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第 6 章 中国のトウモロコシ供給・需要体制と食糧安全保障政策

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第 6 章 中国のトウモロコシ供給・需要体制と食糧安全保障政策
清水達也編『
「食料危機」と途上国におけるトウモロコシの需要と供給』調査研究報告書
アジア経済研究所 2010 年
第6章
中国のトウモロコシ供給・需要体制と食糧安全保障政策
寳劔
久俊
要約:
中国では人々の生活水準の向上とともに、豚や家禽類などトウモロコシを主な飼料と
する動物性タンパク質に対する消費需要が増加し、2000 年頃からはコーンスターチやア
ルコールなどトウモロコシの加工製品に対する需要増も著しい。これらの旺盛な消費需
要を背景に、2000 年代に入っても中国のトウモロコシ生産量は増加し続けている。
ただしトウモロコシは元来、ほかの穀物と比べて主食としての消費需要が少なかった
ことから、中国では 2000 年代前半までトウモロコシの需給均衡のため、販路の確保と
いう問題が常に存在した。そのため、中国政府はトウモロコシの地域間流通システムを
構築するとともに、政府管理のもとで余剰トウモロコシの海外輸出を行ったり、トウモ
ロコシを原料とした加工業の発展を政策的に支援してきた。
しかし 2007 年頃から中国国内のトウモロコシ在庫量が減少し、世界的な穀物価格が
高騰してくると、中国政府は食糧安全保障のため、トウモロコシなどの穀物に対する厳
しい輸出規制と加工利用の制限を行うと同時に、穀物の政府買付価格を大幅に引き上げ
るなど、食糧増産を政策的に支援してきている。
そこで本稿では、中国のトウモロコシの供給体制と需要体制の変遷と現状を整理し、
トウモロコシの国内流通システム構築に向けた取り組みと課題を明らかにする。さらに
世界的な穀物価格高騰に対処するため、中国政府が強力に推進してきた食糧安全保障政
策に焦点をあて、その政策内容と経済効果、農業政策としての問題点について議論して
いく。
キーワード:
中国、食糧安全保障、食糧流通システム、貿易政策
- 107 -
1.はじめに
世界有数の農業大国である中国は、穀物生産においても重要な位置を占めている。FAO
の統計によると、2007 年の中国の小麦生産量は世界全体の 17.9%、コメ生産量も世界全体
の 28.5%(ともに世界第 1 位)を占め、トウモロコシ生産量も世界全体の 19.3%であり、
アメリカの 40.2%に次ぐ生産規模を誇る。したがって、世界のトウモロコシの動向を把握
する上で中国の存在は欠かせないものとなっている。
また、中国人の生活水準の向上とともに、豚や家禽類などの動物性タンパク質の消費需
要が増加し、家畜飼料用のトウモロコシ需要が増加してきたことに加え、2000 年頃からコ
ーンスターチやアルコールなどのトウモロコシの加工製品に対する需要が大きく伸びてき
た。これらの旺盛な消費需要を背景に、2000 年代に入ってもトウモロコシの生産量は増加
し続けている。
ただし、トウモロコシはほかの穀物と比べて主食としての消費需要が少なかったことか
ら、中国では 2000 年代前半までトウモロコシの需給均衡のため、販路の確保という問題が
常に存在した。そのため、中国政府は北方地域のトウモロコシを南方地域に輸送する地域
間流通システムを構築するとともに、政府管理のもとで余剰トウモロコシの海外輸出を行
ったり、トウモロコシを原料とした加工業の発展を政策的に支援してきた。だが、2007 年
頃から中国国内のトウモロコシ在庫量が減少し、世界的な穀物価格が高騰してくると、中
国政府は食糧安全保障のため、トウモロコシなどの穀物に対する厳しい輸出規制と加工利
用の制限を行う一方で、トウモロコシの政府買付価格を大幅に引き上げ、輸出量の大幅削
減とトウモロコシの増産を実現した。このように中国のトウモロコシ生産は、一貫して政
府による農業政策の強い影響を受けてきたといえる。
したがってトウモロコシを始めとする中国の穀物問題を考察する際、農業政策の変遷と
それに対する生産者や流通・加工業者の対応を理解することが非常に重要である。そこで
本稿では、まずトウモロコシの供給体制と需要体制の変遷と現状を整理し、トウモロコシ
の国内流通システム構築に向けた取り組みと課題を明らかにする。さらに世界的な穀物価
格高騰に対処するため、中国政府が強力に推進している食糧安全保障政策に焦点をあて、
その政策内容と経済効果、農業政策としての問題点を解明していく。
本稿の第 1 節では、中国の食糧供給体制の概要を整理しながら、そのなかでのトウモロ
コシ生産の特徴を解説し、つづく第 2 節ではトウモロコシの需要体制に焦点をあて、家畜
飼料用と工業用としてのトウモロコシの需要が大きく増加していることを各種統計データ
によって説明していく。第 3 節ではトウモロコシの国内流通に注目し、地域間のトウモロ
コシ流通の構造と課題について議論する。そして第 4 節では近年、中国政府によって強く
主張されてきた食糧安全保障政策の概要とその具体的な政策について考察していく。最後
- 108 -
の「おわりに」では、本稿のまとめと今後の課題について記述する。
中国の食糧供給体制とそのなかのトウモロコシ生産
1.
1.1.
中国農業とトウモロコシ生産
中国農業は伝統的に、①華北・東北畑作地域、②華東・華南水田地域、③西北内陸農業
地域、④青蔵高原地域という 4 つに分類される。まず①の華北・東北畑作地域では、小麦
とトウモロコシを主な作物としていて、東北地区(黒龍江省、吉林省、遼寧省)では 1 年
1 作、華北地域(河北省、山西省など)では小麦(冬小麦)とトウモロコシの 1 年 2 作を
中心としてきた。しかし近年、黒龍江省などの東北地区でジャポニカ米の栽培が急速に広
がっている。そして②の華東・華南水田地域では水稲が中心で、華東地域(浙江省、江蘇
省、湖北省など)では小麦と水稲の 1 年 2 作、華南地域(広東省、広西チワン族自治区な
ど)では 1 年水稲 2 作が主流となっている。
他方、草原や砂漠地帯が多い③の西北内陸農業地域(新疆ウイグル自治区、甘粛省など)
では、小麦(冬小麦)とトウモロコシの 1 年 2 作を中心とするが、降水量が少ない地域で
は 1 年 1 作を余儀なくされている。そして④の青蔵高原地域(チベット自治区、青海省、
四川省の一部)は、標高 4000 メートル以上の耕地に位置し、耕種業生産は困難であるため、
放牧を中心とした畜産業が中心となっている。この 4 つの地域のうち、食糧生産の中心は
①と②であり、トウモロコシの栽培も主にこの 2 つの地域で行われてきた。
次に、中国におけるトウモロコシ栽培の特徴についてまとめていく。トウモロコシは 16
世紀の明代に中国へ伝来してから、18 世紀ごろには山間部を中心に栽培が普及し、その後
に 19 世紀ごろから平野部での栽培が広がっていったと言われる 1。そしてアヘン戦争ごろ
にはほぼ中国全土に伝播し、旧満洲の東北地区では 19 世紀後半の河北、山東からの移住と
ともに栽培が大きく広がり、東北地区の平野部でトウモロコシの大産地が形成されていっ
た(周達生[1989: 57-58])。
そのためトウモロコシの産地は、①の華北・東北畑作地域(特に東北地区)に中心的に
分布しているが、②華東・華南水田地域の一部の地域にもかかっている(図 1)。トウモロ
コシ栽培地帯の観点から整理すると、①東北春播き地帯(黒龍江省、吉林省など)、②黄淮
夏播き地帯(河南省、山東省など)、③西南山地地帯(四川省、雲南省、貴州省など)の 3
1
山間部でトウモロコシ栽培が広がった理由として、封建社会からの大きな圧迫と搾取を受け、山間部への移
住を余儀なくされた貧農にとって、痩せた土地でも栽培可能でかつ整地して植える必要がないトウモロコシは
格好の農作物であったことが挙げられる。さらに、トウモロコシは熟していなくても食べることができたこと
から、端境期の食料不足に悩むことなく、飢餓を避ける面でも大きなメリットがあった(周達生[1989: 57-58])。
- 109 -
つに分類することができる 2。
図1
中国のトウモロコシ産地
①東北春播き地帯
トウモロコシ産地
②黄淮夏播
き地帯
③西南山地地帯
(出所)飼料輸出入協議会編[2009: 122]などを参考に筆者作成。
各地帯の主な作付体系や播種・収穫時期などについては、表 1 にその概要を整理した。
①の東北春播き地帯は土地が平坦で土壌条件も良く、かつ日照時間も長いのでトウモロコ
シの栽培に適し、中国最大のトウモロコシ産地であるが、畜産業と加工業の発展が後れて
いたため、販路確保が大きな問題となっていた。また、②の黄淮夏播き地帯も土壌条件や
気候条件でトウモロコシ栽培に適した地域で、かつ畜産業の発展も進んでいたことから、
トウモロコシへの地元の需要も高かった。他方、③の西南山地地帯は土地が平坦ではなく、
土壌条件も良くないために粗放的な栽培が行われてきた。
中国で栽培されるトウモロコシの品種については、畜産業の発展によって飼料用需要が
2
トウモロコシ地帯の分類としては、この 3 つのほかに、南方丘陵地帯(広東省、福建省、浙江省、江西省な
ど)、西北灌漑地帯(新疆ウィグル族自治区、甘粛省など)、青蔵高原地区(青海省、チベット自治区)が存在
する(農業部種植行管理司組編[2004: 83-91])。しかしながら、トウモロコシの栽培面積と生産量に占める 3
つの地帯の割合は低いため(合計で 2 割前後)、本稿ではこれら 3 つの地帯については明示的に取りあげない。
- 110 -
増えたことから、ハイブリッド種のデントコーン(馬歯種)が中心で、栽培されるトウモ
ロコシの 70∼80%を占めているという(農業部種植行管理司組編[2004: 100-102])。デント
コーン以外にもフリント種(硬粒種)、スイート種(甘味種)、フラワー種、ワキシー種(ろ
う質種)、ポップコーン種(爆裂種)といった様々な品種のトウモロコシが中国各地で栽培
されている。
表1
地域
主な作付体系
播種・収穫時期
中国の主なトウモロコシ生産地帯の概要
東北春播き地帯
黄淮夏播き地帯
西南山地地帯
黒龍江省、吉林省、遼寧省、寧
夏回族自治区、内モンゴル自治
区の全域、山西省、河北省、陝
西省、甘粛省の一部
山東省、河南省の全域、河北
省、陝西省、江蘇省の一部
四川省、重慶市、雲南省、貴州
省の全域、陝西省、広西チワン
族自治区、湖南省、湖北省、甘
粛省の一部
トウモロコシの単作(60%)
小麦とトウモロコシの間作
小麦・トウモロコシ・甘薯の間
作(海抜600m以下)
トウモロコシと大豆の間作
(30%)
小麦とトウモロコシの二毛作
小麦(ジャガイモ)とトウモロ
コシの間作(海抜800m以上)
春小麦とトウモロコシの間作
(10%)
トウモロコシと大豆の間作
小麦とトウモロコシの間作
4月∼9月
6月∼9月
3月∼7・8月
(出所)農業部種植行管理司組編[2004]より筆者作成。
1.2.
