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NRI中期経済予測2001-2005 -たゆまぬ経済再構築が開く新高齢社会
ECONOMIC OUTLOOK NRI 中期経済予測 2001−2005 たゆまぬ経済再構築が開く新高齢社会 経済研究部 C O N T E N T S Ⅰ 中期ビジョン── 競争社会への転換 要約 1 日本はすでに、経済システムを抜本的に転換する過 程に、緩慢ではあるが着実に入っている。生産性の 1 4つの中長期的変化 向上には市場競争を通じた効率性と競争力の改善が 2 市場競争社会への転換 最も有効であり、そのために「官主導民間協調」型 Ⅱ 2005 年までの 中期シミュレーション の仕組みを「民主導市場重視」型に転換するような 1 潜在成長率の推定 2 3つのシナリオ Ⅲ 経済構造改革の展開 1 中期成長のカギを握る構造改革 構造改革が必要との合意が形成されつつある。その ためには、包括的で迅速な改革プログラムを実行す る必要がある。 2 日本経済の中長期マクロモデル(JMAP)を用いて、 3 つのシナリオ前提に基づく中期予測シミュレーシ ョンを行った。現行制度を維持する場合、2001 年 2 構造改革の具体的内容 から 5 年間の GDP 成長率は年平均 0.5 %にとどま 3 規制改革は緩慢かつ不十分 り、仮に公的支出を増やしても 1.1 %にすぎない。 4 規制改革の効果 しかし、構造改革の進むケースでは、GDP 成長率 5 産業・就業構造への影響 は 1.7 %程度まで上昇するという結果が得られた。 Ⅳ 人口高齢化と構造改革 3 より長期的には、人口の少子高齢化と減少がマクロ 1 高齢化の見通しとその影響 2 公的年金改革のシミュレーション 3 国民医療費と医療制度改革 経済に及ぼす影響が懸念される。とりわけ、年金、 医療、介護など社会保障制度の維持可能性を高める ような抜本的改革が必要である。 4 年金積立金の運用利回りの改善は、財政制度の安定 性に寄与することがわかる。また、年金資金はベン チャーファンドの重要な資金供給源となる可能性が ある。サービス経済化のなかでは中小企業の役割が 高まると見られることから、年金資金の活用は企業 と経済の活力のカギとなる可能性がある。 12 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 表 1 4 つの経済環境変化とその影響 環境変化 ①グローバル化 ②情報化 ③環境制約の高まり 考えられる影響 社会的影響 マクロ経済的影響 ミクロ経済的影響 文明の融合と衝突 国際競争の高まり 経営技術の収斂 国家像の衰退 経済効率化 経営資源の流動化 社会的一体感の損失 政府の支配力低下 人材の流動化 社会的価値の収斂 税収確保の困難化 市場の寡占化 市場監視の困難化 「資本の論理」 距離の消滅 資源配分の効率化 ワークスタイルの分散化 情報支配力の低下 技術進歩の加速 スピードの経済 個人の情報発信 技術の属人化 ニーズの多様化 価値観の多様化 技術の一元化 市場予測の困難化 成長志向への批判 経済成長の低下 商品サイクルの長期化 経済原理への批判 貿易の不安定要因 省資源的技術の進歩 安定志向 経済成長の低下 生産性の低下 既得権の増大 医療・年金負担の増加 新規ビジネスの登場 ライフスタイルの変化 ④少子高齢化 Ⅰ 中期ビジョン── 競争社会への転換 市場が共通のルールに基づいて機能するよ うになった。途上国の成長と冷戦の終結に より、グローバル市場の規模は急速に広が 1 4つの中長期的変化 市場経済は、今や共通の基盤として世界 中の人々の経済活動を支えている。高度な った。そして、情報技術の革新と通信コス トの低減は、情報量の飛躍的増大をもたら している。 情報化とグローバル化の波動はその勢いを また、金融技術の急速な進歩と英語の国 増し、経済活動はグローバルなネットワー 際共通語化は、多国籍企業の国境を超えた クに大きく依存している。高度に発達した 活動を支え、雇用の創出と消費者の便益を 金融資本市場、情報通信網、運輸交通網は もたらしている。その結果、国民国家の役 人々の活動の自由度を高めると同時に、そ 割と支配力は相対的に後退を余儀なくさ れが経済厚生の妨げとなるリスクも生じて れ、企業や経営者、そして労働者も国を選 いる。 別する時代が出現した。 日本の経済環境においては、①グローバ ル化、②情報化、③環境制約の高まり、 ④少子高齢化──という4つの大きな変化 (2)情報化 付加価値の源泉は、情報と知識の量と内 が進行している。そして、それぞれが社会、 容、およびその処理技術にシフトしている。 マクロ経済、ミクロ経済に複雑な影響を及 そして情報技術は、1980 年代には発展の方 ぼしている(表1)。 向を小型化、高速化に加えてネットワーク 化へと転換した。1990年代に入ってからは、 (1)グローバル化 貿易と資本移動の自由化により、多くの インターネットの急速な普及がネットワー ク化を急速に進め、情報面から全世界を1 NRI 中期経済予測 2001−2005 13 つに統合する「グローバル情報経済社会 うした成熟化と固定化に加え、少子化の影 (Global Information Society: GIS)」が現 響により経済の活力が衰えることが懸念さ 実のものとなっている。 れる。 グローバル化と情報化は、かつては生産 者から消費者へとほとんど一方向であった 2 市場競争社会への転換 市場における「情報の流れ」を、双方向へ 日本が1980年代後半のバブル経済と90年 と根本的に転換することにより、市場メカ 代の経済低迷を経験した背景には、国際市 ニズムの主導権を供給側から需要側に移し 場のグローバル化、情報化に構造を適合さ 替えた。 せることに失敗し、投資機会を失った資金 が投機に向かい、結局、金融仲介機能が不 (3)環境制約の高まり 全に陥ったことがある。 環境問題と資源・エネルギー問題も、経 これからは、グローバル化と情報化に経 済活動に対する一層の制約要因となってい 済構造を適合させる改革を続ける必要があ る。地球温暖化の防止に向けて、国際的に る。それはいわゆる「戦後日本型経済シス 合意された目標を達成することも、日本に テム」から「市場経済型競争社会システム」 とって重要な責務である。これまでの大量 への転換を意味する。 生産・大量消費・大量廃棄型システムで 日本では、労働力人口の停滞と需要の成 は、社会の持続的発展を維持していくこと 熟化により、労働、資本という要素が経済 は困難な状況となっている。 成長率を引き上げる度合いは限られてゆく ため、今後の成長は全要素生産性(Total (4)少子高齢化 14 Factor Productivity:TFP)に依存する度 日本の人口は、次の 10 年間の半ばには減 合いを高めるだろう。全要素生産性は生産 少に転じると見られる。高齢化が新規の需 物と制度の革新性に関係している。すなわ 要を創出すると見られる一方で、少子化は ち、日本経済の成長にとって最も重要にな 既存の産業の供給超過をもたらす。また、 るのは全要素生産性であり、そのカギは創 人口増加のもとで機能してきた雇用システ 造力、発想力である。 ム、社会保障制度、都市・国土などの基盤 したがって、経済的な規則や制度は自由 整備政策を現行のまま維持することはむず な活動を促すインフラとして位置づけ、経 かしくなっている。 済活動は「原則自由」へと発想を転換し、 そして、労働力人口の減少は、潜在的な 創造力を発現させる必要がある。ここで重 経済成長率を引き下げる要因となる。この 要なのは、自由と規則は本質的に対立する ことは、成長の要素として生産性の上昇が ものではないということである。本来、規 ますます重要性を増してくることを意味す 則は「秩序としての自由」を守るためにあ る。高齢化は、既存の需要の飽和現象を通 る。個々人が規則を等しく順守することに じて、経済全体の「成熟化」現象を招くと よって個々人が安心して自由に活動できる 見られる。また、地域間移動も少なくなり のであり、規則によって自由という秩序が 社会の「固定化」を招くかもしれない。こ 守られている。そのためにも、市場のルー 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 ルは「透明、公正、実効的」なものでなく 図1 実質GDPの長期的推移 てはならない。 8 「経済的自由と市場メカニズムの徹底」は、 6 原始資本主義に回帰することではない。 「政府の失敗」と同様、「市場の失敗」も不 可避である。人類はいろいろな知恵を出し 合ってその市場経済を改良し進化させてき 前 年 度 比 伸 び 率 ︵ % ︶ 4 官公需 0 民間最終消費支出 -2 減と、企業情報と市場ルールの透明化を急 -4 がすでに経験してきたことであり、OECD 実質GDP 2 たが、今後も情報コスト、取引コストの低 がねばならない。この過程は、改革先進国 民間投資支出 外需 1980 82 84 86 88 90 92 94 96 注1)民間投資支出は民間設備投資、民間在庫投資、民間住宅投資の合計 2)官公需は政府最終消費支出、公的固定資本形成、公的在庫投資の合計 98 年度 (経済協力開発機構)の 1997 年の報告にあ るように「海図なき航海ではない」 注 1 。ま 年代に年率 3.8 %と安定的に推移したが、 た、それは日本だけに問題が課せられてい 90 年代に入り 1.2 %となった。特に 1997 年 る「孤立した航海」でもない。 4月の消費税率の引き上げを契機に、97、 本誌 1999 年6月号「NRI 中期経済予測」 では、マクロ経済の中期シナリオを3つ提 示し、それに基づく中期マクロモデルのシ 98 年度にそれぞれ− 0.4 %、− 1.9 %と2年 連続のマイナス成長を記録した(図1)。 その一方、供給側から経済の成長力を見 ミュレーションの結果を紹介した。