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自動車用ハーフトロイダル形IVTの研究 今西 尚

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自動車用ハーフトロイダル形IVTの研究 今西 尚
自動車用ハーフトロイダル形IVTの研究
Study on a half-toroidal infinitely variable power
transmission for automobile use
2008年 3月
今西 尚
目 次
第1章 緒論
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
自動車の燃費規制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
1.2.1 各地域の燃費規制動向
1.2.2 燃費規制に対する自動車技術動向
1.3 CVTとIVTの技術動向と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
1.3.1 自動車用変速機の技術動向
1.3.2 トロイダル形無段変速機構について
1.3.3 IVTの技術課題
1.1
1.2
1.4 本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
1.5 本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
参考文献
第2章 ハーフトロイダル形IVTの構造と効率
2.1 ハーフトロイダル形IVTの構造と特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.1.1 トロイダル形無段変速機構の幾何学関係と力の伝達
2.1.2 トロイダル形無段変速機構の変速制御機構
2.1.3 ハーフトロイダル形IVTの構造と特徴
2.2 IVTの理論効率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.2.1 Low モードの理論効率
2.2.2 High モードの理論効率
2.2.3 ギヤトレインのケーススタディ
2.3 IVTの実験試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.3.1 トロイダル形無段変速機構部の効率測定実験
2.3.2 トロイダルIVTの実測効率
2.4 IVTの効率改善法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献
36
43
48
49
50
第3章 IVTのギヤニュートラル状態のトルク伝達特性
3.1
ギヤニュートラル機構におけるクリープ力制御法について・・・・・・・・ 68
1
3.2
トルク制御法と変速比制御法の比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.2.1 従来のトルク制御法について
3.2.2 変速比制御法によるトルク制御
3.3 変速比制御によるクリープ力制御のBox試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.3.1 実験装置及び実験方法
3.3.2 実験結果
3.4 前後進切換え特性の実車試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.4.1 プロトタイプトランスミッション油圧制御系について
3.4.2 新方式トルク制御
3.4.3 実車試験結果
3.5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献
68
71
73
76
第4章 車両発進特性に及ぼすバリエータの油圧ローディング法の影響
4.1 バリエータの油圧ローディング機構・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4.1.1 トロイダルバリエータのローディング装置
4.2.2 新方式の油圧ローディング制御
4.2 車両発進特性の不安定問題の解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4.2.1 車両発進時における不安定問題
4.2.2 不安定問題の解析
4.3 不安定問題を解決する油圧ローディング法と車両発進性能試験・・・・・
4.3.1 新方式の油圧ローディング制御法
4.3.2 車両発進性能試験結果
4.4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献
88
90
94
95
第5章 結論
5.1
5.2
結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 106
今後の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 106
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 108
2
本論文で使用する記号
AP
:変速制御ピストン面積
B
:トラニオン・パワーローラのφ方向運動粘性係数
Btr
:トラニオン・パワーローラの y 方向運動粘性係数
Cd
:流量係数
D
:トロイダルキャビティ径
DSP
:変速制御バルブスプール直径
eV
:バリエータ速度比( =
eTM
:IVT速度比( =
Fa
:押付力発生機構が発生するローディング力
FC
:トラクション接触部押付力
FPR
:パワーローラ スラスト力
Ft
:トラクション力
iV
:バリエータ変速比( =
i1
:第1遊星ギヤ 遊星比( =
Z R1
)
Z S1
i3
:第3遊星ギヤ 遊星比( =
Z R3
)
ZS3
i12
:サンギヤ1-サンギヤ2間ギヤ比
I tr
:トラニオン・パワーローラの傾転方向慣性モーメント
k0
:トロイダルキャビティアスペクト比
LPC
:プリセスカムリード
出力ディスク速度
)
入力ディスク速度
N OUT
)
N IN
1
)
eV
3
LVL
:バルブリンクのリンク比
M tr
:トラニオン・パワーローラ合計質量
n
:パワーローラの数
N C1
:キャリア1回転速度(第1遊星歯車列)
NC3
:キャリア3回転速度(第3遊星歯車列)
N IN
:IVT入力軸回転速度
N OUT
:IVT出力軸回転速度
N R1
:リングギヤ1回転速度(第1遊星歯車列)
N S1
:サンギヤ1回転速度(第1遊星歯車列)
NS2
:サンギヤ2回転速度(第2遊星歯車列)
NS3
:サンギヤ3回転速度(第3遊星歯車列)
Pe
:エンジン発生動力
PP
:ピニオンギヤ通過動力
PVIN
:バリエータ通過動力
Pline
:変速制御ライン圧力
PH
:変速制御シリンダ高圧側圧力
PL
:変速制御シリンダ低圧側圧力
ΔP
:変速制御シリンダ差圧( = PH − PL )
ΔPt arg et
:変速制御シリンダの目標差圧
r0
:ディスク トラクション面主曲率半径
4
r1
:入力ディスク トラクション部接触点回転半径
r2
:パワーローラ トラクション部接触点回転半径
r3
:出力ディスク トラクション部接触点回転半径
rPC
:プリセスカムとバルブリンクの接点半径
TC1
:キャリアトルク(第1遊星歯車列)
TC 3
:キャリアトルク(第3遊星歯車列)
TR1
:リングギヤトルク(第1遊星歯車列)
TS1
:サンギヤトルク(第1遊星歯車列)
TS 2
:サンギヤトルク(第2遊星歯車列)
TS 3
:サンギヤトルク(第3遊星歯車列)
TE
:エンジントルク
TIN
:IVT入力トルク(= TE )
TOUT
:IVT出力トルク
TVIN
:バリエータ入力トルク(=入力ディスク上トルク)
xSL
:変速制御バルブスリーブ位置
xSP
:変速制御バルブスプール位置
x′SP
:変速制御バルブスプール位置(弾性変形による影響を含む)
Δx SP
:弾性変形によるスプール移動量
y
:トラニオンオフセット量、傾転軸方向座標
Δy
:y 方向剛性によるパワーローラの移動量
Z P1
:ピニオンギヤ1歯数(第1遊星歯車列)
5
Z P2
Z R1
:ピニオンギヤ2歯数(第2遊星歯車列)
:リングギヤ1歯数(第1遊星歯車列)
Z R3
:リングギヤ3歯数(第3遊星歯車列)
Z S1
:サンギヤ1歯数(第1遊星歯車列)
ZS2
:サンギヤ2歯数(第2遊星歯車列)
ZS3
:サンギヤ3歯数(第3遊星歯車列)
δPC
:弾性変形によるプリセスカムの移動量
φ
:パワーローラ傾転角
μ
:トラクション係数(運転トラクション係数)
μ t max
:最大トラクション係数
θ0
:パワーローラ半頂角
η0
:遊星ギヤ基準効率
η12
:入力軸-サンギヤ2間効率
η C1R1
:キャリア-リングギヤ間効率(第1遊星歯車列)
η C1S 1
:キャリア-サンギヤ間効率(第1遊星歯車列)
η C1S 2
:キャリア-サンギヤ間効率(第2遊星歯車列)
η PP
:ピニオンギヤ・ピニオンギヤ間の噛み合い効率
η PR
:リングギヤ・ピニオンギヤ間の噛み合い効率
η SP
:サンギヤ・ピニオンギヤ間の噛み合い効率
η S 1S 2
:サンギヤ1・サンギヤ2間の噛み合い効率(第1・2遊星歯車列)
η S 3C 3
:サンギヤ3・キャリア3間効率(第3遊星歯車列)
ηV
:バリエータ効率
6
ηTM _ LOW :Low モードIVTトータル効率
ηTM _ HIGH :High モードIVTトータル効率
ρ
:オイルの動粘度
7
第1章
緒論
9
1.1 はじめに
産業革命以後の化石燃料の大量消費は,人口の急激な増加とも相まって,エネ
ルギーの消費量を等比級数的に増大させている.最近の BRICs 急成長を始めと
する世界経済の大きな構造変化もこの傾向を助長しており,世界のエネルギー
消費はいっそう増え続けている.これに伴い CO2 はその排出量を増やし続けて
おり,これを削減する環境問題はいまや人類の至上命題となっている.機械工
学はこの問題を解決する役割を担っており,本研究のテーマであるIVT
(Infinitely Variable Transmission: 変速比無限大変速機)もこの大きな命題に
対する解決策のひとつであると位置づけている.
自動車はいうまでもなく人や物の移動というモビリティ手段として現代社会に
不可欠のツールであるが,同時に前述のようなエネルギー消費の問題を抱えて
いる.図 1-1 は自動車の増加を示している(1).自動車生産台数は現在も増え続け
ており,今後は特に中国やインドでの需要増加が予想されている.自動車の CO2
排出量は産業界全体の約2割を占めており,これを削減する技術の重要性は増
すばかりである.
自動車の原動機も電動化が検討されている.今後特に人口が密集した市街地で
は,ゼロエミッションの電動自動車の要求は高まるものと思われる.燃料電池
はこの動力源として注目されており,多くの研究もなされている.自動車用燃
料電池の課題は水素の貯蔵とシステムコストの低減である.自動車技術会の予
測によれば燃料電池は 2025 年頃から実用化が始まるとされている.
2006 年 5 月に策定された「新国家エネルギー戦略」によれば,運輸部門におい
て石油の依存度を 2030 年までに 80%程度に低減するとしている.この目標に対
して,GTL(Gas to liquid: 合成液体燃料)
,バイオ燃料,前述した電動化等
の取組みがなされている.しかしながらこれら新エネルギーの活用は運輸全体
の 20%に過ぎず,システムの体積に比べて発生動力の高いガソリンやディーゼ
ルエンジンの燃費向上技術の重要性はまだしばらく続くものと思われる.
1.2 自動車の燃費規制
世界経済のめざましい発展と共に,自動車生産台数の大幅な増加が予想される
10
現在,京都議定書を超える世界的取組みが必要と言われている.このような状
況の中で,各国は燃費を規制する取組みを始めている.自動車の先進マーケッ
トである日米欧では以下のような状況となっている.
1.2.1 各地域の燃費規制動向
日本
2007 年 2 月に国土交通省が「エネルギーの使用の合理化に関する法律」に基づ
く自動車の新しい燃費基準を発表している.これによると 2015 年には 2004 年
実績燃費に対し,表 1-1 の割合で燃費を向上させることが求められている.
表 1-1 2004年度実績に対する燃費改善率
自動車の種別 2004年度実績値 2015年度推定値 燃費改善率
乗用車
13.6(km/L)
16.8(km/L)
小型バス
8.3(km/L)
8.9(km/L)
小型貨物車
13.5(km/L)
15.2(km/L)
23.5%
7.2%
12.6%
北米
アメリカは京都議定書へ加盟していなかったが,昨今の地球規模での環境意識
の高まりから,燃費に関する施策を打ち出している.CAFE 規制値(企業平均
燃費規制値)は 2011 年に,乗用車では 27.5mpg(約 11.7km/L),ライトトラ
ックを 24.0mpg(約 10.2km/L)と定めている.カリフォルニア州では独自の取
組みを行っており,2020 年までに州内の温暖化ガス排出量を 25%削減するとい
う高い目標を掲げている.
欧州
EU の ACEA(Association des Constructeurs Europeens d'Automobiles:欧州
自動車工業会)は日本及び韓国の自動車工業会とも連携して,2008 年度におけ
る CO2 の排出量を 140g/km (約 16.5km/L)に設定している.さらに欧州で
は 2012 年に 130g/km (約 17.8km/L)の規制を検討しており,高い目標を設
11
定している.
(ガソリン 1 リットルあたりの CO2 排出量は約 2.31kg として計算)
日米欧では,文化や国土の違いから自動車に求める特性も自ずと異なっており,
使用される車の車格(排気量,重量)や道路事情(制限速度,渋滞の度合い)
も異なり,いちがいに比較はできないが,いずれも燃費に関しては非常に高い
ハードルを設定している.日本の規制における 23.5%という高い向上率を見て
もわかるように,これは現状の技術の組合せでは到達できないレベルであり,
新技術の開発促進を意図している.
1.2.2 燃費規制に対する自動車技術動向
自動車の燃費を向上させるには,原理的には,車重を軽く,走行抵抗を減らす
車体設計を行って必要な動力を小さくし,原動機の効率を高め,動力伝達要素
のロスを減らせばよい.
軽量化に関しては,高張力鋼板の採用やアルミ化など材料変更の手法が取られ
ている.また,車体の空気力学特性を向上させ,走行抵抗を減らす試みも行わ
れている.SUVやミニバンなど従来空力的に不利とされていた車種でも空気
力学解析の駆使により,低いCD値を実現している.またタイヤについても転
がり抵抗の低減とブレーキ性能の向上というトレードオフの関係を最適化する
研究開発も行われている.
化石燃料を動力源とした内燃エンジンについても燃費向上への取組みは盛んに
行われている.ガソリンエンジンでは気筒内直噴,可変バルブタイミング,気
筒休止機構などの新しいメカニズムの開発に加え,過給によるエンジンのダウ
ンサイジングによって燃費を向上させる取組みもある.自動車はその走行時間
のほとんどが巡航で,エンジン定格の半分以下の出力しか使っていない.この
状態での基本的な効率を高めてやることが燃費向上には有効であり,発進時や
登坂時など大きな出力が必要な時だけ,必要な力を出すメカニズムの開発は今
後も続けられると思われる.
ディーゼルエンジンはその基本的な熱効率の高さから優れた燃費を示すが,
NOx や PM(Particulate Matter: 浮遊粒状物質)など排気ガス中の有毒物質の
12
問題がある.しかしながら,最近では気筒内燃焼コントロールの高度化や,DPF
(Diesel Particulate Filter),尿素 SCR(Selective Catalytic Reduction)を利
用した還元装置などの開発により,排出ガスの規制をクリアできるディーゼル
エンジンの開発も進んできている.このディーゼルエンジンにCVTを適用す
ることによるメリットについても研究がなされている(2).燃費とエミッションの
両立を考えるとエンジンの動作点は狭い領域に限られることになり,あらゆる
車両走行速度に対して,任意のエンジン動作点を選択できる多段化が有用であ
り(図 1-2),その究極としてのCVTはディーゼルエンジンに適したトランス
ミッションであると言える.
