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コーチの部屋 - 千葉県テニス協会ジュニア委員会 公式サイト

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コーチの部屋 - 千葉県テニス協会ジュニア委員会 公式サイト
コーチの部屋
千葉県テニス協会ジュニア委員会・普及指導部会編
普及指導部会では、2006年からの新しい企画として、これまで多くのジュニア選手
を育ててきた、経験豊かなコーチの人たちをインタビューし、千葉県のジュニアテニスの
更なる発展のために紹介することになりました。
テニスコーチの仕事は、単にオンコートで技術を指導するだけではありません。テニス
全般に関してプロであり、時には親代わりになったり、教育者でもあり、仕事は多岐にわ
たります。心身ともにタフであることが要求されます。
可能性に満ちあふれたジュニアとの時間は、大変やりがいに満ちあふれたものとはいえ、
苦労も多いことが予想されます。みなさんはどんな「コーチ像」を求めますか?
千葉県のジュニアのために、日夜奮闘しているコーチや指導者の人々の素顔に少しでも迫
ってその指導論をお伝え出来ればと考えています。
それでは「コーチの部屋」の扉をたたいてみましょう。
インタビューアー
第1回
木本
橋爪
功
知(きもとさとる)さん
「略歴」・ 1961年6月13日生まれ(45才)、大阪市出身、佐倉市在住。
・
テニスを始めたのは、松戸市ユーカリスポーツ少年団で11才の頃。
・
高校生時代は千葉県のトップとして活躍し、インターハイに出場
・
指導歴
1983−87
オールサムズTC
1988−89
船橋さくらTC
1989−90
南フロリダ大学アシスタントコーチ他個人指導
著名な指導者ヌネツ・コロン氏に師事。
1990−04
志津テニスクラブヘッドコーチ
2004−現在
(有)ケイエムティ代表取締役、志津テニス
クラブ代表。
・この間志津テニスクラブを、千葉県を代表するクラブに育て上げ、寺地貴弘、
岩見亮など日本のトップ選手をジュニア時代に指導。なかでも岩見選手が高校
3年の時インターハイ(甲府)で成し遂げた三冠(団体,単、複)獲得への
指導は歴史に残る。現在も奥間安裕美、山外涼月などのトップジュニアを指導。
――――「名選手必ずしも名コーチにあらず」とよく言われるが、ジュニアの指導者
の中では、選手時代にはなばなしい活躍をしたひとよりも指導者として試行錯誤し、
様々な経験を積んでジュニアを地道に育てあげた人の方が多い。木本さんもそんなコーチ
のひとりである。それでは木本さんの「部屋」を訪ねよう。
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CTA 指導者インタビュー
第 1 回(収録 2006 年初秋)木本 知コーチ
橋爪(以下 H):今日は暑い中よろしくお願いします。
木本(以下 K):よろしくお願いします。
H:コーチ暦が23年ということなのですが、テニスコーチとなったきっかけを教えてくだ
さい。
K:大学時代の先輩の大関勝典さん(オールサムズテニスクラブ代表)の呼びかけで OB 会
をやったことがきっかけで、大関さんが経営するテニスクラブにたまたま遊びに行きま
した。そこでジュニア選手とボールを打ち合った時に大きな衝撃を受けまして、それか
らジュニアに興味を持ち、気がついたら今になっています。
H:その時に、大関さんから受けた影響はありますか。
K:そうですね、もともと大関さん自身が OB として高校に指導に来て下さっていて、その
頃から、大関さんのボランティアとしてのジュニアに対する情熱を強く感じていました。
テニスクラブに行って実際に確認をしたことで、こういう低年齢から情熱を持ってやれ
ば、高校から始めた私と違ってかなりの可能性があるのかなと感じました。私が高校生
の頃から、小中学生から始めたジュニアたちというのは、宇宙人に見えるくらいうまか
ったですから、小さい頃から指導することの意味を、すでに感じていた気がします。大
関さんの夢も、ジュニアのトップ選手を育てることだと伺っていたので、それを目の当
たりにした感じでした。
H:その時、木本さんは何歳でしたか?
