 て て 弾 け、
奈津子の影が消えた。
「ああ〜ッ…、なっちゃんの代わりに奈津子を抱いているような錯覚に陥っ
ていた…、駄目だな…、いつまでも忘れ切れなくて…」
男は、狼狽えて、弱々しく呟くように云った。こういう時の男は、がらっ
と人が変わったように頼りなげに見えた。
「 そ れ だ け 深 く 愛 さ れ て、 奈 っ ち ゃ ん は 幸 せ だ わ …、 今 度 は、 私 を そ の よ
うに深く愛してぇ…、お父ちゃんが奈っちゃんのことを忘れられるように…、
そうでないと、お父ちゃんはいつまでも不幸だわ…、私もお父ちゃんのこと
初体験
99
を一生懸命愛して、お父ちゃんを幸せに感じさせてあげたいぃ…ッ」
夏子は、心優しい男が、過去に受けた深い心の傷を一日も早く癒してくれ
ることを心から願った。
「 あ り が と う よ …、 な っ ち ゃ ん、 こ れ か ら は、 死 ん だ 娘 の 歳 ば か り 数 え な
いで、目の前にいるなっちゃんを愛するように努めるよ…、死んだ奈津子は
何も感じられないけど、なっちゃんは喜びや幸せを感じられるのだからね…、
もっとなっちゃんのことを一生懸命思うようにしよう…」
「嬉しいぃ…ッ、女の子は、愛されていることを肌で実感する時が一番嬉し
くて、幸せに感じるのよ…ッ、私、ずう〜ッと幸せに感じていたいッ、おと
うち ゃ ん … 」
夏子は、そう云って男の腋の下に顔を埋めた。そこは、浩太郎のような甘
い臭いはしなかったが、落ち着いた大人の男の臭いがした。
「その臭いも、また、別の意味で夏子の気持を落ち着かせてくれる…」と夏
子は 思 っ た 。
100
初体験
やがて男は、夏子の上体を抱え起こして、全身を着衣の上から撫で擦り初
めた。男の指の動きは、夏子に直接的な刺激を与えていないのに、夏子は次
第に全身で感じるようになっていった。その指の動きは、ハープの奏者の指
のように触れるとも触れぬともつかないソフトなタッチで、確実に良い音の
出るツボを押えて奏でるように、夏子の感受性を高めていった。その掌の動
きの心地よさに、夏子は身体を捩るようにして蠢かして、低い呻きのような
吐息を何度も吐いた。
快感が高まっていき、夏子の身体が汗ばんできた。男は夏子のドレスが汗
まみれでくしゃくしゃにならないように…と心遣いをして、夏子のドレスを
脱 が せ に 掛 か っ た。 腰 の 括 れ を 強 調 す る よ う に 後 か ら 蝶 に 結 ば れ た 細 紐 を 解
くと、男は裾からドレスをたくし上げて、夏子の両腕をあげて、頭から脱が
せ て 脇 に 置 い た。 腋 か ら、 胸 元 か ら、 若 い 娘 の 汗 混 じ り の 匂 い が 漂 い 出 て、
男の鼻腔を擽り、間脳を痺れさせた。
初体験
101
男は、夏子の首筋から、キャミソールのブラでプルアップされた白く柔ら
かな乳房の谷間にかけて唇を匍わせて、舌で舐め擦った。
「ふう〜ん、お父ちゃん…」
夏子は、その擽ったいような心地よさを夢うつつの中で感じて、低い呻き
声を発して、身体を捩り、両膝を揉み合わせるように悶えさせた。
男がキャミソールを脱がせると、夏子が身に付けているものはビキニバタ
フライのスリップとレース編みのガーターに止められたストッキングだけに
なった。男は、夏子の可愛らしい靴を脱がせて、その右腕を自分の肩に掛け、
夏子を抱え上げると奥の部屋のベッドに運んで横たえた。夏子は夢心地の中
めまい
で 遊 園 地 の 乗 り 物 に 乗 っ て いるような上下左右に移 り変わ る動き を感じて、
眩暈のような感覚を覚え、指を口に銜えて、幼児のように吸いはじめた。そ
の様子を横目で見ながら、男は、自分の着衣を全部脱いで片し、全裸で夏子
の上に覆い被さった。レースのガーターベルトの下で、呼吸と共に上下に蠢
くメッシュのビキニパンツで覆われた夏子のプーベの佇まいがひどく可愛く
102
初体験
て、男の胸はきゅんと詰まった。
「今どきの若者なら、こんな時、『めっちゃ可愛い』と云うんだろうな…」と、
男は 思 っ た 。
そうだ、男にとって、夏子は、文字通り『めっちゃ可愛い…』存在になっ
ていて、死んだ娘の奈津子に代わって男の心を慰め、悲しみと痛みを癒して
くれる。男はガーターを外してストッキングと共に脱がせると、ほんの局所
だけを覆っているバタフライビキニのメッシュのパンツの上から、そこに唇
を圧 し 付 け た 。
『ふう〜ッ、お父ちゃん…」
夏子は、小さく呻いて、膝を引き上げて広げた。男がそのビキニパンツの
中心にピンポイントで唇を圧し付けて、舌を丸めて押し込んで弄った。
「はああ〜んっ…、お父ちゃん、いい気持っ…」
夏子は、小声で呟くように云って、今度は右膝を立てて広げた。
男は、百八十度広げられた夏子の股間に顔を埋めて、その中心に唇を圧し
初体験
103
付けた。超ピキニパンツの縁からはみ出ている夏子のプーベのヘアは、亜麻
色をしていて、濃くもなく薄くもない、夏子の可愛気な恥部に相応しい佇ま
いを見せていた。男が舌を動かしてそこを撫で擦ると、夏子は、膝と太股を
きれはし
がたがたと震わせて、足を突っ張り、淫水が漏れ出てきた。男はそれを急い
で 舐 め 啜 っ た。 透 け た 裂 端 の よ う に 覆 っ て い た ビ キ ニ パ ン ツ を 男 が 引 き 下 げ
て脱がせると、男の目の前に形のよい、柔毛にうっすらと覆われた恥部が曝
さ れ た。 そ れ は 死 の 直 前 に 一 緒 に 風 呂 に 入 っ た 時 の 奈 津 子 の そ れ の よ う に 可
憐で初々しく見えて、男はまた、奈津子の亡霊の世界に引き込まれた。そし
て、娘のそこを愛撫するように、夏子のそこを舌と唇で愛撫し続けた。男が
さまよ
夏子と相対する時、いつも決って娘の奈津子がそこに立ち現れて、男の心は、
霊界との境目を彷徨った。そして夏子のクリが超敏感で直ぐに頂点に昇り詰
めてしまうことを忘れた。
…、行っちゃう…お父ちゃん…」
『ああ〜っ
じか
に舐め擦られて、夏子は直ぐにがたがたと腰を震わせて、声を引
クリを直
104
初体験
いて後に退け反って果て、多量に淫水を漏らした。
『やれやれ…、なっちゃんがこれに弱いことを忘れちゃってたな…」
男は漏れ出てくる淫水を啜り取りながら、自分の不注意に気が咎めた。
淫水の吐出が途切れると、男は、夏子の腰を自分の左膝に乗せて、横抱き
に夏子を抱きかかえて、静かにゆっくりとその腰や太股を撫で擦った。自分
の首根っこに吸い付くようにして、気を失ったかのごとく眠っている夏子の
表情が、男にはこの上もなく愛らしく思えて、男は胸を「キュン…」と詰ま
らせた。腰の括れから膝頭に向かう、夏子の身体のラインは、丸く滑らかな
曲線を描いて、得も云われず艶めかしく、男の掌に触れるその生身の感触は、
何ものにも換えがたく男の気持を安らげてくれた。
夏子が尿意を催して眠りから覚めたのは、真夜中を過ぎた頃だった。バス
ルームから出てきた夏子は、冷水を浴びたと見えて、全身冷たく冷えていた。
夏子はその冷えた身体を男に投げかけて、男の腕に包み込まれるように抱き
初体験
105
かかえられた。その動作の一つ一つが、男には好ましく、嬉しかった。それ
は、 男 の 記 憶 に 残 る 在 り し 日 の 娘 の 奈 津 子 の 幼 い 動 作 に 重 な っ て 脳 裏 に 蘇 っ
て、またぞろ現実と幻影が混同した。
かりさき
娘の奈津子に不幸な出来事が起こった頃には、奈津子は若い頃の妻の香奈
江に生き写しに成長していた。
先を窒口
男が、掻き抱いて空割を弄り、ペニスで空割を撫で擦り、終に鳫
に沈めて、深く貫き通す動作は、現実の夏子に対するのではなく、幻想の奈
津子に対するもののごとく、またその奈津子の面影が一転して、若い頃の妻
香奈江に重なって、男は、倒錯の世界に入って初めて、性行為を全うするこ
とが で き る 。
男の夏子との二度目の情交も、最初の時と同じように、心なしかどこかで
自分を抑えていて、心を解放し切れないところがあるようだった。
*****
106
初体験
男は、冷えた夏子の身体を抱きかかえて、次の行為を予告するかのごとく、
自分のペニスを握らせて、手を添えて扱くように促した。 夏 子 は、『 お に い ち ゃ ん 』 が ア メ リ カ に 行 っ て か ら ず っ と、 ペ ニ ス の お し
ゃぶりをしていなかった。男のペニスの感触は、夏子にその記憶を蘇らせた。
自分を処女だったと思って、大切に扱ってくれている男の気持を損ねたくな
かったので、夏子は、それが初めての出来事のようなぎこちない手付きでそ
れを握って、恐る恐る扱いた。男は、その夏子のぎこちな気な掌の動きで興
奮 し た。 夏 子 は、 相 手 の 望 む ま ま に 振 舞 う こ と が、 物 事 を 良 い 方 向 に 進 め、
相手もハッピー、自分も過不足なく、相手がハッピーになっていることが自
分をハッピーにすることを知っていた。そして、恥ずかし気に、おずおずと
男のペニスを扱いた。
男は、まだ幼い夏子の小さな手で扱かれて、何度か行きそうになるのを堪
えた後、もう限度…と思って、男は、スキンを取り出して、ペニスに被せて
初体験
107
くれるように云った。夏子は、それを手に持って被せようとしたが、ラテッ
クスの端の弾力が強くて、なかなか思うように被せられなかった。
『手でするよりも、この先を口に銜えて、おちんちんに被せるようにして、
唇でゴムの縁を押し下げるようにすると、旨く行くんだよ…」
男は、フェラチオの応用編みたいなことをするように、夏子に云った。
「ええ〜ッ…、そんな恥ずかしいことするのお〜ッ…」
夏子は、あくまでも知らぬ半兵衛を決め込んで、躊躇するような様子を示
して、歪んだ笑い顔で云った。
『なっちゃんは、おとうさんのちんちんを下の口で銜えることは平気でも、
上の口で銜えるのはいやなのかい…」
男は、直接的な猥褻な言葉を使って訊いた。
『お父ちゃんのエッチいぃ〜ッ…、ええ〜ッ、お父ちゃんのおちんちんを口
に銜えるのお〜ッ…』
そう云って、夏子は、屈み込んで唇を了え勃っている男の鳫首の方に突き
108
初体験
いなな
出して、鳫首の先に付けて、直ぐ放した。
『あれあれッ…お馬さんが嘶くみたいにして、頭を反り返らせてるわ…、あ
あッ…なんだかお汁が出てきてる、なんだか、エッチな気分がしてきちゃっ
たよお…お父ちゃん…、このお汁、舐めてもいいぃッ…」
夏子は無邪気そうに振舞った。
『舐めてごらん…、どんな味がするか…」
夏子は、云われるままに、舌をぺろっと出して鈴口を舐めた。戦慄が走って、
男は、腰をぷるっと震わせて、更に淫水が漏れ出てきた。
「わあ〜っ…また漏れてきたア…」
そう云って夏子は、鈴口をぺろぺろ舐めながら、とうとう鳫先を口に銜え
てし ま っ た 。
「そこまで出来れば、スキンを被せるのは簡単だよ…なっちゃん」と云って、
くちづけ
男は、夏子の顎を上に向けさせて、その唇に接吻をして、夏子の舌を吸った。
そして巻き込んで平たくしてあるスキンの精溜まりのポッチの部分を口に銜
初体験
109
えさせてペニスの鳫首からスキンを被せるように促した。
夏子は、好きで浩太郎のペニスをおしゃぶりして遊んでいたが、ディープ
スロートはしたことがなかった。それは浩太郎の鳫首が大きくて、頬張るの
が精一杯だったことと、夏子がまだ幼い少女だったために浩太郎が思わぬ事
故が起こるのを恐れて無理にディープスロートをさせなかったためだった。
男のペニスは、浩太郎のものほど太くて長くはなかったので、そんなに咽
の奥まで入れなくてもペニスの根本近くまでスキンを被せられるような気が
した。そして、上体を乗り出して、恐る恐るスキンを鳫首に覆い被せて、口
をゆっくりと下に押し下げた。男の怒張を強めたペニスに沿って引き延ばさ
かりくび
れたスキンが張り付いていき、ペニスは次第に夏子の咽の方まで入っていっ
たが、それでもペニスの三分の二ぐらいまでの辺りで喉ちんこに鳫首が触れ、
夏子はえづきそうになった。我慢して更に押し込むと、一気に嘔吐を催して、
『げほっ」とえづいて、夏子は急いでペニスを口から離した。夏子は、顔を火
110
初体験
照らして、目を真っ赤に充血させていた。
『馬鹿だねえ…、なっちゃんは、…そんなに奥まで入れることはないだろ〜
う… 」
男は、なかば笑いながら云った。
『うんもお〜オッ、お父ちゃんの意地悪う〜ッ…、私は、おちんちんの根元
まで被せなくちゃあいけないんだと思ったのお〜ッ』
夏子は拗ねたような顔をして、男のペニスをきつく握り締めて、鳫首をも
う一度口に銜えて舐め回して離れ、
『お父ちゃん、スキンを付けていて、感じ
るうッ」と、訊いた。
『ああ、十分感じるよ…」
「じゃあ、もう少しおしゃぶりしてあげるね…」
そう云って夏子は、ぺろぺろと男の鳫首を舐め回しはじめた。男は、夏子
がもうこんな性的な遊びを覚えてしまったことに驚いた。
『うわあ〜ッ…、お父ちゃんのおちんちん面白お〜いッ、大きくなったり、
初体験
111
固 く な っ た り、 色 も 変 わ る し、 ぴ く ぴ く 動 く し … ほ ん と に 面 白 お 〜 い … ッ、
私もこんなおちんちん欲しかったな…」
夏子は、子供の頃に浩太郎や父親に云っていたのと同じことを云った。
『どうしてなっちゃんは、こんなおちんちんが欲しいんだい…」
男は夏子の気持を不思議に思って訊いた。
「だって…、私のおちんちんなんて、豆粒より小さいし、触ると直ぐ気が行
っちゃって、気絶しちゃうし、全然つまんない…、こんなおちんちん持って
いたら、好きに長いこと遊べるじない…」
『成るほど、ものは見ようだな…、この娘は、気持の良い状態が長続きさせ
ら れ る の を 望 ん で い る ん だ …確かにこの娘のクリト リスは 感度が 良過ぎて、
あっという間に昇天してしまうからなあ…」
男は、夏子の言うことにも一理あることを認めた。
「じゃあ、おっぱいは要らないのかい…」
男は、ペニスがあれば乳房はないものと決めて掛かって訊いた。
112
初体験
『おっぱいもいる…、だって、おっぱいも摩ると、気持いいんだもん…」
『それじゃあ、ふたなりじゃないの、子供は産めないよ…、それでも良いの
かい … 」
『子供なんて、産めなくてもいい…、生れたってほんのちょっとの間楽しい
だけで、直ぐ親離れしちゃうしぃ…、お父ちゃんとこの奈っちゃんみたいに、
親を一生悲しませるような不幸な目に合ったりするしぃ…」そう云いながら、
夏子はなおも一生懸命ペニスをスキンの上から舐め回していた。男は、夏子
の歯に衣着せぬ云い方に、胸を鋭い獲物でぐさりと突き刺されたような気が
した 。
一頻り夏子がペニスをしゃぶった頃を見計らって、男は、夏子の手からペ
ニスを取り戻して、夏子の上に伸し掛かっていった。
『今度はお父ちゃんがなっちゃんを気持ち良くさせてあげる…、なっちゃん
初体験
113
が満ち足りるように、長続きして、気持がよくなるようにしてあげる…」
そう云って、男は、唇は喉元やくち腋づけの下、胸回りや乳房に匍わせ、あるいは
強く、あるいはソフトタッチで接吻を続け、乳房を両手で揉みしだき、ペニ
スは空割の谷を摺り動かして、夏子の快感が高ぶってくるのを待った。
『ああ、ああ、ああ、ああああ、ああ…」
高まり来る快感で、呻き声を上げながら、夏子が両腕を男の首に回してし
がみ突いて来ると、男は頃合いを見て、ペニスで夏子の窒口をつつき、その
周りを捏ね回しはじめた。そして、徐々に鳫首を膣口の中に沈めたり抜き出
したり、内側の縁を擦り回したりしながら、徐々に奥へペニスを挿し入れて
いった。そのペニスの動きが夏子の呼吸のリズムに合ってくると、夏子の呼
吸は、激しくなり、呻き声が次第に高くなっていった。
「どうだい、なっちゃん、気持ち良くなってきたかい、まだ行きそうになっ
ていないかい…、どこが気持いいんだい…、ここかい…、それともここかい…」
男は、腰の動きに強弱を付けながら、夏子の耳元で囁くように問い掛けた。
114
初体験
夏子には、その声が、だんだん遠くから聞こえる呪文のように響きはじめて
いた。やがて、そこをペニスが擦ると、夏子が特に強い反応を示すポイント
が見付かり、男はそこをリズムとテンポを変えて、撫で擦ると、夏子の喘ぎ
声が一層高く、強くなって、終にアクメ一歩手前の状態を告げる声に変わっ
てい っ た 。
「あああ〜ッ、お父ちゃん…、浮く、浮く、浮き上がって、翔んで行く、翔ぶ、
翔ぶ、翔んで行くう〜ッ、お父ちゃん、捕まえて、翔んで行く、翔ぶう〜ッ」
譫言めいた叫びを上げると、夏子は、ぶるぶると腰を震わせて、両腕と両
脚で男の身体にしがみついて、上体を反り返らせて頂上に昇り詰め、果てた。
くちづけ
男 は、 そ の 夏 子 の 動 作 に 合 わ せ て、 腰 の 動 き を 早 め、 精 を 迸 り 出 さ せ た。
男の腕の中に包まって、息も絶え絶えに喘いでいる夏子の様子は、男の夏子
への愛おしさを募らせ、男は、全身で夏子を撫で擦り、接吻の雨を降らせて
夏子を讃えた。夏子は、今まで味わったことのない、違った種類の愛の形が
あることを覚り、この年上の男が、一層愛おしい存在になっていくのを感じ
初体験
115
てい た 。
こ の 夜 の 男 は、 前 回 の よ う に 夏 子 に 対 し て 終 止 遠 慮 が ち に 振 る 舞 っ た わ け
で も な か っ た。 前 回 は、『 夏 子 の 処 女 を 奪 っ た 』 と い う 思 い か ら 無 理 を し な
いように気遣ったが、この夜は多少の気後れはあったものの、前回とは違っ
ていた。果ててからもペニスを了えらかしたまま、抜き取らず、夏子を抱え
続けた。夏子が興奮の極みから覚めて、呼吸が平常に落ち着いてくると、男
はまた腰を動かしはじめた。一度射精を終えた男の動作は、更に長続きした。
夏子は、男の動作に翻弄されながら、再びアクメの極みに昇り詰めて、絹を
裂くような歓喜の声を上げて男にしがみ付いて果てた。夏子の窒の内壁の反
応が良く、男のペニスの大きさに応じて自在に締め付け方を変えてきた。そ
れと同時に夏子の可愛気な動作が、男を感動させた。そして、男が夏子を愛
おしいと思う感情が募るに連れて、男の性欲が募った。
男は、抜かずに三度目も横抱きの体位で夏子を翻弄し、共に呼吸を合わせ
116
初体験
て頂点に達して、抱き締め合いながら果てた。その後、二人の興奮が冷める
と、男は、番ったまま夏子を抱えてバスルームに行き、また一頻り身体を撫
で擦って、接吻の雨を降らせ、痺れたようになって膨らんでいるクリに舌の
愛撫を繰り返して夏子を行かせた後、ようやく上がって、身体を拭いてやり、
バスタオルに包んだままベッドの戻って、そのまま全裸で抱き合って、朝ま
で眠 っ た 。
目覚めると二人は、また一緒にシャワーを浴び、出ると男は、着せ替え人
形で遊ぶのを楽しむようにして、夏子に昨日買ったランジェリーとドレスを
着せ て や っ た 。
「お手当て』だと云って、穿き古しの
その後、男は、前の時と同じように、
パンツの代金五万円に三十万円の小遣いを合わせて夏子の通学バッグの中に
捻じ 込 ん だ 。
夏子は、昨日の髪形と同じに髪をまとめ、昨日ドレスを買ってもらった時
初体験
117
のショップの袋に通学バッグを入れて、二人は腕を組んでホテルを出た。そ
の姿は、普通に街で見掛けるカップルと少しも変わらなく見えた。
男は、夏子を銀座に連れて行き、千疋屋フルーツパーラーで遅い朝食を摂
っ た。 男 は、 夏 子 が い つ も 心 地 よ く 喜 び そ う な こ と を す る よ う に 心 が け て い
る よ う だ っ た。 男 の 選 択 は、 夏 子 の 望 ん で い る こ と に ぴ っ た り 合 っ て い た。
夏子には、スマートにそうする男が気に入った。
『お父ちゃんにチョー嵌まりそう…』
それが夏子の感想だった。千疋屋を出ると、男は夏子を『ミキモト』に連
れて 行 っ て 、
『着ているドレスに合うような真珠のネックレスとブレスレット
のセットを買ってあげるから、気に入ったのを選びなさい…』と云って、奨
めた 。
『買わなきゃあ」と思っていたので、夏
昨日ドレスを買ってもらった時に、
子には男のその提案が、舞い上がるほど嬉しかった。
118
初体験
『ぃやッ、嬉しいぃ…ッ、おとうさんッ…」
くちづけ
夏 子 は 小 さ く 叫 ん で、 男 の 首 に 飛 び 付 い て 頬 に 接 吻 を し た。 そ の 光 景 は、
微笑ましい親子そのものと、誰の目にも映った。
夏子は、首回りにぴったりのネックレスと、細いブレスレットにアンクレ
ットの三点セットを選んだ。〆て三十万円ほどのものだった。
『もっと良いものを選びなさい…』と、男は云った。
『ううん…、これがいいの、丁度このドレスにぴったり合うから…、これが
気に 入 っ た の … 』
そう云って、夏子は他の値の張るものには見向きもしなかった。ネックレ
スとブレスレットとアンクレットの真珠の粒の大きさが少しずつ違ってい
て、どれも肌色とピンクを主にした七色に輝いて見えるのが気に入り、特に
アンクレットの粒の大きさが『チョー、可愛いぃッ…」と思った。
男が小切手で支払いを終えると、夏子は、一旦包んでもらった品物の包み
初体験
119
を解いて、その場で『着けてみたいからおとうさん手伝ってぇ…」と甘えた
声で頼んで、男を喜ばせた。ネックレスも粒が大き過ぎず、サイズも丁度だ
った。特にアンクレットは、一番夏子の気に入った。白と黒と赤の三色のパ
ン プ ス で、 丁 度 赤 い 色 の ア ン ク ル バ ン ド の 直 ぐ 上 に ぴ っ た り と 嵌 ま っ た よ う
に留まっていて、絶妙のマッチングだった。
『おとうさん、似合うッ…」
夏子はブレスレットを付けた左手で頭の脇を押えて、アンクレットを付け
た右足をちょっと刎ね上げたポーズを取って、男に聞いた。
『ああ、とてもよく似合うよ…、どこのパーティに連れていっても恥ずかし
くない自慢の娘だよ」
男はお世辞でなくそう答えた。男は、この僅か一ヶ月ほどの間に夏子が最
初に出会った時のような今どきの女子高生とは一味違った大人の女に成長し
ていることを実感していた。
120
初体験
そ の 後、 男 は、 夏 子 を 連 れ て 銀 ぶ ら で ウ イ ン ド ウ シ ョ ッ ピ ン グ を 一 緒 に 楽
しみ東京セントラル美術館で洋画展を観て、心浮き浮きと過ごし、夕方近く、
三笠会館でフランス料理を食べ、大岡山の夏子の家の近くまで送って行った。
去 り 際 に、「 昨 日 と 同 じ よ う に 一 ヶ 月 後 の 金 曜 日 の 同 じ 時 刻 に、 同 じ 場 所 で
待っているように…」と云って、
「じゃあ、お父さんは行ってくるからね…、
くちづけ
しっかり勉学して、何よりも身体を大事にして、帰りを待っていておくれ…」
と云って、夏子の額に接吻をして、同じ車で去って行った。
*****
その後、夏子と男の月に一度の逢瀬は、決り切った形で続いた。
初体験
121
男は、会社の定例重役会議に出るため」に一時帰国し、出向先のアメリカ
に戻る前日にホテルにチェックインして、夏子との逢瀬を楽しんでいたのだ
った。男にとっては、夏子との逢瀬が何よりも心癒される時間となり、男は
それを楽しみにしていた。
男とのそんな関係が始まると、夏子の気持は落ち着いた。『ぐれてやる』と
云っていたのが嘘のように、素行の悪い少女たちとの付き合いもぴったりと
止めた。初めは、『裏切り者』呼ばわりされて、苛められたりもしたが、
『勉
強して現役で大学に合格しないと勘当されちゃうんだ…』と云って取り合わ
ず、二度とその仲間には戻らなかった。
夏子には、いつまでもぐれている理由は何もなかった。お父ちゃんは優し
く夏子にばかり気を遣ってくれるし、会うたびに夏子が目の前で脱いだパン
ツを五万円で買ってくれて、その上お小遣いだと云って、二十万円も三十万
122
初体験
円もくれるし、夏子が気に入って欲しいと思うものは何でも買ってくれるし、
ペニスのおしゃぶりは飽きるまでさせてくれるし、セックスだって、夏子が
何度も喜悦の頂点に昇り詰められるほどしてくれるし、コンサートやら、絵
画 展 や ら、 観 劇 や ら、 映 画 鑑 賞 や ら … と、 夏 子 の 知 的 好 奇 心 を 満 た そ う と、
文化的、芸術的な催しものにも連れて行ってくれるし、その上なお不服は云
うべ く も な か っ た 。
夏子と二人だけで裸で向き合っている時を除けば、男は、風体も人柄も人
格も、立派な英国風の紳士だった。だから、夏子も勢い表では、その男に相
応しい身なりと立ち居振る舞いを心がけるようになった。夏子は、派手で贅
沢なものを身に付ける趣味はなかった。季節季節のTPOに合わせて、どち
らかと云うとシックな落ち着いた大人なファッションを好んだ。それは男の
趣味にも合うようで、街を一緒に歩けば必ず『何か気に入ったものがあれば
買ってあげる…」と、口癖のように云った。男は、夏子に何か買ってやるの
をむしろ楽しみ、喜ぶようだった。だが夏子は育ち柄、奢侈を望まないため、
初体験
123
滅多に物を買いたくならなかった。それがむしろ男には不満だった。
夏 子 は、 逢 瀬 の 度 に 男 か ら 貰 う 沢 山 の お 金 も、 殆 ど 使 う こ と が な か っ た。
使うのは、パンツの代金分ぐらいで、後は全部貯金に回して、将来希望して
いるフランス留学の資金にするつもりでいた。男は、夏子がそんな堅実な考
え方をするようになったことを喜んだ。
*****
だけかんば
その夏、夏子は、出張休暇で帰国した男と、中軽井沢の別荘で、十日間の
休暇を楽しんだ。これも、夏子が経験したことのないセレブな休暇の過ごし
方だった。早朝に起きて、朝露を踏みながら、カラマツや岳樺の林を抜けて
散策し、オゾンを一杯吸って野鳥たちの囀りを聞く。午後はゆったりと読書
をしたりして過ごし、夜は、ランプの光の中で、存分におしゃぶりをさせて
もら う 。
124
初体験
「贅沢だなあ…、お父ちゃんと出逢わなかったら、こんな休暇の過ごし方は
出来なかったわア…」
夏子は、また一つ男に初体験をさせてもらったことをありがたく思った。
翌 年 の 春 三 月、 夏 子 は、 慶 応 大 学 文 学 部 に 現 役 で す ん な り 合 格 し て 見 せ、
仏文科を専攻した。誰よりも喜んだのは、男だった。そして、
『夏子が通学し
やすいように」と、南麻布の瀟洒なマンションの一角に、2LDKのフラッ
トを借りてやった。 男にそのような負担を掛けることは、夏子には反えっ
む げ
て重荷に感ぜられたが、夏子は無碍に断れなかった。それは、男が夏子の中
に娘の奈津子の幻影を見て、そうしていることを良く知っているからだった。
それは、ある意味で切なく悲しいことでもあったが、夏子には、男の気持を
傷つけることは出来なかった。
そうして、また、一年、二年、三年、四年…と、二人の仮想の関係が続いた。
夏子のペニスフェチは相変わらずで、
『お父ちゃんのペニスをおしゃぶりして
初体験
125
いる』時が一番心が落ち着いた。クンニだけをされて、クリトリスをしゃぶ
られると、相変わらず簡単に行ってしまうけど、ペニスのおしゃぶりをしな
がらだと、なかなか行かずに、長持ちした。だから今では、シックスナイン
のラーゲの後に最後の詰めとして向い横臥のラーゲで番いながら眠るのが二
人の専らの好みの性愛のパターンになっていた。
大学のキャンパスでは、夏子の大人な艶気は専ら男子学生の注目の的だっ
た。上級生も、同級生も下級生も、修士課程の研究生も、若手講師でさえも、
殆どみんな夏子とセックスしたがった。だが夏子は男子学生たちのそんな色
欲には興味を示さなかった。だから、結局はセックスフレンドを見付けるこ
とを目的としたような「合コン」や「飲み会」にも加わろうとはしなかった。
夏子のその時その時の気持をしっかり掴んで、雰囲気を演出してゆっくり
と夏子の気を高めてアクメの頂点に向かって誘導してくれる…、そんなお父
ちゃんのメンタルな要素を大切にしたテクニックには、変えられるものはな
126
初体験
かったし、何よりも「お父ちゃんの気持を裏切ることは出来ない…」と、頑
なに信じていたので、そんな男子学生には見向きもしなかった。その気持は、
別に打算に根差したものではなかった。要するに、夏子は、一人の男によって、
性的にも経済的にも、また精神的にも満ち足りていただけのことだった。
その内に男子学生たちは、夏子を「別格」と見て、ちょっかいを出してこ
なくなった。それで、夏子は平静な気持で勉学に打ち込めた。
大学四年の夏に、夏子はフランスの「バカロレア」試験に合格して、大学
四年の残り半年を休学して、パリのソルボンヌ大学大学院に留学した。その
時も、男は大層喜んで、
『学費と生活費を援助してあげる…」と夏子に申し出
た。
「お父ちゃんの援助に頼り切るのは辛い…」と、夏子は断りを云った。だが、
その口の端から、援助が途絶えて二人の関係が途切れてしまうことを恐れた。
初体験
127
「ソルボンヌに留学したら、今まで慣れ親しんだように月に一度の逢瀬を楽
しむことが出来なくなる…、心にストレスが溜まった時に、お父ちゃんのペ
ニスをおしゃぶりして、癒すことも出来なくなる…」
「いや…」だった。
それは、夏子には堪え難く、
その夏子の不安を解消する方法を考え出してくれたのは、やはり「お父ち
ゃん 」 の 方 だ っ た 。
男も「娘をいつも抱き締めてやり、望むことを叶えてやることで、初めて
安心と心の平和を保っていられる」からだった。
男は、その頃既に会社の第一線のマネージメントを退き、大株主として取
締相談役と云う、どちらかと云うと閑職の地位に就いて、年一回、四月期の
株主総会の時期を除き、時間はいくらでも都合できる立場にあった。都合が
良いことに、フランスの学校制度には、夏の二ヶ月半に亙る長いヴァカンス
と、 ノ エ ル か ら ヌ ー ヴ ェ ル ア ン の 時 期 の ほ ぼ 二 週 間 の ヴ ァ カ ン ス が あ っ た。
128
初体験
そのヴァカンスを利用して、男は、夏ならフランス国内や、北欧を、冬なら
イタリアやスペインなどの南欧を夏子と共に旅して廻ることを夏子に提案し
た。その提案は、夏子の感性にぴったり合った。
ソ ル ボ ン ヌ 留 学 の 三 年 間 は、 夏 子 に と っ て 大 変 想 い 出 深 い 年 月 に な っ た。
フランソワーズ サガンをテーマにした修士論文は、良い指導教授を得て順調
に進 ん だ 。
六度に亙る、都合で二百四十日間の「お父ちゃん」とのヨーロッパの旅は、
夢のような、素敵で楽しい出来事だった。
「こんなこと、お父ちゃんでなきゃア、絶対に適えてもらえなかったわ…」
夏 子 は、 い よ い よ 帰 国 直 前 の パ リ の ホ テ ル で、 男 と 肌 を 交 え な が ら 云 っ た。
男の肌の感触も、臭いも、そして優しい掌や指の愛撫も、生涯夏子には忘れ
えない、深い想い出となって、脳裏に刻み込まれていた。男は一生懸命にな
って、夏子に良い思いをさせようとした。夏子が喜んでいるのを見て自分も
初体験
129
喜んでいた。夏子が幸せを感じているのを知って幸せに思っていた。どんな
出費も、それが夏子のためなら、厭わなかった。男は、そう出来ることを自
覚して、自信を持ってそのように行動した。夏子は、そんな又と有り難い男
に偶然に出会った。その男は、夏子に小言一つ云わずに、パンツフェチでエ
ッチな情けない男の側面を曝け出すことによって、夏子を自暴自棄から救い
出し、幾年月を経て人としても、女としても育ててくれた。夏子は、
「お父ち
ゃんなくては、今の夏子はなかった…」ことを自覚するにつけ、夏子には男
が愛しい存在になっていることをはっきりと認めた。
サガンの文学
三年のソルボンヌ大学院留学の後、夏子は、フランソワーズ
評論で修士号を取って、男と一緒に北欧を回って、帰国の途に付いた。帰国
すると、夏子は、大学四年の卒業資格と修士号取得の認定を受けて、直ぐに
慶応大学文学部仏文科の講師として採用された。その報せもまた、男にとっ
てはこの上ない喜びだった。この時も、男は、例のお台場のハイアットセン
130
初体験
チュリー スカイパーク ホテルの回転ラウンジで、夏子を祝った。
夏子は、十六歳の晩秋のその日、荒んだ心を尚引摺りながら二度目に男と
会って、初めてワインを飲んで、天にも舞うような素敵な気分になったこと
を思 い 出 し た 。
「あれから丸九年、私は、おとうさんのお陰で随分と変わったし、成長した
わ…、でも、私はずるい女よね、何から何まで、お父さんの好意に寄り掛か
りっぱなしだったわ…、自力でしたことなんて何もなかった…」
「それはなっちゃんが私の娘だからだよ…、親としては、娘が完全に自立す
うしろ
るまでは、後でじっと支えて居てあげる義務があるからね…、そしてそうす
ることが親としては嬉しく、何にも換えがたい喜びなんだよ…、
それに、なっちゃんが自力で何もしてない訳ではないじゃないか…、現役
で大学に入ったことも、大学四年で卒業を待たずしてバカロレア試験にパス
して、ソルボンヌ大学院に進んだことも、三年でソルボンヌ大学院を修了し
て修士学位を獲ったことも、母校の大学の講師に採用されたことも、どれも
初体験
131
み ん な な っ ち ゃ ん の 自 力 の 成 果 だ よ …、 お 父 さ ん が こ れ ま で で き た こ と は、
なっちゃんを支えて励ますことだけだった…、これからは、もっともっとな
っちゃんが自力で成し遂げることが多くなっていくと思うよ…、お父さんは、
今ようやくその礎を築く助けをし了えたことを実感しているんだ…、
それでね、今その助けの最後の仕上げをしようと思っているんだ…、それ
が 済 ん だ ら、 お 父 さ ん は 少 し ず つ 子 離 れ し よ う と 思 っ て い る …、 急 に だ と、
寂し過ぎるからね…少しずつだ…」
男は、妙にしんみりした口調で話した。
「私もそろそろおとうさんにパンツを売るのを止めなくちゃね…、大学の講
師が 泣 く わ … 」
「 い や、 そ れ は 別 だ よ …、 ま だ ず っ と 会 っ て い る 限 り 売 っ て も ら わ な い と
