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プログラム
Concert in Melante vol.37
後久義昭 テノール
上薗
剛
ピアノ
ジョイント・リサイタル
~ シューベルト・歌曲とピアノ曲の夕べ ~
「冬の旅」 第 一部
「即興曲」 D935 より
2012 年 8 月 25 日(土)7:00pm
Salon de Takashi
後援:日本テレマン協会、アグリコラ・インスティテュート
ご挨拶
本日は連日の猛暑の中、上薗剛君とのジョイント・コンサートにご来場いただき本当
にありがとうございます。
13 歳で合唱を始め 57 年、学生生活、中高大のクラブ活動を経て、コードリベット・
コールで 26 年、テレマン協会で 27 年、また個人リサイタルも開催しながら、細々なが
らも長い間趣味として歌い続けてきましたが、来年は 70 歳、ソロ活動 10 周年、テレマ
ン協会 50 周年と、とても大きな節目を迎えます 。そこでこの記念すべき年にテレマン
協会での活動も含めいろいろな意味でひとつの区切りをつけたいと考えていますが、最
大のイベントとして、来年の 5 月に小生の音楽活動の集大成とすべく、おそらく生涯で
最後となる、シューベルトの「冬の旅」全曲リサイタルを、またまた延原武春氏の絶大
なバックアップのもとで開催することと致しました。
幸いなことに、日本テレマン協会という素晴らしい環境と、延原武春氏をはじめとす
る最高の指導者のもとで、現在、生涯で最も良いコンディションの中に身をおかせても
らっている気がいたします。また、ピアノ伴奏者も若手ながら類い稀なテクニックと感
性を兼ね備えた上薗剛君を迎えることが出来、大変幸運に思っています。彼は大阪音楽
大学卒業後渡独し、10 年間に渡って研鑽を積み、現在も継続して本場の多くの演奏家と
交わり、ピアノ独奏、リートの伴奏、オーケストラとの共演を数多く重ねています。彼
の質の高い経験と知見は、私の願いを遂行するに当たって得難い支えとなると確信して
います。
この、私にとっては途轍もない高みのコンサートに臨むにあたって、極めて重要なス
テップとして 2 回のプレ・リサイタルを開くこととし、現在私自身が果たしうる限りの
音楽を表現して、皆様方の厳しい批評をいただき、それを糧として更に研鑽を積み、満
を持してメイン・コンサートに臨みたいと考えています。
本日はその第一回目となります。伴奏者の上薗剛君の協力を得て良いプログラムが構
成できたと思っています。彼にはシューベルトの即興曲 D935 の一部を演奏してもらい
ます。ご期待ください。
ご来場いただいた皆様には、今日の私の演奏に対し忌憚のないご批評を賜り、この試
みを是非とも意義あるものにしていただきたいと願っています。
2012 年 8 月 25 日
1
後久 義昭
PROGRAM
Die Winterreise 冬の旅 第一部
作曲:F.シューベルト(1797~1828)
作詞:W.ミュラー(1794~1827)
第 1 曲:おやすみ
Gute Nacht
第 2 曲:風見の旗
Die Wetterfahne
第 3 曲:凍った涙
Gefrorne Tränen
第 4 曲:凍てつく野
Erstarrung
第 5 曲:菩提樹
Der Lindenbaum
Impromptus 即興曲 D935 より
2.変イ長調
アレグレット
3.変ロ長調
主題と変奏
作曲:F.シューベルト(1797~1828)
~ 休憩 ~
Die Winterreise 冬の旅 第一部
第 6 曲:あふれる涙
Wasserflut
第 7 曲:流れの上で
Auf dem Flusse
第 8 曲:回
顧
Rückblick
第 9 曲:鬼
火
Das Irrlicht
第 10 曲:休
息
Rast
第 11 曲:春の夢
Frühlingstraum
第 12 曲:孤
Einsamkeit
独
2
プロフィール
【後久義昭】 YOSHIAKI GOKYU
三重県伊勢市出身。神戸大学工学部卒業。
1986 年より日本テレマン協会会員、同室内合唱団所属、ヘンデル「メサイア」
、バッハ「ヨハネ
受難曲」などのソロを務める。2003 年よりテレマン協会代表延原武春氏の指導のもとソロ活動を
開始、2004 年、初の個人リサイタルを東梅田教会で開き、シューマン「詩人の恋」などを歌い好
評を博す。
2006 年、イシハラホールで二度目のリサイタルを開催、シューベルト「美しき水車小屋の娘」全
曲を歌い、
「音楽の友」で「クラシックに響くドイツ語を透明感の強い発声にのせる歌唱法、かつ
曲想の深淵をしっかり見据えた演奏」と高い評価を受けた。
2009 年、三重県伊勢市で“ふるさとリサイタル”を開催、テレマン協会の教会シリーズでドイツ語
によるメサイアのソロを好演。またベートーベン第九(平野混声定期公演客演)の独唱を熱演し
た。
最近では 2010 年に神戸メランテでベートーベン「遥かなる恋人に」を中心に“ドイツと日本の歌
曲の夕べ”を、また 2011 年には地元奈良市で“ならまちコンサート”を開催した。そのほか神戸の
土木文化財・湊川隧道内でのコンサートやジョイントコンサートなどに数多く出演、施設訪問に
よるボランティア・コンサートにも力を入れている。
延原武春、中村㔟津子、桜井吉明、笹田和子各氏に師事。
【上薗 剛】 GOU UEZONO
芦屋市出身。大阪音楽大学音楽学部ピアノ科を卒業。在学中よりコンチェルトコンサート、卒業
演奏会を始め多くの学内演奏会に出演。オペラハウス管弦楽団とプーランクのピアノ協奏曲で共
