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実践的な災害危機管理演習について
実践的な災害危機管理演習について 岡山 和生1 1 財団法人河川情報センター 理事、危機管理業務本部長 実践的な災害危機管理体制が求められているが、「実践的な危機管理演習を経験しないで、実行動ができるはず がない」という考えの下、河川情報センターでは、危機管理演習の手法開発、危機管理担当機関での演習実施の支 援、演習の普及に努めている。 演習の実績が100回を越え、演習方法の開発・広報から、演習の計画的活用へ向けて課題が進化してきている 中、戦略的に普及を図るにはどうしたらよいか、今後の実践的な演習のあり方について述べる。 Key Words:危機管理、図上演習、ロールプレイング方式、実践的、行動計画、連携、普及 国土は自然災害に見舞われる危険が大きい。沖積平 1.国土管理における危機管理 野など災害危険地帯に人口が集中し、急激な都市化 により2次災害の危険も含め、自然災害に脆弱な国 (1)災害列島日本 土利用になっている。 平成16年は、わが国に10個もの台風が上陸し 猛威を振るい、新潟ではマグニチュード6.8の直下 そのため、災害対策は、日本の国土管理の宿命で 地震が中山間地を襲うなど、大きな災害の恐ろしさ あり、危機管理の時代になって、改めてその取り組 を再認識する年となった(写真-1)。 み方を大きく前進させる必要がある。 国においては、新河川法に基づく施策として、平 引き続き今年も、大きな台風の上陸など大きな災害 成10年には、河川審議会危機管理小委員会で、超 が相次いでいる。 過洪水対策など大都市を襲う大氾濫への備えの重要 性が指摘され、平成13年には東海水害を契機に水 防法が改正された。また昨年の災害を踏まえて、平 成17年には、豪雨災害対策総合政策委員会におい て、ハザードマップの普及、中小河川における短時 間予測などが提言されたところである。また、水防 法も再改定され、2級河川も含むハザードマップ作 成の義務付け、特別警戒水位の新設など、新たな取 り組みが積極的に進められている。 写真-1 (2)危機管理の時代 足羽川の破堤(近畿地方整備局撮影) 最近、わが国で自然災害についても危機管理が重 要だと話題になるのは、なぜだろうか。その原因と わが国は、環太平洋造山帯の地震・火山のメッカ 思われる点を次に整理する。 に位置し、アジアモンスーン気候帯に属するため、 1 a)未曾有の大災害が多発するようになった ひとつは、南関東を筆頭に太平洋沿岸地帯を中 心として、日本列島全体が地震の活動期に入った と思われること。また、地球温暖化によるものか、 異常気候によって、異常豪雨が増加していること があげられる。 b)高度な都市機能の普及により、2次災害の影響 が大きくなった ライフラインの普及、情報化、モータリゼー 写真-3 地震で寸断された道路 ションなどにより、都市基盤が被災すると都市機 (新潟県土木部撮影) 能が麻痺する。都市部における対症療法的な整備 が進み、たとえば地盤沈下したゼロメートル地帯 e)説明責任を問う時代になり、危機管理も実効性 とかみそり堤防のように、カタストロフィーが生 が問われるようになった じやすい都市構造になっているところがある。こ f)国民の危機管理一般への意識が高まってきた れは日本の三大都市圏特有の問題ではなく、 日本が存立する上での脅威が顕在化してきたと、 ニューオーリンズでも抱えていたことが明らかに 帝京大学の志方教授は言われる。世界の構造変化 なったところである(写真-2)。また、新潟県中越 の中で、資源を貿易依存している脆弱さが目に見 地震災害で明らかになったように、中山間地にお えてきた。その他、事故、テロ、事件など不安要 いても地方道路が生命線である(写真-3)など、ラ 因の増加をニュースで身近に感じる。 イフライン依存が進んでいる。 しかし、このような状況の中で、危機管理に対す る取り組みは始まったものの、まだこれからの状態 である。それは戦争のない平和な社会に慣れた(い わゆる平和ボケ)日本社会全体の課題である。 重大な事態が生起することが、低い確率で想定さ れても、「私に限ってそんな目にあうはずない」 「その時はその時で何とかなるさ」と思い、日常の 延長上でしか考えられない心理的なトリック (normality bias:正常化の偏見)に、取り入られ てしまっている。 写真-2 このような状況の中で、低頻度災害の休息期に、 ニューオーリンズの浸水(NOAA) 高度経済成長によって高度な都市機能の集積が進ん だため、大災害未体験の大都市や国土の管理に直面 c)生活水準の高度化により、被災時の生活の落差 している実態にある。