食糧生産動向とトウモロコシの位置づけ
中国の穀物生産に関する説明に入る前に、中国特有の統計概念について説明したい。中
国では主要穀物である「食糧」(中国語では「糧食」)に関する統計は、生産統計によるも
のと流通統計によるものの 2 つが存在する。生産統計としての食糧(「原糧」)には、水稲、
小麦、トウモロコシ(粒子に換算)に加えて、コーリャン、粟、その他雑穀、芋類、豆類
が含まれる 3。他方、流通統計としての食糧(「貿易糧」)は、米と粟のみ調整後(籾殻除去
後)の状態に換算し、その他の食糧は「原糧」で計算されるものである。本稿では必要に
応じて両者の統計を使い分けるが、生産統計と流通統計を比較する場合、一般的な換算率
が存在しないため、2006 年の食糧データから算出した換算率(0.81)を用いる。
中国の食糧生産の趨勢を示すため、図 2 では 1979 年以降の食糧と三大穀物(コメ、小麦、
トウモロコシ)の生産量の変動を示した。食糧全体の生産量は若干の変動はあるものの
1990 年代半ばまで順調に増加し続け、1996 年には初めて生産量が 5 億トンを突破し、1998
年には 5 億 1230 トンとなった。しかし主食に対する需要の低下と食糧の過剰生産のため、
3
「原糧」の定義は、朱[2001: 34]による。
「貿易糧」の定義は『中国国内市場統計年鑑 1992』
(484 ページ)に
よる。なお芋類については、1963 年以前は生芋 4kg を食糧 1kg に換算されたが、1964 年以降は生芋 5kg を食
糧 1kg に換算されている。
- 111 -
余剰食糧の発生と逆ざや補填のための財政負担問題が深刻化し、1999 年から本格的な食糧
流通自由化が始まった。
同時に、食糧生産から野菜、果物などの収益性の高い作目への転換が促進されたことか
ら食糧生産量は徐々に減少し、2003 年には生産量が 4 億 3070 万トンまで落ち込み、2004
年の主要な穀物価格も対前年比 20∼40%の大幅な上昇を示した。そのため、中国政府は再
び食糧生産を支援する姿勢を鮮明に打ち出し、2004 年には食糧主産地での食糧買付の完全
自由化を実施する一方、食糧生産農家への直接保護の実施や最低買付価格を設定するなど、
食糧増産を支援する政策を強化した。その結果、食糧生産は再び増加傾向を示し、2004 年
から 2009 年までは 6 年間連続の増産を実現し、2009 年には生産量が 5 億 3082 万トンとな
った(国家統計局ホームページ、2010 年 1 月 21 日)。
図2
中国の食糧生産量の推移
万トン
50000
食糧総生産量
40000
30000
コメ
トウモロコシ
20000
10000
小麦
0
1980年
1983年
1986年
1989年
1992年
1995年
1998年
2001年
2004年
2007年
(出所)『新中国五十年農業統計資料』、『中国農業発展報告』(各年版)より筆者作成。
このような食糧全体としての生産量の変化の一方で、食糧の内訳ごとみるとその生産動
向には大きな違いがうかがえる。すなわち、図 2 に示されるように、コメと小麦の生産量
は 1990 年代半ばがピークで 2000 年代後半でも生産量はその水準を依然として下回ったが、
トウモロコシの生産量は 2005 年には 1998 年の生産量(1 億 3295 万トン)を上回り、その
後も最高記録を更新し続け、2008 年には生産量が 1 億 6591 万トンまで増加した。したが
- 112 -
って、2000 年代の食糧増産はトウモロコシの増産による貢献度が大きい 4。
他方、1980 年以降の農作物の作付面積の変遷については図 3 で整理した。農作物総作付
面積は 1 億 5000 万ヘクタール前後で推移する一方、食糧作付面積は 1999 年頃から明らか
に減少し、2003 年には 1 億ヘクタールを下回ったが、その後は若干の回復を示している。
総作付面積と食糧作付面積の差は、野菜などの商品作物の作付面積である。1980 年にはそ
の割合は 20%程度であったが、1990 年には 24%、2000 年には 31%へと着実な増加をみせ
ている。
図3
170
農作物の作付面積の推移
100万ヘクタール
160
150
140
農作物総作付面積
130
食糧作付面積
120
110
100
90
80
1980年
1982年
1984年
1986年
1988年
1990年
1992年
1994年
1996年
1998年
2000年
2002年
2004年
2006年
2008年
(出所)『新中国五十年農業統計資料』、『中国農業発展報告』(各年版)より筆者作成。
食糧作付面積の変化を詳細に検討するため、図 4 ではコメ、小麦、トウモロコシの作付
面積の変化を示した。生産量と同じく、コメと小麦の作付面積は 1990 年代後半から大きく
減少している。特に小麦作付面積の減少は顕著で、ピークの 1997 年の 3006 万ヘクタール
から 2008 年には 2362 万ヘクタールへと 20%以上落ち込んでいる。他方、トウモロコシの
作付面積は 1990 年代末に落ち込むものの、その後は大きな回復をみせ、2000 年には 2306
万ヘクタール、2008 年には 2986 万ヘクタールまで増加した。
4
食糧生産の変化率に対するトウモロコシの貢献度を計算したところ、年次による変動はあるものの 2004 年
以降は 50%を超えていて、ほかの食糧と比べて高い貢献度を示している。
- 113 -
図4
35
主要穀物の作付面積の推移
100万ヘクタール
33
コメ
31
29
27
小麦
25
23
21
トウモロコシ
19
17
15
1980年
1983年
1986年
1989年
1992年
1995年
1998年
2001年
2004年
2007年
(出所)『新中国五十年農業統計資料』、『中国農業発展報告』(各年版)より筆者作成。
図5
主要穀物の作付面積と単収の推移
コメ
小麦
7,000
kg/ha
2000年代
5,000
6,000
kg/ha
2000年代
4,500
1980∼90年代
4,000
3,500
5,000
3,000
4,000
1970年代
2,500
1980∼90年代
3,000
2,000
1950∼60年代
1950∼70年代
1,500
2,000
1,000
1,000
500
千ha
0
20,000
22,000
24,000
26,000
28,000
30,000
32,000
34,000
36,000
38,000
千ha
0
20,000
22,000
24,000
26,000
トウモロコシ
6,000
kg/ha
2000年代
5,000
4,000
1980∼90年代
3,000
1950∼70年代
2,000
1,000
千ha
0
10,000
15,000
20,000
25,000
30,000
35,000
(出所)『新中国五十年農業統計資料』、『中国統計年鑑』(各年版)より筆者作成。
- 114 -
28,000
30,000
32,000
そして図 5 には、トウモロコシを始めとする 3 つの主要穀物に関する作付面積と単収の
変化を表示した。いずれの穀物とも、人民公社による集団農業時代である 1950∼1970 年代
にも単収上昇がみられるものの、その伸び幅は相対的に小さく、むしろ作付面積の拡大に
よって食糧増産を実現していた。しかしながら農業生産責任制度が導入された 1980∼90
年代は単収の伸びが著しく、コメについてはヘクタールあたり約 6 トン、小麦は約 4 トン、
トウモロコシも約 5 トンの単収を達成している。この時期には、トウモロコシの作付面積
は微増であるのに対し、コメと小麦では作付面積の減少傾向がみられ、作付面積の減少を
単収で補い、食糧を増産してきたといえる。単収増加の背後には、トウモロコシとコメの
ハイブリッド品種の導入と小麦の品種改良、それによる作付体系の変化(多毛作・多期作
化)、化学肥料の大幅な投入増、土地改良事業の推進とトラクターやコンバインなどの農業
機械の普及などが存在する(田島[1989]) 5。
その後 2000 年代に入ると、いずれの食糧も単収は伸び悩んでいる。前述のように 2004
年以降の食糧生産への補助強化によって食糧増産が実現されているものの、単収の向上と
いうよりも作付面積の上昇による要因が大きく作用している。中国では食糧の単収向上の
ため、農業技術者を中心に遺伝子組み換え種(GMO)に対する期待が高まり、中国国内で
も調査研究が進んでいる。その一方で、消費者の間には遺伝子組み換え種の摂取による健
康上の不安の声が大きく、中国国内でも大きな論争となり、中国の政府機関による GMO
の認可と販売は行われてこなかった。
しかし、2009 年末に華中農業大学の張啓発教授が開発した GM 稲である「華恢 1 号」と
「Bt 汕優 63」が、中国農業部によって初めて安全認証を受けた。ただし、種子の販売をす
るためには、種子生産許可証と種子経営許可証の認証が必要であるため、これらの GMO
が実際に販売されるには、まだ多くのハードルが存在する(『人民網』2009 年 12 月 25 日)。
1.3.
生産地別のトウモロコシ生産状況
トウモロコシは大規模な灌漑設備を必要とせず、かつ丘陵地や山地などの地理的条件の
悪い地域でも生産することが可能であることから、前述のように中国国内の栽培地域は広
範にわたっている。そのなかで中心的なトウモロコシ産地として、吉林省、黒龍江省、山
東省、河南省、河北省の 5 つが挙げられる。表 2 では、これら地域のトウモロコシ作付面
積と全作付面積に占める割合を整理した。トウモロコシの作付面積は 1980 年以降、この 5
つの省で一貫して約 5 割の比重を占めてきた。紙面の都合上、生産量については表示して
いないが、中国のトウモロコシ生産量に占める割合もほぼ同様である。
5
その一方で、集団農業システムの解体を契機に、農村では農業基盤整備のための公的積み立ても減額され、
技術普及組織に対する予算削減や独立採算化も行われた。そのため、農家に対する農業面での公的サービスの
縮小をもたらし、
「農民専業合作組織」と呼ばれる農家の自発的創意による農業協同組合が 1980 年代初頭から
作られてきた。農業関連サービスの問題については、寳劔[2009]を参照されたい。
- 115 -
表2
トウモロコシの主要生産地の作付面積
単位:万ヘクタール
1980年
面積
1990年
構成比
面積
2000年
構成比
面積
2008年
構成比
面積
構成比
全国
20,087
100.0%
21,401
100.0%
23,056
100.0%
29,864
100.0%
黒龍江省
1,884
9.4%
2,169
10.1%
1,801
7.8%
3,594
12.0%
吉林省
1,682
8.4%
2,219
10.4%
2,197
9.5%
2,923
9.8%
山東省
2,143
10.7%
2,405
11.2%
2,414
10.5%
2,874
9.6%
河北省
2,341
11.7%
2,041
9.5%
2,479
10.8%
2,841
9.5%
河南省
1,680
8.4%
2,177
10.2%
2,201
9.5%
2,820
9.4%
(出所)『改革開放三十年農業統計資料匯編』、『中国農村統計年鑑 2009』より筆者作成。
また、各省のトウモロコシ作付面積に占める割合をみると、1980 年当時とそれほど大き
な変化は起こっていない。2008 年の黒龍江省を除く 4 つの省の作付面積はそれぞれ 3000
万ヘクタール(全体の 9%強)で近い水準だが、黒龍江省が約 3500 万ヘクタール(12%)
と若干、高い水準にある。
他方、各省の農作物作付体系のなかにトウモロコシを位置づけると、異なった様相がう
かがえる(表 3)。まず黒龍江省をみると、全作付面積に占める食糧作物の割合が上昇して
きていること、小麦の作付面積比率が低下する一方でコメの比率が大幅に上昇するととも
に、トウモロコシと大豆の作付面積比率が上昇してきていることがわかる。吉林省につい
てもコメとトウモロコシの作付面積比率が高まってきている点で黒龍江省と同様であるが、
大豆の作付比率が低下している点では異なる。
表3
主要食糧産地の作付構成の変化
黒龍江省
1980年
1990年
2000年
2008年
吉林省
作付面積
(万ヘク
タール)
872
856
933
1,209
食糧
84%
87%
84%
91%
コメ
2%
8%
17%
20%
小麦
トウモロコシ
24%
22%
21%
25%
6%
19%
2%
30%
大豆
19%
24%
31%
33%
山東省
1980年
1990年
2000年
2008年
1980年
1990年
2000年
2008年
作付面積
(万ヘク
タール)
406
404
454
500
食糧
87%
87%
84%
88%
コメ
6%
10%
13%
13%
小麦
トウモロコシ
3%
41%
1%
55%
2%
48%
0%
58%
大豆
14%
11%
12%
9%
コメ
2%
2%
2%
1%
小麦
31%
29%
30%
28%
大豆
3%
5%
5%
2%
河北省
作付面積
(万ヘク
タール)
1,057
1,088
1,115
1,076
食糧
80%
75%
66%
65%
コメ
2%
1%
2%
1%
小麦
トウモロコシ
35%
20%
38%
22%
34%
22%
33%
27%
大豆
7%
4%
4%
2%
コメ
4%
4%
4%
4%
小麦
トウモロコシ
36%
16%
40%
18%
39%
17%
37%
20%
大豆
9%
5%
4%
3%
1980年
1990年
2000年
2008年
作付面積
(万ヘク
タール)
901
879
902
871
食糧
83%
78%
77%
71%
河南省
1980年
1990年
2000年
2008年
作付面積
(万ヘク
タール)
1,079
1,189
1,266
1,415
食糧
82%
78%
71%
68%
(出所)『改革開放三十年農業統計資料匯編』、『中国農村統計資料 2008』より筆者作成。
(注)1997 年から重慶市は四川省から独立したため、作付面積が減少した。
- 116 -
メイズ
26%
23%
27%
33%
次に山東省、河北省、河南省の 3 つの省をみると、全作付面積に占める食糧作付面積比
率が顕著に低下していることが共通の特徴として指摘できる。これは収益性の低い食糧生
産から、野菜などのより収益性の高い作物への作目転換が積極的に進められていることを
意味する。食糧の内訳についてはトウモロコシの作付面積比率が幾分上昇し、大豆の割合
が低下しているものの、全体として構成比に大きな変化は観察できない。したがって、ト
ウモロコシの主産地である黒龍江省と吉林省では、耕種業における食糧生産重視と特定の
品目への特化が進展しているのに対して、山東省、河北省、河南省ではトウモロコシの栽
培は増加しているものの、全体として食糧以外の耕種作物へのシフトが強まっていると主
張できる。
トウモロコシの需要体制
2.
