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Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向
Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 結への期待が比較的大きい。逆に,ここである程度の合 意が達成できなければ,ドーハラウンドは失敗に終わる (1)多国間貿易交渉の行方 との強い懸念が広まっている。 2013 年末の第 9 回 WTO 閣僚会議が正念場 貿易円滑化とは,貿易手続きを簡素化・迅速化するこ WTO の「ドーハ開発アジェンダ」 (ドーハラウンド) とにより物流コストを低下させ,貿易の拡大を目指すも は,2008 年の決裂以降,目立った進展のないまま停滞し のである。具体的には,輸送自由化,輸出入手数料,貿 ている。途上国の発言力が強まり,先進国を中心とした 易規制や手続きの透明化などが論点となる。交渉のゴー 意思決定に限界が来ていることが主な理由である。2013 ルは,GATT を具体化した貿易円滑化に関する協定を策 年 6 月の G8 サミットでは,これまで首脳宣言で最優先課 定することである。OECD は, 貿易円滑化が実現すれば, 題として打ち出していたドーハラウンドの妥結に先立ち, 輸出入関連コストが世界全体で10%以上削減できると試 大型 FTA の推進をうたうなど,先進国による WTO から 算しており,合意すれば影響は大きい。現状,途上国へ FTAへの傾斜が際立つ場面もあった。2013年9月からは, の特別かつ異なる待遇の供与などの点で対立が残り,ド ラミー事務局長の後任としてアゼベド・ブラジル WTO ラフトには未合意箇所が 500 以上残っている。また農業 大使が就任することが決定しており,途上国の支持を受 については,現行モダリティ案のうち市場アクセス分野 けた候補が WTO のトップに立つことからも,先進国主 を除く,国内支持や輸出補助金の部分で議論を進めてい 導のシステムの変容がうかがえる。ドーハラウンド膠着 る。しかしここでも,途上国の提案に先進国が反発する の要因としてはさらに,前回ウルグアイラウンドの合意 など,MC9 までに解決すべき課題は山積している。 内容がかなり完成度の高いものであったために,これを 次に,プルリによる合意形成にも 2012 年以降活発な動 超える枠組みを形成することの困難さも指摘される。 きがある。ラウンドの停滞が続く中,スピード感のある ドーハラウンドは,2013 年 12 月に開催される第 9 回 国際貿易ルール形成のツールとしてプルリ合意は機能し WTO 閣僚会議(以下,MC9)で満 12 年を迎えるが,非 得る。実際,貿易と環境(Column Ⅱ- 1)分野では, 農産品の関税削減,農産品市場アクセス,サービス交渉 WTO で議論が進まない環境物品の定義について,APEC といった主要項目で,近い将来妥結する可能性は低い。 加盟国内で合意に至った。注目される主なプルリの動き ドーハラウンドは,全加盟国による全交渉分野の一括受 として,次でみる情報技術協定(ITA)の関税撤廃対象 諾を原則とするが,その実現が困難であることから,一 品目の拡大交渉と, 「新サービス貿易協定(TISA) 」交渉 部分野での先行合意(アーリーハーベスト)や複数国間 の進展がある。 こうした枠組みは, 将来の多国間貿易ルー (プルリ)による合意形成で進展を図る動きが続く。 ルの基礎作りとなることが期待されている。 ITA 拡大交渉が活発化 まずアーリーハーベストに関して,MC9 での合意が求 ITA は,半導体,コンピューター,通信機器などの IT められているのが,貿易円滑化,農業の一部,開発の 3 図表Ⅱ 1 第 9 回 WTO 閣僚会議で合意を目指す分野 分野 内容 交渉状況 貿易円滑化 税関手続の簡素化,迅速化,その実施に伴う途上国支援。 20 条,30 ページ程度の条文概要を基に,条文ごとに関心国が交 渉。7 月現在未合意部分が 500 カ所以上残る。途上国は,技術的・ 金銭的援助の約束がなければ義務を負えないと主張。 ・G20 提案(ブラジル) :関税割当の完全消化(途上国は除外) :貧困層への備蓄食糧の売り渡しを,削減 ・G33 提案(インド) 農業の一部 を免除される補助金(緑の政策)に追加 ・輸出補助金の削減・撤廃 途上国が,現行議長テキストのごく一部を切り出して提案。G20 提案は,農業分野では比較的問題が少ない事項として前向きな国 が多い一方,G33 提案に対しては先進国が,補助金支払いを増や すための身勝手な手段であると批判。 開発 TRIPs 協定の対 LDC 経過期間の延長,協定上の途上国優遇の TRIPs 協定の経過期間については,2021 年までの延長が決定 完全実施・拡充,対 LDC 無税無枠の拡大,綿花補助金の削減,(2013 年 6 月)。その他の対 LDC 無税無枠の拡大や綿花補助金の 対 LDC サービス・ウェーバーの具体化。 削減などは,先進国にとってセンシティブな要素を含んでいる。 〔注〕①農業交渉では,有力途上国が属する G20,途上国の特別かつ異なる待遇(S&D)に関心の高い G33,食料輸出国で構成するケアンズ・ グループなどが存在。② TRIPs 協定:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定。 〔資料〕WTO Reporter(Bloomberg BNA),各種セミナーに基づく情報から作成 45 Ⅱ 分野である(図表Ⅱ- 1) 。こうした論点は交渉の早期妥 1. 多国間貿易ルールの必要性と課題 関連製品約 200 品目の関税撤廃などにつき,1996 年当初 拡大交渉に参加する国・地域で全体の 9 割以上を占める 29 カ国が合意した WTO 傘下の協定である。特定品目を (図表Ⅱ- 2)。中には,中国の磁気テープ(25%)やマ 無税とし,非参加国も含めた WTO 全加盟国に最恵国待 レーシアの印刷用インク(25%)など高関税品目がある 遇(MFN)ベースで許与している。発効以来加盟国数を ことから, 無税化すれば輸出拡大に与える影響は大きい。 増やし,現在 75 カ国・地域が参加している。協定成立か ITA 拡大交渉には,技術進歩を協定に反映するととも ら 15 年以上経ち技術進歩に伴い IT 製品の分野が拡大す に,IT 製品が対象となったこれまでの WTO 紛争の結果 る中,対象品目の見直し・拡大が急務とされていた。 も盛り込む意義がある。例えば,日米と EU 間で関税分 2012 年 5 月の ITA 委員会で,日本など先進国が品目拡 類をめぐり紛争に発展したフラットパネルディスプレー 大の交渉開始を提案し,同年 7 月には,品目拡大に積極 をリストに入れるか否か,現在議論が進んでいる。こう 的な国・地域の関心品目を統合した 357 品目のリストが した細かい調整は必要ではあるが,既存協定を上書きす 提示された。2013 年に入り,リストの内容を見直す会合 る ITA 拡大交渉は比較的合意が容易で,MC9 での成果が を毎月実施するなど交渉は活発化し,7 月現在 EU を含む 最も期待できる分野だと言われる。今後は,中南米諸国 51 カ国・地域が参加している。中国など途上国も独自に や南アフリカ共和国など ITA 非加盟国や,加盟国ではあ 提案を行い積極的に参加していることが注目される。IT るが品目拡大交渉に不参加のベトナムやインドなどを枠 品目の中には途上国が輸出競争力を持つものも多いこと 組みの中に取り込むことが課題となっている。 サービス貿易交渉,妥結すれば日本企業進出に追い風 と,拡大交渉が妥結した場合でも国内の大きな制度変更 を求められることはないことから,ITA 拡大交渉に対し もう一つ動きのあるプルリの枠組みが,新サービス貿 ては途上国含め広い支持が集まっていると考えられる。 易協定交渉である。サービス自由化交渉の停滞にはいく 現行リストに追加すべき品目を,MC9 前までに 200 程 つか理由がある。WTO の一括受諾式により農業交渉の 度に絞り込むことが目標で,7 月現在,具体的な品目は 進捗に左右されてきたこと,サービス貿易自由化に積極 不明ながら 256 品目まで集約が進んでいる。交渉参加国 的な先進国と消極的な途上国との利害が対立したこと, のいずれかにとってセンシティブな品目,貿易額が小さ サービス貿易に対する規制が重要な国内政策に関わるこ い品目,家電などハイテク IT 製品とは定義しづらい品目 と,リクエストオファー方式という交渉方式が複雑であ などが,リストから落ちる傾向にある。最終的に追加が ること,などが挙がる。一方で,情報通信技術の発達な 期待される品目は,新型半導体,デジタル機器,医療機 どに伴いサービスのあり方も多様化しており,これに対 器,半導体製造装置などである。 応するルール整備が求められていた。 交渉のたたき台となった357品目を集計したところ, 世 そこで 2012 年以降,米国を中心として,一部の国・地 界の拡大 ITA 貿易額は 2012 年に 2 兆 6,426 億ドル,うち 域のみで交渉を加速させる機運が高まった。2013年に入 り, 「新サービス貿易協定(TISA) 」との名称で, 「リア 図表Ⅱ 2 拡大 ITA 貿易額の推計 (億ドル) 30,000 20,000 15,000 10,000 ベトナム,インド, インドネシアなど ITA非加盟国 その他現行ITA加盟国 その他ITA拡大交渉参加国・ 地域 日本 米国 中国 EU 6,505 6,174 6,413 7,522 23,635 22,882 20,985 19,580 11,609 9,209 10,138 5,000 0 域による議論が本格化している。議論の柱は,ハイレベ ルのサービス自由化と,幅広い参加メンバーの獲得,の ITA拡大交渉参加国・地域 25,000 ル・グッド・フレンズ(RGF)」と呼ばれる 49 カ国・地 メキシコ,ブラジル,南 アフリカ共和国など 26,034 26,426 二つである。現状は BRICs などを含まず,既に高レベル の自由化を実施した先進国が中心であることが特徴であ る。 先進国は一般的にサービス貿易自由化, とりわけサー ビスの形態別で高い比重を占める「商業拠点の設置」を 拡大させるべく,外資規制の撤廃に積極的である。 交渉対象である「サービスの貿易に関する一般協定 12(年) (GATS) 」上のサービスの概念と,国際収支上のサービ 〔注〕①拡大 ITA 対象品目の定義は,交渉開始時に検討対象となって いた 357 品目。② ITA 拡大交渉に 2013 年 7 月現在参加してい る 51 カ国・地域(オーストラリア,カナダ,中国,コスタ リカ,エルサルバドル,EU,グアテマラ,香港,アイスラ ンド,イスラエル,日本,マレーシア,モーリシャス,モン テネグロ,ニュージーランド,ノルウェー,フィリピン,シ ンガポール,韓国,スイス,台湾,タイ,トルコ,米国)の うち,統計が取得できないモーリシャスとモンテネグロ以外 の 49 カ国・地域を集計。 〔資料〕各国貿易統計から作成 スの概念とは厳密には一致しないが,それを前提として 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 主要国のサービス貿易の規模を表したのが図表Ⅱ- 3 で ある。RGFのサービス貿易額は世界の7割以上を占める。 米国やスイスなどは,サービスが貿易全体の 3 割を占め, かつ競争力も高い。一方で BRICs など途上国は,情報 サービスに強いインド以外はサービスの輸出競争力が低 い国が多い。途上国は一般的に,単純労働者の移動を除 46 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 きサービス分野で優位性を持たないことから,自由化の 明記し,それ以外は自由化する義務を負う方式である。 効果に対して懐疑的な立場をとっている。 2013 年 6 月には, TISA 策定の議論が本格的な交渉段階に 移行したことを RGF 間で確認する共同発表がなされた ス貿易の割合や貿易特化係数では他の主要先進国に及ば が,現在のところ交渉内容の詳細は公開されていない。 ず,サービス輸出拡大の余地が大きいといえる。少子高 公開情報から把握する限りにおいて,まだ意見の一致 齢化が進む日本としては,企業の海外進出の促進や外資 をみない重要な論点として,合意内容が WTO 全加盟国 規制緩和による海外展開拡大に期待したい部分は大きい。 に MFN で適用されるのか,TISA 参加国のみに限定され TISA では,特定分野を交渉対象からあらかじめ除外す るのか,という点がある。後者の方式を採用すれば恩恵 ることはせず,現行ルールを強化することで意見が一致 を受けるのは締約国のみのため,未加盟国が参加する動 している。多国間交渉に先駆けて TISA で合意ができれ 機になるとも考えられる一方で,関税のように数値的把 ば,特に日本の関心分野である金融,建設・エンジニア 握ができず,提供者や消費者が移転先でサービスを提 リングなどのインフラ関連サービスや,IT,専門サービ 供・消費する場合もあるサービスの形態で,相手国を特 ス,コンテンツ産業の海外展開などにも追い風となるだ 定してルールを適用することは困難な面もあると考えら ろう。また,日本国内の自由化が選択肢を拡大させ,消 れる。その他にも,協定内容に関しハイブリッド方式が 費者利益の向上につながることも見込まれる。 前例のない取り組みであること,途上国,特に日本が市 TISA 交渉においては現在,既存 FTA のサービス条項 場開放に関心のある中国や ASEAN などが現時点で参加 の整理統合も視野に入れつつ,GATS 寄りの協定に仕上 していないこと,GATS への統合方法が見極められてい げ, 将来的にはGATSに置き換えることを意図している。 ないこと,などが論点として残っており,こうした課題 RGF 諸国間ではサービス章を含む FTA が既に 40 本以上 が交渉の中でどのように解消されていくか注目される。 発効しているため,その点では一から調整するよりも (2)途上国リスクとしての保護主義/貿易紛争 ハードルは低いと指摘される。2012 年 10 月時点の TISA 保護主義的措置にはなお警戒が必要 草案では,市場アクセスではポジティブリスト方式,内 国民待遇ではネガティブリスト方式,と自由化の様式を 世界貿易の鈍化に伴い,保護主義への懸念が再燃して 混合する「ハイブリッドアプローチ」を採用することで いる。特に,途上国による国内産業保護や競争力強化を 合意した。ポジティブリスト方式とは,各国が約束表に 標榜した措置が拡大した。注目される措置として,イン 記載した項目についてのみ自由化の義務を負う方式で, ドネシアによる鉱石の国内精錬義務化および精錬前鉱石 ネガティブリスト方式とは,各国が留保する国内規制を の輸出制限(2012 年 8 月) ,ロシアの車両リサイクル税導 入(2012 年 9 月) ,ブラジルによる輸入自 図表Ⅱ 3 新サービス協定(TISA)交渉参加国を中心とする主要国のサービス貿易規模(2012 年) ウクライナによる不透明な乗用車セーフ (%) 0.6 リアル・グッド・フレンズ (RGF) 0.4 BRICs 香港 トルコ EU 1,838,857 パラグアイ パナマ 貿易特化係数 0.0 チリ メキシコ 中国 190,939 コロンビア -0.4 韓国 アイスランド NZ ノルウェー パキスタン オーストラリア ペルー カナダ ロシア 59,055 ブラジル 39,864 米国 633,028 した措置は,日本の輸出や現地でのビジ ネス活動に悪影響を及ぼす恐れがある。 イスラエル 台湾 -0.6 ガード(2013 年 3 月)などがある。こう コスタリカ スイス 0.2 -0.2 動車への増税措置延長(2012 年 10 月) , インド 148,128 WTO が 2013 年 6 月に公表した報告書に よると,G20 が 2012 年 10 月から 2013 年 5 月までに導入した貿易制限的措置は 109 件と,前回報告書の 71 件から増加した。 日本 142,855 貿易救済措置や関税の引き上げの多発に より,貿易自由化措置は全体の 4 割にと 0 5 10 15 20 25 30 モノ ・サービス輸出のうちサービスの占めるシェア 35 40 (%) 〔注〕①貿易特化係数=(サービス輸出額-サービス輸入額)/(サービス輸出額+サー ビス輸入額)。②バブルの大きさと数値はサービス輸出額(100 万ドル表記)を示 す。③リアル・グッド・フレンズ(RGF)は,オーストラリア,カナダ,チリ, コロンビア,EU,香港,コスタリカ,アイスランド,イスラエル,日本,ニュー ジーランド,ノルウェー,メキシコ,パキスタン,パナマ,パラグアイ,ペルー, 韓国,スイス,台湾,トルコ,米国。 〔資料〕WTO から作成 47 どまった。 貿易救済措置(アンチダンピング,相 殺関税,セーフガード)は,調査開始だ けでも輸出を抑制する効果があり,乱用 すれば保護主義的措置となり得る。貿易 救済措置の合計件数は,長期的にみれば 平均的な水準にあるが,2012 年には前年 Ⅱ 日本は交渉に参加する先進国ではあるものの,サービ 比 26.7%増に増加した。特に,措置の 8 割を占めるアン として威力を発揮してきた。ただ,WTO 勧告を受けた チダンピングは,2012 年には 4 年ぶりに増加した。2011 国は自ら措置を改善する場合が多く,対抗措置の発動は 年以降は,措置のヘビーユーザーである米国と EU によ まれである。1995 年の WTO 発足以来 2013 年 7 月現在, る調査が落ち着く一方で,中国からの輸入増を恐れるブ 461 件の紛争案件が付託されており,うちパネルの判断 ラジル,アルゼンチン,インドなど新興国による調査が を待たずに解決された案件は 227 件と約半数に及ぶ。 増加基調にある。相殺関税調査もリーマン・ショック以 2012年には9年ぶりの水準である27件の案件が付託さ 降活発化しており,アンチダンピングと同時に課すケー れた(図表Ⅱ- 5) 。件数増加は紛争処理システムに対す スも増えている。 セーフガードも足下では増加しており, る各国の信任の表れと考えられる。特に 2012 年 11 月に, インドやインドネシアのほか,ロシアも加盟直後に調査 20 年続いた EU と中南米諸国間のバナナ紛争が決着した を開始した。貿易救済措置全般で,途上国による活用が ことも,紛争解決の意義を示す事例として注目された。 拡大している(図表Ⅱ- 4)。 最近日本が申し立てた案件としては,カナダ・オンタリ オ州の電力固定価格買い取り制度がある。同州の産品を 貿易救済措置の分野別では,再生可能エネルギー関連 の案件増加が顕著である。例えば,米国は 2012 年 11 月に 優遇する措置に対しEUと共同で申し立てていたところ, は中国の太陽光パネル,2013 年 1 月には中国とベトナム 上級委員会は 2013 年 5 月に,日本側の主張をおおむね認 の風力発電用機器に対し,アンチダンピング税と相殺関 めた。貿易救済措置でも関心の高まる再生可能エネル 税の賦課を決定した。再生可能エネルギー市場の急拡大 ギー分野において,判断が下された初の事例となった。 に伴い関連機器の価格競争が激化し,メーカーの破綻も 紛争解決手続きを最も利用しているのは米国で,次い 相次ぐ中,国内産業保護を図るための措置適用が増加し で EU,カナダである。途上国ではインドや,アルゼン ている。 チンなど中南米諸国による利用が多い。最近では,申し しかし WTO は先述の報告書の中で,2008 年以降現在 立て・被申し立てとも中国関連の案件が増加している。 まで継続している貿易制限的措置が G20 の貿易に与えた 2012 年に中国がターゲットとなった案件は,自動車に対 影響は,0.2%にとどまると分析する。各国貿易措置に対 するアンチダンピングおよび相殺関税(申し立て国は米 する WTO による監視が功を奏したと評価される。加え 国) , 継目無鋼管に対するアンチダンピング(申し立て国 て,APEC や G20 による首脳メッセージも政治的ツール は日本)など,過去最多の 7 件となった。加盟以来中国 としてしばしば利用された。2012 年 9 月の APEC 首脳会 が被申し立て国となった 30 件のうち,21 件は米国と EU 談では,2015 年末まで新たな保護主義的措置導入を控え からの申し立てである一方,中国が申し立てた 11 件は全 ることや,導入済み措置の是正を改めて確認した。 て米国と EU に対する事案であることから,欧米対中国 増加する WTO 紛争解決手続きの利用 の構図が鮮明となっている。主に双方が発動した貿易救 保護主義防止に貢献しているのが WTO の司法機能で 済措置についての損害認定や調査手続きの透明性が争点 ある。WTO 紛争解決手続きは,通商問題の政治化を避 である。 欧米と中国を中心に, 判例の積み上げによるルー け,ルールに基づく客観的な解決を図るもので,勧告不 ルの明確化が進展しつつある。 履行に対する対抗措置の発動を認めるなど効果的な制度 立法機能が低下する WTO であるが,保護主義を抑制 図表Ⅱ 4 貿易救済措置調査件数および調査実施国に占める途上国のシェア 図表Ⅱ 5 WTO 紛争案件数と中国関連案件 (%) 80 (件) 500 (件) 60 8 70 39 40 300 60 30 200 10 40 1995 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12(年) 貿易救済措置の合計件数 37 34 0 調査実施国に占める途上国のシェア (右軸) 3 19 12 1 20 48 4 3 19 14 13 1 1 1 27 4 3 3 4 17 1 8 1995 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 〔注〕案件数は当年に協議申請が行われた件数。 〔資料〕WTO から作成 〔注〕途上国の定義は WEO(IMF)に従う。 