今、国土を管理する上で、危 を大きく感じるようになった 機管理は重要な要素になっている。 全国的に、便利な生活を享受する都市化した生 そこで、国土を管理する関係機関は、実践的な危 活が浸透し、災害により高い生活水準が一瞬にし 機管理能力を備えることが喫緊の課題となっている。 て失われると、被災者は心理的なショックが大き い。 (3)防災における危機管理の位置づけ d)行政や管理者への依存心が高まり、期待、非難 これまで防災行政では、危機管理という概念は意 ともに増大する傾向にある 2 識されていなかった。防災業務の時系列の流れは、 の持つ、現場の実働能力(災害対策の経験に基づく 予防、(発災)、応急対策、復旧、復興の段階分け 知識、広域な情報網による最新情報、災害時に機能 で考えられてきたが、危機管理は、この流れのすべ 発揮する各種の機材)の役割・位置づけを認識し、 ての段階で係わる。特に、発災の直前・直後が緊急 活用することが重要である。 このように、危機管理のポイントは、重大な危機 事態にあると言う意味で、危機管理上の問題とされ 的な事態に当たって、国民の安全・安心のため、そ る場合が多い。 の時、その場で、何が実際できるかである。 また、これまで河川行政上は、「防災」と言う言 葉は、広くは治水事業全般、狭くは災害復旧事業に (4)危機管理行動計画が必要 ついて使われることが多く、危機管理という発想で は整理されていなかった。あえて言えば、水防活動 これまでの、災害対策基本法に基づく防災基本計 が正に危機管理的な取り組みであり、水防活動から 画、地域防災計画、防災業務計画や、水防法に基づ イメージを展開すると分かりやすい。また、所管施 く水防計画などは、災害対策の基本的なあり方や役 設の緊急応急復旧なども応急対策の一部として、危 割分担は示しているが、発災時の具体的、実践的な 機管理活動と捉えられる。 行動を示すものでないため、これを示す危機管理行 災害対策基本法による体制で言うと、中央政府、 動計画が必要である。行動計画を見ることにより、 地方自治体における災害対策本部は、国民を守るた 災害対応の初動期の立ち上がり行動が即分かり、直 めの総合的な防災組織であるが、国などの個々の機 ちに行動に移すことができるので、もたつくことも 関における防災業務計画による災害対策本部は、そ なく、円滑な活動が可能となる。 危機管理行動計画においては、災害により何が起 の機関の負う責務に関する防災組織である(図-1)。 きるか被害想定し、この被害を最小限に食い止める 総理大臣 ため、何をすべきか、さらに、何ができて何ができ 防災担当大臣 現地対策本部 ないか、その中でどうすべきかを、想像力を働かせ てあらかじめ決めておく。 具体的には、行動の手順や手法が、フローチャー トや図表などで、実践的に分かりやすく解説された マニュアルで、アクションプランなどと呼ばれるこ ともある。 危機管理行動は、即断即決を求められる緊急の行 動であり、日常業務の進め方では、間に合わないの 図-1 防災行政の体系(内閣府作成) で、トップダウンで決定し即実行されなければなら ない。また、組織力を発揮するには、情報伝達や情 国の出先機関は、その業務の範囲内でしか、その役 報共有、命令系統の運用手順と合わせて、トップの 割を感じないことが多いが、危機管理の範疇では、 指導力が重要である。これを支えるには、重要情報 地域における防災力を結集して災害対策を講じるた のトップへの伝達は、正確より迅速を心がけること めには、国の出先機関はその狭い役割にこだわらず、 も必要である。このように、大災害発生時には、即 その持てる力を発揮して地方自治体の災害対策本部 応力が最重要課題なので、日常業務とは全く違う価 を支援し、国民を守るべきであるという考え方にな 値観で対応する必要がある。 る。 このような特性のある危機管理行動についての計 たとえば、地方整備局の努めは、所管施設の機能 画は、一般的な計画書を作れば済むものではなく、 発揮、被災復旧のみの業務ではない。国の出先機関 科学的な被害想定シミュレーションに基づき、過去 3 の事例や専門家の指導により練り上げた上で、試行 「何を備えておくべきかも分からない」ということ 錯誤を繰り返し実践的なものに改善していく作業を、 になってしまう。 惜しむわけにはいかない。 危機管理の認識を改めることから始めなければな しかし、危機管理行動計画を熟成させるための、 らないことは明らかであり、そのためには、実体験 PDCAの循環サイクル(図-2)を実現するには、日常業 することが何より近道である。そこで問題は、低頻 務の中で、計画の妥当性を検証することができない 度災害は滅多に経験が積めないことである。