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ケーヒン技報 Vol.5 (2016)

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ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
Keihin Technical Review Vol.5 (2016)
目次 CONTENTS
巻頭言 Foreword
ケーヒン技報 Vol.5 の発刊に際して. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1
A Message for the Keihin Technical Review Vol.5
代表取締役社長 横田千年
Chitoshi YOKOTA, President and CEO
寄稿 Contribution
100 年後のクルマ. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2
Automobiles in the Future of 100 Years
東京大学 新領域創成科学研究科 堀 洋一
Yoichi HORI, Graduate School of Frontier Sciences, University of Tokyo
技術展望 Technical Outlook
将来の電動化を含めた環境動向. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4
Environmental Trends Including the Future of Electricization
開発本部第0開発部 鉢呂俊隆
Toshitaka HACHIRO, Development Department 0, R&D Operations
論文 Technical Papers
2モータハイブリッドシステム用 ECU の機能安全対応. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9
Compliance of ECU for Two-Motor Hybrid System to Function Safety Standards
植野修吾・笹尾拓郎・菅野和哉
Shugo UENO・Takuro SASAO・Kazuya SUGANO
プリント基板のイオンマイグレーション解析. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
Deterioration of Insulation in Printed Circuit Boards due to Ionic Migration
田井慎太郎・浜野瑞樹・鷺谷吉則
Shintaro TAI・Mizuki HAMANO・Yoshinori SAGIYA
Sn-Ag-Cu 系はんだの低温環境下での材料特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20
Material Properties of Sn-Ag-Cu Solder Under Low Temperatures
平井維彦・大森功基・佐藤恵美・伊草和馬・土屋秀雄
Yukihiko HIRAI・Kouki OOMORI・Emi SATO・Kazuma IGUSA・Hideo TSUCHIYA
FCV 用高圧水素供給バルブにおけるパイロット弁仕様の開発. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26
Development of the Pilot Valve Seat Design for High Pressure Hydrogen Supply Valve
滝沢啓太・加藤隆秀・岡野正嗣
Keita TAKIZAWA・Takahide KATO・Tadatsugu OKANO
技術紹介 Technical Digests
ハイブリッド車向けパワーコントロールユニット . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32
Power Control Unit for Hybrid Vehicles
パワーモジュール ギ酸還元はんだ接合. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 36
Oxidation-Reduction by Formic-Acid for Power Module Soldering
新型 FCV 向けバルブ製品開発 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38
Development of Valve Products for New FCV
中型車向け小型軽量 HVAC. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 42
Compact and Lightweight HVAC for Medium Size Car
特許 Patents
燃料供給装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44
Fuel Supply Device
エンジン制御装置. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44
Engine Control Device
燃料噴射装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 45
Fuel Injection Device
電圧検出装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 45
Voltage Detecting Device
エバポレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 46
Evaporator
金型鋳造用のスクイズピン回路,及び油圧ユニット. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 46
Squeeze Pin Circuit for Die Casting, and Hydraulic Unit
巻頭言
ケーヒン技報 Vol.5 の発刊に際して
横 田 千 年
Chitoshi YOKOTA
代表取締役社長
ケーヒン技報 Vol.5 の発行に際して,一言ご挨拶を申し上げます.
2012 年に最初の技報を発行してから5年目となります.その間に二輪車,四輪車ともに
新たな方向へと進みだしました.弊社は今年創立 60 周年を迎えます.ここで,自動車産業
を振り返ってみますと,1950 年代に世界で始まった自動車の拡大は,人の移動を劇的に自
由なものとしました.そして自動車は,人々の夢を実現するものとして,より速く,より快
適に,より進化したデザインへと発展してきました.しかし,こういった利便性や快適性
のプラス面に対し,現実には交通事故による死傷者や,大気汚染,さらには地球温暖化と
いう負の側面も大きな社会問題となりました.これらを対策することに過去 40 年以上,莫
大なエネルギーが費やされてきたのです.
ガソリンエンジンの排気ガスは年々その規制が厳しくなり,出力の増大にもかかわら
ず,この 20 年間に 1/1000 までハイドロカーボンを減らしてきました.また,燃費もこの
40 年で約 80% も改善されています.これらの基本技術は,燃料をきれいに効率よく燃焼
させる,インジェクタや電子部品によるエンジン制御が大きく寄与しています.ケーヒン
の技術がこうした進化に役立っていることは,我々にとって大きな喜びであると共に,弊
社の事業拡大を実現してきました.そして社会は更に要求を増し,ハイブリッドや EV,燃
料電池など新しいパワープラントの普及が必要となっています.自動車は,まさに電子制
御の塊となっていくことでしょう.
すでに現在の自動車には,アクセルペダルの信号を基にエンジンを制御するシステム,
走行エネルギー回収とブレーキの統合制御,カメラによる走行制御,またキャビン内の空
調も含めた省電力化,などの先進技術が適用されています.このように,走る,曲がる,止
まる,の基本機能の自動化に加え,NAVI や多くのセンサを活用することで,将来の自動運
転を実現しようとしています.現在は,まだまだ技術的な課題や,社会的な運用の課題が
大きいものの,完全な自動運転が実現すれば,人間のミスが排除され,事故のない社会も
可能になるかもしれません.ぶつからないことを前提にすれば,全方位に対してキャビン
を守る強度から開放され,1.5 t もある車両も大幅に簡素化できます.そして,クルマその
ものの効率アップだけでなく,製造する際の CO2 も大きく削減できる,そんな相乗効果ま
で期待でき,より環境にやさしい時代になることが考えられます.いずれにしても,ケー
ヒンの持つ技術や品質が,こういった進化に大きく役立つと確信しています.
より良い社会を実現して行くのは,間違いなく技術の積み重ねです.ケーヒン技報が技
術者の皆さんの啓発の場として活用され,更なる技術のチャレンジへとつながり,ケーヒ
ンがユニークな先進技術集団になっていくことを期待しています.
-1-
寄稿
100 年後のクルマ
堀 洋 一
Yoichi HORI
東京大学大学院新領域創成科学研究科
先端エネルギー工学専攻 教授
1978 年東京大学工学部電気工学科卒業,1983 年同大学院博士課
程修了.助手,講師,助教授を経て,2000 年 2 月電気工学科教授.
2002 年 10 月生産技術研究所教授.2008 年 4 月より現職.専門は制御工
学で,モーションコントロール,メカトロニクス,電気自動車などの
分野への応用研究.最近はワイヤレス給電の研究と普及に注力.電気
学会産業応用部門元部門長,自動車技術会技術担当理事,日本能率協
会モータ技術シンポジウム委員長,キャパシタフォーラム会長,日本
自動車研究所理事などを勤める.IEEE Fellow,電気学会フェロー.
今年(2016 年)3 月,経産省自動車課がとりまとめた「E V・P H V ロードマップ」では,
2030 年の新車販売に占める EV・PHV の割合を年 20~30% まで引き上げるという大目標
を受けて,2020 年の目標として最大で 100 万台という具体的な目標値を出した.現在の累
計販売台数は 14 万台であるが,他の EV・PHV 先進国の積極的な姿勢等も踏まえ,多くの
業界のコンセンサスを得た現実的な台数である.これに関連して充電設備などの目標や取
り組むべき課題も要領よくまとめられている.評判もよいと聞いているので,是非一読し
ていただきたい.これは真面目な話.
一方,ガソリンと電気のエネルギー形態はまったく違うのに,なぜ電気自動車に「止まって」
「短時間で」
「大きな」
エネルギーを入れようとするのか,依然として不思議である.ガソリンを
道路に噴霧し,クルマはそれを吸い込んで走るなどというのはまず無理だろう.しかし電気は
実質同じことができる.クルマにエネルギーを供給する手段と,どう使うかとは関係ないはず
であるが,電池を使うと両者は強くリンクされて,
「航続距離」という概念ができてしまう.
(2)
妹尾堅一郎氏(1)
によれば,世界は 100 年ごとのパラダイムシフトを経験してきたとい
う.18 世紀のコンセプトは「物質」
である.モノを作るために産業革命が起こり,モノを運ぶ
鉄道,船舶などのネットワークが構築された.19 世紀のコンセプトは「エネルギー」
で,石油
を中心とするエネルギー革命が起こり,エネルギーを運ぶネットワークが世界を席捲した.
そして 21 世紀は,20 世紀に生まれたコンセプト「情報」を具現化する時代であって,今
までとは異なる新しいビジネスモデルが必要だという.Google,Amazon,Apple など勝ち
組のやり方を見れば,ユーザは単なるインターフェースである安価な端末を持つだけで
あって,肝腎の知能はネットで接続された Cloud にある.
18世紀
19世紀
20世紀
21世紀
コンセプト
物質
エネルギー
情報
世界観
-
革命
-
↘唯物史観
↘宇宙観
↘情報世界観
→産業革命
→エネルギー革命
→情報革命
ネットワーク
→モノを運ぶ
→エネルギーを運ぶ
→情報を運ぶ
100 年ごとのパラダイムシフト(妹尾堅一郎の講演から筆者作成)
-2-
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
iTunes で買うのは音楽そのものであって CD は必然ではないのと同じように,クルマが
提供するのが運転の喜びと快適な移動というサービスだとすれば,また,クルマを所有す
る欲望が現代の若者から消え去りつつあるとすれば,少なくとも大きなエネルギーを持ち
運ぶ,エンジン車,電池電気自動車,燃料電池車はすでに時代錯誤の商品である.クルマが
ナビによってインフラに接続され,I o T によってますますネットにつながる時代には,ク
ルマは「エンジン」
「Li イオン電池」
「急速充電」に代わって,
「モータ」
「キャパシタ」
「ワイヤ
レス」で走るだろう.これは,妹尾のいう産業構造論の流れに沿った,歴史の必然である.
電車のように,電気自動車に電力インフラから直接エネルギーを供給すれば,一充電「航
続距離」は意味を失う.停車中の「ちょこちょこ充電」と走行中の「だらだら給電」によって,
クルマは大きなエネルギーを持ち運ばなくなり,最後の数mを担う「ワイヤレス給電」と,
寿命が長く短時間の大電力の出し入れに優れる「キャパシタ」が重要な役割を果たすだろ
う.光ネットワークの大幹線はすぐそこまで来ており,最後の数mを高速 WiFi が担うこ
(4)
ととよく似ている(3)
.
ワイヤレス給電のインフラを普及させる方が,大容量電池を積んだ電気自動車を普及さ
せるより社会コストははるかに小さくなり(脚注),資源問題に左右されるリスクもうんと小
さくなるはずである.さらに言えば,クルマ会社がクルマを売るためには,給電インフラ
を整備しメンテすることになるかもしれない.鉄道では,饋電インフラもそこを走る車両
のどちらも同じ会社のものであるのと同じように.これは夢物語だろうか.
いま,9 月 4 日に京都で開催された「永守賞」授賞式から帰ってきたところである.式典
の中でカーネギーメロン大学の金出先生の対談があり,
「自動運転は 20 年も前の先生の研
究にさかのぼる.素晴らしい先見の明ですね」という質問に対し,先生は「先見の明などな
い.そのときは明日にでもできると思ってやっていた」と答えられた.これは正しい.自分
の情熱のなさを恥じた.モータ/キャパシタ/ワイヤレスは,100 年後ではない,明日に
でもできる,と言い方を変えようかと思う.
参考文献
(1)妹 尾 堅 一 郎・生 越 由 美:社 会 と 知 的 財 産 ,放 送 大 学 教 育 振 興 会 ,p p . 1 6 0 - 1 7 0 ,
ISBN4595308396 (2008)
(2)経 済 産 業 省・特 許 庁 : 事 業 戦 略 と 知 的 財 産 マ ネ ジ メ ン ト ,発 明 協 会 ,p p . 1 0 - 2 4 ,
ISBN4827109699(2010)
(3)堀:100 年後のクルマとエネルギー(巻頭言),電気学会誌,Vol.134, No.2, p.1 (2014)
(4)
「モータ」
「キャパシタ」
「ワイヤレス」というパラダイム,電気雑誌 OHM,3月号,p.4
(2016)
(脚注)走行中ワイヤレス給電のインフラを作るためは膨大な費用がかかるだろうという人は少なく
ない.そこでこういう話はどうだろう.2012 年 4 月に 162km が部分開通した新東名高速道路
は人件費などすべて含めて 2.6 兆円かかった.割り算すると 1km あたり 160 億円,1m あたり
1,600 万円である.3m も走れば家が建つ.東京湾アクアラインや最近の地下鉄は 1m あたり約
1 億円という.その中にワイヤレス給電の設備を含めることはそれほど難しいことだろうか.
-3-
技術展望
将来の電動化を含めた環境動向
将来の電動化を含めた環境動向
鉢 呂 俊 隆
Toshitaka HACHIRO
開発本部第0開発部 部長
1.はじめに
数年前より,アメリカを始めとする,輸送機器の環境影響を最小限に抑えていくための
法規が次々と施行され,それに対応すべく OECD 諸国では最近時顕著にハイブリッドを含
む電動化への移行を拡大してきている.一方で非 OECD 諸国においても大気汚染及び温暖
化対策として先進国とほぼ同等レベルの規制値を予定する国も増加し,電動化や,環境影
響に対する意識の高まりが見られる.
ここでは,将来地球規模での環境影響の最小限化と,技術の更なる発展,及び持続可能
なエネルギーの使用方法をうまくバランスを取っていくことが必須となるため,環境の影
響や規制動向,及び最近の技術を紹介する.
2.環境法規動向
環境法規として,ここで大きく分けると2つ有り,人体や生態系,自然環境に直接影響
するもの(= EMISSION,以降 EM 規制)
と間接的に影響するもの(= FE/GHG,以降 CO2
規制)であるが,北米を中心に C O2 規制も E M 規制に含む動きもあり,両方の法規を睨ん
だ開発が昨今激化している.
まず,年々厳しくなる EM 規制対応だが,それにミートするための走行モードに関して
は各国まちまちであり,規制値自体が厳しくても特定のモードにミートすれば良いという
認識(ディフィートデバイス)のメーカも出現し,昨年から今年にかけ大問題に発展したの
は記憶にも新しい.そのため,モードによらず EM 規制値にミートさせる新たな厳しい取
組が加速的に採用される運びとなる.一つは国連(UN)が提唱する WLTP(世界共通テス
トモード)で,もう一つは RDE(Real Driving Emission)である(Fig. 1).特に RDE は実際
の試乗走行でテストとなるため,各メーカの真の技術力が試される.
C/Y
2015
2016
2017
2018
2019
WLTP*
2020
2021
2022
EUは2017/9月より
⇒PM及びA/C含めた燃費計測の為の世界共通テストモード及び手順
Monitor
RDE (Real Driving Emission)
⇒実走行での排出量規制;現在適用検討中
*WLTP/C (Worldwide harmonized Light-duty Test Procedure/Cycle)
Fig. 1
Test mode application schedule
-4-
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
次に CO2 規制に対して,地球温暖化に直接関係するため,昨今は非 OECD 国に関して
も日本より厳しい規制値を設定し,先進技術を取
り入れる姿勢がうかがえる.F i g . 2 に示す(各法
国の規制値は 2017 年で日本を超え,ICE(Internal
Combustion Engine)
の限界に達する.
