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乳酸発酵と乳酸ポリマー発酵 のメタボリックケミストリー
【解説】 乳酸発酵と乳酸ポリマー発酵 のメタボリックケミストリー 松本謙一郎,ジョン・マサニ・ンドゥコ,田口精一 生物史上初めて乳酸が微生物細胞内でポリマーの形で合成さ れ た. 自 然 界 に な か っ た 乳 酸 重 合 酵 素 の 開 発 が も た ら し た ブ レ ー ク ス ル ー で あ る. こ れ を 契 機 に, 伝 統 的 な 乳 酸 発 酵 か ら 乳 酸 ポ リ マー発酵 という新しい概念が誕生す る こ と に な る. 本 稿 で は,「炭 素 モ ル 濃 度」 と い う 尺 度 を 導 入 し た「メタボリックケミストリー」の切り口から,両発酵の化 とから,使い捨てのコップや,卵パックなどとしてすで に実用化されている.ポリ乳酸の工業的生産のために は,原料となる乳酸の効率的合成が鍵となるため,代謝 工学・培養工学的手法により乳酸の生産性を高める培養 法が活発に研究されている(1).一方,われわれの研究グ 学量論的考察を加えた.今後,メタボロミクス分野で議論す ループでは,微生物が合成した乳酸を,細胞内で直接重 るうえで一つの化学的指標を与えるであろう. 合してポリエステルを合成する新たなシステムを創成し た(2)(図 1) .この新たなシステムでは,乳酸が CoA 体 発酵と言えば微生物,微生物と言えば発酵である.そ (ラクチル CoA)へと活性化された後,重合酵素の働き のなかの一つ乳酸発酵は,糖が分解され乳酸が合成され により乳酸ポリマーが合成される(図 2) .本プロセス る物質変換系であり,ヨーグルトや漬物などの製造な は,微生物による乳酸発酵と化学的手法によるポリマー ど,われわれの食生活とも密着に関連している.この古 合成を一つの細胞内に集積した一体型システムだと言え くから知られる応用微生物技術の一つである乳酸発酵 る.本稿では,この新しく構築された「乳酸ポリマー発 は,近年,ポリ乳酸がバイオマス由来プラスチックとし 酵」と言うべき発酵生産系について,既存の乳酸発酵や て市場に出回るようになり,再び注目を集めている.ポ 従来の微生物ポリエステル合成系と対比して解説し,そ リ乳酸は,乳酸を化学重合させることにより得られる熱 の特性について,特に物質変換の化学量論に基づいた 可塑性ポリエステルであり,透明で硬質な性質をもつこ Metabolic Chemistry of Microbial Production of Lactic Acid and Lactate-based Polyesters Ken ichiro MATSUMOTO, John Masani NDUKO, Seiichi TAGUCHI, 北海道大学大学院工学研究院,科学技術振興機構 CREST 448 「メタボリックケミストリー」の視点から考えたい. 乳酸発酵とポリ乳酸の化学合成 乳酸は化学的には C3H6O3の組成式で表される.グル 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 OH O HO HO OH OH sugars glycolysis 乳酸発酵 O OH L-LDH O pyruvate 乳酸ポリマー発酵 D-LDH O O HO 図 1 ■ 乳酸ポリマーを蓄積した組換え大腸菌 細胞内に存在する顆粒が蓄積されたポリマーである. OH H2O 半分であることから,ほかの化合物の取り込みや,副産 物の生成を伴わずに,1 分子のグルコースから 2 分子の 乳酸が合成できる.原子の収支バランスが取れていると いうことは,合成の途中で炭素のロスがないことを意味 常に効率的なプロセスとなっている. C6H12O6(グルコース) → 2C3H6O3(乳酸) 乳酸を減圧して加熱すると,脱水縮合が起こり乳酸の 重合物,ポリ乳酸が得られる.しかししだいに重合と脱 重合の平衡に達し分子量が上昇しなくなるため,この方 O O S-CoA OH D-lactyl-CoA O L-lactide Sn(Oct)2 heat し,さらに,酸素の供給も必要ないため,嫌気的な条件 で合成可能である.