ね…、また他に探さないといけなくなる…、だが、もう他に探す気力は沸か
ないよ…、なっちゃんとのよしみだから、売ってくれるように頼めるんだ…、
132
初体験
それに、なっちゃんの臭いが記憶にすり込まれているから、脱いでもらって、
渡された時の気の昂ぶりも大きいのだよ…」
「ここで脱がせてみるう…お父ちゃん』
「コルセット着けてるんだろう…面倒くさいよ」
「コルセットは、さっきお部屋で外しておいたわ…、あれで、着けてると結
構窮 屈 な の よ ね … 」
「コルセットがなくても、なんぼ何でも、ここではねえ…、それに、パンテ
ィストッキングは穿いているんだろう…」
男は、声を潜めて夏子の耳元で囁くように訊いた。
「パンティストッキングもさっき脱いだわ…」
またぐら
「それじゃあ、素足かい…、それじゃあ、股樓がすうすうするだろうに…そ
れに漏れ出たお汁が直にドレスに染み透っちゃうじゃないか…」
「お父ちゃんのエッチいぃ〜ッ…、もう兆してるんでしょう…、大丈夫よ、
今日は、パットの付いたパンツを穿いてるから…全然平気…」
初体験
133
「どれ、どんなのを穿いてるの…」
ごわ
男はドレスの裾から手を潜らせて、夏子の太股の付け根に手を滑り込ませ
た。夏子は、脚をしっかり閉じて座っていたので、下の方は分らなかったが、
上のプーベの辺りは、少し厚ぼったく強付いた感触があった。
「これじゃあ、脱がせられないよ…、それに君にはスリルがあるかも知れな
いが、私は少しも興奮しないよ」
「それじゃあ、降参したから、罰ゲームね…」
「「罰ゲームって、何するの…」
「ここでおとうさんのおちんちんをおしゃぶりするの…」
ワインの酔いのせいか本気で兆しているのか、夏子は大胆なことを云った。
「あああっ…、それはなお悪い…なっちゃん、料理が冷めない内に早く食べ
なさい…、ワインももう一杯飲むかい…」
男ははぐらかして云った。
「うん、ワイン、もう少しのむ…」
134
初体験
夏子は子供っぽい言い方をして、ワイングラスを男の目の前に差し出した。
だが、夏子は、身体を男の太股に寄せて、左手で、ズボンのファスナーの上
から男のペニスを擦り初めた。ウエイターが入って来て、空のファーストデ
ィッシュを下げていった。夏子は、素知らぬ振りで左手を持ち上げて髪を調
える 仕 草 を し た 。
「だから云ったろう…ここでは具合が悪いって…」
男は夏子を咎めた。
「だって、したいんだもん…」
と 云 っ て、 夏 子 は ウ エ イ タ ー が 出 て 行 く と 直 ぐ ま た 手 を 元 に 戻 し て 擦 り 初
めた。直ぐまたウエイターがセカンドディッシュを持って来た。同時にソム
リエが肉料理用のワインをグラスに注ぎに来た。
「このワイン美味しいわ…」
夏子は、注がれた赤ワインを一口飲んで、ソムリエの目を見て云った。夏
子は、スリルを楽しむかのように男の股間を弄り続けた。ソムリエは、気付
初体験
135
かない振りをしてワインを注ぎ、
「ごゆっくりご賞味下さい…」と云って出て
行っ た 。
「こんな時、女の方が大胆なものだ…」
一度ドレスの裾から手を差し入れて、パン
男はそう思いながら、逆にもまう
さぐ
ツの上からクリトリスの辺りを弄った。
「いやッ…そこは、直ぐ行っちゃうから…、それよりおしゃぶりさせて…」
夏子は身体を横に倒して、顔を男の股間に覆い被せていった。
男は仕方なく右手を引き抜いて、夏子の腰を抱えて引き寄せた。姿勢が楽
になった夏子は、男のパンツのファスナーを下ろし、トランクスからペニス
を引き出してしゃぶりはじめた。しゃぶるほどに男のペニスは膨らんで容積
を増し、夏子は益々一生懸命に扱いたり舐めたり、啜ったりして、おしゃぶ
りを続けた。夏子は、熟達して、かなり奥までスロート出来るようになって
いた 。
「さあ、もういいだろう、料理が冷めちゃうと不味くなるよ…」
136
初体験
男は、口の中で発射してしまう危険を感じて、夏子の肩を揺すって、止め
させ よ う と し た 。
「ちょうだいッ…お父ちゃん…、ちょうだい…」
夏子はくぐもった声で云って、なおもおしゃぶりを続けた。
「ううううッ…、行くよッ、なっちゃん」
男は、発射しないと治まりがつかないと判断して、夏子の耳元で、発射が
近いことを報せた。夏子は、頬の内側に男の鳫首を当てて、精を受け止めて、
それを呑み込んだ。男はアクメに至ると同時に、無意識の内に夏子の身体を
擦り回していた。夏子は、男の精を全部吸い出して、鳫先を綺麗に舐め清め、
柔らかくなったペニスをトランクスの中にしまい込んでから上体を起き直ら
せて、充血させた目で男を見て、
「えへッ…」と照れたような声を出して、男
の口 に 吸 い 付 い た 。
そ の 夜、 夏 子 は、 よ ほ ど 嬉 し か っ た の か、 い つ も よ り も 酒 量 を 過 ご し た。
初体験
137
男に抱えられるようにして部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込むように
して横たわった。そんな夏子を介抱できることが男にはまた嬉しかった。
「う〜んッ…お父ちゃん飲ませて…」
男が冷蔵庫から取り出した冷えたフルーツジュースをワイングラスに注い
で、 夏 子 に 飲 む よ う に 云 う と、 夏 子 は 甘 え た 声 を 出 し て、 唇 を つ き 出 し た。
男は、それを「チュッ」と吸ってから、ジュースを口に含んで夏子と唇を合
わせて、少しずつ流し込んでやった。夏子は、赤ん坊が乳を吸うようにそれ
を吸って美味そうに飲んだ。
「も っ と … 」
夏 子 は、 細 く 開 け た 目 を 悪 戯 っ ぽ く 転 が し て 男 の 目 を 見 な が ら 催 促 し た。
その間も、夏子は男のペニスを握って鳫首を弄ることは忘れなかった。最初
に教えた時から病み付きになった夏子のペニスフェチは、男の先刻承知のこ
と、男は、何も云わずに夏子の好きなようにさせていた。
「お風呂に入るか、それともシャワーだけにするか」
138
初体験
グラス一杯のジュースを夏子がほぼ飲み終わると、男が訊いた。
「このまま眠りたい…」
夏子はかぶりを振って答え、男の腋の下に顔を埋めた。
「汗臭くて、気持悪くないか…」
男は夏子を気遣って訊くと、夏子はかぶりを振って答えた。何事も夏子の
気の済むようにする習慣の付いている男は、夏子をしっかりとベッドに横た
え て か ら、 初 め に イ タ リ ア ン ト リ コ ロ ー レ を 巧 み に 配 色 し た 中 ヒ ー ル の 靴 を
脱 が せ、 肩 に 掛 け た ベ ー ジ ュ の グ ラ デ ー シ ョ ン の パ シ ュ ミ ナ ス ト ー ル を 取 り
去 っ た。 夏 子 は、 肩 も あ ら わ な ブ レ ス ト ス ト ッ プ の 薄 手 の サ テ ン の 紫 が か っ
たベージュ色のドレスを着ていた。そのデザインは、胸の豊かな線を強調し
ながら腰の縊れとヒップラインの滑らかなラインを際立たせていた。
背 筋 に そ っ た フ ァ ス ナ ー を 引 き 下 ろ し て ド レ ス を 脱 が せ る と、 そ の 下 は、
レース織りのキャミソールでブレストがプルアップされて、夏子の胸は、可
愛くてなおエレガントな佇まいを見せていた。同じくブレストストップのキ
初体験
139
ャミソールを脱がせると、ブラは着けていなかった。レースのガーターと共
にレース模様のストッキングを脱がせると、パットの入ったベージュのレー
なまめ
めまい
スのパット付のショーツが現われた。夏子の股間から、大人の若い女の汗混
じりの艶いた臭いが漂ってきて、男の鼻腔を刺激し、盆の窪に眩暈にも似た
感覚を呼び起こした。
ショーツのプーベの辺りは、ふっくらと丸く盛り上っていて、そこだけが
小猫のように可愛らしく蠢いて、男は思わずむぎゅっと抱き締めたくなった。
「うう〜ん…、お父ちゃんのエッチいぃ〜ッ」
男がそのプーベの盛り上がりを掌で圧し包んでもみもみすると、夏子が腰
をくねらせて、薄目を開けて男を睨んだ。
「なっちゃんが可愛過ぎるからね…」
「ねえ〜ぇッ…、私きれいぃッ…」
「当然きれいな筈だ…」という言外の主張を込めて、甘え声で訊い
夏 子 は 、
140
初体験
た。
「ああ、ドレスも、キャミソールも、ぴったりなっちゃんに合っていて、と
て も き れ い だ っ た よ …、 ど の 姿 の な っ ち ゃ も、 エ レ ガ ン ト で、 素 敵 だ よ …、
だから、お父ちゃんは幸せだ…」
「よかったッ…、一生懸命考えて選んで、お父ちゃんに喜んでもらえて良か
った … ッ 」
夏子は、男に喜んでもらえて、幸せな気分になってもらえることが夏子自
身の唯一の喜びだという言外の言葉を滲ませて云った。
「パンツを脱がせてもいいかな、なっちゃん…」
男は夏子の耳元で訊いた。
「いつも見られていても、やっぱり恥ずかしいッ…」
夏子は腰をくねらせて云った。
「それじゃあ、このストールを被せてから脱がせてあげよう…」
初体験
141
男はそう云って、ストールをプーベの上に被せて、パンツを引き下ろして
脱が せ た 。
「うふッ…、お汁の臭いが着いちゃうかな…、直ぐ退けてッ…お父ちゃん…」
男は、あくまでも夏子の乙女心を思い遣って、先に薄い掛具を掛けてから、
ストールを取り去った。そして、男は、自分も全裸になって、夏子に添い寝
して、抱きかかえて眠った。夏子はずっとその間、男のペニスを握ったまま
眠っ て い た 。
真夜中に、夏子は尿意を催して目覚めた。オシッコをした後、夏子は冷た
いシャワーを浴びて、冷えた身体で男の懐に飛び込んだ。それで男も目覚め
た。
この日夏子はいつになく激しく燃えた。男は、夏子の若い肉体の要求にた
じたじとなりながらも、必死にその要求に応えた。ディナーで飲んだワイン
の影響か、夏子の身体の敏感さが薄れているようだった。クリトリスもいつ
142
初体験
ものような敏感な反応を示さず、そこを揉まれるだけで行ってしまうことも
な か っ た。 男 は、 後 横 取 り に 夏 子 を 抱 え て 番 い な が ら、 ク リ を も み 擦 っ た。
それで夏子の気の昂ぶりがコイタスのリズムと合って、男は夏子と同時に頂
上に達することが出来た。
翌朝満ち足りた表情で目覚め、一緒にシャワーを浴びて着替え、いつも通
り銀座の千疋屋で遅い朝食を摂って、一日相思相愛のカップルになって精神
的に豊かな時を過ごす…それが二人の定番になっていた。
その日男は、朝食の後、夏子を連れて上野の西洋美術館でロダン展を観て
から不忍池でボート遊びをし、上がって女の子に人気の「みはし」でみつ豆
を食べて、女子高生たちの注目を引き、銀座に戻ってウインドウショッピン
グをしながら、夏子に気に入ったドレスと対のシューズを買ってやり、日比
谷に出てフランス映画を見てから、帝国ホテルの中の料亭で懐石料理を食べ
初体験
143
て、南麻布に新に借りたレジデンスに夏子を送って行った。
レジデンスで夏子が、シャンパンとショコラとフロマージュで男をもてな
す間に、男は、また夏子を驚かすようなことを云った。
「年が明けたら、お父さんは夏子の出世祝いに最初で最後の大きなプレゼン
トをしようと思っているんだよ」
「どんなプレゼントオ〜…」
夏子は、シャンパンの酔いで目元をピンクに染めながら、とろんとした艶
いた眼差しで男の顔を見た。
「それはシュルプリーズだから、今は云えない、その時、来年の三月に、な
っちゃんが大学の講師として勤務に就く前に、そこに案内するから、楽しみ
に待っていておくれ…」
夏子は今すぐにも知りたいと思って、聞き出そうとしたが、男は、ぬらり
くらりと話を逸らして、答えなかった。
144
初体験
「それからねえ…、今後は、なっちゃんから少しずつ子離れして行こうと思
っ て い る …、 そ う い つ ま で も な っ ち ゃ ん を 縛 り つ け て い て は い け な い … と 思
うか ら ね … 」
男は、シャンパングラスの底を空ろに見詰めながら云った。
「いやだッ…、お父ちゃん、私はお父ちゃんと別れるなんて…いやだッ」
夏子は、男の側に寄ってその膝に乗って、首っ玉にしがみ付いた。
「私は、お父ちゃんに育てられて、女として、人として一人前にしてもらっ
たのよ…、お父ちゃんだけが私のかけがえのない男…、そのお父ちゃんと別
こぼ
れるなんて…あり得ないわッ…」
夏子は、男の首筋に泪を零して云った。
「そうはいってもねえ…、なっちゃん、良く聞きなさい、第一に私たちは、
常識外れの間柄、私は、何時か解消しなければならない…と思いながら、な
っちゃんが愛しくて、愛しくて、愛し過ぎて、今日までずるずるとなっちゃ
んとの関係を続けてきたんだ…、なっちゃんが私の意に応えてくれていたこ
初体験
145
とに甘えてね…、なっちゃんに親の支えが必要だ…などと口実を設けてね…、
初めてなっちゃんと関係ができた時のことを思えば、それは世間的には、許
しがらみ
されないことだったことは、私自身よく自覚している…、今日までのなっち
ゃ ん と の 関 係 は、 私 に と っ て は 大 き な 笧 だ … も う そ の 笧 か ら 抜 け 出 な け れ ば
いけない…と思っている…、だから出来るだけ早く、なっちゃんの前から消
えるのが、私には一番相応しい選択だと思っているんだ…」
「 い や ッ …、 お 父 ち ゃ ん が 何 と 云 お う と、 私 は 絶 対 に い や ッ …、 い つ も お
父ちゃんと一緒に居たいの…、お父ちゃんが居ないと、私は気力が沸かない
のよ…お父ちゃん、お願いだから、奥さんと別れて、私のところへ来てヱ…、
こだわ
私はもう大人だから、歳の差が開いていても構わない筈よ、お父ちゃん…」
「お父ちゃんが拘っているのは、そういうことではないんだよ…、今までは
っきりと云わなかったけれど、私がなっちゃんと出逢った頃には、もう私の
側には妻は居なかったんだ…、娘の奈津子が不幸な死に方をして、私も妻も
狂ってしまったんだ…、私はパンツフェチになって、女子高生ばかりを漁る
146
初体験
ようになった…、妻は、男狂いを初めて、その内の誰かと駆け落ちして、判
を捺いた離婚届を残して出て行ってしまった…、私は妻を支えられなかった
罰として、離婚届に判を捺さなかった…、だが十五年も経てば、正式に届け
を出していなくても、法律上は離婚したも同じだ…、それでも、そうしなか
ったのは、私がなっちゃんと出逢ってから、四年間、なっちゃんが未成年だ
ったことに最後まで拘ったからなんだよ…、社会的には許されない不道徳を
行って、その償いをするといいながら、その不道徳の上塗りをして来たんだ
よ …、 そ れ は、 前 に も 話 し た と 思 う け ど、 な っ ち ゃ ん と の 関 係 が 切 れ た ら、
奈津子が永遠に私の記憶から消えて行ってしまう気がしたからなんだ…、そ
れは私には堪えられなかった…」
男は、これまで自分が抱え込んでいた心の中の笧を全て夏子に吐露した。
「お父ちゃん…、お父ちゃんは、奈津子さんの幻影と重ねて、私を見てくれ
ていたんだと思うけど、本当は、私はお父ちゃんの思っていたような女じゃ
初体験
147
あなかったわ、お父ちゃんと初めて出逢った時、私は丁度ぐれようとしてい
たの…、それで友達とあのブルセラショップに行ったのよ、私はその気はな
かったけど、友達は、
「パンツを売る」って云うから、好奇心で従いて行った
んだけど、あのショップでパンツ売ってたら、私も友達みたいにアダルトビ
デオのポルノ女優になってたと思うわ、そして、お父ちゃんが私に声を掛け
けがれ
てくれなかったら、今の私はなかった…、お父ちゃんが私に奈津子さんを被
せて、私を「穢ない」少女だと思ってくれたから、そして、あの高層ホテル
に連れて行って、パンツを買ってくれたから、それから成行きでセックスし
て、お父ちゃんが私の処女を奪ったと勘違いして、償いだと云って、お金を
くれたり、いろいろのものを買ってくれたりして、どんどん私との関係を深
めて、文化的なことや、精神的な価値の大切なことに関心を向けてくれたか
ら、私は本当にぐれなくて、悪い友達とは付き合わなくなって、一生懸命勉
強するようになって、今日まで来たんだわ…、私はお父ちゃんに救われたの
よ…、だから今お父ちゃんが云ったみたいに思うことはないわ…、そんな風
148
初体験
に思うのは間違いよ…、今では、私にはお父ちゃんはかけがえのない男、心
底愛しい人、お父ちゃんと別れるなんて、考えられないわ…、だから、子離
れ…だなんて云って、私から離れて行かないで…、寂しくて、私が色狂いし
ちゃうわ…、そんな私を見たくも想像したくもないでしょう…」
さいな
夏子は、男の気持を傷つけるようなあからさまな事実は告げずに、当たり
障 り な い 云 い 方 で、 自 分 が 男 の 思 っ て い る よ う な 女 で な い こ と を 暗 に 知 ら せ
ほだ
て、男が自分をひどく嘖むことを止めて、これまで通り出来るだけ側にいて
くれるように翻意させようとした。
されて、男の「子離れしよう」
泣いて側を離れぬようにと懇願する夏子に絆
とする決意は物の見事に潰え去った。それには、夏子の若い肉体と精気の魅
力が大きく与っていた。そして男は、その夜初めて夏子のレジデンスに泊っ
た。
*****
初体験
149
翌 年 三 月、 男 は 約 束 通 り 夏 子 を 白 金 台 三 丁 目 に あ る 豪 華 な 白 亜 の 館 に 連 れ
て行って、肝を抜かすほどのシュルプリーズを与えた。男は、その館を買っ
て夏子名義で登記していたのだった。
「こんな贅沢な土地付きの建物を受け取るいわれはないわ…」
と云って、夏子は、受け取るのを拒んだが、登記簿謄本を渡されて、そこ
に自分の名前が記載されているのを見て、抗う気力がなくなってしまった。
「これは私が夏子にしてあげられる最初で最後の大きな贈り物だ。贈与税も
含めて支払いは全部済ませてある、元の持ち主が使っていた時代物の家具調
度付きで買ってあるから、明日といわず今日からでも住めるが、大学の勤務
が 始 ま る ま で に、 今 の レ ジ デ ン ス を 引 き 払 っ て こ こ に 住 所 を 移 し て お け ば い
いよ … 」
夏子の戸惑いは無視して、男は、引っ越しを急ぐように云った。
150
初体験
「もおうッ…、お父ちゃんの独り善がりぃッ…、そんなお父ちゃん、嫌い〜
ッ… 」
悪気があってしているわけではないだけに、夏子は本気で腹を立てるに立
てられず、拗ねたような顔をして云った。
「嫌いでもいいよ、なっちゃん…、そうすればお父ちゃんは、心置きなくな
っちゃんから離れて行ける…、それで、これはなっちゃんに、丁度いい置き
土産 に な る … 」
男は、夏子が本気で嫌っているのでないことを見透かして、からかうよう
に微笑みながら云った。「離れて行ける…」という言葉が夏子を不安にした。
「お父ちゃん、私から離れて行きたくて、手切れ金のつもりでこんなとてつ
もない買い物をしてくれたのッ…」
夏子は涙声になって訊いた。
「手切れ金ではないよ、娘への精一杯の贈り物さ…、なっちゃんが娘の代わ
りに受けとるだけさ…、それはなっちゃんと私の男と女の関係の代償でもあ
初体験
151
る…、兎に角なっちゃんは私にとっては可愛い娘…、それに長い年月肉体関
係を続けてきただけに、それ以上に可愛くと愛しい…、だから私の力の及ぶ
限り、最大限のことをしてあげたいと思うんだよ…、それが私の嘘偽りのな
い気持だ…、子離れしなければ…と思うのもそういう気持ちの現れだ…、い
つまでも娘の心を縛って平気でいる親なんて居ないものさ…」
夏 子 に は、 男 が、 自 ら を ど ん ど ん 夏 子 か ら 遠 ざ け よ う と し て い る こ と が 感
じら れ た 。
「いやだッ、お父ちゃんと別れるなんて…いやだッ、こんな広い館に、お父
ちゃんも居なくて独り住むなんて、寂し過ぎるッ…、そんなこと、考えただ
けで辛くて、死にそうだわッ…」
夏子は、また男の首っ玉にしがみついて、泪をぼろぼろ男の首筋に流しな
がら 云 っ た 。
「 そ う は い っ て も、 私 は 一 年 の 半 分 は フ ィ ラ デ ル フ ィ ヤ の レ ジ デ ン ス に 住
んでるんだよ、なっちゃんも知っての通り、こちらに帰って来るのは月の内
152
初体験
一週間か十日だけだ…、だからなっちゃんに他に気が紛れることが出来たら、
もっと等閑になったところで、直ぐ慣れてしまうさ、他に好いた男でもでき
れば、もう私なんぞは、用無しになるに決ってるよ…、そんなこと今から気
を回して不安がっていないで、しっかり前向きに歩いて行きなさい…、今ま
では、お父ちゃん頼りにしてきたかも知れないが、これからは、頼るのは自
分自 身 の 力 だ よ … 」
男は、また夏子の気持を自分から切り離しにかかった。
「いやだわッ…、お父ちゃんが側にいない生活なんて、堪えられないわッ…、
例え月の内に一週間しか居なくても、必ず帰って来ると思えるから、辛抱し
て待って居られるのよ…、それが、もう会えない…と思わなければならない
となったら、息が詰まって死んでしまうわ、だからお父ちゃん、日本にいる
間は私とここに住んでぇ、約束してエッ…、約束してくれなけりゃア、私は
ここに移り住まないわ…」
夏子は、不安に駆られて震えながら駄々を捏ねた。
初体験
153
「しょうがないねえ…、じゃあなっちゃんの希望に沿うように約束する…、
職務の都合でどうなるか分からないけれど、少なくとも一週間は帰国してい
る筈だから、その間ここに居候させてもらおう…、それでいいかな、なっち
ゃん 」
男はそう云って、夏子を抱きかかえ、全身を撫で擦った。夏子は、不安が
完全に消えたわけではなかったが、男が約束したことは違えたことがないの
で、夏子は取り敢えずは妥協した。
「それじゃあ、お父ちゃんが日本にいる間に、引っ越して来よう…」
*****
そう行って、男の腕を取って、南麻布のレジデンスに戻り、翌日早速引っ
越し業者を手配して、電光石火の引っ越しをやってのけ、男との新居での生
活を 始 め た 。
154
初体験
こうして、夏子と男の関係は、ずるずると続いた。広い館で独りいる時は
なんぼ何でも寂しかろうし、
「物騒だ…」ということになって、男は、老夫婦
を雇って、館の管理をさせることにした。
夏子は、慶応大学の講師の他に、聖心女子大学とフェリス女学院の講師に
もなり、多忙になった。多忙になった分、精神的なストレスも溜り、苛々が
募ってくるとペニスフェチが頭を持ち上げ、
「お父ちゃんのおしゃぶり」が必
要になった。 不思議なことに、夏子はクンニをしてもらうよりも、
「おしゃ
ぶり」をしている方が気が落ち着いた。苛々が募っている時に、たまたま男
が側にいない時は、オナニーをして気を紛らわすのだが、おしゃぶりしてい
る時ほど気持も和まず、満足しなかった。かといって男漁りをすることもな
か っ た。 そ れ は、 嘗 て 経 験 し た レ イ プ で 受 け た 精 神 的 な ト ラ ウ マ に よ る 男 一
般に対する根本的な不信感から、
「お父ちゃん」以外の男は精神的に受け付け
初体験
155
られなかったからだった。
還暦を祝って、男は夏子を連れ
それから二年が経ち、男は還暦を迎えたせ。
いひつ
て北欧を旅した。夏なお寒いほど涼しく静謐なフィヨルド地帯では、男も夏
子も心を洗い清められ、心底自由で解放された気分になれた。フィヨルドの
旅は、男にとっては、娘奈津子への鎮魂の旅でもあった。
そ し て、 男 は、 こ れ を 契 機 に 今 度 こ そ 夏 子 か ら 遠 ざ か っ て 行 く 決 心 を 固 め
ていた。だが、実際には、夏子自身が離れて行ってくれない限り、それはな
かなか容易なことではなかった。帰国の回数を減らしたり、滞在日数を減ら
し た り し て、 二 人 の 間 が 自 然 に 広 が っ て 行 く の を 期 待 し た。 幸 い、 夏 子 は、
この頃から春休みや夏休みを利用して、母校ソルボンヌ大学で博士号取得コ
ースの研修を受けるようになった。それを利用して、男は、帰国滞在の回数
や 期 間 を 減 ら し て、 代 わ り に 夏 子 の 研 修 後 に ヨ ー ロ ッ パ を 一 緒 に 旅 す る こ と
で、夏子の不満を解消する方法をとった。
そんな旅をしながら、二年後には夏子の三十歳の誕生日を、またその二年
156
初体験
後には、夏子の博士号取得と助教授就任をそれぞれ祝った。
夏子が慶応大学文学部の助教授に就任した年に、夏子は東京工業大学でも
フランス文学の講座を持つことになった。それが、夏子と浩太郎の焼きぼっ
杭に火が点く切っ掛けになった。
浩太郎はMITの大学院で知り合って結婚したアンとはその後離婚してい
て、留学目的を達成して、日本に単身帰国してもとの古巣の東京工業大学に
舞い 戻 っ て い た 。
だが、その時浩太郎は既に四十歳になって、母校の航空宇宙工学科の教授
になり、研究一途の朴念仁になってセックスには極無関心になっていた。焼
きぼっ杭に火を着けたのは、夏子の方だった。
たまたま夏子が工大の講座を終えて実家に暫く振りに立ち寄った。夏子は、
元の自室に入る際に、何気なく覗いた部屋で浩太郎が昼寝をしていて、ペニ
スを了えらかしているのを目にした。その光景は、少女時代に習い覚えさせ
初体験
157
られた浩太郎のペニスのおしゃぶりを脳裏に蘇らせて、夏子は、自然に浩太
郎の側に座って、そのペニスを掴んで扱いていた。
「なんだ…、なっちゃんか…、随分久しぶりだねえ、昔のことが懐かしくな
った の か い … 」
目覚めた浩太郎は、そこに夏子を認めて、云った。
「そうよ…、たまたまこのお部屋を覗いたら、おにいちゃんのペニスが勃っ
てるのが目に入ったものだから、どう、きもちいいぃッ…」
夏子は浩太郎のペニスを扱きながら云った。
「おれも研究一途に過ごして、もう不惑の歳だよ…、もうこういうことに夢
中になれる歳でもないよ、なっちゃん…」
浩太郎は、さほど興味を示さずに云った。
「じゃあ、これでも興味ないかな…」
夏子は、トランクスからペニスを引き出して、上体を屈み込ませて鳫首を
口に銜えておしゃぶりを初めた。
158
初体験
「うっ…、」
浩太郎は低く呻いて顔を顰めた。
「おれも、セックスレスの生活が長いから、辛抱できなくてね…、もう行き
そう だ よ … 」
「いいよ、いっても…、私が全部呑んであげるから」
そう云って、夏子はディープスロートで、唇と歯を使ってペニスを扱いた。
「なっちゃんも、随分と達者になったなあ…、それもそのはずだよね…もう
あれから二十年だからね…、ああ、行く、行きそうだ…行くよ、行く、行くッ…」
浩太郎は、さして辛抱しようとはせずに、あっさり頂点に達して、爆発さ
せ た。 夏 子 は 顔 を 火 照 ら せ て 浩 太 郎 の ペ ニ ス を 扱 き 続 け て 残 り の 精 を 吸 い 尽
くして、鳫先を舐め清めて、柔らかくなったペニスをトランクスの中に仕舞
った 。
それが、二人の性愛関係の復活の切っ掛けだった。やがて、フェラやクンニ
だけでなく、コイタスも復活した。
初体験
159
丁度その頃、男と夏子の性愛は、休暇の時期を利用した旅先でのことが多
くなっていた。また、男は、特に根拠はなかったが、
「もう夏子を妊娠させる
こともあるまい」と思うようになって、「旅先で面倒…」ということもあって、
スキンは滅多に使わなくなっていた。
同じように、浩太郎とのセックスでも、夏子は滅多にスキンを使わなかっ
た。多分、夏子は、妊娠と「おにいちゃんとの結婚」を心の内のどこかで期
待していたのかも知れなかった。
それから二年経って、男との暑い南イタリアの旅から帰って、秋も深まる
頃、夏子は妊娠していることが分かった。
夏子がイタリアを経巡っている頃、浩太郎はアメリカで開かれた学会に出
席 し て い て、 夏 子 と の セ ッ ク ス は、 帰 国 後 に な っ て か ら だ っ た。 そ の た め、
160
初体験
夏子は、子供は、「男」の種なのではないかと疑っていた。
夏子の妊娠を知った浩太郎は、腹が大きくならない内に結婚することを決
めて、年の暮れに簡単な披露宴をした。
「おにいちゃんと出来ちゃった結婚」
夏子は、正月休みに帰国してきた男に、
をしたことを告げた。「おにいちゃん」とは、夏子がぐれる切っ掛けを作った
血縁のある身内だと聞かされていたので、夏子の選択を意外に思ったが、
「こ
れで夏子は私から自ずと離れて行く…」と、むしろ安堵して、妊娠と結婚を
祝っ た 。
その翌年の六月、夏子は日赤産院で女児を出産した。夏子の三十五歳のこ
とだった。子供の血液型は、
「AB」型だった。それは、浩太郎との間では生
な つ き
れる筈のない血液型だった。夏子はその児が奈津子さんの生まれ変わり」だ
と思った。そして、自分で奈津生と名付けた。
初体験
161
夏子は、日をおいて、浩太郎に一部始終を話して、生まれた児が「その男
の子供」だと云った。
「私を離縁してくれても良いわ…、独りで育てて行くから…、どっちみち、
二人が別れなくても、浩太郎さんは研究が忙しくて、子育てには加われない
でしょうから、結果は私独りで育てるしかないと思っているし…」
「天が夏子に代わってしっぺ返しをしたんだ…」
太郎は思った。
と 事 実 を 知 っ た 浩
とが
「なっちゃんに科はないし、ましてや生まれた児に何の罪もない…もとはと
いえば、おれがなっちゃんを玩んで放り出して、なっちゃんの気持を少しも
思い遣らなかったことに大元の原因があり、悪いのはおれだ…、だから、今更、
離縁の何のと云えた義理ではないと思う…、君が見通しているように、おれ
は子育てには十分協力してあげられないと思うけど、こんなおれでよかった
ら、結婚を解消しないでおくれ…」
162
初体験
浩太郎は生来の男気を出して云った。
「分かったわ…、気が変わって別れたくなったら、いつでも云ってェ…、私
はその覚悟はできているから…、この児は、神様が私を通して、
「お父ちゃん」
にお戻しになった、「奈津子さんの再来」だと思うわ…、折を見て、「おとう
ちゃん」に見せに行くつもりよ…、それでいいでしょう…」
夏子は男がどんなに喜ぶか…、その姿を想像しながら云った。
*****
スカイパー
十月に入って、夏子は、あの想い出のハイアットセンチュリー
ク ホテルで男に奈津生を見せた。男は、地上階ラウンジで夏子と奈津生を一
目見るなり、感極まって泪眼になった。それ以上みっともない醜態は曝せな
いと考え、男は、二人を例によって、最上階南側のスイートルームに連れて
初体験
163
上 が っ た。 男 は、 部 屋 に 入 る と、 椅 子 に 座 っ て ソ フ ァ ー の 二 人 に 対 座 し て、
しげしげと夏子の顔を見詰めて夏子を目で愛撫してから、乳母車の方に上体
を乗り出すようにして、穏やかな顔で奈津生を見詰めた。男は、AB型の血
液型以外に、どこかに自分か娘の奈津子に似たところがないか探した。全体
的に母親の香奈江似の奈津子が、唯一父親から受け継いだのは、細くて色の
薄い西洋人形のような縮れ毛だった。まだ生後四ヶ月ではっきりしたことは
云えないが、奈津生は全体に母親の夏子に似ているようだった。が、髪の毛
はカールしているものの奈津子ほどの縮れ毛ではなかった。ただ夏子は、純
日本形の直毛だから、カールが緩いにせよ縮れ毛は男から受け継いだのだ…
と思わざるを得なかった。やはり、絶対的な決め手は、AB型という血液型
だった。夏子が『おにいちゃん」と呼んでいる浩太郎は、絶対A型で、夏子
はAO型のため、二人の間の子ならばA型以外にあり得なかった。男は絶対
B型のため夏子との間では、五十パーセントの確立でAB型の子が生れると
分か っ た 。
164
初体験
その内に男は、もう一つ自分似の特徴を見付けた。それは外に向かってカ
ールした長い睫毛だった。奈津生は、夏子に似て、切れ長の目で内二重の瞼
を持っていたが、カールした睫毛があるため、アルパカに似た可愛い目をし
て い た。 男 の 目 は や は り 切 れ 長 だ っ た が 日 本 の 男 と し て は 長 い カ ー ル し た 睫
毛が特徴で、そのため眼差しが穏やかで優しげだった。
男がそんな特徴探しをしていると、夏子が『もう一つ確かなのがあるわ…」
と云 っ た 。
『左の腰の上の脇腹にお父ちゃんと同じような黒い大きな黒子があるわ…、
後で襁褓を取り換える時に見せてあげる…」
『そんなに幾つも似たところがあったら、夏子より私に良く似ているじゃあ
ないか…、これは、夏子の云うように、神様が奈津子の代わりに儂らに遣わ
してくださったのかも知れないなあ…」
男は、嬉しそうに目を細めながら、何かを話し掛けるように声を出して腕
や脚を頻りに動かしている奈津生を見詰めて云った。
初体験
165
奈津生は、お乳も寝も十分足りているのか、機嫌良く辺りを見回しながら、
始終身体を動かしていた。
『それにしてもこの歳になって、我が子を産んでもらえるなんて思いもよら
なかったなあ…、嬉しいやらありがたいやら、なっちゃんにはなんて云って
いいか分からないよ…、イタリアを旅していた時に、もう妊娠の気遣いはな
いだろうと思って、スキンを使わなかったのが原因だったようだな…、それ
にしても…、それにしても私にそんな力が残っていたなんて…、信じられな
い… 」
「 私 は、 あ の 時、 も し か し た ら お 父 ち ゃ ん の 子 供 を 産 め る か も 知 れ な い …
と思っていたわ…、焼きぼっ杭に火が点いたようなおにいちゃんとの関係は、
おにいちゃんが研究以外に関心がなくて、結婚して子供を産むようにはなら
ない…と思っていたから…、私はお父ちゃんの燃え残りの火に期待するしか
なか っ た の よ … 、
人生いろいろあったけど、やっぱり、女だから、一人ぐらい子供は産みた
166
初体験
い と 思 っ て た し …、 お 父 ち ゃ ん の ペ ニ ス の お し ゃ ぶ り を 続 け て い た 甲 斐 が あ
った わ … 」
