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病理学的特徴からいわゆる多発性の肺線維 平滑筋腫
日呼吸会誌 ●症 39(12),2001. 935 例 病理学的特徴からいわゆる多発性の肺線維 平滑筋腫性過誤腫と診断した 1 例 隆夫3) 辻 中村 清一1) 三上 正志1) 馬場美智子1) 田中 道雄2) 要旨:症例は 50 歳女性.1996 年より胸部 X 線上,数個の結節影が認められていたが変化がないため近医 で経過観察されていた.1999 年 7 月の X 線でその数の増加を認めたため精査目的に当科を受診した.胸腔 鏡下肺生検にて,細気管支様上皮で被覆された空隙を伴った,紡錘形で核の異型性に乏しい平滑筋細胞の増 生からなる腫瘍を認めた.41 歳時に子宮筋腫の既往があり転移性肺平滑筋腫の可能性も考えられたが,そ の病理学的特徴より多発性の肺線維平滑筋腫性過誤腫と診断した.平滑筋の増生はエストロゲン依存性と考 えられており,治療として卵巣摘出が有効と考えられ本例に対しても検討している.本症は転移性肺平滑筋 腫との鑑別が困難とされているが,今回その病理学的特徴からいわゆる肺線維平滑筋腫性過誤腫と診断した 一例を経験したため報告する. キーワード:肺線維平滑筋腫性過誤腫,転移性肺平滑筋腫,エストロゲン依存性 Pulmonary fibroleiomyomatous hamartoma, Metastasizing leiomyoma, Estrogen dependence 緒 言 肺過誤腫は肺原発の良性腫瘍の中では最も多くみられ る疾患であり,多くが軟骨成分を主体とし平滑筋成分を 主体とするものは少ない.平滑筋成分を主体とする肺平 滑筋腫性過誤腫は組織学的にいわゆる良性転移性肺平滑 筋腫(benign metastasizing leiomyoma)との鑑別は困 難とされている.しかし組織学的に腫瘤内部の構造や既 存の気管支構造との関係から肺平滑筋腫性過誤腫1)2)と考 える報告や良性転移性肺平滑筋腫3)4)と考える報告が散見 される.今回我々はその病理学的特徴からいわゆる肺線 維平滑筋腫性過誤腫と診断した一例を経験したためここ に報告する. 症 例 症例:50 歳,女性. 主訴:自覚症状なし. Table 1 Laboratory findings on admission Chemistry TP Alb AST ALT LD ALP LAP ChE γ-GTP Amy CK BS BUN Cre Na K Cl CRP ESR 7.5 g/dl 4.2 g/dl 14 IU/l 11 IU/l 220 IU/l 150 IU/l 42 IU/l 366 IU/l 20 IU/l 68 IU/l 83 IU/l 84 mg/dl 14.7 mg/dl 0.5 mg/dl 139 mEq/l 3.9 mEq/l 103 mEq/l 0.0 mg/dl 9 mm/h Hematology WBC 7.9 × 103 /mm3 Neu 72% Lym 22% Mono 6% Eos 0% Baso 0% RBC 3.86 × 106 /mm3 Hb 12.9 g/dl Ht 37.8% Plt 25.9 × 104/mm3 Tumor markers CEA 0.8 ng/ml SCC 1.0 ng/ml NSE 3.3 ng/ml SLX 34 U/ml CA199 5.6 U/ml CA125 8.3 ng/ml CA153 12 ng/ml 既往歴:41 歳,子宮筋腫(子宮摘出) . 家族歴:特になし. 嗜好:たばこなし,アルコールなし. 野に数個の結節影を認めていた.半年に 1 回 X 線にて 現病歴:会社健診にて 3 年前より胸部 X 線上,両肺 フォローされていた.体重減少,不整出血,黒色便等の 〒150―0013 東京都渋谷区恵比寿 2―34―10 1) 都立広尾病院呼吸器科 2) 同 検査科病理 3) 東京女子医科大学第 1 内科 (受付日平成 13 年 1 月 10 日) 自覚症状はなかった.2000 年 7 月 9 日の胸部 X 線にて 結節影の数の増加を認めたため精査目的にて当科を初診 し,7 月 27 日入院となった. 入院時現症:体温 36.2℃,呼吸数 18 回 分,血圧 120 80,脈拍 72分整,眼瞼結膜に貧血,黄疸なし,表在 936 日呼吸会誌 39(12),2001. リンパ節触知せず,胸部聴診上,心音は清,呼吸音にて めた.組織学的に良く分化した平滑筋細胞よりなる平滑 crackle 聴取せず,腹部にも異常所見を認めなかった. 筋腫で mitosis index は 0∼1 10 HPF であった.腫瘍内 血液検査所見(Table) :血算,生化,腫瘍マーカー 血管の硝子化を認めた(Fig. 3) . 等すべて正常範囲内であった. 入院後経過:両側全肺野に多発する結節影を認めたこ 胸部 X 線(Fig. 1) :両肺野に辺縁整,境界明瞭な結 とから転移性肺腫瘍をまず鑑別する必要があると考え, 節影を多数認めた. 全身検索を行ったが,卵巣に 胸部 CT(Fig. 2) :両側全肺野に径数 mm から 10 mm は認められなかった.