今回は、 ると、1990 年代に入り、潜在成長率も中期 そのマクロモデルを大幅に改良した中長期 的に低下傾向にあると見られる。 マクロモデル(JMAP 注2 )を用い、おおむ 潜在成長率とは、労働、資本、土地、天 ね前回のシナリオ前提に基づいて、シミュ 然資源といったすべての生産要素を最も有 レーションの改定作業を行った。 効に利用した場合に実現される GDP(潜在 以下では、第Ⅱ章でその新シミュレーシ GDP)の成長率のことを示す。土地・天然 ョンを詳しく紹介する。第Ⅲ章では、構造 資源を一定とすれば、これは潜在労働投入 改革による自由市場型システムへの転換の 量、潜在資本投入量、全要素生産性という 方策を議論する。これは第Ⅱ章における 3つの要素に分けることができる。 「シナリオC」への道筋でもある。さらに第 次ページの図2はコブ・ダグラス型生産 Ⅳ章では、より長期的な課題である高齢化 関数により推計した潜在 GDP の推移であ と社会保障改革の問題を扱う。 る。推計結果によれば、1980 年代には、年 率 3.8 %の実質経済成長率に対して、潜在 Ⅱ 2005 年までの 中期シミュレーション 成長率は同 3.7 %と、ほぼバランスを維持 してきた。1990 年代に入ると、潜在成長率 が 2.6 %まで低下したにもかかわらず、実 1 潜在成長率の推定 (1)低下した経済成長率 実質 GDP(国内総生産)成長率は、1980 質 GDP 成長率は 1.2 %にとどまり、潜在成 長率と 1.4 %乖離した結果、大きな需給ギ ャップが生じている。 NRI 中期経済予測 2001−2005 15 性別・年齢別の労働力率には、次のよう 図2 実質GDPと潜在GDPの推移 な特徴が見られる。 600 兆 円 第1に、15∼59歳の男子労働力率は、つ 500 ねに高水準で安定している。 400 第2に、男性高齢労働者の動向は、退職 年齢、退職金・公的年金制度に大きく影響 300 200 実質GDP される。年金支給開始年齢や退職年齢の引 潜在GDP き上げを背景に、60 ∼ 64 歳の労働力率は 100 1988 年の 71.1 %から 93 年の 75.6 %まで上昇 0 1980 し、その後、ほぼ横ばいで推移している。 82 84 86 88 90 92 94 96 98 年度 注 1)計算は以下のコブ・ダグラス型生産関数に基づく log(実質GDP)=定数項+a×log(実質社会資本ストック+実質民間資本ストッ ク×鉱工業稼働率)+(1−a)×log(就業者数×労働時間)+b×log(技術進歩) 2)上記の生産関数は以下の推計式に基づく log(労働生産性)=定数項+a×log(資本装備率)+b×log(技術進歩) 推計結果は以下のとおり 労働生産性 定数項 資本装備率 技術進歩 R2 D.W.値 係数 t値 -3.630 (-7.242) 0.362 (8.298) 0.123 (2.926) 0.997 1.443 3)需給ギャップ=実質GDP−潜在GDP 4)労働生産性=実質GDP÷(就業者数×労働時間) 5)資本装備率=(実質社会資本ストック+実質民間資本ストック×鉱工業稼働率) ÷(就業者数×労働時間) 6)技術進歩=実質研究開発費(自然科学部分のみ)÷就業者数 7)社会資本ストック、民間資本ストック、稼働率、実質研究開発費の最大投入可能 量を代入して推定 資料)経済企画庁、労働省、総務庁、科学技術庁の資料より作成 第3に、女性の労働力率は、景気循環の みならず、大学進学率、育児環境、就労形 態、産業構造の変化など制度要因に依存す る傾向が強い。また、近年、構造的に上昇 する中高年男性の失業率は、中高年女性の 労働力率を押し上げていると見られる。 以下では、性別・年齢別の労働力関数を 用い、将来の労働力供給を推計する。 まず、短時間(週 35 時間未満)就業者数 の割合、サービス業の就業者数の割合、お よび 15 歳未満児 10 万人当たり保育所数を、 それぞれ就労形態、就業構造、育児環境の 以下では、潜在成長率の決定要因のうち、 労働供給と全要素生産性について分析す 代理変数とすると、女性労働力関数は次の ような結果が得られた。 たとえば、15歳未満児10万人当たり保育 る。 所数が1%上昇すれば、育児期間と思われ (2)労働供給の推定 る 30 ∼ 34 歳、35 ∼ 39 歳、40 ∼ 44 歳の女性 労働投入量は、労働力人口と労働時間に よって決められる。そのうち、労働時間は 0.6 %上昇するという結果が得られた。ま 「時短」などの政策誘導もあり、1998 年度 た、サービス業の就業者数の割合が1%上 に1870時間と、すでに年間1900時間を下回 昇すれば、40∼44歳、45∼49歳の雇用労働 った。 力率がそれぞれ 1.3、1.2 %増加すると試算 労働時間の大幅な延長が見込まれないこ される。 とに加え、少子高齢化を背景に生産年齢人 さらに、男性失業率に対しても、有意な 口(15∼64歳)が今後減少に転じることか 結果が検出された。55 ∼ 59 歳、60 ∼ 64 歳、 ら、労働投入量の拡大は、労働力率 昇に求めざるをえないだろう。 16 の雇用労働力率 注 4 は、それぞれ 0.6、1.2、 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 注3 の上 65 歳以上の女性雇用労働力率の対男性失業 率の弾性値は、それぞれ 0.04、0.07、0.05 であった。これは、中高年男性の完全失業 上である。技術革新が資本投入量と同時に 率が急激に上昇した結果、生計を維持する 高度成長を支えてきたことは、周知の事実 ために、女性の労働市場への参加が増加し であろう。 たためと見られる。 第2に、教育投資による人的資本の質の 一方、中高年男性の雇用労働力率の推計 向上である。進学率の上昇は労働力率を低 では、年金給付額が中高年男性の就労意欲 下させ、潜在成長率を押し下げると考えら に与える影響が検出された。平均老齢年金 れる。しかし、教育水準の上昇は労働者の 対1人当たり可処分所得の比率が1%上昇 質の向上をもたらし、生産性の向上にもつ すれば、60 ∼ 64 歳の雇用労働力率が0.28% ながることとなろう。 低下する。また、同年齢階層の対短時間労 働者比率の弾性値は、0.22と測定される。 第3は、社会資本ストックの充実による 生産性の上昇である。 老齢年金の受給開始年齢が現行の60 歳か そこで、実質科学技術ストック、大学進 ら 65 歳へ引き上げられる年金改革案が国会 学率、実質社会ストックをそれぞれ上記3 で審議されており、生計を維持するために つの要素の代理変数として、全要素生産性 60 代前半の男性がより積極的に労働市場に の推定を行った。ここでの実質科学技術ス 参加することが予測される。低成長を続け トックとは、各年度の名目研究開発費を設 るマクロ経済環境のなか、年齢間労働需要 備投資デフレーターで実質化した後、一定 のミスマッチに加え、高まる中高年の労働 の陳腐化率(ここでは 10 %とした)で除却 力率が、潜在成長率にプラスに寄与する反 した後の累積値である。 面、完全失業率を押し上げる可能性も否定 できない。 推定結果は、図3のとおりである。全要 素生産性にいちばん大きく寄与したのは、 したがって、高齢社会の到来に備え、経 済成長を支える労働力を確実に確保するた 図3 全要素生産性(TFP)の推計 めには、定年退職年齢の引き上げ、短時間 9 労働者割合の拡大、労働技能の取得による 8 ミスマッチの解消など、量的にも質的にも バランスのとれた対策が望まれよう。 (3)全要素生産性の推定 全要素生産性(TFP)とは、労働と資本 といった個別の生産要素では説明されない 産出の増加を説明する概念であり、実際の 作業上では、実質経済成長率から資本投入 と労働投入の要因を除いた残差として求め 7 前 年 比 伸 び 率 ︵ % ︶ 6 5 4 3 実績 2 推計 1 0 1974 TFP られる。具体的には、以下の要素が全要素 生産性に影響を与えることが考えられる。 第1は、技術の進歩による資本の質の向 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96年 注)TFPの推計は以下の関数に基づく log(TFP)=定数項+a×log(実質科学技術ストック)+b×log(実質社会資本 ストック)+c×log(大学進学率) 推計結果は以下のとおり 係数 t値 実質科学技 術ストック 実質社会資 本ストック 大学進学率 R2 D.W.値 0.527 4.470 (86.803) (43.117) 0.239 (18.979) 0.098 (5.435) 0.9998 1.632 定数項 資料)経済企画庁、労働省、通産省、文部省などの資料より作成 NRI 中期経済予測 2001−2005 17 実質科学技術ストックである。それが1% 要素生産性が経済成長の1つのキーワード 上昇すれば、全要素生産性が 0.53 %上昇す となろう。 る結果が得られた。1990 年代には、企業収 この節では、労働市場の構造改革や全要 益の落ち込みを背景に、研究開発費の支出 素生産性の変化を織り込む形で、2005 年ま も大きく減少している。しかし、今後競争 での日本経済の中期シナリオを提示する。 にさらされる企業にとって、技術力が依然 として1つのキーワードであり、研究開発 支出、特に情報処理への開発投資が増加す (1)モデル構成とシナリオの前提 労働供給の構造変化の影響を明示的に反 映させるため、前節で述べた性別・年齢別 ると見込まれる。 また、大学進学率が1%上昇すれば、全 の労働力率関数を採用した。労働市場の需 要素生産性は約 0.1 %上昇すると推定され 給関係を示すため、構造要因を取り入れた る。前述したように、教育水準の上昇は、 性別完全失業率関数を推計した。また、経 就業者の質の上昇だけではなく、技術進歩 済成長と国家財政の関係を整合的に整理す や資本の向上にも寄与できよう。 