「あっはっはっはあ…、相変わらずなっちゃんらしい考え方だなあ…」
男 は、 あ の 当 時、 今 ど き の 女 子 高 生 の 考 え 方 … と 思 っ て い た 夏 子 の 考 え 方
が二十年近くたって、今も変わっていないのが不思議で、そこに世代の交代
を決定的に見る思いがした。
『奈津生を抱いてみてもいいかな…」
男は恐る恐る夏子に訊いた。
もちろんいいわよ…お父ちゃんの子だしぃ…」
夏子が立ち上がろうとすると、奈津生が何やらぐずりはじめた。
『あら、オムツが汚れてるんだわ…、換えてあげなきゃア…、そうだ、お父
ちゃん、奈津生のオムツ換えてご覧になるう〜ッ』
夏子は奥のベッドの掛け具を剥いで、防水シーツを敷いてから、その上に
初体験
167
奈津生を寝かせて、後を男に任せた。
男は遠い昔の奈津子のオムツ交換の時のことを思い出しながら赤ん坊の世
話をしようとしたが、なかなか当時のように要領良く出来なかった。当時は、
手拭いの生地で何枚ものオムツを作って洗い替えしていたが、今はパンパー
スとかいう使い捨ての紙オムツが市販されていて、それを着けた後はオムツ
カバーで留めるだけで済んだ。
オムツカバーを外して、汚れた紙オムツを取り去り、お尻の回りをぬるま
湯で絞ったタオルで拭いたり、カブレを抑えるパウダーをはたき塗りしたり
する手順は昔と変わらなかったが、し慣れていないとそれほど簡単ではなか
った。パフにパウダーを含ませて、奈津生の小粒の蛤みたいな白くて可愛ら
しいむき身の性器をパフで叩いて、おむつを穿かせようと、脇に目を移した
刹那、パフでクリが刺激されたためか、奈津生がピュッ、ピュッ、ピュッと
噴水を上げ、それが男の頬にかかった。男は、夏子の時と同じように、慌て
てそれを口で受け直し、残りを全部呑み取った。
168
初体験
『アはっはっはっはっはあ〜ッ』
むつき
夏子は手を叩いて、喜んだ、男は、跋の悪い思いをしながら、赤ん坊の白
い蛤を舐め回し、もう一度ぬるま湯で絞ったタオルで清拭して、パフを叩き
直して、ようやく襁褓を穿かせてカバーでしっかり留めて作業を終わり、げ
んなりしてソファーに座り込んだ。
『 奈 津 子 の 時 に は 何 で も な い こ と と 思 っ て い た が、 い や は や、 ど う し て な
かなか、オムツ一つ取り換えるのも楽じゃあないなあ…、うんちでもしてた
ら、もっと大変だ…、なっちゃん、通いのベビーシッターを雇ってあげよう…、
保育園に預けられるようになる二、
三歳になる頃までは、育児と仕事の両立は
難し い だ ろ う … 」
男は、現実の流れの中で、夏子から離れて行くことがまた難しくなったこ
とを 覚 っ た 。
初体験
169
むつき
夏 子 は、 襁 褓 を 取 り 換 え て も ら っ て 機 嫌 良 く な っ て 手 脚 を ば た つ か せ て い
る奈津生を抱き上げて、男に寄り添って座り、
『お父ちゃんでちゅよ〜ッ』と
云って、奈津生の唇を男の頬に押し付けた。その後自分も男に寄り掛かるよ
うに身を乗り出して男の首筋に長い接吻をしてから、奈津生を右腕に抱え直
して、胸元を広げ、乳房を引き出して奈津生の口に含ませた。
奈津生が乳を呑みはじめると、夏子は更に身体を男の身体に伸し掛け、夏
子の左手は自然に男のペニスを掴んで擦っていた。
二人の娘の体の重みを半身に受け止めて、男はしっかりと支えていた。
男は、古希を迎えたら、完全に夏子から離れて、残りの資産の大半を処分
して、フロリダの養老院に入って、余生をのんびり過ごそうと算段していた。
だが、「現実は、道義的にそれを許さない…」と男は思った。
『奈津生が一人前に成長するまでは、まだまだ引退など考えてはいられない
170
初体験
な… 」
男は夏子の腰を引き寄せて、頭の中で呟いた。
***** 了
初体験
171
エピ ロ ー グ
初めは、夏子との離縁を望まなかった浩太郎だったが、事実上結婚生活を
維持する根拠がなく、また「夏子に本当に必要なのは自分ではない…」と覚り、
浩太郎は、二年後に夏子と離縁して、アメリカ航空宇宙局のケネディ宇宙飛
行センターの技術系職員として招聘されて、アメリカに渡った。
『男』は、引き続き自社の筆頭株主として、取締相談役としての地位
一 方 、
を維持し、アメリカ フィラデルフィアを拠点に、月に一度出張帰国して、夏
子のレジデンスで、夏子と奈津生との逢瀬を楽しんだ。
夏子は、奈津生の出産から二年後に大学に復職して、自分の専門の講座を
172
初体験
四 つ の 大 学 で 担 当 し、 そ れ 以 外 は 専 ら『 サ ガ ン 論 』 の 研 究 に 精 力 を 注 い だ。
夏 子 の 講 義 は、 サ ガ ン の 作 品 を 原 文 で 読 講 し な が ら サ ガ ン の 思 想 を 判 り や す
く解説するスタイルを取り、またサガンの作品の新訳も行って、女子学生に
は特に人気が高かった。
また、男は、奈津生が生まれたことによって、フロリダの養老院に入って
のんびりと過ごす…、という自分の晩年の人生設計を変更することを余儀な
く さ れ た。 そ し て、 成 長 す る に つ れ て 夏 子 に も 奈 津 子 に も 似 て く る 奈 津 生 を
奈津子の生まれ変わりだと信じて、よき父親であり続けようとした。
そして、事業の方では、取締相談役と言う地位からも下りて、経営の実権を
後進に譲り、自らは単なる一大株主に退いた。
夏子は、浩太郎と離婚したことによって、夏子自身と奈津生を一旦元の相
良 姓 に 戻 し、 そ の 後 離 婚 届 に 判 を 捺 し た な り 家 を 出 て 行 方 し れ ず に な っ た 妻
との法律的な婚姻関係の解消を確定した男と形式的な祝言を挙げて、男、大
初体験
173
善寺颯太の戸籍に入籍した。その時初めて、すでに老境に入った父親の仙太
と母親の知沙は、孫娘の奈津生の本当の父親が誰かを知り、夏子からこれま
での自分たちより歳嵩の男との関係の長い年月の一部始終を初めて知らされ
て云うべき言葉を失ったが、その二人の奇異な出会いによって夏子が身を持
ち崩さずに済み、知的にも経済的にも多大の後ろ楯を得て、学究として押し
も押されもしない自立した女に成長していることで、
「世の仲」の人生におい
て果たす役割の摩訶不思議さが理解できないでいた。
フィラデルフィアのレジデンスを
一方、事業の関係で身軽になった男は、
おやこ
引き払って日本に永住帰国し、夏子たち母娘の元に落ち付いた。
日常生活で娘との接触時間が長くなった男は、奈津生を目に入れてもいた
くないと云わんばかりの可愛がり様をし、風呂は、夏子と三人で入ることを
好んだ。日常の家族への接し方は鷹揚だったが、男が古希を迎えた年に奈津
生が学齢前期の三歳になると、教育に厳格な注文を付け始めた。男の頭の中
174
初体験
には 、
『奈津生に奈津子のような不幸な目に二度と合わせないように万全を期
すること』以外になにもなかった。些かでも『悪い虫』が取り憑かないよう
に…と、慶応幼稚舎付属幼稚園に入れると、中学までは慶応幼稚舎での通し
教 育 を 受 け さ せ、 高 校 か ら は 聖 心 女 子 大 学 の 付 属 高 校 に 入 れ て 通 し の お 嬢 様
教育を施し、養育係を雇って、通学の送迎や外出のお供をさせ、携帯電話は
持たせず、俗悪なテレビ番組や少女雑誌を見ることを禁じ、コンピュータ利
用によるインターネットの出会い系サイトなど『不良』サイトへのアクセス
を禁じるように養育係に指示したりもした。
だが、男は唯単に監視の目を強め、禁止事項を設けてがんじがらめに奈津
生を縛りつけたわけではなかった。奈津生が三歳になると、ピアノとヴァイ
オリンを習わせ、始終絵画や演劇などに触れさせて豊かな感性を磨かせ、自
らの選択眼を養わせて、『奈津生自身を傷つけ、破滅させるような不良・悪徳
な要素から、自ずと遠ざかるように仕向けたのだった。
そ の 徹 底 ぶ り に、 男 が 娘 の 奈 津 子 の 不 幸 な 死 に よ っ て 如 何 に 深 く 傷 付 い た
初体験
175
か、十分伺い知ることが出来た。
姫に育っ
たおやひめ
そんな男の心配をよそに、奈津生はすくすくと朗らかで色白の嫋
てい っ た 。
男のパンツフェチは、奈津生が生れると、表には現われなくなった。しか
し、夏子との関係では、依然として男はパンツフェチだった。閨の褥の中では、
男は相変わらず夏子の汚れたパンツにしゃぶりつき、その匂いに酔い痴れる
の だ っ た。 そ ん な 男 の 性 癖 を 夏 子 は 嫌 が ら な い ど こ ろ か む し ろ 喜 ん で い る よ
よすが
うだった。歳とともに性欲が衰えてきている「お父ちゃん」が唯一春を呼び
戻せる縁なのだ…と、夏子が理解しているからだった。
一方、夏子のペニスフェチも依然として続いた。おしゃぶりは、夏子の唯
一つのストレス解消法だった。コイタスよりよほど精力を使わずに夏子が幸
176
初体験
せで居られるので、それは男にも都合が良かった。
そのようにして、夏子との関係は、最初の出逢いからずっと決められてい
るかのように、男が九十五歳で大往生するまで睦まじく続いた。
*****
初体験
177
了
初体験
178
逆ナンパ 逆ナンパ
1
「さて、することはし終えたし、これから半日、どうやって時間を過ごす
かな … 」
男は、特に当てもなく道玄坂を下って、渋谷ハチ公口に面するスクラン
ブル交差点までやってきて、向い側の交番前のスクエアを見やりながら口
の中 で 呟 い た 。
渋谷駅周辺の地形が、幾つかある丘の構成する底辺部の狭い盆地状の窪
地ということもあり、また、地権者が殆ど一定しているゆえにか、この辺
りの道路や土地の区画、建物の構成など、終戦直後の昔から殆ど変わって
いない。違っているのは、目まぐるしく変わる風俗やファッションの作り
出す表装だけといっても過言ではない。そして、
昔から最も変わらないのが、
この街が「若者の街」だということである。殊に、日本全国に冠たる忠犬
ハチ公の銅像があることで、ここは名にしおう「待ち合わせの場所」にも
なっている。それは、老若男女、ありとあらゆる風体、出で立ちをした人
また人の雑踏する場所であるにもかかわらず…、そうなのである。それは、
2
逆ナンパ
そのような道路や建物、ハチ公像や派出所など、主要なキーポイントが不
動に配置されていて、極めて分かり易いためであろう。
そんなことを考えながら、男は、道玄坂下のスクランブル交差点の端で
暫し周囲の人の動きを観察した。若者の街ゆえにファッションの街であり、
良きにつけ悪しきにつけ「人材ハンティング」の街であり、
同時に「ナンパ」
の 街 で も あ る。 こ の 街 で ハ ン テ ィ ン グ さ れ て テ レ ビ タ レ ン ト や 女 優 の 卵 に
なった者も多くを数える一方で、アダルトビデオの「本番女優」の道に引
きずり込まれた少女や主婦たちも少なくない。
この街は、また、女子中学生や女子高生が「変身」するのに都合の良い
街 で も あ る。 ブ ル セ ラ シ ョ ッ プ で 彼 女 た ち が パ ン ツ や セ ー ラ ー 服 を 売 り は
じめたのもこの街だったし、援助交際と称する「密かな売春行為」を始め
たのもこの街だった。 見るともなしに見ていると、ファッショナブルに身をやつした「今どき
逆ナンパ
3
のイケメン風」の若者等がグループでこれまたファッショナブルに自身の
「性的魅力」をアッピールしている若い女達を取り囲んで、
人当たり良く「勧
誘」あるいは「口説き」に余念のない風景が目に入る。そのような勧誘行為は、
白昼大きな派出所の真向かいで堂々と行われているから、誘う方にも誘わ
れる方にも「安心」なのである。
「男女交際」は、ご法度ないしは「軟派
男が青少年期を送った時代には、
の不良のすること」というのが社会通念だった。だが半世紀を経て時代が
変わり、性の開放と自由化が進み、今や嘗ての非常識が常識になり、青少
年たちはあからさまにそれを行い、
「悪」とは認めない。
や ま の う ち なりつら
之内斉行と云う。如何にも厳めしい名前だが、事実今に存続す
男 は、 山
る厳めしい家柄の出だ。男は、今の時代に役にも立たないそんな厳めしい
家柄などは、青年期に捨て去り、専ら欧米との取引を行う事業で長い外国
生 活 を 送 り、 古 希 を 迎 え て 今 や 酸 い も 甘 い も 噛 み 分 け る 好 々 爺 然 と し た 風
4
逆ナンパ
こいき
体ながら、洋風に洗練されたお洒落で小粋に「老後」を楽しんでいる。古
希を迎えたとは云え、斉行は今なお少年のような純真な心と、青年のよう
な前向きで活力のある生活習慣を維持している。
と、 温 和 な 微 笑 み を 浮 か べ て 交 差 点 周 辺 を 往 来 す る 人 波 を 眺 め て い る
なりつら
斉行の側に歳の頃三十路に掛かったぐらいのまだ若い女が近付いて来た。
「……あ、あの〜、どこかへお急ぎでなかったら、お付き合い願えません
か… 」
女は、少し言い淀んで、跋の悪そうな上目遣いの顔付きで斉行に云った。
「………」
斉行は、一瞬真顔になり、黙って女の目を見詰めた。その女は、胸元に
レースの花柄を縫い込んであるベージュのワンピースに同じ地の細い腰ひ
もを前で蝶に結んで、皮の把手の付いた花柄の模様の布製のバッグを腕に
逆ナンパ
5
抱えて下げ、如何にも清楚でどこか可愛げな感じの女だった。
なりつら
行は、嘗て、書店や街角で、近付いて来た女に「私を買って頂けませ
斉
んか…」とあからさまに声を掛けられた経験が何度かあった。それは、そ
のような自由売春もまだ取締の対象になっていた頃のことだった。斉行は
つつもたせ
おとりそうさ
当然言下に断ったが、その何れの場合も、近くに男がそれとなく立っていて、
こちらの様子を窺っているかに見えた。斉行は、それが美人局か、囮捜査
の何れかだと思った。一度などは、斉行より身体が大きく、肩幅胸幅とも
がっちりして、どう見ても春を売るような女に見えず、明らかに囮捜査…
だと直感したこともあった。
「そんなんじゃあありませんわ…、私は、普通の主婦で、待ち合わせの相
手が来なかったもんですから…、空いた時間をご一緒して頂けないかと…、
思っているだけですわ…」
6
逆ナンパ
女は、斉行の考えていることを読んだかのように云った。
斉行は、その言訳は嘘だ…と直感した。当今は、殆ど皆が携帯電話を持
っていて、即座に居所を確認し合えるはずだからだ。
斉行は、その女の申し出が、最近主婦たちの間で流行っていると云われる、
成人版の援助交際を求める、「逆ナンパ」だと確信した。
つつもたせ
「そっちの方はもう殆ど用済になっているが、見た所美人局ではなさそう
だし、死ぬまでに一度こんな経験をして見るのも悪くはないか…」
斉行は、なおもその女の目を見詰めながら、考えていた。女は、ふくよ
かで穏やかな面立ちの、斉行好みの美人だった。
「そうですねえ…、実は私も時間のつぶし方を考えていたところだったん
ですよ…、私のような年寄で良かったら、お付き合いしますよ…」
斉行は、少し気後れしながら云った。
逆ナンパ
7
「わあっ、良かった…、ここに立って長いこと迷ってたんですけど、貴方
を見て、絶対悪い人じゃあないと思ったから、声を掛けたんです…」
女は飛び付くようにして、斉行の腕に取り付いた。その動作が妙に少女
っぽく見えて、初々しくさえ感じた。
「ああ、そうか、この人の世代は、世に聞くブルセラ世代だったんだ…、
だから成人して主婦になってからも、
「援助交際」に全く抵抗感を持ってい
ない ん だ な … 」
斉行は、思い当たって納得した。
「それで、何に付き合いましょうか…」
斉行は、分り切ったことをわざわざ訊いた。
「え っ … … 」
女が斉行の意外な反応に驚いて黙り込んだ。
8
逆ナンパ
「ああ、そうか…、分り切ってることだから、訊くことはなかったか、し
かし、こっちは用済の男だし、見ず知らずの女をいきなりホテルに連れ込
む…なんて、考え付けないからなあ…」
斉行は、話の接ぎ穂をどうするか…、考えを巡らした。
「どうです…、何か洋物で面白そうなのをやってたら、最初に映画を一緒
に観ませんか…、それから…」
「そ れ か ら ア … 」
「それから、ディナーをご一緒しませんか…、道玄坂に小さいけどなかな
しょうしゃ
か瀟洒で旨い料理とワインを出すヌーヴェル フォアというフレンチレスト
ランがあるので、ご馳走しますよ…、どうですか…」
「で も 〜 … 」
女は、また言い淀んだ。
「でも、何ですウ…」
「私、それ以上には遅くなれませんわ…」
逆ナンパ
9
「もちろんディナーが終わったらお家に帰っていただいて結構ですよ」
「えっ…、それだけ…ですかア…」
「それだけじゃあ不足ですかア…」
「不足…と云うかア…、私の方はそれでも構いませんけどオ…、
」
女は、丁度ブルセラ世代辺りから若い女達の間で使われはじめた、語尾
をやたらに伸ばして撥ね上げる口調で話した。
「だったら、それで決りだ…、さあ、ここでぐずぐず手間取っても意味が
ない…、面白そうな映画をやっているシアターを探しましょう…」
斉行は、そう云って、さっさと歩き出した。
「アッ、ちょっと、貴方、お待ちになってエ…」
4
- :最後の戦場」だった。緊張感と残虐
女は咄嗟に斉行に反応できずに二、三歩遅れて、驕慢な声を上げて後を追
い、また斉行の腕に取り縋った。
男が選んだ映画は、「ランボー
10
逆ナンパ
行為が連続するハードボイルドだったが、印象はさほどのものではなかっ
た。斉行が字幕を追わずに観ているらしいと分って、女は男が相当英語に
達者のように感じられ、内に何かを秘めているらしくて、
「頼もしい…」と
思っ た 。
「ヌーヴェル フォア」では、確かに料理もワインも美味かっ
レストラン
た。斉行は、最上級の辛口ワインとアペリティフを選んだ。女は、初めて
やまのうちなりつら
そんな美味いワインを呑んで、何杯もお代わりをして、すっかり酔いが回
った よ う だ っ た 。
斉 行 は、 そ の レ ス ト ラ ン で 初 め て 自 分 の 名 を「山 之 内 斉 行 」 と 名 乗 り、
女の名前を訊いた。女は、「さやか」…とだけ答え、
「うふっ…随分と古め
かし名前の人だこと…」と内心思った。
「そうか、後腐れのないようにしたいのか…」
斉 行 は、 そ れ が「 援 助 交 際 」 の 中 の 一 幕 だ と い う こ と を 念 頭 か ら 外 し て
逆ナンパ
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いたことを思い返して、改めて納得した。
さやかは、ワインの美味さだけでなく、斉行の話にも酔った。その豊か
な人生経験から出て来る豊富な話題と、その語り口や内容の面白さは、さ
やかの一度も経験したことのないことだった。
さ や か は、 結 婚 以 来 夫 に 感 じ て い た 不 満 が 益 々 大 き く な る の を 感 じ た。
彼我の差を推し量ると、年齢差や人生経験の差を割り引いても、夫の人と
なりの薄っぺらさがいや増しに強く感じられた。そして、目の前で陽気に
さまざまな教訓に満ちた実話を話す山之内斉行と名乗った年寄に「人とし
て」魅かれはじめた。
「楽しかった…、孫を恋人にしたような気分だよ…、できたら、また会え
ない か な … 」
八時近くなって、斉行は話を打ち切って、云った。
12
逆ナンパ
「… … … 」
それで、エッチがないのだ…と判って、さやかは、戸惑って、黙り込んだ。
「また、会いたいんだけど、だめかねえ…」
斉行は、繰り返して云った。
「携帯ならお教えしてもいいわ…」
さやかが、渋々答えた。
「携帯は、現役の時には重宝したけどねえ…、引退してからは、殆ど用無
しだから、持たないことにしたんだよ…、もし会えるんだったら、今日と
いっとき
同じところで、一週間後の今日と同じ時刻に来てもらえないかな…、その
時間に来てもらえてなかったら、それはそれで一刻の袖すり合う関係で終
わったと思えばいいだけだから…」
斉行は、それだけ云うと、確認も取らずに、会計を済ませ、さやかを促
してレストランを後にした。
「渋谷駅前でタクシーを拾おう…」
逆ナンパ
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そう云って歩き出したが、さやかの足下がおぼつかないのを見て、男は、
思いの外しっかりした力強さでさやかの腕を支えて、エスコートした。
「ちょっとここで待っててくれないか…」
「寸志」と書いた包みを買って中に
男 は 途 中 コ ン ビ ニ に 入 っ て 行 っ て、
二万円を入れ、出て来てさやかに渡した。さやかは、いくら入っているの
か知らなかったが、「エッチなし」でお金を貰ったりして、何だか悪い気が
した 。
男は、渋谷駅前でタクシーを拾うと、さやかを先に乗せ、一緒に乗って
しんせん
神泉まで行って降り、さやかに行き先をドライバーに告げさせて、代金の
概算を訊き、二万円をさやかに渡して「それで料金を払って、釣銭は取っ
ておきなさい…」と云って、手を振ってさやかを見送った。
*****
14
逆ナンパ
次の日、さやかは、「逆ナンパ」の仕方を教えてくれた友達のミチルに電
話して、前日の一部始終を話した。
ついで
「ミチルウッ、ねえ、ねえ、聞いてッ…、私ねえ、昨日、とうとう逆ナン
パし ち ゃ っ た ア … 」
「へえ〜…ッ、話しの序に勧めたけど、さやかがするとは思わなかった…、
それでどうだったの…」
「それがねえ…、…、…、…、…」
さやかは、昨日の一部始終をミチルに話した。
「エッチなしだったけど楽しかった…、
その人ったら、「孫と恋をしてるみたいで楽しかったから、また会えない
か…」、だって…、そして、私に気を遣ってくれたのか、寸志って書いた包
逆ナンパ
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みに二万円入れて渡してくれて、おまけに、おつりは取っておきなさいって、
タクシー代に二万円渡してくれたのよオ…」
「へえ〜ッ、それじゃあぼろ儲けじゃん…」
「…ッでしょお〜、私、なんだか悪いことしたみたいで、気が引けちゃっ
たア … 」
「そんな風に思うことないよ…さや…、どうせお金の使い道のなくなった
年寄なんだから…、使い道を見付けて喜んでるんだよ…、どんどん使わせ
てあげたらいいんだよ」
「ミチルって、薄情で現金なのねッ…、私そんな風に思えなくってえ、ま
た来週同じところで会いたいって…、云ってたけど…、どうしようか迷っ
てる の … 」
「何云ってるのお〜ッ、チャンスじゃ〜ん、カモネギだよッ………、
「据
膳食わぬは女の恥」って思えばいいんだよオ…、腕にしがみついてぷりぷ
りッとしたおっぱいかなんか圧し着けてやったら、じいさん舞い上がっち
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逆ナンパ
ゃって、何でも買ってくれそうだよ…、迷うことないよ、会いに行きなさ
いよ…、エッチだってどうせ何にもできやしないんだからあ…、さやかの
身体擦ったり舐ったりして、ふにゃふにゃのペニス出して、フェラしてく
れって云うくらいが関の山だから…、我慢できないくらい嫌じゃあなかっ
たら、したいようにさせてあげて、ついでに自分も楽しんだらいいんだよ…、
それで高級キャバレーのホステスや倶楽部ママ、一流タレント並の高いお
手当もらって、末は安泰じゃん、そんなぼろいチャンス逃す手ないよ…」
「ミチルって、怖いッ…、私そんな風に思えないわッ」
「だったら、うだつが上がらずにいつリストラされるか判らず、別居同然
でエッチだって殆どしてもらえない亭主抱えて、ブーたら不平云いながら
女を埋もれさせてればいいよ、そんなラッキーなチャンスなんて二度とな
いかもよ、チャンスは逃したらもうないって思いなさい…、じゃあねえ…」
ミチルは、さやかの「贅沢な」悩みにぷりぷりしながら一方的に電話を
切っ た 。
逆ナンパ
17
*****
さやかは、一週間悩み続けた。が、結局あのレストランでの楽しいひと
時が忘れられなくて、約束の場所に行くことにした。
マンネリ主婦の悲しさで、他に他所行きの衣装なんてなかったので、前
と同じワンピースの外出着を着ていくことにした。ただ、汗と体臭が染み
ついているのは嫌われると思って、香水を振り掛けていくことにした。香
水 と い っ て も、 昼 間 か ら シ ャ ネ ル 五 番 や ミ ツ コ の よ う な 濃 厚 な 匂 い の 香 水
では場違いだ…と思い、持っている香水の中で一番無難なシャネルローズ
に し た。 そ れ に、 十 回 目 の 結 婚 記 念 日 に 夫 に 無 理 に せ が ん で 買 わ せ た ベ ー
ジュのパシュミナストールを首に一捲きして後に垂らし、アクセントにし
た。 そ れ は 、 さ や か に と っ て 唯 一 の 贅 沢 で フ ァ ッ シ ョ ナ ブ ル な 衣 装 小 物 だ
った 。
18
逆ナンパ
渋谷のハチ公前の大スクランブル交差点は、いつものように行き交う人
の雑踏でごった返していた。いつもは無感情でその人波を観るともなく眺
めていただけだったが、今日はデートだと思うと、なにやら気が浮き浮き
して、さやかにはその人波も楽しげに見えた。
「やア…、待たせたかな…」
背後で聞き覚えの声がした。
「… … … 」
さやかは、急になにやら切なくなって胸が詰まり、黙って後を振り向い
てにっと微笑んで見せたが、どことなく硬い表情をしたようだった。
「どうしたんだね、そんな浮かない顔をして…、
でも、来てくれたんだね…、嬉しいよ…、
そ れ で は、 君 の 浮 か な い 気 持 が 晴 れ る よ う に 精 一 杯 楽 し い デ ー ト の ひ と
逆ナンパ
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時を過ごすとしようか…」
斉行はそう云って、さやかを促して交差点を渡り出した。
「ところで、君はお芝居などを観るのは好きかね…」
斉 行 は、 交 差 点 を 渡 り 切 る と 派 出 所 前 で 立 ち 止 ま っ て さ や か の 方 に 振 り
向 い て、 訊 い た。 さ や か は、 結 婚 以 来 専 ら テ レ ビ 文 化 に 首 ま で 浸 か っ て、
芝居を観るなどは絶えてなかった。そんな偏った受け身の生活を送ってき
たことに気付かされて、さやかは惨めな気持になって、暗い表情で首を横
に振 っ た 。
「テレビばかり見てないで偶には生のお芝居を観るのも良いもんだよ」
さやかは、男に自分の自堕落な日常の図星を突かれたような気がした。
「好きでなくても、続けて観ている内に劇場の雰囲気にも慣れて、好きに
なるもんだよ…、テレビと違って観劇は三次元だからね、役者との一体感
もあって、受ける迫力が違うんだ…、試しに今日は君を芝居見物に案内し
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逆ナンパ
よう … 」
ーに
斉行は、そう付け加えて云い、東急の一角にあるチケットビューだロ
しもの
行 っ て、 い ろ い ろ と 置 い て あ る パ ン フ レ ッ ト で そ れ ぞ れ の 劇 場 の 演 技 物 を
調べ、結局一番いい席の空いていた歌舞伎座を選んだ。
五郎に加えて、吉右衛門と歌右衛門
歌 舞 伎 座 は、 お な じ み の 団 十 郎 と 菊
なるかみ しばらく
を加えた定期特別公演で、十八番の鳴神や 暫 などの他、藤娘などの舞踊劇
も観られるとあって、肩が凝らないだろうと思ったからだった。
だしもの
歌舞伎座は、さやかが今の夫と恋仲だった頃に、はとバスの東京観光の
コースに入っていた一幕観劇で観たことがある以外には馴染みがなく、今
度初めて本式の演技物を全部観て、さやかはその印象が全く違うと思った。
かんこう
公」
、「義経千本桜」
「うん、今日のような舞踊劇ではなくて、「忠臣蔵」や「菅
や「 弁 慶 」 な ど の 通 し 狂 言 の 芝 居 を 観 る と ま た も っ と 違 う 印 象 を 受 け る と
思う よ … 」
逆ナンパ
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斉行は、さやかの言葉に応えて説明した。
「今日は多少遅くなってもいいのかな…」
昼の公演を見て、歌舞伎座を出ると、斉行がさやかに訊いた。
「今日はエッチがあるのかな…」
さやかはちょっと緊張して思った。
「私も、達也とは長いことセックスレスの生活で、私の女はいつも濡れ濡
れで欲しがってるから、エッチがあってもいいかな…、どんなことになる
はにか
のか…付き合って見なけりゃ始まらないしぃ…」
そう思って、さやかは、含羞んだような上目遣いで斉行の顔を見て、首
を縦 に 振 っ た 。
「よしっ…、それじゃあ今日は少しゴージャスなディナーにして、後は成
行き任せにしよう…」
22
逆ナンパ
なりつら
「お台場」
斉行はそういうと、タクシーにさやかを押し込んで乗り込み、
に行くようにドライバーに指示した。
お台場に入ると斉行はハイアットセンチュリーホテルを指定して、車寄
せに着くと、料金を払ってから悠然と降り立って、さやかの手を引いて降
り立たせると、その腰に腕を回して、出迎えたお仕着せのサーバントに従
って、中に入った。その振舞いは、斉行の現役ばりばり時代の姿そのまま
だっ た 。
さやかは、時たまテレビで観る、アカデミー賞かなんかの授賞式会場で、
ナイスガイにエスコートされて車を降り立つセレブな女優にでもなったよ
うな気分になって、その日の第二幕が開いた。
中に入ると、斉行は、さやかをラウンジに待たせて、チェックインカウ
ンターに行って部屋を予約し、同時にラウンドビュー レストランのボック
ス席 も 予 約 し た 。
逆ナンパ
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「ここは最近できたばかりでぼくも初めてなんだが、百五十二階の回転レ
ストランが評判がいいらしい…」
斉行は、さやかの斜め前のチェアーに座って、ウエートレスにコーヒー
二 杯 を 注 文 し て、 物 珍 し げ に 辺 り を 見 回 し て 気 も そ ぞ ろ な さ や か に 向 か っ
て話 し は じ め た 。
斉行は、外国生活の習慣で、殊に女をエスコートする時は、相手に注意
を集中して気を逸らすことをしなかった。絶えず話題を変えながら、相手
の注意を惹き付けるようにするため、さやかは自分がいつも男に気に掛け
てもらっているのを実感した。そんなことは、
恋人時代の極一時期を除いて、
今の夫との間では殆どなかった。ただ一つ残念なことは、相手をしてくれ
る斉行が、夫の達也ほどの若さもなく、恋しさで我を忘れる…と云うよう
なことが先行き望めそうもないことだった。
24
逆ナンパ
「まだ少し早いから、アペリティフでも呑もうかね…」
コーヒーを飲み終わると、斉行は、そう云ってさやかをカウンターバー
に誘 っ た 。
バーの止り木に腰掛けると、斉行は、カクテルを注文した。バーテンは
女性だった。バーテンが灰皿を差し出すと、斉行は、「吸わないから要らな
い…」と云って下げさせた。
「確実に身体に悪いことが判っているからね…、煙草は吸わないし、吸っ
たこ と も な い … 」
斉行はそうさやかに説明した。
二人の前に、細長いカクテルグラスに入った、ピンク色のカクテルが差
し出された。そのカクテルはピンクレディというのだとか…、底にサクラ
ンボの実が沈んでいて、甘い香りと味がした。
逆ナンパ
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「 カ ク テ ル は ね、 酒 と 他 の も の と の 組 合 せ で そ の 味 わ い を 楽 し ん で 呑 む も
のなんだよ…、私も昔はいろいろとカクテルを楽しんだが、今では誰かを
エスコートする時に、こうしてアペリティフに呑む以外は、ほとんど呑む
ことがなくなったがね…、どうだね、このカクテルの味は…、気に入った
かね…、口当たりのよいものが多いから、つい呑み過ごしてしまいがちだが、
色んな種類の酒をチャンポンにして飲むからね、呑み過ぎると悪酔いする
ので注意が必要なんだ…」
さやかは、アルコールの作用でうっとりとなって、斉行の講釈を聞いて
いた 。
百五十二階の展望レストランから眺める景色もまたさやかをうっとりさ
せるに十分だった。暮れなずむ東京湾が夜霧に煙り、房総半島や、遠く大
島の町や村の人工の光が点滅し、かろうじて朧げに空と海との堺を知らせ
るようなシルエットを描き出していた。
26
逆ナンパ
さやかは、初めて見るその墨絵のようなパノラマを見ていて、斉行のエ
スコートを受けてそこにいることを忘れた。
「このレストランでも美味いワインを出すようだが、飲むかね…」
斉行がさやかに訊いた。
「は ア ッ … 」
さ や か が 我 に 返 っ て 一 瞬 自 分 が 何 処 に 居 る の か つ か め ず、 呆 け た よ う な
顔をして声のする方に顔を向けた。
「あら、ごめんなさい斉行さん…、私、さっき頂いたカクテルのせいか、
ここから見る夜景に夢見心地になっていて、自分が何処に居るのか忘れて
しまってました…、失礼なことをして、ごめんなさい…」
「ワインを呑むかね…、ここの出すワインもうまいという話だよ…」
斉行が繰り返して云った。
「はい、いただきますわ…」
逆ナンパ
27
そこにソムリエがワインブックを持って入って来た。斉行は、ソムリエ
に相談しながら、アペリティフにイタリアンワインの赤を、食後酒にブル
ゴーニュの白を注文した。それからは、ワインを呑むほどに、斉行の滑ら
かな話が続き、食事中さやかの注意を逸らすことがなかった。
食材の味を生かした独特の味付けの料理も、この前のレストラン ヌーヴ
ェル フォアの料理とは一味違った美味さがあった。さやかは、非日常的な
雰囲気とワインと料理に酔い痴れ、生活のしがらみの中で蓄積した憂さを
しがらみ
