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魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ ID:31502
魔法少女かずみ?ナノ カ ~the Badend story~ 唐揚ちきん ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ 第一部︿あきらの章﹀ 日本の一地方でありながら欧州風の外観を誇るあすなろ市。 そんな都市に半ば父親に追い出されるようにして、一人引っ越してきた無邪気な少 年、一樹あきら。だが、彼はちょっとした事故により、トランクに入った不思議な少女 に出会い、さらにはもっと不思議な魔法と奇跡に彩られた絶望の物語に巻き込まれてし まう。 ﹃悪意の実﹄を食べた少年少女は﹃魔物﹄ ・ ﹃魔女モドキ﹄と成り、虐殺と破壊を繰り広げ る。相対するは七人の魔法少女⋮⋮そして、ようやく現れた正しき心を持つ﹃魔物﹄。 邪悪な狩人たる黒き竜の戯れに、蠍の騎士は異を唱える。同じ力を持ちながら、真逆 の想いを懐く二人の少年。 これは邪悪による、邪悪のための蹂躙劇。最後に残るは絶望に満ちた最悪の終わり以 外に在りはしない。 第二部︿大火の章﹀ 一度は絶望に蹂躙された一人の少年、赤司大火。 もし彼にもう一度、魔法少女たちを守る機会が訪れたとしたら、彼は迷わずそのため に戦うだろう。 それが孤独な戦いだとしても、決して逃げる道などありはしない。 一つの奇跡に導かれ、蠍の騎士は過去の地に降り立つ。黒き竜の戯れを打ち砕くため に。 次こそ、蠍は狩人オリオンを倒せると信じて。 ︿大火の章﹀更新開始 ※これは無邪気な悪意を持つ少年が魔法少女との出会いを通じて、さらなる邪悪へと 開花していく事をコンセプトとした物語です。その要素が受け入れられない人は読む 事をお勧めしません。 この小説と同じものを﹃すぴばる小説部﹄の方にも掲載しております。 目 次 ︿第一章 あきらの章﹀ プロローグ 歪んだ少年とトランク少 女 ││││││││││││││ 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 第二話 ダイナミックご来店 │ トラペジウム征団結成編 第七話 欲望渦巻く箱庭 │││ 第八話 最後のプレイヤー ││ 第九話 トラペジウム征団 ││ 閑話 キャラクター紹介 │││ 第十話 最高のスパイス │││ 第十一話 キャプテンあきら │ 第 十 二 話 魔 法 少 女 い ら っ し ゃ い 178 160 153 140 121 103 第十三話 愚かなピエロ │││ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラ 206 192 第十四話 ご注文はスイカですか ? 第三話 友愛体質 ││││││ 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 第 五 話 歪 ん だ 理 由 と 新 た な 少 女 第六話 一番汚いのは誰か ││ 88 219 1 25 38 13 56 72 │ 第二十二話 なかなかできる事じゃな いよ │││││││││││││ 第二十三話 信じる心 ││││ 双樹あやせ襲来編 第二十六話 道端会議 ││││ 第二十五話 裏切りのS │││ 第二十四話 裸の女王様 │││ 第 十 八 話 ラ イ オ ン 劇 場 前 編 第二十七話 下水道のスフィンクス 第 二 十 九 話 炎 と 氷 の 魔 法 少 女 第二十八話 美しい羽 ││││ 438 第三十一話 魔女はランチ ││ 第三十話 針鼠の意地 ││││ 466 第 十 九 話 ラ イ オ ン 劇 場 後 編 │││││││ 334 428 413 394 376 352 ペジウム征団 │││││││││ 第十六話 ゲスドラ │││││ 第 十 七 話 グ ッ バ イ マ イ フ レ ン ド 256 235 第 二 十 話 歪 む 未 来 と 優 し い 少 年 ! 第二十一話 うるさい そんなこと よりおっぱいだ !! 454 493 481 274 287 300 315 │ 正義の魔物登場編 第三十二話 蠍の騎士 ││││ 第 三 十 三 話 暴 れ 熊 の 咆 哮 前 編 第 三 十 四 話 暴 れ 熊 の 咆 哮 後 編 第 三 十 五 話 博 物 館 と 少 女 の 記 憶 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 │││││││││││││││ 第三十九話 守れぬ誓い │││ 第 四 十 七 話 最 後 に 残 っ た 希 望 第四十六話 オリオンの黎明 │ 第四十五話 弓を射るもの ││ 第四十四話 力への渇望 │││ 第四十三話 聖なる叫び │││ 第四十二話 集結する者たち │ 絶望の宴編 後編 │││││││││││││ 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 編 ││││││││││││││ 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前 596 609 623 695 676 660 649 636 501 554 583 第 三 十 七 話 彷 徨 え る 魔 法 少 女 第三十八話 兄妹の絆 ││││ 712 515 530 540 568 │ 第 四 十 八 話 朝 が 終 わ り 夜 が 来 る ︿第二章 大火の章﹀ プロローグ 孤独の始まり ││ 第一話 魔法少女と正義の蠍 │ 第二話 空腹絶倒 ││││││ 第三話 因縁の相手 │││││ 第四話 両雄激突 ││││││ 第五話 苦悩と野望 │││││ 第六話 希望の兆し │││││ 827 814 804 790 776 762 747 728 │ ︿第一章 あきらの章﹀ やかま プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 電車から降りて、駅のホームから出た俺は喧しい駅前の雑踏を少し歩く。 群馬県の中部という片田舎に属するこのあすなろ市だがここの近くの都市と含めて 開発が為されているおかげで緑はそう多くない。むしろ、列挙するビルやお洒落な西洋 風の建物で覆われていて一見すると日本には見えないくらいだ。 この近くの見滝原市や風見野市なんかもそんな感じの街並みらしい。いつまで欧州 化する気なんだか⋮⋮文明開化乙ってなもんだ。 ﹂ ! 横断歩道の近くの建物に背を預け、携帯電話でパパに連絡を入れた。 ﹂ ? ﹃お前のせいで お前のせいで理恵は今も精神病院に入院しているんだぞ それつ 愛情が感じられな過ぎて、グレちゃいそうだぜ、俺。 ﹁ヒドーイ。それが大事な大事な一人息子に掛ける言葉なのかよ ﹃⋮⋮金も住む場所も与えたはずだ。もう私たちに関わらないでくれ﹄ しかし、愛するパパから届いたのは辛辣な台詞だった。 ﹁もっしもーし。あ、パパ。あきら君、無事にあすなろ市に着いたよー プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 1 ! !? いては何も感じないのか ﹄ 俺は家族思いの優しい息子なので、パパを落ち着かせるべく、穏やかな言葉を掛ける。 うのに。 でも、よくないなぁ。そんな風にしてると血圧上がって寿命が短くなってしまうとい 害なんだろう、きっと。 急に声を荒げるパパ。きっとママが心配で情緒不安定なんだろう。それか更年期障 !? ! !! ただけで寝込んじまったんだよ﹂ ふざけるな お前がやったのは自殺の強要だ ? ﹂ ! でも、命がある ? である。 とすらできない、奇声を発するだけの人生だとしても、生きているだけで素晴らしいの 人の命とは尊いものなのだ。例え、ベッドから起き上がれず、トイレに一人で行くこ だけ幸せだよね じゃあ、脳に確実に障害が出るから社会的には死んだも同然かなー ﹁の ん の ん。正 確 に は 十 三 人 だ よ。最 後 の 子 は 自 殺 未 遂 で 済 ん で る か ら。ま あ、あ れ トを十四人も自殺に追い込んでおいて何でそんな事が言えるんだ⋮⋮﹄ ﹃悪戯だと⋮⋮ ⋮⋮クラスメイ て背負い過ぎるところがあったし。だから、俺が友達にちょーっと悪戯したことを知っ ・・ ﹁ありゃ、ママはちょっと豆腐メンタル過ぎただけだって。ほら、ママって責任感が強く 2 しぼ 俺が人の命を賛美する発言をすると、パパの怒鳴り声は止み、今度は逆に声が萎んで いく。 からかいすぎたかもしれないな。しかし、自重はしない ならば、俺もそれに対するベストな台詞をパパに送らざるを得ない。 パパは反抗期に入った子供に親がよく言う台詞ベスト10に入る台詞を吐く。 ﹃お前なんか⋮⋮産まなければよかった⋮⋮﹄ めげない、懲りない、自嘲しない。それが俺、一樹あきらの人生哲学なのだ。 ! 避妊は大事だよ、避妊は。次はちゃんと付けてママとHしなよ。⋮⋮⋮⋮あ ? ﹂ ? 散々今までやってきたのに今更何かを感じる訳ないだろう。そのくらいでピーピー 四十を越す。 俺が死に追いやった人間は中学ではまだ十ちょっとなだけで、小学校の時を合わせれば まったく、あんな安っぽい挑発で切れるとはパパもまだまだお子ちゃまだな。大体、 液晶の画面を数秒見た後、俺は呆れて溜め息を吐くと携帯電話をポケットにしまう。 ツーツーと無機質な音が耳に届いてくるだけだ。 俺がそこまで言うと携帯の通話を切られた。 りゃ じゃね ﹁い や、そ れ は 十 四 年 前 に コ ン ド ー ム 付 け ず に キ モ チ イ イ こ と し た パ パ と マ マ の 責 任 プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 3 4 喚くなんて、それでも俺の親か。あー情けないったらありゃしない。 自分があんなちんけで詰まらん男の精子の一つだったかと思うと泣けてくる。 腕を組んで、己の悲劇的な過去を哀れんでいると、視界の端の方から一人の男が走っ てくるのが見えた。 男は片手には大きなトランク、もう片方の手には携帯を握って電話しながら走ってい る。 その顔は焦りと緊張で強張っている。よっぽど大事な電話の内容なのだろう。 しかし、まあ⋮⋮走り電話とは行儀がよくない。 俺はモラルに厳しい真面目君なのでそういうマナーのなっていない行いが許せない のだ も、信号の色は赤で││そして何より赤い大型のトラックが男の真横から迫っていたか きっと男の今日のアンラッキーカラーは赤だな。なぜなら、俺の着ているシャツの色 男は投げ出された。前方にある横断歩道のど真ん中へと。 られたその横顔は自分に起きたことをまだ正確に認識できていないのだろう。 加速していた勢いが止まらず、地面を擦りながら前へと大きく飛び出した。驚愕に彩 走っていた男は電話に集中していたせいで、面白いほど簡単にずっこけた。 すっと男の足元に足を引っ掛ける。 ! ら。 重たく、鈍く、くぐもった音がその場に響いた。それは水気の含んだものを思い切り 叩きつけたような音だった。 あった。 せき 俺はそれを聞きながら、 ﹁大丈夫っすかー ? 道路を走っていた車は皆全て止まっており、そのせいで後方では更なる玉突き事故を ジョブチェンジした男の傍に行く。 ﹂と白々しさ満点の台詞を吐いて、肉塊に 駅 に も 近 い せ い で そ の 煩 さ は 並 大 抵 で は な い。ち ょ っ と し た サ イ レ ン の よ う で も 流れ出す。 数秒の沈黙の後、堰を切ったかのように有象無象の阿鼻叫喚がBGMとして大音量で 様子。 スをかましていた。運転席も思い切り歪んで潰れていたため、運転手も天に召されたご 赤いトラックは男を跳ね飛ばした後、ガードレールをぶち破り、街路樹と熱烈なキッ いのか分からないが。表現の哲学者のソシュール先生でも困惑するだろう。 もっとも、潰れて拉げ、踏み潰された虫の死骸のような肉の塊を﹃男﹄と表現してい ひしゃ 男を占めている大半の色は赤だった。 ﹁やっぱ、アンタのアンラッキーカラーは赤で決まりだな﹂ プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 5 起こして、順調にCO2の排出源である車を運転手の息の根ごと止めていた。地球温暖 化防止まで起こしてしまうとは⋮⋮俺は天使か。 傍に近寄ると、当然の如く男はご臨終していた。逆にこれで生きていたらゾンビだし な。 そんなバイオ・ハザードな展開もなく、俺の興味も失せて始めていた時、男の手 の中に携帯電話がしっかりと握り締められていることに気が付いた。 どれだけ大事な電話だったのやら。ワーカーホリックだったんじゃないのか、こい つ。むしろ、俺がこの世から解き放ってやったことで救われたんじゃないだろうか。 ひび やはり俺は醜い現世から救われない魂を救済する天使だったのか。また俺の正しさ が証明されてしまった。アイアム ジャスティス。俺こそ正義。 まだ通話状態になってやがる。流石日本製、強度が違いますな﹂ ﹃⋮⋮も⋮⋮しも⋮⋮きこえ⋮⋮﹄ ﹁うん る。 ﹁もしもし どちらさま お前は誰だ ﹂ 立花はどこへ行った ﹄ !? ? ﹃⋮⋮その声は立花ではない !? ? 入っていたが、未だにきちんと己の機能を果たしている通信機器ちゃんに俺は耳に当て 男の死体に蹴りを入れて、その手から携帯電話を奪い取る。液晶画面に大きな罅こそ ? ボイスチェンジャーで加工された声で捲くし立てるように電話の向こうの人物は喋 ? 6 る。 どうやら真っ当な相手ではないことが簡単に予想できた。そして﹁立花﹂というのは 恐らくは俺の足元にあるお肉のことだろう。 それにしても、こんな怪しげな奴とつるんでいる立花︵故人︶もろくな人間ではない と思う。やはり死んで当然の男だった。そんな奴を死なせた俺は間違いなく天使 今後は﹃天使少年☆エンジェルあきら﹄と名乗ろう。 ! ﹁俺はエンジェルあきらだ。あきらたん、もしくはアッキーと呼んでくれ。あと、それか ど、どういう事だ ﹄ らこの電話をしていた男は死んだ﹂ !? !? それなら⋮⋮トランクは トランクはどうなった !? ﹄ !? てくれ⋮⋮﹂ ﹃ふざけてるのか、お前 取り合えず、この辺には⋮⋮﹂ ? に入った。 さまよ 無駄だと思ったが、視線を彷徨わせていると、傍の歩道に転がっているトランクが目 トラックに潰されたはずだ。 立花の死体は流石にトランクまでは握り締めていない。十中八九、飛んで行ったか、 ﹁トランクー !? ﹁イイ奴だったよ⋮⋮よく知らんけど。お袋さんには立派な死に様だったと伝えてやっ ﹃死んだ プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 7 へりくだ ていうか、命令とか何様 アン 何が起きたのか、さっぱり分からないが、そのトランクだけは確保しておいて ﹁あった。歩道の方に転がってる﹂ くれ﹄ ﹃歩道 ﹁えー。俺は無関係な一般ピーポーなんですけど ? 書かれていたクチだろ てくれ﹄ ﹄ !? ﹂ トランクの前まで来た俺はそれを持ち上げようと取っ手を触ろうとする。 かった。 トランクは大きく凹んでいるが、頑丈に出来ているのか破損している部分は見られな て向こう側の歩道に向かう。 血液と肉片が混じった血だまりを、ピチピチ・チャプチャプ・ランランラーンと歩い ﹃ボ、ボンクラ ﹁分かったよ、ボンクラ。ちょっと待ってろ﹂ えたか、このボンクラめ。最初からそう言っていればいいものを。 電話相手は地味に突っ込みをこなしながら俺に頼んでくる。フッ、ようやく立場を弁 ! ? ﹃そんな事書かれていた訳ないだろう ⋮⋮頼む。お願いだ。⋮⋮トランクを回収し タ、小学校の通信簿に﹃偉そうにしていては皆嫌われるのでもっと謙りましょう﹄って ? ? 8 爆弾 取り扱いに気を付けろ けど、このトランクちゃん。 トラックに跳ね飛ばされるんです ﹃扱いには気を付けてくれ。その中に入っているのは⋮⋮時限式の爆弾なんだ﹄ ⋮⋮は ? おい。それってもう手遅れなんじゃないのか ? シーンが主たるものだった。 お前だけは死んでもうらみ続けてやる ﹄ 私たち、あんなに愛し合ってたのに。こんな事するなんて﹄ ! !! くっ⋮⋮皆。俺⋮⋮アンタらと違って天使だから、天国行くんだ。だから、アンタら 間だと、親友や恋人だと言ってくれた阿呆な玩具ども。 皆、俺に自殺に追い込まれた間抜けどもの恨み言ばかりだった。俺のことを大切な仲 ﹃何度生まれ変わってもあきら君への憎しみだけは忘れないから⋮⋮﹄ !! ﹃どうしてあきら君 呪ってやる ! !? ﹃⋮⋮地獄に落ちろ、あきら﹄ ﹃あきらあああああ ﹄ 脳内を光速で走馬灯が駆け巡る。映像は俺のクラスメイトに言葉を投げかけられた ││これ死ぬんじゃね、と。 ショーンで映るその光景を見る俺はふっと思った。 冷 や 汗 が た ら り と 流 れ る 俺 の 目 の 前 で ト ラ ン ク が バ ン と 開 か れ た。ス ロ ー モ ー ? ? ﹃何で、何で裏切ったんだ⋮⋮あきら。信じていたのに⋮⋮ プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 9 の居る地獄には落ちないよ。 ﹄ 地獄に行くのはあんたの方よ﹄ ﹃ふざけんな、てめえ お前みたいな邪悪な悪魔が何をほざいてるんだ ! ﹃そーよ ﹃何が天使だ ﹄ ﹄ ! !! 死ねぇ ! ! 死ね ! れって走馬灯じゃなくね ﹁⋮⋮グッドです﹂ 実際にどこかと繋がってるの ﹂ ない下も一本の毛根もないツルツルピカピカなものだった。 おっぱいも小振りながら、美しいピンク色の頂点を誇っている。パンツすら穿いてい は だだ一つ違うのは性別が女の子で、身体つきが俺と同じ中学生くらいだということ。 その少女は⋮⋮桃太郎と同じように素っ裸だった。 び出してくる。 長い長い黒髪を振り乱し、桃から生まれた時の桃太郎のように開いたトランクから飛 ﹁いったーーーーーーい 爆発ではなく、人間の叫び声だった。 そんなコント染みたやり取りを内心でやっているが、トランクの中から飛び出たのは ? 走馬灯の亡者どもがまるで文句を言うように悪鬼の形相でがなり立てる。あれ、こ ﹃死ね ! ? !! 10 親指を上に向けて真顔でサムズアップをする。 爆弾ではないことが分かって安堵したのと、裸の女の子が出てきたことにより、混乱 の極みにあったが、俺は取り合えず、自分の欲望に即した反応をした。 少女は俺に気付き、そして、その視線の意味にも気が付くと絶叫を上げた。 ﹂ 幼い頃に合気道を習っていた俺は即座に対応して、携帯電話を持っていない方の手で そして、俺に向かって突撃してくる。向こうも相当に混乱しているらしい。 ﹁きゃああああああああ ! ﹂ 彼女の腕を掴むと相手の勢いを利用して後方へと大きくぶん投げた。 ! 何を言っているんだ、お前﹄ 爆弾はちゃんと見つかったのか ﹂ ? !? 育テレビで狼に育てられた少女というのを見たことがある。多分、あれだ。 何か悲鳴のようなものが聞こえたぞ !? 俺は耳に再び、携帯電話を当てて、転がる少女の尻を眺めながら逆に尋ねた。 持っていた携帯電話から声が上がる。 ﹃おい ! ﹁お宅の爆弾は⋮⋮黒髪ロングで裸の狼少女なのか ﹃は ? ﹄ いきなり、襲い掛かってくるとは⋮⋮さては野犬にでも育てられていたのだろう。教 潰れた悲鳴を上げて、全裸の少女はアスファルトに舗装された歩道を転がる。 ﹁ぎゃあ プロローグ 歪んだ少年とトランク少女 11 返ってきた返答は俺の予想通りのものだった。爆弾というのは比喩表現で女の子を 誘拐していた訳ではないらしい。 そもそもお前は誰な⋮⋮﹄ !? どうか、この俺を飽きさせないでくれよ、あすなろ市⋮⋮。 ああ、きっと楽しいことが俺を待っている。 面白いことが起きる予感を感じながら、俺は悦に浸る。 この街に来てよかった。 そして、近付いてくる救急車のサイレンの音を聞きながら、静かに笑う。 一方的に通話を切断し、歩道に転がる全裸の少女と道路の惨状を見回す。 ﹃お、おい ﹁いや、それならいいんだ。じゃあ、また後で連絡する﹂ 12 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 ・・ ﹁いや∼、それにしても酷いもんだね。いくら大規模な事故が起きたからつって、裸の女 の 子 が ト ラ ン ク に 詰 め 直 さ れ て 運 ば れ て い る と い う の に 誰 も 気 が 付 か な い と は ⋮⋮。 む どうなっちゃうんだろうね、日本の明日は﹂ 目の前の俺に警戒心剥き出しの少女に向けてそう問いかける。 管理人に挨拶をして部屋の鍵をもらうと、先に届けて入れてもらっていたダンボール かった。 公園を探して、そこで靴を可能な限り血を落とすとパパが借りたマンションへと向 俺に目を留めるものは居なかった。 つはずなのだが、それ以上にあの駅前の横断歩道の近くは騒ぎが大きかったせいで誰も んでその場を後にした。血液で靴が濡れている大きなトランクを抱えた俺は結構目立 あれから俺は投げ飛ばされて気絶していたこの黒髪の少女を再び、トランクに詰め込 るよりはマシという結論に至ったようだ。 裸ではなく、俺が渡したジャージを着ていた。受け取るのに大分躊躇したが全裸でい ﹁⋮⋮わたしを誘拐しておいてよくそんな事が言えるね﹂ 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 13 箱がごったがいしている自室にようやく到着できた。 俺はやかんとインスタントコーヒーの袋をダンボール箱から取り出すと、インスタン トコーヒーの粉を直接やかんにぶっち込んでお湯を沸かしていた。 そして、マグカップをダンボール箱から探し始めた時にようやくトランクのことを思 ブラックだけど﹂ い出し、今に至るという訳だ。 ﹁コーヒー飲む ﹂ ﹂ !? ﹁俺が食うから腹減ったんだよ﹂ ﹁⋮⋮わたし、絶対に食べないからね ﹂ いるダンボールから出してコーヒーを注ぐ。 俺はそう思いながら、カップ麺﹃マキシマム鶏がら醤油ラーメン﹄を食料品が入って なかなか堂に入った突っ込みだった。もう少し鍛えればM1も夢じゃないな。 コーヒーの入ったやかんを揺らすと、少女は俺に切れのいい突っ込みを入れる。 ﹁それで作ったらコーヒーの味になっちゃうでしょ ﹁インスタント麺か、カップ麺でいいなら作れるよ。ほら、ちょうど熱々のお湯もある﹂ しかし、直後に﹁グ∼﹂という腹の虫の鳴き声が少女の方から聞こえてくる。 マグカップにコーヒーを注ぎながら尋ねると、少女はぷいっと顔を背けて断った。 ﹁いらない ! ? 14 ! 三分後、コーヒーフレーバーに包まれた﹃マキシマム鶏がら醤油ラーメン﹄をほうば る哀れな少女が居た。 ﹂ 所詮、何を言っても食欲には勝てない浅ましい少女である。同じ人間として恥ずかし いぜ。 ﹁おいしい すす ? ﹂ ! る。家に帰ってから食べようと思って駅の中で買ったものだ。 背中に背負っていたナップザックから牛めし弁当を取り出して、パクパクと食べ始め ﹁ほーう。じゃあ、俺はやっぱり善人だわ﹂ いの ﹁食べ物を粗末に扱ったやつは本当の悪人なんだよ。生きてエンドマークは迎えられな 俺は気持ちの悪いものを見る目で少女を見ると、むっとした目付きで俺を睨む。 ﹁よくそんなもの最後まで食えるね。頭おかしいんじゃないの ﹂ 涙目になりながらも麺を啜り、挙句の果てにコーヒーのスープまで飲み干した。 メン。 まあ、そうだろうな。俺だったら絶対に食べたくないもん、そんなコーヒー臭いラー ﹁うう⋮⋮まずいよぉ﹂ ? ﹁ご、ご馳走様⋮⋮﹂ 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 15 う め え。ま っ た り と し た タ レ に 漬 け 込 ま れ た 牛 肉 と ご 飯 と が 絵 も 言 わ れ ぬ ハ ー モ ニーを醸し出す。 うーん。人の惨めな死に様を見た後の飯はなおさら旨い。やっぱ、最高のスパイスは ず、ずるい。自分だけそんな美味しそうなの食べて﹂ 他人の不幸だな。 ﹁あ∼∼ ﹂ ? ﹂ !? しつけ いい加減、名前も分からないと不便極まりないので、少女に俺は尋ねた。 弁当を食べ終えて、マグカップのコーヒー啜り、一息吐くと少女の方に向き直る。 が見てみたいところだ。 勝手に食べておいて何を言ってるんだ、こいつは。まったく躾がなってない。親の顔 ﹁ひどい。ひどすぎる⋮⋮﹂ ﹁俺は作っただけで、別にアンタに食べてくれとは言ってないぞ﹂ ﹁あなたが食べさせたんでしょ ﹁息がコーヒー臭いんで近寄らないでください。飯がまずくなる﹂ そして、冷めた目で見つめながら、弁当を持って後退した。 少女は意地汚くも俺の牛飯弁当に手を伸ばそうとしてくるので、箸で迎撃する。 ﹁ちょ、ちょっと分けてくれない ﹁知らねぇよ。アンタが聞かなかったのが悪い。あー、牛飯うまいんじゃ∼﹂ !! 16 ﹁で、アンタの名前は 理由ないだろ ﹂ ﹂ さら 知らない訳ないし、外国に売り飛ばす気ならわざわざこんなところに連れてきたりする ﹁誘拐犯は俺じゃねぇよ。アンタを攫って来た奴は死んだ。第一身代金目的なら名前を ﹁誘拐犯に教える名前はないよ﹂ すると、今まで普通に会話をしていたのに途端に思い出したように表情を硬くした。 ? だった。 身の潔癖を証明した俺だったが、目の前の少女は俺への疑念はまだ晴れていないよう なら、こいつを攫おうとした奴も別に居ると考えるのが無難だ。 うところだろう。 だったから、あの立花って奴がどこかで爆弾の入ったトランクと間違えてしまったとい まあ、あの電話の相手の話もトランクにこの少女が入っていることを知らない様子 ? ﹂ ? ﹁この通り、飯粒一つ綺麗に食ってる。こんなに飯を大切に扱える俺が善人じゃないと 俺は空になった弁当箱を見せびらかす。 末に扱うのは悪人なんだろ ﹁おいおい。目がどうとか言って文句付けるとかどこのヤクザだよ。ほら、食べ物を粗 ﹁あなた、目が濁ってる⋮⋮すごく嫌な感じがする﹂ 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 17 でも た。 ﹂ ? さっきに悪人は食べ物を粗末にする理論とかは記憶じゃないのか けれど、記憶喪失だって 嘘臭いことこの上ないな。 しばらく、俺の顔を睨んでいたものの自分の理論のせいか、結局は名前を教えてくれ ﹁⋮⋮⋮⋮かずみ。苗字は分からない記憶喪失みたい﹂ ? ﹂ !? ﹂ 俺はあきら。一樹あきらだ。あきらたん。アッキー。またはあきあきって呼ん ﹁あきらの方がありきたりな名前じゃない でくれ﹂ ? ﹁人の名前、馬鹿にするとか⋮⋮最っ低だな、かずみちゃん。そういうの人としてどうか ! ﹁俺 名前を馬鹿にされて憤慨するかずみちゃんは膨れっ面で俺の名前を聞いてくる。 ﹁なら、そういうあなたの名前は ﹁ほお。かずみちゃんか⋮⋮ありきたりな名前だね。面白みがない﹂ かった。 こ れ 以 上 は 今 問 い た だ し て も 無 駄 な 気 が し た の で 記 憶 喪 失 に つ い て の 言 及 は し な 情筋の変化や瞳孔の動き具合では読み取れない。 何ともまあ、都合の良い設定だが、どうも嘘を吐いている様子はない。少なくとも表 ? 18 と思うわ﹂ ﹁あきらが最初に馬鹿にしたんでしょ だが、それにしても⋮⋮。 えられた間抜けな奴だろうな。 ﹂﹂ どうやら、最初の奴とはまた違う相手のようだ。とすると、立花にトランクを取り違 のボーカロイドの音声を繋ぎ合わせたような音声だった。 そう言った後、一方的に通話が切れた。最初のボイスチェンジャーとは違い、今流行 コイ。コナケレバ警察ニオマエガ人ヲ殺シタコトヲバラス﹄ ﹃オマエノ持ッテイッタトランクヲ渡セ。30分後BUY│LOTノベンチマデ持ッテ て、俺は電話に出た。 一指し指を口元に当てて、かずみちゃんに黙ってくれるようにジェスチャーで伝え ではなく、立花の方の携帯電話だった。 アホなやり取りを交わしていると、ポケットに入っている携帯電話が鳴り響く。俺の !? 俺の自殺強要をこんな形で告発する根性のある人間はもう﹃居なくなって﹄いるので、 年法も余裕で適応されるので、正直警察はそこまで怖くない。 まあ、直接的にやった訳じゃないから法では裁けないと思うし、俺まだ十四だから少 ﹁身に覚えがあり過ぎて分かんないなぁ﹂ 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 19 この﹃人を殺した﹄という部分は多分立花のことだ。 だとしたら、あの時に足を引っ掛けていたことを見たということだろう。 なんだ。あんなの偶然、足を出したら立花がすっ転んで飛び出しただけだと言えば、 それでお終いだ。例え、映像があっても殺意の証拠とするには難しい。 ますます、電話の奴の言うとおりにする理由がなくなった。 でも、取りあえずはかずみちゃんにも伝えておくか。 は一変して硬質な空気を纏っている。 まるで人間ではない。もっと別な﹁何か﹂のような寒々しい瞳。 ? 俺はそれを見て││平然と流した。 BUY│LOTっていうとこ行く ? ﹂ ? しかし、かずみちゃんの口から出たのは俺の疑問への返答ではなく、その前の話の続 んじゃね 今日越してきたばかりだから場所知らんけど、記憶喪失ならかずみちゃんも分からない ﹁ああ、うん。そうなんだ。で、どうする 俺は すっとさっきとはまったく違う冷徹な視線を俺に向ける。今までの馬鹿な雰囲気と ﹁⋮⋮全部、聞こえてた⋮⋮あきらが人を殺したっていうのも⋮⋮﹂ トランクを持って来いってさ﹂ ﹁何か、かずみちゃんを誘拐した人がBUY│LOTって場所にかずみちゃんを入れた 20 きだった。 ﹂ 穢れなき天使の俺に向かって。大体、死んだは立花って奴で、 ﹁やっぱり、あきらは悪い人だったんだね﹂ 何言ってるの そのおかげでかずみちゃんは助かったんだよ ﹁は ? ? で吐き捨てる。 脳内で出てきたエロい妄想に想いを馳せていると、かずみちゃんは同情を滲ませた声 どっかのAVでそういうのないかな 組 ん ず 解 れ つ の ガ チ レ イ プ 劇 場 が 開 幕 さ れ て い た は ず だ。⋮⋮ 何 そ れ、超 見 た い。 なんて考えるまでもない。 しても時限爆弾を運ぶような危険人物に裸の少女がお持ち帰りされればどうなったか 俺が居なかったらあの立花という男に連れ去られていたのだ。誘拐目的ではないと ? ? さまつ ﹁ていうか、そんなことより行くのかどうするのかは決めたの ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮コーヒーのカップ麺、食べさせてくれてありがとう。まずかったけどお腹空 情を浮かべただけで答えない。 非常にどうでもいい些末事をまた流して、結論を促すがかずみちゃんは悲しそうな表 ? ても何も感じてないのがその証拠だよ﹂ ﹁違う。悪いとかそういうんじゃなくて、あきらは壊れてる。⋮⋮人の命を奪ったりし 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 21 いてたのは治まった﹂ 水臭いな、俺とかずみちゃんの仲じゃん。どーんと頼りな すっと立ち上がるとかずみちゃんはそう言って空のトランクを持って、出て行こうと する。 ﹁一人で行くつもりなの よ﹂ サンダルもおまけで付けてやる﹂ ? ﹁⋮⋮。あきらって頭はおかしいけど、時々優しくもあるんだね﹂ 大きさは合わないだろうが、靴よりはまだマシなはずだ。 かずみちゃんへ放り投げた。 靴類が詰め込まれたダンボール箱を見つけて、中からサンダルを探し出して、それを と、素足で外出るのはきついだろ ﹁いいよ。持ってきなって。たかだか、ジャージの一枚くらい餞別代わりにやるよ。あ れを止めて、手をひらひらと横に振った。 ることに気が付いて足を止める。そのまま脱ごうとチャックに手を掛けたので、俺はそ ドアを開けて出て行こうとした途中でかずみちゃんは、自分が俺のジャージを着てい ﹁⋮⋮ごめん。もうあきらとは一緒に居たくない。あ、でもこの服⋮⋮﹂ かずみちゃんはそれに対して、拒絶の意思を込めた表情で俺を睨み付けた。 時間にして一時間もない間だったが、無意味になれなれしくそう言って笑いかける。 ? 22 ﹁優しいよ、そりゃ。だって俺、天使だもん﹂ にっこりと笑顔を浮かべてやると、かずみちゃんは複雑そうな表情で眉を下げた。 色んな感情が渦巻いているようで最後に何か俺に言おうとしたが、躊躇った後に部屋 のドアを開けて出て行った。 ドア越しで別れの挨拶が小さく聞こえた。 ﹁じゃあね。さよなら、あきら﹂ その後に閉まる玄関のドアの音がして、サンダルのペタペタと軽快な足音が遠退いて いく。 行ってしまったか。 どうにも嫌われてしまったようだ。気難しい年頃なんだろうな。 俺は携帯電話を操作してあすなろ市のBUY│LOTを検索する。 玩具専用のダンボール箱からスケートボードを取り出す。黒い板に銀色で﹃Craz 俺が主役。俺こそが世界の要。この世は俺を中心に回っているのだ。 俺だけ除け者とか許されない。 わざわざ俺が行く理由はぶっちゃけるとあまりないのだが、せっかくここまで来て、 のか。場所もわりと近くだし﹂ ﹁とか言いつつも俺も行く気満々なのでした。あー、ショッピングモールのことだった 第一話 食べ物を粗末にしない悪人 23 アキラ y﹄と達筆気味の書体で描かれている。俺の相棒、クレイジー・ A ・スペシャルちゃん だ。ちなみに文字は俺がペイントした。 こいつで行こう。この街での一番最初の﹃お祭り﹄にはそれなりに楽しみたいからな。 ! 俺はクレイジー・A・スペシャルを担いで玄関から飛び出して、外へ出る。当然、鍵 ﹂ は掛けておく。泥棒に入られると困るからね ﹁さて、そんじゃ⋮⋮はしゃぎますか !! 24 第二話 ダイナミックご来店 BUY│LOT。公式ホームページサイトによると、あすなろ市で最もナウでヤング でポピュラーなショッピングモールらしい。 取り合えず、この紹介文を載せた奴とそれを許可した奴はその素敵なセンスの責任を 取って一刻も早く死んでほしいところだ。 俺はそのショッピングセンターの正面玄関からクレイジー・A・スペシャルに乗って ダイナミックご来店を果たす。 ﹂ クレイジー・A・スペシャルに乗ったまま、無駄に広い中央のスペースまで滑ってい た。まるで店が俺の来店を待ち望んでいたようだ。 自動ドアの感度は良好のようで、俺は足止めを食らうことなく店内に入ることができ ﹁そいやあああああ !! くと、立花の携帯電話のコール音が鳴り響く。 ﹂ ? ﹃トランクハドウシタ ﹄ 電話に出るとさっきの合成音声が聞こえた。 ﹁もしもし 第二話 ダイナミックご来店 25 ? ﹁あれ まだ来てないんだ。俺の方が先に着いちまったか、参ったぜ ﹂ ! じたが、俺はそれに素直に従う。 ﹂ ? ? あえて、その物体に近寄って布を取り去る。 こりゃあ⋮⋮かずみちゃんが入ってたトランク ? ﹃ソノトランクヲ開ケロ﹄ えた爆弾が入った方のトランクか。 いや、デザインこそまったく同じだが、凹みや傷がない。とすれば、立花が取り間違 ﹁うん ﹂ 君子危うきに近寄らず。しかし、俺は君子ではなく、エンターテイナーであるために そこのベンチの裏に白い布を被された大きな長方形の物体が置いてある。 ⋮⋮あー、こりゃ何だ 今度は急に話を変えて、そんなことを言ってくる。俺はそこで何かきな臭いものを感 ﹃ソコノベンチノ裏を見ロ﹄ ﹁安心しろよ。すぐに来るって﹂ ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ 持ったのか、しばらく無言、いや無音声になる。 ドヤ顔で自分のスケートボードの速さに満足していると、電話の相手はそれに不満を 流石、俺のクレイジー・A・スペシャル。女の子の足など簡単に追い抜いてしまった。 ? ﹁ベンチの裏∼、エッチな本で俺にあんのか ? 26 何だ、こいつ。俺を爆弾で殺す気か 俺がこのトランクの中身を知らないとでも 思っているのか ? 何でここに来たの ﹂ のボブカットの活発そうな顔立ちの少女だ。 片方は紺色のロングストレートヘアの知的な顔立ちの少女。もう片方はオレンジ色 の二人の少女は当然ながら知らない顔だ。 その中の一人はかずみちゃんでトランクを持ってこちらに向かって来る。その後ろ だが、そんな時、こちらの方に近付いてくる三人の女の子が居た。 ? ? 正直に言うなら、ただ単純に面白半分だけど、それよりこっちの言い分の方が良い 人差し指を銃のように突き出して、かずみちゃんに向かって撃つ真似をする。 ﹁君が心配で来てしまったんだぜ、ベイべー﹂ 驚くかずみちゃんに俺はにこやかに返す。 ﹁あきらっ ! 馬鹿なんじゃないの、こいつ﹂ 男っぽいでそう言った。 ! くても去年全国一斉学力テストでトップ10に入ったレベルの学力だし、IQテストで はっきり言って俺の方がこいつよりも頭がいい自身がある。俺はろくに勉強もしな オレンジ色ボブカットの少女が俺の格好いい台詞を聞いて失礼なことを言う。 ﹁うわ 第二話 ダイナミックご来店 27 も140の数値を叩き出したほどだ。 ﹂ ﹂ ? ﹂﹂﹂ !? ﹁警察よ。動かないで﹂ その後ろには武装した警官隊が十人ほど控えている。 声と共にスーツ姿の女性が俺らの前に姿を現した。 ﹁その通りよ﹂ まったく同じようなリアクションをする三人。本当に仲が良いようで大変宜しい。 ﹁﹁﹁⋮⋮はぁ ﹁時限爆弾、らしい﹂ 縦長タイマーのような画面が付いていた。 中にはバスケットボールほどのサイズの球体が入っており、丸っこい大きなボタンと トランクを開いて、中のものを三人に見せる。 ﹁あー⋮⋮﹂ ﹁うん。そうだけど⋮⋮ってあきら、そのトランクは 三人とも何か仲が良さそうだったら多分かずみちゃんの友達なんだろう。 これはこれで反応として寂しい気がする。もっと俺に食いついて来てくれないと。 紺色のロングストレートの少女の方は冷静にかずみちゃんに俺の事を尋ねている。 ﹁この彼がかずみの事を保護してくれた人なの ? 28 見りゃ分かるわ、そんなこと。 内心で突っ込みながら冷めた目で見ていると、刑事らしき女性は俺に話しかけてき た。 ﹁一樹あきら君ね﹂ まさか、自分の名前を呼ばれるなんて思わなかった俺は少しだけ驚いたが、多分電話 の相手が俺のことをリークしたのだろう。 ﹁えー⋮⋮あれは悲しい事故と言いますか﹂ でも抵抗すれば││あなたを撃つ﹂ ﹁あなたがこのショッピングモールを爆破しようとしていることはわかっている。少し そう言って、拳銃を取り出して俺にその銃口を向けた。 ⋮⋮おい、待てや。まるで意味が分からんぞ。 マ ジ ていうか、銃を中学生に向けるな。少年法ってこの街じゃ適応されないのかよ。 しかし、残念ながら刑事さんの顔は真剣だし、その後ろの警官隊もそれを止めようと しない。 ﹂ ? ? ﹁あなたは立花宗一郎という人物に唆されて、このショッピングモールを爆破するよう いんですけど ﹁ちょ、ちょ、ちょ。あの俺、中坊っすよ ショッピングモール爆破とか意味分からな 第二話 ダイナミックご来店 29 い や、待 て、こ の 刑 事 の 発 言 お か し い ぞ。そ も そ も こ の 街 に 来 て 数 時 間 し か に頼まれた。その爆弾のことを知っていたのが何よりの証拠よ﹂ ん 経っていないのに何で俺の名前を把握している 怖い顔をして睨む刑事さんのその言葉を聞いて俺は不信に思い、問い返す。 ? ? か それに加えて警官隊まで配備とか⋮⋮準備が良すぎじゃないですか ﹂ ? ﹂ ! その瞬間、電話のコール音がその場に鳴り響く。 ﹁動くなと言ったはずよ から三番目の電話番号にリダイアルする。 俺は自分の中の直感に従い、ボケットの中を弄り、立花の携帯電話の通話記録から上 ひょっとして、ひょっとすると⋮⋮。 が引っ掛かる。 前まで知っているのはおかしい。ひょっとしてあの合成音声の奴とグルか。ただ何か いや、それだけじゃないはずだ。ここに来るのは立花のはずだったのだから、俺の名 みたいな中学生がその役目を受け継いでいたなんて知ったのはさっきだったけれどね﹂ ﹁それはここで立花が爆破計画を企てていることを知って、張り込んでいたからよ。君 まるでここで誰かを待ち伏せしていたようなその周到振りがおかしすぎた。 ? ﹁それを言うなら、何で刑事さんもこのトランクに爆弾が入ってること知ってたんです 30 音源は目の前の刑事だ。 ﹁なっ⋮⋮﹂ ﹁ああ、やっぱり、刑事さんが最初の電話相手だったのか﹂ ﹁ちっ﹂ 俺が全てを察するや否や、舌打ちをした刑事さんは拳銃の引き金を引こうとする。 それを見越していた俺は持っていた時限爆弾を後ろのかずみちゃんたちの方へに投 げ、クレイジー・A・スペシャルの裏面を構えた。 このクレイジー・A・スペシャル、簡易的な鈍器にもなるように裏面には鉄板を仕込 んである。備えあれば、憂いなし。 放たれた弾丸は弾かれて、兆弾する。 なあ、﹃ボンクラ﹄﹂ ? ﹂ ﹁おい、何やってんだ。相手はまだ子供なんだぞ ﹁怪しい動きをしたから撃ったのよ ! ﹂ !? た。 俺の挑発に刑事は血相を変えて銃を構え直そうとするが、後ろの警官がそれを止め ﹁クソッ⋮⋮﹂ なので犯罪は止めましょう﹄って書かれてんじゃないの ﹁おいおい、危ないぜ、刑事さん。アンタ、小学校の通信簿に﹃頭が悪く隠しごとが下手 第二話 ダイナミックご来店 31 正直、 ﹁もっと早く止めろよ、この税金の無駄遣いども﹂と思ったが、あの脳みその足 ﹂と大きな声が上がる。 らない杜撰刑事に連れて来られるような人員じゃろくなものじゃないなと考えて諦め た。 その時、後ろから﹁あーーーー ﹁ちょっ ﹂ タイマーの画面には数字が表示されて、もの凄い速さでその数字は減っている。 ﹁受け取った時、押しちゃった⋮⋮﹂ 振り返ると、かずみちゃんが青い顔で俺を見る。 !! あ、やばい。今度こそ死んだか、これ だ表情から察するにもう手遅れくさいことが分かった。 この爆弾の規模がどのくらいか分からないが、ちらりと横目で見た刑事の恐怖に歪ん で、残り時間は一分を切っていた。 慌ててかずみちゃんの手から爆弾を取ると最初の状態で三分程度しかなかったよう たのだが、それが裏目に出たようだった。 後ろに三人が居たからキャッチしてもらえるだろうと思い、顔も向けずに爆弾を投げ ! 耳の鈴の形をしたイヤリングがリンリンと鳴り出した。 死の一文字が脳裏にちらついた瞬間、祈るように手を握り締めていたかずみちゃんの ? 32 カオル ﹂ 周囲の空間をその音色が包み込む。 ﹁ ! ﹂ ! けた。 ﹁え ﹂ !? 俺は呆然し、かずみちゃんは驚愕した。 !? ﹂ 打ち上げられた爆弾は回転しながら、飛んでいき、そしてポンと小さな音をさせて弾 ル﹂で紺色の方の少女は名前が﹁海香﹂だと判明した。本当に、クソどうでもいい。 どうでもいいことだが、この時の二人の台詞により、オレンジ色の方の少女は﹁カオ いる方へと蹴り上げた。 そして、受け止めたボールを今度はサッカーボールのように吹き抜けの天井になって ﹁ナイスパス、海香﹂ リフティングするように受け止める。 弾かれた爆弾は移動していたオレンジ色のボブカットの少女の方へ飛び、それを胸で ﹁おまっ 爆弾を弾いた。 その音色に何か気付いたような紺色のロングストレートヘアの少女は俺の手にある !! ﹁⋮⋮は 第二話 ダイナミックご来店 33 なぜなら、爆弾が破裂して出てきたものは爆発ではなく、星やハートマークの紙吹雪 だったからだ。 爆弾じゃなくて、くす球だったのか。 俺はそう思い、刑事の方を見たがまるで彼女はあり得ないものを見たかのような顔に なっていた。 その顔から見るにあれは本物の爆弾だったのだろう。と、するなら⋮⋮あの電話の奴 にすり替えられたと考えるのが妥当だ。 しかし、俺の直感はそれにノーと言っていた。 俺の中の第六感は⋮⋮本物が玩具に変わったのだと囁いている。何の確証もない、ア ホのような勘だが、俺の勘は今まで一度も外れたことがない。 ならば、かずみちゃんの鈴のイヤリングの音色が魔法でも起こしたとでも言うのだろ うか かべて刑事は立ち尽くしている。 れだから女の捜査は⋮⋮﹂などと文句を言いながら撤収していく。それに渋い表情を浮 俺もつられてそちらを見ると、警官隊のほとんどは刑事に対して、 ﹁いたずらかよ﹂ ﹁こ 俺はかずみちゃんを見る。しかし、かずみちゃんの視線は刑事の方を向いていた。 ? ﹁あの爆弾⋮⋮刑事さんが作ったものだよ﹂ 34 ぼそりと呟いたかずみちゃんの言葉に刑事が弾かれたように振り向いた。 ﹁俺もかずみちゃんのいう通りだと思う。っていうか、刑事さんが言ってた立花と連絡 して奴が刑事さん本人だから間違いなく、犯人だろうな﹂ 俺の追撃の発言に刑事は表情を歪ませた。 しかし、こちらに何か言う前にさきほど刑事の凶行を止めた警官隊の一人に肩を掴ま れて連れて行かれた。 爆弾は玩具ということになったが、中学生目掛けて発砲したことは始末書じゃ済まな いだろう。下手をするとクビだわな。 だから、近頃の警察は税金 ﹁本当に済みませんでした。謝って済まされる事ではありませんが⋮⋮﹂ 俺は殺されかけたんですよ ? ﹂ 刑事の方も頭こそ下げているもののこちらに対しての罪悪感は感じれない。それど に貶しまくった。 警官隊の人は丁寧にお詫びの言葉を述べたが、俺は警察が嫌いなのでここぞとばかり 信じられませんね﹂ の無駄遣いって言われるんですよ。市民の血税で買った弾丸を市民に向けて撃つとは ﹁本当ですよ。まったく ! その目は。申し開きがあるなら聞かせてくださいよ ? ころか薄っすらと俺とかずみちゃんを見上げるように睨んでいた。 ﹁何ですか ! 第二話 ダイナミックご来店 35 ﹁⋮⋮いえ、本当にすみません。後日、ちゃんとしたお詫びをさせて頂きます﹂ 体には意味がない。 しいて理由をあげるなら。 俺がショッピングモールから出て行く時も刑事は頭を下げて姿勢でこちらを睨み付 俺はそれを迎え撃って踏み躙ってやるつもりだった。 ようとするはず。 にプライドが高く、自意識が過剰、けれど迂闊で間抜けなこの女なら確実に俺に復讐し うかつ こんな下らない事件を巻き起こしたのは恐らくは手柄欲しさといったところだ。妙 ││単に喧嘩を売るための行為だ。 その顔には屈辱と憎悪に燃えていた。 にやっと笑って刑事を見つめる。 ﹁お願いしますね。名誉挽回してくださいよ、女刑事さん﹂ ・ だが、俺はこの刑事が誘拐犯と接触していることには気が付いているのでこの話は自 を持って調べてもらうように刑事に頼んだ。 かずみちゃんに記憶がないことや誘拐されかけていたことを話し、それについて全力 さい﹂ ﹁あー、じゃあ、そうですね。こちらのかずみちゃんを攫った誘拐犯について調べてくだ 36 37 第二話 ダイナミックご来店 けていた。 第三話 友愛体質 ﹁いやー。ほんと大変な目に合ったぜ﹂ て ﹂ 俺が可愛いからって、そんなことするなん ! ﹁誰が姉だよ ﹂ ﹁助けてかずみちゃん。意地悪な継母と義姉が俺をイジめるの ! ﹂ 俺は味方を欲して俺の椅子の傍のソファに座っているかずみちゃんに助けを求める。 ! 酷い。寄って集って俺をイジめるのね の少女改め、海香ちゃんも俺に冷めた目で突っ込む。 ポットと紅茶のティーカップをテーブルに運んで来た紺色のストレートロングヘア ﹁スケーボーの裏に鉄板を仕込んでいるような人がよくそんな事言えるわね﹂ かんないって。俺は平和を愛する一般ピーポーなのにさ﹂ ﹁確かに俺がわざわざ来たせいでもあるけど、まさかあんなことになるとは神様でも分 う言ってきた。 オレンジ色のボブカットの少女改め、カオルちゃんが俺に悪戯っぽい笑顔を見せてそ ﹁それ半分くらい自業自得なんじゃないの ? 38 ! わきあいあい ﹁ちょっとカオル。それじゃ、私が継母なの ﹂ その瞳には不信感と恐怖とがない交ぜになっているのが分かった。 和気藹々と仲良くふざけ合っていた俺たちを他所にかずみちゃんは俺を睨み付ける。 !? ﹂ ﹁⋮⋮何であきらがここに居るの それに二人ともいつそんなに仲良くなったの⋮⋮ 第三話 友愛体質 39 ? ジェントルマンな俺は彼女を背負って、この家まで送っていくと二人からかずみちゃ とその場で眠りこけてしまった。 あのショッピングモールの事件の後、俺はかずみちゃんは疲れていたのか、ぐっすり 前も漫画のキャラかよ。 たが女子サッカーをしていてプロに目を付けられているほどの実力だと言う。⋮⋮お カオルちゃんの方もショッピングモールでのシュートを決めたことから、分かってい て、維持しているとのこと。⋮⋮どこの漫画の設定だ、そりゃ。 だが、この今俺が居る豪邸は海香ちゃんがベストセラー作家として大成してお金を得 しているらしい。 何でも三人は帰国子女で、両親はそれぞれ海外勤務をしているので女の子三人で暮ら ちゃんが三人だけで暮らしているこの豪邸のことだ。 かずみちゃんが﹁ここ﹂と言いい表した場所は、かずみちゃんとカオルちゃんと海香 ? んが誘拐されかけていたことを聞かせてほしいと頼まれ、ここで二人と話をして親交を 深め合っていたという訳だ。 かずみちゃんが俺のマンションから出て行った時に二人は探していたかずみちゃん と合流したのだそうだ。かずみちゃんは昨日行方不明になったばかりでまさか記憶喪 失になっていたとは二人とも知らなかったようでめちゃくちゃ驚いたらしい。 かずみちゃんは二人の記憶を完全に忘れていたので、三人が仲良く写っている写真を 見せて事なきを得たそうだ。 すごいへこむわ。 カオルちゃんはそれがツボに入ったようで一人で爆笑していた。 ? 俺の環境順応能力の高さに恐怖を覚えたらしく、怯えの混じった顔を向けるかずみ ﹁カオルも海香もおかしいよ⋮⋮何でそんな簡単にあきらを受け入れちゃってるの ﹂ 自信満々な表情で紅茶の種類を言ってみたが、海香ちゃんに即座に否定された。⋮⋮ ﹁全然違うわ。アッサムよ﹂ ﹁この芳 醇な味わい⋮⋮ダージリンだな﹂ ほうじゅん 俺はかずみちゃんに答えながら、入れてもらった紅茶を啜った。 だよ﹂ ﹁俺ってほら、イケメンだし、天使のように優しいから誰とでもすぐ仲良くなっちまうん 40 ちゃん。自分が寝ている間に友達が人を殺したことのある奴とこんなに仲良くなって いたらそうもなるわな。 なんてかーわいい ﹂ ﹁安心しろって。かずみちゃんだって、俺の大事な友達だから。それにしても焼きもち ﹁わたしはあなたの事が怖いよ。平然と人の傍に近付いて来るのに何を考えてるのか、 かずみちゃんはそれを拒絶の意思を持って振り払った。 が俺の手に触れようとする。 俺はにやにやと笑みを浮かべて、その頬を触ろうと手を伸ばした。白魚のような指先 椅子から降りて、ソファに近付いてかずみちゃんの隣に座った。 ! 何がだよ 俺はただ可愛い女の子を口説こうとしてるだけだぜ 下心1 少しも分からない。今だって笑ってるけど⋮⋮何か違う﹂ ? ? ? 知らず知らずの内に舌なめずりをしている自分がいた。 これはなかなか楽しい遊び相手になってくれそうだ。 じゃないな。 さっきの刑事の件といい、どうやらこの子は感覚が鋭いらしい。そういう子は嫌い 怖い目で俺を睨んでくるかずみちゃんにおどけて答える。 00%さ﹂ ﹁違う 第三話 友愛体質 41 ﹁こら、あきら。かずみにセクハラすんなよ﹂ 何すんのさ ﹂ 嫌がられてるから止めなよ﹂ 言葉と一緒に後ろからカオルちゃんに頭を軽く小突かれる。 ﹁いたっ ﹁今、かずみにセクハラして引かれてたでしょ ? ﹁じゃあ、俺は可愛い女の子三人とも仲良くなれたし、そろそろ帰るよ。引越しして来た そんな短絡的な人間はつまらないからな。 いようで少しだけ安心した。 完全に信用していない様子だったが、ここで俺への不信を喚き立てるほど愚かではな た。 かずみちゃんは俺に不信感を覗かせたまま、抱きしめたクッションに顔半分を埋め 片手で拝むようにして、ウインクをしながら謝る。 ﹁ごめんな、かずみちゃん。ちょっと悪乗りしちまった。記憶喪失だってのに悪かった﹂ 僅かに抗議をしつつ、俺はかずみちゃんから離れてソファから立ち上がった。 ﹁えー、健全な男としての対応しただけなのに⋮⋮﹂ そこら辺は俺にここまで心を許している時点でお察しだが。 この子には今のやり取りがそう見えたようだ。明るく元気な分、少し鈍いと見える。 文句を言うとカオルは意地の悪い笑顔で俺にそう言ってきた。 ? ! 42 ばっかだから荷物をダンボール箱から出さなきゃいけないし﹂ ﹁あら、そうなの。残念ね、これからもっとディープな小説談義をしようと思っていたの に﹂ 俺が帰ろうとすると海香ちゃんは少し残念そうな顔をした。 こう見えて俺は読書家でもあるため、小説家である彼女とは馬が合った。カオルちゃ んや記憶を失う前のかずみちゃんとはなかなかそう言った話ができなかったようで趣 味の話相手に飢えてたらしく、好きな小説や作家についての話題を出すと面白いくらい 熱く語ってくれた。 ﹁ベストセラー作家様とは知識の量じゃ比べ物にならないって。あ、そうだ。せっかく だからメアドと番号、交換しようぜ﹂ 自分の携帯電話を取り出して見せると、二人は快く俺とメールアドレスと携帯番号を 教えてくれた。 無用心極まりない。年頃の携帯電話の番号がどれくらい価値があるものか理解でき てないらしい。 そんなことをしていると、俺らが今居るリビングにある固定電話が鳴り出した。固定 電話に一番近かったカオルちゃんが電話に出る。 ﹁ああ。あの時の女刑事さんですか﹂ 第三話 友愛体質 43 はい。ええ、そうですね。 どうやら電話相手はあの刑事だったらしい。この家に電話ということは誘拐犯につ いての話だろうか。 かずみを攫った誘拐犯の事について何か分かった だが、奴と刑事はグルのためにその電話は無意味だ。 ﹁え ? ﹂ ? ﹁三人 かずみちゃんは来なくていいのか ﹂ ? か。 ま る で か ず み ち ゃ ん を 一 人 に し た い よ う な ⋮⋮⋮⋮ あ あ。な る ほ ど、そ う い う こ と さらに俺がそこに居るかとわざわざ確認したのも引っ掛かる。 ないのはおかしい。 それは妙だな。普通ならかずみちゃんが当事者なんだから、俺はともかく彼女を呼ば 不明だったからね。心配するのも分かるよ﹂ ﹁記憶喪失の子を外に連れ出すのは良くないって言ってたよ。まあ、昨日の今日で行方 ? ﹁うん。できたら三人で来てほしいって。あきらにはお詫びもしたそうだよ﹂ ﹁俺も ﹁刑事さんがせっかくだからあきらにも来てほしいってさ﹂ 俺の方をちらちら見ていたカオルちゃんは電話を切って、こちらに話しかけてくる。 あきらも今、家に居ますけど⋮⋮あ、はい。分かりました﹂ ? 44 刑事の企みが読めた。あの刑事が短慮すぎるのか、それとも俺が天才すぎるのか。 多分、両方だろうな。 の子、一人置いてとく訳にもいかないだろ まだ誘拐犯も捕まってないんだし﹂ ﹁いや、俺はこの家に二人が帰って来るまでここで待ってるよ。ていうか、記憶喪失の女 ﹂ ﹁しないしない。俺だって分別は弁えてるって。だから、番犬役安心して任せたんだろ ﹁戻って来てかずみが傷物になっていたら、去勢するからね﹂ ﹁分かった。じゃあ、留守番お願いね。⋮⋮かずみに手を出したら承知しないよ﹂ おく方が問題なのだが、俺にすっかり心を開いてしまった二人はあっさりと許諾した。 むしろ、客観的に見れば、今日出会ったばかりの男を記憶喪失の女の子と一緒にして ? 先に沈黙を破ったのは俺の方からだった。 まま、玄関先に佇んでいた。 たたず 玄関の扉が閉まって、数秒間。俺とかずみちゃんはお互い無言で扉の方に顔を向けた 当のかずみちゃんは二人の異様な俺の信頼っぷりに怯えて固まっている。 た。 二人の酷い言いようもさらりと受け流し、俺はにこにこ手を振って玄関先で見送っ ? ﹁かずみちゃん。一つ言っておくわ﹂ 第三話 友愛体質 45 ﹁な、何 ﹂ られるように構えている。 俺に警戒してかずみちゃんは僅かに声を揺らした。微妙に距離を取り、いつでも逃げ ? ﹂ ? ﹁⋮⋮お腹空いた﹂ る大きな腹の虫の鳴き声を響かせた。 かずみちゃんは俺の話を聞いて真面目な顔を作っていたが、その途中で聞き覚えのあ のか分からないが、あんなのが警察やっていると思うと世も末だと思う。 どっちにしても杜撰アンド間抜けな計画だ。死体処理の方法によほど自信でもある もしれない。 の後は居なくなったかずみちゃんを探すためにとか言って俺を呼び出すつもりなのか 俺やあの二人を呼び出したのはこの家に来てかずみちゃんを口封じするためだ。そ ﹁理解が早くて助かるねー。きっと、その内ここにやって来るぜ﹂ ﹁⋮⋮爆弾魔の正体を知ってるから、だね﹂ ど﹂ ﹁かずみちゃんをわざと一人にして殺すつもりだ。それが終わったら今度は俺だろうけ ﹁え ﹁刑事さんの狙いは多分、アンタだ﹂ 46 ﹁そうだな。もう夕飯の時間だからな。ピザでも取る 記憶喪失って何だろう ﹂ 能天気な俺たちは目先の危険よりも空腹の方が重要だった。 ? いる。 メインの料理を作っているのは││。 記憶がないのに料理って作れちゃうもんなの 全ての記憶を失っているはずのかずみちゃんだった。 ⋮⋮おかしなくないか、これ ? どうかだ。 うん。記憶がどうとはどうでもいいよね。重要なのは目の前にある料理が旨そうか そうだった。 テーブルへやって来た皿にはビーフストロガノフとライスが乗っている。とても旨 ? 俺は無心でレタスを引きちぎり、プチトマトをパックから取り出してサラダを作って 次第に鼻腔に美味しそうな匂いが運ばれて来て、一層空腹感を煽ってきた。 キッチンからはリズミカルな包丁の音と鍋がぐつぐつと茹る音が聞こえてくる。 俺はテーブルに座った状態で本気でそう悩んでいた。 ? ﹁お待たせ。美味しくできたよ﹂ 第三話 友愛体質 47 ﹂ ﹁記憶喪失でも料理ができる子、万歳﹂ ﹂ ! 食わせて頂くぜ。 ﹂ ? 俺の素晴らしき提案を華麗に無視して、かずみちゃんは玄関の方へ向かい、刑事を家 ﹁マジかよ⋮⋮。無視しようぜ。そして、夜明けまで待ち惚けさせようぜ﹂ ﹁家に上げるよ﹂ ﹁やっぱ来たよ。どうする る。 やはりというか、当然というか、そこにはあの刑事の姿が映し出されていた。 仕方がないので諦めて席から立ち、壁に取り付けられているインターホンの画面を見 ⋮⋮。 ぽかりと頭を殴られて、スプーンを取り上げられる。ああ、俺のビーフストロガノフ ﹁こら そして、聞こえなかった振りをして、スプーンでビーフストロガノフを掬う。 俺とかずみちゃんはそれを聞いて顔を合わせる。 その時、﹁ピーンポーン﹂とインターホンのチャイム音が鳴った。 いざ、食事タイム と魔の手を伸ばした。 俺は戸惑っているかずみちゃんを無視して、スプーンを掴み、ビーフストロガノフへ ﹁⋮⋮何言ってるの ? ! 48 へと迎え入れた。 自分の命を狙う刺客を見す見す中へ引き入れるとはなかなか剛毅な女の子だ。気に 入った。家に来て俺をファックする権利をやろう。 俺たちに目的を勘付かれているとも知らない刑事は﹁海香ちゃんたちとは入れ違いに ﹂ なっちゃったみたいね﹂と白々しく言っていたが、俺に気付いて僅かに表情を歪めた。 ﹁あきら君⋮⋮あなたも一緒に行ったんじゃなかったの⋮⋮ だろう。ざまあみろ。 これで俺に計画を邪魔されるのは二度目になるのでさぞや鬱憤が溜まっていること 爽やかな笑みを浮かべてやると、対照的に刑事は苦虫を潰したような顔になる。 ﹁⋮⋮そうね。本当によかったわ﹂ たおかげで入れ違いにならなくて﹂ ・・・・ ﹁いやー、それが留守番頼まれちゃいまして。でも、良かったっすわ。こうやって残って ? ﹂ ﹁ささ、刑事さん。今、ちょうど俺ら飯時だったんすよ。刑事さんもご一緒にどうですか 第三話 友愛体質 49 飯と絡んで食欲をそそる。 三人が席に着くと、湯気の立つビーフストロガノフを口に入れる。濃厚なスープがご 刑事をテーブルの方へ案内する。かずみちゃんもそれに黙ったまま付いてきた。 ? 旨い。本当に絶品と言ってもいいくらいの味だ。腹が減っていることを差し引いて も、今まで食べた料理の中でトップ10には食い込んでくる旨さだ。刑事ですら﹁おい したづつみ しい﹂と小さく言葉を漏らしているほどだった。 そんな料理に舌 鼓を打っていると刑事が俺に謝罪し出した。 正面に座っている刑事に目を留め、俺とかずみちゃんは一時食事を中断する。 ﹁気にしないでくださいよ。それだけ範囲の広い爆弾を作ったんでしょ 慌てるのも無理ないっすよ﹂ ぴしりと今までの和やかな空気に皹が入る。 だったら、 かずみちゃんもそう言っていたけど、二人 ? おいしいんじゃ∼。 なので俺は彼女に後は任せて一人黙々と食事を再開した。ああ、ビーフストロガノフ 刑事の言葉に返したのは俺ではなく、かずみちゃんだった。 ﹁そう。だから試したの﹂ ともよほど私を悪者に仕立て上げたいみたいね﹂ ﹁やだ⋮⋮私が爆弾を作ったっていうの しかし、刑事はなおも取り繕うと笑みを浮かべようと無駄な努力をする。 ? 発砲してしまって﹂ ﹁あきら君、今日は本当にごめんなさいね。あの時は爆弾の事もあって焦っていたから、 50 ﹁私たちが食べてるこれ、 ﹃アクトウワカルガノフ﹄っていう食べた人の善悪が分かる料 理なの﹂ 二人が話している中、俺は料理を食べ終えて、キッチンへ行って鍋から勝手におかわ ﹁⋮⋮何を馬鹿な事を﹂ りをした。 そして、何食わぬ顔でテーブルへ戻り、シリアスな雰囲気を無視して食べ始める。 どうして海香とカオルをおびき出したの ﹁じゃあ、どうして刑事さんはあんな早く現場に来たの どうしてあきらを撃ち殺そ うとしたの ﹁⋮⋮﹂ ﹂ ? ? ? かずみちゃんは追撃の台詞をさらに与える。 正体がばれちゃうから ? 子に責められるのもアリだな。刑事が羨ましい。 意外に鬼畜な一面に俺はちょっと興奮しながらもスプーンを動かす。こういう女の ﹁あれ、もう食べないの ﹂ 刑事はスプーンを持ったまま、硬直したように俯く姿勢で固まった。 ? それをあきらが台無しにしちゃったから、今度はあきらに罪を擦り付けた﹂ ﹁本当は刑事さんが手柄を立てるために爆弾を作って、立花って人に押し付けた。でも、 ﹁黙りなさい⋮⋮﹂ 第三話 友愛体質 51 ﹁うるさい││﹂ 刑事はかずみちゃんを黙らせようと叫ぶが、笑顔を浮かべて喋り続ける。 ││殺すために﹂ 探偵のように淡々と話すかずみちゃんは決定的な結論を述べた。 ﹁それをわたしたちに勘付かれたから会いにきたんでしょ ﹂ ﹂ ! 刑事はかずみちゃんから滲み出す凄みに当てられてか、言い当てられたことによる精 た。││あなたが悪人だってこと﹂ ﹁流 石 刑 事 さ ん。そ れ は た だ の ビ ー フ ス ト ロ ガ ノ フ だ よ。で も 残 念。証 明 さ れ ち ゃ っ この落差がかずみちゃんの魅力だな。 かな笑顔をする。 かずみちゃんは一瞬だけひっくり返った皿を見て、酷く冷たい目をした後、また柔ら 誰も魔法とは言ってないだろう。この刑事、メンヘラか ﹁魔法の料理なんて、ふざけるのは止めなさい そう思いながら、自分の皿からスプーンを静かに口に入れる。 もったいない事するな。もったいないお化けに襲われても知らんぞ。 が割れる嫌な音が聞こえ、ひっくり返ったビーフストロガノフは床を汚した。 思い切りテーブルに手を叩き付けた刑事は、ビーフストロガノフを床に落とした。皿 ﹁黙れって言ってるでしょう !! ? ? 52 神的ダメージを受けててか、顔から汗を垂らしている。 笑顔を嘘のように消したかずみちゃんは怖い顔で刑事を糾弾する。 ﹂ スーパー ﹁物語の中ではね、御飯を粗末にあつかう奴は生きてエンドロールを迎えることはでき ない││本当の悪人なんだよ か その理屈でいくとおかわりまでした俺は善人の中の善人、 超 善人ってことでいいの ! お客様﹂ ? た。 鉄板の仕込んである裏面でフルスイングしたので、気持ちいいほどの手応えを感じ 部を思い切り殴り付けた。 テーブルの下に隠してあったクレイジー・A・スペシャルを取り出して、刑事の側頭 ﹁食事中にはしゃがないで下さりませんか ナイフを掴み、身を乗り出してかずみちゃんを刺そうとする。 金髪になって髪が逆立った自分の姿を想像していると、刑事はテーブルに乗っていた ? た。⋮⋮やばい。壊したかもしれない。 んだ。その際に近くにあった固定電話を巻き込み、床に勢いよく叩き付けられてしまっ かずみちゃんばかりに意識が行っていたせいで、俺からの攻撃をもろに受けて吹き飛 ﹁うがっ﹂ 第三話 友愛体質 53 クレイジー・A・スペシャルを肩に担ぎ、空いた手でビーフストロガノフを口に運び ながら、倒れた刑事を見る。 あれだけ頭にもろに食らったら普通の人間は立つことすら出来ないのだが⋮⋮。 げたのは正解だったな。 それにしても情報提供者がいるのか⋮⋮電話のあいつのことか 俺がそれを聞く前に刑事はまた口を開く。 できる力をね﹂ ﹁情報だけじゃないわ。そいつは力をくれた。⋮⋮決して証拠を残さず、人を殺す事の ? とは言え、立花にそんな悲しい過去があったとは⋮⋮やはり現世と関わりを絶ってあ ﹁ベラベラとよく喋るな。火曜サスペンス劇場か、アンタは﹂ ていてほしいところだ。 いう背筋してるんだ、この刑事。ぜひともその無駄な筋力を生かして筋肉番付にでも出 まるでゾンビのようにぬるりと仰向けの体勢から不自然な動きで立ち上がる。どう に台無しにされちゃったけどね﹂ る情報を教えてくれた優しい人が居たの。私はそれに乗っかった⋮⋮そこのあきら君 UY│LOTの経営者に騙されて店と土地を奪われて、復讐に駆られ、爆弾を求めてい ﹁かずみちゃんの言う通りよ。女が警察でのし上がるにはね、手柄が要るの。立花がB 54 一瞬、厨ニ病でも発症したのかと蔑みかけたが、次第に刑事の身体に起こる異変に気 付き、目を見開いた。 シルエットが歪み、身体のパーツが人間から遠退いていく。まるでホラー系のクレイ アニメのワンシーンのようだった。 ﹂ !? ⋮⋮近頃の女刑事はイジめすぎると、カマキリになるのか。知らなかった。 俺たちの前に姿を見せたのは││三メートルを越す巨大なカマキリの化け物だった。 俺の傍に居たかずみちゃんはその異様な光景に涙目で絶叫した。 ﹁う⋮⋮嘘∼∼∼∼∼∼ 第三話 友愛体質 55 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 巨 大 な カ マ キ リ の 化 け 物 が 目 の 前 に 居 る。数 秒 前 ま で あ の 愚 か で 間 抜 け な 女 刑 事 だった存在だ。 頭部の形状には人間だった時の名残が残っており、複眼ではない哺乳類の眼球のまま で、目の付き方もやや斜め気味だが、ちゃんと前を向いている。 頂頭部からは馬鹿みたいに大きな触覚が兎の耳のように飛び出ており、それが昆虫ら しさを必死で演出しているように見えて滑稽だった。 よく観察すれば六本の足の最上段の一対は鎌だが、中段の一対は普通に人間の手と同 じ構造で、下段の部分はハイヒールになっていた。 全体的に生物感を残しているが、どちらかというと生々しいカマキリというよりはデ フォルメされた感じが強い。 カマキリの化け物と化した刑事はその大きな鎌を、冷静に観察していた俺目掛けて振 るって来る。 俺はとっさにクレイジー・A・スペシャルを楯にして防ごうとした。 ﹁ちっ⋮⋮訳が分からないぜ﹂ 56 だが、容易くまるでナイフでバターでも切るように俺のクレイジー・A・スペシャル は中央からすっぱりと斜めに切断され、上半分の﹃Crazy﹄のペイントの﹁Cr﹂と 書かれた方が無残にも床を転がった。 ﹂ 残った下半分は中に仕込んであった鉄板が見事な断面を俺に見せてくる。 た。 しかし、お気に入りの玩具だったので金銭的ダメージよりも精神的にショックだっ の損害だった。 ただでさえ高いスケートボード俺専用に改造したせいで、金額に換算すれば五万以上 ﹁俺のクレイジー・A・スペシャルがぁ⋮⋮ !! このままじゃ、わたしたち二人ともあの化け物に殺され 悲しんでいる俺の腕をかずみちゃんが掴んで引っ張ってくる。 ﹂ ﹁ぼーっとしないで、あきら ちゃう ! な穴を開けた。 ﹂ ! それを見て正気に返ると、俺はかずみちゃんにお礼を言う。 ﹁ありがとう、かずみちゃん。ここを無事に切り抜けれたら結婚しよう ﹂ 俺が突っ立て居た場所に先ほど振り抜いた鎌とは逆側の鎌が振り下ろされ、床に大き ! ﹁記憶ないからよく分かんないけど、それ言ったら死んじゃうやつじゃないの !? 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 57 無駄に死亡フラグを立ててみた。男として一度は言ってみたかった台詞なので結構 満足した。 だが、馬鹿なことを言っていると終いには本当に死んでしまうので、カマキリの化け 物から距離を取りつつも真面目にどうするべきか頭を回す。 なぜ奴は化け物に変わった どういう原理に基づいた肉体変化だ ﹃力﹄をもらったって言っていたが、それをくれた奴は何者だ ﹁くっ⋮⋮この大事な時に はい もしもし ! 一樹ですけどっ ! ﹂ !? んに手に掴まれている手を離してもらい、携帯電話を取り出した。 クレイジー・A・スペシャルの残骸を未練たらしく小脇に抱えた状態で、かずみちゃ ポケットから突如として鳴り響く携帯電話のコール音が思考を遮断する。 ? ? ? ﹄ どうしたの、声を荒げて。家の電話に掛けたんだけど繋がらないんだけど、 何かあった ? ﹃はぁっ ﹂ ﹄ !? !! 確かに刑事さん来なかったけど⋮⋮かずみは無事なの ﹁かずみちゃんは⋮⋮﹂ ? ﹁あの女刑事に殺されそうになってんの 相手を確認せずに電話に出たが、電話の向こうの声はカオルちゃんだった。 ? ﹃あきら ! 58 一応無事と言おうとしたところで、カマキリの化け物が床から引っこ抜かれた鎌の側 面部分でかずみちゃんを殴り飛ばす。 窓際のガラスをぶち破り、かずみちゃんは脇腹辺りに衝撃を食らっ様子で庭へと吹き 飛んでいく。 ちょっとま⋮⋮﹄ ﹁庭に吹き飛ばされたわ﹂ ﹃はぁ これは俺だけなら玄関から逃げられるんじゃね 出て行った。 あれ だ。 この虫けらが ! ﹂ しゃく 何より、俺を無視するというのが気に食わない。俺は無視されるのが一番嫌いなの だが、こんな面白い状況で逃げるのも癪に触れる。 能だ。 カマキリの化け物の注意がかずみちゃんに向いている今の状況ならそれは十分に可 ? カマキリの化け物はとにかく、かずみちゃんの方から殺すことに決めたようで庭へと 通話を一方的に切り、カマキリの化け物の方を向く。 ﹁じゃあ、立て込んでるから切るな﹂ !? ? ﹁主役は俺だぞ !! 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 59 クレイジー・A・スペシャルの残骸を外へ放り投げると、庭へ出てかずみちゃんを襲 ﹂ うカマキリの化け物の背に助走を付けて、飛び蹴りをかます。 ﹁おらあっ !! ﹁大丈夫 生きてる 生命保険入ってる ? ﹂ ? ﹁どうしたの そんな風鈴みたくリンリン音出してる場合じゃないって﹂ なぜか、彼女の耳に付いた鈴のイヤリングがリンリンと音を鳴らしていた。 で腹を押さえて苦悶の表情をしている。 直接鎌の刃で切られた訳ではないため、切り傷はないが腹に鎌の側面で殴られたせい ? バク転して後ろへと逃げ、距離を取りながら、先に飛ばされたかずみちゃんに近付く。 つからない。 しかし、俺の全力の蹴りも注意を逸らす程度にしかならないとなると、倒す手段は見 リーチが長すぎたせいでほぼゼロ距離に居る俺にはうまく当たらなかった。 不快な雑音の混じったような声を上げて、背中を蹴った俺を鎌で切りかかるが、鎌の ﹃ぐ、邪魔だああああ ﹄ カマキリの化け物の身体は存外硬く、手応えはほとんどと言っていいほどなかった。 !! 60 ? ﹁うう⋮⋮何これ、頭の中に映像が﹂ 今度は腹部ではなく、頭を押さえ出したかずみちゃんにどうしたものかと思案する。 ﹄ だが、あの昆虫刑事はそんな暇すら待ってはくれない。 ﹃耳障りだ⋮⋮耳障りだあああああああ れほど気に食わないのか、引きちぎろうとした。 かずみちゃんを中段の手で掴み上げると、耳に付いた鈴のイアリングの奏でる音がそ ちゃんを諦めて、即座に回避した。 カマキリの化け物はこちらに向かって突進をしかけてくる。仕方なく、俺はかずみ !! ﹂ !! うな格好。それに十字架のような杖を握っている。不思議とそれが酷く似合っていた。 黒い魔女のようなとんがり帽子に、首筋や胸元、腰回りが露出したコスプレ衣装のよ いた。 そして、かずみちゃんの格好が俺の上げたジャージから、瞬時に別の衣装に変わって 響く。 獰猛な獣ように顔を歪めてかずみちゃんは叫びを上げた。一際大きく鈴の音が鳴り ﹁汚い手で触るんじゃない 必死に抵抗するが腕力の差が如実に表れ、為す術もなくイヤリングを掴まれる。 ﹁は⋮⋮な⋮⋮せ⋮⋮﹂ 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 61 なにこれ、なにこれ かーーわ∼∼い ﹂ 衣装の変わったかずみちゃんはカマキリの化け物の腹を蹴り飛ばして離れると、自分 お !? 接近する。 !! ﹃死ね ﹄ 勢を崩させるのは合気道に通ずるところがある。 うまく力の流れを利用して受け流し、鎌を逸らして転がした。相手の力を利用して体 情けない台詞とは裏腹に持っていた十字架の杖で鎌を平然と受け止めた。 !! ! ﹁いやーーーーン ﹂ カマキリの化け物は振り上げた鎌を振り下ろす。 の上にあるビーフストロガノフを取ってこようかとわりと本気で考えていた。 取り合えず、俺はやることもないので完全に観戦モードへと突入していた。テーブル いると思う。 その意見には同意したいが、カマキリの化け物に変身する刑事も同じくらいふざけて ﹃ふざけるなぁ ﹄ カマキリの化け物はそれが気に入らなかったようでかずみちゃんに声を上げながら !! の格好が様変わりしていることに気付いた。 ﹁お ? 能天気に喜びを見せ、その場をくるくると回る。 ? 62 素人の受け流しとは思えない。棒術の心得でもあったのだろうか。 転げたカマキリの化け物は再び、体勢を立て直すと今度はその口を開いて、かずみ ﹄ ちゃんに噛み付こうする。 ﹃かあああああ たかぶ ﹁身体が覚えてる⋮⋮感じる、この昂りは⋮⋮﹂ も歯並びいいな、カマキリ刑事。 意外にも人間と同じ歯の並び方をしているのに俺は少し感動を覚えた。それにして !! ﹂ 迎え撃つかずみちゃんは十字架の杖の先を向ける。 !! ﹄ !! ンだけ見るとあまり脅威には見えない。 あれでやられるのか。殺されかけたからその危険さが身に染みて分かるが、このシー 煙が晴れた後は、元の刑事が仰向けに倒れていた。 化け物は倒れた。 喧しい悲鳴を上げて、後ろにごろごろと飛ばされると身体から煙を出してカマキリの ﹃ぎゃああああああああああ 避けられない距離で吹き荒れる光の波がカマキリの化け物を軽々と飛ばした。 十字架の杖から眩い光が湧き上がり、前方へと噴き出した。 ﹁今だッ 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 63 ﹁あきら。わたし、魔法が使えるみたい﹂ あっさりとカマキリの化け物を刑事に戻したかずみちゃんは振り返るとそう伝えて きた。 ﹁みたいだな﹂ ﹂ そりゃかずみちゃんが魔法少女にもなるさ﹂ ? ﹂ ﹂ ﹁無事なのーー ! カオルちゃんと海香ちゃんの声が外からこちらに向かう足音と共に聞こえる。どう !? ﹁かずみーー ポケットの中に回収した。 刑事がカマキリの化け物に変身したのと関係があるのだろうか。取り合えず、そっと した変わったデザインの装飾品にも見える。 手に取ってみると、下から曲がった針の生えた楕円形の物体だった。植物の種子を模 俺は刑事の方へ近付くとすぐ傍に何か小さなものが落ちていることに気付いた。 自分のことで頭が一杯だったらしく一時忘れかけたようだ。 そ う あ っ け ら か ん と 答 え る と か ず み ち ゃ ん も 思 い 出 し た よ う に 倒 れ た 刑 事 を 見 た。 ﹁刑事がカマキリになる世の中だぜ 俺の反応が平坦過ぎたせいで不満そうにする。 ﹁何それ。もっと驚かないの ? 64 海香 ﹂ やら、あの電話の後すぐに家へ向かっていたようだ。 ﹁カオル !! かずみちゃんは二人の声を聞くと嬉しそうに向かって走って行ってしまった。 ! 流石に気絶した成人した女性を背負って、見つからないように帰るのは至難の業だっ かずみちゃんたちとは別れも告げずに、俺はこっそりと刑事を負ぶって連れ帰った。 俺は彼女の消えた屋根の上をしばらく眺めた後、庭に転がった刑事を見た。 た。 ほんの僅かな間見つめあった後、ツインテールの少女は俺に背を向けて去って行っ を攫った誘拐犯でもある。 ⋮⋮こいつだ。こいつが刑事に力を与えた﹃情報提供者﹄だ。そして、かずみちゃん そのツインテールの少女は俺の視線が合う。 ニスカートから覗くピンクと白のストライプのニーソックスは大変眼福だった。 暗かったせいもあるが、帽子を目深に被っているせいで顔はよく見えない。だが、ミ ルの少女が居た。 小さな舌打ちの音が聞こえ、俺は聞こえた方角を向くと屋根の上に金髪のツインテー ﹁⋮⋮チッ﹂ 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 65 たが、体力や筋力に自信のあるおかげでどうにかなった。丈夫に産んでくれたママには 感謝だ。 さるぐつわ 意識を未だ取り戻していない刑事を浴室に運び、手足をロープで縛る。 口 に は 猿 轡 を 嵌 め 込 ん だ 後 に 頬 を 思 い 切 り 引 っ 叩 い た。ち な み に 猿 轡 と い う の は ⋮⋮むぐ ﹂ ギャグボールとも言われ、主に用途はエロ目的で使われるグッツである。 ﹁ッ !? ﹂ !? 俺は刑事に分かりやすいようにこれから行うことの概容を説明した。 うのは怖いと見える。 か弱い子供を殺しかけるようなしょうもない人間のクズのくせに自分が酷い目に会 をして薄く笑った。 刑事は俺を確認すると放してくれと言うように頼む目をしたが、伝わらなかった振り ﹁何言ってんのか全然分かんない。日本語で頼むわ﹂ ﹁むぐ⋮⋮ふぐ⋮⋮ ﹁おはよう。刑事さん﹂ もできなかった。 しかし、身体は手足はしっかりと縛り付けてあるので芋虫のように身体捩るだけで何 よじ 衝撃により意識を覚醒させた刑事は自分の状況を知り、混乱したように暴れ出す。 !! 66 ﹁刑事さん。これから、俺は刑事さんにいくつか質問をする。イエスかノーで答えられ ﹂ る簡単な質問だ。イエスなら首を縦に振って、ノーなら首を横に振ってくれ。ちゃんと 答えてくれなかった場合はペナルティがある。⋮⋮分かった なのがエリートだとは思えない。 ? 俺 は 猿 轡 の 中 央 の ボ ー ル 部 分 を 外 し た。口 に は ボ ー ル の 外 側 の 輪 っ か だ け が 残 り、 ﹁駄目だよ、刑事さん。ちゃんと答えてくれなきゃ。じゃあ、ペナルティね ﹂ 刑事は頭が悪い。この年齢で刑事になっているのだからキャリア組なのだろうが、こん 刑事は俺の話を聞いていないようで﹁逃がしてくれ﹂とばかりにもがく。本当にこの ? 縛られた足を床に叩き付けて、もがき苦しむ刑事。滑稽極まりない姿に俺は笑いをこ うな顔になる。鼻や唇の端から水が漏れ出し、目からは涙を流して苦しんでいる。 雪崩れ込んでくる水が刑事の顔を膨らませて、頬袋の餌を詰め込んだハムスターのよ ﹁ほご⋮⋮ふが⋮⋮﹂ で行く。 そして、蛇口のレバーを捻ると、ホースを通って大量の水が刑事の口の中に流れ込ん ひね スを取り出して、﹃穴﹄に奥まで差し込んだ。 本来の使い方はここに男の象徴を突っ込むのだが、俺は風呂場の蛇口に接続したホー ﹃穴﹄ができる。 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 67 ぼす。 もう少し見ていたいが死なれたら、困るので蛇口のレバーを閉めてホースを抜いた。 る。どうする ちゃんと答える気になった ﹂ ? ちゃんと俺の話を聞いているのだろうか ﹂ むせ 良かった良かった。流石に今水を流し込んだら確実に死ぬからな。 ? なるほどなるほど。やっぱり、そうか。 ﹁二問目の質問。これをくれた奴の名前、連絡先等のこと知ってる ? かったのは何となく分かっていたので、この答えは予想していた。 くれた相手のことはよく知らないらしい。まあ、この刑事はそれほど信用されていな 首を横に振る。 ﹂ 刑事は目を見開いた後、早く答えないとペナルティをされると気付き、急いで頷いた。 ポケットからさっき回収した楕円形の装飾品を見せる。 ﹁じゃあ、最初の質問。刑事さんがあの化け物変身した力ってのはこれ ﹂ ホース片手に尋ねると、突如勢いよく首を振った。一応は話は聞いているらしい。 ﹁ちゅぱりたい ? ? 水を飲み込み過ぎたせいで泣きながら、ぐったりした様子で咽ている。 ? ﹁今体感してもらったとおり、俺の言うことを守らないとホースを﹃ちゅぱる﹄ことにな 68 ﹁三問目。これの使い方は分かる 今度は首を縦に振る。 ﹂ ﹁第四問目。なら、これはどうやって使うんだ 押し黙った後に刑事は静かに答えた。 ﹂ 言葉で教えてくれ﹂ ﹁⋮⋮額にそれを押し当てるんだ。私はそうあいつにしてもらった﹂ ? 猿轡を外して、俺は刑事に聞いた。 これだよ。この質問の答えを待ち望んでいたのだよ。 本命の質問だったので内心でガッツポーズを決めた。 ? ﹁嘘だったら、ちゅぱらせるからな ? ⋮⋮だから、もう私を解放してくれ﹂ ! その他諸々の負の感情が流れ込み││そして。 突然、心の中に何か不可思議な感情が押し寄せてくる。怒り、憎しみ、悲しみ、嘆き すると、ずるりと頭の中に吸い込まれるようにそれは消えていった。 俺は言われた通りに額に楕円形の装飾品を押し合えてた。 それなら、信じてもやってもいいだろう。 も感じられない。 水をたらふく飲まされたせいで心が折れているのだろう。もう、俺に逆らう気は微塵 ﹁嘘なんて吐かない 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 69 俺の身体が形状を変え始める。 ﹂ 両手はびっしりと鱗に覆われ、鋭く伸びたカギ爪が生え出す。 ﹁ひぃ⋮⋮ッ ﹂ ? 俺から少しでも離れたいのか、身体を震わせてながらも這い蹲って逃げようとする。 ﹁な、何⋮⋮ 元の俺の美しい声とは思えない、低く歪な声が喉から出る。 ﹃それじゃ、刑事さん。最後の質問だ﹄ だが、力が手に入ったのだから、贅沢は言ってられない。 逆の見た目だ。 そして、堕ちた天使、ルシファーの象徴でもある。うむ。天使である俺の精神とは真 する翼が加わることで、天使の対としての悪魔を意味する。 ドラゴンか。確か、キリスト教的世界観では蛇は悪魔の象徴であり、霊的存在を意味 が並んでいる。背中には蝙蝠のような大きな翼まで生えていた。 そこに映ったのは真っ黒い鱗の鎧に覆われた竜だった。口元には鮫のように鋭い牙 俺はそれを無視して風呂場の正面にある大きな鏡で自分の姿を見た。 刑事は自分のことを棚に上げて、俺の異形化に悲鳴を上げる。 !! 70 ﹃用済みのアンタを俺はどうしようと思ってるか分かる ﹁そ、そんな⋮⋮い、いや⋮⋮助け⋮⋮﹂ ﹄ てエンドロールを迎えることができる本物の善人﹄なのだろう。 しかし、欠片も残さずに綺麗に食べきった俺はきっと﹃御飯を粗末に扱わない、生き 最後まで食べた感想は人間って、食べるには不向きな生き物だということだった。 人肉を食す。 肉はもちろん骨までも簡単に噛み千切れ、少々物足りなさを感じながら、俺は初めて を噛むような音だけが響いた。 くぐもった悲鳴は口の中で途絶え、浴室には小枝の折れるような音と汁気の多いガム 竜の姿になった俺は自分の口を大きく開いて、目の前の﹃餌﹄に齧り付く。 ﹃いただきまーす﹄ ? 俺はこれから起こる出来事に胸を躍らせて、楽しげに笑った。 ﹃あすなろ市。良い街だ。好きになっちまったよ﹄ 第四話 魔法少女と邪悪なドラゴン 71 俺は何かを願った瞬間にはそれが意図も容易く叶ってしまう。 だから、俺は人生に空しさを覚えた。 ││だから。 う。 客観的に言えば、俺ほど物質的、精神的双方において恵まれた人間は居ないとさえ思 行きたい場所を言えば、長期の休みには必ず連れて行ってくれた。 た。 有名人やスポーツ選手に会いたいと言えば、数日も経たずに本人が会いに来てくれ 具もゲームも一言欲しいと言えば、次の日には当然のように部屋に置いてあった。 欲しいものはよほどおかしなものでもない限り、湯水のように与えられた。漫画も玩 を注いでくれた美人のママ。 由緒正しき昔からの財閥の当主でとても頼りになるパパ、元映画女優で惜しみない愛 俺は自分が満ち足りた人間だと六歳の時に知った。 ある日、気付いた時から空しかった。 第五話 歪んだ理由と新たな少女 72 第五話 歪んだ理由と新たな少女 73 これは無理だろうと、思ったことは一度もなかった。 許され、認められ、与えられた。 俺の中で﹁願いごと﹂とは単なる頼みのようなもので、 ﹁夢﹂とは親に言えば叶ってし まう用件でしかなかった。 俺はずっと飽き飽きしていた。世界のつまらなさに。 空っぽで、薄っぺらくて、軽い、俺の満たされ過ぎた日常に。 そんな時に一人の少年と話をした。名前はよく覚えていない。⋮⋮確か、ゆうきまこ とだか、ゆうたまさおだか地味な名前をしていた。 幼稚園次第からの知り合いだったが、母親が亡くなっていたことが原因で虐められて いた。階段から突き落とされたり、虫の死骸を給食に入れられていたところを何度目撃 したことがあった。 他のクラスメイトも問題を表沙汰にしたくない日和見な教師にも見放され、鬱屈とし た生活を送っていた彼だが、ある時驚くほど楽しそうな顔をして学校に来た。 気になった俺がそれを尋ねると、彼は仲良くなった子猫のことをとても嬉しそうに話 してくれた。 それを聞いた俺は、少し考えた後にそのことをイジめっ子たちに教え、唆して、殺さ せた。 74 黒いビニール袋に詰め込まれて、サッカーボールのように蹴られ、|なぶり殺させた のを覚えている。 理由はなかった。強いて挙げるなら、大切なものを奪われた彼の顔が見たいという欲 求くらいだ。 ﹃大切なもの﹄が存在しない俺に、失うことでその価値の重さを見せてもらいたかっ た。 殺して顔中に画鋲を突き刺した子猫を彼の靴箱に詰め込んだ後、イジめっ子たちと隠 れて彼がそれを確認するまで待った。 彼は靴箱に入ったそれを見て、彼はとびっきりの絶望に満ちた表情を見せてくれた。 俺はその時初めて心の底から笑った。 生まれて初めて﹃楽しさ﹄を知った。 飽き飽きした世界に光が満ちた。 希望が見えた。 彼は絶叫を上げて、傍に居たイジめっ子の一人に飛びかかり、拳で滅多打ちにした。 俺と一緒に笑っていたそいつが涙と鼻血を垂らしながら助けを求めるのもまた最高に 笑えた。 他人を絶望に突き落とすのも、苦悶に歪んで命乞いをする顔を見るのも楽しくて楽し 第五話 歪んだ理由と新たな少女 75 くて仕方がなかった。 それが俺の原体験。最初に味わった幸福の記憶。 その時に俺は自分の幸せがどこにあるのかを知ったのだ。 俺に幸せを教えてくれた彼はその後引っ越してしまったので、今どこで生きているの か知らないが、もしも出会えたら感謝の言葉を述べたい。 彼が居なかったら俺は空虚な人生を歩んでいただろうから。 その後、小学校、中学校に上がりながら、仲良くなった友達を精神的に追い詰めて死 なせて行った。 しかし、あの時ほど興奮は何人死なせても得られなかった。俺は無駄に人を死なせる 度にまた飽きていった。 親にわざと自分のやったことをバラしたのも、隠れて人を死に追いやることに飽きて いたからだ。 あすなろ市に来たのも言わば暇潰しの一環だった。世界に対して何の期待もしてい なかった。 それが一昨日までの話。 けれど、昨日からは違う。なぜなら愉快なこの街で面白そうな出来事に巻き込まれた からだ。 浴びていたシャワーを止めて、俺は浴室から出た。 爽やかな朝のシャワーが俺の心に溜まった汚れを洗い流してくれた。新鮮な気持ち で今日が送れそうだ。 は 髪の毛をバスタオルで拭いていると、リビングに置いてある携帯電話が鳴り響いた。 俺はパンツも穿かずにリビングに行き、通話ボタンを押して耳に押し当てた。 ⋮⋮あきら、昨日急に居なくなったって、かずみが ちなみに今ノーパンです﹂ そんな事 ﹁もしもし。一樹ですけど ﹃聞きたくないわよ ﹄ !? ? かずみちゃんから詳しい説明を聞いたようでカオルちゃんは大体のことは把握して するなー﹄ ﹃その刑事さん、化け物に変わって襲い掛かってきたんでしょ あきらも危ないこと いかけたんだけど、途中で逃げられちまった⋮⋮﹂ ﹁ああ。何かあの刑事さんが目を覚まして、逃げ出しやがってさ。俺は急いでそれを追 だ。 昨日、刑事から情報を聞き出すために、勝手に帰ったことで心配させてしまったよう 電話の相手はカオルちゃんだった。 言ってたけどどうしたの ! ? ? 76 いるようだ。 ? しかし、人が化け物に変わるなんて突拍子もないことをよく信じられたな。かずみ ちゃんが魔法を使えることから信憑性を得たのか ⋮⋮それとも最初から﹃知っていた﹄のか ? ﹁何で見てもない化け物の話を簡単に信じてくれんの 普通だったら笑い話になると ? ﹂ 思うんだけど。まさか、魔法を使ったかずみちゃんのことといい、何か詳しいこと知っ てたりする ? 呪いを祓い、人々を救う力を与えられたのが、魔法少女の﹃魔法﹄という希望の力。 はら 物。余談だが時折、嘆きの種という魔女の残した思念の塊を落とすそうだ。 グリーフシード 魔女は呪いの力で人を絶望に追い込み、人を食らうことで成長していく恐ろしい化け け物と戦う使命を果たすこと。 妖精との契約というのは、一つだけ何でも願いを叶えてくれる代わりに魔女という化 女は魔力の源、﹃ソウルジェム﹄を生み出す。 この世界には魔法少女をスカウトする妖精が居て、その妖精と契約した少女は魔法少 カオルちゃんが教えてくれたのは摩訶不思議ファンタジーな話だった。 だ﹄ ﹃⋮⋮あきらには言っちゃってもいいか、信用できるし。実は私や海香も魔法少女なん 第五話 歪んだ理由と新たな少女 77 正義の魔法少女は日夜人々のために悪の魔女と戦い続ける。 何ともまあ日曜の幼児向けアニメの設定のような話だ。スーパーヒーロータイムの 後番組かな にないだろう。﹃魔物﹄とでも言った方がいいな。 ﹂ その理論で行くと俺ももう魔女に当たる訳なのだが、男なのに魔女っていうのは流石 そして、俺が手に入れたあの装飾品がグリーフシードという訳か。 いうのはあのカマキリの化け物みたいなものらしい。 ソウルジェムというのはかずみちゃんのあの鈴のイヤリングのようなもので、魔女と ともあれ、何となくは分かった。 ? ? 魔女と戦ってるよ﹄ ﹄ ﹁ほう。カオルちゃんや海香ちゃんも ﹃当たり前でしょ 元気よく答えが返ってくる。 ! ﹂ ﹃願い事だけ叶えてもらって好き勝手に生きてる奴も居るとは思うけど、大体の連中は く、かずみちゃんと同じような﹃魔法少女﹄だと思う。 俺は屋根の上に立っていた金髪のツインテール少女を思い出す。あれは魔女ではな ﹁ふーん。魔法少女っていうのは必ずしも正義の味方な訳 ? 78 自信と誇りに満ち溢れている声だ。 ﹁なら、││記憶を失う前のかずみちゃんも ろ ﹂ まだかずみちゃんも記憶戻ってないんだ 無理しないようサポートしてやりなよ﹂ ﹁そっか。じゃあ頑張れ、正義の魔法少女 答える前に僅かに時間が掛かったこともあり、何やら隠しことがあるようだ。 さっきと同じ言葉なのに後ろ暗いものが含まれているように感じ取った。 ﹃⋮⋮当たり前でしょ﹄ ? ! ﹄ ﹁あきら、何でお礼言われてるのか分かんなーい ﹃あはは。⋮⋮また時々電話してもいい ! ﹃良かった。あんなことがあったからもう関わりたくないって言われるかと思った﹄ てもらうよ﹂ ﹁寝てる時じゃなければいつでも大歓迎。というか、時間ができたらまた遊びに行かせ ? ﹂ ここはあくまでも優しく聞かずに応援してやるのがベストだ。 も得策ではない。 これ以上は何か答えてくれないだろうし、ここで踏み込み過ぎて機嫌を悪くさせるの 俺はあえて明るくそう言って、それ以上は何も聞かなかった。 ? ﹃ありがとね、あきら﹄ 第五話 歪んだ理由と新たな少女 79 心に人に言えないものを抱えている女の子は付け入るのは容易い。欲しいものを欲 しいだけ与えてやれば、発情した雌犬のように尻尾を振って懐いてくる。 明るく振舞っていたカオルちゃんはどこかそこに空元気感を感じた。海香ちゃんも そうまるであえてクールな自分を演じているように見えた。 ﹃明るく元気な女の子﹄、 ﹃冷静で知的な女の子﹄、一見真逆に見える二人だが、根本的 には何かを押し隠し、自分を誤魔化して、気取られぬよう分かり易い個性を演じている。 ど 秘密を抱えた人間は、人に飢えている。自分を許してくれる人を。 があるが、あと一歩と言ったところだ。 カオルちゃんは俺に完全に心を許してる。海香ちゃんはもうちょっと踏み込む必要 パンツを穿きながら、俺は今後のことを思案する。 ﹂ 隠している相手はかずみちゃんだろう。彼女の記憶喪失のことも恐らく何か知って いるはずだ。 く ﹄ってなったのに﹂ ﹁何かあったら、遠慮なく相談しなよ。部外者だから話せるってこと、結構あるぜ 抱いて ! ﹃アンタ、私の事口説いてるでしょ﹄ ﹁ちっ、ばれたか。もう少しで﹃あきら、素敵 ﹄ ! そんな話をした後、俺は通話を終えて携帯電話をテーブルに置いた。 ﹃なるか馬鹿 ! ? 80 他人精神依存するような脆弱な女の子たち。可愛くって堪らないぜ。弄び甲斐があ るってもんだ。 ユーズドのジーンズに荒らしく﹃Fack me﹄と書かれたTシャツを着て、チャッ ク式のパーカーを羽織る。 ポケットに財布と自分の携帯電話、そして、立花の携帯電話を入れると俺は外へ出か けた。 街を適当にぶらつくと、ふいに奇妙な感覚に襲われた。 頭の中でノイズが走るようなような感覚。 これは何だ だ。 まるで古いラジオの電波のチューニングが合わずに雑音ばかり垂れ流しているよう ? ﹃⋮⋮キタナイ﹄ 次第に頭の中のノイズが少しずつ、明瞭な音声に変わっていく。 目を瞑り、意識を集中させる。 したら、頭の中で波長を合わせれば、どこかに繋がるのかもしれない。 ひょっとして俺の中のグリーフシードが何かの波長を受信しかけているのか。だと ﹁電波⋮⋮チューニング⋮⋮﹂ 第五話 歪んだ理由と新たな少女 81 まず最初に聞こえたのはそんな言葉だった。 ﹂ ? それらが一斉に俺に向かって襲い掛かってくる。その数、五人。話にならない人数 魔女の眷属のようなものとでも言えばいいのか。大した相手には見えない。 けんぞく 魔女ではない。それほど強い力はこいつらからは感じられなかった。 その顔には真っ黒い半透明の液体がべったりと貼り付けられていた。 俺の声に反応してなのか、むくりと生気のない動きで女性たちは立ち上がる。 ﹁何じゃ、こりゃ からして中高生くらいの女性だった。 薄暗い路地裏の床にぐったりと人が数人、うつ伏せで倒れている。その誰もが身なり 女の声が肉声で聞こえてきた。 そして、路地裏へと誘い込まれるように俺が入って行くと、頭の中で聞こえていた魔 頭の中の声が大きくなればなるほど、肌にも不穏な気配が纏わり付いてくる。 俺はその声が大きくなるように足早に走り出す。 間違いない。これは魔女の声だ。しかも、そう遠くではない。 事の声だ。 歪で不快なこの声にものを俺は知っている。あの時のカマキリの化け物になった刑 ﹃キタナイ⋮⋮イタイ⋮⋮ナイテル⋮⋮﹄ 82 第五話 歪んだ理由と新たな少女 83 だ。 俺は一番近くに接近してきた女性の手を掴んで捻り上げ、向かってきた勢いを殺さ ず、傍のもう一人に投げつける。 知能が低いようでかわすことも受け止めることもせずに、傍の一人は飛ばされた奴と 正面衝突。 折り重なるように倒れて、動かなくなった。二人撃破。 次にやって来た二人は俺を挟み撃ちにしようと両脇から同時に向かってくる。だが、 甘すぎる。 ほぼ同時に左右から伸ばされたそいつらの腕の片方を俺はそれぞれ交差させた自分 の手で掴み取る。 俺の右手が左から来た女性の腕を掴み、俺の左手が右から来た女性の手を掴んで、掴 んだ相手方の腕を引き寄せつつ、俺は僅かに後ろに下がった。 引き寄せられた女性たちはお互いの頭を勢いよくぶつけ合い、両者ノックアウト。さ らに二人撃破。 残った最後の一人はその間隙を突いて、飛び掛かって来ってくる。 なかなか良い線言っているが、雑すぎる戦法だ。もうちょっと捻りを加えてもらいた い。 俺は身体を逸らして飛び掛かる女性の手首を難なく掴むと、もう反対側の腕で顔面に 肘鉄を食らわせた。 手を離した後、見る間に女性は崩れ落ちた。最後の一人撃破。 全員が倒れると、女性たちの顔面に貼り付いた液体がこぼれ落ちるようにして取れ た。 どうやら、貼り付いていた液体が魔女の手のもので、素体は普通の人間だったようだ。 あおあざ 肘鉄を食らった女性は鼻血を垂らし、頭突きし合った二人はタンコブ、正面衝突した 二人は身体に青痣ができた程度の外傷で済んでいる。 俺はそいつらを放っておいて、路地裏の奥に進むとやはりというか魔女が居た。 頭部だけが異常に肥大化した芋虫の上に巨大な手のひらだけを持った人間が突き刺 さっているような不細工な見た目だ。 魔女が居るということはあのツインテールの魔法少女が傍に居るかもしれない。 なさそうなので無視を決め込んだ。 ガングロメイクのあまり可愛くない少女だ。タイプじゃない上に、恩を売っても得が 見れば、逃げ場のない壁際に一人の女の子が襲われている。 ﹁い⋮⋮いや⋮⋮﹂ ﹃キタナイ⋮⋮イタイ⋮⋮ナイテル⋮⋮ガングロ⋮⋮﹄ 84 俺はガングロ少女の悲鳴を聞きながら、周囲を注意深く見回した。 ││居た いる。 会いたかったぜ、ハニー に近付いた。 ビルの屋上に着くと目立つと面倒なので、人間の姿に戻り、ツインテールの魔法少女 飛び上がった。 俺は身体を異形化させて、黒い竜の姿に変貌すると翼を羽ばたかせ、ビルの屋上へと ! あのツインテールの魔法少女が路地裏に面したビルの屋上から、魔女を上から眺めて ! さん﹂ 対峙した彼女は臆することもなく、俺をまじまじと見つめる。 確かに俺は女ではないから﹃魔女﹄と表現するのは変だが、 ﹁モドキ﹂ アタシはお前なんかに悪意の実をく ? そして、ゆっくりと口を開いた。 どこでその力を手に入れた ? れてやった覚えないぞ⋮⋮﹂ ﹁魔女モドキか 魔女モドキ イーブルナッツ ﹁俺はあきら。一樹あきら。生まれながらのエンターテイナーさ。また会えたな、お嬢 ﹁お前は⋮⋮確か、かずみたちと一緒にいた⋮⋮﹂ 第五話 歪んだ理由と新たな少女 85 ? と表現するのはおかしい。 それに﹃イーブルナッツ﹄っていうのは何だ いるならグリーフシードと言うはずだ。 俺の身体を変化させたものを言って ふーむ、俺の知らない情報をこいつは知っているようだ。 ? ふっ、ならいい。返り討ちに⋮⋮﹂ ? ﹂ ? とはもう水に流そう﹂ ? ﹁⋮⋮⋮⋮は ﹂ ﹁何簡単なことさ。俺と友達になってよ﹂ 気を弛めてはいない。 銃口こそ向けてはいないが、俺が変な行動に出たらいつでも攻撃できるように僅かも 訝しむ彼女は銃で肩を叩きながら、俺に尋ねる。 いぶ ﹁⋮⋮なら、何が目的なんだ ﹂ ﹁待て待て。俺はそんなことをするともりでアンタに会いに来た訳じゃない。過去のこ た。 二挺の銃をその手に出現させ、臨戦態勢を取るツインテールの少女を俺は手で制し ﹁仕返しにでも来たのか アンタで正解みたいだな。てことは、俺を嵌めてくれた電話の相手か は ﹁この力はあのポンコツ刑事から奪ったもんだ。あいつにこの力をあげたのはやっぱり 86 ? 第五話 歪んだ理由と新たな少女 87 呆気に取られたその表情はそこらに居る女子中学生と大して変わらないものだった。 ﹂ 第六話 一番汚いのは誰か ﹁お前、頭おかしいのか 興奮しなかった。 つまり、ちょっとは興奮した。 ? まず、胸元は辛うじて乳房が隠れているほど覆っている衣服は少なく、上の方はほと だった。 彼女の格好は﹃魔法少女﹄なんてファンシーな単語からは想像もつかないほど扇情的 俺は手を差し出した状態でツインテールの魔法少女を観察する。 子はない。 彼女はそれを胡散臭そうな目で見つめているだけで、俺の手を一向に握ってくれる様 軽く笑いながら、友好的に握手を求めて手を差し出す。 ﹁いんや、これでも大真面目だぜ ﹂ て喜ぶ代物だった。もっとも、俺はイジめられるよりイジめる方が好きなのでそれほど 冷ややかな目付きはそのシャープな顔立ちに合っていて、マゾヒズムなら諸手を挙げ 金髪のツインテールの魔法少女は俺にそう吐き捨てた。 ? 88 んど露出している。逆に首元は生地で隠されていて鎖骨の辺りは見えない。腕回りだ け独立した袖が付いていて手首のところの袖口だけが妙に広くなっていた。 思わず、隠す場所の優先順位間違ってませんかと聞きたくなる。 乳房を隠している布は下に一直線に続いておへそを覆っているが、それ以外の脇腹や 背中はまる見えになっている。 スカートも非常に短く、すらっと伸びる白とピンクのストライプの二ーソックスは脚 線美が素晴らしい。 ﹂ 硬 派 で 生 真 面 目 な 俺 で も 鼻 の 下 伸 び て し ま う く ら い エ ロ い。思 春 期 の 男 の 子 に は 持って来いオカズになること請け合いだ。 元に突き付けた。 俺は握手を待ちわびていた右手の人差し指を、びしりとツインテールの魔法少女の胸 られたのが不快のようで銃を握った状態で胸元付近を交差して隠す。 ツインテールの魔法少女は瞳をカッと見開いて怒気を露にする。いやらしい目で見 ﹁そんな鼻の下伸ばして、どこが大真面目なんだ ! とを要求する ﹂ ﹁アンタの格好がエロ過ぎるから悪いんだ。俺の股間によくない。罰としてえっちなこ 第六話 一番汚いのは誰か 89 ! ﹂ 二挺の拳銃の銃口が俺に﹁こんにちは﹂をする。あ、これはこれは礼儀正しい拳銃さ んですね。 持ち主の方もそれくらい礼儀作法を弁えてほしいもんだ。 ﹂ ﹁だから、俺は敵じゃないって言ってるだろうが。なぜそれが分からん 馬鹿 すく !! ﹂ ? ﹁ふーん。ユウリにゃんね。可愛い名前だ﹂ ? ﹁﹃にゃん﹄って何だよ、﹃にゃん﹄て﹂ ﹁名前をより可愛くする敬称だよ。知らないの 遅っれてるー﹂ 反抗的だが、愚かではないようで一安心する。 銃口も一時的に下げ、これで満足かとばかりに俺を睨む。 ん。 勢いに巻かれて不本意そうに名前を語るツインテールの魔法少女改め、ユウリちゃ ﹁⋮⋮ユウリだ﹂ にならない。はい、自己紹介タイム開始ー。お嬢さんお名前は ﹁とにかく、こっちは名前名乗ったんだから、そっちも名乗れよ。銃なんか構えてちゃ話 い。もっと、俺は建設的な会話がしたいというのに。 顔を赤くして怒る彼女にやれやれと肩を竦める。さっきからずっと話が進みやしな ﹁さっきとは違う意味で信用できないからだ ! ? 90 ﹁お前な⋮⋮﹂ いかんいかん。ふざけてる場合じゃない。 弄りやすい相手のなので、ついからいかけて話が脱線しようになるが、こんなアホな 話をするためにここまで来た訳ではない。 ﹂ こほん、と咳払いすると表情を引き締め、俺は真面目に話を始める。 ﹂ ﹁ユウリちゃん、アンタはかずみちゃんを狙ってる。間違いない ﹁⋮⋮だったら何だ。邪魔しようっていうのか ? 難しいからだ。 ﹁は どういう事だ お前は﹂ ﹁あきらだ。ユウリちゃん﹂ あいつの味方じゃないのか 怪訝そうに俺を見るユウリちゃんに、逆に首を傾げた。 ﹂ こういう奴の方が分かり易くていい。下手ににこやかな相手の方が本意を読むのが うだ。 ユウリちゃんの雰囲気が剣呑なものに変わる。さっきまでの弄られっぷりが嘘のよ ? こいつの言ってることは短絡的だ。物事を一面からしか見られていない。 ? ? ﹁⋮⋮あきらはかずみと一緒に居ただろ ? ? ﹁そんなことしない。むしろ手伝ってやるって言ってんだ﹂ 第六話 一番汚いのは誰か 91 傍に居るだけで絶対に味方か ⋮⋮違うだろ ﹂ ? まったくもって哀れだ。 ﹁一緒に居れば友達なのか ? ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? だ。 つまりは人の命よりも自分の目的を優先している。俺と同じものを持っている証拠 あの刑事や今のこのビルの下で人を襲わせる魔女を作り出したのはこの女の子だ。 ﹁分かるだろ 同類なんだ、俺たちは。破壊と陵辱を演出する料理人なんだよ﹂ だ。そういう純粋な思いが渦巻いてる﹂ ﹁壊したい。砕きたい。弄びたい。破壊衝動がアンタの中でギラギラしてる。俺もそう ば自分まで焼き尽くしてしまう破滅の光だ。 ユウリちゃんの瞳は俺と同じように歪んだ欲望を光らせていた。周りを、下手をすれ 視線を合わせて、微笑みながら瞳の奥を覗き込む。 拳銃に指先でそっと撫でた。 ゆったりと警戒させない足取りでユウリちゃんのすぐ目の前まで近付き、握っている ? ? ﹁ユウリちゃん。俺の目を見ろ。お前と同じ瞳をしてるだろ ﹂ ﹁信 用 で き な い。ア タ シ か ら 情 報 を 聞 き 出 し て あ い つ ら に バ ラ す つ も り じ ゃ な い の か ? 92 言葉なく、ユウリちゃんの目が俺に答える。 ﹃イエス﹄││だと。 俺は浮かべた笑みを殊更大きくした。 ﹁もう一度、言おう。俺と友達になってよ﹂ * な奴らのことだ。 ビルの下で現在進行中で人を襲っている人の上半身が生えた芋虫、そして今の俺みたい 次に魔女モドキとはこのイーブルナッツにより異形化した人間のことで、あの刑事や がイーブルナッツはグリーフシードとは性質は別物のようだ。 本来のグリーフシードは人を魔女にはしないものらしい。だから、形状こそ似ている シードとのことだ。 まず、イーブルナッツというのはグリーフシードの偽者、言うなれば擬似グリーフ ことを教えてくれた。 俺の中の欲望を信用してくれたユウリちゃんは﹃イーブルナッツ﹄と﹃魔女モドキ﹄の ﹁なるほどね﹂ 第六話 一番汚いのは誰か 93 ユウリちゃん自体、イーブルナッツの性能は分かっていないので人体実験をしてテス トしてるのだと言う。 ? ﹂ ? 帯だな。魔法少女はいつから戦隊ものになったんだ ﹁じゃ、何のために魔女モドキのテストなんかしてるんだよ ﹂ ? ﹂ 下に居る魔女モドキを眺めたユウリちゃんは舌打ちを一つした。俺も彼女の見てい ﹁どしたの あいつらだ﹂ ﹁あいつらの前でかずみを魔女に変えてやるのさ。そのために今、こうやって⋮⋮チッ、 ? ? 七人。かずみちゃん、カオルちゃん、海香ちゃんの他に四人も居るのか。随分と大所 ﹁かずみを含めた七人の魔法少女のチームの事だよ﹂ ﹁お星様の話じゃないんだな 訳ではないことは理解できた。 プレイアデス星団⋮⋮おうし座の散開星団のことだが、そのことについて言っている ﹁まさか。魔女モドキ程度で奴ら⋮⋮プレイアデス聖団を倒せるとは思ってないよ﹂ 俺がそう聞くとユウリちゃんは苦笑した。 いみたいだけど﹂ ﹁で、そのイーブルナッツで何がしたい訳 魔女モドキ軍団を作ろうって様子じゃな 94 るものを見ようとすると、眼下にはかずみちゃんとカオルちゃんたちが魔法少女になっ て魔女モドキと交戦していた。 ふともも カ オ ル ち ゃ ん の 方 は フ ー ド 付 き の 銅 部 分 だ け オ レ ン ジ 色 の タ イ ツ の よ う な 格 好 で、 太腿から下が肌を剥き出しにしている。 海 香 ち ゃ ん の 方 は 胸 に 十 字 架 の マ ー ク が 付 い て い る 修 道 女 に 似 た 格 好 を し て い た。 なぜだか眼鏡が装備されている。 こちらは他の魔法少女に比べ露出部分がない。強いて挙げるならミニスカートくら いだが、それもニーソックスの鉄壁で肌が隠されている。むう、エロさが足りない。 かずみちゃんは昨日と同じ露出の多い魔女っ子のコスプレみたいな格好だ。こちら はエロさが際立ち、大変宜しい ﹂ カオルちゃんが球を胸で一旦受け止めて、弾ませた拍子にそれを思い切り蹴る。 その光の球がカオルちゃんの方へ飛んで行く。 た分厚い本から光の球を出現させた。 身を乗り出して気付かれないように身体を引いて見ていると、海香ちゃんは持ってい ! た女性の上半身が﹁ごぶ ﹂と悲鳴を上げたのがシュールだった。 謎の技名と共に蹴られた光の球は芋虫に似た魔女モドキに直撃した。芋虫に付属し ﹁パラ・ディ・キャノーネ !! !? 第六話 一番汚いのは誰か 95 ﹁はい、ごめんよ﹂ 次にカオルちゃんは芋虫の魔女モドキの背中に回り込み、女性の上半身部分から生え た大きな手を掴み、動きを封じた。 海香ちゃんは分厚い本の内側をかざし、これまた技名を叫ぶ。 ﹂ ⋮⋮﹂ ! まだ早い ! ! う。 ﹁ ﹂ このままでは直撃コースだ。海香ちゃんはさくっと皮までこんがり焼けることだろ ちゃんが居ることに気付いていない。 しかし、昨日と同じように目を瞑って溜めて放とうとしているため、直線上に海香 ﹁ちちんぷりん 奔流を放とうとする。 そうして、眺めているとかずみちゃんは跳び上がり、昨日の刑事を吹き飛ばした光の 恐らく、魔法で魔女モドキのことを読み取っているのだろう。 ていた言葉ばかりだ。 書かれた文字は﹃キタナイ﹄、 ﹃イタイ﹄、 ﹃ガングロ﹄など、さっき魔女モドキが喋っ 芋虫の魔女モドキから文字が生まれ、開かれた白紙のページに貼り付いていく。 ﹁イクス・フィーレ ! 96 ⋮⋮海香 ﹂ カオルちゃんの制止も空しく、かずみちゃんの攻撃が放たれた。 ﹁えい││ !? 海香ー ごめんなさい。わたし、記憶どおり動いたのに⋮⋮﹂ !! だが、かずみちゃんはカオルちゃんの一言が余計だったようで傷付いた表情をする。 ちゃんはそれを微笑んで許した。 カオルちゃんたちに駆け寄るかずみちゃんは申し訳なさそうに謝罪するが、カオル いの﹂ ﹁これくらい平気だよ。いきなり﹃以前の﹄かずみの本領発揮とは行かないよ。気にしな ﹁カオルー がる。カエルのように跳ね上がるとそのままどこかへ逃げてしまった。 芋虫の魔女モドキはその隙に大きな手のひらで地面を押すようにして、上空へ飛び上 あらまあ、残念。友達の女の子が無残な焼死体になるのも見たかったんだけどな。 んごと避けることに成功した。 海香ちゃんはご臨終││とはならず、カオルちゃんがとっさにタックルして海香ちゃ 撃ってから気付いたかずみちゃんだが、光の波は止まらない。 !! !! にしないで﹂ ﹁かずみ⋮⋮あなたの調子も考えず、勝手に動いていたこっちに非があるわ。だから気 ﹁⋮⋮そう。わたしは﹃以前の﹄かずみじゃない﹂ 第六話 一番汚いのは誰か 97 ﹁友達に攻撃をしかけたわたしの気がすまないよ ﹂ 果。こういう時はどちらか一人くらいは素直に失敗を責めた方がいいのに。 全然、セオリーを分かっていない。こいつらは本当に昔からの友達なんだろうか ﹁何で攻撃しなかったんだ あの子ら隙だらけだったじゃん﹂ 俺は目を離すと、ユウリちゃんの方を向く。 いだから禊として髪でも切るつもりなのだろう。 みそぎ 二人はかずみちゃんを連れて建物内に入って行った。ヘアサロンと書いてあるくら たものなのか。 俺はあまりの唐突ぶりに﹁おう⋮⋮﹂と僅かに声を漏らした。これも魔法の力で作っ た看板の付いた巨大な建物が出現する。 二人の後ろから﹁HAIR SALON ﹃SEA FRAGRANCE﹄﹂と書かれ ﹁おしおきね﹂ ﹁じゃあ﹂ に片手を上げた。 しかし、そんなことも気にせず、海香ちゃんとカオルちゃんは小さく笑うと、お互い ? 気遣わしげにかずみちゃんを見るは海香ちゃんも慰めの言葉を掛けるが、それも逆効 ! ﹁駄目だ。ここで殺したってアタシの気が済まない。あいつらは心をへし折って絶望さ ? 98 せて殺さないと駄目なんだ⋮⋮﹂ 憎々しげに建物内に入って行った三人を血走った瞳で睨み付けて、ユウリちゃんは吐 き捨てた。 プレイアデス聖団とやらにはよほど個人的な恨みがあるらしい。 どういうものか気になるが、今はそれは後回しだ。 ﹂ ﹁ふーん。じゃあ、あの魔女モドキのところへ行こっか﹂ ﹁お前には分かったのか ﹂ 俺はドヤ顔で推理をユウリちゃんに披露する。