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日本における孔子学院から見た中国の対外言語
日本における孔子学院から見た中国の対外言語教育政策 ―言語普及機関の存在意義への再考― 指導教員 西山教行 京都大学大学院 准教授 人間・環境学研究科 共生人間学専攻 外国語教育論講座 侯佳奕 2011 年 1 月 14 日 論文内容の要旨 共生人間学 専攻 氏名 侯 佳奕 本研究は、中国の中国語普及促進プロジェクトの施策として発足した孔子学院の日本に おける事業から、中国の対外言語教育政策を考察するものである。 90 年代以降、グローバリゼーションの進展に伴い、文化の多様性を尊重する流れが構築 されつつある。このような社会的文脈で、中国語・文化の伝播を目的とする孔子学院は、 それ自身の対外言語教育政策における限界性や、中国と日本社会において、文化交流活動 に対する広く認められる認識の相異などのために、 「自国の価値を強制する」といった指摘 をしばしば受けている。そこで孔子学院は理念の修正や文化交流活動を展開するなかで、 「自国の価値の強制」に対して自身を正当化する工夫を行っている。 本稿は孔子学院の組織形態や正当化の取り組みを取り上げて、中国の対外言語教育政策 を検討する。分析の結果、大学レベルでの国際教育交流の促進、自国アイデンティティー の重視、および教育の産業化の発展は、中国の対外言語教育政策の三つの特徴であること が判明した。 さらに、本稿は政策の観点から言語普及機関の存在意義を検討する。つまり言語普及機 関は国家の教育体制の中で国際的側面の開放を促進し、さらに国際理解を達成するために 必要なのである。したがって言語普及機関を評価するにあたっては、政府との関連や自国 アイデンティティーの強調よりも、異文化に対する態度がより重要な判断基準であると考 えられる。つまり多様な文化の共存を保障することを前提とした言語普及は、自文化にも 異文化にも対等の価値を最大限に見出すために行う限りにおいて、文化交流の点で存在意 義がある。またそれが言語普及機関の向かうべき方向ではないだろうか。 ii 目 次 0.はじめに 1 0.1 孔子学院とは何か 1 0.2 研究動機と目的 3 0.3 本論文の概要 4 1.中国における文化外交 6 1.1 定義 6 1.2 中国の文化外交の生まれた国際環境と国際交流の潮流 7 1.3 中国における文化外交の変遷 8 1.3.1 国内外の一体化 8 1.3.1.1「国内文化政策」と「対外文化政策」の結びつき 8 1.3.1.2 内政と外交の一体化 9 1.3.2 文化政策と産業政策の一体化 10 1.3.3 文化外交の多様化への進展 10 iii 1.3.4 域内交流の拡大 11 2.孔子学院の事業から見た中国の対外言語教育政策 13 2.1 中国における対外中国語教育の変遷と孔子学院の発足 13 2.2 組織形態から見た中国の対外言語教育政策 14 2.2.1 孔子学院と国家漢弁の関係 14 2.2.2 孔子学院と国家漢弁、協力校との関係 15 2.3 正当化の取り組みから見た中国の対外言語教育政策 17 2.3.1 日本における孔子学院の事業 17 2.3.2 正当化の取り組みの分析 19 2.3.2.1 理念の分析 19 2.3.2.2 事業の分析 21 3.存在意義の再考 25 3.1 構造的問題 25 3.1.1 自立性への錯覚 25 iv 3.1.2 対外政策と対外文化政策の関係への誤解 25 3.1.3 国内からの反発の構造的原因 26 3.2 存在意義の検討 27 3.2.1 存在意義を検討する時の問題点 27 3.2.1.1 文化交流活動のスタイル 27 3.2.1.2 一言語中心 29 3.2.2 言語普及機関の存在意義 30 4.結論 32 4.1 まとめ 32 4.2 本研究の限界 33 参考文献 35 v vi 0.はじめに 0.1 孔子学院とは何か 「孔子学院」とは、中国文化や中国語などの教育および伝播のために、中国政府が 海外の大学や教育機関と連携して設置し運営する、非営利的な教育機関である。 「国家漢弁」という部署が孔子学院を担当しており、海外の大学や現地教育機関と の提携、中国からの教師派遣、現地の中国語学習者を対象とした文化交流やフォーラ ム、シンポジウムなどの開催、中国語の教材提供や奨学金の支給など、国家漢弁はさ まざまな協力や支援事業を行っている。 世界初の孔子学院は 2004 年にソウルで設立され、国家プロジェクトとしてスター トした。その後、各国の大学に設立された孔子学院や現地の中学・高校に設置された 「孔子課堂 1」もある。さらに、学習者がより便利に中国語を習得できるよう、ウェブ サイトやラジオ局、テレビ局との協力による「ネット孔子学院」や「ラジオ孔子学院」 などの開設も進んでいる。2009 年 11 月までのところ、世界中に孔子学院は 282 校、 孔子課堂は 272 カ所、計 554 校が開校されており、短期間に 88 カ国・地域に広がっ ていった(表 1)。 表 1 2009 年 10 月までの世界中の孔子学院・孔子課堂の数 地域 孔子学院 孔子課堂 アジア 28 カ国 70 校 10 カ国 27 カ所 アフリカ 15 カ国 21 校 2 カ国 2 カ所 ヨーロッパ 29 カ国 94 校 アメリカ 11 カ国 87 校 オセアニア 2 カ国 10 校 合計 84 カ国 282 校 7 カ国 34 カ所 5 カ国 176 カ所 1 カ国 2 カ所 25 カ国 241 カ所 ミャンマー、マリ、バハマは孔子課堂のみで、孔子学院はなし *国家漢弁のホームページによる情報から作成 1 一般的に、大学に設置されたのは「孔子学院」と呼ばれるが、小・中・高校などの機関に設 置されたものは、「孔子課堂」と呼ばれる。孔子課堂には、中国と海外の小・中・高等教育機 関の連携によって設置された例もあるが、現地における孔子学院の特別事業として設置された 例もある。ただし、日本の場合、孔子課堂以外に「孔子学堂」がある。孔子学堂は、特に孔子 学院の特別事業として設置された機関を指すと考えられる。 1 日本の孔子学院第 1 号は、2005 年に立命館大学と北京大学の提携によって設立し た「立命館孔子学院」であり、それ以降、数年のうちに 12 学院、6 学堂が全国に開校 されている(表 2)。2007 年 11 月には 2010 年までに全世界で 500 校設置という新たな 目標が掲げられ、この一年間を見ると平均 3 日に一校の設置という急増ぶりである(中 国体育報 2007)。 表 2 2009 年 10 月までの日本における孔子学院と孔子課堂・学堂 2007/11/7 国家漢弁に 2007/11/7 開校日 中国国際放送局 中国国内の協力校 よる調印日 2007/11/16 2008/1/8 北京対外経済貿易大学 東京都 東京都 2005/6/28 2008/1/22 2005/6/28 2008/5/12 上海師範大学 北京大学 北京航空航天大学 広島県 大分県 2008/3/24 2006/10/25 2008/4/4 2006/10/25 京都府 2008/3/3 2008/4/1 桜美林大学孔子学院 東京都 2005/11/1 2006/1/18 桜美林大学孔子学院 滋賀県 2006/11/1 2006/11/1 北陸大学孔子学院 石川県 2005/12/15 2006/2/15 北京語言大学 愛知大学孔子学院 愛知県 2006/2/24 2006/4/1 南開大学 札幌大学孔子学院 北海道 2006/8/3 2006/11/22 広東外国語外貿大学 早稲田大学孔子学院 東京都 2007/4/12 2008/4/1 北京大学 岡山商科大学 岡山県 2007/6/12 2007/11/25 大連外国語学院大学 大阪府 2007/8/28 2007/11/26 上海外国語大学 兵庫県 2007/10/25 2008/4/5 天津中医薬大学 長野県 2007/11/7 2007/11/7 中国国際放送局 長野県日中友好協会 名称 長野ラジオ孔子学堂 長野県 所在地 福山大学孔子学院 立命館孔子学院 広島県 京都府 立命館孔子学院 工学院大学孔子学院 東京学堂 福山銀河孔子学堂 立命館アジア太平洋 海淀実験中学 淅江大学 上海実験学校 大学孔子学院 立命館孔子学院 大阪学堂 同済大学 高島学堂 孔子学院 大阪産業大学 孔子学院 神戸東洋医療学院 孔子課堂 長野県日中友好協会 長野ラジオ孔子学堂 2 *馬場(2010)による記述から作成 0.2 研究の動機と目的 中国は 2004 年 11 月に韓国ソウル校を皮切りとして、全世界で孔子学院を一気に増 やし、拡大のスピードは孔子学院の大きな特徴の一つとなった。中国政府は国際社会 の中で影響力の最も強まっている「今」のタイミングをのがさずに、迅速な展開をし ていることから、自国語普及によって自国の威信を高めようとする姿がしばしば話題 になってきた。その中で、日本外務省はこれに対抗するかのように海外での日本語教 育拠点を増やす方針を立てた。 「外務省は『日本語人口の多い東南アジアなども中国語 に席巻される』との危機感を募らせている」(読売新聞 2007)と報道されている。孔子 学院が自国語普及の攻勢をかけることで、各国の自国語普及関係者は衝撃を受けたと 言ってもよい。 一方、中国側はしばしば孔子学院が「純粋で、学術的な」教育機関であり、政治と は関係ないと強調することによって、その正当性を証明する姿勢がうかがえる。おそ らく中国自身も、自国語普及事業がある種の脅威を生むことを認識しているのだろう。 孔子学院は海外の学校との連携を拒否されたことがあるにもかかわらず、世界各地 で新しい学校を次々と開校している。