これらの性質により,乳酸発酵は非 CoA 転移酵素 heat O O OH D-乳酸 L-乳酸 コースが解糖系を経て乳酸が合成されるまでの代謝経路 は複雑であるが,乳酸の組成式がグルコースのちょうど HO 乳酸重合酵素 CoA-SH O O O O x poly(lactic acid) (PLLA) Chemoprocess X y x Lactate-based polyesters Bioprocess 図 2 ■ 化学プロセスとバイオプロセスによる乳酸ポリマー合成 化学合成では主に L-乳酸が原料として用いられる.乳酸ポリマー 発酵では,重合酵素の立体特異性により,D-乳酸の CoA 体のみが 重合されキラルポリマーを生じる. 法では低い分子量のポリ乳酸しか得られない.そこで, 低分子量のポリ乳酸を一度環状ラクチドへと分解し,改 めて重金属触媒を用いて開環重合することにより高分子 微生物産生乳酸ポリマーの誕生 量のポリ乳酸が合成できる(3)(図 2) .この合成の際,ピ 乳酸はもともと微生物の細胞内で合成されているの ルビン酸などのほかの有機酸が混入していると重合停止 で,それをそのまま重合できれば 1 ステップでの乳酸ポ の原因となるため,モノマーとなる乳酸は高純度に精製 リマーの合成,すなわち乳酸ポリマー発酵が可能になる されている必要がある.また,乳酸には L と D の光学異 と考えられる.しかし筆者らの知る限り,これまでに乳 性体が存在するが,光学純度が高いモノマーを用いない 酸ポリマーを生合成する生物の報告例はない.これは, とポリマーの物理的強度が出ない.このように,ポリ乳 乳酸がいわば ATP 合成のための老廃物として生成して 酸は乳酸を重合しただけの単純な構造のように見える いることを考えれば,自然なことに思われる.そこで, が,かなり手間のかかるプロセスで合成されている. ポリエステル合成系の人工的な改変により乳酸ポリマー の合成系を構築しようと考えた.ここで注目されたの が, 微 生 物 が 合 成 す る ポ リ ヒ ド ロ キ シ ア ル カ ン 酸 (PHA)と呼ばれるポリエステルである.このポリマー 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 449 キシロース (C5) グルコース (C6) NADP+ NADPH NADP+ NADPH 6-P-gluconate Ribulose-5-P (C6) (C5) CO 2 (C1) PP 経路 Glucose-6-P (C6) EMP 経路 Fruct o se- 6- P (C6) Fruct o se- 6- P (C6) Glyceraldehyde-3-P (C3) NADPH NADH NAD + NADP+ Pyruvate (C3) Phosphoenolpyruvate (C3) TCA回路 CO Acetyl-CoA (C2) PhaA LDH Acetoacetyl-CoA (C4) NADPH PhaB NADP+ 3HB-CoA (C4) PCT 酢酸 LA-CoA (C3) LPE P(LA-co-3HB) O x O Acetyl-P 酢酸 O O PhaC PCT Acetyl-CoA 3-hydroxybutyric acid O O NADH NAD + (C1)2 NADH NAD + NADH 乳酸(LA) (C3) (C4) Fructose-6-P (C6) Glyceraldehyde-3-P (C3) NAD + 乳酸 Xylulose-5-P (C5) y 3-hydroxybutyric acid x P(3HB) 酢酸 図 3 ■ 組換え大腸菌によるグルコー スおよびキシロースを炭素源とした 乳酸ポリマーの生合成経路 モノマー供給酵素 PhaA, PhaB ととも に通常の PHA 合成酵素(PhaC)を用 いると P(3HB)が合成され,乳酸重 合活性を獲得した PHA 合成酵素(乳 酸重合酵素:LPE)を用いると,乳 酸ポリマーも合成される.