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補文標識の移動とその通時的言語差異 - 福岡工業大学・福岡工業大学

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補文標識の移動とその通時的言語差異 - 福岡工業大学・福岡工業大学
福岡工業大学研究論集 Res. Bull. Fukuoka Inst. Tech., Vol.
40 No.
1(2
007)55−64
―55―
補文標識の移動とその通時的言語差異
宗
正
佳
啓
(社会環境学科)
Complementizer Movement and its Diachronic Variation
Yoshihiro MUNEMASA (Department of Social and Environmental Studies)
Abstract
Aim of this paper is to provide a straightforward account for the demise of obligatory introduction of the complementizer that in the late 16th century. A cross-linguistic study reveals that the complementizer that undergoes a T-to-C movement. Such movement is ascribed to the existence of EPP
feature in the head of CP and the distribution of that and null-that bears on the EPP feature. The EPP
feature was obligatorily introduced in the head of CP up to the late 16th century. Owing to the rich inflectional system of IP and the specification of the EPP feature in the head of IP, the EPP feature percolated up to the head of CP and it induced a T-to-C movement of that. Loss of the rich inflectional
system in the late 16th century caused the percolation of the EPP feature from the head of IP to die out,
which yielded the advent of null-that.
Keywords: complementizer, null -that, T-to-C movement, EPP feature, verb movement
た理由に対し明確な説明を与えることを目的とするも
1.序
宗正(2
0
0
7)では、補文標識の that は Pesetsky & Tor-
のである。
2.T-to-C 移動
rego(2
0
0
1、2
0
0
4)の分析と同様 T-to-C 移動すると
仮定し、その移動を駆動する制約を経験的事実に基づ
補文の that とゼロ that の選択は環境によっては随
いて帰納的に導き出し、その制約と経済性の原理の相
意的であり、通常 that が生起する場合 CP の主要部に
互作用及びその階層差により、that の生起に関する言
基底生成すると考えられている。しかし、宗正
(2
0
0
7)
語差異が説明できることを示した。また、現在では随
は通言語的な分析を行うことで、that は基底生成する
意的とされるゼロ that の導入は初期近代英語の産物
のではなく、移動によって CP の主要部に生起してい
であり、それまでは補文には義務的に that が生じる
ることが結果として導き出されることを主張した。言
が、こうした通時的言語差異に対しても統一的説明を
語の中には、英語の補文標識 that に相当するものが、
与えた。しかし、初期近代英語にゼロ that が導入さ
移動によって CP の主要部に生起すると思われる現象
れるようになった理由には言及していなかった。本稿
が観察される。例えば、Quebec French やイタリア語
は、このゼロ that が初期近代英語に導入されるに至っ
の方言 Romagnolo dialect、Colloquial Moroccan Arabic、
そしてアイルランド語等を挙げることができる。これ
平成1
9年5月3
0日受付
らの言語では、that に相当するものが、助動詞又は動
―56―
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
詞の代わりに T-to-C movement によって、CP の主要
生じると考える。
´ 1
一方、ゼロ that が生起する場合、Boskovic(
9
9
7)
、
部に生起する。
﹀
!a.Quoi que tu as fait? (Quebec French)
Doherty(1
9
9
7)
、Grimshaw(1
9
9
7)等が分析するよ
what that you have done
うに経済性の条件に基づけば、補文の投射範疇は IP
‘What have you done?’
になるが、ここでは補文は Chomsky(2
0
0
1a、2
0
0
1b)
b.Chi che t’è vest? (Italian Romagnolo dialect)
に従い phase である CP まで投射し、that が生起する
場合は T-to-C movement によって CP の主要部に移動
who that you have seen
し、ゼロ that の場合はその移動がないと考える。で
‘Who have you seen?’
(Haegeman (1991: 111))
は、そうした移動を駆動するものは何かという疑問が
生じるが、ここではそれを CP の主要部が持つ EPP
c.Cén bhean a phósfadh sé? (Irish)
Which woman that would-marry he
素性としておく(cf. Pesetsky and Torrego
(2
0
0
1、2
0
0
4)
)
。
‘Which woman would he marry?’