K:大学生の時で、21歳ですね。
H:その後長くコーチを続けてきて、木本さんなりにコーチとはどういうものだと考えるよ
うになりましたか。
K:そうですね。最初に思ったコーチというものはやはり子供たちに教え込んでという形を
最初は感じてたのですが、今は違います。基本的にはコーチというものがよきアドバイ
ザーであり、そのアドバイザーが成立すればディレクター、コーディネーターとなり、
うまく選手を取り巻く環境―ボールを打つ、試合に勝つだけだとどうしてもやらなけれ
ばならない部分で知らない部分がたくさんあります。−その辺がトータルでやっぱりコ
ーチというものは考えて子どもたちに還元していくところが重要だと思っています。だ
から本当に教えこもうと自分の持っているキャパだけで教えてそれがテニスだというこ
とはとても不幸な想いを子供にさせてしまうという風に今は思っています。
H:今までいろんな選手やコーチとの出会いがあったと思うのですが、木本さんのメモによ
るとコーチとしてすごくつらかったり悲しかったりということがあまりないという話だ
ったのですが、そういう大変だったという思いは少なかったのでしょうか。
K:そうですね。おかげさまで小さなことではあったのですが、それ自体は悲しい、つらい
とは思わないで、乗り越えなければならないと考えたので。
H:前向きに?
K:はい、前向きに。あまり悲観的に思ったことはないです。
H:なるほどね。逆に今まで指導者として、コーチとしていろんな喜びとか、やりがいがた
くさんあったと思うのですが、その中でもとりわけこういうことが感動的だったとかや
りがいを感じたというのはどんなことですか。
K:えーっと、1年に一回生徒を送りだす会があります。長い子で10年以上クラブにいて
卒業する瞬間なのですけれども、このときの卒業していく選手たちのコメント、ここが
一番感動します。内容的にはやはり、テニスをやってきてよかったということと、この
クラブでやってきてよかったということ、その戦績が出た、出ないには関係なくテニス
を一緒にやってきたことにとても意味があったというコメントを聞くことが感動であり、
やはり次に向けてまたやりがいをもてますね。一年に一回あるわけです。もちろん試合
で勝ったときはうれしいですけど、うれしいとともに、試合をやっている時いうのは次
のことを考えますから単純に見て感動ということはないですね。
H:一年に一回というのは夏休みの試合が全部終わった8月ということですか。
K:いや、違います。11 月ぐらいにいつも早いクリスマスパーティがあるのですけれども、
大体その頃に、そのときはまあクリスマスパーティというよりも卒業生を送る会。その
11 月の時点では大体進路が決まってますので、そのときにみんな卒業生を集めてコメン
トを、在校生から、クラブに残ってる人からも与えますし、卒業生がみんなコメントし
ます。
H:沢山のトップの選手を育成してきたと思のですが、特に印象に残ってる選手というか、
さしつかえがなければ名前を出していただいて、どんなやりとりがあったかというのを
教えてもらえたらと思うのですが。
K:そうですね、やはり大きいのは岩見ですね。
(注)全日本上位のトッププロ
H:岩見君ですか。どんな内容でしたか。
K:彼はクラブにきたのは中学校 3 年生のちょうど高校に入るときで、その時点でもうアメ
リカに2年間行っていて、ほぼ親と接触がない状態のままここに来ました。通常高校生
が一人で全ての生活をして、なおかつテニスの最高の環境で活動していくというのは非
常に困難だと思うのですが、よほどの自立した気持ちと目標がなければできないと思い
ます。うちの家内も親代わりで協力していました。それが短い期間だったのに、高1、
高2、高3と3年間で目標にしていたプロ選手になることができた。だけどここまでは
決して平坦ではなかったわけです。ですけれども、ただ彼とこちらとのコミュニケーシ
ョンでトラブルは1回もなかったですね。それがまず私自身の、そこまでできたという
自信にもなりました。勝って当たり前という選手を勝たせるのがどれだけ難しいのかっ
ていうこともわかったし、それがやっぱり一番大きかったですね。他の選手もやっぱり
全国トップの選手にはなったのですけども、当然普通にお父さんお母さんは近くにいて、
いろんなことをサポートした上で勝てたわけです。岩見に関してはもう親御さんは遠い
