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アフリカで考える・楽しむ・変わる

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アフリカで考える・楽しむ・変わる
グランドサハラ エクスペディション-13
Ⅲ<サハラ縦断 帰還>アフリカで考える・楽しむ・変わる
セネガル サンルイ
【無穹のサハラへ、再び】
2月1日 2ケ月前、チェニスの蒼々とした空の下、サハラを目指してエンジンを爆発させた日が
遥か遠い昔のような気がした。今、セネガルの地でスタンバイしているXRは、頼もしいほど渋
い味を出している。今朝は胸の高まりを抑え切れない。再び乾いた世界へ向かうのだ。単調な
空間、人間の存在をあざ笑う魔物がすむ世界へ。新しく履き替えた前後のタイヤは、確実に路
面をグリップし心臓の鼓動と共に加速を促した。
今日目指すセネガルのサンルイは、ダカールへ首都が移される以前、アフリカ植民地政策の統
治領が置かれた街で、当時、セネガルの中心都市であった。ダカールからサンルイまでの300キ
ロは、農耕にも適し、緑ある風景を楽しめる。同じ緯度線のカイや、マリのモプティのように砂に
埋もれた暑さはなく、乾燥はしているものの、比較的爽やかな風が吹いていた。海岸線は常に海
流の影響を受けるので、北アフリカの大西洋を南下してくるカナリア寒流のせいでもあろう。
このサンルイに立ち寄ったことで、ガーナの
ケープコースト、ダカール沖のゴレ島と、3箇所
アフリカの奴隷貿易の歴史の地を訪れたこと
になる。ケープコーストの砦で、‘The door of no
return’の言葉(戻れないドア)が胸に刺さった
ままで、こうしてアフリカを走っている。毎日見
る風景に、時々この言葉を思い出させるSeen
が埋もれているのである。
街という位置づけではあるが、'Sor'と呼ばれる
本土地区と、セネガル川にできた中州と、遥か
モーリタニアから南に延びる外海の砂洲の3地
区をフェデルブ橋というアーチ型鉄橋がつなぐ
奇形な街なのである。
太平洋の荒波が、外海の砂洲に遮られている
中州の好立地は、セネガル川から奴隷や産物
を運び出すため、他の港より優れていた。しか
し、ダカールに首都の座を奪い取られたのは、
急速な落花生の海外輸出のため、港の条件
が限界になってしまったことが理由なのである。
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<サハラ縦断帰還経路>
セネガル
首都セネガル~ゴレ島(世界遺産)~サンルイ(世界遺産)~国境
↓
モーリタニア ロッソ~ヌアクショット~バンダルガンNP(世界遺産)~ヌアディブ~国境
↓
西サハラ ダクラ~ラーユーヌ~国境
↓
モロッコ
タンタン~アガディール~マラケシュ(世界遺産)~フェズ(世界遺産)
↓
メリーナ(スペイン領地域)
↓
モロッコ
↓
セウタ(スペイン領地域)
↓~ジブラルタル海峡~
ジブラルタル(イギリス領地域)
↓
スペイン セビリア~国境
↓
ポルトガル リスボン(世界遺産)~ロカ岬~シントラ(世界遺産)~ポルト(世界遺産)
↓
スペイン サラマンカ~ゼゴビア(世界遺産)~マドリッド
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昼、 中州の小さなレストランでセネガルの伝統
料理,ヤッサ'を注文する。玉ねぎとバターをベー
スにビネガーソースで仕上げ、メインのトッピン
グには鶏か魚を選ぶ。それがこってりとしている
のだ。暑さ防止、体力回復に良いかもしれない。
フェデルブ橋を渡って、中州の南に今日の宿を
決める。いつものように裏口からバイクを中庭
に入れさせてもらった。しかし、まだ日は高い。
この小さな中州を探索するには、バイクが一番。
早速、軽装、ノーヘル、ゴム草履のいでたちで、
歴史に埋もれつつある街を見て回る。中州の端
から端までは、バイクで抜けると、あっという間
だ。路地のあちこちには、風化されてゆく石作り
の建物があり、当時の繁栄を思わせる洒落た
窓枠や、イスラムの臭い、さらに、西アフリカ初
のキリスト教会など文化的融合を感じる。
中心地の知事官邸は修復の途中であったが、
崩れた倉庫街や、放置されたレンガの壁はこの
まま呼び起こされることもなく、朽ち果ててゆき
そうな・・そんな街だった。
中州の南端にある博物館では、サンルイの変
貌と、ヨーロッパの色がブラックの世界へ年月を
かけて浸透してゆく歴史をみることができる。
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宿に戻ると、仲間が体調を崩していた。食欲がないという。正直、長旅では誰かしら故障している。
どこかでくだものでも買ってこようと、再びバイクを出し、みずみずしい食べ物探しという一つの目
的で街に出てみる。こういうのは好きである。つまらないことかもしれないが、何か欲するものに
たどり着くための道程、知らない土地を攻めてみるのが面白いのだ。‘マンゴ’を探そう!
