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国語総合
第 49 〜 50 回 現代文 随想2 石の声が聞こえる 〈全二回〉 石彫家浅賀さんの話から ■第一回 学習のポイント の ポイント 学習 講師 渡 部 真 一 筆者が感じたことを読み取る の 随想を読み、さまざまな生き方や考え方に触れて、社会 や文化、人生について考えます。また、説明や描写を通し 浅賀さんと石との対話について理解する て、個性的なものの見方や感じ方を読み取ります。 ポイント 学習 「石と対話する」とは、どういうことでしょうか。 石 の 方 か ら、 「そこは、ほら違うだろう。それでは駄目だろう。 息を合わせてごらん。疲れたろう、もう休んだらどうだ。 」など ほら、それならうまくいくだろう。力を入れなさい。抜きなさい。 た場所での、ある人たちとの出会いについて書いたものです。そ と話しかけてくれる、というのですが、それは、 「石の上に乗り、 あさ が まさ じ の一人目が、石彫家の浅賀正治さんです。浅賀さんにかかわる部 身を任せ、声をかけてみると」また、 「無理に取りかかるのでは 七千五百万年前の石でも、石としては「若い」ものだ、とい うこと。 日本人とヨーロッパ人では、石の彫り方・石に向かう姿勢に 違いがあるということ。 石を扱う道具は昔も今もとてもシンプルなものであること。 そのことから、石の心が見えるような気がすること。 石と対話をするように刻んでゆくことが大事であること。 の ポイント 学習 印象的な表現に注目する かってくる、ということでしょう。 をすると、石の本当の姿が見えて、石への対応のしかたもよくわ の様子を細かく観察して、注意深くその反応を確かめながら作業 きるというのです。つまり、人間がじっくりと石と向き合い、石 がら鑿をふり下ろしてみると」ということから、石との対話がで のみ なく、自分勝手に彫り進むのではなく、そっと石の具合を聞きな 分の、前半の内容を整理してみましょう。 この文章は、テレビのアナウンサーである筆者が、番組で訪れ 学習のねらい 浅賀さんの話題の後半部分の、印象的な表現に注目しましょう。 − 104 − 高校講座・学習メモ ラジオ 学習メモ [現代文] 随想 2 国語総合 第 49 〜 50 回 (石は)「永遠の象徴でもある。」 「石の優しさと温かさ」 4 4 4 4 4 4 4 石は「永遠の象徴」である、とは? ■第二回 学習のポイント の ポイント 学習 4 4 4 4 4 「 象 徴 」 と は、 抽 象 的 な も の を 表 す の に 役 立 つ 具 体 的 な も の 、 のことです。 例を挙げてみましょう。 「カエルもナマズも子どもも、具象も抽象も数多くあるが、と 4 4 4 4 4 にかく丸く温かい。 」 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 「丸く、ほっこりした形が手のひらに…そして、何という不思 4 議な温かさ」 「…石の優しさと温かさを引き出したい。人々に触ってもらい たい。何千年も生き続ける石のメッセージをくんでほしい…」 4 一見、硬く冷たいと見える石の本当の姿(=丸く温かく優しい 光栄さんと石とのかかわりや、 姿) を伝えたいという、浅賀さんの思いを筆者は感じ取ったのです。 の ポイント 学習 みつはなじゅんしゅう 人間観について理解する この文章の、もう一つの話題が、光栄 純 秀 さんとの出会いで 事に育て上げた」というところも興味深いですが、最後の部分の 石 は、 頑 丈 で ち ょ っ と や そ っ と で は 壊 れ な い も の、 ず っ と 昔 る。 」 という部分です。 「まして~をや」= 「~は言うまでもない。」 「 『まして人間をや…。』というメッセージが優しく伝わってく す。この話題の前半の、「捨てられた大きな石」を庭石として「大 「命のはかなさ」 「蛍」 の象徴としての などです。抽象的なものを表そうとするとき、それと関連の深い 「メッセージ」も、しっかり読み取りましょう。 (具体的なもの) (抽象的なもの) 「平和」 「鳩」 の象徴としての ものや、それを連想させるものなどを用いるわけです。 か ら あ り、 こ れ か ら も そ の ま ま あ り 続 け る だ ろ う と い う も の で 浅賀さんの石とのかかわりについて 捨てられていた石でさえ、庭石として大切に扱ってやれば、だ んだんと周囲になじんで、その良さを表してくる。石でさえ、そ うなのだから、人間ならもちろん、次第に成長して自分の良さを 出すことができるはずだ、という意味です。石も人間も、おろそ い。 」ということです。 す。そういう、「永遠」ということを人々に連想させるものとして、 ということ。 「石でさえそうなのだから、人間は、言うまでもな の 「石」が「永遠の象徴」として用いられているのです。 学習 くわしく読み取る かに扱わず、大切に育てることが大事だ、ということでしょうか。 ポイント 次の個所に注目すると、浅賀さんと石とのかかわりの中で、筆 者が特にどんなことを感じたのかがわかります。 − 105 − 高校講座・学習メモ ラジオ 学習メモ [現代文] 随想 2 国語総合 第 49 〜 50 回 石の声が聞こ え る あさ が まさ じ か が み さち 賀美幸子 加 こ のみ 人の倍もある高さの石の上で、立ったりかがんだり、座ったりまたがったりして、鑿を 自在にふるっているのは浅賀正治さん。