広域に し、低頻度災害が実際に起こるまで待つわけにも行 職場を転勤し異動する国家公務員でも、限られた職 かないので、災害時の模擬実験、一種の社会実験を 員しか大災害を体験していないし、特定の自治体か してみる必要がある。 ら出て勤務することが滅多にない地方公務員に至っ ては、ほとんど期待できない。 そこで、大災害の状況を災害記録で学ぶことにな 行動計画 マニュアル るが、その緊迫感やその異常事態の特殊状況を知り、 危機管理の認識を新たにするためには、せめて模擬 災害想定 演習 シミュレーション 体験で知るしかない。 実対処 2.ロールプレイング方式による災害危機管理演習 課題発見 図-2 の役割 PDCAの循環サイクル (1)危機管理演習の必要性 危機的な大災害は滅多に体験できないので、危機 (5)危機管理の重要性についての認識が基本 管理行動計画を検証したり、職員の危機管理体験に 危機管理対応への取り組みは、阪神淡路大震災の よる意識づくり、対処能力訓練は、模擬体験に頼る 経験から始まった。阪神淡路大震災の起きた朝、現 しかない。そこで、災害危機管理演習により、模擬 地の防災機関は、「何がなんだか分からない」とこ 的な状況の中で実践的な訓練をすることが必要に ろから始まった。大地震に遭遇する想定も備えもな なった。実践的な危機管理演習を経験しないで、実 かった。緊急な対応が求められる中、情報がない、 行動ができるはずがないのである。 職員がいない、どうすればいいか分からないという これまで、こうした実践的訓練は、水防工法訓練 状況から、対応がことごとく遅れ、非難が集中した。 など、現場での実働型訓練しか行われず、一方、情 この悲しい経験から明らかになった危機管理の問 報伝達訓練は行われていたものの、判断能力も含め 題点は、まず認識不足である。大地震と言う低頻度 た対処能力訓練にはなっておらず、実践的訓練とは 災害に対して危機管理対応が必要であると言う認識 言いがたい状況であった。リーダーの意志決定とそ がなかったことである。低頻度に発生するリスクの れを助けるための情報収集・判断資料の作成などの 程度は、低く見積もられる傾向にあるという、心理 訓練はされてこなかったのである。 学上のリスク認知の問題があることを、認識してお こうしたことから、新たな実践的な危機管理演習 く必要がある。 の手法が必要になった。 危機管理について認識がないと、防災計画さえあ れば、後はその時になって考えれば何とかなるさと (2)危機管理演習の種類 いうことになり、いざ大災害時に、「何が起こるか それでは、実践的危機管理演習には、どんなもの 分からない」、「何をすべきか分からない」そして があり、何が最適か整理してみる。 4 3.ロールプレイング方式による災害危機管理演習 a)実働型か、図上型か とは 水防工法訓練や避難訓練など実働型の訓練は最 も実践的だが、条件付与のできる範囲が限られる 演習を受ける演習部(プレイヤー)は、シナリオ ので、様々な状況を設定するには、図上演習の自 由度が大きく有利である。 をあらかじめ知らされず、神様役の指揮部(コント b)手順習熟型か、判断対処型か ローラー)からシナリオに沿って時間を追って付与 水防工法や情報伝達、ダム操作などの手順習熟 される情報に対応して、適切な判断を下し、コント 型の演習も重要だが、組織の中核の災害対策本部 ローラーを含む関係機関に指令、伝達、報告を行う などの、判断対処訓練型の演習が必要であるにも など、危機管理行動計画やマニュアルなどに沿って かかわらず、これまでなされていない。 迅速かつ的確な対処を講じる。この間プレイヤーは 特にトップの咄嗟の判断対処能力が最も重要で 不明な点があれば、しかるべき関係機関(コント あり、局長・所長・知事・市町村長などを対象と ローラー)に、問い合わせを行いながら、情報の確 した演習が求められている。 認、共有を図ることができる。 この手法は、自衛隊で使われてきたものを、帝京 c)シナリオ提示型か、秘匿型か 模擬体験するために、シナリオに沿った状況想 大学志方教授の御指導を頂き、国土交通省の御協力 定型の訓練を行うことになるが、シナリオをあら を得て、河川情報センターが応用して、自然災害用 かじめ演習を受ける人に示してしまうと、判断能 に開発したものである。当センターでは、現在、 力の訓練ではなく情報伝達訓練にしかならないの ロールプレイング方式による災害危機管理演習手法 で、シナリオは用意するが演習を受ける人には隠 の特許を申請中である。 以下に、全体の概要を示す。 しておいて、神様役の指揮する人から時間を追っ て順次付与する。 演習が始まる時点で初期状況を付与し、時間の 進行に応じてその後の展開を付与してゆくが、演 習を受ける人の対応によっては、その後の展開を 変えることもできる。 