また他臓器への転移を示唆する所 見も認めなかった.右 S3,S5 の結節影に対し気管支鏡 程度の辺縁整,境界明瞭な結節影を多数認めた. の 胞を認めるほか異常所見 頭部 MRI:脳転移を示唆する所見を認めなかった. 下肺生検を施行したが確定診断には至らなかった.この 腹部 CT:骨盤内左壁に接して左卵巣に 45×43 mm 胞性病変を認めた. ため右 S5 の結節影に対し胸腔鏡下肺生検を施行した. 骨盤 MRI:骨盤内左壁に接して左卵巣に 45×40×35 病理学的所見:腫瘤は外観上灰白色を呈しており,大 胞性病変を認めた.単房性で内容は一様な漿液 きさは 8×7 mm であった.弱拡像にて腫瘤は周囲肺胞 性の液体であり充実性部分なく,壁の肥厚や結節状の膨 部既存の細気管支壁に密着し,細気管支平滑筋との移行 隆部分はなかった. を認めた(Fig. 5) .強拡像にて腫瘤内に紡錘形で核の異 mm の 壁をわずかに圧排する程度であった(Fig. 4) .腫瘤は一 頸部 CT:明らかな結節性病変を認めなかった. 型性に乏しい平滑筋細胞の増生を認め,硝子化した線維 腹部エコー:左卵巣に 化を伴っていた.Mitosis index は 0 10 HPF であった. 胞性病変を認めた. また細気管支様上皮で被覆された空隙を認めた.その空 Ga―シンチ:全身に明らかな異常集積を認めなかっ た. 隙内に炭粉を含んだマクロファージ等は認めなかった 子宮筋腫(41 歳時) :体部後壁に小手拳大の筋腫を認 (Fig. 6) .組織標本内に平滑筋の塞栓を示唆する所見は 認めなかった. 以上の所見から両側全肺野に多発する結節影は細気管 支様上皮によって被覆形成された空隙を伴う平滑筋細胞 の増生からなり,その病理学的特徴から平滑筋腫性過誤 腫と考えられた.また硝子化を伴う線維化が認められ, 多発性であることからいわゆる多発性の肺線維平滑筋腫 性過誤腫と診断した.平滑筋の増生に関してびまん性肺 過誤腫性脈管筋腫症(LAM)などと同様にエストロゲ ンの関与が考えられていることから,治療としては抗エ ストロゲン療法が推奨されている.本例は卵巣 胞に対 する治療もかねて卵巣摘出を予定している. 考 察 1939 年に Steiner5)にて“benign metastasizing leiomyoma”として報告されて以来,肺の平滑筋腫性病変 Fig. 1 Chest radiograph on admission showing multiple nodular shadows in both lung fields. 1 のかなりの症例が報告されているが,その発生機序に関 2 Fig. 2 Chest CT scans taken in July, 1999 showing multiple nodular shadows in both lung fields. 多発性の肺線維平滑筋腫性過誤腫の 1 例 937 Fig. 3 Histological findings(H.E.×66)taken in 1991, and showing well-differented leiomyoma with scattered mitosis. Fig. 5 Histological findings(E.V.G.×50)showing a mass located adjacent to the bronchiolar wall. It has a transitional zone with bronchiolar smooth muscle. Fig. 4 Histological findings(H.E.×2.5)showing a mass slightly compressing the peripheral alveolar wall. Fig. 6 Histological findings(H.E.×50)showing that the mass was composed of spindle-shaped smooth muscle cells with hyalinized fibrosis and had cystic spaces covered with monolayered bronchiolar epithelium しては意見が分かれている.1979 年 Wolff ら3)は多発性 肺内結節として認められる細気管支様上皮で被覆された 空隙(cleft like pattern)が混在する平滑筋腫に対して 空隙中に炭粉で満たされたマクロファージを認めるこ 胞との移行を認めた, 排する程度である, 腫瘤は周囲肺胞壁をわずかに圧 平滑筋腫性の塞栓を示唆する所見 電子顕微鏡で層状封入体を有する細胞を細気管支様上 を確認できない,などの点から気管支壁平滑筋細胞由来 皮内に認め,II 型肺胞上皮細胞と考えられる,などのこ 今回我々の症例で両側全肺野に多発する結節影は細気 とから空隙を被覆形成する細気管支様上皮は既存の構造 管支様上皮で被覆された空隙(cleft like pattern)を伴 であり, う平滑筋細胞の増生からなる腫瘍であった.しかし Fig. とから正常気道との間に交通があったことを示唆する, 成長速度のゆっくりした転移性腫瘍は正常肺 の過誤腫的過剰増殖状態と考えている. 