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遺伝子組換え食品の検知法について
遺伝子組換え食品の検知法について (ダイズおよびトウモロコシの定量 PCR) 保健研究部 1 豊田安基江 はじめに 遺伝子組換え食品は,現在,アメリカを中心として多くの国で開発や商業栽培が行われて おり,作付面積も飛躍的に増大している。こうした状況の下,日本では,生産,流通の増大 している遺伝子組換え食品の安全性を確保するため,食品衛生法により,安全性審査及び表 示制度の義務化等が規定されている。現在,安全性審査の手続きを経た遺伝子組換え食品及 び添加物は,ジャガイモ,ダイズ,トウモロコシなど食品 84 品種及び添加物 14 品目(2007 年 11 月 12 日現在;http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list.pdf),また,審査継続 中の遺伝子組換え食品はパパイヤ,トウモロコシ及びダイズの食品 8 品種(2007 年 11 月 12 日現在;http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list2.pdf)である。 安全性審査済の食品については,分別生産流通管理が適切に行われたという前提の上で, 非組換え遺伝子作物中の組換え作物の混入率は 5%以下と規定されている。混入率を測定す る方法としては,定量 PCR 装置を用いた定量法が主流で,標的とする組換え遺伝子の特異的 配列と,対象とする作物固有の内在性遺伝子の特異的配列を同時にそれぞれ増幅し,その比 から混入率を算出する手法が最も一般的である。これは,組換え作物のゲノム DNA(gDNA)若 しくは標的配列を組み込んだプラスミド DNA(pDNA)を標準物質とし,作製した検量線から試 料中に含まれる標的遺伝子の定量を行う方法である。現在,日本では pDNA を標準として用い る方法が厚生労働省通知法(以下,通知法)として採用されている。しかしながら,現行の 方法では,標準物質の pDNA と,実試料である gDNA において PCR 増幅効率が異なる場合,実 測値が理論値と異なることが問題となっている 1) 。今回,この問題点を解消するために,キ ャピラリー型の定量 PCR 装置(LightCycler ®,ロシュ,以下 LC)を用いてダイズおよびトウ モロコシの定量法の改良を行った。 図1 LightCycler® real-time PCR システム(ロシュ) A;装置本体,B;キャピラリーをセットしたカローセル,C;キャピラリー 2 遺伝子組換えダイズの定量法の検討 2) (1) 方法 試料 遺伝子組換えダイズ試料(Roundup Ready Soybean;RRS),非遺伝子組換えダイズ試料 (米国産ダイズ)及び疑似混合粉体試料(1.0 及び 5.0%)は国立医薬品食品衛生研究所から 分与されたものを用いた。また,RRS 混入標準試料として,IRMM から供給されている 5%RRS ダイズ粉末(IRMM5)を用いた。 DNA 抽出 QIAGEN Genomic-tip 20/G を用いた。定量 PCR 条件 通知法に従い,ダイズ内在性 遺伝子( Lectin)及び RRS 特異的 DNA 配列を標的とする定量系( Le1 定量系及び RRS 定量系) を用いた。反応液組成は,LightCycler-FastStart DNA Master Hybridization Probes Kit 2 μL,MgCl2(3mM),対象プライマー及びプローブ(それぞれ 25 μmol/L 及び 10 μmol/L), これに DNA 試料液または標準プラスミド溶液 5 μL を加え全量を 20 μL とした。温度サイク ルは,前変性で 95℃10 分間保持後,1 サイクルを 95℃15 秒(1℃/秒),59℃30 秒(20℃/秒) として 50 サイクル行った。 (2)結果及び考察 RRS ダイズを対象に,DNA 抽出法,PCR 試薬及び PCR 温度条件について検討を行い,LC に おける PCR 反応条件の最適化を試みた。空気を媒体として温度変化を迅速に行えるキャピラ リー型定量 PCR 装置の利点を生かし,PCR 反応時の温度勾配を変更したことで,増幅効率が 上がり,安定した PCR 産物の増幅が確認された。 Fluorescence F1/F2 10 10 A a b c B f d e g h i j 0.01 0.01 k k 0.001 0.001 50 0 0 50 Cycle number 図2 LightCycler システムによる pDNA と gDNA の増幅産物の増幅曲線 Le1 の増幅曲線;pDNA (A)および gDNA (B) a;500k copies, b;40k copies, c;3k copies, d;250 copies, e;40 copies, f;50ng, g;5ng, h;0.5ng, I;0.05ng, j;0.005ng and k;no template control 確立した条件を用いて, Le1 定量系及び RRS 定量系について,pDNA と gDNA それぞれの検 量線を作製した。pDNA と gDNA の PCR 反応における増幅効率の同等性を判断するために,検 量線の傾きから求めた PCR 効率を指標として比較を行った。