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法政大学政策科学研究所 法政大学大学院政策科学研究科

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法政大学政策科学研究所 法政大学大学院政策科学研究科
HPSI Working Paper Series
創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法
~個性と魅力のあふれる都市を形成するためのツールの提案~
中村
弘志
Working Paper No. 2010-1
HPSI
Hosei University Policy Science Institute
法政大学政策科学研究所
法政大学大学院政策科学研究科
法政大学政策科学研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズは、同研究所・法政大
学大学院政策科学研究科メンバー、および外部研究者による暫定的な研究成果を取りまと
めたものであり、学界、研究機関、実務者など幅広い層の方々との意見交流をつうじて、
研究の一層の進展を図ることを目的としたものである。論文の内容や意見は、あくまでも
執筆者個人のものであり、政策科学研究所あるいは執筆者の属する機関としての見解を示
すものではない。
なお、本論文に関するコメント、質問等は、直接、執筆者に連絡されたい。
法政大学政策科学研究所連絡先 〒162-0843 東京都新宿区市谷田町 2-15-2
法政大学大学院事務 Tel. 03-5228-0550
創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法
~個性と魅力のあふれる都市を形成するためのツールの提案~
中村 弘志 *
要
旨
高度経済成長期においては、都市に関する指標として、人口、経済規模、人口 1 人当たりの
公共施設面積等の都市比較指標が使用されることが多かったが、これは、人口増加の社会下に
おける経済成長を前提とした量の拡大を示す指標であった。その後、わが国では、人口が減少
に転じるなど社会経済環境に変化が生じ、地方分権改革が推進される中で、地方の自主的なま
ちづくりが重視されるようになり、各都市は、その個性や魅力を磨き高め、特色あるまちづく
りを進める必要が出てきた。
このような時代の変革の中で、求められる都市指標も変化しているという認識のもと、今後、
都市がまちづくりを進めるときに活用しうる指標について考察しようというのが本研究のねら
いの原点である。本論では特に、創造都市論の観点から、指標のあり方とその開発方法につい
て研究を進めた。
創造都市論の定義の一つに、
「都市の課題を解決しうる創造的な力の源泉として、地域の固有
の産業や文化を再評価するもの」というものがある。しかしながら、6 つの創造都市に関する
指標の先行研究を調査したところ、それらは、いずれも他都市との比較の中で、都市の創造性
を測ることを目的とした“共通指標”であった。筆者は、前述の定義に鑑みると、創造都市を
めざすには、
“共通指標”よりも、各都市の個性や魅力に基づいた個別の“固有指標”を採用す
る方が妥当だという見解である。
そこで、本論では、この“固有指標”を開発するという考え方で、国内で有数の創造都市と
知られている金沢を事例として取り上げ、創造都市の実現に向けた指標を具体的に設定する作
業を行った。また、この事例研究から学んだ指標化の方法及び明らかになった課題を整理し、
これらをふまえて、今後の創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法について提案
を行った。提案のポイントは、指標開発の作業がもたらす“目標形成機能”や“合意形成機能”
に着目した、行学産民による協働機関「創造都市指標開発委員会」の設置である。
キーワード
都市指標、都市の個性・魅力、創造都市、地域固有の産業・文化、固有指標
*
金沢市東京事務所(法政大学大学院政策科学研究科修士課程〔執筆時〕)
e-mail:[email protected]
本稿は、法政大学大学院政策科学研究科に提出した修士論文に修正を加えたものである。
論文執筆に当たり、指導教授を務めていただいた法政大学大学院政策科学研究科中筋直哉教授に
は、終始、親切かつ丁寧な御指導を賜った。また、受講した各授業の先生方からは、多くの示唆と
有益な情報を頂戴した。ここに、あらためて深く感謝を申し上げる次第である。さらに、日頃から
筆者に親しく接していただき、大学院生活を充実かつ楽しいものにしてくれた院生仲間にも、心か
らお礼を申し上げる。加えて、勤務終了後の通学に対し格別のご協力をいただいた職場の上司及び
同僚と、大学院への入学に理解を示し、本稿執筆を温かく見守ってくれた家族に感謝するものであ
る。
i
目
序
章
次
はじめに
1
1. 背景(従来の都市に関する指標と都市をとりまく環境の変化)
1
2. 問題意識(新たな時代に必要な都市に関する指標)
1
3. 意義
1
4. 創造都市論からのアプローチ
1
5. 問いの設定
2
第1章 従来の都市に関する指標と新たな指標の開発
第1節 これまでの都市に関する指標
3
3
1. 高度経済成長期までの「豊かさ」と経済指標
3
2. 経済発展と社会的資本の充実を測る「都市比較指標」
3
第2節 新たな指標を求める動きと社会指標の開発
4
1. 従来の経済指標への批判と社会指標の誕生
4
2. 経済企画庁の「新国民生活指標」
4
3. 報道機関等による都市に関するランキング等
5
第3節 サステイナブル・シティに関する地域指標開発
7
1. サステイナブル・シティの意義
7
2. サステイナブル・シティ指標開発の発端と特徴
8
3. サステイナブル・シティ指標の開発の動向
8
3.1 欧州におけるサステイナブル・シティ指標開発
9
3.2 北米におけるサステイナブル・シティ指標開発
9
4. サステイナブル・シティ指標の先行研究
4.1 欧州共通指標(ECI)
9
9
4.2 サステイナブル・シアトル
11
第2章 創造都市に関する指標の先行研究
14
第1節 創造都市への関心の高まり
14
1. 世界都市から創造都市へ
14
2. 創造都市への注目とその特徴
14
3. 国内における創造都市への関心の高まり
15
第2節 創造都市に関する指標化の動き
15
1. 都市の創造性指標化の要請
15
2. 指標・数値化を求める行政
16
3. チャールズ・ランドリーが主張する創造性指標化の意義
16
第3節 創造都市に関する指標の先行研究の概要
17
1. リチャード・フロリダ「創造性指標」
17
2. 佐々木雅幸「都市の創造性・持続性指標」
18
3. 吉本光宏「創造的産業群の現況調査」
19
4. 後藤暁夫「創造都市指標」
19
5. 北海道未来総合研究所「地域創造性開発指標」
19
6. 日本ファッション協会「生活文化創造都市指標」
21
ii
第3章 創造都市の実現に向けた指標の具体的検討~金沢を事例として~
第1節 創造都市に関する指標の先行研究の課題に対する本研究の方向性
22
22
1. 先行研究の特徴と課題
22
2. “固有指標”採用の提案
22
3. 金沢市の総合計画等における指標利用の現状
23
第2節 金沢を事例とした指標開発の方法
24
1. 創造都市・金沢の特徴たる項目の抽出方法
24
2. 項目を表す指標の設定方法
25
第3節 金沢を事例とした項目及び指標の考察
26
1. 創造都市・金沢の特徴たる項目の抽出
26
2. 項目を表す指標の設定
31
第4章 創造都市の実現に向けた指標のあり方と開発方法に関する分析と提案
第1節 事例研究から学んだ指標化の方法
37
37
1. 項目の抽出について
37
2. 指標の設定について
37
第2節 指標化に関する課題
39
第3節 創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法の提案
40
終
章
1. 項目の抽出について
40
2. 指標の設定について
40
3. 行学産民による協働機関「創造都市指標開発委員会」設置の提案
41
4. 指標の継続観察の必要性
42
おわりに
~個性と魅力のあふれる都市づくりに向けた指標活用の可能性~
主要
引用文献・参考文献
43
44
参考URL
45
iii
序
章 はじめに
1. 背景(従来の都市に関する指標と都市をとりまく環境の変化)
都市政策を立案するには、まず都市の現状を正確に把握する数々のデータが必要であり、そ
れらに基づいて、政策のあり方を戦略的に検討することが重要である。そして、このようなデ
ータが指標として表されていれば、常に都市に関する様々な項目の現在の水準やその変化に注
意を払うことができ、機敏に政策や施策の立案に反映できる。
確かに今までにも、都市に関する指標は数多く存在していた。最も基本的で一般に普及して
いるのは、人口、面積、経済規模、人口 1 人当たりの公共施設面積等の都市比較指標であって、
これらは、人口増加の社会下における成長していくことを前提とした量の拡大を示す指標であ
り、行政の最大の目標が社会的資本の充実であった時代に、大きな役割を果たしてきたもので
ある。
その後、わが国は人口が減尐に転じ、大幅な経済成長は望めない社会となった。また、地球
温暖化が進行する中で、環境問題への対応が世界的な課題となり、かつての大量生産・大量消
費型の生産活動は、もはや遠い過去の記憶となった。さらには、市民の価値観が物質的なもの
から質の追求へと変わったことも、社会の変化に一層の拍車をかけている。
一方、地方分権改革推進の流れの中で、地方の自主的なまちづくりが重視されるようになり、
各都市は、その個性や魅力を磨き高め、特色あるまちづくりを進める必要が出てきた。
2. 問題意識(新たな時代に必要な都市に関する指標)
このような時代の変革の中で、求められる都市に関する指標も変化している。
社会経済環境が大きく変っていく中で、その都市の姿を明らかにし、政策や施策の立案に示
唆を与える都市の指標とはどのようなものであろうか。
本研究では、今後、都市が特色あるまちづくりを進めるために必要な指標について考察する
ものである。
3. 意義
本研究は、成長の時代から維持可能性の時代に向かう中で、地域の個性や魅力を大切にしな
がらまちづくりを進めようとする近年の世界的な方向性にも合致しており、先駆的な取り組み
になりうるものであるが、そのほかに以下の二点で非常に意義が大きい。
① 従来から漠然と評価されていた抽象的な都市の個性や魅力を明確化しうること。
② 客観的科学的な都市の政策や施策の立案に貢献しうること
4. 創造都市論からのアプローチ
さて、都市には、自然、文化、産業等の様々な分野があり、都市に関する指標についても、
その分野ごとに、多種多様な統計調査等に基づいたデータが数限りなく存在している。一方、
多くの研究者によって、いくつもの都市論が提唱されているところでもある。よって、このよ
うに幅広い切り口がある都市について研究する場合には、対象とする分野又は分析の視座を絞
り込む必要がある。
本研究では、3 で挙げた意義に鑑み、創造都市論の観点から都市指標の開発を試みることとし
た。
まず、①については、1.背景で述べたとおり、近年、各都市は、その個性や魅力を磨き高め、
1
特色あるまちづくりを進める必要が出てきた。しかしながら、都市の個性や魅力がどのような
ものか明らかにされているとは言い難く、あらためてこれらについて検討してみる必要がある。
勝見は、
「創造都市論は、地域の固有の産業や文化を、現在直面する都市の課題を解決しうる
『創造的な』力の源泉として再評価するもの」であるとし、地域の固有の産業や文化の例とし
て、伝統工芸や地場産業、町屋や古びた近代建築、美しい街並み、都市景観、地域固有性の背
景にある伝統や芸術、生活文化などをあげている1。これらは、都市の個性や魅力となりうるも
のであって、これらを研究することは、①の都市が磨き高めるべき抽象的なものを明らかにす
ることにつながると考えられる。
②については、近年、従来型産業が行き詰まりを見せる中、多くの都市にとって、新たな時
代に対応した産業の創出が喫緊の課題となっているが、創造都市論は、この課題に対し、一つ
の回答を示すものとして注目されていることから、この研究が多くの都市の政策立案に貢献し
うる可能性が高いと考えられる。
5. 問いの設定
本研究では、次の問いに対する回答を求めていく。
① 創造都市の実現に向けて、政策や施策を立案するために活用しうる指標とはどのような
ものか。
② そのような指標を開発するには、どのようにすればよいか。
1
勝見,2007,p.150
2
第1章 従来の都市に関する指標と新たな指標の開発
第1節 これまでの都市に関する指標
1. 高度経済成長期までの「豊かさ」と経済指標
1955 年から始まった日本の高度経済成長は、1973 年の第 1 次オイルショックが起きるまで
の 18 年間にわたる、人類史上まれに見る高度で長期的な経済成長であった。この間、1960 年
の池田勇人内閣による「国民所得倍増計画」に後押しされるとともに、1959 年からのベトナム
戦争、1964 年の東京オリンピック、1970 年の大阪万国博覧会などによる特需もあって、1955
年には世界第 5 位であったわが国の国民総生産(GNP)も、1968 年には第 2 位の地位にまでなっ
たのである。
この時代の「豊かさ」とは、経済の発展や所得の増加を意味するものであり、それを測る指
標として真っ先にあげられるのは、GNP(国民総生産)や GDP(国内総生産)であった。ま
た、「国民 1 人当たり GDP」をもって、経済厚生レベルを示すと考える傾向は、経済学者のみ
ならずとも、一般の人々にとっても当然のごとく受け入れられていた。このような経済や所得
を測る指標が、国レベル・地方レベルを問わず、これまで様々なかたちで利用され、日本経済
は、発展を成し遂げてきたのである。その結果、工業化社会の中で重視されてきた効率と生産
性中心の価値観は、人々の社会生活の中に深く織り込まれていった2。
2. 経済発展と社会的資本の充実を測る「都市比較指標」
一方、この時期は、都市に関しても、同様の傾向の指標が盛んに使用されていた。地方自治
体の多くは絶対的な貨幣価値を規準にした「わかりやすい」政策目標・指標を掲げ、ひたすら
果てしもない地域間競争に長年邁進してきた 3。たとえば、前述の「国民 1 人当たり GDP」と
同様に、地域においては、「住民 1 人当たりの所得」と国民所得との差を比較して、地域の豊
かさをあらわそうとした。そして、水準以下の地域においては、このような格差を縮小するこ
とが政策目標に設定されたのである。
さて、当時から今日に至るまで使用されてきた都市に関する指標の中で、最も基本的で一般
に普及しているのは、各都市の姿をそのまま単純に横並びでみる都市比較指標であろう。これ
らは、国の指定統計等の調査結果による都市の現況を表す指標や、行政の業績に対する行政評
価的な指標が多い。
具体的にいえば、前者の例としては、国勢調査や住民基本台帳による人口、事業所・企業統
計調査による事業所数や従業者数、商業統計調査による年間商品販売額、工業統計調査による
製造品出荷額、教育基本調査による住民千人当たりの学校数等がある。一方、後者の例として
は、資源ゴミのリサイクル率、下水道普及率、市道舗装率、住民 1 人当たりの体育館面積、財
政力指数等がある。
これらは、容易に都市間比較をできるものであり、行政と住民の双方に、指標ごとに、自分
たちの都市が全国的にみてどの位置にあるのか、すなわち、全国水準という観点から、優れて
いるところ、劣っているところを明瞭に示すものである。これらの指標の特徴を端的にいうと、
2
3
勝見,2007,p.149
勝見,2007,p.149
3
地域経済の発展や社会的資本の充実を測るものであり、この時期に盛んに叫ばれた、シビル・
ミニマムの達成という目的に対しては、有効な指標であったといえよう。
第2節 新たな指標を求める動きと社会指標の開発
1. 従来の経済指標への批判と社会指標の誕生
前節で述べた、効率や生産性中心の価値観にもとづく社会の限界を論じ、GNP などの「経済
的豊かさ」を物差しとした指標に代わる新たな指標を求める動きは、すでに高度経済成長期真
只中の 1960 年代の後半頃から起こっていた。その最初の動きとしてあげられるのは、J・K・
ガルブレイスの GNP 至上主義に対する批判であろう。
大阪万博が開催された 1970 年は、経済が順調に成長する一方で、安保闘争、公害問題、ハー
ド重視による生活の質の遅れなどへの疑問が起こっていた。この時期に朝日新聞は、
「くたばれ
GNP」という特集記事を連載したが、その連載の中でガルブレイスは、「日本はいつか、世界
第二、あるいは世界一の工業国にもなるだろう、といわれている。‥‥が、間もなく人々は、
日本は果たして生き長らえることができるのかどうか、疑うようになるだろう。‥‥GNP の増
大は決して福祉を高めない、‥‥、もっと強くいえば有害である」4と、GNP が社会的な成果
を測る指標として、また、生活の質をはかる指標としても妥当性を失いつつある、と指摘して
いる。
そして、これに端を発した、大量生産、大量消費、所得賃金の上昇などをひたすら追い求め
る成長・発展概念が日本の社会に様々な歪みをもたらしたという認識は、その後、生活の質や
精神的なゆとり、充足感など真の豊かさを希求する動きにつながっていき、現在の持続可能な
発展、すなわちサステイナブル・ディベロップメントなどの新たな発展概念にたどり着くので
ある。
このような発展概念の見直しの気運が高まるにつれて、当然のことながら、これらに呼応す
るかたちで、従来の経済指標だけに依存することの限界が強く意識されるようになった。すな
わち、GNP などの経済指標で「豊かさ」を測定する見方に対して、政策指標として非経済的な
指標を含めて「豊かさ」を測定する「社会指標」を標榜する動きが起こったのである5。