点線で示 したのは CoA 転移酵素(PCT)が触 媒 す る 推 定 上 の CoA 転 移 反 応 で あ る.LDH:乳酸脱水素酵素,PhaA: β ケトチオラーゼ,PhaB:アセトア セチル CoA リダクターゼ,PP 経路: ペントースリン酸経路,LA-CoA : ラ クチル CoA は,たとえば最も典型的なポリヒドロキシブタン酸 ている重合酵素の進化工学で作成したコレクションの一 (P(3HB) )を例にすると,PhaA, PhaB と呼ばれる 2 つ つであった(7).数多くの変異体を個別に調べ始めた最初 の酵素の働きにより,3HB の CoA 体である 3HB-CoA が の 5 個以内に ST/QK 変異体の乳酸重合活性が見つかっ モノマーとして合成され,次いで重合酵素により重合さ たのにはたいへん驚いた.この乳酸重合酵素の発見によ れて P (3HB)が合成される(図 3) .この経路に基づい り,微生物細胞内での乳酸ポリマーの発酵生産が可能と て考えると,3HB-CoA と同様に,乳酸の CoA 体である なったのである(図 2) .乳酸重合酵素の発見の経緯に ラクチル CoA が重合できれば,細胞内でポリ乳酸を合 ついては他稿で詳しく紹介しているので(8),ここでは乳 成することが可能になると期待される.このような考え 酸ポリマー合成経路の特徴を解説する. (4~6) は,実際複数の研究室で挑戦されていた .しかし, 上述したように,天然ではポリ乳酸合成微生物はいまだ 見つかっておらず,ラクチル CoA を重合可能な重合酵 乳酸ポリマー生合成の特徴 素はなかなか見つからなかった.ところが,筆者らは 図 3 に 最 も 典 型 的 な 乳 酸(LA) ポ リ マ ー で あ る in vitro 重合系を用いて,Pseudomonas sp. 61-3 由来の P(LA-co-3HB)の生合成経路を示す.これは,同一ポリ 重合酵素の変異体がラクチル CoA を基質として認識可 マー鎖内に乳酸ユニットと 3HB ユニットが共重合され 能 で あ る こ と を 初 め て 見 い だ し た(2). こ の 酵 素 は, たコポリマーである.乳酸を重合するためには,乳酸を S325T/Q481K の二重変異体であったことから,ST/QK ラクチル CoA へと活性化する必要がある.ラクチル 変異体と呼ばれており,乳酸重合酵素の第一号となっ CoA が Megasphaera elsdenii 由 来 の CoA 転 移 酵 素 た.この変異体は,筆者らが約 10 年間にわたり継続し (propionyl-CoA transferase ; PCT)により生成すること 450 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 は古くから知られていた(9).CoA 転移酵素に,何らか の CoA 体と乳酸を加えると,CoA が転移されラクチル CoA が合成される.CoA 転移酵素を発現した大腸菌の 細胞内にラクチル CoA が生成したことは,細胞抽出液 の 分 析 に よ り 確 認 で き る(2). し か し, こ の 際 に 何 が CoA 供与体になっているのかを知ることはできない. 大腸菌にはアセチル CoA が比較的高濃度で存在してい ることが報告されていることから,アセチル CoA が CoA 供与体ではないかと推測されるが,直接的な証拠 は得られていない. 次に,ラクチル CoA が乳酸重合酵素により重合され て乳酸ポリマーとなるのだが,ここで,非常に重要な条 件として,供給される乳酸モノマーは D 体である必要が ある.これは,乳酸重合酵素(さらに言えば,これまで に知られているすべての PHA 合成酵素)が厳密な D 体 特異性をもっているためである(10, 11).通常大量に工業 図 4 ■ 大腸菌により合成された P (3HB)(左上) ,乳酸ポリマー P(LA- -3HB) (右上)と化学合成ポリ乳酸(左下) .P (LA-3HB)は軟質で引っ張ると伸長することができる(右下) 生産されている乳酸は L-乳酸であるので,乳酸ポリマー を生合成するためには,大腸菌のような D-乳酸生産菌を 酵より複雑になる.乳酸ポリマー発酵は,乳酸発酵と以 用いるか,あるいは D-乳酸の合成経路を導入する必要が 下の点で異なっている. ある.