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今、興味あること
巻頭言 今、興味あること ふるかわ ひろなり 古川 弘成 一般社団法人日本貿易会 常任理事 阪和興業株式会社 代表取締役社長 図らずも人生の大半を商社業界で働くことになりました。子供の時から生物関係に興味を強 く持ち、脳裏を巡らせばさまざまな記憶がよみがえります。坂道にあるご神木風情の老木で偶 そうぜん 然採取した玉虫の黄金色の鮮やかさに感動したこと。古色蒼然とした古池を回遊するオニヤン マに息を潜めて投網をかざし捕まえたこと。里山の神社の大木を足で強く蹴り、木から落ちて くるカブトムシなど昆虫採集し、時には飛び出した蛇に驚いたこと。夜、竹ぼうきを持って川 へ行き、はかなく点滅する蛍を捕まえたこと。ガラス瓶の中のアリと土をのぞき込んでじっと 見つめる自分の姿。近所に住むお兄さんが飼っている伝書バトが巣に戻る一瞬。川の堤防沿い で捕まえたキリギリスと餌のキュウリ。カエルの解剖等々。子供の時の一瞬の感動が今でも脳 裏に焼き付いています。今流に言えば記憶とは人間の脳にあるデジタルカメラの IC チップで はないでしょうか。今の子供たちは電子技術の進歩の恩恵を受けていますが、かつて経験した 感動がなくなってきているのは残念です。 小学、中学校時代 オオカミに心を奪われ『シートン動物記』を読みました。『ファーブル 昆虫記』もかすかな記憶の中でよみがえってきます。ダーウィンの『種の起源』に強く引か れ地球の歴史に興味を持ちました。恐竜は絶滅しましたが、一方では鳥に進化しました。常 になぜだろうという思いがありました。学校での色神検査で緑赤が判別できず、それが理由 で理工系への進学を断念しました。当時の大学進学での志望は貿易と技術に立脚する日本に 貢献することでしたが、高校の成績上位者がおしなべて理工系に進学するのを見て悔しい思 いをしました。本来は違う業界で働いていたかもしれません。強いて長瀬産業さんとか稲畑 産業さんが一番興味のある商社と言えば、人生の大半をお世話になった当社に失礼になるで しょう。 今、興味あることは幼時体験の延長にあるような現象です。京都大学の山中伸弥教授はヒト iPS 細胞の開発によりノーベル賞を受賞されました。このことで京都大学が注目を浴びていま 4 日本貿易会 月報 巻頭言 けんでん すが、わが母校 大阪市立大学にも 10 余年在籍されたことを喧伝したいと思います。日本の産 業が全般的に閉塞感を抱える中で、山中教授のノーベル賞受賞は先端産業であるだけに大いに 誇りに思うとともに国、産業界を挙げて支援すべきと痛感しています。 日中間での尖閣諸島や南シナ海での中国の覇権問題がここに来て顕在化していますが、理由 は海洋資源によるものといわれています。これに関連して夢の技術と期待される人工光合成研 究があり、将来 CO2 が削減されるとともにエネルギーが創造される見込みです。この技術は超 先端産業になると確信しています。藻類の細胞で合成アンテナも人工光合成に貢献しています。 ある種の藻では油分が 60%あり、バイオディーゼルの燃料として開発されています。母校の大阪 市立大学では人工光合成を研究する複合先端研究機構がありますが、財政難の中、橋下徹大阪 市長の支援を受け予算を認めていただいたとのことです。 バイオミミクリーという言葉をご存知でしょうか。生物模倣とでも訳すのでしょうか。ジョロ ウグモの糸は一重量単位で鉄鋼の 5 倍の強度があり、防弾チョッキや外科手術の糸への用途が 検討されています。アワビの真珠層はハイテクセラミックスの硬度の 2 倍。ムール貝の接着剤は 水中でも機能が低下せずプライマーなしで、何にでも接着することが可能。サイの角は生きた 細胞がないのですが自己修復できます。自然界の生物を模倣できれば、人類に大きく貢献する ことができます。トンボの空中静止からヘリコプター、コウノトリの飛ぶ姿からグライダーが生 まれ、ハスの葉からワックス、塗料、タイルが生まれました。蜂の巣のハニカムから段ボール、 飛行機の軽量化が可能となりました。他にも例を挙げれば、蚊の針から痛みのない注射針、 ヤモリの足裏からグライダーテープの接着剤。カジキマグロの肌から競泳用水着。カワセミの くちばしから新幹線、アホウドリの羽形状からエアコン室外機ファン。イルカの尾ひれから洗濯 機の水流。ガの複眼から新幹線無反射コーティング。ドンボの羽から小型風力発電のプロペラ。 玉虫の羽から高感度センサー。 幼年期の生物への憧れは尽きません。 JF TC 2012年11月号 No.708 5