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『ベオウルフ』 と血族の絆
53 衛藤安治:『ベオウルフ」と血族の絆 『ベオウルフ』と血族の絆 衛藤 安 治 『ベオウルフjの中に血族のかたい絆を示す証拠をみつけることは、意外に難しい。1この作品に顕 著にみられるのは、むしろ血族を超えた絆である。(}eatas族の主人公Beowulfは、Dene族の王 Hroぢgarを悩ます怪物を退治しにDeneの国に遠征する。(この遠征は、BDowulfの父EcgPeowが、か つてWylfing族のHea加1afを殺害した折、若きHroぢgar王にその身柄を引きとられ、助けられたと いう機縁による。)Boowulfの怪物退治によって、DeneとGeatas両部族間に血族を超えた絆がもたら される。これが『ベオウルフ』第1部(n.1−2199)の主題である。 このような主題がゲルマン英雄詩である『ベオウルフ』に持ち込まれたのは、恐らくキリスト教の影 響によるものであろう。もしそうであるのなら、北ヨーロッパにキリスト教が受容される一様相が「ベ オウルフ』には観察されることになる。旧い土着の皮袋に入れられたキリスト教という新しいブドウ酒 が、そこにみられるのである。既存の語彙を用いて未知の概念を表わすには、比喩に頼らざるを得ない。 血族を超えた絆は、既存の親族名称(kinship tems)を比喩的に用いることによって「ベオウルフ」 では表現されている。文字通りの血族を「狭義の血族」、比喩的血族を「広義の血族」と呼ぶことにす れば、『ベオウルフ』を特徴付けているのは、広義の血族である。本稿の目的は作品中の「広義の血族」 を観察することである。 怪物Grende1を撃退したBeowulfに、Hro5gar王は感謝と愛情の言葉を述べ、次のように親子 (s㎜(1.947b))の契を結ぶ。この時二人の間には広義の血族関係が成立する(sめ(δ)(1.949a))。 (1) N丘ic,B60wulf,悔。, secg betsta,m6for sunu wylle fr60gan on ferhかe; heald forぢtela n釣ワe sibbe. (11.946b−9a)2 Beowulfとその部下は、Hro5gar王に褒美を賜るため、Heorotの館にDene族の勇士と共に、一堂に 会する。 (2) Pa wθes s由l ond m虎1, レa巳t t6heale gang Healfdenes sunu; wolde self cyning symbel picg{m, 54 福島大学教育学部論集第58号 1995年6月 Ne gefr8egen ic擁mあgpe m蝕m weorode ymb hyra sincgyfan s61geb虎rIm. Bugon pゑ t6bence bl虎d的ande, fylle gef由gon; faegere gep由gon medoful manig m直gas p血a swiぢhicgende on sele )㎞h6an, Hr6魂ar ond Hr6pulf. Heorot innan w8es f面ndumafylled;nallesf西censtafas レ60d−Scyldingas penden fremedon.一(1L1008b−19) 館ににぎやかに集まったGeatas族とDene族が彬。η血s3(L1018a)と称されているのが注目される。 BeowulfとHroぢgar王の間の広義の血族(父子)関係は、自動的にGeatas族とDene族の間に広義の 血族関係を招来したのである。この広義の血族関係が侮。π血εの意味内容であると考えられる。 さらに、褒美が贈られるそのあり様は、「この上なく∫罐。誠joεであった」と描写される。 (3)ne gefr8egn ic fr60ndlicor f60wer m5dmas goldeg岬ede gummamafela hl ealobence 65㎜gese皿an. (n.1027−9) この癖。屈」∫oθ(1.1027a)は、∫融ッを用いて訳されることがあるが4、含意されているのは、 BeowulfとHroぢgar、つまりGeatas族とDene族がほとんど同族であるかのように交わる様子である。 后Wealhpeowは「Hro5gar王がBeowulfを息子にした」ことを王自身に確かめる(11.1175−6a)。 そして、后はBeowulfに盃を献ずる。 (4) Hwearf悔bi bence, 協r hyre byre w£ron, Hr6ぢric on{1Hr6ぢmund, ond haeleウa beam, giogoぢ aBtg8edere; P虎r se g6da s8et, B60wulfG6ata be匠mgebr6ぢmm tw虎m. Him w8es ful boren, ond fr60ndla恥 wordum bew田gnedl, (n.1188−93a) この∫短。加馳伽(L1192b)もf副Zッを用いた訳が一般に行なわれるが5、この場合も含意は「広義の血 族」であり、肉親のような誘いの言葉を后はBeowulfにかけられたことが想像される。 