これに対し、一部の海外のメディアは「ソフト パワーを増強させた中国は、孔子学院を通じて外国に中国の文化を浸透させようとし ている」という「価値観押し付け論」によって批判を行っている。さらに、日本では 2010 年 6 月に日本華字紙・日本新華僑報ウェッブサイトで大阪産業大学重里事務局長 が孔子学院について「文化スパイ機関」という発言を行ったとのことから、激しい衝 突が起こったこともある。 なぜ国際交流の目的で設立された孔子学院は、しばしば中国の政治的野心と関連し ていると考えられるのだろうか。日本を例とすると、それには日中を取り巻く国際環 境、両国の関係が影響していることに加えて、自国語普及機関のかかえる構造的問題 があるのではないか。 一方、中国国内には次のような批判の声も聞こえる。 「貧しい人が国内にたくさんい るのに、なぜ孔子学院に莫大な経費をつぎ込んで、外国人の中国語学習を助けるのか」。 文化交流のための孔子学院に対する財政支出の正当化は容易ではない。 以上のとおり、日中両国の国際交流に関わる伝統や観念、日本と中国を取り巻く国 際環境、さらに言語普及機関における構造的な問題などの角度から見れば、孔子学院 3 がどのようにしてそれ自身を正当化しているかを検討することは興味深い。本稿は、 組織形態や事業状況から、孔子学院がいかに自己自身を正当化しているかを考察する。 この問題に注目したもう一つの理由は、中国の対外言語教育政策がまだ十分に明確 でないためである。中国は対外言語普及においてまだ日が浅いため、十分に完備した 体制を持っていない。漠然たる理念に基づいて、巨額の経費で国際交流事業に乗り出 しても、 「漢弁はいったい何をしているか」といった、孔子学院に対する疑問がしばし ば浮かびあがる。 したがって、本稿はこのような観点から日本における孔子学院の組織形態と事業状 況における正当化の取り組みに焦点を置き、孔子学院がどのような組織なのか、いか にそれ自身を正当化しているかを考察し、さらに組織形態や正当化の取り組みに現れ る中国の対外言語教育政策を分析する。そして言語普及機関の存在意義を再考したい。 0.3 本論文の概要 第 1 章では、まず孔子学院を定義するため、文化交流と文化外交の差異を考察する。 次に先行研究を検討し、孔子学院が国の政策や国益と密接に結びついている点を確認 し、孔子学院を文化外交の範疇に置く。その上で 21 世紀の国際文化交流の新たな動き を紹介したい。そして、このような中国の文化外交の形成に影響を与えた国際環境の 下で、中国の文化交流や文化外交の変遷を概観するため、いくつかの面における転換 点を分析する。これは、孔子学院の発足の条件や背景と考えられるからである。 第 2 章では、中国の対外言語教育政策を明らかにするため、まず中国の対外中国語 教育の変遷と孔子学院の発足の経緯を検証する。これは孔子学院の組織形態に関わる。 次に、孔子学院の組織形態を分析して、そこに表れる中国の対外言語教育政策の特徴 を検討する。さらに日本における孔子学院の事業を紹介し、それ自身を正当化させる ために行う取り組みを理念や事業の両方面から検討し、中国の対外言語教育政策にお ける特徴を解明する。すなわち大学レベルでの国際教育交流の促進、自国アイデンテ ィティーの重視、および教育の産業化の発展という三つの特徴である。 前章では、孔子学院の国の政策や国益との関連を説明し、それが文化交流機関の限 界であると解明したことを受けて、第 3 章ではそのような言語普及機関の存在意義を 検討する。 第 4 章では、本研究のまとめを行い、研究の限界および結語などを述べる。 4 1. 1.1 中国における文化外交 定義 ミッチェル(1990)は、欧米や日本における国際関係の文化的側面を検討している。ミ ッチェルは孔子学院の事業に言及していないが、主にブリティッシュ・カウンシル(英 国)の国際文化交流事業における情報を取り上げ、フランスやイタリア、ドイツ、アメ リカ、日本の 5 カ国を比較とし、政府と国民が相互に関係する方法や国際交流機関と 5 人々が相互理解を達成する方法を解明し、文化交流のあり方を探求している。その中 で、文化交流と文化外交の差異を分析している。これらは「両方とも、近代国家が文 化を通して、相互に関係させようとして行っている行動」であり、 「両方とも、文化は 国家のアイデンティティーの表現である認識の体現である」。この二つの用語は同義語 として使われることが多い。しかし文化外交の範囲は狭く、本質的に政府の行為を指 すのに対して、文化交流はより中立的で包括的な用語である(ミッチェル 1990:5-11)。 孔子学院は中国の「ソフト・パワー(Soft Power)」増進を掲げており、相手国の国民 を対象とする政策という意味合いを持つことから、政策形態としては「パブリック・ ディプロマシー(Public Diplomacy)」の一種として評価されている(青山 2008)。そして、 李(2010)は、中国政府側のソフト・パワーやパブリック・ディプロマシー 2の概念に関 する考え方から見ると、孔子学院の事業は、言語・文化普及による「自己勢力の超大 勢力化」に過ぎないと指摘している。このように孔子学院は政治と緊密に関連してい ることから、文化外交の範疇において検討してよい。 孔子学院は、いくつかの先進国における国際文化交流分野の経験を参考にして構想 されたと言われている。設置を検討していた 2002 年頃に、イギリスのブリティッシ ュ・カウンシルやドイツのゲーテ・インスティトゥート、スペインのセルバンテス学 院など先進国の例を模範としたようだ。孔子学院やこれらの国際交流関係機関は、政 府によるものや民間によるものを問わず、文化交流機関と言ってよい。また孔子学院 は中国の文化外交の中で、言語と文化の伝播を目的とし、言語教育を手段として設立 された機関であることから、本稿では「言語普及機関」と呼ぶ。 さて、中国の文脈において「文化外交」は次のように規定されている。 「文化外交とは、主権国家が国の文化的利益および対外文化戦略目標の達成を 目的とし、対外文化政策に基づき、文化を手段として行う外交活動である」(李 2004:3、筆者訳)3。 このように理解するならば、文化外交は新しいものではなく、古くから存在するも 2 ここでのパブリック・ディプロマシーは、 「自国の国益と安全保障を促進するために、情報を 提供することによって他国民に影響を与え、相互理解を促進するという外交形態」(青山 2008) という意味である。 3 原文は「主权国家以维护本国文化利益及实现国家对外文化战略目标为目的, 在一定的对外文 化政策指导下, 借助文化手段来进行的外交活动」である。 6 のである。しかし文化外交という概念は、その重要性が極立ってきたグローバリゼー ションの時代において再認識されるべきである。そして孔子学院とは何かを検討する 場合、それを中国の文化外交の文脈に還元しなければならない。 1.2 中国の文化外交の生まれた国際環境と国際交流の潮流 冷戦の終焉は新しい国際秩序を生み、国際交流の政治的・地理的制約を激減させた ことから、中国もその改革・開放路線によって国際社会との交流を大幅に拡大するよ うになった。西側と社会主義圏との交流の拡大に伴って、イデオロギー上の論争や対 立がめだち始め、交流による相互理解が大きな共通課題となる。それから、90 年代以 後、新しい世界秩序を求めるグローバリゼーションの進展と共に、アメリカ中心の文 化市場が形成されてきた。文化や価値観の多様性および差異の理解はより追求され、 「文化の多様性を維持し尊重する流れが、これまでにないほど複雑に絡み合う時代に 入ったのである」(和田 2003)。こうした時代の流れのために、文化交流の重要性が再 認識されるようになった。 この時代のもう一つの特色は、情報技術の革新がもたらした交流にある。インター ネットを通して大量の情報を発信・受信することが可能となり、国際社会における世 論はより豊富なリソースのもとに形成されるようになった。そのほかグローバル・メ ディアの影響力もますます上昇し、こうしたグローバリゼーションの中で、国家は政 策決定に当たって、国際社会における世論への配慮が必要となってきている。したが って海外での自国イメージの向上を目指して、世界各国の世論に影響を与え、自国を 有利な方向に導くことは各国の政治行為の動機の一つとなる。 さらにグローバリゼーションの進展において、軍事力や経済・政治力といったハー ド・パワーへの依存度が相対的に少なくなり、ソフト・パワーの重要性がますます高 まっている。ここでのソフト・パワーは、自らが望んでいることを、他の勢力も同様 に希求することによって、好ましい結果を手にする能力を意味することである。これ は、強制よりもむしろ魅力によって目的を達成することである(ナイ 2001:288-289)。 「市 場競争」というメカニズムが導入され、経済・政治上の競合がソフト化されることに より、文化・知的産業という形で「文化市場」に参入し、国家のソフト・パワーを醸 成している。 このような文脈から、文化交流は国際社会における世論形成のためであれ、あるい はソフト・パワーを育てるためであれ、重要な役割であると考えられることになった。 7 さらに、この中で国益を相応に意識した、国家機関を主体とする戦略的な文化交流に は、相変わらず重要な位置づけが与えられている。こうした国際文化交流の戦略化は 1976 年のドイツを皮切りに、88 年の日本や 94 年のカナダにも見出され、90 年代には それを外交の 3 支柱の一つに位置づける流れができた。国家機関を主体とする意識的 で戦略的な文化交流は、文化外交の範疇に属するのである。 1.3 中国における文化外交の変遷 1.3.1 国内外の一体化 文化外交で望ましい成果を手にするためには、他国から憧れられるような文化的魅 力が不可欠である。