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東日本震災後における人および動物の感染症リスク 動物微生物学分野
東日本震災後における人および動物の感染症リスク 動物微生物学分野 教授 磯貝恵美子 福島第一原発の問題発生を受けて、チェルノブイリの現在の状況について調 べてみました。チェルノブイリでは「最も長く影響を受けたのは家畜」との報 告があり、今なお豚が放置され、廃屋の周りをうろつく画像をみることができ ます。日本においても、震災では津波による甚大な被害と同時に、原発の被害 も受けました。福島県の原発周囲では、チェルノブイリの報告と同様に、鳥や 牛豚放置されているとの報道があります。牛が市街地等をうろつく映像も放送 されました。以上の状況を受け、私自身も被災地・現場に赴いてみたければな らないと思い、仙台市近郊、荒浜近辺を自転車で5時間半かけて踏査しました。 その結果、震災に伴う感染症の発生が予見されたため、食・農・村の復興支援 プロジェクト HP の緊急提言に土壌由来感染症に係る留意事項などを掲載しま した。 宮城県では被災地のがれき撤去による創傷が原因で破傷風が発生しました。 日本人の場合、通常はワクチンを摂取しているので、感染しても適切な治療を 受ければ大抵の場合は大丈夫ですが、重傷化すると死に至ります。破傷風のよ うなクロストリジウム属の細 菌は、微生物の中でも非常に特 徴的な「マッチ棒~しゃもじ」 のような格好をしています。ク ロストリジウム属の細菌は、土 震災後何をなすべきか?何ができるのか?答えを探すた めに仙台市沿岸部での被害状況を知る必要があると考え、 壌由来の人獣共通感染症の病 現場を視察した。ここが出発点。 ホームページでは復旧作業や震災に伴う傷口からの人 原菌として、偏性嫌気性細菌(酸 獣共通感染症のリスク(クロストリジウム属の病原体) 素存在下で死滅する細菌)とし て様々なものがあります。これ 震災で被災した宮城県内沿岸部 らは典型的な土壌菌で、環境中 で破傷風の発生 に芽胞(がほう)として長期間 生存し続けることができます。芽胞は細菌にとって生存条件の悪い時に生きぬ くための耐久型スタイルで、熱(100 度Cでも死なない)・放射線・消毒剤などに も抵抗性を示します。芽胞が生体内に侵入すると発芽し、栄養型となって増殖 します。そして強力な毒素を産生し、人や動物を死に至らしめることがありま す。毒素自体は致死性の神経毒です。 さて、復興支援策に関する提言です。先のホームページには、復興の敵とな るもの、敵を知る、つまり病気を知るということを提言のなかにはいくつか書 きましたが、以下は被災地復興の「これから」についてアイデアを述べたいと 思います。 人獣共通感染症研究の観点からは、復興に際しての遺伝育種には抗病性が重 要と思われます。また、山間部で飼育可能な家畜で、新しい食材として魅力の あるもの、地域内での飼料の供給(環境循環型での飼育)が可能であることが あげられます。独自のフローラ(腸内常在微生物)による病原体の排除機構の留意 も大事です。以上を考えあわせると、雑食性の「ホロホロチョウ」の飼養が有 効と思われます。フランスでは食肉の女王と呼ばれ、高値で販売されているよ うです。日本国内でも飼育を試みる研究機関・農家が和歌山県、岩手県、茨城 県の牧場など、数地点存在するようです。病気に強く、山間部飼育が可能です。 日本人向けの料理としてレパートリーの開発が進んでおらず、ベンチャービジ ネスの素材としてしばしば脚光を浴びるものの、一般的に普及するには至って いない模様です。このように国内ではあまり知名度が高くありませんが、羽も 装飾用に販売されています。ところでホロホロチョウは、鳥インフルエンザに 対しては、ヒトタイプのレセプターはありますが、部位は異なるようです。 このように、新しい畜種の畜産を展開するにあたっては、人獣共通感染症へ の配慮が必要不可欠です。最近では、ユッケ(牛生肉)で腸管性出血性大腸菌 O-157 と O-111 による集団食中毒事故が起きました。これらの腸管性出血性大 腸菌は、牛に対して病原菌というよりは、大部分の非病原性大腸菌と同様の挙 動を示すことが報告されています(Hancock et al.)。また、排菌は再感染がな ければ2ヶ月前後で終了するとされています(秋庭正人) 。人間が長年慣れ親し んできた家畜でさえも、生肉食の対象とする場合、衛生管理が不適切ならばこ のような事故が起きることになります。それでもなお、生肉に対する食のニー ズがあるならば、フローラを介したコントロールにより、 「安全な生肉生産」と いうこともできるのではないでしょうか。 最後に、北米のハリケーン「カトリーナ」の被災地では、8月の被災の後、 9月には Vibrio vulnificus 感染症により5名死亡、ノロウイルス下痢症が流行 (1,165 人発症/6,500 人避難民)し、冠水地帯の水からは基準をうわまわる大腸 菌、重金属、殺虫剤、PCBなどが検出されました。10月には、被災した住 宅内で高濃度のカビ胞子が検出され、そのレベルは「生活住居不適切 (たとえば、 645,000/m3)」となるものでした。東日本大震災においても、今後の具体的な対 策をとる上で、まず「病気を知る」ということが必要と考えています。 最後に改めて注意です。土壌感染症をおこすクロストリジウム属の芽胞菌は、 どこにでも存在する細菌です。芽胞という耐久型の形で土ぼこりとともに舞い 上がり、拡散します。被災地では、皮膚に刺さるような傷を負った場合は注意 が必要です。普段からでも居る菌ではありますが、現在の被災地の状況ではリ スクが高いので充分注意してください。