四十歳を過ぎたばかりの石の彫刻家である。 「この石は?」と聞いてみたら、七千五百万年前、恐竜時代の石だと言う。石としては、 まだ若いものだそうだ。そういえば、触ってみたら本当にまだ初々しい感触が手に伝わっ てくるような気がして不思議だった。 せきちょう つちうら 長い間静かに眠っていた石は、浅賀さんによって、ようやく目覚め、人々の中に生きる ことになるのだ。石 彫 の行き先は、土浦市の公園だと言う。 立って、石に向かうのではなく、石の上に乗って作業することについても聞いてみた。 「ヨーロッパ人はなぜか、ほとんどが地面に足をつけて、大きな石に向かって鑿をふるい、 日本人はなぜか、 昔から石の上から鑿をふるう。」と浅賀さんは、その師から伝え聞いている。 頑強な石に平行に身を置き、立ち向かうヨーロッパ人の姿勢と、石に身をすべて預け、 石といっしょになりながら、問いかけながら、石を動かしていく日本人のあり方が見えて くるようで、おもしろい話だった。 くさび しかし、石を割り、刻む道具は、日本もヨーロッパも少々形が違うだけで、今も昔も原 始時代も全く同じだと言う。古今東西「鑿と槌と 楔 」、形も大きさもまことにシンプルな 道具だけで、人々は石を刻み続けてきたのだ。大きな硬い石なのに、そんな少しの小さな 道具だけで扱えるというのも、何だか石の心が見えるような気がして私はひかれた。 石は見事に強いのに、 「石の目」を見つけ、そっと楔を入れると、いとも簡単に身を割っ てみせてくれると言う。石の上に乗り、身を任せ、声をかけてみると、石の刻み方も石の 方から教えてくれる。 − 106 − 高校講座・学習メモ ラジオ 学習メモ [現代文] 随想 2 国語総合 第 49 〜 50 回 無理に取りかかるのではなく、自分勝手に彫り進むのではなく、そっと石の具合を聞き ながら鑿をふり下ろしてみると、「そこは、ほら違うだろう。それでは駄目だろう。ほら、 それならうまくいくだろう。力を入れなさい。抜きなさい。息を合わせてごらん。疲れた ろう、もう休んだらどうだ。」と話しかけてくれるそうだ。石の上に座って、石と対話で きていれば、だんだん、石の刻み方がうまくなる。 「長い時間かけて、石がすべて教えてくれる。」と浅賀さんは言う。そのメッセージが聞 けるかどうかで、技や心が決まってくるのであろう。 石のように冷たく、石のようにびくともしない、という表現が使われるように、石との 一体感はどうも持ちにくい。 でも石は、もろいところもあり、優しく深く、更に言わずもがな、永遠の象徴でもある。 その石に一生を託し、浅賀さんは石の上に座り続けてきた。そして生み出したその作品は カエルもナマズも子どもも、具象も抽象も数多くあるが、とにかく丸く温かい。そばに行 くと、ほら触ってごらんと石の方から近寄ってくる。 思わず手を出し、寄りかかり、腰かけたくなる。丸く、ほっこりした形が手のひらに吸 いついてくる。何と近しげに! そして、何という不思議な温かさ。 ……石の優しさと温かさを引き出したい。人々に触ってもらいたい。何千年も生き続け る石のメッセージをくんでほしい……と生みの親浅賀さんは言う。時代を超えて生きる石 への賛美が浅賀さんの笑顔を丸くする。優しく大きな仕事だ。 浅賀さんが生き、石が生きている。石の彫刻はリズムとタイミングだそうだ。そして相 手に合わせ、妥協していくのだと言う。妥協はよほど力がないとできないこと。石から教 いわ せ わった自信のほどがうかがえて、うれしいメッセージであった。 あるテレビ番組で訪ねた茨城県岩瀬町での出会いであった。 岩瀬は昔から石の町として知られている。多くの石が切り出され、建材として各地で役 目を果たしている。岩瀬の人々の暮らしを支えてきた岩瀬の石。 − 107 − 高校講座・学習メモ ラジオ 学習メモ [現代文] 随想 2 国語総合 第 49 〜 50 回 でも一方で、 「石のように捨てられる」という言葉もある。建材になりきれない多くの めい さつ 石たちは、ここでも捨て置かれ、運び捨てられもしてきた。捨てられた大きな石が気にな がっさん みつはなじゅんしゅう り、いとおしく、たくさん持ち帰って庭石にして大事に育て上げたのは、岩瀬にある名刹 み かげ 天台宗月山寺のご住職光栄 純 秀 さんである。 地元の御影石は、白すぎ て庭石には向かない。 でも、持ち帰って庭 石として据えたら、 どの石も、石の方から変わってきたと言う。捨て石でなく、大事な石として扱われている うちに、自分は庭石だという風格を出し始め、寺の雰囲気に自らを合わせ、そのうち周り の木々も、石に合わせて、春夏秋冬の営みを添え、自然に見事な庭を造ってくれ、訪れる 人々を喜ばせているのである。 石は本当に生きている、とご住職は語る。二十代で捨て石を庭石にしようと試み、その 後二十数年。初めはおどおどしていた石が、みるみる生き返り、庭石として扱われている うちに、自然に自ら見事な存在に変わってきた様子に、ご住職は目を細められる。 − 108 − 高校講座・学習メモ 「まして人間をや……。 」というメッセージが、優しく伝わってくる、石の町の冬の午後 の庭であった。 加賀美幸子(かがみ・さちこ) 1940年〜。東京都生まれ。 アナウンサー。主な著書に、『ことばの心に耳を澄ませば』『読 の対話』などがある。本文 は『こころを動かす言葉』(2000年刊)による。 み聞かせる戦争』『ことばを磨く 18 ラジオ 学習メモ [現代文] 随想 2 国語総合