この性質により,得られる乳酸ポリマーは非常に ・乳酸ポリマー P (LA-co-3HB)の合成には,3HB-CoA 厳密な D-乳酸ポリマーになる.化学的に重合させる場合 でも,原料となるのは乳酸菌が合成した L-乳酸(または D-乳酸)なのであるが,重合の過程でのラセミ化が完全 を供給する必要がある. ・おそらく CoA 供与体として,アセチル CoA の供給も 必要である. には回避できないため,通常数 % の光学異性体が含ま ・上記の事情により,乳酸発酵は嫌気条件下で促進され れてしまう.微生物合成ではそのような問題がなく,精 るのに対し,P(LA-co-3HB)の合成は好気条件で促進 密なキラルポリマーが合成できる.さらに,L-乳酸に比 べて高価(市場価格で L-乳酸の 10 倍以上)な D-乳酸ポリ マーが得られることも,メリットの一つである. される. ・ポリマーが菌体内に蓄積されるため,菌体増殖が必 要. 乳酸ポリマーが生合成されるための 2 つ目の要請とし 本生産系の特徴の一つは,ある程度の好気的条件下で て,3HB-CoA が第二の基質として供給される必要があ 乳酸を合成する必要があることである.過去の研究にお る.興味深いことに,3HB-CoA が全く供給されない条 いて,ピルビン酸からギ酸およびアセチル CoA を合成 件にすると,乳酸が生成しているにもかかわらず乳酸ポ するピルビン酸‒ギ酸リアーゼ(PFL)を欠損した大腸 リマーは合成されず,一方,3HB-CoA の存在下では, 菌は,競合経路が遮断されることに加え,乳酸脱水素酵 共重合体 P (LA-co-3HB)が合成される.このことから, 素(LDH)の活性が増大し,好気的な培養条件下でも乳 乳酸重合酵素は,ラクチル CoA を単独で重合すること 酸を合成することが知られていた(12).筆者らは,Keio ができないと考えられる(10).図 4 には,この代謝経路 Collection に含まれる pflA遺伝子変異株を利用して,乳 を用いて合成された P(LA-co-3HB)を示している.こ 酸ポリマーの合成を行った.その結果,遺伝子構築など のポリマーの性質はモノマー組成によって変化するが, に用いられる JM109 株と比較して,乳酸ポリマーの合 たとえば 30 mol% 程度の乳酸ユニットを含む P(LA-co- 成量および,ポリマー中の乳酸分率が向上することがわ 3HB)は,半透明のフィルムに加工でき,ポリ乳酸とは かった.そこで,以降の実験は pflA 欠損変異株を用い 異なり軟質である程度の伸張性をもつ.したがって,微 て行うこととした. 生物産生乳酸ポリマーは,単に化学合成ポリ乳酸のプロ セス変換にとどまらず,新たな材料の生産系としての可 能性も有していると言える. 上述した性質により,P (LA-co-3HB)の合成は乳酸発 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 ポリマー合成の化学量論 では,乳酸ポリマー発酵が,物質変換系として考えた 451 glucose 3 2 glucose O2 図 5 ■ 乳酸ポリマー生合成の炭素収 支 P(LA-co-3HB) lactic acid CO2 H2O 例 と し て グ ル コ ー ス2分 子 か ら P(LA-co-3HB)各 1 ユニットと乳酸 1 分子が生成した場合の収支を示す. 共重合体のように組成式の異なる複 数の分子が合成される場合は,生成 物の重量やモル数よりも炭素原子の 数を指標にしたほうが物質収支を理 解しやすい.構造は模式的なもので, 結合距離や角度は正確ではない. 際に乳酸発酵とどのように違うのかを考えてみよう.こ 減少していくということは,補足できていないカーボン こで,ポリマー生合成中の炭素源の消費と,ポリマーお フローがあるということである.炭素の減少が大きい期 よび副生成物の生成量を比較するために, 「炭素モル濃 間が菌体の対数増殖期と一致しているので,おそらく糖 度」という指標を導入する.これは,化合物中に含まれ の一部が増殖に使用されたと考えられる.このように, る炭素原子の数に相当する.