前節では、食糧生産の変遷とそのなかでのトウモロコシ生産の動向について整理してき
た。ほかの穀物と異なり、2000 年以降もトウモロコシの増産が続いているが、その背後に
はトウモロコシに対する旺盛な需要が存在する。そこで本節では、トウモロコシの需要構
造に注目し、その変化と現状について説明していく。
2.1.
トウモロコシ需要の変遷
前述のように、トウモロコシの栽培は 19 世紀にはほぼ中国全土で展開されたが、トウモ
ロコシは伝統的に主食あるいは副食とされてきた。食べ方としては、トウモロコシをその
まま蒸したり、粒を粉状にしてこねて平たく焼いたパン(「餅」)にしたり、あるいはトウ
モロコシ粉のお粥として食べるのが一般的な方法で、一部のトウモロコシは豚の飼料とし
ても利用されてきた。しかし 1949 年の中華人民共和国の建国後は、養豚業の発展のために
飼料用作物としてトウモロコシが重視されてきた。
トウモロコシの消費用途について、1949 年の建国以降の一貫した統計データは入手でき
ていないが、1965 年の計画経済時代から 2000 年前後までについては農業部系統のデータ
が存在する。1990 年以降については米国農務省(以下、USDA)や国家糧食信息のデータ
などがあるが、全般に USDA データの方が農業部系統のデータと比べて、トウモロコシの
飼料用需要の構成比を一貫して高めに推計する傾向があり、データの連続性の面で問題が
残る。そのため、本稿では農業部系統のデータとの連続性がよい国家糧食信息のデータを
利用する。ただし、トウモロコシの食用消費量と損耗量には 2 つのデータソースで大きな
差が存在するため、その点については注意されたい。
表 4 ではトウモロコシの消費用途を飼料用、食用、工業用、種子用、その他の 5 つに分
- 117 -
けて表示した。1965 年時点では食用消費の割合が 57.1%と最も高く、飼料用消費の割合は
32.8%であった。しかし、その後は食用消費の絶対量は増加するものの、飼料用消費の割
合が顕著に上昇し、1975 年には 51.9%と食用消費の割合を上回り、2000 年には飼料用消
費量は 8100 万トンで国内総消費の 68.5%を占めるに至った。他方、食用消費は 1990 年に
は消費量が 2100 万トンと 85 年の水準を下回り、構成比も 1990 年には 25.1%、2000 年に
は 16.1%へと大幅に低下している。
そして注目すべきは、工業用消費が 1990 年代から顕著な上昇を示している点である。
1995 年の消費量は 840 万トン(対国内消費量の 8.0%)、2000 年には 1050 万トン(同 8.9%)
であったが、2004 年以降は工業用消費が一層の増加をみせ、2004/2005 年には 1810 万トン
(同 14.4%)から 2007/2008 年には 3761 万トン(同 24.5%)となった。その一方では飼料
用で、飼料用消費の絶対量は 2004/2005 年から増加しているものの、国内総消費に占める
割合は 2004/2005 年の 70.8%から、2007/2008 年には 61.9%へと低下してきている 6。
表4
中国のトウモロコシの総生産量と国内消費構成の推移
単位:万トン
総生産量
国内総消費
飼料用消費
食用消費
工業用消費
種子用消費
損耗
1965年
1970年
2,366
3,303
2,364
3,388
776
1,451
32.8%
42.8%
1,350
1,641
57.1%
48.4%
28
34
1.2%
1.0%
80
81
3.4%
2.4%
130
182
5.5%
5.4%
1975年
1980年
4,722
6,173
4,917
6,715
2,552
3,618
51.9%
53.9%
1,970
2,593
40.1%
38.6%
41
63
0.8%
0.9%
95
102
1.9%
1.5%
260
339
5.3%
5.0%
1985年
6,382
6,883
3,856
56.0%
2,437
35.4%
150
2.2%
89
1.3%
351
5.1%
1990年
1995年
9,682
11,199
8,359
10,551
5,300
7,000
63.4%
66.3%
2,100
2,000
25.1%
19.0%
400
840
4.8%
8.0%
109
121
1.3%
1.1%
450
590
5.4%
5.6%
2000年
2001年
10,600
11,409
11,820
12,052
8,100
8,250
68.5%
68.5%
1,900
1,800
16.1%
14.9%
1,050
1,280
8.9%
10.6%
119
120
1.0%
1.0%
651
602
5.5%
5.0%
2002年
11,948
12,057
8,300
68.8%
1,750
14.5%
1,330
11.0%
117
1.0%
560
4.6%
2004/2005年
17,639
12,554
8,891
70.8%
660
5.3%
1,810
14.4%
183
1.5%
1,010
8.0%
2005/2006年
18,268
13,556
8,982
66.3%
688
5.1%
2,610
19.3%
192
1.4%
1,084
8.0%
2006/2007年
19,501
14,116
8,681
61.5%
668
4.7%
3,514
24.9%
238
1.7%
1,015
7.2%
2007/2008年
20,093
15,381
9,527
61.9%
753
4.9%
3,761
24.5%
205
1.3%
1,135
7.4%
2008/2009年*
21,252
14,795
9,242
62.5%
683
4.6%
3,530
23.9%
199
1.3%
1,140
7.7%
2009/2010年*
21,040
15,471
9,631
62.3%
726
4.7%
3,875
25.0%
185
1.2%
1,054
6.8%
(出所)1965∼2000年までは農業部種植行管理司組編[2004: 178]、2004/2005年以降は国家糧食信息データより作成。
(注)1)2008/2009年と2009/2010年は予測値。
2)食用消費量と損耗量は2つの情報源の定義方法(推計方法)の違いから連続していない。
このようなトウモロコシ消費用途の変化の背後には、生活水準向上に伴う食生活の転換
(主食の消費量の減少と動物性タンパク質の摂取量増大)、そして糖化製品やアルコールな
ど加工食品用・工業用のトウモロコシ需要の増大が挙げられる。そこで都市部と農村部の
家計調査データを利用して、人々の食生活の変化を跡づけていく。表 5 では都市・農村別
に 1 人あたり年間農産物消費量(都市世帯については購入量)を示した。まず食糧消費量
を見てみると、都市部では 1990 年の年間食糧購入量が 131kg であったが、その後の減少は
6
USDA のトウモロコシ需給表においても、飼料用消費の割合は 1990/1990 年の 66.8%から 2000/2001 年には
76.5%に上昇したが、2003/2004 年頃からその割合が低下し始め、2007/2008 年には 70.5%となっている。
- 118 -
著しく、1995 年には 97kg、2000 年には 82kg、そして 2008 年には 1990 年水準の半分以下
となる 59kg まで減少した。それに対して農村世帯の年間食糧消費量は 2000 年ごろまで
250kg と相対的に高い水準を維持してきたが、2008 年には 200kg を下回るなど、近年は減
少傾向が現れてきている。
中国人の最も重要な動物性タンパク源である豚肉の消費量(購入量)をみると、農村世
帯の豚肉消費量の増加が著しい。1980 年の農村世帯の年間豚肉消費量は 7.3kg であったが、
1990 年には 10.5kg、2000 年には 13.3kg へと増加し、豚肉消費量での都市・農村間の格差
は大幅に縮小している。2007 年は豚肉価格が高騰したため、その消費量は都市・農村世帯
ともに減少しているが、農村部では今後も豚肉消費量の伸びる余地があると考えられる。
また豚肉を除く肉類のなかで、消費量の増加が著しいのは家禽類である。都市世帯の年間
購入量は 1985 年の 3.8kg から 2007 年には 9.7kg へ大幅に増加したが、2008 年には 8.0kg
となり、若干減少している。それに対して、農村世帯でも 1985 年の 1.0kg から 2000 年に
は 2.8kg、2008 年には 4.4kg と 1985 年の 4 倍以上の水準に達している。
表5
都市・農村住民別の 1 人あたり年間平均購入量(都市)と消費量(農村)
単位:kg
食糧
農村
野菜
都市
農村
豚肉
都市
127
農村
牛肉・羊肉
都市
7.3
農村
都市
0.5
家禽
農村
牛乳
都市
農村
都市
1980年
257
0.7
1985年
258
131
1990年
262
1995年
260
2000年
250
82
112
115
13.3
16.7
1.1
3.3
2.8
5.4
1.1
9.9
2005年
209
77
102
119
15.6
20.2
1.5
3.7
3.7
9.0
2.9
17.9
2007年
200
78
99
118
13.4
18.2
1.5
3.9
3.9
9.7
3.5
17.8
2008年
199
59
100
123
12.6
19.3
1.3
3.4
4.4
8.0
3.4
15.2
131
148
10.3
17.2
0.7
3.0
1.0
3.8
0.8
131
134
139
10.5
18.5
0.8
3.3
1.3
3.4
1.1
4.6
97
105
119
10.6
17.2
0.7
2.4
1.8
4.0
0.6
4.6
(出所)『中国農村住戸調査』(各年版)、『中国城市(鎮)生活与価格年鑑』(各年版)より筆者作成。
(注)農村住戸調査では「牛乳」ではなく「乳製品」として調査されている。また農村の食糧はモミ換算で
ある。
その他、消費量は少ないものの農村世帯を中心に牛肉と羊肉の消費量の増加もみられ、
牛乳(農村世帯は乳製品)の消費は都市世帯を中心に大きな伸びを示している。都市世帯
の牛乳購入量は 2000 年の 9.9kg から 2005 年には 17.9kg に増加したが、2008 年秋に発覚し
た牛乳へのメラミン混入の影響で 2008 年の購入量は 15.2kg へと減少した。農村世帯の乳
製品消費量も 2000 年ごろから顕著な伸びを示しているものの、2008 年の消費量は 3.4kg
にとどまり、都市世帯とは依然として大きな格差が存在する。
- 119 -
2.2.