動力伝達要素,トランスミッションからタイヤまでのいわゆるドライブトレイ
ンのロスとしては,ギヤの噛み合いロス,クラッチの引き摺り損失,軸受やシ
ールでのフリクションロスなどが挙げられる.これらの損失を極限まで小さく
する努力もなされており,主にトライボロジーの知見を使った技術開発が行わ
れている(3).
1.3 CVTとIVTの技術動向と課題
内燃エンジンを用いた自動車では,変速機が不可欠である.自動車は,渋滞の
ような極低速の発進停止の繰り返しから急勾配の登坂や高速道路のような連続
高速走行まで,幅広い走行条件に対応しなければならない.しかしながら内燃
エンジンは回転数と発生トルクの間に図 1-3 に示すような関係を持っており,
これと自動車の必要とする速度/駆動力の関係を調整するのがトランスミッシ
ョン(変速機)の役割である.図 1-4 に6速のトランスミッションを搭載した
変速機の駆動力線図を示す.車両速度の小さい領域では加速のために大きな駆
動力が必要になるが,高速では走行抵抗に釣合うだけの小さな駆動力で良い.
変速の段数が多ければ多いほどこの調整の自由度は広がることになり,無限の
変速段を持たせようと発想したものがCVTである.
1.3.1 自動車用変速機の技術動向
13
マニュアルトランスミッション(MT)
図 1-5 に種々の自動車用の変速機を示す.自動車用のトランスミッションは手
動と自動に大きく分類される.手動変速機(マニュアルトランスミッション)
は,自動車の黎明期から広く使用されており,現在でもスポーツカーや商用車
を中心に使われている.手動変速機は,動力伝達のほとんどがギヤ噛み合いの
みなので伝達効率が良く,複雑な制御系も無くコストが安いことが最大のメリ
ットである.一方,運転に技量が必要で操作が煩雑な事が最大のデメリットで
あり,この一点を克服するために,自動変速機の開発努力が続けられている.
イージードライブの要求が高まりから,最近は乗用車の自動変速機の比率が高
まっている.日本では,乗用車の自動変速機化率は 95%を超えている.自動車
大国アメリカも乗用車のほぼ 100%近くが自動変速機である.一方欧州では,自
動変速機は 20%程度であり,手動変速機の需要は根強い.図 1-6 に日本と欧州
の自動変速機化率の推移を示す(4).国民性や,渋滞の少ない道路事情もあるが,
ドイツのように高速道路での長距離移動の機会が多いことから省燃費に対する
ユーザーの要求が日米より大きい事が大きな要因であると言える.しかしなが
ら最近では効率の良い自動変速機が開発されており,省燃費とイージードライ
ブが両立する事で,欧州の自動変速機率も上昇傾向を見せている.
オートマチックトランスミッション(AT)
自動変速機の中では遊星歯車式のものが主流であり,これが所謂オートマチッ
クトランスミッション(AT:Automatic Transmission)と呼ばれるものであ
る.現在では4速のものが市場の絶対多数を占めており技術的にも熟成したも
のになっている.複数の遊星ギヤを組み合わせていくつかの速度比を作り,発
進機構としてはトルクコンバーターを用いている.トルクコンバーターは効率
の悪さとともに,車両発進時のフィーリングの悪さが課題となっている.トル
クコンバーターのような流体機械では,その原理上,入力側の回転数が上がら
ないと,トルクを伝達することができず,エンジンが一旦吹け上がってから出
力側トルクが上昇する.本研究で取り扱うIVTはこのような問題を解決する
ことを目的のひとつとしている.
ATが現在燃費向上の要求から多段化の方向に開発が進められている.最近開
発された6速タイプはラビニョウタイプの遊星歯車機構の組合せを用いており,
今後主流となっていくと見られる.一部高級車には7速や8速タイプのものま
14
で開発されている.段数を増やすことはギヤやクラッチの構成が複雑化し、部
品点数が増えてしまうので,一般的にはこれ以上ギヤ段を増やすよりもCVT
化した方が有利と考えられている.しかし遊星歯車列の構成を工夫することで,
部品点数を増やさずに多段化する研究も行われている.また多段化に伴い,走
行中に変速動作を頻繁に行うことによる損失も指摘されており,変速段数を増
やしたものの変速の回数は減らしたというジレンマも解決するような研究も行
われている(5).
無段変速機(CVT)
自 動 車 用 と し て 実 用 化 さ れ て い る C V T ( Continuously Variable
Transmission)には ベルトやチェーンを用いる可変プーリ式とトロイダル式が
ある.図 1-7,図 1-8 に種々の無段変速機構を示す.図に示されるように,無段
変速機構は多くのタイプが考案されているが,自動車用として実用化されたも
のは上記の2タイプである.これは,自動車用変速機に必要な伝達効率とエネ
ルギー密度の問題と考えられる.動力の大きい自動車に伝達効率の悪いCVT
は,大きな冷却システムが必要になることを意味する.一概には言えないが一
般的に動力伝達効率が 80%以下の変速機構は高出力の自動車用には適さない.
また自動車では,エネルギー密度すなわち伝達動力/サイズ比も重要である.
自動車に搭載できるサイズの変速機構が,必要なトルクを伝達できなければな
らない(内燃エンジンの回転数はほぼ一定と考えれば,トルクが重要なファク
ターとなる).数多くの無段変速機構の中で前述のわずか2つのタイプだけが実
用化できたのは,伝達効率とエネルギー密度の点で勝っているためと考えられ
る.
ベルト式とトロイダル式を比較してみると,トロイダル式が勝っている点とし
て,トルク容量,許容回転数,変速速度が挙げられる.伝達効率については,
筆者らによって比較研究がなされており(6),絶対値としてはほぼ同等だが,運転
条件によって優劣が逆転する結果になっている.
変速比無限大変速機(IVT)
無段変速機構と遊星歯車等の差動機構を組み合わせたIVTは古くから研究が
なされているが,自動車用として実用化されたものはまだ無い.これは自動車
用として必要な小型高出力の無段変速機構が無かった事に大きく由来している
15
と考えられる.次節に述べるようにトロイダル形無段変速機構が自動車用とし
て必要な機能及び信頼性を持つと考えられたことから,近年になって自動車用
IVTの研究もなされてきた.これについては 1.3.3 に詳述する.
1.3.2 トロイダル形無段変速機構について
開発の歴史
トロイダルCVTは古くから自動車用トランスミッションへの適用が期待され,
数多くの研究がなされてきた.トロイダルCVTにはハーフトロイダルとフル
トロイダルがあり,後者の歴史は古い.歴史上最初のトロイダルCVTの文献
として有名な 1877 年の Hunt の米国特許 197,472 号に記載されているのはフル
トロイダル(図 1-9)である.フルトロイダルはその構造のシンプルなことから,
1900 年代初頭に初期の自動車に搭載されたようである.当時のトロイダルCV
Tはフリクションドライブカーと呼ばれ,金属同士を直接接触させるものであ
り,その耐久性の低さから部品交換が煩雑で,1915 年頃迄にはその姿を消した .
1920 年代に入ってから General Motors はオイルで潤滑するトラクションドラ
イブの開発を始めた.これは後に Toric transmission と呼ばれ,1932 年に
General Motors は生産を開始することを決定したものの,市場にCVTが現れ
ることはなかった.その理由は明らかにされていないが,トラクション伝達部
の耐久性が自動車用として十分ではなかったとの見方もある.1950 年代に
Perbury Engineering はフルトロイダルを取り上げ,小型車両に搭載して試験
を行っている.これは Fellows & Greenwood らにより今日まで継続的に研究が
なされているが ,自動車への適用は未だ至っていない.
一方ハーフトロイダルもその誕生の歴史は古く,1932 年の Jacob の特許にその
原形が示されている.1950 年代にスイスで一般産業機械向けに実用化されてい
た Arter Drive もハーフトロイダルである.1960 年代に入り,C.E. Kraus は
Curtis-Wright 社にてハーフトロイダルの軍用車両への適用開発を行った.また
Kraus はハーフトロイダルがトラクション動力伝達部におけるスピン損失を低
減できることを指摘し,自動車用として適していることを報告している.さら
に Kraus は複数のパワーローラの伝達力を均等配分できる油圧機構とパワーロ
ーラの傾転動作をメカニカルにフィードバックし安定した変速動作が得られる
16
システムを考案し,小型乗用車に搭載して走行実験を行った(7).この結果はトロ
イダルCVTの自動車への適用の可能性を示し,今日の研究の先駆けとなって
いる.
トラクションドライブ
トラクションドライブによる力の伝達は,図 1-10 に示すように二つの回転体間
に介在する弾性流体潤滑油膜のせん断力によって行われる.形成される流体膜
の 厚 さ は Hamrock-Dowson の 理 論 で 計 算 す る こ と が で き , 接 触 面 圧
Pmax=2.2(GPa),表面速度 U=24.2(m/sec),供給油温 120℃の条件で中央油膜
厚さ hc=0.4(μm)程度である.押付力 Fc と接線力 Ft の関係は第2章の(2-7)式
に示す通りである.回転体間に存在するトラクション流体は高い接触面圧のも
とで急激に粘度が上昇し,固化して動力を伝達する.トラクション発生のメカ
ニズムに関しては EHL 理論の展開に伴い種々の理論的解明が試みられてきた
が,1977 年に Johnson らにより合理的な説明がなされた(8).油の弾塑性モデル
により,トラクション発生のメカニズムを定式化するとともに,EHL 接触面内
の運動をスリップ,サイドスリップ,スピンの三種類に分類して整理している .
その後の研究 では,高面圧化でのトラクション流体を Eyring 理論に基づく,
非線型 Maxwell レオロジーモデルと考え,限界せん断応力の存在を実験的に確
認し,さらにトラクション流体状態図 を作るに至り,トラクションドライブの
メカニズムは急速に解明されている.田中 はこれらの理論を用い,ハーフトロ
イダルCVTのトラクション動力伝達部における伝達効率の理論解析を行って
いる(9).また,阿知波らは自動車用CVTと同じ条件下でのトラクション特性試
験を二円筒試験機によって行い,その結果を報告している(10).
フルトロイダルとハーフトロイダル
トロイダル式は入出力ディスク間で動力を伝達するパワーローラの傾転中心が
ディスのキャビティ中心と一致する構造であるが,動力伝達ポイントの配置の
仕方で,フルトロイダルとハーフトロイダルの2つのタイプに分かれる.図 1-11
にフルトロイダルとハーフトロイダルを示す.ハーフトロイダルでは,トラク
ション動力伝達ポイントと傾転中心を結んだ接触開き角が 2θ0=100~140゜と
なるのに対し,フルトロイダルではパワーローラの傾転中心がディスのキャビ
ティ中心と一致しており,2θ0=180゜となる.この違いにより多くの特性差が現
17
れる.ハーフトロイダルはトラクション動力伝達部に於けるスピン損失を小さ
くする目的で接触開き角を持たせているためパワーローラにスラスト力が発生
し,このスラスト分力を支持する軸受が必要になる.フルトロイダルは動力伝
達部に於けるスピンが大きく,その大きさはハーフトロイダルの 7 倍程度にも
なるが,スラスト力が発生しないので大容量のスラスト軸受は不要である.ま
た,筆者はフルトロイダルとハーフトロイダルの幾何学的特性差に基づく必要
押付力の違いを論じ,トラクションドライブに必要な押付力を発生する手段と
してハーフトロイダルはトルクに比例する押付力を発生する機械式カム機構
(ローディングカム)が適用できるが,フルトロイダルでは変速比にも応じて
押付力を制御できる機構(例えば油圧ピストン)が必要であることを示した(11).
シングルキャビティとダブルキャビティ
入出力ディスクと複数個のパワーローラのセットを1組使うものをシングルキ
ャビティと呼び,2組使うものをダブルキャビティと呼ぶ.シングルキャビテ
ィとダブルキャビティを図 1-12 に示す.
ダブルキャビティは2つのトロイダル無段変速機構を並列に配置した構成とな
っており,同じサイズのディスク・パワーローラなら2倍の動力を伝えること
ができる.さらにダブルキャビティでは2つのキャビティのディスクが向かい
合わせとなる配置のため,軸方向にかかる力がそれぞれキャンセルされ,大き
な加重を受けるスラスト軸受は不要である.一方シングルキャビティでは,異
なる速度で回転する入出力ディスクにかかる軸方向力を支持するために,スラ
スト軸受が必要になる.このスラスト軸受の動トルク損失が,トロイダル無段
変速機構の伝達効率を引き下げる.筆者はシングルキャビティとダブルキャビ
ティの伝達効率を理論及び実験により論じている(12).ダブルの効率はシングル
に対し約 5%近くの優位差があり,高効率を必要とする自動車用のトラスミッシ
ョンにはダブルキャビティが適する.
トロイダルCVTの自動車用トランスミッションへの適用
トロイダルCVTを自動車用に適用しようという試みは古くからなされていた.
前述のようにトラクションドライブの考え方が導入されてから実現に近づいた
ものの,自動車用トランスミッションとしての信頼性を実現させるためには更
なる努力が必要であった.町田らの研究(13)に述べられているが,耐久性に関し
18
て主に次の3つの課題があった.
・トラクション動力伝達面の転がり疲れ寿命
・トラクション転動体(ディスクとパワーローラ)の繰り返し曲げ疲労
・パワーローラ軸受の組織変化はくり
最初の2の課題に対しては,転がり軸受の長寿命化技術である超高清浄度鋼や
浸炭窒化熱処理を応用し,自動車用として十分な耐久性を持つ転動体の開発を
行った.また,組織変化はくりに関してはこの主原因が鋼中に浸入する水素で
あることを突き止め,オイルの添加剤や軸受部の設計の工夫で解決することが
できた.
自動車用トランスミッションに要求されるサイズと伝達トルクキャパシティを
兼ね備えたトラクションドライブ装置はこのような努力で現実のものとなり
1999 年には世界で初めて大型乗用車用のCVTとして実用化された(14)(15).
変速レスポンスが車両性能に与える影響
動力伝達を途切れさせること無く変速ができるのがCVTのひとつの特徴であ
る.トロイダルCVTは前述のようにサイドスリップによる傾転モーメントの
発生で変速を行っているため,変速に必要なエネルギーが少なく,変速速度も
速い.入力ディスクが6回転する間に最減速から最増速までの変速が可能とす
る研究成果も公表されている(16).この変速レスポンスの良さは車両性能にも現
れる.図 1-13 は6速ATとCVTのキックダウン加速を実際に測定したもので
ある.図の赤線はトロイダルCVTを搭載した 3.5L エンジンの自動車,青い線
は6速ATを搭載した 4.3L エンジンの自動車のデータを示している.左右のグ
ラフとも下半分はエンジン回転数(左側軸参照)を示している.左上のグラフ
は車両の速度(右側軸参照),右上は車両の加速度(右側軸参照)を示している.
