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第6章 国のありようと京都府(川勝 平太)(PDFファイル、32KB)

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第6章 国のありようと京都府(川勝 平太)(PDFファイル、32KB)
第6章
国のありようと京都府
国際日本文化研究センター
川勝
平太
国土審議会の委員として、戦後 5 度目の全国総合開発計画「21 世紀の国土のグランドデ
ザイン」(1998 年 3 月策定)に加わった。そこで提示された「地域の自立」の観点から、
京都府の未来について、提言したい。
第 1.京都府の現状に照らし、その長期戦略を考えるとき、最大の策は過疎地域への府
庁の移転であると考える。
第 2.移転先は、京都府域のみを考慮するなら、中部地域である。しかし、今日では、
近畿全体ならびに国レベルの地域分権の趨勢を考慮するべきであろう。近畿全体を俯瞰し
たときには、移転先は京阪奈が適切であると考える。
第 3.京都議定書、ならびに第三回世界水フォーラムの成果を活用し、琵琶湖・淀川流
域圏構想をもって、京都を中心に滋賀・大阪が「水の日本」としての特色をもち、京都の
南部は吉野、高野山、熊野古道が世界遺産になり「森の日本」と特徴づけられる景観をも
っていることに鑑み、水に恵まれた「緑の環(エメラルド・リング)」構想を打ち出して
はどうか。
その主な効果はつぎのとおりである。
第 1.移転は都市への集中を是正する。
第 2.地震災害などの集中化を緩和しうる。
第 3.県政全体の改革につながる。
第 4.多自然地域への移転は、緑の環境と調和した新しいライフスタイルを、府庁職員
が身をもって示しうる。
第 5.移転先を京阪奈にすれば、将来の「近畿道」の中心に位置することになり、近畿
の他府県に対して有利な地位を占めることになる。
第 6.新しい雇用を生み出す。
「21 世紀の国土のグランドデザイン」はその実現を 2010 年∼2015 年を目途にしている。
副題が 2 つ添えられている。一つは「美しい国土の創造」。もう一つは「地域の自立」で
ある。
「美しい」というのは、計量不可能である。しかし、誰にでもわかる普遍的な価値でも
ある。もう 1 つの副題は「地域の自立」である。この国土構想を受ける形で、99 年末には、
国会等移転審議会が栃木・福島地域、岐阜・愛知地域、三重・畿央地域の三箇所を候補地
として提言し、また、2001 年には省庁が再編されて、地域分権の強化と小さな政府への動
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きが起こっている。
「地域の自立」を達成するために、五全総は 4 つの戦略を立てた。大きく分ければ 2 つ
である。一つはライフスタイルを変える戦略、もう一つはネットワークの構築である。
ライフスタイルについては、画一的な都市的ライフスタイルへの反省がある。ライフス
タイルを全総がとりあげたのは画期的であった。それは、拠点開発や大規模プロジェクト
で国力(経済力)をあげる姿勢から、国民の生活を重視するという姿勢への転換を示すも
のだからである。特に重視されたのは、自然と調和した生活の回復である。それを可能に
するために、環境保全と生活を両立させるには多自然地域の活用をすることが眼目になっ
ている。ただし、現在の多自然地域のままでは不便である。そこに交通網・情報網のイン
フラ整備をしなければならない。そのための戦略がネットワークの構築である。
ライフスタイルの見直しは 2 つの戦略に分けられている。「多自然居住空間の創造」が
第 1 戦略、「都市のリノヴェイション(再生)」が第 2 戦略である。多自然地域が快適な
居住空間に変われば、おのずとライフスタイルは都市的なものとは異なるものになるであ
ろう。人々が多自然地域に居住しやすい環境を整えれば、都市空間の過密は解消されるだ
ろう。また、再生に要するコストの低下も見込まれる。多自然地域への居住を促進するに
は、内なるネットワークと外へのネットワークの構築が必要である。ネットワークの構築
も2つの戦略に分けられている。国内のネットワーク化が第 3 戦略「地域連携軸の形成」、
国際的ネットワーク化が第 4 戦略の「広域国際交流圏の形成」である。内なるネットワー
クが地域連携軸の形成、外なるネットワークが広域国際交流圏の形成である。