d)リアルタイム進行型か、時間無視型か この時間の進行をリアルタイムで行うことによ り、リアリティーのある緊迫感のある演習となる。 状況付与に追われずに、じっくり考える時間が 欲しい場合には、時間を無視した、少人数での討 図-3 論型の図上演習もある。 演習の仕組み これらのことから、様々な状況を想定のもと、図 上でありながら、リアリティーがあり緊迫感のある、 (1)演習の仕組み 演習者で構成する演習部(プレイヤー)と演習を 判断対処能力の訓練になる、実践的な演習方法が、 ロールプレイング方式による災害危機管理演習であ 運営・進行・評価等を行う指揮部(コントロー り、最適な手法である。 ラー)にわかれて行う(図-3)。コントローラー(演 習を仕掛ける側)からプレイヤー(演習を受ける 側)に逐次状況を付与し、プレイヤーはそれらを元 に、情報の確認やとりまとめ・報告をしながら、適 切な判断・決断にもとづいて指示する、という一連 5 の行動を繰り返すこととなる。 ここで状況付与とは、外部から電話で伝えられる 要請・命令・情報や、河川情報システムの情報・テ レビやCCTVの画像情報など、演習対象組織(演習 部)に本番の災害時に伝えられるであろう外部から の情報を伝えることを一括して総称している。 それぞれの役割は以下のとおりである。 a)演習部(プレイヤー) 図-4 演習の進行 国や自治体等の災害対策本部全体あるいはその 一部、防災担当者の集合体など、演習対象となる (3)状況付与の方法 組織である。 ◎演習シナリオにもとづいて作成された状況付与計 b)指揮部(コントローラー) 画に従って付与する。 演習部となる組織の周囲に位置する組織の集合 ◎状況は、状況付与カードに記載された内容を主に 体を状況付与班とし、演習部に対し計画に基づき 電話・FAX等で付与する。場合によっては、パソコ 状況を付与して演習を進行する。あわせて、指揮 ン画面・TV画面・実員での付与もある(図-5)。 部には評価班・企画統制班を置き、演習の評価も 6時間程度の演習で、200件ほどの情報量に 行うほか、演習全体の進行の企画統制も行う。 及ぶ。 ◎状況付与カードには、付与先、付与元(演ずる役 (2)演習そのものの進め方 柄)、付与時間(基準)、手段、具体的な内容、 a)演習の運営(コントローラーの仕掛け) 付与のねらい等が記載されている。 演習は、コントローラーからの状況付与により ◎プレイヤーからの問い合わせに対する対応も行う。 進行される。 状況としては、気象等の自然現象、災害の状況、 通常の状況付与 被害状況、それに伴う住民の被災状況、関係機関 がとった対策等、演習部(プレイヤー)が判断し、 活動するために必要なものすべてである。 電話 b)演習部の活動(プレイヤーの対応) FAX 映像等による付与 文書の手渡し 口頭 実員の実行動による付与 プレイヤーには、演習シナリオは事前には知ら されない。プレイヤーは、コントローラーが演じ マスコミ取材・陳情・面会等 る各ダミー機関等から付与される状況に対し、地 TV・VTR プラズマディスプレイ等 関係機関等の連絡員等 域防災計画等行動の基盤となる各種行動計画等を 図-5 踏まえながら、実際の場合と同じように、適切に 状況付与の方法 状況を判断し対応する(図-4)。また、プレイヤー (4)演習の企画から評価までの全体の流れ はコントローラーの演ずる関係機関等に対して、 演習全体の大まかな流れは、演習の枠組みの企 実際時のように問い合わせによる確認ができる。 画・被害想定・演習のねらいに基づくシナリオの作 成・シナリオに対応した現地状況を踏まえた状況付 与計画の作成・演習の実施・評価ということになる。 a)枠組みの企画 演習の対象となる組織である演習部に参加させ 6 る組織の範囲を決めることが基本となる。たとえ 付与を、誰から誰へどんな方法で付与するか、工 ば事務所を主体に考えた時、出張所も演習部に参 夫しながら仕組んでゆく。 e)演習の実施 加させるか、管内の市町村にも演習部に参加を求 めるかなどを決定する。演習部には入れないが、 十分な説明会と予習をしたうえで、情報伝達 指揮部に参加してもらうか、それもダミーで済ま ツールなどを準備し会場をセットし、指揮部の時 せるかの選択もある。 間管理の下、演習を実施する。 また、演習の対象時間帯を勤務時間中にするか、 プレイヤーの対応によっては、あらかじめ用意 休日や夜間にするかなど、演習のねらいに応じて された分かれ道のシナリオに入っていくこともあ 設定する。 るが、予想外の対応をされて、用意したシナリオ 演習の場所は、本来の防災室などに演習部を置 では対応できない場合には、指揮部の中で状況付 き、近くの会議室に指揮部を置くのが普通である 与班と企画統制班が即時に相談して、シナリオと が、多機関が集まって連携型の演習を行う場合は、 状況付与計画を臨時に変更して進めて行く。 