特に注目するのは E U R O の規制で 2021 年から
の 95g/km CO2 規制である.ガソリン内燃機関だけ
ではほぼ限界にきているが,非 O E C D 国において
も,100g / k m C O2 規制が提案,そのため天然ガス
を含む Alternative 燃料(ガソリンより CO2 発生量
が少ない)も推奨されてきている.
また現在 EURO では 2025 年以降に 70g/km CO2
CO2 (g/km) calculated on NEDC unit
規,社外調査結果を自社で作成)ように,インド,中
CO2 /FE/GHG regulation
40
60
FCV/EV, ICE+PHEV
≒70g/km Proposal
80
ICE+HEV
100
120
ICE
160
180
2015
2020
2025
2030
C/Y (US:M/Y)
規制も提案されているので,もはや何らかしらの電
動化,Alternative 化技術の導入は必須となる.
Japan
China
USA
EURO
India
140
Fig. 2
Current CO2 relative regulation
3.適用技術に対する環境への影響
前節でも述べたように,今まで自動車が登場してから,環境への負荷を減らすために,
色々な取り組みがあり,その中で電動化がかなり注目されているが,車一台分で CO2 が削
減できても,パワーソースによっては,地球規模で可能かどうかも検討課題になってきて
いる.考え方の基本としては「エネルギーフロー」ベースに車両走行全体の仕事量を作成す
ると,Fig. 3 のようなイメージである.
Fig. 3 をベースに EV 化,PHEV 化のエネルギーフローを検討すると「機関損失」
の領域
が圧倒的に削減できるが,重量増により「走行抵抗」領域の仕事が増大する.また充電を考
慮しなければならないため「Well to Wheel」的な考えが必要となる.そのため,各国の CO2
原単位をベースに Fig. 4 でイメージを作成した.
機関損失
ENG損失
ポンピング損失
機械摩擦損
出力損失
排気熱損失
冷却損失
アイドル消費損失
パワートレイン性能
エリア
電力消費
T/Miss
ブレーキライト
空気抵抗
その他デバイス
転がり抵抗
走行抵抗
CITY走行エネルギー (Wh)
総燃料使用量
必要加速エネルギー
燃料ポンプ
車体性能
エリア
回転慣性損失
トルコン損失
伝達損失
0wh
Fig. 3
Total energy flow (Sedan car with gasoline with non HEV unit)
-5-
将来の電動化を含めた環境動向
C O 2 原単位は国毎にどの種類の発電所で電気を作成しているかということを考慮し
単位は電気 1k w h 発生させるのに何 k g の C O2 が発生するかを求める基準となっている.
2013 年度時点で日本,ドイツ,アメリカ,中国,インドは HEV を EV/PHEV 化すると逆
に CO2 が増加,中国,インドは単純に EV/PHEV 化のみでも CO2 は増加.要はビジネス
モデルだけでの EV/PHEV 化が CO2 削減に効果があるというのは,あくまでも車一台分
のみで,国毎の削減効果ではない.そのため,充電で車両を走らせるには「真」の国家プロ
ジェクトで戦略的に実施する必要がある.
PHEV (AER10mile+GAS5mile)
EV (15mile)
CO2原単位出典:
IEA Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
150.0%
EV/PHEV化で削減効果有り
CO2 reduction effect (%)
100.0%
現行HEVをEVに代えると悪化
これらの国は発電所の
CO2 原単位を削減しなけ
ればEV化推進しても
逆にCO2 増加の可能性有
発電所タイプは
自然エネルギー
(水力等)もしく
50.0% は原子力発電の
種類が主流
0.0%
HEV⇒EV/PHEV化
-50.0%
NonHEV⇒EV/PHEV化
-100.0%
Country
CO2 原単位
Fig. 4
フランス カナダ イタリア イギリス 日本
0.07
0.17
0.41
0.44
0.47
ドイツ アメリカ 中国
0.47
0.51
0.77
インド
0.88
Image of reduction model based on CO2 unit (calculated by Power source type)
4.将来環境に応じた技術とは
日本以外の国では,色々な燃料の対応可能な車両も販売し C O 2 の削減とエネルギーセ
キュリティの両立を図っている.インフラ等の国家戦略含め,エネルギーの多様性対応が
今後のキー技術になるためである.その理由として陸続きがほとんどということと,一国
だけで CO2 の削減とエネルギーセキュリティができないため,他国を交えた燃料の多様性
及び,自然エネルギーの開発を実施してきている.Fig. 5 では現行化石燃料毎の発熱量あ
たりの CO2 発生割合,Fig. 6 では Li-ion 電池をベースとしたエネルギー密度の優位性を示
している.
Fig. 5 よりガソリン基準でそれぞれの燃料における CO2 発生割合を比べると,当然では
あるが,蒸留順もしくは低炭素系で少なくなるのと,埋蔵量の比較的多い天然ガスは化石
燃料の中では今後のエネルギーセキュリティに向いている.また Fig. 6 のエネルギー密度
の倍率で比較しても現行の化石燃料は Li-ion 電池に対し,重量,体積のどちらを基準にし
ても勝っている.例えば,将来バッテリーが重量エネルギー密度で 10 倍進化すると,ガソ
リンや天然ガスの 50% 程度となるので,内燃機関効率を考慮すると同等かもしれないが,
バッテリーの充電時間も 10 倍とまで行かないが,現在の5倍以上となる可能性があるの
-6-
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
で,使い勝手と,更なる急速充電に対する安全性も課題になると予測される.Fig. 7 では現
状及び将来の日本 / 中国での EV/PHEV 普及台数を示している.中国は 2020 年で日本の
5倍ほどの普及を目指しているので,今後の環境を見据えた技術進化はますます注目され
ることとなる.
また中国におけるインフラ計画も堅実に検討されていて,今は石炭火力による,電力供
給ではあるが,Fig. 8 のように既に日本以上に自然由来の発電を行っていて,EV 化に向け
国策として CO2 削減に向けた計画が進められている.
ガソリンを基準に各燃料の
発熱量あたりのCO2発生割合
エネルギー密度(kwh/kg or L)倍率
(Li-ion 80%効率,他30%効率で試算)
1.1
1
軽油
12%削減
エタノール
体積エネルギー密度
(倍率)
2.3%増加
10
良
0.9
ガソリン
5
25%削減
0.8
Fig. 5
LN
G
G
然
ガ
ス
LP
天
灯
油
ガ
ソ
リ
ン
軽
油
油
重
A
B
,C
重
油
0.7
LPG
ブタノール
メタノール
Li-ion電池
0
0
良
10
Fig. 6
500
2020
Target
120
Japan
良
Energy density per unit Mass and Vol
EV/PHEV Quantity
80
30
20
重量エネルギー密度(倍率)
Effect for generated CO2 ratio
500
天然ガス
100
China
40
万台
0
2011
Fig. 7
2012
2013
2014
2015
2020
Current and future target quantity of EV/PHEV
出典:2015/11/29 日中省エネ環境総合フォーラム,次世代自動車新興センターホームページ参考にケーヒンで作成
発電タイプ
火力発電
原子力発電
発電容量(万KW)
中国(2015/11)
99021
倍率
(日本を1倍として)
日本(2015/3)
19336
5.12
2608
4426
水力発電
31937
4906
6.51
風力発電
12934
275
47.03
4318
409
10.56
2
51
0.04
150820
29403
69.85
太陽光,熱発電
地熱発電
合計
Fig. 8
Electrical power supply comparison for each plant type (Japan/China)
-7-
0.59
将来の電動化を含めた環境動向
5.まとめ
激動する環境開発において,2050 年時点を想定すると,先進国はガソリンやディーゼル
車の乗り入れ自体を制限する可能性も有り,EV 化は時代の流れでは有る.しかし,現在の
最大の関心事はバッテリーの進化であり,化石燃料に対して,コスト,走行レンジ,サイズ,
重量,安全性,信頼性,耐久性と多くの課題を克服することが求められる.また部品点数が
内燃機関での自動車に比べおよそ 200 分の1程度に少なくなるので,世界中で多くの新規
メーカが参入でき,自動車自身の安全信頼性も問われることとなる.そのため,EV 化では
本来考慮しなければならない環境に対する考え方が薄められ,使い勝手及び自動運転等も
視野に入れた,
「売れる車つくり」が中心となり,技術開発が疎んじられる可能性がある.
今後の真の環境開発は,あらゆる可能性と常に先を見て,先進国向けだけではなくグ
ローバル観点及び,国策と持続可能なエネルギーを考慮した,トータルシステムでの技術
開発が更に求められる.
参考文献
(1)IEA Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition (Fig. 4)
(2)2015/11/29 日中省エネ環境総合フォーラム (Fig. 7)
(3)次世代自動車新興センターホームページ (Fig. 7)
(4)2016/8/29 日経新聞社説 (Fig. 8)
-8-
論文
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
2モータハイブリッドシステム用 ECU の
機能安全対応※
Compliance of ECU for Two-Motor Hybrid System to Function Safety Standards
植 野 修 吾*1
Shugo UENO
笹 尾 拓 郎*2
Takuro SASAO
菅 野 和 哉*1
Kazuya SUGANO
Function safety standards (ISO26262) were issued as International Standards for automotive electronic parts
in 2011. In designing an ECU for the two-motor hybrid system to comply with the standards in question, we
designed a system composing of one microcomputer in order to keep the addition of parts to a minimum. In this
paper, we mainly discuss the safety functions surrounding the microcomputer.
Key Words: EV and HV systems, motor drive system, system technology, Functional Safety, ISO26262
1.まえがき
題となっている.一般的には Dual Lock Step
方式のマイコン採用,監視マイコンの採用等
車載用電子部品に対する国際規格として機
の対策が採られるが本稿ではコスト,基板サ
能安全規格(ISO26262)が 2011 年に発行され
イズで有利となる1マイコンシステムにより
た.自動車はますます高機能化,複雑化してい
機能安全規格対応を行った.
く.これに伴い電子部品の故障が大事故の原
2.課題
因になることも考えられる.しかし,自動車開
発は分散開発が主流であり,各部品個別の対
2.1. 機能安全規格対応時の課題
応では自動車の安全を確保することが難しく
(1)
なっている
.この対策として機能安全規格
機能安全規格対応時の技術的な課題は,マ
を適応し自動車の安全を確保している.機能
イコンの診断率の向上と非干渉性の確保で
安全規格では安全方策を組み込むことで,各
ある.規格では SG(Safety Goal)を満足する
部品の故障,異常が発生したときに事故につ
ことが求められる.診断率の向上としては,
ながるリスクを許容できるレベルまで下げる
F i g . 1 に示すように部品 C 故障時の車両挙
ことを要求している.2モータハイブリッド
動が S G を脅かすとき,部品 C の故障検知機
用 ECU は OEM で規定された車両挙動につい
能を追加し,部品 C が故障しても S G を脅か
て ASIL B(Automotive Safety Integrity Level
す前に安全状態に移行可能なシステム構成が
B)の要求を受け開発を行った.A S I L B の規
必要となる.また非干渉性とは,F i g . 2 に示
格適用時は故障率が 100F i t 以下かつ診断率
すように同一マイコンのソフトウェア内に異
(2)
.この要求を満
なる安全要求レベルのソフトウェアが混在し
足させるために主にマイコン周辺の対応が課
た時,低レベルのソフトウェア(QM:Quality
題となる.また自動車の高機能化に伴い,機能
Management)から安全要求レベルの高いソフ
安全対応によるマイコンの処理負荷増加も課
トウェア(SM:Safety Mechanism)への影響を
90% 以上を要求されている
※2016年8月29日受付,
(公社)
自動車技術会の許諾を得て,
2016年秋季大会学術講演会講演予稿集No.173-16A,
20166363より,
加筆修正して転載
*1 開発本部 第七開発部 *2 開発本部 第六開発部
-9-
2モータハイブリッドシステム用 ECU の機能安全対応
ラムが不要となりソフト処理負荷,検出時間
及ぼさないことである.
さらに機能安全を対応するにあたり,ソフ
の面で有利となる.しかし,マイコン自体のコ
トウェアの処理負荷が増加することでモータ
ストが高いことが課題となる.F i g . 3 に構成
制御に影響することが考えられるため,ソフ
を示す.
トウェアの追加処理を最少としなければなら
※BIST:組み込まれた自己テスト
ない.これらの課題に対応する3つの手法の
特徴を説明する.
Microcomputer
※S G:本稿では O E M で規定した車両挙動を
起こさない安全目標を示す
※QM:本稿では通常制御領域を指す
WDT
Core A
(Main)
WDT
Core B
(For monitoring)
※SM:SG を守るための安全機構
SG
Comparison
circuit
Safety mechanism
WDT: Watch Dog Timer
Fig. 3
SG
Dual core lock step microcomputer system
SM
(Additional fault detection)
2.3. 監視マイコンの追加時の特徴
メインマイコンの診断を監視マイコンで実
SM
C fault detection
Failure of C
Failure of B
Failure of A
Failure of C
Failure of B
Failure of A
Fig. 1
行することでメインマイコン側への診断用ソ
フトウェアを減らすことができる.物理的に
独立したマイコンを使用することで非干渉性
の確保が容易になる.しかし,マイコンの追加
により電源等のマイコン周辺回路も部品点数
SM Outline
が増えることでコスト面,基板サイズが大き
QM
(Safety level low)
Memory
Time
くなる課題がある.Fig. 4 に構成を示す.
SM
(Safety level high)
Memory
Single core microcomputer
(Main)
Time
Monitoring
microcomputer
Safety mechanism
Fig. 2
Conceptual diagram of partitioning
Fig. 4
Monitoring microcomputer additional
method
2.2. Dual Core Lock Step 方式の特徴
2.4. 1マイコンシステムの特徴
Dual Core Lock Step 方式マイコンは従
来方式のマイコンに比べ同じ処理を2つの
最小限の部品で機能安全規格対応を行うた
C O R E で同時に実行し,その結果を比較する
め,コストも安価で基板サイズも小さくする
ことで即座に異常を検出することができる.
ことができる.しかし,診断率を高めるために
また Dual Core Lock Step 方式マイコンに
診断機能を追加することでマイコンの処理負
は BIST
(Built In Self Test)
が豊富に準備さ
荷が大きくなってしまう.同じマイコン内に
れていることが多く,マイコン自身でセルフ
Q M 領域と S M 領域のソフトウェアが混在す
チェックができる.そのため,診断用のプログ
るため非干渉性の確保が難しくなってしまう.