るため、財政統計ベースの中央政府一般会 社会資本に関しては、1990 年代の度重な 計と国民経済計算ベースの一般政府貯蓄投 る経済対策の結果、全要素生産性の向上に 資バランスとの統合作業も行った。さらに、 幾分寄与したと見られる。しかし、国家財 社会保障改革とマクロ経済成長の関係を整 政の悪化から、今後は大きな公共投資が継 合的に把握するため、モデル上で家計の可 続的に増加するとは考えにくい。 処分所得が算出できるように設計した。 3つのシナリオの前提条件は表2のとお 2 3つのシナリオ りである。 このように、少子高齢化を背景に潜在労 シナリオ A と B は現状とほぼ同じ経済構 働投入が一段と低下すると見込まれるなか 造を前提としている。具体的には、就労形 で、労働力減少に歯止めをかけるには、構 態(短時間労働者の割合)や産業構造(サ 造面での改革を視野に入れた抜本的な労働 ービス業の就業者数の割合)、保育所数を 政策が望まれる。また、労働、資本の要素 今までのトレンドの延長と仮定した。シナ から見て、経済成長率は中長期的に低下が リオ A と B の違いは政府支出である。シナ 余儀なくされている。このため、今後、全 リオ A では、政府支出が拡大せず、公的固 定資本形成は実質横ばい、実質政府消費は 年率1%減と仮定した。シナリオ B では、 表 2 3 つのシナリオの前提と要約(2001 ∼ 2005 年) シナリオ A シナリオ B 実質経済成長率 0.5 % 1.1 % 1.7 % 実質公共投資伸び率 0.0 % 2.0 % 2.0 % 民間資本ストック除却率 4.5 % 4.5 % 6.5 % 実質個人消費伸び率 0.5 % 1.0 % 1.8 % 財政収支(赤字) 拡大 拡大 縮小 経済構造 現状 現状 転換 注)経済構造の転換とは、労働力率の上昇と全要素生産性の回復を想定 18 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 シナリオ C 公的固定資本形成を年率 2.0 %増と仮定し、 実質政府消費は横ばいとした。 それに対して、シナリオ C は構造転換シ ナリオである。構造改革により、労働力人 口の減少に歯止めがかかり、民間資本スト ックの除却と新規設備投資、研究開発投資 の増加により全要素生産性が高まるケース である。 図4 実質GDP成長率の見通し 6 具体的には、全就業者数に占めるサービ 5 ス業就業者数の割合が30 %まで拡大し、女 性の短時間労働者が非農林業就業者数に占 める比率も 40 %まで高まると仮定した。ま た、保育所数の増加など女性の育児環境の 充実によって、女性の労働力率が改善する 前 年 比 伸 び 率 ︵ % ︶ 3 2 1 0 -1 シナリオA -2 シナリオB -3 と想定した。また、シナリオ C では、民間 -4 の研究開発投資の伸びを年率4%と高めに 置いた以外に、民間資本ストックの除却率 推定および予測 4 シナリオC 1991 93 95 97 99 2001 4.5 から6.5%まで引き上げた。 4.0 全要素生産性 労働 資本 潜在成長率 3.5 のシナリオでも、世界貿易数量は、予測期 間に一律年率2%増加すると仮定した。シ ナリオ C では、構造改革の進展により円の 信用力が回復するため、予測期間中に年率 平均0.9%の円高になると想定している。 年 平 均 伸 び 率 ︵ % ︶ 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 (2)シナリオのシミュレーション 05年 図5 潜在成長率の見通し をシナリオAとBの4.5%(過去の平均水準) さらに、シナリオ間で比較するため、ど 03 1971∼ 1981∼ 1986∼ 1991∼ 1996∼ シナリオ シナリオ シナリオ A B C 80年 85年 90年 95年 2000年 2001∼2005年 上記の前提に基づいて、中期マクロモデ ルで日本経済の中期見通しのシミュレーシ 外需に辛うじて支えられ、実質GDPは年率 ョンを行った。 0.5%と小幅な増加が予想される。 シミュレーションの結果は図4、図5と 供給側を見ると、研究開発による全要素 次ページの表3に示すとおりである。図4 生産性の上昇が見られない一方で、雇用の は予測期間(2001∼2005年)の実質国内総 構造改革の停滞により潜在労働投入量は減 支出(需要側)の見通し、図5は潜在成長 少に転じる。2001∼2005年では、潜在労働 率(供給側)の見通しである。 投入の寄与が− 0.2 %で、潜在成長率は 0.5 まず、シナリオ A は現状維持ケースであ る。研究開発費が低く抑えられる一方、過 %まで低下すると計算される。その結果、 需給ギャップは今の高水準の状態が続く。 剰設備の除却が緩慢なものにとどまってお 労働市場を見ると、完全失業率は構造的 り、その結果、設備投資のストック調整が に上昇の傾向を継続し、予測期間中は平均 さらに長引くと見込まれる。 5.6%と計算される。 2001 ∼ 2005 年を通じて、民間最終消費、 一方、シナリオ B では、実質公的資本形 民間設備投資が共に年率 0.5 %増にとどま 成や世界輸出数量がそれぞれ 2.0 %増加す る一方、民間住宅投資は年率 1.3 %減と見 るため、政府支出や外需に依存する形で 込まれる。国内需要が低迷を続けるものの、 GDP が年率平均 1.1 %増加するというシミ NRI 中期経済予測 2001−2005 19 ュレーション結果が得られた。民間設備投 造改革の進展により、 女性(特に 30 ∼ 45 資は年率 0.5 %増と、拡大のテンポはシナ 歳)の労働力率が高まると予測される。そ リオAと同様に微増に止まった。 の結果、労働力人口の減少に歯止めがかか また、研究開発費を実質GDPと同じテン り、労働投入が潜在成長率に 0.2 %寄与す ポで拡大すると仮定したため、潜在資本投 るという計算結果が得られた。また、除却 入と全要素生産性の寄与により、潜在成長 率を高め、過剰設備を抜本的に廃棄するこ 率は1.0%まで上昇すると見込まれる。 とが潜在成長率を押し下げるものの、研究 しかし、忘れてはならないのは、経済成 開発費の増加などによる全要素生産性の上 長を無理に目指して、過度の公的支出が行 昇から、2001 ∼ 2005 年には潜在成長率が われるため、国家財政がさらに悪化する可 1.7%まで回復すると予測される。 能性である。国債残高の上昇が実質金利の 需要側については、資本ストックの除却 上昇を引き起こし、さらに企業の投資行動 と同時に新規情報化投資の割合が上昇する に負の影響を与えるからである(詳細は次 ことが特徴となる。ある程度のタイムラグ 項に述べる)。 を伴うものの(情報化投資の効果について 一方、シナリオ C は、構造改革が進展す は本誌 1996 年6月号を参照)、情報化投資 るケースである。就労形態の多様化、経済 は企業収益の好転につながり、家計への所 のサービス化、育児環境の改善といった構 得分配の形で、民間最終消費や民間住宅投 資にも押し上げ効果が期待される。また、 労働市場や社会保障制度の改革から、将来 表 3 日本経済の中期シナリオ (単位:%) 1991 ∼ 1995 年 実質国内総支出(GDP) 1996 ∼ 2001 ∼ 2005 年 2000 年 シナリオ A シナリオ B シナリオ C 形で民間最終消費にプラスに寄与する可能 性も考えられる。 1.4 0.8 0.5 1.1 1.7 1.9 0.9 0.5 1.0 1.8 民間住宅投資 -2.3 -3.6 -1.3 -1.0 -1.1 民間企業設備投資 -2.2 -1.3 0.5 0.5 2.0 政府最終消費支出 2.4 0.9 -1.0 0.0 0.0 公的資本形成 7.5 2.1 0.0 2.0 2.0 2.0 %まで回復し、実質 GDP 成長率は 1.7 % 財貨・サービスの輸出 4.3 3.4 3.1 3.0 2.8 財貨・サービスの輸入 3.6 1.7 1.0 1.3 2.0 まで上昇すると予想される。1.7%の潜在成 1.3 0.5 0.2 0.8 1.5 民間内需 0.7 0.3 0.3 0.8 1.6 公的内需 4.7 1.5 -0.5 1.0 1.0 2.4 0.2 1.1 1.9 2.4 GDP デフレーター(90 年= 100) 0.9 -0.4 0.6 0.8 0.7 完全失業率を構造的に押し上げる作用も否 国内卸売物価(95 年= 100) -0.8 定できない。シナリオ C では、労働力率の 民間最終消費支出 国内需要 名目国内総支出(GDP) 予測期間では、民間最終消費、民間設備 投資の拡大テンポがそれぞれ年率 1.8 %、 長率と比較すると、需要と供給のマクロバ ランスはおおむね均衡する。 もちろん、供給側からの労働市場改革は、 -0.9 0.8 0.9 0.9 消費者物価(95 年= 100) 1.4 0.4 1.0 1.1 1.1 完全失業率 2.6 4.2 5.6 5.5 5.7 上昇によって、シナリオAとBに比べれば、 長期金利(10 年国債) 4.6 2.0 2.7 3.0 2.4 労働力人口が 2005 年に約 150 万人増加する -8.3 4.1 0.9 0.9 -0.9 1.8 -0.1 2.0 2.0 2.0 為替レート(円/ドル) 世界輸出数量指数(IMF、 90 年= 100、前年比増減) 注 1)完全失業率と長期金利は期中平均値、それ以外は期中平均年率増減 2)2000 年までは「NRI 短期経済見通し」による 20 への不安が薄らぎ、消費性向の上昇という 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 という計算結果が得られた。それに対して、 上記のメカニズムで、就業者数もほぼ同程 度の増加が見込まれる。労働需要と労働供 給が同時に拡大する結果、シナリオ C でも 完全失業率が年平均 5.7 %と、シナリオ A、 Bとほぼ同水準という試算結果になった。 