〔資料〕WTO から作成 5 4 26 23 7 6 5 20 50 100 41 30 25 7 紛争案件総数 中国が申し立て国(右軸) 中国が被申し立て国(右軸) 50 50 400 0 (件) 2 2 1 1 0 12(年) Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 も中長期的には難しくなる。そうなれば紛争解決も, 認できる。特に紛争解決手続きの活用を通じて,判例蓄 FTAで対応するほかなくなる恐れがある。この観点から 積を通じたルール明確化,立法機能の補完,類似措置の 立法機能の回復は引き続き重要であり,まずは MC9 で目 拡散防止が実現されつつある。ただ今後,WTO が単に 指しているような,部分合意の積み上げを達成すること 紛争処理機関化することは望ましくなく,立法機能の弱 が目下最も現実的なアプローチであると考えられる。 体化が続けば,成文ルールを根底に置く司法機能の維持 Column Ⅱ-1 ◉環境物品の自由化に向けて 2012 年 9 月のアジア太平洋経済協力(APEC)サミッ トで加盟国は,特定環境物品の関税削減に合意した。再 生可能エネルギー関連製品,水・汚水処理関連機材,大 気汚染制御装置,環境測定機器など,HS コードの 6 桁 ベースで 54 品目(以下,環境物品)の実行税率を, 2015 年末までに 5%以下に引き下げることが目標であ る。WTO や OECD での交渉が停滞する中,具体的なリ ストが固まったのは画期的な成果であった。2013 年 4 月の APEC 貿易相会合では,各国首脳が合意実現のた めの方策につき議論し,日本も,必要な製品・技術情報 の提供や能力構築支援で貢献していく考えを表明した。 APEC の環境物品輸出額は,2012 年に 3,259 億ドル となった。APEC 輸出総額の 3.8%を占め,この 10 年 間に年平均 14.6%で拡大した。日本は APEC の中で, 中国と米国に次ぐ輸出国である。日本の対 APEC 輸出 も増加しており,2012 年には 401 億ドルと過去最高を 。 主 要 輸 出 先 は, 中 国( シ ェ ア 記 録 し た( 図 表 1) 28.6%),米国(13.8%),タイ(8.0%)である。貿易 収支は一貫して黒字で,黒字幅は拡大傾向にある。 2015 年までに引き下げる予定の関税率は,現在は図 表 2 の水準にある。APEC 全体の環境物品税率は既に 5%を下回っているが,ブルネイ,チリ,中国,韓国が 平均 5%以上であるほか,多くの途上国では高関税の品 目も存在する。APEC 向け環境物品輸出の 3 割に 5%を 上回る税率が課せられていることから,関税引き下げの 意義は大きい。APEC リストが WTO での議論を刺激し, 対象国や品目が拡大すれば,自由化はより進展する。 APEC 非参加の EU やスイスも APEC 合意を評価した ほか,米国は 2013 年 6 月に,APEC リストを基礎とし た WTO での新枠組み立ち上げに意欲をみせている。 しかし課題も残る。まず,APEC での合意は交渉ス ピードを重視したことが一因で,WTO が目指す約束と 比べ緩やかで実効力が弱い。例えば,対象となるのは譲 許税率ではなく実行税率であり,目標には法的拘束力も ない。引き下げ目標も 0%ではなく 5%であるという点 で効果は限定される。さらに,APEC リストの定義は なお曖昧で,HS7 桁以下の自由化は各国の裁量に委ね られる。最後に,APEC リストをそのまま WTO に持ち 込むことは難しい。WTO では今回のようにリストのか たちで定義を決めることについて合意に至っておらず, インドや中南米諸国などはAPECリストに批判的である。 環境物品の自由化は,日本の輸出拡大にもつながると 見込まれる。その上,同物品が普及することは,定量的 把握は困難にしても,環境保全に好影響を与える可能性 は高い。先に述べたような課題を解決し,より実効性の 高い多国間合意に至ることが期待される。 図表 2 APEC 加盟国の環境物品関税率(実行税率) (%) 35.0 20.0 15.0 8.0 11.7 7.0 6.0 5.0 図表 1 日本の国・地域別環境物品輸出入額の推移 4.0 (億ドル) 600 3.0 7.8 5.6 5.1 5.0 4.1 4.1 3.6 日本︵0︶ (0) (8) (0) (0) (6) (4) (4) APEC カナダ ペルー ベトナム 米国 マレーシア 08 (2) ロシア 07 (4) メキシコ 06 7.2 4.9 5.3 4.9 5.2 オーストラリア 05 フィリピン 04 4.9 ニュージーランド 輸入 03 8.9 2.7 2.7 2.6 2.8 1.8 2.0 1.3 2.5 1.5 2.3 1.8 1.6 1.5 1.1 1.1 1.5 0.8 0.9 0.6 1.2 0.5 0.4 0.1 0.1 0.0 インドネシア 中国 米国 -100 タイ 0 16.3 14.8 4.3 (2) 対APEC 輸入 中国 5.0 4.7 (47) (22) (35) (21) (37) 14.5 6.3 3.1 韓国 100 中国 200 チリ タイ 米国 ブルネイ その他 APEC 300 対APEC輸出 400 02 0.0 その他 うち最も高関税の品目の税率 8.0 15.4 8.1 6.0 1.0 輸出 2000 01 環境物品の平均 2.0 500 -200 全品目 34.6 (3) (0) 〔注〕①税 率は加重平均税率。②台湾とパプアニューギニアの データはなし。その他の国については,2009〜11 年で 取得できる最新の税率。③香港とシンガポールは全品 目で 0%のため略。④( )内の数字は,環境物品 54 品 目のうち,現在関税率が 5%以上である品目の数。 〔資料〕 “World Integrated Trade Solution” (世界銀行)から作成 韓国 09 10 11 12(年) その他 APEC その他 〔資料〕財務省「貿易統計」から作成 49 Ⅱ する監視機能と司法機能は確実に機能していることが確 られる。日系企業からは,家庭用冷蔵庫で実害が報告さ (3)WTO 加盟後のロシアと WTO 新規加盟の状況 れている。ユーラシア経済委員会は, 実行税率表にWTO 約束上の問題があれば毎年 8 月に行う税率改定で是正し ロシア WTO 加盟後 1 年の評価 ていくと述べており,今後の運用が注視される。 ロシアが 2012 年 8 月 22 日に WTO に加盟して間もなく 次に,加盟以前の実行税率よりも高めに設定された譲 1年が経過する。WTO加盟によるビジネス環境への変化 許税率を利用した実行税率引き上げが問題となっている。 については, モスクワ・ジャパンクラブとジェトロが2012 2013 年 5 月には,液晶・プラズマテレビの実行税率は加 年 11 月時点で行った調査で,回答企業の約 8 割が「変化 盟 2 年目の譲許税率の上限近くまで引き上げられた。譲 なし」と回答している。 許税率の範囲内での実行税率引き上げは,WTO ルール 変化が実感しにくい理由としては,①加盟に伴う関税 では直接制限されていないとはいえ,日系企業からは, 率の引き下げが,加盟時点では限定的であること,②ロ 加盟して間もない段階での関税引き上げは,貿易自由化 シアは 2000 年代半ばまでに,主要な国内法制度を WTO を進めるという WTO の趣旨になじまないもの,と関税 整合的に改正する作業を完了しており,社会的混乱が小 同盟の対応を疑問視する声が挙がっている。 さいこと,③加盟約束上の義務内容が中国の WTO 加盟 WTO 加盟によってロシア国内産業が厳しい環境に立 約束に比較すると小規模であったことが挙げられる。 たされる中,プーチン大統領が「WTO 加盟は国内保護 関税率の引き下げは,加盟約束の中で最もインパクト 政策を放棄するという意味ではない」と述べるなど,ロ が大きい要素と考えられるが,日系企業に関係する工業 シアはルールに反しない範囲で,さまざまな政策を活用 製品の多くの関税率は3年から7年かけて段階的に引き下 していくとみられている。その一例として 2013 年 6 月に げられる。ロシア,カザフスタン,ベラルーシの関税同 WTO にロシアが通報した,農業機器に対するセーフ 盟の意思決定機関であるユーラシア経済委員会によれば ガード措置の発動が挙げられる。また WTO 加盟によっ 加盟時点では約 90%の品目については,加盟以前からの て関税引き上げに制約が課せられたことで,今後は,非 税率が維持され,関税上のメリットは限定的である。 関税措置の活用が加盟前よりも大きな焦点となる。 しかし,加盟による変化が全般的には小さいと評価さ 非関税措置としては,加盟直後の 2012 年 9 月に導入さ れる中でも,日系企業の関心の高い家電,自動車分野な れた車両リサイクル税がロシアへの自動車輸出に影響を どで, 関税率の適用を中心に, WTOルールとの整合性や, 及ぼしてきた。ロシアの新車の輸入関税は加盟時点に引 運用上の問題がいくつか指摘されている(図表Ⅱ- 6) 。 き下げられたが,車両リサイクル税は,関税引き下げ効 加盟約束履行上の問題点としてはまず,一部の品目で 果を実質的に打ち消すほどのコスト負担となっている。 実行関税率が WTO 譲許税率を上回っていることが挙げ WTO ルール整合性の観点では,国内で製造される自動 車が条件を満たせばリサイクル税を免除されるのに対し, 輸入車のみが税負担を負うことについて,内国民待遇義 図表Ⅱ 6 ロシアの WTO 加盟約束履行上の主な問題点 分野 関税 内国税 規格・ 認証 知的財 産権 地域貿 易協定 措置・内容 概要 譲許税率を 家庭用冷蔵庫,食肉など一部の品目に適用さ 超える実行 れる混合税率(従価税 / 従量税の選択税)が, 税率の運用 実質的に加盟約束に基づく譲許税率を超過。 薄型テレビの実行税率(加盟前 10~15%)を 実行税率の 譲許税率の上限に近い 16%に引き上げ。ビジ 引き上げ ネスへの影響が大きい上,透明性に問題。 実質的に輸入車のみ(関税同盟諸国を除く) 自動車リサ が課税対象となり,無差別原則の観点で問題。 イクル税 国内での車両リサイクル制度の運用にも課 題。 従来の強制規格から関税同盟 3 カ国に共通の 関税同盟 強制規格への移行に当たり,運用の不透明さ, 技術規則 認証の遅延により,通関への影響が発生。 ①国内生産品と輸入品で補償金の課税対象が 私的録音・ 異なる点で内国民待遇義務への抵触に加え, 録画補償金 ②著作物の私的複製に対する補償という目的 制度 に反して,複製機能のない家電製品も対象と なるという運用上の問題も。 今後キルギスタンなどが関税同盟に加わる場 関税同盟へ 合,キルギスタンが関税水準を関税同盟加入 の新規加入 前に比べて引き上げるとすれば,WTO の地 問題 域貿易協定締結ルールに反する恐れ。 務への抵触,また関税同盟加盟国も税免除の対象となる 点で最恵国待遇義務への抵触が指摘されてきた。 EU および日本は 2013 年 7 月, リサイクル税制度によっ て輸入車が不利な待遇を受けたとして,WTO 紛争解決 機関に協議要請を行った。ロシアは 2013 年 2 月に制度を WTO ルールに整合的に修正する方針を打ち出し,国内 製造車にもリサイクル税を課す方向で法案の整備を進め ていた。それにもかかわらず日EUがWTO紛争解決手続 きの活用に踏み切った直接の背景としては,ロシアが当 初 2013 年 7 月の法改正の意向を示していたのに対し,採 択が遅れていたことが挙げられる。 その他,規格・認証制度,知的財産権などの分野でも, WTO 整合性が懸念される措置,運用が散見される。 他方,WTO 加盟との直接の関連性は検証しにくいも のの日系企業からは,ロシア税関当局の輸入通関の対応 に改善がみられるとの声が聞かれる。 「通関申告の内容が 〔資料〕ヒアリング結果から作成 50 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 全ての税関で共有されるようになった」,「税関担当者の した品目以外には輸出税を課さないという中国の約束が 判断で行われていた輸入貨物の全品検査の実施が,無作 強い拘束力を発揮した。 中国が加盟交渉を行った90年代後半から2000年ごろに 為抽出に変わった」といった改善点が報告されている。 中国 WTO 加盟との比較 は,現在に比べて資源や食料の輸出の管理を国家の権利 と位置づける考え方は薄かったため,中国は限定列挙方 盟した中国としばしば対比される。中国とロシアの 式の厳しい約束に合意したと考えられる。これに対し WTO 加盟約束を比較すると,①加盟後の法制度改正の 2000 年代の資源価格の高騰を経験して,輸入ルールを中 必要性,②「非市場経済国」認定,③輸出制限に関する 心にしてきた WTO においても,輸出の問題がより注目 約束の違い, などがポイントに挙げられる(図表Ⅱ- 7) 。 されるようになり,ロシアは輸出税の問題に慎重かつ現 第 1 の点,中国は外国資本の参入に対する制限が大き 実的に対応したという面があるとみられる。 く, 「貿易権」の開放など,加盟後に国内制度の改革を求 近年中国を対象とした WTO 紛争が増加しているが, められる義務が少なくなかった。これに対し,ロシアは ロシアをめぐる WTO 紛争についてはどのように考えら 中国に比べてもともと外資に対する制限が厳しくない上, れるか。中国に対するWTO提訴は加盟後数年間皆無で, 主要な二国間交渉は 2000 年代半ばに大筋合意し,加盟前 2004 年に増値税還付の問題(協議段階で終了)があった に国内法を整備する時間的余裕があったといえる。 のみであった。対中国 WTO 紛争が増加したのは 2006 年 第 2 の点,中国は「非市場経済国」認定を受け,他の 以降である。2006 年に自動車部品の輸入関税率,2007 年 加盟国は2016年末までアンチダンピング税や補助金相殺 に知的財産権保護,出版物・映画などに対する貿易権な 関税といった貿易救済措置を通常より緩やかな要件で発 ど, この時期に大型の通商紛争が本格化していった。 2006 動することができる。そのほか,中国の加盟約束には, 年は温家宝内閣の下,再編された国家発展改革委員会が 「産品別特別セーフガード」 (現在は失効)や,WTO ルー 産業政策を主導して初めてとなる第11次五カ年計画の開 ル履行状況のチェックを受ける「経過的審査制度」 といっ 始時期に一致する。名古屋大学川島富士雄教授は, 「中国 た特別な規定も盛り込まれていた。こうした厳しい加盟 は加盟当初 WTO コンプライアンスを利益と考えていた 約束は,ロシアに比べ,中国の WTO 加盟に対する警戒 が,次第にコンプライアンスをコストだとみるようにな 感が相当強かったことの表れといえよう。 り,WTO ルールよりも産業政策を重視する方針に転換 第 3 の点,輸出制限に関して WTO では,基本的には輸 していった」とみている。対中貿易紛争の拡大は,現状 出税についてのルールはないが,中国は加盟約束で,タ の問題点以上に,WTO ルールに対する中国政府のスタ ングステンなど鉱物資源を中心に84品目に輸出税の上限 ンスに米 EU などが反応したという側面が大きい。 を設定した。ロシアは 700 以上の品目に輸出税の上限を ロシアは加盟 1 年に満たない段階で,自動車リサイク 設定した。一見するとこれはロシアの方が厳しいように ル税について WTO 紛争解決の手続きの対象となった。 みえる。しかし,中国の加盟議定書には,付属書に列挙 同税は導入前から WTO の無差別原則への抵触が指摘さ されている場合を除き,輸出税およびその他輸出課徴金 れていたにもかかわらず実施された上,法令の修正にも は全て廃止するということが明記されている。 時間がかかっている。国内産業保護を維持していく一連 中国のコークス,マグネシウムなど 9 品目に対する輸 の姿勢が,ロシアに地理的に近く貿易面での影響が大き 出制限について,米国などが WTO 提訴した事件では,7 い日EUが早々にWTO紛争解決手続きの活用に踏み切る 品目については,中国が輸出税を設定した 84 品目に入っ という厳しい態度をとった背景にある。政府の立ち位置 ていなかったため,中国の WTO 加盟約束違反が 2012 年 が,今後ロシアが WTO 貿易紛争のターゲットになって の上級委員会判断により確定した。本件では,限定列挙 いくかという分岐点となろう。 増加する WTO 新規加盟国 WTO は,2012 年に 4 カ国が約 4 図表Ⅱ 7 ロシアと中国の WTO 加盟約束比較 主なポイント ロシア 中国 2000 年代半ばまでに,主要な国 加盟後の国内法制度改 加盟後に,「貿易権」の開放など国 内法制度を WTO 整合的に改正 正の必要性 内制度の改革を実施。 する作業を完了。 2016 年末まで「非市場経済国」と 「非市場経済国」認定 加盟約束上の規定なし。 してアンチダンピングの被発動な どで不利な待遇。 約 700 品目に輸出税の上限を設 輸出税の上限を設定した 84 品目以 輸出制限に関する約束 定。 外は輸出税は設けない。 年ぶりに新規加盟し,2013 年上半 期にもラオス,タジキスタンが加 盟したことで加盟国数が 159 カ国 となった。12 月の第 9 回閣僚会議 でもセルビア, ボスニア・ヘルツェ ゴビナの加盟承認が有力視されて いるほか,カザフスタン,アフガ 〔資料〕ヒアリング結果,各加盟文書から作成 51 Ⅱ ロシアの WTO 加盟は,大国という点で,2001 年に加 ど CIS 諸国,エチオピアなどアフリカ諸国のそれぞれ一 ニスタンなども同会議での加盟承認を目指している。 新規加盟の承認は閣僚会議のほか一般理事会でも行う 部である(図表Ⅱ- 8) 。中東,アフリカ諸国は,世界的 ことができる。しかし,近年 WTO で貿易自由化交渉の な FTA 締結の潮流から外れており,これらの国を WTO 成果を生むことが難しくなる中,閣僚会議での新規加盟 の貿易ルールの体制下に迎えることの意義は大きい。 WTO 未加盟国の中には,日本企業のビジネス拡大へ の承認は,WTO の普遍的貿易体制としての意義を強調 の期待が大きい国が少なくない。経済の潜在力では,イ するという意味合いも持つようになっている。 近年の新規加盟交渉では,例えばサービス貿易でサモ ラクが注目される。イラクの 2012 年の輸出総額は 833 億 ア,バヌアツが他の後発開発途上国(LDC)に比べ高い ドルで, フセイン政権が崩壊した 2003 年比で 10 倍に拡大 水準の自由化に合意したように,新規加盟する途上国が, した。世界 4 位の原油確認埋蔵量(約 1,150 億バレル)は WTO の前身である GATT 時代からの既加盟国に比べて 日本企業にとって大きなビジネスチャンスである。既に 高度な自由化内容を要求されるという傾向にある。 商社,建設企業などが多くのインフラ事業に参入してい る。市場としても 2065 年に人口 1 億人を超えると予測さ 2012 年に 10 年ぶりに改定された LDC 加盟新ガイドラ れており,日本からの輸出拡大が期待できる。 インは LDC の加盟交渉を簡易化し,加盟国間の不均衡を ある程度緩和する内容となっている。例えば新ガイドラ カザフスタンも,ロシア WTO 加盟に影響され,ビジ インでは, LDC は非農産品の関税品目の 5%を非譲許(上 ネス機会が見込まれる。人口は 1,700 万人弱と中規模だ 限関税の設定対象外)とすることが許容される。これに が,1 人当たり GDP は 1 万ドルを超える。2012 年の GDP より LDC 諸国は,輸入に対しセンシティブな品目を一定 成長率は好調な国内消費と活発な外国企業進出に支えら 程度,自由化交渉の対象から除外することができる。ま れて 5%台を確保した。2013 年には,トヨタ自動車が現 たサービス分野では,加盟交渉において LDC が,既 WTO 地 CKD 組み立て生産プロジェクトを発表したほか,コン 加盟国である LDC の約束水準を上回るほどの自由化は ビニエンスストア大手のミニストップがセンコーなどと 要求されない,という基準が設けられた。 の共同出資で,国内最大の商業都市であるアルマトイに ガイドライン改正は,ASEAN で唯一の WTO 非加盟国 第 1 号店を開いた。日本のコンビニとして中央アジア初 であったラオスのWTO加盟促進に寄与したとみられる。 出店となる。ミニストップはカザフスタン市場の高い購 今後,エチオピアなど特にアフリカの LDC 諸国の加盟円 買力のほか,治安のよさ,親日的であることなどを進出 滑化に効果を発揮することが期待される。 決定の要素に挙げた。 ロシアの加盟により,2012 年の世界の輸出総額の約 WTO への加盟はこうした国々の貿易障壁を下げるだ 96%がWTO加盟国間の貿易となった。残るWTO未加盟 けでなく,ビジネス環境の安定性,透明性を高める効果 国は,イラン,イラクなどの中東諸国,カザフスタンな が期待できるため,早期の加盟実現が望ましい。 図表Ⅱ 8 最近の WTO 新規加盟国および主な WTO 未加盟国の貿易状況 区分 国名 新規加盟国 ロシア バヌアツ(※) モンテネグロ サモア(※) ラオス(※) タジキスタン 主な未加盟国 イラン イラク リビア シリア カザフスタン ベラルーシ ウズベキスタン イエメン エチオピア(※) セルビア ボスニア・ヘルツェゴビナ 日本への 世界輸出 日本への 輸出 (100万ドル) 主な輸出品目 (100万ドル) 352,536 20,772 石油,天然ガス 251 58 魚,肉類 403 2 機械部品 158 0.35 果物,魚 3,444 123 アパレル,レアアース 1,030 11 アルミニウム 102,496 83,275 51,399 11,088 63,465 45,955 5,374 7,238 2,169 11,055 4,019 7,958 2,822 247 3 582 21 106 374 62 48 5 日本から の輸入 (100万ドル) 12,599 77 5 15 137 7 原油 原油 原油,軽油 石油製品,石鹸 フェロアロイ,チタン 測定機器,化学肥料 金 天然ガス,原油,魚 コーヒー,ごま トウモロコシ,たばこ 革靴,ニット製品 654 359 115 114 542 39 98 298 131 29 2 平均実行 1 人当たり 人口 名目 GDP 関税率 (100万人) (ドル) (%) 自動車,建設機械 9.4 141.92 14,247 船舶,自動車 15.5 0.25 3,125 機械部品,鉄鋼製品 4.9 0.62 6,882 電子部品,自動車 21.1 0.18 3,727 自動車,建設機械 18.8 6.38 1,446 プラスチック製品,機械部品 7.8 7.96 953 WTO 加盟年 / 申請年 2012 年 2012 年 2012 年 2012 年 2013 年 2013 年 自動車,一般機械 自動車,鉄鋼製品 自動車,一般機械 自動車,一般機械 自動車,建設機械 一般機械,自動車 自動車,ゴム製品 自動車,自動車部品 自動車,一般機械 一般機械,自動車 一般機械 1996 年 2004 年 2004 年 2001 年 1996 年 1993 年 1994 年 2000 年 2003 年 2004 年 1999 年 日本からの主な 輸入品目 〔注〕①※印は国連定義による後発開発途上国(LDC)。 ②貿易金額は 2012 年。日本への輸出は日本の輸入ベース,日本からの輸入は日本の輸出ベース。 ③平均関税率は実行税率の単純平均。ただし,サモアとラオスは譲許税率ベース。 〔資料〕WTO 事務局資料,DOT・WEO(IMF),貿易統計(財務省),世界銀行データベースなどから作成 52 26.6 n.a. n.a. 6.7 9.6 9.8 11.8 7.1 17.3 7.4 6.6 75.90 33.70 6.41 22.40 16.68 9.39 29.45 25.88 86.77 7.57 3.89 7,211 6,305 12,778 2,747 11,773 6,739 1,737 1,377 483 4,943 4,461 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 図表Ⅱ 10 世界の FTA 年代別発効件数 2.世界と日本の FTA の現状と展望 (1)世界の FTA 概観 地域横断型が主流 世界の自由貿易協定(FTA,発効済み)の数は 2013 年 │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ 7 月 1 日現在で,252 件となっている(ジェトロ調べ。関 税同盟を含む。世界の FTA 一覧は資料「世界と日本の貿 59 64 69 74 79 84 89 94 99 04 09 易投資統計」を参照) 。世界では 2000 年以降,2001 年だ 9 11 9 10 10 11 15 18 10 13 17 16 14 14 7 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13(年) 1∼6月 〔注〕合計件数には発効年不明の 4 件を含む けを除き毎年 10 件以上の FTA が新たに発効し続けてお り,2012 年も 14 件が発効した(図表Ⅱ- 9,10)。 計 5 件あった。具体的にはメキシコ-ペルー,米国-コ 近年の傾向は, 地域横断型 FTA の増加だ。北米自由貿 ロンビア,ペルー-パナマ,メキシコ-中米諸国,米国 易協定 (NAFTA) やEUやASEAN自由貿易協定(AFTA) -パナマの FTA だ。2013 年は現時点でマレーシア-豪 など近隣国同士の経済統合の締結が 90 年代に一段落し, 州,韓国-トルコ,カナダ-パナマ,ペルー-コスタリ 2000年以降はグローバルな企業活動の実態を後追いする カ,EU -コロンビア-ペルー,トルコ-モーリシャス, ように地域横断的 FTA を締結する動きが活発化してい ウクライナ-モンテネグロの7件のFTAが発効している。 る。2012年も発効したFTAの半数に当たる7件が地域横 地域横断型が 3 件と,米州で 2 件,アジア大洋州,欧州で 断型だった。その内 4 件は,締結国の片方が東アジアの 各 1 件ずつの計 2 件ということになる。 メガ FTA 時代の到来 国・地域である。具体的には,日本-ペルー,韓国-米 国,香港-欧州自由貿易連合(EFTA),マレーシア-チ 近年の WTO 停滞の動きに対応して米国,EU,日本, リの FTA だ。なお,2012 年は米州域内国同士の FTA も 中国などの貿易大国は,通商政策のツールとして WTO を最大限活用し FTA を補完的に使うという従来の戦略 図表Ⅱ 9 世界の FTA 年代別・地域別発効件数 から, 主要な貿易相手国との FTA 締結を最優先する方針 (単位:件) 年 1955~59 60~64 65~69 70~74 75~79 80~84 85~89 90~94 95~99 2000~04 2005~09 2010~ 発効年不明 合計 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 アジア 中東・ ロシア・ 地域 米州 欧州 大洋州 アフリカ CIS 横断 1 1 1 1 1 1 2 2 9 20 10 1 2 1 4 6 10 9 5 3 5 4 8 47 35 28 3 1 1 1 3 3 5 4 3 6 2 6 3 1 2 2 1 1 1 1 1 7 1 1 5 2 4 16 4 2 2 2 2 6 19 33 22 28 87 2 3 0 4 3 3 5 16 37 51 73 51 4 252 3 1 2 2 1 2 1 1 2 1 1 1 5 3 2 3 6 7 9 6 4 7 2 10 7 3 11 9 10 10 11 15 18 10 13 17 16 14 14 7 1 1 2 1 1 1 2 1 6 2 1 1 1 8 8 4 4 28 1 1 1 1 へと大きく舵を切った。この結果,環太平洋パートナー 合計 シ ッ プ(TPP) 協 定, 東 ア ジ ア 地 域 包 括 的 経 済 連 携 (RCEP) ,日 EU・EPA/FTA,米国と EU との包括的な 貿易投資パートナーシップ,いわゆる TTIP の四つの巨 大地域経済統合(メガ FTA)が登場することとなった (図表Ⅱ- 11) 。 ここでは四つのメガ FTA それぞれの経緯や意義を記 す。まず TPP については,米国が 2008 年 9 月に P4 協定 (シンガポール,ニュージーランド,チリ,ブルネイ)へ の参加を決定し,2010 年 3 月から既存 P4 を拡大した計 9 カ国による TPP 交渉が始まった(P4 に加えて米国, オー ストラリア,ベトナム,ペルー,マレーシア(遅れて参 加))。2011 年 11 月には野田首相(当時)が TPP 交渉へ の参加に向けて関係国との協議に入ることを発表し,日 本の TPP 参加手続きが動き始めた。2012 年 10 月には日 本の直後に参加意志を表明したメキシコとカナダが先に 参加。2013年4月には日本の交渉参加が決定し, メンバー は 12 カ国となった。 日本の TPP 交渉への参加については,賛否をめぐった 大きな議論が国内で沸き起こったが,2013 年 2 月の日米 首脳会談で,① TPP 交渉には日米二国間貿易上のセンシ ティビティが存在し,②最終的な結果は交渉で決まるこ と,③一方的に全ての関税撤廃を最初から約束しなくて 〔資料〕WTO,各国政府・機関資料から作成 53 Ⅱ (件) 80 73 計252件 70 (2013年7月1日現在) 60 51 51 50 37 40 30 16 20 10 2 3 0 4 3 3 5 0 55 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 図表Ⅱ 11 世界のメガ FTA マップ いる。RCEP で目指すことは,東 アジア地域における企業間サプラ イチェーンの高度な発達の実態に 資するよう,累積原産地規則や統 一利用手続きなどのルール整備を 行うことにある。 日EU・EPA/FTAについては, 2007年から双方の産業界を中心に 検討が始まり,2009 年のジェトロ の研究会(日本側)などを経て, 2010 年 7 月に両政府で共同検討作 業が始まった。2011年5月の日EU 定期首脳会議では協定の対象範囲 を検討する「スコーピング作業」 〔注〕破線はメガ FTA。 〔資料〕各種資料からジェトロ作成 の実施が決まり,2012 年 11 月には 良いこと,の三点が確認された。これを受けて安倍総理 欧州委員会が EU 加盟国からの交渉マンデート(図表Ⅱ は 3 月 15 日に日本の TPP 交渉参加を表明し,4 月 12 日に - 14)を取得,2013 年 3 月 25 日の日 EU 首脳電話会談で は日米協議も終え,同 20 日にすべての二国間協議が完了 交渉開始が合意され, 4月には第1回交渉会合が行われた。 し参加が決定した。米政府はいわゆる90日ルールに基づ EU は日本にとり米国と同様,民主主義,法の支配,基 き,日本の TPP 交渉参加の対議会通知を行い,日本は 7 本的人権という基本的価値を共有し,国際社会の一極を 月から交渉に参加することとなった。 成す重要な経済パートナーである。その EU と経済連携 TPP の内容については,2011 年 11 月の TPP 首脳会合 協定を結ぶことは,関税撤廃や投資ルールの整備などを で「大まかな輪郭」が合意され,方向性が定まった。そ 通じて双方の貿易投資を活発化し,雇用創出,企業の競 れによると, 全品目の輸入関税について削減の交渉をし, 争力強化等を含む経済成長に資すると考えられている。 投資規制の包括的な自由化を原則とするなど,かなり高 四つ目のTTIPについては, 2011年11月の米EUサミッ 度な自由化を目指していることが分かる。また,交渉分 トにて,FTA の作業部会設置を決定。2013 年 2 月の作業 野は合計 21 分野と多岐にわたり,労働や環境など FTA 部会最終報告とりまとめを受けて,2 月 13 日の米 EU 首 としては先進的なルールを盛り込もうとしている(図表 脳共同声明で交渉入りのための手続き開始を宣言した。 Ⅱ-12) 。交渉は2013年内の妥結が目標とされているが, その後,米国政府による議会への通知と EU の加盟国か 米大統領が議会から貿易促進権限(TPA)を取得してい らの交渉権限(マンデート)取得手続きを経て,6 月 17 ないことや,21 分野にもわたる交渉分野と野心的な内容 日の G8(英国)における米 EU 首脳会談で第 1 回目の交 について交渉参加国間の合意は容易ではなく,交渉のス 渉を7月に開始することが発表された。2年以内の交渉完 ムーズな進展が望めないとの観測もある。 了を目指している。 次に RCEP については,2004 年から中国が提唱してい 以上述べた 4 メガ FTA のほかに,2013 年 3 月から日中 た東アジア自由貿易協定(EAFTA:ASEAN+ 日中韓) 韓FTA交渉が始まっている。日中韓FTAは2012年11月 と2006年から日本が提唱していた東アジア包括的経済連 の日中韓経済貿易大臣会合で交渉開始が宣言された。日 携(CEPEA:ASEAN +日中韓印豪 NZ)の各構想が並 中韓 FTA は,2003 年から 2009 年まで行われた三国間の 行して議論されていたが,これらを受けて 2011 年 11 月の 民間共同研究プロジェクトに基づき,2009 年 10 月の日中 ASEAN 関連首脳会議において,ASEAN 側から EAFTA 韓サミットで産官学共同研究の立ち上げを目指すことで と CEPEA を 踏 ま え た 東 ア ジ ア 地 域 包 括 的 経 済 連 携 合意。2010 年 5 月から共同研究が始まり,2012 年 3 月に (RCEP)の提案があり,貿易投資作業部会を設置するこ 報告書が公表された。そして 2012 年 5 月の日中韓サミッ とで合意した。そして,2012 年 11 月の ASEAN 関連首脳 トで日中韓 FTA の年内交渉開始につき一致するという 会議で,RCEP 交渉の「基本指針および目的」 (図表Ⅱ- 手続きを踏んだ (日中韓 FTA のさきがけとなる日中韓投 13)を ASEAN +日中韓印豪 NZ の 16 カ国の首脳間で承 資協定は,同サミットの機会に署名) 。日中韓 FTA の意 認し,交渉立ち上げが宣言された。第 1 回交渉は 2013 年 義には,実態的に発展がかなり進んだ企業のサプライ 5 月に行われ,2015 年末までの交渉完了が目標とされて チェーンを制度的にも整備する意義が大きい。 54 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 図表Ⅱ 12 TPP 交渉で扱われる分野 図表Ⅱ 13 RCEP 交渉の基本指針および目的のポイント 1.物品貿易・サービス貿易・投資に加えて知的財産,競争等も交 渉対象とし,包括的協定を目指す。 2.既存の ASEAN との FTA を上回る,包括的で質の高い協定を目 指す。 3.2013 年早期に最初の交渉会合を開催し,2015 年末までの完了を 目指す。 4.将来は 16 カ国以外も加わり得る開かれた枠組みとする。 〔資料〕経済産業省資料から作成 図表Ⅱ 14 日 EU・EPA に関する交渉権限(マンデート)のポイント 1.関税と非関税の並行性:関税(EU 側)と非関税障壁(日本側) の撤廃を厳格かつ明確な並行性(パラレリズム)に設定する。 2.セーフガード条項:欧州のセンシティブセクター(自動車等) を保護するセーフガード条項を導入する。 3.1 年後の交渉見直し:日本が非関税障壁に関する約束に応じな い場合,1 年後に欧州委員会が交渉から手を引く権利がある。 〔資料〕経済産業省資料から作成 合計の 45%を占めて突出している(図表Ⅱ- 15) 。TPP, RCEP,日 EU もそれぞれ世界の GDP 合計の約 3〜4 割で, これら三つの経済規模はほぼ等しい。人口規模(2012 年 予測ベース)では,中国とインドが含まれる RCEP が世 界人口の 49%を占めていて圧倒的規模を誇る。TPP,日 EU,TTIP は世界人口の 1 割前後の規模にとどまる。 日本の場合は四つのメガ FTA のうち TPP と RCEP と 日 EU の三つに参加するが,米国は TPP と TTIP,EU は 日 EU と TTIP,中国は RCEP のみと,日本のメガ FTA におけるプレゼンスが目立つ。日本が参加する三つのメ ガ FTA の規模を合計すると(重複を除く)世界の GDP 合計の 79.4%,人口の 63.5%を占めることになる。 また,FTA のカバー率についてみると,現行の FTA カバー率が日本 18.9%,米国 39.4%,EU 対域外 26.9%, 中国 16.6%であるところ(図表Ⅱ- 16) , これらメガ FTA の締結を通じて従来から FTA カバー率の低さが指摘さ れてきた日本のカバー率が 73.5%となり,そのとき米国 は 63.8%,EU は 44.5%,中国 36.5%にとどまることから, 4 カ国・地域の間で一躍トップになることが見込まれる 図表Ⅱ 15 メガ FTA の経済・人口規模 TPP RCEP 日 EU TTIP(米 EU) 〔資料〕TPP 協定交渉の現状(平成 25 年 4 月内閣官房)から作成 史上空前規模のメガ FTA TPP,RCEP,日 EU,TTIP の 4 メガ FTA については, 何よりもその史上空前の規模が注目されている。経済規 模(2012 年名目 GDP ベース)では,TTIP が世界の GDP 経済規模 兆ドル % 27.6 38.5 21.2 29.6 22.5 31.4 32.3 45.0 日本が参加するメガ FTA (TPP + RCEP +日 EU) 米国が参加するメガ FTA (TPP + TTIP) EU が参加するメガ FTA (日 EU + TTIP) 中国が参加するメガ FTA (RCEP) 世界全体 〔資料〕 “WEO, April 2013” (IMF) 55 人口規模 億人 % 7.9 11.4 34.0 49.0 6.3 9.1 8.2 11.8 56.9 79.4 44.1 63.5 44.1 61.5 12.9 18.6 38.2 53.3 9.4 13.5 21.2 29.6 34.0 49.0 71.7 100.0 69.4 100.0 Ⅱ 交渉分野 交渉内容 (1)物品市場アク 物品の貿易に関して,関税の撤廃や削減の方法 セス(農業,繊維・ 等を定めるとともに,内国民待遇など物品の貿 衣料品,工業) 易を行う上での基本的なルールを定める。 関税の減免の対象となる「締約国の原産品(= (2)原産地規則 締約国で生産された産品)」として認められる基 準や証明制度等について定める。 貿易規則の透明性の向上や貿易手続きの簡素化 (3)貿易円滑化 等について定める。 食品の安全を確保したり,動物や植物が病気に (4)SPS かからないようにするための措置の実施に関す (衛生植物検疫) るルールについて定める。 安全や環境保全等の目的から製品の特質やその 生産工程等について「規格」が定められること (5)TBT (貿易の技術的障害) があるところ,これが貿易の不必要な障害とな らないように,ルールを定める。 ある産品の輸入が急増し,国内産業に被害が生 じたり,そのおそれがある場合,国内産業保護 (6)貿易救済 のために当該産品に対して,一時的にとること (セーフガード等) のできる緊急措置(セーフガード措置)につい て定める。 中央政府や地方政府等による物品・サービスの (7)政府調達 調達に関して,内国民待遇の原則や入札の手続 等のルールについて定める。 知的財産の十分で効果的な保護,模倣品や海賊 (8)知的財産 版に対する取り締まり等について定める。 貿易・投資の自由化で得られる利益が,カルテル 等により害されるのを防ぐため,競争法・政策の (9)競争政策 強化・改善,政府間の協力等について定める。 国境を越えるサービスの提供(サービス貿易) (10)越境サー に対する無差別待遇や数量規制等の貿易制限的 ビス(サービス) な措置に関するルールを定めるとともに,市場 アクセスを改善する。 貿易・投資等のビジネスに従事する自然人の入 (11)一時的入国 国及び一時的な滞在の要件や手続等に関する (サービス) ルールを定める。 金融分野の国境を越えるサービスの提供につい (12)金融サー て,金融サービス分野に特有の定義やルールを ビス(サービス) 定める。 電気通信の分野について,通信インフラを有す (13)電気通信 る主要なサービス提供者の義務等に関するルー (サービス) ルを定める。 電子商取引のための環境・ルールを整備する上 (14)電子商取引 で必要となる原則等について定める。 内外投資家の無差別原則(内国民待遇,最恵国 (15)投資 待遇),投資に関する紛争解決手続等について定 める。 貿易や投資の促進のために環境基準を緩和しな (16)環境 いこと等を定める。 貿易や投資の促進のために労働基準を緩和すべ (17)労働 きでないこと等について定める。 協定の運用等について当事国間で協議等を行う「合 (18)制度的事項 同委員会」の設置やその権限等について定める。 協定の解釈の不一致等による締約国間の紛争を (19)紛争解決 解決する際の手続きについて定める。 協定の合意事項を履行するための国内体制が不 (20)協力 十分な国に,技術支援や人材育成を行うこと等 について定める。 (21)分野横断 複数の分野にまたがる規制や規則が,通商上の 的事項 障害にならないよう,規定を設ける。 図表Ⅱ 16 主要国・地域の FTA カバー率(2012 年) WTO ドーハラウンド停滞の (単位:%) FTA カバー率 (往復貿易) 輸出 輸入 日本 18.9 19.8 18.2 米国 39.4 46.4 34.7 カナダ 67.7 76.7 59.4 メキシコ 81.3 91.4 71.1 チリ 90.9 89.3 92.8 ペルー 90.6 93.4 87.6 貿易総額 73.6 75.9 71.4 EU27 域外貿易 26.9 29.8 24.2 韓国 35.3 38.1 32.2 中国 16.6 13.3 20.4 インド 18.3 22.2 15.9 シンガポール 62.2 64.4 60.9 ASEAN 59.7 59.4 60.0 オーストラリア 26.9 18.7 35.3 ニュージーランド 49.1 49.4 48.7 発効相手国・地域(往復) 第1位 第2位 第3位 ASEAN 15.3 インド 1.0 メキシコ NAFTA 29.0 韓国 2.6 DR-CAFTA NAFTA 65.4 EFTA 1.2 ペルー NAFTA 66.6 EU 8.5 日本 中国 20.6 米国 16.7 EU 中国 17.7 米国 16.0 EU EU 63.3 スイス 2.6 EEA スイス 6.8 EEA 3.9 トルコ ASEAN 12.3 米国 9.5 EU ASEAN 10.3 台湾 4.4 チリ ASEAN 9.7 日本 2.5 韓国 ASEAN 23.0 中国 10.3 米国 ASEAN 24.5 中国 13.3 日本 ASEAN 14.5 米国 7.6 ニュージーランド オーストラリア 17.9 中国 15.9 ASEAN 後,世界経済の成長センターで あるアジア太平洋地域を中心に, 0.9 1.6 0.5 2.7 15.0 14.7 1.6 3.5 9.3 0.9 2.3 8.6 10.6 3.0 13.2 四つのメガ FTA をはじめとし て世界中で FTA 網の構築が進 んでいる。自由貿易地域が増え ること自体は,グローバルに活 動する企業にとってメリットで ある。しかし複数のFTAの原産 地規則が錯綜し,かえって利用 しづらくなるスパゲティボウル 現象も懸念される。今後のFTA で求められるのは,RCEP で試 〔注〕① FTA カバー率は,FTA 発効済み国・地域(2013 年 6 月末時点)との貿易が全体に占める 比率。率は 2012 年の貿易統計に基づく。②略語は,ドミニカ共和国・中米諸国との FTA (DR-CAFTA),欧州経済地域(EEA)。③中国は,香港(8.8%)とマカオ(0.1%)を除 く。④ ASEAN の FTA の中には未発効国もあるが,全ての加盟国の貿易額を加算。⑤カナ ダ,シンガポール,ニュージーランドは再輸出分を除いた輸出統計を採用。 