この社会指標という言葉を最初に提起したバウワーは、社会指標を「我々の価値や目的に照
らして我々がどこに位置し、どこに向かいつつあるかを評価したり、また個々の計画を吟味し
て、そのインパクトを把握したりすることができる、統計、統計系列、その他すべての形式の
資料」であると定義づけている6。
以下、国内における社会指標開発への主な取り組みをみてみよう。
2. 経済企画庁の「新国民生活指標」
社会指標の必要性は、国内の行政における政策策定の現場でも主張されるようになり、1970
年、経済企画庁社会福祉指標研究会が社会指標開発に着手、1971 年、「社会指標-よりよい暮
らしへのものさし」を発表、第5次国民生活審議会(1973~75 年)が 1974 年から「社会指標」
4
5
6
Galbraith,1970,p.8
(前段落以降)勝見,2007,p.150-151
Bauer,1967(=小松崎訳,1976,p.14)
4
として公表、1979 年には新版を発表した7。ここでは、健康、教育、雇用と勤労生活の質、余
暇、犯罪と法の執行、コミュニティ生活の質など、トップダウン型ではあるが当時としてはか
なり充実した内容の 261 の指標値が取り上げられた8。
その後、1986 年から「国民生活指標」、1992 年から「新国民生活指標」
(通称:
「豊かさ指標」)
として引き継がれて、各都道府県別の指数値が計算・公表された 9。しかしながら、これは、項
目を多尐簡素化したこともあり、収入・消費や生活サービス・施設の充実など量的指標に偏っ
た生活評価になっていた観があった。また、主に下位にランクされた地域から統計と実感が違
うなどとの批判を受ける一方、過疎に悩む県が上位に名を連ね、一方、大都市圏の多くの県が
下位に沈み、本当に豊かさをあわらしているのかという疑問の声が多くあがり、1998 年度版を
最後に公表されなくなったのである10。
一方、地方自治体においても社会指標の研究は行われていた。東京都では、1973 年から「東
京都社会指標」に取り組んできたほか、1990 年代に入って、道府県や市町村などでも、それぞ
れの視点から「豊かさ指標」の開発に取り組む例がみられた。
3. 報道機関等による都市に関するランキング等
このような行政における社会指標開発への取り組みのほかに、近年、報道機関、民間のシン
クタンク、研究者等が、
「住みよさ」や「安全・安心」などといった面からいくつかの指標を総
合化して、都市ランキングといったようなかたちで発表する例が数多く見受けられるようにな
った。これらも生活の豊かさを測ろうとする試みであり、社会指標開発への取り組みの一つと
いえるであろう。これらの基本的なしくみは次のとおりである。
たとえば、
「住みよさ」に着目してランキング化する場合、住みよさを構成すると思われる項
目をいくつか挙げ、次に、それぞれの項目を表すと思われる複数の統計指標を設定する。そし
て、それらの指標を組み合わせ、点数化することによってランキングを付けるというものであ
る。したがって、基本的な問題となるのは、住みよさを構成する項目の設定が適切かどうか、
また、その項目を表す指標の選定が適切かどうかということになる。
これらのランキング等の特徴は、既存の指標をそのまま引用するというのではなく、様々な
指標を組み合わせて、総合化しているということである。そのことによって、その都市の特徴
をわかりやすく説明している。
以下に、二つの例をみてみよう。
一つは、週刊ダイヤモンド社の「安心して住める街:全国 805 都市ランキング」である。こ
こでは、表 1 に示すとおり、15 の統計指標を、老後・病気、教育、生命・財産、経済力の4つ
のグループに分け、日本の全都市について、各グループの平均偏差値を算出した。ベストシテ
ィは、4つの項目すべてが全国平均を上回っているという条件をクリアした都市(全体の5%
弱)を上位からランクするというものである。
二つめは、東洋経済新報社が毎年発行している、
『都市データパック(住みよさランキング)』
である。2009 年版においては、全国の都市と東京区部全体(23 区で一都市とする)のすべて、
計 784 都市を対象とし、表 2 に示すとおり、安心度、利便度、快適度、富裕度、住居水準充実
7
橘木・本田,2002.p.1、東京都総務局統計部統計調査課,1999,p.22
佐無田,2005,p.279
9 勝見,2007,p.151、佐無田,2005,p.279
10 佐無田,2005,p.279
8
5
度の5つの観点から 14 指標を採用し、各指標について偏差値を算出して、その平均値を総合
点としランキング化している。
表1
項
週刊ダイヤモンド「安心して住める街:全国 805 都市ランキング」
統
目
① 老後・病気
② 教育
③ 生命・財産
④ 経済力
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(13)
(14)
(15)
計
指
標
出
老人福祉施設入居定員数
病院・診療所病床数
病院・診療所数
訪問介護事業所数
大学等進学数
塾・進学教室数
小中学校教員数
犯罪発生率
建物火災発生率
交通事故発生率
警察署・駐在所・交番数
経常収支比率
法人住民税納付額
人口増加率
完全失業率
所
WAMNET 登録施設
厚生労働省「医療施設調査」
厚生労働省「医療施設調査」
WAMNET 登録施設
各都道府県調べ
NTT 情報開発「タウンページ統計データベース」
文部科学省「学校基本調査報告書」
警察庁刑事局「犯罪統計書」
総務省消防庁「火災年報」
警察庁交通局「交通統計」
住友電工システムソリューション「道路地図ランドマークデータ」
地方税務協会「市町村決算状況調」
地方税務協会「市町村決算状況調」
総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」
総務省統計局「国勢調査」
資料:週刊ダイヤモンド社[2007]「安心して住める街:全国 805 都市ランキング」
表2
東洋経済新報社『住みよさランキング』指標一覧
5 つの観点
① 安心度
② 利便度
③ 快適度
④ 富裕度
⑤ 住居水準充実度
構
成
指
(1) 病院・一般診療所病床数
(2) 介護老人福祉施設・介護老人保健施設定員数
(3) 出生数
(4) 小売業年間商品販売額
(5) 大型小売店店舗面積
(6) 公共下水道普及率・合併浄化槽普及率
(7) 都市公園面積
(8) 3 年間の転入・転出人口比率
(9) 新設住宅着工戸数
(10) 財政力指数
(11) 地方税収入額
(12) 課税対象所得額
(13) 住宅延べ面積
(14) 持ち家世帯比率
標
人口当たり
65 歳以上人口当たり
15~49 歳女性人口当たり
人口当たり
人口当たり
-
人口当たり
-
世帯当たり
-
-
納税義務者 1 人当たり
世帯当たり
-
資料:東洋経済新報社[2009]『都市データパック(住みよさランキング)
』
以上の二つの例のみならず、これに類する都市のランキング等に共通する欠点として、選定
された指標の尐なさとその代表性の説明不足の二つが指摘できる。わずか数個の指標で当該項
目を表現することができるのか、また、選定された指標に当該項目の代表性があるのかが十分
に説明されていない。このため、読者の興味を引きつけられるようランキング化するためだけ
に指標を利用したかのような印象が残る。
もっとも、この二つの欠点のうち、前者の指標の尐なさの理由が、誌面や編集時間の都合に
よるものであれば問題外だが、もとより指標とは、複雑な情報を単純化して伝達するものであ
6
り11、個々の指標によって表現できる限界はもちろん、それを体系化して複数の指標によって
総合的に表現する限界も当然に存在するのであって、数が絞り込まれるのは、指標であるが故
の宿命である。もし、設定された指標に絞って採用した理由に合理性があるのであれば、指標
の数の尐なさのみを捉えて、それを欠点と決めつけるのは適当ではないかもしれない。だとす
れば、欠点は後者の説明不足に集約される。指標の数を絞り込んだことやその代表性について
説明できる根拠があるのであれば、ホームページや別冊を作成してそれに掲載し、必要とする
人々に対して公表できるような措置をとるなどすれば改善できるであろう。
このように不備も指摘できる都市に関するランキングではあるが、その結果が社会的に注目
され、
「住みよさ」や「安全・安心」といった都市の質的な特性について、あらためて市民に考
える機会を提供したことも事実であり、
「豊かさ」とは何かを求める社会的ニーズに合致した取
り組みであったことは、十分に評価してよいであろう。
第3節 サステイナブル・シティに関する地域指標開発
前節で取り上げた「新国民生活指標」や都市ランキング等に共通して指摘できるのは、生活
の豊かさ等を簡易に量的に測り、また、これらによってランク付けをすること自体が目的とな
っており、せっかくの調査でありながら、政策や施策の形成に生かすみちすじができていない
ことである。
さて、第 2 節 1 で述べたとおり、従来の発展概念の見直しの気運の高まりを受け、ポスト工
業社会の地域発展のあり方を示す理論として、サステイナブル・ディベロップメントの考え方
が注目されてきた。そして、サステイナブル・シティ実現のための地域における指標開発への
取り組みも進んでいるが、これも代表的な社会指標である。本節では、その考え方に注目し、
サステイナブル・シティの意義、それに関する指標開発の動向、さらにはそれら指標の先行研
究の内容について、取り組みが進んでいる海外の例をみていきたい。
ここで、本研究がサステイナブル・シティ指標に着目する理由は二つある。一つは、この指
標開発への取り組みが、地域や都市において積極的に進められているためである。本研究では、
創造都市の実現に向けた指標を取り扱うわけであるが、都市における個性や魅力を重視した指
標という点でこの二つは共通しており、参考になることが多い。そして二つには、前節でみた
社会指標とは異なり、当該都市の目指すべき姿をイメージしながら地域の政策に活用する目的
で開発されているためである。これも政策や施策の立案に活用しうる指標を求める本研究の目
的と合致している。
1. サステイナブル・シティの意義
欧米で理念化され国際的な地域間ネットワークに展開しつつあるサステイナブル・シティは、
地球環境の維持可能性を負う地域発展のあり方を示すとともに、環境問題・経済問題・社会問
題をはじめとしたポスト工業化の段階に生じる複合的な地域問題の同時的解決を目指す理念で
ある。
いま地域に必要とされているのは、長期的な発展の基盤を再構築することである。環境制約
下における量的成長に頼らない経済発展モデルの構築は、避けようがない人類史的課題であり、
その転換を先導する都市や地域は来るべき新しい人類文明の先行優位な地位を獲得しうる。サ
11
本論の第 2 章第 2 節 3 で引用したチャールズ・ランドリーを参照のこと
7
ステイナブル・シティは、単なる環境政策ではなく、グローバルな経済変動に流されない長期
的で先取的な地域発展戦略として注目されている12。
ところで、サステイナビリティ(維持可能性)という用語は、1992 年の国連地球サミットを
経て、地球環境問題に取り組むための中心的な理念として世界中に認識されるに至った「サス
テイナブル・ディベロップメント」
(維持可能な発展)に由来する。サステイナブル・シティ論
の文脈では、サステイナビリティとは、グローバルな競争原理によって不安定さが増す地域の
現状を念頭に置きつつ、将来世代にわたる地域の「生活の質」向上を実現するための、環境・
経済・社会の総合的発展の枠組みを目指す理念として使われている 13。
2. サステイナブル・シティ指標開発の発端と特徴
さて、このようなサステイナブル・シティの地域的実践が進むにつれて、その取り組みを方
向づけ、評価し、より促進させるための指標のあり方が具体的に検討されてきた。すなわち、
地域発展の趨勢を評価し、地域の資源をいっそう高めるような発展になっているか、逆に将来
の基盤を損ねるような状態になっていないかを定期的にチェックし、政策にフィードバックす
るための指標装置が必要とされてきたのである。
1992 年の国連地球サミットにおける合意文書「アジェンダ 21 行動計画」の第 40 章では、環
境情報の整備とサステイナブル・ディベロップメントの方向性をチェックする「指標」の必要
性が謳われた。そして、これをきっかけとして、欧州や北米を中心に、地域ごとの多様な発展
を評価しうる指標を開発する動きが広がり、個別地域を超えた広範な協力体制で指標を試行・
定式化しようという段階に入ってきた14。
これらの指標開発の上で重要なのは、多くの要素の中から発展の尺度として何を測定対象に
するか、という指標の選定プロセスである。
「指標とは持続可能な社会づくりの進捗度合いを定
量的に測る『ものさし』であり、選定プロセスを通じ、ステークホルダー(利害関係者)間の
持続可能な社会像の合意形成を図ることができる」 15として、単なる統計手段としてだけでは
なく指標作成のプロセスに学習効果があることを強調している。
つまり、サステイナブル・シティの指標は、GNP 型の単一指標とは異なり、地域ごとにその
サステイナブルな社会像を模索しながら、複数の指標で多面的な「豊かさ」を評価しようとい
うものであり、その点でこの指標は、単なるサステイナブル・ディベロップメントの「測定手段」
としての指標モデルにとどまらず、理念や目的が指標とともに動態的に変化する「目的調整手
段」としてみることができるのである16。
3. サステイナブル・シティ指標の開発の動向
サステイナブル・シティ指標開発への取り組みは、とりわけ欧州と北米において進んでいる
が、この両地域における指標開発の方法は対照的である。ここでは、それぞれの取り組みを概
観する。
12
13
14
15
16
(前段落以降)佐無田,2005,p.269
佐無田,2005,p.270
佐無田,2005,p.269-270
中口,2000,p.11
(前段落以降)佐無田,2005,p.271-272
8
3.1 欧州におけるサステイナブル・シティ指標開発
サステイナビリティを理念とした地域政策がもっとも体系化されているのは欧州連合(EU)
である。欧州におけるサステイナブル・シティ指標開発の特徴は、EU が地域のサステイナブ
ル・ディベロップメントを支援する政策に主導性を発揮しているということである。
都市問題と環境問題を統合して扱う政策研究の必要性を提起した 1990 年の欧州共同体都市
環境緑書にもとづいて、都市環境専門家グループが設置され、1993 年、その都市環境専門家グ
ループと欧州委員会が「サステイナブル・シティズ・プロジェクト」を開始、1994 年には、デ
ンマークのオールボー市において第 1 回「サステイナビリティへの欧州諸都市会議」を開催し
た。
1990 年代半ばから、欧州のいくつかの都市で、環境を中心とした地域指標に関する先行的取
り組みがあったが、こうした既存の指標システムを補完し、さらに多くの欧州諸都市を指標開
発事業に招き入れ、サステイナビリティへの統合型地域政策を評価・促進することを目的とし
て、都市環境専門家グループは、1999 年から、地域サステイナビリティの測定・監視・評価に
関する研究会を立ち上げ、欧州共通指標(European Common Indicators = ECI)の開発に着手
した17。
3.2 北米におけるサステイナブル・シティ指標開発
欧州では EU が主体となって取り組んでいるのに対し、米国では非営利団体の連帯組織や地
方自治体、民間企業等が中心となって、サステイナビリティに向けた地域間ネットワークや地
域指標の取り組みが進展している。
ワシントン州シアトル、カリフォルニア州サンタモニカ、フロリダ州ジャクソンビル、テキ
サス州オースチン、カナダのトロントなどがサステイナブルな地域指標の先行実践地区である。
指標作成の地域的な展開を、ワシントン州シアトル市を例に見ると、成長管理中であった 1990
年 11 月、シアトル市当局、ボーイング社、自然保護団体、商工会議所、社会福祉事務所など
の代表者たちが集まり、長期的なコミュニティの生活向上を測定する手段の選択を話し合う指
標プロジェクト会議を開催した。この会議を受けて翌年 2 月、会議参加者の有志によってサス
テイナブル・シアトルという市民団体によって、10 のトピックと 40 の指標を選定し18、1993・
95 年版と、98 年版の 2 回、指標の測定結果が報告されている。
4. サステイナブル・シティ指標の先行研究
ここでは、欧州と北米から、代表的な例を一つずつ取り上げ、サステイナビリティの理念体
系と指標を確認してみることとする。
欧州からは、国を超える上位政府レベルの政策的意思により、サステイナブル・シティの地
域事例から理念を学びつつ、自治体の主体的実践活動をより深め広げるために、補完性のある
指標の理念と統計手法を提示しようという文脈で作成された欧州共通指標(ECI)を取り上げる。
また、北米からは、社会運動ベースで、コミュニティ・リーダーが独自の組織化と創意工夫に
より、その地域固有のサステイナビリティを指標化したサステイナブル・シアトルの地域指標
を取り上げる。
4.1 欧州共通指標(ECI)
サステイナビリティ政策に取り組む諸都市を増やす目的で作成された欧州共通指標は、
「豊か
17
18
(前々段落以降)佐無田,2005,p.274-6
Sustainable Seattle,1998
9
さ」の多様で個別的な領域を網羅するのではなく、指標の枠組みを最小限の 10 領域に抑え、
欧州レベルで、地域のサステイナビリティを構成する基本的要素をどのように捉えるかを明快
に示している。また、価値中立的なデータを並べたものではなく、発展の理念を方向づけるは
っきりとした意思と価値判断を含んでいる。
さて、欧州共通指標のトップ指標タイトルには「地域コミュニティの市民満足度」が設定さ
れている。満足度という回答者の主観的評価を積み重ねた指標をもって発展の度合いを測るも
