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物理的減農薬技術の開発 (PDF:127KB)
物理的減農薬技術の開発 ∼送風式捕虫機と送風式防除機∼ 茶業研究部 作業技術研究室 宮崎昌宏 虫害研究室 武田光能 はじめに 茶の病害虫防除には化学合成農薬が広く利用されている。この防除法は農薬を多 量の水で希釈して茶樹全体に散布するため作業者にとって重労働であるうえ、ドリ フトによる散布対象外の作物への飛散や作業者への農薬被爆の恐れもある。また、 消費者にとって健康飲料である茶に対しては減農薬あるいは無農薬栽培への要望が 高まっており、生産者のみならず消費者も農薬使用量を削減する防除技術の開発を 求めている。 これらの要望に対して、茶業研究部ではプロジェクト研究「消費者に信頼され る生産体制を支える精密畑作農業技術の開発」(略称:交付金プロ「精密畑作」) のなかで、風と少量の水を利用して新芽加害性害虫を捕獲する送風式捕虫機と、農 薬の散布量を慣行の 1/2 へ削減する乗用型送風式防除機を開発している。ここでは、 実演に先立ちこれらの構造を中心に紹介する。なお、本研究は茶業研究部作業 技術研究室・虫害研究室・業務科と静岡県茶業試験場、株式会社寺田製作所と の共同研究である。 1.物理的害虫防除法−乗用型送風式捕虫機の開発− 茶園で利用可能な代替防除法として、薬剤抵抗性ケナガカブリダニの利用による カンザワハダニの防除や化学合成した性フェロモン(交信攪乱剤)によるハマキガ 類の生物的防除法が実用化されている。しかし、収穫対象物である茶新芽を加害し、 天敵類による密度抑制が期待しにくいチャノミドリヒメヨコバイやチャノキイロア ザミウマなどの新芽加害性害虫については農薬に替わる効果的な防除技術がないた め、捕獲防除を考案した。害虫の捕獲防除には、掃除機を用いた吸引捕獲法がある が、吸引捕獲は処理面積当たりのエネルギーが大きく、また、作業時間が大幅にか かることに加えて新芽を傷める危険性がある。このため、本方式は吸引でなく風で 害虫を吹き飛ばし、吹き飛ばされた害虫を捕獲する方式を採用した。 1)強制風・ミスト風による害虫の除去効果 考案した物理的害虫防除法は、図 1 に示すように害虫が生息している茶樹の新芽 に送風機で発生した風(以下、強制風と呼ぶ)あるいは水滴を含んだ強制風(以下、 ミスト風と呼ぶ)を吹き付けて害虫を吹き飛ばし、吹き飛ばされた害虫を回収袋で 捕獲あるいは圧死させる方法である。 水タンク 強制風あるいは ミスト風の流れ 送風ダクト ノズル 害虫 回収袋 害虫 図1 送風式捕虫方法の概略図 害虫を吹き飛ばすのに必要な強制風やミスト風の条件を知るため、室内試験を行 った。強制風は可変のブロワで発生させ、ミスト風はブロワの吹き出し口の先端に 取り付けた内径 2 ㍉のノズルから水滴を放出し、強制風で分散化して発生させた。 実験に用いた害虫は、風に対して吹き飛ばされにくい体形をしているカンザワハダ ニを供試した。なお、強制風やミスト風による吹き飛ばし効果は、処理前の害虫個 体数(A)と処理後の害虫個体数(B)を調査し、除去率(R)=〔(A−B)/A〕 ×100 から判断した。 強制風およびミスト風を葉裏へ当てた場合のカンザワハダニ雌成虫の除去率を図 2 に示す。雌成虫は風速の増加とともに吹き飛ばされる個体数が多くなり、強制風 及びミスト風とも風速 20m/sで凡そ 80%が除去される。ハイスピードカメラによ る観察では、風速 19 ㍍の強制風を受けると雌成虫の多くは 0.7 秒以内で吹き飛ばさ れている。 強制風 ミスト風 除去率︵%︶ 100 80 60 40 20 0 図2 10m/s 15m/s 20m/s 25m/s 風 速 強制風とミスト風の風速別カンザワハダニ雌成虫の除去率 注)ミスト風のノズル噴霧量 40cc/分 一方、葉裏へ強制風あるいはミスト風を吹きつけた場合のカンザワハダニの卵の 除去率を表 1 に示す。強制風では風速を速めても吹き飛ばし効果は少なく、除去率 は 5%以下に留まったが、水滴を含んだミスト風は茶葉への衝撃力が大きくなり、 風速 21m/sの除去率は 75%と明らかに強制風より高い値を示した(表1)。なお、 ミスト風において風速が 20m/s前後の場合、含ませる水の量を 25∼65cc/分と変化 させても雌成虫や卵の除去率の変化は認められなかった。 