- 10 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
3.対応方法
3.2. 処理負荷対応
診断処理の追加によりマイコンの処理負荷
3.1. システム構成
が増加する.これに対応するために,まず必要
各方式の特徴をまとめた結果を Table 1 に
な診断機能を整理し,診断機能をハードウェ
示す.本稿ではソフトウェアの処理負荷増加
ア部分(マイコン内も含む)とソフトウェア部
を最少とし,要求された FTTI(Fault Tolerant
分への割り当ての最適化を行った.最適化は
Time Interval)を満足し,モータ制御に影響を
コスト面,基板サイズ,処理負荷,FTTI を考
与えずに診断処理が実行できることから,コ
慮して行った(3).診断機能としては主にマイ
スト面,基板サイズでの優位性が出せる 1 つ
コンのペリフェラル診断,各センサの診断,通
の マ イ コ ン に よ る シ ス テ ム 構 成 と し た .基
信診断等が挙げられる.各診断機能の割り当
本的なシステム構成を F i g . 5 に示す.シス
ては次のように最適化を図った.
テムの概要は,まずモータ制御部の診断機能
マイコン内に診断用ハードウェアが実装
を実装し(①:図中),異常検出時には車両を
さ れ て い る 場 合 に は ,そ の ハ ー ド ウ ェ ア を
安全状態に移行できる安全機構を実装する
使 用 す る .例 え ば マ イ コ ン の ペ リ フ ェ ラ ル
(②:図中).またモータ制御を実行するとき
診断についてはマイコン内蔵の E C C(E r r o r
に使用する機能の診断機能をそれぞれ実装す
Correcting Code)機能を使用することで処理
る(③:図中).非干渉性の確保には外部 W D T
負荷影響を最少とした.
(Watch dog timer)診断を行う(④:図中).メ
マイコン内に実装されていない診断機能,
モリの非干渉性(⑤:図中),また通信の非干渉
または実装されているが,処理負荷の増加影
性のために診断機能を追加する(⑥:図中).
響が大きい等の理由で使用できない診断機能
※F T T I:個々の部品故障の発生を起点とし,
についてはハードウェアを追加することで実
SG を逸脱するまでの時間
現する.例えば,時間管理面ではマイコン内蔵
の W D T があるが,マイコン原振の異常が起
Table 1
Monitoring
microcomputer
additional method
Dual Core Lock Step
Microcomputer
CORE A
Compare
CORE B
Constitution
WDT
Monitoring
Problem
Microcomputer
(Main)
SM
• Fewer components
• Software processing
load small
• High cost
Merit
こったときにはマイコン自身で検出ができな
Features of each system
Microcomputer
いため,マイコン外部に WDT 等のハードウェ
One microcomputer
System
Monitoring
Microcomputer
アを追加し異常を検知できる構成とした.
QM
その他の診断機能はソフト処理にて診断を
SM
WDT
Monitoring
SM
• Easy partitioning
• Software processing load
small
• High cost
• Many components
行う.例えば,マイコン内部の演算機能診断等
SM
のソフト処理追加を行った.
• Low cost
• Fewer components
またソフト設計としてはタスク管理による
• Difficult partitioning
• Software processing load
large
ソフト処理の分散化も実施した.これらの対
応策により,マイコンの処理負荷追加を最小
①
限とし,モータ制御に影響を与えずに診断処
Check by SM
⑤
Communication
Communication
module
Each sensor
output
A/Dconverter etc
Fig. 5
①/⑥
理が実行できるソフト設計を実現した.
Memory
SM QM
※ECC:データに異常があったときに検出し,修
①/③
正可能な場合はデータを修正する機能
QM
Motor
control
Task
management
④
②
WDT
Safety
mechanism
3.3. 非干渉性への対応
機能安全規格で定義された非干渉性を確保
Configuration of the peripheral
microcomputer
するためにはソフト処理時間の保護,メモリ
- 11 -
2モータハイブリッドシステム用 ECU の機能安全対応
ができない構成とした.さらに R A M 診断と
保護,通信の保護の3つの独立性確保が必要
(4)
.
DMA 診断を行い,各ハードウェアが正常動作
3.3.1. 時間の保護
し,異常時には検知が可能となることでメモ
機能安全規格では S M 領域のソフトウェア
リの非干渉性を確保した.
となる
が正しい実行タイミングで処理が行われるこ
とを要求している.これに対しソフト処理の
3.3.3. 通信の保護
タスク管理を行い正しいタイミングで処理が
通信の非干渉では Fig. 8 で示すように正し
実行されるソフトウェアの構成とした.Fig. 6
い情報が受信できていることの確保が規格で
にこの構成を示す.ソフト処理のタイミング
求められている.具体的には通信データの周
を外部の W D T で診断し,異常を検出した時
期が正しいこと,データの順番が正しく更新
には車両を安全状態に移行できる構成とした.
されていること,データフレームが正しいこ
とを診断することで通信の非干渉性の確保を
completed completed
start
start
行った.
Time
Task1
Task1
Task2
Abnormality detected
Run time
diagnosis
Fig. 6
• Normality of reception data
Unit A • Confirmation of the
Unit A
transmission partner
• Continuity of data
DATA1
DATA2
WDT
Safety
mechanism
Unit B
Timing monitoring configuration
Unit B
Time
3.3.2. メモリ保護
Checking the time
メモリの非干渉では Fig. 7 のように QM か
Fig. 8
ら S M で使用しているメモリへのアクセスが
Partitioning of communication
無いことが求められている.具体的には RAM
4.まとめ
の非干渉性,RAM へのアクセス時に使用する
DMA(Direct Memory Access)の正常性,プロ
グラムが書かれる R O M の正常性の確保が求
2モータハイブリッドシステム用 E C U の
められる.マイコンにはメモリの保護機能と
機能安全規格対応は1つのマイコンと外部
して MPU(Memory Protection Unit)があるが
WDT により対応を行ったため,部品追加が最
M P U の切り替えに時間がかかり処理能力不
小限となり,低コストで基板サイズの影響も
足になったため,本稿では使用できなかった.
最小限にすることができた.マイコンの処理
そのため S M 領域の R A M を Q M 側からアド
負荷についてもモータ制御に影響を与えずに
レス管理による秘匿化を行い不正なアクセス
処理できるような構成を実現した.
Fig. 9,Fig. 10 に示すようにマイコンのコ
スト比は Dual Core Lock Step 方式マイコン
QM
に対し約 10% 削減.基板面積比は監視マイコ
SM
QM can’t Access
(Concealment)
RAM
ン追加に対し約 5% 減で実現できた.今後の開
RAM
発においても本稿の内容からコスト,性能等
を向上させていき,競争力の高い製品の開発
Fig. 7
を行っていく.
Partitioning of RAM
- 12 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
著 者
Cost
-10%
Dual Core Lock
Step system
Fig. 9
植野修吾
One microcomputer
system
とができました.本論文の執筆にあたりご指
導,ご協力頂きました皆様に感謝申し上げま
Circuit board size
す.
(植野)
-5%
Fig. 10
菅野和哉
機能安全対応した量産機種の開発をするこ
Comparison of microcomputer cost
Monitoring microcomputer
additional method
笹尾拓郎
One microcomputer
system
Comparison of area
参考文献
(1)石末:E P S 開発における I S O26262 対
応への取組み,K Y B 技報第 50 号,p .1-4
(2015)
(2)INTERNATIONAL STANDARD ISO26262
Road vehicle-Functional safety- Part1~
Part9 (2011)
(3)小林:自動車 - 機能安全 - I S O26262 解
説書発行,JARI Research Journal, p1-2
(2014)
(4)土 本:車 載 制 御 シ ス テ ム 向 け パ ー テ ィ
ショニング機構,情報処理学会研究報告
書 Vol.2013-SLDM-160 No8 p1-6 (2013)
- 13 -
論文
プリント基板のイオンマイグレーション解析
プリント基板のイオンマイグレーション解析※
Deterioration of Insulation in Printed Circuit Boards due to Ionic Migration
田 井 慎太郎*1
Shintaro TAI
浜 野 瑞 樹*1
Mizuki HAMANO
鷺 谷 吉 則*1
Yoshinori SAGIYA
Miniaturization of automotive electronic components is required in order to improve comfort in the vehicle.
For this, reduced size and increased density of the printed circuit board becomes indispensable, but issues
then arise with insulation degradation due to ionic migration. In this paper we describe the results of our
observations of ionic migration due to differences in materials in the circuit board and resistor and the electric
field pattern.
Key Words: EV and HV systems, insulation, Ionic Migration
1.まえがき
能は基材毎に単位距離当たりの耐電圧が規定
されており,設計指標として利用できる.耐ト
近年,世界的な環境規制からハイブリッド
ラッキング性能も I S O60664 等の絶縁協調規
カーや電気自動車のような電動パワープラン
格で定義されている内容に準拠した設計とす
トを備える車両が増えている.
ることで製品性能検証にて不具合が出ること
電動パワープラント車では 100~300V 程度
はほぼないが,イオンマイグレーションにつ
の高電圧を発するバッテリモジュールが使用
いては明確な規格も無ければメーカー保証も
され,モータ給電においては 700V 付近まで
ない.この状況から耐イオンマイグレーショ
昇圧されることもある.一方で人員空間は従
ン性能については独自に設計指標を設ける必
来のガソリン車同等の居住性が求められるこ
要がある.
とから,インバータやバッテリ電圧センサユ
耐イオンマイグレーション性能は,温度,湿
ニットでは耐圧性能(絶縁距離)確保と共に小
度等の環境や使用される材料によって大きく
型化が求められる.
変動する.従来の基材には塩素や臭素等を主
ユニット開発においてはこの背反する要求
とした難燃性材料を使用してきたが,近年は
に応えるべく,耐圧設計の最適指標を求める
ハロゲンフリー難燃性材料に切り替わってき
必要がある.インバータを構成するプリント
ており,耐イオンマイグレーション性能への
基板(以下,基板)は高電圧系と低電圧系のパ
影響度を把握することが急務である.
ターンが同一基板内に配線されており,要求
本稿では,温度,湿度によるイオンマイグ
耐圧に応じた絶縁距離の設定をすることで小
レーションの加速性,材料違いによる耐イオ
型化につながる.
ンマイグレーション性能の差が明確になり,
その保証には様々な要素が必要とされる.
イオンマイグレーション観点での適切な絶縁
耐圧性能を保証するための項目は,大別して
距離の設計指標を求めることが可能となった.
耐電圧性能・耐トラッキング性能・耐イオンマ
その結果を紹介する.
イグレーション性能に分けられる.耐電圧性
※2016年8月29日受付,
(公社)
自動車技術会の許諾を得て,
2016年秋季大会学術講演会講演予稿集No.173-16A,
20166364より,
加筆修正して転載
*1 開発本部 第七開発部
- 14 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
2.イオンマイグレーションによる
絶縁劣化について
3.試験方法
3.1. 試料の種類
2.1. イオンマイグレーションとは
試料は6層構造とし,物性値の異なる基材
基板の電極間に電圧を印加すると配線パ
とレジスト材を比較するため,Table 1 に示す
ターン(銅)の陽極側となる部分が電子をもら
ように試料 A,B,C を作成した.試料のサン
うことで表面から金属イオンが基板表面や基
プル写真を Fig. 3 に示す.
材内部に含まれる水分,イオン化促進物質に
Table 2 に示すように,試料は実製品を想定
溶け出し,電界によるクーロン力で陰極側に
し,電極パターンは,くし型(Fig. 4)
,ビアホー
移動し電子交換で再び金属として生成(以下,
,3)
ル対向(Fig. 5)
の2パターン(2)(
,導体間隔
デンドライト)される.この現象をイオンマイ
は 1.0,1.5,2.0mm の3パターンを準備した.
(1)
グレーションという
この試料は,前処理として実製品同等の熱
.
ストレス(はんだ工程による熱印加)を与えて
2.2. イオンマイグレーション発生原理
いる.
イオンマイグレーションは電気化学反応に
よるものであり,陽極側,陰極側では F i g . 2
3.2. 試験条件の設定
のように示され,銅が析出される.このよう
試料 A,B については基材依存性を,試料 B,
に電極金属のイオン化によりデンドライトが
C についてはレジスト依存性を確認するため,
成長し,絶縁劣化を引き起こす.要因として
85℃,85%RH(3)の一定条件で試験を実施した.
は電界,水分,塩素等が起因していることが
さらに,試料 C についてイオンマイグレー
わかる.したがって,高湿度環境下での使用
ションは温度,湿度が大きく影響することか
や塩素を含んだ材料を使用することにより耐
ら,Table 3 に示すように,温度依存性と湿度
イオンマイグレーション性能は低下すると考
依存性が把握できるような条件で試験を実施
(1)
えられる
した.また,印加電圧は DC800V で統一し,導
.
体間隔の違いにより試験を実施した.
metal ion
試験は前述の試料を恒温恒湿槽内に設置し,
anode
cathode
3.3. 試験方法,確認方法
Table 3 の各試験条件に到達した後,パターン
dendrite
端子間に電圧を印加,抵抗値変化の有無でイオ
ンマイグレーションによる故障有無を判定し
Fig. 1
た(4).高温高湿環境のため,一時的に抵抗値が
Ionic migration
下がる場合があるがこうしたものは記録デー
<Water factor>
<Chloric factor>
タを見ながら,イオンマイグレーションか否か
anode
Cu → Cu2+ + 2e−
H2O → H+ + OH−
anode
Cu + 2Cl− → CuCl2 + 2e−
CuCl2 → Cu2+ + 2Cl−
を判定することとした.劣化した試料は,イオ
cathode
Cu2+ + 2OH− → Cu (OH)2
Cu2+ + 2e− → Cu
cathode
Cu2+ + 2e− → Cu
Fig. 2
ンマイグレーション発生状況を目視,および金
属顕微鏡を用いて観察し,全体の様子を把握し
た.次いで,電子プローブマイクロアナライザ
(以下,EPMA)
を用いてイオンマイグレーショ
ンが発生した試料表面の成分分析を実施した.
Ionic migration chemical equation
- 15 -
プリント基板のイオンマイグレーション解析
Table 1
Sample
Board material
Resist
Table 2
Electrode Pattern
Via Hole
することにより進行するので,摩耗故障と同
様のモードを持つ.このことから温度,湿度,
電界強度を加速係数とする式(1)のアイリン
グモデルの寿命式が適用できる.イオンマイ
Sample pattern
グレーションが発生した試料の故障発生時間,
Item
Dimensions (mm) Fig
Clearance (d)
1.0/1.5/2.0
Fig. 4
Electrode Length (e)
20.0
Land Width (g)
1.0/1.5/2.0
Fig. 5
2.54
Hole Pitch (h)
Table 3
および累積故障率からワイブル分析を実施し,
アイリングモデル(5)を利用して試験環境にお
ける基板の寿命時間を算出した.