演。
2003 年、渡独。ディーナ・ヨッフェ氏に4年間師事した後、2008 年より、国立シュトゥットゥ
ガルト音楽と舞台芸術のための大学(Staatliche Hochschule für Musik und Darstellende Kunst
Stuttgart)大学院課程でピアノ科を修了し、現在は歌曲芸術クラスにおいて授業料免除の奨学金
を受け研鑽に励む。
日本ピアノ教育連盟によるオーディション、全日本ソリストコンテスト、大阪音楽大学同窓会「幸
楽会推薦演奏会」、神戸国際学生コンクール等に受賞歴がある。
大阪国際音楽コンクール、ショパン国際コンクール in Asia ファ
イナリスト。
2007 年よりほぼ毎年ソロ・リサイタルを開催。
ドイツでは、デュッセルドルフ市主催、「R.シューマン没後 250
年記念音楽祭」で演奏。また、Bechstein Kurtur Zentrum とケ
ルン音楽大学主催による、
「若い音楽家によるリサイタルシリー
ズ」等に出演。ソロ、リート、室内楽ピアニストとして演奏会
に出演。
これまでに、水谷万里、八田惇、池田洋子、神野明、延原武春、
ディーナ・ヨッフェ、アンジェイ・ラトゥシンスキー、アンリ・
バルダ、コーネリス・ヴィットホェフトの各氏に指導を受ける。
3
「即興曲」解説
シューベルトのピアノ曲の中で特に演奏される機会の多い即興曲 (D.899 と D.935)。数々の歌
曲やピアノ曲、室内楽の経験を経て、1827 年に作曲されました。1827 年はシューベルトの死の前
年で、彼の作曲技法の最円熟期を迎えて生み出されたこの曲集は全てフラットの調で書かれた 8 つ
の即興曲が、2 集に分けて出版されました。今日演奏される 2 曲が含まれる D.935 は死後 10 年経っ
た 1838 年に出版され、出版社の意向で当時のピアニスト、F.リストに献呈されました。
第 2 曲 変イ長調 3/4 Allegretto
シンプルな3部形式で書かれたこの変イ長調には、シューベルトが好んで用いたレントラー(今
日のチロル州、バイエルン州で古くから農民たちに踊られてきた民族舞踏)のリズムが一貫して使
われている。単純な形式と美しいメロディーを持つ小さな即興曲。
第 3 曲 変ロ長調 2/2 Andante
主題と 5 つの変奏からなるヴァリエーション。多くのピアノニストが学ぶこの即興曲には多種多
様なピアニズムとショパンに通じるロマン派のエレガンスが集約されている。
主題は彼自身のオペレッタ風音楽劇 <キプロスの女王、ロザムンデ>D.797 の前奏曲からとら
れた。
上薗 剛
「冬の旅」解説
「冬の旅」は音楽史の中でドイツ歌曲の最高峰であると誰もが認め、世界に広げてもなお歌曲の
頂点に位置すると評価され、多くの歌手によって演奏されて、世界中の多くの人々を魅了していま
す。それだけに過去においてこの歌曲集についての解釈本は他のどの曲よりも多く世の中に流布し
ています。しかし完全に明晰な解釈がなされた本は無いといってよく、いまなお多くの謎につつま
れた不思議な歌曲集であるといえます。
シューベルトの死の前年 1827 年にミュラーの詩に作曲されました。ミュラーの詩は「失恋した若
者が冬の夜に家出して雪と氷に閉ざされた山野をさまよい、ときどき過去の愛の思い出にふけるが、
孤独と絶望から脱することができず、最後は乞食同然の辻音楽師に寄り添う」といった、詩句の表
面上の意味をたどるかぎり、ごく単純で暗く退屈で展開に乏しい内容になっています。しかも月並
みな詩句には踏むべき韻をはずしたり、文法的にも不自然なところが少なくないといわれています。
しかしながら、シューベルトはミュラーの詩に出会うや、あたかもこのような曲集を作りたいと
いう構想をかねてから持っていて、これを待望していたかのように一気に書き上げ、自分自身最高
作品だと自負していたといわれています。また多くの演奏家や聴衆を魅了し続け、他に例をみない
多くの解釈がなされてきたのはなぜでしょうか?
梅津時彦氏は著書「冬の旅 24 の象徴の森へ」の中で、
「中に分け入ると全編が多義性に満ち、ひ
とつの曲が他の曲を註釈する輻輳した相互関係を持っていて、さまざまな聴き方読み方が可能にな
る」と述べています。また浅田秀子氏は「冬の旅-冥界のヘルメス」の中で、「表面上の単調で月並
みな物語の裏に、発音の類似した語句を掛け言葉のように使って、目も彩なギリシャ神話の世界を
同時進行的に展開させている」と述べています。具体的な詩句や詩の背景についても多くの学者や
演奏家が実に様々な解釈してとても興味深いです。
私にはなかなか理解しがたい領域ですが、
「冬の旅」に取り組んでただひとつ感じたことは、この
歌曲集が“孤独”と“絶望”を表現しようとしたものではなく、このような詩句を借りて、若者の揺れ動
4
く心情と自然の物音や様子を印象的に描写することで、人間の根源的なものを表わそうとしている
のではないかということです。歌詞のみを読んだ限りでは暗く陰鬱な世界に入り込んでしまいます
が、音楽として接すると、たちまちシューベルトの世界に引き込まれ、なんともいえない癒しや、
深いところから湧きあがってくる生命力のようなものを感じさせてくれます。
詩句の意味や詩の構成には当然深い理解を求めて行かなければならないと思いますが、単にそれ
だけに捉われず音楽の美しさとともに癒しと未来を感じてもらえるような演奏を目指したいと思っ
ています。
【第一部と第二部に分けられた経緯】
シューベルトは、健康状態がかなり悪くなっていた 1827 年の 2 月、雑誌「ウラニア」に掲載され