のであり、数値には地域性が強く現れるため、この指標では地域の発展水準や地域間の比較が
できない。ある地域が開発政策や事業の結果、良くなっているか悪くなっているかを、直接人々
の実感に問う指標であり、地域ごとの多様な発展形態を認め合う指標であるともいえる 19。こ
のように、都市間比較を前提とした“共通指標”でありながら、客観的でない『ものさし』で
測るという“主観的指標”を採用するという手法は特徴的である。また、この項目をトップに
もってきたのは、サステイナビリティに関する様々な個別の取り組みも、結局は、住民の主観
的な満足を実現することが最終的な目標だという主張が強く感じられる。
また、「3 地域の移動性と旅客交通」における「1 人当たり日トリップ数・時間」と「1 人当
たり日平均移動距離」は、日誌形式のサンプル調査を必要とし、同様に、「6 子供の通学」で
は、
「家庭から学校までの子供の交通手段」が測定対象となっており、学校又は家庭に直接配布
されるアンケートを実施するものである。新たに時間と経費がかかるものであっても、既存調
査に必要なデータがなければ、新規の調査を実施しているところが大変興味深い。
さらに、
「4 地域の公共スペース・公共サービスの利用可能性」では、両公共ポイントへのア
クセスとして「300m 圏内居住者数」を指標としており、このような GIS を利用したデータ収
集方法は、今後さらに利用される可能性があると思われる。
表3
欧州共通指標(ECI)
指標タイトル
1
地域コミュニ
ティの市民満
足度
2
地球気候変動
に対する地域
の寄与度
測定対象
全般的な市民満
足度
特定項目に関す
る満足度
CO2 換 算 排 出 量
(総量及び変化量)
1 人当たり日トリ
ップ数・時間
3
19
地域の移動性
と旅客交通
1 人当たり日平均
移動距離
小項目
データ収集方法
インタビュー、
住宅事情、雇用機会、自然環
アンケート(5
境、建築環境、医療サービス、
段階式回答)
文化サービス、教育、公共交
通、参加機会、安全性
エネルギー消費
データに基づい
家庭、商業、工業、交通
て計算、1990 基
準年
[移動様式]通学、通勤、余暇
活動、社会的用件、買い物、
その他私的理由、帰省、[交
通手段]徒歩、自転車、バイ
日誌形式のサン
ク、自家用車(運転者、同乗
プル調査
者)、タクシー、大量輸送交
通(バス、路面電車、地下鉄、
地域鉄道)、パーク&ライド
による複合形態
(前段落以降)佐無田,2005,p.282
10
単位
%
トン/年、
%(変動幅)
トリップ数・
時間、
km/人・日、
%(構成比)
4
地域の公共ス
ペース・公共
サービスの利
用可能性
5
地域の大気環
境
6
子供の通学
7
自治体と地域
ビジネスのサ
ステイナブル
なマネジメン
ト
8
騒音公害
サステイナブ
ルな土地利用
9
10
サステイナビ
リティ促進型
製品
公共公開エリア
への市民アクセ
ス (300m 圏 内 居
住者数)
基本的な公共サ
ービスへの市民
ア ク セ ス (300m
圏内居住者数)
大気汚染物質濃
度の基準値超過
回数
大気環境管理計
画の実行水準
家庭から学校ま
での子供の交通
手段
歩行者・自転車専用の無料で
使用できる公園・庭園・私有
地・屋外スポーツ施設(安全
緑地帯や墓地は除く)
地理情報システ
公共医療サービス、大量輸送 ム(GIS)の利用
交通の路線、義務教育学校、
食料品店、リサイクルセンタ
ー
特定測定地点、
SO2 、NO2 、PM10 、CO、オ
ランダムサンプ
ゾン
ル
施策リスト、実行スケジュー
自治体調査
ル、目標値、
学校又は家庭に
徒歩、自転車、公共交通・ス
直接配布される
クールバス、自家用車
アンケート
環境マネジメン
ト・社会 マネ ジメ
ント規格を採用
する公 共・民 間組
織(大企業・中小企
業別)の割合
EMAS、ISO14000、
SA8000、AA1000、
NACE 産業分類別
長期間高レベル
の騒音環境にさ
ら さ れ て い る 人 道路、鉄道、飛行機、工場
口の割合
日中、夕刻、夜間
1 若し くは 特定
地点の騒音水準
騒音対策計画の
実行水準
人工地表面積率
遊休地面積
遺棄地、汚染地
都市化地域の居住人口密度
年間の新規開発地と再開発地の割合
建物の 修復・ 利用
件、フロア面積
転換
%(人口比)
回
%(達成率)
%(構成比)
規格団体のデー
タベース
%(割合)
Lden 、 Lnight
の共通評価方法
と人口分布図を
連結
人
特定地点の測定
dB
自治体調査
%(達成率)
Corine
Land
Use Data Base
EU、他
%(割合)
㎡
人/ha
%(割合)
件、㎡
公共緑地への転換を含む遺棄地再開発面積
㎡
汚染地の浄化
面積、公共支出
保護地域の面積割合
総消費量におけ
る環境製品シェ
エコラベル商品、有機製品、
ア
エネルギー効率性の高い製
環境製品を扱う
品、フェアトレード品、森林
小売店の割合
組合保証木材
地方自治体のグ
リーン購入
㎡、額
%(割合)
家族サンプル調
査
%(割合)
小売店調査
%(割合)
自治体調査
%(割合)
資料:Expert Group on the Urban Environment[2001]より佐無田が作成[佐無田,2005,p.281]
4.2 サステイナブル・シアトル
欧州共通指標が他都市と比較を行うための“共通指標”であるのに対し、サステイナブル・
シアトルの指標は、その地域固有の特性に基づいた“固有指標”である。また、地域の特徴に
根ざした個性的で多面的な指標であるが、サステイナビリティの理念で一貫しており、決して
網羅型の地域指標ではない。
さらに重要なことは、これらが「行政ではなく市民運動が主導しているため、新規に大規模
11
な統計調査を要するものではなく、既存の資料や、環境教育を兼ねて入手可能な指標」 20とし
て、実現されたことにある。コストのかかる統計調査を新規に実施することばかりではなく、
身近にある既存統計の中から自分たちの価値観にフィットするものを抽出する知恵と努力が必
要であったと思われる21。
各指標の傾向が矢印で示されており、サステイナビリティの上昇、横ばい、低下を、それぞ
れ↑、⇔、↓であらわしている。
“?”が多いのは、過去のデータに遡れないためであるが、将
来的には経年調査が可能になるであろう。この矢印を用いた評価方法は、市民にとってわかり
やすいものとなっている。
指標全体の顔ともいえるトップ指標には、
「野生の鮭」の遡上数が、地域の人々の価値観をも
っとも体現化した発展のシンボルとして選択されている。地域固有の指標であり、他都市比較
はできないが、河川に野生の鮭が遡上してくることを豊かさだと感じられるような地域を総合
的に目指すというメッセージが伝わってくる。そして表 4 のように、5つの領域にわかれてい
るが、各指標は独立しているのではなく、指標相互の関係性が重視されており、報告書では、
指標それぞれのリンケージが明記してあり、40 の指標全体で一つの発展方向を示している。そ
して、サステイナブル・シアトルは、指標というアプローチを使い、潜在的に地域の危機意識
を喚起させることで理念の変革を進めようとする取り組みに大きな影響を与えてきたのである
22。
表4
サステイナブル・シアトルの 40 指標(1998 年)
指
野生の鮭の遡上数
⇔
2
生態系の健全性
?
環
3
土壌流出
⇔
境
4
5
大気環境
歩行者・自転車優先通り
都市居住地近くのオープ
ンスペース
↑
?
7
不浸透性の地表面
?
8
人口
⇔
9
水消費
↑
10
ごみの排出・リサイクル
↓
11
汚染防除
↑
12
地域農産物
↓
13
自動車走行距離と燃料消
費
↓
人
口
と
資
源
21
22
傾
向
1
6
20
標
?
メ
モ
1980 年代以降劇的に低下したが、過去 6 年で危険な低水準を
脱しようとしている
小河川における無脊髄動物の多様性と、自然の植生で被われ
た土地面積で評価
河川の混濁度(水による流送土砂)は一度悪化した後、80 年
代の水準に回復
良好な大気環境の日が 89%に増え、改善が続いている
自転車レーンは延びているが、評価するにはデータ不足
現在シアトル住民の 87%がオープンスペースの 3 ブロック内
に居住
排水区域の約 3 分の 1 がアスファルト等の不浸透性の地表面
で被われている(水害の危険性)
キング郡の人口成長率は年間 1%に低下したが、環境と社会
への圧力は続いている
夏の割増水道料金や効率的なシステム運営によって 1990 年
から水消費が 12%減尐
1 人当たりリサイクル量は増加したが、1 人当たりごみ排出
量の増加がそれを相殺
排出中の重金属及び環境中に放出される有毒化学物質の量は
1987 年以降低下
キング郡の農地が急減している一方で、産地市場の行商人数
と有機農場の数は増えている
1 人当たり自動車走行距離と燃料消費は増え続けている
(前段落以降)佐無田,2005,p.283
勝見,2007,p.155-156
(前段落以降)佐無田,2005,p.283-285
12
14
15
経
健
康
と
地
域
社
会
↓
↑
16
雇用の集中度
↑
17
失業
↑
18
個人所得の分配
↓
19
医療費支出
↓
20
基本的ニーズのための仕
事
↓
21
住宅の入手可能性
⇔
22
貧困に生活する子供
↓
23
救急治療室の非救急目的
での利用
⇔
24
コミュニティ再投資
?
25
高校卒業
?
26
教師の民族的多様性
⇔
27
芸術教育
?
28
学校ボランティア
↑
29
尐年犯罪
⇔
30
コミュニティ・サービス
への若者の参加
?
31
裁判における公平性
↑
32
成人の識字率
?
33
未熟児
⇔
34
子供の喘息患者
⇔
35
投票率
↑
済
若
者
と
教
育
再生可能・再生不可能エ
ネルギー
個人所得当たりエネルギ
ー投入量
37
図書館・コミュニティセ
ンターの利用率
芸術活動への公衆参加
38
ガーデニング活動
↑
39
近隣づきあい
?
40
生活の質の実感
⇔
36
⇔
↑
凡例:↑サステイナビリティが改善
再生不可能エネルギー増大のほぼ半分は自動車へのガソリン
給油による
個人所得 1 ドル当たりのエネルギー使用量は年 1%ずつ低下
している
地域のトップ 10 社が地域全体の雇用に占める比重は低下し、
シアトル経済は多様化している
キング郡の失業率は低下し 3%であるが、アフリカ系では、
10.5%と格差は激しい
過去 20 年間、キング郡の富裕層はより豊かに、中低所得層
は貧しくなる傾向にある
ワシントン州の 1 人当たり医療費支出は拡大している
平均賃金と基本的生活物資の価格データから、平均的家族が
基本的ニーズを満たすために最低必要な月間仕事時間を計算
すると、より長く働きより多く稼いで家族や友人と過ごす時
間を削っている傾向が示される
住宅価格は、低所得者及び 1 度目の購入者が入手可能な水準
を約 60%超え、ギャップはここ数年固定的である
貧困な水準で生活する子供の割合は 10 年で 2.3%悪化し、
15.7%となった
医療コストのかかる救急治療室は、90%近くが非救急目的(主
に診療や介護)に使用されている
コミュニティ再投資法に基づき 18 の銀行は一般的に地域の
信用ニーズに適合している(規制の変更があった)
民族集団ごとの高校卒業生には 47%から 68%の差がある
教員スタッフの民族的構成比は市の成人の構成比には対応し
ているが生徒の構成比には対応していない
芸術授業時間のデータがないため、芸術部門教員 1 人当たり
の生徒数で評価
市民の学校におけるボランティア活動時間
(生徒 1 人当たり)
は 46%増加
重罪・軽罪の尐年犯罪を組み合わせて見ると、ここ 4 年間は
安定的であるが、80 年代半ばと比べると悪化している
シアトルの高校生徒の 42%がコミュニティの社会的活動に
従事している(全米 37%)
人口の民族構成比に対して、アフリカ系は尐年裁判に付託さ
れる率が 3.3 倍も高い(近年改善されつつある)
ワシントン州民の約 3 分の 1 は識字能力が不十分である
キング郡の未熟児率は 5.7%であまり変化ないが、アフリカ系
は 11.35%と突出
子供の喘息患者数(10 万人中 300 人)は受け入れがたい高水
準を継続
95 年には 40%という過去最高の投票率を記録したが、依然と
して政治への参加レベルは低い
コミュニティセンター市民 1 人当たり年間利用回数は 6 回、
図書館の 1 人当たり年間の本の貸し出し冊数は 10 冊
キング郡の芸術団体は 92 年の 76 から 96 年の 96 に増加
シアトルのコミュニティガーデン区画は 84 年の 987 から 96
年の 1609 に増加
平均的なキング郡の住民は「ご近所」とみなす隣人を 20 名
持つと報告されている
市民の 91%はシアトルを生活に快適な場所だと考え、一方で
生活の質が悪化したと 37%が答えている
↓サステイナビリティが悪化 ⇔現状維持 ?データ不足
資料:Sustainable Seattle[1998]より佐無田が作成[佐無田,2005,p.284]
13
第2章 創造都市に関する指標の先行研究
第1節 創造都市への関心の高まり
1. 世界都市から創造都市へ
序章で述べたとおり、都市には幅広い切り口があり、多くの研究者によって、いくつもの都
市論が提唱されている。加茂は、
「都市論は今、‥‥かつてない多彩さをみせている。別の見方
をすれば、好みの切り口で都市を読み、描いてみようという知的関心がはたらき、都市論は際
限なくモザイク化しているともいえる」23と述べている。
このように様々な都市論が登場した背景には、20 世紀後半から 21 世紀初頭に至るまでの間
における都市の歴史的変容という事実がある。1970 年代には、ニューヨークやロンドンなどで、
人口減尐や財政危機などが起こり、「都市の衰退」といわれたが、1980 年代に入ると、国際的
な金融ブームなどを背景に、それらの巨大都市の経済が好転し、
「都市の再生」などといわれる
ようになり、「世界都市」という概念が誕生した。
その頃、世界都市では、地価が高騰し、過剰な開発が行われ、自然環境が破壊されるととも
に、生活環境や居住環境も悪化し、人が住む条件が著しく低下した。その反省から、
「住みやす
い都市」が都市本来の姿であり、都市政策の目標だという見解が生まれ、前章で取り上げた「サ
ステイナブル・シティ」や、まちの中心部に都市機能を集約させようとする「コンパクト・シ
ティ」などの都市論が提唱されたのである。
そして、1990 年代後半から注目され始めたのが「創造都市」である。「世界都市」は、世界
的な都市階層の中で上位に位置し、都市規模、経済力、拠点性を持つが、その対抗概念として、
規模は小さくてもすぐれた産業や文化・技術の創造力をもち、国際的なネットワークを持つ多
くの都市をより普遍性のある現代都市として概念化したのが「創造都市」である 24。創造都市
という概念は、急激なグローバル化と本格的な知識情報化社会を迎えた 21 世紀の都市モデル
として注目を集めている25。
2. 創造都市への注目とその特徴
都市政策の観点から「創造都市」への関心が高まる理由について、佐々木は、「20 世紀末か
ら引き続くグローバル化の大きな流れの中で、多くの都市が産業の空洞化を経験し、企業倒産
や失業者の増大、犯罪や自殺者の増加などの社会不安が広がる一方で、都市自治体の税収不足
から財政危機が生じて有効な対応策が取れず、
『都市危機』に堕ち込んでいるからだ」26として
いる。
また、創造都市の特徴について、佐々木は、その典型であるバルセロナの例から、①芸術創
造のエネルギーが町中に満ちあふれ、市民が存分にそれを楽しんでいること、②芸術文化の創
造性を産業に活かした創造産業群の発展が都市経済の新たなエンジンになり、雇用と富を生み
出していること、③市民の自治意識が高いこと、④グローバル化のもたらす負の側面を緩和す
23
24
25
26
加茂,2007,p.14
(前々段落以降)加茂,2007,p.14-15
佐々木,2007,p.30
佐々木,2007,p.31
14
るための人類普遍の価値ある行動を提起する力量に富んでいることをあげている 27。
さて、都市政策の中心に文化と創造性が移ってきた理由については、その背景に 21 世紀にお
ける経済社会と生産のあり方が大きく変化したことが挙げられる。つまり、20 世紀が大量生
産・大量消費に基づく工業化の世紀であり、大企業中心の大きな政府の時代であったとすると、
21 世紀は、そのような画一化された大量生産システムよりはむしろ、創造性あふれる感性を持
ち、先端的なアイディアを生み出す人々が主体になって、知識と情報をベースにした経済社会
に移ろうとしている。それゆえ、創造的な活動を行う市民、あるいは小さくても創造的な事業
を行う企業が集まってくる都市が発展する。そこで、芸術文化のもっている創造性と、先端的
な科学技術の創造性という二つの「創造性」との間で相乗効果がはたらく空間や場のあり方を
考える必要性が出てきたために、都市政策の中心に文化と創造性とが移ってきたのだという 28。
3. 国内における創造都市への関心の高まり
日本国内においても、政治・経済・文化等の東京一極集中に対して相対的地位の低下に悩む
諸都市が、新たな物差しや価値観から都市像を描きなおそうと創造都市に着目している。
第 1 章第1節で述べたとおり、戦後、日本は一貫して「経済的豊かさ」を物差しとして、発
展を成し遂げ、地方自治体の多くもこれらの絶対的な貨幣価値を規準にして、地域間競争に邁
進してきたが、バブル崩壊後、都市地域での様々な矛盾と問題が一挙に吹き溢れ出した。
雇用と担税力向上のために競って誘致された大企業の陰で、伝統工芸や地場産業の位置づけ
は格下げされ、その生産様式や固有の技術、それを保有する職人たちもまた経済原理のために
淘汰されていった。また、空間の効率性を追求する多くの開発業者は、町屋や古びた近代建築、
美しい街並み、都市景観といったものを容赦なく破壊していった。そして、さらにこれらの地
域固有性の背景にある伝統や芸術、生活文化の存続さえも危うくしている。創造都市論は、そ