さらに、家計貯蓄率のシミュレーション 図6 家計貯蓄率の見通し 28 % シナリオB を比較すると、現状維持のシナリオ A と B では、民間最終消費がそれぞれ年率 0.5 % 増、1.0%増にとどまることから、貯蓄率も 推定および予測 シナリオA 24 シナリオC 20 16 約 13 %とほぼ横ばいで推移すると予測され る。一方、シナリオ C では、構造改革を背 景に民間の活力を取り戻し、民間最終消費 が年率 1.8 %増に拡大する。その結果、 2005年には、家計貯蓄率が現在の13%前後 12 8 0 1972 76 80 84 88 92 96 2000 04 08年 から 12 %まで低下し、さらに長期的には、 10 %台を下回るというシミュレーション結 スクプレミアム要素として金利形成にも影 果が得られた(図6)。 響する。また、こういった影響は、実質金 利や所得などの経路を通じてマクロ経済に (3)政府部門の貯蓄投資バランス 1990年代に入り、国内の貯蓄投資差額は、 インパクトを与えよう。このようにマクロ 経済と国家財政の関係がますます緊密とな 93 年の 3.0 %(対名目 GDP 比)をピークに りつつあるなかでは、政府部門の貯蓄投資 3年連続で縮小した。しかし、国内景気の もマクロ経済成長と整合的にとらえる必要 落ち込みと円安による輸出の拡大から、貯 がある。 蓄超過は再び拡大し、1997 年に 2.2 %に達 した。 具体的には、前回の中期見通しで構築し た財政統計ベースの財政モデルを、金利形 その一方、1990 年代に入り、政府部門の 成の経路で国民経済計算ベースのマクロモ 投資超過が急激に進んでいる。一般政府 デルへと統合したうえで、政府部門貯蓄投 (中央政府+地方政府+社会保障基金)は 資バランスのシミュレーションを行った。 1997 年に 3.4 %(対名目 GDP 比)と、5年 連続の投資超過となっている。 政府部門の投資超過の拡大は、長引く景 次ページの図7、図8にその結果を示す。 シナリオ A では、公共事業費が抑制され ているが、経済成長率が 0.5 %にすぎない 気の落ち込みによる税収低迷や、度重なる ため、税収などの歳入項目も微増となり、 大型経済対策による歳出の拡大が主因であ 2000 年以降も 4.3 ∼ 4.4 %の投資超過が継続 ろう(一般政府の歳出・歳入およびプライ する。2005 年以降は、社会保障関係費など マリーバランスの分析は本誌 1999 年6月号 の歳出の増加ペースが増税のペースを上回 を参照)。 り、投資超過が再び拡大すると試算され 財政赤字が累積した結果、政府の長期債 る。 務は、中央政府だけでも 1998 年に 60 %弱 シナリオ B では、1.1 %の実質経済成長が (対名目 GDP 比)にまで達している。急激 税収増などをもたらすものの、積極財政政 に上昇している政府部門の債務残高は、リ 策は長期金利の上昇を招き、結局、政府の NRI 中期経済予測 2001−2005 21 年の 65.2 %をピークに緩やかに収斂すると 図7 一般政府の貯蓄バランス(対名目GDP比)の見通し いう試算結果が得られた。 4 % 推定および予測 2 Ⅲ 経済構造改革の展開 0 -2 シナリオB -4 -6 1979 1 中期成長のカギを握る シナリオA 構造改革 シナリオC 中期的な経済パフォーマンスには構造改 82 85 88 91 94 97 2000 03 06 09 年 の意見は一致している。1980 年代から産業 図8 中央政府一般会計の債務残高(対名目GDP比)の見通し 規制、金融規制、企業統治、行政機構など 80 % 70 についての大胆な改革を通じて市場経済シ シナリオA 60 シナリオB 50 シナリオC ステムの強化に努め、効率性と産業競争力 の向上に成功した国は、90 年代において経 済、物価、雇用、財政収支、生産性の大幅 40 な改善を見ている。 推定および予測 30 それに対して日本は、改革に躊躇するう 20 ちに、グローバル化と情報化によって出現 10 0 1980 革が最大のカギとなるという点で、先進国 した「グローバル情報社会」でのオープン 83 86 89 92 95 98 2001 04 07 10 年度 な競争への対応に失敗し、1990 年代は「失 われた 10 年」といわれるほどの低成長とな 投資超過がさらに増加すると見込まれる。 22 った。 その水準は、シナリオ A を上回っており、 ようやく 1996 年に行政、財政構造、社会 2005 年に対名目 GDP 比 4.6 %まで拡大し、 保障、経済構造、金融制度、教育の6分野 その後ほぼ横ばいで推移する。 が指定され、「6大改革」プログラムが シナリオ A と B では、程度の差があるも 徐々に実施されているものの、そのスピー のの、政府部門の貯蓄投資バランスは改善 ドは他の先進国に比べて緩慢である。財政 されない。その結果、政府部門の債務残高 構造改革は、1997∼98年の経済危機に直面 は発散傾向を示し、2005 年に中央政府の長 して凍結されている。行政改革は、2001 年 期債務残高は対名目GDP比でそれぞれ 67.0 1月の中央省庁数の削減に向けて準備中だ %、64.0%まで拡大すると試算される。 が、実効の程は不透明である。 一方、シナリオ C では、公共事業費が 経済構造改革については、「規制緩和推 GDP と同程度に拡大することから、歳出と 進計画」(1995 ∼ 97 年度の3ヵ年計画)が 歳入はほぼ同程度の伸びを示す。政府部門 98年3月に終了し、計2800を超える緩和措 の貯蓄超過は、2002 年に 4.9 %(対名目 置が実施された。また、1997 年5月に「経 GDP 比)に達した後、徐々に改善する傾向 済構造の変革と創造のための行動計画」が を示す。国債残高(対名目GDP比)も2002 決定され、15 の新規成長産業分野の企業活 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 動を高めるために 1000 の具体策が盛り込ま 続き、そのためにも「官主導民間協調」型 れた。1998 年4月には 15 分野 624 項目から の仕組みが選択されていた。しかも、人材 なる「規制緩和推進新3ヵ年計画」(1998 の資源配分から資金供給に至るまで、個々 ∼ 2000 年度)がスタートし、約1万 2000 のシステムが相互補完的になっている。す 件に上る許可・免許規制のすべてが 2001 年 なわち、1つの仕組みを改革するためには、 3月までに見直される。 他の仕組みも改革しなくては全体が機能し さらに、1999 年7月には経済審議会の答 にくくなるようにできていた。日本の構造 申「経済社会のあるべき姿と経済新生の政 改革がとりわけ困難で遅れている背景に 策方針」が閣議決定された。これによると、 は、こうした理由があると見られる。 物流、情報通信など多くの分野についてプ そうした困難と経済の混迷を通り抜けな ログラムが策定され、市場の競争強化に向 がらも、日本はすでにその経済システムを けた規制改革が着実に実施されることにな 抜本的に転換する過程に、緩慢ではあるが っている。 着実に入っている。労働力の減少とキャッ このように、長期にわたり経済構造の改 チアップ過程の終了は、生産性の向上にし 革が続けられている。中期的な経済の動向 か「成長の糧」を求められないということ は、その実効がいつ、どれだけ表れるかに を意味する。そして、生産性の向上には市 よって左右されることになる。 場競争の促進を通じた効率性と競争力の改 善が最も有効であり、そのためには「官主 2 構造改革の具体的内容 導民間協調」型の仕組みを「民主導市場重 「経済構造の改革」あるいは「経済構造の 視」型に転換するような構造改革が必要で 転換」とは、経済の制度的な枠組みの変革 あるという合意が形成されつつある。 のことである。特に冷戦後は、ほとんどの この点において、とりわけ重要なのは 国で、グローバル化に対応した市場経済シ 「規制改革」と「貿易・投資の自由化」で ステムの強化を意味する。 あり、その成否が中期的な経済パフォーマ この市場メカニズムの強化とは、市場経 ンスに及ぼす影響はきわめて大きい。 済の効率化を目指した「ルール、制度、慣 行」の「自由化、効率化、公正化、透明化」 であり、さらには市場参加者の意識改革も 3 規制改革は緩慢かつ不十分 1998 年3月に完了した「規制緩和推進計 含まれる。具体的には、公的規制、税制度、 画」(1995 ∼ 97 年度)では、基準・認証、 公的支出・補助金の規模と配分、官制度、 金融・証券・保険、運送、流通、土地・住 企業統治、競争政策、企業会計制度、企業 宅などの分野で、実に 2800 以上の緩和措置 法制、金融システム、雇用システム、社会 が実施された。これに続く「規制緩和推進 保障制度などの改革である。 新 3 ヵ年計画」(1998 ∼ 2000 年度)では、 このような経済社会の枠組みは、先進国 の間でもきわめて多様であり、それぞれに 約1万 2000 件ある許可・免許規制のすべて が見直しの対象となる。 合理性を備えていると見られる。日本の場 1999 年の時点において、こうした規制緩 合、他の先進国へのキャッチアップ過程が 和の効果は徐々にではあるが着実に浸透し NRI 中期経済予測 2001−2005 23 ている。ガソリンの価格は特定石油製品輸 88 年には 6.6 %にまで減少したことと比較 入規制法(特石法)の期限失効(1996 年3 すると、いかに公的規制が広範囲であり、 月末)以降目立って低下し、規制緩和以前 規制改革の必要性が高いかがわかる。 に比べ 15 %以上も安くなった。流通分野に 次に、価格について見ると、規制緩和さ おける大規模小売店舗法(大店法)の出店 れた品目の内外価格差は 15 %程度縮小し 規制の緩和は、大型ディスカウント店の開 た。しかし、同分野の価格は、現在の為替 設を促して消費者の選択の幅を広げ、競争 レート(1ドル 110 円)で換算すると、依 による小売価格の低下をもたらしている。 