場面はかわって、Geatasの国へ帰ったBeowulfは、Hygelac王の死後、王位に就くように求められ るが、これを固辞して、まだ若年のHeardred(Hygelacの息子)の補佐役に徹する。 (5)N6ぢ夕虎r f6asceafte findan meahton θetぢ吾m面elinge血豆geぢinga, 坤t h6Heardr6de h1肚ord w虎re, o茄e加necyned6mciosanwolde; 55 衛藤安治:『ベオウルフ」と血族の絆 hw8e6re h6hiπεon folce fr60nd1血um h601d, 6stum mid酢e,oぢぢ8巳t h6yldra wea癒, Weder−G壱atum w601d. (ll.2373−9a) この複合語ブ滝。π伽r(1.2377b)も‘friendly counserのような訳が与えられることが多い6。しかし、 BeowulfとHeardredは従兄弟同士であり、BeowulfはHeardredに対して、父のように、あるいは兄 のように「親身になって助言を与えた」と考えるのが妥当であろう。 用例(3)、(4)、(5)、で用いられている∫肋加1の派生語や複合語には、どちらかと言えば血族の温かい 情愛が表現されていると考えられる。しかし、血族関係を特徴付けるのは、情愛が総てでは決してない。 厳格な義務の遂行を含意する∫滝。π4も存在する。 Heardred(Geatas族)を殺害したOnela(Sweon族)をイトすため、あたかもこの時、Geatasの国 にかくまわれていたEadgils(Sweon族)と∫増。π4の関係をBeowulfは成立させる。 (6) Sる ぢ{61もodhryres l面gemunde uferεm d6grum, Eadgilse wea而 f6asceaftum fr6011d; folce gest6pte ofer s虎side sunu Ohteres, wigum ond w勇pnum; h6gew鷲㏄sy5徹m cealdumcearsiぢum,cyningealdrebin6at. (11.2391−6) 用例(6)の場合、か診。π4(L2393a)であることは、本来は血族に伴う義務である復讐の遂行をも意味す ることを示している7。BoowulfとHroぢgarの場合についても同様の義務の遂行が明示的に表現されて いる(cf.11.1818−35)。 このような広義の血族侮。取伽の間に成立するのが、次に示す8‘b(δ)である。 (7)Hafast p丘gef6red, 協t 願m folcum scea1, G6ata l60dum ond Gar−Denum sib gen晩nθ, ond sa㎝restan, inwitnipas, レるhie血dn嬉on, wesan, 戸enden ic wealde w認an rices, mapmas gem面e, manig6peme g6dum gegr6tt{m ofer ganotes b読; sceal hrhlgnaca ofer he蜘bringan lac ond luft直cen. (IL1855−63a) 「BDowulfのおかげで、sめ(δ)(L1857a)がGeatas族とDene族の間に生まれることになろう。戦いは 終り、宝船の往来が始まるだろう。」このように、両民族間に存在すべきsεb(δ)を『ベオウルフ」の作 者はHroぢgar王の科白を借りて謳いあげている。この“sib”は大抵‘peace’と訳されるが3、その意味内 容は「血族間に存在する理想状況」であり、これはその比喩的用法である。 F励π血sが単なる情愛に基づく関係ではないように、sめ(δ)も自然に生ずる状態ではなく、意志に 56 1995年6月 福島大学教育学部論集第58号 よる理想状況であることは、次の用例から推測される。 母方の祖父Hreぢelに育てられたBeowulfはHreもe1の実の息子達と平等に自分が扱かわれたことを 回想して、それは祖父がsめ(δ)(1.2431b)を忘れなかったからだと言う。 (8)h601d m㏄ond haBfde Hr6ぢel c】ming, geaf m6sinc ond symbe1, sibbe gemunde; n8巳s ic him t6 1ife 1誌m6wihte, beom in b皿gum, 加nne his b㎜a hwylc, Herebeald ond H8巳ぢcyn o蘭e Hygelac mih.(1L2430−4) Hreぢe1はBgowulfに対して、祖父としては狭義の血族でもあるが、父親代わりとしては広義の血族 (父子)関係とそれに伴う義務を守らねばならなかったのである。 狭義の血族間に存在するs‘b(δ)でさえも意志によるものであることは、dragonとの闘いにおいて・ Beowulfの家臣として唯一人忠義を尽したWiglaf(Beowulfと同族)について言われた「sめ(δ)を守れ るのは君子のみ(112600b−1)」という言葉から推測することができる。 (9)Nealles him on h6ape hαndgestea11{m, 蘭eli㎎a beam ymbe gest6don hildecystun1, ac hj on holt bugon, ealdre burgan.Hiora in anum w60n sefa wiもsorgum;sibb’魔fre ne mθ巳g w丑1t onwendan レam 5e w61 1》enceぢ. (n.2596−2601) 最後に、以上の論点をふまえて、次の用例⑳に用いられている複合語喪。