どうだ、穴のないこの名推理は。 ! とだ。 さらに魔女モドキが言っていた﹁ガングロ﹂だの﹁キタナイ﹂だのは恐らく化粧のこ かった。 ほど気にする要因ではなかったから注目しなかったが、思い返せば皆、髪質が良くな で、俺は痛んだ髪とそうでない髪の違いが一目で分かようになっていた。あの時はそれ ママが元女優だったせいか、小学校時代は髪の手入れは丁寧にしてもらっていたの ⋮⋮思い返せば髪が痛んでた気がする﹂ ﹁海香ちゃんたちが作り出したヘアサロンを見て、ピンと来たわ。俺がボコった女たち ? ﹁あの魔女モドキの元の人間は⋮⋮エステティシャンと見た 第六話 一番汚いのは誰か 99 天 才 中 学 生 探 偵 こ こ に 現 る ち ゃ ら ら ∼ ら ∼ ら ら ら ∼ ら ら ら ら ら ∼ ら ら ∼ と某少年探偵の解決シーンBGMが俺の脳内に響き渡る。 ! ﹂ !? ﹂ ? だった。 ユウリちゃんと一緒に来たのは、 ﹃GOODS﹄という化粧品店の傍にあるビルの屋上 ** ﹁立ち直り早いな、お前⋮⋮﹂ 浮かべた。 すくっと立ち上がって何もなかったようにそう言うと、ユウリちゃんは呆れた表情を ﹁まあ、それはそれとして、魔女モドキのところ行こうぜ ブルジョア的思考が俺の根幹にあるからどうしても庶民派の答えには辿り着かない。 んだもん。 化粧品の販売員なんてショボい職業思い付かないよ。だって俺、上流家庭の生まれな あっさりと自信があった推理は外れて、俺は地面に膝を突く。 ﹁ネクストアキラズヒーント ﹁間違ってる。あの魔女モドキになった奴は単なる化粧品の販売員だ﹂ 100 そこには茶髪のポニーテールの女性が悲しそうな顔で長蛇の行列ができている﹃GO ODS﹄を見下ろしていた。彼女の手には﹁GUNGROW﹂というファンデーション ﹂ ネーミングセンス皆無だな。商品開発担当者出て来いってレベ のケースを握っていた。 ⋮⋮ガングロウ ルだ。 ﹁こんなもの使うから⋮⋮肌が泣くのよ 感できる。 まあ、俺もそんなふざけた商品名のものがあったら問答無用で握り潰すと思うので共 女性は持っていた﹁GUNGROW﹂を力の限り握り潰す。 !! ? 君は⋮⋮男の子なのに綺麗な肌ね。髪も潤ってる﹂ 俺は何気なく女性の近くへと歩いて言った。 ? ス ﹂ ! から下へと落ちて行った。 悲鳴さえも上げる暇も与えず、前頭部を陥没させて、寄り掛かっていた屋上の手すり ││右手の肘までを部分的に異形化させ、彼女の額に突き刺しながら。 ﹁お褒めに預かり光栄DEATH デ 俺も彼女に友好的に微笑み返した。 俺に気が付くと、肌と髪の質を褒めてにこりと柔らかに笑った。 ﹁あら 第六話 一番汚いのは誰か 101 ﹁あきら お前、何を ! ﹂ !? りて行った。 ﹃GOODS﹄に並んでいた客が大騒ぎしている声を聞きながら、俺はビルの階段を下 ﹁アンタのが汚いよ﹂ 俺は一言投げかける。 頭から落下して、醜く潰れ、辛うじて人の形を保っているだけの肉塊と化したそれに 最後に下に落ちた化粧品の販売員だという女性の死体を一瞥した。 ユウリちゃんを追い、その場を後にする。 海香ちゃんたちもいずれ、ここに辿り着くかもしれないから早めに退散しよう。俺は へ歩き出した。 そう言って笑いかけると、ユウリちゃんは理解したとばかりに背を向けて、階段の方 キ⋮⋮いや、﹃魔物﹄を見つけてきてやるよ﹂ ﹁イーブルナッツの無駄遣いだ。俺がもっとユウリちゃんの力になってくれる魔女モド 物の中には、イーブルナッツが光を反射して鈍く輝いていた。 俺の手のひらには頭蓋骨の破片とと脳みそと血液の混合物が乗っている。その混合 ずがいこつ ﹁あいつは役に立たない。さっきもかずみちゃんがドジらなかったら負けてたしな﹂ 102 トラペジウム征団結成編 中学校 中学校 中学校 見つけて仲間に引き込むためだ。 一つは義務教育は一応しておかないとまずいから。二つ目は素質のありそうな奴を 理由は二つ。 訳だ。 とまあ、そんな感じに憤りながら、俺はここ、市立南あすなろ中学校へ転校して来た な場所なのである。 そう、まさに中学校とは小学校から出てきたばかりの子供をに理不尽を流し込む邪悪 そこは子供たちから純粋な心を取り上げる横暴な世界。 ! そこは大人たちに役に立たない知識を教え込まれる洗脳空間。 ! そこは少年少女を閉じ込める狭き檻。 ! 第七話 欲望渦巻く箱庭 第七話 欲望渦巻く箱庭 103 のぞみ 中学校という抑圧された空間なら大きな﹃欲望﹄を抱いて苦しんでいる人間も多い。 そういう可哀想な人に力をお裾分けしてあげようという俺の優しい試みだ。やだ、俺っ たら天使すぎ シュークリームを皿に出さないような女性とは付き合うんじゃないぞ そ して女子 銀紙があるから手づかみでいいなんて女性になるんじゃない ﹁男子 のは以下のことだった。 転校生である俺についてのことだろう。そう思った数秒後佐々岡先生の口から出た ﹁今日は皆に大事な話がある。心して聞くように﹂ 教室内で他人の佐々岡先生がホームルームを始めた。 だ。 現在、教室の外で男性の担任教師が中に入ってきてくれと言うまで待たされている訳 ⋮⋮いつか殺そう。 は 動 物 園 の 動 物 と 同 じ な の で 見 世 物 に し よ う と い う 校 長 の 教 育 理 念 が 伝 わ っ て く る。 教室のデザインは斬新極まるもので、何と教室の壁がガラス張りになっている。生徒 ! 意味不明の助言をし始め、終いには啜り泣く声すら聞こえてきた。 すす 生が言いたいのはそれだけだ⋮⋮うう⋮⋮﹂ ! ! ⋮⋮先 ! どうやら、女に振られたことを嘆いているらしい。一瞬、中に入ってぶん殴ってやろ ! 104 うかと本気で思った。 仕事を優先しろや、社会人。 ﹂ ﹁そりゃそうと転校生を紹介しますね﹂ ﹁そっちが後回しかよ める。 表情を消して静謐な雰囲気を身に纏わせた俺は教壇の隣に立ち、冷淡な目で生徒を眺 俺はそのやり取りを聞いて、手前のドアを開き、教室内へと入って行く。 に鋭く突っ込みを入れた。 そうかと思えば突如、けろりと復活し、転校生の話をする。クラスの中の誰かがそれ ﹁じゃあ、一樹君。入ってくれ﹂ ! その中で見知った顔を二つ見つけた。海香ちゃんとカオルちゃんだ。 ﹂ ? ﹁はい、それじゃあ自己紹介いってみようか﹂ ていた。 で、俺の方はまったく動じなかったが、向こうの方は驚いたようで二人とも目を丸くし 教室に来る前に職員室で佐々岡の机にあったクラス名簿から名前を見つけていたの ﹁嘘⋮⋮まさか﹂ ﹁え⋮⋮ 第七話 欲望渦巻く箱庭 105 ﹁一樹あきらです。よろしくお願いします﹂ クールに挨拶を決めた後、カオルちゃんと海香ちゃんたちと視線を合わせて無言でい ると、佐々岡が困惑したように俺を見つめている。扱いづらい無口な生徒と誤解したよ うでホワイトボードに﹃一樹あき﹄まで書いて止まっていた。いい気味だ、訳の分から ﹂ ない話で出鼻を挫いた罰だ。 ﹁えぇと⋮⋮一樹君 がって来た。 ホームルームが終わると、俺の予想に反し、クラスメイトが俺の席に蟻のように群 * 完璧だ。これで俺は無愛想な転校生として認識されたはずだ。 たい第一印象を取ることでそれを防ぐ。 明るくいくと周りに纏わり付かれて身動きが取りづらくなるので、こうやって近寄りが これでクラスメイトの印象は冷めた人間という印象を与えることができた。下手に イトは俺の冷めた対応に釘付けになっていた。 それから佐々岡がおずおずと指定した席へと黙って座った。二人も含めたクラスメ た。 俺は佐々岡からホワイトボード用のペンを奪って、﹃ら﹄の文字をきゅっと書き足し ? 106 寄って来たのは女子ばかりだった。盲点だったと言える。俺は、俺が美形であること にもうちょっと計算に入れておくべきだった。 ﹂ この街で会った女の子はわりと淡白な子ばかりだったのですっかり自分が持てるこ とを忘れていた。 部分がまるでない。 しかし、俺はそんな女の子の質問にもちゃんと答える。我ながらいい奴だ。 ﹁東京の、ミッション系の学校だよ﹂ みせることもできる。 その学校のせいで宗教の知識が同い年の奴らよりも豊富だ。聖書の一説を諳んじて そら 名前も知らない女子Aが俺に話しかけてくる。地味な顔立ちの女の子だ。特筆する ﹁一樹君って、前はどこの学校だったの ? 文化系 ﹂ ? ないが。 か女受けする部類だ。俺としては何であんなものに打ち込めるのかさっぱり理解でき 感心したような声と黄色い歓声が沸いた。サッカーとか軽音楽は部活として、なかな ? さらりと答えると、矢継ぎ早に次の質問が飛んできた。 運動系 ? ﹁サッカーを少々。あとは軽音楽﹂ ﹁前は、部活とかやってた 第七話 欲望渦巻く箱庭 107 ﹁すっごいきれいな髪だよね。シャンプーは何使ってるの ﹂ ? ﹂ ﹁ごめん。何だか緊張しすぎたみたいで、ちょっと、気分が。保健室に行かせて貰えるか た。 他にも二三個つまらない質問に答えると俺も嫌気が差してきて、中断させてもらっ で、必然的に俺もよく使うことになり、慣れ親しんでいる。 一樹財閥の系列会社の源氏堂の売れ筋商品だ。ママが愛用していたシャンプーなの ﹁源氏堂の﹃リゲル﹄﹂ 108 あ、じゃあたしが案内してあげる﹂ ? ﹁いや、おかまいなく。係の人にお願いするから﹂ レーションを溜めていく。 ユニークさ皆無の平凡な女子連中に引っ付かれそうになり、ゆっくりと俺はフラスト お前も来んなや。 ﹁あたしも行く行く﹂ 来んなや。 ﹁え 何の面白みのもない質問の応酬で本気でユーモア欠乏症に罹りそうだ。 かか 無表情のままで少し頭を押さえて、具合が悪そうな真似をする。 ? 当然、係の人など知らないので海香ちゃん辺りに助けてもらおうとしたところ、無駄 に気を利かせてくれた女子Aは保険係の奴を呼んだ。 余計なことをしてくれた女子Aを軽く睨むと何を勘違いしたのか、頭を掻いて照れた ﹁じゃ、氷室君だね。おーい、氷室くーん。転校生の一樹君が気分悪いってー﹂ 顔をした。 ﹁いや、いいって。これもクラスメイトとしての当然の義務だし⋮⋮﹂ この手の反応はよく知っている。俺の顔惹かれ、好意を持った奴の反応だ。 こういう手合いが一番鬱陶しい上に、壊しても月並みな反応しかしないので好きでは ない。 りゅうちょう あとで校舎裏にこっそりと呼び出して処理してしまおうかと半ば本気で考えていた 時、後ろからやって来た人間に気付いた。 ひ む ろ ゆう まあ、そこそこ顔立ちは整っているが俺ほどじゃあないな。ただ、その爽やかな表情 ﹁ボクが保険係の氷室悠です。これから宜しくね﹂ 日本人だろう。 金髪碧眼という絵に描いたような外人ような見た目だが、日本語は流 暢なので一応 品が良さそうな優男が俺に朗らかな笑顔を浮かべ、近付いてくる。 ﹁やあ、一樹君。初めまして﹂ 第七話 欲望渦巻く箱庭 109 の目の奥に俺やユウリちゃんと同じ秘めた欲望の輝きが微かに輝いているのを俺は見 逃さなかった。 こいつもこいつで﹃社交的な人間﹄に擬態している外れ者だ。同じようなものを持っ ているから分かる。 心の奥底で弾けてしまいそうな欲求持ちながら、普通の仮面を被っている。 保健室﹂ 氷室を値踏みしてから、冷静な表情で俺は言う。 ﹁じゃ、連れてって貰えるか しかし、周囲の教室も当然の如く、ガラス張りなので俺らのことをじろじろと不躾に ていたようで笑みがこぼれる。 俺が自分たちに黙って転校してきたと思い、機嫌を悪くしたようだ。よほど信用され 士で交友を深めなさいとばかりに無視された。 氷室の案内により、俺は保健室へと向かっていた。教室に居た海香ちゃんたちは男同 ** 室の外に出た。 転校早々、なかなか期待できそうな奴に出会えるとはついている。俺は彼に従って教 相変わらずの朗らかな笑み。だが、俺にはそれが作り物にしか見えなかった。 ﹁あはは。クールな人だね、君は。いいよ。こっちだ﹂ ? 110 見てくる輩が多い。 エンターテイナーの俺としては手でも振ってやりたいところだが、学校では人を寄せ 付けないキャラで行くつもりなので自重した。 そうして歩いていると、俺たちは校舎を繋ぐ渡り廊下まで来た。唐突に黙って俺の少 し前を歩いていた氷室が俺に声を掻けて来る。 ﹁ごめんね。みんな悪気はないんだけど、転校生なんて珍しいから、はしゃいじゃってる んだ﹂ 何のための近寄りがたい奴アピールだったのか、もう分からない。これなら、最初か ﹁そうみたいだな。でも、あそこまではしゃがれるとは思ってなかったが﹂ ら普段の性格で通しても変わらなかった。 ? いがする。 ﹁だから、ボクも﹃あきら君﹄って呼んでいいかな ﹂ こいつは多分、人を死に追いやったことのある人間だ。俺と同じ加害者側の人間の臭 ので無意味だった。 爽やかな善人臭のする顔でそう言うが、俺にはこいつの人間性が何となく感じ取れる でよ﹂ ﹁そんな緊張しなくていいよ、クラスメイトなんだから。ボクの事は気軽に悠って呼ん 第七話 欲望渦巻く箱庭 111 家族や友達を、大切にしてる ﹂ 俺はそれに答えず、動かしていた足を止め、氷室の化けの皮を剥がすために一つ質問 をする。 ﹁氷室悠。アンタは自分の人生が、貴いと思う ? それはもちろん大切⋮⋮だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大 ? れくらいその言葉には真摯な響きがあった。 ﹂ しかし、俺は再度問い返す。 ﹁本当に ﹁本当だよ。嘘な訳ないよ﹂ 氷室の口元がぴくりと僅かに引きつった。 ﹁なら、そんな大事な人たちを傷付けてみたいと思ったことはない とは ﹂ 大切な人たちの笑顔でなく、泣き顔を見たいと心から思ったことは ﹁⋮⋮何で、分かるの ? ? ﹂ ﹁別に悪意を持っている訳でもなく、愛するが故に自分の手で壊してみたいと思ったこ ? ? 俺はそれを見逃さない。続けるようにして問いを投げつける。 ﹂ もしも、それを十人が聞いたら九人くらいは素直に氷室の言葉を受け取るだろう。そ 一瞬だけ呆けた後、また笑みを取り繕って聞こえの良い台詞を並べた。 事な人達だよ﹂ ﹁え ? 112 ? おぼろげ 浮かべていた朗らかな笑顔が砕け散り、その中から這い出して来たのは自分を理解し てくれる存在への驚愕だった。 震える唇を押さえ、愕然とする氷室に俺はそっと笑いかけた。 ﹁着いて来いよ。お前が見たがっている世界を見せてやる﹂ 俺は彼を抜いて渡り廊下を進み出す。その後ろを驚きから覚めていない氷室は朧気 な足取りで着いて来た。 ﹁あ、そうそう﹂ ﹂ ? あ、氷室だからか⋮⋮ってちょっと待って。どこ行くの 保健 俺はアンタのことを﹃ひむひむ﹄と呼ばせてもらう﹂ くるりと振り返り、氷室の方に向き直る。 ﹁な、何 ひむひむ ? ﹁俺のことはあきらでいいぜ ﹂ ? ? 室はそっちじゃないよ ? 絶好のイジめポイントと言える。かく言う俺も前の学校では同じような場所で暴力 そして、それ故に生徒や教師は授業中には近付かない。 て、教室棟からは離れている。 り、外に出る。渡り廊下を渡った先の別棟となり、保健室やその他移動教室となってい 自分のあだ名に納得した氷室改めひむひむを連れ、俺は階段の方へ行った。階段を下 ? ﹁え 第七話 欲望渦巻く箱庭 113 を振るっていたこともある。 ミッション系の学校だったから教会の裏手などでよくはしゃいだものだ。聖なる場 所の裏での暴力行為はなかなかに背徳的な気分がしたのを覚えている。 け た ぐ 過去の記憶を思い馳せていると、傍で痛みに苦しむ声とそれを嘲笑う声、そして、暴 力を振るった時に出る打撃音が聞こえてきた。 ﹁やっぱり居た﹂ 陰湿なイジめの現場には三人くらいの男子が一人の男子を取り囲んで蹴手繰ってい た。やられている方は頭を両手で覆い、身体を亀のように丸めて痛みを耐えている。 その顔には痛みよりも悔しさよりも、無気力さが表れていて涙すら滲んでいない。暴 あ ん な に 殴 っ た り、殴 ら れ た り 力を加えられることに慣れてしまっていると言った様子だ。 ﹁あ れ は ⋮⋮ 見 た こ と な い 人 た ち だ。三 年 生 か な ⋮⋮少し羨ましいよ。暴力は美しい⋮⋮﹂ 俺は彼らに軽やかな足取りで近付いて行く。 それでは消えても誰も困らなさそうな人たちに﹃実演﹄を手伝ってもらいましょうか。 本性を表すとなかなかユニークな男だ。似非爽やか少年よりは見ていて面白い。 く、どこか恍惚としている。 こうこつ 後ろから来たひむひむがさらっと変態チックなことを呟く。その顔に爽やかさはな ? 114 何だ、テメーは ﹂ ﹁こらこら、亀をイジめてはいけませんよ﹂ ﹁あ゛ !? 亀を助けたばっかりに竜宮場に連れて行かれて、玉手箱 ? ﹁はあ 頭おかしいのか テメー ﹂ ! それに追随する不良B・C。 本当に馬鹿だな。大変宜しい。 わない。 代わりに使うのは俺の中のイーブルナッツだ。 ﹂ 俺は即座に姿を変形させて、三メートルほどの黒い竜になる。 ﹁な、何だ⋮⋮ !? ﹂ 呆然とした不良Bも仲良く同じ場所に送ってあげた。 一番近くに居た不良Aを口の中に放り込み、コンマ二秒ほどで嚥下する。それを見て えんげ この程度の雑魚なら素手で簡単に捌けるのだが、今回の趣旨に逸れるので合気道は使 さば こ れ ま た 台 本 で も あ る か の よ う に あ り き た り な 右 ス ト レ ー ト を 放 っ て く る 不 良 A。 ? テロに合って老化させられる哀れな主人公だよ﹂ ﹁浦島太郎だよ。知らない テンプレートな頭の悪い台詞に俺は若干感動しつつ、名前を名乗る。 !? !? ﹁ば、ばけも⋮⋮ !? 第七話 欲望渦巻く箱庭 115 最後に一人だけ逃げようとした薄情な不良Cを長い尻尾で絡め取り、同じく丸呑みし た。この間約三十秒。人食い選手権とかあれば優勝を狙えるな。 ﹂ 人間に戻り、制服のポケットから出した白いハンカチで口を拭う。 ひざまず ﹁な⋮⋮何が、起きたんだ⋮⋮ ? 僕は旭たいち⋮⋮﹂ あさひ アンタの名前は ﹂ 地面に跪いているイジめられっ子に俺は手を差し伸べる。 ﹁大丈夫か ? ﹁ああ。なれるさ﹂ ﹁⋮⋮僕も。僕も君みたいになれるの⋮⋮ ﹂ ? ﹂ ﹁アンタ、俺と一緒に化け物になる気はある これはなかなかの掘り出し物かもしれない。顔には出さず、内心でほくそ笑んだ。 正気の目をしていた。 彼の両目はしっかりと俺の姿を捉えている。その前は夢と現実の区別が付いている 追いついていないのかと思ったがそうでない。 竜の姿に一度変貌した俺を驚いてはいるが、怖がってはいない。非現実過ぎて理解が らして、こいつもさっきの不良と同じで一つ上の先輩なのだろう。 くすんだ黒髪に目の下に隈がる不健康そうな顔色の中学生はそう名乗る。見た目か ﹁え ? ? 116 ? 俺はにやりと笑って言う。 その言葉に縋るように旭先輩は俺の手を掴み取った。彼の頬には暴力を浴びていた 時には一滴も流さなかった涙が伝っている。 ﹂ その涙はイジめから解放された安堵から来る涙ではなく、新しい可能性を提示された 喜び涙に映った。 ﹁凄い⋮⋮凄いよ、あきら君 一応、怯えて逃げ出す可能性も考えていたのだが、そんなことは考えるだけ損だった 興奮した面持ちでひむひむが俺に駆け寄る。 !! ドラゴン ﹂ 凄いな∼。でも、一つだけ残念なのは血が見れなかった事だ ようだ。ちなみに逃げていたら、不良さんたちと一緒に俺のお腹の中にボッシュートし ﹂ ? てもらう予定だった。 よ ? ﹁ここで撒き散らしたら後片付けが面倒だろ ! んだ よだれ ﹂ !! ! 美しい物語はどれだけ大量の血が流されたかによって決まるんだよ ! ﹁やっぱり何と言っても一番重要なのは血だよ 与え合う痛みと愛を表すのは血液な 目は爛々と輝き、口元からは涎まで漏れている。正気の様子ではない。 らんらん ハイテンションのひむひむは俺の言葉など耳に貸さず、自分の高説を垂れ流す。 ? ﹁あれ何 第七話 欲望渦巻く箱庭 117 ﹁うるせえ ﹁おぐッ ﹂ ﹂ ちょうど穴を狙ったので、いい感じに綺麗な鼻筋へ拳が叩き込まれる。 俺はひむひむの顔面を力の限り殴り飛ばした。 ! これが力の元だ﹂ ! このイーブルナッツは化粧品の販売員から奪ったものだ。奪う時に血がべっとりと 俺はポケットからイーブルナッツをひむひむの額に向けて投げ込んだ。 ﹁ほれ まあ、そのくらい弾けてる奴の方が見ていて面白いのも事実だ。 う。 こいつが保険係になった理由は、多分クラスメイトの出血を見るためだったのだろ おいおい。こいつ、真性の変態さんだよ。 自分の鼻血を手で掬って、悦に浸ったように喜んでいる。 ﹁ほ、本当だ。ボクの血が⋮⋮愛が流れ出している。フ、フフフ⋮⋮﹂ ﹁ほら、大好きな血が出たぞ。喜べよ﹂ 俺は手についた返り血を拭って、倒れたひむひむに言ってやる。 出していた。 その場にひっくり帰ったひむひむの鼻の穴からは彼の大好きな真っ赤な鮮血が噴き !? 118 張り付いていたので血液大好きのひむひむ君にはちょうどいいだろう。 すぐにイーブルナッツの効果が出始め、仰向けの彼の姿がぐにゃりと歪んで、骨格が 変形していく。 ﹁すごい⋮⋮これがあきら君と同じ力⋮⋮﹂ 変貌し終えると流石に本人も冷静になったようで自分の身体を見回す。 ひむひむは巨大なコウモリの姿へと変わっていた。色は目と同じ紺碧の皮膚で覆わ れている。 ﹂ 俺は彼にそっと微笑み、自分の口元に一指し指を置いた。 俺やひむひむ以上にイーブルナッツを欲していた人間とも言える。 自分に変革をもたらす力に渇望していたのだろう。 旭先輩はイーブルナッツをまるで宝石のように大事そうに眺めた。それほどまでに ? ひむと違ってお古ではない。 ﹂ こちらはユウリちゃんにもらって来た誰にも使っていない新品のものだ。俺やひむ もイーブルナッツを渡した。 傍でひむひむがコウモリになっている光景を見て、羨望の眼差しをしていた旭先輩に ﹁旭先輩にも、はい ! ﹁ありがとう。これがあれば僕も変われるんだね 第七話 欲望渦巻く箱庭 119 ﹂ ? こくりと頷く旭先輩の目はもう無気力とは程遠いぎらついた欲望の光に満ちていた。 ﹁その代わり⋮⋮クラスの皆には内緒だぜ 120 第八話 最後のプレイヤー さて、二名も新たな尖兵をスカウトした訳だが、ユウリちゃんからもらったイーブル ナッツはあと一つ残っている。 戦うことになる相手は七人居るのだからこちらとしても、俺を合わせて四人は魔物が 必要だ。 俺はひとまず、旭先輩と別れ、ひむひむを連れて教室へと戻った。今の時間帯では皆 授業に出ているだろうし、何より教室に居る海香ちゃんたちに不審に思われてるのは避 けたい。 信頼していた友人が実は自分たちを狙う悪の手先でしたという落ちは、サプライズ 有ってのことだ。裏切りとは信用を重ねてからするのが望ましい。 教室に戻ると既に一時間目の授業は始まっており、担当の教師にじろりと白い目で睨 まれた。 年齢はそこそこ行っている三十歳後半の神経質そうな男性だ。不機嫌そうなその表 情は遅刻してきた俺たちを異物のように見ているのが分かった。 ﹁すみません、柳先生。彼、転校したてで緊張していたようでボクが保健室に連れて行っ 第八話 最後のプレイヤー 121 てたんです﹂ ひむひむが申し訳なさそうに頭を下げて謝罪する。俺も一応頭を下げた。 柳というらしい教師は﹁座れ﹂と小さく、命じるとホワイトボードに向き直り、授業 を再開する。 何ともまあ感じの悪い教師だ。ホワイトボードに書いてある事柄から柳が数学であ ることが分かる。 数学教師は大抵感じが悪い。俺の前の学校でも数学の教師は生徒から嫌われていた。 関わらず、だ。 俺はまだ教科書も開いておらず、やっている内容すら完全に把握していない状態にも た数学の問題をペンで叩く。 授業に遅刻されたのがそこまで気に入らなかったのか、柳はホワイトボードに書かれ ﹁遅れて来た転校生。前に来て、この問題を解いてみろ﹂ 声を指した。 せっかく、学校に来たのだから真面目に授業でも受けようかと思った矢先、柳が俺に を取り出す。 俺は自分の席に座って、机の横に掛けてあった学生鞄から教科書とノートと筆記用具 ﹃数学教師=悪﹄。これ、テスト出ます。 122 喧嘩売っているのか ﹁座っていいですか この陰険教師が。 緊張してるんで﹂ マーの最終定理くらいは持って来いという話だ。 この程度の問題で俺をやり込めようなど十年早い。俺を苦しませたかったら、フェル 俺は柳を一瞥すると、渋い顔で﹁⋮⋮正解だ﹂と呟いた。 使い、その場で計算しながら書き込んだ。 この問題はやったことがなかったが、この問いに必要な公式は知っているのでそれを と二秒ほどその問いを眺め、ホワイトボードに途中式と解を書き込んでいく。 僅かに苛立ちを持ったが、俺はそれを表には出さず、冷淡な表情で教壇の方へ向かう ? ⋮⋮ああ。早く座れ﹂ ? 数学の授業が終わるとまたもクラスメイトが俺の席に群がる。今度は男子も多い。 はり俺だけではなく、クラスの連中からの受けもすこぶる悪いらしい。 えた。他のクラスメイトも嬉しそうな顔をしているのがちらほらと見受けられる。や 意気揚々と席に戻ると、カオルちゃんが良くやったと親指を立ててくれているのが見 険教師。 嫌みったらしくそう言ってやると舌打ちをして、俺を席に座らせた。ざまあみろ、陰 ﹁ッ ! ﹁いやー。俺、柳嫌いだっただんだよ。よくやってくれたな﹂ 第八話 最後のプレイヤー 123 ﹁ホントホント。あの野郎、わざと解けない問題引っ張り出して来るからな。マジうぜ えよ﹂ 肩を叩かれたり、感謝の言葉を述べられたりと一躍人気者になってしまった。何を たた あが たてまつ やっても目立ってしまうのは俺が天性の主役だからだろうか。 しかし、悪い気はしない。もっと俺を褒めろ。讃えろ。崇め奉れ。 クールな表情にお調子者の意識を潜めて笑っていたら、その人ごみを掻き分けて、カ オルちゃんと海香ちゃんがやって来た。 ﹁やるねー、あきら﹂ ﹁私もあの先生は嫌いだったから溜飲が下がったわ﹂ ﹂ そこへ行くとすぐに不満そうにカオルちゃんは俺に尋ねてくる。 目がつきにくい場所というとここくらいしかなかった。 教室から二人を連れ出して、階段の踊り場まで移動する。廊下もガラス張りなので人 ﹁場所、変えよっか。ここじゃ、色々煩いし﹂ やはり凡百の女の子と雰囲気が違う。湧き上がる華々しさがある。 人は一顧だにしない。 俺の元に近付いて来てくれた二人に笑いかける。周りの女子は彼女たちを睨むが二 ﹁二人ともようやく話しかけてくれたな。俺寂しかったぜ ? 124 ﹁それであきらは何で転校の事黙ってたのさ は分かっていたいたのよね ﹂ ﹂ ﹁でも、私たちがあすなろ中の制服を着ていた事は見ていたんだから、同じ学校だって事 言い訳をすると、今度は海香ちゃんが鋭く突っ込んでくる。 ﹁別に黙ってた訳じゃないよ。まさか、同じクラスだと知ったのは今日だったし﹂ ? なく、少し拗ねていただけだったようだ。 二人は顔を見合わせると、すぐに表情を綻ばせた。そこまで本気で怒っていた訳では だ。 しょんぼりと俯いて、カオルちゃんたちに謝る。柳の時よりもよほど誠意のある謝罪 ﹁⋮⋮驚かせたかったんだ。二人の驚く顔が見たくてさ。怒らせちまったなら、謝るよ﹂ ? の学校の奴らも自殺に追い込まれる寸前まで俺のことを心底信頼してたのを思い出す。 たった一日程度しか付き合いのない人間をここまで信用させるとは流石は俺だ。前 和やかに談笑しつつ、俺は二人が心を開いてくれていることを再確認する。 いうの止めてくれよな﹂ ﹁何だ。俺は怒らせたのかと思って凄いびびったよ。こう見えて繊細なんだから、そう ﹁ただ、連絡がなかったのが気に食わなかっただけよ﹂ ﹁うそうそ。そんなに怒ってないって﹂ 第八話 最後のプレイヤー 125 まったく、どいつもこいつも俺を信用し過ぎだ。自分の前に居る男が自分を殺そうと 企んでいるのを気付かない。 俺に猜疑心を持っているかずみちゃんでさえも、俺と行動を共にしている内に俺に心 を許していた。 ﹂ 自ら壊してくださいと懇願してくる玩具のようだ。心優しい俺としてはそんなお願 いを聞かずにはいられない。 ﹁まあ、これからは同じクラスなんだし何かと宜しく頼むわ﹂ 私は笑いそうになったわ﹂ ﹁転校初日であそこまでできるあなたに助けなんているとは思えないけど ﹁ていうか、あのクールな演技は何 するとカオルちゃんが右の肩、海香じゃんが左の肩に手を置いた。俺はそれに驚いて 授業間の小休みが終わり、俺は二人と一緒に戻ろうとする。 だったらしい。 かなか良い線言っていたと思ったが、素の俺を知っている人間からするとお笑い沙汰 二人からはほぼ同時に﹁似合わない﹂と言われ、俺も結構へこんだ。演技としてはな ﹁おいおい、手厳しいね。緊張してたんだよ、緊張﹂ 俺はそれに頭を掻きながら苦笑いをする。 海香ちゃんは慎みのある小さな笑み、カオルちゃんは快活な大きな笑みを浮かべる。 ? ? 126 一瞬立ち止まる。 ﹁﹁こちらこそ、これから宜しく ﹂﹂ 持ってるなんてまるでヒーローみたいだ﹂ みさき ﹂ ⋮⋮そう言えば二人の苗字ってそんなだったな。普段名前だけで女の子を呼ぶから 間は総じて人気が出るものと相場が決まっている。 そして、自分がそういう存在であることも自覚して動いている節がある。そういう人 知らないが、二人ともスター性のようなものを持っている。 何となくそれは分かる。魔法少女になったからなのか、それとも天性のものなのかは ? ? ﹁そうそう。牧カオルさんと御崎海香さんだよ。あの二人クラスでも人気なんだよ ﹂ ﹁あきら君って勉強もできるし、可愛い女の子にも持てるんだね。その上、特別な力まで 俺は教室に帰って来ると、待ち構えていたようにひむひむが話しかけて来た。 なのだ。 ころがある。カリスマ性というか、人気者体質というか、どうにも人を惹きつける体質 この性格のおかげで昔からちょっとでも同世代の人間と話すと、やたらと好かれると 思った以上に気に入られているようだ。本当に同年齢の奴には持てるな、俺。 そう言って、ふっと先に教室に戻って行ってしまった。 ! ﹁可愛い女の子って、カオルちゃんと海香ちゃんのことか 第八話 最後のプレイヤー 127 苗字まで気にしないが、ちゃんと覚えていた方がいいな。 ぼそっと耳打ちしてやると、ひむひむの表情が瞬時に変わる。 普段は隠している恍惚な変態性のある顔だ。 ? 後の授業はシエスタをして潰した。 その後もつまらない午前の授業が続き、昼食もカオルちゃんたちとさらりと食べ、午 いたようだが困った顔をするだけで注意をしなかったので無視した。 る気が霧散した。教科書も出さずに窓の外をずっと眺めていると、佐々岡は俺に気が付 二時限目は英語の授業で担当教員は佐々岡だった。それだけで真面目に授業を受け ける。 ひむひむと別れ、チャイムの音を聞きながら席に着席して、俺は二時限目の授業を受 ﹁ただし、俺がいいと言ったらな﹂ 俺はそれに引き気味で小さく頷いた。 していたのか聞きたいレベルだ。 ずさる。予想以上のやばさだ。俺と出会う前はどうやってその頭のおかしさを隠し通 俺と同じく小声で返す。声を潜めるとより一層変質者のように見えて、思わず一歩後 ﹁⋮⋮じゃあ、いづれは二人の血をぶち撒けてもいいって事かな ﹂ ﹁⋮⋮ひむひむ。あの二人には気を付けろ。﹃俺たち﹄の敵になる女の子たちだ﹂ 128 あっさりと放課後になると俺はひむひむを連れて、三階の三年生の教室へ行くと帰り ちょっと俺らと遊びに来てください﹂ 支度をしていた旭先輩を捕獲する。 ﹁パイセーン ﹁ちょ、ちょっと ﹂ ! る。 俺とひむひむは旭先輩の両脇から手を入れて掴み、がっちり固定してそのまま連行す 名前を呼んでいたから、しっかりと頭に刻んでいたようだ。うむうむ、結構。 旭先輩は俺の名前を覚えていた。ちゃんと名乗ってはいなかったが、ひむひむが俺の ﹁えーと、確か⋮⋮あきら、君﹂ ! 活はここで交代してそれぞれの活動をしているのだという。 学校のホームページで見たが、この学校は柔道部、剣道部、相撲部などの武道系の部 俺のナビゲートにより、辿り着いたのはあすなろ中の外にある建物の一つ、 ﹃格技場﹄。 た。 旭先輩も戸惑ってはいるものの、抵抗する気はないらしく、されるがままの体勢でい じように旭先輩を引きずっていく。 ひむひむもよく分かっていないようだったが、この場のノリだけは把握して、俺と同 ﹁レッツゴー、トゥギャザー﹂ 第八話 最後のプレイヤー 129 俺は元々ここに目をつけていた。武道を習っている人間の中には人を傷付けること を目的に参加している奴も少なくない。 さぞや、素晴らしい﹃戦力﹄になってくれることだろう。 ﹂ ? 文字で答えた。 ﹁スカウト﹂ ? たちの視界には半裸の男同士が汗まみれでぶつかり合っている地獄絵図のような光景 中へ入ると、汗臭い臭いが鼻先に吸い込まれ、不快な気分にさせられる。そして、俺 ともかく旭先輩を解放して、俺たち三人は格技場の中へと足を踏み入れた。 まあ、直接見てもらって理解してもらえばそれでいい。 まだよく分かっておらず首を傾げている。 ひむひむは俺側の人間だから、すぐさま得心が行ったと理解してくれたが、旭先輩は ム﹄について話してやるよ﹂ ﹁頭がいい奴は話が早くて助かるわ。もう一人、仲間が増えたらこれからのやる﹃ゲー ﹁ああ、ボクらと同じように魔物になる人間をスカウトしに来たんだね ﹂ 今まで何も聞かずに付き従ってくれたひむひむがついに尋ねてくる。俺はそれに四 るの ﹁で、面白そうだから、あきら君に言われるがままにここへ来たけど⋮⋮何しようとして 130 が飛び込んできた。 彼らは上半身は何も纏っておらず、肥えた肉体を惜しげもなく見せびらかしていた。 股間には申し訳程度にふんどしに似たものが付いているのみ。正直、生で見せられると 精神的に込み上げてくるものがある。 そう。それは相撲。マワシ一つ着けただけの肥満体の男どもが肌をぶつけ合う日本 古来からあるスポーツだ 始められないからだ。 てられない。高望みをしているといつまで経ってもプレイヤーが集められず、ゲームが うーん。どちらかと言えば、剣道部か、柔道部を狙っていたのだが、この際贅沢は言っ この時間帯はどうやら相撲部が格技場を貸し切っているようだった。 ! 俺らが道場の入り口付近で見回していると、それに気付いた相撲部員の一人が近寄っ て来た。 ﹂ ? はずだ。もっとも、お目当ての人間さえ見つけて、こちらに引き込めばここに来ること こうして入部希望を装えば、部活動である以上、快く中に入れて見学させてもらえる 前もって考えていた台詞を吐いた。 ﹁入部希望者でーす。今回は見学させてもらいに来ましたー﹂ ﹁お前ら、何だ 第八話 最後のプレイヤー 131 もないだろうから、本気で入部する気などさらさらないが。 ⋮⋮むぐ﹂ !? ﹂ ﹁今、二年に稽古付けてたんだが⋮⋮おい てんだ、立てっ 力道 またお前か ! 何勝手にへばっ !? している程度の筋肉は付いている。それでも俺よりも貧弱な体型だ。 相撲部にはおおよそ似つかわしくない細い身体だったが、一応は最低限の運動部に属 上げた。 土俵に立っている力道と呼ばれた少年は叱咤され、青痣だらけの身体を辛うじて持ち あおあざ 比較的に親切に話していた山田部長が急に表情を変えて、怒気を立て声を荒げた。 !! ! これが土俵という奴か。初めてみたが、中学校ながら結構本格的だ。 綱が大きく円を描いている。 く。固定された床板が外されて砂が多少付いた地面が剥き出しになっていて、中に丸い 山田部長に連れられ、俺たちは靴下を脱ぐように指示された後、道場の奥に入って行 ﹁おう、そうかそうか。なら、入ってみて行け。俺は相撲部の部長の山田だ﹂ 俺が入部希望者だというと相撲部員は思ったとおり、快く招き入れてくれた。 黙らせた。グッジョブだ、ひむひむ。あとで鼻血を流させてやろう。 事態が飲み込めていない旭先輩は声を上げたが、傍にいたひむひむが口を手で塞ぎ、 ﹁ええ 132 ﹂ ﹁そんなんだからお前はいつまでも経っても弱いままなんだよ かしいと思わないのか 親御さんたちに恥ず ! ! おのこと滑稽に映った。 突 っ 張 り っ て い う の は こ う や ん だ 相撲相手はへらへらと笑みを浮かべている。その落差が必死になっている力道がな 手を撃ち出すが、体格差があり過ぎてびくともしない。 山田部長の声に動かされ、気合のこもった声を上げた力道は稽古相手に向かって張り !? ﹁聞 か ね え よ そ ん な へ な ち ょ こ の 突 っ 張 り ﹂ ! や、平手打ちを食らわせた。 頭を押さえ、悶え転がる力道に駆け寄った山田部長は助け起こしてやるのかと思いき れ込んだ。 くぐもった呻き声を上げて、土俵から外へと押し出され、力道は後頭部から地面に倒 相手の張り手が腕を引いた力道にカウンターぎみに入る。 !! ﹂ ! ! !! く。その後ろ頭にはいくつもタンコブが出来て、凸凹に盛り上がっていた。 力道はその理不尽な扱いに文句も言わず、よろめきながら立つと土俵へと戻って行 だ ﹁馬鹿野郎 見学者も居るのに見っともない真似見せやがって お前にはまた扱き 第八話 最後のプレイヤー 133 他の部員はそれを嘲りの目で見て、声こそ上げてはいないが笑いものにしていた。 しか ひむひむは内出血は興味が湧かないのか平然とした表情で見下ろし、旭先輩は数時間 ﹂ 前までの自分を被ったのか我がことのように顔を顰めた。 ﹁あの部員いつもこうなんですか この相撲部において、力道鬼太郎という少年はサンドバックのようなものらしい。 そうでなければ、まだ部外者である俺たちにここまで詳細に語りはしないだろう。 ていないのか。 なるほど。集団心理が働いて、この状況がイジめ以外の何物でもないことに気が付い もおらず、まるで本人も当然のようにその仕打ちを受け入れている。 一人だけあれほどボロボロにされているのに皆誰もそれについて異議を唱えるもの のヘタレだと懇切丁寧に力道について話してくれた。 俺の発言を﹃いつもあんなに弱いのか﹄と取り違えた山田部長は相撲部始まって以来 ても弱いまんまだ﹂ 野郎で入部した時からまるで成長がない。特別に扱いてやってるんだが、いつまで経っ ﹁ああ。あいつは二年の力道鬼太郎って名前なんだが、どうにも名前負けしたへっぽこ おにたろう 部長は勘違いしたらしく、溜め息を吐いて教えてくれた。 俺が﹃いつもこういう扱いを受けているのか﹄という意味合いで尋ねたところ、山田 ? 134 実に面白くない。 狭い空間で本人すらも肯定されているイジめ。そこにカタルシスはなく、欲望の情動 もない。 物言わないぬいぐるみを殴り続けているようなものだ。 ここに加虐者は居ない。居るのはサンドバックに稽古をする真面目なスポーツマン だけだ。 少なくても、ここに俺のゲームに参加させたいプレイヤーは一人も居なかった。 もう帰ろうとひむひむたちの方をちらりと振り返る。 ﹂ すると、旭先輩が力道が居る土俵へと歩いて行った。 ﹁⋮⋮ねえ。君、辛くないの 抑えきれない感情を無理に締め上げた故にとても静かで穏やかな声。 恐らくは自分と同じ、 虐げられているものへの共感もあるはずだ。 しいた とても静かな声で旭先輩は力道に問いかけた。その声に含まれたものは義憤だろう。 ? ﹂ 俺はそれを聞いて小さく笑った。これから起きるエンターテイメントの予感を感じ あんたは⋮⋮誰 ? 取ったからだ。 ? 力道はこちらのことなどまったく気付いておらず、旭先輩が目の前に近付いたことで ﹁え 第八話 最後のプレイヤー 135 悔しくはない 悲し ? ﹂ ? ? 以外の人間にはそこそこ寛大なようだ。 山田部長は憮然とした表情を俺に向けたが、少しだけ待ってくれる様子だった。力道 れを止めた。 旭先輩を土俵から出させようと咎める山田部長が二人の傍に行こうとするが、俺はそ 話なんですから﹂ ﹁まあまあ。もうちょっと待っててやってください、山田部長。彼らにとっては大切な ﹁おい。勝手に土俵に入ってもらっちゃ⋮⋮﹂ ては少し前までの自分に対して尋ねているようなものなのだろう。 似た人間でありながら、力を手に入れた人間とそうでない人間の会話。旭先輩にとっ 二人の問答はここに居る全ての存在を無視して、行われている。 ﹁それは⋮⋮俺が強くなれば分かるかもしれないけど﹂ ようになる ﹁じゃあ、強くなれば変わる 力があれば自分が今居る場所が間違ってるって思える ? ようやくその存在に気が付いた様子だ。 ﹂ ? ﹁⋮⋮全部、俺が弱いせいだから⋮⋮﹂ くはならない ﹁答えてくれ。当たり前のように傷付けられて辛くないのか 136 きっと外側の人間から見れば、善人の部類と判断させているのかもしれない。 再び、会話している二人を視線を移すと旭先輩は制服のポケットに片手を突っ込んで いた。 ﹁じゃあ、見せてあげる。力があれば虐げられていることが間違っていたって⋮⋮諦め ﹂ て無気力で受け入れていたことが愚かだったって分かるから﹂ ﹁え⋮⋮ た。 驚く力道を余所に針鼠の魔物と化した旭先輩は背中の大針を弾けたように打ち出し のように蓄えている。 そこに居たのは黄土色の巨大な針鼠。一本一本が五十センチほどの長さの針を剣山 ﹃これが力を持った人間の姿だよ。力道君﹄ 姿が歪み、肥大化し、旭先輩の抱えていた欲望に対応した形に変わっていく。 旭先輩はそれを額まで持って来て、思い切り押し付ける。 ポケットから取り出された手にはイーブルナッツが握られていた。 ? 山田部長は顔と胴体に満遍なく、大針で串刺しにされた。人間サボテンとなった山田 大針は俺とひむひむ、力道を除いた全ての人間に降り注ぐ。 ﹁何だ、こ⋮⋮﹂ 第八話 最後のプレイヤー 137 ﹂ これだよ、これ やっぱり人間のフィナーレは鮮血で飾られていないと駄 部長は地面に崩れ落ち、血液で真っ赤な水溜まりを作った。 目だね ﹁おお ! !! ﹂ 今の起きたことについて知っているのか 知ってるんなら何 !? さ﹂ ﹁まあ、待てよ。俺は可哀想なシンデレラに魔法を掛けてあげる優しい優しい魔法使い が起きたのか教えてくれ ﹁あ、あんたは誰だ 俺をその目に捉えると力道は状況の説明を求めてくる。 ﹁やあ、可哀想なシンデレラ﹂ 俺は彼の傍まで近寄って顔を覗きこむ。 らせたようだ。 旭先輩の行いが歩くサンドバックに﹃ゲーム﹄に参加するプレイヤーとして資質が宿 その目には欲望の輝きは垣間見えていた。 相撲部の部員を殺した旭先輩を見つめて、立ち竦んでいる。 めて三人しか居ない。相撲部の部員は皆肥えていたため、体型までも樽っぽかった。 人間サボテンがごろんごろんと樽のように転がっている。生きている人間は俺を含 キラキラと幼児のように喜ぶひむひむに俺はげんなりしつつ、周囲を見回した。 ! !? !? 138 ﹁は シンデレラ⋮⋮ 魔法使い⋮⋮ ? ﹂ ? 誰にも虐げられない力が﹂ ? 俺も欲しい 力が欲しい ! ﹂ !! 俺は異形に変貌する力道を見ながら、頬の端を一際大きく吊り上げた。 プレイヤーは揃い、ようやくゲームの仕度を始められる。 リッキー﹂ ﹁お め で と う。こ れ で ア ン タ も 加 虐 者 の 側 に 立 つ 権 利 を 与 え ら れ た。期 待 し て る よ、 その懇願する言葉を聞き届け、俺は力動の額にイーブルナッツを押し込んだ。 ﹁く、くれ⋮⋮ ! テムだということは一度見て、理解しているようだった。 イーブルナッツを見た後、針鼠になった旭先輩を一瞥する。これが魔物への変身アイ ﹁それ⋮⋮﹂ ﹁力が欲しくはない いた最後のイーブルナッツを取り出して見せた。 比喩的な俺の言葉に目を白黒させて混乱する力道に微笑んで、胸ポケットに入れて置 ? ﹁さあ、ゲームの説明をしようか﹂ 第八話 最後のプレイヤー 139 第九話 トラペジウム征団 ﹂ ? こうもり る。まったくもって俺たちにとってはこれ以上にない迷惑な連中だ ﹂ る少女共だ。奴らは自らを正義と称し、この力を悪と定義して始末しようとしてやが ﹁だ・がっ、俺たちからこの力を奪おうとする存在が居る。それが﹃魔法少女﹄と呼ばれ め、さては形から入るタイプの人間だな。 ひむひむは器用にも天井に逆さまでぶら下がって、コウモリに成り切っていた。奴 も言われぬ快感を味わっている。 それぞれ旭先輩、ひむひむ、力道改めリッキーだ。三人とも人の姿から解放されて絵 熊の三体の魔物。 聞き入るは黄土色の針鼠、紺碧の蝙蝠、そして││朱色の二本の角を額から生やした 滔々と語る。 とうとう 錆 び た 鉄 の よ う な 強 烈 な 鼻 に 衝 く 血 の 臭 い が 漂 う 格 技 場 で 俺 は 演 説 を す る よ う に つ はもうほとんどないから無くすなよ ムを人体に取り込んだからだ。こいつは俺の協力者からもらったもので残りストック ﹁まず俺たちが手に入れた力についてだが、これはイーブルナッツという魔法のアイテ 140 ! 両手を大きく開き、俺は預言者の如く大仰に叫んだ。 呼応するように魔物たちは低く唸る。それらしいことを言いながら、魔法少女たちへ の負の感情を煽っていく。 それらをゆっくり見回し、重々しく頷く。 ﹂ レイアデス聖団﹄という七名の魔法少女のチーム。ここいら仕切ってる大物たちらし ﹁これから俺の話す﹃ゲーム﹄はその魔法少女を狩っていくハンティングだ。標的は﹃プ い。俺たちの目的は奴らを皆殺しにして得るべき幸せを享受すること お前ら 準備はい 蛍光灯の光を浴びて黒光りする鱗の生えた腕を伸ばして、彼らに宣言するように言っ ぐっと片手を掲げて、俺も人の形を捨て去り、黒い竜へと変貌した。 ! !! 旭先輩は目を細めて独り言を呟くように吐き捨てる。 みるべきだと思う﹄ ﹃⋮⋮正義を自称する人間は、たまには虐げられている人間の痛みや苦しみを味わって ひむひむは甲高い声で笑い、羽根を広げて自信気にそう答える。 ! た。 ﹄ !? ﹃任せてよ。女の子を傷付けるのは大得意なのさ﹄ いか ﹃これより、俺たちは奴らを苦痛の底に突き落として始末する 第九話 トラペジウム征団 141 ﹃せっかく力を手に入れたんだ。手放して溜まるかよ﹄ リッキーはその爪の生えた拳を握り、もう片方の手にひらに打ち付けた。 三者三様だが、皆俺のゲームに参加してくれる気のようだ。直々に目を付けた甲斐が あったというものだ。 それじゃあ、手始めに行わなければいけないことが一つ⋮⋮。 ﹃取り合えず証拠隠滅∼﹄ 大きく開かれた口から吐き出された紅蓮の火炎が、黒く固まり始めていた血で汚され ている格技場を灼熱の楽園と変えて行く。 あっつぅ ﹄ いきなり何するのさ、あきら君 ﹄ 血生臭さは物が焼ける焦げ臭さに掻き消され、密閉された空間は炎と煙に包まれた。 ﹃うわっ !! ﹃これから毎日格技場を焼こうぜ ! !? は江戸っ子として欠かせない。 !? 鬼のような姿の巨大な熊になった癖にみみっちいことでショックを受けるリッキー。 壁に伝わる炎が奥の着替え場所まで届き、めらめらと燃え盛る。 ﹃俺の荷物と着替えまだ奥の部屋に置いてあんのに ﹄ しかし、気にしないのが俺クオリティ。こちとら静岡生まれの東京育ち、火事と喧嘩 火の粉が舞い散り、天井に居たひむひむが悲鳴混じりに文句を言う。 ? 142 こいつは意外と萌えキャラの素養があるな。 ﹃いいじゃん。リッキー嫌な記憶と共にこの際全部パーっと燃やしちまえよ、ぱーっと さあ﹄ ﹃⋮⋮というかそろそろ、僕らも出ないとまずくない 一酸化炭素も充満してるし、柱 も焼け落ちそうなんだけど⋮⋮﹄ 扉をぶち破りながら飛び出した。 皆も俺に続いて次々に飛び出してくる。 それを一旦見届けると、格技場の裏に繋がる林へと飛んで行く。 ? リッキーはその熊面を歪ませて悲しそうに言う。そのごつい顔でそういう表情を浮 ﹃ははっ、そう言うなよ、リッキー。俺たちはもう常識の向こう側に居るんだぜ ﹄ 俺はさらにもう一度炎を吐いた後、全員とも比較的に火炎を吹き付けなかった裏口の そろそろ、潮時か。 えて、炭化している。 一番処理したかった人間サボテンと化した相撲部員は誰が誰だか分からないほど燃 部分を炎に侵食されていた。 旭先輩の言う通り、煙ももうもうと立ち込めている上、格技場を支えている支柱も大 ? ﹃こんなめちゃくちゃな奴に俺は着いてきてしまったのか⋮⋮﹄ 第九話 トラペジウム征団 143 かべるとかなり面白い。加えて、サンドバックで居た時よりもずっと活き活きとしてい る。 林の中まで来ると俺たちは変身を解き、人間の姿に戻った。 火の手が上がる格技場は今も元気に燃え盛っているだろうが、校庭にも部活で残って いる生徒が居たからすぐに消防車を呼ぶはずだ。 ﹂ ? や 定されると驚くほど喜ぶ。旭先輩も例外ではなかったらしい。 典型的なイジめられっ子という人種は自分を否定され続けてきたような人間なので、肯 俺に自分の行いを肯定されたからか、目の下に隈のあるくたびれた顔に喜色が付く。 ﹁あきら君⋮⋮ありがとう﹂ せんのは酷ってもんだろ ﹁気にすんなよ、旭先輩。殺りたい時に殺るのが一番気持ちいいもんだ。それを我慢さ や 俺は彼の肩にポンと手を置く。 ﹁僕が先走ってしまったからこうなったんだよね⋮⋮ごめん、あきら君﹂ 旭先輩は俺に申し訳なさそうに頭を下げた。 他人事のようにそういう俺にひむひむは苦笑いを浮かべる。 ﹁過激だね、あきら君は。でも、そういうところが面白くて着いて来たんだけどね﹂ ﹁いや∼。よく燃えたな﹂ 144 ﹁なーに、俺と旭先輩は仲間なんだから感謝なんていらないぜ。⋮⋮うーん、そうだな、 じゃあ、先輩にも友好の証にあだ名進呈しよう﹂ ﹂ ? れているんです﹂ ﹂ ﹁おい、待て。さっきから気になってたけど何で俺もうあだ名付いてんだよ 何で浸透してるんだよ ﹂ ﹁煩い、リッキー。気が散るからちょっと黙ってろ﹂ ? するようだ。 にできるようになるとは⋮⋮。どうやらイーブルナッツの与える力とは精神にも作用 しかし、まあ、さっきまで相撲部で当然のようにイジめられていた人間が理不尽を口 が浮かんで来ない。 鬱陶しく下らないことでリッキーが文句を言って騒ぐせいで集中できず、いいあだ名 だ。 俺が煩いことを咎めるとリッキーは愕然として叫んだ。まったく、さっきから煩い奴 !? そして、 ﹁僕は氷室だからひむひむ、力道君はリッキー。それぞれあだ名をあきら君が付けてく 尋ねる旭先輩にひむひむが傍にやって来て教えた。 ﹁あだ名 ? ﹁何んだこの理不尽 第九話 トラペジウム征団 145 ﹁旭⋮⋮アサヒ⋮⋮サヒ⋮⋮。うん、旭先輩のあだ名は﹃サヒさん﹄で決まりだ。改めて これから宜しくサヒさん﹂ 俺が熟考の末にあだ名を命名してあげると、旭先輩改めサヒさんは嬉しそうに目元を 弛めた。 ﹂ ! 何か言い返そうとしたが、あまり口は立つ方ではないようで、ぐぬぬと悔しそうな表 甲高い声で某ネズミの真似をして、リッキーに答える。 ﹁ハハッ、キミのことだよ。ハハッ﹂ ﹁誰がリッキーベアだよ ﹁何が気に食わないんだよ。リッキーベア﹂ ﹁リッキーって、夢の国のネズミみたいじゃねえか⋮⋮﹂ いる。 一方、リッキーの方はまだ俺の付けたあだ名が不満なようでぶつくさと文句を言って んの方もそれが嫌ではないようで心地良さそうにしている。 誰にでも社交的な性質らしく、ひむひむはサヒさんにも気さくに話しかける。サヒさ ﹁あ、分かります。こうやって友達につけてもらうと嬉しいですよね﹂ な⋮⋮﹂ ﹁サヒ⋮⋮か。あだ名なんて嫌がらせで付けられた事しかなかったからちょっと嬉しい 146 情で堪えた。 どこまでも弄り易いなキャラをしている。なかなか楽しいがそれよりもそろそろ移 動した方がいいだろう。貴重な時間をここで潰すのはもったいない。 俺は皆を連れて、自宅へと向かった。転校初日にして遅めの帰宅だ。 流石の俺でも放課後に放火後テロタイムするとは思いもしなかったので致し方ない。 * 自宅のマンションの部屋前に付くと俺は鍵を使わずにドアノブを回す。 思った通り鍵はされていなかった。 くつろ とはいえ、俺が鍵を掛け忘れた訳でも、空き巣に入られた訳でもない。 その理由はソファに腰掛けて、テレビを見ながら寛いでいる女の子、ユウリちゃんだ。 彼女は俺たちの方へ顔を向けると、品定めをするように眼球を動かした。連れて来た ひむひむたちが使えそうか判断しているようだ。 た。 その態度に少しむっとしたのか、リッキーがひむひむとサヒさんを押し退けて前に出 ユウリちゃんは冷徹な表情で連れない台詞を吐いた。 ﹁お前らが使えなさそうならアタシは容赦なく切り捨てるつもりだけどな﹂ ﹁あの子が俺たちの協力者のユウリちゃん。魔法少女だけど味方だ﹂ 第九話 トラペジウム征団 147 何ならここで力を 力を得たせいで好戦的になっているリッキーはユウリちゃんを見て、憤慨して、言い 放つ。 ﹂ ﹁いきなり知らない相手に切り捨てるだの言われたくないんだが 見せてもいいぞ ﹄ ! 手を払うと、潰れてペシャンコになった元銃弾がゴミのように床に落ちる。 とも同時に両手で叩き潰した。 角の生えた朱色の熊に変貌したリッキーはそれを大きな手で、蚊でも潰すように二発 ﹃しゃらくさい 当然、このままならば、リッキーの身体に二発のの銃弾がめり込むのだが││。 そして、即座にリッキーに銃口を向けて引き金を引く。 拳銃を召喚する。 瞬時にユウリちゃんはカジュアルな服装から魔法少女の衣装に変身して、手に二挺の になる。 そう勘付いた俺はそっと脇に逸れた。リッキーがユウリちゃんの直線上に立つこと あ、こいつ、何か攻撃撃ってくる気だわ。 る。 ユウリちゃんは相変わらず冷めた目をしていたが、ゆっくりとソファから立ち上が ? ? 148 ユウリちゃんとリッキーは睨みあい、緊迫した空気が俺の家に流れた。 ﹄ 後でちゃんと掃除しろよ﹂ その緊迫した空気を打ち破ったのは他でもない俺だった。 ﹁リッキー。部屋汚したな ﹃いや、そう言う空気じゃなかっただろ ﹁だろ ﹄ スカウトした三人の中でも随一の萌えキャラだ﹂ あられもないことに気付くと違う意味で必死に目を逸らし始めた。 顔を上げて笑うユウリちゃんにリッキーは怒り出しそうになる。しかし、彼女の姿が ﹁ぷっ、あははは。あきら、お前の連れて来た奴はなかなか面白いな﹂ 目からは想像も付かない律儀さはもうギャグとにしか見えない。 巨体を揺らして突っ込む赤い熊さん。実にシュールで可愛い。鬼のようなその見た !? ? は﹃トラペジウム征団﹄とでもしようか﹂ ﹁俺を含め、プレイアデス聖団を狩るための四体の魔物の猟師⋮⋮そうだな。チーム名 いる。だが、地味に指先からちらちらと見ている辺り、むっつりスケベだった。 サヒさんの方はリッキーよりも女の子の露出に免疫がないようで、顔を両手で覆って ひむひむが呆れたようにリッキーの背中に手を置いてそう言った。 ﹁力道君。突っ込むだけドツボに嵌っているよ、君﹂ ! ? ﹃だ、誰が萌えキャラだ、誰が 第九話 トラペジウム征団 149 ﹁トラペジウム ﹂ それに俺ではなく、ひむひむが代わりに答えた。 俺がチーム名を決めると、ユウリちゃんは聞き返す。 ? ﹂ ? ﹁そんじゃ、本題に入ろうか。結成して早速だけどこれからプレアデス聖団の内の三人 俺は一つ咳払いをして、皆に話し始める。 さて、名前も決まったことだし、ユウリちゃんを合わせて本題に移るとしよう。 届いてしまった。 いや、本当になぜ悩んだのかと思うくらいダサいな。ふっと脳内にどこからか電波が 本当は﹃あすなろ・ホーリー・カルテット﹄と悩んだが、こちらにして正解だった。 サヒさんもリッキーも気に入ってくれたようで悪くない名前だと小さく呟いていた。 ある。それがトラペジウム星団だ。俺たちにぴったりだろ ﹁オリオン大星雲の中心部には、四重星の台形を描く、非常に若い星からなる散開星団が 俺はひむひむに首肯して後を引き継ぐ。 インテリ然とした面構えに合ったように、わりと博識なようだ。 ら命名したのか。憎いネーミングセンスだね﹂ ね。なるほどね、ギリシャ神話でプレイアデスの姉妹を追い掛け回した狩人オリオンか ﹁オ リ オ ン 大 星 雲 の 星 生 成 領 域 で 生 ま れ た 比 較 的 若 い 星 に よ る 星 団 か ら 名 付 け た ん だ 150 ﹂ が居る家に襲撃をかけようと思いまーす。反対意見のある人ー ﹁随分といきなりだな。勝算はあるのか ﹂ ? くる。 俺の話し方があまりに軽かったせいもあり、ユウリちゃんは懐疑的な視線を浴びせて ? 魔法少女ってのも案外大したことないんじゃないのか それを見て、人間の姿に戻ったリッキーが挑発する。 ﹁⋮⋮何だ、びびってんのか ﹂ ? だ。 に入れた力を使って暴れたいということもあってか、リッキーは非常に乗り気なよう さっき笑われたことを根に持ってか少しばかり意地の悪い笑みをしている。早く手 ? ﹂ ? 見、変態に見えない真性の変態が一番恐ろしいと思う。 爽やかな笑みで場を仲裁するひむひむは、血で興奮する変態野郎には見えない。一 道君もユウリさんもここはひとまず落ち着いて。ね ﹁まあまあ。ここで仲違いしても得をするのはプレアデス聖団って人たちだけだよ。力 二人の間に割って入り、宥める。 なだ ユウリちゃんの方も煽り耐性ゼロのようで剣呑な雰囲気になりかけたが、ひむひむが ﹁調子に乗るなよ。魔女モドキ風情が⋮⋮﹂ 第九話 トラペジウム征団 151 ﹁そーそー。喧嘩はよくないよー。で、ユウリちゃんは反対なの ﹂ ? ﹂ ? それはもちろんやるよ⋮⋮ ﹂ ! せた。 僕 ? それじゃ、御崎邸宅にレッツゴー﹂ ? 愛しい女の子に会いにデートに行くようなそんな気分だ。 らない。 ああ、待ち遠しい。彼女たちをどんな風に弄くろうかと考えただけでワクワクが止ま 手始めに彼女たちを傷付けて、遊ぶとしよう。 邸宅に足を運ぶ。 俺はトラペジウム征団の仲間とユウリちゃんを率いて、かずみちゃんたちの居る御崎 ﹁反対者ゼロ。じゃ、全員賛成ってことでいいな ないものだと思って発言しなかったみたいだ。内気な人間には有りがちなスタンスだ。 やる気がなかった訳でも、反論がある訳でもなく、ただ自分の意見がそれほど影響し ﹁⋮⋮え ? 彼は自分のことは聞かれるとは思っていなかったようで少しだけ狼狽した様子を見 何も言わずに黙っていたサヒさんにも賛同を求める。 ﹁なら、いいな。サヒさんはどう ﹁馬鹿言うなよ。アタシが狙っていたのはかずみなんだ。乗るに決まってるだろ﹂ 152 あすなろ市に来る前は周囲の人間を自殺に追い込んだり、事故に見せかけて殺害した 思っている無邪気で残酷な子供そのもの。 しかし、その本性は度の越えた自己中心的性格で、自分が世界の中心に居ると本気で み込み、信用させてしまう天性の人誑しの資質を持つ。 性格は快活で誰にでも気さくに話しかけ、その人懐っこい気質と楽しげな雰囲気で飲 だろう。 この物語の主人公であり、救えない邪悪。彼が居ないだけで世界は確実に平和になる 戯っぽい笑みを浮かべている。 あすなろ中学校に通う十四歳の中学二年生。野性的だが顔立ちは整っていて、常に悪 ・一樹あきら かずき ∼トラペジウム征団・キャラ紹介∼ 閑話 キャラクター紹介 閑話 キャラクター紹介 153 154 りを度々繰り返してきた。 先天的に頭が良く、加えて演技が上手いせいで誰も彼を疑うことはなかったが、あま りにも誰も気付いてくれなかったためにわざわざ両親だけ自分がクラスメイトを自殺 に追いやる映像を動画にして見せたところ、母親は精神を病み、父親はあきらを恐怖し、 彼をあすなろ市に放逐した。 このような残酷になった理由や原因は特になく、しいてあげるなら生まれ育った環境 があまりにも恵まれ過ぎていたために他者の命を弄ぶことでしか快楽を感じられなく なったことくらいである。 殺害をする理由もまちまちで、時には態度が気に食わない相手を手に掛けることもあ れば、特に意味もなく目に付いた相手を殺すことや、気に入った相手を弄くり回して命 を奪うこともある。 自分以外の人間は全て玩具として考えている節があり、基本的には本当に大した意味 もなくその場のノリで人を殺す真性のサイコパス。 一応善悪の区分や分別は理解しているが、それを自分に適応させるつもりが欠片もな いところが彼の最も恐ろしいところと言えるだろう。 イーブルナッツ あすなろ市で魔法少女の存在を知り、魔法に興味を持ち、紆余曲折を経て、その力の 一端である﹃悪意の実﹄を得た。 閑話 キャラクター紹介 155 イーブルナッツの力を使い、黒い竜の姿になることができる。 コードネームはイタリア語で竜を表す﹃ドラーゴ﹄。 ひむろゆう *** ・氷室悠︵通称・ひむひむ︶ あすなろ中学校にて、あきらが目を付けた邪悪な人間の一人。 あきらと同じクラスの保健委員で爽やかな笑顔の似合う美少年。帰化したイギリス 人の父譲りの金髪碧眼が特徴。 だが、その本性は人間の血液が噴き出る様や女性の悲鳴を嗜好品とする倒錯者。保健 委員をしているのも比較的に血を見る機会が多いからという歪んだ理由からである。 学校ではまともな﹃ふり﹄をして日常生活を送っていたが、内心では誰にも理解され ない自分の本質を隠すことを苦痛に感じていた。 あきらにそれを見抜かれ、自分の欲望を満たす機会をくれたことに心から感謝してい るため、トラペジウム征団の中で一番あきらの行動に同調している。 家族構成は母親と双子の妹のみで、父親は既に他界している。 歪んだ理由は彼の容姿が亡くなった父親に非常に似ていたために、夫の死を受け入れ 156 ず心を病んだ母親に虐待じみた可愛がりを受けていたことが原因。 母親の異常な愛情がストレスとなり、双子の妹に暴力を振るうことで平静を保ってい た。 その過程で﹃真実の愛﹄とは即ち、可愛がることではなく、 ﹃傷付けること﹄と定義し、 その際に出る流血こそが愛の証だという狂気の哲学に辿り着いてしまった。 プレイヤー ちなみに母親と妹は彼の﹃真実の愛﹄という名の拷問に掛けられて廃人化している。 あきらからイーブルナッツをもらい、彼と同じくプレイアデス聖団を狩る狩 人にな り、魔法少女を苦しめることにゲームに参加した。 イーブルナッツにより、藍色の巨大な蝙蝠の姿になることができる。 コードネームはイタリア語で吸血蝙蝠を表す﹃ヴァンピーロ﹄。 あさひ *** ・ 旭たいち︵通称・サヒさん︶ 不気味で不健康そうな顔色の中学生三年生。あきらたちより一歳年上でトラペジウ ム征団の中で一番年長者にあたる。 身体の弱さと覇気のなさから学校では一年の頃からイジメグループの標的にされ、家 閑話 キャラクター紹介 157 でも酒癖の悪い父親に暴力を受けており、教師や親戚に訴えても相手にされなかったの で改善を諦めて閉鎖的で無気力になった。 だが、あきらがイジメグループをあっさりと殺害したおかげで自分の身の回りにあっ た理不尽は暴力で踏み躙れるということを知り、トラペジウム征団の一味になった。 友人が一人も居なかったせいで閉鎖的な性格をしているが、自分に新たな世界を教え てくれたあきらには感謝と敬意を持っている。 今まで何もできずに我慢している多かったので、相撲部を皆殺しにするなど衝動的に 行動してしまうところがある。いつ暴発するか分からないという意味ではトラペジウ ム征団の中で一番危険な人物と言える。 また、力道鬼太郎には自分と同じよう虐げられてきた経験から親近感を覚えている。 力を持った魔法少女を一方的に悪と決め付けて命を奪うが、結局はそれは強い人間へ の僻みや、弱かった自分の劣等感から来るものだと本人は気付いていない。 あきらからイーブルナッツをもらい、その力で黄土色の巨大な針鼠の姿になることが できる。 コードネームはイタリア語で針鼠を表す﹃ポルコスピーノ﹄。 *** 158 りきどうおにたろう ・力道鬼太郎 元・あすなろ中学校相撲部の二年生。 身体は運動部所属としてはかなり細いが、氷室悠や旭たいちなどの比べれば十分筋肉 がある体格をしている。 相撲部屋の生まれで、強くなるように鬼太郎という名前をつけられたが、生まれた時 から体が弱く、小さい頃から、名前負けした奴としていじめられていた。 中学に上がってからは、相撲部に入部し強くなるために努力を重ねてきたが、成果は 出ずに周りからも都合の良い、サンドバックとして扱われた。 物心付いてからはずっと劣等感に悩まされ、心を殺して物の様に扱われることに慣れ ていたが、あきらたちとの出会いにより、徐々に活動的な人間になっていった。 トラペジウム征団の中で誰よりも﹃力﹄に固執しており、あきらから力をもらってか らは率先して暴れまわるようになった。 あきらには時々、からかわれていたりするが実は意外とそれが悪くないと感じてい る。 笑いものか、かませ犬としてしか他人に見てもらえなかったため、何だかんだで自分 を認めてくれているあきらには友情を持っている。 閑話 キャラクター紹介 159 あきらからもらったイーブルナッツにより、朱色の二本の角の生えた熊の姿になるこ とができる。 コードネームはイタリア語で熊を表す﹃オルソ﹄。 第十話 最高のスパイス 日が落ちて数刻、街灯が点き始めた夜の街を見下ろして俺は風を全身で浴びていた。 実に清々しい気分だ。溜めていた精液を盛大にオナニーしながら、人通りのある通行 路へぶち撒けたような爽快感がある。 実際に試したことはないが、きっとそれと同じぐらい気持ちいいはずだ、多分。 黒い竜の姿になった俺は翼をはためかせて、かずみちゃんたちが三人で暮らしている 目的地の御崎邸の上空へとやって来ていた。背中にはユウリちゃんとサヒさんが乗っ ている。 傍には紺碧の蝙蝠になったひむひむが後ろ脚でリッキーを掴んで俺と同じように飛 んでいた。 余談だが、俺が格技場ごと着替えの制服を燃やしてしまったせいで、リッキーは今ま でマワシだけしか身に着けていなかった。とんだ変態露出野郎である。 サヒさん、いや⋮⋮ポルコスピーノ﹄ 今は俺の服を貸してあげているので、ようやく露出狂の汚名を返上できていた。 ﹃準備はいいですか これから魔物態になった時は、かずみちゃんたちの前で本名で呼び合う訳にもいかな ? 160 くなるからトラペジウム征団の皆にはコードネームを付けてもらっていた。 サヒさんはイタリア語で針鼠という意味の﹃ポルコスピーノ﹄。 ひむひむは吸血蝙蝠という意味の﹃ヴァンピーロ﹄。 リッキーは熊という意味の﹃オルソ﹄。 そして、俺が竜という意味の﹃ドラーゴ﹄。 何でイタリア語なのかと問われれば、カオルちゃんと海香ちゃんが技名をイタリア語 で付けていたのでそれに合わせてみた。まあ、あえて言うなら彼女たちに対する皮肉み たいなものだ。 ﹁うん、いいよ。ちょっと怖いけど⋮⋮ワクワクするね。あき⋮⋮じゃなかった、ドラー ゴ﹂ 首だけ曲げた俺の横目には不健康そうな顔には生気に満ちた笑顔が見えた。 サヒさんは今から行う襲撃に対して興奮しているようだ。結構結構。真っ当に人と しての道を踏み外してくれているようで俺としては大変嬉しい。 俺の背からぴょんと飛び降りて、真下にある御崎邸へと急速に落下していく。 風圧に身を委ね、身体を大の字に広げたサヒさんは急降下しながら黄土色の針鼠の魔 物へと変化していった。 ﹃ヴァンピーロ、そろそろ⋮⋮﹄ 第十話 最高のスパイス 161 とコミュニケーションを取るべきだったな。 豪邸なんぞに住んでいるからこういう目に合うのだ。三人とも、もっと地域の人たち が、御崎邸は住宅街から離れた位置にあるため、隣接する民家はない。 もしも周りに隣家があるならば、巨大な物体が落下した時点で警察に通報が通るのだ いた。 サヒさんが落下する直前に放った超音波はその衝撃音を完全にシャットアウトして もの。 蝙蝠になった彼が発する超音波は一時的に音を消すことができるのだと言う便利な これはひむひむのおかげだ。 しかし、その際に聞こえるはずの轟音はまったくと言っていいほど聞こえなかった。 ありありと見えた。 屋根をぶち破った穴からは屋根の破片と共に凶悪な剣山の球体が突入していくのが まま位置エネルギーをその身に宿し、真下に広がる豪邸の屋根に大きな風穴を開けた。 無音の中、サヒさんは空中でくるりと身体を丸めて棘だらけの球体へとなると、その 周囲から一切の音が消失した。 俺の合図の声に合わせてひむひむは顎を大きく開いて、喉を振るわせる。その瞬間、 ﹃任せて、ドラーゴ君。│││││││││││││││。﹄ 162 御崎邸では音もなく、屋根を破壊してきた針鼠の襲来にてんやわんやしていることだ ろう。ようやく聞こえ始めてきた声に耳を済ませてそう言った。 ﹄ サヒさんが無事、突入し終えたのを見ていると、ひむひむに肩を掴んでもらっている リッキーが不敵な表情で言った。 変態マワシ男、もとい、リッキーはひむひむにそう頼む。 ﹁それじゃ、次は俺だな。ヴァンピーロ頼むぞ﹂ それを受けて、ひむひむはこくりと頷いた。 ﹂ 当たり前だろッ ﹂ ﹃分かった。ちょうどポルコスピーノさんの真上に落とせばいいんだね ﹄ ﹁俺が串刺しになるだろ ﹃駄目なのかい ? 朱色の熊に変貌して、サヒさんが落ちた地点より少しずれて、屋根を突き破る。その て行った。 ひむひむは掴んでいたリッキーを離すと、サヒさんと同じように重力に従って落下し ひむひむもリッキーの弄り方が分かってきたようだ。あとで花丸をあげよう。 るユウリちゃんが早くしろと冷めた目で睨んでいたため、茶番を終了させた。 ボケとツッコミの応酬を繰り広げていたひむひむとリッキーだったが、俺の背中に居 ! !? !? !? ﹁何驚いてんだよ、お前 第十話 最高のスパイス 163 際にひむひむの発した超音波でまた周囲が無音になった。 音が回復すると俺はユウリちゃんを背に乗せたまま、ひむひむと一緒に下へとゆっく りと降りて行く。 かずみちゃんの部屋に向かったのだろう。騒ぎに乗じてまた攫っていくつもりらし 方から家の中へと侵入して行った。 納得はできていないが仕方ないといった風に俺の背から降りたユウリちゃんは窓の 団社交性ある組の俺らは愛想笑いを浮かべた。 信用できないと言わんばかりのじっとりした目を向けられながらも、トラペジウム征 ﹃うんうん。ボクたちだって理性のない獣じゃないんだから。ねー、ドラーゴ君﹄ ﹃分かってるよ、そんくらい。なー、ヴァンピーロ﹄ いよ﹂ ﹁言っとくけど、かずみはアタシの獲物だからね。⋮⋮邪魔したらお前らでも容赦しな ように溜め息を吐いた後、低い声でユウリちゃんが言った。 にやにやと牙を剥き出して笑う俺と、気色の悪い舌なめずりをするひむひむに呆れた よ﹄ ﹃乙女の血をこの目で見られると思うと⋮⋮ボクもう想像しただけで果てちゃいそうだ ﹃さーて、それじゃ、俺らも楽しむとしますか﹄ 164 い。どんだけあの子に執着しているのやら。 まあ、そんなことは置いておいて、俺らは俺らで楽しむとしますかね。 俺はサヒさんが空けた穴から、ひむひむはリッキーが空けた穴からそれぞれ中へと 入って行った。 穴は双方ともに二階はもちろん、一階の床にまで続いていて、滅茶苦茶になったリビ ングがその無残な様を見せていた。 そこでは魔法少女になった海香ちゃんがサヒさんと、カオルちゃんがリッキーと対峙 していた。 魔女が二体も⋮⋮私たちを狙って来たっていうの ﹂ ちょうど海香ちゃんとカオルちゃんは背中合わせに二人、いや二体に挟まれている。 ﹁どういう事 !? !? ここは私に任せてかずみの方に行って ﹂ ﹁しかもこの前に取り逃した奴でもかずみを殺そうとした女刑事さんでもない⋮⋮はっ 海香 ! !! 友達を安否を確認するために一人で敵を迎え撃つ。何と熱い展開。胸が沸き立つぅ 分に任せて先に行け﹄を言っていた。 カオルちゃんは海香ちゃんに中高生なら人生で一度は言いたくなる台詞、﹃ここは自 !? ! ﹁でも、それじゃカオルが⋮⋮﹂ 第十話 最高のスパイス 165 ﹂ ﹄ カオルちゃんを気遣う海香ちゃんに、彼女はウインクを一つした。 ﹃仲間外れは悲しいからね﹄ ﹃浸ってるところ悪いんだけど、俺らも混ぜてくんない なぜなら、敵は二体ではなく、四体に増えるから。 痺れる台詞だ。実に格好がいい。だが、無意味だ。 ﹁心配しないでよ。私が頑丈なの知ってるでしょ ? ﹁なっ、魔女が四体に ﹂ お姫様の元に向かうにはいつだって魔物を倒 ﹁これじゃ、かずみのところに行けない⋮⋮ ﹄ ﹃俺たちを倒してから行けばいいだろ さないといけないもんだぜ ! ! ? ﹂ ! 俺に向かって飛びかかって来るかと思いきや、海香ちゃんに声を掛けた。 ﹁ああ、そう。じゃあ、遠慮なく⋮⋮海香 怒りのこもった笑みを浮かべて俺の方を獰猛な視線を投げ掛ける。 た。 からかい混じりの口調でそう言うと、好戦的なカオルちゃんはそれに乗って来てくれ ? ﹂ そして、すぐに四方から囲むように陣形を組み、二人を逃がさないように構えた。 ド ラ マ チ ッ ク な や り 取 り を し て い る 二 人 の 前 に 俺 と ひ む ひ む は ぬ ら り と 姿 を 現 す。 ? 166 海香ちゃんは手に持っていた分厚い魔導書のような本を開いて掲げる。 そうすると、カオルちゃんの頭上に万年筆を数本円を描くように並べたような模様の 魔法陣が浮き上がった。 ﹄ 前に見た魔法とは違うようで俺は警戒しながら、サヒさんに号令を飛ばす。 奴の動きを止めろ ! ﹂ 跳んで魔法陣を潜り抜けたカオルちゃんは││。 ﹁ロッソ⋮⋮﹂ 放たれる。しかし、それも間に合わない。 声に合わせてすぐさま、大針がカオルちゃんを串刺しにしようとサヒさんの背中から ﹃ポルコスピーノ ! !! ひる 針で覆われている針鼠のサヒさんは身体ではなく、顔面を蹴り付けられて怯んでい しただけで済んだがかなりモロに食らったようだ。 体重の軽いひむひむは吹き飛ばされて壁に激突する。リッキーの方は身体を仰け反ら 事実、ひむひむとリッキー、避けることもできずに腹部に直撃した。この中では一番 見事なフォームでなおかつキレのある蹴りだ。 またもイタリア語と共にそれぞれ四方に別れて俺たちに飛び蹴りを放つ。流線型の ││何と四人に分身した。 ﹁ファンタズマッ 第十話 最高のスパイス 167 る。 俺はと言うと、即座に尻尾を俺の方に飛んでくるカオルちゃんの足に巻きつけて地面 に叩き付けた。その際に表情を僅かに歪めたことから、このカオルちゃんが本体だと気 付いた。 当たりか。きっと俺の日頃の行いがいいからだろう。 その隙に海香ちゃんがひむひむが抜けたところから、するりと抜け出す。上手い連携 だ。ちゃんとカオルちゃんとの意思疎通が取れている。 だが、まだ甘い。 ﹂ 海香、避けて ﹂ 俺は尻尾で絡め取ったカオルちゃんを離脱しようとする海香ちゃんに投げ付ける。 ﹁ ﹁え !? !! 小さく海香ちゃんの声が聞こえた。 ﹁くッ⋮⋮﹂ 体勢を立て直す前の二人に向かって、火炎の息吹を吹き付ける。 駄目だねぇ。お友達なんだからちゃんと受け止めてあげないと。 り床を転がる海香ちゃん。 脇目を振らずに走り出したせいでとっさの判断が追い着かず、カオルちゃんとぶつか !? 168 炎を吐きながら、横目でカオルちゃんの分身がどうなった確認する。 リッキーはその強靭な両腕で分身の一人を握り潰している。 ﹄ 上手にこんがり焼けているのか確かめる。 皆、それぞれ分身を倒して消滅させると、俺は炎を吐くのを止め、魔法少女の二人が いる。だが、分身は血液を流してくれないので不満そうに顔を顰めていた。 しか 吹き飛ばされたひむひむは無事復帰して自分を蹴り飛ばした分身の肩に噛み付いて 注いでいる。 サヒさんの方も無言ながら、静かにキレているようで床に倒れ込んだ分身に針を降り ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ 優しい森のクマさんに戻ってほしいところだ。 腹を蹴られたのがよほど頭に来たようで目を見開いて強暴な顔を見せていた。元の ﹃こんの、クソ女がぁ !! 丸焦げになる前に海香ちゃんが炎を防ぐ魔法を使ったらしい。 彼女の後ろにはカオルちゃんが肩膝を突いて座っていた。 見えた。その右手には魔導書が掲げられている。 火炎が収まるとそこには周囲を光のバリアのようなもので覆っている海香ちゃんが ﹁はあはあ⋮⋮﹂ 第十話 最高のスパイス 169 ﹃やるじゃない﹄ それでこそ、殺し甲斐があるというもの。これで燃え尽きてたらそれこそ興醒めだ。 にんまりと笑う俺の脇にひむひむたちが立つ。 ! ﹄ ! 身体を捻って空中で体勢を変え、壁を蹴ってカオルちゃんは逆にリッキーの元へと跳 ﹁うるさい。この熊公め﹂ ﹃さっきの蹴りは痛かったぞ、この女 アマ 遅れたカオルちゃんの頭を掴み、壁際に投げ飛ばす。 こうまであっさりとバリアを突破されるとは思っていなかったようで、瞬時の反応が ちゃんは悲鳴を上げた。 リッキーがその大きな腕を振るい、張られたバリアをガラス細工のように砕くと海香 頷くや否や、各々が目の前の獲物に飛びかかる。 色の髪の魔法少女は俺とポルコスピーノが担当ってことで﹄ ﹃分かった。じゃあ、あのオレンジ髪の魔法少女はオルソとヴァンピーロが、あっちの紺 本当は俺が可愛がってあげたかったのだが、ここは素直に譲ってあげるのが大人だ。 怒気を隠さずに俺に頼むリッキーに俺は少し考えた後、許可を出した。 やる⋮⋮﹄ ﹃ドラーゴ。ここは俺にやらせてくれよ あのオレンジ髪の女、サンドバックにして 170 ね返ってくる。 飛んで火に入る夏の虫とばかりに拳を弓のように引き絞るリッキーだったが、それを ﹂ 予想しないほど魔法少女は甘くはなかった。 ﹁カピターノ・ポテンザ リッキーの方だった。 ﹃ぐおおお⋮⋮俺の爪がぁ ﹄ ダメージがより大きかったのは⋮⋮。 た。 リッキーの拳に付いた頑強なカギ爪と鋼のグローブが衝突して、鈍い衝撃音が響い させる。 両腕をクロスさせるようにリッキーへ向けるとその腕を肘から鋼のグローブに変化 ! が強すぎたせいか、背中が壁にめり込んでいる。 しかし、カオルちゃんの方も全力の拳を受けて、今度こそ壁に叩き付けられた。勢い んの方が上だったようだ。 カギ爪がへし折れて、黒い体液をだらだらと流している。硬度の高さならカオルちゃ !! 床に膝を突いて咳き込んだ後、何ごともなかったかのように立ち上がり、挑発的に ﹁がふっ⋮⋮﹂ 第十話 最高のスパイス 171 リッキーを睨み付けて、鼻で笑った。 ﹂ ! ﹄ ! ﹂ !! かぐわ お友達の大ピンチに駆け寄ろうとする海香ちゃんの行く手を俺とサヒさんが阻む。 ﹁カオル 明日を背負っていくと思うと未来はお先真っ暗だ。 クラスメイトの血を啜って興奮する変態男子中学生とは業が深い。こいつが日本の ながら実にご満悦の様子だった。 血液を吸い出しながら、器用にも喋るひむひむ。ちゅぱちゅぱと微妙に汚い音を立て いたものは ﹃う∼ん。乙女の血はやはり美しく⋮⋮そして何より芳しい。これだよ、ボクが求めて て牙は陶器のように白い肌から赤い血を流させる。 絡み付くように抱き突いて、首筋にその長い牙を突き立てる。深々と皮膚を突き破っ ﹃ボクをお忘れかな、お嬢さん﹄ ﹁なっ⋮⋮ たひむひむが致命的に油断したその背中へと飛びか掛かった。 リッキーがカオルちゃんを投げ飛ばすのと同時に天井に張り付いて、機会を窺 ってい うかが だが、カオルちゃんは一つ失念している。相手はリッキーだけだはないことを。 ﹁力自慢のわりにはそこまで大した事ないんだね、あんた﹂ 172 ﹃おっと、お嬢ちゃんの相手は俺たちだ。無視しちゃ嫌だぜ ﹁今度は押し潰す気 ﹄ ⋮⋮お生憎様、私だって後方支援しかできない訳じゃないのよ﹂ あいにくさま となり、まっすぐに転がって行く。 サヒさんは針を飛ばすことだけでは倒せないと悟り、今度は身体を丸めて、針の大玉 戦意は衰えていないようで安心した。 歯噛みしつつも、海香ちゃんは魔導書を開いて応戦しようとする。流石は魔法少女、 ? しかし、それは悪手だ。素直に避けるか、またはその槍で往なせばよかったものを。 転がる剣山の塊を受け止める。 海香ちゃんは攻撃方法が変わったことに戸惑うが、すぐに魔導書を槍状に変化させ、 ? アクーレオ・フィナーレ 彼女たち風に言うのなら、差し詰め﹃最 後 の 針﹄とでも言ったところか。 ていった。 苦痛の針の弾丸は修道服に似た海香ちゃんの衣装を抉り、その下の肉すらも削り取っ サヒさんは超近距離で大針の一斉射撃を撃ち出す。 ころうとしているのか察して、急激に青ざめ、離脱を試みるがもう致命的に遅すぎた。 俺の合図に従い、丸めた背中に生やした針を全て前方に向けた。海香ちゃんは何が起 ﹃ポルコスピーノ、⋮⋮フィナーレだ﹄ 第十話 最高のスパイス 173 ﹁あっっぐうっ⋮⋮ ﹃うりゃ ﹄ ﹂ 俺はあまりにもそれが可哀想なので⋮⋮。 た。 海香ちゃんの左目には深々と針が突き刺さっていて、非常に痛ましい様を露呈してい 掛けていた眼鏡が砕けて、床にぽとりと落ちた。 !! ﹂ !! ﹄ ! ! 品にいかないと。 ﹁海香からその汚い足を退けろぉぉ ﹂ 女の子がそんなにはしたない声を出してはいけません。レディたるもの悲鳴もお上 比較的針の刺さっていない頭を踏みつけて黙らせる。 ﹃喧しい 何という悪循環。これぞ、悪循環の理。 その度に身体に突き刺さった針がさらに深く皮膚へ沈んでいく。 る。 今まで聞いたことのない濁った声で叫びをあげて、自身の血で汚れた床を転げて悶え ﹁あ゛あ゛││ カギ爪を突っ込んで、もう片方の目も抉り取ってあげた。 ! 174 カオルちゃんが怒り狂って、背中に貼り付いたひむひむに肘鉄を食らわせてこちらに 駆けて来る。顔に見事に肘が入り、牙を折られてぐらりと身体を揺らす。その顔には いないようだ。 ﹁これはこれで﹂というマゾヒズムが見え隠れしていて、実はあまりダメージにはなって お前ぇ ﹄ しかし、怒りに燃える彼女の脇腹を長く伸びた二本の何かが刺し貫いた。 ﹃何、シカトしてんだよ !! ﹁クソっ、お前に構って││られないんだよ そこがリッキーの最大のミスだった。 ばし唖然とする。 ﹂ いくら魔法少女とはいえ、女の子の握力で握り潰されると思わなかったリッキーはし の力で握られた角はミシミシと音を立て、握り潰された。 脇腹を貫いている角を掴み、カオルちゃんは力を込めて握り締める。手が震えるほど ! 臓までも届いていた。 それはリッキーの額から伸びた二本の角だった。脇腹に刺さったそれは明らかに内 ! ﹄ 意識の間隙を突かれたリッキーにカオルちゃんの渾身の蹴りが炸裂する。 !? その巨体をくの字に曲げ、壁を壊しながら後ろへと倒れ込む。 ﹃うごぉぉ 第十話 最高のスパイス 175 でかい図体して情けないと言いたいところだが、俺もカオルちゃんの頑張りにはびっ くりしたので彼のことをとやかくは言えない。 ﹄ 俺は動かなくなった海香ちゃんをもう一度踏み付けてから、それをサヒさんに任せ て、カオルちゃんの方へ飛びかかる。 ﹂ ﹃いいねぇ、お友達の危機に友情パワーでも目覚めちまったのかなぁ ﹁お前ぇ 締める。 ﹁あっづ 離せぇ ﹂ ! 自分からプレゼントしておいて離せとは酷い話だ。俺はもらったものは大抵壊して !! 歯の幾本かは欠けてしまったが、しっかりと挟み込んだ下顎と上顎で彼女の足を噛み ﹃良い蹴りだわ、本当に﹄ 衝撃と共に口内へと押し入り、激痛を味わいながら、文字通り蹴りを食らわせられた。 俺はそれを大口を開けて待ち構える。 予測できた攻撃に脅威はない。 せんワンパターンだ。 タイミング、角度、スピード、技のキレ、何を取っても今まで最高の蹴りだが、如何 地面を踏み切って加速したカオルちゃんは俺にも飛び蹴りをかまそうとする。 !! !? 176 第十話 最高のスパイス 177 返すと決めている。今回もそのスタンスを通させてもらう。 引き抜こうとするカオルちゃんの足を骨ごとチョコスティックのように食いちぎる。 形容できない悲鳴をあげて床へ落ちたカオルちゃんの右足は、膝から下が歯型と共に 消失していた。 涙 を こ ぼ す 彼 女 の 顔 に は 痛 み 以 上 に 絶 望 の 色 が 濃 く 出 て い る。も う 大 好 き な サ ッ カーができなくなってしまったからだ。 小説家の海香ちゃんは目玉を失い、サッカー少女のカオルちゃんは利き足を失う。 なんて可哀想な二人なんだ。 哀れ極まりない。 こんな救いのないことがあっていいのか。 俺は彼女たちに同情の目を向けて、口の中のお肉を噛み締める。 いやー、本当に悲鳴と苦痛の嘆きは最高のスパイスだぜ。 俺はエースストライカー。そんでお前、ボールな﹄ 第十一話 キャプテンあきら ﹃サッカーしようぜ ﹂ !! 次第にカオルちゃんは陸に上げられて放置された魚のようにぐったりと生気がなく 蹴って、また蹴って、飽きるまで蹴り続けた。 それはもう、小学校の帰り道で小石を蹴って家まで戻る遊びのように蹴って、蹴って、 なので、俺はここぞとばかりにカオルちゃんを蹴た繰り回す。 える。 い様子だ。精神的にも肉体的にも大きな傷を負ってしまい、魔法に集中ができないと見 身体を硬化させる魔法を持っていたはずだが、大事な利き足がもげてすぐには使えな キスをした。 血の混じったゲロを吐き出しながら、惨めに弾んで歪な放物線を描き、床に情熱的な ﹁っがぅ⋮⋮ の柔らかい肌で受け止めた。 を膝下から食いちぎられた彼女は移動することもできず、竜になっている俺の爪先をそ 壁の破片が散らばる床の上に転がるカオルちゃんのお腹に俺は蹴りを入れる。右足 ! 178 なっていく。 駄目だなぁ。新鮮さが売りだろ、魔法少女は。ピッチピチだから、大きいお友達は下 半身をスタンダップさせて踊るんだよ。まったくもって、なってない。 光がなくなりかけた目を見ながら、蹴り続ける俺は気分が萎えてくるのを感じた。 これでは面白みに欠けるので、一旦、足を止めて、大好きなお友達の元へ放ってあげ る。 地面に倒れ伏して十秒くらいは意識が朦朧していたカオルちゃんだったが、ようやく 目の前で寝ている大針でズタボロにされた海香ちゃんだと気が付くと守るように顔を ﹂ ? 抱きしめた。 ﹂ ? らない意味が。 いや、意味はあるのか。こんなに私頑張ってますよアピールというクソの足しにもな 出すたびに苦しげな吐息を漏らしているので無意味だった。 カオルちゃん。しかし、俺に蹴られていたせいでうまく喋ることができず、言葉を吐き 目玉が両方とも潰れた海香ちゃんに自分の心配はさせまいと健気に振舞おうとする ﹁私は、頑丈だけ、が取り得だか、ら⋮⋮﹂ ﹁カオルの、方⋮⋮は ﹁う、みか、大丈夫、か⋮⋮ 第十一話 キャプテンあきら 179 ﹃いいね。血に塗れてお互いを気遣うその姿⋮⋮ふつくしい。実に芸術的だよ﹄ 肘鉄を食らい、押し退けられたひむひむが羽根を動かしてこちらへと飛んで来た。そ の後ろからは重たげな足取りでリッキーも続いている。 二人とも俺がカオルちゃんサッカーを楽しんでいる間にやっと再起したみたいだ。 お腹を押さえて痛そうに顔を歪めるリッキーはかなり情けなく目に映る。半ばから ﹃クッソ⋮⋮。思いっきり蹴りやがって﹄ ぽっきりと折られた角がその惨めさにさらに拍車を掛けていた。 ひむひむ組は頼りにならないな。俺とサヒさんはきっちり海香ちゃんを戦闘不能に 追い込んだというのにこの子たちと来たら。 皆の衆﹄ 何が﹁ふつくしい﹂だ、ボケが。自分の任された相手くらいしっかり潰せと言いたい。 ﹃さてと、じゃあ⋮⋮どう料理しますかね リッキーもサヒさんも自分が得意の料理方法を提示してくる。気持ちは分かるが、そ ﹃僕は串に刺すのが⋮⋮﹄ ﹃俺はミンチがいいと思う﹄ こいつは取り合えず、生きた状態で血飛沫を見たいだけだと改めて確認できた。 ひむひむが皮膜の付いた手を上げて、ぴょんぴょんと跳ねる。 ﹃はい、ドラーゴ先生。ボク、生け作りが良いと思います﹄ ? 180 れだとありきたりでつまらない。 彼女たちが一番精神的にクル方法はないものか⋮⋮。 そう思考を働かせると俺の脳中で天使が囁いた。 ││あきら君あきら君、彼女たちはお互いを大切に思い合ってるんだよ。 知ってるよ。そんなことは百も承知だ。今更それがどうしたって言うんだよ。 ││だったら、二人とももっとくっ付けてあげないと可哀想だよ。 くっ付ける⋮⋮ し付けた。 カオルちゃんの腕をむんずと掴み上げ、言葉も発させずに海香ちゃんへと思い切り押 俺はにんまりとほくそ笑むと、即座にそれを実行に移す。 そして、天使の言葉の意味に気が付いた。 天使の囁きの意味が分からず、海香ちゃんとカオルちゃんを眺める。 ? き刺さった。そのせいで海香ちゃんの針もまた彼女の皮膚に深く埋まる。 海香ちゃんの白い衣装から生えた針がカオルちゃんのオレンジと白の衣装にまで突 覆い被さる。 即ち、身体中にサヒさんの大針を受けたサボテン状態の海香ちゃんにカオルちゃんが ﹁⋮⋮あ⋮⋮﹂ 第十一話 キャプテンあきら 181 そして、その上でカオルちゃんの背中に足を乗せる。 二人の顔が同時に歪む。 ﹁いっ⋮⋮﹂ 大好きなお友達同士で抱き合うなんて幸せもんだね、カオルちゃん、海香ちゃん。 焼けちゃうぜ、お二人さん。 しかし、これではまだ足りない。一工夫が必要だ。 ﹄ 故に俺はカオルちゃんに踏み付けて、耳元に顔を聞こえるように近付けて言う。 ﹃なあ、オレンジちゃん。そのままじゃ、アンタの身体にも針が刺さっちまうぜ ﹁な、にを⋮⋮﹂ る。 ! まあ、この程度のことで裏切るほど脆弱な関係性ではないことはさっきのやり取りを カオルちゃんは俺に殺意を籠めた眼光を向ける。 ﹁ふざ、けんなっ ﹂ ないことだ。自分の身を守るためには時には友を犠牲にしなければならないこともあ 代わりに下の海香ちゃんの身体により針が深く沈み込むことになるが、それは仕方の うすりゃ、針は刺さらない。ま、お友達の子はもっと苦しむことになるけどな﹄ ﹃でも、アンタには身体の一部を鋼に変える魔法があっただろ。あれを使えばいい。そ ? 182 見れば分かる。 なので、俺は足を退け、漬物石を召喚した。 きゃしゃ この中で最も体重の重いリッキーをカオルちゃんの上に乗せることで二人を一層密 ﹃オルソ、さっきの雪辱を晴らさせてやる。こいつらを踏め﹄ 着させてやろうという俺の粋な計らいである。 ﹃はっ、なるほど。いいぜ﹄ リッキーも俺の優しい心遣いが理解できたようでその巨体をカオルちゃんの華奢な 身体の上に両足で飛び乗った。 これでカオルちゃんにはどんなに軽く見積もっても彼女の六、七倍はある大熊が全体 重を乗せて圧し掛かる。さらに下に居る針のムシロとなった海香ちゃんとさらに密着 し、ずぶずぶと針がカオルちゃんにも突き刺さる。 めりめりと軋む音が聞こえてくるが、果たしてそれは床の音だけなのか。 調子に乗ったリッキーはカオルちゃんの背中で足踏みする。 カ、カピターノ・ポテンザ⋮⋮﹂ !! つん這いになる。だが、右足は膝下がなくなっているため、床に接した切り口からは出 カオルちゃんは魔法で背面を全て鋼に変えて、真下に居る海香ちゃんを庇うように四 ﹁うっず⋮⋮ ﹃ははは。いい気分だぜ。さっきはよくも蹴りをくれたな、おい﹄ 第十一話 キャプテンあきら 183 血量が急激に増えた。 ひむひむは興奮して彼女の足元に行き、滲み出た血液を長い舌でぺろぺろと舐め取り 始めた。俺以上のマイペースさにちょっと尊敬の念を抱きそうになる。 しかし、背中を鋼にしてとしてもそれでリッキーの重量に耐えることは不可能だ。質 量の差があまりにも違い過ぎている。 現に少しずつカオルちゃんの身体は少しずつ、沈み込んでいる。せめて、全身を鋼に 変えれば針による傷は防げるだろうが、それをすれば海香ちゃんの針はさらに肉の中に 潜り込んで行く。 死への時間をほんの僅かに先延ばしにするしかない行動しか取れない。それは苦痛 を味わう時間を延長しているのと同意だった。 しばらく二人の無意味な頑張りを見て、心を癒していた俺だったが、流石にそろそろ 飽きが来てしまった。 遊びは終わりにして、二人とも殺すかなんて考え始めていた時、少し離れた場所の天 井が崩れて何かが落ちて来た。 落ちて来たのはユウリちゃんだった。大きな魔女のような帽子が取れないように片 手で押さえつけている。 ﹁お前ら、まだ遊んでいたのか。こっちはもう終わったぞ﹂ 184 ユウリちゃんは俺たちを見付けるとそう言って、片手に持ったものを見せ付ける。 そこにはかずみちゃんが捕まえられていた。その髪は前に見た時と違い、ショート カットになっている。やはり髪を切っていたようだ。 気絶しているのか微動だせずに頭を掴まれてうな垂れている。 リッキーにそう命令すると不満そうな顔で俺に反対する。 ﹃じゃ、そろそろ撤収しますかね。オルソ、退いてやれ﹄ ﹃だがよ、まだこいつ死んでないぞ﹄ 伝えられないだろ ﹄ 伝言役として生かせって言ってんの。オルソだって、他の魔法少 ﹃殺しちまったら、他のプレイアデス聖団にその黒髪の魔法少女が連れ去られたことを 女の首を捻じ切りたいだろ て呟く。 ようやく、言葉通り重荷から解放されたカオルちゃんは虚ろな目でかずみちゃんを見 降りた。 少々不服そうにしていたが、力をあげた俺に義理を感じてか渋々とカオルちゃんから ? ? としているのに立ち上がることさえできない己を恥じているように見えた。 自分の無力感からその瞳からは涙が滲んでいる。目の前の大切な友達が攫われよう ﹁か、ずみ⋮⋮﹂ 第十一話 キャプテンあきら 185 そして、そんな彼女の後ろで床に染みた血液をまだ舐め続けているひむひむ。奴の辞 書に﹃自重﹄という二文字は載っていないようだ。俺もないけど。 んも縛られて乗せられていた。 と発光する巨大な牡牛に乗って飛んでいた。その牡牛の背中には気絶したかずみちゃ 先に飛んで行ったユウリちゃんはどうしているのだろうと目を配ると、赤い薄っすら 掴んで飛んでいた。 ひむひむも針だらけのサヒさんを持つのに四苦八苦しながらも、最終的に前足だけを そのまま空を飛んだ。 魔物状態のリッキーは非常に重かったが、人間の姿を見られるのは避けたかったので ら飛び去っていく。 俺はリッキーの肩を掴んで、ひむひむはサヒさんを回収して、それぞれが空けた穴か お間違えのないように﹄ ﹃提供は俺たち、魔物の集団﹃トラペジウム征団﹄でーす。魔女じゃなくて魔物ですよー。 りどこかへ消えて行った。 そう言って、嘲笑をカオルちゃんと海香ちゃんに向けると落ちて来た穴へと舞い上が ろドームへ来いってな。このユウリ様がお前らにいいものを見せてやる﹂ ﹁残りのプレイアデスにも伝えな。かずみを返してほしければ明日の夜の0時にあすな 186 ﹃その牛は ﹄ 御崎邸に舞い戻る。 俺は学校裏の林に到着してリッキーを降ろすと、人間の姿に戻り、さっさと自分だけ したい。 今はすぐに解散して、カオルちゃんたちのところに戻って、どうなっているのか確認 どんな因縁があるのか後で聞かせてもらいたいが、今は後回しだ。 当、あの二人、いやプレイアデスの魔法少女に憎しみがあるらしい。 カオルちゃんと海香ちゃんたちの惨めな姿を見て、気分が高揚している様子だ。相 してもあいつらの顔は見ものだったな﹂ ﹁ああ、こいつはコルノ・フォルテ。アタシの魔法で生み出した牛だよ。っくく、それに 俺が尋ねるとユウリちゃんはやたら上機嫌で答えた。 ? い。もっともこれは理由作りのための工作なので電話で話がしたい訳ではない。 道中のバスの車内でカオルちゃんに電話をかけるが、当然の如く通話に出てくれな 去って行く。 ひむひむが制止しようと声をかけるが、俺は颯爽と走り出し、皆を置いてその場から ﹃え、ちょっと⋮⋮﹄ ﹁俺はちょっと二人の様子見てくるわ。あとはユウリちゃんと宜しくやっておいて﹂ 第十一話 キャプテンあきら 187 重要なのは電話をかけて、相手が出てくれなかったという事実。 これで﹁電話にも出てくれなかったから、直接家に訪ねてきた﹂という言い訳が成立 する。 何の脈絡もなく、この時間帯に現れたら流石に不自然だからな。 * 御崎邸まで辿り着くと、そのボロボロに崩れた外観に目を奪われることもなく、さっ さと砕けた壁の穴から侵入すると未だ倒れたままだった二人に近付いて身体を揺する。 何があったんだ どうしてあなたが⋮⋮﹂ 先に反応したのは下に居た海香ちゃんの方だった。 ﹁あ、あきら⋮⋮ !! 如何にも﹁私混乱してます﹂と言わんばかりにたどたどしい口調で説明する俺。心配 ちゃくちゃになってて、二人は大怪我してるし、訳が分かんねえよ⋮⋮﹂ あの女刑事さんのこと、思い出してさ。それで心配で見に来たんだ。そしたら、家がめ ﹁カオルちゃんにさ、明日の時間割聞こうと思ったんだけど出てくれなくて⋮⋮それで ? ﹂ 見るからに満身創痍だったが、どういう訳か、流れ出る出血は止まっていた。これも カオルちゃん、海香ちゃん ! 魔法少女だからなのだろうか。 大丈夫か !? 白々しく状況の把握できていない友人を装い、二人に声をかける。 ﹁おい ! 188 そうに顔を歪めて、涙腺を器用に操り、涙まで流してやった。 そんな俺の様子から、目の見えない状態の海香ちゃんはある程度信用してくれたの か、あるいは疑う余裕すらないのか、素直に助けを求めた。 ﹁とりかく、カオルを⋮⋮カオルを私から剥がして﹂ ら救急箱を取ってきて、カオルちゃんの右足を覆った。 この分なら、次はもっといたぶって遊べるだろう。俺は海香ちゃんに言われた場所か 臓はちゃんと脈動していた。顔は少し白くなっていたが、命には別状はないようだ。 胸に手を当てると、出血多量で死んでもおかしくないほど血を流したはずの彼女の心 た。 し、流石に引きちぎられた部分までは再生しないようで出血が止まっていただけだっ カオルちゃんをソファに寝かせて、足の断面図を治り始めているか確認した。しか これなら、手足のもう一本でももぎ取ってもよかったかなと少しだけ後悔した。 た傷からは血は流れず、それどころか、ゆっくりと塞がり始めている。 しかし、魔法少女にはやはり一定の治癒能力があるようで、出血やむなしと思ってい ちゃんに密着していたせいで彼女の身体にはいくつもの刺し傷が点々としていた。 俺はカオルちゃんを海香ちゃんから引き剥がした。身体のあちこちの骨が折れ、海香 ﹁わ、分かった﹂ 第十一話 キャプテンあきら 189 ﹁次は何をすればいいんだ⋮⋮﹂ なるほど。針を一本一本俺に抜かせる算段か。普通ならまず大量出血で死ぬのだろ ﹁⋮⋮ペンチを持ってきて。向こうの部屋の工具箱に入ってるから﹂ うが、こいつら魔法少女は自然治癒力が人間とは思えない速度で起こるので何とかなり そうだ。 俺が工具箱を発見して、持って行くと、思った通り、俺に針を抜くように頼んできた。 俺は普通の中学生なんだ 出血多量で死んじまうぞ まあ、できなくもないが、一応まともな常識人らしく拒否してみる。 ﹁で、できるわけないだろ 病院で何とかしてもらった方が⋮⋮﹂ !? ! 半笑いを浮かべた俺に目の潰れている海香ちゃんは感動したように﹁⋮⋮ありがと 笑えてくる。 まるで王道漫画の正統派主人公のようだ。すっごい馬鹿みたい。自分でやっていて 俺が覚悟を決めた振りをして、針の刺さっている海香ちゃんの手を握る。 ﹁分かった⋮⋮可能な限りなんとかしてみる﹂ い﹂ 少 女 な の。身 体 の 作 り も 普 通 の 人 間 と は 違 う わ。病 院 に は 行 け な い の。だ か ら、お 願 ﹁あきら⋮⋮カオルが話したって言っていたから知っていると思うけど、私たちは魔法 !? 190 う﹂と呟くように答えたのがまたさらに笑えた。 確かに普通の中学生ならこんなグロテスクなものを見せられたら、たかだか二日程度 の付き合いの奴なんて見捨てて逃げるだろう。 ここまで親切にしてくれる男子中学生など、百人中一人居るか居ないかだ。 そう考えると俺は優しい。まさに天使だ。 俺は壮大な自画自賛をしながら、ペンチで針を抜いていく。 この時に上げられた苦悶の声が今夜一番のエロボイスだったのは言うまでもない。 水という透明な液体が針に垂れてきて、ペンチが何度もすべりそうになった。 中でも目に刺さった針を抜くのが一番難しく、眼球に深く突き刺さっているために房 だいたい三百本くらいの数の針を抜き終わると、三時間ほど経っていた。 にひっそりと楽しんだ。 針ではなく、違うものまで抜きそうなる俺は海香ちゃんが目が見えないのをいいこと ふふふ、いいぞ。俺にもっとその声を聞かせてくれ。 それがまた色っぽく聞こえて、スケベな気持ちになってくる。 気に抑えている。 大きな針を抜かれる度に呻き声を出しそうになっているが、俺が躊躇しないように健 ﹁ん⋮⋮ぐ⋮⋮﹂ 第十一話 キャプテンあきら 191 た赤髪の子、前髪だけ一房飛び出した下の方で二つ分けのクリーム色のツインテールの ふわふわした薄ピンク髪の長い幼い顔の子、柔和なそうな表情を浮かべたパーマ掛かっ リーダー格っぽいのキリッとした背の高いショートカット白髪の眼鏡の子、その隣に 現れた四人はそれぞれ特徴のある女の子たちだった。 の四人を半壊した御崎邸へと呼んでいた。 海香ちゃんは盲目状態でありながら携帯電話を指先の感覚だけで操作して、その残り それは追々調べてみよう。 個々の面子が強いというよりは、連携やチームワークが要なのだと思うが⋮⋮まあ、 だったから仕方がないとは言え、見っともないことこの上ない結果だ。 現在その内、二人戦闘不能、一人拉致。涙が出るほど惨敗。数の上ではこちらが二倍 えない。 要するに﹃とってもつお∼い女の子﹄たちなのだが、正直そこまで大した相手とは思 七人の魔法少女からなる集団でこのあすなろ市で一番勢力を持っているらしい。 プレイアデス聖団。 第十二話 魔法少女いらっしゃい 192 子。 皆、海香ちゃんたちと同じく平均水準以上に可愛い顔立ちの女の子たちばかりだ。魔 ﹂ 法少女と契約する妖精とやらは美少女だけを狙っている疑惑が俺の中で浮上した。 ﹁かずみが攫われたっていうのは本当か ? は意外だった。彼女にとって一番重要度の高いことはかずみちゃんのようだ。 まずは二人の身体を気遣ってあげるべきじゃないの ﹂ 半壊した邸宅やボロボロの二人の心配よりもかずみちゃんを心配する台詞が出ると 来て開口一番に白髪ショートの子が言った言葉はそれだった。 !? る物言いになかなかの常識人らしさを感じた。 良心的な台詞を言ったのは赤髪のパーマの子。サキと呼ばれた白髪ショートを咎め ﹁ちょっとサキちゃん ! した。 そう思いながらも、俺は少し現状が把握できていないお馬鹿さんのような演技を開始 まず最初に殺しておかなければいけないのは七人の中でこの少女だ。 そうな落ち着き払った態度に俺はこいつが一番手強い相手だと直感する。 クリームツインテールの子は諍いを始めそうな二人を宥めながら、俺を一瞥した冷静 いさか にしようよ。⋮⋮そこの君の事も聞かせてほしいし﹂ ﹁二人とも喧嘩しないで。まずは海香たちからここで何があったのかを話を聞いてから 第十二話 魔法少女いらっしゃい 193 だったら、二人の怪 カオルちゃんは足ちぎれてて出血量が多かったみ ﹁なあ、アンタら、海香ちゃんたちと同じ魔法少女なんだろ⋮⋮ 我を魔法で治してやってくれよ ? ﹂ ! ていうか、誰だよ !? 彼女は俺を不快そうに見ながら、拳で俺の顔を殴る。 この変態が ! いきなり殴るとか酷いぞ、アンタ﹂ !! 子に視線を移した。 自分の人間像が大体合っていることに満足すると、話が通じやすそうな赤髪パーマの トなお子ちゃまタイプだ。 涙目で見つめると、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。うんうん、実にテンプレー ﹁いってぇ 内心でマークを付けて、俺は殴られた顔を擦る。 うことは同時に壊しやすいということと同義だ。 魔法のことはまだ分からないが、こいつはプレイアデスの﹃穴﹄だ。扱いやすいとい の表れだ。精神的にはこいつが一番扱いやすそうだ。 暴力的で思慮に欠ける見た目どおり幼い挙動。短絡的な思考は恐らく、精神の未熟さ ﹁いきなりボクの身体に触るな ﹂ 取り合えず、一番手近な位置にいたふわふわピンク髪の子の肩を掴んで揺する。 潰れてるんだ たいで顔色も悪くて目を覚まさないし、海香ちゃんは全身針穴だらけでおまけに両目が ! ! 194 ﹁と、とにかく、俺のことよりも二人をどうにかしてやれないのか ﹁ちょっと待ってて。⋮⋮べえちゃーん。出てきてべえちゃーん﹂ かに驚いた。 ﹂ これが魔法少女の﹃妖精﹄という奴だろうか。思っていたのよりも可愛い見た目で僅 本の触腕のような部位が特徴的だった。 それは黒い身体に顔だけ白い猫に似た小動物だった。長い尻尾と首元から生える二 が降りてきた。 赤髪パーマの子は﹁べえちゃん﹂という何者かを呼ぶと穴の開いた天井から一匹の獣 ? すると、その身体はくるくると高速で回転しながら宙に留まり、黒い小さな竜巻のな 猫似の妖精はそれを見届けるとくるりと宙で一回転する。 して、色違いの宝石を出現させた。 カオルちゃんの方もクリーム色のツインテールの子が太ももに付いている装飾品を外 海香ちゃんは自分の手のひらに自分の髪と同じ色の宝石のようなものを乗せている。 たわるカオルちゃんの傍に寄っていく。 声変わり前の少年のような声を発して、床に倒れこんでいる海香ちゃんとソファで横 ﹁おう、任せろ。掃除の時間だぜ、二人とも﹂ ﹁べえちゃん。海香ちゃんたちのソウルジェムを浄化してあげて﹂ 第十二話 魔法少女いらっしゃい 195 ると、二つの宝石から黒い濁った光を吸い込んでいった。 まるでそれはブラックホールのように二つの宝石から黒い光を吸い終えると、回転を 止めて元の小動物の姿に戻り、床に降り立った。 ﹁大分、消耗してたみたいだが、これで綺麗になったはずだ﹂ にやりと意外に歯の鋭い口元を見せて妖精は笑う。 こうやって魔力は回復させる訳か、まるで便利なアイテムみたいだな。この生き物を 殺せば魔法少女との戦闘はずっと簡単になりそうだ。 ﹂ 俺がそんなことを考えて見ていると、ソファの上のカオルちゃんが小さく呻いた。 立ち上がって駆け寄り、彼女の身体に触れる。 俺だ、あきらだ。分かるか どうしてここに⋮⋮﹂ ﹁カオルちゃん、意識が戻ったのか ﹁あ、きら⋮⋮ !? ﹂ ! 自分を散々痛めつけた相手とも知らずに心を許すカオルちゃんは素直に笑えた。 ることに気付くと照れたような表情で頭を撫でて来た。 意識がはっきりしてきた彼女は恥ずかしそうに俺を突き放そうするが、俺が泣いてい 薄目を開けたばかりのカオルちゃん俺は涙を流しながら、抱きついて頬擦りをする。 でも、意識が戻って本当によかった ﹁明日の時間割電話で聞こうとしたら、全然出ないから胸騒ぎがして駆けつけたんだよ。 ? ? 196 ﹁ごめん。心配かけたみたいだね⋮⋮﹂ かずみは かずみはどこに ﹂ しばらく俺にされるがまま抱きつかれているとハッと気付いた顔になり、尋ねてく 口にする。 それを止めようと声を掛ける前に目に包帯を巻きつけた海香ちゃんが制止の言葉を れ、無理に立ち上がろうとした。 その仕草でかずみちゃんがここには居ないことを知ると身体にある怪我のことも忘 ? る。 ﹁そ、そうだ ? 俺が視線を逸らし、悲しそうに首を振る。 !? この怪我治るの ﹂ ? それらしく、治してくれとは吐いてみたが、本気でこの重症が完治するとは欠片も想 超重大なことをさらりと聞かされ、俺は目を丸くして驚愕した。 ﹁え !? ﹁まあ、魔力は回復できたから、五日もしない内に修復できると思うけど﹂ 内心でほくそ笑む俺だったが、次の海香ちゃんの言葉でそれが吹き飛ばされた。 膝下から醜い断面図を晒すその足では一人で立つことさえままならない。 辛辣なその台詞の意味することを察したカオルちゃんは自分の足を見つめた。右の ﹁カオル⋮⋮今のあなたじゃ、立ち上がることもできないわ﹂ 第十二話 魔法少女いらっしゃい 197 像していなかった。 れてしまえば簡単に死ぬんだけど﹂ 答えたのはクリーム色のツインテールの子だった。 する。 あの宝石さえ無事なら魔法少女は死なないだと ? ことなく笑顔を浮かべた。 ﹁じゃ、じゃあ、海香ちゃんの目も治るってこと ? 色のツインテールの子も小さく口元を弛めた。 俺が彼女たちのために喜びの笑みを浮かべたことで好感を抱かれたらしく、クリーム ﹁まあね。魔法少女はそれほど柔じゃないよ﹂ ﹂ 重大な秘密を隠していたことに僅かな殺意がちらついたが、それをこの場では見せる 嫌な子だな、ユウリちゃん。仲間ならお尻の穴まできちんと見せてくれないと。 いたという訳だ。 俺のことを完全に信用していなかったからだろう。寝首を掻かれないために黙って 言も教えてくれなかった。 そんなことはユウリちゃんは一 ぼんやりとしたやる気のなさそうな表情で告げられた新たな情報を俺は脳内で咀嚼 そしゃく ﹁魔法少女はソウルジェムさえ無事なら怪我くらい簡単に治せるんだ。逆にそれが壊さ 198 すげえ安心したわ﹂ ﹁よかった∼。カオルちゃんはサッカーができるようになるし、海香ちゃんも小説を書 ﹂ ? 傷が簡単に治るなんて普通じゃないでしょ いたり、読んだりできるようになるってことだろ う ﹁あきらは⋮⋮私たちの事が怖くないの ? ﹁魔法少女ってのは普通じゃないんだろ 別にいいじゃん。二人が大好きなことが元 海香ちゃんが俺にそう聞くが、俺はあっけらかんと答えた。 ? か腐らないのか。考えるだけで夢が広がり、心が躍る。 五寸刻みでバラバラにしても修復が可能なのだろうか。引きちぎった部位は腐るの がない。どのくらいのダメージでも治るのか早く試したいくらいだ。 それにどれだけ乱暴に扱っても大丈夫ってお墨付きをもらったのだ。嬉しくない訳 通りできるようになるんだから最高だろ﹂ ? 遊びたい。ここの底から楽しみたい。今すぐにでも絶頂しながら体感したい。 パンツの中で我慢汁を垂らしながら、どうにか欲望を抑え込む。 苦悶の叫びをBGMに涙の顔を観賞しながら、スポーツに励みたくて堪らない。 俺もつられて嬉しくなる。ああ、この子の腸を引きずり出して縄跳びがしたい。 はらわた カオルちゃんが俺にそう言って優しく微笑んだ。 ﹁あきらって変わってるけど⋮⋮良い奴だね﹂ 第十二話 魔法少女いらっしゃい 199 でも、駄目だ。サプライズはもっと関係を深めて、信頼感情を強くしてからにしない といけない。 * ら察するにその時までかずみちゃんは安全だと思う﹂ を加えるっていうのは考えられない。明日の零時に場所を指定して集めていることか ﹁攫われたってことは目的があるはずだ。しかも一度じゃなく二度もある。すぐに危害 には少し時間が掛かりそうだ。 まあ、そういう奴らほど一度壁を破れば、アホみたいに信用してくれるのだが、それ 精神が幼い故に人嫌いが激しいようで俺を目の敵にしてくる。 サキちゃんは排他的でよく知らない相手には心を許さず、みらいちゃんの方は単純に この二人はとりわけ俺のことを嫌っているようで、先ほどからやたらと冷たかった。 ﹁そーだそーだ。部外者はすっこんでろよ﹂ ﹁何でそう思うんだ、魔法少女でもないお前に﹂ して反論してきた。 白髪ショートの浅海サキちゃんとふわふわピンク髪の若葉みらいちゃんがそれに対 簡単な自己紹介と情報共有が終わった後に俺はそう切り出した。 ﹁かずみちゃんが攫われたって話だけど、俺はまだ無事だと思う﹂ 200 かずみちゃんを丁重に扱ってくれているとは思えないわ﹂ ﹁でも、その攫っていった魔法少女と四体の魔女はカオルちゃんたちをこれだけ痛めつ けたのよ それをカオルちゃんが次いで話す。 私たちプレイアデス聖団に対して尋常じゃない怒りを持っていた﹂ ﹁かずみの事ももちろん気になるけど⋮⋮私はあのユウリって魔法少女も気になるわ。 ちょっと口ごもっていると、海香ちゃんが口を挟んだ。 少々乱暴に扱ったからな、ユウリちゃんの奴。髪とか掴んでいたし。 疑問に思える。 確かに二人の現状を見れば、かずみちゃんの身柄が殺されないまでも無事かどうかは 赤髪のパーマの宇佐木里美ちゃんは俺の答えに難色を示す。 ? ﹂ ? 面倒くさそうにサキちゃんが俺の疑問に答えてくれた。無愛想だが、案外面倒見が良 ﹁⋮⋮魔女は普通の人には見えない結界を張ってそこに人間を引き込んで食べる﹂ ﹁結界って何だ 俺はそれに少し気になってカオルちゃんたちに聞いた。 かったのも既存の魔女とは全然違う﹂ 解してたし、魔法少女に付き従ってたってのも、複数で行動してたのも、結界を張らな ﹁あの魔女ども、いや、 ﹃魔物﹄って名乗った奴らもおかしいよ。明らかに人の言葉を理 第十二話 魔法少女いらっしゃい 201 いのかもしれない。 にこっとお礼に笑顔を振り撒くが、顔を背かれてしまった。隣にいたみらいちゃんは なぜか俺に舌を出して嫌そうな顔をしてくる。 コちゃんが真っ先に飛びついてきた。 ﹁待って。その言い方じゃ人間が魔女になったようだけどどういう事 ? かんな それが普通じゃないのか どういうことも何もその通りだよ。俺とかずみちゃんの前で女刑事は魔女になっ た。あとそれにあいつも人の言葉を喋ってたし⋮⋮あれ ﹁ ﹂ ? ? ? 彼女たちは目を合わせ、俺の言葉をさらに聞く。 なく自分で話した訳だ。 まあ、海香ちゃんたちもとっくに教えているんだが、話題に上げてくれないので仕方 いらしい。だから、あえてヒントを与えた。 