ういった地域の危機的状況に対する異議申し立てとして登場する。それは、経済論理の前に格
下げされた地域の固有の産業や文化を、現在直面する都市の課題を解決しうる「創造的な」力
の源泉として再評価するものである、と勝見は述べている29。
第2節 創造都市に関する指標化の動き
1. 都市の創造性指標化の要請
前節でみたとおり、日本国内でも、戦後の発展の陰に隠れていた都市における矛盾と問題へ
の対応が迫られ、いくつかの中小の都市が創造都市への取り組みを始めている。伝統工芸など
の伝統文化と独自の経済基盤を活かして創造産業の育成を図る金沢や、芸術文化の創造性を活
かして重工業都市からの脱却を図る近代的都市の横浜をはじめとして、札幌、盛岡、仙台、北
九州、福岡などが創造都市を目指している。
さて、このように創造都市論が注目される中、勝見は、
「創造都市論を政策に導入する過程で、
本来あいまいで抽象的、かつ多義的な『創造性』という概念を様々な角度から可視化、具体化
する必要が出てくる。それが都市の創造性を指標化しようとする要請が起こってくる第一の理
27
28
29
佐々木,2007,p.31-33
佐々木,2007,p.31-33
(前々段落以降)勝見,2007,p.149-151
15
由である」30という。さらに、バウアーによる社会指標の定義を借りて、
「都市、地域の発展概
念やそこに住む人々の価値観が大きく揺さぶられる状況の中、今まさに社会指標そのものの更
なる進化が要請されているといえよう。これまでの社会指標では明示することのできなかった
様々なものが、都市の創造性を巡る新たな指標化の流れの中で明らかになる可能性がある」31と
述べている。
筆者はこれを、従来の経済指標への批判から誕生した社会指標は、新たな指標の提案のみに
終始していた段階を経て、サステイナブル・シティの地域指標へと発展したが、創造都市に関
する指標は、社会指標をさらに発展させる可能性を持っていると解釈するものである。
2. 指標・数値化を求める行政
さて、指標化という作業は、行政にとって、様々な観点から必要とされているが、創造都市
を目指す各都市においても、指標化は大変重要な意味を持っている。
行政は、自らの独断や恣意性を排除しながら、税金等の歳入により公正かつ公平に政策や施
策を立案し実施していかなければならないが、その検証を行うため、もとより目標数値や指標
等を設定するかたちの制度運営が求められてきた。さらに、近年の国や地方における財政状況
の悪化により、一層の行財政改革を進めることを目的として、国や地方自治体が、政策、施策、
事務事業の各レベルにおいて、行政評価制度を導入し始めているが、その評価を行う作業にお
いて、成果指標や効果指標等といった指標を利用している。
また、各地方自治体が、長期計画、基本計画、実施計画及び個別計画を立てる際にも、市民
に対して目標を量的にわかりやすくするために、地域のビジョンや政策目標を指標のかたちで
示すようになってきた。このように、指標は、最終的な地域のあるべき姿の目標を描くととも
に、その政策や施策の到達度を示すことで、市民に対する説明責任を果たすためのツールとし
て活用されているのである。
さらに、指標を利用して市民に対して説明されることから、次の段階の政策や施策の形成に
あたって、市民参加が進み、市民との合意形成ができるというメリットも生まれてきた。
3. チャールズ・ランドリーが主張する創造性指標化の意義
一方、創造都市論の火付け役となったチャールズ・ランドリーも、同じ観点からその著書『創
造的都市』の中で、次のように、創造的な都市の潜在能力を測定するには新たな指標が必要で
あるとして、その指標化の意義を強く主張している。
指標は、複雑な情報を単純化して伝達するものである。そして、その第一の目的は、
評価プロセスの道案内をして、政策立案者が行動し、その次に決定の影響を評価し測定
し監督する手助けをすることにある。指標が重要な理由はいくつかある。例えば、何が
目標となるべきかに関する議論は、何が都市にとって重要なのかに関する議論を起こす
引き金となる。指標は、どの目標に到達したいのかを明確にすることで都市に目的と行
動計画を与え、そうすることで欲求が生み出される。指標は、長所と短所とを評価する
機会を、またどうやってそれらを取り上げるのかを評価する機会を与える。最後に、数
値化は活動に正当性を与える32。
30
31
32
勝見,2007,p.150
勝見,2007,p.151
Landry,2000(=後藤和子監訳,2003,p.300-301)
16
このランドリーの主張を、勝見は、創造的都市のための指標の意義として、次の3点に集約
している。
① 都市の目標を市民との間で合意形成、対話議論するためのツール
② 再帰的、反省の過程として政策を見直すためのツール
③ 政策の正当化と検証のためのツール
さらに、指標化がもたらす都市内部の学習機能が、都市の創造的な活動を維持する重要な仕
組みであるとランドリーは指摘し、
「創造都市」よりも「学習する都市」というメタファーが将
来的には着目されると論じている。創造性の概念に加え、再帰性、持続性といった学習的要素
を都市の中に埋め込み、たとえ病的状態からでも、また、まったくの無からでも再生していけ
る創造力豊かな都市像を提起している。様々な課題を抱えるとしても、都市の創造性の新たな
指標化を目指すことの重要性を強く主張しているのである33。
第3節 創造都市に関する指標の先行研究の概要
本節では、創造都市に関する指標の先行研究を調査し、各研究がどのような意図をもってど
のような指標を採用しているのかをまとめてみる。
なお、ここで扱った各先行研究は、最初のフロリダの研究から始まって、それぞれに先行す
る研究をふまえており、関連したものである。
1. リチャード・フロリダ[2002]「創造性指標」
欧米等を中心に都市の創造性を測る試みはいくつも存在するが、その中でも最も世界的な注
目を浴びたのは、リチャード・フロリダの創造性指数(Creativity Index)であろう。
フロリダは、ポスト工業化の現代をクリエイティブ・エコノミーの時代ととらえ、今後の都
市地域の繁栄は創造性豊かな人材を引きつけられるかどうかにかかっていると指摘し、そうい
った創造的階級(creative class)が好む地域のエートス(生活態度・道徳的慣習)や社会的環境
に注目し、経済成長と相関関係の深い様々な指数(Index)を用いながら、地域の創造性そのもの
を測ろうとこの創造性指数を開発した。
これらの指標は、表 5 に示すとおり、基本的に「3T」と呼ばれる3つの分野の計8つの小イ
ンデックスから構成されている。中でも、
「ゲイ指数」は、そのセンセーショナルな内容が話題
を呼んだ。
フロリダは、この指標を土台に、北米 50 都市や世界各国のランキングを発表し、結果的に、
欧米諸国の自治体や様々なメディアで引用され、都市政策の現場でフロリダの名前が出ないと
ころがないほどのブームを巻き起こした。
フロリダが開発したこの指標の特徴は、経済成長率と相関する様々な指数を抽出して作成さ
れた点にある。例えば、わが国においても、都市の潜在力として高い関心が寄せられてきたソ
ーシャル・キャピタル的な要素も、その調査過程においてまな板に乗せられていた。しかし、
ソーシャル・キャピタルの高い地域は保守的で寛容性が低い傾向にあり、同時にその地域の経
済成長率は鈍化する傾向にあることを指摘するなど、フロリダはきわめて批判的である。
この経済成長を支える創造性という概念は、従来の単線的な発展概念の延長線から必ずしも
抜け出せてはいない。しかし、都市地域の再生を課題とする自治体にとってはきわめてタイム
33
勝見,2007,p.151-2
17
リーな内容であり、すでにフロリダの様々な示唆は、北米の多くの都市経済政策に積極的に取
り入れられている34。
表5
創造性指数(Creativity Index)
アーティスト、デザイナー、エンターテイナー、
コンピュータ技術者、建築家、研究者などの知
的、文化芸術的創造性を用いる職業の労働人口
に対する割合
1)創造階級
(Creative Class)
①人材
(Talent)
②技術
(Technology)
③寛容性
(Tolerance)
2)人的資本
(Human Capital Index)
3)科学技術に従事する人材
(Scientific Talent)
1)創発性指数
(Innovation Index)
2)ハイテク指数
(High-Tech Index)
1)ゲイ指数
(Gay Index)
2)ボヘミアン指数
(Bohemian Index)
3)メルティング・ポット指数
(Melting Pot Index)
大学卒業以上の人口に対する割合
科学技術関連に従事する研究者の人口に対する
割合
パテント(特許・実用新案等)数の人口に対する
割合
ハイテク工業生産額の全国に対する地域割合
ゲイ・レズビアン人口の全国に対する地域割合
(米国・カナダのみ調査)
文化芸術関連に従事する人口に対する割合
外国人登録者数の全国に対する地域割合
資料:Florida[2002]により勝見が作成[勝見,2007,p.153]
2. 佐々木雅幸[2003]「都市の創造性・持続性指標」
表6
都市の創造性・持続性指標(Indicators of the Creative & Sustainable City)
①創造的活動
②都会的生活
③創造活動の基盤
④歴史的遺産、
都市環境とアメニティ
⑤経済基盤のバランス
⑥市民活動
⑦行政運営
市民の中に占める芸術家、科学者、職人の割合と組織活動が環境に及ぼす影
響を示す ISO14000 の取得状況
収入額と余暇時間、及び文化活動と娯楽のための支出額
大学・技術系教育機関、研究機関、劇場や文化施設の数と利用状況
公的セクターに記録された文化資産の数と保存状況、及び空気・水の質と交
通渋滞の状況
産業構造の転換状況、事業所の創廃業数、及びその都市における出荷量、小
売額、総生産額
NPO 活動状況と女性の社会参加状況
(健全で独立性のある)財政状況と政策立案能力
資料:原典は、英文の佐々木[2003,p.29]、翻訳は勝見[2007,p.159]による
一方、欧米等からはやや遅れ、日本でも、都市の創造性を測定する研究が始まった。
日本において、早くからボローニャに注目して創造都市の研究を行っていた佐々木は、国内
では、そのボローニャといくつもの共通点をもつ金沢を対象とした研究を行っている。
金沢は、45 万人の人口規模で、伝統的な生活文化、美しい街並み、独自の内発的な経済基盤
をもつ文化と経済のバランスの取れた地方中核都市のモデルとして位置づけられているが、
佐々木は、金沢の創造都市としての分析項目として、次の因子を抽出している 35。
域内に充ちる職人気質、自律性・内発性の高い経済構造、伝統産業からハイテク産業まで
に至る地域技術とノウハウの蓄積、産業連関の強さ、産地商社を中心とする流通システム、
歴史的な伝統産業の集積、伝統的街並みと都市美、生活文化ストックと呼ぶべき教育機関
34
35
(本項目の記述)勝見,2007,p.152-4
佐々木,1989
18
や博物館などの学術文化集積
さらに佐々木は、この因子を整理して都市の創造性・持続性指標(Indicators of the Creative &
Sustainable City)という指標化の前段階にあたるテーブル(表 6)を作成した。なお、ここで
は、項目と指標を作成したのみであり、数値化作業は行っていない36。
3. 吉本光宏[2003]「創造的産業群の現況調査」
都市の創造性を指標として数値化する日本で初めての試みは、2003 年、ニッセイ基礎研究所
の吉本光宏が日本の創造的産業群の事業所数及び従事者数の測定を行った調査研究である。
ここでは、イギリスの創造産業が規定する業種設定に基づいて、総務省の事業所・企業統計
調査とサービス業基本調査の基礎データから定量的把握を行った。その結果、96 年から 01 年
にかけて全産業では、事業所数が 5.5 ポイント、従業者数が 4.3 ポイントと、ともにマイナス
の中で、創造的産業群では、事業所数が 3.8 ポイント、従業者数が 7.9 ポイントのプラスと、
景気後退の中にあっても創造的産業群が拡大していることを示した。また、創造的産業群が拡
大するサービス産業群の中でもとりわけ高い収入の伸びを示したことを報告している。ポスト
工業化時代における日本の産業構造の変化を創造産業の観点から捉えなおし、新たな振興策へ
視点を振り向ける潮流となった重要な研究であった。
しかし、既存の事業所・企業統計を使ったこの調査は、①個人ごとの職種を厳密に反映する
ものではなく、あくまでその業種に従事するものであること、②従来の産業分野に基づいた業
種で集計していること、③都市別の細かな小業種分類が困難なため、大都市のみの調査に設定
されていることなどの基礎統計自身がもつ限界を抱えており、十分に実態を反映できないとい
う課題が残った37。
4. 後藤暁夫[2005]「創造都市指標」
創造性をベースにした社会資本論の再構築を目指す後藤暁夫は、2005 年、吉本の課題をクリ
アにするため、独自に開発した創造都市指標(CCI)による調査を行った。この研究は、基礎デ
ータを Yahoo!電話帳から独自に抽出して実施したもので、①全国 100 都市(人口上位)を対象、
②創造産業群を再分類した職種分類から算出、③過去 1 年以内の最新データを反映、といった
特徴をもっている。これによって、より実態に近い就業者構造を反映する結果となった。そし
て、その調査結果から、都市の創造性と人口規模には相関関係がないことを示し、地方都市よ
りも大都市周辺部において創造産業が衰退しているという問題を指摘した。
これらの日本における調査研究はまだ始まったばかりであるが、従来統計では測れない日本
の創造産業の実態を明らかにした点では大きな意義をもつ38。
5. 北海道未来総合研究所[2007] 「地域創造性開発指標」
北海道未来総合研究所をはじめとする 3 つの研究所が共同して、2007 年、
「地域の『創造力』
向上を目指した再生のあり方」について提言をまとめた。目的は、グローバル時代の到来によ
り、産業構造の劇的な変化に直面する先進国において、地域は国家を超えて地域間での激しい
競争にさらされ、地域コミュニティの衰退が著しくなっているという現状をふまえ、失いかけ
36
37
38
(本項目の記述)勝見,2007,p.158-159
(本項目の記述)勝見,2007,p.156
(本項目の記述)勝見,2007,p.156-157
19
ている地域コミュニティを再生の牽引力として、地域の創造性のあり方を検討し、政策提言を
行おうというものである。
この目的を達成するため、 ヒューマン・キャピタル(HC: Human Capital、人的資本)、ソー
シャル・キャピタル (SC: Social Capital、社会関係資本)、 エンバイロメンタル・キャピタル
(EC: Environmental Capital、環境資本)の 3 要素から構成される地域創造性開発モデルを地域
創造性開発指標(RCDI: Regional Creative Development Index)として設定し(表 7)、この分析
モデルにもとづいて 47 都道府県、113 主要都市を対象にランキング化し、併せてアンケートと
ヒアリングによる地域の創造性開発の実証的研究を行っている。
前述のとおり、フロリダの研究では、創造性階級の存在が地域経済の成長を決定的にすると
説明し、いわゆるヒューマン・キャピタル論にベースをおく一方、創造性階級はパットナムが
主張するソーシャル・キャピタル論を激しく攻撃しているという。地域創造性開発指標では、
フロリダのヒューマン・キャピタルを採用する一方で、フロリダの主張が正しいとしても、そ
れはアメリカの都市理論の一つであって、日本の都市の創造性理論に当てはまらないのではな
いかという疑問や、ソーシャル・キャピタルは経済発展と矛盾しないのみならず遅れた地域や
疲弊した地域の経済発展の切り札的要素であることを考慮して、ソーシャル・キャピタルも採
用した。
さらに、エンバイロメンタル・キャピタルは、通常、経済学ではナチュラル・キャピタル(NC:
Natural Capital、自然資本)として説明するのが一般的であるが、人間は自然のみならず人為
的な要素を含めて環境を捉えることが適切であるとして、選択されたものである。以上の理由
により、3 要素が採用された。
なお、報告書では、地域創造性開発指標を用いた国内都市の分析結果から、3 要素のバランス
に着目して都市を 7 つの類型(①高位バランス型、②人的資源突出型、③信頼突出型、④環境
突出型、⑤環境低位型、⑥信頼低位型、⑦人的資源低位型)に分類した上で、各分類に該当す
る 15 都市を対象としてケーススタディを行っている。
表7
地域創造性開発指標(RCDI: Regional Creative Development Index)
指標項目
構成要素(都市のケース)
基本視点の3要素
人的資本
(HC : Human Capital)
※フロリダの創造性 指標
を参考に設定
社会資本
(SC : Social Capital)
タレント
テクノロジー
寛容性
社会参加支援
社会参加
ネットワーク
自然居住環境
環境資本
(EC : Environmental
Capital)
循環環境
資料:北海道未来総合研究所[2009]、(
クリエイティブ産業従業者率
学生の割合(15 歳以上の在学者率)
ハイテク産業従業者率
移動人口率
外国人登録者率
歳出総額に占める民生費(社会福祉費・老人福
祉費・児童福祉費)の割合
歳出総額に占める体育施設費の割合
歳出総額に占める社会教育費の割合
市長選挙投票率
(人口)1 人当たりNPO数
(人口)1 人当たり可住地面積
(人口)1 人当たり森林面積率
(人口)1 人当たり都市公園数
(人口)1 人当たりごみ総排出量
非水洗化人口率
下水道普及率
リサイクル率
)内は筆者が加筆
20