忘れた。さやかの念頭には、夫の達也も娘のエリカも存在していなかった。
だが、さやかの心の片隅には、取り去り切れない日常の笧が暗い翳りを落
していた。斉行は、さやかの様子を観ながら、それを感じていた。
「それがあるからこそ、そこから抜け出してアバンチュールに身を委ねた
い…、それが不貞であり不道徳であったとしても…、だから彼女が究極に
求めているのは、目眩く性愛の喜悦の中で、自分の全てを曝け出して、そ
28
逆ナンパ
の笧から自分を開放すること…、彼女は心の底ではそう願っているはずだ、
でなければ、逆ナンパで援助交際を求める意味がないし、だとすれば、真
の意味でその役に立てない儂がその誘いに応じたことは、結果として彼女
の期待を裏切ることにならないか…」
斉行は、さやかの表情や仕草を見ながら、そんなことを考えていた。
一通り料理が出終わって、食後酒が運ばれて来たところで、さやかが「崩
れた化粧を直してくる」とて、席を立った。何やら足下が覚束ない様子だ
った。二十分ほども経って、さやかがふらふらしながら戻って来た。そして、
奥の席にさやかを通そうと斉行が席を立とうとしたところにさやかが腰砕
けのようになってもろに斉行の膝の上に尻餅を搗いた。それは、なかなか
身体の接触をしようとしない斉行との間隔を縮めようとするさやかの巧ま
ざる 演 技 だ っ た 。
斉行は、孫娘たちが大きくなって、身体を預けて「おじいちゃんに甘えて」
逆ナンパ
29
来なくなってから、もう何年も女の尻を膝に乗せたことはなかった。そして、
女 の 尻 が「 こ ん な に も 柔 ら か だ っ た 」 こ と を 初 め て の こ と の よ う に 思 い 出
した 。
如何に斉行が、「自分は男として用済」と自覚していたとしても、感覚の
指令系統は、さまざまな要因でその場に応じた反応をする。そして、斉行
の股間の一物は、さやかの柔らかな尻の圧力に反応して、佇立こそしなか
ったものの、直ちに膨らんで固くなった。それをさやかの感覚器官は見逃
さず、すぐさま脳に信号を送った。
「あらまあ…、この調子ならまだエッチがおできになるかも知れないわ」
さやかは、密かにそう思った。
「あら、ごめんなさいぃ…ッ、私すっかり酔っちゃったみたいで…」
にじ
さやかは、尻を躙らせてその肉の塊を強く押し付けて
そう云いながらに、
じり
自分の席の方に躙り降り、その行き掛けの駄賃のように左掌でその肉塊を
強く押し付けて、ようやく斉行の膝を抜け出た。その掌の圧力で斉行の一
30
逆ナンパ
物は更に固く膨らんだ。それには、斉行の方が驚いた。
「おそらくその出来事は、彼女が意識して仕組んで起こしたのだろうが、
儂の此奴がこんな反応をするなんて…」
それは、斉行には思いもよらぬことだった。
「そうか、日常的に女の色香を身近に感じていれば、自ずと脳下垂体の指
令 系 が 反 応 し て、 そ れ に 応 じ て そ れ な り に 生 殖 器 官 の 活 動 を 活 性 化 す る の
か…、用済などと思うことは、その逆を行って、益々その活動を衰えさせ
るの だ ろ う … 、
そう言えば、どこやらの元首相が、十三、四の半玉を囲って身近に侍らせ
て、日夜その身体を舐り回し、傘寿を超えてなお、額もてらてらと血色良く、
精力旺盛に活動して長寿を全うしたとのゴシップ記事を読んだ事があるが、
それはあながち興味本位のデマ話でもなかったのかも知れないな…」
そんなことを思いながら、斉行は、無心に残りの食後酒を飲んでいるさ
やかの酔いの廻った顔を眺めていた。
逆ナンパ
31
水菓子とコーヒー、ケーキのデザートを食べおわると、斉行は伝票にサ
インをして、さやかを連れて席を立った。さやかは食後酒を全部呑み干して、
すっかり酔いが回っていた。自分一人ではまともに歩けず、斉行に支えら
れて歩く破目になった。それは、一方でさやかに都合の良いシーンを提供
した。ミチルが云うように、遠慮なく「ぷりぷりっとしたおっぱいを腕に
しっかりと圧し付ける」ことができるからだった。
「後は、エッチがどんな首尾になるのか…、むふふっ、ちょっと楽しみッ」
さやかは、斉行の腕にぶらさがりながら想像していた。
「今日は遅くなっても構わないのかね…」
部屋に入ると、斉行は、腕に取り縋っているさやかの身体をソファーに
座ら せ て 、 云 っ た 。
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逆ナンパ
「はい、夫は単身赴任中ですし、娘は林間学校に行っていて留守ですから、
明 日 の 昼 過 ぎ に 新 宿 ま で 娘 を 出 迎 え れ ば い い だ け で す の で、 そ れ ま で ゆ っ
くり で き ま す わ … 」
さやかは、まだとろ〜んとした焦点の定まらない目をして、斉行を見詰
めて 云 っ た 。
「そう、それでは、今日はいいんだね…」
斉行は、さやかの気持を確かめようとした。
「は ア ッ … 」
さやかはわざと惚けたような声を出した。 「ほうら来た…、遠回しにエッチする気があるか訊いてるんだわ…」
さやかは心の中で呟いた。さやかは夫以外の誰ともエッチなんてしたこ
とがなかったので、胸がドキドキしてきた。
「今日は、その気になっているのかね…」
逆ナンパ
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そう云いながら、斉行は、さやかの脇に座って身体を寄せて訊いた。
「私をその気にさせてくださるウ…ッ」
さ や か は、 媚 び る よ う な と ろ 〜 ん と し た 目 で 斉 行 の 目 を 下 か ら 覗 き 込 む
ようにして挑発した。
さやかを立たせて、包むよ
そのさやかの声をゴーサインと見て、斉行は
くちづけ
うにしてその身体を抱きかかえて、唇に長い接吻をした。
そ れ が、 さ や か が 初 め て 夫 以 外 の 他 の 男 を 受 入 れ る 最 初 の ス テ ッ プ だ っ
た。さやかは、気後れを心の隅に留めながらも、気の昂ぶっていくに連れて、
成行きに身を任せていった。互いに身体を弄り合いながら、共に息遣いが
荒く な っ て い っ た 。
その時、斉行は、自分が目的に適った務めが果たせるのかどうか、まだ
自分自身訝しく思っていた。だが、さやかの柔らかな尻や太股が触れるた
びに、自分の一物が了え勃って、固さを増して行くのも感じていた。さや
34
逆ナンパ
か の ま だ 若 い 女 の 艶 い た 身 体 の 匂 い と 汗 の 臭 い が 混 ざ っ て、 斉 行 の 鼻 腔 を
擽り、斉行は益々気を昂ぶらせていった。
「アッ…、ちょっとお待ちになってエ…、シャワーを浴びて、汗を流して
きま す か ら … 」
くの気の昂ぶりに水を差した。
さやかが斉行のせっか
き
「いいよ…、君の「生の」臭いを嗅いでいたいから…、汗は流さなくてい
いよ…、君の臭いで私の気の昂ぶりも大きくなるから…」
斉行は水を差されて、白けかかって云った。そして、そのままワンピー
スの裾を絡げて、中に掌を差し込んで、さやかの尻と太股を揉み擦った。
その尻も太股もふにゃふにゃと柔らかかった。斉行は、女の尻がこんな
にも柔らかいものだったのかどうか、記憶を辿って思い出そうとした。
「あるいは、これはこの娘に特別なことなのか…」
記憶がはっきり蘇らずに、斉行は、考えを現実に引き戻そうとした。
逆ナンパ
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さやかの尻を揉み擦るほどに、さやかは「くすくす…」と鼻の奥を鳴ら
して、腕を斉行の肩に掛け、「ぶりぶりと柔らかい」弾力のある乳房を斉行
の胸に圧し付けていった。斉行は、
その乳房を左手で掴むようにして揉んだ。
乳首が尖って固くなっていた。斉行は、それでさやかの興奮が十分高まっ
てきているのを感じた。
斉行は一旦さやかの愛撫を止め、ベルトを外してズボンを床にずり落し、
シャツを脱いでから、さやかの腕を挙げさせてワンピースを下着ごと脱が
せた 。
再びさやかを抱きかかえて、括れた腰を腕で抱えて引き寄せると、斉行
の固くなった股間がさやかの股間を圧し付けた。さやかは、腰をぴくっと
痙らせて、更に前に突き出した。さやかのそこは、トランクスを通しても
それと判るほど濡れていた。斉行がそこに掌を押し当てると、メッシュの
スリップがぬるりと滑って、指先がそこに滑り込んだ。斉行は、さやかの
身体を抱きすくめたまま、奥のベッドの脇まで連れていき、そこで自分の
36
逆ナンパ
トランクスを床にずり落して、覆い被さるようにして、さやかをベッドの
上に 押 し 倒 し た 。
ぬのきれ
「あ あ 〜 っ … 」
なりつら
行の勃起したペニスで股間を圧し付けられて、さやかが呻いた。雁首
斉
がスリップごと窒口に滑り込みそうになった。そのスリップは、申し訳ば
かりに秘部を覆っているような薄く小さな布裂だった。
「今どきの娘は、こんなパンツを履いているのか…」
斉行は、一種驚きの感慨を持って頭の中で呟き、身体をずらせて、そこ
を眺めた。その布裂は、黒のメッシュで、ビキニ型のバタフライパンツだ
った。それは、汗と漏れ出る淫液でずぶ濡れになって、さやかの息遣いと
共に妖しく蠢いていた。艶めかしい臭いが立ち込めてきて、斉行の鼻腔を
さね
擽 り、 斉 行 は、 眩 暈 に も 似 た 興 奮 を 覚 え、 思 わ ず そ こ に 唇 を 押 し 当 て た。
斉行の高い鷲鼻の骨がお実に当った。
「はあ 〜 ッ … 」
逆ナンパ
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さやかは声を立てて内股を震わせた。
「ミチルが云ったように、やっぱり舐めるんだわ…、それもスリップの上
から だ わ … 」
さやかは、目を瞑ったまま、頭の中で斉行の行為を追っていた。一頻り
パンツの上からさやかの秘所をしゃぶった後、斉行はさやかの両膝を立て
て、パンツを脱がせにかかった。艶いた臭いを発散するさやかの丸っこい
つか
尻を見て、斉行はまた興奮した。淫液で濡れたビキニ型の小さなパンツは、
張 り 出 し た 大 き な 尻 と 太 股 に 閊 え て、 す ん な り と は 脱 が せ ら れ な か っ た。
それが思わない効果を上げた。まるで緞帳が徐々に上がって、舞台の背景
と役者が姿を現わすように、さやかのプーベとその周辺の付属品が徐々に
姿を現わして、舞台を観ているような景観を与え、斉行は期待感でまた興
奮し た 。
さやかは、プーベのヘアを短く苅り揃え、陰唇の周囲のヘアは、綺麗に
剃り落していた。その景観は、斉行にはどう見ても素人女の道具立てのよ
38
逆ナンパ
うには見えなかった。
だが、さやかがそのように下のヘアのケアをしたのは、その道の練達者、
ミチルの指導によるものだった。さやかの息遣いに応じて、小さく開いた
り閉じたりする桜貝のようにピンクに染まった陰唇が、妖しく男を誘惑し
てい る よ う だ っ た 。
「今度は、私のおまんこを見ているのだわ…、恥ずかしいぃ…ッ、達也だ
って、そんなとこじっと眺めたことなんて一度もなかったわ…」
さやかは、時間が止まったように、行為が途絶えた時空の中で男の動作
を想像して、内心で呟いていた。
斉 行 が や お ら 動 作 を 開 始 し た。 さ や か の 秘 所 の 妖 し げ な 誘 い に 乗 っ て、
そこに顔を埋めて舐りはじめた。
「若い女の身体を舐めるのが、年寄の健康
と長寿に良い」という、古来から言い伝えられているセオリー通り、斉行
も舐るという行為に執着した。
逆ナンパ
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さやかには、秘所の回りを舐り回されることは、思うだけで恥ずかしいし、
初めは擽ったいばかりだった。だがその内にそれが次第に心地よさに変わ
り、自分が夢見心地になっていくことに気付いた。
た
それと同時に、さやかは無意識の内に男の身体を弄りはじめていた。そして、
やがて斉行の了え勃ったペニスを探り当てた。さやかには、男の道具立て
がペニスも陰嚢も「太っちょ」のように思えた。了え勃っても凛立するほ
さね
ど強い勃起には至らないものの、兎に角容積は、達也のものを遙かに凌駕
して い た 。
すす
を 舐 ら れ る た び に 内 股 を 震 わ せ て、 叫 び 声 を あ げ、
さ や か は、 男 に お 実
そして「往った」。さやかは、頂点に達するたびに、
多量の淫液を噴き出した。
斉行は、「これこそ命の泉」と、夢中になってそれを啜った。達也との何程
の感慨も湧かない「義務的なセックス」に慣らされていたさやかは、初め
て経験する違った形の男女の性愛のありようを知った思いがした。
40
逆ナンパ
斉 行 自 身、 こ れ ま で 経 験 し た こ と の な い 入 念 な オ ー ラ ル セ ッ ク ス に よ っ
てさやかを何度も「往かせた」後、ようやくさやかに添い寝するように向
かい合って横たわり、さやかの腰を引き寄せて、その左膝を撥ね上げるよ
うにして右膝に抱え上げて、挿入を果たした。
「太っちょ」のペニスが侵入して来ると、さやかは、
「ウう〜ッ」と呻い
て腰を強張らせた。達也との情交では感じたことのない、大きな異物感が
下腹を占領し、自然にそれに反応するように窒全体がその「異物」を締め
付け た 。
「ああ〜ッ…、できたッ…、だめかと不安があったが…、さやのお陰で、
この歳になってまたできるようになったよ、さや…、嬉しいなあ…、それに、
そんな風に締め付けてくれて…、文句なしに嬉しいよ…、ありがとう、さや」
そう云って、斉行は、一層強くさやかの腰を抱き締めて、震動させるよう
に 腰 を 動 か し た。 激 し く 腰 を 遣 っ て 緊 張 し た た め に 急 に 体 調 の 異 変 を 来 す
逆ナンパ
41
ことを恐れてのことだった。それは、斉行の年齢を考えれば、合理的で当
を得 た 姿 勢 だ っ た 。
強く抱き締めてくる斉行に応じて、さやかも腰をしゃくり上げるように
して斉行の腰に密着させ、踵で斉行の腰骨の窪みを圧し付け、斉行の腰の
震動に合わせて腰を動かした。二人がアクメに達するまでには、かなり時
間が掛かった。だがリビドーが次第に高まっていくに連れて、確実に頂点
が訪れ、斉行は十年ぶりに射精した。それとほぼ同時に、お実を指で弄ら
れて、さやかもまた頂点に達して果てた。
しばらく
「できた…さや、君のお陰でできないと思っていたことができたよ、本当
に嬉 し い … 」
、 暫 して呼吸が落ち着くと、斉行はそう云
二人が互いの身体を擦り合い
くちづけ
って感極まってさやかの顔に接吻の雨を降らせた。
その後、二人は風呂を使って互いを慈しみ合ってから、抱き合って朝ま
42
逆ナンパ
で眠 っ た 。
翌朝、遅い朝食を摂った後、斉行は、五十万円の小切手を切ってさやか
に渡 し た 。
「小切手なんて貰ったことがないから、扱い方が判らないわ…」
さやかが戸惑いの表情で云った。
「預金通帳と一緒に銀行の窓口で渡すだけでいいんだよ…、その金額と引
かれる取扱手数料が君の通帳に記入され、その日の内に私と銀行の間の決
済が終わるから、何の問題もないよ…」
そう云って、斉行はさやかを新宿駅まで送って行った。
「できたら、また合いたい…」
「その時、電話で都合を確かめるから…」
斉行は、別れ際にそう云って、
と付け加え、さやかの携帯の番号を訊き出し、さやかを胸に抱き締めてから、
逆ナンパ
43
きびす
踵 を返して去って行った。
前日から起こったことがさやかには夢のような気がした。歌舞伎を観て、
おいしいワインで高級料理に舌鼓を打ち、そして…、
そして、恥ずかしいけど、素肌をさらしてエッチして満ち足りた気分で
目覚めて…、五十万円なんて大金を小切手で貰ったりして…。
「なんだか嘘みたいっ…」
さやかは、そんなことを呟きながら、エリカとの待ち合わせ場所の南口
のコンコースに向かって人混みの中を歩いていた。
定 刻 通 り、 軽 井 沢 の 林 間 学 校 か ら 真 っ 赤 に 日 焼 け し て 戻 っ て 来 た 娘 の エ
リカを見て、さやかは日常の母親に戻った。だが、さやかは、逆ナンパで
掴まえた男と高級娼婦のような「売り」をやったという後ろめたさを心の
隅 に 抱 え、 ぴ ち ぴ ち と 撥 ね 返 る よ う に 無 邪 気 で 陽 気 な 娘 の 顔 が 妙 に 眩 し か
44
逆ナンパ
った 。
さやかはエリカがまだまだ純な「子供」だと思っていた。だが、よくよ
く観察していると、同学年の間では背が高く大柄で、腰の張りなどはもう
大人並に豊かな丸みを帯びてきているのが判る。メンスも始まったし、近
頃一緒に風呂に入りたがらないところを見ると、二次性徴もはっきりと形
になって現われ、下のヘアも生えてきているのだろう…と想像できる。時々
乱 雑 に 散 ら か し っ ぱ な し に し て い る 部 屋 を 片 付 け に 入 る と、 や た ら に 猥 褻
な物語満載の少女漫画などが置いてあり、それなりに性的なことへの関心
も強くなって来ていることが判る。それでも、エリカがブルセラショップ
に出入りして、パンツや着古しの制服を売ったり、「援交」で「売り」をや
ったりしているなどとは疑うべくもないと思われた。よしそうだったとし
ても、自分自身が逆ナンパで「援交」に手を染めた今となっては、
「娘をた
しなめたり叱ったりする資格はないな…」と思うと、さやかは、教育者と
しての母親の立場は既にかなぐり捨ててしまっていることに気付く。
逆ナンパ
45
「どうだったア、楽しかったア…」
グループが解散して、いち早く母親を見付けてにこにこしながら近付い
てくるエリカにさやかが訊いた。
「ねえ、聞いてエ…、お母さん…、今度の林間で恋人同士になったひとが
三組 も あ る の よ … 」
エリカがいきなりそんな話を始めた。よほど気になることのようだった。
「それでその子達はどこまで行ってるのオ…」
ひとごと
人事のように聞き流すことはできないと感じて、詳しく知
さ や か は、 他
ろう と し た 。
「分かんない…、でもねえ、自由時間になると、その子達いつも手をつな
いで、二人だけでどこかへ行っちゃうのよオ」
「それで、先生たちは知ってるのオ」
「よくは分かんないけど、手をつないでるところを見てるから、多分知っ
46
逆ナンパ
てる と 思 う … 」
「そんな時、教師はどのようにその子達を指導するのだろうか…」
さやかは訝しく思った。正邪併せて溢れ返るような情報の中で、教育で
力を発揮できるのはごくごく僅かなような気がする。
「それで、あなたはどうなの…、エリカ…、そんな相手はいないのオ…」
さやかはふと心配になって訊いた。
「そんな相手いないよオ…、お母さん…、いたら必ず知らせるから、心配
しないでいいよ…、でもねえ…、ほんと云うと、気に入ってる男の子いる
んだ ア … 」
「やっぱり…、一番異性に関心の強くなる歳頃だもの、好きな子の一人や
二人、いないわけないわ、私なんか小学校に入った時からいたんだから…」
さやかは、意外でない気がして、思った。
逆ナンパ
47
「でもねえ、その子どこかの大学の偉い先生かなんかの子供でねえ、めっ
ちゃガリ勉なんだよ…、私が「好きだ〜っ」て、云ったらね、
「ぼくは、ち
ゃ ら ち ゃ ら し て 上 辺 だ け し か 気 に し な い 女 の 子 っ て 好 き じ ゃ な い ん だ …」
って、シカトされちゃったア…」
「なあにいぃ…、そのシカトってエ…」
「無視されちゃったってことオ…」
「それでエリカは何故その子が気に入ってるのオ…」
「色白でね、縁無しの眼鏡なんかかけて神経質そうで、秀才っぽいところ
が好 き ッ … 」
「嫌われて良かったかもよ…、そういう人に限って、内心ではもっとすご
い こ と 考 え て る こ と が あ る か ら …、 そ ん な 人 の こ と ば か り 考 え て な い で、
エ リ カ は も っ と 自 分 の 中 身 の こ と を 考 え な さ い …、 誰 を 好 き に な っ て も、
中身が薄っぺらだと、嫌われるし、それなりの薄っぺらな女だとしか思わ
れな い か ら ね … 」
48
逆ナンパ
返って、そんなこ
母親らしく振舞っては見るものの、自分のことを振じり
くじ
とを云う資格があるかどうかを考えると、さやかは忸怩たる思いをしない
でも な か っ た 。
*****
一度しめた美味しい味は忘れられない…というのか、さやかは、ミチル
に尻を叩かれながら、その後も斉行との逢瀬を楽しんだ。斉行は、合うた
びに額がてらてらと輝き、精力旺盛な風貌になって、活力に溢れてきていた。
「それも皆、君のお陰だ…」
そう云って、斉行は、さやかの淫液を呑む効果が現われていることを強
調し た 。
逆ナンパ
49
それを聞くたびに、さやかは自分の秘部を曝け出して眺められているよ
うな恥ずかしさを覚えるのだった。
ぐらいしか会わなかったが、斉行がペニスを挿入して
二人は十日に一度
ひとつき
ふたつき
情を交わすのは、一月か二月に一度くらいで、後は専らオーラルセックス
に徹した。「歳を考えずに精を漏らすのは、反えって身体に悪い…」と云う
のが斉行の信念だったからだ。そんな慎重な斉行だったが、さやかにはい
なま
つも気前が良かった。さやかと会っている時間を大切にし、その間常にさ
やかから注意を逸らさず、優しく接して、さやかがいつも麗しく艶めいて
輝いていられるように気配りした。そして、決まってさやかを博物館や美
術 館 に 案 内 し、 観 劇 や コ ン サ ー ト で 一 緒 に 落 ち 着 い た 文 化 的 な 雰 囲 気 に 浸
る よ う に 勤 め、 さ や か に「 何 で も 欲 し い も の を 云 う よ う に …」 と 云 っ て、
さやかの選ぶものを買い与え、別れ際には、決って二十万、三十万の小切手
を切ってさやかに与えた。そうして、さやかの気持は益々夫の達也から離
れて い っ た 。
50
逆ナンパ
如何に性欲に乏しい達也だとて、単身赴任の孤閨の寂しさを紛らわせる
こともあるのだろう、何人かの女との風評がミチルや他の同僚の妻たちか
ら伝わってきて、二人が別れるのは時間の問題だと思われ、さやかの気持
ちがますますそちらの方に傾いていった。
*****
そ の さ や か に と っ て 驚 天 動 地 の 知 ら せ が 飛 び 込 ん だ の は、 そ ん な 斉 行 と
の関係が定着してから一年半後のことだった。その知らせは、さやかが丁
度 斉 行 と の 逢 瀬 に 目 眩 く 時 を 過 ご し て い た 最 中 に、 さ や か の 携 帯 に 達 也 の
会社の札幌支社から飛び込んで来た。
その知らせをメールで送って来たのは、さやかも良く知る達也の同僚だ
逆ナンパ
51
った 。
なりつら
そのメールは「達也が仕事中に会社で倒れた、病院に運ばれたが、クモ
膜下出血とのことで、意識不明の重体、急ぎ来札されたい…」と云うもの
だっ た 。
行にその事実を
さやかは一瞬頭が真っ白になり、パニックに陥った。斉
告げて、慰められ、励まされて、ようやく気を取り直して、エリカにそれ
を伝え、渋谷で落ち合って、文字通り「取るものも取り敢えず」一緒に羽
田から札幌行きの最終便で札幌に飛んだ。
さやか達は、結局達也の臨終に間に合わず、達也とは冷たい霊安室の中
で対面することになった。冷え切った二人の関係を象徴するような最後の
対面だった。夫とは白け切った関係だったにも拘わらず、何故かさやかは
泣けて仕方がなかった。どちらかと云うとおとうさん子のエリカは、冷た
52
逆ナンパ
くなった父親の顔を見ようともせず、たださやかの腰にしがみついて泣き
じゃ く っ た 。
夫 の 遺 体 は、 札 幌 支 社 の 同 僚 た ち の 手 配 し た 葬 儀 社 の 棺 に 納 め ら れ て、
最寄りの葬場に安置された。
翌 日、 さ や か は キ ャ ッ シ ュ デ ィ ス ペ ン サ ー で 取 り 敢 え ず 必 要 な お 金 を 下
ろし、最寄りのデパートでクレジットカードで喪服のスーツを買い、エリ
カにも白のブラウスとリボンを着けさせて、制服を喪服らしく装わせ、よ
うやくそれらしく喪主の座に付くことができた。
望月の家の宗旨、真言宗の僧侶が呼ばれ、札幌支社の同僚たちだけの列
席 す る 葬 儀 が 慌 し く 執 り 行 わ れ、 出 棺、 火 葬 と 事 が 運 ば れ て、 そ の 翌 日、
さやかは骨壷を抱えて、東京に戻った。
逆ナンパ
53
東京に戻ると、改めて親族、縁者、友人に達也の急逝を知らせて、芝増
上寺で正式の葬儀を行い、達也の実家の長野の菩提寺に納骨して、二ヶ月
の慌ただしい弔事が済んでようやく日常の生活に戻った。
その間に十日に上げずさやかの携帯に斉行からの連絡が入ったが、詳し
い話をする間もなく時間が過ぎた。別れるばかりの状態になっていたにも
拘わらず、いざこのように急逝されてしまうと、娘と二人放り出されて心
許 な さ と 不 安 と で、 す ぐ に で も 斉 行 の 胸 に 飛 び 込 ん で 思 い っ 切 り 泣 き た い
心境になっていたが、それもならず、更に半年が過ぎた。
「達也の
この間に、何かとさやかの心の支えになってくれるミチルから、
急死が過労死の可能性がある…」
、と知らされ、これもミチルの紹介してく
れた弁護士を通して、過労死の補償の交渉が長々と続いた。
その結果、達也の死は、よくある単身赴任の凖管理職の社員の典型的な
54
逆ナンパ
長時間勤務による過労死だと認定され、退職金を含めて五千万円の補償が
会社から支給されることになった。その他に達也自身が掛けていた生命保
険が全額七千万円降りることになり、取り敢えずは、生活の不安はないも
のの、ミチルと弁護士にそれ相応の謝礼をし、まだ三十年も残っているマ
ン シ ョ ン の ロ ー ン の 支 払 を 思 う と、 ま と も な 生 活 は 望 め な い … と 分 か り、
さてそれでは再就職を…と考えたところで、専業主婦の生活に嵌り込んで
約十五年、まともな仕事など見付かるべくもなく…不安に取り憑かれ、勢
い斉行との縁を復活させる方向に心が動き初めた。
「何云ってるのよオ…さやか、あんたには白くてぷりぷりのおっぱいとお
まんこがあるじゃないの…、あの大金持ちのおじいちゃんの胸に縋り付い
て泣いて悶えるだけでいいじゃない…」
ミチルは、いとも簡単に言って退けた。典型的なブルセラ世代の「今ど
きの女子高生だった」ミチルにとっては、そんな現金な考え方が常識だっ
逆ナンパ
55
た。 半ば呆れながらも、さやかはそのミチルに何度も助けられた。そして、
またミチルの奨めによって斉行の方に心が動かされた。
そんなところに、斉行から携帯メールが入った。
「心配だから、さや専用の携帯を買った…」とて、
「近況を知らせるよう
に…」と、云ってきた。
なりつら
さやかの股間が濡れるのに時間は掛からなかった。そして、また斉行と
の関 係 が 復 活 し た 。
みなぎ
行は、痩せたのか、身体が締まったのか、精かん
十ヶ月ぶりに会った斉
ぎょう
な顔付きになっていた。何でも、ヨーギの業に通っているのだとか云った。
イ ン ド の タ ン ト ラ ヨ ー ガ の 流 れ を 汲 む 身 体 の 内 か ら 気 を漲 ら せ て 体 質 を 変
える秘術の業なのだと云う。そんな斉行は、前以上にさやかに神経を集中
して 接 し た 。
「愛されるって、こういうことなのかな…」
56
逆ナンパ
そう思うほど、さやかは、自分が斉行の注意と気配りの中に置かれてい
ることをいつも感じていた。
の気の充実が影響したのかどうか分からなかったが、間
そのような斉み行
ごも
もなくさやかは 妊 った。
「うっそでしょお〜…ッ」
胸のむかつきが頻発しはじめた時、初めは、何か他の理由によるものだ
と 思 っ て、 さ や か は 妊 娠 に よ る 悪 阻 を 打 ち 消 し た。 エ リ カ を 妊 っ た の は
十六年も前で、その時の状況は容易には思い出せなかったことにもよった。
だがその胸のむかつきが、斉行との逢瀬の時にその目の前で起こったの
で、斉行が癌の可能性を疑って、大層心配してさやかに問い正した。
斉行は、有無を言わさず、さやかを聖路加病院の救急外来に運んだ。診
断の結果は、明らかな妊娠。既に胎児は、しっかりした腕と脚もでき、は
っきりした目鼻立ちをしていることが、エコー診断の映像で分かった。
逆ナンパ
57
さやかは、信じられない面持ちで医師の診断を聞いた。斉行はそれ以上
に信じられない面持ちだった。常に一緒にいたわけではないので、妊娠だ
としても、それが自分の児だとは云い切れず、
「自分以外に通じている男が
いるのではないか…」と、疑った。
「斉行さんにして見れば、それは当然の疑いだわ…、でも私は、天地神明
に誓って、斉行さん以外の男とエッチはしていないわ…」
さやかには、それ以外のことは云えなかった。
だ が、 さ や か に し て 見 れ ば、 こ と は そ れ だ け で は 済 ま な か っ た。 先 ず、
まだ達也の一周忌も済まない内の出来事とて、身内や親戚縁者の手前顔向
けもならなかった。それに娘のエリカの手前も同様だった。反抗期に入っ
てきて、気持の動揺しやすいエリカにどのように説明できると云うのか…、
さやかには答が見付からなかった。
産むべきか、堕胎すべきか…、さやかは迷った。優性保護法が適用され
るケースでないだけに、既に一人の人間の形を備えている胎児の命を抹殺
58
逆ナンパ
する理由などあろう筈もなかった。
「構わないから産んじゃいなさいよ…、本当に自分の子だと分ったら、お
じいちゃん舞い上がって喜ぶよ…、さやは絶対確信があるんだろう…、だ
ったら迷うことないよ、そして、たっぷり養育費を貢がせなさいよ…、他
に使い道ないんだから、夢中になってさや達の面倒見てくれるよ…」
相 変 わ ら ず ミ チ ル が 歯 に 衣 着 せ ず に 云 い た い 放 題 云 っ て、 さ や か を 後 押
しし た 。
なりつら
「斉行さんが疑うのはごもっともですが、前にも云ったように私は斉行さ
んと会って以来、斉行さん以外の男とは誰ともエッチしたことはないわ…、
誰かにレイプされたわけでもないし、優性保護法の適用も受けられないし、
この段階になって堕胎すれば、殺人だわ…、エコーの映像で必死に生きよ
うとしている赤ちゃんを見たら、とてもそんな残酷な気にもなりません…
逆ナンパ
59
とまずこの児を産もうと思いま
そこで一つお願いがあります…、私はひ
あつれき
す…、色んな人間関係でぎくしゃくした軋轢が生れるでしょうけど、それ
は私が全部被るつもりです…、そして、出生後に血液型の検査か、それで
判定が付かなかったらDNA検査を受けて、斉行さんと私の間の子供だと
分ったら、父親として認知してください…、そして、私としては、そんな
こと夢にも思っていませんが、違う判定が出たら、私を放り出してくださ
って結構です…、私は自己責任で育てます…」
斉行は、覚悟を決めたさやかの目をじっと見詰めながら、さやかの話を
聞い て い た 。
「さやの云うことに間違いはないだろう…、生まれる児は、儂の子に違い
あるまい…、それにしても、古希を二つ過ぎて、女に児を孕ませるなんて…、
世界にピカソのような特異な例は幾つかあったとしても、儂のこととして
は最もありそうにないことだった…、それが…、それが現実のことだったら、
60
逆ナンパ
一体儂はどこからそんな力を授かったのだろうか…、
兎に角、無事に五体満足な児が産まれて、健やかに育ってくれたら、儂
はさやにどんなに感謝しても仕切れないだろう…」
斉行は、非現実的な現実をどのように理解して、自分自身を納得させれ
ばいいか分からずに、そのような考えを巡らせていた。
「よし、分かった…、さやの言うことを信じよう、そして今は、さや、身
体を労って、五体満足で健康な児を産んでくれ…、儂がさやに願うことが
できるのは、これだけだよ…」
斉行は、潔くさやかの云うことに従うことにした。そして、本気で、本
当に自分の児をさやかが産んでくれることを心密かに願った。
斉 行 は、 今 や 独 り 身 の 気 楽 さ で、 望 む 時 に 望 む こ と が で き た。 そ し て、
この時も、直ぐ決断して、さやかと形ばかりの祝言を挙げた。出席したのは、
逆ナンパ
61
ききょう
かえで
斉行の長女の桔梗と、次女の楓、さやかの両親の恒太郎と理恵に、娘のエ
リカと親友代表のミチルだけだった。ミチルはさやかの柔らかな尻を嫌っ
というほど抓って、「とうとうやったじゃん…」と耳元で呟いて、ウインク
して 見 せ た 。
「お母さんのこの結婚って、
「できちゃった婚」なわけだからア…、お母
さんはお父さんの死ぬ前からこのおじいさんと知り合ってたってことじゃ
ん…、と言うことはア、離婚するとか何とか云ってたけど、離婚しない内
に我慢できなくなって、「不倫してた」って云うことかア…、と言うことは
ア、いつも私に真面目そうなお説教してたけど、お母さんって可愛い顔して、
結構エッチだったんだア…」
エリカは、始めて見るおじいさんのような「お母さんの新しい男」とこ
れまでと違った「女の顔」を見せた母親に対する、ひが目の批判的な目を
向けながら、思っていた。
62
逆ナンパ
*****
年が明けると直ぐに、さやかは、日赤産院で、月足らずで男の児を産んだ。
二千グラムに満たない未熟児だった。新生児集中治療室に入れられ、酸素
の影響で末熟児網膜症の危険があったが、医療陣の必死の看護でその危機
を脱して後は順調に成育していった。さやかの願いで、
DNA鑑定が行われ、
9 9. 8 パ ー セ ン ト の 確 率 で そ の 児 が 斉 行 と さ や か の 間 の 子 供 だ と 断 定 さ
れた。後の0・2パーセントは、突然変異の可能性を見たリスク値なのだと
云う 。
それを聞いて、斉行は躍り上がって喜び、辺りの目も構わずにさやかを
逆ナンパ
63
くちづけ
抱き締め顔や首筋に接吻の雨を降り注いだ。喜んだ時にそのような行動を