魔女がどういうメカニズムで生まれるのかは知らないが、人間が魔女になることはな よ ﹂ ヒントのつもりでそう呟くと、今まで黙っていたクリーム色のツインテールの神那ニ たし﹂ ﹁いや、俺が会った魔女⋮⋮カマキリの魔女になった刑事は結界なんてもの張らなかっ ﹁そんな事も知らないでよくこの会話に参加できるね﹂ 202 俺はそれに大人しく答えてやった。もちろん、全部話すほど愚かじゃない。必要な部 分だけを切り取って教える。 目の前でカマキリの化け物になった刑事がかずみちゃんを狙っていたこと、刑事には 協力者が居たと言っていたこと。 そして、その二つのことから、かずみちゃんを狙っていた魔法少女は魔女⋮⋮否、魔 物を作り出すことができるのではないかという推察も加えておいた。 ﹁というのが海香ちゃんたちの話を聞いて俺が思った推測なんだけど⋮⋮﹂ ﹁人間を魔物に作り変える魔法を使う魔法少女か⋮⋮﹂ ﹁あきらの話の通りなら、ユウリとかいう魔法少女はいくらでも手下を作り出せるって 事ね。ぞっとするわ﹂ ニコちゃんと海香ちゃんが俺の説明を聞いてそう残す。 推測で十分考えられる範囲のみを伝えたおかげで、俺を疑う者は一人も居なかった。 俺のことを気に食わなさそうにしているみらいちゃんですらそれをしない。それど ころか、少しは頭が回るんだなと見直してくれたようだった。 ﹂ ? ? ユウリちゃんがプレイアデスの面々に拘っていた理由が聞けるだろうと少し期待し 襲撃してくるなんて相当だぜ ﹁というか、そのユウリって魔法少女に恨まれる心当たりとかないのか 家を調べて 第十二話 魔法少女いらっしゃい 203 ていたのだが、皆顔を見合わせるだけで語りだそうとはしなかった。 あれだけ憎悪の炎を燃やしていたユウリちゃんがただの逆恨み ? トをしよう。 明日はトラペジウム征団で深夜のパーティの手筈を決めた後に、ユウリちゃんとデー なる。 かずみちゃんがどうなっているのかも知りたいし、何よりユウリちゃんの確執も気に ができた。 何よりソウルジェムさえ無事なら、魔法少女が死なないという重要な情報も知ること 最低限の顔を合わせもできたことだし、何となくだが人物像も把握できた。 御崎邸から出て行った。 俺はカオルちゃんたちにかずみちゃんのことを無事助けてくれるよう頼んだ後、俺は ** 仕方ない。ユウリちゃんの方から聞かせてもらうとしよう。 問題は彼女たちはそれを覚えていないということだ。 とは到底思えない。確実に何かしらの因縁があるはずだ。 知らないだって ﹁ふ∼ん。じゃあ、逆恨みなのかもな﹂ ﹁ユウリなんて魔法少女は知らないわ。顔をもよく見えなかったし﹂ 204 第十二話 魔法少女いらっしゃい 205 ゆっくりと彼女のことを教えてもらうことでより関係を深めていきたいところだ。 ⋮⋮何せ、ここまで重要なことを秘密にさせるくらいの仲でしかないのだから。 くし と 早く来てくれないかな 式の櫛で髪を梳かす。 まだ、かな⋮⋮ ? 合っている。いつも露出の多い格好をしていたから、布地が多少多いだけで清楚なイ 服装は袖の長い黒のセーターにミニスカート、首元に巻かれたマフラーと帽子が似 た。 自分の可愛さに自惚れていると、お相手の女の子が酷く面倒くさそうな表情で現れ 当に人が悪いぜ。 ああ、もう、こんなプリティでキュアキュアしている男子を待たせておくなんて、本 だ。 もじもじとしながら、遊園地の前で俺は彼女を待つ。可愛い。天使のような可憐さ ? 身嗜みの最終チェックのために持って来ていた手鏡をそっと取り出して、折りたたみ 今日、俺は一人の女の子とデートをする約束を取り付けておいた。 デジタルな数字盤が指し示す時間は待ち合わせの時刻。 温かい日差しに包まれながら、俺は腕に付いた時計を眺める。 第十三話 愚かなピエロ 206 ﹂ 普通なら、待ち合わせの時間前に着いてるのが常識だぞ メージに見える。 ﹁もう ぷんぷん丸 あきら君、激おこ ! あいつらに任せ ? り出す。 ? いきなり腕を引っ張られて、少し当惑しているユウリちゃんを余所に俺は既に買って ﹁おい、ちょっとあきら、いきなり引っ張るな、馬鹿﹂ ﹂ そんな彼女の態度を一貫して、無視して俺は彼女の手を握って、遊園地の受付へと走 言った表情だ。冷たい。ほんまに氷のような子やでぇ。 ユウリちゃんは本当にかずみちゃんのことばかりで、俺の相手なんかしてられないと たとは言え、かずみが目を覚まして脱走する可能性だってあるんだから﹂ ﹁⋮⋮あまり時間は掛けたくないからさっさとしてほしいんだけど ﹁まあ、時間通りには来てくれて嬉しいぜ。ユウリちゃんてば、連れないからさー﹂ シャープで整った顔立ちに獰猛さと冷酷さと狂気を兼ね備えた、一押しの美少女だ。 テールの魔法少女。 ゴミを見るような目で俺を恫喝する彼女の名前はユウリちゃん。謎多き、金髪ツイン ﹁ぶち殺したくなるから、そのキャラ止めろ﹂ ! ! ﹁今日は魔法少女とかそういうの全部、忘れて楽しもう。な 第十三話 愚かなピエロ 207 208 いたチケットを受付のお姉さんに見せて、園内へと入っていく。 ラビーランド。このあすなろ市でもっとも大きなテーマパークだ。 キャッチコッピーは﹃夢と希望溢れる素敵なウサギの国﹄。ネットで見たがウサギの マスコットの目がやたらとでかいのに中の黒目が小さいせいで全然可愛くないのが印 象的だった。こんな不細工なマスコットを考えたデザイナーもデザイナーだが、それを 許容した遊園地側もアホだと思う。 園内には大きな中世ヨーロッパの大きな城がデンとそびえ立っていて、その近くに ジェットコースターや観覧車などが散見している。 このあすなろ市はどこまで中世ヨーロッパ的外観に拘る気なんだか分からない。こ こまでくると一種のコンプレックスみたいで面白いとも言えなくないけど。 最初はメリーゴランドで乗り込み、軽快な音楽と共に動き出すウサギの形の乗り物に 乗って遊んだ。ユウリちゃんはむすっとした顔のままで楽しそうじゃなかったので、降 りた後にラビーちゃんマスクとか言う目の焦点合っていないウサギのお面を買ってあ げた。本人はかなり嫌そうにしながらも、押せ押せのテンションで頼むと、被らないま でも縁日のように頭にずらして着けてくれる。 案外、押しに弱い女の子なのだなと何となく、思った。 その後、コーヒーカップに二人で乗って、くるくると回っていると、ずっとだんまり ﹂ を決め込んでいたユウリちゃんがようやくその重い口を開いた。 ﹁一体、何が目的なんだ リちゃん ﹂ ﹁目的って⋮⋮デートの目的なんて楽しむこと以外にないじゃん。何言ってんの、ユウ ? 不審な眼差しに俺は苦笑いを浮かべた。 園地に呼び出すなんて、意図が不明すぎる﹂ ﹁アタシは正直、あきらが何を考えているのか分からない。この大事な時にわざわざ遊 周りの景色の動くスピードが少しだけ、上がっていく。 コーヒーカップの中心にあるハンドルを回して、回転の速度を上げる。 ? もっと、お互いのこと知り合うべきだと思うんだよね﹂ ? ユウリちゃんの瞳を覗き込む。 たいのだ。 俺は物事の中心地でありたい。何もかも知った上で暴れまわってムチャクチャにし の背景さえ知らないなんて茶番そのものだ。 ここらで彼女の過去をはっきり知っておきたい。争いの中心に立ったのにその争い 俺もユウリちゃんもお互いについての情報が少なすぎる。 ゆる運命共同体な訳だろ ﹁それだよ、それ。そういう不信感持たれちまってるとこを何とかしたいの。俺ら、いわ 第十三話 愚かなピエロ 209 ﹂ ﹁聞かせてくれ。プレイアデス聖団を恨むその理由を。じゃないと今度のモチベーショ ンに関わるぜ あんり 話は一人の少女のことから始まった。 と語り出す。 俺の顔をしばらくじっと見つめた後、ユウリちゃんは一息吐いてから、ぽつりぽつり ? ユウリ⋮⋮ なぜ、そこで﹃アタシ﹄ではなく、名前で言ったんだ ? かたど しかし、会話の仕方がどうにも妙だ。まるで自分と話の中に出てくるユウリちゃんが 大した値打ちもなさそうなちょっとアクセサリーだ。シンプルで実に安っぽい。 取り出した。 ユウリちゃんはそう言いながら、デザートスプーンを模 ったペンダントを服の中から 守りを渡して、ユウリはあいりの病室を後にした﹂ うなら、アタシはどんな手を使ってでもあんたを助ける﹄って。あいりにこの夢色のお ﹁そんなあいりを見捨てる事なく、ユウリはこう言ってくれた。﹃あんたが生きたいと思 黙って聞く。 そ ん な 疑 問 を 感 じ た が、こ こ で 話 を ぶ っ た 切 る の も 空 気 が 読 め な い の で そ の ま ま、 ? それを知ったあいりは自暴自棄になり、親友の女の子、飛鳥ユウリに泣き喚いた﹂ ﹁杏里あいりという少女が居た。その子は大病に冒されて、もって三ヶ月の命だった。 210 別人にような話し方だ。 ﹁間もなく、あいりの病気は完治した。二人は喜び合ったわ。その時は最高に幸せだっ たから。⋮⋮でも、それからが悲劇の始まりだった﹂ 今まで気分よく話していたユウリちゃんの顔が一変して険しくなる。 俺はそれを見ながらも、コーヒーカップのハンドルをゆっくりと回し続ける。 ﹁あいりが学校に通えるまでになった頃、料理上手なユウリはあすなろドームで行われ る料理のコンクールに出場した。あれよあれよと言う間に決勝戦にまで勝ち進んだユ ウリはそこで会場から姿を消した。当然、あいりは心配して、ユウリを探しにあすなろ ドームの外を歩き回ったわ﹂ そこで一度話を区切り、夢色のお守りという名のペンダントを凝視した。 声だった。 そこから先はそうでもしないと耐えられないというように激情を抑え付けるような ユウリちゃんは夢色のお守りをぎゅっと握り締めて、憤怒の形相で話を続ける。 ⋮⋮﹂ 不思議な姿だったわ。そして、その﹃化け物﹄を即座に倒したのがプレイアデスだった ⋮⋮そこであいりは﹃化け物﹄と出合った。フォークと注射器をモチーフにしたような ﹁歩き回っていたあいりは見知らぬ空間に迷い込んだ。見たこともないおかしな場所に 第十三話 愚かなピエロ 211 ﹁⋮⋮プレイアデスは﹃化け物﹄をあっという間に倒した。助けられたと思ったあいりは 奴らにお礼を言ったわ。﹃助けてくれてありがとうございました﹄ってね。﹃化け物﹄が あ 消えた後、不思議な空間から解放されたあいりは⋮⋮そこでユウリのペンダントを見つ けた﹂ そこからとうとう抑えきれなくなった声で叫ぶように荒々しく話し出す。 ﹂ それから、ユ ﹁訳が分からずに困惑したあいりの前に妖精が現れた そいつが教えてくれた ・ のプレイアデスに倒された﹃化け物﹄がっ⋮⋮ユウリだったという事を ウリがあいりの、私の病気を治す事を対価に魔法少女になった事を ! つまり、今まで話に出てきたあいりこそが、今俺の前に居るユウリちゃんで、本物の 聖団に復讐するためにユウリの姿を手に入れた。 その願いが﹃自分をユウリにしてくれ﹄というもの。﹃ユウリ﹄として、プレイアデス みから、その場で妖精と契約して魔法少女になった。 そして、親友の﹃ユウリ﹄を殺した奴らにお礼まで言ったあいりはその悔しさと憎し なり、倒されたということらしい。 難病を患う子供を治療していたが、それに無理が祟ってプレイアデス聖団の前で魔女に するとこの話に出てきた﹃ユウリ﹄という少女は魔法少女となって魔女と戦うかたわら、 そこから先はかなり感情が入り混じりどうにもちぐはぐな喋り方だったが、話を要約 ! !! ! 212 ﹃ユウリ﹄は魔女になり、プレイアデス聖団の面子にぶっ殺されたということだ。 俺らが魔女モドキだと言われた時から、モドキではない魔女が居るとは思っていた が、まさか魔法少女の成れの果てとは⋮⋮。 無理が祟ったとかいう話だったが、恐らくは魔力の使いすぎによる結果だろう。 ジュゥべえとかいう妖精が魔力を回復させているみたいだったが、それをしないと自 分たちが狩っている化け物に成り下がるという訳か。笑える話だ。超ウケる。 爆笑しそうになったが、元あいりことユウリちゃんが確実に切れること受け合いなの で自重した。 代わりに、実に共感しましたーボロ泣きでございますーといった感じに悲しそうな表 情を作り、ユウリちゃんを気遣う発言をする。 しゃいでいた割りに内心では理解を欲していたようだ。 こんなありがちな台詞吐いただけで、俺の心象が若干上がったらしい。粋がっては かった。 少 し だ け 驚 い た よ う に ユ ウ リ ち ゃ ん は 俺 を 見 る。そ の 眼 差 し は い つ も よ り も 優 し ﹁意外だな⋮⋮。あきらなら、馬鹿しいとでも吐き捨てるかと思ったけど﹂ に。前よりももっと積極的に力を貸すぜ、﹃ユウリちゃん﹄﹂ ﹁そっか、そんな辛い過去を隠していたんだな。もっと、早く言ってくれりゃよかったの 第十三話 愚かなピエロ 213 過去を吐露したせいか、底の浅さと精神の弱さが垣間見える。 ﹂ ﹁ジ ェ ッ ト コ ー ス タ ー に 乗 ろ う。今 夜 の 零 時 ま で ず っ と 張 り 詰 め て ち ゃ 疲 れ ち ま う ぞ だが、まあ、取り合えず、今ここですべきは⋮⋮。 恨まれたプレイアデス聖団の皆には同情するな。 大義名分にもならないクソを掴んで印籠のように得意になってやがる。こんな奴に を言う様は無知な幼子そのもの。 はっきり言えば、今の話だって単なる逆恨みにしか過ぎない。代替案も出せずに文句 いというのに。 実に扱いやすい女の子だ。自分に取って心地よい言葉を吐く相手は一番信用ならな それに呼応するように彼女は瞳に狂気の色を滲ませる。 ﹁⋮⋮ああ。一人残らず殺して、ユウリの敵は必ず取ってやる﹂ 俺はユウリちゃんに力強く、宣言した。 ! ? 殺者に鉄槌を下してやろう ﹂ ﹁当たり前だろ 親友を殺されたら誰だって憎むぜ。俺たちで正義の味方気取りの虐 214 俺はコーヒーカップを止めて、ユウリちゃんの手を引いてジェットコースターの方へ ラビーランドで思い切り遊ぶことだ。 ? 駆けて行く。 俺に秘密を話し、己の理論を肯定してやったおかげでユウリちゃんはさっきよりも素 直に着いて来てくれた。心なしか微笑みさえ浮かべている。 ﹁あきら。お前って⋮⋮よく分かんない男だな⋮⋮﹂ 俺は思う様に生きているだけだと思ってるけど﹂ ユウリちゃんは窓の外のその光景を遠い眺めていた。 赤い夕日は高いところから見ると絶景でロマンチックに映った。 に乗っていた。 日が暮れるまでアトラクションに乗って楽しんだ俺とユウリちゃんは、最後に観覧車 * そう心の奥で呟いた。 ││アンタがチョロくて単純なだけだよ、ユウリちゃん。 ﹁そう ? すっかり俺に信用を置いた様子のユウリちゃんは、素直に頷いて俯いた。 ﹁ああ⋮⋮あいつらさえ居なかったらこの遊園地も来たかもな﹂ 内心で考えているだろうと思ったことを言葉にしたら大正解だったようだ。 俺がそう言うと驚きに満ちた目で振り向いた。 ﹁本物のユウリちゃんにも見せてあげたかったな、この夕日﹂ 第十三話 愚かなピエロ 215 俺はそんな彼女を見て、少し趣向を変えた悪戯を一つ思い付く。 何気ない口調でユウリちゃんに語りかける。 ﹂ ? ﹂ ﹁知らないよ。キリスト教なんて興味もないからな。最終的に殺した兵士じゃないのか う ヤの群衆か、イエスをその手で処刑した兵士ロンギヌスか⋮⋮ユウリちゃんは誰だと思 けたガリラヤのユダヤ人領主ヘロデ・アンティパスか、イエスを殺すように叫んだユダ 売った弟子のユダか、イエスを捕らえた大祭司カイアファか、イエスを陥れるよう仕向 ﹁イ エ ス・キ リ ス ト を 本 当 の 意 味 で 殺 し た の は 誰 な の か っ て。金 貨 三 十 枚 で イ エ ス を 戸惑いの顔だが、俺はそれに構わず喋り続ける。 意図の見えない発言にユウリちゃんは怪訝そうに顔を上げた。 ちょっと勉強してちょっと思ったことがあるんだ﹂ ﹁なあ、俺はミッション系の中学校に通ってたんだけどさ。そこでキリスト教について 216 魔女狩りとか、まさにそうだ﹂ 隣人を愛せと、己の敵を愛せと言った人間の教徒を名乗る連中が ? 散々異端だのなんだのって人を大量に殺したんだぜ ? だってそうだろ ﹁俺の見解は違う。イエス・キリストを殺したのは後の世のキリスト教徒だと思ってる。 憮然と答える彼女に俺は首を横に振った。 ? ﹁何だ プレイアデスの事を例えてるのか ﹂ ? ここまでの皮肉を言われて、気付かないのは一種の才能と呼べるかもしれない。 その愚かさと傲慢さに賞賛と憐憫を籠めて、にんまりした笑顔を作る。 やはり理解できないように首を傾げたユウリちゃんに俺は笑った。 ﹁結局何が言いたいんだ、あきらは﹂ してしまったんじゃないかと思っただけだよ﹂ にないことをするキリスト教徒は本当の意味でイエス・キリストを汚名で塗り潰して殺 ﹁違う違う。ただ、イエス・キリストの代行者のような顔をしながら、彼の絶対にしそう だが、俺はそれにも首を横に振って答えた。 に尋ねてくる。 魔女狩りのところからユウリちゃんはプレイアデス聖団を連想したようでそんな風 ? 難病に苦しむ子供を助けてきた少女の面と名前を使いながら、やろうとしていること これほど滑稽な物語なんてそうそう見られるようなものじゃない。 少し不機嫌になった彼女に俺は謝りながらも、内心で爆笑し続けていた。 ﹁いや、悪かったよ﹂ ﹁嫌味な奴だな﹂ ﹁あはは。俺、物知りだろって自慢したかったんだよ。そんだけ﹂ 第十三話 愚かなピエロ 217 218 は逆恨みの殺人行為。 本物のユウリという少女が積み上げていたものにクソを塗りたくって素晴らしいと ほざいている訳だ。 最高のピエロだな。あまりにも滑稽すぎて返って愛らしく思えてくるほどだ。 せいぜい、惨めに壊れて砕けるところまで見せてもらうとするか。 取り返しの付かなくなったところで、指差して自分がやってきたことがどれほど愚か な所業か懇切丁寧に教えてやろう。 ? 俺たちの立つ場所が観客席を見下ろすほどの高さを得ると、浮上し続けていた足場は その周りには魔物化した俺、リッキー、サヒさんが護衛するように囲っていた。 中心には台座があり、そこには縛り付けられたかずみちゃんが座っている。 競り上がっていく。 が、予定していた時刻になった瞬間、空間がエレベーターのように動き、スタジアムに 俺を含んだトラペジウム征団は魔法により、スタジアムの真下に隠されていたのだ ローワーク入らずだね。 真 面 目 に 巡 回 を し て い た 警 備 員 の 皆 さ ん は 新 鮮 な お 肉 へ と 転 職 を し て も ら っ た。ハ 現在、午前0時0分。プレイアデス聖団との約束の時間ぴったりの時刻だ。ちなみに しているらしい。 だが、名前が安直すぎる。この街の人間はどいつもこいつもネーミングセンスが欠如 ここで開催されると言われる超エキサイティングな場所。 野球はもちろん、この市内で行われる大規模なコンクールやコンテストなどは基本に あしなろ市にある最大のスタジアム、あすなろドーム。 第十四話 ご注文はスイカですか 第十四話 ご注文はスイカですか? 219 停止する。 そこから見える観客席にはサキちゃん、みらいちゃん、里美ちゃん、ニコちゃんの四 人。流石に一日では魔法少女と言えども再起可能にはならず、カオルちゃんと海香ちゃ んの姿は見えない。もしかしたら、伏兵として潜んでいるのかもしれないが、片方は失 明状態、片方は足が負傷しているため、できることは高が知れている。 プレイアデスの四人は俺たち、いや捕まえられているかずみちゃんの方を見るが、今 プレイアデス﹂ 日のアイドルは俺たちでもかずみちゃんでもない。 ﹁ようこそ、イーブルキッチンへ 舞台へ降り立ったユウリちゃんはスタジアムのスポットライトが彼女に当たる。ち りするし。 一度かずみちゃんを攫おうとした時にトランクを間違えたくらいドジな女の子だった 仲良くなって分かったことだが、ユウリちゃんて結構アホなところが多い。そもそも 見ている俺としてはご苦労様としか言えない。 彷彿とさせる演出だが、さっきわざわざ姿を変えられる魔法で画面に化けていたことを そして、画面から這い出すようにせり出した足場へと飛び降りる。﹃リング﹄の貞子を 皮肉げな笑顔で嘲笑するようにプレイアデスの面子を歓迎した。 ドームの後ろにある巨大な画面にユウリちゃんがどアップで映る。 ! 220 なみに照明を当てているのはひむひむだ。何でも演劇部だったらしく、照明器具の扱い ﹂ ﹂ には心得があるとのこと。 ﹁かずみ ﹁かずみちゃん ﹁ぐあああ ﹂ んで来ようとするが舞台の端の不可視の壁に阻まれる。 サキちゃんと里美ちゃんが台座に座ったかずみちゃんに呼びかけながら、こちらに跳 ! ! 台座に居るかずみちゃんはその光景を見つめながら、ぽつりと呟く。 ている。ユウリちゃんてば本当に多彩な魔法少女である。 側に入ることはできないが、内側からは自由に外側に出られるという便利な構造になっ ユウリちゃんが前以て張っていた結界のような魔法だ。この魔法の壁は外側から内 した。 た。後ろから来たみらいちゃんやニコちゃんに抱き留められて、真下へとどうにか着地 その壁に触れた瞬間、二人は電流でも走ったかのように苦痛に満ちた呻き声をあげ ! だ、誰なの⋮⋮﹂ ? 記憶喪失になったことを誰一人考慮していないせいで、かずみちゃんからすれば見た ﹃ですよねー﹄ ﹁え 第十四話 ご注文はスイカですか? 221 こともない少女が自分の名前を呼びながら突っ込んで来ているに過ぎない。 せめて、カオルちゃんか海香ちゃんが居れば自分の仲間だと認識できたかもしれない が、彼女たちは今のところ不在だ。 ﹃黒髪ちゃん黒髪ちゃん。あの子たち、アンタの仲間らしいよ﹄ 親切にちょんちょんと指を差して教えてあげると、かずみちゃんは俺を訝しげに見つ めた。 そういえば、攫う時はユウリちゃん一人でやらせたし、その後の警備も他の奴らに任 せっ放しだったから、こうやって魔物形態で顔をつき合わせるのは初めてだった。 お嬢ちゃん。こう見えても知的なんだ、俺﹄ ﹁⋮⋮あなた、普通に喋れるんだね﹂ ﹃見た目で差別しちゃ嫌だなァ 見た目ではなく、その本質を理解してくれている証拠だ。 ! しかし、その時誰かさんの馬鹿みたいに大きな笑い声が響き渡った。 いい気味ね、プレイアデス ﹂ にも関わらず、かずみちゃんは今の俺から﹃一樹あきら﹄を連想しようとしている。 で変わっても態度で感じ取ってくれるなんて親でも無理な話だ。 俺のことに何か気付きかけたかずみちゃんに俺は少しだけ嬉しくなる。姿がここま ﹁その人を食ったような態度⋮⋮何か見覚えが⋮⋮﹂ ? ﹁あはっあはははははははははは、うふ ! 222 かずみちゃんの注意は俺からその笑い声の主であるユウリちゃんに移る。 鬱陶しい奴に思えてきたな、あの子。底の知れた今じゃただのピエロにしか見えない し、せいぜい派手に壊れて俺を楽しませてほしいところだ。 ﹂ ﹁ここは悪魔の調理場。今宵はこのアタシ、魔法少女ユウリがお前たちに取って置きの 料理を振る舞ってやる。今日の食材はこのイーブル・ナッツと││魔法少女かずみ と向けた。 そして、にやりといやらしい笑みを浮かべ、そのイーブル・ナッツをかずみちゃんへ に見せる。 ユウリちゃんは指に挟んだイーブル・ナッツを高らかに掲げ、プレイアデスの皆さん ! ﹂ るこいつらと同じように立派な化け物へと早代わり⋮⋮どうだ ? そんな事をして何になる ﹂ ! んに叫ぶ。 ﹁やめろ、ユウリ ! 舞台の下に居るプレイアデスの面々もぞっとした顔で思い留まるようにユウリちゃ ても、こんな姿にはされたくないという嫌悪感が伝わってきた。 かずみちゃんは俺やリッキー、サヒさんを見て怯えた顔を浮かべる。言葉にはしなく ? 見てみたいだろう ﹁作り方は簡単、このイーブル・ナッツ額に埋め込み、アブラ・カダーブラ⋮⋮ここに居 第十四話 ご注文はスイカですか? 223 ﹁そうだ やめろ かずみを返せ ! ﹂ ﹂ !? ! ﹁私たちにはあなたにここまでされる事をした覚えはないけど ﹁あなたは私たちに何の恨みがあるの ! ﹂ ! すると、それをユウリちゃんが止める。 ﹁待て⋮⋮﹂ ﹂ それを見送ってから、俺も二人に続いて下に降りようとした。 下してきた。 び降りる。さらに上の方からスタンバイしていたひむひむが翼をはためかせながら降 俺が二人に呼びかけると、待ってましたとばかりにリッキーとサヒさんは舞台から飛 ! ? に任せてくれよ。オルソ、ポルコスピーノ、それからヴァンピーロ。行くぞ ﹄ ﹃おいおい。料理人が調理場から出て行っちまったら駄目だろ ギャラリーはこっち 凄まじい形相で俺を睨むが、それに気にせず俺はユウリちゃんを宥める。 ﹁⋮⋮っ が掴んで止めた。 舞台から飛び降りて、プレイアデス聖団の皆を直接殺しに行こうとするが、それを俺 怒りが臨界点を突破して思考が真っ白になっているのだろう。 その言葉を聞いて、ユウリちゃんは顔から全ての表情を消し去った。いや、恐らくは ? 224 振り返えると、彼女は被っている魔女っ子の帽子を少しだけ目深にして、俺に呟いた。 ﹁さっきはどうかしてた。⋮⋮ありがと﹂ 表情は見えないが、照れていることは十分伝わってきた。 まったく、ちょっと過去話に共感示しただけでここまで心を許すとは⋮⋮復讐者なん て名乗ったところで大したことのない子だ。 だが、俺はそれに優しく答えた。 ﹃どういたしまして。復讐、頑張りなよ﹄ そう言うとすっと顔を背けて、翼を広げて舞台の下へと舞い降りた。 下では既にひむひむたちはプレイアデス聖団と睨み合いをしている。 そこにちょうど俺が混じることで数としては四対四の形が出来上がる。合コンみた いでちょっと心が躍った。 そちら ? ﹄ ﹁カオルと海香をあれだけ痛めつけたのはお前らか⋮⋮かずみを返せ ? ﹂ サキちゃんが俺に怒気と共に襲い掛かってくる。この女、クールなのは見た目だけで ! る 二人ほど欠員がしてるみたいだけど⋮⋮あのオレンジ髪と黒髪の魔法少女はどうして えず、今はユウリちゃんとは協力関係にあるから、彼女の邪魔はさせないぜ ﹃さて、プレイアデス聖団の皆さん。俺たちはトラペジウム征団というもんだ。とりあ 第十四話 ご注文はスイカですか? 225 中身はただの狂犬みたいだ。 ﹄ 乗馬鞭のような武器を俺に向けて振るうが、どうにも動きが読みやすい。 ﹃行儀なってないなァ。それじゃ、淑女には程遠いぜ ﹂ ! た乗馬鞭を炎の海に落としてしまった。 サキちゃんはそれを身体を捻ることでどうにかかわすが、腕を掠めたせいで持ってい 正面から迫るサキちゃんを鋭い鉤爪で引き裂いてやろうと手を振るう。 おかげで実質無害だった。 炎は俺にも纏わり付くが、身体中にびっしりと生えた鱗が高熱から俺を守ってくれる らへと向かって飛んだ。 しかし、何だか分からないが、その意気や良し。俺も炎の中の彼女に付き合い、そち ずみちゃんが人質に取られているとはいえ、軽率だ。 まっすぐ過ぎる。馬鹿にしているのか、それともこいつが単にイノシシ女なのか⋮⋮か 電 撃 を 武 器 に 纏 わ せ る こ と が で き る よ う だ。だ が、何 と も 動 き の 方 は 相 変 わ ら ず、 雷のようなものを乗馬鞭に纏わせて、炎を切り裂くように突っ込んでくる。 ﹁舐めるなよ 炎が波状になって彼女を包もうとするが、それを乗馬鞭で払い除けて進む。 俺は少し様子を見るために、口を開いて軽く火炎の息吹を吹きかける。 ! 226 ﹄ ? 手から離れても遠隔操作で操れるのか 単なる猪ではなかったみたいだが、戦いよりも人質救出に向かうのは愚策だな。こん の救出しに行こうという魂胆だったようだ。 遠隔操作できる乗馬鞭をわざと落として油断させ、不意を突き、自分はかずみちゃん た。 当のサキちゃんは舞台の側面を駆け上がり、かずみちゃんの方に向かおうとしてい 弾かれた乗馬鞭はなおも宙に浮かび上がり、俺と対峙する。 顔を狙われていたなら、眼球が潰れていたかもしれない。 に覆われている尻尾は僅かに痺れを感じただけに済んだが、もしもあのまま気付かずに 眼球を潰すような軌道で襲い掛かる乗馬鞭を俺は辛うじて尻尾でそれを弾いた。鱗 !? ている電撃は今も健在でバチバチと音を立てている。 死角から顔を狙って振るわれるそれは先ほどサキちゃんが落とした乗馬鞭。纏われ 気付いた。 咄嗟に周囲に気を配ると、俺の斜め後方から火炎の波の中から何かが跳ね上がるのに とっ さ この状況でサキちゃんの口元が笑っていたのだ。 俺は好機とばかりに笑みを深めて追撃しようとして、違和感を捉えた。 ﹃大事な武器は飛んでちまったなァ 第十四話 ご注文はスイカですか? 227 な遠隔操作できる鞭は流石に驚いたが、所詮は一発芸。 二度目をやるほど俺は甘くはないぜ る。俺の接近に驚いて振り返るがもう遅い。 そのすらりとした背中に爪を立ててやるよ ﹁くっ⋮⋮ ﹂ 真っ黒い黒曜石のような鉤爪がサキちゃんの背中を抉るように引き裂く。 ! 乗馬鞭の追撃を避けながら、舞台を駆け登るサキちゃんの傍まで飛びながらにじり寄 見慣れれば、動きは手に握られていた時よりも読みやすい。 複雑な軌道を描き、翻弄しようと乗馬鞭が襲い掛かるが、何のことはない。 ? ﹃ラ・べスティア﹄ァァァ ﹄ ! く汚した。 ボクのサキを傷つけやがってぇぇえ !? ﹄ ! 火炎を吹きかけて燃やそうとするが、みらいちゃんはさらにキレた顔で呪文を叫ぶ。 ﹃生憎とお人形遊びは好きじゃないんだよ 翼を羽ばたいて、蹴散らすがまた体勢を立て直すと俺に向かって行進を始める。 召喚する。ぞろぞろとテディベアどもが群がるアリのように寄って来た。 リッキーが相手をしているみらいちゃんが激昂して、俺に向けて大量のテディベアを ﹁サキィ ! 小豆色の軍服に似た衣装がばっくりと裂けて、内側から鮮血が吹き出し、俺の腕を赤 ! 228 ﹁だったらぁ ﹃ラ・べスティア・リファーレ﹄ッ ﹂ ! に飛び乗る。 俺と同サイズのテディベアにこれまた驚く。魔法少女って多彩 オメエの出番だ ﹄ だが、目には目を熊には熊を。 ﹃悟飯 ﹄ ﹂ 無視すんな、ぬいぐるみのガキ 雑魚は引っ込んでろ ﹄ ! ﹃貧弱ななりして、そんな得物使ってんじゃねぇ ﹄ 純粋な筋力で言えば、トラペジウム征団でトップのリッキーはその大剣を白刃取りで ! しかし││。 巨大な大剣を出現させて、みらいちゃんはリッキーを真っ二つに切ろうとする。 ! ! としていたみらいちゃんは乗っていたテディベアごと吹っ飛ばされる。 相撲でいうところの﹁ブチカマシ﹂という奴だ。リッキーを無視して俺に攻撃しよう 俺のボケに返しつつもリッキーは巨大テディベアを脇から突き飛ばす。 ﹃誰が悟飯だ ! ! ベアへと姿を変えた。さらにみらいちゃん自身が走ってきてそのテディベアの頭の上 テディベアたちが一斉に固まり合い、固体同士を融合しあって、一匹の巨大なテディ ! ! ! ﹁クソが ! ﹃お前の相手は俺だよ 第十四話 ご注文はスイカですか? 229 受け止める。 ﹄ お嬢ちゃん﹄ 思った通り、グリップ部分には電気が通ってないらしく、痺れることはなかった。 グリップ部分を狙って尻尾で絡め取る。 俺の周りをハエのように飛び回って攻撃してくる電撃が付与された乗馬鞭を見やり、 ていた。どれだけかずみちゃんが心配なのやら。 こうしている間にも背中の傷を無視してサキちゃんはかずみちゃんの元へと向かっ う。 ひむひむやサヒさんの方も少し気になるが、俺は引き続きサキちゃんの相手をしよ 少女にマンツーマンで対応している。 うんうん。あっちはあっちで対処できそうだ。他のメンバーも同じく一人づつ、魔法 リッキーと睨み合う。 すぐさま、残っていた剣の柄を投げ捨て、自分を巨大なテディベアに回収させてから うで表情に怯えが浮き出る。 サキちゃんを傷付けられて理性を失っていたみらいちゃんもこれには肝が冷えたよ そして、その強靭な腕力で大剣をこなごなにへし折った。 ﹃オラァ ! ﹃落し物だぜ ? 230 ﹂ 再び、空を飛んで距離を詰め、愚かにもまた俺に向けている背中の傷口目掛けて乗馬 鞭の先を押し込む。 ﹁うぐぅ⋮⋮ ﹂ ﹂ 背中に手を回して、半ば背中に埋まった乗馬鞭を掴んで引き抜く。 ﹁ッ、返しにきた事を後悔するといい ! ! に巻きついていく。 ﹁武器を返しに来るとは間抜けだな ﹂ ﹄ だが、それと同時に俺の尻尾が絡んでいるグリップ部分が伸びて俺の身体を縛るよう 裂いた傷はさらに広がり、真っ赤な断面図と露呈していた。 押し込まれていた肉が無理やり引きずられて、血をだらだらと流している。爪で引き ! ? 込んでいく。肉がひしゃげて血液が染み出し、黒い鞭を赤く変えた。 らかいために真っ直ぐに突っ込み続けるのは難しかったが、尻尾の筋肉を駆使して捻じ けれど、俺はそんなことは気にも留めずに、乗馬鞭を押し込み続ける。平べったく、柔 付与されていた電気は霧散して、青白く発光していた乗馬鞭は元の黒色に戻った。 サキちゃんの悲鳴が上がる。 ﹁うづッああああああああ ! ﹃大事なものは奥の奥に入れてやれておかないと、悪い人に取られちまうぞ 第十四話 ご注文はスイカですか? 231 ﹃おう。俺はサービス精神旺盛だからな。もう一つおまけをしてやるよ﹄ 俺は縛られたまま、翼を動かして上空へと飛び上がる。乗馬鞭の先を握っているサキ ﹂ 特等席から見せてやる﹄ ちゃんも強制的に空の旅に参加させられることになる。 ﹁なッ、貴様。何を ﹁メインデッシュ マキガ・アラビアータの完成だ ﹂ ! ﹁かずみィィィ ﹂ サキちゃんは乗馬鞭から手を離して、舞台を覆う不可視の壁にへばり付くように飛び !! な﹄ ﹃おお。ナイスタイミングだったな。大好きなお友達が化け物に変わる姿を眺められる い形に変化する。縛り続けていた椅子の拘束を引きちぎり、呆けた表情で天を仰いだ。 その瞬間にかずみちゃんの瞳が限界まで見開かれ、瞳孔の形状が人のものとは思えな かずみちゃんの頭の中へと吸い込まれていった。 ユウリちゃんは邪悪に歪んだ笑みを浮かべて、指先で摘まんでいたイーブルナッツが ! 当のかずみちゃんはちょうど額にイーブルナッツを押し込まれている最中だった。 キちゃんに見させてあげる。親切な俺はまさに空飛ぶ天使と言えるだろう。 舞台の上の方がよく見えるように高く飛び、椅子に縛り付けられたかずみちゃんをサ ﹃人質の魔法少女が心配なんだろ ? !? 232 降りた。 身体をその壁に焼かれながらも、いじましく涙混じりに壁を殴打する。 ああ、何と感動的なシーンなんだ。記憶を失い、自分のことも分からない友を助ける ために身体を傷付ける。 俺はそんな彼女に心打たれて、かずみちゃんの元に行かせてあげるために不可視の壁 を砕いてあげることにした。 空中で一度離れてから加速しつつ、爪の生えた大きな足が不可視の壁を打ち砕く。サ キちゃんの身体ごと。 ﹄ 悲鳴さえ上げる暇もなく、ガラスのように砕け散った障壁とともにサキちゃんの身体 が舞台の上に転がった。 ? ﹂ ? 無造作に振り上げた彼女の手には十字架を模した杖があり││。 た。 ぎょろりとサキちゃんを見つめたかずみちゃんの瞳は対極図のような形状をしてい ﹁か、かずみ⋮⋮ かずみちゃんはそんな彼女をゆっくりと見るために顔を動かした。 雑巾のように前のめりで倒れたサキちゃんは天を仰いだかずみちゃんを見上げる。 ﹃感動のご対面だ。ほら、嬉しいだろ 第十四話 ご注文はスイカですか? 233 234 それを容赦なくサキちゃんへと振り下ろした。 例えるなら、それはスイカ割りのようだった。 何がどうなったかなんてわざわざ口に出すほうが野暮だと思えるほど、当たり前の結 果がそこにはあった。 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 ∼旭たいち視点∼ ああ。本当に腹立たしい。 目の前をチョロチョロと動き回る﹃魔法少女﹄への苛立ちが収まらない。 かんな 飛行機乗りが付けるような飛空帽子にゴーグルをつけたやる気のなさそうな無表情 の女。 名前はあきら君から聞いて知っている。確か神那ニコとか言う奴だ。あきら君曰く ﹂ 一番油断のならない魔法少女なのだそうだ。 はっ⋮⋮ ! ! すぐになくなった指を再び生やして、次々に飛ばしてくるので厄介だ。 うは自分の身体の一部を別の物質に変化させる魔法を使うようだ。 親指を除いた計八本の指が小型のミサイルへと変化して僕目掛けて飛来する。向こ ﹁プロルン・ガーレ﹂ 僕が背中から撃ち出す大針を身体を捻り、軽快にかわしつつ、攻撃を仕掛けてくる。 ﹁ほっ⋮⋮ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 235 魔物化して皮膚が頑強になった今の僕には大したダメージにはならないものの小賢 しい事この上ない。 何より、一方的に攻撃される度にクラスメイトに殴られていた事を思い出し、不快な 気持ちにさせられる。 平然として、焦り一つ滲ませない顔が堪らなく許せない。 そう女子はいつもそうやって、僕が苦しんでいる時も素知らぬ顔で居る。 蔑まれるよりも、笑われるよりも、その無関心が一番憎らしい。惨めに虐めれていた 僕をまるで路傍の石ころのように扱うその無関心が││殺したいほど目障りだ。 僕は射出する針の矢の量をさらに増やして、指ミサイルを撃ち落としながら、神那ニ コへの攻撃を続ける。 しかし、僕の背中から撃ち出される針の矢が止まる。 魔力を使って大針を補充せずに飛ばしていたから、全ての針を撃ち尽くしてしまった のだ。 僕を守る針の生成には後数十秒は必要だ。とてもこの攻撃には間に合わない。 振り下ろす。 それを見計らったように手のバールのような杖を召喚し、針の鎧がなくなった僕へと ﹁隙が、できたね﹂ 236 さらに魔物化しているせいで図体の大きくなった針鼠の僕の身体は鈍重で、それを避 ける事はできない。 ﹄ このままなら、剥き出しの脆弱な皮膚をバールのような杖は鋭く抉り取るだろう。 ﹃しまっ⋮⋮ ﹄ 僅かだが、神那ニコの無気力そうな顔にダウナー系の笑みが浮かぶ。 ! ! ﹂ !? 針の矢の角度と発射するタイミングを計算して、見事に攻撃を食らわせてやれた。 背中の大針を補充しなかったのもそのため。素早いこいつに確実に針を当てる布石。 の矢を射出させるためだ。 あすなろドームの床や壁に突き刺さったその大針の中から、逆方向に一回り小さな針 さな針を仕込んで飛ばしておいた。 僕だって、考えなしに針の矢を撃っていた訳じゃない。途中から大針の中に一回り小 何が起きたか理解していない馬鹿面を拝みながら、僕はにんまりと笑った。 方から刺し貫いた。 神那ニコの背後から飛んで来た一回り小さな針は、狙い済ましたように彼女を四方八 ﹁っ⋮⋮ 己の勝利を確信した神那ニコの身体に突如、大量の針の矢が突き刺さる。 ﹃と││言うと思ったよねぇ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 237 学校の勉強で数学だけが得意だったけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかっ た。 だったのかな ﹄ ? 罠に嵌っていたのは僕の方だったと気付いた時には奴の魔法が僕の頭上から響く。 ﹃まさか、途中で入れ替わって⋮⋮﹄ た泥人形。 すぐさま、大量の針の矢撃ち出し、身体を回して振り返るが、そこにあったのも崩れ 飄々とした声が聞こえた。 泥 で 作 っ た 人 形 の よ う に 崩 れ て 原 型 を な く し た 神 那 ニ コ に 驚 愕 す る 僕 の 背 後 か ら、 ﹁そーんな事だろうと思った﹂ ﹃なっ⋮⋮ 身体が見る見る内に崩れ落ちた。 背中の針を生成して補充しながら、針のムシロになった神那ニコを見ていると、その こいつのソウルジェムを砕けば完全に息の根を止められる。 何にせよ、これで僕も少しはあきら君の仲間としての役目を果たせて良かった。後は ? こんな奴が一番手強そうなんて、あきら君の買い被りだ。いや、僕の方が一枚上手 ﹃⋮⋮避けるのが得意なだけで大した事なかったね﹄ 238 ﹁レンデレ・オ・ロンペルロ﹂ 見上げたそこにはあの憎たらしい無気力な神那ニコの顔があった。 凄く凄くイイ 直後、垂直に振る黄緑色の光が僕の視界を覆った。 ∼氷室悠視点∼ 参ったね⋮⋮。 こうもり 本当に⋮⋮本当にイイ。凄くイイ !! う さ ぎ さ と み ボクは蝙蝠の魔物と化した身体で低空飛行しながら、標的を追い回している。 ! 標的の名はあきら君によると宇佐木里美というらしい。赤いパーマの掛かった髪に 猫耳を生やしている魔法少女だ。 ﹂ ! こういう怯えて泣き喚く女の子は傷付け甲斐がある。まるで心の壊れる前のボクの 人は気丈すぎてつまらなかった。 やはり泣き顔はイイ。実に素晴らしいものだ。前に皆で襲撃した時の魔法少女の二 を流しながら少しでも距離を取ろうとしている。 彼女の恐れを隠さない泣き顔に僕は興奮していた。ボクが付けてあげた傷跡から血 ﹁ひっ⋮⋮や、やめて、来ないで 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 239 妹のようだ。 あきら君に着いて来て本当によかった。か弱い女の子を堂々と鳴かせて、痛めつけ て、あげられるなんて夢のようだ。 ﹄ !? ﹂ ! ﹃え ど、どういう事 ﹄ !? 猫のステッキに合わせて動いている事に気付いた。 ボクの命令を無視し、叛逆してきた蝙蝠たちに混乱するが、蝙蝠たちが宇佐木里美の ﹁やっちゃって、コウモリさん﹂ !? そして、あろう事か産みの親であるボクに鋭い牙で噛み付いて、吸血を始めた。 へと向かって飛んで来た。 その呪文が聞こえると、ボクの作り出した蝙蝠たちは動きを一度止め、反転してボク ﹁ファ、ファンタズマ・ビービリオ キッと表情を固めて足を止め、猫の頭の付いたステッキを突き出す。 さらに怯えて悲鳴をあげてくれるかと期待してのプレゼントだったが、それを見ると て、その蝙蝠たちに彼女を襲わせる。 ボクは翼を一旦閉じ、再び大きく開いてそこから小さな蝙蝠を複数生み出した。そし め上げてあげるから、ねぇぇぇ ﹃イイよ、君。その泣き顔、凄くボク好みだ。すぐにその身体を君の髪と同じ真っ赤に染 240 そうか、この子の魔法は敵を操る能力があるのか。 ﹃じゃあ、もういいや。役立たずの君らは戻って﹄ ボクは身体に纏わりつき、血を吸ってくる親不孝な蝙蝠たちを吸収する。 蝙蝠たちは生まれた時と同じように翼の皮膚に帰っていった。 血を吸うのは好きだけど、吸われるのは嫌いだ。 の ﹄ ニコちゃん 助けて ﹂ 君は周りの状況も分からないほど馬鹿な トラペジウム征団の中で一番弱いこのボクが、まさかここまで攻勢に出る事ができる う。 相手がこの子でよかった。きっと、この子はプレイアデス聖団の中で一番弱いのだろ 楽々と避けられた。 ステッキを振り回して、ボクに当てようとするがあまりにも腰が入っていないため、 立ち止まった宇佐木里美と距離を詰め、囁くように教えてあげる。 ? ? !! 腰に戻ってしまう。 ﹁みらいちゃん ! ﹃お友達の二人もボクの仲間と交戦中だよ ! 他には攻撃に使える魔法はないのか、ボクが蝙蝠たちを回収すると宇佐木里美は逃げ ﹁あ、ああ⋮⋮﹂ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 241 とは思っていなかった。 ﹂ ﹃じゃあ、君の血を飲ませてもらうね﹄ ﹁い、いやぁ 凄くイイ ! 君は最 ! を興奮させる。 ﹄ さ、さいっこおおおおおおおおおー イイよ ﹂ !! ﹃んんーー 血を吸わないでぇ 高にイイ魔法少女だよおおおおおおおおおお ﹁ひいっ、痛いぃ ! ! 剥き出しになっている白い肩に噛み口から、たらりと血が流れ出るのが視覚的もボク 牙を通して、流れ込むのは鉄臭いとろみのある真っ赤な液体。 き立てて、ジュースをストローで啜るように味見をする。 薄紫色のワンピースのような衣装の襟元にボクは躊躇なく齧り付く。尖った牙を突 !? !! まさに絶頂 エクスタシー 至上の悦楽 !! !!! その呪文が呟かれるのを。 だから、聞き逃してしまった。 脳みそが蕩けるくらいの快楽に見舞われ、有頂天へと舞い上がる。 ! 視覚も、聴覚も、味覚も共にボクの求めていたものを最高品質で流し込んでくれる。 宇佐木里美の涙と苦悶の叫びがボクの精神を更なる高みへと導いてくれる。 !! 242 ﹁ファンタズマ⋮⋮ビービリオ﹂ 身体の自由が一瞬にして奪われる。 意識はあるのに身体だけが勝手に動き出し、宇佐木里美を噛んでいた牙を引き抜いて しまう。 ﹄ ﹄ !? 味覚にはドブ水のような吐き気を催す味が広がった。 だが、ボクの顎は力を弱めるどころか、その牙をさらに深く突きたてる。 当然、腕には強烈な痛みが広がり、赤ではなく黒い血液が漏れ出す。 ﹃んぐっ それに合わせて、ボクの顎が自分の腕に突如齧り付いた。 の口を大きく開いた。 ステッキの上部に付いているデフォルメされていた猫の顔が凶悪な形相に変わり、そ ! 喚いた後に切れて反撃してきた時の光景だ。 ﹂ ボクはこの光景に見覚えがあった。それは壊れる前の妹がボクの暴力に対して泣き ていた。 涙を流している宇佐木里美は恐怖に震えているものの、その瞳だけは暗い輝きに満ち ﹃あ、あれ ? ﹁ゆ、許さない⋮⋮アナタ、なんか。アナタなんかぁ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 243 ああ、痛い。まずい。臭い。どうせなら、ボクの血も美味しければよかったのに。 ほうじゅん 激痛には耐えられても、この臭みのある魔物化した自分の血だけは耐えられない。 せっかく、胃に送り込んだ芳 醇な血液まで嘔吐してしまいそうだ。 魔法少女を⋮⋮侮りすぎた。 ﹄ 喉奥から競りあがってくる酸味のある胃液を舌の上に感じながら、ボクは自分の迂闊 さに後悔をした。 ∼力道鬼太郎視点∼ もうこれで終いか ? どうしたよぉ、チビガキ ! ﹂ ! け止めた。 また、それかと思いながらも俺は巨大テディベアの突進を真正面から腰を落として受 して、差し向けてくる。 俺の挑発で激昂した若葉みらいは、さっき突き飛ばした巨大なテディベアを再び動か ﹁くっ⋮⋮お前なんか相手にしてる暇なんかないのにぃぃぃ ご大層な物言いのわりに俺にコテンパンにやられて、反撃さえもできやしない。 俺は魔法少女のチビ⋮⋮確か、若葉みらいとかいう名前の奴をボコっていた。 ﹃オッラ ! 244 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 245 衝撃が身体に伝わり、踏み締めた脚が勢いで後退させられる。 だが、熊の魔物になった俺はそんな下手くそなブチカマシじゃ倒れない。 ⋮⋮なんせ、もっとひどい扱きにあっていたからな。 唸り声を上げて襲い掛かるデカブツの腰に両手で掴み、重心を一気に脇へと持って行 き、上手に投げ飛ばす。 投げ飛ばされた巨大テディベアは綺麗に弧を描き、俺の真横へと転がった。 昔からずっとやって見たかった、決まり手││上手投げ。 四つ相撲の王道とするこの技を俺は今まで決めた事が一度もなかった。 筋力のないひ弱な身体では投げ技すらもできずに、いいように突き飛ばされるだけ だったが、今では違う。 あきらからもらったこの力のおかげで俺は強くなった。 もう惨めなサンドバッグ、力道鬼太郎なんかじゃない。 オメエの出番だ ﹄ オルソ。あきらが付けてくれた強者としての俺の名前⋮⋮暴れ熊のオルソだ。 ││﹃悟飯 ! 親にも失望されていた俺にふざけてでも出番だと言ってくれた。 くれた。 馬鹿馬鹿しい事だとは自分でも分かる。でも、あいつは⋮⋮あきらは俺を頼りにして ! それが嬉しくて堪らない。 俺は初めて、誰かに必要とされたんだ。 だったら⋮⋮その期待に応えなくちゃないらないだろ 手のひらの先に自分の中のエネルギーが集まっていくのが感じられた。 右腕に力を込め、それを握る。 ﹃てめえはドラーゴたちの元には行かせねぇ。俺がここで始末してやるよっ ﹄ 起き上がろうとする巨大テディベアを思い切り踏み付けて、若葉みらいを睨む。 ! ﹂ !! その重くて巨大な武器で俺を真っ二つに切り裂くつもりのようだ。 大きく振りかぶりながら、若葉みらいは飛び上がる。 ﹁ボクの邪魔を⋮⋮するなあああああああああ 今、手に握られた魔力の塊なら、あの大剣ごと若葉みらいをゴミに変えられるはずだ。 を加えれば折る事ができるか知っている。 あの大剣の強度はどのくらいかはさっき砕いた時に分かっている。どのくらいの力 対する若葉みらいも手に持っていた杖を大剣に変化させて構えた。 なら、それを球体状にして飛ばして、目の前のチビを消し去ってやる。 程度、自由に扱えるものらしい。 このエネルギー⋮⋮あきらは魔力とか言っていたものは俺たちの意識によってある ! 246 こいつで決めてやる ﹄ 俺は魔力の球を空中に居る若葉みらいに食らわせてやろうと、振り上げた瞬間││。 ! 放しやがれ 身体に貼り付いてきた。 ﹄ !! 身体中に貼り付いたテディベアの群れに埋め尽くされて、動きが阻まれる。 ! ﹂ !! かなりの深手⋮⋮いや、これは致命傷か⋮⋮ ﹃それがぁ、どおしたああああああああああああぁぁぁぁッ ﹄ あきらは俺にこいつを任せてくれた。こいつを倒すのは俺の役目だ。 !! だが、それがどうした。 痛みや苦しみの前に、ただ淡々と脳裏に死の一文字が過ぎった。 ? 右肩の辺りから左脇腹まで刃が深く食い込み、黒い血液が宙に舞った。 俺の身体を切り裂く。 キンキンに響くその叫び声と共に避けられない斬撃が纏わり付いたテディベアごと ﹁消え失せろおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ あすなろドーム内のライトに照らされた中で若葉みらいのピンク色の大剣が煌いた。 きらめ 足の下で踏み潰されていた巨大なテディベアが、小さなテディベアに分裂して、俺の ﹃ぬぁあ !? ﹃クソッ、この 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 247 たかだか、身体を斬られたくらいで揺らいでいいもんじゃない 俺はお前の期待に応えられたか なあ、あきら⋮⋮。 これなら例え、俺がこのまま朽ち果てたとしてもあきらの邪魔できないはずだ。。 口元から血を吐き出す若葉みらいを見て、俺はにやりと薄く笑った。 大剣を振り下ろした若葉みらいの胸を俺の真っ赤な角が抉った。 ﹁かはっ⋮⋮﹂ 叫ぶと同時に、俺は額に生えた二本の角を一瞬の長く伸ばした。 ! ***** ? 正直生きているとは到底思えない状態だが、魔法少女はソウルジェムさえ無事ならば べっどりと赤い血を付着させていた。 被っていたベレー帽は既にどこかに飛んでいき、かずみちゃんの十字架を模した杖に 俺は頭蓋骨をかち割られたサキちゃんを見て、客観的描写を口に出した。 ﹃あーあー。脳みそ、からし明太子みたいになってんぞ 大丈夫か、これ﹄ 花丸くれとは言わないから、せめて三角くらいは寄越してくれよな。 ? 248 ﹄ 不死身なそうなのでこんなんでも生きてるらしい。まあ、グロさ的に女の子としては終 わっている気はするが。 るよ うんうん、元気があって大変よろしい。女の子はそのくらい活発な方が男の子に持て ている模様。 かずみちゃんはイーブルナッツの影響で絶賛暴走中で何やら意味不明な叫び声をあげ そして、サキちゃんの頭をジャストミートしてくださった名誉あるかち割りガールの ﹃ぎ、ぐ、がああああああぁぁ !! ﹂ ! る。 ﹄ 颯爽と出てきたその少女は片手に持った拳銃の側面でかずみちゃんの杖を受け止め ﹁お前の相手はアタシだよ ちゃんの間に一人の少女が割って入る。 袈裟懸けに振るわれた十字架を模した杖が俺にも到達しようという時、俺とかずみ ⋮⋮やだ。この子怖い。これだから最近の中学生はキレやすいって言われるんだよ。 ちゃんは有無を言わさず、飛びかかってきた。 竜の姿で腕組みをして、俺は頷いているとこちらを視認したお目々がアレなかずみ ! ﹃俺の嫁ユウリたんキターーーーーーーー ! 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 249 あんり 金髪ツインテールのいかにもテンプレツンデレっぽい容姿をした少女の名前はユウ リちゃん。本名杏里あいりちゃん。 ﹂ ユウリたんは俺の嫁ではなかったらしい ボケが 凄くどうでもいい かずみちゃんの十字架を模した杖を拳銃で弾いて振り払うと、俺に振り返って怒り出 した。 衝撃の事実 ﹁だ、れ、が、お前の嫁だ て食べちまうぞ ﹄ ? マジでいいの 無言の肯定として受け取るよ ﹄ ﹄ ? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹃え ? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ !? あ ﹃おーい。大丈夫ー 起きないとその明太子みたいになってる脳みそをパスタと和え ? がっているサキちゃんを掴んで拾っていた。 俺はというと戦いの方はユウリちゃんに任せて、イーブルキッチンの舞台の上で転 かずみちゃんは、ぎゃおぎゃお言いながら、無鉄砲に突っ込んで来た。 しながらも無言でかずみちゃんに向き直る。 何一々反応してるのこいつ的な冷めた眼差しを向けると、かなり釈然としない表情を ! ! ﹃ほら、馬鹿なこと言って余所見してると足元救われるよ ! ? ! ! 250 再三、サキちゃんに尋ねるが、彼女は俺に何も言わず青白い顔で虚空を見上げている。 馬鹿か、お前は ﹂ ユウリちゃん、パスタどこにある ﹄ その胡乱な瞳を眺め、俺は彼女の意思を汲むべく優しく頷いた。 ﹃よっし ﹁ある訳ないだろっ !? ? ガッカリだな。 ⋮⋮ 何 だ よ。イ ー ブ ル キ ッ チ ン と か 自 分 で 言 っ て い た く せ に パ ス タ も な い の か よ。 かずみちゃんの攻撃をかわしつつ、俺の方に振り向いて叫ぶ。 !? ! ⋮⋮クッ﹂ ! ﹄ !? 俺が魔法少女の生態に寺生まれのTさんストーリーに登場する語り部並みのトーン ﹃ぎゃん 魔法少女って凄い⋮⋮俺は本当にそう思った。 物が次第に原型を整え始めていた。 よくよく見れば、かき混ぜられた納豆のようにグチャグチャになっていた頭蓋の内容 ちゃんの身体がぴくりと動いたことに気付き、悪ふざけを止める。 さらに茶々を入れて楽しもうとした俺だったが、手に持ってぶらぶらさせていたサキ 一々俺とアホなやり取りをしていたせいで地味に苦戦し始めたユウリちゃん。 ﹁皮肉で名付けただけで別に本気で料理作る気なんてないんだよ ﹃キッチン名乗るなら、パスタの一袋くらい置いとけよ。マジガッカリだわ﹄ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 251 で驚いていると、暴走したかずみちゃんがいつの間に這い蹲っていた。 ユウリちゃんが強いのか、かずみちゃんが弱いのか、あるいは両方か分からないが決 着は着いたようだ。 ちゃんの傍に寄り添う。 ﹁か、ずみぃ⋮⋮﹂ ? 気を取り戻して彼女に問いかけた。 サキちゃんに手を添えられたかずみちゃんは痛め付けられたショックのおかげか、正 ﹁うッ⋮⋮、あなたは、誰 ﹂ そんなボロ雑巾以下の扱いを受けてなお、サキちゃんは這いながら健気にもかずみ けながら、サキちゃんはイーブルキッチンの舞台の上で投げ出された。 オリンピックのアイススケートの選手もかくやというレベルの空中スピンを見せ付 ﹃うわ、マジで生きてるのかよ⋮⋮まるでゾンビだな。アンブレラ社呼んで来い﹄ 方にぶん投げる。 流石の俺もゴキブリ以上の生命力に気持ち悪さを覚えて、かずみちゃんが倒れている 呼んだ。 未だに脳チラをかましてくれているサキちゃんがか細い声でかずみちゃんの名前を ﹁かず、み⋮⋮ぃ﹂ 252 かずみちゃんは記憶喪失だから、サキちゃんのことは当然覚えていないようで、感動 の名場面にはならなかった。もっとも、本当に記憶を失う前のかずみちゃんがサキちゃ んと面識があったのかは俺は知らないが。 何にせよ一つ確実な関係性があるとしたら、 ﹁今さっき、頭かち割られた被害者﹂って ことくらいだ。 しかし、サキちゃんはそんなことに気にした様子はなく、ただ優しくかずみちゃんを 抱き締める。 ﹄ ? ﹁私の、仲間 ﹃イエース﹄ ﹂ 大天使アキラエル降臨 ! ﹁そっか。もう覚えてないけど、あなたも海香やカオルみたいに私の仲間なんだね。助 する理由もないので頷きながら肯定した。 意識が朦朧としているのか、かずみちゃんは明らかに敵側の俺に尋ねてくる。無下に ? !! 何て優しいんだ、俺。やはり天使か。いや、もはや大天使 少し不憫に思えてきたので、俺はサキちゃんに助け舟を出してあげる。 ﹃その子ね、アンタを助けに来てくれた仲間の魔法少女らしいよ ﹁だい、じょう⋮⋮ぶ。君がわた、しの事を忘れ⋮⋮ても私、は忘れない⋮⋮から⋮⋮﹂ 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 253 けに来てくれてありがとう﹂ 感極まってサキちゃんは涙を流してかずみちゃんに縋り付く。かずみちゃんもそれ ﹁かず、みぃ⋮⋮﹂ に対して抱擁を返した。 良かったね。あれだけ気が触れたように﹁かずみかずみ﹂と連呼していたのが報われ たな。 二人が組んず解れつの桃色ガチレズフィールドを展開しつつあった時、それを見てい ﹂ 仲間だって あはっ、あははははははははははははははっははははははは たユウリちゃんが唐突に弾けたみたいに笑い声を上げた。 ﹁仲間 ははは !! ? ﹂ ! ! す。 狂気の笑みから一転、激情に満ちた形相で地べたに横たわる二人に二挺の拳銃をかざ せに ﹁お前ら、本当に都合がいいな アタシの事は⋮⋮このユウリの事は簡単に殺したく どの見事な笑い声だった。 イテンションで大爆笑をする。お笑いバラエティのサクラとしてやっていけそうなほ ﹃仲間﹄というフレーズが大変つぼったようでユウリちゃんは徹夜三日目くらいのハ ? 254 そこでようやく、サキちゃんはユウリちゃんの顔を視認して、驚きに満ちた表情を浮 かべた。 ﹁その、顔⋮⋮そん、な馬鹿な⋮⋮﹂ るために帰ってきたんだ プレイアデス ﹂ !! ? 掛けて弾丸を放つ。 俺はそれを﹁この子、テンションたっかいなぁ。頭おかしいんじゃないの やり思いながら見届けていた。 ﹂とぼん 女の子がしてはいけない領域の顔芸を晒して、ユウリちゃんはかずみちゃんの頭へ目 ! ﹁殺した奴が出てきて驚いたって顔してるな⋮⋮そうだよ。アタシはお前たちに復讐す 第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団 255 第十六話 ゲスドラ かずみちゃんの脳天に風穴を開ける軌道で放たれた弾丸は、彼女を傷付けることはな かった。 と言っても、弾丸が﹁俺は可愛い女の子は傷付けない主義なのさ﹂とハードボイルド 気味に逸れてくれた訳では当然ない。 イーブルキッチンへのボール状の魔力がサキちゃんが突っ込んできた結界の穴から ﹂ ﹂ 現れ、かずみちゃんへ迫る弾丸を横から消し飛ばしたからだ。 ﹁かずみ、サキ ﹁二人とも無事なの でやって来たらしい。 二人の様子から見て、まだ完治していないにも関わらず、ここ││あすなろドームま 自宅で安静中のはずの海香ちゃんに、カオルちゃんだ。 片足が脹 脛の辺りから消失した松葉杖を突いているオレンジボブカットの少女。 ふくらはぎ 一人は両目に包帯を巻いた修道女のような衣装を着た黒髪眼鏡の少女と、もう一人は 少しして二人の魔法少女がイーブルキッチンに踏み込んで来た。 !? ! 256 大人しく寝てればいいのに、なかなかどうして友達思いの子たちだな。 今の魔法は、前にビルの上からこっそりと覗いていた時に使っていた⋮⋮確か﹃パラ・ ディ・キャノーネ﹄とかいう恥ずかしい技名の合体魔法だ。 あれは海香ちゃんが作り出したボール状の魔力をカオルちゃんが蹴り飛ばす技だっ ﹂ たが、今回は片足のハンデを松葉杖で補って放ったようだ。そう言えば、以前に見た時 仲良くズタボロにされに来るのが好きなんだな、プレイアデス よりも威力は弱く見える。 ﹁チッ⋮⋮ ! 法少女と瓜二つだということに気付いたようで、目を見開いて驚いている。 対峙するカオルちゃんはユウリちゃんの顔を見て、サキちゃんと同じく、昔殺した魔 舌打ちをした後、ユウリちゃんは憎々しげにカオルちゃんたちを睨み付ける。 ! くなったみたいで、また意地の悪い笑みを浮かべ、かずみちゃんへ饒舌に話し出す。 かずみちゃんを殺せずに苛立っていたユウリちゃんだったが、二人の顔色に気分がよ じゃないか、多分。 何気に意外と覚えてもらえていたようで、本物の飛鳥ユウリちゃんとしても嬉しいん 張らせる。 そのカオルちゃんの言葉で盲目状態の海香ちゃんも誰だか気付いたようで、表情を強 ﹁そんな⋮⋮だってあの子は⋮⋮あの時にあすなろドームの裏で⋮⋮﹂ 第十六話 ゲスドラ 257 ﹁教えてやる、かずみ。こいつらはね﹂ 硬直したカオルちゃんたちに指し示すように銃口を突き付けながら喋るユウリちゃ ん。 ﹁だま、れ⋮⋮﹂ かずみちゃんをかき抱くようにしているサキちゃんはその話を止めさせようと制止 を訴える。 ﹂ しかし、そう言われて素直に黙る道理はなく、ユウリちゃんは笑みの黒さを濃くさせ て唇を動かす。 ﹁一度私を⋮⋮﹂ ﹂ !! ﹂と疑問を漏らした。 んだり、虚ろな視線を宙に撒く。 サキちゃんを含んだプレイアデスの三人はもはや止めることもせずに、俯いて唇を噛 らせて﹁え⋮・・・ ユウリちゃんの言葉の意味を脳が理解を阻んでいるのか、かずみちゃんは顔を引きつ それは罪の糾弾。被害者が加害者に向けて放つ、言葉の暴力。 ﹁殺したんだッ サキちゃんの叫びを掻き消すように一際大きく言った。 ﹁黙れえぇぇぇぇぇ !! ? 258 ﹂ ﹁かずみ。お前のお仲間の魔法少女は揃いも揃って、同じ魔法少女を殺す悪魔の集団な んだよ。そいつも⋮⋮﹂ サキちゃんを銃口で指す。 ﹁そいつも⋮⋮﹂ 反対側の拳銃でカオルちゃんを指す。 ﹁そいつも⋮⋮﹂ スライドさせて、海香ちゃんを指す。 そして、顎をしゃくって後ろを指し示した。 ﹁下で戦っているお前の仲間は全員救いようのない人殺しの屑共だ ! 殺すの ﹂ だからね、アタシはこいつらの 呆然として呟きを漏らすかずみちゃんにユウリちゃんは声高に語る。 ﹁魔法少女を⋮⋮人を、殺⋮⋮﹂ 一番大事なモノを⋮⋮あんたを !! ! ﹁くッ⋮⋮ ﹂ い切り振り殴り、かずみちゃんたちとは十分離れた位置まで弾き飛ばした。 硬直から返ったカオルちゃんたちがそれを阻もうとするが、彼女たちを俺は尻尾を思 ばっと拳銃をかずみちゃんに向ける。 ! ﹁こいつらはアタシの一番大切なものを⋮⋮奪った 第十六話 ゲスドラ 259 ! ﹁きゃあッ ﹂ !! ﹁クソッ、またお前か ﹂ まあ、まだ裏切る予定はな ? 様子だ。失明している状態で俺の攻撃に合わせるなんて、驚くべき危機察知能力だと言 とっさに海香ちゃんが魔法でバリアを張ったのか、さほどダメージは食らっていない 悪態を吐くカオルちゃんの前に降り立つと、皮肉を込めた挨拶を送り、にやりと笑う。 ﹃ああ、また俺だ。よろしくな、二人とも﹄ !? いけどな。 間もない俺をそこまで信用しちまうなんて愚の極みだぜ アンタも、アンタで十分チョロいね、ユウリちゃん⋮⋮いや、あいりちゃん。会って 俺はそれに返事を返して、カオルちゃんたちの方へと飛んだ。 ﹃どういたしまして﹄ ﹁⋮⋮ありがとう﹂ た。 俺は弾き飛ばした二人に接近しようとした移動した時、背中に小さな言葉が掛かっ ユウリちゃんにウインクを一つして、そう言うと彼女を頷いた。 料理しなよ﹄ ﹃追加で来た魔法少女は俺に任せて、ユウリちゃんはその黒髪ショートと死に損ないを 260 える。 だが、前の戦闘の疲労やダメージは完全には回復できていないせいか、俺の火炎の息 ﹄ ﹄ を防ぐほどだったバリアは弱体化していて、もう既に砕けていた。 ﹃それじゃあ、前の遊びの続きをしようぜ ﹁遊びなら一人でやっていてほしいものね﹂ ﹁⋮⋮同感﹂ 喉奥から燃え盛る火炎を二人に噴きかける。 このまま、炎で燃やし尽くすのも可能と言えば、可能だが、それじゃあいくらなんで りゃしない。 ワーなんてものはフィクションの中だけの産物だ。ここぞと言う時には足枷にしかな お互いにお互いを守り合ったのが原因でどんどん劣勢に追い込まれている。友情パ 視界ゼロの海香ちゃんに、機動力ゼロのカオルちゃん。 きてしまった。 見上げた反応速度だが、その結果カオルちゃんの手放した松葉杖は跡形もなく燃え尽 んを抱き締めながら、真横に跳んで回避する。 流石にまたバリアを張り直すほどの余力はなかったようで、カオルちゃんが海香ちゃ ! ? ﹃そんな邪険にすんなよ。鳴いちゃうぜ⋮⋮こんな風になァ 第十六話 ゲスドラ 261 も芸がなさ過ぎる。 ここはエンターテイメント性を重視した方針を採らないと。 ﹂ 得物の前で舌なめずりもできないような臆病者は、エンターテイナー失格だぜ。 ﹁クソッ⋮⋮何なんだよ、お前は 昨日、自己紹介しなかったっけ まあ、いいや。俺はドラーゴ。トラペジウ ? ? ﹂ ? ﹄ うし、あそこまで心を許してくれたユウリちゃんを背中から斬りかかるってのも案外オ とは言え、ユウリちゃんもここいらが華だしな。後はつまらなく朽ちていくだけだろ ﹃まぁな。でも、一応ユウリちゃんには借りがあるから協力してるけど﹄ ? ? ﹁完全にあのユウリって魔法少女の手下って訳じゃないのね ﹂ ﹃俺 と し て は 殺 し て 楽 し い な ら 殺 す し。生 か し て 玩 具 し た 方 が 楽 し そ う な ら 生 か す ぜ 突っ込みはなしか。寂しいなぁ⋮⋮。 ﹁貴方たちの目的は⋮⋮私たちプレイアデス聖団を殺す事 しかし、海香ちゃんはシリアスな雰囲気を保って、重々しく表情のままだ。 あきら君特製のエンジェルスマイルで可愛さアピールをしつつ、挨拶をする。 ロピクゥ∼☆﹄ ム征団の魔物の一体だ。今は義理と人情に従ってユウリちゃんの味方をやってる。ヨ ﹃あれ !? 262 ツだ。 海香ちゃんはカオルちゃんを支えながら、そんな俺に言う。 ﹁だったら、あの子を救うためにも協力しなさい。これだけ魔力を行使している彼女の ・・ ソウルジェムは限界が近いわ﹂ 殺そうとしてる奴に塩を送ろうって訳じゃあないだろ ﹄ ﹃ためにもって言ったな。じゃあ、アンタらの本当の狙いは何だ まさか、自分たちを ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? ? ﹄ 聞いてはみたものの何となく察しは付いたが、確証を得るためにカマを掛ける。 ﹃ユウリちゃんがまた魔女になられたら困るもんなァ ﹂ ! ? 魔法少女は魔女になり、他の魔法少女は魔女を狩る。そして、その別の魔法少女も魔 だって、魔法少女とは結果的に共食いをする存在なんだから。 訳だ。 本物の飛鳥ユウリが魔女になり、プレイアデス聖団に狩られたのはむしろ当然という 女のなれの果てだった。 思った通り、イーブルナッツから作られるモドキとは違う、 ﹃天然﹄の魔女とは魔法少 短慮なカオルが馬鹿正直に乗ってくれた。激昂して睨む彼女の顔を見て確信する。 ﹁⋮⋮知っていて、アンタ⋮⋮ 第十六話 ゲスドラ 263 女になればまた別の魔法少女に狩られる。 ﹂ ﹄ なかなかどうして、愉快な関係じゃないか、おい。 ﹂ ﹃笑える存在だな。魔法少女って奴は﹄ ﹁く、言わせておけば ﹁え ﹂ ﹃うん。よし、協力しよう。どうすればいい ! まさかコイツを信用する気 ? 私たちの家に強襲した奴なんだよ !? ﹂ !? 直に信用するにはどう考えたって溝が深すぎる。 まったくもってその通りだ。特にカオルちゃんは俺に足を食いちぎられている。素 ﹁海香 ! 躊躇いがちに悩む海香ちゃんにカオルちゃんが信じられないものを見る目で叫ぶ。 ﹁それは⋮⋮﹂ れるのは嫌だしな﹄ ﹃おいおい。持ちかけたのはそっちだろ こっちとしてもユウリちゃんが魔女になら そんな彼女たちに俺は大きく手を広げてオーバーなリアクションをした。 た声を漏らす。 魔法少女を嘲笑う俺が協力してくれるとは思っていなかったらしく、二人とも驚愕し ﹁⋮⋮本気なの ? !? ? 264 だが、海香ちゃんは決断した声で俺に言い放った。 ﹂ ﹁分かったわ。なら、ここは一時的に協力関係を結びましょう﹂ ﹁海香っ ﹂ りなの ﹁っ ﹂ ﹄ ﹃ま あ、そ う い う こ と だ な。カ オ ル ち ゃ ん だ っ け ちゃんって呼んでくれや こ れ か ら は 仲 間 だ。気 安 く ド ラ ﹁カオル。今は手段を選んでいる場合じゃないわ。それとも⋮⋮かずみにも見せるつも !? ? ﹁⋮⋮なら、これから私が言う事をよく聞いて﹂ カオルちゃんは心底嫌そうな顔を俺に向けた。可愛いなぁ。チューしてやりたい。 ダンディかつセクシーにウィンクを一つ決める。 ! ? !? きっと魔力を使いすぎたせいだろう。自分のソウルジェムが濁ってるのが見なくて 身体が重い。意識が遮断されそうだ。 ∼ユウリ視点∼ *** ﹃イエスマム﹄ 第十六話 ゲスドラ 265 も分かった。 けれど、構わない。ここでかずみを殺せば、プレイアデスに復讐できる。ユウリの仇 を討てる。 それだけが目的だった。それ以外の事なんか考えた事もなかった。 両手に握った銃口をかずみに向ける。 プレイアデスの真実を知ったかずみは呆然とした顔で倒れている。 その背中には海香とカオルが張り付くように掴まっていた になったあきらが後ろから抱きかかえて飛んでいる。 いきなり、アタシの身体が宙に浮かんだ。何が起きたのかと見回すとアタシを竜の姿 ﹃おーっと、そいつは待ってくれ、ユウリちゃん﹄ ﹁トリア⋮⋮﹂ これでこいつらをあの世に送り、ユウリのための復讐を完遂させられる。 足元に三角形を繋げ合わせた魔方陣が発現する。 ﹁イル⋮⋮﹂ 私の魔法﹃イル・トリアンゴロ﹄なら床ごと足元の二人を纏めて爆殺できる。 頭の割れたサキがかずみを覆うように庇うが、それでも関係ない。 ﹁や、めろ⋮⋮﹂ 266 まさか、ここまで来て⋮⋮ ﹂ それを見た瞬間、自分の心の中が急激にざわめくのを感じる。 ﹁なっ、何のつもりだ、お前 復讐を邪魔する気なのか。 ! ﹁何を言って⋮⋮﹂ ﹃俺はただユウリちゃんには魔女になって死んでほしくないだけだよ﹄ んな奴に心を許していた自分に気付かされた。 誰も信じず、ただ復讐のみに生きていたはずなのに、出会って三日も経っていないこ いていたのか思い知る。 あんなに信じていたのに⋮⋮。そう思った自分にあきらに対してどれだけ信頼を抱 怒りではなく、失望が心に過ぎった。 か。 さっき、アタシの敵討ちを肯定してくれたあきらが舌の根も乾かない内に裏切るの !? 早く ﹄ 痛みにもがこうとするがあきらに取り押さえられて動きが制限されているアタシに カオルがアタシの身体に手を伸ばして肌に触れると、指先が体内に侵入してくる。 ⋮⋮トッコ・デル・マーレ ﹂ あきらはアタシの言葉を無視しして、後ろのカオルの名前を呼んだ。 ! ﹁アンタが命令しないで ! ! ! ﹃カオルちゃん 第十六話 ゲスドラ 267 は何もできない。 ﹂ ようやくカオルが手を引き抜くとその手にはアタシのソウルジェムが握られていた。 ﹁そ、それは⋮⋮アタシの﹂ ﹄ ﹁ジュゥべえ、浄化をお願い ﹂ ! らの尻尾が阻まれた。 ! ﹃ぎゃん ﹄ ! ! ﹁ジュゥべえ ﹂ ジュゥべえを弾き飛ばして奪い取る。 あ き ら は ジ ュ ゥ べ え に よ っ て 浄 化 さ れ た ソ ウ ル ジ ェ ム を 尻 尾 を 動 か し、す ぐ さ ま ﹃まあ、そう喚くなって﹄ ﹁この、裏切り者がぁ ﹂ 魔法で生み出した銃・リベンジャーでジュゥべえを撃ち抜こうとするが、それはあき ﹁やめろぉ ウルジェムから穢れを吸い出していく。 空中に躍り出ると前転をするように回転を始め、黒い渦へと姿を変えて、アタシのソ 海香がそう叫ぶと修道女の帽子からするりと契約の妖精・ジュゥべえが飛び出す。 ﹃わかってらい !! ! 268 ﹂ ﹃アンタらももうご苦労様﹄ ﹁なっ⋮⋮ だから、ユウリちゃんの魔女化は防げた。そして、 ﹁やっぱり、アンタ協力するつもりなんかなかったんじゃない﹂ れたが、二人とも焼け焦げた跡があった。 海香はバリアを張りつつ、カオルが海香を抱いて床に飛び降りたおかげで致命傷は免 長い首で海香たちに振り返ったあきらは灼熱の炎を二人に吹き掛ける。 ! ? ﹄ ? 視線を倒れているかずみに向けていた。 だが、アタシを抱えたあきらはそんな様子には目もくれず、翼をはためかせた状態で しっかりしろ、こんなふざけた奴をどれだけ信用する気なんだアタシは。 知 ら な い 内 に 安 堵 感 が 込 み 上 げ て き た 自 分 を 振 り 払 う た め に ぶ ん ぶ ん と 首 を 振 る。 何だ。アタシを裏切った訳じゃなかったんだ⋮⋮。 化されたみたいだ。 た。その表面には穢れが消えていた。身体はまだダルいままだったがこれで穢れは浄 悪びれたところもなく、そう言うとあきらは手に入れたソウルジェムをアタシに返し 何か、おかしいとこある 一時休戦は目的を達成できた時点で既に終了。これからはまた敵同士って訳だ。⋮⋮ ﹃何言ってんだよ。協力しただろ 第十六話 ゲスドラ 269 そして、アタシを抱き締めている腕伸ばし、かずみに覆い被さっているサキを掴み上 げる。 ﹂ ? ﹂ ! ソウルジェムを弄んだ。 ねぇ﹂ あきらはそれに視線すら向けずにかずみだけを見つめ、舌の上で飴玉のようにサキの えない海香はとっさに何が起きたのか分からないようでカオルに尋ねている。 カオルは焦った顔で立ち上がろうとするが片足がないせいで無様にこける。目の見 !? やめろよ ﹁やめろぉ ! サキに何が起きたの ﹁カオルっ ! その上にはサキのものだと思われるソウルジェムが乗っかっていた。 せる。 し折れる音と柔らかい何かが潰れるような音が交互にした後、あきらは長い舌の先を見 床にうつ伏せの姿勢で這い蹲るかずみ。それを横目にバキボキと木の枝が何本もへ ﹁サ⋮⋮サキ 大きく開いたあきらの口の中に本人ごと飲み込まれて行ったからだ。 サキの言葉は最後まで告げられる事はなかった。 ﹁な、にを﹂ ﹃そうだな。今日はそこそこ暴れたからこれくらいで許してやるか﹄ 270 ﹂ 事態をまだ呑み込めていないかずみの前で粉々に噛み砕く。ソウルジェムの欠片す ら食べ終えたあきらは口の周りを舐めた。 ﹃いやァ、旨かったぜ、アンタのお友達﹄ ﹁うそ、うそ⋮⋮こん、なのうそだよおおおおおおおおぉぉぉぉ 何が友達だ 人殺しには御似 絶望に嘆くかずみを見て、アタシの欲望が少しだけ満たされたのを感じた。 !! だが、そんなアタシに水を差すようにあきらが落ち着いた声で言う。 最高だ。最高に笑える。こいつらにはぴったりだ。 御互いに惨めに地面に転がったまま、指を咥えて見ている事しかできなかった。 ! 空気を震わす哄笑が唇から流れ出す。 ﹁あはははははははははははははは ざまあみろ 合いの末路じゃないか﹂ ! 何もできずに無力に喚くかずみ、そして海香とカオルもだ。 ! 界の割れ目から外に飛びだした。 筐 体の太鼓ゲームのリトライ時のような台詞を吐いたあきらは翼をはためかせて、結 きょうたい ﹂ ちょっと楽しいのはこれからだって⋮⋮﹂ !? ﹃まあまあ。生きてればまた、もう一回遊べるドン ! ﹁はあ ﹃ご満悦なとこ悪いんだけど、そろそろ晩餐会は御開きだ﹄ 第十六話 ゲスドラ 271 ﹃あー、やっぱひむひむたち負けてるかー。流石に一筋縄ではいかないか﹄ あきらと同じように下を見るとトラペジウム征団の奴らは皆、魔物の姿から人の姿へ と戻っていた。 ﹄ 対するプレイアデスの連中は多少傷付いているが、まだ戦意が残っている。 ﹃ユウリちゃん。あいつらとイーブルナッツの回収頼める ﹁あきら、アタシはまだ⋮⋮﹂ 甘えるような声に低い声に背筋がぞくりとさせられる。 ﹃お・ね・が・い﹄ ﹂ ! に背負って戻ってきた。 ニコや宇佐美は燃え盛る客席に気を取られている内に、炎に紛れたコルが三人を背中 散らす。 それを見送ったあきらはプレイアデスの意識を逸らすためにドーム全体に炎を撒き せた。 赤い牡牛が空中に召喚されると、下に倒れているトラペジウムの面子を回収に向かわ ﹁気持ち悪い声だすな。⋮⋮分かったよ。﹃コルノ・フォルテ﹄ しかも、こいつはそれを多分分かった上でやっているのだから性質が悪い。 何だが馬鹿馬鹿しくなり、殺意や狂気が削がれていくのが分かった。 ? 272 口には三つそれぞれのイーブルナッツが咥えられている。 ﹂ ﹃おー。コルさんさっすがー﹄ ﹁ぶも ﹄ ﹂ ﹃まあ、とにかく逃げるぞ。三人も人背負ってるけど、コルさんももっとスピード出せる 分が居た。 そう思うとユウリに申し訳なく思う反面、あきらとのやり取りが楽しくなっている自 下らない事で諍いをするのはユウリが生きていた頃以来だ。 いさか 何故かアタシよりもコルを褒めるあきらに、それを喜んでいるコルに怒りが湧いた。 ﹁アタシを褒めろ、アタシを﹂ ! も、竜の姿じゃ色気も何もないけれど。 ⋮⋮そう言えば、男の人に抱き締められるのは人生で初めてかもしれない。もっと きらと居る事に楽しさを感じているせいだろうか。 楽勝だと言うかのようにあきらに頷くコル。いつになく、感情豊かなのはアタシがあ ! ? ﹁ぶも 第十六話 ゲスドラ 273 第十七話 グッバイ マイフレンド プレイアデス聖団から辛くも逃れてきた我らトラペジウム征団及び魔法少女ユウリ ちゃんは俺のマンションへと返って来た。 段ボール箱のいくつか残るリビングの中でひむひむたちをコルさんからの背中から 降ろして寝かせる。ちなみに俺もドラゴンの姿から人の姿に戻っていた。 ユウリちゃんはダルそうにソファに寄り掛かって、恨みがましい目で俺を見ている。 ら、もっと丁寧にやらないと。あのまま、皆殺しにしても誰もユウリちゃんを殺したこ ﹁復讐ったって、結局のところ自分がスッキリして気持ち良くなるための手段なんだか があるってモンだけど。 クールに見えて、熱くなり易いアホの子だ。まあ、そんなところが愚かで裏切り甲斐 の子の頭の足りなさを如実に表している。 あと少しだったのはアンタの魔女化だけだって話だ。後先考えずに突っ走るのはこ リちゃん﹂ ﹁まーだそんなこと言ってる。一度で簡単に終わらせようとするのは悪い癖だぜ、ユウ ﹁せっかく、あと少しでプレイアデスの連中を皆殺しにできるチャンスだったのに⋮⋮﹂ 274 とを後悔しちゃくれないぜ ﹂ ? を覚ました。 三人の身体を触ったり、関節の可動範囲を調べたりして遊んでいると、ひむひむが目 負った傷は人間態の時には残らないみたいだ。 に戻るだけで、身体に怪我のようなものはなかった。多分、魔女モドキや魔物の状態で カマキリの魔女モドキになった女刑事もかずみちゃんの攻撃を受けた後は人間の姿 外傷は特にない。 プレイアデス聖団の魔法少女にやられた彼らは表情に苦悶こそ残しているが、身体的 ウムの皆様の方を見る。 さて、脳みそ足りないお姫サマは一旦置いておいて、ばんたんきゅーしてるトラペジ 上よく知ってはいるんだけども。 付けばこの手の悲劇のヒロインちゃんはほいほい言うことを聞いてくれることは経験 どうして、俺みたいな人間を信用しちゃうのかさっぱり分からない。理解者ぶって近 信頼を置いているらしい。 初対面に比べると態度が驚くほど軟化しているのが分かる。もう俺に対して全幅の 反論はないようで、ユウリちゃんはむくれてそっぽを向く。 ﹁むう⋮⋮﹂ 第十七話 グッバイ マイフレンド 275 ﹁ん⋮⋮ここは ﹂ ? ﹂ ? ﹁もう 笑い事じゃないよ。自分のクソ不味い血を飲まされて悶絶したんだよ ﹂ ? ひむひむの話によると、里美ちゃんは動物を操る魔法を使うのだと言う。案外、誰よ た。 そこには歯形らしき痕跡はなく、そこらの女の子以上に色白の美しい肌が広がってい 俺の反応に憤慨するひむひむは自分が噛んだ腕の部分を服を捲って見せてくる。 ! 経験豊富なんだから﹂ ﹁あははは。そりゃ、ひむひむが悪いって。弱そうに見えても向こうの方がずっと戦闘 た。 ひむが趣味に走りすぎた結果、油断して返り討ちにあっただけという間抜けな話だっ どういう風に負けたのか、何が敗因だったのかを聞くと、何のことはない。全てひむ 刻そうな表情をすると殊更暗く見えた。 そう聞くとひむひむはこくり重々しい顔で頷く。普段、明るく笑っている奴だから深 ﹁顔を見られちまった ﹁ああ、あきら君。⋮⋮そうか、確かボクは宇佐木里美にやられて⋮⋮﹂ 軽く挨拶すると状況を確認できたひむひむは上半身を起こして、俺に話しかける。 ﹁気が付いたみたいだな、ひむひむ﹂ 276 ﹂ りも厄介な魔法かもしれない。ただ聞いた限りだと射程距離が短いようなので、遠距離 からの攻撃ならそこまで苦戦はしないはずだ。 家で一緒に住んでる ? そこで、俺は話を急に変えてひむひむに家族のことを聞いた。 ? 母 親 と 双 子 の 妹 が 居 る け ど 今 は 二 人 と も 精 神 病 院 だ よ。ま ﹁そう言えば、ひむひむって家族構成どうなってんの 急 に 家 族 の 話 ? 暮らしをしている訳ね。 そうかそうか。家族は二人とも精神病院に居るのか。と、なるとひむひむは今、一人 た。 怪訝そうな顔をしつつも、ひむひむは少し照れたように頭を掻きながら俺にそう話し あ、原因はボクが虐め過ぎたからなんだけど﹂ ﹁え ? ? 暮らしているのなら、俺のことを話していても不思議じゃないが、離れてくらしている 俺が知りたかったのはひむひむの家族が俺の存在を知っているかどうかだ。家族と だが、俺の懸念事項はちょっとそれとは違う。 神ぶち壊したらしい癖にそれなりに家族に愛着を持っているようだ。 腕組みをして、そう漏らすひむひむは思考を俺から外して考え込む。弄くり回して精 族が狙われるのは必然だよね⋮⋮﹂ ﹁あ、ひょっとしてボクの住所が割れてるかもしれないって話 確かにそうなると家 第十七話 グッバイ マイフレンド 277 なら話は別だ。 何 あきらく⋮⋮﹂ 俺は使い慣れてきた彼の渾名を気軽に呼んだ。 ﹁ひむひむぅ∼﹂ ﹁え ? ﹁どうしてこんなことをするの ﹂という疑問が視線だけで伝わってくる。 を見るかのように大きく見開かれていた。 言葉の代わりにごぽりと血の塊を吐き出すひむひむ。その両目は信じられないもの なぜなら部分的に魔物化させた俺の右手が彼の胸に深々と突き刺さっているからだ。 何気なく、俺の方を向いたひむひむは最後まで俺を呼ぶことができなかった。 ? ﹂ ? のまま生きてもらっているのはまずい。 ラスで且つ仲良く話しているのをカオルちゃんたちに見られてしまっている以上はこ せめて、リッキーと同じく違うクラスだったらまだ誤魔化しは聞いたのだが、同じク 彼の瞳に含まれた色は真っ黒の憎悪。裏切られた怒りを俺に真っ直ぐ突き刺す。 ものに変貌する。 理由を丁寧に教えてあげたにも関わらず、ひむひむの形相は鬼のように怒りに満ちた 危険性があるんだわ。だから、悪いけどさっさと死んでくれ、な ﹁ひむひむはさー、俺のクラスメイトだから面がバレちまったからには、俺にまで繋がる ? 278 まあ、でもそこそこ信頼していたのにポカしたペナルティも含んでいる訳だから、全 てが全て理不尽でもない。 ﹁あ゛ぎ⋮⋮らぁ⋮⋮﹂ きっと生きていたら﹁ありがとう、あきら君 君は最高の友達だよ 宣言してくれること間違いナッシングだ。 ﹂と高らかに !! 盟友ひむひむと抱き合いながら男同士の友情を感じあっていたが、ソファからの熱い ! た。血液大好きっ子のひむひむには最高のラストだったと言えるだろう。 ぐったりと俺に寄りかかるひむひむは人間ではなく、肉でできたオブジェと化してい ぜ、ひむひむ。俺たち男同士じゃないかぁ。 ひむひむは糸の切れた操り人形の如く、俺の胸に倒れ込んで来る。おう⋮⋮駄目だ が、こうなってしまっては仕方ない。 実のところ、一番俺に近いものを感じていたから期待はそれなりに掛けていたのだ 部がはみ出すのを感じた。 柔らかく弾力のある何がぐちゃりと潰れた感触がして、拳の間から液体とちぎれた一 可愛くウィンクすると刺し貫いた手の先をグッと握り締める。 絆は永久に不滅なんだぜ☆﹂ ﹁里美ちゃんの情報ありがとな、ひむひむ。例え、死んでも仲間だ。トラペジウム征団の 第十七話 グッバイ マイフレンド 279 ? 眼差しに気が付いて、振り返る。 ユウリちゃん ひょっとしてこういうの見てホモとか騒ぎ出す女子なの ? ﹁じゃあ、何で ﹁いや、さっき言ってたじゃん ﹁それ、だけで殺したのか ﹂ ﹁⋮⋮お前、正気じゃないぞ﹂ ﹂ 聞いてなかったのか こいつが顔バレしちまった 白どうなんだけど、正体は自分で明かしたいものだしな。 ﹃それだけって﹄、割りと重要な気がするんですがそれは。まあ、バレたらバレたで面 愕然とした表情でユウリちゃんは馬鹿みたいに何度も俺へ尋ねる。 ? ? ? ? から生きてると俺も危ないって﹂ ? ﹂ トラペジムの四つ星に懸けて俺たちは仲間さ﹂ ﹁殺したのか⋮⋮仲間だったんじゃない、のか 数秒後、ようやく言葉が出てきたらしく震える唇で俺に喋りかける。 りだ。 やれやれと言った風に俺がそう言うが、ユウリちゃんは引きつった顔で俺を見るばか よね∼﹂ 女の子って男が互いに友情を感じ合ってるだけで、ホモネタに走りたがるから困るんだ ﹁何 ? ﹁仲間だよ ? 280 ﹁ほい。鏡﹂ もし 特大ブーメラン発言をかましてくれるユウリちゃんに段ボールから血で汚れていな い方の手で、手鏡を取り出して見せてあげる。 というより、今の今までこの子は自分のことをまともだと認識していたのか そうなら、厚顔無恥ってレベルじゃねぇ。 ? ユウリちゃんとコントを繰り広げていると、サヒさんやリッキーも気が付いたようで もぞもぞと起き上がって来た。 ﹂ それと同時に俺は両目から涙を流し始める。 ﹂ !? ! ﹂ ! ﹁⋮⋮ひむひむはプレイアデス聖団に殺されちまった﹂ 涙と鼻水で汚れた顔で二人の方を向くと俺は喉から搾り出すような声で答えた。 ﹁ひ、氷室君が⋮⋮血に塗れて⋮⋮﹂ ﹁どうしたんだ、それ 泣き喚きながら、血に濡れたひむひむに気付いた二人は慌てて俺に問いかける。 い。 突然の涙に驚き、奇声を上げるユウリちゃんだったが今はアンタには構ってられな ﹁はぁ ﹁うっ⋮⋮くっう⋮⋮何でなんだよ、畜生 第十七話 グッバイ マイフレンド 281 ﹁ ﹂ ヒさんたちに情報を伝えた。 声にならない声を上げてユウリちゃんは硬直する。俺は彼女を華麗にスルーしてサ !? 一人で無駄に格好付けやがって﹂ ! ﹁⋮⋮ プ レ イ ア デ ス の ク ソ 女 ど も ぉ ﹂ ﹁氷室君の仇は必ず取ろう⋮⋮﹂ ひむひむの分も戦い抜こう﹂ 氷 室 の 命 を 奪 い や が っ て ⋮⋮ 絶 対 に 許 せ ね ぇ ﹁サヒさん⋮⋮リッキー⋮⋮。ああ、もちろんだぜ 心臓を抉られたひむひむの手を掴み、三人はプレイアデス聖団への再戦を誓い合っ ! ! !! リも疑うことなく信じてくれた。 二秒ほどで捻り出した感動のストーリーを二人に如何にも辛そうに聞かせると、一ミ それやめてください。 サヒさんは悲痛な目で顔を押さえ、リッキーは床に拳を打ち付けた。あ、床痛むんで ﹁馬鹿野郎⋮⋮ ﹁そんな⋮⋮氷室君が僕たちを﹂ 時⋮⋮ひむひむが俺たちを庇って⋮⋮﹂ ⋮⋮俺もユウリちゃんもボロボロで、サヒさんたちは気絶しててもう駄目だって思った ﹁俺たちはプレイアデス聖団に負けて、敗走している途中、後ろから魔法を受けたんだ 282 た。 感動に目を潤ませて円陣を組む俺たちを信じられないものを眺める目でユウリちゃ んは見ている。やっぱ、こういう熱い男の友情は女の子には分かんないもんかね * 撃滅できた。 グパワーZ﹄の洗浄力が高く、それほど時間も経っていないことが幸いして見事汚れを 最悪、新しいカーペットに取り替えようかなと思っていたが、思いの外﹃クリーニン しいぜ。 まったくもう、ひむひむったらいくら血が大好きだからって俺の家まで汚さないで欲 洗剤で擦って綺麗にしていた。 ペットに染みてしまった血液を通販で買った﹃クリーニングパワーZ﹄という怪しげな 二人を自宅まで送り届けた。俺はその間、ひむひむの死体はモグモグして処理してカー サヒさんたちに回収したイーブルナッツを再び返した後、ユウリちゃんの警護の下に ? 手に付いたひむひむの返り血をシャワーで洗い落として、一息吐いてソファに転がっ ていると、ユウリちゃんが帰って来た。 ﹁おっす。お疲れ﹂ 第十七話 グッバイ マイフレンド 283 ﹁⋮⋮お前、本当にとんでもない奴だな。さっきの演技を見て確信した﹂ ﹁何すんの、ユウリちゃん ﹁え 何、聞こえないよ ﹂ 最後まできっちり言って﹂ ? ﹂ !! あまりの声量に耳を押さえて身体を丸まった。指で突付かれた団子虫如く、間接を折 ﹁うぐぅ﹂ ﹁アタシに優しくしたのも演技かって聞いてるんだ 聞き返すと、今度はめちゃくちゃ大きな声で俺に叫ぶ。 ? もの凄い聞き取りづらい小声でぼそりとユウリちゃんは呟いた。 ﹁⋮⋮アタシに優しくしてくれたのも⋮⋮﹂ ブルナッツを握り締めるだけで返却してくれそうにない。 手を伸ばして﹃返してくれ﹄とジェスチャーするが、ユウリちゃんは顔を俯かせてイー ? を掻っ攫った。 そんなことを考えながら、イーブルナッツを上へ軽く投げると、ユウリちゃんがそれ 度はそれなりに節度を保てる奴がいい。加えて、俺と接点がないなら、なお良しだ。 トラペジム征団には新しいメンバーが必要だ。ひむひむは趣味に走りすぎたから、今 適当に返しながら、指先でひむひむのものだったイーブルナッツを弄ぶ。 ﹁母親は元ハリウッド女優でね。演技の程はプロ級だよん﹂ 284 り畳み、縮こまる。 答えろ、あきら。答えによっては⋮⋮﹂ しかし、そんな様子は意にも解さず、ソファに仰向けで丸まる俺にユウリちゃんは乗 りかかる。 ﹁どうなんだ ﹂ ﹂ ﹁ぎゃああああ る。 ﹂ ユウリちゃんは俺から飛び退いて、警戒した猫の耳のようにツインテール逆立たせ いいパンチ持ってやがる。俺と一緒に世界目指そうぜ。 フックの利いた拳で頬を殴られる。 ﹁おぶっ⋮⋮ ! ﹁むちゅ∼﹂ 唇の先をタコ型宇宙人のように尖らせて、 の顔に静かに近付けていく。 耳から離した手でユウリちゃんの頬に当てる。それから、ゆっくりとした手付きで俺 それでいい。飼い犬は少しくらい乱暴にじゃれ付いてくるのがちょうどいい。 瞳が剣呑に光る。答えによっては俺を殺すつもりだ。 ? !? ﹁何するんだ、お前は !? 第十七話 グッバイ マイフレンド 285 ﹁いや、ちゅーして俺の気持ちを伝えようかって﹂ ﹂ 揉み上げの髪を人差し指に絡めて、もじもじと流し目を送る。足も地味に女の子座り をする。 ﹁い、要るか、ばか ﹂ ! 格好つけて舐めたものの、あまりの不味さに即行で口をゆすぎに流しへと走った。 ﹁うげっ⋮⋮ 笑みを浮かべて、ぺろりと手の中のイーブルナッツを舐める。 それはさて置き、新たな仲間はどんな奴にしようか。 殺人経験があるって意味で言えば、とうの昔に童貞捨ててるんだがな。 初心な子だ。男を知らないに違いない。⋮⋮ちなみに俺も女を知らない。 ユウリちゃんは俺にイーブルナッツを投げ付けると、そそくさと家から去って行く。 ! 286 双樹あやせ襲来編 第十八話 ライオン劇場 前編 ⋮⋮どうしたもんかなぁ。 俺は内心でぼやきながら学校をサボり、街の中を徘徊していた。 理由は失われたトラペジウムの四つ星の一つ、征団の欠番を埋めるための人材探し だ。 学校を休んだのは、向こうで探すと俺も繋がりが見えてしまうし、何よりバリエー ションが少なすぎるからだ。カオルちゃんたちも流石にサキちゃんが死んだ次の日に 登校できるほどイカした精神構造していないだろうから、学校に行く意味合いがほとん どない。 あすなろ市をぶらついて、見込みのありそうな奴を捕まえたいところだが、平日の昼 間ということもあって、街には会社員ぐらいしか目に付かない。 あ ! 補導されたらどうしよう言い訳しようかと小心者の俺は青空を見上げて歩く。 それにしても、何て綺麗な青空なんだ。まるで俺の澄んだ心のようじゃないか あ、世界は美しい !! 第十八話 ライオン劇場 前編 287 テンションを上げるために、無理やり空の青さに感動する。 大変頭の悪い元気の上げ方をしながら俺は曲がり角を曲がった。すると、そこで誰か とぶつかる。 ﹁あうっ⋮⋮﹂ 幸い、俺の方が身体が大きかったので、ぶつかった相手はコンクリートの地面に尻餅 を突く。 おぼ これで相手がトーストを加えた美少女転校生なら、恋愛フラグはビンビン丸なのだ が、残念ながら転んだ相手は男だった。 俺よりも一つか、二つくらい年下の童顔の少年。隣には手荷物と思しき、大き目の ダッフルバッグが落ちている。 旅行か何かの帰りかだろうか、少なくとも学校を早退してきた訳ではなさそうだ。 座り込んだままの少年に俺は笑顔で手を差し伸べた。 ﹁おっと。悪かったな。余所見してた﹂ ⋮⋮いや、そういう反応じゃあ だが、少年は俺の顔を引きつった表情で見つめ、固まっている。よく観察すると頬に 冷や汗も掻いていた。 俺の顔に何か付いているのか ? どうかしたんだ ? 288 ない。これは気付いた時の反応だ。 自分には到底理解できないものが存在していることを知ってしまった時の反応。 ぽつりと少年は俺に見惚れたように呟きを漏らす。 ﹁⋮⋮凄い﹂ その瞳は金銀財宝を意図せずに掘り当ててしまったような、そんな眼差しを俺へ投げ 掛けていた。 ﹁ドス黒い闇⋮⋮それなのにとても生き生きとしてる。邪悪そのものだ﹂ よ 恍惚の表情で中二病テイストの暴言を俺に放ってくる。何、この子。ぶっ飛ばしても 良かですか よ 法王サマ大激怒だよ ? し し む ら ﹂ オレは獅子村三郎って言います !? ﹁名前⋮⋮ワールド・オブ・エンジェルこと一樹あきらだけど﹂ ﹁あきらさんって言うんですね ﹂ この全世界のエンジェルたる俺に向かって邪悪とか、バチカン市国が黙っちゃいない ? ホモガキなのか ひょっとして俺のキュートなお尻は今狙われている 何だこいつ。何の脈絡もなく、自己紹介を始めてきやがった。 ﹁はあ﹂ ホモか ! ? ? ﹁あのっ、貴方の名前を教えてもらってもいいですか 第十八話 ライオン劇場 前編 289 ? ? のか 恐怖心を振り払って、俺に獅子村と対峙する。 村は起き上がる。 貞操の危機に内心でガタガタ震えていると俺の差し出した手を取って、少年改め獅子 !? ﹂ !? ぜひとも、オレに邪悪の演技 ! 導はできないよ﹂ 今まで旅をしながら色んな人を見てきたオレが !! ﹁大体、演技の指導っていうけど、演技は他人に指導されて得るんじゃなくて、見て覚え さでできているというのに。⋮⋮自分への。 朗らかな笑みの癖に言ってくることが酷すぎる。誰が生粋の悪だ。俺の半分は優し 言うんだから間違いありませんって﹂ きらさんが生粋の悪だという事が ! ? ﹁またまた∼。そんな事言って邪険にしないで下さいよ。オレには分かるんです あ ﹁獅子村君って言ったっけ 俺は邪悪なんかじゃなく、心清らかな男だからそんな指 無駄に熱い情熱に圧倒されつつも、俺はそれに答えた。 獅子村はキラキラした目で俺にそう捲くし立ててくる。 を指導してくれませんか みたいな本物の邪悪を体現している人初めて見ました ﹁オレは将来、最高の舞台を作るために演技を磨く旅をしているんですけど、あきらさん 290 るモンなんだよ。技は盗むくらいじゃないと﹂ 俺だってママから直接習った訳じゃなく、映像媒体から表情、声の抑揚を見て自然と 覚えていったのだ。 指導なんて一度たりとも受けたことすらない。 だから、しばらく近くで観察させてほしいんです﹂ されて本質を見えていないだけなんだ﹂ ﹁獅子村君が言う邪悪っていうのはさ、実は俺の演技なんだよ。アンタが俺の演技に騙 サクっと断ろう。 だが、俺のことを誤解している相手に付きまとわれているのも、嫌気が差す。ここは その辺は獅子村も理解しているようで、直接的な指導は期待していない様子だった。 ﹁はい ! 川村理恵って十数年くらい前にアカデミー賞主演女優賞を受賞した初の日本人女 !? は絶大な効果を及ぼすはずだ。 ママの名前を出すのは些か反則かもしれなかったが、演技の道をかじっていたものに 優の⋮⋮﹂ ﹁ ﹁だって、俺はあの﹃川村理恵﹄の息子だから﹂ あり得ないと首を振る獅子村に説得力のある一言を放り渡す。 ﹁いや、そんな訳ないですよ。ずっと人を観察してきたオレが⋮⋮﹂ 第十八話 ライオン劇場 前編 291 ちゃんとした場所で学んでいる奴はもちろん、こいつのように独学で学んでいる奴に だって効く。 オレと演技で勝負してください ﹂ !! 多いほどいいだとか。そういう発想がにわか臭いんだけどな。 獅子村の提案で俺たちは近くの駅の前まで移動した。何でもギャラリーは多ければ * まあ、面白そうなので付き合ってやろう。 こうして、なぜか俺と獅子村の勝負の火蓋が切って落とされた。 ﹁あきらさん ! すうっと一呼吸した後、獅子村は敵愾心全開で俺に宣言する。 何気なく言った一言がどうやら地雷踏んでしまったらしい。 ﹁雑種には雑種なりの意地があるんです⋮⋮﹂ ちていた。 顔だけで一瞥すると、獅子村がもの凄い形相で俺を見つめている。その目は怒りに満 た。 ひらひらと手を振って、その場から立ち去ろうとするが後ろから強い力で肩を掴まれ かできない演技な訳だ。だから、諦めてくれ﹂ ﹁まあ、あれだ。血統のなせる業って奴だ。アンタの言う邪悪さって言うのは天才にし 292 指定された場所に着くと獅子村は俺に言った。 ﹁そ れ じ ゃ あ、あ き ら さ ん。ま ず あ な た が お 題 を 決 め て く だ さ い。オ レ は そ の お 題 に 従って演技します﹂ ルールとしては、互いにお題に沿って演技をして、どちらの演技が上かを決める形式 ﹂ のようだ。シンプルで味気がないようにも思えるが、取りあえずはそれでいいか。 ﹁それはいいんだけど演技の評価もお互いに付けんの それじゃ、獅子村に適当なお題でもやらせるかね。 以外にギャラリーを気にする理由もないけど。 なるほどなるほど。それが理由で駅前まで連れて来たということか。⋮⋮まあ、それ 信じ込ませるものですから、どちらがより多くの人を騙せたかで勝敗を決めましょう﹂ ﹁演技の程はここに居る通行人たちに決めてもらいます。演技というのはやはり他人を ? ﹂ ! ! 銀行にある有り金全部このバッグに入れろ ! ! きな銀行の中へと足を踏み入れていった。 ﹁おい テメエら、強盗だぁ さも 自信そうな顔で獅子村はダッフルバッグから銃と覆面を取り出して、悠々と駅前の大 つか犯罪に手を染めた事もあるんです。銀行強盗なんて楽勝ですよ ﹁見くびってもらっちゃ困りますよ、あきらさん。オレはね、犯罪者の演技のためにいく ﹁じゃあ、ちょうどあそこに銀行もあることだし、強盗の演技でもしてくれ﹂ 第十八話 ライオン劇場 前編 293 なきゃ撃ち殺すぞぉ ﹂ のこってりとした味が⋮⋮。 ﹂ すす 極上とんこつタンタン麺の麺を啜り、スープを飲む。旨い。辛いだけではなく、豚骨 ﹁ちょっとラーメン食ってるから待って﹂ ﹁や、やりましたよ、オレ⋮⋮﹂ いると、店に荒い息を吐きなら獅子村が来店する。 しばらくして注文した極上とんこつタンタン麺が来たので、俺はそれを静かに啜って タン麺﹄を注文して席に座った。 お腹が空いてきたので、俺は駅の裏手にあったラーメン屋に入り、 ﹃極上とんこつタン だな、あいつ。 その間獅子村は俺に向けてずっとドヤ顔を超然と晒していた。⋮⋮真性のアホの子 型の宇宙人風に取り押さえられた後、足を引きずりながら奥の部屋に連行されて行く。 すると、ほんの数十秒くらいで二人の警備員が出てきて奴の両方の腕を掴み、グレイ ガラス張りの壁から中をその様を眺めていると、獅子村が侵入して叫んだ。 !! した様子もなく、俺の方に近寄って来る。止めてくれ、知り合いだと思われるだろうが。 お店に迷惑な絶叫を撒き散らした獅子村はラーメン屋の兄ちゃんに睨まれるが、気に ﹁というか、何でこんなとこでラーメン食ってんですか !? 294 しばらく、完全に無視していたらラーメン屋の兄ちゃんが入り口の外に追い出してく れた。 兄ちゃんに感謝しながら、二十分くらい時間を掛けて完食をした後、金を支払って店 を出る。 あの後、オレ凄い追いかけられたんですよ﹂ ﹂ しょうがないので、俺はその自信を圧し折ってあげることにする。 生意気な子だな。よほど自分の演技に自信があるようだ。 そう言って、人さし指を俺に向ける。 ﹁とにかく、これでオレの番は終わりましたよ。次はあきらさんの番です﹂ ﹁あれ、逃げ切れたのかよ。意外に凄いな﹂ 店の脇で待っていた獅子村が待っていた。恨みがましい目で俺を睨んでいる。 ﹁何で勝手に帰ったんですか !? ? ﹂ ? ﹂ ! ﹁そうです。あきらさんの滲み出る邪悪さが演技だと言うのなら、格好いいヒーローを ﹁ヒーロー ﹁あきらさんにはヒーローを演じてもらいます 獅子村は俯いて少しの間考え込み、そして何か思い付いたように顔を上げた。 ﹁いえ、強盗なんて邪悪なあきらさんには簡単すぎます。そうですね⋮⋮﹂ ﹁で、俺も銀行強盗やればいいのか 第十八話 ライオン劇場 前編 295 演じてみてください﹂ 俺が聞き返すと獅子村は鷹揚に頷く。 随分とまあ抽象的なお題だ。銀行強盗よりも難しい。 ﹂ 怪人役でも出てきてくれれば話は別なんだが、リアルでヒーローって言われてもいま できないんですか いちピンと来ない。 ﹁あれあれ ? ﹂ ? ﹁あれ 何か刺さってますね﹂ 獅子村も俺の目線が明らかに自分からずれているを見て、気になったみたいだ。 ﹁何、余所見してるんですか いや、逆だ。これがイーブルナッツと違う天然もの。グリーフシードだ。 のようにも見える。 上下の両端から棘が生えた幾何学的な模様の付いた黒い球体。まるで発芽した球根 一見イーブルナッツかと思ったが、遠目から見ても若干形状が違う。 が突き刺さっているのを発見した。 俺はそんな奴に内心殺意を込めて見ていると、視界の端で何か鈍く点滅して光るもの 技なら大したものだろうが、多分これは素だ。 獅子村は助走をつけて殴り飛ばしたくなる嫌らしい笑みを浮かべている。これも演 ? 296 ? 獅子村はすすっと喋りながら移動して、鈍く点滅する何かが突き刺さる壁の前に行 く。 その壁はシャッターの閉まった空き店舗らしき店のものだった。外装からして元飲 食店だったのが何となく感じ取れた。 俺もその壁の前に立つと、点滅する速度が次第に速くなっていることに気付いた。 ﹂ これはやばくないかと思った瞬間にそれは大きく鈍い暗色の光りを放つ。 ﹁うわっ⋮⋮ ! そうだ。 むしろ、興味津々といった具合に周囲を見回している。この子は意外に見込みはあり ど取り乱してはいなかった。 獅子村の方も根は相当図太いらしく、訳の分からないことが起きたというのにそれほ んたちから聞いた魔女の結界だということを察する。 摩訶不思議な展開過ぎるおかげで、俺は逆に冷静になれて、すぐにこれがカオルちゃ 思議な場所だった。 次の瞬間、俺たちが居たのは空き店舗の壁の前ではなく、薄闇色の背景に彩られた不 周囲に光と共に大きく空間が展開され、一瞬にして世界を俺たちから切り離した。 ﹁くっ⋮⋮﹂ 第十八話 ライオン劇場 前編 297 ただ、ここが魔女の結界内だとするなら、確か使い魔とかいう奴が居るとか言う話 だったはずだ。 そう考えた俺の期待に応えるように床や上から何やら形容詞しずらい幼女の落書き ﹂ のような生き物がたくさん這い出てくる。強いて言うならデフォルメされたクラゲだ 凄い ! 顔を覆う。 く、来るな ﹂ !! ﹂ !! 妙に甲高い断末魔を上げて、一ダース近い使い魔の群れは消し炭へと変わっていっ う。 台詞と共に姿を竜の姿に変貌させて、間髪入れずにクラゲの使い魔を火炎で焼き払 ﹁変⋮⋮身 そして、お決まりの台詞を上げた。 く無駄なポーズを取る。 ちょうどよく敵が現れてくれたので、俺は先ほどのお題をこなすため、ヒーローらし ﹁うわあああ ! 流石に自分に危害が加えられそうになるのは怖いようで、さっきまでの余裕を消して 掛かる。 驚いているのか感心しているのか分からない叫びを上げた獅子村へとそれらは襲い ﹁うわ、何かよく分からないもの出て来た ! 298 ﹄ た。本来なら焦げ臭さがしてもおかしくないのだが、魔力でできた存在だからか臭いは まったくしない。 少年 ! ﹁黒い、ドラゴン⋮⋮ ﹄ 本当にあきらさんなんですか ﹃こっちの方がヒーローっぽいだろ ? ? あと少年って⋮⋮﹂ 昭和の変身ヒーローみたいな口調で獅子村に安否を尋ねる。 ﹃無事か !? ? ⋮⋮ラーメンのチャーシューの演技を死ぬまでやらせてやろうか、このガキめ。 がった。 助けてあげたと言うのに礼の一つもしないどころか、真顔で突っ込みを入れてきや ﹁いや、見た目とか声とかモロ悪役なんですが﹂ 第十八話 ライオン劇場 前編 299 ヒーローじゃん﹄ 第十九話 ライオン劇場 後編 ﹃襲われそうだったお前を助けてやっただろ ﹃まあ、とりあえずこの結界の中に居る魔女ってのを倒さないと俺たちは帰れない訳だ。 させ、然るべき刑罰に処そうじゃあないか。 とにかく、ここの魔女を可能な限りヒーローチックに倒した後、獅子村に負けを認め イドが許さない。 受けることになる。それでは試合に勝って勝負に負けるようなものだ。この俺のプラ してやりたいのは山々だがそれをした場合、俺はヒーローが演じられないという謗りを そし このまま、このイラッと来るお子ちゃまを﹁ピチャピチャの刑︵俗名・ミンチ︶﹂に科 そんなにも死体役を希望しているのか。 自 分 が 死 に 掛 け た こ と な ど 大 し た こ と で も な い か の よ う に 頭 か ら 抹 消 し た ら し い。 る。 魔女の結界内の中、獅子村は竜の姿の俺にまったく物怖じせずに駄目出しをしてく ないと﹂ ﹁いや、人を助けるからヒーローというのは少し安直過ぎますって。もっとこう深みが ? 300 それまでは俺が責任持ってきっちり守ってやるよ﹄ ⋮⋮その後は、一体﹃どう﹄なっちまうのか分からないがな。 いや、そもそも基準決めるのは俺たちじゃなくて、駅前に居た通行人だろ。あれ ﹁お、今のはちょっとオレ的にポイント高いです﹂ そも無意味なんじゃね ということはこいつが演技も結局自己申告な訳だし、通行人が居ないこの状態ではそも ? ﹃じゃあ、背中に乗んな﹄ つけて心をへし折ってからでも遅くない。 一瞬、ここでミートボールを製造しようか迷ったが、それはこいつに俺の演技を見せ ? い鳥居がところどころに起立していた。きっと浦島太郎に出てくる海の中を具現がす な珊瑚や海草のようなものが至るところから生えている。そして、何故かやたら背の高 全体から見ると、この結界の中は絵本に出てくるような海の底みたいに見えた。巨大 りは魔女を見つけやすい。 結界内には天井があるために飛んで逃げるということは不可能だが、ちまちま歩くよ した。 獅子村を背中に乗せて、俺は結界内を飛び上がる。黒い翼が空気を裂き、羽ばたき出 ﹁御言葉に甘えさせてもらいますね。よっと﹂ 第十九話 ライオン劇場 後編 301 ればこうなるだろうって外観だ。 ﹂ だが、ざっと下を見降ろす限り、魔女らしき影は見つからなかった。それどころか、使 何か天井から生えてきてます い魔も見当たらない。 ﹁あきらさん ! ﹄ ﹄ !! 使い魔が集合して魔女になったのではなく、魔女が分散して使い魔のように見えてい 魔物の姿になった俺の三倍はあるその巨体を見て、何となく思った。 と変化する。 の胴体をくっ付けたデフォルメされたクラゲ頭、いや赤ん坊の被る帽子ような化け物へ クラゲの使い魔たちはぐにゃりと伸び上がるとその身体を一つに纏め上げ、横長の魚 ﹃ギャハハハハハハハハ 思ったが、どうにも様子がおかしい。 ちに与える。近付いて来ようものならさっきと同じく火炎の息で炭火にしてやろうと 陽気な笑い声を上げて口を開いているものの無表情のそれらは不気味な印象を俺た ﹃ギャハハハ る。 連れられるように俺もそちらを向くと、天井からクラゲの使い魔が這い出してきてい いきなり、俺の背中に居た獅子村は顔を上げて叫んだ。 ! ! 302 たのでは、と。 ﹄ なぜそう思ったのかと思考がその理由を探ろうとした時││頭の中で映像が流れた。 * ﹃食べられちゃえばいいじゃん。だって、死にたいんでしょう ﹄ その姿と声は俺がこの街で初めて出会った少女、かずみちゃんのものだった。 たく言い放つ。 黒い魔女っ子帽子と長いローブ、そして十字架を模した杖を携えた魔法少女がそう冷 ? さっき見た小さな使い魔が絡まり、今俺の前にいる大きな魔女の姿になった。 いや、拾ったのは俺じゃない。この映像の視点人物だ。 それを拾わせる。 映像の中のかずみちゃんは魔女っ子の帽子から黒いショットガンを投げ落とし、俺に ﹃それとも⋮⋮デッド・オア・アライブ ? 使い魔じゃなく、魔女だったか﹄ かずみちゃんはそれに少し驚いた様子で呟く。 ? けていて今よりも随分野暮ったく見える。 ピンク色のふんわりした髪の少女⋮⋮こいつはみらいちゃんか 底の厚い眼鏡を掛 視点人物はさっき見たのと同じ姿の魔女と相対している。すぐ目の前に居るのは薄 ﹃あらっ 第十九話 ライオン劇場 後編 303 ? そのみらいちゃんもまた視点人物と同じ、黒いショットガンを構えており、それを襲 い掛かるクラゲの魔女へと放った。 視点人物とみらいちゃん以外にも銃を撃った誰かが三人ほど居たようで計五発の弾 丸がクラゲの魔女を貫く。 身体に穴の開いたクラゲの魔女はそこから空気が抜けたように萎んで、干からびた。 ** クラゲの魔女は大きな口を広げて、視点人物を食らおうと││。 ﹃ちくしょう⋮⋮﹄ がもう弾は出なかった。代わりにガチガチと無機物の奏でる不快な音だけが響く。 視点人物を含めた少女たちの絶叫が上がり、手に持ったショットガンの引き金を引く ﹃うわああああっ﹄ ﹃ギャハッ﹄ そして不気味な笑みをこちらに向けた。 と、魔女は膨らみ、元通りの姿になる。 クラゲの上のベールのような帽子の顔が垂れていた触腕の一つを加え、空気を入れる 歓声に似た呟きが傍であがった。思う様、死亡フラグだ。 ﹃やっ⋮⋮﹄ 304 ﹁何ぼうっとしてるんですか ﹃クソがもっと早く言えや ﹂ ﹄ 正統派ヒーローは暴言を吐きません ボケ ﹁あ、ヒーローポイント│1 ! ﹂ 八つ当たりとばかりに鉤爪の生えた手を迫り来るクラゲの魔女の顎に突き刺して、相 いつを魔女の口の中にぶん投げてやろうかと思ったが、それは敗北宣言なのでやめた。 このボケナス君はこんな状況だというのに俺の演技に対して、批評を欠かさない。こ !! ! 俺たちを食らわんと牙の生え揃った大口を開き、眼前へと迫って来る。 奇しくも俺の視界に入ってきたものは映像の中とまったく同じ魔女の口だった。 獅子村の声で俺は意識は戻ってくる。 !? ! ﹄ ﹄ 手の勢いを殺さずに魔女の身体を切り裂きながら下を潜り抜ける。 ﹃ギャバハァ !! ﹂ !? 目を輝かせて、あえてお約束どおりにフラグを立てる獅子村を睨むが、恐怖など既に ﹃おい、馬鹿やめろ﹄ ﹁やったか 悲鳴を上げて、胸から空気を排出しながら、魔女は細く萎んでいく。 クラゲの魔女は俺の鉤爪に切り裂かれて、顎の下から五本の傷が縦に広がった。 !! ﹃おっらあ 第十九話 ライオン劇場 後編 305 消し飛ばして、ファンタジーものの演劇の登場人物になりきっているらしく、一向に意 に介さない。 獅子村の立てた﹁やってないフラグ﹂のせいという訳でもなく、さっき脳内で見た映 像と同じように頭部の帽子に付いた顔が触手の一本に空気を入れることで復活を果た す。 映像の中といい、今のといい、群集の魔女のだからか、一撃で殺しつくさない限りは こうやって簡単に再生を繰り返すようだ。 だが、俺には炎がある。こいつで直火焼きにしてやるよ。 クラゲの魔女へ俺は口から高温の火炎を吐き出した。 しかし、魔女の方も待ってましたとばかりに、大きく開いた口から溢れんばかりの水 を噴射する。 ダークアイズブラックドラゴン ﹂ 水と炎が空中でぶつかり合うと、俺の炎を押し返すように勢いを増す。 ﹁頑張れ負けるな !! の目が闇だコラ。俺の目はいつだって光で溢れているんだよ は効果抜群だからだ。 馬鹿を無視して火炎を放ち続けるが、炎では水には勝てない。なぜなら炎タイプに水 ! 背中に乗っているボケナスのテンションがやたら腹立つ。ぶち殺してやりたい。誰 ! 306 ﹂ 畜生め、どうして炎タイプは昔からこう不遇なんだよ ﹁⋮⋮あきらさん、今違う事考えてません ! うず ここでまたトリップしたら、確実に目の前が真っ白になること間違いなしだ。 その時、また頭が疼き、映像がちらつく始める。 トをしなお││。 エスパータイプか、お前。