肉類の生産状況と地区別分布
では、中国全体の肉類生産量にはどのような変化がみられるのであろうか。図 6 には肉
類全体の生産量とその内訳別(豚肉、牛肉、羊肉、家禽類)の推移が示されている。ただ
し、1996 年に実施された農業センサスによって大幅な数値改訂が行われたため、1996 年前
後で数値は厳密には連続していないので注意されたい 7。1990 年代前半の肉類生産量の増
加率は 10%を超えていたが、1990 年代後半以降は 2∼5%の増加率に低下した。図からも
わかるように、肉類全体のなかで豚肉生産量の占める割合が高かったが、その割合は徐々
に低下してきている。肉類生産量に占める豚肉生産量の割合は、1990 年の 80%から 2000
年には 66%、2008 年には 63%へとと下がった。その一方で、家禽類生産量の増加は著し
く、肉類生産量に占める家禽類生産量の割合は、1990 年の 11%から 2000 年には 20%へと
大幅に増加した。ただ、2004 年頃から発生した鳥インフルエンザなどの影響もあって、家
禽類生産量の絶対額は増加しているものの、その後の肉類生産量の占める割合はほとんど
変化していない。
図6
8,000
肉類生産量の推移
万トン
肉類合計
7,000
6,000
豚肉
5,000
4,000
3,000
家禽類
羊肉
2,000
牛肉
1,000
0
1990年
1992年
1994年
1996年
1998年
2000年
2002年
2004年
2006年
2008年
(出所)『中国農業発展報告 2009』より筆者作成。
7
中国の肉類生産量は家畜の頭部、蹄類、内臓を除去した部分の重量に基づく数値であるため、骨などは生産
量に含まれている。そのため、日本の枝肉生産量とは定義が異なっている。
- 120 -
表6
肉類の地区別生産量の推移
豚肉生産量
単位:万トン
生産量
東部
山東省
河北省
中部
河南省
西部
四川省
重慶市
東北
吉林省
遼寧省
1980年
1,134
37%
8%
4%
26%
4%
27%
14%
9%
2%
4%
1985年
1,655
35%
7%
5%
27%
4%
31%
17%
7%
2%
3%
1990年
2,281
34%
7%
5%
28%
4%
32%
17%
7%
2%
3%
1995年
3,648
31%
7%
5%
31%
6%
30%
14%
8%
2%
4%
2000年
3,966
31%
7%
6%
32%
8%
31%
11%
3%
8%
2%
3%
2005年
4,555
34%
8%
7%
35%
10%
32%
11%
3%
9%
2%
4%
2007年
4,288
30%
7%
5%
32%
8%
30%
10%
3%
9%
2%
4%
家禽類生産量
単位:万トン
生産量
東部
山東省
河北省
中部
河南省
西部
四川省
重慶市
東北
吉林省
遼寧省
1985年
160
50%
5%
2%
23%
3%
21%
10%
6%
1%
3%
1990年
323
53%
9%
2%
20%
3%
19%
10%
9%
2%
3%
1995年
935
57%
21%
5%
16%
3%
16%
7%
12%
4%
5%
2000年
1,191
47%
14%
6%
21%
5%
17%
7%
1%
16%
7%
6%
2005年
1,344
52%
19%
7%
23%
7%
17%
5%
2%
17%
7%
8%
2007年
1,448
44%
14%
5%
22%
6%
19%
5%
1%
14%
5%
7%
(出所)『改革開放三十年農業統計資料』より筆者作成。
また肉類の生産状況を考察するとき、畜産業の産地がトウモロコシの産地と必ずしも一
致していない点に注目する必要がある。地区別の肉類(豚肉と家禽類)生産動向について
表 6 に整理した。まず豚肉生産量について見てみると、トウモロコシの産地である東北地
区の生産量全体に占める割合は非常に低く、1980∼2008 年にかけて一貫して 10%を下回る
水準にある。前掲の表 2 で確認したように、全トウモロコシ作付面積に占める吉林省と黒
龍江省のトウモロコシ作付面積比率はそれぞれ 10%前後にあるのに対し、豚肉生産量に占
める割合では両省ともに 2%を下回っている。その一方で、四川省を中心とする西部地区
は伝統的に養豚業が盛んで、西部地区全体で生産量の約 3 割、四川省だけでも全体の 15%
程度の比重を占めてきた。また、東部地区ではトウモロコシの産地である山東省、中部地
区では河南省を中心に養豚生産が行われている。
養豚業でもう一つ注目すべき点は、2007∼2008 年の豚肉価格高騰と 2009 年からの大幅
下落というピッグサイクルの養豚経営に対する影響である。2006 年に発生した豚繁殖・呼
吸障害症候群(PRRS。豚の SARS とも呼ばれる病気で、呼吸器系の障害を起こすため、妊娠
豚の流産や母豚の死亡が相次いだ )のために子豚数が激減し、豚肉の需給関係が非常に逼迫
し、2007 年の豚の生産者価格は対前年比で 46%増、2008 年も同 31%増という急激な上昇
をみせた。しかし 2008 年第 3 四半期頃から豚の価格は低下に転じ、2009 年 6 月まで豚肉
価格は続落し、豚肉小売価格は 2009 年の年初と比べて約 40%も低下している。養豚農家
の採算割れの懸念が広がってきたことから、国務院は国産冷凍豚の買付措置を実施するな
ど、豚肉価格の下落を抑える措置を講じたことで、2009 年 7 月以降は価格が持ち直してき
た(国家発展改革委員の物価調査データ(http://www.sdpc.gov.cn/jgjc/)、
『中央電視網』2009
- 121 -
年 6 月 15 日、渡邉[2009])。
このような豚肉価格の急激な下落は特に小規模養豚農家を圧迫し、養豚業からの退出と
産業構造の転換を促進する要因となった。養豚業は伝統的に農家の庭先での肥育という形
で内陸部を中心に零細規模で行われてきたが、豚肉価格の大きな変動のため、零細規模の
養豚農家が減少する一方で、養豚業の大規模経営化が進展してきた。農業部統計によると、
年間 50 頭以上の豚を出荷する養豚経営者の割合は、2008 年には既に 50%を超え、養豚業
の規模経営が進む山東省ではその割合が 90%を上回っているという(『人民網』2009 年 8
月 19 日)。
次に家禽類の地区別生産量を見てみると、養豚業以上に産地が東部地区に集中している
ことがわかる。1995 年時点では家禽類生産量に占める東部地区の割合が 57%と高い値をと
っていたが、これは山東省においてインテグレーションによるブロイラーの大規模生産が
進展していたからであり、1995 年の山東省の家禽類生産量は全国生産量の 21%を占めてい
た。1995 年当時、全国有数のブロイラー産地であった山東省濰坊市は、「農業産業化」と
呼ばれる中国流の農業インテグレーションのモデルとして『人民日報』(1995 年 12 月 11
日)の第一面と社説で取り上げられ、中国各地への普及が呼びかけられていた(池上・寳
劔編[2009: 10-11])。
それに対して、養豚業と同様、東北地区では養鶏業の発展も後れていたことから、家禽
類生産量に占める東北地区の割合は低めであった。しかし、2000 年前後から遼寧省を中心
に養鶏業の発展も着実に進み、家禽類の生産量に占める比重も 1990 年の 9%から 2000 年
には 16%に上昇している。東北地区で養鶏業が急速に発展してきた背景には、トウモロコ
シや大豆などの飼料用原料の確保のしやすさと北京市などの大都市消費地への近さ、鳥イ
ンフルエンザによる山東省ブロイラー産業の低迷と大手飼料企業による東北地区へのブロ
イラー産業への投資拡大、そして大連港を中心とした輸送網の整備などが考えられる。
畜産業の発展につれて、飼料工業も大きな成長を遂げてきている。表 7 は 2000 年以降の
飼料工業の生産状況について整理したものである。飼料工業の総生産額は 2000 年の 1580
億元から 2006 年には 2908 億元にほぼ倍増し、年平均で 10.7%という大きな成長を実現し
た。特に、トウモロコシなどの穀物や植物油かす、ふすまなどを原料とする濃厚飼料の生
産量の伸びが大きく、2000 年の 1249 万トンから 2006 年に 2456 万トンへの年平均 11.9%
の増加を示している。また、2006 年末の全国の飼料企業数は 1 万 5501 社で、うち国有企
業が 407 社、集団企業が 431 社であるが、私営企業と株式企業はそれぞれ 9093 社と 4041
社と高い比重を占めている。年産 1 万トンの企業は 3022 社のみで、1 社あたり平均の年間
生産量も 709 トンと少ないことから、中小の飼料企業の割合が高いことがわかる(賀主編
[2009: 157-159])。
- 122 -
表7
飼料工業の生産額と生産量
総生産額
総生産量
配合飼料
濃厚飼料
(億元)
(万トン)
(万トン)
(万トン)
2000年
1,580
7,429
5,912
1,249
2001年
1,644
7,806
6,087
1,419
2002年
1,906
8,319
6,239
1,764
2003年
2,077
8,712
6,428
1,958
2004年
2,428
9,660
7,031
2,224
2005年
2,742
10,732
7,762
2,498
2006年
2,908
11,059
8,117
2,456
年平均増加率
10.7%
6.9%
5.4%
11.9%
(出所)賀主編[2009: 158-159](原資料は『全国飼料工業統計資料』)。
2.3.
トウモロコシの工業用需要の構成
トウモロコシから湿式製粉法によって取り出されたデンプンは、食品業はもとより、繊
維業や自動車業、医薬業など様々な分野の原材料として利用されている。このデンプンは
糖化、乾燥、アルコール発酵といった加工処理を施されることで、発酵製品(アミノ酸類、
有機酸、酵素、酵母など)、コーンスターチ類(ブドウ糖、麦芽糖など)、アルコール類(食
用、医薬用、工業用、燃料用)などの製品となる(賀主編[2009: 16-17]、戸澤[2005: 323-325])。
中国のトウモロコシ加工製品の生産状況については、表 8 でまとめた。2003 年から 2007
年の間にすべての製品で生産量が大きく増加し、年平均 16%以上の高い成長率を実現して
いる。トウモロコシ加工製品のなかでも、特にコーンスターチ類製品の生産増が著しい。
2003 年のコーンスターチ類の生産量は 285 万トンであったが、2007 年には 703 万トンと平
均増加率は 23.7%と非常に急速な成長となっている。
各製品の省別生産量の割合(2006 年)では、山東省、吉林省、河北省、遼寧省の 4 省で
全国生産の約 8 割を占め、トウモロコシ産地にデンプン加工工場がより多く集積している。
とりわけ、デンプン全生産量に占める山東省の割合は 39%ともっと高く、加工業の進展が
著しい(賀主編[2009: 102])。山東省はデンプン以外にも、発酵製品とコーンスターチ生産
でも全国トップレベルの生産量を誇り、トウモロコシ加工業で全国をリードする存在であ
る。
- 123 -
表8
トウモロコシ加工製品の生産動向
単位:万トン
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
年平均増
加率
デンプン
732
934
1,107
1,179
1,350
16.5%
発酵製品
208
217
260
350
387
16.8%
コーンスターチ類
300
350
420
570
703
23.7%
アルコール類
285
320
383
540
513
15.8%
(出所)賀主編[2009: 102](原資料は中国発酵工業協会、中国酿酒工業協会。
(注)ここでの「デンプン」とはトウモロコシから精製される一次加工としてのデンプンであり、発酵製品などへ
二次加工される原料デンプンも含まれる。
表9
2006 年のトウモロコシの消費用途
消費量
(万トン)
構成比
国内総消費量
13,400
100.0%
飼料用
8,400
62.7%
食用・種子用
1,411
10.8%
加工用
3,589
26.8%
1,069
8.0%
850
6.3%
120
0.9%
120
0.9%
150
1.1%
ア 食用アルコール
ル
コ 工業用アルコール
560
4.2%
448
3.3%
ル 燃料用アルコール
272
2.0%
発酵製品
澱 コーンスターチ
粉
加 多元アルコール
工
品 変性澱粉
その他医薬・化学製品用
ー
(出所)国家発展和改革委員会「トウモロコシ加工産業の健全発展の促進に対する意見」
(2007 年 9 月)より筆者作成。
他方、2006 年のトウモロコシの工業用消費の詳細な内訳のデータが国家発展改革委員会
から公表されている(表 9)。本表の飼料用と工業用のトウモロコシ消費量は前掲の表 4 の
数値とほとんど同じであるので、データの整合性について大きな問題はないが、加工品の
内訳については若干の違いがあることに注意されたい。デンプン加工品のうち、トウモロ
コシの消費量が最も多いのは発酵製品で 1069 万トン(8.0%)、次いでコーンスターチの
- 124 -
850 万トン(6.3%)となっている。それに対して、アルコール類は全体としてのトウモロ
コシ消費量は 1280 万トン(9.6%)と多いが、主な製品は食用・工業用アルコールであっ
て、バイオエタノール製造に利用されるトウモロコシは 272 万トン(2.0%)にとどまって
いる。なお、バイオエタノールをめぐる政策動向については、第 4 節で詳細に議論する。
2.4.
トウモロコシの需給バランスと輸出入状況
このように飼料用と工業用の需要によってトウモロコシの国内需要は牽引されているが、
需給バランスでみるとどのような変化がみられるのであろうか。図 7 では USDA のデータ
を利用してトウモロコシの需給バランスを図示した。1997 年を除くと 1990 年代は国内生
産が国内需要を上回り、在庫量が大幅に膨らんでいた 8。
しかし 2000 年代に入ると、飼料用と工業用の需要増大から国内消費量が生産量を上回り、
かつ政府が補助金付きのトウモロコシ輸出(年間 1000 万トン以上)を積極的に行ったこと
から、在庫量は急速に減少した。そして 2004 年以降になると、トウモロコシの増産によっ
て再び供給が需要を上回ると同時に、国際的な穀物価格の影響を回避するため輸出規制を
強化したため、在庫率(国内消費量に対する期末在庫量の割合)は底であった 2005 年の
25.2%から 2008 年には 34.9%へと上昇している。
このようにトウモロコシの需給バランスのなかで、生産と需要以外にトウモロコシの輸
出入に対する政策が大きく影響している。そこで、トウモロコシの輸出入の動向と具体的
な政策について詳しくみていきたい。図 8 にはトウモロコシの輸出入量の変化を示したが、
トウモロコシは全体して大幅な輸出超過であること、そして輸出量の変動が年によって非
常に大きいことがわかる。
また特徴的なのは、1990 年代前半は年間 1000 万トン前後を輸出していたが、1995 年に
は輸出量が激減する一方、トウモロコシ輸入が急増したことである。1994 年はトウモロコ
シの減産と、国内流通制度の改革によって食糧流通市場が大きく混乱しため、トウモロコ
シを始めとする食糧の政府買付価格と小売価格がともに急騰し、1994 年には 875 万トンで
あったトウモロコシ輸出量が 1995 年にはわずか 12 万トン、逆に中国政府は 1995 年に 526
万のトウモロコシを輸入する事態に陥った 9。
8
1990 年代の食糧流通は国有食糧企業が中心的な役割を担い、特に 1990 年代半ば以降の食糧価格低迷期には、
政府が保護価格による無制限買付を実施したために政府在庫量が急増した。1990 年代の USDA の統計は政府
買付量と実際の在庫量が明確に分離されていないため、実際の在庫量を過大評価している可能性が高いという
問題がある。
9
2009 年 7 月 2 日に開催された研究会では、伊藤忠商事の社員として中国とのトウモロコシ貿易業務に携わ
れた江藤隆司氏(飼料輸出入協議会理事)から、1995 年当時の動向を詳細にご教授頂いた。
- 125 -
図7
トウモロコシの需給バランス
18,000
万トン
16,000
国内消費量
14,000
12,000
10,000
生産量
8,000
期末在庫量
6,000
4,000
輸出量
2,000
0
1990/91
1992/93
1994/95
1996/97
1998/99
2000/01
2002/03
2004/05
2006/07
2008/09
(出所)USDA PSD Online より筆者作成.