6. 日本ファッション協会[2008,2009a,2009b,2009c]「生活文化創造都市指標」
日本ファッション協会は、1990 年、当時の五島昇日本商工会議所会頭がファッショナブルな
生活文化を提案するために設立した団体であるが、2003 年度から、創造都市の考え方を取り入
れた衣食住全般にわたっての新しい暮らし方や生き方を提案する「生活文化創造都市創生プロ
ジェクト」に着手し、2006 年度からは、3 年計画でその「拡充プロジェクト」をスタートさせ、
その一環として、生活文化創造都市の目標像の明確化に向けた「指標化調査事業」を行ってい
る。
この事業は、都市の「文化力」及び生活文化創造都市を支える経済基盤である「創造産業」
を指標で表すことによって、わが国の「創造都市」の特徴やあるべき姿を明らかにしようとす
るものである。全国の全市町村を対象として、3 つの区分及び 1 つの参考数値で指標化を行っ
ているが、各区分を構成する個別指標は、表 8 のとおりである。
指標化の方法は、全都市のデータを収集し、各区分について、すべて全国平均を 1.0 とし、
それに対して、それぞれの都市にどれくらいの集積度があるのかを各指標で計算するというも
のである。分析では、各区分及び総合における全国の都市の順位をみるとともに、各指標の上
位都市について、各指標のバランスを分析している。なお、報告書においては、順位よりも各
区分のバランスが重要ではないかという議論がなされている。
表8
生活文化創造都市指標
統
区
計
デ
ー
タ
母数・基準値
分
(a) 創造人材力
(b) 文化活動力
(c) 創造産業力
[参考]
文化施設充足指数
①専門職業者数
②技術者数
③文筆家・芸術家・芸能家数
①趣味・娯楽の活動率
②文化関連 NPO 団体数
創造産業事業所数
①博物館数
②公民館数(類似施設を含む)
15 歳以上人口 1,000 人当たり
-
総人口 1,000 人当たり
全事業所数 100 事業所当たり
総人口 100 万人当たり
資料:日本ファッション協会[2009c]をベースにして筆者が作成
21
第3章 創造都市の実現に向けた指標の具体的検討~金沢を事例として~
第1節 創造都市に関する指標の先行研究の課題に対する本研究の方向性
1. 先行研究の特徴と課題
ここで、第 2 章第 3 節で行った 6 つの先行研究の調査結果を総括するとともに、課題の抽出
を試みる。
まず、これらの研究の中で、吉本の研究は、日本という国全体を対象としているという点で、
他の 5 つの研究とは異なる。吉本は、我が国における初めての本格的な創造産業の量的調査と
して、産業全体に占める創造的産業群のシェアとその収入額を調査した。この研究は、指標に
より「日本の創造産業の実態を測る」ものだといえる。
これに対して、他の 5 つは、いずれも都市を対象とした研究である。佐々木の研究は、金沢
の創造都市としての分析から抽出した因子を整理して、都市の創造性・持続性にかかる 7 つの
項目といくつかの指標案を示したのみであって、数値化という作業にまでは至っていないが、
他の 4 つの研究は、指標を数値化した上で、項目別または総合的に都市間比較を行っている。
これら 4 つの研究においては、都市間比較ができる指標を使用して、比較することにより創造
性の特徴を際だたせることを目指しているのである。なお、佐々木が示した指標案も、都市間
比較が可能である。すなわち、佐々木も含めて、これら 5 つの研究は、指標を使用して「他都
市との比較の中で、(“現在の”)各都市の創造性を測る」ことを目的としている。
一方、本研究では、「(“将来の”又は“さらなる”)創造都市の実現に向けて、政策の立案に
活用する」ことを目的として、指標の研究を行うものであり、これらの先行研究の目的とは異
なる。目的が異なれば、当然、指標も異なるものとなる。
2. “固有指標”採用の提案
ところで、第 2 章第 1 節 3 で引用したとおり、勝見は、
「創造都市論は、地域の固有の産業や
文化を‥‥再評価するもの」であるという。そのように「地域の固有の産業や文化」を再評価
するのであれば、創造都市を目指すために必要な指標は、都市間比較を前提とする“共通指標”
よりも、それを前提としない各都市の産業や文化等の個性や魅力に基づいた“固有指標”を採
用する方が妥当ではないかという見方を、筆者は強めているところである。すなわち、サステ
イナブル・シティ指標の事例として取り上げたサステイナブル・シアトルのように、地域の特
徴に根ざした個性的で多面的な指標こそが、創造都市の実現に向けて効果的な指標であると考
えるのである。
そこで、本研究では、“固有指標”を開発するという考え方で、創造都市の実現に向けた指標を
考察してみたい。
なお、固有指標を開発する場合には、特定の都市を選定する必要がある。なぜならば、都市
によって、その個性や魅力はまったく異なるからである。
本研究においては、次の3つの理由により、事例研究都市として金沢を取り上げたい。
① 金沢は、国内で有数の創造都市として知られており、世界的な創造都市であるボローニ
ャとの共通点も指摘していることから39、この事例研究から創造性を示すキーワードの抽
39
佐々木,2001,p.105
22
出が期待できること。
② 金沢は、2009 年 6 月、クラフト&フォークアーツ分野におけるユネスコ創造都市ネット
ワークへの加盟が認定されており、官民協働により創造都市形成に向けた分析を進めて
いることや、佐々木のほか、内発型経済論の宮本憲一や中村剛治郎等の経済学者をはじ
めとして、数々の研究者による金沢の創造性等に関する業績があり、これらが本研究に
ヒントを与えることが期待されること。
③ 世界の都市の中で大多数を占めるのが人口 30~50 万人の中都市である。金沢の人口は
45 万人であり、汎用性が高く利用価値が高いと思われること。
3. 金沢市の総合計画等における指標利用の現状
日本では、自治体の総合計画や個別計画のなかに独自の指標や数値目標を取り入れたり、地
方選挙を通じて住民と契約し自治体経営に期限と目標を与えるローカル・マニフェストを導入
したりする動きが広がっており、画一的方向でない地域独自の発展を志向し、それを数量的客
観的に評価しようという傾向が見られる。しかし、残念ながら、そのほとんどは目標や指標の
羅列に終わっていて発展の枠組み自体を問い直す気運には乏しい 40。
ここで、金沢市の総合計画等における指標利用の現状と、今後の指標開発の意義について述
べておこう。
まず、金沢市の総合計画等の構造を概観すると、金沢市では、地方自治法第 2 条第 4 項に定
める基本構想は、目指すべきまちの方向性を憲章的に基本精神として 5 つにまとめたものであ
るので、実質的に最上位に位置する総合計画は、1995 年に長期計画として策定された「金沢世
界都市構想」である。これは、金沢の財産である優れた個性や魅力を磨き高めると同時に、都
市基盤の充実を図り、市民本位、市民主体の潤いのある市民生活をいっそう豊かで安定したも
のとすることを目指すものであり、
「小さくとも世界の中で独特の輝きを放つ都市」、
「住む人一
人ひとりの幸せを目指す都市」の2つを基本テーマとしている 41。ここで掲げられた「世界都
市」の都市像とは、
「小さくとも自らを主張しうる、独特の輝きを放つ都市」であって、ニュー
ヨークや東京のような巨大な「世界都市」ではなく、独自の個性をもつ産業と文化の「創造都
市」をベースにした構想である42。
なお、金沢市では、この構想を具体的に進めるため、10 年単位で行政運営の指針となる「基
本計画」を策定しているが、現在は、2006 年度を初年度とする「第 2 次金沢市基本計画」に
基づいて施策を展開しているところである。
一方、「金沢世界都市構想」を実現するため、2001 年、学者や民間識者等で構成する金沢世
界都市戦略会議によって、歩むべき“みちすじ”をいっそう鮮明にし、金沢市が重点的に取り
組むべき戦略とそれをふまえた個々の戦略的プロジェクトを提案する「金沢世界都市戦略への
提言」が、また、2008 年には、民間企業経営者等で構成する金沢世界都市推進会議によって、
金沢が目指すべき当面の都市ビジョンを明らかにしつつ、具体的な推進方策を検討する「世界
都市実現への提言」が、それぞれまとめられている。
さて、以上の計画等における指標の掲載状況であるが、
「基本計画」においては、現状や目標
にかかる指標は使用されているものの、従来型の成果指標が中心である。たとえば、都市圏道
40
41
42
佐無田,2005,p.270
金沢市,1995
佐々木,2001,p.142
23
路の整備では路線別の供用率が、商業の振興では年間商品販売額が、コンベンションの振興で
は年間開催件数が用いられるなど、従来の都市比較指標で使用された指標が見受けられる。
また、「世界都市戦略への提言」及び「世界都市実現への提言」の二つの提言では、各分野の
専門家から目指すべき方向性は提言されているのに、具体的な目標として数値の設定がなく、
目指すべき都市像が明確とは言い難く、また、その達成状況がチェックできないものとなって
いる。
よって、金沢市においては、現状や目標を明確化するためにも、また、具体的な政策や施策
のプロセスを明示させるためにも、指標を使用することは大きな意義があるといえよう。
第2節 金沢を事例とした指標開発の方法
1. 創造都市・金沢の特徴たる項目の抽出方法
指標を開発する際の創造都市の項目については、第 2 章第 3 節で示したとおり、研究者によ
って、様々な見解がある。ここでは、金沢に焦点を当てた事例研究として、個別的かつ具体的
な項目設定を試みる。
金沢の創造都市としての特徴たる項目の設定に当たっては、日本における創造都市研究の第
一人者であり、また、世界的な創造都市・ボローニャとの共通点から創造都市としての金沢に
ついて多数の研究成果を発表している佐々木の文献からヒントを得ることとする。
金沢の特徴である項目を抽出する前に、最初に、創造都市とは何かを確認しておこう。創造
都市の定義については、何人もの研究者によっていくつもなされているが、佐々木は、
「創造都
、、
、、、、、
、、、、、
市とは市民の創造活動の自由な発揮に基づいて、文化と産業における創造性に富み、同時に、
、、、、、、、、
、、、、
、
脱大量生産の革新的で柔軟な都市経済システムを備え、グローバルな環境問題や、あるいはロ
、、、、、、、、、、、
ーカルな地域社会の課題に対して、創造的問題解決を行えるような『創造の場』に富んだ都市
である」43と定義している。
さて、佐々木の創造都市・金沢に関する研究では、内発的発展を遂げた金沢経済に特に注目
、、、
、、
している。内発的発展とは、「地域の企業・労働組合・協同組合・NPO・住民組織などの団体
、、、 、、、、
、、、、
、、、、、
や個人が自発的な学習により計画をたて、自主的な技術開発をもとにして、地域の環境を保全
、、、、、、、、、、、
しつつ資源を合理的に利用し、その文化に根ざした経済発展をしながら、地方自治体の手で住
、、、、
民福祉を向上させていくような地域開発」44をいう。
この創造都市と内発的発展の両定義を照らし合わせると、
「市民」と「地域の‥‥団体や個人」、
「自由な発揮」と「自発的な‥‥、自主的な‥‥」、
「文化と産業」及び「都市経済システム」
と「文化に根ざした経済発展」、「環境問題」と「環境を保全」、「ローカルな地域社会の課題」
と「地域開発」といったように多くの共通項がある。すなわち、創造都市論と内発的発展論は、
概念として非常に似通っており、創造都市実現のみちすじの一つは、文化と経済のバランスの
とれた内発的発展を目指すことであるという仮説が立てられるように思える。もし、この仮説
が必ずしも真実でないとしても、尐なくとも、金沢という都市の創造性の源泉は、内発的発展
を遂げた様々な要因とかなり近いとはいえるであろう。
43
44
佐々木,2007,p.42、(傍点は引用者による)
宮本,2007,p.316、(傍点は引用者による)
24
よって、ここでの事例研究においては、佐々木の創造都市・金沢に関する文献のほか、金沢
を最初に内発的発展の典型と位置付けつつ内発的発展の 4 つの原則をまとめた宮本憲一、さら
には、この宮本の問題提起に応え、金沢の歴史を克明に研究し内発的発展の条件を理論化した
中村剛治郎の研究業績を参考にして、金沢の創造性に関する特徴的な項目を導き出したい。
2. 項目を表す指標の設定方法
創造都市を実現するための指標を設定するに当たり、第 1 章第 1 節 2 で述べたような、各都
市の姿をそのまま単純に横並びでみる都市比較指標では、十分機能しえないであろうことは、
本章第 1 節 2 で述べたとおりである。
よって、本研究では、この論文で社会指標の先行研究として取り上げたサステイナブル・シ
ティや創造都市に関する指標の例を参考に、具体的な指標を検討してみることとする。
さて、これらの先行研究から見出せた、本研究において参考となると考えられる指標の特徴
やポイントは、つぎのとおりである。
ア) 地域固有の特性に基づいた“固有指標”である
これは、
「サステイナブル・シアトル」の指標から見出した特徴である。欧州共通指標が他都
市と比較を行うための“共通指標”であるのに対し、サステイナブル・シアトルの指標は、その
地域固有の特性に基づいた個性的で多面的な“固有指標”であった。
創造都市の実現に向けて必要な指標を探る本研究では、
“固有指標”を採用する考え方である
ことは本節の 1 で述べたが、都市のサステイナビリティの面から指標を考える場合にも、同様
の手法をとっていたのである。しかるに、社会指標を考えるにあたって、
“固有指標”というも
のは、当然に念頭に置くべき指標の姿であると考えられる。
イ) 都市間比較を前提とした“共通指標”ではあるが、その尺度は客観的でない『ものさし』
を使用した“主観的指標”である
これは、
「欧州共通指標」から見出した特徴である。欧州共通指標は、数多くの都市のデータ
を比較して、地域のサステイナビリティを明らかにするものであるため、指標は、都市間比較
を前提とした“共通指標”である。しかしながら、トップ指標タイトルには、
「地域コミュニテ
ィの市民満足度」を設定し、指標としては、
「全般的な市民満足度」と「特定項目に関する満足
度」というように、客観的でない『ものさし』で測るという“主観的指標”を採用している。
これは、都市間比較を行うに際し、回答者の主観的評価を積み重ねた、いわば『単位の異なる
ものさし』で測った長さを比較するようなものである。
これから学べることは、
“共通指標”ではあっても、いわゆる一律の尺度ではない、地域の特
性を活かしたデータを量的に把握しているということである。都市間比較を行うとはいうもの
の、それは、豊かさを経済という一面から測ろうとする経済指標のようなものではなく、地域
性が強くあらわれるような、非経済的な指標を含めた様々な観点から「豊かさ」を測定しよう
とする「社会指標」の趣旨にかなうものである。
ウ) 網羅的でなく、一貫した理念に基づいて選択された指標である
これは、
「欧州共通指標」及び「サステイナブル・シアトル」から見出した特徴である。欧州
共通指標では、
「豊かさ」の多様で個別的な領域を網羅するのではなく、また、価値中立的なデ
ータを並べるのでもなく、発展の理念を方向づけるはっきりとした意思と価値判断を含んでい
た。また、サステイナブル・シアトルは、地域の特徴に根ざした個性的で多面的な指標である
が、サステイナビリティの理念で一貫しており、決して網羅型の地域指標ではなかった。これ
ら 2 つの表現は、同じことを意図している。すなわち、幅広い指標をいろいろと盛り込むので
25
はなく、目指すべき理念や方向性をしっかりと確立した上で、それを的確にあらわらす指標に
絞って設定しているということである。このことは、政策や施策の立案に生かせるものを優先
して、指標として採用しているといえるであろう。
エ) 複数の領域に分かれてはいるが、各指標は独立しているのではなく、指標相互の関係性が
重視されている
「サステイナブル・シアトル」では、5つの領域にわけられてはいるものの、各指標は独立
しているのではなく、指標相互の関係性が重視されており、報告書では、指標それぞれのリン
ケージが明記してあり、40 の指標全体で一つの発展方向を示したものとなっていた。
地域のサステイナビリティは、様々な個別の取組事項が同時並行に進められてこそ、達成さ
れるものであるということを意味しているものと考えられる。
オ) 必要なデータが存在しなければ新規に調査を実施する
「欧州共通指標」では、既存調査の結果で適当なものがなければ、新規に調査を実施してい
た。第 1 章第 3 節 3 の表 3 から、日誌形式のサンプル調査やアンケート等が行われていること
がわかる。これらは、いずれも時間と経費がかかるものであり、データ収集にかける予算が通
常、潤沢でないことを考えると、新しい調査の実施は、現実的にはかなり難しいといえる。
カ) 既存調査を利用しながら自分たちの価値観に合致した指標を設定する
これは、オ)で指摘した特徴と逆であり、「サステイナブル・シアトル」から見出した特徴であ
る。市民運動が主導したこの指標では、既存の資料や入手可能なデータにより構成されている。
ただし、データ自体は、既存統計によるものであっても、その抽出には、自分たちの価値観に
合致する指標を設定するという努力がなされている。
キ) 「都市の人口に対する」又は「全国に対する」
『割合』を指標としている
これは、
「創造性指標」から見出した特徴である。創造性指標は、創造的階級が好む地域の特
徴に注目し、それを項目として設定したものだが、当該項目における総人口に対する創造的階
級の比率を指数化したものであるため、すべてが『割合』の指標となっている。
なお、分析視点の 3 要素のうちの一つである「人材」については、
「地域創造性開発指標」や
「生活文化創造都市指標化調査事業」でもこれが応用されており、この 2 つの研究でも、やは
り同様に『割合』が多くなっている。
ク) 『絶対値』を指標としている