これら 4 つの戦略の最大の狙いは、新しいライフスタイルへの着目であり、多自然地域
を居住空間にすることを中心に立てられている。国土計画のエッセンスをごく短く表現す
れば、多自然地域に居住空間ができれば、都市の過密が緩和されて再生がしやすい。それ
を促進するために内外のネットワーク化を図るという構成である。
多自然居住地域が形成され、多中心の国土ができたときの国土の形は多軸多極型になる
であろう。いや、むしろ多軸型の国土の創造とそれは不可分である。「21 世紀の国土のグ
ランドデザイン」では、日本は大まかに 4 つの国土軸に分けられている。
東京以西の太平洋工業地帯は「西日本国土軸」という名称で一括された。そこには大都
市が連なっている。戦前から日本の発展を担ってきた地域である。しかし、多自然地域で
はない。それ以外に 3 つの国土軸が提示された。北海道・東北をあわせた「北東国土軸」。
「西日本国土軸」の反対側の「日本海国土軸」。もう 1 つは、太平洋側で工業地域からは
ずれて黒潮に洗われる「太平洋新国土軸」である。全体では、西日本国土軸、北東国土軸、
日本海国土軸、太平洋新国土軸の 4 つである。西日本国土軸をのぞく 3 つの国土軸はすべ
て多自然地域である。ここに新しいライフスタイルの可能性と将来性をもとめているので
ある。4 つの軸を形成し終えたときの日本の姿について「歴史と風土に根ざした日本人ら
しいライフスタイルを持つ人びとが住む庭園の島 Garden Islands とも言うべきものとなる」
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とし、「美しい国土」像を述べている。日本の国土は、本来その姿は多様である。それを
活用し、人びとが自然に親しみ、庭のごとく大切に育てるという思想が Garden Islands と
いう言葉になった。
以上が五全総「21 世紀の国土のグランドデザイン」の骨格である。これを指針にして、
京都府の将来を考えてみたい。
まず、4 つの国土軸は、一極集中を排するためである。地域分権の強化と首都機能の縮
小とは表裏の関係にある。首都機能の移転についてはこれを推進するべき旨が明記され、
それを受けるかたちで国会等移転審議会が答申を出した。災害対応力をつけ、一極集中を
是正し、国政全般の改革をはかるために、栃木・福島地域を第一候補地、岐阜・愛知地域
を第二候補地、三重・畿央地域を条件つきで第三候補地にあげて、そのいずれかに移転す
べしというのが答申の内容である。移転候補地はいずれも里山的景観をもつ地域である。
それゆえ、そこに移転すべき首都機能はおのずから限定される。首都機能の移転は行財政
改革の一環でもあり、国政機能の縮小は最大の課題である。
私見では、新首都では、国家が担うべき権能は国家主権にかかわるもののみに限定され
る。外交、安全保障、貨幣鋳造権、司法権などである。それらは国家主権にかかわるもの
である。それ以外、省名では、国土交通省、文部科学省、経済産業省、環境省、農水省、
総務省、厚生労働省などの業務の大半は国家主権にかかわらない。いいかえれば国内各地
の地域に委ねうるものである。それらには目下のところ、財源がないから、財務省も各地
に分散することになるだろう。
では、委ねうる地域単位をどうとるか。これは、今後のもっとも重要な課題である。道
州制は、その一環で議論されている。五全総では、西日本国土軸、北東国土軸、日本海国
土軸、太平洋新国土軸の 4 つの軸に分けているので、これを参照するのが筋であろう。歴
史と風土・文化の観点から、ほぼ 4 つの国土軸に地域分割できるという提言である。これら
4 つの国土軸は地理的には重なっている。たとえば、北東国土軸と日本海国土軸がそうで
ある。近畿では日本海国土軸、西日本国土軸、太平洋新国土軸が重なっている。それゆえ、
そのままでは行政区分にはならない。しかし、4 つほどの地域に分割するという指針とし
て、4 つの国土軸案を活用できるのである。
私見では、地域単位の基準は、第一に歴史・風土における一体感をもちうること、第二
に東京ないし首都圏に匹敵すること、第三に国際競争力を失わないことである。詳論はさ
けるが、北海道・東北はその歴史と風土において「森の日本」としての一体感をもちうるだ
ろう。また、地域力において東京よりやや劣る程度で、国際競争力においてカナダとなら