然として欧米よりも50 %割高である(経済 また、電話通信の参入規制緩和は、競争 による商品・サービスの多様化と価格の低 企画庁「物価レポート」)。 1985年以降、長距離電話料金は4分の1、 下を導いた。携帯電話とインターネット関 国際電話料金は3分の1以下にまで低下し 連の需要は、こうした競争効果も寄与して たものの、なお国際的には割高である(特 大幅に増大した。 にインターネット接続料金は5∼30 倍にな 金融分野でも、「金融ビッグバン」のス る)。ガソリンについても、課税前の価格 ケジュールに従い、株式売買手数料の自由 は欧米の2倍の水準である。また、航空運 化、銀行・証券の相互乗り入れが 1999 年度 賃、タクシー料金、運送料などの輸送コス 中に完了する。銀行・証券の商品・サービ ト、電気・ガスなどのエネルギー料金も内 スの多様化が進み、消費者の利便性は向上 外価格差が大きく、消費者の便益と企業の している。 競争力に負の効果を与えている。 それにもかかわらず、これまでの規制改 このように、規制シェアと価格の両方か 革は、他の改革先進国に比べて「生温い」 ら見て、これまでの日本の規制改革は不十 ものといわざるをえない。規制改革の成果 分であることがわかる。 をマクロ経済的に見るうえでは、①公的規 制のシェア、②価格(あるいは内外価格差) ──の2つが重要な指標である。特に価格 には、規制改革の効果が究極的に表れる。 価格の低下は、消費者の便益となると同時 24 4 規制改革の効果 日本では、規制改革の効果は特に大きい と推計されている。 1990年から97年までの期間に、情報通信、 に、生産者のコストを引き下げて価格競争 小売り、土地・住宅、航空などの分野の規 力を上昇させる効果を有する。 制緩和は、年平均約8兆円(対 GDP 比 1.7 公的規制のシェアを見ると、参入・価格 %)の追加需要をもたらした(経済企画庁 が許認可で規制されている規制産業の産出 の推計)。このうち大店法の改革による流 額は GDP の 40.8 %に相当した(1989 年、公 通分野の投資と消費拡大で 3.2 兆円、情報 正取引委員会)。この数字は 1995 年時点で 通信分野で 3.6 兆円となっている。1995 年 39.4 %に低下したが、その後の規制緩和推 から 2001 年にかけて、運輸、エネルギー、 進計画でこのシェアが大きく変動するかど 電気通信、金融、流通の各分野の規制緩和 うかは不透明である。米国の場合は、規制 は、GDP を6%増加させるという推計もあ 改革によってシェアが 1977 年の 17 %から る(通産省)。 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 また、OECD(1997年)の推計によれば、 かぎり迅速化された改革プログラムを策定 電力、航空、トラック輸送、電気通信、流 し、実行することが必要である。その一例 通の5分野における自由化はGDPを長期的 が金融ビッグバンだが、他の分野でも同様 に 5.9 %増加させ、これは欧州主要3ヵ国 に抜本的な改革プログラムが検討されるべ における同様の改革の効果(3.5∼5%)を きである。 上回るという。 すでに、運輸、エネルギー分野の自由化 さらに、経済企画庁(1997年11月)の推 が予定されている。これが実効を上げるか 計によれば、7分野 120 項目の規制緩和措 どうかは、マクロ経済にとって重要である。 置は、GDP を 60 兆円(10 %)増加させる また、物流、情報通信などがプログラム化 効果を有するという。とりわけ、商業地域 される予定だが、その規模についても大胆 の容積率緩和、定期借家権の導入などの土 なものが検討されるべきであろう。さらに、 地利用に関する規制改革は、年 3.3 兆円、 医療、教育、農業、職業派遣・紹介などの 長期的に 46 兆円もの需要拡大効果を持つと 分野での改革も、大きな経済効果をもたら 推計される。 すものと見られる。特に、情報通信、物流 ちなみに、筆者の試算によれば、電気通 の規制改革と融合して、医療と情報、教育 信、エネルギー、航空、流通などの分野の と情報など新規分野のビジネスが拡大する 規制改革は、需要を少なくとも年間 2.4 兆 可能性も、先進国の実例から見ても大きい 円(対 GDP 比 0.6 %)増加させ、長期的に ものと期待される。 注5 は合計24兆円の需要拡大効果を持つ 。 規制改革の効果に関して、①効果が表れ 規制改革の効果の推計に際して注意を要 るには時間がかかり短期的には雇用にマイ するのは、ある規制が撤廃されても他の規 ナスであるという議論と、②現下の需給ギ 制が実際の活動を制約しているのであれ ャップからして経済成長のボトルネックは ば、初めの規制撤廃の効果は表れないとい 需要側にあり供給側にはないので効果は期 うことである。 待できないとする説──が考えられる。 日本の場合、規制が2重3重になってい しかし、前述の効果の試算で見たように、 ることも少なくないうえに相当の専門知識 短期間でも、規制改革に伴う競争の活発化 も必要であり、こうした「規制の構造」を は生産を増加させる。規制改革の効果は価 解剖するのは容易ではない。規制が複雑で 格の低下による「需要の拡大」だけではな あるうえに不透明なものもあり、それが規 く、新規の商品・サービスを供給すること 制改革の妨げとなっている。そして、多く で「需要の創出」をもたらすからである。 の規制改革措置は3∼5年の猶予期間を設 また、土地利用の緩和など、直ちに需要に けているため、効果の発現が遅れるばかり 結びつくものもある。 でなく、改革が次のステップに進むことの ②については、ミクロ的に見ると、潜在 障害ともなっている。そしてこのことは、 需要はあるにもかかわらず、供給がネック 前述の「制度的補完性」を通じて、他の分 となって需要が実現していない可能性のあ 野の改革の遅れにもつながっている。 るものは多い。そのなかには、航空運輸サ これに対処するには、包括的かつ可能な ービス、住宅、教育、医療、労働者派遣、 NRI 中期経済予測 2001−2005 25 り、新規のビジネス機会を創出する。一方、 介護サービスなどが含まれるだろう。 いま1つの問題は、規制改革は実効が上 がれば上がるほど価格の低下を導き、長期 的にもデフレ効果を持つということであ 現在のような規制改革期には、産業構造の 見通しはむずかしくなる。 中長期的な産業構造の展望については、 る。規制改革の価格低下効果は、消費者物 1997 年5月に策定された「経済構造の変革 価を3%(通産省)から7%(経済企画庁) と創造のための行動計画」が参考になる。 引き下げると試算されている。 ここには、15 の新規成長産業分野の企業活 これに対処するには、即効性のある改革 を優先的に実施することで、需要を下支え するのが有効と見られる。また、労働市場 動を高めるために 1000 の具体策が盛り込ま れている(表4)。 15の新規成長産業分野とは、医療・福祉、 の流動性を高める改革も、円滑な構造転換 生活文化、情報通信などであり、これらの を促進すると見られる。さらに、マクロ財 市場規模は約200兆円(1997年)から約550 政金融政策でも構造改革のデフレ効果に配 兆円(2010 年)に拡大すると推計されてい 慮することが、経済厚生上はプラスになる る。これは年平均8%の増加に相当する。 と考えられる。 また、雇用規模は 740 万人増加すると見込 まれている。(ただし、これらの数字は 15 5 産業・就業構造への影響 分野の単純合計であって、二重計算により 産業規制の改革プログラムは、産業セク 過大になっている点に注意が必要である。) ターごとの成長と雇用に影響を与え、中期 こうした政策的要因以外に、経済を取り 的な産業構造、就業構造を左右する。規制 巻く4つの環境変化によっても産業構造の 改革は、これまでの業種、産業分類の枠組 変化をある程度予想することはできる。グ みを変えるほど大きな影響力を備えてお ローバル化は、運輸、金融などの需要を高 めるだろうし、情報化は情報通信産業の需 要を、高齢化は医療・福祉を、環境制約の 表 4 新規成長産業 15 分野とその推計 新規産業を含む分野 雇用規模(万人) 市場規模(兆円) 現状 2010 年 現状 2010 年 医療・福祉 348 480 38 91 生活文化 220 355 20 43 情報通信 分野の雇用も拡大することが予想される。 さらには、他の先進国、特に米国などの 125 245 38 126 改革先進国の例も参考にすることができ 新製造技術 73 155 14 41 流通・物流 49 145 36 132 る。米国の就業構造を見ると、サービス業 環境 64 140 15 37 ビジネス支援 92 140 17 33 海洋 59 80 4 7 バイオテクノロジー 3 15 1 10 都市環境整備 6 15 5 16 航空・宇宙 8 14 4 8 新(省)エネルギー 4 13 2 7 人材 6 11 2 4 国際化 6 10 1 2 住宅 3 9 1 4 出所)通産省「経済構造の変革と創造のための行動計画」1997 年 26 高まりは環境ビジネスの需要を高め、その 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 だけで 4639 万人の就業者がおり、これは全 体の 35.8 %に相当する(表5)。米国の就 業者数は 1980 年から 97 年までに 3026 万人、 率にして 30.5 %増加しているが、そのうち サービス業が 1764 万人と半分以上を占めて いる。サービス業のなかでも、人材派遣、 コンピュータ・データ処理、保健・衛生な どの職種の増加率が高い。 