この中州から見える海岸の砂洲へ渡ってみると、そこは漁師の下町、久しぶりにゴチャゴチャし
た雑踏が現れた。大きなマルシェはないが、通り沿いに露店が並んでいた。しかし、どこもみず
みずしい果肉を置く店はない。何日も前の干からびたオレンジや、乾物ばかりである・・・・
まあ、こんなところで‘マンゴ’‘マンゴ’と物色している怪しいアジア人に、周りの視線は痛いのでは
あるが・・・そんなことは気にせず前進していくと、きゃしゃな、しかし眼光の鋭いママと目が合って
しまう。彼女も買い物の途中のようだ。私は瞬間に「マンゴは?」と言ってしまった。彼女は、ムッ、
として眉間にしわを寄せながらも、私についておいでのアクションをする。
不思議なことであるが、アフリカのママたちの鈍く、鋭い目が好きだった。無邪気な子供たちの笑
顔、日陰でだらりとお茶する男たちに比べて、生活をしょって立つママたちの自信に満ちた目が、
いつのまにか私を魅了していたのである。頼りになる気がした!
彼女についてさらに行くと、私が通りすぎた店でマンゴに出会えたのであった。しかし、高い!で
ももうこの先、こんな果肉にありつけないか、と思うと惜しくはない。彼女は相変わらず、ニコリと
もしなかった。 路上に駐車したバイクからかなり離れてしまったので、様子が気になる。もう戻ら
なくてはならない。彼女は私の「メルシーボクー」の途中で、すっと手のひらを前に出す・・・・私は
ためらいなくCAF硬貨を手渡した。彼女の口元に始めて薄い笑みがこぼれる。
それで良かったのだ!自分の中に変化が生まれたことに気がつく。ほうがいなお金を要求される
にいたらなければ、こんな小さなかけ引きも、旅のおまけとして楽しまなくちゃいけない。アフリ
カってところは自然も人も自分の尺度を越えるところがいい。
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幼児の頭程のマンゴを2個入れたペラペラの袋をぶらさげて、再びフェデルブ橋を渡ろうと走り出
したが、ここまできたら砂洲の端までいってみようという気になった。そして漁師の下町の路地に
踏み入れた途端、失敗に気づく。
アスファルトが切れ、フカフカの砂地に変わったのである。「しまった!」一軒の小さな家に20人
以上は住んでいるスラムの路地では、子供たちが裸足でボールを蹴り、ロバがコトコトと荷を運
ぶ。しかし、減速するわけにはいかないのだ。減速するとたちまちフカフカの砂につかまって転倒
してしまう。
こんなところでマンゴの重みに振られながら、ゴム草履での転倒はつらい。
そこどけ!そこどけ!とクラクションを鳴らし続けて爆走すると、見たこともない女性のスタンディ
ング爆走に何故か、歓喜をともなう拍手を浴びてしまった・・・・・パリダカと勘違いしているのか?
この騒ぎにそこらじゅうから子供たちが走り出てくる。またしても黄色い歓声が上がる。砂州の行
き止まり、 漁港のロータリーでやっと少ないアスファルトにたどりつく。
「転倒しなくてよかった。めったなところに入ってくるものではないなあ・・・・」
と思いつつも、ともすれば、日本では人の迷惑になるパフォーマンスも大いに楽しんでくれたアフ
リカ人の気質に完敗した気分だった。しかしこんな大陸の先端にも人の暮らしがあるのだなと感
心するのだった。
宿に帰るためには、アクセル全開で、元来たスラムを引き返す砂の路地しかなく、再び子供たち
の歓声を浴びたことは言うまでもない。
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