〔資料〕各国政府資料,DOT(IMF),各国貿易統計から作成 されているような累積原産地規 則や複数存在する原産地の証明 方法(第三者証明,認定輸出者 証明,完全自己証明)の統一化 など,質が高くて使いやすい FTAであろう。また関税面での市場アクセス以外にも投 (図表Ⅱ- 17) 。 異なるルールなどをメガ FTA の主役で調整 資ルール, 知的財産権保護のルール, 基準認証のルールな 四つのメガ FTA のみならず,周辺の衛星的な FTA も ど各 FTA がバラバラな貿易投資ルールを適用する, ルー 活発に動いている。台湾は2011年に中国と海峡両岸経済 ルのスパゲティボウル現象の発生も懸念されている。 協力枠組協定(ECFA)を発効させ,2013 年 7 月には 世界経済のほとんどを占める四つのメガ FTA がばら ニュージーランドとの FTA に署名し,将来は TPP への ばらに動いてしまっては,世界の貿易投資秩序に悪影響 参加を目標に掲げて FTA ネットワーク作りの可能性を を与えることになりかねない。21世紀は四つのメガFTA 探り始めた。香港も中国・ASEAN の FTA への加盟を模 間でいかに調和の取れた競争を心掛けるかが重要になっ 索しているほか,2012 年には EFTA と FTA を締結した。 てくる。そこでは四つのメガ FTA の代表である米国, 近年は韓国の FTA ネットワーク構築も激しさを増した。 EU,日本,中国(新四極)の貿易担当大臣などによる定 最近発効した EU(2011 年) ,米国(2012 年)との FTA 期的な情報交換などの場を設けることも必要だ。21世紀 は輸出立国である韓国の貿易を下支えしており,2013 年 の世界の貿易投資ルールの形成に向けて,新四極が責任 5月にはトルコとのFTAが発効し,カナダとも交渉中だ。 を果たしていくことが求められている。 中国は同年 7 月にスイスとの FTA に署名した。 図表Ⅱ 17 メガ FTA 締結後の FTA カバー率 EU はアジアとの FTA を積極的に推進しており,EU 韓国が発効した後,2007 年には ASEAN と交渉を開始し (%) 90 た。ASEAN との交渉は難航し,2009 年には ASEAN 加 80 盟国との個別交渉に移行した。個別国ではマレーシア, 70 ベトナムと交渉しており,シンガポールとは 2012 年末に 60 交渉合意に達した。インドとも FTA 交渉を進めている。 50 中南米ではメルコスールの保護主義が目立ち始め,ベ 40 ネズエラも正式加盟し,メキシコやチリなど自由貿易理 30 念を体現しようとする「太平洋同盟」 (Column Ⅱ- 2 参 20 10 照)との違いが際立っている。 0 ロシアが主導権を握る FTA ネットワークも拡大して 73.5 9.8 30.5 63.8 16.9 7.5 TTIP RCEP 現行FTA 44.5 14.2 3.4 19.0 39.4 26.9 18.9 日本 米国 日EU TPP EU 36.5 19.8 16.6 中国 〔注〕FTA カバー率は 2012 年末時点の往復貿易ベース。EU は域内 貿易を除く。中国は香港,マカオを除く。日本の合計値は, TPP と RCEP における重複を除く。 〔資料〕各国貿易統計から作成 いる。CIS 自由貿易圏と 2010 年に発足した 3 カ国関税同 盟だ。同関税同盟はアジア太平洋地域ではニュージーラ ンドやベトナムと FTA を交渉中だ。 56 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 Column Ⅱ-2 ◉既存の FTA 網を統合進化させる太平洋同盟 シコ製の自動車部品を利用したコロンビア製の乗用車を 太平洋同盟は,自由貿易主義を通商政策の根幹に据え チリに輸出するなどの場合に,従来のコロンビア−チリ 岸 4 カ国が参加する経済統合であり,2012 年 6 月に発 間の原産地累積に加え,メキシコで製造された自動車部 足した。既に相互に二国間 FTA を締結する 4 カ国の間 品の段階から「太平洋同盟原産」と扱われることにな で,地域の経済発展や競争力強化に資する財,サービ り,原産地規則をクリアすることが以前よりも容易にな ス,資本,人の円滑な流れを促進するために必要な政策 る。関税協定および原産地規則に関する協定の交渉は の調整を行う枠組みである。アジア太平洋地域との緊密 2013 年 7 月末までに終了させることが合意されている。 人の移動などでは具体的成果も 域内関税の撤廃や原産地規則の統一のほか,医薬品の 衛生登録(薬事登録)手続きの円滑化を目的とした「太 平洋同盟衛生当局間協力協定」の締結と国際的なベスト プラクティスを反映した化粧品に関する統一規格の策定 に向けた規制改革,貿易手続単一電子窓口システムの相 互連結と認定事業者(AEO)制度の相互承認などさま ざまな交渉が行われている。投資家保護の水準の改善や 投資紛争処理のベストプラクティスの導入,金融,通 信,海運,航空輸送サービスのさらなる自由化,証券市 場の統合といった投資,サービス分野も交渉の対象と なっている。 既に成果が生まれている分野もある。人の移動につい ては,メキシコ政府が 2012 年 11 月にコロンビアおよ びペルー国民に対する入国ビザを廃止し,域内 4 カ国で 滞在 180 日までのビザなし入国が可能となった。また, ペルー政府はチリ,コロンビア,メキシコの国民に対 し,商用ビザの発給を免除することを決定している。 オブザーバー国の数は 20 カ国まで拡大 太平洋同盟は開かれた統合体として後からの新規加盟 を歓迎しているほか,オブザーバー参加も認めてい る(注)。オブザーバー国となるには,議長国にオブザー バー参加を申請し,太平洋同盟閣僚評議会の承認を得る 必要がある。オブザーバーは招待された首脳会合,閣僚 会合に参加することが可能だが,議決権はない。 2013 年 7 月時点のオブザーバー国のうち,コスタリ カとパナマは加盟国候補として承認されている。候補国 が正式加盟国となるには,候補国となってから原則とし て 1 年以内に全正規加盟国との FTA 締結を実現する必 要がある。コスタリカは 2013 年 5 月 22 日,コロンビア との FTA に署名し,対ペルーFTA は同年 6 月に発効し たため,近く正規加盟国になる見通し。パナマもコロン ビアとの FTA 交渉を再開し,メキシコとも FTA 交渉開 始に合意しており,正規加盟に向けて動き出している。 な経済交流の醸成を目的としており,対外共通関税を軸 とする関税同盟を志向するものではない。コロンビアを 除けば TPP 協定交渉や APEC にも参加しており,アジ アとの経済交流も盛んだ。 太平洋同盟は外務および貿易担当相から成る「閣僚審 議会」を意思決定機関とし,必要に応じて次官級の「高 級事務レベルグループ」(GAN)の会合を召集できるこ 。GAN の下には「市 とになっている(枠組協定第 4 条) 場アクセス」,「貿易円滑化および税関協力」など個別交 渉テーマ別の「作業部会」が設置されている。 域内関税見直しの過程で関税メリットも 加盟国は既存の FTA における関税譲許表を見直す「関 税協定」の交渉を進めている。2013 年 5 月の第 7 回首 脳会合では,タリフライン(関税品目数)の 90%を協 定発効時に即時撤廃とし,即時撤廃対象リストは 4 カ国 共通で設定すること,残りの 10%は加盟国間のセンシ ティビティに配慮し,加盟国間で個別に関税削減スケ ジュールを設定すること,ただし,妥当な経過期間を経 て最終的には全ての関税を撤廃することが確認された。 交渉では最初に 4 カ国全体で共通の即時撤廃品目リスト を策定し,残り 10%については二国間で個別に交渉し て具体的な関税削減スケジュールを設けることとなる。 統一譲許表の策定過程で二国間 FTA の自由化例外品 目が見直されるため,二国間 FTA では関税削減の対象 とならなかった品目でも太平洋同盟で削減対象となり得 る。例えば,2012 年 2 月に発効したメキシコ・ペルー FTA では,2017 年までペルーにおける乗用車の対メキ シコ関税率は一般税率の 6.0%を下回らず,2013 年時 点では関税メリットが全くない。しかし,太平洋同盟の 中でペルーが乗用車をセンシティブ品目に指定せず, 90%以上の即時撤廃品目に含めた場合には,ペルーに おけるメキシコ産乗用車の関税は 2013 年中にも撤廃さ れる可能性が出てくる。メキシコからペルーへは,日産 自動車,フォルクスワーゲン,クライスラー,ホンダが 乗用車を輸出している。 関税協定に加えて「原産地規則に関する協定」も作業 が進められている。同協定は,二国間 FTA で個別に定 められていた原産地規則を統一し,4 カ国の原産地累積 も認める内容だ。複数あった原産地規則が統一されるこ とで利用企業にとって原産性の把握が容易になる。その 上,4 カ国全体で原産地の累積が可能となるため,メキ (注)オブザーバー国はコスタリカ,パナマ,オーストラリア,カナ ダ,グアテマラ,日本,ニュージーランド,スペイン,ウルグ アイ,エクアドル,エルサルバドル,フランス,ホンジュラス, パラグアイ,ポルトガル,ドミニカ共和国,中国,韓国,米国, トルコの 20 カ国(2013 年 7 月末時点)。 57 Ⅱ るメキシコ,コロンビア,ペルー,チリの中南米太平洋 で米国内の雇用を支えるという目標に変わりはない。そ (2)米国の FTA 戦略 れを象徴するのが「国家輸出イニシアチブ(NEI) 」の推 米国の FTA は雇用重視 進だ。NEI は 2010~14 年の 5 年間で米国の輸出額を倍増 米国は 1985 年のイスラエルとの FTA を皮切りに,こ し,200 万人の雇用を支えることを目標としている。報 れまで 20 カ国との間で 14 件の FTA,複数の途上国向け 告書は 2012 年までの成果として,2009 年比で輸出額が 特恵協定を締結している。現在交渉中の FTA は,2010 39%増加して100万人以上の雇用を支えたとしている。 し 年に交渉を開始した環太平洋パートナーシップ(TPP) かし目標期限の残り2年間で輸出倍増を達成するには, 最 協定およびEUとの包括的な貿易投資パートナーシップ, 低でも年20%の増加が必要であり, 容易な状況ではない。 いわゆる TTIP の計 2 件である。 オバマ政権の優先課題の 2 番目には「野心的な合意に 米国政府は,貿易や投資の自由化は次の点で有益であ 向けた TPP 交渉の推進」が挙がっている。また,オバマ ると具体的に説明している。すなわち,①消費者に低価 大統領が2013年2月12日の一般教書演説で宣言したとお 格のモノを提供することができる,②企業の輸出や投資 り「EU との FTA(TTIP)交渉の開始」も優先順位が高 機会を増大させる,③低価格の原料輸入により企業の生 まり,6 月 17 日の米 EU 首脳会議を経て正式な交渉開始 産性を向上させる,④外国からの投資が国内企業の技術 が決定した(第 1 回交渉は 7 月 8 日に行われた)。TPP で 革新と競争力強化をもたらす,⑤労働者に新しい雇用を は,メキシコとカナダが交渉に加わったことによって, 創出する,⑥開発途上国の経済成長を促進する,⑦開発 オバマ大統領が 2008 年の大統領選挙戦で公約した「北米 途上国を貧困から解放し民主主義を拡大させる基礎を提 自由貿易協定(NAFTA)の見直し」が再度注目を集め 供する,という点である。 ている。協定のどの分野をどう見直すかについての言及 特に現在の米国にとって,最も重視されている貿易の はない。交渉のスケジュールについては,2013 年中の完 意義は雇用創出である。日本を含めた他国において貿易 了を目指して努力することになっているが,米国の通商 の意義をこれほどまで強調して雇用に結び付けている例 専門家には「難しい」と指摘する声が多い。 は無い。 EU との TTIP に関しては,モノ,サービス,投資の市 米国通商代表部(USTR)によると,2012 年の米国の 場開放に加えて, 非関税障壁の削減が焦点になる。TTIP 財とサービスの輸出は合計で約2兆2,000億ドルと世界一 締結の暁には,米 EU 両域内全体で数百万人の雇用を支 の規模だったが,その輸出は米国で 980 万人の雇用を支 え,米国と欧州の緊密な戦略的関係をさらに強固にする えている。つまり 10 億ドルの輸出ごとに約 4,500 人の雇 との点が,同報告書や 2 月の大統領一般教書演説でも強 用を支えていることになる。また,製造業による輸出は, 調された。2014 年末までの交渉合意を目指している。 製造業雇用の20%に相当する240万人の職を支えている。 今後の FTA 交渉は TPA と TAA が鍵に これら FTA 交渉を円滑に進めるには,大統領(政権) 農産物輸出は 2011 年に 92 万 3,000 人の雇用を支えたが, これは農産物輸出 10 億ドル毎に 6,800 人の雇用を支えた が議会から大統領貿易促進権限(TPA)を付与されてい ことになる。さらに輸出に関連する職種の賃金は,全米 ることが望ましい。TPA が付与されていれば,政権によ 平均を13~18%上回っている。このようにオバマ民主党 る他国との交渉結果は,議会では内容を修正することが 政権において,米国では貿易と雇用創出を強く結び付け できず,承認か否認のいずれかの採決しか行えない。こ る考えが主流となっている。 れによって交渉相手国からの米国の信頼性が高まり,交 TPP,EU との FTA が焦点に 渉も順調に進むとされているからだ。TPAについて前述 USTR は 3 月 1 日,2013 年の大統領通商政策課題報告書 の大統領通商政策課題報告書は, 「市場開放に向けた交渉 を議会に提出した。オバマ大統領の 1 期目では,韓国,コ の妥結,承認,発効を促すため議会と TPA について協議 ロンビア,パナマとの各 FTA 発効およびロシアの WTO していく」としている。 加盟に伴う同国への恒久的正常貿易関係(PNTR)の付 またもう一点, 議会との協力が必要な案件として, 2013 与などが実現した。2013 年から始まった 2 期目は,TPP 年末が期限となっている貿易調整支援(TAA)の延長が 交渉の推進とEUとの FTA 交渉に注力する方針だ。そし 挙げられる。TAA は, 貿易の影響で失業した労働者を対 て,これらの交渉を円滑に進めるため,ブッシュ政権末 象に,転職に必要な技術訓練の機会などを提供する制度 期の2007年に失効したままの大統領貿易促進権限 (TPA) で,連邦予算でまかなわれる。韓国,コロンビア,パナ の取得に向けて議会と協議するとしている。 マとの FTA 法案が議会審議にかけられた際,TAA がな 報告書では冒頭で「雇用を支える貿易の拡大」と,や ければ審議を進めないとするオバマ政権・民主党と, はり雇用問題を最優先課題として取り上げた。輸出促進 TAA は連邦財政を圧迫するため認められないとする共 58 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 図表Ⅱ 18 米国における FTA の利用状況(輸入) (単位:100 万ドル,%) 和党が対立し,議会審議が停滞した経緯が過去にある。 オバマ政権にとっては有権者への配慮から TAA は非常 相手国・地域 に重要な支援制度である。 発効年 イスラエル 1985 年 8 月 カナダ(NAFTA) 1994 年 1 月 メキシコ(NAFTA)1994 年 1 月 ヨルダン 2001 年 12 月 シンガポール 2004 年 1 月 チリ 2004 年 1 月 オーストラリア 2005 年 1 月 モロッコ 2006 年 1 月 バーレーン 2006 年 8 月 オマーン 2009 年 1 月 ドミニカ共和国・ 2006 年 3 月~ 28,039 中米諸国(DR-CAFTA) 09年1月(順次) ペルー 2009 年 2 月 6,236 韓国 2012 年 3 月 コロンビア 2012 年 5 月 パナマ 2012 年 10 月 小計 680,121 アフリカ成長機会法(AGOA) 72,276 アンデス貿易特恵法(ATPA) 38,975 合計 791,371 FTA の利用は着実に増加 米国の FTA 利用率は 2012 年で 43.8%だった。FTA 別 にみると (図表Ⅱ-18),2012年に利用率が上昇したFTA は,16 件(14 件の FTA と 2 件の特恵)中 6 件(イスラエ ル,NAFTA,ヨルダン,オーストラリア,AGOA, ATPA)となっている。ヨルダンは近年に主力のアパレ ル製品の関税撤廃が進んだことで,過去 3 年の FTA 利用 率が急上昇し,2012 年には米国が締結する FTA の中で は利用率が最高の 87.6%となった。他には,チリ,バー レーンが利用率 60%を超えた。NAFTA(カナダ,メキ シコ)は, 発効時に米国の輸入関税が最恵国待遇(MFN) ベースで有税だった鉄鋼,紙・パルプ,一般機械,家具 などの品目の多くが無税化された結果,利用率は徐々に 低下し,過去数年 5 割前後で安定して利用されている。 30,947 42.1 40.4 6,426 44,163 13,760 109 762,723 47,807 40,544 851,074 44.6 46.9 23.8 4.7 42.7 37.9 24.8 25.4 3.6 46.5 26.6 12.5 43.8 〔注〕① DR-CAFTA:コスタリカ,エルサルバドル,グアテマラ, ホンジュラス,ニカラグア,ドミニカ共和国 ② 2012 年に発効した FTA は,発効月の翌月以降の輸入総額と した(韓国 4 月以降,コロンビア 6 月以降,パナマ 11 月以降)。 〔資料〕米国国際貿易委員会(USITC)から作成 逆にシンガポールは当初から利用率が極端に低いが, これは米国のシンガポールからの輸入品の約 9 割が有機 化学品,一般機械(特に PC や半導体製造装置など IT 製 品) ,電気機器,光学機器,医薬品となっていることによ る。これらの輸入品は WTO の ITA によって関税が不賦 ムで 0.1%,プラスチックで 2.5%と低減したことから 課であったり,WTO の化学品ハーモナイゼーションに FTA 利用率が一気に高まったといえる。 よって,関税が撤廃もしくは相当程度に低減されていて 米国の対韓輸入品目と対日輸入品目は,それぞれ車 FTA を使う必要がないからだ。シンガポールとの FTA 両・同部品,電気機器,一般機械が三種の神器となって の場合は,むしろ米国によるシンガポールの金融など いるなど非常に似通っている(図表Ⅱ- 20)。ゴムやプ サービス市場への参入が成果として強調されている。 ラスチックは対日輸入の上位品目でもある。これらの競 活発な利用がみられる米韓 FTA 合製品において FTA の有無は大きな価格競争力の差と 2012 年 3 月に発効した米韓 FTA は,米国がこれまで締 なって両国の対米輸出実績に影響しよう。また,日本, 結した FTA の中で,NAFTA の次にその貿易規模が大き 韓国の最大の対米輸出品である車両・同部品については, い。2012年の米国の対韓輸入額は2011年に比べて微増に 米韓 FTA における米国の対韓輸入の際の利用率は 2012 とどまったが,FTA についてはすぐに効果が出始めてい 年で 19.1%,2013 年第一四半期でも 18.9%にとどまって る品目が多数ある。 米国国際貿易委員会(USITC)による 図表Ⅱ 19 米国の対韓国輸入の品目別 FTA 利用率 (単位:100 万ドル,%) FTA 利用率統計(図表Ⅱ- 19)の詳細を みると,米国の対韓輸入における米韓 FTA 利用率は,発効初年度の 2012 年(4 月以降)で 24.8%だったが,2013 年第一四 半期では 22.9%と横ばいだった。品目別 では,プラスチック,ゴムなどの関税削 減が発効初年度に実施されたことから, これらの品目では利用率は 80%前後と なった。米韓FTA発効前のこれらの平均 関税率はプラスチックで 5.2%,ゴムで 3.8%と決して高くはなかったが,FTAに よって対韓輸入の場合は平均関税率がゴ 2012 年 Q2〜Q4 2013 年 Q1 2013年米韓 FTA適用 平均関税率 2012年 MFN 平均関税率 HS コード 品目名 87 車両・同部品 11,405 19.1 4,014 18.9 0.8 4.5 85 電気機器 9,483 12.6 3,487 10.8 0.1 3.5 84 一般機械 8,386 24.0 2,456 23.0 0.2 3.5 27 鉱物性燃料 1,957 54.0 569 43.8 0.0 6.5 73 鉄鋼製品 2,073 8.4 668 10.5 0.2 4.8 40 ゴム 1,609 78.9 471 80.1 0.1 3.8 72 鉄鋼 1,165 3.8 365 3.0 0.1 3.3 39 プラスチック 1,115 80.2 381 79.7 2.5 5.2 29 有機化学品 1,006 16.3 303 24.1 0.5 5.7 90 光学機器 671 22.7 237 23.7 0.0 3.0 44,163 24.8 15,019 22.9 対韓輸入額合計 対韓 輸入額 FTA 利用率 対韓 輸入額 FTA 利用率 〔資料〕米国国際貿易委員会(USITC),米国商務省から作成 59 Ⅱ 輸入総額 FTA 利用率 2011 年 2012 年 2011 年 2012 年 23,027 22,134 11.6 13.3 316,511 324,246 49.2 52.1 263,106 277,653 50.9 51.0 1,061 1,156 82.1 87.6 19,111 20,224 5.4 4.8 9,069 9,381 61.7 60.3 10,240 9,536 28.6 35.0 995 933 20.3 17.8 518 701 62.9 60.6 2,209 1,354 62.7 40.7 図表Ⅱ 20 米国の対日輸入実績 の FTA こそ経済効果も大きく, 雇用創出にもつながると (単位:100 万ドル) HS コード 87 84 85 90 88 29 73 40 98 39 品目名 車両・同部品 一般機械 電気機器 光学機器 航空機・同部品 有機化学品 鉄鋼製品 ゴム 特殊分類品 プラスチック 対日輸入額合計 2012 年 対日輸入額 51,381 34,037 20,031 6,856 3,259 3,250 2,884 2,712 2,587 2,319 146,388 強調した。