表 5 日米の就業構造の比較 (単位:万人) 米国 日本 1980 年 1997 年 80 ∼ 97 年 1980 年 1997 年 80 ∼ 97 年 就業者数 就業者数 増減 就業者数 就業者数 増減 -290 434 403 -31 772 482 製造業 2,194 2,084 -110 1,406 1,493 87 建設業 622 830 208 591 724 133 6,680 9,639 2,959 3,097 4,073 976 2,019 2,678 659 1,043 1,119 76 599 830 231 237 304 67 サービス 2,875 4,639 1,764 944 1,636 692 その他 1,187 1,492 305 873 1,014 141 9,930 12,956 3,026 5,866 6,772 第一次産業 第三次産業 卸・小売り 金融・保険・不動産 合計 伸び率(1980 ∼ 97 年) 906 15.4 % 30.5 % 資料)Statisitical Abstract of the United States および経済企画庁の資料より作成 サービス産業においては、米国でも中小 くものと見られる。65 歳以上の人口は 1998 企業の果たす役割が大きく、金融システム 年に 2000 万人を上回り、99 年に全人口の のベンチャー企業育成の仕組みが有効に機 16.7 %を占めている。この比率は 2000 年以 能していると見られる。米国型の直接金融 降も上昇を続け、2010年には22%に達する 中心の金融システムにおいて、年金資産を 見通しである。 株式市場を通じてベンチャー企業に投資す る仕組みがうまく機能している。 合計特殊出生率注 6 は、女性の未婚化、晩 婚化や就業率の高まりを背景に、1.38 まで 日本でも、未公開株式への投資が可能に 低下している(1998 年)。晩婚化と就業率 なるなど、企業年金の資産運用規制が緩和 の高まりは反転する見通しは立てにくいこ されている。中小企業、ベンチャー企業に とから、出生率上昇のためには育児環境の 株式上場の機会を提供すると同時に、国内 一層の整備が必要と見られる。しかし、育 貯蓄の有効な活用を目指し、「年金資産運 児環境の整備にはなお時間がかかるため、 用によるベンチャー資金供給」を拡充する 出生率の想定は低位推計の方が蓋然性が高 必要性も高いと見られる。 いと考えるべきかもしれない。 出生率の低下は、人口の少子高齢化を招 Ⅳ 人口高齢化と構造改革 くのみならず、総人口の減少に結びつく。 人口の増加率はすでに 1998 年にわずか年 1 高齢化の見通しとその影響 (1)少子高齢化と人口減少の推計 0.3 %にまで低下しているが、「将来推計人 口(中位推計)」では 2007 年をピークに総 中長期的な経済環境変化のなかで、とり 人口が減少し始める。「低位推計」ではさ わけ経済成長に対する負の効果が懸念され らに早く、2004 年をピークに総人口は減少 るのが、人口の減少と高齢化である。日本 する見通しである。「中位推計」によれば、 の人口は出生率の低下を主因に急速に少子 人口の減少は長期に及び、2020 年まで 350 高齢化しており、この傾向はこれからも続 万人(年平均 23.6 万人、年率 0.19 %)減少 NRI 中期経済予測 2001−2005 27 さらに、少子高齢化は個別の制度に対し 図9 総人口と出生率の見通し 1.4 1.3 総人口(中位推計) 総 1.2 人 口 ︵ 1.1 億 人 ︶ 1.0 出生率(中位推計) 1.7 ても多大な影響を及ぼす。その代表的なも 1.6 のが、年金、医療、介護など社会保障制度 1.5 である。これらの制度は、おおむね現役勤 出 1.4 生 率 ︵ 1.3 人 ︶ 1.2 出生率(低位推計) 総人口(低位推計) 0.9 0.8 1995 2000 05 10 15 20 25 30 35 40 45 労者がそのコストを負担し、高齢者が給付 を受けるという仕組みになっている注 8。し かし、就業者と高齢者の比率は、3.1 :1 1.1 (1999 年)から 2.3 :1(2010 年)にまで低 1.0 50 年 下する見通しである。このままでは、負担 注)出生率は合計特殊出生率 資料)国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口」より作成 を引き上げるか給付を削減するかしないこ とには、それぞれの財政収支の赤字が拡大 し、制度の安定性が問題となる。 し、その後も減少を続ける注 7(図9)。 個別制度の収支が国家財政を通じてマク ロ経済に与える影響は大きい。国庫負担の (2)少子高齢化のマクロ経済への影響 増加は、国債発行残高の増加を通じて金利 人口の高齢化と減少は、労働供給と消 を上昇させ、また民間部門は将来の増税を 費・住宅需要の減少などを通じ、マクロ経 予想して現在の消費を減らすと見られるか 済に影響を与える。潜在GDPの決定要因の らである。また、制度の安定性は、家計や 1つである労働力人口の伸び率鈍化あるい 企業の貯蓄行動を通じてマクロ経済に影響 は減少は、潜在成長率を低下させる。すで する。制度の安定性が高まれば、家計は生 に第Ⅱ章で見たように、女性と高齢者の労 活防衛的な貯蓄を減少させると考えられる 働力率が高まることにより労働力人口への からである。 影響は緩和されているが、この効果がない さらに、高齢化は国民負担率を上昇させ 場合には労働力人口は 2005 年まで 32 万人、 る要因となるが、適切な国民負担率を維持 年率0.1%で減少すると推計される。 できるような制度になっているかどうか これにより潜在成長率が低下すると、 が、企業と家計の行動を通じてマクロ経済 人々の期待成長率も低下し、それが設備投 に与える影響は大きい。以下では、年金と 資需要の調整を誘発して、資本ストックが 医療について中長期的な収支の試算を行 老齢化する結果をもたらす。これが国内産 い、現行制度の安定性を検証すると同時に、 業の国際競争力低下を招き、さらなる調整 各方面で検討されている制度改革の制度安 を誘発するという悪循環のリスクが存在す 定性に及ぼす影響を定量的に評価する。 る。この悪循環を断つには、①労働供給の 増加を促進する、②資本ストックの更新を 促進し競争力を高める、③規制緩和により 潜在需要と雇用を開拓する、そして④技術 革新と競争により生産性を向上させる── ことが必要となる。 28 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 2 公的年金改革の シミュレーション (1)公的年金の課題 日本の公的年金制度はさまざまな問題を 抱えている。 第1に、高齢化により制度的安定性が脅 は、次の3つの方法で給付を引き下げるこ かされている。現行制度のままでは、退職 とで保険料率の引き上げを抑制し、かつ制 者数の増大により、厚生年金収支は 2008 年 度的安定性の改善を目指している。 に赤字化する。 第2に、人口構成の歪みにより世代間の ①年金支給開始年齢を段階的に65 歳まで 引き上げる(2030 年度に男性、女性とも、 不公平が大きい。生涯を通じた年金の給付 また基礎年金、報酬比例部分とも65 歳から と負担の比率は、1940 年生まれで 1.69 であ 支給される)。②報酬比例部分の支給額を るのに対し、70 年生まれでは 0.85 にすぎな 5%引き下げる。③基礎年金、厚生年金と い(負担の方が多い)。また、夫婦共稼ぎ もに、裁定後の支給額の増加率は、賃金ス の世帯と専業主婦の世帯の間で不公平が生 ライド分は除き、物価スライドのみとする じている。現行では、共稼ぎ世帯は専業主 (最初の年金支給額が決定<裁定>される 婦世帯の年金負担を一部肩代わりしている ことになるからである。 ときには賃金スライドも適用される)。 加えて、保険料率については、現行の 第3に、サラリーマンと自営業では年金 17.35 %(労使折半)を据え置き、2004 年 制度が異なり、連続性もないなど、勤労形 10 月までに 18.65 %に引き上げた後、2019 態に関して中立的な制度となっていない。 年に25.2%になるまで5年ごとに2.3%ずつ これらのなかでも最大の問題は、制度の 引き上げる。さらには、基礎年金拠出金の 維持可能性である。1994年の年金改革では、 国庫負担割合を現行の3分の1から、2004 年金保険料率を 2025 年までに標準報酬月額 年までに2分の1に引き上げることも提案 の 29.8 %(これを労使折半)まで引き上げ されている。 ることを前提に、年金財政を維持するとい この厚生省案に基づいて、給付と負担の う計算であった。しかし、1997 年の人口推 スケジュールを変更し、また厚生省の財政 計で、生産年齢人口が下方に、高齢者人口 再計算で使われているマクロ経済指標の前 が上方に修正された。これを前提にすると、 提を用いて、厚生年金財政収支のシミュレ 収支均衡のためには保険料率を 2025 年まで ーションを行った(次ページの表6)。今 に34.3%まで引き上げる必要がある。 回の試算には、NRI 野村総合研究所で開発 加えて、経済活動の低迷から年金積立金 した厚生年金モデルを使用した。このモデ の運用利回りも予想を下回り、年金財政に ルは、厚生年金の制度改革の効果を定量的 負の影響を与えている。年金財政を維持す に把握するために、その資金フローを再現 るために、厚生年金の仕組みを見直すこと できるように設計されている。 が中長期的に重要な課題となっている。厚 この厚生年金モデルを用いて、現行の制 生省はすでに 1999 年改革案を国会に提出し 度(1994 年改革)を維持した場合と、今回 ており、2000 年度の実施を目指して審議中 の厚生省改革案を実行した場合について、 である。 年金財政収支をシミュレーションした結果 が次ページの図10である。 (2)厚生省案の収支改善効果 今回の厚生省の年金改革案(1999 年案) 現行維持(1994 年改革)ケースでは、老 齢年金受給権者(別個の給付を含む)が NRI 中期経済予測 2001−2005 29 表 6 厚生年金シミュレーションの前提 改革シミュレーション 現行維持 マクロ経済 労働・雇用 改革 高成長 低成長 名目賃上げ率 2.5 % 2.5 % 4.5 % 2.0 % 物価上昇率 1.5 % 1.5 % 3.0 % 1.0 % 積立金運用利回り 4.0 % 4.0 % 5.0 % 2.5 % サービス比率 72.0 %(97 年; 62.1 %) パート比率(女性) 45.0 %(97 年: 35.3 %) 保育所数 年金制度 マクロ環境シミュレーション 中成長 130 ヵ所(97 年: 116 ヵ所) 年金給付開始年齢 60 歳 65 歳 報酬比例部分乗率 7.5/1000 7.125/1000 物価・賃金 65 歳以降は物価スライドのみ 年金改定方式 2 分の 1 3 分の 1 国庫負担率 保険料率 27.6 % 注 1)サービス比率は第三次産業就業者数の全就業者数に対する比率、パート比率は短時間(週 35 時間未満)労働者数の非農林業 就業者数に対する比率、保育所数は 15 歳未満児 10 万人当たりの数 2)サービス比率、パート比率、保育所数は 2025 年の水準であり、その後は横ばいとする 3)国庫負担率は 2004 年度に 2 分の1に引き上げられると仮定 4)保険料率は 2025 年度に引き上げられた水準であり、その後は横ばいとする 2020年度に約1681万人まで増加し、老齢年 万人それぞれ減少することで、老齢年金受 金受給権者対保険加入者の比率は 20.7 %か 給者と保険加入者の比率は改革前の 51.9 % ら 51.9 %まで上昇する。1人当たり平均年 から 49.4 %に減少する。また、裁定後の賃 金受給額も年率 1.6 %増加するため、年金 金スライド廃止と報酬比例部分の5%カッ 支給総額は2020年度に約72兆円まで増加す トにより、2020 年度の平均年金受給額も改 る。保険料率を2020年度に25%以上に引き 革前の 296.1 万円から改革後の 286.6 万円に 上げ、保険料総額が同年度に 49 兆円まで増 減少する。これらの結果、2020 年度時点で 加するにもかかわらず、年金収支は2008 年 は年金支給総額が改革により 7.7 %減少し、 度に赤字化し、その後も赤字が拡大する。 これは5.6兆円の減額に相当する。 厚生省改革案を実施したケースでは、年 加えて、年金収支の改善により年金積立 金支給年齢の引き上げにより、2020 年度に 金も増加するので、運用益が増加し、これ 老齢年金受給者が男性約60万人、女性約19 も収支改善に寄与する。 以上を総合して、改革後の年金収支は、 厚生省のマクロの前提に基づけば、図 10 に 図10 厚生年金の財政収支(1999年改革案のシミュレーション) あるように、2030 年頃まで収支はおおむね 10 兆 円 黒字を維持できると試算される。 0 これを厚生省による 1999 年財政再計算の 改革 現行維持 -10 結果と比較すると、NRI の労働力率の数値 が低いために加入者数が少なく、その分収 -20 支尻が 5.6 兆円(2015 年度時点)少なくな -30 1997 2000 30 っていることを除けば、結果はほぼ同じで 03 06 09 12 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 15 18 21 24 27 30 年度 ある。 (3)マクロ環境の影響シミュレーション る。これに対して低成長ケースでは、年金 このように 1999 年改革案は、給付と負担 収入が中成長ケースより 13.1 %減少し、運 を調整することにより年金制度の維持可能 用益も減少するため、年金収支は 2025 年度 性を高めるものであり、経済成長、賃金、 に2.4兆円の赤字になる。 金利などのマクロ経済環境が厚生省の財政 高成長ケースでは、運用利回りが中成長 再計算に用いられた数字と乖離しなけれ ケースを 1.0 %上回ることで毎年約 3.4 兆円 ば、2030 年までは収支の黒字を一応維持で の収支改善効果が得られ、年金収支が赤字 きると試算される。 になるのは避けられる。反対に低成長ケー しかし、現実にはマクロ経済の環境は前 スでは、運用利回りが 1.5 %下回ることに 提と乖離することが多いため、年金制度と より収支が 3.5 兆円悪化するため、収支が しては、マクロ経済の予測誤差に対しても 赤字になるのは5年早い2009年となる。 制度的に安定していることが望ましい。今 このようにマクロ経済環境は、労働市場 でも、年金数理上は負担と給付の両側で標 を通じて年金加入者に、また資産市場を通 準報酬月額にリンクしており、賃金と物価 じて運用利回りに影響を与えるため、年金 の変動に対してある程度の制度的安定性を 財政の維持可能性の重要な要素となってい 持っている。しかし、厚生年金は、雇用情 る注 9。 勢による加入者数の変動と積立金の運用利 回りの変動を通じて、経済成長、金利など のマクロ経済環境の影響を避けられない仕 組みになっている。 (4)今後の改革の議論 今回の改革により、マクロ経済環境の想 定に大きな誤差が生じなければ、支給年齢 そこで、マクロ経済の前提が異なるとき の 65 歳への引き上げと賃金スライドの部分 年金財政がどう変動するかを、前述の厚生 的廃止によって、2030 年度までは年金財政 年金モデルを用いて試算した。表6に示し を維持できる。しかし、その後はおそらく たように、シミュレーションのケースは3 よほど好ましいマクロ経済環境が生じない つある。前出の改革ケース(すなわち 1999 年財政再計算)と同じ前提を用いたのが中 成長ケースであり、それよりも成長率など を低く想定したものが低成長ケース、高く 想定したものが高成長ケースである(ただ し、これはマクロ経済の中期予測における 3つのシナリオとは異なる)。 図11 厚生年金の財政収支(マクロ環境シミュレーション) 14 兆 円 10 8 6 4 シミュレーションの結果を図 11 で見る 2 と、2025 年度には、高成長ケースの方が中 0 成長ケースよりも就業者数が増加するため -2 に収入が 74.5 %増加し、また積立金の運用 高成長 中成長 低成長 -4 -6 利回りが高く収支改善効果があるために、 年金収支の黒字幅は 8.6 兆円に拡大してい -8 1997 2000 03 06 09 12 15 18 21 24 NRI 中期経済予測 2001−2005 27 30 年度 31 かぎり、支給開始年齢と支給額あるいは保 年金資産を運用するうえでは、ポートフ 険料率を再び調整しないことには、制度を ォリオ全体のリスクを評価するべきであ 維持できないだろう。これに人口推計が再 り、それには株式と債券、債券と不動産な 度下方修正されるリスクも考慮すると、公 ど選択肢相互の相関を考慮することが重要 的年金の維持可能性のためには、より抜本 である。選択肢の比率を規制することは、 的な制度改革が必要とな る。 運用利回りの低下を通じて年金財政の安定 その際には、制度的安定性以外の課題を 性を損なうばかりか、貯蓄資金の配分機能 含む包括的な改革についての検討が欠かせ を阻害して経済全体の効率を低下させる。 ない。とりわけ、勤労形態間の中立性と世 積立金の運用利回りを1%ポイント上昇さ 代間の公平性は、労働の供給と流動性を高 せることができれば、1.3兆円の収支改善効 めマクロ的な経済成長に寄与することか 果がもたらされ、長期的にも年金保険料を ら、経済構造改革の一環として速やかに実 6.5%削減できるなど、減税とほぼ同様の効 施されることが重要である。 果が期待できる。 また、シミュレーション結果を見ると、 また、米国では、年金資金はベンチャー 年金積立金の運用利回りの改善は、財政制 ファンドの重要な資金供給源であり、全体 度の安定性に寄与することがわかる。運用 の38%(1997年)を占める。第Ⅲ章第5節 利回りは、マクロの経済成長率にも依存す で述べたように、日本経済の発展にとって るが、資金の運用方法にも依存する。年金 中小企業、ベンチャー企業の重要性が高ま 積立金は、資金運用部に預託され公的部門 るため、年金資金の資金供給力はこうした に投資されてきた。しかし、マクロ経済的 企業の成長のカギとなる可能性がある。 に見ると、公的部門の収益率は国債金利よ りも通常低くなる。これは、公的企業は公 共財を提供するため、どうしても収益が犠 2001 年度からは年金積立金の自主運用が スタートするが、厚生省の審議会のガイド ラインでは、公的年金積立金の運用比率は、 国内債券に65∼80%、国内株式に5∼15% 32 (1)国民医療費の現状 高齢化は、国民医療費の高騰をもたらし、 牲になるからである。 ということになっている 3 国民医療費と医療制度改革 注 10 。また、厚生年 医療制度の枠組みにも深刻な影響を与えて いる。 国民医療費は、1995 年に実施された患者 の窓口負担や処方薬の一部患者負担の増額 などの医療費抑制政策にもかかわらず増加 金基金の資産は、いわゆる「5:3:3:2」 を続け、1997年度には29兆円に達した。過 規制により、少なくとも半分は債券・預金 去5年余り、医療費は毎年平均 1.3 兆円、 で運用することになっていた注 11。しかし、 国民1人当たり1万円ずつ増加している。 米国における最適ポートフォリオの標準的 その主因となっているのが老人医療費で な株式比率は 50 ∼ 75 %という研究結果注 12 ある。一連の抑制政策を受けて 1997 年度に に見られるように、日本でも株式比率の引 は、国民医療費の伸びが2%弱に減少した き上げは運用ポートフォリオを最適水準に のに対し、老人医療費は9%近い伸びとな 近づけることになる可能性がある。 り、国民医療費に占める割合は4割に上っ 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 た。老人1人当たりの医療費用は年間56 万 赤字に転落、国民健康保険は全体の6割に 円、若年層の5倍の水準である。