それなら、テレポートでポケモンセンターに戻ってレポー ? そこで俺は炎を吐きながら、獅子村に話しかける。 ﹂ ﹄ ﹃獅子村⋮⋮いや、サブ﹄ ﹁何ですか ﹂ ﹃君に決めたァ ! ? !? 地面へと落下していく。 身体を大きく変形し続けるサブと激突したクラゲの魔女は大きく吹き飛び、サブ共々 るクラゲの魔女へとぶん投げた。 肉体を魔物へと変貌していくその最中、俺は尻尾でサブの身体を掴み、水を噴き続け ているサブの額に突っ込む。 俺は手の中から隠し持っていたイーブルナッツを取り出して、俺の背中から顔を出し ﹁な、何を 第十九話 ライオン劇場 後編 307 ﹃ひ、ヒーローのやる事じゃなぁぁぁぁいー ﹃あきらめるな ﹄ しっ た ﹄ だが、その時、誰かの叱咤する声がその場に轟く。 を上げた。 こちらを食い殺そうと襲い掛かってくるクラゲの魔女を前に視点人物は絶望の叫び *** の視界は先ほどの映像に変わっていった。 黄緑色のライオンの姿へとなって落ちていくサブとクラゲの魔女を見送りながら、俺 !! ﹄ ﹃生 き よ う と す る 限 り、人 は 絶 望 な ん て し な い。希 望 は あ る ん だ よ らっ ﹄ !! 絶 対 に あ る か かずみちゃんは魔女が居た場所に落ちていたものを拾う。それは俺が見たものと同 光に消し飛ばされるように消滅する。 呪文と共にクラゲの魔女の口の中に縦に挟まった十字架の杖が眩く光、魔女の身体は ﹃例えばこんな││リーミティ・エステルティーニ 青臭い子供が好みそうな台詞を言うと右手を掲げて叫ぶ。 !! ! て、こちらを向いて語りかけてくるのはかずみちゃんだった。 大きく開かれた魔女の口にはつっかえ棒のように十字架の杖が挟まっている。そし !! 308 じ、思い出した。確か名前はグリーフシードだ。 ﹃お前は一体⋮⋮﹄ 呆然とした声を出し、視点人物がそのかずみちゃんを見つめる。かずみちゃんの大き く黒い瞳に映っていたのは尻餅を突いている白いショートカットに眼鏡を掛けた少女、 サキちゃんだった。 そこで俺はこの映像が誰のものか、初めて気付いた。 これはサキちゃんの記憶の映像だ。なぜこんなものを見ているのかそのメカニズム かずみちゃんじゃないのか ぜ誰も彼女を本名で呼ばない そして、な はよく分からないが、恐らくは俺が彼女のソウルジェムを砕いて食べたことが原因と見 て間違いないだろう。 かずさ 私は和沙ミチル﹄ 和沙ミチル ? もし、この記憶が正しいのなら、なぜかずみちゃんに本名を教えない ? ? とすると、この映像に映るかずみちゃんは記憶を失う前の││。 ﹃私 ? 待て。今、この目の前の少女は何と名乗った ? 密があることを確信した。 俺はプレイアデス聖団の魔法少女たちとかずみちゃんの間に知られてはいけない秘 ? ? え 第十九話 ライオン劇場 後編 309 そして、そのすぐ後、俺の意識はまた現実へと戻っていく。 **** 記憶の世界から戻ってきた俺はすぐに上空から下を見下ろすと、黄緑色のライオンと クラゲの魔女が激しい戦闘を繰り広げているのが見えた。 黄緑色のライオンの魔物ことサブは俊敏に動き、食らい付こうとするクラゲの魔女を 巧みにかわしている。それでいて、たびたび反撃とばかりに噛み付き、クラゲの魔女の 一部を噛み千切っていた。 ただ、向こうとしては大したダメージにはなっていないようで、見た目は激しいなが ら実質防戦一方と言ったところだった。 俺は地面に滑空して下りていき、クラゲの魔女の横腹に位置エネルギーのこもった蹴 りをお見舞いする。 ﹄ ! 言をした。 ! いや、酷すぎますよあきらさん いきなりこんな姿に変えられるわ、戦 ﹃無事か、少年 !? わされるわで最悪です﹄ ﹃デジャブ もう、俺が来たからには安心だぞ﹄ 悲鳴を上げて突き飛ばされ、地面を転がったクラゲの魔女を尻目にサブを心配する発 ﹃グッ、ギャアア !! 310 ﹃まあ、そう言うなよ。こっちも色々事情があったんだ。回想シーンとか﹄ そうは言いつつも、さほど怒っているように見えないのは怪物に変わり、怪物と戦う という稀有な体験ができたからだろう。これで新しく怪物の演技ができるぞなんて考 えているのが何となく伝わってくる。 もう少し、こいつに戦ってもらってもよかったのだが、調べなくてはいけない用件が できた。ちゃっちゃと片付けて、そちらの方に取り掛かりたい。 起き上がって俺を睨みつけるクラゲの魔女は再び、大口を開けて水流を噴き付けてく る。 炎ではさっきの二の舞だ。斬撃は効かない。尻尾で弾いても特出してダメージは与 えられないだろう。 ﹄ 俺の質問の意図が分からず、ライオン顔で首を傾げるサブ。 ﹃はあ。まあ。そういう演出はよくありますね﹄ それにさらに質問を足す。 ﹄ ﹃なら、新技で敵に止めを刺すってのはヒーローの演出としてどうよ 水流が !! ? ? ﹃それはポイント高いですけどって⋮⋮あきらさん ! ﹄ ﹃なあ、サブ。ヒーローっていうのはさ、回想シーンを挟むと強くなるって知ってるか 第十九話 ライオン劇場 後編 311 差し迫る水流にサブが慌てた声を上げる。さっきは映像のことに気が行って気付か なかったが、クラゲの魔女が吐く水には潮の香りが漂っていた。 この海の中を模した結界、くらげのような見た目から察して、奴の吐く水は海水と断 定していいだろう。 そして、この俺の中にはサキちゃんの記憶を閲覧したせいなのか分からないが、自分 の中に新たな力が渦巻いているのを感じられた。 ソウルジェムを食った俺はサキちゃんの記憶を手に入れた。もう少し時間を掛けれ ? ば、恐らくはサキちゃんが経験した記憶をもっと見られるようになるかもしれない。 ﹄ だが、果たして俺が手に入れたのは記憶だけだろうか 身体の色が白くなってますよ !? ている水ごと魔女の身体まで届いた。 うが 塩分の含まれた海水は電気をよく通す。俺の吐き出した雷はクラゲの魔女の噴射し そこから流れ出るのは炎ではなく、真っ白い電撃の波だった。 開けた。 クラゲの魔女の海水の鉄砲水が俺を穿とうと押し寄せるのを眺めながら、大きく口を わっていく。 サブの言うとおり、俺の漆黒の鱗は瞬時にその色を変え、打って変わって純白に変 ﹃あきらさん ! 312 一瞬。本当に瞬き一つの間にクラゲの魔女は消し飛んだ。まるでサキちゃんの記憶 の中と同じように。 魔法少女は魔女になる。魔法少女の本体はソウルジェム。そして、魔女が生まれるグ ││ソウルジェム。そう、あの宝石にも似ている。 たものがあることに。 そう思いかけた瞬間に気が付いた。このグリーフシードがイーブルナッツよりも似 いや、それにしても魔法少女がなる以外で魔女を作る方法があるなんて⋮⋮。 なるほどなるほど。これに比べりゃ確かに俺たち魔物は﹁モドキ﹂止まりだ。 せる魔法の卵だ。 これは卵だ。魔女が生まれる邪悪な卵。そして、孵化させれば何度でも魔女を呼び出 もない。 カオルちゃんはグリーフシードのことを魔女の残留思念なんて言っていたが、とんで ブはそれを拾う。 後に残されたのはあのグリーフシードだけだった。すぐに人間の姿に戻った俺とサ クラゲの魔女が倒されると、結界は解けるように消滅した。 雷の光に照らされたサブがそう漏らした。 ﹃まるで⋮⋮ヒーローのようだ⋮⋮﹄ 第十九話 ライオン劇場 後編 313 リーフシード。 つまりこれも、魔法少女の成れの果てという奴だ。 今日はいい日だ。たくさんの収穫があった。学校を休んだ甲斐があったというもん だ。 そして、何より﹃和沙ミチル﹄。 ああ。本当にこの街は俺を飽きさせない。 最高だ。愛している。だから、たっぷり遊び尽くしてやらないと。 ﹂ 魔女も、魔法少女も皆俺に使い倒されるためにある玩具なのだから。 ﹁くくく、あははははははは 楽しさのあまり大笑いをする俺の横でサブがそう呟いた。 ﹁でも、やぱり邪悪だわ、この人﹂ ! 314 サキがぁ 第二十話 歪む未来と優しい少年 ∼若葉みらい視点∼ お前のせいでボクのサキが ﹂ !! ﹁お前のせいだ ! 命からがら逃げ延びた。⋮⋮たった一人の魔法少女を除いて。 サキは、死んだ。死んでしまった。こいつを、かずみを助けようとしたせいで⋮⋮ 謝ったってサキは帰って来ないんだよ ﹂ かずみはボクから顔を背けて、暗く沈んだ顔で俯いてぼそりと呟く。 ﹁ふさけるな それがさらにボクの怒りを加速させていく。 まるでテディベアに向けて怒っているようなそんな手応えのない会話。 かずみはボクに目を合わせようともせず、ただ謝罪を繰り返す。 !! ! ボクらプレイアデス聖団は火の手の上がるあすなろドームから脱出し、海香の家まで 目の前でうな垂れるかずみの胸倉をボクは掴んで締め上げた。 ! ﹁ごめんなさい⋮⋮﹂ ! ﹁ごめんなさい⋮⋮﹂ 第二十話 歪む未来と優しい少年 315 ﹂ ﹁さっきから、ずっとそればっかり⋮⋮ いんだろ 本当にサキに対して申し訳ないと思ってな ! もかずみはもう一度同じ言葉を繰り返した。 怒りに任せて、かずみを後ろの壁に叩きつける。背中に壁が当たり、咳き込みながら !? ﹂ !! ﹂ !! ボクの手首をすぐに手放したニコは諭すように語り掛けてくる。 ニコの手を振り払って叫んだ。 ﹁放せ 感情は決して消えた訳ではなかった。 その雰囲気に気圧されて、血の昇っていた頭が冷えた。けれど、ボクの中の荒れ狂う いつもふざけているニコが真面目な顔でボクを見つめている。 後ろに居たニコにその手を掴まれた。 ﹁もう、やめなよ。みらい﹂ ボクは感情に従って拳を振り上げて、かずみの顔を殴り飛ばそうとして││。 ﹁お前がぁ を軽く考えている。 その台詞を聞いた時、自分の中の何かが切れた。こいつは絶対にサキを死なせた責任 ﹁ごめ、んな、さい⋮⋮﹂ 316 ﹁みらい。サキはかずみを守って死んだ。でも、それはかずみのせいじゃない。私ら全 員の責任だ﹂ その言葉を海香が追随した。その海香に身体を支えられているカオルも頷いた。 ﹁そうよ。かずみにだけ背負わせるのはおかしいわ﹂ ﹁アタシもそこに居たのに何もできなかった⋮⋮責めるのなら、アタシを責めてよ﹂ ﹁ああ、そうだ。お前らが居たのにあの竜の魔物に騙されて﹂ かずみの胸倉から手を外して、海香とカオルに詰め寄って責めようとした時、ボクの やめてよ ﹂ 一番近くに居た里美が大声を上げた。 ! !! 言ったのか ﹂ ﹁そ ん な 事 ⋮⋮ サ キ が 死 ん だ の を そ ん な 事 っ て 今はそんな事を言い合ったって⋮⋮﹂ 里 美、今 そ ん な 事 っ て 言 っ た ? !? かった。 里美はようやくそれで自分の最低な失言をした事に気付いて口を押さえたが、もう遅 鎮火されかけた怒りが再び、里美の無神経な言い方によって呼び起こされる。 !? ? ﹁皆で仲違いなんてやめましょうよ 里美は泣いていた。顔を押さえ、声を上げて泣き喚いていた。 驚いて、皆が里美の方に顔を一斉に向ける。 ﹁もう 第二十話 歪む未来と優しい少年 317 318 こいつらはサキの死を軽く思っている。これ以上、会話をしていると本当に誰か殺し てしまいそうになる。 ボクは海香たちを置いて、一人で海香の家の玄関から飛び出した。 後ろから呼び止める声が掛かったが、そんな事は構っていられない。 限界だった。サキがボクを置いて死んだ事実も、それに傷付いた素振りを見せない薄 情な仲間にも││そして何よりサキを犠牲にして生き残ったかずみに耐えられそうに なかった。 ビルからビルへと飛び移り、少しでも海香の家から遠ざかろうとボクは足掻く。 そんな事をしても、サキが居ないという過去は変わりはしないのに。 それでも、身体を動かしていないと悔しくて、悲しくて、泣き出してしまいそうにな る。 サキ⋮⋮ああ、サキ⋮⋮どうして、どうして、かずみなんかのために命を落としてし ・・・ まったんだ。身体ごと食われてしまったら、もうどうにもならない。元に戻せない 何であんな││﹃ミチル﹄の偽者なんかのためなんかに。 * 住宅街を飛び越し郊外にまで着いた頃には既に、夜は明けていた。 絶望のせいか、それともまだ魔物どもとの戦いの傷が癒えていないせいか、酷く頭が ! 第二十話 歪む未来と優しい少年 319 ぼうっとする。 身体が重い。気持ちが悪い。ああ、サキ辛いよ。助けてよ。 ど こ に 行 け ば 会 え る。離 れ た く な い よ。ど う す れ ば、サ キ は 戻 っ て き て く れ る ⋮⋮ボクのサキ。サキサキサキサキサキ。 その時、ボクの瞳に東屋のベンチに一人で座っている人影が飛び込んできた。 親からはぐれた子供のようにひたすら、前へと││。 サキの姿を探して、ただただ進む。 ボクは東屋を目指して進む。 太陽は真上に昇り、あの時と同じように辺りを照らしている。砂浜に足を踏み入れた クはそんなサキの隣で彼女の横顔を見つめるのは大好きだった。 綺麗な景色のわりに人気のないそこはサキが読書をする時に使っていた。そして、ボ ボクとサキだけの思い出の場所。 そこにある浜辺の東屋。 歩いて、歩いて、ずっと歩き通して、辿り着いた場所はあすなろ市の海浜。 て、ひたすらに歩んだ。 鉛のように重い足を引きずりながら、ボクは歩き出す。そこにサキが居る事を信じ そうだ。あそこだ。あそこに行けば、サキは居る。ボクを待っていてくれている。 ? ﹁サキ サキィっ ﹂ !! すぐ行くから、今すぐ傍に行くから、どこにも行かないで ベンチに座るサキに後ろから抱き締めた。 もう二度と離さないように強く、強く抱き着く。 声がした。サキとは似ても似つかない男の声。 ﹁おおう。随分と情熱的だなぁ。渚のビーナスかな ﹂ くるりと振り向いたそいつは昨日の夜、海香の家で見た奴だった。 海水浴にでも来たのか ? 確か、名前は一樹あきらとか言っていた気がする。 ﹁って、みらいちゃんじゃん。どうしたの ﹂ 身体の重さが嘘のように消え、ボクは駆けた。愛しいサキの元へと走り寄る。 ! サキだ。やっぱり、サキはここに居た。ボクを待っていてくれたんだ。 ! に涙をこぼす。 何で泣いてんの ワッツ ﹂ ? ﹁うっ⋮⋮ううっ⋮⋮﹂ ﹁え ? あきらは膝を突いて泣いているボクを抱き上げて、ベンチに座らせた。 !? 一度に湧き上がった希望が再び萎えた。膝から崩れ落ちたボクはそのまま東屋の床 けれど、そんな事はどうでもいい。﹃サキじゃなかった﹄、それだけが重要だ。 ? ? 320 もしも、これが普段だったのなら、 ﹁ボクに触れるな﹂と跳ね除けていたけれど、今の ボクにはその程度の元気さえなかった。 幼い子供をあやすようにあきらはボクの頭を撫でる。本来ならサキ以外に髪を触ら ﹁ほ∼ら、泣かない泣かない。女の子は笑顔が一番だって﹂ れるのは嫌で堪らないはずなのに、ボクは素直にされるがままになっていた。 理由はそのあきらの手付きがどことなく、サキに似ていたからだ。 しばらく、そうやって慰められていると少しずつ心に冷静さが戻ってくる。 そうして、自分が男に密着しているという状況を自覚できるまで思考が回復すると、 ﹂ せっかく、優しくしてあげてるのに⋮⋮﹂ ! ボクはあきらを突き飛ばした。 何すんの ﹁い、いつまでボクの髪に触れているつもりだ ﹁おうふ ? 動を見て、謝罪のタイミングを失った。 代わりに出たのは、減らず口だった。 ﹂ 若干、悪い事をしたなと思ったが、あまりに平然と立ち上がってベンチに座り直す挙 う。 突き飛ばされたあきらはベンチの上からずり落ちて、背中を床に打ち付けて文句を言 ! ﹁泣いているからってベタベタしてくるお前が悪い ! 第二十話 歪む未来と優しい少年 321 ﹁えー そりゃ、横暴じゃなーい ﹂ ﹂ ? ﹂ ? 何か分かるよ﹂ ボクには友達は居なかった。サキたちと出会うまでは⋮⋮﹂ ﹁みらいちゃんって友達多いだろ ﹁そんな事ない ? てボクの事をそう評していた。 そのあきらの台詞にボクは聞き覚えがあった。﹃愉快が歩いているよう﹄、サキもかつ ボクを見て、陽気に笑うあきら。 ﹁あははは。みらいちゃんって面白いな。まるで愉快が歩いているみたいだ﹂ 身体の鉛のような重さも今では感じ取れなくなっていた。 かった。悲しさがなくなった訳じゃないのに、不思議と涙は出て来ない。 サキが死んだ事にあれだけ絶望していたというのに、今ではそれが表に出てきていな 付いた。 言われて、頭の中をひしめいていた暗く濁った感情が大分すっきりしている事に気が ﹁え ﹁何だ、元気出てきたみたいだな﹂ すると、あきらは怒るどころか、楽しそうに笑った。 ふざけたような軽薄な返しにボクは声をあげてそう答えた。 ! ? ﹁横暴じゃなーい 322 ! 首を振って答えたボクの心の中には懐かしさが込み上げている。これと似た会話を 前にここでサキとしたからだ。 そう。昔はボクは友達が一人も居ない根暗な女の子で、テディベアを作ってそんな自 ﹁学校の皆はボクが﹃ボク﹄って言うのが気持ち悪いって、避けてた﹂ 分を慰めていた。 でも、サキが言ってくれた言葉のおかげで自分の一人称が好きになれた。 ﹂ やっぱり、サキと同じ答えだ ﹂ ﹂ それと同じ言葉を期待しているのか、あきらにも同じ問いかけをしてしまう。 ﹁あきらだって⋮⋮変だと思うだろ ﹁ああ、変だな。そんなことを変だと思うなんて変だ 同じだ もしかして、あきらも││。 震えそうになるのをぐっと堪えて、ボクはあきらに尋ねる。 ! あきらの言葉に胸の中に得体の知れない温かさが駆け抜けた。 ! ? ? を掻いた。 ﹁何で分かったんだ ⋮⋮まあ、色々あって今は﹃俺﹄にしてるけど、時々無性に﹃ボ あきらはびっくりしたような顔でボクの顔を見ると、恥ずかしそうに片手で頭の後ろ ? ! ﹁ひょっとして⋮⋮ひょっとしてあきらも子供の頃、﹃ボク﹄だった 第二十話 歪む未来と優しい少年 323 ﹂ ク﹄って言いたくなる時があったりするんだ。だから、みらいちゃんが﹃ボク﹄って言っ ているのを聞いていると││﹂ ﹁昔の自分を見ているようで、嬉しくなる⋮⋮﹂ ﹁スゲェ。大当たり。ひょっとしてみらいちゃんの魔法で俺の心を読んだ あきらが言い終わる前にボクは彼の言葉の先を言い当てた。 ﹁えー また泣いてるの もしかして花粉症 !? ﹂ !? ﹁そっか。サキちゃん、殺されちまったのか⋮⋮そりゃ、みらいちゃん辛いな。大切な友 黙ってボクが話し終えるのを待っていたあきらは、ボクに言う。 そうする事が正しいと何故か確信めいたものを感じていた。 泣きやんだ後、ボクはあきらにあった事をすべて話していた。 れど、おかしな事に絶望は知らない内に掻き消えていた。 嬉しい。本当に嬉しい。どうしてこんなにも嬉しいのかボクにも分からなかったけ ではなくなっていた。 あきらがボクの頭を撫で回して慌てた風に聞いてくる。今度は前と違って、それが嫌 ? また、涙が目に滲む。でも、今回の涙は前に流れたものと違ってとても温かかった。 じ。 本当にサキと同じだ。細かいところは違うけれど、サキがボクに言ってくれた事と同 ? 324 達だったんだろ ﹂ ﹁特にかずみちゃんが酷い。本当にサキちゃんの事を思っていたらもっとちゃんとした ﹁うん。あいつらは薄情なんだ⋮⋮﹂ ﹁それにしても、いくら何でも皆酷いな。涙の一つも見せないなんて﹂ た。 やっぱり、あきらはサキと同じでボクの味方をしてくれた。あきらに話してよかっ いた。 薄情な仲間よりもよっぽどボクの心情を理解してくれるあきらにボクはこくりと頷 ﹁⋮⋮うん。誰よりも仲がよかったのはサキだけだった﹂ ? そうなんだよ ﹂ 言葉を返してくれるはずだろうに﹂ ! ! そうだ。あいつはサキの犠牲の上にのうのうと生きているくせに、その事に責任を感 んじゃないか、サキちゃんのことが﹂ 勝手に死んだぐらいにしか思ってなさそうだな。かずみちゃんにはどうでもよかった ﹁話を聞いた限りじゃ、記憶喪失のかずみちゃんにとっては知らない人が勝手に庇って よくて、会話が弾んだ。 本当にあきらはボクの思っている事にピンポイントで同意してくれる。それが心地 ﹁そう 第二十話 歪む未来と優しい少年 325 じていない。最低の存在。あんなの魔法少女じゃない、ただの魔女だ。人の形をした化 け物。 るとことか。そこがちょっと、怖いわ﹂ ! ﹁││みらい ﹂ に聞いてくる。 ﹂ ﹁⋮⋮部外者に何を教えようとした ﹁ボクは﹂ ﹁何を言おうとした ? が立ち塞がる。 掴みかかろうとするようににじり寄って来たニコから、ボクを守るようにしてあきら ﹁ひっ⋮⋮﹂ !? ﹂ タレ目気味な瞳を吊り上げて、これ以上にないくらい怒気を湛えた彼女はボクに静か 振り返れば、そこにはニコが立っていた。 !! た。 ボクがあきらにかずみの秘密を話そうとしたその瞬間、鋭い声がボクらに飛んでき ﹁そうなんだ⋮⋮かずみは実は人間じゃないんだ あいつは⋮⋮﹂ ﹁何か、かずみちゃんって人間っぽくないところあるよな。そういう思いやりに欠けて 326 初めて見るあきらの背中はとても頼り甲斐があって、気圧されたボクはその背に張り 付いた。 あきらはニコに軽く微笑みかけてながら、落ち着いた口調で喋り出す。 ﹁ニコちゃんさ、みらいちゃんを迎えに来たのはいいけど、怒鳴って脅かすのは駄目だろ 色々、込み合った話に首を突っ込んだのは俺だ。文句は俺に言ってくれよ。みらい な訳﹂ ﹁おいおい。俺はただの人間だけど、部外者じゃない。少なくともみらいちゃんの友達 ﹁部外者にボロボロ話すのはみらいの⋮⋮﹂ ちゃんは俺の質問に答えてくれてただけなんだから﹂ ? ﹁そ う か 俺 は こ の 世 の 真 理 だ と 思 う ぜ。世 の 中、友 達 よ り 深 い 関 係 は ⋮⋮ ご め ん。 ﹁⋮⋮詭弁だね﹂ 第二十話 歪む未来と優しい少年 る。 あきらは恥ずかしげに頭を掻いた後、急に真面目な顔になってニコに視線を投げ掛け 呆れ気味な表情でこっちを見ている。 緊迫した雰囲気があきらのその冗談のせいでぶち壊しになる。対峙しているニコも ちょっとあるわ﹂ ? ﹁まあ、何にせよ、みらいちゃんを怒んないでくれよ。大切な友達が死んで心が参ってた 327 んだ。口の一つも軽くなるさ﹂ ﹂ ? ﹁そりゃ、俺じゃなくて、みらいちゃんに聞くべきだろ ⋮⋮みらいちゃん、どうする ﹁分かったよ。じゃあ、みらいは連れて返らせてもらうけどそれはいい 328 このまま、ニコちゃんと浜辺で追いかけっこするってのでもいいけど﹂ ? ﹂ ? み ら い は 男 嫌 い ? ﹁まあ、それはいいけど。かずみの秘密を気安くばらそうとするなら、みらいでも容赦し ﹁⋮⋮ニコには関係ないだろ﹂ だっただろう ﹁随 分 と あ き ら に 心 を 許 し て い た よ う だ け ど ど う い う 心 境 の 変 化 一抹の寂しさが滲んだが、それを顔には出さず、胸にひっそりと仕舞い込んだ。 帰り際に手を振った後、ボクはニコに連れられてあきらと別れた。 を複雑そな顔で見ていたが、それについては文句は言えないようで口を噤んでいた。 つぐ あきらは携帯電話の番号とメールアドレスを交換してくれた。ニコはそんなボクら くから﹂ ﹁それでいいなら、俺はいいけど⋮⋮何かあったらまた話してよ。メアドと番号教えと ﹁ううん。大丈夫。ボクはニコと一緒に戻るよ。話聞いてくれてありがとう、あきら﹂ そのおかげで逆に勇気が湧いてきて、ボクはその嬉しい申し出に首を横に振った。 ボクの方を向いてこのまま、一緒に逃げてもいいと遠回しに言ってくる。 ? ないよ ﹂ ? こうもあっさり、思い通りのなると返ってつまらなさえ感じてくる。 易く懐いてくれた。 ちょっと、サルベージできたサキちゃんの記憶から台詞を引用してやれば、意図も容 る有様だ。 みらいちゃんは予想通り、見た目も中身もお子様過ぎて話していて背徳感が感じられ た。 障子よりも薄い女の子の友情に俺はさっきから込み上げてくる笑いを噛み殺してい あまりにも楽勝過ぎて笑えてくる。もう本当に﹃プレイアデス聖団の絆︵笑︶﹄だな。 いやー。魔法少女ってこんなチョロい奴らばかりなのか。 **** ボクの心の中には既に親切に話を聞いてくれたあきらの事が占めていてた。 のか分からなくなってくる。 さっきの事を謝りもせず、小言ばかり言うこいつらとあきらのどちらがボクの仲間な お互いに顔を合わせず、言葉をそれだけ交わして、海香の家まで帰って行く。 ﹁分かってる﹂ 第二十話 歪む未来と優しい少年 329 サキちゃんに懐いてたみらいちゃんがこの思い出の場所に来るのは想定していたと は言え、本当に来ると笑えてきてしょうがない。 どこまで単純な思考構造しているのだか。首から上に付いているのはオツムじゃな くて、オムツなんじゃないのか。 とはいえ、ニコちゃんの邪魔が入ったのはちょっと残念だった。 俺は確かにサキちゃんのソウルジェムを食ったことで、サキちゃんの記憶を手に入れ たが、閲覧できる内容は表層上のものばかりで﹃和沙ミチル﹄のような重要なものはま だ見ることができなかった。 ためら 恐らくは、サキちゃんにとって思い出したくない記憶、もしくはそう簡単に引き出す ことが躊躇われるほど大事な記憶なのだろう。 悔しいが、それをサルベージするには記憶を思い出させる切欠が必要だ。 そのためにみらいちゃんから情報を搾り出そうとここで待っていた。仮に来なくて もサキちゃんにとって大切な場所だったこの浜辺の東屋に居れば何らかの刺激になる だろうと踏んだのだ。 せめて、後一言くらい引き出せれば良かったのだが⋮⋮。 ない優しく頼り甲斐のある少年の演技でした。思わず、見惚れてしまいました﹂ ﹁凄いですね。流石は天下の元大女優・ ﹃川村理恵﹄の息子。普段の邪悪さを欠片も見せ 330 浜辺の岩陰に隠れていた獅子村三郎ことサブがひょっこりと顔を出す。 感激したように瞳をキラキラさせて近付いてきたが、俺はそれを雑に追い払う。 どっかに行ってろ。しっしっ。ハウスハウス﹂ ﹁ま だ 俺 に 付 き 纏 っ て た の か よ。連 絡 先 は さ っ き 聞 い た か ら、こ っ ち が 呼 び 出 す ま で ですから﹂ 取り合えず、屋根はあるし﹂ ﹁そう、冷たい事言わないでくださいよ。オレ、流れ者なので今晩泊まるところもないん ﹁俺んちには泊めないぞ。そうだ、この東屋で寝れば 流石に東屋は嫌なのかと思いきや、却下した理由は他にあった。 名案とばかりにサブに言ったが、手を振って拒否された。 ? 載されてるの 憲法にも﹃一樹あきらの身体に密着していいのは美少女のみ﹄と記 ﹂ うふ、あたし、サブ子。優しくしてね⋮⋮ごふぁ よって、お前は触んな ! ! ﹁じゃあ、女の子の演技しますから ﹂ ! ! ! が決まってるの ﹁嫌だよ。キモいなぁ。俺の魅惑のボディに触れていいのは可愛い女の子だけって相場 で振り払った。 サブは俺の手を握って、爽やかに笑う。正直、男にベタベタされるのは嫌なので即行 ﹁ぜひ、あきらさんの傍に置いて演技を見せてくださいよ﹂ 第二十話 歪む未来と優しい少年 331 躊躇なく放たれた俺の右ストレートにより、サブの身体は砂浜を転がった。 寝転がるサブに蹴りを入れて、海の方へと寄せていく。 ﹁﹃サブ、海へ帰るの巻﹄﹂ ! ﹂ トの琴線には触れやしない。 家なら泊めないぜ ﹁それで、あきらさん﹂ ﹁あ うむ、気に入った。海香ちゃんの家に行って、みらいちゃんをファックして来ていい り、こいつの倫理観は死んでる。 そこで非難するどころか、岩陰に戻ってバッグからメモ帳に嬉々として書き込むあた 一人称ボクとかぶりっ子 ﹁いや、本当に子供の時、一人称﹃ボク﹄だったんですか 過ぎだろ﹂ ﹁んな訳ないじゃん。俺は昔から﹃俺﹄だよ。俺イズ俺だよ ? ? ? ? ﹁やっぱ、この人酷いなぁ。流石邪悪﹂ ﹂ やっぱり虐めるのなら美少女だよな。こんなガキを弄ったところで俺の繊細なハー 年下虐めも飽きたので適当なところで許してやると、口に入った海水を吐き出した。 ﹁本か何かのタイトルっぽくしないで 顔に潮がぁ⋮⋮おぶっ﹂ ﹁やめて。波が、波が顔に、うぶふ⋮⋮﹂ 332 333 第二十話 歪む未来と優しい少年 ぞ。俺は責任を一切取らないが。 そんなことよりおっぱいだ ! !! 少女が来た。 そわそわしてプリティに俺が待っていると、自動ドアを開き、俺の座席の脇に一人の いが。 あの子は意外とドジで間の抜けたところがあるから、下手くそな変装してなければい 不安でもある。 ユウリちゃんには変装してくるよう言い含めてあるので大丈夫だと思うが、ちょっと しにするつもりはない。 ネタバラシは最後に最後でバラすのが楽しいのだ。こんなつまらないところで台無 に俺の正体がバレかねない。 待っているのはユウリちゃんだ。下手に家に来させると、プレイアデス聖団の皆さん 茶店で暇を潰していた。 俺は手に入れたグリーフシードを上着のポケットの中で弄びながら、待ち合わせの喫 そして、これは恐らく魔法少女の成れの果て。 グリーフシード。嘆きの種。魔女の卵。 第二十一話 うるさい 334 ﹁お待たせ、あきら﹂ そこに居たのはクリーム色の短髪の女の子だった。頭頂部の髪が一房ほどピョコン 誰 ? ? ﹁ユウリにゃん ユウリにゃんなの ﹂ !? ﹁アタシは魔法で姿を変える事ができるんだ。この顔は昔の自分のものだけど、誰の顔 する。 での変装に俺は舌を巻いていると、それを察したユウリちゃんはふふんと自慢げな顔を 顔の骨格から既にいつものユウリちゃんとは別物だ。ルパン三世も真っ青なレベル かさっぱり分からない。 だと、するとその顔も元の自分のものなのだろう。しかし、どうやって顔を変えたの あいり。その名前は確かユウリちゃんの本当の名前だ。 ﹁その呼び方やめろ。それとこっちの姿の時は、あいりって呼んで﹂ ! そっくりだった。そこでようやく俺は彼女の正体に気付く。 冷めた侮蔑が混じった視線と口調で俺を詰るその少女は俺の知る露出系魔法少女に なじ ナンパ 嫌だな、俺はどこに言っても持ててしまう。イケメンは辛い と立っているのが特徴的だ。 ﹁え ぜ﹂ ? ﹁馬鹿か、お前﹂ 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 335 にも変えられる﹂ 途轍もなく、便利な魔法に俺は内心でユウリちゃんの評価を﹁ドジキチ魔法少女﹂か ら﹁使える魔法少女﹂へと格上げした。 というか、そんなものがあるならもっと早く教えろやボケって感じだ。 トした時よりもフランクな反応を示している。 一昨日のあすなろドームでの一件から俺への信頼が強くなったようで遊園地でデー フォンケーキをちょっと楽しげに注文していた。 そ ん な こ と は 知 ら な い 彼 女 は ウ ェ イ ト レ ス に ジ ャ ン ボ チ ョ コ パ フ ェ と フ ル ー ツ シ で落ち着いた。 上がっていたユウリちゃん株が下落を始め、 ﹁微妙に使えなくもない魔法少女﹂の称号 た小細工は嫌なようだ。 俺からすれば宝の持ち腐れ以外の何物でもないのだが、ユウリちゃん的にはそういっ 顔を変えたユウリちゃんは俺の前の席に座ると、そう吐き捨ててメニューを開いた。 に居るなんて耐えられる訳がない﹂ ﹁そんなまだるっこしい事できるか。それに短時間ならまだしも長い間あいつらと一緒 裂とかさせられるじゃん﹂ ﹁へえ。だったら、こうプレイアデス聖団の内の誰かと入れ替わってじわじわと内部分 336 ﹂ ﹁それで、アタシをわざわざ呼び出したのはどういう了見 ﹁まずはこれを見てくれ。⋮⋮こいつをどう思う ﹂ ? あきら、お前これをどこで ﹂ ノリの良い奴なら、ここで﹁すごく⋮⋮大きいです⋮⋮﹂と返すのがマナーなのだが ポケットからグリーフシードを取り出してテーブルの上に置く。 ? ? ⋮⋮。 !? !? り食い付いてくる。 それは⋮⋮ユウリの事とかは !? 俺はサキちゃんの記憶から、ピンク色のナースキャップにマフラーを付けたフェミニ ておいた。 は確実に聞かれるだろうと思っていたので、俺はあらかじめそこの記憶を重点的に探っ 飛鳥ユウリが魔女になり、それをプレイアデス聖団が殺した時の記憶。それについて ここで言うユウリはユウリちゃんの友達の飛鳥ユウリの方のことだ。 ﹁浅海サキの記憶 ﹂ はそれほど反応を示さなかったが、サキちゃんの記憶の一部を見たということにはかな 仕方ないので俺は昨日あったことを掻い摘んで話した。サブと魔女のことについて 悲しいです。 ユウリちゃんはネットスラングには詳しくないようでさらりと流した。すごく⋮⋮ ﹁グリーフシード 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 337 ンな格好の飛鳥ユウリが魔女になっていく光景を見た。 彼女の左肩に付いた緑色のソウルジェムが濁り、砕けていき、注射器をモチーフにし た魔女の姿になったこと。 ジュゥべえたち妖精は魔法少女が魔女になる時に出るエネルギーを求めて﹃魔法少女 システム﹄なる、回りくどい作業をしていること。 そして、それを知った海香ちゃんたちは魔法でジュゥべえの記憶を書き換え、自分た ちのために働かせるようにしたこと。 それら全てをユウリちゃんに語って聞かせる。 話 し て い る 最 中 に パ フ ェ と ケ ー キ が 届 い た が、ユ ウ リ ち ゃ ん は そ れ に 手 を 付 け ず、 黙々と俺の話に耳を傾けていた。 ジャンボパフェに乗ったチョコレートアイスが溶け出すまで、聞き終えた時、彼女の 瞳は憎悪の炎で燃えていた。 唇を噛み締め、テーブルに拳を叩きつける。上のアイスが溶けかけていたため、パ フェはバランスを崩し、テーブルから通路側の床へと倒れて中身をこぼした。 ﹂ 慌てて駆けつけてくれたウェイトレスがパフェを片付ける姿には目もくれず、ユウリ ちゃんは怒りに身体を震わせていた。 ﹁やっぱり、あいつら全部知った上で、ユウリを⋮⋮ ! 338 ﹂ ﹁そうみたいだな。それでプレイアデスの皆さん、新しいことまで始めたんだ﹂ ﹁新しい、事だと 俺は軽く頷いて、それに答えた。 気が触れそうなくらいに憎しみを押さえ、両目をかっと見開いた顔で俺に聞く。 ? ﹁いいから話を続けろ。それと⋮⋮そういうの、見るな﹂ ﹁でねでね、下の毛まで見えで⋮⋮﹂ ヘブン状態だった。最高のおかずになりました。大変ごっつあんです。 いやー、ぷかぷか円筒形の水槽の中に裸の女の子が浮いている映像を見た時は、もう るその名も﹃レイゾウコ﹄。 地下にあるのは、魔法少女の肉体とソウルジェムを切り離し、休眠状態にして保管す 少女の魔力を起動スイッチとして地下に行ける。 ズ﹄。これはみらいちゃんが魔法少女の願いごとによって生まれたものなのだが、魔法 あすなろ市の工業地帯にひっそりと佇む・テディベア博物館﹃アンジェリカベアー だった。 飛鳥ユウリのことから芋蔓式に発掘できたのは、プレイアデス聖団の涙ぐましい戦い こいつは俺も見ていた驚きを禁じえなかった。 ﹁﹃魔法少女システム﹄の否定﹂ 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 339 なぜかむかっとしているユウリちゃん。さては焼き餅を焼いているな。可愛い奴め。 しかし、話を遮るも無駄なので普通に喋り続ける。 魔法少女の肉体が入った﹃ケース﹄が置いてある部屋の中央にソウルジェムを纏めて 置いてある台座があって、そこでソウルジェムを休止させていた。 きっとそれが和沙ミチルとかずみちゃんの関係の秘密だ。それほどまでにこの記憶 た。 だが、そこからの記憶の映像はまるで規制でもかかったように見ることができなかっ ジュゥべえを逆に利用し始めたのはその時が最初だ。 飛 鳥 ユ ウ リ の こ と か ら 掘 り 返 せ た 記 憶 は 芋 づ る 式 に 和 沙 ミ チ ル へ と 繋 が っ て い た。 ル。かずみとまったく同じ外見を持つ女の子。 知っていた。最初にプレイアデス聖団が目撃した魔女なった魔法少女は││和沙ミチ 一つは飛鳥ユウリが魔女になる前から、サキちゃんは魔法少女が魔女になることを それとユウリちゃんには言わなかったが、実は嘘を吐いた。 ﹁まあ、飛鳥ユウリの件から必死で考えたことだからな﹂ ﹁偽善者気取りのプレイアデスらしい。汚らしい行為だな﹂ んでるらしいね﹂ ﹁そんで魔女を減らすために魔法少女狩りをして、その﹃レイゾウコ﹄ってとこに押し込 340 はサキちゃんにとって思い出したくない記憶だったのだろう この記憶を見るにはもっともっと、呼び起こすための刺激が必要だ。 もしくは他のプレイアデス聖団のソウルジェムを食べて、見られない記憶を補完する か。 そうだ。ソウルジェムで思い出した。 俺はユウリちゃんに一つお願いをする。 まあ、いいけど⋮⋮ほら﹂ ? ええー ﹂ !? 目を丸くしている俺とユウリちゃんの前でその濁りがまるでグリーフシードに吸い 薄い膜の下は黒く濁ったソウルジェムが顔を出す。 ﹁え ? 二つをくっ付けてみると、ソウルジェムの表層が膜のように割れた。 やはり似ている。ソウルジェムの表面が削れたら、グリーフシードそのものになる。 見比べた。 俺は彼女からピンク色のソウルジェムを受け取り、テーブルの上のグリーフシードと んだけ俺に対する信用厚いんだよ。 あっさりと自分の命とも言えるソウルジェムを俺に渡す。つくづくアホな子だ。ど ﹁ ﹁ねえ、あいりちゃん。ソウルジェム見せてよ﹂ 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 341 込まれるようにして、ソウルジェムが輝きを取り戻していく。 グリーフシードが濁りを吸い取った後には綺麗にソウルジェムが光っていた。 ﹁これ⋮⋮﹂ ﹁そうだな、つまりは││﹂ 俺とユウリちゃんは揃って同じ台詞を吐いた。 ﹁﹁ジュゥべえの浄化は完璧じゃない﹂﹂ いや、もっと根本的にジュゥべえはソウルジェムを濁らせることを目的としていた訳 だから、本来浄化は奴の役割じゃなかったはずだ。 ﹂ こちらのグリーフシードによって、ソウルジェムを浄化することが正攻法だったの だ。 ﹁ねえ、このグリーフシードの浄化機能ってあいりちゃんは知ってた ジュゥべえが教えなかったのか。それとも││。 ﹁いや、こんな事アタシは知らなかった⋮⋮﹂ 考え込むユウリちゃんはにやりと笑う。 確かにそれは正しい推察だ。 化の爆弾を抱えている訳か。傑作だな。偽善者顔をしたあいつらにはピッタリだ ﹂ ﹁アタシのソウルジェムと同じように、プレイアデスの屑共も表面上を綺麗にして魔女 ? 342 ! プレイアデス聖団の魔法少女はジュゥべえの浄化を完璧なものだと考えているよう だったが、綺麗になっているのは見た目だけで濁りは││魔女化の危険性を孕み続けて いる。 ちょっと押せば、きっと簡単に地獄が作り出せるだろう。 * まあ、それは後の楽しみにするとして、俺はユウリちゃんと一緒にテーブルに置かれ 心外なんですけど ﹂ !! ﹂ たケーキを食べた。ちなみに会計は俺が全部払った。財布はさほど傷まなかったのは パパがたくさんお金を振り込んでくれるからだ。パパ、マジ感謝。 その後、喫茶店から出て、俺たちはある場所へと向かう。 ﹂ ﹁残念。それはもう少し後。今向かうのは││精神病院だ﹂ ? ﹁⋮⋮もうあきらの精神はそんなところに行っても無駄だと思うぞ 何その哀れむような顔 ! 理由は特にない。それどころか、行くことにはデメリットしかないのだが、あいつの 番大きな精神病院を訪ねることにしていたのだ。 ながら話した。どこの病院に居るのかまでは知らなかったが、取り合えずはこの街で一 哀れみに満ちた顔のユウリちゃんに俺はひむひむに忘れ形見の妹が居ることを歩き ﹁違うって ! ? ﹁アンジェリカベアーズとかいう博物館に行くんだな 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 343 妹がどうしているのか気になったのだ。友達の妹を気にするなんてやっぱり俺は天使 だな。 あすなろ精神病院という大きな私立の精神病院まで俺たちは来た。 受付で氷室という名前の患者が入院しているのか尋ねると、 ﹃氷室美羽﹄という十四歳 の女の子が入院していることが分かった。 そこで適当な偽名を使い、ひむひむの妹と面会を申し込んだのだが、話の分からない 受付のナースは俺たちをひむひむの妹を会わせてくれようとしない。 ﹂ !! !? ﹂ いいなずけ ﹁俺は彼女の許 婚なんですよ 家族も同然 ﹁ 何が問題なんですか ﹂ ! !? が掛かった。 それには一切構わずに、嘘に塗れた駄々を散々捏ねまくっていると、俺に後ろから声 即行で思いついた嘘を吐くと、隣に居たユウリちゃんは凄まじく驚いていた。 !!? !? 今日のところはお引取りください﹂ いるんです。それに何より氷室さんは心が不安定で面会ができる状況ではありません。 ﹁いえ、当病院ではアポイントメントない方はご家族の方以外はご遠慮させてもらって ちはここまで来たんですよ ﹁なぜ、俺たちを美羽ちゃんと会わせてくれないんですか 彼女の兄に頼まれて俺た 344 ﹁あの、もしかして氷室さんのお知り合いの方ですか 俺の後ろには電動の車椅子に乗った女の子が居た。 俺は彼女を見て、一瞬言葉を失った。 ﹂ それは義肢だった。手足の付け根の辺りから四肢が全て金属でできているようだ。 を持った両手両足をしていた。 腰まで届く黄色のウェーブ髪とピンク色の瞳を持ったその少女は無機物特有の光沢 ? すんです﹂ ﹂ ﹁⋮⋮おっぱい﹂ ﹁はい ? ﹁この、スケベ馬鹿が ﹂ ユウリちゃんに思い切り拳で殴られたようだ。 ! ﹁痛っ⋮⋮﹂ あまりのおっぱいの大きさに戦慄を覚えていると、いきなり側頭部に痛みが走る。 んの胸も大変大きかったが、こちらはそれ以上かもしれない。 その義肢の少女の胸は俺が見た中でトップクラスの大きさを誇っていた。里美ちゃ !? ? ﹁おっぱいでっけぇ ﹂ ﹁あ、ひょっとして驚かれましたか わたくしの手足を見ると皆さんそういう反応示 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 345 いきなり人に向かって暴力を振るうなんて、信じられない。他人に暴力を振るのは人 間として最低の行いだ。 俺はユウリちゃんを睨み付けるが、彼女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 ユウリちゃん、あいりちゃんの姿になっても胸は小さいから地味に胸に対してコンプ レックスを持っているみたいだ。 義肢の少女はそんなやり取りを見て、クスクスと口元を押さえ上品に笑った。 ﹂ ﹁俺 は 吉 田 か ず き。こ っ ち は 杏 里 あ い り。愛 子 ち ゃ ん は 美 羽 ち ゃ ん の こ と 知 っ て る の 義肢の少女改め、愛子ちゃんはそう名乗った。 ﹁面白い方たちですね。申し送れました、わたくし、二条院愛子と申します﹂ 346 ﹂ ? ﹁そうですね。関係者というほどではありませんが、父がここの院長をやっているので ﹁愛子ちゃんて病院の関係者なのか ひょっとしてこの子は患者ではなく、病院側の人間なのか。 者さん﹂だけだとまるで自分は患者ではないように聞こえる。 愛子ちゃんのその言い方に俺は違和感を感じた。﹁他の患者さん﹂なら分かるが、 ﹁患 で﹂ ﹁ええ。よく存知上げております。わたくしは時々、患者さんたちと交流取っているの ? 患者さんと交流しているに過ぎません﹂ それを聞いて俺は日頃の行いの良さが人生を決めるのだと確信した。 権力とは即ち、無理を押し通す力。彼女に頼めば、ひむひむの妹に会うのも難しいこ ? とではない。 なら、愛子ちゃん。俺たちを美羽ちゃんに会わせてくれないか 俺 !? 愛子ちゃん曰く義肢を動かせば、普通の人のようにも動けるらしいのだが、バッテ 電動の車椅子が先導して動く様はとてもSFチックな印象を俺に与えた。 ルのような清潔感のある空間になっている。 精神病院とあったから、てっきり鉄格子なんかあるのかと思っていたが、中身はホテ の場所を教えてくれた。 とになった。あれだけ鉄壁のお断りオーラを放っていた受付もそれには逆らえず、病室 こうして、俺たちは権力という後ろ盾を通して、ひむひむの妹に会わせてもらえるこ れば彼女にもプラスに働くでしょう﹂ ﹁分かりました。確かに今氷室さんは不安定な時期ですが、大切な知り合いとお会いす 彼女は少し考え込むような素振りを見せた後、快く頷いてくれる。 俺はそう愛子ちゃんに両手を擦り合わせてお願いした。 は美羽ちゃんの許婚で、こっちのあいりちゃんは美羽ちゃんの大親友なんだ。頼むよ﹂ ﹁そうなのか 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 347 リーを非常に食うため、運動をする時以外は車椅子に乗っているのだそうだ。 とある一つの部屋の前まで来た愛子は車椅子を止め、振り返って俺たちに言った。 ﹂ ? ているだろう。 双眸の碧眼には活力がなく、ぼんやりとしていた。死んだ魚の方がまだ生き生きとし そうぼう た。整えていないその斑の髪は長く毛先も寝癖でボサボサになっている。 綺麗な金髪だっただろう髪はところどころ白髪が混じってマーブル模様のようだっ も双子の妹には見えなかった。 その顔立ちはひむひむに似ていたが、彼女が持つ雰囲気があまりにも違いすぎてとて ﹁誰⋮⋮あなた と何気なくこちらを向いた。 俺が入っていたことにもしばらく気付かず、嵌め殺しの窓の外を眺めていた彼女はふ ベッドに寝そべる少女を見つける。 愛子ちゃんの制止を無視し、病室の中に足を踏み入れた俺はリクライニングさせた ﹁あ、ちょっとお待ちを﹂ 入っていく。 ネームプレートのようなものないその扉を勝手に開けると、俺はその中へとずかずか ﹁ここです。この部屋が氷室美羽さんの病室です﹂ 348 瞳が大きい童顔にも関わらず、その表情はあまりにも疲れ果てていて実年齢よりも老 けて見える。 ていうかあんな変態血液フェチ野郎と一緒にすんな﹂ じゃあ、あなたもまともじゃないのね﹂ ﹁アンタのお兄ちゃんのお友達さ﹂ ﹁あれの友達 る。 ﹁それで わざわざそのお友達がわたしを訪ねてきた理由は ﹂ ? 何か他にないのかよ 身内が死んだだぜ ﹂ あ、それとも俺のことを ? 再び、窓の外を眺め始める。 ﹁それだけ 疑ってる ? ? ? 美羽ちゃんはその生気のない碧眼で俺をじっと観察すると、 ﹁そう﹂と一言だけ言うと 後ろで愛子ちゃんが俺の言葉に難色を示したが、ユウリちゃんがそれを押し留める。 えに来た﹂ ﹁アンタのお兄ちゃんね、ちょっと不慮の事故で死んじまったんだよ。今日はそれを伝 ? 白髪混じりの金髪を掻き上げる彼女はもはや、兄のことなど興味すらないように見え も感じていない様子だった。 ひむひむに虐めれて心を病んだと聞いていたが、美羽ちゃんは兄のことに恐怖も怒り ? ? ﹁いや、俺はまともだよ 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 349 ﹁別にあなたを疑っている訳じゃないわ。あれが死んだのが嘘でも本当でももうわたし には何の関係もないだけよ。⋮⋮どうでもいいわ。世界の全ての何もかもが﹂ ﹁ほう。面白いな、美羽ちゃん﹂ 退廃的な雰囲気を醸し出す美羽ちゃんは静かで儚く映った。 俺もどうでもいい ﹂ 何より兄と違って知性的だ。気まぐれで訪ねたわりに面白い人間と出会えた。 ﹁じゃあ、俺はどう ? それを見て、下卑た視線共に嘲笑う。 ﹁何だ。世界の全てと大きく出たくせにおっぱい揉まれりゃうろたえるのか ﹂ 笑っていると背中に凄まじい衝撃を受けて、吹き飛ばされた。 ﹁な、な、な、何やってるんだ、お前は ? どうやらユウリちゃんに蹴り飛ばされたらしい。床をごろごろと無様に転がって壁 !? ﹂ ドンと俺を突き飛ばし、胸元を隠すようにして睨む美羽ちゃんの瞳は涙ぐんでいた。 ﹁い、いやっ⋮⋮﹂ 美羽ちゃんのブラの下を剥がし、その裏にあった膨らみかけの胸を揉む。 身体を硬く強張らせた彼女は瞳を大きくさせて驚いた。光の瞳には感情が宿る。 ベッドに近付いた俺は美羽ちゃんの白い病院服に手を突っ込んだ。 ﹁あったばかりの相手にどうもこうも⋮⋮﹂ ? 350 に激突して止まった。非常に痛かった。 ごめんなさい、あんな人だとは思わずに⋮⋮﹂ 顔を真っ赤にして怒るユウリちゃんの後ろで心配そうに車椅子で近寄る愛子ちゃん 氷室さん !? が見えた。 ﹁だ、大丈夫ですか ? ﹂ ! 病室内に美羽ちゃんの俺に向けた罵声が轟いた。 ﹁うるさいっ、ばか ﹁ふっ⋮⋮ずばりBカップと見た﹂ さっきのクールに振る舞っていた人間とは思えないほどの取り乱しっぷりだ。 いた。 涙目で悔しそうな表情をした美羽ちゃんは愛子ちゃんに抱きつき、横目で俺を睨んで ﹁ううっ⋮⋮﹂ 第二十一話 うるさい! そんなことよりおっぱいだ!! 351 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 昨日の夜、ユウリちゃんと別れて自宅に帰った俺は寝る前にある重要なことに気が付 いてしまった。 俺は昨日も一昨日も学校に行っていない。初日以外、二日連続で自主休校をしている 訳だ。 二日間の間、俺は学校に通うことも、バイトに精を出すこともなく、女の子たちと楽 しく遊び呆けていた。 そ の 姿 は ま さ に 遊 び 人。プ ー 太 郎。ニ ー ト。非 生 産 者 に し て 消 費 者 ⋮⋮ ハ イ パ ー 社 会不適合者。 ﹂ つまり、このままだと││俺は駄目人間になってしまう ﹁学校行かなきゃ ! ビブラートで歌声を奏でた。 次の日の朝、携帯の目覚ましアラームによって起床した俺はシャワーを浴び、浴室で たのだった。 かくして、社会を担う次世代の若者の使命として、俺は中学校に登校することを決め ! 352 ﹁オウ、イエス オウ、イエス ルァーッラララ∼ ! ﹂ !! ムラムラしてきたぜ ! * を分けてやりたいくらいだぜ。 ﹂ ああ。俺はなんて真面目な中学生なんだろう。全国の不良や不登校児にこの勤勉さ 勉強に必要なのは意欲であり、勉強用具など必要ないのだ。 とを思い出したが、取りに戻るのがあまりにもかったるかったので諦めた。 ふと、そう言えばノートと教科書と筆記用具の入った鞄を家に置いてきてしまったこ 付く。 まじまじと水着姿を観察して、チャンピオンのついでに買ったからファミチキに齧り ! 通学路を歩む。 畜生 !! そんな中、コンビニで買った週刊少年チャンピオンを読み耽り、二ノ宮金次郎の如く ふけ 爽やかな風が吹き、洗い立ての髪を撫でる。日の光が鮮やかに俺を照らす。 身を包んで我が新たな校舎へと通学する。 で引っ越す前に買い溜めして置いたカップ麺を啜った後、南あすなろ中学指定の制服に シャワーで身体を綺麗にして脱衣所に出るとタオルで身体を拭き、全裸の格好のまま ! 今回のグラビアの子、良い尻してんなぁ ! その雄姿はどこに出しても恥ずかしくない勤勉な学生そのものだった。 ﹁お 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 353 学校に着き、何気なく校庭を見回すと前に燃やした格技場の建物が見るも無残に焼け 残っていた。あれから二日も立っているせいか、それに注目する生徒はほとんど居ら ず、皆靴箱に向かって歩いている。 相撲部がほぼ全員、焼け死んだのだから昨日くらいには黙祷式でもやったのだろう が、この無関心さが現代の中学生らしい。 俺は靴を上履きに履き替えると自分の教室へと向かう。 相変わらず、ガラス張りの教室は腹の立つくらい透けていた。どうせなら、女子の制 服を透けさせればいいものを、と思わずには居られない。 ﹂ 教室内に入ると、クラスの女子たちが公園の鳩のように俺に群がってきた。 ﹂ ﹁一樹君、転校初日からずっと休んでたけど、何かあったの ﹁身体の具合が悪くなったせい ﹁ありがとう。でも、平気だから気にしないで﹂ この手の手合には慣れているので、そつなくお礼を言って切り抜ける。 からではなく、単に顔の良い俺に下心を持っているからだ。 それぞれ皆、俺に心配の台詞を掛けてくれる。これはこの子たちが心優しい女の子だ 言ってね﹂ ﹁何か保健委員の氷室君も居ないみたいだから、困った事があったら遠慮なく私たちに ? ? 354 学校ではクールなキャラで通っているので、その設定を壊さない程度にさらりとそう 言って自分の席に座った。 それを見た彼女たちは格好良いだのクールだのと黄色い声を上げて俺を眺めてくる。 うむうむ。女の子からの好意を向けられるのはなかなか気持ちがいい。もっと俺を 褒めろ、称えろ、崇め奉れ。 無表情を貫きながら、内心で調子に乗り、チャンピオンのページを捲る。 すると、こちらを見ている女子たちがこそこそと小声で会話をし始めた。 私も読めば共通の話題ができるのに﹂ ? みよ﹂ ﹁缶コーヒー好きなのかな 苦いの嫌いだけどあたしもあとで同じ種類の奴の飲んで 俺は試しに制服のポケットから缶コーヒーを取り出してプルタブを上げる。 るが気のせいか。 耳だけで聞いていると明らかに最後の女子、俺のことを馬鹿にしているように聞こえ ないよ﹂ ﹁透明な教室の中で他人の目も気にせず黙々と漫画雑誌を読む。なかなかできる事じゃ ﹁一樹君、物静かだから漫画読んでても絵になるよね﹂ ﹁どんな漫画だろうね ﹁あ、一樹君漫画雑誌読んでる﹂ 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 355 ? ﹁あれはBOSSの微糖だから、英子でも飲める奴だと思うよ﹂ ﹂ ? ﹁私の名前はフランツィスカ。フランツィスカ・コルネリア。フランでいいよ﹂ ﹁そこの銀髪の子。アンタ、名前は ているようで不思議そうに見つめてくる。 他の女子と違い、俺に異性としての魅力を感じていない顔だったが、興味自体は持っ が、その少女だけは無表情な顔で俺を見返していた。 女子グループは俺は自分たちに目を向けたことに気付いて、恥ずかしげに頬を染めた ゲルマン系特有の身体付き、恐らくはドイツ人だ。 女の子にしては背が高く、周りの女子に比べて骨格がしっかりして見える。それらは は美羽ちゃんとは違ってハーフではなく、完全に純血の外人だ。 幼稚園の時から飽きるほどヨーロッパ諸国に海外旅行をしている俺には分かる。あれ 黙 っ て い れ ば 神 聖 な 雰 囲 気 さ え 感 じ ら れ る 彫 の 深 い 顔 立 ち は 日 本 人 に は 見 え な い。 くすんだ青色の目をした女子がこちらを見ていた。 チャンピオンから視線をずらして、その女子グループへと目をやる。そこには銀髪の レーズ。 やっぱり最後の奴、俺のこと馬鹿にしてやがる。ていうか、気に入ってるのかそのフ ﹁ホームルームまで数分なのにコーヒーを飲む。なかなかできる事じゃないよ﹂ 356 抑揚を欠いたトーンの声は棒読みのように耳に届いた。 どこかミステリアスさを醸し出すその少女に俺はほんの少し興味が湧いた。 ﹁よろしく、フランちゃん。俺は一樹あきらだ﹂ 退屈過ぎる午後の授業が終わり、昼飯時になる。 ** ちょっと虐め過ぎたなぁ、と若干後悔した。 ちゃんが死んだばかりなので学校に来る気力がないのだろう。 怪我が完治していないままで来ても無駄に質問責めにされるだけ出し、何よりサキ 僅かに期待していたが、どちらもとうとう登校して来なかった。 俺はホームルームチャイムが鳴るまでカオルちゃんたちがもしかしたら来るかもと ション能力はそれなりにあるようだ。 そうかと言って、無視する訳でもなく、他の女子と会話をしている辺り、コミュニケー いた。 文句を言われていた。しかし、本人はそれに対して何も感じていないように振る舞って その後、フランちゃんは彼女が予想した通りに周りに居た女子に﹁なぜフランだけ﹂と かできる事じゃないよ﹂ ﹁ん。よろしく、一樹君。こんなに女子が居るのに、私だけに自己紹介するなんてなかな 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 357 三時限目の数学の時間、俺を目の敵にした担当教師が散々問題を俺一人に出してきた せいで疲れた。全部問いに答えて、なおかつ、教師の問題の式が微妙に間違っていると ころを指摘してやると仕舞いにはに向こうも心が折れたようで何も言わなくなった。 購買部で惣菜パンを買った後、俺は屋上でサヒさんやリッキーに非通知で電話をかけ た。 一応、面相が割れたことは理解しているようで二人とも一昨日から学校には来ておら ず、家に篭っているらしい。 両親が何も言わないのかと聞いたところ、既に二人とも殺して死体をちゃんと跡形も 親は旨かったか ﹂ 残さず処理したと帰ってきた。 ﹁で ? ﹁ああ、それとサヒさんにはもう言ったけど、ひむひむの代わり見つけたから、今度紹介 うするつもりなんだ。もっと上手に親を使い潰せよと思わずにはいられなかった。 両親を愛する心優しい俺には到底できない諸行だ。ていうか、二人とも今後の生活ど 元々両親とは不仲だったために殺害を躊躇う理由はなかったのだそうだ。 ためら 順 調 に 人 と し て の 倫 理 観 を 捨 て つ つ あ る リ ッ キ ー。サ ヒ さ ん も そ う ら し い の だ が、 ﹁だよなー。豚とか牛ってマジ偉大だわー﹂ ﹃クソ不味かった。人肉なんて食えたもんじゃないな﹄ ? 358 俺はあいつの変わりなんて認めないからな 氷室は俺 !? するわ﹂ ﹃はあっ 聞いてないぞ ! か ﹄ たちのために命を張ってくれたんだ そう簡単に新しいメンバーなんて認められる !? ! ある。 だが、俺は人身掌握のプロ。駄々を捏ねる同級生の扱いなんてちょちょいのちょいで な非人間のくせにこういうところで自己陶酔に浸るのだからお笑い沙汰だ。 完璧に自分の命を守ってくれたひむひむのことを美化している。親を食い殺すよう い。 いや、お前ひむひむと出会って三日も経ってないだろ。ぶっちゃけ、大した仲じゃな ! ﹄ !? 俺はその反応を聞き、してやったりの顔で続ける。もちろん、声には哀愁を漂わせる いきなり、遺族の話をされるとは思わなかったようだ。 電話の向こうで息を飲む声が聞こえた。 ﹃ ﹁俺さ、ひむひむの双子の妹に会ったよ﹂ ﹃何だよ。急に改まって﹄ ﹁⋮⋮なあ、リッキー。聞いてくれ﹂ 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 359 のを忘れない。 うんうん。扱いやすくて楽だわ、この子。 湿った声が受話口から聞こえる。 ﹃あいつ⋮⋮。そんな事抱えて﹄ んは⋮⋮居ないからな﹂ ﹁もう、美羽ちゃんの病室にひむひむが持ってきた花は飾られない。妹想いのお兄ちゃ 方がおかしい。 何せ、自分の心を虐めて傷つけたのは他ならないひむひむなのだから嫌われていない もっとも、美羽ちゃんの方はそれを拒んでいたのは至極当然だ。 た。 ちなみにこれは本当の話だ。美羽ちゃんの病室に行く前に愛子ちゃんが話してくれ のために、わざわざ精神病院まで通ってな﹂ 花持って見舞いに来ていたんだってさ。自分のことさえ嫌ってヒステリックに喚く妹 ﹁ひむひむの方は美羽ちゃんのこと大切にしてたらしく、毎日とは言えなくても頻繁に ﹃⋮⋮⋮⋮それで﹄ しい﹂ ﹁名前は氷室美羽って言うんだけど⋮⋮精神病院に入院してた。心の病気を患ってたら 360 とむら ﹁一刻も早く、戦力整えて仇取ってやるのがせめてもの弔い。俺は病室の窓をぼんやり ﹂ と眺める美羽ちゃんを見てそう思った。それを話したらサヒさんも同じ気持ちだって。 ⋮⋮リッキー、お前はどうだ ﹄ ﹁分かってくれたか う ありがとうな、リッキー﹂ ﹃⋮⋮⋮⋮分かった。あきら。俺が間違ってた。その新しい奴と一緒に氷室の仇を討と ? 肯定する。 少し照れた声でリッキーはそう言った。感極まるようなその台詞に俺は満足そうに ら﹄ ﹃よせよ。礼なんてお前らしくもない。俺たち、トラペジウム征団は││仲間なんだか ! ! ほだ 屋上のベンチの上に寝転がって、伸びをしていると俺の耳に階段を上る足音が聞こえ て方がいいと思う。 まあ、扱い易いので俺としては便利でいいが、本人はもう少しくらい頭を使って考え ぱり理解できない。 ホンマモンのアホですわ。どうして、あんな安っぽい台詞に絆されてしまうのかさっ 通話を切ると、携帯電話をポケットしまって一息吐く。 ﹁ああ。そうだな、じゃあ、詳しいことは後で話す。じゃあ、切るぞ﹂ 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 361 てきた。一歩一歩、まるで自らを自己主張するように響く上履きの音は次第に大きく なっていく。 そして、その足音の主は屋上のドアを開こうとドアノブを回す。 俺は即座に両手でブリッヂの姿勢を取ると、ベンチからバク宙してドアの前まで飛ん だ。ピタリとドアの数センチ前で華麗な着地を決めるとドアノブを掴み、回りかけた方 の反対方向に回した。 悠々とドアを開こうとした足音の主は、ドアが開かないことに若干焦ったようで何度 も向こう側でノブを弄るが俺がそれを阻む。 そこでようやく、ドアノブを逆側に回されていることに気付いた相手は静かな怒りの 混じった声で言う。 屋上のドアから出てきたのはさっきのフランちゃんだった。実は声で気付いていた なく、ドアノブから手を離す。 嫌がらせは俺のライフワークだが、膠着状態で話が進まないのも詰まらないので仕方 ﹁嘘だよ。開けるよ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁やだピー﹂ ﹁⋮⋮開けて﹂ 362 ﹂ が、どんな反応を示すか気になったので気付いていない振りをしていた。 ﹁⋮⋮何であんな事したの それを無視して俺はベンチに座ると、自分の隣の場所を軽く手で叩く。 無表情を浮かべているがじとっとした恨みがましい目でフランちゃんは俺を睨んだ。 霧散していた。 もう散々からかいまくったので、その相貌から湧き上がる神聖な雰囲気はとうの昔に 相手のペースを乱して、遊ぶために俺は無意味にフランちゃんを挑発する。 もんだ﹂ ﹁意味なんてある訳ないだろ。アリの巣に水を注ぐのと同じで、何となくでするような ? ﹂ ﹁⋮⋮ひょっとして、私喧嘩売られてる ? ﹂ そろそろ本格的にフランちゃんが切れそうだったので、普通の口調に戻した。 ? ﹁して、この度は何用でおじゃるか りたくった白い顔に丸っこいマロ眉毛を描いた顔になっていた。 何かこの喋り方が気に入ったので俺はそのままの口調で話す。気分的には白粉を塗 公家風の喋り方で隣に座るように言うと、フランちゃんは無言でそれに従った。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁苦しゅうない、近こう寄れ﹂ 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 363 ﹁そんで、何で屋上にまで来たの ﹂ ﹂ ﹁貴方が似てると思ったからよ﹂ ﹁ジョニー・〇ップに ﹁違う﹂ ﹁じゃあ、トム・ク〇ーズ ﹁⋮⋮違う﹂ ﹂ ? 哀想なので止めた。 ﹁私は人を殺した事がある﹂ お回りさーん﹂ 裸踊りを始めてやろうかと半ば本気で思ったが流石にフランちゃんが色んな意味で可 そういう、 ﹁真面目なお話します﹂的な雰囲気が嫌いな俺はここで唐突に全裸になり、 めた。 フランちゃんは脱線した話を戻すべく、真面目な顔になり、シリアスな空気を作り始 殺意のこもった眼差しを受け、俺はようやく自重する。 ﹁⋮⋮すんません。調子扱きました﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あ、分かった。キアヌ・リー⋮⋮﹂ ? ? ﹁うわー、犯罪経歴自慢厨がいますよー ! 364 コ レ ﹁殺人が社会で許されない事は知っている。でも、私はそれが我慢できなかった﹂ ﹁とうとう無視ですか。そうですか﹂ ﹁人が呼吸しなければ生きていけないように、私には殺人がなければ生きていけない﹂ ﹁アンタ、あれだろ。昨日の夜﹃月姫﹄の漫画でも読んだだろ。もしくは初期の西尾作品 を﹂ 明らかに中二病を発症された方の発言に俺は呆れた。 いや、確かに俺たちは中学二年生だけど、でもそういうのはせめて黒歴史用のノート でも作って自分一人で楽しんでくださいな。そして、数年後それを読んでクッションに ﹂ 顔を埋めて足をバタバタさせるといい。少しはマシな人間になれるだろう。 ? 二条院愛子っていう、おっぱいの大きな両手両足が義肢 ? 可哀想な子を見るまで、昨日知り合ったばかりの精神病院と愛子ちゃんの話をし始め の子なんだけど﹂ だから紹介してあげようか ﹁フランちゃん、あすなろ精神病院って知ってる 俺そこの院長の娘さんと知り合い ? しかし、フランちゃんはそんな俺ににんまりと頬を引いて笑った。 ﹂ ? ﹁正解は、人を殺す幸せを平和な日本人に教えるため﹂ ﹁普通に留学しに来たんだろ ﹁私、生まれも育ちもドイツだったんだけど、何故で今日本に居ると思う 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 365 た俺だが、その瞬間第六感が囁き、その場から後ろに飛び退く。 一瞬前まで俺の首があったところに銀色の一閃が弧を描いた。 それは折り畳みナイフの刃が光に反射した光の線だった。 ﹂ ? 人名か らったものを使うね﹂ あやせ⋮⋮ ? だが、そんなものは彼女がポケットから取り出した物体を見て、消し飛ぶ。 フランちゃんが口に出した名前が妙に気にかかった。 ? ﹁ふふふ。でも、貴方にはこんなチンケな得物じゃ駄目。あやせからプレゼントしても ミスった気分だ。 あの時、ドアノブを放さなければよかった。恋愛シュミレーションゲームで選択肢を 笑顔は頼まれたって要らない。 マックで可愛い店員を見つけると思わずスマイルを注文してしまう俺だが、イカれた ンちゃんは喋った。 気の触れたようなマジキチスマイルを浮かべ、折り畳みナイフを開閉させながらフラ ﹁やっぱり、貴方は私と同じ人種の人間。恐怖がなく、狂気に満ちている﹂ なかったのかよ ﹁オイオイ。学校に勉強と関係ないもの持ってきちゃいけないってママに教えてもらわ 366 それ、どこで ﹂ 鈍く黒光りするそれは││イーブルナッツだった。 ﹁なっ これ、知ってるんだ。⋮⋮なかなかできる事じゃないね﹂ ! みなぎ 頭部に残っているポニーテールが辛うじてフランちゃんの面影を保っている。 それは鷹だった。刃物の羽根を持つ、鋼で作られたかのようなくすんだ銀色の大鷹。 変わった。 見る間に変わっていくフランちゃんの姿は少女の原型を僅かも残していない異形に イーブルナッツを持つ存在に出会ったことで気が動転して防げなかった。 彼女の身体がグニャグニャと歪み、粘土のように変形していく。俺は自分たち以外に 手に持ったイーブルナッツをフランちゃんは自分の額に押し込んだ。 ﹁あれ ? !? もしこの学校にカオルちゃんや海香ちゃんが居たら、俺は魔物の姿になるのを躊躇し 俺はそう呟いた。 ﹁よかったぜ⋮⋮﹂ フランちゃんは翼をはためかせて、屋上でホバリングするように羽ばたいている。 やり上げたようなそんな異音。 嘴から流れ出る声は酷く不快感を催す高い声だった。合成加工した声のキーを無理 くちばし ﹃うん。あやせの言ってたとおり、力が漲るね﹄ 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 367 ていただろう。 なぜなら、折角隠してきた正体がつまらないところで暴露しかねないからだ。 丹精込めて騙しているのが、水の泡になっていたからだ。 俺は己の身体を黒い竜に変えて、銀の鷹と化したフランちゃんの前に立ち向かう。 それを見たフランちゃんは器用に瞳を大きくさせ、そして、嘴の端を歪めて笑った。 ﹄ ﹃一樹君、やっぱり私と貴方は同じ瞳をしている。同じ思想を持った存在⋮⋮﹄ 俺はフランちゃんの台詞を遮って否定した。 ﹃いいや、違うね﹄ ﹃俺は殺すのが好きなんじゃない││命を踏み躙るのが好きなんだ ﹃いいか よく聞け、ギンピカ。﹁殺す﹂、なんてのは物事のおまけみたいなもんだ。肝 ワブくらい違う。 こいつと俺は全然違う。何もかもが違う。どれくらい違うかというとちくわとチク 中二病患者の妄言と聞き流していれば、ふざけたことを言いやがって。 ! そんなものに快楽はない。 コ レ 人が呼吸しなければ生きていけないように、私には殺人がなければ生きていけない る時にカタルシスってのが生まれるんだ。 心なのはそこじゃない。必死で生きていた人間の思いや感情⋮⋮それらを台無しにす ? 何だ、そりゃ ? ? 368 楽しいから殺すんだ。嬉しいから殺すんだ。気分がよくなるから殺すんだ。やらく てもこまらないけどやるんだ。それがいいんだよ﹄ フランちゃんのその性分を扱き下ろして、嘲笑った。 殺人なんてものは所詮は嗜好品。何となく、気分が乗った時にするものだ。 それを呼吸のようにしなくてはならないのは単なる中毒。肉体が強要されてやって いるだけ。 たしな やらされている行為からは真の愉悦は生まれない。そこに悦びはないからだ。 余分であるが故に楽しいのだ。必要不可欠ではないからこそ、 嗜むことに意味があ る。 の集合体のような鋼の翼を振るう。 ! だが、その速さは││光の速さほどではない。 もしも、直撃を受ければ魔物化した俺の強固な皮膚を両断するかもしれない。 その速さは俺を容易く超えるだろう。このまま、避けきることさえ難しい。 空気を引き裂き、凄まじい速度共に突っ込んで来る。 ﹃そう⋮⋮分かった。貴方は同族なんかじゃない。私の⋮⋮敵だ ﹄ 冷めた目でそう言い放つと、フランちゃんは空へと舞い上がり、俺に目掛けて鋭い刃 ﹃だからな、一緒にすんなよ。中毒者﹄ 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 369 鱗の色を黒から白に変え、俺は口から白い雷を解き放つ。 ﹄ こちらへと近付くよりも早く、俺の電撃の波がフランちゃんを襲った。 ﹃アグゥァ││ッ ﹃場所変えようか ﹃クガァア││ なぁっ ﹄ ﹄ うと刃の翼を広げて接近する。 即座に跳ね上がるように林から飛び出して来たフランちゃんは俺の首を切り落とそ それを片翼にモロにくらい、今度は俺の方が体勢を崩すはめになる。 想像以上に頑強な肉体をしているようで林の中で体勢を立て直していたようだ。 !! たれた。 俺もそちらへと飛んでいくと、木々の切れ間からダーツのように刃の羽根が俺へと放 投げ飛ばされたフランちゃんは木々をその刃の翼で切り落としながら、落ちていく。 その際に尖った羽根が何本が手に突き刺さるが、やむを得なかった。 す。 未だ電気が残留しているフランちゃんの尾羽を掴み、学校の裏にある林へと投げ飛ば !? は翼の軌道を曲げてしまう。 結果として、雷撃へと飛び込んだ聞くに堪えない甲高い叫び声を上げ、フランちゃん ! ? 370 今度はさっきのような小細工を許さない真下からの軌道。 多少揺らいでも確実に俺の首を斬り落とす構えだ。 ならば、俺も違う手を講じなくてはならない。 振り上げられるギロチンの如き刃に俺は噛み付いた。 牙が幾本も砕け、黒い体液が林へと流れ落ちる。おかげで減速してきたが、フラン ちゃんは俺の顎を上下に切り分けようとさらに鋼の翼を押し込んできた。 口の端が切れて、鋭い刃が頬肉を切り落とそうと食い込んでくる。このままなら俺の 頭で顎のラインから横に真っ二つだ。 しかし、俺だって無策でこんな暴挙に出た訳ではない。 鱗の色を白から黒へと戻し、鋼の翼を噛んだ状態で炎の吐息を噴き付ける。 急激に当てられた高熱で鋼の翼はその形状を歪めていく。フランちゃんは翼が溶け 始めたことで俺ごと林へと落ちていった。 口を閉じたまま、炎を吐いた代償はでかかった。口内に逆流した熱のダメージが思い の他大きく、俺は竜の姿から人の姿へと戻っていた。 ﹂ だが、それはフランちゃんも同様で炎の熱を近距離で浴び、翼を溶かした彼女も銀色 の大鷹から少女になっていた。 ﹁がっふ⋮⋮お互い、人間に戻っちまったがこのままやるかい ? 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 371 ﹁ぐぅづぅっ⋮⋮あ、当たり前。貴方は殺、す⋮⋮﹂ ふらふらの身体を引きずりながら、折り畳みナイフを取り出して俺へと向ける。 俺も林に落ちていた大き目の石を拾って構えた。 ﹃ナイフVS石﹄という見た目的に恐ろしいほどショボい激戦の火蓋が切り落とされ ようとしていた。 ﹂ ? ﹁フラン⋮⋮私、そういうワガママ、スキくないなあ にこやかに笑っているが、それは恫喝だった。 ﹂ ? ﹁そうだけど、今は⋮⋮﹂ その見た目からしてまず間違いなく、魔法少女だと思われる。 フランちゃんが呼んだことから見て、この子が件のあやせのようだ。 ラン。あなたの仕事は私の手伝いでしょう ﹁そうもいかないわ。あなたに何のためにイーブルナッツをあげたと思ってるの フ ﹁あやせ⋮⋮邪魔、しないで。これは私の戦い⋮⋮だから﹂ エルケースのような箱を持っている。 ブラウンのポニーテールに真っ白いドレスを着た少女だった。両手で小さめのジュ そんな俺たちの戦いを邪魔するように、甘ったるい声と共に女の子が降ってくる。 ﹁待って待って、お二人さん﹂ 372 ? 逆らえばどうなるか分かっているのかという言外の脅し以外の何物でもない。 フランちゃんは渋々といった素振りでナイフを仕舞う。俺はまだ何も言われていな いのでこのまま、石で殴りつけることは可能だが、その場合確実にあやせちゃんに殺さ れるので諦めた。 ピ ッ ク・ ジ ェ ム 俺も石を放ると、あやせちゃんは満足げに頷く。 ﹁よかった。こんなところで﹃ジェム摘み﹄の手駒を減らしたくはないもの﹂ その言葉に俺はぴくりと反応をする。 それはまさか⋮⋮﹂ ? ? ﹁集めてるんだあ、ソウルジェム。こんなキレイな宝石他にないよね。だって、生命の輝 即ち、││魔法少女狩り。 ムを集めること。 やはりそういうことか。つまり、あやせちゃんの言うピック・ジェムとはソウルジェ いた。 そう言って持っていた小箱の蓋をずらすと、そこには無数のソウルジェムが詰まって れ﹂ けど、それなら魔法少女のことくらい知ってるでしょう 私が集めているのはこー ﹁ああ。あなたもイーブルナッツで変身したってことはあいつからもらったんだと思う ﹁ピック・ジェム 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 373 きなんだもん ⋮⋮まあ、魔女モドキのあなたには関係ないけれど、私たちの邪魔は 前から消えた。 小箱の蓋を閉めると、あやせちゃんはフランちゃんに着いて来るように言って、俺の しないようにね﹂ ! じゃないかもしれない。 なかなか、複雑になってきたな、オイ。もう、プレイアデス聖団だけに構ってる場合 となると、ユウリちゃんもまたもらったのだ。そのイーブルナッツを作る黒幕から。 言できる。あの子はそんなことできるほど賢くない。 あやせちゃんが言っていた﹃あいつ﹄。それは多分ユウリちゃんのことではない。断 う。 確証はないが、恐らくその答えは俺の後ろに付いている存在を勘違いしたからだと思 だが、そうしなかった。 あの状況下、やろうと思えばあやせちゃんは俺を殺せた。 ひとまず、命の危機が去ったことを実感する。 へと歩いていった。 フランちゃんは俺を悔しそうに睨んだ後、そう一言だけ言い残してあやせちゃんの元 ﹁私をここまで怒らせるなんて、なかなかできる事じゃないよ﹂ 374 第二十二話 なかなかできる事じゃないよ 375 取り合えずはユウリちゃんがあやせちゃんに狙われなければいいのだが。 俺は彼女のピンク色に輝くソウルジェムを思い出す。 昨日ユウリちゃんのソウルジェム綺麗になったばかりなんだよなぁ⋮⋮。 第二十三話 信じる心 がどこに居るのか知らないんですが⋮⋮﹄ ﹁聞かれなかったからな﹂ 何を当たり前なことを言っているんだこいつは。 ほじ 携帯電話を耳に当てた方とは逆の手で反対側の耳穴を穿る。 ? サブの困り声が俺の鼓膜を打つ。 レ、それすら聞いてないですけど﹄ ﹃いや、聞かれなかったからって⋮⋮。大体、トラペジウム征団って何なんですか ﹁聞かれなかったからな﹂ オ ﹃ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ていう訳とか言われても、オレはその人たち ぶっちゃけるとマジ面倒くさい。 一人でできるだろう。 で一人で勝手に行ってもらうことに予定を変更した。サブ君ももう十三歳、そのくらい 今日はサブを他のメンバーに紹介してやる日だったのだが、やっぱり面倒になったの ﹁ていう訳でー、サブは他トラペジウム団員二名と合流して自己紹介くれや﹂ 376 再度、同じ台詞を放つと、サブは黙り込んだ。げんなりとした雰囲気が電話越しでも 伝わってくる。 ﹃⋮⋮もういいですよ。じゃあ、どこにその人たちが居るのか教えてください﹄ ﹁イーブルナッツの波長を追え。体内にイーブルナッツが入った奴同士なら集中すれば ﹄ 相手の位置くらいは大体分かるだろ﹂ 、と悲痛な叫びをあげるサブだったが、俺の視界にある女の子の ﹃それすら自分で調べろと 何なんだこの人ー !? 眺めている俺を向こうも発見してくれたらしく、こちらに手を振って近付いて来る。 きたようで今では完治していた。本当に魔法少女って人間じゃないなぁ。 少し前まで右膝がしたがなくなっていたが、トカゲの尻尾の如くにょきにょき生えて オレンジ色のボブカットの活発スポーツ魔法少女、カオルちゃんである。 姿が飛び込んできたために興味は電話からそちらに向いていた。 !? この程度のことをしてくれないようなら奴に価値はない。今日中に合流できていな はない。 電話の向こうで何か言おうとしたサブに俺は無常にも通話を一方的に切った。慈悲 ﹃え、ちょっ、ま⋮⋮﹄ ﹁んじゃ、切るわ﹂ 第二十三話 信じる心 377 いようなら明日の朝にカルパッチョにして、食べてしまおう。 ちなみに、サブへは俺が非通知で通話しているため、俺の連絡先は向こうは知らない。 カオルちゃん。奇遇だな、街中で会うなんて﹂ ﹂ 俺は携帯電話を上着のポケットに仕舞うと、元気よくカオルちゃんに挨拶する。 ﹁おっはよう ﹁おはよう、あきら。電話してたみたいだけど切っちゃっていいの 気分がいい。 ﹁そんでどこに行こうとしてたんだ どうだっていい。 ﹂ んが狙われかねない危険な状況とか、早くトラペジム征団を再編するとかそんなことは 二つ返事で俺はカオルちゃんに付いて行くことにした。あやせちゃんにユウリちゃ ﹁行く行く。カオルちゃんと一緒なら病院でもホテルでもドンと来いだぜ﹂ ﹂ それでも来たい 俺も一緒に行って良い ? ﹁いいけど、向かってるとこ精神病院だよ ? ? ? 俺としても男と話しているよりも可愛い女の子と話している方が楽しいので、幸せな うで喜んでいる。 調子の良い事言うなーとカオルちゃんは呆れつつも、そう言われて悪い気はしないよ ら、ゴミみたいな内容だよ﹂ ﹁い い の い い の。超 ど う で も い い 内 容 の 電 話 だ か ら。カ オ ル ち ゃ ん と の 会 話 に 比 べ た ? ! 378 十四歳の男子中学生としては女の子とのデートの方が大事。これは鉄則である。 ﹁ちょっとあきら、手を繋がないでよ﹂ いいじゃんいいじゃん﹂ ﹁もう⋮⋮強引だな﹂ さが僅かに俺の手のひらを伝わってくる。 しなやかでいて柔らかい指の間に自分の指を捻じ込み、手を握る。彼女の体温の温か 儀である。 コミュニケーションを取るべし。肉食系男子としては押して駄目でも押し倒すのが流 強引にカオルちゃんの手を取り、指先を絡め合う。男ならば、少しくらい押しの強い ﹁ええー ? だが、心の方までは完治はしておらず、今は精神病院で療養中とのこと。 ちゃんが魔法少女になる契約時の願いで一命を取り留めた。 名前は三波つかさちゃん。自殺未遂のせいで意識不明になったそうなのだが、カオル みなみ まって、それが原因で部内で虐めに合い、自殺未遂をしてしまった部員なのだそうだ。 聞けばその子は、前にカオルちゃんに選手生命を奪いかけるほどの怪我を負わせてし が入院しているのでお見舞いしに来たらしい。 道中何気なく、カオルちゃんに精神病院へ行く理由を聞くと、同じサッカー部の部員 ﹁へへへ。役得役得﹂ 第二十三話 信じる心 379 それを聞き、俺は感想を彼女に漏らした。 ﹂ ﹁優しいな、カオルちゃんは﹂ ﹁え ﹁だって、自分に怪我させた奴のためにここまで献身的になれる奴、そうはいないぜ ? た。 ! ﹂ ﹁今見舞いに行くのは現実逃避、みたいに言うけどそれは違うだろ かずみちゃんの たら間違いなく切れの良い蹴りが俺の顔面を抉ったことだろう。 可愛らしい声を上げて、足を引っ込めるカオルちゃん。これがもしユウリちゃんだっ ﹁ひゃあっ な、何すんのさ、あきら﹂ 俺は一旦歩みを止めると、繋いでいた手を離してカオルちゃんの右足の太ももを撫で ﹁⋮⋮えい﹂ だから私はそんなに良い奴じゃない。俯いてカオルちゃんはそう言う。 だよ。だから⋮⋮﹂ てる。みらいが話したって言ってたから言うけど、サキが死んだから逃げたいだけなん ﹁⋮⋮そうでもないよ。私がこうやって病院に通うのも自分の心を埋めるためだと思っ ? 380 ? ﹂ 記憶喪失の件とか、訳わかんない魔物のせいで足怪我してるから行けなかったんじゃ ねーの ? 自分のせいで足を怪我させてしまったと罪悪感を抱いている相手の見舞いに、足を負 傷したまま行くわけにもいかないだろうし、サキちゃんが死んだこととは今以外にタイ ミングがなかったという話だろう。 ﹁それもあるけどさ、でもやっぱり私はつかさの事を利用してるだけのような気がして﹂ だろ だったらどーんと構えてなって﹂ ﹁いいじゃん、利用しても。それが相手のためにもなってるならWIN│WINな関係 元気溌剌な瞳が戻ってくると、悪戯っぽく頬の端を上げた。 とを内心ずっと待っていたのだろう。 本来、明るい女の子なのもあるが、こうやって他人に肯定の言葉をかけてもらえるこ む。 最初は暗かった彼女の表情も俺があっけらかんと笑いかけるとつられるように微笑 立ち上がった俺はカオルちゃんの背に手を回して、気安く叩いた。 ? 俺はドスケベだからな、お尻とか胸も触っちまうぜ∼﹂ ? 今度はカオルちゃんの方から俺の手を握ってきてくれる。やはり俺の持てっぷりは た。 そんな感じで元気になったカオルちゃんとイチャコラしながら病院まで歩いて行っ ﹁そうだぜ ﹁それはそうと私の生足触るなんてスケベだね、あきらは﹂ 第二十三話 信じる心 381 留まるところを知らないらしい。 何か病院、おかしくない *** ﹁あれ ﹂ ? ﹂ ? 魔女の使い魔をすぐに連想するが、だとするならここは既に結界内になっていなけれ た見た目のアリ。 それは巨大なアリだった。クリーム色の姿に執事服の上だけを纏ったデフォルメし ﹁あ、アリ⋮⋮ それに気が付いた瞬間、ぼたりといくつかの物体が落ちてきた。 何かだ。 天井の壁が蠢いているように見える。いや、蠢いているのは天井に張り付いた同色の 天井に違和感を覚えた。 そう言えば、この病院には美羽ちゃんが入院していたなと思い出したところで、俺は 況は異常と言わざるを得ない。 というより、患者はまだしも受付の人まで居ないというのは流石におかしい。この状 院一階の中は閑散としている。 現在時刻は午前十時。土曜ということで前に来た時よりも人が居るはずなのだが、病 ﹁ですなぁ﹂ ? 382 ばおかしい。 だが、ここは人こそ居ないまでも病院の中の様相は変わっていない。前に見たような 突拍子もないような場所には見えない。 ﹂ 俺の冷静な分析を余所に降ってきた執事服のアリたちは俺に襲い掛かってくる。 ﹃カピターノ・ポテンザ﹄ ! ﹁ってこれまずっ⋮⋮﹂ ! てきている。どうやら逃がしてくれる気はないらしい。 すぐさま、入ってきた自動ドアを見やるが、まるで出口を塞ぐかのようにアリが落ち ことは想像に難くない。 さらに病院という広大な空間を考えると、膨大な数のアリの使い魔がひしめいている ていたから目に付かなかったが、一階のこのフロアだけでも四、五十匹は居るだろう。 しかし、問題はその数だ。一匹二匹どころの話ではない皆天井に張り付いて動き回っ 体はさほど強くないことが分かる。 大顎が砕かれ、黒い体液を流しながら吹き飛んでいくアリたち。その様子から一体一 彼女は魔法で銀色に硬質化させた右足で飛び蹴りを執事服のアリに食らわせた。 付いたぴったりの上着に太ももがばっちり見えるオレンジ色のタイツに似た格好だ。 俺を庇うように躍り出たカオルちゃんは魔法少女の衣装に変わっていた。フードの ﹁あきら、退いて 第二十三話 信じる心 383 カオルちゃんに襲ってくるアリを撃退してもらいつつ、俺は周囲の様子を探る。 すると、俺は執事服のアリに混じってメイド服を着ているアリが居ることに気が付い た。 執事服のアリはメイド服のアリに寄ると、その手足を急にもぎ始める。最初は仲間割 れかと思ったが、そうではなかった。執事服のアリはメイド服のアリの手足を全てちぎ るといきなり交尾をし始めた。 その様はレイプを比喩している戯画のように思えてちょっとだけ興奮した。本来、ア リや蜂の兵隊には生殖能力はないはずなのだが、こいつらにはちゃんとあるようだ。 だが、そんな余裕はすぐに霧散する。 メイド服のアリが尻の先からボロボロと卵を産み落としていったからだ。 数秒でその卵は孵り、成体へと成長した幼虫は執事服のアリへと姿を変える。まさに ﹂ あっと言う間に数を増やし、正面玄関を占領した。 ﹁カオルちゃん。こいつら、繁殖力があるぞ うだ。 険しい顔でカオルちゃんは唇を噛む。彼女の魔法ではこの状況では打破は難しいよ ﹁気にすんなって﹂ ﹁分かってる。ちっ⋮⋮ごめん。あきらだけでも逃がそうと思ったけど無理みたい﹂ ! 384 前に戦った限りではカオルちゃん単体では身体を硬化させて戦うタイプのようだし、 制圧力は期待するだけ無駄だろう。 ﹂ 俺が竜になって焼き払えば、こんな雑魚など瞬殺できるが状況が状況のため変身でき ない。 ﹁とりあえず、上の階に上がって窓からでも逃げよう し﹂ ﹁ま ず は そ の 子 の 病 室 に 行 こ う ぜ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ ? も し か し た ら ま だ 助 け を 求 め て る か も し れ な い ﹁ねえ、カオルちゃん。カオルちゃんの友達のつかさって子大丈夫なのか 服のアリが何匹か這っていたがそれはカオルちゃんが蹴散らして上に進んだ。 一階で増え続けるアリの使い魔をあとに、俺たちは階段を駆け上がる。階段にも執事 ﹁それしかないか。分かった、あきらは私から離れないようにして﹂ ! ﹂ てくれるなら少々危険を冒してでも、お友達の死体を突きつけてやりたい。 まあ、十中八九死んでいると見ていい。だが、カオルちゃんがそれを確認して絶望し は薄いと考えているのだろう。 浮かない顔をするカオルちゃんに俺は提案しながら付いていく。この惨状から望み ? ﹁ちょっと脱出が遅れちゃうけど、それでもいい ? 第二十三話 信じる心 385 申し訳なさそうに言うカオルちゃんの背中を俺は頷く代わりに叩いた。 ありがとうとお礼を言った後、四階まで二人で駆け上がり、つかさちゃんの病室まで 向かう。道中のアリを蹴散らすカオルちゃんのすぐ傍で俺は違和感を感じ取っていた。 おかしい。ここには何かが足りない。あるべきはずの何かが致命的に欠けているの だ。 それが分からないまま、つかさちゃんの病室まで来てしまう。 病室のドアを蹴破り、侵入していくカオルちゃんの後ろから俺は続け様に入っていく とそこで違和感の正体に気が付いた。 ばっ こ ││血だ。血液の臭いがこの病院からしないのだ。 あんな化け物が跋扈しているにも関わらず、死体はおろか血痕すら一つも見当たらな い。 どう考えてもおかしい。アリの顎の形状からして人間を丸呑みは不可能だ。母体の ﹂ ような存在の元に捕まえて運んでいる可能性も否めないが抵抗して死んだ人間の形跡 私よ、カオルよ すると、その声に反応したように一匹のメイド服を着たアリがベッドの上から降りて ? がなさ過ぎる。 どこに居るの !! カオルちゃんは病室の中でそう叫ぶ。 ﹁つかさ ! 386 きた。 ﹃カ⋮⋮ル⋮⋮﹄ 珍しく手足のちぎれられていないメイド服のアリの頭蓋にカオルちゃんは硬化した ﹁っ⋮⋮こんなところにまで﹂ 足で踵落しを叩き込む。 ﹂ 頭部が砕けて、黒い液体を垂らしながらも、よろよろとした足取りでメイド服のアリ はカオルちゃんへと近付いていく。 この使い魔 ﹃⋮⋮オ⋮⋮ル⋮⋮カ、オ⋮⋮﹄ ﹁つかさをどこへやった ! た。 メイド服の下の甲殻が割れて、そこから真っ二つに砕けたアリの上半身が床に転がっ ド服のアリの腹部に入れる。 硬化した足の裏をスパイク状にして、反対側の足を軸足にし、華麗に回し蹴りをメイ ! 振り向いた彼女の顔が信じられないものを見るように変わる。 た。 カオルちゃんがきっちり止めを刺すところまで見終えた後、俺は無常にそう言い放っ ﹁カオルちゃん。俺の推測が正しければ、そのアリの使い魔││つかさちゃんだよ﹂ 第二十三話 信じる心 387 ﹁⋮⋮は 大 体、こ の 状 況 が お か し い っ て こ と に カ オ ル 何を言ってるの、あきら⋮⋮人間が使い魔になる訳が⋮⋮﹂ もないこの状況。 ﹂ そして、さっきの攻撃しなかった使い魔。 ﹃それ﹄﹂ 大量に使い魔だけが溢れ返る病院。結界を作っていない魔女。人も死体も悲鳴すら ちゃんだって気が付いてんじゃねーの ﹁絶 対 に な い っ て 訳 じ ゃ な い ん だ ろ ? ? ? そこに俺は追い討ちをかけるべく、さらに喋る。 ﹁でも、この病室、ちゃんと鍵掛かってただろ 外からこじ開けられた形跡ないぞ 女の子の食われた形跡もない。なのに、一匹だけ居る使い魔﹂ ﹁そんな⋮⋮﹂ ? そいつはアンタのお ? ? ﹁認めろよ、カオルちゃん。じゃなきゃ、逆に説明が付かないぜ 感情は拒絶しつつも、理性ではその可能性を受け入れようとしている証でもある。 願望だった。 引きつった笑みに震える声。それはもはや否定ではなく、そうであってほしいという ﹁そんな訳だって⋮⋮人間は使い魔にはならない⋮⋮﹂ 俺が顎で指し示すその先には生臭い体液で床を汚すアリの使い魔が転がっている。 ﹁カオルちゃんの名前を呼ぼうとしてたんじゃね ? 388 友達だったものだよ﹂ この病院に居る使い魔のほとんどはこの病院の患者だろう。つまりはさっきまでカ オルちゃんが殺して回っていたのも人間という訳だ。 ﹂ もちろん、全部が全部そうだとは言わない。ある程度は交尾によって生まれた奴も居 るだろう。 ﹁これが⋮⋮つかさ じゃないのかな。 魔法少女を狩ってまで、魔女にさせないようにしているカオルちゃんには結構辛いん イイね。友達を殺してしまったことに衝撃を覚える女の子ってのは。 俺はそれをにやにやとした笑みで見守る。 ぼろりと乾燥した土塊のように崩れ落ちる。 目を見開いて、カオルちゃんが震える手でメイド服のアリの死骸を拾おうとすると、 ﹁まあ、多分だけどな﹂ ? いんじゃないと思うが、だからこそ、ただの人間だった相手まで手に掛けるのは返って 魔女になった魔法少女を殺したりしているのだから、今更そこまで気にしなくてもい んだ﹂ ﹁つかさは普通の、普通の女の子だった⋮⋮あり得ないよ。だって普通の女の子だった 第二十三話 信じる心 389 ダメージがあるのかもしれない。 ﹂ ? ちぎる。 左足の膝の数センチ上に付いているオレンジの宝石を魔物化した手で躊躇なく引き のだ。 要するに身体に身に付いているソウルジェムを周りに付いている肉ごと抉り取った 俺はそれを物理的にやってみた。 かつて、カオルちゃんがユウリちゃんにやって見せたソウルジェムを抜き取る魔法。 ﹃トッコ・デル・マーレ︵物理︶﹄ 俺の顔は既に人間のそれではなく、首から上を竜に変貌させ、楽しそうに笑っていた。 振り返った彼女は俺の顔を見て硬直する。 ﹁⋮⋮え ﹃││こんな風になァ﹄ ﹁あきら⋮⋮でも﹂ ﹁普通の人間でも化け物になることだったあるさ﹂ 優しく、慈しむように、慰めの抱擁で包んでやる。 俺はそんな彼女の後ろから抱き締めた。 ﹁カオルちゃん⋮⋮﹂ 390 ﹁がっ⋮⋮ ﹃ん ﹄ ﹂ ﹁え、ど、どうして⋮⋮お前が ﹂ なのか無意識的なのか、嫌々をするようにカオルちゃんは首を横に振っていた。 見開きすぎた両目は皿のようになっており、瞳孔までが小刻みに揺れている。意識的 ろした。 顔だけではなく、身体全体を黒い竜に変えた俺は両手を広げて、カオルちゃんを見下 は魔法少女の格好から女の子らしいパーカーとホットパンツの姿へと変わった。 あまりにも驚きすぎて、顔からは血の気が引き、真っ白くなっている。カオルちゃん く。 とっさに俺を突き飛ばすが、驚き戸惑っているせいでバランスを崩し、床に尻餅を突 !? !? とを言う。 本物のあきらは、どこへやった ﹂ !? ﹃カオルちゃん。俺だよ、俺が一樹あきらなの﹄ しているあたり、冷静な判断力を失っている。 致命的なまでに勘違いをしている様子だ。奪われたソウルジェムよりも俺の心配を !? あっさりと正体を現してあげたのにも関わらず、カオルちゃんは意味の分からないこ ? ﹁あきらといつから入れ返った 第二十三話 信じる心 391 ﹁う、嘘を吐くな お前があきらな訳ないだろ あきらは馬鹿だけど良い奴で、魔法 !? うか。 呆れを通り越して、軽く感動さえ覚えそうだ。 ﹃それがおかしいってまず思えよ。アンタら普通の人間から見たら〝化け物〟だぜ 当たり前に受け入れる奴なんかいねーよ﹄ どうして俺に裏切られる人間というのはどいつもこいつもここまで妄信的なのだろ 少女の事も受け入れてくれて⋮⋮﹂ ! のはただのアホのやることだ。 !? 間抜けな魔 ? その瞳に映るのはとても愉快そうに笑う竜の姿だった。 呆然とした瞳の死んだ顔を浮かべ、カオルちゃんは俺を見上げている。 ﹃そうそう。み∼んな、嘘。ありがとうな、馬鹿で居てくれて﹄ ﹁うそ、だ⋮⋮﹂ 法少女ちゃんたちを懐柔するのは﹄ ちょっと優しくすれば子犬のように懐いてくる。いやぁ、簡単だったぜ ﹃そうだよ。アンタみたいに何かを隠している奴は、無償の優しさに飢えてるからな。 ﹁じゃあ、全部⋮⋮全部嘘だったの ﹂ 信じるというのは、疑った上でようやく可能になるものだ。疑いもせず信じるという ? 392 第二十三話 信じる心 393 俺は手に持ったオレンジ色のソウルジェムを口の中に投げ入れる。 えんげ 飴玉を噛み砕くような感触を少し繰り返した後、ごくりと砕いたジェムを嚥下した。 その瞬間、目の前のカオルちゃんの身体がゴムでできた人形のように不自然な動きで 崩れ落ちる。 ガラスのようになった彼女の瞳は涙で濡れて、部屋に差し込む光を反射してオレンジ 色に輝いていた。 第二十四話 裸の女王様 カオルちゃんの身体をモグモグした後、俺は病院の探索を再開する。別に特別、彼女 や を殺す必要はこれっぽっちもなかったのだが、ノリで裏切って殺しちまった。アキルド は嬉しくなると、つい殺っちゃうんだ。らんらんるー うぜってな感じで。 飽きるまで眺めた後、病院と一緒に大炎上させてやろう。これから毎日、病院を焼こ 起こした奴の顔を拝んでおきたいところだ。 このままだと普通に病院を全焼しかねない。それはそれでありだが、この惨状を引き 女の結界内でないことを思い出し、火炎放射の乱発は止めた。 ば楽だ。しばらくは炎でアリを﹁汚物は消毒だー﹂と焼き払っていたが、この病院が魔 しかしまあ、邪魔者が居なくなったことで遠慮なく魔物態で闊歩できるので楽といえ ! カオルちゃんが使っていた肉体硬化の魔法。俺はそれを全身にかけて、じっと立ち止 色へと代わり、さらにそれを鋼のように硬化させた。 手に入れたばかりのカオルちゃんの力を顕現する。黒かった鱗は鮮やかなオレンジ ﹃じゃあ、早速試させてもらいますかね﹄ 394 まる。 群がるアリたちは大顎で噛み付いてこようとするが、硬化した鱗に立てられた顎は逆 に砕ける結果に終わった。 それを横目に俺は意識を集中させて、病院内でイーブルナッツの波長を探す。 ││見つけた。やはりこれは魔女モドキの仕業だったようだ。 このフロアのずっと上⋮⋮恐らくは屋上。ラスボスは大体地下か、屋上に居るものだ とドラクエで学んだ俺に死角はなかった。 波長の先に向けて身体を屈ませて、硬質化した翼を鎧のように巻きつけた。 ﹄ そして、コマのように身体を回転させ始める。纏わり付いてきたアリたちは吹き飛ば ダイナミック⋮⋮ショートカットォォォ !! され、壁に激突して床に転がった。 ! りきっている間に屋上まで到達できたらしい。 代わりに青い空と白い雲が目の前に広がっている。どうやらミスター・ドリラーにな ど天井をぶち抜いていると唐突に天井がなくなった。 病院に穴を開けつつ、ひたすらに魔女モドキへと邁進し続ける俺だったが、数十回ほ 回転しながら突き進む俺はさながら、ロケットのように上へ上へと上がって行った。 鋼と化した自らの身体をドリルの如く回し、跳び上がって天井をぶち抜く。 ﹃食らえ 第二十四話 裸の女王様 395 ﹃はあー、何と清々しい空なんだー﹄ さっきまでアリがごった返す狭苦しい病棟の中に居たから余計に開けた場所が心地 よく感じられた。 俺は硬化した身体を解き、鱗の色を元の黒に戻して一息吐いた。やはりデフォルトの この状態が一番落ち着く。それに何よりオレンジという色があまり好きではない。そ う言えば、小学校一年の頃のお友達はオレンジ色のハンカチを持っていたなとふと思い 出した。 そんな空の美しさと過去に想いを馳せる詩人の俺に誰かが声をかけてきた。 ﹄ ? が風に揺られている。 二条院愛子ちゃん、この病院の院長の一人娘だ。付けていた義肢はなく、服の袖だけ に鎮座するように存在している。 代わりに十数メートル離れた先には手足のないピンク色の髪の少女が大きなベッド ツ人は今回は居なかった。 床から屋上に来るなんてなかなかできる事じゃないよ、とか言ってきそうなあのドイ そこに居たのは見覚えのある黒髪ポニーテールの女の子、双樹あやせちゃんだった。 ﹃ん ﹁あら、あなたは⋮⋮﹂ 396 はね そのソファを支えているのは執事服の数匹のアリの使い魔。下の階に居た奴らとは かしず 違い身体が大きく至るところが角ばって鎧のように見える。何より、その背中には翅が 付いている。 その様は正にお嬢様に傅く、執事然としていた。 そして、愛子ちゃんが座るベッドにもう一人の少女が蹲っている。ひむひむの妹の美 羽ちゃんだ。 ﹂ 悠然と微笑を浮かべている愛子に比べて、美羽ちゃんの方は怯えるようにベッドにし がみ付き震えていた。 どうして⋮⋮ ? 表情も病室で出会った時と違い、恐怖で顔を歪ませている。 愛子 ! ねた。 俺は取り合えず、今ある情報を元に現在一番会話の成り立ちそうなあやせちゃんに訪 ような目で見つめるだけで美羽ちゃんの方を向こうともしない。 悲痛な顔で愛子ちゃんに話しかけるが、彼女はベッドを支えているアリたちを慈しむ ﹁もう⋮⋮もう何が起きてるっていうの !? ﹄ ? ﹁うんうん。そうだよ﹂ ことでOK ﹃えっと、見た感じ愛子ちゃん⋮⋮あのピンク色髪のの手足のない子が魔女モドキって 第二十四話 裸の女王様 397 のんびりとした口調であやせちゃんはそう答える。 明確な目的があってこの惨状を作り出したというよりは偶然こうなったといった様 子だ。 ﹁ん 何かな ﹂ ? ﹁そうだけど、それがどうしたの ﹂ ﹃あやせちゃんてこの街の外の魔法少女なんだよね ? ﹄ 彼女を呼び止めて俺は気になっていることを尋ねた。 ? ﹃ちょっと待って。まだいくつか質問にさせてくれよ﹄ そして、軽く俺に手を振ってそこから飛び降りて返ろうとする。 せちゃんは病院のフェンスの上に立った。 魔法少女が来るかなって待ってたけど来たのは君じゃしょうがないね、と言うとあや にない特性をもってるみたいね﹂ ﹁それにしても人間を使い魔にできるなんて驚きだったよ。魔女モドキには普通の魔女 顎に人差し指を当ててふと思い出したように目線を上に向けた。 だから﹂ ﹁私はただ手駒作りのために闇を抱えてそうな女の子にイーブルナッツを使ってるだけ ﹃何かすっごいどうでも良さそうっすね﹄ 398 ? ﹃じゃあ、これって何に使うか、分かる ﹁グリーフシード⋮⋮ ﹄ そんなのソウルジェムを浄化する以外に使い道ないでしょ﹂ すると、彼女は当たり前のように答えた。 俺はグリーフシードを取り出し、あやせちゃんに見せる。 ? がやってくれるものじゃないのか きないよ﹂ ﹄ それを確かめるためにもう一つだけあやせちゃんに尋ねた。 りも、妖精そのものが﹃キュゥべえ﹄というように聞こえる。 その言い方は複数居る魔法少女と契約した妖精に個々の名前が付いているというよ ? ? ﹁魔法少女と契約した妖精って、 ﹃キュゥべえ﹄の事でしょ あいつらにはそんな事で ﹃ふーん、そうなのか。でも、ソウルジェムの浄化っていうのは魔法少女と契約した妖精 ならば、もう一つの質問を続けて投げかける。 た。 当然のようなその口ぶりは俺はある一つの確信を抱いかせるのには十分なものだっ ? ? ﹁ジュゥべえ 何それ 魔法少女と契約するのはキュゥべえっていう白いマスコッ たいだけど﹄ ﹃キュゥべえって妖精の名前 この街にはジュゥべえって言う名前の奴しか居ないみ 第二十四話 裸の女王様 399 ? ? トだけじゃないの ﹂ ﹃最後に質問。イーブルナッツをあやせちゃんにくれたのはどんな奴 あやせちゃんの話からこの街にしかいないということだろう。 ﹄ あすなろ市限定で魔法少女内で情報操作が行われている。ジュゥべえという妖精も そこで俺はこの街の魔法少女だけがおかしいのだと理解した。 きょとんとした顔で逆にこっちが聞き返されてしまう。 ? 俺はあやせちゃんが去っていたフェンスから、愛子ちゃんと美羽ちゃんの方に視線を う。 個人の趣味というより、制御するのが面倒な能力だから捨てたというのが正解だろ うことは愛子ちゃんはあやせじゃんの手駒としては落第したようだ。 まあ、そんなことはひとまず置いておくとして、魔女モドキの処理を俺に任せたとい ころだと言ったらどんな顔をしていただろうか。 俺以上に自由人だ。もしも、俺が魔法少女のソウルジェムをついさっき噛み砕いたと ちゃんは病院の屋上から飛んでさっさと飛び去ってしまった。 それじゃあ情報代としてあの魔女モドキの後片付けお願いね、とだけ言うとあやせ からしてあれは女の子ね﹂ ﹁よくは知らない。顔はフードを付けてたからよく分からなかったけど、身体つきや声 ? 400 移す。 ﹃おーい。愛子ちゃーん 俺はまともだよ ﹄ わたくし、爬虫類に知り合いは居なかったと思いますが﹂ まともと言う名の天使だよ それを見て、まともそうに見える人間こそ一番まともじゃないなと心底思った。俺 ﹁どなたでしょうか で俺に問いかけた。 対する愛子ちゃんの方は少し驚いたように目を僅かに大きくすると、ごく自然な調子 ﹃口だけ番長﹄の称号を進呈しよう。 なってもいいとか嘯いていたのはどうやら口だけだったらしい。美羽ちゃんにはぜひ うそぶ 美羽ちゃんの方はヒッと怯えた声を出し、さらに恐怖の感情を強めた。世界がどう 人語を喋る黒い竜にようやく気付いた二人の少女の反応は正反対だった。 ? まあ、そんなことはどうでもいいとして、愛子ちゃんの前で人間の姿へと戻った。 ? ? ? ? げた。 いつものハンサムな俺に戻った俺を見て、愛子ちゃんはほんの僅かに視線の温度を下 ﹁ほら、俺だよ俺﹂ 第二十四話 裸の女王様 401 ﹁⋮⋮ああ。吉田さん、でしたっけ ﹂ ? 萎えるからだ。 ⋮⋮もしかして、また氷室さんに面会にいらっしゃったのですか ﹂ ﹁それでは一樹さんとお呼びした方がいいですね。それであなたは何しに当病院に ﹁いや、今回は友達の付き添いで⋮⋮﹂ ﹁やはり氷室さん目的でいらっしゃったのですね﹂ ﹁え、何言って⋮⋮﹂ ? のですね﹂ ? 表情は笑っていながら、その瞳だけは怒りに満ちたように輝いている。 までだが。 とも元来壊れていたのか、今にしてみればどちらでも同じなので関係ないと言えばそれ 何を言ってるんだこの子。頭がイカれているのか イーブルナッツの影響か、それ ﹁氷室さんを陵辱して、犯して、そして、わたくしのように子供を産ませるために訪れた ? 理由は特にないが、しいて言うなら、相手が死に際に偽名を叫んで絶命すると気分が 改めて本名を名乗り、自己紹介をする。 ピク﹂ ﹁そうそう。吉田かずき││ってのは実は偽名で本名は一樹あきらって言うんだ。ヨロ 402 口から垂れ流される言葉は会話ではなく、ただの独り言でしかなかった。 だって、理不尽じゃないですか わたくしは子供を産めな ﹁ああ、駄目です。それは駄目です。氷室さんはずっと子供でなくてはいけません。母 親に何かさせませんよ いのに彼女だけ赤ちゃんを産むなんて﹂ あ、ここが精神病院か﹂ ? とても愛しそうに、そして同時にとても妬ましげに。 付ける。 本物の気違いと化した愛子ちゃんは傍でベッドにしがみ付く美羽ちゃんに頬を擦り ション能力すら持ち合わせていない。 も う こ い つ は 完 膚 な き ま で に 壊 れ て い た。人 と 会 話 を す る 最 低 限 の コ ミ ュ ニ ケ ー ら﹂ ずっと母親になる事が夢だったんです。手足をもがれて、子宮を駄目にされたあの日か ﹁でも、わたくしには今はこんなに子供がいます。可愛い可愛いわたくしの子供たち。 出し続ける。 俺の切れの良いノリ突っ込みすら無視して、愛子ちゃんは病んだ独り言を延々と吐き ﹁アンタ、精神病院行った方がいいんじゃね ? ? もずっと内心煮えくり返るほど嫉妬していました﹂ ﹁氷室さん。わたくしは出会った頃からあなたが羨ましかった。親しげに話しかける時 第二十四話 裸の女王様 403 ﹁愛子⋮⋮ 嘘でしょ ? 分からないよ、もう﹂ ? はね それはピンク色のデフォルメされた女王アリのようだった。ただし、背中の翅は引き を魔女モドキへと変えていく。 身体を黒い竜へと変貌させると、向こうもこっちの戦闘準備に気が付いたようで肉体 とであって、頭のおかしい馬鹿と戯れていても楽しくも何ともない。 させてもらおう。俺が好きなのは真面目に頑張っている奴の生き様を台無しにするこ もう何か、愛子ちゃんが真性の気違いだというのはよく分かったので、ここらで始末 で、自己主張を兼ねて突っ込みを入れた。 美羽ちゃんと二人だけの世界に入り込み、俺を無視してごちゃごちゃ喋り出したの ﹁いや、アンタもう壊れてるじゃん﹂ うになるほどに﹂ 抱かれ、子供を産むのだと。それが悔しくて堪らなかった。妬ましくて壊れてしまいそ 触った時、 ﹃女﹄としての声を上げた。あの時、分かったんです。この子もいずれ、男に ﹁子供でいてくれれば、優しくしていましたよ。けれど、一樹さんが病室であなたの胸を ﹁そんな、だって愛子だけはわたしに優しくしてくれたのに⋮⋮﹂ まま、ずっと子供でいてくれるんだと﹂ ﹁でも、同時に安心していた。この子は壊れたまま母にならないまま、 ﹃女﹄にならない 404 ﹄ 千切れてボロボロになっており、手足は一本残らず生えていなかった。大よそ、身動き の取れるような姿ではない。 手足もないし、飛べそうもない。そんなに殺してほしいのかよ ? ﹄ ! ている。 ﹄ だが、十数匹居た翅付きアリはその半数を消し炭にし、残った七匹も翅や脚を焼かれ 体を赤銅色に変え、炎に焼かれながらも母を守るその姿は大変心に来るものがあった。 騎士の如くその身を盾にして愛子ちゃん、その後ろに居る美羽ちゃんを守り抜く。身 てくる。 ベッドを支えていた翅付きの執事アリが俺の炎から愛子ちゃんを守るように這い出 ﹃わたくしたちを守りなさい、我が子たち が、しょうがない。必要な犠牲だ。美羽は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな。 俺はベッドごと火炎の息吹を噴き付ける。美羽ちゃんもまとめてこんがり肉になる ﹃何じゃそら ? ﹃鬱陶しいなァ。やられ役の戦闘員はさっさと燃えとけ ﹄ 見れば、俺が開けた穴から下にしたアリたちが這い上がって来ている。 湧いてきた。 弱ったアリどもを尻尾で一掃すると、どこからともなく女王を守るように次のアリが ﹃子供を盾にするなんて酷いママだな。児童虐待だせっ ! ! 第二十四話 裸の女王様 405 406 一度空へと舞い上がり、宙から穴の周辺ごと最大火力の炎でアリを焼き払い、使い魔 を処理をする。 もがきながら、焚き火にくべられた紙くずみたいに火の海に沈んでいく執事服やメイ ド服のアリたち。 化け物となってしまった人間を聖なる炎で浄化する様はまさに天使の所業と言える だろう。きっとこんな心優しい俺に殺されるアリたちもさぞ本望に違いない。 自分の慈悲深さにうっとりと自画自賛していた俺の耳に無数の羽音が届いた。 状況を理解する前に火の海から翅の付いたアリが数十匹飛び出してくる。今度は執 事服ではなく、黄色の甲冑のような姿をしていた。 また焼き払ってやろうと火炎放射をするが、アリたちの身体は燃えることなく、俺に 向かって突き進んでくる。もはやアリというよりもクワガタに近い顔をした騎士アリ たちは大顎を開き、俺を噛み千切ろうとする。 すぐさま、これは不味いと判断し、俺は鱗の色をオレンジに変え、身体を硬化させる。 寸でのところで、騎士アリたちの攻撃を弾くことに成功するが、空中でバランスを崩 し、旋回して体勢を立て直す。 強度を増したおかげでほとんどダメージを負わなかったものの、このアーマーモード でなければ鎧ごと食いちぎられた可能性が高い。 ﹃その子たちには炎は効きませんよ。新しく産んだ優秀な子供たちですから﹄ 下を一瞥するとベッドに寝そべる愛子ちゃんが新たに卵を産んでいる。女の子が産 卵していると聞くと大変卑猥だが、見た目がアリでは興奮もできやしない。擬人化しろ や、オイ。 だが、良いことを教えてもらった。 馬鹿の一つ覚えですね﹄ 再び、俺に突撃を仕掛けてくる騎士アリたちに向けて大きな口を開く。 ﹃だから、炎は効かないと言ったでしょう 親思いの可愛い子供たちはビリビリ君をあげよう﹄ ? 頑強な鎧は稲妻の槍に突き刺され、砕け散り、屋上にその無残な死骸を晒す。 匹と撃ち落していく。 俺の喉を通して吐き出された真っ白い電撃の大津波は容易く、騎士アリたちを一匹一 そして、近距離まで近付いてきた騎士アリの大群に雷のプレゼントを受け渡した。 鱗の色をオレンジから白へと変える。 ﹃い∼や。今度は炎じゃないぜ ? しかし、もう遅い。さっき、新しいアリを産む余裕があったのは、俺が下から湧き出 備に入る。 炎に耐性のあるアリの次は電気に耐性のあるアリを産もうと愛子ちゃんは産卵の準 ﹃そ、んな⋮⋮なら、電気も通さない子供たちを⋮⋮﹄ 第二十四話 裸の女王様 407 てくるアリに構っていたからだ。 今の愛子ちゃんには時間稼ぎをしてくれる下僕も、自らを守ってくれる騎士もいな い。 まさに丸裸。裸の王様ならぬ、裸の女王様と言ったところだな。 さらに俺の雷は光の速さで飛ぶ。愛子ちゃんに次の一手を打つ暇など与えない。 収束され、範囲を抑えた代わりに威力を底上げした一筋の光が愛子ちゃんを穿つ。 そこに乗っていた美羽ちゃんもまた無傷でこちらを呆然と見つめている。 の他の部分は以外にも綺麗だった。 愛子ちゃんが居た辺りは溶けて、変形していたが、範囲を一点に収束したおかげでそ ぼそりと呟かれた台詞に律儀に答えた後、視線をベッドの方へ向けた。 ﹁知らんがな﹂ ﹁せっか、く⋮⋮子供を産めるようになった、のに⋮⋮﹂ イーブルナッツを拾う。 アリの死骸の燃えカス塗れの屋上に俺は降り立つと、愛子ちゃんの前に落ちている ジュール熱で溶かされた金網にめり込み、その姿を少女へと変えていた。 ベ ッ ド の 上 か ら 転 が り 落 ち て、屋 上 の 床 を 抉 り な が ら ふ き 飛 ば さ れ る 愛 子 ち ゃ ん。 ﹃あ、ああああああああああああああ││﹄ 408 ﹁おいで、美羽ちゃん﹂ 俺が手招きすると、正気と狂気の中間あたりにいるような無表情の彼女は言うとおり に 歩 い て い て き た。炭 化 し た ま だ 熱 の 残 る ア リ の 死 骸 を 踏 み 鳴 ら し て 近 付 い て く る。 あまりにも現実離れした状況に思考が麻痺して痛覚が正常に働いていないのだろう。 ﹂ 美羽ちゃんが隣まで来ると、俺は愛子ちゃんを指差して言う。 ﹁ねえ、美羽ちゃん。この愛子ちゃん││どうしたい ﹁な、にを⋮⋮﹂ ﹂ ﹁愛子ちゃんには話しかけてないから黙ってろ﹂ ﹁うぐっ⋮⋮ ? ねる。 ﹂ ⋮⋮ ? ? まるでペットみたいに可愛がって、それでこんな仕打ちをしたんだぜ 殺してやりたいとは思わないか ない ムカつか 話に入ってこようとする愛子ちゃんに蹴りを入れて黙らせると、再び美羽ちゃんに尋 ! だが、やがて美羽ちゃんは愛子ちゃんへと近付いた。すぐ目の前まで来ると彼女の目 切分からない。 開かれた瞳はぼんやりと愛子ちゃんを眺めていた。何を考えているのか、外からは一 ? ? ﹁話聞いた限りじゃさ、この子、美羽ちゃんを騙して弄んでたみたいじゃん 第二十四話 裸の女王様 409 をじっと覗き込む。 ﹁氷室、さん⋮⋮わたくし、たち、と、友達よね⋮⋮ ほら、看護士さんも、お医者さ 410 う⋮⋮ 氷室さんだけ子供にしなかったのは友情を感じていたから、なの﹂ んも、誰もが見離していたあなたを、ここまで元気にしたのはわたくしだった、でしょ ? ﹁ぐ ぇ ⋮⋮ わ だ ぐ じ が い な が っ た ら ⋮⋮ だ れ に も あ い で に じ て も ら え な が っ だ ぐ ぜ に ぶ。 むしろ、首を絞められた愛子ちゃんの方が憎悪に満ちた瞳を美羽ちゃんに向けて叫 られない無感動だけがあった。 美羽ちゃんの目には煮えるような怒りも、氷のような冷酷さもなく、何の温度も感じ もう片方の手も使い、両手でその首を締め上げる。 しかし、次の瞬間にはその手は愛子ちゃんの首をきゅっと掴んだ。 ﹁仲直りしましょう、氷室さ⋮⋮ぐっ﹂ 差し出された手が許しの証だと思って安心していた愛子ちゃんは笑顔を浮かべる。 ﹁わ、分かってくれると、思ってたわ﹂ 美羽ちゃんは愛子ちゃんの頬へ無言で手を伸ばす。 苦しくも命乞いを始める。まったく持って度し難い女の子だ。 力を持っていた時は女王のように振る舞っていたくせに、いざそれを剥ぎ取れると見 ? ⋮⋮﹂ ﹁そうね﹂ そこでようやく美羽ちゃんが口を利いた。 ﹁どうでもいいながら、あなたの事は大切な友達だと思ってた。内心で優しくされる事 に癒されていた。でも、分かった。││やっぱり世界は滅ぶべきだったのよ﹂ 首を振り、涎と涙を垂らしながら、もがいていた愛子ちゃんだがすぐに動かなくなっ た。 美羽ちゃんは左胸に手をやって完全に生命活動を停止したことを確認すると、まるで 下らないものを見るような視線を愛子ちゃんだったものに向けた。 きゃ駄目だって事に﹂ ﹁ありがとう、愛子。あなたのおかげで理解できた。こんな世界、何もかも壊してあげな 俺はそのできの良い友情の物語をにやつきながら見ていた。随分と思い切りがいい 子だ。兄貴よりも筋がいい。 美羽ちゃんは俺の方に振り向き、そして、尋ねた。 ﹂ ? ﹁もし、何もかも壊してくれるっていうなら、わたしはあなたの奴隷になる。何だって言 ﹁さあな。けど、遊び飽きたら、何だって俺は壊してきた。物も人も、な﹂ ﹁あなたなら、こんな世界を滅ぼしてくれる 第二十四話 裸の女王様 411 う事を聞く﹂ ││だから、この世界を滅ぼして。 病室で自分の世界に浸り、この世をどうでもいいと言っていたあの惰弱な女の子はそ こにはいなかった。 居るのは、この世の全てを滅ぼしたいと心から願う小さな破壊者。 俺はそれに笑ってこう答えた。 だ。 手の中にあったイーブルナッツを美羽ちゃん、改め俺の奴隷みうきちの額に押し込ん ﹁なら、これから敬語くらい使えるようにしとけよ。みうきち﹂ 412 あきらさんと出会ってから、世界全体が彼を中心とした巨大な劇のように感じられて 今の状況⋮⋮正直に言って興奮していた。 その結果が、不思議な力を与えられ、顔も知らない仲間と合流しろという荒唐無稽な いない邪悪。それはまるで黒々と輝く宝石のようにオレの目には映ってしまった。 無邪気に虫の脚をちぎって喜ぶような幼児をそのまま、大きくしたような制御されて ラマの中の登場人物のように思えた。 一目合った時の感想は邪悪そのものが人の皮を被って日常に顕在しているような、ド 何より、あの伝説的ハリウッド女優、川島理恵の一人息子なのだと本人は言っていた。 ちょうど、オレの一つ年上の十四歳で、話術や演技力に長けた中学生。 初めて会った。 色々な場所を旅していたオレだったが、あそこまでめちゃくちゃな事を言う人間には 一樹あきら。 ∼獅子村三郎視点∼ 第二十五話 裏切りのS 第二十五話 裏切りのS 413 414 いた。その舞台でオレは端役の役割をもらい、こうしてその役割をこなす為に動いてい る。 不思議で、わくわくするこの感覚は多分今のオレの知っている語彙では到底表しきれ ない。 そんな想いを胸に言われた通りのノルマをこなすべく、オレは街中を歩き回ってい た。 あきらさんからはイーブルナッツの波長を追えとしか言われてないため、どこに仲間 が居るのかすら分からない。無茶振りもいいとこだ。 だが、このままオレがその人たちに合えないままだと確実にあきらさんに殺されかね ない。 あの人はマジでやる。短い付き合いだがオレには分かる。あきらさんは人を殺せる 種類の人間だ。しかも、まともな理由もなく、サクッとやるタイプだ。 仕方がないので駄目元で自分の中にあるイーブルナッツとかいう人を怪物に変える 物体に意識を集中させる。 こんなので絶対成功するはずないだろと思いつつも、それ以外にヒントがない。 適当な建物の壁に寄りかかって目を瞑り、じっとしていると不意に何かの反応を捉え た。 ﹁うっそ マジで ﹂ ? ﹂ のように赤い。 血だ。よくよく見ればあたり一面の壁は、ジャムかケチャップでも撒き散らされたか そう思って近付いていくと、急激に鉄錆びの臭いがオレの鼻に飛び込んでくる。 間に違いない。 銀色の髪のポニーテールの女の子の後ろ姿だ。あの人があきらさんの言っていた仲 いるのが薄っすらと見える。 三分もしないで付いた場所は路地裏だった。薄暗く、狭いその路地裏に誰かが立って ていく。 案外、あきらさんの言った事は的を得ていたのかもと思い、すぐにその場所へと走っ すると、思ったよりも大分近い位置からその反応が出ている事に気付いた。 潜水艦のソナーになったような気分でその反応の場所を特定する。 !? ? ﹁えっと⋮⋮あなたの仲間、です﹂ 猛禽類を思わせる彼女の瞳はとても正常な人間とは思えなかった。 同時に知らない間に急接近していた銀髪の女の子が鋭い眼光を向けている。 周りに一瞬気を取られていたオレの首元に折り畳みナイフが突きつけられていた。 ﹁貴方││誰 第二十五話 裏切りのS 415 ﹁仲間⋮⋮ かも。 ﹂ ﹁ほら、事前に何か伝えられてませんでしたか ﹂ オレが答えると眼光は鋭さを押さえ、不思議そうに首を傾げる。あ、ちょっと可愛い ? ﹂ ! ﹁ふーん。そんなダサい渾名で満足するなんてなかなかできる事じゃないよ。私はフラ ﹁オレは獅子村三郎。あの人にはサブとかいう渾名で呼ばれてます﹂ た。 とにかく、首筋に突き付けられたナイフの刃を収めてもらうと、オレは自己紹介をし う。 ﹃ピックジェム﹄という単語はさっぱり分からなかったが、きっと碌でもない事だろ されそうなので急いで肯定した。 駒というのがあきらさんらしいなと思いつつ、早く仲間だと認定してもらわないと殺 ﹁それですそれ。その駒がオレです ﹁ああ、そう言えばピックジェムのために新しい駒を捜すとか言ってたような⋮⋮﹂ たみたいでしきりに頷いた。 そう思って尋ねると、銀髪の女の子は少し考え込むような顔をした後、何か思い出し 流石のあきらさんも向こうに何の告知もしてない訳はないはずだ。 ? 416 ンツィスカ・コルネリア。フランでいいよ﹂ 何か無表情でディスられたが取りあえずは仲間と認識されたようだ。 フランさんはオレから視線を離すとさっさと路地裏から出ていて行ってしまう。 あまりのマイペースさにあきらさん似たものを覚え、辟易しつつも、仕方ないのでそ れに着いて行く。 二、三人後ろで事切れた死体が転がっていたが、面倒なので無視した。殺したのオレ じゃないし。 ﹂ ﹂ 適当に殺人現場から遠ざかった後にオレはフランさんに話しかける。 ﹁何であそこで人殺してたんですか ﹁サブは呼吸する人に﹃何で息をするの﹄と聞くの ﹁聞きませんね﹂ ﹂ さんの事を書き込んでいると、今度はフランさんの方から質問してきた。 メモ帳に﹃狂人を演じる上で参考になりそうな事﹄という項目を作り、そこにフラン なんて、狂ってる⋮⋮狂人の演技のためにメモっとこ。 フランさんは相当頭がおかしいという事だけは分かった。人を殺す事が呼吸と同じ ﹁はあ、何となくは﹂ ? ? ? ﹁それと同じ。そうしないと私は生きていけないからするの。分かった 第二十五話 裏切りのS 417 ﹁サブはどうしてあの子の勧誘に乗ったの し。 ﹂ 誘った人のようなのであきらさんの事だろう。あの人、偽名とか普通に名乗りそうだ あやせ、という名前にさっぱり覚えがなかったが、ニュアンス的にはオレを仲間に ? シリアルキラーと邪悪生命体、ある意味お似合いと言えばお似合いだな。 先輩としては尊敬できるけど、オレが女でもあきらさんだけは絶対に嫌だ。 うげ、この人、あの邪悪そのもののあきらさんに気があるのかよ⋮⋮。確かに演技の 頬を僅かに朱に染めてそう呟く。 ﹁そこが良いところでもあるんだけど⋮⋮﹂ でも、とフランさんは付け加えた。 離が縮まった気がする。 フランさんもあきらさんには大分、困らせられているらしい。一気に彼女との心の距 ﹁フランさんもですか。ムチャクチャな事言い出す人ですもんね﹂ ら﹂ ﹁あ の 子 は 結 構 強 引 だ か ら そ の 気 持 ち は 分 か る。私 も 最 初 は 似 た よ う な も の だ っ た か れたというか﹂ ﹁こう、半ば成り行きですかね。あの人、自分の都合しか考えないんで無理やり仲間にさ 418 ﹁まあ、サブもアジトに案内するよ﹂ ﹁お願いします﹂ オレはフランさんに連れられて、アジトなる場所へと足を運んだ。 ∼力道鬼太郎視点∼ 遅い。どれだけ時間掛けてんだ、新入りの奴は。 俺は流石にイライラとしてきて、机を指でトントン叩いていた。 彼これ、三時間以上もファミレスで旭さんと一緒に待っているのだが一向に来る気配 がない。 ﹂ ﹂ これがイライラせずに居ら 来たらまずはそいつの顔に張り手を入れてやらなきゃ気が済まない。 れますか ﹁旭さんが気が長いだけっすよ。三時間っすよ、三時間 ? な人間がどうにも許せなかった。 時間にルーズな奴は昔から大嫌いだ。相撲をやっていたせいか、手段行動を乱すよう 旭さんは俺を宥めようとするが、俺はついつい声を荒げてしまう。 !? ! ﹁力道君⋮⋮ちょっとイライラしすぎじゃないかな 第二十五話 裏切りのS 419 ﹁ああ もう 何で俺たちがこんな待たされなきゃいけねぇんだ !! ﹂ !! ﹂ ﹁お前、公共の場で大騒ぎするなよ ﹂ ? ﹁おい ﹂ 聞いてるのか ﹁⋮⋮殺し⋮・・・ 大きな声で叫ぶな﹂ ? 脳に血が上り、ここで魔物化してやろうと拳を振り上げるが、それが途中で止まる。 ! ! ││こいつらが俺たちを庇った氷室を殺しやがった。 だが、俺の方は奴の顔を見ただけで怒りが込み上げてきた。 驚いた俺を怪訝そうな顔で見ているだけだった。 たく気付いた素振りは見せない。 硬直して目を見開くが、向こうは魔物化が解けた俺の顔を見ていなかったのか、まっ で命を取り合った魔法少女、若葉みらいだった。 そいつはピンク色のふわふわとした髪の幼い顔の少女。忘れもしないこの間の一戦 覚えがあった。 非は俺にあるのでここは謝るべきだが、それよりもその文句を付けて来た奴の顔に見 マナーも守れないのか すると、後ろの座席の奴らが敷居から顔を出して、俺たちに文句を付けて来た。 グラスの底を思い切り、テーブルに叩き付けて叫ぶ。 ! ﹁あ、すまね⋮⋮お前 ! ! 420 目だけ後ろに向けると、旭さんが俺の手首をぐっと掴んでいた。 旭さんは無言で首を横に振る。ここは戦うべきじゃないというように強い視線を向 ける。 よく見れば若葉みらいの肩から見える向かい席には宇佐美里美が居た。そして、その 隣には御崎海香も座っている。 そして、この三人が居るという事は残りの魔法少女三人も居る可能性が高い。 二対六なら悔しいが俺たちに勝ち目はないだろう。正体がばれる前に早くここから 逃げる方が正しい。 ﹁⋮⋮すまなかった。申し訳ねえ﹂ 他の魔法少女に顔を見られないよう、すばやく頭を下げ、謝罪した。 本来なら今すぐにでも殺してやりたいところだが、あきらも新入りもいない今争うの は馬鹿だ。 こちらを見ていたのが、若葉みらいだけだったので向こうには気付かれなかったよう がり、会計を済ませた後店から出た。 いずれ、この手で殺してやると胸に誓い、席から旭さんと一緒に逃げるように立ち上 唇を噛み締め、俺は煮えたぎる怒りを喉の奥へと呑み込んだ。 ﹁それでいいんだよ。次からもうするなよ﹂ 第二十五話 裏切りのS 421 だ。 ファミレスから遠ざかり、公園まで来ると俺たちは黙ってベンチに座り込んだ。 悔しさに耐え切れず、俺は旭さんに皮肉混じりの台詞を吐いた。 ﹁僕があの時、力に魅せられて好き勝手に暴れずにいたら氷室君は助かったかもしれな 自分を仲間と呼んでくれるトラペジウム征団の皆に感謝しているとも。 してきたのだと言っていた。 前に少し話を聞いた時、旭さんは友達が一人もおらず、ずっと昔から虐められて過ご だ。 俺は勘違いしていた。旭さんは俺以上に怒り狂っていながら、それを堪えていたの ⋮⋮でも、それじゃきっとあいつらには勝てない⋮⋮﹂ ﹁僕 だ っ て あ い つ ら が 憎 か っ た よ ⋮⋮ 今 す ぐ あ の 店 に 戻 っ て 串 刺 し に し た い く ら い さ 激情を無理やり押さえ込んだその声は胸に響いた。 ﹁⋮⋮冷静なんかじゃないよ﹂ 滴っている。 旭 さ ん の 拳 は 握 り 締 め ら れ す ぎ て 真 っ 白 に う っ 血 し て い た。唇 は 噛 み す ぎ て 血 が 隣へ顔を向けた俺は途中で言葉を噤んだ。 つぐ ﹁それにしても旭さんは冷静っすね。流石は先輩⋮⋮﹂ 422 い⋮⋮だから、もう僕は間違えない⋮⋮征団の皆は絶対に死なせない そうか。ずっとこの人は自責の念に囚われていたのか。 ﹁絶対にあいつらに勝ちましょう ﹂ 氷室の分まで﹂ 手のひらを旭さんにぐっと突き出した。 悔しさを押し殺して、行動できる人だ。 ﹂ 頭を下げて、旭さんに謝った。この人は俺なんかよりもずっと強い。 ﹁旭さん、俺が間違ってたっす。すいませんでした﹂ ﹁僕はこんなでも、君らより年上で、先輩だから⋮⋮﹂ だから、氷室の代わりのメンバーを受け入れた。氷室の死を無駄にしないために。 ! やっべえ、この人。多分、あきらさんの言ってた仲間の人じゃない。 ∼獅子村三郎∼ この日、俺たちは改めて仲間としての想いを強めのだった。 俺よりも細く、小さな手のひら。けれど、紛れもなくそれは﹃先輩﹄の手だった。 旭さんはそれに驚いた顔を見せたが、すぐに俺の手を握ってくれた。 ! ! ﹁力道君⋮⋮。うん、勝とう、絶対 第二十五話 裏切りのS 423 424 俺は心の奥で冷や汗を垂らしながら、命の危機をひしひしと感じていた。 アジトと言う名の廃ビルの一室でフランさんと会話を繰り返す内に、向こうのトップ があきらさんじゃない事に気が付いてしまった。 時折、フランさんが口に出す﹃あやせ﹄という名前や、 ﹃彼女﹄という三人称からして 絶対にあきらさんの事じゃない。 近くの電柱からこっそり電気を拝借しているらしく、持ち込まれたテレビを見ている フランさんの横で借りてきた猫のように俺は大人しく正座をしていた。 液晶画面の中には速報ニュースが流れ、あすなろ市の精神病院がまるまる全焼したと かいう話題が出ていたがそんな事は頭に入ってこなかった。 今、頭にあるのはどうやってばれずにこの場所から逃げるかに尽きる。しかしこの体 験も重要な経験になるなと妙に冷静な役者としての思考が顔を出してきて、思考を遮っ てくるのが鬱陶しい。 そんなこんなで二、三時間が経過していた頃、ふいにビルの窓の外に何かが跳ねるよ うに電柱の上を飛んで近付いてくるのが見えた。 次第に大きくなるシルエットはどうも女の子の形をしている。数十秒後、オレのすぐ 前の開いた窓からダイナミックに侵入してきてきたそれは想像通り女の子だった。髪 は黒髪のポニーテールで、ドレスを纏って優雅に微笑んでいる。 ﹁あやせ。お帰り﹂ フランさんはそれに一切動じる事なく、出迎えたの挨拶を送る。 ﹂ この女の子がフランさんを従える件のあやせさんらしい。 ﹁ただいま、フラン。あら、こっちはどなた あやせがスカウトしてきた新しい駒じゃないの ﹂ ? ﹂ っていうか、基本的に私は女の子しかスカウトしないし﹂ ﹁じゃあ、こいつ││誰 ﹁違うけど ﹁え フランさんはそれを聞いて、オレの話と食い違いに首を傾げた。 あやせさんがオレを指差し、フランさんに尋ねる。 ? オレはいかにも大物そうな大仰な仕草をしながら、あやせさんに話しかけた。 小さく息を吐き出すと、一瞬で心を切り替えて演技に移る。 しかし、ここが正念場だ。ここを切り抜けてこそ、本物の役者と言える。 発言や行動をミスすれば間違いなく、オレはここで殺されてしまうだろう。 じ、身体の芯から震えそうになる。 二人は冷酷な視線をオレに集中させた。急激に部屋の温度が低下したかのように感 ? ? ? 者です﹂ ﹁あやせさん。オレはあなたをサポートするようにある御方から命を受けてやってきた 第二十五話 裏切りのS 425 ﹂ 言っている事はもちろん、デタラメ。内心、自分でもある御方ってどの方だよと突込 ひょっとして⋮⋮イーブルナッツを私にくれたあいつ みが抑えられない。 ﹁ある方 ? ﹁そう その通り たばか あの方です。フランさんには説明が難しいので謀 ってしまう結 !! ﹂ ? ライオンですが﹄ かしず ﹃お任せあれ、マドモアゼル。喜んであなたの馬車を引きましょう。ただし、馬ではなく ﹁ふふ、ならこれからは馬車馬のように使ってあげる﹂ さんの方はオレを見る目が良い方に変わっていた。 フランさんは騙してしまったせいか、あまり好意的ではない目で見ていたが、あやせ 実力のありそうだが、あえて従うという意思を見せている演出だ。 姿を人からライオンに変えると、足を折り曲げて座り、 傅くポーズを取った。 実な下僕になりますよ ﹁ですが、オレはあなた方の味方だ。あの方があやせさんの味方をする限りはオレは忠 ぺこりとお辞儀をした後、さらに話を続ける。 果になってしまいました。申し訳ありません﹂ ! き定めではない﹂と囁いているに違いない。 居るのかよ、ある御方。超ラッキーだよ、オレ。きっと演技の神様が﹁ここで死ぬべ ? 426 第二十五話 裏切りのS 427 不敵な笑みを浮かべてオレはあやせさんに頭を垂れた。 我ながら圧巻の演技力と言えるだろう。今までで最高の演技だとさえ思う。 これでどうにか、あやせさんに取り入り、一旦はピンチを凌げた。 でも、あきらさんに知られたら間違いなく、殺されるだろうなぁ⋮⋮。いや、もうこ うなればあやせさんたちにあきらさんを倒してもらおう。 それがいい。最善の策だ。だが、もし失敗したらその時は⋮⋮⋮⋮⋮⋮死ぬしかない じゃない !! 隣を歩く一人の少女に俺は声を掛ける。 たからだ。 俺は海香ちゃんの家に向かっていた。これから、一つペテンに掛けてあげようと思っ でも、同時に騙す側からしたら非常に都合がいいことでもある。 まさにアホ。ど阿呆。出されたものをそのまま、口にする幼児。いや、赤ん坊以下だ。 込んでしまう。 親が、教師が、友達が、好きな人がこういったからそうなんだと確かめもせずに飲み を信じることだと勘違いしている。 ところが、大多数の人間は自分の身近な人が言ったことを無条件で受け入れて、それ だ。 信じるということは、数ある情報の中から自分が知識と知恵で選択し、確信すること と、俺は思う。 いい言葉だ。感動的だ。だが、ほとんどの人間はその言葉の意味を履き違えている 信じる。信用する。信頼する。 第二十六話 道端会議 428 ﹁準備はいいか く。 ﹃カオル﹄ちゃん﹂ とはありえない。⋮⋮まあ、本物に似せたクローンなら作れるらしいがそれは置いてお そう。この﹃カオル﹄ちゃんは当然ながら本物ではない。死んだ人間が蘇るなんてこ ﹁プレイアデスの奴の顔している今、褒められても嬉しくない﹂ 棘のある視線を寄越した。 ぶりっ子スマイルでウインクする俺に﹃カオル﹄ちゃんは不愉快だとでも言いたげに ﹁そんな顔すんなよ。可愛い顔が台無しだゾ☆﹂ 表情はやや嫌そうだが、それは紛れもなく牧カオルそっくりだった。 カット少女の顔があった。 顔を横に向けた先には、昨日俺が骨も残さず完食したはずのオレンジ色のショート ﹁⋮⋮言われなくとも分かってる﹂ ? キャッワイイー 好きになっちゃいそう ﹂ ! そういう意味で言ったんじゃ⋮⋮﹂ ! 字面にすると何だかややこしいな。ひとまずは、﹃カオル﹄ちゃんとでもしておこう。 か ら か う と 頬 を 赤 く し て ぷ ん す こ 怒 り 出 す カ オ ル ち ゃ ん フ ェ イ ス の ユ ウ リ ち ゃ ん。 ﹁ば、馬鹿 ! ﹁ふーん。じゃあ、いつもなら俺に褒められると嬉しくなるんだ。ユウリちゃんったら、 第二十六話 道端会議 429 俺が本物のカオルちゃんを食い殺して、精神病院をまるまる一棟焼き払った後、俺は ふとこのことを利用できないかと考えた。 かずみちゃんたちは確実にカオルちゃんが死亡したことを知らない。そして、こちら には都合よく変装の魔法を持った魔法少女が居る。 これはスパイとして潜入させざるを得ないだろう。 特にそれで何をしたいという訳でもないが、寝込みを襲わせるも良し、ここぞと言う 時に裏切らせて良しとくればそうしない理由はない。 題して、﹃信じていたカオルちゃんが偽者だったなんて作戦﹄。 や ﹂ とっても面白うそうでわくわくする作戦なのだが、当の﹃カオル﹄ちゃんは乗り気じゃ ない様子だった。 ﹁でもさ、何でそんな嫌がるんだよ。相手の懐に入れば殺りたい放題じゃん 許せないようだ。さっぱり理解できない。 その時の状況を聞いた俺からすれば、正直残当な処置だと思うが、それでも感情的に アデス聖団に深い憎しみを吐き出す。 ﹃カオル﹄ちゃんは飛鳥ユウリ⋮⋮普段、顔借りている死んだ親友の命を奪ったプレイ デスはユウリを殺したことさえも覚えていない人殺しの魔法少女どもだ⋮⋮﹂ ﹁あんなクズどもと輪の中に入るだなんて考えただけでも虫唾が走るんだよ。プレイア ? 430 この子もプレイアデス聖団の皆も、トラペジウム征団の仲間も││たかだか友達が死 んだくらいでよくもまあ感情的になるのか訳が分からん。 その友達は別に自分の生まれ変わりでもなんでもないのに、どうしてそこまで拘れる んだ ﹂ ﹁⋮⋮本当にやるのか。わかったよ。やってやる ? ﹂ 後は俺がそれとなく誤魔化しつつ、自然な感じで昨日から連絡しなかった理由などを が、その甲斐あって﹃カオル﹄ちゃんは及第点くらいの真似はこなせるようにはなった。 そのせいで、みうきちのことはリッキーやサヒさんに押し付ける形になってしまった はカオルちゃんの所作や好きな物を俺の知る限り叩き込んでおいた。 流石の俺もぶっつけ本番でかずみちゃんの中に放り込むほど鬼ではない。ある程度 ! は散々打ち合わせしただろ ﹁まあ、飛鳥ユウリちゃんの復讐を果たしたいなら、きっちり演じきってよ。どうやるか なんてアホとしかいいようがないね。 友達が必要なら、またいくらでも作ればいい。にも関わらず、死んでからも固執する で結局のところ何一つ変わりはしないだろうに。 そいつが死んだら自分の心臓が強制的に止まるとかなら分かるが、別に死んだところ ? ﹁ようし。その意気その意気﹂ 第二十六話 道端会議 431 話してやれば、どうにかなるだろう。 そんな感じでふわふわした計画を楽観的に考えながら海香ちゃん宅を目指していた ﹂ 俺たちだったが、その途中の道でばったりとかずみちゃんに出くわした。彼女の後ろに はニコちゃんも居る。 昨日から帰って来なかったから心配してたんだよ !? !? 押し倒された。 いった⋮⋮何、するんだ !? ﹂ ! 居心地の悪そうな顔を見るに親友とのやりとりでも思い出しているのかもしれない。 ﹁わる⋮⋮ごめん。心配掛けて﹂ かり罪悪感が刺激されたのか意外にも素直に謝った。 彼女に対しては悪感情しか持っていない﹃カオル﹄ちゃんだが、その反応には少しば ﹁心配した⋮⋮本当に心配したんだから みちゃんは気にした風もなく、泣きそうな顔で頬を擦り付けてくる。 若干、素が出掛かっている﹃カオル﹄ちゃんは本物よりも柄悪く切れ掛かるが、かず ﹁わっ、つぅ ﹂ とっさのことで避け切れなかった﹃カオル﹄ちゃんはすっ転びながらかずみちゃんに の胸にタックルをかます勢いで飛び込んでくる。 ﹃カオル﹄ちゃんを視界に収めると、かずみちゃんは主人を見つけた仔犬のように彼女 ﹁あきら⋮⋮と、カオル !! 432 その程度では憎悪は揺らがないだろうが、復讐者を語るわりにはなんとも甘っちょろ い。 まあ、こんなつまらないところでボロを出されるなんて御免なので助け舟を出すか。 ﹂ ﹁まあまあ。そう怒らないでやってよ。かずみちゃん。﹃カオル﹄ちゃんにも事情があっ たんだからさ﹂ ﹁どういう理由か聞かせてもらってもいいかな た。 部分は、家を出る時に本物が話していた可能性があったため、そのまま改変せずに伝え まず、カオルちゃんに付き合ってサッカークラブの子のお見舞いをしに行ったという そこから話したのは適度に嘘と事実を織り交ぜた、巧妙な作り話だった。 き合ったんだけど⋮⋮﹂ ﹁ああ。実は昨日、精神病院に﹃カオル﹄ちゃんのサッカークラブの友達のお見舞いに付 ない様子だ。 彼女の方もかずみちゃんに付き合って、 ﹃カオル﹄ちゃんを探してたと見てまず間違い た。 かずみちゃんではなく、傍らに立っていたニコちゃんの方が先に俺の言葉に反応し ? ﹁その病院で黒い竜の魔物に襲われたんだ⋮⋮。そこで俺は﹃カオル﹄ちゃんに守っても 第二十六話 道端会議 433 らったんだけど病院が全焼して⋮⋮﹃カオル﹄ちゃんの友達はその時に﹂ 患者も病院スタッフも全員アリの魔物となって死んだが、俺が病院ごと燃やしたおか げで証拠となるものは全て隠滅した。何よりニュースや新聞記事にもなったので証言 としては申し分ないだろう。 それに加えて⋮⋮。 ﹁それ、⋮⋮本当なの⋮⋮カオル﹂ あいつに全部奪われた ﹂ ﹁そうだよ。私の大事な親友はもうどうやっても帰って来ない⋮⋮何をどうやっても ﹁てな訳でさ、色々あって﹃カオル﹄ちゃんは家に泊ったんだ。サキちゃんの件もあった れでも大丈夫なので放っておく。 ていうか、 ﹃カオル﹄ちゃんたら演技じゃなくて素で発言している気もするが、今はそ はしないだろうし、何よりいつものカオルちゃんと雰囲気が違うことの説明にもなる。 あまり言及されたくない事柄故にかずみちゃんたちもおいそれと深く聞き出すこと にしてあげることで、上手いこと誤魔化すことができる。 実際に親友を奪われた経験のある﹃カオル﹄ちゃんに演技をしやすいようなシナリオ に滲ませた。 同情した素振りで尋ねるかずみちゃんに﹃カオル﹄ちゃんは暗く、濁った憤りを言葉 ! ! 434 し、ちょっと本格的に精神が参っちゃってたし、そのまま家に帰せる状態じゃなかった からな﹂ な気もするけど﹂ ﹁カオルが病院にお見舞いに行ったら、あのドラゴンに遭遇する⋮⋮ちょっと出来すぎ なかなかに鋭い発言をニコちゃんは呟くが、流石に仲間を疑うような真似はしないよ うでそれ以上は口にしなかった。 かずみちゃんも﹃カオル﹄ちゃんを気遣うために何か言おうとするが、言葉が見つか らないようで結局無言で見つめるだけに留まっていた。 当の﹃カオル﹄ちゃんは辛気臭い表情を崩さず、足元を睨むように視線を落としてい る。 予想通りの反応で俺としては少々物足りなく感じていた。一応、ありとあらゆる質問 についての返答を考えていたのだが、使う機会がなさそうで残念だ。 俺は場を切り替えるように、あえて軽い調子で手を叩きながら喋り出す。 取り合えず、海香ちゃん家行こうぜ﹂ ? 俺の言葉でかずみちゃんが携帯電話をポケットから取り出そうとする。 ﹁あ、海香や里美もカオルを探し回ってたんだった。見つかったって教えてあげないと﹂ 夜面してたって何にもならないだろ ﹁ほらほら。あんま暗い顔しなさんなって、三人とも。道端で美少女が雁首揃えてお通 第二十六話 道端会議 435 ﹁その必要はないよ。ちゃんと私が連絡しといた﹂ 手に持ったスマートフォンを軽く揺らしてニコちゃんがそう応えた。 多分、話を聞きながらもメールで連絡をしていたのだろう。報・連・相をきっちり押 さえているあたり有能さが伺える。抜け目ない子だわ。 ドイツからいらっしゃった変な口癖の殺人中毒者、そして││。 ﹁こうも出会うなんてなかなか起こる事じゃないよ﹂ おまけに彼女の後ろには││。 正直、いつかはかち合うとは思っていたものの、これはあまりよくないタイミングだ。 黒いポニーテールの薄ら笑いを浮かべた少女、あやせちゃんが俺の後ろから現れた。 ﹁あら、噂のプレイアデスさんたちに会いに来たらまたあなたに会うなんて﹂ 声が耳に入ってきた。 ニコちゃんの提案に従って、俺たちは動き出そうとしたその時、傍で聞き覚えのある ﹁まあまあ、固いこと言わずにさあ﹂ ﹁あきらまで来る必要はないと思うんだけど⋮⋮﹂ ん﹂ ﹁賛成ー。何か、お腹空いちゃったから、ちょっと早いけど昼飯作ってよ。かずみちゃ ﹁まあ、とにかくカオルの無事も確認できたし、一先ずは帰ろうか﹂ 436 ﹂ ? 何故なら、わざわざこのライオンくんは刺身になりに出向いてくれたのだから。 はなく、この裏切り者だけはどうにかして抹殺しようという算段だった。 取り合えずは俺が今脳裏に思い浮かんだことは、ピンチとか俺の正体がばれるとかで ブが何故かそこに居た。 リッキーたちから聞いていた﹃結局来なかったトラペジウム追加メンバー﹄だったサ ﹁⋮⋮これは行幸、かなぁ 第二十六話 道端会議 437 第二十七話 下水道のスフィンクス 今の感情を表すなら、ムカ着火インフェルノオォォォォを超え、激オコスティック ファイナリアリティぷんぷんドリーム状態だった。 捜していたサボり魔がのこのこ目の前に現れただけでも殺意マシマシなのに、さらに 裏切り者として登場してくれやがった。これほど、俺を怒らせたのは今まで居なかっ た。多分、居なかった。仮に居たかもしれないけど、何だかんだ精神を追い込んで自殺 させたと思う。 まあ、過去のことは置いといて、さてはて、どうやってこの野郎を血祭りにあげてや ろうか。 俺はサブを睨み、暴虐の限りを尽くしてぶち殺そうかと値踏みをしていると、そのサ ブの隣に居た二人のポニーテール少女の内、片方が俺に語り掛けてくる。 以前、学校で殺し合った時に引き分けだったのが気に入らないらしく、まだ俺を殺そ んが嬉しそうに舌なめずりをして笑った。 銀髪の方のポニーテール、ドイツから遥々やって来た殺人ジャンキーことフランちゃ ﹁こんなに都合よく会えるなんて嬉しい。運命を感じるね﹂ 438 ﹂ うと狙っている様子だ。正直、俺としては今こいつに構っている暇はないので関わりた くない。 ちゃんの頭に手を乗せた。 ﹁でも、あやせ⋮⋮﹂ ﹁フラン。私、聞き分けのない子、スキくないなぁ ﹂ たた それを制するように黒髪のポニーテールの方の少女、あやせちゃんはポンとフラン ﹁だぁめ。フラン、わたしたちが何のために来たのか忘れてない ? ピッ ク ジェ ム どっちにしろ、碌なモンじゃなさそうだ。 係 が 結 ば れ て い る せ い か、は た ま た 女 同 士 の 友 情 と か 言 う う す ら 寒 い も の の せ い か。 あのキチガイの権化のような彼女が、ペットのように大人しくなるのは絶対的な力関 有無を言わせないその態度に、さしものフランちゃんも不本意ながら頷いた。 黙らせた。 フランちゃんは口を尖らせ、抗議を目で訴えるが笑みを湛えたあやせちゃんはそれを ? ﹂ ? う。 俺の後ろに居るかずみちゃん、ニコちゃん、 ﹃カオル﹄ちゃんの三人を指さしてそう言 だから、その後ろの魔法少女三人譲ってくれる ﹁と、言う訳で。私たちは﹃ジェム摘み﹄に来たの。あなたとやり合うつもりはないわ。 第二十七話 下水道のスフィンクス 439 440 サブはそれについては聞かされてなかったのか、 ﹁えっ ﹂と驚きの呟きを漏らした。 どうする 裏切ったはいいが、相変わらず上司には説明されずに右往左往しているようだ。 ? そうなっちまえば、ユウリちゃんの魔法による変装も暴かれかねない。 緒に居た﹃カオル﹄ちゃんまでに疑問の目が当たる。 これ以上、ここに居ても俺への信用が薄れる結果になる。そうすれば俺と共に一晩一 ﹃なぜ、貴方は他の魔法少女らしき人物と面識があるのか﹄。そう視線が訴えている。 しげな目を向けているのが分かった。 目の端で後ろの三人を見ると、かずみちゃんはともかくとしてニコちゃんが俺に疑わ まう。 装を守り、裏切り者を抹殺する。この難題を解決しなければ俺のお楽しみがなくなっち ここを切り抜けるのは第一として、魔物としての正体を明かさず、ユウリちゃんの変 かと言って、ここで俺がドラゴン形態になって戦闘しても、それは同じ結果になる。 てしまう。 るものだし、何より、ここでそれを許せば計画していた絶望の宴が全部オジャンになっ 出して来ないだろう。だが、後ろの﹃カオル﹄ちゃんはユウリちゃんが魔法で化けてい ここで俺は何もせずに、彼女たちを差し出せば俺には興味のないあやせちゃんは手を ? 俺は覚悟を決め、かずみちゃんたちの方を振り返り、口を開いた。 ﹁かずみちゃん、ニコちゃん、 ﹃カオル﹄ちゃん。あちらの彼女たちは魔法少女でなおか つ、アンタらのソウルジェムを狙ってる。だから⋮⋮﹂ すっと、しゃがんで足元にある﹃ソレ﹄の隙間に指を入れる。 両方の指で﹃ソレ﹄をがっちりと掴むと、力を入れて持ち上げた。 ﹁早く逃げろっ‼﹂ 叫びながら振り返り、あやせちゃんの方の持ち上げた﹃ソレ﹄⋮⋮マンホールの蓋を ぶん投げた。 遠心力を込めて投げたマンホールの蓋はフリスビーのよう回り、あやせちゃん目掛け て飛んでいく。 それに対し、あやせちゃんは冷めた瞳で見つめるだけで、動こうともしなかった。 そして、鈍い音を立て、マンホールの蓋は地面に落ちた。││真っ二つに切り落とさ れて。 彼女の脇には銀色の刃の翼を持った巨大な鷹が一羽、存在していた。 フランちゃんの魔物形態⋮⋮鋼の鷹だ。 怒気を込めて呟くあやせちゃんは白のドレス姿になっていた。左肩が露出 ソウル ﹁⋮⋮あなた、スキくないなぁ﹂ 第二十七話 下水道のスフィンクス 441 ﹂ ﹂ ﹃カオル﹄ちゃ ジェムは左胸の肌が出てるとこについていてヒョウタンみたいな形をしている。 ﹁なっ、魔物 ﹁驚いている暇なんてないぞ、いいから早く逃げろ もう、俺は誰かが死ぬところなんか見たくないんだよ ﹁普通の人間の貴方を置いていける訳が⋮⋮﹂ 状況。 そして、残された俺は魔法少女の衣装になったあやせちゃんに睨み付けられるという 退場させることに成功した訳だ。 ことで、なぜか他の魔法少女との面識があることをうやむやにしつつ、三人をここから ふっ。行ったか。どーよ、この俺の機転の利かし振り。これで熱い熱血少年を演じる たが、すぐに二人の手を引き、走って行った。 事情を知っている﹃カオル﹄ちゃんだけは、 ﹁何言ってんだ、お前﹂と言う目で見てい ていたニコちゃんまでも俺を本気で心配しているのがちょっと笑えた。 がらも三人を逃げるよう叫ぶ。俺を嫌っていたかずみちゃんや、若干の疑いの目を向け ﹃カオル﹄ちゃんも知らない魔物の出現に驚いて声を上げるが、俺は善人ロールをしな ﹁あきら⋮⋮あなた⋮⋮﹂ ! !? ん、二人を連れて早く遠くへ﹂ ﹁いいから ! ! 442 ﹁⋮⋮何のつもり 私と敵対してまで何がしたいの ﹂ ? ﹄﹂ 西洋風のサーベル状の剣が俺に切っ先を向く。 いた。 あやせちゃんは蔑むような瞳を俺に向けると、腰に付けた鞘に収められている剣を抜 ように死んでいくあの子たちの表情。それを想像するだけで歓喜が止まらない。 ソウルジェムなんぞ、手段にしか過ぎない。目的は信頼を裏切られ、絶望し、ゴミの ﹁まあ、それもあるんだが、一番欲しいのは絶望に満ちた悲痛な女の子の顔さ﹂ ﹁そう。あなたもあの子たちのジェムが欲しいってことね﹂ ﹁いやねぇ。俺が先に目を付けた獲物に手を出すのはご法度だろって話だよ﹂ ? ! 危ねぇな、おいっと⋮⋮﹂ ! ﹁どうする その綺麗なドレスを汚してまで汚い下水道まで降りてきて、追いかけっ 表情が見えた。 足だけを魔物化させて、難なく着地し、上を見上げるとあやせちゃんの不愉快そうな ちていく。 それを足元のマンホールの穴に飛び込むことでかわし、その代償に俺は下水道へと落 ﹁わぁお イタリア語と共に剣先から炎の塊が数個現れ、俺に向かって飛んで来る。 ﹁﹃アヴィーソ・デルスティオーネ 第二十七話 下水道のスフィンクス 443 ? こでもするかい ﹂ そして、三つ目がこれだ。 二つ目はここでなら魔物化しても人目に付かないため。 俺が下水道まで逃げた理由は三つある。一つは当然、攻撃を避けるため。 にやりと笑って彼女を挑発する。 ? ﹄ ! そう、これで三体一という不利な状況を一気に一対一にまで戻すのが真の目的だ。 けるほど馬鹿ではないようで安心した。 忌々しそうに穴の上から俺を見下ろすあやせちゃん。流石にフランちゃんを差し向 だし﹂ ﹁下水道の中ではあなたは満足に翼は活かせない。⋮⋮それを狙って下に逃げたみたい ﹃な、彼の相手なら私が こがしたいみたいだから、あなたが相手をしてあげて﹂ ﹁私とフランはあなたなんかと遊んであげるほど暇じゃないの。⋮⋮三郎、追いかけっ 置に逃げることは容易だ。 りて来ないと踏んだ。そして、上からの攻撃なら来る向きが把握できる上に見えない位 さして知り合って長くはないが、あやせちゃんの性格上、わざわざこんなところに降 ﹁そんな汚いところ、頼まれたっていく訳ないじゃない。服が汚れちゃう﹂ 444 あやせちゃんとフランちゃんは再び、かずみちゃんたちを追うことになるが、それは まあどうでもいい。 今頃は残りの魔法少女と連絡を取ってるだろうし、追いつかれてもニコちゃんあたり がどうにかするだろう。 今一番しなければならないこと、それはもちろん⋮⋮。 ﹁降りて来いよ、サブ。先輩がきつーいきつーいお灸を据えてやるよ﹂ 引きつった顔で穴を覗き込む裏切り者の粛清に他ならないのだから。 ピッ ク ジェ ム 奴は逡巡していた様子だったが、女子二人の剣幕に気圧され、下水道へと飛び降りる。 それを見届けたあやせちゃんはフランちゃんに乗って、 ﹃ジェム摘み﹄を再開するため に去って行った。 邪魔者は消えた。後はもう思うがままに暴れるだけだな。 こいつの裏切り行為に涙ちょちょぎれるような理由があろうとそんなものは知らな ぬより酷い目に合うんだ﹂ いんだよ。ただ、ムカついただけで。そんで俺をムカつかせた奴は基本的に死ぬか、死 ﹁いやー。うん、サブ。お前が誰について、何を企んでとかはもうぶっちゃけどうでもい 言い訳と言う名の命乞いを始めかけたサブを俺は遮って、話し出す。 ﹁えーと、あきらさん。こうなったのにはそれなりに深い訳がありまして⋮⋮﹂ 第二十七話 下水道のスフィンクス 445 い。 俺を裏切るという行為が純粋に気に喰わなかった。 だから、殺す。そこにこれ以上の会話は要らない。 この狭 本格的に俺が殺意の波動に目覚めていることを理解したサブは媚びたような笑みを 消して、俺に言った。 ﹁そうですか。まあ、そうだろうとは思いましたけど⋮⋮でもいいんですか い下水道で戦うのが不利なのは巨大な竜の魔物のあきらさんの方ですよ﹂ ﹄ 言葉を言い終わるや否や、サブは姿を緑のライオンへと変貌させる。 ﹃まさか、人間ままで僕に勝てるとは思ってないですよね 若干、自分が有利な状況だから調子に乗ってやがる。 ﹂ ? 俺は肉体を変質させ、身体の部位を魔物化し、上に僅かに跳ねた。 の瞬間。 数秒で距離を詰め、その大きな顎を開き、鋭く並んだ牙を俺に振り立てようとする、そ ぐに突進してくる。 俺の言葉にサブは答えなかった。その代わり、下水道の足場の上を俺目掛け、まっす ﹁サブ、お前さ⋮⋮自分があと僅かな命だって理解してる グリンピースみてぇな色してるくせに、俺のことを舐めて掛かるとはいい度胸だ。 ? ? 446 ・ ﹃は、ここで竜になれば翼のせいで身動きが⋮⋮﹄ ﹃ああ、だから竜にはならねぇよ、竜にはな﹄ 滞空したまま、真下に居る緑のライオンへと体重を掛けた踵落としを喰らわせた。 ﹄ 竜の姿よりも軽く、人間よりは頑強な黒い鱗に覆われた足はサブの頭蓋に重たい一撃 をかます。 ﹃があ⋮⋮っ ? 頭を振るって、サブはすぐに態勢を整えると先ほど用心深く俺を見据える。 ﹃っ⋮⋮油断してましたよ、抜け目ないですね﹄ ﹄ サブを蹴りつけた反動をうまく利用し、後ろへと着地を決める。 いわば﹃魔人形態﹄となっていた。 身体の一部だけを魔物化させる方法の応用だ。今の俺は魔物形態と人間形態の中間、 変えず、強化した。 俺は竜の姿にはならなかった。全身を魔力で変質させたが、身体の大きさはほとんど 大きさも要らない。人間サイズで十分過ぎる。 鉤爪も要らない。長さは余計だ。 翼は要らない。邪魔なだけだ。 !? ﹃どうしたよ、サブ。まだ一発蹴り、入れただけだぜ 第二十七話 下水道のスフィンクス 447 この魔人形態では、当然ながら魔物の時よりも威力が出ない。移動力の代わりに体重 や筋力、その多諸々ものが竜の姿よりも劣っているから仕方ないことだが、一撃で仕留 めるのは無理そうだ。 だが、問題はない。なぶり殺しが俺の趣味だ ││かかった 先に駆けたのは俺の方、それに反応し、サブは頑丈な爪の生えた前足を振り上げた。 ! ﹃がうっ‼﹄ ﹄ ざまあねぇな、おい。腹見せて服従のポーズ を魔力で筋力が強化した足で思い切り踏めば無傷ではいられはしない。 肉体の強度が遥かに強靭になった魔物とはいえ、身体の部位による弱点はある。そこ つける。 鱗で覆われた足でその無防備な腹を踏んだ。力を込め、思い切り、何度も何度も踏み の上で腹を見せることとなった。 まさか、技術で来るとは思わなかったようで目玉を丸くさせ、あっさりとサブは足場 ンの巨体をひっくり返す。 俺はその振り上げた前足を両手で掴むと、前へ引っ張りながら合気道の要領でライオ ! ﹃あはっあはははははははははははっ の練習かなぁ ? ! 448 ﹃くっ、この⋮⋮ ﹄ ? 演技もとても上手だった⋮⋮﹄ ﹄ ﹃あきらさん。あなたは確かに、いい役者だ。恵まれた血筋のおかげか、さっきの上での るようだ。 怒りに身を任せて、飛び掛かって来るかと身構えていたが、意外に冷静さを保ってい サブは俺へ鋭い眼光を向けて、喋り出した。 を引いて避けた。 は五倍以上あるだろうから、当たれば痛かったろうが、俺は身体が触れる前にさっと身 挑発的に顔を歪めると、サブは身体を捻り、俺を弾くようにして起き上がる。体重差 ! どうしたんだよ、また命乞いか ? ます ﹄ 意味が分からん。俺を演じる サブが ? ? 歪んだ。 発言の意味が理解できずに俺は、サブを見返していると、ライオンの顔がぐにゃりと ? ﹃いいや違います。これから、オレがそのあきらさんを演じて見せると言ったらどうし れにしては落ち着き払っているのが妙だった。 急に場違いな賞賛に俺は疑問を抱いた。反撃の糸口を探っている可能性もあるが、そ ﹃は 第二十七話 下水道のスフィンクス 449 そして、次の瞬間そこにあったのは俺の顔だった。 鬣の中央にこの俺そっくりの顔が出来の悪いコラージュ画像のように鎮座している。 それは人面の獅子。それはエジプトに伝わる怪物、スフィンクスのように俺の目には 映った。 ﹄ ! ﹄ ? ﹄ ? ? ﹁俺は一樹あきら。俺は前の学校で十数名のクラスメイトを精神的に追い詰めて、自殺 サブはそれを挑発と受け取ったのか、僅かに怒りを見せた後、俺の演技へと入った。 ﹃やってみろよ。採点してやる﹄ るんですよ ﹃それで、って これからあきらさんはオレに心の奥底に隠していたものを演じられ ﹃それで なかなかにえげつない能力だ。精神攻撃に特化した力と言えるだろう。 れが相手の隠していたことや弱みを暴き立てる能力だと。 なるほどな。こいつ、今まで自分の力を俺に隠してやがったってことか。そして、そ るものと非常に似ていた。 俺と同じ顔をしたスフィンクスが笑みを浮かべる。それは俺が獲物を眺める時にす レの力は模した相手の心の闇を読むことができるんです ﹃これがオレの魔物としての能力。もちろん、ただ顔を真似ただけじゃありません。オ 450 させた﹂ 声や表情においても完璧に俺をトレースしている。緑のライオンの身体にくっ付い ているのが若干シュールだが、それさえ除けば立体映像でも見ている気分にさせられ る。 してきた。今も女の子たちを騙し、取り入り、絶望させ、殺そうとしている﹂ ﹁この街に引っ越してきて、今度は直接を手を下した。化け物になり、何人も人を食い殺 ﹃ほうほう。それでそれで﹄ ﹂ 俺は咎めるように、先を促す。 た。 滑らかに声の抑揚の付け方まで完璧だったサブが突然、硬直したように動きを止め ﹁だから俺は⋮⋮ !? 僅かばかり、サブの能力の精度に感心すると、目の前の顔が再び、ライオンのそれへ ﹃ほう。なかなか精度の高い能力だな、そこまで見えるのか﹄ 俺の玩具なんだから⋮⋮潰れろ、砕けろ、音を立てて楽しませろ﹂ 俺が世界を回している。俺を楽しませるために壊れて、喜ばせるのは当然だ。全人類は ﹁⋮⋮俺はまったく罪悪感なんて、感じていない。世界は俺のために回っている。いや、 ﹃ほら、続きを言えよ﹄ 第二十七話 下水道のスフィンクス 451 と戻っていく。 震える声で、ぽつりとライオンは呟いた。 きする。 魔力により、伸びた鉤爪はライオンの筋肉を抉り、骨の隙間を通り抜け、心臓を一突 を鋭く伸ばした。 呆然としているサブに俺は即座に近付き、身体の下の潜り込むように屈み、指先の爪 ﹃もういいわ。お前⋮⋮﹄ という情熱が足りない。 だが、もういい。こいつの演技は上手いが、それだけだ。情熱がない。人を騙したい 理解できない矮小な奴らが悪い。 狂っているとか、おはようとこんにちはの次くらいによく言われる気が、それは俺を く真の光なのだ。 俺ほど正常な人間がこの世に居る訳がない。俺こそがこの狂った世界の中で光り輝 ﹃失礼な言われようだな﹄ かった訳じゃない⋮⋮邪悪なんてものじゃないこれはもうただの⋮⋮﹄ んて⋮⋮オレだって演技のために犯罪をした事があった。でも、ここまで何も感じな ﹃狂ってる⋮⋮ここまでの事をしておいて本当に心の底から罪の意識も感じていないな 452 くぐもった声と共にライオンは赤い液体を口から漏らす。 ・・ ﹃スフィンクスの次はマーライオンかよ。多彩だな、役者さん﹄ 生卵を橋で潰して、広げるように、爪の先に触れている中身をぐちゃぐちゃに掻き混 ぜる。 緑のマーライオンの吐き出す赤い水が量を増した。 ﹄ ぐらりとその重心が崩れたかと思うと、サブは人間の姿へと戻っていた。そのすぐ近 くにはイーブルナッツが落ちている。 俺はそれを拾ってしまうと、残ったサブの遺体を持ち上げた。 ? だったが、お肉としては一流だったのがせめてもの救いだろう。 血 抜 き を し て お い た お 肉 は 今 ま で よ り も お い し く な っ て い た。役 者 と し て は 二 流 ﹃よかったなぁ、サブ。本当におめでとさん﹄ 最大の名誉、それは俺の血肉となって、この一樹あきら君の一部になること。 した。 賞の代わりに栄えある獅子村三郎君を讃えるために俺は最大の名誉を与えることに ﹃おやまあ、死体の演技は上手じゃないか。死体男優賞があればノミネートされるぞ 第二十七話 下水道のスフィンクス 453 第二十八話 美しい羽 ∼旭たいち視点∼ 僕には苦手なものがたくさんある。単語だけでも上げれば原稿用紙を百枚用意して も足りないくらいだ。 その中でも最たるものは⋮⋮女の子だ。 この世で一番憎んでいるものと言い換えてもいい。それくらいに苦手で、嫌いなもの だ。 あの、時折こちらをちらちら見てさもクスクスと漏らす女子特有の陰湿で不快な笑い 声や、人目を憚らず大きな声で下らない話を仲間内で話す声。 思い出しただけで胃の中がむかむかしてきそうになる。 ﹂ ﹂ そんな僕が、だ。何の因果か分からないけれど、女の子と一緒に洋服店で服を選んで いた。 ﹁⋮⋮えっと、あのー⋮⋮氷室さん ﹁美羽でいいですよ、旭さん。あなた、私の一個上でしょ ? ? 454 素っ気なく、視線さえ振り返らずに言う病院服を着た少女の名前は氷室美羽。あの氷 室君の双子の妹らしい。 言われてみれば目元や口元なんかは彼とそっくりだが、僕にも友好的で気さくな氷室 君と違い彼女は他人に無関心な雰囲気を放っているため、受ける印象が大分違った。 ﹂ ﹂ 流石に呼び捨てにはできなかったので敬称を付ける。 ﹁あー、じゃあ、美羽⋮⋮さん﹂ ﹁はい。何でしょうか ﹁これって、僕たち居るの⋮⋮ ? ? ﹂ ? 肉親だった氷室くんは死亡済みという状況なのでそのままでは暮らしていくのは無理 と言うのも彼女が長らく入院していた病院が炎上、おまけに保護者はおらず、唯一の 渋々ながら了承するはめになった。 最初こそ僕は難色を示したものの、命の恩人である氷室君の妹ということもあって 面倒を見るように頼まれていた。 彼女の言うとおり、僕と力道君はほんの一時間ほど前に美羽さんを紹介され、彼女の さも当然のようにそう言われ、僕は頭を抱える。 命令されたんじゃないんですか ﹁あきらからあなたたちと一緒に居るよう命令されましたので。旭さんもあきらにそう 第二十八話 美しい羽 455 ジャ ン ケ ン だと僕も思ったからだ。 厳正なる審査の結果、美羽さんは力道君の家に居候してもらう事になっているので僕 としては非常に楽だが、生理用品や服などの購入に付き合わされている。 その力道君はトイレに行ってしまったので、僕はこの気まずい空間に一人取り残され ていた。 ﹁生理現象なんだから仕方ないよ。それより、君はあの子とよく一緒に暮らす気になれ ﹁いや、旭先輩すんません。美羽の相手、任せきりで﹂ きい方だったのかもしれない。 入れ違いにトイレから力道君が戻って来る。ちょっとばかり遅かったのを見るに大 洋服を何着か持って、美羽さんは更衣室へと向かって行った。 ﹁⋮⋮早くしてね﹂ ﹁はいはい。じゃあ、これとこれにしましょう。せっかくなので着て帰りますね﹂ 唯一の救いだが、支払いと荷物持ちをしなきればならないから帰る訳にもいかない。 お金の方は僕があきら君から預かっているので僕に負担が来る事がないというのが ちいち声を掛けてくるのが不快で堪らない。 女物の洋服売り場に一人佇むこの状況は苦痛以外の何者でもないし、何より店員がい ﹁まあね。⋮⋮できれば早く決めてほしいんだけど﹂ 456 るね。ボクだったら一日も持たないよ﹂ ため息交じりでそう伝えると、力道君も苦笑いを浮かべて答えた。 何をしているんだ、一体 か探しているのか 二、三言会話をしてから他二人に何かを言っている。 それからすぐに御崎海香に電話がかかって来たらしく、携帯を取り出して耳に当てて ? 何かを探しているように三人ともきょろきょろと顔を動かしているのが見える。誰 ? 確か名前は御崎海香とかいう女だ。 プレイアデス聖団の魔法少女たちの⋮⋮若葉みらいと宇佐木里美、それにもう一人、 すると、その先にも別の女子が目に留まった。それは見覚えのある顔。 視線を彼から外し、ガラス張りになっている店の外に目を向ける。 かできそうにない。 過去の嫌な記憶がどうしても女子を意識させてしまう。どれだけ嫌いでも無視なん 識してしまうだろう。 女子嫌いのボクにはよく分からない思考だ。ボクなら、無関心だろうとどうしても意 は俺にも基本的には無関心で、何ていうかある意味女子らしくないんで何とか﹂ ﹁いや、まあ、俺も同年代の女子と一緒に暮らすとか無理だと思ったんですけど、あいつ 第二十八話 美しい羽 457 どことなくほっと胸を撫で下ろしている事から誰かを探していてそれが見つかった、 とかだろうか。 まあ、何にせよ、あいつらがここに居るというのはボクらにとって危険だ。 かった。 ど、まさかあきらの家に泊めてもらっていたなんて、せめて私には一言連絡してほし 昨日家に帰って来なかったから心配して、プレイアデス聖団全員で探していたけれ ﹁ニコから電話があったわ。カオル、見つかったって﹂ ∼御崎海香視点∼ *** なったけど。 本当に女子と言うのは忌々しい。嫌でも目に留まる。ただ、今回だけはそれが役に 羽さんを呼びに行く。 力道君もボクと同じような事を思ってくれたようで頷いて、更衣室で着替えている美 美羽さんにとっては兄の命を奪った奴らだ。できるだけ合わせなようにしないと。 ように出て行こう﹂ ﹁⋮⋮力道君。プレイアデスのメンバーが外に居る。美羽さんを連れて鉢合わせしない 458 それを二人に伝えるとみらいは怒気を隠さずに言った。 ﹁⋮⋮別にボクは心配なんてしてなかったけど、カオルはあきらのところで遊んでたの ﹂ また仲間が死んでしまうのを恐れているのだろう。 私はちらりと脇にある店を見てから、みらいに優しく話しかける。 ﹂ ﹁じゃあ、みらい。洋服でも買ってあげるから機嫌治してくれないかしら ﹁⋮⋮服 ? みらいも考えるようなそぶりをした後、頷いて同意してくれる。 れに賛成して微笑んだ。 ちょうど、すぐ傍に洋服屋もある事なので、私は彼女に服を買う事を促す。里美もそ きっと﹂ ﹁そう、ちょっとオシャレすればむしゃくしゃした気分もどこかに飛んでっちゃうわ、 ? ﹂ 何だかんだでみらいはカオルの事を一番心配していたのは彼女だ。サキの事もあり、 里美が宥めるが、怒りは収まらないようで、ふんとそっぽを向いた。 ﹁まあまあ、みらいちゃん。そう怒らないで。カオルが無事でよかったじゃない﹂ !? 私たちは連れ立ってその服屋に足を踏み入れようとした。 ﹁そう、だね。なら、お言葉に甘えようかな﹂ 第二十八話 美しい羽 459 そこで、男の子二人に連れられて、店から出て来る女の子の顔が目に入る。金髪の髪 に、青い目の西洋人形のような顔立ちの少女。 どこか見覚えのある気がした。覇気がなく、暗い表情をしているが、どこかで彼女に 似た誰かを⋮⋮。 ││氷室君だ。 私たちのクラスメイトで保健委員をしていた男の子。そして⋮⋮私たちを襲ったコ ウモリの魔物の正体だった少年。あの時、私は目を潰されていたから、直接見た訳では ないが、カオルから聞いた情報ではドラーゴと名乗る黒い竜の魔物の配下⋮⋮トラぺジ ウム征団の一体。 その彼と顔立ちがそっくりなのだ。 脇に居る二人の男の子と共にこの場から去って行こうとする彼女を私は呼び止めた。 ﹂ ? 隣に居た男の子は何やら慌てた様子で、彼女に早く行くように促したが、足を止めて 彼女が振り返る。ぼんやりとした無関心そうな碧眼が私に向いた。 ﹁わたしに、何か用ですか ﹁待って。そこの金髪の貴女﹂ 460 私をじっと見返している。 そんな彼女に私は一つ端的に尋ねた。 ﹁貴女、ひょっとして氷室悠さんのご家族 ﹁お、おい ﹂ ﹂ ﹁それは、生物学上わたしの兄にあたる人物です﹂ ? ﹂ と、黄土色の巨大な針鼠の魔物へと変貌した。 氷室美羽の両隣に居た二人も、一瞬だけ歯噛みをした後に赤い角の生えた熊の魔物 二人も私の言葉に驚きの顔を見せた後、同じように変身し臨戦態勢を取った。 後ろに居た二人にそう言ってから、私は魔法少女の姿へと変身する。 ! なく話に聞いたトラぺジウムの一員だと分かった。 ﹂ 少女に比べれば、目立たなかったが、こうやってじっくりと顔を合わせれば、間違い 徴と合致する。 その二人の少年も、よくよく見れば、ニコから聞いていた魔物の正体の少年たちの特 う言う。 慌てる二人とは対照的に、美羽と呼ばれた少女はつまらなそうな視線を私に向けてそ ﹁美羽さん ! !? ﹁二人とも。少なくともこの二人⋮⋮トラぺジウム征団の、魔物よ 第二十八話 美しい羽 461 ﹃チッ、こうなりゃヤケだ。ここで氷室の弔い合戦してやるよ ﹄ ! あの戦いの後に死んだ そんな事ぉ 彼らの言う弔いの意味合いが掴めなかった。 ﹄ ! を使う。 私は手に持った魔導書を開くと、みらいと針の弾丸の対角線上に立ち、バリアの魔法 ﹁任せて﹂ ﹁しまっ⋮⋮﹂ 針鼠の魔物は無防備になったみらいに針の弾丸を飛ばした。 ﹃知るかよ ! しかし、熊の魔物はその剣を両腕で白刃取りで受け止める。 大きく跳躍して、熊の魔物へと振りかぶった大剣を振り下した。 ﹁サキの命を奪ったお前らがどの口で‼﹂ 大剣を生み出し大声でみらいが叫ぶ。 しかし、仲間を奪われたのはこちらも同じだ。 ? たはず。 弔い合戦⋮⋮氷室君は確かこの二人と一緒にドラ│ゴに回収されて、結局は逃げ延び 少女を守るように背にして魔物二体が前に出る。 ﹃数の上では不利だけど、やるしかないようだね﹄ 462 針の弾丸はその壁に弾かれ、四方に散った。そして、近くにあった店のガラスを砕き、 その中に居る一般人に刺さった。 騒ぎを聞きつけて、近寄くに来ていた人たちに被弾する。 阿鼻叫喚が鼓膜を叩いた。 失念していた。ここは平日の街中なのだ。人が居て、当然だ。 ここで戦えば、それに巻き込んでしまう事は考えればすぐに分かる事。 でも同じようにもがき苦しんでいる。 急激にやって来た苦しさに耐え切れず、私は膝を突く。見れば、みらいや魔物たちま これは、何だ││その疑問を持つ前に肺に激痛が走った。 いつの間にか黄色の、細かい粉状の何かが周囲を漂っている事に目が行った。 魔導書を開き、解析の魔法で奴らの弱点を調べようとしたその時。 早く、この魔物を倒してしまわないと。 命を落としていたかもしれない。 この場に里美が居てくれてよかった。もしも、このままなら多くの人が巻き込まれて の場から強制的に立ち退かせる。 里美が人を操る魔法で、集まってきた人たちや周囲のお店に居た人たちを支配し、こ ﹁大丈夫よ、海香ちゃん。﹃ファンタズマ・ビスビーリオ﹄。皆、早くここから離れて﹂ 第二十八話 美しい羽 463 一体、何が起きたというのか。 が 上を見上げると大きな何かがまた羽ばたいているのが視界に映る。 それは大きな﹃蛾﹄だった。 美しい虹色の羽を持つその蛾は、黄色の鱗粉を雪のように降らせていた。 ﹂ 真上では美しい羽が光に反射して輝くのが見える。 重心が取れずに倒れ伏したのだと理解するのに数秒かかった。 意識が遠退きそうになる。視界が揺れ、世界が横に映る。 それが分かっているのに、身体が痺れ、指先がうまく動かない。 この毒の鱗粉を解析して、解毒しなければ、私たちはここで死ぬ。 生臭い赤い液体が口の端から零れた。 今、宙を舞い、毒の鱗粉をまき散らしているあの蛾の魔物こそが彼女なのだ。 里美の魔法で居なくなったのかと思ったが、恐らくそうではないのだろう。 そこで私はようやく、先ほどまで近くにいた氷室美羽の姿がない事に気付く。 一体、あの蛾の魔物はどこから現れたというのか。 を蝕む。 黄色の鱗粉は強い毒性を持っているのか、身体の中身が溶け出すような酷い激痛が私 ﹁新手の、魔⋮⋮物⋮⋮ ? 464 美しく、そして、恐ろしい羽が⋮⋮。 虹色の羽は羽ばたき、鱗粉を落とし続ける。 ﹁だれ、か⋮⋮﹂ 第二十八話 美しい羽 465 第二十九話 炎と氷の魔法少女 血抜きをして味が引き締まったサブを齧っていた俺は、上半身を喰いちぎったところ で、ふとそう言えば美羽ちゃんたちのことをサヒさんたちに任せ切りにしていたことを 思い出した。 面白そうだからと拾ってきたが、途中で面倒臭くなって丸投げしてしまったが、どう しているんだろうか。⋮⋮まあ、どうでもいいか。死んでても良し、生きてても良しだ な。 サブの死体を食べ終えた後、腹ごなしにかずみちゃんたちを探しに行こうと思い立っ て、下水道から外へと出て行く。マンホールまでの梯子で上がるのは思ったよりも疲れ て、地上に出た後大きく伸びをした。 へと飛びあがった。 再び、魔物形態になり、上空から探すかと思い、物陰で竜の姿になり、翼を広げて空 が逃げた方角を進むが、流石に多少時間が過ぎたせいで既に近くにはいないようだ。 怒りをすっきりさせたおかげで、るんるん気分でスキップしながらかずみちゃんたち ﹁うーん⋮⋮っと。さてはて、かずみちゃんたちはどこまで逃げたのかね∼﹂ 466 大通りの方でも何かが起きているのか騒がしかったが、それよりもかずみちゃんたち の方が気になったので一旦無視して彼女たちを探す。 しばらく近くを空から見下ろしていると、前にユウリちゃんと言った遊園地・ラビー ランドが視界に入った。 ただ前と違って様子がおかしい。開園しているのに人の気配がない。というよりも、 何か別の空間に侵食されているような、途轍もない違和感があった。 近付いてみれば、そこではかずみちゃんたちが銀色の鷹に乗ったあやせちゃんと戦っ かんこう ているのが見える。どうやら、魔力で疑似的な結界を張っているらしく、音が外まで漏 まずは突っ込んでから考えよう‼ れていなかった。 よっし ﹄ 上 ﹂ ! 噴き付ける。 ﹃っ ﹁かずみ !! !? ﹂ 魔力でできた半透明な皮膜をぶち破り、宙を舞っているフランちゃんに火炎の息吹を た。 取りあえずはノリと勢いで戦闘を繰り広げている間に俺も突撃を敢行することにし ! ! ﹁フラン、避けて 第二十九話 炎と氷の魔法少女 467 フランちゃんの背に乗るあやせちゃんはその攻撃に気付き、とっさに回避を促した。 当たれば、鋼も融解する炎は斜めに軌道を逸らした銀色の鷹の脇のコンクリートの地面 を焼く。 近くに居たかずみちゃんもニコちゃんに言われ、バックステップでそれをかわした。 乱交パーティなら俺も混ぜてくれないと﹄ 当然、この程度は避けると確信していた俺はさほど気にもせず、戦いの中心に割って 入る。 ﹂ ﹂ ﹃仲間外れはよくないぜぇ ﹁お前は ﹁ドラ│ゴ⋮⋮ 闘には参加していない様子だった。 んの魔法までは真似できないから、友達を失ったばかりで戦えないとか理由を付けて戦 一方、皆とやや離れたところに﹃カオル﹄ちゃんは俺を見ている。本物のカオルちゃ どすっぱり忘れて常に未来を見据えるような人間を見習ってもらいたいモンだ。 とをまだ根に持っているらしい。過去に囚われた哀れな子たちだ。俺のように過去な あすなろドームでサキちゃんを頭からムシャムシャ、モグモグ、ランランルーしたこ をその目に宿す。 ニコちゃんとかずみちゃんは唐突にダイナミックエントリーした俺を睨み、怨嗟の色 ! !? ? 468 ﹄ 悪くない選択だと薄く笑い、俺はさらに戦場を搔き乱すべく、プレイアデス聖団のお 二人に向けて喋る。 ﹂ ﹃よお、かずみちゃ∼ん、ニコちゃ∼ん。苦戦してるようじゃんか。力を貸そうか ﹁誰があなたなんかに⋮⋮ ﹂ ? 怨敵の俺と組んで ? ようとするが、ニコちゃんがそれを視線で制した。 ﹃カオル﹄ちゃんを見て嘲笑うと、かずみちゃんは怒り出して十字架型の杖を俺に向け だし﹄ そいつらを倒すか、それとも俺と一緒に戦って勝つか⋮⋮何やら足手まといも居るよう ﹃そうだぜ。俺とそっちの可愛子ちゃんは無関係。で、どうする こういうところが侮れない。まあ、この場合はそっちの方が楽でいいけどな。 怒りを露わにするかずみちゃんと違い、ニコちゃんは俺の言葉に反応して尋ねる。 ﹁ちょっと待って。お前はこいつらの仲間じゃないの ? !? ﹂ !? 賢いニッコニッコニーは俺と組むことを選ぶが、流石に全面的信用はできないようで だけど﹂ ﹁ここはまず、あっちの魔法少女を倒す方が先決だよ。まあ、信じられるかどうかは疑問 ﹁ニコ ﹁⋮⋮分かった。今回は協力しよう﹂ 第二十九話 炎と氷の魔法少女 469 懐疑的な視線を寄こす。 ﹄ 俺としては、そろそろあやせちゃんやフランちゃんは邪魔なので、そろそろ始末した かったところ。ここでは素直に協力の意志を見せつけよう。 羽ばたいていた俺は地面に降り立ち、膝を折り曲げ、背を二人に見せる。 ﹃交渉成立だな。乗りな、お二人さん。あっちと同じように空中戦がしやすくなるぜ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹄ ! すると、彼女の表情が急に凛々しいものに変わり、声色も変化した。 ﹁あなた⋮⋮本当にスキくない。本気で潰してあげる。││﹃ルカ﹄、行くよ﹂ た。 敵さんの方を見ると、あやせちゃんは俺に凄絶な笑みを浮かべ、吐き出すように呟い て馬鹿じゃない。 やせ&フランペアに備え、空中へと上昇する。背中に乗せた相手を挑発するほど俺だっ かずみちゃんが野獣の如き眼光でマジ切れしているので俺も自重し、向かってくるあ ﹁それ以上、ふざけた事を言うようならあなたから先に落とすよ⋮⋮﹂ ﹃んじゃあ、俺たちの友情パワー見せてやりますか るのを見ると、唇を噛み締め、俺の背に飛び乗った。ニコちゃんもそれに続く。 それでも疑わしげな眼差しを向けたかずみちゃんだが、鋼の翼の鷹が再び近付いてく ? 470 ﹁御意。承知致しました、﹃あやせ﹄﹂ 独り言と言い切るにはあまりにも大きな差異があった。俺の中のシックスセンスが けんせい 叫ぶ、こいつはデンジャーだと。 油断せず、火炎放射で牽制する攻撃を放つ。さっき見たあやせちゃんの魔法は炎だっ ほとばし た。シンプルな威力だけなら俺の方が上だ。同時に放てば俺が勝つ。 迸 った火炎の息吹は彼女たちを覆う││瞬間、俺とフランちゃんの対角線上にある 狭間の空間が突如として大爆発を起こす。 衝撃と爆風に煽られ、俺は吹き飛び、背中の二人もバランスを崩して、落ちかけるが 尻尾を巻きつけて引き釣り上げた。 俺に助けられたのが気に入らなかったのか、少し不機嫌な顔をするかずみちゃんだが 今はそんなことに注意を払っておく暇はない。 空中で態勢を立て直し、鋼の鷹の姿を探すと向こうもグラつきながらも空中に留まっ ていた。 しかし、その背にはあやせちゃんの姿はない。落ちたのかと下を向いた時、ニコちゃ ﹂ んの声が耳を撃つ。 ! その言葉を信じ、右翼を傾けて緊急回避を取る。俺がさっきまで居た場所にはサーベ ﹁上だ 第二十九話 炎と氷の魔法少女 471 ルを振り下ろしていたあやせちゃんの姿が見えた。 その姿は白いドレスから赤いドレスに変わっており、右肩が露出し、ソウルジェムは 右胸の肌が出てるとこについてる。 髪止めはマジシャンの杖みたいな物に変わり、首にはリボン巻いてる、腹には着物っ ぽい帯を付けており、さっきまでのあやせちゃんとは正反対のような格好だ。 ﹁奇襲成らず⋮⋮かわされましたか﹂ 静寂な風鈴のような声には子供っぽさはなく、淡々とした口調は上品さがあった。 即座に俺の背中の二人が、それぞれの魔法を飛ばすが、彼女はそれらをサーベルを 使って弾き、知らぬ間に真下に来ていたフランちゃんの背に着地した。 あやせちゃん﹄ 明らかに前とは雰囲気が異なるあやせちゃんに俺は問いかける。 あら ﹃口調も姿も変えて、イメチェンしたのかい だ。⋮⋮魔力で作られたものがちゃんと物理的法則に従うのはよく分からないが、多分 蒸気になった結果、瞬間的に蒸発による体積の増大が起こり、大爆発を引き起こしたの 水蒸気爆発⋮⋮。超高温の魔力の炎に当たり、あの氷の魔法が瞬時に水、というか水 発の正体を理解する。 そう言って、炎ではなく、巨大な氷柱を剣より放った。それを距離を取りつつ避け、爆 ﹁私は双樹ルカ。あやせに非ず││﹃カーゾ・フレッド﹄﹂ ? 472 それに似た現象が起きたとみていいはず。 ﹄ ﹃なあ、カズミン、ニコニー。ソウルジェムを交換すれば、魔法少女って別の魔法使うこ とできんの してからだ。そして、あやせちゃんが知らないことはルカちゃんも知らないと踏んでい あやせちゃんが来た時には戦いの途中、俺のカラーは白から黒に⋮⋮稲妻から炎に戻 時に色を変えたので知っていたが、あやせちゃんはこれを知らない。 飄々としていたルカちゃんの鉄面皮に初めて罅が入る。そう、フランちゃんは戦った ひび 刃で構成されている鷹は、避雷針の如く、雷撃を集めてしまう。 から雷になり、鋼の鷹へと光速で飛ぶ。 俺はその身体を覆う鱗を黒から白へと変色させる。口元から吐き出される息吹は炎 ? 俺の方もフォームチェンジしておくとしよう。 ﹄ しかしまあ、こうなってしまえば、無闇にやたらに炎を撃ち出すのは悪手でしかない。 せちゃん、いや⋮⋮ルカちゃんが特別なようだ。 ジェムを回収しているプレイアデスの皆さんが言うなら間違いないだろう。多分、あや ニコちゃんが言うにはそう言ったことはできないらしい。魔法少女狩って、ソウル ﹁⋮⋮いや、そんな事はできない、はず。あと、その呼び方止めて﹂ ? ﹃カラーチェンジができるのはアンタだけじゃないんだぜ 第二十九話 炎と氷の魔法少女 473 た。 答えはビンゴ。即座にフランちゃんから離れようとするも光の速さには追い付かず、 電撃をその身に受けた。 ﹄ 追い打ちを掛けることに容赦がない そこ ﹂ よっ、あすなろ市一の外道少女‼﹄ ! ﹁まだ、やってないみたいだぞ。気をつけて ﹃ごめんちゃい﹄ ﹁あとで覚えてて﹂ に痺れる、憧れるぅ∼ ﹃流石、プレイアデス聖団の魔法少女 三人の連係プレイにより彼女たちは煙幕を上げて地面へと落ちていく。 ミサイルに変える魔法をルカちゃんたちに喰らわせた。 かずみちゃんがレーザー光線のような魔法を、ニコちゃんが自身の指を四本ずつ小型 ち放つ。 若干、その戦法の汚さに引いたのか、微妙な顔をしつつ、追撃の魔法を彼女たちに撃 ﹁まあ、卑怯とは言わないよ。﹃プロルンガーレ﹄﹂ ! ﹁うっ⋮⋮ぐう‼﹂ 追い込んでー追い込んでー ﹃さあ、お二人さん。今の内にレッツ・追撃 ! ﹂ ﹁う、うん。﹃リーミティ・エステールニ﹄ ! ! ! ! 474 煙幕が晴れると、ところどころに穴の開いたボロボロのドレス姿のルカちゃんが憤怒 の形相で真下から睨み付けている。フランちゃんも流石は俺と引き分けた相手だけあ り、多少傷付いてはいたが、まだ魔女モドキの形態を保っている。 ﹃しぶといなー。さっさと死んでくれよ﹄ 翼を羽ばたかせて、飽き飽きとした顔でルカちゃんを見るが、彼女には敗北した雰囲 気はなく、何やら奥の手を残しているっぽい。 ﹁ここまでやるとは思っていませんでした。││それでは見せてあげましょう。私たち の本気を﹂ 喰らえ、かずみちゃんインパクト うわあああああぁぁ﹂ ﹄ そう告げた彼女は二つのソウルジェムを掲げる⋮⋮前に尻尾でかずみちゃんを掴み、 ちょっ ! ! 下方に投げ飛ばした。 ﹁え ﹂ !? 構えてレーザー光線の如き魔法を撃ち出した。 俺の行動に驚きの声を上げながらも、落下の衝撃を和らげるため、その十字架の杖を いく。 かずみちゃんは位置エネルギーを持って真下││ルカちゃんへと目掛けて落下して ﹁な、かずみ ! !? ﹃そうはさせるか 第二十九話 炎と氷の魔法少女 475 ﹃あやせ、ルカ だ。 ﹁フラン ﹂ 危ない‼﹄ ﹂ ﹃油断大敵だぜ、ベィビィ ﹁しまっ⋮⋮ ﹄ 銀の鷹は元の少女に戻り。イーブルナッツを身体から落として、ぐったりと倒れ込ん ステールニ﹄を受けきれずにその身を焼かれた。 両翼を広げ、ルカちゃんをかばうが、近距離で且つ傷付いた身体では﹃リーミティ・エ ! ﹄ ? 寄った。 片手のちぎれた死体を蔑み、笑みを浮かべてフランちゃん共々胃袋に収めようと近 ﹃ジェム摘みなんて言ってたけど、自分が摘まれる気分はどうよ 薄紅色のソウルジェムを飴玉のように舌先で転がし、ガリッと噛み砕く。 ルジェムを腕ごと喰いちぎって略奪した。 で、片方の⋮⋮あやせちゃんのソウルジェムを奪い、俺はもう片方のルカちゃんのソウ 背中に居たニコちゃんが飛び付いてソウルジェムを奪う魔法﹃トッコ・デルマーレ﹄ の僅かな隙に加速して俺は彼女の後ろに回り込んでいた。 フランちゃんが翼を広げてくれたおかげで、ルカちゃんの視界が完全に遮られた。そ !? ? ! 476 うごめ そこで急に周りの地面が溶けてから蠢き、鎖が生まれて俺を拘束した。ダウナーな笑 みでニコちゃんがバールのような杖を突き出して、俺に言う。 これがニコちゃんの魔法。 鎖が魔力から生まれたのではなく、地面を鎖に再構成させたところや指をミサイルに ﹄ 変えたりするのを見るに、錬金術のように何かを別に変えることができるっぽいな。 ﹁それじゃあ、今度はお前が摘まれる番だねー﹂ ﹃えー、裏切るのかよ。俺たち、一緒に戦った仲じゃん。もはやフレンドだろォ かずみちゃんもまた十字架の杖を構え、俺に向ける。万事休す、絶体絶命。大ピンチ ﹁⋮⋮あなたはサキを私たちの仲間の命を奪った﹂ ? そこで仕方なく、俺は諦めることにした。 うお終いだ。 クソッ、どうしようもない。せっかくここまで頑張って来たのに⋮⋮これじゃあ、も ! プレイアデス聖団を裏切りの絶望に落とすプランを。 苦渋の選択だが、他に方法もなく、諦めた。 ﹁一応、一時的とはいえ、協力した相手だ。痛みはなく、一瞬で⋮⋮﹂ ﹃分かったよ。残念だが、仕方ない﹄ 第二十九話 炎と氷の魔法少女 477 ﹃カオルちゃん、やれ﹄ 敵を倒したこともあり、俺に集中力を切らしていたニコちゃんの後ろに居た﹃カオル﹄ ちゃんにそう言った。 二丁拳銃を構えた﹃カオル﹄ちゃんは心底嬉しそうな顔で俺の命令に従い、引き金を 引く。 ニコちゃんが振り向くよりも、かずみちゃんが異変に察知するよりも早く、撃ち出さ れた弾丸は彼女を穿った。 ﹃カオル﹄ちゃんの顔がくにゃりと歪んで解け、その下から邪悪に笑うユウリちゃんの 顔が現れる。 その場の状況は一変し、かずみちゃんたちの優勢は崩れた。そして俺もショックで崩 めっちゃ落ち込んでる俺。 倒れたニコちゃん。銃を構えて笑うユウリちゃん。驚愕するかずみちゃん。そして、 レイアデス﹂ ﹁ようやく、お前らを踏みにじって殺せるかと思うと気分がいいな。ご機嫌いかかが、プ れたあやせちゃんのソウルジェムを伸ばした舌先でキャッチし、これまた砕く。 俺を拘束していた鎖が消えるその時に尻尾でニコちゃんを弾いた。彼女の手から離 ﹁な⋮⋮まさか、魔法で化けて﹂ 478 れた。 チキショウ⋮⋮カオルちゃんの偽物を入れて、プレイアデス聖団を内側から崩壊させ る楽しい計画がご破算だ。せっかく、楽しみにしていたのに⋮⋮。 ﹄ すっかり落ち込んだ俺は仰向けに倒れたニコちゃんを一瞥する。 何だ ? る。 ! ・ 思い出した。ユウリちゃんのソウルジェムをグリーフシードで浄化した時に知った ﹃グリーフシード﹄。 その下からどす黒く握り切ったソウルジェムが現れ、砕け散る。奥から現れたのは 浮いているソウルジェムの皮が剥げた。 ﹁ニコのソウルジェムが ﹂ ニコちゃんの﹃濁り一つない﹄ソウルジェムが宙に浮いた。そこで二人も異変を認め ていない。 や、憎いプレイアデスの一人を傷付けてすっかりご満悦なユウリちゃんはそれに気付い ﹃カオル﹄ちゃんがユウリちゃんだったということに衝撃を受けているかずみちゃん そこで違和感に気が付いた。ニコちゃんの身体が若干浮いているのだ。 ﹃うん ? ﹁おい、これは⋮⋮﹂ 第二十九話 炎と氷の魔法少女 479 480 んだった。ソウルジェムを浄化する方法。ジュゥべえでソウルジェム浄化は本来の方 法ではないこと。 そして、あれから何が産まれるのかも⋮⋮。 宙に浮かぶグリーフシード、魔女の卵は孵化する。 空間が歪み、本物の結界が周囲を覆い、俺たちの眼前には結界の主が顕現した。 そこには、顔のないマネキンの上半身をひたすら巨大にしたような、魔女が居た。 へぇ∼、魔女ってこういう風に生まれるんだ。参考になったわ。ニコちゃんサンク ス。 俺は内心で貴重な映像を見せてくれたニコちゃんに感謝した。 おぼろ 口の端から垂れる唾液交じりの血を吐き出し、隣に居た力道君を探すと彼も血を吐き あれは美羽さんだ。彼女が魔物になった姿なんだ。 毒蛾の正体が分かる。 そこには虹色の羽、いや翅を持つ巨大な毒蛾が飛び回っていた。なぜだか一目でその を見上げる。 これだ。この粉がボクを苦しめている原因だ。その粉が落ちてくる方、つまりは上空 た。 すると、粉が。黄色い輝く粉がパラパラと光に反射して上から落ちてくるのが見え ふらふらする頭でとにかく現状を把握しようと視界を見回す。 熱でも出したかのように身体中が痛くて堪らない。 分からない。ただ、急に苦しくなり、意識が朧げになった。魔物形態にも関わらず、高 何が⋮⋮何が起きたんだ。 ∼旭たいち視点∼ 第三十話 針鼠の意地 第三十話 針鼠の意地 481 482 倒れ伏していた。 前方にはあの三人の魔法少女たちも同じように地面に横たわっているのが映る。 今起きている状況を完全にボクは把握する。魔物になった美羽さんがボクたちまで 巻き込んだ範囲攻撃により、両陣営共々大打撃を受けたようだった。 美羽さんに少しばかり思うところはあるが、彼女は最愛の兄、氷室君の仇を討ちた かったと考えればこの行動も許す事ができる。 そう、まずはボクたちを庇って死んだ氷室悠君の無念を晴らす事が先決だ。 彼の命を奪った最も憎い魔法少女、宇佐木里美を殺す。 奴の姿を捉えると、ボクは背中の無数の針を射出するべく狙いを付ける。本来ならこ んな事をせずとも照準が合うのだが、今は美羽さんの毒鱗粉のせいで身体のバランスが うまく取れないために、時間が掛かってしまう。 ようやく、狙いが定まった瞬間、宇佐木里美の身体が浮き上がった。 意識を取り戻したのかとも思ったが、どうにもそういう訳ではない様子だった。 奴の薄紫色のソウルジェムが身体のさらに上まで昇っていく。 やがて数メートル上がったところで静止すると、外皮が剥げ落ちるように色の付いた 部分が砕け、中からどす黒い溝川のような色を見せた。 外観はイーブルナッツに似ていたが、装飾はより複雑で気味の悪さを周囲に漏れ出さ せるような形状をしている。 その黒いイーブルナッツモドキから、ホイッスルのような頭で胴体は檻になっている ような化け物が生まれた。 昔、テレビで見た猛獣使いを戯画したような、不可思議な見た目をしている。 その怪物が出現したと同時にボクたちが居る空間が変化して、あすなろ市の一角だっ ﹄ た場所は不思議な、悪夢じみた空間と化す。 ﹃これは⋮⋮ ﹄ その美しい虹色の羽を爪で引き裂かれて、苦しんでいる。 なった美羽さんが空間の天井から這い出た猫の怪物に襲われていた。 美羽さんの声が聞こえ、射撃を中断し、ボクは上を見上げた。宙空では蛾の魔物に ! 猫の怪物は強くはなかった。 即座にボクは背中の針を飛ばして一匹一匹撃退していく。幸いな事にそれほどこの ⋮⋮これはきっと、ボクたち魔物に似たけれど、決定的に違う何かだ。 それは次第に数を増し、視界の端からどんとんと近付いて来た。 ともなく、デフォルメされた猫に似た怪物が這い出てくる。 ホイッスルの音が響き渡り、怪物が鞭を振るう。そうすると、歪な空間からどこから ? ﹃う、くっ、離れろ。私に近付よらないで 第三十話 針鼠の意地 483 ﹃美羽さん 離れろ、猫ども ﹄ ! でも、針鼠の魔物のボクでは彼女を無事に受け止める事は不可能だ。 起きて 美羽さんを‼﹄ 隣で倒れている力道君に叫ぶ。 いけない 傷付けられた美羽さんは蛾から女の子の姿に戻り、空中から落下する。 落とす。猫の怪物は身体や額を針で撃ち抜かれ、ぼとぼとと地面に落ちていった。 美羽さんを攻撃する猫の怪物に向け、無数の針を飛ばし、彼女に組み付く奴らを打ち ! ! ! ﹄ ! 叫んだボクの後方から新たな猫の怪物が爪を振るい、針の抜け落ちた背中を抉った。 ﹃力道君、美羽さんを連れてここから逃げるんだ ボクはそれを防ぐべく、彼らの周りの猫の怪物を優先的に針の弾丸で穿つ。 そう安心したのも束の間、猫の怪物たちは彼ら目掛けて押し寄せる。 よかった。 難なく抱き留めた。 四足歩行の全力疾走する彼は驚くほどの速度で落下予測地点まで来ると美羽さんを く。 生えた熊の姿の力道君はどうにか気付き、何も言わずに落ちていく美羽さんに駆けてい こんなにも大きな声が出るのかと思うほどの叫びが喉から出た。びくりと赤い角の ﹃力道君 ! 484 久しく感じる鋭い痛みが身体に走る。 氷室だって俺は⋮⋮﹄ 美羽さんが散布した毒の鱗粉はボクの針の再生速度までも妨げているようで、撃てば 旭先輩を置いて逃げられるかよ 撃つほど身体を守る針は減っていく。 ﹃馬鹿野郎 ! に今の状況を伝えるの ﹄ ﹃先輩命令だよ、力動君。ここで君まで戦えば、誰が美羽さんを守るの ? 氷室君の忘れ形見である彼女を守らなくてはいけない。ボクを命懸けで助けてくれ 魔物化した力道君の腕の中に居る美羽さんに目を向ける。 る必要がある。それに⋮⋮。 魔法少女の一人が魔物のような姿になった事も含め、ドラ│ゴ⋮⋮あきら君に報告す ? 誰がドラ│ゴ 短い間だったが、生まれて初めてできた気を許せる友達にボクは言う。 だからこそ、彼を助けたいと思う。 人なんて居なかったから。 いつも虐められ、嫌われ、疎まれ続けたボクの事など今まで誰一人気に掛けてくれる かった。 馬鹿だな、力動君は。でも、自分を本気で心配してくれる人が居るのは心から嬉し ! ﹃旭先輩⋮⋮﹄ 第三十話 針鼠の意地 485 た彼に報いるためにも、ここはボク一人で解決する場面だ。 身体を猫の怪物に刻まれながら、人間の姿に戻らないように意識を強く保ち、力道君 行くんだ、﹁オルソ﹂‼ トラぺジウム征団のオルソ‼﹄ が逃げるための血路を開く。 ﹃行け ││お前が本体か。 居たウサギのような生き物が怯えた表情でボクを見ている。 命を籠めた無数の針は、猛獣使いの怪物の中心にある檻のような部分が壊れる。中に 恐怖はない。胸にあるのは覚悟と誇り。 スピーノとして死ぬんだ。 虐められっ子の旭たいちとして死ぬんじゃない。ボクは仲間を守る誇り高いポルコ に向けて、射出する。 にやりとボクらしくない不敵な笑みを浮かべ、残り全部の針の弾丸を猛獣使いの怪物 ポルコスピーノ。全てを傷付け、串刺しにする針鼠。誰も逃がしはしない、針の山。 た。 お互いにあきら君が付けてくれた魔物としての名前で呼び合い、そして、別れを告げ ﹃分かった⋮⋮アンタの事は絶対に忘れねえよ、トラぺジウム征団の﹁ポルコスピーノ﹂﹄ ! 486 ﹄ ! ⋮⋮あるいは両方か。 どちらにせよ、ボクは死ぬ。もう助からない。 霞んだ目に映るのは、死んだ宇佐木里美の死体だった。 仇は討ったよ⋮⋮氷室君。これで君に報いる事はできただろうか *** 感じた。 頭がぼうっとする。視界が暗くなり、意識が遠退く。けれど、ボクの心はどこか温く 力道君、君に後のすべてを託す。駄目な先輩で申し訳ないけど⋮⋮許してほしい。 そして、ごめん。あきら君、力をくれたのに最後まで役に立つ事ができなかった。 ? 身体から力が抜けていくのが分かる。毒の鱗粉のせいか、それとも猫の怪物の攻撃か 余波で消し飛んでいた。 同時に周囲の変な空間は掻き消える。いつの間にか、身体を刻む猫の怪物もさっきの 逃げ出そうとするウサギの頭部を外す事なく、捉えた針は奴の頭蓋を打ち砕く。 最後に口の中に隠し持っていた血に塗れた太い針を飛ばした。 ﹃死ね。これがボクの⋮⋮トラぺジウム征団、針のポルコスピーノの一撃だ 第三十話 針鼠の意地 487 ∼御崎海香視点∼ ここはどこだろうか。飛びかける思考を纏め、私は記憶を手繰り寄せる。 羽。虹色の羽。黄色の鱗粉。蛾の魔物。 断続的ながら単語を組み合わせ、何が起きたのかを思い出した。私は確か、あの毒蛾 の魔物の鱗粉で意識を飛ばしてしまったのだ。 そこまで思い出して、私は自分の身体が何かに運ばれている事に気が付く。 目を向ければ、私を大量のテディベアが持ち上げて、運んでくれている。このテディ ベアはみらいの魔法﹁ラ・ベスディア﹂だ。 とすれば、私を助けてくれたのは⋮⋮。 ﹂ 首を動かして、隣を見れば同じようにテディベアに持ち上げられているみらいの姿が 映る。 ﹁あ⋮⋮海香⋮⋮気が付いた ﹁私たちは、一体どうなったの ﹂ 顔色が悪く、運ばれるみらいは私の目が覚めた事を認め、話しかけてくる。 ? そこで口ごもるみらいに、私は里美の姿がない事に気付く。 ﹁どうもこうもないよ。⋮⋮あの変な蛾の粉でボクらはやられて、里美は⋮⋮﹂ ? 488 ﹂ 最悪の想像が脳裏を過るが、それでも聞かない訳にはいかない。私は恐る恐る、みら いに問う。 ﹁⋮⋮里美はどうなったの い。 今は彼女たちと合流して、魔女になった里美とトラぺジムの魔物を倒さないといけな てくれたら少しは気の利いた事を言ってくれるのに。 力なく頷く彼女に掛ける言葉は見つからない。こういう時、カオルかニコなんかが居 ﹁うん﹂ ﹁そう。⋮⋮とにかく、みらい、助かったわ。ありがとう﹂ みらいに感謝を言う方が先だ。 想定していた最悪のさらに上の、最悪に眩暈がした。だが、弱音を吐く前にここでは 海香だけ連れて⋮⋮﹂ ﹁魔女に、なった⋮⋮。それでトラぺジムの奴らを襲ってる隙にボクはどうにか魔法で ? 気を強く持ち、みらいに聞いた。 ﹂ ? 彼女はそれに短く、答える。 ﹁アンジェリカベアーズ博物館﹂ ﹁どこに向かってるの 第三十話 針鼠の意地 489 ﹃アンジェリカベアーズ博物館﹄。それはみらいが所有しているテディベアの博物館 だ。そして、そこにはもう一つの、プレイアデス聖団にとって欠かせない場所でもある。 そこで一旦、身を落ち着けて身体をジュゥべえにソウルジェムを回復させるのがベス トだ。 そうこうしている間に博物館が見えてくると、門の前にジュゥべえの姿があった。 ﹁海香には言っておかないといけない事がある⋮⋮﹂ ように私に言う。 自分のソウルジェムを持つと、みらいは何かを悩んだようにしてから、覚悟を決めた いに遮られた。 カオルと合流したと言っていたニコたちに電話を掛けようとしたところ、それをみら ソウルジェムは当然のように濁り一つなく、綺麗に浄化された。 浄化する。 でくれる。まるでブラックホールのようになったジュゥべえはいつものように穢れを そう言ってくるりと身体を回し、円を描くと私たちのソウルジェムの穢れを吸い込ん ﹃おうよ。任せな﹄ ﹁お願いね、ジュゥべえ﹂ ﹃手ひどくやられたみてえだな。それじゃあ、さっそくソウルジェムを浄化してやるよ﹄ 490 ﹁何の事 ある﹂ ﹂ ? ﹂ り、無理やり、大剣で壁を砕く。 何もない部屋の壁を指差したみらいはソウルジェムを向ける。そこを魔法少女とな ﹁ここだよ﹂ ずらりと並んだ水槽に入っているモノを横目で見た後、みらいの背を追った。 物の地下、﹃レイトウコ﹄に行く。 博物館の中央の部屋。そこにある魔法陣にソウルジェムをかざすと、私たちはこの建 行こうと彼女に促され、疑問を抱えながらも私は彼女の後ろを歩いて行く。 ﹁﹃レイトウコ﹄に ﹂ ﹁サキがボクらに隠そうとしていたものが、この博物館の﹃レイトウコ﹄の近くに隠して 問い返すと彼女は少し言いづらそうにしてから答えた。 ? ! れは彼女たちの事だったのだ。 そこまで考えてから、みらいの言っていた意味を理解する。サキの隠していた事、そ なぜ、彼女たちがここに居る。確か、彼女たちはサキが⋮⋮。 何をしているのと、問う前にそこに居た少女たちの姿を見て、絶句した。 ﹁ちょっと、みらい 第三十話 針鼠の意地 491 492 私の知る少女と瓜二つの顔をした少女がずらりと十二人並んで私とみらいを見つめ ている。 かずみと同じ、﹃彼女﹄そっくりの少女たち。 傍らのみらいの瞳が私に無言で問いかける。 ││この子たちをどうするのか、と。 第三十一話 魔女はランチ ﹃いや∼、ブッサイクだね、魔女って﹄ ニコちゃんだった魔女を間近で見た俺の感想はその一言に尽きた。ていうか、他に感 じるものがない。 やっぱり、魔法少女の内に殺してやるのが正しいことだと改めて確信したくらいのモ ンだ。 こんなドブスになる前に、美しい魔法少女として殺してあげる俺って、本当に天使だ。 いや、この慈悲深さはもはや神だ。俺、イズ、ゴッド。 そうか。俺が神なのか。何か、納得だわ。これぞ、真理。 ﹄ ! アホなことをいい感じに考えていると、ニコちゃんだった魔女、マネキンの魔女はそ 詞ナンバー1の台詞を吐く。あ、でも、俺神だからいいのか。 呆然としているかずみちゃんはガン無視。ユウリちゃんは人に言ってはいけない台 ﹁死ね﹂ てってやるよ ﹃かずみちゃん、ユウリちゃん。俺、神だったみたい。俺のケツにキスすれば天国連れ 第三十一話 魔女はランチ 493 の先が刃になった腕を俺たちに振るってくる。 前になった時と同じように彼女の中に埋め込まれたイーブルナッツが暴走し、バー じみた眼光でマネキンの魔女の肩に噛み付いている。 魔女となった友達を助けようとしているハートフルな展開かと思えば、ぎらぎらと獣 く。それは先ほど弾き飛ばされたかずみちゃんだった。 ユウリちゃんを援護すべく、俺がマネキンの魔女に近寄る前に何者かが魔女に飛び付 やれやれだな、まったく。 いる床ごと動いて襲い掛かる。 向こうさんは攻撃したからか、はたまた別の理由か、ユウリちゃんを狙って接合して て、それを防いだ。 ユウリちゃんも距離を取りつつ、二丁拳銃で攻撃する。魔女は刃の腕をクロスさせ て。 の赤い染みへとジョブチェンジする。あー、もったいない。食べ物を粗末にしやがっ 床に倒れて気絶したフランちゃんと死体と化したルカちゃんは真っ二つになり、地面 た。 空を飛んで避けるが、俺よりも傍に居たかずみちゃんはもろに喰らって弾き飛ばされ ﹃危ないな、オイ﹄ 494 サーカー状態になっている様子だ。 ﹁ガアアアアアアアアアアアアアアアア ﹂ たいつものかずみちゃんより、こっちの方が魅力的に映る。 四肢から巨大な爪が伸びている。まさに魔物といった風情だ。妙に良い子ちゃんぶっ 口からは尖った牙が生え、手足が獣のような姿に変化し、毛むくじゃらになったその ! 旨くはなかったが、敵を喰らって飲み下すという行為には程よく甘美に感じられる。 へと消えていく。 俺とかずみちゃんのランチと化したマネキンの魔女は朽ち果て、少しまた少しと胃袋 勝敗が着くまでには時間はあまり掛からなかった。 俺に当たらないように気を付けたユウリちゃんの援護射撃が飛ぶ。 ば腕の刃しかないマネキンの魔女は脅威ではなかった。 魔女の頭部を嚙みちぎると俺と、肩の肉を削ぎ落すかずみちゃん。組み付いてしまえ 炎や雷は便利だが、やっぱり近接武器で戦うのが一番気持ちいい。 る。 魔女へと突き立てた。痛みを感じたらしく、魔女は口もないに不快な絶叫を発声させ 俺もまたかずみちゃんに負けないように大きな口を開き、長く頑丈な牙をマネキンの ﹃んじゃ、俺の方も。ガアアアアアアアアアアアアア‼﹄ 第三十一話 魔女はランチ 495 マネキンの魔女が消滅するとすぐに張られていた結界が消え、俺たちはラビーランド へと戻って来た。 遊園地の地面には目を瞑り、動かないニコちゃんの死体が転がっている。 ⋮⋮ニコちゃん。アンタの活躍は忘れないぜ。 二秒ほど感傷に浸った後、さあ、頭から齧ろうかと大口を開くが、それをかずみちゃ んに邪魔される。 あらやだ、この子。まだ理性帰ってきてない。 まで、今にも襲い掛からんとこちらを凝視していた。 ボケも程々にしてかずみちゃんの方を向く。未だにバーサーカーモードが続いたま 冷めた顔で再び、駄目出しを喰らう俺。どないせーちゅうんや。 ﹁ドラゴンの顔で、はにかむな。気持ち悪い﹂ ﹃へへっ﹄ 野性に戻っていた心が常識を取り戻し、ちょっとだけ照れて、頭を鉤爪で掻いた。 威嚇対決を繰り広げていた俺の頭をユウリちゃんが拳銃のグリップで殴る。 ﹁張り合うな、馬鹿﹂ ﹃何おう。こっちだって。グガアアアアアアアアアアアアアアア‼﹄ ﹁ギッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアア‼﹂ 496 ﹃どうどう、落ち着け。じゃあ、ニコちゃんのお肉はかずみちゃんが食べていいから﹄ 大人しく、ニコちゃんの死体を食べる権利を譲るがまったく聞いた様子がない。 ユウリちゃんの方を向くと、銃口を構えて、打ち殺そうとしている姿が視界に入った。 わお。こっちの子は理性がない子にも容赦ない。 ﹃駄目だよ、ユウリちゃん﹄ ﹁止めるな、こいつは⋮⋮﹂ ﹃動物保護団体に怒られちまうよ﹄ ﹂ 女同士の愛芽生えちまったん ? ? か、お互いにプルプルと腕が震えているのが何か笑えた。 ﹂ ﹄ ユウリちゃんは二丁の拳銃でそれをうまいこと防いでいるが、筋力が拮抗しているの いるとユウリちゃんに乗り、長い爪を刺そうとする。 そっと避けると俺の斜め後ろに居たユウリちゃんが押し倒された。成り行きを見て び掛かる。 俺に突っ込みを入れて、意識が逸れたのを見計らい、野獣と化したかずみちゃんが飛 ﹁何の心配してんだよ、お前は ! 百合展開なの ﹁馬鹿言ってないで助けろ ? 切れ気味で俺にそう怒鳴った後、ユウリちゃんは上に乗っているかずみちゃんとの隙 ! ﹃どうしたの、百合展開 第三十一話 魔女はランチ 497 うめ 間に膝蹴りを食い込ませて、彼女の腹に一撃決める。 グウと小さく呻いて離れた。何だ、助ける必要ないじゃん。 だが、そろそろこのじゃれ合いも飽きてきたし、ここらでかずみちゃんも処理してし まおうかと動くが、その前に一人の少女が登場した。 ニット帽を被った二つ別けの黄緑色の髪の女の子。見覚えがある気がする。ふと下 に転がっているニコちゃんの死体を見る。 ﹄ 同じ顔だ⋮⋮あれ、ニコちゃんが二人 ﹃ひょっとして、イッコちゃん ? ﹁ニ、コ⋮⋮無事だったの ﹂ り、元の彼女へと変わっていく。 ニコちゃんが死んでないと分かったかずみちゃんは少しずつ、獣のような手足が戻 そう小さく呟くと陰のある笑みを浮かべる。 ﹁⋮⋮選手交代﹂ でいた顔がふっと消えた。 イッコちゃん改め、真のニコちゃんが転がっている偽ニコちゃんの顔を触ると浮かん ﹁そっちは魔法少女の願いで作った私のコピーだよ。私が本物の神那ニコさ﹂ 指を差すして尋ねると、暫定イッコちゃんは複雑な表情した後、俺に言った。 ? 498 ? ﹁うん。心配してくれてありがと。かずみ﹂ 二人は感動の再開をする、めでたしめでたし││とは当然問屋が卸さない。 かずみちゃ∼ん﹄ 伸ばした尻尾で気を抜いていたかずみちゃんを吹き飛ばす。鈍く呻いて、彼女は園内 ﹂ の壁に叩き付けれた。 ﹁かずみ ﹃戦場で気ィ抜いちゃあいかんでしょ そんな熊面ぶら下げて﹄ い熊の魔物、我らがリッキーだ。口にはみうキチを咥えている。 入場ゲートからエントリーしてきたのは現れたのは、ボロボロになった角の生えた赤 そこに新たな乱入者がやって来る。ラビーランドの人気は侮れないぜ、本当に。 これで戦いは振り出しに戻っただけ。また、戦いの火蓋が切って落とされる。 方も間発入れずに銃弾をニコちゃんへと撃ち鳴らし、牽制した。 それを避けつつ、壁に頭を打ち付けたかずみちゃんの方へと走るが、ユウリちゃんの ? ! ? の姿になって、みうキチと共に地面へぶっ倒れた。 そこまで言い終えた後、身体からイーブルナッツを落とす。熊の魔物はたちまち少年 ⋮⋮﹄ ﹃ド ラ │ ゴ ⋮⋮ ポ ル コ ス ピ ー ノ が や ら れ た。魔 法 少 女 の 一 人、宇 佐 木 里 美 が 化 け 物 に ﹃どったの、オルソ 第三十一話 魔女はランチ 499 ﹃⋮⋮ああ、大体分かったわ﹄ 通りの方で何か起きていると思ったが、あっちもあっちでドンパチやっていたらし ﹄ い。現状の戦力などもあるし、これ以上魔女になられてお楽しみを減らされたくはな い。 ここは残念だが、一旦出直しとしよう。 ﹃ユウリちゃん、撤収﹄ アンタも結構魔力使っただろ ﹁なっ、こいつらを追い詰めるチャンス⋮⋮﹂ ﹃ここで魔女になりたいのかよ ? ﹃アンタの別のお友達、魔女になったとさ。嘘かどうか、自分の目でチェックだ 俺はそれを確認してから、ユウリちゃんたちと愛する自宅へと帰って行った。 ルテ﹂を使って、空中まで飛んでくる。 ﹄ ユウリちゃんは思い切り舌打ちをしてから、牛の使い魔を作り出す魔法﹁コルノ・フォ 舞い上がった。 ていたリッキーのイーブルナッツと偽ニコちゃんのグリーフシードも回収し、上空へと 相手の反応を待たず、落ちているリッキーとみうキチを両手に掴む。ついでに転がっ ! あげる。 文句を言う彼女を眼差しで黙らせると、かずみちゃんたちにも情報のお裾分けをして ? 500 正義の魔物登場編 だが、それすらも力がなければ成り立たない事だった。 らいが限界だ。 所詮は子供戯言に過ぎない。せいぜい、自分の目の前で行われている暴力を止めるく どれだけこの世に憤りを感じようとも俺にできる事は高が知れている。 しかし、次に感じたのは無力感。 この世にはそのような悪を裁く正義がなくてはならないのだ。 赦せない。断じて赦してはならない。 をなぶる輩の何と多い事。 私利私欲のため、他者を踏みにじる存在の何と多い事。己の一時の快楽のため、弱者 幼き頃より、俺はずっと思っていた。この世界は総じて汚な過ぎる。 物心ついてからまず最初に感じたのは、怒りだった。 ∼赤司大火視点∼ 第三十二話 蠍の騎士 第三十二話 蠍の騎士 501 あかしたいか 故に俺は必死になって格闘技を習い、心身を鍛え上げ、ひたすらに眼前に怒る暴虐を 止めるために己を研磨し続けた。 そうして、数年過ごし、できあがったのが赤司大火という人間だった。 母校、あすなろ中学での格技場の放火による相撲部員の焼失死。同場所で校舎で上空 で目撃されたという巨大な竜と鷹の化け物。二条院精神病院での大火災。そして、二日 前に起きた大通りの謎の大量死。 異常だった。いくら何でもこの街でおかしな事が起こり過ぎている。 高校生の俺ですら、このあすなろ市で起きている異常に気が付いているというのに警 察が何も反応しないのはいくら何でもあり得ない。 こんなにも何の罪もないの人間が不自然に死んでいるというのに⋮⋮。 警察に憤りを感じながらも俺もまた街が何かに襲われている事に何もできずにいた。 高校を自主的に休み、俺は今起きている事を少しでも知ろうと街中を練り歩く。する と、近くで井戸端会議のように、大通りで起きた話をしている主婦らしき中年女性たち を見かけた。 盗み聞きをしようとした訳ではないが、大きな声で噂話をしているため、傍を歩けば 嫌でも耳に届いてくる。 ﹁怖いわねぇ、あの大通りの事件﹂﹁何でも有毒ガス漏れ出てとかいう話だったわね﹂ 502 ﹁それがね、あのすぐ後に大通りに言った人が言うにはあの事件のすぐ後に大きな赤い 角の生えた熊みたいな化け物を見たとか﹂ そ ん な 映 画 じ ゃ あ る ま い し、そ ん な 怪 物 が 居 た ら 警 察 だ っ て 黙 っ て な い で ﹂ それに竜や鷹の化け物の他にも同じような怪物が何体も存在し ? ﹁待て ﹂ の人物へ焦点を合わせると、フードの人物は通り方へ走り去った。 その時、奥の通りでフードを目深に被った人影が俺を見ているのに気が付く。俺がそ た。 顔には出さなかったが、内心で市民の通報をまともに取り合わない警察に怒りを感じ えず、また見つけてもすぐに見失ってしまうとの事だった。 との事だった。どうして、それを警察などに報告しないのかと尋ねれば、信用してもら 彼女らの話によれば、空を飛ぶ竜や鷹などが度々、あすなろ市上空で目撃されている 聞かせてもらった。 話を聞かせてもらおうと俺は主婦たちに軽く挨拶を交わしてから、知っている情報を ているというのか。 熊の化け物⋮⋮ ﹁それもそうね。でも、私の息子も空を飛ぶ、大きな竜を見たとか﹂ しょ ﹁え え ? ? ! 第三十二話 蠍の騎士 503 思わず、声を上げてその人物を追う。話を聞かせてもらっていた主婦たちは驚いたよ うに俺を見たが、今はそんな事は気にしてはいられなかった。 何故、逃げたのかは理由は定かではない。しかし、俺には奴がこの一連の事件を何か 知っているのではないかという根拠のない確信があった。 フードの人物は俺をどこかに誘導しているように一定の間隔を取りつつ、逃げて行 く。 それを理解しても、俺は奴を追う以上の選択肢はなかった。 ただ、ひたすらに生まれ育ったこの街で起きている異常を知りたい。そして、できる 事なら無辜の人々をこれ以上死なせたくはないという意志だけが俺を突き動かしてい た。 走り、走り、息が切れるまで走り続けた俺の前でフードの人物は足を止めた。 俺も相手に習い、足を止めると荒くなった呼吸を整えた。 この人物はどれだけ体力があるのだろう。普段走り込みを日課にしている俺ですら 息が上がってしまうほどの距離を駆け抜けておいて呼吸をまったく乱した様子がない。 ﹂ 背を向けていたフードの人物は俺の方に向き直ると、ゆっくりと話しかけて来た。 ﹁お前はどうして、この街で起きている事を調べている 低い声をしていたが、それは女の声だった。こうやって相対してみれば、背格好も俺 ? 504 より小さく中学生くらい見える。 しかし、その声音に乗った意思やフードの奥の暗がりから見える眼光は決して馬鹿に できる類ではなかった。 武道を嗜む俺には分かる。舐めて掛かれば痛い目を見る。そういう相手だ。 恥かしいが、本心からの言葉を口にする。 ﹁⋮⋮この街を守りたい。訳の分からない化け物が理由で人が死ぬのを防ぎたい﹂ 青臭く、幼稚な内容だと自分でも思う。けれど、それが偽りなき、俺の本心だった。 俺の言葉を聞いたフードの人物は数瞬だけ無言になり、その後堪え切れないという風 に笑い声を漏らした。 分かってはいたが、流石に面と向かって笑われると羞恥の情が広がり、かあっと頬が ﹁あははは。本気だ。本気で言っているんだね、お前﹂ 熱くなるのを感じた。 ﹂ だが、嘘と詰られず、信じられた事は俺にとって意外だった。 ? ﹂ ? ﹁やはり知っているんだな﹂ て知りたいんだったか ﹁ああ、うん。まあ、ね。それでこの街で起きてる事⋮⋮時折目撃されている怪物につい ﹁信じてくれるのか 第三十二話 蠍の騎士 505 フードの人物は頷き、語り出した。 曰く、このあすなろ市で暴れている化け物は﹃魔女モドキ﹄あるいは﹃魔物﹄と呼ば れる存在なのだと言う。 ﹃魔物﹄は人間がイーブルナッツという不可思議な魔法の道具で異形化した姿であり、 中でも取り分けて、危険で多くの人の命を奪っているのが黒の竜の魔物﹃ドラ│ゴ﹄。そ いつは気まぐれで人を殺しては喰らい、殺戮を楽しんでいるらしい。 そういう魔物と見えないところで戦っているのが魔法少女という存在なのだが、ドラ │ゴは手下の魔物や奴に協力する裏切り者の魔法少女のせいで惨敗を期し、街を守護す る事ができずにいる。 それがこのところ、街で起きている事件の真相だと彼女は言った。 下らない冗談のような話だったが、本気で騙すつもりならば、もっとまともな嘘を吐 ﹂ くだろう。それに竜や角の生えた熊の化け物のような非日常的な存在が居るのだ。魔 ﹂ そして、それを俺に話すんだ 法少女くらい居てもそれほどおかしいとは思わない。 ﹁何故、お前はそんな事を知っている すが ? ﹁地 味 な ん だ な。魔 法 少 女 っ て 言 う か ら に は も っ と こ う ⋮⋮ ひ ら ひ ら で ふ わ ふ わ し た フードの人物を俺は矯めつ眇めつ見る。そして、一言。 た ﹁そうだね⋮⋮私も﹃魔法少女﹄だからと言ったら ? ? 506 ファンシーな格好しているものだと思っていた﹂ 真面目な感想を述べると、またもフードの人物改め﹃魔法少女﹄はおかしそうに笑っ た。 意外と彼女は笑い上戸なのかもしれない。 とにもかくにも、情報をくれたのだから、感謝を述べねばならない。 ﹁ありがとう。君のおかげで事件の事が分かった。感謝する﹂ 深々とお辞儀をすると彼女は笑うのを止めて、俺の下げた頭へと見下ろしている様子 だった。 ﹂ 先ほどの話は意図的に情報 身体を九十度折り曲げた状態で顔だけ上げると、フードの奥の瞳は冷たく光ってい る。 ﹁⋮⋮私の言った事を信じるのか しんぴょうせい を省いたような言い回しだった﹂ いただしてきた。 ﹃魔法少女﹄は少し驚いたような雰囲気を出したが、元の冷徹さを取り戻し、静かに問 はあるが、俺の勘はこういう時大抵当たるのだ。 嘘は言っていないが、知っている真実をまだまだ隠している気がする。あくまで勘で ? ? ﹁嘘を吐くならもっと信 憑 性のある物言いをするだろう 第三十二話 蠍の騎士 507 ﹂ ﹁それが分かるなら、何でここで引き下がった。もっと情報を引き出すようにするのが 普通だろう ? ﹂ ? ﹁赤司大火。﹃赤﹄を﹃司﹄る﹃大﹄きな﹃火﹄と書いて赤司大火と読む﹂ あかしたいか ﹁お前、名前は そして、俺に尋ねた。 た。 散々、大笑いした後、 ﹃魔法少女﹄はフードの奥の目尻を拭って、ようやく笑みを止め ﹁あー、嘘が嫌いな性分なんだ。放っておけ﹂ ﹁く、くく⋮⋮あはははは。本当にお前、素直だね﹂ 絡事項くらいだ﹂ ﹁それに俺は口下手でな、そういった話術は得意ではない。女子と話すのもクラスの連 ましてや、女子にそれを強いるなど言語道断だ。 のは俺が目指すべき正しさではない。 隠しているという事は人に聞かれたくない事だ。無理強いをしてまで、それを聞く出す 教えてくれるなら聞きたいとは思うが、隠している事を暴き出すのは、嫌いなのだ。 俺の主義に反する﹂ ﹁⋮⋮俺が知りたい事は大体聞けた。それに言いたくない事を無理やり、聞き出すのは 508 ﹁じゃあ、タイカ。笑わせてくれたお礼にこれをあげる﹂ 無造作に彼女から手渡されたそれは黒い装飾のある手のひらに乗る程度のオブジェ だった。 それを顔に近付けて眺めるが、何に使うものなのかさっぱり分からない。ただ、どこ ﹂ か嫌な雰囲気を醸し出している事だけが感じ取れた。 ﹁何だ、これは﹂ ﹁イーブルナッツ﹂ ようだった。 恐る恐る、端の方を爪で摘まみ、じっと様子を見るが持っているだけでは危険はない 手渡すなと言いたい。 何気なく、答える﹃魔法少女﹄に俺は突っ込みを入れた。平然ととんでもないものを ﹁話に出てきた魔物に変身するアイテムじゃないか !? ﹂ ? ﹂ ? 首肯すると﹁正直だ﹂と言い、﹃魔法少女﹄は口元を弛めた。 ﹁ああ。怖い﹂ ﹁怖いの ﹁だが、魔物になってしまうのだろう ﹁それを使えば、魔物と戦う戦闘能力を得られるよ﹂ 第三十二話 蠍の騎士 509 ﹂ 顔の下半分だけしか見えないが、彼女の顔立ちはなかなかに整っているのが分かっ た。 ﹁でも、それなしでドラ│ゴと相対してお前に何かできる 彼女は﹃魔法少女﹄だ。魔物と戦う存在の一員だと言うのなら、それなりに力を持っ 魔物になってしまったら、誰かを傷付ける前に殺してほしい﹂ ﹁俺はこのイーブルナッツを使おうと思う。そこで君に頼みたい。もし、俺が身も心も 俺は覚悟を決めて、﹃魔法少女﹄に言う。 過ぎても、何も為せなくなるだけだ。 ここで考えていても恐らく、どのような行動を取ろうとも正解は見つからない。考え 動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている﹄。 が、ニーチェは同じページでこうも言っていた﹃一段深く考える人は、自分がどんな行 俺は今、深淵の一端を覗こうとしている。ならば、深淵もまた俺を見返すだろう。だ 覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ﹄。 ﹃怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を 者の言葉を思い出す。 しかし、同時に倫理の教科書の何ページかに乗っていたニーチェというドイツの哲学 正論だ。敵はどう軽く見積もっても、生身のままで勝てる相手ではない。 ? 510 ているだろう。 ﹂ ならば、最悪俺が化け物になってしまった時は彼女に倒してもらえばいい。 ﹁頼まれてくれるか だが、俺を支えている信念めいた感情。 子供のような幼稚な我がまま。 ただの我がままだ。 それに加え、俺は俺の手でこの街を脅かす存在を退治したいと思っている。こちらは 自分で何もしようとしない奴が、誰かに文句を言う権利など在りはしない。 ﹁誰かに何かを望むのは、自分で行動してからだろう﹂ がどこにある、お前に力があるならお前が魔物を倒せ││そう言ってもいいだろうに﹂ ﹁⋮⋮お前は本当にどうしようもないくらい愚直なんだね。自分がそんな事をする必要 ? ﹁感謝する。それで、どう使うんだ ﹂ い本心からの言葉のような響きを持っていた。 この少女は俺にすべての真実を伝えてはいない。しかし、この言葉だけは嘘偽りのな 有り難い。これで最悪の場合はどうにかなるだろう。 ﹃魔法少女﹄は俺にそう答えた。 ﹁いいよ。聞いてあげる。約束しよう﹂ 第三十二話 蠍の騎士 511 ? ﹂ ﹁額に近付ければ勝手にイーブルナッツが身体に吸収される。それでお前は魔物になれ るよ﹂ ﹁了解した﹂ ﹁⋮⋮何で使い方を知っているのか聞かないの ﹁聞かない。約束してくれたからな﹂ ﹁調子狂うな⋮⋮﹂ ﹂ ? ﹁ここでまで話してしまったら、隠す意味もないか。⋮⋮カンナ。私の名前はカンナ﹂ ﹁名前を教えてくれないか だが、決して邪悪という訳ではない。 すれば現在も間違った事を続けているのかもしれない。 それを見て、俺は確信する。彼女は確かに間違った事をしたかもしれない。ひょっと 言ってから、失敗したという風に頭を押さえる。 は自分だと。 ドラ│ゴという強大過ぎる存在が生まれたのは予想外だったが、魔物を生み出したの 分であると、素直に俺に話してくれた。 そのイーブルナッツというものを作り出したのは自分であると、この状況の元凶は自 フードの奥の顔を押えた後に﹃魔法少女﹄は俺に答えた。 ? 512 ﹁そうか。カンナか。女性の名前の良し悪しは分からないが、綺麗な名前だな﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、カンナ。約束は守ってくれ﹂ ﹁なっ、タイカ⋮⋮﹂ 俺は自分の額にイーブルナッツを近付けた。額からするりとそれが頭の中に入って いく。 異物感がして、不快さが込み上げるが、どうにかそれを堪える。 身体の奥で何かが揺れた。中心から末端に掛けて、その何かは広がっていった。 気が付けば、俺の身体が白い鎧の如き、甲殻に包まれている。世界史の教科書で見た 西洋の甲冑に似ていた。 エ ビ カニ 両手は甲殻類のような強靭な見た目の鋏に変わっている。 最初は海老か、蟹の魔物になったのかと思ったが、違う。 サソリ これは⋮⋮。 になっている。 腰のすぐ上からは長く巨大な蛇腹のように節のある尾が付いており、その先には棘状 カンナの声に首肯する。 ﹁蠍⋮⋮﹂ 第三十二話 蠍の騎士 513 514 そう、彼女の言う通り、これは蠍だ。 俺は蠍を無理やり、人型に変形させたような姿になっていた。 意識ははっきりとしている。これであすなろ市で人を襲う魔物と戦う事ができる。 ││ドラ│ゴ。これ以上、このあすなろ市をお前の好きにはさせない。 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 ∼力道鬼太郎視点∼ 俺は弱い。どうしようもないくらい弱過ぎる。 二日前のあの戦闘でも俺は、ただ旭先輩に言われるがまま逃げただけだった。 あれから、自分の家に戻る事もできないほどボロボロだった俺は美羽と一緒にあきら の家の一室に泊めてもらっている。 魔法少女のユウリの魔力を受けて、肉体の傷は大分完治したが、へし折れた心の方は 簡単には戻らない。 氷室の時も、今回も俺は何もできずに見殺しにしてしまったんだ。 ⋮⋮俺はどうしてこんなにも弱いんだ。イーブルナッツを握り締めて、わざわざ二人 で相談に乗ってくれているあきらに弱音を吐く。 俺の泣き言を聞いたあきらはそれをにべもなく一蹴した。 ﹁うん。知ってる。リッキーが弱いのはもう分かってるから﹂ ﹁あきら⋮⋮俺は弱い。どうしようもなく﹂ 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 515 何を当たり前の事を言っているんだと言いたげな声に、酷い虚脱感が広がった。 そうか。俺は期待なんかされてなかったんだな。 魔物としての力をもらい、トラぺジウム征団に一員だと言われ、舞い上がっていた。 俺はあの相撲部に居た時と何一つ変わらない。ただの⋮⋮ただの﹃サンドバッグ﹄だ。 自分がどうなろうとも。ひむひむやサヒさんのためにも﹂ 俺の心を見透かしたようにあきらは意地の悪い笑みを浮かべた。 ﹁強くなりたいか ? あきらはそれらを指で弾いて、話し出す。 満足そうに目を細めて、近くにあったテーブルの上にイーブルナッツを二つ置いた。 れ熊﹂ ﹁リッキーならそう言ってくれると思ってたぜ。流石は恐れを知らぬトラぺジウムの暴 強く叫び、あきらへと己の持てる限りの思いを乗せた視線を向けた。 ば何十人だって殺す。 親だって殺した。魔法少女だって今度こそ止めを刺してみせる。他にも命令があれ それが俺を仲間と呼んでくれたあいつらへの恩返しだ。 であれる場所なんだ。 もう俺にはトラぺジウム征団として、戦う以外に何も要らない。ここだけが俺が、俺 何だってする。