統計的に解析した結果,両者の PCR 効率に有意な差は認められなかったことから,LC を用いた PCR 反応において pDNA と gDNA が同等であることが明らかとなった。更に,既知濃度の擬似混入試料の定量分析を行い,確 立した分析法の妥当性について繰り返し測定による検証を行った。これらの結果,精度及び 再現性の良い GM ダイズ(RRS)の定量法を確立した。 3 遺伝子組換えトウモロコシの定量法の検討 3) (1) 方法 試料 遺伝子組換えトウモロコシ試料(MON810),非遺伝子組換えトウモロコシ試料及び疑似 混合粉体試料(1.0 及び 5.0%)は国立医薬品食品衛生研究所から分与されたものを用いた。 また,MON810 混入標準試料として,European reference material (ERM®)1% (ERM-1)及 び 5%(ERM-5)を用いた。DNA 抽出及び前処理 ダイズと同様に行い, 更に,抽出 DNA を超音 波洗浄装置による処理を行った後, 制限酵素( EcoRI)処理を行った。定量 PCR 条件 通知法 に従い、トウモロコシ内在性遺伝子(SSⅡb )および MON810 特異的 DNA 配列を標的とする定量 系( SSⅡb、P35S および MON810 定量系)を用いた。反応液組成は,LightCycler ® 480Probes Master 10μL,対象プライマー及びプローブ(それぞれ 25 μmol/L 及び 10 μmol/L),これ に DNA 試料液または標準プラスミド溶液 5 μL を加え全量を 20 μL とした。温度サイクルは, ダイズと同様に行った。 (2) 結果及び考察 ダイズで確立した方法を適用した場合には,pDNA と gDNA の PCR 効率に差が認められたた め,同等の PCR 効率を得るために,gDNA の前処理を検討した。超音波処理と制限酵素処理を 行うことにより,それぞれの PCR 効率において有意な差は認められなくなった。 1 2 3 4 5 レーン 1;煮沸 5 分,レーン 2;超音波処理 5 分,レーン 3;制限酵素処理, レーン 4;超音波処理 5 分と制限酵素処理,レーン 5;未処理 図3 MON810 抽出ゲノムの電気泳動パターン さらに混入率算出のための内標比を測定し, P35S 及び MON810 定量系において理論値(0.5) に近似した内標比が得られた。この方法を検証するために,疑似混合粉体試料の混入率の測 定を行ったところ,良好な精度及び再現性が確認された。一方,抽出 DNA 未処理群では,期 待値より高い混入率を示した。これらの結果から,LC による定量分析においては pDNA と gDNA で同等の PCR 効率を得るために,gDNA 試料を超音波と制限酵素で前処理を行うことが効果的 であると判明した。 表1 MON810 定量条件による擬似混入試料および標準試料の定量結果 Target P35S MON810 Sample n MON0 ERM1 ERM5 MON1* MON5* MON0 ERM1 ERM5 MON1* MON5* 3 15 15 6 6 3 15 15 6 6 GMO Amount (%) RSD (%) Actual Calculated 0 0.00 1 1.38 6.66 5 5.56 4.25 1 1.66 9.78 5 8.18 9.20 0 0.00 1 1.31 5.21 5 5.29 6.32 1 1.51 10.33 5 9.89 14.52 *gDNA 未処理群(超音波処理および Eco RI 処理) 4 まとめ ・ダイズを対象とした場合,PCR 温度条件及び試薬の変更を行い精度及び再現性の良い定量 PCR 法を構築した。 ・ トウモロコシを対象とした場合,ダイズで確立した方法を適用したところ pDNA と gDNA の PCR 効率に差が認められ,この PCR 効率の差が実測値に影響を与えることが明らかとなっ た。PCR 効率の差を減少するために,トウモロコシ gDNA の前処理の検討を行った結果,超音 波処理後に制限酵素処理を組み合わせて行うことで PCR 効率が同等になり,精度及び再現性 の良い定量 PCR 法を構築した。 ・ 本研究では,pDNA と gDNA の PCR 効率の差がゲノムの高次構造に起因する可能性が明 らかになった。このことは,遺伝子組換え食品の定量測定のみならず,他の遺伝子の正確な コピー数を測定する場合への応用も期待される。また,PCR 効率を一致させることは,現在, 日本で標準物質として用いられている pDNA を遺伝子組換え食品の定量分析に使用すること の妥当性の確認となり,分析法の標準化,さらには国際的な標準分析法確立に寄与できると 考えられた。 本研究は平成 17 年度厚生労働科学研究「バイオテクノロジー応用食品の安全性確保に関する研究」及び 平成 18 年度厚生労働科学研究「モダンバイオテクノロジー応用食品の安全性確保に関する研究」の一環と して行った。 [文献] 1) 渡邉ら 食品衛生学雑誌, 47, 15-27, 2006 2) Toyota A., et al. Biosci. Biotechnol. Biochem ., 70(4), 821-827, 2006 3) Toyota A., et al. Biosci. Biotechnol. Biochem ., 70(12), 2965-73, 2006