L = A · exp
Test condition list (Sample C)
Humidity
75%RH
Temperature
75ºC
85ºC
90ºC
イオンマイグレーションは銅が徐々に析出
A
B
C
Traditional Non-Halogen Non-Halogen
FR-4
FR-4
FR-4
Material a
Material b
Material b
Resist a
Resist a
Resist b
Grade
Comb-Shaped
3.4. 分析方法
Sample list
85%RH
( K1 · EaT ) · Sn
(1)
式中の「S n」については,加速係数全般を模
95%RH
擬している.
75%RH/75ºC 85%RH/75ºC 95%RH/75ºC
75%RH/85ºC 85%RH/85ºC 95%RH/85ºC
75%RH/90ºC 85%RH/90ºC 95%RH/90ºC
4.結果
4.1. 試験結果
Via Hole Electrode Pattern
イオンマイグレーション試験結果を
Table 4,Table 5,Table 6 に示す.Table 4 は
85℃,85%RH の同一条件で実施した,くし型
パターン試料 A,試料 B の試験結果である.
各試料の成分詳細は明らかになっていないが,
基材への塩素等の添加に差があり,同成分の
少ないハロゲンフリー材(試料 B)の方で故障
Comb-Shaped Electrode Pattern
Fig. 3
発生時間が長いことから,水分のほか基材成
Board sample
分もイオン化促進物質として影響することが
+Electrode
考えられる.
d
Table 5 は同一の基材を使用した,くし型パ
e
ターン試料 B,試料 C の試験結果である.試
料 B と試料 C の違いはレジスト材のみとなり,
- Electrode
Fig. 4
+Electrode
に比べ,試料 C は2倍以上の 5,000h を超えて
も故障には至らなかった.この結果より試料
F-f phase
h
F
その他は同一となる.試料 B の故障発生時間
Comb-shaped electrode pattern
f
- Electrode
Fig. 5
C のレジスト材は耐イオンマイグレーション
性能が高いことがわかった.
L1
L2
L3
T a b l e 6 に試料 C(ビアホール対向パター
L4
L5
L6
ン)の温度 90℃ 一定,湿度 75% R H,85% R H,
g
95% R H の試験結果を示す.5000h の試験で
は故障発生時間の関係より湿度条件が高い
Via hole electrode pattern
- 16 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
Table 4
Sample
A
(N = 5)
B
(N = 5)
Table 5
Sample
B
(N = 5)
C
(N = 5)
Table 6
は従来から報告されているイオンマイグレー
Ionic migration test results 1 (board
difference)
Condition: 85ºC/85%RH
Grade
Failure Time
222
332
Traditional
338
FR-4
562
586
1,094
1,175
Non-Halogen
1,349
FR-4
1,957
2,419
ション研究結果が再現できていることを裏付
ける内容でもあった.
Unit
4.2. 分析結果
hour
Fig. 7 でイオンマイグレーションが発生し
た試料 C(90℃,75%RH)について EPMA を
用いて成分分析した結果を Fig. 8 に記載する.
hour
F i g . 7 に現れている生成物の成分は C,B a,
O,C u,S,S i,C l,A l,M g である.分析の結
Ionic migration test results 2 (resist
difference)
Condition: 85ºC/85%RH
Resist
Failure Time
1,094
1,175
Resist a
1,349
1,957
2,419
Resist b
No Failure
果,デンドライト部にも Cu 以外のレジスト材
等の成分が検出されていることがわかる.こ
の結果は水分のほか,レジスト材や基材に含
Unit
まれるイオン化促進成分がイオンマイグレー
ションの進展に影響することを裏付ける結果
hour
となった.
今回の試験結果よりワイブル分析行い,ア
hour
Ionic migration test results 3 (humidity
difference)
Condition
Length (mm)
Sample Humidity
1.0
2.0
3.0
75%RH No Failure No Failure No Failure
2,773
3,220
85%RH
No Failure No Failure
C
3,921
1,457
95%RH
1,652
No Failure No Failure
2,069
Unit
hour
hour
Sample: C
Via Hole Electrode Pattern
Land Width: 1.0mm
hour
95% R H の時に発生しやすくなる傾向であっ
た.F i g . 6 は 90℃,95% R H の試験結果写真
Fig. 6
Via hole electrode pattern (Sample C)
と な る .表 面 層 で は イ オ ン マ イ グ レ ー シ ョ
Sample: C
Comb-Shaped Electrode Pattern
ンが発生した状態を観察することはできな
かった.そのため内層間でのショート C A F
(Conductive Anodic Filament)が発生している
と考えられる.
F i g . 7 は,くし型パターン(1.0m m)の湿度
75% R H 一定,温度 75℃,85℃,90℃ の試験
結果である.写真では樹枝状のデンドライト
が確認されているためイオンマイグレーショ
75ºC/75%RH
ンが発生していることがわかる.このことか
ら温度に依存してイオンマイグレーション
Fig. 7
の進展が促進される傾向であり,本試験結果
- 17 -
85ºC/75%RH
90ºC/75%RH
Ionic migration test results 4 (temperature
difference)
プリント基板のイオンマイグレーション解析
イリングモデルの加速係数を求め,寿命を予
た.また,事前に製品に必要な電圧,温湿度,
測した.その結果を Fig. 9 に示す.また,予測
必要寿命時間からイオンマイグレーション観
寿命値より耐イオンマイグレーション性能の
点での適切なクリアランスの設定が可能と
設計指標を設定し,指標を元に作成した製品
なった.
観察結果から,材料個々に寿命特性を有す
での耐久試験を行った結果が問題なかったこ
るため,同じ FR-4 グレードの基材でも新規材
とを付け加えておく.
料適用時には改めて評価を行い,設計指標を
設ける必要があることがわかった.
Sample: C (90ºC/75%RH)
Comb-Shaped Electrode Pattern
Cu
絶縁劣化の要因のひとつとしてイオンマイ
Cl
グレーションによる劣化の推定が可能である
ことは本研究により判明したが,その他の劣
Ba
S
Si
化要因における寿命,寿命予測からの絶縁距
離設計の基準の明確化は今後の課題として継
O
Al
続して研究を続けていく.
Mg
参考文献
C
(1)高薄一弘:電子部品・実装におけるイオン
マイグレーションの評価方法,最先端電
Cumulative Failure Rate [%]
Fig. 8
子デバイス・部品における信頼性試験・評
Ionic migration analysis (Sample C EPMA)
価事例集第1版,東京,2006,技術情報
教会,p.249
99
90
75
50
25
10
5
(2)社団法人日本プリント回路工業会:プリ
ント配線板試験方法 J I S C5012-1993,
1993, 30p
(3)長 嶋 紀 孝:プ リ ン ト 配 線 板 環 境 試 験 方
1
法 J P C A - E T01~09-2007 第3版,東
0.1
京,2007,社団法人日本電子回路工業会,
Sample C (85%RH/90ºC)
Sample C (95%RH/90ºC)
0.01
1
Sample A
Sample B
10
Fig. 9
100 500 1,000
100,000
Failure Time [hour]
114p
(4)長 嶋 紀 孝:ビ ル ド ア ッ プ 配 線 板( 用 語 )
(試験方法)JPCA-BU01-2007 第3版,東
京,2007,社団法人日本電子回路工業会,
Ionic migration analysis
50p
(5)津久井勤ほか:プリント配線板のイオン
5.まとめ
マイグレーションと絶縁信頼性評価法,
東海大学,vol.34, No.1, p.39-50 (1994)
評価手法および条件を定義し試験を行うこ
とにより,温度,湿度,基材,レジスト材によ
るイオンマイグレーションの加速性を明らか
にすることで設計指標を設定することができ
- 18 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
著 者
田井慎太郎
浜野瑞樹
鷺谷吉則
本稿の評価によりイオンマイグレーション
による絶縁劣化の加速性を明らかにすること
で製品に必要な絶縁クリアランスの設定が可
能となりました.今後も様々な仕様に応じた
最適設計ができるよう理解を深めたいと思い
ます.自動車技術会での発表および本技報へ
の執筆におきまして,ご指導・ご協力いただき
ました皆様に深く感謝申し上げます.
(田井)
- 19 -
論文
Sn-Ag-Cu 系はんだの低温環境下での材料特性
Sn-Ag-Cu 系はんだの低温環境下での材料特性※
Material Properties of Sn-Ag-Cu Solder Under Low Temperatures
平 井 維 彦*1
Yukihiko HIRAI
大 森 功 基*1
Kouki OOMORI
伊 草 和 馬*2
Kazuma IGUSA
土 屋 秀 雄*1
Hideo TSUCHIYA
佐 藤 恵 美*2
Emi SATO
Automotive electronic control units are used under severe environmental conditions around the world, and thus
it is required that operation of the units be guaranteed over a range from low temperatures to high temperatures.
However, in the past the material properties of the solder material connecting the electronic parts of the units
under low temperatures have been rarely reported. This paper describes our confirmation of material properties,
including dispersion, under low temperatures by using very small test pieces that simulate the metal structure of
solder connections.
Key Words: Materials, Non-ferrous material, Test/Evaluation, Lead-free solder
1.まえがき
特性が異なることが考えられる.
そこで本研究では,F i g . 4 に示す苅谷が提
2006 年の RoHS 指令により鉛フリーはんだ
唱している微小試験片(3)を用いて,はんだ接
が使用されるようになり,日本では JEITA で
続部の金属組織を再現し,S A C305 の低温下
Sn-3.0mass%Ag-0.5mass%Cu
(以降 SAC305)
が
での材料特性をバラツキも含め確認した.
(1)
推奨され車載製品にも広く用いられてきた
.
車載用電子制御ユニットは世界中のあら
ゆる環境下で使用されるため,例えば -40~
125℃ で動作保証が求められている(2).
5µm
しかし電子部品を接続するはんだ材の低温
(a) Back-scattered electron image
下での材料特性はほとんど報告されていない.
Fig. 2
2mm
(b) EBSD analysis result
Metal structure of test pieces based on JIS
さらに一般的にはんだ材の材料特性は J I S
Z3198-2 に規定された試験片で評価されてい
る.Fig. 1 にその代表例を示す.しかし Fig. 2,3
に示すように実際のはんだ接続部の金属組織
5µm
とかい離していることが分かっており,材料
(a) Back-scattered electron image
φ 10
φ 20
Fig. 3
60
180
Fig. 1
100µm
(b) EBSD analysis result
Metal structure of solder connections of BGA
500µm
Test piece based on JIS Z3198-2
Fig. 4
Very small test piece with diameter of 0.5mm
※2016年8月29日受付,
(公社)
自動車技術会の許諾を得て,
2016年秋季大会学術講演会講演予稿集No.112-16A,
20166069より,
加筆修正して転載
*1 開発本部 材料研究部 *2 先進技術研究部
- 20 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
2.実験方法
凝固させた.この時の冷却速度は Fig. 6 に示
すように実際のリフローはんだ付けの冷却速
2.1. 微小試験片作製方法
度に合わせた.そして充分に冷却した後,金型
本研究で使用した微小試験片は平行部長さ
から微小試験片を取り出した.
2m m,直径 0.5 および 1.0m m のドッグボーン
2.2. 金属組織観察
形状とした(4).
作製手順を Fig. 5 に示す.まず直径 0.5mm
微小試験片の平行部断面をデザインナイ
の場合は 1.0mm,直径 1.0mm の場合は 2.0mm
フにて切り出しエポキシ樹脂に埋め込みを
径の棒状の SAC305 を試験片形状に加工した
行った.
その後,500-4000 番のエメリー紙にて断面
金型にはさみ込んだ.次に 300℃ に加熱した
デジタルホットプレート上で加圧成型した.
を研磨し,更に 3μm,1μm のダイヤモンド
はんだが完全に融解したことを確認した後,
懸濁液およびコロイダルシリカ懸濁液でバフ
金型をアルミプレート上で冷却し,はんだを
研磨した後,イオンミリングにて仕上げたも
のを試料とした.
各試料について Scanning Electron Microscope
SAC305 rod with diameter of 1 or 2mm
(S E M)を用いて組織観察後,金属間化合物
(A g 3S n)サイズを画像解析ソフトウェアによ
Metal mold
り計測した.さらに Electron Back Scatter
Diffraction Patterns(EBSD)により結晶方位
観察を行った.
(1) Setting
2.3. 引張試験
Heated to 300°C
引張試験は,リニアモータ式材料試験装置
Pressure
を用いて行った.ヤング率,0.1% 耐力を評価
する場合は直径 1.0m m 試験片の平行部にひず
みゲージを貼付したものを用い,それ以外の
(2) Heating
評価では直径 0.5m m のものを用いた.試験温
度は -40,25,125℃ の3水準で行った.サン
Aluminum plate
プル数は各 15 とした.
まず試験装置に微小試験片をセットし,試
験片内部まで温度を到達させるため各試験温
度で 30 分放置した.
(3) Cooling
Temperature [°C]
Very small test pieces
Solder connections of BGA
Very small test pieces
Time [sec]
(4) Extraction of test piece
Fig. 6
Fig. 5
Production process for very small test pieces
- 21 -
Cooling speed of solder connections of
BGA and very small test pieces
Sn-Ag-Cu 系はんだの低温環境下での材料特性
その後,ひずみ速度 4.5 × 10-4 s -1 で引張試験
が認められた.さらに Fig. 10 にはんだ接続部
を実施した.
および微小試験片の Ag3Sn サイズの計測結果
を示す.同等の分布状態,バラツキを有するこ
2.4. 応力緩和試験
とが認められた.Fig. 11 に微小試験片の結晶
本研究では于強らが提唱している応力緩和
方位解析結果を示す.本研究における作製方
(5)
により,クリープ定数,クリープ指数を
法では,結晶方位はサンプル数 15 で全方位を
求めた.なお応力緩和試験も引張試験同様の
ほぼ網羅できることが分かった.なおはんだ
装置を用いて行った.試験温度は引張試験と
接続部においても同様の方位を向いているこ
同様の3水準で行った.サンプル数は各 15 と
とを確認している.また結晶粒数も微小試験
した.
片とはんだ接続部はほぼ同様であることを確
法
認している.
まず試験装置に直径 0.5m m 試験片をセット
し,各試験温度で 30 分放置した.その後,ひ
ずみ速度 4.5 × 10 -4 s -1 でひずみ 0.05 を与え
3.2. 引張試験結果
30 分保持し,応力を読み取り応力緩和線を取
Fig. 12 に引張試験より得られたヤング率,
得した(Fig. 7,Fig. 8).その結果を解析する
0.1% 耐力,引張強度の結果を示す.いずれも
ことでクリープ定数および指数を算出した.