そこでは、国内の文化政策の成果に頼ることなく、対外文化政策 を考えることはできない。 1.3.1.1 「国内文化政策」と「対外文化政策」の結びつき 中国は1949年に誕生した若い国でありながら、国民はその古代文明に誇りを感じる 傾向にある。それはいわゆる民族的性格というよりも、中国政府が伝統文化の復興に 凝らした工夫のためと言えよう。中国政府は1991年に「中華人民共和国文物保護法」(筆 者訳)4の改訂を行い、「中華人民共和国民族民間伝統文化保護法」(筆者訳)5を起草し、 立法措置により伝統文化を復興している。また1997年には「文化建設は総合的国力の 体現である」(筆者訳)6という理念が中国共産党第十五回全国代表大会で提起された上、 2001年には江澤民 7により「昔のものを現在に役立たせる」 8ことが提唱され、伝統文 化の復興が国家建設の一部となった。 国内外における儒学研究に対する経済的支援のため、中国政府は1994年に資金を投 入して「中国孔子基金会」を設立し、同時に「国際儒学連合会」が北京で設立された。 また同年に山東省曲阜において「孔林」と「孔府」と「孔庙」が世界文化遺産として 認められた。その後、孔子の故郷である曲阜で毎年「孔子文化祭」が開かれ、2004年 に「曲阜国際孔子文化祭」として民間中心の事業にかわり、公的で大規模な文化祭と 4 中国語名は「中华人民共和国文物保护法」である。 中国語名は「中华人民共和国民族民间传统文化保护法(草案)」である。 6 原文は「文化建设是综合国力的体现」1997 年 9 月 12~18 日に北京で開かれた「中国共产党第 十五次全国代表大会」で提起された理念である。 7 中国語名「江泽民」。1998年3月に中華人民共和国主席に選ばれた。 8 原文は「我国几千年历史留下了丰富的文化遗产、 我们应该取其精华、去其糟粕、结合时代精 神加以继承和发展、做到古为今用」である。これは江澤民主席によって中国共産党創立 80 周 年の演説で提出された。 5 8 なった。同年、孔子誕生2555周年を記念するために国際儒学連合会によって国際学術 セミナーが北京で主催され、中国全国政協主席賈慶林は儒学研究の成果を世界に紹介 することを訴えた 9。 このように、中国の国内文化政策は伝統文化の復興を特徴とするもので、それは21 世紀になってからの対外文化政策との結びつきが認められる。中国の国内文化政策の 成果は対外文化政策に対して重要なリソースとなってきた一方、儒学復興の国内文化 政策はまた「孔子」をブランドとして海外で広める着想の源ともなっている。 1.3.1.2 内政と外交の一体化 文化外交が明確な概念として中国政府によって提出されたのは 2004 年であるが、冷 戦の終焉を迎えて中国政府がとった内政および対外政策の主張と行動から、中国の文 化外交のアウトラインがうかがえる。 1978 年末から実施し始めた改革・開放政策の下で、中国は経済発展を中心とした「現 代化建設」の道を著しい勢いで進め、国際社会との交流を拡大しつつある。21 世紀に 入って、中国政府は「科学的発展観」 10 と呼ばれる政治理論を打ち出し、経済や政治、 文化の調和的発展を図ることになった。そこで文化の発展を国家の発展に重要な部分 とみなし、文化外交を政治的、経済的外交と同様に位置づけた。特に 2001 年の WTO 加盟を背景として、教育分野におけるグローバル化は加速し、中国と外国の教育交流 と協力を促進する施策が打ち出されている(日暮 2008)。ここから、国内の政治・経済 の発展、あるいは教育や文化の振興といった内政的視点と、国際市場の確保ないし国 際的地位の増強への追求といった対外的視点との一体化の試みが見られる。 1.3.2 文化政策と産業政策の一体化 近年、米国による文化市場の寡占が米国の経済および政治面で利益をもたらすこと により、ハリウッド映画を始め、視聴覚メディアの伝播する大衆文化の影響力の強さ が再認識されている。日本でも外務省は 2007 年に国際漫画賞を創設し、日本の漫画、 アニメおよび音楽の海外での影響力を利用して、文化外交を促進しようとする取り組 みを行っている(新華网 2007)。したがって、文化市場の占有はすでに文化政策の課題 9 原文は「要以科学的态度、运用科学的方法、努力加强对儒家文化的挖掘、整理和研究…要积 极向世界介绍、推广儒学研究的成果、把介绍中国优秀传统文化和宣传生气蓬勃的当代中国社会 主义先进文化结合起来、从而更好地让中国走向世界、让世界了解中国」である。 10 「科学发展观」という理論は中国共産党中央書記長胡锦涛が 2003 年 7 月 28 日の演説で提出 した理論である。これは党章にも追加され、中国共産党の指導思想の一つになった。 9 になった。 このように、グローバリゼーションの進展に伴い、各国は文化を商品としてグロー バルな市場競争へと参入し、国内文化産業の振興と国際文化市場を連動させる傾向が ある。文化商品は国際市場に参入すると、市場から評価を獲得する。その評価は国際 市場を開拓する点で重要でありながらも、国内の文化産業の振興に対しても意義があ る。つまり、文化政策と産業政策を一体化させることが重要な戦略目標となってくる のだ。とりわけ、WTO への加盟という背景のもとに、中国は段階的に国内市場を開放 する必要に迫られている。自国の文化産業の競争力を向上させるために、いわば「産 業保護とリンクした形でパブリック・ディプロマシーが展開されている」(青山2008:7) のである。ここにおいて、孔子学院事業によるHSK試験の推進は、試験の威信を上げ るためであると同時に、中国語教育の振興といった文化政策と国際教育市場の獲得と いった産業政策とを結びつける取り組みであると言ってよい。 そのほか、山东曲阜の「孔林」「孔府」「孔庙」が世界文化遺産として認められたこ とをきっかけとして、観光業による経済発展が認められる。その上「国際孔子文化祭」 のような政府主催の文化活動を利用して経済発展を求める動きもある。さらに2009年9 月に中国国務院(日本の内閣に相当する)は「文化産業振興綱要」を発表し、対外文化貿 易の拡大を提唱し、文化商品の輸出に支援を与えることになってきた。青山(2008)の指 摘するように、中国の文化交流・文化外交には、中国文化の普及とともに、貿易とい うファクターも入ってきている。 1.3.3 文化外交の多様化への進展 戦後、中国は他国との国交を拡大すると共に、文化外交を拡大させ、その形式には 多様化の傾向が見られる。 まず改革・開放政策の実施以降、対外開放政策が採用されることから、海外からの 文化の輸入が増えてきた。欧米から輸入された大衆文化はいたる所に見られるが、そ れも対外開放政策の例証の一つである。 次に、初期の文化外交と比べると、対外開放以降の文化外交は双方向的な交流が増 えてきた。この中には、文化協定に基づいて義務として双方向的な文化交流を行い、 意識的に世界各国の文化を輸入している事例がある。例えば、2004 年 10 月から 2005 年 7 月にかけて「フランス文化年」と呼ばれる文化活動が実施され、フランスの文学 や音楽、映画、生活様式などを紹介したこともある。またメディアでも双方向性的な 10 交流を行っている。中国の三つ星以上のホテルでは CNN や BBC などが受信できるよ うになったが、その代わりに、海外での CCTV11放送を可能にするといった協力を行っ ている。 さらに、中国は国際交流分野への参入の増加と共に、文化交流の分野でも国際的で 多角的な組織にも加入し、それらを利用して文化交流を進めている。例えば、1985 年 には「世界遺産条約」 12に加盟し、歴史遺産を保護する事業を始めた。 そのほか、文化外交の活動スタイルも豊富になっている。例えば、外交部(日本の外 務省に相当する)による対外政策の広報、文化部(日本の文化庁に相当する)による中国 文化フェスティバルの開催、中国文化センターの設立、教育部(日本の文部省に相当す る)による孔子学院や孔子課堂の事業展開などが行われている。 1.3.4 域内交流の拡大 建国の初期、中国の対外文化交流の多くは、社会主義国家およびいわゆる第三世界 と呼ばれ、これまでの列強諸国の植民地であった発展途上国を対象としていた。しか し改革・開放以降、隣国との友好関係を構築するために、特に90年の天安門事件以降、 近隣諸国との関係改善のために、隣国との文化外交はスタートした。例えば、アジア 文化祭を6回を開催し、数十カ国からの芸術家が参加した。 青山(2008)の分析のように、中国を取り巻く東アジアの統合は物理的側面だけではな く、機能的側面にも認められる。物理的一体化とは、例えばアジア諸国とつながる幹 線道路を整備し、物流や人的交流の拡大を計ることを意味している。一方、貿易の基 準や製品に関わる基準や認証などの共通化の協議によって、機能的一体化の実現を計 っている。このように域内を一体化する傾向が進む限り、域内交流は拡大しつつある といえよう。 11 中国中央電視台(China Central Television) 。それは中国における国営放送のうち、中央放送 局に当たる放送局。 12 「世界遺産条約」とは、顕著な普遍的価値を有する文化遺産及び自然遺産の保護を目的とし、 1972 年 10 月 17 日-11 月 21 日にパリで開かれた第 17 回会期国際連合教育科学文化機関 (UNESCO)総会(議長萩原徹)において採択された国際条約である。1975 年 12 月 17 日の正式名 称は、 「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage)である。 11 2.