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温室効果ガス2020年25%削減目標の経済影響評価について

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温室効果ガス2020年25%削減目標の経済影響評価について
(財)電力中央研究所社会経済研究所ディスカッションペーパー(SERC Discussion Paper):
SERC11032
温室効果ガス2020年25%削減目標の経済影響評価について
-中長期ロードマップ小委「中間整理」の論点の解明と今後の検討にむけて野中讓*・朝野賢司**
* 電源開発(株)審議役(地球環境に関する事項担当)
**(財) 電力中央研究所 社会経済研究所
要約:
中長期ロードマップ小委「中間整理」の推計は、対策の技術的ポテンシャルを最大限に
見込めば、2020年に25%の排出削減を達成できる可能性を示唆したが、東日本大震災によ
る原子力発電の減少によって、25%削減を国内対策で達成することは不可能になった。
そもそも、対策を推進する政策の合理性や実効性を考慮すれば、効率的に導入可能な対
策量は技術的ポテンシャルを大きく下回る。特に、削減費用が非常に大きな対策(太陽光
発電等)の普及支援を、温室効果ガス排出削減の観点から正当化することはできない。
国内対策は、削減費用が炭素価格以下のものだけ実行し、不足分については海外クレジ
ットを利用するのが効率的である。経済モデルによる評価も、海外クレジットの利用に制
限を設けるべきでないことを示唆している。
25%削減目標を達成しても、マクロ経済にプラスの影響があるとした小沢試案のモデル
分析は、「外生」の技術変化シナリオに問題があって、有意な示唆を得られない。経済モ
デルによる分析は、削減目標が大きいほどマイナスの経済影響が大きいことを示唆してい
る。
科学的・経済的合理性と衡平の原則に基づく、中期目標の再検討、日本が単独で実行可
能な暫定目標の設定、および長期目標の再検討が必要である。
免責事項
本ディスカッションペーパー中,意見にかかる部分は筆者のものであり,
(財)電力中央研究所又はその他機関の見解を示すものではない。
Disclaimer
The views expressed in this paper are solely those of the author(s), and do not necessarily
reflect the views of CRIEPI or other organizations.
**[e-mail: [email protected]]
■この論文は、http://criepi.denken.or.jp/jp/serc/discussion/index.html
からダウンロードできます。
Copyright 2011 CRIEPI. All rights reserved.
目次
緒言 --------------------------------------------------------------------------------------- 2
1.
中期目標検討の経緯 ------------------------------------------------------------ 2
2.
2020年目標の実現可能性 ------------------------------------------------------ 5
3.
4.
2.1.
対策技術の積み上げと施策---------------------------------------------------------- 5
2.2.
施策の合理性と実効性に関する考察 --------------------------------------------- 8
2020年の対策導入費用 ------------------------------------------------------- 11
3.1.
対策導入費用とエネルギー削減便益 -------------------------------------------- 12
3.2.
追加投資の効率性に関する考察--------------------------------------------------- 13
経済影響分析 ------------------------------------------------------------------- 15
4.1.
「中間整理」で取り上げられた経済モデル ----------------------------------- 15
4.2.
「伴モデル」 --------------------------------------------------------------------------- 17
4.3.
「伴モデル」に関する考察--------------------------------------------------------- 18
4.3.1. Recursive Dynamic 型 vs. Forward Looking 型 ------------------------- 19
4.3.2. なりゆき vs. 技術促進 ------------------------------------------------------- 19
4.3.3. 比較ケースの設定 -------------------------------------------------------------- 24
5.
6.
4.4.
「中間整理」の記述に関する考察------------------------------------------------ 25
4.5.
RM(2011)の「まとめ」について ----------------------------------------------- 28
国際的観点からの検討 ------------------------------------------------------- 28
5.1.
国外での排出削減等 ------------------------------------------------------------------ 28
5.2.
国際衡平性 ------------------------------------------------------------------------------ 30
削減目標の再検討に向けて ------------------------------------------------- 31
6.1.
中期目標の再検討 --------------------------------------------------------------------- 31
6.2.
日本単独の暫定目標の設定--------------------------------------------------------- 32
6.3.
長期目標の再検討 --------------------------------------------------------------------- 33
結言 ------------------------------------------------------------------------------------- 33
文献 ------------------------------------------------------------------------------------- 34
-1-
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緒言
日本は、2009年12月のコペンハーゲン合意に基づき、鳩山総理(当時)の国連演説
(2009年9月)以来繰り返し表明してきた温室効果ガスの排出削減目標に関する立場を、改
めて以下のように通報した。
「2020年の排出削減量:25%削減、ただし、すべての主要国による公平かつ実行性のあ
る国際枠組みの構築及び意欲的な目標の合意を前提とする(基準年1990)」
この目標は、他の先進国による目標とともに、2010年12月の気候変動枠組条約 第16回締
約国会議(COP16)決議(カンクン合意)によって留意され、条約の正式文書として認識
されている。
しかし、25%削減目標については、東日本大震災によるエネルギー基本計画の見直しで、
原子力発電の比率を大幅に低下させざるを得ないことから、達成が不可能であるとして見
直しを求める声が大きい。それでなくとも、民主党政権が掲げる25%削減目標については、
合理的な根拠に乏しいとして多くの批判にさらされてきた。
本ペーパは、民主党政権による25%削減目標達成のためのロードマップに関する最新の
スタディ:中長期ロードマップ小委員会1「中間整理」(中環審, 2010)を基に、25%削減
目標の経済影響評価に関する論点を明らかにするとともに、合理的な検討の方向性を示し、
目標の再検討に係る議論に資することを目的とする。
1. 中期目標検討の経緯
民主党政権は温室効果ガス排出削減の中期目標として、2020年までに1990年比で25%削
減することを掲げている。しかし、政権交代直後に自民党政権から引き継いだタスクフォ
ース2の「中間取りまとめ」は2009年12月、25%削減目標を達成するためには経済成長率の
低下が見込まれることを閣僚委員会に報告した(TF、2009)。これを受けて、小沢環境大
臣(当時)は翌2010年3月、環境省検討会3の分析を根拠として「地球温暖化対策に係る中
1
環境大臣の諮問機関である中央環境審議会 地球環境部会に設置
2
地球温暖化問題に関する閣僚委員会 副大臣級検討チーム タスクフォース
3
地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ検討会
-2-
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長期ロードマップの提案(以下『小沢試案』)」(小沢、2010)を公表し、25%目標を達
成しても「低炭素投資がイノベーションを生み出す」から、「マクロ経済にプラスの効果
がある」として、タスクフォースの評価と相反する評価を示したのであった。そして、今
度はタスクフォースに参加したメンバーの有志が、小沢試案が根拠とする分析について厳
しい批判を公表したのである(TF 有志、2010)。
その後、小沢試案は新成長戦略(2010年6月閣議決定)に反映された。また、中央環境審
議会 地球環境部会に中長期ロードマップ小委員会(以下「ロードマップ小委」)が設置さ
れ、小沢試案を精査・拡充する検討が行われた。ロードマップ小委は2010年12月、温室効
果ガス排出量を2050年までに80%削減、2020年までに1990年比で25%削減する「中長期の
排出削減目標を実現するための対策・施策の具体的な姿(中長期ロードマップ)」(以下
「中間整理」)をまとめ地球環境部会に報告した(中環審, 2010)。
ロードマップ小委の西岡修三委員長は、環境省主催のフォーラム(2011年2月~3月に全
国7ヶ所で開催)において「中間整理」を紹介し、表1に引用した「まとめ」を提示してい
る(RM(2011)):
表1 RM
(2011)の「まとめ」
-3-
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RM(2011)の「まとめ」にある2020年25%削減目標に関する記述は、赤字で強調された
部分を中心に、受け手に強いメッセージを伝えるものである。しかし、この「まとめ」が
根拠とする分析も、タスクフォースの有志が批判した、小沢試案の根拠となった分析を踏
襲するものであるため、妥当性についての検証が必要である。
また「中間整理」そのものを見ると、本体が約400頁(本文は60頁強)、排出量の試算・
経済影響分析・WG の中間とりまとめなどの主要参考資料が1500頁にも達しようかという
膨大な報告書であり、諮問に対して当時の英知を集めて中間整理を行ったものであること
がわかる。本文の記述も前提条件・留意点および課題の併記を基本としており、RM
(2011)のように明確なメッセージを強調するものではない。RM(2011)でも、留意点
や課題に言及されていないわけではないが、明確なメッセージをことさらに強調する表現
のしかたは問題である。「中間整理」の本文に目を通す者はまれであると考えられ、多く
の国民が接するのは RM(2011)の「まとめ」にあるような強いメッセージであるとすれば、
問題は深刻である。
一方、京都議定書の約束期間(2008年~2012年)が切れる2013年以降については、カン
クン合意で留意された通報に示した25%削減の前提(すべての主要国による公平かつ実効
性のある国際枠組みの構築及び意欲的な目標の合意)が満たされる見通しは全くたってお
らず、日本は国際的な義務を持たない。また、民主党政権による25%排出削減目標は、東
日本大震災によるエネルギー基本計画の見直し議論の中で、厳しい批判にさらされている。
このような状況の中で、中央環境審議会 地球環境部会は7月11日、ロードマップ小委を
改組し、「2013年以降の対策・施策に関する検討小委員会」(以下「2013年以降小委」)
を置くことを決定し、西岡委員長の続投も決まった。2013年以降小委はロードマップ小委
の「中間整理」を踏まえ、どのようにして2013年以降の対策と施策を総合的・計画的に推
進するかについて審議することとされているが、RM(2011)の「まとめ」にみられるよう
な強いメッセージが、充分な検証を経ないままに前提となって、合理性を欠く対策・施策
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が立案されてゆくことが危惧される。
そこで本ペーパは、RM(2011)の「まとめ」に沿って、経済学の常識的な考え方に照
らしながら妥当性を検証しつつ、今後の合理的な検討の方向性について考察してゆく。
2. 2020 年目標の実現可能性
RM(2011)では、表1に引用した「まとめ」の中で、2020年25%削減目標の実現可能性
について、つぎのように記されている:
○ 既存・見込まれる対策技術の積み上げにより削減目標達成は可能
しかし、「中間整理」を読むと、25%削減目標を国内対策だけで達成することは簡単で
ないことがわかる。
2.1. 対策技術の積み上げと施策
「中間整理」は、2020年の国内の温室効果ガス排出量を1990年比で15%、20%、25%削減
4
するための「対策の導入量(イメージ)」をとりまとめている。しかし、これだけでは対
策ごとの削減量がわからない。そこで「中間整理」の「参考資料15」を見ると、削減率を
15%および25%とする二つのケースについて、対策ごとの削減量を削減費用の低いものか
ら順に並べた、いわゆる限界削減費用カーブが掲載されているので、図1に削減率25%のケ
ースのカーブを引用する。削減率25%のケースは「導入ポテンシャルまで最大限の普及を
想定6したもの」と説明されている。
4
15%、20%の場合は25%との差分について国外での排出削減のカウント(海外クレジット)を想定
5
エネルギー需給・温室効果ガス排出量および削減費用に関する国立環境研究所 AIM プロジェクトチーム資料
6
「中間整理」本文には「(導入見込量とは)我が国が物理的に導入しうる数量の限度内であり、普及状況や導入の困
難性も考慮しながら、潜在的に導入が可能であると判断された量を意味する。一般的に、2020年国内削減25%ケース
において推計される個々の対策の導入量は、この範囲内で最大限の導入を見込んだ数値を設定し、国内削減20%、
15%ケースでは、施策の強度として25%ケースと比較すればより強度の小さい施策が実施されることを前提に、導入
の対象、対策の導入速度等を踏まえ、より小さい導入量を採用している。」とある。
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Copyright 2011 CRIEPI. All rights reserved.