ていたミュラーによる全 12 篇の『さすらいのうた-冬の旅』を発見してすぐに作曲を開始し 4 月に
は『冬の旅』と題する歌曲集に書き上げ出版社に渡していました。シューベルト自身が「いままで
のどの歌よりも気に入っている」と言うほどの精魂込めた渾身の作品でした。ところがその秋、ミ
ュラーは 12 篇の『さすらいのうた』の詩の順序を並び替え、しかも新たに 12 篇を加えた全 24 篇か
らなる『旅する角笛吹きの遺稿詩集』として発表したのです。それを知ったときのシューベルトの
驚きと困惑は想像に難くありません。
シューベルトの取るべき道はただ二つ、最初に作った 12 篇の『冬の旅』を破棄して、あとから発
表された『旅する角笛吹きの遺稿詩集』の展開に合わせた 24 曲の歌曲集を新たに作曲し直すか、あ
るいは、最初の 12 篇からなる曲集をそのまま生かし、追加された 12 曲による物語を自ら構成し直
して『冬の旅』第二部として作曲することでした。シューベルトは「それまでのどの歌よりも気に
入っていた」自信作を破棄することなど出来るはずもなく、
『冬の旅』シリーズとして二つの曲集を
構成する後者の道を選んだのです。
従って第二部は、テキストこそミュラーの詩を用いているものの、配列も変えたシューベルト独
自の物語を展開する創作曲集となっています。かくて第二部の劈頭を飾るファンファーレのように
郵便ラッパの鳴り響く幕開けとなったのです。
結果的にかシューベルトが意識したかは別にして、第一部は比較的具体的事実性に基づいており、
現実からの出発を見てとることが出来るのに対して、第二部は第一部を註釈、補完する構造になっ
ており、また事実性が抽象化され深化されていると言われています。このような経緯から、
『冬の旅』
は第一部と第二部の間で休憩を取ったり、別々に演奏することは十分に意味のあることなのです。
1. Gute Nacht おやすみ(さようなら、もうおしまい)
この曲は表面上の物語としては全曲のプロローグとしての位置づけで、物語の背景や主人公が家
出して旅に出るに至った経緯がのべられる。まず主人公の若者は親方に弟子入りするために異邦か
らやってきた。職人としてマイスターになるためには旅に出て何年間か修行することが義務付けら
れている徒弟制度があり、主人公も他の多くの若者とともに旅に出た。「美しき水車小屋の娘」で
は粉ひき職人であったが、ここでは判然としないがワイン職人ではないかという説がある。
ときは花々が一斉に咲き出し、渡り鳥が訪れる、春の遅いドイツにおいて人々が待ち焦がれる 5
月。見目も良く仕事もできたと想像できる若者は、たちまち親方の一人娘と相思相愛の仲になり、
母親が結婚を口にするほど家族からも腕も人柄も見込まれた。異郷の若者にとっては願っても無い
「逆玉の輿」となるはずであったが、状況は一変する。娘の心変わりで金持ちの別の男と結婚する
らしいことが 2 曲目で分かるが、若者は「恋が移ろいやすいのは神がきめたことだから」と悟る。
若者はいたたまれずに雪の降り積もった深夜に家出する。道連れは月明かりで出来た自分の影。
犬の遠吠えが聞こえる。恋人の安らかな眠りと夢を妨げないよう、静かに扉を閉めそこにお休みと
書く。娘があとで若者の気持ちが分かるように。
5
この曲に Gute Nacht(おやすみ)という言葉が 4 度出てくる。文脈として「扉に“おやすみ”
と書く」とあるところは本来の「おやすみ」と理解できるが、シューベルトは詩句の順序を変えて
Gute Nacht を文脈からして理解しがたい位置に配置している。Gute Nacht には「すっかり駄目」
または「破滅的」などの別の意味があり、これらを意識していたものと思われる。
単調な伴奏は寂しい響きを持って、暗闇の遥かかなたから映像がクローズアップして現れてくる
イメージで淡々と歌われる。Gute Nacht は若者の複雑な心情が微妙に変化して表現される。
4 節からなる有節形式だが旋律は進むに従って次第に変化する。ニ短調から 4 節でニ長調に転ず
る。2/4 拍子。
2. Die Wetterfahne 風見の旗
若者が出て行こうとして家の屋根を見上げると、風が風見の旗をもてあそんでいて、ここを逃げ
出して行く哀れな自分を嘲笑しているような妄想にとらわれる。あの掲げられたしるしにもっと早
く気づいていれば、この家に誠実な女性など求めようとはしなかっただろうに。風は家の中でも音
をたてずに人の心を弄んでいる。私の苦しみなどここの家に人にはわからない。あの娘は裕福な花
嫁なのだ。
風見(風向計)を屋根に取り付けるような家は、裕福な人の石造りの相当大きな屋敷である。ふ
つうは金属製の風見鶏(Wetterhahn)が多いが、ミュラーがあえて旗(fahne)にしたのは、旗に
は「風のふかれるままになる⇒都合の良い方向になびく」という慣用句があり、「無節操な人間」
の比喩になるからだと思われる。
屈折の多い旋律で声の強弱の変化に富む。翻る旗にやや狂的な心の動揺が感じ取れる。
通作形式。イ短調。6/8 拍子。
3. Gefrorne Tränen 凍った涙
第 2 曲において、若者は立ち止まって風見の旗と風の戯れを眺めていたが、ここに至って歩き始
める。この曲の 2 拍子は第 1 曲の歩行のリズムを継承しているが、弱拍にアクセントが置かれ、リ
ズムが滑らかに流れないのは、おそらく若者はよろめきながら歩いていることを描写しているので
はないかと思われる。
凍った涙が頬を伝って落ちる。自分でも気づかぬうちに泣いていたのか。涙よ、冷たい朝露のよ