一方、この EPP 素性がない場合は、that の T-to-C move-
(Radford (1988: 501))
d.Mcamn lli hdarti? (Colloquial Moroccan Arabic)
ment はなく、CP の主要部が空、つまりゼロ that が導
入されることになる。
このように、CP の主要部に EPP 素性が生起すると
With-whom that you spoke
補文標識の T-to-C movement が生じるが、それが常に
‘Who did you speak to?’
(ibid.)
指定されるかそうでないかによって言語差異が生じる。
また、英語の一方言である Belfast English では、"
例えば、アイスランド語、イディシュ語、ポルトガル
のように埋め込み疑問文にも主語・助動詞倒置が観察
語のように、常に補文に that に相当する補文標識が
され、CP の主要部に助動詞の代わりに that が生じる
生起する言語があるが、この事実は EPP 素性が C に
ことがある。
常に指定されることの帰結として説明される。一方、
" Belfast English
Colloquial Haitian、Pirahã、Kobon のように that に相
a.I wondered where were they going.
当する補文標識が生起しない言語があるが、これは
b.I wonder which dish that they picked.
EPP 素性が C に常に指定されないことによるものと
(Henry (1995))
この場合、助動詞と that の選択は随意的である。
考えられる。
英語では常に補文に that が生起することはなく、
主語・助動詞倒置は移動を伴いコストがかかるので、
ある条件下ではゼロ that が生起する。前述のように、
経済性の観点からすれば常に that が基底生成するこ
ゼロ that が生起する場合、EPP 素性が CP の主要部に
とになるが、実際助動詞も生起可能である。従って、
付与されず that の移動はないが、EPP 素性が CP の主
that は主語・助動詞倒置と同じく、T-to-C movement
要部に付与されると、that が義務的に導入されること
によって CP の主要部に生起していると考えることが
になる。では、どういう条件で EPP 素性が CP の主
できる。
要部に付与されるかについて考えてみよう。
言語の中には、英語の that に相当する補文標識が
ゼロ that が許されない環境に関しては(3a)のよ
場合によっては IP(TP)の主要部にある要素とアマ
うな主語の位置、
(3b)のように副詞類の所属が主節
ルガムを形成する言語がある。例えば、アイルランド
か従属節かに関して曖昧さが生じる場合、
(3c)のよ
語の平叙文補文標識 go やヘブライ語の平叙文補文標
うに話題化によって that 節が前置されている場合、
識 se は、IP の主要部にある要素とアマルガムを形成
(3d)のように主節と that 節との間に長い語句が介
することがあるという(アイルランド語については
在している場合等が挙げられる。
﹀
McCloskey(1
9
9
6)
、ヘブライ語については Shlonsky
(1
9
8
8)
参照)
。こうした事実は当該の補文標識が T-toC movement によって CP の主要部に移動せず、IP の
#a.*(That) John married Mary surprised me.
b.We maintain *(that) in London a nice flat is hard
to find.
主要部に残留していることを示唆するものである。
c.*(That) John married Mary already knew.
従って、平叙文においても、補文標識の that は上記
d.He believes, as is often the case, *(that) John is his
のように、T-to-C movement によって CP の主要部に
best friend.
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
―57―
!の例に関しては、すべて節境界を明示し文処理の
ではなく、that が遡って指示しうるような既出事項を
上で曖昧さを回避する必要のある文である。つまり当
叙述しているような時には、that を用いるのが適切で
該の節に that がないと、その節が補文であることが
あると分析している。例えば、話者が質問をしている
明示されず、LF で適切な解釈を受けることが不可能
のでもなければ、答えを含意しているのでもなく、自
になるため、その文が非文法的になると考えられる。
然に新情報を提供しようとしている状況では、次の
ゼロ that が許されない環境としては、他に特定種
(5a)のように言うことはできるが、
(5b)のよう
の動詞補文がある。ゼロ that は一部の動詞補文での
み認められ、factive verb、response-stance verb、或い
は subjunctive mood を示す動詞補文において、ゼロ
に that が補文に含まれると奇妙であるという。
#a.The forecast says it’s going to rain.
b.*The forecast says that it’s going to rain.