孔子学院の事業から見た中国の対外言語教育政策 2.1 中国における対外中国語教育の変遷と孔子学院の発足 中国政府は、外国人を対象とした中国語教育事業を 1950 年から開始し、この年に、 東欧から受け入れた交換留学生向けの中国語クラスを開設し。その後、1962 年に外国 人留学生のための高等予備学校が政府によって設置され、1965 年に高等予備学校は北 京語言学院(今の北京語言大学)と改組され、外国人に中国語を教えることを主たる目的 12 とする高等教育機関になった。業務内容は中国国内で中国語教育を行うことのほかに、 政府間協定に従って、アフリカやヨーロッパなどの地域に中国語教員の派遣も行なっ ている。しかし、こうした外国人を対象とした中国語教育事業は、1966 年からの 10 年間ほど、文化大革命の影響で中断された。 文化大革命後、改革・開放政策の登場に伴い、1970 年末に短期留学生の受け入れが 始まり、留学生向けの教材作成も着手された。1978 年 6 月 23 日に邓小平氏は留学に 関わる談話を発表した後、その方針に基づいて中国人留学生の海外への派遣と外国人 留学生の受け入れ事業が開始された。 1978 年末から、中国政府は改革・開放政策を実施し、教育改革はその重要な部分と なっていた。その後、大学に外国人留学生を対象とした中国語専攻課程が開設され、 外国人留学生が急増した。1987 年には、70 年代に増加された留学生の指導を強化す る目的で、教育部の直属組織である「国家漢弁」が設置された。これにより、政府に よる対外中国語教育事業は本格的に開始された。しかし、当時は国内の外国人留学生 に対する教育が中心であった。 戦後の長期間の鎖国政策のために、中国は海外との交流が少なかったため、中国へ の留学のニーズはほとんどなく、留学生を受け入れ始めた 70 年代にも、中国に来る外 国人留学生は少なかった。このような状況が変わったのは 1990 年代に入ってからで、 特に中国式の社会主義市場経済の競争体制が整備される 1990 年代半ばごろのことだ と思われる(李 2009)。 1993 年に中国国務院は「中国の教育の改革及び発展についての要綱」を発表した。 この中で、教育の対外開放が明示されることになったが、対外中国語教育を「大いに 強化する」と示すのみであった。その後、2000 年 1 月 31 日に中国政府は「大学にお ける外国人留学生の受け入れに関する規定」を公表した。それは高等教育機関におけ る外国人留学生の受け入れに関する政府の最初の指針であると考えられている。 海外での中国語教育への大きな転換は 2001 年のことである。2001 年に中国は WTO への加盟を背景として、教育分野におけるグローバル化を加速させるために、中国と 外国の教育交流や教育協力を促進する政策を打ち出した。これ以降、中国政府は中国 語や中国文化の普及を国策として積極的に展開することになる。 2002 年頃から、国家漢弁はイギリスのブリティッシュ・カウンシル、ドイツのゲー テ・インスティトゥート、スペインのセルバンテス学院など外国の例を参考し、 「孔子 学院」の設置を検討し、2003 年に「漢語橋プロジェクト」の中心的施策としての「孔 13 子学院」構想を作成した。そして 2004 年に教育部が公表した「2003-2007 年教育振興 行動計画」では、教育の対外開放の拡大が重点施策の一つとして明確に示された。こ れにより、中国語普及促進プロジェクトである「漢語橋プロジェクト」の実施が国の 対外言語政策として提示されることになった。そこで孔子学院はプロジェクトの中心 施策となり、2004 年に韓国で設置された世界初の孔子学院を皮切りとして、3 年足ら ずの内に 200 校に急増していった。2007 年には国務院は、2010 年までの国の教育政 策の方針を示す「教育事業第 11 次 5 か年計画」を公表するが、その中で「中国人の海 外留学と外国人留学生の規模拡大」「中外共同による学校設置の推進」「中国語の国際 普及活動の強化」といった方針を示した。2010 年までに、国務院は全世界に 500 校の 孔子学院を設立する計画をたてている。 2.2 組織形態から見た中国の対外言語教育政策 2.2.1 孔子学院と国家漢弁の関係 中国政府が高等教育レベルで外国人向けの中国語教育や中国文化の普及に目をむけ るようになったのは 1987 年のことである(李 2009)。同年、孔子学院を担当する「国 家漢弁」が設置された。70 年代には中国国内で留学生が増加したことから、1987 年 7 月 24 日に国務院は、「国家対外中国語教育指導グループ」の立ち上げを許可した。こ の指導グループは、財政部(日本の財務省に相当する)や外交部など国家の 11 政府機 関の幹部 12 人から構成されている。これによって、外国と外国人向けの中国語教育の 普及を推進させ、全世界に中国を周知し、中国人にも世界に目を向けさせることが可 能になった 13 。さらに指導グループの通常の事務を処理する機関として教育部の下に 「弁公室」を設け、それは「国家漢弁」と呼ばれている。2006 年に「国家対外中国語 教育指導グループ」は「漢語橋プロジェクト」の実施強化のために、 「国家中国語国際 普及推進指導グループ」と改称された 14 。そして最高責任者を従来の教育部長(大臣)か ら国務委員(副首相格)に引き上げ、グループのメンバーも国務院弁公庁、教育部、財政 部、国務院僑務弁公室、外交部、国家発展・改革委員会、商務部、文化部、国家ラジ オ映画テレビ局、新聞出版署、国務院新聞弁公室、国家言語文字工作委員会の 12 機関 からの 17 人に増員した。国務委員が指導グループの指揮を執り行い、またメンバーも 原文は「向世界推广汉语、增进世界各国对中国了解。致力于让汉语走出国门、走出亚洲、 走向世界」である。 14 中国語名「国家対外漢語教学領導小組」は「国家漢語国際推広領導小組」に変更された。 13 14 増員されたところからも、中国政府が海外での中国語教育政策に注目し、総力を挙げ て取り組んでいる態度がうかがえる(日暮 2008)。そして、2008 年 3 月には、改組が行 われ、指導グループは廃止された。しかし教育部の直属部門「教育部対外中国語教育 発展中心」 15 は「国家漢弁」の名称を使用し続けている。 したがって「国家漢弁」は国家の管理を受け、教育部の下に設けられた非営利的な 「事業単位」と呼ばれる部署であり、これは政府機関ではないにもかかわらず、責任 者は政府の大臣レベルのメンバーによって兼任されている。そのために「国家漢弁」 は政府の恩恵をこうむっており、国家と深い繋がりがある。その業務内容は対外中国 語教育を発展させることである。そして「国家漢弁」は、教育産業化の実施部門とし て、その下に企業を設けている。2007 年 4 月 9 日に「国家漢弁」は「孔子学院本部 16 」 を北京に設置し、それを通じて世界各自の孔子学院を管理し、孔子学院本部に理事会 を設置し、その下に日常業務を行う秘書室が設けられている。2010 年現在、国務委員 劉延東が孔子学院本部の理事会主席となっており、劉は実際の最高責任者である。 2.2.2 孔子学院と国家漢弁、協力校との関係 次に立命館孔子学院を例として、孔子学院と国家漢弁、協力校の関係を説明する(図 1)。孔子学院の多くは、立命館孔子学院と同じく日中双方の教育機関による共同運営 という設置方法を採用している。設置手続きは、海外での教育用敷地の整備や運営計 画など 17 を明記した申請書や計画書を孔子学院本部に提出し、本部が書類審査や現地視 察を行った後、設置が認められた教育機関との設置合意書に署名する、という流れに なっている。なお、外国の教育機関は申請前に中国の教育機関と連絡を取って協力校 になってもらうことを依頼することもでき、また申請時に協力校が決まっていない場 合でも孔子学院本部から推薦を受けられる。外国の教育機関は、本部との間で設置合 意書を取り交わした後、中国側の協力校と運営協議書によって契約を交わすことにな る。 15 中国語名は「教育部对外漢語教学发展中心」でり、1987 年に設立された独立法人の資格を 持つ政府の管理を受ける非政府機関である。主任が設置され、最高責任者となっている。 16 中国語名は「孔子学院総部」である。 「孔子学院章程」により、本部は理事会が置かれ、理 事会は主席、副主席、常務理事と理事から構成される。 17 「孔子学院章程」によると、孔子学院を立ち上げる際、申請機関の所在地に中国語・中国文 化の学習ニーズがあることと、学校運営にふさわしい教職員、場所、施設、設備、学校運営に 必要な資金と安定した資金源が必要であるという。 15 学校法人 立命館 国家漢弁 協力校 北京大学 立命館孔子学院 東京学堂 大阪学堂 北京大学と共同運営 同済大学と共同運営 図 1.立命館孔子学院・学堂と国家漢弁の関連図 *立命館孔子学院の公表された資料から作成 孔子学院での教材や教員は中国側から提供されるが、その一方で外国側には開設 用地など施設や設備の確保が求められている。立命館孔子学院の一例をあげると、中 国側の協力校である北京大学から教師一名と中国語ボランティア教員一名が国家漢弁 により派遣され、他の教師は現地で募集されている。 新設の孔子学院の運営費について、中国政府は「中国語教育プログラム用経費(国 家漢弁項目経費)」という形で投入し、施設の修繕費や設備購入、広告宣伝などのため に資金援助をおこなっている。そして各年度の経費は、外国の教育機関が中国の教育 機関と共同で負担している。 したがって「教育部対外中国語教育発展中心」は、国家の意志に従う対外中国語教 育の発展を所管する教育部の直属部門であるが、 「国家漢弁」は中国政府の委託によっ て中国の「漢語橋プログラム」を実施する機関である。