うに氷に変わってしまうとは、どうしてそんなに生ぬるいのか。熱く胸から湧きだしたときは冬の
すべての氷を溶かしてしまうほどだったのに。
簡素な伴奏が効果的で印象的な悲しい旋律に満ち溢れた歌。通作形式。ヘ短調。2/2 拍子。
4. Erstarrung 凍てつく野
かつて彼女が僕の腕にすがってさまよい歩いた緑の草原(畑)を、彼女の足跡の手掛かりを雪の
中にむなしく見つけようとしている。
僕は口づけと熱い涙で、大地が見えるようになるまで溶かしてしまいたい。
花も緑も雪の下に死に絶えた。僕の死んだも同然の心の中には彼女の姿が凍りついている。僕の
心が溶けだせば彼女の姿も流れ去ってしまうだろう。
ピアノ伴奏が大変美しく、3 連符が絶え間なく駆け抜け落ち着かない気分を漂わせる。これは畑
を吹き抜ける寒風を描写したものか、あるいは若者の心(妄想)が奔放に駆け巡る様子を描いたも
のと思われる。
6
歌の声部とピアノを対位法的に絡ませ、若者の心を激しい衝動として表現し、緊張感を高めてい
る。通作形式。ハ短調。4/4 拍子。
5. Der Lindenbaum 菩提樹
真夜中に若者は門辺の泉のほとりに立つ菩提樹のそばまで来て、楽しかった過去を思い出す。楽
しいにつけ苦しいにつけここへ来て、甘い夢を見たり、幹に愛の言葉を刻みこんだりした。
今夜もそのそばをさまよい目を閉じると、枝がざわめいて若者をそばで憩うように誘った。突如、
冷たい風が帽子とともに甘い思い出を吹き飛ばす。
若者は菩提樹の場所から遠くまで離れてきたが、いまなおあの枝たちの優しく誘うささやきが聞
こえてくる。
菩提樹の花言葉は「熱愛、夫婦愛、結婚」、若者はここに愛の言葉を彫りつければ願いが成就す
ると思ったのかもしれない。この菩提樹は樹勢が丸く、春、良い香りのする白い小花をたくさんつ
ける。また大木は枝が一杯に広がり大きな木陰を作る。
この泉は森の中に湧きでる泉ではなく人工的に作った水場である。城郭都市を形作る集落全体が
城壁で囲まれ数カ所に門があって、このそばに水場が町の住人や旅人、駅馬車の人馬の飲用にあて
られた。
ここでは樹の下で憩うことは死を意味している。つまり菩提樹は若者を死へ誘っている。
音楽的にも精神的にも「冬の旅」の中核を担う極めて高度で重要な曲。民謡的な調べとともに比
類のない美しさで、知らない人はいないほど世界的に有名な歌である。事実、フリードリッヒ・ジ
ルヒャーが 1 節の民謡風の旋律を一部書き換え、誰でも違和感なく歌える旋律にしたあげく、そこ
だけを切り取り、シューベルトの深遠な世界を切り捨ててしまった。
伴奏は木の葉のざわめきを感じさせて多分に描写的である。
調性や旋律が大きく変わる 4 節からなる有節形式。ホ長調。3/4 拍子。
6. Wasserflut あふれる涙
若者の目からとめどなく涙があふれでて雪の上に落ちる。その冷たい雪片がまるで渇っしたよう
に若者の熱い嘆きとともに吸い込んでしまう。
青草が芽吹いて温かい風が吹いたら、柔らかい雪も溶けて流れ、涙は雪とともに小川に流れ込み、
あの町へたどりつく。そこには僕の恋人の家がある。
菩提樹についで良く歌われるポピュラーな歌。ドイツ語の題名には「涙」の意はないが、「あふ
れる水流」、
「涙川」など他のどの訳もしっくりこないので最も一般的な「あふれる涙」とした。
「菩提樹」のやすらぎの余韻が消えて再び沈鬱なイメージを漂わせるが、旋律は極めて美しい。
押さえた感情、激しい感情の高ぶりが交錯する。
有節形式。ホ短調。4/4 拍子。
7. Auf dem Flusse 流れの上で
あれほど楽しげにざわめき、ときには明るく、ときには荒々しく流れていた川が、今は固く凍っ
た厚い皮で被われ、みじろぎもせずに静かに横たわっている。
僕は彼女の名前と思い出の日付を、先の尖った石で刻み込んだ。そして、それらの文字と数字の
まわりを途切れ途切れの輪で囲った。
僕の心よ,この小川の中に今自分の姿を認めているのか。そして心の想いもその被いのもとで,
激しく高まってくるのだろうか。
7
表題の Flusse は Bächlein(せせらぎ)、Bach(小川)より大きな川(河)である。
川の表面は凍っても下の流れまでは凍らない。若者は不安定な氷の上に立っている。いつかは水
の猛烈なたぎりが湧きあがるかもしれない。若者は自分の心の奥底を眺めている。
伴奏は不気味な葬送の歌のように始まり、表情の起伏が激しく変化に富んで劇的に転調する。
通作形式。ホ短調。2/4 拍子。
8. Auf dem Flusse 回 顧
氷と雪の上を逃げて来たのに、両足は燃えるように熱い。石につまづきながら走る若者に烏が玉
や雹を投げつけた。
若者はまた過去を思い出す。窓辺で歌を競っていた小夜啼鳥、花の咲いた菩提樹、明るく澄んだ
小川、そして、ああ、彼女の燃えるような瞳。
過ぎ去った過去を思い出すと、戻って帰って、彼女の家の前に静かに立ちたいと思う。
表面上の詩句からは、それまでの詩の言葉とは矛盾するような理解に苦しむ表現が出てくる。深
夜に家出して、かつて恋人と遊んだ野原を通り、菩提樹のそばを通り過ぎてきたときも、これほど
までに激しく追いつめられて駆けるような焦燥感は感じられなかった。また家出したのは真夜中だ
ったが、ここでの回想は昼のようでもある。
しかし、そんな整合性にとらわれるのは意味が無い。この曲集では、1~8 曲が過去を振り返り、
9 曲以降は時制が変わる。ここでは若者の過去がまとめられ、フラッシュバックの形で「こういう
こともあり得た」と始めとは違う情景を描いたのではないだろうか?