図1 削減費用と削減量との関係
-
2020年△25%の場合
出典:中間整理 / 参考資料1
削減率15%のカーブは引用しないが、「より確実性が高い部分での普及を想定」したも
のであるとされている。削減対策および対策による削減費用にはほとんど変りがなく、対
策の導入可能量が変わっているのみのようである。つまり、削減率25%のカーブを左に圧
縮したような形状をしている。理論的には限界削減費用のカーブは一本であり、削減目標
の厳しさに応じて限界削減費用が異なるとするのが普通だが、この二つの限界削減費用カ
ーブは削減対策量の不確実性に対応させているもののようである。
ここで、このような限界削減費用カーブの想定には、2つの問題があることを指摘してお
きたい。
①
削減率 25%のカーブの削減量が不確実で、現実には 15%の削減率しか達成できない場
合も想定されるというのなら、RM(2011)の「まとめ」にある「削減目標達成は可
能」との記述は誤りであることになる。
②
RM(2011)にあるように削減率 25%のケースも達成可能であるのなら、限界削減費
用のカーブは削減率 25%の 1 本だけでよいことになり、これを用いれば「中間整理」
の国内 15%削減の対策費用、そして同じ理由で 20%削減の対策費用は過大に積算され
ていることになる。
図1にもどると、削減費用がマイナスの対策も若干あるが、ほとんどの対策は削減費用が
プラスであり、しかも現在の排出権価格(1200円/t-CO2程度7)に比べてかなり高価である
ことがわかる。しかし「参考資料1」は、図1は「各主体が様々なリスクを勘案して短期の
7
日経・JBIC 排出量取引参考気配〔H23年度単純平均(10/24現在)〕:1182円/t
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回収年を念頭に投資を行う場合(主観的割引率を用いた場合)」のものであるが、「政策
の後押しなどによって長期の回収年数を前提に投資が行われる場合(社会的割引率8を用い
た場合)」には、図2に示されているように「CO2を1トン削減するための限界削減費用は
大幅に低下する。」その結果、25%削減のために必要なトン当たりの平均削減費用は、主
観的割引率を用いた場合の32500円/t-CO2から2200円/t-CO2に低下すると説明している。
図2 削減費用と削減量との関係 - 社会的割引率に対応
出典:「中間整理 / 参考資料1」
しかし、政策の後押しによって、各主体が現実に用いている主観的割引率に替えて、社
会的割引率を用いた投資判断をさせようというのなら、そのような政策を実現するための
具体的施策の合理性と実効性とが問われなければならない。そこで「参考資料1」に戻ると、
削減対策を削減費用に応じて3つのグループに分け、グループ毎に図3に示す施策を提案し
ている。
8
一般には公共投資に用いられる割引率だが、「参考資料1」における正確な定義は不明
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図3 削減費用に応じた効果的な対策の組合せの提案
出典:「中間整理 / 参考資料1」
2.2. 施策の合理性と実効性に関する考察
(1)施策の合理性
図3の第一のグループには、社会的割引率を用いた場合、削減費用がマイナスになる対策
が含まれている。削減費用がマイナスであるのに対策が実施されないのは、市場になんら
かの失敗や不完全性があって、各主体の主観的割引率が社会的割引率と一致しないからで
ある。よって市場の失敗や不完全性を補う施策(トップランナ規制、R&D や普及の支援制
度、見える化など)を講じて対策の実施を促せば、長期的・社会的にみてより望ましい資
源配分が実現され、より大きな効用が得られる可能性がある。そのような場合に施策を講
じることは合理的である。
第二のグループには、第一のグループに属する対策に加えて、削減費用が多少プラスに
なる対策が含まれている。このグループの対策は、環境の外部性(温室効果ガス排出によ
る負の影響)が充分に内部化されていないと、市場が効率的な資源配分を行うことに失敗
するため、社会的に望ましい水準まで進まない。よって、(炭素税や排出権取引などで)
炭素に適切な価格(以下「炭素価格」)をつけ、市場原理に基づいて対策への投資を促す
ことは合理的である。
第三のグループには削減費用が非常に高い対策が含まれている。よって、R&D によって
-8-
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炭素価格を下回るようなコスト低下を期待でき、将来 R&D 投資を充分に回収できる見込
みがある場合、R&D を支援することは合理的である。しかし、高コストの対策の普及を促
進するために支援策を講じることは、他により安価な代替策が存在しないのでない限り合
理的であるとはいえない。
(2)施策の実効性
第一のグループに対する施策は現に実行されており、効果も挙げているように思われる。
しかし、これらの施策が図1に掲げられた対策を100%カバーできるわけではないし、大規
模に施策を講じるためには相当の政策費用も発生する。また、社会的割引率を用いれば削
減費用がマイナスになるとはいっても、対策投資の収益率が他の投資をクラウドアウトす
る9ほど高くなるとは限らない。その場合、投資主体が対策を実施することにはならないし、
そうかといって規制的政策によって実施を強制すると、クラウドアウトされる収益率の高
い投資との収益率の差が機会費用10となって発生する。「技術開発支援や普及支援、初期
負担を低減」するための補助も社会が負担しなければならない費用である。これらを対策
費用に加えると、図2に示されているほど限界削減費用のカーブは低下せず、施策の効果が
低下する。また、対策に「見える化」を挙げているように、削減コストが大幅なマイナス
になっても、投資主体が合理的な判断によって対策を実施するとは限らないから、対策の
効果は更に低下する。
第二のグループに属する対策を実現するため(炭素税や排出権取引などで)炭素に価格
をつけることは排出削減政策として理論的に最も効率的であるとされている(Fisher, 2008,
2010)。ただし、どのような炭素価格をつけるのが適切であるのかは問題である。世界が
協調して炭素価格を設定するのなら、環境の外部コストを評価して、それを炭素価格とす
るのが効率的だが、現状はそのような状況からほど遠い。しかし、日本が単独で国際価格
を大きく上回る価格をつけても、世界の排出削減に与える効果は僅かなものであり、国際
競争力を損なうだけということになる。日本は既に京都議定書のクレジット市場に参加し
ており、これを通じて欧州の排出権取引市場(EUETS)ともリンクしているから、その活
用を考えることが現実的であろう。そして、欧州委員会(2010)は2020年の EU の削減目
標を20%から30%(EU 域内で25%削減)に変更する場合の炭素価格を€30/t-CO2と試算して
いるから、€30/t-CO2程度を2020年の炭素価格の上限と考えることが妥当であろう。しかし、
図2を見ると、この程度の炭素価格をつけても限界削減費用のカーブが若干下方に移動する
(削減費用0の軸が上方に3150円程度11上昇する)だけで、削減費用がマイナスになる対策
は僅かにしか増えず、大きな効果を期待することはできない。
9
経済のある時点の投資総額を一定とすれば、対策投資を実施することによって、対策投資を実施しない場合に実施さ
れる投資ができなくなる =押し出される =クラウドアウトされる
10
得られるべき利益が得られないという損失
11
105円/€と仮定
-9-
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問題は第三のグループに属する対策である。図1を見ると、太陽光発電による対策がこ
のグループの排出削減の過半を占めている。「参考資料1」は「太陽光発電については将来
における価格低下を推計に織り込んでいる」としているが、図2を見ると、社会的割引率を
用いた場合でさえ太陽光発電による排出削減コストは3万円/t-CO2を超えており、仮に炭素
価格を€30/t-CO2(3150円/t-CO2程度)としても2020年時点で太陽光発電を普及させること
が効率的な選択になるとは到底考えられない。太陽光発電のようにコスト低下のポテンシ
ャルが大きい技術については、R&D を直接支援してコスト低下を図ることを優先して検討
するべきであると考えられる。第三のグループに属する対策は、削減費用が炭素価格を上
回る限り実施すべきでなく、削減目標達成のために不足する削減量については、海外クレ
ジットを利用することが効率的である。
(3)国内の削減ポテンシャル
図2を用いて社会的割引率を用いた場合に削減コストがマイナスになる対策を全て加える
と、削減率12にして16%程度になる。削減コストが€30/t-CO2以下の対策だと17%程度であ
る。一方「より確実性が高い部分での普及を想定」している15%削減ケースの図を用いて
同様の計算をすると11%程度になる。つまり、国内削減率15%~25%のうち11%~17%程度
だけが2020年時点で国内で効率的に削減できる温室効果ガスの排出削減ポテンシャルであ
ると考えることができる。これ以上国内で削減することは非効率であり、海外クレジット
を利用する場合に比べて国民負担が大きくなることを限界削減費用カーブが示している。
そして、施策の実効性も考慮にいれると、国内の効率的な排出削減ポテンシャルは更に
小さくなる。
RM(2011)では「削減目標達成は可能」とした後で、次のようにまとめている:
○ 民生部門(家庭・業務)の削減可能率が大
これは、手間の割に一つ一つの効果が小さな小規模分散型の対策も含めて、合計して大
きな削減量を達成する必要があることを意味するから、対策の実施を後押しする施策の実
効性はますます低下することになるだろう。
これらについて、RM(2011)でも、次のように付言されている:
○ 施策の課題や留意点と共に明示
○ 施策の浸透策/効果についての定量的な検討は今後の課題
12
図2の数値の根拠が明確でないため、図2の削減量全体が25%削減に相当すると仮定している。