that は認められないという主張がある(cf. Melvold
Bresnan(1
9
7
2)も Bolinger と同じく、that には定
(1
9
9
1)等)。しかし、分類によって補文における that
性、所謂、definiteness の意味があることを主張して
の分布を説明することが一概に正しいとは言えず、実
いる。もしこうした分析が正しく、補文標識の that
際 ACE、BNC、LOB 等様々なコーパスを分析すると、
は、指示詞の that と同じく照応表現としての性質を
こうした動詞補文においてもゼロ that を含む文が散
持っているのであれば、補文標識の that は前提とな
見される。また、否定形が伴った動詞補文は that の
る命題と結びつき、that が連動して補文に具現化する
省略が認められないとされるが、
(4d)のように省略
ことで、それが補文の命題が前提となっていることの
された例が散見される。
マーカーとして機能すると言うことができる(cf. Las-
"a.subjunctive mood
I’m proud of the whole lot of you. I suggest we
all have a good shower and hit the bunk. (LOB)
b.factive verb
nik and Saito(1
9
8
6、1
9
9
2)
)
。
これに関連して、Bolinger(1
9
7
2)は know 等の動
詞の補文を例にとり、その補文に that がある場合は、
それが意味的に real or implied information question と
We regret we cannot accept special requests on
繋がり、that がある場合とない場合では意味が異なる
late offer holidays. (BNC)
と主張している。例えば、何らかの質問に対して気が
c.response-stance verb
利かない返答をするという状況で、夫が妻に Do you
Pace Gerald Stone, this does not place him
love me?と聞かれて、You know that I do.と答えた場合
“firmly in the Black Sea area” though I will admit
その返答は議論がましく聞こえ(argumentative)
、一
Odessa lies to the south of Kiev and is both a
方、You know I do.と答えた場合、事実を断言してい
Ukranian city and on the Black Sea. (ACE)
るように解釈されるという。
d.negation
こうした補文の内容と that の分布を結びつける分
Unsurprisingly, the Divisional Court did not
析には、他に Erteschik(1
9
7
3)がある。Erteschik は
think this was enough. (BNC)
補文の that の省略は、基本的に意味的に優勢(domi-
このように反例が存在するため、特定の動詞補文の
nant)な補文において可能であることを示唆している。
種類と that の分布を直接結び付けることは有効では
この意味的優勢という概念は、文の内容が前提になっ
ない。また、that の分布に関する従来の分析(Stowell
ておらず、また先行文脈で言及されていることもなく、
(1
9
8
1)、Pesetsky(1
9
9
5)、Grimshaw
(1
9
9
7)
、Doherty
文中の他の部分よりも際立っていることを表している。
(1
9
9
7)、Boskovic & Lasnik(2
0
0
3)等)もこうした that
例えば、発話様態動詞の補文には that の省略が不可
の随意性をうまく捉えることはできない。むしろ that
能であるが、これはその動詞を含む主節が発話様態を
の生起に関する随意性は、統語的なアプローチよりは
表すことで意味的に優勢になるためであるという。ま
寧ろ意味的アプローチを採る方がより良い説明が可能
た、複合名詞句を構成する同格節の that も省略はで
であるように思える。
きないが、これも同格節が意味的に優勢とならないた
﹀
´
Bolinger(1
9
7
2、1
9
7
9)は、that を含む節はそれが
省略された節とは意味が異なるという主張しており、
that は指示詞と同じく一種の照応表現であり、問題と
なっている節が前後関係のない事実を叙述しているの
めであるという。
$ We cannot deny the fact *(that) smoking leads to
cancer.
このように that の生起には意味的な要因が関連し
―58―
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
ていることが分かる。そこで、ここでは Bolinger や
rig...
Erteschik の分析に従い、動詞補文に that が生起する
He said that he knew a man in Rome
のは、一つにはそれがないと意味解釈上不都合が生じ
る場合であると考える。
以上、英語の補文において that が生起する場合の
(Ælfric’s Catholic Homilies, 6.58, 168)
" ME
a.13th Century
要因を、文解析また意味解釈に帰すことができること
signefieth et hi hedde beliaue et he was diad-
を述べてきた。文解析の際、当該の節に that が必要
lich.