また「孔子学院本部」は以上 のプログラムの下に、世界の孔子学院を管理する機関である。実のところ、国家漢弁 や孔子学院本部、発展中心の物理的実体は同一である。 国家漢弁はまず中国から資金を協力校に投入することによって、教育分野の交流を 促進する。とりわけ途上国など設置資金の確保が困難な国では中国側が出資すること と定められている 18。このような規定こそ、中国と海外の教育交流を拡大し、よりスム 18 「章程」の前に公表されていた国家漢弁の仮策定した「海外孔子学院設置指南」の第 7 条に 記している。 16 ーズに進める原因となる。次に、国家漢弁はプログラムにおいて、人的資源や物資の 統合的な計画を通じて、中国の対外中国語教育に関わる海外との教育交流を管理する。 そして、国家プログラムを進めると同時に、教育商品を開発・普及し、教育の産業化 を実現するのである。 したがって、国家漢弁を考慮にいれないのであれば、このような事業は両国の協力 校が中国語教育を共同の目標とし、それぞれの人的資源や物資を利用した教育分野で の国際交流とほぼ同じであると言ってよい。しかし、国家漢弁による資金や教育資源 の援助によって、このような教育交流は中国の国家プログラムに統合され、 「孔子学院」 というブランドの製造する教育産業の一環に組み入れられるのである。 2.3 正当化の取り組みから見た中国の対外言語教育政策 2.3.1 日本における孔子学院の事業 日本における孔子学院の事業は、以下のようにまとめられる。 ①中国語講座 早稲田大学孔子学院を除いて、すべての孔子学院、学堂、課堂で初心者から上級者 向けの中国語講座が行われている。立命館孔子学院を例としてあげると、常設科目と しては「入門」から「上級」までの講座に加えて、 「北京大学中国語講座」、 「ビジネス 中国語講座」、「発音特訓講座」、「通訳講座」、「司法通訳・翻訳講座」などの講座が行 われている。また集中科目としては「新しい HSK 対策講座」、 「中国語検定対策講座」、 「弱点克服講座」などの受験向けの講座も開かれている。 協力する中国の大学から副院長などの教員が派遣されることがあるが、基本的には 各大学が自前でまかなっている。 ②中国文化講座 すべての孔子学院や学堂、課堂では、文化講座が行われている。例えば、立命館孔 子学院では、文化・教養科目としての「漢詩講座」、「論語講座」の開催、そして「中 国武術・太極拳講座」や「実践中国書道講座」などが開催されている。 講師は日本人あるいは日本在留中国人の場合もあるし、中国から招待した中国人の 場合もある。ただし国家漢弁から講師が派遣された例はない。立命館孔子学院の例を あげると、京都、東京、および大阪において、全世界から著名人を講師に迎えて、中 国の文化、言語、経済、環境、エネルギーなど、あるいは日中関係についての大規模 な講演会を不定期に実施している。 17 ③中国語教員の養成と研修 中国語教員の養成を行っているのはそれほど多くなく、立命館大学、立命館アジア 太平洋大学、桜美林大学、岡山商科大学、工学院大学の孔子学院で行われているにす ぎない。また中国語教員の研修講座は札幌大学孔子学院で行われている。 例えば、立命館孔子学院は2009年度に「中国語教員研修・養成プログラム」と呼ば れる講座を開発・実施した。立命館孔子学院はそれを定期的に実施しているが、他に も研究会やワークショップを開催している。 ④試験、コンテストの実施 多くの孔子学院はHSK試験(漢語水平考試)を実施している。立命館大学、桜美林大学、 北陸大学、札幌大学、大阪産業大学、岡山商科大学の孔子学院にはこれを受験した受 講生がおり、また桜美林大学、岡山商科大学の孔子学院の受講生は新HSK試験を受験 している。 スピーチコンテストについて、国家漢弁はこれに力を入れており、全世界で予選の 行われる漢語橋については、立命館孔子学院が西日本地区予選を実施し、桜美林大学 孔子学院が東日本地区予選を行い、札幌大学孔子学院が北海道予選大会を実施した。 また立命館孔子学院や札幌大学孔子学院は独自のスピーチコンテストを行い、神戸東 洋医療学院孔子課堂は、兵庫県中国文化交流会の開催を通して、高校生や大学生一般 も参加したスピーチコンテストを行っている。そのほかに、長野県日中友好協会ラジ オ孔子学堂は日中友好協会スピーチコンテスト予選を独自に実施し、受講者も参加し た。 ⑤高校生への働きかけ 高校向けの中国語の授業は、北陸大学孔子学院や福山銀河孔子学堂で行われている。 桜美林大学孔子学院は、高校生対象の出張講義や体験授業を行っている。また愛知大 学孔子学院では、東海地区高校生中国語発表会への協賛を行っている。 ⑥中国での現地研修 大阪産業大学や桜美林大学、札幌大学、愛知大学の孔子学院、神戸東洋医療孔子課 堂、長野県日中友好協会長野ラジオ孔子学堂は協力先の大学などで中国語などの現地 研修を行っている。また北陸大学孔子学院は「平成遣中使」という名称で、「高校生・ 北陸大学学生」「高校教員」「受講生」の3班を中国に派遣している。そのほか札幌大 学孔子学院では、2009世界遺産「蘇州古典園林」の見学ツアーを行っている。 ⑦研究型孔子学院 18 早稲田大学孔子学院は研究に特化した孔子学院の例である。他の孔子学院のような 中国語教育は行わず、毎週開講されている講座は大学院の正式単位認定科目として設 置されており、北京大学を中心に複数の教員を招き、早稲田大学の教員とともに講義 を行っている。その他に中国から研究者を招いてシンポジウムや若手研究者の中国研 修育成事業、孔子学院叢書の発行など研究活動に特化した活動を行っている。 ⑧文化交流イベント 全日本青少年中国語カラオケ大会が日中青少年文化交流イベントとして、桜美林大 学孔子学院で行われる。大会には100名以上の応募者があり、観客が1750名が集まるな ど大いに盛り上がり、初学者の中国語への関心を引くという点で大変有効な手段であ る。 また2009年には北陸大学孔子学院が中心となり、初めてアジア地区孔子学院連合 会議を開催し、21カ国51校、協力校14校が参加した。 2.3.2 正当化の取り組みの分析 2.3.2.1 理念の分析 和田(2003:10)は、1990 年代以降の先進国における文化交流の動向が、双方向の交流 から多文化共生へと変化しつつあることを指摘している。和田(2003)の分析によれば、 「多文化共生」という理念が生まれた文脈は、90 年代に入ってから形成されたいわば 「内なる国際化」、つまり国際交流の日常化であり、常態化である。その理念は、とり わけ国内あるいは地域内での文化摩擦の減少やマイノリティ文化の保護、異文化に対 する寛容の精神の涵養などの課題に焦点をおいたもので、多文化共生の実現を追及す るものである。中国の文化政策も、その文化的多様性を尊重する流れの影響を受けて いる。中国政府により提出された一連の対外文化政策から見ると、中国側は単純に地 域内の多文化共生の範囲を世界に拡大し、中国文化は世界文化の一つとして維持され ると強調しているようだ。ただし、中国の文化政策に引用された「多文化共生」は、 内なる国際化という文脈で生まれた「共生」という概念とは違う。したがって中国政 府による「世界文化」としての中国文化は、これまでの意味づけと変わらない。ここ で文化は相変わらず象徴的財産として、国民国家の私有物と認められている。 中国政府における「多文化共生」に対する理解には、異文化との共生よりも自国の 価値の強調という意味が見られる。しかし、今日の文化交流の流れにおいて、自国の 価値の強調を目的とする文化外交は、その目的が相手の国民に認識されると、事業が 執行される際に制約を受ける。そこで、このような自国の価値に対する強調を正当化 19 しなければならない。ここにおいて、自国の価値の強調を正当化するために、 「多文化 共生」や「世界文化」などの概念を援用して、文化・言語普及において自文化の振興よ り、異文化との関係に焦点を置く「そぶり」をする。いわば過去の「長い歴史への誇 り」から現代の「世界の財産」 19 への転換は、国際文化交流の潮流に乗ることにより、 自国の文化振興を正当化するために採用された手段にすぎない。このような正当化の 取り組みから、「自国の価値の強調」という意思がうかがえる。 中国において、国家による文化の私物化というプロセスには伝統文化の振興が大き な比重を占めている。その例は、ここ数年の中国の一連の行動に認められる。2008 年 に北京で開催されたオリンピックを例としてあげると、そこには優れた伝統文化を強 調する意志が見られる。 「 オリンピック開催期間の 16 日をもらうと、中国は世界に 5000 年の伝統文化をあげる」という開会式の理念の述べるように、競技会場、大会マスコ ット、開会式、閉幕式などにおいても、意識的に伝統文化の要素を使い、伝統文化を 自国の文化的魅力として強調している。また、21 世紀に入り、経済発展を一途に追及 している中国には、多数の社会問題が発生した。そこで中国政府は「調和的社会(和諧 社会)の構築」を目標として提示した。この目標を達成するためには、「和を以て貴し となす(以和為貴)」や「和して同せず(和而不同)」といった儒家思想が理論的な参考に なると考えられている。このような孔子の思想は、中国国内での異なる集団間の衝突 にとどまらず、世界の異文化間摩擦の軽減にも意義があると政策の決定側では判断し たのだろう。そこで「孔子思想」が国際社会における今日の中国の立場を示している という理由から、「孔子学院」という名称が選択されたといえる。「孔子」を独自の価 値観を示す象徴として言語普及事業に応用することは、伝統文化の私物化を推進する ことにもつながるのだ。 孔子学院の事業において伝統文化を私物化する動機は、自国イメージの改善にある。 