たとえば,乳酸は 3 つの炭 炭素量をモニターすると,糖源がどの化合物に変換され 素原子を含むので 1 モルの乳酸は 3 炭素モルである.こ ているか把握することができる.ちなみに,水素原子の のような尺度を導入するメリットは,複数の化合物が関 数に着目すると,グルコース 1 分子から 1 分子の 3HB ユ 与する系全体の効率(物質収支)を,酸化還元の程度な ニットと 2 分子の CO2が合成されるため,反応前後で水 どに依存せず一元的に表示できることである(図 5) . 素原子が余ってしまう.これはすなわち,グルコースか まず最初に,乳酸ポリマー合成の基礎となる P (3HB) ら P(3HB)を合成すると還元力が余ることを意味して の合成について検討する.実際の培養結果を図 6A に示 いる.この余剰の水素原子を処理して解糖系が活発に進 す.本条件では,20 g/L のグルコースを加えているの むためには,酸素と結合して水を作る必要がある.した で,667 mol/L の炭素が存在すると考える.経時的に培 がって,グルコースを炭素源とした P (3HB)の合成は 地および菌体をサンプリングし,細胞内に蓄積された 好気的な条件で効率よく進むことになる. P(3HB)と培地中に残存するグルコース濃度と,分泌さ れた乳酸,酢酸の濃度を測定して積み重ねる.図 6A で は,培養中期に少量の乳酸が合成され,その後再吸収さ C6H12O6(グルコース) + 3 O → C 4H6O2 2 2 (3HB ユニット) + 2CO2+ 3H 2O れていることがわかる.ここで忘れてはならないのはピ ルビン酸(C3)からアセチル CoA(C2, CoA 部分を除 く)が合成される際に遊離される CO2である(図 3). 3HB ユニット 1 分子当たり CO2が 2 分子発生するはずな P(LA- -3HB)合成のメタボリックケミストリー 次に,CoA 転移酵素を発現させて乳酸ポリマーを合 ので,3HB の半分に相当する炭素モル濃度を加算する. 成した際の物質変換を同様に測定する(13)(図 6C).今度 図 6 の透明な枠は,このように計算された CO2の量であ は赤色で示したポリマー中の乳酸ユニットの蓄積がグラ る(実際の測定値ではない).青色で示す P (3HB)の炭 フに含まれている.本条件では,培養の初期に一部の炭 素量だけを見ると,原料の糖の酸素量に比べて目減りし 素源が別の経路に流れるが,その後はほとんど炭素量の ているように見えるが,この CO2の放出を考慮すると, 合計が変動せず,グルコースがポリマーまたは有機酸に 実際にはそこそこの炭素収率で P (3HB)が合成されて 定量的に変換されていることがわかる.このグラフで目 いることがわかる.それでも,経時的に炭素量の合計が を引くのは,オレンジ色で表示した 3-ヒドロキシブタン 452 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 図 6 ■ グルコースおよびキシロースを炭素源とした P(3HB)および P (LA-co-3HB)生合成の炭素変換 各データは,ポリマー合成系遺伝子群を導入した組換え大腸菌を培養し,経時的にモニターしたものである.図中のバーの長さは,培地中 およびポリマー中の各化合物の炭素原子の量を表している.各図のバルーンは,大腸菌で発現しているポリマー合成系の酵素群を示す. A : P(3HB)生産,B‒D : P(LA-co-3HB)生産.酢酸の量はごくわずかのため,図中ではほとんど見えない. 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 453 酸(3HB)の生成である.これはポリマー中のモノマー このことから,仮にアセチル CoA が CoA 供与体であっ ユニットではなく,3-ヒドロキシブタン酸が培地中に分 たとしても,CoA 転移酵素により遊離された酢酸は細 泌されていることを意味する.この現象は CoA 転移酵 胞内でアセチル CoA へとリサイクルされていることが 素(PCT)の働きにより説明できる.3HB-CoA が CoA 示唆される.このことは,炭素収率の観点から好都合で 供与体となり PCT によって何らかの有機酸に CoA が移 ある. されると 3HB が生成しうる(14).