その後、1990 年代後半から発生したトウモロコシの過剰在庫を処理するため、1997 年か
らトウモロコシ輸出を再び増加させ、1997 年には 667 万トン、2000 年には 1048 万トン、
2002∼2003 年にも 1000 万トンを上回る輸出量となった。この時期にはトウモロコシの国
内価格は国際価格を上回っていたため、政府は輸出企業を支援すること目的に輸出に関わ
る付加価値税(「増値税」)の免除や還付を行ったり、輸送のための鉄道建設基金の減免を
実施したりするなど、トウモロコシ輸出を奨励してきた(郭[2009: 134]) 10。
鳥インフルエンザの発生によって飼料用トウモロコシの需要が弱含みをみせた 2005 年
には、中国政府はトンあたり 140 元の保管輸送費の補助とトンあたり 143 元の付加価値税
の還付、そして省ごとの輸出補助金(吉林省ではトンあたり 60 元、黒龍江省ではトンあた
り 70 元)を行い、トウモロコシ輸出を政策的に支援した(『2006 中国糧食市場発展報告』)
11
。その結果、国内のトウモロコシ市場価格が国際市場を大幅に上回っていたにも関わら
ず(卸売市場価格の単純比較で国際市場価格よりも 52%高い水準)、同年には 864 万トン
のトウモロコシ輸出を行った。
10
1995 年以降の中国の主要なトウモロコシ輸出先国は韓国(輸出量全体の半分程度)、マレーシア、インドネ
シア、日本となっている(Global Trade Atlus データベースより)。
11
付加価値税の還付率は、トウモロコシの卸売市場の基準価格を 1100 元/トンにするように決められたという
(『2006 中国糧食市場発展報告』82 ページ)。
- 126 -
図8
中国のトウモロコシ輸出入の推移
1800
万トン
1600
1400
輸出量
輸入量
1200
1000
800
600
400
200
0
1985年
1990年
1995年
2000年
2005年
(出所)『中国農業発展報告 2009』より筆者作成。
しかし、2005∼2006 年には在庫率が 25%前後まで低下して、国内のトウモロコシ需給が
逼迫してきたこと、また 2007 年頃からトウモロコシの国際価格が大幅に上昇してきたこと
から、中国政府はトウモロコシの輸出量を再び減少させ始めた。とりわけ、2007 年末から
は、トウモロコシに対する輸出関税と輸出企業に対する付加価値税への還付率引き下げを
実施し、トウモロコシの輸出を抑制することで、国際価格高騰が国内市場の価格に波及す
ることを防ぐ政策を実施した。その結果、2007 年には 492 万トンあったトウモロコシの輸
出量は、2008 年には 27 万トンへと激減した。
ところで、中国ではトウモロコシ輸出に関して輸出割当制度を実施している。トウモロ
コシ輸出の決定過程は、国家発展改革委員会が中国国内の需給関係や穀物価格、CPI など
を総合的に判断したうえでトウモロコシの輸出総枠を決め、各省に輸出量を配分するとい
う形になっている(飼料輸出入協議会編[2009: 126])。そして 2009 年現在、中国の企業で
トウモロコシの輸出権を保有しているのは、中糧集団(COFCO)と吉糧集団の 2 社のみで
ある。中糧集団は 1952 年に設立された中国最大の国有アグリビジネス企業で、食糧の国内
流通と貿易業務、製油業を始め畜産業や包装業、ホテル経営などを幅広い事業を手がける
コングロマリットでもある。また、吉糧集団も吉林省人民政府が出資して 1996 年に設立さ
れた国有企業で、穀物の買付・販売を始め、穀物の物流業や先物取引、農業保険業など様々
- 127 -
な事業活動を行っている。
このようにトウモロコシの輸出量は国家発展改革委員会によって決定され、輸出業務は
この巨大国有企業 2 社に独占されているため、トウモロコシ輸出入は純粋な経済原則のみ
で決定されているわけではない。むしろ国内需給のバランスを確保するという大前提のも
と、余剰トウモロコシを海外に輸出するという政府の食糧安全保障政策の影響を強く受け
ていると考えられる。
表 10
中国の国別港湾別のトウモロコシ輸入量
(1)国別輸入量
単位:万トン
2006年
輸入量
2007年
構成比
輸入量
2008年
構成比
輸入量
構成比
輸入合計
6.51
100%
3.51
100%
4.91
100%
ミャンマー
0.90
14%
1.51
43%
2.45
50%
ラオス
0.49
8%
1.63
46%
1.96
40%
アメリカ
5.90
91%
0.36
10%
0.49
10%
ペルー
0.01
0%
0.01
0%
0.01
0%
ベトナム
0.02
0%
0.00
0%
0.00
0%
(2)港湾別輸入量
単位:万トン
2006年
輸入量
2007年
構成比
輸入量
2008年
構成比
輸入量
構成比
輸入合計
6.51
100%
3.51
100%
4.91
100%
青島(山東省)
5.20
80%
0.08
2%
0.00
0%
昆明(雲南省)
0.60
9%
3.14
89%
4.41
90%
黄甫(広東省、広州市)
0.32
5%
0.00
0%
0.00
0%
上海
0.22
3%
0.25
7%
0.48
10%
(出所)World Trade Atlus より筆者作成。
それに対して中国のトウモロコシ輸入は、大規模な輸入を行った 1995 年を除き、輸入量
は非常に少なく、1990 年以降で 10 万トンを超える輸入を行ったのは 1990 年代ではわずか
に 4 年間だけで、2000 年代はすべて 10 万トンを下回っている。トウモロコシの輸入割当
である輸入税率 1%の数量は、2002 年は 585.0 万トン、2003 年は 652.5 万トン、2004∼2008
年は 720.0 万トンに設定されているが、このように実際の輸入量はその輸入枠を大きく下
回っている(森[2008: 122-123]) 12。
12
中国のトウモロコシ輸入の輸入枠内関税率は、1996 年 4 月以降は一貫して 1%であるが、割当外関税率は
1996 年 4 月から 2000 年までが 114%、2001 年は 71%、2002 年は 68%、2003 年は 64%、2004 年以降は 60%
となっている(OECD [2005: 115]、森[2008: 123])。
- 128 -
他方、2006 年以降のトウモロコシ輸入の特徴として、ミャンマー、ラオスなどの東南ア
ジア諸国からの輸入が増えている点が挙げられる。表 10 では 2006 年以降の国別・税関別
のトウモロコシ輸入量を整理した。2007 年のミャンマーからの輸入量は 2.41 万トン、ラ
オスからは 1.96 万トンとなっており、絶対量としては少ないものの、雲南省の昆明市を経
由した東南アジアからの輸入ルートが形成されてきている 13。
3.トウモロコシの流通システムの実態
3.1.
トウモロコシの流通状況
本節では、中国におけるトウモロコシの国内流通について簡潔にまとめていく。表 11
では 2003 年以降のトウモロコシの商品化率と国有企業の買い取り比率を示した。まず商品
化率についてみると、2003 年には 44%であった商品化率が 2004 年の食糧流通の完全自由
化にともない大きく上昇し、2004 年には 51%、2006 年には 55%、2008 年には 64%となっ
た。食糧全体の商品化率が 2004 年は 41%、2006 年は 50%、2008 年は 54%であるのと比
較すると、トウモロコシの商品化率の高さがわかる。
他方、商品化されたトウモロコシに対する国有企業の買い取り比率を見てみると、2003
年は 61%と高い水準にあったが、食糧流通が完全自由化された 2004 年には 48%へと大き
く下落した。国有企業による買い取り比率の低下の理由として、トウモロコシに対する飼
料用と工業用の旺盛な需要が存在したことから、民間商人のトウモロコシ買付への参入が
相次いだことが挙げられる。その後も国有企業買い取り比率の下落が続き、2007 年にはそ
の比率は 33%となった。しかし、トウモロコシの生産過剰の傾向がみえてきた 2008 年に
は、中央政府が 850 万トンの備蓄用トウモロコシの臨時買付を行ったことから、国有企業
買い取り比率が再び 45%へと上昇している。
さらに、省を超えたトウモロコシの広域取引量についても同表に提示した。
『中国糧食発
展報告』では 2007 年以降の数値が公表されていないが、2003 年から 2005 年の流通量は年
13
アジア経済研究所の研究会(2007 年 5 月)での藤田幸一・京都大学東南アジア研究所教授の報告によると、
ミャンマーではタイ CP の進出(1995 年∼)を契機に農家によるトウモロコシの栽培が普及し、そのトウモロ
コシの一部が中国南方地域と東南アジア諸国との国境貿易を通じて雲南省経由で中国に入ってきているとい
う。また河野・藤田[2008]によると、ラオスの北部山地部の焼畑地帯では、自給的陸稲生産のほか、家畜(水
牛、豚)や林産物を販売していたが、1990 年代半ば以降、ハトムギや林産物の中国向けの輸出が増加し、近
年はサトウキビ、天然ゴム、ハイブリッド米、トウモロコシ(ベトナム品種が主)などの輸出が勃興してきて
いるという。そしてラオスでは、農家からのトウモロコシの集荷はラオス商人が行い、国境の町で中国人商人
に売り渡され、昆明市まで無税で運ばれている。輸送費がかさみ、農家の庭先販売価格は昆明市での販売価格
の半分程度であるが、ラオスでは農業投入財と労賃が低いので、それでもトウモロコシ栽培農家の収益性は相
対的に高く、トウモロコシの販売価格も雲南産や東北地区から輸送されてくるトウモロコシの価格と均衡状態
にあるという。
- 129 -
間 3000 万トンから 3800 万トンへと漸増している。その一方で、同時期にはトウモロコシ
生産量と商品化率も上昇したため、生産者販売量に対する広域取引量の割合は 2003 年の
59%から 2004 年の 53%へと減少傾向もみられる。
表 11
トウモロコシの国内流通状況
(単位:万トン、%)
年次
①トウモ
ロコシ生 ②生産者
販売量
産量
③国有企業
買い取り量
②/①
③/②
④省を超えた
広域取引量
④/②
2003
11,583
5,097
44%
3130
61%
3,000
59%
2004
13,029
6,645
51%
3158
48%
3,500
53%
2005
13,937
2006
15,160
8,345
55%
3424
41%
2007
15,230
9,050
59%
3008
33%
2008
16,591
10,678
64%
4754
45%
4530
3,800
5,100
61%
(出所)『中国糧食発展報告』(各年版)より筆者作成。
3.2.