取るのは、斉行に外国での生活習慣が身に付いているためだった。
そして、「子供をすぐにでも抱きたい…」と云ったが、それは、余病の可
能性が全部消えて、正常な身長体重になるまで成育して、集中治療室から
出て母親の手に渡されるまでは「だめ」だとて、認められなかった。
斉行は、嘘偽りなくさやかが自分の児を産んでくれたことで、さやかに
対する信頼を益々強め、義理の娘のエリカを含めて三人の「身内」の将来
の安泰を補償することを決断した。そして、広尾台の豪華マンションの一
角をさやか名義で買い与えた。
さやかの出産は、母親の理恵を通して、達也の親戚を含め、全ての親戚
縁者にも知らされた。達也の家の縁者からは、さやかの妊娠を知った時に
散々な悪態を浴びせる反応が返って来ていたが、出産の時には、むしろ意
64
逆ナンパ
外なほど落ち着いた反応が返って来て、さやかを逆に戸惑わせた。戸籍上
は、さやかはまだ望月の家の者には違いなかったが、長いこと達也との間
が不仲で、達也が自ら望んで単身赴任して、事実上別居状態で離婚寸前だ
ったことを皆良く知っていたので、
「今どきの娘のこと、直ぐに男ができる
に決ってる…」と読んでいたからでもあった。そして、相手の男、斉行が、
親たちの年齢どころか、じいさんの年代の男だったと知って、皆仰天した。
もどき
その上、斉行が大変な資産家で気侭な独り者だと聞いて、
「なるほど、今ど
き若い娘らの内で流行りの「援交」擬きの関係で、さやかが「何不自由な
い永久再就職」を果たしたのか」と、その抜け目のなさに舌を捲いた。
さやかの両親の恒太郎も理恵も、さやかのすることにはとやかく云わな
かった。嫁に出して、他家に嫁いでいて、今やその戸主だし、さやかのす
ることに口出しする立場にない…と、思っていたからで、娘と孫が幸せな
らそ れ で 良 か っ た 。
逆ナンパ
65
さやかは、出産すると直ぐに、ミチルの勧めで弁護士に依頼して、自分
自身とエリカを達也の戸籍から抜いて、斉行に山之内家の新たな戸籍を興
なりとも
してもらい男の児と一緒にエリカと共に入籍してもらった。斉行は、その
時この男の児を斉智と名付けた。
さやかの出産で、一番戸惑ったのは、娘のエリカだった。
苗字が望月から山之内に変わったことも納得のいかないことだった。田
舎のおじいちゃんよりもっとおじいさんが、
「おとうさん」だというのもわ
と う
けが 分 ら な か っ た 。
そのお義父さんがすぐ身体に抱き付いてくるのも、「ちょ〜擽ったくて」、
嫌だった。斉行にして見たら、義理の娘との親密な関係を図りたくてする
スキンシップだったのだろうが、歳頃の娘にして見たら、身体が別の反応
をして、あちこちが直ぐ別の感じ方をしてしまうのだった。
66
逆ナンパ
それに、母親が、こんな「おじいさん」と子供ができるような関係にな
っていたことも理解しがたいことだった。
「お母さんはお父さんと「別れる、別れる」と云っていたけど、そのお父
さんが死ぬ前からそんな関係だったってことは、つまり、お母さんって不
倫してたんだ…、それに、勤めてなかったお母さんが、一体どこでこんな
お金持ちのおじいさんと知り合うことができたんだろう…、お母さん、ナ
ンパされて「売り」をやったんか…、それとも、お金持ちそうだと思って
逆ナンパして「援交」してたんかな…、
それにしても、お母さん、一女の母で女だってこと以外に、ちょ〜美人
でもないしぃ…、どうしたら、このおじいちゃんがお母さんにめろめろに
なれるのか分かんない…、どっちにしても、お母さん、宝クジに当たった
みたいにラッキーじゃん…、大金持ちの独身「おじいちゃん」に出逢って、
子供までできちゃって「でき婚」して、家まで買ってもらえて…、もう末
は何にも心配要らないしな…、お陰で私もいろいろ欲しい物を買ってもら
逆ナンパ
67
えるし…、身体に触っておっぱいもみもみされるぐらい、辛抱してた方が
いい か な … 」
そんなことを思いながらも、エリカはその不自然な違和感からなかなか
抜け 切 れ な か っ た 。
*****
産院を退院して、斉行に伴
斉智の成育が正常な状態になると、さやかは
けやき
われて広尾台のマンションに入った。大きな欅の樹に囲まれたそのマンシ
ョンは豪華で、多くのセレブが住んでいたが、お互いに何処の誰と分から
ないようになっていた。
当分の間、母親の理恵が、同居して、さやかと斉智の面倒を見ることに
なった。普通なら、親に甘えて世話を焼いてもらうだけのはずだが、さや
68
逆ナンパ
かは、「ちゃんとお手当てを出すから…」と云って、三食付きで月々三十万
円を理恵に渡した。理恵は、斉行の手前、口には出さなかったものの、そ
のようなことのできるさやかの「女の武器」だけを頼りの「すご腕」につ
くづく舌を捲いて、そんなさやかを他人を見るような目で見ていた。
さ や か は、 転 居 す る と、 元 の 大 岡 山 の マ ン シ ョ ン を 自 分 名 義 に 変 え て、
弁護士を通じて最寄りの住宅管理会社に委せて、人手に貸した。それと同
時にエリカを近くの大東高等女学院に転校させた。その学校は、良家の子
女に「良識ある教育」を施すことを建前にしている、いわばお嬢様学校だ
ったから、「安心だ」と、さやかが思ったからだった。
一つ家に同居して見て、さやかは、初めて斉行が日がな一日所在なく過
ごしているのではないことを知った。斉行には、自ら相談役として経営に
大きく関わっている会社を幾つか持っていて、朝十時ごろから午後三時頃
逆ナンパ
69
までその会社を回って、諮問に従って指針を出したり、助言したりして働き、
それが済むと後は自由気侭に過ごしていたのだった。だから、平素は朝が
早かった。専業主婦として、締まりのない生活に慣れているさやかがまだ
眠っている内に、自ら用意した簡単な朝食を摂って出掛けていた。麻布台
の家に来てからは、義理の娘のエリカと一緒に朝食を摂って、エリカを学
校までエスコートして行くのが斉行の新しい楽しみになった。
さ や か か ら 毎 日 女 の 精 気 を 貰 っ て い る と は 云 え、 な に し ろ こ の 年 十 五 歳
のエリカは、ぴちぴち弾けるような青春真っ盛りの色気盛り、身体中から
発散する若い娘の体臭を嗅ぐだけでそれに数倍する活力が湧いてくるのを
覚えているからだった。エリカの学校までは、歩いても十五分と掛からな
いから、その坂がちの道が丁度良い散歩道にもなった。樹々の葉から放出
されるオゾン浴と共に斉行には楽しみな習慣になった。
学校の門まで来ると、エリカと大仰にハイタッチをして別れ、タクシー
を拾って日本橋兜町まで行く。
70
逆ナンパ
「エリカ、誰よあのおじいさん…」
校門で偶々それを見ていた同級生が訊く。
「あたらしいお父さんよ…、お母さんが再婚したから、義理のお父さん…」
「ふう〜ん、歳とって見えるけどダンディーで、めっちゃヤバイじゃん…」
「それにめっちゃエッチなのオ…、毎日触られまくりよッ、お母さんが見
てい て も 平 気 … 」
「ふう〜ん、それでどこ触るのよオ…」
「おっぱいとかア…、お尻とかよオ…」
「そ れ だ け エ … 」
「うん、それだけ…」
「それじゃあ、つまんないじゃん…、クリとか触ってこないのオ…」
「そこまではしない…、お母さんのことめっちゃ愛しちゃってるからね、
私、こないだ見ちゃったんだア…、クンニ大好きみたい…、お母さんった
逆ナンパ
71
ら、それでもうめろめろになっちゃってエ…、目がうるうるになっちゃっ
て、可愛いぃのオ…、女って、その時そんなになるんだって分かったわ…、
ほんとのお父さんの時なんか、そんなこと一度もなかったみたいだったけ
どね … 」
「そんなとこ見ちゃって嫌じゃなかったア…」
「ちっとも…、愛し合うって、いいことなんだなあ…って、思ったわ…」
「自分も、そういう風に愛されたいと思ったア…」
「分かんない…、男によりけりじゃないのかなあ…、相手はおじいちゃん
だけど、お母さん今が幸せなんだと思うな…」
「私も、そんな風に幸せになれる男見付けたいな…」
「運が良ければねエ…、みんな運だよ…、
」
の的は性なのだ。
少女たちは口さがないが、あくまで関心ま
みれ
れ…、この歳頃の娘は、つとに
青春の真っ直中は、頭も心も花粉と蜜塗
性的 な 存 在 な の だ 。
72
逆ナンパ
専らオーラルで情を交え、
そうして月日が過ぎていった。さやかと斉行は、
滅多にコイタスをしなくなった。斉行の気が昂ぶってペニスを挿入するこ
とはあっても、ほとんどじっとしていて、互いの肌の触れ合いの感触を楽
しむだけだった。さやかが腰を震動させ、膣壁でペニスを締め付けたり緩
めたりすることがあっても、滅多に射精には至らなかった。それでも二人
は満 ち 足 り て い た 。
ある日、斉行は、エリカの買い物に付き合って渋谷に出た。ブティック
で エ リ カ が 気 に 入 っ た 上 衣 や 下 着 を 選 ぶ の に 付 き 合 い、 散 々 意 見 を 云 わ さ
れたりした末に、小切手を切ってその支払をする…、それもまた別の楽し
みだ っ た 。
ブティックを出て、「友達と約束があるから…」というエリカとスクラン
逆ナンパ
73
ブル交差点で別れて、暫し道玄坂下の交差点で立ち止まって人の流れを眺
めて い た 。
と、目の前に立ち止まった背の高い男の背から、「あのお〜、付き合って
頂けません…」とさやかぐらいの年格好の女が声を掛けた。男が歩き出し
ひ と
たのはそれと同時だった。すると一呼吸間を置いて、若い背の高い女が男
に駆け寄ってその腕を取り、「なにいぃ、あの女性オ…」と、後を振り向き
なが ら 男 に 云 っ た 。
「知らない…」男も一瞬後を振り向いて、直ぐ向き直って答えた。
「でも、付き合って…とかなんとか云ってなかったア」
「聞いてない…」
「私が居なかったら誘いに乗ってたんじゃないぃ…」
「そんなことないよ…」
「分かんないわ…、男なんて…」
二人はぶつぶつ云い合いながら、次第に遠ざかって行った。
74
逆ナンパ
声を掛けた女は暫し縁石の端に立ち止まって二人の背を見ていた。そし
て、少し悄気た様子で踵を返した。
「ハハハッハア…、振られちゃいましたねえ…、代わりに私ではどうです
かア … 」
斉行は、そんな気もないのにその女に向かって陽気な声で云った。女は、
一瞬斉行を見て、ぷいっと横を向いて、人混みの中に消えた。
「…というわけでね、さやとの最初の出会いの時のことを思い出したよ、
さや … 」
斉行は、さやかの腰を抱き寄せながらその出来事を話した。
逆ナンパ
75
「今では、君に声を掛けてもらってほんとに良かったと思うよ……、こん
な形の幸せもある…、と云うことを知ることができて嬉しく思う、君と出
会わなかったら、それを知らずに一生を終わるところだった…、どれだけ
経済的に恵まれていても、それは味気なくつまらない人生だったろうな…、
尤も君との幸せな日々を知ったからそう云えるのだがねえ
取り戻した…、おまけにこの歳で子供まで授かっ
君のお陰で、私は春けを
う
た…、こんなことは希有のことだよ…、だから君が格別に愛しい…」
そう云って、斉行は、いつもの向う横取りの形でペニスを挿入して、さ
やかをひしっと抱き締め、そのぷりぷりとした乳房に顔を埋めた。さやか
も、それに応えて、両脚で斉行の腰を締め付け、腰を前に突き出すと、窒
壁がじんわりと斉行のペニスを締めつけ、二人は両腕で互いに抱きしめ合
い、揃って安堵の吐息をついた。
*****
76
逆ナンパ
了
77
逆ナンパ
拾った男 改訂四版
第一話 出逢い
あきしま
嶼物産第一海外営業部プロジェクトリーダー…
秋吉みずほ、三十二歳。秋
と、肩書は厳めしい。いわゆる総合職の中でもキャリヤ中のキャリヤだ。美
おおぶね
人で仕事が良くでき、
「面倒見の良い」ことで部下の受けも良い。中でも男の
部下は、ひそかに「大船」と呼んで、慕っている。何故彼女を「大船」と呼
ぶのか…その詮索はひとまず脇に置くとして、その秋吉みずほが、とある夏
の 昼 下 が り、 如 何 に も 場 違 い な 千 駄 ケ 谷 の い わ ゆ る 連 れ 込 み 宿 街 の 小 路 を 白
の絹のブラウスにぴったりと身体の線を際立たせた黒のキャリヤスーツに身
を包んで部下も連れずに歩いていた。
その理由は、他にあった。飛んでもない予期しない突発事故で、期待に胸
膨らましていた情事が尻切れトンボに終わり、濡れたままで後始末もしてや
れないで不満たらたらの「女自身」を抱えて、救急病院に、警察に…と、思
拾った男
1
いもかけぬ後始末に走り回って疲れ果て、いつも私事で使う車の車庫代わり
に利用している契約駐車場に向かって歩いているところだった。
「いよお~っ、いい女だねえ…、どうだい、おいらとおまんこしねえかへ…」
向い側から歩いてきた厳つい風体の労務者風の中年男がみずほに声を掛け
た。
みずほは、その思いも掛けない直接的な誘い掛けに、一瞬たじろいで、辺
りを見回した。辺りにはその男以外に猫の子一匹歩いてはいなかった。
「ほんとにいい女だ…おいらの摩羅が一目惚れして、あんたとおまんこがし
てえ…と、むずかってるぜ…」
男は、まじまじとみずほを見詰めながら、また不躾な言葉を投げ掛けた。
見ず知らずの男からそんな不埒な言葉を投げ掛けられたら、大抵の女は腹
を 立 て て 叫 び 声 を あ げ た だ ろ う に、 何 故 か み ず ほ は さ ほ ど 不 快 に は 思 わ ず、
2
拾った男
静かな表情で男をじっと見返した。
男 の 身 体 か ら は、 建 設 現 場 の 埃 に 塗 れ た よ う な 金 臭 い 臭 い が 汗 の 臭 い と 共
に立ちこめ来て、みずほの盆の窪を刺激し、みずほの間脳を経て思わぬ気の
昂 ぶ り を 起 さ せ た。 男 は、 そ の 厳 つ い 体 つ き に 似 合 わ ず、 澄 ん だ 目 を し て、
どこか知性と品のようなものを漂わせていた。
何がそうさせたのかは判らなかったが、みずほの気の昂ぶりが荒々しい男
に犯されることへの密かな期待感を伴い、みずほの心臓は早鐘を打ちはじめ
た。
次の瞬間みずほは表情を変えずに、目交ぜで首肯いて、丁度右手にあった
連れ込み宿の冠木門を潜って中に入った。
男には、そのみずほの反応は思いも掛けないことだったが、それを女の承
諾…と受け止めて、黙ってその後に従った。入口の前でみずほは一瞬立ち止
まって一呼吸置いて男を待った。男は、みずほに追い付くと、その細く括れ
た腰に右手を回し、長く慣れ親しんだ女ででもあるかのように、そっと身体
拾った男
3
をみずほの左腰に添えた。
「ここまで入ったら、今更「嫌だ…」は無しだぜ、まんこ」
そう云って、男は、みずほの張り出した太股を掌で包むようにして、二、三
度擦り、みずほの体を押し込むようにして入口の中に入った。男の膨らんだ
股間がみずほの太股に触れ、みずほには、男が欲情しているのが判った。男
は、興奮して、心なしか身体を震わせているようだった。それで、みずほは、
男がならず者ではない…と見た。
「お一人様一時間六千円、前払いでお願いします…」
入口の小さな覗き窓から、中年の女が顔を覗かせ、乾いた声で云った。
「清算は後でしてもらおう…」
男は、黙って内懐から剥き出しの札束を取り出し、その中から一万円札を
二枚宿の女に渡し、低くくぐもった声で云った。その声を訊きながら、みず
4
拾った男
ほは、入口を入る時から、いや、男に「まんこ」と呼ばれた時から、自分の
気が昂ぶって来て、ショーツが濡れ出しているのを感じていた。
「はなちゃあ~ン、お二人様ごあんなあ~ぃ…」
収書を男に渡し、奥に声を掛けた。二人が上り
女は金を受け取ると、仮領
こおんな
框で靴を脱いで上がると、小女が奥から跳んで出て来て二人を上目遣いでち
ら っ と 見 た な り、 不 釣 り 合 い に 並 ん で い る 大 き な 作 業 靴 と 黒 の し ゃ れ た ハ イ
ヒールを下足箱にしまって、後は二人に目を合わさないようにして、奥の部
屋に二人を案内した。 昼下がりのこととて、そのような時間ではないと見
え、他に利用客はないようで、宿の中はしんと静まり返っていた。
通された部屋は、宿の表の佇まいとは裏腹に洋風の部屋で、大きな丸いベ
ッドと枕元にビデオデッキの装置と幾つかのビデオテープが設えてあり、部
屋の入口寄りには、トイレを兼ねたバスルームが付いていた。
」 部屋に入ると、男は直ぐにみずほを抱き寄せようとした。
「さきにシャワーを浴びるわ…」
拾った男
5
そう云って、みずほは男を押しとどめようとした。
「いい、おいらは、生のままがいいんだ…」
男はぶっきらぼうに云って、強引にみずほの身体を抱き締めて、両掌で全
身 を 弄 り は じ め た。 男 の 怒 張 し た 股 間 が タ イ ト ス カ ー ト の 上 か ら み ず ほ の 股
間を押しつけ、みずほは、それだけで一層情を発して、早くも目を潤ませた。
「ちょっと待って、スーツやブラウスが皴になるから、先に脱がせて…」
またみずほは男の逸る気持に水を差した。
「それじゃあ、おいらが脱がせてやろう…」
男はそう云って、みずほの着ているものを脱がせに掛かった。スーツの上
衣を脱がせてハンガーに架け、脇のラックに吊るし、次いで膝上五センチの
タイトスカートの脇のジッパーを降ろして、みずほの尻を撫で擦り、股間の
臭いを嗅ぎながら脱がせてハンガーに吊るした。男の摩羅は怒張して、だぶ
だ ぶ の 作 業 服 の 前 が テ ン ト を 張 っ た よ う に な っ て い た。 そ の 様 子 か ら し て、
6
拾った男
みずほには男の摩羅が並外れて大きいと見て取った。
その後、男は順次ブラウスを脱がせ、ブラを外し、ガードルを外して脱がせ、
それぞれラックに吊るした。
「夏のこの暑い盛りに女はこんなに色んなものを身に着けなければならな
いなんて、因果なことだなあ…」
男は、同情とも揶揄とも取れる云い方をしながら、女を裸にする…という
行為を楽しんでいるようだった。みずほは黙って男の為すに委せていた。男
の怒張した摩羅だけがみずほに信号を送って、みずほの気持を昂ぶらせてい
て、みずほの女自身がいや増しに濡れてきた。
男 は み ず ほ の 身 に 着 け て い る も の を 取 り 除 く た び に、 み ず ほ の 唇 や 首 筋、
腋の下や両方の乳房の廻りの臭いを嗅いで、そこに唇を匍わせてみずほを優
しく愛撫し続けた。それでみずほは、男がその道に練達で、女を扱い慣れて
い る … と 思 っ た。 目 の 前 で シ ョ ー ツ と ス ト ッ キ ン グ だ け を 着 け て 佇 む み ず ほ
を見て、男は二、三歩後ろに下がって、つくづくとみずほの佇まいに見入って
拾った男
7
呟く よ う に 云 っ た 。
「いやあ~、実にいい女だ…、こんないい女に出会ったことはなかった…、
惚れ惚れするようないい女だ…、こんないい女におまんこをさせてもらえる
とは思わなかったぜ…、ほんの弾みで云っただけだったが、おいらはほんに
果報 者 だ … 」
「ほら、見てみねえ…、あんたの身体を見て、あんたのおまんこの臭いを嗅
いで、おいらの摩羅がどんなになってるか…」
猥褻な言葉を連発しながら、男は、着ている作業着を全部脱いで、一糸纏
わ ぬ 裸 に な っ た。 筋 肉 質 の 厳 つ い 体 の 中 で 男 の 摩 羅 が 天 を 突 い て 反 り 返 っ て
いるのが真っ先にみずほの目に飛び込んできた。みずほは思わず両掌で口を
塞ぎ、目を見開いてそれを見詰めた。
「どうだい,気に入ったかい…、こいつはあんたのせいでこうなっているん
だ…、今、こいつでじっくりあんたを幸せにしてやるからな…、そしておい
らもあんたのようないい女とおまんこできる幸せを味わいたい…」
8
拾った男
付いて、かがみ込んでみずほの尻を抱
男は、そう言って、またみずほにく近
ちづけ
え て、 み ず ほ の シ ョ ー ツ の 上 か ら 接 吻 を し、 そ こ か ら 立 ち 上 る 臭 い を 嗅 ぎ、
鼻を押しつけてそこを弄り、唇を押しつけてそこから沁み出ている淫液を啜
り、分厚い舌でそこを舐めはじめた。
「ああ~っ」と小さく声を立てて
みずほの盆の窪に戦慄が走り、みずほは、
首を後に反り返した。男は、暫くショーツの上から舌による愛撫を続けた後、
やおら腰回りにぴったり食い込んでいるショーツの縁に両掌の親指を掛け
て、ショーツを徐々に引き下ろしていった。男の目の前に、汗と淫液の混ざ
った滴に濡れたみずほの額口の生え際が姿を現わした。生え際の毛は適度に
刈り込まれ、薄桃色の地肌が透けて見えていた。額口は、前に押し出すよう
に膨らんでいて、空割の上端部が覗けて見え、男の舌の愛撫によって勃起し
たお実が外に突き出て蠢いていた。男はその勃起したお実を直に口に含んで
舌先で転がすようにして、舐め擦った。みずほはその愛撫で、たちどころに
絶頂に達して、身体を弓なりに反り返らせて、悲鳴にも似た甲高い声を発し
拾った男
9
くずおれ
て頽れかかった。男はとっさに、みずほの腰と太股を引き寄せて、そのまま
抱きかかえて、みずほの身体をベッドの上に横たえた。男は、ベッドに横た
えたみずほの身体を隈無く掌と指と唇と舌を使って、擦ったり舐めたりして、
げ
うわごと
みずほの感覚を翻弄した。みずほは、全身が痺れたような感覚に陥り、身も
世もな気に悶え、喜悦の声を発し、譫言をいい、現実の世界を忘れて、その
喜びの中に身を浸し、何度となく絶頂に達して果て、淫水を噴出させ、終に
は、無意識の内にいばりを噴き出した。男は、
その両方を平然として呑み込み、
舐め 取 っ た 。
「これは、ただの「いい女」じゃあないな…、えらく感度のいい女だ…」
男は、目の前でいばりの潮を吹くのを見せられて、頭の中で呟いた。
男がなおも愛撫の手を休めず、みずほの身体を揉んだり、擦ったり、舐め
たりしている内に、みずほは、ようやく現実の世界に意識を戻した。その時
初めて、男はみずほの両膝を抱えて、怒張を続ける摩羅を火床口に当てて押
し込んだ。それは、みずほにとっては、男との情交ではじめて味わう強烈な
10
拾った男
印象を与えられる出来事だった。 みずほはその瞬間、膣口が張り裂けるような嘗てない衝撃を受け、思わず
大きな悲鳴を上げた。男は、慌てて彼女の口を塞いで、予め挿入することを
おとがい うなじ
告げずにいきなり挿入したことを、みずほの耳元で囁くように詫び、そのま
ま 腰 を 動 か さ ず に み ず ほ の 頤 や 項 や 顎 の 下、 乳 房 な ど を 唇 で 愛 撫 し 続 け た。
その衝撃的な痛みに反応して、みずほの窒が痙攣を起こし、摩羅をきつく締
め付 け た 。
「あんたのおまんこは随分と按配のいいおまんこだ…、こんなにきつく締め
付けられたのは初めてだ…」
男は、それをみずほが意識的に締め付けているものと勘違いして、云った。
み ず ほ は、 そ の 男 の 言 葉 を、 ど こ か 遠 く か ら 訊 い て い る よ う な 気 が し た。
暫くして、みずほの緊張が解れ、男はようやく腰を動かしはじめ、みずほが
再び頂点に達すると同時に、男は激しく射精した。
最高に
「ああ~っ、いい按配のおまんこだ…、いい按配のおまんこだ…、 拾った男
11
いい、最高にいいおまんこだ、何度でも抜ける、ああ、往く、また往く、抜ける、
抜ける、こんないいおまんこを持つ最高の女に会えて、おいらは幸せだ…」
ぶつくさと云いながら、男は腰の動きを繰り返し、何度となく精を発して、
終に最後の射精をして、ドットばかりみずほの身体に伸し掛かって果てた。
暫くして、二人が平常に戻ると、男はまた腰を動かしはじめた。だが、み
ずほは、全身痺れたようになって、もう満足を通り越して、疲労困憊していた。
「もう、堪忍して…、もうこれ以上はだめだわ、仕事に戻らなければならな
いし … 」
そう云って、みずほは男の身体を押しのけようとした。
その様子を見て、男はもう限度だ…と思った。 「よし、解った…、その代わり、また今度会ってくれ…、約束してくれたら、
今日はこれで止める…」
男はそう云って、みずほの身体を撫で擦った。
12
拾った男
「いいわ、私もまた会いたいと思うから、約束するわ…、今日は、これでシ
ャワーを浴びて帰るわ…」
「よし、それじゃあ、おいらも一緒にシャワーを浴びよう」
そう云って、男はみずほの身体を軽々と抱き上げると、バスルームに入っ
て行 っ た 。
だが、結局、男はシャワーを浴びるだけでは済まず、シャワーを浴びなが
らみずほを撫で擦り、舐め回して、もう一度摩羅を挿入して情を交え、何度
も射精して、ようやく満ち足りた様子で、みずほを解放した。
「お互いに後腐れのないように、正式にどこの誰と名乗るのは止めよう…、
おいらは会った時だけあんたを「まんこ」と呼ぶから、おいらのことは「麿」
と呼 ん で く れ … 」
「まんこと麿…か、まんこと摩羅…と云うのと同じだな…」
みずほは、まだ真っ白になっている頭の中で、気だるげに思っていた。
拾った男
13
「解ったわ、麿、それじゃあ、今度また一週間後の同じ時刻に、今日と同じ
ところで会いましょう…」
「よし、分った…、それじゃあ、これ、少ないけど取っておいてくれ…」
そう云って、男は札束のなから、十万円をみずほに渡そうとした。
「私は、身体を売ったつもりはないから、受け取れないわ…、激し過ぎたけ
ど、私もそれなりにいい思いをしたのだし…」
「いや、お互いに後腐れのないように、会うたびに金でけりをつけておきた
い …、 こ れ は ま ん こ の よ う な い い 女 と お ま ん こ を す る 機 会 を 与 え て く れ た ま
んこへの感謝の意を込めた礼のつもりだ…、おいらもまんこを買ったつもり
はない…、気にせずに受け取っておいてくれ…」
そう云って男はその十万円をみずほのバッグの中に捻じ込んで、またみず
ほを 抱 き 締 め た 。
「 こ れ は お い ら の ま ん こ の お ま ん こ だ、 お い ら の 摩 羅 は こ い つ に ぞ っ こ ん
だ、滅多に離れられるもんじゃあないが、お互い腐れ縁になることだけは避
14
拾った男
けたい…、いいな、まんこ」
そう云いながら、麿は、またタイトスカートの前をたくし上げて、みずほ
のおまんこを撫で擦った。散々擦られて充血して膨れているおまんこを摩ら
れて、鋭い戦慄に似た感覚が走り、みずほは、また「はあ~っ」と甲高い声
を発して、上体を退け反らせて目を細め、下唇を噛んで微笑むような顔付き
をし た 。
「いいわ、麿の気持は分ったわ…、麿のことがもっとよく分ったら、何かお
返しをすることにして、頂いておくわ…」
こ う し て 二 人 は、 会 っ た 時 と 同 じ 方 向 に 向 か っ て 互 い に 反 対 方 向 に 去 っ て
行っ た 。
話から会社に連
みずほは、身体がへとへとだった。大急ぎで近くの公衆さと電
る
絡を入れて、第一国内営業プロジェクトリーダーの藤野了に、今日会う予定
拾った男
15
にしていた戸畑製管製鋼エンジニアリングの坂崎藤十郎に起こった突発的な
出来事の結末をかいつまんで話し、その後急に体調が悪くなって、病院に行
っていたので連絡が遅れたけれど、このまま真っ直ぐ帰宅して今週一杯休ま
せてもらうつもりだから、後をよろしく頼むわ…」と伝えた。
藤 野 了 は、 い つ も 全 身 こ れ エ ネ ル ギ ー … の よ う に 活 動 的 な み ず ほ の い つ に
なく弱々しい電話の声を聞いて、みずほの言葉をまともに受け止めた。
「承知しました、姉貴…、いつも目一杯働いているから、疲れも溜まってる
んでしょう…、それに坂崎社長の出来事で一日振り回されたんでは、いくら
気丈な姉貴でも精神的に参りもするでしょう…、今朝の合同会議の結果は後
ほど宗太から話させます…、姉貴の今の話は私から専務にお伝えしておきま
す…後は心置きなくゆっくり休養してください…、お大事に…姉貴…」
そう云って、藤野了は電話を切った。
藤野了に電話したあと、、その足でみずほは、親友の産婦人科医、永野楓が
経営する四谷三丁目のクリニックを診療時間外に訪れて、事情を話して診て
16
拾った男
かえで
もらい、膣口の裂傷の手当てを受けた。
「みずほらしくもない…」
情な性格を先刻承知の楓だが、事の次第を聞いて半ばあきれ顔
みずほの多
なじ
でみずほを詰りつつも、みずほの受けた傷の手当てをし、感染症の予防の処
置を し た 。
「みずほのここは、多淫だけど、本当に可愛いいんだよな…、その男の云う
ように、男はみんな惹き付けられるのかな…」
そう言いながら、楓はみずほの女性自身をことさらのように揉み擦った。
「ああ~ン、そんなことしたら、また感じちゃうじゃないのオ…」
「その感じやすさがみずほの玉に傷だよ…」
楓はみずほにショーツを履かせてその股間をぽんと掌で叩いて、みずほを
診療台から降ろした。
拾った男
17
第二話 出自
秋 吉 み ず ほ は、 フ ェ リ エ ス テ 女 学 院 大 学 院 の 経 済 学 修 士 課 程 を 了 え た が、
修士課程在籍中に二年半に亙って、アメリカのスタンフォード大学のビジネ
あきしま
ス ス ク ー ル で 研 修 を 受 け て M B A の 資 格 を 与 え ら れ た 才 媛 だ っ た。 帰 国 後、
あきしまさぶろうひょうえ
総合商社の秋嶼物産に採用されて、最初は総務部秘書課に配属され、専務取
締役の秋嶼三郎兵衛付きの秘書になった。
産は明治時代の殖産興業政策の中で創設された同族会社で、会長の
秋嶼じ物
んべえ
たろうひょうえ
秋 嶼 甚 兵 衛、 社 長 の 秋 嶼 太 郎 兵 衛 以 下 取 締 役 の ほ と ん ど を 一 族 が 占 め る 古 い
体質の経営だったが、その分外部資本の論理と圧力による経営の不安定さを
免れ、長い歴史を持つ中堅総合商社の地位を維持し続けている。
18
拾った男
した弁舌に長
み ず ほ は、 初 め は 弁 護 士 に な ろ う か と 思 っ た ほ ど 理 路 整 然 と
あきしまさぶろうひょうえ
け、容姿や能力と共にそんなことも手伝ってか、その専務の秋嶼三郎兵衛に
いたく気に入られた。みずほもその期待に良く応え、
「秋嶼専務の右腕」と云
われるほどの働きをするようになっていた。そんなある日、客先での契約の
最後の詰めと調印の交渉の場に専務に付添い、得意の弁舌で相手方を納得さ
せて、見事専務を助けて契約の調印に漕ぎ着けた。その契約は、イランとイ
ラクの国境を跨ぐ海底油田の開発にかかわる大きなIIPDと称するイラン
イラク石油開発プロジェクトに関するものだったため、専務は上機嫌になっ
て、 帰 途 同 行 の 第 一 営 業 部 長 以 下 の 社 員 を 熱 海 の 温 泉 で の 二 日 間 の 慰 安 旅 行
に連 れ て 行 っ た 。
が一次会に出ていた芸者を総上げし
そして、第一営業部長以下の男の社員あ
きしまさぶろうひょうえ
て二次会にしけこんだその夜、みずほは秋嶼三郎兵衛に「処女を捧げた」。
そんな古めかしい表現がぴったりするほど、みずほは二十三歳になるその
歳まで、男を寄せ付けなかった。その理由は、何も古風で厳格な家に育った
拾った男
19
さが
からではなくて、古風は古風でも、みずほに云わせると「武家の淫蕩な伝統」
を受け継ぐ淫蕩な性の血が自分の中に流れている…と思い込んで疑わなかっ
た か ら だ っ た。 そ の 思 い 込 み が 的 を 射 て い た こ と を み ず ほ 自 身 後 に な っ て 思
い知らされることになる。専務による処女喪失は、そのきっかけになったの
だっ た 。
男子社員全員が出払って、専務と二人だけで宿に残ったその夜、みずほは、
専務の部屋に呼ばれた。その時みずほは、朧げながら専務によって処女を失
うことになるのを予感していた。みずほは、何の疑いもなく、ショーツ以外
あきしまさぶろうひょうえ
はブラも着けずに宿の浴衣を着ただけの姿で、専務の部屋に臆することなく
入 っ て 行 っ た。 一 方 秋 嶼 三 郎 兵 衛 は 初 め か ら み ず ほ を 籠 絡 す る つ も り で 自 分
の部屋に呼び入れたのだった。
ス ー ツ に 着 替 え ず に 入 っ て 来 た み ず ほ の 浴 衣 掛 け の 身 な り を 見 て、
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は、みずほの暗黙の了解…と受け止めた。
20
拾った男
さぶろうひょうえ
くつろ
ベッド脇の小さなテーブルでワインをみずほにすすめて、と
三 郎 兵 衛 は、
よもやまばなし
りとめのない四方山話を初めた。飲み慣れないワインを飲んでほろ酔い加減
さぶろうひょうえ
に な っ た み ず ほ は、 し ど け な く 浴 衣 の 胸 元 を 寛 げ、 と ろ ん と し た 目 付 き で、
専務と受け答えをしだした。三郎兵衛の目には、そのピンクに染まったみず
ほの胸元がいとも艶いて見え、しかもブラを着けていないことが見て取れた。
「と云うことは、下履きを着けているだけか…」
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は、淫蕩な目でみずほを見ながら、浴衣の下のその裸の姿を想像
して い た 。
「君には決った許婚や恋人は居ないのかね…」
さぶろうひょうえ
郎兵衛が探りを入れるように尋ねた。
三
「ええ、そんな人いませんわ…」
みずほは相変わらずとろんとした目で応えて、またワインを一啜りした。
「結婚するなら、どんな男がいいかね…」
拾った男
21
「そんなこと考えたこともございませんわ…」
「例えば…の話しだよ…」
さぶろうひょうえ
「例えばア…、私年上の男の方が好みなの…、例えば専務さんのような方…、
きっと優しく愛してくださると思って…」
が 何 や ら 悪 戯 っ ぽ い 挑 発 的 な 目 付 き で、 三 郎 兵 衛 の 目 を 見 詰 め た。
みずほ
さぶろうひょうえ
それは三郎兵衛に行動を起こさせる切っ掛けになった。
「例えばどんな風に愛されたいんだね…」