図 3 には可能性の一つ として酢酸に CoA 転移される経路を示している.CoA の受容体は複数ありうるが,何が受容体になっているの 乳酸分率向上のための改良型乳酸重合酵素 かを知るのは簡単ではない.PCT の基質特異性に基づ 次に,乳酸分率のさらなる向上のために,乳酸重合酵 いて考えれば,乳酸も CoA 受容体になりえるが,3HB 素の改良に着手した.乳酸重合酵素は,野生型の酵素に が合成される培養後期には乳酸も乳酸ポリマーも合成さ ST と QK の 2 つの変異を加え,高活性化すると同時にラ れていないことから,乳酸が受容体になっている可能性 クチル CoA の重合活性を獲得したものである.われわ は低いと推定される.一方,酢酸からアセチル CoA が れの研究グループでは,過去に別の重合酵素の進化工学 生成する場合は,アセチル CoA から 3HB が生成するた 的 改 変(15) で 見 い だ さ れ た 活 性 向 上 効 果 が あ る 変 異 め,代謝経路が回転しうる.なぜこの条件で 3HB が生 (F392S)を,乳酸重合酵素に組み合わせた三重変異体 産されるのかは明らかではないが,3HB が分泌される を作成した(16).この新たな乳酸重合酵素(ST/FS/QK) のは培養後期であり,この段階ではポリマー蓄積率が上 を用いて P(LA-co-3HB)を合成すると,ポリマー中の 昇していないことから,何らかの理由で細胞内のポリ 乳酸分率を向上させることができることを見いだした. マー蓄積が停止し,重合しきれないモノマーが細胞外に 漏れでていると解釈できる. ポリマーとして蓄積された乳酸と 3HB ユニットと, では,この改良型乳酸重合酵素を用いた P (LA-co3HB)生産を,同様にモニターするとどのような違いが 生じるだろうか? 図 6E にはその培養結果を示す(13). 培 地 中 に 存 在 す る 3HB の 合 計 に 相 当 す る 炭 素 量 は, 一見して乳酸ユニットの蓄積率が増大していることがわ P (3HB)を生産した場合よりも多い.上述したように, かる.3HB ユニットの蓄積量は逆に減少しているが, 乳酸の合成には,3HB の合成のような CO2の遊離を伴 ポリマーと残留した糖の炭素量を合計すると ST/QK を わないので,その分炭素収率が高くなると考えられる. 用いた系よりも高くなっている.これは,前に述べた理 たとえば,例として,乳酸分率が 67 mol%(つまり乳酸 由で CO2の放出を伴う 3HB の合成から,乳酸の合成へ ユ ニ ッ ト 2 個 に 対 し て 3HB ユ ニ ッ ト 1 個 を 含 む) の とシフトした結果,炭素収率が向上したことに対応す P(LA-co-3HB)の物質収支は以下のようになる. る.実際,CO2の放出分を含めた炭素量は ST/QK と比 + 3 O2→ C 3H4O2 C6H12O6(グルコース) 4 1 (乳酸ユニット)+ C4H6O2(3HB ユニット) 2 + CO2+ 5 H2O 2 較して大きく変化していない.このことから,P (LAco-3HB)の生産では,乳酸分率が高いほうが,炭素収率 が高くなるという関係があることがわかる.この調子で いくと,乳酸分率をもっと上昇させれば,さらに高い炭 素収率で乳酸ポリマーが合成できそうに見える.しか し,前述したように,3HB-CoA の供給は乳酸ポリマー 前述した P (3HB)の合成と比較すると,CO2の発生 の生合成に必須であり,3HB-CoA 供給系を弱いものに が少なくなる分,全体の炭素収率が上昇する.ただし, 置き換えると(乳酸分率は向上できるが)ポリマーの合 乳酸からラクチル CoA への活性化に,おそらくアセチ 成量が極端に低下してしまう(17).したがって,生産性 ル CoA が CoA 供与体として必要とされることは注意す を維持しつつさらに乳酸分率を上げるためには,何か別 る必要がある.なぜこのことが重要なのかというと,図 の工夫が必要だった. 3 に示すように CoA 転移酵素がアセチル CoA を CoA 供 与体としてラクチル CoA を合成したとすると,合成し たラクチル CoA と等モルの酢酸を遊離するはずだから キシロースの乳酸ポリマー合成における有効性 である.