試験温度の低下に伴い物性値が上昇する傾向
Strain
30min
5µm
Fig. 9
Time [min]
Fig. 7
Back-scattered electron image of very small
test piece
Strain profiles in stress relaxation test
Solder connections of BGA
Stress [MPa]
Ratio [%]
Very small test pieces
30min
Ag3Sn size [µm2]
Fig. 10
Time [min]
Fig. 8
Measurement results of Ag3Sn size
Stress relaxation curve
110
3.実験結果
3.1. 金属組織観察結果
001
Fig. 9 に微小試験片の金属組織の代表例を
Fig. 11
示す.Fig. 3(a) のはんだ接続部と同様の組織
- 22 -
100
EBSD analysis results of very small test
pieces
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
が認められた.Table 1 に示すように試験温度
Table 1
-40℃ では 0.1% 耐力,引張強度のレンジが顕
Range of tensile test results
Temperature (°C)
Young’s modulus (GPa)
0.1% proof stress (MPa)
Tensile strength (MPa)
著に拡大していることが認められた.また試
験温度 25,125℃ では各レンジはほぼ同等で
-40
32.8
18.7
27.8
あることが認められた.これはβ-Sn は異方性
25
23.6
8.3
5.9
125
21.4
6.7
8.0
Range = Max - Min
(6)
を有するが
,n 数を多く取ることで収束し
たためと考えられる.なお Fig. 12 に示すよう
3.3. 応力緩和試験結果
に 25,125℃ の上限値,下限値をそれぞれ結
Fig. 13 に応力緩和試験より得られたクリー
んだ線の傾きはほぼ同等であり各方位におい
プ定数,クリープ指数の結果を示す.試験温
て物性値のバラツキはあるが温度依存性は同
度の低下に伴いクリープ定数は低下,クリー
等であることが示唆される.
プ指数は上昇する傾向が認められた.Table 2
に示すように応力緩和試験結果においても試
験温度 -40℃ ではレンジが拡大していること
70
が認められた.また引張試験結果同様に試験
y = -0.18x + 67
60
温度 25~125℃ の範囲ではクリープ定数,ク
50
40
30
y = -0.16x + 44
20
Creep constant ((MPa-s)-1)
Young’s modulus (GPa)
80
10
0
-50
0
50
100
150
Temperature (°C)
(a) Young’s modulus
70
60
y = 1.0E-29e0.29x
0
50
50
100
150
(a) Creep constant
40
25
y = -0.097x + 30
30
20
20
10
0
y = -0.081x + 22
-50
0
50
100
150
Temperature (°C)
(b) 0.1% proof stress
y = -0.072x + 17
15
10
5
80
Tensile strength (MPa)
y = 1.0E-24e0.27x
Temperature (°C)
Creep index
0.1% proof stress (MPa)
80
1
1E-05
1E-10
1E-15
1E-20
1E-25
1E-30
1E-35
1E-40
1E-45
-50
y = -0.075x + 14
0
-50
70
0
50
60
Temperature (°C)
50
(b) Creep index
40
y = -0.12x + 34
30
Fig. 13
20
10
0
-50
y = -0.14x + 29
0
50
100
Table 2
150
150
Stress relaxation test results of very small
test pieces
Range of stress relaxation test results
Temperature (°C)
Creep constant※ ((MPa·s)-1)
Creep index
125
4.1
3.6
Max
※Creep constant’s Range = log
Min
Temperature(°C)
(c) Tensile strength
Fig. 12
100
Tensile test results of very small test pieces
- 23 -
-40
14.0
7.3
25
4.8
3.3
Sn-Ag-Cu 系はんだの低温環境下での材料特性
誌 ,Vol.9, No.3, p.171-179 (2006)
リープ指数の各レンジは,ほぼ一定であるこ
とが認められた.これも同様に結晶方位のバ
(2)デンソーカーエレクトロニクス研究会:
ラツキが収束したためと考えられる.さらに
エンジン ECU の概要,カーエレクトロニ
上限値および下限値をそれぞれ結んだ線の傾
クス[下]要素技術編,東京,日経 BP 社,
きはほぼ同等であることから,各方位におい
2010, p.26
て温度依存性は同等であることが示唆される.
(3)苅 谷 義 治:微 小 は ん だ 材 料 の 信 頼 性 評
価,エレクトロニクス実装学会誌,Vol.9,
4.まとめ
No.3, p.138-142
(2006)
(4)高橋祐樹,荘司郁夫:S n -1.0A g -0.7C u -
本研究では,はんだ接続部の金属組織を模
1.6B i -0.2I n 低銀鉛フリーはんだの疲労
した微小試験片を用いて -40~125℃ での引張
特性に及ぼす負荷条件の影響,P r o c . o f
試験および応力緩和試験を実施し,材料特性を
22nd symposium on Mate, p.49-52 (2016)
確認した結果,以下のことが明らかになった.
(5)谷村利伸,于強ほか:応力緩和法を用いた
(1)試験温度の低下に伴いヤング率,0.1%
はんだの弾塑性・クリープ・粘塑性の物性
耐力,引張強度は上昇する傾向が認めら
値取得の効率化,エレクトロニクス実装
れた.
学会誌,Vol.10, No.1, p.52-61 (2007)
(2)-40℃ では 0.1% 耐力,引張強度のレン
(6)田嶋翔,山田彩織,苅谷義治:Sn 基 BGA
ジが顕著に拡大していることが認めら
実装部の熱疲労信頼性におよぼす結晶方
れた.また 0.1% 耐力,引張強度は 25,
位の影響,第 26 回エレクトロニクス実
125℃ ではほぼ同等のレンジであること
装学術講演大会講演論文集,p .393-394
が認められた.
(2012)
(3)試験温度の低下に伴いクリープ定数は低
下,クリープ指数は上昇することが認め
られた.
(4)クリープ定数,クリープ指数においても,
-40℃ ではレンジが拡大していることが
認められた.また 25~125℃ では一定の
レンジであることが認められた.
今回の結果から車載用電子制御ユニットの
動作保証温度の中で 25℃ から 125℃ の常温か
ら高温域では一般的な金属のような温度に対
する材料特性の変化傾向が見られ,-40℃ の低
温環境下では特異的な材料特性が出現するこ
とがわかった.
参考文献
(1)
長野恵ほか:S n - A g - C u 系鉛フリーはん
だのクリープ特性における微量添加元
素 の 影 響 ,エ レ ク ト ロ ニ ク ス 実 装 学 会
- 24 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
著 者
平井維彦
大森功基
伊草和馬
土屋秀雄
佐藤恵美
本研究の推進にあたり御尽力いただいた社
内外の関係各位に心より感謝を申し上げます.
研究を進める中で課題も多く試行錯誤の連続
でしたが,新たな発見や課題を解決した際には
達成感や高揚感を味わうことができ,非常に有
意義で貴重な体験をさせていただきました.今
後も当社の更なる実装信頼性向上に向けて成
果を創出し続けていきたい所存です.
(平井)
- 25 -
論文
FCV 用高圧水素供給バルブにおけるパイロット弁仕様の開発
FCV 用高圧水素供給バルブにおける
パイロット弁仕様の開発※
Development of the Pilot Valve Seat Design for High Pressure Hydrogen Supply Valve
滝 沢 啓 太*1
Keita TAKIZAWA
加 藤 隆 秀*1
Takahide KATO
岡 野 正 嗣*1
Tadatsugu OKANO
Hydrogen has been given attention as the energy source for the next generation and Fuel Cell Vehicles (FCV)
have been developed to achieve a sustainable society. The FCV mileage per filling is an important performance
factor from the view point of utility. The current FCV uses a high pressure tank system for hydrogen storage.
The maximum working pressure of the hydrogen tank is increased to obtain higher mileage, and a pressure of
70MPa has replaced 35MPa as the major standard. As a result, FCV mileage per filling has increased and the
vehicle utility has been improved.
On the other hand, as the tank filling pressure increases, sealing methods become important factors in
technology. Particularly, the high pressure hydrogen supply valve requires sufficient strength and durability to
withstand high pressure conditions for long periods. To solve this issue, a valve seat using resin material was
studied as a substitute for the traditional rubber.
In this research, we developed the design process of the resin pilot valve achieving both sealing performance
and durability under high pressure conditions, by design engineering and testing with the simple equipment.
Key Words: EV and HV systems, accessories, system technology, pilot valve, hydrogen seal
1.はじめに
用いた弁部シート構造が研究されている(1).
本研究では,机上検討と簡易装置を用いた
近年,持続可能な社会の実現に向け,車両
評価により,気密性能と耐久性能を両立させ
用の次世代燃料として水素が注目されており,
る樹脂製のパイロットバルブの開発プロセス
燃料電池自動車(FCV)の開発が進められてい
を構築した.
る.F C V において,航続距離は実用性の観点
2.実験装置および方法
として重要な性能である.現行の FCV の水素
貯蔵は,高圧タンク方式が採用されている.航
続距離を確保する上で,タンクの最大充填圧
2.1. 装置概要
力は,高圧化する傾向であり,従来の 35M P a
F i g . 1 に,パイロットバルブのシート荷重
に対して,70MPa が主流となりつつある.そ
測 定 装 置 の 概 略 を 示 す .本 装 置 は 供 試 パ イ
の結果,FCV の一充填走行距離は大幅に伸び,
ロットバルブ,供試シート,ロードセル,エア
車両の実用性が向上した.
シリンダー,連接棒,昇圧機,圧力計で構成さ
一方,タンクの充填圧力高圧化に伴い,気
れる.パイロットバルブは,その先端をシート
密手法が重要な技術の一つとなってきている.
に押付けて気密する構造である.また,パイ
特に,タンクに取り付ける高圧水素供給バル
ロットバルブはロードセルを介して連接棒で
ブの弁部は,長時間高圧が印加されるため,強
エアシリンダーに接続されており,エアシリ
度・耐久性の確保が課題となる.その課題の解
ンダーによって任意の荷重をシート部に印加
決手法として,従来のゴム材に代えて,樹脂を
できる.その印加荷重はロードセルにより計
※2016年8月29日受付,
(公社)
自動車技術会の許諾を得て,
2016年秋季大会学術講演会講演予稿集No.129-16A,
20166153より,
加筆修正して転載
*1 開発本部 第九開発部
- 26 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
測される.試験流体としては,昇圧機により所
下でも安定してシート性を確保するために,
定の圧力に昇圧したヘリウムを使用する.ま
パイロットバルブに求められる性能として
た,パイロットバルブが試験流体の圧力によ
は,①クリープによる弁体の変形が少ないこ
る荷重の影響を受けないよう,連接棒のシー
と,②高圧に耐えられる強度を有することが
ル直径(有効径)とシート径は同一となってい
挙げられる(2).ここで,パイロットバルブに
る.シート部から先の配管出口は水槽内に設
使用する樹脂材質候補として,スーパーエン
置され,シート部からのヘリウム漏れの有無
ジニアリングプラスチックの中から,上記特
を定性,定量的に測定可能である.
性に優れる PI(Polyimide)
,PEEK(Poly ether
ether ketone),PAI(Polyamide imide)の3種
2.2. 弁体仕様検討の流れ
類を選定した.その中から,要求される性能に
パイロットバルブの弁体仕様について,以
対して最適なものを決定する.
下のプロセスに従い検討を実施した.
F i g . 2 に各材質のクリープ特性を示す.本
Ⅰ.樹脂材質の決定
図は,縦軸に一定荷重を作用させた場合の樹
Ⅱ.シート仕様の決定
脂材質のたわみ量,横軸に経過時間を示す.試
1).シート形状の決定
験時間の規定値は実車使用要件より決定した.
2).最低必要シート面圧の把握
P I,P E E K のたわみ量は,時間経過と共に同
3).バルブ先端のテーパ角度の決定
等の増加傾向を示す.それに対し P A I は,規
また,バルブに印加する圧力条件について
定値におけるたわみ量が小さい.従って,継続
は実車使用条件を加味し,最大値を Psmax,最
的に荷重が作用する条件下では PAI が最も耐
小値を Psmin と定義する.Psmax は 87.5MPa
久性が高く,性能低下が少ないと推察される.
である.
また,Table 3 に PI を 1.0 とした場合の曲
Air cylinder
げ強さの相対値を示す.パイロットバルブが
Air IN
Load cell
シートに接触すると,接触部は曲げ変形する
Connecting rod
Test piece
(seat)
ため,樹脂材質の強度は曲げ強さで判定でき
Pressure gauge
る.選定した3種類の中では,PAI が最も高い
P1
曲げ強さを有する.
Test piece
(pilot valve)
He IN
Defined value
Deflection (mm)
Pressure
booster
He OUT
Water tank
Fig. 1
PEEK
PAI
PI
Measurement of valve seat load equipment
Time (hr)
3.樹脂材質の決定
Fig. 2
Creep deflection of resin
本パイロットバルブの使用環境の特徴とし
Table 3
て,バルブ遮断時に,弁体に P s m a x による荷
Material
PI
PEEK
PAI
重が作用し続ける点が挙げられる.上記環境
Bending strength ratio
1.0
1.5
2.2
- 27 -
Bending strength of resin
FCV 用高圧水素供給バルブにおけるパイロット弁仕様の開発
5.最低必要シート面圧の把握
以上よりパイロットバルブの材質には,①,
②共に高い性能を有する PAI を選定した.
パイロットバルブが気密する最低の面圧を
4.シート形状の決定
必要シート面圧 P m i n と定義する.P m i n は,
F i g . 1 に示すシート荷重測定装置において,
シート形状の候補として,パイロットバル
任意の圧力のヘリウムをパイロットバルブに
ブ弁体の先端がテーパ形状と,フラット形状
流した状態でシート部への印加荷重を上げて
を検討した.シート形状の違いによる影響とし
いき,配管出口からのヘリウム流出が停止し
て,シート時にパイロットバルブ接触部に発生
た際の荷重を測定後,製品の変形を考慮して
する応力が異なることが考えられる.そこで,
算出した.算出方法の詳細については,Fig. 5
強度成立性の観点から上記内容を検証した.
に示す.
Fig. 4 に,シート時にパイロットバルブに作
Fig. 6 にテーパ角度 90°の Pmin を示す.本
用する応力の CAE 解析結果と,フラット形状
図は縦軸に面圧,横軸に印加圧力を示す.ま
の数値を 1.0 とした場合の最大発生応力の相
た,印加圧力によってパイロットバルブがシー
対値を示す.左図がテーパ形状,右図がフラッ
トに押付けられる際の面圧は Pseat で示され,
ト形状の結果である.シート部の R は同一と
印加圧力に比例する.印加圧力が高くなるに
し,テーパ角は 90°に仮設定した.印加圧力は
つれ,Pmin も高くなるが,高圧印加領域では,
共に Psmax とした.Fig. 4 より,フラット形状
Pseat > Pmin となるため,Pseat のみで気密性
と比較し,テーパ形状は 50% 以下の発生応力
を確保可能である.しかし,印加圧力が 10MPa
となることから,強度的に余裕があることが
Seat
分かる.この要因として,フラット形状シート
Seat area
• Perimeter: L
• Width : b
は,圧力による力とシート面圧を発生させる
力の作用が同一方向であるため,応力がシー
Seat load N
Surface pressure:
ト接触部に集中する点が挙げられる.対して
P=
テーパ形状シートは,圧力による力をテーパ
部で分散するため,シート部への応力集中が
2×N
π ×b×L
F
Pilot valve
緩和される.この特性は定性的に,シート部の
R やテーパ角度によらず同じであると言える.