トウモロコシの地域間需給均衡と流通市場
一国としてトウモロコシの需給バランスを維持するためには、国内の効率的な食糧物流
システムを整備させることが必要不可欠である。前述のように、トウモロコシの最大の産
地である東北地区(吉林省、黒龍江省)では畜産業の発展が後れる一方、畜産業の盛んな
四川省を代表とする西南地区や東部地区では飼料用トウモロコシの需要は大きいが、地元
での生産量は限定的である。そのため、東北地区で生産されたトウモロコシを西南地区な
どの南方に輸送するための物流システムの構築が必要であった。
省別のトウモロコシ需要量については、体系的なデータが公表されていないため、各地
でトウモロコシの需給均衡がどのような状況にあるかについて、十分な調査研究は進んで
いない。しかし、『2003 中国糧食市場発展報告』では、1999∼2001 年の地区別のトウモロ
コシ需要量のデータが公表されていることから、トウモロコシ生産統計を利用して、地区
別の飼料用トウモロコシに関する需給バランスを推計することは可能である。そこで、表
12 では、より詳細な地区区分のもと、飼料用トウモロコシの需要量と需給バランスを示し
た。東北地区では飼料用トウモロコシの需要量は 800 万トン前後と少ないため、年によっ
て変動はあるものの 1500 万トン以上の余剰トウモロコシが存在する。また、華北地区でも
東北地区ほどの水準ではないものの、毎年 1000 万トンを超える余剰トウモロコシがあった。
- 130 -
表 12
トウモロコシの地区別飼料需要量と需給バランス
1999/2000
2000/2001
2001/2002*
飼料需要量 需給バランス 飼料需要量 需給バランス 飼料需要量 需給バランス
8,800
4,009
8,900
1,700
8,700
2,709
2,552
4,824
2,581
2,808
2,523
3,641
東北地区
792
3,114
801
1,534
783
2,184
華北地区
1,232
1,146
1,246
832
1,218
1,038
西北地区
528
563
534
442
522
420
黄淮・華東地区
3,256
-37
3,293
-260
3,219
40
長江以南地区
2,992
-778
3,026
-848
2,958
-972
華中地区
968
-630
979
-629
957
-641
西南地区
1,144
483
1,157
405
1,131
300
華南地区
880
-631
890
-625
870
-631
全国
長江以北地区
(出所)『2003中国糧食市場発展報告』82頁(原出所は国家糧食信息中心2003年1月予測値)、『改革開放三十年農業統計資料
匯編』に基づき筆者作成。
(注)2001/2002の飼料需要量は推計値である。
それに対して、黄淮・華東地区ではトウモロコシの需給がほぼ均衡しているが、長江以
南地区の華中地区と河南地区では毎年 600 万トン前後の供給不足にある。畜産業の盛んな
四川省を含む西南地区では、需給バランスでみると 300∼500 万トンの余剰にあるが、食
用・工業用のトウモロコシ需要を考慮すると、実質的に需給バランスは均衡か供給不足の
状態にあると考えられる 14。
また、図 9 ではトウモロコシの主な国内流通ルートを示した。国家発展和改革委員会・
経済貿易司「糧食現代物流発展規格」
(2007 年 8 月 28 日)によると、中国の食糧省間移出
の方法として、鉄道輸送が 48%、水路輸送が 42%とこの 2 つの輸送方法が大半を占め、道
路輸送はわずか 10%の割合しか占めていない。東北地区からの輸送は鉄道輸送が中心で、
華北地方を経由する形で、華南地方や西南地方に運ばれていく。さらに東北地区から東北
最大の輸送港である大連港までは、専用のバラ積み鉄道網が整備され、大連港から浙江省
や福建省、広東省といった畜産業(養豚、養鶏)の盛んな地域にトウモロコシや東北米な
どが大規模に輸送されている。
14
筆者が 2009 年 12 月の四川省畜牧食品局と四川省邛崃市農発局の畜産関連業務の担当者に対して実施した
ヒアリング調査によると、四川省では新希望集団など大規模な飼料企業が存在するが、その原料の多くは東北
地区や新彊ウィグル自治区、華北地区(河北省)、内モンゴル自治区)から運ばれてきていて、特に東北地区
と新彊ウィグル自治区のものが多いという。また、飼料原料としてもこれら地域で生産されるものの方が、地
元のものよりも飼料としての質が良いということも確認した。
- 131 -
図9
中国のトウモロコシの主要流通ルート
東北地区
華北地区
大連港
西南地区
ミャンマー、ラオス
華東地区
(出所)農業部種植行管理司組編[2004: 182]などを参照に筆者作成。
そしてトウモロコシの国内流通が成立する必要条件として、地域間でトウモロコシ価格
に合理的な差が存在することが挙げられる。地域間のトウモロコシの価格差を確認するた
め、生産費調査データを利用して、農家のトウモロコシ平均販売価格(トウモロコシの販
売総額(副産物は含まず)を販売量で割った値)を省別に計算した。3 カ年分(2004、2006、
2008 年)の主要な省のトウモロコシ販売価格を整理した図 10 をみると、2004 年の販売価
格では吉林省と黒龍江省が全国平均を大きく下回る一方で、河北省、河南省、山東省では
全国平均レベル、そして畜産業が盛んな四川省と雲南省では全国平均を大きく上回ってい
ることがわかる。2004 年の四川省のトウモロコシ価格と吉林省・黒龍江省のそれを比較す
ると、四川省の方がそれぞれ 44%。50%も高い。この大きな価格差が中国国内のトウモロ
コシ流通の背景にあるといえる。
2006 年になると、東北地区を除く 6 つの省のトウモロコシ価格の格差が大幅に縮小した。
しかし 2007 年半ば以降の豚肉価格の高騰に伴い、畜産業が盛んな西南地区では養豚業を規
模拡大する農家が急激に増加したため、トウモロコシ需給が逼迫し、それが 2008 年の西南
地区でのトウモロコシ価格の大幅上昇に影響している。
- 132 -
図 10
省別のトウモロコシの庭先販売価格
1.80
kg/元
1.70
2004年
1.60
2006年
2008年
1.50
1.40
1.30
1.20
1.10
1.00
0.90
0.80
全国平均
吉林省
黒龍江省
河北省
河南省
山東省
四川省
雲南省
貴州省
(出所)『全国農産品成本収益資料匯編』(各年版)より筆者作成。
また、本表から読みとれるもう一つの特徴として、東北地区とその他のトウモロコシ産
地間(河北省、河南省、山東省)でのトウモロコシ販売価格の格差が縮小してきたことが
挙げられる。前節で指摘したように、東北地区ではトウモロコシを利用した加工工場が数
多く設立されてきたことに加え、養鶏業や酪農業を中心とする畜産業の成長も著しく、ト
ウモロコシに対する地元での需要が増大してきた。これらの要因が東北地区のトウモロコ
シ販売価格を押し上げているものと考えられる。
3.3.
国内食糧流通の現状と課題
中国国内の食糧物流システムの概要をまとめたものとして、国家発展改革委員会が 2007
年 8 月 28 日に公表した「糧食現代物流発展規格」が挙げられる。この資料はトウモロコシ
以外のコメや小麦など食糧物流全体について記述したものであるが、トウモロコシの物流
システムを理解するうえで参考となる。
本資料によると、省間食糧移出の交通手段は鉄道と水路が中心で、トウモロコシやコメ、
大豆などの主要穀物の移出が盛んな東北地区では、大連港向けのバラ積み食糧輸送体系が
形成され、産地から大連港や営口港など東北地区の港湾にバラ積み輸送される食糧は 2000
万トン近くにのぼるという。そして 2003 年からは、世界銀行と国内金融機関からの融資で、
- 133 -
東北地区、長江沿線、西南地区で食糧の貯蔵庫、積み替え倉庫、港湾庫の建設とバラ積み
輸送システムの整備を行った。その結果、5260 万トンの総備蓄量を誇る国家食糧庫が建設
され、2006 年末の全国食糧備蓄在庫量は 2 億トン、倉庫利用率は 87%となった。
ただし、食糧のバラ積み輸送は全般的に発展途上にあって、輸送される食糧のうち袋詰
めで輸送されるものが全体の 85%を占め、バラ積み輸送に対応できる倉庫の割合も約 11%
で、食糧の運び入れは主として人力によって行われている。また、鉄道バラ積み貨車を配
備した食糧倉庫も全体の 1.2%程度にとどまる。このような食糧のバラ積み輸送体系の整
備の後れは輸送コストと輸送時間に影響していて、輸送コストは食糧販売価格の 20∼30%
(先進国の倍)、東北地区から南方への輸送日数は 20∼30 日(先進国の同距離の 2 倍以上)
であるという。また、輸送中の食糧損失も 800 万トンと推計され、2005 年の省間食糧輸送
量(1 億 2000 万トン)に対する割合は 6.7%にのぼる。そのため、効率的なバラ積み物流
整備に向けた取り組みが、特に 2006 年から強化されてきた。
さらに「糧食現代物流発展規格」では、2015 年までに中国全土に食糧のバラ積み輸送ル
ートと物流拠点の建設を行い、省を跨る食糧輸送の「四散化」
(バラ貯蔵、バラ輸送、バラ
積み込み、バラ卸)とサプライチェーン全体の管理を実現することで、食糧流通効率の向
上と食糧流通コストの削減を行い、国家の食糧安全保障を強化することを政策目標として
目指している。本計画は二つの段階からなり、第一段階(2006∼2010 年)では省間食糧流
通の「四散化」の発展に重点をおき、食糧流通全体に占めるバラ積み流通比率を 15%から
35%、省間食糧流通(輸出分は含まず)のバラ積み比率を 20%から 50%に高めること、第
二段階(2010∼2015 年)は、バラ積み流通比率を 55%、省間食糧流通(輸出分は含まず)
のバラ積み比率を 80%に高めることが目標として掲げられた。
4.
中国の食糧流通政策の変遷と食糧安全保障問題
ここまで、中国のトウモロコシの生産状況と消費動向、そして流通システムについて整
理してきた。トウモロコシを含めた食糧流通は、計画経済時代には政府の強力な管理下に
おかれ、1990 年代から食糧流通システムの自由化が試みられたものの、多くの挫折と施策
の揺り戻しによって必ずしも順調に進んでこなかった。
だが 2004 年から食糧流通の完全自由化が実施されたことで、政府が食糧流通に対して行
う直接的な関与は減少する一方で、食糧生産農家や食糧加工企業に対する補助金の支出や
食糧備蓄のコントロール、あるいは輸出企業に対する付加価値税の還付といった間接的な
手段を通じて、政府は依然として食糧流通のなかで重要な役割を果たしている。とりわけ、
急速な都市化による農村部の農地減少と 2007 年頃から発生した世界的な穀物価格の高騰
によって、中国政府は食糧安全保障に対する危機感を高め、食糧増産に向けた農業政策を
- 134 -
強化してきている。本節では、このような食糧安全保障をめぐる中国政府の取り組みを考
察していく。
4.1.