f)評価 体育館などを借り切って、各機関の演習部と全体 指揮部の評価班は、演習の進行状況を、会場を の指揮部をまとめて置く方法もある。 巡回して詳細に見聞きし、「情報伝達が正確に行 b)被害想定 対象災害の規模とその被害を、総合的に科学的 われているか」、「情報共有が適宜行われている 根拠を以って想定し、臨場感のある状況を再現す か」、トップは「適切、即時の判断・命令をして る。そのためには、社会的な2次災害の状況や、 いるか」、「積極的に次の状況の展開を予測して 被害の時間的な広がりについても想定する。 先行的に対応を進めているか」など、立場によっ て異なる評価項目について、詳細な評価を行う。 c)シナリオ 情報伝達・集約・報告などの手順を体得するこ この評価結果を、反省会や、行動計画の見直し とや、厳しい状況の中で対応判断を即座にするこ や、次の演習の企画に当たっての材料として、有 となど、演習のねらいに応じたシナリオを、誰が、 効に活かしてゆく。 あるいは何が、いつ、どこでどうしたのか、現地 に即して具体的に作成する。この「ねらい」には 4.実施例と感想 いろいろあるが、例えば、「情報には、不確かな ものや間違ったものもあることを知って、問い合 ひとつの例として国土交通省利根川上流河川事務 わせたり、裏を取るなどして適切な対応ができる か」や、「応援のための機材や人間などの資源は、 所で行われた、洪水氾濫を想定した災害危機管理演 習の実施状況を示す(写真-4)。 当初の状況だけでなく、次に発生する事態にも備 えて、適切に配分できるか」など、実践的に問題 になる事項を素材にして、効果的に組み立てる。 プレイヤーの対応によっては、シナリオが変わ り、分かれ道に入っていくようなシナリオ、例え ば、対応が遅れると被害が増大するなどの、厳し い条件も仕組んでおく。 d)状況付与計画 シナリオに基づいてその状況がいかにも本当に 生起しているかのようにプレイヤーに感じさせる 写真-4 よう、初期条件、その後の時間進行に応じた条件 7 利根川上流河川事務所の例 この例も含めて、これまでの多くの実施例の中で、 6.実施状況 相当数で共通に、反省点もしくは感想として指摘さ (1)実績 れている事項は次のとおりである。 ロールプレイング方式による災害危機管理演習は、 (反省点) ●殺到する情報を処理しきれない 平成12年から始められて、5年目を迎えるが、 ●重要な情報を取捨選択して、迅速にトップに伝 (財)河川情報センターが関与したものは、すでに 100回を越えた(表-1)。 えることができない ●対策本部内での情報の共有が不十分で、対応が ちぐはぐになる 年 度 政 府 国土交通本省 平成10年度 ●マスコミへの情報提供ができない 地方整備局等 自治体 平成11年度 ●他の機関への応援の要請ができない、もしくは 平成12年度 洪水対処 平成13年度 東海地震対処 洪水・地震等 ×8 研 修 回数 災害危機管理研修 1 災害危機管理研修 1 災害危機管理研修 10 災害危機管理研修 13 遅すぎる ●現地状況等の情報を積極的に取りに行く姿勢に 平成14年度 関東南部地震対処 近畿及び東海地震対処 洪水地震対処 ×10 東京都・地震 洪水地震対処 ×15 七都県市・地震 19 (2回) 欠ける 平成15年度 ●指示に対する実行結果の復命がない 東海地震対処 利根川洪水 東海地震(消防庁) 東海地震 平成16年度 (感想) ○実際的で、緊迫感がある 洪水地震対処 横浜市 ×20 淀川洪水 淀川洪水 洪水地震対処 ×20 平成17年度 関東南部地震対処 淀川洪水 阿武隈川洪水 淀川洪水 洪水地震対処 ×22 合 計 6回 6回 95回 災害危機管理研修 26 災害危機管理研修 22 八都県市・地震 災害危機管理研修 (予定) 26 4回 7回 118 平成17年10月末現在 ○問題点が確認できる 表-1 ○もう一度やりたい 演習実施状況 ○コントローラーも勉強になる 政府中枢の内閣官房・内閣府をはじめ、国土交通 省本省・総務省消防庁など国の中央組織・国土交通 省の出先機関として地方整備局や事務所・また東京 5.ロールプレイング方式による災害危機管理演習 都を初めとする首都圏の八都県市などの自治体など、 の効果 様々な機関がロールプレイング方式による災害危機 管理演習を実施するようになった。 トップにとっては、自らのトップとしての迅速な 地方整備局の事務所についてみると、約3割の事 判断対処能力の確認ができるとともに、スタッフの 務所が経験しており、かなり増えてきたが、まだま 対処能力の実態把握ができる。 だ普及の努力が必要な状況である。 スタッフにとっては、災害時の業務の流れの確認 や、業務の要領の体得ができる。 (2)演習から得られたこと 組織全体としては、危機管理行動計画の検証がで その結果、危機管理の重要性・困難性についての きることと、危機管理意識の高揚が図れる。 認識や、危機管理演習の必要性・有効性についての 何よりも、危機管理意識が高まることが重要であ 理解が広まってきたと言える。 り、ここから危機管理対応のすべてが始まる、とも 言える。その意味で、災害の発生を待つのではなく、 演習を実施した結果、演習方法についての反省点 や、災害対応のあり方についての反省点が多く指摘 また演習での失敗を恐れず、何はともあれ、まず され、災害対応の計画やマニュアルの見直しに繋 ロールプレイング方式による災害危機管理演習を、 やってみる、体験してみる事から始めるべきである。 がっている。 たとえば、本部の班編成や配席、情報共有の方法、 現地対策本部の設置の仕方、広報のあり方、備えの 8 行っている。 あり方など、様々な改善がなされている。 しかし、現実は未だ初めて実施する機関が多く、 また地震時における、所管管理施設の点検や緊 思うように行かないことにびっくりする段階にある 急復旧活動、事務所機能・職員安否の確認に加え と言える。そのため、今のところ情報伝達の訓練の て、自治体支援活動などについてのシナリオによ レベルでまず効果を発揮しているが、判断対処能力 る演習を行っている。 コントローラーは、地元自治体、本局、自衛隊、 の訓練として十分に機能させ、危機管理行動計画の 見直しに直接役立たせているものは一部に留まって 気象台、消防・水防団、協力業者、マスコミ、自 いる。今後、繰り返し演習し、レベルが高まること 治会、住民、OBボランティアなどを本当の人にお を期待する状況にある。 願いしたり、あるいはダミーで設置したりする (図-6)。 これまで実施された演習の経験から、この演習方 法は何に向いているか、そしてどういう使い方をす 演習統監 べきかを考察する。 基本的にはこの訓練は、危機管理対応の専門的上 級者集団として期待されている公共機関の、組織的 指 揮 部 演 習 部 活動の手順やトップの判断、連係プレーなどを訓練 し、行動計画を検証するための訓練である。そのた 企画統制班 めには、状況の設定に綿密な計画と複雑な準備作業 が必要である。(地域の防災力を向上させるための、 図-6 ○○河川国道事務所 評 価 班 状況付与班 災害対策支部 単独型の組織図の例 自治体内の自主防災組織・住民に対する簡易な訓練 には、仕組が複雑で大き過ぎて不向きであり、この b)自治体など多機関連携 目的には、図上討論型の訓練が向いている。) プレイヤーに地元自治体を加え、事務所の会議 また、危機管理担当の機関の中でも、災害対策の 室に仮想の市役所を設置するか、実際の市役所に 基礎的な知識があり、危機管理対応の基本を理解し 本来の災害対策本部を設置し、専属のコントロー ている人々の集団の、対応能力をさらに高めるため ラーをおく場合もある(図-7)。 の訓練である。そのため、演習の効果を高めるため 演習統監 には、自分の役割や、危機管理行動計画やマニュア ルの内容などについて、事前の十分な予習が必要で ある。 指 揮 演 部 習 部 (3)ロールプレイング方式による演習の種類 それぞれの機関の様々な演習に対する要望に応え 企 画 統 制 班 つつ、演習を企画してきた結果、いろいろな演習の タイプが分化し定着してきている。 状 況 付 与 班 評 価 班 a)組織単独(標準型) 図-7 国土交通省の地方整備局内の事務所単独のプレ ○ ○ 河 川 国 道 事 務 所 ○ ○ 県 ○ ○ 市 ○ ○ 町 連携型の組織図の例 イヤーのものが多く、洪水時における、水防法に 基づく水防警報、洪水予報の業務を中心に、破堤 複数の市町村や県庁、県の出先機関も含め、体 に至る水防活動、緊急復旧活動、その他自治体支 育館などの会場を借り切って、全部の機関が一堂 援活動、関係機関情報共有、地元住民やマスコミ に会して、パーティションで仕切った仮想の本部 への説明などについてのシナリオによる演習を で、演習を行う大規模なものもある。 9 関係機関の連携活動を模擬的に実現し、演習を これに基づいて演習を実施する。さらに演習の反省 行うもので本番さながらの状況を体験でき、参加 点・課題を点検し、これに基づき行動計画の見直し された首長の方々にも大変評価されている。 をすることが肝要である。このように、危機管理行 動計画を見直し、熟成させることが、演習の最大の c)研修 目的でもある。 危機管理演習の重要性を理解し、対処の基本を 体験・習得するために、研修所で、演習部(プレ (2)組織間の連携体制の整備 イヤー)も仮想の役割を演じるものである。コン 国道交通省など国の出先機関と地域の自治体や関 トローラーも研修生が行うものもあるが、コント ローラー役も問い合わせ対応など大変勉強になる。 