前奏は追い立てるような和音の連打の部分と、立ち止まって後ろを振り返ることを表すオクター
ブのトレモロ音形の部分とが交互に交錯する。3 部形式の始めと終わりはト短調で急き立てられる
ように激しく動き、中間ではト長調でやさしく幸せだった昔を偲んでいる。
終わりの部分を多少変化させた 3 節からなる有節形式。ト短調。3/4 拍子。
9. Das Irrlicht 鬼 火
僕は鬼火に深い岩の谷間に誘い込まれた。出口が分からなくて構わない。僕は迷うことには慣れ
ている。いずれの道も目的に通じているのだ。
人生の喜びも悲しみもすべて鬼火のすることだ。山間の干上がった川床を曲がりくねって降りる。
流れは皆海に注ぎ、悲しみは墓へと続く。
現実とかけ離れたまさに冥界をさまよう主人公を描いている。この詩にシューベルトは彼にとっ
て特別の意味を持つと思われるロ短調を充てた。「冬の旅」第一部最後の「孤独」もロ短調、第二
部最後の「辻音楽師」はシューベルトの自筆譜ではロ短調である。強い悲しみを表しているのは確
かだが、悲しみと対峙して、悲しみを超越して行こうとする深い人間の心の動きが込められている
ような気がする。
「冬の旅」の象徴のような曲。「Strom」は大河。
通作形式。ロ短調。3/8 拍子。
10. Rast 休 息
これまで歩き続けてきたが、休むために身を横たえたとき、自分が疲れていることに初めて気づ
いた。荒野を歩いているときは元気だった。強風が後押ししてくれた。
若者は炭焼き小屋を見つけ、仮の宿とする。手足の傷が燃えるように痛み休めない。戦いや嵐の
さ中には、あれほど奔放で、大胆だった心でも、静かになって初めて鋭い針のある毒虫が中でうご
めくのを感じている。
8
ドイツ語では「休み」は日本語のように単純ではない。Rast は身体的、Pause は精神的、Ruhe
は静かにするなどの意味合いがある。嵐の中では身体と精神がともに戦っていた。心身が微妙にず
れ、軋み始めている。心身は疲れ切っていて休みたいのに休めない。永遠にさまよい続けることを
運命づけられた「辻音楽師」の世界につながる「冬の旅」の本質が感じられる。
平坦な旋律に屈曲した旋律がつながる。
有節形式。ハ短調。2/4 拍子。
11. Frühlingstraum 春の夢
5 月に咲く色とりどりの花、
鳥の楽しくさえずる緑の野を夢見た。だが鶏の鳴き声に目覚めると、
そこは冷たく暗い現実の世界、屋根では烏が叫んでいた。誰が窓ガラスに木の葉を描いたのか。お
まえたちは冬に咲く花を夢みる男をあざ笑うのか。
恋と美しい娘、抱擁と口づけ、歓喜と悦楽を夢見た。だが鶏の鳴き声に心が覚めると、ひとりで
座って夢を追っていた。目を閉じると胸は温かく高鳴っている。いつ窓ガラスの木の葉が緑になる
のだろう、いつ腕に恋人を抱けるのだろう。
比類のない美しさで広がるピアノ伴奏の 4 小節に導かれて繊細で可憐、春の温かさや色とりどり
の花が民謡風の音の世界に広がっていく。若者が炭焼き小屋に宿って見た夢である。緑豊かな自然
の世界と、娘との愛の交歓を夢の中で思い出し、鶏の鳴き声で一気に厳しい冬の現実の世界に呼び
戻されてしまう。そして将来決して実現すること無いことを想像してしまう。
有節形式。イ長調。6/8 拍子。
12. Einsamkeit 孤 独
樅の梢にそよ風が吹き、どんよりした雲が晴れ渡った空を行くように、僕は街道を通り、明るく
楽しい生活の中を通り過ぎて行く。重い足取りで、一人寂しく、誰とも挨拶さえ交わさずに。
ああ,大気がこんなに穏やかで、世の中がこんなに明るいとは。まだ嵐が哮り狂っていた頃は、
こんなに惨めではなかったのに。
この街はどこであろうか?「meine Straße」は「自分の故郷の街の道路」とも読めるし、わざ
わざ「挨拶もせず」と言っているからには顔見知りが居るとも受け取れる。といって家出をしてき
た街に戻ったとは到底考えられない。若者は故郷に戻ってきたのではないだろうか?
シューベルトは当初この 12 篇で意味を持った統一した歌曲集として構想し、12 篇の終わりに
「Fine おわり」を書き入れた。この時点で第一曲「おやすみ」と同じニ短調であったが、第二部
を作曲する時点でロ短調に書き換えた。一応は完結するものの、次への連結を強く意識したためと
考えられている。
シューベルトにとってロ短調は特別な意味を持ち、死を憧れる生のように、相反するものの中で
超越しようとして、いつまでも解決できないままにいる調を表す。「安らかな大気」のなか「光に
満ちた世界」を「楽しく明るく生きている」他者に出会うことで主人公の孤独性が極まる。そして
何一つ解決せずまた果てしのない旅に出るのである。
前半は沈んだ調子で淡々と歌われ、後半に劇的な表情を見せる。伴奏も後半は異常な緊迫感を漂
わせている。殆ど救いのない狂的な暗さを持っているが、最後の高音で一縷の光を感じるのは何故
だろう。
通作形式。ロ短調。2/4 拍子。
後久義昭
9
「冬の旅」第一部
1.
対訳
Gute Nacht
1.おやすみ(さようなら)
Fremd bin ich eingezögen,
Fremd zieh ich wieder aus,
Der Mai war mir gewogen
Mit manchem Blumenstrauß.
Das Mädchen sprach von Liebe,
Die Mutter gar von Eh'.
Nun ist die Welt so trübe,
Der Weg gehüllt in Schnee.