ぶ。関東地域は風土性においては「平野の日本」であり、地域力はイギリスを上回り、フ
ランスに匹敵する。中部地域の風土性は「山の日本」としての特色があり、地域力は東京
と匹敵し、国際競争力ではカナダに優る。近畿・中国・四国・九州は瀬戸内海を囲む「海
の日本」としての風土性をもち、その地域力は首都圏に匹敵し、フランス規模の国際力を
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もつ。こうして、五全総の 4 つの国土軸をベースにするとき、「森の日本」「平野の日本」
「山の日本」「海の日本」の4つの地域の顔からなる日本を構想できる。近畿は「海の日
本」の最大の地域単位であるが、国政を現在の一極集中から地域分権に変えていく過程に
おいては近畿が一つにまとまることは不可欠である。京都府の未来は、このような地域分
権の流れの中で構想しなければならない。
では、京都府は、基礎自治体、京都市、そして可能性としてでてくるであろう道州制に
おける「近畿道」にどうかかわるのか。基礎自治体、京都市のような政令指定都市、府県、
道州の中では、基礎自治体は、市町村合併をするかしないかは別にして、確実に残るだろ
う。生活に密着した行政単位だからである。
政令指定都市も、さいたま市、清水と合併した新しい静岡市のほか、これから増加しこ
そすれ、なくなることはないだろう。
道州制は、目下のところ、国交省の地方整備局が置かれている 8 ブロック(東北、関東、
中部、近畿、中国、四国、九州)などを単位として、今後に広域連携が進み、先に述べた
ように、新たに 4 つほどの地域単位に再編されていく可能性がきわめて高い。
一方、都道府県の存在は流動的である。端的にいえば、都道府県は、長期的には存在し
なくなる可能性が濃厚である。長期戦略においては、京都府はなくなるという観点を、念
頭においておくべきであろう。
それは都道府県の役割が小さいことではない。むしろ逆である。国と地方の関係の再編
において都道府県の役割はきわめて大きい。都道府県は、基礎自治体、政令指定都市、道
州のすべての行政にかかわっている。基礎自治体の指導、政令都市との緊張関係、都道府
県間の広域連携など、都道府県はいずれにおいても重要な役割を果たすべく運命づけられ
ている。実際、98 年の国土計画策定以後の都道府県の動きを見れば、東京都知事、長野県
知事などの国政から独立した動き、青森・秋田・岩手三県における北東北三県合体の動き
など、国会議員よりも、知事の発言や行動の重みが増している。地域分権のリーダーシッ
プを知事が取れる時代に入った。
都道府県の役割の高まりという新しい時代変化のもとで、京都府の未来を構想するべき
であろう。
我々には県庁所在地、府庁所在地は移転しないものだという固定観念があるように思わ
れる。この固定観念から自由にならなければならない。東京都が二十世紀末に所在地を移
したことが想起されるべきである。移転前の東京都庁は丸の内・有楽町にあった。だが、
西新宿に移転した。移転以前の西新宿は、山手線の外側にあってペンペン草が生えていた。
ところが、西新宿に東京都が立派な都庁舎を建設し、続々と企業が進出し、わずか 10 年あ
まりで今や銀座や丸の内界隈よりもハイカラな都心になった。京都府もこの都庁移転の先
行事例を視野に入れるべきである。
府庁移転に際しては、二つの場合がある。現在の都道府県制を前提にした移転と、道州
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制を視野にいれた移転である。
まず、現在の京都府域を前提にして府庁を移転する場合である。京都府は、大まかには、
北部、中部、京都市を含む南部に地域区分できる。京都市が最も人口が多く、北部がその
次、中部が 1 番少ない。最も弱い地域は中部である。そのもっとも弱小の中部に府庁が移
れば、中部はもとより、北部は元気になる。府の中心地が京都市以北になるからである。
京都府庁は北部に重点をおき、京都市は南部との結びつきを深めることになるだろう。中
部移転の効果、費用、便益のシミュレーション作業はなされるべきである。もとより、府
庁全部を移すのか、分庁するのかも考えうる。国家の首都機能移転についても分都や展都
という考え方がある。そのパイロットケースとして考えるのである。
もう 1 つは道州制をにらんでの府庁の移転である。府県の境を超えた近畿という広域ブ