ところから応援しているだけですから、本来だと三位一体にならなければいけないとこ
ろを、二人で二つの部門で何とかもっていけたのかなと。親御さんが何もしていないと
いう意味ではないですけどね。
H:奥さんのヘルプもありながらコーチとして、あるいは親代わりとしてのつき合いですね。
岩見選手は今も現役で若手の選手を引っ張りながらトップとして頑張っていますね。一
言で言って岩見選手の人柄として選手としての魅力っていうのはどんなところですか。
K:魅力ですか、えーと、人間くさいところですね。そこがまあ一番ですね。
H:これは最初に来たころと違いがありますか。
K:基本は同じです。だから、彼のそういうところが高校1年生でプロの世界に入っても面
倒を見てもらえたわけですね。彼の性格自体に対して当時のプロたちは臆せず面倒を見
てくれた。それは彼がそういう性格だったからで。 繕うのは誰もが出来ますけど繕うっ
ていうのは大人はみんなわかりますから。そういう意味ではうまく立ち回れる人間性、
人間くさかったのがわかりますよね。それが邪魔したところもありましたけれども、プ
ロとして。
H:次に、木本さんが会社を作って今度は経営者としての立場でコーチも監督もしながら新
しい仕事を始めてもう一年くらいですか?
K:一年半ですね。
H:一年半ですか。やっぱり、ヘッドコーチとしてやってきた部分と経営者としての新たに
加わってきたものがあると思うんですが、そのへんの違いだとか大変さだとか、ざっく
ばらんなところをお聞きしたいのですが。
K:これはきついですね、はっきり言って(笑)。経営の方に専念できるわけではないですか
ら。今までの仕事にプラス経営というのが加わったわけで、切り替えているわけでもな
いですから。ジュニアの強化をやっていくと、経営と強化というのは相反するものがあ
りますから、その辺のバランスで、理想は真ん中にいたいわけじゃないですか、50%、
50%。その真ん中が難しいですね。どっちかが大きくでてくると、例えば、経営の方が
大きく出ると受ける側も環境的なところで不満が出てくるし、そうは言っても、逆にな
れば会社自体も成り立たなくなりますから。そういう意味では今は四苦八苦している状
況ですね。
H:そういう中でいろいろ新しいチャレンジが始まっていると思いますが、木本さんの素顔
を教えて下さい。今の日々の平均的なスケジュールはどんな感じですか。朝起きてから。
K:平日、通常の平日ですと 8:30 ぐらいにはクラブに行って、9:30 からレッスンが始ま
りますのでその準備をして 9:30 からは一般のプライベートレッスンがありますのでレ
ッスンを二つ。昼食の後 3:30 くらいからプライベートレッスンを二つから三つ。。。
H:これは大人ですか。子供ですか。
K:子供です。二つから三つ。そのあと、選手コースのレッスンが6:30∼9 時、というふ
うに、ご覧になれば時間がないのがわかると思います。お昼の時間だけですね。お昼は
遅いときは 1 時までレッスンをやっている時もありますから、そうなると、ほんとに昼
間の1、2 時間だけしかないですね。この時間ですね。
H:休みはありますか。
K:夏休みはあまりなかったですね。普段は一日あります。
H:その日はどんな過ごし方をしていますか。
K:100%子供とですね。夏休みは子どもが家にいますけど、普段は学校に行ってますから、
幼稚園までは休めましたけど。家族とですね。
H:かなり昔に木本さんの趣味としてジャズというのを聞いたことがあるんですが今現在の
趣味はどんなことですか。
K:あんまりないですね。結局ジャズもそれまでコレクトしたものを聞いています。それ以
外はあまり、
、、、まぁコンピュータですかね。インターネットを使ったりとか。
H:ジャズは確かレコードの時代からでしたよね。
K:そうです。レコードを持っています。
H:まだレコードのコレクションを持っていますか。
K:ちょっとありますけども。子供が小さい頃円盤にして遊んでいたので最悪になっている
と思います。
H:話が変わりますけど、コーチとしてのモットーというか、大切にしていることですね、
座右の銘とか、簡単な言葉でもし言ってもらえれば。
K:基本的に私が伝えているのは、まず楽しいこと、やり方はいろいろあると思います。
H:テニスが楽しいこと。