係機関との連携体制を計画・検証するために、演習 を実施し、活用することが有効である。 さらに、シナリオ作りを研修するものもあり、職 国の出先機関は、地域の自治体の災害対策本部の 場に帰って小規模な研修型の演習を実施する技術 活動を支援することが、重要な責務であり、情報の を習得することができる。 提供、機材の貸与、専門技術者の派遣など様々な活 動支援ができるよう、日頃から連携を深めておく必 要がある。特に大災害発生時は、お互いの本部同士、 7.今後の演習の活用への期待 情報連絡を密にするため、情報連絡担当者(リエゾ ン)を交換しておくことが重要である。 これまでは、演習をまずやってみる、体験してみ ると言う趣旨で、普及が図られてきたが、実施回数 また、関係機関同士、たとえば国土交通省の事務 が100回を越えた今、これまでの演習の実施を踏 所と自衛隊などの横の連携も、日頃から深めておく まえて、演習の活用目的を戦略的に意図して演習を 必要がある。そのために、日頃から演習を実施する 企画することにより、演習が有効に機能し、広く活 中で、お互いの顔を覚え、連携活動の計画を練って 用されるよう、さらに改良し発展させていく必要が おくことが重要である。 災害対策基本法においては、地域ごとの連携の仕 ある。 組みについて、具体的には明らかにされていない。 (1)組織の危機管理体制の整備と行動計画の見直し そのため、以上のような支援・連絡体制を初めとし 演習は、大災害に遭遇したことのない職員に対し て、地域ごとに、関係機関が集まって、演習の実施 て、その時の特殊な状況を体得させ、危機管理意識 を通じて、具体的な行動計画を作り、連携の仕組み を芽生えさせるためにも、災害時の業務の流れの確 を用意しておき、実践的な防災力を高めておく必要 認や、業務の要領を体得させるためにも、有効であ がある。 る。 (3)首長を含めた地方自治体の危機管理体制の整備 さらに、単に職員の危機管理対応の訓練だけでな の支援 く、危機管理行動計画の策定・検証に役立てること が重要である。そのためには、演習のねらいを絞り、 自治体においては首長の意識・対応が重要であり、 シナリオを毎回発展させながら計画的に実施してゆ その危機管理体制を整備するため、専門知識・広域 く必要がある。たとえば、トップの判断力に焦点を 的な経験の豊富な地方整備局など国の出先機関の職 絞る場合、スタッフの情報伝達能力に焦点を絞る場 員による支援が必要であるが、その一環として、演 合が考えられる他、マスコミへの広報能力に焦点を 習の実施を支援することも重要である。 首長本人、および自治体組織全体の危機管理対応 絞ることも考えられる。 能力を訓練しておくことにより、地域の災害対応能 す で に 述 べ た よ う に 、 PDCA サ イ ク ル を 実 施 し (図-2)、危機管理行動計画を確認して演習を企画し、 力を向上させることになるだけでなく、演習の実施 10 の支援をきっかけとして、地方整備局長、事務所長 そのやり方はどこがポイントかを知るための体験に が、知事、市町村長と日頃からホットラインで話せ しか過ぎないので、事態に遭遇して何が起きるか、 る関係を築いておくことに繋がる。この演習は、自 どんな状況に巻き込まれるか知るため、そして危機 治体単独で実施するものを支援する方式だけでなく、 管理対応はどうすべきかを学ぶためには、研修受講 後に本格的な演習に参加することが不可欠である。 前章6-(3)-b)の連携型により、国の機関の演習 このような演習を重ねながら人材育成していけば、 に自治体も参加してもらう方式も有効である。 いずれ組織内で自ら演習を企画・運営し、外部の支 援を最小限にして、必要に応じていつでも演習して みることができるようになると期待される。 8.今後の演習の普及に向けての課題 (2)効果的実施 このように活用の幅を広げてゆくとともに、今後 さらに普及させていくことが、地域の防災力を高め、 ロールプレイング方式による災害危機管理演習を、 国土の管理における万全の危機管理体制を実現する 初めて実施する機関の場合、演習の効果を上げるた ことに繋がると考えられる。 めには、事前の勉強が重要である。まず、防災業務 計画、水防計画、地域防災計画などの防災計画や各 そのためには、普及しやすい環境づくりが重要で 種のマニュアルを、熟知している必要がある。 ある。各地で自律的に演習が進められるよう、演習 の企画や、コントローラー役をする人材がそろって さらに、危機管理上の対処の進め方の基本を理解 いる必要があり、普及を図るには、人材の育成を進 していることが、演習に積極的に参加し、自らの行 める必要がある。 