よそ者としてやって来たわたしは
再びよそ者として旅に出る。
あの時五月は沢山の花束で
わたしをもてなしてくれた。
娘はわたしを愛しているといい,
その母は結婚を許すとさえいった。
今あたりはこんなにうらがなしく,
道は雪ですっかり覆われている。
Ich kann zu meiner Reisen
Nicht wählen mit der Zeit,
Muβ selbst den Weg mir weisen
In dieser Dunkelheit.
Es zieht ein Mondenschatten
Als mein Gefährte mit,
Und auf den weiβen Matten
Such ich des Wildes Tritt.
わたしは旅立つために
時を選ぶことはできない。
こんなに暗い中で道さえ
自分で決めなければならない。
月の光による自分の影は
道づれとして一緒に旅をする。
そして雪で真白な山の牧場で
わたしはけもの道を探すのだ。
Was
so11 ich länger weilen,
・
Daß man mich trieb’hinaus,
Laβ irre Hunde heulen
Vor ihres Herrn Haus.
Die Liebe liebt das
・ Wandern,
Gott hat sie so gemacht.
Von Einem zu dem Andern,
Fein Liebchen,gute Nacht.
わたしは追いだされそうになるまで,
これ以上ここに留まることがあろうか。
狂った犬がその飼主の家の前で
吠えるにまかせておこう
愛は移ってゆきたがる,
ある人から他の人へと,
神さまがそうされたから,
いとしい人よ,さようなら。
Will dich im Traum nicht stören,
Wär schad um deine Ruh,
Sollst meinen Tritt nicht hören;,
Sacht,Sacht die Türe zu.
Schreib im Vorübergehen
Ans Tor dir: gute Nacht,
Damit du mögest sehen,
An dich hab ich gedacht.
安らかな眠りの妨げになろうから,
あなたの夢を破りたくはない。
わたしの足音を聞かせないように,
そっと,そっと扉を閉めよう。
通りすがりにあなたの戸口に
『さようなら』という文字を書こう。
あなたを想っていたことを
わかってもらえるように。
2.Die Wetterfahne
2.
Der Wind spielt mit der Wetterfahne
Auf meines schönen Liebchens Haus:
Da dacht’ ich schon in meinem Wahne,
Sie pfiff' den armen Flüchtling aus.
わたしの美しい恋人の家の屋根では
風が風見の旗とたわむれている。
するともうわたしは乱れた心の中で考えた、
旗は哀れな逃亡者を追いだそうとしていると。
Er hätt es eher bemerken sollen
Des Hauses aufgestecktes Schild,
So hätt er nimmer suchen wollen
Im Haus ein treues Frauenbild.
この男はその家に掲げられた標に
もっと早く気付かねばならなかったのだ、
そうすれば家の中に操を守る女の姿なぞ
決して求めようとはしなかっただろうに。
10
風見の旗
Der Wind spielt drinnen mit den Herzen,
Wie auf dem Dach, nur nicht so laut.
Was fragen sie nach meinen Schmerzen?
Ihr Kind ist eine reiche Braut.
屋根の上の風見の旗のように,風は家の中でも
人の心を弄ぶ,音はそんなに立てないけれど。
家の人たちはわたしの悩みなんか気にするだろうか、
この家の娘は富める花嫁なのだから。
3.Gefrorne Tränen
3. 凍った涙
Gefrorne Tropfen fallen
Von meinen Wangen ab:
Ob es mir denn entgangen,
Dass ich geweinet hab?
凍った涙の滴が
わたしの頬から落ちる:
わたしは自分が泣いたことに
いったい気付かなかったのか?
Ei Tränen,meine Tränen,
Und seid ihr gar so lau,
Dass ihr erstarrt zu Eise,
Wie kühler Morgentau?
おお涙よ、わたしの涙よ、
おまえたちはそんなに冷やかで、
ひえきった朝露のように
氷となって固まるのだろうか?
Und dringd doch aus der Quelle
Der Brust so glühend heiss,
Als wolltet ihr zerschmelzen
Des ganzen Winters Eis.
しかもおまえたちは胸の泉から
燃えるように熱く迂りでている、
ちょうど熱い涙で冬じゅうの氷を
溶かしてしまおうとするように。
4. Erstarrung
4.
Ich such im Schnee vergebens
Nach ihrer Tritte Spur,
Wo sie an meinem Arme
Durchstrich die grüne Flur.
わたしは雪の中でむなしく
娘の歩いた跡を求めている、
娘がわたしの腕にすがって
緑の野をそぞろ歩いた所で。
Ich will den Boden küssen,
Durchdringen Eis und Schnee
Mit meinen heißen Tränen,
Bis ich die Erde seh.
わたしは地面に口づけをし、
氷や雪を貫き通してしまいたい
わたしの熱い涙をそそいで、
土が見えるようになるまで。
Wo find ich eine Blüte,
Wo find ich grünes Gras?
Die Blumen sind erstorben
Der Rasen sieht so blaß.
どこに咲いた花が見つかるだろうか、
どこで緑の草が見つかるだろうか?
花々は枯れはててしまい
芝生もあんなに色あせて見える。
Soll denn kein Angedenken
Ich nehmen mit von hier?
Wenn meine Schmerzen schweigen,
Wer sagt mir dann von ihr?
いったい,わたしはここを去るとき
なんの想い出も懐いてはならないのか
わたしの苦痛がそれを語らないとしたら、
だれが娘のことをわたしに告げようか?
Mein Herz ist wie erstorben,
Kalt starrt ihr Bild darin:
Schmilzt je das Herz mir wieder,
Fließt auch ihr Bild dahin.
息絶えたようになっているわたしの心の中に
娘の姿は冷たく凍りついている:
いつかわたしの心がまた溶けるとすれば、
娘の姿も共に流れ去ってしまうだろう。
5. Der Lindenbaum
5. 菩提樹
Am Brunnen vor dem Tore,
Da steht ein Lindenbaum,
城郭の門外にある泉のほとりに、
菩提樹がひともと茂っている
11
凍てつく野
Ich träumt’ in seinem Schatten
So manchen süßen Traum.
