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資源循環の化学へ/PDF

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資源循環の化学へ/PDF
1章 資源循環の化学へ
1章
資源循環の化学へ
大量生産・大量消費システムによって膨張した世界の資本主義経済は、その最先端
において金融資本主義の破綻を見せ始めてきており、生産量を拡大し続けてきた化石
資源もその埋蔵量の限界が取りざたされ、最終出口としての炭酸ガス濃度の増加によ
って地球温暖化が進行し、先進国と発展途上国との対立を鮮明にしてきている。
これまで、
“モノづくり”という合言葉の下に、精密巧妙な技術によって多種多様な
製品が作り上げられてきた。そこには、
“新たな価値の創造”が基本的方向性としてあ
り、資源とは“価値の出発点”であった。単純明確な資源から多種多様な付加価値を
持った製品への流れは one-way であり、価値が潰えた“廃棄物”には価値が見出され
ず、人手の掛からない一括混合処理の道筋だけが用意されていた。しかし、現在、化
石資源の高騰や枯渇の
環境基本法
不安は日々現実のもの
循環型社会形成推進基本法 基本的枠組み法
となってきている。わ
一般的な仕組みの確立
が国で 2000 年に制定
廃棄物処理法
資源有効利用促進法
施行された“資源循環
廃棄物の適正処理
リサイクルの促進
型社会形成推進基本
個別物品の特性に応じた規制
法”
(図 1·1)は、一次
資源に乏しい我が国が
容器包装
家電
建設
食品
自動車
最も敏感に“資源問題”
リサイクル法
リサイクル法
リサイクル法
リサイクル法
リサイクル法
に反応し、“資源循環”
グリーン購入法
に舵を切った成果と言
えよう。
図 1·1 循環型社会形成推進のための法体系
1
資源の変化と資源循環へのシフト
高分子材料の資源に関する世界の流れはバイオマスの有効利用に向かっているとい
ってよいだろう。我が国でも 2002 年にBT戦略会議がバイオテクノロジー戦略大綱
を首相に提出し、バイオマス・ニッポン総合戦略(農林水産省)が閣議決定された。
セルロースやデンプンなどの天然高分子素材の活用に始まったバイオマスの有効
利用は、発酵技術や化学的手法によって、ポリエステルやポリカーボネート、さらに
ポリオレフィンの商業生産へと拡がってきている。しかし、客観的に見れば、化石資
源と同様にバイオマス資源にも乏しい我が国にとって、化石資源がバイオマス資源へ
と置き換わったに過ぎず、一次資源の外国依存は本質的に変わることはない。
このような資源の変化の中にあって、我が国は、前述の通り 2000 年に循環型社会
形成推進基本法と 1995 年(平成 7 年)制定、1997 年(平成 9 年)に先行実施された
PET ボトルのリサイクルを皮切りに、個別リサイクル法を制定・施行し、資源循環を
基本理念とする社会システムの構築に動き出した(図 1·2)。
1
1章 資源循環の化学へ
2000
樹脂生産量(万t)
熱回収等の利用量(万t)
有効利用率(%)
1800
1600
国内消費量(万t)
再生利用量(万t)
70
1200
50
1000
40
800
30
600
20
400
10
200
0
平成
%
60
1400
万t
80
0
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 1 4 1 5 16 17 18 19
図 1·2 プラスチックの生産・消費量および廃プラスチックの有効
利用の推移
2
精密重合と精密解重合
社会システムの変革は、技術開発にも明確な方向性を指し示す。リサイクルという
社会システムは、かつて静脈産業という用語で呼ばれてきたように、
“酸素=製品”と
いう不可欠の物質を運ぶ“動脈”ではなく、
“炭酸ガス=廃棄物”という不要物を排出
するための“静脈”と見做されてきた。従って、そこへの技術や人材の投入は極めて
希薄であった。
1990 年代以降、エントロピーの低い純度の高い原料から多種多様な高分子素材を生
み出す“精密重合”技術が著しく進展した。逆に、高いエントロピー状態の使用済み
製品から純度の高い原料を再生する技術は難しく、
“精密重合”以上に精密な反応制御
が要求されるため、付加価値の伴わない分解処理技術の開発は遅々として進まなかっ
た。
長い連鎖で構成される高分子を原料に戻すには、
“分解”反応を制御しなければなら
ない。分解反応としては、熱
POM
解重合性ポリマー
モノマー還元
分解、加水分解、加溶媒分解、
PαMSt
100%
PTFE
酸化分解、光分解、酵素分解
PMMA
90 モノマー
などの多様な反応が利用でき
80
収率 %
るが、分子鎖をランダムに切
70
PS
60
断すると、高分子材料は付加
50
40
30
20
価値の乏しい油状の生成物に
PIB
油化 10
PEO
変換されてしまう(油化、図
PPO
0
1·3)。付加価値の高い有用な
PMA
原料に戻す(モノマー還元、
ランダム分解性ポリマー
PE, PP
図 1·3)には、
“解重合”とい
図 1·3 真空中熱分解による各種ポリマーからの
う重合の逆反応の制御が必要
モノマーへの還元
である。低いエネルギー状態
2
1章 資源循環の化学へ
から高いエネルギー状態に戻すには、高度に制御された反応制御が不可欠である。本
書では、これを“精密解重合”と位置づけ、本書の基本的な技術概念としている。
さらに高度な資源循環技術は、不溶不融化した製品を原料に戻す技術である。本来、