高齢化は、 当たる 2000 を超す市町村が赤字決算であ 医療コストの高い年齢層の人口増加率が高 る。今後、現役世代が減少した場合、この いことを意味しており、医療費の面では将 ような保険制度の維持はさらにむずかしく 来的にも不可避な上昇要因である。 なるだろう。 また、医療費を押し上げている要因は高 第2は、医療の進歩を確保し、質を低下 齢化だけではない。ほぼ2年に1回の診療 させることなく医療費の伸びを「抑制」で 報酬改定により、各種の医療技術、医薬品、 きないかという点である。 検査、入院管理費などの単価も上昇してい 医療の市場では、患者と医師の間で情報 る。1996 年度の国民医療費の増加率は前年 の非対称が生じることは避けられず、効率 度比で 5.8 %であり、主な医療費増加要因 的な資源配分が行われていない可能性があ の寄与度を見ると、①人口増加が 0.2 %、 る。また、医療コストが不明瞭で、良質な ②人口の高齢化が 1.7 %、③医療費改定 医療のために本当はいくら必要なのかが判 (診療報酬など)0.8 %、④その他(医療技 然としない。さらに、日本では高齢者介護 術の進歩など)3.0%──となっている。 のシステム整備が不十分であり、医療サー ③と④を合わせた人口要因以外の増加率 は 3.8 %にも上る。これには、医療技術の ビスが社会的入院という形で介護サービス を補完しているという歪みもある。 進歩などの評価も含まれており、一概に問 題とはいえないものの、物価上昇率、経済 成長率を大きく超える水準であり、医療保 険制度の維持安定性が問題となっている。 (3)進まない医療制度改革 深刻化する医療の制度疲労を解決するべ く、政府は 2000 年度を目途として医療制度 改革を審議している(表7)。改革の柱は (2)課題は医療費の「負担」と「抑制」 国民医療費の問題は、大きく2つに分け 大きく分けて、①高齢者医療保険制度、 ②医療供給体制、③診療報酬制度、④薬価 られる。 1つは、高齢化に伴って増大する医療費 表 7 医療制度改革の主な論点 を「だれが負担するか」である。 現在の医療保険制度は、保険原則を前提 高齢者医療保険制度 ●保険制度・高齢者医療制度の改革 A案(独立案) 75 歳以上の高齢者の新たな制度創設。財源は、 としながらも、老人保健制度に対する各健 自己負担分を除いた 95 %公費投入 保の拠出金の支払いを通じて世代間扶助の B案(突き抜け案) 老人保健制度を廃止。退職者を含めた健保制度の 一手段となっており、その矛盾が実際には 高齢者をそれほど抱えているわけではない 再構築 医療供給体制 ●急性期・慢性期の病床の見直し ●診療所・病院の機能分化 健保財政の逼迫という形で現れている。そ ●カルテやレセプトの情報開示 の結果、組合管掌健康保険の 1800 組合のう 診療報酬制度 ち約 85 %が赤字で、組合を解散する動きも ●もの・技術・管理費などコストの明確化、技術重視 ●急性期・慢性期医療に応じた評価(慢性疾患の定額 払い制の拡大) 出始めている。また、中小企業の従業員が 薬価制度 ●日本型参照価格制度(→ 1997 年4月に廃案) 加入する政府管掌健康保険も 1993 年度から NRI 中期経済予測 2001−2005 33 制度──の4つである。しかし、審議は個 分けて推計した(図12)。 別の議論で行き詰まったまま、抜本改革ま 国民医療費=患者受療率(年齢階級別) で行きついていない。 ×患者1人当たり医療費(〃)×人口(〃) まず薬価制度では、日本型参照価格制度 ケース①は、受療率と1人当たり医療費 (同様の薬効の医薬品をグループにして上 が過去のトレンド(1987∼96年)で推移す 限価格を提示する制度。安価な薬の使用が ると想定し、最も現状維持的な想定となっ 促進されるが、新薬開発の意欲低下などの ている。ケース②は、受療率、1人当たり 問題があり、合意が得られず)が 1999 年4 医療費ともに 1996 年の水準にとどまると想 月に廃案となり、代替案はないままである。 定するもので、人口高齢化の影響だけを抽 また、緊急性の高い老人医療保険制度の改 出したと解釈できる。 革は、老人医療の扱いをめぐり2つの改革 ケース①の場合、国民医療費は年率3.9% 案が出されているが、考え方が大きく対立 で増加し、2000 年には 35 兆円、2005 年に し、合意の糸口が見出せないでいる。 は 45 兆円に達すると推計される。ケース② の場合でも、医療費は年率 1.2 %で増加し、 しかし、このままの速度で医療費が伸び 2005年には34兆円と見込まれる。 続けると、現役世代の負担、企業の負担は どうなるのだろうか。ここでは、現行制度 世代間負担を見るに際しては、単純化の のもとでの将来の医療費を2つのケースに ため、老人医療費における高齢者の負担は 全くないものと仮定する(実際には、約4 %相当分の自己負担、保険者からの拠出金 図12 国民医療費の動向と将来推計 のうち自身が支払った保険料、公費負担の 100 兆 円 うち自分が納めた税額が考えられる)。 80 ケース①の場合、現役世代の担う年間の ケース① 60 老人医療費は、1996 年度の現役1人当たり 11 万円から、2000 年には 15 万円、2005 年 40 ケース② には 21 万円と倍近くになる。それに現役自 20 身の負担額を加えると、2005 年には1人当 0 たり年額42万円の医療費負担となる。一方、 1970 75 80 85 90 95 2000 05 10 15 20 25年 ケース②の高齢化の影響だけを見ると、現 注)ケース①は過去のトレンドで医療費が増加する現状維持的ケース、ケース②は他の 要因を除外し「高齢化」が医療費に与える影響を抽出したケース 表 8 医療費の世代間負担(名目ベース) (単位:万円) 現役世代分 ケース① 被扶養世代分 現役世代分 ケース② 被扶養世代分 高齢者分 高齢者分 1996 年 14.39 16.04 11.31 14.39 16.04 11.31 2000 年 17.11 19.69 14.68 14.69 18.26 13.73 2005 年 20.98 26.58 20.65 14.99 21.60 17.11 注)現役世代(15 ∼ 69 歳)1 人が負担する現役世代分(自身分)と被扶養世代分(14 歳以下、70 歳以上)の医療費を示す 34 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 役世代の老人医療費負担額が2000年に14万 表 9 国民医療費の企業負担分 (単位:兆円) 円、2005年には17万円となる(表8)。 保険料のうち企業が負担する額を試算す ると、ケース①では年率 5 %で増加し、現 在の 6.6 兆円から 2005 年には 10 兆円となる ため、企業経営への深刻な影響が懸念され ケース① ケース② 1996 年 6.6 6.6 2000 年 8.0 7.1 2005 年 10.1 7.8 注)医療保険のうち、政府管掌と組合の企業負担分 る(表9)。 4 雇用労働力率(年齢階層別)=雇用者数(〃) ÷人口(〃) (4)急がれる老人医療制度改革 5 野村総合研究所『日本の優先課題 '95』第2章 今日の医療制度が直面している課題は、 「日本型市場の創造的破壊」76ページ 「増大する医療費の負担」と「医療の進歩 6 ある年次に観察された女子の年齢別出生率を を確保し、サービスの質を低下させること 全再生産期間にわたって合計した数値。一生 の間に産む子供数の平均数の推定値となる。 のない医療費の抑制」である。そして、医 療に対する需要が感染症中心であった時代 7 「低位推計」では 565 万人、年平均 35.4 万人 (年率0.28%)減少する。 に形成された需給体制を、今後 30 年は続く 8 公的年金ばかりでなく、企業年金についても 人口の急速な高齢化に対応したものに再構 高齢化の影響は大きい。また、税制について 築することが必要である。 も、勤労者の比率の低下は、直接税収の歳出 に対する比率の低下をもたらすだろう。 しかし、現在の最大の問題は、個別の利 益が対立し、足元の改革が止まっているこ 9 さらに、年金財政が家計の貯蓄や労働市場、 資産市場、そして国家財政を通じてマクロ経 とである。特に老人医療制度は、規模が大 済に及ぼす影響も大きいと見られる。NRI で きく、しかも今後大幅に増大すると見込ま は、中期マクロモデルと厚生年金モデルの統 れることから、改革が急務である。老人医 合により、この効果を分析中である。 療をめぐる問題は、医療供給体制、診療報 酬、薬価というすべての要因を内包する。 たとえば、日本の特徴である入院期間の長 10 厚生省「年金積立金の運用の基本方針に関す る研究会報告」1998年6月 11 この規制は1997年12月に撤廃された。 12 Niko Canner, N. Gregory Mankiw and David さは、特に老人医療に顕著だが、医療機関 N. Weil, “An Asset Allocation Puzzle,” The の機能区分が未確立であることとも密接に American Economic Review, March 1997 関係している。 さらに、リハビリテーション、介護、生 活支援などの要素をどのように診療報酬に 反映させていくのか、進むべき改革の方向 著者───────────────────── 岩城秀裕(いわきひでひろ)<総括、第Ⅰ章、第 Ⅲ章、第Ⅳ章> 経済研究部経済構造研究室長 性を早急に検討する必要がある。 和田理都子(わだりつこ)<第Ⅳ章第3節> 注────────────────────── 経済研究部エコノミスト 1 OECD, A World in 2020, 1997 2 A Japanese Model for the Aging Population 山口 岳(やまぐちたけし)<第Ⅱ章> 3 労働力率=労働力人口÷15歳以上の人口 経済研究部 NRI 中期経済予測 2001−2005 35