言い換えれば、選ばれた文化の側面を国家の私有物として象徴化し、国民国家のアイ デンティティーと結びつけ、そのアイデンティティーを強調することを通して、自国 のイメージを向上させるのである。しかし、自国イメージの向上は、国家の利益を目 標として他国で行われる時には、恥ずべきであると考えられる。したがって、孔子学 院の事業が自国イメージの改善であるという疑念を避けるために、 「世界の財産」とい 19 孔子学院の目標を書いた記事の中では、「グローバル言語」にあたる「世界言語」というこ とばで、未来のグローバル言語の中国語が、現在は英語に適わない状況にあると述べている。 http://news.thebeijingnews.com/0582/2007/01-14/[email protected] 20 う課題を訴えることを通して、伝統文化を私物化し、自国のアイデンティティーと結 びつける戦略を隠蔽する。言い換えると、伝統文化の私物化という事実を隠すことで、 自国イメージの向上という動機が隠蔽できる点にこそ、その正当性が認められる。た だし、その正当化の取り組みそのものには自国アイデンティティーを強調する意識が うかがえる。 2.3.2.2 事業の分析 ここまでに見たように、自国のイメージの向上には「共生」の概念が利用され、そ れは正当化に結びついている。この正当化の取り組みには、国のアイデンティティー を強調するという政策も認められる。一方、孔子学院の事業は経済効果の追求という 側面を持つからこそ、経済効果を達成するにつれて文化普及の効果も正当化されると 考えられている。 前節で言及した伝統文化の私物化という特徴は、経済的観点にも関係がある。伝統 文化の私物化を通じて、国家は所有する文化的商品を育てるからである。孔子学院フ ォーラムでの主催者の発言を見ると、中国が文化政策において文化貿易での輸入超過 への関心 20から経済効果を重視していることが読み取れる。IT 技術の活躍する今の時 代において、大衆文化は視聴覚メディアを通して文化市場を独占している。アメリカ の映画や音楽、日本の漫画やアニメーションおよび近年発達している韓国の韓流文化 などの文化ブランドは、波及範囲が広いという点で経済効果が高い。しかし中国の文 化産業の現状を見ると、競争力を持つ文化商品はまだ存在していない。そのために、 孔子を教育文化施設の統一ブランドとして宣伝し、孔子学院を言語教育のブランドと して作りあげることで、伝統文化によって中国の文化市場占有率を上昇させようとす る意志が見られる。また中国の WTO 加盟と世界市場として注目されている現時点で、 孔子ブランドを作り上げることには明らかに経済的配慮が認められる。それだけでは なく、孔子学院の一連の事業にも経済的効果を重視する姿勢が見られる。なかでも波 及範囲の拡大を目指す姿勢が目立つ。孔子学院のいくつかの事業から、国家漢弁は、 教育による教育商品や文化商品の質的な市場占有率を上げることよりも、民衆と接触 するチャンスを作り出すことを最も重視していることが分かる。それは、少なくとも 文化普及という志向を反映している。 「多国間の文化伝播フォーラム 2006」の詳細な内容については http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200611/12zhuanwen32.htm 20 21 波及範囲の拡大についてみると、多くの孔子学院が HSK 試験の実施校になっている ことや国家漢弁による教科書の寄贈などは、国家漢弁の開発した教育商品の海外での 普及や威信の向上、あるいは教育市場での競争力の改善にも効果があることを示して いる。そして、HSK 試験の難易度を下げることについて、これはもともと主に海外で の漢学研究者向けの試験だったものが、それを一般の中国語学習者向けの試験に変更 するものだと国家漢弁は説明している。これによって受験者の範囲を拡大できると考 えるのだ。さらに、言語レベルの評価と専門知識の評価を分離することによって、ビ ジネスや旅行、児童向けの試験などを開発し、できるだけそれぞれの学習ニーズに応 じられるようにしている。2007 年までに 20 万を超える受験生数という目標も示され ている(毎日新報 2005)。これらの施策を見ると、中国は対外教育政策の決定において、 経済的観点を考慮に入れていることが分かるし、このような経済効果の重視によって、 文化普及の間接的な利益は正当化されるのである。 経済効果を重視する姿勢の第 2 のあらわれは、目に見える財政上の利益の追究にあ る。中国教育部部長章新勝の発言は、中国と外国の協力機関双方の関係を解明するも のであった。大部分の孔子学院では、外国側の資源投入が大きな比重を占めると言わ れる。つまり、資金では 1 対 1 の原則に従いながら、教育用地や施設はほとんど外国 側より提供されている。学校の管理上、 「外国側を主とし、両方共同管理」という構成 である(中国新聞网 2009)。立命館孔子学院の例をあげて、管理面での中国と海外の協 力機関双方の「平等互利」の原則を説明する。 22 決策機構 会員総会 理事会 理事長 副理事長 (日本側一名) (中国側一名、又は両側各一名) 運営機構 学院長 副学院長 (日本側一名) (中国側一名、又は両側各一名) 運営委員会 教務委員会 事務局 事務局長 図 2.立命館孔子学院組織体制 *立命館孔子学院の公表された資料から作成 図 2 の示すとおり、孔子学院の理事長および学院長はほとんど外国側により任命さ れており、中国側は副理事長や副学院長を任命することになっている。しかし管理面 での「平等互利」だけでなく、経済面での「平等互利」も協力の可能性を生むもので、 これは重要な要素である。言い換えれば、各自の経済権益の獲得は「平等互利」の内 容の一つになるものである。孔子学院には、学習者のニーズに基づいて設置場所を選 択するという原則がある。名古屋市の愛知大学孔子学院は豊田市にある有名企業の近 くに設置されたが、これはニーズに応じて事業を調整した例である。このようなニー ズ優先の考え方には、教育をサービスとして提供する意志が認められる。そして最近 のビジネス中国語試験の開発、および中国語講座や HSK 試験向けの指導課程の開講は、 学習者の学習ニーズを満足させることにも努めながら、営利事業も行っている。つま 23 り、孔子学院の事業は、教育サービスというアプローチを通して、経済的利益を接点 として互恵をもたらすからこそ、協力を正当化しうると考えられている。 経済効果を重視する姿勢は、潜在的学習者の存在にもあらわれている。 「孔子学院章 程」によると、所在地に中国語・中国文化の学習ニーズがあることと、学校運営にふ さわしい教職員、場所、施設及び安定した資金源が必要であるという条件を満たして 始めて、外国側は孔子学院の設立申請を行うことができる。日本における孔子学院は ほとんど大学によって立ち上げられたが、これはこのような条件を容易に達成できる のは、おそらく大学のような機関しかないためである。したがって海外の大学を設置 場所とすることは必然といえる。日本国内の孔子学院の現状を見ると、若い学習者を 主な対象としている。孔子学堂 21は高校生以下を対象にしたものであるが、大学に設置 された孔子学院の教育対象は高校生ではなく、社会人や大学生とされ(馬場 2010)、そ の潜在的な学習者、特に若者世代の学習者を引き付ける意思がうかがえる。協力校と いった教育分野の国際交流の発展により、若い学習者を獲得する方向性が正当化され るのだ。 21 孔子課堂は基本的には、高校生以下を対象にしたものである。ただ日本には孔子学堂と称す るものがある。これは比較的少人数なものを対象にしているものである。国家漢弁のホームペ ージを参照すると,英訳では課堂を意味する「class room」となっている(馬場 2010)。 24 3.存在意義の再考 3.1 構造的問題 3.1.1 自立性への錯覚 国際文化交流事業の主管について、外務省が管轄官庁になるというパターンはフラ ンスをはじめ、イタリアとドイツにも採用されている(ミッチェル 1990:93)。それは、 対外文化政策が対外政策の一部と見なされている見解の論理的な帰結であり、これは 多くの国で政府や知識人の認識となっている(前掲)。 中国の国際文化交流事業についてみると、国家漢弁は政府部門ではないが、国務 院の依頼によって、外交部の対外政策の観点から形成された国家プログラムを実施す るために設立された組織である。設立当初は、国務院における各省の部長あるいは副 部長から構成された指導グループの定めた方針に従って、 「弁公室」で日常事務を執行 していた。国家漢弁は教育部の下に設立された国家プログラムを実施する部署ではあ るが、実際のところ教育部の国家漢弁に対する管理権限は明確ではない。2008 年に指 導グループの廃止により形式的には政府とのつながりが薄くなり、自立的な団体に思 えるが、官僚が依然として組織の管理者 22 を兼任することや、公的資金の援助があるこ とから、政府の緊密な監督下に置かれている。 外国のメディアからの「孔子学院の政治性」への疑問に対して、国家漢弁が業務内 容を学術分野の範囲内に制限すると強調することは、その形式的な自立と関係がある が、その教育産業としての運営のあり方にも関わると考えられる。国家漢弁は国家プ ログラムを実施すると同時に、「孔子学院」をブランド化させ、教材と HSK 試験など の教育資源を商品として文化市場への参入を狙っている。このように市場競争という メカニズムが導入されたために、国家漢弁は国内の政治に従う政府機関よりも、市場 による支配を受ける自立的な機関であるとの自己認識を持っている。 3.1.2 対外政策と対外文化政策の関係への誤解 対外政策を策定するにあたって、外務省にとっては短期的な効果を上げることがで きれば、それは理想である。