横軸はいずれも時間を示している.自動車が速度 40km/h で走行中に「WOT
(Wide Opening Throttle)」の部分でアクセルを全開にしている.WOT 後の車
両の速度を見ると,トロイダルCVT搭載車はエンジン排気量が小さいにも関
わらず,常に速度で勝っており,加速性能に優れていることがわかる.これは
CVTがアクセルを踏んだ瞬間から変速を開始し,適切な加速度を瞬時に得て
いるのに対し,ATではシフトダウン動作に時間がかかるため,加速度の立ち
上がりが一瞬遅れるためである.右上の車両加速度を見るとアクセルを踏んで
から加速度が立ち上がるのに約 1 秒近い時間を要しているが,これはシフトダ
19
ウン動作とトルコンのポンプ側加速にかかった時間であると推察できる.動力
伝達を途切れさせること無く変速ができる,所謂「パワーシフト」は小排気量
エンジンでもレスポンスの良い走りを実現できるトロイダルCVTの特徴のひ
とつである.
1.3.3
IVTの技術課題
トロイダルCVTが 1999 年に自動車用として実用化されながらも,本格普及が
進まない背景には以下のような課題が挙げられる.
・ 小型高トルク化の必要性
種々の自動車に適用するためには更なる小型軽量化とより大きなエンジン
に適用するためにトルク容量の増大が求められている.
・ さらなる燃費向上の必要性
1999 年当時に主流だった4速ATから現在は6速以上のATが最新ものと
なりつつあり,CVTの燃費のアドバンテージは減少していている.更なる
燃費向上のためにトランスミッションとしては,①効率向上,②変速レンジ
幅の拡大が望まれている.①が燃費向上に有効である事は当然であるが,特
に自動車で使用頻度の高い高速走行条件での効率向上が望まれている.②の
変速レンジ幅拡大は,巡航時のエンジン回転数を下げると共に,最大駆動力
を増大できるので,車両性能を維持しつつエンジンのダウンサイジングが可
能となる.
IVTは上記の課題を解決できるシステムとして有望である.本研究では詳述
していないが,トロイダル無段変速機構をIVTに適用した場合トルク容量を
維持しつつ小型化が可能となる.IVTでは最も力がかかる発進時に無段変速
機構は High 側(増速側)で運転される.トロイダルの幾何学的特性から High
ではトラクション動力伝達部の接触圧が低くなる傾向となり,その分小型化が
可能となる.また,IVTは前述したようなトルクコンバーターの問題点も解
決できる発進機構として利用が可能である.変速レンジ幅に関しては,言うま
でもなく,変速比無限大は自動車用として理想的な変速機である.
20
このような理由からトロイダル形無段変速機構を自動車用IVTに適用する試
みは多く行われている.
Fellows,Greenwood らはフルトロイダル形式の変速機構を前輪駆動形式のI
VTに適用する研究を行っている(17).変速比無限大近傍の制御方法として,変
速制御ピストンの油圧をコントロールすることで,バリエータの伝達するトル
クを制御目標値とした,所謂「トルク制御」でIVTのコントロールを行うこ
とを論じている.Fucks らは同様のシステムを対象として動的性能解析を行い,
バリエータの変速動作と油圧制御系の相互作用に着目して,システムの安定性
を理論的に論じている(18).武富らはハーフトロイダル形式の無段変速機構を前
輪駆動形式のIVTに適用した結果を報告している(19).山田らはハーフトロイ
ダルを用いた前輪駆動形式のIVTを対象とし,基本性能である効率・トルク
比を理論的に導くモデルを作り,実験と比較した考察を行っている(20).
IVTの最大の課題は変速比が無限大になる際にある.変速比が無限大になる
という事は理屈上伝達力が無限大になるということであり,この大きな力を如
何に制御するかが重要なポイントである.上述した従来の研究では伝達トルク
を制御目標値とする「トルク制御」の概念を持ってこの課題を解決したとされ
ている.しなしながらトルク制御の大きな課題として公にされては来なかった
が,前後進の確実な切り替えと発進直後の不安定挙動について課題を残してい
た.前後進駆動力がドライバーの意思に反する事は,自動車として安全上許さ
れない事項である.不安定挙動は不快な振動となるので,自動車の商品性を大
きく損なう.これがこれまでIVTが自動車用に適用されなかった最大の理由
と思われる.
1.4 本研究の目的
これまで述べてきたような背景の中で,本研究はIVTの課題を解決して,自
動車用変速機としての実現性を示し,燃費改善に資する技術を確立することを
大きな目的としている.自動車用としての内燃機関は未だしばらくその使用が
続くものと思われ,これの性能を最も効率良く引き出す事ができるIVT装置
は環境問題にも大きく貢献する.
また,IVTは内燃機関のみならず電気モーターを駆動源とするシステムへの
21
適用も期待できる.変速比無限大近傍で大きなトルク比をかせげるIVTと小
型高回転型の電気モーターの組合せは自動車のみならず種々の装置への応用が
期待される.
本研究ではIVTの技術課題の中で最も重要な,変速比無限大近傍における制
御と動力伝達効率を取り扱っている.
1.5 本論文の構成
本論文は5章から構成されている.第1章では,最近の自動車技術,特に環境
対応技術の中におけるトロイダル形変速比無限大変速機の研究の位置付けを述
べ,研究の背景を示している.また,IVTの利点とその技術課題について言
及し,本研究の目的を明らかにしている.第 2 章では,IVTの構成・特徴や
その動作原理について言及している.ギヤニュートラルとパワースプリットは
いずれもトロイダル形無段変速機構と遊星歯車の組合せによって構成されるも
のである.前者は変速比無限大の実現により従来の発進機構であるトルクコン
バーターの置き換えを目的としており,後者はトロイダル形無段変速機構を通
過する動力を引き下げ,変速機全体の小型化・高効率化を狙ったものである.
いずれも伝達する動力の一部が伝達経路内を循環する事を利用しており,循環
動力のコントロールが重要なポイントとなる.また変速機の重要な特性である
伝達効率について論じている.IVT効率に対する遊星歯車の噛み合い効率の
影響を明確にし,より高効率を得るための指針について言及している.第3章
では,変速比無限大すなわち車両ゼロ速度近辺の制御に関する課題を取り扱っ
ている.変速比無限大付近では伝達する力は原理上無限大になる恐れがある.
このような状況でも変速機の構成部品が破損することが無いような「トルク制
御」の概念に基づく制御方式を開発した.自動車に要求されるクリープ力制御
が可能であることをBox試験で確認し,さらに 4.3L エンジンの乗用車用に搭
載可能なプロトタイプIVTを製作して,実車試験を含めた実験でその信頼性
を確認した.第4章では,摩擦式の変速装置に不可欠の押付力発生機構とその
制御方法に関する課題について述べている.前述のトルク制御による車両の発
進時に不安定な振動(変速比の発振挙動)が生じることがあり,解析によって
この原因が変速制御動作の遅れ要因に起因することを示し,押付力の制御を工
22
夫することが有効であることを解析及び実験で確認した.第5章では,トロイ
ダルIVTが従来の効率の悪いトルクコンバーターに取って代わる自動車用ト
ランスミッションの発進機構となることに言及し,本研究のまとめとしてトロ
イダルIVTの有用性と今後の展望を述べている.
23
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マツダ技報 No.19(2001),P.86-91
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山田,平野,蔵本,清水,FFトロイダルCVT対応のIVT基本性能
解析,自動車技術会 学術講演会前刷集 No.67-00,P.17-20
25
* 日本自動車工業会、日本自動車販売連合会発表資料により作成
Fig. 1-1
Increase of automotives by Japanese automotive manufacture
排気生成率(NOx)
燃費(CO2)
CVTは連続した変速比で
最適ポイントでの運転が可能
等出力線上の排気生成率と燃費
エミッション
最適領域
最適
燃費点
ATは飛び飛びのギヤ比しか取れない
燃費は良いが
エミッションが悪い
Fig. 1-2 Performance of diesel engine
26
エミッションは良いが
燃費は悪い
Fig. 1-3
Example of internal combustion engine characteristics
Fig. 1-4
Example of vehicle performance diagram
27
5MT
MT
6MT
Manual Transmission
4AT
AT
6AT
5AT
7AT
8AT
Automatic Transmission
ベルト
CVT
Continuously
Variable
Transmission
トロイダル
樹脂ベルト
金属ベルト
ハーフトロイダル
フルトロイダル
パラレルハイブリッド メカニカルトランスミッションあり
Hybrid
フルハイブリッド
メカニカルトランスミッションなし
AMT
Automated Manual Transmission
DCT
Dual Clutch Transmission
Fig. 1-5
Automotive transmissions
日本
欧州
Fig. 1-6
Process of increase of automatic transmissions
in Japanese and European market
28
Fig. 1-7 Various types of CVTs (1/2)
Fig. 1-8 Various types of CVTs (2/2)
29
Fig. 1-9
World first toroidal CVT in US patent
パワー
ローラ
ディスク
トラクションオイルの膜
Fig. 1-10 Power transmission by traction drive
30
31
2θ
入力ディスク
2θ
出力ディスク
パワーローラ
Fig. 1-11 Half Toroidal and Full Toroidal CVT
フルトロイダルCVT
油圧ローディング
ピストン
出力ディスク
ハーフトロイダルCVT
ローディングカム
入力ディスク
パワーローラ
32
ダブルキャビティ
Fig. 1-12 Single cavity and double cavity CVT
シングルキャビティ
ディスク支持用
スラスト軸受
33
20
22
23
24
0
1
2
3
4
5
18
19
20
4.3Lエンジン
6AT搭載車
21
23
Time [sec]
22
3.5Lエンジン
トロイダルCVT搭載車
加速度立上り遅れ
WOT
[ X1000rpm ]
Fig. 1-13 Comparison of acceleration performance
between 6AT and Toroidal CVT
Time [sec]
-2
19
0
18
-1
0
1
2
3
1
2
3
4
5
6
7
8
9
7
6
10
8
4
4.3Lエンジン
6AT搭載車
11
9
6
21
3.5Lエンジン
トロイダルCVT搭載車
加速度立上り遅れ
WOT
12
10
5
エンジン回転数
[ X10km/h ]
車両速度
7
8
9
10
11
12
エンジン回転数
[ X1000rpm ]
車両加速度
24
-0.6
-0.4
-0.2
0
0.2
0.4
0.6
[G]
第2章
ハーフトロイダル形IVTの構造と効率
35
2.1 ハーフトロイダル形IVTの構造と特徴
ハーフトロイダル形IVTはハーフトロイダル形無段変速機構と遊星歯車の組
合せによって構成される.低速時にはギヤニュートラルと呼ばれる構成によっ
て変速比無限大を実現し,従来の発進機構であるトルクコンバータの置き換え
を可能にしている.高速時には遊星ギヤの接続方法を変えてトロイダル形無段
変速機構を通過する動力を引き下げるパワースプリットと呼ばれる構成とし,
変速機全体の小型化・高効率化を狙っている.
2.1.1 トロイダル形無段変速機構の幾何学関係と力の伝達
図 2-1 はハーフトロイダル形無段変速機構の構成を示している.入力ディスク
と出力ディスクに2ないし3個のパワーローラが挟まれている.ディスクとロ
ーラ間の動力は後述するトラクションドライブのメカニズムで伝達される.図
中のφはパワーローラの傾転角度を表すパラメータである.各要素の回転半径
は以下の式で表される.
r1 = r0 (1 + k 0 − cosφ )
(2-1)
r2 = r0 ⋅ sinθ 0
(2-2)
r3 = r0 {1 + k 0 − cos(2θ 0 − φ )}
(2-3)
ここで
k0 =
D
−1
2r0
(2-4)
r1:入力ディスクの接触点までの回転半径
r2:パワーローラの接触点までの回転半径
r3:出力ディスクの接触点までの回転半径
r0:入出力ディスクの主曲率半径
36
D:トロイダルキャビティ径
となり,入出力ディスク間の変速比 iv は
iv =
r3 1 + k0 − cos(2θ 0 − φ )
=
1 + k0 − cos φ
r1
(2-5)
と示される.パワーローラを傾転させるためにはパワーローラの中心軸をディ
スクの中心軸に対してわずかにオフセットすることによって転がり接触部に傾
転方向の速度ベクトルを発生させる.傾転するための力はこのときの接触点に
発生する速度ベクトル(サイドスリップ)によって得られる.変速制御機構に
ついては 2.1.2 に後述する.
トラクションドライブ装置では動力伝達のためにトラクション部に適切な押付
力を与えることが必要である.トロイダル形無段変速機構における必要な押付
力は以下のように表せる.各部の力を図 2-2 に図示する.
トロイダル形無段変速機構が伝達できるトルク TVIN は
TVIN = n ⋅ r1 ⋅ Ft
(2-6)
ここで n はパワーローラの数である.トラクション力と法線力 Fc の関係は
Ft = μ ⋅ FC
(2-7)
である.パワーローラは回転軸と直角方向に自由に動ける構造になっているた
め,トラクション伝達部における押付力は入力ディスク側と出力ディスク側で
等しくなる.
トロイダル形無段変速機構を自動車に適用する場合,搭載スペースの問題から
押付力発生機構はディスクの背面に軸方向に取り付けられる.ハーフトロイダ
ルの形状では入力ディスクの背面側に押付力発生機構を配置する方が発生力が
37
小さくて済む.押付力発生機構が発生させるべきディスク軸方向の力 Fa は次式
で表される.
Fa = n ⋅ FC ⋅ sin φ
(2-8)
また,パワーローラにかかるスラスト力は次式で表せる.
FPR = 2 ⋅ FC ⋅ cosθ 0
(2-9)
パワーローラの支持部材であるトラニオンにはこの FPR がかかることになり,
この荷重に基づいて変形する.この変形は後述するトルクシフトの要因となる.