その上で,現在進行中の交渉に加え,日米な 2013 年 Q1 対日輸入額 12,087 7,818 4,468 1,695 948 1,019 578 637 554 546 34,324 どと FTA を結ぶことで,GDP のおよそ 2%相当の経済効 果が生まれるとしている。先進国との FTA 交渉でこそ, 高い水準でのやりとりが可能となり,かつ経済規模も大 きいため,高い経済効果が得られるとの考えだ。債務危 機に苦しみ財政発動の余地の少ない欧州にとって,先進 国との FTA は「最も安価な経済刺激策」として重視され るようになってきている。 2009 年 5 月に開始したカナダとの包括的経済貿易協定 (CETA)の交渉は大詰めを迎えている。農産品の関税や 〔注〕網かけ部は米国の対韓輸入上位 10 品目でもあるもの。 〔資料〕米国商務省統計から作成 地理的表示,政府調達やサービスなどで意見の食い違い が残っており,閣僚レベルを含め最後の調整が続く。日 いるが, 米韓FTAでは米国の自動車関税の2.5%は発効後 本とのEPA/FTAについても, 長年の下準備を経て2013 5年目で撤廃, トラック関税の25%は10年目で撤廃される 年4月に交渉を開始した。 米国との包括的な貿易投資パー ため,今後 FTA 利用率の大幅な拡大が見込まれている。 トナーシップ,いわゆる TTIP についても,同 6 月の G8 首脳会議に際して行った米 EU 首脳会議で,交渉開始を (3)EU の FTA 戦略 表明し,7 月に第 1 回交渉会合を開催した。 雇用成長政策としてメガ FTA 交渉へシフト 先進国の関税は,農産品を除き WTO 交渉によってお EU は全方位的に FTA を展開しているが,2006 年の通 おむね低くなっているため,FTA 交渉の焦点は非関税障 商戦略「グローバル・ヨーロッパ」の発表以降,特にア 壁・規制問題となる。例えば TTIP をめぐっては,交渉 ジアとの FTA を積極的に推進してきた。韓国,ASEAN 開始に先立ち2012年10月に米EU間の規制問題に焦点を とは 2007 年 5 月に,インドとは同 6 月に交渉を開始した。 当てて意見公募がなされている。2013 年 4 月にワシント 背景には,それまで EU の成長を支えてきた EU 拡大が一 ン D.C. で開催された米 EU 高級規制協力フォーラムの公 段落し,EU 域外,特に EU の FTA 空白地帯だったアジ 開会合は,事実上欧米産業界が TTIP での取り扱いを求 ア市場に目を向ける必要性が生じたという事情がある。 める規制問題を表明する場となった。同フォーラムで欧 しかし,これまで FTA の締結・発効(暫定適用)に 州委員会高官は,TTIP 交渉開始後にも TTIP での米 EU 至ったのは韓国のみ。ASEAN との交渉は当初 ASEAN 規制問題の取り扱いについて,意見公募を行う意向を示 全体と行っていたが,2009 年に交渉を中断,個別国との した。既に多くの団体が EU,米国それぞれの規制問題 交渉に切り替えられた。シンガポールとの交渉は終了し を指摘しているが(図表Ⅱ- 21),今後産業界によるロ たが,協定文は調整中で,仮調印にも至っていない。マ ビイングはさらに活発化するものとみられる。 レーシアとの交渉は 2012 年 4 月の交渉会合以降,下院選 これまでも議論されてきた規制問題を TTIP に組み込 を理由に事実上中断していた。ベトナム,タイとの交渉 むことにどのような意義があるのか。一つは,法的拘束 はまだ始まったばかりだ。加えて,インドとの交渉は, 力のある約束として盛り込むことで,問題改善の確実性 毎年,年内の交渉妥結を目指すと首脳会議などで言及し を高めることができる。EU にとっては,自動車,電子 ているが,EU の目指すハイレベルな FTA とインド側の 機器などの非関税障壁約束を取り付けた韓国との FTA 認識とのギャップなどを背景に 6 年を経てなお妥結点を が成功体験となっている。さらに,これまで規制問題へ 見出せていない。EU 側は加盟国からの権限付与(マン 取り組む上で課題とされてきたハイレベルな政治的支持 デート)に基づき交渉を行っているため,必ずしも個別 については,TTIP を基盤とすることで,より強固なも の問題に柔軟な対応をとることができないことも,アジ のが期待できる。EU 韓国 FTA では分野別にさまざまな ア諸国との FTA 交渉が停滞する一因となっている。 委員会,作業部会が設けられており,定期的に会合が開 そこで EU は,より高度な FTA を結ぶことができ,経 かれているが,これらの枠組みを通じてタイムリーな問 済効果も大きい交渉相手として,先進国との FTA に着手 題改善が図られており,欧州では高く評価されている。 し始めている。欧州委員会が 2012 年 7 月に発表した,先 さらに,規制問題に取り組むため,議会の関与を高め 進国との主要国との貿易投資の進捗状況をまとめた報告 る必要性も指摘されてきた。立法的な改定が必要な場合 書「成長の外部要因」では,日米など主要パートナーと があるほか,規制当局はしばしば政府から独立の機関と 60 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 図表Ⅱ 21 各団体の指摘する TTIP の問題点・提言リスト 団体名 分野 問題点/提言 自動車 双方で合意した五つ程度の標準の相互承認をパイロットプロジェクトとして実施 欧州:欧州自動車部品工業会(CLEPA), 米国:米国自動車部品工業会(MEMA) 自動車 電気自動車(EV)など新規制の両国・地域間の調和を目指すべく,規制の基礎を形 作るための共同のプロセスを策定する可能性を模索 欧州:欧州化学産業連盟(Cefic), 米国:米国化学工業協会(ACC) 化学品 規制アプローチの調整のため , 新規制制定の際の諮問 , 協力のメカニズム構築 医療機器団体(欧州:COCIR,米国:MITA)医療機器 製造者品質管理制度の監査の相互承認 医療機器メーカー EU 法上ある加盟国で医療機器の登録が認められれば他の加盟国でも販売できるはず だが,実際には他の加盟国でも改めて登録が必要な場合があり,要改善 医療機器 医薬品団体(欧州:EFPIA,米国:PhRMA) 医薬品 製造管理基準(GMP),臨床試験実施基準(GCP)順守評価のための査察の相互承認 米国冷凍食品協会(AFFI) 食品 国際的に広く認められている添加物の使用制限,警告ラベル貼付義務の緩和 米全国精製協会(NRA) SPS(注) バイオ燃料用として需要の多い獣脂の第三国からの輸入を禁じている 米国食肉協会(AMI) SPS トウモロコシ精製業協会(CRA) SPS 残留農薬基準,特定汚染物質の許容値の相互承認の可能性 全米豚肉生産者協議会(NPPC) SPS EU は塩酸ラクトパミンを使用した豚肉の輸入を禁止しており,EU に輸出するには, 使用していないことを証明するため「EU 向け豚肉プログラム」に参加する必要 米国損害保険協会(PCIA) 保険 サービス 同等性評価など議論のための常設フォーラム(米 EU 規制当局に加え米国の州当局も 関与) 肉製品の病原体低減措置(PRT)が禁止されている。現在乳酸による PRT の承認手 続きが進められているが,煩雑で時間がかかる 〔注〕SPS:衛生植物検疫措置 〔資料〕2012 年 10 月米 EU 規制問題意見公募,2013 年 4 月フォーラム提言および 2013 年 5 月パブリックコメントより作成 して位置付けられているために,政府よりも予算を掌握 GSP改革がEUとのFTAの方針を転換させた最も顕著 する議会の声が通りやすいためだ。 な例はタイである。タイは当初 EU との FTA に消極的 この点,米欧とも FTA 妥結には議会の同意が不可欠 だった。さまざまな要因があるが,理由の一つがタイか で, 必然的に議会の関与を求めなければならない。また, らの輸出にはGSPに基づく特恵が認められていることだ。 欧州議会の国際貿易委員会(INTA)のモレイラ委員長 これにより,タイは FTA によらずとも,一定の特恵を受 は 4 月に米議会を訪問した際,環大西洋立法対話(TLD) けることができた。しかし,2014 年 1 月から施行される を提案した。 議会の関与を強める試みとして注目される。 EU の新しい GSP 制度の下では,タイは 2015 年 1 月から 遺伝子組み換え規制など妥結へ向けたハードルは高いが, 特恵対象から外れることが確実となっている。このこと その分高度な協定への期待も高まる。 を認識したタイ政府は,交渉開始に必要な国内手続きを ASEAN などには一般特恵関税(GSP)改革で圧力 加速させ,2013 年 3 月の交渉開始表明にこぎつけた。第 EU は 2014 年 1 月から GSP 制度を大幅に刷新する。先 1 回交渉は 5 月に行われたばかりで,2015 年 1 月までの発 進 国 と の FTA 交 渉 に 重 点 を 置 き つ つ あ る 一 方 で, 効は事実上不可能なため,一定期間通常の関税が課せら ASEAN など途上国に対しては,GSP に基づく特恵をな れることは避けられないが,EU の政策が功を奏した例 くすことで,FTA 交渉妥結を促す意図がある。 といえる。 GSP制度改正の最も大きな変更点は, 対象国が半減することである(図表Ⅱ - 22) 。改正の主たる目的は,途上国 の発展度合にも大きな差がみられるよ うになってきたことから,より貧しい 国に特恵を集中させるという点にある。 さらに,既に一定の発展を遂げている 国については,GSP という一方的な特 恵から,FTA という互恵的な特恵に転 換を促すということも目的としている。 特恵には相応の対価を求めるという方 針である。GSP の対象から除外された 国は,EU 向け輸出の特恵を維持する には FTA を結ばざるを得ない。 図表Ⅱ 22 2014 年以降の EU の GSP 対象国リスト 対象外となる国・地域 ・高所得国・地域(8) サ ウジアラビア,クウェート,バーレー ン,カタール,アラブ首長国連邦,オマー ン,ブルネイ,マカオ ・中高所得国・地域(12) アルゼンチン,ブラジル,ロシア,カザフ スタン,マレーシア など 対象国・地域 GSP 対象国・地域(40) 中国(※),コロンビア,コスタリカ,エ クアドル(※),グルジア,インド,イン ドネシア,イラン,イラク,モンゴル, ナイジェリア,パキスタン,パナマ,ペ ルー,フィリピン,スリランカ,シリア, タイ(※),ウクライナ,ウズベキスタ ン,ベトナム など ・FTA など他の特恵付与国・地域 アルジェリア,エジプトなど地中海 6 カ国, 武器類以外全て(「EBA」)無税対象国・ CARIFORUM 諸国,経済パートナーシッ 地域(49) プ協定の市場アクセス規則の対象国(ガー 後発開発途上国(LDC)諸国 ナ,カメルーンなど),東南アフリカ諸国,(アフリカ 33 カ国,アジア 10 カ国,太平 洋諸島 5 カ国,ハイチ) メキシコ,南アフリカ共和国 など ※ただし,モルディブは 2015 年 1 月から ・海外県・海外領土(OCT) (33) 対象外となる見込み 〔注〕※印の国(中国,エクアドル,タイ)は 2015 年 1 月から対象から外れる見込み。 〔資料〕欧州委員会資料から作成 61 Ⅱ 欧州:欧州自動車工業会(ACEA), 米国:米自動車政策評議会(AAPC) このほかに 2013 年 5 月の選挙前は事実上交渉が停止し ソ連諸国)とは DCFTA を含む連合協定の交渉を進めて ていたマレーシアについても,2014 年 1 月から GSP の対 いる。既にウクライナとの交渉は終了しており,妥結し 象外となることから,選挙後は FTA 交渉により積極的に た協定案をみると,国家援助規制を含む競争法について なる可能性がある。とはいえ,サービスや外資の規制, EU 法の採用が求められているほか,マネーロンダリン 自動車産業保護政策,政府調達におけるブミプトラとい グ含む金融サービス規制などさまざまな分野での EU 規 われるマレー人優遇政策など課題は多い。 制の採用が義務付けられている。 加えて,GSP 対象国だけでなく,GSP 原産地規則にお また,原産地規則という観点からは,既に EU 含む欧 ける累積制度の適用にも大幅に絞り込みがかけられてい 州,および地中海諸国は,一大生産圏を形成している。 ることに注意する必要がある。これまでは既に GSP 対象 既に同地域では数多くの FTA 網が張りめぐらされてい 国ではないシンガポールを含め,GSP の原産地認定に当 るが,これが FTA だけであれば,結び付きは線にとどま たり ASEAN での累積が認められていた。しかし,2014 る。しかし,EU,EFTA,旧ユーゴスラビア諸国,地中 年 1 月からの GSP 新制度では,原産地規則にも改正が施 海諸国は汎欧州・地中海原産地制度を形成しており,一 され,ASEAN での累積が認められるのは,特恵対象国 部の国・地域間では原産地累積が認められている。例え に限定されることとなった。これによりシンガポールだ ば,モロッコから原材料を輸入し,トルコで加工,EU けでなく,マレーシア,また 2015 年からはタイも累積の へ輸出するとする。累積制度が導入されていることによ 対象から外れる。従って,例えばタイから EU 向けに輸 り,モロッコからの原材料も原産品としてトルコ原産品 出を行っている企業が特恵を維持するために,最終工程 の認定に加えることが可能となる。原産地規則が付加価 のみをインドネシアに移し,そこから EU に輸出すると 値基準であれば,EU でのトルコ原産認定に際して,ト いうことも困難になる。それでは原産地規則を満たすこ ルコでの付加価値に,モロッコ産原材料の価値が累積さ とができないためだ。そこで,ASEAN 各国ごとの FTA れる。このように, 累積を導入することで FTA の線での だけでなく,ASEAN 全体との FTA 妥結もより強く必要 結び付きにとどまらず,欧州・地中海地域はいわば面と とされることになる。 して機能する。具体的には原産地規則の充足が容易とな EU 経済圏は地中海にまで広がる るため,域内での貿易が促進される。現在アジアでは EUはアジア諸国,先進国とのFTA交渉を進める一方, 近隣諸国においてはFTAを通じたEU基準の拡散を目指 RCEP の締結が議論されているが,RCEP が目指すもの はまさにこのような機能であるといえよう。 す。既にFTAを含む連合協定を結んでいる地中海諸国と 従来は EU と地中海諸国との累積原産地制度は,二国・ は,高度かつ包括的な FTA(DCFTA)の交渉を開始す 地域間で個別に結ばれる議定書に基づいて運用されてい る。DCFTA にはサービスなど連合協定では取り上げら た。そのため,累積原産地制度の導入には,各国・地域 れなかった規定やEU基準の採用なども盛り込まれる。ま 別に議定書を結ぶ必要があり,かつ議定書を結んだ国・ た,東方パートナーシップ対象国(東方のロシア除く旧 地域同士でしか適用されなかった。EU との協定は相当 数の国が結んでいるものの,EU 以外の第三国間で累積 が認められないことが課題であった。 図表Ⅱ 23 汎欧州・地中海原産規則に関する地域条約の状況 そこで EU らは原産地規則の共通化を目指す汎欧州・ ② ③ 地中海原産地規則に関する地域条約を結び,既に EU27 ④ ① ⑤ ⑥ ⑬ 発効国(適用国):①EU27,②アイスランド,④ノルウェー, ⑤スイス,⑥クロアチア,⑧モンテネグロ,⑩アルバニア,⑪マ ケドニア ⑰ ⑦⑨ ⑮ ⑧⑩ ⑫ ⑲ ⑱ 署名国・未発効国:③フェロー諸島★,⑨セルビア★,⑬モロッ コ★,⑭アルジェリア★,⑮チュニジア,⑳トルコ★, ヨルダ ン★ 未署名国:⑦ボスニア・ヘルツェゴビナ,⑫コソボ,⑯エジプト ★, シリア, レバノン, イスラエル★, パレスチナ★ ⑳ ⑪ 将来的に加入する可能性がある国:⑰ベラルーシ,⑱ウクライ ナ,⑲モルドバ, アルメニア, アゼルバイジャン, グルジア ⑭ ⑯ ★うちEUとの多国籍累積制度あり 〔資料〕EU 理事会のウェブサイトを基にジェトロ作成 62 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 11 月に TPP 交渉に参加の意向を表明したほか,関心を示 加入すれば,二国・地域間の議定書締結を待つことなく している国もあるが, 対外 FTA 政策においては温度差が いずれの当事国・地域とも累積が適用されることになる。 あるのが現状である。TPP 参加,非参加にかかわらず, 今後は対 EU 輸出だけでなく,より広範囲で累積が認め ASEAN 各国はそれぞれ自由に対外関係を構築できると られることが期待される。 いうのが各国の基本的な立場である。 Ⅱ を含む 34 カ国で発効している(図表Ⅱ- 23) 。同条約に FTA 交渉を加速させる韓国と中国 (4)東アジア各国・地域の FTA 戦略 韓国と中国は 2012 年 5 月に二国間 FTA 交渉を開始し, ASEAN 経済共同体の進捗と課題 2013 年 4 月までに 5 回の交渉会合が実施された。交渉入 東アジアの広域経済圏形成の取り組みが加速している。 りに当たっては 2 年以内に交渉妥結を目指す意向を示し その動きの中心にあるのが ASEAN である。ASEAN は ている。交渉会合では,一般品目の関税を協定発効 10 年 RCEP を提唱するとともに,2015 年末までの「ASEAN 以内に,センシティブ品目についても発効から 10 年後に 共同体」創設を掲げる。ASEAN 共同体の核となるのが それぞれ撤廃することで合意している。仮にセンシティ ASEAN 経済共同体(AEC)である。AEC は世界で最も ブ品目を含め 10 年以内の関税撤廃が達成されれば,かな 進んでいると評される域内生産ネットワークを生かすべ り高度な内容といえるが,特に農水産業は両国とも保護 く,単一の生産基地となることに狙いを定めていること したい意向を示している。2013 年 4 月の第 5 回会合では が特徴といえる。そのために関税の撤廃だけでなく非関 両国は,交渉の勢いを維持し,まずは早期に物品,サー 税障壁の撤廃を掲げ,例えば基準・認証分野では,製品 ビス,投資など分野ごとのモダリティ(交渉の枠組み, 規格の相互承認だけでなく一部の品目で ASEAN 統一基 進め方)合意を目指すことを確認した。 準の採用も目指している。 韓国にとって, 中国との二国間 FTA 締結が実現すれば 2015 年末の完成に向けて,2007 年に ASEAN 事務局に 2003 年の「FTA 推進ロードマップ」採択以降, 積極的に よって採択されたロードマップ「AEC ブループリント」 進めてきたFTA政策の一つの到達点となる。既に発効し は 2013 年現在,設定された 4 期間の第 3 フェーズにある。 ている ASEAN(2007 年),EU(2011 年),米国(2012 事務局の自己評価によれば第2フェーズまで(2008~2011 年)と合わせて,輸出相手上位 4 カ国・地域との FTA 網 年)の達成度は,2012 年 4 月時点で 67.5%,2013 年 5 月 が完成することになる (図表Ⅱ- 25) 。2013 年 4 月に韓国 時点のアップデートでは 77.8%と,必ずしも順調とはい 政府が発表した対外経済政策の中では「韓中 FTA は, 中 えないが確実に漸進はみられる。 国との技術格差縮小などを勘案して引き続き交渉を進め AEC 実現に向けたポイントとしては,①貿易障壁だけ る一方で,農水産業などのセンシティブな分野を保護す でなくサービスや投資の自由化にまでどの程度踏み込ん る」との基本方針が示されている。 でビジネス環境整備を進められるか,②加盟国間で格差 中国にとって,韓国は EU,米国,ASEAN,日本に次 のある港湾環境や物流網などハードインフラの整備,③ ぐ貿易相手であり, 二国間 FTA の早期妥結への期待が高 ビジネスの変化に遅れをとらないスピード 感,④巨大中間層を持つ単一市場の実現な どが挙げられる。 RCEP 交渉は,AEC 実現に向けた優先項 目の一つであり,同じく 2015 年末までの交 渉完了を目指している。RCEP の域内貿易 比 率 は 43.2% と, 北 米 自 由 貿 易 協 定 (NAFTA)や TPP を上回り,域内の生産 ネットワークの結び付きの高さを示してい る(図表Ⅱ- 24) 。過去 2 年間は,同比率は 横ばいであるが,RCEP 締結により押し上 げられる可能性はある。 ASEAN10 カ国の中で,TPP に参加して いるのは,シンガポール,ブルネイ,ベト ナム, マレーシアの 4 カ国。他の ASEAN 加 盟国では,タイ・インラック首相が 2012 年 図表Ⅱ 24 主要地域の域内貿易比率の推移 (単位:%) 1980 年 1990 年 2000 年 2005 年 2010 年 2011 年 2012 年 33.2 33.0 40.6 43.0 44.1 43.7 43.2 アジア RCEP ASEAN 15.9 17.0 22.7 24.9 24.6 24.3 24.5 ASEAN+ 中国 14.9 15.8 20.1 20.7 20.7 20.6 21.2 ASEAN+ 韓国 15.1 16.1 22.4 23.2 23.9 23.9 24.5 ASEAN+ インド 15.1 16.5 22.3 23.8 23.4 23.1 23.1 ASEAN+ 日本 23.4 21.7 26.4 26.0 26.7 26.6 27.1 日中韓 10.3 12.3 20.3 23.7 22.1 21.3 20.2 米州 NAFTA 33.2 37.2 46.8 43.0 40.0 39.9 40.2 欧州 EU27 57.5 65.4 65.1 65.0 64.9 64.4 63.3 日 EU 52.6 61.4 59.8 60.5 59.2 58.8 57.4 APEC 57.5 67.5 72.3 69.2 67.0 65.5 65.8 TPP 44.0 50.8 53.9 47.0 41.9 41.3 42.0 米 EU 55.0 61.3 57.9 58.7 57.0 56.6 55.0 〔注〕① RCEP は ASEAN10 カ国および日本,中国,韓国,オーストラリア,ニュー ジーランド,インド。 ② TPP は日本を含む 12 カ国ベース。 ③域内貿易比率(往復)は,(域内輸出額+域内輸入額)/(対世界輸出額+ 対世界輸入額)× 100 で算出。 〔資料〕 “DOT, May 2013” (IMF),台湾貿易統計から作成 63 図表Ⅱ 25 日本,韓国,中国の FTA 進捗状況 日 本 (発効年) アジア ASEAN 大洋州 インド オーストラリア ニュージーランド モンゴル 日本 中国 韓国 日本 / 中国 / 韓国 東アジア包括的 経済連携(RCEP) 台湾 パキスタン 北米・ 米国 中南米 カナダ メキシコ チリ ペルー コロンビア コスタリカ 欧州 EU EFTA スイス ノルウェー アイスランド その他 トルコ 環太平洋パートナー シップ(TPP) 湾岸協力会議 (GCC)諸国 FTA カバー率 発効済(2008) 発効済(2011) 交渉中 - 交渉中 - - 交渉中断中 交渉中 交渉中 - - - 交渉中 発効済(2005) 発効済(2007) 発効済(2012) 交渉中 - 交渉中 - 発効済(2009) - - 共同研究 交渉中 (単位:%) 韓 国 (発効年) 中 国 (発効年) 輸出入 輸出入 構成比 構成比 15.3 発効済(2007) 12.3 発効済(2005) 1.0 発効済(2010) 1.8 (APTA 加盟国) 4.4 交渉中 3.0 交渉中 0.3 交渉中 0.3 発効済(2008) 0.0 - 0.0 - - 交渉中断中 9.7 - 19.7 交渉中 20.2 - 6.1 - - 交渉中 25.8 交渉中 29.8 交渉中 46.9 47.1 交渉中 交渉中 (30.5) (33.1) 4.2 - 2.7 発効済(2010) 0.1 - 0.2 発効済(2007) 12.8 発効済(2012) 9.5 - 1.4 交渉中 0.9 - 0.9 交渉中 1.1 - 0.7 発効済(2004) 0.7 発効済(2006) 0.2 発効済(2011) 0.3 発効済(2010) 0.1 署名済(2013) 0.2 共同研究 0.1 - 0.1 発効済(2011) 9.3 - 9.8 暫定発効(2011) 1.0 発効済(2006) 0.9 - 0.3 署名済(2013) 0.7 (EFTA 加盟国) 0.6 交渉中 0.2 (EFTA 加盟国) 0.0 署名済(2013) 0.0 (EFTA 加盟国) 0.2 発効済(2013) 0.5 - 27.5 32.4 - - (19.0) (15.0) 輸出入 構成比 10.3 1.7 3.0 0.3 0.2 8.5 - 6.6 15.1 30.4 (19.8) 4.4 0.3 12.4 1.3 0.9 0.9 0.4 0.2 0.2 14.1 0.8 0.7 0.2 0.0 0.5 33.2 (26.2) 交渉中 10.8 交渉中 11.6 交渉中 4.0 発効済計 18.9 発効済計 35.3 発効済計 16.6 〔注〕①率は 2012 年の貿易統計に基づく。ASEAN 各加盟国との FTA 締結状況は割愛した。 ② RCEP および TPP の上段は対象国全体の構成比,下段はそのうち FTA 未発効相手国の構成比。 ③中国の FTA カバー率には香港,マカオは含めていない。 〔資料〕各国政府資料,各国貿易統計から作成 の立場を示した。先に加 盟した国と同様に高水準 の自由化義務を果たすの で あ れ ば 中 国 の TPP 参 加も歓迎する,との米国 商務次官発言を受けての 表明とみられている。 韓 国 は TPP に つ い て は, 2013 年 6 月発表の「新 通商ロードマップ」では 「巨大市場の活用の可能 性,国内への影響などを 慎重に検討する」 , 「日米 など,TPP 交渉参加国と の情報交換を強化する」 と述べるにとどまった。 香港は ASEAN との FTA 交渉へ 香港と ASEAN は 2013 年 4 月,FTA 交渉を開始 することで合意したと発 表 し た。 従 来, 香 港 は ASEAN中国FTAへの加 入 を 求 め て い た が, ASEAN 側から香港との 二地域間 FTA 交渉とい う対案を受け,これに応 じた。 まる。一方, 中国の専門家の多くは日中韓 FTA が東アジ 香港は,アジアでは中国との経済貿易緊密化協定, ア域内経済協力の枠組みとして最も重要で優先度が高い ニュージーランドとFTAを締結するのみである。このた と指摘する。国内産業の高度化を図る中国にとっては, め香港を経由した中継貿易では,AFTA や ASEAN + 1 日韓との FTA を通じた産業構造の転換の促進への期待 の FTA を活用することはできない。ASEAN 中国 FTA が高い。また,日本の参加によって存在感を増す TPP, に香港が加入すれば,中国もしくは ASEAN 域内で生産 ASEAN が提唱して交渉入りの実現した RCEP と,東ア された商品を香港の物流拠点に貨物を一元管理し,必要 ジアの広域 FTA 構想の具体化が進む中,主導権を確保し なタイミングで再輸出するストック・オペレーションが たいという外交戦略的な意図からも,中国は日中韓 FTA 可能になるという期待がビジネス界から挙がっていた。 を重視していると目されている。 一方,香港と同じく中継貿易拠点としての機能を持つ 日中韓 FTA より 1 年以上早く交渉入りした韓中 FTA シンガポールは,香港の ASEAN 中国 FTA 加入に難色を は日中韓より先に妥結し,発効する可能性が有力視され 示していた。シンガポールは, 同 FTA が新規加入を想定 ている。日本にとっては韓中 FTA の発効により, 特に中 しておらず,加入条項を協定に含まないという法的問題 国市場において,電気機器,光学・精密機器,自動車部 点を指摘してきた。ASEAN 中国 FTA の改正では,第三 品などの産業分野で競合する韓国企業に,少なくとも一 国を商流において経由する取引を正式に認めた第 2 修正 時的には市場シェアを奪われることが懸念される。 議定書(2011 年発効)をめぐっても妥結に 1 年以上要し TPP について中国商務部は 2013 年 5 月,「慎重な研究 ており,香港の加入を実際に進めた場合,相当な時間が を踏まえ,平等・相互利益の原則に基づき,TPP 交渉参 かかることは必至であった。 加のメリットとデメリットおよび可能性を検討する」と ASEAN と香港の FTA では,ベトナム,ラオス,カン 64 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 ボジアなど香港から距離の近い ASEAN 諸国に活用の余 は従来から指摘されてきたが,経団連は「アジアを越え 地があるが,香港の ASEAN 中国 FTA 加入に比べるとビ て欧米に達するわが国企業のサプライチェーン,バ ジネスへのインパクトは小さい。 リューチェーンの実態に鑑み」TPP,日中韓,RCEP,日 EU の四つの広域 FTA を推進する必要があるとする。 (5)日本の FTA 動向 大型 FTA 交渉の開始相次ぐ 日中韓 FTA は 2011 年 12 月に取りまとめられた日中韓 FTA の大型化,広域化が世界的に進む中,2013 年に入 FTA 共同研究の結果を受けて,2012 年 5 月の日中韓サ り,日本も大市場国・地域との FTA 交渉を相次いで開始 ミットで年内の交渉開始に合意し,同 11 月に 3 カ国の経 した。2013 年 3 月に日中韓 FTA,4 月に日 EU・EPA/ 済貿易相会合にて正式に交渉開始が宣言された。第 1 回 FTA,5 月に RCEP の第 1 回交渉会合が,それぞれ実施 交渉会合では,3 カ国の共同研究報告書に基づき交渉範 された。さらに日本は 2013 年 7 月,TPP 協定交渉の第 18 囲の協議を進めることとなった。 共同研究報告書からは, 回会合より,12 番目の交渉参加国として正式に交渉に加 日中韓 FTA の目指す方向性をおおまかに読み取ること わった。 日本政府も認識しているとおり,どの一つをとっ ができる(図表Ⅱ- 27) 。まず,3 カ国の貿易関係につい ても難しいものを同時に進めていくという困難な舵取り て,域内貿易比率が EU や NAFTA に比べて「低水準に を求められるが,世界で大型 FTA 締結の流れが続く以 とどまっている」 (ピークは 2004 年の 24.1%,2011 年ベー 上,日本としても貿易の大部分を占める主要国・地域と スでは 21.3%)ことを挙げ,「日中韓 FTA が域内貿易を の FTA を進めることが不可避の状況である。 さらに促進し,地域全体に繁栄をもたらすという潜在的 日本と主要国・地域との貿易額の変化をみると,日本 可能性を持つ」と指摘している。 の米国や EU 向けの輸出の伸びは過去 10 年,中国や韓国 物品貿易,サービス,投資といった自由化分野につい に比べ小さい。FTA 締結により,日本からアジアだけで ては,報告書では比較的慎重な記述が目立つ。物品貿易 なく,巨大市場である先進国向け輸出の拡大が期待され ではまず農林水産品について,FTA は 3 カ国の農林水産 る(図表Ⅱ- 26) 。 業の持続可能な発展に寄与することが重要であり,各国 広域 FTA の重要性は,産業界も強く認識している。日 のセンシティブ品目に配慮すべきとする。鉱工業製品に 本経団連は 2013 年 4 月に発表した「通商戦略の再構築に ついても FTA が域内製造業の生産ネットワークやサプ 関する提言」の中で, 「グローバルなサプライチェーンな ライチェーンを拡大させるとともに,消費者が利益を得 らびにバリューチェーンの円滑化」を通商戦略に必要な 図表Ⅱ 27 日中韓 FTA 共同研究報告書の概要 新たな視点の第 1 に掲げ,広域 FTA を通じてこれを実現 主な項目 する必要があると指摘している。東アジアにおける日本 企業の生産ネットワークの強化に FTA を活用すること 図表Ⅱ 26 日本と主要 FTA 締結・交渉相手間の輸出額規模 352 (2002年の輸出額=100) 255 232 ASE AN 565 565 中国 韓国 17,20 日本 2 EU 134 181 米国 205 〔注〕数 字は 2002 年の輸出額を 100 とした場合の,2012 年の輸出額 (指数)。 〔資料〕 “DOT, May 2013” (IMF)から作成 概要・ポイント ①包括的かつ高いレベルの FTA,② WTO ルールとの整合性,③バランスの取れた利 全般 益,④センシティブ分野への配慮,を基本 原則に掲げる 農林水産業,製造業ともに各国のセンシ 物品貿易 ティビティに配慮。原産地証明は第三者証 明が実現可能な選択肢 ネガティブリスト方式(日韓),ポジティ サービス ブリスト(中国)方式を併記 日韓は,日中韓投資協定を上回る水準を主 投資 張,中国は柔軟性を要求 貿易の技術的障害 協力および協議を通じて,三国間の TBT (TBT) 問題を適切に処理する 衛生植物検疫措置 国 際 規 格 等 を 考 慮 に 入 れ つ つ,WTO・ (SPS) SPS 協定の実施を強化 権利と義務のバランスを維持し,各国の国 知的財産権 内状況に配慮 日韓は貿易・投資を妨げる措置の防止,中国 エネルギー・鉱物資源 は天然資源の持続可能な利用の確保を提言 漁業 日韓は違法漁業等に対する共同管理を提言 FTA は食料問題に取り組むための新しい 食料 プラットフォームとなる 中国は WTO 政府調達協定の加盟交渉中で 政府調達 あり,追加交渉に消極的 代替エネルギー開発,海洋環境保護などの 環境 協力を促進 〔資料〕 「日中韓 FTA 産官学共同研究報告書」 (2011 年 12 月)から作成 65 Ⅱ ビジネス界の期待の高い中韓との FTA 締結 図表Ⅱ 28 日EU・EPA/FTA 交渉開始への道のり ることにつながるとしつつ,各国のセンシティビティに 年月 プロセス 民間共同研究のため,ジェトロにタスクフォースを 2007 年 6 月 設置 共同研究成果を福田首相(当時)およびバローゾ欧 2008 年 7 月 州委員長に提出 日 EU 定期首脳協議にて非関税措置への取り組みに 2009 年 5 月 合意 日 EU 定期首脳協議にて合同ハイレベルグループの 2010 年 4 月 設置に合意 日 EU 定期首脳協議にて「スコーピング作業」の早 2011 年 5 月 期実施に合意 EU 外相(通商担当相)理事会にて「スコーピング 2012 年 5 月 作業」の終了を発表 欧州委員会が EU 全加盟国に日本との FTA 交渉権限 2012 年 7 月 付与を求めることを決定 EU 外相理事会が欧州委員会に対して日 EU・EPA/ 2012 年 11 月 FTA の交渉開始を承認 両首脳電話首脳会談にて日 EU・EPA/FTA の交渉 2013 年 3 月 開始を決定 2013 年 4 月 交渉開始(第 1 回交渉会合開催) 配慮すべきとする。サービス,投資については,ネガティ ブ/ポジティブリスト形式の採用など自由化の程度に関 して,特に日韓と中国との間で隔たりがあり,報告書で は両論併記のかたちをとっている。 その他,日中韓 FTA では,エネルギー・鉱物資源,漁 業,食料,環境といった課題についても隣接する三国の 重要課題としての問題認識が高いことも特徴である。 WTO によれば 2011 年の中国の非農産品の単純平均関 税率は 8.7%,韓国は 6.6%と,日本の 2.6%に比べてかな り高い。韓国については EU 韓国 FTA,米韓 FTA の発 効で,既に日本企業は欧米企業に対し関税面で劣後して いる。また韓中 FTA も日中韓 FTA に一歩リードするか たちで交渉が進んでいる。ジェトロの平成22年度海外事 業展開に関するアンケート調査(2011 年 3 月)では,日 〔資料〕外務省,経済産業省資料から作成 本企業にとって,日本がどの国・地域と FTA を締結する とビジネスのプラスの影響を及ぼすかを尋ねたところ, 非関税障壁について予想される内容はEU韓国FTAが 中国が 47.6%,韓国が 29.5%といずれも高い回答率を集 参考になる。EU 韓国 FTA では自動車,電気 ・ 電子機器, めた。日本企業にとっての,競合国企業との平等なビジ 医薬品・医療機器,化学品について分野別の規定を設け ネス環境の整備という観点から,日中韓 FTA の着実な前 ている。それぞれ EU が採用する製品規格の標準化促進 進が求められている。 を企図した内容が目立つ。自動車については,EU が主 日 EU・EPA/FTA は「非関税障壁」の対応が争点 導して策定した安全基準に関する国際規格(国連欧州経 日本と EU の EPA/FTA は前述のとおり 2013 年 3 月に 済委員会(UNECE)の基準)の承認だけでなく,一定 両首脳間が交渉開始に合意し,可能な限り早期の締結を の基準項目では韓国が協定発効後 5 年以内に,UNECE 基 目指すことを表明した。(図表Ⅱ- 28) 準に国内基準を調和させることを規定している。電機・ 欧州委員会は,各 EU 加盟国から日本との交渉権限を 電子機器については,EU の影響力が強い ISO,IEC(国 取得するために 2012 年 7 月,「交渉の指針」を公表した。 際電気標準会議),ITU(国際電気通信連合)を安全基 同指針では,①「自動車分野を含めた日本側の非関税障 準・EMC(電磁両立性)規格の国際標準策定機関である 壁の撤廃と並行してEU側の関税引き下げを実施する」 と と認めることなどが盛り込まれている。 「ASEAN + 1」FTA を面につなぐ RCEP いう「パラレリズム」の原則と,②交渉開始から 1 年後 に「日本と合意しているロードマップで示された非関税 RCEPは日中韓と同じく2012年11月の東アジアサミッ 障壁の撤廃や鉄道・都市内交通の公共調達で進展が不十 トの機会をとらえて交渉開始が宣言された。交渉開始に 分な場合は,交渉を中止する」という見直しの権利,と かかる共同宣言では,RCEP は「ASEAN の枠組み」で いった EU 側の条件を確認している。 あることを冒頭にうたうなど, 「ASEAN の中心性」が強 交渉の指針の提示とともに欧州委員会は「EU・日本の 調されている。ASEAN を中心とした東アジア地域の 通商関係に関する影響評価」レポートを公表している。 「ASEAN + 1」FTA 網(日本,中国,韓国,インド,オー レポートでは,①物品,②サービス,③公共調達などに ストラリア・ニュージーランド)は,2010 年に一応完成 ついて, 日本への主な懸念と FTA 締結への期待をまとめ した。しかし産業界からは,企業の生産ネットワークが ている。①物品では,医薬品に対する規制,自動車の技 東アジア広域にわたって展開する現在においては, 術規格とその適合性評価基準,医療機器分野の新製品導 ASEAN + 1 の FTA では十分に効率的な国際分業が達成 入の手続き,加工食品の規格の違いや通関手続きの煩雑 できないと指摘されてきた。 さ,②サービスではとりわけ金融サービスや通信での不 例えば事例 1 のように(図表Ⅱ- 29) ,日本から基幹部 十分な競争政策,③公共調達では,鉄道分野の「安全注 品を ASEAN 域内に輸出し,ASEAN 域内で加工した最 釈」に代表される WTO 政府調達協定の「制限的な解釈」 終製品をインドに輸出するケースがある。日本からの輸 によって調達機会が十分確保されていないことや,調達 出では日 ASEAN・EPA または日本との二国間 FTA を適 情報の公開が不十分であることなどが指摘されている。 用できても,日本で加えられる付加価値および加工度が 66 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 図表Ⅱ 29 「ASEAN + 1」FTA 網の不連続性の事例 高い場合,付加価値 35%かつ関税番号 6 桁変更基準とい うASEANインドFTAの厳しい原産地基準を満たすこと <事例1> 日本 日本から高機能部品を輸出: ○ 日ASEAN・EPA適用(注①) ができず, 同 FTA の適用とならない事例が報告されてい る。RCEP によって地域内で加えられる付加価値などの インド ASEAN域内 Ⅱ 累積が認められれば,日本で基幹部品を生産するオペ ASEANから最終製品を輸出: × ASEANインドFTA不適格 (付加価値35%+CTSH基準を満たせず(注②)) レーションが維持しやすくなる。 事例 2 は繊維産業の事例である。日 ASEAN・EPA お よび日本と ASEAN 各国の二国間 FTA のほとんどでは, <事例2> 日本 ASEANから繊維製品を輸出: × 日ASEAN・EPA不適格 (ASEAN生地条件満たせず) 繊維製品の品目別規則として ASEAN 域内で生地が製造 されることを FTA 適用の条件としている。そのため, 中 ASEAN域内 中国 国産生地を用いて縫製し輸出する場合は FTA の適用と 中国からアパレル生地を輸出: ○ ASEAN中国FTA適用 ならない。実際には在 ASEAN の日系縫製企業は生地の 調達を中国に依存している場合も少なくない。RCEP で 〔注〕①対 象 国・ 品 目 に 応 じ て, 二 国 間 FTA ま た は 日 ASEAN・ EPA を選択。 ② ASEAN インド FTA の原産地規則(一般規則)は付加価値 35%かつ関税番号 6 桁変更(CTSH)基準。 〔資料〕ヒアリング結果から作成 中国産生地の使用が可能になれば,日本や韓国など域内 先進国向けの輸出環境が改善されるとの期待がある。 RCEP 交渉開始に当たっては域内全 16 カ国が交渉の テーブルにつくことができたとはいえ,参加国間では統 合のあり方について思惑の相違も垣間みられる。例えば ことが分かる。一般機械,電気機器,化学品,鉄鋼製品 インドでは,中国製品の流入が拡大し国内産業に影響を は,RCEP によって輸出のほぼ 5 割以上(うち中韓二カ 及ぼすという警戒感が強く,厳しい原産地規則を要求し 国で約 3 割)がカバーされる。日本からアジア各地の生 てくることが予想される。その反面,インドが強みとす 産拠点への中間製品,部品の供給が多くを占めている。 るサービス分野については ASEAN 内で自由化に消極的 日本は機械類の基幹部品や高機能素材といった高付加価 な国もある。今後はいかに参加国の合意を得られるかた 値の中間財の生産基地として,アジアの生産ネットワー ちで,物品,サービス,投資の各分野で協定としての充 クの中でも依然として核としての機能を持ち続けている 実を図るかが,2015 年末の妥結に向けた課題となる。 といえる。対 EU 輸出は,一般機械, 電気機器,化学品輸 大型 FTA の日本の貿易への影響 出で総額の1割を超えており, EU韓国FTA発効で韓国企 日本は2013年7月マレーシアで開催された第18回TPP 業に関税面で劣後する品目の早急な是正が求められる。 交渉会合の途中から 12 番目の TPP 交渉参加国として正 日本への輸入上位品目については,鉱物性燃料,機械 式に交渉に加わった。 2010 年 10 月,横浜 APEC 会合を前 機器のほとんどは一般関税率が無税であるため,有税品 に当時の菅首相が TPP 参加の検討を表明し てから約 2 年半が経過し,途中参加という不 図表Ⅱ 30 日本の貿易に占める主要 FTA 対象国・地域の比率 (単位:%) 利な条件を前提にして,今後日本がいかに交 世界 発効済 (100 万ドル) 渉に臨むか注目される。 日中韓,日 EU,RCEP,TPP という四つの と,日本の FTA カバー率は貿易総額の 8 割を 輸 出 大型 FTA など交渉中の FTA が全て発効する 超える。政府も 2013 年 6 月発表の「日本再興 戦略」の中で, 「2018 年までに,貿易の FTA バー率を主要輸出入品目別にみると,現在交 渉中の FTA ごとの影響が大きい産業をある 程度把握することができる(図表Ⅱ- 30)。 