であるのにそれが欠落していると、その節が補文であ
signify that he had believed that he was dying
ることが明示されず、LF で適切な解釈を受けること
が不可能になる。また、that を含む文とそうでない文
(Kentish Sermons, p.215, l.27, Helsinki corpus)
b.14th Century
とでは意味が異なっており、that を導入することでそ
To make us full beleve That he was verray God-
れらの意味の差を示すことが可能になる。このような
dess sone.
that の導入は、その存在によって LF での意味的貢献
をする、換言すれば出力に対して何らかの効果(ef-
(John Gower, Confessio Amantis, I, 273)
c.15th Century
fect)をもたらしていると言える。Chomsky(1
9
9
5、
the kynge thought that alle this was good...
2
0
0
1a)の枠組みに従うと、出力に対して何らかの効
(William Caxton, The History of Reynard the Fox,
果をもたらすのであれば、EPP 素性が所定の範疇に
p.96, ll.8-9)
指定されることになる。補文標識 that の導入に関し
ところが、#に挙げてあるように初期近代英語に
ては、こうした理由により、CP の主要部に EPP 素性
入った頃、正確には1
6世紀の後半から、ゼロ that が
が指定され、従って、that が T-to-C movement によっ
動詞補文に頻繁に導入されるようになっている。
てそこに移動するのではないかと考えられる。
# 16th Century
以上、この節では CP の主要部に EPP 素性が指定
a.We thinke we are quit and innocent, if wee bee
されるか否かによって、英語の補文標識 that 及びゼ
able to say, wee are not the first, and wee haue a
ロ that の生起に関して説明を与えることが可能であ
great sort of fellowes.
ることを述べてきた。次節では、that の生起に関する
(Tomson, Calvin’s Sermon Timothy, 911/1,
通時的変遷について考察していくことにする。
OED )
b.I beleeue we must leaue the killing out, when all
3.通時的変遷
is done.
(William Shakespeare, A Midsummer Night’s
現代英語では前述のアイスランド語やイディシュ語
とは異なり、常に補文に that が生起することはない。
Dream, iii. i. 15)
そこで、この時期のゼロ that の導入状況を知るた
しかし、古英語や中英語においては事情が異なり、こ
めに、シェイクスピアのすべての戯曲を対象に幾つか
れらの言語と同じ特徴が観察される。文献や OED、
の動詞補文を調査してみた。その結果、$のように、
Helsinki corpus 等を調査、検索してみると、古英語や
ゼロ that を導入した補文の方が多く、特に know や
中英語では、アイスランド語と同じく、動詞補文に that
think の補文においては、ゼロ that の導入が圧倒的に
が義務的に導入されていることが分かる。!、"はそ
多いという結果が導き出された。
れぞれ古英語、中英語の動詞補文の具体例で、この頃
まではまだ動詞補文には that が義務的に導入されて
いる。
! OE
a. elefst !u et sio wyrd wealde isse worulde?
believe you that she will wield this world
(King Ælfred, Boethius, v.§3, OED )
b.He cwæ
æt he cu!e sumne man on Romaby-
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
!
―59―
英語期では動詞はその活用の仕方によって、強変化動
詞と弱変化動詞に区別されていた。%は強変化動詞
シェイクスピアの戯曲
drıfan(drive)と弱変化動詞 fremman(perform)の活
∼
know 8.5%
用変化である。
91.5%
%a.drıfan
∼
think 7%
that補文
null-that
93%
Sg. 1 drıfe
Pl. 1 drıfa!
2 drıfst
2 drıfa!
3 drıf!
3 drıfa!
∼
∼
∼
believe
35%
65%
∼
∼
∼
b.fremman
0%
20%
40%
60%
80%
100%
Sg. 1 fremme
では、なぜ1
6世紀の後半からゼロ that が動詞補文
Pl. 1 fremma
2 fremest
2 fremma
3 freme
3 fremma
に頻繁に導入されるようになったのかという疑問が生
古英語期の屈折はこのように豊かであったと言える
じるが、これは動詞の V-to-T movement の消失と関連
が、中英語期には強変化動詞の大部分が弱変化動詞に
があるように思われる。英語には様々な主要部移動に
移行し、強変化動詞の屈折型の間でも平準化(level-
関わる現象が古英語期より観察され、特に古英語期に
ing)の傾向があり、屈折が減少している。
は"のように現在のドイツ語に見られる動詞第二位現
象(verb second)が観察されている。
"
a wæs æt folc æs micclan welan ungemetlice
フランス語は V-to-T movement が顕在化する言語と
して知られている(Pollock(1
9
8
9)、Chomsky(1
9
9
1)
参照)
。英語と比較するとフランス語は屈折が豊かな
brucende...