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は自分の椅子をみずほの椅子の脇に並べて座って云った。
「ほうら、来た…、私はこんな時が来るのを随分前から待っていたような気
が す る わ …、 私 の 血 の 中 に 流 れ る 淫 蕩 な 性 が そ ん な 期 待 を さ せ て い た よ う な
気が…、」
さぶろうひょうえ
そう思いながらことさら逃げようと
ワインの酔いも手伝ってか、みずほは
さぶろうひょうえ
もせず、それには何も応えずに、
じっと三郎兵衛の次の行動を待った。その間、
三郎兵衛は自分と半分以上も歳の差のある若い娘の胸元から発散する匂いに
22
拾った男
さぶろうひょうえ
酔い痴れながら、じっとして、どうするのが良いか考えていた。みずほが余
り長いこと答えないでいるので、三郎兵衛は、みずほが恥ずかしがっている
のか、気詰まりなのか判断が付かずに、思い切って更に大胆な行動に移った。
「例えば、こんな風に愛されたら嫌かね」
さぶろうひょうえ
郎兵衛は左腕をみずほの肩に回して、右手をみずほのしどけ
そう云って三
なく広がっている胸元に差し入れて、その左の乳房を押し包み、掌で乳首を
さぶろうひょうえ
揉みはじめた。みずほは、うな垂れたまま黙って三郎兵衛の動作に身を任せ
てい て 。
暫くして次第に快感がみずほの背筋を走り始めた。
「ああ~っ、専務さん…」
みずほはか細い声を上げて上体をのけ反らせた。その様子から、三郎兵衛
は、 み ず ほ が 殊 更 に 抵 抗 し な い … と 判 断 し て、 更 に 大 胆 に 脇 腹 か ら 下 腹 に
さぶろうひょうえ
向 か っ て 掌 を 移 動 さ せ な が ら そ の 柔 肌 を 揉 み し だ い た。 み ず ほ は、 そ の
三郎兵衛の手の動きを酔眼で眺めながら、自分の身体がそれに抵抗しないど
拾った男
23
さぶろうひょうえ
ころか、逆に反応してその快感を味わおうとしているのを感じていた。
郎 兵 衛 は、 や お ら み ず ほ の 身
暫くそのように右手の愛撫を続けた後に、三
体を自分の膝の上に抱きかかえた。みずほは、その時、
「あっ…」と小さく声
を上げただけで、それ以上嫌がる様子を示さなかった。
「子供の頃こんな風に父さんに抱きかかえられたことがあったっけな…」
み ず ほ は、 父 親 の 朔 太 郎 に 慈 し ま れ て い た 幼 い 日 々 の こ と を 思 い 出 し て い
た。みずほの男に対するイメージは、彼女の父親にすり込まれていたのだっ
さぶろうひょうえ
た。
さぶろうひょうえ
郎兵衛は、続いて浴衣の扱きを解いた。綺麗でピンクに輝いているよう
三
さぶろうひょうえ
なみずほの全身の肌が三郎兵衛の目の前に曝されて、みずほの息遣いと共に
蠢いていた。三郎兵衛は、その様子を見て、さも愛おしげに胸元から下腹に
掛けて柔らかく撫で下ろした。
「うう~ん、専務さん、擽ったいわ…」
みずほが呻き声を発した。
24
拾った男
「今直に気持ち良くなるよ…」
さぶろうひょうえ
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は、この若い娘を自家薬籠中のものにできた喜びで、打ち震えな
がら、次第に掌だけでなく唇や舌を使って全身を弄り、舐め回し続けた。そ
して、三郎兵衛が硬く勃起した両方の乳首を口に含んで舌先で転がしながら、
さぶろうひょうえ
掌を次第に下に移し、太股を撫で擦ると、みずほが腿の緊張を緩めて額口の
周りが次第に上向きに露になってきた。それを見て、三郎兵衛は、直ぐに右
手の中指で、スリップの上からそこを摩り始めた。それは、みずほの味わっ
た こ と の な い 強 い 刺 激 だ っ た。 そ の 刺 激 は、 指 の 動 き が 速 く な る に 連 れ て、
得も言われぬ快感に変わって行った。
「ああ~ン、専務さん…、いけないわ…、いけないわ…、気が遠くなりそう
だわ…、ああ~ん、止めて、止めて、どこかに飛んで行くわ…」
譫言のように叫んで、みずほは全身を震わせて、やがてぐったりとなった。
「この娘はもしかしたらまだ未経験なのか…」
拾った男
25
さぶろうひょうえ
み ず ほ の 余 り に 早 い 昇 天 を 見 て、 三 郎 兵 衛 は 思 っ た。 そ う 思 っ た ら、
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は急に興奮してきて、ショーツの前の縁から掌を差し入れて直にみ
ずほの恥部を掴んだ。そこは漏れ出た淫液でしとどに濡れていた。
「ああ、こんなに淫水を漏らしているのなら未通ではないか…、それもそうだ、
二十三にもなって未経験だなんて、今どきあり得ないさ…」
さぶろうひょうえ
些か期待が外れた…という思いで、気を落としたが、それでも若い娘の全
身から横溢する活力を、淫水などの体液を通して貰い受けられることは確か
さぶろうひょうえ
だ…と、気を取り直して、三郎兵衛は次の行動に移った。
郎兵衛の一つ一つの愛撫に身体が痺れ、ぼんやりし
み ず ほ は、 そ の 間 に 三
ながら男の首筋に吸い付くようにしてしがみついていた。
れを除いて、殆ど全裸を曝して自
自分の腕の中で、僅かばかりの薄い布切さ
ぶろうひょうえ
分にしがみついているみずほの姿を見て、三郎兵衛は次の最後の行動に移り、
みずほを抱き上げて立ち上がり、ベッドに移して横たえた。みずほは、赤児
がするように親指を口に銜えて吸いながら、目を瞑ってなにやら譫言めいた
26
拾った男
さぶろうひょうえ
声を 出 し て い た 。
さぶろうひょうえ
郎兵衛は、みずほを仰向けにさせて、その両膝を抱え上げてM字型に立
三
てさせ、やおらショーツを引き下ろしに掛かった。可愛気な額口が目の前に
曝 さ れ、 そ の 艶 い た 臭 い が 直 に 三 郎 兵 衛 の 鼻 腔 を 擽 り、 間 脳 を 痺 れ さ せ た。
目 の 前 に は、 比 較 的 薄 い 毛 に 覆 わ れ た 恥 部 が、 み ず ほ の 息 遣 い と 共 に 蠢 き、
さぶろうひょうえ
鴇色の空割の襞が妖しく誘い掛けているように見えた。
つゆ
郎兵衛は、思わずその空割に唇を押しつけ、火床口から溢れ出ている淫
三
水を啜り、空割全体を舐め回した。
さぶろうひょうえ
こそ男の不老長寿の妙薬じゃ、甘い匂いと甘露
「未通女でなくとも、この汁
な味がする…、妙薬じゃ、妙薬じゃ…」
三郎兵衛は興奮して、頭の中でつぶやきながら夢中で淫水を啜り空割全体
をな め ま わ し た 。
みずほは、そのどこから来るのか分らない快感で全身を震わせ続けた。み
ずほは、自分の全裸を、中でも自分の秘部を隈無く男の目の前に曝しながら、
拾った男
27
男の唇や舌によって舐め回されていることを恥ずかしいとも思わず、ただひ
たすら次から次に押し寄せて来る得も言われぬ快感に身を任せ、身体を打ち
震わせて絹を裂くような声を上げ、その中に浸り切っていた。
「こんな風に男は女を愛するんだ…」
みずほは、麻痺した感覚の奥底で、学生時代の永野楓とのレズビアンは別
にして、初めて経験する実際の男女の性愛行為のことを思っていた。
そんな飽くことのない男の愛撫の末の快感の高まりの最中に、男は女の尿
道口に舌の先を差し入れて弄り、同時に菊座に右手の中指を当てて弄ってか
らアナルに差し入れてその腹側を圧し付けながら震動を加えていった。それ
は、同時に女の短い尿道を刺激することになり、気の昂ぶりと共に、我慢で
きない尿意がみずほを襲った。
「ああ~っ、だめっ、漏れる、漏れるわ、止めて、止めて、漏れるう~ッ」
みずほは悲鳴のような声を上げた。
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拾った男
さぶろうひょうえ
「いいよ、いいよ、漏らしてもいいよ、儂が全部呑み取ってやるから、漏ら
して も い い よ … 」
三郎兵衛は、そう、みずほの耳元で呟き、一層動きを早めて再びその愛撫
を続 け た 。
みずほは、終に絶え切れないほどの緊張を覚えて打ち震えた。
「あああ~っ、もうだめ、もうだめ、漏れる、漏れる、漏れるう~ッ」
いばり
みずほは全身を痙攣させて、終に尿を噴出させた。それを待
と 叫 ぶ な り、
さぶろうひょうえ
ち受けていた三郎兵衛が口で受け止めて全部呑み込んだ。それは、若い女の
尿の臭いと女性ホルモンの入り交じった、甘い匂いと味がした。 「これも甘露じゃ、これも不老長寿の妙薬じゃ…」
さぶろうひょうえ
郎兵衛は、頭の中で呟きながら、空割全体を丁寧に舐め回し、最後に火
三
床口に唇を圧し着け、舌先でその中を舐め回した。
み ず ほ は 追 い 討 ち を 掛 け て 襲 っ て く る 快 感 に、 狂 気 の 声 を 発 し て、 身 体
を 細 か く 打 ち 震 わ せ、 多 量 の 淫 水 を 噴 き 出 し た。 そ れ を 舐 め 取 り な が ら、
拾った男
29
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は、終にその愛撫の仕上げとして、怒張してぎりぎりまで緊張して
いる摩羅を、無造作に火床口に押し込んだ。
「きゃあ~っ、痛い~っ」
さぶろうひょうえ
みずほは、思いも掛けず突然襲った痛みに、身体を競り上げて逃れようと
したが、両脚を抱え上げられて、肩口を両腕でつかまれていては逃れようも
なく、その次の瞬間には、三郎兵衛の摩羅はそっくりみずほの窒の中に納ま
さぶろうひょうえ
っていた。みずほはせっかくの快感を打ち破られて、悄気て、目に泪を溜め
て三郎兵衛の肩口にしゃぶりついた。
郎兵衛は、その時初めて、みずほが処女だったことを覚った。
さぶろうひょうえ
三
さぶろうひょうえ
「そうと分っていたらもっと慎重に入れたのに…、しかし、二十三になるま
こ
で処女だったなんて、今どき珍しい娘だな…この娘は…」
三郎兵衛は頭の中で呟いた。 「まだ一度もしたことなかったんだね…、てっきりもうとっくに経験してい
30
拾った男
ると思っていたから、注意せずに挿入して痛い思いをさせて、すまん…、で
もね、初めての時は、多かれ少なかれ一度は痛い思いをするようだからね…、
だから、初めての男は、一生忘れられない…と云うらしいよ…、これで、儂
は生涯君に覚えていてもらえそうだから、嬉しいよ…、君の処女を貰ったお
礼に、十分な償いをするから、もう泣きやんでおくれ…、まだ痛むかい…」
気反えっているみずほの 瞼 に唇を押し 着けて、
そう云って泪を浮かべて悄
さぶろうひょうえ
その泪を啜った。その時、三郎兵衛には、俄にみずほに対する愛しさが募っ
くちづけ
さぶろうひょうえ
て来た。そして、摩羅を挿入したまま何もせずに、みずほの身体を隈無くな
で擦り、接吻の雨を降らせた。
最初の痛みが薄れて行くに連れて、みずほにも三郎兵衛に対する愛しさが
湧いてきて、おずおずとその首根っこに接吻をして、その背中を撫で擦った。
「この男が、私の最初の男なんだわ…、初めから予感がした通りだったわ…、
十分いい気持にさせてもらったし、おしっこまで呑んでもらった…、恥ずか
しいけど、愛しい人…、一生忘れられないわ…」
拾った男
31
みずほは両掌で愛撫を返しながら、頭の中で呟いていた。
そ の み ず ほ の 動 作 で、 よ う や く み ず ほ の 緊 張 が 解 れ た と、 覚 っ て、
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は腰を動かしはじめた。最初はゆっくりと、次第に小刻みに速度を
速めながらみずほの膣の中の泣きどころを探って、みずほが特に快感を表す
さぶろうひょうえ
さぶろうひょうえ
言葉は言わないまでも、絹を引くような声を発して全身を痙攣させたのを機
に、三郎兵衛は、久しぶりに勢いのある射精をした。その上に、三郎兵衛の
さぶろうひょうえ
摩羅は、直ぐには萎えなかった。二人は摩羅を挿入したまま微睡み、目覚め
ると、三郎兵衛はまた気を高ぶらせ、今度は長い時間をかけて腰の動きを続
さぶろうひょうえ
けて、みずほを十分に善がらせ、二度目の精を発して、そのまま繋がったま
ま朝まで眠った。それは三郎兵衛が、みずほという娘によって肉体的にも精
神的にも満ち足りて、回春を覚らされた出来事だった。
「今
その一週間後に、みずほは、総務部秘書課長に推挙された。その理由は、
般のIIPDプロジェクトの契約達成における抜群の働き」というものだっ
32
拾った男
た。課長の職位に就くことによって、みずほは、総合職として管理職の一角
に 座 し、 今 ま で 同 じ 平 の 職 員 だ っ た 他 の 男 女 合 わ せ て 十 名 の 同 僚 が み ず ほ の
部下として配属された。
そして、十名の部下を束ねて指図する傍ら、自らは専務取締役付きの秘書
とし て 、
「専務の役職になくてはならない右腕」と位置づけられ、常時専務と
行動を共にするようになった。給与は、平の秘書の時代に比べて格段に高く
さぶろうひょうえ
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なり、その上、専務のポケットマネーから常時別途の手当てが出た。それは
三郎兵衛が「みずほの処女を奪って、その前途を狂わせた」ことに対する償
さぶろうひょうえ
いの気持ちの現れの一環だったが、公式には、専務交際費の中から「みずほ
の働きに見合った」特別手当として支給された。三郎兵衛の「償い」はそれ
さぶろうひょうえ
のみに留まらなかった。
郎兵衛は、みずほと肌を合わすたびに、半端でない手当てを渡した。そ
三
れは現金とは限らず、何かの理由を付けて時には高級ジュエリーや、流行の
高価な衣装が渡されたり、また時にはみずほ名義にした会社の非公開の株式
拾った男
33
が渡 さ れ た り し た 。
あきしまさぶろうひょうえ
仕事の責任は重く、早朝から夜遅くまで多忙になり、みずほには健康管理
と、 多 忙 な 業 務 の 合 間 の 時 間 を 巧 み に 利 用 し て 息 抜 き を す る こ と も 必 須 の 職
務になった。専務の秋嶼三郎兵衛が在席中は、常に専務室にあって、専務か
ら出される指示や稟議事項を当該部署に伝達し、専務が外出する際には、部
下の秘書一人を連れて専務に同行し、留守中に専務から出る指示は、みずほ
を 通 し て、 別 室 に 陣 取 る 男 性 の 秘 書 課 長 補 佐 を 介 し て 必 要 な 部 署 に 伝 達 さ れ
さぶろうひょうえ
た。みずほは、そんな多忙な職務の中で、若さに任せて七面六臂の活躍をし、
さぶろうひょうえ
しばしば重要な契約に関わる業務を仕切って、三郎兵衛を補佐する役目を良
く果 た し た 。
さぶろうひょうえ
さぶろうひょうえ
みずほと三郎兵衛の間の肉体関係は、さほど頻繁ではなかった。三郎兵衛
の業務が多忙なことと、還暦を過ぎた年齢から来る性欲の減退がその理由だ
った。それは、三郎兵衛と肌を合わせる回数が増えるに連れて、みずほ自身
34
拾った男
さが
が女として目覚め、開発され、みずほの血の中に宿っていた淫蕩な性が表に
現 わ れ、 や が て 不 満 が 鬱 積 す る よ う に な っ た。 み ず ほ の 仕 事 が 忙 し く な れ
ば な る ほ ど、 そ の 緊 張 感 が 抜 け た 後 に み ず ほ の 気 は 高 ぶ っ て、 勢 い 自 然 の
さぶろうひょうえ
さぶろうひょうえ
摂 理 の よ う に 性 欲 が 亢 進 し た。 そ し て、 み ず ほ は、 し ば し ば 自 ら 積 極 的 に
三郎兵衛に情交を迫った。三郎兵衛は、日増しに闊達になって行くみずほの
性的欲求を持て余し気味になり、しばしば困惑したが、それでもあからさま
に身体を投げ掛けて甘えられたり、業務中に股間を圧し付けて意思を示した
さぶろうひょうえ
りされると、相手をしてやらざるをえなかった。
いばり
郎兵衛の唯一の救いは、みずほが手技や舌技に弱く、それだけで何
ただ三
度も頂点に達することができることだった。それに、みずほの若い肉体から
さぶろうひょうえ
噴 出 す る 淫 水 や、 し ば し ば 興 奮 の 余 り 我 慢 で き な く な っ て 噴 出 さ せ る 尿 を 呑
むことは、三郎兵衛にとっても至福だったので、専ら手技と舌技で間に合わ
せ、全コース揃っての情交は、せいぜい月に一度ぐらいに留めざるを得なか
った 。
拾った男
35
さぶろうひょうえ
兵衛に告
そんな日が続いて、更に一年後、みずほが「妊娠した…」と三郎
さぶろうひょうえ
げ た。 そ れ は 思 い も 掛 け な い 青 天 の 霹 靂 の よ う な 嘗 て な い 衝 撃 を 三 郎 兵 衛 に
与え た 。
さぶろうひょうえ
その事実を告げられた日に、三郎兵衛は、みずほを社用の車ではなく私用
の車に乗せて中軽井沢の別荘に連れて行った。常駐する僅かばかりの使用人
以外には誰も居ないひっそりとした広い別荘の来客用の部屋のベッドで、二
さぶろうひょうえ
人は久しぶりに懇ろに睦み合った。
三郎兵衛は、みずほを素っ裸にして、仰向けに寝かせ、真っ先に額口の周
辺に目を移した。額口の生え際から臍下に掛けて、心なしかぷっくりと膨ら
んでいるように見えた。
「便秘だからではないのか…」
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は訝し気に云った。
36
拾った男
「それで、どうして妊娠していると分ったんだね…」
さぶろうひょうえ
情で訊いた。
三郎兵衛が納得いきかねる表つ
わり
阻ではないか…と思うような症状が出ていた
「ここのところ体調が悪く、悪
の で、 四 谷 三 丁 目 で 産 婦 人 科 ク リ ニ ッ ク を 経 営 し て い る 親 友 に 診 て も ら っ た
の…、そしたら紛れもなく妊娠だ…と云って、エコー診断装置の映像を見せ
て く れ た の よ …、 小 さ な 手 足 の あ る 胎 児 が 二 つ 写 っ て い た わ … そ れ は 画 像 の
さぶろうひょうえ
乱れではなくて、十中八九双子だ…というのよ…」
みずほは、三郎兵衛に下腹の辺りを分厚い手で擦られるに委せながら、あ
りのままを話した。その話は、衝撃を越えた現実のご託宣だった。
さぶろうひょうえ
「それにね、何も気が高ぶっていないのに、いつも淫水が漏れ出てくるの…、
それも妊婦には普通にあることだって…」
みずほは、なにやらとろんとした眼差しで三郎兵衛を見詰めて、付け加え
た。
「う う ~ む ウ ~ 」
拾った男
37
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は、うなり声をあげながら、みずほの空割に唇を圧し付けて、漏
れ出ている淫水を啜った。
さぶろうひょうえ
「還暦を迎えて、実の娘より若い娘を孕ませたとは…、儂のどこにそんな精
力があったのか…、もしかして、他の男の種ではないのか…」
郎 兵 衛 は、 半 信 半 疑 の 気 持 ち で、 頭 の 中 で そ ん な こ と を 思 い な が ら も、
三
目の前に朱色に口を開いて蠢いている火床から立ち上る艶いた臭いに間脳を
刺激されながら、そんな思いとは裏腹に、現実を受入れようとする気持がは
たらきはじめていた。 し て 改 め て み ず ほ が 近 し く 愛 し い 存 在 に な っ て き て い る の を 感 じ て、
ほそ
と ぐ ち
火床口から空割の谷間や襞、お実や額口、生え際の外の柔らかな内股へと唇
を匍わせて、唇と舌による愛撫を繰り返した。
み ず ほ の 背 筋 か ら 間 脳 に、 そ し て 間 脳 か ら 全 身 に 痺 れ に 似 た 快 感 が 走 り、
みずほは、瞑目してその快感に身を委ね、ぶつぶつと何事か譫言のように声
を発し、やがて次第に息を荒げて、絹を引くような声に変わり、絶頂に達し
38
拾った男
さぶろうひょうえ
て終に果ててぐったりとなった。三郎兵衛は、それでもなお空割の谷間とい
い、縁といい、隈無く舐め回し、お実を口に含んで捏ね回し、吸っては放し
している内に、お実がひくひくと痙攣を起こし、やがてその痙攣が太股から
ふくらはぎ、足の親指の先へと伝搬して、みずほは、大きく声を上げて身体
を硬直させたかと思うと、ドクドクドクと淫水を噴出させ、次いで、
「も、も、
漏れる、漏れる、漏れるう~ッ」と声を引き、
「だめ、だめ、ああ~っ、もう
さぶろうひょうえ
だめ、だめえ~っ」と叫んでいばりを噴射した。一瞬その噴水を口で受け損
ねた三郎兵衛は、そのいばりをもろに顔に浴び、かろうじて残りを口で受け
さぶろうひょうえ
止めて呑み取った。若い娘のいばりに男の精力を強める効果があるのか、そ
れがただの心理的な効果なのかは知れないが、いつも三郎兵衛は、みずほの
いばりを呑んだ後、性欲が亢進した。この時もいきなりもくもくと佇立して
き た 摩 羅 の 鳫 先 を 火 床 口 に 挿 し 込 ん で、 余 り 深 く 突 き 込 ま な い よ う に し て、
腰の動きを速めていった。
「あれ、専務さん、
それに気付いたみずほは、上体を起して、腰元に目をやり、
拾った男
39
今そのようなことをなさると、お腹のあかちゃんに障ります…」
と、まだ快感に身を委ねた空ろな目をして、云った。
「なに、ややに障らないように、入口のところだけでしておる、心配ない…」
さぶろうひょうえ
郎 兵 衛 が 騎 坐 の 姿 勢 で、
み ず ほ が 現 実 に 戻 っ て 目 を 見 開 い て 眺 め る と、 三
摩羅を握って、腰を動かしていた。摩羅の鰓を張った鳫先が、淫水に塗れて、
てらてらと淫猥な姿で火床口を出入りしているのが目に入った。いつも快感
に身を委ねて目をつむっているみずほは、このような性交時の摩羅の姿を目
にするのは初めてだった。
「随分と猥褻だわ…」
さぶろうひょうえ
て上体を横たえ、高まり来る快感に身
そうみずほは感じ、また目をつむっ
みぞおち
を委ねた。火床口から発する快感が鳩尾に伝わり、更に間脳に達してみずほ
が 狂 お し げ に 身 悶 え し、 そ の み ず ほ の 姿 を 見 て、 更 に 三 郎 兵 衛 が 興 奮 し て、
緊 張 が 極 限 を 迎 え、 終 に 精 を 発 す る 直 前 で 摩 羅 を 引 き 抜 い て 空 割 の 谷 間 を 擦
40
拾った男
ると、精が勢いよく噴射されて、みずほの乳房の谷間まで飛び散った。みず
ほがその熱い精液の刺激で思わず上体を起して眺めると、黄味がかった白い
精液がみずほの額口の生え際から鳩尾と乳房の谷間を抜けて喉元までべっと
りと張り付いて、艶めかしい栗の花の匂いを発散させていた。
さぶろうひょうえ
特定の男女の間の性愛は、一に掛かって艶めかしく、それ故に二人だけに
秘め事なのだ…と思いながら、みずほは、またもとの姿勢に戻って目を閉じ
た。 三 郎 兵 衛 が み ず ほ の 額 口 か ら 次 第 に せ り 上 が っ て 飛 び 散 っ た 精 液 を 舐 め
取っているらしい分厚い舌の動きの擽ったさを噛み締めていた。
「 専 務 さ ん が ご 自 分 の 歳 や 社 会 的 立 場 を 忘 れ て、 淫 水 や 精 液 を 舐 め 取 っ た
り、私のおしっこを呑み取ったりなさるのも、それは性愛のひとつの形、私
たち二人だけの秘め事なんだわ…」
さぶろうひょうえ
思いながら、自分をこんな風に見栄も外聞もなく愛そうと
み ず ほ は、 そ う
さぶろうひょうえ
してくれている三郎兵衛が、歳の違いはあっても、またとない愛しい存在に
思 え て き た。 そ し て 腕 を 伸 ば し て、 半 ば 禿 げ 上 が っ た 三 郎 兵 衛 の 項 や 首 筋、
拾った男
41
くちづけ
さぶろうひょうえ
肩口を優しくなで擦った。三郎兵衛もそれに応えるようにみずほの胸元や乳
房に接吻の雨を降らせた。
「これが私たち二人の愛の形…、そして私のこの中に、その愛の結晶が二人
も宿っている…、これは何ものにも換えがたい大切なもの…、どんなことが
あっても、私はこの二人を産んで、たとえ独りででも育てるわ…」
みずほは、その時初めて、はっきりと「産む」ことを決めた。
ながら互いに睦みあった。みずほは、
ことが済んで、二人はシャワーを浴さび
ぶろうひょうえ
歳の割には皴の少ないやや小太りの三郎兵衛の身体に唇を匍わせ、しゃがみ
さぶろうひょうえ
込んでその摩羅を手に取って扱き、その鳫先を口に銜えて舐め回すと、今度
はそのお返しに三郎兵衛がみずほの身体を舐め回した。
そ の 様 子 は、 こ れ ほ ど 可 愛 く て 愛 し い 存 在 は な い … と 云 わ ん ば か り に 念 入 り
さぶろうひょうえ
で、 殊 に 太 股 を 抱 え て 尻 を 擦 り な が ら み ず ほ の 股 間 に 顔 を 埋 め て い る 初 老 の
三郎兵衛の姿は、なにやら祈りにも似ているようだった。
42
拾った男
「それでみずほは、産む気かね…」
さぶろうひょうえ
郎兵衛が訊いた。
遅い夕食を摂りながら、三
「はい、専務さん…、さっき専務さんに愛されていて、そう決めました…、
私を初めて女にしてくださり、何くれとなく配慮をしてくださり、何より
も心から可愛がって慈しんでくださている大切なお方の種…、流したりする
のは鬼の所業だと思います…、
殊 に …、 殊 に エ コ ー の 画 像 で 必 死 に 生 き よ う と し て 成 長 し て 四 ヶ 月 に も な
っているらしい二人の姿を見ては、中絶するなんて、とてもそんな気にはな
れませんわ…、喩えシングルマザーになっても、育てる気になりました…」
みずほはしんみりした口調で云って、白ワインのグラスを手に取って、一
口啜 っ た 。
「認知して欲しいだろうな…」
さぶろうひょうえ
郎兵衛がみずほの目を覗き込むようにして云った。
三
拾った男
43
「はい、私のためと云うよりは、子供たちのために、認知していただければ、
嬉し い で す わ … 、
でも、専務さんのご家庭には、それなりのお立場やご都合がお有りでしょ
う …、 で す か ら 私 の 方 か ら 認 知 を 申 し 立 て て 法 律 で 争 っ た り す る 気 は あ り ま
せんわ…、でも、認知していただけなければ、二人が父無し子にならないよ
あきしまさぶろうひょうえ
うな良い方法を一緒に考えていただきたいと思います…」
「うむ、みずほの気持はよく分った、秋嶼三郎兵衛は男だ…、伊達に厳めし
い名前が付いている訳ではないと思っている…、取るべき責任と義務は果た
す…、それに何よりも、みずほは儂には掛け替えもなく愛しく大切な女だ…、
こうして目の前で見ているだけで、儂の気が高ぶり、愛したくなる…、だか
ら仇や疎かには処遇しないつもりだ、応分以上のことをする…、認知のこと
は、また二人で話し合おう…、兎に角今は身体を気遣って、丈夫な児を生む
ように努めなさい…」
郎兵衛は、それだけ云うと、立ち上がってみずほの側に寄って来て、み
さぶろうひょうえ
三
44
拾った男
くちづけ
ずほの手を取って立ち上がらせ、激しく抱き締めた。そして、みずほの首筋
さぶろうひょうえ
「愛しい、みずほがこよなく愛しい…」と云って、みずほの口
に接 吻 を し て 、
さぶろうひょうえ
を深く、長く吸い続けた。三郎兵衛の硬く膨らんだ摩羅がみずほの股間を圧
し付けて、三郎兵衛がまた欲情しているのが分った。
*****
秋に入って、妊娠六ヶ月が過ぎるとみずほは、早々と休職願いを出して自
宅に引き篭もった。腹が迫り出してきて、はっきりと「妊娠」と分るように
なったことと、キャリアースーツのタイトスカートとハイヒールでは、思い
掛けない事故が起こりかねず、その危険を回避するためだった。総務部長に
出した休職願いには、はっきりと「妊娠」と書いた。未婚の母になることを
拾った男
45
はっきり宣言したようなものだった。
みずほの年齢になると恋人の一人や二人居たとしても不思議ではないのだ
が、結婚すると云うような噂も流れたこともなく、専務付きの秘書として超
多忙な日を送っていたみずほにそのような可能性があるとも思われていなか
った。美人で格好が良く、知的で頭が良く、鷹揚で包容力があり、弁舌が冴
えて仕事の能力も高いとあって、男の同僚社員ばかりでなく女の同僚からも
憧れと敬愛の目で見られていたので、突然の「妊娠」と「未婚の母」と云う
二つのキーワードが現われて、口さがないスタジオスズメたちの「相手は誰
か…」を詮索する噂話は、社内に溢れたが、当人が早々と休職して姿を隠し
あきしまさぶろうひょうえ
てしまったので、それも尻切れトンボに終わった。ただ、秘書課を中心とす
る総務部では相手が専務の秋嶼三郎兵衛だと思っていたが、専務の手前憚ら
れて誰もそれを口に出すこともならず、そのような噂は外には漏れなかった。
*****
46
拾った男
あきしまさぶろうひょうえ
秋嶼三郎兵衛は、その間にみずほに「十分に報いる」ための策を自分の裁
量権の及ぶ範囲で次々と考えた。
さぶろうひょうえ
先ず初めに、妻のオリエに全てを正直に打ち明けて、生まれてくる児の父
親として認知して、秋吉姓を名乗らせることを認めさせた。若い頃の精力旺
さぶろうひょうえ
しとね
盛だった三郎兵衛の性欲がめっきり減退してきているのを知っていたが、オ
さぶろうひょうえ
リエは三郎兵衛との間に二男三女を設けて、もう閨のことはいいと「お 褥 下
がり」を申し出ていたので、最近三郎兵衛が若い秘書に老いらくの恋をして
いるようだと薄々感づいていても、焼餅一つ妬くでなく、専ら歌舞三弦の道
に身をやつしていた。
は赤坂の芸者で、当時秋嶼物産の新進気鋭の青年専務とし
オリエは若い頃
さぶろうひょうえ
ひ か
て売り出し中の三郎兵衛と恋仲になり、程なくして落籍されて専務夫人に納
まり返って、二十五年余、艶の道では酸いも甘いも噛み分けた太っ腹な女だ
拾った男
47
さぶろうひょうえ
おしどり
った。三郎兵衛にはそこがまた気に入っていて、歌舞伎や唄三弦に舞などの
芸事の公演には、鴛鴦夫婦よろしくオリエに同伴して足繁く通ってもいた。
あきしまさぶろうひょうえ
秋嶼三郎兵衛もすっかり老
「旦那様、それは良うございました…、さしもの
おなご
いたか…と、思うておりましたが、そのような女子が現われて、旦那様が再
び春を回復されたとあれば、当家に取りましても何よりも喜ぶべきことと存
しとね
じま す … 、
私は「お 褥 下がり」を申し出て、十年余り、旦那様と肌を合わせることも
ございませんので、悋気や不平を言う立場にもなく、旦那様の良いようにな
さい ま せ …
旦那様に春を取り戻させたばかりでなく、子まで宿したとあれば、その方、
女子としてよほど優れて居られるのでしょう、一度密かに会ってみたくなり
まし た 」
48
拾った男
「仕事ができる点では社内随一だな、儂の仕事を推める上では、秋吉みずほ
はなくてはならない存在…いわば右腕とも云えるほど優秀だ…」
「みずほさん…と、おっしゃるのですか…、
旦那様がそのように高く買っていらっしゃると云うことは、その方が今まで
にないタイプの女性なのでしょうね…、益々興味が湧いてきました…」
「会ってみるか…、いつにする…」
「そうですねえ…、その方が復職して、半年程してからでしょうかねえ…」
さすが
「うむ…、流石はオリエ…、目の付け所が違うな、今会っても、ただの妊婦
だからなあ…、彼女の真価は見えぬ…、復職したら、儂の専属秘書から、第
一海外営業部に転属させるつもりだ、儂の指示で伝達事項にだけ携わってい
る限り、彼女の真価は発揮できぬから、何れ生き生きと我社のために羽ばた
いてもらうつもりだ…、なにしろ契約相手の会社からも注目されているまた
と得難い人材だからな…、儂も将来を夢見て今から興奮しとるほどだ…」
「おや、まあ…、艶の道よりもお仕事の方で旦那様を虜にしているのですか、
拾った男
49
その 女 性 は … 」
「そうだな…、艶の道ではまだほんのおぼこだ、半玉時代のオリエの足下に
も及ばぬ…、」
「ほほほほっ…、それほど私は艶の道に長けていましたか…」
「長けていたどころではない、その蛤で儂の摩羅を銜えて離さなかったでは
ない か … 、
「お褥下がり」などと申しおって、どこかの若いツバメの摩羅を銜
さぶろうひょうえ
にじり
えて離さないのではないのか、どれ、儂が調べてつかわす…」
郎兵衛はオリエに躙り寄って、オリエを圧し倒し、乱れた裳
そう云って三
裾の裾から右手を差し入れ手、いきなりそのおまんこを握った。
「あれ、まあ…、焼きぼっ杭は嫌ですよ…、離してくださいな…」
「相変わらず下履きは着けておらぬな…、ふむ、ふむ…、長いこと儂と肌を
合わしていないにしては、まだ結構濡れてくるではないか…、これは益々怪
しい ぞ … 」
郎兵衛は、勝手知ったる妻オリエのお実と火床口を親指と
さぶろうひょうえ
そ う 云 っ て、 三
50
拾った男
中指の腹で弄った。暫く揉むほどに、お実は硬く勃起し、火床口からは淫水
さぶろうひょうえ
が漏れ出てきた。オリエは抵抗するのを止め、夫の為すに委せ、次第に気が
高ぶって来て、太股を小刻みに震わせはじめた。三郎兵衛は起き直ってオリ
あらわ
エの裳裾を広く寛げ、オリエの両膝を抱えて広くM字型に押し開いた、オリ
さぶろうひょうえ
エの秘所が現われ、昔より少しくすんだ朱色の空割と火床口を露にしていた。
三郎兵衛はそこに顔を押し付けて漏れ出ている淫水を啜った。匂いも味も昔
ほど甘露ではなかったが、それでも「まだいける…」と思った。
さぶろうひょうえ
「嘗て、この蛤が儂を狂わせたのだ…、今のみずほとは比べ物にならないほ
ど、熟達した手管で儂を虜にしたのだ」
して、頭
オリエの火床口を啜って舐め回しながら、三郎兵衛は昔を思いさ出
ぶろうひょうえ
の 中 で 呟 い た。 オ リ エ の 腰 の 震 え が 強 く な っ て き た と こ ろ で、 三 郎 兵 衛 は、
もう一度起き直って、向う騎坐位で、了え勃った摩羅の鳫先を火床口に当て、
ゆっくりと回すようにしながら次第に押し入れて行った。
「あれ、旦那様、とうとう焼きぼっ杭に火をとぼされたんですね…」