Fig. 5
Calculating model of surface pressure
以上より,P s m a x 印加時の発生応力に対し
Pseat
する.
Pmin
Surface pressure
て,強度的に有利なテーパ形状シートを適用
Seat
PAI
Bending
strength
Preq
Psmax
Psmin 10
Maximum stress ratio
0.48
Valve
30
40
50
60
70
80
90
100
1.0
Fig. 6
Fig. 4
20
Gas pressure (MPa)
Maximum stress ratio
Stress of pilot valve
- 28 -
Surface pressure of pilot valve seat for seal
performance
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
を下回ると Pseat < Pmin となり,Pseat のみ
方が面圧を高くでき,シート性の観点では有
では気密性の確保が不可能となる.ここで,印
利となる.しかし,印加圧力 P s m a x の条件で
加圧力が Psmin の時の面圧が最も不足するこ
は,テーパ角 66°を下回ると Pseat の値が PAI
とから,印加圧力最低条件の Pmin を下限しき
の曲げ強さを超えるため,パイロットバルブ
い値に設定し,その値を満たすように設計す
が破損すると推察する.
以上より,気密性と強度確保を両立可能な
ることで全印加圧力帯において気密性の確保
角度範囲は 66°~105°である.
が可能である.ここで,下限しきい値の面圧を
また,テーパ角度を狭角化すると,くさび
最低必要シート面圧 Preq と定義する.
さらに,F i g . 7 にテーパ角度の違いによる
効果の発生が懸念される.パイロットバルブ
Preq への影響を示す.Preq はテーパ角によら
においてくさび効果が発生すると,バルブが
ずほぼ一定の値となることから,代表値として
シートに食い込み,開弁不良の原因となる懸
最大値を全テーパ角の Preq として適用する.
案がある.よって,くさび効果の発生しない範
囲での角度設定が必要となる.
F i g . 9 に,くさび効果の発生とパイロット
Surface pressure for seal
バルブのテーパ角度の関係を示す.本図の縦
軸は荷重,横軸はテーパ角度θを示す.図中の
シート荷重およびくさび効果による荷重につ
いては,Fig. 10 に示す計算モデルを用いて算
Usable range
70
80
90
100
110
120
Pilot valve angle (deg.)
Fig. 7
Surface pressure of pilot valve seat for seal
performance
PAI bending strength
100
Surface pressure (%)
60
Pseat@Psmax
Pseat@Psmin
75
50
25
Preq
66
6.バルブ先端のテーパ角度の決定
0
40
50
60
70
105
80
90
100 110 120 130 140 150 160
Taper angle of pilot valve (deg.)
Fig. 8 にパイロットバルブのテーパ角度を
Fig. 8
変化させた場合の P s e a t の値を示す.本図は
Influence of pilot valve angle on surface
pressure
縦軸に面圧,横軸にテーパ角度を示す.面圧に
ついては,P A I の曲げ強さを 100% した時の
Not occur
Occur
相対値として示す.バルブに印加する圧力は
Load (N)
Psmax および Psmin とした.Pseat の上限値
は高温時の P A I 曲げ強さ,下限値は最低シー
ト面圧 Preq とした.Fig. 8 よりテーパ角度を
Wedge effect load
0
増加させると,Pseat の値が低下することが分
かる.テーパ角度が 105°を超えると,印加圧
40
力条件 P s m i n において,面圧が P r e q を下回
θ1
80
120
Pilot valve angle (deg.)
る.従って,テーパ角度の上限値は 105°とす
Fig. 9
る.このことから,テーパ角を小さく設定した
- 29 -
Influence of pilot valve angle on wedge
effect
FCV 用高圧水素供給バルブにおけるパイロット弁仕様の開発
7.まとめ
出した.Fig. 10 中の F1 は,バルブを開弁させ
る際に発生する摩擦抵抗の軸方向成分である.
また,F 2 はシート荷重による反力の軸方向成
高圧水素供給バルブに適用する樹脂製パイ
分である.F1 > F2 となるとくさび効果が発生
ロットバルブについて研究を行い,以下の考
し,バルブを開弁させる際に外力が必要とな
察を得た.
る.また,シート時はパイロットバルブが弾性
(1)パイロットバルブの材質は,曲げ強さと
変形し,シート接触部の角度が局所的に狭角
クリープ特性を考慮して選定する.
化する(Fig. 11 参照).従って,テーパ角度θ
(2)パイロットバルブの形状は,フラット形
に対して,CAE 解析により,Psmax 印加時の
状に対してテーパ形状の方がシート接触
弾性変形後の局所角度θ’を求めた.Fig. 9 よ
部の発生応力が小さく,強度的に有利で
り,シート後の弾性変形によるくさび効果の
ある.
(3)パイロットバルブにテーパ形状を適用す
発生を防ぐには,テーパ角度をθ1 以上に設定
(3)
する必要がある
る場合,テーパ角度は,シート接触部の発
.
生応力,Preq の確保,くさび効果の発生
以上より,テーパ角度について以下の検討
有無を指標として決定することができる.
結果が得られた.
以上より,パイロットバルブの開発プロセ
①気 密性と強度確保を両立可能な角度範囲:
スを構築することができた.
66°~105°
②くさび効果が発生しない角度範囲:θ1 以上
参考文献
N = F/2 (μcosθ + sinθ): Seat load
μNcos (θ/2) – Nsin(θ/2): Wedge effect load
(1)朝野護人,加藤航一,尾崎浩靖,和田信:
FCV 用 70MPa インタンク電磁弁の開発,
自動車技術会学術講演会予稿集 N o .80-
Seat
16S (2016)
F1: µNcos (θ/2)
(2)本 間 精 一:プ ラ ス チ ッ ク 製 品 の 強 度 設
µN
計とトラブル対策 p .72-74,p .140-144
θ
F2: Nsin (θ/2)
(2009)
(3)日本機械学会編:機械工学便覧 A3 p .1-6
N
F
Fig. 10
(2001)
Pilot valve
Calculating model of wedge effect load
Seat
θ’
θ
F
Fig. 11
Pilot valve
Pilot valve angle after deformation
- 30 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
著 者
滝沢啓太
加藤隆秀
岡野正嗣
FCV 向け高圧水素デバイスの重要開発項目
である水素遮断技術開発において,基礎的な部
分から携わることができ,非常に有意義な経験
をさせて頂きました.今回得られた知見を今後
の製品開発に積極的に生かしたいと考えます.
最後に,本研究を推進するにあたり,ご指導,
ご協力頂いた皆様に感謝いたします.
(滝沢)
本研究の掲載にあたり,皆様には多大なる
ご協力を頂き誠に感謝いたします.高圧,水素
の気密性能と耐久性についての開発プロセス
を導き出す事で設計に活用する事が可能とな
りました.今後も技術の向上に向け,更なる一
歩を踏み出していく所存です.
(加藤)
高圧シート技術のプロセス構築,そのプロセ
スを用いての製品開発に従事でき技術者として
とても面白い開発をさせて頂きました.ご指導,
ご協力頂いた皆様に感謝いたします.
(岡野)
- 31 -
技術紹介
ハイブリッド車向けパワーコントロールユニット
ハイブリッド車向けパワーコントロールユニット※
Power Control Unit for Hybrid Vehicles
松 本 栄 伸*1
峯 沢 隆太郎*1
Eishin MATSUMOTO Ryutaro MINESAWA
岡 田 喜久雄*1
Kikuo OKADA
八 木 卓 也*1
Takuya YAGI
鷺 谷 吉 則*1
Yoshinori SAGIYA
泉 善 信*2
Yoshinobu IZUMI
根 来 佑 樹*1
Yuki NEGORO
工 藤 大 樹*1
Daiki KUDO
In recent years, in response to energy and environmental issues, the automobile industry has been focusing on
the development of environment-friendly vehicles such as hybrid vehicles. The Power Control Unit (PCU) which
runs the motor plays an important role in the hybrid system. This paper describes the technology that was used
in developing our first PCU.
1.はじめに
されている.
Fig. 1 に本開発機の取り付け構造を示す.
自 動 車 業 界 で は 省 エ ネ ル ギ ー ,地 球 温 暖
本開発機は,ミッションに直載する構造に
化防止の観点から,車両販売台数に対するハ
より,車載レイアウトに対する省スペース化
イブリッド車の割合は年々大幅に増加して
に貢献しているが,ミッションから直接伝わ
いる.ハイブリッド車には,モータ駆動用の
る振動への対応が必要となる.
PCU(Power Control Unit)が必要不可欠であ
また,PCU は大電力を高周波でスイッチン
り,P C U に求められる機能,性能も年々高い
グするため,PCU から発生する高周波騒音を
ものが求められる.例えば居住性の観点から
抑制し商品性を低下させない取り組みが必要
小型化,燃費の観点から軽量,高効率化が求め
となる.
られる.
本報では,上記の要求変化に対応した PCU
開発の取り組み全般について紹介する.なお,
PCU
-MOT/GEN PDU
-VCU
-ECU
機能安全(1)および GD(Gate Drive)基板の小
型化のための絶縁対応(2),およびギ酸還元は
んだ接合(3)の取り組みについては,各参考文
献を参照願いたい.
Transmission
-Clutch
-Motor/Generator
2.PCU の概要
今回開発した P C U は2モータハイブリッ
Fig. 1 Installation position of PCU
(Published with permission from Honda R&D Co.,
Ltd.; Further use or distribution of this material is
not permitted without permission from Honda R&D
Co., Ltd.:)
ドシステムに搭載され車両駆動用のモータと
発電用のジェネレータおよび電圧を制御する
ための V C U をコントロールする機能が内蔵
※2016 年 8 月 1 日受付
*1 開発本部 第七開発部 *2 生産本部 生産技術六部
- 32 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
F i g . 2 に開発機の部品構成を示す.本開発
従来の正弦波振動では各部品の物性値で
機は,外部からの通信により P C U を制御す
ある疲労限度で見極めが可能であったが,ラ
る ECU
(Electronic Control Unit),モータ
ンダム振動では応力および印加回数の正規分
と V C U の電流を測定する電流センサ,モー
布に従った定義が困難であるため,各部品に
タと V C U を駆動する大電力デバイスの I P M
対し累積損傷度の考え方を採用し耐振設計を
行った.
(Intelligent Power Module),VCU をコント
ロールするために使用するコンデンサ・リアク
また,高周波領域に対する耐振設計につい
トル,PCU に残された電圧を放電し感電の危
ては応力が低くなる周波数を境に設計思想を
険性を防止するための ADC(Active Dischage
変えた.
F i g . 4 のように,高周波領域に対しては周
Control)基板が搭載されている.
波数が高くなると変位が小さくなり,部品に
IPM はリアクトルと一体構造のミドルケー
加わる応力も低くなる.
スに取り付けられる.I P M の W / J( W a t e r
Jacket)に PCU 外部から供給される冷却水を
低周波領域では振動が大きい周波数帯に製
ミドルケースを介し流す.また W/J は放熱グ
品共振が生じないよう剛性を調整することで
リース(Themal Compound)を塗布したミドル
ランダム振動への対応が可能となった.
ケースに接合することで,高放熱かつ小型な
Conventional Model
(Installed on Frame)
構造を実現している.
Installation
Image
PCU
Component C
Component A Component B
Newly Developed Model
(Installed on Transmission Case)
PCU
PCU CASE
FRAM
ENG
ECU
Vibration
Type
IPM
-Power module
-Gate driver
-W/J
Fig. 3
Middle case
(Reactor is installed in middle case)
Component C
Component A Component B
PCU CASE
FRAM
MOT
ENG
MOT
The motor vibration is not
transmitted to the PCU.
The motor vibration is
transmitted to the PCU.
Sine Vibration
Random Vibration
Transmission of vibration depending upon
position of installation
Condenser
Component Stress [MPa]
Fig. 2
Low-frequency
PCU assembly diagram
3.ミッション直載化への取り組み
High-frequency
Vibration Frequency [Hz]
本開発機はミッションに直載する構造のた
Fig. 4
め Fig. 3 のように,ミッションおよびモータ
Component stress vs vibration frequency
からの振動が直接入力される.
4.高周波騒音対策への取り組み
また,従来は正弦波振動に対する耐振設計
を行っていたが,実車環境を再現できるラン
ダム振動の耐振設計やモータからの振動も伝
P C U は大電力を高周波でコントロールす
わるため高周波領域での耐振設計も求められ,
るため,リアクトルの磁歪による振動などの
共振を考慮して設計する必要がある.
高周波騒音が,実車聴感に影響する.Fig. 5 に
- 33 -
ハイブリッド車向けパワーコントロールユニット
P C U の音圧とリアクトル振動の関係性を示
ワイヤ接続に対し,リードフレーム接合へ変
す.グラフよりリアクトルの振動が PCU の音
更したことにより PM のサイズを 20% 削減可
圧と相関性があることがわかる.この相関性
能とした(Fig. 8).
を取得することによって実車聴感の成立性を,
また,リードフレームの接合はリフロー法
リアクトル騒音特性から予測することが可能
によるはんだ接合としパワーチップと D C B
となった.
間の接合も同時工程とすることで,従来のワ
イヤ部には数十本のワイヤボンディング工程
PCU Sound Pressure [dB]
を必要としていたがこの工程を削減すること
ができた.
GD substrate
Reactor Vibration [G]
Fig. 5
PM
PCU sound pressure vs reactor vibration
5.IPM への取り組み
Fig. 6
(1)IPM の構成
Exterior view of IPM
Conventional Construction
Power chip
Fig. 6 に IPM の外観を示す.
Solder
Insulation substrate
[ceramics]
Solder
IPM は大きく PM
(Power Module)と GD 基
Thinner
Base plate
Heat sink [Al]
板で構成される.
Fig. 7
P M は大電力を駆動するパワーチップ
(I G B T,D i o d e)とこれを冷却する W / J,大
Newly Developed Construction
One side direct
Cooling structure
Aluminum direct water-cooler structure
Conventional Construction
電力経路用のバスバーを内蔵したケース,パ
AL wire
ワーチップと W / J を絶縁する D C B(D i r e c t
Copper Bond),金属カバー,絶縁紙から構成
Power
module case
Power chip
されている.
Ceramics
(2)冷却構造
Heat
sink
本開発機と従来構造の直接水冷型 IPM の断
Newly Developed Construction
面構造を Fig. 7 に示す.W/J のべースプレー
Lead frame
トの厚さを薄くすることにより,冷媒を最大
限に活用できる冷却構造とした.これにより,
20%
reduction
従来構造と比較して,熱抵抗 29% 低減化およ
び W/J の 66% 軽量化を実現し,小型化,高性
Reduction in
bus bar space
能化を可能とした.
(3)リードフレーム
Fig. 8
パワーチップとバスバーの接合を,従来の
- 34 -
Comparison with conventional power chip
connection
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
参考文献
(4)パワーチップ
I P M の性能は,パワーチップの性能でほぼ
決まる.本開発機ではチップ性能を極限まで
(1)植野修吾ほか:2モータハイブリッドシ
追及した IGBT を開発した.