言語であり、それ故 V-to-T movement を誘発すると考
then was the people the great prosperity excessively
えられるが、屈折の豊かさが V-to-T movement と密接
partaking
に関連していることが、既に Weissenborn(1
9
8
8)
、
(The Old English Orosius 1.23.3)
Pierce(1
9
8
9、1
9
9
2)、Déprez and Pierce(1
9
9
3)、Wex-
しかし、この現象は中英語の終わりまでに衰退し、
ler(1
9
9
4)等で議論されている。Pierce(1
9
8
9)によ
1
5世紀の後半に消失している
(Kemenade
(1
9
8
7、1
9
9
7)
、
ると、フランス語を習得している2
0∼3
0ヶ月の子供
Roberts
(1
9
9
3)
、Kroch and Taylor
(1
9
9
7)
、Warner
(1
9
9
7)
が、定形の動詞と屈折のない非定形の動詞を発話する
等参照)
。また、#のように現在のフランス語に観察
場合、定形の動詞の場合は大人の文法と同じく、V-to-
される V-to-T movement に相当するものが、中英語の
T movement を起こした文を発話し、非定形の動詞を
終わり頃まで観察され、1
6世紀の後半には消失して
含む場合、V-to-T movement がない文を発話するとい
いる。
う。
# 15th century
& [-finite] verbs
And the erthe and the lond chaungeth often his
color.
a.pas manger la poupée
not eat the doll
And the earth and the land changes often its color
(Mandeville’s Travels ix.100, OED )
$ 16th century
Worldly chaunces..in adversitye often chaunge
from evell to good and so to bettre.
(Hall, Chronicle of Henry VII , 8, OED )
こうした英語の V-to-T movement の消失とゼロ that
の導入(つまり that の T-to-C movement の欠落)は時
期的にほぼ一致している。V-to-T movement の消失に
b.pas tomber bébé
not fall baby
' [+finite] verbs
a.Patsy est pas lá-bas
Patsy is not down there
b.marche pas
walks not
この事実は屈折が V-to-T movement の誘発と密接に
関わっていることを示唆するものである。
関しては様々な意見が出されているが、それを英語の
しかし、どの程度の屈折の豊かさが V-to-T move-
屈折形の消失と結びつける分析が多いようである。古
ment と結びつくかは議論の余地がある。Kosmeijer
―60―
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
(1
9
8
6)
、Holmberg and Platzack
(1
9
9
1)
、Platzack
(1
9
8
8)
、
のように屈折形の消失と連動しているが、ゼロ that
Platzack and Holmberg(1
9
8
9)、Roberts(1
9
9
3)、Vikner
の導入、つまり that の T-to-C movement の欠落も、こ
(1
9
9
4)等において屈折の豊かさと V-to-T movement
の V-to-T movement の消失と連動していると考えられ
の連関について興味深い議論が行われているが、これ
る。V-to-T movement は主要部移動であり、主要部移
らの議論の要点としては、単数又は複数形のどちらか
動を動機づけするのは EPP 素性である。従って、V-to-
のグループにおいてその中で屈折の区別がほぼ無く
T movement は T に EPP 素性が付与されるためである
なってしまっている場合、V-to-T movement がないと
と言える。さらにその EPP 素性が CP の主要部にも
いうことである。
付与されるとすれば、that の T-to-C movement を誘発
!において V-to-T movement がある言語は Icelandic
!