拾った男
51
夫の摩羅の侵入を感じたオリエが恍惚となった状態で目を瞑ったまま云っ
て、両脚で、夫の太股を締め付けた。それは、昔取った杵柄…と云うか、永
さぶろうひょうえ
年身に付けた習い性と云うか、自然に男に応じる動作だった。
さぶろうひょうえ
そのオリエの動作に反応して、三郎兵衛は、本手取りに体位を変えて、と
ぼしに掛かった。昔ほどの硬さと激しさはないものの、どうやら普通に男の
役割を果たせているようにオリエには感じられた。三郎兵衛の腰の動きに連
れてオリエが両脚で兵衛の腰を締め付けて仙骨の上を踵で圧し付け、二人の
呼吸が荒々しくなり、初めにオリエが頂点に達したところで兵衛が極度の緊
張に達して精を噴出させ、二人は互いにしがみ付いて共に果てた。
二人の荒い呼吸が治まり、緊張が緩んで、元の平常な状態に戻るには、随
分と時間が掛かった。
「焼きぼっ杭は一度火をとぼすだけで結構ですよ、旦那様…、私は随分と疲
れました…互いに乱れた髪を撫で擦りながら、オリエがそう云って、以前の
52
拾った男
ように本当に解放されて満ち足りた状態になれなかったことを悲しげに夫に
伝え た 。
「なに、またみずほから若い精気を貰って、とぼしてみるさ、
もっと疲れ
ない体位でとぼす方がいいかも知れないな…、とにかく、オリエが枯れ切っ
ていないことが分って良かった」
郎兵衛は、オリエの首に腕を巻き付けて頬ずりし続けた。
さぶろうひょうえ
そ う 云 っ て 、 三
*****
拾った男
53
第三話 出産
三月の初めに、みずほは四谷三丁目の水嶋清香と永野楓が共同経営す
翌せい年
ふう
る清楓産婦人科クリニックで一男一女の二卵性双生児を産んだ。体重二千グ
ラムの女の児が先に生れ、千九百七十グラムの男の児が十五分ほど後から生
れた。共に初めは新生児集中治療室で保育器に入れられて育てられ、直ぐに
は 抱 く こ と が で き な か っ た が、 楓 が 毎 日 生 育 の 状 況 を 詳 し く 話 し て く れ て、
二人とも順調に育っているようだった。
みずほ自身の産後の肥立ちもよく、ベッドから起き上がることができるよ
うになると、看護婦に付添ってもらって、車椅子で集中治療室に行き、ガラ
ス窓越しに初めて我が子の姿を見た。二人とも眠っていて、まだ普通の一人
っ児の半分ぐらいの大きさしかなかった。真っ赤な顔の外観からは、どっち
が女児だか男児だか見分けが付かなかった。
54
拾った男
「二人を抱いて、お乳を含ませられるようになるのは、まだ三週間ぐらい先
だよ … 」
楓 が 説 明 し た 。
さぶろうひょうえ
十日目の夜になって、三郎兵衛が和服の着流しで、目立たぬように見舞い
にき た 。
さぶろうひょうえ
ッド脇のイスに腰掛けて、みずほの腕を取って、撫で擦りながらみずほ
ベ
ねぎらい
いたわ
に労いを云い、頬ずりをして労りと励ましの言葉を掛け続けた。みずほはそ
の三郎兵衛の腕を抱えて顔を擦り付け、一頻り身体を打ち震わせていた。独
さぶろうひょうえ
りで生む…と云って、気丈に振舞っていたみずほだったが、こうして信頼し
切っている三郎兵衛に優しくされると、俄に気弱な女になってしまったのだ
さぶろうひょうえ
った 。
愛おしげに撫で擦り続けてい
三郎兵衛は多くを語らずに、そんなみずほを
さぶろうひょうえ
た。その後しばらくして、みずほの車椅子を三郎兵衛が押して、二人で新生
拾った男
55
さぶろうひょうえ
児集中治療室に行き、三郎兵衛は、ガラス窓越しに、初めてみずほとの間の
愛の結晶の姿を見た。嬰児はまだ小さ過ぎて、風貌の特徴が定かではなかっ
さぶろうひょうえ
たが、心なしか、女の児はみずほ似のような、男の児は秋嶼の家の伝統的な
骨相をしているように、三郎兵衛には思えた。
「それで、認知のことだが、みずほ、儂は約束通り二人が儂の子であること
の認知はする。明日にでも儂の弁護士に云って、認知の届け出を儂の名で行
わせ、更に公証人にその認証をしてもらうようにさせる…、二人の子供の出
生届は、正規婚姻外の出生ということで、出生後十四日以内に母親であるみ
ずほ自身が提出することになっているが、入院中で不可能なようだから、こ
のクリニックの主治医にご足労を願うことになるだろう…」
「はい、もうお話したように、私の主治医としてこの児達の出生に立ち合っ
てくれたのは、このクリニックの共同経営者の一人で、私の親友の永野楓で
すから、もう出生届については引き受けてもらっています…、出生届の作成
と届け出は、このクリニックの事務職員が手配してくれるようですから、そ
56
拾った男
の点は、何もお気遣いいりませんわ…」
「ほお~、そうか、それはいい…、それで二人の名前だが…、赤児の足の裏
に何やら書いてあるようだが、あれがそうかな」
「はい、兵衛さん…、私、独りで勝手に二人の名前を付けました…」
ひょうえ
児の小さな足の裏に名前らしきものがマジックで書いてあるのを
二人の嬰
さぶろうひょうえ
みずほはそう答えた。女児には「しのぶ」
、
見付けた三郎兵衛の指摘に応えて、
男児には、「恒三郎」…と、書かれていた。
みずほは、初めて「専務」と呼ぶ代わりに「兵衛」と呼んだ。 慣れない
ために多少の違和感は否めなかったが、
「人前で「専務さん」では二人の関係
がいかにも道ならぬ関係だ…と公言しているみたいだから…」だと、三郎兵
衛に説明して、プライベートな場ではそう呼ぶことを許してもらおうとした。
「しのぶに恒三郎か…、うむ…、なかなかいい名前だな…」
「男の児には、兵衛さんのお名前を半分頂きました、それにいつ久しく達者
に…と云う願いを込めて恒星の「恒」の字を頭に付けました…、
拾った男
57
ひょうえ
「恒」の字に込めた私の願いは、この子に対してだけでなく、兵衛さんに対し
さぶろうひょうえ
ての願いでもあります…、その願いを「三郎」の部分を介して込めたつもり
ですのよ…兵衛さん…」
さぶろうひょうえ
郎 兵 衛 の 腕 を 取 っ て 自 分 の 乳 房 の 間 に 抱 え 込 み、
そ う 云 っ て み ず ほ は、 三
更に丸くなって掌を額口まで届かせた。そこは産後の手当てがしてあるのか
さぶろうひょうえ
パッドのようなものが当てられていたが、湿り気を帯びた熱気が三郎兵衛の
掌に伝わってきた。三郎兵衛は、その中指を更に奥に潜り込ませてお実とお
ぼしき辺りをじっと圧し付けた。みずほが「うっ」と声を上げて、体を強張
らせ た 。
「今はまだ、それ以上はいけませんわ…」
とる…」
「分っとる、分さっ
ぶろうひょうえ
そう云って、三郎兵衛は手を引いて、代わりに両掌でみずほの乳房を握っ
て抱き締め、じっと抱え込んだまま額に唇を圧し付けた。
「なんで儂にはこの娘がこんなに可愛く愛しいのだろうか…」
58
拾った男
さぶろうひょうえ
三郎兵衛はじっと動かずに頭の中で呟いていた。
そ の 様 子 は、 治 療 室 の 中 で 他 の 医 療 ス タ ッ フ の 陣 頭 指 揮 を 取 り な が ら 忙 し
く立ち働いている楓からもよく見えていた。
「あらあら、身分も地位もありそうな初老の恰幅の良い男が、あんなにして
みずほにのめり込んでいるわ…、男と女の関係って、ほんとに不思議…」
楓は、そう頭の中で呟いた後、また仕事の方に集中していった。
「それから、兵衛さん…、「三郎」の名前を付けたもう一つの理由は、この
子が兵衛さんと血が繋がっていると云うことを名前ではっきり示したかった
ので、ご相談もせずに勝手に頂きました…お腹立ちではありませんか…」
みずほが続けて説明した。
「何が腹を立てるものか…、今云ったように二人は儂の子として認知する、
だからといって、親権を争ったりするつもりもない…、それにこれももう何
度も云っているように、みずほが後々相続権を主張して醜い争いごとに巻き
拾った男
59
込 ま れ な い よ う に、 み ず ほ に は 予 め 儂 の で き る 最 大 限 の 償 い と 保 証 を す る つ
もりだ…、だから案ずるには及ばない…、男の子は、儂の子としては、三番
目の男児じゃから、儂も「三郎」を付けるところだったよ…、みずほの付け
た名前の方が、儂の腹案より良い名前だ、儂は気に入ったよ…」
さぶろうひょうえ
郎兵衛としては、複雑な気持だった。みずほとの関係が正規の婚姻関係
三
だったら、喜んで積極的に自ら名前を付けて祝いたいところだったが、それ
ろうらく
はならない立場にある。男の身勝手と豊かな財をなす者の思い上がりゆえに
み ず ほ を 籠 絡 し、 子 を 生 す に 任 せ て み ず ほ を 日 陰 の 身 に 置 い て し ま っ た … と
云 う 自 責 の 念 と、 不 貞 の 関 係 を 背 負 い 続 け て い か な け れ ば な ら な い み ず ほ の
負い目を重く受け止める一方で、人生の最後の残り火の燃え立つ炎のように、
「いや増しに増す」みずほへの恋心からみずほが益々可愛く愛おしくなってい
く…、その心の傾倒の中に生の喜びを感じている自分がいる。そのみずほへ
の愛しさと、自らの生の喜びの証しとして、
「この前途ある有能な娘と、その
60
拾った男
娘の産んだ我が命を引き継ぐ二人の子供たちに対する能う限りの物的支援を
あきしまさぶろうひょうえ
することこそが「己が使命」と了見して、みずほの息遣いを己が息遣いとし
て共有しながら、秋嶼三郎兵衛は、みずほを掻き抱いていた。
*****
拾った男
61
第四話 キャリアの始まり
さぶろうひょうえ
子供たちの出生後四週間目に入って初めて、みずほは自分の子供たちを抱
いて、乳を与えることができるようになった。その時二人とも体重が三千グ
ラムを超えるところまで成育していて、三郎兵衛が高齢なために当初心配さ
れた異常の発症も認められず、文字通り「健全」だということだった。
子供たちは想像以上に持ち重りがして、みずほは、改めて自分たちの道な
らぬ愛の証人としての重み、社会的道義的責任の重み、自分たちの次世代を
引き継ぐ命の重みを受け止める思いがした。生命そのものの貪欲さで活発に
乳を吸う児たちの重みを抱きかかえながら、みずほは、初めて二人の児の母
めくるめ
になった喜びを触れ合う肌の温もりを通して感じ取り、二人への愛おしさを
さぶろうひょうえ
実感した。それは、あの想い出すだに身が痺れ、淫液が溢れ出るような目眩
く性愛を通して三郎兵衛に対して感じる愛おしさとは、異質のものだった。
62
拾った男
さぶろうひょうえ
三郎兵衛に対する愛おしさは、年と共に何れ乖離して行く性質の感情であ
り、二人の子供たちへの愛おしさは、年と共に益々強くなって行く感情に違
いない…、とみずほには思われた。
さぶろうひょうえ
郎兵衛は、その後、三日に一度の割合でみずほを見舞った。来るのは何
三
時も夕方遅くで、和服の着流しだった。着ているものは、寛いだ時に好んで
着る明るい渋茶色の銘仙か、群青色の大島に名古屋の兵児帯が多かった。そ
の姿は、みずほに懐かしい父親の記憶を蘇らせる。
み ず ほ の 父 親、 朔 太 郎 は、 み ず ほ が ま だ 十 五 の 時 に 早 世 し た。 朔 太 郎 は、
一番年下のみずほの優れた頭脳と鷹揚な性格を気に入り、みずほを溺愛した。
みずほは父親に抱かれて寝るのを好み、その死の直前まで一緒に風呂にも入
っていた。そんな「お父ちゃん子」のみずほがまだ幼い内に突然「大好きな」
父親を亡くしたことは、みずほの心に大きな傷を残した。みずほの心の中で
拾った男
63
あきしまさぶろうひょうえ
は、何時も父親のイメージが付き纏っていた。そんなみずほの父親への傾倒
が、懐の深い上司、秋嶼三郎兵衛に魅かれて行く深層心理の中の遠因だった。
兄の賢一郎は学者肌の男だったので、何事も理詰めで「冷たい」性格だった
た め、 み ず ほ は 何 時 も 心 の ど こ か で 父 親 の 影 を 追 い 求 め て い る よ う な と こ ろ
があ っ た 。
で朔太郎の後を追うようにして
みずほが十八の時に、母親のたみえもまる
ほなみ
世を去り、みずほが大学院に在学中に姉の穂波が結婚して夫に従いて渡米し、
続いて、兄の賢一郎も、MITの生命科学研究所に渡って研究生活に入って
しまった。みずほは、松濤三丁目の自宅に一人取り残されたが兄姉が「自由
に使っていい」と云って手元に残して行った父母の生命保険金だけを頼りに、
あきしまさぶろうひょうえ
気丈に学業を続け、今日に至っている。そんなみずほの心の寂しさと、父朔
太郎への「思慕」が年上の男への傾斜を誘い、秋嶼三郎兵衛との道ならぬ関
係に 道 を 開 い た 。
64
拾った男
さぶろうひょうえ
みずほが初めて我が子を腕に抱いて乳を含ませたその日、三郎兵衛は、み
ずほたち母子の退院後の生活について話した。
「将来売るつもりで買っておいた邸宅が三鷹市下連雀一丁目にあってね…、
それをみずほに譲るつもりで今日名義の書き換えをした…、
かそふれ に 何 れ、 み ず ほ の 復 職 の こ と も 考 え て、 乳 母 と 家 政 婦 の 女 二 人 と、
家扶一人を雇い入れることにしておいた…、みずほに断り無しにしたが、悪
く思わんでくれ…、これも全て、みずほへの儂の思い入れと償いの気持から
する こ と だ か ら … 」
なさりたいのですか…」
「それでは、専務さんは私をお妾さに
ぶろうひょうえ
みずほは、驚きで目を剥いて、三郎兵衛を見詰めて云った。
「いやいや、儂にはそんなつもりは毛頭ない…、儂の胸の内にあることは、
みずほが愛おしくて、愛おしくてどうしようもないから、約束したようにみ
さぶろうひょうえ
ずほと子供たちに儂のでき得る限りのことをする…、という気持だけだ…」
郎兵衛は即座にみずほの疑念の言葉を打ち消した。
三
拾った男
65
「今までもみずほの家に立ち寄ったこともないように、その下連雀の家にも
滅多に立ち寄る気はない…、みずほを抱いて寝たい時は、今まで通りホテル
に部屋を取るよ…、それにもう儂も歳だから、ただ抱いて寝るためだけに都
内のホテルを予約するのではなくて、どこか温泉地に行って、二人でゆっく
さぶろうひょうえ
り寛ぎたいと思っている、それで異存はないだろう…」
三郎兵衛はそう行って、みずほの目を見詰めて、反応を窺った。
「それにしても、三人もの使用人を雇い入れるだなんて…、私の分に過ぎま
すわ … 」
みずほは居心地の悪い思いをしながら、不平を漏らした。
「何、今に分ると思うが、みずほは、一度に二人の子を育てながら、仕事に
復帰すれば、毎日忙殺される…、だから儂が育児を手伝えない代わりとして
も、その程度の人手は要ると見ている…、復職したら、みずほにはだんだん
責任の重い仕事に就いてもらって、みずほの最大限の能力を発揮してもらう
つもりだからね…、何れ保育園に預けるにしても、滅多に育児にかまける時
66
拾った男
間は取れないと思うよ…」
さぶろうひょうえ
自分を見詰めて云う三郎兵衛の目の中に、朔太郎の目を見る思
み ず ほ は、
さぶろうひょうえ
いがした。三郎兵衛の姿を見ていると、みずほは、気の昂ぶりを覚え、女自
身が濡れてくる。そして、照れたような目をして顔を背ける。
「私は、お父さんを恋していたのかしら…」
ふと、みずほは、過ぎ去りし日に思いを致す。たしかに、額口にふさふさ
とした毛が生えそろってからもなお、一緒に風呂に入っていたのだから、父
の身体を男の身体として見ていたのであろうことは疑いない。
さぶろうひょうえ
「父も私の身体を女の身体として見ていたのかしら…、でも父は私の身体を
見て股間のものを膨らませたことはなかったわ…」
郎 兵 衛 は、 こ の 産 院 に 来 る た び に、 居 心 地 の 悪 い 思 い を す る。 そ れ は、
さぶろうひょうえ
そんなことを考えながら、ふと脇を見ると、三郎兵衛が居心地悪そうに身
じろぎをし始めていた。
三
拾った男
67
むつき
産院の病室の中の、つとに女の艶いた匂いと雰囲気による。児に乳を与える
者あり、襁褓を取り替える者あり、陣痛の始まった身体を抱えて、横向きに
横 た わ る 者 あ り、 股 を M の 字 に 広 げ て 秘 部 を 曝 し て 医 師 や 看 護 婦 に 産 褥 期 の
手当てをしてもらう者あり、乳児の匂いと乳の匂いと、そして女そのものの
匂いに女性ホルモンの匂いと…、この命の営みに関わる独特の雰囲気の中で、
男は た じ ろ ぐ 。
「恐らくどんな好色な男でも、この雰囲気に呑まれると、ほうほうの体で退
散したくなるだろう…」
郎兵衛は思う。
さぶろうひょうえ
と 、 三
この発生し、生れ、育ち、成長して行く生命の営みの過程の中で、男は発
端のほんの一局面にしか関わらない。それも極めて自己中心的で無責任な形
でだ…、だが、女はその男の関わる局面でも、その一連の生命の営みの主要
な一部として、関わって行く。あるいは消極的で受け身にであれ、あるいは
積極的に能動的にであれ…、その中で女は喜びを感じ、泣き声を上げ、悶え、
68
拾った男
極限に達して震え、時に淫液の潮を吹き、極端な場合にはいばりの噴水を上
げる。そのようにして、女は、生命の生成と誕生と発展の全課程に、完結的
に関わりを持つ。それは男には真似のできないことだ。それ故に男は、しば
しば女を畏怖する。それは、女が生命の営みそのものに直接的に当事者とし
て関わりを持つ女の能力に対する驚きと恐れと、憧憬にその源を発する。そ
さぶろうひょうえ
れ は、 あ た か も 生 き と し 生 け る も の の 創 造 主 の 荘 厳 な 所 業 に 対 す る 憧 憬 と 畏
怖に他ならない…と、三郎兵衛は思う。
「それでは、今日はこの辺で引き上げるよ…、何か望みのものがあればこの
次に持って来るが…」
「いつも十分以上のことをして頂いていますので、何もございませんわ…」
「そうか、それではまた何か適当に見つくろって持って来よう、あ、そうだ,
妻から、みずほへの伝言を預かってきたのだった…」
郎兵衛は懐から一枚のブーケの写真のカードの入った封筒を
さぶろうひょうえ
と 云 っ て、 三
拾った男
69
みず ほ に 渡 し た 。
「あら、奥様にお話しになったんですのオ…」
さぶろうひょうえ
目をして三郎兵衛の目を見た。
みずほは、意外そうさな
ぶろうひょうえ
「夫、三郎兵衛に、春を回復させて頂き、ありがとう、精一杯
カードには、
どっさり償いをさせておやりなさいな…秋嶼オリエ」、とあった。
「ああ、儂はどんなに跋の悪い立場に立とうとも、妻に隠し事はしたことが
ない…、全て洗いざらい話すよ…」
「それでは、さぞかし私にご立腹でしょうね…」
「 花 柳 の 世 界 で 歌 舞 音 曲 に 打 ち 込 ん で い た 女 で な …、 鷹 揚 で 腹 の 据 わ っ た
おなご
かけら
あらわ
女子だ…、若い頃儂が放蕩三昧していた頃でも、儂に嫉妬心の欠片も露に見
せたことがない…、出来た女だ…、放蕩の後は、たっぷりとサービスさせら
れるだけでな…、お陰で儂らは夫婦円満、財界の鴛鴦夫婦…と、云われて二
男三女を設けて成人させた…、多少趣は違うが、みずほもオリエに似たよう
な一面があるように思う…」
70
拾った男
さぶろうひょうえ
云 っ て、 三 郎 兵 衛 は 就 寝 前 の 授 乳 を し て い る み ず ほ の 顎 に 手 を 添 え て
くちと
づけ
接吻をして、続いて顎下から喉元、そして白い胸元へと唇を滑らせた。
「それでは私は奥様のクローンですのね…」
「は、は、は、は…、クローンは良かったな、
みずほも鷹揚で腹が据わっているが、趣が違うな…、独立独歩で、男に依
存しない…、高い学歴と知識に裏打ちされた自信がそうさせるのだろうな…、
さぶろうひょうえ
何れみずほは、男を膝下に侍らせるようになる…」
三郎兵衛は冗談とも付かぬ口調で云った。
「おお~、怖い女ですこと、未来の私は…」
そうは云っても、みずほは、条件が許せば、自分がそんなクレオパトラの
ような独裁女になるような気がして、むしろそのような女王蜂然とした女に
なることを心のどこかで望んでいるような気もしていた。だが、そんな女に
なるのにさほど時間も掛からない…、などということは知る由もなかった。
拾った男
71
*****
六月の初めに出生から三ヶ月余り経った子供たちの体重がそれぞれ四千グ
ラムを超えて、必要な予防接種を全て終わり、幼児感染症に罹る危険もなく
なったと判断した楓は、みずほが退院することを認めた。楓は、その時「少
なくとも年に一度、子宮頸癌の予防検診に来るように…」と、みずほに厳し
い条 件 を 付 け た 。
み ず ほ は、 初 め「 独 り で 二 人 の 子 を 連 れ て 帰 え る …」
、 と 云 っ て い た が、
さぶろうひょうえ
三 郎兵衛は、
「それでは余りにも身勝手な所業に思われる…」と云って、結局
自らみずほを迎えに来た。
郎兵衛は、初めて顔を合わせる訳でもないのに、相変わらず跋の悪そう
さぶろうひょうえ
三
72
拾った男
な恥じらいの表情で、楓と挨拶を交わして、二連の乳母車と、三人の衣類や
襁褓や、粉乳など大層な荷物を乗用車に積んで、三人を取り敢えず松濤のみ
ずほの家に連れて帰えった。
「みずほのやつ、結局えらい男を膝下に跪かせたものだ…、大した女だ…」
楓は。社会的地位や身分をかなぐり捨てて、まるで青年のようにみず
と、
かしづ
さぶろうひょうえ
ほに傅くようにして去って行く三郎兵衛とみずほの背を見送りながら、呟い
てい た 。
*****
拾った男
73
第五話 復職
しょうとう
濤 三丁目のみずほの実家は、渋谷の中心を少し離れた沢山のビルやマン
松
し こ の か ん
ションの建ち並ぶ一角にある一戸建ての家で、何をするにしても指呼の間の
至近距離で便利な立地にあり、この辺りの一戸建てに独り住むのは贅沢の極
みだったが、古い造りで然ほど広くもなく、双子の児連れで、ここに居を構
えてシングルマザーとして子育てをしながらキャリア生活を送るには、難が
さぶろうひょうえ
あり過ぎるように見えた。
そ こ で、 三 郎 兵 衛 は、 取 り 敢 え ず 乳 母 役 の 水 沢 と き ゑ を こ こ に 来 さ せ て、
みずほの子育ての手伝いをさせながらみずほの体調が整うのを待って三鷹の
下連雀一丁目の屋敷に移って、復職に向けた態勢を調えるように奨めた。
それはともかくとして、親から相続した兄妹三人の財産であるこの家を責
74
拾った男
任を持って管理しなければならない立場にあるため、先のことは三兄妹で相
談して決めるとして、みずほはひとまず週に二日ぐらいは自らここに戻って
生活することを考えた。
子供たちは、穏やかで静かな性質で、夜泣きをすることもなかったが、そ
れでもときゑなしに独りで二人の児の面倒を見ることが如何に大変か…みず
ほは、身をもって覚らされた。
おおごと
保育園に預けたとしても、夜遅くまでは預かっては貰えず、その上月に一
度は成長記録だの、母子共の検診だのと病院にも行かねばならず、仮に子供
たちが病気にでもなれば、これはまた大事だ…、夜が遅く不規則な総合職の
つい
さぶろうひょうえ
キャリアなど、シングルマザーの身ではとても勤まるものではない…、それ
は目 に 見 え て い た 。
に三郎兵衛のお膳立てしてくれ
それでみずほは、我を張るのを止めて、終
た下連雀の屋敷へ移って、三人のお手伝いさんたちの助けを借りる道を選ん
拾った男
75
だ。
みずほは、下連雀に移る前に、賢一郎とほなみに、これまでの経緯を書いて、
双子の子供たちの養育をしながら、これまで通り、総合職の仕事を続けて行
くために、近々子供の父親が用意してくれた下連雀の屋敷に移り、松濤の家
には週に二日ぐらい戻って、管理するつもりだが、この松濤の家をどうする
か、相談したいから、都合を付けて一度戻って来てくれるように付け加えた。
二人からは折り返し直ぐ返事がきた。
二人とも呆れた口調で書いてきたが、とりわけ兄の賢一郎は、次のように付
け加 え て い た 。
あきしまさぶろうひょうえ
「しばしば手紙の中で上司の専務取締役の秋嶼三郎兵衛という男のことに
触 れ て い た の で、 フ ァ ザ コ ン の み ず ほ が 道 義 的 に 許 さ れ な い 恋 を し て い る ら
しいことは想像していたが、その男の子供まで産んだとは驚いた…、
76
拾った男
その男のお妾になるつもりもないし、相手の男もそんなことは望んでいな
い か ら、 シ ン グ ル マ ザ ー と し て こ れ か ら も 総 合 職 の 仕 事 を 続 け て 行 く と い う
ことだが、アメリカやヨーロッパとは違って、日本のように、社会的にそれ
を保証するような制度も整っていないし、風土的にそれを受入れない社会で
は、それは生易しいことではないだろう…、
「みずほは、何れ唯単に能
父さんは、生前よく、みずほがまだ幼い内から、
力があるだけでなく、度量の太い懐の深い指導者になる…」と口癖のように
云っていたが、それにしても度胸のあることをしたものだ…、
ところで、松濤の家の件だが、あれは父さんの形見の遺産だから、売った
りして処分してしまいたくないと思うので、不動産管理会社に管理を任せて、
誰かに適時賃貸してもらうようにした方が良いと思っているが、何れにして
も、ほなみと連絡を取り合って、この夏休みを利用して、久しぶりに帰国し
ようと思うから、その時に、みんなで一度じっくり話し合おう…」と結んで
いた 。
拾った男
77
さぶろうひょうえ
みずほは、まだ梅雨の明けやらぬ七月の半ばに、三郎兵衛の勧めに従うこと
を予め伝えて、下連雀の邸宅に移った。
さぶろうひょうえ
郎兵衛がみずほに与えた下連雀の屋敷は、井の頭公園の西寄りにある静
三
かいわい
か な 住 宅 街 に あ り、 比 較 的 大 き な 住 宅 の 多 い こ の 界 隈 で も と り わ け 大 き な 邸
宅だ っ た 。
「 こ の 辺 り は、 井 の 頭 公 園 を 含 め、 西 側 は 小 金 井 に 至 り 南 側 は 狛 江、 調 布
を含めて玉川の左岸に至る広大な領域が、江戸時代には、将軍家のお狩り場
り す
に指定されていた自然林で、一般の立入りが厳しく禁じられていたため、専
ら様々な野鳥や狐狸、鹿や猪、野兎や栗鼠などの小型の獣たちの楽園だった。
それが明治維新後に江戸幕府から明治政府の手に渡り、井の頭公園一帯の森
林は恩賜公園として一般に公開され、その他の広大な地域の土地は、広く一
般に払い下げられ、売り渡された。初めは東京府内の富裕層の広い敷地を持
78
拾った男
つ別宅が散在していた程度だったが、次第に無秩序に転売されて、侵食され、
切 り 刻 ま れ て 行 き、 往 時 の 見 る 影 も な い 現 在 の よ う な 東 京 の ベ ッ ド タ ウ ン と
しての衛星都市の市街地に変貌してしまった。これは江戸府内の自然と地理
的佇まいの破壊と変形と並んで、明治政府以降の行政が手に染めた自然破壊
の双璧をなす。」
そのような歴史的な経緯にも拘わらず、井の頭公園周辺の森林がまだ保存
され、いくばくかの往時の面影を保っていることによって、この下連雀周辺
の居住地域は比較的緑の多い閑静な環境を保つ、いわば「高級住宅街」の内
に入 る 。
さぶろうひょうえ
郎兵衛に連れられて来てこの屋敷を見た時、みずほはその壮大な
初めて三
佇まいに目を見張り、声も出なかった。屋敷は、一部二階建ての贅沢な総檜
造 り の 和 風 建 築 で、 建 物 の 面 積 に 倍 す る 広 い 庭 と、 敷 地 が 取 り 巻 い て い た。
拾った男
79
その時のみずほの抱いた違和感は、みずほにここに移り住むことを躊躇させ
た。
だが、こうして乳母と二人の幼児を伴って、家政婦と家扶に出迎えられて
みると、みずほの当初の違和感が消え、
「これは専務さんが私に能力を発揮し
て働きやすいように…と配慮してくれた気持の現われなのだ…」と思いはじ
めた。近くには井の頭公園の他に、自然文化園や美術館があり、玉川上水が
流れ、小学校も直ぐ近くにあった。立地は中央線の三鷹駅よりも吉祥寺駅に
近く、中央線か地下鉄、あるいは井の頭線で渋谷または、新宿を経て秋嶼物
産の本社のある茅場町へのアクセスも容易だった。吉祥寺では、殆ど全ての
買い物が間に合った。
「子供を育てるのにこれ以上良い環境は望めないわ…」
さぶろうひょうえ
郎兵衛のみずほと子供たち
みずほには、この屋敷を譲り受けたことが、三
80
拾った男
に対する最大限の愛情表現…だと感じられて、みずほは額口に疼きを覚える
のだ っ た 。
みずほが子供たちと下連雀に移り住んで、ようやくそこでの生活になじみ
はじめた一ヶ月後の八月に、賢一郎とほなみがそれぞれの家族全員を連れて
一時 帰 国 し て 来 た 。
空港に出迎えたみずほは、総勢八人が泊るには松濤の家では狭過ぎると判
断して、マイクロバスをチャーターして、成田から直接下連雀の家に案内し
た。実家に住まっていたとは云え、長い独り住まいで「貧乏性」が身に付い
たみずほには、多人数の家族が等しく満ち足りるようにすることは、容易な
ことではない…と思えた。
二家族が共同して選んだ観光地には、乳児期の二児を抱えるみずほが同行
することができないため、みずほは、
「自由に使っていい」と云われていた父
拾った男
81
母の生命保険の残金から、ホスト側のサービスとして、自分が案内した場合
の出費を目安にして、それぞれ平等に補助金を包んだ。
二家族八人が観光旅行に出掛ける前日に、みずほは賢一郎とほなみの三人
だけで、松濤の実家に行き、管理状態を見せると同時に、その処分をどうす
るか 相 談 し た 。
結局三人とも気持は変わらず、売り払って処分するよりは、賢一郎が手紙
で書いてきたように、不動産管理会社に預けて、賃貸家屋として管理しても
らう こ と に し た 。
「 立 地 条 件 が 良 い た め、 個 人 の 住 宅
近 く の 管 理 会 社 松 濤 エ ス テ ー ト で は、
としては、かなりの賃貸料が見込める…」と云うことで、即座に管理を委託
することにし、賃貸契約等の必要に際しては、国内に居住するみずほが三人
を代表して取り仕切ることに決め、手に入る賃貸料は、みずほが別途の預金
通帳で管理して、必要な家屋の保守改修、修繕や固定資産税等の費用をそこ
から充てることに決めた。みずほにしてみたら多少の煩わしさや手間暇がか
82
拾った男
かるものの、何よりも「懐かしいわが家が人手に渡らなくて済めばいい…と」
了見して、進んで引き受けた。
「それに、いつになるか分らないが、僕が永久帰国するような場合には、借
り主として住んでもいいし…、経済が許せば徐々に二人の相続分を買い取っ
てもいいし…、その辺は臨機応変に対処しようよ…」
と、賢一郎が不確定な提案をした。
「そうね、同じことは私にも云えなくはないけど、私は他家に嫁いだ身だし、
秋吉の家を継いで行くのはお兄ちゃんの方が適任だと思うから、私は異存は
ないわ…、長いこと法要もしていないのだから、今更こんなこと云うのも変
な話 だ け ど ね … 、
ただ、みずほちゃんが一番煩わしい思いをするからね、毎年何かプレゼン
トを送って、ごまかそうかな…」
ほなみがそう言いながら、すっかり大人の女になって、女のフェロモンを
撒き散らして座っているみずほのふっくらした腰を引き寄せて、みずほの首
拾った男
83
くちづけ
筋に 接 吻 を し た 。
「お姉ちゃん、そんなとこにキスされたら、私、感じちゃうじゃないの…」
「あ、そうか、ごめん…、妊娠以来長いことシングルだったんだ…」
そう云って、ほなみはまたみずほの腰を引き寄せて、その背中に頬を添え
て抱 き 締 め た 。
「頭が良くて、勉強とスポーツ以外に興味のなかった固くて蒼い娘だった妹
が五年見ない間にこんなに艶っぽい女になっちゃって…、道ならぬ恋の果て
に二児のシングルマザーになるなんて…、でも、つくづくいい女になったわ、
この 娘 … 、
嶼三郎兵衛とい
あきしまさぶろうひょうえ
一体どんな男なんだろう、みずほをこんないい女にした秋
う男は…、一度会ってみたいもんだわ…」
ほ な み は、 み ず ほ の 身 体 か ら 発 散 す る 匂 い と 温 も り を 感 じ 取 り な が ら 考 え
てい た 。
84
拾った男
研究一途の生活を送っている堅物の賢一郎は、そんな姉妹のやり取りを聞
きながらも、さしたる反応も示さなかった。賢一郎にとっては幼少のころか
ら見慣れている二人の様子に過ぎず、特別のことではなかったのだった。
「いいわ、お兄ちゃん、お姉ちゃん…、それにしのぶと恒三郎の誕生祝いも
まだ貰ってないから、それも一緒にお願いね」
みずほは、突然雰囲気を変えるようにして、昔に戻って、おとんぼの妹の
甘えた口調で半ば冗談めかして二人に云った。
その翌日から一週間、賢一郎とほなみの家族は、賢一郎の一番幼い二歳の
男の児一人をみずほのところに預けて、主に関西地方に観光旅行に出掛けた。
途 中 ほ な み の 夫 の 康 次 郎 の 奈良の実家にも立ち寄って 一 泊して東京 に戻り、
帰国して丁度二週間後にアメリカに戻った。
だ が、 空 港 に 見 送 り に 行 っ た み ず ほ が 無 事 な 旅 を 祈 っ て 別 れ の 挨 拶 を し、
互いに手を振りながら、搭乗ゲートの方に向かって去って行く二人の後ろ姿
拾った男
85
を見たのが、二人の見納めだったとは、みずほは夢にも想像しなかった。
*****
誕生から半年が過ぎて、ようやく遅めの離乳を初めた二人の育児にかまけ
る 傍 ら、 み ず ほ は、 復 職 に 向 か っ て 体 力 を 回 復 し 、 体 形 を 整 え る た め の ト
レーニングに通い、同時に運転免許を取ることに余念が無く、また、月に一
さぶろうひょうえ
度 の 検 診 に 二 人 を 連 れ て 楓 の ク リ ニ ッ ク に 行 っ た り、 そ の 機 会 を 利 用 し て、
三郎兵衛との束の間の逢瀬で女の喜びを味わったりしていて、アメリカに戻
って行った兄や姉からハガキ一枚届かないことにも、さほど疑念を持たなか
った 。
だが、成田で兄姉二人を見送ってから三月経って、賢一郎から国際電話が
86
拾った男
掛かってきた。「何事か」と訝って受話器を取るみずほに、賢一郎は、
「ほな