2.1.2 トロイダル形無段変速機構の変速制御機構
トロイダル形無段変速機構はハイドロメカニカルシステムで変速比制御されて
いる.図 2-3 及び図 2-4 を用いてその原理を説明する.図 2-3 はシングルキャ
ビティトロイダル無段変速機構の軸断面図,図 2-4 は断面 A-A(パワーローラ中
心における断面)を示している.変速はステッピングモータが変速制御バルブ
のスリーブを駆動する事によって開始される.車両の運転状況を基に,変速制
御 ECU は目標変速比を決定する.通常「変速マップ方式」と呼ばれる方法を用
いており,アクセル開度と車両速度に対する変速比マップをあらかじめ作成し
ておいて,このマップによって定まる目標変速比と現在の変速の差に応じてス
テッピングモータを駆動する.例えば,High 側へ変速しようとする際には,ス
テッピングモータ⑬が回転すると,ネジ機構によりスリーブ⑱が図 2-3 の右方
向に動く.これにより変速制御バルブのランドが開き,変速制御ピストンの油
圧力が変化する.この場合は CYLINDER1と 4 が高圧(PH)に,CYLINDER2 と 3
が低圧(PL)になって,トラニオンはそれぞれ左側が下に右側が上に動き,パ
ワーローラの回転中心がわずかにオフセットする.シリンダーの動作するオフ
セットの方向を本論文では,図 2-4 に示すように
38
y 方向と定義し,第4章の変
速制御系の理論計算でもこの座標系を用いる.2.1.2 で述べたように,このオフ
セットに基づき,トラクション動力伝達部にはパワーローラが傾転しようとす
る方向の速度ベクトル(サイドスリップ)が発生し,これに基づく傾転力が生
じる.パワーローラが傾転すると,それに応じてプリセスカム⑯も回転し,リ
ンク⑮を介して変速制御バルブのランドが閉じる方向に動いて,油圧力が変化
し,パワーローラは元の回転中心に戻る.プリセスカムはこのように傾転方向
(φ方向)のフィードバックを司ると同時に,オフセット方向(y 方向)のフィ
ードバックも行っており,2つの方向のサーボ系のフィードバックを構成して
いる.ステッピングモータの回転位置が1:1でパワーローラの傾転角度すな
わち変速比に対応するので,ECU からの制御が比較的容易に行うことができ,メ
カニカルなフィードバック機構も信頼性が高い.この方式は量産された自動車
用トロイダルCVTにも適用されている.本論文ではこのメカニズムを変速比
制御ハードウェアと呼ぶことにする.
2.1.3 ハーフトロイダル形IVTの構造と特徴
Low モード(低速側モード)
従来,発進デバイスにはトルクコンバータが使用され,その特性から発進時に
はエンジン回転数が先に上昇し,その後少し遅れて車両が加速するようなタイ
ムラグが感じられる.市場ではこのようなフィーリングよりも,ダイレクト感
のある発進加速性能が求められている.またトルクコンバータのトルク増幅作
用によりバリエータ速度比の Low(最大減速)側での負荷が増大するためトロ
イダルキャビティ径を小径化できず,更なる高トルク容量に対応するためには
トロイダルキャビティ径を大きくする必要があった.これらの要求を実現する
ために次世代トロイダルIVTではダブルピニオン遊星ギヤの差動機構を利用
したギヤードニュートラルシステムを採用した.図 2-5 に Low モードのトラン
スミッションスケルトン図を示す.エンジンは振動吸収のためのダンパーを介
して入力ディスクとフロント側遊星ギヤのキャリアを同時に駆動する.バリエ
ータにより変速された回転は貫通軸を介して遊星ギヤのサンギヤ(S1)に伝えら
れる.遊星ギヤのリングギヤ(R1)がIVT機構の出力となり,これが Low モー
ド(低速側モード)用クラッチを介して,トランスミッション出力軸へと伝え
39
られる.遊星ギヤの各要素(サン,リング,キャリア)の速度関係は良く知ら
れており,IVT機構全体の入出力速度関係は以下の考え方で導かれる.
Low モードにおけるダブルピニオン遊星ギヤの各要素の回転数関係は,
N S1 − N C1 = i1 ( N R1 − N C1 )
(2-10)
ここで,各添え字は図 2-8 に示される遊星ギヤの各要素を示し,
NS1:サンギヤ1回転数
NC1:キャリア1回転数
NR1:リングギヤ1回転数
である。i1 は遊星ギヤ比
i1 =
Z R1
Z S1
(2-11)
を示す.変速機入力回転数 NIN はキャリア回転と等しい.サンギヤは出力ディ
スク回転と等しいので,
N OUT = N S 1 = eV ⋅ N C1
(2-12)
の関係がある.eV はバリエータの速度比(=1/iV)である.これらをまとめる
と,変速機出力回転数 NOUT は
N OUT = N R1 =
(i1 − 1) − ev
N IN
i1
(2-13)
で表せる.後述するプロトタイプトランスミッションでは ev=1.703 の時に NOUT
=0 となり,ギヤードニュートラル状態となる.
Low モードの前進時にはバリエータを通過する動力が通常の場合と逆に出力デ
40
ィスク(中央よりディスク)から入力ディスク(両側のディスク)へと逆に流
れる事に注意すべきである.これはエンジンと繋がるキャリアから,IVTの
出力であるリングギヤへ力を伝える際に,サンギヤがその反力を支えなければ
ならないので,トルクの流れがサンギヤからバリエータへと向かう事からも理
解できる.
High モード(高速側モード)
トロイダルIVTでは燃費向上を狙い,高速側では High モード(高速側モード)
クラッチを繋いで,遊星ギヤの構成を切り替えている.これにより最大増速比
を大きく得る事ができ,高速走行時のエンジン回転数を下げる事ができる.ま
た High モードではパワースプリット機構を採用しており,エンジン動力の一部
はバリエータを介さずにエンジンから遊星ギヤを介して直接出力軸に伝えられ
る.この構成によりバリエータを小型することができ,IVT全体サイズを小
さくすることが可能となった.また,連続して高負荷運転が続く高速走行時に
バリエータの負荷を下げる事ができることは,従来のCVT機構になかった重
要な特徴である.
図 2-6 に High モードのトランスミッションスケルトン図を示す.フロント側遊
星ギヤのサンギヤとキャリアの結合は Low モードと同じであるが,High モー
ドではフロント側遊星ギヤのリングギヤ(R1)をフリーとし,代わりにラビニョ
ウ式遊星の後段側サンギヤ(S2)をその出力としている.また,High モードでは
IVTの出力速度と回転方向を合わせるために,リヤ側に反転減速ギヤが必要
となる.図 2-9 のリヤ側の遊星ギヤ列はサン(S3)入力・キャリア出力で,反転減
速ギヤ列として使用される.High モードにおける,IVTの変速比は次のよう
に導かれる.
ラビニョウ式遊星の回転数関係は,
N S1 − N C1 = i12 ( N S 2 − N C1 )
(2-14)
ここで
i12=
Z P1 ZS2
⋅
ZS1 Z P2
:サン 1-サン 2 間ギヤ比
41
(2-12)式の関係も合わせて,NS2 について解けば,
NS2 =
(i12 − 1) − eV
i12
N C1
(2-15)
また,リヤ側にの反転減速用の遊星歯車列はキャリア(C3)入力,サンギヤ(S3)
出力の構成となっており,その回転数関係は
NC3 =
−1
NS3
i3 − 1
(2-16)
ここで
i3=
Z R3
:リヤ側遊星ギヤ比
ZS3
で表せる.(2-15),(2-16)を合わせると,High モードにおける変速機全体の回転
数関係は,
N OUT =
eV − (i12 − 1)
N IN
i12 (i3 − 1)
(2-17)
図 2-7 に,Low モードと High モードにおけるバリエータの速度比とIVT機
構全体の速度比の関係を示す.ギヤニュートラルポイントにおけるバリエータ
速度比は前述の通り ev =1.703,そこからバリエータを Low 側へ変速していくと,
IVT全体の速度比が上昇していくのがわかる.ev =2.173 で,Low モードと
High モードのIVT速度比 eTM が一致しており,ここがモードクラッチを切り
替えるモードチェンジポイントとなる.
図 2-8 及び図 2-9 に本研究で対象とするプロトタイプIVTの断面図を,表 2-1
に仕様を示す.図 2-10、図 2-11 にプロトタイプIVTの写真を示す.
42
表 2-1 プロトタイプIVTの仕様
Specification of Prototype IVT
Max. Torque /
Maximum input rev.
Transmission size
T/M Reduction ratio
(T/M Speed ratio)
Launch device
T/M weight (Dry)
Oil pump type
Traction Fluid
450 Nm / 206 kW
6600 rpm
Total Length 727 mm
-6.25 ~ ∞ ~ 0.52
(-0.16 ~ 0 ~ 1.92)
None (Geared-neutral
98 kg
External gear pump
IDEMITSU TDF 2210
2.2 IVTの理論効率
2.2.1 Low モードの理論効率
差動状態で回転する遊星ギヤの伝達効率については,両角の研究がある(1).この
考え方を Low モードのギヤ列に適用すると,遊星ギヤ部分を 2 入力 1 出力の要
素と考える事ができ,効率は以下の式で表せる.
i1 − 1
i1 − η 0
η 0 ⋅ (i1 − 1)
キャリア-サン間効率: η C1S 1 =
i1 − η 0
キャリア-リング間効率:
ηC1R1 =
ここでの遊星ギヤ基準効率:η 0 = η SP ⋅η PP ⋅η PR
(2-18)
(2-19)
(2-20)
ここで,ηSP・ηPP・ηPR はそれぞれサン-ピニオン間・ピニオン-ピニオン間・ピニ
オン-リング間の噛合い効率を示す.本論文の理論計算では各噛合い効率を
98.5%と仮定した.遊星ギヤの各要素間のトルクの関係式は上記の各要素間効率
を用いて次のように表せる.
43
TS1 =
TR1 =
η C 1S 1
i1 − 1
TC1
ηC1R1 ⋅ i1
i1 − 1
(2-21)
TC1
(2-22)
サンギヤトルクはバリエータの出力ディスク上トルクと一致するので,バリエ
ータの伝達効率を ηV とすると,
TVIN = −ηV ⋅ eV ⋅ TS1
(2-23)
で表せる.Low モードではバリエータ通過トルクは出力から入力への逆循環と
なるので,ηV が右項にかかる事に留意が必要である.
一方入力軸上のトルクの釣り合いより,
TIN = TVIN + TC1
(2-24)
なる関係がある.(2-21)~(2-24)式を整理して,入力トルクと出力となるリング
ギヤトルクの関係を次のように得る.
TOUT = TR1 =
ηC1R1 ⋅ i1
TIN
i1 − 1 − ηC1S1 ⋅ηV ⋅ eV
(2-25)
(2-13)及び(2-25)より,トロイダルIVTの Low モードにおける伝達効率は以下
の式で表される.
44
ηTM _ LOW =
N OUT ⋅ TOUT
ηC1R1{(i1 − 1) − eV }
=
(i1 − 1) − ηC1S1 ⋅ηV ⋅ eV
N IN ⋅ TIN
(2-26)
2.2.2 High モードの理論効率
また,High モードにおいても同様に,ラビニョウ型遊星ギヤ部分を 2 入力 1 出
力の要素と考える事ができ,効率は以下の式になる.
サン 1-サン 2 間効率:η S 1S 2 = η SP
キャリア-サン 2 間効率:
2
η C 1S 2 =
(2-27)
η 0 (1 − i12 )
i12η 0 − 1
ここでの遊星ギヤ基準効率: η 0 = η SP
2
(2-28)
(2-29)
ラビニョウ型遊星ギヤのキャリア・サンギヤ1間のトルクの関係と,バリエー
タの入出力の関係は,
TC1 = −(1 − i12 ) ⋅ TS1
TS1 = −
(2-30)
1
⋅ηV ⋅ TVIN
ev
(2-31)
上2式から
TC1 =
ηV (1− i12 )
eV
TVIN
(2-32)
45
入力軸上のトルクの釣り合いより,
TIN = TVIN + TC1
(2-33)
(2-30)~(2-33)を整理して,
TS 1 =
− ηV
TIN
eV + ηV (1 − i12 )
(2-34)
TC1 =
ηV (1 − i12 )
TIN
eV + ηV (1 − i12 )
(2-35)
パワースプリットモードでは,上記2つトルクが(2-27)と(2-28)で示される効率
で伝達されるので,次の関係が成立する.
η S1S 2 ⋅ TS1 ⋅ N S1 + η C1S 2 ⋅ TC1 ⋅ N C1 = TS 2 ⋅ N S 2
(2-36)
(2-34)~(2-36)を整理して,入力軸とサンギヤ2のトルクの関係式は,
TS 2 =
i12 ⋅ηV
⋅ e + η C1S 2 (1 − i12 )
η
⋅ S 1S 2 V
TIN
eV + ηV (1 − i12 )
i12 − 1 − eV
(2-37)
以上より,入力からサンギヤ2までの効率は
η12 =
ηV {η S1S 2 ⋅ eV + η C1S 2 (1 − i12 )}
ev + ηV (1 − i12 )
リヤ側の反転減速用の効率は
46
(2-38)
サン 3・キャリア間効率: η S 3C 3 =
η 0 ⋅ i3 − 1
i3 − 1
ここでの遊星ギヤ基準効率:η 0 = η SP ⋅η PP ⋅η PR
(2-39)
(2-40)
反転減速用遊星ギヤのトルクの関係は,
TOUT = TC 3 = −η S 3C 3 (1 − i3 )TS 3
(2-41)
となる.IVTトータルとしての High モード伝達効率は次式で表せる.
ηTM _ HIGH =
N S 2 ⋅ TS 2 N OUT ⋅ TOUT
⋅
N IN ⋅ TIN N S 3 ⋅ TS 3
η ⋅η {η
⋅ e + η C1S 2 (1 − i12 )}
= V S 3C 3 S 1S 2 V
eV + ηV (1 − i12 )
(2-42)
2.2.3 ギヤトレインのケーススタディ
ケーススタディとして2つのギヤトレインの比較を行ってみる.ケース1(図
2-12)では遊星ギヤ部動力伝達経路におけるギヤ噛合い回数が多くなるが,ロ
ングピニオンギヤの歯数が前側部と後側部で同じにできるので,ギヤの製作は
簡単になる.一方,図 2-13 に示すケース2(前述の図 2-6 と同じ)ではロング
ピニオンギヤの歯数が前側部と後側部で異なるため製作に留意を要するが,動
力経路中のギヤの噛合い数を減らす事ができる.