今更、戸惑う理由なんてねえよ‼﹂ ﹁当たり前だろっ ! 516 ﹁このイーブルナッツは一つで、人間の肉体を魔物に変質させるほどのエネルギーを秘 めている。そこで二つ、三つと身体にイーブルナッツを取り込めば、体内への当然エネ ルギーは増える。早い話が強くなれる訳だ。⋮⋮ただし﹂ 一旦、言葉を区切り、俺を見ながらトントンと俺の額を叩いてくる。 思いが暴発したりする。三つも入れれば精神が壊れるかもな﹂ ﹁イーブルナッツ一つ分で精神にも影響が出る。負の感情が増幅されたり、隠していた それでもいいのかと言外にあきらは俺に告げた。 馬鹿な事だ。そんな事、俺が怯えるとでも思ったのかよ。 俺が怖いのは、氷室や旭先輩の意志を継げなくなる事だけだ。誰かに殴られるだけの サンドバッグに戻る事だ。 無言でテーブルの上の二つのイーブルナッツを掴み取る。 だが、俺の意志に反してイーブルナッツを掴んだ両手は震えていた。今ある自分がな くなる事を怖がっているかのように。 よーく、外で考えて来いよ﹂ ? 居た堪れず、逃げ出すようにあきらの家から出て行こうとする。 それを見られて、おまけに気まで遣われて、俺は俺が恥ずかしくなった。 ろ ﹁⋮⋮今すぐ使えとは言わないぜ。おかしくなる前にやっておきたい事の一つもあるだ 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 517 その際に廊下に居た美羽と衝突してしまった。俺よりも体重の軽い、美羽はそのせい で尻餅を突く。 視して続ける。 ヘンテコな渾名で呼ばれたが、もう何を言っても基本的に無駄だと知っているので無 ﹁何、みうキチ﹂ ﹁あきら﹂ のリビングに入るとあきらが漫画をソファーの上で寝っ転がっている。 僅かにむっとしたが、走って追いかけてまで文句を言う気は起きなかった。廊下の先 何なんの、あれ。いきなり、ぶつかっておいて、謝りもせず出て行くなんて。 ∼氷室美羽視点∼ 這い出た。 その後ろに居たユウリにも何も言わず、俺は靴も履かずに玄関の外へと逃げるように 憐れんでいる氷室の顔がダブって見え、返事もできずに走り去った。 生気のない無表情の顔は何を考えているか分からない。だが、今の俺には美羽が俺を ﹁⋮⋮力道﹂ 518 ﹁力道、出て行けど何かあったの ﹂ あきらは読んでいる漫画の単行本から、顔を上げる事なく、わたしに答えた。 ? に着いて来たのだから。 誰が死のうと興味なんてない。わたしは世界が滅びる瞬間を見るためだけにあきら 滅だ。 そのせいで旭さんが死んだけれど、それはどうでもいい。わたしが望むのは世界の破 我を忘れるくらいに楽しかった。 魔法少女の一人が化け物になったせいで台無しになったが、それでもあの一瞬だけは これこそ、わたしが望む﹃破滅のあるべき姿﹄だと思った。 いく人たちを空から見下ろすのは絶景だった。 あの時の得も言われぬ感覚は今も心に残っている。血を吐き、もがき苦しみ、死んで 大通りに居た人間を殺し尽した。 事実、わたしもそれで蛾の化け物になり、旭さんたちや魔法少女と呼ばれる連中ごと 頭の中にも埋まっている人間を化け物に返る力を持った魔法の道具だ。 イーブルナッツの事は知っている。愛子ちゃんや旭さん、あきら⋮⋮そしてわたしの 要領を得ない返しにわたしは首を傾げた。 ﹁力がほしいって言うから、イーブルナッツ追加で二個上げたら、ビビッて逃げた﹂ 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 519 ﹂ 思考が深みにはまり、会話をそっちのけでぼうっとし出した頃、リビングの扉から少 し遅れてユウリが来る。 声が聞こえていたのか、ユウリはあきらに尋ねた。 ﹁イーブルナッツを二つも与えたって⋮⋮そこまであいつに期待してるのか 漫画のページを捲りながら、あきらは首を横に振った。 ﹁いや、全然﹂ 声に反応して振り返るとあきらが漫画をテーブルの上に置いて、ソファーから降りて ﹁お、そろそろ時間だな﹂ つでも言ってあげればよかったかと思った。 わたしはリビングの扉を見る。気にする訳ではないが、助けてくれた力道にお礼の一 もそれに何か思うところがないので人の事は言えないけど。 ユウリが呆れた風にあきらを見たが、それを平然と流すユウリもまた外道だ。わたし ﹁どこまでも酷いな⋮⋮﹂ キーが使わずにいても、魔法少女に回収されても、使って発狂しても良し﹂ ﹁もうイーブルナッツも、新しい手下も要らなくなったから、くれてやったんだ。リッ う。 声からしてもまるで興味が無さそうに聞こえるあたり、本気で言っているのだと思 ? 520 立ち上がった。 その様子からどこかに出かけようとしているらしい。 あきら、どこかに行くの ﹂ ユウリもそれに気付いて、あきらに聞いた。 ﹁ん ? ﹂ ユウリに対してあきらはにやりと笑うと、軽く頭を叩いてからかう。 取りあえ ﹁馬鹿か。⋮⋮そこはプレイアデスの﹃レイトウコ﹄とかいうのがある場所なんだろ ﹁よく覚えてたね。まあ、そういうのも含めてお話、してくれんじゃねぇの ? ? ? ﹁美羽ちゃん。今日はお留守番してろよ。ユウリお姉ちゃんに遊んでもらえ。そんじゃ そんなわたしの様子を察してか、あきらはわたしに言った。 見に行きたいが、誘われない以上着いて行かせてはくれないだろう。 法少女が死ぬのだろう。 よく分からないが、あきらが何かを企んでいる事は分かった。恐らく、今日はまた魔 ず、段々と俺みたいな部外者にもガードが緩くなってるっぽくてな﹂ ﹂ そういう感情抱いているのだろうか。だとしたら、信じられないくらいに趣味が悪い。 あきらの台詞を聞いて、不機嫌そうな顔をしかめるユウリ。まさかこの人、あきらに ﹁ああ。ちょっと女の子に誘われてテディベア博物館にな。まあ、所謂デートって奴だ﹂ ? ﹁あー、ユウリちゃん。ひょっとして嫉妬してるのかなー 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 521 な﹂ 一方的にそう言ってからリビングから出て行ってしまった。 残されたわたしは奴隷らしく、あきらの言うとおりにユウリに聞いた。 ひそ とは言え、そこまで簡単に発見できるほど近付くにはそれなりに難しいだろう。 つくづく、このイーブルナッツというものは便利にできている。 つまりは俺がドラ│ゴや奴の部下の傍に近付けば見つけられるという事らしい。 イーブルナッツを入れた人間を反応を捉える事ができると教えてくれた。 最後にイーブルナッツを取り込んで、魔物としての力を得た人間は同じように体内に 行うだけだ。 この街で何が起きたのかも知り、それに対抗する手段も得た。後は己の為すべき事を 俺は魔物姿を再び、人の姿に戻すとカンナと別れ、ドラ│ゴの所在を探す。 ∼赤司大火視点∼ 嫌そうにユウリは眉を顰めた。 ﹁その呼び方止めろ﹂ ﹁⋮⋮らしいので今日、よろしく。ユウリお姉ちゃん﹂ 522 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 523 うえん 再び、街中を捜索し、反応があれば接触するしかない。迂遠的だが俺がこうやってい るだけで理不尽な殺戮を防げるなら安い話だ。 人通りの多い場所から、路地裏に掛けて俺は街を歩き回る。 予想通り、そう簡単には見つからず、ニ、三時間の時間が過ぎようとしていていた。 落胆はない。むしろ、あれから二日でまた新たな犠牲者が出る事の方が恐ろしい。も う少し見回りをしてから、今日は一旦帰るべきか。 そう決めた直後、俺の身体の中で反応が起きる。不快で、俺の知る言葉では表せない ようなそんな反応。 これがイーブルナッツの反応かと思った瞬間、近くの人通りの無さそうな路地裏から 物音を鈍い響いた。 その物音には聞き覚えがある。殴られた人間が壁に叩き付けられた音だ。 喧嘩の仲裁や暴力沙汰を何度か止めた事のある俺には聞きなじみのある衝撃音。耳 を澄ませば、押し殺した悲鳴のようなものまで聞こえてくる。 ⋮⋮不良同士の喧嘩でも起きているのか。 急いで俺は音がした方へと駆け寄る。 近寄ると、そこには倒れた男が数人、壁に寄りかかっている様子が見えた。顔が抉ら れた者、身体が逆方向にへし折られた者、あるいは人の形を保っていないほど潰された 者⋮⋮。 一目で死んでいるのが分かるほどの損壊状態だった。 その奥で一人の男性の頭を壁に何度も叩き付けている赤い熊の化け物の姿が認めら れた。 額から日本の角を生やし、両の目を血走らせて執拗なまでに男性の頭を壁にぶつける その様は昔話に出てくるような﹃鬼﹄のようだった。 その人から手を放せ ﹂ 魔物だ。こいつが二日前の事件に関わった赤い熊の魔物。 ﹁やめろ ! そして、鬼熊の方へ向き直ると静かに問いを投げた。 半開きになり、血で汚された彼の目をそっと閉ざして、壁際に寝かせる。 ││怒りを、感じた。 力なく、ゴム人形のように俺の腕の中で垂れ下がる男性は既に息絶えていた。 頭部が拉げて肉が削れた後頭部からは骨が見えている。 ひしゃ 低重な息を吐き出すと、掴んでいた男性を放り投げた。急いでそれを抱き留めるが、 て、こちらを睨む。 赤熊の魔物、﹃鬼熊﹄とでも呼称すべき存在は俺の言葉に反応してか動きを一旦止め 俺は死体の立て掛けられた壁の前を通り、赤熊の魔物の前に躍り出た。 ! 524 ﹂ ﹂ ⋮⋮イーブルナッツの反応、お前も魔物か。誰にイーブルナッツをもら⋮⋮﹄ ﹁⋮⋮何故、こんな酷い事をしている ﹃ああ ? ﹄ ? 目の前の鬼熊は笑う。心底馬鹿馬鹿しそうに声を上げて、醜く笑う。 こんなにも理不尽で、一方的な虐殺など誰であろうとも受けていい訳がないのだ。 だが、彼らがこんな方法で殺されるほどの悪人だったとも思わなかった。 この殺された人たちは善良な人間ではなかったのかもしれない。 俺は思う。 だな⋮⋮どういう人間だろうとここでこんな風に殺されていいはずがない﹂ ﹁いや、知らない。この人たちが誰なのか、どういう人間だったのかも俺は知らない。た んだよ。何だよ、お前。まさか、こいつらの知り合いか ﹃肩がぶつかったから謝れとか文句付けてきやがったから、サンドバッグにしてやった それに鬼熊は押し黙った後、つまらなそうに歪な声で吐き捨てた。 怒気を抑えられず、鬼熊を睨み付け叫んだ。 ﹁質問をしているのは俺だ ! ? ﹄ ? ﹁そうだな、その正義の味方にしては遅すぎた﹂ の ﹃あはははは。何だよそりゃあ、正義の味方にでもなったつもりか 馬っ鹿じゃねえ 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 525 ? ﹄ 周囲に倒れた数人の男性たちの死体。俺がもっと早くここに来ていれば全員救えた のかもしれないと思うと、己の未熟さに腹が立つ。 しかし、ならばこれ以上、こいつの暴虐を赦すつもりは毛頭ない。 ﹁ここでお前は俺が倒す﹂ 宣言する。ここで殺された人たちのためにも俺はこの鬼熊を倒すと。 ﹃⋮⋮俺に勝てるとでも思ってるのか、お前⋮⋮いくら何でも舐めてんじゃねえよ 堪忍袋の緒が切れたように、鬼熊は俺を目掛けて鋭く、強靭な腕を振り下ろす。 ッてめえ ﹄ ! 程度に留まっている。 完全にカウンターの蹴りが人体の急所の一つである喉元に決まるが、鬼熊はよろけた ﹃ガゥッ !? 下段から上段に振り上げた右足を標的の顎の下を目掛けて振り上げる。 を直進。 鋏上になった左手は爪を挟んで横に捻じるように受け流し、その勢いを殺さずに身体 た。 俺は頭の中に埋め込まれたイーブルナッツの力で肉体を変貌させ、その爪を受け止め た。 成人男性の何倍もの太さを誇る腕に付いた、長い爪が大気を切り裂いて、俺へと迫っ ! 526 耐久力は見た目以上にあるようだ。侮っていた訳ではないが、恐らく人間の状態のま まなら確実に聞かなかっただろう。 白い蠍の魔物の姿になった俺は距離を取るべく、後ろへと跳ぶ。 ﹃弱い者虐めをしているから見掛け倒しかと思ったら、想像以上に手強いな﹄ 次で潰してやる﹄ 身体能力は上がり、軽く跳ねたつもりだが二メートルほど跳ねてしまった。 ﹃クソがッ ﹄ げ、弾き飛ばした。 両手を使い、下から上に回すように繰り出すその突っ張りの連打は俺の身体を押し上 形で下からやや上向きに胸を突き飛ばすように突いてくる。 気付いた俺に連続の張り手が津波のように押し寄せる。手を広げて指を下に向けた これは││相撲の﹃突っ張り﹄か。 うと予備動作をしている。 一撃で仕留めに掛からず、もう反対の手も同じように手のひらを同じように繰り出そ ち込んでくる。中国拳法の﹃発勁﹄かと思ったが違う。 はっけい 首を軽く振った鬼熊は俺へと突進してくると今度は爪ではなく、手のひらを向けて打 ! ! 背中から地面に落下するが、受け身を取って転がりつつ、立ち上がる。数秒前に俺が ﹃ぐッ⋮⋮ 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 527 倒れた場所には巨大な足が踏み下ろされていた。 ﹄ 即座に避けなければ、あの巨体による踏み付けを喰らっていただろう。 ﹃驚いたな﹄ ﹃俺の強さにか ﹄ ﹃ひょっとして、お前はあすなろ中の相撲部の関係者だったのか ﹃な、それをどこで知った ﹃それならば、なおさら、お前の蛮行を止めねばならないな﹄ ﹄ 信する。こいつは相撲部関係者⋮⋮恐らくは部員。ならば、中学生か。 別段カマを掛けたつもりで言ったのではないが、あからさまに動揺する鬼熊に俺は確 !? ? もしやと思い、俺は鬼熊へと尋ねた。 あの突然に焼け落ちた格技場にて焼け死んだのは、相撲部の人間だったと聞いた。 全焼事件を思い出す。 間違いなく、相撲経験者と見ていい。そう結論付けて、俺はあすなろ中学校で格技場 も付け焼刃ではなく、しっかりとした基礎ができている。 熊は相撲の技で攻めてきた。力押しに見えるものの、先ほどの突っ張りは素人めに見て 魔物というくらいだから、その異形化した肉体による特性で攻めてくると思えば、鬼 ﹃ああ。それもだが、武道を使ってくるは思っていなかった﹄ ? 528 第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編 529 ││母校の出身の先輩として。そして、ほんの一、二年だけだが人生の先輩として。 俺は再び、構えて鬼熊に向き直った。 れすらも意味がなくなっていく。 頑強が取り柄の俺の魔物形態だが、同じ場所を狙い、ダメージを蓄積させられれば、そ 点を外す事なく、同じ場所へと追撃をかましてくる。 そして、何よりも厄介なのがこの蠍の騎士の攻撃だ。数か所、最初に打ち込んだ打撃 さえ難しくなってきた。 最初の内こそ、相撲の技で翻弄できたが次第に俺の手数を読み切り、攻撃を当てる事 技がこいつの強さを裏打ちしている。 強い。純粋に強い。魔物としての強さだけじゃない、武道を極めたかのような空手の 動きは俊敏でかつ、精確に俺の急所を狙い、蹴りや鋏の拳を見舞ってくる。 尻尾を持っている魔物。赤く光るその二つの眼光はまるで俺を恐れていない。 真っ白い西洋の鎧にも見える姿。両手に蟹みたいな鋏と背中に長い鋭く尖った長い 何だ。この野郎は⋮⋮。 ∼力道鬼太郎視点∼ 第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編 530 しま ﹃動きが鈍くなってきたな。もうお終いか﹄ 魔物化してなお、凛と澄んだ色を響かせる蠍の騎士の声。俺とは違う、明確な覚悟と 殺してやる、殺してやる ﹄ 信念を持っているのが聞いているだけで分かる。 ! ! それがどうだ に、渡された力にビビッて逃げ、挙句がムカつく正義のヒーローに劣勢を強いられてい ようやく戦った奴らには一勝もできず、自分を信じてくれる仲間は俺を庇って先に死 ? だからこそ、強くなった今は俺が暴力を振るう番だとそう思ったんだ。 考えていた。 俺はそれを甘んじてきた。弱いから、劣っているから虐められても仕方ないんだって だけど、それがどうした。暴力の何が悪い。弱い者虐めの何がいけないんだ。 を踏みにじって傷付けている。 ああ、俺たちはトラぺジウム征団は確かに正しくねえよ。己の快楽のために弱い奴ら れている姿に見えると思った。 俺たちを外から客観視すれば、でかい事をほざいていた敵役が正義のヒーローに押さ いく。 悔しい。腹立たしい。許せない。脳味噌が煮立つような劣等感が俺の心に広がって ﹃クソがッ 第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編 531 る。 どれだけ情けない醜態さらせば、済むんだ俺は。 自分への怒りを溜め込みながら、それでも俺は身体を低くし、潜り込んでくる蠍の騎 士へと前に出ながら掴みかかる。 相手の前に行こうとする力を利用して相手の腕や肩を正面から手前に引き、相手を倒 す﹃引き落とし﹄だ。 こいつで押し倒してしまえば、体重差で勝る俺の勝ち ﹄ あれはフェイントだと理解した時には最初に当てられた首元に回し蹴りが放たれる。 げ果せる蠍の騎士。 おお 飛んで来るその尾に意識を取られて、無様に顔を庇おうとした俺の手からするりと逃 だが、奴は自分の腰から生えた尻尾を俺の顔面を穿とうと、突き刺してきた。 ! 負けている。何もかもが、敗北している。 何より、この蠍の騎士に勝つ自分を想像する事ができなかった。 く事になるのは目に見えていた。 意識はあった。だが、立ち上がったとしても蓄積されたダメージにより、また膝を突 何度めかのその蹴りは俺の身体をついに地面へと沈めた。 ﹃ぐへぇッ⋮⋮ ! 532 なじ いや ﹃お 前 の 負 け だ。選 べ、ト ド メ を 刺 さ れ て 死 ぬ か。そ れ と も 魔 物 化 を 止 め て イ ー ブ ル ナッツを差し出すか﹄ 俺を見下ろす蠍の騎士。そこに弱者を詰る厭らしさはない。 高潔に降伏を促すその姿を見れば、俺が素直にイーブルナッツを渡せば命だけは助け てくれるかもしれない。 だが、そうするくらいなら⋮⋮。 氷室の楽しげな顔が浮かんだ。 そうするくらいなら⋮⋮。 旭先輩の頼りない笑みが浮かんだ。 そう、するくらい、なら⋮⋮。 最後にあきらの俺をからかう顔が浮かんだ。 俺は││俺である事を喜んで捨てる ! ﹄ !? た。 仮面のような顔の蠍の騎士が驚いた声を上げた。少しだけざまあみろと溜飲が降り ﹃身体に取り込んだイーブルナッツの他に二つも持っていたのか 手の甲に隠し持っていた二つのイーブルナッツを頭部に押し込んだ。 ﹃ドラ│ゴ。俺は⋮⋮俺はああああ‼﹄ 第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編 533 534 それが力道鬼太郎としての最後の思考だった。 身体中から凄まじい力が溢れ出すのが分かる。次第に意識は黒くなり、自分の意識が 遠退いてくる。 ああ、これで⋮⋮これ、デ。 こロせルはず、ダ。 黒い光が凡てを包んだ。 ∼赤司大火視点∼ 目の前で二つのイーブルナッツを取り込んだ鬼熊はその巨体を覆い尽くすほどの黒 い光で包まれた。 見えない風圧が俺の身体を押し退けて、奴から遠ざける。思わず両手で顔を覆うがそ れでも風圧と光は鬼熊を中心に発生し続けている。 一体、何が起きたというのだ。 急にぴたりと風圧と黒い光が止み、俺は庇っていた目をそちらに向ける。 そこには鬼熊が俺の方を向いて立っていた。 いや、もはや鬼熊という呼称は奴には合わないだろう。 こうもり 眼前に立つ、その魔物は蝙蝠のような両翼を生やし、身体中を太く大きな針で覆って いた。 ﹄ 絵画に出てくる悪魔のような、それ以外には例えられない醜悪な外観。鬼熊よりも二 回り近く巨大な姿。 ﹃赤い、悪魔⋮⋮﹄ ! 悪魔は優勢による喜びは認められない。 明らかに強くなっている。これほどの力を隠し持っていたのかと顔を上げるが、赤い 呻き声をあげるが、それすらも音とならずに消え失せる。 衝撃に受け身も取れずに吹き飛ばされ、俺は路地沿い壁にめり込んだ。 もしれない針は俺の装甲を破り、身体を抉るように突き刺さる。 身体から飛び出している無数の針が俺に向けて放たれる。数十、下手をすれば数百か 何をするつもりだと見え上げた時、奴の狙いを理解した。 無音の中、赤い悪魔は蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、飛び上がる。 鼓膜がおかしくなったのかと思ったが、それは違うと俺の直感が囁いた。 世界から音が消えた。平衡感覚すらも異常をきたし膝を突く。 そう俺が呼ぶと赤い悪魔は口を広げ、喉を鳴らした。 ﹃││││││││││││ 第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編 535 536 獣のように口の端からは涎を垂らし、白目を向いてこちらを睨むその姿に知性は微塵 も感じられなかった。 理性⋮⋮いや、人格を犠牲に力を得たのか⋮⋮。 愚かだと思う反面、自分もああなっていたかと思うと僅かな憐れみを抱く。 だが、奴は何としてでも俺が始末しなければならない。もう、降伏など勧めたりはし ない。 心まで魔物に落ちたのならば殺す。倒すのではなく││殺す。 奴が空を飛んだ以上、目撃されるのは確実。それだけならいいが、奴を見に人が集ま れば先ほどの比ではない人が命を落としてしまう。 早めに決着を着けなければ⋮⋮。 先の一撃で大きな傷害を受けたが、それでも魔物形態は解除されていない。 壁にめり込んだ身体を引き抜くと、即座に身体を構える。空を羽ばたく赤い悪魔は俺 を睨み、第二射の針の弾丸を向けていた。今度は狙いを定めて確実に俺をサボテンに変 えるつもりなのだろう。 これを喰らえば、次こそは致命傷に至る。しかし、俺には空を飛ぶ能力はない。 万事休すとはまさにこの事だ。 身体や周囲の壁に刺さった十数センチはある針の弾丸。容易く俺の装甲すら貫くこ 第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編 537 の針は先ほどの一撃でコンクリートさえも穿ち、地面にも転がっている。 それを見て、俺はひらめく。だが、頭に描いたそれは策とも言えない無謀なものだっ た。 ⋮⋮一か八かに掛けてみるか。 落ちていた針の一本を鋏で拾うと、掴んだまま身体を捻り、渾身の力で赤い悪魔の左 翼目掛けて投げ飛ばす。 遠心力を乗せた針はその勢いを殺さずに真っ直ぐに飛び、奴の左翼に突き刺さった。 その衝撃で重心がブレて俺に狙いを定めていた針の弾丸がずれ、俺の傍の壁を砕き、 穿つ。 場所を移動するのならば今だ を見舞おうとした。 空を舞う剣山は俺を串刺しにしようと、下降して重力と位置エネルギーを乗せた突進 尽くすと今度は飛ばすのではなく、その状態で突撃をしてくる。 対峙する赤い悪魔との距離が縮まった。向こうは攻撃手段を変え、身体中を針で覆い 上まで上った。 上がる。音がなく、三半規管がおかしいせいで平衡能力に異常もあったが、どうにか屋 即座に壁沿いの十五メートルくらいの建造物に跳び乗り、突起を足場にして再び跳ね ! 知性による行動ではなく、野性の本能めいた戦い方だ。それ故に直線的過ぎる。 俺は尻尾で屋上を床を叩き、跳ね上がり、上にかわす。 そして、これは避けの一手であり、攻めの一手でもあった。 空中で重心を取り、右足に尻尾を撒き付けて、槍の如く変貌させる。 俺の真下を飛行する赤い悪魔の針と針の隙間。その間隙に俺は一撃を打ち込む。 ││砕け散れ、赤い悪魔 落下する俺の位置エネルギーを籠め、尾の先の針が赤い悪魔に放たれた。 ! 俺は魔物の姿のまま、落ちたイーブルナッツを鋏で摘まみ上げる。 ⋮⋮死んだのか。 る事が分かった。 幼いその少年に近付くと彼は泡立つ音と共に血の塊を吐いて、瞳孔の開いた眼をしてい 後に残ったのは三つのイーブルナッツと、うつ伏せになった中学生らしき少年。まだ 消し飛んだ光の中で三つのイーブルナッツが転がり落ちる。 の身を破裂させた。 突き刺さった尾の巻かれた右足から、黒い光が流れ出し、膨れ上がった赤い悪魔はそ 無音の空間を切り裂くような叫びが周囲に轟く。 ﹃ギッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアア‼﹄ 538 第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編 539 恐らくは三つのイーブルナッツが彼に必要以上の負荷を掛けていた事が原因だろう。 俺の蹴りにより、彼の中のイーブルナッツのエネルギーが暴発⋮⋮そして。 ││いや、言い訳などするべきではない。俺が殺したのだ。 後悔はない。手加減などして勝てる相手ではなかった。 もし同じ事がもう一度起こったとしても俺は再び、同じ行動を取るだろう。 己の鋏で三つのイーブルナッツを思い切り握り潰す。中から染み出す黒い靄はまる で狼煙のように上がるとやがて消えた。 魔物の姿から人に戻ると、倒れている少年を静かに抱き起こす。 俺よりも年下であろう彼は虚空を見上げたまま、その一生を終えていた。 胸の中でまた怒りの炎が燃えた。 最後に彼を突き動かしたのは何なのかは分からない。 ただそれがドラ│ゴという存在なのだとしたら、俺は奴を絶対に許しはしない。 ││必ず、奴をこの手で討つ。 第三十五話 博物館と少女の記憶 大きな博物館﹃アンジェリカベアーズ﹄。 あすなろ市の工業地帯にひっそりと佇む、テディベア専門の博物館。誰が得するんだ と言いたくなるこの博物館はプレイアデス聖団の一人、若葉みらいちゃんが所有してい る施設だ。 個人で持っていていいものなのかは知らないが、客を呼び込むための場所でないこと は確かだろう。 俺はその館の前まで来ると、海香ちゃんとみらいちゃん、それからかずみちゃんが 待っているのが見えた。 ﹂ ニコちゃんの姿が見えないのが少し気に掛かったので、挨拶をしながら尋ねた。 ﹁よう。三人とも可愛いねぇ。ニコちゃんたちは今日は来ないの 里美ちゃんが魔女化して死んだことも俺は誰にも聞かされていないので、同じく知ら ので俺は見事に騙されていたことになっている。 定だからだ。俺と別れた後、カオルちゃんはユウリちゃんが化けていたことを明かした ﹃たち﹄と付けたのは、俺がカオルちゃんと里美ちゃんが既に死んだことを知らない設 ? 540 ない扱いになっていた。 カオルちゃんは俺の家に泊まっていたという話で通していたので、ある程度は問い詰 められるかと思ったが、彼女たちはそれについては触れずに軽く挨拶を返した。 ﹁こんにちは、あきら﹂ たって話だったのに﹂ ﹂ ﹁随分と元気そうだね、かずみから聞いた話じゃ、魔物らしき奴からかずみたちを逃がし ﹁あの後は大丈夫だったの ここはそれなりに話でも合わせておくべきだろうな。 普通にさっくり息の根止めてから、三時のオヤツにしてやったせいで忘れていた。 ちゃんたちに喧嘩を売った後、サブに追いかけられた。 そういや、そんなこともあったな。俺はかずみちゃんたちを逃がすために、あやせ ? ﹂ んだけど、そのせいで服が汚れて臭くなっちまってさ。そっちの方は大丈夫だったのか ﹁そうなんだよ。俺はあの後、あの男の方を引き付けてから下水道に降りて逃げきった 第三十五話 博物館と少女の記憶 開き、かずみちゃんは複雑そうに俯いた。 さもあり得そうな展開を言うと、海香ちゃんやみらいちゃんは感心したように目を見 ? ﹁魔法少女と鷹の魔物の二人に追われて、そこにドラ│ゴも加わって⋮⋮色々あったよ。 541 それにカオルはユウリが化けていた偽物だった﹂ ﹂ ? ﹂ ? 何か聞いてほしいこととか ﹂ ? せてもらおう。 ﹁それで、今日は俺を何で呼んだんだ ? ここでだらだら安い悲しみを見せつけられても時間の無駄だ。さっくり本題に入ら て三人の子たちも小さく笑みを返してくれた。 改めて彼女たちの方を見て、俺は安堵したように穏やかな表情を見せる。それに応じ ﹁そう、だったのか。でも、他の皆が無事でよかった﹂ ﹁ニコは無事だよ。今は出掛けている。里美の方は⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、まさか⋮⋮ニコちゃんたちが居ないのも そこで俺は白々しく、他の魔法少女たちのことも聞く。 んだこともあって、それほど落ち込んではいられないのだろう。 暗い目をしているが、諦めや達観した様子が散見された。里美ちゃんが魔女化して死 はずだもの⋮⋮﹂ ﹁ユウリやドラ│ゴの手に掛かった、という可能性が高いわ。無事なら姿を現している 口篭もってしまったかずみちゃんの後を海香ちゃんが代わりに次いで言う。 くちご ﹁まだ見つかってないけど⋮⋮﹂ ﹁マジかよ。じゃあ、本物のカオルちゃんは⋮⋮ 542 ﹁それは⋮⋮私も知らない。ただ、海香とみらいがあきらと私に知ってもらいたい事が あるって﹂ 海香ちゃんとみらいちゃんの方に視線のみで尋ねるが、二人はここで話をする気はな いらしく、博物館の中に入るよう促した。 ﹁詳しい事は中で話すわ。かずみにはもちろん、あきらにも知ってほしい事だから﹂ ﹁ボクもそう思う。あきらは⋮⋮もう部外者じゃないし﹂ ﹁お、友達だって言ってくれるんだな、嬉しいぞ。みらいちゃん﹂ 早く行くよ﹂ 二人を勇気付けて、俺はみらいちゃんを追いかけて館内に入っていく。 出た。 ﹂ 奥まで一人で進むみらいちゃんを俺たちは追いつつ、通路を進むと開けた一際場所に うにも映る。 りと並んだテディベアは可愛いというより、不気味でちょっとホラー映画のセットのよ 中に入ると案外薄暗く、ますます持って人呼ぶ場所ではないと感じた。その中でずら ? やかずみちゃんは少しだけおかしそうに笑った。 若干、みらいちゃんが照れてスタスタと先に行ってしまう。それを見て、海香ちゃん ﹁う、うるさい ! ﹁お、二人ともいい笑顔。辛いことがあってもその笑顔、忘れちゃ駄目だぜ 第三十五話 博物館と少女の記憶 543 デビルサマナーみらいちゃんなの ﹂ そこにみらいちゃんが自分のソウルジェムをかざすと、魔法陣が浮かび上がる。 悪魔でも呼び出すの ﹁取りあえず、この魔法陣に乗って﹂ ﹁何なに ? ﹁大丈夫よ。そんなに危ないものじゃないから﹂ ? ﹂ ? もやや濁っているからあやせちゃんが生きていたら不満を言うだろうなと思った。 記憶で見たと同じ光景なので特筆する点はない。強いて言うなら、どのソウルジェム 中央には台座が設置しており、複数のソウルジェムが置かれていた。 左右の壁際にはぷかぷか裸の女の子が浮いている円筒形の水槽が並んでいる。その ﹁ここは﹃レイトウコ﹄。魔法少女の眠る場所⋮⋮﹂ を掘り起こし、この場所に関する情報を手に入れていた。 本当は既に知っている。喰ったサキちゃんとカオルちゃんのソウルジェムから記憶 ﹁おおう。ここはどこだ じた後、さっきのテディベアが並ぶ博物館から奇妙な空間へと出た。 周囲の光景が一瞬にして変わり、エレベーターで下に降りるような僅かな浮遊感を感 仕方なく、俺は魔法陣に乗ると残る二人も同じようにその場所を踏む。 ちょっと悲しい。 海 香 ち ゃ ん が 俺 の ジ ョ ー ク に 真 面 目 に 返 し た。ネ タ に そ う い う 風 に 返 さ れ る と ? 544 ﹁これは⋮⋮﹂ ショックを受けたようにかずみちゃんが言葉を失う。 あすなろドームでユウリちゃんが言っていたことを思い出しているのか。その顔は 蒼白になっている。 この子たち﹂ 俺はかずみちゃんの疑問を代わりに海香ちゃんに尋ねてあげた。 ﹁死んでるのかよ ﹁生きてる、って言っていい状態なのかしらね 彼女たちは、私たちがソウルジェムを ? うなる前に魔法少女とソウルジェムを分離させ、一時的に凍結させる。 魔法少女が魔法を使い続ければソウルジェムはやがて濁り、魔女を産む。だから、そ そこから彼女が語り出したプレイアデス聖団の活動についてだ。 !? く、言葉をなくして聞いていたがやがてか細く呟く。 ﹂ 俺としては既に知っていた話だが、かずみちゃんにはそこそこ衝撃の真実だったらし けたなと感心する話だ。 早い話が魔法少女狩りだ。魔女を増やさないためとはいえ、よくもまあ、こうまで続 取り上げ機能を停止させた魔法少女たちの抜け殻﹂ ? 目的は⋮⋮目的は何 ? ﹁矛盾に満ちた魔法少女システムの否定﹂ ﹁本当に魔法少女を狩っていたの⋮⋮ 第三十五話 博物館と少女の記憶 545 ﹂ 知っている話に飽き飽きしてあくびが出そうになるのを堪え、俺はシリアスな表情を 保ち、そのまま黙って聞いている。 何で、ソウルジェムが魔女を産むの 唐突にかずみちゃんが叫ぶ。 ﹁ソウルジェムって何なの ﹁それは⋮⋮﹂ ﹃魔法少女の本体さ﹄ !? い話ではなかったので聞き流した。 ソウルジェムが肉体を制御できるのは百メートルが限界とかも話されたが、特に目新し それから、身体の方はソウルジェムを破壊されない限りは何度でも修復できるとか、 抜け殻だろうなぁ。それか戦うための道具ってところだ。 ﹁じゃあ⋮⋮魂を抜かれた身体は﹂ ﹃それがオイラの役目って訳だ﹄ 身体から抜き、ジェムという形に結晶させる。 曰く、ソウルジェムは魔力の源たる﹃魂﹄だそうだ。それを効率的に運用するために い、そのまま話を続ける。 ギザギザした歯を見せて笑ったような顔を見せるジュゥべえは説明役を彼女から奪 海香ちゃんの代わりにジュゥべえがふらりと物陰から現れて答えた。 !? 546 魔法少女はその気になれば、痛覚も消して戦うことができるらしいが、プレイアデス 聖団の子たちはあえて痛みを消さずに戦っているらしい。マゾである。魔法少女なら ぬ、マゾ少女だった模様。 ﹁この魔法陣はソウルジェムと肉体を分離し、彼女たちを魔女にさせないように⋮⋮人 間であり続けるために﹂ ﹁そして、ジェムを完全に浄化して、ボクたち魔法少女を人間に戻す方法を見つけるため に﹂ 話を聞き終えた俺は魔法少女も大変で可哀想な存在だなと心底感じた。あんまりに ﹃それがこのお嬢さんたちの魔法少女に対する否定って奴さ﹄ も可哀想だから、魔女になる前にぶち殺してあげないとならない。 哀れな化け物になる運命の女の子に死の救済を与える俺はなんて慈悲深いんだろう。 自分の優しさに泣けて来た。 そういうのはいいって﹂ ! みらいちゃんは照れて怒るが、二人とも満更でもない様子だった。 ひしっと海香ちゃんとみらいちゃんをぎゅっと抱きしめてあげる。 ﹁⋮⋮強引ね。でも、貴方ならそう言ってくれると思った﹂ ﹁ちょ、あきら ﹁辛かったな⋮⋮二人とも﹂ 第三十五話 博物館と少女の記憶 547 理由は分かる。こいつらは自分の境遇を誰かに知ってもらいたかったのだ。 こういう風に優しい言葉をかけて、少しでも慰めてほしかったのだ。 それを互いに抑えていたのが、人数が減って歯止めが利かなくなり、その結果が俺の ような部外者まで情報を漏洩してしまったということ。 サキちゃんあたりが居たら、俺に教えようとは思わなかっただろう。ニコちゃんは止 めなかったのだろうか。 ひたすら、哀れで愚かで可愛い子たちだ。魔女になる前に美味しく頂いてやるから な。 ﹂ 俺たちが絆を深め合うハグをしていると、空気の読めないかずみちゃんは深刻な表情 で尋ねてくる。 ﹁魔法少女と魔女の関係、皆はいつ知ったの⋮⋮ 再度、空気の読めない子ことかずみちゃんは問いかける。 のに。 ピー。俺も気持ちよく虐殺ができてハッピー。win│winな関係になれるという 皆まとめて俺が皆殺しにしてやれば、魔女にならずにプレイアデスの魔法少女はハッ じゃないか。 その質問に二人の顔に影が差す。もう、空気の読めない子だ。そんなどうだっていい ? 548 ﹁魔女になるのが分かってて契約する子なんていないよね 驚くかずみちゃんに彼女は答える。 合わせた。 一体何が⋮⋮﹂ 海香ちゃんが俺から離れてかずみちゃんの前に立つ。そして、お互いの額をくっつけ ? 海香ちゃんは小説を売り込みに行って、アイドルのゴーストライターにされたり、カ まあ、大体見知った内容なのである程度は流し見で意識を飛ばしていく。 が視界に映る。 目の前が一瞬、ちかちかと点滅し、かずみちゃん以外が自殺をしようとしている場面 *** そんなこんなで俺はかずみちゃんの記憶の世界に意識を飛ばすこととなった。 んな俺の尻を抓る。モテる男は辛いぜ。 俺が顔を近付けるとかずみちゃんと海香ちゃんは頬を赤らめた。みらいちゃんはそ に応じた。 の記憶からある程度のことは引き出していたので、正直な話どっちでもよかったが素直 海香ちゃんが俺も同じように額に付けるように促した。サキちゃんとカオルちゃん ほしいの﹂ ﹁それを伝えるために貴女の記憶を取り戻す。⋮⋮それからあきらにも同じ記憶を見て 第三十五話 博物館と少女の記憶 549 550 オルちゃんはサッカークラブで足を怪我させた子がそのせいで自殺未遂をしたりと、し ばし面白みに欠ける内容が分かった。 ちなみにどうでもいいのだが、その自殺未遂をしようとした女の子は、前に二条院精 神病院でアリの魔物になって死んだ子だった。 他にも里美ちゃんが自分の飼っていた猫が管理不行き届きで死んだり、みらいちゃん がボッチで嫌われ者だったり、幼いニコちゃんが拳銃で遊んでいて友達を撃ち殺してし まったり、サキちゃんの友達が車の衝突事故で死んだりとかずみちゃんの記憶なのに他 の子の絶望シーンが織り込まれている。 皆、絶望して魔女の結界に誘い込まれたという展開なのだろうが、明らかに絶望の理 由に差があり過ぎるだろ、これ。みらいちゃんに至ってはしょうもなさ過ぎて逆に言葉 を失ったわ。 その後は自殺しようとしたところをかずみちゃんに助けられ、結構スパルタな叱咤を 受けて、魔女から助けてもらう件はサキちゃんの記憶とほぼ同じだった。 何だかんだで皆仲良くなり、今度こそかずみちゃんが魔法少女になった光景がようや く見られた。 省略すれば、留学中にかずみちゃんのババアが危篤になり帰って来たところを魔女に 襲われるが金髪ドリル頭のボインの魔法少女に命を助けられる。家に帰るが既にババ 第三十五話 博物館と少女の記憶 551 アは時既に遅く意識不明、なんか口調の違うジュゥべえと﹁ババアが死ぬ前に意識を取 り戻させる﹂という願いと引き換えに魔法少女になるというエピソードだった。 それで皆傷を舐め合って仲良しこよしになって、深く考えもせずに六人ともジュゥべ えと契約して魔法少女になり、プレイアデス聖団を結成。 ウキウキ気分だったプレイアデスの皆さんは、ユウリちゃんのお友達⋮⋮飛鳥ユウリ が魔女になるのを目撃して、魔法少女の秘密を知る。そして、切れた海香ちゃんがその 口調の変なジュゥべえの記憶を魔法で改変して、現在のジュゥべえとこの﹃レイトウコ﹄ を作った。 *** そこで俺の意識が戻り、同時にかずみちゃんも現実の世界に帰ってきた。 微妙なラインだが、収穫はあった。この記憶を知ったことでサキちゃんやカオルちゃ んの記憶からさらなる情報を得ることができるかもしれない。 だが、一つ前に見たサキちゃんの記憶と食い違う点があった。 ││和沙ミチル。 サキちゃんの記憶ではかずみちゃんのことを皆呼んでいたが、今見せられた映像では かずみちゃんと誰もが呼んでいた。 この記憶は果たして本物なのか。それともサキちゃんの記憶が間違っていたのか。 ﹂ ! 思考の中に入りかけた俺を呼び戻したのはかずみちゃんの声だった。 ﹂ ! ﹁海香ちゃん﹂ ﹂ 振り向かずに返事をする彼女に俺は一つだけ問いを投げかけた。 ﹁何かしら、あきら﹂ ﹁俺にこの秘密を聞かせてよかったのか ? ﹁嫌わねぇよ。もっと早く話してくれればよかったとすら思ってる﹂ 誰かに⋮⋮例え、嫌われることになっても﹂ ﹁⋮⋮ニコは怒るかもしれないわね。でも、それでも聞いてほしかった。プレイアデス わ た し た ち じゃ な い かずみちゃんに肩を貸して帰ろうとする海香ちゃん。俺は彼女の背中に声を掛ける。 ﹁かずみは疲れてるみたいだから、先に帰るわね﹂ 海香ちゃんは、かずみちゃんを受け止めると俺とみらいちゃんに言った。 かった。 魔女化するのかと身構えたが、彼女はふらりと倒れそうになるだけでそうはならな ように変わる。 急に苦しみだしたかずみちゃんに俺たちは目を向けると、一瞬彼女の瞳孔が太極図の ﹁かずみ ﹁思い出した⋮⋮魔法少女狩りはユウリのことがあったからなんだね。ウッ⋮⋮ 552 ﹁⋮⋮ありがとう、あきら﹂ 感謝を述べた海香ちゃんの頬からは透明な雫が流れたように見えた。 ﹁全部聞いてるじゃないか ﹂ 踏みにじって殺すのが楽しいのだから。 魔女になってから殺してもつまらない。こういう風に幸せを感じる可愛い女の子を からかって遊ぶとみらいちゃんは元気に怒る。そうだ、それでいい。 !? ? そのまま、二人が出て行くのを見送った後、俺はみらいちゃんの方に顔を向ける。 ﹁みらいちゃんもありがとな。俺にこう言う秘密明かすのって結構勇気があっただろ よく決心してくれたな﹂ そう笑いかけて言うとみらいちゃんはそっぽを向いてぶっきら棒に返した。 聞こえない。もっと大きな声で﹂ ? ﹂ 何だって ﹁あきらは⋮⋮ボクの友達、だから﹂ ﹁え ﹁何でもないよ ! ? ﹁あきらはボクの友達の後が聞こえなかった﹂ 第三十五話 博物館と少女の記憶 553 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 海香ちゃんたちに引き続き、ジュゥべえまでもが去って行った後も俺はその場に残っ ていた。 ﹃レイトウコ﹄の中にて、みらいちゃんと共に他愛もない話を続けていると、彼女はや や唐突気味に話題を替えてくる。 その顔には真面目そうな表情が浮かんでおり、何かの冗談を言う雰囲気ではなかっ た。 ﹂ ? その続きが聞けるというならぜひともここで聞いておきたい。 て入ってきたニコちゃんに邪魔をされて最後まで聞くことができなかった話だ。 覚えている。あの時はみらいちゃんを懐柔して情報を聞き出そうとしたのだが、割っ ﹁ああ。あれね﹂ ﹁前にかずみが人間じゃないって話したの覚えてる 俺がそう言うと彼女は少し言い辛そうに言葉を紡いだ。 ﹁何さ、みらいちゃん。急に改まって﹂ ﹁あのさ、あきら⋮⋮聞いてほしい事があるんだけど﹂ 554 本当はあきらに話していいことじゃないのかもと前置きしてからみらいちゃんは話 し出してくれた。みらいちゃんは口が軽くて素敵だなぁと半ば、本気で思う。 いまいちよく反応に困る発言をして、彼女は俺を連れ、 ﹃レイトウコ﹄の奥へ歩いて行 ﹁かずみは私たちプレイアデス聖団が作った││人工の魔法少女なんだ。着いて来て﹂ く。少し進むと、水槽と水槽の間の壁に亀裂があった。 そこの亀裂を潜り、みらいちゃんは入っていく。俺も彼女と同じようにその空間に入 ると暗がりに人が何人か佇んでいるのが見えた。 みらいちゃんは自分のソウルジェムをかざすと、そこから出る光がその部屋を照らし 出す。 中に居たのは十二人の少女。それもかずみちゃんとそっくり同じ顔をしている。 魔法少女の格好をした彼女たちは黙って俺とみらいちゃんを眺めていた。 ﹂ ? ﹁和沙ミチル。ボクたち、プレイアデス聖団の本当のリーダー⋮⋮だった﹂ まるで二人がそこだけは知られまいとしているように閲覧できない記憶。 記憶を弄 ってもそこだけは分からなかった。 まさぐ サキちゃんやカオルちゃんの記憶にもかずみちゃんはそう呼ばれていたが、どれだけ ﹁ミチル⋮⋮それって誰 ﹁彼女たちはかずみの﹃ミチル﹄の出来損ない﹂ 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 555 悲しげに俯く、みらいちゃんの頭を軽く撫でた。普段なら、照れて嫌がるその行動も 彼女は黙って受け入れる。いや、それどころか甘えるように頭を俺の方へ寄せる。 姿形は和沙ミチルを模倣することができても、必ず魔女と戦えば暴走を始める始末。 生を試みた。しかし、結果は失敗。 和沙ミチルを除く、プレイアデスのメンバーがそれぞれの魔法を組み合せて彼女の蘇 魔女の肉詰め、マレフィカ・ファルス。それがかずみの正体だとみらいちゃんは言う。 め込んでクローンを造った﹂ ﹁だから、皆の力を合わせて生き返らせようとした。⋮⋮ミチルの死体に魔女の肉を詰 出すように、苦しそうに、辛そうに。 みらいちゃんの唇は彼女に似合わず、饒舌に過去を吐き出す。胸に詰まっていた泥を だが、彼女は死んだ。魔女になって死んだ。 彼女は皆に好かれる優しい女の子。 み。 ﹃かずみ﹄とうのは和沙ミチルの渾名だったそうだ。和沙のカズにミチルのミで、かず 和沙ミチルの正体であり、﹃かずみ﹄という名の意味だった。 そこから語り始められたのは真実の過去。 ﹁⋮⋮さっきのかずみの記憶は嘘があるんだ﹂ 556 魔女化した記憶が引き金になっていると思った彼女たちは、十三番目のミチルにはあ えて、記憶を植え付けずに生み出した。 それが俺の知るかずみちゃんだ。 悲しいかな。それもイーブルナッツを植え付けられたせいか。そもそも魔女の肉で 作るクローン事態に無理があったのか。 ともあれ、今回のかずみちゃんもみらいちゃんにとってはただの失敗作なのだと彼女 は言った。 ﹁みらいちゃんは悪くない。悪いのはかずみちゃんだ。いつ魔女になってみらいちゃん だから、俺のために動いて死んでもらおう。 には愛着もない。 ソウルジェムを使えば、魔力を回復してやることもできるが、それほどみらいちゃん は楽しめない。 これでは魔女になってしまう。こんなつまらないところでそんな風に死なれては俺 精神が不安定になるみらいちゃんを俺は優しく撫でて、宥めすかせた。 ﹁みらいちゃん、大丈夫。大丈夫﹂ はボクたちのミチルな訳がない。⋮⋮サキもこんなもののせいで⋮⋮﹂ ﹁アレはミチルじゃない。アレはボクたちのミチルじゃない。こんな人の形をした魔女 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 557 を襲うか分からない。それにアレのせいでプレイアデスの皆は死んじまった。みらい ちゃんの親友のサキちゃんだって⋮⋮﹂ ││斬った。 ﹂ ﹂ ││裂いた。 ﹁死ね。魔女 ! ﹁消えろ、偽物 ! し、そして。 彼女は魔法少女の姿になると、かずみちゃんの失敗作に向けて巨大な大剣を生み出 俺は最後にそう嘯いた。その一言がスイッチになったのだろう。 だけだモンな﹂ ﹁ああ、みらいちゃんは正しいよ。大切な友達の顔をしている化け物なんて気持ち悪い ﹁かずみを殺さなきゃ⋮⋮。だよね、あきら﹂ 俺が誘導するまでもなく、みらいちゃんはその結論に辿り着いた。 遠因になったことが腹に据えかねていたのだろう。 転がり落ちるのは簡単だった。もともと、かずみに対する不信感やサキちゃんの死の サキも死ぬ事にはならなかったんだ⋮⋮﹂ ﹁そう。そうだよ。かずみさえ、アレさえ居なければ⋮⋮アレを、あの魔女が居なければ 558 ││殺した。 ﹂ ! 俺は地上へと戻る。 一仕事終え、返り血を浴びたみらいちゃんを連れて、今度はかずみちゃんを殺させに 魔女になる前に遊んで壊して楽しませろよ、魔法少女。 ならば、神のような俺は無知なる子羊を導いてやらないと。 等なクローンから見れば化け物なのだろう。 俺は本物の化け物から見ても化け物らしい。俺のような神の如き、高次元的存在は下 そう確かに呟いて、みらいちゃんに切り裂かれて消えた。 ││バケモノ。 最後のかずみちゃんモドキの瞳が俺の視線と合う。 俺はそれをにやにやと笑って眺めていた。 殺される。 無感情なその瞳に映るのは何なのか。答えることなく、黒い体液を飛ばしながら、惨 んでいく。 かずみちゃんの顔をした彼女たちは素直にみらいちゃんの手に掛かり、一人ひとり死 動かないのか、動けないのか。 ﹁お前らなんか、居なくなれ 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 559 ﹁あきら﹂ ﹁何、みらいちゃん﹂ ﹁君が居てくれてよかった﹂ ﹁気にするなよ。俺たち、友達だろ のだろう。 ﹂ 本当にどうしようもないくらい馬鹿な子。でも、俺が役立ててあげるからね ﹁かずみちゃんは大丈夫 ﹂ ﹁今、上の部屋で寝てるわ﹂ い なですっきりとした味が口の中に広がる。 紅茶を俺とみらいちゃんに淹れてくれた彼女にお礼を言って俺は口を付けた。温か ? ? ﹁そっか。ニコちゃんは居ないの ﹂ 俺を心から信頼してくれているおかげで彼女は簡単に俺を家に上げてくれる。 玄関のチャイムを押すと、海香ちゃんが出て来た。 テディベア博物館を出てから、みらいちゃんを連れて俺は海香ちゃんの家に行く。 ! 愚かで可愛いみらいちゃんはきっと自分を肯定してくれる存在なら誰でもよかった 俺の口車に乗せられ、哀れな魔法少女は笑った。 ﹁うん。そうだね﹂ ? 560 ﹁いいえ。一人でどこかに行くなんてしてほしくないのだけれど⋮⋮﹂ ﹁仕方ないさ。危ないから皆でずっと一緒に居る訳にもいかないだろ 魔法少女狩り もしないといけないんだし﹂ せっかく、過去が分かったのだからそこから攻めていくとするか。 何の話をしてもいいが、なるべく長引く話がいいな。 俺はそれに協力するために悟られないよう、海香ちゃんとの会話を続ける。 けるだろう。 みらいちゃんが席を外した後、彼女は二階に上がり、そして、かずみちゃんを手に掛 ﹁女の子なんだから、あまり言わなくていいわよ﹂ ﹁ボク、ちょっとお手洗いに行って来る﹂ 彼女はこくりと頷くとティーカップを置いて、席を立った。 んに目配せする。 俺は自然な様子でニコちゃんが居ないことを聞き出し、さり気ない動作でみらいちゃ ? ﹂ ? ﹁ええ。それが私の願い﹂ かずみの過去で見せてくれた光景では確かそう言っていた。 る﹂編集者に出会うこと﹄だったよな ﹁海香ちゃん、魔法少女になる時の願いごとって﹃才能を認めてくれて﹁大事にしてくれ 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 561 ﹁じゃあ、その願いで出会った編集者さんてどんな人 そう聞くと彼女はくすりと小さく笑って答えた。 ﹁へぇー。男じゃなくてよかった﹂ ? 俺よりもイケメン ? ﹂ ? ﹁あ、あきらが馬鹿な事言うから﹂ てるので紅茶による浸食を防げない。 を拭おうとする。しかし、動揺しているらしく、明らかにハンカチのようなもので拭い 指を差して言うと、広がってテーブルクロスに染み込む紅茶にようやく気付き、それ ﹁ああ。海香ちゃん、零れてる零れてる﹂ ﹁⋮⋮な、なにを言って﹂ その際にティーカップに当たり、中の紅茶がテーブルを汚した。 ら自分の手を逃がす。 しばし、驚いたような顔をした海香ちゃんは急に頬を赤く染めると、ばっと俺の手か を見つめた。 俺は海香ちゃんの手にそっと自分の手を添える。少し期待するような流し目で彼女 ﹁だって⋮⋮恋敵が大人の男性だったら勝ち目がないじゃん﹂ ﹁男性だったら何か問題があったの ﹂ ﹁女性の方よ。とても私に良くしてくれるの﹂ 562 ﹁俺はそれなりに真面目だぜ ﹂ ﹂ ? ﹂ 目を逸らし、煮え切らない態度を取る彼女に俺は再度問う。 ﹁そうじゃないけど⋮⋮﹂ ﹁海香ちゃんは俺のこと、嫌いか そっと頬に手を添える。テーブルクロスをハンカチで拭う手は既に止まっている。 ら、男に対しての免疫がまるでない。 思った通り、海香ちゃんは俺に気があるご様子。女の子ばかりと付き合っているか 素振りは見せない。 本格的に口説きに入ろうと、顔を近付ける。より一層顔を赤らめる彼女だが、嫌がる ? ? ﹁かずみに何が﹂ ﹁二階で何かあったみたいだ ﹂ 俺はまるで驚いたような顔で海香ちゃんを見つめる。 これは、かずみちゃんの叫び声だ。みらいちゃんめ、しくじったのか。 ﹁ガアアアアアアアアアアアアアアアア‼﹂ 自分の唇を彼女の唇に近付ける⋮⋮寸前に二階から絶叫が響く。 海香ちゃんは答えない。それが無言の肯定だと俺には分かった。 ﹁じゃあさ、今海香ちゃんにキスしたら⋮⋮怒る 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 563 ! ﹁取りあえず二階に向かおう ﹂ だが、彼女もまた同じように。 必殺の一撃。 た後にみらいちゃんは大剣を振るう。 無数のテディベアを召喚する魔法﹁ラ・ベスティア﹂を使い、かずみちゃんを拘束し ずみちゃんがみらいちゃんと戦っていた。 俺は海香ちゃんと一緒に二階に上がるとそこでは獣のように牙を剥き出しにしたか ! ボクの⋮⋮﹂ ! それはカオルちゃんの肉体硬化の魔法﹁カピターノ・ポテンザ﹂だ。 んの大剣を打ち砕く。 俺のその想像に答えるようにかずみちゃんはその右腕を鋼のように変え、みらいちゃ か。 だとするなら、かずみちゃんはプレイアデス聖団の魔法を使えるのではないのだろう ちゃんを造った﹂と。 み ら い ち ゃ ん は あ の 時 に 言 っ て い た。﹁プ レ イ ア デ ス 聖 団 の 魔 法 を 合 わ せ て か ず み ﹁なっ⋮⋮これは 無数のテディベアを生み出し、みらいちゃんを襲わせた。 ﹁ラ・ベスディアアアアアアアアアアア‼﹂ 564 ﹁この魔女めぇぇ ﹂ ﹁ガ、アアアアアアアアアアアアアアアア とかずみちゃんは正気に戻った。 ﹂ 潰れたトマトのようにジョブチェンジしたみらいちゃんに満足したのか、そこでやっ 化した足で何度も何度も踏み砕く。 主を失ったテディベアは溶けるように消え、抜け殻と化したみらいちゃんの身体を硬 は残されていない様子だ。 その迷いのなさたるや、俺も感心するほどだった。もはや、今のかずみちゃんに理性 に変形した薄桃色のソウルジェムを掴み取り、握り潰す。 海香ちゃんの叫びも空しく、かずみちゃんの拳はみらいちゃんの首元にあるハート型 ﹁やめて、かずみっ‼﹂ ! ! 俺はおずおずと彼女に切り出した。 !? 怯えるような瞳で俺を、そして、海香ちゃんを見る。 その言葉に反応したのはかずみちゃんだけではなく、海香ちゃんもだった。 ﹁か、かずみちゃん⋮⋮アンタ⋮⋮本当にかずみちゃんなのか ﹂ そんなモン、見りゃ分かるよと言いたかったが、シリアスさは保たなければいけない。 ﹁わ、私⋮⋮嘘。嘘嘘嘘⋮⋮みらいを殺しちゃった⋮⋮﹂ 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 565 ﹁みらいは言ってた⋮⋮私、プレイアデスに作られた魔法少女だって⋮⋮ミチルって子 の偽物だって⋮⋮﹂ 初耳なんだけど。 ? 俺は内心大爆笑しながら、この茶番を心から楽しんだ。 ﹁とにかく、ニコちゃんにも連絡しよう。⋮⋮みらいちゃんのことも﹂ ﹁何で⋮⋮何でこんな事に⋮⋮﹂ た。 思わぬ話に心躍るも俺は深刻そうな演技を崩さず、海香ちゃんの隣で彼女の肩を抱い じゃあ、俺も使えるじゃん、その魔法。今度、ドラ│ゴ状態の時に使おう。 え、サキちゃん。瞬間移動の魔法使えたの ﹁⋮⋮瞬間移動。サキの魔法を使ったんだ⋮⋮﹂ で消える。 俺と海香ちゃんは彼女の名前を呼びながら窓の外を見るが、かずみちゃんの姿は空中 二階の窓から飛び出していく。 ぼろぼろと堪えられなくなったように涙を流し、かずみちゃんは窓ガラスを砕いて、 ﹁⋮⋮本当、なんだ。私、人間じゃ、ないんだ⋮⋮﹂ 答えられない海香ちゃんにかずみちゃんは泣きそうな顔で言った。 ﹁かずみ。それは⋮⋮それ、は﹂ 566 第三十六話 楽しき茶番と素敵な玩具 567 さてさて、かずみちゃんはどうなるのだろうか。ちゃんと最後まで俺を楽しませろ よ、愉快な玩具たち。 私は何 ∼かずみ視点∼ 私は誰 だって、だって、だって。 作り物なんかじゃない。私は人間だ 和沙ミチルなんて知らない。私はかずみだ ? みらいを殺してしまった私を助けてくれる人なんて、どこにも居ない。 ろう。 でも、その言葉は声にならない。言ったところで、誰が私を助けてくれると言うのだ 助けてよ。誰か、助けて。││私を助けて。 行く当てもない逃避行。どこに行けば逃げ切れるのか。どこに行けば救われるのか。 る。 身体が震える。涙が止まらない。どこへ行けばいいのか分からないのに、歩き続け それを認めたら、私独りぼっちじゃないか。 ! ! ? 第三十七話 彷徨える魔法少女 568 人ですらない。ヒトモドキの受け入れてくれる人なんて誰も居ない。 ﹁でも、悲しいよ⋮⋮辛いよ⋮⋮﹂ 泣き言が漏れ、私は道端にしゃがみ込む。足元を見れば、私は裸足だった。 アスファルトの破片が突き刺さり、足の皮が剥がれて血が垂れている。人間ではない のに流れる血は赤いのかと下らない事を思った。 ポツリと冷たい雫が私の頬に当たる。 見上げればいつの間にか、空は曇り、すぐに雨が降り出してきた。 私の心を表しているような空に悲しくなって、涙がまた染み出してくる。 ││誰か、私を助けて。 心が割れそうなくらいに強い想いと共に泣き出してしまう。 ﹂ ? ﹁大丈夫か 蹲って泣いているようだが⋮⋮何か困り事か ﹂ ? しゃがみ込んでいる私に向かって、手を差し伸べてきた彼は事もなく、こう言った。 ? 顔立ちは凛々しく、堂々とした佇まいの彼は私に尋ねてきた。 ずに雨に濡れている。 声を掛けられて振り返ると、そこには高校生くらいの男の子が立っていた。傘も持た ﹁⋮⋮え ﹁おい、そこの君﹂ 第三十七話 彷徨える魔法少女 569 ﹁俺で良ければ、助けになるぞ ﹂ 目頭が熱くなり、また涙が頬を伝う。さっきまでの涙とは違う、温かな涙だった。 当たり前のように、気負う事なく、私にそう言ったのだ。 ? ? やるべきではなかったと今確信した﹂ ? ﹁よく言われる。俺は頭が悪い﹂ した様子も見せず、彼はこう返した。 真面目な顔でおかしな事をする彼に私は失礼な発言をしてしまう。けれど、気分を害 ﹁お兄さん⋮⋮ひょっとした馬鹿なの ﹂ ﹁こうすると俺は小さい頃泣き止んだとお袋は言っていた。だが、そうだな。雨の中で 上げた彼は、赤ん坊をあやす様に揺する。 膝の後ろと背中に手を回すお姫様抱っこだ。中学生くらいの私を意図も容易く抱き ﹁わっ⋮⋮﹂ ず、私を落ち着かせようと悩んだ挙句、いきなり私を持ち上げた。 泣きながら笑う私にその人は困惑した風に謝罪を繰り返す。雨に濡れるのも気にせ 頭を下げた彼に今度はおかしさが込み上げて、少しだけ気分が軽くなった。 とにかく、すまん﹂ ﹁さらに泣いてしまった。俺のせいか 顔が怖かったか、態度が威圧的だったのか。 570 ﹁でも、優しい人だね﹂ ﹁それもよく言われる﹂ 悪い人じゃない。そう直感で思った。 ﹁⋮⋮正直だね﹂ あきらと違って表情が硬いし、少し言葉足らずな部分があるけど、この人は優しい人 なのだろう。 その時、﹁ぐう﹂と小さな音がした。私のお腹がなる音だった。 ﹁何だ腹が減って泣いていたのか﹂ ﹁いや、それだけじゃないけど⋮⋮﹂ ﹂ ﹁俺の家は洋食屋だ。飯くらい出してもらえる﹂ ? 彼が私を連れてくれた場所は小さめの洋食店で看板には﹃洋食店・アンタレス﹄と書 いけれど、かなり不器用な人なんだろう。 不思議な人だなと思う反面、この人ちょっと大丈夫かなと不安になる。悪い人ではな ﹁とにかく、家へ来い。ここだと雨で濡れるからな﹂ 同時に私の問いに彼は答える。 いまいち要領を得ない彼は私をお姫様抱っこしたまま、スタスタと歩き出した。 ﹁えっと⋮⋮それどういう意味 第三十七話 彷徨える魔法少女 571 かれていた。 ﹂ そのお店の玄関を足を使って器用に開けると、彼は私を抱えたままお店に入って行 く。 ﹁お袋、今帰った﹂ ﹁何言ってんだい ﹂ 高校もサボった上に店の手伝いもせずにブラブラ遊び呆けた馬鹿 息子が⋮⋮ってその子、どうしたんだい ? に疑わしい目を彼に向けた。 ﹁攫ってきたんじゃなかろうね ﹂ 抱き上げられている私にようやく気が付いた彼のお母さんは驚いた顔をした後、すぐ ? ! 叩く。 しかし、女性というか、彼のお母さんらしい人は怒りを鎮めず、再び彼の頭をお玉で 如何なものだろうか﹂ ﹁お袋よ。帰って来た息子にお帰りの声もなく、罵声と共に調理用具で頭部を叩くのは 叩かれた彼は微動だせず、女性に文句を言う。 ンと叩いた。 店の奥恰幅のよい割烹着を着た中年の女性が現れたかと思うと、お玉で彼の頭をパカ かっぷく ﹁この馬鹿たれ大火 ! 572 ﹁お袋は俺をそんな人間に育てたのか が付き、私の顔を覗き込む。 ﹂ タイカという名前らしい彼は私の事を話そうとしたのか、口を開くがすぐに何かに気 いのか分からないかったので黙って事の成り行きを見ていた。 会話の受け答えなんか聞いていておかしい気がしたけれど、それにどう突っ込めばい ⋮⋮凄い親子だな。 ﹁なら良し﹂ ﹁答えはいいえだ﹂ ﹁質問には、はいか、いいえで答えなって躾けたつもりなんだけど﹂ ? ﹂ ? かわす。 ? タイカのお母さんは怪訝そうな目でタイカを睨む。 ﹁大火。あんた、名前も知らない子を抱きかかえて来たのかい ﹁そうなるな﹂ ﹂ 私も私でタイミングが掴めず、名乗れなかったのでそこで初めてお互いに自己紹介を ﹁かずみ。私はかずみ﹂ た。俺は赤司大火という、君は ﹁そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったな。というか俺の自己紹介もまだだっ 第三十七話 彷徨える魔法少女 573 ﹂ 俺はただ、腹を ﹁一人息子が犯罪者になるなんて、死んだ旦那に合わす顔がないよ⋮⋮﹂ ﹁犯罪者は皆そう言うんだよ﹂ 空かせて泣いていたこの子を抱えて来ただけで何もやましい事はないぞ ! ﹁お袋、俺にも何か作ってくれ﹂ そこでタイカはようやく、私を座席の一つに降ろして、自分も向かい側に座る。 と厨房の方に向かった。 私がお腹を空かせていると知ると、タイカのお母さんは今すぐ何か作ってあげるから だ事を安心している様子だった。 タイカは﹁明らかに対応が違う⋮⋮﹂と渋い顔をしていたが、誘拐犯にされずに済ん こちらを見る。 私がそういうと110のダイアルを押しかけていた手が止まり、タイカのお母さんは ﹁おやまあ、そうなのかい﹂ くれて﹂ ﹁えっと、タイカの言ってることは本当です。私、道端で泣いているのをタイカが助けて このまま放っておくと本気で通報しかねないので、私も彼を擁護する。 奥 に あ る 固 定 電 話 か ら 通 報 し よ う と す る お 母 さ ん を 急 い で 止 め よ う と す る タ イ カ。 ! ﹁待て待て、お袋。自然な動作で警察に通報しようとするのは止めろ 574 ﹁自分でやんなー ﹁⋮⋮え ﹂ ﹂ ﹂ オルを受け取ろうとしない私に郷を煮やしたようで勝手に私の頭を拭き始めた。 ごう なぜこの人は、私について聞かないのだろうかと疑問を覚えていると、いつまでもタ そして、それを私に向けて差し出す。 店の奥から大きめのタオルを持ってきてくれた。 思いがけない言葉に呆然とした。だけど、彼は勝手に何かを納得してから席を立ち、 ? ? た。 そう思った私は返せる答えを持たず、俯くがタイカが言った事はまったく別の事だっ ⋮⋮どうしてあそこで泣いていたのか、聞かれる。 ﹁なあ、かずみ﹂ 無言で私の事を眺めていた彼だったが、やがて口を開いた。 のような引き締まった顔をしていた。 母親と話していた時とは違う、間の抜けた感じのする表情ではなく、最初に合った時 しょんぼりとしたタイカは溜息を吐いた後、私の方に向き直った。 ﹁扱いが違うぞ、お袋よ⋮⋮﹂ ! ﹁髪が濡れて寒いだろう 第三十七話 彷徨える魔法少女 575 ﹁ちょっと⋮⋮タイカ﹂ ﹂ ? どこから来たとか、何で泣いていたのかとか﹂ ? た。 彼をただぼんやりと眺めていると、タイカのお母さんが料理を作って持って来てくれ 掴みどころのないあきらとは違う、明け透けでどこまでも真っ直ぐな男の子。 テレビに出てくる正義のヒーローのような、そういう心に強さを持った人だ。 きっぱりと男らしく言い切るその姿に私は、強い憧れと格好良さを感じた。まるで、 ﹁聞いてほしいのなら聞く。だが、話したくない事を詮索する趣味はない﹂ ﹁私の事、聞かないの 私を見て、ちょっと自分の仕事に満足げな顔をしている。 髪を拭き終えた彼は湿ったタオルを剥がし、テーブルの小脇に置いた。 ﹁何だ ﹁タイカ⋮⋮﹂ い。 でも、居なくなってしまった。もう帰って来ない。そして、私も海香の家には帰れな 女はお風呂上がりの私の髪を乾かしてくれた。 ごしごしと力強く濡れた髪を拭いてくれるタイカに私は、カオルの事を思い出す。彼 ﹁髪は女の命だと聞く。ショートカットだからと言って、油断しているとすぐに痛むぞ﹂ 576 ﹁はい。かずみちゃんだったっけ。お待ちどう様﹂ ﹁ありがとう。タイカのお母さん﹂ 優しく微笑むとおばちゃんは優しげな顔で私を撫でた。 ﹁おばちゃんでいいよ、おばちゃんで﹂ 温かくて、優しい手のひらが頭に触れる。もしも、私が本当の人間だったなら、こん ﹂ な風なお母さんが居たのかもしれない。 ﹁おばちゃん、俺の分は 事を全然知ろうとしなかったんだ。 魔法少女として、街を守るために戦おうと思っていた癖に私はこの街に住む人たちの んて、今まで知らなかった。 面白い人だ。タイカもおばちゃんもこんなに温かい人たちが同じ街に住んでいるな タイカがおばちゃんをそう呼ぶと鬼神のような顔で彼を睨んだ。 ﹁ぶっ飛ばされたいか、クソガキ﹂ ? ﹂ ! スタがお皿に乗っていた。 出て来た料理はチキンのトマト煮とスパニッシュオムレツ、それにカルボナーラのパ ﹁うん、頂きます ﹁ほら、かずみちゃん。冷めちゃう前に召し上がれ﹂ 第三十七話 彷徨える魔法少女 577 どれも美味しくて、空腹だった私のお腹を満たして幸せにしてくれる。 ﹂ ? せいかん そう思っていた時に店の奥から、料理の乗ったお盆を持っておばちゃんが現れた。 お腹を空かせているのに、おばちゃんもちょっと酷い気がする。 を凝視しているので、やはり身体までは律しきれていない様子だった。 タイカは人に優しいのに自分には厳しいらしい。でも、口元から涎を流して私の料理 店の手伝いをサボった俺は罰せられるべきだろう﹂ ﹁いや、確かにお袋の言った事も一理ある。理由があったとはいえ、無断で高校を休み、 ﹁タイカも食べる 私がお皿を一つ差し出して、彼に聞いた。 笑する。 口の端からは涎が垂れている。精悍な顔つきに似合わない、はしたなさにちょっと苦 よだれ おばちゃんが厨房に戻っていた後、料理を食べている私をタイカはじっと見ていた。 ﹁おう⋮⋮﹂ ﹁学校と店の手伝いをサボって遊んでたアンタに食わせるもんはないよ﹂ ﹁お袋、俺には⋮⋮﹂ ﹁そうかい。そりゃ、よかった﹂ ﹁美味しい﹂ 578 ﹁タイカ。あんたは泣いてたかずみちゃんをここまで連れて来たんだったね﹂ ﹁ああ、そうだが﹂ おばちゃんはそのお盆をタイカの前に置いてくれた。乗っていた料理は私よりもか ﹁じゃあ、そのご褒美に特別に今日の店の手伝いをサボった事許してあげるよ﹂ なり量が多かった。 では、早速頂かせてもらう﹂ 何だかんだで、おばちゃんもタイカの事を大切に思っているのだろう。 ﹁お袋、ありがとう た。 かよりもよっぽどお腹が空いていたようで、五分も経たずにぺろりと平らげてしまっ テーブルに乗っていたフォークを手に取ると、豪快に料理を掻き込み始めた。私なん ! おばちゃんとタイカだけでお店を切り盛りしているのか、それとも他の従業員は今日 私も料理を綺麗に残さず、食べ終えるとお皿の乗ったお盆を持って、厨房に行く。 言って、去った。 タイカもお盆を持って、それに続いた。私に向けて、振り返るとゆっくり食べろと そう言っておばちゃんはまた厨房へと引っ込んでいく。 ﹁なら、皿は自分で洗いな。かずみちゃんはもちろん、いいからね﹂ ﹁旨かったぞ﹂ 第三十七話 彷徨える魔法少女 579 は来ないだけなのか分からなかったが、そこには二人しかいなかった。 早く、ここから出て行かないと。 足りない。 魔女に、化け物になる前に、こんな幸せな体験をさせてもらった事は感謝しても、し いた。 優しさをもらった。この二人が居なかったら、私の心は今も凍てついたようになって ﹁いいんです。ご飯、食べさせてもらったし⋮⋮それに﹂ ﹁ありがとね、かずみちゃん。店の手伝いなんてさせちゃって﹂ 手伝わせてもらった。 その後、おばちゃんにお願いして、お客さんが使った食器もタイカと一緒に洗うのを 子なんだなと改めて思った。 硬い表情のタイカが浮かべた笑顔はおばちゃんのものによく似ている。やっぱり、親 タイカの隣に並んで皿を洗い始めると、彼は私の方を見て、優しく笑った。 けと言って、やらせてくれた。 頭を下げて頼み込むとおばちゃんは困った風に私を見た後、それじゃあ自分のお皿だ ﹁いえ、私もお皿洗い手伝わせてください﹂ ﹁お、いい食べっぷりだね。かずみちゃん。お皿はそこに置いてくれればいいから﹂ 580 私はまたいつ魔女になってもおかしくないんだから。 ﹁⋮⋮ありがとうございました﹂ そう言いながら、私は店の玄関から立ち去ろうとする。 ﹁そういえば、お袋﹂ すると、突然タイカが何かを思い出したようにおばちゃんに話し出した。 ﹁確か、住み込みで店の手伝いのバイトを探していたな﹂ ﹁⋮⋮ああ、そうだったねぇ。すっかり忘れていたよ。誰か居ないもんかね、皿洗いが上 手で元気のいい子﹂ おばちゃんもそれに合わせてとぼけた調子でそんな事を言い出す。 ﹂ じわりと目頭が熱くなる。あれだけ泣いたのにまだ零れる涙があるなんて。 ? ﹂ ? 優しい顔で私を見ながら。 震える声で尋ねた私に二人は同時に頷いた。 ﹁⋮⋮私、ここに居ていいんですか もう、堪えられない。抑えられない想いが雫になって瞳を濡らした。 二人は同時に私の方へ顔を向けた。 ﹁すぐに現れてくれるといいんだけどねぇ﹂ ﹁住み込みで働いてくれる子なんて今時なかなか居ないだろう 第三十七話 彷徨える魔法少女 581 ミチルの代わりとしてじゃない、﹃かずみ﹄としての初めての居場所が。 私には居場所ができた。 ﹁かずみ、これからよろしく頼む﹂ 582 たかずみの方が上となると恥ずかしい限りだ。 俺としても先輩風を吹かせるつもりはなかったが、流石に仕事のほとんどが後から来 るほどだ。 立っている。すっかりこの店の看板娘として馴染んでしまい、彼女目当てで来る客もい かずみは元々、人懐っこい性格をしていて、料理にも造詣があり、俺よりも店の役に については自分よりも幼い相手だったからと答えさせてもらう。 ならば、浮浪者は何故同じように施しをしないのかと返されるかもしれないが、それ ない。 何故、彼女を拾ってきたのかと問われれば、彼女が困っていたからとしか言いようが ので良しとしている。 名前以外何も分からないが、取り合えず、いい子だという事はこの一週間で分かった かずみという少女が家に来て一週間が過ぎた。 ∼赤司大火視点∼ 第三十八話 兄妹の絆 第三十八話 兄妹の絆 583 家でも洗濯、掃除といった家事も俺よりも上手いので立つ瀬がない。 俺たちとかずみの間に張られた見えない壁があるようで、少しだけ悲しく感じてい しなかった。 この一週間どれだけ俺とお袋が言おうともそこだけはかずみは頑として譲ろうとは なる。 ただ、どれだけ彼女に言っても﹃居候﹄という点だけは主張するため、話が平行線に それはお袋も最初にかずみが入らせようと思ったのではなかろうか。 ﹁おばちゃんは後でいいってさ﹂ ﹁ならお袋に⋮⋮﹂ ﹁私、居候なんだから、一番風呂なんて駄目だよ﹂ しかし、かずみは俺の配慮を知ってか知らずか、首を横に振った。 正確な年齢は知らないが、年頃の女子ならばそういった事には敏感だろう。 請け合いだ。 していたのでそれなりに汗を掻いている。少なくても俺の後に入れば湯船が汚れる事 俺は日課のランニングと称して、ドラ│ゴやその部下の魔物が現れないか、見回りを ﹁ああ。いや、かずみが先に入っていいぞ﹂ ﹁タイカー、お風呂沸いたよー﹂ 584 た。 ﹁なあ、かずみ。俺はお前の事をもう家族だと思っている。お袋だって同じだ。期間は 短いがそれだけ俺たちはお前の事をそう思っている﹂ ﹁家族⋮⋮﹂ 彼女はそれを聞いて、複雑そうに俯いた。 かずみは身の上を隠している事が負い目になっているのかもしれない。 だが、それは俺たちが聞く事ではなく、彼女が自分から話そうとしない限りは始まら ないだろう。 故に俺は聞かない。お袋も聞かない。今はそれでいい。 まだ俯くかずみに力強く、俺は宣言する ﹁かずみ、俺たちは家族だ。お前はそう思ってなかったのかもしれないが、俺とお袋は勝 ﹂ ? 手にそう思っている。馬鹿だからな﹂ ﹁そっか。うん、分かった﹂ ﹁ああ。兄貴でも兄上でも好きに呼べ﹂ 俺はそれを見て大真面目に言った。 彼女の顔がいつものように人懐っこい笑顔に戻る。 ﹁くす⋮⋮何それ。じゃあ、タイカは私のお兄ちゃんなの 第三十八話 兄妹の絆 585 かしこ かずみはようやく変な遠慮を止めて俺たちの輪の中に入って来てくれたのだろう。 お互いにお互いが畏まっていても返って、不和をもたらしてしまう事もあるのだ。 ﹂ うんうんと頷いていると、凄まじい発言が彼女の口から飛び出した。 ﹁じゃあ、タイカ。一緒にお風呂入ろう﹂ ﹁⋮⋮何故、その結論に至ったんだ。プロセスを教えてくれ﹂ ﹁タイカは家族。家族なら、お風呂に一緒に入っても問題ない﹂ ﹁いや、異性の家族と一緒に入浴するのはある一定の年齢までだぞ ﹁お兄ちゃんなら平気平気。背中を流してあげるよ﹂ ﹂ ! 中では結局、裸なんだよ ? ? ﹁流石にここで着替えるのはやめろ﹂ ﹁なんで ﹂ れた俺はそのまま、脱衣所にまで連れて来られてしまった。 無邪気に喜んでいるかずみにやはり無理だとは言えず、かつてないほどに追い詰めら ﹁お風呂、お風呂、おっふっろ の方なのだ。ここで異性として見ているという発言は頂けないだろう。 断ろうと思ったが、それでは直前までの言動に矛盾が生じる。家族だと言ったのは俺 に、俺を風呂場まで引っ張って行こうとする。 ﹁問題ナッシーング﹂とかずみは危ない精神回路のスイッチでも入ってしまったよう ? 586 ﹁バスタオルを巻いてくれ。それが一緒に入浴する条件だ﹂ 渋々とした様子だったが、素直に要求を受け入れてくれたかずみは俺の後ろで服を脱 いで、バスタオルを巻いているようだった。絹ヅレの音が耳に響き、少しだけやましい 感情が顔をもたげたが、それを意志の力で捻じ伏せる。 全裸になり、腰に手拭いを巻き付けた俺は振り返らずに﹁先に入るぞ﹂と言ってから、 風呂場に入っていった。 身体に冷水を掛けて、雑念を振り払う。かずみは家族だ。例え、肌を露出していよう とも邪な思いを感じる道理がない。 ﹁入るよー﹂ ふともも 軽い声と共に入ってきたかずみは辛うじて、胸や足の付け根などの際どい部分は隠れ ていたものの、肩から鎖骨にかけての線やしなやかな太腿が惜しげもなく露わになって いた。 俺は蛇口を捻り、無言で頭から冷水を被る。その飛沫がかずみにも跳ね、彼女は小さ ﹂ 動揺するな俺。これは修行だ。己を律する修行に他ならない。 ? く驚いた声を上げた。 冷たいよ、タイカ。何でお湯使わないの ! ﹁ああ⋮⋮間違えた。そう、間違えたのだ﹂ ﹁わあっ 第三十八話 兄妹の絆 587 内心で心を無にするために般若心経を読経し始めたが、かずみはそんな事はお構いな しに俺に湯船のお湯を掛けると、濡らした手拭いにボディソープを塗り込み、泡立てて いく。 十分に泡立つとそれで俺の背中を擦り始める。手拭い越しに小さな手で俺の背中を 感触が伝わってくる。 ││ああ。これはやばい。何かがやばい。 ひたすらに心の奥で般若心経の読経を続ける。無心になれ、邪心を懐くな。 ﹂ そこで不意にかずみが手を休めずに、俺へ尋ねた。 ﹁タイカはさ。何で私に優しくしてくるの ﹁それはかずみが良い奴だからだ﹂ ﹂ 読経を止め、俺はその問いに少し悩んだ後、こう答えた。 ? どこか羨むようなその声に俺は首を横に振った。 ﹁タイカは正義のヒーローみたいなんだね﹂ ﹁場合による。そいつが改心できそうな奴ならば俺は助ける﹂ だが、そういう人間が困っていても手を貸さないかと言われれば、答えは否だ。 難しい質問だ。俺は確かに悪い奴は嫌いだ。 ﹁じゃあ、⋮⋮私が悪い奴なら助けなかった ? 588 俺はそんな格好いい人間ではない。単なるわがままな子供なだけだ。 ﹁俺はな、かずみ。昔、親父を強盗に殺されたんだ﹂ ﹂ ? だが、そんな都合のいい存在は居なかった。 いかと。 もしも正義のヒーローが居たならば、お袋は葬式で涙を流す事などなかったのではな もしも正義のヒーローが居たならば、親父は死ななかったのではないかと。 その時に思ったのだ。 それを目の当たりにして、俺の中に怒りの炎が灯った。 親父の葬式の日、いつも気丈にしていたお袋の涙を初めて見た。 悲しさよりも、不条理を感じた。 厨房の窓から男は逃げたが、その後、警察に捕まったと聞かされた。 男は俺にも刃物を向けて走ってきたが、起きてきたお袋が物を投げて助けてくれた。 その横には刃物を持った男が血走った目でこちらを見ていた。その男は強盗だった。 物音が方に歩いていけば、厨房で食材の仕込みをしていた親父が倒れていた。 夜遅くに物音がして、俺は目が覚めた。 あれはまだ俺が小学生だった頃の事。 ﹁え 第三十八話 兄妹の絆 589 ならばこそ、俺が守ればいい。俺が救えばいい。正義のヒーローが居ないのならば代 わりに俺がそれを為せばいい。 その時に誰にも涙など流させるものかと心に決めたのだ。 俺の中にその言葉は深く染み込んでいった。 特別な力のあるなしではなく、誰かのために何かできる人間がヒーローなのだと。 だから、正義のヒーローだとかずみは言った。 ﹁私の事、助けてくれたよね﹂ ﹁いや、俺は﹂ ﹁ううん。そんな事ないよ。やっぱりタイカは凄い⋮⋮正義のヒーローだよ﹂ ﹁すまん。少し過去など語るべきではなかった﹂ を感じる。 女の涙は見たくない。泣いている女を見ると、いつも心が締め付けられるような痛み を見るとかずみは泣いていた。俺の背に抱き着くようにして、涙を零している。 そこまで語り終えた時、下手糞な昔話を聞かせてしまったと己の失態に気付き、後ろ ままな子供なんだ﹂ ﹁だから、俺は正義のヒーローではない。そういう存在が居てほしいと願うただのわが 590 *** 色々あったが、無事二人での入浴が終わると、お互いに背を向けて着替えの服を身に 纏い、居間へと行く。 犬か猫のように首を振るだけで、ちゃんと髪を乾かさないかずみをバスタオルで拭い てやる。 ﹁くすぐったいよ、タイカ﹂ ││﹃見つけた﹄、と。 その時、蛾から声が聞こえた気がした。 虹色の羽を持つ、この辺りでは見た事ない種類の蛾だった。 そんな事を考えていると、居間の窓の外に蛾が一匹留まっていた。 は咎められるだろう。 いい傾向だと思う。お袋にもこの事を話してやろう。いや、流石に一緒に入浴した事 共に風呂に入ったおかげか、前と違ってかなり甘えてくるようになっていた。 は振り向いてまた微笑んだ。 居間で椅子に座ったかずみを後ろから、タオルとドライヤーで乾かしてやると、彼女 ﹁物臭な妹の髪を拭いてやるのも兄の務めだ﹂ 第三十八話 兄妹の絆 591 同時に頭の中で強い反応が響いた。これはあの前に鬼熊が暴れているのを察知した 時と同じもの。 即ち、魔物が接近したという反応だ。 危機感を感じる前に黄色の粉が窓の外を舞った。 強烈な苦しみが喉の奥から湧き上る。気が付けば、既に部屋の中にも黄色の粉が入っ ﹁がはっ⋮⋮﹂ てきていた。 体内を焼くような激痛に耐えられずに、膝を突いた。 これは││毒か ここで二人とも死ぬくらいなら、俺はかずみを殴ってでも逃がすつもりだった。 かずみは首を横に振って俺を背負おうとするが、それを睨んで止めさせる。 えた。 声と共に鉄臭い液体が喉から這い上がる。それを吐き出して、彼女に逃げるように伝 ﹁か、ずみ⋮⋮息を止め、逃げ、ろ⋮⋮﹂ 個人差があるのかもしれない。ならば、彼女の方が軽度なのは行幸だった。 彼女もまた苦しそうにしているが、よろめいている程度で俺よりも軽度に映った。 気が遠くなりそうな苦痛の中で、俺はかずみを見る。 ! 592 その想いが通じたようでかずみは泣きそうな顔をしながら、扉を開けて走っていく。 ⋮⋮そうだ。それでいい。 俺は意識が飛びそうになるのを堪えて、イーブルナッツの力を使い、辛うじて蠍の魔 物へと姿を変えた。 苦しい事には変わりないが、それでも人間の時よりは多少軽くなる。 ⋮⋮お袋の事も心配だ。 窓から這い出て、庭の方へ回るとと屋根の上には虹色の羽を持つ蛾の魔物が黄色の粉 ﹄ を撒き散らしながら羽ばたいている。その隣には赤い牛に乗ったかずみと同じくらい ﹄ の女子が宙に浮いていた。 ﹃お前らは⋮⋮ ﹃ああ、あなた魔物だったんだ。どうするユウリ ? ! ﹃ふざけるな。お前らの好きにさせるつもりはない﹄ ない。 何故、かずみの命を狙っているのかは知らないが、こいつらの好きにさせるつもりは う。 こいつらはカンナが言っていたドラ│ゴの部下の魔物と奴に協力する魔法少女だろ ﹁そっちは好きにしなよ。アタシはかずみを殺す﹂ 第三十八話 兄妹の絆 593 ﹁勝手に言ってろ。美羽、ここは任せる﹂ そう言って魔法少女は中空に浮かぶ牛ごと、店側の方へと向かって行く。 俺もそちらに向かおうとするが、それを蛾の魔物が阻もうと屋根から降りてきた。 今はお前に構っている暇はない﹄ ! ﹄ ? ﹃わたしは妹に優しい兄なんて認めない。そんな都合のいい存在なんて居る訳ない。だ 人間の面影のある顔からは堪え切れないという具合に黄色の複眼が点滅をしていた。 いる。 蛾の魔物は命令されたからという理由では説明ができないほどの憎悪を俺に向けて ﹃何 ﹃あなたになくても、わたしにはある﹄ ﹃退け 複数の鱗粉を使い分ける事でこの魔物は攻撃するようだ。 毒だけはなく、爆薬のような鱗粉も放てるようだ。黄色い粉は毒で、黒い粉が爆薬。 ﹃がっ、これは⋮⋮﹄ 黒い鱗粉が俺の身体に接触した瞬間、激しい爆発が起こり、後方へ吹き飛ばされた。 ばす。 女のような口調をする蛾の魔物は俺にそう言って虹色の羽から今度は黒い鱗粉を飛 ﹃あなたは通さない﹄ 594 から、あなたが殺したいほど許せない﹄ 理屈はほとんど理解できなかったが、どうにも蛾の魔物は﹁兄﹂という存在を憎悪し ているよう俺にはに思えた。俺とかずみのやり取りを見て抱えていた感情を爆発させ てしまったのかもしれない。 恐らく奴にも兄が居て、何か鬱屈とする背景が奴にもあったのだろう。だが、それを 慮っている暇はない。 かずみやお袋を助けにいくためにも速攻で倒す必要がある。 俺の大切な家族を危険に晒す敵を許すほど、俺は甘い男ではない。 怒りを感じているのは相手だけではないのだ。 ﹃そうか。だが、今の俺は優しい兄ではない。⋮⋮怒りに満ちた蠍だ﹄ 第三十八話 兄妹の絆 595 第三十九話 守れぬ誓い ∼氷室美羽視点∼ 一週間くらい前、あきらの家で﹃大乱闘スマッシュブラザーズ﹄でユウリと一緒に遊 んでいた時、ユウリに携帯電話に一通が届いた。 ユウリがメールを読んでいる隙に彼女の使っていたリンクをわたしが操るネスで倒 すと、急に彼女は立ち上がってわたしを見た。 ゲーム画面を止めずに放置してメールを読み始めたユウリに非があると思ったが、現 実で大乱闘されるとまずわたしが負けるので許しを請う。 い。 女の集団が内部で分裂して、かずみという名前の魔法少女が、一人行方を眩ませたらし 話を要約すると、あきらとユウリが敵対している﹃プレイアデス聖団﹄という魔法少 朗報と首を傾げたわたしにユウリは話し出した。 ﹁そんな事はどうでもいい。あきらから朗報が入った﹂ ﹁ごめんなさい。メール読んでる間に倒しました﹂ 596 そして、その捜索をユウリに一任するとの事。かずみの処遇はユウリに任せると書い てあったのだという。 ﹂ 正直、どうでもいい話だと感じたが、やけにユウリが楽しそうなので多分わたしも駆 り出されるのだと理解した。 ほら、来た。これだ。何だかんだで人遣いが荒い、女の子だと思う。 ﹁美羽。今日はお前、わたしの言う事を聞けとあきらに命令されていたよな でも、仕方ない。あきらが世界を壊してくれると約束した限り、わたしは彼の命令を のだろう。 あきらに振り回される事が、多かったから同じ事をわたしにして鬱憤を晴らしている わがままなところがある。 さっきまでゲームをしていたのも、ユウリがやりたがっていたからだったし、何かと ? 何でも聞く。わがままな魔法少女に従えと命令されたならばそうするだけだ。 ﹂ ? ﹂ ? 言葉だった。 兄の話題が出た瞬間にわたしの顔が強張る。その単語はできれば一生聞きたくない がする。お前もそれ、できる ﹁そうだな⋮⋮お前の兄は確か、自分の分身を使い魔として、情報を集める事ができた気 ﹁わかってるよ、ユウリ。それでわたしは何をすればいいの 第三十九話 守れぬ誓い 597 598 だけど、ここでできないと言えば、 ﹃アレ﹄より自分が劣っているように思えて殊更不 愉快だったので、蛾の魔物の姿になって試してみる。 意識を集中させ、虹色の羽から、自分の分身である小さな蛾を生まれさせた。 やってみると意外に簡単で、数十匹の蛾たちはわたしの意志に従って、視界や音など を共有する事ができた。 どこで手に入れたのか、かずみの写真を携帯電話から見せてもらい、その子を探すた めにわたしの分身たちを街に放った。 そして、一週間後の今日。 ようやく、探していたかずみを見つけた。 分身を通して、初めて彼女を見た時、わたしの中で憎悪が芽生えた。 見えた光景は仲睦まじい兄と妹のような、吐き気を催す光景だったからだ。 兄を慕う妹のようなかずみと、それに優しく接する兄のような少年の姿。思わず、毒 の鱗粉を窓から流し込んでしまうほどに憎しみが燃え上がった。 あんなものは存在しない。優しい兄など居ないのだ。 ﹃兄﹄という存在は理不尽で、不条理で、危害しか加えて来ないおぞましい生き物なの だ。 わたしは知っている﹃兄﹄は、愛と称してわたしを殴り、刃物で何度も傷付けてきた。 やめてとどれだけ嫌がっても暴力をひたすらに与えてきた。 笑いながら、とても楽しそうに⋮⋮。 それが﹃兄﹄だ。妹に優しさだと与える存在が、妹を甘やかそうとする存在が﹃兄﹄な 訳がない。 だからこそ、わたしは目の前に立つこの蠍の騎士のような魔物が許せない。 殺したいほど憎い。 ﹃散々、苦しんだ末に殺してあげる﹄ わたしは羽ばたき、鱗粉を蠍の騎士に振り撒いた。 今度は緑の鱗粉が周囲を覆った。 だが、関係ない﹄ ﹄ けれど、わたしを狙った彼の鋏はわたしには当たらず、空を切る。 れば、魔物状態でも頑丈な装甲を持たないわたしは簡単にやられてしまう。 振り降ろされたのは蠍の騎士による鋏の拳。大きな甲殻類にも似たその鋏が直撃す ﹃緑の粉 ? !? 緑の鱗粉は生き物の感覚を狂わせる惑わしの粉だ。五感だけでなく、平衡感覚も、距 体を土で汚す。 それどころか、無様にも勢いを殺せずに庭を転がった。白い美しいその鎧のような身 ﹃なっ、当たらない 第三十九話 守れぬ誓い 599 離感も掴めなくなる。 感 覚 が 狂 っ た 蠍 の 騎 士 は ま る で シ ャ ド ー ボ ク シ ン グ を す る よ う に 何 も な い 空 間 を 殴っては、道化のようにこけては倒れてを繰り返す。 そこにわたしは黒い鱗粉を飛ばす。 馬鹿みたいに虚空に殴りかかろうとする蠍の騎士に黒い鱗粉が付着すると、一瞬にし て爆発を起こす。 やはり毒の鱗粉がわたしには合っている。他の鱗粉も嫌いではないが、この粉が一番 ﹃ごはっ、ごほっ⋮⋮がっ⋮⋮﹄ 血を吐き出した。 吹き飛んだ蠍の騎士にそれが掛かると、縦に割れた仮面の口元のような部分から赤い 今度は黄色の鱗粉をパラパラと撒いてあげる。 想のような﹃兄﹄を壊せばもっと気分が良くなるだろう。 しばらく振りに自分が笑っているのを感じた。楽しい。この都合のいい妹が見た妄 ﹃ばっかみたい﹄ いい気味だ。惨めで見っともない。情けなさの塊。 爆風で吹き飛び、庭を囲う塀に打つかって、苦悶の声を漏らした。 ﹃がっ、く⋮⋮﹄ 600 わたしの思い描く﹃破滅﹄を体現してくれるのだ。 魔物状態である彼には即死はしないだろうが、今はそれが返ってよかった。 温かくなんかない。ただただ、惨めに死んでいくのが正しいの﹄ ﹃兄なんてものはこんな風に無様に苦しんで死んでいくものなの。優しくなんてない。 ああ。大嫌いな﹃アレ﹄もこうやって殺してやればよかった。そうすれば今よりも晴 れ晴れしい気分になったのに。 まあ、いいよ。これでこいつももう終わり⋮⋮。 ゆらりと蠍の騎士が立ち上がる。 ﹃⋮⋮それが、お前の言う兄なのか﹄ ﹄ 口から血を吐き、今も息絶え絶えにも関わらず、ボロボロの身体で起き上がってきた。 ? 今にも崩れ落ちそうな蠍の騎士は私に向かって吠える。 とは⋮⋮妹を⋮⋮﹄ ﹃⋮⋮言わせて、もら⋮⋮えれば、お前の、いう⋮⋮それは、兄など、では⋮⋮ない。兄、 ごみはごみらしく、さっさと散ってほしい。不快で不快で堪らない。 た。 鬱陶しい。もう風前の灯なのに、未だに格好付けようとするその姿に苛立ちを覚え ともしび ﹃この後の及んで、まだ悪足掻きするの 第三十九話 守れぬ誓い 601 ﹄ ! ならば、庭に巻かれた粉を吹き飛ばして、除去すればいい この反撃を逃せば、俺は奴に殺され、死ぬ事になるだろう。 度が限界だ。 身体は毒の鱗粉による手傷が残っており、もう魔物状態を保っていられるのは二分程 恵が回らない。ここまで追い詰められなければ考え付かなかった。 もっと早くにこの方法に気が付けば、よかったのだろうが如何せん俺は頭が悪く、知 る。 要するに換気をすれば空気乗っている鱗粉は俺には届かずに、周囲から取り除かれ いく。 遠心力を得て、さらなる加速を付けた俺の尻尾は空気と共に緑の鱗粉を吹き飛ばして 俺は後ろから生えた尻尾を振り上げ、円を描くように高速で回し始めた。 ! だが、緑の鱗粉を散らし、奴はまた俺を惑わそうとしている。 叫びと共に俺は蛾の魔物へと走り出す。 ∼赤司大火視点∼ ﹃妹を、守る存在だ 602 ││だが、かずみを、お袋を、家族を守るなら、この一撃に賭ける他ない。 ﹃くっ⋮⋮まだ余力があったなんて﹄ 羽ばたき、空へと逃げようとする蛾の魔物。この状況で空に逃げられれば俺に為す術 はない。 ⋮⋮ぜりゃあぁぁ‼﹄ スパイラル・キック 赤い悪魔さえも倒した俺の蹴りは見事に蛾の腹に差し込まれるように突き刺さる。 撃ち出した。 跳ねた右足を高く上げ、そこに螺旋状に尻尾を絡ませる﹃螺 旋 蹴 り﹄を蛾の中心部に 振り絞って一撃を放つ。 尾を振るのを止め、足と尾の三本をバネにして飛び上がりつつある奴に、最後の力を ﹃おおぉぉぉ ! 倒れた状態で、頭の端から血を垂らして俺を睨んでいた。 地面に落ちた衝撃で身体の骨を何本か折ってしまったのだろう。歪な形で仰向けに を変えている。 俺と同じく、人間に戻った蛾の魔物は白髪混じりの金髪の中学生くらいの少女へと姿 に叩き付けられた。 すべての力を使い切った俺は蠍の魔物から人の姿へと戻り、血反吐を吐きながら地面 ﹃がぁっ、そんな、まだ⋮⋮﹄ 第三十九話 守れぬ誓い 603 血の味がする口内を感じながら、力の入らぬ身体に鞭を打ち、どうにかして立ち上が る。 すると、血の混じった咳を交えながら、怨嗟に濡れる眼差しで少女は俺に言った。 家の外壁を伝い、どうにかこうにか歩き出すと、小さく火花が弾ける音が耳に響いた。 一刻も早く家族の元に駆けつけなければ││。 方に回るために走り出した。 俺は彼女の足元に落ちているイーブルナッツを取りあえず回収すると、急いで店側の もしれない。 にこびり付く。もしかするとドラ│ゴの狙いは俺の想像を遥かに凌駕するものなのか その少女が言った﹃世界の破滅﹄という単語だけが妙に意識が遠退きそうになる思考 実に負けていた。 恐るべき、強敵だった。鬼熊と違い、搦め手に徹したその戦い方は一歩間違えれば確 から そう最後に言い残して、彼女は目を閉じた。 ﹁世界の、破滅⋮⋮見たかったな⋮⋮でも、あいつ、なら⋮⋮やってくれ、る﹂ 漏らす。 眼光だけ人が殺せそうなほどの呪いを籠めた目を閉じた。そして、残念そうに呟きを ﹁あなた、は確かに、強い⋮⋮でも、それだけ⋮⋮あなたには⋮⋮何にも守れない﹂ 604 目を凝らせば、店側の方から火の手が上がっている。 どこだ、どこに居る‼﹂ しばし呆然とし掛けたが、状況を把握する。洋食屋﹃アンタレス﹄が燃えているのだ。 お袋 ! ﹁お前ぇぇ いな﹂ かずみをはなせ‼﹂ ﹁ああ。お前、美羽を倒したのか⋮⋮あいつが言ってた通り、トラぺジウムの奴は使えな ている。 法少女がかずみの首を掴み、持ち上げていた。彼女の足元にはお袋が転がるように倒れ 血を吐きながらも、気合と根気で走り出し、ようやく店の方まで回ると先ほど見た魔 ﹁かずみ ! 視線だけは魔法少女を捉えて離さない。 威勢よく叫んだはいいが、身体に限界が来て、とうとう膝から崩れ落ちる。それでも ! 帽子を被り、瞳孔が太極図のように割れた異形の顔となった。 ! 牙を剥き出しにして、魔法少女の手を喰らい付き、拘束から逃れた。 ﹁ちっ、魔女め。メールで教えられたとおり、人間じゃないんだってな ﹂ そう言いかけた瞬間、魔法少女に首を捕まれているかずみの姿が歪み、魔女のような ﹁かずみにそんな力がある訳⋮⋮﹂ ﹁一応、言っておくとこの店を燃やしたのはアタシじゃなくて、こいつだからな﹂ 第三十九話 守れぬ誓い 605 魔法少女が反対側の手で持っていた銃で、かずみを穿つ。 ﹂ に変形させてかずみは魔法少女へと飛び掛かる。 見ているものが信じられなかった。かずみが⋮⋮人間ではない 俺だ、大火だ 俺が分かるか、かずみ‼﹂ 今まで見てきたドラ│ゴの手下のようにイーブルナッツで操られているのか ﹁お袋 ⋮⋮嘘、嘘嘘嘘、私⋮⋮私、見られた。こんな醜い姿を、タイカに⋮⋮﹂ 一体何が⋮⋮﹂ いて行く。 取り残された俺は、今はお袋の安否を確認しようと這い蹲りながら、お袋の元に近付 背に乗って追いかけて行った。 それを見て、魔法少女も舌打ちをして、銃弾をかずみに向けて撃ちながら、赤い牛の 上がって逃げて行く。 俺が何かを口にするよりも早く、かずみは脱兎の如く、後ろを向いてこの場から飛び ﹁タイカ 俺の方を向いて、驚いたように目を見開いていた。 声を張り上げ、彼女に叫ぶとかずみは異形の瞳から、いつもの愛らしい瞳に戻る。 ﹁かずみ ! ? ? だが、撃たれた部分は僅かに黒い液体を垂らした程度で再び、塞がると手足を鉤爪状 ﹁かずみ ! ! ? 606 ! つぐ そこまで口に出して、俺は思わず口を噤んだ。胸から血を流している。 呼吸を辛うじてしているものの、一目で重傷だと分かる出血量だった。 俺が来た事に気が付くと、お袋は弱弱しく笑った。 ﹁大火、お前は無事みたいだね⋮⋮よかった﹂ お袋が、こんな⋮⋮﹂ 己の不甲斐なさに言葉を詰まらせて、泣きそうになる俺をお袋は叱咤する。 俺は正義のヒーローなどではなかったのだ。 魔物としての力を手に入れてからも、勝つ事はできても誰も守れていなかった。 きなかった。 ﹃あなたには何も守れない﹄。その通りだ。俺は守りたかった家族を守り切る事がで 蛾の魔物の少女の声が俺の中で再び反響する。 ﹁良くないだろう ! かずみの事をお袋に伝えないと。 そうだ。かずみだ。 ﹁かずみちゃん⋮⋮厄介な事情持ってるみたいだね⋮⋮﹂ それをお袋は指先で優しく拭ってくれる。 いつもと変わらない強気なお袋に俺は、さらに辛くなり、涙腺から雫を流した。 ﹁馬鹿たれ。男が簡単に泣くんじゃないよ、まったく⋮⋮﹂ 第三十九話 守れぬ誓い 607 ﹁お袋、かずみは⋮⋮﹂ 俺は行く。家族を助けるために。 こうしては居られない。ここでグズグズしている事こそ、お袋への侮辱だ。 誰かが呼んでくれた消防車がサイレンを鳴らしながら、近付いてくる。 満足げな顔でお袋は笑い、やがて目を閉じた。 お袋らしい激励の仕方だ。俺はこくりとそれに頷いて答えた。 弱弱しい身体でどこにそんな力を隠してと思うほどの力で額を叩かれた。 ﹁それなら、こんなババアに構ってんじゃないよ﹂ ﹁ああ。勿論だ﹂ もちろん どちらにしても同じだ。俺はその言葉に頷いた。 同じ事をずっと思っていたのだろうか。 あの時、話していた事をお袋は陰から聞いていたのだろうか。それとも俺とまったく ﹁お袋⋮⋮﹂ ﹁あの子、守っておやり⋮⋮お前は、お兄ちゃんなんだろ⋮⋮﹂ 俺の台詞を遮り、お袋は言った。 ﹁大火⋮⋮﹂ 608 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 ﹁海香ちゃーん。昼飯食おうぜ﹂ 四時限目の授業が終わり昼休みが来ると俺はいつも同じように海香ちゃんを誘って ほころ 昼食を取る。これが一週間前からのお互いの約束事のようになっていた。 彼女は俺がそういうと顔を綻ばせて、学生鞄から包みを二つ取り出した。 片方はもちろん、海香ちゃんの分、そして、もう片方は俺の分の弁当だ。 ﹁そう言ってくれると思っていれたのよ﹂ ぜ﹂ ﹁わー。俺、海香ちゃんが作ってくれたローストビーフ好きなんだよね。マジで嬉しい 包みをほどき、弁当箱をご開帳すると、俺の好物のローストビーフが顔を出す。 わと綿飴のような浮き雲が漂っていた。 それから屋上にあるベンチに座ってからランチタイムだ。澄み渡る青空にはほわほ 親指を立てて元気に答えた後、仲良く俺たちは校舎の屋上に上がる。 ﹁OK﹂ ﹁ええ。また屋上でいいかしら﹂ 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 609 610 俺の言葉に海香ちゃんは無邪気に喜んでくれる。彼女は本当にこの一週間で完全に 俺に依存するようになっていた。 仲間を失ってから辛うじて残っていた芯のようなものが折れて、かずみちゃんのこと を探すどころか俺にべったりと付き従っている。おまけに和沙ミチルがどう死んだの か、かずみちゃんをどう﹃製造﹄したかについてのこともみらいちゃんよりも詳細に教 えてくれた。 大切な友達だの、プレイアデスの絆だのはもはや海香ちゃんの中ではもはや俺という 存在以下のものに成り下がっているようだ。 ある意味において御崎海香という魔法少女は度重なる仲間の喪失⋮⋮いや、共犯者の 消滅により、壊れてしまったのだろう。一週間傍で過ごして分かったことだが、元々、そ んなに強い心を持っていた少女ではないのだ。 ただ和沙ミチルに対する恩とプレイアデス聖団という共犯者が居たからこそ、辛うじ て体裁を保っていたものが一気に瓦解したに過ぎない。 恐らくは彼女一人ならば、和沙ミチルを生き返らせようなどとは考えても、実行しよ うとは思わなかったとすら思う。いや、魔女になるという現実を逃避するためにかずみ ちゃんを造り出したと考える方が自然だな。 それくらいに海香ちゃんは弱い子だった。 そうでなければ、今子犬のように俺に懐き、甘えていられるはずがない。 賢いけれど、心の弱い女の子。それが海香ちゃん。 俺は笑った。 んだのかな そうだとすれば、一体誰に 海香ちゃんは俺とずっと一緒に居るから除外できる。最近、あまり御崎邸に顔を出さ ? と、誰かに倒されたのだろうか。 だが、暴走して死んだにしては街での事件になってないのが気になった。もしかする 元は気まぐれで作った下僕だ。死のうが、消えようが俺の心は一向に痛まない。 うであっても、さほど思うところはない。 ローストビーフを齧りながら、飽きていた玩具の一人を思い出す。俺としてはもしそ ? そういや、イーブルナッツをくれてやったリッキーを最近見かけないが、暴走して死 ねぇか。 なんて脆い絆なんだ。俺の作った即席のトラぺジウム征団とどっこいどっこいじゃ た。 表に出すのは優しく明るい爽やかな笑顔。だが、内心では嘲りの哄笑が溢れ返ってい ﹁あははっ﹂ 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 611 ないニコちゃんだろうか。それともあやせちゃんみたいに他所からやって来た新手の 魔法少女か。 もしくは⋮⋮とうとう表舞台に出てきた﹃黒幕﹄だろうか。 俺の見立てではその可能性が一番高いと見ていた。ユウリちゃんやあやせちゃんに イーブルナッツを与えた張本人にして、ある意味で大きな企みをしている第三者。 食べたソウルジェムから引き出したあやせちゃんの記憶では、フードを目深に被って いて顔は分からなかったが、声と身体つきでその人物が少女であることだけは確認でき た。 暫定的だが、イーブルナッツを生み出せる魔法を持つ、魔法少女として考えていいだ ろう。 魔法少女の魔法は妖精に願ったことに応じたものが与えられるという話だが、一体ど んな願いをすればイーブルナッツの製造の魔法になるんだが。 一通り弁当の中身を食べ終えて、最後に残しておいた串刺しのウズラの卵を見つめ て、思考を巡らす。 ﹂ 魔女の卵、グリーフシード。イーブルナッツはこれを参考にして⋮⋮。 そこまで考えてから、俺は一つの疑問が芽生えた。 ﹁海香ちゃん。魔女ってさ。ソウルジェムが濁ってなるものなんだよな ? 612 唐突な暗い話題を振られた彼女は露骨に嫌な表情を見せたが、頷いて答えてくれた。 ﹂ 最初のニコちゃんが、今までの俺が知っている﹃神那ニコ﹄であり、後から現れた方 大体、そうでなければいつから入れ替わっていたという話だしな。 少女だったとしたら、辻褄が合う。 つじつま だが、最初のニコちゃんが偽物という訳ではなく、後から出てきた方と別個体の魔法 ば本物と偽物違いは何かという話になる。 ているだけならまだ納得できるが、魔女にまでなるのは流石におかしい。そこまでいけ 何を思ってコピーの自分を願ったかは知らないが、コピーが魔法少女としての力を得 ていたのではないか。 だから、普通に最初の方が偽物だと思っていたのだが、その考え方がそもそも間違っ 言って、倒れている彼女の顔を消した。 なった。後から出てきた方のニコちゃんは彼女を魔法少女の願いで作ったコピーだと ラビーランドでの一戦で最初に居た方のニコちゃんはソウルジェムが砕け、魔女に ? ﹁⋮⋮ええ。そうよ。魔女はソウルジェム⋮⋮魔法少女の魂の成れの果て﹂ ﹂ ﹁だよな。それじゃあ、魔女になったってことは魔法少女だったってことになるよな ? 怪訝そうな海香ちゃんに返事を返さず、俺の中で高速に思考が収束していく。 ﹁そう、なるけれど⋮⋮あきら、何が言いたいの 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 613 は別の魔法少女⋮⋮つまるところ、偽物だったのだ。 ユウリちゃんと同じように姿を変える魔法か、はたまた別の魔法なのかは分からない が、ともかくラビーランド戦以降のニコちゃんは偽りの存在、ニコちゃんならぬニセ ちゃんだと考えていい。 確証はないが、ほぼ間違いないと思う。 なら、今度はニセちゃんとは何者なのかという新たな疑問が生まれる訳だが⋮⋮。 話が全然見えないのだけれど⋮⋮﹂ ? 実験 違う。恐らくそれは手段だ。実験だけならリスクを冒して表舞台に出る必要はない。 ? 彼女が介入してきた理由とは何か。イーブルナッツによる﹃魔物・魔女モドキ製造﹄の 凄まじい勢いで俺の頭脳は回転し、疑問の答えを弾き出していった。 彼女こそがイーブルナッツを作り、ユウリちゃんやあやせちゃんに流した人物だ。 と思うべきだった。 堕落した海香ちゃんに対して、仲間として何のアプローチをして来ない点でおかしい ズラの卵に齧り付く。 俺の漏らした言葉の意味を理解できずに首を傾げる海香ちゃん。それを無視してウ ﹁え、あきら ﹁そうか。ニセちゃんが黒幕なのか﹂ 614 プレイアデス聖団の壊滅 確かにそれはあるだろう。ユウリちゃんたちはいずれ ﹂ プレイアデスの魔法少女の皆さんの役割は終わった。既に事件の中心から外れた海 時だ。 た。そろそろかずみちゃんを探させているユウリちゃんとも合流したいし、ここらが潮 俺の意のままに操作してかずみちゃんを殺させようかと思ったが、それももう飽き い。 海香ちゃんがとうとう俺に問いかけてくる。もはや、この子には何の価値も感じな ? い気分になった。 完全にニセちゃんの目論見を俺は看破した。気分はなかなかに爽快で歌でも歌いた 弁当の中身を米粒一つ残さず平らげた俺は箸を置いて、空を仰いだ。 ﹁狙いはかずみちゃんだったのか﹂ 理解した。ニセちゃんが表舞台に出てきた目的、それは││。 あの時、俺はかずみちゃんを殺そうとした時、颯爽とニセちゃんは登場した。 そこまで考えて、最初にニセちゃんが最初に現れてきた時の状況を思い出した。 ただそれだとやはり表舞台に出てきた理由には⋮⋮。 もプレイアデスのメンバーを襲った点から見て、間違いはない。 ? ﹁さっきから何の事を言っているの 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 615 香ちゃんはさっさと退場してもらおう。 俺は海香ちゃんの顔を覗き込んで、何気ない調子で話し出す。 ﹂ ﹁海香ちゃん。俺さ、実は隠してたことあるんだけど聞いてくんない ﹁隠していた事⋮⋮ したのも俺だよ﹂ ﹁あき⋮⋮ら⋮⋮何、を⋮⋮言っているの りしてるだけかな ﹂ ﹂ ﹁嫌だな、海香ちゃん。ここまで言ってもまだ分からないの ? ? ﹃俺がドラ│ゴだよ﹄ ﹂ 愚かな少女に俺はこれ以上にないほど分かりやすく、一言ですべてを伝えた。 子。出会った頃はまだ賢さがあったのだが、恋と言うのは恐ろしいな。 海香ちゃんは俺が甘やかしすぎたせいでとことんお馬鹿さんになってしまったご様 ? それとも分からない振 ﹁それからね、カオルちゃんを殺したのも、みらいちゃんにかずみちゃんを殺させようと 何を言っているの、あきら││そう海香ちゃんは心底思っていることだろう。 理解が及ばないという風に彼女の表情が凍り付き、呆然と俺への視線を垂れ流す。 舌を出してお茶目にカミングアウトする。 ﹁うん、そう。実はサキちゃん殺したの、俺なんだ。てへっ﹂ ? ? 616 一瞬にして俺は魔物状態へ肉体を変化させ、黒い竜となり、海香ちゃんの眼の前にそ の姿を惜しげもなく晒した。 ほとば ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ﹁い、や⋮⋮いやあああああああああああああああああああああああああああああああ あああああああああああぁぁぁぁー‼﹂ 常に落ち着き払った海香ちゃんとは思えないほどの絶叫が彼女の口から迸る。 絹を裂くような悲鳴とはまさにこのこと。この悲鳴を聞くためだけに必要以上に優 高く積み上がった積み木をこの手で壊すような、地面に張っている しく振る舞っていたのだ。 ああ、最高だ 凍った大きな水溜まりを踏み砕くようなそんなカタルシスが俺の魂を震えさせる。 ! ひととき 最後まで大事に取っておいてよかった。本当にそう思わせる一時。 ! 中央に十字架のある、白いシスター服喪のような衣装。眼鏡をかけたその顔の額には 変えて、魔法少女に変身する。 涙を頬から流して怒気を露わにする海香ちゃんは指に嵌った指輪をソウルジェムに ﹁許さない⋮⋮私たちをどこまでも愚弄した貴方を、私は絶対に許さない ﹂ これだよな、やっぱ。思い切り人の心を踏みにじった時、心底俺は幸せを体感できる。 ﹃きんもぢいいいィィィィー‼ 極上の絶望の悲鳴、どうもありがとーございまァす﹄ 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 617 菱形になった海色のソウルジェムが光った。 私たちと来たモンだ。仲間のことなんざ早々に 俺は彼女の台詞を聞き、弾けるような嘲笑を送った。 ﹃あははははははははは。﹁私たち﹂ ﹁だ、黙れぇぇ ﹂ 海香ちゃん、情けないなァ﹄ ? ﹁黙れ黙れ黙れっ、﹃ピエトラディ・トゥオーノ﹄﹂ でくる。 俺が馬鹿にすると、いつぞやのサキちゃんのように逆上し、さらなる魔法を叩き込ん ﹃一人じゃ何もできないのかよ 羽ばたいて、避けると光球は俺にかすることさえなく、屋上から飛んで行ってしまう。 のものだった。 ただ、カオルちゃんが蹴ったものではないからか、速度は簡単に見切れてしまう程度 ﹃パラ・ディ・キャノーネ﹄の時に使った光球だ。 光の球がいくつも現れて俺目掛けて飛んで来る。前に見たカオルちゃんとの合体技 掛かれたページを見せた。 手に持っていた魔導書のような分厚い本を開くと、読むこともできないような文字が ! んだよ﹄ 忘れて色ボケしてたアンタが。あはははははは。どこまで笑わせてくれれば気が済む ? 618 本から浮かび上がった万年筆を円状に並べたような魔法陣が宙に浮かび上がり、そこ から雷撃が落ちてくる。 雷の魔法⋮⋮サキちゃんのものか。一瞬にしてこちらもサキちゃんの力を使い、白い 鱗へと身体を変化させた。 多少はダメージは受けたが、サキちゃんの力を使ったおかげでその雷の魔法に対する ﹃⋮⋮なるほど。他人の魔法をその本に記憶させて使えるのか﹄ 耐性があがったようで、大した痛手にはならなかった。 ﹄ ? ﹃さて、どうする ﹂ 今度は誰の技を使ってくるんだい、海香ちゃ∼ん ﹁⋮⋮﹃ロッソ・ファンタズマ﹄ ! ? ﹄ ? 直撃は免れたようだが、雷対決では俺の方に軍配が上がったようだ。 即座に魔法で自分を半球状のバリアを張り、攻撃を防ぐがすぐにそれは砕け散った。 ﹁くっ⋮⋮﹂ 流れ出した稲妻の閃光はまっすぐに彼女目掛けて飛んで行った。 俺は口から雷の奔流を吐き出し、海香ちゃんを襲わせる。 そして今度はこっちの手番だ。 ﹃ご明察。その魔法は俺にはほとんど聞かないぜ ﹁なっ⋮⋮、そうか、サキのソウルジェムを食べたから﹂ 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 619 きびす 再び、万年筆ようなの魔法陣が現れて、彼女がそれを潜ると七人に分身して、それぞ れが俺から踵を返して散り散りに逃げて行く。 自分の分身を出した時は挑発に乗るかと思いきや、そのまま俺を翻弄しつつ、この場 から逃げ出す算段の様子だ。腐ってもプレイアデス聖団の参謀、引き時を弁えている。 だが、フェンスを乗り越えて屋上から逃げようとした三人を雷撃の息吹で一掃し、俺 の脇をすり抜けようとしたニ人をそれぞれ両手の鉤爪で串刺しにし、尻尾を振るって一 人の頭部を弾き飛ばした。 攻撃を喰らった海香ちゃんはどれも幻影だったらしく、煙のように消えてしまう。ど れも外れだったようだ。 ﹄ 最後に残った本物は屋上の扉まで辿り着き、そこからまんまと逃げられた。 ﹃やるねェ、だ・け・ど俺にはこれがあるんだぜ クンのその場に縫い付けられたように身体が進まなかった。 そのまま、柔らかそうな身体に噛り付いてやろうと顔を伸ばすが、寸でのところでガ 情を見せてくれた。 一瞬で階段を駆け下りていた海香ちゃんにご対面すると彼女は恐怖に引きつった表 俺は屋上の真ん中から、屋上に続く階段の踊り場までその力を使って移動する。 最近知ったサキちゃんの魔法の一つ、﹃瞬間移動﹄。 ? 620 足元を見れば、両足が踊り場の床にめり込んでいた。瞬間移動した時に座標位置が悪 かったらしく、足が床に埋もれてしまったらしい。 この瞬間移動の魔法は体力を削るというデメリットがあるようだった。これなら飛 ﹃チッ、意外に使い勝手悪いな。この魔法、なんか疲れるし﹄ んで追いかけた方が早かったかもしれない。 俺のこの間抜けなミスを見逃さず、海香ちゃんは脇を通り抜けて走って行った。 この中学校から脱出して、ニセちゃんと合流するつもりだろう。そうなったら、そう なったで海香ちゃん的には助からない気がするが、ニセちゃんがニコちゃんの偽物なの を彼女はまだ知らない。 ﹂ 床を壊して、すぐに海香ちゃんを追いかけるがその途中に生徒と遭遇した。 !? 悲鳴を上げる暇さえも与えず、無力な彼らは炭へとジョブチェンジを果たしていく。 途中で途中で、教室や廊下に居る生徒や教師ごと燃やし尽して、進んで行った。 撒きながら、海香ちゃんを追いかけて下へ下へと降りて行く。 こうしてはいられないが、学校内だと騒ぎや何やらが起きて面倒だ。俺は火炎を振り 身体を黒の鱗に戻して、火炎を吐いて炭へと変えた。 ﹃うるさい。死ね﹄ ﹁うわあああああああ、ド、ドラゴン 第四十話 燃ゆる校舎と解ける謎 前編 621 622 そういえば、ここの校長はいつか必ず殺すと誓ったことを思い出す。理由はもう忘れ たが、海香ちゃんのついでに殺さないと。 市立あすなろ中学校の校舎は俺がきっちりと灰燼に帰してやろう。そう思いながら、 俺は窓や壁をことごとく燃やし続けた。 真っ赤な炎を上げてェー 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 校舎ーよ、燃えろー ﹄ ! ﹃燃ーえろよ、燃えろー ! を振りかけて、四階建ての校舎を駆け下りて行く。 一応、彼女の背中を見失わない程度の距離を保ちながら、ありとあらゆる障害物に炎 ロディーと共に炎の息吹を吐いた。 いかける。誰かが鳴らしたか分からない非常ベルの音をBGMにして俺は楽しげにメ 速攻で作った歌を歌いながら、俺はあすなろ中学校を燃やしながら、海香ちゃんを追 ! この学校に居る人間は一人も外に逃がすつもりはない。