食糧関連の農業政策の変遷
1949 年の建国以降、中国では食糧生産を重視する農業政策と都市住民に対して安価な食
糧を配給する一元的な食糧流通制度が形成され、1990 年代中頃までその制度は維持されて
きた。この政策の背景には、賃金財としての食糧価格を抑制することで都市セクターの労
賃を抑え、蓄積された余剰を重工業の投資に向けるといった「強蓄積メカニズム」が存在
した(中兼[1992])。反面、政府による食糧流通の直接統制は流通管理面での大きな取引費
用を引き起こすと同時に、農業生産に対するインセンティブを阻害したことから、改革開
放以前の農民あたり食糧消費量の増加はわずかにとどまった。
そのため、1978 年末から始まった農村改革では、農業生産責任制の導入と農産物買上価
格の引き上げ、農産物の自由市場の復活などを通じて、農民の農業生産に対するインセン
ティブを高めることに政策の主眼がおかれた。その後、野菜や肉類などの副食品の流通市
場は 1990 年頃までにほぼ自由化したものの、食糧流通については 1980 年代も引き続き厳
しい直接統制を維持してきた。1990 年代に入ると、都市世帯の所得水準が向上する一方で
生活消費支出に占める穀物支出の割合が大きく低下してきたことから、都市住民の食糧流
通の自由化が試みられ、小売段階での自由化はほぼ実現した。しかしながら、生産者販売
段階では価格高騰や地域間の需給逼迫など多くの問題が発生したため、食糧流通の自由化
は 1990 年代後半まで先延ばしされ、完全自由化が達成されたのは 2004 年であった(寳劔
[2003]、池上・寳劔編[2009])。
このような食糧流通をめぐる政策転換については、表 13 に整理した。以下では、2004
年から実施された食糧流通市場の完全自由化政策の内容を簡潔に整理する。食糧流通制度
の完全自由化は、2004 年 5 月 23 日に国務院から「糧食流通体制改革を一層深化させるこ
とに関する意見」に基づいて実施された。その主な内容は、①食糧消費地のみならず、食
糧主産地においても食糧買付を自由化し、国有食糧企業以外の多様な経営主体が食糧買付
を実施できるようにしたこと、②食糧買付け価格の面では「保護価格」
(市場価格よりも若
干有利な価格による買付け)を撤廃し、市場価格が政府によって事前に公表された「最低
買上価格」
(市場価格が低迷した際に政府が農家から買い付ける最低支持価格)を下回る場
合には、後者の価格で買い上げを行うこと、③保護価格による買付けを代替するものとし
て、2004 年から食糧販売農家への直接補助を実施することが挙げられる。
- 135 -
表 13
中国の食糧流通に関する政策の変遷
年
主な政策
①1978∼84年
集団農業の解体と農業生産責任制度の導入、食糧の統一買付
制度の維持と買付価格の引き上げ、農産物自由市場の復活
②1985∼90年
食糧の複線型流通システム(食糧義務供出と市場販売の併
存)の形成、副食品市場の段階的自由化
③1991∼93年
食糧買付・流通面での統制撤廃、副食品市場の完全自由化、
農産物の流通・加工・生産の一体化強化
④1994∼98年
食糧需給逼迫によって食糧義務供出制度が復活、全量買付に
よって食糧の過剰生産・過剰在庫問題の発生
⑥1999∼03年
消費地での食糧流通自由化促進、食糧需給の間接コントロー
ルを強化、農業産業化政策の本格的始動
⑥2004年∼
食糧流通の完全自由化、農家への直接補助制度の実施、農民
組織への支援と規格化
特徴
欲農
民
向業
の
上生
食
と産
糧
都へ
確
市の
保
住意
自
施
由
と
化
揺
政
り
策
戻
の
し
実
民自
へ由
の化
直強
接化
補と
助農
管理
直
接
統
制
間
接
統
制
(出所)寳劔[2003: 36]をベースに、その他資料より筆者作成。
保護価格が実施されていた 2004 年以前は、一部の食糧について農民保護のために市場価
格より高い保護価格で購入し、その逆ざやで赤字を被っていた国有食糧企業に対して「糧
食リスク基金」から補助金支出されていた。2001 年時点での全国各省の糧食リスク基金の
合計額は 301.83 億元であったが、食糧流通市場の完全自由化によって、国有食糧企業に対
する補助金支出を取りやめ、食糧生産農家に対して現金を直接支出することで食糧生産へ
のインセンティブを高めることを目指した。そして 2004 年には 116 億元を農家への直接補
助金として支給し、その金額は徐々に増加してきて、2009 年には予算ベースで 190 億元を
支給することになっている(池上[2009: 51-54])。
それに対して、食糧に対する最低買付価格は 2004 年にはコメについて開始され、2006
年から小麦もその対象に追加された。対象品目ごとの最低支持価格の変化については、表
14 に示した。コメについて最低買付価格が実際には発動したのは 2005 年で、早稲インデ
ィカ米 456.7 万トンと中晩インディカ米 794.9 万トンを最低買付価格で農家から買い取り、
2007 年にもインディカ米 210 万トンの最低価格購入が行われた。さらに国際的な穀物価格
の高騰が収まった 2008 年秋以降、コメ価格の低迷が顕著となったため、政府は国家臨時ス
トックの形で 1435 万トンのコメの買い取りを実施した。
- 136 -
表 14
早稲インディカ米(三等級)
最低買付価格
変化率
コメと小麦の最低買付価格
中晩稲ジャポニカ米(三等級) 中晩稲インディカ米(三等級)
最低買付価格
変化率
1500元/トン
最低買付価格
変化率
小麦(三等級、白麦)
最低買付価格
変化率
2004年
1400元/トン
1440元/トン
2005年
1400元/トン
0.0%
1500元/トン
0.0%
1440元/トン
0.0%
2006年
1400元/トン
0.0%
1500元/トン
0.0%
1440元/トン
0.0%
1440元/トン
2007年
1400元/トン
0.0%
1500元/トン
0.0%
1440元/トン
0.0%
1440元/トン
0.0%
2008年
1540元/トン
10.0%
1640元/トン
9.3%
1580元/トン
9.7%
1540元/トン
6.9%
2009年
1800元/トン
16.9%
1900元/トン
15.9%
1840元/トン
16.5%
1740元/トン
13.0%
(出所)国家発展和改革委員会・経済貿易司のホームページ(http://jms.ndrc.gov.cn/default.htm)より筆者作成。
他方、2006 年から最低買付価格対象に追加され小麦では、価格が低迷した 2007 年には
2895 万トン、2008 年には 4174 万トンの最低買付価格による買い取りが実施された。また、
2009 年の最低価格買い取りは、9 月 25 日時点で 3999 万トン(前年同期より 184 万トン減)
となった(鄭州市糧食卸売市場ホームページ、2010 年 1 月 29 日閲覧)。このようにコメと
同様、小麦の余剰分についても政府が大量に買い支える状況にある。さらに表 14 に示され
ているように、2008 年から最低買付価格が大幅に引き上げられている。コメの最低買付価
格の価格上昇率は 2008 年が 9.3∼10.0%、2009 年が 16.9%、小麦についても 2008 年は 6.9%、
2009 年は 13.0%となっていることから、政府が価格支持政策を強化していることがわかる。
それに対してトウモロコシは、旺盛な需要の伸びを反映して 2009 年現在まで最低買付価
格の買い付け対象とはなっていない。しかし、2007 年頃からトウモロコシ生産量の大幅増
にともない、販売価格の下落傾向がみられたことから、コメと同様に中央備蓄と国家臨時
ストックとして 2007 年には 460 万トン、2008 年には 3574 万トンを政府購入している。な
お 2007 年の備蓄用トウモロコシの買付価格(中等トウモロコシ)は、内モンゴル自治区と
遼寧省が 1420 元/トン、吉林省が 1400 元/トン、黒龍江省が 1380 元/トンであったが、
2009 年にはそれぞれ 1520 元/トン、1500 元/トン、1480 元/トンとなり、トウモロコシ
の買付価格も 17%程度引き上げられている 15。
このように中国政府は、食糧増産による価格低迷が顕在化してきた 2007 年頃から食糧価
格を買い支える政策を強めている。この 2007 年は世界的な食糧価格高騰と時期的に重なる
ことから、中国政府による食糧価格支持政策は国際穀物市場の動向を反映したものである
15
2005 年以降の最低買付価格、中央備蓄、国家臨時ストックによる政府買付量については『中国糧食発展報
告』
(各年版)と鄭州市糧食卸売市場ホームページ(http://www.czgm.com/)に基づく。なお、2008 年のfコメ
とトウモロコシの政府買付量に関して、二つの統計データの間で大きな乖離が存在するが、各種資料と整合性
を付き合わせたうえで、本稿では後者のデータを優先させている。また、2009 年の政策目的による政府買付
量(速報値)は次のようになっている。小麦:4091 万トン、コメ:1117 万トン、トウモロコシ:2748 万トン、
大豆:492 万トン(『農民日報』2010 年 1 月 21 日)。
- 137 -
と考えられる。そこで次項では、食糧安全保障をめぐる中国政府の動向を整理していく。
4.2.
2008 年の中国政府による穀物輸出規制と食糧安全保障政策
穀物の国際価格は 2007 年から上昇傾向を見せ始めていたが、2008 年に入るとその価格
は急騰し、特にコメの国際相場の代表的指標であるタイの FOB 価格は 2007 年 12 月から
2008 年 5 月に最高値をつけるまで、わずか半年あまりで 3 倍の水準まで急上昇した。トウ
モロコシや小麦、大豆といった主要な穀物でもコメほどではないものの、2008 年半ばに国
際価格がピークに達し、その後に大きく落ち込む結果となった。
このような穀物価格の高騰が中国の国内市場に波及することを抑えるため、中国政府は
2007 年末から主要穀物の輸出規制強化する措置を立て続けに打ち出した。具体的に述べる
と、国務院は 2007 年 12 月 20 日に麦類、コメ、トウモロコシ、大豆などの穀物とその製粉
の輸出戻し税(13%)を廃止することを承認し、2008 年 12 月 30 日の国務院・関税税則委
員会では 2008 年 1 月 1 日から 12 月 30 日の 1 年間限定で麦類 20%、麦粉 25%、コメ・ト
ウモロコシ・大豆 5%、米粉・トウモロコシ粉・大豆粉 10%の輸出関税を導入することを
決定した。さらに 2008 年から小麦粉、米粉、トウモロコシ粉などの粉製品が輸出割当許可
管理対象に追加された(『人民日報』2008 年 1 月 15 日、池上[2008])。
その結果、2008 年の中国の食糧輸出はわずか 186 万トンで、2007 年の 986 万トンから大
幅に減少した。とりわけ、トウモロコシと小麦の輸出量の減少が大きく、小麦は 2007 年の
307 万トンから 2008 年には 13 万トン、トウモロコシも 492 万トンから 27 万トンへ激減し
たことから、事実上の輸出禁止措置が採られたといえる。このような厳しい輸出政策のお
かげで、2008 年の国際穀物市場価格の変動にもかかわらず、大豆を除く中国の主要穀物の
国内卸売市場価格を安定させることに成功したのである。
図 11 はコメ(標準一等二期インディカ米)、小麦(三等白小麦)、トウモロコシ(二等黄
トウモロコシ)、大豆(三等油脂大豆)の全国卸売市場の平均価格を表示した。大豆に関し
ては年間 3000 万トン以上を輸入しているため、国際相場の高騰を反映して 2007 年末から
中国国内の卸売市場価格も大きく高騰した。それに対して、小麦とトウモロコシは 2007∼
2008 年にかけて安定した国内価格を保っていた。また、コメの価格をみると 2008 年 5 月
頃に若干の上昇がみられるものの、その後も 2900 元/トン前後と価格を維持し続けている。
さらに 2008 年の世界的な穀物価格高騰と中国政府による厳しい輸出規制措置のなか、国
務院常務会議は 2008 年 7 月 2 日に「国家食糧安全保障中長期計画綱領」を承認し、食糧安
全保障を一層強化することを鮮明にした。この綱領では、①食糧自給率を 95%以上に安定
させること、②2010 年の食糧生産能力を 5 億トン以上とし、2020 年までにそれを 5 億 4000
万トン以上とすること、という 2 つの目標が掲げられ、それを実現するために、耕地面積
は 1 億 2000 万ヘクタール、基本農地面積は 1 億 400 万ヘクタールを下回らないよう耕地保
- 138 -
護を強化すること、農業基盤整備の強化や食糧備蓄体系の改善といった政策を実施するこ
とが定められた 16。
図 11
6,000
主要穀物の中国国内価格の推移
人民元/トン
5,000
大豆
4,000
コメ
3,000
小麦
2,000
1,000
トウモロコシ
0
年 11
月
2009
年 09
月
2009
年 07
月
2009
年 05
月
2009
年 03
月
2009
年 01
月
2009
年 11
月
2008
年 09
月
2008
年 07
月
2008
年 05
月
2008
年 03
月
2008
年 01
月
2008
年 11
月
2007
年 09
月
2007
年 07
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2007
年 05
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年 01
月
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年 11
月
2006
年 09
月
2006
年 07
月
2006
年 05
月
2006
年 03
月
2006
年 01
月
2006
(出所)鄭州糧食卸売市場ホームページ(http://www.czgm.com/)より筆者作成。
(注)小麦は三等白小麦、大豆は三等油脂大豆、トウモロコシは二等黄トウモロコシ、コメは標準一等二期
インディカ米の全国卸売市場の平均価格。
このように中国の食糧安全保障政策は、国内での自給用食糧生産とそのための農地を確
保する一方、輸出については国際価格が高騰する際には厳しい輸出規制をかけるが、国際
市場が安定している場合には国内余剰食糧を海外に向けに販売するという基本原則が形作
られたと考えられる。その一方で、小麦とトウモロコシの国内価格と国際価格を比較した
図 12 から明らかなように、2008 年の穀物価格高騰時期を除けば、小麦とトウモロコシの
中国国内価格はシカゴの国際相場を上回り、国際競争力を欠いていることは明かである。
そのような状況のなか、2009 年には小麦の最低買付価格の一層の引き上げを実施したり、
あるいは備蓄用トウモロコシの買い増しを行うといったりするといった行為は、農民を利
する政策ではあるものの、食管赤字の拡大による将来的な財政負担となる危険性が高い。
加えてここ数年の食糧増産も、食糧生産農家に対する直接補助や農業生産資材に対する補
助金といった政府による財政支援の後押しよる影響力も大きい。
16
2008 年 10 月に国務院が採択した「全国土地利用総体計画綱領(2006−2020 年)」においても、総耕地面積
と基本農地面積について同様の目標が確認された。
- 139 -
図 12
トウモロコシ・小麦の国際相場と中国国内価格
3,000
人民元/トン
小麦(シカゴ)
2,500
小麦(中国)
2,000
1,500
1,000
トウモロコシ(シカゴ)
トウモロコシ
(中国)
500
0
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(出所)農林水産省ホームページ(http://www.maff.go.jp/)、鄭州糧食卸売市場ホームページ
(http://www.czgm.com/)、人民銀行ホームページ(http://www.pbc.gov.cn/)より筆者作成。
(注)小麦・トウモロコシ・大豆については、シカゴ商品取引所の第1金曜日の期近価格を利用した。また、
米ドルの人民元への為替レートは人民銀行ホームページの「人民幣滙率中間図表」の月初めレートを
利用した。
また、2008 年の穀物価格高騰で明らかになったように、国内での食糧需給に重点をおい
た中国の食糧安全保障政策は、極端な輸出量の調整によって穀物輸入国の経済に対して多
大な負の影響をもたらしかねない。中国のような食糧消費大国が一国としての食糧需給を
重視することは国際的な穀物市場の安定化に対して大きな意義をもつが、その一方で世界
的なレベルでの食糧安全保障政策に対する中国の貢献も求められている。
4.3.