しかし文化交流事業にとっては、長期的妥当性を有する 目的が望ましい。前節の冒頭に言及された一般的な見解、つまり対外文化政策が対外 政策の一部と見なされていたことから、対外文化政策は対外政策の産物でもあり、構 成要素でもあると認識されることになった(ミッチェル 1990)。対外政策は国益を追求 22 国務委員劉延東が孔子学院本部の理事会主席となっている。 25 するために形成されたことから、対外文化政策は当然のことながら国家の利益を指針 として変化することになる。したがって対外文化政策に従って実施された文化交流事 業が対外政策に結びつけばつくほど、ますます短期的利益に集中し、国家の政治方針 に忠実に従う文化外交になる。それは、政府の管理と距離を置くという文化交流機関 の一般的傾向に矛盾する。その場合、長期的妥当性を有する目的を達成するのは、よ り困難になるだろう。 それでは、このような一般的認識の下で、もし「漢語橋プログラム」が中国の対外 政策の観点により形成された対外文化政策の一環として世論に認められたものであれ ば、中国政府は「文化の受容」を通じて「政治の受容」を求めていると考えられるの だろうか。中国は強力な中央集権国家として海外で認識されていることから、このよ うな国の国際交流事業は政府の強い管制を受けているとが想定されやすい。 しかし、実際のところ、文化的影響力を通じて政治的意図を実現することは多数の 要素に左右されるため、自国の文化普及事業を規制し一定の文化的影響力を行使する ことは容易ではない。海外で一定の文化的影響力を達成したような偶発的な成果が出 るとしても、この影響力をもたらす文化交流活動の意識的な行使を禁ずるべきではな い。支配的な国家や帝国によって生み出された文化的影響と、国際関係の手段として の文化の意図的な発動とは区別しなければならない(ミッチェル 1990:16)。したがって、 中国の孔子学院の戦略が国際社会において脅威となるかどうかを検討する場合、国際 文化交流事業で得た文化的影響力の有無は、脅威に対する判断の基準にならない。 3.1.3 国内からの反発の構造的原因 政府が政策を決定し短期的利益を追求する場合、その目的は国の財政にあると思わ れる。そしてただちに利益を獲得できるかどうかが、しばしばその政策に対する評価 基準となってきた。そのため、目に見える利益は当然のことながら、財政支出の上で 最も説得力のある証拠であると考えられる。したがって文化交流事業のもたらす長期 的利益や見えない利益は、成果を評価する時には判断し難いために、しばしば国内に 対する説得力のある理由とは思われない。しかも長期的な利益や見えない利益より、 拡大の速さのような見える成果を財政支出の上での根拠とするならば、説得力を持つ と認められやすい。これが孔子学院の急増の原因の一つになる理由と考えられる。 孔子学院の急増には他の原因もある。中国では公共部門の下に企業を設立する傾向 があるために、さまざまな組織は自己の利益を求め、その結果として堕落するという 26 議論がよく出てくる。また、国家漢弁のような三位一体の政府直属部門はその特殊な メカニズムのために、資金の濫用や運営の不透明性が問題になりやすい。そのため、 中国国内の世論は、国際文化交流に対して、資金の投入に較べて産出が低下している といった認識を一般に持つようになる。そのために孔子学院の事業は巨額の財政支出 のためにしばしば国内の反論を受けている。このような構造的問題のために、文化交 流機関はしばしば苦しい立場におかれる。 3.2 存在意義の検討 3.2.1 存在意義を検討する時の問題点 3.2.1.1 文化交流活動のスタイル 次の表 3 は文化交流活動のスタイルとその効果の関係を表している。横軸は対外文 化政策がいかに自国の文化を投影しようとしているかを表し、縦軸は対外文化政策が いかに他国の文化に対応するかを表している。横軸は投影の物差しとなっており、左 から右へ認知を達成するという穏当な願望から相手を強化するという、より主張の強 い願望に至る。縦軸は受け入れ国の文化に対する対応の物差しとなっており、上から 下へ無関心から自己本位の利益に至る。(ミッチェル 1990:115) 表 3 互恵表 1 対外文化政策 2 3 自国の その業績の 双方向の活動 影響を与える/ 文化投影 認知を求める を目指す 教化すること を望む 地元文化への 対応 A A1 A2 A3 無関心である 国家の 新しい工夫の 空虚な宣伝 自己投影 ない通常のプ ログラム B B1 B2 B3 理解と洞察を 入口を確実に 協力と交流に (慈善心に富ん もつ 見定めた情報 基づく互恵 だ)影響の行使 C C1 C2 C3 27 よく知ってい 地元の対応 地元の善意の 価値/イデオロ るが自己本位 (と財政)の活 濫用、閉鎖社会 ギーを課す(の の利益をもつ 用 での厳密な 転向) 相互主義 *(ミッチェル 1990:114) ミッチェル(1990)は、文化外交を、 「国際協定に文化を挿入させる。一国の政治およ び経済外交を直接支援するために文化を適用する」(ミッチェル 1990:112)と定義して いる。文化交流は、 「国家が知的、芸術的に、社会的に、関連することができるように、 文化及び教育機関の間の協力的関係を促進する」(前掲同書)と定義される。これらの定 義をこの表に当てはめると、文化交流は理想的には B2 に属することが分かる。ただ し、活動とアプローチによっては A2 もしくは C2 が最適の場合もある。文化外交は、 第 1 行のように消極的に行うこともできるし、第 3 行のように積極的に遂行すること もできるが、A1 あるいは B3 が典型的なものである。(ミッチェル 1990:113) 文化活動のスタイルを見ると、孔子学院における言語教育と文化伝播は文化外交に 属する。いくつかの研究の指摘するように、 「孔子学院事業は双方向性の交流より、一 方的な教育、普及、発信を重視していると言える」23 。しかし、これは双方向の活動で はなく、自国の文化投影という文化交流活動のスタイルを採用しただけで、相互理解 よりも一方的な理解を強制するわけではない。文化交流活動のスタイルは、文化交流 機関の発展段階、または社会的条件の制約などに関わっているからである。 また中国は建国の当初より、特に文化大革命の鎖国政策の終焉に伴う改革・開放政 策の実施以来、絶えず外来文化の輸入国であり続けている。これは経済的な観点から 見た場合、文化の「輸入超過」という認識となるもので、言い換えると完全なる輸入 国となることへの不安感の原因となる。日本でさえ、文化の往来にあたって、明治維 新以後の一世紀は輸入が主であり、輸出国に転じたのは 20 世紀の末であった(ミッチ ェル 1990:96)。その上、20 世紀にいくつかの帝国が海外での言語普及を植民地政策の 重要な一部としたことから、これはしばしば「同化主義」と関連づけて考えられる。 23 「孔子学院事業はその特徴として、双方向性の「交流」より一方的な「教育」 「普及」 「発信」 を重視していると言える。中国政府側が力強く主張するのは、相互理解と言語の多様性である が、相互理解の場合、ある一方の発信のみを重視している現在の孔子学院の展開方式では、相 手国が同様な事業が行われない場合、相互理解より一方の理解を強制することにつながり得る。 そのような動きは、超大勢力から 2 大勢力への移行、究極的には、自己勢力の超大勢力化へ の道のりに過ぎないと言える(李 2010)。 28 そのため、海外での言語普及や文化交流においては日中両国の伝統の影響のもとで、 文化の輸出における価値が再認識されたと同時に、文化の輸入による弊害がさらに強 調されたことがある。これは双方向の活動より、一方的な普及という文化交流活動の スタイルが反論を招きやすいためと考えられる。 3.2.1.2 一言語中心 中国は 56 の民族を有する多民族国家である。少数民族は全人口の 1 割を占めるに過 ぎない。少数民族の中に集団的に居住し、民族的結束力が高い民族がいくつか存在す る。一部分の少数民族は各自の言語を持っているが、少数民族の言語すべてが文字化 されたわけではない。新中国における国内言語政策は、 「普通話」の普及を国家建設の ために推進し、 「普通話」を「国語」として位置づけてきた。教育や出版などの分野で の書記方式としての簡体字の使用は立法によって保障されたが、繁体字は芸術といっ た分野、また香港などの一部地域でも使用され、さらに繁体字と呼ばれる書記方式さ え、複数の変種が存在する。 グローバリゼーションの影響で価値の多様化が進むにつれ、中国国内では民族独立 の気運が高まりつつある。その対策として、 「普通話」が「中華民族」の共通語として 象徴化され、国家のアイデンティティーと結びついて強調されることになった。こう した国語による国民国家のアイデンティティーの強調は国家統合に意義がある。岡本 (2008:172-181)の指摘したように、中国の国内における言語政策は一言語中心の社会 統合であり、普通話・簡体字は国家統合や経済統合の象徴的要素として使用されてい る。そして、そのような北京語音と簡体字が代表する「普通話」は、「孔子学院章程」 第 10 点の規定するように、標準語として孔子学院の中国語教育で採用されている。 一方、中国国内での少数民族問題の頻発という背景の下で、中国の少数民族政策は しばしば国際社会の指摘を受けてきた。そこで、中国の国語を海外で普及することは、 国内の多言語状況に対していかなる影響を与えているかといった議論が出てくる。中 国語の海外普及が、中国国内における中国語の勢力を増強することになるかどうかと いう問題は、しばしば中国の少数民族問題と関連して論議されている。