組織を包み込むような発育をし,腫瘍内に正常肺組織が 5 のように腫瘍内には一層の細気管支様上皮のみが存在 一部残存する,ことから腫瘤は低悪性度の転移性平滑筋 し,他の正常肺組織を認めない形態であった.また空隙 腫と考えた.Herrera ら4)も腫瘤内の細気管支様上皮に 中に炭粉で満たされたマクロファージは認めなかったこ より被覆形成された空隙について,電子顕微鏡上クララ とからもこの細気管支様上皮は既存の構造とは考えにく 細胞や層状封入体を有する II 型肺胞上皮細胞を認め, く,平滑筋腫内で過誤腫性に発生したものと考えた.ま 腫瘤近傍の肺構造と類似していることから低悪性度の転 た腫瘤は周囲肺胞壁をわずかに圧排する程度であったこ 移性平滑筋腫による組織像と主張している. と(Fig. 3)や腫瘤は一部既存の気管支壁に密着し,気 一方,Spencer ら1)は呼吸細気管支や小気管支壁に基 管支平滑筋との移行を認めたこと(Fig. 4)からも,本 本的に存在する平滑筋組織の過誤腫性の増殖と考えてい 多発する腫瘤は 例における被覆形成された空隙を伴う平滑筋細胞の増生 いずれも気管支壁に密着し,組織学的に気管支平滑筋細 が正常肺組織を包みこんでいるものではないと考えた. 2) る.若山ら は 男子発生例がある, は気管支平滑筋の過誤腫性増殖であり,転移性平滑筋腫 938 日呼吸会誌 39(12),2001. また組織標本内に平滑筋細胞の塞栓を示唆する所見は認 文 めなかったこと,腫瘍内の平滑筋細胞に核分裂像はほと んど認めないことも上述の考察に矛盾しない所見であっ た.なお腫瘤のクロナリティーを解析して転移性(単ク 献 1)Spencer H : Pathology of the lung, 4 th edition, Pergamon Press. Oxford 1985 ; 1061―1096. ローン性)か過誤腫性(多クローン性)かを同定する報 2)若山 恵,渋谷和俊,渋谷宏行,他:男子に発生し 告6)7)も散見されている.残念ながら我々の症例では解析 た多発性肺平滑筋腫性過誤腫の 1 例.呼吸 1988 ; を行っていないが今後有力な診断方法として期待され る. 1983 年 Martin8)は多発性平滑筋腫瘍を 3 群に分類し た. 7 : 111―117. 3)Wolff M, Silva F, Kaye G : Pulmonary metastases 成人女性に発症し,子宮筋腫に関与するもの, 男性,小児に発生し,他の部位からの転移と考えられる from smooth muscle neoplasmas. Report of nine cases, including three males. Am J Surgical Pathology 1979 ; 3 : 325―342. 男性,女性,小児にいずれも発生し,転移病巣 でないもの,である.の原発巣として伏在静脈,横隔 4)Herrera GA, Miles PA, Greenberg H, et al : The ori- 膜,軟部組織等が報告されている3).このうち伏在静脈 a case with ultrastructure and review of previous 原発の平滑筋肉腫の男子症例3)で,転移によると考えら cases studied by electron microscopy. Chset 1983 ; もの, れる多発する肺腫瘤による呼吸不全死亡例が報告されて gin of the pseudoglandular spaces in metastatic smooth muscle neoplasm of uterine origin. Report of 83 : 270―274. いるが,他には死亡例の報告はない.このため男性,小 5)Steiner PE : Metastasizing fibroleiomyoma of the 児に関しては特に平滑筋肉腫の有無が重要であると考え uterus. Report of a case and review of the literature. られる.治療に関して,従来より子宮筋腫や同じ平滑筋 増殖性疾患であるびまん性肺過誤腫性脈管筋腫症 (LAM)などはエストロゲン依存性といわれており,抗 エストロゲン療法が奏効することがある.肺線維平滑筋 腫性過誤腫や転移性肺平滑筋腫においても抗エストロゲ ン療法として卵巣摘出9),プロゲステロン投与10),LHRH アナログ投与11)が行われ有効であった症例が散見さ れるが,経過観察している症例も多数みられる.また LAM 同様エストロゲンレセプターと治療効果は相関し Am J Pathology 1939 ; 15 : 89―109. 6)Kato N, Endo Y, Tamura G, et al : Multiple pulmonary leiomyomatous hamartoma with secondary ossification. Path International 1999 ; 49 : 222―225. 