- 10 -
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であるとすれば、なおさら「既存・見込まれる対策技術の積み上げにより削減目標は達
成可能」といいきることは不誠実であり、誤解を産むものであるといえるのではないだろ
うか。そもそも1.1節で指摘したように、25%削減ケースを達成するだけの対策技術の積み
上げが本当にできるかどうかですら確かでないことを「中間整理」は示唆しているのであ
る。
目標の達成可能性をより正確に表現すれば、例えば次のようにいえると考えられる:

日本が物理的に導入しうる数量の限度内で、普及状況や導入の困難性も考慮しながら、
潜在的に導入が可能であると判断された量(以下「技術的ポテンシャル」)の範囲内
で、最大限の導入を見込んだものが 25%削減ケースにおいて推計された対策導入量で
ある。

ただし、対策を後押しする施策の合理性や実効性を考慮すると、効率的に導入が可能
な対策の量は技術的ポテンシャルを大きく下回る可能性がある。
そして、東日本大震災によって、「中間整理」が2020年に見込んだ原子力発電の電力量
13
を大幅に下方修正せざるを得なくなっている。原子力発電を代替する火力発電による
CO2排出量の増加を見込むなら、図1の限界削減費用カーブの原点である排出量がプラス側
に大きく移動することになるから、2020年25%削減目標を国内対策で達成することは、技
術的ポテンシャルの観点からみてももはや不可能になったといえる。「中間整理」は震災
前に推定された排出量を前提として、国内の削減率25%までの対策導入量が最大限である
としているからである。
3. 2020 年の対策導入費用
RM(2011)は2020年の対策導入費用について次のようにまとめている:
○ 約 6~10 兆円の追加的な初期費用が必要
○ 追加対策費用はエネルギー費用の節減により日本全体で長期的には回収可能
○ 追加的な初期費用は、新たに創造される新市場の規模、ビジネスチャンスの大きさで
もあり、グリーン成長の核となる
しかし、これらの記述は一面をのみ捉えたものであり、経済学的な常識に反する誤った
メッセージを伝えるおそれがある。
13
設備利用率85%および9基の新増設を前提
- 11 -
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3.1. 対策導入費用とエネルギー削減便益
「中間整理」は、温暖化対策導入のために必要となる対策費用は技術固定ケースを基準
とする初期費用の追加費用であり(インフラ整備に係る費用は含まれていない14)、「国
内削減15%ケースでは10年で約58兆円、国内削減20%ケースでは10年で78兆円、国内削減
25%ケースでは10年で約97兆円と推計された。・・・追加費用はエネルギー費用の節約に
より日本社会全体では長期的に回収は可能という集計結果が示された」として図4を示して
いる。
図4 温暖化対策への追加投資額とエネルギー削減費用の関係
出典:「中間整理」
しかし、発生時点の大きく異なる投資と(エネルギー削減による)便益を単純に加え合
わせて比較することは不適切である。経済学では、同じ量であれば将来の便益は現在の費
用より価値が小さいと考えるのが普通であるから、対策費用(追加投資)が実質的に回収
可能であるかどうかを評価するためには、将来の便益を割り引いて評価しなければならな
い。
14
これも評価に加えなければ適切な評価にならないが、加えても以下の論旨に変わりはない
- 12 -
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3.2. 追加投資の効率性に関する考察
試みに、追加投資が一括して行われ、エネルギー削減の便益が同額ずつ10ヵ年に亙って
得られる15ものとして15%、20%、25%削減ケースの内部収益率(IRR)を計算してみると、
それぞれ3.3%、1.1%、0.2%程度となる。この程度の IRR しかない投資を、より高い IRR
を期待できる企業の投資や家計の消費を犠牲にして実施することが社会の厚生を高めると
は考えにくい。因みに日本政府は公共事業の評価に用いる社会的割引率を4%としているか
ら16、これをハードルレートとすれば温暖化対策への追加投資は公共投資として考えても
実施すべきではないことになる。そもそも、温暖化対策は費用をかけて実施せざるを得な
いものであると考えるのが普通であり、だからこそ効率的に対策を実施するためには費用
を最小化する必要があると考えるのである。
そこで、仮に25%の削減が必要であるとして、国内削減15%、20%の2ケースについては
削減率が25%に満たない分を海外クレジットで補うものとし、不足分の海外クレジットの
獲得費用(仮に€30/t-CO2)を10ヵ年に亙って毎年支払うものとして再度 IRR を計算すると、
それぞれ2.1%、0.7%となる。改めて3ケースの IRR を比較してみると、国内削減を15%
(10%は海外クレジット利用)とする場合の IRR が最大(2.1%)であり、負担すべき費用
が3ケースの中で最も小さいことがわかる。「中間整理」は国内削減15%以上のケースしか
検討していないが、国内削減をもっと小さくして、より多くの海外クレジットを利用する
ケースについても検討するべきである。
一方、全ての対策を一括して投資評価することには経済的な合理性がない。対策の投資
評価は本来個々に行われるべきものだからである。そこで個々の対策について考えると、
図2で引用した社会的割引率で評価した限界削減費用カーブにおいて、削減費用が海外クレ
ジット価格を超える対策を除けば(太陽光発電などの高コストの対策を除けば)、対策実
施に伴う追加投資の IRR は社会的割引率を上回ることになる17。つまり、削減費用が海外
クレジット価格までの対策は公共投資として実施することに合理性があることになる。そ
して、このような対策による削減量を積み上げたものが1.2節(3)項で論じた国内で効率的に
削減できる温室効果ガスの排出削減ポテンシャルに他ならない。この場合、削減目標と国
内の効率的な排出削減ポテンシャルとの差は、国内対策を実施するよりも安価な海外クレ
ジットを利用することが対策費用を最小化することは明らかであろう。
よって、RM(2011)は「追加対策費用はエネルギー費用の節減により日本全体で長期
15
西岡(2011)にも、省エネ投資によるエネルギー削減が10ヵ年(機器の耐用年数)に亙って実現される場合の例が図
示されている。
16
例えば「公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針(共通偏)」平成21年6月、国土交通省
17
ただし図2の費用が本節の社会的割引率の意味で用いられている場合
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的には回収可能」としているが、金額ベースで長期的に帳尻が合ったとしても、それだけ
で追加対策を全て実施することを正当化することはできない。市場の失敗や不完全性を補
うための政策によって効率的に実施できる対策のみが国内で実施すべき対策なのである。
繰返しになるが、太陽光発電など、削減費用が海外クレジット価格を上回る対策は実施せ
ず、削減目標に足らない分は海外クレジットを利用して対策コストを最小化するのが合理
的なのである。
また、RM(2011)は「この追加的な初期費用は、新たに創造させる新市場の規模、ビ
ジネスチャンスの大きさでもあり、グリーン成長の核となる。」としている。これ自体が
誤りとはいえないが、それによって追加対策を全て実施することを正当化することもでき
ない。「追加的な初期費用」は、1.2節(2)項で述べたように、それがなければ実施されてい
た投資をクラウドアウトするからである。確かに、「追加的な初期費用」は新たな市場を
創造するかもしれないが、同時に既存の市場を奪うことになるから、実現されるのは産業
の交代でしかない。よって、「追加的な初期費用」によって創りだされる新しい産業の生
産性が既存産業の生産性を上回るのでなければ、(その名がいかに魅惑的であったとして
も)グリーン成長の実態は BAU18を下回る経済成長なのかもしれないのである。そして、
他の条件をすべて同じであるとすれば、費用の高い投資機会は費用の低い投資機会より生
産性が低いから選択されないのであり、ゆえに排出削減のための投資機会は実現されてい
ないのである。そもそも、新しく創りだされる産業の生産性が既存産業の生産性を上回る
のであれば、新しい産業を創りだすために政策がサポートする必要もないのである。
ただし、この点に関しては温暖化対策が経済全体に与える動学的な影響の観点からも考
察する必要がある。次章でこの問題を取り上げる。
一方、RM(2011)は次の検討を今後の課題としている:
○ 初期費用分担、費用の早期回収の仕組み
これらは対策の実施を後押しする施策の実効性を左右する重要なポイントである。
しかし、「中間整理」では認識されているが、RM(2011)が説明していないもう一つ
の重要なポイントは、温暖化対策のための追加費用に「インフラ整備に係る費用は含まれ
ていない」ことである。追加費用にはこれらも加えて評価することが必要である。例えば
太陽光発電の導入に伴う系統安定化対策費用などは非常に大きな負担になる可能性がある
(野中・ 朝野, 2010)。また、1.2節(2)項で論じた、対策を後押しする施策の実施費用、お
よび規制的政策によって実現されない投資の機会費用も温暖化対策のための追加費用に加
18
Business As Usual。ここでは「追加的な初期費用」をかける対策を行わない場合
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えて評価する必要がある。これらを加えると、対策実施のための追加費用は対策費用だけ
を対象とする単純な推計に比べて、かなり大きくなると考えられる。
4. 経済影響分析
RM(2011)は、低炭素投資の経済影響分析について次のようにまとめている:
○ 気候安定化対策を成り行きの社会経済構造(BAU)に行うと、2020 年には GDP 成長