ステム用 ECU の機能安全対応,自動車技
第 一 に ,低 損 失 を 実 現 す る た め に フ ロ ー
術会学術講演会講演予稿集,No.173-16A,
ティング部を設け,キャリアの蓄積を向上さ
20166363
せた.
(2)田 井 慎 太 郎 ほ か:プ リ ン ト 基 板 の イ オ
第二に,安全動作領域を広げるため,高濃
ン マ イ グ レ ー シ ョ ン 解 析 ,自 動 車 技 術
度で深いベース領域を形成した.これにより,
会学術講演会講演予稿集,N o .173-16A ,
ラッチアップが抑制され,広い安全動作領域
20166364
が確保できた.
(3)泉善信ほか:パワーモジュール ギ酸還元
また,パワーチップの製造工程において,従
はんだ接合,ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
来モジュール形態でしか実施できなかった大
著 者
電流測定をプローブコンタクトを工夫するこ
とでチップ形態で測定することができるよう
になった.これによりチップ段階で大電流ス
クリーニングを実施し,不良チップはここで
全てリジェクトできるため,モジュール形態
で発生するチップ起因での不良はほぼゼロに
なった.
松本栄伸
これにより実装工程での歩留まりアップに
貢献し,高品質の IPM 量産が可能となった.
本開発において,多岐にわたる開発をする
ことで,上市することができました.
6.今後の展望
これから,更なる小型軽量化と高信頼性の
製品開発を行い社会へ貢献します.
最後に本プロジェクトに関わった皆さんに
これまでに紹介した技術を元に,本製品は
感謝の気持ちを伝えたいと思います.
2016 年から量産を開始した.
「本開発は大変多くの方のご協力で量産化に
また,この技術は3モータや1モータシス
つなげることができました.ありがとうござ
テムにも応用展開している.
いました.」
(松本)
今後さらに拡大する車両電動化に,さらな
る高性能,高信頼性部品を創造し提供するこ
とで維持可能なエネルギー循環型社会に貢献
していく.
謝辞
本開発を遂行するにあたり,(株)本田技術
研究所の皆様のご尽力を賜るとともに,本技
術紹介の執筆にも多大なるご指導ご鞭撻を頂
きました.ここに付記し,感謝申し上げます.
- 35 -
技術紹介
パワーモジュール ギ酸還元はんだ接合
パワーモジュール ギ酸還元はんだ接合※
Oxidation-Reduction by Formic-Acid for Power Module Soldering
泉 善 信*1
Yoshinobu IZUMI
青 田 忠*1
Tadashi AOTA
Application of formic acid (HCOOH) enriched with nitrogen is a stable and economical soldering process for
oxide film reduction, tested in the industry for many years. In this process safety engineering is less complex
than for soldering using H 2. It is used in vacuum soldering in the case of Power Module using solderable
substrates of the reflow soldering technology.
1.はじめに
合し,基板上は IGBT と FWD(半導体パワー
チップ)が実装され,これらのチップはリード
フレームを介してバスバーに接続される.
パワーモジュール(以下 P M)とは,ハイブ
リッド自動車に搭載されたモーターの駆動,発
これらの実装・接続方法は,全てはんだ接合
電を制御する,パワーコントロールユニット
によって行うため,PM の状態としてはんだ付
(PCU) の構成部品である,インバーターを指す.
け装置内で処理される(Fig. 2).
P M の構造は,電圧を昇降圧させる V C U,
実装・設備は,樹脂,金属で構成された比較
発電により電力を得る P D U1,車輪駆動用お
的熱容量の大きい状態ではんだ接合をするた
よび,ブレーキで電力回生する P D U2 の合計
め,PM の上下から輻射熱にて加熱を行うヒー
14 個のユニットを単一の冷却器に実装し,樹
ターを設置した,リフロー装置とした.
脂製のケースにインサート成形されたバス
Solder
バーによって各 P D U に電気接続された,モ
Lead-Frame
BUS-Bar
ジュール構造を成す(Fig. 1).
CASE
本報では,2016 年よりケーヒンとして初めて
PM の量産を開始し,その生産工程においても,
はんだ接合工程内で初めて採用した,ギ酸によ
Solder
Chip
Solder
DCB
Solder
Water-Jacket
Fig. 2 PDU structure of PM
る酸化還元方法を用いた技術について紹介する.
3.ギ酸による酸化還元方式
各部位の実装・接続部には,固形のはんだ材
VCU
PDU1
を搭載して高温下で溶融,接合を行うため,接
PDU2
Fig. 1 Power module
続部材およびはんだ表面の自然酸化膜が除去
2.はんだ接合構造
間化合物を形成できないため,加熱炉内は酸
されていないと,適切な接合状態を示す金属
化還元雰囲気とする必要がある.
PM 内の VCU,PDU1,PDU2 に共通する縦
酸化還元方法は一般に,水素を用いる方法
構造として,冷却器上に絶縁基板(D C B)を接
が知られており,水素雰囲気下で金属(Me)を
※2016 年 7 月 28 日受付
*1 生産本部 生産技術六部
- 36 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
Fig. 4 にバスバー部のはんだ接合状態を水
加熱すると,以下の反応式を得られる.
素とギ酸で比較した図を示す.水素還元の雰
MeO + H2 → Me + H2O
囲気を低温に抑えると酸化還元効果が減少す
また,ギ酸(HCOOH)による還元方法も近年
るため,溶融したはんだの,接合面に対する濡
注目されている.ギ酸による酸化還元反応式
れ性を得られていない状態に対して,ギ酸還
を以下に示す.
元方法は,より低温環境で十分な還元効果を
得られ,さらに Sn の酸化還元された状態で溶
MeO + HCOOH → Me + CO2 + H2O
融したことから,接合面の濡れ性を得て,接合
品質が向上していることがわかる.
Fig. 3にエリンガム図
(酸化反応の標準反応ギ
ブズエネルギーを温度に対しプロットした図)
を
示す.縦軸の下方向に向かって,酸化し易いこと
HCOOH
を示しているため,はんだ融点以下での水素
(H)
Bus-Bar
は,はんだ主成分であるすず
(Sn)
に対し還元反
応が起こらないことがわかる.さらに,水素では
Solder
LeadFrame
270℃付近から還元反応を示すため,一般的なPb
H2
フリーはんだの融点以上で還元反応が起こる.
これに対し,筆者らが行ったギ酸還元実験
では,150℃ より還元反応を示したことから,
Fig. 4 Soldered state by oxidation reduction by
HCOOH vs H2
水素還元より低温から還元効果を得る結果で
あった.さらに,水素では還元できない,Sn に
4.まとめ
対する酸化還元反応を,はんだ融点以下から
得ることを明らかにした.この結果によるギ
酸の推定エネルギープロットを同図上に示す.
ギ酸による酸化還元方法を採用することに
PM リフローは,ヒーターの輻射熱によって
より,今回の P M 構造である大熱容量体をリ
ケース樹脂を加熱し,インサートされたバス
フロー処理するための最適な技術を確立する
バーへ熱伝導させることで接合面を昇温させ
ことができた.また,水素に対し,ギ酸は特性
るため,水素による還元反応を得るには 300℃
上,より安全な環境で生産する現場づくりに
以上に昇温させる環境を必要としたが,樹脂
貢献した.
の耐熱温度を超える問題が生じる.
H2 /H2O 比
1/108
CO/CO2 比
1/108
Temperature (ºC)
Energy
0×
0
-80
0
300
600
Solder M.P.
1/108
900
1200
1/106
1/105
1/106 1/105 1/104
1500
1800
Cu
1/104
1/103
2100
2400
Ni
-160
Sn
-240
著 者
1/103
1/102
H
-320
HCOOH (estimate)
∆ G° = RT ln pO 2 / kj· mol -1
-400
-480
H×
C×
-560
泉 善 信
Zn
-640
ケーヒンで初となる P M の量産開発にあた
-720
-800
り,多大な協力をいただいた,本田技術研究所
の皆様に深く感謝申し上げます.
(泉)
Fig. 3 Ellingham diagram
- 37 -
技術紹介
新型 FCV 向けバルブ製品開発 -水素,エア制御バルブ-
新型 FCV 向けバルブ製品開発※
-水素,エア制御バルブ-
Development of Valve Products for New FCV
– Hydrogen, Air Control Valves –
菊 池 匠*1
Takumi KIKUCHI
岡 野 正 嗣*1
Tadatsugu OKANO
箱 田 浩 二*1
Koji HAKODA
FCV has been developed to realize the sustainable society. Honda started lease of new FCV as the proto
model for the future mass production on March 2016.
Generally, a fuel cell stack of FCV generates power with hydrogen supplied from high pressure tanks and air
supplied from an air pump as fuels. A vehicle requires the control of gas pressure and flow rate for FC under
the situation such as ignition on/off, and necessary output power. Therefore, the hydrogen and air systems have
various electronic controlled valves which are operated through the ECU.
Keihin has developed FCV special valves for a long time, applying the technology of NGV and ICE products.
In this paper, we introduce the functions and profile of the valves installed in the hydrogen and air systems of
the new FCV.
1.まえがき
2.システムと製品
持続可能なエネルギー社会の実現に向けて,
2.1. 全体概要
FCV(燃料電池自動車)の開発が進められてい
Fig. 1 は,新型 FCV に搭載された水素系,
る.ホンダは,2016 年 3 月に将来の普及を考
エア系のシステムを示す.水素系システムは,
慮したモデルとして,新型 FCV のリース販売
大別すると高圧水素系と,低圧水素系に分け
(1)
を開始した
られる.
.
高 圧 水 素 系 の シ ス テ ム に は ,水 素 ス テ ー
一般的に,FCV用燃料電池スタック(スタッ
ク)
は,高圧タンクから供給される水素と,エア
ションとの接続部となる充填口(Receptacle),
ポンプから供給されるエアを燃料として電力を
水素タンク充填時の流路とスタックへの水
発生させる.実際の車両においては,起動時,停
素供給及び遮断を行うタンク主止弁(I n t a n k
止時,及び車両要求出力に応じて,スタックへ
(2)
Valve)
,水素タンクから供給されてきた圧
の各供給ガスの流量や圧力を細かく制御する必
Air system
には,様々な FCV 専用の電動制御バルブが組み
込まれており,ECU を介して制御されている.
ケーヒンは,自社ガソリン車向け製品及び
N G V(天然ガス自動車)製品の技術を応用し,
Air
Pump
Cathode Bypass Valve
Cut-off
Valve
Hydrogen system
Intank Valve
Ejector
Stack Bypass Valve
Injector Regulator
Stack
Injector
Ejector
Unit
Pressure Cathode
Control Cut-off
Valve Valve
Drain Valve
本報では,
新型 FCV に搭載された,
水素系,
エ
※2016 年 7 月 28 日受付
*1 開発本部 第9開発部
- 38 -
Hydrogen
Receptacle supply
High Pressure Device
Purge Valve
FCV 専用の制御バルブを長年開発してきた.
ア系それぞれのバルブの機能と概要を紹介する.
TANK
Air
Supply
Humidifier
要がある.そのため,水素系とエア系システム
Fig. 1
Low Pressure Device
System chart
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
供給流路を共有化した.
力を減圧させる減圧弁(Regulator)が搭載され
駆動構造は,高差圧での作動性と小型化を
ている.
考慮してキックパイロット構造を適用した.パ
低圧水素系のシステムには,スタックへの
イロットバルブには,樹脂を採用することで,
燃料供給圧及び流量を制御する流量調整弁
気密性,強度,耐久性を確保させている(3).
(I n j e c t o r)とその流速を利用してスタック出
口の余剰水素を循環させるエゼクタ(Ejector)
機構とを組み合わせた,インジェクタエゼク
軽量化,コストダウンとして,ボディにアル
ミの鍛造製法を採用した.
タユニット,スタックから出る水及び不純物
本タンク主止弁は,高圧ガス保安法 国際
を排出するパージ弁(Purge Valve)
,スタック
圧縮水素自動車燃料装置用附属品の技術基
から出る水を主に排出するドレイン弁(Drain
準に基づく設計確認試験及び,U N G l o b a l
Valve)が搭載されている.
Technical Regulation(世界技術規則:GTR)
エ ア 系 シ ス テ ム に は ,エ ア ポ ン プ か ら ス
No13 に適合している.
2.2.2. 減圧弁
タックへ供給されるエアの圧力を制御する
背圧制御弁(Pressure-Control Valve),エア
の湿度を調整する加湿器バイパス弁(B y p a s s
V a l v e),エアポンプからの余剰なエアを排
出させるスタックバイパス弁(Stack Bypass
V a l v e),停止後にスタック内にエアの流入を
封止する封止弁(Cathode Cut-off Valve)がス
タック入口/出口に搭載されている.
続いて,各システムにおける製品詳細を以
Fig. 3
下にて説明する.
2.2. 高圧水素系製品技術概要
Regulator
小型,軽量化を目的とし,ピストン式受圧構
対象製品は,タンク主止弁,減圧弁,充填口
造を採用した.バルブ構造は,N G V の減圧弁
である.
技術を応用することで,高精度の減圧を一段
本報では,タンク主止弁と減圧弁について
で可能とし,高い締め切り性能も有している.
紹介する.
軽量化,コストダウンとして,タンク主止弁
2.2.1. タンク主止弁
と同様にアルミの鍛造製法を採用した.
2.3. 低圧水素系製品技術概要
低圧系の製品は,インジェクタエゼクタユ
ニット,パージ弁,ドレイン弁であり,以下に
詳細を説明する.
2.3.1. インジェクタエゼクタユニット
Fig. 2
Intank valve
水素タンク用バルブとして,小型,軽量化を
考慮し,インタンク式の構造を採用し,逆止弁
と遮断弁の機能を統合することで,充填及び
Fig. 4
- 39 -
Injector assembly
新型 FCV 向けバルブ製品開発 -水素,エア制御バルブ-
で作動するため,シートとの貼り付きが課題
であり,従来はステンレス鋼を切削したシー
トに特殊なコーティングを施し,貼り付き防
止を図っていた.
今回のモデルでは,まずシートを,出口流路
一体の樹脂インジェクション成型品とし,大
Fig. 5
幅なコストダウンを図った.また,樹脂のシー
Injector ejector unit
ト 面 を 特 殊 な 表 面 性 状 と す る こ と で ,コ ー
ティングを廃止すると共に,貼り付き防止と
インジェクタエゼクタユニットに内蔵され
シート性を両立させた.
ている流量調整弁は,NGV 向けの量産品 KN8
2.3.3. ドレイン弁
型をベースに,耐久性,低温作動性,シール性
の改良を行い水素環境下での仕様成立性を確
立した.特に耐久性に関しては,N G V と比較
して高い作動圧力により,しゅう動部・ストッ
パー部への負荷が課題となった.これらの対
応手段として,しゅう動部・ストッパー部の
コーティング変更による長寿命化やガイド構
Fig. 7
造の見直しを行い,作動耐久性を向上させた.