7)Tietze L, Gunther K, Horbe A, et al : Benign metastasizing leiomyoma : A cytogenetically balanced but clonal disease. Human Pathology 2000 ; 31 : 126― 128. 8)Martin E : Leiomyomatous lung lesions. Am J Roentogenal 1983 ; 141 : 269―272. ない11)といわれている.プロゲステロンレセプターにつ 9)大和邦雄,小林淳晃,竹澤信治,他:卵巣摘出術が いても同様に相関せず,レセプター陽性症例に対するプ 有効であった benign metastasizing leiomyoma の 1 ロゲステロン投与で逆に腫瘍を増殖させるという報告12) もある.本例においては卵巣 腫も認めていたことから 治療として卵巣摘出を検討している. 今回我々はその病理学的特徴からいわゆる多発性の肺 線維平滑筋腫性過誤腫と診断した一例を報告した.しか し低悪性度腫瘍とされる転移性肺平滑筋腫を完全に否定 することは危険であり,その可能性も念頭に置きながら 治療後も経過観察する必要性があると考えている. この論文の要旨は,第 139 回日本呼吸器学会関東地方会に おいて発表した. 例.呼吸 1997 ; 16 : 479―483. 10)茂木 充,高柳 昇:プロゲステロン投与で肺腫瘤 の縮小を認めたいわゆる benign metastasizing leiomyoma の 1 例.日胸疾会誌 1993 ; 31 : 890―895. 11)大野喜代志,桑田圭司,橋本純平,他:多発性肺平 滑 筋 腫 性 過 誤 腫 の 1 例.日 胸 外 会 誌 1996 ; 44 : 129―134. 12)Cohen JD, Robins HI : Response of benign metastasizing leiomyoma to progestin withdrawal. Eur J Gynaec Oncol 1993 ; 14 : 44―45. 多発性の肺線維平滑筋腫性過誤腫の 1 例 939 Abstract A Case of Multiple Pulmonary Fibroleiomyomatous Hamartoma Takao Tsuji2), Seiichi Nakamura1), Masashi Mikami1), Michiko Baba1) and Michio Tanaka1) 1) Department of Pneumology, Tokyo Metropolitan Hiro-o General Hospital, 2―34―10, Ebisu, Shibuya-ku, Tokyo, 150―0013, Japan 2) First Department of Medicine, Tokyo Women’ s Medical University, School of Medicine, 8―1, Kawata-Cho, Shinjuku, Tokyo, 162―8666, Japan A 50-year-old woman had been followed up at another hospital since 1996 because of multiple nodular shadows in both lung fields on chest radiography and CT. She was admitted to our hospital on 27 July 1999 to undergo further examination for the chest shadows, which had become enlarged since 1998. One of them was surgically removed by using video-assisted thoracoscopy. Its pathological features showed a mass composed of spindle-shaped smooth muscle cells, located adjacent to the bronchiolar wall and connected with the bronchiolar smooth muscle. Moreover, the mass had cystic spaces covered only with monolayered bronchiolar epithelium. Therefore, the mass was considered to be a hamartomatous proliferation of bronchiolar smooth muscle rather than a metastatic tumor of uterine leiomyoma. This case was thought to be important, since there are few reports concerning the pathological features of multiple pulmonary fibroleiomyomatous hamartomas.