熱をはじめとする様々な外部刺激により分解しやすい高分子材料に対して、その基本
物性に反する“耐久性”、“耐熱性”、“耐水性”などの性質を賦与するために、架橋と
いう方法が採られてきた。共有結合やイオン結合、水素結合などによって化学橋架け
された材料は、高強度と耐久性を併せ持つ一方で、使用後の分解処理が難題となって
きた。この架橋結合を切る反応を“解架橋”という。
“架橋−解架橋”を制御するため
に、さまざまの架橋結合の分子設計や選択的架橋切断方法が開発されてきている。
3
シミュレーション技術の展開
一般に分解反応は、高温や高圧などの激しい条件下で行われる。それは通常の使用
条件下での安定性要求の裏返しである。高温高圧下では、さまざまの反応が同時に進
行しやすく、それらの反応を正確に再現することは容易ではない。従って、このよう
な特殊な条件下での反応を再現するために、シミュレーション技術が開発されてきた。
分解の素反応から導かれる動力学的解析結果と分解生成物の精密分析結果に基づい
て、分解反応挙動が推測される。実測の分解曲線と理論曲線とから、カーブフィッテ
ィング法によって得られた動力学パラメーターを用いることによって、反応条件を変
えた場合の分解挙動の変化を予測することが可能となってきている。
このシミュレーション技術の展開によって、各温度下での反応の種類と推移、選択
的反応触媒の特性解析、ポリマーブレンド/アロイの分解の成分ごとに分離した反応
解析など、多様な分解反応挙動を解析再現できるようになってきた。
4
水平/アップグレードリサイクルに向けて
高分子の“重合−解重合”および“架橋−解架橋”を制御する技術は、一般的に反
応の可逆性を利用する。一つの理想形は、この可逆反応を高度に制御して全く同じ原
料に戻し、さらに全く同じ高分子に再合成する技術である。これが“モノマー還元反
応による水平リサイクル(非カスケード型リサイクル)”である(図 1·4)。この水平
リサイクルは、モノマー−ポリマー間の相互変換
が容易な材料に有利であるが、逆にこのようなポ
リマーはその熱安定性が課題とされる場合が多い。
従って、モノマー還元型水平リサイクルシステム
の主要な技術課題は、選択触媒などの開発による
高度な反応制御だけでなく、ポリマーそのものの
使用時の安定性の担保にある場合が多い。
高分子材料のリサイクルの一つの完成形はモ
ノマー還元型水平リサイクルであるが、必ずしも
水平である必要性はない。高分子の分解反応は、
精密な重合技術によって高度に構造制御された高
図 1·4 カ ス ケ ー ド 型 / 水 平
分子素材を原料にして低分子を得る反応である。
/アップグレードリサイクル
3
1章 資源循環の化学へ
従って、原油や石炭と違い、構造制御された原料を利用するという点において、リサ
イクルの優位性が現れる場合がある。高度なアイソタクチシティーを有するアイソタ
クチックポリプロピレンから、立体特異的な有機化合物に変換することが可能である。
また、分解反応系からの分解生成物の離脱プロセスを制御することによって、特異的
な化学構造をもった有機化合物へと導く方法も開発されている。すなわち、もう一つ
の理想形は“アップグレードリサイクル”である。これらの特異的な化学構造を有す
る有機化合物は、化石資源から直接合成しようとすれば、幾段もの反応過程と多大な
エネルギーを要することが多い。精密重合によって合成された高分子材料を高付加価
値な有機化合物群の原石と捉える高度な資源循環方法である。
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まとめ
化石資源から再生可能資源への資源変換の潮流は、始まったばかりである。持続可
能な社会を構築するために、とりわけ我が国においては“資源循環”が重要なキーワ
ードとなる。これまでの one-way の技術展開は、重合−解重合、架橋−解架橋という
可逆反応の制御へとシフトしつつある。しかし、使用時のポリマーの安定性を担保す
るために、解重合あるいは解架橋という逆反応の制御には、重合や架橋反応とは異な
って激しい反応条件が選択されなければならない。コンピュータをフル活用したシミ
ュレーション技術の展開はこれを可能としてきている。
本書は、高分子の資源循環に関する基本的な技術とその応用に関する方法論を網羅
しており、各章毎に基本となる技術を概説し、次第に応用技術へと発展する構成とな
っている。
用語の説明:
重合−解重合: モノマーからポリマーを合成する反応が“重合”であり、その逆
反応として、ポリマーをモノマーへ変換する反応を“解重合”である。
架橋−解架橋: 高分子の連鎖間の化学的結合や物理的な絡み合いによって橋架け
した構造が“架橋”構造であり、その反応を“架橋反応”という。逆に、その橋
架け構造を切断もしくは解く作用を“解架橋”という。
水平/アップグレードリサイクル: 材料に本質的な劣化がない場合、元の製品と
同等の製品を再生することが可能である。このようなリサイクルを“水平リサイ
クル”という。また、リサイクルプロセスによってより付加価値の高い原材料に
変換することができる場合があり、これを“アップグレードリサイクル”という。
カスケード型リサイクル: カスケードとは“小さい滝”の意味。材料の劣化に伴
い、品質の高い製品から低い製品へ数段階の再生ができる。このようなリサイク
ルをカスケード型リサイクルという。
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