その木陰でわたしはあのように
数々のこころよい夢をみた。
Ich schnitt in seine Rinde
So manches liebe Wort;
Es zog in Freud und Leide
Zu ihm mich immer fort.
その樹の肌にわたしはあのように
種々のなつかしい言葉を彫りつけた。
わたしは喜びにつけ、悲しみにつけ
いつもその樹の方へひかれていった。
Ich mußt' auch heute wandern
Vorbei in tiefer Nacht,
Da hab ich noch im Dunkeln
Die Augen zugemacht.
今日も夜更けに樹のそばを通って
旅に出なければならなかった。
そのとき暗がりの中なのに
わたしは眼をつむってしまった。
Und seine Zweige rauschten,
Als riefen sie mir zu:
Komm her zu mir,Geselle,
Hier findst du deine Ruh.
するとその樹がわたしに向って
こう呼びかけるようにざわめいた:
「ぼくのところへ来たまえ,友よ
ここならきみは安らぎをうるのだ」と。
Die kalten Winde bliesen
Mir grad ins Angesicht;
Der Hut flog mir vom Kopfe,
Ich wendete mich nicht.
冷たい風がわたしの顔に
まともに吹きつけてきて
帽子は頭から飛び去ったが
わたしは振り向きもしなかった。
Nun bin ich manche Stunde
Entfernt von jenem Ort,
Und immer hör' ich's rauschen:
Du fändest Ruhe dort!
さて,わたしは何時間もの道のりを
あの場所から遠ざかってきたが、
今なお樹の枝がこう囁くのが聞える:
「あそこなら安らぎがえられように」と。
6. Wasserflut
6. あふれる涙
Manche Trän' aus meinen Augen
Ist gefallen in den Schnee;
Seine kalten Flocken saugen
Durstig ein das heiße Weh!
わたしの眼から涙がとめどなく
雪のなかへふり落ちたが;
冷やかな雪片が渇したように
熱い悲しみの涙を吸いこむ。
Wenn die Gräser sprossen wollen,
Weht daher ein lauer Wind,
Und das Eis zerspringt in Schollen,
Und der weiche Schnee zerrinnt.
草が萌え出ようとするとき、
温かいそよ風が吹いてくる、
すると氷は塊となって砕け
柔かい雪は解け去ってゆく。
Schnee,du weißt von meinem Sehnen:
Sag,wohin doch geht dein Lauf?
Folge nach nur meinen Tränen,
Nimmt dich bald das Bächlein auf.
雪よ,わたしの想いを知っていよう:
おまえはどこへ流れてゆくのかね?
さぁ,わたしの涙のあとを追うがいい、
やがて小川がおまえを迎えてくれる。
Muntre Straßen ein und aus-
Fühlst du meine Tränen glühen,
Da ist meiner Liebsten Haus.
Wirst mit ihm die Stadt durchziehen,
賑わう街々に入ったり出たりして
小川と共に町を通ってゆくだろうが
わたしの涙が燃えたつのを感じたら、
そこにわたしの恋人の家があるのだ。
12
7.
Auf dem Flusse
7.流れの上で
Der du so lustig rauschtest,
Du heller,wilder Fluß,
Wie still bist du geworden,
Gibst keinen Scheidegruß!
澄みきった,奔放な流れよ,
あんなに楽しげにざわめいていたのに,
今はなんと静かになってしまったことか,
別れの挨拶さえ送ろうとしないとは。
Mit harter,starrer Rinde
Hast du dich überdeckt,
Liegst kalt und unbeweglich
Im Sande ausgestreckt.
おまえは堅く凍えた氷の皮で
すっかり被われてしまって,
冷たく,身動きもせず,砂の中に
ながながと身を横たえている。
In deine Decke grab ich
Mit einem spitzen Stein
Den Namen meiner Liebsten
Und Stund und Tag hinein:
おまえの氷の皮にわたしは
先のとがった石を用いて,
わたしの恋人の名前と
日付と時刻を彫りこんだ。
Den Tag des ersten Grußes,
Den Tag,an dem ich ging;
Um Nam und Zahlen windet
Sich ein zerbrochner Ring.
初めて挨拶を交したあの日と,
わたしが立ち去ったあの日を。
なお名前と数字の周りは
とぎれた輪で囲まれている。
Mein Herz,in diesem Bache
Erkennst du nun dein Bild?
Ob's unter seiner Rinde
Wohl auch so reißend schwillt?
わが心よ,この小川の中に
今自分の姿を認めているのか。
わが心の想いもその被いのもとで,
激しく高まってくるのだろうか。
8. Rückblick
8.
Es brennt mir unter beiden Sohlen,
Tret ich auch schon auf Eis und Schnee,
Ich möcht' nicht wieder Atem holen,
Bis ich nicht mehr die Türme seh,
わたしは雪や氷の上を歩いているのに、
両方の足の裏が燃えるように熱い。
塔がもはや見えなくなるまで、
わたしは再び息をつこうとは思わない。
Hab mich an jedem Stein gestoßen,
So eilt' ich zu der Stadt hinaus,
Die Krähen warfen Bäll und Schloßen
Auf meinen Hut von jedem Haus.
わたしはどの石ころにもつまづいて、
あわてふためいて町を立去ったが、
烏どもはどの家からも帽子めがけて
雪の球や霰のつぶてを投げつけた。
Wie anders hast du mich empfangen,
du Stadt der Unbeständigkeit,
An deinen blanken Fenstern sangen
Die Lerch und Nachtigall im Streit.
移り気な町よ、おまえはわたしを
何と違った様子で迎えたことか。
おまえの町の家々の輝く窓辺では
雲雀や小夜鳥が競って歌っていた。
Die runden Lindenbäume blühten,
Die klaren Rinnen rauschten hell,
Und, ach, zwei Mädchenaugen glühten,
Da war's gescheh'n um dich,Gesell.