図 2-14 はそれぞれのケースで理論伝達効率を計算したものである.High モー
ドにおいて約 7%の効率差が認められる.ギヤの噛合い効率が悪い場合にはこの
差はさらに顕著なものになる.IVTシステムではギヤ噛合い数の考慮が設計
上重要なファクターとなる.
47
2.3 IVTの実験試験
2.3.1 トロイダル形無段変速機構部の効率測定実験
本報告での計算に用いたバリエータ効率 ηv は実験により求めたものを使用した.
図 2-15 に示すような,バリエータ部のみを収納した実験箱を製作し,支持軸受
や伝達ギヤなどの損失を別途測定して差し引いたところ,入力ディスク-出力デ
ィスク間の伝達効率として,入力回転数 NIN=2000rpm,入力トルク TVIN=300Nm
の時に,Low/High 近傍で約 95%,1.0 近傍で約 93%の伝達効率を得た.表 2-2
に本IVTで用いたバリエータの仕様を,図 2-16 に動力伝達効率測定結果の詳
細を示す.
表 2-2
定格トルク
最高回転数
トロイダルキャビティ径:D
ディスク曲率:R12
半頂角
ローディング機構
変速比フィードバック
300 [Nm](全域定格)
6000 [rpm]
124 [mm]
37.5 [mm]
62.5 [deg]
油圧ピストン
プリセスカム方式
ハーフトロイダル型バリエータでは変速比 1.0 近傍で動力伝達部のスピン損失
が大きくなり,効率が悪くなることが知られているが(2),測定の結果はこれを裏
付けるものとなった.バリエータの伝達効率はギヤ噛合い効率に比べればやや
低くなっており,バリエータ部を通過する動力を軽減するパワースプリットは
高効率を得るために適したコンセプトである事がわかる.
2.3.2 トロイダルIVTの実測効率
図 2-17 に示すように,トロイダルIVTのプロトタイプを用い,動力伝達効率
48
の計測を行った.伝達効率の計測は入出力の回転数とトルクを計測する事によ
って行う.図 2-18 は入力回転数を NIN=2000rpm とし,入力トルクを一定値
TIN=450Nm とした時の動力伝達効率の計測結果と理論効率を比較して示した
ものである.ギヤニュートラルポイント(eT/M=0)では出力速度がゼロであるた
め,伝達効率はゼロになることは自明である.Low モードでは増速比が大きく
なるにつれ効率が上昇し,High モードへの切り替えポイント(eT/M=0.46)近傍
では最大約 91%の伝達効率を示した.High モードでは 82~86%の伝達効率を
示している.Low/High 両モードにおいて理論伝達効率と実測伝達効率は約 2%
の誤差を示している.誤算の原因については,以下の要因を理論伝達効率に反
映させていないためと推察している.
①トランスミッション内の回転部品がオイルを攪拌する事による損失.②モー
ド切替用のクラッチプレートにおける引き摺り損失.③キャリア自体の変形に
よるギヤ歯当たり不良.本トロイダルIVTでは,リア側入力ディスクへの押
付け力伝達がキャリアを介して行われている.トラクションドライブに必要な
ディスク押付け力は 50kN 以上にもなり,この荷重によりキャリアが変形する.
キャリアの変形によりギヤの歯当たりが悪い状況となり,ギヤ伝達効率が悪く
なることが予想される.④トラクションオイルの特性による損失.トラクショ
ンオイルは高接触面圧下でトラクション係数が大きくなるように設計されたオ
イルであるため,滑りを伴うギヤ歯面での伝達効率が悪くなる場合がある事が
研究されている(3).
図 2-19 は各増速比に対し,バリエータが伝える動力と遊星ギヤのピニオンギヤ
が伝える動力を,エンジン動力との比で示したものである.High モードの低速
側(eT/M=0.46~0.8)では遊星ギヤが伝える動力が特に大きくなっており,IV
T全体の伝達効率に対しギヤ効率の影響が大きい事がわかる.本報告では,ギ
ヤ噛合い効率を 98.5%としたが,遊星ギヤが伝える動力が大きい場所で理論値
と実験値の効率差が大きくなっているという事はギヤ噛合い効率が上記仮定よ
りもやや低い事を示唆していると考える.
2.4 IVTの効率改善法
更なる効率向上を狙ったギヤレイアウトの一例としてケース3(図 2-20)を考
49
えた.High モードにおいて反転減速に用いるリヤ側の遊星ギヤ列に注目し,ケ
ース2(図 2-13)ではダブルピニオンだった遊星ギヤをシングルピニオンとし
て,ギヤ噛合い数が少なくなるような構成とした.このような工夫や,前述の
動力損失要因の見直しによりIVT効率は更に向上すると考えられる.図 2-21
にこのギヤレイアウトを採用した場合の理論効率を計算した結果を示す.IV
Tトータルで最高 92%を超える効率を得ている.
2.5 まとめ
ギヤニュートラル及びパワースプリットの理論伝達効率を示し,遊星ギヤのレ
イアウトによりIVTの効率が大きく変化することを示した.具体的には動力
が循環する遊星歯車の噛み合い数を4⇒2に減らすことで,理論効率に約 5%の
差が出ることを示した.
プロトタイプトランスミッションの効率を実験測定し,理論効率との差の要因
を論じた.ここでも遊星歯車の噛み合い効率が変速機全体効率に大きく影響す
ることを示した.
また,さらに高効率を狙った構造を示し,理論計算で 94%(最高速度領域)の
効率があるIVTのレイアウトを示した.
50
参考文献
(1) 両角宗晴, 遊星歯車と差動歯車の設計計算法, 産経出版社(1984)
(2) 田中裕久 トロイダル型無段変速機に関する研究(第 1 報,速度伝達効率と
トルク伝達効率),日本機械学会論文集,53(c)-491, (1987), 1500
(3) 池条清隆 他,歯車の動力伝達損失に及ぼすトラクション油の影響,トライ
ボロジー会議予稿集(鳥取 2004-11),P531-532
51
パワーローラ
出力ディスク
r1
r3
入力ディスク
Fig. 2-1
Schematic geometry of toroidal CVT
パワーローラ
入力ディスク
FPR
Fc
Fa
Fc
Fig. 2-2
出力ディスク
各部の力の図示
準備中
Fdout
Forces on each part of toroidal variator
52
2 3 4 5
8 6 7 9 1
A
1. 入力軸
2. ローディングカム
3. カムローラ
4. 入力ディスク
5. パワーローラ
6. 出力ディスク
7. 出力ギヤ
8. パワーローラ軸受
9. ディスクサポート軸受
A
Fig. 2-3
Cross section of toroidal variator
y方向
10
11
CYLINDER3
CYLINDER4
CYLINDER1
CYLINDER2
SEC A-A
15 14 16 18 17 12
13
10. トラニオン
11. トラニオン
12. バルブボディ
13. ステッピングモータ
14. トラニオンシャフト
15. バルブリンク
16. プリセスカム
17. スプール
18. スリーブ
Fig. 2-4 Cross section of toroidal variator
53
ピニオンギヤ1
(P1)
入力
ディスク
出力
ディスク
リングギヤ1
(R1)
入力
ディスク
NIN
NOUT
第1遊星
歯車列
Fig. 2-5
第2遊星
歯車列
第3遊星
歯車列
Power flow at forward Low-Mode drive
ピニオンギヤ 1(P1)
入力
ディスク
出力軸
サンギヤ1
(S1)
入力軸
出力
ディスク
ピニオンギヤ2(P2)
リンギギヤ3(R3)
入力
ディスク
NOUT
NIN
出力軸
入力軸
サンギヤ1(S1)
サンギヤ2(S2)
第1遊星
歯車列
Fig. 2-6
第2遊星
歯車列
サンギヤ3(S3)
第3遊星
歯車列
Power flow at forward High-Mode drive
54
Low ← バリエータ速度比 ev → High
2.5
ギヤニュートラルポイント
2
モードチェンジポイント
1.5
1
0.5
Lowモード
0
-0.5
0
Highモード
0.5
1
Low ← IVT速度比 eTM → High
1.5
Fig. 2-7 Relation between variator and IVT ratio
55
2
56
A
油圧制御回路
Lowモード
クラッチ
トロイダル無段変速機構
(バリエータ)
第1遊星ギヤ
Fig. 2-8 Cross section of prototype IVT
油圧ローディング
A
ピストン
プリセスカム
ダンパー
(入力軸)
出力軸
Highモード
クラッチ
57
Fig. 2-9 Cross section of prototype IVT
断面A-A
58
組み立ての様子
Fig. 2-10 Prototype IVT
車両搭載状況
プロトタイプIVT
59
ベンチテスト
Fig. 2-11 Prototype IVT
実車試験車両
走行テスト→
ストレートピニオンギヤ
Case 1 (High mode)
2
3
1
4
ギヤかみ合い数:4
Fig. 2-12
IVT power train study (Case 1)
ステップピニオンギヤ
Case 2 (High mode)
1
2
ギヤかみ合い数:2
Fig. 2-13
IVT power train study (Case 2)
60
ギヤかみ合い数:2
100%
Case 2
90%
ηΤ/Μ
80%
Case 1
70%
約5%
ギヤかみ合い数:4
60%
50%
0.0
0.5
Fig. 2-14
1.0
e T/M
1.5
2.0
Efficiency calculation based on gear layout
油圧ローディングピストン
(ダブル)
出力ギヤ
入力軸
出力軸
プリセスカム機構
Fig. 2-15
Variator test box
61
100%
動力伝達効率 [%]
95%
90%
85%
iv=2.3(Low)
80%
iv=1.0
iv=0.4(High)
75%
0
50
Fig. 2-16
100
150
200
入力トルク [Nm]
250
Test results of efficiency measurement
62
300
350
63
入力ダイナモ
出力ダイナモ
出力トルク測定
出力回転数測定
Fig. 2-1 Efficiency measurement test
プロトタイプIVT
入力トルク測定
入力回転数測定
90%
80%
ηΤ/Μ
IVT動力伝達効率 [%]
100%
70%
Calculation
理論計算効率
実験測定効率
60%
Experiment
50%
0.0
0.5
1.0
e T/M
Fig. 2-18
1.5
IVT速度比
eT/M
2.0
Efficiency of prototype IVT
PVIN/Pe PP/Pe
2.5
遊星ギヤ・エンジン動力比
PP/Pe
2.0
1.5
1.0
バリエータ・エンジン動力比
PVIN/Pe
0.5
0.0
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8 1.0
e T/M
1.2
1.4
1.6
IVT速度比
1.8
eT/M
Fig. 2-19 Ratio of Transmitting Power at Variator and Planetary Gear
64
Case 3 (High mode)
Fig. 2-20
Improved gear layout (Case 3)
[%]
ηIVT動力伝達効率
Τ/Μ
100%
90%
80%
70%
Case3
60%
50%
0.0
Fig. 2-21
0.5
1.0
e T/M
1.5
IVT速度比
Theoretical efficiency of improved gear layout
65
2.0
eT/M
第3章
IVTのギヤニュートラル状態のトルク伝達特性
67
3.1 ギヤニュートラル機構におけるクリープ力制御法について
ギヤニュートラル近傍ではトルク制御が重要な課題のひとつである.理論的に
トランスミッション全体の速度比=0 となるこの状態ではトルク比=∞と考える
事ができる.実際にはバリエータやギヤなどの各動力伝達要素の伝達効率が
100%ではないため,構成部品に無限大の力がかかることはないが,バリエータ
やギヤ部にはトランスミッション入力(=エンジン出力)よりも大きなトルク
が循環する場合がある.図 3-1 で,横軸はトランスミッションの速度比を示す.
eT/M =0 の時がゼロスピードで,ギヤニュートラル状態である.2.2.1 の考え方に
基づいて,エンジントルク(TE)とバリエータ入力トルク(TVIN)の比を計算
したものを縦軸にプロットした.バリエータの伝達効率を 95%,ギヤの噛み合
い効率をひと噛み合い 98.5%として計算した.ゼロ速度近辺でバリエータに入
力されるトルクがエンジントルクの 10 倍以上になっていることがわかる.エン
ジンの最大トルクの 10 倍以上の力に耐える強度を各部品に持たせるとIVT機
構が自動車に搭載不可能なほど大型化してしまうことに加え,このような大き
な力はタイヤの駆動力に限界のある自動車では必要にはならない.タイヤの最
大駆動力から各部品の強度を決定する考え方でIVTは設計される.つまり変
速比無限大近傍では伝達する力は制限されたものとならなければならない.ギ
ヤードニュートラル機構では,伝達するトルクをコントロールする“トルク制
御”が重要な技術のひとつとなる.
3.2
トルク制御法と変速比制御法の比較
3.2.1 従来のトルク制御法について
1.1.3 でも述べたように,トルク制御は従来から研究されている.トロイダル形
無段変速機構では,パワーローラ伝達力の反力を油圧ピストンの油圧力で支持
する構造となっているため,圧力制御弁で油圧力を制御することによってトル
ク制御を実現している(1).図 3-2 はパワーローラ伝達力の支持機構を示している.
ここで,トラクション動力部で伝達される接線力と油圧力の関係は次式で表せ
る.
68
2 ⋅ Ft = AP ⋅ ΔP
(3-1)
ここで,
AP :変速制御ピストン有効面積
ΔP = PH − PL :変速制御ピストン差圧
である.(3-1)式の左辺はパワーローラにかかるラジアル荷重の合力であり,入
力ディスク側及び出力ディスク側の接触点双方加えて 2 ⋅ Ft になる.
従来方式のトルク制御では,圧力制御弁を用いて PH と PL を制御し,パワーロ
ーラの伝達する力 2 ⋅ Ft をコントロールすることが可能である.(3-1)式の関係が
崩れたときは,パワーローラはy方向にオフセットすることになり,サイドス
リップ の原理に基づいて変速し,接線力 Ft が変化する.上記の関係式が成立す
る変速比で,パワーローラは自己調整的なしくみが働いて落ち着く.車軸にト
ルクがかかっていない状態で, ΔP
= 0 とすれば,パワーローラは自分でギヤニ
ュートラルポイントへ変速し,安定する.これが圧力制御弁を使ったトルク制
御のメカニズムである.