しかし実際には,培地中に分泌された酢酸量は 筆者らは乳酸ポリマー生産の炭素源としてキシロース 重合された乳酸ユニットと比較して非常に少量で,また に着目した.キシロースは植物組織を構成するセルロー ほかに乳酸の重合量に匹敵する有機酸が検出されない. ス,ヘミセルロース,リグニンのうち,ヘミセルロース 454 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 の主要構成成分であり,木質系草本系バイオマスの糖化 能が高い(あるいは低い)ことは,必ずしも NADPH の によって得られる(18).近年,非可食バイオマスの産業 細胞内濃度が高い(あるいは低い)ことを意味しない. 利用が活発になり,注目されている炭素源である.既往 実際筆者らは,ポリマー合成中の大腸菌の NADPH/ の研究により,乳酸発酵の炭素源としてキシロースを使 NADP +レベルを測定したが,グルコース・キシロー 用すると,ほぼ理論収率に近い生産性を示すことが知ら スを炭素源とした培養において,大きな違いはなかっ れている.一方,P (3HB)の生産においては,キシロー た(13).このことから,細胞内の NADPH のレベルはあ スを炭素源とできることが古くから報告されていたもの る一定の値に制御されているが,酸化還元反応を仲介す (19) の ,その生産性はグルコースに劣っていたため,そ る回数には差が生じると考えられる.逆に言うと,ポリ の後あまり注目されることはなかった.われわれは,こ マーを分析することにより,間接的に NADPH などの補 の乳酸の生産性が高く P (3HB)の生産性が低いという 因子の回転数を知ることができると言える.つまり,ポ 性質に着目した.P(3HB)の生産性が低いのであれば, リ マ ー 中 の 乳 酸 ユ ニ ッ ト が 1 分 子 生 成 す る こ と は, その分の炭素源が乳酸ユニットに振り向けられる可能性 NADH が 1 分子消費されたことを意味し,また同様に, が考えられた. 3HB ユニットが 1 分子生成することは,NADPH が 1 分 では,実際にキシロースを炭素源として P(3HB)お 子消費されたことを意味する.したがって,キシロース よび乳酸ポリマーを合成した結果を図 6B, D, F に示す を炭素源とした方がグルコースを用いた培養と比較し (20 g/L のグルコースと 20 g/L のキシロースは,糖のモ て,結果的にポリマー生産系における NADPH の回転数 ル数は異なるが,炭素のモル数はどちらも 667 mM であ が減少し,逆に NADH の回転数が増加したと推定でき (13) る) .まず,P (3HB)の合成では,過去に報告されて る. いたとおり,グルコースと比較するとキシロースからの P(3HB)の生産性が低かった(図 6B) .次に P (LA-co3HB)を合成すると,期待どおり,グルコース培養と比 おわりに 較して,乳酸ユニットの蓄積量が増加し,逆に 3HB ユ 乳酸ポリマー発酵は,再生可能なバイオマスを一段階 ニットの合成量は低下した(図 6D).さらに,この効果 の発酵プロセスで乳酸ポリマーへと変換する.合成され は ST/FS/QK 変異体と組み合わせることにより相乗効 たポリマーは,非常に高い光学純度をもち,プラスチッ 果が得られ,その結果,ポリマーとして蓄積された炭素 ク材料として利用できる.本発酵系は,ラクチル CoA の総量はグルコースより低いものの,ポリマー中の乳酸 への活性化,ほかのモノマー基質との共重合など,さま 分率は最大で 60 mol% に達した.この結果は,これまで ざまな因子がかかわり合う複雑な代謝経路となる.今 ポリマー生産には不利だと考えられていたキシロース 後,メタボローム解析的な手法により測定される細胞内 が,乳酸ポリマーの合成にはむしろ有利に働くことを示 の代謝中間体の情報を組み合わせれば,本合成系に関す している. る理解がさらに深まるだろう.