こんもりと茂った菩提樹には花が咲き、
澄んだ小川は明るいせせらぎの音をたて、
そして,ああ,娘の双の瞳は燃えていた。
それで心を奪われてしまったね、きみは。
Kömmt mir der Tag in die Gedanken,
Möcht' ich noch einmal rückwärts sehn,
Möcht' ich zurücke wieder wanken,
Vor ihrem Hause stille steh'n.
あの日のことがわたしの心に浮んでくると、
わたしはもう一度回顧してみたくなるのだ。
わたしはまたふらふらと帰っていって、
娘の家の前でじっと立っていたくなるのだが。
13
回
顧
9. Das Irrlicht
9.
In die tiefsten Felsengründe
Lockte mich ein Irrlicht hin:
Wie ich einen Ausgang finde?
Liegt nicht schwer mir in dem Sinn.
岩壁の底知れぬほど深い谷底へと
鬼火がひとつわたしを誘っていったが:
どうしたら出口が見つかるだろうか。
それを考えるのは難しいことではない。
Bin gewohnt das irre Gehen,
's führt ja jeder Weg zum Ziel:
Unsre Freuden,unsre Leiden,
Alles eines Irrlichts Spiel.
わたしは迷い歩くことには慣れていたし、
どの道でも目的地に導くではないか。
我々の喜びにせよ、悲しみにせよ、
すべては鬼火のたわむれなのだ。
Durch des Bergstroms trockne Rinnen
Wind ich ruhig mich hinab-
Jeder Strom wird's Meer gewinnen,
Jedes Leiden auch sein Grab.
水の涸れた沢の窪みを通って
わたしはうねりながら悠々とくだる-
どの流れも海には注ぐだろうし、
どんな悩みにもそれを葬る墓はあるのだ。
10. Rast
10. 休
Nun merk ich erst,wie müd ich bin,
Da ich zur Ruh mich lege;
Das Wandern hielt mich munter hin
Auf unwirtbarem Wege.
休もうとして身を横たえる今になって、
初めて自分がどんなに疲れているかが判る;
漂泊の旅のあいだ、人跡稀な道でも
わたしは元気を失わないできた。
Die Füße frugen nicht nach Rast,
Es war zu kalt zum Stehen,
Der Rücken fühlte keine Last,
Der Sturm half fort mich wehen.
足は休息を求めようとはしなかった、
立ちどまるにはあまりにも寒いから。
背は荷の重さを感じなかったし、
嵐はわたしが旅を続ける助けとなった。
In eines Köhlers engem Haus
Hab Obdach ich gefunden;
Doch meine Glieder ruhn nicht aus:
So brennen ihre Wunden.
わたしは炭焼きの狭い小屋に
仮寝の宿を見つけたが、
わたしの手足は休まりそうにもない、
それほど手足の傷はひりひり痛む。
Auch du,mein Herz,in Kampf und Sturm
So wild und so verwegen,
Fühlst in der Still erst deinen Wurm
Mit heißem Stich sich regen.
わたしの心よ,戦いや嵐のさ中には
あれほど奔放で、大胆だったおまえでも、
静かになって初めて鋭い針のある毒虫が
心の中でうごめくのを感じているのだ。
11. Frühlingstraum
11.
Ich träumte von bunten Blumen,
So wie sie wohl blühen im Mai,
Ich träumte von grünen Wiesen,
Von lustigem Vogelgeschrei.
わたしは五月に咲いているような、
色とりどりの花々の夢をみ、
またわたしは緑したたる草原や
楽しげに小鳥の囀る夢をみていた。
Und als die Hähne krähten,
Da ward mein Auge wach,
Da war es kalt und finster,
Es schrien die Raben vom Dach.
すると雄鶏がときをつくって、
わたしは目を覚ました。
その時あたりは寒くて暗く、
烏が屋根で啼いていた。
14
鬼
火
息
春の夢
Doch an den Fensterscheiben,
Wer malte die Blätter da?
Ihr lacht wohl über den Träumer,
Der Blumen im Winter sah?
だがあそこの窓ガラスに
だれが木の葉を画いたのか?
おまえたちは冬に花の夢をみる者を
きっと笑っているのだろう。
Ich träumte von Lieb um Liebe,
Von einer schönen Maid,
Von Herzen und von Küssen,
Von Wonne und Seligkeit.
わたしは数々の愛の夢をみ、
美しい娘の姿を夢み、
抱擁と口づけの夢をみ、
歓喜と悦楽の夢をみていた。
Und als die Hähne kräten,
Da ward mein Herze wach,
Nun sitz ich hier alleine
Und denke dem Traume nach.
すると雄鶏がときをつくって、
わたしの心は目覚めた。
今わたしはここに独りいて、
夢の跡をたどっている。
Die Augen schließ ich wieder,
Noch schlägt das Herz so warm.
Wann grünt ihr Blätter am Fenster?
Wann halt ich mein Liebchen im Arm?
わたしがまた眼を閉じると、
胸はまだ熱くときめいている。
窓の木の葉はいつ緑に芽吹くのか?
わたしはいつ娘を抱擁できようか?
12. Einsamkeit
12.
Wie eine trübe Wolke
Durch heit're Lüfte geht,
Wenn in der Tanne Wipfel
Ein mattes Lüftchen weht:
うす暗い雲がひとひら
明るい空を漂ってゆくように、
樅の木の梢を掠めて
弱いそよ風が吹く時、
So zieh ich meine Straße
Dahin mit trägem Fuß,
Durch helles, frohes Leben,
Einsam und ohne Gruß.
わたしは重い足どりで、
自分の道を進んでゆく、
明るい楽しげな生活の中を、
孤独で、挨拶も交さずに。
Ach, daß die Luft so ruhig!
Ach, daß die Welt so licht!
Als noch die Stürme tobten,
War ich so elend nicht.
ああ,大気がこんなに穏やかで、
世の中がこんなに明るいとは。
まだ嵐が哮り狂っていた頃は、
こんなに惨めではなかったのに。
15
孤
独
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