率を鈍化させる可能性がある
○ しかし各主体が将来の炭素制約を見越して低炭素投資や一層の技術革新投資を行えば、
成り行きケースと比べ GDP や雇用者数にプラスの影響を及ぼしうることが示唆された
○ すなわち市場に予見可能性を与え、家庭や企業が将来の炭素に係る制約を見越して低
炭素技術へ投資するよう促し、技術進歩を促進させる政策を実施することが肝要
これらは、経済モデルによる分析結果の解釈と、そこから政策への示唆を抽出したもの
だが、分析結果の解釈が一面的であり、政策への示唆抽出にあたって論理の飛躍が見られ
る。経済モデルによる分析結果の解釈はモデルの性格を踏まえて分析的に行う必要があり、
政策への示唆はそのような解釈から直接抽出する必要がある。
よって、本章は「中間整理」で取り上げられた経済モデルによる分析結果の確認からは
じめる。
4.1. 「中間整理」で取り上げられた経済モデル
ロードマップ小委(RM 小委)の「中間整理」は、2020年に1990年比で25%削減するこ
とを目標として、15、20、25%の国内削減(25%との差分は海外クレジット利用)をした
場合に経済(GDP、国民所得、雇用)に与える影響に関する分析結果を、タスクフォース
(TF)による中間取りまとめ、および小沢試案(大臣試案)の分析結果とともに提示して
いる(いずれも応用一般均衡モデルによる分析結果)。図5は、GDP への影響に関する分
析結果を引用したものだが19、各分析に用いられた経済モデルおよび検討ケース別に結果
が示されている。
19
他に、「国民所得・可処分所得への影響」および「雇用者数・就業者数」への影響のグラフも示されているが、傾向
が似ており本ペーパの論旨に影響がないため引用を省略する
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図5 各経済モデルの分析結果(GDP への影響)
図5に示された分析結果20のほぼ全てが15、20、25%の国内削減をすれば経済成長にマイ
ナスの影響があるとしているが、小沢試案における「伴モデル」の「技術促進ケース」だ
けが、排出を削減しても経済成長を加速するとしている。
これらの分析結果をもとに「中間整理」は次のように述べている。

対策導入量の増加に伴う価格低減効果といった技術進歩の効果を現在の技術水準の延
長程度しか考慮せず、単純に CO2 の排出に制約を課した場合、BAU と比較して GDP
の成長や国民所得の伸びを鈍化させ、雇用者数の減少を生じさせる可能性があること
が示唆される(図の①に分類される分析結果)。

一方で、環境大臣試案の「伴モデル」の「技術促進ケース」と「なりゆきケース」の
分析結果を比較すると、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの導入拡
大による設置費用の低減効果や低炭素型消費財への嗜好の変化(支出シェアの上昇)
といった効果を見込んだ「技術促進ケース」では BAU と比べて GDP や就業者数にプ
ラスの影響を及ぼしうることが示されているが、それらの効果を見込まない「なりゆ
きケース」では BAU と比べていずれもマイナスの影響を及ぼしうるとの結果となっ
ている(図の②に分類される分析結果)。

{小沢試案の「伴モデル」によるケーススダディ(後出の表 1 参照)から}将来の炭素
に係る制約を見越した低炭素技術への投資行動や技術進歩の加速を促す政策を実施す
ることにより、GDP、国民所得・可処分所得、雇用者数・就業者数への影響を緩和さ
せる可能性があることが示唆された。

重要なことは、これらの経済影響の分析結果から施策への示唆を読み取り、それを施
策の立案、設計に活かしていくことである。上記の分析結果からは、市場に予見可能
性を与え、家庭や企業が将来の炭素に係る制約を見越して低炭素技術へ投資するよう
20
「大臣試案」および「RM 小委」のモデルは「TF」の検討時点からの技術進歩や社会状況の変化を反映している。
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促し、かつ、技術進歩を促進させる政策を実施することが肝要であることが示唆され
た。
この部分が RM(2011)の「まとめ」に要約されるのだが、25%という厳しい削減目標
が日本の経済成長にとってプラスになるとしているのは「伴モデル」だけであり、それも
小沢試案における「技術促進ケース」の1ケースのみである。同じ「伴モデル」を用いてい
ても、小沢試案における「なりゆきケース」、およびロードマップ小委の「なりゆきケー
ス」では経済成長がマイナスになっている。よって、「伴モデル」とその分析内容につい
て確認する必要がある。
4.2. 「伴モデル」
「伴モデル」は動学的応用一般均衡モデルに属するものである。応用一般均衡モデルは
政策変更などによる経済影響を、ミクロ経済学の一般均衡理論に基づくコンピュータモデ
ルを用いて、経済全体で包括的に評価するものである。動学的とは、一時点の経済の均衡
解だけを求めるのでなく、多時点の時系列的な均衡解を求めることを意味する。「伴モデ
ル」だけでなく、図5に掲載されたモデルは全てが動学的応用一般均衡モデルに属す。
「伴モデル」が「中間整理」で引用された他のモデルと比べてユニークな点は Forward
looking 型(= Intertemporal Optimization)であることにある。Forward looking 型とは、家計
や企業が現在の経済だけでなく、将来の経済も予見して計画期間中の効用を最大化するよ
うに行動するとの前提に立つモデルである。他のモデルは Recursive Dynamic 型であり、家
計や企業は将来を予見せず、一年ごとに効用を最大化してゆくとの前提に立っている。
注:Forward looking 型の「伴モデル」では、貯蓄がモデルの中で将来の効用を見越して内生的に決まるの
で、投資(=貯蓄)が利益をもたらすなら消費を減らしてでも貯蓄(=投資)を増やすことになるため
GDP の増加に結びつくが、Recursive Dynamic 型のモデルでは貯蓄率が外生的に与えられ変更できな
いか、または過去の経済の結果として決まるので、投資を増やすためには当期の所得が増加するしか
なく、温暖化対策は生産を減少させる方向に働き当期の所得は増えないから、投資全体が増えず
21
GDP が減少するしかないと説明されている22。
また「伴モデル」は、新エネ発電を産業分類の一つとしてモデル化し、小沢試案では技
術に関して「なりゆきケース」と「技術促進ケース」の2つのケースについて分析を行って
21
投資全体が増えなければ温暖化対策のための投資は他の投資との資源の奪い合いになる
22
「衆議院会議録情報 第174回国会 環境委員会 第10号」の伴参考人発言、「ロードマップ小委 第9回議事録」の伴委
員発言など
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いる。「なりゆきケース」とは技術に関する設定が BAU と同じものであり、その点では
「中間整理」に引用された他のモデルと平仄が合っている。これに対して「技術促進ケー
ス」は「新エネルギー促進」および「嗜好の変化」を想定して技術に関する設定を変更し
たものである。ただし、「中間整理」用の分析(RM 小委)では伴モデルによる分析も
「なりゆきケース」の1ケースのみになっている。
「中間整理」は「伴モデル」による分析結果を説明するため、小沢試案の分析に用いた
モデルを用いて、他の設定には変更を加えず;
・
モデルを Forward looking 型にした場合と Recursive Dynamic 型にした場合;
・
技術の設定を「なりゆきケース」とした場合と「技術促進ケース」とした場合;
の合計4通りの設定で25%の国内削減を行う場合の経済影響について分析した結果を提示
している(表1:数値は BAU からの乖離)。
表1 環境大臣試案の大阪大学大学院伴教授の経済モデルの構造と影響評価(2020年
に二酸化炭素排出量を1990年比で真水25%削減した場合の2020年試算値)
出典:中間整理
25%の排出削減を実施しても GDP に対してプラスの影響があるとしたのはモデルを
Forward looking 型とし、かつ技術の設定を「技術促進ケース」とした場合である。「伴モ
デル」を用いても、他のモデルと同じく Recursive Dynamic 型とした場合、および「なりゆ
きケース」を分析した場合には GDP に対してマイナスの影響があるとしている。
4.3. 「伴モデル」に関する考察
ロードマップ小委(第9回)では、「伴モデル」による分析に関して専門家と伴金美大阪
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大学教授との間で激しい議論が行われた。以下、この議論を参考にして、「伴モデル」と、
その分析結果について考察する。
4.3.1. Recursive Dynamic 型 vs. Forward Looking 型
まず、Recursive Dynamic 型のモデルと Forward Looking 型のモデルの違いについて考え
てみたい。表1をみると、「伴モデル」を用いて Recursive Dynamic 型から Forward Looking
型に変更すると、「なりゆきケース」で3兆円、「技術促進ケース」で5.5兆円、2020年の
GDP が増えている。これが Forward Looking 型モデルを用いることによる効果である。こ
の問題に関して、3人の専門家(日本経済研究センター 落合勝昭副主任研究員、東京大学
松 橋 隆 治 教 授 、 国 立 環 境 研 究 所 増 井 利 彦 室 長 ) が 、 人 間 の 行 動 に 関 す る Recursive
Dynamic 型の前提(将来の予見を持たず一年限りの視野で行動)も Forward Looking 型の前
提(将来まで合理的に予見して行動)もいずれも現実的ではなく、それらの間に現実の姿
があるのではないかとコメントしている。これに対して伴教授も Forward Looking 型にも
問題があることを認識していて、本来は人間が限られた将来まで予見して行動することを