炭素収率だけに着目する なぜグルコースとキシロースの間にこのような違いが と,乳酸分率が高いほうが理論収率は向上するが,材料 生じるのであろうか? おそらく主要なファクターの一 の観点から見ると,これら分率の異なる共重合体はそれ つとなっているのが,解糖系によって得られる還元力の ぞれ異なる物性を示すことから,モノマー組成が制御さ 違いである.グルコースはペントースリン酸経路(PP れたさまざまなポリマーを合成し,その材料特性を知る 経 路) に 入 る こ と により,炭素を一つ失う見 返 り に ことが必要である.このシステムをうまくコントロール NADPH を 1 分 子 生 成 で き る(図 3) .NADPH は PhaB し,組成の制御と生産性を両立させるためには,どのよ の補因子となるので,NADPH が効率的に合成できるこ うな代謝経路および酵素を用いればよいか,それを探索 とは,P (3HB)の合成にとって重要であると考えられ するのも今後の重要検討課題である. る.一方,キシロースは PP 経路で NADPH を合成する 謝辞:電子顕微鏡写真を提供頂いた明治大学農学研究科,若林愛子氏, 佐藤道夫博士,前田理久博士に感謝申し上げます.本研究の一部は, JST・CREST 研究領域「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力 強化と生産物活用のための基盤技術の創出」の支援により行われました. ことができない.そのため 3HB の合成が不利になり, その分乳酸の合成に振り向けられると考えられる.ま た,NADPH をほかの経路で賄う必要があり,たとえ ば,TCA サイクルに入って NADPH を生成したと考え ると,その分の炭素源が失われ,トータルの炭素収率が 低くなることと符合する.ただし,NADPH などの合成 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013 455 文献 1) M. 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Lee : Bioprocess Eng., 18, 397(1998) . 456 プロフィル 松 本 謙 一 郎(Ken ichiro MATSUMOTO) <略歴> 1997 年東京大学工学部化学生命 工学科卒業/2002 年同大学大学院工学系 研究科化学生命工学専攻修了/2002 年理 化学研究所博士研究員/2003 年同基礎科 学特別研究員/2005 年東京理科大学基礎 工学部助手/2007 年北海道大学工学部助 教/2012 年同大学准教授.同年より科学 技術振興機構さきがけ研究者(兼任) ,現 在に至る<研究テーマと抱負>大学におけ る研究・教育活動と家族サービスの両立 <趣味>生物システムを利用した合成化学 ジョン・マサニ・ンドゥコ(John Masani NDUKO) < 略 歴 > 2005 年 Egarton 大 学 食品科学技術学部(ケニア)卒業/2008 年より国費留学生として北海道大学大学院 総合化学院博士前期・後期課程に在籍,現 在に至る<研究テーマと抱負>乳酸ベース ポリマーの微生物合成.将来の夢はケニア で教授になること<趣味>サッカー,旅行 田口 精一(Seiichi TAGUCHI) <略歴> 1989 年東京大学大学院工学系研 究科工業化学専攻博士課程 2 年中退,工 学 博 士(1991 年 取 得(東 大))/1989 年 東京理科大学基礎工学部生物工学科助 手/1999 年 理 化 学 研 究 所 高 分 子 化 学 研 究 室 先 任 研 究 員/2002 年 明 治 大 学 農 学 部 農 芸 化 学 科 助 教 授/2004 年 北 海 道 大 学大学院工学研究院教授(理化学研究所 バイオマス工学研究プログラム客員主管 研 究 員 兼 任)/2012 年 科 学 技 術 振 興 機 構 の CREST 研 究 員 代 表 < 研 究 テ ー マ と 抱 負>微生物プラットフォームを利用した 新規有用物質生産,自然免疫分子(抗菌 ペ プ チ ド) の 作 用 機 構 と 応 用 展 開 < 趣 味>自転車での遠出,駄洒落 化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013