これは、キ)で指摘した特徴と逆である。「創造的産業群の現況調査」や「創造都市指標による
調査」は、我が国における創造性指標研究の草分けとして、
「創造性指標」における創造的階級
が地域内にどれだけ住んでいるのかということを明らかにする研究であるが、創造性指標が『割
合』を指標化しているのに対し、日本のこの2つの研究が従事者や事業所の数といった『絶対
値』を指標化しているのは興味深い。
当然のことではあるが、指標を『割合』で表すか、それとも『絶対値』で表すかについては、
結局、そのケースに応じて、的確に判断する必要がある。
第3節 金沢を事例とした項目及び指標の考察
1. 創造都市・金沢の特徴たる項目の抽出
金沢は、これまで、北陸の小京都や歴史的観光都市などとよばれ、女性や年配の方々を中心
に観光客に人気がある都市として知られていたが、近年は、
「日本の創造都市」としての評価が
高まっている。金沢では現在、行政や民間の経済団体等が一体となって、創造都市としての発
26
展を目指した取り組みを進めており、2009 年 6 月には、それらの取り組みが評価され、クラ
フト&フォークアーツ分野におけるユネスコ創造都市ネットワークへの加盟が認定されたとこ
ろである。加盟への審査には、通常 1~2 年かかるといわれるが、金沢はわずか 7 か月あまり
という短期間で認定されていることから、創造都市としての金沢が、ユネスコでも高く評価さ
れたといわれている45。
さて、創造都市としての金沢の特徴は、前節で述べたとおり、内発的発展から生じていると
ころが大きい。高度経済成長期において、日本の地方都市の多くがフォーディズムとよばれる
大量生産=大量消費の波に押し流されて、
「効率的な生産現場」に姿を変え、その結果、伝統工
芸や生活文化の「創造の場」を喪失していった中にあって、極めて個性的な都市文化と自律的
な都市経済を金沢にもたらしたものこそ内発的発展とよばれる独自の発展方式であった 46。す
なわち、金沢は、内発的発展を経験することにより、人間の創造性を発揮できるような地域の
固有性を保存しつつ、文化と経済のバランスのとれた創造都市として発展していったのである。
ここでは、創造都市としての特徴から指標の項目を設定することとし、佐々木が指摘してい
る、内発的発展を経験した金沢の都市経済の5つの特徴を項目として設定する47。
ア. 自律型本社経済の維持・形成
金沢には巨大企業はないが、本社や研究開発機能を備えた主力工場を地域に置き、持続的に
発展を遂げた中小企業が多数集積している。
高度経済成長期には、日本の多くの地方都市が、東京に本社をおく巨大企業の支社機能を中
心にした「支社経済都市」として成長したり、また、単なる生産機能しか持たない「企業城下
町」や「コンビナート都市」と化して製造品出荷額や雇用の伸びを追い求めたりして、オリジ
ナルな文化と自律的な経済基盤を失う傾向にあったが、金沢は、中堅・中小企業主体の「自律
型本社経済」という特徴をもつ独自の経済構造を形成してきた 48。
この意味を吟味してみると、世界的にも、大都市圏に産業が多数集積・集中していることは
当然であるが、日本の大都市圏の特異な点は、成長産業において、全国を対象とするあらゆる
分野の中枢管理機能を集中していることにある。その結果、地方工業都市は、東京など大都市
に本社をおく企業の、特定生産工程に特化する生産現場(「分工場都市」)にとどまってしまっ
た。これに対して、金沢は、
「自律型本社経済」という特徴をもつ「工業都市」として発展した。
「分工場都市」と比較すると、地元資本を担い手として工業化が進んだ「自律型本社経済都
市」には、つぎの点で、創造都市の実現に貢献する特徴がある49。
① 前者が素材・中間財あるいは半導体のような素材的部品の生産現場であり、中央の下請的機
能の拠点としての他律的な成長であるため、経済環境の変化に自律的に対応できないが、後
者は、独自の地方経済の中枢として自律性のある成長が可能であり、経済環境の変化に対し
ても柔軟に対応できる。
② 前者が外部コントロールの下、効率的・画一的な機能都市の性格を強め、都市の個性を喪失
するのに対し、後者は、地域の個性を大切にした文化都市としての性格を持ち続けられる。
③ 前者がルーティン・ワークを繰り返す未熟練労働者の周辺的な仕事に限定されるのに対し、
45
46
47
48
49
佐々木,2009,p.12
佐々木,2001,p.105-106
佐々木,2001,p.115-116
中村,1986,p.103、佐々木,2001,p.113
(前段落以降) 中村,1986,p.83-85
27
後者は、トップマネージメントから、マーケティング、研究開発、熟練労働、未熟練労働に
至るまでの製造業に関する広い範囲にわたる多様な一連の仕事という様々な就業機会を保
障でき、地元の有能な人材が創造的な仕事に従事することを可能にする。
イ. 二つの基幹工業による地域内の相互連関的な発展
金沢では、明治中期以降一世紀以上にわたって、消費財産業としての繊維工業と、それに生
産財を供給する繊維機械工業が、二つの基幹工業として地域内で相互連関的に発展を遂げ、こ
れを基礎にして、さらに地域内の様々な業種へと広がりをみせてきた 50。
本章第 2 節 1 で述べたとおり、宮本は、内発的発展の原則を 4 つにまとめている。その第 3
の原則として、
「産業開発を特定業種に限定せず複雑な産業部門にわたるようにして、付加価値
があらゆる段階で地元に帰属するような地域産業連関をはかること」 51を挙げているが、この
原則の前段が、本項目に該当する。
中村も、産業の地域内産業連関的発展は金沢経済の内発的発展を推進するカギをなすもので
あったと指摘している。冒頭での記述をより具体的に述べると、金沢は、一大機業地にとどま
らず織機工業をうみだしたが、両者は、相互に発展を支え合い、金沢の内発的工業化をすすめ
る車の両輪となった。織物業は、撚糸業や染色加工業、繊維卸売業、繊維金融等を、また、織
機工業は、鋳物業、鍍金、工作機械、各種産業機械工業、一般機械器具卸売業等の発達の基礎
となり、さらには、食品関連機械、出版・印刷工業、食品工業、アパレル産業等へと大きく展
開したのである。ここに金沢は、アで指摘した「工業都市」としてさらに発展した52。
地域内産業連関的発展は、相乗効果が得られるだけではなく、地域内経済循環を拡大して産
業構造の多角化を導き、業種交流や新しい産業の創出のための基盤を広げるものとして重視さ
れるべきものであり、人口 45 万人の都市にしては多彩な産業連関構造を保持し、同時に伝統
産業からハイテク産業にまで至る地域技術とノウハウの蓄積とその連関性も保持されてきた 53。
ウ. 第 2 次産業と第 3 次産業のバランスのとれた都市経済
金沢は、繊維工業に典型的に見られるように、地元の産元商社を中心とする独自の産地シス
テムを形成し、繊維産業の製造機能のみならず販売・流通機能、それをベースにした金融機構
が域内で発展していくことによって第 2 次産業と第 3 次産業のバランスのとれた都市経済にな
っている54。このような第 3 次産業にまで広がる経済的中枢機能という特徴は、他の県庁所在
地には例をみないほど大きい。
このように第 2 次産業と第 3 次産業のバランスがとれていることは、都市にとって、どのよ
うな強みとなるのか。たとえば、金沢と同じように文化の歴史を誇る長崎は、三菱資本の城下
町であるために、三菱重工の造船が不況になると、街全体の経済が衰退する。しかもこのよう
な企業城下町では、卸売業も小売業も三菱の影響で独自の発展をしていない。このため、産業
のバランスが取れていないので、産業構造の転換に対して弱点が多い 55。
つまり、企業城下町では、第 3 次産業の波及的発展は労働者の個人的消費に関わるものにと
どまり、全体として産業構造は製造業に特化しているため、企業の衰退が都市の衰退に直結し
50
51
52
53
54
55
佐々木,2001,p.115
宮本,2007,p.320
中村,1986,p.111-112
中村,1986.p.111、佐々木,2001,p.115
佐々木,2001,p.115-116
(前段落以降)宮本,2007,p.320-321
28
てしまうのに対し、第 2 次産業と第 3 次産業のバランスの取れている都市では、地元に本社企
業が集積しているため、その資金調達を担う金融機関や、生産手段の購入や製品の販売に関わ
る卸売業、種々の事業所サービス業が集積し、また、高額所得層の厚さが多様な個人サービス
業の発達をうむというように、多様な第 3 次産業が波及的に発展し、脱工業化社会に向けたソ
フト化・サービス社会化の発展につながっているため、都市の自律性によって、経済環境の変
化がすぐに都市の衰退につながることはない。
すなわち、都市経済のバランスの良さは、経済環境の変化への自律的な対応力につながり、
新たな時代に適合した多様な第 3 次産業の発展は、都市に活気をうみ、都市らしい雰囲気をつ
くりだして、都市の創造性を高めるのである56。
エ. 付加価値の市民への帰属傾向の強さ
金沢では、内発的発展がもたらした独自の都市経済構造が、域内で様々な連関性を持った迂
回生産によって付加価値を増大させ、地域内で産み出された所得の域外への「漏出」を防ぎ、
そのことによって中堅企業の絶えざるイノベーションを可能にしている57。
これまで取り上げたように、金沢には、中央の大企業の工場はなく、地場の中小企業の事業
所ばかりである。そして、その企業の産業分野は、繊維工業と繊維機械工業という2つの基幹
工業から様々な工業分野へと広がり、さらに、それは工業だけでなく、商業やサービス業へと
波及している。この現象は、あらゆる段階の付加価値が地元に帰属する傾向を強くするという
効果をもたらしているのである。
イで述べたように、宮本による内発的発展の第 3 の原則では、「産業開発を特定業種に限定せ
ず複雑な産業部門にわたるようにして、付加価値があらゆる段階で地元に帰属するような地域
産業連関をはかること」が挙げられているが、この項目は、その後段が意味するものである。
これに対して、北陸地方の外来型開発の典型といわれる富山-高岡地域の場合は、工業の利
潤や他部門の付加価値は東京や名古屋などの大都市に漏出する。製造品の出荷額が大きく、従
業員 1 人当たりの生産額では、富山-高岡地域は金沢を抜いているが、1 人当たりの分配所得
では反対に金沢が高くなっている58。
金沢経済は、大都市のビッグビジネスの技術水準や成長性からすれば、遅れた地方産業を主
体とするものであるが、独自の特色ある構造をもつ地域経済を形成することによって、富の生
産の絶対額はそれほど大きくなくとも、経済の地域内循環を拡大して、生産所得の流出を抑え、
市民の所得水準を高めてきたのである59。
オ. 自然の保全と伝統的街並みなどのアメニティ
金沢では、都市経済の内発的発展力が、外来型の大規模工業開発やコンビナート等の誘致を
結果として抑制し、産業構造や都市構造の急激な転換を回避してきた。このことが幕藩体制以
来の独特の伝統産業とともに伝統的な街並みや周辺の自然環境などをまもり、アメニティが豊
かに保存された都市美を誇っている60。
宮本も、内発的発展の第 2 の原則として、
「環境保全の枠の中で開発を考え、自然の保全や美
しい街並みをつくるというアメニティを中心の目的とし、福祉や文化が向上するような、なに
56
57
58
59
60
(前段落以降)中村,1986,p.85-86
佐々木,2001,p.116
宮本,2007,p.320-321
中村,1986.p.112
佐々木,2001,p.116
29
よりも地元住民の人権の確立をもとめる総合目的をもっていること」 61を挙げている。
高度経済成長の時代は終わり、低成長の時代に移行して、都市は、独創的なアイディアや文
化の発展を生み出していく生活空間として重視されるようになった。自然的環境や文化的空間、
人間の温かみの残る都市、土着のカラー、個性をもつ地方都市への期待が高まった。こうした
時代の変化の中で、金沢を見直す気運が高まった。一般に、金沢といえば、兼六園、金沢城、
武家屋敶、加賀料理等が列挙され、「百万石の城下町」、観光都市としてイメージされている。
しかし、再評価されたのは、観光客が列挙するような、いくつかの「点」としての観光対象の
存在ではなく、有形無形の面的な広がりをもつ生活空間としての都市の魅力が、営業空間化し、
工場空間化した日本の近代都市の対極にあるものとして見直されたのであった 62。
また、第 2 章第 3 節 1 でみたとおり、フロリダは創造階級が集まる都市をつくることが重要
だという。確かに今後、創造都市を目指すのであれば、重要なのは人材の吸引と集積である。
人材を呼び込むためにも、自然環境、教育、医療など総合的な居住環境の質や文化水準を高め、
国際交流を活発にして、都市アメニティを魅力あるものにしておくことが必須条件である。都
市の文化、都市政策の重視がこれからの地域経済振興のインフラストラクチャーとなるという
位置づけが行われはじめている63。
それでは、金沢のアメニティの内容は、どのようなものであろうか。金沢は、自然的環境、
文化的環境、都市的生活様式の 3 つを、空間的にも、時間的にも(地層のように)保全してい
る独自の文化都市である。
第 1 に、金沢は、緑豊かで、変化に富んだ自然的環境が美しい都市景観を構成している。重
なる丘陵が街をとりまき、都市のスプロール化を抑制する役割を果たしている。街には、二条
の清流が流れ、東方面の医王山などの山々と一体となって素敵な景観をつくっている。北方面
には河北潟、西方面には日本海、南方面には白山を望む。
第 2 に、この豊かな自然的環境を基礎にして、文化的環境が築かれている。戦災に会わず、
大規模な都市開発や再開発を経験せず、ゆっくりと都市化を進めてきた金沢には、都市構造か
ら文化、暮らしぶりに至るまで、藩政期以来の遺構、伝統が今なお色濃く残されている。裏通
りには、七曲りや広見があり、用水が流れ、黒光りした屋根が続く独特のまちなみがある。謡
曲や茶道に親しみ、加賀料理を楽しみ、伝統工芸品を愛用する、伝統に支えられた庶民のくら
しがある。加賀友禅や焼き物、漆器、仏壇など伝統工芸の仕事場も点在している。有形無形の
伝統を蓄積して、街に潤いとアクセントをつけている裏通りを、金沢は多くもっている。それ
が、面的な広がりをもって温もりをたたえている金沢という都市の個性をつくっている。
第 3 に、都市的生活様式の充足性である。金沢に住む市民にとっての魅力は、一定の高水準
の都市的生活水準が総合的、日常的に充足されているところにある。都市的生活様式とは、①
集住(狭い空間に人々が集積して居住すること)、②商品消費(自給自足経済と異なって、人々
は貨幣で購入した商品を消費して生活すること)、③社会的共同消費(上下水道、ゴミ処理など
のように、社会的に共同で処理しなければならないサービス)で構成されている。このうち、
最も本質的な要素は集住である。多様な商品消費や社会的共同消費が豊かに充足される場所に
集住することによって、市民は都市がうみだす集積利益という独自のメリットを享受できるか
らである。しかし、大都市圏では、広域的な職住分離が進み、集住形態が崩壊している。生活
61
62
63
宮本,2007,p.319
中村,1986,p.64
中村,1986,p.94
30
に便利な空間である都心は、営業空間化し、高地価の住民が住みにくい事業所空間となり、市
民は、地価は安いが文化施設など社会的共同消費手段の蓄積の乏しい郊外に住まざるを得ない。
しかし、金沢は、一定の高度な水準をもつ多様な個人消費や共同消費の施設・サービスが、金
沢城を中心とする半径 2 ㎞余りの徒歩 30 分程度の範囲(城下町以来の旧市街地の範囲)に集
積し、そこに市民が集住し、職場もあるという都市の本質である集積性の維持が基本的特徴で
ある64。
2. 項目を表す指標の設定
ア. 自律型本社経済の維持・形成
①市内の事業所数全体に占める本社・本店・本所等の割合
「自律型本社経済」で最も重要なことは、都市内に所在する事業所等のうち、企業等の意思
を決定するという“自律性”のある事業所等がどれだけあるか、すなわち「自律性のある事業
所等の割合」ということになろう。しかし、「割合」は量的ではあるが、「自律性のある」が質
的であるため、これを量的に表すには、
「自律性のある」を定義した上で量的に把握しなければ
ならない。意味としては、企業の意思を決定する権限が市内の事務所においてあるかどうかを
基準として、市内に所在するすべての事業所に対して調査をすることが最も望ましいが、意思
決定の概念を具体的に定義すること、さらには、この調査を実施すること自体が極めて困難で
ある。
よって、やはり「支社経済」に対する「本社経済」の意味を汲んで、各企業においては、本
社が事業の意思を決定するものとみなして、市内の事業所全体に占める「本社」に当たる事業
所の数と割合が、この項目における主要指標ということになる。
さて、既存の統計において、このような調査結果を示すものとしては、国が実施している事
業所・企業統計調査における「本社・本店・本所等の数及びその割合」であろう(ただし、21
年度からは、経済センサスの中で実施されている)。
なお、本指標の分析においては、他都市比較や経年比較にも注目したい。
②中枢的ホワイトカラー層の従事者数
①では、企業の意思を決定する権限が市内にあるかどうかを、事業所数の単位で調査する指
標であったが、ここでは、従事者に着目し、その仕事の内容から意思決定の権限の有無を判断
しようという指標である。職業別就業構成で、管理的職業従事者、販売従事者、事務従事者、
専門的技術的職業従事者といった創造的な仕事をする中枢的ホワイトカラー層が多ければ、市
内に企業の意思決定に関わる権限があるとみることができるだろうし、技能工・生産過程作業
者及び労務作業者、運輸・通信従事者、保安職業従事者、サービス職業従事者といった周辺的
ブルーカラー層の仕事が多ければ、市内で企業の意思決定が行われていないといえるであろう。
なお、本指標の分析においても、他都市比較や経年比較に興味が持たれるところである。