K:はい。テニスを、まあレッスン自体も楽しむ。レッスンの中に笑いがないとダメだと思
います。これは賛否両論だと思うのですが。でも、内容は厳しいですよ。だから子供た
ちに言っているのは、やっぱり「厳しく楽しもう」というところがおもしろい。厳しく
楽しむ、もしくは真剣に楽しむ。中途半端じゃなく。それを作るための第一は、先ほど
も言いましたけど、やっぱり一方通行じゃだめだということです。お互いに選手とコー
チが相互通行の関係を持っていないと、片側ばかりずっと一方通行だと絶対にどこかで
突き当たりますから、突き当たったときに戻りにくいわけですよ。だから常に話もして
なきゃいけないし、いいときも悪いときも。むしろその悪いときの方が話はしなきゃい
けない。
H:要するにコミュニケーションを大切にしているということですね。
K:そうですね。
H:座右の銘は?
K:座右の銘は、一般的には「成せば成る」ですね。
H:成せば成る?
K:はい。一般的には。これも一番の基本ですね。後は「一意専心」。
H:一意専心?
K:はい。これは集中するということです。それから、言葉は悪いですけど、「臥薪嘗胆」。
これはちょっとひねくれていますけど、敵をうつという意味じゃないけれど、精神論と
いうのは、一番最後まで言いませんから、やっぱり、根拠を作って、裏づけを作って練
習をして試合に向かう。という意味で臥薪嘗胆、というところがあります。臥薪嘗胆な
んてでたら、きびしく楽しむなんていうのは、非常に難しい、相反するものなのですけ
ど、でも通ずるものがあるのかなと。
H:これまで読んできて特に感銘を受けた本ってありますか?
K:本をあまり読んでないことがバレルので。子供のころは読みましたけど。特になしって
書くとまずいですか?一応ジム・レーアの『メンタルタフネス』です。こういうシステ
マティックにメンタルを整備したというものは一番最初に出た本ですけどこれが非常に
おもしろかったですね。今まではいろいろそういうものがあると思ってたけれど整備が
されてなかったんですね。その後いろいろ変わりましたけどね。メンタルタフネスも。
あと『インナーゲーム』ですね。これも同じですね、結局。インナーテニスに名前は変
わりましたけど。
H:普段たまに時間があるときに映画を見たりしますか。
K:映画は昔こりましたね。今は時間がないので。
H:なにか印象に残っている映画ってありますか。
K:本当はアクション物のスパッと結果が残るアメリカンエンターテインメントが好きなん
のですが、それはあまり印象に残るとか感動するみたいな感じじゃないので。『レナート
の朝』、”Awakening”っていうアメリカの映画。これは感動しましたね。ロバート・デ・
ニーロが好きなので。それがこの役を見事にこなしていました。
H:それからジュニアの選手を連れて、強化でもいろんな国や地域に遠征していると思いま
すが、特に海外に行って印象に残った思い出とかを話して下さい。
K:そうですね、テニスに関係ないとこで感じるのはイタリアですね。いろんな国に行きま
すけど、イタリアの、理由は何百年も経っているその建築物ですね。古代建築が素晴ら
しいですね。あんまり観光しようとしないですけどあれは観光する気持ちがなくても駅
からいきなり目に入ってきますから。その作った方の苦労が推測できたり、その美しさ
には目をひかれましたね。そこが一番印象に残りましたね。
H:その話というのは木本さんの人柄を知る上でのちょっと興味深いものですね。今ご存知
のようにサッカーも非常に盛んですし、高校野球も注目されています。他のスポーツの
指導者の考え方だとか指導法にマスコミも含めて接触するような場面もあったかと思う
のですが。参考にしたようなことはありましたか。
K:参考にしようとしたことはあったのですが参考にならなかったですね。チームスポーツ
とか競技性が違いすぎるので。どちらかと言うと体育会系はあまり好まないですね。テ
レビなどメディアで激しく怒鳴ってるそういうシーンを好むじゃないですか、日本人は。
それはどちらかというと反発している部分があるので、残念ながら参考にすることはあ
りません。同じテニスの中だったらありますけど。
H:テニスの世界で木本さんが今まで指導者として歩んできて特に尊敬している人っていう
のはありますか。
K:今身近というか、近い存在では竹内映二さんですね。
H:それはどんなところが?