この方式には Low モードクラッチ締結時に確実な前後進トルクが発生されるか
どうかが保障されないという問題がある.この理由を図 3-3 で説明する.横軸
はバリエータの変速比,縦軸はトランスミッションの出力軸トルクを示してい
る.図中の斜めの線は,バリエータの目標変速比と実変速比の偏差に応じて,
バリエータ伝達トルクが変化する特性を示している.例えばバリエータに目標
変速比によりもやや Low 側に偏差を与えたとき,入力ディスクが出力ディスク
より早く回ろうとして,出力ディスクから入力ディスクに駆動力が伝わる.前
述した動力循環により,この時には出力軸には前進(FWD)側のトルクが生じ
ることになる.いま,N(ニュートラル)から R(REV:リバース)へシフト
する場合のことを考える.トルク制御でコントロールされるバリエータは変速
比のフィードバックを持たないので,N(ニュートラル)にバリエータがギヤニ
ュートラルポイントにあるかどうかの保障は無い.今仮に図 3-3 の①ようにバ
リエータ変速比がギヤニュートラルポイントから若干 Low 側にずれていた時に
は,クラッチを締結した瞬間にはバリエータには出力ディスクから入力ディス
69
クへの駆動力が発生し,車軸には前進方向の駆動力が発生する(②).圧力を制
御するメカニズムは,この状態を検知してすぐにバリエータの駆動力の向きを
補正するように働き(③),バリエータを High 側に変速させて,後進方向の駆
動力を得る.
しかしながら,例え短い時間でも R(REV)側へシフトした時に前進側のトル
クが発生してしまうのは,自動車としては危険モードであり,安全上許容され
ない.この課題は公の文献では明らかにされてこなかったが,自動車用にIV
Tを適用する際の大きな課題となっていた.
N(ニュートラル)時にバリエータをギヤニュートラルポイントとなる変速比位
置に精度良く置いておけないことが問題であり,この点を踏まえて次節に述べ
るような変速比制御方式のハードウェアを基本とした方式がこの問題を解決で
きると考えた.
3.2.2 変速比制御法によるトルク制御
パワーローラの傾転角度をフィードバックする“変速比制御方式”は信頼性が
高く,市販されているトロイダルCVT搭載車も傾転角度をカム機構により機
械的にフィードバックする制御方式を適用している.この方式は走行中にトラ
ンスミッションの変速比を決定する手法として一般的な変速マップ方式との親
和性も高い.本研究で対象とするギヤニュートラル制御にもこの変速比制御が
有効であると考えた.前述の前後進切換え時の問題に関し,以下の考え方で信
頼性をより向上させることを試みる.
バリエータにはトルクがかかると目標変速比と実変速比の間に若干の差が生じ
る“トルクシフト”と呼ばれる特性があり(2),この特性を利用してトルク制御を
行う.図 3-4 はトルクシフトを利用したトルク制御の概念を示したものである.
横軸はバリエータ速度比,縦軸は出力トルク(=リングギヤ上のトルク)を表
している.点線(①)はバリエータのトルクシフト特性を定性的に示しており,
トルクの変化に対して変速比が変化する様子を表している.今,出力軸速度ゼ
ロで駆動力だけを与える状態(所謂クリープ状態)を考える.前進方向への駆
動力を与えたい時はバリエータの目標変速比を②の如く若干 Low 側に変速させ
る.目標変速比が動いた事でトルクシフトの特性線は実線で示すように右側に
70
動く.しかしながら,出力軸速度はゼロに固定されているので,バリエータの
変速比は強制的にギヤードニュートラルポイント ev=1.703 になる.③に示す如
く,バリエータにトルク伝達が発生し,結果として出力軸にクリープトルクが
発生する.後進方向にクリープ力を得たい場合には,目標変速比を若干 High 側
に動かし,図 3-4 の特性線を左側に動かすようにすればよい.トルクシフトの
特性を予め把握しておけば,適当な量を変速させる事で,バリエータにはトル
クが発生し結果的に計画されたクリープ力を得る事ができる.
さらにより細かいトルク制御を行うために,パワーローラ伝達力に相当する変
速制御ピストンの差圧情報から,変速比を制御しこれによりトルクコントロー
ルを行うことを考えた.
これが変速比制御のハードウェアを利用したトルク制御の基本的な考え方であ
る.この考え方でトロイダルCVTが制御できるかどうかを次節のBox試験
により確認した.
3.3 変速比制御によるクリープ力制御のBox試験
3.3.1 実験装置及び実験方法
新方式のトルク制御方式の実現性を確認するために次に示すような基礎機能確
認試験を行った.図 3-5 にテストボックスの断面図を示す.バリエータには表
3-1 に示す定格トルク TVIN =390Nm,キャビティ径 D=132mm のものを用いた.
実験には遊星ギヤ機構の無いバリエータと動力取出しギヤのみのボックスを用
いた.変速制御はステッピングモータで変速制御バルブを駆動し,傾転角度を
メカニカルにフィードバックするプリセスカム機構方式を用いた,所謂変速比
制御ハードウェアである.
71
表 3-1 テストボックス諸元
定格トルク
最高入力回転数
トロイダルキャビティ径:D
ディスク曲率:R12
パワーローラ半頂角:θ 0
ローディング機構
変速比フィードバック
390 [Nm]
6000 [rpm]
132 [mm]
40 [mm]
62.5 [deg]
ローディングカム
プリセスカム方式
図 3-6 に試験システムの概要を示す.変速動作に必要なパワーローラオフセッ
ト用油圧ピストンの制御圧(PH 及び PL)をセンサで測定し,以下の簡単なロジッ
クでステッピングモータを動かして変速指令を与えた.
ΔP > ΔPtarget
ΔP < ΔPtarget
・・・High 側へワンステップ変速
・・・Low 側へワンステップ変速
ここで
ΔP=PH -PL :実測したピストン差圧
ΔPtarget
:差圧の目標値
である.実際の試験では不感帯を設け,目標差圧と実測差圧の差が 0.05MPa 以
下の時には変速指令を禁止するようにした.実験に使用したダイナモ装置は入
出力ともに回転数一定制御とした.バリエータの変速により,入力回転数が変
動した時には,ダイナモは回転数偏差を無くそうとする方向にトルクを発生さ
せるように設定し,自動車のエンジンを模擬的にシミュレートした.
3.3.2 実験結果
図 3-7 は目標の入力トルクを TVIN =60Nm とした場合の,図 3-8 は目標の入力
トルクを TVIN =120Nm とした場合の試験結果である.目標トルクの大きさに関
わらず,前述の単純なロジックで入力トルクがコントロールできていることが
72
わかる.図 3-8 で,約 120Nm のトルク伝達を行う際に必要な差圧 0.23MPa を
ΔPtarget として与える事で,前述のような簡単なロジックでバリエータの伝達ト
ルクを安定して制御する事が出来た.バリエータの減速比が iv (=1/ev)= 1.03→
0.85 に変化しているのはダイナモに設定した回転数-トルク特性のためである.
3.4 前後進切換え特性の実車試験
3.4.1 プロトタイプトランスミッション油圧制御系について
基礎試験の結果を基にプロトタイプトランスミッション用の油圧制御回路を設
計した.図 3-9 に油圧回路を示す.
油圧源となるポンプは高圧用・低圧用の 2 種類を装備した.トロイダル形無段
変速機では,ローディングや変速制御には 5MPa 前後の高圧ラインと,制御信
号や潤滑などの低圧ラインが必要になり,高低圧 2 種類のポンプを装備する方
が効率が良いと考えた.各部の油圧や流量の制御のために 9 本のスプールバル
ブと 3 つの電磁ソレノイドバルブを配置している.電磁ソレノイド弁はそれぞ
れ,Low モードクラッチ締結制御,High モードクラッチ締結制御,ローディン
グ圧制御に使用される.この数は一般的なATに比べると少ない.特に多段化
されたATでは制御すべきクラッチやブレーキの数が多く,その分油圧回路は
複雑に,バルブの数も多くなる.IVTでは油圧回路の構成が簡素化できるの
もメリットのひとつである.図中の左上のブロックは変速制御とギヤニュート
ラル制御を行う部分で,詳細は後述する.マニュアルバルブはシフトレバーに
機械的に繋がっており,レバーの切り替えで確実に油圧を切り替えることがで
きる.この方式は電子制御系失陥時にも作動するためフェールセーフが必要な
自動車用制御に適している.中央上部のブロックは Low/High モードを切り替
えるクラッチの制御部分である.電磁ソレノイドバルブの出力圧をパイロット
圧として,各クラッチを制御する.右側のブロックがローディング圧制御であ
る.バリエータに必要な押付力は伝達する接線力に対して(2-8)式で示される軸
方向力を発生する必要がある.押付力制御については4.1に後述する.
73
3.4.2 新方式トルク制御
トルク制御ではパワーローラ伝達力を支持する変速制御弁の差圧 ΔP を知るこ
とが重要になる.またトラクションドライブに必要な押付力のコントロールは
この差圧情報を元にして行われる.電気式の油圧センサを使うことも一般的で
あるが,本研究の一環として,より信頼性の高い油圧式の差圧信号取り出し弁
を開発した.
図 3-10 にピストン室差圧を油圧信号として取り出す,差圧検出弁の構成を示す.
2つの油圧室の油圧とフィードバック室の油圧が釣り合うように設計されたス
プールから 2 つのピストン室の油圧差がプラス側(ΔP=PH-PL)・マイナス側
(-ΔP=PL-PH) 2 つの油圧信号として取り出されている.この油圧信号を用いて,
伝達トルクの制御や,ローディング油圧ピストンの圧力制御を行っている.図
3-11 にその試験結果を示す.プラス差圧側,マイナス差圧側ともヒステリシス
も小さく,差圧信号が安定して検出できているのがわかる.
ギヤードニュートラル制御機構部分の機構図を図 3-12 に示す.基礎試験ではト
ルク制御をステッピングモータによるバルブ駆動で試験したが,プロトタイプ
用油圧回路では前後進切り替えの信頼性を高めるために油圧ピストンを用いた
機構を盛り込んだ.バリエータの変速比を調整する変速制御弁はステッピング
モータとリンク機構によって動かされるが,リンク機構は補正ピストンによっ
ても動かす事ができる.この補正ピストンはセレクトレバーに繋がるマニュア
ルバルブに連通しており,前進(D:ドライブレンジ)と後進(R:リバースレンジ)の
切り替えに伴って,それぞれ一定量だけリンク機構を動かす.この補正量は僅
かであり,バリエータ速度比では 0.15 程度,パワーローラの傾転角度では約 3
度に相当する量である.このわずかな変速比の移行によって,図 3-4 で示した
考え方に基づいて,車両ゼロ速度において前進(あるいは後進)側のクリープ力が
得られる.補正ピストンは,電気系統の失陥時にも対応して確実に前後進を得
られる信頼性の高いシステムとなっている.
プロトタイプトランスミッションではさらに二つの補償制御を付け加えた.油
温による油圧回路特性の差を補償するために油温に応じてステッピングモータ
でギヤードニュートラルポイントからの移動量を補正する.また,制御ピスト
ン差圧ΔP を監視して,計画されたクリープ力よりも大きい(あるいは小さい)力
74
しか発生していない場合には,ステッピングモータで発生トルクを補正する補
償制御も加えている.前述のBox試験の結果から,この補償制御が簡単なロ
ジックで行えることがわかった.
制御の流れを示したフローチャートを図 3-13 に示す.この2つの制御により,
外気温変化などの外乱がある場合にも対応できるクリープ力制御が可能となっ
た.
3.4.3 実車試験結果
プロトタイプトランスミッションを,排気量 4.3L エンジンを搭載する後輪駆動
の乗用車に装着して,車両による実証試験を行った.テスト車両の諸元を表 3-2
に示す.
表 3-2 試験車両諸元
車両形式
エンジン形式
エンジン排気量
最高回転数
最大トルク
最高出力
車両重量
Toyota LS430
3UZ-FE (V8-DOHC)
4292[cc]
6600[rpm]
430[Nm]/3400[rpm]
206[kW]/5600[rpm]
1820[kg]
図 3-14 はブレーキを踏み車両速度ゼロの状態で,セレクトレバーを前進(D:ドラ
イブレンジ)と後進(R:リバースレンジ)を切り替えた時のデータを示している.
D/R の切り替えに伴い,トランスミッション出力トルクが安定して発生してい
る事がわかる.図 3-14 のA部において,油温補償制御,B部差圧補償制御が機
能してステッピングモータが動いているのがわかる.
図 3-15 はブレーキを踏んだ状態でステッピングモータの 1 ステップ毎に差圧Δ
P を計測して,バリエータ入力トルクとトランスミッション出力トルクを算出し
たものである.図 3-4 に示した概念に基づくトルク制御が行われていることが
わかる.図 3-16 は D レンジにおいてゼロ速度からアクセル全開(WOT)にした発
進加速データを示している.出力軸トルクと車両の加速度がレスポンス良くス
75
ムーズに立ち上がっている.ギヤードニュートラル制御はゼロ速度近辺で有効
であり,ブレーキを離して車が動き始めてからは所謂変速マップ方式による完
全変速比制御に移行している.
変速比制御のハードウェアを用いた新方式のトルク制御方式は自動車の発進機
構として十分な機能を持っている事が確認できた.
3.5 まとめ
車両ゼロ速度における,クリープ力の大きさと方向の確実な制御という課題に
対し,従来のトルク制御方式の欠点を指摘し,これを克服する方法として変速
比制御のハードウェアを用いてクリープ力制御が可能であることを,Box試
験により示した.
上記知見を基にプロトタイプIVTの制御系を設計し,実車試験を行った。前
後進の確実な切り替えが可能であることに加え,クリープ力が安定して制御で
きることを示し,自動車用の発進デバイスとして十分な機能を有することが確
認できた.