消防車が駆けつけるまでに 増やしていった。 逃げ出した生徒を窓から見つけては白い鱗に変化させ、稲妻の息吹を飛ばして殺人数を それまた一興という感じで俺は大勢の生徒を虐殺を繰り返す。時たま、うまく外まで は辛そうな顔で俺から逃げ続けている。 生徒の命が奪われていくのが精神的に来るのか、それともその両方なのか、海香ちゃん 一般人が焼き焦げて死んでいくのは魔法少女としては見過ごせないのか、同じ学校の ﹁くっ⋮⋮﹂ 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 623 はすべてを完膚なきまでに燃やしておきたいところだ。 一階まで来ると校長らしき年老いたおっさんが居たので宣言通りに直接鉤爪で臓物 を繰り付いて殺した。 ジェムの浄化が⋮⋮﹂ !? 親切にも説明しようとしてあげた時、件のジュゥべえがひらりとやって来て、俺の台 ﹃それはだなァ、ジュゥべえのジェム浄化システムが﹄ ﹁ど、どうして て、黒く濁った様相を呈した彼女のソウルジェムが落ちていた。 翼を羽ばたかせて、倒れた海香ちゃんに近付くとそのすぐ傍に外側の上澄みが剥がれ 俺は窓の付いた壁を燃やして崩すと、そこを破壊しながら中学校から這い出した。 どういう考えかと思ったが、すぐに理解したソウルジェムの限界が来たのだ。 だが、彼女はそこで蹲り、修道服に似た魔法少女の姿からあすなろ中の制服に戻った。 傍まで突き進んでいる。 遊び過ぎたと後悔して、窓の外を見るが魔法少女である彼女の足は速く、校門のすぐ 一瞬、気が付かなかった。 溜飲が下がったせいで、その間隙に海香ちゃんが熱で割れた窓から飛び出したことに 喉から凄まじい量の血を流し、眼球が零れんばかりに見開き、床を転がる。 ﹁おっばぁ⋮⋮﹂ 624 詞を遮った。 ﹃海香、ジェムを浄化させるぞ ﹄ 空中で回転してソウルジェムの穢れを吸い出そうとしたジュゥべえはいつものよう な行為と言わざると得なかった。 このシステム浄化が不完全であることを既に知っている俺からすれば、凄まじく無駄 ﹁お願い、ジュゥべえ⋮⋮﹂ ! ﹂ に浄化をしようとして、異常を来たしたように止まった。 ﹄ ﹁どうしたの、ジュゥべえ !? ﹂ !? ﹃海、香⋮⋮チャオ⋮⋮﹄ 対するジュゥべえの返答は意外にもあっさりしたものだった。 ﹁ジュゥべえ 海香ちゃんはそいつの名前を大声で呼んだ。 片言になった言葉を吐きながら、徐々にその体積を削っていくジュゥべえ。 ﹃分かんねえ⋮⋮オイラニモ、ヨ⋮⋮ク、ワカラ⋮⋮ナ﹄ その様子は砂で作った城が何かの拍子で崩れて落ちていくのによく似ていた。 浄 化 を せ ず に 地 面 に 着 地 し た ジ ュ ゥ べ え は そ の 身 体 を グ ズ グ ズ と 崩 壊 さ せ て い く。 !? ﹃ 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 625 別れの台詞を最後に、ジュゥべえが完全に消滅するとそこに残されたのはボロボロに 壊れたグリーフシードが二つほど残っていた。 多少なりともソウルジェムを浄化できていたのはそのグリーフシードのおかげだっ たようだ。 現状をまったく把握できていない海香ちゃんを哀れに思い、俺は丁寧な説明を再開し てあげた。 た。 ﹃まるでちょうど今思い出したみたいな言い方だな。忘れてたのか ? ではなかったあまりにも巨大な海香ちゃんの魔法陣が浮かんでいた。 上を向いて憎々しげに語る海香ちゃんにつられて何気なく、空を見上げるとさっきま ﹁⋮⋮そうね。今まで忘れていたわ。何もかもを⋮⋮﹂ ﹄ 正解を知っている、というよりも、たった今思い出したような口ぶりに俺は首を傾げ 俺の言葉の後を引き継ぐように彼女はぽつりと回答を口にする。 ﹁グリー、フシード⋮⋮﹂ しか綺麗になってなかった。ちゃんと綺麗にするには⋮⋮﹄ んだわ。アンタらが浄化してくれたユウリちゃんのソウルジェムもそういう風に外側 ﹃海香ちゃん。そのジュゥべえによるソウルジェムの浄化方法は正攻法じゃないらしい 626 ところどころに罅が入っているその魔法陣は俺が視認したとほぼ同時に砕け散って 消えてしまった。 球を食い物にする生命体││インキュベーター ﹂ ﹁そうよ。全部、思い出した。私たちを魔法少女にしたのは妖精なんかじゃない⋮⋮地 て俺たちの傍に白いジュゥべえが降り立っていた。 インキュベーターだか、ピンクローターだかの名前を呼んだ瞬間、トンと軽い音がし ! ジュゥべえよりもシンプルなそれはトコトコと近寄ってくると海香ちゃんに話しか けた。 ﹂ ! 思わせぶりな登場しやがって、俺がまるでおまけみたいになっちまっただろうが。 頭のようなその頭はひしゃげて、中から赤い血を流して死んだ。 何気なく、面構えが気に食わなかったので、尻尾で思い切り潰した。猫耳の付いた饅 ﹃えい﹄ これがそのキュゥべえと言われる生き物なのだろう。 ト。 その呼び方は前にあやせちゃんから聞いていた。魔法少女と契約する白いマスコッ ﹁キュゥべえ⋮⋮ ﹃久しぶりだね、御崎海香﹄ 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 627 念入りにビタンビタンと潰してペースト状にしてから海香ちゃんとの会話に戻る。 ﹃俺を知ってんのか ストーカーなのか ﹄ ? いない。 た。この変態マスコット野郎め⋮⋮。俺のちょっとエッチな行為に興奮していたに違 切れ気味で返すと途端にキュゥべえは俺から、海香ちゃんへと会話の相手を変更し ﹃御崎海香。記憶を思い出した君なら、ボクの言っている意味が分かるだろう﹄ ﹃やっぱり、ストーカーじゃねぇか。謝れよ、人のプライバシーを侵害しやがって﹄ ぐ傍で観察していたんだよ﹄ ﹃ボクはずっとこの街に居たからね。君たちはそれに気が付かなかっただけで、実はす ? 俺のことを知っているような言葉に俺は聞き返す。 ﹃それは君が言える台詞じゃないと思うよ。一樹あきら﹄ ﹃こ、こいつ⋮⋮自分の仲間を食べていやがる。なんて酷い生き物なんだ⋮⋮﹄ ト状のキュゥべえの死骸をはぐはぐと食べていた。 見れば、当たり前のようにどこからともなくやって来た別のキュゥべえが白いペース 殺したはずのキュゥべえがさも当たり前のように俺に話しかけた。 ﹃代わりはいくらでもあるけど、無意味に潰されるのは困るんだよね﹄ ﹃ごめんね。横入りが入っちまって﹄ 628 話題を振られた海香ちゃんは俺以上の憎しみの視線をキュゥべえに向けた。 ﹁誰もお前を完全に認識できないようにこの街に魔法を掛けた⋮⋮これ以上、魔法少女 を生まないために⋮⋮。そして、私たちもお前を記憶から完全に消した﹂ ﹃そう。そして、神那ニコはグリーフシードをプログラム化し、手に入れたボクたちの肉 体と掛け合わせることで浄化システムを作った﹄ ジュゥべえが残したボロボロのグリーフシードの残骸を弄りながら饒舌に変態マス コットは語る。 可愛さアピールのつもりなんだろうか。俺の百倍可愛いわ、ボケが。 んじゃないかな 故にソウルジェムは浄化されず、表面処理を施されるに留まった。 ﹃これはボクの仮定だけど君たちの誤算はインキュベーターの肉体を利用した事にある 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 んじゃない。 喧しい。ぽっと出の癖にだらだら話しやがって、せっかくの俺のお楽しみを邪魔する やかま 最後まで言わせずに苛立った俺はキュゥべえ⋮⋮いや、ピンクローターを燃やした。 ジェム浄化﹂を許す訳が⋮⋮﹄ る﹂ために存在していると言っても過言じゃない。その本能が﹁グリーフシードなしの ボクらインキュベーターは﹁希望が絶望に相転移する際に発生するエネルギーを回収す ? ﹃次出たらお前の心が折れるまで殲滅するからな。取りあえず、今はどっか行っとけ﹄ 629 ﹃訳が分からないよ、一樹あき⋮⋮﹄ ﹄ 即座に次が現れたが、即座に燃やすと流石に俺に何を言っても無駄と理解したようで 一旦現れなくなった。 それでいい。弁えろ、変態マスコット。お前の出番はない。 しゃく このままだと魔女になっちまうぜ 咳払いをしてから海香ちゃんに向き直り、俺は話を始めた。 ﹃海香ちゃん⋮⋮それでどうする ? た。 ﹄ しかし、俺はめげない男。ここから巻き返していく所存だ ﹃じゃーん。これグリーフシードォ 欲しいに決まってんだ。ねえ、海香ちゃん ? コちゃんが落としたグリーフシードはまだ手元に置いていた。 これ、欲しい ? ? それをこれ見よがしに海香ちゃんに見せつける。 ﹃ねぇ、欲しい ﹄ クラゲの魔女のグリーフシードはユウリちゃんにあげてしまったが、魔女になったニ ! ! おかげで色んな謎が一気に解明されたが、その代わりに俺のテンションは若干下がっ ばいいのかよく分からないが、この立場を持っていかれた感覚は非常に切なく感じる。 忌々しそうに言う海香ちゃんは俺よりもあの珍獣の方が許せないらしい。何と言え ﹁あなたに関係ないわ。インキュベーターを喜ばすのは癪だけど﹂ ? 630 口は真一文字に引き締められているが、彼女の瞳は雄弁に訴えていた。﹁それ﹂が欲し いと、魔女になどなりたくないと。 だが、俺がそれを渡す訳がないと確信しているから、そう口には出さない。 口にすれば、俺を喜ばせるだけだから。 だからこそ││。 ﹃うんうん、言わなくても分かるぜ。 欲しいんだな。それじゃあ、海香ちゃんのソウル ジェムを浄化してあげまーす﹄ 落ちている濁ったソウルジェムを拾うと、俺はそれに手持ちのグリーフシードを押し 当てる。 ほとんど黒になりかけていた彼女のソウルジェムから、濁りがグリーフシードに吸い 込まれていき、綺麗だった海色の宝石が輝きを取り戻す。 俺の行動の理由が分からないと言った具合に両目を見開き、俺を見つめた。 ﹂ ? 海香ちゃん﹂ ? 笑顔を浮かべて、俺は海香ちゃんに優しい眼差しを向けた。 る。 俺は姿を黒い竜から人間の姿へと戻して、手の上に乗せた彼女のソウルジェムを見せ ﹁決まっているだろ ﹁どう、して⋮⋮貴方が⋮⋮ 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 631 ﹁あきら⋮⋮もしかして、イーブルナッツの影響でおかしくなっていただけで、本当は ⋮⋮﹂ あきら﹄ ? 表情の変わらないマスコット顔で俺に非難の声を浴びせた。 海香ちゃんと会話が終わった途端に、またもやどこからかピンクローターが現れて、 ﹃だって、魔女になったらお前が喜ぶんだろ なら絶対にさせねぇよ﹄ ﹃せっかく、希望が絶望に相転移する瞬間だったのに君の行動は理解できないよ。一樹 なったグリーフシードを指で弾いた。 今も火の手を上げて燃え盛る校舎を背景に俺は高らかに笑った後、もはや用途のなく ら光が消える。 それはそれは甘美な味わいだった。絶望の表情を俺に向けたまま、海香ちゃんの瞳か 俺は彼女の浄化されたソウルジェムを口の中に入れると噛み砕いた。 ﹃そうだぜ、海香ちゃん。││その顔が見たかったんだ﹄ 海香ちゃんに差し込んでいた希望の光が、より強大な絶望に包まれる。 彼女の表情が大きく歪んだ。 再び、人間の姿から魔物形態に移行し、侮蔑の滲んだ嘲笑を彼女へと見せつける。 ﹃海香ちゃんの絶望に満ちた顔が見たいからでーす﹄ 632 こいつが何で絶望が希望に変わった時のエネルギーとやら求めてるかは知らないが、 俺がこいつの思い通りになってやる理由が存在しない。 を知ってるかい ﹄ ﹃全ては、この宇宙の寿命を伸ばすためなんだ。あきら、君はエントロピーっていう言葉 ﹃知らん﹄ てことさ﹄ ﹃簡単に例えると、焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないっ ? く。 そう吐き捨てると、俺は消防の人間が来る前に校舎の前に飛び上がり、口を大きく開 ﹃愚かな生き物だな、ピンクローターとやらは﹄ だけ無駄に殺されないと分からないのか。 てくることの意味を理解したようだ。学習能力のない奴め、個の概念がなかろうとこれ 言い終える前に燃やすと、もう目の前に現れなくなった。ようやく、俺の目の前に出 ﹃君に何を言っても無駄なようだね。これ以上、無意味に潰される前に帰るとする⋮⋮﹄ 捨て台詞を逃げて行った。 炎の息吹で焼失させると、次に現れたピンクローターは俺に説明をするのを諦めて、 ﹃うるさい。俺に講釈を垂れるな、ゴミが﹄ 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 633 ほぼないだろうが、生き残りが居ると不愉快なので、この校舎を完全に消滅させよう と決めていた。 まだ試したことのない、あやせちゃんとルカちゃんの魔法を見てみる機会だと思い、 彼女たちのソウルジェムの力を引き出す。まずはルカちゃんの力をと、鱗の色を変えよ うとした。 だが、鱗の色は白と赤のマーブル模様となる。浮かぶ力は二つ、ルカちゃんだけでな く、あやせちゃんの魔法が俺の中で浮上してくるのが分かった。 を俺に見せてくれた。 あらゆるものを消し飛ばす熱と冷気の息吹は想定していたよりも遥かに凶悪な威力 ﹃あははははははははははは。こいつは想像以上だぜ﹄ 後に残ったのは抉れたような荒れ地と、原形を留めていない建物の残骸のみ。 流れ出したその相反する息吹は合わせ技は、校舎を触れた場所から消滅させていく。 いて吹き荒れる。 俺の開いた口から湧き出すのは灼熱の炎と冷凍の息吹。超高熱と絶対冷度が渦を巻 彼女たちの記憶をサルベージした俺はその技を知っている。 あの時は見ることなく、トドメを刺したが、あやせちゃんたちが使おうとした奥の手。 ﹃なるほどな、俺の中でソウルジェムが一つに混ざったのか。こりゃあ、いい﹄ 634 第四十一話 燃ゆる校舎と解ける謎 後編 635 もう怖いものなど存在しない。この力なら、ニセちゃんやかずみちゃんでも簡単に消 し飛ばしてしまえる。 次第に近くなる消防車のサイレンを聞いた俺は、今度は海香ちゃんの魔法を行使する ことにした。 即ち、記憶操作の魔法。 鱗の色を海色に変えると、青空に巨大な魔法陣を描き出す。 この街に植え付けるものは二つ、﹃市立あすなろ中学校の校舎は地下にあった戦時中 の不発弾の暴発により、数年前に消し飛んだ﹄という記憶と﹃あすなろ中学校の校舎に 類する資料を認識をできなる﹄という現象。 これで少なくともこの街の住人はたった今起きたあすなろ中学校の校舎の消滅は誰 にも認識できなくなる。 やって来た消防団の人間は、自分がなぜこの場所に来てしまったのかさえ、分からな いだろう。 最強の攻撃力と、記憶と認識を操作する能力。 俺は洒落や冗談ではなく、もう名実ともに神と呼べる存在になった。 だったら、後にやることは一つだ。 神たる俺はやがて魔女になる哀れな魔法少女たちに⋮⋮天罰を与えてやろう。 絶望の宴編 生き物の﹃回復﹄というより、機械か何かの﹃改修﹄。 治癒じゃない⋮⋮これは再生だ。 てしまう。 それどころか、穿たれた弾痕はすぐに黒の血で固められて、傷跡さえも残さずに治っ 黒い絵の具のような血を流しながらも、奴はまったくスピードを緩めない。 捉え、食い込んだ。 苛立つ感情を抑え、手にした二丁の拳銃を撃ち鳴らす。弾丸は確かにかずみの背中を らない。 夜の街並みを見下ろしながら、コルと共に空を駆け抜けた。だが、一向に距離は縮ま 記憶の中の親友にアタシはそう言って、かずみを追い続けている。 ユウリ⋮⋮必ず復讐を果たしてやるからな。 ∼ユウリ視点∼ 第四十二話 集結する者たち 636 魔法というにはあまりにおぞましいそれは、見ているこちらの嫌悪感を煽る。 ﹁化け物め⋮⋮﹂ そう吐き捨てると、こちらの攻撃には無反応だったかずみは一瞬だけ反応した。 そ れ を 目 の 当 た り に し た ア タ シ は 薄 く 笑 っ た。こ い つ は 物 理 的 な ダ メ ー ジ よ り も、 ﹂ 人間モドキがまったく、お笑いだ。あきらが居たら大爆笑しているところだろう。 ﹃化け物﹄と呼ばれる方が傷付くらしい。 ﹁知ってるぞ。お前、プレイアデスに造られた魔法少女なんだって むしず ﹁人間でもない癖に人間ぶりやがって⋮⋮気持ちワルいな ﹂ かずみを追う速度を緩めずにアタシは侮蔑と嘲りの籠った言葉を投げつけてやる。 ? こいつを造ったプレイアデスにも同等の怒りが湧く。 丁前に悲しんでいるのが腹立たしい。 あからさまに傷付きましたという顔に虫唾が走った。プレイアデスの人形風情が、一 ﹁っ⋮⋮﹂ ! ﹂ ! 完膚なきまでにぶち壊してやる。 殺してやる。ゴミ屑のように踏みにじって、プレイアデスの大切にしていたこいつを ⋮⋮ふざけるんじゃない ﹁アタシからは友達を奪っておいて、自分たちは死んだ友達のクローン作って幸せって 第四十二話 集結する者たち 637 無言でコルにかずみへ突進攻撃を命令する。 しかし、かずみはその攻撃を避けようともする事なく、獣じみた腕から生えた鉤爪で ﹄ コルを切り裂いた。 いなな ﹃ブモォォォ ﹂ 偽物だって明かされて、家族って言ってくれた人にも 一声 嘶いた後、コルは魔力の粒子となって、消滅する。 ﹁⋮⋮あなたに何が分かるの 化け物だって知られた、私の気持ちが少しでもあなたに分かるの ? ﹂ ! た。 けれど、それは囮に過ぎない。僅かに意識と時間を浪費させられればそれでよかっ すぐにそのリング状の呪縛を魔力を籠めて、打ち砕く。 ﹁こんな拘束⋮⋮ 呪縛になって拘束する。 撃ち出した弾丸はかずみの獣のような手足に当たると、リング状に変わってそれぞれ たという事だけだ。 ただ一つ分かるのは、宙空で静止してくれたこの馬鹿はアタシにとっていい的になっ まと 知った事じゃない、そんな事。屑ども大切な人形の気持ちなんて理解したくもない。 かずみは動きを止めてアタシに向き直り、憤りの籠った叫ぶをぶつけてくれる。 !? !! 638 プレイアデスの人形 ﹃イル・トリアンゴロ﹄﹂ 本命はその隙に生み出したかずみの左右上下の空間に浮かび上がる四つの魔法陣。 ﹁ぶっ壊れろ ! ! 面に転がっていた。 アタシが復讐を取ってやったぞ‼﹂ 煙が晴れると文字通り、ぐしゃぐしゃに消し飛んだかずみの死体が宙から落ちて、地 凄まじい煙が空を覆うように発生し、そして、霧散した。 荒れる。 それを四方向から同時に爆発させた。膨れ上がった魔力がかずみの至近距離で吹き 前の時よりも遥かに強力になっている。 あきらからもらったグリーフシードを使い、魔力を完全に回復させているこの魔法は 魔法だ。 魔方陣を出現させ大爆発させる魔法﹃イル・トリアンゴロ﹄。アタシが持つ最大威力の ! やったぞ、ユウリ ! 惨めな姿になったそれはより一層、甘美な余韻を与えてくれる。 中でぽつりとかずみだった残骸が落ちていた。 下に広がっていたのは少し大きめの広場だった。石畳で舗装されたその場所の真ん 体の元に降り立つ。 勝利の快感が胸を焦がす。喜色に溢れたアタシはすぐにボロ屑になったかずみの死 ﹁やった 第四十二話 集結する者たち 639 ﹁ざまあないな、プレイアデスの人形 あはははははははははは、⋮⋮は ﹂ ? ﹁なるほどな。お人形を取り戻しに来たのか、プレイアデス⋮⋮ ﹂ その手には小さくなったかずみが入っている円筒形の水槽が握られていた。 まさかと思い、振り返った視線の先にはパーカーを着込んだ神那ニコが佇んでいる。 デスの││神那ニコだった。 そのデフォルメされた人形はかずみとは似ても似つかない。似ているのはプレイア て、本物の人形に変わっていたからだ。 だが、その喜びはすぐに掻き消えた。なぜならかずみの死体がポンと小さな音を立て ! そこに居るのも失敗作なんだろ アタシはなおも馬鹿にした調子で奴に言う。 ﹁そんなに大事なのか、その人形が ﹁どこまで聞いたのかは知らないけど、いい加減にしろよ。この道化が ﹃コネクト﹄﹂ ? ! ? 笑みを消した神那ニコは吐き捨ててると、鋭く魔法を口にした。 ﹂ プレイアデスの魔法少女どもは、本当にお友達ごっこが大好きな奴らだ。 怒りが滲んでいる。 かずみを人形と呼ばれたのが、そんなに腹立たしかったのか神那ニコの声は静かだが ﹁その呼び方は止めてくれない。お馬鹿なユウリちゃん﹂ 不敵な笑みを浮かべる神那ニコはアタシにその不快そうな目を向けた。 ! 640 ﹄ 言葉のすぐ後、アタシの背後から使い慣れた魔法の牛であるコルが出現する。 ﹃ブルルルゥゥゥ ならない。 ﹂ ﹂ たった今受けた魔法はアタシのコル⋮⋮﹃コルノ・フォルテ﹄に他 ﹁なんで、お前がコルを使える⋮⋮ ﹁なあ、ユウリ。お前さ、今私が着ているパーカー見覚えない 味が分からず、アタシは問い返す。 神那ニコは質問には答えず、代わりにまったく関係のない事を尋ねてきた。発言の意 ? ? どういう事だ 足元まで吹き飛ばされる。 一瞬の戸惑いにより、回避する事もままならず、コルの突進を受けて神那ニコのすぐ ﹁馬鹿な、何でお前が‼﹂ !! ? ﹁お前だったのか⋮⋮﹂ 奴の外見とまったく同じだった。 間違いなくその見た目には覚えがあった。それはアタシにイーブルナッツを渡した パーカーのフードを被り、倒れているアタシを覗き込むように顔を近付ける。 ﹁ほら。こうすれば分かりやすい﹂ ﹁何を言って⋮⋮﹂ 第四十二話 集結する者たち 641 ﹁そうだよ。お馬鹿なユウリちゃん﹂ かずみの入った水槽を小脇に挟むと、手をアタシの額に伸ばす。 その手に握られていたのは、イーブルナッツだった。それを弄びながら神那ニコは語 り出す。 ﹁や、やめろ それを近付けるな ﹂ ! 魔女になってしまう。モドキではない、本物の魔女に。 るかくらい想像が付いた。 それを使われれば、普通の人間ならまだしも魔法少女であるアタシが受ければどうな イーブルナッツを握った奴の腕がアタシの額に伸ばされる。 ! ﹁あの化け物を生んだ責任はお前自身で取ってもらう事にするよ﹂ ない。 ピーするならば、理屈は分かるが、少なくとも今までに使った魔法を解析された覚えは これもコルと同じ、アタシが使う固有の魔法だ。御崎海香のように魔法を解析してコ いつの間にか、リング状の呪縛がアタシの手足を拘束するように付けられていた。 ﹁あきらの事まで知っているのか⋮⋮、クソッ、手足が﹂ ⋮⋮一樹あきらという必要以上に強大な化け物を生み出した事を除いて﹂ ﹁お前は私の計画の役に立ってくれたよ。まあ、ドジで間抜けだったけど。ただ、一つ 642 ﹁さようなら、魔法少女ユウリ。そして⋮⋮﹂ 伸ばされた腕。目の前に突き出されたイーブルナッツ。 最後にアタシが脳裏に描いたのは親友の姿ではなく、││あの憎たらしい外道の顔 だった。 そんな声と共にアタシの身体は地面から宙へと浮かび上がる。気が付けばアタシは ﹃させねぇよ﹄ 大きな鉤爪の生えた腕の中に居た。 ﹂ 漆黒の鱗がびっしりと生えた硬く冷たいこの腕の持ち主をアタシは知っている。 ﹁っ、遅いぞ。馬鹿あきら 黒い翼を羽ばたかせながら、あきらは眼下に居る神那ニコに笑いかけた。 だ。 黒い竜の魔物にして、プレイアデスを半壊させた邪悪なアタシの協力者、一樹あきら ﹃ご機嫌斜めだねェ、俺のお姫様は﹄ ! ﹁あきらのセンスは小学生みたいだな⋮⋮﹂ ﹃いやん。そんな中二病的な二つ名要らねぇよ。だって俺はもう﹁神﹂だから﹄ ゴッド ﹁⋮⋮お前はもう、気付いたんだったな。漆黒の邪竜、一樹あきら﹂ ﹃いや、こうやってちゃんと話すのは初めてになるのかな、ニセちゃん﹄ 第四十二話 集結する者たち 643 呆れた風にそう呟くと、ガーンと漫画のような効果音を口で言って、落ち込む真似を する。どこまでもふざけた奴だ。 だが、こいつの登場によってアタシは一時危機から脱した。感謝を言うつもりにはな らないが、少しくらい褒めてやってもいいだろう。 ﹁まあ、その⋮⋮よく来たな。褒めてやる﹂ ﹃距離を保ちながら途中から見てたからな﹄ ﹂ あれから覚悟を決めたのはいいが、俺の身体は既に限界に達していた。 ∼赤司大火視点∼ *** 神那ニコめ、このアタシを利用した事を後悔させてやろう。 しかし、まあ、これでこっちが優勢に回れる。 いう奴だ。一応は味方だが、全面的に下衆の極みみたいな存在だ。 ⋮⋮この腐れドラゴンに少しでも感謝を感じたアタシが愚かだった。こいつはこう ﹁前言撤回。もっと早く助けに入れ、ボケナス ! 644 蛾の魔物が死んだせいか、多少肉体を蝕む毒は弱まりどうにか立って歩けるまでには なったが、それが俺の精一杯だった。 意識は依然として、朧で気を抜けばその場で倒れて眠ってしまいそうだ。 その状態で空を駆けるかずみを追うとなると、なかなかに絶望的と言わざるを得な い。 だが、俺はお袋と約束だけを支えにかずみを探して、歩き続ける。 横断歩道を渡り、アスファルトの道を進み、時折空を見上げて彼女の姿を探すが、映 るのは夜空に星ばかり、中でもオリオン座は憎らしいほど綺麗に見えた。 ﹁どこに居るんだ、かずみ⋮⋮﹂ かんが 零れた呟きは俺のものとは思えないほど弱弱しく、情けないものだった。 しかし、それは今の俺の状況を鑑みれば致し方ないことだろう。 たった一人の肉親だったお袋を失い、住んでいた家は燃え、新しくできた﹃妹﹄は怪 物のような異形に変わり、去って行った。 これで元気に満ちていたら、それはただの狂人だ。 ﹂ いや、駄目だと首を振って、惰弱な考えを頭から追い出す。 こんな考えではかずみを取り戻す事などできはしない。 ﹁かずみは、俺の家族だ。だから、絶対に取り戻してみせる ! 第四十二話 集結する者たち 645 そうだ。これでいい。これこそが赤司大火という男の声だ。 挫けかけた己の意志を、再び繋ぎ止めて、俺は一歩一歩踏みしめるように足を動かし た。 ﹃赤司大火﹄ その時、頭の中で響くような高い声が聞こえてくる。 周りを見回すが、俺に話しかけたらしき人物は見当たらない。 幻聴かと思い、そのまま歩を進めようとして、気付いた。足元に白い猫のような生き 物が居る。 ﹃やあ、赤司大火。初めましてだね﹄ 丁寧に挨拶をしてくるので俺もそれに倣って挨拶を返す。その時に猫が喋っている ﹁あ、初めまして、赤司大火だ﹂ という事実と、今さっき聞こえた声の持ち主が彼だと理解した。 ﹂ ﹄ 驚きはあまりない。先ほど起きた事件に比べれば、猫が喋ろうが喋るまいが些細な事 だ。 ﹁お前は⋮⋮ ﹃ボクの名前はキュゥべえ。君はかずみという少女を探しているようだね ? キュゥべえと名乗る猫は一発で俺の目的を看破する。 ? 646 ﹂ 俺の事を知っているような口ぶりといい、どこかで俺を観察していたのかもしれな い。 しかし、そんな事は重要ではなかった。 ﹁ああ、そうだ。かずみの居場所を知っているのか キュゥべえは二つ返事で俺に応じてくれた。 ない。 ﹂ 見た目や気配からは感情を読み取る事はできなかったが、情報のない今は信用する他 正体の分からぬ動物だろうが、こいつもまた俺に嘘を吐いている雰囲気はなかった。 ﹁頼む。俺を彼女の元まで連れて行ってくれないか ﹃知っているよ。ボクには魔法少女たちの居所を特定する力があるからね﹄ ? ? ﹂ ? ﹁一樹、あきら⋮⋮ ﹂ たちにどんな影響を及ぼすのか見てみたい﹄ ﹃一樹あきらと同じ、ただの人間の身で特別な力を振るう君が、その力を持って魔法少女 平坦な口調でキュゥべえは俺に言う。 真っ赤なガラス玉のようなその目から、当然彼の目的など分かりようがない。 ﹁俺に ﹃構わないよ。元々、それが目的で君に接触したんだ﹄ 第四十二話 集結する者たち 647 ? その人名は俺にとって聞き覚えがないものだったが、 ﹁俺と同じ力﹂と言えば、イーブ ルナッツによるものと考えていいだろう。 もしかすると、その一樹あきらという人物こそ俺が追いかけていた⋮⋮。 俺の疑問に一足早く、キュゥべえは答えた。 た。 キュゥべえは俺を先導して、先を進んで行く。俺は彼を見失わないように続いていっ 奴を倒すのはかずみを取り戻したその後で十分だ。 ﹁とにかく、今はかずみの元へ案内してくれ﹂ 倒すべき敵の本名を心に刻み、俺はキュゥべえに頼んだ。 しかし、今はそれよりもかずみの方が心配だ。 のだな。 一樹あきらという奴こそが、街で暴れ、俺の家族を襲った連中のトップ、ドラ│ゴな やはり、そうなのか。 ﹃君からすれば、ドラ│ゴと言った方が分かりやすいだろうね﹄ 648 第四十三話 聖なる叫び 夜空を背景に飛ぶ俺はユウリちゃんの手足を縛る拘束を鉤爪で壊しながら、下の広場 に居るニセちゃんに尋ねる。 ﹂ ﹃答え合わせと行こうか。ニセちゃん﹄ ﹁その呼び方は止めろ ﹄ ? 存在にも関わらず、苦しそうな声をあげた。 尻尾で襲い来るそれを巻き付けて捕縛すると、その状態で締め上げる。魔力でできた ﹃こんな魔法で俺に何かできるとでも思ってた 鳴き声を轟かせ、地面から浮かび、俺に目掛けて突撃してくるコルノ・フォルテ。 フォルテ﹄の魔法で生み出した飛行能力を持つ赤い牛を俺へと差し向けた。 クールなニコちゃんと違い、案外熱くなりやすいタイプらしいニセちゃんは﹃コルノ・ ! ﹃クソみたいな魔法だな﹄ れて、粒子状の魔力になって消えた。 尻尾が巻き付いた部分が食い込み、スレンダーなくびれを作るとアルミ缶のように潰 ﹃ふん﹄ 第四十三話 聖なる叫び 649 ﹁それはアタシに喧嘩を売ったって認識でいいんだな、あきら﹂ 拘束から解放されたユウリちゃんが俺の顎に拳銃を押し当てて、目の笑ってない笑顔 で言う。 そういや、元々この魔法はユウリちゃんのものだった。適当に謝って許してもらい、 俺は再度ニセちゃんに尋ねる。 ひじり ││彼女はもしも⋮⋮と考えた。あの時の事故がなければ、自分はどんなに幸せで、 ││カンナは幼いながらに罪を背負い、笑顔を捨てた。贖罪の祈りを捧げ続けた。 の名も⋮⋮聖カンナ﹂ ﹁死者二名、負傷者一名。生き残った娘の名は聖 カンナ。そしてトリガーを引いた少女 ちのちょっとした過失。 銃社会のアメリカでは時々ある、銃の暴発事故。カウボーイごっこをしていた子供た だったそうだ。 彼女が言うには、アメリカのカリフォルニア州で起きたとある事故がすべての発端 ニセちゃんの口から語られたのは俺も知らない新情報だった。 ﹁それは私がかずみと同じ、合成魔法少女だからだよ﹂ ちゃんに固執するのかは分からなかった。そこんとこ、教えてくれや﹄ ﹃で、ニセちゃん。アンタの狙いはかずみちゃんだってのは分かったんだが、何でかずみ 650 うた 楽しい人生があったのか。 詠うように語るニセちゃんの口ぶりはさっきの激昂した態度とは打って変わて落ち 着いている。 ││カンナは﹃if﹄の自分を作り出し、その世界を夢見た。現実の自分と、空想の 自分。二人合わせて一人の子、﹃ニコ﹄となった。 ││そして、彼女は魔法少女の対価として、ニコは架空の自分を現実のモノに変え、 ﹃聖カンナ﹄の名を譲った。 ﹂ そこまで語り終えると目を伏せるように、ニセちゃんは薄く笑った。 ﹁聖、カンナ⋮⋮それがお前か ユウリちゃんがそう聞くとニセちゃんは軽く頷いた。 ? 魔法少女のことまでは知りようがないだろ ? ? げるように日本に来た事や魔法少女の事に関しても知ったのだと。 ﹃どうやってそこまで知ったんだ ﹄ そこから芋蔓式に、両親が過去の事から遠ざけるためにカリフォルニアから家族が逃 たのだと言う。 プレイアデス聖団として魔女と戦っていたニコちゃんの姿を見つけて、すべてを知っ る日気付いちゃった││それが作り物だと﹂ ﹁日本に引っ越していた私は幸せに暮らしていた。友達も居た。家族も居た。でも、あ 第四十三話 聖なる叫び 651 ﹁それは聞いたからね﹂ ﹄ ﹁今の話がカンナ、お前の過去なのか ﹂ そして、初めて見る高校生くらいの男だった。 の無作法な闖入者はピンクローター。 すべてを知ってましたとばかりに話に割り込み、図々しくも存在感をアピールするそ ﹃ボクがそれを彼女に伝えたからね﹄ 俺の質問にニセちゃんが答える間もなく、広場へ現れた闖入者がそれに回答する。 ﹃誰に ? ﹂ ! ﹃オイ、ぽっと出のアンタ。少し黙ってろ﹄ ﹁お前は⋮⋮そうか。お前がドラ│ゴ││一樹あきらか ﹂ 石畳の上に着陸すると、抱きかかえていたユウリちゃんを降ろして、男を睨む。 内心で突っ込みを入れるが、話が途中で止まってしまったのはちょっと頂けない。 誰なんだ、こいつ。というか、いつから聞いてたんだよ。 どうやらかずみちゃんとも面識があるらしい。 ﹁その水槽の中に居るのは⋮⋮かずみ 水槽の中身に気が付いたように叫ぶ。 ニセちゃんの知り合いらしきその男は彼女の顔を見てそう言った後、その腕に抱える ? !? 652 俺のことまで知っているようだが、まったく以って見覚えのないので返答に困る。マ ジで誰なんだよ⋮⋮。 困惑する俺を余所にニセちゃんはその男の名前を呼んだ。 俺たちの空間に入って来ないでくれますかね、新キャラさん﹄ ﹁来たんだ、タイカ⋮⋮かずみを取り返しに﹂ ンとするしかない。 急に湧き出しとして、重要人物っぽい言動をされても困るだけだ。 俺に尋ねられてか、その男は名乗りを上げる。 ﹁俺の名は赤司大火。お前の悪行を知り、打倒すべく追っていた者だ ﹃はあ⋮⋮そうなんだ﹄ ! 何と言うか、凄く白けてしまった。あまりにも空気の読めない赤司とかいうアホのせ だから何としか思えないような、自己紹介だった。 ﹂ ニセちゃんとしてはその男のことを知っているからいいだろうが、俺からすればポカ ﹃マジでそいつ誰だよ ? いで、俺のテンションはガタ落ちする。 ﹄ ! 灼熱の炎はお寒い邪魔者を燃やし尽くす││はずだった。 広場の入口に届くほどの火炎の息吹を口から吐き出す。 ﹃じゃ、死ね 第四十三話 聖なる叫び 653 すす だが、その炎を切り裂き、現れたのは蠍をモチーフにした怪人のような﹃魔物﹄だっ た。 多少焼け焦げたように黒く煤けていたが、白い鎧のような身体に鋏の腕と長い尻尾を 腰から生やしている。 夜の広場に赤く光る二つの眼光が俺を射抜くように睨む。 話をまた始め出したニセちゃんの話で、俺の推理が一部外れていたことを知った。ニ た﹂ ﹁⋮⋮ああ。私はキュゥべえからすべてを聞き、自分がニコの魔法少女の対価だと知っ ているっていうのに無駄な横槍が入ってしまった。 横目でニセちゃんを見て、話の続きを促す。せっかく、すべてが明らかになろうとし ﹃じゃあ、ちょっと黙ってろ。ニセちゃん、続けて続けて﹄ なる。 鬱陶しい。非常に鬱陶しい。こういう奴、俺は嫌いなんだよな。ついつい、殺したく 得ていても何らおかしくない。 よく考えればニセちゃんがイーブルナッツを作り出したのだから、魔物としての力を ﹃チッ、お前も魔物か﹄ ﹃⋮⋮いきなり、炎を吐いてくるとは思わなかったぞ﹄ 654 セちゃんが魔法少女の契約による対価だということは嘘ではなかったようだ。 少し恥ずかしい気分になったが、ニセちゃんが黒幕だという部分は外れていなかった ので良しとする。 ﹁ふざけていると思った。自分があの子の作った﹃設定﹄で生かされている人形で、なお かつそれを私が幸せだと感じていただなんて⋮⋮だからキュゥべえに﹃相手に気付かれ ・・ ず、接続する力﹄を願って契約したんだよ。⋮⋮ニコを観察して破滅の瞬間をこの目に 焼き付けるために﹂ ニセちゃんの話にピンクローターが補足するようにそう付け加えた。 ﹃人の心があれば契約できるからね、人間じゃなくてもね﹄ わ た し の な か ま 聞いた限りは、俺が思った以上に魔法少女というシステムは雑にできているようだ。 ⋮⋮人の心って抽象的にも程があるだろ。 それに気付いているのかいないのか、ニセちゃんはすぐに憎しみの籠った無表情に変 たかのように目を開けている。 入っているかずみちゃんはさっきまで気絶したように動かなかったが、意識を取り戻し 言葉の通り、嬉しそうに水槽に入ったかずみちゃんに頬擦りした。小さくなって中に を造るって聞いた時は手を叩いて喜んだよ﹂ ﹁おかげでニコの記憶も苦しみも、プレイアデスの計画も全部分かった。合成魔法少女 第四十三話 聖なる叫び 655 わった。 このドジッ子魔法少女は俺の鞄と間違えたといった具合で失敗に終わったのだ。 多分、本当は後からニセちゃんが回収しようと思ってのことだったのだろう。それが に納得がいった。それと最初にユウリちゃんがかずみちゃんを強奪したのことにも。 ようやく、このバルタン星人モドキがニセちゃんやかずみちゃんと面識があったこと 拾って仲良くなるとまでは想像しなかったけどね﹂ ﹁強い義憤と正義感を持ったタイカはあきらにぶつけるには丁度よかった⋮⋮かずみを ﹃それで、俺にもイーブルナッツを⋮⋮﹄ かった。けど、かずみまで殺そうとするお前はもう危険な障害物でしかない﹂ ﹁あきら。お前には感謝してる。まさかプレイアデスを皆殺しにしてくれるとは思わな た。今、邪魔をしたらこの事件の真相が最後まで聞けなくなってしまう。 彼女はそれに怒り、ニセちゃんに飛び掛かろうとするが、俺はそれを睨み付けて制し ユウリちゃんをイーブルナッツの先で指して、思い切り馬鹿にした視線を送る。 法少女に使わせた﹂ ﹁海香の分析魔法と、ニコの生成の魔法に接続してね。簡単に作れたよ。後は馬鹿な魔 イーブルナッツを軽く上に放って、俺たちに見せつける。 ﹁でも同時に、身勝手なプレイアデスへの憎悪も生まれた。だから、これを作ったのさ﹂ 656 ﹄ 俺のことを知っているのも、彼女の魔法で気付かない内に接続して見ていたと考える のが自然だ。 ヒューマン の名こそ、私たちにふさわしい‼﹂ い﹄ プレイアデスの異母姉妹 ﹃一樹あきらの言う通りだよ、カンナ。合成魔法少女とはいえ、魔女になるのは変わらな ピンクローターも俺の意見に同意して、ニセちゃんに突っ込む。 いう間に歴史が終わるぞ﹄ ﹃いや、新人類って無理だろ。アンタら魔法少女はいつかは魔女になるんだからあっと ! かないその格好だった。 これがニセちゃんの魔法少女としての衣装なのだろう。ニコちゃんとは似ても似つ 着ていたパーカーが、黒い帽子と肩口と首元の見える同色の特殊の衣装に変わる。 うのなら、人間が滅んで私たちが新人類になればいい﹂ ﹁私はね。﹃ホンモノ﹄になりたい。人間がホンモノで、合成魔法少女がニセモノだとい 水槽を眺めて、言った。 俺の問いに待ってましたとばかりに、楽しそうな笑みを作り、かずみちゃんの入った ﹃それでかずみちゃんを手に入れて何がしたいんだよ ? ﹁人 間と似て非なる新人類。名付けるなら││ヒュアデス 第四十三話 聖なる叫び 657 このストーキングマスコットと同じ意見だというのは嫌な気持ちになったが、こいつ が生み出したシステムである以上はこいつの方がニセちゃんより正しいはずだ。 だが、彼女はその言葉を予想していたようで、不敵な表情で帽子を取るとそこに詰 まったソウルジェムが擦れ合い音を立てた。 ﹄ ? なあなあなあなあ ? ﹄ ﹃なあ、誤魔化してんだろ ? 新人類とか言いながら、後のない自分を誤魔化してんだろ ﹁一樹あきら。お前にはもう退場してもらうよ﹂ オイオイ、それじゃあ、ユウリちゃんのこと笑えないだろ。 それ以上のことを言わないということはつまり、俺の発言は図星を突いたご様子。 容赦のなく、追撃を掛けるとニセちゃんは笑みを止めて俺を睨んだ。 ド足りなくならね ﹃それでも、人間が居なくなったら、魔法少女が生まれくなって、最終的にグリーフシー 確かにそれだけあれば、多少は持つかもしれないが⋮⋮。 持ってきたのだ。 その大量のソウルジェムを見て、ピンと来る。﹃レイトウコ﹄にあったジェムを全部 てくれた﹂ ﹁そのための魔女なら、魔法少女の数だけある。プレイアデスは最後にいい土産を残し 658 ? 追い打ちを掛けてあげるとニセちゃんの不敵な笑みは破れ、内側にあった激情は簡単 に露わになる。 裏から隠れてこそこそしていただけで、こいつもこいつで黒幕というには器が小さ かったようだ。 新人類 いいじゃないか。実に結構。 まあ、それもいい。知りたいことは全部分かった。 ヒュアデス ? 高らかに俺の叫びが夜の広場に響き渡った。 ﹄ ! る。 人類を守るために立ち塞がる俺はやっぱり神だ。慈悲深く、愛と優しさに溢れてい ? ﹃全人類は俺の玩具だ。俺が全力で守り切ってやるぜェ 第四十三話 聖なる叫び 659 第四十四話 力への渇望 ﹃そういう訳で死ねやあああああああ ﹄ 速さで鋏を振らなければ、この現象は起こせないだろう。 ? 確かに今の攻撃なら水槽の中のかずみちゃんをも巻き込んで燃え上がっていたと思 火炎の息吹を一旦止めて非難してやると、バルタン野郎は俺の言葉を否定した。 ﹃そんな事は俺がさせない。それに今の炎が当たればかずみまでもが危険だった﹄ ﹃オイ、このバルタン野郎。人類を滅ぼそうとしている奴に手を貸そうってか ﹄ 耐熱性のある肉体はもちろん、それ以上に炎と炎の隙間に空気の溝が生まれるほどの このバルタン野郎は二つの鋏を高速で振り、力任せで火炎を払い除けているのだ。 が、近距離で見てその方法を知った。 火炎をその両腕の鋏で炎を切り裂き、火の粉を散らす。さっきも同じことをしていた ﹃ぐっ⋮⋮﹄ その身に浴びた。 だが、それを邪魔しようとバルタン野郎が走って割り込み、彼女の代わりに俺の炎を サクッとニセちゃんを始末するべく、火炎を浴びせかけようとする。 ! 660 う。 だが、そこに何の問題があるんだ かとしか言いようがない。 本当に頭が悪い。少なくても今のニセちゃんに背を向けるなんて愚行をするのは愚 嘲笑う俺にバルタン野郎は素っ気なく答える。 ﹃何とでも言え﹄ ﹃ああ、頭が悪いんだな、お前﹄ 程度、そこまで必死に庇うような間柄になるには時間が足りな過ぎる。 こいつだって、かずみちゃんの一緒に居た時間なんぞどう多めに見積もっても一週間 俺からすれば、かずみちゃんを生かしておく理由がない。 ? ﹃カンナ 何を⋮⋮﹄ ﹂ ! まるでそれは糸で吊られた操り人形のようだった。コネクトの線で繋がれたバルタ 事だってできる。こんな風にね ﹁私のコネクトはただ相手の心を覗き見るためだけの魔法じゃない。繋いだモノを操る !? る。 ニセちゃんの手元から鎖にも似た長い線が生まれて、バルタン野郎の背中に突き刺さ ﹁タイカ。本当にありがとう。お前にイーブルナッツを与えてよかった。﹃コネクト﹄﹂ 第四十四話 力への渇望 661 ン野郎は、恐らく自分の意志とは別に俺へと襲い掛かかってくる。 身体が勝手にっ⋮⋮﹄ その証拠に戸惑いの声が奴から漏れていた。 ﹃何だ ﹄ ! ﹂ ! ﹃カンナの過去を知って、何をしようとしているのかは分かった。だがな、俺にはカンナ ﹁⋮⋮っ 辛そうであり、悲しげであり、そして、何かを抑え付けるようなそういう表情。 そう叫んだバルタン野郎の肩越しから見えるニセちゃんの顔は歪んだ。 ﹃何故なら、俺は⋮⋮俺は正義のヒーローだからだ 奴は俺ではなく、自分の背後に居るニセちゃんに語り掛けた。 ﹃⋮⋮カンナ。例え、君に身体を操られなくとも俺はこうしていただろう﹄ バルタン野郎がその両の鋏を交差させ、それを受け止めたからだ。 しかし、俺の鉤爪は奴を切り裂くことなく、途中で停止する。 光を放ち、風切り音を奏でた。 振り上げた鉤爪を、バルタン野郎の目掛けて袈裟斬りに振り下ろす。五本の刃は鈍い ﹃出しゃばりアホ野郎はさっさと退場しろ﹄ まあ、雑魚魔物が一匹増えたところで俺の殺るべきことは変わらない。 や 心底愚かな奴だ。あの場合でも背中なんか見せないでおけばよかったものを。 !? 662 の本心が未だに分からない。君は今はそれで幸せなのか ﹁言われなくとも、やってやる ﹂ ﹄ ﹃ユウリちゃん。このバルタン野郎は俺が潰すことにするから、ニセちゃんを攻撃して﹄ 寒々しいヒロイックなやり取りに俺は気分が悪くなる。 ⋮⋮何だこの茶番。クソだな。 いたが、すぐに唇を噛み締めて黙る。 悲劇のヒロインのような顔を浮かべたニセちゃんは一瞬だけ何か言いたげに口を開 ? らせた。 二丁拳銃を構えた彼女は俺の肩を蹴って上空に跳ぶと、弾丸の雨をニセちゃんへと降 俺の背後に居たユウリちゃんに命令して、ニセちゃんを先に攻撃させる。 ! 確かに便利だが、それは自分自身では大した攻撃手段は持っていないということの裏 ようだ。 は繋がった魔物を操ったり、繋げたソウルジェムが持つ固有の魔法を使うことができる ユウリちゃんの時といい、バルタン野郎の時といい、あの﹃コネクト﹄という魔法に ウルジェムに片手から魔力の線を伸ばして魔法の盾を生み出す。 バルタン野郎の言葉に揺れ動かされていた彼女だが、即座に帽子の中に入れてあるソ ﹁⋮⋮しまっ⋮⋮、﹃コネクト﹄﹂ 第四十四話 力への渇望 663 ﹂ 返し。なら、俺の魔法少女には勝てないだろう。 ﹂ のかずみが外気に触れる。 とっさに後ろへ跳んで避けるが、その時に水槽に弾丸が当たり、ガラスが割れて、中 ﹁クソッ⋮⋮﹂ はその猛撃に耐え切れず、砕けた。 さっきの比ではない速度と速さの弾丸がニセちゃんを襲う。生み出された魔法の盾 トライフル変えて一斉掃射する。 ユウリちゃんがリング状のアクセサリを四つほど投げると、そのアクセサリがアサル ﹁まだまだぁ ! ⋮⋮あの不思議な紋様は何だ 彼女の身体には不可思議な蔦のような紋様が浮かび上がっている。 た。 外に出たかずみちゃんは元の大きさに戻って、ぶち撒かれた液体と共に石畳に転がっ ﹁かずみ !? 化のプロセスが普通の魔法少女とは違うようだね﹄ ﹃かずみは魔女の肉を詰め込んだ合成魔法少女。厳密には魔法少女ではないから、魔女 俺のその疑問にピンクローターが興味深そうに彼女に近付き、言った。 ? 664 そういえば、かずみちゃんはピンクローターの作った魔法少女システムとは起源が 違ったプレイアデス聖団製の魔法少女だった。 ﹄ だから、その身体も抜け殻ではなく、魔女化による影響を受ける訳か。 ﹃かずみ⋮⋮っ いした。 ﹄ 瞬時に肉体を鋼の如き強度にすると、バルタン野郎に鉤爪ではなく、パンチをお見舞 化の魔法。 俺は身体の鱗を黒から、オレンジに変える。呼び出す魔法は、カオルちゃんの肉体硬 ﹃楽に死ねると思うなよ、脇役くん﹄ る、救いようのない屑。 己の分というのを弁えていない。端役の分際で自分は凄い存在だと勘違いしてやが 番嫌いな人種だ。 この雑魚は俺が始末してやる。こういう自分に酔った正義感馬鹿というのは俺が一 る。 構えを解き、かずみちゃんの方へ駆け寄ろうとしたバルタン野郎を尻尾で打ち付け ﹃おっと、向かって来ておいて、どこに行くつもりだよ﹄ !? ﹃ちょっとだけ本気出してやるよ。⋮⋮ちょっとだけ、だけどな ! 第四十四話 力への渇望 665 ﹃ごほっ⋮⋮ ﹄ ﹄ き付けられた。 防ごうとしたが、勢いの乗った俺の尻尾は受け止められず、防いだ蠍の尾ごと腹部に叩 揺れる奴の身体に追撃の尻尾が遠心力を得て振るわれる。それを向こうも蠍の尾で 身体に吸い込まれるように食い込んで、その堅牢な外殻に罅を入れた。 鋏のガードを越え、白い鎧のような腹に俺の右拳が抉り込む。強度で勝る一撃は奴の ! ﹂ !? 様に伸びて、天を仰いでいるこの雑魚には届かない。 名を呼んだのはかずみちゃんか、ニセちゃんか、それとも両者か。どれにしても、無 ﹁タイカ 情を研究して発表してくれないだろうか。 格好付けた弱者を倒すのはどうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。誰か、この感 なその脆弱さを周囲に見せ付けた。 悲鳴も発することもできず、浮かんだバルタン野郎は無様に落下し、仰向けで間抜け ﹃こいつがホントの昇龍拳、なんつって﹄ メキリ、と低い音が聞こえ、地面に落ちかけていた身体が再び、舞い上がる。 崩れ落ちるその直前に屈み、残しておいた左拳が奴の顎を捉えた。 ﹃がぁ⋮⋮ ! 666 倒れたバルタン野郎を何度も何度も踏み付けながら、ユウリちゃんに命じる。 ﹃俺の方はもう終わる。そっちも早めに終わらせてよ﹄ ﹄ あきら、あそこを見ろ ﹂ そこでユウリちゃんは何かに気が付いたように言葉を止め、周囲を見回す。 ﹁任せろ。すぐに二人とも消し炭に⋮⋮﹂ ﹃どしたー ! その変わりゆく景色の中で僅かに見える天井に、辛うじて差し込む外へかずみちゃん 煌びやかで幻想的な、歪な世界が俺たちを囲うように発生した。 きら やられたと思ったその時には、夜の広場は魔女の結界に包まれる。 シードに変えたのだ。 俺が調子に乗って、こいつと戯れている隙に濁りの多かったソウルジェムをグリーフ を待つための時間稼ぎに過ぎなかった。 俺は踏み付けているバルタン野郎を睨む。この雑魚はただの眼眩ましで、魔女の孵化 ││そういうことか。理解ができた。 その場所はさっきまでニセちゃんが居た場所。 き立てられていた。そのどれもが孵化寸前の明滅している状態になっている。 言われてユウリちゃんの目線の先に首を動かせば、そこにはグリーフシード数本が突 ! ? ﹁魔女の気配がする。 ⋮⋮ 第四十四話 力への渇望 667 を抱いたニセちゃんが飛んで逃げて行くのが見えた。 黒い蔦の紋様はさっきよりも彼女の身体を覆っており、刻々と取り返しの付かなくな ﹂ 俺たちも行くぞ‼﹄ る様子が見て取れる。 ﹃ユウリちゃん ∼赤司大火視点∼ 夜空を飛び、先に逃げた彼女たちを俺は追った。 て不足ない。 それよりも、目的はニセちゃんだ。俺を出し抜くとはなかなかの狡猾さ。相手に取っ 現れても脅威にすらならない。 どの道、多少頑丈なのが取り柄の雑魚でしかない。あの程度の魔物ならダース単位で 魔女どもに食い殺されて死ぬだろう。 結界の中に仰向けで転がるバルタン野郎は放って置いても、この結界の中で生まれた 闇夜へと飛び立った。 俺の背に素早くユウリちゃんが飛び乗ったのを確認すると、俺もまた結界の隙間から ﹁ったく、逃げ足の速い奴らだ ! ! 668 ⋮⋮完敗だった。 圧倒的な速さと、硬度と、威力を持った連撃は魔物状態の俺の肉体を完膚なきまでに 叩き伏せた。 強盗事件から空手を習っていたが、こうまで敗北を味わったのは今日が初めてだっ た。 自惚れがあったのは事実だ。 鬼熊や蛾の魔物を倒し、俺は自分が強くなったと勘違いしていた。 己と比べものにならないほどの力量差を持った相手のことを考えていなかったのだ。 努力や創意工夫で、どうにかなるなどお笑いだ。一樹あきらという黒竜の魔物、奴は 恐らくまだ力の片鱗しか見せていない。 それでこの様だ。話にならない。これで正義のヒーローなどよくも恥ずかしげもな く名乗れたものだ。 自嘲する俺の身体に力が入らなかった。毒を受けた時とは違う、心が折れた故の脱 力。 ﹃kk.k;;vvr;o;oteugnb;﹄ ﹃x,fvsrjvk/s;ogititig﹄ ﹃dlnfvlvlgvljnlljeurv﹄ 第四十四話 力への渇望 669 倒れた俺を囲うように化け物が現れた。 巨大なティーポットとティーカップを合わせたようなもの、首から黒い靄を出してい るドレスのようなもの、腕のないぬいぐるみのようなもの。 どれもが今まで見た魔物と違い、完全に人間らしさを持たない、幼児の落書きのよう な様相を呈していた。 ﹄ ? お袋との約束を忘れた訳ではない。かずみを助けたいとも思う。カンナの行動も俺 ﹃⋮⋮だろうな﹄ ﹃赤司大火。君はこのままだと魔女に食べられて死んでしまうよ それはイーブルナッツ。恐らくはカンナが握っていたものだろう。 何も言わない俺にキュゥべえは何かを咥えて、持ってきた。 るからだ。 正体が分かったところで、俺は動けない。肉体もだが、それよりも心がへし折れてい 在に映った。 魔法少女がなってしまうという、魔女。言われてみれば彼女たちが、どこか悲しい存 そうか。あれがあきらやカンナが話していた魔女という存在なのか。 少し離れたところにいるキュゥべえがそう言った。 ﹃あれは君が戦って来た魔女モドキとは違う。正真正銘の魔女だよ﹄ 670 には疑問が残ったままだ。 だが、俺があの黒い魔物に勝利する光景が想像できない。 頭の中で響くのはあの少女の﹃あなたには何も守れない﹄という言葉だけ。 そう、俺には何も⋮⋮。 ちを殺すだろうね﹄ ﹃一樹あきらなら、きっとかずみたちを倒し、筆舌に尽くし難い惨たらしい方法で彼女た ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ そ の 想 像 は 容 易 だ っ た。あ の 邪 悪 を も っ と も 最 悪 な 形 で 固 め た よ う な 存 在 な ら、 何も為せないまま、ここで死んでも。かずみたちが一樹 キュゥべえの言う通り彼女たちを残酷に殺すはずだ。 あきらに殺されても﹄ ﹃君はそれでもいいのかい ﹄ !? ? だが、俺に何ができる ! だ。 あの時の俺は手も足も出せなかった。全力で挑んで、手を抜かれた相手に負けたの しかし、俺は動かない。立ち上がれない。 俺の死だ。 魔女たちが俺を囲む輪を縮めた。距離が近付く。彼女たちが俺の傍まで訪れた時が ﹃良い訳がない⋮⋮ 第四十四話 力への渇望 671 ﹃君は強くなる方法を知っているはずだよ、赤司大火﹄ キュゥべえの言葉に俺は鬼熊の事を思い出す。 彼は自分のイーブルナッツの他に二つのイーブルナッツを取り込み、新たな力を獲得 していた。 今、俺は既に取り込んでいるものの他に蛾の魔物から手に入れたイーブルナッツを一 つ持っている。 そして、キュゥべえが加えているイーブルナッツを合わせれば、三つになる。 だが、それをすればあの時の鬼熊のように心が消滅し、文字通りただの化け物に成り 下がるだろう。 ﹄ ﹄ ? そうだ⋮⋮。かずみは言っていた。特別な力のあるなしではなく、誰かのために何か ﹃君はかずみの││ヒーローではなかったのかい 魔女たちが俺とキュゥべえに差し迫る。もはや、逃げる事は叶わない。 意味はあるのか。心を代償に得た、その力に⋮⋮。 がない。 それに人の心を失った俺が、かずみやカンナに会ったとしても彼女を傷付けない保証 確実に化け物になるとなれば、当然忌避感はある。 ﹃暴走するのが怖いのかい ? 672 できる人間がヒーローなのだと。 ││では、誰かを守るために何もしない俺は何者なのか ││俺は⋮⋮俺は⋮⋮。 魔女たちの攻撃が俺たちに飛ぶ。 ││どうせ勝てないと戦う事さえ放棄した俺は何者なのか ? イーブルナッツ。悪意の実。 ∼キュゥべえ視点∼ かずみは俺はお前の││。 のが分かる。 自分の中で凄まじい悪意の暴風が吹き荒れる。俺の心が削れ、砕かれ、消滅していく のイーブルナッツと纏めて額に己の押し込んだ。 キュゥべえからイーブルナッツをむしり取るように引ったくり、持っていたもう一つ ? 聖カンナによって造られたグリーフシードをモデルにした道具。人をその魔力で変 質させ、魔女に似た存在を作り出すもの。 ﹃これがその力か⋮⋮何度見ても興味深いね﹄ 第四十四話 力への渇望 673 赤司大火という少年はそれを三つ、自分の肉体に取り込んだ。その魔力は並みの魔女 の持つそれを超えるだろう。 かつて、力道鬼太郎という少年も同じ行動を取ったが、彼はその膨大な魔力に耐え切 れず、赤司大火の攻撃で暴発する結果に終わった。 だが、赤司大火の場合はどうだろう。 巨大な蠍のような下半身から、西洋の騎士のような上半身が生えるその巨体は十メー トルを優に越している。 濁ったソウルジェムのように黒くなった装甲は魔女の攻撃を受けても、傷一つ付かな かった。 は 下半身の蠍の巨大な鋏で、魔女を捕捉し、上半身の鋏で細かく引きちぎってその肉を 食む。 結界は晴れて、夜のあすなろ市が顔を出した。 今、彼の体内へと消えていく。 複数居た魔女は彼に平らげれて、最後の一匹となっていた。その最後の魔女もたった 魔女を喰らうその姿はまさに醜悪な魔物そのものだった。 真っ赤に光る二つの複眼はもはや、正気を保っていないのだろう。 ﹃アギイイイイイィィィィーー‼﹄ 674 複数の節のある足を動かし、赤司大火だった魔物は広場の入口を破壊しながら、外へ と出て行く。 かずみの事さえ、覚えているか分からないが、食欲を満たすために同じ魔物である一 樹あきらを追うだろう。 去った。 蠍の魔物を見送ると、ボクもまたこの街で起きる魔法少女たちの結末を見に広場から 関係のない事だ﹄ ﹃もう人の心は残っていないようだけど、邪魔な一樹あきらを殺してくれるならボクに 第四十四話 力への渇望 675 第四十五話 弓を射るもの 俺は夜のあすなろ市に翼を広げ、空を舞う。俺の鱗は既にオレンジから黒に戻ってい た。 屋根やビルを飛び交い逃げるニセちゃんとは最初距離が三十メートルは空いていた にも、関わらず数分経たずにその半分ほどに縮まっていた。 ﹄ 俺の飛行速度が速いというのが一番の理由だが、かずみちゃんを小脇に挟んでの逃避 は明らかに彼女の速度を下げている。 放射ではなく、球状にした火炎をニ、三発彼女たちの背中に吐き出す。 ﹃オラオラ。どうしたよォ、新人類さん。そんなにトロいと燃えちまうぜ ちゃんに言う。 声が聞こえるくらいまで近くに寄ると、ニセちゃんは悪態を吐いて脇に抱えたかずみ の彼女には受けるだけで精一杯といった様子だ。 速さを落とさないようにしているため、通常よりも威力の低い攻撃だが、それでも今 を生み出してどうにか防ぐ。 真っ赤な火球が背後から迫るが、それをニセちゃんは﹃コネクト﹄を使い、盾の魔法 ? 676 ﹂ これが⋮⋮こんな奴らが人間なのに私たちがニセモノ こんな世界間違っていると思うだろう ﹁クソッ⋮⋮。見ろ、かずみ なんて間違ってるだろう ? ! んかなりたくない た絶望を ﹂ 理解してくれるのか 自分の記憶が偽りでしかないと知った失望を しかし、かずみちゃんはまたも首を横に振った。 ﹁⋮⋮っ、黙れ ﹁ ﹂ カンナ、後ろ ! ばっ こ ﹂ だが、そのおかげで││距離は詰められたので許してやろう。 ﹂ こういう綺麗事が跋扈する雰囲気は嫌いだ。何を浸ってるのかと言ってやりたい。 ! ! ﹁タイカの事か⋮⋮。だけど、あいつが共感してくれるか !? 自分が作り物だと気付い 優しくて、温かい人が居るのを そんな人が居る世界を壊してまで私はホンモノにな ﹁酷い人間は居る。どうしようもない邪悪な人も⋮⋮でも私は知ってる。この世界には ずみちゃんは首を横に振って否定した。 俺を﹁これ﹂呼ばわりしてかずみちゃんを必死に説得しようとしているようだが、か ? その言葉に言い負かされ、ニセちゃんは誤魔化す様に声を荒げた。 ! !? ! 両目を見開き、ニセちゃんは叫ぶ。 ! ﹁でも、思いやってはくれた。私の事も、カンナの事も﹂ 第四十五話 弓を射るもの 677 !? ﹁くっ⋮⋮が く。 ﹁カンナ ﹂ ⋮⋮わああああ﹂ 腹を撃ち抜いた。穿たれた穴から鮮血を滴らせ、ニセちゃんはビルの谷間に落下してい バランスを崩したところで背中に乗っていたユウリちゃんが二丁拳銃で彼女の頭と みを喰らうに終わる。 本当は右腕ごと嚙み切るつもりだったが、かずみちゃんが途中で教えたせいで肩肉の 骨ごと嚙みちぎった。 首を伸ばしてニセちゃんの右肩に齧り付く。白く綺麗な肩に牙を食い込ませて、肉を ! ﹄ ! 暗くてよく見えなかったが、苦悶の叫びも聞こえなかったことから察するに今の炎で 腹部に着弾したその火球は彼女の服を焦がしながら、さらなる落下へ勢いと与えた。 最後に火球を落下していくニセちゃん目掛けて撃ち込む。 ﹃こいつはおまけだ んと同じように重力に従い、真下へと落ちていった。 魔力が尽きて、魔法を使える状態ではなかったことを失念していたようで、ニセちゃ 好に戻っている。 すぐに彼女に手を伸ばそうとするかずみちゃんは魔法少女の衣装ではなく、普通の格 ! 678 死んだのかもしれない。 それの傍で落ちていくかずみちゃんにもついでに火球の追撃を加えようとしたその ﹂ 時、背中のユウリちゃんが俺に声を掛けた。 いくら黒い鱗で夜闇に紛れてもここまでドンパチ ﹁おい、あきら。何か下が騒がしいぞ やってれば目撃者くらい出るさ﹄ ﹃俺たちの姿が見られたんじゃね ? ﹂ 何かから逃げているようなその動きは俺たちを目撃したというよりも⋮⋮。 だが、言われて気付いたが、どうにも下の道路で蠢く人々の流れがおかしい。まるで、 俺には怖いものではない。 たとえ、マスコミに写真を取られたとしても、海香ちゃんの記憶操作の魔法が使える ? ! パピルサグ。メソポタミアのギルガメシュ叙事詩やエヌマ・エリシュに登場する、蠍 俺はそれによく似た存在の知識を持っている。 化け物。 その姿は巨大な蠍に鎧を着込んだ騎士の上半身を付け足したような、異様な見た目の 光りする十メートルの動く物体が視界に映った。 結界から魔女か使い魔でも這い出したのかと首を捻って後ろを見れば、遠くの方で黒 ﹁あきら、後ろから何か大きなものが来る 第四十五話 弓を射るもの 679 の尾を持つ半人半馬の合成獣。ケンタウルスの元の原形なったとも言われる化け物だ。 ﹄ ﹁イーブルナッツで強化したみたいだな。どうする、あきら ように思えた。 ﹂ ガードレールや自動販売機、電信柱すらその鋏で打ち砕き、進むそれは俺を狙っている 凄まじい速度で下半身の大蠍の節足でこちらに向かって前進してくる。障害となる ﹃まさか、あれは⋮⋮バルタン野郎か !? 俺には⋮⋮﹄ ! わる都市神のことを。 俺は思い出す。パピルサグの元となった﹃パビルサグ﹄というメソポタミア神話に伝 態の俺を貫通していた可能性すらある。 さあーっと顔から血の気が引いていった。もしも今の一撃が当たっていたら魔物状 し、傾いだあすなろタワーはへし折れて傍の建物を潰す。 俺の前方にあった巨大なあすなろタワーと呼ばれる鉄塔にぶつかると大爆発を起こ 俺が避けると、風圧だけでバランスを崩しかけた。 余裕を見せた俺に何かが恐るべき速さで飛来物が飛んで来る。ユウリちゃんの声に ﹁尻尾から何か撃って来たぞ ﹂ ﹃慌てることじゃない。奴は強化したみたいだが、所詮は地を這う節足類。空を飛べる ? 680 ﹂ ﹃パビルサグ﹄⋮⋮その名は﹁射手﹂の意味するのだ。 ﹁逃げるぞ、あきら ﹄ ! 矢を放ち、襲い来る奴に久しく感じていなかった恐怖が生まれる。 た。 進してくる。その間も尾から放たれるミサイルの如き矢は俺を撃ち落とそうと放たれ 漆黒のパピルサグは建物を砕き、駐車してある車を踏み潰して俺へと距離を縮めて行 ついさっきまで追う者だった俺たちは、追われる者となった。 あれはやばい。洒落にならないくらいにやばい。 グから距離を取って飛行する。 俺はなるべく、大きなビルやマンション、大規模施設を挟みんであの漆黒のパピルサ ﹃言われなくとも ! おのの 穴を開けて叫ぶその姿はもはや恐怖の象徴になっていた。 ちろん車に乗っていた人間も圧死する。マンションやビルをその爆発する尾の矢で風 交通法など当然守らないパピルサグの行進に巻き込まれ、歩道を歩いていた人間はも 地上では多くの人間が嘆き、恐れ慄き、死んでいく。 ん、おかーさーん﹂ ﹁嫌だ﹂ ﹁死にたくない﹂ ﹁化け物が来る﹂ ﹁警察はまだか、自衛隊はまだか﹂ ﹁おかーさー 第四十五話 弓を射るもの 681 ﹃アギイイイイイイイイイイイイィィィィィィーー‼﹄ ギチギチと不気味な音を立てて、耳障りな声を上げる漆黒のパピルサグ。 俺はあのバルタン野郎にトドメを刺して置かなかった自分に心底後悔をした。時間 を遡れるなら、あの瞬間に戻りたいくらいだ。 ﹂ ﹄ せめて姿を透過させる魔法があったならと、内心で無い物ねだりまでしている。 ﹁大丈夫なのか ﹂ ! 今、色々考えてる、ん⋮⋮﹄ !? ﹄ !? ﹂ ! 背に乗っていたユウリちゃんもまたその衝撃で吹き飛んでいく。片翼を失った俺は ﹁あきらー ﹃があァ⋮⋮ とっさの判断で身体を捻って直撃を避けるが、矢は爆砕して俺の右翼を消し飛ばす。 危険信号が脳内で発せられたその時には、尾から矢が射出された後だった。 通り過ぎていた左手側のマンションの端から、ぬっと長い尻尾が見えた。 ﹃何 ﹁あきら 俺の中では人生で初めて感じる焦りという感情があった。 少しでも、少しでも奴から離れたい。 ﹃だいじょうばない ! !? 682 体重が重かったせいでその場に落下するに留まった。 火に耐性のある黒い鱗でこの威力。想像よりも驚異的と言わざるを得ない。 どうにか着地して、体勢を立て直すが、漆黒のパピルサグは俺の目の前まで迫ってい た。 この野郎⋮⋮調子に乗りやがって⋮⋮。 逃げられないのなら、最大火力で消し飛ばしてやる。 ほふ 俺は鱗の色を赤と白のマーブルに変化させた。俺が持つ最強の威力を誇る魔法の息 吹で屠る。 ﹄ 口から湧き出る超高熱と超低温の合わせ技、氷炎の渦が喉から吹き荒れた。 ﹃死に腐れ、蠍野郎ォォォー‼﹄ ! ほどの激突地点を中心に円状に消し飛び、瓦礫の破片の破片のみを申し訳程度に残して 光が消えた時には俺は吹き飛ばされ、ビルにその身体を埋めていた。周囲の建物は先 その瞬間、音が消え、魔力の光が飽和して辺りを包み込む。 で激突した。 すべてを消し飛ばす最強の一撃と、パピルサグの最悪の矢が俺と奴の対角線上の中心 パピルサグも尾から爆砕する矢を放ち、俺の氷炎の渦にぶち当てる。 ﹃アギイイイイイイイイイイイイィィィ 第四十五話 弓を射るもの 683 いる。 どこかで体力を整えなければ、確実にあの化け物に殺されてしまう。 パピルサグから距離を離すことに成功した。 小さくし、小回りが利く魔人状態になった俺は、ダメージで動きが大幅に鈍重になった ボロボロになった俺は死にもの狂いで恥も外聞もなく、逃げ出す。身体を人間台まで を思い出し、魔人状態に身体を退化させ、走って逃走する。 逃げなければと、身体をビルの壁から這い出て飛ぼうとするが、片翼を奪われたこと 重たそうな巨体を節のある足で持ち上げると、俺へとゆっくりと迫って来る。 いや、向こうの方がダメージは低かったようだ。 ﹃アギィ⋮⋮﹄ 痛み分け、という言葉が今の惨状を表している。 ていたが、それでも完全に消滅には至らなかった様子だ。 前を見ると、尾が引きちぎれたパピルサグが居る。俺と同じようにその身体は傷付い さえも辛くなるほどボロボロになるなんて想像もしていなかった。 今までの戦いでは受けたことのないレベルの大打撃を受けている。魔物状態で呼吸 俺の口から墨汁のような血が漏れ出た。 ﹃がふっ⋮⋮﹄ 684 俺は休める場所を探して、夜の街を駆け抜けた。 逃げて、逃げて、身体の限界が来るまで走り続けた俺はとうとう膝を突く。 前のめりに倒れるように手を突いて、荒くなった息を整えるが俺は、自分がいつの間 にか魔人状態から人間の姿に戻っていることに気が付いた。 心臓の脈動音が煩い。息が切れて、苦しくて仕方がない。 大丈夫か ﹂ やばかった⋮⋮。あれは本当にやばかった。冗談抜きで死を覚悟したくらいだ。 ﹁あきら !? 立ち上がれないくらいの怪我でもしてるのか !? いだ。 ﹁どうした ﹂ パピルサグの矢の余波で吹き飛ばされた彼女も多少傷を負っているが無事だったみた 顔を上げると、額から血を垂らしたユウリちゃんが傍に急いで走り寄るのが見える。 ! あきら⋮⋮﹂ !? 俺の突然の抱擁に驚きながらも、それに応じて背中に手を回してくれる。ユウリちゃ ﹁どうした急に。お前らしくもない﹂ ﹁よかった。本当にユウリちゃんが生きていてくれてよかった﹂ ﹁お、おい 心配して俺を覗き込むユウリちゃんに俺は感極まって抱きしめた。 !? ﹁ユウリちゃん⋮⋮﹂ 第四十五話 弓を射るもの 685 んの甘い香りが俺の鼻に届いた。 ﹂ 彼女が残っていてくれて安心した。これで傷付いた俺の身体を癒すことができる。 ﹂ ﹁ユウリちゃん。アンタは俺にとって最高の││非常食だぜ ﹁えっ⋮⋮ いちぎったからだ。 肉や骨と一緒に竜の顎に含んだソウルジェムを噛み砕く。 ∼聖カンナ視点∼ ない子にも使い道というのはあるようで何よりだ。 ユウリちゃんを生かしておいたおかげで、どうにか魔力を完全に回復できた。価値の ﹃ん∼⋮⋮ごちそうさまでした﹄ はこういうことを言うのだ。 枯れ果てていた魔力が一気に回復していく感覚が分かる。力が漲 ってくるというの みなぎ ユウリちゃんの臍の上辺りに付いているソウルジェムごと一口で魔物化した俺が喰 することはなかった。 俺の言葉の意味が分からなかったのだろう。そして、最期まで彼女はその言葉を理解 ? ? 686 目を薄っすらと開くと、そこは電灯が並んだ見慣れない天井があった。 確か私はあの時、あきらに右肩を噛み切られて、その後炎の球を身体に受け、ビルの 谷間に落下したはず⋮⋮。 そうだ。そして、真下に落ちて行き、意識を飛ばしたのだ。 そこまで思い出して、私は上体を起こして周りを見回す。 ﹁うぐっ⋮⋮﹂ ﹂ 激痛が右肩と腹部に走る。呻き声を上げるとやはり記憶の通りに怪我をしていた。 なら、どうやって私は助かったのか。 その答えは私の目の前にあった。 いかけた。 身体中に蔦のような紋様が浮かぶ彼女は酷く疲れたように座り込み、私に弱弱しく笑 ﹁かずみ⋮⋮お前が私を助けてくれたのか ? ﹁うぐ⋮⋮﹂ よっぽど切羽詰まった状況だったのが、それだけでも見て取れた。 よくよく見れば周りの床には割れたガラスが散乱している。 からビルの中に突っ込んだの⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮うん。結構大変だった。何とか魔法少女に変身して、空中でカンナを捕まえて、窓 第四十五話 弓を射るもの 687 ﹁かずみ ﹂ ﹁どうして⋮⋮ ﹂ 身を削ってまで私を助ける必要なんてないはずだ。 どうして、そんな事をしたのか分からない。私の理想を拒絶したかずみが、わざわざ ただでさえでも限界が近かったのに、私を助けるために魔力を使ったのが、原因だ。 た。 彼女の身体を蝕む紋様は完全に彼女を覆い尽くし、白かった肌を黒く染め上げてい ! ﹂ ! 辛くて苦しいだろうに必死で笑みを浮かべる彼女はとても痛々しい。 ﹁あは⋮⋮もう、限界みたい⋮⋮﹂ ﹁かずみ⋮⋮ けれど、かずみはその言葉を零した後、ぐらりと後ろへ倒れる。 の戦いを始めたのかもしれないとさえ思った。 その言葉は、私が求めていた共感と理解が籠っていた。この言葉が聞きたくて私はこ ﹁⋮⋮っ﹂ 分かるんだ⋮⋮﹂ なかったら、魔女になるまで暴れていたかもしれない。だから、カンナの憤り、すごく ﹁私もさ⋮⋮自分がニセモノだって分かった時は悲しかった。あの時にタイカに出会わ ? 688 グリーフシードさえ、あればかずみを助けられるが、手持ちにはソウルジェムしかな ﹂ い。このソウルジェムを孵化さえて、それから生まれた魔女を倒すにはあまりにも時間 と体力が足りなかった。 ﹁クソッ、クソッ、クソッ 落ちたそれをひったくると、無我夢中でかずみのソウルジェムに押し当てて、穢れを は心から感謝してやってもいい。 何という幸運だろう。プレイアデスの連中には憎悪しか感じていなかったが、今だけ グリーフシードを入れておいたものだった。 そうだ、確か。この鈴のイヤリングはサキがかずみに捧げるために﹃和沙ミチル﹄の ! た。 ﹂ その時、そのイヤリングがぽろりと溶けるように落ちると、中から黒い球体を落とし て、澄んだ音色を響かせた。 指先が彼女の左耳に付いていた鈴のイヤリングに触れる。りん、と小さく音を立て かずみの頬に手を伸ばす。手のひらから感じる熱は極端に低くなっていた。 ない。 泣きたくなるほど今の私は無力だった。たった一人の同類を助ける事さえできやし ! ﹁⋮⋮これは、グリーフシード⋮⋮ 第四十五話 弓を射るもの 689 吸い取る。 ﹂ かずみの身体を蝕んでいた紋様は消え、元の彼女の白い肌が服の端から確認できた。 ﹁うう⋮⋮あれ ? よかった ﹂ 私は嬉しさと安堵のあまり、彼女を思い切り抱き寄せる。 ﹁かずみ ! あいつは人間だ。私たち、ニセモノとは違う。﹃ホンモノ﹄だ。あんな奴が死のうと 感情が胸を焼きそうになるが、それを振り払うようにその顔を消した。 脳裏にあの笑ってしまうくらい真っ直ぐな男の顔が浮かぶ。何か切なくなるような ちゃう﹂ ﹁そうだ、カンナ。タイカを助けに戻らないと。早くしないとタイカが魔女に食べられ 私に言った。 だが、当のかずみは私の考えなど分かった素振りを見せず、まるで友達に言うように 同類でありながら、私を拒んだ相手なのだ。心を許していい訳がない。 のだ。 何を慣れ合っているんだ、私は。こいつは私と新たな世界よりも、この世界を選んだ そこまでしておいて、ハッと我に返り、かずみから距離を取る。 ﹁⋮⋮カンナ、くすぐったいよ﹂ ! 690 知った事ではない。 ﹃彼なら大丈夫さ﹄ い つ の 間 に か 近 く の 床 に キ ュ ゥ べ え が 居 た。落 と し て い た 和 沙 ミ チ ル の グ リ ー フ シードを尻尾を動かして器用に投げると、背中のハッチのような場所にそれを投げ込ん だ。 ﹃き ゅ っ ぷ い ⋮⋮ 赤 司 大 火 な ら イ ー ブ ル ナ ッ ツ を 三 つ 取 り 込 み、巨 大 な 魔 女 モ ド キ と なって街に来ているよ﹄ ﹂ !? 心の奥で誰かが叫ぶ。違う、あんな姿はタイカではないと。 願ったものと真逆の行為を行っている。 ビルを壊し、住宅を踏みにじる破壊の権化のような蠍の騎兵は赤司大火という人間が ⋮⋮。 あれがタイカなのか⋮⋮。街を守りたいと愚直に語った男の末路だとでもいうのか しているのが視界に映った。 私も彼女に続き、割れた窓の外を見ると巨大な蠍の騎兵のような化け物が街並みを壊 ラスを気にせずにそこから外を見る。 その窓からも見えるはずだ、とキュゥべえの言葉を聞くや否や、かずみは割れた窓ガ ﹁そんな⋮⋮ 第四十五話 弓を射るもの 691 ﹁酷い⋮⋮。何でタイカが街を⋮⋮﹂ うそぶ 顔を絶望に歪めたかずみはキュゥべえに尋ねると、当たり前の事のように奴は嘯い た。 なってしまったら倒す他にないだろう﹄ ﹁そんなのって、あんまりだよ⋮⋮﹂ 泣き出しそうになるかずみに私は無言で掴みかかる。 驚いた顔した彼女に私は叫んだ。 ﹁泣き言を言うくらいなら、タイカを助ける事を考えろ 何だ、これは。本当に私が言っている言葉なのか ﹂ ! 人間など滅ぼせばいいと心から思っていたのではなかったのか ? ﹁力を貸せ、かずみ 私たちでタイカを元に戻す ﹂ ! ﹃もし、俺が身も心も魔物になってしまったら、誰かを傷付ける前に殺してほしい﹄│ 思い出すのはあいつと交わした約束のこと。 ⋮⋮ああ、そうか。これが私にとっての﹃ホンモノ﹄なのか。 自分で言って、自分で聞いて、そして、自分で気付いた。 ! だが、止まらない。口から湧き出るこの想いを止める事などできるはずがない。 ? ﹃イ ー ブ ル ナ ッ ツ の 副 作 用 に よ り 心 を 無 く し て し ま っ た よ う だ ね。残 念 だ け ど、あ あ 692 │そう愚直なあいつは言っていた。 あの約束は守れなかった。だから、最後まで守らない。 お前がタイカの何を知っている ﹂ ﹃無駄だよ。赤司大火の心は完全に消滅した。もう、元に戻す方法なんてないよ﹄ ﹁うるさい、黙れっ !? しいのだ。 ! 視線を逸らす。 かずみを見ると、どこか勇気付けれたように私を見ていた。少し決まりが悪くなり、 キュゥべえはそう言って、窓の外へ飛び去って行く。 ﹃それなら、ボクは何も言わないよ﹄ ﹁絶対にあいつは戻って来る ﹂ 裏切って、利用しようとした私に、それで幸せなのかと尋ねるくらいに⋮⋮馬鹿で優 あいつは馬鹿で、真っ直ぐで、どうしようもなく、正義の味方のような奴なのだ。 ! ﹂ ! 事ができる。 確証がある訳ではない。でも、私の魔法、 ﹃コネクト﹄を使えば、タイカの心に繋がる それには答えず、私も下まで降りるために窓から飛び立つ。 ﹁分かったなら、かずみも早く来い ﹁そう、だよね⋮⋮タイカの心が消える訳ないよね﹂ 第四十五話 弓を射るもの 693 694 あいつの心が少しでも残っているなら、可能性はきっとあるはずだ。 ││タイカ、お前は絶対に私が戻してやる⋮⋮。 微かな希望を胸に私はかずみと共に、蠍の騎兵となったタイカの元まで駆けて行く。 第四十六話 オリオンの黎明 ∼聖カンナ視点∼ 途轍もない力が爆発した跡のような円状の破壊地点に黒い蠍の騎兵のような化け物 は居た。 近寄ってみれば、その黒い装甲には無数の罅が入り、下半身の尻尾に至っては途中で いたわ 溶け落ちたようにちぎれている。恐らくは一樹あきらとの戦闘による損傷と見るのが 正しいだろう。 ﹄ ! ﹃アギギギィッ‼﹄ ず、襲い掛かって来る。 少しでもタイカとしての反応を期待していたが、奴は唸り声を上げて有無を言わせ 私とかずみが近付くと、蠍の騎兵はこちらへ赤く光る複眼を向けた。 うじて形を残していた建物を砕いていく。 その傷付いた身体を労る事もせず、何かを探すかのように大きな鋏を振るってまだ辛 ﹃アギィィィ 第四十六話 オリオンの黎明 695 ﹁タイカ、私だよ。かずみ。あなたが家族だって言ってくれたかずみだよ こうやって真正面から使用するなど愚の骨頂。 だが、私はあえて、奴を前にして、コネクトを使う。 ﹂ 普通の人間なら狂って心が壊れるのも無理はない で 本来ならば、 ﹃コネクト﹄は相手に気取られずに使うことのできる魔法だ。わざわざ、 ﹁タイカ。これが⋮⋮今、お前が感じているもの、なのか⋮⋮﹂ 入ってくる。 嗜虐心、嘲笑⋮⋮ありとあらゆる他者を冒涜する悪意の感情が蠍の騎兵を通して私に 繋がった瞬間、流れ込んできたのは凄まじい悪意。吐き気のするような破壊衝動と、 線を手のひらから伸ばし、蠍の騎兵に打ち込む。 けれど、私はそこでかずみの方には行かず、彼女が作ってくれた隙に﹃コネクト﹄の 聞こえる。 ばされた。瓦礫に埋もれて、勢いを止めるが、その威力は凄まじく彼女のむせ返る音が 拮抗したのは僅かな数瞬、その後には押え切れなくなり、彼女は私の後ろまで弾き飛 かずみが私の前に出て、奴の巨大な鋏をその十字架を模した杖で、受け止める。 ! この街を守ると豪語し、義憤に燃えて魔女モドキに立ち !? ! ││タイカに直接呼びかけるために。 ﹁確かにこれは最悪だ⋮⋮ も、お前は赤司大火だろう ! 696 塞がるような馬鹿だろう この程度の悪意に負けてるんじゃない ﹂ ! とだが動かして、私を叩き潰そうとする。 抑え付けるように制御しているのに、蠍の騎兵はそれに抵抗して巨大な鋏をゆっくり でも、それがタイカなんだ。 信じるなんてどうかしてる。 どれだけ、馬鹿なんだお前は。すべての原因に文句の一つも言わずに、本心から私を た﹂ になった。おまけに私を責めるどころか、心を失ったら殺してほしいだなんて頼んでき ﹁私がイーブルナッツを作ったのが原因だと言ったのに、イーブルナッツを使って魔物 それが原因で要らない事までべらべらと饒舌に語ってしまった。 よく覚えている。 しかし、こいつと来たら、内心と言葉がまったく同じで思わず、笑ってしまったのを きらにぶつける、都合のいい手駒になるかと目を付けていた。 最初にコネクトをかけたのはタイカが街でこの事件について調べていた時。一樹あ 私は知っている。この男がどれだけ馬鹿なのかを、この男がどれだけ愚直なのかを。 !? それを瓦礫の山から這い出てきたかずみが杖を片手で防いでくれた。 ﹁さっせない‼﹂ 第四十六話 オリオンの黎明 697 蠍の騎兵の攻撃は彼女に任せて、私はタイカの呼びかけだけに専念する。 ﹁タイカ お前は熊の魔物と遭遇した時の事を覚えているか。お前はあの時に見ず知 698 ! だけど、私には分かる。 ﹁あの時のお前の方が何倍も強かった そんな力に振り回されている今のタイカより ルニ﹄さえ大した攻撃にならない奴は最強の魔物と呼んでも差し支えない。 魔女さえ従える私の﹃コネクト﹄に抵抗し、かずみの必殺の﹃リミーティ・エステー に着地する。 らせる事さえしなかった。しかし、衝撃で僅かに弛んだ大鋏からかずみは脱出し、地面 通常の魔女を一撃で消し飛ばすほどの威力のそれを受けた蠍の騎兵は、巨体を仰け反 ティ・エステールニ﹄を放つ。 かずみはそれに苦しみながらも、十字架状の杖を使い、辛うじて閃光の魔法﹃リミー 蠍の騎兵はかずみをその大鋏で捕まえ、ギリギリと万力のように挟み潰そうとする。 ﹃アギィイイィィ‼﹄ 戦っていたのだ。 ないために己の力を振るった。自分の誇示するためではなく、街の安寧を守るために あの時もお前は人の命が奪われた事に怒りを感じながらも、これ以上の犠牲者を出さ らず奴のために心を痛めて戦った﹂ ! もずっとずっと強かった ﹁戻れ ﹂ 戻れ⋮⋮戻ってよ⋮⋮タイカぁ ﹂ 断じて今の悪意と憎悪に支配されたお前よりも弱かったとは思わない。 るところだ。 タイカの強さは正しさを失わない事だ。力に呑まれず、確固とした正義を持って戦え ! ! 叩き付けられた。 を避けられずに撥ね上げられる。無様に荒れ果てたアスファルトの地面にうつ伏せに は 出鱈目に振るわれた大鋏の乱舞が私を捉える。一瞬でかずみも私もその重たい一撃 ﹃アギィアアアアアギィイィィィィィィー‼﹄ ! ない。 るとキュゥべえの言っていたように本当にそんなものは消滅してしまったのかもしれ 駄目だ、コネクトで流れ込む悪意が邪魔で未だにタイカの心と繋がれない。もしかす 完全に開き、血液を涙のように流し始めた。 額が割れて、血が目の中に入る。魔力で塞がりかけていた腹に受けた傷も今の一撃で になる魔力の線を、私は決して手放さないように意識を引き締める。 それでもコネクトだけは絶対に解除しない。衝撃による激痛とダメージで放しそう ﹁がぁ⋮⋮っづ⋮⋮﹂ 第四十六話 オリオンの黎明 699 それでも私はタイカに呼びかける。思いの丈をぶつけ続ける。無駄かもしれない足 掻きを止めない。 す。 蠍の騎兵が立ち上がる事もできない私の頭部を目掛け、掲げられた大鋏を振り下ろ 誰もが一度は感じるような、ニセモノもホンモノも関係ない想い。 あまりにも普通なもの。 違う。これもまだ、本心じゃない。私の本当に感じたものはもっとずっとシンプルで れる場所を手に入れたかずみが心から羨ましかった﹂ ﹁かずみが羨ましかった。私と違って誰かの代わりじゃなく、自分だけを必要としてく ⋮⋮いや、違う。それはただの客観的な意見だ。私が感じたのはそこではない。 に入れる事になった。 かずみは帰るべき場所を見つけ、人間への信頼を取り戻し、自分だけのホンモノを手 でも、その結果は私の予想を超えるものだった。 高を括っていた。 すぐに破綻すると思った。かずみの中の人間への不信が強まる結果になるだろうと やってこの一週間過ごして来たのかをコネクトでずっと見ていた﹂ ﹁本当は、本当はかずみをお前が拾ってからの事も見ていたんだ。お前とかずみがどう 700 ﹁私は⋮⋮いつの間にかタイカの事が好きになっていたんだ 心奪われていた ﹂ 合成魔法少女の苦しみ だとか、プレイアデスへの復讐だとか⋮⋮そういうものも忘れてしまうくらいにお前に ! ものでないとしても。 ! ⋮⋮。 お前に会えた事で、絶望と憎しみしかなかった心はとっくの昔に満たされていたのか うでもよくなっていたのか。 ああ。何だ、私はもう世界を壊す気も、合成魔法少女が新人類に成り代わる事も、ど 後悔はあるとするなら、それはタイカを、恋した男を救ってやれなかった事だけ。 これで死ぬのか、私は。 コネクトから手を離さなかった私にはそれを回避する手段もない。 て来ない。 頭を捉えた大鋏が眼前まで迫る。かずみは私とは真逆の方向に吹き飛ばされて帰っ ﹁私はお前の真っ直ぐで優しい心を見続けていたかった ﹂ 見ていたかったから。お前が幸せそうに微笑むのを。例えそれが自分に向けられた だから、ユウリたちが手を出すまでかずみをそのままにしておいた。 ! ﹁約束勝手に破ってごめん、タイカ⋮⋮﹂ 第四十六話 オリオンの黎明 701 ﹂ 目を瞑って、観念して迫り来る自分の死を受け止める。 だが。 ﹁⋮⋮あれ ﹁タイ、カ⋮⋮ ﹂ ﹂ !? ﹁お前のおかげだ、カンナ。悪意の暴風の中で消されそうな俺を導いてくれた﹂ ﹁タイカ⋮⋮元に、元に戻ったのか 絵画のようなその光景の中心に私の恋する男は立っていた。 えていく。 飛び散った黒の装甲の破片はより小さくなって散り、千々に分かれて、煙となって消 黒い蠍の騎兵の身体が一瞬でガラスのように粉々になって砕けた。 ﹁しっかり俺に届いたぞ﹂ ││ありがとう。お前の言葉⋮⋮。 その聞き覚えのある声は紛れもなく、あいつの声だった。 ? ││カンナ。 同時にコネクトを通して、私の名を呼ぶ声が脳裏に響いた。 目を開くと、目と鼻の先で停止している巨大な黒い鋏が見える。 私は待っていても死は訪れなかった。 ? 702 凛々しく顔を引き結んでいるタイカには珍しい、優しげな微笑みを浮かべている。 気付いていたならもっと早く反応しろ ﹂ 目尻が熱くなり、泣きそうになる自分を誤魔化して、私は叫んだ。 ﹁馬鹿 ! うになった。 とても普段の自分が言うような台詞ではない。あまりの羞恥心で脳髄が焦げ付きそ 言葉を思い出す。 どうして、ああも赤裸々に好意を語ってしまったのだろう。今更になって己の叫んだ 照れた風にそういうタイカに急激に、私の中で恥ずかしさが渦巻いた。 が覚醒してきたのは⋮⋮カンナの熱い告白の辺りで⋮⋮﹂ ﹁すまん。最初の頃はお前の声を頼りに自分を保つ事が精一杯だった。しっかりと意識 ! 伝わってきた﹂ ﹁口に出すなぁっ 忘れろ ! 今すぐにでも記憶から消せ‼﹂ ! ﹁いっそ、もう私を殺せぇぇー‼﹂ ﹁いや、この記憶は例え死んでも忘れない﹂ ! ﹁﹃私はお前の真っ直ぐで優しい心を見続けていたかった ﹄。⋮⋮カンナの俺への愛が ﹁やめろぉぉ‼﹂ ﹁⋮⋮あそこまで熱烈に好意を述べられたのは初めての経験だ﹂ 第四十六話 オリオンの黎明 703 両手で顔を押さえると、驚くほど頬が熱かった。鏡を見なくても私の顔は真っ赤に染 まっている事が容易に想像できる。 た ち 真顔で、愛だの口にするタイカの存在がなおの事、私の羞恥を煽る。からかっている 訳でなく、本心から言っているのがコネクトを通じて伝わるから余計に性質が悪い。 ﹂ ﹂ しばらく、顔を隠して黙っていると、指の隙間からタイカは周囲を見渡し、拳を振る えるほど握り締め、確認するように尋ねた。 ﹁⋮⋮この惨状は俺が引き起こした事なのだな ﹂ ﹁違う。タイカ、これはお前が望んでやった事じゃ⋮⋮ ﹁││違わない めて、共に過ごしたかずみならもっとましな行動をしてくれるかもしれない。 何も言えずに辛そうな顔を見ている事しかできない私自身に口惜しさを感じた。せ ﹁タイカ⋮⋮﹂ ﹁何一つ、違わない⋮⋮これは俺がやったんだ。俺が、やった事なんだ⋮⋮﹂ いたはずなのに、下らない事を口にしてしまった。 罪悪感に苛まれたこいつにはどれだけの慰めの言葉を掛けても無駄だと私は知って 痛な面持ちで顔を歪めた。 この真面目な男がこれだけの事を起こして、平然としていられるはずがなかった。沈 ! ! ? 704 ﹂ そう思って、先ほど弾き飛ばされたかずみの姿を横目で探すと、彼女は既に私のすぐ 脇まで来ていた。 ﹁タイカを元に戻すことができたんだね。お手柄だよ、カンナ 葉を掛けてあげてくれない ﹂ ﹁ああ。でも、私には今のあいつに言葉をかけてやる事がない。かずみ、代わりに何か言 ! 一人のかずみが現れた。 ﹂ ﹄ おかしいと感じたその時、かずみの遥か後ろの瓦礫の山からボロボロに傷付いたもう それどころか、砂埃で汚れた形跡すら見取れない。 も関わらず、どこも怪我をしていなかった。 黒い露出の高い魔法少女の衣装を身に纏った彼女は私以上の猛攻を受けていたのに 私はそう言って、かずみに目を向けると妙な事に気が付いた。 ? ! これはユウリの変身魔法⋮⋮ 奴の開けた大きな口が視界を覆う。鋭角な白い牙が並んだその口が私が最後に見た 驚きと身体に残った傷のせいで私は動けなかった。 ! 一瞬で私の傍に居た方のかずみはマゼンダカラーの鱗を持つ、竜の姿に変わる。 ﹃いや、アンタら二人はそもそもがニセモノだろ ? ﹁カンナ、そいつは偽物だよ 第四十六話 オリオンの黎明 705 景色だった。 ∼かずみ視点∼ 少し離れた先に居たカンナの頭が一瞬でなくなった。大きな顎に嚙みちぎられて、こ の世界から消滅した。 呆然としている私を余所にカンナの身体が、ハンバーガーか何かように歯型状に上か ら消えていく。 タイカも私と同じようすぐ目の前で起きた惨劇に言葉もなく、硬直している。 して、ボロボロの身体を怒りで動かす。 また、大切な仲間が一人、この化け物によって奪われた。その理不尽をようやく理解 女の魂を身体の中に取り込んでいく。 ムを一つ残らず、頬張った。バリバリとまるで飴玉を噛み砕くような気安さで、魔法少 足の先まで食い尽くした後、竜の魔物、あきらはカンナが隠し持っていたソウルジェ ジェムだぜ﹄ がったな。まあ、全身食べちまえば変わらないんだが。それにしても凄い量のソウル ﹃あー。ニセちゃんたら抜け目なく首のうなじにフェイクのソウルジェムを持っていや 706 ﹃リミーティ・エステールニ﹄‼﹂ 杖を振り上げて、最大魔力を籠めた魔法の閃光をあきらへと撃ち出す。 ﹁よくも⋮⋮カンナを⋮⋮ ﹁あっ、があああ⋮⋮ ﹂ 前に見た炎よりも段違いになった火炎は閃光を押し返し、私の身体を飲み込む。 も容易く掻き消された。 身体に残った魔力を練り上げた私の最大魔法は鱗の色を変えたあきらの火炎に意図 ! ﹂ 魔法少女の衣装は溶けるように消え、焦げ付いた肌は炭になって剥がれ落ちる。 る耐性すらもはや意味をなさない。 身体に纏わりついてくるかのようなうねる炎は私の身体を焼き焦がした。魔力によ ! ! 冗談や挑発ではなく、きっと本気で言っている。 の魔法を打ち消そうとしたら、ついうっかり、加減を間違えちまってなァ⋮⋮﹄ ﹃悪い悪い。別にかずみちゃんを燃やし尽くそうとした訳じゃないんだ。ただ、アンタ う。 あきらは飽きたように炎を吐き出すのを止めると、焼け焦げた私を見下すように笑 る。だが、長い尾で簡単に払い除けられて地面を転がった。 私と同じようにカンナの死に激昂し、人間状態のままで、タイカはあきらに掴みかか ﹁⋮⋮カンナだけではなく、かずみまでもむざむざ目の前で殺させるものか 第四十六話 オリオンの黎明 707 それくらいにあきらが発している魔力の波動は桁違いだった。﹁ついうっかり﹂で燃 やし尽くす事ができるほどに、私とあきらには魔力量の絶対的差があった。 ﹂ 息も絶え絶えの私にあきらは怯えさせるためにわざとゆっくりと近付いてくる。 ﹁やめろ⋮⋮かずみにまで、手を出すなぁっ 砕けたのはコンクリート片の方だった。 魔力による防壁か、鱗には傷どころか汚れすら付着していない。 ? ﹁⋮⋮ そ れ で 俺 が 怯 え る と で も 思 っ た の か ⋮⋮﹂ 弱 い 物 虐 め し か で き な い 奴 の 姿 だ な 早く逃げて、タイカ。何のためにカンナも命を懸けてタイカを助けたと思っ ﹂ !? ! ﹁すまんな、かずみ。だが、カンナは俺にこういう馬鹿なんだ﹂ てるの ﹁駄目 ? 恐れも感じさせない。 だけど、タイカはそれを恐れず、私を守るように立ち塞がった。その背中には微塵の 可能なのだ。 矛先が私からタイカに変わる。駄目だ、今のタイカにはあきらの攻撃を避ける事も不 ﹃いてぇじゃねぇの、お兄ちゃん。そういや、さっきは散々やってくれたなァ ﹄ 立ち上がったタイカがコンクリート片を掴み、あきらの身体をそれで打つ。けれど、 ! 708 視線だけを僅かに向けて私に謝った後、あきらに拳を構えて睨み付けた。 ﹂ 私の家族はどこまで馬鹿なら済むんだろう。これではカンナがあまりにも浮かばれ ない。 ﹁来い。一樹あきら て話しかけた。 そして、辛うじてその姿が確認できるほどに高く夜空に飛び上がると、声を張り上げ かせて空中に舞い上がる。 対するあきらはその挑発に乗るどころか、少し考える素振りを見せた後、翼を羽ばた よ﹄ ﹃そうか、そうか。これじゃあ、絶望が足りないか。なら、もっと良いものを見せてやる ! ﹄ ! ﹂ できない光は太陽を思わせた。 ﹁何だ、この光は⋮⋮ ﹁眩しい⋮⋮﹂ ! 光がやがて緩やかにその光量を下げると、夜の空に煌々と光を放つ巨大な何かが浮か こうこう その台詞を吐いた後にあきらの身体が凄まじい輝きを放つ。目を瞑っても、遮る事の 俺の中の全ソウルジェムの魔法を繋げて、同時に魔法の力を引き出してな ﹃ニセちゃんから手に入れた魔法、コネクトの真の力をあの子に変わって見せてやるよ。 第四十六話 オリオンの黎明 709 んでいる。 あまりにも大きすぎるそれは一目では全貌を把握する事ができず、何なのかしばらく 分からなかった。 ﹁十二枚の⋮⋮翼⋮⋮。黄金の、巨竜⋮⋮﹂ タイカの呟き通り、その光を放つ巨大なそれは六対で十二の翼を持つ、黄金色の巨大 な竜だった。 大きさはどう小さく見積もっても、五十メートルはある。その巨体を十二枚のこれま た巨大な翼を羽ばたかせる事で夜空に浮かんでいた。 神々しく、神聖な黄金の竜は夜の瓦礫に満ちた街に舞い降りた天使のように私の瞳に 映る。 まだ、弱い者虐めしかできないように映るか ﹄ 美しいその優雅な羽ばたきを常に行いながら、黄金の竜は私たちに言葉を放った。 ﹃これが今の俺の姿だ。どうだ 無理だと私の心が囁く。 目の前に居るのはもう、あきらであって、あきらではない。 勝てる勝てないではない。この存在に逆らってはいけない、そう感じた。 ? 魔物と呼べる次元を超越した神のような存在⋮⋮。 ? 710 瓦礫の脇からするりと姿を現したキュゥべえが私の思いを代弁した。 ﹃あれはもう魔物と呼ぶには強大過ぎるね。そうだね⋮⋮魔女すら喰らう最悪の存在、 魔王。その言葉を聞いて、私は海香から教えてもらったプレイアデスの七姉妹に纏わ ﹁魔王﹂とでも呼ぶのが相応しいだろう﹄ るギリシャ神話を思い出す。 プレイアデスの七姉妹は常に追い回した狩人の逸話。 星座となっても、諦めずに彼女たち七姉妹を追い続けた執念深い獰猛な狩人。 その名は││。 ﹁⋮⋮オリオン﹂ 今、光り輝くあの魔王が狩人オリオンと重なった。 私の漏らした言葉にキュゥべえは反応する。 キュゥべえは夜闇を裂いて、朝陽のように輝くあの竜にそう名を付けた。 ││魔王、﹃オリオンの黎明﹄。 れいめい た彼にはぴったりだ。なら、彼に敬意を表してこう呼ぼう﹄ ﹃そうか、なるほど狩人オリオンか。プレイアデスの魔法少女を追い回しその手に掛け 第四十六話 オリオンの黎明 711 第四十七話 最後に残った希望 ∼かずみ視点∼ こんなの勝てない。どうしようもないよ⋮⋮。 しっかりしろ ﹂ 頭上に広がる黄金の竜に絶望の思考が広がる。焼け焦げた身体から力が抜け落ちた。 ﹁かずみ ! キュゥべえのその言葉に私はまだ自分のソウルジェムが生まれてもいない事を思い はチャンスがある。ボクと契約して魔法少女となるチャンスがね﹄ ﹃かずみ、このままだとあすなろ市はオリオンの黎明に破壊されるだろう。けれど、君に 残っているこの街のすべての人間はこの魔王の存在に心折られている事だろう。 まるで神のように、気分次第で人の生き死にを定めているようだった。きっと生き が浮かんでいた。どう私たちを殺そうか楽しそうに考えているのが分かる。 オリオンの黎明は空から私たちを見下ろしている。その金色に光る目には加虐の色 ばかりだ。 タイカがとっさに私を抱き留めてくれるが、それでも心を蝕む圧倒的な絶望は強まる ! 712 出す。 私が持っているこのジェムはプレイアデスの皆が作ったものであり、私自身の魂では ないのだ。 ﹁そう、か。私がキュゥべえと契約すれば﹂ 契約して魔法少女になれば、私はあの魔王、オリオンの黎明になったあきらに勝てる ﹃君は本当の意味で魔法少女となれる。魂││心さえあれば契約は可能だからね﹄ のだろうか。 ﹂ 悩む私を支えるタイカは悔しそうに言葉を吐き出した。 ﹁クソッ、俺には何もできないのか 私を支えたまま、彼は手を伸ばしてそれを掴み取った。 尻尾を使って、何かをタイカの方に放り投げた。 ﹃タイカ。君にはこれがあるだろう﹄ ! ﹄ ? カンナは、タイカに特別な思いを懐いていた。だから、きっと最初にイーブルナッツ ティングでもしていたんじゃないかな 故かその一つだけは原形を留めていた。ひょっとしたら聖カンナが魔力で特別なコー ﹃君の身体から出た時に他の二つのイーブルナッツは壊れて消えてしまったけれど、何 ﹁これは⋮⋮イーブルナッツ⋮⋮﹂ 第四十七話 最後に残った希望 713 を渡した時に何かしらの祈りを籠めていたのかもしれない。 もう本人に聞く事はできないけれど、絶対にそうだと私には思えた。 またおかしくなっちゃうんじゃ⋮⋮﹂ ? 何より、空で笑いながら私たちを見下すあの魔王に面白半分で命を奪われるくらいな でいる。 その脅すような言葉は私には聞かない。どうせ、このままでも魔女化の危険性は孕ん ﹃魔女になるのを知りながらボクと契約しようと言うんだね﹄ ﹁私と契約して、キュゥべえ﹂ 私はタイカの腕から離れて、まっすぐ自分の足で立つとキュゥべえにお願いした。 と。 それよりも、オリオンの黎明が慢心している間に早く契約して魔法少女にならない タイカがそういうのなら大丈夫なのだろう。 ないがな﹂ ﹁ああ。もうあんな失態は冒さない。これ一つだけなら抑え込める⋮⋮火力不足は否め だけど、そんな私の不安を払 拭するために、タイカは力強く口元を吊り上げて答えた。 ふっしょく あの巨大な蠍の化け物に変わってしまったらと思うと不安になる。 ﹁大丈夫なの、タイカ ﹁だが、俺は⋮⋮。いや、そうだな。俺にはこれしかないのだろう﹂ 714 ﹂ ら魔女になった方がずっとましだ。 ﹁なるよ。私を魔法少女にして 魔法少女の願い事。私の祈り。それはたった一つだ。 ﹃かずみ││君はどんな祈りでソウルジェムを輝かせるのかい ﹁かずみ、それは⋮⋮ ﹂ ﹁私を││本物の人間にして﹂ ﹄ タイカと暮らした時から思ってた、心から叶えたかった願い。 ? ! キュゥべえもまた、私の思いを理解できずに質問をしてくる。 でも、違う。私の願いはこの身体に劣等感を懐いているからじゃない。 係ないと思っているはずだ。 タイカの考えている事は分かる。私が作られた存在だろうと、本物の人間だろうと関 ! あまりにも無意味な願いだ﹄ ﹃人間になっても、その直後に君は魔法少女として、その肉体から切り離されるだけだよ 第四十七話 最後に残った希望 これは決して無意味な願いなんかじゃない。 それに首を横に振って私は答える。 ? が必要なの ﹂ ﹁皆の魔法や魔女の力を借りずに、自分の足で明日を踏み出すために、私は私だけの身体 715 ! この願いは私に取ってのけじめだ。死んでいったプレイアデス聖団の皆とカンナへ のけじめ。 キュゥべえ‼﹂ 和沙ミチルのクローンじゃなく、たった一人のかずみとして生きると言う宣言なの だ。 ントは消え失せる。 短かった髪は、前の私のように、足首まで長く伸びた。代わりに帽子は小さくなり、マ 服に変わる。 魔法少女の衣装が黒から白に。露出が多かった服は、肌を見せないような可愛らしい ソウルジェムの魔力を解き放つと、私の身体をその温かな光が包み込む。 キュゥべえに言われなくてもそのつもりだ。 てごらん││魔法少女かずみ﹄ ﹃契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した。さあ、その新しい力を解き放っ 私の魂の結晶であるそれは眩い輝きを放ち、私の手元に現れる。 ソウルジェムという宝石の形に。 れたそれは私の心を引きずり出して、形にした。 私の胸にキュゥべえの耳から伸びた触腕が深く差し込まれる。身体の中に差し込ま ﹁さあ、私の願いを叶えてよ ! 716 ・・・ 黒の十字架のような杖は、四方向に突起が突き出た白い杖になっていた。 ﹃凄い力を感じる。この魔法少女はアタリだ﹄ キュゥべえが言うように前とは比べものにならないほどの魔力が身体を流れている。 これが私の、魂の力⋮⋮。 杖を持つ手に力を込め、反対の手を開閉させて自分の感覚を掴む。魂と肉体は切り離 されたというのは感覚的は伝わって来ない。 今の私なら、オリオンの黎明と戦えるはずだ。 ﹂ ﹄ だが、タイカが変身した姿は、前に広場で見た蠍の怪人のような姿ではなかった。 タイカがイーブルナッツを額に押し込んで、人の姿から魔物へと変身する。 ﹁俺も一緒に戦うぞ、かずみ ! ? みたいな姿よりも、ヒーローらしくて彼に似合っている。 まさに誰が見ても分かる、正義の騎士を具現化したような格好だった。前の悪の怪人 を模した一振りの大剣と鏡のような光を反射する円形の盾が握られている。 腰から生えていた節のある尻尾は消滅し、代わりに彼の右手には縦に引き延ばした蠍 ている。両手は鋏ではなく、手甲を付けた五本指になっていた。 全身は銀色に彩られ、蠍の意匠を残しつつも前よりも遥かに騎士のような鎧に変わっ ﹃‼ これはどういう事だ⋮⋮ 第四十七話 最後に残った希望 717 ﹃かずみの魔法の力で、君の中のイーブルナッツもバージョンアップしたんだ﹄ ? ﹄ ! 頼りになる騎士に私は自分の役割を果たそうと魔法を使って、空への道を作り出す。 き、光る粒子へと帰した。 輝く鉤爪を振るう光の竜よりも早く振るわれた彼の刃は、一撃で三体もの竜を切り裂 高く飛び上がったタイカは蠍の大剣を振りかざし、光の竜たちを迎え討つ。 ﹃かずみ、今度こそ俺はお前を守る 一体一体が、とても強い魔力を持った存在だと一目見るだけで分かる。 て、私たちへと襲い掛かってきた。 星のような輝きを放つ、光の竜の群れは本体のように嘲りに満ちた笑い声を飛ばし 行け、とオリオンの黎明が命じると、夜空から光の竜たちが群れを成して飛んで来る。 んでたところだ﹄ ﹃ようやく、死ぬ準備は整ったのか あんまり暇だったからちょっと分身を作って遊 いるところだった。 上空を見上げるとオリオンの黎明はその十二枚の翼から、金色の光の竜を生み出して けれど、これでオリオンの黎明と十分に戦える。 キュゥべえの言う通り、タイカもまたパワーアップを果たしたようだ。嬉しい誤算だ ﹃言われてみれば、身体に漲る力が段違いだ﹄ 718 ﹁﹃スカーラ・ア・パラディーゾ﹄ ﹂ 光の竜はタイカの剣に散らされて、前方に障害はない。今、このチャンスに乗じて、私 常に伸び続ける魔法の橋はオリオンの黎明の眼前まで届いていた。 護衛のタイカに守られながら、私は最悪の魔法の元へと突き進む。走る私に合わせて た。 私を襲おうと光の竜が寄って来るが、それをタイカが大剣で一体一体斬り伏せていっ 駆けあがって行く。 オリオンの黎明が浮かぶ夜空への架け橋を生み出し、私はその魔法の橋を杖を携え、 ! は最大級の魔法を勢いを消さずに撃ち出す。 ﹂ ! これで⋮⋮これでオリオンの黎明を、あきらを││倒せる ﹂ ! 金色の、狩人の名を冠する魔王は羽虫でも払うようにその腕を横に振るう。敵意も何 ﹁⋮⋮っ ││その程度が全力なのか、と言うように。 突如、その瞳は嘲るように細まった。 確信に近いその想いを胸に掲げる私を、金色の眼光は捉える。 ! 魔法の力を身に纏い、オリオンの黎明へと流星のような突撃を浴びせ掛かった。 ﹁﹃メテオーラ・アッサルト﹄ 第四十七話 最後に残った希望 719 もない、本当に宙に浮かぶゴミでも遠ざけるような緩慢な動作。 黄金に輝く鱗で覆われた竜の巨腕は魔力の矢となった私と衝突する。 たったそれだけで、私の必殺の魔法は軽々と敗れ去った。 ﹁⋮⋮ぁ⋮⋮﹂ 視界が真っ白になる。身体に受けた衝撃はあまりにも桁違いで、思い上がっていた私 の希望を打ち砕く。 タイカが私の名前を叫ぶように呼んだ気がしたが、それすらも朧になって遠ざかって いった。 吹き飛ばされたと理解した時には、また視界が暗転する。再び、気が付いた時には私 は硬い場所に横たわっていた。 でも、温かいし、ぬるぬるしてる。 生暖かい液体が額からゆっくりとと垂れてくる。 ⋮⋮何だろう、これ。雨、かな ***** 赤く、どろりとしたそれは、私の血だった。 くる液体の正体を理解させる。 鼻の辺りまで流れてきた液体は真っ赤な色をしていた。混濁した意識が、その垂れて ? 720 第四十七話 最後に残った希望 721 強い。強すぎるぞ、俺。まさに神。まさしく、ゴッド。なおかつグッド クルという訳だ。 人工衛星でさえもこの街の異変を察知することはできない。完璧なクローズドサー に錯覚させ、完全に外部からの介入をシャットアウトした。 は侵入できない﹄という認識を刷り込み、なおかつ外部からはこの街が平和であるよう 手に入れた魔法を複合させて、 ﹃このあすなろ市から誰も出られない。そして、外から 俺はこのあすなろ市全体に半球状のバリアを張っていたのだ。 理由は当然に別にある。 もっとも、俺もあえて、かずみちゃんがパワーアップするのを待っていた訳ではない。 俺に傷を付けるには至らなかったらしい。 かずみちゃんの方もピンクローターと契約して強くなったように見えたが、それでも を止めて瓦礫の上でバタンキューと伸びている。 そのまま、ビルを一つ二つ突き抜けて、ドーナッツタワーを作った後、ようやく勢い すっ飛ばしてしまった。 魔力を纏って突撃してきたかずみちゃんを、軽く小突いただけで、数百メートルも 前とは違い、今度こそ正真正銘、神と言わざるを得ない強さを獲得した。 ! じっくりとこの街を破壊し尽したかったのと、かずみちゃんが街から逃げるのを阻止 よくもかずみをおおおおおぉぉぉ‼﹄ するためだが、結果としてはあまり必要あるものではなかった気がする。 ﹃貴様 ああ、お前も居たなァ、そういや﹄ ? 上とはいえ、一体一体がソウルジェムを吸収する前の素体の俺と同程度の強さでしかな あれは元々、簡単に倒せるように弱く作ったものだ。そこらの魔女と比べれば遥かに どこまでも愚かな奴め。光の竜を倒して、自分が強くなったと勘違いしている。 形の大剣を俺に向けて振り下ろしてくる。 銀色の西洋騎士のようになったバルタン野郎は、蠍の尾を引き延ばしたような奇妙な う。 しかし、せっかくここまで這い上がって来てくれたのだから、遊んでやるのが筋だろ た時に比べればどう見ても弱体化していた。 かずみちゃんの契約のおこぼれで、多少見た目が変わった様子だが、パピルサグだっ い。 なくなったせいでバルタン星人らしさは皆無だが、何となく名前で呼ぶ気にはなれな 名前は赤司大火とか言ったが、こいつには﹁バルタン野郎﹂で十分だ。両手が鋏では アホみたいに叫びながら、歯向かってくる銀色の騎士に目を留める。 ﹃ん ! 722 い。 ﹃今や天使を超え、神と化したこの俺に剣を向けるとは⋮⋮裁きの雷をプレゼントして やるぜ﹄ 十二の翼から、その翼の数と同じだけ極大の雷を生成して、奴に飛ばす。 白い矛にも見えるその雷は的となったバルタン野郎に、突き刺さると眩い電気を散ら した。 受けた稲妻のあまりの電流に耐え切れず、身体の端から火花を散らし、奴は絶叫を上 げながら、地上へと落ちて行く。 ﹃ぁ、があああああああぁぁぁっ‼﹄ 落下したバルタン野郎は銀色の鎧を黒焦げにして、糸の切れた操り人形のようにおか しな体勢で崩れ落ちた。 ブスブスと煙を立てて転がるバルタン野郎は、よくよく見ると、稲妻の熱のせいで肩 や膝などの部分が一部溶けてして変形までしている。 軟弱な奴だ。せめて啖呵を切ったなら、この雷もご自慢の剣で斬り裂いてみせろ。 そいつは悪いことをしたなァ。じゃあ、お詫びに冷ましてやろう﹄ ? 氷柱が接した場所から、地面が凍結を始め、十秒後には辺り一面氷河期のように凍り 今度は翼から冷気を放つ氷柱を生成して、地上に次々と打ち込んでいく。 ﹃熱かったか 第四十七話 最後に残った希望 723 付いた。生き残っていた人間たちも、逃げ惑うその姿のまま、氷の人形となって床に縫 い留められている。 ボロ雑巾の親戚となっていたバルタン野郎は、不自然な形に倒れた状態でその身を氷 の中に閉じ込められて、愉快なオブジェと化していた。 あまりにも無様な姿はこのまま、大英博物館に寄贈してやりたいくらいに笑える。 だが、こいつには散々怯えさせられた。まだまだ、この程度で俺の溜飲は下がらない。 らも原形を残していた。 は 氷は粉々になるが、バルタン野郎まで一緒に砕けるということはなく、その身を削りな しかし、威力は低いとは言うものの、奴もまた頑強な装甲を持っているようで周りの したまま、バラバラにしてなれば少しは俺の気も済むというものだ。 刃が氷を削り、抉り、切り落として、氷の大地を解体していく。マグロのように冷凍 を氷ごと刻んでいった。 一撃で魔女の首を容易く刎ねる威力の鋭い刃は、冬眠している季節外れのお馬鹿さん 射する。 十二の翼から魔力を固めた刃を何本も生み出して、凍ったバルタン野郎に向けて一斉 ルタン君﹄ ﹃オイオイ。眠っちまったのか。駄目だぜ、授業中に居眠りとは⋮⋮先生は悲しいぞ、バ 724 ﹃お、耐えるじゃないか、バルタン君。先生は嬉しいぞ﹄ ﹃だ、まれ⋮⋮悪党﹄ 意識が戻ったのか。なかなか打たれ強いじゃん﹄ ? 完膚なきまでに折る方法を。 どうすればいいのか、と僅かに悩み、俺はにやりと笑って思い付く。この野郎の心を ない。 この野郎はただ殺すだけでは足りない。絶望の果てに殺し尽さないと俺の気が晴れ 気に食わない。心底、このこいつの存在が気に食わない。 これだけ追い詰められて、攻撃を当てることすら叶わないにも関わらずに。 ││こいつはまだ俺に勝つ気でいやがる。 だが、俺には分かった。 駄目になったと考えた方がまだ自然だ。 勇気というより力の差を理解してない、蛮勇にしか見えなかった。電撃と凍結で脳が ⋮⋮この状況でまだ心が折れていねぇのか。 兜の隙間からは闘気に満ちた赤い目が俺を睨んでいる。 声は震えているが、それは寒さによるもので、奴自身からは怯えは感じ取れなかった。 ふざけて言った独り言のつもりだったのだが、バルタン野郎はそれに返す。 ﹃お 第四十七話 最後に残った希望 725 ﹃よし、よし。うん、分かった。お前には分からせてやる必要があるな﹄ ﹄ ? ﹄ ! ほくそ笑んだ。 引きずるような足取りで、かずみちゃんの方へ向かうバルタン野郎を見つめて、俺は ろう。 圧倒的な力の差による絶望と後悔に打ちひしがれたお前を、笑いながら食い殺してや ることしかできない己の無力さを噛み締めろ。 それでいい。必死になって、何よりも大切なものを守れ。その上で何もできずに眺め 体を必死で動かして、吹き飛んでいったかずみちゃんの方へ駆けて行く。 俺がこれから行おうとしていることが分かったらしく、バルタン野郎は満身創痍の身 ﹃まさ、か⋮⋮貴様⋮⋮くっ、かずみっ 十二枚の翼に流れる力をすべてを集結させ、最大の息吹を放つ準備をしていく。 口を大きく開いて、魔力をそこに溜め始める。 ろよ らな。三分だけ時間をくれてやる。かずみちゃんを守りたいならちゃんと守ってみせ ﹃お前の大好きなかずみちゃんをこの世から一瞬で消してやるよ。でも、俺は優しいか 俺の言葉の意味を理解していないバルタン野郎に俺は丁寧に説明をしてやった。 ﹃なに、を⋮⋮言って⋮⋮﹄ 726 727 第四十七話 最後に残った希望 第四十八話 朝が終わり夜が来る ∼赤司大火視点∼ いびつ 先の雷の熱で融解して歪み、絶対零度の氷に冷却され、酷く歪に固まった俺の肉体は 思うように動いてはくれない。 足腰の関節は潰れている箇所があり、胸や首回りは抉れるように細まって、正常な呼 吸さえも阻んでいる。 だが、それを無視して俺は駆ける。そうでなければ、奴に⋮⋮黄金の竜となった一樹 あきらにかずみの命を奪われるからだ。 真っ直ぐに走る事も困難だったが、時間に猶予はなく、片足を引きずるように必死で 進む。 どこだ、どこに居る ﹂ ﹄ ようやく、かずみが飛ばされた辺りまで辿り着くと、俺は大きな声で彼女の名前を呼 んだ。 ﹃かずみ !? ﹁タイ、カ⋮⋮無事だったん、だね ? ! 728 かずみはビルの破片を枕にして、息も絶え絶えに俺に返答をする。 瓦礫に埋もれながらも、額から流れた血で顔を汚して、健気に俺に微笑みかけるかず みに俺は悔しさを覚えた。 何故、俺はこの子にここまでの怪我を許したのだ。守ると誓っておきながらこの体た らく、お袋が生きていれば張り倒されても文句は言えない。 剣と盾を放り出し、駆け寄ってすぐに抱きしめる。包帯でもあれば今すぐ巻いてあげ たいが、現状はそれどころではない。急いでここから離れなければ、あの魔王によって この場所ごと消し飛ばされてしまう。 ? だ。あの金色の魔力の光が直撃すれば文字通り、影も残らず、この世から消滅するだろ 牙から漏れて宙を舞うその僅かな粒子すら、莫大な魔力を秘めている事が一目瞭然 が漏れ出している。 振り返り、見上げた空にはオリオンの黎明の大きく開いた口からは黄金色の光の粒子 すけどな﹄ ﹃残念、三分経過でーす。さあ、塵に帰る準備はできたかな まあ、できてなくても殺 声が耳に届く。 かずみを抱きかかえて、逃げようとするその瞬間無情にも、時間切れを伝える嘲笑の ﹃早くここから逃げるぞ。奴の一撃が来る前に⋮⋮﹄ 第四十八話 朝が終わり夜が来る 729 う。 とっさに俺が取った行動は、落とした円状の盾を拾い、かずみを背にそれを構える事 だった。 何があろうとかずみだけは守り抜きたいという、俺の意志が高速で身体を動かす。 