K:やっぱりそのテニスをね、先ほど言った技術の部分も含め戦術も含めトータル的に指導
しなければいけないというのは、要はここから、竹内さんから教わった部分ですかね。
なかなか打ち方その他の部分はいろんなことでつくれると思うんですが、竹内さんのと
ころの選手は総合力がすごい。そのへんが、本当にレッスンを見たいですけど。どうや
ってあのボールまわしの組み立てを覚えさせるのか、どうやってあの気持ちの強さを植
えつけるのか。そういう意味ですごいですね。
H:なるほどね。またちょっと話題を変えます。夏休みにいろんな大会があちこちであって
木本さんは以前よりも引率が減ってると思うんですけども、試合を見に行って、選手が
負けて帰ってきてコーチとの最初の出会いの時間がありますよね。そのときの接し方、
もちろん選手によっても違いますが、どんな声をかけていますか。
K:えーっと、これが試合直後なのか大分たってからかで違うと思うのですけど試合会場で
試合に負けた直後の選手にはガンガン話はしません。まずは「走ってきなさい」ってこ
とで。本人自体が整理されてないパニックの状態じゃないですか、やっぱり負けた後は。
だから負けたときにはまず整理させる。整理できたら今度は・・・本人には負けた試合
に関しては必ず先に話させます。ひとしきり話を終わって、何が悪かった何が悪かった
ってでるのですけど、「じゃぁよかったことは?」って、大分時間がたつとよかったこと
がでてくるんですよ。「サーブはよかった」とか、「積極的にやっていた」と。そういう
ことがいえるようになってきたら多分つながるでしょ。負けたから全部ダメっていう感
じではなくて何がどうできたかっていう分析が負けた試合こそできるのだから勝ったと
きは偶然でも勝つし相手が悪くて勝つとか、理由もなく勝つとか、勝つ試合というのは
むしろ一番罠が待っている。だから、負けたのだからいいじゃないか、学習したのであ
ればこの理由をさぐって振り返るっていうことが、勝った試合よりももしかしたらプラ
スになってるかもしれないっていう言い方をしますね。理解できるかどうか分からない
ですけどね。世界どこでもテニスを始めて負けの方が少ない人はほとんどいないと思い
ます。どれだけいい負け方をしたかでその先にいい勝ちがあるということを中学生以上
には言っています。小学生に言ってもわからないので。
H:この辺は私も一コーチとして同感ですね。たまに見かけるのはトーナメント会場で選手
が負けて帰ったときに、それじゃなくてもショックで落ち込んでいるじゃないですか。
頭をたれているにもかかわらず、指導者が自分の感情ををぶちまけているのをみるのは、
いたたまれませんね。
K:そうですよね。
H:だからこの辺の対処の仕方ってすごく大事な事だと思いますね。
K:私もでも、若い頃はそうやっていたかもしれないですね。直後だから言えるっていうの
で、ガーっと言って相手が泣こうが何しようが。まったく意味のないことでしたよね。
じゃあ後で、何をコーチから言われたっていっても、覚えてないですもんね。ただ怒ら
れたというだけで。
H:よかったところを引き出すっていうのは、とてもね、次につながって大事なところです
よね。
K:そうですね。
H:まあ、さっきのクラブの考え方とも重なる点があると思いますけども、たとえば10年
前の子どもたちと、現在のジュニアたちと異なるところもあると思いますが、現在一生
懸命やっている子どもたちに、打ち方というだけでなく、メンタル的に、木本さんがコ
ーチとして望むことっていうのはどんなことでしょうか。
K:まあこういうのもけっこう月並みかもしれませんけど、ある程度選手として一通り臨め
るようになったら、やっぱり目指すのは強くなることで、うまくなるのじゃなくて、強
くなるっていうのはよく言うんですけど、うまくなるっていうのと強くなるっていうの
はどういう違いがあるのかっていうのを子どもたちに言わせて、みんな分かっているん