みが死んだらしい…」と、沈んだ声で云った。
「電話で話すと長くなるから、康次郎さん
耳を疑って、問い返すみずほに、
の奈良の実家から送ってきた手紙を添えて知らせる」と云って、賢一郎は電
話を切った。みずほは、ただただ信じられない思いで、その事実とそれを肯
んじたくない気持との狭間で揺れながら、過ぎし日の幼い頃からついこの間
成田で別れた時までの姉の姿が走馬灯のように脳裏を巡り、ただひたすら静
かに 泪 を 流 し た 。
「久しぶりに会ったみずほの様変わりした姿には正直云って驚かされた…、
また、みずほの大胆な考え方と人生に対する積極的な姿勢にも、世代の違い
ごんさい
さへ感じさせられた…、
妻」として日陰の身に甘んじていただろうに、そのような
昔 だ っ た ら「 権
ところは微塵も見られず、何ものにも囚われない自立した女として、むしろ
拾った男
87
自ら求めて今の生活を獲得しながら、それには大して重きを置かずに女とし
あきしまさぶろうひょうえ
てキャリアを積んで行こうとする姿に、これまでにない「新しいタイプの女
の生き様」を見る思いがした…、それに、秋嶼三郎兵衛という大きな可能性
を持った人物を得たこともみずほには幸いしたように思う…
それはともかくとして、恵まれた環境を保証されているとは云え、双子の
乳児を抱えて何かと気忙しいみずほに日本滞在中に何かと気配りしてもらい
ありがたく思っている…、ケイトも「日本に行ってハッピーだった」と大層
喜ん で い た よ … 、
あのまま挨拶状も書けなくなってしまったが、ほなみも同じ思いをしてい
たのだろうと思う…、
遺骨がどうなったのか、康次郎さんの実家からの手紙には何も触れていな
かったが、回収されて戻されているのだったら、分骨してもらって、父さん
と母さんの墓に納めて供養してあげると、本人の霊もきっと喜ぶだろうと思
うから、折りを見て康次郎さんの実家に当たってみるといい…
88
拾った男
先日の電話では、素っ気ない話しになってしまったが、なにしろ研究者の
貧乏暮らしでね、国際電話で長々と話せるほど余裕がないのだよ…、
それでほなみの死のことだが、添付の康次郎さんの奈良の実家からの手紙
を読んで、僕としてもとても信じられない思いだったが、ほなみが突如目の
前から消えたという現実は、受入れざるを得ないようだ…、
あの日現地時間の夕方サンフランシスコに着いて、翌日の朝のローカル便
で、僕らはマサチューセッツのオルバニー空港へ、ほなみたち一家はフィラ
デルフィアへとそれぞれ別れて行ったのだが、途中彼らの乗った飛行機がア
パラチア山脈付近で墜落して乗客乗員九十八人と共に一家全滅したらしいん
だ… 、
僕たち一家は無事に帰着したのだが、事故が起こったのは僕らはまだ移動
中 だ っ た し、 帰 着 し て か ら も つ い ぞ そ ん な 事 故 の ニ ュ ー ス は 知 ら な い で い た
のだ …
拾った男
89
は せ
さすが
ところが三ヶ月にもなろうかという頃になって、同封したコピーのような
手紙を受け取って、僕は愕然とした…、何時も朗らかで愛らしいほなみの笑
顔が脳裏を駆せ回って、流石の僕も泪を抑えることができなかった…、だが
そ の 手 紙 を 読 ん で、 み ず ほ が ま だ そ の こ と を 知 ら な い で い る … と 想 像 が つ い
て、急遽国際電話を入れたという訳だ…、
僕としては、お悔みを言う手紙を書くぐらいのことしかできないが、康次
郎さんの実家の遺族の方が最初に連絡しようとされた松濤の実家に住んでい
た末の妹のみずほが、現在は三鷹市に住んでいるので、そちらの方に知らせ
たと書き添えておいた…、勝手を云って申し訳ないが、秋吉の家を代表して
お悔みと供養料を送っておいてもらえないかな…、よろしく頼む…」
翌週届いた賢一郎の手紙の内容は、このようなことだった。
ほなみの婚家の実家の電話番号はどこにも書かれていなかったので、みず
ほは、取るものも取り敢えず、事故から三月以上も経って初めて康次郎さん
90
拾った男
したため
とほなみ一家の全滅の悲報に接した驚きと悲しみの気持を認めた手紙を書き
送り、合わせて供養料も送った。
そのような社会的に果たすべき義務は果たしながらも、みずほの心は嘗て
なく 傷 付 い て い た 。
「ほなみがもうこの世に居ない…、お姉ちゃんともう話すこともできないん
だ…」、
そ う 思 う に つ け、 み ず ほ の 胸 は 破 り 裂 け る よ う に 痛 ん だ。 そ の 知 ら せ は、
出産して間もないみずほには余りにも残酷な知らせだった。ともすれば萎え
いたいけ
がちになるみずほの気持を奮い立たせることができたのは、ようやく標準の
子供並に成長して来て、匍い匍いを始めたしのぶと恒三郎の幼気な愛くるし
さぶろうひょうえ
い姿だけだった。それでも癒し切れない心の癒しを求めて、みずほは、親友
の永野楓のクリニックを訪れてそのカウンセリングを受け、また三郎兵衛の
慰めを求めて、その胸に身体を投げ掛けた。
拾った男
91
「随分とショックが大きかったことは察しが付くわ…、さしものみずほも、
この心のトラウマから立ち直るには時間が掛かりそうね…、週に二回ぐらい
は 来 院 し な さ い …、 私 が 昔 取 っ た 杵 柄 の ウ ル ト ラ フ ィ ン ガ ー テ ク で し っ か り
と解きほぐしてあげるわ…」
そう云って、楓は、嘗てレズ同士だったみずほの身体中の敏感なスポット
を撫で擦った。それは、単なるレズのフィンガーテクだけではなく、同性の
産婦人科医としてのリラクゼーション法を取り入れたテクニックだった。み
ずほは、気を許し合った同士のこととて、たちどころに身も心も緊張を緩め、
快美の極みの中に身と心を委ねていった。
「それは、大変な出来事だったな…、さしものみずほも相当参っているよう
だな…、儂のできることが、下手な慰め言を云うよりは、こうして、肌を接
92
拾った男
さぶろうひょうえ
してみずほの身体を抱き締めて、撫で擦るだけなのは、儂としても辛い…」
郎兵衛は、みずほを向こう横取りの姿勢で抱きかかえ、た
そ う 云 っ て、 三
だひたすらその身体を撫で擦った。そしてみずほと極力頻繁に会うようにし
さぶろうひょうえ
わざもの
た。子供を産んでほぼ九ヶ月、体調も元通りに回復して、女として性欲が旺
盛になりつつあったみずほは、衰えているとは云え三郎兵衛の業物の存在を
膣の中に抱き込んでいる時、気が癒され心からの安堵を覚えるのだった。
*****
拾った男
93
第六話 復職
みずほは、休職に入ってから丁度一年半後の四月初めに復職した。
「みずほが出産後どのような姿で現われるのか…」と、興
同 僚 職 員 た ち は 、
味津々の面持ちで出迎えたが、みずほが休職に入る前と同じ黒のキャリアス
ーツに相変わらずの薄化粧でスリムに装い、ショートカットの髪をすっきり
まとめて、明るい表情で現われたのを見て、皆呆気にとられた面持ちで彼女
を見詰め、口々に感嘆の声を上げて迎えた。殊に若手の女子職員たちの間で
は、みずほは一種憧れの的だったので、出産の影響の片鱗も見せずに彼女が
あきしまさぶろうひょうえ
現われたことで、キャリアウーマンの理想の姿として、またみずほの評価が
高く な っ た 。
嶼三郎兵衛の音頭取りで、組織の構造改
折りしも秋嶼物産では、専務の秋
革と人心刷新の取組が行われていた。そして、復職一週間後に、新しい組織
94
拾った男
構造と人事異動が発表され、みずほは、総務部秘書課長から営業本部第一海
外営業グループ リーダーの役職に抜擢された。この人事異動で、みずほは、
専務付き秘書から純然たる営業総合職の一グループのヘッドに就き、形の上
でゼネラルマネージャつまり専務取締役の秋嶼三郎兵衛から離れることにな
あきしまたろうひょうえ
あきしまさぶろうひょうえ
った。しかし組織上は、チーフ エギュゼクティブ オフィサー、つまり社長
の秋嶼太郎兵衛の右腕で実質的な運営執行者の秋嶼三郎兵衛がジェネラルマ
ネージャーとして、秋嶼物産の全営業活動を差配する組織構造の中で、みず
ほが文字通りその右腕として、営業一筋のキャリアを積んで行く第一歩の役
職に就いたことを意味した。
第一海外営業グループは、元の海外営業部欧米課を改編したもので、大型
プ ロ ジ ェ ク ト の 動 く、 い わ ば 秋 嶼 物 産 の 花 形 部 門 だ。 み ず ほ の こ の 抜 擢 は、
専務付き秘書時代に数度に亙って外資系企業との大型プロジェクトの成約で
専務の補佐をして成約に漕ぎ着けた功績に対する公の論功行賞の意味があっ
た。
拾った男
95
あきしまさぶろうひょうえ
秋嶼三郎兵衛は、この組織改編で、従来の年功序列制を排して、能力第一
主義、実績主義に基づく役職の配分をし、リーダーに就く者には、同僚職員
の人望を第一の評価要因に据えた。そのため、みずほの第一海外営業グルー
あきしまさぶろうひょうえ
プリーダーへの抜擢は、文句のない適材適所の人事だった。また、これには
秋嶼三郎兵衛の「みずほの能力を最大限に引き出したい…」というみずほに
対 す る 並 々 な ら ぬ 思 い 入 れ と 援 護 が あ っ た。 み ず ほ の 直 属 の 上 司 は、 第 一
海 外 プ ロ ジ ェ ク ト リ ー ダ ー の 宇 佐 美 正 一 と 云 い、 こ れ は 第 一 か ら 第 五 ま で
あきしまさぶろうひょうえ
あ る 海 外 営 業 グ ル ー プ の 統 括 部 長 で、 そ の 上 が ジ ェ ネ ラ ル マ ネ ー ジ ャ ー の
秋嶼三郎兵衛だった。
み ず ほ は、 そ の 能 力 の 高 さ や 包 容 力 な ど の 個 人 的 な 資 質 が 優 れ て い た だ け
でなく、スタンフォード大学でMBAを取得するなどして、アメリカのケイ
あらわ
ンズ経済学の流れを汲む経営管理工学の深い知識を身に付けて、秋嶼物産随
一の学識があったが、彼女はそれを表に 露 にして持論を展開して先輩同僚た
96
拾った男
ちと対立するようなことはなく、その穏やかで包容力のある態度から、同僚
社員の受けはすこぶる良かった。とりわけ若手の女子社員にとっては、秘書
時代以来、有名女優以上の憧れの的であり、慕い寄る身近な対象だった。ま
た、若手の男子職員にとっても、彼女は別の意味で憧れの的であり、崇敬の
的 だ っ た。 そ う い う み ず ほ が 抜 擢 さ れ て グ ル ー プ リ ー ダ ー に 就 い た こ と に よ
り、 直 属 の 部 下 と し て 十 五 名 の 総 合 職 と 八 名 の 事 務 職 の い る グ ル ー プ 内 は 俄
に活気づいてきた。それは、みずほ自身がグループリーダー就任後自ら男女
あきしまさぶろうひょうえ
一名ずつのサブリーダーを選任して、更に男子一名を自分の専任アッシスタ
ントに推挙し、専務の秋嶼三郎兵衛の決裁を得ることによって、誰もが努力
次第で抜擢されて昇進できることを実感したからでもあった。また、残りの
十二名の総合職を、男女一名ずつの六グループに別け、それを更に二グルー
プずつ横の連携を持たせて一つのプロジェクトを担当させ二人のサブリーダ
ーの元で管理させた。また、八名の女子事務職も二人一組の四グループに別
けて、それをみずほの専任アッシスタントに統括管理させた。これによって
拾った男
97
とかく曖昧でルーズになりがちな事務職の役割分担が一極集中的に管理され
て、事務職員自身も納得して仕事に集中できるようになった。こうしてみず
ほは、自らが主導して、有機的なグループの組織体制を固めて、営業活動の
展開に力を注いでいった。
みずほは、毎日六つのグループの内のいずれかと行動を共にし、自らの出
番 に な る と、 率 先 し て 営 業 活 動 に 出 て 部 下 の 営 業 活 動 の バ ッ ク ア ッ プ を し て
契約の骨子をまとめ、席の温まる暇もなかった。みずほが出て行くと、難航
している契約も必ずまとまるので、部下たちは、影で密かにみずほを「大船」
と呼 ん で い た 。
みずほが出て行くと契約がまとまる理由は、みずほの弁舌の冴えと説得力
に加えて、その人柄の魅力に負うところが大きかった。みずほの提示するス
タンフォード大学ビジネススクールの経営管理工学MBAの肩書は、どの交
渉 相 手 で も 崇 敬 の 的 に な り え た。 こ と に 相 手 方 の 指 導 者 が 外 国 人 の 場 合 は、
98
拾った男
一も二もなく好感を持って受入れられた。高学歴を有するキャリアで、シン
グルマザーだという点も、みずほの人柄に魅力を添えていた。日本では余り
評価の対象にならないどころか、時として、逆にマイナスのイメージを与え
るシングルマザーという「ラベル」も特に外資系企業の外国人には「支援協
力すべき特質」になった。相手のチーフがみずほと同じスタンフォード出の
学歴をもっていたりしたら、すぐさま「親しい友だち」になり、
「ミズホ」
、
「ジ
ョージ」、「ケイト」などと個人名で呼び合う仲になって、そこから自ずと生
れる信頼関係でスムーズに成約に結び付いた。みずほが同行する部下たちも、
同じようにして迎え入れられるため、リピートの契約や、別件の契約もまと
めやすくなるため、「これほど頼りになる上司は居ない…」と、
「大船」と綽
名される所以でもあった。
みずほのもう一つの魅力は、女としての魅力だった。百六十五センチ…と、
今どきの女としてはさほど上背がある訳ではないが、均整のとれた八頭身の、
拾った男
99
縦長のバイオリンのような曲線美をきっちりしたキャリアスーツに身を包ん
で、八センチ余りのハイヒールで歩く姿は、一口に「いい女」という表現が
ぴ っ た り の 魅 力 に 溢 れ て い た。 小 さ な 頭 に 面 長 の 顔、 ほ っ そ り し た 長 い 首、
このプロポーションは日本の女には余りない形だが、顔は、観音像のような
大きな瞼に長い睫毛の、切れ長の中二重の目に、すらっとした高過ぎない鼻
筋に、ふっくらとした頬、殆ど化粧を必要としない色白の絹目肌が上気して
ピンク色に染まって、ほとんどの男の背筋に「ぞくっ」とした感覚を走らせ
る純和風の面立ちだった。
グループの男
みずほが交渉相手の会社に出掛ける時は、必ずプロジェクト
女ペアの部下に伴われているし、よほど近場でない限り、殆ど常に専用の運
転手付きの社用車に乗って行くので、滅多にないことだが、たまたま何かの
理由で徒歩で歩いていて、繁華街の大きな交差点の信号待ちの時などに、二
人を同伴していると気付かずに芸能プロのスカウトが声を掛けてきたり、パ
パラッチの如き胡散臭い風体の輩がカメラのレンズを向けて、シャッターを
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拾った男
切りまくったりするようなことがあるほど、みずほは人中でも良く目立った。
一口に云ってしまえば、「若い上に頭脳明晰、知識が豊富で能力が高く、容
姿端麗で非の打ち所のない美人…」ということになるのだが、実際にはそん
なことでは納まりの付かない、生臭く艶いた女の艶気を発散させている訳で、
一 緒 に 仕 事 を す る ほ と ん ど の 者 が そ の 魅 力 に 惹 き 付 け ら れ、 あ る い は 憧 れ、
あるいは興味を募らせ、あるいは好色な目を向けたりすることになる。
だが一度みずほの理路整然とした弁舌を前にすると、ほとんどの男の低俗
な目や好奇心は、すごすごと影を潜めて、男女の区別のない純粋なビジネス
上の交渉事の空気に引き戻される。
ところが、トップマネージメントの稟議が必要な段階になって、相手方の
専務や社長が顔を出すようになると、ことはまた違った様相になる。
拾った男
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元々、このクラスの地位を占めるほとんどの男達は、古い世代に属し、多
くが本質的に男女の性差別意識を歴然として持つ。彼らの大半は、
「女の高い
学歴や能力など」というものを殆ど信じていないのが常なのだ。
「女は、可愛
らしく、優しく、素直で、男の気持を癒してくれさえすれば、他に望まない…」
あきしまさぶろうひょうえ
とさえ、内心で思っている。
秋嶼三郎兵衛にしてからが、初めはそのような一面があった。だから、み
ずほの高い能力を最初に評価してそれに適した部所に配置したのではなく
て、秘書として自分の身近に置いた上で、上司の地位を利用してみずほを籠
あきしまさぶろうひょうえ
絡する挙に出たのだ。
だが秋嶼三郎兵衛の場合は、少し違っていた。みずほに対する所業を心か
ら悔いて、最大限の償いをしようと心に決めたことと、自らの目の前で示し
たみずほの高い能力の成果を認めて、それを最大限に発揮させてやる方針を
立て、みずほのキャリアの発展の道を開いてやったことが違っていた。
嶼三郎兵衛に籠
あきしまさぶろうひょうえ
その違いを引き出したのはみずほ自身だった。みずほは秋
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拾った男
さぶろうひょうえ
絡 さ れ か か っ た 状 況 を 逆 手 に と っ て、 自 分 の 身 体 を 三 郎 兵 衛 に 投 げ か け て、
さぶろうひょうえ
みずほがまだ処女だったことの驚きとそれを役職を利用して奪ったことへの
さぶろうひょうえ
深い後悔の念を引き出し、最大限の償いを約束させ、逆に三郎兵衛を夢中に
させ、自分も三郎兵衛の中に安堵と癒しを求めて寄り掛かり、計らずも妊っ
た児を生んで、更に一層大きな保障を実行させ、終に仕事の上でキャリアを
積んで行く道をお膳立てさせた…、と云うのが実相だった。
みずほは、今どきの他の同世代の女達と同様に、自分が女であることに自
信を 持 っ て い た 。
み ず ほ 自 身 は、 自 分 が 持 っ て 生 ま れ た 身 体 的 な 特 徴 を 殺 し て し ま う よ う な
装いやメークはしないが、女はみんな思い思いのファッショナブルな装いや
あらわ
メークを最大限に駆使して、自分の最も自信のある部分を強調して、自分の
「女」を露に表現し、男達に目眩しを乱射する。
み ず ほ 自 身 は、 ふ く よ か で 切 れ 長 の 目 を し た 面 立 ち と 穏 や か で 柔 ら か な 表
拾った男
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情や眼差しに加え、日本人には珍しい小振りの頭を備え、すらりとしたプロ
ポーションの柔らかな線を強調するだけで十分魅力的な筈だ…と、殆ど絶対
的な確信を持っていた。
「そもそも日本のような男世界で、しかも先進国中で性差別に対する男達の
間の意識の最も遅れた社会では、多くの女達は男の性差別から自由ではあり
得 ず、 女 が 自 立 し て 一 個 人 と し て 男 と 対 等 平 等 に そ の 人 格 権 を 維 持 し て 生 き
ていくことは容易ではない…」
と、みずほは思っている。多くの男達がさほど高く評価していないように、
日本国内にある限り、高い学歴や、広い知識、優れた能力を女がもっている
ことは、必ずしも有利な条件にはなっていない…と、みずほは確信している。
みずほが学業を終えて社会に出て行くに当たって、みずほを引き立てたの
は、経営管理工学の知識やスタンフォードで取得したMBAではなくて、み
ずほの純和風の面差しやすらりとした体形に秘められた人柄から滲み出てく
る「女」そのものだったのだ。その証拠に、みずほが秋嶼物産に入社して直
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拾った男
ぐ配属になったのが、営業畑の総合職ではなく、専務付きの秘書だったこと
でも 明 ら か だ 。
あきしまさぶろうひょうえ
嶼三郎兵衛の面接で、直ぐにそ
みずほは入社試験に際する専務取締役の秋
れを察知していた。みずほは、遠回りになるけれどもその「女」であること
を最大限に活用する道を選んだ。それを後押ししたのは、みずほの心の中で
いそ
大きな比重を占める早世した父親、朔太郎への思いだった。みずほが学業に
勤 しんでいた頃、
「俗世間の雑事」から切り離されて微塵もその「穢れ」を知
さぶろうひょうえ
らなかったことが幸いした。心身共に文字通り「初心で純」だったのだ。結
さぶろうひょうえ
果 と し て、 み ず ほ は、 純 な 女 の 粘 液 で 秋 嶼 三 郎 兵 衛 を 搦 め 捕 っ た。 そ れ は、
さぶろうひょうえ
秋嶼三郎兵衛はもとより、みずほも自覚してはいない。そして五年、みずほ
は今や、秋嶼物産の総合職のトップを走る、暗に秋嶼三郎兵衛に将来を約束
されたキャリヤ中のキャリヤなのだ。
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そ ん な み ず ほ の「 女 の 粘 液 」 か ら 発 散 さ れ る 艶 い た 魅 惑 に 惹 き 付 け ら れ、
虜にされる男は何人も居る。その第一は、サブグループリーダーの安岡宗太
を筆頭とするみずほの直属の部下の男子社員たちであり、また直属の上司の
アッシスタント プロジェクトリーダーの藤野了や、はたまたいい歳をしたプ
ロジェクトリーダーの宇佐美正一とて例外ではなかった。
みずほは、そうした同僚職員たちの憧れや慕い寄る気持、時として「好色
な野心」を殊更排除しようとせず、むしろ一層引き寄せるように、寛容と慈
悲 の 心 で 接 し、 誰 も が み ず ほ と 肌 を 合 わ せ る こ と が で き る と 思 い 込 ま せ る よ
うに 仕 向 け た 。
*****
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拾った男
第七話 キャリアの階段
翌年、みずほはまた一段階段を上った。第一海外営業部のプロジェクトリ
ーダの宇佐美正一が、子会社の専務取締役として転出し、アッシスタントプ
ロジェクトリーダーの藤野了がプロジェクトリーダーの地位に就くと同時に
みずほは、そのアッシスタントの職位に就いた。この時みずほは、安岡宗太
をグループリーダーに、真田絹代と秋本幸介をサブグループリーダーに、秋
さぶろうひょうえ
本幸介の代わりに若手の女子社員山崎加代を安岡の直属のアッシスタントに
付 け て、 昇 進 し た 藤 野 了 を 通 し て 推 挙 し て C O O の 秋 嶼 三 郎 兵 衛 の 文 句 な い
決済 で 昇 進 さ せ た 。
プロジェクトリーダーに就くと、みずほが差配する領域の
アッシスタント
交渉相手は欧米の外資系企業ばかりとは限らなくなり、そんな新たな領域に
拾った男
107
中東諸国相手の企業が増えてきた。みずほはグループリーダーの安岡宗太を
専らそちらに振り向け、真田絹代を欧米系企業に張り付かせた。安岡宗太も
真田絹代もみずほに心酔していて、同じような生き方をしようとしているよ
う な と こ ろ が あ り、 み ず ほ に 常 に 寄 り 添 う よ う に し て み ず ほ を 良 く 助 け た。
中でも安岡宗太は、みずほにぞっこんで、気が昂ぶれば昂ぶるほど懸命に「み
ずほのためになるように」働いた。
安 岡 宗 太 の 担 当 し て い る 相 手 方 企 業 に 二 つ の 大 手 企 業 が あ っ た。 一 つ は、
戸 畑 製 鋼 製 管 エ ン ジ ニ ア リ ン グ だ っ た。 こ れ は 新 日 本 八 幡 製 鉄 の 子 会 社 で、
主に親会社から粗鋼を買って、客先のプロジェクトに合わせた鋼材や管材を
製造し客先に向けて輸出する事業を行っており、最近は中東の新興国の企業
からの受注が増えて来ていた。もう一つは、大崎重工で、こちらは主として、
都市開発に関連する地下埋設施設を建造する際に用いるトンネル掘削機のエ
ンジニアリング会社だった。
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拾った男
ほ と ん ど が 中 東 の 産 油 国 の企業からの受注が増え ている プロジ ェクトだ。
そ の 理 由 と し て は、 こ れ ま で は 原 油 の 輸 出 に よ る 富 の ほ と ん ど を 主 要 な 土 侯
が分け合って私的に独占し贅沢三昧の生活を送り、社会への還元を殆ど省み
なかった国々にようやく西欧流の考え方が浸透してきて、それぞれ自らの国
の社会資本を増やそうとする動きの中で、土侯自らが投資家として起業して、
都 市 開 発 と、 病 院 や 学 校 な ど の 社 会 公 共 施 設 を 設 置 し て 富 の 社 会 還 元 に 力 を
入れはじめているという背景があった。
元々が極少数の王侯が所有する領土から産出する元手がただの原油を、先
進諸国の採油会社に掘削採油を委せて、産油国首脳会議で定めた単価で需要
国に売った収益のほとんどを自らの富として「アラビアンナイトの世界」の
中で贅沢三昧の生活に明け暮れていたことが社会不安を呼び起こし、テロリ
ズムという新たな社会現象を起すに至って、ようやくこのような「富の社会
還元」という考え方が受入れられるようになってきていた。
拾った男
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とりわけアラブ首長国連邦はそのような政策を積極的に実現しようとする
国の白眉となっている。それは、ドバイやサルジャーなど、良港を有する自
由貿易都市を擁して、世界貿易のハブとしてめきめきと発展してきているこ
とがその動きに拍車を掛けていることによる。中でもドバイの発展は著しく、
遠大な長期計画で都市丸ごとの大改造・拡張プロジェクトを稼働させて、壮
大な都市開発計画を推進していることで知られる。
*****
「ドバイか…、ドバイといえば、ハッサンが居たなあ…」
戸畑製鋼製管エンジニアリングで次のターゲットがドバイになる…と云う
話を聞いてきた安岡宗太の話を聞いて、みずほは、スタンフォード時代のド
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拾った男
バイの学友を思い出した。
イブラヒム ムハンマド アブ アール シャ
そのドバイの学友は、ハッサン
イーフ マクトウームという長ったらしい名前の目元の涼しい善良な好青年
だった。この名前は、ハッサンがドバイを領有する首長シャイーフであるマ
クトウーム王家の一族であることを示していて、その明晰な頭脳によって一
族の期待を担って当時スタンフォード大学のビジネススクールに留学してい
て、みずほ等と共に机を並べ、今でも会えばハッサン、ミズホと名前で呼び
合える気安い仲なのだ。
「 よ し、 宗 太 …、 こ の 話、 先 方 の プ ロ ジ ェ ク ト が 動 き 出 す 前 に こ ち ら か ら
先手を打って、ドバイに渡りを付けて逆攻勢を掛けて成約に結び付けよう…、
私にいい考えがある…」
みずほは、部下たちとは欧米流に名前で呼び合っている。その方が互いに
親近感が増して、関係が和やかになると考えるからだ。
拾った男
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「この後、藤野さんに話して秋嶼専務の内諾を取り付けるようにするから、
宗太の方でもドバイの状況のもう少し詳しい情報を探っておいてくれないか
な… 、
う ま く い け ば、 二 十 年 以 上 続 く 壮 大 な プ ロ ジ ェ ク ト に な る か も 知 れ な い か
らね…、褌を締め直して、真剣勝負で取り組んでもらいたい…」
みずほは、まだ芽も出ていないこの話に、まるで現実に展開する様々な局
面が目に見えてくるような気がして、興奮を覚えて、気を昂ぶらせていた。
*****
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拾った男
第八話 スタンフォード同窓の絆
みずほは、早速ハッサンに国際電話を入れることにした。
スタンフォードのビジネススクールを出てから五年になる。あれ以来偶に
季節の挨拶のカードの交換をする以外特に接触はなかったが、当時を思い出
すとやはり懐かしい。それというのも、あの時ハッサンから三番目の妻に…
と乞われたことがあった。しかしイスラム教世界の風俗も習慣も馴染めない
上に、女に対する厳しい差別が気に染まず、あっさりその申出を断ったこと
が あ っ た か ら だ。 相 手 は、 国 に 戻 れ ば 王 族 で、 プ ラ イ ド も 高 か っ た 筈 だ が、
よしみ
ハ ッ サ ン は、 特 に 気 を 悪 く す る こ と も な く、 あ っ さ り 引 き 下 が り、 同 窓 の
誼みとして、友だち同士の関係は続いている。みずほは、ハッサンから教え
られている直通電話の番号を回す。
「行ったことはないが、ドバイは北回帰線の直下に当たるというから、さぞ
拾った男
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暑い所なのだろうな…」、
そんなことを思いながら相手の受話器が取り上げられるのを待つ。
暫くして、受話器が取り上げられ、コール音で国際電話だと分るのか、い
き な り「 へ ロ ー」 と 応 答 が あ る。 懐 か し い 聞 き 覚 え の あ る ハ ッ サ ン の 声 だ。
名乗って「東京からだ…」と云うと、
「わオ~、ミズホ~、どうした風の吹き
回し だ い … 」
と、学生時代のような大仰な声を張り上げる。
「突然電話をしたのは、ビジネスの話で、ドバイの都市開発プロジェクトの
件で一度会いたいと思っているのだけれども、都合が良いのはいつごろかし
ら… 」
みずほは永の無沙汰を詫びた後、単刀直入に切り出した。
「そうだな…、こちらはいつでもいいんだが、君が来るには今は時期が悪い
な…、九月か十月の方がいいと思うよ…、それでどんな話だい…」
ハッサンはみずほに気を遣ってくれる。イスラムの男って、結構女に優し
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拾った男
い所 が あ る の だ 。
「話すと長くなるんだけれど、ドバイの都市開発に関わって、鋼材や鋼管の
納入に関するエンジニアリングのビジネスに携わる可能性があるのよ…、そ
れでハッサンのことを思い出してね、有利に話を進めるために、できたらハ
ッサンの協力を頼めないかと思って、会って話をしたいのよ…」
「欧州に比べたら、日本からだと遠くて不利だと思うけどねえ、それに最近
ではコレアやチャイナが鋼材の輸出で伸びてきているようだし…」
よしみ
「それほどでもないと思うわ…、イランやイラクなどとも取引のある会社だ
から、それなりのノウハウは持っていると思うわ…」
「分った、同じスクールで机を並べた者同士の誼みとして、ビジネスで君と
協力関係ができるのは嬉しいことだからね…、できる限りの対応はするよ…、
テレックス番号を教えるから、今後の連絡はテレックスにするといいよ…」
「ありがとう…、こちらの方針が固まり次第、テレックスで連絡するわ…、
ハッサンの懐かしい声が聞けて嬉しかったわ、ッバア~イ」
拾った男
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その後、みずほは、専務の部屋で、藤野プロジェクトリーダーに安岡宗太
を加えて臨時の会議を開いた。
「できるだけ早急に現地の視察に赴き、プロジェクトの構想や、長期的・短
期的計画の内容を詳しく聞いて来たいし、できたらこれから動こうとするプ
ロジェクトに関する引き合いも貰って来たい…」
その席でみずほはハッサンとの電話の話をしてそのように申し出た。
「こちら側から、戸畑エンジニアリングの方に引き合いを出す…という形で
このビジネスを秋嶼物産主導のビジネスにする…」
みずほはその上で、そのような提言した。
「いよいよみずほの内なる炎に火が点いたか…」
さぶろうひょうえ
三郎兵衛は、その能動的な提言を頼もしく聞きながら思った。
「戸畑の業務に、大学時代の友人がいて、そいつから聞いた範囲では、戸畑
の 方 で は、 う ち と 三 井 商 事 を 天 秤 に か け て 競 わ せ て 安 値 を 引 き 出 そ う と し て
116
拾った男
いるようです…、ですから戸畑主導ですと、うちと三井の間の大バトルにな
る可能性が大きいと思います…、
そのため、みずほさんの云うように、そういうチャンスがあるなら、うち
の方から引き合いを出して、逆に戸畑からオファを引き出す方がうちとして
は有利に展開できると思います…」
宗太が、付け加えて、みずほの考え方を支持した。
「うむ…、それで君はどう思うね…藤野君…」
専務がプロジェクトリーダーに聞いた。
「基本的には、秋吉君の云う通りだと思いますが、相手が戸畑ですから、八
幡の後ろ楯で三井の方もただすごすご引き下がらないと思いますし、血みど
ろのバトルも覚悟しないといけないと思います…」
は楽観的な見方を戒めた。
さとる
藤 野 了
「何れにせよ、ドバイの都市改造計画の全容を知る上でも、早い内に、一度
現地視察に行かんといかんだろう…、幸い、向うの自治政府の主導権を握る
拾った男
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王族の知り合いがいると云うことだから、秋吉君には当然行って貰うことに
なるが、一人では心許なかろう…、それでもう一人誰が行くかだ…、儂はま
だ出番ではなかろうから、藤野君か、安岡君か、どちらがいい…」
「マネージャ格が二人も行くことはないと思いますし…、短期間でもリーダ
ーとサブリーダーが出払っては、他のグループの管理に問題が出かねません
から、実行部隊のトップの安岡君が行く方がベターだと思います…」
この際宗太を推し出してやり�
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