76
参考文献
(1) R. D. Fuchs et al, Full Toroidal Variator Dynamics, SAE 2002-01-0586
(2002)
(2) S. Miyata et al, Study of the Control Mechanism of a Half-Toroidal CVT
During Load Transmission, TD-5, Proc of MPT2001-Fukuoka, P844-848
77
Tvin/Te
バリエータ通過トルク/エンジントルク比
TVIN/Te
15
FWD
REV
10
5
0
-5
-10
-15
-0.2
-0.1
Fig. 3-1
0
eT/M
0.1
IVT速度比
0.2
eT/M
Variator input torque around zero speed
Ft
トラクション力
圧力制御弁
PH
圧力制御弁
PL
Fig. 3-2
変速制御ピストン
Power Roller supporting structure
78
ギヤニュートラル
ポイント
出力軸トルク
N時にこの位置に
正確にいることは難しい
わずかにG/N位置
からずれた場合
クリープ
トルク
REV
0
③
FWD
iv
②
例えばN→Rセレクト時
例えばN→Rセレクト時
一瞬FWD側にトルクが出る
(危険モード)
①
Fig. 3-3
Control scheme of conventional torque control
ギヤニュートラル
ポイント
出力軸トルク
①
クリープ
トルク
REV
N時はG/N Point
に制御
②
iv
0
③
FWD
クリープ
トルク
バリエータの
トルクシフト特性
Fig. 3-4 Control scheme of new torque control
79
ローディングカム
出力ギヤ
入力軸
出力軸
プリセスカム機構
Fig. 3-5
Variator test box
PH-PL : 制御油圧の差圧(計測値)
Ptarget : 差圧の目標値
制御ロジック
(PH-PL)>Ptarget の時
(PH-PL)<Ptarget の時
High側へ変速
Low側へ変速
Nout
速度一定
Test Box仕様
キャビティ D=132
定格トルク Tin=390Nm
プリセスカム式変速比制御
Fig. 3-6
Stepping
Motor
ドライバ
High
Digital out 0
Digital out 1
Low
Functional prototype test
80
Analog Input 1
Nin
速度一定
Analog Input 0
圧力PH
圧力PL
-0.5kgf/cm2 <(PH-PL)-Ptarget < 0.5kgf/cm2 の時 変速指令なし(不感帯)
コントローラ
(PC)
Nin
目標トルク
Tin=60Nmの試験結果Tin
80
1350
60
1300
40
Tin [Nm]
Nin [rpm]
Trial5
1400
Nin
Tin
Tin(Right)
Nin(Left)
1250
20
1200
0
1150
-20
0
10
20
30
40
50
Time [sec]
Time
Fig. 3-7
Test result of functional test
目標トルク
Tin=120Nmの試験結果
iv
Tin
Trial7
1.05
iv
120
1
100
Tin [Nm]
140
80
0.95
iv
60
0.9
40
20
0.85
0
0.8
-10
-20
0
10
20
30
40
Time[sec]
Time
Fig. 3-8
Test result of functional test
81
50
Tin
Tin(Right)
iv(Left)
82
LUB
+⇔-
H⇔L
sft
5L/min
Ratio cont
Valve
M
Precess
CAM
|ΔP|
Step Motor
センサ
|-ΔP|
PH/C
1.4MPa
PL/C
ON-OFF
OFF時はOPEN
MODEはLOW
Normal
Close
Primary
Sol
Secondary Pressure PS (0.45MPa)
Shift Sol
L D N R P
減圧弁
High/C Valve
High Clutch
Gear Pump assy
Secondary
Regurator
Valve
Manual
Valve
Low/C Valve
Primary Pump
15 cc/rev
Secondary Pump
15 cc/rev
Lub
Sft
Loader
Low Clutch
Fig. 3-9 Hydraulic circuit of prototype IVT
ON-OFF
OFF時はOPEN
MODEはLOW
Shift Sol
差圧取出弁
Pup
Pdown
Primary Pressure PL (0.5-5.7MPa)
var Lub.
LUB 4~15L/min
回転数感応
Gear Pump assy
Loader圧調整弁
PH
PL
PH-PL
Fig. 3-10
差圧取出弁出力圧 [MPa]
2.5
PL-PH
Deference pressure detecting valve
マイナス側
プラス側
2.0
1.5
1.0
+
0.5
0.0
-0.5
-2.5
-1.5
-0.5
0.5
1.5
変速制御ピストン差圧(PH-PL) [MPa]
Fig. 3-11
Performance of deference pressure detecting valve
83
2.5
制御ライン圧
圧力センサ
PH
PL
ステッピング
プリセス
カム
M
変速制御弁
H⇔L
補正ピストン
REV⇔FWD
FWD
REV
マニュアルバルブ
Fig. 3-12
New torque control mechanism
開始
SM原点学習
YES
セレクトレバー
P or N?
NO
セレクトレバー
D(前進)?
セレクトレバー
R(後退)?
NO
YES
NO
YES
前進クリープ点変速制御
(油温補正MAPより)
後退クリープ点変速制御
(油温補正MAPより)
差圧補正制御
(目標値と比較し補正)
終了
Fig. 3-13
Control flow chart
84
N
D
N
R
ev
N
N
D
バリエータ速度比
TOUT [Nm]
S/M [step]
ステッピングモータ
のステップ数
IVTの出力軸トルク
Time [sec]
B:差圧補償制御
A:油温補償制御
Fig. 3-14
Creep force control for forward and reverse
Data Sampling:0.1sec(10Hz)
400
TVIN,TOUT [Nm]
実車でのクリープトルク調整幅
TVIN [Nm]
TOUT [Nm]
300
200
100
0
-100
-200
-300
-10
-9
-8
-7
-6
-5
-4
-3
-2 -1
0
1
2
Stepping Motor [ Step ]
3
4
5
ステッピングモータステップ数
Fig. 3-15
Torque shift characteristics
85
6
7
8
9
10
車両速度
バリエータ速度比
エンジン速度
車両加速度
- [Nm]
TOUT
バリエータ速度比: ev [ ×100]
車両速度 [km/h]
エンジン速度 [rpm]
車両加速度 [G ×1000]
Transmission output torque [Nm]
Time [sec]
クリープ発生
シフト N⇒D
Fig. 3-16
スロットル全開
ブレーキOFF
Vehicle launching with WOT
86
第4章
車両発進特性に及ぼす
.
バリエータの油圧ローディング法の影響
87
4.1 バリエータの油圧ローディング機構
4.1.1 トロイダルバリエータのローディング装置
摩擦駆動の一種であるトラクションドライブ式トロイダル無段変速機構は接線
力伝達のためにディスク・パワーローラ間に適切な押付け力を与えることが必
要である.押付け力の発生にはローディングカムと油圧ピストンの2種類の機
構がある.
ローディングカム
ローディングカムは伝達トルクを機械的なカム装置によって軸方向の押付け力
に変化させるものであって,発生する押付け力は伝達トルクのみに依存する.
ハーフトロイダルでは,変速比に応じても必要な押付け力は変化していく.Low
側や High 側では必要な押付け力に対し,ローディングカムの発生する力が大き
めになっているが,ハーフトロイダルでは必要な押付け力の変化量が変速比変
化に対して比較的小さいのでローディングカムでも自動車用に適用できた.特
別な外部制御装置を必要としないので,信頼性が高く,量産された自動車用ハ
ーフトロイダルCVTにはこの機構が用いられている.しかし,更なる高トル
ク化や高効率化を目指した時にはこれでは不十分となる.特に Low 側や High
側で過大押付けが発生し,効率が下がる.また,油温が低い時はグロススリッ
プに対する限界トラクション係数も大きくなるため,押付け力は小さくて済む.
このようにあらゆる条件で押付け力を最適にコントロールするにはローディン
グカムといえども十分とはいえない場合がある.
図 4-1 に変速比に応じた必要押付け力の線図を示す.トルクカムは変速比に対
して発生力を変える事はできないので,図中の如く,力は直線で示される.各
速度比に対してトラクション係数が一定となる理想的な線に対して過剰押付け
となっているのがわかる.
油圧ローディングピストン
油圧ピストンでは押付け力が油圧制御装置によりいかようにも制御できるため,
上に述べたような不具合はおこらない.すなわち,変速比や油温などに応じて
きめ細かく押付け油圧を制御する事が可能であるが,その反面信頼性に問題を
88
残す.油圧制御装置はコンピューターと電磁弁により構成されるのが一般的で
あり,変速比や油音,エンジン回転数などの情報をセンサによりコンピュータ
ーに読み込んで,内部で演算を行い,目標油圧を決定して電磁弁を操作する信
号を出す.このような構成は一般的に複雑であり,いくつもの要素が連結して
できているため,ローディングカムのような機械的装置に比べると故障の発生
確率が高い.何らかの原因で電気系統が機能しなくなると,油圧が制御できな
くなって,バリエータはグロススリップにいたる.
4.1.2 新方式の油圧ローディング制御
次世代型の設計では押付け力制御をきめ細かく行うために,油圧ローディング
ピストンを採用した.また,前述のような油圧制御装置の欠点を解決する方法
として,ハイドロメカと電子制御の2つの制御装置を組み合わせた新方式のロ
ーディング制御機構を考案した.以下にその動作原理を示す.
ローディングピストンの供給油圧を決定する制御装置は2系統からなっている.
第1の制御装置はハイドロメカのみで構成されている.変速制御ピストンの油
圧室差圧 ΔP に比例した油圧を押付け用油圧ピストンに供給すれば接線力に応
じた押付け力を与える事ができ,動力伝達部にはトラクションドライブに必要
な押付け力が与えられる.3.4.2 に述べた差圧取り出し弁から差圧に相当する油
圧信号(ΔP と-ΔP)が出力される.この差圧はローディング圧力調整弁のパイ
ロット室に導かれ,ΔP(もしくは-ΔP)に比例する圧力が押付け用油圧ピスト
ンに供給される.この第1の制御装置である油圧回路は機械的な手段のみで構
成され,電気的な制御要素は入っていない.このため各部を適切に設計するこ
とで,故障の発生確率をゼロに近づける事ができ,信頼性が高まる.トラクシ
ョンドライブでは伝達力,すなわちパワーローラにかかる接線力に相当する分
の押付け力さえ発生していればグロススリップにいたることは無い.
しかしながらこのままでは前述したような過大押付けの問題を回避することは
できない.ローディング力は接線力のみに依存して制御されているので,変速
比や油温などに応じた制御はできていない.第2の制御装置では,補正値に相
当する圧力信号を発生する電磁ソレノイド弁の油圧信号が油圧ピストンの圧力
調整弁のもうひとつのパイロット室へと導かれる.油圧ピストンには(差圧信
89
号-補正信号)に応じて圧力が供給されることになる.バリエータの運転状態
(変速比,油温,入力回転数,アクセル開度など)をセンサによりコンピュー
ターに読み込んで,補正値を算出し,電磁弁に出力する.これにより,あらゆ
る運転状態でバリエータを最適の状態で,言い換えればその状態で運転し得る
最大のトラクション係数での運転が可能となる.
電子制御システムはハイドロメカ制御装置に比較して複雑であり,故障の発生
確率も高くなる.特に電気系の装置は電源のトラブルなどによっても作動しな
くなるが,トランスミッションはこのような時にも最低限の動作を行わなけれ
ばならない.もし電子制御装置が動かなくなっても,ハイドロメカ制御装置が
必要な押付け力を発生するので,トロイダル変速機が最低限の動力伝達を伝達
する事ができる.これはハイドロメカにより制御されるベース油圧に対し補正
値を引き算しているところがポイントである.もし足し算になるようにシステ
ムを構成していると電子制御装置に故障が発生した時に押付け力が足りなくな
ってグロススリップが発生してしまう(1).
ローディング力 Fa は,(2-7),(2-8),(3-1)式より
Fa = n ⋅ FC ⋅ sin φ
=
n ⋅ AP ⋅ ΔP
sin φ
2μ
(4-1)
で表せる.sinφ を無視すれば,Fa は ΔP に比例しており,ハイドロメカによる
比例制御がこの式に相当する.バリエータでは Low から High までの間に
sinφ = 30~90 まで変化するので,High 側ではほぼ最適な押付力となっているが,
Low 側では過押し付けになっていることになる.この三角関数の分を電子制御
で補正し,最適なローディング圧を得る.
4.2 車両発進特性の不安定問題の解析
4.2.1 車両発進時における不安定問題
90
ギヤニュートラルシステムでは前述のようにバリエータのトルクシフト特性を
利用してクリープ力制御を行っている.この方法はシンプルであり,自動車用
のギヤニュートラル制御として有用であった.しかし一方でトルクシフト特性
は他の制御上の問題を引き起こす事がある.図 4-2 は制御上の問題が起きたケ
ースの一例で,車両発進時に不適当な挙動を示したものである.車速度や加速
度に振動が発生しているのがわかる.
この振動はトルクシフトの悪影響によって以下のようなメカニズムで発生して
いるものと推定した.入力トルクの増大に伴い,変速制御ピストンの差圧 ΔP
が変化する.ローディングピストン圧は ΔP に応じて油圧メカで制御される.
ローディングピストン圧によるバリエータ押付け力の影響で変速制御のメカ式
フィードバック機構部が弾性変形し,変速比に若干のズレが生じる.この変速
比のズレが ΔP の変化をもたらし,この変化がさらにローディングピストン圧
を変化させる.この繰返しによって図 4-2 に見られるような振動が発生してい
る.
この振動発生のメカニズム推定の検証のために次節に述べる理論計算を行った.
4.2.2 不安定問題の解析
バリエータの変速メカニズムは例えば田中らの研究によって知られており(3),本
研究で試作したプロトタイプトランスミッションについても同様な考え方で変
速制御系モデルを作成した.トルクシフトに関しては宮田らの研究(4)の考え方に
基づいて,モデル化を行った.図 4-3 は変速制御機構部分を示している.変速
制御系,及びトルクシフト特性の特性式は以下の通りである.
第2章で述べたように,バリエータはパワーローラのオフセットによって変速
する.オフセットの方向をy方向で定義する.パワーローラ及び支持部材のy
方向運動方程式と傾転方向の運動方程式はそれぞれ,
M tr &y& + Bt y& = AP ( PH − PL ) − 2 ⋅ Ft
(4-1)
I tr φ&& + Bφ& = K s y
(4-2)
ここで,
91
k P ⋅ TVIN
ω1 (1 + k 0 − cos φ )
0.8
KS = kP
TVIN
r0
B=
kP =
μ t max
r0 ( k j1 + k j 2 )
μ
kj1,kj2 は田中の理論により算出される無次元傾転力に基づく係数であり,y方
向のオフセット量と傾転モーメントの関係を表す係数である(2).μtmax はトラク
ションオイルの最大トラクション係数,μ は設定した運転トラクション係数であ
り,この値を基に油圧ローディング力が決定される.