表1 強制風及びミスト風によるカンザワハダニ卵の除去率 風速 (m/s) 17 19 21 卵の除去率(%) 強制風 ミスト風 2.1 41.6 4.0 66.6 5.3 74.9 注)1.葉裏から吹き付け 2.ミスト風のノズル噴霧量 34cc/分 次に、強制風やミスト風で吹き飛ばされた害虫を寒冷紗に衝突させ、2 時間後に 生死と翅の損傷状態を観察した試験では、翅を持たないカンザワハダニ雌成虫は強 制風のみの処理で 76%の個体が死亡し、ミスト風では 100%が死亡するなど強制風 やミスト風によるダメージが大きく現れた。一方、翅を持ち活発に飛翔するチャノ ミドリヒメヨコバイは風速 19m/sの強制風で全て吹き飛ばされるが、衝突後も問 題なく飛翔し、死亡や翅の損傷はみられなかった。これに対して、ミスト風の処理 では 80%の個体に翅の損傷がみられ、衝突後の行動に異常が認められた。このミス ト風による障害物への衝突で死亡率が増加する傾向は、風だけの台風では茶害虫の 密度に顕著な低下はみられないが、雨をともなう台風によって害虫密度が極端に低 下する状況と符合している。 以上の結果から、新芽加害性害虫を吹き飛ばすためには害虫の体長や翅の有無で 異なるものの、風速 20m/s前後の強制風が必要であり、茶葉に付着する卵の除去 や捕獲時の圧死にはミスト風が強制風より効果が大きいことが分かった。また、カ ンザワハダニ卵と同様に茶葉に寄生する微小なダニ類(チャノサビダニ、チャノナ ガサビダニ、チャノホコリダニ)に対してもミスト風の除去効果が期待される。 2)乗用型送風式捕虫機の構造と特徴 室内試験で得られた結果に基づいて、茶園での操作性を考慮した乗用型送風式捕 虫機を試作した(図 3)。本機はチャノミドリヒメヨコバイなどの新芽加害性害虫が 対象であり、古葉や枝幹部に生息する茶害虫には適用できない。すなわち、送風式 捕虫機は茶害虫全体をカバーする防除機ではないことから、可能な限り低コストで なければならない。そこで、13 馬力のエンジンを搭載した乗用型摘採機の汎用利用 全長 1770mm 全幅 2010mm 全高 1650mm 機体質量 492kg、 送風機風量 24m 3 /分 ノズル噴霧量 1 ㍑/分 図3 乗用型送風式捕虫機 を基本として設計した。ベースになった乗用型摘採機は、全長 1.8 ㍍、幅 2 ㍍、高 さ 1.7 ㍍で、機体重量は 492 ㎏と小型軽量であり、1.8 ㍍の茶うねをまたいで摘採 を行う。その摘採機に、摘採機能を損なわず新芽に強制風を吹きつける送風部、ミ スト風を発生させるウォーターアシスト部、害虫を捕獲するトラップ部から構成さ れる送風式捕虫装置を搭載したのが乗用型送風式捕虫機である。 乗用型摘採機には、刈り取った茶葉を摘採袋へ搬送するため、風量 12m 3 /分の遠 心送風機 2 台が搭載されており、捕虫用の強制風の発生はこの送風機を利用した。 対象害虫は摘採面全面に生息するため、ミスト風が当らない新芽があると害虫を吹 き飛ばすことができず防除効果は大幅に低下する。つまり、本機において摘採面全 面に均一な風速 20m/sのミスト風を吹き付けることのできる送風ダクトの形状が 最も重要であるといえる。そのため、送風ダクトの吹き出し口から放出される強制 風の風速分布を測定し、送風ダクトの吹き出し口の数と吹き出し口とトラップの間 隔を決定した。また、新芽に強制風を当てるとともに、その気流に乗せて害虫を回 収袋へ搬送することが必要であり、送風ダクト全体は上下に移動でき、しかも吹き 出し口は風向が調節できる角度調節機構を取り付けている。 ウォーターアシスト部は、送風ダクトの吹き出し口に取り付けたノズルに極少量 の水を供給する必要がある。そのため、タンク内に取り付けた低圧の水中ポンプと 調量弁を用いている。 トラップ部は、強制風あるいはミスト風で吹き飛ばされた害虫を回収袋へ導く風 筒と網目状の回収袋からなる。回収袋の網目が 0.1 ㍉ではミスト風に含まれる水滴 で目詰まりを起こし、回収袋内をミスト風が循環し、強制風の入り口から害虫を吹 き出した。そこで、ミスト風による目詰まりを防止できる目合いが 0.4 ㍉の回収袋 を採用した。 