前提とする Overlapping Generation 型のモデルを構築すべきであるとしている。
このように、問題は二者択一ではなく、現実を描写するモデルの限界に関する問題であ
って、いずれのモデルにも限界があり、より現実を忠実に描写するモデルの追及がおそら
くは限りなく続くことを示唆するものである。とはいえ、現時点で「中間報告」のモデル
による分析結果を解釈するに当たっては、Recursive Dynamic 型モデルの分析結果を割増し、
Forward Looking 型モデルの分析結果を割引いて考えるのも一つの見方であると考えられる。
4.3.2. なりゆき vs. 技術促進
表1はまた、「伴モデル」を用いて技術に関する設定を「なりゆきケース」から「技術促
進ケース」に変更すると、Recursive Dynamic 型モデルの場合で2.5兆円、Forward Looking
型モデルの場合で5兆円 GDP が増えることを示している。これが技術促進シナリオの効果
だが、伴教授の説明23によると、技術促進シナリオの中身は、「新エネルギー(太陽光、
風力)促進」と「嗜好の変化」である。
(1)嗜好の変化
伴教授の説明によると、「嗜好の変化」とは「省エネ型財・サービスへの支出シェアの
上昇」のことである。モデル上では、例えば消費財について、2005年から2020年にかけて
23
ロードマップ小委(第9回)議事録および資料2
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表2に示すように支出シェアの設定を変更することでこれを表現している24。
表2 低炭素型消費財への嗜好変化
2005
2020
電気機械
4.93%
5.48%
輸送機械
3.45%
3.83%
建設
20.08%
22.29%
出典:ロードマップ小委(第9回)資料2
伴教授は、表2の2005年のシェア25は産業連関表に基づくもので、それを2020年に亙って
少し増やしているが、ロードマップ小委での示唆、および実証研究の結果から妥当と判断
したと発言している。しかし、この設定変更についてエネルギー経済研究所の伊藤浩吉常
務理事(当時)は、設定変更が「外生」(モデル外)で行われ、それが GDP 増加の主因
であるとの認識から、「GDP が増加するような前提を置いたため GDP が増加する」のと
ほぼ同義であると厳しく批判している。
確かに、炭素価格による消費財価格の変化に応じた消費行動の変化は「内生」(モデル
内)で決定されるのだから、「外生」で設定する「嗜好の変化」と25%削減目標設定との
因果関係が明らかにされないと、何を評価しているのか判らない。一方で、省エネ政策に
よる誘導も含めて、社会の一般的傾向としての「嗜好の変化」を反映しようとしているだ
けであるのなら、同様の設定変更を BAU や「なりゆきケース」にも反映しなければなら
ないことになる。このような理由で、タスクフォースの経済影響分析には技術シナリオの
外生的な変化は加えられていないという。よって、25%削減目標を設定することによる経
済影響を分析するためには、「嗜好の変化」の内容と25%削減目標設定との因果関係が明
らかにされない限り、「嗜好の変化」を「技術促進シナリオ」に含めて評価するのは適当
ではないと考えられる。また「嗜好の変化」を加えた分析をタスクフォースの経済影響分
析と比較することも適当ではない。
「嗜好の変化」を「技術促進シナリオ」に含めたことによる分析結果への影響は、
Forward Looking 型モデルによる「技術促進ケース」の感度分析で提示されている(表3)。
24
25
他に、中間投入シェアも変更したとしている
表2の数字はモデル上でシェアを決定するためのウェイトであり、モデル上のシェアは消費財の価格によって変化する
(2005年の消費財価格で表2の値に一致する)。
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表3 シナリオの感応度
出典:ロードマップ小委(第9回)資料2
表3の「家計の嗜好:Baseline 並」の行を見ると、「25%削減・技術促進シナリオ」と比
べて GDP が2.8兆円減少している。これが「嗜好の変化」の影響である。つまり、Forward
Looking 型モデルを用いて「なりゆきケース」から「技術促進ケース」に変更した場合の
GDP 増加(5兆円)の半分以上(56%程度)が「嗜好の変化」による効果である。これを
「技術促進ケース」の効果から割り引いて考えるべきであろう。
(2)新エネルギー促進
伴教授の説明によると、新エネルギー促進の内容は、「全量買取制度」、「設置領域の
拡大策」および「設置費用の低減」である。
(全量買取制度)
「伴モデル」は、電力部門の産業分類が「火力発電」「原子力発電」「水力・その他発
電」および「新エネ発電」の4分類になっている。全量買取制度の対象となるのは「太陽光
発電、風力発電、小水力発電、バイオマス発電/等」と説明されており、これらを一括し
て「新エネ発電」と考えていることになる。他方で、「モデルで具体的に扱っているのは、
太陽光、小水力と風力」という発言があることから、これらのデータを用いて「新エネ発
電」のパラメータを設定しているものと推察される。
全量買取制度については「モデル上は、電気事業者から需要家に補助金を交付するよう
な仕組みがないため、政府が介在して、再生可能エネルギー部門に補助金(補助率は4~5
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割)を交付し、事業用電力部門に対して買取額と同額の間接税を課すものと設定」と説明
している。これによって「新エネ発電」の電力価格が半減して競争力が高まるが、「火力
発電」「原子力発電」「水力・その他発電」(以下「既存電源」)との代替弾力性を∞と
しているから、「新エネ発電」の電力価格が安くなれば「既存電源」を無制限に代替でき
ることになる。
また「全量買取制度」によって「新エネ発電」が拡大すれば、設定された中間投入財の
シェアに応じて経済波及効果を持つことになる。しかし、25%削減目標設定による経済影
響について伊藤常務理事(当時)は、太陽光発電機器を「国内で製造すればそれなりの波
及効果はあるが、現実には西ドイツやノルウェーなどでは既に50%以上が中国製であり、
日本でも今は中国製が多く入ってきている」ことを考慮すべきと指摘している。因みにセ
ル・モジュールの国内出荷量に占める輸入の割合は2011年度第1四半期ではまだ16%程度で
あるが、日本の全量買取制度導入による市場拡大を狙う中国メーカなどの攻勢が報じられ
ている。伴モデルでは、交易条件の変化による輸出入の変化が充分にモデル化されていな
いようなので26、全量買取制度の導入に伴う「新エネ発電」拡大による経済波及効果は割
り引いて考える必要があると考えられる。
(設置領域の拡大策)
設置領域の拡大について伴教授は「自然エネルギー、太陽光などが10%27/年で増加でき
るかということについては、環境省の報告書があって、十分達成可能であるという前提で
やっている。この10%/年という設置領域拡大は自然エネルギーを拡大させる外生的なファ
クターになっていて、これを上げることで、この委員会で議論されてきた目標に達するよ
うにしている」と発言している(RM 小委第16回)。つまり、モデル上は4~5割の補助と
後述する「設置費用の低減」によって「新エネ発電」の競争力を高め、「既存電源」を無
制限に代替することを可能にしておいて、「設置領域の拡大」率を制約条件として導入量
を調整しているものと想定される。要するに、新エネ発電の導入量は「外生」で与えられ
た数値(国立環境研究所 AIM プロジェクトチームの数字)を使用しており、「伴モデル」
で計算されたものではない。
そして「外生」で与えられた導入量については、松橋教授が「(太陽光発電は)麻生政
権当時の2800万 kW28がぎりぎりいっぱいで、5000万 kW29というのはどう考えても無理だ
26
東京大学 先端科学技術研究センター インテレクチャル・カフェ「地球温暖化-日本の選択」(第5回)議事録(フ
ロアディスカッション)による。
27
RM 小委第9回 資料2では、この数字はベースラインシナリオで15%/年、イノベーション促進ケースの15%削減の場
合で25%/年、25%削減の場合で32.5%/年となっている。
28
「総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し(再計算)、平成21年8月」の最大導入ケース
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と考えている」や伊藤常務理事(当時)が「新エネルギーの導入ポテンシャル等が充分検
討されていない、非現実的な数字が使われているのでないかと考えている」と批判してい
る。
(設置費用の低減)
自然エネルギー(太陽光・風力)の「設置費用の低減」については、ベースケースで
4%/年、イノベーション促進ケースの15%削減の場合で6%/年、25%削減の場合で8%/年とな
っている。これも「外生」で与ええられた数字であり(NEDO 報告書ベースとの発言)、
「伴モデル」で計算されたものではない。
発電コストのデータは公表されていないが、2010年から自然エネルギーが増加している
30
ことをみると、(全量買取制度で想定されている補助率(4~5割)を考慮にいれれば)、
既存電源の発電コストの2倍以下に初期値が設定されているものと想定される。既存電源の
発電コストは、例えば日本エネルギー経済研究所が有価証券報告書のデータを用いて、
2006年度~2010年度の火力発電の発電コストを10.2円/kWh 程度と算出している31から、こ
の2倍の20円/kWh 程度が新エネ発電の発電コストに設定されているとしても、太陽光発電
の余剰電力買取制度における平成23年度の買取価格:42円/kWh(住宅用)、40円/kWh(非
住宅用)と比べて、非常に安価な初期設定がされていることになる。
また、発電コストは「設置費用の低減」とほぼ同率で低下するものと考えられ、25%削