と Älvdalsmalet であり、単数或いは複数の屈折形の
グループにおいてそれぞれの人称がほぼ区別されてい
することになる。では、その EPP 素性の C への付与
はどのように行われるか考えてみよう。
Grimshaw(1
9
9
1)は、#に示してあるように、機
る。しかし、他の言語ではそうした区別が明確でなく、
能 範 疇(functional phrase)と 語 彙 範 疇(categorial
V-to-T movement を容認していない。
phrase)の組み合わせを拡大投射(extended projection)
"はフランス語と英語の屈折形であり、フランス語
では単数そして複数の屈折形のグループにおいて、そ
と呼んでいる。
#
FP
れぞれの人称が区別されているため V-to-T movement
F'
があるが、現代英語においては3人称単数の屈折が単
数のグループにあるだけで、それ以外は屈折形が同じ
F
LP
で区別が付かない。しかし、V-to-T movement を示す
L'
1
6世紀後半までの英語では、単数形のグループにお
いてそれぞれの人称が区別され、従って V-to-T move-
L
ment が観察される。
このように、V-to-T movement は屈折形の区別の有
・・・
また、この機能範疇と語彙範疇の間は透明
(transpar-
無に依拠していることが分かる。では、次に that の T-
ent)であると考えられている。例えば"は拡大投射
to-C movement と V-to-T movement の消失の連関につ
を形成しており、さらに主語と動詞は一致を起こして
いて考えてみよう。V-to-T movement の消失は、上記
いる。
! throw, infinitive and present indicative
Inf.
Sg.
Pl.
!
Icelandic
Faroese
Danish
Älvdalsmalet
Hallingdalen
kasta
kasta
kaste
kasta
kastæ
1
kasta
kasti
kaster
kastar
kasta
2
kastar
kastar
kaster
kastar
kasta
3
kastar
kastar
kaster
kastar
kasta
1
köstum
kasta
kaster
kastum
kastæ
2
kasti!
kasta
kaster
kaster
kastæ
3
kasta
kasta
kaster
kasta
kastæ
Vikner (1994: 119-120)
"
French
Sg.
Pl.
English
English (c1400)
English (c1500)
1
jette
throw
caste(e)
cast
2
jettes
throw
castest
castest
3
jette
throws
casteth
casteth
1
jetons
throw
caste(n)
cast(e)
2
jetez
throw
caste(n)
cast(e)
3
jettent
throw
caste(n)
cast(e)
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
! [IP John [VP reads the book ]]
―61―
% Bavarian
こうした一致現象は、機能範疇である IP と語彙範
a.daß-ma (mir) noch Minga fahr-n
疇である VP の間が透明であるために生じると考える
that(1PL) we to Munich drive (1/3PL)
とうまく説明できる。
‘That we drive to Munich...’
ところが、機能範疇+語彙範疇の組み合わせを持っ
b.Warum daß-ma (mir) noch Minga fahr-n
ていないにも関わらず、phrase 間が透明であり、拡大
why that-(1PL) we to Munich drive-(1/3PL)
投射を形成すると思われる組み合わせがある。前置詞
‘... why we drive to Munich’
句は P-DP の組み合わせとなるが、P は語彙範疇と考
えられ、"の組み合わせにならず、拡大投射を形成し
ないかのように思える。しかし、自然言語には前置詞
とその目的語が一致する言語がある。例えば、ケルト
系の言語でアイルランド語やウエールズ語では、前置
詞とその目的語が#、$に示してあるように一致を起
こす。
(Bayer (1984: 251))
& West Flemish
a....[CP [C’ da [IP den inspekteur da boek gelezen eet]]].
that the inspector that book read has
b....[ CP [C’ dan [IP d’ inspekteurs da boek gelezen een]]].
that the inspectors that book read have
(Haegeman (1991: 119))
# Inflected forms of Irish prepositions
従って、C-IP も"の組み合わせを持っていないが、
a.Canonical form: le with do to/for roimh before
拡大投射に加えることができる。
このように CP と IP は拡大投射を形成し、それら
S1 liom
domh
romham
S2 leat
duit
romhat
の間が透明であるので、IP の主要部が持つ情報はそ
dó
roimhe
の上の CP まで投射が可能であると考えられる。屈折
daoithi
roimpi
が豊かで、それ故 V-to-T movement が生起するのであ
MS3 leis
FS3 léithi
P1 linn
dúinn
romhainn
れば、IP の主要部は主要部移動を誘発する EPP 素性
P2 libh
daoibh
romhaibh
を持っていることになる。また、IP の主要部が持つ
P3 leofa
dófa
rompu
情報はその上の CP まで投射できるので、その EPP
b.Bhí mé ag caint leofa inné.