Drain valve
インジェクタエゼクタユニットは,スタッ
コイル部分に,量産ソレノイドバルブ部品
クとの燃料供給インターフェースとして,水
を流用し,磁路設計を見直すことにより小型・
素供給・循環流路,補機類の流路及び接続・保
軽量かつコストダウンを実現させた.流路ボ
持,及び 流 量 調 整 弁 と エ ゼ ク タ の機能を一
ディは,耐環境性を考慮しステンレス鋼を使
体化させることにより,システムの小型化に
用している.ケーヒン初の熱間鍛造製法を採
大きく貢献した.特に,ボディは,狭いスペー
用することにより,車載レイアウト性の確保
ス配置に伴う複雑形状と,高い水素気密性が
とコストダウンを実現した.
要求されるため,アルミ一体の熱間鍛造とし
2.4. エア系製品概要
た.これは,ケーヒンのアルミ熱間鍛造部品と
しては最大級の大きさである.
2.3.2. パージ弁
Fig. 8
Fig. 6
Pressure Control valve
エア系の製品は,背圧制御弁,加湿器バイパ
Purge valve
ス弁,封止弁,スタックバイパス弁である.
パージ弁は,水素シール性を確保するため,
弁体にゴムを使用している.低温・氷点下環境
本報では,背圧制御弁に関して紹介する.
背圧制御弁は,低圧損かつ流量制御性に優
- 40 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
著 者
れているバタフライバルブ構造を採用し,駆
動部にガソリン車用スロットルバルブ部品を
流用することで,コストダウンを図った.
ガソリン車のスロットルバルブと比較し,
流路内には大量の生成水が存在するため,耐
食性と凍結による作動不良が課題である.そ
の対応として,シャフト及びバルブ材をステ
菊 池 匠
ンレス鋼に変更した.さらに,バルブとボアと
の隙間に入った生成水の凍結防止として,ボ
私共の製品技術が,世の中の水素社会の実
ア部分に特殊なはっ水コーティングを施し,
現に向けて貢献できたことを大変うれしく,
水抜き穴も設置した.水抜きは,ボアを通過す
誇りに思います.量産立上げに際し,ご協力
る流体のベンチュリー効果を利用することで
いただいた各部門の方々に深く感謝申し上げ
排水性を向上させた.
ます.
(菊池)
以上の対策により,水蒸気に対する耐食性
と氷点下での作動性を確保した.
3.まとめ
2016 年 3 月にリース販売した新型 F C V 向
けに,新規技術と既存技術を応用し,高圧水素
系3製品,低圧水素系3製品,エア系5製品
の,合計 11 製品を新規に開発した.本開発を
通して,水素社会実現に向けて大きく貢献し
た.
参考文献
(1)発行所 株式会社三栄書房,発行人 鈴木賢
志,編集人 塚本剛哲:ホンダクラリティ
FUEL CELL の全て
(2)朝野護人,加藤航一,尾崎浩靖,和田信:
FCV 用 70MPa インタンク電磁弁の開発
(2016),自動車技術会学術講演会予稿集
No.80-16S
(3)滝沢啓太,加藤隆秀,岡野正嗣:FCV 用高
圧水素供給バルブにおけるパイロット弁
仕様の開発 (2016),自動車技術会学術講
演会予稿集 No.129-16A
- 41 -
技術紹介
中型車向け小型軽量 HVAC
中型車向け小型軽量 HVAC ※
Compact and Lightweight HVAC for Medium Size Car
千 葉 紳 也*1
Shinya CHIBA
今 澤 光 史*1
若 松 信 吾*1
小 針 力*2
Mitsufumi IMASAWA Shingo WAKAMATSU Tsutomu KOBARI
While maintaining the functions and performance, we have developed a compact and lightweight HVAC, by
which we were able to contribute to the realization of the largest cabin space in the same class of vehicle.
1.はじめに
た状態で,ファン径の縮小を可能にした.
その結果,従来機種に対し,高さ方向 59 mm,
前後方向 23 mm の小型化を実現した(Fig. 2)
.
近年,車両重量の低減による低燃費化と車室
内空間の拡大による快適性向上のため,HVAC
DUCT INTAKE
に対する車両側ニーズとして,小型軽量化が挙
CASE UP BLOWER
F/R DAMPER
CASE UP BLOWER
げられる.本報では中型車向け HVAC として取
り組んだ小型軽量化の手法について紹介する.
F/R DAMPER
HVAC とは,Heating,Ventilation,and AirConditioning の略であり,内外気切り替え機
能と送風機を有するブロワユニット(B L W
Fig. 1
U N I T)と熱交換機能,吹出し口切り替え機能
Structure of BLW UNIT
59mm)
および温度調整機能を有するヒータユニット
(HTR UNIT)から構成される車両用空調室内
325mm (
384mm
機である.
2.HVAC の小型化
271mm
2.1. ブロワユニットの小型化
車両の助手席側に配置されるブロワユニッ
Fig. 2
248mm ( 23mm)
Size comparison of BLW UNIT
トの小型化に際し,乗員の足元空間拡大を目
2.2. ヒータユニットの小型化
指し,高さ方向の寸法縮小を行った.
その際,課題となった内気/外気(F/R)
切り
センターコンソール内に配置されるヒータ
替えダンパー機構のレイアウトスペースを確
ユニットの小型化に際し,センターコンソー
保するため,従来機種では別部品であった外気
ルからのはみ出しを無くすため,幅方向の寸
吸込みダクト(DUCT INTAKE)
とブロワケー
法縮小を行った.
ス(CASE UP BLOWER)
を統合した(Fig. 1)
.
ヒータユニットの幅に影響する部品として,
また,スクロール形状とファン翼形状の見
熱交換器があるが,フィン,チューブのピッチ
直しにより,従来機種と同等の性能を確保し
最適化を机上および実機検証でおこない,必
※2016 年 8 月 1 日受付
*1 空調事業本部 空調開発部 *2 Keihin North America, Inc.
- 42 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
要性能を確保した状態で,幅方向 46mm の縮小
により,タッピングの削減,およびかん合の
を実現した.
削減,シール部材の削減を可能にした.
・軽量熱交換器の採用
ま た ,従 来 か ら の 車 両 側 要 望 で あ っ た
従来機種に対し,フィン,チューブを薄肉化
HVAC 車両搭載状態でのエバポレータのメン
した新規モジュールの熱交換器を採用した.
テナンス性見直しにより,大物樹脂部品であ
るダクトジョイント(JOINT DUCT)と助手席
・ヒータユニット内の流体解析により,通風
側ヒータケース(CASE AS HEATER)
の統合
抵抗を削減するような通風路のレイアウト
を実現した(Fig. 3).
最適化を行い,ヒータユニットの小型軽量
化を可能にした.
その結果,幅方向 62m m,前後方向 10m m の
小型化を実現した(Fig. 4).
Weight [kg]
Large plastic parts
Small plastic parts
Electrical component
JOINT DUCT
CASE AS HEATER
Fig. 3
CASE AS HEATER
Structure of HTR UNIT
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
22% Down
Conventional HVAC
Fig. 5
345mm
Middle plastic parts
Heat exchanger
Other
283mm (Ṵ62mm)
Compact and
lightweight HVAC
Weight comparison
4.まとめ
こ れ ま で 述 べ た 小 型 化 手 法 ,軽 量 化 手 法
を取り入れることにより,従来機種に対し,
330mm
Fig. 4
13% の小型化と 22% の軽量化を実現し,クラ
320mm (Ṵ10mm)
ス最大級の広い車室内空間に貢献した.
Size comparison of HTR UNIT
3.HVAC の軽量化
著 者
前述の小型化と以下の重量低減アイテムを取
り込むことにより,軽量化を実現した(Fig. 5)
.
・大物樹脂部品の薄肉化
強度解析,樹脂流動解析により,H V A C と
しての機能を損なうことなく,従来機種に
千葉紳也
対し部分的に板厚を薄肉化した.
・大物樹脂部品の統合化
本 HVAC 開発の推進にあたり,ご協力頂いた
従来別部品だった樹脂部品を統合すること
各部門の方々に深く感謝申し上げます.
(千葉)
- 43 -
特許
■燃料供給装置
発明の名称:燃料供給装置
発 明 者:内藤 敏彦
出 願 番 号:特願 2014-69876 (2014.3.28)
公 開 番 号:特開 2015-190423 (2015.11.2)
【課題】フィルタを囲う囲い壁と,第1及び第2ハウジン
グ間を連結するスナップフィット機構とを互いに軸方向
に離して配置して燃料供給装置の小径化を可能にする.
【解決手段】第1ハウジング1が,取り付けフランジ(6)
を有するベース部(7)と,それより起立するポンプ保持
壁(8)と,このポンプ保持壁(8)を囲むようにフラン
ジ(6)の内周縁部より起立して燃料貯留(9)を画成する
囲い壁(10)とを備え,この第1ハウジング(1)に,ポ
ンプ保持壁(8)と協働して燃料ポンプ(4)を保持する
第2ハウジング(2)をスナップフィット機構(55)を
介して連結し,燃料貯留部(9)にフィルタ(17)を配設
した燃料供給装置において,ポンプ保持壁(8)及び第2
ハウジング(2)を,囲い壁(10)の上方,且つ平面視で
囲い壁(10)の内側に配置されるスナップフィット機
構(55)を介して相互に連結した.
■エンジン制御装置
発明の名称:エンジン制御装置
発 明 者:塚越 英斗,寛 貴矩敬,平野 泰敏,秋元 豊
出 願 番 号:特願 2013-260077 (2013.12.17)
公 開 番 号:特開 2015-116863 (2015.6.25)
【課題】 バッテリ電圧の一時的な低下によってエンジン
制御装置の制御部がリセットされても,リセット直前に
おけるエンジンの制御状態を示す情報を保持することが
できるエンジン制御装置を提供する.
【解決手段】 車両のエンジンを制御するエンジン制御装
置が,第1のコンデンサを含む瞬断判定回路と,第2の
コンデンサを含む保持回路と,第1のコンデンサ及び
第2のコンデンサの電圧状態に基づいてエンジンを制御
する制御部とを含む.制御部は,エンジンを所定の制御
状態に遷移させるべき条件が満たされたとき,第2のコ
ンデンサを放電させる.
- 44 -
ケーヒン技報 Vol.5 (2016)
■燃料噴射装置
発明の名称:燃料噴射装置
発 明 者:島津 隆幸
出 願 番 号:特願 2014-89476 (2014.4.23)
公 開 番 号:特開 2015-209763 (2015.11.24)
【課題】 電流出力部が流す電流をオフするタイミング
が,弁を開閉するためにソレノイドコイルに流す電流の
過渡的に変化しているタイミングであっても,内燃機関
に供給する燃料の量を安定化することができる燃料噴
射装置を提供する.
【解決手段】 燃料噴射装置は,電流制御部を備える.前
記電流制御部は,燃料噴射部の燃料噴射終了要求タイミ
ングが,電流出力部が燃料噴射部の燃料噴射が可能とな
る所定の電流量を流す第一の時間領域と前記電流出力
部が前記燃料噴射部の燃料噴射の継続が可能となる所
定の電流量を流す第二の時間領域との間の前記電流出
力部の流す電流が過渡的に変化する第三の時間領域に
ある場合に,前記燃料噴射部の燃料噴射の終了するタイ
ミングが前記燃料噴射部の燃料噴射の継続が可能とな
る所定の電流量から電流をオフした場合に燃料噴射が
終了するタイミングと一致するタイミングとなるよう
前記電流出力部が流す電流をオフさせる.
■電圧検出装置
発明の名称:電圧検出装置
発 明 者:宮島 和也
出 願 番 号:特願 2014-7219 (2014.1.17)
公 開 番 号:特開 2015-136256 (2015.7.27)
【課題】過電圧から電圧検出回路を保護する.
【解決手段】 バッテリを構成する複数の電池セルの電圧
を検出するための電圧検出回路と,電池セル各々と電圧
検出回路とを接続する複数の電圧検出線と,電圧検出線
各々とグランドとを接続し,過充電状態となった電池を
放電させる放電回路と,バッテリによる電力を調整して
駆動電力として電圧検出回路に供給する電力調整部とを
具備し,電圧検出回路は,電圧検出線を介して,電池セル
各々の電圧を検出する電圧検出装置であって,電圧検出
線,放電回路及び電力調整部において発生した所定のし
きい値以上の電圧から電圧検出回路を保護する過電圧保
護回路とを具備する.
- 45 -
特許
■エバポレータ
発明の名称:エバポレータ
発 明 者:渡辺 純孝
出 願 番 号:特願 2014-101121 (2014.5.15)
公 開 番 号:特開 2015-218927 (2015.12.7)
【課題】冷媒側の圧力損失の増大を抑制しうるとともに,
冷媒入出部材の冷媒排出路の内圧に対する耐圧強度の低
下を抑制しうるエバポレータを提供する.
【解決手段】 エバポレータの冷媒入出部材5の冷媒排
出路 23 の各部の通路断面積を P 1 mm2,膨張弁の第2
の冷媒通路と圧縮機を通じさせる配管の通路断面積を
P 2 mm2 とした場合,0.9 ≦ P 1/P 2 ≦ 1.1 という関係
を満たしている.冷媒入出部材5の第3プレート 21 の
外方膨出部 43 の直線部 43A における冷媒流れ方向上
流側端部の内部幅を W 1 mm,同じく内部高さを H 1 mm,
外方膨出部 43 における冷媒流れ方向下流側端部の内
部幅を W 2 mm,同じく内部高さを H 2 mm とした場合,
W 1 > W 2,H 1 > H 2 という関係を満たしていることが
好ましい.
■金型鋳造用のスクイズピン回路,及び油圧ユニット
発明の名称:金型鋳造用のスクイズピン回路,及び油圧ユニット
発 明 者:岩本 典裕,佐久間 文博,上原 徹也
出 願 番 号:特願 2014-149056 (2014.7.22)
公 開 番 号:特開 2015-213957 (2015.12.3)
【課題】 既存の中子回路を用いた場合でもスクイズピン
の動作を良好に行うことが可能な金型鋳造用のスクイズ
ピン回路,及びこれを包含する油圧ユニットを提供する.
【解決手段】 中子シリンダ64に対する油圧の方向を切
り替える方向切替弁58に取り付けられ,キャビティに
充填された溶湯に対して部分的に加圧するスクイズピ
ンを駆動させるためのスクイズピン回路10であって,
前記方向切替弁58に接続され,前記スクイズピンを駆
動させるスクイズピンシリンダ12と,前記方向切替弁
58と前記スクイズピンシリンダ12のヘッド16側と
を結ぶ油圧経路32上に取り付けられ,圧力補償及び温
度補償が可能な流量調整部24と,を備えたことを特徴
とする.
- 46 -
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