ロックのなかで京都府の役割をどう位置づけるかということだ。近畿全体を見渡した中で
の京都の位置が論点である。近畿は学術文化を軸にした伝統的なアイデンティティをもっ
ている。そのアイデンティティを将来に生かすために関西学研都市が建設されたのである。
それを具体化した京都南部の「京阪奈地域」に着目すべきである。
京都府の機能がそこに移ると、どうなるか。そこは京阪奈すなわち京都・大阪・奈良の
中心になる。そこに府庁が移れば、京都府域を超えた中心性を獲得するであろう。近畿全
体をにらみ、京都を中心として近畿全体を俯瞰する位置に立てるであろう。近畿全体への
俯瞰が効く位置に所在を移しておけば、新たに道州制が導入されたとき、京都府庁は地の
利を得て、広域連携のリーダーシップをとることができる。
以上が国の地域分権の流れから構想される京都の未来戦略である。
次に、それと五全総におけるもう一つの副題「美しい国土」づくりとの関連について述
べておきたい。
都市再生の中身が次第に明らかになってきた。特徴的なのは、容積率を上げて、建蔽率
を下げ、建物の周囲を緑化を促進することである。近い将来、都市部においては敷地の 2
割の緑化が義務づけられる。平たく言えば、都市に緑の空間が作られつつある。市民菜園、
公園などの緑の空間、ビオトープのような水のある景観が急速に作られている。都市の再
生は緑化を不可欠とする。
私はさる 3 月に渡米し、シカゴ、ボストン、ニューヨークを回り、市当局・NGOの方
等々と意見交換し、現地を周り、アメリカの大都市再生の実態を学んだ。シカゴでは、Park
System と言われ、公園を緑の回廊でつなぐ方式をとっている。公園をつなぐ道を緑地にし、
シカゴ市内が公園や緑の回廊で巡れるように造っているのである。同じことがボストンで
も行われている。ボストンの町をネックレスのように緑が囲んでいることから、ボストン
のエメラルド・ネックレス Emerald Necklace と言われる。Emerald Necklace ができる以前
は、湿地帯を埋め立てて家を建てると、やがて空き家になる。水はけが悪くて修理代がか
かるのが理由であった。そこで、家を立てず、むしろ土地を掘り下げて水の流入を促進し、
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川が増水した時にその水を引き入れて、水が常にある地帯にし、そこに植栽をして自然公
園にしていく計画を立てた。ボストンの Emerald Necklace は初めからそこにあったように
きわめて自然に見えるのだが、ボストン市民の作った人工の自然景観である。これには 100
年以上の歴史がある。それが現在にまで引き継がれているのである。ニューヨークでは京
都御所の数倍の面積をもつセントラルパークが有名だが、緑地帯でマンハッタンをめぐる
運動を起こしている。
アメリカでは 1980 年代ぐらいから教会に行く人が少なくなり、多宗教・多民族問題を
抱えているので、コミュニティの崩壊が深刻な問題題である。宗教・民族の相違をこえて
憩える public garden としての都市公園が教会代わりの場所になりうることがわかったので
ある。こうしてアメリカの大都市でも緑への回帰が起こっている。
日本の大都市で最近の潮流として一番目立つのはガーデニング・ブームである。都心の
空き地や郊外では家庭菜園や市民菜園もブームになっている。それは輸入食品が安全では
ないという現実を背景にしている。住宅都市整備公団が 1955 年に設立されたが、今では都
市基盤整備公団に変わり、コミュニティづくり、市民菜園づくり、住宅の周りの環境をよ
くしていく事業に取り組んでいる。住宅自体よりも、環境をよくすること、景観を作って
いくのが都市再生の中身になっているのである。
都市再生とは緑化を本質としているのである。逆説的だが、都市の中での「農村化」の
動きである。アーバン化(都市化)の究極の姿は「ルーラル化(農村化)」である、しか
し、都市は農村ではない。しかし、間違いなくルーラル化のベクトルが都市の中に働きつ
つあるということだ。
ルーラル化のベクトルの先にはルーラル地域がある。ところが、ルーラル地域では、都
市へのあこがれがある。農村には都市化のベクトルがまだ働いている。都市への人口の流
れは続くであろう。だが、都市民のほうから都市にいながらルーラルな景観をつくってい
くという流れが全国的にでてきている。都市におけるルーラル化と農村におけるアーバン