減の場合には8%/年で低下するから、2020年には新エネ発電コストは9円/kWh を切って、
補助がなくても火力発電より安価になってしまう。そうなると、新エネ発電の導入による
CO2の限界削減費用はマイナスになると考えられるが、このような設定は図1の25%削減ケ
ースの限界削減費用カーブで太陽光発電の削減費用が著しく高いことと矛盾する。
一方、朝野(2010)は、学習曲線を用いた研究によって太陽光発電のコストが NEDO
(2009)の目標を達成することは困難であり、5300万 kW 導入しても20円/kWh を切ること
が難しいことを示唆している。また野中・朝野(2011a, 2011b)は、太陽光発電の導入のた
めに必要になる電力系統の安定化対策コストを加えると、太陽光発電の総合コストは更に
高くなること、ベース電源を代替するようなケースでは電力貯蔵装置のコスト負担が非常
に大きくなることを示唆している。
風力発電についても、伊藤常務理事(当時)は、「例えば風力とか地熱は、(設置費用
の半額が技術革新と関係ない建設コストであり)今後はなかなか低減を見込むことは難し
29
(国内)15%削減ケース:3500万 kW、20%削減ケース:4200万 kW、25%削減ケース:5000万 kW
30
ロードマップ小委(第15回)資料3
31
エネルギー・環境会議 コスト等検証委員会(第1回)参考資料1
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いと思う。ある量までならコスト低減の余地があると思うが、大幅な導入を見込むとなる
と、洋上立地とか陸上奥地とか、非常にコストの嵩むところに立地せざるを得ないから、
むしろコストは増えて行く可能性がある」としている。伴教授は機器の大型化によるコス
トダウンがあるとしているが、風力発電の平均コストが近年上昇していることを示すデー
タ32も示しており、太陽光発電と一律の価格低下を見込むことには無理がある。
(新エネルギー促進のまとめ)
「嗜好の変化」の場合と同様、「新エネルギー促進」についても、「外生」で新エネ発
電が大量に導入されるような設定をしたから新エネ発電が大量に導入され、「外生」で新
エネ発電が既存電源との競争力を持つような設定をしたから既存電源が代替されているも
のと推察される。そして新エネ発電の初期コストを安価に設定し、価格低下も非常に大き
く設定し、かつ海外メーカのシェア拡大を無視しているから国内経済への波及効果が大き
く評価されて、GDP に好ましい影響を与えていると考えられる。
外生的なパラメータの設定はどのようなモデルによる検討でも不可欠なものであるが、
外生的に設定されるパラメータの妥当性については、実証的なデータに基づいて慎重に検
証されなければならない。そうでなければ、モデルは実態経済とかけ離れた世界を描き出
すことになるからである。「伴モデル」のパラメータ設定についても、上述のように、モ
デルの結果を左右する重要なポイントについて、専門家が納得するような説明が充分に与
えられているとはいえないことから、再検証が必要であると考えられる。よって、現段階
では「新エネルギー促進」による効果も「技術促進ケース」の効果から割り引いて考える
べきであろう。
4.3.3. 比較ケースの設定
伊藤常務理事(当時)は、伴教授が技術に関する前提条件が異なる BAU と「イノベー
ション促進ケース」とを比較して GDP がプラスになるとしていることについて、前提条
件を変えずに同じ条件で比較すべきと指摘している。「タスクフォースにおける経済分析
は、(他の)条件を同じにして CO2の削減(効果)を中立的に見るために、限界削減費用
だけを動かして結果をみせている。それを(他の条件が)違うケースでみてしまうと誤解
を生む。」というのである。伊藤の趣旨は、「伴モデル」(Forward Looking 型)を用いて、
前提条件を変えずに削減率のみを変えた感度分析の結果を見るとよく判る(図6)。
32
総合資源エネルギー調査会 新エネルギー部会(第29回)資料3-1(1) p.5
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図6 2020年におけるベースラインからの乖離率
出典:ロードマップ小委(第9回)資料2
図 6 で は GDP と 就 業 者 数 の そ れ ぞ れ に つ い て 、 2 つ の 線 が 示 さ れ て い る 。 凡 例 に
(15%s)および(25%s)とあるものである。これは、小沢試案の「イノベーション促進ケ
ース」では、15%削減ケースと25%削減ケースとで技術に関する設定が異なることから、
15%削減ケースの設定と25%削減ケースの設定をそれぞれそのままにしておいて、削減率
(炭素価格)だけを変えてみたものである。これに対して、小沢試案の「イノベーション
促進ケース」は15%s の線の中央の点(▲15%)と25%s の線の中央の点(▲25%)とを結
んだものになる。技術に関する設定を変えなければ、削減率を大きくした場合の経済影響
が小沢試案の「イノベーション促進ケース」よりかなり大きく現れることが判る。
また、BAU の技術設定を変えないものが「伴モデル」の「なりゆきケース」である。
「中間整理」のための分析では、「伴モデル」も「なりゆきケース」のみを計算している
から、他のモデルと比較するためには「なりゆきケース」を用いるべきと考えられる。
4.4. 「中間整理」の記述に関する考察
「伴モデル」に関する考察を踏まえて、3.1節で引用した「中間整理」の記述について、
改めて考えてみたい。
(再掲)
①
「対策導入量の増加に伴う価格低減効果といった技術進歩の効果を現在の技術水準の延長程度しか考
慮せず、単純に CO2の排出に制約を課した場合、BAU と比較して GDP の成長や国民所得の伸びを鈍
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化させ、雇用者数の減少を生じさせる可能性があることが示唆される。」
②
「一方で、環境大臣試案の「伴モデル」の「技術促進ケース」と「なりゆきケース」の分析結果を比
較すると、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの導入拡大による設置費用の低減効果
や低炭素型消費財への嗜好の変化(支出シェアの上昇)といった効果を見込んだ「技術促進ケース」
では BAU と比べて GDP や就業者数にプラスの影響を及ぼしうることが示されているが、それらの効
果を見込まない「なりゆきケース」では BAU と比べていずれもマイナスの影響を及ぼしうるとの結
果となっている。」
①は「伴モデル」以外のモデル(および「伴モデル」の「なりゆきケース」)による経
済影響分析について、②は「伴モデル」の「技術促進ケース」と「なりゆきケース」の経
済影響分析について述べているが、内容はほとんど同語反復である。つまり、「伴モデ
ル」の「技術促進ケース」で行われた「新エネルギー促進」と「嗜好の変化」についての
設定変更が、分析結果に与えた効果を肯定的に、そのような設定変更をしない場合の結果
を否定的に述べているのだが、これは「外生」(モデル外)で肯定的な計算結果がでるよ
うな設定変更をすれば肯定的な計算結果が出るし、そのような設定変更をしなければそう
はならないという、モデルの設定と計算結果との関係について述べているだけで、それ以
上の意味はないことが「伴モデル」に関する考察を通じて明らかになった。
本質的な問題は、「技術促進ケース」で外生的に扱っている「低炭素型消費財への『嗜
好の変化』と CO2削減目標との因果関係」や「太陽光発電や風力発電の導入量と設置コス
トとの因果関係」を実証的に検証し、「技術促進ケース」で外生的に設定したパラメータ
の妥当性を説明することである。それができて、初めて①や②のようなモデルの分析結果
の解釈が、実態経済の振る舞いに関して意味のある示唆を与えることになる。しかし、
「伴モデル」の「技術促進ケース」ではそのような検証が充分に行われていないため、
「技術促進ケース」の分析結果から有意な示唆を得ることはできないことになる。
モデルを用いた政策の経済影響分析においては、評価すべき政策との因果関係が明らか
なパラメータを、因果関係が明らかな程度において変更することが必要であり、政策との
因果関係が明らかでないパラメータまで変更してしまうと、政策の効果を評価することが
できなくなってしまう。モデルは恣意的にパラメータを変更すればいかようにも結果を出
すものであり、それによって好ましい分析結果が得られたとしても、政策自体が好ましい
ことにはならないのである。
③
「将来の炭素に係る制約を見越した低炭素技術への投資行動や技術進歩の加速を促す政策を実施する
ことにより、GDP、国民所得・可処分所得、雇用者数・就業者数への影響を緩和させる可能性がある
ことが示唆された。」
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この記述は、具体的にどのような政策を意図しているのであろうか。Recursive Dynamic
型モデルに替えて Forward Looking 型モデルを用いて経済影響を評価した場合の結果の違
いについて述べているのだとしたら、人間の合理的期待形成を促す政策ということなのか
もしれない。であるとすれば、人々に Forward Looking 型モデルを理解させ、モデルによ
る最適化の論理に従って行動させ、企業にもモデルに従って生産活動を調整させ、政府は
モデルに従って経済政策を運営するということになるのであろうか。しかしこれは、政府
が将来の経済を正確に予見でき、現実の経済がモデルが前提とする「外生」のパラメータ
やモデルが描き出す将来の経済の姿を忠実に再現してゆくことを同時に要求する。啓蒙・
教育活動としてはそれでもいいかもしれないが、それだけで現実の経済政策になるとは考
えにくい。現実の経済は Forward Looking 型モデルが前提とするようにも、モデルが描き
出すようにも実現しないからである。
また、Recursive Dynamic 型モデルと Forward Looking 型モデルの分析結果を定量的に比