トウモロコシの新たな可能性:バイオエタノール生産の振興と抑制
食糧流通改革と食糧安全保障と関連する動きとしてものとして、トウモロコシを利用し
たバイオエタノール振興政策が挙げられる。その政策の背景の一つには、中国人の都市世
帯の所得向上と都市化によるモータリゼーションの急速な発展と、それにともなう石油需
要の急増がある。中国における 1990 年の自動車保有台数は 551 万台であったが、2000 年
には 1609 万台、2008 年は 5100 万台へとわずか 20 年あまりで自動車保有台数は 10 倍近い
- 140 -
水準にまで急増した(『中国統計年鑑 2009』627 ページ)17。さらに中国汽車工業協会の発
表によると、2009 年の中国の新車販売台数は 1364 万 4800 台(対前年比 46.2%増)で、ア
メリカを抜いて初めて世界第一位となった(『日本経済新聞』2010 年 1 月 11 日)。
このような急速なモータリゼーションは、当然のことながらガソリンを始めとする石油
需要の大幅な増大をもたらしている。製造業の急速な発展と相まって、石油消費量は急激
な増加をみせ、2000 年の 2 億 3514 万トンから 2007 年には 3 億 8706 万トンと年平均で 7.4%
の増加率を示している。その一方で、中国国内の石油生産量は石油資源の制約から 1600∼
1800 万トン前後にとどまり、海外からの輸入が大幅に増加した。石油輸入量は 2000 年の
7027 万トンから 2007 年には 1 億 6318 万へと倍増したため、中国の石油自給率は 58%まで
低下した(楊[2009])。
中国政府は石油の輸入依存度の増加に対して強い危機感を抱くと同時に、世界的な石油
価格の上昇傾向が顕在化してきたことから、中国政府は代替エネルギーへの関心を強めて
きた。そして 2005 年には、
「再生可能エネルギー法」を全人代常務委員会 14 回会議で採択
(2006 年 1 月 1 日施行)するなど代替エネルギーの取り組みを強化している。また、2007
年 8 月に出された「再生可能エネルギー中長期発展規画」では、バイオエタノールの生産
目標を 2010 年には 200 万トン、2020 年には 1000 万トンとするなど、意欲的な目標も掲げ
ている。
バイオエタノール生産を支援する背景のもう一つの要因として、トウモロコシや小麦な
どの余剰食糧の問題がある。前述のように、1990 年代末からの食糧の保護価格での無制限
買付を実施したことから、余剰食糧の在庫が発生し、その処分が大きな問題となっていた。
在庫期間が 3 年間以上となるトウモロコシは「陳化糧」と呼ばれるが、それを利用してバ
イオエタノールの製造を行うことで、余剰トウモロコシの処分とガソリン供給増を実現す
る一石二鳥の政策が打ち出されてきたのである。
そしてトウモロコシを原料とする燃料用エタノール生産は、余剰在庫問題が深刻化して
いた黒龍江省と吉林省で全国に先駆けて実施された。1998 年に中糧集団傘下のアルコール
メーカーである黒龍江省の華潤酒精公司がバイオエタノール生産の許可を受け、2002 年 9
月から黒龍江省のハルビン市と肇東市でガソリンにバイオエタノールを 10%添加したガ
ソホール(E10)の独占販売を実施した。吉林省では、省の重点プロジェクトとして 2001
年 9 月に吉林燃料乙醇有限公司を設立した。吉林燃料乙醇有限公司は、石油メジャーであ
る中国石油と穀物メジャーである中糧集団と吉糧集団の合弁事業として設立され、2003 年
秋から年産 30 万トンの燃料用エタノールの生産規模で操業を開始し、それに歩調を合わせ
る形で 2003 年 11 月には吉林省は全国に先駆け、全省で E10 ガソホールのガソリンスタン
17
都市世帯に対する家計調査によると、自動車を保有する世帯の割合は 2000 年では 0.5%であったが、2005
年には 3.4%、2008 年には 8.8%へ急増している(『中国物価及城鎮居民家庭収支調査統計年鑑 2009』)。このこ
とからも、中国の都市世帯の間でもマイカーブームが広がっていることがわかる。
- 141 -
ドでの販売を義務づけた(田島[2010: 4-5])。
さらに 2002 年 11 月には、河南天冠燃料乙醇公司が設立され、河南省の鄭州市、洛陽市、
南陽市の 3 都市でも E10 ガソホールの販売が実施され、2003 年には安徽省豊原燃酒精有限
公司もバイオエタノールの生産を開始した 18。2004 年 10 月からは E10 実施地域が黒龍江
省、吉林省、遼寧省、河南省、安徽省の 5 省全域に拡大し、2006 年からは湖北省、河北省、
山東省、江蘇省の 4 省でも E10 使用が義務づけられた(銭[2008])。
しかしながら、トウモロコシに対する旺盛な需要と補助金をつけたトウモロコシの輸出
を積極的に行ってきた結果、2004 年頃からトウモロコシの在庫量が大幅な低下をみせてき
た。すなわち、政府が保有するトウモロコシの在庫率(USDA データ)は、2004/2005 年の
在庫率は 27.9%、2005/2006 年は 25.7%、2006/2007 年は 25.2%へと低下し、トウモロコシ
不足も懸念された。さらに、アメリカでトウモロコシを原料としたバイオエタノール生産
が大幅に増大したことで、2007 年頃からトウモロコシの国際価格が顕著な上昇傾向を示し
てきた。
そのため、2006 年末から中国政府はバイオエタノール政策の大きな転換を打ち出した。
すなわち、2006 年 12 月 18 日に中国国家発展改革委員会は「トウモロコシ加工生産管理の
緊急通知」を発表し、穀物と競合するバイオエタノール生産を抑制する方針を示したので
ある。そして新規エタノールプラント建設の凍結、4 社のバイオエタノール生産企業に対
する設備拡大の政府許可要請の義務化が決定され、さらにキャッサバなどのイモ類を原料
とするバイオエタノール工場建設のみを認可することとなった。
さらに
2007 年 9 月には、中国国家発展改革委員会「トウモロコシ加工産業の健全発展
の促進に対する意見」を発表し、非穀物系原料によるバイオエタノール生産の方針を一層
強化した。その「意見」の主な内容は、①トウモロコシ加工業への無秩序な投資と重複的
な投資を抑制し、国内トウモロコシ生産能力の適度な発展を目指すこと、②トウモロコシ
の飼料用、食用、種子用需要を優先し、その余剰分をトウモロコシ加工として利用するこ
と、③東北地区と内モンゴル自治区の商品化トウモロコシの主産地としての地位を確保し
たうえで、飼料工業とトウモロコシ加工業の適切な配置と発展を促進すること、④国内で
の需給バランスの維持を基本とし、トウモロコシ輸出への管理の強化と、国内需給安定の
ための必要に応じたトウモロコシ輸入の促進すること、⑤トウモロコシ加工での原料利用
の効率化向上と汚染排出物の削減を進めること、といった 5 つから構成され、トウモロコ
シを利用したバイオエタノール生産抑制の方針を一層強化した。
このような政策転換の結果、2007 年以降のバイオエタノール生産量は伸び悩んだが、そ
18
河南省と安徽省の 2 つの企業は、トウモロコシ以外の余剰小麦を利用する形でバイオエタノールの生産を
開始したが、食用との競合のため小麦利用は早々に破綻し、地元で余剰とはいえないトウモロコシや東北地区
からの移出トウモロコシ、あるいは輸入キャッサバを利用したバイオエタノール生産への転換を余儀なくされ
た。そのため、バイオエタノール生産では政府からの補助金や免税など手厚い優遇措置がなければ経営維持が
困難な状況で、中糧集団や中国石化などの巨大国有企業からの資本注入も受けている(田島[2010])。
- 142 -
の一方で東南アジア(タイ、ベトナム、インドネシアなど)からのキャッサバ輸入量が急
増している 19。前述のように 2006 年の燃料用アルコールに使用されるトウモロコシは 272
万トンで、トウモロコシの国内総消費量に占める割合はわずか 2.0%にとどまる。このよ
うにトウモロコシ需要に占めるバイオエタノール製造で利用されるトウモロコシの割合は
現状では非常に小さいものの、中国政府は 2007 年末からの穀物価格の高騰とバイオエタノ
ール工場建設への投資加熱を大きく問題視し、先手を打つ形でトウモロコシ使用の抑制が
行われた。このことからも、飼料用需要を重視した食糧安全保障に対する中国政府の強い
姿勢がうかがえる。
5.おわりに
本稿では、中国の食糧生産全体の動向のなかにトウモロコシを位置づけたうえで、トウ
モロコシの生産・消費動向を概観するとともに、供給面でとりわけ重要なトウモロコシ流
通の現状と課題について整理してきた。さらに、2007 年頃からの世界的な穀物価格高騰に
対して中国政府が強化してきた食糧安全保障政策に注目し、具体的な取り組みとその問題
点を考察してきた。
本稿の分析内容をまとめると、以下の四点に整理することができる。第一に、中国では
1990 年代末からコメや小麦といった穀物生産が伸び悩む一方で、飼料用と工業用の旺盛な
需要を反映してトウモロコシ生産は 2000 年代に入っても過去最高の生産量を更新し続け
ている点である。特に 2000 年代に入ると発酵製品、コーンスターチ類、アルコール類とい
ったトウモロコシの工業用需要が大幅に増加してきたことがトウモロコシ増産の大きな要
因となっている。
第二に、中国では東北地区で生産される相対的に安価なトウモロコシが南方地域に輸送
される国内流通システムが形成されると同時に、国内の余剰トウモロコシに補助金をつけ
て海外向けに輸出する形でトウモロコシ貿易が実施されていることである。そして 2000
年代に入ると、東北地区でも養鶏業と酪農業を中心とするトウモロコシの飼料用需要やア
ルコール製造などの工業用需要が増加してきていることから、トウモロコシの東部地区と
西南地区での価格差が縮小し、地域間流通量にも変化がみられている。
第三に、2007 年頃からの世界的な穀物価格の高騰を受け、中国政府は食糧流通完全自由
化後も食糧安全保障の観点から、食糧価格に対する支持政策と食糧生産農家に対する直接
補助政策を強化していることである。政府による最低買付価格や中央備蓄・国家臨時スト
19
FAOSTAT によると、中国のキャッサバ(ドライ)輸入量は 1990 年代には 100 万トンを下回っていたが、
2001 年には 198 万トンと急増し、2005 年には 335 万トン、2007 年には 467 万トンと大幅な増加を示している
(輸入量の 6∼7 割がタイ産)。
- 143 -
ックいった形での食糧買付は 2007 年頃から顕著となり、2009 年からは最低買付価格が大
幅に引き上げられるなど、食糧安全保障確保に向けた食糧増産のための保護政策を強めて
きている。その一方で、2007 年末から主要穀物に対して輸出戻し税の廃止や輸出関税の導
入、輸出割当管理対象への追加といった輸出規制強化する措置を立て続けに打ち出し、世
界的な穀物価格の高騰が中国国内市場に波及することを抑制してきた。
そして第四に、このような中国政府による食糧安全保障政策は一国としての穀物価格の
安定を維持するうえでは大きな意義があるものの、一方的な輸出規制は世界的な穀物価格
の不安定性を悪化させる危険性と食管赤字拡大に繋がる危険性を孕んでいる点である。
2008 年の洞爺湖サミットの G8 首脳声明でも、暗に中国政府を始めとする穀物輸出国の輸
出規制政策が強く批判された。さらに保護主義的な穀物貿易政策は、競争力の低い国内の
穀物生産を補助金によって維持させることで農業の構造調整を後らせてしまい、将来的に
大きな食管赤字を発生させる危険性もある。したがって、中国の食糧安全保障政策は国際
市場の動向と国内市場の実態を踏まえた上で、慎重に舵取りを行っていかなければならな
い。
本稿の今後の課題としては、トウモロコシを中心とする生産農家から消費者への販売ル
ートの現状について、現地調査を通じて体系的に整理することである。寳劔[2003: 58]では
2004 年の食糧流通完全自由化以前の流通ルートを整理したが、現在は国有食糧企業の改革
が進展し、民間の仲買人や加工企業も生産農家からの買付に積極的に参入していることか
ら、流通ルートに大きな変化が生じている可能性が高い。今後、トウモロコシの主産地で
ある東北地区を中心に中国国内の物流ルートの実態とその特徴の把握に努めていく予定で
ある。
また、本稿では食糧安全保障政策による食糧生産保護を強化していると主張したが、そ
の保護の度合いがどの程度であるのか、あるいは先進国や他の途上国と比較してどの程度
の水準にあるのかについて、十分な考察が行えなかった。この点についても、各種統計デ
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