π現σ(μ)(L1838b)の意味内 容を考察する。BeowulfはDeneの国を去るにあたって、Hroぢgar王の第一子Hreぢricに次のように言 う。 ㈹ Gif him加nne Hr6レric t6hofum G6ata ge励geぢ擁odnesbeam,hるmθeg励fela fr60nda fh1(1an; feorcヲレδe bむ。ぢ s61nm ges6hte 嫡m pe him selfa dるah.’ (1L1836−9) この複合語∫θoπッ菌(μ)は「遠い国」と訳されるのが一般的である。例えば、Klaeber9は‘farcountry,’ Wrenn−Boltonloは‘distant land’の語義を与えている。 この複合語の第1要素∫θorは‘far’の語義を有しており、KlaeberやWrem−Boltonに、その点に関し ては異議を唱える必要を感じない。しかし、第2要素岬δ(μ)の語義としては、‘khlsfolk,’‘native country’あるいは‘nativeland’はあり得ても11・単に‘country’あるいは‘1and’という語義を与えること には無理がある。皿 用例⑳の内容は、「HreぢricがGeatasの国を訪ねれば、‘fela fr60nda”(L1837b−8a)がそこに居 るだろう。君子が訪ねるべきところはfeor醇P挽”である。」と要約できる。そして・ “feordy♪ぢe”が 衛藤安治:『ベオウルフ」と血族の絆 57 “fela fr60nda”の言い換え(eαuivalent)だとすれば、のρδ(μ)の意味内容は「血族」あるいは、「血 族の住む所」が可能であり、問題の複合語は、広義の血族を表現したものだと考えられる。 これまで、『ベオウルフ』研究家は 昌fela frもonda”に「広義の血族」の意味内容を認め得ずに、 ‘friend’の語義13しか考えられなかったため、「遠い国」という訳語でつじつま合わせをしたのであろう。 “Feorc頭6e”は、「遠くに住む(つまり、異国の)血族のような人々」がその意味内容である。 BgowulfとHreぢricは確かに、狭義に解すれば異民族の関係にあるが、Beowulfと(Hreぢricの父であ る)Hroぢgarが広義の父子関係を結んだ事実(cf.用例(1))は、BeowulfとHreぢricが自動的に広義の兄 弟関係、つまり広義の血族関係で結ばれることになる。このように考えれば、用例00は「広義の血族を 遠くに求めよ!」というメッセージとして了解し得る。そして、これは「自分を愛するように、あなた の隣人を愛せよ。」と説くキリスト教のメッセージと共鳴し、一致するのである。 イングランドにおけるキリスト教の布教に関して、教皇Gregoryは西暦601年、Augustineに次のよ うな助言を与えている。 異教徒のお社を破壊してはならない。しかし、中に安置されている偶像は破壊しなさい。 聖水でお社を浄め、偶像の代わりに祭壇をしつらえ、聖遺物を供えなさい・’4 お社には手を加えず、ご神体のみ入れ換えて、異教徒の改宗を円滑にすすめようとしたのである。『ベ オウルフ』におけるお社は「血族」であり、これには手を加えず、比喩的用法によるご神体の入れ換え を『ベオウルフ』の作者は謀ったのだと考えられる。 Beowulfが退治した怪物がCainの末裔として描かれていることを考えると(n・102−8,1258b−65a)・ 両者問の闘いは血族破壊者対血族創造者のそれであり、後者が勝利するという図式が「ベオウルフ」の 第1部には成立する。 第2部(n.2200−3182)では、偶発的な血族殺人(11.2435−43)に始まるGeatasの国の衰退が語ら れる。さらにdragonとの闘いの際、Wiglaf以外の部下(血族)総てに裏切られ(n2596−9a、用例〔9》、 Beowulfは深手を負って、ついに天に召される。第2部に広義の血族がほとんどみられないのは、第1 部と対照的である。しかも、狭義の血族さえ十全に機能していない。「ベオウルフ』のこのような結末 は、作者(恐らくは修道士)が、血族の絆を人間社会の礎として価値あるもの一破壊してはならない お社一とみなしていたことを示す証左であろう。 注 1.Cf.Be武ha Su貢ees Phinpotts,K配擁㎝‘∫σ㎞‘π‘加M倣漉4gεs㎝4/1∫‘εr(Cambridge, 1913),pp.236−7. 2.『ベオウルフ』の引用は総て、Klaeber Beoωμゲ(1950)3(以下、Klaeberと略称)による。 3.ClarkHa11,ハC侃。‘sa4㎎Zo一&篇。πDic孟‘oηα’ッ(Cambridge,1960)4,s.v.fr60nd,の語義は次の通 り: friend,relative,lover。 用例(2)の “m色gPe”(「血族」)(1.1011a)も比喩的用法だと想定されるが・この点については稿を改 58 福島大学教育学部論集第58号 1995年6月 めなければならない。 4.