日本の輸出への影響をみると,まず自動車 など輸送機器の輸出は,TPP 参加国向けが全 体の 42.5%に達する。米国向け輸出が約 3 割 を占め,自動車業界の TPP への期待が大きい 輸 入 比率 70%を目指す」ことを掲げた。FTA カ 輸送機器 一般機械 電気機器 化学品 鉄鋼製品 輸出総額 鉱物性燃料 機械機器 化学品 食料品類 繊維製品 輸入総額 往復貿易 中韓 EU RCEP TPP 合計 189,906 158,795 125,871 101,907 54,955 798,447 301,018 220,012 86,325 81,876 41,529 885,838 13.1 22.5 21.4 15.8 33.0 19.8 16.7 16.8 20.0 20.3 14.6 18.2 8.0 25.6 30.8 38.6 36.2 25.8 3.6 47.0 22.9 16.3 74.9 25.8 9.0 13.0 10.7 10.1 2.8 10.2 0.3 14.2 30.6 12.6 5.0 9.4 24.2 48.6 51.2 54.1 67.6 45.8 31.6 61.6 39.2 39.0 89.6 47.9 42.5 30.3 26.1 19.0 21.4 29.6 23.4 21.9 24.3 44.7 8.2 25.7 75.6 86.5 79.4 79.3 86.8 80.5 85.7 92.7 92.5 85.8 96.1 88.0 1,684,285 18.9 25.8 9.8 46.9 27.5 84.4 〔注〕輸送機器 HS86~89,一般機械 HS84,電気機器 HS85,化学品 HS28~40, 鉄鋼製品 HS72~73,鉱物性燃料 HS2701~2705,2708~2713,2715,機械 機器 HS84~91,食料品類 HS01~24,繊維製品 HS50~63。2012 年の貿易 額ベース。合計には二国間 FTA 交渉相手も含む。 〔資料〕「貿易統計」 (財務省)から作成 67 目の残る化学品や繊維類,そして食料品などが影響を受 アクセス交渉と,TPP 交渉における市場アクセス交渉と けるとみられる。日本の食料品類輸入はTPP参加国で全 の整理がポイントとなってくる。両国の違いとしては, 体の 44.7%を占めている。うち 22.1%が米国であるが, カ カナダは WTO 政府調達協定加盟国であるのに対し, ナダ,オーストラリアもそれぞれ 6%の食料品シェアを オーストラリアは未加盟である。 持つ。米国からは飼料用トウモロコシ,豚肉・牛肉,小 日コロンビアは 2012 年 12 月に交渉開始し,2013 年 5 月 麦,バレイショなど,カナダからは菜種,豚肉,小麦な に第 2 回交渉が開催された。コロンビアは太平洋同盟の ど,オーストラリアからは牛肉,小麦,乳製品などの輸 加盟国であり,日本は同国と FTA を締結すると,太平洋 入が多い。カナダ,オーストラリアについては TPP の日 同盟原加盟 4 カ国全てと FTA 締結関係になる。 本参加に先行して進む二国間 FTA 交渉の行方が参考指 日モンゴルは 2012 年 6 月に交渉開始,2013 年 4 月に第 標となる。RCEP 諸国は日本の繊維製品輸入の 9 割を占 3 回交渉が開催された。モンゴルにとっては初めての める。7 割以上を占める中国からの輸入は一般特恵制度 FTA 交渉であるだけに,日本がキャパシティ・ビルディ (GSP)の適用対象からの除外が進んでおり,その分 FTA ングを含め対等な経済関係を構築するための下地作りに の重要度が大きくなってくる。EU からは医薬品(化学 協力することが肝要となる。日本にとって, レアメタル, 品に含めた)の輸入が多い。医薬品のほとんどは無税だ レアアース, 石炭など豊富な資源を保有するモンゴルは, が,一部有税品目も残っている。 今後ますます重要性を増す戦略的パートナーである。 FTA のセーフティネットとしてのセーフガード条項 日本がこれまで締結してきた FTA は,タリフライン (関税番号細分類)の品目数ベースでみた自由化率(10 近年の FTA では, 自国のセンシティブな品目も関税削 年以内に無税化される品目数の割合)が,おおむね 85% 減・撤廃の対象となることが少なくない。FTA による輸 前後となっている。これに対し,近年米国や EU が締結 入の急増の結果,国内のセンシティブな産業に損害が発 した FTA のほとんどは,自由化率 95%以上に達してい 生する可能性も否定できず,そのような影響に対する適 る。今後,日本が交渉を進める大型 FTA では,これまで 切なセーフティネットの確保が必要である。高い自由化 の日本の FTA に比べて,高い自由化率を求められること 率を約束することが求められる近年の大型 FTA におい は必至とみられる。特にこれまで例外の多かった農業分 ては, セーフティネットとして FTA セーフガードが重要 野では,生産性の向上や海外を含む販路の拡大など,自 な役割を担っている。 FTA セーフガードの基本的な内容は,FTA による関 由化に対応すべく体制の改革が急務となる。 着実に前進する二国間 FTA 交渉 税削減・撤廃を原因として国内産業への重大な損害また 日本は広域 FTA だけでなく,二国間 FTA 交渉にも力 はそのおそれが生じた場合に,協定相手国に対し一般関 を入れている。交渉中断中の韓国,実質的に延期の湾岸 税率を適用するというものである。FTAごとに制度の差 協力会議(GCC)諸国を除くと,貿易金額の大きい順に 異はあるものの, 「国内産業への重大な損害またはそのお オーストラリア,カナダ,コロンビア,モンゴルと交渉 それ」という基本的な発動要件や事前通報の必要性など を進めている。 の枠組みは,WTO のセーフガード協定の規定におおむ 日豪は交渉開始(2007 年)から既に 6 年が経過してい ね類似している。なお WTO におけるセーフガードは全 る。2012 年 6 月の第 16 回交渉以降の公式会合は開かれて WTO 加盟国からの輸入に対して発動されるのに対し, いないが,2012 年 12 月下旬には両国首脳による電話会談 FTA セーフガードは協定締約国に限った措置である。 で,交渉の早期妥結を目指し,引き続き協力していくこ FTA ごとの FTA セーフガードの内容の主な違いとし とで一致した。日本にとっては,牛 肉(関税 38.5%)などの重要品目へ の対応が焦点となっている。 日カナダは2012年11月に交渉開始 し,2013 年 4 月に第 2 回交渉が開催 された。カナダ,オーストラリアと もに先進国との FTA であり,知的財 産権の執行や競争当局の執行協力を 含む高いレベルの協定内容が予想さ れる。また両国ともTPP交渉参加国 であり,今後,二国間 FTA での市場 図表Ⅱ 31 FTA セーフガード条項の主な特徴と事例 特徴 概要 日本 ASEAN ASEAN 中国 米国 - 韓国 EU 韓国 協定発効後 10 年 間。関 税 関税撤廃後 撤 廃 が 10 年 10 年間 超の場合,撤 廃まで セーフガード規定の適 用が恒久的に認められ 適用 ているか,協定の定め 期間 る「経過期間」中に限 定されるか 規定なし(必 関税撤廃後 要に応じ見直 5 年間 し) 発動 措置の延長の上限 期間 原 則 2~4 年 原則3年以内, 原則2年以内, 原則2年以内, 以 内,最 長 3 最長 4 年 最長 3 年 最長 4 年 ~5 年 特定 特定の産品について, 産品 一般セーフガードと異 措置 なる発動要件等を規定 なし 〔資料〕各 FTA の協定文を基に作成 68 なし 農産品 農産品 繊維・同製品 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 図表Ⅱ 32 日本の主な FTA 別輸出利用率(2011 年度,2012 年度) 図表Ⅱ 34 タイの日本からの自動車部品輸入額推移 (100万ドル) 6,000 チリ タイ インドネシア メキシコ ベトナム 日本からの輸入に占める 自動車部品の割合(右軸) ブレーキ, 駆動軸, ハンドル等 ギアボックス その他の自動車部品 5,000 4,000 6.4 インド 8.7 8.6 10 8 7.2 3,000 6 2,000 4 1,000 2 0 〔注〕①( )は当該国へ輸出を行っている回答企業数。グラフはそ のうち FTA を利用している,または利用を検討中の企業の 割合を表す。 ②日 本が FTA を締結している国・地域のいずれか一つ以上に 輸出を行っている回答企業総数は,2011 年度 1,268 社,2012 年度 1,003 社。 〔資料〕日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(ジェトロ) 2011 年度版,2012 年度版から作成 6.4 10.7 (%) 12 2007 2008 2009 2010 2011 0 2012(年) 〔注〕 「ギアボックス」は HS870840 号,「その他の自動車部品」は HS870899 号,「ブレーキ,駆動軸,ハンドル等」はそれ以外の HS8708 項。 〔資料〕タイ貿易統計から作成 査の利用率を上回った(図表Ⅱ- 32) 。 輸出利用率が上昇した要因の一つには,輸出相手国に ては,①適用期間,②発動期間,③産品別セーフガード おいて FTA に基づき段階的な関税削減が進んでいるこ の有無などがある(図表Ⅱ- 31)。 サービス貿易の自由化に対する FTA セーフガードも と が 挙 げ ら れ る。2006~09 年 に か け て 発 効 し て き た 一部の協定で規定されている。日本の FTA では, 協定の ASEAN 諸 国 と の FTA で は ス テ ー ジ ン グ( 削 減 ス ケ 実施が特定サービス分野に実質的な悪影響を及ぼす場合 ジュール)に基づいて関税撤廃が進んでいる。ステージ は,締約国間で協議を行うことと規定している。 ングは5年程度で無税化される品目も少なくないため, 自 高まる日本の FTA 利用率 動車,同部品,鉄鋼など主力産業で日本からの輸出にお 日本が締結しているFTAの利用率は36.9%で前年度調 ける FTA 利用のメリットが年々拡大している (図表Ⅱ- (注 1) 。 33)。他方,2011 年発効の日インド間の関税削減が進む 輸出入別では,輸出利用率が 31.1%(前年度 28.2%) , のはこれからである。日本商工会議所によるEPA原産地 輸入利用率が 36.0%(35.8%)と,輸入の方が高いもの 証明書の月別発給件数では,輸出先として最も利用の多 の,輸出における利用率の上昇が目立つ。主な発効済み いタイは 2010 年が平均 3,449 件,2011 年が 3,942 件,2012 FTA 別に輸出利用率の変化をみても,ほとんどが前回調 年が 4,609 件と着実に増加している。2 番目に多いインド 査(33.9%)を上回った ネシアも同様である(1,863 件,2,395 件,2,729 図表Ⅱ 33 日本の二国間 FTA で関税引き下げが進んだ品目例 FTA 相手国 (発効年月) 品目例 マレーシア 自動車 (2006 年 7 月) タイ (2007 年 11 月) 自動車 部品 鉄鋼 インドネシア 自動車 (2008 年 7 月) インド 鉄鋼 (2011 年 8 月) 件)。 特にタイについては 2012 年 4 月より日タイ 概要 ・2000cc 以下の完成車(WTO 税率 30%)が段階的 な削減中。2013 年 1 月時点で 10%,2015 年 1 月か ら無税。 ・2000cc 以上は,2011 年 1 月から無税。 ・2012 年 4 月より,ギアボックス,クラッチ,シー トベルトなど80品目の関税(従来10~20%)を撤廃。 ・2014 年 4 月より,エンジン・同部品など 20 品目の 関税(従来 10%)が撤廃される。 ・全ての鉄鋼製品の関税(WTO 税率主に 5%)の関 税を発効後 10 年後(2017 年 4 月)までに無税(関 税割当枠の設定により日本からの輸出の約 5 割強 が実質的に発効即時無税)。 ・完成車の関税(40%)が 2012 年 1 月から無税または 20%に削減。20%の場合は 2016 年から 5%に削減。 ・ノックダウン部品(WTO 税率 10%)が段階な削 減を経て 2012 年 1 月から無税。 ・熱延フラットロール製品(WTO 税率 7.5%)など 鉄鋼が 5 年間の段階的な削減中。2013 年 4 月時点で 2.5%,2016 年 4 月から無税。 ・鋼管など鉄鋼製品は 2021 年 4 月から無税。 〔注〕代表的な品目を抽出。削減スケジュールはタリフラインごとに異なる。 〔資料〕ワールド・タリフ(Fedex),各種報道から作成 69 FTA の下,ギアボックス,クラッチ,シート ベルトなど自動車部品80品目で輸入関税が撤 廃されたことが大きい(自動車または自動車 部品製造会社による,自動車組み立て製造に 使用される輸入に限る) 。 タイの日本からの自 動車部品(HS8708 項)の輸入額,輸入総額に 占める同部品の割合ともに 2012 年,過去最高 を記録した(図表Ⅱ- 34)。海外ビジネス調 査でも,自動車・同部品業種のタイ向け輸出 (注 1)ジェトロ「2012 年度日本企業の海外事業展開に 関するアンケート調査」 (2013 年 3 月。以下, 「海 外 ビ ジ ネ ス 調 査 」) に よ る。 利 用 率 は 日 本 の FTA 締結相手国のいずれか一つ以上と貿易関係 のある企業のうち,輸出または輸入で一つ以上 の FTA を利用している企業の割合。 Ⅱ (%) 50 輸出でのFTA利用を検討中 45 輸出でFTAを利用している 40 10.2 35 11.8 8.9 11.8 30 12.0 7.6 11.5 25 8.8 10.4 20 13.1 15.8 11.4 15 29.1 30.1 26.3 30.1 19.4 22.1 17.5 21.2 10 16.0 12.3 11.3 5 8.6 0 11 12 11 12 11 12 11 12 11 12 11 12 (年度) (127) (123) (937) (745) (687) (575) (308) (264) (604) (512) (524) (431) 図表Ⅱ 36 輸出で FTA を利用していない理由(資本金規模別) 図表Ⅱ 35 輸出における日本の FTA 利用率(資本金規模別) (単位:%) 資本金規模 輸出 企業数 企業数 (社) (社) FTA 利用 1000 万円以下 368 134 19.4 16.4 32.8 1000万円超~5000万円以下 598 252 22.6 15.9 33.7 5000万円超~1億円以下 280 167 26.3 12.6 36.5 1 億円超~3 億円以下 143 91 37.4 14.3 44.0 3 億円超~10 億円以下 155 96 43.8 14.6 52.1 10 億円超 413 263 41.4 16.3 49.0 1,957 1,003 31.1 15.3 40.8 全体 (複数回答) FTA 利用または 利用を 検討 検討中 (重複除く) 0 10 20 30 40 50(%) 一般関税が無税/免税, または軽微である 輸出量または輸出金額が小さい 輸出品目がFTAの適用対象外 商社などを通じた間接的な輸出である 輸入相手からの要請がない 〔注〕 「企業数」は日本の 2013 年 1 月時点の FTA 締結 13 カ国・地域の いずれか 1 カ国・地域以上にそれぞれ輸出または輸入を行って いる企業数。 〔資料〕 「2012 年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査 (ジェトロ海外ビジネス調査)」 (2013 年 3 月)から作成 原産地証明書の取得手続きが煩雑・高コスト 原産地基準を満たせない 1000万円以下(90) 1000万円超∼5000万円以下(167) 5000万円超∼1億円以下(106) 1億円超∼3億円以下(51) 3億円超∼10億円以下(46) 10億円超(134) FTA/EPAの制度や手続きを知らない における FTA 利用率が 47.9%(48 社中 23 社が利用)と その他 前回調査の 34.3%(67 社中 23 社)に比べ上昇した背景に は,部品関税の撤廃が影響したと考えられる。 〔注〕( )は資本金規模別の回答企業数。 〔資料〕「2012 年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査 (ジェトロ海外ビジネス調査)」 (2013 年 3 月)から作成 他方,輸入については,有税品目での FTA 利用はかな り浸透し,利用率の大幅な上昇は見込みにくい域にまで 達していると考えられる。WTO によれば日本は非農産 の制度や手続きを知らない」が 17.8%と他の資本金区分 品では輸入額ベースで 82.6%,実行関税率の品目ベース に比べて高かったほか,「輸出量または輸出金額が小さ で 57.1%が無税,農産品でも輸入額で 46.3%,品目で い」が 21.1%で全項目の中で最も高いという特徴がみら 34.9%が無税である。また海外ビジネス調査で輸入に際 れた。他方, 「原産地証明書の取得手続きが煩雑・高コス して FTA を利用しない企業に理由をたずねたところ, ト」は 4.4%と六つの資本金区分中で最も低く,全体平均 「一般関税が無税,または軽微である」が 47.8%の高い割 (10.6%)をかなり下回っている。これは資本金 1,000 万 合を示したことからも,有税品目の輸入における FTA 利 円以下の企業では FTA 利用の検討を行うに至っていな 用は既に相当進んでいると評価できる。 い企業が多く,原産地証明手続きを実際に経験していな いケースが多いためと考えられる。 次に FTA 利用率を企業規模別にみると,大企業が 49.6%(前年度 47.2%),中小企業が 31.5%(同 30.1%)と 「輸入相手からの要請がない」ため輸出において FTA いずれも前年度調査を上回った。規模別かつ輸出入別で を利用しないという回答は,全体の合計で 30.3%と全項 は,輸出では大企業の 42.4%に対し,中小企業は 25.9%, 目中で最も高かった。資本金 10 億円超の大企業でも 輸入では大企業が41.8%,中小企業は32.8%の利用があっ 26.9%がこの点を理由に挙げた。大手メーカーへのヒア た。輸出での利用率において大企業と中小企業の差が大 リング結果でも「顧客からの要請に対応して原産地判定 きいという傾向は前回調査から変わっていない。 依頼を申請している」 という実務対応が複数報告された。 輸出におけるFTA利用率を資本金規模別に6区分に細 FTA による関税削減効果のメリットを直接的に享受す 分化してみると(図表Ⅱ- 35),資本金 1,000 万円以下の るのが輸入者であるのに対し,原産地証明にかかる利用 企業では輸出利用率が 19.4%で最も低い。1,000 万円超か コストは輸出国側(生産者,輸出者)に発生するという ら 5,000 万円以下が 22.6%で続き,ほぼ資本金規模に比例 関係上,輸出国側の対応は受身にならざるを得ないのが している。3 億円超~10 億円以下の利用率が,10 億円超 実態である。しかし輸出国側も,コスト低減による受注 を上回った理由の一つとしては,巨大企業では ASEAN 拡大への期待や,輸入者との交渉を通じた間接的なコス などへの輸出において,輸出加工区や各種保税制度など ト効果の享受など,FTA 特恵関税のメリットを得ること FTA 以外の制度で関税が免除されているケースがあり, は十分可能といえる。 その場合 FTA を利用する必要がないことが考えられる。 もっとも,FTA による具体的なコストメリットの試算 輸出において FTA を利用していない企業(利用を検討 は FTA のヘビーユーザー企業でも行っておらず, メリッ 中の企業は除く)の理由を資本金規模別にみると(図表 トが目に見えにくいことは確かである。また,FTA 利用 Ⅱ- 36) ,資本金 1,000 万円以下の企業では「FTA/EPA 率の高い業種では,FTA の交渉段階から,業界として利 70 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 立っている。例えば工作機械メーカーのヤマザキマザッ 追加的な事務作業を極力少なくすることに成功している クは 2012 年 6 月, 米ケンタッキー州の工場で製造した NC 場合が多い。中小企業など新たにFTA利用に取り組む企 旋盤を,米韓 FTA を活用して韓国に輸出すると発表し 業が, 付加価値比率など FTA 利用のために必要なデータ た。韓国は機械類の多くに 8%の一般関税を賦課してい をそろえることは容易な作業ではない。 るが,米韓 FTA ではこれを即時撤廃している。また,米 そのため輸出国企業が FTA を利用しやすくするには, 国に生産拠点を持つ酒造メーカーも韓国への輸出に活用 政府や公的機関によるバックアップも重要となる。韓国 しているとみられる。韓国は焼酎に 30%,日本酒に 15% では,特に中小企業の FTA 利用を促進するために,政府 の一般関税を賦課しているが, 米韓 FTA ではともに即時 がさまざまな支援策を講じている(図表Ⅱ- 37)。2012 撤廃された。その他,トヨタ自動車,ホンダなど自動車 年には当時の知識経済部が税率,基準認証,環境規制な メーカーが 2012 年以降,米国から韓国向けの完成車輸出 ど輸出に必要な情報をウェブ上にワンストップで提供す を強化している。米国からの韓国の完成車輸入関税は る統合貿易情報サービス「トレードナビ」を開設し,EU 2016 年 1 月に撤廃される。 韓国, 米韓を中心に FTA 情報を提供している。また政府 韓国から米国への輸出では,ジェトロが現地進出企業 と韓国貿易協会,大韓貿易投資振興公社(KOTRA) ,大 に実施した「2012 年度 在アジア・オセアニア日系企業 韓商工会議所など官民共同で「FTA 貿易総合支援セン 活動実態調査」によれば,対米輸出を行う在韓国日系企 ター」を設立した。FTA 利用促進のため中小企業向けコ 業 20 社のうち,9 社が米韓 FTA を利用している。