3)乗用型送風式捕虫機の性能 本機の除去性能を知るため、カンザワハダニ雌成虫が寄生した茶葉 4 枚(試験葉) を圃場の茶樹の摘採面に取り付け、除去率を調査した結果を表 2 に示す。試験は、1 処理に対して調査者 4 名の 3 反復とした。送風式捕虫機のトラップの位置は試験葉 に触れない高さとし、送風ダクトの吹き出し口は水平から 7 度上向きに調節した。 無処理区は乗用型送風式捕虫機の音や振動、あるいは処理前後の調査時間に試験葉 からハダニが移動する割合をみるために設けた試験区であり、強制風およびミスト 風を茶樹に吹きつけずに捕虫機を走行させた結果である。無処理区の除去率が 19∼ 31%であったのに対して、強制風およびミスト風を茶樹に吹きつけた処理区の除去 率は、走行速度の違いによる有意差は認められず、いずれも 80%前後と室内試験と 同じ高い除去効果が得られ、害虫密度を明らかに低下させることができる。 表2 乗用形送風式捕虫機の処理別カンザワハダニ雌成虫の除去率 処理区 無処理 〃 強制風 〃 ミスト風 〃 走行速度 強制風 風量 ノズル 噴霧量 (m/秒) 0.24 0.46 0.24 0.46 0.46 0.46 (m3/分) 0 0 24 24 24 24 (㍑/分) − − − − 0.9 2.5 試験日:2002.10.22 除去率 (%) 最小 最大 平均 5.9 9.4 52.6 72.2 50.0 47.5 45.5 46.7 100 100 100 100 19.3 31.3 79.4 85.5 81.3 77.7 所内の茶園(‘ふうしゅん’、7.5 ㌃、弧状 3000R)において本機による捕虫区、農 薬散布区、無処理区を設け、二番茶の収量結果を表 3 に示す。捕虫区は二番茶の萌 芽期から二葉展開期ごろまで定期的(4 日おき)に計 4 回処理した結果である。無 処理区の収量を 100 とした場合、捕虫区の収量は 115 と農薬散布区の収量より劣っ たが、無処理区より多かった。 表3 害虫防除法の違いによる生葉収量(2004 年度二番茶) 収穫面積 収穫量 (㎏) (m2) 捕虫区 246 173 農薬散布区 184 134 無処理区 247 151 試験区 注)1 区当たり 2 ㌃前後を供試 収量 収量割合 (㎏/㌃) (%) 70.4 115 73.2 120 61.2 100 本機の作業幅は 1 うね(1.8 ㍍)と狭いが、作業速度が毎秒 0.46 ㍍と速く、しか も 10 ㌃当りの使用水量は 25 ㍑と少ないため水の補給時間が短く、10 ㌃当たりの作 業時間は慣行の手散布による農薬散布作業と同等の 27 分と効率的に害虫の捕獲作 業ができる。なお、新芽が受ける強制風あるいはミスト風の暴露時間は 1 秒程度と 短く、処理区の新芽の傷みは観察されなかった。 捕獲された害虫は処理時期によって異なるが、チャノミドリヒメヨコバイ、チャ ノキイロアザミウマ、カンザワハダニ、ヨモギエダシャク、チャノナガサビダニ、 チャノホコリダニなどが確認されている。しかし、これらの害虫と同時に、茶害虫 の天敵類として重視される寄生蜂、クモ類、カブリダニ類、クサカゲロウ等も捕獲 された。送風式捕虫機による天敵捕獲の影響について調査する必要があるが、捕獲 対象部位が新芽生育部に限定されることからその影響は少ないと考える。 2 減量散布技術−茶園用送風式防除機の開発− 1)開発目的 高温多湿な条件下のわが国の農薬散布技術は、農薬を多量の水で希釈した低濃度 の薬液を高圧ポンプ(動力噴霧機)で加圧し、ノズルから分散微粒化して散布する 高圧多量散布である。この高圧多量散布の効率化、省力化としてブームスプレーヤ が挙げられるが、茶園で使用されている機種は、タンク容量が 500∼600 ㍑、機体重 量が 1.5 ㌧を越える高価な大型機であり、区画が狭い中山間茶園や経営規模が比較 的小さい生産者への導入は困難である。作業効率を落とさず作業機の小型・軽量化 を図るためには、単位面積当たりの散布量を低減し、薬液タンク容量を小さくする ことである。 散布量について(社)日本植物防疫協会では、液剤散布の場合 10 ㌃当たり 50 ㍑ 以上を多量散布、50 ㍑未満を少量散布として区別している。少量散布は、高能率、 低コストである反面、慣行散布の多量散布と同程度の有効成分投下量が確保される ことが標準になることから、薬剤濃度は高濃度になる。 