化とはともに引き合うものだ。この流れは、人口は圧倒的に都市が多いので、ルーラル化
現象は国全体の流れとして根付くと考えられる。すなわち、未来は短期的には都市のルー
ラル化にあるが、長期的には、ルーラル地域にある。それゆえ、ルーラル化からルーラル
地域への移住の先鞭をどうつけるかが課題になるのである。
京都の売り物はブランドとしては伝統文化だが、国際的な売れ筋は「京都議定書」であ
る。二酸化炭素のほか、温暖化ガスの放出を引き下げるために植林が注目された。二酸化
炭素を固定しているのが森である。本年 3 月に終了した第 3 回世界水フォーラムは京都国
際会議場を舞台にして、滋賀・大阪を結ぶかたちで行われた。森と水とは京都から世界に
発信できる重要なコンセプトである。イラクでは火器で人びとが殺傷されている時、京都
では水フォーラムで生命・安全・食の問題について水を中心に考えていた。一方は血を流
す、京都では水に流して仲良くするための会議がもたれていたのである。平和の希求を基
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礎にした地域づくりを世界に向けて発信していたのである。これを地球環境問題に取り組
む京都府民の意思として活用するべきである。
水については、琵琶湖から淀川まで流域圏として考えることが大切だ。流域管理システ
ムが日本にはない。滋賀の琵琶湖と大阪の淀川をつなぐ京都は媒体である。京都は、日本
最大の水瓶と、大阪に注ぐ大きな川の媒体として、中心性を持ち得る。
近畿全体で年間 90 兆円の国民所得を生み出しており、東京都と匹敵する。東京や首都
圏がその自然景観から「平野の日本」だと形容できる。近畿はその北部は「水の日本」と
言えるだろう。その南部は紀伊半島の豊かな森林に照らして「森の日本」と言ってもいい。
差 し 当 た っ て 、 「 水 の 日 本 」 と い う 自 己 認 識 を も っ て は ど う だ ろ う か 。 こ れ を Emerald
Necklace と引っかけて言うならば、近畿はエメラルド・リング Emerald Ring を持っている
のである。エメラルド・リングとしての近畿アイデンティティの形成は、「京都議定書」
の精神を踏まえた、京都における世界水フォーラムのメッセージでもある。Emerald Ring
構想は、今回の「国土のグランドデザイン」の計画から、おのずと出てくるものでもある。
京都北山、丹波の森、淡路島、高野山、吉野、熊野古道などがエメラルド・リングの中の
花の部分である。
「近畿エメラルド・リング構想」と文化との関係について触れたい。文化は、日常に対
して非日常のイメージで語られてきた。だが、21 世紀の多民族・多文化交流時代において
は、われわれの日常のライフスタイルそれ自体を文化とみなすという態度に改めなければ
ならない。そして、今の日本のデフレ経済を引っ張っていくのは、需要の創出であり、そ
れは供給側の企業というよりも、生活者である。日本の国民所得の 6 割は個人消費によっ
て占められている。国民消費支出の 6 割がいわゆる Household Expenditure と言われる家計
支出である。その残りのうち、ほぼ 2 割が国の支出であり、またほぼ 2 割が企業の投資で
ある。家計支出の 6 割が 1 割上がると先進国並、欧米並みになる。どのようにすれば個人
所得が上がるか。もし、京都市のマンションに住んでいて、消費支出を 1 割あげるとすれ
ば、より贅沢な消費をするということになるだろう。耐久消費財は置き場がないから買え
ない。耐久消費財が増えるような消費の増加は、住宅空間が大きくならないことには不可
能である。衣食住のなかで住の問題が日本には残されている。住まいがライフスタイルを
決める。それを変えるというところに、多自然地域に居住空間を造っていくことの本当の
狙いがある。
良質な工業製品を国際社会に輸出するというのが日本の国是であった。ところが、日本
は輸出するにも日本と同じように製品輸出で競争しているアジア地域が周りにある。日本
はアジア地域から製品を買っており、その生産を助けているのは日本の資本・技術・人材
である。日本の生活者市場を目指して、合弁であったり、日本の技術、ノウハウを教えら
れたりしながら、我々は近隣のアジア地域からの競争に晒されている。いまや、製品の輸
入が 6 割を超えている。原料を輸入して製品を輸出するという加工貿易型の、我々が中学