ですけど、強いっていうのはメンタルが入ってきて、大事な場面でいいプレーができる、
だからそのとおりなので、強くなるための意識は常に普段の練習でしましょう、楽しく
やっているけれど意識しましょうと。月並みですが、やっぱり、一番テニスで強くなっ
てくると、勝てるようになってくると怖いところは、人間として優れていると勘違いし
ちゃって、他人を思いやったりだとか、周りの人に感謝する気持ちだとか、そういうの
がないとは言わないですけど、薄れてくるところがあって、それだけはとにかく、かな
らずその気持ちをもって行きましょう、どれだけ強くなっても、プロになっても、世界
一になっても、それだけは忘れずに。自分ひとりだけでは、いずれは無力になりますよ
と、そこだけは言います。だからうちの選手は、スポンサーにいろんなサポートを受け
ていますけど、いろんなメーカーに試合会場でも報告には行くし、きちんと挨拶をした
りとかそのようなことは大事にしています。まあそれがまず一番ですね、やっぱり。メ
ーカーのほうも、サポートして、「みんなジュニアだからしょうがないな、ステンシルつ
けていない」といわれたりしないように。ウチは必ずつけています。全日本だとか。他
は徹底されてないみたいですね、全国的に。ジュニアだから仕方がないの世界になって
いる。プロになりたいのならそこからきちっとやってないと。自分がプロになりたいっ
て言ったときに手上げてくれる人は、その人の可能性だけとかじゃないのを知っている
っていうことですよね。やっぱりこの子はジュニアのときから一生懸命やっていたし、
自分たちにも、やることはすべてやっていたという、そういう事なんですよね。結局必
要なのは。気持ちのつながりっていうか。技術的には個人個人それはいろいろあります
けど、まずここの部分に関しては絶対に忘れるないうことをまずは言いたいですね。
H:それから、今現在コーチをやっている人、プラスこれから選手の時代を終わって子ども
達の指導をしたいという新しい世代、そういう若い世代の指導者に望むことっていうの
はどんなことでしょう。
K:やっぱりつながることになるのですが、コーチとしての立場はどうあるべきかっている
ところとまあリンクすることですけど、ジュニアのコーチは子どもだけの世話をしてい
てすむわけじゃない。親御さんとともに、共同作業だったり。その部分で、きちっと三
角形がとれてないと、強くなればなるほど軋轢がかかりますから、やっぱり小さい頃、
まだ勝てない頃から親御さんとしっかり話をして、自分の考えを伝える。そうすれば必
ず何かいろいろトラブルになったときに、コーチには言えないけど、親御さんに言うっ
ていうこともあります。そのときに親御さんがちゃんと三角形の角の立場を取ってくれ
れば一番いいわけですね。子どもの話を聞いて、あらコーチそんなひどいこと言ったの、
私今度言ってやろうという世界になったら、これは関係ができてないわけですね。それ
とあの、私も若気の至りでいろいろありましたけど、昔思っていたのは、コーチはコー
トの中の支配者だって思っていたこと時代がありました。だから、どんなことを子ども
が言っても何でも屈しないじゃないですけど、言うことを聞かないのなら外に出すとい
う過激な時代も十何年前はありました。最低のことをやっていましたね。コーチは偉い、
じゃない、怖いじゃない、厳しいと思わせなきゃいけない。厳しいっていうのは、言葉
では難しいけれど、ものすごく肯定的な要素があるじゃないですか。厳しいけどついて
いくっていう。でも、怖いっていうと、完全にバリアーを張っているイメージがあるん
ですよ。だから、その辺はこれからコーチを目指す人は、肝に銘じてほしいですね。必
ず子どもは自分を抜いて行きますから、だからその抜いた先、自分よりもうまくなった
先のプランは持ってなきゃいけない。だから ITF の、世界のレベルは一応知っていなき
ゃいけないし、日本の中でやっている大会も見に行かなきゃいけないし。自分がそのレ