較することには慎重でなければならない。どちらのモデルも将来の予見に関わる人の行動
パターンを極端に描写したものであり、Recursive Dynamic 型モデルと Forward Looking 型
モデルの違いは、政策によって誘導できる人の行動パターンの変化幅を示唆するものでは
ないからである。現実の人の行動パターンはそもそもこれらの間にあって、政策によって
誘導できる行動パターンの変化についてモデル自体はなにも語らないのである。よって、
モデルの違いによる分析結果の数値の違いを、前出③の「将来の炭素制約を見越した人々
の行動を促す政策」の効果と直接結びつけて解釈することはできない。
あるいは、③は単に将来の削減目標を設定して、将来の制約を人々に予見させ、人々が
早期から将来に備えて行動することを促すとともに、政策的にも施策を講じて後押しする
といっているだけなのだろうか。そうであるとしたら、政府が温暖化対策に関する将来の
世界の枠組みを正確に予見し、日本にとって衡平な削減目標を現時点において設定できる
ことを必要とする。そうでなければ、設定した削減目標が結果として効率的な排出削減経
路を導くものではなくなって、「将来の炭素に係る制約を見越した低炭素技術への投資行
動や技術進歩の加速を促す政策」は、なにもしないことに比べて経済成長を損なう可能性
もあるからである。しかし、そのような正確な予見を持つことは誰にもできないのである。
④
「重要なことは、これらの経済影響の分析結果から施策への示唆を読み取り、それを施策の立案、設
計に活かしていくことである。上記の分析結果からは、市場に予見可能性を与え、家庭や企業が将来
の炭素に係る制約を見越して低炭素技術へ投資するよう促し、かつ、技術進歩を促進させる政策を実
施することが肝要であることが示唆された。」
④は一点を除いて、ほぼ③の同語反復であるように思われる。重要な違いは、③の末尾
、、、、、、
、、、、、
にある「可能性がある ことが示唆された。」が、④では「肝要である ことが示唆され
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た。」にすりかえられていることである。これは論理の飛躍である。前節で考察したよう
に、「伴モデル」による経済影響評価は、このような結論を支持するに足るものではない。
一般論として「市場に予見可能性を与えること」自体は肝要であるとしても、政府が市
場に与える予見が、結果として日本経済を効率的な均衡へと導くものであることを約束で
きるはずがない。また同様に「技術進歩を促進させる政策を実施すること」自体は肝要で
あるとしても、政府が実施する政策が効率的に技術進歩を促進することを約束できるはず
もない。「市場に予見可能性を与えること」が25%の削減目標を設定することだけを意味
するものではないし、「技術進歩を促進させる政策を実施すること」が再生可能エネルギ
ーの固定価格全量買取制度を実施することだけを意味するわけでもない。むしろ「市場に
予見可能性を与えること」とは、国際衡平性に基づいて、日本が現時点で実行すべき行動
の計画を立案して実行することであり、「技術進歩を促進させる政策を実施すること」と
は、技術開発を直接支援する政策を強化することを示唆するものなのではないだろうか。
4.5. RM(2011)の「まとめ」について
本章の冒頭に引用した RM(2011)の「まとめ」のうち、経済影響分析に関する記述は、
第1パラグラフと第2パラグラフが、3.4節に述べた「中間整理」の記述①と②に対応してお
り、第3パラグラフは記述④に対応しているので、考察を繰り返すことは省略する。
5. 国際的観点からの検討
5.1. 国外での排出削減等
「中間整理」は、国内削減15%、20%、25%の3ケースの設定は「少なくとも25%のうち
半分以上を国内での排出削減により達成し、国外での排出削減のカウントを補完的なもの
とすることを想定」するものであるとしている。つまり、25%との差分は海外クレジット
の利用を想定しているわけだが、国内削減と海外クレジット利用とのバランスについての
考え方を示していないのは問題である。
図5をみれば明らかなように、応用一般均衡モデルによる7ケースの経済影響分析の全て
が、検討ケース33の中で国内の削減率を小さくし、海外クレジットの利用を大きくするほ
33
小沢試案と「中間整理」の検討ケースは国内削減15%、20%、25%の3ケースだが、タスクフォースでは国内削減10%
のケースも分析している。また KEO モデルは海外クレジット利用を制限しないケースも分析している(中間整理 /
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ど経済成長へのマイナスの影響が小さくなることを示唆している。特に KEO モデルによ
る検討は海外クレジットの利用に制限を設けないケースも分析しており、同ケースが経済
成長に与えるマイナスの影響が最も小さいことを示している 34 (同ケースの国内削減は
1%:24%は海外クレジット利用)。つまり、海外クレジットの利用に制限を設けないこと
(価格を指標として国内対策と自由な代替を可能とすること)が、排出削減対策が日本経
済に与えるマイナスの経済影響を最小にすると考えられるのである。
「中間整理」が「半分以上を国内での排出削減により達成」することを前提としている
のも問題である。これは、京都議定書による海外クレジット利用に関する補足性35の条件
によるものだが、補足性の条件が日本経済にとってマイナスの影響を及ぼす可能性が高い
ことを、なによりも「中間整理」の経済影響分析が明らかにしているからである。まして、
補足性の条件を導入した京都議定書の第2約束期間に日本はコミットしないことを表明して
いるし、そもそも日本政府等による交渉が実って、京都議定書には補足性に関する定量的
な取決めがないのである。日本の限界削減コストが高いことは欧米も認めるところである
から、海外クレジットの利用に制限を設けない論理を確立し、ポスト京都の国際交渉に臨
むことこそが日本政府に求められているのではないだろうか。
なお、日本の行動計画は自由貿易体制を前提として立案されなければならない。海外ク
レジットを利用して国外にキャッシュが流出するより、高コストの対策を国内で実施して
キャッシュの流出を抑えるほうが国益に適うとの議論も一部にあるが、図5の経済モデルに
よる分析はそのような議論を支持していない。高コストの対策を国内で実施すれば、交易
条件が悪化して国際競争力が落ち、輸出が減少して影響がより深刻になると考えるほうが
国際経済学の常識にも適うのである。
ここで、筆者等が「海外クレジット」の用語を、京都議定書が導入した CDM などの京
都メカニズムのクレジットに限定して用いているのではないことに言及しておきたい。
CDM などは効率的に運用されておらず、改善の必要があることは国際的に指摘されてい
る。また、日本政府は二国間協定に基づくクレジット取得の方策も検討している。大きく
いえば、日本による資金協力・技術協力・制度構築支援・能力開発支援・インフラ支援・
直接投資・低炭素型製品の普及などによって、外交および民間の様々なチャンネルを通じ
て、日本は諸外国の排出削減に貢献することが可能なのであり、そのような貢献を日本の
クレジットにする方策を検討する必要があると考えている。本書の「海外クレジット」の
意味するところが、当面は京都メカニズムのクレジットを中心とせざるをえないとしても、
参考資料2 /参考)
34
「中間整理」参考資料2 (参考)タスクフォース、環境大臣試案、中長期ロードマップ小委員会の経済分析結果
35
京都議定書およびその運用を定めるマラケッシュ合意において、JI と CDM のクレジット、および排出量取引の利用
は「国内の行動に対して補足的なもの」とされている。
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中・長期的にこれらのポテンシャルを含めて表現していることをご理解いただきたい。
5.2. 国際衡平性
「中間整理」は、「国際的な衡平性に関する議論が収束していない状況においては、単
一の指標のみを用いて我が国の削減目標の評価を行うことは困難であり、更に議論を深め
ていくことが今後の課題である」としている。また「国際競争力に与える影響についての
分析については現時点では検討を実施しておらず、今後の検討課題である」としている。
しかし、このような議論は本末転倒である。そもそも議論が収束しないのは、各国が削
減目標の影響を各国間において衡平な(自国にとって納得感のある)ものにしようとして
いるからであり、自国の産業の国際競争力が損なわれることのないようにしようとしてい
るからである。日本政府もこのような観点から国際衡平性に関する日本としての論理とス
タンスを確立した上で国際交渉に臨んでいなければならない。そのような論理とスタンス
があれば、国際衡平性に配慮した国内制度を構想することも可能である。日本政府が国内
産業の国際競争力への影響を評価していないということは、国際交渉に臨む政府としての
責任を放棄していることになるのではないだろうか。
注:日本では「公平性」と表記されることも多いが、気候変動枠組み条約の原則のひとつは「衡平の原
則」(equity)である。国立環境研究所の亀山康子室長によれば、「衡平性とは:ある利益または負担
の配分において、関係者が納得する配分の基準」である36。また、経済学的に最も頻繁に言及されて
きた衡平性の概念は「羨望のない状態としての衡平性」(equity as no-envy)であるとされる。衡平の
原則は国際交渉の基本の一つであり、日本は衡平の原則に基づき、自らが(羨望なく)納得できるよ
うな主張をおこない、交渉が決着するまでは自らの主張に基づいて行動すべきである。よって、交渉
が決着しないから削減目標を評価できないということにはならない。
政府として、国民が納得するような、国際衡平性に関する論理もスタンスも確立せず、
2020年25%削減目標を公言した鳩山総理(当時)はあまりにナイーブであったし、25%削
減目標の経済影響を国内モデルを用いて閉鎖経済でしか検討していない政府の姿も国際交
渉における日本の内向的な性格を物語っている。世界モデルを用いて開放経済における温