イ. 二つの基幹工業による地域内の相互連関的な発展
金沢経済の産業連関分析表による産業分野別の生産額と地元産業への生産波及効果
地域内の産業間における相互連関性をみるには、産業連関分析が必要である。産業連関分析
表から、都市内における産業の総生産額、都市内向け生産額及び都市外向け移輸出生産額、地
元産業への波及的生産誘発額等が読み取れる。
64
(前々段以降)中村,1986,p.64-66
31
しかし、都市において、産業連関分析を実施するには、大きな壁が存在する。地域における
産業連関分析表は、都道府県レベルではすべて公表されているが、都市レベルにおいては、政
令指定都市等の大都市を除きあまり計算されていない。金沢についても、行政等で作成された
ものはなかったため、中村は、部門統合や金沢都市圏の従業者比率による按分などを行って、
石川県産業連関分析表から金沢都市圏経済を推計する便宜的な方法を考案した。ここでは、こ
れを利用し、産業分野別の生産額と地元産業への生産波及効果を指標としたい65。
本指標においても、金沢の特徴を際だたせるために、他都市比較を実施したいところである
が、前述のとおり、都市レベルにおいては産業連関分析表が存在しない場合が多いため、比較
する都市の同表を作成する必要があり、その比較には、相当の時間と手間がかかり困難が予想
される。
また、基幹工業である繊維工業と繊維機械工業は、製造業全体が不振の中、当然のことなが
ら、相対的地位が低下することは避けられないので、経年比較にも注目したいところである。
ウ. 第 2 次産業と第 3 次産業のバランスのとれた都市経済
①産業 3 部門別就業構成比率
この項目は、第 2 次産業と第 3 次産業のバランスに着目しているので、基本的な指標として
は、産業 3 部門別の比率ということになる。国勢調査では産業 3 部門別に従事者数を発表して
いるので、これから指標を算出する。
この項目の分析に際しては、都市間比較が重要であるが、その時には若干の注意と調整が必
要である。なぜなら、産業 3 部門別の比率については、各都市の状況、とりわけその人口規模
によって、大きくそのバランスが変わるからである。よって、金沢と同規模の都市として、中
核市レベルで比較するのが適当であろう。また、その特徴が現在も引き継がれているかを検証
するため、経年比較も必要である(以下の指標についても同様)。
さて、金沢は、第 2 次産業と第 3 次産業の就業人口の比率を比較した場合、第 3 次産業の方
が高い。それを全国や石川県の平均比率と比べてみると、第 3 次産業の比率は全国や石川県よ
りも高く、第 2 次産業の比率は低い(第 1 次:第 2 次:第 3 次の比率は、国が 4.8%:26.1%:67.2%、
石川県が 3.9%:29.6%:65.4%、金沢市が 1.6%:22.6%:73.8%)66。しかし、第 3 次産業の就業人
口が高いのは、人口規模が同様の他都市も同じある。商業・サービス業など第 3 次産業が成長
してはじめて都市は成長するのであり、尐なくとも中核市レベルともなると、第 3 次産業の比
率が高いのは当然である。
だが、第 2 次産業が低く、第 3 次産業が高ければ良い都市なのかといえば、決してそうでは
ない。そのバランスに注意することが必要である。問題なのは、第 2 次産業の発展を基礎にし
て第 3 次産業の成長がうみだされたのか否かである。この点でいえば、金沢市の第 2 次産業の
就業人口比率は、1960 年代半ばまで、石川県や国に比べて高かったという事実に注目すべきで
ある。その意味で、他都市比較を行うと、仙台の場合、第 3 次産業人口比率が高いのは金沢と
同様であるが、第 2 次産業人口比率は、金沢に比べてかなり低い。仙台市の第 3 次産業は、自
前の確かな工業的基盤の上に築きあげられたものではなく、東京から東北地方の政治・経済の
コントロールのために進出してきた中央官庁の広域的出先機関、卸売業、メーカー営業部門、
建設業の東北統轄支店の集中と、それをテコとする小売業・サービス業その他の集積にもとづ
65
66
中村,1986,p.73-80、佐々木,1997,p.185-186、中村,2001,p.78-93
2005 年の国勢調査結果から筆者が引用。
32
いている67。
②製造業の就業構成比率
第 2 次産業は、製造業と建設業に分けられる。①で述べたように、金沢では、第 2 次産業の
発展を基礎にして第 3 次産業の成長を生み出されているが、第 2 次産業の中でも特に製造業が、
金沢経済を工業都市として位置づけている。よって、全産業に占める製造業の就業者の比率に
注目することにも重要な意味がある。
金沢の製造業就業人口比率は他の県庁所在地の多くを上回っているが(1960 年 27%,1980 年
18%,2006 年 9.7%)、これに対して、仙台の場合は、建設業の比重が高く、製造業就業人口比率
は低い(1960 年 15%,1980 年 12%,2006 年 4.4%) 68。
③産業 3 部門別生産構成比率
就業者の構成比率からみた①に対し、この指標では、イで使用した産業連関分析表から、産業
3部門別の生産額の構成比率を算出する。
中村によれば、金沢都市圏の 1980 年の総生産額を産業3部門別にみると、第1次産業 1.4%、
第 2 次産業 38.5%、第 3 次産業 60.1%で、1995 年では、第 1 次産業 0.8%、第 2 次産業 36.2%、
第 3 次産業 63.0%である69。
④製造業の生産構成比率
同じく、就業者の構成比率からみた②に対し、この指標では、イで使用した産業連関分析表か
ら、製造業の生産額の構成比率を算出する。
中村による金沢都市圏のデータでは、1980 年が 27.7%で、1995 年が 26.5%である(ちなみ
に建設業は 1980 年 10.8%,1995 年 9.7%)70。
⑤県外移輸出向け製造業比率〔製造業を中心とした工業都市としての性格の検証〕
この指標では、イで使用した産業連関分析表を利用し、金沢経済を工業都市として性格づけて
いる製造業の県外移輸出向けの比率を算出する。
総生産額は、県外移輸出向生産額と県内市場向生産額とに分けられるが、このうち成長の牽
引車の役割を果たす前者の内容をみると、当該都市の産業面における特徴が浮き彫りになると
ともに、その具体的な産業が明らかになる。金沢の場合、県外移輸出向生産額に占める製造業
の比率が高い工業都市であり(1980 年 51.6%,1995 年 70.9%)、内発的発展の特徴を観察するに
は、この比率に注目する必要がある。また、さらに、製造業の内容を分析することにより、主
導的産業が明らかになる71。
ちなみに、1980 年の金沢都市圏では、県外移輸出向生産額と県内市場向生産額に分けると、
それぞれ総生産額の 29.3%と 70.7%になる。圏域経済の成長の牽引車の役割を果たす県外移輸
出向生産額を産業別にみると、総生産額に占める割合が 60.1%だった第 3 次産業は(県外移輸出
向生産額の総額に対して)46.2%に後退し、同 27.7%であった製造業が 51.6%へ上昇している。
ここに、金沢都市経済圏の工業都市的性格が示されている。そして、金沢経済の主導的産業は、
機械工業、繊維産業、広域商業の 3 大基軸産業からなり、これに食料品工業と観光産業、その
67
68
69
70
71
中村,1986,p.71-74
(1960 年及び 1980 年のデータ) 中村,1986,p.73。(2006 年のデータ) 事業所・企業統計調査
結果から筆者が引用。
中村,2001,p.82
中村,2001,p.82
中村,1986,p.74、中村,2001,p.82,
33
他が加わって県外需要向移出産業を構成している。機械工業のうちの一般機械工業と繊維産業
の二つで、県外移輸出向生産額総計の 34.1%を占める。繊維産業の比重は急低下しているとは
いえ、依然として重要な地位を占めている 72。
⑥工業化がもたらす卸売機能発展への寄与度〔卸売機能発展度/工業化発展度の指数〕
この指標では、工業の発展がそれのみにとどまらず、第 3 次産業、とりわけ卸売機能の発展
に結びついているのかどうかをみるものである。
ここでは、工業化発展度として工業出荷額を、卸売機能発展度として卸売販売額を使用し、
卸売販売額/工業出荷額を指数として計算する。この指標の数値が大きければ、工業化が卸売機
能の発展に結びついているといえるが、数値が小さければ、工業都市といっても、それは単な
る工場都市であって、卸売機能の発展に結びついていない、特定生産工程に特化した外来大企
業の生産現場にすぎないといえる73。
⑦工業化がもたらす金融機能発展への寄与度〔金融機能発展度/工業化発展度の指数〕
⑥の同様の手法により、この指標では、工業の発展がそれのみにとどまらず、第 3 次産業、
とりわけ金融機能の発展に結びついているのかどうかをみるものである。
ここでも、工業化発展度として工業出荷額を使用し、一方、金融機能発展度については、金
融機関貸出高を使用して、指数として計算する。指標の数値が大きければ、金融機能の発展に
結びついているということができる74。
エ. 付加価値の市民への帰属傾向の強さ
①市民 1 人当たりの課税所得の全国比指数
金沢市民の所得水準を知るため、市民 1 人当たりの課税所得の水準を全国の平均と比べ、指
標として算出する。
②産業の付加価値の地元への帰属度
〔
「市民 1 人当たり分配所得」/「製造品出荷額における従業員 1 人当たりの生産額」の指数〕
産業における付加価値が地元に帰属する傾向を探るための指標として、製造品出荷額のうち
市民に所得としてどの程度分配されているのを算出する 75。数値が大きければ、域内に利潤が
還元されていることを示すものである。
オ. 自然の保全と伝統的街並みなどのアメニティ
1 のオで述べたとおり、金沢のアメニティについては、自然的環境、文化的環境、都市的生活
様式の充足性の 3 つを保全していることから生まれるものであるから、ここでは、その 3 つに
分けて指標を設定してみる。
オ-1 自然的環境
①自然的環境が美しいと評価する市民の割合
この項目の趣旨としては、ただ単に、市内に緑などの自然が多く残っていることを指すので
はなく、金沢の個性的な自然的環境によって創出された都市景観の美しさを評価するものであ
る。よって、緑被率や都市公園面積等の自然の存在を指標化してもあまり意味がなく、自然が
生かされた都市景観の美しさに対する評価を指標化することが適当である。これをそのまま量
、、、、、、、、、
的に把握することは難しいので、市民意識調査によって、これを評価する市民の割合として指
72
73
74
75
中村,1986.p.73-80
中村,1986,p.87-88 を参考とした。
中村,1986,p.87-88 を参考とした。
宮本,2007,p.321 を参考とした。
34
標化したい。なお、単独での調査を実施すると経費が膨大となるので、既存の市民アンケート
に、当該項目を追加する等の工夫により、効率的に調査を行うことが求められる。
②自然的環境が美しいと評価する観光客の割合
①が定住者の観点からの指標であるのに対し、観光客等の交流人口の増加を目指すには、来
訪者の観点からの指標も必要である。また、普段金沢の景観を見慣れていない人々、自分のま
ちの景観との比較をできる人々からの評価という意味においても、これを指標化する意義は十
分にある。なお、金沢市では毎年、定期的に観光客に対するアンケートを行っており、金沢市
の魅力に関する調査も盛り込まれているので、自然的環境を評価する回答の割合を算出するこ
とで、すぐにも算出することが可能である。
オ-2 文化的環境
③まちなみが美しいと評価する市民の割合
オー 1 の自然的環境に対し、ここでは、文化的環境によって創出された都市景観を評価するも
のである。ただし、文化的環境という言葉の意味自体が、市民にとってわかりづらいものであ
ると思われる。その内容は、都市構造、文化、暮らしぶりに至るまでの非常に範囲の広いもの
であるが、主たる要素としては、過去から受け継がれてきた歴史的な七曲り、広見、用水、黒
光りした屋根瓦による歴史的景観に加えて、ビルをはじめとした建造物や屋外広告物等による
近代的景観も含めた都市としての景観であるので、
「まちなみ」と表現して、これに対する市民
の評価を指数化する。
④まちなみが美しいと評価する観光客の割合
③に対する観光客の評価を指数化するものである。
オ-3 都市的生活様式の充足性
これは、住みよい都市としての一般的な必要条件を表すものであるといってよいであろう。
都市の住みよさについては、本論の第 1 章第 2 節 2 で取り上げた「新国民生活指標」等をはじ
めとして様々な先行研究があり、その指標の設定について、検討する価値は十分にある。しか
しながら、住みよさについては、金沢のみならず、いずれの都市においても共通する課題であ
り、金沢の創造性に着目している本事例研究においては、ここで議論を深める意義は大きくな
いため、本項目における指標の設定は、基本的に省略したい。
ただし、この項目の中で最も本質的であり、かつ金沢に特有の要素がある集住に限って、若
干の指標の設定を試みたい。金沢に特有の要素とは、1 のオで述べたとおり、都市機能が金沢城
を中心とする半径 2 ㎞余りの旧城下町の範囲に集積し、そこに人が住み、働いていることであ
る。つまり、これは、今盛んに言われているコンパクト・シティを古くから具現化していたと
いうことである。よって、この観点から指標を設定してみる。
⑤中心市街地の人口
中心市街地の集積度を定住者数、すなわち人口によって表す指標である。国勢調査の結果を
利用することにより算出する。
ちなみに、1960 年の金沢市人口は約 30 万人であったが、市面積の 4.1%にすぎない 16k ㎡
の DID(人口集中地区)に市人口の 75.3%にのぼる 22.5 万人が集住していた。その人口密度
は 14,100 人/k ㎡、当時の大阪市、現在の東京区部の水準であったという。市人口 12 万人の時
代(藩政時代)から 30 万人都市に成長しても市街地の集積性が強く維持されていたのである。
1960 年後半以降、都市のスプロール化が進んだが、それでも地方の同規模の中心都市で、これ
35
ほどの都市的生活様式の充足性の高い都市はめずらしく、金沢の住みやすさの一つの原点であ
るという76。ちなみに 2005 年の金沢市の人口は 454,607 人であり、DID の面積は 59.36 k ㎡
で、市人口の 80.3%に当たる 366,532 人が住み、その人口密度は 6,174.7 人/k ㎡となっている
77。
⑥中心市街地の従業者数
中心市街地の集積度を、働く人の数、すなわち従業者数によって表す指標である。国勢調査
や事業所・企業統計調査(21 年度からは経済センサス)の結果を利用することにより算出する。
⑦中心市街地の事業所数
中心市街地の集積度を、働く場所の数、すなわち事業所数によって表す指標である。事業所・
企業統計調査(21 年度からは経済センサス)の結果を利用することにより算出する。
76
77
中村,1986,p.66
2005 年国勢調査結果から筆者が引用。なお、DID 地区/市全体の人口比率については、分母
は市全体の人口から年齢不詳人口を除いていたうえで計算されている。
36
第4章 創造都市の実現に向けた指標のあり方と開発方法に関する分析と提案
第 3 章では、金沢を対象として試行的に創造性の項目を抽出した上で指標を設定したが、こ
れは、創造都市に関する指標のあり方とその開発方法を具体的に考察するための一つの事例研
究であり、本研究は、金沢の指標開発を目的とするものではない。そこで本章では、創造都市
を目指す他都市でも応用できるよう、事例研究から学んだ指標化の方法及び明らかになった課
題を整理するとともに、今後の創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法について
提案を行う。
第1節 事例研究から学んだ指標化の方法
1. 項目の抽出について
事例研究を通して、項目の抽出について学んだ主なことは、以下のとおりである。
ア) 前提作業として「都市の個性や魅力」を明らかにすることが必要である
繰り返し述べているとおり、
「創造都市論は、地域の固有の産業や文化を、現在直面する都市
の課題を解決しうる『創造的な』力の源泉として再評価するもの」である。そのため、この「地
域の固有の産業や文化」そのものが、また、これらを含む「都市の個性や魅力」が、都市の創
造性の源泉として、創造都市の実現に向けた指標の項目となりうる可能性は十分にある。
しかるに、まずは、「都市の個性や魅力」を明らかにすることが、項目抽出の第一歩である。
イ) 「都市の個性や魅力」を明らかにする作業では、当該都市に関する文献、行政資料、市民
アンケート結果等にヒントがある
項目については、本来、指標開発者自身が自らの都市の創造性の源泉たる「都市の個性と魅
力」とは何かを検討しながら、抽出すべきものである。しかしながら、その個性や魅力という
ものは、産業や文化をはじめとして、非常に広範囲にわたるものであり、かつ要素も数限りな
くあるというのが現実である。よって、項目の抽出の作業は膨大なものとなるため、そのヒン
トを何かに求めることが、作業を効率化するポイントとなる。
事例研究においては、内発的発展都市及び創造都市としての金沢を研究した 3 人の経済学者
の文献を利用して項目の抽出を行ったように、当該都市を対象とした文献等を材料とすること
は、その作業を進めるための早道になるものと考えられる。文献としては、まずは今回使用し
た学際的研究による資料が候補として挙げられるが、その他、観光ガイドブック、雑誌、文学
作品なども参考になると思われる。
また、行政の総合計画や個別計画等の資料、行政や民間が実施した市民や観光客を対象とし
たアンケート結果などにも、参考になるであろう。
2. 指標の設定について
次に、事例研究を通して、指標の設定について学んだ主なことは、以下のとおりである。