またミッチェ ル(1990:14)によれば、対外文化政策と国内文化政策とは結びついていることが理想で ある。例えば、国内の少数民族問題は、国内文化政策にも対外文化政策にも関連して いる。 「国内で少数民族に寛容でない立場を採りながら、海外で寛容なイメージを造ろ うとしても、それは無駄なことであろう」(ミッチェル 1990:14)。国内の少数民族問題 29 に対する態度は、言語普及機関に影響を及ぼす一つの要素であると考えられる。その ため、少数民族問題の影響から、中国語の海外での普及は「強制」という印象を与え ている。さらに前に言及したように、孔子学院のような国家による戦略的な文化交流 事業はそもそも国益と関連があるために、自国の文化・言語を強制するというような 評判を招きやすい。したがって「強制性」が想定される限り、中国における多数の言 語の中でただ一つの言語変種を「中国語」として海外で普及することは、異文化・言 語を排除し、一言語を強制するような評判が立ちやすくなるもう一つの原因と考えら れる。しかし、国内での国語の通用性を拡大することによる国家アイデンティティの 強調は国家統合の手段であるが、海外で一言語を伝播することにより自国のアイデン ティティーを強調する動きは、他の言語を排除し自国の言語だけを人に押し付けるこ ととは限らない。そのため、単一言語にこだわることは、孔子学院と強制性の有無に 対する判断基準には必ずしもならない。 3.2.2 言語普及機関の存在意義 文化や言語を海外に普及させる事業は、1945 年以後、民主主義国家において、それ と政府の管理との間に距離をおくのが一般的な傾向である(ミッチェル 1990:4)。孔子学 院は政府との分離によって、自立的な組織に変容し、文化交流機関になろうとしなが らも、国益にふさわしい、戦略的な言語普及を行うために設置されたために、その政 治色がしばしば話題になる。しかも政治との関連だけからでは、言語普及機関が「自 国の価値を強制する」か否かという判断を下すことはできない。また孔子学院の理念 や事業状況などには、自国のアイデンティティーを強調する姿勢が認められる。それ は東アジアにおける地域統合の未成熟や国民国家イデオロギーと無関係ではない。 ミッチェル(1990:14)は文化交流の言語教育にもたらす恩恵を分析しているが、それ によれば文化交流は国家の教育体制において国際的な側面の開放を促進する役割を果 たしている。しかも「強い政府統制を超えて進展することができなかった国々におい ては、文化外交が、依然として、おそらく唯一の実現し得る様式などである」(ミッチ ェル 1990:9)。そこで、各国政府は国内的視点よりも、さらに国際的視点から教育を考 えることを推進するにせよ、いっそう国際理解を達成するため言語普及機関を通して 教育を国際社会に向けて開放することが必要であると考える。したがって政府との関 連や自国のアイデンティティーを強調するよりも、異文化に対する態度が言語普及機 関を評価するための重要な判断基準であるのだ。つまり多様な文化の共存を保障する 30 という前提で、自文化にも異文化にも対等の価値を最大限に見出すために行う言語普 及こそ、文化交流の点でより存在意義があるのではないか。これが言語普及機関の向 かうべき方向であろう。 4.結論 31 4.1 まとめ 孔子学院は、中国語普及促進プロジェクトである「漢語橋プロジェクト」の中心的 施策として設置された。その組織形態を見ると、協力校間の教育交流に類似している が、第三者の関与がある点にその特徴がある。つまり孔子学院は二カ国の教育機関お よび所管する機関の関与の上に、孔子学院の名称が授与され作り上げられるのである。 所管する機関は中国国内の教育資源を生かして、両国の教育機関を結びつけ、孔子学 院という資格を授与することなどを役割とする。このような組織形態から、孔子学院 は国際教育交流という形による中国語・文化の普及を行うものであることが分かる。 さらに、教育交流を行うと同時に、孔子学院というブランドを育成し、教育の産業化 を促進することも、中国の対外言語教育政策の特徴の一つである。 その所管する機関は、その機能によって異なる名称が使われる。中国語普及促進プ ロジェクトを担当する部署は「国家漢弁」であり、世界各国の孔子学院を一元的に管 理するのは「孔子学院本部」であり、そして国家教育部の管理を受け、対外中国語教 育を発展する目的で設立された「発展中心」があり、その全体は三位一体のような構 造にある。所管機関のそれぞれは政府との関連が強いため、孔子学院は自国の価値の 強制的伝播というイメージを打ち消そうとして、それ自身を正当化しなければならな い。これらの正当化のための取り組みには、自国イメージの向上という動機の下で、 自国のアイデンティティーを強調し、経済効果を重視する姿勢などがうかがえる。ま とめてみると、大学レベルでの国際教育交流の促進、自国のアイデンティティーの重 視および教育産業に対する発展こそ、中国の対外言語教育政策の三つの特徴であると 考えられる。 孔子学院が「自国の価値を強制する」といった議論を招くことはいわゆる構造的問 題として部分的に説明できる。つまり多くの国では政府や知識人が対外文化政策を対 外政策の一部と見なすため、孔子学院は国益を優先する対外政策の一部である対外文 化政策の観点から形成されたことから、国家の利益を指針とすると想定されやすい。 さらに孔子学院ないし言語普及機関の存在意義を検討するにあたって、以下の問題 に注意すべきであろう。まず、双方向の活動ではない、自国の文化を投影するといっ た文化交流活動のスタイルだけからでは、その活動が相互理解を目指すのではなく、 一方的な理解を強制する活動であるとは断言できない。文化交流活動のスタイルは、 文化交流機関の発展段階や国際社会の制約などに関わっているからである。次に、一 言語を伝播することや自国のアイデンティティーを強調する動きは、他の言語を排除 32 し、その言語だけを他者に押し付けることを意味するとは限らない。孔子学院の例を あげると、中国における多数の言語の中でただ一種を「中国語」として海外で普及す ることは、孔子学院の強制性の有無に対する判断標準にならない。 最後に、本論は政策的観点から、言語普及機関の存在意義を検討した。国家の教育 体制において、各国政府は国家的な観点からではなく、より国際的な観点から教育を 考えることを推進するにせよ、よりいっそう国際理解を達成するためには言語普及機 関を通して教育を国際社会に開放することが必要であると考えられる。したがって政 府との関連性や自国アイデンティティーの強調よりも、異文化に対する態度こそ、言 語普及機関を評価するにあたっての最も重要な判断基準であると考えられる。つまり、 多様な文化の共存を保障するという前提で、自文化にも異文化にも対等の価値を最大 限に見出すために行う言語普及こそ、文化交流のためにより存在意義があると考えら れる。それこそ、言語普及機関の向かうべき方向ではないか。 4.2 本研究の限界 本稿は主に孔子学院の事業における組織形態や事業状況を取り上げて政策を検討し たが、この施策が受け入れ国でどのように実施されているのか、この問題に関する検 証が不十分であった。 表 3(互恵表)の示したとおり、文化政策の類型を判断するにあたり、自国文化をいか に投影するのかだけの考察であれば不十分であり、その政策を実施した後の現地の反 応に関する考察も必要である。本稿では、現地での教育効果を十分に判断することが できなかったために、孔子学院の教育事情がどの類型に属するかが判断できず、どの ような教育活動が文化外交の反映であるかのような結論が得られなかった。 また存在意義を論証するにあたり、言語普及機関に掲げる政策に焦点をしぼり検討 していたが、実施状況についての調査が不十分であったことから、孔子学院にはどの ぐらい現地の需要があり、日本における中国語の社会的表象に対してどのような影響 を及ぼしたのかなどにも触れることができなかった。また、存在意義を判断する場合、 言語普及機関の政策上の意義に加えて、それが文化交流という機能を実施する効果や 効率の検証も必要である。そのためには、その教育機関を取り巻く社会的文脈に還元 しなければ、効果や効率の角度から存在意義を十分に検討できない。 次に本稿では、教員養成事業にかかわる調査を実施することができなかった。教員 養成事業にはこの教育機関のかかえるさまざまな問題が認められるため、教育政策を 33 検討する上でより興味深いと思われるが、今後の課題としたい。 最後に、文化交流においては、活動スタイルとアプローチによって実現する効果や 効率は異なる。したがって、この効果や効率を評価する基準は考えるべき問題である が、将来の研究課題としたい。例えば、視聴覚メディアによる大衆文化は文化交流で 効果を生むため、これは近年になり注目されている。また現代人の情報入手の習慣や、 大衆文化の持つ娯楽性の大部分は非戦略的で、単純に経済的観点より開発されたもの であるが、このような大衆文化は受信者により強い影響力を与える。しかも、大衆文 化による文化交流はその活動スタイルやアプローチに制約があることから、触れうる 文化的側面も限られている。したがって、活動スタイルやアプローチには多様な文化 交流活動が求められる。しかし言語教育による文化交流は大衆文化と違って、教育と いう活動様式や言語教育の持つ特異性そのものに限界があることから、文化交流の分 野での効果も限られている。言語教育は交流の様式を多様化し、文化的側面を拡大さ せることもできるため、その効果や効率を評価するためには、さまざまな要因を考慮 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