動を様々な角度から点検できるよう意図的に演じる また、演習がその機能を発揮し有効に役立ってい ことを可能にし、演習を効果的に利用できる。受動 るという実績を積むためには、演習方法の品質確保 的な態度で演習に臨むと、入ってきた情報の対応に や効率化が重要である。 追われるだけで、消化不良を起こしてしまい、情報 伝達訓練とあまり違わなくなってしまう。 そのためには、あらかじめ討論型の図上演習で、 (1)人材育成 国土交通大学校・地方整備局の研修機関・河川情 イメージトレーニングをしておくことも、よい方法 報センターなどで、演習の実施体験も含む研修が毎 である。討論型の図上演習で、実践的な危機管理行 年定期的に実施されている。演習修了者は演習の企 動における課題や問題点を抽出し、行動計画やマ 画や、コントローラー役を務めることができるよう ニュアルの改定案を練り上げた上で、それを前提と になるので、演習実施がし易くなり普及に繋がると したシナリオによるロールプレイング方式による災 期待される。 害危機管理演習を実施して、検証することができる。 中には、演習の簡単なシナリオ作りを教えている また、演習の企画を早期に固め、臨場感あるシナ 研修もあり、簡単な演習であれば自ら実施できる人 リオの作り込みに時間をかけられるよう、十分な準 材が各地に育てられつつある。こうした人材を活か 備期間が必要である。特に関係機関と連携して実施 しながら、それぞれの地域に演習を実施できる体制 する場合は、合意形成を図って演習の企画ができる を育てていく段階にきている。そのための、組織的 ように、十分な準備時間を確保することが重要であ な研修体制の一層の整備が望まれる。 る。そのためには、演習実施機関が計画的な実施を 図るため、年度計画を組織全体で持つ必要がある。 しかし、ここで言う簡単な研修では、リアリ ティー、臨場感のある、本番さながらの緊張感を (3)シナリオの進化 持って模擬体験ができるわけではなく、ロールプレ イング方式による災害危機管理演習がどんなものか、 11 高度な危機管理体制を実現するためには、演習を 繰り返し実施しながら、演習のねらいを絞り、毎回 ついての評価に分けてとりまとめておく必要がある。 新たなシナリオの開発を進める必要がある。 さらに、これら評価に基づいた反省から生まれた たとえば、洪水時の堤防破堤後のシナリオや、国 数々の改善点・上手なやり方(写真-5)についてとり の機関による自治体支援のシナリオについて、今後 まとめ、バージョンアップをしながら関係者の共有 更にシナリオを開発し進化させる必要がある。 財産として広めていくことによって、演習の成果が そのためには、図上討論型の演習などにより行動 十二分に行き渡ることが期待される。 計画作りから始めなければならない。過去の災害の 対応の実績の分析を踏まえ、関係機関の役割分担な ど、対応のあり方の検討、支援のあり方の検討を行 9.おわりに い、これを基にしたシナリオでのロールプレイング 方式の演習を行い、行動計画を検証するのが、効果 ロールプレイング方式による災害危機管理演習は、 的であると考える。 各地で様々な機関が、実施・体験することにより、 その有効性が明らかになり、今後の活用・普及が期 (4)演習の仕組みの合理化 待されている。今後さらに、演習方法を進化させつ 緊迫した状況を模擬的に出現させるには、シナリ つ、普及方策を工夫して、関係機関の危機管理能力 オ作成、状況付与計画作成が、複雑な込み入った作 の向上の支援に努めてまいりたい。 業になるため、個々の演習ごとに、人手をかけて、 きめ細かく作りこむことになる。この作業の効率化 謝辞:ロールプレイング方式による災害危機管理演 を図ることにより、コストの縮減や状況付与の論理 習の開発・実施にご指導を賜った帝京大学志方 的系統化が図られる。あるいは逆に、演習の状況付 教授ならびに国土交通省の皆様に感謝の意を表 与ごとの「ねらい」の類型分類を行い体系化するこ するとともに、各地での演習の実施にご協力い とにより、状況付与計画がシステム化できるように ただいている(株)総合防災ソリューションに なる。そのため、状況付与のシステム化を検討して 謝意を表する。また、本稿をまとめるに当って、 いるところである。 御協力いただいた(財)河川情報センター危機 管理業務部の方々にお礼申し上げる。 参考文献 1) ロールプレーイング・マニュアルBOOK /災害危機管理研究会 写真-5 情報共有のためのクロノロジーの活用 また、演習の評価の仕組みも、体系的に整理しや すいようにシステム化を図ることが考えられる。そ して、全国の演習実施を踏まえた総合的評価を演習 の実施方法についての評価と、災害対応のあり方に 12 2) 災害情報と社会心理/廣井脩 3) 環境リスク心理学/中谷内一也 著 著 編