ベルにいた人しかできないわけじゃないので、コーチは学習すれば、プロにくっついて
いくコーチになれる。とにかく、そういうコーチを目指してほしいですね。だから僕な
んか、素人代表じゃないですか。まったく自分がプレーヤーとしてやっていたわけでは
ないですし。
H:木本さんがそういう存在であるだけに、そんなに選手としてトップとして活躍しなかっ
たけど、非常に指導者として情熱を持ってジュニアのトップを沢山育ててきた、その積
み重ねに対し、これから目指すという人たちにとっては、目標になると思いますよ。。
K:まあ、そう思っていただければ。
H:あと今、親御さんというか、保護者の話が出ましたけども、結構最近、大会の会場でも、
ちょっと過熱気味の状況があったりしますけれども、志津クラブとしての方針でも結構
ですし、木本さんのほうから、お父さんやお母さんたちに、望ましい形をちょっと話し
て欲しいのですが。
K:親御さんが感情的になるっていうのは、これはまあ当たり前にある事ですけど、やはり、
こどもたち自身がルールを守ってスポーツに取り組んでいく。それをサポートする側も
同じかそれ以上にルールを守らなきゃいけない。ルールを守らない親が、どうやって子
どもにルールを守りなさいって言えるのかっていうことがあるので、これは親御さんだ
けじゃなくて、コーチもそうですけども、やはりその、試合会場では、スポーツマンシ
ップということを頭において、正々堂々と、親御さんも試合してるのと同じことですか
ら、正々堂々とやって欲しい。だから過激な応援をすることで、相手側の選手に不快な
思いをさせたりだとか、そういうことで試合を勝とうとか、そういう風に感じているコ
ーチがいるのであれば、そういうことは大きな間違いだと。千葉県の、千葉ジュニアと
かが一番静かですね。高校の時はしょうがないですよ。高校の団体戦とかはそういう声
援がありますから。千葉ジュニアでは、もちろん私とか軸丸さんとかは一切拍手しない
ですから。いつの間にか他も静かになって、体育会系の人が見たら、これ試合やってる
のっていう感じに見えるかもわかんないですね。東京行ったら、大変なことになってい
るらしいですね。だからやっぱり、ルールと、マナーと、こういうことがきちっと解っ
た上で、会場に行ってもらいたいですね。
H:最後に、今度は木本さんが、5年後どんな状態で、コーチとしてあるいはクラブ経営者
として、現実的な目標でも結構なんですが、こうありたいっていうものがもしあれば聞
かせていただきたいんですが。
K:具体的な経営目標というものは、今、一年ちょっとでもう崩れ始めているので、はい。
もちろん今、経営の目標って言うのは、儲かんなくていいです。だから、安定していけ
ばいいんですけど。まあそれと併行してやはりその、個人的にやり始めた部分で、前は
プロになる道筋があったけど、もうなくなったなんて言われるのはいやですから。ジュ
ニア選手がプロになっていくためのルートもしくはサポート、そういうことができるよ
うにしていきたい。だから将来的にはマネジメント会社をきちっと作って、そういうも
のを分けたりするとか。マネジメント会社がプロの選手をやる形に。今は、ジュニアと
ごっちゃになっていると、結局は難しくなるんですね。そうすると、選手が、まあ岩見
にしても寺地にしても、別にマネジメント会社を紹介するか、メーカーサイドに、って
なっちゃうじゃないですか。そういうことにしたくないっていうのがあって、やっぱり
プロになって、プロで勝つまで面倒見たいっていうのが目標ですね。プロにして終わり
っていうことにはしたくない。まあ彼らはプロになってから3年間やりましたから。そ
れから卒業しましたから。
H:今日は忙しい中を、いろいろとありがとうございました。これからもジュニアのために
よろしくお願いします。
K:よろしくお願いします。
(終了)
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