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校の時に社会科で習った、いわゆる臨海工業地帯で加工貿易をして日本は発展してきたシ
ステムは過去のものになった。日本は製品を買っている。最先進国のアメリカと同じであ
る。アメリカにならぶ世界最大級の需要国として、アジア供給側を元気にしていくという
役割を日本は担っているのである。日本はアメリカ以上にその役割を担い得る。なぜなら、
アメリカは貯蓄率がゼロの中でそれをやっているのに対して、日本は十分な貯蓄があるか
らである。
ところが、それを妨げているのが、狭い居住空間の中での住まい方、ライフスタイルで
ある。過疎地に地域連携のネットワークさえ構築できれば、物理的な距離は非常に短くな
る。
そこで提言である。京都府は京都市の外では「生活空間倍増」を享受できる戦略を立て
てはどうか。定期借地権を活用して、地主が休耕田を貸しやすくするのだ。土地の利用規
則は地味の肥えた田畑であることに照らし、建坪率は 2 割以下、建物の高さは樹木より高
くせず、塀はコンクリートでは造らず、垣根はその地域に自生する植物を上手に使う。現
在の京都市では平均延べ床面積は 1 世帯あたり 80∼90 平米ぐらいだろう。それを 160∼180
平米ぐらいにする。それはほぼ 50∼60 坪。建坪率を 2 割とすれば、敷地面積はその5倍の
250∼300 坪。一反(300 坪)を 1 つの基準にすれば、狭い所に住む都市の人たちが広い緑
の空間をもつことが可能になる。それは庭造り、家庭菜園を促進する。それはまた耐久消
費財を増やす。それよって内外の企業は元気になり、経済は活性化する。結果的には税収
が増える。
ライフスタイルすなわち生活文化が経済を引っ張っていくという脈絡でとらえるとき
である。文化は芸術や芸能、学問としての花の部分と、生活文化という根っこの部分があ
る。京都府の職員は、近畿エメラルド・リングのなかに住むのがハイカラだということを
身をもって提示しなければならない。思い立てばすぐに都市に行くこともできるようにす
る。都市にいつも行くことができ、エメラルド・リングのなかに住むことのメリットを身
をもって示すときである。
それはその模範を誰が示せるのか、という根本的な問いとかかわりがある。民間人一人
ひとりがやっても道は遠い。ところが、サービス部門、なかんずく公共サービスにかかわ
る部門は、移ったその日から仕事がある。通常、田舎に行っても仕事はない。しかし、府
の職員の公僕としての仕事は、その日から仕事がある。職員には何千人という家族がいる。
家族に必要な物を供給する企業も移りやすくなる。何よりも自然と調和した住まい方の見
本を示すことができる。職員は公共機関で働いているので、土地所有欲があってはならな
い。生活空間倍増を実践するために借家・借地住まいでよいだろう。その借家・借地の住
まい方がモデルになりうる。京都府庁の公僕のライフスタイルがモデルになって他地域に
広がっていく可能性もある。移転地域には生活関連産業が進出してくるであろう、さまざ
まなネットワーク作りがおこるであろう。
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京都府の職員が、京都市内の都市のど真ん中にいながら、過疎地や僻地について「ああ
しよう」「こうしよう」と言ったところで、実効性がともなわないのではないか。みずか
ら実行しなければ真の効果はないのではないか。まず、みずからのライフスタイルを見直
し、自ら問うべきだろう。京都府が、本気で、山間僻地の支援をしようと思うのなら、み
ずからそこに拠点を移すことが必要である。
日本全域にミニ東京がある。京都府庁がミニ東京(京都市)の中にあっては新しい流れ
をおこすことはできない。府庁を京阪奈地域に移せば近畿全体の中での中心的位置を確保
できる。近畿全体をにらんだ近畿 Emerald Ring 構想を打ち出し、多自然地域への居住の促
進を促し、森と水を上手にアピールして、中・長期的に、京都府をもって近畿の中心にな
るように乗り出す。それは「21 世紀の国土のグランドデザイン」の狙いである「地域分権」
と「美しい国土づくり」を京都府が、まず他地域に先駆けて、体現してみせるパイロット
ケースになりうる。
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