近年わが国においても、 水田用の液剤少量散布機が実用化され、しかも少量散布用の農薬が登録された ことにより普及段階に入った。しかし、畑作においては、少量散布用農薬の登 録が極めて少なく、また少量散布機の実用化も遅れている。 そこで、本研究では散布液の薬剤濃度を変えずに、慣行の散布量を 1/2 に低減 しても慣行の多量散布と同程度の防除効果が得られる散布(ここでは減量散布 と仮称)を実現できる茶園用送風式防除機の開発を目指している(表 4)。 2)茶園用送風式防除機(試作機)の概要 減量 散布になると、当然有効成分投下量が不足する危険があり、薬液のロスを 最小限に抑える散布機の改良が必要になる。薬液のロスには、自然風による農 薬の漂流飛散(ドリフト)、付着過多による流亡、微粒化に伴う蒸発があげられ 表4 茶園用送風式防除機(試作機)の開発目標 散布方法 希釈倍数 多量散布 慣行 減量散布 慣行 散布量 対応作業機 >50 ㍑/10a(慣行) 走行式動力噴霧機(ブームスプ 例:200 ㍑/10a レーヤ) 慣行よりも低減 茶園用送風式防除機(試作機) 例:100 ㍑/10a 少量散布 慣行の数倍以 0.6∼50 ㍑/10a 少量散布機 下(高濃度) 注)1.減量散布は仮称。2.少量散布の散布量は農薬科学用語辞典による。 る。これらの現象は、いずれも散布液滴の粒径が影響する。 散布液滴の粒径が微細になるほど落下速度が減少し、自然風や上昇気流の影響を 受けやすく遠くまでドリフトすることになり、また、蒸発による消失時間も早い。 さらに、微細化された液滴は、茶葉表面部の付着は 優れるが、作物内部の葉層へ の到達力が小さく散布むらが生じ、薬液の多量散布が必要になる。そのため、 開発中の乗用型送風式防除機は、図 4 に示すように、 高圧ポンプを用いず、送風 機の高速気流を用いて薬液を分散化し、散布液滴の粒径を 100 ミクロン以上と慣行 散布液滴より粗い。しかも送風散布であるため、葉層内部への到達力は大きく、多 数の吹出し口を設けて散布むらをなくしている。 また、送風ダクト吹出し口から離れた位置でエアーを下向きに吹出すエアー吹 出管を設け、散布液滴の散布方向にエアーカーテンを形成し、自然風の影響を 受けないように工夫している。 送風式防除機 ブームスプレーヤ 図4 散布状況 3.今後の展開方向 乗用型送風式捕虫機は、農薬を使用せずに新芽に生息する害虫の密度を低下させ ることができるため、化学合成農薬の使用量の削減が期待できる。特に、有機栽培 茶園ではチャノミドリヒメヨコバイの加害により二番茶の収量が得られない場合が 多く、本機による 3∼4 回の複数回処理により二番茶の収量増加をもたらし、有機栽 培茶の安定生産に貢献するものと考える。また、農薬が散布できない摘採直前にカ ンザワハダニやチャノキイロアザミウマなどの害虫を新芽から除去することによっ て製茶工程への異物混入を防止し、製茶品質の向上に寄与できる。 開発している乗用型送風式防除機は 散布液の薬剤濃度を変えずに、慣行の散布 量を 1/2 に低減する防除機であり、散布機の小型化・低コスト化、薬剤費の削減、 農薬のドリフト防止が期待される。現在、本機によるハマキガ類、輪斑病などの防 除試験を行っている。 今後は、茶園の栽培体系や利用場面に応じて、乗用型送風式捕虫機による捕獲あ るいは乗用型送風式防除機による農薬の減量散布を組み合わせた農薬使用量の削減 技術とその体系化に関する研究を推進する。 参考文献 1)田中 寛ら(1998):関西病虫研報 40,141-142 2)武田光能ら(2002):茶業研究報告 94(別),28-29 3)宮崎昌宏ら(2003):農作業研究 38(別 1),31-32 4)宮崎昌宏ら(2003):平成 14 年度野菜茶業研究成果情報 119-120 5)宮崎昌宏ら(2003):茶業研究報告 96(別),40∼41. 6)宮崎昌宏ら(2003):茶園用送風式防除機と茶園用露取方法,特願 2003-017853 7)宮崎昌宏ら(2004):送風式捕虫方法および送風式捕虫装置,特開 2004-135600 8)宮原佳彦(2000):シンポジウム「21 世紀の農薬散布技術の展開」講演要旨, (社)日本植物防疫協会,59-66 9)守谷茂雄(1990):農薬の散布と付着,(社)日本植物防疫協会,35-51 10)日本植物防疫協会(1998):農薬散布技術,25-72