PH と PL は制御ピストンの制御圧力である.図 4-4 示すような4方向制御バル
ブで制御される.バルブの各ポート間を流れるオイルの流量はオリフィス流れ
の式を用いて,スプールの変位量 x’SP とスリーブの変位量 xSL を用いて以下の関
係式で表せる.
QHS = Cd πDSP (x′SP + xSL )
QLS = Cd πDSP ( x′SP − xSL )
QHT = Cd πDSP ( x′SP − xSL )
QLT = Cd πDSP (x′SP + xSL )
2(Pline − PH )
ρ
2(Pline − PL )
ρ
2(PH − 0)
ρ
2(PL − 0)
ρ
(4-3)
バルブの供排の流量は等しいのでこれを連続の式として加え,油の圧縮性に関
しては無視してモデル化した.
トルクシフトの要因としては,図 4-5 に示すトラニオンの変形に基づくフィー
92
ドバックのプリセスカム機構の接点移動と,図 4-6 に示すパワーローラのy方
向の剛性による.プリセスカム機構の接点移動によるスプール動きへの影響は,
ΔxSP =
LVL ⋅ LPC
δ PC FPR cos(θ 0 − φ )
tan −1
2π
rPC + δ PC FPR sin(θ 0 − φ )
(4-4)
ここで δPC はトラニオンの弾性変形によるプリセスカムの移動量である.有限
要素解析でトラニオンの変形を計算した結果を荷重に対して線形として変速制
御系モデルに組み込んだ.rPC はプリセスカムとバルブリンクの接点半径である.
バルブにフィードバックされるスプールの動き量は上記の弾性変形 Δx SP を含ん
でいるので,
x′SP = xSP − ΔxSP
= LVL ( y + LPC ⋅ φ ) − ΔxSP
(4-5)
で表せる.
パワーローラのy方向の剛性については,スラスト軸受のラジアル剛性や,他
の部品合成が複雑に作用しあうため,有限要素解析が難しい.今回はプロトタ
イプのパワーローラ支持機構に実際にy方向の荷重を与えて変位を測定した結
果から次式を近似式として変速制御系モデル組み込んでいる.
Δy = tan −1
(2 ⋅ Ft × 5 / 1000 )
(4-6)
8500
押付力発生機構であるローディングピストンの発生する力は,(2-8)式に基づい
て算出している.油圧機構には若干の遅れがあるが,トランスミッション入力
トルクの変動が 10Hz 以下であり,油圧ローディングを制御する圧力制御弁は,
この程度の変化速度には追従できることを確認してあるので,シミュレーショ
ン計算では遅れ要素とはしなかった.
図 4-7 が制御システムをモデル化したブロック線図である.MATLAB-Simlink に
よりこのモデルの理論計算を行った.
93
図 4-8 及び図 4-9 計算結果と実験結果の比較を示す.理論計算では入力回転数
を固定としたために,実験結果と若干の相違が見られるが,前述したトルクシ
フト特性によって,振動挙動が誘発されていることが確認できた.
4.3 不安定問題を解決する油圧ローディング法と車両発進性能試験
4.3.1 新方式の油圧ローディング制御法
トルク変動に起因して変速比がシフトするが,前節で述べた不安定な振動は変
速比がシフトする動作に遅れが生じることによって起こる.変速比シフトの要
因のひとつとして,トロイダル無段変速機構や変速比フィードバックメカニズ
ムの弾性変形があげられる.図 4-5 に示すような弾性変形により変速制御弁が
微小に動き,変速比が変化する.この弾性変形はトラクションドライブに必要
な押付力に起因している.
そこでトルクが過渡的に変動しても,押付力はある程度一定の値を保つような
制御方式を導入した.グロススリップを防ぐために,トロイダル無段変速機構
伝達トルクの上昇に応じては押付力を上昇させるが,伝達トルクが小さくなっ
ても,すぐには押付力を下げないようにするロジックを盛り込んだ.図 4-10 に
この考え方の概念図を示す.具体的には変速制御ピストンの差圧信号に基いて,
伝達トルクの変化を判断し,ローディングピストン圧制御バルブを電子的に制
御して,伝達トルクが小さくなった場合でも圧力を一定時間キープするように
した.
4.3.2 車両発進性能試験結果
上記のロジックで制御を行った結果を示す.図 4-11 は理論計算の結果である.
押付力を変化させないことにより,出力速度の振動が消えていることがわかる.
この結果を踏まえ,車両試験も実施した.図 4-12 はその結果である.実際の車
を用いた試験でも振動の発生が抑制できることが確認できた.図 4-13 に他のパ
ラメータも含めた車両試験の結果を示す.
94
ギヤニュートラルシステムでは,トルクシフトの悪影響を排除しつつその特性
を上手く利用する事が重要であり,トルクシフトの影響を制御ソフトの工夫で
排除することができる.
4.4 まとめ
トロイダルIVTに必要な押付け力発生装置として油圧ローディングピストン
を採用し,電子制御系の故障時でも最低限の動力伝達を行うことができる信頼
性の高い,ローディング圧制御方式を示した.
また,車両発進時に発生する振動問題に関し,この原因がトルクシフト特性の
シフト動作の遅れによる事を推定し,制御系のシミュレーションモデルによる
理論計算と実験とにより,この原因を確認した.
この知見を基に,トルクシフト動作があってもローディング力が追従して変化
しないような押付力制御を工夫することで,振動が緩和されることを,理論計
算と実験により示した.
95
参考文献
(1) 今西,日本特許 特開 2004-76940,(2004)
(2) 田中,トラクションドライブ式無段変速機に関する研究(第2報 変速特性),
日本機械学会論文集(C),Vol54-No.503,P.1577-1583,(1995)
(3) 田中,大石,ダブルキャビティ・ハーフトロイダル形無段変速機の変速制御
機構の同期と安定性に関する研究,日本機械学会論文集(C),Vol.65-No.637,
P.326-332,(1999)
(4) S. Miyata, The effects of loading devices on the stability of ratio-changing
characteristics in a half-toroidal CVT after quick torque changes, SAE
2007-01-2131, (2007)
96
ロ ー デ ィン グ 力 [N]
60000
50000
40000
30000
20000
油圧ピストン
10000
ローディングカム
0
2.4 2.2 2.0 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4
バ リ エータ 変速比 iv
Fig. 4-1
3000
Necessary loading force of Toroidal variator
4.500
アクセル開度 [左軸/10%]
エンジン速度 [左軸 rpm]
車両速度 [左軸/100 km/h]
車両加速度 [右軸 G]
2500
3.500
ローディング油圧力 [右軸 MPa]
制御ピストン差圧ΔP [右軸 MPa]
バリエータ速度比 ev [右軸]
2000
2.500
1500
1.500
1000
0.500
500
-0.500
0
-1.500
-0.5
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
Time [sec]
Fig. 4-2 Unstable condition at vehicle launching
97
φ
y
PH
ステッピングモーター
PL
プリセスカム
レシオ制御バルブ
High ⇔ Low
xSP
xSL
Fig. 4-3
Ratio control mechanism
PH
QHT
PL
QHS
QLS
QLT
スプール
High ⇔ Low
スリーブ
xSP
xSL
Fig. 4-4
Pline
4-way Ratio control valve
98
トラニオンが
弾性変形
プリセスカム
接点移動
スプール移動
負荷時
無負荷時
Fig. 4-5
Schematics of torque-shift characteristics
2Ft
負荷時
無負荷時
Fig. 4-6
パワーローラがy方向にずれる
Schematics of torque-shift characteristics
99
ローディング
制御 K
Fload
パワーローラ
y方向剛性 K
Δy
PR
Load
Tvin
+
xSL
xV
−
xSP '
変速制御弁
特性 K
パワーローラ
オフセット運動
Ap ( PH − PL ) − 2 Ft ( s )
Ms 2 + Bs
PH − PL
hyd
+
xSP
ΔxSP
−
+
y′
φ
パワーローラ
傾転運動
K
Is 2 + Bs
+
LVL
−
y
+
LPC
トラニオン変形による
カム接点移動 K
C
Block diagram of control system
3000
30
2500
25
2000
20
1500
15
1000
10
E/G速度[rpm]
車両速度[km/h]
500
0
-0.5
5
0
0
0.5
1
1.5
Time[sec]
Fig. 4-8
Theoretical calculation result
100
2
2.5
車両速度[km/h]
Engine速度[rpm]
Fig. 4-7
30
2500
25
2000
20
1500
15
1000
10
エンジン速度 [左軸 rpm]
車両速度 [右軸km/h]
500
車両速度 [km/h]
エンジン速度 [rpm]
3000
5
0
0
0.00
0.50
1.00
Fig. 4-9
改良前
入力トルクに比例したローディング力
1.50
2.00
Vehicle test result
改良後
トルク降下時にはローディング力は追従しない
ローディング力
ローディング力
入力トルク
入力トルク
Time
Fig. 4-10
2.50
Time
Improvement of loading force control algorism
101
30
2500
25
2000
20
1500
15
1000
10
Enigne速度[rpm]
車両速度[km/h]
500
車両速度[km/h]
Engine速度[rpm]
3000
5
0
0
-0.5
0
0.5
1
1.5
2
2.5
Time[sec]
3000
30
2500
25
2000
20
1500
15
1000
10
Engine速度[rpm]
車両速度[km/h]
500
5
0
0
-0.5
Fig. 4-12
0
0.5
1
Time[sec]
1.5
2
Vehicle test result with improved control scheme
102
2.5
車両速度[km/h]
Engine速度[rpm]
Fig. 4-11 Theoretical calculation with improved control scheme
3000
4.500
アクセル開度 [左軸/10%]
エンジン速度 [左軸 rpm]
車両速度 [左軸/100 km/h]
2500
3.500
車両加速度 [右軸 G]
ローディング油圧 [右軸 MPa]
制御ピストン差圧ΔP [右軸 MPa]
バリエータ速度比 [右軸]
2000
2.500
1500
1.500
1000
0.500
500
-0.500
0
-1.500
-0.5
0.0
Fig. 4-13
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
Time [sec]
Vehicle test result with improved control scheme
103
第5章
結論
105
5.1 結論
自動車燃費改善の一助となるトロイダル形IVT(変速比無限大変速機)につ
いて,一定の知見を得ることができ,自動車用として十分に適用可能であるこ
とが実証できた.
IVTの大きな課題であった変速比無限大近傍の制御方式に関して,変速比制
御ハードウェアのトロイダル無段変速機構が持つトルクシフト特性を利用した
新方式のトルク制御方式を提案した.この方式は確実な前後トルク切り替えを
行うことができ,またATのクリープに相当する車両ゼロ速度での伝達トルク
制御も実現することが可能であることを実車試験により実証した.
車両発進直後に発生する振動について,トルクシフト特性の遅れ要素が起因す
るという推定を理論計算により確認し,トラクション面の押付け力制御に「伝
達トルク降下時に一定時間だけ押付力を追従させない」というロジックを採用
することで,この不安定な振動問題を解決した.
また遊星歯車を含めた変速機システム全体の伝達効率を検証した結果,本研究
で対象としたような動力循環式の動力伝達システムでは無段変速機構の効率の
みならずギヤの噛み合い効率が重要になることを示し,トランスミッショント
ータル効率が 90%を超える効率向上策を示した.
以上の知見により,ギヤニュートラルとパワースプリット機構を備えたトロイ
ダルIVTは,ATから従来の効率の悪いトルクコンバーターを排除すること
が可能になり,次世代の自動車用変速機として十分な可能性を持つことを示す
ことができた.
5.2 今後の展望
トロイダルCVTは 1999 年に世界で初めて実用化されたが,技術的には高く評
価されたものの,実際に量産自動車に採用された例は少ない.多段化されたA
Tに対し燃費のアドバンテージはあると言われているものの,それに見合う価
格が実現できなかったことも要因のひとつと考えている.
しかしながら,自動車の燃費向上に対する要求はこの数年で大きく高まってお
り,トロイダル無段変速機構自体も製造コストを安くする努力が続けられてい
106
る.
また本研究では対象としなかったが,内燃機関と電気モーターを組み合わせた
ハイブリッド車も近年注目を集めている.減速時にブレーキで放熱して捨てて
いたエネルギーを積極的に回収し,再び再利用することで燃費を向上させてい
る.ハイブリッドにはいくつかの形式があるが,乗用車用として有望視されて
いるのは,シリーズパラレル方式とパラレル方式である.シリーズパラレル方
式は機械式の変速機構を持たず,変速はモーターのインバーター制御のみによ
って行われる.機械的な構成は簡単だが,電気動力系システムが大型化すると
いう課題がある.パラレル方式は従来の機械式変速機に発電と駆動の役割を持
つモーターを直列的に取り付けたもので,変速を機械式変速機が受け持つため,
電気系が比較的小型化できるというメリットがある.パラレル方式では変速機
がワイドレンジであれば,モーターを小型化することができ,それに付随して
インバーターやバッテリーなどの従来コストの高かった電装システムを比較的
低コストで構築することが可能になる.
21世紀を迎えて環境問題の解決が急務となる中,自動車ドライブトレインの
究極の高効率化を目指す中で,本研究で対象としたようなIVTシステムは不
可欠になる日が近いと信じる.
107
謝 辞
本研究を遂行するにあたり,終始厳しくも温かいご指導を賜った横浜国立大学
大学院教授 田中裕久博士に最大限の謝意を表します.青春時代に研究生活を行
った母校研究室に社会人博士課程での入学を許可頂き,十数年の月日を越えて
再びご指導を賜る機会を得た事は至上の喜びでありました.また,同大学院准
教授 佐藤恭一博士及び特別研究員 豊田希博士にも有益なるご助言を多く頂戴
しました.ここの感謝の意を表します.
また,本研究を行うにあたり横浜国立大学大学院 社会人博士課程への入学許可
を賜りました日本精工株式会社 取締役代表執行役副社長 町田尚博士ならびに
執行役常務 正田義雄博士に厚く御礼申し上げます.
さらに,本研究における実験と解析において,有益なるご助言とご支援を賜り
ました日本精工株式会社CVTプロジェクトチームのチームマネージャー 井
上英司氏,副主務 篠島巧氏,豊田俊郎氏,同社基盤技術研究所の副主務 宮田
慎司氏,同社技術企画室の劉大平氏の各位に深く謝意を表します.
本研究は上記以外にも様々な方々のご指導と,家族を始めとする多くの方達の
支援に支えられて遂行することができました.ここに厚く御礼申し上げます.
108
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