暖化対策の経済影響評価を行うべきことはロードマップ小委でも指摘されているところで
あり、時々の世界情勢と日本が置かれた状況に応じて、日本にとって衡平な削減目標や国
際貢献のあり方を充分に分析評価した上で国際交渉に臨む必要がある。
36
中央環境審議会 地球環境部会 気候変動に関する国際戦略専門委員会(第4回会合)資料4
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例えば EU は、4つの指標を組合わせることによって先進国の衡平な削減目標を設定する
手法について検討し、世界モデルを用いてそのような削減目標が各国経済に与える影響を
分析評価した上で、国際交渉に臨んできているのである(EC, 2009)。
6. 削減目標の再検討に向けて
ここまで、「中間整理」における2020年25%削減目標の経済影響評価と、そこから抽出
された政策への示唆の論点を明らかにし、合理的な検討の方向性について考察してきた。
しかし、ロードマップ小委への諮問は「2020年に温室効果ガスを1990年比で25%、2050
年で80%削減するための具体的な対策・施策の道筋(中長期ロードマップ)を提示するこ
と」であったから、2020年25%削減および2050年80%削減の目標そのものの合理性につい
ては敢えて論点から外されてきた。実は、これが「中間整理」の最大の問題であった。
それが今、東日本大震災によって、25%削減目標は達成不可能であるとする国民の声が
大きくなっている。民主党政権は目標を当面変更するつもりはないとしているが、エネル
ギー基本計画の見直しと併せて、削減目標の再検討を行い、国民議論に付す必要があると
考えられる。以下、削減目標の再検討に向け、これまでの論点に加えて、特に考慮が必要
と考えられる事項を何点か強調しておきたい。
6.1. 中期目標の再検討
民主党政権が根拠とする IPCC の第4次評価報告書が記載している先進国の削減幅は、温
室効果ガスの濃度を450ppm に安定化するために必要と考えられる(発展途上国を含む)
地域・国への排出量の割当を検討した11本の研究成果を整理したものにすぎない(den
Elzen et al, 2008)。試算の前提となる割当方法は文献によって様々であり、個々の研究に
よる結果の差も大きい。特定の割当方法は特定の価値観を代表するものであり、日本が衡
平(納得できる)と感じる割当が、IPCC の整理と同じであるとは限らない。
そもそも濃度安定化目標を450ppm とすることの妥当性から問い直されなければならな
い。IPCC の第4次評価報告書には、濃度を550ppm および650ppm に安定化するための削減
幅についても記載されており、特定の濃度に安定化することを推奨しているものではない
からである。また、温室効果ガスの濃度と長期的温度上昇の関係を示す気候感度をはじめ
として、気候系に関する科学の不確実性は非常に大きいからである。
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よって、科学的・経済的な合理性と衡平の原則に基づいて、日本が納得できる目標を再
検討することがなによりも必要とされている。
ここで注意しなければならないことは、効率的な各国の削減量と衡平の原則に基づく各
国の削減目標とは一致しないことである。効率的な各国の削減量とは、温室効果ガス削減
の限界費用が各国で等しくなるときの削減量であり、経済学的に効率的な資源配分を実現
するものだが、このような削減量は、各国の地理的配置、資源の賦存状況、エネルギー需
給構造、経済の発展段階などによって大きく異なるので、例えば中国の削減量が非常に大
きくなってしまうなど、各国が衡平と考える削減量からはほど遠いものになるかもしれな
いのである。各国が衡平と考える削減目標を設定しても、各国の実際の削減量が効率的な
削減量となるように、言い換えれば効率的に対策が実施されるようにするために考案され、
京都議定書で採用されたのが京都メカニズムである。
つまり、衡平の原則に基づいて設定される削減目標は、(効率性を高めるための)京都
メカニズムなどの柔軟性メカニズムによる各国間の所得移転を伴うものであり、日本一国
だけの検討で是非を論じることはそもそも不可能なのである。(発展途上国も含む)各国
に目標を割り当てるための論理を構築し、各国の経済影響評価を実施するとともに、各国
が目標を衡平と感じて受け入れることを可能とするための資金協力や技術移転などを組み
合わせ、パッケージとして提案することが必要と考えられる。4.2節で述べたように、少な
くとも EU はそのような検討をした上で国際交渉に臨んできているのである(EC, 2009参
照)。
6.2. 日本単独の暫定目標の設定
「中間整理」は「国内削減15%、20%、25%という3ケースについては、すべての主要国
による公平かつ実効性のある国際的枠組みの構築や意欲的な目標の合意を前提」とすると
しているが、そのような前提が成立する見通しは全くたっていない。
ということは、2013年以降に国際的な約束を持たない日本が、今本当に検討しなければ
ならないのは、前提が成立し世界が協調して行動する場合の目標と行動計画というよりも、
前提が成立しなくても日本が単独で実行できるような暫定目標と行動計画の設定であろう。
これは、EU が「他の先進国が同等の排出削減を約束し、発展途上国が充分な貢献をする
場合には30%の排出削減に移行する」としているが、現在は2020年までに1990年比で20%
削減するとの EU 単独の目標を掲げて行動しているのに対応する。
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そして、日本単独の暫定目標もまた、合理性と衡平の原則に基づいて設定されなければ
ならない。
ただし、これは2013年以降の国際的な枠組みの構築がなされていない現状において、各
国が自主的に設定する削減目標および行動計画と比較して、日本の暫定目標と行動計画が
突出したものでないこと、日本のみが過大な経済的負担を背負うものでないことを確認し、
国民が納得できるものにするという意味である。
6.3. 長期目標の再検討
長期目標についても、基本的な考え方は中期目標と同じである。
しかし、日本における自然エネルギーの経済的ポテンシャルには限りがあり、炭素回収
貯留(CCS)のための貯留サイトも限られている。その上、原子力発電の利用まで控える
とすれば、日本国内には排出削減の決め手がなくなってしまう。国内で効率的に排出を削
減することだけでは、諸外国と比べて同等の排出削減をすることは日本にとってそもそも
困難なのである。ということは、世界の排出削減に貢献し、それによって日本国内の排出
をオフセットすることは、今後削減目標が厳しくなればなるほど重要になってくるという
ことである。中期目標についても同様であるが、特に長期目標については、日本国内の削
減量を約束することは自縄自縛になることを肝に銘じておく必要がある。
また、長期目標の設定においては、地球温暖化に関する IPCC などの最新の科学的評価
を見極め、適宜見直すこととすることも必要である。気候系の科学における不確実性は非
常に大きく、世界が必要とする対策努力のスケジュールは科学的認識の進化によって大き
く変化する可能性が高いと考えられるからである。
結言
本ペーパの考察を通じて、ロードマップ小委の「中間報告」から以下の示唆が得られた。
○ 「中間整理」の推計は、対策の技術的ポテンシャルを最大限に見込めば、東日本大震
災前に推定された 2020 年の温室効果ガス排出量を前提として、1990 年比で 25%の排
出削減を達成できる可能性を示唆しているが、東日本大震災による原子力発電の減少
によって、25%削減を国内対策で達成することはもはや不可能になった。
○ そもそも、対策を後押しする政策の合理性と実効性とを考慮にいれると、効率的に導
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入可能な対策の量は技術的ポテンシャルを大きく下回る。特に、社会的割引率を用い
て評価しても、削減費用が非常に大きな対策(太陽光発電等)の普及支援を、温室効
果ガス排出削減の観点から正当化することはできない。
○ 国内対策は、温室効果ガスの削減費用が炭素価格以下のものだけ実行し、不足分につ
いては海外クレジットを利用するのが効率的である。経済モデルによる評価も、海外
クレジットの利用に制限を設けるべきでないことを示唆している。
○ 25%削減目標を達成しても、低炭素投資がイノベーションを生み出すから、マクロ経
済にプラスの影響があるとした小沢試案のモデル分析は、「外生」で設定された技術
変化シナリオの妥当性が検証されておらず、有意な示唆を得ることができない。
○ 「中間整理」で引用された他の 6 ケースのモデル分析は全て、削減目標が大きいほど
マイナスの経済影響も大きいとしていることが重要である。6 ケースの中には小沢試案
のモデルを用いて、技術シナリオを BAU から変更しないケースも含まれている。
○ 科学的・経済的合理性と衡平の原則に基づく、中期目標の再検討、日本が単独で実行
可能な暫定目標の設定、および長期目標の再検討が必要である。
本ペーパの認識が、気候変動枠組み条約の国際交渉、地球温暖化対策基本法案の審議、
エネルギー基本計画の見直し作業、および再生可能エネルギーの買取価格の設定などに関
する国民議論において共有されることを期待したい。
文献
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社会経済研究所ディスカッションペーパー(SERC Discussion Paper 11028)
タスクフォース(TF, 2009):タスクフォース中間報告、地球温暖化問題に関する閣僚委
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タスクフォースメンバー有志(TF 有志, 2010):環境省「中長期ロードマップ検討会」の
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