ア) 「都市の個性や魅力」たる項目の意味を十分に分析する
指標の設定に当たっては、まずは、その項目が意味するところを十分にふまえることが重要
である。項目の内容を十分に吟味、分析して、それを適切に表現しうる量的なデータを指標と
して設定することが基本である。事例研究においては、項目を抽出する際、参考文献からその
内容を引用し、それを精査した上で、各指標を設定するよう努めたところである。
イ) 指標には、その設定理由を明示することが必要である
アで指摘したとおり、指標は、項目を適切に表現しうるものでなければならないが、その設定
37
理由を明示しておくことが必要である。
本論の第 1 章第 2 節で、経済指標に代わる社会指標の例として挙げた「3 報道機関等による
都市に関するランキング等」では、先行研究として、2 つの事例を取り上げた。そこにおいて、
筆者は、都市ランキング等の欠点の一つとして、その代表性の説明不足を指摘した。つまり、
報道機関等による都市ランキングは、その記事に対する読者の興味を引きつけるため、指標を
恣意的に設定したのではないかとの批判を受ける余地を残していると感じたのである。
指標の設定にあたっては、その理由を十分に説明しておかなければならない。アの作業を行い、
それに基づいた指標を設定すれば、それを記すことによって、容易にこれを達成することがで
きよう。
ウ) 指標は、都市間比較を前提とする“共通指標”より、各都市の個性や魅力に基づいた“固
有指標”がふさわしい
第 3 章第 1 節 2 で述べた、創造都市の実現に向けて活用すべき指標は、都市間比較を前提と
する“共通指標”よりも、それを前提としない各都市の個性や魅力に基づいた“固有指標”を
採用する方が妥当であるという筆者の主張は、事例研究を通して、さらにその確信を深めるに
至った。そこで設定した指標は、いずれも“共通指標”では表現することができないものであ
った。
勝見は、次のように述べている。
創造性とは多義的であいまいな概念であり、これまでの社会指標と同様に、一般理論
の下に絶対的な物差しとして位置づけることはそう簡単なことではない。また、都市の
創造性は、多面的な価値観、目標をもつ市民の複雑な合意プロセスから構成されるもの
で、単線的な目標をおいかける精神性にそもそもなじまないことをこの指標開発に携わ
るものは自覚せねばならない。
そこで方法論としては、普遍的な共通指標ではなく、自らの都市が目指すべき多面的
な目標を丹念に抽出し、その方向に秀でた都市と自都市を徹底的に比較(ベンチマーク)
する方法がなじむであろう。モデルとなる創造都市を外部の基準値として設定し、自ら
の分析データと比較することで強みと弱みや自らのポジション、状態を相対的に知るこ
とが重要である。とくに創造性を発露させるためのキーファクターがどの程度存在する
かの検証に有効な手法である78。
この勝見の見解も、筆者が主張する“固有指標”と同様の趣旨であろう。
エ) “固有指標”においても都市間比較を行うことは有効
誤解があってはいけないのは、
“固有指標”とは、指標設定時における当該都市にとっての“固
有性”、すなわち、ある都市がアラカルトとして様々な指標を採用するという意味であり、すべ
ての都市において共通した指標を採用するものではないということである。よって、都市間比
較をすることを否定するものでは決してない。分析に際しては、都市間比較が重要であること
は、事例研究においても指摘したとおりである。設定した指標で他都市との比較をすることは、
当該都市の特徴を明らかにするものであり、非常に有意義であることは疑いがない。
オ) 指標で経年比較を行うことも有効
特徴となっている項目の中には、時代とともに衰退することが必然の項目もある。しかし、
それを衰退させてしまうと、都市としての個性がなくなってしまう。よって、項目を表す指標
78勝見,2007,p.159-160
38
について、経年変化を観察することは重要である。
カ) 割合(比率)指標が効果的な場合がある
第 3 章第 2 節 2 において、先行研究から見出した特徴を列挙したが、そのカにおいて、「都市
の人口に対する」又は「全国に対する」
『割合』が指標化されていることを指摘した。また、事
例研究でも、いくつもの割合(比率)の指標を設定したところである。
量でなく質を問う社会となり、指標も絶対量ではなく、比率をみる指標が重要となっていく
とも考えられる。割合(比率)指標の活用の可能性を検討する必要がある。
第2節 指標化に関する課題
本節では、事例研究を行った結果、明らかになった課題を整理しておく。
ア) 創造都市の形態は多様であるため、参考にすべき先行研究がない可能性が大きい
創造都市の形態は多様である。さらに、創造都市を目指す都市の個性や魅力のありようは無
限に広がる。内発的発展を遂げた金沢は、創造都市の典型といえるのかもしれないが、内発的
発展に該当しないが創造都市を目指している都市も多数ある。金沢以外に、創造都市を標榜す
る国内の都市としては、ユネスコ創造都市ネットワークに加盟する名古屋と神戸、また、中田
宏前市長のもと「文化芸術創造都市-クリエイティブシティ」の形成を目指した横浜、さらに
は、札幌、盛岡、仙台、北九州、福岡など、数多くの都市の名前を挙げることができる。これ
らをみるだけでも、各都市を容易にパターン化できないであろうことが予想できるし、都市の
数だけ創造都市のモデルが生まれそうでさえある。
また、創造都市の実現に向けた取り組みの方法も様々である。金沢では、経済界と市民が主
体となって取り組み、行政はその提案を受ける形で着実に創造都市への道を歩んでいるが、横
浜の場合は、「みなとみらい 21」の失敗を批判する形で中田市長が登場して、それを背景とし
て戦略が出てきたのであり、創造都市への取り組み方も都市の歴史によって多様性がある 79。
よって、創造都市を目指そうという都市が、項目の抽出や指標の設定を行う際に、参考にす
べき他都市の先行研究を見つけようとしても、これを見出せず、結果的に、自らが努力して新
たに開発していかなければならないということが容易に予測できるのである。
勝見も、
「創造都市という概念はまだ新しく、いくつかの類型化の試みはあるものの、まだ総
体としては整理されておらず、そこに共通指標を見出すことは、現在のところ困難である」と
述べている80。
イ) 項目の抽出の難しさ
項目の抽出に関して、事例研究では、金沢の創造性に関する文献が存在したため、そこに項
目のヒントを求めたが、それは、学者から研究対象として取り上げられることが多く、観光客
等にも人気のある素材を有する金沢であるからこそ、文献等が容易に見つけられたのかもしれ
ない。
前節では、行政資料等にヒントを求めることも述べたが、各自治体の総合計画等には、内容
はさておき、都市の魅力として、文化、自然、産業、コミュニティなど、どの都市でも似たよ
うなものが並んでいる。果たして、これらの資料から有益な項目が抽出できるのかどうかは、
心許ないところがある。
79
80
佐々木,2007,p.51
勝見,2007,157
39
当然のことながら、項目を探すには、様々な角度から十分な議論が必要であるが、頼りにな
るヒントを探すことが難しいようであれば、項目の抽出に関しては、さらに大変困難な作業と
なることが予想される。
ウ) 質的な個性や魅力を指標として量的に表すことの難しさ
都市の個性や魅力は、質的なものである場合も多いので、これをどのように量的に表すのか
ということについては、根本的な困難性が潜んでいると思われる。
たとえば、美しい景観を定量化することに関しては、これまで様々な観点から、多数の研究
者が試みてはきたが、いまだに通説的なものが確立されておらず、困難性を象徴したものとな
っている。都市の個性や魅力を指標化することについての宿命的な課題がここにあるといえよ
う。
第3節 創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法の提案
事例研究を通して学んだ指標化の方法、及びそこから明らかになった課題をふまえながら、
今後の創造都市の実現に向けた指標のあり方とその開発方法について、次のような提案を行う。
1. 項目の抽出について
様々な学問領域からアプローチして項目を抽出する
事例研究では、おもに経済学や文化論の視点を中心に項目を抽出した。しなしながら、たと
えば、このたびの事例研究で中心に扱った内発的発展論ひとつをとってみても、社会学から研
究されているものもある。しかるに、一つの学問領域からだけでは、重要な項目を見逃してし
まうおそれがあると思われる。
よって、経済学、社会学、政治学など、様々な学問領域からもアプローチしてみて、漏れて
いる項目がないかをチェックし、より充実した項目のラインアップを作成するよう努める必要
がある。
2. 指標の設定について
ア) 個性や魅力を生み、育んできた「都市としての潜勢力」の指標化も試みる
、、、、、、、、、、、、
本論の事例研究では、都市の個性や魅力そのものを指標化しようとしてきた。しかしながら、
筆者は、都市の個性や魅力というものは、最終的に表面化した結果にすぎないのであって、実
、、、、、、
は、それらを生み、育んできた都市に潜む力が存在するのではないかと考えている。そうだと
すれば、都市政策としてより重要なのは、こうした「都市としての潜勢力」を維持したり、そ
れらをさらに発展させたりすることであり、これら潜勢力の指標化も試みる必要がある。
そのためには、個々の「個性や魅力そのものの指標」について、さらに丹念に分析した上で、
それらを生み、育んできたと思われる要素をいくつも挙げて、それら要素間の相互関係と「個
性や魅力そのものの指標」との因果関係の中から、適当な指標を採用するという方法が考えら
れる。
イ) 新たに個性や魅力とすべきものも指標として設定する
、、、
一方、事例研究では、現在の都市の個性や魅力の指標化が中心となった。しかしながら、こ
れらに絞ったのでは、過去から現在に引き継がれてきた個性や魅力に基づいた都市の創造性を
継承するにとどまるものと考えられる。つまり、これらの保存や保護だけにこだわっていては、
将来に向けて創造都市の可能性を広げることはできなくなってしまう。
40
よって、これまでの創造都市としての個性や魅力を明らかにする指標だけでなく、これから
の都市政策の展開を考えて、今後、新たに個性や魅力とすべきものも、目標指標として盛り込
むべきと考える。なぜなら、本研究は、「(“現在の”
)都市の創造性を測る」ことを目的とする
のではなく、
「(“将来の”又は“さらなる”)創造都市の実現に向けて、政策の立案に活用する」
ことを目的としているためである。
なお、目標指標の設定については、現在の個性や魅力をふまえつつ、今後の社会や市民のニ
ーズの変化に対応して進化させる要素のほかに、イで述べた「都市としての潜勢力」を引き出し
て、新たな分野を切り拓くような要素も見つけ出していきたい。
ウ) 質的な個性や魅力を量的な指標で表すことは困難であるが、それを模索する努力はしなけ
ればならない
前節ウで課題として挙げたとおり、質的な都市の個性や魅力を量的な指標で表すことは大変困
難な問題である。しかしながら、個性や魅力のある都市づくりが求められるこれからの時代に
おいて、指標を活用して都市政策を進めようとするのであれば、難しいとはいえども、この実
現を模索する努力は必要である。
エ) 恣意性や政治性を排除する
第 1 章第 2 節 2 で取り上げた経済企画庁の「新国民生活指標」については、全体的な結果に
対して、本当に豊かさをあらわしているのかという批判があったが、それのみならず、個々の
指標に対しても、たとえば、カラオケボックスの数が多いことがなぜ豊かさにつながるのか、
未婚率の高さは、はたして貧しいことなのか、などといった疑問が投げかけられた。また、同
節の 3 で取り上げた報道機関等による都市に関するランキング等について、筆者は、その記事
に対する読者の興味を引きつけるため、指標を恣意的に設定したのではないかという疑いを持
ったところである。
このように、指標は、しばしば「特定の目的と偏向した思い込み」に左右されたり、指標化
の目標に傾斜する姿勢が妥当性のない指標化を招くことになったりする。このようなことがな
いように、十分に注意しなければならない。指標化のプロセスに恣意性や政治的意図が入り込
めば、指標に対する信頼性が大いに問われることになってしまう81。
3. 行学産民による協働機関「創造都市指標開発委員会」設置の提案
第 1 章第 3 節 2 では、サステイナブル・シティ指標開発における重要なポイントとして、
「指
標の選定プロセスを通じ、ステークホルダー(利害関係者)間の持続可能な社会像の合意形成
を図ることができる」ことを挙げたが、これは、サステイナブル・シティの場合のみならず、
創造都市においても当てはまるものと考えられる。第 2 章第 2 節 3 で引用したチャールズ・ラ
ンドリーの創造都市における指標の必要性を説く主張の中にも、
「指標が重要な理由はいくつか
ある。例えば、何が目標となるべきかに関する議論は、何が都市にとって重要なのかに関する
議論を起こす引き金となる」と述べられている。
これらから、創造都市の実現に向けた指標開発の作業自体に、創造都市としての将来像を描
く“目標形成機能”及び調整という共同作業を通して意識のすり合わせを図るという“合意形
成機能”の 2 つの重要な機能があるといえる。“目標形成機能”とは、項目の抽出や指標の設
定というプロセスを通じて、具体的にどのような創造都市を目指すのかを明らかにすることで
81
(前段落以降)勝見,2007,p.164-5
41
あり、
“合意形成機能”とは、行政、学術機関、企業、市民等が共同で、これらの様々な主体間
の利害関係を発見し、それを調整しつつ、地域的な意識を共有しながら合意を形成していくと
いうことを意味する。
これらのことをふまえて、筆者は、幅広い市民の参加を求めながら指標開発を進めていく、
行学産民の協働による「創造都市指標開発委員会」という第三者委員会の立ち上げを提案する
ものである。ここでは、たとえ連絡や調整などの事務局機能を行政が担うとしても、2 のエで述
べたように、恣意性や政治性を排除するという意味から、首長や議会からは完全に独立させた
機関として、できるかぎり市民が主導して運営されることが望ましい。また、この委員会で出
された提案に対しては、行政は極力これを尊重し、総合計画や個別計画に盛り込むよう努める
ことを、あらかじめ義務づけておくようにしたい。
4. 指標の継続観察の必要性
開発した指標には、創造都市の実現に向けて、市民サイドからの“現状分析機能”や“政策
への監視機能”も有しており、継続して観察してこそ、より大きな効果を発揮する。
“現状分析機能”とは、データから現状を評価・分析するものであり、“政策への監視機能”
とは、行政等が実施する政策がどの程度有効に機能しているのかを監視するものである。この
2 つの機能が働くためには、行政からの情報が十分に公開されることが前提であることはいう
までもない。
42
終
章 おわりに~個性と魅力のあふれる都市づくりに向けた指標活用の可能性~
指標の歴史を振り返ってみると、高度経済成長期においては、「経済的豊かさ」を表す GNP
をはじめとする経済指標に依存していたが、1960 年代後半から、これに代わる新しい指標の必
要性が叫ばれ、社会指標を標榜するようになった。本論では、社会指標として、新国民生活指
標、都市に関するランキング、サステイナブル・シティに関する地域指標、及び創造都市にか
かる指標を先行研究として取り上げた上で、特に、創造都市の実現に向けた指標のあり方とそ
の開発方法について研究を行った。
さて、序章でも述べたとおり、創造都市を目指すか否かにかかわらず、すべての都市にとっ
て、今後、“個性や魅力”のある特色あるまちづくりは大きな課題である。創造都市論は、“地
域の固有の産業や文化”を、現在直面する都市の課題を解決しうる「創造的な」力の源泉とし
て再評価するものであるので、
“地域の固有の産業や文化”が“個性や魅力”である都市にとっ
ては、創造都市を目指すことが、まさに個性や魅力のあるまちづくりにつながる。
一方、産業や文化が個性や魅力ではない都市もある。たとえば、大都市近郊の都市において
は、地方都市と比べて、生活上の経済性、利便性、安全性等、具体的には、地価などを含めた
住宅購入価格の安さ、駅までの距離や近隣の学校をはじめとした公共施設や小売店舗の多さ、
犯罪発生率や災害発生率などが重視されるであろう。
しかし、このような場合においても、本研究における指標開発の成果は応用できる。なぜな
ら、本研究では、焦点を絞るため、創造都市の観点からの指標を考察したが、創造都市を実現
するために必要な指標を具体的に提案することが本来の目的ではなく、目指すべき都市像を創
造都市として設定した場合に、利用価値の高い指標とはどういうものか、また、それを開発す
るにはどうすればよいかということを提示することを通して、他の都市像を目指す都市も含め、
特色あるまちづくりを進めるための指標のあり方とその開発方法を提案することが真の目的で
あるからである。
古い伝統や格調高い文化ばかりが都市の個性や魅力ではない。いずれの都市にも、多かれ尐
なかれ、また、その程度の差こそあれ、様々な個性や魅力が必ず存在するはずである。なぜな
ら、現に住んでいる人々を引きつけて都市が形成されているのだから。それぞれの個性や魅力
を見出して、指標を活用しながら、それらを磨き高め、国内外に発信して都市を発展させるこ
とが重要である。筆者が真に主張したいのは、まさにこの点にある。
都市の個性と魅力は非常に多種多様で、実に幅が広いものである。都市の数だけ、個性と魅
力のあふれる都市像があるといっても過言ではない。指標というツールを利用して、一つでも
多くの都市が、特色あるまちづくりを進め、もって人々すべてが幸福で豊かな生活を送ること
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