化学・ ンサルティング,セミナーなどを実施している。さらに 医薬や,電気機器業種で複数社の利用がみられた。 関税庁は,製品の原産品判定,原産地証明書発行を行う EU 韓国 FTA も,ジェトロ海外ビジネス調査結果では 中小企業向け原産地管理プログラム「簡便発給 FTA- 18.8%の利用があった(回答母数 69 社) 。化学品,ゴム製 PASS」サービスを無料で実施している。 品,一般機械,輸送機器などでの FTA 活用がみられた。 多様化する日系企業の第三国 FTA 活用 また「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査」に 日本が締結する FTA 以外の第三国間 FTA の活用も進 基づけば,対 EU 輸出を行う在韓国日系企業 20 社中 12 社 んでいる。ジェトロ海外ビジネス調査によれば,日本企 が EU 韓国 FTA を利用しており,化学・医薬,電気機械, 業 が 最 も 利 用 し て い る 第 三 国 間 FTA で あ る AFTA 輸送機械の各業種で高い利用率が確認されている。 (ASEAN 自由貿易地域)の利用率は,ASEAN 域内で貿 米韓 FTA,EU 韓国 FTA のように近年,日系企業のビ 易を行う企業の 37.1%(前年度 34.4%)に拡大した(図 ジネスにインパクトの大きい第三国間 FTA が締結され, 表Ⅱ-38) 。ASEAN中国FTAは26.6%(22.1%),ASEAN 第三国間FTAの活用が多様化している。FTAの有無は, 韓国 FTA も 22.7%(20.9%)とそれぞれ利用率が上昇し 企業の生産・販売ネットワーク構築における検討材料の た(Column Ⅱ- 3 参照)。 一つになっている。他方,日本企業としては,日本から 韓国と EU,米国との FTA を活用する日系企業の例も の輸出が,競合国との比較において関税面で劣後するこ 少なからず確認されている。海外ビジネス調査によれば とは避けてほしいというのが共通した意見であり,政府 米韓 FTA の利用率は 20.3%(回答母数 79 社)であった。 には迅速な対応が期待されている。 特に米国の生産拠点から韓国への輸出における活用が目 図表Ⅱ 38 日本企業による主な第三国間 FTA の利用状況 図表Ⅱ 37 韓国の公的 FTA 利用促進策 (%) 60 支援策 概要(実施主体) FTA を利用して輸出する際に必要な情報を,イン Trade NAVI ターネット上にワンストップで提供。(知識経済部 サービス (当時)) FTA 利用促進のため中小企業向け相談会、セミ FTA 貿易総合 ナーなどを開催。傘下に全国 16 カ所の地域 FTA 支援センター 活用センターを設置。(官民共同) 簡便発給 初心者でも製品の原産地判定,原産地証明書発行 FTA-PASS を自社で行えるプログラム。(関税庁) サービス FTA 利用促進政策全般についての総括や各組織間 FTA 活用支援 の調整を行う。(政府関連部署と関連経済団体で構 政策協議会 成) 原産地管理のコンサルティングを実施。(中小企業 FTAドクター 振興公団,国際原産地情報院) 50 40 FTA利用を検討中 FTAを利用している 16.8 15.4 30 20 10 0 19.1 13.9 34.4 37.1 11 12 12.6 14.0 20.4 15.3 10.7 8.9 4.3 22.1 26.6 20.9 22.7 21.3 18.1 14.1 18.2 20.3 18.8 11 12 11 12 11 13.8 12 11 12 12 (191) (150) (108) (116) (163) (121) (79) (273) (240) (402) (278) 12 (年度) (69) AFTA ASEAN−中国 ASEAN−韓国 ASEAN−インド 中国−台湾 韓国−米国 韓国−EU 〔注〕①( )は,自社または子会社が,それぞれの国・地域間で貿 易を行っている回答企業数。グラフはそのうち FTA を利用 している,または利用を検討中の企業の割合を表す。韓国- 米国,韓国- EU は 2012 年度から調査。 〔資料〕日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(ジェトロ) 2011 年度版,2012 年度版から作成 〔資料〕各種報道から作成 71 Ⅱ 用しやすい原産地規則を政府に伝え,FTA 利用のための Column Ⅱ-3 ◉アジア各国の FTA 利用率は拡大傾向続く アジア大洋州地域における FTA の利用状況をタイ, 大きな影響を及ぼしている。なお,マレーシアやベトナ マレーシア,ベトナム側の統計からみると,利用率が上 ムは,タイのような特殊な影響がなかったこともあり, AFTA の利用率は順調に拡大している。 AFTA の次に利用額が大きい ASEAN 中国 FTA は, 2010 年 1 月にノーマルトラック品目の関税を撤廃し, 2012 年 1 月には,ノーマルトラック 2(2010 年の撤廃 が猶予されていた最大 150 品目)で関税が撤廃された のに加え,センシティブ品目(対象は 400 品目以内か つ総輸入の 10%以内)も関税率が 20%以下にまで引き 下げられた。これら関税削減の進展に伴い,3 カ国で FTA 利用率も上昇している。特に,タイは,2010 年以 降,AFTA を 上 回 る 活 用 が 進 ん で い る。2012 年 は 42.4%と 4 割を超えた。その最大利用品目は,キャッサ バである。キャッサバは主にキャッサバチップとして中 国に輸出され,発酵工程を経てバイオエタノールとな る。次いで配合ゴム,ポリエステル繊維原料,樹脂原料 などの化学品が続く。マレーシア,ベトナムの ASEAN 中国 FTA 利用率は 20%台であるが,着実に利用が進ん でいる。マレーシアの主要な利用品目は,ゴム,工業用 アルコールであった。 ASEAN 韓国 FTA は,タイを除き 2007 年 6 月に発効 した。タイは,韓国側がタイの主要輸出品目であるコメ を関税削減・撤廃対象外にしたことに不満を表明し,当 初の参加を見合わせた。以降,両国で継続的に協議した 結果,タイは約 2 年半遅れ(2010 年 1 月)で参加した。 2012 年 8 月にカンボジアで開催された ASEAN・韓国 昇 し て い る FTA が 多 い。3 カ 国 で 利 用 額 が 最 大 の ASEAN 自由貿易地域(AFTA)について,その利用額 は,371 億ドルと前年から拡大し,対 ASEAN 向け輸出 総額の 27.8%を占めた。ASEAN 域内における関税削減 の進展,企業の積極的な活用が AFTA 活用の拡大に繋 がっている。しかし,タイに関しては,AFTA の利用率 は 26.2%にとどまり,2 年連続で低下した(図表 1)。 2012 年のタイの AFTA 利用輸出額は前年比 2.6%減 の 147 億 9,400 万ドルと減少した。タイの AFTA 利用額 上位 5 品目をみると,最大はディーゼル乗用車(1500 ∼2500cc)で,これに貨物自動車(5 トン以下),メカ ニカルショベル,ガソリン乗用車(1000∼1500cc), エアコンが続く(図表 2)。しかし,金額では,ガソリ ン 乗 用 車(1000 ∼ 1500cc), 同 乗 用 車(1500 ∼ 3000cc)の輸出利用額は前年から大きく下落した。減 少の一因として,タイ大洪水の影響による自動車生産の 停滞と政権の 2012 年末までの購入に限り適用した「初 回自動車購入者に対する物品税還付措置」を受けて,自 動車各社が国内供給を優先したことが影響している。同 措置では,タイで生産された排気量 1500cc 以下の乗用 車,ピックアップトラック,ダブルキャブタイプのピッ クアップトラックを購入する場合,物品税が最大 10 万 バーツ(1 バーツ=約 3.3 円)還付される。以上のよう に,タイでは,自動車産業の動向が AFTA の利用状況に 図表 1 タイ,マレーシア,ベトナムにおける各 FTA の利用状況(輸出) タイ 相手国・ 地域 ASEAN 中国 韓国 インド マレーシア ベトナム 合計 大洋州 日本 ASEAN 中国 韓国 インド 大洋州 日本 ASEAN 中国 韓国 インド 大洋州 日本 AFTA ASEAN 中国 対インド 対日本 FTA AFTA ASEAN 中国 ASEAN 韓国 ASEAN インド タイ - インド(アーリーハーベスト 82 品目) タイ豪州,ASEAN 豪州 NZ 日タイ,ASEAN 日本 AFTA ASEAN 中国 ASEAN 韓国 ASEAN インド,マレーシア−インド ASEAN 豪州 NZ,マレーシア NZ 日マレーシア,ASEAN 日本 AFTA ASEAN 中国 ASEAN 韓国 ASEAN インド ASEAN 豪州 NZ 日ベトナム,ASEAN 日本 FTA を利用した輸出額 2010 年 2011 年 2012 年 14,015 15,182 14,794 7,387 9,372 11,335 881 2,216 2,132 1,466 1,972 2,081 900 1,224 1,385 566 748 696 5,640 5,131 5,096 4,831 6,148 6,374 8,833 11,208 18,551 4,426 7,131 7,588 4,941 4,294 5,927 703 1,446 1,927 862 1,277 1,354 3,038 4,448 4,559 1,453 2,484 3,757 2,237 2,441 3,262 2,012 3,915 4,347 104 120 341 398 445 637 2,343 2,997 4,296 24,301 28,874 37,102 14,050 18,943 22,184 2,274 3,537 4,349 10,212 13,592 15,230 (単位:100 万ドル,%) 輸出総額に対する比率 2010 年 2011 年 2012 年 31.6 28.4 26.2 34.4 36.1 42.4 24.4 48.9 44.8 33.4 38.4 38.2 20.5 23.8 25.4 74.1 80.0 74.9 55.5 58.5 47.4 23.7 26.0 27.3 17.5 20.0 30.4 17.8 23.8 26.4 65.4 50.0 72.3 10.8 15.7 20.3 10.3 13.6 12.8 14.6 16.7 17.0 14.0 18.3 23.6 30.6 21.9 22.1 65.1 83.0 83.6 10.5 7.7 19.4 14.1 16.7 18.2 30.3 27.8 31.3 23.1 23.4 27.8 26.2 28.2 31.6 19.1 22.2 26.0 20.9 22.3 23.8 〔注〕①大洋州はオーストラリアとニュージーランド(NZ)。 ② ASEAN 域外国との多国間 FTA は,当該国向けのみならず,原産地比率の累積を目的に ASEAN 域内向けに使われる場合も ある。 〔資料〕タイ商務省,マレーシア通商産業省,ベトナム商工省,各国貿易統計,“DOT, May 2013” (IMF)から作成 72 Ⅱ 世界の貿易ルール形成の動向 経済相会議では,2012 年 1 月までにノーマルトラック 対象品目の関税撤廃が実現したことを歓迎するととも に,相互譲許規定の見直し,運用上の証明手続きの簡素 化についても合意しており,より利用しやすい FTA を 目指し,作業が進められている。タイの ASEAN 韓国 FTA の利用率は 44.8%であり,上位品目は原材料系が 多く,天然ゴムが最大で,これに原油,メチルオキシラ ン(化成品原料) ,すず(合金を除く)が続く。マレー シアの ASEAN 韓国 FTA 利用率は 72.3%であり,利用 品目は,糸,ガラス繊維,パーム油,すずである。な お,ベトナムの対韓国 FTA 利用率は 8 割を超える。韓 国企業の進出がベトナムに相次ぐなど,両国間の貿易投 資関係の緊密化が進んでいることが利用率上昇の背景に あるとみられる。 大洋州,中でもオーストラリアとの FTA は,タイの 利用が際立ち,2005 年の発効以来高い利用率を維持し ているが,その比率は 2011 年の 63.5%から 50.0%へ と 13.5 ポイント急減した。その要因は,オーストラリ ア向けの最大品目の貨物自動車(5 トン以下)に起因す るとみられる。新車投入などにより,原産性審査などが 間に合わなかった可能性もある。上位品目は,同貨物自 動車に続き,ガソリン乗用自動車(1500∼3000cc), マグロ・ハガツオおよびカツオ,エアコン(窓・壁取り 付け用) ,エアコンの部分品などが続く。タイからの オーストラリア向け輸出では,ASEAN オーストラリ ア・ニュージーランド FTA も 2010 年の発効以降,徐々 に利用が増えている。利用上位品目はポリエチレンテレ フタレート,眼鏡類,全自動家庭用・営業用洗濯機(含 脱水機兼用) ,冷凍冷蔵庫(2 ドアタイプ)である。 ASEAN インド FTA も,タイの利用率が抜きんでて いる。タイはインド向け輸出において,タイ−インド FTA と ASEAN インド FTA の二つを使うことができる。 タイ−インドの適用対象は,アーリーハーベスト(早期 関税引き下げ)措置としてこれまで熱帯果物,家電製 品,自動車部品など 82 品目にとどまるが,利用率は 7 割 を 超 え て い る。 一 方,2010 年 1 月 に 発 効 し た 図表 2 タイ・マレーシアの輸出における主要 FTA 利用品目(2012 年) 相手国・地域 FTA ASEAN AFTA 中国 韓国 ASEAN 中国 ASEAN 韓国 タイ - インド/ マレーシア - インド ASEAN インド ASEAN 豪州 NZ タイ豪州 日タイ/日マレーシア ASEAN 日本 インド 大洋州 日本 タイ マレーシア 自動車,メカニカルショベル,エアコン,で ん粉,自動車部品 液晶テレビ,パーム油,せっけん キャッサバ,ゴム,化学品,プラスチック ゴム,原油,化学品,液化石油ガス ゴム,工業用アルコール 糸,ガラス繊維,パーム油,すず,天然ガス エアコン,貴金属,化学品,アルミニウム 化学品 エンジン,化学品,圧縮機,エアコン部品 化学品,眼鏡,洗濯機,冷凍冷蔵庫,衣類 自動車,水産物,エアコン,エアコン部品 鶏肉,水産物,化学品,板ばね,でん粉 織物,石油,いわし,エビ,合成繊維 液晶ディスプレー,化学品,エアコン,銅管 家具,プラスチック,木材製品,大豆油 化学品,パーム油 木製合板,アルコール 〔資料〕タイ商務省およびマレーシア通商産業省から作成 73 Ⅱ ASEAN インド FTA については,対象品目は前者と異 なり広範囲にわたっている。品目数全体の 80%および 貿易額の 75%が,2013 年末までに関税撤廃(一部品目 は 2016 年末まで猶予)される。両 FTA を活用したイン ド向け輸出における FTA 利用率は 38.2%となった。タ イ−インド FTA を利用した輸出で最も金額が大きかっ たのは,エアコン(窓・壁取り付け用),次いで身辺用 細貨類およびその部分品,この 2 品目で利用輸出額の 55.9%を占める。他方,ASEAN インド FTA を利用し た輸出で最も金額が大きかったのは車両用エンジンで, この品目だけで利用輸出額の 2 割超を占める。これに, その他のポリエチレン原料,トルエン,冷蔵・冷凍庫用 圧縮機が続く。マレーシア,ベトナムもインド向け輸出 の FTA 利用率は高まっている。マレーシアは ASEAN インド FTA を使った液晶ディスプレーや化学品の輸出 が盛んである。なお,2011 年 7 月発効したマレーシア −インド FTA の利用率は 1%に満たないが,関税削減 ペースは ASEAN インド FTA を上回るだけに,今後の 利用率は上昇が見込まれる。 タイは FTA を利用した輸入額も公表している。これ によると,2012 年の輸入における各 FTA の利用率は AFTA が 22.9%,ASEAN 中国が 24.0%,ASEAN 韓国 が 15.8%,インドとの FTA で 9.8%,大洋州との FTA で 24.4%,日本との FTA で 13.3%である。FTA を活用 した輸入も年々,拡大している。AFTA と ASEAN 中国 FTA は,輸入での利用率が 2 割を超えている。AFTA で は,テレビ,乗用車,調製食料品の輸入利用率が 8∼9 割に及ぶ。ASEAN 中国 FTA では,果実類,鉄鋼関連 製品や陶磁製品の輸入での利用が盛んである。鉄鋼製品 を輸入する動きは ASEAN 韓国 FTA の中でもみられる。 中国や韓国からの鉄鋼製品の輸入は熱延鋼板が主であ る。これに対し,タイ政府は熱延鋼板の輸入急増を受け て 2012 年 12 月, 一 般 セ ー フ ガ ー ド 調 査 を 開 始 し, 2013 年 2 月には暫定措置が発動された。日本からの鉄 鋼製品輸入での FTA 利用は亜鉛めっき鋼板,冷延鋼板 が目立つ。 Column Ⅱ-4 ◉ FTA 原産地証明制度の検討 価など機密情報の漏洩を防ぐという観点で利点である。 FTA 原産地証明制度には日本やアジアの FTA で広く 認定輸出者証明は証明手続きを行うのが企業自身であ 採用されている第三者証明制度,EU や,日本でも一部 るため,完全自己証明に近いと理解されている場合が少 採用されている認定輸出者証明制度,米国などの完全自 なくないが,政府の保証があるという点では,むしろ第 己証明制度などがある。どの制度が望ましいのかを考え 三者証明と同様に考えるべきである。第三者証明が輸出 るポイントは大きく二つある。一つは通常の通関におけ ごとの「個別の政府保証」であるのに対し,認定輸出者 る企業への負担の大きさ,もう一つは税関から「検認」 証明は「包括的な政府証明」といえよう。 (Verification)を受けた場合の対応という観点である。 これに対し,完全自己証明では輸入国税関当局による 1 点目,企業への負担には原産地証明に必要な時間や 検認には企業が直接対応しなければならない。完全自己 コストなどの観点がある。日本の第三者証明制度は利用 証明でも輸入者証明・輸出者証明では責任の所在が異な 企業の負担が大きいとの指摘を受けてきた。まず手続き るとはいえ,いずれの場合でも,実際には原産品判定の に要する時間の長さ。原産品判定を依頼するメーカーは 情報を持っている生産者が輸入国当局に情報提供するこ 「商工会議所に受理されるまでの期間を含めると依頼か とになる。輸入国当局は公的な機関だとはいえ,生産者 ら承認まで 1 週間以上かかることもある」と指摘する。 手続きにかかる費用や手間も小さくない。原産地証明書 としては,企業の機密に関わる情報が他国に流出するこ の発給には 1 件最低 2,500 円以上の手数料がかかる上, とはなるべく避けたいとの立場が根強い。 証明書の現物(紙)を受け取る手間もある。企業からは これまでの FTA 制度の運用では検認の頻度は高くな 証明書の電子化を望む声も多いが,現状では制度的に対 いとはいえ,実際に対応をせまられた場合,完全自己証 応できていない。 明制度は企業にとってリスクとなりうる。日本では,政 認定輸出者証明制度では,輸出ごとの申請,承認は必 府のバックアップや,第三者機関の「お墨付き」を得る 要ないため,輸出までのリードタイムは第三者証明に比 ことの安心感を認識している企業も少なくなく,完全自 べ短縮できる。ただし,日本の同制度の場合,初回登録 己証明の導入には抵抗感もあるとみられる。完全自己証 時の登録免許税 9 万円というコストが発生する上,定期 明が導入されると,企業は輸入国当局による検認を視野 的な認定の更新手続きが必要となる。 に,自社での証明の際に,意図せざる虚偽申告が生じる 完全自己証明の場合,こうした行政的なコストは全く 事態を回避するためのコンプライアンス体制の構築な 発生しない。企業は自己責任で原産品判定を行い,普段 ど,これまでにない準備を求められることになる。日本 はその証明書類の管理のみを求められる。このように, としては,今後の FTA 交渉では政府証明の維持を含め, 輸出国が利用する制度を選択できるような柔軟な証明制 通常の通関手続きが行われる限りにおいては,時間やコ 度を求めていくと考えられる。 ストの面で,自己証明にメリットがある。 2 点目の重要なポイントは輸入税関による検認への対 米 EU 間 FTA 交渉が妥結すれば将来的には FTA 原産 応である。検認とは,輸入税関が,FTA 適用を申告す 地証明制度の国際的なスタンダードになる可能性があ る輸入品が間違いなく FTA の原産地認定基準を満たし る。FTA ごとに異なる証明制度の調和が進むことは, FTA の利用促進という観点からは望ましい。他方,ど ているかを検証する作業である。検認の結果,証明内容 のような制度にせよ,原産地証明はそれ自体貿易コスト に問題があれば,一定期間の FTA 利用停止など企業に ペナルティーが科せられることもある。原産品資格に疑 になる。その意味では,最終的には WTO 加盟国全体で 義が生じた場合に輸入国税関が検認対応を求める相手 関税障壁をなくしていくことが最も望ましいといえる。 は,証明制度によって異 なる(図表) 。 第三者証明および認 図表 検認対応リスクからみた原産地証明制度の分類 大分類/ 中分類/ 定輸出者証明では,輸入 代表例 検認への対応 特徴 国税関当局の照会に直 P4,NAFTA 輸出者証明 接対応するのは輸出国 完全自己証明 :輸出者に証明責任 政府である。政府は商工 輸入者証明 米国(NAFTA以外)のFTA 主に企業が対応 :輸入者に証明責任 会議所や企業からの情 EUのFTA(一部日本) 認定輸出者証明 報に基づいて相手国に 政府証明 :政府の包括証明 第三者証明 日本,アジアのFTA 回答する。企業にとって 主に輸出国政府が対応 :輸出ごとの個別保証 は,検認の際,輸出国政 〔注〕P4 はシンガポール,チリ,ニュージーランド,ブルネイ。日本の認定輸出者証明制度はス 府や商工会議所が間に イス,ペルー,メキシコのみ。 入ってくれることは,原 〔資料〕ヒアリング結果から作成 74