金色の目も眩むような巨大な閃光が俺へと迫り、空を裂いて、降って来る。それはま ﹃さようなら。絶望しながら、死んで行け﹄ るで太陽の光を一本の槍にしたような一撃だった。 世界が光で塗り潰され、俺は白一色に染まる視界の中で盾を構える手を強く握る。例 え、俺という存在がこの世から消えようともこの盾だけは手放さないと心に誓った。 光に焼かれた眼球の裏でカンナの顔が浮かぶ。 ⋮⋮カンナ、助けてやれずに済まなかった。だから、かずみだけは絶対に守り通して みせる。勝手な事を承知で頼む。││俺に力を貸してくれ しかし、それでも盾を構える腕だけは放さない。 足が消え、肘を失い、膝が無くなり、顔さえも光の中に融けていく感覚が分かった。 く。 盾だけでは覆う事のできなかった肉体を金色の光は侵食し、その形を奪い去ってい ﹃おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼﹄ ! 730 第四十八話 朝が終わり夜が来る 731 俺が死のうともかずみだけは、俺の家族だけは救ってみせる。 教科書に載っていたニーチェの言葉で一番俺が共感した一文が脳裏に浮かんだ。 曰く﹃人間は、もはや誇りをもって生きることができないときには、誇らしげに死ぬ べきである﹄。 その通りだと思う。 多くの罪なき命を奪ってしまった俺は誇りを持って生きる事は不可能だ。だからこ そ、俺は大切な家族を守って、誇らしげに死のう。 きっと、それだけが俺に残ったすべてなのだから⋮⋮。 ***** 俺の開いた口から光に変えた魔力の奔流が迸る。すべてを終わらせる破滅の息吹を 撃た撃ち放った先には俺に舐めた態度を取っていた、ヒーロー気取りの雑魚バルタン。 奴は盾を拾い上げて、それを構えて無謀にも防ごうとする。無駄な足掻きだ。滑稽に も程がある。 円状の鏡のような盾には光を吐き出す、偉大で神々しい俺が映っていた。六枚の翼を 広げ、黄金に輝く閃光を放つ姿はまさに神そのもの。 見とれてしまうくらいに格好いい。ビバ俺 ナイス俺 ビューティフル俺‼ ! 待て待て待て⋮⋮鏡だと 待て。 そう感じた瞬間、冷や水を掛けられたように思考が冷まされる感覚がした。 ちんけなその手鏡みたいな盾に映すには物足りないほどの豪奢さを誇っている。 ! 盾に当たった金色の光が反射をし、一部俺に向かって跳ね返って来たのだ。 そして、その最悪の予想は的中する。 に、最悪の可能性を懐き、俺は体温が下がるのを感じた。 金色に輝く破滅の光にあのバルタン野郎は鏡面のような盾を向けている。その事実 ? ﹃クソが⋮⋮何もできない無能な蠍の分際で⋮⋮﹄ いた建物がすべて倒壊したがそんなことはどうでもいい。 光の放射を止め、俺は天から落ちて、地面に這い蹲る。落下の衝撃で辛うじて残って れた部位からは黒い血液と一緒に魔力の染み出して、大地にぶち撒けられた。 俺に跳ね返った破滅の光は斜めに曲がり、俺の胸の付近を鱗ごと肉を消し飛ばす。削 言えども簡単に貫通してしまう。 大絶叫が喉の奥から噴き上がる。自分が作り上げた最強の技を受ければ、無敵の鱗と ﹃ギッ⋮⋮グギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァーッ‼﹄ 732 口からも魔力の混じった血が垂れて止まらない。だが、それ以上に思考を染め上げる のは怒りと憎しみだった。 瀕死のボロ屑にも関わらず、この俺に一矢報いるとは許せない。この手で直接捻り潰 してやる⋮⋮。 即座に立ち上がり、足元を転がる建物の残骸を蹴散らしながら、バルタン野郎の元に 向かった。 だが、既に奴が居た場所には、熱による蒸発らしき焦げ跡と融けてなくなった小さな 歪な盾だけしか残っていない。その盾を掴むと、ボロボロと崩れて消滅する。 いくらか、俺に反射させることができたものの、受けた熱量まではどうにもできずに そのまま融け落ちた様子だった。 く。 しかし、そこで俺はバルタン野郎の後ろの瓦礫だけが消し飛んでいないことに気付 れだけでは怒りが収まるはずもなく、口惜しさがだけが胸に広がった。 せめてもの仕返しに、あのバルタン野郎が居た場所を重点的に踏みにじるが、到底そ けが残る。 怒りをぶつける標的が既に消滅してしまったせいで俺の中には、不完全燃焼な憎悪だ ﹃この、ゴミがッ⋮⋮﹄ 第四十八話 朝が終わり夜が来る 733 辺り周辺は完全に焦土と化しているのに、奴が盾を構えて、背を向けていた空間は物 の見事に、守られていた。 ﹄ ⋮⋮かずみちゃんだけは守ろうとしたのか。ゴミの癖に俺の一撃を防ぎ切ったのか、 益々持って不愉快だぜ。 あれ⋮⋮かずみちゃんが ? をどこにやったのだろうか。 まさか⋮⋮かずみちゃんが持って逃げたのか この俺にそれを叩き込むために⋮⋮ ? ﹃かずみちゃん ﹄ かずみちゃんの姿だった。 そこに居たのは蠍の大剣と杖を融合させた巨大な槍を構えて、こちらに向かってくる 頭に浮かぶ、その推測に俺は警戒して後ろを振り向く。 ? この場所が無事ということは溶けて消えたという線はない。なら、あんな大きなもの なっていたはずなのに、今は影も形もない。 バ ル タ ン 野 郎 が 残 し た 蠍 の 尾 を 模 し た 大 剣。確 か に あ の 時 は 後 ろ に 置 き っ 放 し に げたのかと思ったが、その場所にもう一つだけあるはずの物が消えている。 その瓦礫の上にはかずみちゃんの姿はなかった。俺がダメージを負っている間に逃 ﹃ん ? !? 734 ﹁最大、魔法⋮⋮﹃アンターレス・フィナーレ﹄ ﹃なっ、さっきよりも早い⋮⋮ ﹄ ﹂ だが、腕と接触する前に、彼女はさらに加速をし、俺の攻撃を掻い潜った。 赤い一本の矢のようになったかずみちゃんを叩き落とそうと金色の腕を振り下ろす。 単純明快。そのまま、迎え撃つのみだ。 その一撃を避けるにはあまりにも時間も、距離も、魔力も足りない。だったら、話は 真っ直ぐに突っ込んで来る。 巨大な槍の穂先からは赤い魔力が噴き出し、空を走るかずみちゃんを覆い、俺へと ! 致命傷。中核を完全に捉えたその穴に││。 と風穴が空いているのが目に映る。 次に自分の身体を見ると、ちょうど左胸⋮⋮人間であれば心臓がある位置にぽっかり 上部に付いた大剣は今の一撃に耐え切れなかったのか、罅が入り、砕け散った。 首を捻ってそちらを向けば、かずみちゃんが俺を見下ろすように見つめている。杖の より先に、背中から何かが飛び出した奇妙な感覚を受けた。 かずみちゃんは俺の鱗が剥がれたその胸に飛び込むように突き進む。痛みを感じる ﹁行っけええええええええええええぇぇぇぇ‼﹂ !? ﹃がはっ⋮⋮かずみちゃん、やるじゃん⋮⋮﹄ 第四十八話 朝が終わり夜が来る 735 736 素直に賞賛の言葉が口から出た。 彼女は何も言わない。ただ、肩で息を吐き、敵意を籠めた眼差しを向けるのみだった。 胸に空いた風穴から濁流のように血と魔力が噴き出して、地面に流れていく。コネク トの力で纏め上げていた魔力が俺の中で暴走するのが分かる。 数秒後、黄金の竜となった俺は膨れ上がり、その力を抑え切れずに破裂する。 膨大な魔力がその身をぶち破り、外界に溢れ出す。 爆発を起こす寸前、溜め込んだ魔力をすべて切り離し、俺は元の三メートルくらいの 黒い鱗の竜となって逃げだした。 魔力の波に身を隠して、空を飛び、かずみちゃんの目を誤魔化して逃げる算段だ。 助かるためとはいえ、大幅に弱体化した今の俺ではかずみちゃんとやり合って勝てる とは思えない。 しかし、この街を自分で封鎖してしまったので、黒い鱗の俺ではあすなろ市から脱出 することもできない。 俺ができるのは、逃げ隠れて、魔力を大分使い果たしたかずみちゃんが魔女化して自 滅するのを待つことだけだ。 かあ∼、慢心し過ぎたぜ。調子に乗って出した最強の一撃を反射されさえしなけれ ば、こうはならなかった。 まさかあんな隠し玉があったとは思っていなかった。悔しいが今回は完敗だ。 魔女になったかずみちゃんが俺の張ったバリアを打ち壊してくれるのを待って、あす なろ市を出よう。 一から出直しだ。あやせちゃんという事例もあるし、この街以外にも魔法少女は居る はずだ。そいつらのソウルジェムを食べて、また力を蓄えるとしよう。 そっと地面に着陸すると、俺の耳に誰かの声が届く。 ﹁⋮⋮待ってたよ。あきら﹂ そこにはかずみちゃんが杖を構えて待っていた。 俺が身体を切り離して、逃げるのも全部見越していたような口ぶりに溜息が出る。 ﹄ ? 何を言っているんだ、この子は。 ? ﹃罪なき、俺のどこに罰を受ける理由があるんだよ ﹄ 心の底からの疑問を聞き、かずみちゃんはどこか納得したように顔して、俺を神妙な ? をしてない俺が受ける理由がない。 罰とは、悪いことをした人間がその罪を償うためにする行いであり、何一つ悪いこと ⋮⋮罰 それなのに、罰も受けずに逃げる気なんだね﹂ ﹁私は⋮⋮ううん。このあすなろ市に住んでいた人は皆、あなたにすべてを奪われた。 ﹃⋮⋮執念深いねェ、かずみちゃん。そんな俺のことが大好きなのかよ 第四十八話 朝が終わり夜が来る 737 面持ちで見つめる。 ﹄ ? だから、魔法は使えない。せいぜい、その杖での格闘術が限界というところだ。 濁っている。魔法を次に一度でも使えば即魔女化もあり得る危険域だ。 彼女の胸元にあるブローチ型のソウルジェムはもう元の白色が分からないくらいに ると思うぜ ﹃いや、今のソウルジェムがかなり濁ったかずみちゃんとなら、それなりにいい勝負でき ﹁あきら。あなたの負けだよ﹂ 同情する俺にかずみちゃんは杖を向ける。その顔には明確な敵意が戻っていた。 ろう。 なるほど。あんな馬鹿で愚かな魔法少女が作ったなら、この程度の頭の出来になるだ なので、よく考えれば全員知っているな。 失礼な子だ。親の顔が見てみたい。いや、かずみちゃんの親はプレイアデス聖団の皆 憐れみを籠めてかずみちゃんを見ると、彼女もまた同じような眼差しを俺に向けた。 低いと俺みたいな高次元の思考を持つ人間がそう見えるんだろうな。可哀想に⋮⋮﹄ ﹃狂人、ね。まあ、カエルが人間の複雑な思考回路を理解できないように、知能の次元が やったことに心の底から悪気を感じてないのが分かるよ﹂ ﹁やっぱり、あきらは悪人じゃなかったんだね。あきらは狂人だよ、狂ってる。今まで 738 俺の言葉を裏付けるように彼女の顔が曇る。それはグリーフシードは持っていない ということを暗に示していた。 リーフシードの一つでも持って来てやるよ。どうだァ 魔女にはなりたくねぇだろ ﹃なあ、かずみちゃん。取引しよう、俺を見逃すんだ。そうしたら、別の街に行ってグ ﹄ くる。 ﹁要らない そんなもの、私は要らない ﹂ ! ? いい趣味してるなァ、オイ﹄ ? 絡め取られた杖を引き抜こうとする彼女のがら空きな脇腹を、鉤爪で切り付けた。 るで染みついていない。 やっぱり、魔法になれた小娘でしかない。獲物よりも自分の身を大事にすることがま は引っ張った。 ここで一旦、手を放しておけばいいものを、向きになって取り返そうとかずみちゃん その杖による殴打を身体を捻って避け、尻尾で巻き取る。 くりたいってか ﹃そうか。魔女になりたいのか。あのバルタン野郎みたいに理性なくして、人を殺しま ! 俺の提案にかずみちゃんは僅かに目を伏せ、そして、杖を振り上げて、飛び掛かって ? ﹁あう⋮⋮﹂ 第四十八話 朝が終わり夜が来る 739 真っ赤な血が宙に飛沫となって飛ぶ。 更なる追撃を撃とうしたが、彼女の蹴りが俺の顔面を捉えた。 ﹃がぅっ⋮⋮﹄ 一撃で脳天を揺らし、右の眼球がひしゃげる。今で喰らった中でも取り分けでかいダ メージだった。 感じたものは悔しさでも、怒りでもなく、楽しさだった。この真っ向勝負に俺は悦楽 を感じている。 俺と今まで対等にやり合えるような奴は存在しなかった。仮に居ても謀略で簡単に 潰せた。 かずみちゃんこそ、心の奥で俺が追い求めていた存在だったのかもしれない。 思えば、彼女と出会った時がすべての始まりだった。胸にあった退屈が消えたあの時 からだ。 俺は尻尾を杖から離し、代わりに懐に入って口を開き、牙で噛み付く。 ﹄ かずみちゃんはそれを杖で受け止め、受け流した。即座に反転、杖による突きが俺の 翼を貫いた。 ﹃楽しいなァ、かずみちゃん 翼を犠牲にして、尻尾で彼女を打ち付ける。杖ごと彼女は地面に転倒し、すぐに起き ! 740 上がった。 ﹁そう。でも、私は全然楽しくない ﹂ でも、俺が楽しければそれでいいよな ﹄ ? ! ﹄ だとしたら、これこそ俺の初恋だ。 い。 相手を自分の力で捻じ伏せて、殺そうと思うこの感情は倒錯した愛なのかもしれな うにも感じられた。 与えて、与えられて、また与えてを繰り返す。あたかもそれは恋人同士の口づけのよ 鉤爪と杖が何度も激突を繰り返し、お互いに相手の身体へと攻撃を打ち込んでいく。 ﹃そいつは残念 ! ! 全身から力が抜けて行き、こつんとかずみちゃんの額に俺の額がぶつかった。身体は ﹁⋮⋮私の勝ち、だよ﹂ 臓腑を抉り抜き、背中にまで届いた一撃は彼女の勝利を表している。 俺の鉤爪は彼女の右肩に突き刺さり、彼女の杖が俺の腹を鱗ごと貫いていた。 数十分に及ぶ俺たちの戦いはそこで終了した。 両者の一撃が交差する。 ﹁私は大嫌いだよ、あきらっ‼﹂ ﹃愛してるぜ、かずみちゃん 第四十八話 朝が終わり夜が来る 741 竜から人間の姿に戻って行く。 視界一杯に広がる、勝利を確信した彼女の顔が、途切れ途切れにそう宣言する。 俺はそれに血を吐きながら答えた。 霞んでいく視界の中で、あすなろ市に零していた魔力の濁流がグリーフシード目掛け 魔女は嫌いだが、自分と愛しい少女の子供と言える存在である﹃この子﹄は別だ。 ずみちゃんの愛の結晶に他ならない。 俺のイーブルナッツを受けた、彼女のソウルジェムが変化したもの。つまり、俺とか 即ち、魔女の卵。 中から、転がったのはグリーフシード。 全に黒に染まって砕ける。 イーブルナッツが体内に潜り込んだせいで、胸元のかずみちゃんのソウルジェムが完 ジュのように見えた。 鉄さびのような味は俺が人生最期に感じる、恋の味。彼女の唇が赤く染まってルー 彼女の顔が一気に絶望が広がる。その表情に愛おしさを感じて、俺はキスをした。 額へと吸い込まれた。 俺の額からイーブルナッツが排出された。そして、それは当然、密着していた彼女の ﹁そう、だな。俺の⋮⋮負けだ。⋮⋮戦いは、な⋮⋮﹂ 742 て殺到する。 一瞬でグリーフシードから孵ったその魔女は巨大な逆さまになったピエロのように も見える。 紺色のドレスを着て、スカートの中で回る大きな歯車がちらりと露出した。ママに似 ﹄ て、露出する癖があるエッチな子に育ってしまったようだ。娘がはしたない子に育って パパは悲しいです⋮⋮。 ﹃キャハハハハハハハハ。キャハハハハハハハハハハハハハ 後悔する俺の近くに一番見たくない淫獣が姿を現す。 りたかった。 ただ、名前を付けずに死んでしまうのが少し心残りだ。親として素敵な名を付けてや パパはもうそろそろ死んじゃうけど、ママと一緒にお前の活躍を見守ってるからな。 流石は俺とかずみちゃんの子。元気があって大変よろしい。 リアを打ち砕いた。 元気な産声を上げて、空を浮かぶ俺の娘は身体を揺らすと、それだけで俺が張ったバ ! ね﹄ ウルジェムを食べて、君が溜め込んでいた負の感情エネルギーを吸って育ったんだろう ﹃凄いね。久しぶりに見たよ。伝説の魔女││ワルプルギスの夜。多くの魔法少女のソ 第四十八話 朝が終わり夜が来る 743 744 ワルプルギスの夜。確か、それは北欧の魔女の宴の名だったか。 ピンクローターにしてはなかなかいいネーミングセンスだ。それを採用してやろう。 さあ、たくさんの人間を殺して、幸せになれよ。我が娘、ワルプルギスの夜。 そう願って俺は目を閉じ、かずみちゃんの死体と共に寝転んだ。 ∼キュゥべえ視点∼ ワルプルギスの夜がこの街で生まれるとは思わなかった。 暁美ほむらや政夫が少し前から言っていたけれど、まさか見滝原市の近くで誕生する なんて⋮⋮。 ただ、これで一樹あきらが殺した魔法少女の分の収支が付く。そして、このままワル プルギスの夜が見滝原市を目指して進んでくれれば、まどかも魔法少女になり、さらに 感情エネルギーを回収できる。 政夫も何か企んでいるのかもしれないが、あの伝説の魔女を滅ぼせる方法があるとは 思えない。 一樹あきら、そして、かずみ⋮⋮君たちには感謝してもしたりないよ。 政夫の絶望する顔が目に浮かぶ。きっと、彼も追い詰められれば、まどかに頼らざる 第四十八話 朝が終わり夜が来る 745 を得ない。 暁美ほむらたちが必死で対抗しようとするだろうが、彼女たちでは束になってもあれ に勝つ事は不可能だ。 そこまで考えてから、自分の思考に疑問を懐いた。 ⋮⋮ボクは何を考えているんだ。まるで、これではインキュベーターであるボクらに 感情があるみたいじゃないか。 あのニュゥべえとかいう、精神疾患になった欠陥品とは違うのだ。ボクらには感情な どない。 だからこそ、この惑星にまでやってきたのだ。 思考を切り替えて、見滝原市の方へ飛んで行くワルプルギスの夜をボクは見送った。 それにしても、政夫といい、一樹あきらといい、魔法少女に関わる少年は常軌を逸し た人間が多い。 魔法少女に協力し、彼女たちの命を救う夕田政夫。魔法少女を騙し、彼女たちのその 命を奪う一樹あきら。 真逆の性質を持つ、彼ら二人のイレギュラー。 魔法少女と邂逅した人間は他にもいたが、彼らほどボクらに影響を及ぼした人間は居 ない。赤司大火も予想よりも大局に影響することはなかった。結局のところ、その程度 の人間でしかなかったのだろう。 もしも、彼ではなく、政夫があすなろ市の魔法少女と関わっていたならば、別の結果 になっていたのかもしれない。 ろうけれど、彼の最後の足掻きを観察するのも興味深いだろう。 もっとも、ただの一般人である政夫にワルプルギスの夜に物理的な干渉はできないだ ﹃さあ、夕田政夫。君に何ができるのか。ボクら、インキュベーターに見せてくれ﹄ 746 ︿第二章 大火の章﹀ プロローグ 孤独の始まり わら いや このあすなろ市に降臨した絶望の化身・ ﹃オリオンの黎明﹄は獰猛な巨眼を細め、厭ら しく嗤った。 光の中に融ける最期の一瞬まで俺はそれを願い続けた。 俺の全て⋮⋮。 それだけが俺の願い。俺の祈り。 れた最後の希望なのだ。 かずみだけは守りたい。それだけが我を忘れて多くの命を奪ってしまった俺に残さ 消える。俺という存在を形成するそのすべてが破壊の光に塗り潰されていく。 だ俺の身体は金色の光に呑まれ、跡形もなく消滅させていった。 鏡の如き光沢を持つ盾で俺はそれを背後に立つかずみを守ろうとするが、それを掴ん 金色の巨竜が笑いながら、光の息吹を解き放つ。 ﹃さようなら。絶望しながら、死んで行け﹄ プロローグ 孤独の始まり 747 ******* 音が聞こえてくる。 聞き覚えのある懐かしい音。これは⋮⋮そうだ。これは大勢の人たちの声や足音、そ れに乗用車のエンジン音。 日常の騒めきと呼べるような街の生活音の数々が耳に響いてくる。 そこでぼんにりと不確かだった意識が覚醒し、俺ははっと目蓋を開いた。 まず視界に飛び込んできたのは夕陽の光。それから目の左右両脇に屹立している路 地の壁。 映像が目に入った瞬間、現実感のある硬いコンクリートの感触が背中で伝わった。 その感触で俺は自分が仰向けの状態になっていると理解した。 ついば あり得ない。この街はオリオンの黎明によって破壊されたはずだ。まともに建って 零れて地面に散乱したゴミを一羽のカラスがカツカツと啄んでいる。 こぼ えた。 すると、狭く小汚い路地の壁と蓋が開き、中の生ゴミが露出した青のポリバケツが見 思い切り、上半身を起こして見回す。 ﹁空⋮⋮いや、あすなろ市の街が⋮⋮﹂ 748 いる建造物も動ける動物も人も死に絶えた地獄だったのだ。 路地裏から一歩出て、俺は歩き出した。 う。 いや、きっともう二度と帰ってくることのないと思えた日常が目の前にあるせいだろ 出す。 俺は自分の頬を強く抓った。痛かった。力加減を間違ったせいか、涙腺から涙が溢れ 紛れもなく、そこには平和な夕暮れ時のあすなろ市が存在している。 た。 路地から顔を出して、視線を彷徨わせれば、歩道を歩く人たちの姿までもが確認でき さまよ 曲がり角まで来るとそこから交通道路が見え、車が走っている光景が目に入る。 いて飛び去っていった。 薄暗い路地裏から一歩一歩恐れるように歩き出すと生ゴミを食べていたカラスが驚 どこにも異常がない。だが、それこそが最大の異常に思えた。 指先で握り拳を作り、開く動作を数回した後、俺は地面に手を突いて立ち上がる。 通の腕だ。 自分の両手に目を落とす。ちゃんと腕が付いている。魔物形態にはなっていない普 ﹁そうだ。俺も、あいつに殺されたはず⋮⋮﹂ プロローグ 孤独の始まり 749 足は段々早歩きになり、最後には駆け出していた。歩道を通りかかる人は怪訝そうに 走る俺を眺めている。 しかし、そんなことすら気にならないほど俺は歓喜していた。 どうして壊れたはずの街が平然と元に戻っているのか、死んだはずの自分がこうして 生きているのかなど疑問はあったが、今はどうでもよかった。 抑えきれない安らぎと嬉しさが俺の頭を支配していた。 興奮に身を任せて、夕日に照らされる歩道を走っていた俺の視界に見慣れたけれど、 ﹁お袋ー。店の食材の買い出しか ﹂ ! 今は懐かしささえ感じられる横顔が映る。 ⋮⋮お袋だ。親父が小学校の時に死んで以来、女で一つで俺を育ててくれたお袋だ あの毒蛾の魔物に襲われた時に死んだお袋が生きているのだ 横断歩道を渡った先にスーパーのビニール袋を両手に下げて歩いている。 生きている ! その少し後ろから制服姿の俺と瓜二つの顔の男が駆けてきたのを目撃したからだ。 俺は向こう側の歩道を歩くお袋に声を掛けようとして、言葉を失った。 ﹁おふく⋮⋮﹂ ! 子だね。ほら、持ちな﹂ ﹁おや、大火。ちょうどいいところに帰って来てくれたね。持つべきものは力持ちの息 ? 750 ﹁息子使いが荒いな。まあ、いいけどな﹂ ﹃そいつ﹄はお袋に大火と呼ばれ、 ﹃そいつ﹄もまた俺のお袋と﹁お袋﹂と呼んでいた。 お れ 少しだけ呆れたようにお袋と話しながら、食材の詰め込まれたビニール袋を受け取る それは俺が別に幽霊になった訳でもなく、ここに存在していることの証だった。 密着していた手を離せば、ガラスにはしっかりと俺の指紋が付いていた。 いガラスの感触が手のひらに伝わる。 すっと近付いてショウウィンドウに触れてみると、僅かにひんやりとした冷たさと硬 多少、汚れているが俺の姿ははっきりとガラスに反射していた。 振り返れば、服屋のショウウィンドウに自分の姿が映る。 に睨んで脇を抜ける通行人が何人か居たが、気にもならなかった。 俺は歩道の真ん中で黙って立ち尽くしていた。時折、俺を邪魔だというように不機嫌 どれくらいそうしていただろうか。 かできなかった。 声すら出せず、和気あいあいと帰路に着く親子を俺はただただ呆然と見ていることし それならば⋮⋮ここに居る﹃俺﹄は何者なのだろう⋮⋮。 それならば。 ﹃そいつ﹄は紛れもなく、赤司大火だった。 プロローグ 孤独の始まり 751 752 一体俺は⋮⋮。 お れ だが、この世界には既に﹃赤司大火﹄が居る。 俺は誰だ た。 無言で夜空に誓いを立てたその時、頭の中でノイズが走るようなような感覚が起こっ せる。 自分の身に何が起きたのかは分からないが、何があろうとも彼女たち二人を救ってみ 揺らぎかけた覚悟を持ち直し、すっかり暗くなった夜空を見上げた。 彼女たちはこの世界では無事なのか⋮⋮。それだけは確かめなければならない。 二人の顔が脳裏に浮かぶ。 カンナ。 かずみ。 穏に帰る資格はないのだ。 元より、イーブルナッツの過剰吸収によって、大勢の人の命を奪ってしまった俺に平 俺が守りたかったものがここにあるのなら、居場所なんてなくたって構わない。 俺が何者なのかなど、この際どうでもいい。 ドツボに嵌りかけた思考が正常に復帰する。 いや、違う。そうじゃない。 ? プロローグ 孤独の始まり 753 この感覚を俺は知っている。 これはイーブルナッツの共鳴。イーブルナッツを使って魔物になった人間の反応だ。 不快な反応が伝わって来た方向へぐるりと首を回す。イーブルナッツの反応が指し 示した方角は商店街とは逆方向。 俺はその反応に導かれるまま、走り出す。 例え、この先にかずみやカンナが居なくても、魔物が出現した反応を見過ごす訳には いかない。 歩道を走るのは少しばかり他の通行人の迷惑かとも思ったが、誰かが襲われている可 能性がある以上悠長にもしていられず、全速疾走で反応が強くなる方へ駆け抜けた。 はばか 周囲の景色が店が立ち並ぶ商店街から住宅地に変わってきた頃、一際不快なノイズが 濃くなる場所を発見した。 そこは大きな門構えの豪邸。少なく見積もっても俺の家の五倍はある。 表札には﹁御崎﹂と書かれていた。 反応はこの邸宅の中からなのだが、流石に無断で門や塀を乗り越えて侵入するのは憚 られる。 さりとて悠長にインターフォンを押してから許可を取るのは馬鹿のやることだ。 僅かに躊躇をした時、ガラスの割れる音が聞こえ、少女の叫びが鼓膜を叩いた。 その瞬間、俺の逡巡は消し飛んだ。 ﹂ 頭の中にあるイーブルナッツの力を全身へと巡らせ、肉体を人ならざる姿に変える。 ﹁変身っ⋮⋮ その少女はかずみだった。 顔に目が行った時、身体の動きが止まってしまう。 即座にカマキリの魔物へと攻撃を繰り出そうとした俺だったが、襲われている少女の 残っており一層不気味さを際立たせている。 大まかな六節のある輪郭こそカマキリのそれだが、頭部には人間だった時の面影が げている光景があった。 そこには大きなカマキリの魔物が、長い黒髪の少女目掛けて振るうために鎌を振り上 越すと、広い庭へと降り立った。 魔物の姿になったことで劇的に身体能力が上昇し、二メートルはある塀を難なく飛び だが、今はこれで十分だ。俺は長い尾を地面に叩き付けて跳躍する。 やはりあの時、かずみの魔法で進化した姿ではなく、一番最初の魔物形態だ。 の節から大きな針が飛び出している。 両腕は甲殻類を想起させる鋏。腰からは蛇腹状の尾は伸び、その先にはラッキョウ型 俺の身体は吐き出した言葉と共に蠍を模した意匠の人型の魔物へと変化した。 ! 754 出会った時のショートヘアから想像できないほど長い髪を垂らしているが、紛れもな く俺の守ると誓った家族に相違なかった。 しかし、その戸惑いが致命的な隙を生んでしまう。 ⋮⋮しまった。これでは間に合わない⋮⋮ ! ﹂ 俺はすぐさまにそちらまで走り寄るが、無情にもカマキリの魔物の鎌はかずみに振り この虫けらが 下ろされる││。 ﹁主役は俺だぞ !! 一樹あきら。俺の全てを奪い、あすなろ市を崩壊させた憎き仇だ。 その少年の顔もまた俺が知るものだった。 せた。 寸前、割れている一階の大窓から一人の少年がカマキリの魔物へと飛び蹴りを食らわ ! ﹂ ﹄ 背後からの突然の一撃に反応が遅れたカマキリの魔物はかずみへと降ろそうとした 鎌を外す。 ﹁おらあっ !! ﹃ぐ、邪魔だああああ !! プロローグ 孤独の始まり 755 不快な雑音の混じったような声を上げて、背中を蹴った一樹あきらを鎌で切りかかる が、鎌の刃が長いせいで当たることはなかった。 生命保険入ってる ⋮⋮ていうか、何だよ。もう一匹バル 蹴った反動を利用し、後転して後ろへと逃げた奴は距離を取りつつ、倒れたかずみへ 真似をしている ﹄ 邪悪で下劣なお前がどの面を下げて善人のような 一樹あきらぁ ! ! ﹄ !? ﹃邪魔だ 退けぇ‼﹄ 憎悪が爆発した俺の眼中にはもう入って来ない。 カマキリの魔物が俺の存在に気付き、困惑した様子を見せていたが、一樹あきらへの ﹃な、何だ。お前は⋮⋮ かずみから奴を引き離そうと速度を落とさぬまま、右腕の爪を突き出す。 ﹃かずみから手を離せ ! ! 俺の家族に薄汚い手で触るな 手が触れた時、どうしようもなく怒りが噴き上がる。 奴が何故かずみを助けようとしているのかは理由は分からない。しかし、彼女に奴の 一樹あきらは俺の姿に気が付くと、軽く舌打ちをしてかずみを揺さぶった。 ? と近付く。 生きてる ? タン星人みたいなの居るし﹂ ﹁大丈夫 ? 756 ! しな は 無造作に蛇腹状の尾を振るい、カマキリの魔物の身体を撥ね付ける。 鎌の下をくぐった蠍の尾は鞭のように撓ると一撃で塀まで数メートル吹き飛ばした。 仲間割れ いや、それよりも何で俺たちの名前を⋮⋮﹂ 背中を塀に叩き付けたようで視界の外でカマキリの魔物の呻く声が微かにした。 ﹁は !? ﹂ 同時に衝撃を感じたと思った頃には俺の身体は弾かれ、後退していた。 鈴の音色と一緒に一樹あきらが触れているかずみに異変が起こる。 顔面を捉えた俺の鋏の腕が奴の皮膚に触れる直前、リンと鈴の音が響いた。 が映るだけで、次から次へと怒りと憎しみが止め処なく溢れ出す。 黒い竜の姿になっていないこいつならば、この殴打で死ぬはずだ。網膜にこの男の顔 混乱した様子の一樹あきらに俺は硬質な鋏で殴りかかろうとした。 ? ? けれど、明確な俺へ敵意を宿らせたその眼差しは初めて見た。 その手に握られた十字架のような杖も見たことがある。 知っている。魔法少女としての彼女の格好だ。 みは立っていた。 露出の多い黒と白の衣装に本の挿絵に出てくるような魔女の帽子を被った姿でかず ﹁あ⋮⋮ああ、何とかな﹂ ﹁あきら、無事 プロローグ 孤独の始まり 757 ﹂ ﹁え ﹁知らないよ ﹄ とっ さ こんな怪物、全然知らない﹂ 色々と混乱がマックスなんだが⋮⋮何このバルタン、かずみちゃんの知り合い かずみにその目で睨まれることはどうにも耐えられなかった。 家族から向けられた敵意ある視線に俺は咄嗟に自分の名を名乗る。 ﹃かずみ⋮⋮俺だ。大火だ⋮⋮分からないか ? 敵意を向けないでくれ ! 俺はお前の家族だ。味方なんだ。 やめろ⋮⋮やめてくれ⋮⋮。 先端を俺へと向けて構えた。 魔法少女になったかずみは背後に一樹あきらを庇うように立つと、両手で十字の杖の て、彼女の方に近付く。 力が身体から抜けていくのが分かる。だが、ふら付く足取りをどうにか上手く動かし ﹃かずみ⋮⋮俺は。俺は⋮⋮お前の⋮⋮﹄ ないと言われ、敵意と拒絶を露わにされているこの状況に俺は絶望を感じていた。 短い間だったが、それでも俺たちは本当の家族のように過ごした。そんな彼女に知ら 一樹あきらの問いにこちらへの警戒を解かないで答えた台詞に俺は愕然とした。 ! ? ? 758 ﹄ ﹃よくもやってくれたなぁ‼﹄ ﹃がっ⋮⋮ 外殻が分厚いおかげで致命傷にこそなっていないが、損傷は決して無視できる大きさ かなか抜けそうにない。 すぐに尾を鎌に絡ませて引き抜こうと足掻くが、存外深く刺さったらしい鎌の刃はな 油断した⋮⋮。一樹あきらへの怒りのせいでこいつのことを忘れていた。 の鎌を突き立てているところだった。 首を捻って振り返れば、そこには眼球を血走らせたカマキリの魔物が俺の背中に二本 唸るような叫び声と強烈な激痛が背中に突き刺さる。 !? ﹂ ではなかった。 ! り注いだ。 !? 襲われる。 当然、直撃した俺の方が背後に居るカマキリの魔物よりも激しい痛みと激しい熱波に ﹃ぐがあぁぁ ﹄ 十字の杖の先から放たれた極大の光の線は俺を含めて、強烈な光で焼き尽くさんと降 注意が後方にいっていた間にかずみが俺ごとカマキリの魔物を魔法で吹き飛ばす。 ﹁今だッ プロローグ 孤独の始まり 759 何とか逃れようと身体を捻り、光の線の中から転がるように飛び出した。 ﹄ かずみの攻撃を受けた時にカマキリの魔物の鎌も弛んだのか、背中から奴の刃は既に 外れていた。 ﹃ぎゃああああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ れ伏した。 ﹁かずみちゃん 一匹まだ残ってるんだけど ﹂ ! ﹁あ、待て 蠍の化け物ッ ﹂ ! 少しでもかずみが居た屋敷から離れるために人間に戻ってもひたすらまでに街を駆 肉体の痛みには慣れていたが、心の痛みだけはどうにもできず、俺は悲しみを堪える。 かずみの言葉が俺に突き刺さる。 ! 俺は涙を呑んで、この場から退却すべく尾で跳ね飛び、塀の向こうへ逃げ出した。 悔しいが、ここは逃げる以外に選択肢はない。 していないせいで説明のしようがない。 駄目だ。今、何を言ったとしても信じてもらえそうにない。何より俺自身状況を理解 一樹あきらが俺を見て、指を差す。かずみもまた杖をもう一度構え直した。 ! 煙がその身から湧き上ったかと思うと、金髪のスーツ姿の女性に変わり、仰向けに倒 凄まじい絶叫を上げて迸る閃光に呑まれたカマキリの魔物は庭の上で跳ねて転がる。 ! 760 761 プロローグ 孤独の始まり けた。 第一話 魔法少女と正義の蠍 ∼あきら視点∼ カマキリと蠍の化け物が急に同士討ちを始めたかと思うと、何かエロい格好になった かずみちゃんが十字架の型の杖から放たれてたビームでカマキリの方を一撃で仕留め た。 蠍の化け物ッ ﹂ 蠍の方も倒せないまでも無傷とはいかず、文字通り尻尾を巻いて庭から逃げ出して行 く。 ﹁あ、待て ! 場に留まってくれた。 顎で仰向けに寝っ転がった女刑事を指し示すと、かずみちゃんは追うのを諦めてこの ﹁ああ。そうだね、忘れてた﹂ と﹂ ﹁いや、逃げてくれんなら放っとけよ。大体、この転がってる刑事さんもどうにかしない 杖を抱えて追い掛けようとするかずみちゃんを、俺は腕を掴んで止めた。 ! 762 ちょっと前までカマキリの化け物になって俺やかずみちゃんに襲い掛かってきた未 知の怪物だった奴だ。 や 目を覚ましたらまたカマキリになって俺たちを殺しに来るかもしれない。今の内に サクッと殺っちまって置きたいところだが⋮⋮。 視線を女刑事に落としていると、そのすぐ近くに鈍く光る小さなものがあることに気 付いた。 かずみちゃんから一旦手を離すと、近付いてそれを拾い上げた。 手に取ってみると、下から曲がった針の生えた楕円形の物体だった。植物の種子を模 した変わったデザインの装飾品にも見える。 髪飾り⋮⋮には見えないな。ひょっとするとあの怪物に変身するアイテムとかなの か ﹁おおう ﹂ ﹂ ろ、するりと抵抗なくその物体は俺の頭の中に吸い込まれるように消えた。 皆目見当が付かなかったため、特に意味もなく俺がそれを額に当てて遊んでいたとこ 臭だった。 何気なく顔に寄せてまじまじと眺める。臭いを嗅いだり、軽く舐めたりするが無味無 ? !? ﹁かずみー ! 第一話 魔法少女と正義の蠍 763 764 異物があっさりと自分の中に入って消えたことにびっくりしていると、門の方からか ずみを呼ぶ声が聞こえてくる。 そっちの方を向いてみれば、出かけていたカオルちゃんと海香ちゃんが走って戻って 来る姿が見えた。 かずみちゃんは彼女たちの方に嬉しそうに走り出すと、自分が身に付けている衣装を 見せ付けて、﹁私、魔法が使えるみたい﹂と若干はしゃいだ様子で話している。 俺も呑気で享楽的な方だとは思ってるが、かずみちゃんの方もなかなか肝っ玉が据 わってるというか、死にかけたこと方はどうでもいいらしい。 その時、俺は自分の右腕に違和感を感じて、視線を向ける。 そこにはびっしりと黒い鱗に覆われ、黒く鋭い鉤爪を伸ばした爬虫類じみた異形の腕 が俺の右肩から生えていた。 よろこ 少し驚きはしたものの恐怖や嫌悪の感情は懐かなかった。 代わりに芽生えたのは歓喜。 面白い玩具を手に入れた時の悦びだけ。 これがあの化け物どもが持っていた力か。嬉しいね、楽しくなってきやがった。 軽く念じてみると、すうっと異形の腕は一瞬で元の何の変哲もない人間のそれに戻っ た。 ひょっとして怪我でもした ﹂ それを確認しつつ、手を開いたり閉じたりしていると、かずみちゃんが俺を呼んだ。 ﹁あきらー。何やってるの ? ? ﹂ ? め りも優先してしまったのだ。 なものを奪い去ったあの外道を抹殺することを、かずみを守ることや魔物を倒すことよ 一樹あきらの姿を確認した時、俺の思考は奴への憎しみで支配されていた。俺の大切 人間の姿に戻って夜道を駆けながら、自分の迂闊さに怒りを覚える。 クソッ。どうして、俺はもっと上手くできなかったんだ。 ******* ああ、やっぱこの俺、一樹あきらがこの世の主役なんだなって。 玩具を愛で、確信する。 ちから 彼女たちと化け物に襲われた話をしながら、俺は内心でうっとりと新しく手に入れた 色々とこの街は俺を楽しませてくれるみたいだ。最高だ。堪らない。 何事もなかったように俺はかずみちゃんたちの方へ歩いていく。 フストロガノフまだ残ってた ﹁いやいや大丈夫。かずみちゃんのおかげで俺は無事だよ。それより腹減ったな、ビー 第一話 魔法少女と正義の蠍 765 そして、かずみに敵だと、そう思われた。 ﹂ ? ? ﹁そうだとも言えるが、違うとも言える﹂ だから彼女の言うあいつとはカンナのことで間違いないだろう。 したと語っていた。 みを手に入れるためにプレイアデスとかいう魔法少女の集団と敵対する魔法少女に流 確か、イーブルナッツはカンナが他の魔法少女の持つ魔法を利用して生み出し、かず あいつ、と言われた時に思い浮かべたのはカンナの顔だった。 をあいつからもらったのか ﹁何でお前は魔女モドキの力を持っているんだ アタシと同じようにイーブルナッツ ユウリは俺の眼差しなど気にした様子もなく、尋ねた。 沸き立ちそうな感情を俺は抑え込み、静かに彼女を睨み返す。 一樹あきらと組んでいた魔法少女││ユウリ。俺の家を焼き、お袋を殺した女だ。 金髪をツインテールヘアに束ね、かずみと似た濃い桃色の衣装と魔女帽。 俺の進行方向に立つ一本の電柱に、人影があった。 不意に上から声を掛けられて俺は顔を上げる。 ﹁何なんだ、お前﹂ ﹁俺は⋮⋮俺は⋮⋮﹂ 766 ﹁⋮⋮アタシをおちょくってるのか ﹂ ﹁俺が変身できるのはイーブルナッツの力だ。一応はもらったものだ﹂ 答えるとしよう。 取りあえず、嘘を吐くことは俺の信念が許さなかったので答えられそうな部分だけは いないから、どう答えたらいいものやら。 俺のイーブルナッツはカンナからもらったものだが、この世界のカンナとは出会って ﹁いや、そういうつもりではない。ただ⋮⋮﹂ ? だったら、もうアタシの邪魔をするな。かずみを攫うように言っ ? いや、待て。﹃この世界﹄とはそもそも何なんなんだ 自分の立てた仮説が真実なのか確かめるために俺はユウリに質問を投げかけた。 この世界はもしかして││過去の世界なのではないのか。 破壊されていない街並み。死んだはずの人が生きている。俺ではない俺。 そこまで考えて頭の中で乱雑に掻き混ぜられていた情報が一つに纏まっていく。 ? ブルナッツをもらったのはこの世界のカンナではなく、前の世界の⋮⋮。 ユウリは何か勘違いしているようで、俺に吐き捨てるように言った。だが、俺がイー たのはあいつなんだから﹂ て事でいいんだな ﹁そうか。やっぱりあいつからもらったんだな。あいつの手駒ならプレイアデスの敵っ 第一話 魔法少女と正義の蠍 767 ﹂ ﹁一つだけ教えてくれ。今は何月何日なんだ 何を聞いてるんだ ? ? ﹂ ? たに違いない ﹁おい。どうしたんだ 急に黙り込んだりして﹂ がドラ│ゴ、ひいてはオリオンの黎明なる機会を潰せることに思い至ったからだ。 何故なら、今ここでユウリが持っているイーブルナッツを破壊できれば、一樹あきら いつになく冴え渡っている俺の思考は希望を与えてくれた。 ! とすれば、奴は今俺の目の前に居る魔法少女のユウリを経由してイーブルナッツを得 ブルナッツを渡していなかったと見ていい。 確か、カンナは﹃馬鹿な魔法少女に使わせた﹄とは言っていたから一樹あきらに直接イー つまり、ここではまだ奴は魔物としての力、イーブルナッツを手に入れていないはず。 とにも納得が行く。 それならかずみが俺のことを知らないことや、一樹あきらが魔物に変身しなかったこ ようやくここで俺は理解する。原因は分からないが、俺は過去にやって来たのだと。 彼女の口から出た日付は、俺の仮説を肯定するものだった。 怪訝そうな顔をしながらもユウリは答えてくれた。 ﹁頼む。教えてほしいんだ﹂ ﹁はあ 768 ? ﹁いや、済まない。ちょっとした考え事だ﹂ ﹂ 俺が黙って考え込んでいたせいか、少し不審げな目でユウリは眺めている。 軽く謝罪を述べると、俺は彼女に向けて、ある頼みをした。 ﹁折り入って君に頼みがあるんだが、聞き入れてくれるだろうか ﹁⋮⋮今度は今の時刻でも教えてほしいのか﹂ ? ﹁いや、それは別にいい。ただ、君が持っているイーブルナッツを全て俺に譲ってくれな それとかずみを攫うのもやめてほしい﹂ いか ? ﹁ああ。無論承知だ﹂ ? どまでとは明らかに違う。 ﹂ 帽子の陰からでも表情や眼差しで感じる、どうしようもない敵意。俺を見る目が先ほ に彩られていた。 薄暗い闇の中で街灯の光に照らされたユウリの表情は凍えるような絶対零度の殺意 ﹁そうか、アタシに喧嘩を売っているんだな⋮⋮ ? ﹂ ﹁お前、自分が何を言ってるのか、分かってるのか 上から流れてくる視線には怒気が含まれていることを俺は肌で実感した。 酷く冷淡な、感情の籠らない声が彼女の口から発せられる。 ﹂ ﹁は ? 第一話 魔法少女と正義の蠍 769 だが、譲る訳にはいかない。せっかく、未来を変えられるかもしれないチャンスを得 ﹂ たのだ。こんなところで足踏みしていられない。 ﹁聞き入れてはもらえないか ! 間を手に掛けたくなかった。 ﹃コルノ・フォルテ﹄ ! ﹂ ! 激突時に起きた衝撃が腕を通し、押し負けて後退、足裏がアスファルトの地面を擦過 鋭く尖った闘牛の角が眼前に迫る寸前、俺はその二本の角を両腕の鋏で押し留めた。 蠍の魔物へと姿を変え、俺はそれを迎え撃つ。 ﹁変身 鈍重そうな巨体に似合わない、敏捷さで鳴き声を上げ突き進んで来る。 る。 ユウリが魔力で赤いトナカイや鹿のような角を持つ闘牛を作り出し、俺へと襲わせ ﹁死ねよ。魔女モドキ男 ﹂ ここは街中。戦えば、周囲の被害は確実に出る。何より俺はもう一樹あきら以外の人 無駄だとは思っていたが、それでも可能ならば戦闘は避けたかった。 会話は成立せず、交渉は決裂した。 イアデスの前の前菜代わりだ﹂ ﹁死んだってお断りだ。アタシの邪魔は誰にもさせない⋮⋮お前も殺してやるよ。プレ ? 770 する。踏ん張ったはずなのに踵が宙に浮いた。 ﹁ブモォオオォ‼﹂ 唸りを上げて角を振るい、掴んでいる俺の鋏を取り払おうとする闘牛。だが、その際 に力の方向が微かに逸れた。 ﹄ め 本当にごく僅かな隙。されど、俺はそれを見逃さない。 ﹃はあっ ﹂ 削がれ、減速するその身体を捻って斜め後ろへ投げ飛ばす。 魔法で作られたものとはいえ、頭部に受けたダメージはその巨体を怯ませた。勢いが 散することなく、闘牛の頭に集中した。 顎を狙って膝を減り込ませる。両の鋏で角を掴んでいるためにその衝撃は余所に分 ! !? ﹄ !? もう少し余裕があったのだが、弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂。 回避も、防御もままならない連射の嵐。せめて、先ほどかずみの魔法を受けなければ、 ﹃ぐあああぁ 両腕で身を守ることもできずに俺は弾丸の雨をその身に受けた。 笑う。 俺が闘牛を投げ飛ばした瞬間を狙い、無防備になった隙を二挺拳銃を構えたユウリが ﹁少しはやるのか。でも、これなら⋮⋮どうだ 第一話 魔法少女と正義の蠍 771 だが、俺にも守らなければならないものがある。そのために俺は今、この場所に立っ ているのだ ﹂ ユウリまで跳躍する。 肉体へのダメージはもはや無視し、俺は両足と尾をバネのように屈めて、電柱の上の ! ﹃おおぉぉぉ ⋮⋮ぜりゃあぁぁ‼﹄ 負けたのはユウリの方だった。 接触した瞬間、魔力と魔力がぶつかり激しい火花に似た魔力が弾けた。しかし、押し ユウリは二丁の拳銃を盾へと変化させ、俺の螺旋蹴りを防ごうと守りを固めた。 ﹁くっ⋮⋮﹂ 俺が持つ最大威力の攻撃、 ﹃螺旋蹴り﹄。これさえ、決まれば逆転は可能なのだが⋮⋮。 スパイラルキック 螺旋状の槍となった俺の右足は魔力を纏って、ユウリの懐を穿たんと突き進む。 ! した。 長い蛇腹状の尻尾がその足に螺旋を描くように巻き付き、必殺の一撃を放つ武器と化 空中で驚愕の表情を見せているユウリへ向け、俺は右足を伸ばす。 いが、この一瞬で決めなければ、もう魔物状態を維持することもできない。 捨て身の攻撃を予想していなかったか、それとも俺の耐久力に驚いたのか定かではな ﹁なっ !? 772 勢いで吹き飛ばされた彼女は電柱の上に立っていられるはずもなく、アスファルトの 地面に叩き落とされる。 急所だけは避けたものの脇腹から血を流しながら、ぜいぜいと息を切らして立ちあが ると肉が抉れた傷を押さえて、俺を睨んだ。 ⋮⋮誰のことだ それがかずみを狙うお前の目的なのか ﹄ ﹁クソが⋮⋮魔女モドキ男のくせに⋮⋮これじゃあ、仇を⋮⋮討てない﹂ ﹃仇 ? ﹂ お前も、かずみも含めたプレイアデスの魔法少女共も ⋮⋮皆殺 ? しにしてやる⋮⋮あの子のためにもアタシは負けない ﹁うるさい、黙れ ! ? ﹂ ﹄ ? ﹁何が、だっ⋮⋮ ﹃お前も⋮⋮か ただけで、ユウリへの印象が俺の中で変化していた。 憎かった仇の彼女もまた、誰か大切な人の死に報いるために闘っている。それを知っ までは分からないし、知ったところで俺には何も言えないだろう。 彼女は誰かのために闘っている。仇と言っている点から、恐らくは故人。それは誰か 理解した。 ユウリの狂気にも似た怒りには、間違いなく義憤が混ざっていることをこの時初めて ! ! ? 第一話 魔法少女と正義の蠍 773 ﹃お前もひょっとして、助けてほしいのか いった。 ﹁ふっざけるなああああああ ﹄ ﹃イル・トリアンゴロ﹄‼﹂ ほんの微かな変化だった。彼女の表情に悲痛の色がちらりと見え、そして、消えて ? 泣きそうな顔で空に逃げていくユウリの横顔が目に入る。 ああ。そうか。やはりお前も誰かに助けてほしいのだな⋮⋮ が通報したようだ。 煙の湧き上がる地面を背にパトカーのサイレンを耳にした。あの爆発を聞いて誰か にか起こす。 ズタボロになった身体で焼け焦げてひしゃげたガードレールに掴まって、身体をどう ? 三半規管がやられたようで脳がくらくらと酩酊していた。途切れそうな視界の中で 人間に戻った身体が罅割れた地面へと転がる。 悲鳴すら上げられないほどの大爆発に俺の身体は魔物の姿を保っていられなくなり、 までが砕けて捲り上がった。 アスファルトの地面はもちろん、近くにあった電柱やガードレール、民家の塀、車道 輝く魔方陣は一際、大きく光を発すると凄まじい爆発をして、俺の身体を弾き飛ばす。 激情に任せた強烈な魔力が俺の足元に魔方陣となって浮かび上がる。 ! 774 早くこの場から離れなければならない。もしも警察に見つかれば、俺の身元が調べら れ、この世界の俺やお袋に迷惑がかかってしまう。 途切れそうな意識を繋ぎ止め、千鳥足を急かしながら、俺は人気のない場所を探して 彷徨った。 かずみやカンナだけではない。他の魔法少女も一樹あきらに食い物にされる前に助 けなくてはいけない。 ﹁ユウリ⋮⋮﹂ 彼女もまた助けを求める魔法少女の一人なのだと、俺は知った。 それが二度目のチャンスを手に入れた俺の使命だ。 俺はもう誰も見捨てはしない。 ﹁ならば、助けてやらねばな⋮⋮﹂ 第一話 魔法少女と正義の蠍 775 第二話 空腹絶倒 夜の川原で一人水面を見つめる俺は空腹に呻いていた。 ⋮⋮。 魔法少女を助ける前に、自分が助けを乞う側になっていたのだ。我ながら情けない 家なし、金なし、頼れる人なしと見事に詰んでいた。 来て、無一文という事態を知ることとなった。 コンビニで惣菜パンでもと思い、服の中を探ったが財布は見つからなかった。ここに どうにもならなかった。 少し休むと体内のイーブルナッツのおかげか、外傷は治癒していったが、空腹だけは く必要があった。 起きたせいで警官が夜の街を巡回している可能性があり、少しでも人気のない場所に行 せめてベンチなどがある公園辺りで夜を明かしたかったが、ユウリとの戦いで爆発が 取りあえずそこで力尽き、倒れ込んだ。 あれから一時間ほどかけて、あすなろ市にある大きな川沿いの道までやってきた俺は ﹁腹が減ったなぁ⋮⋮﹂ 776 川に入って魚でもとも考えて、川に潜ったが、この暗さの中で魚を手掴みで取ること は至難で服を濡らしただけに終わった。 お袋の作ってくれた料理が酷く恋しい。街を守ると豪語しておいて、どれだけ社会に 甘えて生きて来たのかを痛いほど思い知らされた。 いかん 俺はどれだけ力を手に入れても、所詮は子供なのだ。金を稼ぎ、雨風を凌げる場所す ら自分だけで確保できない。 惨めここに極まれり。 雑草の生えた土手に転がり、明日の活動するために眠ろうと努力するが、如何せん腹 が減り過ぎて眠れない。 ⋮⋮雑草は食べられるのだろうか 意を決して口に入れて噛んだ。じわりと苦い味が口一杯に広がる。 臭いを嗅ぐと雑草特有の青臭さが鼻を突いた。 おもむろに一本手近な草を引きちぎり、口元に持っていく。 じいっと食い入るような横目で川原の野草を見る。 ? 口をゆすぎたいが川の水を飲んで腹を下した場合、体力まで持っていかれ兼ねない。 吐き出して、唾を飛ばすも口の中に残った苦味はなかなか消えてくれない。 ﹁まずっ﹂ 第二話 空腹絶倒 777 778 まして、病院に行く金も保険証もない俺には選べない選択だ。 雑草の味に苦しめられながら、俺は土手に横たわり、空腹に耐える。 比較的雲がない星空は俺のことを嘲笑っているように思えるくらい美しかった。 特にオリオン座は忌々しいほどに輝いている。俺はその星座を指で隠すように手を 広げてかざす。 お前の企みは必ず阻止してみせる。首を洗って待っていろ、一樹あきら。 ******* 次の日、朝の日差しによって起こされた俺は身体の疲れも取れないまま、土手を登っ て街の方へ歩き出す。 起きると空腹はさらに酷くなり、気分も優れなかったが、川原で寝ていても体調がよ くなる訳もない。ユウリを見つけて説得し、イーブルナッツを破棄させることが第一の 目的だ。 カンナのことも聞きたいが、十中八九詳しい情報は出て来ないだろう。ただ、ユウリ にイーブルナッツを手放させることができれば、それに気付いたカンナが接触を取って くる可能性は十分にある。 ユウリを改心させることがかずみたちを救うことに繋がるのだ。 問題は彼女がどこに居るかだが、街中をうろつく以外にいい方法が思い付かない。こ の辺りが俺の頭の限界だ。 とにかく、探すなら人通りが少ない場所を重点的に見回るとしよう。 しばらく狭い路地や、ビルとビルの隙間などを見つけてはユウリは居ないかと歩き 回った。 飲食店の裏手の道を通った時に、残飯が捨てられているポリバケツを見つけたが、そ れを漁れば自分は尊厳を失うと空きっ腹に言い聞かせて堪えた。 そうした地道な探索が功を奏したのか、俺の体内にあるイーブルナッツが魔物の反応 を感知する。 魔物を作れるのはイーブルナッツのみ。そして、それを持っているのはカンナか⋮⋮ ユウリだ。 ﹂ 反応を捉えた地点はちょうどすぐ近くのビルとビルの間にある細い空間だった。 ﹁そこか すると、そこにはユウリとその傍らに蠢く一匹の魔物が居た。 その空間へと身を俺は飛び込むように乗り出す。 ! それは一見すると真っ赤な風船のように見えた。赤く膨らんだ頭部とその真下から えのある奴がほしかったところだ。味見役を頼むよ﹂ ﹁ああ。お前生きてたのか。⋮⋮ちょうどいい。こいつの力を試すにはお前くらい歯応 第二話 空腹絶倒 779 生えた八本の触手。小さく形の悪い眼球が俺を眺めている。 タコ、というには些か形状が非現実的だった。幼子が地面にチョークで書いたような 稚拙が故のおぞましさがそこにはあった。 ﹃待て。ユウリ 俺の話を聞け ﹄ ! ﹃つっ、この⋮⋮ ﹄ その時、後ろから誰かが来るのを俺は気配で察した。 ! 動きを阻害する。 触手を鋏で斬りおとそうと足掻くが、身体に何本も貼り付く吸盤がそれをさせまいと さっさとこいつを倒してから、彼女を追わなければ⋮⋮。 まう。 俺は仕方なく、それに応戦。代わりにようやく見つけたユウリを見す見す見逃してし る。 離れて行く彼女を止める暇もなく、タコの魔物が長い触手を俺へと伸ばして襲い来 側面を蹴って高く跳び上がり、屋上に向かって逃げて行く。 名前を呼ばれたことに驚きはしたがすぐにどうでもよくなったのか、ユウリはビルの ﹁⋮⋮何でお前、その名前⋮⋮。まあ、別にいいか。じゃあな、魔女モドキ男﹂ ! ﹁もっとも、お前の方が喰われちまうかもな﹂ 780 不味い。一般人か 別のも居るけど ﹂ 楽 し 過 ぎ る だ この魔物との闘いに巻き込まれでもしたら、危険だ。 ﹁あれ、昨日と同じ蠍の化け物だよ、あきら 横目で一瞥すれば、見えたのはかずみと一樹あきら。 ろ﹂ ﹁お い お い。あ す な ろ 市 っ て こ う い う 化 け 物 よ く 出 る 場 所 な の か よ ! ﹃来るな 早くどこかに行け ﹄ ! こんな状況でもなければすぐにあいつを倒せるというのに⋮⋮。 一樹あきらが呆れた調子で呟く。 ﹁また化け物同士で仲間割れしてやがるな。あれか、共食いでもしてんのか 畜生 ﹂ このタイミングでのかずみとの再会。正直に言えば、望んではいたが今ではない。 子が立っていた。 その背後には見たことのない黒髪の少女とオレンジ色のショートカットヘアの女の ? !? !? かずみが魔法少女へと変身して、後ろに居る三人を下がらせる。 ? ! ! だが、それよりもかずみの後ろに居た二人の少女の行動に俺は驚く。 悲しむのはお門違いだが、それでも胸がじくりと痛んだ。 二体とも⋮⋮やはりかずみの中では俺は倒すべき化け物でしかないのか。 ﹁あきら、海香、カオル。後ろで見てて。私の魔法で二体とも倒してみせるから﹂ 第二話 空腹絶倒 781 ずいと身を乗り出した二人はかずみの両隣に並ぶと、笑みを浮かべた。 黒髪の少女がそう言う。 ﹁かずみ。心配しないで﹂ オレンジ髪の少女がそれに続く。 二人は卵状の宝石を手のひらに載せて、突き出すようにかざす。 ﹁アタシたちだって戦えるから﹂ その宝石はソウルジェム。そして、それを持つ二人は魔法少女へと姿を変えた。黒髪 の少女は白い修道女染みた衣装、オレンジ髪の少女はオレンジ色のフード付きのタイツ のような衣装となる。 かずみの仲間の魔法少女││あれがプレイアデスと呼ばれる少女たちか 魔法少女ゼミでやったとこが出たの ﹂ ? ら引き離せるかもしれない。 信頼関係はまだ強固になっていないのなら、彼女たち二人を説得すればかずみを奴か 間もないのだろう。 どうやら二人が魔法少女だとはまだ知らない様子から、彼女たちに接近してからまだ 驚いているというより、ふざけたような様子でそれを見る一樹あきら。 ? ﹁この街の女子中学生って魔法少女って変身できるようになる通信教育でも受けてるの !? 782 ほ 希望が見えたと思ったその時、タコの魔物が吼えた。 耳をつんざくような轟音に何事かと見れば、巨大なフラフープのような口を広げ、俺 をその中へと引きずり込もうとしている。本物のタコとは違い、人間の顔のように付い た口はあくびでもするように口の中を見せびらかす。 円状にギザギザとした牙らしきものがびっしりと生え揃っていた口内に呑み込まれ れば、如何に魔物化している俺の肉体とて無事では済まない。 さりとて、この距離では満足に蹴りすら撃てはしない⋮⋮万事休すという奴か。 ちゃんたち ﹂ ﹁お、何かガチで共食い始めやがったぞ。何だかよく分からんが今がチャンスだ、かずみ 海香﹂ 少女が跳ねて宙で一回転。 光の球はふわりと浮き上がったかと思うと、カオルと呼ばれた方のオレンジ髪の魔法 ﹁行くわよ、カオル﹂ 持っていた分厚い本のようなものを開き、そこから光の球を作り出す。 一樹あきらの言葉を号令代わりにしたのかは定かではないが、黒髪の魔法少女が手に ! ! ﹁﹃パラ・ディ・キャノーネ﹄﹂ サッカーでいうオーバーヘッドキックを華麗に決める。 ﹁ナイスパス 第二話 空腹絶倒 783 しな ブーツを履いた彼女の右足が鞭の如く撓り、光の球を砲弾のように弾き出した。 タコの魔物の頭部に目掛けて飛んだそれは直線を描いて激突。魔物は奇声を上げて 俺を手放し、もんどり打ってひっくり返る。 好機とばかりに俺は触手の拘束が弛んだ瞬間を狙い、貼り付いていた触手を数本鋏で 斬り落とした。 次いでさらに接近して跳躍。すかさず頭部へと鋏を金槌のように振り下ろす。 ││これで決まりだ ﹁﹃リーミティ・エステールニ﹄ ﹂ だが、俺の背後からかずみの声が響く。 ! ﹄ ! て、恐らくは身体のところどころが焦げている。 装甲に変化している皮膚が熱くて堪らない。ジュウジュウと何かが焼ける音からし 壁に当たって弾かれた身体が重力に引かれ、地面へ落下する。 を回す。 吹き飛んだ俺はビルの側面の壁と激突。勢いは止まったが、叩き付けられた衝撃で目 ﹃がはっ⋮⋮ 場などなく、俺は背中にかずみの魔法を浴びざるを得なかった。 振り返らずとも激しい光線が一直線に俺を襲うのが分かる。狭いビルの隙間に逃げ ! 784 ﹁見て見て、あきら 私、一体倒したよ ﹂ ! ﹁すっげーな。かずみちゃん。あ、カオルちゃんと海香ちゃんもナイスだったぜ どうしてこうなる⋮⋮ ? れ、胸の奥が締め付けられた。 どうしてだ 俺はただ、守りたいだけなのに。 ﹂ 死ぬほど憎い相手が自分の大切な家族と笑い合っている。見たくない光景を見せら あの外道はそれを褒め称え、かずみもまたその反応に満更でもないように頷いた。 ? 告していた。 俺を攻撃したかずみは傷付く姿を見て無邪気に喜び、それを一樹あきらに自慢げに報 ! ﹄ 彼女に向けて言葉を発しようとしたが、それよりも早くタコの魔物が大口を開ける。 ﹃かずみ⋮⋮俺はお前を⋮⋮﹄ の悪党のことを分かっていないのだ。 かずみ。お前はその男の本性を知らないのだ。邪悪で下劣で、どこまでも身勝手なそ 悔しいさと悲しさがない交ぜになって、頭の中で渦巻く。 ? ! ﹁かずみ ﹂ 声。そして、どす黒い粘性の液体だった。 その円形の穴から吐き出されたのは耳を塞ぎたくなるような、歪に加工されたような ﹃タベ、タイ。モット、モット、モットオォォォ 第二話 空腹絶倒 785 ! ﹁あきら ﹂ そうか、これはタコの墨か。周囲の敵の視界を奪い、その隙に逃げるための手段。 不意に奴がタコを模した存在であることを思い出し、一つ納得する。 幕のようなものだったのか。 痛みはない。臭いも特には漂って来ない。となれば、この黒い液体は逃げるための煙 が確認できた。 手足に貼り付いた黒い液体を眺めると、液体は気化するように急激に薄まっていくの こにはタコの魔物の姿はもう既に影も形も見えない。 ビルの谷間は一瞬で黒い液体で覆い尽された。だが、次第に液体が薄まっていくとそ 視界が黒く染まる。鎧にべっとりとこびり付くような不快感が広がった。 上昇して避けた。その場に倒れ込んでいた俺だけが黒い津波に押し流される。 海香とカオルがそれぞれ名を呼んだ相手を抱き締めるように掴み、液体の範囲外まで ! ﹂ あいつ、もっと食べたいとかほざいてたぜ。そこらの食い ? 物屋襲うならまだしも、下手すりゃ人間食い放題始めるかもよ ? の魔物を追うよう進言する。三人の魔法少女は黒い水溜まりの残るビルの狭間に軽や 俺が気付いたことに一樹あきらも気付いていたらしく、カオルに抱かれた格好でタコ ? 追わないとヤバくないか ﹁あのタコの化け物、墨吐いて逃げやがったぜ どうするよ、カオルちゃんたち。早く 786 かに着地すると、お互い目を合わせた。 海香に抱かれたままのかずみがちらりと転がる俺を一瞥する。 い ﹁あの蠍の化け物はどうする このまま、すぐにやっつけちゃった方がいいんじゃな 今なら弱ってるみたいだし﹂ ? ﹁そうね。どこに逃げたか分からない敵より、近くで倒れている敵を潰した方が賢明ね﹂ ? にやって来た、と て、一樹あきらは彼女たちと一定の信頼関係を築いている。 誰が信じるそんな戯言。まして、俺は彼女たちから見れば未知の異形の化け物。加え ? 未来でそこの一樹あきらがこのあすなろ市を滅ぼすので、それを阻止するために過去 明してみるか。 これでは逃げられない。ならば、魔物化を解いて、彼女たちに一から自分の境遇を説 弱っているようだった。 足は鉛のように重くなり、立っているだけで辛い。空腹も相まって、随分と身体が ジが一気に押し寄せた。 俺は急いでその場から逃げようと立ち上がるが、昨日から蓄積され続けていたダメー かずみの提案に海香とカオルが乗る。 ﹁じゃ、ぱっぱと終わらせて、次に逃げたタコ追いますか﹂ 第二話 空腹絶倒 787 788 無理だ。話を聞いてもらえる訳がない。仮にしたとしても俺の言葉には何一つ裏付 けがないのだ。 絶体絶命の窮地に追い込まれた俺は項垂れて地面に視線を落とす。 その時、視界には黒い液体が残った水溜まりが映る。液体は緩やかに動き、流れてい く。その近くにあるマンホールに向かって。 マンホール、即ち⋮⋮下水道へと繋がる場所。 そこで俺は閃いた。 そうだ。地下に、下水道に逃げ込めば 泳いだ。 は水面に浮き上がらないように重心を傾け、尻尾を上手くくねらせて流れに沿うように 数秒の間の後、臭気のする水へと着水し、水飛沫を上げた。濁った水の中に潜った俺 体は下水道へと真っ逆さまに落ちて行く。 なるべく縁に身体が詰まらないように身体を捻りながら飛び込むと、どうにか俺の身 せる。 に徹した俺は砕けた地面の隙間が地下の空間に繋がった瞬間に身体を素早く潜り込ま 突然の俺の行動に魔法少女たちは持てる魔力を俺へと向けようとする。しかし、逃げ 思い立ったら即行動。俺は両腕の鋏を叩き付け、マンホールを弾き飛ばした。 ! 第二話 空腹絶倒 789 息が苦しくなるまでそうやって、下水道を潜水した後、俺は足場になりそうな場所を 見つけて、這い上がる。 水流は思いの外早かったおかげか、それとも下水道に逃げ込んだ時点で諦めたのか、 かずみたちは追って来なかった。 追跡を撒けたと安堵した俺は、急激に睡魔に襲われる。 ただでさえ、満身創痍だった身体を酷使した代償だろう。これ以上一歩動けそうにな い。 下水道の通路の脇でうつ伏せの態勢で崩れ落ちると、俺の意識はすぐに途切れた。 ││かずみ⋮⋮俺は一体どうしたらいいんだ 眠りに落ちる寸前、俺は彼女に問いかけるように呟いた。 ? 化け物だらけのバトル大会☆ ∼ポロリもあるよ︵多分首とか︶∼﹄を開催してい のを感じて着いて行けば、なんとビルの隙間に昨日の蠍の怪人とタコの化け物が﹃ドキ でたら、急にかずみちゃんが一人どっかに走り出し、俺も何か不快なノイズのようなも かずみちゃんたちに誘われて朝からいちゃこら4Pショッピングデートと洒落込ん ∼あきら視点∼ 第三話 因縁の相手 790 ルにダイブして逃げた。 まあ、そんな感じで色々あった結果、タコの野郎は墨吐いて逃げて、蠍の方もマンホー と魔法少女三人娘が横合いから攻撃。 そっちのけでポケモンバトルならぬバケモンバトルをおっ始め、何だか分らんが喰らえ 特に愕然とせずに眺めていた俺の前で、蠍とタコは共食い目的なのか、魔法少女を いた海香ちゃんとカオルちゃんまでもが魔法少女だと発覚する。 それを見て、待ってましたと魔法少女に変身するかずみちゃん。ついでに一緒に来て た。 ! 魔法少女ズと俺はぽつんと墨で汚れたビルの隙間で呆然と立ち竦んでいたが、こうし ている間もお楽しみタイムは刻々と過ぎていく。 ﹂ 魔法少女ちゃんたちは。あのまま、化け物二体を野放しでいい訳 仕方がないので、俺が彼女たちに次の行動を促す。 ﹁で、どうすんのさ ﹂ でも、私どうしたらいいのか⋮⋮﹃記憶を失う前の私﹄ならぱぱっと決 ? ? 見なかったことにしてショッピング続けちゃう系 ﹁良くないよ められたのかな ! た後、ちらりと顔を見合わせた。 海香ちゃんとカオルちゃんはそんな彼女を見て、なぜか少し悲しそうな表情を浮かべ らいいか決めあぐねている様子だ。 かずみちゃんが突っ込むが、どちらを優先した方がいいのか判断が付かず、どうした ? ? それって、あの化け物たちの名前 ? ? て明言している理由が分からない。 ﹁﹃魔女﹄ ﹂ た。それについては俺も気になる。形も別に女性的でもないのに、わざわざ魔﹁女﹂っ 二人の言葉を聞いて、かずみちゃんは頷くものの、新出ワードに食い付いて首を傾げ ﹁かなり弱ってたし、元気な方を野放しにしてる方が危険だしね﹂ ﹁かずみ、とにかくあの蠍の化け物⋮⋮魔女は一旦置いて、タコの魔女を追いましょう﹂ 第三話 因縁の相手 791 ﹂ ﹁それついてはあのタコの魔女を探しながら話すわ。それで⋮⋮あきら。あなたはもう 帰った方がいいわ﹂ ﹁おいおい、今更仲間外れかよ ﹁あきら⋮⋮ありがとう。詳しい話は後でさせてもらうわ。それじゃあ﹂ 覚えておいてくれよ。俺はアンタらの友達だ。何があろうと、な﹂ ﹁分かったよ。まあ、何の力もない俺じゃ行っても足手まといだしな。でも、これだけは 俺はあえて寂しげな表情と声を作ると三人に向けて言った。 ⋮⋮ここは大人しく引き下がっときますか。 こで明かすと取り上げられかねない。 も有りかとも考えたが、どうやら俺のは﹃魔女﹄とかいう存在に連なる力っぽいのでこ あの時に手に入れた変なオブジェの力のことを話して、戦力として見なしてもらうの はいかない。 ごもっとも過ぎる意見だが、こんなに面白いものを知ってハイそうですかと帰る訳に れて行く事はできないわ﹂ ﹁私たち、魔法少女はあの魔女たちと戦う使命があるの。何の力もない貴方を戦場に連 合で語気を強めた。 海香ちゃんの態度に難色を示す俺だが、彼女は流石にこれだけは譲れないといった具 ? 792 海香ちゃんは軽く感極まったような声で礼を述べた。 続けて、カオルちゃんも嬉しそうな口調で俺に笑いかけた。 ﹁今日のショッピング楽しかったよ。アタシら、異性の友達とか居なかったから﹂ ﹁おまけに俺はイケメンだからな。キラーン﹂ 白い歯を見せて、気取った笑みを浮かべるとカオルちゃんは調子に乗るなと頭を小突 いてくる。 それを笑って受け止めてから、俺はかずみちゃんの方に向け直ると彼女に殊更優し気 な声で言った。 たら 過去とかそういうのなくても気に病むなよ﹂ ﹁かずみちゃん。記憶を失って色々辛いと思うかもしれないけど、今のかずみちゃん。 俺は好きだぜ ! われたが。 な ん と、︿こ う か は い ま ひ と つ の よ う だ﹀。ド ラ イ な 返 答 頂 き ま し た ! 今の流れは﹃あきら⋮⋮トゥクン﹄ってフラグ立つシチュエーションじゃん す。鉄壁のセメント対応です ﹁酷くね ﹂ ! セ メ ン ト で これで今までに女の子を誑し込んできた俺の超絶モテ男秘技が炸裂⋮⋮するかに思 ? ﹁あきらって馬鹿でスケベな癖に言う事だけは格好いいね﹂ 第三話 因縁の相手 793 ? このことから踏まえて、蠍の奴は俺のことを知っていると断定していいだろう。それ うことではなく、俺を殺すことを優先していたことからも窺える。 うかが 加えて、奴は明らかに俺への敵意と憎しみを持っていた。あの時、かずみちゃんを攫 ちゃんとの出会いすら偶然に過ぎなかった。 何せ、俺はちょうど昨日の昼過ぎくらいにこのあすなろ市に訪れた人間だ。かずみ いても何らおかしくはないが、俺の名前まで知っているのは不自然だ。 もし、かずみちゃんを誘拐したという連中の一味なら、かずみちゃんの名前を知って 昨日の夜に襲撃してきた奴は俺とかずみちゃんの名前を知っていた。 か破壊を免れた側面の梯子を伝い、その中へと降りていく。 ひしゃげたマンホールの蓋とコンクリートが砕かれた穴の縁を見つめてから、どうに 気になっていた。 あのタコの方も気にならない訳じゃあないが、俺としてはあの逃げて行った蠍の方が を進めた。 着々と魔法少女三人娘にフラグ建築して見送った後、俺は壊れたマンホールの方に歩 ん。このツンデレ娘め、おにーさんびっくりしちゃったゾ。 と思いきや、それなり好感度が上がったと見えるスマイルを俺を見せるかずみちゃ ﹁あはは。でも、ちょっとだけ気が楽になったよ。ありがと、あきら﹂ 794 第三話 因縁の相手 795 も名前や素性だけではなく、俺の本質まで分かっている。 俺が前の学校で自殺に追い込んだ奴の親族かとも考えたが、わざわざこの街で犯行に 及ぶ理由がないし、かずみちゃんのことを知っているのはおかしい。よって、違う。 魔法があるなら、心を読む力かとも思ったが、それにしては行動が間抜け過ぎる。そ れに心が読めるだけであそこまで憎しみを向けられる訳がない。よって、違う。 考えつつ、下水道に降りると臭い不快な臭いが、鼻腔に迫ってくる。こいつはキツイ ぜ。 どちらに逃げたかは分からないが、俺の中に入ったあのオブジェのせいか、どちらの 方向に進めばいいのかはノイズの強弱で分かった。 タコの方の可能性というのも十分あったが、それならそれで構わない。ようは俺が楽 しめればいい。それがすべてだ。 頭の中のノイズに従い、歩きながら俺は思考を続行させた。 未来予知、という線はどうだ かずみちゃんが自分のことを知らないと言われて戸惑っていたし、まるであいつは俺 がしっくり来ない。 たから、俺を憎んで殺そうとしている。うーむ、随分と可能性は高いが、どうにも何か 俺がこの力を使って、例えばあの蠍の知り合い、または家族とかを殺した未来が見え ? と直接対峙したことがあるような⋮⋮あ、ひょっとして、もしかすると││あー、なる ほどなるほど。 俺は一つの可能性に思い至り、ひとしきり納得をすると奴の反応がする方へと走っ た。 ******* 何者だ こんな下水道に来るようなもの好きは。それとも下水道の改修や見回り 方へと近付いて来ている。 そこまで考えたところで俺の耳が反響する何者かの足音を捉えた。間違いなく、俺の 意識が途切れた時に、力が一旦抜けたせいで人間の姿に戻ったのだろう。 た。 手のひらが口に触れた瞬間、自分の魔物化が解けて元の姿に戻っていることに気付い 持っていく。 起き抜けに飛び込んで来た異臭と相まって、吐き気を覚えた。思わず、口元に手を 頭の中に急な痛みを感じ、俺の意識は急速に覚醒を余儀なくされる。 ﹁う⋮⋮うう⋮⋮﹂ 796 ? に来た業者か何かだろうか。 もたれ掛かっていた側面の壁を背にして立ち上がろうとするが、足が上手いように動 かず、ずるずると背中を擦らせるだけに留まった。 足音がさらに近付く。まずい、こんな場所で傷だらけになっている姿を見られたら警 察に通報されるかもしれない。 バルタン君よぉ﹂ だが、そこでこの足音の主の声が響いた。 ﹁なあ、そこに居るんだろ 憎い。誰よりも何よりも許せない最悪の悪魔││。 その声を俺が聞き間違える訳がない。 ? ルナッツが急速に俺の姿を魔物へと変化させようとしている。 俺の中にはこの男を抹殺すること以外の考えが消え失せた。俺の内部にあるイーブ 上がる。 力の抜けていた身体に怒りという名の燃料が投下され、背にした壁を殴りつけて立ち うな笑みを湛えて一樹あきらはやって来た。 テレビに出てくる俳優と比べても遜色のない美形に、この世のすべてを嘲笑うかのよ 挑発するように大きな足音を立てて、奴は俺の前に姿を現す。 ﹁一樹あきらぁっ‼﹂ 第三話 因縁の相手 797 ﹂ だが、奴はそんな俺を恐れるどころか侮蔑したように見つめて、言った。 タイムリープ⋮⋮ 今、こいつは何と言った その言葉に脳の細胞までも動きを止めたかのように、思考が硬直する。 ﹁お前、タイムリープしてね ? ? こいつは。この男は。俺が未来からやって来たことを知っているのだ⋮⋮。 その意味を正しく訳した瞬間、絶望と恐怖が俺を支配した。 日本語に直せば、﹃時間跳躍﹄。 ? ﹂ ﹂ 唾液が止まり、口に中が急速に乾燥した。背中からは油分を含んだ汗が染み出てく る。 ﹂ ﹁な、ぜ⋮⋮ ﹁うん ? ﹁何故、俺が未来から来たことが解った ? ﹁あはっあははははは いや、確信が持てたのは今だぜ 今までは半々だったんだ 涙すら浮かぶほど笑い、にやけた顔に手を当てて奴は答えた。 声がこだまする。 叫ぶように問いただす俺を見て、奴はさもおかしそうに哄笑を上げた。下水道に奴の !? ! 798 ! あはははははははは ﹂ がよ、お前自分で﹃過去から来た﹄って言っちまったんだぜ か言ってないのに ! 俺はタイムリープとし ? 今の一樹あきらはまだイーブルナッツを手に入れていない、無力な存在に過ぎない。 いや、臆するな。所詮、こいつは頭がいいだけのただの人間だ。 同じくらいの年齢とは思えない。 一見して幼稚な狂人にしか見えない奴なのに、奴は驚くほど知能が高い。到底、俺と を言い当てる思考能力。 どこまでもこいつが恐ろしかった。今のブラフだけではなく、五割とはいえ俺の状況 だ。 の発言が奴に正体を教えてしまった。五割の推測を十割の確信へと変えてしまったの 一樹あきらは俺の反応から背景を探ろうとしていただけに過ぎなかった。そして、俺 言も言っていない。 奴の言葉は俺への時間跳躍の可能性を聞いただけ。未来からか、過去からかだとは一 だったのだ。 ブラフだったのだ、先ほどの台詞は。恐らく、他にもいくつかあった内の推測の一つ しまったと思った時には既に手遅れだった。 ! 対する俺には力がある。あの時、敗北した頃とは状況が違う 倒せるのだ、一樹あ ! 第三話 因縁の相手 799 きらを どうやら近くにはかずみたちは居ない。ならば、今こそ好機だ ! ! ない 変身っ ﹂ ! 一樹あきらぁ お前にこの街は壊させない ﹄ ! 分な情報が解ったわ﹂ ﹁へえ、 ﹃イーブルナッツ﹄に﹃魔物﹄、それに﹃俺がこの街を壊す﹄ 叫び声を上げて、俺は奴へと駆け出す。 ﹃死ね ! なるほどな、随 違う、この男がそういった殊勝な精神を持ち合わせているはずが ? には││できない 右腕の鋏を奴の頭上から振り下ろす。当たれば、頭蓋は砕け、背骨はへし折れ、肉す ! 何かある。何らかの秘策を用意している。だが、これだけのチャンスを逃すことは俺 ない。 死を受け入れた うだけで動こうとしない。 対する一樹あきらは逃げることも怯えることもせず、近付いてくる俺を蔑むように笑 ? ! 体力こそほとんど削れているが、それでも人ひとり捻り潰すのは訳はない。 俺の肉体は一瞬にして蠍を模した人型の魔物へと変わる。 ! ﹁⋮⋮お前は自分を過信し過ぎた。今のお前にはイーブルナッツの、魔物としての力は 800 ら潰れて原形すら残らない一撃。 しかし、奴はそれを気にも留めすに足を開き、己の右拳を握って、俺へと突き出した。 威力があるなし以前にリーチの長さが明らかに足りないパンチ。 俺に当たるはずなかった奴の拳は一瞬にして⋮⋮黒い鱗の生えた腕に変貌した。 長く、太く、何より強靭になったその拳は俺の胸板に強く打ち付けられた。 ﹃ぐぁっ﹄ 身体のバランスが崩れ、奴へと振り下ろすはずだった鋏は虚しく空を切る。その隙に もう片方の拳が俺を突いた。 重みのある衝撃が身体を揺らし、殴られた場所が痛みの熱を発する。 何が起きたのかを確認する前に奴の黒い蹴りが脇腹へと捻じ込まれた。 頭部からは角が二本、後方に向かって伸び、口は大きく裂けて前に突き出る。その口 のある恐ろしい形状へと変化させていった。 俺を殴った腕や足から黒の鱗が肉体を覆うように包み込み、その体積を変え、見覚え く。 痛みを無視し、即座に態勢を立て直すと真正面に居た一樹あきらの姿が変わってい 下水道の足場を俺の身体が転がる。 ﹃がはっ⋮⋮﹄ 第三話 因縁の相手 801 802 からは収まりきらない牙が顔を出した。 首は長さを増し、背中からは大きな一対の翼を生やす。手足に至っては鋭い鉤爪が現 れていた。 夜の闇を最も恐ろしいものに流し込んだかのようなそれは大きな目玉を俺へと向け た。 漆黒の魔竜、ドラ│ゴ。 かつて、俺が手も足も出ないほどに惨敗した最強最悪の魔物にして、オリオンの黎明 の前身。 何故だ。何故、一樹あきらが魔物化できる 奴から排出されたイーブルナッツ。あれを使ったのか 漆黒の魔竜は嗤う。 わら この街の滅びに繋がる。そう己に言い聞かせるのに精一杯だった。 自分の愚かさにもはや呆れすら湧かなかった。ただ、目の前の存在を倒さなければ、 !? そこまで行って、俺は昨日のカマキリの魔物を思い出した。 ⋮⋮。 あ り 得 な い。い く ら 何 で も 早 す ぎ る。奴 が イ ー ブ ル ナ ッ ツ を 入 手 で き る 経 路 な ど !? ﹃さあ、始めようぜ。未来からの刺客さんよぉ。俺を愉しませてくれぇ ﹄ ! 下水道の中を僅かに照らし、音と光を振り撒いた。 奴の鉤爪と俺の鋏が激しくぶつかり合い、火花を散らす。 ﹃⋮⋮来い。最悪の魔物、ドラ│ゴォ 第三話 因縁の相手 803 ﹄ ! 第四話 両雄激突 ﹄ 黒い竜の魔物、ドラ│ゴへと変身すると休む間もなく一樹あきらは翼を広げ、俺目掛 け一直線に飛び掛かって来た。 ﹃オラオラ、どうしたどうした ﹄ こまで耐えきれるかは分からない。 だが⋮⋮。 ﹃ふんっ、せやあぁ ﹃っうぐ⋮⋮やるじゃ、ねぇの ﹄ 狙うは心臓。魔物とて、急所の位置は人間体とそう変わらない場所にあるはず。 右腕の鋏を開き、黒い鱗が覆う胸元へ刃を突き立てる。 それを狙って防戦から一気に攻勢に転じる。身体を屈め、開いた懐へと踏み込んだ。 俺はドラ│ゴの右腕の鉤爪と左腕の鉤爪の斬撃が切り替わるその一瞬の隙。 ! ! ││前に戦った時の奴よりは弱い 威力も速さも鋭さも未来でのドラ│ゴに劣る。 俺は両腕の鋏でそれを受けるが、一撃一撃が徐々に速さと重さを増しているため、ど 五指から生えた黒い鉤爪が交互に空を切り裂き、俺目掛けて休みなく振るわれる。 ! ! 804 ﹃ぐ⋮⋮﹄ 鱗ごとドラ│ゴの肉を削ぐが、それでも筋肉と骨に阻まれ致命傷には至らず、奴は俺 の腕を両手で掴み、捻じり上げる。 刺さった場所から黒い体液が滲んでいるが、ドラ│ゴはそれすら気にも留めずに俺の 右腕をがっちりと掴んで固定している。 ﹄ 不味い。この距離は奴はきっと⋮⋮。 ﹃褒美に熱いのくれてやるよ 黒く焦げた己の上半身を見回せば、装甲の表面が僅かに炭化していたが、それでも戦 炎が止み、奴の巨体が僅かに後退する。 ﹃げはっ﹄ 火炎に焼かれる身体を無視しして、片足を上げ、奴の腹を力の限り蹴り飛ばす。 ! れでも、やはり。 ﹄ 装甲の内側の魔物化した筋肉までも過熱され、何もかも焼き尽くさんとする熱波。そ 容赦なく、外殻を炙る。 想像の通りに灼熱の火炎が回避不能の俺に吹きかけられた。この近距離での火炎は 鋭い牙が並んだ大きな口が俺のすぐ前で開かれ、その奥からは紅蓮の色が顔を出す。 ! ﹃未来でのドラ│ゴほどはない 第四話 両雄激突 805 闘不能が出来なくなるほどではない。 戦えている。未来では手も足もでなかったが違う。奴と互角の戦いができる。 こいつが今よりも強くなる前に止めを刺せば、絶望の未来は替えられるのだ。 我ながら現金なもので希望が見えてきた途端、身体に力が漲ってくる。両の腕を構 え、ドラ│ゴへと相対する。 奴は嗤っている。俺の実力が自らと拮抗している事実を知りながらそれを悦ぶかの ように。 ﹄ ? ﹄ ? ぶこともない﹄ ﹃さあ、知らん。ただ、お前はここで俺が倒す。お前が名を呼ばれることも、俺の名を呼 ネ﹂ってとこか 流 行 っ て る か ず み ち ゃ ん た ち ら し い な。そ ん じ ゃ、お 前 は さ し ず め、﹁ス コ ル ピ オ ー ﹃なるほどなるほど。ドラ│ゴねェ。イタリア語で竜か。イタリア語で技名付けるのが 奴の注意力や知能はどこまでも侮れない。 どうやら、あの攻防の中で俺の言葉に耳を傾けていたようだ。戦闘力こそ互角だが、 ﹃ああ、そうだ。その魔物化した姿はドラ│ゴ。魔法少女たちはそう呼んでいた﹄ だ。ドラ│ゴとか呼んだが未来ではこの姿の俺はそう呼ばれてたのか ﹃いいなァ、お前。強くて、そして何より俺を憎んでる。今まで居なかったタイプの奴 806 ﹃つれないねェ。せっかく、未来から俺を殺しに来たってのに。もうちょっと遊ぼうぜ ﹄ ﹄ ! ﹄ その直前。 火炎の息吹を突き付け、今まさに奴の頭蓋を貫かんと飛んだ。 は火炎を掘削するように直進する。 だが、その炎程度では俺の蹴りの威力は削がれることはない。尻尾が絡み付いた右足 ドラ│ゴは再び、口を開き、火炎の息吹を噴射する。 ﹃いいや。終わらせねェよォ‼﹄ ﹃これで終わりだっ 己が持てる最大の破壊力を注ぎ込んだ一撃をドラ│ゴへと螺旋蹴りを放つ。 スパイラルキック 腰から伸びる尻尾が足に螺旋状に巻き付き、魔力の方向が収束。 右足を突き出す。 狙いを定め、必殺の右足に魔力を溜めていく。下水道の天井擦れ擦れまで跳ねてから 俺はドラ│ゴを仕留めるべく、後方に一度跳躍して距離を取る。 下らない戯言に付き合う気は毛頭ない。 ? !? 燃え盛る炎が収束していく光景が視界に映った。 ﹃何っ 第四話 両雄激突 807 808 放射していた炎がより集まり一筋の赤い光となって俺の蹴りを押し返そうとしてい る。 それはもう火炎ではなく、熱線。かずみの魔法と同等の、否、それ以上の威力を持っ た紅蓮の光のスパイラルキックを弾き返そうと吐き出され続けていた。 俺の螺旋状に絡んだ尾から流れ出す魔力と、奴の熱線となって噴射する魔力が拮抗 し、空中で動きが止まる。 熱線を抉り、掘削せんとする右足と尾に凄まじい熱が押し当てられ、外殻が溶け始め ていた。 あたかも硫酸でできたプールに素足を浸しているかのような激痛が走る。 掻き分けられ、四方に散った熱線が下水道の壁や天井に触れ、ライターで炙った発泡 スチロールのように溶解していくのが見えた。 狭い空間の中で俺とドラ│ゴの魔力が飽和し、激突する力が互いに行き場を失う。 次の瞬間、カッと眩い光が視界を覆ったかと思うと、音もなく周囲の全てが爆ぜた。 その数秒後に激しい爆発音が響き渡る。 舞い上がった爆風が俺の身体を吹き飛ばし、浮遊感が全身を包み込んだ。 ******* あそこ ∼かずみ視点∼ ﹁見つけた ﹂ ! ﹁海香、カオル。あの魔女、建物の中に入っちゃった を吐く。 ﹂ 驚いて隣を走っていた二人の顔を覗き込むと、彼女たちは少しだけ安心したように息 !? の隙間からあっという間に侵入してしまった。 ぐにゃぐにゃと柔らかい身体を潰して枠内に押し込み、ほんの僅かに開いた小さな窓 た窓の隙間に触手を伸ばし、するりと身体を滑り込ませる。 風船のように宙に浮いていたタコの魔女は建物の壁に貼り付くと、そのすぐ脇にあっ た。 タコの魔女を追って街を奔走していた私たちはようやく、その足取りを掴む事ができ ! 足す。 もっとも近くに大型スーパーがあるからあんまり楽観はできないけどと海香が付け ﹁最悪もっと人目に付く場所で暴れると思ってたから、まあ、少しはマシって感じ﹂ ﹁不幸中の幸いね。あそこは食料品店の倉庫よ﹂ 第四話 両雄激突 809 確 か に よ く よ く 見 れ ば す ぐ 近 く に 大 型 ス ー パ ー の ロ ゴ が 建 物 の 表 面 に 書 い て あ る。 そう言えばもっと食べたいとか魔女が吼えていたのを思い出す。 すぐに追い掛けて入ろうとするが、建物の前には電子ロックの鍵が掛けられており、 簡単には開きそうもない。 付いている窓も高い位置にある上に、小さすぎてタコの魔女と同じように身体でも潰 さない限りは入れそうになかった。 ﹂ 私たちはそれを一瞬だけ顔を見合わせると。 ﹁えい の魔女を見るが、その怒りも魔女の様子に一瞬で霧散した。 汚い。あまりにも食べ物に対して礼儀のなっていない食べ方に私はむっとなり、タコ 濡らしている。 大きく開かれた口から封を開けた大量の食料は零れ、ペットボトルの飲料は床や壁を いた。 その奥でばりばりと激しい咀嚼音を立てて、タコの魔女は狂ったように食事を始めて た段ボールや砕けた木箱がいくつも転がっている。 後で魔法で直そうと思いつつ、正面の扉を壊して倉庫内に入ると乱暴に引きちぎられ 鍵を壊して中に入ることに決めた。お店の人、本当にごめんなさい。 ! 810 ﹃アウ⋮⋮ァゥウウゥゥゥ⋮⋮﹄ 泣いていた。 黒い瞳からぽろぽろと零れて落ちている。 あまりの様子の変わりように私は目を大きく見開いていると、カオルが言う。 それに海香が頷く。 ﹁なんだか分からないけど、食事に意識が行ってアタシたちの事、見えていないみたい﹂ ﹁叩くなら今ね。行くわよ、かずみ﹂ そう海香から振られても、私は素直に答える事ができなかった。 カマキリの魔女になった刑事さんを思い出す。あの人は明らかに人を害そうとする 意志があった。 ﹂ でも、目の前の魔女はどこか辛そうな、苦しげなそんな風に映る。 ﹁かずみ ﹂ ! ! だ。 考え込んでいた数秒にも満たない間、タコの魔女の注意は食事から私に移っていたの を止め、私を凝視し、││そして長い触手を伸ばしていた光景が視界に飛び込んできた。 カオルの声で意識を内から外に戻す。すると、タコの魔女が食料品を口に詰め込む手 ﹁ 第四話 両雄激突 811 ﹁あ⋮⋮﹂ 避けられない。 そう思った時には、触手は私の身体を絡め取り、髪を引っ張るように掴み上げていた。 タコの魔女は捕まえた私をその黒い目で眺めている。 私の目よりも何倍も大きな眼球からは感情がまるで読み取れない。さっきまで涙を 流したものとは思えないほど、無感情に私を映している。 ﹂ ? ﹃モット⋮⋮﹄ 何、もしかして私に何か伝えたい事があるの ? ﹃モット、タァァベタアァァアィィイィィィ‼﹄ けれど、魔女の次の言葉は私の思いを否定するものだった。 そんな思考が頭に浮かぶ。 もしかしたら、誰かに助けを求めていたのではないか。 攻撃の意図はなく、ただ私に何かを伝えようとしているのかもしれない。 ﹁え ﹂ 私は十字の杖を構え、魔法を撃とうとするがすぐに杖を取り上げられてしまった。 接近を邪魔するように振るわれる。 海香もカオルも絡め取られた私を助けようと、こちらに走るが何本もの触手が二人の ﹁かずみっ ! 812 ぱっくりと開いた口の中に広がる暗闇。 その縁にはノコギリのような鋭く細かい牙が並んでいるのが目に入る。 ﹂ ﹁やめっ⋮⋮﹂ ! 白い蠍の魔女と、黒い竜の魔女。それらはお互いに弾き合うように光を放っていた。 片方は見覚えがあり、もう片方は初めて見る怪物だった。 る。 タイルを剥がし、コンクリートを砕きながら光に包まれた二つの影が飛び出してく 裂が走り、床を砕いて光が溢れ出す。 だが、次の瞬間、何の脈絡もなく激しい爆音が響いた。同時に倉庫内にいくつもの亀 開いた暗闇は躊躇なく、私を呑み込もうとした。 ﹁かずみぃい 第四話 両雄激突 813 第五話 苦悩と野望 何が、起きた⋮⋮ 奴はどうなった。倒せたのか れた。 ﹃っ⋮⋮ ﹄ 知らぬ間に仰向けになっていた身体を起こそうとして、ずるりとまた引力に呼び戻さ て漂っていた。 られた楕円状の巨大な穴から見える青空。周囲にはコンクリートが砕け、粉末状になっ 正常に働き始めた視界には飴細工のように融けて歪んだ金属製の屋根と、そこに開け ? 爆音と閃光で塗り潰された五感の中、浮遊感に包まれ、そこから思考が途切れた。 たのだ。 確か、そう。俺の蹴りとドラ│ゴの熱線の衝突により飽和した魔力の光に呑み込まれ ? 尾に至っては中間から跡形もなく、消失していた。 留めているが、右足は膝下から捻じれ爪先は開花寸前の蕾のように裂けている。 見れば脚部を覆っている外殻が融解して変形していた。左足はまだ辛うじて原形を !? 814 自分の損傷を目の当たりにし、麻痺していた痛みがようやく頭をもたげ始めた。 ﹄ ! まで噴き上がった。そう考える以外に想像の余地のない状況だ。 が放った一撃は共にぶつかり合い、狭い地下で行き場を失って上方へ跳ね上がって地上 ここは恐らくはあの下水道の遥か頭上にあった何かの建築物だろう。俺とドラ│ゴ てその亀裂に滑り落ちてもおかしくないほどに傾いで見える。 地面⋮⋮建物の床だったらしき足元は今や巨大な抉れたような亀裂が走り、いつ崩れ がることはできた。 周囲にはおよそ形を留めていないものが、いくつか転がっているが、それでも立ち上 もはや足と呼べるか分からない形状の脚部を激痛を黙殺して、地面に着ける。 覚に訴える響きを奥歯を噛み締め耐えた。 狂気じみた、残酷な童話に出て来るような現実味のない、けれどどうしようもなく痛 焼けたのでも、焦げたのでもなく、﹁融け﹂た痛み。 た痛み。 火に炙られた蝋燭に痛覚があれば感じることのできるだろう。肉体が熱で融け落ち みた狂ったような激痛。 今まで感じたことのない種類の痛みだった。言葉で表現することのできない悪夢じ ﹃あ⋮⋮っがぁぁ 第五話 苦悩と野望 815 壁や天井はほとんど融けてなくなり、どんな施設だったのかも検討が付かない。 人が。一般人が居たのかもしれない。 考えた途端、さあっと思考が恐れで染められた。 すぐに周囲を見回すと、最初に目に付いたのは蠢いている大きな赤い何か。 タコの魔物だ。触手を動かし、懸命にもがいているそれは、どうみても衰弱していた。 身体の表面は荒く焼け焦げ、力なく触手を揺らす動作は波に揺れる海藻のように緩慢 だ。 ﹄ だが、その触手には黒い髪の少女が絡め取られていた。 ﹃ ⋮⋮かずみだ ここでは彼女たちと魔物が戦っていたのか。しかし、俺たちの戦いの余波が真下から のなら、三人とも生きているとみていいだろう。 意識がないのか、目を閉じてぐったりとしているが、魔法少女の衣装が消えていない できたが、致命傷になるほど大きな外傷は見当たらない。 魔法少女の衣装はところどころ破れ、剥き出しの額や手足には火傷のような跡が散見 くにオレンジ髪の少女と、かずみとは違う黒髪の少女が倒れている。 魔女帽を被った少女は魔法少女に変身したかずみ。そして、目を凝らせばそのすぐ近 ! ! 816 地面を突き破って噴き出し、この惨状を引き起こしてしまった。 ﹃おお、いてェいてェ⋮⋮酷い目にあったぜ﹄ タコの魔物を挟んでちょうど俺と対角線上になる位置の瓦礫が動き、黒い魔竜が姿を 現す。 片方の翼は半ばちぎれ、開いた口からはへし折れた牙と黒い重油のような血を垂れ流 していた。 ﹄ 身体のあちこちから鱗がばらばらと剥がれ、落ちていっている。口調こそ呑気に聞こ えるが、その実俺以上にダメージを負っていることが一目で認められた。 ﹃ドラ│ゴ⋮⋮﹄ ちらりと目線でかずみを一瞥して、奴は笑う。 ﹃おいおい、スコルピオーネ。これ以上の戦いはお互いにとって不利益だろ しで尋ねてくる。 細めた眼球が無言で語った。お前の大切な奴の窮地を無視していいのか。そう眼差 ? しかし、ここでかずみを見捨てることは本末転倒でしかない。 かった。 こ こ で こ い つ を 逃 が す。そ の 選 択 肢 を 自 分 で 選 ば な け れ ば な ら な い こ と が 歯 が ゆ ﹃くっ⋮⋮﹄ 第五話 苦悩と野望 817 俺はタコの魔物へと突き進む。 しかし、戸惑いはなかった。 両目を閉じた彼女の顔はこんな状況だというのに懐かしくて、胸が締め付けられた。 にする。 劣勢になり、追い詰められた奴は苦し紛れにかずみをずいっと突き出して、盾代わり ﹃もらった﹄ 触手はもはや障害にすらならなかった。 一本、また一本と触手を斬り落として、距離を詰める。表面が焼け、柔軟性が落ちた 欠いた動きは簡単に読み取れた。 弱々しい鳴き声を上げる魔物は触手を絡めようとしてくるものの、前に比べて精彩を ﹃モ⋮⋮ットォォ⋮⋮﹄ 俺はやるせない気持ちを堪え、タコの魔女へと腕の先端にある鋏を振るう。 去った。 まるでゲームか何かの約束を取り付けるように軽薄に言うと、羽ばたきながら、飛び 開いた大穴から空へと飛び立つ。 片翼がちぎれて短くなっているというのにドラ│ゴは危なげもなく、飛翔し、屋根に ﹃あばよ。次、またやろうぜ﹄ 818 大きく足を踏み込んで、かずみを掴んでいる触手へと飛んで鋏を突き出す。 た。 シンナー⋮⋮あるいは別の薬物によるものかと思ったが、息の臭いで違うと判断でき 女性の呼吸を確認するために口元を見ると、すべての歯がぼろぼろに傷んでいた。 など分からないのがイーブルナッツだ。 これがあの魔物の正体か。想像もしていなかった人物像だったが、どんな姿になるか にうつ伏せで倒れ込んでいる。 次の瞬間にはタコの魔物は跡形もなく、消え失せ、代わりに酷くやつれた女性が地面 み過ぎた風船のように弾け飛んだ。 直後、タコの魔物の目が大きく見開かれたかと思うと、急激に膨らみ、空気を詰め込 柔らかなゴム製の水袋のようなそれは鋏の尖った先端が沈み込み、貫通。 その勢いで伸ばした閉じた鋏をタコの魔物の頭部へ抉り込むように突き刺す。 切り取られた髪が、小さな音を立て床に落ち、地面に散らばった。 るように受け止めた。 見上げられていた彼女の身体が床へと落ちかけるが、倒れる前にもう片方の腕で支え 触手が絡んでいる彼女の腰まで伸びた長い黒髪を切る。 ﹃⋮⋮すまないな。髪まで守れそうにない﹄ 第五話 苦悩と野望 819 この酸っぱい臭いは胃液の臭いだ。 昔テレビで見たことがある。拒食症の人間はすぐに食べたものを吐き出してしまう ため、胃液で歯のエナメル質が溶けてしまうらしい。 この女性が拒食症なのかまでは分からない。だが、歯が削れてしまうほど何度も何度 も嘔吐を繰り返したことくらいは考え付く。 だが、本当は吐かずに食べたかったのかもしれない。 ﹂ !? ﹁う⋮⋮何が。っ、かずみ ﹂ 弁明をしようとした時、背後で二人の魔法少女が目を覚ます。 ﹃かずみ。俺はお前の敵じゃ⋮⋮﹄ ﹁蠍の魔女 瞳で俺を見つめた。 その際にかずみは薄っすらと目を見開き、俺の手を振り払って距離を取る。警戒した 時に手が鋏になっていることが悔やまれる。 俺は腕で支えていたかずみを膝関節を曲げて、ゆっくりと地面に降ろした。こういう それは瓦礫にめり込んだ。 足元に転がったイーブルナッツをぐしゃりと踏み潰す。黒い瘴気をあげ、ひしゃげた ﹃⋮⋮誰が魔物に変じてもおかしくない、か﹄ 820 ! ﹁急に床が光ったと思ったら、爆発するなんて。あれはそいつの仕業 ﹁待て お前﹂ 俺はちぎれた床に開いた亀裂へと飛び込んで逃げ出す。 戦う訳にはいかない。 ﹂ ドラ│ゴとの一戦で魔力のほとんどを使い果たしてしまった。何より、かずみたちと とてもではないが、こちらの話を聞いてくれるようには見えなかった。 敵意を露わにそれぞれが武器を持って、俺を囲むように立ち上がる。 ? ******* はそれだけで十分だ。 ただ、かずみが無事ならそれでいい。かつて、家族と呼んだ彼女が守れるのなら、俺 暗く、汚れた地下は居場所のない蠍にはお似合いだった。 背中に掛かる言葉を無視し、俺はひたすら薄暗い下水道へと降りて行く。 ﹁かずみ。今はまだ追っちゃダメ。それに壊れた倉庫もどうにかしないと﹂ ! ﹃かはっあァ⋮⋮随分ともらっちまったな﹄ 第五話 苦悩と野望 821 どうにかこうにか空を飛んで、あの場から退場した俺だが、実のところ結構な重傷 だった。 攻撃力なら俺の方がリードしているが、防御性能なら俺の鱗よりも奴の外殻の方が強 度は上だ。戦っていたら、勝率はほぼ五分五分だっただろう。 負けるとは思わないが、勝てるとも言えない。 木々の生えたちょっとした森のような場所に着陸すると、俺は人間の姿に戻った。 傷の方は人間になっても引きずるかと思ったが、体力が削られただけで人間に戻れ ば、竜の時に負った肉体的損傷はなくなるらしい。非常に便利であきら君的にもグッド です だが、まあ、色んなことが解ったので、苦労した価値はあった。 負かしてやった時でさえ、ここまで疲れたことはなかった。 とはいえ、大分疲労感は溜まっている。前の学校で陸上部のエースを百メートル走で ! 確実にあの蠍野郎じゃあない。考えられるとしたら、俺が飛ぶ姿を偶然に目撃したU む時の音の軽さは女の子。 人間の、それも足音の間隔から考えて、大体中高生くらいの歩幅。それもこの踏み込 寝っ転がって、しばし疲れを癒そうと思ったが、俺の耳は近付いてくる足音を捉えた。 ﹁ははは⋮⋮イーブルナッツに魔物ね。楽しいわ、マジで﹂ 822 MA好きの少女か、バードウォッチング中の女の子、または⋮⋮あの三人娘以外にも存 在した魔法少女とか あらやだ。そこそこピンチじゃないですか、奥さん 俺は紳士だ。⋮⋮後々イジメて殺そう。 子なら仕方ない。 ンドスプリングで跳び起きてからの、反動ドロップキックコースだったが、まあ、女の 場した。明らかに場の主導権取る気満々の台詞は軽ーくイラッと来る。男だったら、ハ フード子ちゃんは如何にも﹁自分、何でもお見通しっス﹂的な発言をかましながら登 意に支配され、暴走する⋮⋮だが、お前は違うみたいだな﹂ ﹁⋮⋮イーブルナッツを使いこなせる人間はそう多くない。普通は自分の増幅された悪 ら歩き方で分かる。 フードを目深に被っているが、体型からみて女子だ。骨盤の形が男と女で随分違うか 隙間から現れる。 あれこれ考えている内に寝転んだ俺の前にフード付きパーカーを来た少女が木々の ! ? と。第一印象、薄くて忘れられちゃうぞ☆﹂ さん。男性フェロモン⋮⋮落としましたよ﹄くらいのインパクトのある台詞で決めない ﹁ヘイ、フード子ちゃん。ナンパの仕方がなってないよ。そこは﹃そこのセクシーなお兄 第五話 苦悩と野望 823 ﹁狂っている振りをして、相手のペースに嵌らないようにする⋮⋮種が解ってる相手に は効かない話術だ﹂ ミニなら尚よし 寝っ転がっている男子にパンツが見えるくらいの位置 ! トリッピー ! やだよ、俺はしまじろうなら断然ラムリン派なんだ﹂ ? アンタも魔法少女なんでしょ まあ、悪くない。悪くないでござるよ。その提案。 十中八九、こいつは魔法少女。またはそれに類するものだ。 言の方が挙動に出るモンなのに。 そこで黙っちゃう辺りがまだまだ未熟だわ。カマ掛けに反応しないように見えて、無 ? させて、殺してくれ﹂ ﹁何で ? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ ﹁イーブルナッツをお前にやる。その代わり、この街の魔法少女たちをいたぶって、絶望 の言葉で俺の気は変わった。 ボケ倒してあと小一時間くらいおちょくってやろうと思ったが、フード子ちゃんの次 ﹁え ? ﹁⋮⋮話がある。取引だ﹂ まで来るのがベストです﹂ カート ﹁お い、そ ん な こ と よ り パ ン ツ 見 せ な よ。パ ン ツ。ズ ボ ン な ん か 穿 く な。女 の 子 は ス 824 ﹂ ﹁その前に聞かせてほしいことがいくつか。アンタの名前は 初潮はいつ来たか教えてくれる またも無言の沈黙で俺の発言を流そうとする。 だけど、ここで重要なのは譲歩しつつ、しつこく迫ること。 ﹁じゃあ、スリーサイズは諦めよう。他の二つを聞かせて﹂ ﹁⋮⋮お前に話す義理はない﹂ ﹂ ﹁よし、じゃあ、名前はもういいや。取りあえず、初ちょ⋮⋮ ひじり あとスリーサイズと、 ﹂ ? き際を見誤らないことだ。 これ以上、駄々をこねても機嫌を損ねる以外の効果は持たないだろう。ごねる時は引 だが⋮⋮ここはこれでいい。 そういう場合は苗字か、名前のどちらかがアナグラムだったり、文字ったりしてる訳 かりのものとは考えにくい。 本名だろうか。偽名にしても、いますぐ考えたという割りに中二臭いので今考えたば 諦めたらしく、吐き捨てるように言った。 ﹁カンナ。 聖 カンナだ。⋮⋮これで満足か ? ? ? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁オッケー。じゃあ、ひじりんって呼ぶね﹂ 第五話 苦悩と野望 825 いや、演技だから。バリバリ演技だから。俺、普段めちゃクール ﹁あ、今。ひじりん。﹃こいつ、演技じゃなくて本気で頭おかしい奴なんじゃないか﹄っ て思ったでしょー ﹂ それを寝たままの状態でキャッチすると、俺はもう一つ聞きたかったことを尋ねる。 ている俺へ乱雑に放り投げた。 ひじりんは露骨に溜息を吐いて、フードのポケットから数個ほどイーブルナッツを寝 留める。 すっとそっぽを向いて、何事もなかったように俺から去ろうとするので、本気で引き ⋮⋮あー、うそうそ、冗談もう言わないから行かないで。待って、ほら﹂ だから。深夜アニメが大体1クールだとすると、俺は12クールくらいクールだから。 ? 待ってろ。蠍野郎。お前の希望、俺が完膚なきまでに踏みにじってやるからな。 なるほど。こいつは面白い。やはり俺は主役になる星の元生まれて来たらしい。 た。 意外にもそれに応えてくれたひじりんは饒舌で、聞いてもいないことまで教えてくれ ﹁そうだ。﹃魔法少女﹄って結局何なんだ ? 826 第六話 希望の兆し ∼ユウリ視点∼ 何なんだ、あの男。 かずみ、プレイアデスを守っているのに、誰もあいつを仲間と認識していない。それ どころか敵として見なしている。 本当に意味が解らない。一体、何故イーブルナッツを持っているのかもそうだが、何 よりどうしてそんな目に合ってまでかずみたちを守ろうとするのか。 タ シ ⋮⋮まあ、邪魔をするなら消すだけだ。﹃ユウリ﹄のための復讐を阻む奴は誰であろう と潰す。 ﹄ そう思っていた。あの言葉を聞くまでは。 ア ? 何だ何だあいつは。あいつは何を考えてる 解らない。本当に解らない。あいつのあの言葉の意味も││今アタシの胸の中がこ ? あいつはそう言った。アタシに。このユウリ様に。 ﹃お前もひょっとして、助けてほしいのか 第六話 希望の兆し 827 んなにも苦しいのも。 思考がぐちゃぐちゃになる。苦しい⋮⋮苦しいよ、﹃ユウリ﹄。 ・・・・・・ あいつだ。こんなに訳の分からない苦しみを味わうのはあの男のせいだ。 殺さないと。早く殺さないといけない。じゃないと、アタシはもっと解らなくなる。 アタシは上着のポケットの中をまさぐる。指にこつんと当たる硬い金属質の感触が した。 イーブルナッツ。人を魔女⋮⋮いや魔女モドキに変える魔法の道具。 こいつの効果は二回の実験で十分確認できた。これなら魔法少女も魔女に変えられ るはずだ。 必ず﹁ユウリ﹂の仇はアタシが取ってやる。待っていろ、プレイアデス。 夜の街を歩きながら、復讐に燃えているとすぐ近くの足元にあるマンホールの蓋が小 ﹂ さな音を立てた。 ﹁うん キだった。 西洋の兜を思わせる角ばった顔、赤い二つの複眼。紛れもなく、それは蠍の魔女モド せた。 視線をそこに注いでみれば、蓋が急に持ち上がりその下から何か白いものが顔を覗か ? 828 ﹁お前⋮⋮そうか﹂ こいつはアタシを追い掛けてここまで現れたのか。下水道を使って最短距離で追跡、 なるほど侮れない奴だ。 ならいい。ここで決着をつけてやる。 アタシはすぐにソウルジェムを取り出して、魔法少女になれる臨戦態勢を整えようと した時、蠍の魔女モドキはマンホールから這い出したまま、うつ伏せで動きを停止した。 油断を誘うためかと思ったが、それにしては隙だらけだ。 死んだ、のか に当てた。 一瞬で魔法少女に変身すると、魔法で生み出した拳銃・リベンジャーを奴のこめかみ どうみても弱っている。やるなら今がチャンスだ。 と低くなっている。 首筋にそっと手を当てると脈は正常に動いているものの、大分弱々しい。体温も随分 く。 そう思い、近寄ってみるといかにも下水から漂ってくるような強烈な異臭が鼻を突 ? 奴の姿は魔女モドキから人間へと戻り、力尽きたように微動だしない。 ﹁お、おい⋮⋮﹂ 第六話 希望の兆し 829 後は引き金を引けば、それだけで邪魔者は一人消える。 ﹂ 止めを刺そうと引き金にかけた指に力を入れようとした瞬間。 ﹁お前に直接の恨みはないけど、ここで⋮⋮﹂ ﹁あ、あの時の魔法少女のおねえちゃん 小さな女の子の声が聞こえた。 ﹁やっぱりわたしを助けてくれたおねえちゃんだ ﹁いや⋮⋮覚えてない﹂ わたしのこと、覚えてる ﹂ ? た。 近付いて来た女の子は体力がないのか大した距離でもないのに少し息を切らせてい 不味いと思いとっさにリベンジャーをしまい、元の服装に戻す。 いる様子だった。 ⋮⋮誰だ、こいつ。アタシには見覚えはない。だけど、向こうはアタシの事を知って 駆け出して来る姿が見えた。 振り向けば、七、八歳くらいの女の子がアタシに向かって嬉しそうに手を振りながら ! 女の子はアタシの返答に少しだけがっかりした様子を見せたが、すぐに表情を明るく ねえちゃん﹂というのは││本物のユウリの事だろう。 アタシが魔法少女になったのは少し前の話だ。つまり、この子のいう﹁魔法少女のお ! 830 して話し出す。 ﹁そうだよね。おねえちゃんはわたしみたいに病気で苦しんでいた人をたくさん助けて たから、みんなの顔全員覚えてる訳ないよね。でも、わたしはおねえちゃんのおかげで ・・ こうやってお日様の下で歩けるようになったの﹂ そういえば、アタシを魔法少女にした妖精が言っていた。 ユウリはアタシの病気を治すために魔法少女になった後も、医者が匙を投げるような 難病に蝕まれた人を魔法で治して回っていたと。 この子もまた、アタシと同じようにユウリに助けられた人間の一人だ。 女の子はぺこりと大きくお辞儀して、感謝の言葉を述べた。 んのおかげで病気治してもらったから今の生きてられる。本当にありがとう﹂ ﹁わたし、ずっと自分は死んじゃうんだって思ってて毎日が怖かった。でも、おねえちゃ だからこそそのユウリを奪ったプレイアデスに復讐をするんだ。 救われたんだ。アタシもユウリが願った奇跡に。 この子の事は何も知らないけれど、この子が感じる思いは痛いくらいに共感できた。 なんて答えればいいのかまるで分からない。 無邪気なお礼の言葉がアタシの胸を裂いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 第六話 希望の兆し 831 ﹁おねえちゃん ﹂ ﹁このお兄ちゃん、おねえちゃんのお友達 お腹空いてるの ﹂ ? ⋮⋮これは多分、腹の鳴る音だ。 音の主は上半身だけマンホールから出してうつ伏せで倒れる魔女モドキ男。 あまりに大きいから一瞬何の音か分からなかったが、音の発生源を見て、理解できた。 その時空気を壊すような動物の鳴き声にも似たキュルルーという音が鳴り響く。 ﹁アタシは⋮⋮﹂ そう、アタシやこの子が知るユウリの姿で。 ? い出せず、アタシは口を噤んだ。 つぐ 全然違うと叫びたい衝動に駆られたが、キラキラした憧憬の籠った目で見られると言 ようとしてたんだね﹂ ﹁そっか。おねえちゃんは正義の魔法少女だもんね。困ってるこのおにいちゃんを助け すると女の子は何を思ったのか納得したように手をぽんと打った。 ﹁違う。こんな奴知らない。ただの行き倒れだ﹂ しまった。 友達どころかさっきまで殺そうとしていた相手だが、今はもうそんな気分は霧散して 呆れた目で眺めていたアタシと違い、女の子は心配そうに魔女モドキ男に近寄る。 ? 832 女の子はじゃあと前置きした後、アタシの手を握った。 ﹂ ﹁わたしの家に来てよ。わたしのおとうさん、パン屋さんなの。おにいちゃんにおとう さんが作ったパン食べさせてあげる ﹁え、いや、ちょっと待て⋮⋮﹂ と無邪気に手を叩いて喜んでいる。 一方女の子はアタシが自分よりも大きな男をあっさり担いだ事に驚き、すごいすごい 凄まじい不快感。かなり本気で近くのゴミ捨て場あたりに放り投げてやりたい。 タシの服をじっとりと湿らせた。 下水から這い出してきただけあって悪臭が鼻突。その上、汚れた水が担いだ拍子にア る馬鹿男を引き擦りだして担ぐ。 すごく不本意だが、女の子の前でマンホールに中途半端に身体の半分を突っ込んでい だが、幼気な少女の目にアタシは嫌だとはつい口に出せなかった。 いたい むしろここで餓死してくれるならそれに越した事はない。 何でアタシがこの魔女モドキ男を助けなきゃならないんだ。敵だぞ、敵。 ! 先導しようと歩き出した女の子を呼び止めると、不思議そうに小首を傾げて振り返っ ﹁おい、待て﹂ ﹁じゃあ、案内するね﹂ 第六話 希望の兆し 833 ﹂ ? た。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? あいり この臭いは嗅いだことがある。そうだ、パンが焼ける香り。 香ばしい匂いが鼻を掠める。 ******* ﹁ユウリ様だ。覚えて置け﹂ 内心で動揺しているが、それを悟られないようにアタシは強く言い放った。 ﹁みくでいいよ。おねえちゃんは アタシの本当の名前と同じ、読み方。 その名前を聞いてつい復唱してしまう。 ﹁あいり⋮⋮ ﹁あ。まだ言ってなかったね。わたしの名前は愛里みく﹂ いままにするのも気持ちが悪い。 アタシはまだこの子の名前さえ知らない。聞く必要もないかもしれないが、分からな ﹁お前の名前は ﹁なに、おねえちゃん 834 パン なぜにパン ? ﹂ ? ? 姿に驚きを隠せない。 正直、今一つ状況が掴めないが、あのユウリが小さな女の子相手に優しく接している 方の手で持っていた紙袋をわざわざ屈んで女の子に手渡した。 文句を最後まで言い切る前に女の子が遮る。それに対して面倒そうにしながらも、片 ﹁おねえちゃん、ちゃんとパン持って来てくれた ﹂ ユウリだ。だが、彼女は苛立ったような表情を隠そうともぜずに俺を睨んで来る。 れる。 その疑問に思考を巡らす暇もなく、金髪のツインテールの少女が部屋の扉を開けて現 ﹁ここは一体⋮⋮ ていた汚れたパーカーではなく、青い縦じまのパジャマ姿に変わっていた。 そこで俺は自分がベッドに横たわっていることに気が付く。よく見れば、服も前に来 眺めている光景だった。 一番最初に目に飛び込んできたのは小さな女の子がベッドの縁に両肘を突いて俺を ﹁あ、起きた。おにいちゃんが起きたよ、おねえちゃん﹂ ぼんやりしていた意識がはっきりしてきて目を開いて、身体を起こす。 ? ﹁やっと起きたか。お前のせいで⋮⋮﹂ 第六話 希望の兆し 835 そんな俺の視線が気になったのか、彼女は不愉快そうに根目を吊り上げた。 ﹂ ? ﹂ ? 口に持っていき、一口齧る。売れ残りと言っていたから時間が経って多少硬くなって ﹁ありがとう。この恩は忘れない﹂ 円らな瞳でそう答える女の子に俺は深い感謝を籠めて、クロワッサンを受け取る。 ﹁うん﹂ ﹁いいのか ﹁いいよ。これ、朝焼いたパンの売れ残りだし﹂ ﹁いや、すまないが、俺は金を持っていない。無一文だ。受け取ることはできない﹂ それを見た途端、無我夢中で手を伸ばして、受け取ろうとする直前で思い留まる。 紙袋から取り出されたのはクロワッサンだった。 ﹁はい。おにいちゃん﹂ かったが、自分が酷い空腹を感じていることを思い出す。 そういえば、昨日から何も食べていなかった。疲れと戦いのせいでそれどころではな の中に唾液が溜まる。 女の子は受け取った紙袋を開くとさっきまで薄っすらだった香りがより濃くなり、口 ﹁いや、何でもない﹂ ﹁何だ、その目は。何か言いたい事でもあるのか 836 いるのだろうが、それを感じさせない旨味が口内に広がる。 さっくりした生地とほんのり聞いたバターの味が俺の食欲を増幅させる。 しばらく時間を掛けて味わいたかったが、ものの数秒で平らげてしまった。 ﹁まだあるから、そんな悲し気な顔しないで﹂ 紙袋からまた女の子がパンを取り出しくれる。今度はカレーパン、それにクリームパ ンだ。 それもまた俺の渡されるや否や、口の中に消えていく。美味しいと感じるが、それ以 上に食べ物を身体に入れたいという欲求が強い。 ﹂ ﹂ 連戦に次ぐ連戦で魔力のほとんどを消費したせいか、尋常ではない食欲が今の俺を突 き動かしていた。 ﹁おねえちゃん ﹁成り行きだよ。アタシはユウリ。そこのちびはみくだ﹂ 嫌そうな顔をした彼女は不服そうに言う。 ユウリの顔を見上げる。 ? ? 紙袋が空になった頃、ようやく俺にまともに考える能力が戻って来る。 何でここに居る ? ﹁ここはみくの家だよ。おにいちゃんはおねえちゃんが運んで来てくれたの﹂ ﹁俺は確か、下水に逃げて⋮⋮いや、そもそもここはどこだ 第六話 希望の兆し 837 自己紹介をされているというのに気付くの少しかかった。そういえば、まだここでは 名前を聞いてもいなかった。 俺はベッドから降りて、二人に対して自分の名前を名乗る。 俺体力が回復してきた身体を動かし、扉へと足を動かした。 れば、少なくとも彼女は救うことができるはずだ。 俺も一度下に降りて、ユウリからもっと詳しい事情を聞くべきかもしれない。そうす だろうか。 かずみたちを付け狙う彼女だが、一樹あきらと違い、まだやり直しが利くのではない 何故だか全く分からないが、俺はユウリに助けてもらったようだ。 た。ここは二階で下はパン屋になっているらしい。 二人が消えた後、傍にある窓を見ると下の方にパン屋というのぼりがあるのが見え にも伝えてくると言って彼女に着いて行く。 ユウリはふんと小さく鼻を鳴らした後、部屋から去って行く。みくもまたおとうさん ﹁ううん。いいよ。おねえちゃんに恩返しがしたかっただけだし。ね、おねえちゃん﹂ ﹁俺の名前は大火だ。二人とも俺を助けくれてありがとう。おかげで腹も満たされた﹂ 838