例えば、‘in a friendly mamer,量(Klaeber,p.335);‘in a㎞dly or friendly manller,’(Wre㎜一 Bolton Beoωμゲ(1973)3(以下、Wrenn−Boltonと略称)、p.237). Clark Ha11はその翻訳(London,1950),p.72,で、∫伽∫Zッを避けて‘heartily”を用いているのが 注目される。 5.例えば、‘friendsMp,k五1dness,orinvitation.’(Klaeber,p.335);‘friendlyorgraciousinvitation (to dhnk)’(Wrenn−Bolton,p.237). 6.例えば、‘friendly comsel’(Klaeber,p.335);‘friendly advice’(Wrenn−Bolton,p.237). 7.Cf.Dorothy Whitelock,餓εBeg血痂8s qプE㎏」融Soc蝕むy(Penguin Books,1965),p.38ff. 8.例えば、Clark Ha11の翻訳(1950),p.114;Kennedyの翻訳(Oxford,1940),p.60など。しかし、 Swantonの翻訳(New York,1978),p.123,では‘friendship”を用いている。また、Chickeringの翻 訳(New York,1977),p.157,では用例(7)を‘kinship”も用いて次のように訳している。 You have brought it to pass that peace−bond,friendship, shan tie our peoPles, Geats an(i Spear−D㎝es, in common kinship, {md strife shdl sleep, malicious attacks which they weathered before; so lonrg as I rule thisbroadkingdom weshallgivetreasures, and many shan gTeet eadh other with gifts across the ganllet’s bath。 The血9−n㏄ked boat shall carry overseas gifts of friendship, the strongest tokens. ちなみに、clark Hall,Aσo㏄isε」4㎎Jo一&蹴。πD‘c拡‘oηασ,s.v.sibbの語義は次の通り: relationship:10ve,friendship:peace,hapPiness. 9.Klaeber,p.328. 10.Wrem−Bolton,p。234. 11.Clark Ha11,」4σoηc‘sε」4㎎Zo一&鷹。πD‘c孟∫oηα型,s.v.c満の語義は次の通り: kinship,relationship:kith,kinsfolk,fellow−countrymen,neighbours :acquaintance, fhendship:native land,home:knowledge,familiahty. 12.例えば、Heyne−SchUcking Baoωμゲ3.Tei1:Glossar(1961),s.v.c聯u(p.40)、の語釈は次の通 り。 (eigentlich Zustand des Bbkanntseins,daher)zun装chst:Bekanntschaft,Freundschaft, Verwandtschaft,Heimat,dann:L㎝d;... 13.現代英語の∫伽は「親族」や「恋人」という語義を全くもたない点で(cf.PO1)(1978)6,s.v. friend)、古英語∫滝。π4(注3.)と対照的である。当然、両者のもつ内包も違ってくることになる。 14.伍s孟or‘α励。∫εs血s‘加σθπ傭ハ㎎Jo㎜,1.30.(Bede,ハH観。型qμhε五㎏」醜伽融㎝4 Pεqp畠(Penguin Books,1968),pp.86−7.) 衛藤安治 『ベオウルフ」と血族の絆 59 Bεoωμゲーand Kin−solidarity:Abstract Yasuharu Eto h挽・ω畷evidenceforkin−s・1id頗tyisratherdifficultt・find,butthes・1id面tybetween tw・differentkingr・ups−supr面n−s・lidarity,s・t・speak,一isasdientfeat肛e・Thep・et seems to have used the idea of suprakin−solidarity to convey the Christian i(iea of love to the Anglo−Sa』xons.To express the supra』kin−solidarity he uses OE kinship terms in a figurative sense. Thus血Bθoωμゲwe can s㏄the new wine of Christianity pnt into the old bottles of OE k血ship tenns. The terms discussed are s㎜,∫滝。π4,sめ(わ){m(i食。πラ階(μ)、