was I talk (PROG) with(P3) yesterday
(McCloskey and Hale (1984))
$ Inflected forms of Welsh prepositions
素性は CP の主要部にまで投射される。CP の主要部
が EPP 素性を持つのであれば、それを満たす形で that
の T-to-C movement が誘発され、従って、CP の主要
部に that が生起することになる。
しかし、英語では1
6世紀の後半までに屈折が消失
a.iddi hi to her
してしまっているため、主要部移動を誘発する EPP
to(FS3) her
素性が IP の主要部に付与されないという事態が生じ
b.iddo fe to him
to(MS3) him
ている。このため、その情報が CP の主要部に投射さ
c.iddyn nhw to them
れず、that の T-to-C movement が生起しない、つまり
現在のようにゼロ that が導入されるようになったと
to(P3) them
d.arnaf fi on me
考えられる。このことを裏付ける言語として、アイス
on(S1) I
ランド語を挙げることができる。アイスランド語では
e.arnat ti on you
現在でも古英語と同じく屈折が豊かで、that に相当す
る補文標識が義務的に生起している。これは、屈折が
on(S2) you
(McCloskey and Hale (1984: 519))
豊かであるため IP の主要部に EPP 素性が指定され、
それ故、P-DP の組み合わせも拡大投射と考えられ
それが CP の主要部にも投射されることで、義務的に
る。また、C-IP の組み合わせも拡大投射を形成しな
that に相当する補文標識が T-to-C movement によって
いように思えるが、言語の中には補文標識とそれが支
移動していると考えることができる。
配する主語と INFL とが一致を起こす言語がある。バ
バリア語やオランダ語の一方言である West Flemish
がそれである。
―62―
補文標識の移動とその通時的言語差異(宗正)
Hague.
4.結
& Bolinger, Dwight (1977) Meaning and Form, Long-
語
man, London and NewYork.
以上、本稿では英語の補文標識 that の分布とその
' Boskovic, Zeljko (1997) The Syntax of Nonfinite Com-
通時的変遷は、CP の主要部の EPP 素性の有無と関
plementation: An Economy Approach, MIT Press, Cam-
わっていることを述べてきた。補文標識の that が生
﹀
´
﹀
bridge, MA.
起可能な環境とそうでない環境は、CP の主要部の
( Boskovic, Zeljko and Haward Lasnik (2003) “On the
EPP 素性に依拠しており、義務的に that が生起する
Distribution of Null Complementizers,” Linguistic In-
場合は、EPP 素性が CP の主要部に指定され、その素
quiry 34, 527-546.
性を満たすために that が T-to-C movement によって
CP の主要部に移動する。
﹀
´
﹀
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EPP 素性の CP の主要部への付与は1
6世紀後半まで
は常に行われていたが、これは英語がその時期まで動
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詞の屈折が豊かであったことに起因している。屈折が
+ Chomsky, Noam (1991) “Some Notes on Economy of
豊かであれば、IP の主要部に EPP 素性の指定を受け
Derivation and Representation,” Principles and Parame-
る。CP は IP の拡大投射であるため、IP の主要部の
ters in Comparative Grammar, ed. by Freidin, MIT
情報が CP に投射され、CP の主要部にも IP の主要部
Press, Cambridge, MA.
に指定された EPP 素性が指定される。この素性の指
, Chomsky, Noam (2001a) “Derivation by Phase,” Ken
定により、that が CP の主要部に T-to-C movement に
Hale: A Life in Language, ed. by Michael Kenstowicz, 1-
よって移動してくることになる。英語に於いて、1
6
52, MIT Press, Cambridge, MA.
世紀の後半からゼロ that が導入され始めたのは、動
詞の屈折と共に V-to-T movement が消失し、IP の主
要部に指定されていた EPP 素性が義務的に CP の主
要 部 へ 投 射 さ れ る こ と が な く な り、that の T-to-C
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